【モバマス】井村雪菜「高峯のあの事件簿・高峯のあの失踪」
今日は街に前川みくが来る日です。高峯のあは喜びを隠しきれずに出かけて行きました。
前話
浅野風香『高峯のあの事件簿・佐久間まゆの殺人』
あくまでサスペンスドラマです。
設定はドラマ内のものです。
木場真奈美
佐久間まゆ
服部瞳子
水木聖來
井村雪菜
大人気ネコちゃんアイドル・前川みく
前川みくのファン1・高峯のあ
前川みくのファン2・和久井留美
遠くなっていく背中に問いかけます。
どうして。
あなたの向かう先はそっちじゃないのに。
序 了
高峯探偵事務所
高峯探偵事務所
高峯のあが営む探偵事務所。営業日も時間も決まっていないが、今日はお休みなことは決まっている。
木場真奈美「うーむ」
佐久間まゆ「真奈美さん、どうしましたかぁ?」
木場真奈美
のあの助手。日本に帰国後、高峯家で居候を始めた。本人曰く、器用貧乏らしい。
佐久間まゆ
のあの助手。東郷邸の事件後に、高峯家に住み始めた。手先は器用ですよぉ、とのこと。
真奈美「おや、佐久間君。宿題は終わりかい?」
まゆ「もう少しです、リビングの方が進む気がしたから降りてきました」
真奈美「部屋にこもるのも寂しいものだからな」
まゆ「そうですねぇ。ところで、真奈美さんは何か探し物ですかぁ?」
真奈美「のあを探しているんだ、見なかったか?」
まゆ「のあさんですか……お部屋には?」
真奈美「いなかった」
まゆ「待ちきれなくて、もう出かけたのでしょうか……?」
真奈美「荷物はそこにある。チケットも、そこにいれていたはずだ」
まゆ「本当ですねぇ……」
真奈美「まさか忘れていくとは考えにくい。あれだけ楽しみにしていた前川君のライブだ」
まゆ「はい、見るからにうきうきしてましたぁ」
真奈美「脳の半分を占めている以上、忘れるはずがない」
まゆ「のあさんでもそこまでじゃ……いいえ、そうかも……」
真奈美「冗談はともかく。そろそろ出ると言っていた時間だ、ちょっと確認したいことがあってな」
まゆ「確認したいことですかぁ?」
高峯のあ「ただいま」
高峯のあ
前川みくファンクラブ初代会員であるうちの1人とのこと。職業は探偵。
まゆ「のあさん、お帰りなさい……あら?」
のあ「ただいまと言ったけれど、すぐに出るわ」
まゆ「のあさん……お髪を……」
真奈美「下の美容室に行っていたのか?」
のあ「ええ、優にまとめてもらったわ」
太田優
高峯ビル1階の美容室勤務の美容師。のあの美しい髪を維持する責任者。
まゆ「珍しいですねぇ」
のあ「大変だもの」
真奈美「髪質が特殊だものな、流れること絹のごとし」
のあ「優も流石プロね、そんな私の髪もまとまったわ」
まゆ「素敵ですねぇ、まゆも優さんに教えてもらおうかな……」
のあ「いいわね、まゆならどんな髪型も似合うわ」
真奈美「佐久間君のではなく、のあの髪をいじるためだと思うが」
のあ「まゆ、そうなの?」
まゆ「どっちもですよぉ」
のあ「どちらにせよ、まゆが優をご飯に招待すれば教えてくれるでしょう」
まゆ「のあさんは、なぜお髪を直してもらったんですかぁ?」
のあ「私は女性としては背が高いわ」
真奈美「男性の平均近いものな」
のあ「真奈美よりは低いけれど」
まゆ「えっと……」
のあ「この髪も結構重さがあるのよ、揺れると視界に入ることがあるわ」
まゆ「のあさん……?」
のあ「かけがえのない一瞬を楽しむために、時には自分のスタイルを変えるわ」
真奈美「佐久間君、わかったか?」
まゆ「もしかして……みくちゃんのライブのためですか」
のあ「その通りだけれど。それしかないでしょう」
まゆ「やっぱり……」
まゆ「早すぎませんか……?」
のあ「語弊があるわね。ずっと、この時に備えて来たのよ」
まゆ「早すぎですよぉ……」
のあ「だから、そろそろ出るわ」
まゆ「はい、楽しんできてくださいねぇ」
のあ「もちろん、死力の限りを尽くすわ」
まゆ「大袈裟ですぅ……そう言えば、真奈美さんが探してましたよぉ」
のあ「真奈美?何か」
真奈美「そろそろ出ていく時間かと思ってな」
のあ「お見送りかしら」
真奈美「送って行こうか、清路市民ホールだろう?」
のあ「今日はバスで行くわ。渋滞の一因になってもイヤだもの」
真奈美「そうか」
まゆ「のあさん、お荷物はこれだけですか?」
のあ「ええ」
真奈美「今日は少ないな」
まゆ「法被は持って行きませんか?」
のあ「そんなものはなくても、愛は示せるわ。私の愛は絶対に伝わってるはずよ」
真奈美「うーん……良い方向に振り切ったのか?」
まゆ「どうでしょう……」
まゆ「小さめのトートバッグですけど」
のあ「事前通販で買ってるわ。今日買い足す分にはこれで充分よ」
まゆ「そういえば……大きなダンボールが最近届いたような……」
真奈美「終わったらどうする?」
のあ「迎えに来てちょうだい、連絡するわ」
真奈美「わかった」
まゆ「のあさん、お夕飯はどうされますかぁ?」
のあ「偶には留美と一緒に食べるわ、ライブが終わった後に」
真奈美「それがいい。ゆっくりしてきてくれ」
のあ「ええ」
真奈美「行ってらっしゃい、存分に楽しんでくるといい」
のあ「もちろん、行ってきます」
高峯探偵事務所
まゆ「あの、真奈美さん」
真奈美「何か困りごとかな?宿題の力にならなれるはずだ」
まゆ「課題は終わりましたぁ」
真奈美「それでは、何かな?」
まゆ「真奈美さんはみくちゃんのライブは見に行かないんですかぁ?」
真奈美「のあとか?前には行ったこともあるが」
まゆ「お歌を教えてるんですよね?」
真奈美「ああ、そういうことか。そちらの立場で行ったことはないな」
まゆ「せっかくのお披露目の場なのに」
真奈美「私は演出家ではないからな、生徒の発表を見るのは気恥ずかしいのさ。それに……」
まゆ「それに?」
真奈美「少しだけ羨ましく思う時もある」
まゆ「……」
真奈美「まぁ、行く機会は幾らでもあるからな。今回は遠慮しただけだよ」
まゆ「あの……真奈美さん」
真奈美「気にしなくていい、私の夢は昔からスポットライトが当たる場所じゃない」
まゆ「……」
真奈美「私は好きでここにいるんだ。これでいいかな?」
まゆ「それはわかります、今はのあさんがいないのは珍しいですよねぇ」
真奈美「確かに、佐久間君と2人は珍しいな」
まゆ「だから、真奈美さんのこと……聞いてもいいですか?」
真奈美「そうか、佐久間君と話したことはなかったな」
まゆ「どうして、ここにいるのか、とか」
真奈美「のあがいない今のうちかな」
まゆ「うふふ……ヒミツですよぉ」
真奈美「そういうことにしておこう」
まゆ「それなら……このことを聞いていいですかぁ?」
真奈美「佐久間君、その前に」
まゆ「その前?」
真奈美「夕食の買い物にいくとしようか」
清路市民文化ホール前
清路市民文化ホール
本日のみくにゃんのライブ会場。梅木音葉によると音響が良いとのこと。
のあ「留美、待たせたかしら」
和久井留美「のあ、待ってはいないわ」
和久井留美
ネコちゃんの画像をインターネットで探していた時にみくにゃんと運命の出会いを果たしたとのこと。のあと同じくファンクラブ初代会員の1人。職業は刑事。
のあ「それならいいわ。こちらは」
三船美優「こんにちは……」
三船美優
留美の友人。大学時代からの付き合いとのこと。
留美「以前に会っていたかしら」
のあ「そうね、ランチをしていた時に」
美優「今日も一緒にお昼ご飯を食べていたので……」
のあ「一緒に待っていてくれていたのね。お人好しね」
美優「こんな時でもないと……捕まらないので」
のあ「確かに。留美ももう少し休むといいわ」
留美「十分に休んでいるわ」
美優「もっとです。趣味に時間をとっても……いえ、何もしない時間をとりましょう」
のあ「留美の趣味は仕事とトレーニング。正しい言い方ね」
留美「そうかしら」
美優「そうです……仕事の都合があるのもわかってますけど」
留美「……善処するわ」
美優「えっと、高峯さん、ですよね」
のあ「ええ」
美優「よろしくお願いします」
のあ「よろしくされるようなことはないと思うけれど、任されたわ」
美優「留美さん、また」
留美「またね、美優。今度はライブにも誘うわ」
美優「私は静かなところがいいです、失礼します」
のあ「ご丁寧にありがとう。留美は任されたわ」
留美「……」
留美「みくにゃんに少なからず興味を持たない人間はいないわ。単に人が多い所が苦手なの」
のあ「そう。待ちぼうけせずに済んだみたいで安心したわ」
留美「待っていないけれど」
のあ「けれど?」
留美「待ちきれないわ」
のあ「気持ちは同じよ。待ちきれない」
留美「ええ」
のあ「しかし、残念なことに」
留美「時間に余裕があるわ」
のあ「絶対に遅れることは許されないもの」
留美「ええ」
のあ「グッズでも見に行きましょうか」
留美「そうしましょう」
のあ「そう言えば」
留美「何かしら」
のあ「この前の番組見たかしら」
留美「もちろん」
のあ「話したいことは」
留美「幾らでも」
のあ「それならいいわ」
留美「行きましょう」
高峯探偵事務所
まゆ「真奈美さん、ちょっといいですかぁ?」
真奈美「なにかな?」
まゆ「レシピ本のここなんですけど……」
真奈美「前に買った英語のレシピ本か。だいたい読めるようになったかい?」
まゆ「少しだけ。でも、ここがわからなくて……」
真奈美「どれどれ」
まゆ「何かをするみたいなんですけど……」
真奈美「また変な表現だな。いわゆる方言だ」
まゆ「方言?」
真奈美「丁寧に混ぜるくらいの意味だろう」
まゆ「郷土料理のレシピ本だから馴染みのある表現なんですね」
真奈美「おそらく。佐久間君ならいつも通りで問題ないよ」
まゆ「はぁい」
真奈美「そっちは任せよう。私はチーズの方を」
まゆ「ケーキ、ですか?」
真奈美「ああ。海外にいる頃に教わった。昔はよく作っていたよ」
まゆ「そうなんですかぁ」
真奈美「のあにも好評だった。佐久間君ははじめてかな」
まゆ「はい、楽しみにしてますねぇ」
真奈美「ああ、期待していてくれ」
まゆ「のあさん、そろそろ会場に入る頃ですね」
真奈美「そうだな。緊張しているかもな、楽しみ過ぎて」
まゆ「ふふっ、そうかもしれませんね」
真奈美「楽しんでいるならチーズケーキは佐久間君が先だ、のあにはお預けだな」
まゆ「はい、お先にいただいちゃいます」
清路市民文化ホール前
留美「20時まで電源を切るけれど、いいわね。ええ、柊課長にも連絡はしてあるわ」
のあ「……」
留美「任せたわ」
のあ「電話は終わりかしら」
留美「待たせたわね。何もないといいけれど」
のあ「そうね。でも、大和巡査部長も新田巡査も信頼できるでしょう」
留美「ええ。任せるのも上司の務めね、課長からも昔聞いたわ」
のあ「留美が教育した成果ね、今日はそのゴホウビだと思えば」
留美「……」
のあ「どうかしたのかしら」
留美「のあらしくない表現ね、ゴホウビって。欲しい物は欲しい時に手に入れるものだとばかり」
のあ「そうかしら?」
留美「昔の、ね。のあも変わったわ」
のあ「留美こそ」
留美「自分では変わったつもりはないけれど」
のあ「変わってなかったらグッズのネコミミをつけていないわ」
留美「変わってないわ。巡り合っただけよ」
のあ「留美」
留美「……」
のあ「わかるわ」
留美「でしょう」
のあ「私もケータイの電源は切りましょう。集中を」
留美「ええ」
高峯探偵事務所
真奈美「フムン……」
まゆ「パスタ、いかがですかぁ?」
真奈美「美味しいよ。独特な食感だ」
まゆ「よかったぁ。でも、再現できたでしょうかぁ……?」
真奈美「再現できたかはわかりかねるな、でも」
まゆ「でも?」
真奈美「どこかの家庭で食べる人を思って作られたのはわかる」
まゆ「そうですねぇ、地元の食材がたくさんで」
真奈美「ご馳走だったのかもな」
まゆ「ここで食べてるのも不思議ですねぇ」
真奈美「縁とはそういうものなのかもな」
まゆ「はい、きっと」
真奈美「こうして2人で食事をしているのも」
まゆ「のあさんが、みくちゃんのライブに行ってるのも」
真奈美「そうかもな」
まゆ「のあさん、楽しんでますかね」
真奈美「きっとな。今日お披露目の曲もある」
まゆ「新曲があるんですかぁ?」
真奈美「おっと、口を滑らせた。きっちり仕上げていたからな、ファンも満足するだろう」
まゆ「のあさん、喜びますねぇ」
真奈美「ああ。ジャズパートと同じ事務所のアイドルのカバーもあると言っていた」
まゆ「まぁ、カバー曲ですか?」
真奈美「確かNaked Romanceと2nd Sideだったかな」
まゆ「小日向美穂ちゃんと神谷奈緒ちゃんの曲ですね、素敵な恋の歌……みくちゃんが歌うとカワイイでしょうねぇ」
真奈美「佐久間君、意外と詳しいな」
まゆ「のあさんと一緒にライブの映像を見て気になって」
真奈美「そうか、のあは前川君が出てるなら持ってないはずがないな」
まゆ「でも、のあさんはみくちゃんのことをどうしてそんなに好きなんでしょう?」
真奈美「わからない。紹介した私が言うのも難だが、脳内で何かがスパークしたとしか思えない」
まゆ「のあさんの頭の中は色々起こってそう……真奈美さんはみくちゃんを昔から知っていたんですかぁ?」
真奈美「ああ。正確にいえば、所属している芸能事務所と付き合いがあった」
真奈美「のあも知ってはいるよ。前川君のファンに専念するために距離を取ってはいるが」
まゆ「ファンの鑑なんでしょう……か」
真奈美「ごちそうさま。美味しかったよ」
まゆ「ごちそうさまでした」
真奈美「約束通り、私のことを話そうか」
まゆ「はい、聞きたいです」
真奈美「初めてここに来た時の話をするとしよう、その前に」
まゆ「その前に?」
真奈美「ケーキと紅茶の準備をしようか」
まゆ「はぁい、雪乃さんから紅茶を貰ってきますねぇ」
真奈美「お願いするよ」
高峯探偵事務所
相原雪乃「お茶の準備ができましたわ。どうぞ」
相原雪乃
高峯ビル2階の喫茶St.Vのマスター。今日は紅茶を淹れに高峯探偵事務所まで来てくれた。
真奈美「ありがとう」
まゆ「雪乃さんも真奈美さんのお話を聞いて行きませんか?」
雪乃「ご遠慮しますわ。お2人でゆっくりしてください」
真奈美「そうか。チーズケーキだけお裾分けだ」
雪乃「まぁ、ありがとうございます。いただきますわ」
まゆ「また、遊びに来てくださいねぇ」
雪乃「もちろんです。今日は失礼しますわ、良い夜をお過ごしくださいませ」
真奈美「また、紅茶を貰いにいくよ」
まゆ「ありがとうございましたぁ」
真奈美「……」
まゆ「雪乃さんのお店はいつからここに?」
真奈美「私が来た後だよ。のあは相原君の喫茶店を仕事に使っていたらしいな」
まゆ「探偵のお仕事に?」
真奈美「張り込みの場所が前の店に近かったそうだ」
まゆ「そうなんですねぇ」
真奈美「のあは交友関係は広くはないが、必要なつながりは自然と手に入る」
まゆ「真奈美さんも、ですか……?」
真奈美「そうかもな。さて、何から話そうか」
まゆ「真奈美さんとのあさんは、どこで知り合ったんですかぁ?」
真奈美「ここだよ」
まゆ「探偵事務所ですか?」
真奈美「正確には外の階段だ。今思えば、偶然が重なった」
まゆ「偶然……?」
真奈美「私が帰国を早めなければ、住居がすぐに見つかっていれば、雨が降っていなければ、のあが丁度帰ってこなかったら、私はここにいない」
まゆ「それも縁……ですか」
真奈美「きっとな」
まゆ「……」
まゆ「はい、聞きたいです」
真奈美「帰国して間もない雨の日だった。仕事はおろか住処も決まってない時に、のあが話しかけてきた」
まゆ「のあさんが話しかけて来たんですか?」
真奈美「階段に腰かけていたからだと思うよ。だけど、それが始まりだった」
まゆ「始まり……」
真奈美「そして、助手、あの頃はまだ助手ではないか、ともかく最初の事件はすぐに来た」
まゆ「最初の事件が舞い込んできたんですか?」
真奈美「いいや、既に始まっていたんだ」
回想1・のあと真奈美
高峯ビル・階段の入り口
のあ「……」
真奈美「……」
のあ「あなた、何をしているのかしら」
真奈美「この通りだ。わからないか?」
のあ「急な雨で雨宿りをしている。階段に腰かけて」
真奈美「邪魔にならないと思ってな。2階はテナントがなく、3階と4階は住居のようだからな」
のあ「邪魔にはならないは正解。3階については不正解」
真奈美「住居じゃないのか。君が経営している会社かな?」
のあ「間違ってはいない」
真奈美「この階段を使う数少ない人が来てしまったわけだな。運が悪い」
のあ「別に気にはしてないけれど」
真奈美「失礼した。次の場所に行くとしよう、物件選びの途中なんだ」
のあ「この雨で、傘も持っていないのに行くのかしら」
真奈美「やむどころか雷雨になってるな、前言撤回だ」
のあ「そう。ご自由に」
真奈美「待った」
のあ「何かご用かしら。依頼なら聞かないこともないけれど」
真奈美「少し話し相手になってくれないか。待っているのも退屈でな」
のあ「話相手になっている時間はないわ」
真奈美「そうか、残念だ」
のあ「代わりに場所を貸すわ。3階の事務所は使ってちょうだい」
のあ「違うけれど」
真奈美「そうは上手くいかないか。君の風貌からして芸能関係者でもおかしくないと思ってな」
のあ「そう。それで、使うのかしら」
真奈美「ご厚意は受け取ろう」
のあ「そう。自由に使ってちょうだい。面白いものは何もないけれど」
真奈美「構わない。それで、何の事務所なんだ?」
のあ「探偵事務所」
回想2・のあと真奈美
高峯探偵事務所
のあ「スペースだけはあるわ。ご自由に」
真奈美「そうするよ。探偵事務所というよりは、大きなリビングだな。自室は4階か?」
のあ「その通り」
真奈美「ここで暮らしているのか?」
のあ「ええ」
真奈美「他には、家族はいないのか?」
のあ「いないわ。今は1人よ」
真奈美「生活感がないな、ここは」
のあ「……」
真奈美「休ませてもらうよ」
のあ「どうぞ。私が気になるようなら上の部屋を使ってもいいわ。本なら幾らでもある」
真奈美「どんな仕事をしてるかは、聞かない方がいいかな」
のあ「基本的に。御想像通りの探偵業を細々とやってるわ」
真奈美「わかった。上で一休みさせてもらうよ」
のあ「ご自由に」
真奈美「さて、お部屋見学といこうか」
のあ「……」
のあ「……しまった」
キャー!
のあ「珍しく来客がいるのを忘れていたわ」
高峯探偵事務所
真奈美「ということで、その日の先客に悲鳴をあげさせてしまった」
まゆ「のあさんの説明不足?」
真奈美「結果的にな。この時点でとあることもしてない」
まゆ「とあること?」
真奈美「まだ私ものあも互いに名乗っていない」
まゆ「それは、話せなくてもしかたないですねぇ」
真奈美「のあの性格からして必要以上には話さないだろう」
まゆ「でも、ここには招き入れてくれたんですよねぇ」
真奈美「ああ。不思議なところだな」
まゆ「真奈美さんを信頼できる人だと思ったから?」
真奈美「そこまで信頼できそうな感じはなかったと思うが。理由はのあにあると思う」
まゆ「のあさんに……」
真奈美「理由はこの場所だろうな」
まゆ「ここに人を招きいれたいから……でしょうか」
真奈美「私はそうだと思ってる」
まゆ「のあさんにとっては大切な場所だから」
真奈美「両親が健在だった頃は人の出入りが多かったのかもな」
まゆ「……」
真奈美「そういうわけで、悲鳴の持ち主と私はよろしくない出会い方をしたわけだ」
まゆ「その人はどうして、のあさんの部屋に?」
真奈美「彼女は部屋を借りて、私が入った時は寝ていた」
まゆ「ちょっと反応が大袈裟な気がします」
真奈美「ああ。理由があった」
まゆ「理由……」
真奈美「彼女が最初の事件の依頼者だ」
回想3・のあと真奈美
高峯探偵事務所
服部瞳子「お騒がせしてすみません……」
服部瞳子
高峯家の客室で眠っていた依頼人。綺麗で高い悲鳴が響き渡った。
のあ「防音だから問題ないわ」
真奈美「驚かせてしまってすまない」
のあ「この人に私が言うのを忘れていたわ。私の責任よ」
瞳子「いいえ……私も慌てすぎていて……」
のあ「落ち着いたかしら」
真奈美「落ち着くのも難しいだろう。お茶でも用意しようか。キッチンを使っていいか?」
のあ「どうぞ」
瞳子「あの……こちらの方は」
のあ「知らないわ」
瞳子「知らない……?」
真奈美「不安にさせるようなことを言わない方がいいと思うが」
のあ「そうね。雨宿りしてるだけ。名前は」
真奈美「木場だ」
のあ「だそうよ」
瞳子「そうなんですか……」
真奈美「フムン、不安がられているようだな」
瞳子「すみません、色々あって」
真奈美「理由がなければここにいないだろうからな。この粉茶でいいか。ポットのお湯もあるな。使っていいか」
のあ「かまわない」
真奈美「話したところで安心できるかはわからないが、少し話そう。このまま悲鳴をあげられたままで別れるのも嫌だからな」
回想4・のあと真奈美
瞳子「スタジオボーカリストですか……」
真奈美「過去形だがな。求職中だ」
のあ「歌手とは違うのかしら」
瞳子「表に出る立場ではありませんが、プロですよ。コーラスや仮歌が有名でしょうか」
のあ「へぇ」
真奈美「そんなところだ」
瞳子「……」
真奈美「歌の先生でもライブのコーラスでも早いうちに仕事に復帰しておきたいが……どうした?真剣な顔して」
瞳子「いいえ、何でもありません」
真奈美「そうか。私はこんなところだ」
のあ「木場真奈美。海外帰り。特に犯罪歴なし。私は格段に注意が必要な人物だとは思わない」
瞳子「私もそう思います」
真奈美「ありがとう。君らのことも聞いていいか」
瞳子「構わないけれど……」
のあ「名前は高峯のあ。職業は探偵」
真奈美「のあ?」
のあ「平仮名で、のあ。何か言いたいことでも」
真奈美「君はどう思う?」
瞳子「えっと……良い名前だと。雰囲気にあっているかと」
真奈美「概ね同感だな。何故探偵をやっている?」
のあ「私のことを聞いても意味はない。彼女のことを聞いてあげなさい」
真奈美「秘密主義か。それじゃあ、君のことを聞こうか」
瞳子「私、ですか」
真奈美「ああ。どうしてここにいるのかな」
のあ「私の依頼人だからよ」
真奈美「依頼人?」
瞳子「はい。服部瞳子と申します」
真奈美「依頼人が探偵の家にどうして泊っているんだ?」
のあ「あなた」
真奈美「木場でいい。私に言いたいことでもあるのか?」
のあ「ええ」
真奈美「言ってみたまえ」
真奈美「拙速?」
のあ「知りたいことを知るために段階を飛ばすことは、結果的には拙速になる。落ち着きなさい」
真奈美「はは、落ち着けと言われたのは久しぶりだな」
のあ「余計なお世話ね。忘れてちょうだい」
真奈美「肝に銘じておくよ。忠告は貴重だ」
のあ「そう」
真奈美「私には自分の仕事に矜持がある。君らもだろう」
瞳子「……」
真奈美「探偵の話は本職が話すのがいい。聞いていいかな」
のあ「私から話してもいいかしら」
瞳子「はい、私も事情を知っている人が増えると頼もしいです」
のあ「わかったわ。話しましょう」
高峯探偵事務所
まゆ「ふふっ、怒られちゃいましたね」
真奈美「暇つぶしにしか思っていなかったからな、当たり前だが」
まゆ「あれ?考え方を注意されたのではないんですかぁ?」
真奈美「態度の方だったよ、今思えばな」
まゆ「まだ、のあさんの助手じゃないですものねぇ」
真奈美「ああ」
まゆ「だから、のあさんにお任せしたんですね」
真奈美「そういうことだ。実際のところ、のあが他人に期待しているのはそうじゃない」
まゆ「順番を守って、事実を明らかにする……のではなく」
真奈美「のあに見えないものに気づき、のあが辿り着かない直感を提示することだな」
まゆ「なるほど……」
真奈美「それと日常生活のサポートかな。ハッキリ言って、この頃はまともな生活していたとは思えない」
まゆ「そうみたいですねぇ。真奈美さんが来てくれてよかった」
真奈美「それに……」
まゆ「それに?」
真奈美「いや、これは後にしよう。瞳子君の件についての続きだ」
回想5・のあと真奈美
高峯探偵事務所
真奈美「……」
のあ「服部瞳子、これまでの話に相違はあるかしら」
瞳子「間違いはない、と思います」
のあ「木場さんはどう思うかしら」
真奈美「ストーカーの犯行のように思えるが、違うのかな?」
瞳子「……わかりません」
のあ「現状ではわからない、その認識が正しい」
瞳子「私の勘違いかもしれないです、もしかしたら」
真奈美「明確な被害が出ている、というわけではない」
のあ「郵便物が荒らされている、不審者を目撃している、おかしな物音、それと」
瞳子「部屋に入った可能性が……明確な証拠はないのですが」
真奈美「探偵、聞いていいかな」
のあ「構わない」
真奈美「この場合に被害者がすべき、正解はなんだ?」
のあ「正解ね……」
瞳子「私は警察に相談しました」
のあ「近くの交番に。2回目に不審者を見かけた直後」
真奈美「これでいいのか」
のあ「私は間違いだとは思わない」
瞳子「警察も見回りを増やしてくれました」
のあ「交番のお巡りさんは親切だったということね」
真奈美「つまり」
のあ「ストーカー対策のような部署は動かなかった。事件性もないとの判断」
のあ「ええ。悪化しているわけではないけれど」
真奈美「次の選択は、探偵に依頼すること」
瞳子「はい。警察の方が紹介してくれました」
真奈美「この判断は正解か?」
のあ「少なくとも安心して眠ることができたわ」
瞳子「はい、思った以上に疲れていたみたいで」
真奈美「反応が過剰だった理由はわかった。部屋があってよかったな」
瞳子「はい、助かりました」
真奈美「探偵か……」
瞳子「どうか、しましたか?」
真奈美「何でもない。探偵、解決の糸口は見えたか」
のあ「いいえ」
瞳子「そうですよね……」
のあ「服部瞳子、確認だけれど」
瞳子「何でしょうか」
のあ「職場の方には不審者は」
瞳子「そちらでは見ていません」
真奈美「職場?」
瞳子「喫茶店で働いているんです、落ち着いた良いお店ですよ。お客さんも優しくて」
のあ「先ほど話を聞いてきたわ」
真奈美「聞き取りの帰りだったのか」
瞳子「何か、わかりましたか?」
のあ「私の情報は増えた。解決への手掛かりは見つからなかった」
瞳子「そうですか……」
真奈美「いや、安心していいんじゃないか?」
瞳子「え?」
のあ「職場は安全そうね、協力してくれるそうよ」
瞳子「そういうこと、ですか」
のあ「喫茶店のご主人、記憶力がいいそうね」
瞳子「はい、一度来たなら覚えられると」
真奈美「へぇ、昔ながらの職人気質だな」
のあ「あなたに付きまとう客や関係者はいない、と」
瞳子「それは、安心しました」
のあ「そうなると、調べる場所は自ずと決まる」
真奈美「自宅か」
瞳子「そうなりますね……」
のあ「急な事態ではない。休ませることが先決」
瞳子「……すみません」
のあ「別に謝る理由はないわ」
瞳子「……お願いします」
のあ「さて、出かける準備しましょうか」
真奈美「雨はマシになったか。私も出るとしよう」
のあ「ところで、木場さん」
真奈美「なんだ?」
のあ「運転は得意かしら」
高峯探偵事務所
真奈美「ということで、最初の仕事は運転手だ」
まゆ「のあさん、運転得意じゃないですものねぇ」
真奈美「しかし、雨宿りしていただけの人物に頼むか?」
まゆ「頼みます、きっと」
真奈美「その理由は」
まゆ「ビジネスだから」
真奈美「正解だ。契約書はこの時も信じてる」
まゆ「真奈美さんが契約してくれそうだから、以外はないと思います」
真奈美「そうだな」
まゆ「だから、複雑ですね」
真奈美「ああ」
まゆ「……」
真奈美「私は日雇いの契約書にサインして、運転手になった」
まゆ「そして、服部さんのお部屋に」
真奈美「その通り。そろそろ、のあもライブが終わる頃かな」
まゆ「ケータイに連絡してましょうか?」
真奈美「今日はいいだろう。片づけをしてしまおうか」
まゆ「はぁい、続きはそれからですね」
清路市民文化ホール
のあ「……良かったわ」
留美「ええ」
のあ「やはり出待ちに……留美?」
留美「ケータイの電源を入れるわ」
のあ「仕事熱心ね」
留美「約束だもの……あら」
のあ「着信があるみたいだけれど」
留美「そのようね。新田巡査、ご苦労様」
のあ「……」
留美「10分前?タイミングが良いのだか悪いんだか、現場に直行します。ちょっと待って」
のあ「事件かしら」
留美「そのようね。のあ、ごめんなさい」
のあ「構わない。私が行ってもいいけれど」
留美「探偵の出番はないわ。出待ちするんでしょう?私の分もお願い」
のあ「わかったわ」
留美「後で食事に誘うわ。感想もその時に」
のあ「暇な時にまとめておくわ。そっちこそ時間を作りなさい」
留美「もちろん。新田巡査、簡単に報告を。車を出す位置も指示するわ」
のあ「電話しながら走って行ったわね……元気ね、私は疲れたのだけど……はしゃぎすぎかしら」
のあ「……」
のあ「真奈美に連絡をしておこうかしら……ケータイはカバンの中に……」
井村雪菜「あらぁ?」
井村雪菜
のあとは希砂二島の洋館で出会った。その時と変わった様子は見えない。
のあ「こんにちは、お久しぶりね」
雪菜「あの……私のこと覚えてますかぁ?」
雪菜「はい……」
のあ「この話はやめましょう。あなたもみくにゃんのライブを?」
雪菜「はい。カワイイですよねぇ」
のあ「ええ、とても」
雪菜「出待ちをしたいんですけど……高峯さんはわかりますかぁ?」
のあ「私もそのつもりよ、一緒に行きましょうか」
雪菜「はい、ご一緒させてください」
回想6・のあと真奈美
服部瞳子のアパート
服部瞳子のアパート
質素な感じを受けるアパート。通りに面しておらず、オートロックで防犯は悪くないように見える。
のあ「普通ね」
真奈美「私にもそう見える」
のあ「部屋はどちらかしら」
瞳子「302号室です。こちらです」
のあ「ありがとう」
瞳子「狭い部屋ですけれど、どうぞ」
のあ「お邪魔するわ」
真奈美「私も入っていいか」
瞳子「そこまでは狭くないと、思います。海外に慣れていると狭いかもしれませんが」
真奈美「そういう意味はないんだが。まぁ、お邪魔するよ」
回想7・のあと真奈美
服部瞳子のアパート・302号室
瞳子「どうぞ、粗茶ですが」
真奈美「ありがとう」
瞳子「探偵さん、お茶はいかがでしょうか……」
のあ「結構。ベランダに出ていいかしら」
瞳子「どうぞ」
のあ「失礼」
真奈美「何を見ているんだろうか」
瞳子「わかりません」
真奈美「謎だな、色々と」
瞳子「謎、ですか」
真奈美「所有していたのも高級車だった、生活に困っている様子もない」
瞳子「ビルのオーナーらしいですよ、探偵事務所の入っている」
真奈美「そういうことか」
瞳子「他にも色々と仕事をしているみたいです」
真奈美「なるほどな」
瞳子「探偵のお仕事はそこまでお金にはならないそうで」
真奈美「探偵業は趣味か」
瞳子「そんな態度には見えませんが……」
真奈美「態度は真剣だな。ただ、あの見かけだからなぁ」
瞳子「最初に見た時は驚きました」
真奈美「どこか異国の血が流れているのだろうか」
瞳子「そうかもしれませんね」
のあ「お話のところ、申し訳ないけれど」
真奈美「戻ってきた」
のあ「結論を出すには早い。管理人に話を聞いてくるわ」
瞳子「一緒に行きましょうか」
のあ「1人でいいわ。お話を続けていて」
真奈美「そうか」
のあ「ひとつだけ」
瞳子「なんでしょう?」
のあ「私は曽祖父の代まで日本人よ、それより前は知らないけれど」
真奈美「聞いていたのか」
瞳子「行ってしまいましたね」
真奈美「マイペースだな」
瞳子「はい。少しだけ羨ましい」
真奈美「大丈夫なのか?」
瞳子「何がでしょうか」
真奈美「部屋の中、見られても問題ないのか?」
瞳子「はい。物も多くありませんから」
真奈美「物が少ないな、昔からか」
瞳子「引っ越しの時に物を整理したので。熱帯魚の水槽も小さくしました」
真奈美「引っ越してきてから間もないのか」
瞳子「4ヶ月くらいでしょうか。前のアパートには8年くらいいたので、整理は大変でした」
真奈美「随分と長くいたんだな」
瞳子「あそこに見えるビルも改装が終わっていなかったんですよ」
真奈美「……」
瞳子「木場さん、何か」
真奈美「ちょっと失礼。私もベランダに出てもいいか」
瞳子「いいですけど……」
真奈美「……フムン」
瞳子「あの……」
真奈美「なるほどな」
瞳子「何かありましたか」
真奈美「見られているのは確かのようだな」
瞳子「え?」
真奈美「カーテンは閉めておこう、いいかな」
回想8・のあと真奈美
服部瞳子のアパート・302号室
のあ「レンズ?」
真奈美「そうだ」
のあ「服部瞳子も見たのかしら」
瞳子「いいえ、私は見ていませんが」
のあ「先ほどじゃなくてもいい。以前には」
瞳子「あったような気がします」
のあ「同一人物かしら。木場さん、場所は特定できるかしら」
真奈美「難しいが、反射が見えるくらいだった」
のあ「ベランダから見える正面近く。該当する建物は幾つか」
真奈美「やはり、服部君が標的か?」
のあ「そうでしょうね」
瞳子「え……?」
のあ「どの程度か、というところでしょうね。不安にならなくてもいいわ」
瞳子「あの……言っていることがあまり」
真奈美「理解できない」
のあ「理解するほどの情報を与えていない。当たり前のこと」
瞳子「えっと……」
真奈美「つまり、話をしてくれるのかな」
のあ「いいえ。私の推論には仮説が多い。証拠を集めたい」
真奈美「逆か?」
瞳子「聞きたいことがあるのですか」
のあ「ええ、答えてくれるかしら」
瞳子「もちろんです」
のあ「301号室の住人について聞かせてちょうだい」
高峯探偵事務所
まゆ「話が飛びましたねぇ」
真奈美「ここでのあに置いて行かれた。のあのスピードを甘く見ていた」
まゆ「速いですから。追いつけましたか?」
真奈美「答えはノーだ。間違ったな」
まゆ「管理人さんに話を聞きにいかないとでしたね、一緒に」
真奈美「本当にな。のあの調査は推理と同時並行だからな」
まゆ「推理はのあさんに任せても」
真奈美「情報は同時に集めるべきだ」
まゆ「のあさんのお仕事が円滑に進むように」
真奈美「その助けができればいいと思うが」
まゆ「みくちゃんの方がリフレッシュになってるかも?」
真奈美「それは私達には出来ない領分だ、諦めよう」
まゆ「真奈美さんもネコミミをつければ」
真奈美「辞めておくよ」
まゆ「のあさんもお食事をとったでしょうか?」
真奈美「出待ちを終えたぐらいだろう。これからだな、きっと」
清路市民文化ホール・通用口側の裏道
雪菜「行ってしまいましたねぇ」
のあ「ここは出る所も見えるし、車の通り道だから」
雪菜「穴場ですねぇ。手も振ってくれました」
のあ「満足したわ、あなたは」
雪菜「私はこれからですよぉ、ここに来るのも、あなたが悲鳴を上げないのも知っています」
のあ「何を言って……くっ……」
雪菜「車に載せましたか?」
渋谷凛「問題ないよ。軽かった、どんな骨格してるんだか」
渋谷凛
頼子達に協力している。かつては花屋の一人娘だった。
雪菜「見られていませんよねぇ」
凛「うん。すぐに発車しよう。詩織」
瀬名詩織「はい。乗ってください、『化粧師』」
瀬名詩織
交通機動隊員。リスクを冒すために、彼女達に協力している。
雪菜「迎えに来てくれてありがとうございますぅ」
凛「こっちの人はどうすんの?」
美優「一応来ましたけれど……」
雪菜「保険はいりませんでしたねぇ。うかれぽんちさんでしたぁ、あなたの言う通り」
詩織「乗りますか」
美優「いいえ。歩いて帰ります……お疲れ様でした」
雪菜「また、お会いしましょうねぇ」
美優「……会うことがあるなら」
雪菜「うふふっ、出してください」
詩織「はい」
雪菜「気づいてくれるかなぁ、早く」
凛「……」
雪菜「何か言いたげですねぇ」
凛「別に。あんたの邪魔はしないから」
回想9・のあと真奈美
服部瞳子のアパート・302号室
瞳子「301号室、ですか?」
のあ「ええ。どんな人物が住んでいたのかしら」
瞳子「女性でした、二十代後半くらいでしょうか」
のあ「職業は」
瞳子「会社員をやっていると言っていました」
のあ「面識は」
瞳子「引っ越しの際に挨拶をしたくらいです。後は廊下ですれ違ったり」
のあ「その301号室だけれど」
真奈美「……」
のあ「今は誰も住んでいないわ」
瞳子「え?」
真奈美「知らなかったのか」
瞳子「え、ええ。引っ越しした様子もありませんでしたし」
のあ「当然。管理人も夜逃げのようにいなくなった、と言っていたわ」
真奈美「夜逃げか」
のあ「301号室に上がったことはないわね」
瞳子「はい」
のあ「実際は夜逃げしたわけではないわ。引っ越しの手間がかからなかっただけ」
瞳子「どういう意味でしょう……?」
のあ「住居ではなかったようね」
真奈美「目的が住むことではない、か」
のあ「何のために部屋を借りていたのか」
瞳子「あの」
のあ「何かしら」
瞳子「301号室に住んでいた人が犯人なのですか」
真奈美「それなら、もう解決しているのか」
のあ「解決はしていないと思うわ」
瞳子「そうですか……」
真奈美「目的?」
のあ「だから尻尾を掴むチャンスはある。服部瞳子?」
瞳子「……」
のあ「聞いているかしら」
瞳子「すみません、何でしょうか」
のあ「あなたが引っ越してきてから4ヶ月。301号室が空き部屋になってから2週間。変わったことは」
真奈美「ストーカー以外のことか」
のあ「その通り。あなたではなく、周囲のこと」
瞳子「それなら、あそこです」
のあ「どこかしら」
瞳子「ベランダから見えるビルの改装が終わりました」
のあ「そこに行ってみましょうか」
幕間
清路市内某雑居ビル・1階・空き店舗
大和亜季「警部補殿!」
大和亜季
刑事一課和久井班所属の巡査部長。今日は予定を入れていなかったとのこと。
留美「お疲れ様。新田巡査、来てちょうだい」
新田美波「はい!大和巡査部長、お疲れ様です!」
新田美波
刑事一課和久井班所属の巡査。留美が不在時に起きた事件だが、士気は落ちていないようだ。
留美「報告を」
亜季「やはり事件発生時間は18時半から19時45分の間でありますな」
留美「警備員の巡回時間ということかしら」
亜季「その通りであります。同じ警備員が巡回に来ているであります」
留美「目撃者は」
亜季「おりません。同じ警備員でなければ、異変に気付かなかったかもしれませんな」
留美「監視カメラは」
亜季「店舗内にはありませんが」
美波「建物側の監視カメラにも不審な人物は映ってませんでした」
留美「それで、被害者は見つかったのかしら」
亜季「残念ながら、見つかっておりません」
留美「被害者なき刑事事件、と」
美波「そうなりますね……」
亜季「残っていたのは血だけであります」
留美「登場人物は目撃者だけ。増やしましょうか」
美波「はい」
亜季「関係者を全てあたるであります」
留美「良い心意気ね。大和巡査部長はこの建物の関係者を」
亜季「了解であります!」
留美「新田巡査は近隣の関係者と目撃者を」
美波「はいっ!美波、行きますっ!」
留美「頼むわ」
亜季「警部補殿はどうするでありますか?」
留美「血そのものを調べるわ」
亜季「わかりました!大和巡査部長、行って参ります!」
留美「ええ……長い夜になりそうね、今日は」
回想10・のあと真奈美
CGプロダクション・2階・応接室
CGプロダクション
改装中だったビルに入居した芸能事務所。旗揚げして間もない新しい会社とのこと。
真奈美「今度こそ芸能事務所だな」
瞳子「そうですね……」
のあ「彼女が戻ってきたわ」
千川ちひろ「申し訳ありません、やはり皆出払っていまして」
千川ちひろ
CGプロダクションのアシスタント。この時点で数少ない社員の1人。
のあ「そう」
ちひろ「なにせ新しい事務所ですから、来客があるとは思わなくて」
のあ「別にいいわ。今は誰かいるのかしら」
ちひろ「私の他に、トレーナーさんと候補生の方が1人います。3階のレッスンルームです」
瞳子「……」
のあ「今いる人物に話が聞ければいいわ」
ちひろ「どのようなご用件でしょうか?」
のあ「質問を。一つだけで良いと思うわ」
真奈美「一つだけでいいのか?」
のあ「改修工事、何が目的だったのかしら」
回想11・のあと真奈美
CGプロダクション・3階・レッスンルーム
トレーナー「はじめまして。CGプロでレッスントレーナーをやっています、青木明です」
トレーナー
CGプロダクションに雇われた青木4姉妹の3女で、名前は明。家族経営のスタジオごとCGプロダクションが買収したらしい。
のあ「はじめまして。こちらの方は」
トレーナー「ご紹介しますね、候補生の島村さんです」
島村卯月「島村卯月です、こんにちは!」
島村卯月
CGプロダクションのアイドル候補生。彼女は知らないが、デビューまでの入念な計画がある期待の星。
瞳子「笑顔が眩しい……」
トレーナー「おふたりのお話というのは?」
のあ「ふたり?」
瞳子「木場さんは先ほどの事務員さんと何か話していまして」
のあ「揃う必要もない。大した用事ではないわ。私はこういう者よ」
卯月「名刺……高峯探偵事務所?」
トレーナー「探偵さんが何故芸能事務所に?」
のあ「理由は色々と」
卯月「こちらの綺麗な人はどなたでしょう?」
瞳子「……」
のあ「服部瞳子、質問されているけれど」
瞳子「え、私……ですか」
卯月「もしかして、事務所に所属する新しい人ですか?」
トレーナー「何人か移籍する方も含めていると聞いています」
瞳子「いいえ、私は違います」
のあ「私の依頼人よ」
瞳子「近所に住んでいるので、よろしくお願いします」
卯月「はいっ」
のあ「質問をしていいかしら。下でも同じことを聞いたのだけれど」
トレーナー「何でしょうか、答えられることなら」
のあ「改装工事をしていたけれど、何をしていたのかしら」
卯月「改装工事ですか?最近終わったばっかりですよね」
トレーナー「外壁の塗装を塗り替えたと聞いています。それと」
のあ「窓ね」
トレーナー「はい。窓が開いていても外から見えないように」
卯月「芸能事務所らしいですね」
のあ「そういうことね」
瞳子「私の部屋からは何も見えませんでした」
のあ「私が聞きたいことはそれだけね。がんばってちょうだい」
真奈美「おっと、もう終わりかな」
真奈美「ほう、立派なレッスンルームだな」
瞳子「そうですね、本当に」
のあ「木場さんは何か別の話でも」
真奈美「まぁ、仕事の話だな」
プルルル……
のあ「私の電話ね。こちら高峯……ええ、メールで送ってちょうだい。感謝するわ」
真奈美「どちらからかな」
のあ「不動産屋。調べてもらった結果が出たわ」
真奈美「不動産屋?」
のあ「さて、そろそろ終わりにしましょう。少しご協力をお願いしていいかしら」
回想12・のあと真奈美
CGプロダクション近隣・路上
真奈美「……」
のあ「こちらには反応なし。青木さん、ありがとう。戻って良いわ」
真奈美「聞いていいか」
のあ「どうぞ」
真奈美「君の中では結論は出ているよな」
のあ「そうね」
真奈美「その結論は教えてくれないのか」
のあ「頭の中の推論より見える結果。今は結果が見えるのだから、それでいい」
真奈美「推理を楽しむようなことはしないのか」
のあ「仕事だから。道楽に近い収支だとしても」
真奈美「……」
のあ「変なことを言ったかしら」
真奈美「いいや、言ってはいない」
のあ「そう……服部瞳子、ベランダに出てもらえるかしら」
真奈美「……」
のあ「……」
真奈美「かかった、みたいだぞ」
のあ「そのようね。さて、お話を伺いましょうか」
高峯探偵事務所
真奈美「のあは犯人まで辿り着いた。傍から見れば簡単そうに」
まゆ「のあさんだからこそ、ですね」
真奈美「そういうことだな」
まゆ「最初に犯人が顔見知りかそれ以外か、アタリをつけてました」
真奈美「私が初めて会った時には、犯人は顔見知りではないと考えていた」
まゆ「服部さんの職場とかを先に調べて」
真奈美「そうなると、瞳子君のアパート周りを調べることになる」
まゆ「301号室に怪しい動きがあったことがわかったら」
真奈美「CGプロダクションが目的だったのもすぐにわかるな」
まゆ「はい。ストーカー行為があるのではないかと不安に思ったのも」
真奈美「同じアパートなら当然だな。郵便物を物色しても怪しまれにくい」
まゆ「301号室から別の部屋に移動したなら、のあさんなら簡単に調べられる」
真奈美「資産家だものな。簡単に引っ越した人物は割り出せる」
まゆ「あまり帰らない住人もわかるかも」
真奈美「後は罠をはるだけだ」
まゆ「CGプロの人と服部さんに協力してもらって」
真奈美「のあなら難しくない」
まゆ「はい、知ってます」
真奈美「最初から高峯のあは興味深い人物だ。なおさら驚いたよ」
まゆ「でも、真奈美さん?」
真奈美「何かな」
まゆ「話していないこと、ありませんかぁ?」
真奈美「おや、気づいたかな」
まゆ「のあさんの2番目の助手ですから」
真奈美「話していないことは何かわかるかな、この時点では私もわかっていない」
まゆ「のあさんは、あえてまだ聞いてないと思います」
真奈美「そうだな。ここに帰ってきてから、のあは聞いていたよ」
まゆ「真奈美さんは今、その人を下の名前で呼んでいますし」
真奈美「おっと、これは気をつけていなかった」
まゆ「服部瞳子さん、ってこの人ですかぁ?」
回想13・のあと真奈美
高峯探偵事務所
瞳子「パパラッチ、ですか」
真奈美「芸能ネタを扱うゴシップ誌の記者だった」
のあ「実績あるスタッフが大手事務所から独立、新事務所設立、移籍のウワサあり、記者が狙うには十分な理由ね」
真奈美「残念ながら成果はゼロだったみたいだな」
のあ「色々と私も掴んでいる。安心していいわ」
真奈美「強制的に借りを作らせた。なかなか、やり手だよ」
のあ「ないでしょうけれど、何かあったら連絡してちょうだい。何とかするわ」
瞳子「そこまでは……でも、ありがとうございます」
のあ「最後に確認していいかしら」
瞳子「何か、ありましたか」
真奈美「それを聞くのか?」
のあ「結論に至るまでに知ったこと、秘匿するのは私の主義に反する」
瞳子「……?」
のあ「あなた、何者かしら」
瞳子「私、ですか。私は……」
のあ「……」
瞳子「調べてます、よね」
のあ「ええ、申し訳ないけれど」
瞳子「……」
のあ「……」
のあ「目的は」
瞳子「芸能界でお仕事をするために」
真奈美「単身で、かな」
瞳子「はい。遠い昔のようですね、本当に」
真奈美「……」
瞳子「最初だけ順調でした。1年も経たないうちにデビューが出来て、CDも出して……」
のあ「ごめんなさい、部屋に置いてあったのを見たわ。本名ではなかったけれど」
瞳子「本名でないのは、今思えば……きっとこうなるとわかっていたのかもしれませんね」
真奈美「……」
瞳子「こうして静かに暮らせているのは、そのおかげ」
のあ「ゴシップ誌の記者は気づいたけれど」
瞳子「売れないアイドルを追いかけていたのね、昔から」
真奈美「……」
のあ「あなたの過去がわかれば、全ての話が通る」
真奈美「新しい事務所を張っていたら、隣に元芸能関係者が引っ越してきた」
のあ「何か関係があると思っても、おかしくはない」
瞳子「ストーカーではなかったのね、記者さんが少し調べていただけ」
のあ「ええ。もう危険はないでしょう」
瞳子「安心したわ……また喫茶店の店員としての生活に戻れる」
のあ「……」
瞳子「探偵さん、ありがとうございました」
のあ「伝えておくわ。その記者があなたも調べていた理由だけれど」
真奈美「……」
のあ「静かに芸能界を去ったあなたを追っていた理由は、望んでいたからよ」
瞳子「望んでいた……」
のあ「あなたが、表舞台に戻ることを」
瞳子「そんなことは、ないと思います」
のあ「私にはわからない。人の心は難解で、私はあなたの歌を聞いたこともないのだから」
瞳子「……」
のあ「あなたの歌は経験によって磨かれていった」
真奈美「これからだと、思っていたそうだ」
のあ「だから、気づき、祈った」
真奈美「君が新天地の門戸を叩くことを」
のあ「挫折からの復活は人間に深みを与える、きっとシンデレラの夢物語に必要な材料になると」
瞳子「……」
のあ「私からは以上よ」
のあ「その回答を私は求めていない。ご自由になさい」
瞳子「……はい」
のあ「請求はまだ後日。木場さん、送ってあげて」
真奈美「構わない。今日は雇われ運転手だからな」
のあ「ありがとう」
瞳子「ありがとうございます、探偵さん」
のあ「お礼の言葉は受け取っておくわ」
瞳子「少しだけ……考えてみます」
回想14・のあと真奈美
高峯探偵事務所
真奈美「失礼するよ、服部君を送ってきた」
のあ「ご苦労様。そこの封筒」
真奈美「これか?」
のあ「約束通りの額が入っているわ。相違なければおい、そこの書類にサインを」
真奈美「フム、確かに受け取った」
のあ「ご協力感謝するわ」
真奈美「それにしても、意外だった」
のあ「何のことかしら」
真奈美「最後のことは伝えなくてもよかっただろう?」
のあ「伝えたことに問題はあったかしら」
真奈美「いいや、ないよ」
のあ「それならいいでしょう。私の言葉程度で変わるなら、本当は変わりたかっただけ」
真奈美「……」
のあ「そうでなければ、あなたの仕事を聞いた時にあんな反応はしないわ」
真奈美「なるほどな」
のあ「何か、彼女は言っていたかしら」
真奈美「言っていないよ、何も。私からも何も言っていない」
のあ「そう」
真奈美「どんな道でも悪くはない、大丈夫さ」
のあ「ええ。あなたも仕事が見つかったかしら」
真奈美「目ざといな」
のあ「探偵だから」
真奈美「仕事が来るかはわからないが、ツテは出来た。運転手もするものだな」
のあ「……」
真奈美「後は部屋探しだな」
のあ「……その」
真奈美「雨も止んだ、いい時間つぶしになった」
のあ「木場真奈美、話があるのだけれど」
真奈美「何かな」
のあ「部屋が空いているわ」
真奈美「はい?」
のあ「ここに住むのは、どうかしら」
高峯探偵事務所
まゆ「のあさんからの提案だったんですねぇ」
真奈美「ああ。佐久間君もそうだろう?」
まゆ「はい。のあさんが、言ってくれました」
真奈美「まぁ、そんな提案を飲む私も私だがな」
まゆ「ふふっ」
真奈美「結果としては正解だったな。のあのツテは私にも得だったし、何より退屈はしていない」
まゆ「そうですねぇ。瞳子さんはすぐに芸能界に戻ったんですかぁ?」
真奈美「ああ。CGプロのスカウトが直々に来たらしいからな」
まゆ「まぁ……」
真奈美「のあもお節介だな。私達もお節介を受けている側だが」
まゆ「ふふっ……」
真奈美「誰かと暮らすのは良いことだな。のあと張り合うのも偶にはいい」
まゆ「はい、とっても」
真奈美「きっとだが……」
まゆ「……」
真奈美「私達がここにいるだけで、のあのためになっている」
まゆ「……」
真奈美「のあはここを離れられないから、誰かを招き入れるしかない」
まゆ「それが、善意なら提案しやすいから」
真奈美「ああ。ここにいるのは、のあが望んだからだ」
まゆ「のあさんも言っていました」
真奈美「本当は両親さえ生きていれば、違う性格だったのかもな。人助けが心の底に根付いた、良家の御息女だものな」
まゆ「……それは」
真奈美「もしも、の話は残酷だな。そうだったら、こうして話していることもない」
まゆ「そうですねぇ、今を否定する理由なんてないのに」
真奈美「ああ。幾つか偶然があって、ここにいる」
まゆ「ありがとうございます、真奈美さん」
真奈美「どういたしまして。他にも聞きたいことはあるかな」
まゆ「それなら、前から聞きたいことがあったんです」
真奈美「なにかな」
まゆ「みくちゃんを紹介した時のことが聞きたいです」
清路市内某所
のあ「ん……」
雪菜「おはようございますぅ」
のあ「鉄格子の扉の向こうに井村雪菜、体は拘束されていない……気絶した理由はスタンガンかしら」
雪菜「挨拶は大事ですよぉ」
のあ「……おはよう」
雪菜「良く出来ましたぁ、うふふっ」
のあ「油断していたわ、こんな時を狙うなんて卑怯な」
雪菜「そうでもないと隙がありませんからぁ。そして、私じゃないと」
のあ「西島櫂の事件はあなたが黒幕だった、古澤頼子ではなく」
雪菜「ええ、やっと気が付きましたか。遅いですよぉ」
のあ「色々と足らない部分が埋まったわ、あなたの行動が西島櫂の犯行にも影響していたのね。気づかなかった」
雪菜「気づかないから、こんな事になったのですよ?」
のあ「留美もいない時……いや、そういうことね」
雪菜「ちょっとお出かけしてもらいました」
のあ「計画的ね。要求は」
雪菜「要求ですかぁ、とりあえず一晩ここにいてくださいねぇ」
のあ「……それだけかしら」
雪菜「そうですよぉ。お食事もご用意しましたぁ」
のあ「机の上にサンドイッチとインスタントのスープ」
雪菜「ポットにお湯が入っていますので、ご自由にお使いくださいな」
のあ「インスタントのコーヒーもあるわね、歓迎されているのかしら」
雪菜「大切なお客様ですからぁ」
のあ「もう一度聞くわ、要求は」
雪菜「ここにいてください」
のあ「他にもあるはずよ」
雪菜「それ以外はありませんよ?」
のあ「みくにゃんで釣れば一晩くらいは付き合うのに、誘拐したのは何故かしら」
雪菜「うふふ、面白いこといいますねぇ」
雪菜「こちらですぅ。ケータイ依存症でも我慢してくださいねぇ」
のあ「どこかを脅迫しているのかしら」
雪菜「してませんよぉ」
のあ「本当かしら」
雪菜「私は正直ですよ、きっと」
のあ「……」
雪菜「逃げないでくださいねぇ」
のあ「命の危険はなさそうね、そうするわ」
雪菜「聞いてくれてありがとうございますぅ」
のあ「……」
雪菜「疲れたでしょうから、ゆっくり休んでくださいねぇ」
のあ「……行ってしまった」
のあ「さて……考えましょうか。ここはどこか。何が目的か。逃げる方法はあるか。彼女は何者か」
回想15・のあと真奈美
真奈美が来て数ヶ月後
高峯探偵事務所
真奈美「帰ったぞ」
のあ「おかえりなさい。仕事は順調かしら」
真奈美「ぼちぼちだな。生活には困っていない、悠悠自適さ」
のあ「そう」
真奈美「君は……いつも通り、ファイルと本の山に埋もれているな」
のあ「推理小説は毎日のように増えるし、事件は幾らでも起こる。私が暇をするようなことはない」
真奈美「柊警部補から資料が貰えるとはいえ、間がな隙がな事件を考えているのはどうなのか」
のあ「研鑽は怠らないわ。探偵だもの」
真奈美「他に趣味はないのか」
のあ「そうね、天体観測は好きよ」
真奈美「そうなのか?空を見ている覚えはないが」
のあ「道具はあるわ。でも、ご無沙汰ね」
真奈美「出かけている様子もないな、どこか星を見に行くか?」
のあ「提案はありがたく受け取るわ。今は大丈夫よ」
真奈美「そうか。音楽は聞く……のは見たことがないな。聞くのか?」
のあ「聞かないわね」
真奈美「だろうと思った。テレビも見ていないしな、少しは世間の流れに興味を持て」
のあ「好奇心は強いつもりだけど」
真奈美「もう少し偏りをなくせ。まぁ、その一歩手前じゃないが、これでも聞いてくれ」
のあ「CD、市販はされていなそうね。どのようなものかしら」
真奈美「プロモーションのために関係者に配布したり、イベントで売っているものだ」
のあ「そう」
真奈美「他の事務所から移籍してきて、すぐにデビューになったんだが、プロモーション不足だったらしい」
のあ「なるほど、移籍の条件だったのね。そういうわけで、真奈美がこれを持っているのね」
真奈美「これも何かの縁だ、聞いてやってくれないか」
のあ「聞いてみるわ」
真奈美「アイドルの曲なんて聞かないだろうが、気分転換にはいいだろう」
のあ「そうね。名前は……」
真奈美「前川みく」
のあ「ネコちゃんアイドルねぇ……」
真奈美「言っておくが、こう見えて色物じゃないぞ?ジャズが得意なんだ」
のあ「色眼鏡をかけることは損。聞いてから考えるわ」
回想16・のあと真奈美 (了)
数日後
高峯探偵事務所
真奈美「帰った……え?」
のあ「おかえりなさい」
真奈美「一応聞くが、これは何かな」
のあ「みくにゃんのポスターだけれど」
真奈美「それは見ればわかるが……」
のあ「CDショップから譲ってもらったわ。真奈美、ご紹介ありがとう。人生が豊かになった気がするわ」
真奈美「それは、いいこと……なのか?」
回想・のあと真奈美 了
高峯探偵事務所
まゆ「うふふ、心変わりが早いですねぇ」
真奈美「私の方が驚いた。すぐに前川君のファンクラブが出来て、それにも入っていたな」
まゆ「のあさんは、みくちゃんの何が好きになったのでしょう?」
真奈美「私にはわからない」
まゆ「のあさんは運命とか言っちゃうので……」
真奈美「それが真実なくらいに唐突だったからな。私が勧めた以上、少しの奇行は許してくれ」
まゆ「もちろんです」
真奈美「犯罪やマナー違反はしないだろうとは思っているが」
まゆ「のあさんだから大丈夫ですよぉ」
真奈美「そうだな」
まゆ「のあさんから、連絡はありましたかぁ?」
真奈美「まだだな」
まゆ「留美さんとお話がはずんでいるんでしょうかぁ」
真奈美「そうかもな。もうこんな時間だ、のあは待っているから佐久間君は休みたまえ」
まゆ「はぁい。真奈美さん、話してくれてありがとうございますぅ」
真奈美「いやいや。むしろ遅くなったな」
まゆ「次は海外にいた時のこと、聞かせてくださいねぇ」
真奈美「もちろんだ。日本に帰って来た理由も後でな」
まゆ「お風呂、お先に頂いていいですか」
真奈美「ああ。ゆっくりしたまえ」
清路市内某所
のあ「……」
古澤頼子「……」
古澤頼子
井村雪菜が部屋から出てからしばらくして入室してきた。椅子に腰を下ろすと、一言も話さずに美術書を読み始めた。
のあ「古澤頼子」
頼子「どうかなさいましたか」
のあ「質問には答えてくれるのかしら」
頼子「構いませんよ」
のあ「……」
頼子「ないのなら、読書に戻りますが」
のあ「わからない。あなたが井村雪菜を動かしているのではないのかしら」
頼子「主従関係ではありません」
のあ「あなたが私を見張っている理由は何かしら」
頼子「時間があるからです」
のあ「あなたの目的は」
頼子「私の目的はいつも同じです」
のあ「そういうことにしておくわ。井村雪菜の目的は」
頼子「私にはわかりません」
のあ「わからない、目的もなく協力しているのかしら」
頼子「協力しているのでしょうか?」
のあ「私に問われてもわからないわ」
頼子「その程度ですか、あなたは」
のあ「……ここはどこかしら」
頼子「答えるな、と」
のあ「井村雪菜はどこにいるのかしら」
頼子「こちらも答えるな、と」
のあ「答えてくれることはあるのかしら」
頼子「私の一存で決めます」
のあ「……そこにあるケータイは」
頼子「あなたのものですよ」
頼子「ええ」
のあ「連絡をしてもいいかしら」
頼子「それは許されていません」
のあ「電話をかけることは」
頼子「許されていません」
のあ「ならば、かかってきた電話にでることは」
頼子「私が出ます。伝言があるのなら伝えてもかまいません」
のあ「それはあなたの意思かしら」
頼子「彼女の意思です。私は彼女の邪魔はしません」
のあ「つまり、電話がかかってくればいいのね」
頼子「条件があります」
のあ「条件?」
頼子「事態を理解した人でなければ、電話には出ません」
のあ「……」
頼子「今晩はこちらで本を読みます。おくつろぎください」
のあ「つまり、私が失踪していることに気づかないといけないのね」
頼子「それが彼女によるルールです」
のあ「古澤頼子」
頼子「……」
のあ「あなたは何者なのかしら」
頼子「いずれわかることですよ、ここにいることも。何もかも」
のあ「私にはわからない。あなたの行動原理も何も」
頼子「わからなくても構いません」
のあ「……」
頼子「お休みですか」
のあ「助手と友人を信じるわ、今はそれしか出来ないのだから」
高峯探偵事務所
真奈美「電話には出ないな」
まゆ「真奈美さん」
真奈美「のあはまだ帰ってこないようだ」
まゆ「はい。私はお部屋に戻りますねぇ」
真奈美「おやすみ」
まゆ「おやすみなさい」
真奈美「さて、何時連絡が来ることやら」
清路市内某雑居ビル・1階・空き店舗
一ノ瀬志希「留美にゃん~」
一ノ瀬志希
科捜研所属。近くにいたのか、科捜研の誰よりも先に現場に駆け付けた。
留美「一ノ瀬さん、血液についてわかったことは」
志希「志希ちゃん聞きたいんだけどー、いい?」
留美「構わないわ。どうぞ」
志希「この部屋、18時30分から誰か入った?」
留美「今のところ、警備員だけよ」
志希「それなら、志希ちゃん、わかっちゃった。聞きたい~?」
留美「ええ、聞かせてちょうだい。大和巡査部長と新田巡査から新しい情報もないし」
志希「留美にゃんも勘付いてるかな?さっすが~」
留美「一ノ瀬さんのわかったこと、とは何かしら」
志希「犯人は警備員だよ~、他には誰もいないから調べても何にもでない」
留美「可能性としては考えていた。あなたに聞きたいのは」
志希「被害者の方?」
留美「ええ。被害者は」
志希「いないよ?この血はどこかに保管されてたんじゃないかな?」
留美「被害者はいないのね、つまり」
志希「血は安全に抜かれて、ここに撒かれた」
留美「撒いたのは警備員ね」
志希「そーゆうこと」
留美「血の持ち主は」
志希「それはわからないな~。B型の女の人なのはわかるよ?たぶん若い?」
留美「何もわからないと同義ね」
留美「警備員に全てを確認すれば、ね」
志希「にゃはは、刑事は大変だね~」
留美「そうでもないわ」
志希「みくにゃんのライブ後なのにお仕事……余韻に浸りたくない?」
留美「記憶力は悪くはないわ、お気遣いありがとう」
志希「どういたしまして~」
留美「しかし……」
志希「気持ちはわかるよ~、なんでだろう?」
留美「動機がわからないわね」
志希「留美にゃん、問いただすのは得意でしょ?」
留美「ええ。そうするわ」
深夜
清路市内某雑居ビル・1階・空き店舗
亜季「これで一段落でありますな」
美波「はいっ、お疲れ様でした」
留美「警備員は犯行を自白」
美波「血を撒いたのも通報したのも、犯人によるものでした」
亜季「動機はお金でありますな」
留美「報酬を得るため」
美波「前金は既に受け取っています。同額が明日には振り込まれる約束とのことでした」
亜季「ですが、依頼者の方は見つかっておりません」
留美「血液は今日送られてきたもの」
美波「送り元は清路市内でしたが、何者かはわかっていません」
亜季「依頼人と同一人物でありましょうか?」
留美「可能性はあるわね」
美波「血の持ち主は未だに不明です」
亜季「特定は難しいでありましょうな」
留美「同感ね。方法があるとすれば」
亜季「依頼人か送り人を見つけることでありますな」
留美「その通りね」
美波「これからどうしましょうか」
留美「大和巡査部長、後日報告書をまとめてちょうだい」
亜季「了解であります!」
留美「引きつづき、依頼人と送り人の調査を続けましょう」
美波「目的がわかりませんから」
留美「金銭のやり取りがあるのだから、何らかの目的があるはず。探しましょう」
美波「はいっ!」
留美「今日は休みましょう。お疲れ様」
美波「帰り支度をしますねっ、車で自宅にお送りします!」
留美「ありがとう」
亜季「警部補殿?」
留美「何かしら」
亜季「ケータイが鳴っているようであります。私用の方かと」
留美「本当ね……真奈美さんから?どうしたのかしら」
高峯探偵事務所
留美『もしもし?』
真奈美「和久井警部補、こんな時間にすまないな」
留美『構わないけれど、何かあったのかしら』
真奈美「楽しんでいるところだったら済まないが、のあは一緒にいるか?」
留美『のあ?いないけれど』
真奈美「そうか、まったくどこに行っているんだか」
留美『ごめんなさい。仕事が入ったからライブの後、すぐに別れたの』
真奈美「そうなのか?」
留美『ええ』
真奈美「わかった。もしかして、まだ仕事中かい?」
留美『ご察しの通り。ゆっくりできなくて大変だわ。また何か見つかったみたいね、呼ばれてるわ』
真奈美「お疲れ様」
留美『ありがとう。また、伺うわ』
真奈美「……」
真奈美「いや……違和感がある。和久井警部補と別れてから連絡がないのもらしくない、それに電話には必ず出るよな」
真奈美「……」
真奈美「低い可能性でも潰しておくか」
清路市内某所
ムネノオクキュントスル……
頼子「……」
のあ「電話の着信があるわ」
頼子「はい。木場真奈美さんからですよ」
のあ「……」
頼子「留守電に切り替わりました」
ケータイ『木場だ。そこに誰かいるなら出てくれないか』
頼子「木場真奈美さんからです」
のあ「失踪には気づいているわ」
頼子「そうでしょうか」
のあ「真奈美、決定打ではないわ」
ケータイ『出ないか。それなら、伺うよ。電話の発信元から場所はわかる。待っていろ』
のあ「出なさい、約束よ」
頼子「そうします。こんばんは、木場真奈美さん」
真奈美『つながったか。のあ、じゃないな』
頼子「伝言を預かっています。お伝えします」
真奈美『話しているのは誰かな』
頼子「明日の夜12時までは高峯のあの無事を保障します」
真奈美『それは、安心だな』
頼子「夕食も取りました。怪我もしていません。睡眠もとれていました」
真奈美『誘拐か。目的は』
頼子「同じことを聞くのですね。目的はわかりません」
真奈美『わからない?』
頼子「私はただの見張りですから。本題をお伝えします、3つです」
真奈美『……』
のあ「電話の発信元を辿るのは無理ね……」
頼子「ご了承いただけますか。警察内部に手の物がいることはご存知かと」
真奈美『……承知した』
頼子「2つ目、ケータイのGPSは切っています。そこから追うことはできません」
のあ「周到ね」
頼子「3つ目です。要求をお聞きください」
真奈美『聞こう、なんだ?』
頼子「その前に、高峯のあさんから伝言はありますか?」
真奈美『のあがそこにいるのか?』
のあ「主犯格の名前は伝えてくれるかしら」
頼子「それは許されていません」
のあ「それなら、私からは一つだけ。真奈美、寝なさい。私は無事よ」
頼子「真奈美、寝なさい、私は無事、とのことです」
真奈美『本当に、のあはそこにいるのか』
頼子「いますよ。おつなぎは出来ませんが」
真奈美『なら、聞いてくれ。ライブの最後の曲は何だったか』
頼子「はい。高峯のあさん、ライブの最後の曲は何でしたか」
のあ「前川みくのにゃんにゃんぱらだいす」
頼子「前川みくのにゃんにゃんぱらだいす、だそうです」
真奈美『確かにいそうだな、そこに』
頼子「3つ目をお伝えします」
真奈美『要求か』
頼子「探してください。待っています、とのことです」
のあ「……」
真奈美『のあを誘拐した目的は何だ、古澤頼子』
頼子「私にはわかりかねます。おやすみなさい」
真奈美『待て!き……』
頼子「電源はオフにしておきます。助手を信じて良かったですね」
のあ「ええ。かまをかけることを教えておいてよかったわ」
頼子「気づかれてしまいました、名乗ってもいないのに」
のあ「隠す気はないでしょうに」
頼子「はい。大石泉さんから聞いているでしょうから」
のあ「……ええ。古澤頼子、聞くわ。答えなさい」
頼子「許される範囲であれば」
のあ「目的がわからない。真奈美に探させる理由がわからない」
頼子「私にはわかりません。わからないから、面白いのですよ」
のあ「あなたが答えられる質問にするわ。あなたは何が目的なのかしら、古澤頼子」
頼子「今はお話することはできません。あなたは探偵ですから答えに辿り着きます、きっと」
のあ「……そう」
頼子「もうお話することはありません。良い夜をお過ごしください」
翌朝
清路市内某所
頼子「おはようございます」
のあ「……おはよう。早起きなのね」
頼子「よく眠れたでしょうか」
のあ「思考が回るほどには。どうやら私は無事のようね」
頼子「私の仕事もこれで終わりです。高峯さん、こちらを向いてください」
のあ「……写真を撮ったのかしら」
頼子「はい。木場真奈美さんに送っておきます」
のあ「無事を知らせる、と」
頼子「それでは、失礼いたします」
のあ「……」
のあ「真奈美は寝たかしらね。アドバイスは聞いているといいけれど」
高峯探偵事務所
まゆ「……」
真奈美「現状は話した通りだ。のあはいない」
まゆ「……わかりました」
真奈美「のあの言う通り、睡眠はとった。頭は動く」
まゆ「まゆは準備ができてませんよぉ……」
真奈美「すまない。聞いていたら眠れないだろうからな」
まゆ「……」
真奈美「今の所はのあは無事だ。ご丁寧に時間データ付きで写真が送られてきた」
まゆ「探すことが相手の要求なんですよね?」
真奈美「不可解なことにな」
まゆ「うーん……」
真奈美「私達はのあの助手だ。見つけ出すぞ」
まゆ「はい、必ず」
真奈美「警察に連絡はするな、と言われたが」
まゆ「本当に内通者がいるんですねぇ……」
真奈美「警察以外は流石に捉えられまい」
まゆ「誰かに協力をお願いしたんですかぁ?」
ピンポーン……
真奈美「来たな」
雪乃「お邪魔しますわ。真奈美さん、お連れしました」
まゆ「あら……」
安斎都「おはようございます!依頼と聞きましたので飛んできましたよ!」
安斎都
希砂二島で起こった連続殺人事件を解決に導いた探偵。のあとは連絡を取り合っていたようだ。
高峯探偵事務所
都「フム……」
雪乃「のあさんはご無事ですのね」
真奈美「そのようだ」
都「犯人からの連絡はありますか?」
真奈美「ない。のあが関係する会社にも連絡はない」
都「つまり、誘拐しているのに要求がないのですね」
まゆ「はい……」
真奈美「要求は探せ、という指示だけだ」
雪乃「のあさんの他に失踪した方はいるでしょうか?」
真奈美「他?」
雪乃「私も目的とは関係なく人質に取られたことがありますので」
まゆ「ショッピングモールのことですね……」
都「真夏のクリスマス、話は聞いています」
真奈美「いないと思うが、都君はどう思う?」
都「わかりません。でも、のあさんを人質に取るのは大変だと思います」
まゆ「のあさん、柔道は有段者ですから」
雪乃「護身術も習っていたと聞いていますわ」
真奈美「警戒感は強い方だ」
都「難しい相手をわざわざ隠れ蓑にはしないと思います」
まゆ「のあさんを人質にする理由がある……?」
都「そう推理しています。だから探すキーは、高峯のあ、その人です」
真奈美「のあが鍵なのはわかるが、切り口がわからない」
都「高峯のあといえば、何者でしょうか」
まゆ「探偵?」
雪乃「のあさんのご職業ですわね。自己紹介にも使うのを聞いたことがありますわ」
都「探偵に勝負をしかける愉快犯は小説の王道です、が」
真奈美「のあは身動きを封じされているな」
都「勝負ではないでしょう」
まゆ「逆怨み……とか」
都「それだと疑問が残ります、誘拐が成功しているのですから」
真奈美「そんな人物なら警戒しないとは思えない」
まゆ「みくちゃんのライブで浮かれていても、です」
真奈美「そうか、警戒しないような人物か」
都「おそらく。探偵高峯のあが警戒しない人物は」
まゆ「考えてみると多いですねぇ」
雪乃「人に関わる仕事ですもの」
真奈美「絞り込むのは難しいな」
都「ええ。他の切り口から、高峯のあといえば何者でしょうか」
雪乃「資産家ですわ。このビルのオーナーでもありますの」
都「身代金目的の誘拐は最初に疑うべきことです、が」
真奈美「私もそれは考えている」
まゆ「のあさんが関係するところに連絡はないんですよね?」
真奈美「ああ。関西の親族にも連絡はない」
都「資産家高峯のあを狙ったわけではなさそうです、今の所は」
雪乃「そうなると……」
都「高峯のあといえば何者でしょう、他には」
まゆ「のあさんは、のあさんです」
真奈美「私人としての高峯のあは、何者だろうな」
まゆ「推理小説は好きですねぇ」
雪乃「紅茶とコーヒーはお好きですわ。食事は甘みよりも刺激的なお味がお好みですわね」
真奈美「趣味は天体観測だが、独学でやっているようだな」
まゆ「お友達も警察の人とかお仕事での知り合いが多いですねぇ」
真奈美「そうなると……前川君の大ファンくらいか?」
雪乃「みくにゃんさんですわね」
まゆ「でも、ただのファンですよぉ?」
都「いいえ、そこです」
真奈美「どういうことかな」
都「残念ですが、わからないことが多すぎます。少しでも手掛かりを手に入れましょう」
まゆ「わかっていることは……」
雪乃「のあさんはみくにゃんさんのライブに行きましたわ」
まゆ「留美さんとは終了後に分かれました」
真奈美「何時誘拐されたかは、正確にはわかっていない」
都「手掛かりを手に入れましょう。その場にいた人物と連絡は取れますか」
真奈美「前川みくニャンニャン親衛隊、と名乗る一団は名刺があるはずだ」
都「秘密結社ですか」
まゆ「ただの趣味の集いですよぉ……たぶん?」
都「ええ。相原さん、お願いがあるのですか」
雪乃「はい、何でも仰ってくださいな」
都「ファンの方に連絡を取っていただけますか。のあさんの情報が知りたいです」
雪乃「わかりましたわ。真奈美さん、のあさんの部屋にお邪魔しますわ」
真奈美「非常事態だ、許してくれるだろう。佐久間君、手伝ってあげてくれ」
まゆ「わかりましたぁ。雪乃さん、のあさんのお部屋に案内しますねぇ」
真奈美「私はどうしようか」
都「真奈美さんには聞きたいことがあります」
真奈美「何かな」
都「のあさんではなく、犯人を切り口として考えてみましょう」
高峯探偵事務所
真奈美「犯人か……」
都「わかっていることは少ないですが」
真奈美「警戒心が少ない時とはいえ、のあが警戒しない人物だ」
都「誘拐の実行犯は、ですね」
真奈美「協力者もいる。誰かはわかっている」
都「古澤頼子」
真奈美「ああ、のあから聞いているか」
都「聞いています。本当はどんな人物だったかも」
真奈美「登場人物は彼女だけだ、ある意味上手くやられたな」
都「ある意味とは」
真奈美「既に疑われている人物が出てきても何も進展しない。消息も不明だったからな」
都「なるほど、本来はメッセンジャーになるような人物ではありませんが」
真奈美「今回に至っては適役だ」
都「役割を分担した、と」
真奈美「そうか、複数犯か」
都「人を手配するのは」
真奈美「古澤頼子の仕事だろうか」
都「そうなると、彼女が出てきたことは手掛かりになります」
真奈美「その意味は」
都「そう簡単に信頼感のない人物を使うとは思えません」
真奈美「古澤頼子と関わりのある人物、ということか」
都「何人かいるはずです」
真奈美「小室千奈美、吉岡沙紀、小松伊吹、それとシスタークラリス」
都「私の会った人物なら、沢田さんですね。後、亡くなっていますが乙倉さん」
真奈美「大石泉君は、古澤頼子にも会ったことがあるはずだ」
都「いわゆる仲間は何人いるのでしょうか……」
真奈美「わからない。サンタクロースのトナカイは古澤頼子については知らなかった」
都「他にいらっしゃいますか」
真奈美「松永涼もだな、後は……東郷邸の関係者」
都「……」
真奈美「これも聞いているか?」
都「すみません。まゆちゃんと同居している理由は気になってしまって」
真奈美「秘密にはしていない……佐久間君に協力してもらおう」
都「少しでも良いです、手掛かりを」
真奈美「ああ、こちらも始めよう。まずは、ここで出来ることからだ」
清路市内某所
雪菜「へぇ、なるほどぉ」
のあ「あなた」
雪菜「なんですかぁ?」
のあ「今は何をしているのかしら」
雪菜「メイクの勉強ですよぉ。もしかして、退屈ですかぁ?」
のあ「いいえ、必死に考えているわ」
雪菜「退屈で死にそうなら良かったのに、ふふっ」
のあ「悪趣味ね」
雪菜「早く来ないかなぁ、ねぇ、そう思いませんかぁ?」
のあ「そう願いたいところだけれど、厳しいわね」
雪菜「そうですかぁ?」
のあ「ここがどこかも、あなたが犯人であることも、例え目撃者がいたとしてもあなたに辿り着かない」
雪菜「いいえ、必ずわかりますよ」
のあ「その根拠は何かしら」
雪菜「推理させてあげますよぉ。必死に考えてください、探偵さん?」
のあ「……」
雪菜「話は終わりですかぁ?」
のあ「あなたと、希砂二島で会ったのは偶然かしら」
雪菜「誰がですか?」
のあ「私が、よ。あなたが糸を引いたことならば、あなたの意思があるはずよ」
雪菜「思い上がりですよぉ」
のあ「どういう意味かしら」
雪菜「あなたが来るかどうかは重要じゃないですから」
のあ「私には意味がわからない」
雪菜「質問に答えていませんでしたねぇ、意図はありましたよぉ。完全な偶然じゃありません」
のあ「矛盾しているような気がするのだけれど」
雪菜「来てくれたことで、この場面を私で作ることは出来ました。感謝しますよぉ」
のあ「流石の私でも、藤居朋と杉坂海を失ったあなたを疑うのは難しい」
雪菜「探偵さん、ちゃんと考えないとダメですよぉ?」
のあ「そうね、あなたの正体について少し考えるわ」
雪菜「どうぞ、ご自由に。大切な人質ですからぁ、体調だけは気をつけてくださいねぇ」
高峯探偵事務所
真奈美「ひとまず集合だ」
都「情報共有をしましょう」
まゆ「はい……」
真奈美「ファンの方はどうだったかな」
雪乃「のあさんはお見かけされてますわね」
まゆ「留美さんを知っている人がいて、別れたのを見た人もいました……」
都「どうやら出待ちをしているようですが」
雪乃「場所はわからないそうですわ」
真奈美「それはわかってる。前川君に聞いた」
まゆ「みくちゃんに……のあさんには言えませんね」
真奈美「駐車場から出た側道だ。手を振り返したくらいはしたそうだ」
都「問題は……」
まゆ「誰といたか……」
雪乃「はい。高校生から大学生くらいの女性といたそうですわ」
真奈美「前川君もそう言っていたが、見慣れないファンだったそうだ」
雪乃「身長はのあさんより少し低いくらいだそうですわ」
都「ライブには来ていたのですか」
真奈美「ああ。同行者も女性だったらしいが、こちらも見慣れないファンだったようだ」
まゆ「そちらの方は……」
真奈美「赤いメガネ、黒髪ロング、長身だそうだ」
都「古澤頼子、でしょうか」
真奈美「こっちはそうだろうな」
雪乃「犯人は、その方なのですか」
都「誘拐の実行犯ではあるかと思います」
雪乃「……どなたなのでしょう」
まゆ「わかりません……」
真奈美「無駄だったわけじゃない」
都「はい。出待ち以降で目撃者はいません」
まゆ「つまり……誘拐されたのは」
真奈美「会場近辺だ」
都「なので、この人物が重要です」
まゆ「でも……誰かわからない」
真奈美「佐久間君、東郷邸の人と連絡を取ってくれたか」
まゆ「はい……でも」
都「情報はありませんでしたか」
まゆ「そうなんです……古澤さんは由愛ちゃんの個展が終わってから、特に連絡をしてないそうです」
都「目撃された人物はどうでしょう」
まゆ「見たことはないみたいです……」
真奈美「こちらは関係なし、か」
真奈美「小松伊吹、吉岡沙紀は完全に手を引いた。何も知らないそうだ」
まゆ「シスタークラリスも、今回は、何も知らないと……」
都「今回という単語が気になりますが、追及するのは辞めておきましょう」
まゆ「のあさんと一緒にいた人物に思い当たる人はいないみたいで……」
都「他を当たりましょうか」
真奈美「アポイントは取ってある」
まゆ「どなたですかぁ……?」
真奈美「松永涼、小室千奈美、それと大石泉だ」
都「大石さんは色々な人の顔を見ていますし、会うべきです」
真奈美「佐久間君、一緒に行くとしよう」
まゆ「わかりました」
真奈美「雪乃君には留守番をお願いしていいか」
雪乃「もちろんですわ」
都「私も残ります。相原さんはファンの方に引き続き連絡を」
雪乃「わかりましたわ」
真奈美「都君は何を」
都「のあさんの資料を探してみます。真奈美さん、そちらはお願いします」
真奈美「ああ。行くぞ」
まゆ「はい、真奈美さん」
清路市内某所
のあ「この音は……電話の着信音かしら」
雪菜「『井村雪菜』のケータイに連絡が来てしまいましたぁ。この番号は、どなたでしょう?」
のあ「……」
雪菜「もしもし、井村雪菜ですぅ」
のあ「誰なのかしら……」
雪菜「お久しぶりですねぇ。え?高峯さんですかぁ?知らないですよぉ?」
のあ「……真奈美ではなさそうね」
雪菜「そうなんですかぁ、お役に立てないで申し訳ないですぅ。また、はい、さようなら」
のあ「……」
雪菜「安斎都ちゃんでしたよぉ、希砂二島で会った」
のあ「安斎都?真奈美が協力を頼んだのかしら」
雪菜「のあさんがふらりと旅に出たので探してる、ですって」
のあ「気づいたわけではない、私の部屋にある連絡先を洗っているだけね」
雪菜「残念でしたぁ。都ちゃんは、警察を頼っていないので不問ですよぉ」
のあ「……それは良かった」
雪菜「こんな所で気づかれるのは不本意ですから」
のあ「方法、過程、人、何が問題なのかしら」
雪菜「ヒミツですよぉ、分かった時のお楽しみです」
高峯探偵事務所
都「背の高さだけで連絡しましたが、そんなわけないですよね」
雪乃「都さん、お茶をどうぞ」
都「相原さん、ありがとうございます」
雪乃「いえいえ。何かわかりましたか?」
都「何もです、ローラー作戦をやっていますが」
雪乃「まだ情報が少ないように思いますわ」
都「ええ。このままだと犯人に繋がっていても見定められません。ですが」
雪乃「ですが?」
都「砂の粒ような情報でも必要です。地道にやりましょう」
雪乃「はい。ご協力しますわ」
ダーツ場・フィデラークラブ
フィデラークラブ
フォーレビルの地下1階にあるダーツ場。松永涼が出入りしていたライブハウス跡地の隣。
真奈美「お邪魔するよ」
塩見周子「来た来た。いらっしゃいませー、今は営業時間外だけど」
塩見周子
フェデラークラブのアルバイト店員。趣味は献血なので、痩せすぎに注意しているらしい。
真奈美「ワガママを言って済まない」
周子「いいよー、千奈美ちゃんが居たから捕まえて置いた方を褒めて」
まゆ「ありがとうございます……」
周子「あれ、助手さんだけ?探偵は?」
まゆ「えっと……」
真奈美「誘拐された。だから、探している」
周子「は?」
真奈美「佐久間君、この反応はどうかな」
まゆ「眉をひそめて……怪訝そうです」
真奈美「隠している態度でもないな」
まゆ「目撃された人と特徴も……違います」
周子「……本当に誘拐?」
真奈美「内密に」
周子「もちろん、それは守る主義だけど」
真奈美「君にも聞いておこう。この人を知っているか」
まゆ「古澤頼子、という人なんですけど……」
周子「うーん……」
真奈美「猫背気味だが長身だ。職業は美術館の学芸員だった」
周子「ごめん、記憶にない」
真奈美「そうか。小室君達はどちらかな」
周子「こっち。部屋は用意しておいたから、使っていいよ」
ダーツ場・フィデラークラブ・個室
まゆ「こんにちは……お久しぶりです」
松永涼「ああ。千奈美、来たぞ」
小室千奈美「……」
松永涼
隣にあったライブハウスに出入りしていたボーカル。歌い続けているらしい。
小室千奈美
ライブハウスの件での依頼人。今日も朝までいたらしくウトウトしている。
まゆ「おやすみみたいですね……」
千奈美「起きてるわ……ふわぁ、探偵さんが何か、あら?」
真奈美「おはよう。そんなに時間は取らせない」
千奈美「探偵さんがいないけれど、何かあったのかしら」
真奈美「そうだ」
涼「事件でもあったのか?」
真奈美「聞きたいことがある。この人物を知っているか?」
まゆ「古澤頼子、という名前です……」
千奈美「……」
真奈美「身長は165センチくらい、細身で黒の長髪だ」
涼「……コイツか」
千奈美「心当たりがあるわけ?」
涼「顔は覚えていないが、シルエットに見覚えがある」
千奈美「へぇ……」
涼「アタシに吹き込んだ」
まゆ「事件のこと……」
涼「ああ」
真奈美「最近、接触はあったか」
涼「いいや。無くてラッキーだよ」
真奈美「小室君は、見覚えがあるか?」
千奈美「ちょっと、その写真良く見せて」
真奈美「ああ」
千奈美「うーん、違うわ」
まゆ「違う……?」
千奈美「背丈とか黒髪とか共通点はあるけど、絶対に違う」
涼「どういうことだ?」
千奈美「私が会ったのは、もっと目がネコとか獣みたいなハッキリとしてたわ。こんなに何を考えてそうかわからない感じじゃない」
まゆ「……真奈美さん」
真奈美「別の人物が増えたか」
真奈美「ああ。君が言っていた、悪の組織の親玉だよ」
涼「悪の組織……か」
千奈美「イメージと違うけれど、私には関係ないこと」
まゆ「関係ない……?」
千奈美「縁は切ったわ。私だってあんな緊張感はいらないもの」
真奈美「2人とも関係は続いていないな?」
涼「ああ」
千奈美「もちろん」
まゆ「お話しても大丈夫そうですねぇ……」
真奈美「ああ。実は、高峯のあが誘拐された」
涼「……誘拐か」
千奈美「探偵さんが?あんなに目立つ存在をよく誘拐できるわね、すぐに見つかるでしょ」
まゆ「そうなんですが……」
真奈美「今の所見つかっていない」
千奈美「そう。それだけ?」
涼「それだけ、って……」
千奈美「犯人はその女が関係していて、私達はもう何も知らない。それだけよ」
真奈美「その通りだ。赤髪の女は知ってるか?」
千奈美「いいえ。涼は?」
涼「わからない。悪いな」
真奈美「協力は依頼されているか」
千奈美「いいえ」
涼「連絡はない」
千奈美「あったとしても協力しないわ」
まゆ「何か知りませんか……?」
千奈美「残念だけど、何も知らないわ」
まゆ「そうですか……」
千奈美「目的は何かしらね」
真奈美「目的?」
涼「目的というか……標的か」
千奈美「コインロッカーは涼だったけれど」
涼「……ああ」
まゆ「標的……」
涼「誰かをターゲットにして眺めている。目的は……事件にあるとは思えない」
千奈美「探偵さんを誘拐して、誰を眺めているのかしらね?」
高峯探偵事務所
雪乃「都さん、お客様をお連れしましたわ」
都「お客さん?誰でしょう?」
大石泉「こんにちは」
大石泉
頼子が産み出したハッカー。弟の病気は治療が始まったらしい。
都「えっと、大石泉さんですか?」
泉「うん」
都「真奈美さん達が訪ねに行ったのではありませんか?」
泉「来た方が良いと思ったから。見た方が早いし」
都「その通りですね」
泉「助けてもらったから、協力するよ。何をしたらいい?」
都「のあさんの資料を探しています。心当たりがある人物がいたら、教えてください」
泉「わかった。これから見て行けばいい?」
都「お願いします」
雪乃「そろそろお昼ですわね。準備をしますわ、泉さんもどうぞ」
泉「ありがとう、ご馳走になる」
都「しかし、何も進んでない状態です」
泉「PCの方も見よっか。いいかな」
都「非常時です。後で謝りましょう」
泉「これか……簡単に入れた、あっ」
都「どうしました?」
泉「みくにゃんのデータばっかり……壁紙もだし……」
都「……」
清路警察署・科捜研
梅木音葉「こんにちは……」
松山久美子「音葉ちゃん、今日は非番じゃないの?」
梅木音葉
科捜研所属。今日は私服で白衣は着用していない。趣味は森林浴。
松山久美子
科捜研所属。どんな休日を過ごしているか想像がつかない、そもそもいつ休んでいるのか、とは署員談。
音葉「はい……今日は出かけようかと」
久美子「急ぎの仕事はないし、こっちは問題ないわよ」
音葉「ええ……志希さんを探していまして」
久美子「志希ちゃん?見てないけど。昨日帰ってこなかった?」
音葉「いいえ……事件後に戻ってきたのですが」
久美子「今はいない、と」
音葉「ええ……」
久美子「昨日の報告書はここにあるし、一度来たのかもね」
音葉「ケータイも連絡がつきません……」
久美子「非番でしょ?明日には帰ってくる、と思う」
音葉「ええ……心配しているわけではないのですが」
久美子「志希ちゃんも、彼女なりにしっかりしてるから大丈夫。音葉ちゃん、安心して出かけて行って」
音葉「そうですね……」
久美子「良い休日を」
音葉「はい……あら……こんにちは、新田巡査」
美波「こんにちはっ!お出かけですか?」
音葉「はい……失礼します」
久美子「今度は新田さんね、どうしたの?」
美波「一ノ瀬さん、いらっしゃいますか?」
久美子「志希ちゃんが人気ね。いないけれど、報告書はここにあるわ」
美波「それを受け取りに来たんですっ。中身、確認しますね」
久美子「ええ。今日はお仕事?」
美波「非番ですけど、やれることはやっておこうかと」
久美子「熱心ね」
美波「中身、大丈夫ですっ!」
久美子「それは良かった。明日は来ると思うから、何かあったら明日ね」
美波「はい。あの、高峯さんは来てませんか?」
久美子「のあさん?いないけど、どうしたの?」
美波「いいえ、何でもないんです。警部補が気にしてまして」
久美子「留美さんが気にしてた……ああ、昨日大変だったわね」
美波「そうなんです。一ノ瀬さんのおかげで助かりました」
久美子「志希ちゃんがすぐに動けて良かった」
美波「それじゃあ、失礼しますっ。久美子さんもお体にはお気をつけて」
久美子「ムリはしてないわ。またね」
高峯探偵事務所
真奈美「帰ったぞ」
まゆ「ただいま帰りましたぁ……」
槙原志保「お帰りなさい!昼食の準備が出来てますよっ」
槙原志保
喫茶St.Vの店員。パフェを原動力に良く働くが、食べ過ぎてしまうとお肉がついてしまうらしい。
都「実に美味しい」
志保「マスターも喜びますよ!」
真奈美「ありがとう。雪乃君の手はもう少し借りるよ」
志保「お仕事は任せてください!私はこれで」
まゆ「ありがとうございます……」
真奈美「雪乃君は」
都「お店だと思います。そのうち戻ってくるかと」
泉「……うん、美味しい」
真奈美「大石君も来てくれてありがとう」
泉「大丈夫、美味しいご飯も食べれるし……今のところ、役に立っていないけど」
まゆ「何か……進展はありましたか」
都「残念ですが……」
雪乃「お茶を淹れてきましたわ」
まゆ「雪乃さん」
雪乃「お帰りでしたのね」
泉「こっちは、難航しそう」
雪乃「志保さんに甘い物も用意させていますわ。ここはリフレッシュしましょう」
都「発想の転換が必要かもしれません」
泉「頭に栄養入れて」
真奈美「……転換か」
まゆ「……そうかもしれません」
泉「どうしたの?」
都「思い当たるフシがありますか」
真奈美「いや、まずは食事しようか」
都「賛成です」
泉「私も。話してたら、何か閃くかも」
まゆ「はい……いただきましょう」
清路市内某所
のあ「……」ズルズル
雪菜「カップラーメンで良かったんですかぁ?」
のあ「カップラーメンを提示したのはそちら。心象を悪くして、食事抜きは避けたい」
雪菜「もっと良い物を食べてるかと思いましたぁ」
のあ「食べ物に貴賤はないわ」
雪菜「そうですかぁ、お金持ちの考えていることはわかりませんねぇ」
のあ「私にはあなたの考えがわからない」
雪菜「そうですねぇ、わかってくれないと困りますぅ」
のあ「私が、かしら」
雪菜「あなた、ではありません」
のあ「私ではない……か。ごちそうさま」
雪菜「おかわりはいりませんか?」
のあ「結構。飲み物はいただけるかしら」
雪菜「ミネラルウォーターをどうぞ。ここに置きますねぇ」
のあ「……」
雪菜「私もお昼にしましょう」
のあ「私でないのなら……」
雪菜「何か言いましたかぁ?」
のあ「真奈美ね」
雪菜「……」
のあ「正解みたいね、その反応は」
雪菜「うふふ、その通りですよぉ」
のあ「あなた、海外にいたのかしら」
雪菜「さぁ?答える必要はありません」
のあ「あなたに聞いても仕方がない」
雪菜「わかってくれましたかぁ?」
のあ「真奈美が気づかないと、いずれにせよ事態は進展しない」
雪菜「探偵さんに聞いてあげます、どうしてそう思ったんですかぁ?」
のあ「消去法。私を誘拐することで関係者を動かすなら誰か。会社や親族を脅迫していない以上、真奈美かまゆしかいない」
雪菜「カワイイまゆちゃんじゃないんですかぁ?」
のあ「まゆを怖がらせるには最適でしょうけど、それなら見つけて欲しいという要求は出さない」
雪菜「ええ、その通りですねぇ」
のあ「真奈美については、あなたの反応を見ればいい」
雪菜「……」
雪菜「へぇ……」
のあ「問題は、あなたが真奈美に何を覚え出させたいのか」
雪菜「あなたにはわからないことです」
のあ「そう、わからないこと。私にわからないなら、海外にいた時のこと」
雪菜「……」
のあ「木場真奈美は、予定を早めて海外から帰国しているわ。何故か」
雪菜「探偵さん、頭が回るんですねぇ。頼子さんがちょっと興味を持っていたのもわかります。でも」
のあ「あなたが原因かしら」
雪菜「真奈美さん、早く気づかないかなぁ」
のあ「希砂二島の時、あなたは初対面にも拘わらず真奈美さんと呼んでいた」
雪菜「あれ?そうでしたかぁ?」
のあ「しかし、真奈美はあなたに見覚えがない」
雪菜「うふふっ、だからですよ?」
のあ「だから……何かしら」
雪菜「私に気づいてもらわないと」
のあ「……」
雪菜「お話は終わりですかぁ?」
のあ「あなたはこれまでにも幾つかの事件に関わっている」
雪菜「ええ、そうですよ?」
のあ「役割は、死化粧かしら。希砂二島でも藤居朋の遺体に化粧をしていたわ」
雪菜「ええ、私は『化粧師』です」
のあ「西川保奈美に化粧をしたのは」
雪菜「私です」
のあ「当たるものね、確信はなかったけれど」
雪菜「当たり前ですよぉ。古澤頼子はあなたに情報を与えすぎています、何が目的か知りたくもないけど」
のあ「それはあなたも同じこと」
雪菜「そうですかぁ?」
のあ「前言を撤回するわ。逆ね、目的は真奈美が気づくことだから」
雪菜「ええ」
雪菜「何か?」
のあ「これは言わないわ。真奈美なら気づくわ」
雪菜「ふふん、知ってます」
のあ「だからこそ、私の身を危険にさらすのは得策ではない」
雪菜「あら、自己保身ですかぁ?」
のあ「アドバイスよ。危険が迫るなら、真奈美はあなたの思う通りには動かない。今の状況が保存されていることを伝えなさい」
雪菜「提案に乗りますねぇ。動画で送りましょう。セリフは、『私は無事』で。はい、1、2、3、スタート」
のあ「真奈美、私は無事よ」
雪菜「ありがとうございますぅ。お昼を食べるので失礼しますねぇ。逃げないでください」
のあ「逃げたらどうなるか、わかってるわ」
雪菜「物分かりが良くて助かりますぅ。それでは、後ほど」
のあ「……」
高峯探偵事務所
泉「……このコーヒー美味しい。他のが飲めなくなりそう」
雪乃「取り寄せた甲斐がありましたわ」
まゆ「飲みやすくて……リフレッシュできます」
都「はい。砂糖とミルクが引き立ちますね」
真奈美「それでいて負けていない」
泉「うん」
都「お腹も満たされました」
まゆ「考えも少し落ち着てきました……」
雪乃「だけれど、答えはまだですわ」
真奈美「この通り、無事を示す動画が送られてきたが……」
都「『真奈美、私は無事よ』というメッセージでした」
泉「送信元は偽装されてた。清路市内から送られたみたいだけど、どこかは不明」
まゆ「合成ではありませんし……」
雪乃「時計も映っていますわ」
真奈美「無事なのは本当のようだ」
泉「でも、それ以外の情報がない。ケータイのカメラで撮った一般的な物だし」
まゆ「どうしましょう……」
都「……」
真奈美「大石君、さっきの話だが」
泉「目的の話?」
真奈美「ああ」
泉「似たようなこと、言ってた」
都「古澤頼子が、ですか」
泉「そう。私がハッカーになる所を見届けるため、って」
まゆ「今回も誰かを観察している……?」
真奈美「そう仮定するとして」
雪乃「どなたをでしょうか?」
まゆ「東郷邸の事件は……アーニャちゃん」
都「西園寺邸の事件は、相葉夕美さんでしょうか」
真奈美「爆発事件は佐藤心かな」
まゆ「爆弾製造という……目的もあったと思います」
真奈美「松永涼は本人から聞いた」
都「希砂二島の件も、西島櫂を中心とした事件を観察していた……のでしょう。正気とは、思えません」
雪乃「ショッピングモールの件も、サンタクロースとトナカイではなく、犯人を」
泉「都心迷宮は私」
まゆ「……」
真奈美「椋鳥山荘も犯人を中心とした人間模様を見ていた」
雪乃「こう考えると……」
都「ええ。時には犯罪を助長して」
まゆ「そうなると……」
真奈美「のあを誘拐した人物を観察している、のか」
都「そうだと思います。古澤頼子はそちら側にいることもわかっています」
雪菜「ですが……」
泉「探偵さんを誘拐する意味がわからないね」
真奈美「そうだな……なんで、のあなんだ?」
まゆ「どうして……のあさんなんでしょう」
都「……」
雪乃「……」
まゆ「……」
真奈美「情報不足か。私はのあの助手だ。足で稼ごう」
まゆ「……はい」
泉「ごめん、ちょっと待って。気になることが……」
志希「ばたーん!にゃははは!のあにゃん、志希ちゃんが、遊びに来たよ~」
泉「……誰?」
志希「音葉ちゃんに森に連れてかれるなんてノーセンキュー!欲しているのは辛気臭いか血生臭い事件!ケータイは切った、尾行されてない、自由!」
都「……えっと、どちら様でしょうか」
雪乃「一ノ瀬志希さんですわ。科捜研の」
都「警察に連絡しましたか?」
まゆ「いいえ……勝手に来ただけだと思います」
真奈美「志希君、確認していいか?」
志希「うん?見慣れない顔もいる。のあにゃんいなし。それに元気なさそう?どうしたの?」
真奈美「今、君は失踪しているようなものか?」
志希「そうだよ~。誰も志希ちゃんの居場所は知らない。明日には出勤するから失踪解除!」
泉「渡しに舟?」
都「鴨が葱を背負って来る?」
雪乃「猫の手も借りたい、でしょうか」
真奈美「志希君、協力してくれないか」
志希「なんだかわからないけど、よーし、志希ちゃんに話してみよう!」
高峯探偵事務所
志希「にゃるほどね~、のあにゃんを誘拐とはやり手だね~」
まゆ「警察に連絡しないことが条件なので……」
都「ご内密に頼みます」
志希「うーん、心配いらないよ?この犯人は目的を果たすまで、そんなことしない」
都「すみません、どういうことでしょう」
志希「志希ちゃんの勘がそう言ってる」
泉「勘……」
志希「だから、目的だよ目的。目的がわからないと」
雪乃「考えてはいるのですが……」
志希「目的は人に依存する、人だ人人人。古澤頼子の関係者、出てない人は、いない?本当に?」
都「真奈美さん、この人、もしかして頭の周りが早すぎる人ですか?」
真奈美「もしかしなくても、そうだ。のあより早いかもしれない」
まゆ「早いんですけど……」
真奈美「探偵的な調査には向いていないな」
志希「そうだ!昨日の事件!」
泉「昨日の事件?」
志希「なるほど、留美にゃんを遠ざけた。変な事件なら留美にゃんを呼ばないのは損だし」
都「そこから、ですか」
志希「でも、誰が仕組んだかは分からない~。留美にゃんは捜査を進めてないし、うん?うーん、おっと怪しい女!?」
真奈美「すまないが、私達にもわかるように説明してくれ」
志希「マナミン、いた。怪しい女がいるよ!」
まゆ「怪しい……人ですかぁ?」
志希「地下で会った時、話した。派手な化粧の女!」
真奈美「そんな話をしていたな」
まゆ「あれ……?」
都「どうしました?」
まゆ「真奈美さん、長野でそんなことがあったと、話してませんでしたかぁ?」
真奈美「ああ。濃い化粧のスーツの女。だが、何者かはわかっていない」
志希「あれ?いい感じだったのに?どっか間違えた?」
雪乃「私にはわかりませんわ……」
まゆ「同じです……」
泉「私も。考えが飛びすぎ」
真奈美「……」
まゆ「真奈美さん?」
真奈美「大石君、先ほど送られてきた動画を見せてくれないか」
泉「うん。どうぞ」
志希「あっ、のあにゃんだ。睡眠、食事共に大丈夫そうだね~。そこまで焦った様子もなし。人質として大事にされてる~」
都「動画で気になる所がありますか?」
志希「うーん、本当に無事を伝えただけじゃない?」
真奈美「いいや、違う」
都「違うのですか?」
真奈美「佐久間君、聞いていいか」
まゆ「なんでしょう……?」
真奈美「無事を伝えるべき人物は、私か?」
高峯探偵事務所
志希「フーン、呼びかけが気になるんだ。探偵の助手だから」
まゆ「確かに……どうして、まゆに無事を伝えてくれないのでしょう」
雪乃「明らかに真奈美さんに言っていますわ」
志希「無事を伝えるのに呼びかけはいらないもんね~」
泉「口調も呼びかけの方が少し強め。でも、撮影者が反応してない。手振れもない」
都「明確に真奈美さんを呼んでる。解決して欲しいからでしょうか」
志希「それだけ?違うでしょ~」
まゆ「真奈美さんの呼びかけることを気にしていないということは……」
都「……知ってる」
志希「犯人の目的にあってるから、見逃したとか?」
雪乃「犯人の目的……」
志希「のあにゃんを誘拐しないと動いてくれなそうな人物」
都「それは……」
まゆ「まゆ、か……」
真奈美「私、か」
雪乃「最も親しい人ですもの」
真奈美「考えてもみなかった。私が標的なら、のあを狙う必要はないはずだろう」
泉「探偵さんである理由があったのかな」
志希「おー、鋭い鋭い!そうだよ、のあにゃんと関係があるなら」
都「探偵の助手であること、関係あるのでは」
まゆ「何かを……知ったとか」
志希「マナミン、思い出しなよ~。人間は簡単に忘れないんだから、思い出せる!」
真奈美「すまない、のあや志希君ほど頭が回らないんだ」
都「ヒントがあると思い出すかもしれません」
雪乃「何かごさいますの?」
志希「そうだ、君!」
泉「私?」
志希「志希ちゃんが入ってきた時に何か言おうとしてた!話しちゃおう」
泉「そう言えば、忘れてた。1人ね、気になった人がいるんだ」
まゆ「どなた……ですか」
都「希砂二島の写真ですか?」
泉「うん、見間違えだと思ったんだけど……会ったことがあるような気がして」
まゆ「用意しますねぇ……」
真奈美「……」
志希「志希ちゃん、思い出した。派手な化粧な女は、近くにいたかも、いるかも、とか言った!」
まゆ「どうぞ……皆さんが映ってます」
泉「古澤頼子ぐらいの背の人が多いよね」
雪乃「そうですわね」
志希「初めて見た。犯人は?」
都「この方です。西島櫂……仇討ちされてしまいましたが」
志希「背が高いんだ、170越えてるね、共犯で生き残ってるのは?」
都「この方です。沢田麻理菜さん」
まゆ「泉さんが気になっているのは……どなたですか」
泉「この人。私が見た時は髪の色も違ったし、化粧も違ったから別人だと思ったけど……」
都「え?」
まゆ「背丈も、髪の毛も目撃情報と合いますけど……」
雪乃「都さん、先ほどお電話したのでは……」
都「直感ははずれるタイプなのに、こんな時に限って……のあさんが無事のようで良かったです……」
泉「私の気のせい……かな」
志希「いいや、志希ちゃんアイは誤魔化せないよ~。化粧で骨格までは誤魔化せない!見える印象は違っても、体は同じ。地下道で見たのはこの人、確信アリ」
真奈美「……」
志希「やっぱり、ホンモノは若かった。さすが、志希ちゃん、やるぅ。視力担当に鞍替えしようかな~」
まゆ「でも……この人は」
都「ええ……同行者を失った、2人も失った被害者です。あの態度が嘘だとしたら……」
まゆ「信じられません……」
泉「信じられないくらい、嘘をつくのが上手な人なの?」
志希「のあにゃんが、警戒しないくらいに」
雪乃「……」
都「完全に蚊帳の外でした、まさか彼女を疑ったりできません」
志希「名前は?知ってるでしょ?」
都「井村雪菜、です。専門学校の生徒だと言っていました……いや、待ってください」
まゆ「何か……」
都「調査が終わった後にいなくなったんです、すぐに。どこかで休んでいると思っていたのですが……」
志希「どっかで、化粧の濃い女、見ちゃった?」
都「はい。船着き場に、いました。同じ人物とはとても……」
真奈美「……」
志希「マナミン、さっきから黙ってるけど、気づいてる?」
真奈美「だからか……海の向こうから、なんて答えたのは」
まゆ「真奈美さん……思い出しましたか」
真奈美「……確証が持てない」
都「私もです。裏を取りましょう」
雪乃「みくにゃんさんのファンの方に確認してみますわ」
都「私は専門学校に問い合わせます」
泉「私は……」
志希「君は志希ちゃんと一緒に画像解析しよう!写真を加工して、見覚えがあるかチェック!」
泉「わかった。そんなこともできるの?」
志希「むふふ、科捜研から無断で拝借したソフトがスタンドアロンで使えるのだ」
泉「……黙っておく」
志希「にゃはは、君はささっと大学卒業して、科捜研に来なよ、向いてる」
まゆ「後は……みくちゃんでしょうか」
真奈美「私から確認しようか」
志希「マナミンは思い出すのに専念しよう。何でもいいから」
真奈美「……わかった。佐久間君に、前川君の連絡先を教えるよ。任せた」
まゆ「わかりました」
都「はじめましょう」
清路市内某所
のあ「あら、戻ってきたわ」
雪菜「戻らないと思ったんですかぁ?」
のあ「私の役割は終わってるわ。真奈美なら、私が餓死する前に気づくでしょうし」
雪菜「……信頼してますねぇ」
のあ「あなたは、信頼してないのかしら」
雪菜「……」
のあ「……」
雪菜「そういうところ、キライです」
のあ「仕方がないわね」
雪菜「大人しくしていてください」
のあ「言われなくてもそうするわ」
雪菜「よいしょっ、あなたもお着替えしましょう」
のあ「ぬいぐるみ……どこかで見たような」
雪菜「……」
のあ「希砂二島でも、持ってたわ。口がチャックのぬいぐるみを」
雪菜「そうですよぉ、いつも一緒ですぅ」
のあ「服は手作りかしら」
雪菜「専門学校に通っていましたからぁ」
のあ「井村雪菜として」
雪菜「はぁい」
のあ「変ね」
雪菜「普通の方が少ないんですよぉ、この世界は」
のあ「別人になるのに、ぬいぐるみだけは同じ」
雪菜「出来ましたぁ。今日もカワイイですよぉ」
のあ「カワイイ……かしら」
雪菜「うふふっ」
のあ「……それを」
雪菜「何か言いましたかぁ?」
のあ「真奈美に送ったらどうかしら。希砂二島では気づいていないかもしれない」
雪菜「……」
のあ「前言撤回するわ。忘れてちょうだい」
雪菜「そうします。今度こそ、黙っていてください」
のあ「ええ。私にはもう出来ることもないわ、信じるだけよ」
高峯探偵事務所
志希「結論から言うと、クロ」
雪乃「のあさんと一緒にいた人物はこの方ですわ」
まゆ「みくちゃんもこの人を見たと言っていました……」
都「専門学校に井村雪菜という人物は在籍していませんでした」
泉「色々試してみたけど、それっぽいのになったよ。私が見たのは、この人」
志希「志希ちゃんもやってみたけど、志希ちゃんが見た時はこんな感じ。印象変わるでしょ?」
雪乃「本当ですわね。よく見ないとわかりませんわ」
まゆ「真奈美さんが長野でウワサを聞いた人は……」
志希「この、井村雪菜と名乗ってたのと同一人物」
泉「名前も井村と稲村だし……どっちが本当かわからないけど」
まゆ「どっちもニセモノ……とか」
真奈美「……」
志希「マナミンは何か思い出した?」
都「椿さんにお願いして、井村雪菜の写真を出来るだけ送ってもらいましたが」
真奈美「彼女に見覚えはなかったが……これには見覚えがある」
泉「ぬいぐるみ?ポケットから見えてる?」
都「本当ですね、気にも留めていませんでした」
雪乃「個性的で可愛らしいですわ」
まゆ「ぬいぐるみが……どうかしましたか」
真奈美「私は子供に配ったことがある、だが」
志希「井村雪菜に渡してない?」
都「井村雪菜には渡しているのではないでしょうか」
志希「どういうこと?」
都「真奈美さんは彼女に見覚えがありません。そうなると、頻繁に会う人物ではなかった。更に」
まゆ「更に……」
都「姿が変わっていた」
志希「うーん、若いはず。専門学校に通う年齢にすら達してないかも」
真奈美「ここに来る前、海の向こうのことだ。ぬいぐるみの件は、更に前」
泉「数年前だと、私と同じくらいか」
雪乃「もっと幼いかもしれませんわね」
真奈美「もう一つ。私は彼女を日本人だと思ったことがない」
まゆ「どういうこと……でしょう」
真奈美「東洋系ではあったが、日本語は話していない」
志希「なるほど。マナミンの認識からは外れちゃうね~」
都「のあさんならわかりませんが」
真奈美「そうだな……」
まゆ「でも……何故でしょう」
志希「何故は興味深いけど、もう少し後のお楽しみにしない?」
泉「ううん、手掛かりはあると思う。動機は重要だよ」
都「同感です。理由がなければ、事件を起こす必要もありません」
志希「そっか、探せと言ってるもんね~。謎解きのヒントもないなら、答えは最初からある」
まゆ「真奈美さんが……関係するところ」
真奈美「海の向こうにいる友人、水木聖來という人物なんだが、連絡を取ってもいいか」
都「はい。解決の手掛かりになるなら」
志希「何を聞くの?ぬいぐるみの話?」
真奈美「いいや。素性のわからない女の話だ、海の向こうでも聞いていた」
まゆ「近づいて……来ました」
泉「確実に」
雪乃「はい」
志希「海外通話代はのあにゃんに請求しよう。エー・エス・エー・ピー」
真奈美「ああ。お願いがある」
都「なんでしょう?」
真奈美「清路市内の地名やビル名を当たりたい」
志希「リストを作れ、ってことだね」
都「わかりました」
まゆ「真奈美さんは……海の向こうの情報を」
真奈美「ああ。手間は取らせない」
幕間
海の向こう・水木聖來の自宅
水木聖來「こんな時間に誰だろ……わっ、真奈美さんだ!もしもし!」
水木聖來
真奈美とは海の向こうで出会って交流があった。諦められなかったダンスの夢を叶えている。
真奈美『聖來君か?久しぶりだな』
聖來「久しぶりに決まってる、帰国してから電話なんてなかったし」
真奈美『そうだったか。そっちはどうだい?』
聖來「お分かりの通り、こっちは深夜だよ」
真奈美『順調そうだな』
聖來「おかげさまで。そっちは?」
真奈美『仕事は問題ない』
聖來「そう言う時は別の問題がある。何かあった?」
真奈美『聖來君、口がチャックになっているぬいぐるみを覚えているか』
聖來「え?あのてるてる坊主みたいなやつ?」
真奈美『ああ』
聖來「うちにもまだあるよ。子供に渡したりしたよね、押し付けられちゃって」
真奈美『さっき、メールをした。写真の人物に見覚えはないか?』
聖來「待って……うん、受信した。日本で行った旅行の写真?」
真奈美『矢印の先にいる人物に見覚えはないか?』
聖來「うーん、ないよ?」
真奈美『そうか』
聖來「でも、最近見た人がいる」
真奈美『なに、本当か?』
聖來「写真で見たんだけどね、この黒髪でメガネしている人」
真奈美『古澤頼子、か。どこで写真を見たのかな』
聖來「この間ね、国際捜査官とかいう人が訪ねて来て見せてくれた。調べてるって」
真奈美『国際捜査官……?』
真奈美『帰国直前に私に起こったこと、か』
聖來「うん。上手く行きすぎてる話をしたよ」
真奈美『望んでいないのに、誰かが手をまわしている』
聖來「そう。役に立ったか、わからないけどね」
真奈美『国際捜査官の名前は』
聖來「ヘレンって言ってた。偽名だよね、フルネームは教えてくれなかった。もう日本に帰った、そんなこと言ってたよ」
真奈美『やはりか。海のむこうの話をしていたからな……』
聖來「真奈美さん、知り合い?」
真奈美『そういうことになるな。聖來君の周りで変わったことはないか?』
聖來「ううん。ヘレンが来たくらい」
真奈美『そうか。こんな時間に悪かった』
聖來「大丈夫。そっちの問題は解決しそう?」
真奈美『解決するよ。ありがとう、また会おう』
聖來「ええ」
真奈美『失礼するよ』
聖來「結局詳しくは教えてくれないの変わらないか。勝手に調べるくらいがいいのかもね、真奈美さんは」
高峯探偵事務所
泉「なんか……濃いのが増えたね」
まゆ「ええ……」
志希「増えた?どういうこと?」
都「まぁ、7人集まれば個性派集団になりがちですから」
雪乃「ヘレンさん、お茶ですわ」
ヘレン「グラシアス、雪乃。やはり日本の緑茶は素晴らしいわ」
ヘレン
国際捜査官。追っている事件は複数あるらしい。どうやら地球の裏側から帰って来たようだ。
真奈美「日本にいて助かった」
ヘレン「ディテクティブを訪ねる予定が早まっただけ。感謝は不要よ」
泉「聞いていい?警察に連絡しないのが条件だけど、大丈夫なの?」
ヘレン「ノープロブレム」
都「一応警察ではないそうです」
真奈美「それに、警察内の内通者対策はしている」
志希「連絡も経由したし、平気だと思うよ?」
ヘレン「イエス」
まゆ「のあさんのお話は……」
ヘレン「移動中に目を通したわ」
志希「マナミン、聞きたいことは?」
都「犯人について、でしょうか」
真奈美「聖來君を訪ねたのは知っている。海の向こうの件で、わかったことはあるのか」
ヘレン「ワトソンの本当に聞きたいことを問いなさい。そこからはじめましょう」
都「のあさんを助け出すことが先決です」
まゆ「それなら……」
真奈美「犯人は私に固執しているな?」
ヘレン「イエス。それはここにいる人物はわかっていること」
真奈美「自分の行動を気づかせようとしている。海の向こうのでのことを」
ヘレン「イエス。つまり?」
真奈美「のあが居る場所は、海の向こうで私が住んでいたか働いていたか、何らかに関係した場所なんだろう」
志希「志希にゃんも考えは同じく」
都「私もです。そもそもヒントが少なすぎます」
まゆ「固執しているなら……」
真奈美「可能性は十分だ。あくまでも、私に見つけさせたい」
ヘレン「ワトソン、ザッツライト!いいでしょう、イズミだったわね?」
泉「名乗った覚えないけど、私が大石泉」
ヘレン「クエスチョン、ことの始まりは何時から?」
ヘレン「残念ながら不正解。始まりはワトソンとは関係ない」
雪乃「関係ない?」
ヘレン「ワトソンのいう『素性のわからない女』がいた。アーティストや関係者の間でウワサされていた」
都「話が飛んだ気がします」
まゆ「その人と犯人の関係は……なんでしょう」
ヘレン「焦らない。彼女は暗躍していたが、突然姿を消してしまった。なぜか、ディテクティブ都?わかるかしら?」
都「亡くなった、のですか」
ヘレン「生死は不明。その前に、とある人物が街を訪れている」
まゆ「古澤頼子……ですか」
ヘレン「訓練しているわね、ザッツライト。大学院生と自称していたわ」
都「何をしたか、気になりますね」
ヘレン「『キュレイター』は標的を見つけた。憧れとも何ともつかない感情を持つ少女に、『素性のわからない女』に成り代わらせた」
真奈美「……」
ヘレン「『素性のわからない女』の正体はわかって来たわ。職業はメイクアップアーティスト……であった時代もあった死化粧師。その技術も受け継いでいる」
志希「なんか報告書を読んだ気がする?」
まゆ「……保奈美ちゃんの、ことです」
志希「あっ、それかぁ」
ヘレン「少女は『素性のわからない女』から全てを奪い、成り代わった」
泉「古澤頼子によって」
ヘレン「正体を隠すために『化粧の濃い女』になった。同時に時間が彼女を味方した」
志希「成長期?化粧よりも強力だね」
ヘレン「イエス。そして、日本から来たボーカリスト、マナミ・キバに幸運が訪れる」
まゆ「……不自然に」
ヘレン「ある者はスキャンダル、ある者は身内の不幸、ある者は自身の不幸。チャンスは回ってきていた」
真奈美「だが、私はそれを良しとしなかった」
ヘレン「マナミ・キバは予定を早め本来の目的へ向かい、結果としてワトソンとなった」
都「本来の目的?」
まゆ「真奈美さんは元々日本で仕事をするつもりでしたから……」
真奈美「自身の評価は難しいが、腕は十二分に磨いたつもりだった」
泉「うーん……何か、おかしい気がする」
ヘレン「泉、犯人は間違えているわ。何をかしら?」
泉「真奈美さんの目的を知らない?」
ヘレン「賢いわ。本来の目的を彼女は知らない」
まゆ「目的を知らないのに……行動できていた」
ヘレン「『キュレイター』に吹き込まれていたから」
都「彼女も被害者なのですか」
ヘレン「今は知っているはずよ。それでも協力しているのは」
志希「マナミンに執着してるからでしょ。マナミンの目的が分かりかねてるから、行動は控えめだけど」
まゆ「分かりかねてるのではなく……分かりたくないから」
ヘレン「ザッツライト」
真奈美「なら……何故姿を現さない?」
ヘレン「雪乃、答えてみなさい」
雪乃「後ろめたいことをしてきたのですから、自分からは言えませんわ」
泉「奥ゆかしいというか、何というか……」
ヘレン「感情は恐怖に近い。自身を受け入れてくれないという可能性」
まゆ「今の状況では……」
都「叶うことはありませんね」
真奈美「だから、目的が変わる」
ヘレン「ディテクティブを上回り、自身を気づかせ、印象付ける」
志希「それは成功」
ヘレン「真意は他人にはわからない。ワトソン、あなたが確かめてきなさい」
真奈美「もとより、そのつもりだ」
都「しかし……悪事に手を染めて」
志希「他人に成り代わって、メイクまで習って」
泉「海の向こうから渡ってきて」
まゆ「この国の人に成りすまして……」
ヘレン「『キュレイター』と共に過ごし」
都「今回の事件を起こしました」
雪乃「偽装の事件まで起こしていますわ」
ヘレン「そして、難易度の高いターゲットの誘拐に成功した」
都「異常な執着ですね」
真奈美「私にそれほどの価値があるとは、思えない」
ヘレン「価値など人ぞれぞれ。ワトソン、これで充分ね?」
真奈美「ああ。犯人の目的の半分は叶えてしまったな」
都「真奈美さんに気付かせること」
志希「執着、っていう感情も含めて」
真奈美「地図を持ってきてくれ。私ならわかる場所だ」
まゆ「はい……」
志希「リストも作ったよー」
真奈美「ここまで来た、虱潰しにする必要もない」
都「どういうことでしょうか」
真奈美「シュモネという単語を使っている、または使っていたところはないか」
都「犯人が選びそうですね」
志希「うん、あったよ」
まゆ「どこ……ですか」
志希「シュモネっていう美容室があるよ、卯美田駅から歩いて5分くらい」
雪乃「そちらに、のあさんがいらっしゃるのですか」
泉「ちょっと待って、そっちは新店舗みたい。前にあったのは……」
まゆ「雑居ビルと工場が多いところ……」
泉「テナントとして入ってた建物が、市街地の再整備計画で立ち退きになったみたい」
都「使えますね」
泉「建物はまだ壊されてない」
志希「無人の建物、秘密基地にはいいよねー」
泉「一応、間取りのデータもあった」
志希「内装は変えられてるかもねー」
真奈美「……よし」
ヘレン「ワトソン、どうするのかしら?」
真奈美「私が出向くよ」
雪乃「もっと安全な方法はありませんの?」
泉「そうは思うけど」
志希「マナミンの話以外は絶対聞かないよねー。マナミンの話も聞かなそう」
都「会いに行くことで、軟化すればいいのですが」
まゆ「……真奈美さん」
真奈美「佐久間君、どうやら私の問題のようだ。任せてくれないか」
まゆ「……はい。信じます」
真奈美「ありがとう」
雪乃「ご無事をお祈りしていますわ」
泉「やれることはやろうかな」
志希「にゃはは、面白くなってきたねー」
都「ちょっと面白いと思うほど、私は割り切れません……」
真奈美「のあと一緒に多少荒っぽいこともやってきた、問題ないよ」
泉「これ、信頼していいの?」
まゆ「私が来てからは……そんなことはなかったような……」
真奈美「ああ、行ってくる」
清路市内・美容室シュモネが入居していた建物
のあ「……あ。あなた、聞きたいことがあるのだけれど」
雪菜「どうしましたかぁ?」
のあ「このフロア、手前に部屋があるのかしら」
雪菜「そうですよぉ、あなたには関係ないことですけれど」
のあ「控室かしらね、そうなると何かの店舗だった」
雪菜「探偵さんは余計なことを考えてますねぇ」
のあ「それが仕事だもの。銃の扱いは得意かしら」
雪菜「誰が、ですかぁ?」
のあ「あなたが」
雪菜「使えませんよぉ、危ないですからぁ」
のあ「何かの店舗だった、そこにあるのは裏口だと考えると、向こうが店舗側の入口ね。道路もこちら側の部屋にはない」
雪菜「さっきからお喋りですねぇ。どうしました?」
のあ「真奈美はピッキングが出来るのよ、教えたことはそつなくこなすわ。才能かしら」
雪菜「悪いことを仕込んだんですねぇ、あの人に」
のあ「真奈美の意欲があったからよ、いけないかしら」
雪菜「いけないんですよぉ」
のあ「私は何があったかは知らないわ。あなたが何者かもわからない」
雪菜「わかるはずがありません」
のあ「わかることはある」
雪菜「わかること?」
のあ「特に超人的な身体能力はないようね」
雪菜「ふふ、あった方が良かったですか?」
のあ「いいえ。それと、もう一つ」
雪菜「もう一つ?」
のあ「私が所有している車のエンジン音、知らないのね」
雪菜「え?」
のあ「真奈美、遅いわ」
雪菜「お喋りは時間稼ぎ、ですか」
真奈美「残念なことに、のあほど頭の回転は速くない。手をあげろ、『化粧師』」
清路市内・美容室シュモネが入居していた建物
のあ「銀の銃には実弾が入っているわ、大人しく従いなさい」
雪菜「あはは!どうして?」
のあ「あなたの負け……というわけでないわね」
雪菜「ええ!マナミ、やっと来てくれましたぁ!」
真奈美「そういうことだ。君の望み通り、ここに来た」
雪菜「ここは」
真奈美「かつてシュモネと呼ばれていた美容室、私が海の向こうにいた時に所縁ある場所と同じ名前だ」
のあ「ふむ……」
雪菜「はい、その通りです。覚えていますか?」
真奈美「覚えているよ。そう簡単には忘れない」
のあ「……」
真奈美「だが、言っておかないといけないことがある」
雪菜「なにですかぁ♪」
のあ「真奈美!」
真奈美「来たこと以外に君の望みに答える気はない!」
雪菜「え?」
のあ「それは私の銃。ならば、私のもとに来るはず」
パーン……。
のあ「銃を投げるのは危ないわ。おかげでカギは開いたけれど」
雪菜「そっちが目的……!」
のあ「不正解。真奈美から目を逸らしてはダメよ」
真奈美「そういうこと、だ!」
雪菜「うっ……どうして……」
真奈美「少し意識を失っていてくれ。のあから習った、傷つけたりはしないさ」
雪菜「……」
真奈美「……よし」
のあ「彼女の想像と違ったのかしら。少しくらい話が出来ると思ってたでしょうね」
真奈美「のあ、無事か」
のあ「この通り。早めに来てくれて助かったわ」
真奈美「それは良かった」
のあ「警察に連絡は」
真奈美「一ノ瀬君にお願いした。しばらくしたら、来るさ」
のあ「志希に?」
真奈美「安心してくれ、一ノ瀬君が勝手に来ただけだ。警察には連絡していない」
のあ「私にリスクを負わせたわけじゃない、と」
真奈美「当たり前だ」
真奈美「ああ」
のあ「それなのに会話にすら応じないのね」
真奈美「生憎、そこまでお人好しではないからな」
のあ「知ってるわ」
真奈美「のあ、慌てていないな」
のあ「彼女は『化粧師』、海外時代に関係、ここは真奈美に関係している、真奈美が探し出すことが目的、真の目的もなんとなく察しはつく、探し出せば真奈美は来る、真奈美一人なら隙は見せるはず」
真奈美「なんだ、お見通しか。まっ、それくらいじゃないとツーカーでは動けないか」
のあ「私がそちらにいれば、夜中には解決したわ。真奈美、もう少し訓練が必要ね」
真奈美「私はのあになる気はないよ」
のあ「ええ。さて、詳しいことは……彼女が起きたらわかるかしら」
真奈美「……さあな」
清路警察署・刑事一課和久井班室
留美「のあ!」
のあ「あら、お疲れ様」
留美「……あれ?」
のあ「どうしたの、珍しい顔をして」
留美「何も問題なさそうね……心配はいらなかったわ」
のあ「おかげさまで。体も心もすこぶる健康よ」
留美「良かった……早く気がつけば、こんな事には」
のあ「反省することはないわ。あなたを引き離す工作まであったのに」
留美「それも含めて、何とかしたかったわ。気づくのは難しかったでしょうけれど……」
のあ「留美、気持ちだけで充分よ」
留美「私は警察官で、あなたは友人だから、そうもいかないわ」
のあ「仕事熱心で正義感の塊は留美の美徳だけれど、自分に厳しすぎるわ」
留美「とにかく無事で良かったわ、ここからは任せてちょうだい」
のあ「ええ。どこまで話は聞いているかしら」
留美「大体は。のあもかしら」
のあ「ええ。ヘレンの調査内容も、希砂本島の件にも関わっていることも」
留美「高垣巡査部長には連絡済みよ。もう一度洗い直させるわ」
のあ「お願いするわ。でも、苦労するわよ」
留美「彼女、何も話していないのかしら」
のあ「そのようね……真奈美が取調室から戻ってきたわ」
真奈美「和久井警部補、災難だったな」
留美「のあがいつも通りで安心したわ。真奈美さんもお疲れ様」
真奈美「ありがとう」
留美「犯人の様子は」
真奈美「完全に黙秘だな……何か話す様子はない」
留美「共犯者くらいは聞き出したいけれど」
のあ「望みは薄いわね。古澤頼子の居場所もわからないし」
留美「彼女、何者なのかしら」
留美「真奈美さんは、知ってるのかしら」
真奈美「わからない。彼女は『化粧師』だ」
のあ「化粧による仮面で誰にでもなる」
真奈美「だから、もはや誰でもない」
のあ「自分を失ってまで、何者になる必要なんてないと思うけれど」
留美「難儀ね」
のあ「真奈美なら話す可能性はあるわね」
真奈美「それはしない」
留美「既に捕まったのに、厳しいのね」
真奈美「道理は通すべきだ。真摯に聞けば、私は答えた」
のあ「井村雪菜として、聞けば良かっただけ」
真奈美「そうだ。希砂二島で聞き出せば良かったんだ」
留美「それでも、この事件を起こした理由は」
真奈美「想像しても仕方がない」
のあ「ええ」
留美「……ごめんなさい、勘違いしていたわ」
真奈美「何をかな」
留美「落ち着いているけれど、怒っているのね」
真奈美「……」
留美「それは私も同じだから、何も言えないけれど」
のあ「留美の言う通りね、真奈美?」
真奈美「……そういうことにしておいてくれ」
のあ「助手の怒りが再沸騰しないうちに帰るわ。留美、任せたわ」
留美「もちろん。ライブの話は後で落ち着いた頃に」
のあ「暇だから十二分に反芻したわ。最初から最後までブログに書けるほどに」
真奈美「余裕があるな……」
留美「余裕はあったのね、途中から」
のあ「ええ。私の助手は凄いのよ」
留美「知ってるわ」
亜季「警部補殿!到着したでありますか!」
留美「ご苦労様、大和巡査部長。取り調べは交代するわ」
のあ「私はここで失礼するわ。真奈美、帰りましょう」
真奈美「ああ。終わりだ」
留美「のあ、真奈美さん、またね」
車内
のあ「ねぇ、真奈美」
真奈美「どうした、のあ」
のあ「思った通り、矢面に立ってくれたわね」
真奈美「何の話だ?」
のあ「あなたは主役にはならないのかしら?」
真奈美「ハイキングの時に、そんな話をしていたな」
のあ「真奈美なら、どんな道も進めたでしょう」
真奈美「ああ。だから、選択の問題だ」
のあ「選択の問題、ね」
真奈美「そこから逃げているわけじゃない」
のあ「直接歌を届けることは、得難い喜びよ」
真奈美「それは、のあの意見か?」
のあ「私の意見ではないわ。服部瞳子がインタビューで言っていたこと」
真奈美「その感覚くらい、私は知っているよ」
のあ「そう」
真奈美「私の場所はここだよ。あれが望んでいた場所じゃない」
のあ「誰が正しいことを言っているかなんて、決まってないの」
真奈美「……」
のあ「悪の幹部が正しいことを言っているかもしれない」
真奈美「特撮映画でも見たのか」
のあ「私はあなたに間違った選択をさせていないかしら」
真奈美「……」
のあ「どうかしら」
のあ「そう思うの?」
真奈美「間違いなんて幾らでもある。後悔もするさ」
のあ「……」
真奈美「どんな選択も自分の意思だ」
のあ「……そう」
真奈美「私は私の意思でここにいる。木場真奈美でなくなったこともない。だから、間違えても何とかなるさ」
のあ「……」
真奈美「まぁ、言いたいことはだな」
のあ「何かしら」
真奈美「木場真奈美は、そんなに軟じゃない」
のあ「……」
真奈美「のあが心配してくれるのはありがたいよ。あまり心配されるタイプじゃないからな」
のあ「昔からなのね」
真奈美「手のかからない子供だったからな」
のあ「言っても聞かないでしょうに」
真奈美「その通り。わかってるじゃないか」
のあ「真奈美は好きにすればいいわ」
真奈美「そうするよ」
のあ「真奈美が真奈美であるなら、問題ないわ」
真奈美「ああ」
のあ「自分が自分以外の何者でなくなって、得られるものがあるのかしらね」
真奈美「『化粧師』のことか」
のあ「高峯のあでなくなることが怖い私には、わからない。父と母の子供がいなくなってしまうのは怖いわ」
真奈美「私も保障するよ」
のあ「ありがとう、真奈美」
真奈美「のあのために協力してくれた人も多い。高峯のあは、彼女達が生かしてくれる」
のあ「いいえ。私じゃなくて真奈美の人望よ」
真奈美「そうかな?」
のあ「私なら真奈美とまゆがいれば解決できたわ。すぐに」
真奈美「なんだ、いつも通りの自信過剰か」
のあ「ええ。真奈美もそれくらいでいいわ」
真奈美「のあの助手だが、それは遠慮しておくよ」
のあ「……そう」
真奈美「私は私だ。それでいいだろう?」
高峯探偵事務所
のあ「ただいま」
まゆ「のあさん、お帰りなさい……!」
のあ「あら、抱き付いてきて。寂しかったかしら」
まゆ「……はい。心配しましたよぉ」
のあ「私は1日じゃすまなかったわ」
まゆ「えっ……その……ごめんなさい」
のあ「私も無事に戻ってきたわ。これで、辛い思いはお相子ね」
まゆ「……うん」
真奈美「ただいま。そう佐久間君にイジワルするなよ?」
のあ「少しだけ茶目っ気を出してみただけよ。まゆ、この通り無事よ」
まゆ「お怪我とか……ありませんか」
のあ「ないわ。まゆのおかげよ、ありがとう」
まゆ「まゆは何も……皆のおかげです」
真奈美「その皆はどうした?」
のあ「誰もいないけれど」
まゆ「帰りました」
真奈美「帰った?」
まゆ「ヘレンさんは気になることがあるとか。雪乃さんはお仕事に戻りました」
のあ「志希は科捜研に戻ったわね。ふぅ……我が家のソファは最高ね」
真奈美「大石君は?」
まゆ「友達との約束があるとか。お礼は別にいらない、助けてもらった恩返しだから、だそうですよぉ」
のあ「そう、都は?」
まゆ「また来ます、って伝えてくださいと。ひとつ、謝ることがあると」
のあ「何かしら?」
まゆ「井村雪菜に軽率に電話をかけたのは失敗だった、そうですよぉ」
のあ「いいえ、失敗ではない。彼女について可能性を絞り込むことができた、後でお礼を言っておくわ」
真奈美「結局、いつも通りだな」
まゆ「そうですねぇ」
のあ「誰かいたら疲れるもの。気をつかってくれたんでしょう」
まゆ「そうでしょうか……?」
真奈美「雪乃君はともかく、他はどうかな」
まゆ「そういうことにしておきましょう。ね、のあさん?」
まゆ「あら……」
真奈美「思ったよりお疲れだったな、お休みだ」
まゆ「真奈美さんもお疲れ様でした」
真奈美「私は大丈夫だよ」
まゆ「まぁまぁ、座っててください。ね?」
真奈美「押さなくてもいい。お言葉に甘えるよ」
まゆ「はぁい。お茶を準備しますねぇ」
真奈美「わかったよ、少し休むよ」
まゆ「はい。お夕飯の用意もしないと、何がいいですかぁ?」
真奈美「ふわぁ……」
まゆ「珍しいですねぇ、欠伸なんて」
真奈美「やはり、少し眠るよ」
まゆ「おやすみなさい、真奈美さん」
真奈美「……」
まゆ「仲良しですねぇ……だから」
のあ「……」
まゆ「無事に帰ってこれたんですねぇ、きっと」
エンディングテーマ
探し人
歌 前川みく
幕間
夜
清路警察署・留置場
雪菜「……」
美波「こんばんは。お食事も済んで、お話する気になりました?」
雪菜「……」
美波「大丈夫ですよっ。私は知ってて、ならない方がいいと思ってます」
雪菜「おバカさんですねぇ……もう遅い……」
美波「えっ?」
雪菜「自殺じゃないですよ……ねぇ……」
美波「聞いてません……」
雪菜「誰だったのかな……私は……何に……」
美波「誰か!急病ですっ!」
雪菜「……」
美波「私も騙すなんて人が悪い……こっちですっ!」
幕間 了
エピローグ・ガール/ミーツ/ガール
良楠公園
らなんこうえん。大きな桜の木がシンボル。風花というお花屋さんが北口の前にある。
『渋谷凛さん、ご連絡です。化粧師が亡くなりました』
花も葉もない桜を見上げていた時に、頼子からメッセージが来た。
白々しい、直接じゃなくても自分で手をかけたくせに。
メッセージに私の名前を書いてきた理由も気になる、頑なに呼ばなかったのに。
何か考えはある。その考えの道には乗らない。
『化粧師』を少しは尊敬していた。名前に縛られないから。
縛られない何者かになれていたのに、それを手放そうとしていた。
頼子には返信しない。今の寝床に帰ろう。
公園を出ると、風花という名前のフラワーショップはまだ営業していた。
制服姿の女の子が、値札の桁を数えたり、うんうん悩みながら、花を見繕っていた。
時間が遅い。アルバイト……いや、習い事の帰りかな。きっと、良さげな家庭で育ってきたはず。
花屋の店員さんはいなくて、女の子は悩み続けている。嬉しそうに。
「あ……」
目と目が逢って、自分が立ち止まっていると気がついた。
「こんばんは!えっと、店員さんですか?」
そう見えたのだろうか。間違いではないけれど。
「贈り物を探してて……あっ、贈り物といっても自分用なんですけど」
「自分用?」
不思議な言い方に思わず、オウム返しをしてしまった。
「私にとって、すごく嬉しい記念日なんです」
本当に嬉しそうだったから、無下には出来なかった。
「それとか」
「これ、ですか?」
「アネモネ。花言葉は期待、希望。そんな感じでしょ」
店員じゃないから、ここまで。帰り道を数歩進んだところで、声がした。
「あの、ありがとうございました!」
なぜ、止まったんだろう。どうして、振り向いたのかな。
「私、がんばりますっ!」
「うん。がんばって」
なんで、答えたのかな。
私は女の子の反応を見ないで歩きだす。
星に背を向けて、私は暗闇に歩き始めた。
エピローグ 了
終
製作 tv〇sahi
少女は星と出会う。
渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」
撮影中の一幕・変身の心得
CoP「井村さん」
雪菜「プロデューサーさん、どうしましたかぁ?」
CoP「撮影はいかがでしょうか」
雪菜「ばっちりですよぉ。まるで別人みたいと言われましたぁ」
CoP「変身の心得は知ってますか」
雪菜「心得ですかぁ?ぜひ教えてください」
CoP「自分を消すことです」
雪菜「うーん……それは違うと思いますよぉ」
CoP「はい、井村さんには違います」
雪菜「アイドルですからぁ」
CoP「まずは役が浮かび、必ず演じた役者がわかること。無になる役者は本職にお任せしましょう」
雪菜「はぁい。もっとカワイイ私で」
CoP「すみません。あまり可愛らしくない役で」
雪菜「いいえ……ヒミツが多い女は親近感があります」
CoP「そうですか……え、今なんと言いましたか?」
雪菜「うふふっ。それじゃあ、少しお水を飲んで戻りますねぇ」
PaP「それで、カワイイ櫂と172’sについてだが」
CoP「え?この流れでその話します?」
CuP「音葉ちゃんと真奈美さんはOKだったんですか?」
PaP「2人とも乗り気だったよ。あ、櫂ちゃんにはまだ秘密な?」
CoP「むしろ僕が聞いてないんですが……」
CuP「音葉ちゃんもくだけてきましたね、真奈美さんは流石ですが」
PaP「やっぱり楽しいよ、ステージはいいだろ?な?」
CoP「ええ、舞台の上は……良いものですよ」
PaP「さすが、元舞台役者。カワイイ172’sは任せた!とりあえず、ハコは準備しておいたからな!」
CoP「一切合切何も聞いてないんですが……」
CuP「誘導質問だ……」
CoP「まぁ、断りませんよ。やらせていただきます」
CuP「この流れで受ける人なんですから……」
おしまい
井村雪菜は意外にも謎多き少女なのよね。
真奈美と雪菜の組み合わせはシナジーがある、はず。
さて、残り2話。クライマックスです。
みくにゃんも出るよ。
次回は、
渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」
です。
それでは。
高峯のあの事件簿
第1話・ユメの芸術
高峯のあ「高峯のあの事件簿・ユメの芸術」
第2話・毒花
相葉夕美「高峯のあの事件簿・毒花」
第3話・爆弾魔の本心
鷺沢文香「高峯のあの事件簿・爆弾魔の本心」
第4話・コイン、ロッカー
小室千奈美「高峯のあの事件簿・コイン、ロッカー」
第5話・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵
安斎都「高峯のあの事件簿・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵」
第6話・プレゼント/フォー/ユー
イヴ・サンタクロース「高峯のあの事件簿・プレゼント/フォー/ユー」
第7話・都心迷宮
大石泉「高峯のあの事件簿・都心迷宮」
第8話・『佐久間まゆの殺人』
浅野風香『高峯のあの事件簿・佐久間まゆの殺人』
第9話・高峯のあの失踪
浅野風香『高峯のあの事件簿・佐久間まゆの殺人』
第10話・星とアネモネ
最終話・銀弾の射手(完)
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。
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コメント一覧 (7)
-
- 2019年10月05日 10:50
- >>1
いやお前こそ誰だよ、知らねーよ
-
- 2019年10月07日 09:13
- >>1
よかったね
ヘレンのことを知らない人には、これから知る喜びがあるそうだから
-
- 2019年10月16日 10:01
- >>1
新たな知と担当アイドルを得るチャンスだね
おめでとう
-
- 2019年10月05日 02:51
- 超待ってた ありがてぇ
-
- 2019年10月23日 04:23
- 都心迷宮まではtag/高峯のあの事件簿のURLにまとめらえているのでそれ以降の作品までそこにまとめてほしいな
-
- 2019年12月30日 22:03
- 最後にアニデレ1話を彷彿させるしぶりんとしまむーの邂逅…やばい(興奮
盛り上がってくるシーンで確実に盛り上がらせる展開が大好きや、のあさんと木場さんのタッグも最高にCoolだよ旦那ぁぁぁぁ!!、!
名前知らないキャラばっかなんだけど