【ミリマス】エミリーが忘れた日
第一報を受けたのはその日の午後6時のことだった。
リハーサル中、ステージで事故があったらしい。
──エミリー・スチュアートが足を滑らせ転んだと。
そのときの俺は別の営業でどうしても劇場から離れなければいけなかったので、その日の公演を他のスタッフや先輩アイドルたちに任せっきりにする予定だった。
そのせいか、事故は昼間に起こったものの現場は一時対応でてんやわんやしており、こちらへの報告が遅れたと、音無さんから謝罪を受けた。
大丈夫です、連絡ありがとうございます、と冷静に返事をしている間は「らしからん」程度にしか思っていなかった。
エミリーは基本的には落ち着き払った女の子だ。あまり無茶をしてケガをするような危ない場面を見かけたことがない。
捻挫や打撲だとしたら公演のスケジュールに影響するかもなと、そのくらいにしか考えていなかった。
だが能天気に捉えていたのも束の間、電話越しの音無さんから詳しく事情を知れば知るほど心に不安が渦巻き始める。
彼女は頭を打って病院に運ばれたのだ。
午後7時半にその病院へ駆けつけたとき、エミリーは診察室のベッドに座り込んでじっとしながら、医者の先生と看護師さんの会話を眺めていた。
いつものツインテールを解いたきらびやかな金髪を不揃いに横切る包帯が痛々しく映るも、当の彼女は心ここにあらずといった態度でただそこにいた。
医者の先生の話によると、エミリーは転んだ際に側頭部を強く打ち、そのまま数分間意識を失っていたとのことだ。
すぐさまこの病院へ連れてきて念のため一通りの検査を行ったものの、一応、脳に異常は見つからなかったらしい。
そこまで聞いてから俺はようやく胸を撫で下ろした。
「ただし、外的ショックによる健忘の兆候も見られます。よく話をされたほうが」
「健忘? それって記憶喪失ってことですか?」
「いえ、そこまでの大げさなことではありません。 まず、転んだ前後の記憶はないはずです。
これは頭を打てばよくあることなので仕方ないのですが……他にも、忘れたり思い出せなかったりすることがあるかもしれないということです」
「はぁ……」
ドラマや漫画でこういう状況を目にした事はあるものの、実際に当事者でないとはいえ、自分がその場に立つと全く実感も湧かないものである。
改めて目をやると、ベッドに座って黙ったままのエミリーはさきほどからずうっと口を固く結んで黙り込んだままこちらを見つめている。
よくみると両目にうっすらと涙も浮かべていた。
「エミリー、すまなかった。 俺が劇場にいて監督できていれば防げたかもしれないのに……」
しゃがみ込んで彼女に目線を合わせ、ゆっくり話しかけていく。
彼女は俺の目を見つめながら、ブンブンと首を横に振った。
「先生がもう大丈夫だって。 ほら、今日の所は帰ろう」
手を差し出してみるも、彼女は頑なにそこを動こうとせず、ただただ首を振り続けていた。
「仕事のことは心配するな、大事を取ってしばらく休みにするから……エミリー?」
ここでようやく、さすがに様子がおかしいことに気がついた。
エミリーはひたすらに、こちらに何かを訴えるような目つきを変えなかった。
はっきりと、その奥に恐怖とかおびえじみた感情が映り込んでいる。
「あの……彼女、話せるんですか?」
「何ですって?」
先生が横から挟んだ言葉がすぐには理解できず──それを飲み込んで、まさか、と背筋が凍る。
「……エミリー? 何があったんだ? 教えてくれ! エミリー!?」
思わず細い両腕を掴み食ってかかると、彼女は体を強張らせうずくまる。しまった、と離れた瞬間、ようやくエミリーは絞り出すように声を発した。
ボロボロに弱りきった、掠れるような声で、俺の想像を絶する一言を。
「I... I apologize for causing you concern, but... I... I...」
そのまま両手で顔を覆い静かに泣き出したその少女に、何と声をかければ良かったのか。
「……エミリー、どうしたんだ……?」
それに対する反応はなく、彼女はそのまま何十分も肩を震わせ続けていた。
結論から話すと、
エミリー・スチュアートは日本語を忘れてしまったのだ。
──────
きっとエミリーは幼い頃から、劇場の誰もが思い及びすらしない血の滲むような努力を重ねてきたに違いない。
日本への憧れその一心で故郷を離れこの東洋の国へやってきた十三歳の女の子。
彼女は出会ったときからこの国の文化に人一倍詳しかったし、またその知識欲も並の日本人など相手にならないだろう。
カタカナすら一切話したがらないという、異常なまでの日本語へのこだわりがあったこともよく分かっている。
それはおそらくエミリーが憧れの大和撫子を目指すにあたっての最大のコンプレックスである、国籍という壁を少しでも打ち破るための手段。
彼女にとって、俺たちと同じ言葉を話すということは単なるコミュニケーションの道具なんかではなかったはずだ。
そんな、彼女が自身を大和撫子たらしめる最大の拠り所が失われてしまったとしたら――?
翌日、765プロの事務所にエミリーを連れてきた俺は社長室で経緯をできるだけ詳細に説明していった。
音無さんと青羽さん含め、三人にはすでに報告済みではあったがやはり改めて話さなければいけない。
場合によっては――彼女の今後すらも。
俺は話し合いの際、エミリー本人も同室にいさせた。
もちろん聞かせたくない話であったし、俺たちの会話が理解されないという状況を利用するようで自分でも吐き気のする選択だったが、
まだ彼女を一人放っておきたくはなかったから。
「エミリー」
不安そうな面々に囲まれた彼女に一言だけそう呼びかけると、彼女はゆっくりこちらを見つめてくる。
「《この人たちは分かるか?》」
ごくごく簡単な英語で――辞書を引いてあらかじめ覚えてきただけのフレーズだが――問うと、エミリーは小さくこくんと頷いた。
「じゃあ俺が今言ってることは?」
事態を証明するためとはいえ、残酷な質問なのだろうなと胸が締まる。意味は通じていないだろうが、エミリーは何となく察したのか今度は首を横に振った。
「大変なことになってしまったね……」
高木社長はそれだけ吐き出して力尽きたかのように椅子にどっかりと座り込み、そのまま頭を抱え続けている。
音無さんは今にも泣き出してしまいそうな表情で、ひたすらにエミリーに目をやりながらかける言葉を探しているようだった。
青羽さんは事故の瞬間を目撃していたのもあって、電話でエミリーの容態を理解してもらうまで伝え続けるのが心苦しかった。
一晩経った今でこそ冷静を装って立ち尽くしているものの、真っ赤に泣き腫らした目がとても痛々しい。
「あれから何度か質問を繰り返してみた結果分かったのは……エミリーは今、日本語の読み書きと会話が全くできないということ。
ただそれ以外の記憶に影響はなく、自分が誰で、ここがどこで、俺たちが何者なのか――そういうことは全て覚えているようです」
「それは――不幸中の幸い、なのかね」
「社長……全然そんなこと、ないです……!」
音無さんが嗚咽混じりに訴えた。
「エミリーちゃんは、今まで当たり前のようにお喋りして、一緒に仕事してきた私たちが、
ある日突然訳も分からない言葉を話し始めたのと同じなんですよ……!?
おうちからここまで、いつも歩いている風景にある標識とか、看板とか……
『765ライブ劇場』の文字も……ファンからのお手紙も……全部、全部いっぺんに分からなくなっちゃったって事ですよ……!」
ようやくそこまで言い切ったあと音無さんはついに耐えきれなくなり、ハンカチで顔を覆っておろおろ声でむせびだした。
青羽さんもその音無さんの肩を抱きながら目にいっぱいの涙をためていた。
「分かっている、もちろん分かっているよ音無君……今のは失言だった。 すまない」
もちろん社長にも悪気などなかったろうし、こうやって気持ちが参ってしまっているのは誰しも同じだ。
言葉一つあげつらって責める気などこれっぽっちもない。
「……差し当たっては、当分劇場でのエミリーの出演は全てキャンセル。
ユニット曲については、代替メンバーに入れ替えての続行か、人数を減らしたままの続行かの選択肢がありますが詳細は検討中です。
また再来週までに雑誌取材三件、ラジオ出演一件、テレビ出演二件のアポが入っていましたがこれも先方へ断りの連絡を入れておきます。
各メディアへの発表はどうしましょう」
それに心配したり悲しんでいられる時間もあまりない。
エミリー・スチュアートはまだまだトップへはほど遠いが、それでも活躍の場の増えてきた売り出し中の人材だ。
ここで手を誤ればそれこそアイドルとしての未来はない。酷に思われるかもしれないがあくまで事務的に、毅然とした対応をとらねば。
エミリー自身のケアはそれが済んでからだ。
「うむ……しばらくは体調不良による休養として時間を稼ごうか。
彼女が元に戻るのか、あるいはそれがいつになるのか――分からない限りは、長期の活動休止という方向も……あれ、君」
社長が俺の右腕を見つめていることに気づき振り返ると、エミリーは俺のスーツの袖を控えめに掴んで、またふるふると首を横に振っていた。
「……どうした?」
会話の神妙な様子から、きっと彼女は何の話をしているのか予想がついたのだろうか。
「I... don't want to quit」
俺でも聞き取れるような、ゆっくりとした英語で、小さくそう言った。
やめたくない――アイドルを、ということか?
「わかってる、けど……」
渋った反応しかできない俺に言い聞かせるように、だんだんと袖を掴む力が強くなっていく。
困り果てていると、不意に社長室の扉の裏側からノック音が響いた。
「プロデューサー、いる?」
水瀬伊織の声だった。
その場にいる全員が静まりかえった隙に、伊織はさっさとドアを開けて部屋へ入ってきてしまった。
「……エミリーも、いたのね」
それに気づいたエミリーは伊織から隠れるように俺の背中へ回り込む。やはり他のアイドルに知られるのは、いっそう気が引けるのだろうかと察した。
「ねえ、エミリー?」
「Ah...I...」
思わず反応したエミリーがハッと口を塞いだ。伊織は一瞬だけ目を見開き、
「……半信半疑だったけど……どうやら、冗談でもなさそうね」
ゆっくりとこちらに近づき、俺の体越しに話しかけた。
「Emily, I know the situation. He told me last night...then show me yourself.」
流暢な英語。エミリーはおそるおそる顔を覗かせ、伊織を申し訳なさげに見つめた。
「It must have been very hard...Tell me anything I can do for you.」
とたんにエミリーは一瞬息を詰まらせ、それから堰を切ったようにわんわん泣き出した。
伊織は困ったような、痛ましそうな、憐れむようなそんな表情でただ黙ってエミリーを抱きしめてやった。
言葉が通じなくなってしまってから初めてまともにコミュニケーションがとれる仲間を見つけてようやく安心したのか、
肩に頭を預けて長い間大粒の涙を流し続け、最後には疲れて眠ってしまったエミリーをソファに寝かせてからも、伊織はずっとそばにいて頭を優しく撫で続けた。
「ありがとう。お前がいなかったら……」
「礼なんか要らないわよ。 この子がどれだけ辛いか想像したら、いてもたってもいられなくなって……」
まあ、ユニットのリーダーとしてメンバーのために動くのは当然よ、と照れ隠しに伊織が言い放つ。
先ほどとは違う少しぶっきらぼうな物言いも、彼女の優しさの表れと取れる。今回ばかりは心から感謝するほかない。
「それで、どうするの?」
もう一度エミリーの髪をすっと撫でやってから、伊織が切り出した。
「これからの事。 まさか本国に帰すとかそんなこと……」
「しないよ。 エミリーは『やめたくない』って言ってた」
「アイドルを?」
「だと思う」
「そう……よかった」
エミリー自身の意思があるとしてもまだまだ問題点は山積みだ。
「ただ、今後活動するに当たってはいろいろ障害も出るだろうから……それをどう切り抜けるか……」
「どうすればいいのかしらね……劇場の皆、心配してるわ。 せめて気持ちだけでもエミリーに伝えて、元気を出してもらわないと……」
「それもだけど、外向きにどうするかが問題だ。 アイドルが日本語を話せなくなったなんて騒ぎ、いつまでも隠せはしないだろう」
そうね、としばらく考え込んで、伊織はまた少しの間眠っているエミリーを見つめた。
「……私がしばらく一緒にいてあげるわ」
「お前が?」
「今の状態に慣れるまで──もちろん慣れちゃうのも問題だけれど──ほら、何かあれば通訳くらいならできると思うから」
きっと私なんかが想像できないくらい辛いわよね、と、今度はエミリーに話しかけるように呟く。
伊織自身の仕事や都合もあるだろうし、正直言って色々な負担を強いるようなお願いはしたくなかったが。
「……頼んでもいいのか?」
「いいって言ってるでしょ」
こちらを見ることなくきっぱりと、少し湿り気を含んだ声で言い放ち、それっきり伊織は黙りきったままエミリーが目を覚ますのを隣で待ち続けた。
*
さらに翌日、エミリーが劇場に帰ってきたと聞いて駆けつけたアイドルたちに、伊織と俺で事の顛末を丁寧に説明していく。
皆よほど心配していたようで、今日まで何も知らせていなかったぶん少し罪悪感もあった。
最初はエミリーが元気であるという知らせに喜んでいたものの、順番に話していくにつれみるみる表情が曇っていく。
どうやら全てが伝わったのかついにざわつきだした控え室を、「聞いて」と伊織が静めた。
「私からお願いなんだけれど……エミリーはいつも通りよ。 仕事にも早く戻りたいって言ってるし、何も変わらないの。
ただ、ちょっと今までの話し方を思い出せないままというか……つまり……その……」
どう説明すればいいのか、珍しく言葉を選んで詰まっている伊織に助け舟を出してやる。
「伊織が言いたいのは……あんまり心配とか、同情しているような態度で接するとエミリーがかえって気に病むから、
あくまでいつも通りでいてほしいっていう事だ。だよな?」
伊織も小さく頷いた。
「じゃあ、入ってきてもらうから。 落ち着いて迎え入れてやるんだぞ……伊織」
「ええ。 《エミリー、入ってきていいわよ》」
遠慮がちにドアノブを回し、室外で待たせていたエミリーがゆっくりと姿を見せる。
「「「エミリー!!」」」
やはりというか、アイドルたちは一斉に囲むように駆け寄った。
「もう大丈夫なの!?」
「ステージにはいつ復帰するの!?」
「ホントに英語しか話せないの?」
口々に迫る彼女らにエミリーが困惑の色を見せだしたころ、伊織がエミリーをかばって間に入り込む。
「……だから言ったでしょ。 エミリーに話があるなら私を通して」
呆れと怒りの両方を感じ取ったのか、今度は列になって一人ずつエミリーと会話をしていく流れと相成った。
結果として、他のアイドルたちはエミリーが(今のところ)日本語を話せなくなっている、という事にそこまで悲観的な印象を抱かずに済んだ。
これは伊織がそばにいて、きちんとエミリーとのコミュニケーションを成立させる橋渡しをしてくれたからに他ならない。
皆最初はエミリーの英語に驚いていたものの、むしろ新鮮さすら覚えていたようだ。
事態が事態なだけに複雑な思いもあるが、ひとまずはこれでいい。
「《全く、こっちの苦労も知らずにね》」
「《皆さんに余計な心配はかけたくなかったので。 本当に助かりました》」
「《大したことじゃないわ》」
伊織とエミリーの会話は、自分にはついていけないもののその雰囲気は以前とすっかり変わらない様子だった。
「さて、ひとまずアイドル全員への報告は済んだけど……今日のリハはどうする?」
一安心こそすれ、次の課題は目前に迫っていることを改めて伊織に伝えた。
「どうするって?」
「“Sentimental Venus”は水曜公演の通常セトリに含まれてるだろ。 エミリーのパートをどうするかとか……」
「ん、そうね……」
チラとエミリーに目をやった。こちらが伊織と日本語で話していると、エミリーは途端に不安そうな顔になる。
きっと自分には聞かせられない深刻な話題だと思っているのだろうか。
「とりあえずエミリーに、『今日のリハーサルは見学してて』って言ってくれ」
「《──だそうよ》」
「...I understand.」
エミリーからは間を空けて一言だけ返ってきた。
少し浮かばないような口調にも取れたが、まだ頭を打ってほんの二日だ。彼女自身のことは焦らず様子を見つつ今後のことを考える必要がある。
「エミリー、分かってくれ」
「《私、振り付けはちゃんと覚えています》」
今度はきっぱりと主張するかのように。
「覚えてるかどうかの話じゃなく、まだケガから間もないのに無茶はさせたくないんだ」
「《──ですって》」
「…………」
「《エミリー、ゆっくり復帰していけばいいのよ》」
しばしの沈黙の後、エミリーはゆっくりと首を縦に振った。
*
その日のユニットでのリハーサルは内容修正の確認と二、三度の通しでの演奏程度に留めることにした。
「じゃあ、エミリーのパートはしばらく伊織が代わりに歌ってくれ。 歌詞は大丈夫だよな?」
「全歌詞歌えるわよ、当たり前でしょ」
「OK。 それと、今日は試しで配置の変更もするから、全員スタートのポジションを確認しておこう」
百瀬莉緒と真壁瑞希にも指示を促し、いつもの目印から数歩ずつ左右へずれてもらう。
「でもプロデューサーくん、いいの?」
莉緒が心配そうに尋ねた。
「どうかしたか?」
「位置取りまで変更するってことは……そういうことでしょ?」
莉緒の言いたいことは容易に汲み取れる。後ろでじっとしているエミリーのことが頭をよぎった。
「……何度も言うが、これはあくまで『試し』でしかない。 これから先誰かが急な体調不良で公演を休んだりするかもしれないだろう?
そういう事も含めて、いろんな選択肢を用意しておくってだけだ」
「なら、いいんだけど」
「とにかく、今は自分たちのステージのことだけ考えてくれればいい」
自分自身にもそう言い聞かせてからスタッフへ合図を送り、曲をスタートさせた。
♪背伸びのVenus 7回目の チャンスにkiss つかまえて……♪
リハーサルながら伊織、莉緒、瑞希たち三人のコンディションは抜群といってよかった。
出だしからいつも以上に統制の取れた動き。
ゆったりと広がるような振り付けからリズミカルなそれへの変調、また時折挟む女の子らしい細かなポージングにおける指先の角度一つ一つ──
ほぼ完璧に揃っている。これが本番でないのが惜しいほどに。
ただ歌はというと……どこか物足りなかった。
もちろん彼女ら自体には何の問題もない。三人とも喉の調子までバッチリだ。よく出ている。
ただ四人斉唱の映えるこの曲のサビは、エミリーの儚げなあの歌声なしではどこかキャッチーさに欠ける……といったところか。
「──どうかな?」
「同感です」
隣にいた秋月律子に尋ねると、真剣なまなざしをステージに向けたまますっぱりと返された。
リハーサル前、エミリーのことも気になるから同行させてほしい、と頼まれたのでこうして一緒になって見てもらっている次第だ。
律子は過去プロデューサーとして活動していた経験もあるので、こういうときに意見をもらえるのは非常に頼りになる。
エミリーのパートを肩代わりした結果一番Aメロを全て伊織が歌っていることについては、
「悪くないですけど、おかげで息がちょっと続いてないかな。 肺活量とスタミナには少々難有りですからね、あの子は……」
サビ直前のロングトーンが切れるのが伊織だけ一瞬早かった、と俺には気づけなかった指摘もくれた。
そのことに感心していると「プロデューサー殿もまだまだですね」と茶化されてしまったが。
二番も終わり、間奏に入ったタイミングで後ろを振り返る。
ポツンと置き去りのパイプ椅子に捕まって観念したような表情を貼り付け、エミリーはただ黙りこくって伊織たちの歌を聴いているだけ。
あまり物寂しそうにしていたので声をかけてやりたかったが、何と声をかけていいのか──文字通りの意味で──分からなかったので、やめてしまった。
♪ウンメイならSo sweet きっと本物 迎えにいこう……♪
軽快なアウトロが止まり、一回目の通しリハが終わった。三人をこちらへ呼び寄せる。
「律子に見られながらリハやるなんて、随分懐かしいわね」
伊織がほんの少し乱れた呼吸を整えながらクスリと笑った。
「二人の反応を見てて、なんとなく分かったわ。 今ひとつって顔してたもの」
「すまないな。 別にお前たちに不満は何もなかったんだけど」
「そうね。 私も、エミリーちゃん抜きじゃ“なんか違う”って思ってたし」
莉緒も考えは同じのようだ。瑞希もそれに合わせてコクコクと頷いていた。
「お客さんにも聞いてみましょうか?」
ヒョイヒョイ、と莉緒がエミリーを手招きし、
「《やっぱり、エミリーがいないといい歌にならないんですって》」
やってきた彼女に伊織が説明してみせる。
「…………」
「……エミリー?」
「Sorry...」
エミリーは拳をきゅっと握り、無理やりな小さい笑顔を何とかこちらへ見せたかと思えば、
「《曲も振り付けも頭にあるんです。 なのに、本当は歌えるはずの歌詞の意味が分からなくて……なんだか、自分の歌じゃないみたいです》」
それだけ言って下を向いてしまった。
その彼女にかけられるような気の利いた言葉を、誰も見つけられない。
「……ごめんなさいね。 無責任かもしれないけど……きっといつか戻るわよ。 私は信じてるから」
悔しさを噛み潰して空元気を少し混ぜ、律子が呟いた。
伊織が何も言わなかったからか、エミリーからの反応はなかった。
*
その後別ユニットも集合させ、今度は“Eternal Harmony”のリハーサルに同行させる。
「プロデューサー、エミリーはその……本当にステージに復帰できるんでしょうか」
先ほどの様子を律子から伺ったらしく、開始前に如月千早が心配そうに尋ねてきた。
「そういう判断材料を探すことも含めて今日は見学なんだ。 今のところ……打開策というか、どうすればいいかまだ分からないんだけど」
「……そうですか」
くっ、と歯がゆそうに目を逸らす千早。エミリーのいるほうに目をやると、ジュリアや風花が伊織の通訳を借りてお喋りをしていた。
ああいう瞬間だけは、エミリーもふと楽しそうな表情を浮かべるものなのだが。
「ごめんな」
「いえ、プロデューサーのせいでは……私にも、何かできることがあればと思ったんですが……こちらこそ、無力ですみません」
「頼むから気にしないでくれ。 劇場は公演を続けるんだから、少なくとも他のアイドルにはいつも通りにやっていってもらいたいんだ」
自分でもドライな対応なのだろうな、と心が痛む。
けれどもエミリーのことばかり気にかけて全体の士気を落としてしまうのは一番あってはならない。
あくまでプロデューサーとして、やるべきことをやる。
「……じゃあ、みんな集合!」
パンパン、と手を叩いてメンバーをこちらに来させる。リハーサルは先ほどと同じく、エミリーを抜いた陣形での通し演奏。
──結果は似たようなものだった。この曲も、エミリーは歌詞が出てこないと言うのみでただ俯いていた。
他の四人の雰囲気にも暗雲が立ち込める。
プロデューサーとして、と己に豪語したくせ、その日の最後のユニットリハは自主練に変更した。
“Princess Be Ambitious!!”でもきっと同じ具合になることが分かりきっていたから。
やはりエミリーにこれ以上心の負担を感じさせたくはない。
俺はどっちつかずの頼りない指導者だ。
“だってあなたはプリンセス”の公演に関しては、やむなく休止の決定を下した。
徳川まつりとのデュエット曲。いくらなんでも二人いるうちの片方だけで歌わせるのは流石に不自然だ。
「残念ですが、まつりは我慢するのです」
「《ごめんなさい。 私もこの曲、本当は大好きなのに》」
「エミリーちゃんは何も気にすることはないのです。 姫はまたエミリーちゃんと二人で歌える日を楽しみに待つのです」
申し訳なさそうに何度も『ごめんなさい』を繰り返すエミリーの頬を、まつりがそっと撫でた。
「エミリーちゃんにそんな辛そうな顔は似合わないのです。 ほら、笑って。 ね?」
そのまま反対の人差し指で自分の口角をなぞり、「にっこり」を描いてみせる。
エミリーは後ろめたさを少しの間だけ忘れ、遠慮がちにふわりと笑った。
伊織も「ありがとう」と一言だけ添えてエミリーを連れその場を去っていく。
俺はその一部始終を離れて見ていた。
一人取り残されたまつりがさっきまでの優しい表情を途端にしかめて、「こんなのってないよ……」と沈んだ声を吐き出していた瞬間も。
決して甘く見積もったつもりはなかった。
けれどもエミリー・スチュアートを欠いて765ライブ劇場に空いてしまった穴は、俺が懸念した以上に大きいのかもしれない。
──────
【お客様各位 メンバーの出演中止に関するお知らせ
いつも765プロダクション、及び当劇場へのご支援まことにありがとうございます。
当事務所所属、エミリー・スチュアートの体調不良により以下の定日公演ならびに特別公演への出演が中止となりましたことをお知らせいたします……】
「……こんなもんかな」
その日の夜、事務所に戻った俺は劇場へ貼り出すお知らせ文の作成のために一人でパソコンと睨めっこしていた。
それほど凝った文章でもないし、最終的に紙っぺら一枚の簡単な文書になるのでそこまで苦労せずに書き上げてしまいそうだ。
明日の朝一番で劇場のエントランスと敷地前の掲示板、あと何処だったか……
そう、イベント告知パネルも一枚借りて貼っておくんだった。少し頭が回らなくなってきたことをようやく実感する。
気がつけば夜の九時をとうに回っていた。
最後の一文を打ち込み、ファイルの保存を済ませて一息ついたところで一気に倦怠感が押し寄せてきた。
そういえば今日は昼飯も抜きで、ろくな休憩を取っていなかった。
営業にも行っていないし、大した仕事はこなしていないというのに。
別段忙しいわけではなかったが、精神的な疲労が分かりやすく思考を蝕んでいた。
あとは印刷だけして、社長にメールで帰宅の報告をして、それを持ち帰るだけで今日の仕事は終わり。
終わりなのは分かっているのだが、
「ダメだ、ちょっと休憩するか……」
目先の眠気にどうしても勝てず、携帯のアラームを三十分後に設定し、机に突っ伏した。
*
「──起きて……プロデューサー。 起きて」
控えめに体をゆすられ、ようやく意識が戻ってきた。
みっともなく垂らしたよだれを反射的に袖でふき取ってしまうと、真上から「ちょっと、汚い!」と小言を浴びせられる。
「……伊織……?」
両目の焦点が定まらないものの、声はきちんと認識した。
「小鳥がここにいるって教えてくれたの。 きっとまだ残業してるってね」
ようやく声の主を見上げる。ほぼ同時に、「ん」と無理やり押し付けられて良く分からないままに“それ”を受け取った。
「んぅ……何でここに……?」
「話があるからに決まってるじゃないの。 なのにアンタが呑気に寝て…………いえ、何でもないわ」
伊織は隣の椅子に座って、スーツの肩に付いた埃を手で取ってくれているらしかった。
「とにかく、シャキッとして。 エミリーのことで来たのよ」
「うん、それは……なんとなく分かる」
背筋をググと伸ばし、両手で顔をパシンと何度か叩いてようやく朦朧状態から脱する。
「あのね、あれからエミリーと話をしたんだけど──」
一瞬だけ言葉を止め、パソコンの画面を横目で軽く覗いて、伊織はまた視線をこちらに戻した。
「──日本語の歌詞が分からなくなってるのは仕方ないとして、歌詞の“解釈”は覚えてるかどうか訊いたの」
「へぇ……何て言ってた?」
「英語で説明してもらったわ。 大体合ってた。 もっとも、深い意味の理解とかじゃなくて直訳程度の内容だけど」
「……つまり?」
今度は、分からないの?と言った顔つき。
「エミリーほどにもなると頭の中まで全部日本語で考えてるのかと思ったんだけど、それなら話が早いかも、ってことよ。
ほら、よくあるじゃない──台詞や内容をほとんど覚えた洋画なんかを原語で観れば、勉強になるとか」
理解がギリギリ追いつくか追いつかないかの俺を気に留めず話を続け、
「あれと同じよ。 どういう事を歌ってるかはじめからわかってる歌詞なら、覚えなおしやすいでしょ」
「……うん、確かに、そうかも」
「日常会話はそれから順番に覚えていってもらうの」
それがいいわ、と最後に独り言で返事をする。
「ん、待った……つまり日本語を教えなおすってことか? エミリーに?」
「そうよ」
「……伊織が?」
少し待って、見えるか見えないかで伊織が小さく頷いた。
「だって、また思い出す保証がないんじゃ、あのままほっとくわけにも行かないじゃない。
現に周りと直接会話が出来ないんだから、エミリーにとってはまだまだ相当なストレスのはずよ」
もちろん、それはいち早く解決したいが。
「まずは歌える状態でステージに復帰するのを最優先に考える。
最終的には私がいなくてももう一度皆とコミュニケーションが取れるように……まあ、元の堪能な日本語まで戻せる自信はないけど……」
「いや、さすがにそこまで伊織にやってもらうわけには」
「765プロで他にできる人がいるって言うの? まさか第三者に頼んで、この状況が外に漏れでもしたら大変でしょ?」
反論するも、事実を突きつけられて押し黙ってしまう。
「私は平気。 スーパーアイドル伊織ちゃんよ、日本語講師との兼任なんて余裕でこなして見せる」
だから気にしないでいい、ときっぱり断ってから伊織は話を続けた。
「勝手な憶測だけど──本当に何も知らない外国人に日本語を教えようってワケじゃないわ。
元々喋れた人間に思い出してもらうってだけ。 だからそんなに困難なことじゃないと思う……のだけど、楽観視しすぎかしら」
俺には専門的なことは何もわからないし、はっきり言って都合の良い想像に過ぎないのかもしれないが、
伊織の予想が外れていたとしてそんな途方もない可能性まで今は考えたくないというのが本音だった。
「明日、もう一度先生のところへ言ってエミリーの状況について相談しに行こうと思ってたんだ。 伊織の見解も含めて質問してみるよ」
「そう。お願いするわ……私も一緒に行っちゃダメかしら?」
「お前は朝から外の仕事があるだろ」
「……そうだったわね」
最近の伊織には珍しく、露骨に不満そうな表情。
「どんな話をしたかはちゃんと教えてやるから」
「ええ」
送って行こうかという提案は、「有難いけど、新堂が車で待ってるから」と退けられた。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
丁寧に扉が閉められる。
薄暗い事務所が再び静寂に包まれてしばらくした後、ようやく自分が右手に持っている伊織からの差し入れを思い出した。
果汁100パーセントのオレンジジュース。しょっちゅう飲んでいるのを見かけるほど伊織がお気に入りにしているブランドの商品だ。
経緯が経緯なのもあるかも知れないが、それでも伊織がああやってあからさまにエミリーを人一倍気にかけるのをほんの少し意外に感じながら、
俺はそのジュースをいっぺんに飲み干した。
*
翌朝劇場へ立ち寄って貼り紙を終え、数日前にエミリーを診てもらった医者を訪ねた。
「私も、あれから色々と考えていたんです」
近況をできるだけ細かく報告すると、先生は何かを考え込みながらエミリーのカルテらしきものを引っ張り出して眺めはじめた。
「健忘──いわゆる“記憶喪失”というのは正直なところ、我々にもまだ分からない事が多いんです。
しかし通常患者さんがショックで何かを思い出せないときには、よく“記憶の紐付け”を利用します」
「“紐付け”?」
「エピソード記憶、意味記憶、手続き記憶。 こういった記憶の分類について聞いたことがあるかも知れませんね」
先生がカルテを置いてこちらへ向きなおした。
「モノを覚えて知識として身につくのは“意味記憶”です──今回のように日本語の知識を忘れたとなればこれに当たるでしょうね──
大体の場合このときに『どんな場所で、何をしながら覚えた』というエピソード記憶が付随してくるものです。
それが特殊なエピソードであればあるほど、付随する記憶が強まります。
こうなると思い出せなくなった記憶でも、強烈に残ったエピソード記憶から手繰り寄せるようにまた思い出すことができるものです」
「はぁ……」
思わずぼんやりした返事を返してしまう。
「エピソード記憶だけでなく、手続き記憶との紐付けもありますよ。
学校の勉強などでは漢字や単語の書き取りを何度もしたりするでしょう?
あれは手で覚えた書き順や綴りを、意味記憶と紐付けて思い出せるようにする工夫です」
なるほど、そう言われると合点がいく。
「経験あります、それ」
「ですからスチュアートさんの場合、 歌の歌詞の日本語を思い出すのは比較的容易かと。
踊りながら歌うのであれば、振り付けという手続き記憶が紐づいているはずです。
あとは、練習のときのエピソード記憶……きっかけは多いんじゃないでしょうか。 効果的だと思いますよ」
日常会話の学習についてはどうか、という質問には、
「それは、彼女がどのようにして日本語を勉強してきたかによりますから、何とも」
といったような答えだった。
「根気良く日本語を教え続ければ、あるときふっと全て思い出すかもしれません。
確実なことなど何も言えませんが……とにかく、きっかけをできるだけ多く与えることです」
そうすればきっと──。先生の言うとおりであれば、どうやら一筋縄では行かぬにしても、少し希望も見えてきたかもしれない。
「わかりました。 ありがとうございます」
「また何かあったら遠慮なく相談にいらしてください。 できればスチュアートさんの具合も診ておきたいので」
「はい」
一礼をして診察室を出ようとしたとき、ふと思いついたように先生にもう一つだけ質問してみた。
「ちなみに、先生」
何の気なしの、ついでの疑問。
「意味記憶と結びついたエピソード記憶とやらがあったとして──そのエピソード記憶ごと、忘れてしまったときは?」
「ふむ──そうなると厄介かもしれませんね」
先生は悩ましげに答えを選んでいるようだった。
「手繰り寄せる紐がなくなってしまう訳ですから、思い出すのはより困難になると思います。
そのエピソード記憶を思い出すための、さらに強烈なきっかけが必要かもしれません」
「なるほど……」
改めて挨拶を済ませ、病院を後にした。
劇場に戻る前にもう一度事務所へ立ち寄らねば。昨日伊織と話した件で、高木社長にお願いしたいことがあるのだ。
エミリーにはとりあえず今週いっぱい休みを与えて自宅待機とさせ、
以降の出勤については日本で一緒に暮らしている彼女の父親と電話で連絡を取り合うこととなっている。
一旦ゆっくり休んでほしいと伝えはしたが、本当の所は少々時間稼ぎをしたかった。
あれから一晩考え、そして先生の話も総合すると、やはり伊織の案が一番いいのかもしれない。
何もせずにただエミリーが覚えていたはずの言葉の壁に戸惑い焦り悲しむところを見るのは正直言って辛い。
何かしてやれることがあるとすれば、元に戻る手助けをするべきだ。思い出す手助けを。
あのエミリーに──下手をすれば自分よりも漢字に強かったあのエミリーに、
日本語を教えてやるなどと言ってしまうのはいささか針につつかれる気分だが、
これ以上伊織にばかり頼ってもいられないし、ここは大人として、またネイティブとして、一肌脱ごうと決意を固めた。
そろそろ午前の営業が終わった頃合だな、と携帯を取り出す。
「もしもし、伊織か? お疲れ様──」
何かを勉強するときには必要なもの。そのアテを探っていたときになんとなく思いついたことがある。
運がよければ、きっとエミリーにとって大いに助けになるものがまだ残っているかも知れない。
「昨日のことで、一つ提案があるんだ」
*
ちょうど週の明けた数日後、765プロの事務所宛に巨大な段ボール箱が届いた。
男の俺ですら一人で抱えきれるか分からない。まさかこんなサイズで届くとは。
その上、相当気合を入れて踏ん張らないと持ち上がらないほどずっしりと重く、下手をすれば底すら抜けてしまいそうだ。
ズルズルと廊下から押したり引きずったりして、やっとの思いで中へ運び込んだ。
「何なんですか、これ……!?」
音無さんもギョッとしてその大きな箱を見ている。
「社長からエミリーのお父様とご実家にお願いして、こちらに届けてもらいました」
国際速達とは大したものだ。ものの4、5日でこんな大荷物がロンドンから東京まで簡単に届くのだから。
さてそれでは、と件の二人をここに呼んでやることにした。
「い、意外と早く届いたのね」
伊織も最初にこの箱を目にしたときは思わずたじろいでいた。
「《あの、これは何ですか?》」
「まあ、プレゼント……っていうと違うな。 でもエミリーの為に取り寄せたんだ」
「《私に?》」
事情が飲み込めない様子のエミリーの手をとり、伊織が箱の前に導いてやる。
「《開けてみて》」
エミリーが慎重に梱包を解いて蓋を開き、緩衝材代わりのスチロールくずを避けながら中身を探っていくと、
「Wow...!」
何冊、否何十冊とも数えられる大小さまざまな本。
背表紙付きの分厚いハードカバー本──タイトルに“English‐Japanese Dictionary”と読める──や、
文法の解説書、イラスト付きの単語帳、会話集、そして数十冊の大部分は手書きのノートだった。
どれもこれもページの端がボロと擦り切れていたり、インクの汚れが広がっていたりと相当古びて見えるが、
保存状態が悪かったからではなく、おそらく相当使い込んでいたのであろう。
その全てに、おびただしいと言って差し支えない量の付箋が上から横から所狭しと貼り付けられている。
その付箋一つ一つにも、メモらしき小さな英文字の羅列がびっしりと埋め込まれていた。
「つまり……これって」
音無さんは目を丸くして箱の中身を覗いていた。
「エミリーが向こうで使っていた、日本語の教材だそうです。 あるものを全部送ってきてもらいました」
「こんなにたくさんですか……!?」
「……俺もさすがにびっくりです」
エミリーは思いがけず旧友に出くわしたときのような驚きと歓喜に似たそれを、一冊一冊取り出すたびに表情へ滲ませていく。
しばらくそうやって過ごしているのを眺めていると、ふと我に帰ったように尋ねてきた。
「《どうしてこれが……?》」
「《プロデューサーの提案なの》」
伊織が目配せをしてくる。
「そうだよ。 これなら、頑張って日本語を勉強していた昔の思い出とリンクして、言葉そのものも思い出しやすくなるんじゃないかと思ってな」
「?」
「つまりだな……エミリー。 俺たちと一緒に、もう一度、日本語の勉強をしてみないかってことなんだ」
伊織が俺の言ったことを伝えると、ほんの少しだけエミリーの表情が曇ったように映った。
「エミリー……大変なのは十分分かってるつもりだし、やってみてお前がキツいと思ったり辛かったりするなら強制はしない。
ただ、『辞めたくない』って言ってくれたよな。 だから、俺はお前がもう一度ステージに立てるようにしなきゃならない。
元に……いつものエミリーに戻ってほしいんだ」
「…………」
「医者の先生も言っていたけど、エミリーは日本語が分からなくなったわけじゃない。
思い出せないだけなんだ。 これは思い出すためのきっかけを作るためにやるんだ」
エミリーは申し訳なさそうに眉をひそめ、目を閉じて首を横に一回振った。
「《……私、こうなってからずっと皆さんに迷惑をかけてばかりで……》」
「《迷惑だなんて思わないで》」
伊織がぴしゃりと返す。
「《私たち皆エミリーが元に戻るのを待ってるし、そのために何だってするわよ。
一番辛いのはアンタなのよ、そのことを負担に感じる必要なんてないもの》」
「but...」
「《きっと765プロの他の誰かがこうやって大変な目に遭えば、アンタも同じように力を貸すでしょう?》」
「…………」
「《だからエミリーは自分の気持ちだけ考えればいいの。 わかった?》」
「《……ありがとうございます》」
エミリーはいっそう下を向いて絞り出すようにそう言ってから、今度はゆっくり顔を上げて伊織を見つめた。
「《私も、また皆さんと以前のようにお話がしたいです。
またステージに立ちたいです……頑張って、思い出したい……です》」
伊織は嬉しそうにエミリーの肩をポンと叩いてにひひ、と笑ってみせた。
「ほら、そうこなくちゃ」
軽い話し合いだけ済ませた結果、明日からエミリーはしばらく劇場ではなくこちらの事務所のほうに通って、
時間を決めてこの教材たちを使って“復習”していくことになった。
伊織も通常の仕事の合間を縫って、できるだけこちらに顔を出してエミリーに付き合う気マンマンといったところだ。
「プロデューサーさん、本当に準備がいいですね。 エミリーちゃんのために……」
届いた本たちを一緒に眺めながらしばし楽しげに会話を続けている二人を見ていると、横から音無さんが声をかけてきた。
「いやいや、そんなことは」
「いえ、流石だと思います。 それに、伊織ちゃんも……
エミリーちゃんだけじゃなく、他のアイドルの子達ともお話をして、できるだけ皆が変に心配しないようにすっごく気を遣ってるって」
「それは……自分でも少し驚きです。 確かに伊織っていざとなればそういう優しいところがよく出てくるんですけど」
何となくそういう単純な思いやりとは別の、エミリーへの特別な思いがあるのかもしれない。
伊織は家のこともあって外国人との交流も多そうだし、こうやって日本にやってきて頑張っているのを人よりも応援したくなる、とか。
──ちょっと“ガラ”じゃないな、と思ってしまったのを、少しだけ反省する。
「ところでエミリーちゃんのお父様は、何て仰ってたんですか?」
「──今回のことを提案したときは、ちょっと複雑そうでした」
音無さんの質問に、一気に現実へ引き戻される。
そう、この一件には常に新たな問題が付いて回ってきているのだ。
エミリーが本当に元に戻るか否か、とはまた別の問題が。
俺は社長と共にエミリーの父親と話し合いをしたときのことを音無さんに簡潔に伝えていった。
我々が彼女に日本語を教え直します、などという提案にあまりいい顔はされなかったことから順番に。
「もともとお父様は、エミリーを一旦故郷へ帰すつもりだったらしいので。 エミリー本人にはまだ伝えてないようですが」
「……そうなんですか」
「まあ、それも仕方のないことです。 きっと誰よりもエミリーのことを心配しているでしょうし、
向こうに住んでる他のご家族もこのことを知ればそりゃ帰って来てもらいたいに決まってます」
あくまで、日本に残ってアイドルを続けてほしいというのはプロダクション側の利己的な要求に他ならない。
エミリー自身の意思はともかく、ご家族にとってはそうとしか映らない。当然のことだ。
「だから社長と一緒に説得して、なんとか期限付きで了承してもらいました」
「期限?」
「そのときまでにエミリーの状態が元に戻らなければ、彼女には一度帰国して本格的に活動を休止してもらうことになりました。
ただ……そうなれば、復帰はまず絶望的かと」
「そんな……」
「絶対に、絶対に何とかしてみせます」
自分自身へ言い聞かせるようにそれだけ返事をした。
「ちなみに、期限ってどのくらいなんですか?」
「それが──」
最後の問いに、ゆっくりと深くため息をついてから答えた。
それっきり音無さんは何も言わず、ただ真横で同じように伊織とエミリーの仲睦まじい光景を眺めているだけだった。
俺もそれ以上話を続ける気になれなかったので、そのまま考えるのを止め、黙って二人を見ていた。
二週間──あまりにも短いこの期間で何も出来なければ、エミリーはイギリスへ帰ってしまう。
──────
以前一度だけ、エミリーに尋ねてみたことがある。
「どうして貴音や真、伊織にだけは『さま』付けで呼ぶんだ?」
「それは──」
彼女は西洋人らしい真っ白な肌を少しだけ紅に染め、ゆっくりと、けれどもはっきりと答えてくれた。
「かのお三方が、私が目指すべき大和撫子の中でも……とくに、今の私には到底手に入れられない、尊敬すべき点があると思うからです」
「尊敬すべき点?」
「あ、いえ、もちろん劇場の皆さんそれぞれに素敵な方たちですよ。
いろいろな方から、大和撫子の何たるかを教えていただいてばかりです……紬さんや、雪歩さんなど」
少しだけもじもじと体をくねらせながら、エミリーは続ける。
「……けれど、たとえば貴音さまは他の誰にもない“麗しさ”があります。
独特な雰囲気を纏い、夜月を眺め……はぁ、とっても素敵です……」
貴音に関しては前々から憧れを露にしていたので今更驚くことでもない。
いつの間にかうっとりしている目の前で手をブンブンと振ってやると、しばらくして彼女はようやく我に返りコホン、と咳払いをした。
「真さまは、“強さ”をお持ちです」
「強さ……って真のは物理的な、だろう」
「そうかも知れませんが……あのように空手を嗜んで尚、女性としての奥ゆかしさを忘れない……
私にとって、新しい大和撫子の形を示して下さったんです」
「もはや何でもありなんだな……じゃあ、伊織は?」
申し訳あらねど少々の呆れを含んだまま最後に問う。
「伊織さまは“気高さ”、そして“優しさ”です」
「気高さ……たしかにプライドは人一倍高いかも知れないけど。
しかし優しさ、ねぇ……エミリーから伊織に対してそういう評価が出るなんて驚きだよ」
「確かに、仕掛け人さまに対しては少々強く当たられるのだな、とは思いますが」
クスクスと笑うのに合わせ、丁寧に梳かれた黄金のツインテールがふわりと香りを運んだ。
「伊織さまは、私に本当に良くして下さっています。
時には厳しいご指導もありますが、それもとてもありがたいんです。
きっと、日本という異国で努力を続けるためにはもっとたくましくいるように、というお心の顕れなのだと信じています」
「そうか。 伊織のこと尊敬してるんだな」
「はい。 私の憧れの方、その一人です……もちろん、“仕掛け人さま”も」
「……俺は少なくとも“撫子”ではないぞ」
この流れで不意にそのように言われるとなんだか照れくさい。
ごまかすような返事をしながら頬をポリポリと掻いていると、ふとエミリーが事務所の窓際を仰ぐ。
いつの間にか傾いた日差しがデスクを黄色く照らしていた。
歩み寄って窓を開けてみると涼しげな風が入り込み、夕暮れ時の室内を少しずつ冷やしていく。
しばしその心地よさを楽しんでから俺は自分のデスクへ戻り、革の破けた椅子にギシリと座り込んだ。
エミリーは今度の公演──彼女にとって初めてのセンター公演だ──で披露するソロ曲の譜面をカバンから取り出し、
それを眺めてぶつぶつ言いながらじっとしている。
「その曲、気に入った?」
「はい」
エミリーは照れくさそうに笑った。
「歌詞にある言葉ひとつひとつの響きが、まるで俳句のように聴く人へその情景を思い浮かばせ……
そこにゆったりと穏やかな音色が重なる。 まさしく私の憧れた、“和”の心を描く歌です。
こんな素敵な曲を頂けて、私は幸せです……」
「……そう言ってくれると嬉しいよ」
俺はそれ以上話しかけるのをやめ、彼女の集中を切らしてやらないように静かにキーボードを叩いていった。
どうもエミリーとの二人きりの空間は時間を忘れてしまう、そんな不思議な効き目でもあるような気がした。
*
いつの間にか傾いた日差しがデスクを黄色く照らしていた。
今日は朝方に劇場へ顔を出した後、昼間からは事務所に移って仕事をしている。
しばらくエミリーのことにかかりっきりで少々溜まってしまっていた事務仕事を片付けている中、思い出したように時計を見上げた。
気づけば定時を──もっともそんなものは有って無いような職だが──もうすぐ迎えようという頃合だ。
そのままソファのほうに視線を移すと、エミリーは先ほどから長いこと集中を切らさないまま“ひらがな”の書き取りに勤しんでるままだった。
真横でぴたりとついてそれを見守っていた伊織が、「へぇ……」とちいさく声を上げたかと思えば、
今度はこちらへ向かってこっそり耳打ちしてきた。
「ものすごく覚えが早いわ。 全部一回で書けるようになってる」
俺は以前医者の先生から聞いたことを思い出した。
先生のいう事は概ね正しかったという事なのかもしれない。
エミリーの体はちゃんと今までどおり読み書きも会話も全部覚えていて、きっかけ一つで思い出せるようになるというあの話を。
「その前は会話の練習もしてみたの。 基本的な挨拶とかね……それも、一度教えたらちゃんと覚えてくれたもの」
「それはすごいな。 ……エミリー」
黙々と新しいノート相手ににらめっこを続けているエミリーに、軽く声をかけてやった。だが返事はない。
「…………エミリー?」
「What?」
もう一度呼ぶと今度はようやく気づいたのか、打つように体を起こしてこちらへ顔を向けた。
「すごい集中力だな……」
「《邪魔しちゃってごめんなさいね》」
「《いえ、平気です》」
エミリーはようやくペンを置き、グッと背筋を伸ばして事務所をキョロキョロ見回している。
「Wow, it's already this time?」
そのエミリーを黙ったまま見つめる伊織の表情には、どこかにひっかかりを感じているような、すっきりしない色が浮かんでいる。
「どうかしたのか?」
「……何でもない」
「ならいいけど。 それにしてもエミリー、なんだか嬉しそうだな」
「?」
それをさして気にせず、今度は向こう側に声をかけた。エミリーは俺の姿を一瞬目に留め、続く言葉を待つように伊織をちらりと見る。
「《あんたがあんまり楽しそうにしてるから、不思議みたいよ。 プロデューサーは》」
「Hmm... How should I say?」
話を理解したエミリーは軽くはにかんで、黄ばんだ「ひらがな教材」を持ち上げ、懐かしむように表紙を眺めた。
「《自分でも何となく分かるんです。 小さいころこうやってずっと勉強していたなって》」
「へぇ……」
「《それに、いくらかなら日本語、思い出せそうな気がします》」
「そうなのか?」
「...ワタシノ、ナマエハ Emily Stewart...デス」
思わず小さく拍手をすると、エミリーは照れくさそうに頭を掻きながら控えめに笑う。
伊織も珍しく素直ににこやかな表情でエミリーを誉めてみせた。
それにしても、いつ見たってロンドンから届いたこの教材の山には圧倒される。
立ち上がって中を覗いてみると、いっぱいに詰め込まれた本の数々は一冊引き出すのも苦労しそうなほどだ。
そして本の詰まった箱はそれ以外にもうひとつ──こちらはエミリーの父親から直接預かったものだ。
「エミリー、こっちのダンボールの中身見てもいいか?」
「……あんまりジロジロ見るものでもないんじゃない? プライベートなアイテムでしょ」
「んー、そうか……」
伊織にそう言われ、少しためらう。
俺としてはこれだけの努力の証を積み重ねてきたエミリーへの素直な賞賛として、
あるいは彼女がどうやって純日本人顔負けの言語力を身につけたのか、単純な好奇心の表れでしかないのだが。
ただ、エミリー本人からは「《少し恥ずかしいですが、大丈夫ですよ》」と許可をもらったので、ほんの少しだけ見させてもらうことにした。
そのまま彼女はノートをめくり、新たなページをシャープペンシルで次々と埋めていく。
こちらは日本に来るときにエミリーが一緒に持ってきたものとのことで、
より難しそうな語学の参考書が数冊と、日本語に訳された小説(中身を読み流してみると【シャーロック・ホームズ】だった)など……
ごくごく最近まで、あるいは今も、エミリーが愛読しているものなのだろうか。
そうやっていろいろ探しているうち、ふとその片隅に小さな筒が差し込まれているのを見つけた。
美術の授業で使うような、絵をしまうための筒だ。
「これは……?」
蓋をスポンと開き、中に入っていた厚手の画用紙を取り出してみる。
「この絵……」
クレヨンか何かで描かれたその絵の中で、二人の女の子が仲良く手を繋いで笑っていた。
一人は今と変わらないブロンドのツインテール。誰かはすぐに分かる。
「小さいころのエミリーが描いたのかな?」
「それ、箱に入ってたの?」
エミリーよりも早く、伊織が反応を示した。
「そう、小さい子らしい可愛い絵だよな。 なぁ伊織?」
「……そうね」
「もう一人は誰だろう? まるで──」
隣に描かれていた女の子は黒髪で、眉にうっすらかかる長さのパッツリと切られた前髪が印象的だ。
「日本人形みたいだな。 ……『Yorichan』、って書いてある」
そして画用紙の片隅には、日本語で書かれたメッセージ。
隣の女の子が日本人だったとしたら、その子が書いたものかもしれない。
「それこそ勝手に見ていいの?」
伊織がこちらも見ず突き返すように言った。大きく画用紙を広げて見ていた俺に、エミリーも気がついたようだ。
「あぁ、ごめんエミリー。 つい……」
「……?」
「これ、エミリーが描いた絵だろ? いつ頃のなんだ?」
エミリーはその絵に視線を飛ばしながらしばらく考えていたが、最後には首を傾げた。
「Hmm... I can't remember.」
「覚えてない?」
「本人も忘れたほど昔の話ってことよ。 ほら、勉強と関係ないものはしまう!」
「そっか。 それにしてもよく描けてるな……昔の友達だったのかな」
「知らない」
渋々その絵を筒へ戻した。
エミリーは何でもなかったようにそのまま勉強を続け、伊織もまた隣に座って彼女を見守っている。
それ以上気にしても仕方なかったので、俺は今度こそ自分の仕事へ戻った。
*
窓の外が暗くなったころ、父親と一緒に帰宅するエミリーを見送った後の事務所には俺と伊織だけが残った。
もうしばらくが経過して、今度は伊織も自分の用事を終わらせ、電話で迎えの連絡を入れているようだ。
「初日からあんなに熱心にやって、大変だったろうに」
「でも、すっごく楽しそうに勉強してたわよ。 それにね……」
伊織は荷物をまとめながら、今日のエミリーのノートを見せてくれた。
新品のノートの四分の三ほどをすでに埋め尽くして、書き取り練習の筆跡でページが真っ黒になるほどの使いよう。
「たった一日でひらがなは何も見ずに書けるようになったし、何よりビックリしたのは……あの子、まだやっていない簡単な漢字すらいくつか使ってみせたわ」
「本当か?」
「まるで思い出したかのようにね」
意外、というにもまだエミリーを取り巻く今の状況に関して理解は到底追いついていないものの、明らかに光が見えたような気がする。
「すごい……やっぱり、きっかけ一つでここまで思い出せるものなんだな。 これなら本当にすぐ、元のエミリーに戻ってくれそうだ」
「……そうね」
ただ、昼間もほんの少しだけ覗かせていた晴れない表情を、伊織はまた浮かべていた。
「どうかしたか?」
「何でもないの。 でも……なんかちょっと違和感なのよね」
「何が?」
少し考えて、言葉を選ぶように伊織が続ける。
「こう言っちゃなんだけど……私、あの子はもっとショックを受けると思ってた」
「ショックって……日本語を忘れちゃったことに対してか? もちろん悲しそうにしてたぞ」
「それはそうなんだけど……いえ、決していつまでも落ち込んでいてほしいわけじゃないのよ。 ただ……妙に立ち直りというか、割り切りが早いというか」
何となく言いたいことは分かる。
俺自身も最初は、この一件が彼女のアイデンティティに関わる重大な記憶喪失だと疑わなかった。
もしも俺がエミリーなら、もっと長い間ショックで塞ぎこんでしまうような気がした。
だが今のエミリーは失った日本語を新しく覚えるという、
ある意味での屈辱をあまりに異常にすんなりと受け入れてしまっている、しかもたった数日で。
本当ならもう少し拒否反応を示しても良さそうなものだ。
そう考えれば不自然と言えなくもない──そんな気は確かにしてくる。
「とはいえ事態が事態だけにな……なにが当たり前なのか、さっぱり分からない」
伊織はそのまま黙っていた。
「だけど今日の具合を見るかぎり……エミリーだって希望を感じているんじゃないかな?
少なくとも俺だって最初のころよりは楽観的に受け止めてるよ。 この調子ならいずれ立ち直れるって」
「どうなのかしらね……考えすぎならいいんだけど」
伊織の迎えが来るまで、しばらく無言の時間が続く。
何にせよ、今できることといえばこのままエミリーを手伝い続けることだけだ。
*
別の日、エミリーを最初に診てもらった病院で改めて脳の検査をしてもらったが、やはり目立った異常はないらしい。
現状報告もかねて挨拶へ向かうと、先生は「いい傾向のようですね」と安心した様子だった。
「できるだけ元の生活と同じ環境におけば回復は早くなるかも」というアドバイスを受けた。
“学習”の経過を鑑みるに、今のエミリーならば外部からの刺激を少しずつ増やしても良さそうという判断だ。
エミリー自身からも希望があったので、その足で二人揃って劇場へ向かう。
まだ伊織抜きでろくに会話は出来ないが、運転の合間に覗いてみた助手席のエミリーの表情からはどこか安らかさがうかがえる。
驚かないことの方が少ない日々。だがいい方向に向かっている実感を持てればいくらか救いもあるというものだ。
閉め切った車内で少し暑そうにしていたようなので窓を開け風を入れてやると、
ツインテールがはしゃぐように舞い、エミリーは気持ち良さそうに目を閉じる。
「アリガトウ、ゴザイマス」
一息ついた後、エミリーは俺に向かって言った。こちらが驚いていると今度は恥ずかしげに笑っている。
「上手だよ」と返してみると、もう一際明るい笑顔が咲いた。
劇場公演はすっかり青羽さんやその他のスタッフに任せっきりにしてしまっていた。
毎日立ち寄りこそするが、滞在時間があまりに短いためしばらく顔を合わせていないアイドルも多い。
社長からの指示でしばらくはエミリーの面倒に専念するよう言われていたものの、上手くやっているだろうかやはり心配になる。
おそらく誰もが大なり小なりエミリーのことを気にかけてくれていると思うし、それ自体はありがたいことだ。
だがみんなにはこういうときだからこそ仕事に専念してもらいたい。
必要以上に不安を持たせないようにという意味も合わせて、今日はサプライズでエミリーとの交流を楽しんでもらうことにする。
伊織は別の仕事で今日一日は一緒にいられないものの、もう一人頼りになりそうなアイドルがいる。
アメリカでのダンス留学経験のある舞浜歩だ。
事前に連絡を取っておいたところ、威勢よく「任せて!」とのことだったのでここは素直に甘えることにした。
劇場前に着くと、歩はすでに玄関前で待ち構えていた。
「プロデューサー、久しぶり!」
「だな。 今日はよろしく」
「《エミリーも、よく来てくれたな》」
「《お久しぶりです》」
エミリーはそれだけ言ってしばらく経った後、思い出したようにペコリとお辞儀をした。
三人で中へ入り、控え室まで向かっている途中で歩が話し始める。
「いきなり来るって言うからみんなビックリしちゃってさ……けど、ちょっとエミリーに見せたいものがあるんだ」
「そうなのか?」
「育とか星梨花とか、まあ年少組の面々に頼まれてさ。 で、アタシがサポート役になって練習してたってワケ」
「練習? 何を?」
何の話かよく分からないまま、ついに控え室へ辿り着く。
ここで待ってて、と俺たちをドアの前に留めて歩はそれ越しに叫んだ。
「みんなー、お客さんだぞ!」
はーい、と複数による返事。一体何の騒ぎだろうか。
エミリーを先に、とのことなので譲ってドアを開けさせる。
「要するに何してたかって言うと──」
エミリーが控え室に入った途端、
「「「《おかえりなさい、エミリーちゃん!!》」」」
中谷育、箱崎星梨花、大神環、そして木下ひなたの四人が待ち構えていた。
揃えた彼女らの元気のよい掛け声が廊下まで響き渡る。
咄嗟にたじろいだもののだんだんと理解の追いついてきたエミリーは、振り返って歩を見た。
「──ま、ズバリ“765プロ英会話教室”ってとこかな」
「なるほど。 そんなことをやってたのか」
「《エミリーばっかり苦労させるのも悪いと思って》」
「《みなさん……》」
エミリーはまた複雑そうにポロリとこぼした。
誕生日メッセージなどに使われるいつものホワイトボードには、“授業”の痕跡がびっしりと残っている。
「プロデューサーさん、歩さんってとってもすごいんです! 私たちに英会話を教えるの、本当にお上手でした!」
「あのね、おやぶん! みんなで勉強して、エミリーとお話できるようにがんばってるんだ! えらい? えらい!?」
「私も、英語初めて習ったけどすっごく楽しいよ!」
俺には嬉しそうにそう伝えてくれるものの、星梨花も環も育も、エミリー本人が現れて今更ながら少し緊張しているようだ。
ひなたが一歩踏み出して、いよいよエミリーに話しかけた。
「エミリーちゃん」
エミリーは黙って待っている。
「えーっと、ありゃ、なんちゅうんだっけかなぁ……エミリーちゃん、ハウ・アー・ユー・ドゥーイン? ……う~ん、やっぱし難しいべさ」
ひなたの舌足らずな英語はなんというか、幼い子供の覚えたてのようで微笑ましい。
エミリーは周りに迷惑がかかることを一番嫌がっていたし──当然誰も迷惑だなどと思っていないが──
みんなの気遣いが、本人にはもしかしたら純粋に喜べないことなのかもしれない。
ただ言葉だけではないものがきちんと伝わったようで、エミリーは不安そうなひなたにニッコリ笑いかけてみせた。
「I'm fine. Thank you.」
聞き取れるようにゆっくり、はっきり、簡単な言葉で返事をしていく。
「たまきわかった! 今、『元気です』って言ったぞ! あと、『ありがと』って!」
「おぉ~……歩さん、エミリーちゃんと、言葉通じたよぉ。 こりゃうれしいねぇ」
「いいぞーひなた、頑張って練習したかいがあったな」
林檎みたく真っ赤に頬を染めるひなたの頭を歩が撫でる。
他の二人も「《私たちにできることがあったら何でも言ってね》」だとか、「《また一緒にステージに立ちたいぞ!》」だとか、
そんな励ましの言葉をエミリーにかけていった。
「実はエミリーもな、頑張って日本語の勉強してるんだ。 《何か言ってやってくれないか》」
背中をポンと押してやると、大勢に見られて少し恥ずかしさも混じらせつつ、エミリーはたどたどしく言葉を繋いでいく。
「アリガトウ、わたし、ガンバッテ、またにほんごオボエマス」
拍手が沸き起こった。
「ただ、みんなが英会話を覚えてエミリーと話してくれるのはとってもいいことだから、これからも続けていってくれ」
本当ならばエミリーが日本語に触れる機会を増やそうと連れてきたつもりだったが、少なくとも年少組はこれでいいのかもしれない。
前向きにエミリーと接してくれている温かさを素直に受け止めて、一つの支えにしてくれればいいが。
「じゃあ、これからもエミリーとおしゃべりするために、英語の勉強がんばるぞ~! エイエイオー!」
「エイエイオー!」
「エイ、エイ、オー!」
環の元気のよい掛け声に、育たちも合わせる。
「エイ、エイヨー! ……?」
「違うぞ~エミリー。 エイエイオー」
「エイエ……ヨー?」
我々には馴染みある掛け声を、エミリーは何だか上手く言えないようだった。
「『ヨ』じゃなくて『イオ』だよ、エミリー」
「エイエーヨ?」
「あはは、こりゃ日本語の発音はもっぺん練習し直さないとな」
しょうがないなとばかりに歩が笑った。そういえばエミリーは以前からどこか舌足らずな部分があったことを思い出す。
英会話教室を去った後も、エミリーを見つけたそれぞれのアイドルたちは喜んで彼女と触れ合った。
歩の付き添いは非常にありがたい。その日一日、エミリーもいつも通りの居心地の良さを感じてくれていたようだ。
その夜、伊織にもそのことを報告すると満足そうにしていた。
*
事務所での勉強会を始めてから一週間が経った。
エミリーは相変わらず着々と教材との格闘に勤しみ、ひらがな・カタカナと小学一年生が習う程度の漢字までを読み書きできるようになった。
会話においては、基本的な挨拶や簡単な受け答えなら伊織が不在でも俺と日本語でやり取りを続けられる。
医者の先生も彼女の驚異的な学習スピードに驚きを隠せていないようだったし、俺も伊織も一旦はこの途中経過を喜んでいた。
帰りを待っている劇場のみんなにもようやく前向きな報告ができると。
次に考えるべきはステージへの復帰の段取りだった。
俺は彼女の具合を見て常々、劇場でのレッスンに合流させられる最速のタイミングを見計らっていた。
順調とはいえ、約束の期限まではたったの七日しかない。
そしてここまでの進歩から、スケジュール調整と復帰に関する告知内容を考案していく段階に入るべきことを確信した。
決められたその日までにご家族が納得のいく状況までエミリーが元に戻ってくれることを、俺も楽観的に期待していたのだ。
だが学習の効果はそこでピタリと止まった。
翌日を境に、そこから何日待てども勉強の成果が一切出なくなってしまった。
次の日も、また次の日も、今まで使えていた難しい言葉の一つも思い出すどころか、
その日にノートに書き込んだことすら、夜には満足に思い出せなくなってしまう。
そのまま俺たちは更に三日間を無駄にした。
ここまでノンストップで続けてきただけに、さすがに疲れが見え始めたのかと最初は思ったがどうもそれだけではないようだ。
エミリー自身の意欲が失せているような気がした。
机に座っていても頻繁に集中が切れ、知識を受け付けてくれない頭を両手で抱えてうなだれる仕草を増やしていく。
苛立ちの様子すら見せるエミリーを伊織が戸惑いながら慰める。
見かねた俺は作業を止めさせ、気分転換に二人で外の空気を吸って来い、と乱暴に言いつけた。
「《……ごめんなさい》」と呟いて、エミリーは伊織に連れられ事務所を後にする。
きつい物言いになってしまったことを一人になってから悔やんでも遅い。
俺も伊織も──そしてエミリー自身も少しずつ、しかし明らかに焦りが思考を支配していた。
上手くいっていたはずなのに。何処で何を間違えた?
まだエミリーの状態が万全とは到底言えないまま、それでもくすんだ希望に縋らなければならない。
心苦しいが、明日からのレッスンは予定通り受けてもらう。
それがきっかけで彼女の思い出せることが増えるのを願うしかない。
──────
エミリーは四歳のとき、初めて日本語を知った。
当然ながら最初は自分の意思ではなく、ご両親の日本好きが高じてわが娘にも、というお決まりの流れだったようだ。
日本語と同時に習い始めた日本舞踊も、着物の帯は苦しいし正座は足が痺れるしで幼いエミリーは大層苦手に感じていたらしい。
「いずれ好きになってくれる」ことを両親から期待され、彼女はとりあえず我慢して二年間日本語と日本舞踊に触れ続けた。
おかげで六歳のエミリーはひらがな・カタカナ・そして初歩の漢字の読み書きまで習得し、
日本語会話も簡単なコミュニケーションだけなら一人で取れるようになったのだ。
ただ、彼女自身の好みまではご両親の期待通りには行かなかったわけで。
もしかすると、いずれ二つの習い事は大きくなったいつかの日にすっかり辞めてしまっていたかもしれない。
そのまま大した興味も抱かずに自然と日本の文化から離れ、
今頃は何事もなく母国で過ごしていた──そんな可能性もあったかもしれない。
それを変えたのが、六歳になったエミリーが出会った初めての日本人の女の子。
たまたま親の都合でイギリスを訪ねていたその子はまるで日本人形のような、慎ましやかで雅な出で立ち。
額のあたりでまっすぐに切り落とした、美しく特徴的な黒髪。
まさしく「立てば芍薬、座れば牡丹」をその身で表していたという。
彼女と知り合い、触れ合って、すっかり仲良くなったエミリーは瞬く間にその子の魅力にとり付かれた。
そしてその子が帰国する日になり、別れ際、エミリーは泣きじゃくりながらわずかに覚えた片言の日本語でお礼を述べると、その子はこう返したという。
「いつか立派な大和撫子になって、日本に来なさい」
──そうすればまた会ってあげるわ。
エミリーは、そこから人が変わったように自分の意思で猛勉強を重ねるようになった。
日本舞踊の稽古にも本腰を入れ、より深く日本の文化を知るようになり、
今の自他共に認める大の日本好き、エミリー・スチュアートへと成長した。
そして十三歳になり、父親の仕事についてくる形でついにこの国へやってきたのだ。
自分を少しでも本物の大和撫子に近づけるために──
エミリーの父親から話された内容は、まとめるとそのようなものだった。
「……やっぱり努力家だったんだな、エミリー」
「当たり前でしょ。 みんな普通に喋ってるから凄さが分からなくなってるのよ」
伊織が呆れるように言った。
「逆の立場で考えてみなさいよ、アンタが十三のときにイギリスで外国人に囲まれて仕事なんてできた?
おまけにシェイクスピアみたいな英語で喋るのよ」
「──想像もできない」
俺はふと、以前見かけた幼いエミリーの描いた絵のことを思い出した。
エミリーの父親が持ってきてくれた箱の中にあった、黒髪の女の子が一緒に描かれた絵だ。
巨大なダンボールへ近づき、黒い丸筒をまた取り出して、中身をもう一度見てみる。
エミリーはその子と並んで笑っているようだった。
「“Yorichan”……“よりちゃん”」
「……またその絵?」
「これってさ──お父様の話にあった日本人の女の子じゃないか?」
「──どうかしら」
伊織は無愛想にそれだけ返した。
「あんたが聞いたお父様の話が本当で、その絵のパッツンが大事なお友達だっていうなら、
エミリーだってその子のことはちゃんと覚えてるもんじゃないの?
こないだはあの子、忘れたって言ってたじゃない」
「うーん……なんか気になるんだ」
「何がよ」
そうこうしているうちに、エミリーが事務所へやってきた。
今日は合流初日。
もちろん皆と完全に同じメニューをこなしてもらおうとはハナから考えていないが、
今のエミリーがどこまでできるのか、これからどうするのかを考える指標を見定めるのが目的だ。
当然、上手くいきそうならそのままステージ復帰を本気で考えても良さそうだが、ここ最近の彼女の状態からしてどうなるかまだ全く分からない。
「プロデューサー……イオリ、さん。 オハヨうゴザいマス」
「おはよう、エミリー。 うまく言えてるよ」
「《ありがとうございます》」
それにここ最近のエミリーに元気がないのがやはり少し気になる。
小さくお礼を言う彼女に、改めて質問してみた。
「あのさ、この絵を描いたときのこと、覚えてないんだよな?」
「《……そうなんです》」
「本当に何も思い出せない?」
「《……ごめんなさい》」
しばらく考えていたが、エミリーはやはり首を横に振った。
「いや、ならいいんだ……レッスン、頑張ろうな」
「《はい、準備できてます》」
「表に車停めてるから、先に乗っててくれないか」
エミリーが頷いて事務所を出るのを待っていたかのように、伊織が尋ねてくる。
「さっきからどうしてそんなにそれが気になるのよ?」
「エミリーが言葉以外に何か思い出せないことがあるとしたら、それはこないだ頭を打ったせいかもしれないだろ」
「でも、子供の頃の落書きなんて何もなくても忘れるわよ」
「ただの落書きならな」
伊織はなんとなく、俺の言いたいことに気がついたようだった。
「エミリーのあの絵はお父様から預かった箱に入ってた……つまりエミリーがずっと身近に置いてたものだ。
あれだけ日本に関するいろんな本やノートを実家に残しておいたなか、わざわざ選んでこっちに持ってきたってことだぞ? 子供の頃の落書きを」
「……そうね」
「それは今でも大事な思い出だからじゃないのか?
それなのにエミリーのあの反応。 うっかり忘れてたとかじゃない……見ても何も思い出せないなんていくらなんでも不自然だよな?」
「……確かに」
何かがおかしい。しばらく待たせておいたエミリーと一緒に車で劇場へ向かう間も、気になって頭から離れなかった。
──やはりエミリーは、子供の頃の思い出を忘れてしまっているんじゃないだろうか?
*
エミリーは以前言っていたとおり、曲の振り付けは体できっちり覚えていた。
二週間程度のブランクがあったものの体調は万全と見え、今まで通りに他のメンバーと肩を並べ、一曲通してのダンスをやりきろうとしている。
否、実際のところ今まで通りとはいかなかった……つまり、エミリーは歌ってはいない。
俺が「歌わなくてもいい」と言った。エミリーがみんなの前でまだまだ片言の、つたない発音の日本語で歌うことをとても嫌がったからというのもある。
伊織の予想通り、確かにエミリーは──あくまで言葉の羅列として──日本語の歌詞を思い出すことはできたし、
その意味も大まかには覚えているようだった。
一応、エミリーがステージで歌うことはおそらく可能だ。
思うに今の彼女が日本語として歌詞を飲み込めているとはいささか考えがたく、
例えて言うなら──英語で何と言っているか理解はしていないが、耳コピで洋楽を歌えるようになっている状態──
あれに近いのかも知れない。歌詞を日本人と遜色なく自然に歌うだけなら、ボーカルレッスンでそこを重点的に練習し直せば大丈夫だろうと考えていた。
ただエミリー本人が──あからさまではないにせよ──だんだんと復帰に関して後ろ向きな態度を取り始めているような気もしてくる。
彼女が具体的にそれらしいことを示唆したわけではないし、仮にそれが本当だったとして、
頭を打った次の日「アイドルを辞めたくない」と言ってみせたあの時からどういう心境の変化があったのか、そこまでは分からない。
アップテンポな曲は必然的に歌詞の難易度も上がるため、一旦避けることにした。
もっとゆっくりと歌える曲──例えばソロ曲の「はなしらべ」だ。あれならエミリー自身も思い入れのある歌だしちょうどいいだろう。
それにユニット曲だとエミリーが周りの足を引っ張ることばかり気にして余計にストレスを感じることも危惧した。
律子や青羽さん、そしてユニットの他のメンバーにも提案して、まずはその一曲のみを集中してレッスンする。他の曲についてはその後考えよう。
また希望が一歩遠のく音がしたが、その不安はこの場では隠しておくことにする。
エミリーを気にかけていた他のメンバーを一旦外させ、俺と伊織の三人だけでリハをやってみる。
「エミリー、歌えるか? 歌詞、覚えてる?」
「…………ダイジョウブ……と、おもいます」
ゆっくりと尋ねると、日本語で答えてくれた。しかし言葉ではそう言うが、明らかに何か心配を含んだ表情。
「《何か不安でもあるの?》」
隣の伊織が問うと、エミリーは何と言って良いのか分からないかのように黙りこくる。
「難しいと思ったら途中で止めてもいいから。 無理はするなよ」
コクリと頷いてステージに上がり、はじめは迷子のようにしばらくポツリと立ち尽くしていたが、
少しずつ風景に慣れてきたのか、深呼吸をして「おねがい、します」とだけ言った。
「……じゃ、流すぞ」
スタッフに指示をして、曲を再生してもらう。
♪ぽつり ぽつり 雨音が 水たまりではしゃげば……♪
エミリーの歌声にははっきり言って感情が篭っていなかった。
振り付けにも特に間違いはないが、いつもの繊細で柔らかい動きはどこへやら、探りながら踊っているようでたどたどしい。
表情も固く、笑顔一つも見せない。
しかし、きちんと歌えている。
発音に少々難のあるものの歌詞忘れもなく順調に進んでいるように見える。
なのに一体エミリーは何を思ってあそこまで無気力なのか。
だんだんと掠れ声になっていった歌声は一番のサビが終わるか終わらないかでついに聞こえなくなった。
「止めましょう」と伊織は言ったが、なんとか口だけでも動かしているのがかすかに見えたのと、
振り付けはまだ続いていたのでもう少し待つ。手足の動きも少しずつ弱々しく、小さくなっていく。
──最後にはエミリーは踊りも止め、両手をだらんとぶら下げて口を固く閉じ、その場に立っているだけになってしまった。
「……もういいでしょ、止めないの!?」
自分も思考が停止してしまっていたのを、伊織の叫び声でハッと我に返る。手でサインをしてようやく音を止めた。
ステージをよじ登り、共にエミリーの元へ駆けつける。
「エミリー、無理をさせてしまったなら謝る……ごめん」
そのときのエミリーには表情などなかった。焦点の合わない両目でただ地面をみつめて──脱力状態のままじっとしていた。
「エミリー……」
伊織が優しく抱きしめながら背中をさすっている。
「《大丈夫よ。 良くできてた。 あんたは十分頑張ったわ》」
「《……わからないんです》」
エミリーが抑揚のない声で言った。
「《分からないって……何が?》」
伊織が問いかける。
「《自分がこの曲をもらってから……すごく頑張って歌の練習をしていたこと……それは覚えています。
歌詞だって、いつでも譜を持ち歩いて読んでいました。 そのことははっきり覚えてるんです、この頭で》」
力のこもらないエミリーのぼんやりとした言葉が、だんだんと俺の理解を超えていくような気がした。
「《きっと私にとって、この曲はとっても大事な曲だったんだと思います…………なのに……》」
──だった?
「《私がこの歌の何に感動していたのか、どういうところが好きだったのか……どうして大事にしていたのか、今の私には、何も分からないんです》」
「……どういうこと……?」
同じく異変に気がついた伊織も、事態が飲み込めないのか俺の目を見た。
「その……エミリー。 この「はなしらべ」は、エミリーの日本を愛する心、エミリーの持つ“和”の心をよりいっそう引き出すために用意した曲なんだよ」
「《…………ワ、って何ですか……?》」
足りるか分からないこんな説明で精一杯だったのに、エミリーはさらに不穏な疑問を投げかけてくる。
彼女が何を言いたいのかまだよく分からないのに、明らかに血の気が引いていくのを感じた。
「《エミリー、どうしちゃったの? この曲、大好きだったんでしょ?
あんたが目指す、大和撫子の雅さに溢れた素敵な曲って、いつも言ってたじゃない》」
「……ヤマ、ト、ナデ……」
無気力なまま少し考えて、エミリーは問い返した。
「《ヤマトナデシコって……なんですか?》」
「ちょっと……」
冗談言わないでよ、と伊織がエミリーの肩を揺さぶる。
「《…………覚えてません》」
そうして最後に放った彼女の返答に、俺も伊織もついに言葉を失った。
「《私……“それ”に、なりたかったんですか?》」
裏手からステージを出ると、こっそり様子を覗いていたのか、まつりやジュリア、風花と千早が待ち構えていた。
「プロデューサーさん、エミリーちゃんの様子はどうなのです?」
「ステージ、いけそうなのか?」
どう返そうか迷った挙句、俺はゆっくりと首を横に振った。
「……エミリーにはまた休みを取らせる」
「そんな……復帰は無理ってことですか?」
「曲を途中で止めていたようですが、何かあったんですか?」
「みんな、すまない」
足早に四人の真横を通り過ぎ、そのまま振り返らず背中の向こうへ乱暴に言葉を投げた。
「もうしばらくあの子抜きで続けてくれ」
*
何故エミリーは日本へやってきたのか。
何故エミリーはアイドルになったのか。
彼女が“大和撫子”という在り方に憧れを抱いていたからだ。それは俺だけではなく765プロの全員がとうに知っていることだった。
だからエミリーが頭を打ったせいで日本語が分からなくなったとき、俺には一つの懸念があった。
その尋常でない日本語へのこだわりが、エミリー自身を大和撫子へ近づけるための、彼女にとっての最大の拠り所であること。
イギリス生まれの彼女が感じているであろう、国籍という最大の壁を少しでも打ち破るための手段であること。
すなわち言葉を失えば、それはとてつもなく深い傷になるのではないかということ。
それなのに──彼女の立ち直りがやけに早いことにわずかな引っ掛かりを感じていたはずなのに、俺は気にしようとしなかった。
礼儀を何より大事にしていた彼女が、誰かと出会ったときにはいつでも深々とお辞儀をする彼女が、
まるでそれを忘れていたかのように慌てて振舞っていた瞬間も、見ていた筈なのに何とも思えなかった。
自分の曲の好きなところが分からなくなったと話す彼女の表情にはなんの感情もなく、一つの悲しみすら見受けられなかったことも。
にわかには受け入れがたい。もっとも、そんな考えははじめからなかった。考えたくもなかった。
エミリーが“大和撫子”を忘れてしまったという可能性など。
「十年ほど前、アメリカで実際にあった症例です」
二日後、エミリーを再び家で休ませることにしてから、俺と伊織で再び医者の先生を訪ねる。
彼女についての話──日本に強い憧れがあったこと、
そしてそのことをまるで覚えていないかのような反応を示したこと──を伝えると、先生は静かに話しだした。
「音楽家であった一人の女性がいました。 彼女は類い希なる才能を持った奏者で、また熱心な努力家でもありました。
音楽を始めてから楽器に触れなかった日がないほど……それだけ、音楽を愛していたということでしょう」
「はぁ……」
「あるとき、彼女はウイルス性脳炎にかかってしまいまして。
治療の末回復こそしたものの、後遺症により過去の記憶の大半をなくしました。
ただ何もかもを思い出せないというわけではないのです……
母親や家族のこと、自分が音楽をやっていたこと。 そういうことは覚えていました」
伊織も黙ったまま話を聞いている。
「回復してからしばらくはまた音楽を続けようとしたそうです。
完全に元通りとは行かないものの、楽譜の読み方、演奏技術、そうしたものは練習を重ねるとある程度思い出すことができたとか」
「そんなことが……」
「しかし、結局彼女は音楽を辞めてしまった」
「……なぜです?」
先生は一息置いて言った。
「以前のように、音楽へ関心を向けなくなってしまったそうです」
冷静に、頭の中で少しずつ、先生の話をエミリーに置き換えてみる。
「もう少し正確に言うと──彼女が発症以前に語っていた、音楽を始めたきっかけの記憶。
音楽を通して感動した記憶。 音楽を続けていて良かったと思う記憶。
そういう思い出について尋ねられたところ、彼女はそうした過去の出来事について全く思い出すことができなかったそうです」
「それと同じことがエミリーにも起こっていると?」
「……日本の文化が好きで、日本人らしい立ち振る舞いに憧れていた。
そこにはきっと、彼女の日本への憧れに関連した何らかの記憶があるはずです。
日本語能力の喪失はあくまで副次的な症状で、もしもスチュアートさんが本当になくしたのがそうした思い出だったとしたら──」
「──そのせいで今のエミリーは、大和撫子の憧れを思い出せないでいるってことですか」
「……ちょっと待って」
伊織が話を遮った。
「どういう話をしてるのか何となくは分かったわ。 けど、それと日本語を思い出せないのと、どう関係があるの?」
「伊織、どういう意味だ?」
「日本語を日常的に使っていたエミリーだから、勉強しなおせば自然と言葉も思い出していく、って話だったわよね。
だからあの子に昔の教材を使わせて、できるだけ過去の思い出とリンクできるようにってことだったじゃない」
そのまままくし立てるように続ける伊織。
「実際、ちょっとした読み書きや会話はすぐにできるようになったのよ。 どうして途中で何も思い出せなくなったの?」
「……ここまでくると、もはや推測でしかありませんが」
先生が俺のほうを見て言った。
「意味記憶に付随するエピソード記憶、というお話をしましたよね」
「えぇ、はい」
「スチュアートさんの思い出せない過去の記憶、それが元々の彼女にとって非常に大切で、
彼女が常日頃その記憶を想起しながらこれまで日本語の勉強を続けてきたとしたら」
「……あ……」
その瞬間、以前のここでの会話がフラッシュバックした。意識がふわりと浮いてどこかへ落ちてしまいそうな感覚が襲う。
「……意味記憶と強烈に結びついたエピソード記憶をそれごと忘れてしまえば……手繰り寄せる紐がなくなるから、思い出すのはより困難になる……」
「……何のことよ、ちょっと……しっかりしなさい!」
伊織が俺の肩を揺さぶるのを感じた。
「……ごめん」
深呼吸をして頭を一旦落ち着かせてから、先生に問い直す。
「……そのエピソード記憶を思い出させてあげれば、日本語の記憶も元通りになるかも知れないってことですか?」
「……それは分かりません」
先生も小さくため息をつく。
結局、ぼんやりしたヒントだけ手に入って解決の糸口は掴めないままだ。
「──できれば」
どうすればよいかもはっきりしないまま病院を去ろうとする俺と伊織に、先生が最後に声をかけてきた。
「お気の毒ですが、スチュアートさんには……なくした記憶を思い出すよう、あまり強要しないであげていただきたい」
「どうして……」
「本人は自身の思想の変化に気がついているはずです。
なぜなら、保持している過去の言動の記憶と現在の思考が一致しないという体験が自然と増えてくるからです」
先生の言葉に今日のエミリーの姿が思い浮かばれる。
好きだったはずの歌の良さが分からないと放心状態で力なく話していた寂しそうな眼。
「つまり……自分の性格が変わってしまったという自覚があるんです。 スチュアートさんには、きっと」
「…………」
「その場合の精神的なショックは、我々には計り知れません」
エミリーは、今の自分をどう思っているのだろうか。
*
「……一応、心当たりはあるんだ。 分かるよな」
事務所への帰りがけ、車の中で伊織に考えを吐き出してみる。
「というか、そうとしか考えられない。 あの絵が鍵だ……
エミリーにとって、“よりちゃん”との思い出こそが日本に憧れるきっかけになった大事な記憶なんだよ」
「…………」
「お父様の話とも辻褄が合うだろ?」
「……一理あるかもね」
「だからなんとかエミリーに、“よりちゃん”のことを思い出させてあげられれば……けど、どうすれば……」
会話が途切れ、しばらく無言のまま車を走らせる。五分ほど互いにだんまりを貫いた頃、ふと思い浮かぶことがあった。
「……ちょっと待った」
「今度は何?」
「エミリーは日本に憧れて、大和撫子になりたくてこっちへやってきた。
そして、神社で行われていた舞を見かけて、それを踊っていた女の子が“アイドル”っていうものだと知って765プロに……」
「そうなの?」
「オーディションであの子を採ったとき、そう言ってた」
伊織がこちらを向き、結論を急がせる目つきをしてみせた。
「つまり──そもそもエミリーがもし大和撫子に憧れていなかったら、日本には来なかったかも知れない」
ハンドルを握る両の手のひらから分かるほどに汗がにじみ出る。
「もし大和撫子に憧れていなかったら、きっと神社での舞を見たところで感銘を受けなかったかも知れない。
どんな人が踊っていたかなんて、気にもしなかったかも知れない」
「なにが言いたいのよ……!?」
「──大和撫子に憧れていなかったら、日本でアイドルになんてならなかったかも知れない」
「……ちょっと、それ」
「憧れを失ったエミリーは……まだ日本にいたいと思うのかな?」
「待ってよ──」
伊織が続けて何かを言いかけた瞬間、携帯電話が着信音と共にポケットの中で震えだした。
取り出して発信元を確認してみると高木社長からだった。「出てくれ」と合図をし、伊織に手渡す。
伊織は少しの間光る画面を見つめて、ようやく通話アイコンをタップした。
「もしもし、伊織です。 ……今、プロデューサー運転中だから、代わりに」
伊織は途切れ途切れに何回か相槌を打つのみだった。
向こうの音声が微かに聞こえるものの、どういう話をしているのかまでは分からない。
落ち着かないこの時間が何分、何十分にも感じられる。
「……嘘でしょ……?」
伊織の反応を聞いて、心臓が少しずつ鼓動を早めた。
「……わかった。 とにかく……行くから」
そう言って通話を切った伊織の声は少しだけ震えている。
「……すぐ事務所に戻って」
「ちゃんと向かってる──」
「飛ばしなさいったら!!」
訳も分からずアクセルを踏み込んだ。
「何の話だったんだって! エミリーのことなのか!? そうなんだろ!?」
開けた窓から入り込む風と轟音に掻き消されないように、隣に座り込んで顔を両手で覆う伊織に叫び続けたが、返事はない。
ビル前の路地に強引に車を停め、そのまま二人して二階の事務所玄関へと駆け上がり、飛び込むようにドアを開けた。
「エミリー! エミリー!! ちょっと待って!!」
しばらくの沈黙があったのち、無人かと思われた事務所の奥──応接スペースの間仕切りの隙間から、
自宅にいたはずのエミリーがおそるおそるこちらへ顔を覗かせた。
「エミリー! よかった、まだいた──」
続けて、エミリーと同じく金髪の、背の高い男性が立ち上がってこちらを見た。
──エミリーの父親だ。そして、高木社長。
「あぁ、君たち来てくれたか……! スチュアート君なんだが、その……」
「《ごめんなさい》」
高木社長の声を遮るように、エミリーが口を開いた。
「《社長と、お話しました》」
「待って……ダメ……」
エミリーはずっと俯いたまま、覇気も起伏もない、感情を読み取れない声で、ブツブツと、言葉を切りながら告げた。
「《私──帰ることに、なりました》」
*
「エミリーのお父様、何て?」
「……だめだ。 いくら説得しようとしても取り合ってくれなかった」
俺は日がな一日頭を抱え、仕事にも手付かずのままでいた。
エミリーの父親の決意は思った以上に固い。もう少し待ってほしいと何度頭を下げても無駄に終わった。
すでにロンドン行きの飛行機の手配も済ませているらしい。
「最初に約束したんでしょ、二週間様子を見るって。 まだ二日あるはずじゃない……」
「エミリー本人が、イギリスに帰りたいって言い出したからだ」
「そうなの?」
「本人に残る意思があったとして、二週間待つって話だった。 今となっちゃ意味のない期限だ」
届いたときと同じように、再びカッチリとテープ止めをされた巨大な段ボール箱を眺め、またため息を漏らす。
あの大荷物も今日中にご実家へ送り返されることになった。
「……やっぱりもう、嫌になっちゃったのかな、こっちにいるの」
次の手を考えたいが、今は何も思いつかない。手詰まりだ。
「どこまで話したの? エミリーの状況」
「分かってることは全部話したよ……先生とのことも」
伊織の質問には自信なさげに答えるしかなかった。
推測の域を出ないものの──一応、今の時点で考えられる事の顛末をエミリーの父親には全て伝えたつもりだ。
結局のところ、エミリーは頭を打って記憶喪失になってしまったのだ。
ただし彼女が失ったのはほんの一部の特定の記憶──つまり日本語の言語知識だった。
これについて、俺たちはエミリーが幼い頃に使っていた昔の教材を用意した。
勉強を続けていた頃の記憶とリンクさせて、言葉を思い出させようとしたのだ。
一部分においてそれは功を奏した。ただその後で、エミリーには言語知識の他にも失った記憶があることが分かった。
それはエミリーが常に抱いていたはずの日本への憧れ、そして“大和撫子”への想い。
そして先生の話を参考にして考えたのが、これらを引き起こした原因として──
エミリーが今忘れてしまっている、彼女を日本好きにした最初の思い出があるはず、ということだ。
765プロの誰もが知らない、失われたエミリーの過去。
手探りでは見当すらつかなかったはずのそのヒントになったのが、エミリーが大事に保管していた一枚の絵だった。
そこにいたのが“よりちゃん”だ。
その絵はおそらく、エミリーに初めて日本人の友達ができた日に描かれたもの。
父親の話によれば、その友達と出会ってから豹変したエミリーの血の滲むような努力のおかげで、今のおしとやかで慎ましい彼女がいるということだ。
すなわち“よりちゃん”こそがエミリーの失った記憶。
“よりちゃん”と出会ったその日のことを……エミリーが忘れてしまったその日のことを思い出させることができれば、彼女は今度こそ元に戻るかも──
ただ、情報の断片を繋ぎ合わせて出来た結論に確信は持てやしない。
「確かにエミリーが子供の頃の話を忘れてしまってることは確かなんだ。
だから思い出させるために何とかやってみる価値はある、ってとこまでは理解してもらった」
「じゃあ、何でそれを試す前に帰らせるのよ?」
「肝心なその子についての情報が全くないから。 どうやってエミリーに思い出させるかのアテが何もないせいだよ」
俺たちの持っている“よりちゃん”の情報はたった二つ。
エミリーが六歳の頃に出会った日本人だということ、そして前髪がパッツンな、日本人形さながらの容姿だったことだけ。
「今どこにいるのか、何をしているのか、そもそも居所が分かったとして、本人が昔のことを覚えてるのかとか──そんなの、調べようがない」
だからお手上げなんだ、とだけ言って、俺はデスクに向き直りまた頭を抱えた。
「エミリーのご両親は、そのときのことを少しは覚えているらしいけどな」
「…………そうなの」
伊織はそれだけ言ってしばらく考え込んだのち、静かに歩き出してソファに投げ捨てていた自分の荷物を手に取った。
「用ができたから帰るわ。 また明日、プロデューサー」
「えっ? あ、あぁ……またな」
よく分からないままに伊織を見送る。いきなりだったので何が何だか分からないが、それ以上深く考えることもなかった。
*
翌日、朝一番で事務所にやってきた伊織は俺を見るなり言った。
「昨日、エミリーのお父様と話をしたの」
「何だって?」
反射的に声を上げてしまう。
「説得しに言ったのよ、最後にチャンスをくれないかって」
「……だからどう言ってもダメだったんだって。 エミリーを帰らせることはもう決まっちゃったんだ」
「ええ、それについては私も賛成よ。 ただ、私が連れて行くことになった」
「えっ、何で……」
「エミリーがその日本人と出会ったのが、あの子のご実家でのことだからよ。 だから向こうで過ごせば、思い出すきっかけがまた増えるってこと」
「それ……お父様から聞いたのか?」
伊織は少し濁すように「まあ一応」とだけ答えた。
「だから、しばらく休みをもらいたいの。 エミリーと一緒にロンドンへ行って──その後は、どうなるか分からないけど」
あまりに急な話に理解が追いつかない。
「まず……一体どうやったんだよ? 何を言ったんだ? あれだけ俺たちが頼んでも折れなかったのに……どうして」
「どうだっていいでしょ。 お父様も仕事の都合でもともとスケジュールが厳しかったみたいだし、話し合って私がちょうどいいってことになったの」
「ちょうどいいって……何が」
「うるさい、とにかく決まったことなの。 ざっと10日くらいは大きな仕事もなかったでしょ?」
理解が追いつかない。が、今回ばかりは「はいそうですか」と、素直にOKを出せないことだけははっきりしている。
「……伊織」
「何?」
俺はここ最近の伊織に対してずっと抱き続けていた疑問を、思い切って投げかけてみた。
「──どうしてお前はエミリーのためにそこまでするんだ?」
「…………」
伊織はぐっと押し込まれるように黙った。
「エミリーがああなってからほとんどずっと横についてくれてるし、今まで沢山手助けしてくれた。
それについてはもちろん感謝してる。 けどさすがに、ロンドンにまで行ってもらうわけにはいかない」
「──何か文句でもあるの? じゃああの子をあのまま放っておけってこと?」
「そうじゃない。 そうじゃないけど……」
「確かに仕事に穴をあけるという点では、私はプロ失格ね。 それについては謝る」
「……それも今は別に大した問題じゃない」
伊織はなんだか悩みに悩んだような素振りで、そして観念したようにハァと息を吐き出した。
「──あるわ。 理由なら」
「何だ?」
「……それは言えない」
「何だよそれ……」
「無茶苦茶言ってるのは分かってる。 分かってるわよ……けど……」
伊織が何かものを頼むときに、ここまで言いづらそうにしていた場面を俺は初めて見た気がした。
「行かせて。 ……お願いします」
俺に頭を下げる。
「伊織……」
じっと動かない彼女に、やめてくれとだけ伝えた。今度は俺の目を見つめて返事を待っているようだった。
ここまでされてしまえば、流石にこちらが折れるしかないようだ。
「……そこまで言うなら分かった。 都合はつける」
「ありがとう、プロデューサー……このこと、みんなには黙っといて」
「すぐバレるだろ……」
それもそうね、と伊織はこちらから目線を逸らす。
「今日の仕事が終わったらそのまま発つわ。 できるだけ早く戻るから……それと」
そして少しの間言葉を止め、一呼吸置いてから付け加えた。
「エミリーを無事に連れて帰ってこられたら、全部話すわ」
「…………」
「……わがまま言ってごめんなさい。 ……じゃ、行ってくる」
伊織はそのまま踵を返し、部屋を出て行こうとした。
どうしてやるのが正解か何にも分からない。伊織だけに任せて大丈夫なのかどうか分かるはずもない。まして社長にも相談せずに。
ただ俺自身には他に何の手の打ちようもみつからない以上、藁をも縋る思いで待つしかなかった。
伊織が事務所のドアノブに手をかけた瞬間、そっと引き止める。
「伊織。 ……頼んだ」
「ええ」
心配を隠しきれないプロデューサーを背に、私は事務所を出た。
──────
ヒースロー空港から地下鉄で一時間ほどの場所にある、ロンドン北部の高級住宅街──エミリーの実家はその一角にある。
この街に来るのは随分と久しぶりだったから迷ったらどうしようかと心配もしたものの、エミリーが道案内をしてくれてすんなりとここまでやって来れた。
私が付き添いに来ることを最初は驚いていたし、行きの飛行機ではあまり話をしてくれなかったエミリーだけど、
こちらに着いてからは安心感が勝ったのか少しずつ元気を取り戻してくれている。
最後には久しぶりの故郷の景色を楽しむ余裕も出てきたようだった。
霧の都という異名正しく、どんよりした曇り空がこの日も広がっていた。
呼び鈴を鳴らしてしばらく待つと、大きな扉の正面玄関が開かれる。
「Emily...!」
久しぶりの帰宅を一番に出迎えたのは彼女のお母様だった。
両手を広げ娘をそっと抱きしめると、エミリーは少し笑って甘えるように体を預けていた。
「《パパから事情は聞いたわ……大変だったわね》」
「《ううん……平気。 ありがとう》」
やがてお母様がこちらに気づいたので、ペコリとお辞儀をする。
「《エミリーさんの友人です。 お父様の代わりに付き添いでやってきました》」
「《遠いところからわざわざご苦労様でした……ゆっくりなさってください》」
ありがとうございます、とお礼を添えて私はスチュアート家の敷居を跨いだ。
用意してくれた客間へキャリーバッグを置き去りにし、居間でお母様と話をしていく。
エミリーは長旅で疲れたのか、自室で少し休むといって鍵を閉めてしまったのでそっとしておいた。
「《私も夫も、今回のことは本当に残念に思います》」
用意してくださったストロベリー風味の紅茶とスコーン──緑茶と抹茶菓子をたまたま切らしていて、と謝罪されてしまった──を頂いていると、
エミリーの母親はゆっくりと切り出した。
「《私たちと同じように日本を好きになってくれて本当に嬉しかった……元に戻ってくれるなら、それが一番なんですけれどね》」
「《そのことなんですが》」
こちらも一応、わざわざやって来た理由を改めて話しておくことにする。
「《エミリーさんが日本に憧れるきっかけになった、日本人の女の子がいたと伺っています》」
「《まあ、ご存じだったんですね……》」
「《お父様から、色々と》」
「《もうずいぶん小さい頃の話だから、あの子もすっかり忘れてるんだと思っていました》」
お母様がふと天井を見上げる。その方向の先にエミリーの部屋があるのだとなんとなく察せられた。
「《けれど昔は私たちにしょっちゅうその子の話をしてくれましたよ。
『難しい漢字を書けるようになった。知ったら喜んでくれるかな?』とか、
『いつまたあの子に会ってもいいように、日本語をもっと喋れるようになりたい』とか……それはもう、毎日のように》」
「《そうだったんですか……》」
「《エミリーが私たち以上に日本語が上手になったのは、きっとずっとその子のことを思いながら毎日一生懸命勉強を続けてきたからなんでしょうね》」
「《……それが“よりちゃん”ですか?》」
「《ええ。 確か、そんな名前の子》」
父親同士が一緒に仕事をしたことがあるので夫のほうが詳しいと思います、とお母様は付け加える。
「《何日か一緒に遊んだりしたんですけど、
エミリーったらいつの間にかすっかりその子に懐いちゃって……帰国するときにお別れを言うのが大変でした》」
「《初めて会ったのは、エミリーのお父様が仕事のお付き合いで日本人の客を招いてパーティーを催されたときですよね?》」
「《そういえばそうだったような……よくご存じですね?》」
「《……もし》」
確かめておきたかった肝心な部分を、私は慎重に尋ねた。
「《エミリーがいつか何かの拍子に今までのことをきちんと思い出して、
また日本でアイドルをやりたいと言ってくれたら……お母様もお父様も、反対はされませんか?》」
「《それはもちろん……それがあの子の意思なら、尊重します。 日本に行かせますよ》」
それを聞いて一安心した。
ただ、おかげで何かが進展するわけでもなく──結局は、エミリーが思い出を取り戻せなければご両親の気持ちすら無駄になってしまう。
この家に居られる時間は長くない。それまでにエミリーときちんと話をつけてやらなくちゃ。
紅茶のおかわりを勧められたのでお言葉に甘えることにした。お母様がキッチンへ向かい私から目を離したことを確認し、ふぅとため息をつく。
「せっかくエミリーがそこまで想い続けてくれていたってのに知らんぷりしてただなんて、薄情な女よね」
他の誰にも聞こえないようにそっと呟いた。
*
「──思ったより早く届いたのね」
「《せっかく送ったのに、こんなに早く帰ってくるなんてね……》」
私たちに一日遅れてやってきた大荷物を前に、お母様が寂しそうに言った。
「《エミリーにも手伝ってもらいましょう。片付けなくちゃ》」
二階へ足を向けるお母様しばらく眺め、また視線を戻した。765プロの事務所でも見た巨大なダンボールに、送りつけ伝票が乱雑に貼られている。
三人でエミリーの自室へ運ぼうとしたが上手くいかず、結局玄関で箱を開けて中身を順番に持っていくことになった。
古びた数々のノートに混じって、日本で使った比較的新しいそれも何冊か入っている。
一冊ずつ取り出していくうちに、私は箱の隅に隠れるように突っ込まれていた絵筒を見つけ、おもむろに取り出してみた。
「……おかえり」
何度見ても変わらない、無邪気な子供の絵。
「《その絵……》」
しばらく動かないでいると、エミリーが横から覗き込んでまじまじとその絵を見てくる。
「《プロデューサーも言ってたけど、あんたが小さい頃に描いた絵よ》」
「《そうなんでしょうね……》」
エミリーは表情を曇らせた。
「《やっぱり思い出せないかしら》」
「《右にいるのは私、もう一人は……》」
エミリーはしばらく考え込んで、やはり首を傾げた。
「《すみません、やっぱり分かりません》」
「《……そう》」
今のこの子にとっては、何の思い入れもない小さい頃の絵など、もはや気味の悪い品にすら映っているのかもしれない。
「《あんたにとっては大事なものなのよ。 ちゃんと取っておいて》」
そっと渡すと、エミリーは渋々といったように、他の本たちと一緒にそれを持って階段を上がっていった。
その後エミリーの自室にお邪魔して二人で部屋の整理を手伝っていると、エミリーは私に訊いてきた。
「《どうして、こんなところまで私と一緒に来たんですか?》」
「《お父様が仕事の都合で付き添いが難しくなったからよ》」
「《……そういう事を訊いているのではありません》」
エミリーの口調にはかすかな棘棘しさすら感じられる。765プロで接していたような、ふわふわと優しい印象のあのエミリーとは思えないほど。
「《私自身ですら今の自分が分からないというのに、どうして元に戻るなんて今でも思っているんですか?》」
「《戻りたくないってこと?》」
「《……ただ、あなたにここまでして頂く義理がないから》」
少し間を空けて返事があった。
「《個人的な感情だけじゃないわ。 私は765プロの代表としてここにいるの》」
文法書のみを別の箱にアルファベット順で並べしまいながら答えていると、エミリーの手の動きが止まったのが音で分かった。
「《正直言って、あんまりいい形でこっちに来なかったでしょ。 だからきちんと見送る係を任されたってわけ》」
「《……私は、事務所を去ろうとしているのに──》」
「《仮にそうであっても、エミリーが日本のことを好きじゃなくなっても、みんなのことはずっと好きでいてほしいから……》」
「《日本人というのは、親切すぎますね》」
「《それはあんたもよく分かってることでしょ?》」
エミリーは詰まるようにしばらく黙って、それから何事もなかったかのようにまた作業を再開する。
「《そっちは屋根裏にしまうので、そんなに丁寧に並べなくても大丈夫ですよ》」
「《……そう。 分かった》」
すこしだけ胸がちくりとする。ひとまず彼女の言うとおりに、屋根裏行きの本たちを作業的にまとめていく。
エミリーはそれっきり話すのをやめ、繰り返し小さなため息ばかりついていた。
さきほど見せた“よりちゃん”の絵は、どの箱にもしまわず、部屋の片隅にそっと隠すように置いてやった。
今の冷め切ったエミリーに何をしても意味がないのではと、時間が過ぎれば過ぎるほど強く思わされていく。
*
すっかりイギリスでの日常に溶け込もうとしているエミリーに、私は何もできなかった。
折を見て幼い頃の、つまり“よりちゃん”の話を持ちかけてみるも、やはりどこか心ここにあらずで手ごたえがない。
お母様と話をしてみても、エミリーの考えていることはいまいち分からない。
エミリーはもう、思い出なんてどうでもいいと思っているのかも知れない。
帰りの飛行機は明日──。
自室で一人過ごしている彼女を訪ねると、エミリーは「《どうぞ》」といって招き入れてくれた。
少しの間他愛のない会話で間を持たせてから、ようやく私は最後に言葉を繋ぎ始める。
「《エミリー。 知ってると思うけど、私、明日で帰っちゃうの》」
「《……はい》」
途端にエミリーはこちらから目を逸らした。
「《これからあんたはこのままこっちで暮らすつもりなの?》」
「《…………》」
「《このまま私が帰っちゃったら……もう二度と会えないのよ。 私だけじゃなく、765プロのみんなとよ。 分かってるの?》」
「《……分かってます……》」
消え入るような声に、これ以上このことは考えたくないというような苦い表情。
「《最後にひとつだけ聞かせて》」
俯いているエミリーに向かって、私は構わず続けた。
「《あんたは、アイドルが嫌になっちゃったの? 765プロにはもういたくないの?
一緒に頑張ってきたみんなとの思い出や、アイドルの楽しさも全部忘れちゃったって言うの?》」
「…………」
「《大和撫子を忘れた今……日本で過ごしてきた思い出なんて、エミリーには何の価値もないってことなの!?》」
ずっとずっと黙ったままさらに深く下を向くエミリーの次の言葉を待っているうちに、私は気がついた。
座り込んでいるエミリーが両手でぎゅっと握りつぶしたスカートの皺になっている部分に──滴が落ちていた。
顔を横から覗くと、エミリーはくしゃりと顔を歪ませながら、
「《そんなわけ、ありません……!》」
まるで震えているみたいに、小さく首を横に振った。
「《エミリー……?》」
「《みなさんのことが大好きです……! 離れたくありません……! 本当はアイドル、もっとやりたかった……っ……!》」
ここにきてようやく本音を漏らしてくれたことに驚き──我に返って、私はエミリーの両肩を掴んだ。
「《だったら……だったら、何で辞めるなんて言ったのよ!》」
「《だってっ……! こんな状態で居座っても、きっと迷惑にしかならないから……!
私は、みんなが、元気で、一生懸命に、毎日頑張ってる姿が好きなのに……
こんな私がいたら、きっとみんながっ……気を遣って……私なんか、邪魔にしかならないんです……!》」
「《そんなわけないじゃない。 みんなあんたの為に協力してくれる……》」
「《私が嫌なんです……! そんな状態で、みんなに負担なんてかけたくないんです……! 私が苦しいんです……っ……! 》」
「《エミリー……》」
「《どうすればいいか分かれば……私だけ、こんなに辛い思いしなくていいはずなのにっ……!》」
何と返せばいいのか分からなくなってしまう。エミリーは溢れてくる涙を手のひらで乱暴に拭いながら小さく嗚咽を漏らし続けた。
「《そうね……エミリーが一番辛いってこと、忘れてしまっていたわ。 ごめんなさい》」
ゆっくりと肩をさすって落ち着かせながら、できるだけ優しく話しかけていく。
「《ただ私は、エミリーが全部思い出して元に戻れるようにって……》」
「《思い出すことなんてありません……結局言葉もきちんと話せないままなのに……》」
少し冷静さを取り戻したエミリーが鼻声で訴えた。
「《あのね、それは……あんたがもっと大事なことを思い出せないからなのよ》」
「《これ以上何を思い出せって言うんですか……?》」」
「《あんたが小さい頃に会った女が……日本人の友達がいるでしょ》」
「《何度言われても、そんなの……わかりません》」
私は部屋の隅に置いておいた絵筒を、また目の前に持ってきてやった。
もう見たくないとでも言いたげに眉を曲げるエミリーはお構いなしに、また絵を広げて見せてやる。
「《ほら、この絵の……》」
「《だからっ……分からないんですっ……!!》」
全部広げきる前に、エミリーは私の手からそれを弾き飛ばした。もう一度拾って、また見せる。
「《ほら、こっちがエミリーで……こっちの、パッツンの……!》」
「《もうやめてください……!》」
エミリーはとうとう叫びだした。
「《そんなこと私が思い出せなくても……あなたには、何の関係もないでしょ!?》」
視界が狭くなってうっすら暗くなったような気がした。
エミリーの言葉が頭の中でグルグル回り、だんだんとそれが胸まで下りてきて蔦のように心臓を締め付けてくる。
エミリーも言いすぎたと思ったのか、一瞬息を呑んで私の反応を伺っているように見えた。
なんで──こんなに言ってるのに、なんで分かってくれないの?
そんなのあんまりじゃない。
「……関係あるのよ……っ」
絞り出した一言をきっかけに、やるせなさが次から次へと溢れてきて止められなくなるのを感じた。
「……いい加減に、してよ……!!」
視界がじわりと歪んで、ぼやけて、目元が熱くなる。もうだめだ。
「関係おおありなのよっ!! どうしてっ……思い出してくれないのよっ!!」
「《お願いだから……もうやめて……》」
「《やめない!!》」
エミリーの体がビクリと跳ねた。
「《思い出すまで何度でも言ってやるわよ!!》」
私はまっすぐ見つめているのに、頑なに目線を合わせようとしない。
「《あんたが大和撫子を目指すきっかけになった女よ……いたでしょ……!?》」
エミリーはぐしゃぐしゃの顔を横に振った。
「《ここで……この場所で初めて出会った、あんたの大事なお友達じゃなかったの……!?》」
両目をぎゅっと瞑り、涙を絞り出してまた横に振った。
「《あんたがいつまでたってもちゃんと名前を覚えない、日本人の美少女がいたでしょ!?》」
「《……だから……分からないの……っ》」
弱弱しく顔を横に動かして、エミリーはついにかすれ声で泣き出した。
「……なんでよ…………ここまでしてるってのに…………バカ……バカ……バカバカバカバカっ……!! ばかぁっ!!」
力の入らない両腕でエミリーの肩をわずかに揺する。
「《思い出してよっ……!! どうすれば思い出すのよっ……!!》」
「《ごめんなさいっ……ごめん……なさいっ……》」
「こんなの嫌よっ……バカ……バカばかばかっ……こんなことで大和撫子を諦めるんじゃないわよっ……!! どうしたらいいのよっ……!!」
お互いに止まらなくなって、しばらく泣きじゃくった。
そのままどのくらいいただろうか、ようやくちょっとだけ頭が落ち着いてきたとき、目に入ったものがあった。
部屋の反対側、ベッドサイドテーブルの上に置かれていた、大きなハサミ。
しばらくボーっと眺めた後、ふと、ひとりでに言葉が口をついた。
「──そうよ……パッツンなのよ……」
「《……えっ……?》」
自分自身の台詞に誘われるようにゆっくりと立ち上がって、吸い込まれるようにそちらへ向かった。
滲んだ視界を頼りにそれを手に取ると、冷えきった金属の感触だけが鮮明に指へと伝わってくる。
そのまま一歩ずつ、もう一度エミリーへ近寄った。
彼女は不可解なものを目撃するような目つきをしていた。
「…………エミリー、見なさい。 ……こっち見て……!!」
「《何を……》」
こうなりゃ──ヤケよ。
綺麗に分けた前髪をグシャグシャと崩して、だらんと顔の前に垂らしてから、ハサミを開いて額に当てる。
「《何して……!?》」
「あんたがいつまで経っても忘れたまんまだからでしょうがっ……!」
「《だめ……何してるんですか!? だめ…………っ!!》」
私の右腕を抑えようとするエミリーを振り切って、あてがった刃をこめかみからこめかみまで横切らせた。
「これでも──」
そのまま勢い任せに、
「これでも……思い出さないのかって──」
右手に思いっきり力を加えて、
「言ってるのよぉっ──!!」
「《だめええぇぇっ!!》」
一思いに握り込む。
ジャキン、と擦れた金属の小気味良い音が響いた。
同時に視界がいっぺんに明るくなる。
ふわふわと落ちていったまっすぐな前髪の残りをバサバサと振り払って、私はもう一度エミリーを見た。
「……ァ…………ァ、ァ……」
エミリーは小刻みな息遣いの隙間から言葉にならない声を必死に上げようとして、口をパクパクさせているばかりだった。
私も荒げた呼吸を落ち着かせるだけで精一杯だったけど、それでも彼女から目線を離そうとしなかった。
「《……な、ん、で…………》」
大きくて睫毛の長い、真っ赤に染まった両目をこれでもかと大きくあけて──
「── ヨリ、チャン……?」
引きつったような声を吐き出したエミリーは、次の瞬間フッと力が抜けたように肩をカクリと落とし、頭を後ろへ投げ出すように、向こう側へ倒れていく。
「ちょっ……エミリー!?」
すんでのところで背中に手を回し、なんとか支えてやった。
「エミリー? エミリー!?」
目を閉じて、停電したようにぐったりしている。何度揺さぶり起こそうとしても反応がない。
「《……お母様! お母様! エミリーが……!》」
必死になって抱えあげた彼女の体をベッドに横たわらせ、助けを求めに階下へ走った。
──
────
────────
パパはどこ?
ママとお兄様たちがしばらく留守にするらしいから、あたしとパパもどこかへ遠出して、新堂やメイドたちをしばらくお休みさせるって聞いた。
それでロンドンに行こうって誘われたんだもん、てっきりパパと二人っきりで過ごすんだと思ってたのに……
やって来たのはだれかの家。うちほどじゃないけど、まあまあ大きくてキレイなおやしきだった。
「大事なお話があるから、伊織は向こうで大人しくしていておくれ」
「……うん」
着いたとたんにそれだけ言って、パパは人がいっぱいいる方に行っちゃった。あーぁ、やっぱりお仕事だったんだ。
しかたないのは分かるけど、こんな場所でどうしてろって言うのよ。いるのは大人ばっかり。
ずっとむつかしいお話して何が楽しいんだろ。ジュースのおかわりももらいにいく気がしないわ。
ほんっと、つまんないパーティー。
「あたしの相手をしてくれるのはあんただけみたいね、うさちゃん」
この子も退屈そうにしていたので、ぎゅっと一回だけだきしめて、そのままいっしょに何もせず過ごしていた。
「こんばんは。 ミナセ・イオリちゃんだね」
しばらく一人でぼーっとしてたら、声をかけられた。ふりかえると、金ぱつのおっきな男の人がいた。
「あ……えっと……グッドイブニング」
「あぁ、大丈夫だよ。 おじさんは日本語話せるから」
「……そうなの?」
「スチュアート家へようこそ、日本のかわいいお嬢さん」
おじさんはしゃがみこんであたしに目線を合わせながら言った。
「ごめんよ、君のお父さんは人気者だから忙しくて。 代わりにと言ってはなんだが、うちの娘と遊んでやってくれないかな?」
「……女の子がいるの?」
「ちょうど君と同じくらいの歳でね、部屋でおとなしくさせてるんだが退屈しているらしいから……君が良ければ、でいいんだけど」
どうしようかと思ったけど、ここにいたってどうせおしゃべり相手なんていないし。
「じゃあ、連れてってくださる?」
それだけ伝えると、おじさんは中へあたしをエスコートしてくれた。
おやしきをしばらく歩いて二階へ上がると、おじさんはある部屋の前で立ち止まってコンコンとノックをした。
「...Who is it?」
かわいらしい女の子の声が返ってくる。
「It's dad, Emily. May I come in?」
「Sure.」
おじさんがゆっくりとドアを開いていく。
せなかごしに部屋をのぞくと、私よりも少し小さい外国人の女の子が真ん中にポツンとすわっていた。
ドールハウスでままごと遊びをしていたその子は、まるで昔ママに買ってもらったヨーロッパの人形にそっくり。
目はまんまるでとっても大きくて、アメジストみたいなひとみがキラキラかがやいていて、
頭の動きに合わせて金色のツインテールがふわふわとゆれていて。
くやしいけど、すっごくきれいな子だと思った。
「I'm so boring to dye, daddy.」
「Sorry, sweetheart.」
おじさんと英語で少しだけお話しているのをながめていると、その子もあたしに気がついた。
びっくりしたのか、おびえるような目をしておじさんの後ろにサッと隠れちゃった。
「《大丈夫だよエミリー、この子はパパのお客さんの子なんだ》」
おじさんは笑いながら女の子を抱きかかえて、あたしの近くにストンとおろして立たせた。
「《日本から来たんだよ。 お友達になってくれるってさ》」
「《日本……?》」
「《ほら、お話してごらん》」
女の子はおじさんの後ろにかくれたまま、ちょっとだけ頭を出してこっちをのぞいてきた。
近くでみるとやっぱりすごくかわいくて──もちろん、あたしも負けてないけど──ちょっとドキドキする。
その子はあたしの顔をじっくり見つめて、それから少し考えてから、口を開いた。
「ハジ……メ、マシテ」
「わっ……この子も日本語話せるの?」
「少しだけね、まだ勉強中なんだ。 《そうだよな、エミリー》」
おじさんに返事をするように、女の子が小さくうなずく。
「Emily Stewart...デス。 アナタ、ハ、ナント、イイマス、カ?」
「エミリー……っていうの?」
今度はあたしの声に反応して、コクコクとうなずく。なんだかちょっと照れくさい。
「えっと、あたしは……伊織……」
「?」
ちょっとおっかなくて声が小さくなっちゃってたのか、エミリーは首をかしげた。
自分もちょっとだけなら英語できるわよ、って言いたくて、思い切って話してみた。
「マ……マイネームイズ、イオリ。 ミナセ、イオリ」
「ヨーリ?」
聞きまちがえられた。
「いおり」
「ヨリ?」
またまちがえられた。
「ヨリじゃない、イオリ。 伊織ちゃん!」
「ヨリチャン?」
「ちがう!」
「Nice to meet you, Yorichan?」
「だからちがうったらーっ!」
思わずさけんじゃった。何なのこの子!あったまきちゃう!
女の子はビックリしちゃって完全におじさんの後ろにかくれちゃうし、おじさんはそんなの気にしないでアハハって笑ってるし。
そもそも言葉もろくに通じないのに、どうやってなかよくしろって言うのよ!?
そのまま部屋に置き去りにされたあたしは、エミリーっていうその子がひたすらお人形遊びをしているのをただ見ているしかなかった。
さっきよりは退屈じゃないけど、それでも退屈。
両手に持った人形が二つ。色違いのドレスを着た、そっくりな双子みたいな人形。
「……それ、なんて名前なの?」
いちおう話しかけてみるとエミリーがこっちを見た。
言葉分かってるのかしら?まだあたしのことをちょっとだけこわがってるみたい。
さっきはどなっちゃって悪い事したわね。……何て言えばいいんだろ。
「えと……フー、イズ、ディス?」
片方を指差すと、エミリーは自分のしていることにきょう味を持ってくれたと思ったのか、ようやくあたしの相手をしてくれた。
「...This is Charlotte.」
「うん」
「And this is Charlotte.」
同じじゃない。
「あんたも一人っきりでこんなとこに閉じ込められて、かわいそうにね」
「?」
今のはよく分からなかったみたい。どのくらいの日本語なら通じるのかしら。
「……ん」
とりあえずエミリーに向かって片手をさし出した。
「あそんで、あげる」
区切ってしゃべってあげるとエミリーはちょっと驚いたような顔をしてから、
「ハイ、アソビマス、ヨリチャン!」
「よりちゃんじゃなくて伊織ちゃん」
ようやく初めてあたしに向かって笑って、人形の片方を貸してくれた。
*
次の日もパパはお仕事で忙しいからって、泊まっていたホテルからまたスチュアート家におじゃましてあずかられることになった。
どういうこと?あたし“ホームステイ”しに来たんじゃないのよ?
「せっかく来てくれたのにごめんなさい。 エミリーは今お稽古中なの」
今日はエミリーのおばさんが出むかえてくれた。
「そうなの? 何の?」
「日本舞踊よ」
へえ、やるじゃない。あたしも日本舞踊はちょっとだけ習ってたことあるし、せっかくだから見せてもらおうかしら。
「娘は練習中で……日本の方に見ていただけるほどのものではないですけれど」
おばさんはそう言っていたけど、何も日本人全員が日本舞踊やるわけじゃないんだから気にしなくていいのに。
昨日までパーティーの会場だった広間はけいこのためにすっかりかたづけられていた。
エミリーはその広い部屋の真ん中で着物に身をつつんで、先生らしき人の手拍子に合わせてふり付けをくりかえし練習しているらしかった。
「《エミリーさん、もっと腰を落として》」
「《はい、先生……》」
エミリーはがんばってるけど、あれは多分あたしよりへたくそね。
まあしかたないか、まだ小さいし。それに……あんまり楽しくなさそう。
「《ママ……やっぱり、ブヨウはむずかしくてイヤ》」
きゅうけいの時間にさしかかると、エミリーはおばさんにかけより抱きついてそう言った。
「《キモノもおなかが苦しいし、セイザも足がいたいし……》」
「《駄々こねないの。 昨日のお友達が来てるわよ》」
それを聞いて真っ先に後ろを向いてあたしを見つけたエミリーは、
うれしそうに「ヨリチャン!」とさけびながらブンブンと大きく手をふって来た。
昨日ちょっと遊んであげただけなのにすっかりあの調子。しょうがないわね、とあたしも手をふり返してあげる。
「おけいこ、がんばってね」
「ハイ!」
こらこら、そんな大マタで走ろうとしたらこけちゃうから。
けれど練習がもう一度始まるとエミリーのさっきの元気はどこへやら、またいやいやそうにおどっていた。おばさんに質問してみる。
「あの子日本舞踊、きらいなの?」
「Hmm...」
どうやらおじさんとおばさんに言われて始めたみたい。
「……そうだ、良かったらお手本を見せてもらえないかしら?」
「えっ、あたしが?」
おばさんは急にそんなことを言いだした。
だから日本人だって舞踊はめったにやらないわよ、たしかにあたしはちょっとならできるけど……
「それに、着物もないし」
「いいえ、あるわ。 たぶんあなたにちょうどいいのが」
いきなりそんなこと言われても……むずかしいことは大して覚えてないのに。
「……しょうがないわね」
だけどなんだかすっごく期待されちゃってるみたいだから、水瀬のむすめとして、ここで「できません」なんて言えないような気がした。
おばさんが持ってきてくれた着物は運よくあたしにぴったりのサイズだった。
「《エミリー、よりちゃんがブヨウを踊ってくれるそうよ》」
「《本当に……?》」
それらしい会話をこっそり聞きながら、部屋のはしっこでスタンバイ。おばさんにまで名前まちがえられてるし。
それに今さらだけど、どうしてあたしがこんなことしなきゃいけないのか……いちおう、お客さんでしょ?
──けれど、のりかかった船ってやつだし、昔やったことを必死に思い出しながら、めいっぱいやってみた。
自信なかったけど、何とか一曲舞ってみせる。
ようやく終わったと思って周りを見てみると、おばさんと先生はにっこりしながら拍手をくれた。最後に小さくお辞儀をする。
エミリーはというと──まぶたをぱちくりさせて、目をキラキラさせながら「Wow...!」とか言ってた。
「That was beautiful...!」
「あ、ありがとう……」
とりあえずほめられていることは分かったので、悪い気はしない。
「《ママ……! すごかった! かっこよかった! キモノもすっごく似合ってる!》」
おばさんの服のそでをつかんで、エミリーがこうふん気味に言っていた。
「《エミリーも練習すればあのくらい上手くなれるわよ》」
「《本当に? なれる?》」
先生も日本語が話せるようで、「さすが本場の技ですね」なんて言ったりして。
「……ま、まぁ、この伊織ちゃんにかかればこんなもんよ!」
なんだかさんざんもてはやされていい気になっちゃったもんだから、ついついそんなことを言ってしまった。
「日本舞踊なんてかんたん。 だってあたし、“大和撫子”だもん!」
エミリーは「そんけいのまなざし」をあたしに向けてから、ちょっとずつ顔に「?」をうかばせる。
「……ヤマ、タナ……?」
「《ヤマトナデシコよ、エミリー》」
「《ヤマ、ト、ナデシ、コ?》」
おばさんのまねをして何度かくり返したあと、あたしにたずねてきた。
「ヨリチャン、ヤマトナ、デシコ?」
「やまと、なでしこ。 ……そうよ」
ゆっくり、お手本をするみたいにもう一度言ってあげる。
「きれいでつつましやかな日本の女の人のことをそう呼ぶの」
「《……きれいでつつましやかな……》」
エミリーはその後何度も何度も、忘れないように同じ言葉をずっとつぶやき続けていた。
「ヤマトナデシコ……」
ときどき、あたしをじっと見ながら。
────────
────
──
*
気がついたら朝になっていた。
あのまま私はエミリーの隣について、ベッドに寄りかかるように眠っていたらしい。
焦点の定まらない両目で床のカーペットに視線を投げる。散乱した自分の前髪が嫌になるほど不気味だった。
「……何やってんだろ、私」
目にかかって鬱陶しい残りの前髪をたくし上げて、腕にひっかけていたヘアゴムで適当に縛りつける。
部屋の隅に置かれた姿見に映る自分の姿は、まるでその見た目だけ昔に戻ったような気分だ。
眠っているエミリーに近寄って、顔をよく見てみた。まだすこし腫れぼったい両目をしっかりと閉じて、静かに規則的な呼吸音を立てている。
右頬をそっと撫でてやると──エミリーはゆっくりと目を開けた。
「《あ……ごめんなさい、起こすつもりじゃ……》」
「……伊織さま……?」
エミリーは眠そうな目をこすり、部屋を一通りくるりと見渡し、最後に私を見て、とろんとした声で言った。
彼女の発した言葉を理解した瞬間──心臓を締め付けていた蔦が一斉に解ける。
「……エミリー……?」
「……あれ、どうして……? ここは……」
「……エミ、り……っ……」
何ヶ月も何年も彼女の声を聞いていなかったような、そんな気がした。
見えるもの全てが水底に沈んでゆらゆらと揺れ始める。
体を起こしたエミリーを手探りで抱き寄せて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を彼女の寝間着へ押し付けるように目いっぱい抱きしめながら、
わんわんと止まらない泣き声を力任せに上げ続けた。
「伊織さま? どうかされたんですか? どうして泣いているのですか……?」
「ぢがうのっ……よかっ、よがっだ……う゛ぅ……わ゛あぁああぁあぁっ…………!」
はじめは驚いて少しうろたえていたエミリーは、ずっとずっと情けなく泣き喚いている私の頭をそっと包み込むように撫でてくれた。
「え゛みりぃっ……! え゛みりい゛ぃっ……! っぐ、うあ゛あ゛ぁあああぁっ……!」
「……大丈夫ですよ、伊織さま」
私が泣き止むまでずっと撫で続けてくれた。
「私は……エミリーはここにいますよ……」
──────
夕方、ロンドンにいる伊織から着信があった。
「本当なのか!?」
「えぇ、今はもうすっかりいつも通りよ……上手くいって良かった……!」
「……そうか……」
大きく息を吸い込んで、胸の奥からこみ上げるものをこらえる。
「できるだけ早い飛行機を取ってそっちに戻るから待ってて。 本当に……ありがとう、プロデューサー……」
「何でだよ、礼を言うのはこっちのほうだ……気をつけてな」
「ええ」
通話を切った後、どうしても我慢しきれずに目元をゴシゴシと拭った。
「みんなに知らせないと……!」
事務所を飛び出して、大急ぎで報告に向かう。
*
数日後、劇場にようやく姿を現した伊織とエミリーの二人を、控え室でまだかまだかと待ち構えていたアイドルたちはそれはもう盛大に迎えた。
ホワイトボードにはまるで誕生日と正月とクリスマスが同時にやって来たみたく、
まさしく全員からびっしりとエミリーへの喜びのメッセージが書き込まれている。
何の祝いと勘違いしたのか、所々からクラッカーのはじける音さえ聞こえてくる始末。
「パーティーかなんかだと思ってるのか?」
「まあまあいいじゃないですか。 今日は皆で喜びましょう!」
青羽さんも俺の隣でその様子を遠巻きに眺め、ニッコリと笑顔を浮かべている。
今日に限っては社長と音無さんも劇場を訪ね、文字通り765プロ全員集合といったところだ。
「なんだか、ご心配とご迷惑をおかけしてしまったようで……すみません」
控えめに謝るエミリーの周りには順番にアイドルたちが殺到して、すっかり元通りになった仲間の復帰を心から喜んでいるようだった。
ただ──彼女らには、エミリーに伏せておいてほしいこと、それだけはエミリーに絶対言わないでほしいということをあらかじめ伝えてある。
「……仕掛け人さま!」
もみくちゃの人だかりが少しずつ散り、誰が主役か分からない単なるどんちゃん騒ぎにこの場が変貌するいつもの流れになりかけたとき、
エミリーがこちらにやってきた。
「お帰り、エミリー」
「はい。 私も、何が何だかまだよく分かっていないのですが……仕掛け人さまにも、ご心配をおかけしてしまったようで……本当にすみません」
エミリーはペコリと頭を下げる。
「そんなの気にしなくていいのに」
戻ってきてくれて嬉しいだけだよ、と言うと、彼女は安心したようにふわりと笑った。
「ただな、安心ばっかりしてもいられないんだ。 俺はプロデューサーだからな……エミリーが無事に戻ってきた以上、次のことを考えなくちゃいけない」
「私はもちろん、すぐにでもまた公演に出させていただきたいです」
その熱意がきっぱりと返ってくる。
「じゃあスケジュール調整からだな。 もちろん無理はさせないけど、エミリーの希望ならすぐにでも」
「はい!」
よろしくお願いします、とエミリーはまた丁寧にお辞儀をしてみせた。
*
エミリー・スチュアート復帰公演の告知を行ってから、その日のチケットが通常の何倍もの早さで売り切れたことはただの偶然ではないだろう。
誰もが彼女の帰りを待っていたという確かな証だ。
その夜。何曲かで他のメンバーがステージを温め──みんなには申し訳ないが、今日に限ってはどの演目も前座に過ぎない──、
観客たちがいつだまだかと痺れを切らし始めるギリギリのタイミングでついにお待ちかねの時間がやってくる。
照明を全て落とし、真っ暗になった劇場がほんの少し静まったタイミングを見計らうかのように「だってあなたはプリンセス」のイントロが鳴り響いた瞬間、
まさしく劇場全体が震えた。
舞台袖にいた俺も思わず後ずさる。
およそ一ヶ月ぶりの公演。この劇場ではおそらく体感したこともないような、
バックミュージックがかき消されんほどのとんでもない量の大歓声を浴びながらステージに現れたエミリーとまつりは、
いつも以上に息をぴったりと合わせ、まさしく本物の双子のように鏡合わせで踊り、歌った。
観客席のほとんどはエミリーのシンボルカラーであるバイオレットのサイリウム一色で埋め尽くされ、
そこにエメラルドグリーンの光がちらほら混ざっている。
圧巻の光景だった。
揺れる何百何千の光の中心にいる二人の表情を遠くからチラリと覗いてみる。
エミリーはとても楽しそうでにこやか、まつりは……同じように楽しそうだが、何かをこらえているようにも見えた。
「あー、こりゃあれだな」
しょうがないよなぁ、とこっそり呟いた。彼女はとくにエミリーのことを心配してくれていた一人だから。
『音声さん、終わったらいっぺん二人のマイク切っといてください』
念のため無線で連絡を入れておく。
曲が止まり、一際の大きな歓声に包まれる中、ついにまつりは我慢しきれずに隣のエミリーに飛びついた。
肩をかすかに震わせながら、エミリーの足が浮いてしまうほどにぎゅっと力強く抱きしめていた。
ぎょっとして固まっていたエミリーも──ゆっくりとまつりの背中に腕を回す。
二人はしばらく抱き合ったままその余韻に浸り、歓声と拍手はその間も鳴り止む隙がなかった。
その後も数曲ずつ空けてエミリーの出演するステージは大盛り上がりを見せた。
“Princess be Ambitious!!”ときて“Eternal Harmony”、最後にはソロの“はなしらべ”。
どれも割れんばかりの歓声に包まれ、曲が終わればメンバーはエミリーに駆け寄り彼女の復活を祝った。
本人が望んだとはいえまたステージに立たせるのがあまりに急だったのではという心配もなかったわけではないが、
俺の不安を容易く払拭するかのようにエミリーは完全に以前どおりのパフォーマンスを披露してくれる。
結局俺には彼女にしてやれることなどほとんどなかったが、こういう結末を迎えられたのならなにも言う事はない。
『……私エミリースチュアート、ようやく戻ってまいりました。 今までたくさんのご心配をおかけした事をお詫びいたします……』
“はなしらべ”の演奏がおわり、エミリーはステージに一人残って改めてごヒイキ様方への挨拶の言葉を述べていた。
相変わらず、衣装のブーツを脱いで裸足になり、正座になったままでゆっくりと言葉を並べていく。
「エミリーはしっかりやってる?」
ずっと彼女の様子を眺めていると、後ろから声をかけられた。伊織だった。
前髪を全てたくし上げ、リボンつきのカチューシャで留めている。
その見た目が、この事務所で初めて伊織に出会ったころを思い出させた。
「よっ。 その髪型懐かしいな」
「何よ。 伸びたらまた戻すわよ……」
伊織は恥ずかしそうに一瞬こちらを睨みつけ、視線を逸らした。しばらく二人でエミリーを眺める。
「──全然知らなかったよ、二人のこと」
少し間を置いて、伊織のほうを見ずにそっと話しかけた。
「何で話してくれなかったんだ?」
「わざわざ言うようなことじゃないからよ」
「伊織はいつから気づいてたんだよ」
「エミリーとこっちで初めて会ったときからね」
伊織もこちらを見ずに続ける。
「ただ、エミリーのほうはずっと気づいてなかったみたいだし。 わざわざ打ち明けて、恩着せがましいことはしたくなかっただけ」
「でも、バラしたんだろ? だったら──」
「エミリーは知らないままよ」
「そうなのか?」
尋ねたと同時に、そうだったと思い出す。
「だってあの子、今度は頭を打ってから元に戻るまでの間の記憶が全くないんだもの」
今のエミリーは、日本語が分からなくなっていたことも、昔の記憶を失っていたことも、何も知らない。
社長とも相談して、その事実は一切彼女に知らせないことにした。
何もなかったことにする──他のアイドルたちに徹底させたのはこのことだ。
「──あの子の中では、自分が一ヶ月近く気を失ってたことになってる」
「それはそれで、ちょっと戸惑っちゃうことだとは思うけどな」
おそらく冷静ではいられなかっただろう。
そんな中、目を覚まして真っ先にまた戻りたいと言ってくれたエミリーの想いをみんなで尊重した結果が、今日のこのステージだ。
大成功に終わってとりあえずは一安心だが、まだまだみんなで支えてやらないといけない。
「当然、私たちや事務所のみんながあの子の為にやってきたことも……本人は知る由もないってことなのよね」
「……不満か?」
「まさか」
伊織はゆっくり力強く否定した。
「エミリーが無事に帰ってきた。 これ以上何を望むって言うの?」
「同感だね」
ステージではエミリーの言葉一つ一つに温かな拍手が送られ、時折彼女を呼ぶ声も聞こえる。
エミリーはその声一つ一つに応えるように手を振っていた。
「──そうそう」
もう心配はなさそうね、と控え室に戻ろうとした伊織を引き止める。
「この後ちょっとしたサプライズを用意してるから、伊織はこのままここにいてくれ」
「はぁ? 復帰したばかりのエミリーにそんなことするの?」
「エミリーじゃないよ」
どうやらスピーチが終わったようで、長めの拍手が続く。
『──ここで、お呼びしたい方がいらっしゃいます』
エミリーが舞台袖にいる俺たちの方を向いた。
『伊織さま! 伊織さま、どうぞこちらへ!』
伊織の体がピクリと反応した。
「えっ、わ、私?」
「ほら、呼んでるぞ。 行ってやれよ」
「待ってよ、サプライズって私に対してなの!?」
「いいから、ほら行ってこい!」
「ちょっと──」
ポンと背中を押してやると、伊織は渋々ステージの真ん中まで歩いていく。
また大きな拍手と、時折挟まる伊織への声援に笑顔で対応しながら、伊織はエミリーの真横についた。
『休養中、私はたくさんの方々に支えて頂きました。 事務所で共に活動しているみなさん、仕掛け人さま、そしてごヒイキの皆さま、大勢です』
正座の姿勢を伊織に向けて、エミリーはじっと伊織を見つめた。
『その中でも伊織さまにはとくにお力を頂いたと、皆さんから教えていただきました。 今ここに居られるのは間違いなく、伊織さまのおかげです』
『エミリー……』
『……本当に、ありがとうございます』
ステージに両手をつき、エミリーは深々と頭を下げる。
『…………』
伊織は少し困っていたものの、その次には──自分もゆっくりと、エミリーと同じようにブーツを脱ぎ、
エミリーを正面に膝をついて、同じようにエミリーに向かって礼をしてみせた。
「伊織……」
大和撫子が二人、同じステージにいるようだった。
また拍手が沸き起こり、伊織はすぐさま立ち上がっていそいそとブーツを履き直す。
『あんたも、もうよしなさい』
言われて、エミリーも立ち上がる。とても幸せそうな笑顔を浮かべていた。
ようやく衣装を元に戻し、エミリーは切り出した。
『──伊織さま。 よろしければ、私と二人組の曲を歌っていただきたいのですが……』
『デュエット……って……アレ? 劇場でやったことなんてないでしょ?』
『はい。 ですが私は、伊織さまと歌いたいんです』
『……振り付けもないのに?』
『仕掛け人さまには、許可をいただいています』
『……全く……こういうときだけ準備いいんだから』
伊織がこちらを睨んできたので、ヒラヒラと手を振ってやった。
『……いいわよ。 伊織ちゃんからの復帰祝いだと思いなさい』
観念したかのように承諾してくれた。
『Yes! ……はっ! つい英語が……』
『……あんたもまだまだね。 にひひっ』
すでにCDでは出している歌なので、知ってくれているファンも多い。
予想を裏切る展開に、観客席からざわめきめいた歓声が沸いた。
『じゃあ、曲紹介してくれるかしら?』
『はい!』
エミリーがまた前を向く。
『ごヒイキ様方。 この曲は──大切なお友達となら日々の些細な風景も、わくわくと驚きの出来事に変えられる。
そういう幸せを、いつまでも大事に分け合いたい……そんな想いが詰まった歌です』
二人で目を見合わせ、
『私、エミリースチュアートと』
『水瀬伊織の』
『一夜限りの二人の舞台、お楽しみくださいませ!』
『聴いてください──』
タイミングを合わせたかけ声に続いて、ピンクと紫に照明のカラーが変化していく。
『『“Little trip around the world”』』
リズミカルなピアノの伴奏がご機嫌に走り出した。
伊織とエミリーはただステージの真ん中で、リズムに合わせてピョコピョコと揺れながら、それぞれに特徴的な可愛らしい歌声を交互に音へのせていく。
いつまでも続いてくれるような錯覚さえ与える、緩やかで暖かな時間。
その時間を彩る優しい歌声を、765ライブ劇場の真ん中から、伊織とエミリーは心から楽しそうに響かせていた。
ずっと、二人仲良く手を繋いだまま。
──
────
────────
今日はおばさんとエミリーのお買い物にいっしょについていくことになった。
エミリーったらウッキウキでよろこんじゃって、そんなにお買い物好きなのかしら。
あたしは自分でしたことないからわかんない。いっつもメイドたちがやってくれるし。
「きっとヨリチャンと一緒だから喜んでるのよ」
へぇ、そう……ま、まぁ、好かれるのは悪い気はしないから良いけれど。
「《ヨリチャン、スーパーマーケット行ったことないの? わたしがおしえてあげる!》」
「張り切っちゃってるわねぇ」
「《まずはね、入るのにメンバーズカードがいるの。 それで……》」
おばさんも困ったようにわらってた。別に教えてもらうことなんてないわよ、もう。
スーパーマーケットって意外とおっきい。うちのおやしきとおんなじくらい。
お店に入ってすぐ、おばさんが買い物カートをとって押し始める。
「《わたしがおす!》」
エミリーはそう言ってたけど、意外に重かったみたいでぜんぜん前に進んでない。
「……しょうがないわね。 エミリー」
「?」
ちょっとだけ左によってもらって、右の取っ手をつかんだ。
「ふたり、で、おす。 OK?」
エミリーはにっこり顔でうなずいた。あたしもあまやかしちゃってるのかもね。
けど、むじゃきなエミリーは正直言ってかわいい。
「ふふっ。 だったら、お買い物頼んじゃおうかしら?」
おばさんが言った。
「えっ、二人で?」
「エミリーにメモは渡してるから、一緒に探して来てくれない?」
「《二人で行く!》」
エミリーはまたまたはりきっちゃってる。あたしここのことなんにも知らないんだけど。
「大丈夫なの?」
「大丈夫よ、 ああみえてエミリーは一人でもできるから」
へぇ、そうは見えない。
「二人で楽しんでらっしゃい!」
見送られて、最初のさがしものをエミリーに聞いてみた。
日本語でなんて言うか分からないみたいで、メモの一番上をゆびさした。
「“cucumber”…あぁ、“きゅうり”ね」
「……ワカル?」
「ええ」
エミリーはむこうを向いて、「アッチ!」とだけ言った。
周りを見てみるとたしかにいろんなものがいっぱいあってちょっとおもしろい。
それにエミリーのニンマリした横顔をみていると、なんだかこっちまで楽しくなってきちゃう。ふしぎな子ね。
「じゃあ、行くわよエミリー……レッツゴー!」
「Let's go!」
まさかこんな外国で出会った女の子とこんなになかよくなるなんて、思ってもみなかった。
だけどエミリーはすっかりあたしになついてくれてるのがわかる。
……あたしも、ちょっとくらいはこの子のこと、友達だと思ってあげてもいいかも。
ゆっくりとそろってカートを押し始めると、まるで小さな世界旅行がはじまったみたいだった。
https://www.youtube.com/watch?v=oO2mHe8jAy0
*
パパのお仕事が終わったみたいで、あたしが日本に帰る日が来た。
エミリーのおじさんが空港まで送ってくれるらしいから、パパといっしょに車で連れて行ってもらうことになった。
「すみませんね、ずっと娘の世話をしてもらって。 いろいろ仕事が立て込んで……」
助手席にすわっていたパパが言った。
「いえいえ。 エミリーがずっとイオリちゃんに遊んでもらって、とても楽しいって言ってました」
「そうでしたか、それは良かった」
「《そうだろ、エミリー?》」
後ろの席にとなりあってすわっているエミリーは、おじさんの言葉に小さくうなずいてそのままずっとだまってた。
空港についても、エミリーはずっとだまったままだった。きのうまではあんなに元気だったのに。
ひこうきの時間までどれくらいあるか分からないけど、そろそろ中に入らなきゃってパパに言われて、本当にお別れの時間がやってきた。
「おじさん、お世話になりました。 おばさんにも伝えてください」
「もちろん。 またいつでも来てね」
おじさんにぺこりとごあいさつをした。
「……エミリー?」
エミリーは今日あたしの顔を見ようともせずに、ずっと下を向いてた。
いつもよりもっと小さくなってるエミリーの正面に立って、パパに教わった英語で、話しかけてみる。
「《楽しかったわよ、ありがとうね。 元気で》」
「《……ヨリチャン……行かないで……》」
エミリーはとたんに顔をクシャクシャにしかめて、ボロボロなみだを流しはじめた。
あーあもう、だめじゃない……
エミリーはそのまま止まらなくなって、わんわん泣き出しちゃった。
「《エミリー、泣いてても伝わらないぞ。 ほら、お友達になんて言うんだった?》」
おじさんが背中をさすってあげると、ちょっとだけ落ち着いたのか、
エミリーは顔をなみだと鼻水でぐしょぐしょにしながら何とか口を開いた。日本語だった。
「……ワタシ、ヨリチャン、ノ、コト、ワスレナイ……」
「うん」
「ヨリチャン、カッコヨクテ、ステキダカラ……ダイスキ」
「……うん」
「ワタシ……ヤマトナ、デ、シコ、ニ……ナル……ヨリチャン、ミタイニ……」
「……そう。 大和撫子になりたいの?」
また泣き始めるエミリーの頭をなでてやった。
「じゃあ日本舞踊と、日本語の勉強がんばんなさい。 伊織ちゃんの100倍くらい努力すれば、なれるかもね」
エミリーは必死にコクコクとうなずいていた。
「《……これ、あげる》」
かばんからエミリーが取り出したのは、小さな黒いつつだった。
「これ、何?」
ふたを開けてみると、中には一枚の絵が入っていた。あたしとエミリーが描かれた絵だった。
「……あんたがかいたの?」
エミリーがうなずく。
あたしはしばらく考えて、パパのほうを見た。
「どうしたんだい?」
「パパ、書くものある?」
ペンを借りて、エミリーがくれた絵のはしっこにすらすら書きくわえていく。
「……?」
書き終わって、わかんないだろうけど、いちおうエミリーに見せてあげる。
「……これは、エミリーが持ってなさい」
「……?」
「これがあれば、伊織ちゃんのこと一生わすれないでしょ?
ちゃんと勉強して、いつかそれが読めるようになったら日本にきなさい! そうすればまた会ってあげる」
「…………」
「わかった?」
おじさんが顔を何度ふいても、エミリーは何が何だかわからないくらいまた顔をぐしゃぐしゃにして、何度も何度もうなずいた。
「ワカ、ッタ……」
「約束よ。 見てて……日本ではこうするの」
エミリーに“指きりげんまん”を教えてあげると、エミリーはようやくニコッとわらってくれた。
そうそう。あんたはその顔がいちばんかわいいんだから。
「じゃあね、エミリー」
「サヨナラ、ヨリチャン」
空港のゲートを通った後も、ふりかえるたび、エミリーはあたしが見えなくなるまでずっと手をふってくれていた。
ようやく見えなくなって、あたしとパパだけになったしゅんかん、あたしはパパにだきついた。
「偉いなぁ、伊織は。 お姉さんだもんな」
パパはあたしが泣きやむまでずっと頭をなでてくれた。
“またね、大和撫子。”
──────
いつだって、あのときのことを忘れたことはありません。
大好きな日本。憧れの大和撫子。それを教えてくれた大切なお友達。
ずっとずっと貴女のことを想ってきました。
今はまだ私に気づいていないでしょうけれど、
いつか私がもっともっと努力を重ねて、本物の大和撫子になれたとき、
今度こそ私は貴女に会いに行こうと思います。
だから、そのときはまたあの頃と同じように私とお話してほしいです。
貴女の気高さと優しさに憧れて、私はここまで頑張って来られました。
日本語上手になったねって褒めて下さい。
私に負けない立派な大和撫子になれたわねって、褒めて下さい。
その日まで私はまだまだ頑張ります。
だからそれまで待っててね。
“よりちゃん”。
──────
http://i.imgur.com/iWom8q0.jpg
【エミリーが忘れた日 ・ おわり】
長いですがお付き合いいただきありがとう
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- 十三年後のクレヨンしんちゃん
コメント一覧 (21)
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- 2019年06月11日 02:29
- 前作と作風違いすぎて驚くわ
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- 2019年06月11日 03:21
- 読み終わって過去作見たら吹いた
作風の落差がおかしい(褒め言葉)
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- 2019年06月11日 04:03
- ま、マイハマンが英会話教室の先生…不安しかない…
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- 2019年06月11日 04:10
- めっちゃ長くてシリアスでいこうよ、知らなかった世界へないおエミなSS読み終わった最後に
過去作タイトルの「母乳」の文字が目に入って笑わないやつおる?俺は大爆笑した
-
- 2019年06月11日 05:55
- めっちゃ感動したのに最後の最後でチクショウw w
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- 2019年06月11日 10:16
- ひとしきり読み終わって感動していたら、過去作で吹いたw
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- 2019年06月11日 13:27
- これは久々に良いものを見た
-
- 2019年06月11日 13:45
- ギャグ漫画家はギャグばかり描いていると気を病んでしまうらしいからな…
SS書きにもその法則が通じたとして何らおかしくはない
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- 2019年06月11日 14:32
- エイエイヨーの伏線とかぱっつんいおりんとかリトルトリップのきっかけ捏造とか上手いと思った所に他作品の温度差で腹筋がねぼししたわw
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- 2019年06月11日 14:33
- 素晴らしかったです
-
- 2019年06月11日 16:04
- 個人的には伏線があからさま過ぎてちょっと微妙かな、でも良かったと思う
特にあとがきで前作とのギャップを感じるは素晴らしいカタルシスだった
-
- 2019年06月11日 18:37
- 素晴らしい・・・
-
- 2019年06月11日 22:58
- ストーリーとかほんとよかったのに他の作品で笑うw
-
- 2019年06月12日 02:14
- 最後の過去作紹介まで含めてひとつの作品だろこれw
あ、本編はとても面白かったです。
-
- 2019年06月12日 21:21
- 面白い あと前作でオチたのも面白い
-
- 2019年06月12日 23:02
- 余韻を自ら台無しにしていくスタイル嫌いじゃない
-
- 2019年06月14日 16:54
- 最後のエミリーの独白でやられた
久々にssで感動というか清々しい気分になれた
これはいいss(過去作から目を背けながら)
-
- 2019年06月15日 09:18
- 過去何年か合わせてもここまでの作品は無かったと思う
-
- 2019年06月20日 13:19
- 意外にコメント少ないなとおもったらミリマスSSだとこれでも大分伸びてるほうなのか…
-
- 2019年08月14日 03:43
- すき、、、
-
- 2020年04月21日 03:07
- あの言葉と絵を見て泣きそうだったのに元気もりもり桜守で笑って母乳で吹いた。
最高だったぜ。