王族林檎とうさ耳の魔法使い
ナブ「……はい」
今わたしがいる場所。ここは争いごとを好まない平和な平和なある一国のお城。
大きな扉の前でわたしは黄金の取っ手を掴んだ。中では王様が待っている。なぜ呼び出されたかは知っている。格好もそれらしく、小さな首輪に薄い布一枚だ。
わたしは、王様の子を授かるらしい。
……………………
生まれつき多大なる魔力と魔法の才覚があったわたしは若くして上級魔法職に就任。
その才能と関係があるのかは分からないが身長は異常なまでに伸びなかった。だが恵まれた人生……そんなちっぽけなことはこれっぽっちも気にならなかった。
魔法使いとしてこの国の魔法技術の発展に協力し、そこで稼いだお金でやっとお世話になった学校や孤児院にも恩返しができる。何もかもが上手くいっていた。
しかし3日前、わたしは上級魔法職のうさ耳族という理由だけで大勢の人の前で国から迫害を受けた。
ナブ「そんな! 何故ですか!?」
審問官「これも国民の平和のためだ。貴様はこの国の平和を脅かす脅威になり得るのだよ」
審問官「……よかろう。我々ヒューマンが取り仕切る王政でありながら数ある亜人種にも寛大なのがこの国の特徴であり、その共存が平和の象徴でもある。何も貴様がうさ耳族というだけで我々は貴様を裁くのではない」
ナブ「なら!」
審問官「問題なのはその貴様の過ぎたる魔法の才覚とうさ耳族の繁殖力にある。もしもの話だ。この先貴様の子孫から強力な魔力を秘めたうさ耳族が増えすぎたらどうなるか? 賢い貴様ならわかるはずだ」
審問官「より力のないヒューマンはいつか淘汰され、この国は貴様らうさ耳族に乗っ取られてしまうだろう。ナブよ、後ろを見たまえ」
ナブ「え……」
「たしかになー……」
「こえーよなー」
「噂によるとうさ耳族って年頃になるとすぐ発情して子どもつくりたがるんだろ?」
審問官「聞こえるだろう? 国民たちの不安の声が……これが大衆の意思なのだよ」
ナブ「……」
街中の目が一つとなってわたしを怯えた瞳に映す。わたしもまたその大きな大衆の眼に怯えた。何も言い返すこともできず。誰もわたしを庇ってくれない。同じ魔法学校で学んだ子たちすらわたしから目をそらした。その瞬間、優れた才能を初めて恨んだ。
魔法を学ぶことが楽しくて楽しくて仕方がなかったわたしには前しか見えておらず、後ろに置いてきたものの尊さを理解する頭がなかった。
ナブ「性奴隷……ですか……」
メイド「『性奴隷』だなんてとんでもありません! これは名誉あることなのですよ? 王様直属の『愛人様』でございます」
メイド「ああ、王様はなんてお優しい方なのでしょうか。普通なら国を追われるはずだったあなたを、それは哀れと思い愛してくださるのです。これ以上の幸せがありましょうか。さあ、お身体を清めましょう……」
平和なんて、愛なんて全部嘘だ。
そのことはメイドさんからこの話を聞いた後に知った。
………………
ナブ「失礼します……」
王「おお、やっときたか。私は待ちくたびれたぞ。……なかなか綺麗じゃないか。お前は元が良いからな……やはりうさ耳族の女は総じて整った顔つきをしていて実に麗しい。……体格が少し小柄すぎるのが心配じゃが……なに、じっくりとほぐしてやろう。痛くならんようにな」
お化粧なんてしたことがなかった。男の人に自分を見てほしいなんてことも、一度も思ったことがない。
ナブ(いやだ。いやだ……)
わたしは本当にうさ耳族なのだろうか。これからすることへの悦びなんて、微塵にも感じない。
バルコニーでワイングラスを揺らす王様がこちらへ手招きをしてくる。逆らえるはずもなく足は前に進んで行く。
ナブ(誰でもいいの。誰か、助けて……)
誰も、助けてくれるわけがない。わたしは全てを置いてきたから。その代償に手に入れた魔法も、今は魔封じの首輪一つに囚われている。魔法使いでありながら魔法を封じられ、うさ耳族でありながらその血の悦びすらも感じられずにいる。
ナブ(わたしって、なんなんだろう。わたしの人生って、なんだったんだろう)
前に出した足が
ナブ(もういやだ……わたしなんて……いっそのこと……)
加速していく
王「はっ!?」
(死んだ方が)
永遠の自由を求めてわたしは月を目指した。
ナブ(綺麗な満月……)
青白い光の中で夜風が全身に触れる。身に纏った薄い布一枚は無いのと一緒だった。素肌で触れるそれが清々しくて心地いい。空中で月に手を伸ばす。
ナブ(ああ、あと……もう少しだけ……)
今度はどんどん月が遠ざかっていく。でもこれでいい。
これでもう、何も苦しまずに済む。
ナブ「あぅ……ん……へ……?」
「ナブが逃げおった! ひっとらえろ!」
ナブ(嘘!? 庭の木に引っかかっちゃった)
布が無ければ当然そのままだった。無いのと同じだなんて……そんなことはなかったようだ。
下の方で革靴の足音がなる。木の上からでは黒服の姿は確認できなかったが、それは確実にこちらへ近づいていた。
ナブ(こ、このままじゃ……)
捕まる。捕まったら……
ナブ(こんどこそ……)
そう思った瞬間わたしは高い木の上から塀に飛び移っていた。失敗して大怪我をする恐怖よりも再び捕まってしまう恐怖の方が勝ったようだ。
ナブ「んっ……しょ……きゃっ!」
前に力をかけすぎてそのまま塀を伝ってコロコロと転がってしまった。着地で少しおしりをぶつけた。
ナブ「あいたた」
頭じゃなかっただけよかった。月だけは無謀なわたしを守ってくれたようだ。
「外に逃げたぞー!」
ナブ(走らなきゃ!)
殆どの店が閉まった夜の街。窓からもれた民家の灯と、月明かりだけを頼りにわたしは裸足で石床を駆け抜ける。行く当てはない。
もし先ほど月がわたしを助けてくれたというのなら
ナブ(本当に月まで走ってみようかな……)
……なんて
今さら後ろはもう見ない。それがわたしの人生だったから。しかしもう前も霞んで見えない。行く当ても、目的も失くしてただもがくだけの自分をわたしは笑った。だが笑い声は出ない。代わりに呻き声がこぼれた。
石床は足跡を残しはしなかったが、涙で濡らした部分が足跡のかわりになった。極小の水玉、さすがにこれだけでバレることはなさそうだ。これくらいは……見逃して欲しい。
ひたすら走って、走って……
ナブ(走って……!)
「うわっ!」
ナブ「きゃあ!」
「いってぇ……なんだ?」
俺は自宅の農家で栽培している林檎を荷台に積んで親友が営むケーキ屋に運ぶ途中で何者かにぶつかった。
(暗くてよく見えなかった)
小さな子どものような影が、すごい速さで突っ込んできて。おかげで荷台の林檎も何個か落としちまった。慌てて拾い上げるとフッとひと息かけて雑に埃を飛ばす。本当はぶつかった相手の心配をするのが先なんだろうがつい林檎を優先してしまった。
一応こちらの代物もそれなりなもんで……
(食べる分には問題ないだろうけど落としたやつはもう持っていけねぇな)
ナブ「うぅ~」
呻き声に気がついてやっとぶつかった奴の存在に気がついた。
「うさ耳、族……?」
ナブ「いたた……ごめんなさい」
思わず声が喉までで詰まる。驚いてもしかたない。だってそいつは、確か異端審問にかけられ城の監視下に置かれるという判決をうけた……
「ナブ、だっけか?」
ナブ「ぉ、おねがぃ……見逃して……」
涙目で仰がれた。潤んだ大きな瞳がまっすぐ俺を映す。
服装は肌色が透けて見えるような薄いネグリジェ一枚。そしてこの時間帯。
「あんた、もしかして逃げて来たのか」
といいながら俺も彼女の瞳から顔をそらして逃げた。
(か、かっこうがちょっと……)
とても凝視できない。全体的に子どもっぽい身体つきだけど、抱きしめたら腕に全身がハマってちょうど良さそうとか、ぷにぷにしてて柔らかそうだなとか……
(考えてないぞ! そんなこと)
「!……足音、もうそこまで来てる!」
ナブが長いうさ耳を立てた。その言葉を聞いて俺も耳をすませば確かに微かだが足音が大通りを掛ける音がする。次第に音は俺の耳にもはっきりしてくる。
(これは馬だな)
「っ!」
「待て!」
再び裸足で駆け出そうとするナブの腕を取った。
「おねがいよ! 離して! 離してぇ!」
俺は大声を出すナブの口を手で塞ぐと彼女の耳なら拾えるであろう小声で伝えた。
「落ち着け! すぐそこまで来てるのは馬だ。おそらくあんたが逃げだしたからわざわざ城から出したんだ。いくらあんたらうさ耳族の逃げ足といえど歩幅が違いすぎる。あれをこの一直線の大通りで振り切るのはさすがに無理だ!」
「んっ……んむぅ~! 」
そのままナブの手を引くと近くの人一人ほどの幅しかない細い路地に身を隠した。荷台は不自然だが林檎ごと路上に放置した。荷台を引っ張る時間も入れる幅もなかった。かなり危険だが今は仕方ない。
何頭かの馬が目の前を横切っていく。俺はその様子をナブの頭を抑えながら伺っていた。
バレるのではないかと思うほどの心臓の高鳴り、それを気にして口内に溜まる唾はできるだけ音を殺して飲み込んだ。
(あれ、俺……なんでこんなことしてるんだ?)
衝動のまま行動してしまったが冷静になるとこれは国への反逆行為ではないか。
馬は無事全頭走り去ったようだったが心臓の音は止まらなかった。
パカラッ、パカラッ
遣い「くそっ、一体どこまで逃げたんだ」
遣い「ん……?」
追跡班「どうしましたか?」
遣い(あれは)
遣い「いや、なんでもない。引き続き大通りを走らせろ。急ぐぞ、そろそろ道が分かれてくるからな。できればそこにヤツがたどり着くまでに用件を終わらせたい」
追跡班「はっ!!」
遣い(王族林檎の荷台……? なぜあのような中途半端な場所に……)
「……なんとかなったみたいだな」
先に俺一人でもう一度大通りに出て辺りを見回したがもう城の人間の気配はしなかった。
ナブ「あ、ありがと……あなた名前は?」
ロー「ん? 俺はローだ。この大通りより少し離れた場所で林檎農家をしてる者だ」
ナブ「そうなの。ごめんなさいロー……あなたには感謝してもしきれないわ。なにも持たずに飛び出しちゃったから大したお礼もできないの」
ロー「あー……まあ気にすんなって」
と、その場の空気でつい流してしまったが当然俺も不安だった。昔から俺は大馬鹿だ。後先考えないでついその場で行動してしまう。早くに亡くなった親父やお袋にも子どものころよくそれで怒られた。
ロー「……」
ナブ「ぁ……」
ロー「ほら、これ」
俺はポケットからハンカチを取り出すと拾った林檎を拭いてからナブに差し出した。
ナブ「いいの?」
ロー「安心しろ。うちの林檎は一回落としたくらいでいたんだりしねーよ。といってもそれは没になったやつだ。どうせ帰って食おうと思ってたし、気にすんな」
ナブは俺の言葉を聞くと林檎にかぶりついた。瞬間彼女の瞳がまた光りだす。先ほどは涙の光だったが、今度は満面の笑顔の光だ。
ナブ「おいひー……」
一口、また一口と彼女は林檎を頬張っていく。口をいっぱいにして咀嚼する彼女を顔を見て、束の間だが幸せに浸れているのかなと何故か俺が安堵した。
ロー(にしても随分と美味そうに食うもんだな)
もしかしたら俺は彼女のこの幸せそうな顔を見るために彼女を庇ったのかもしれない。そんな馬鹿なことさえ考えてしまった。
ナブ「王族林檎……? わたし林檎は大好きだから昔からよく食べていたけれど、そんな品種は初めて聞いたわ。今まで食べて来たどの林檎よりもおいしいかも」
ロー「当たり前だ。どういうわけかは知らないけどその林檎は俺のじーちゃんの前の代よりも昔から王族の人たち御用たちってほどの良い林檎なんだ。名前の由来もそこから来てるらしいぜ」
ナブ「そんな良い林檎をわたし落としちゃったの……ご、ごめんなさい!! 本当にわたしローに迷惑ばっかり……」
ロー「いいっていいって! そんな頭下げんなよ! 一応あんたは上級魔法職だったんだ。本当は俺なんかよりよほどお偉いさんだ」
ナブ「そんなの関係ないわ。それに……今のわたしなんか……」
ロー「ナブ、あんた……このままアイツらから逃げて行く当てはあるのか?」
そう言うとナブは無言で首を横に振った。
ロー「じゃあ、さ……ウチ来いよ。暫く匿ってやるから」
そこまで言って「あ」と口を開けた。また何も考えてない。
ナブ「え……?」
ロー「えっ、と……あーもうとにかく帰るぞ!!」
ナブ「きゃ! あわっ、わわ……」
俺はナブを強引に林檎と一緒に積むと再び荷台を転がし始めた。
ロー(帰ったらまた急いでケーキ屋に行かねーとな)
ロー「あんたの職場や王室と比べたら汚いベッドだろうけど、今日はとりあえずそこで寝ろ。俺はソファにでも寝るから」
ナブ「本当に何から何まで……ありがとぅ……」
ロー「いいってことよ。女の子には優しくしろって親父によく言われてたし。さすがに野宿よりは見つかりにくいだろ? 安心して寝ていいぞ」
ロー「……ん? ってかよ、あんたほどの魔法使いなら追ってなんかもドーンと魔法でおっぱらっちまうことだってできたんじゃないのか?」
ナブ「それは無理よ。わたし今魔法が使えないの」
ナブは紫色の宝石が埋め込まれた首輪を触りながら俯いて耳を垂らした。
ナブ「わっ」
中腰になって彼女の首輪に指をかけた。うなじ側に留め具があるのは分かるが中々外せそうにもない。
ロー「うーん、このっ、このっ……」
ナブ「ろ……ろー……」
彼女の呼びかけを横流しに何とか首輪を外せないかと抗うも相変わらず留め具はビクともしない。
ナブ「この首輪は魔道具の一種で付けた人の呪言がないと外せないの。許容魔力容量もしっかりわたしを封じるために作られてるわ。あ、あと……」
ロー「ん?」
ナブ「ちかぃ……」
諦めて顔を上げると少し頬を赤面させたナブが目をぎゅっと閉じていた。
ロー「ご、ごめん!」
後ろに尻もちをついて後ずさるように離れた。
ナブ「こちらこそごめんなさい……わたし魔法のことばっかりだったから……男の人、ちょっと怖くて……」
ロー(え、でも……)
着ているネグリジェはどう見ても男慣れしている大人の女性向けだ。いやある意味では男性向け……子どもっぽいナブの体型とのコントラスト、矛盾したそれが見る者へ背徳を刻みこみ妙に色っぽく見える。
ロー(って何を考えてるんだ俺は!)
ロー「へ」
ナブは両肩を抱いて身を震わせながら恐怖を訴えた。
ナブ「わたし、本当は今夜……王様に抱かれる予定だったの……」
ロー(せ、性奴隷ってことか?)
ナブ「それで、王様の子を孕まさせられて……」
ロー「なっ!?」
ロー(それって、どういうことだ?)
王の意図が掴めない。王政が彼女を軟禁したのは彼女の残す子孫への恐怖心からだ。なのになぜ……? 国には王子が既に存在しているし、例え跡継ぎがいなかったとしても異端審問にかけた女を新たな女王として迎え入れるとは考えにくい。
ロー(しまった。余計なことを言ったな)
今のナブの精神状態に王の子を産むか産まないかなんてのは関係ない。男慣れしてない彼女にとってその行為全てが恐怖の対象だったのだ。
ロー(女の子に向かって何言ってんだ俺は)
ナブ「王様は、他国と戦争を起こそうとしているの」
ロー「戦、争……? 嘘だろ。だって平和で豊かなこの国で他国と戦争なんて!」
ナブ「きっと満足できなくなったのよ。だからわたしと王族の優秀な魔力の血を継いだ子を生物兵器として育てようとしてたの」
ナブ「遣いさんと王様が廊下の隅で小声で話しているのをメイドさんと歩いてるときにこの耳で聞いたの。ヒューマンのメイドさんには聞こえてないみたいだったけど」
ロー「なんだよ、それ……」
ロー「ナブ……」
とうとう耐えられなくなり肩をヒクつかせながらすすり泣き声をあげるナブを俺は抱きしめた。
ナブ「ぁ……」
やはり理性より感情が先に動いてしまう。男性に淡い嫌悪感を抱く今の彼女にこの行動は適切ではないと分かっていたが俺もまた耐えられなかった。
ロー(それでも、俺は)
できる限り、力の限り、彼女を守りたいと、そう思った。
………………
ロー「悪い。事情があって一旦引き返したんだ」
落ち着いたナブをベッドに寝かせた後俺はケーキ屋の親友であるドルチェに連絡を取っていた。
ドルチェ『ふーん……事情ねぇ? 一体どういうわけで? 今日はもう遅いからいいよ、それをアタシに教えてくれたら許してあげる』
ロー「いや、持って行くから」
ドルチェ『何? この幼馴染のドルチェちゃんに隠し事ってわけ?』
ロー「じ、実はな? 人とぶつかって、その人に怪我させちゃったから今その人を泊めていて」
ドルチェ『はいブッブー! 半分ホントで半分ウソ。アンタ嘘つくの下手くそだし、付き合い長いアタシにそんなつまんないことしないでよ』
ロー「……これもう切っちゃだめか?」
ドルチェ『じゃあアタシからそっち行く、ついでに荷台も頑張って引いて帰るわ』
ロー「そ、それはだめだ! これ以上お前に迷惑はかけたくない」
ドルチェ『つまんない! つまんない! つまんないー!! もう分かった! アンタにはもうアタシのケーキ食べさせてあげない! アンタの誕生日ももう祝ってあげないんだから!』
ロー「それも困る!」
ロー「……やっぱり嫌だよ。だってお前俺より口軽いじゃん。昔から二人だけの秘密って言ったこともすぐ他人に口割るし、口が柔らかすぎんだよ! 口プリンかよ!」
ドルチェ『じゃあ絶対言わない! ね? いいでしょ?』
ロー(それでもう何回約束を破られたことか)
しかしドルチェの作るスイーツは間違いなく一級品だ。王族の口にも入るし街からの予約も常に多数入ってる。
そんな代物を幼馴染の縁というだけで誕生日に俺だけのために焼いてくれたり、新作の味見を一番にさせてくれたりしてるのだ。
それが二度と食べられなくなるというのはさすがに辛いものがある。
効果はないだろうが念を押した。暖簾に腕押し糠に釘、馬耳東風を噛み締めながらも俺は口を割った。
ドルチェは信用できないが信用できる。何を言っているのかは自分でもよく分からないが……まあ、そういうことだ。
ロー「異端審問にかけられたうさ耳族の女の子とばったり遭遇してな……王室から逃げてきたみたいだったから匿った」
ドルチェ『え……は、はぁ!? !? !?』
突然の大声に瞬間受話器がキーンと高い悲鳴をあげる。思わず俺は耳から一度受話器を離した。
ロー(無理もないか)
ロー「お、落ち着け!! 俺は彼女を、ナブを隠し通すことにしたんだ」
ドルチェ『アンタの方が落ち着いてないでしょ!』
ロー(このままじゃ通報か自首かの二択じゃねーか。くっ、これ以上の話は街中が混乱するから本当に公にできないんだけど……)
ロー「……この話をしてもまだ俺が間違ってるって思うか?」
ドルチェ『ロー……?』
ナブ「くぁ……ふにゅ……いいにおいしゅる……」
ロー「あー起きたか。じゃん! 俺特製王族林檎のアップルパイだ! 焼きたてだぞ! さー食え! 今すぐ食え!」
ナブ「わー! 」
一切れを小皿に乗せて差し出すとナブは眠気を感じさせない期待の表情で椅子に座った。
口をはふはふと動かしながらもナブは一口食べるとたびたび大通りでも見せた笑みで感動を表現した。
ナブ「おいひー!」
ロー(本当にいい顔だな。昨日あれだけ泣いたから、これでチャラにできたかな)
彼女の泣き顔を笑顔で塗りつぶせたことに俺は喜びと達成感を感じられずにはいられなかった。
ナブ「……えっと、でもこれもすごくおいしいわ」
ロー「いや! 本当に違うんだって! 俺みたいな素人の舌でもわかるくらい……」
ナブ「ううん。ローがわたしのために作ってくれたのが嬉しいの。わたし孤児院の人以外からここまで優しくされたの初めてだったから……」
大通りで目を合わせたときから感じていた。彼女の真っ直ぐで、美しい瞳。
知った気になってしまう。彼女がどのように生きてきたのか……どんなに真面目な女の子だったのか。
そうしてそのままじっと見つめていると、決まって目をそらしたくなってしまう。
ナブ「おいしいけど、ふ、ふとちゃぅ……」
ロー「じゃあ太れ! 太っても大丈夫だから!」
ナブ「大丈夫じゃない!」
ロー「大丈夫だ! だって……」
ロー(だって……?)
ナブ「……?」
だって、なんだよ。
………………
ドルチェ「ごめんくださーい。ドルチェケーキでーす」
ガチャ
遣い「ああ、ドルチェ殿か。ご苦労」
ドルチェ「これ今日の分です。あ、えっと……すみません。本当は今日はアップルパイでしたよね? でもこちらの都合で王族林檎を今切らしちゃってまして……勝手ながら本日は代わりの分を持ってきました。この無礼の埋め合わせはまたしますので今日はどうか……」
遣い「……そうか」
ドルチェ(完全にど忘れしちゃってたなぁ。やっちゃった)
遣い「王族林檎の農家の方で何かあったということか?」
ドルチェ「え゛! ぁ、それは……その……」
ドルチェ(言っちゃダメ! 言っちゃダメ!)口もごもご
遣い「……」
遣い「まあいい。王へは私の方から伝えておく。以後気をつけろ……重ねてご苦労だった。下がれ」
ドルチェ「は、はぃ……」
バタン
ドルチェ「……」
ドルチェ(……このままでいいのかな)
ドルチェ「っていうか! ローのヤツもアタシに黙って女の子匿ってたなんて信じられない!」ぷんぷん
ドルチェ「ばーか! ローのばーか!」
常連のおばさん「あらドルチェちゃん。どうしたの? ローくんと何かあったの?」
ドルチェ「あーおばさん! 聞いてくださいよぉ~! ローのヤツ……」
ロー「ん?」
昼過ぎごろ、玄関の戸を叩く音がしたので俺は一人二階から降りて扉を開けた。
ロー「はーい……」
ロー「ッ!?」
迂闊だった。
全ての始まりは昨日の夜突然あった出来事だ。あと一日遅ければもう少し警戒心があったかもしれないが、昨日の今日であまりにも自然に外へ出てしまった。昨日まで来客への対応は普通に行っていたのだから。
ロー(こいつら……確か昨日馬に乗ってた……)
遣い「突然で申し訳ない。私は王政大臣を務めさせて頂いてる者だ」
遣い「後ろの追跡班と共に人探しをしている。昨日のことで少し、話を聞かせてもらいたくてね」
ロー(やっぱり隠れたときに大通りに王族林檎を放置してしまったのはマズかったか)
急いでいたため冷静に行動することができなかったので仕方ないと言えば仕方ないのだが。そもそも俺は冷静な行動をすること自体が苦手だ。
ロー(言ってる場合か)
遣い「上がっても……?」
ロー「す、すみません……ただいま少々家の中は散らかしておりまして……王室の方が来ると分かっていれば準備くらいしたのですが……無礼ながら粗茶を出すのも難しい状態でして」
ロー「あれは、落としてしまったので持って帰りました」
遣い「全て?」
ロー「あー、はい」
遣い「では、どのようにして……」
ロー「……」
遣い「……」
ロー(なんでもいい! 言え! 押し込まれるな!)
ロー「荷台を倒してしまって。放置していたのは、粗方拾った後に路地まで転がり込んでしまったのを集めてまして」
「きゃあああ!!」
ロー「!?」
遣い「フン、ロー殿……嘘はいただけませんな」
ロー「お、お前らッ! くそっ!! 畜生!!」
急いで戸を閉めて二階へ駆け上がる。部屋に着いたときにはもう窓が開けられていてそこはもぬけの殻だった。
窓の外に顔を出した時にはナブはもう既に追跡班の腕に捕まった状態で馬に乗せられていた。
ロー「ナブ!」
近くの林檎を手にとって遠ざかる馬と追跡班へ狙いを定める。
ロー(たのむ……!)
ロー「オラァ!!!!」
追跡班「ぁダッ!?」
突然の痛みに両手を馬から離した追跡班はナブと共に落馬、それを確認して二階から飛び降りると俺は大声で叫んだ。
ロー「走れ!ナブ!!」
追跡班「クソ! 逃すか!」
ロー「させるか!」
ナブに遅れて立ち上がる追跡班に駆け寄りながら追撃の林檎を浴びせる。
追跡班「ぐっ、ぐっ! やめろ! 」
ロー「走れ!」
馬「ヒヒヒーン」
追跡班「あ、ゴラ! 待て!! 」
追跡班「くっ……こんなことをしてただで済むと思うなよ林檎農家!!」
………………
ロー「ナブ乗れ。逃げるぞ」
俺は後ろにナブを同乗させると再び当てもなく馬を走らせた。
ロー「今回のは俺のせいだ。俺が何も警戒せずに玄関に出たからこうなった。すまん」
ナブ「ねぇ、行く当てはあるの?」
ロー「ない! とりあえず日が沈んで月が見えるまで走る。隠れて潜むにも今はまだ明るすぎる」
ロー「……」
気まずい沈黙の中、風を切る音に耳をすませながら考える。もう帰れないかもしれない。林檎農家はどうなる? こんなことになるならやっぱりドルチェに顔だししとくんだった。
『そもそもなんでこんなことに』そんな今さらのことすら改めて疾風の中で脳をめぐる。
後悔……しないわけがないが
ナブ「……あの、ね。変なこと言っていい?」
服の背のシワが少し動いたような気がした。ナブの額が背骨に当たる。
ロー「ん?」
ナブ「今が、ちょっとだけ……たのしいの」
ロー「へ……」
ナブ「……ご、ごめんなさい! ローを巻き込んでしまっているのに! わたし何言って……」
ナブの言葉で、胸の内から湧くもやもやした後悔の念は全て風に流された。
ロー「ありがとう。俺も、何だか楽しくなってきた」
思い出した。林檎のことも、家のことも、家族のことも大好きだった俺は自然に林檎農家を継いだが、もっと小さな頃は旅や冒険に憧れていた。
子どものころに読んだ、この国がまだ魔族といがみ合っていて平和じゃなかったころのお話。
勇者とうさ耳の魔法使いの女の子が、魔王と七人の残党に挑む冒険の物語。
ナブ「へ?」
ロー「このまま二人で、魔王でも倒しに行くか? それとも本気で月を目指してみるか?」
ナブ「ふふっ、なにそれ」
ナブ「……どこまでもついて行くわ」
「ローと一緒なら」
…………………
王「ローと言ったか……極刑じゃな。国全体に賞金首として公表するとしよう」
遣い「極刑、ですか」
遣い「……」
王「国の存続を脅かす者を監視下から再び野に放ったのじゃ。奴らが他国まで逃亡を測ろうというのなら尚更脅威になるやもしれん。当然の報いじゃろうて」
王「表に出しておる情報は国全体を脅かす存在であるということだけじゃ。『それが今は監視下におらん』今の国民にとってはこの事実の方がよほど平和に波風を立てておる。それが分からんお前じゃないだろう?」
遣い「……しかしやつは」
王「それとも」
遣い「……」
王「奴を殺してはならん理由でもあるのか?」
遣い「……いえ」
王「なら決まりじゃな」
日が沈むまで馬を走らせた。先の広い草原を夜通し駆け抜ければ隣街があることは知っていたが馬も生き物だ。ひとまず暴れもせずにここまで付き添ってくれた彼を労うためにも俺たちは大樹の陰に隠れて一夜を過ごすことにした。
ロー「ありがとな。こんなものしかないけど」
鼻元に林檎を差し出すと彼は一度嗅ぐそぶりを見せてからその立派な白歯で果実を噛み締めた。そんな彼の顔をなでながらナブにも一つ軽く放る。
ナブ「んっ……ローのは?」
ロー「持ち出したのはそれが最後だ。俺はいいよ。明日になれば街で買い物もできるし」
ナブ「だめ」
半ば遮られる形で少し怒った様子のナブに林檎を突き返された。
ロー「へ」
ナブ「それは、だめ」
俺がそう聞くと彼女は微妙に言葉を詰まらせながらも
ナブ「……そうよ」
と答えた。……だが
ぐ~
ナブ「ぁ」
ロー「ははっ、ナブの腹は嘘が下手だな」
その一言もまた痩せ我慢だとすぐに分かってしまった。
ロー「わかったよ」
一息ついてから草原のカーペットに腰を下ろすと大樹を背もたれにして改めて林檎をナブに渡した。
ナブ「え、わたしが先なの?」
ロー「レディファーストって言うだろ?」
ナブ「ぅ、ん……ありがと」
小さな彼女の小さな一口がまっさらな赤に刻み込まれる。
ナブ「どうぞ……」
なぜかどこか恥ずかしそうに、控えめに刻まれたそれはまさしくレディの一口と言えた。
ナブ「ローがへんなこというからっ」
ロー「へんなこと?」
ナブ「……ほら、わたしこんなでしょ? だからあんまり女性らしい扱いってされたことなくて……」
ロー「何言ってんだよ。女の子に大きいも小さいもないだろ? それにナブはかわいいから十分女の子っぽいし」
ロー(ん?)
瞬間、今度こそは『変なこと』を言ったと猛省した。
ロー(いや! 全然変なことではないけど! でも『何言ってんだよ』は俺の方だろ!)
またも後先を考えない性格が裏目に出てしまった。誤魔化すようにして即座に林檎をかじって渡すとその林檎はすぐさま削られて返ってきた。
ロー(気まずい)
そこから暫くは二人とも無言で林檎をかじり続けた。
ナブ「……あのね、アダムとイヴって知ってる?」
ロー「ぇ、あぁ、知らないけど……それがどうかしたのか?」
ナブ「その二人は楽園で暮らしていたの。でもある日食べてはいけないと神さまから言われていた果樹を実を二人で分けて食べてしまって、そうして楽園を追い出された」
ナブ「それから二人は厳しい環境の中で寄り添って生きる罰を受けたの」
ロー「それから二人は結局どうなったんだ?」
ナブ「えっと、ごめんなさい。ここから先はわたしも詳しくは知らなくて……でもね?」
そう言って最後の一口をかじるとナブは不意に身体を傾けて俺の肩に身を寄せた。
ロー「ゔぉ!?」
ナブ「こうやって肌を寄せ合って、どんなときも支え合って生きたんじゃないかなって……そう思うの」
ナブ「……うん」
ロー「そ、そうだよな。野宿だもんな」
俺は上に来ていた一枚をナブに渡そうと脱ごうとしたが彼女が袖を握っていたためそれができないということに気がついた。
ロー「あ、あのさ……ナブ? これ貸すから……」
ナブ「……して」
ロー「え?」
聞き取れたような、聞き取れなかったような、顔を伏せたナブから出た声はすぐに夜風にさらわれてしまったが、その声も到底信用ならなかった。
ナブ「して! 昨日してくれたみたいにぎゅって!」
こんどは聞こえた。顔を上げて、はっきりと伝えてくれたから。
ロー「お、おぉ……?」
ナブ「ぁうぅ……」
ロー「……わかった」
彼女の肩にそっと手を添えるとそのまま腕を徐々に内側に寄せて包み込んだ。肩を寄せられていたときからあった柔らかな感触はより確かなものになる。
しかし昨日と違うのは一方的な抱擁ではないことだった。中着にグッと力が込められるのを感じる。
そして
ロー(あ、あれ?)
それが次第に胸の内側にまで食い込んでいくような……そんな気がしてしてしまうほどナブは俺の胸に顔を埋めていった。
ナブ「……わたし、やっぱりうさ耳族だったのね」
ロー「え゛」
心臓に直接甘い吐息を吹きかけられているみたいだった。この隠しきれない動揺の爆音……絶対、絶対に聴かれている。
もしかしたら、心の中で笑われているかもしれない。
ロー(けど)
聞きたい、その声が。
見たい、その顔を。
触れていたい、この小さな身体に。
もっと知りたい。
ロー「……それって」
『どういう意味?』
口から出そうとしたときだった。
馬「ヒヒーン」
ロー「どうした!?」
ナブ「へ?」
ロー「……聴こえる。馬の足音だ」
ナブ「ほ、ほんとね」
木の陰で耳をすませて方向を確かめる。当然と言うべきだろうか、それは自分たちが来た方角からだった。
ロー(もう追いつかれたのかよ)
ロー「ナブ行こう! お前も悪いな……もうちょっとだけ背中借りるぜ?」
ロー「ガぁ゛……!?」
たまらず患部を抱え込みその場に蹲る。
草原を額の汗と流れる赤色が濡らす。先ほどとはまた違った高鳴りが迫るようにして音を加速させてくる。
ナブ「ロー!? ロー!」
ロー(なんでなんだよ)
もっと聞きたいと願ったその声が、徐々に遠ざかっていく……もっと見ていたいと願ったその顔が闇に埋もれて霞んでいく……
触れたいと願うのに、腕が……傷口に囚われて上手く伸ばせない……
ロー(ごめん……)
守って、やれなくて
………………………
………………
……
ロー「がふっ」
冷たい衝撃を顔面にぶつけられて目を覚ました。薄目を開けると水が入った樽を持った兵士が立っているのがみえる。
ロー(捕まった、のか?)
開けた目に冷水が入り込み反射的にもう一度目を瞑ると追撃が来た。
ロー「ブふっ、げほっ、ケホ……」
「起きろ」
ロー(もう起きてるっての)
ロー(あー……)
仕方なく瞼に力を込めて懇願した。
ロー「顔拭いてくれよ。目が開けられない」
「ふん、タオルを」
「はっ」
もう一人そこにいたのか兵士はそいつからタオルを受け取ったようで俺に近づいて来た。
「ほらよっ!」
ロー「ぼァ゛っ!?」
乱暴にタオルを押し付けられ後頭部を後ろの石壁にぶつけた。その後も拭くというよりタオルに水滴を無理やり吸わせているといった形で顔面を手のひらで圧迫されていく。
ロー「ぅ゛む゛ぅ……! ムゥ゛!? ンハッ……! はっ、はぁ……はぁ……」
ロー「なにしやがるっ」
やっと開いた視界で睨みつけてやるとその人物は自分が林檎を投げつけた追跡班だった。
ロー(はは、そういうことかよ)
目の前の私怨まみれの兵士の言葉を横流しにしながら足元を見ると撃たれた場所には包帯が巻きつけられていた。どうやら出血で死なない程度の荒治療はしてくれたらしい。
ロー「ナブは」
追跡班「知らんでもいいことだ。これから処刑される貴様にとってはな」
ロー「なっ!?」
兵士「王が来られました」
追跡班「……」
兵士の報告、そして風格ある足音を耳にした追跡班が木のように直るとその五秒ほど後に遣いと共に国王は姿を現した。
ロー「だったらどうした」
国王の前だと言うのに感情が先行して言葉を直す気も起こらないほど俺は怒りをむき出しにしていた。
王「大人しく城に差し出しておけばよいものを、馬鹿なことをする。その愚かな行い故に貴様の首はその身体を離れることとなった。これは決定事項じゃ」
王「最期に、何か言い残すことはあるか?」
ロー「っ……」
あたかも気の狂った罪人を哀れむような視線を送りながら自らの白い髭を触る王。
如何にも全てを知っていそうなのに口を閉じ切っている遣いの者。
気にくわない。何もかも。
ロー(言ってやりたいッ……!)
『お前の企みを俺は全て知っているぞ』と
ロー(でもここでそのことを言えば逆にこの場で斬首される可能性すらある)
ロー(生きたい。俺は)
王の許されざる悪行を野放しにしたまま、手のひらで転がされるようにして殺されるというのが腹立たしいというのは無論
だがそれよりも生きていたい理由がある。
ロー(生きて、もう一度ナブに会うまでは……死んでも死にきれねぇ)
一度、泡立つ唾液を飲み込んで、ゆっくりと模索する。
ロー(この場を生き延びる方法……)
王「ないならこのまま処刑台へ向かう。その愚かな面を民の前で晒すがいい」
ロー「ま、まってくれ」
王「……ほう? 辞世の句を詠う気になったか」
ロー「そうじゃない。本当に、俺を殺してもいいのか?」
王「……何かと思えば命乞いか。詰まらん」
ロー「っ~!」
手を後ろに組んだまま立ち去ろうとする国王を引き止めようと喉を潰す勢いの大声を上げた。
ロー「俺は王族林檎農家だ!!!! そしてもう家族もいねぇし誰も雇っちゃいねぇ! 俺が死んだら誰が王族にあの林檎を渡すんだ!」
遣い「仰る通りでございます」
ロー(なんとか足止めはできたか)
王「何か、勘違いをしておるようじゃな。貴様、なぜ貴様らの家系が代々林檎農家を勤めていたか知らんようじゃな」
ロー「……?」
国王は薄気味悪い笑みを浮かべると話を続けた。
王「あの林檎には魔術の心得を持つ者の魔力を大きく上昇させる成分が含まれておる」
王「元は魔竜などの強力な魔物が住まう地の品種でな。故にその魔物たちの排便種から育つため、そやつらに益をもたらす実となったそうじゃ」
ロー(何を、言っているんだ。こいつは……)
そんな話、父さんからも、母さんからも聞いたことがない。父さんはいつだって自分の育てた林檎が王族の口に入ることを誇りだと言っていた。
だから、土にも、肥料にも、時期にだって拘って……
王「我々の先祖は才なき者にも平等に職を与えてくださったのだ」
王「貴様らがどのような拘りを持って栽培していたかなど知ったことではないが、そのような計らいがなくとも魔術と魔力を持つ者にはあの果実がより美味に感じるようになっておる。むしろ百の年月が経った今でも貴様らはまだあの林檎の真の味をしらんのだ」
ロー「あ……ぇ……」
喉が詰まる。先ほどまであった叫びたくなる衝動さえ唐突に明かされた真実を前に力なく息を潜めた。王はそんな俺に蓋をするかのこどき一言を残すと
王「貴様らの代わりなぞ、いくらでもおるということじゃ」
その場を立ち去った。
ナブ(ロー、大丈夫かな)
足枷の鎖が石造の床にかすれる。それらは素脚に触れるとあの夜触れた彼の身体と大きく対比されて嫌に冷たく感じた。
今はただ彼の身を案じ祈ることしかできないが『無事であるはずがない』とも心のどこかでは分かってしまっている。
それは誰のせい?
ナブ「わたしの……せいだ……」
その場所はただでさえ暗い場所であったがもう何も目に入れたくなくて両手で顔を覆って目を閉じた。それでも、それでも頼もしい彼の顔が暗闇に浮かんで消えてくれない。もうどうすることもできないのならば忘れてしまいたかった。何もできずにただ別れを待つなんて悲しいだけだ。
また少し脚を動かすと鎖が肌を触る。冷たい。また温もりを思い出す。また彼の笑った顔が浮かぶ。
ナブ「いやっ! いやぁ!」
一人暴れて鎖を遠ざけて、目を閉じて顔を覆ってそうしたら今度は忌々しい耳から入る細かな雑音から逃げたくなって
瞼に力をいれて顔から手を離すとそれを両耳にもっていった。
でも、まだ彼とともにいた世界の音は容赦なく私に届いた。本当に良く聞こえる耳だ。
「おい聞いたか?」
だれかの足音がきこえる。鎧を揺らす音も。恐らく、二人分だ。
「あぁ、あの女を匿った反逆者のことか?」
ナブ「!」
思わず両手を離して耳を立てた。
「いやぁ驚いたな」
「でもしゃーねーだろうよ。王に逆らったんだから」
「処刑ねぇ……俺18から五年間ずっとここで兵士やってるけど執行されるとこ初めてみるわ」
「俺も俺も」
ナブ「うそ……」
鎧の足音は次第に大きくなり、わたしの前に並び立つ鉄格子の向こう側で止まった。
兵士「おい、飯の時間だ」
ナブ「……さっきの話、ほんとうなんですか?」
兵士B「んぁ?さっきの話?」
兵士「あーもしかして反逆者の話か。あいつも可哀想になぁ。ってかどうやって協力させたんだ? ……淫乱なうさ耳族の女だからもしかして色仕掛けでも使ったか?」
兵士B「プッ、お前やめてやれよ。あの幼児体型にその冗談は……」
ナブ「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」
どうして
兵士「んなっ!? んだよいきなりっ」
兵士B「いやどう考えてもお前のせいだろ」
自分には何もできないと決めつけていたのだろう。
ナブ(これのせいだ! こんなものっ!)
首元の魔道具に両方の人差し指をかけ歯をくいしばって第一関節に折れてしまいそうなほどの力をこめた。
ナブ(わたしの人生ってなんだったの!?)
今一度真剣に己に問いかける。わたしの人生は『魔道』だった。だがこの種族に生まれたという理不尽な理由なだけにそれらすべてから突き放され……そして、そして彼に出会ったのだ。
ならこうは考えられないだろうか。
『わたしの人生は彼に出会うためのものだった』と
さきほどの絶望感が嘘みたいに前向きすぎるくらい前向きだがそう考えれば考えるほど身体の底から力が湧いてくるような気がした。
ナブ「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ!!!!!」
兵士「な、なんだこの光」
兵士B「うわぁぁ!?」
もし本当にわたしの人生が『魔道』でありそして『彼に出会うための人生』だったならば
ナブ(この力でローを守れないわけがないっ!!)
指が首輪の繊維を引き裂く音がきこえる。紫色の宝石にひびが入っていく微かな音さえ
この耳だから、恐らくヒューマンの人たちより大きくきこえた。
大きく聞こえたことが希望になってそれがさらにわたしに力をくれた。
首輪を引きちぎり、足枷の鎖を砕き、眼前の鉄格子を吹き飛ばした。
兵士B「ひっ、ヒィ!?」
兵士「バ、バケモノッ」
裸足で石床を刻む。
ナブ(あぁ)
心臓が高鳴って、耳と尻尾の毛がぞくぞくと逆立って全身がアツい……これがきっと、彼への気持ちそのものなのだろう。
早く彼に会いたい。彼に触れて、そして……
あぁやはり
ナブ(わたしって、うさ耳族なんだ)
怯えきった顔の二人に話しかけたが彼らは石壁を背に腰をついて小刻みに震え上の歯と下の歯をカチカチと鳴らすばかりだった。きっと後ろに壁がなければどこまでも後ずさりしていたのだろう。
兵士「ぇ、え、と……」
兵士B「さ、最深部……こ、この下ですぅぅ! 」
兵士「え゛ぇ!? ぉ、おま」
ナブ「そう、ありがと」
床に有り余る魔力を放つとわたしが通れる程度の穴が空いたのでそこから下に跳び降りた。
兵士「な、なにいってんだよっ! これで俺たちも反逆者の仲間入りじゃねーか!」
兵士B「うるせーよ! 処刑が後になるか今だったかの差しかねーだろーがッ!」
兵士「てかもしかしてあいつもあーやって脅されたのか? いやでも魔法は首輪かなんかつけてて使えないって聞いてたし」
兵士B「ってことはやっぱり……」
兵士「お、俺のせい?」
兵士B「……俺の渾身の命乞いに感謝しろよ」
兵士「……処刑台までついてくわ」
……………………………………
「ん? なんか今デカイ音して……ぐわっ!?」
「ごはっ!?」
「ぎゃぁぁ!」
王が立ち去って直ぐのことだった。急に舞たった騒音の嵐に思わず何度も両耳を塞いだ。
ロー「な、なんだ?」
牢獄の天井から砂つぶが幾度となく落ちる。その度にまた一人、また一人と兵士の悲鳴のようなものが薄暗い通路を走り抜けていた。
ロー(何が起こっているんだ)
やがてその騒音の元凶はこちらにまで迫ってきているのがすぐに分かった。なぜならばこの地下において圧倒的な光源を放っていたからだ。
薄黄色の眩しい光が徐々に徐々に大きく視界を包む。眩しさに瞼をおろす直前に俺はその光が何かに似ていると感じた。
あれは、そう……
ロー(父さんが拘り続けた、王族林檎の断面だ……)
ロー「え、うわっ!?」
その光は鉄格子を粒状に溶かすかのように飲み込むと続いて手錠も鎖も全て粉々に砕き、俺は宙吊りの状態から手を尽く形で着地した。少し強めに膝をついてしまったような気がする。しかしそのこともさほど気にならなかったのはやはりその声が聞きたかったからだろうか。
ナブ「ご、ごめんなさい。まだ力を取り戻してから慣れてなくて……」
ロー「ナ、ブ」
ナブ「話はあと! にげましょう!」
ひと跳び五メートル。光に包まれた彼女は俺の手を握ったままどんどん加速していく。着地は撃たれていない方の足をついたが着地するとまた一瞬でふわふわと浮かされて俺もまた脱兎となった気分だった。
ロー(これが、ナブの魔法……)
ナブ「え、ぇ、と……たしかこっち!」
ロー「うわっ、わ!」
兵士C「止まれ! おがっ!?」
兵士D「グフッ!?」
兵士E「がはっ」
兵士F「ヌゥッ」
その姿は勇ましく、気高く、可憐で
ナブ「ね……ロー、あのね? わたしね……」
兵士G「止まれェ! ォ゛」
ナブ「このままあなたを連れ去って、どこまでも走っていいかしら」
少しだけ林檎と同じ色に頬を染めていて、それがこの世の何よりも愛おしいと感じた。
カーペットを抜け出入り口に向かう最後の大きな階段を駆け下りた先で待っていたのは何人かの厚着ローブの男女を引き連れた例の遣いだった。
ナブ「あんたたちなんかに負けたりしない!」
ここに来てまだナブの光を恐れずに立ちはだかるということはやはりあの遣いは王の右腕であろう。
対魔部隊「「「はっ!」」」
一斉に構えた厚木ローブの集団からは今まで見たこともないような大型の魔法陣が展開される。
それらから伸ばされた触手の数々が俺たちに向かって風を切るかのこどく勢いで伸ばされたがナブはそれを両手の平に作った光の盾でいなしていく。だが次第に彼女の纏った光は薄くなっていった。
ナブ「はぁ、はぁ」
対魔部隊「王家に仕える一流の魔導師をなめるな!」
そしてとうとうその触手の内の一本がナブの盾を突き破り彼女の左腕を捉えた。
ナブ「あぅっ」
ロー「ナブ!」
ロー「ぁ゛ぐ」
ナブ「ャ、だぁ……! ろぉ、、ろぉ……」
やがて俺たちはどちらとも身体全体をしばりつけられ、まるで見世物かのように吊るし上げられ、ナブも放っていた輝きを徐々に失っていき、ぐったりと力なくぶら下がるのみとなってしまった。
その姿を見上げた遣いはやれやれと首を振ると顎に指を添えてなにやらボソボソと呟いた。
遣い「……もう少し早く気づいておくべきだった。やはり林檎を口にしていたか……だが安心しろ、次はもっと丈夫なものを作らせる」
遣い「はっ……少々手こずらせてしまいましたが」
見計らったかのようなタイミングで国王が重みのある足取りで階段を一段ずつ刻む。相変わらず憎たらしいほど余裕と厳格のある足取りだったが、今はその様子を見ていることしかできない。
もはや指すら噛めない俺はただひたすら生まれてこの方誰にもしたことがないであろう目つきで彼を睨み続けた。
王「愚かな反逆者よ。全ては無駄じゃ。どう足掻こうが、例えその娘の力を借りようがお前は明日、処刑台に立たされるのだ。その身で思い知っただろう」
王「だが……確かにこれ以上兵と城を傷つけられるのも面倒じゃ。兎の方はまた首枷をかけるとして……」
国王は数秒考える素ぶりを見せるかのように白髭をいじるとその指を止めて目を細めた。
ロー(なんだ……?)
王「どれ、そっちのはこれ以上暴れられんようにいっそ右脚も折ってやれ」
ロー「なっ」
ナブ「へ……」
対魔部隊「御意」
対魔部隊の内の一人はそう言って頭を下げると展開していた魔法陣を強い光を加えた。
瞬間
ロー「ガぁ!? ァ゛」
右脚に巻きついた触手が急速に締め上げられ回転を加え始める。加えられた力に比例するようにして奥歯が勝手に力む。
悲鳴に変わるであろう息を歯で閉じ込めた。血液が圧迫され感覚がなくなってくる。来る。そのときが来る……あともう少しで。口が開く。呼吸より先に粘り気のない唾が溢れた。
叫び声は
ナブ「ぃ、イヤ……やめてよ……やめてぇぇ!!!」
俺よりも先にナブがあげた。
ロー(あ、ぁ……駄目だな)
彼女が自分のために涙して叫んでくれているのなら嬉しいと思ってしまう。
例え明日処刑台に立たされたとしても……
ロー(こんな、気持ちなのか)
目を閉じて全てを諦めかけたそのときだった。
兵隊長「失礼しますっ!!」
一人の男が息をあげながら城の扉を大きな音を立てて開いた。恐らく普段なら絶対にしないであろう品のない開き方だった。
その音に俺たち以外の誰もが彼の方を一斉に向き対魔部隊は一度詠唱を中断した。
ロー「っ、ハッ、ハッ……!」
ロー(な、なんだ……?)
何処からか地鳴りにも似た音が聞こえる。緊張で張り詰めた空間だからこそそれは目立って耳に入った。
兵隊長「報告します! な、何故か取り押さえられないほどの大勢の民が城の門前に集まり……」
門番「た、隊長~! 無理やり突破されました!」
王「なぜじゃ! 槍でも銃でも使って今すぐやめさせい!」
迫ってきている。数えきれない程の足音と、怒号の応酬。庭を埋め尽くすその一つ一つに集中して耳をかすと微かにその集団の目的が聞こえてきた。
「生物兵器を作るなー!」
「戦争を起こすなー!」
「処刑を取り消せ国王ー!」
「そーだそーだ!」
兵隊長「報告します! な、何故か取り押さえられないほどの大勢の民が城の門前に集まり……」
門番「た、隊長~! 無理やり突破されました!」
王「なぜじゃ! 槍でも銃でも使って今すぐやめさせい!」
迫ってきている。数えきれない程の足音と、怒号の応酬。庭を埋め尽くすその一つ一つに集中して耳をかすと微かにその集団の目的が聞こえてきた。
「生物兵器を作るなー!」
「戦争を起こすなー!」
「処刑を取り消せ国王ー!」
「そーだそーだ!」
王「な、なぜなんじゃ……このことは城の者のごく一部にしか……」
ロー(も、もしかして……)
一人、いる。俺とナブ以外にこのことを知っていた街の住民が……
ドルチェ「なにあっさり捕まっちゃってるのよばかロー!!!」
扉の向こう側で怒号に紛れて聞こえる聞き慣れた甲高い声
ロー(あ、あいつ! 結局口を滑らせたのか!)
やはりドルチェは信用ならかった。そう思うと呆れて緊張していた筋肉が蕩けるようにして弛緩したが今はそんな彼女の軽口に希望を貰った。
そうして扉側の民たちに恐れおののくようにして後ろ足で退く国王は背後にいた青年にぶつかった。
王子「終わりだね。父上……」
遣い「あ、あなたは」
王「王子! まさか口外したのは貴様かッ!」
王子「まさか。僕にそんな度胸はなかったさ。だがこうして機を得てしまうと調子付いて父上に逆えなかった自分が憎たらしくも思えてくるよ」
彼は自らの父の肩に叩いてそう言うと気迫のある命令口調でローブの集団に一括した。
王子「お前たち! 彼らを解放しろ!」
その声にどよめきお互いに困惑した表情で顔を合わせながらも対魔部隊は魔法陣を消滅させた。
対魔部隊「「「はっ……」」」
ロー「え」
ナブ「こ、こちらこそありがとうございます!」
王子「さあ父上、邪悪な企てをした罰として責任をとるんだ。今ここで」
王「ヌ、ヌゥ……」
王子「それとも、自分が用意させた明日の処刑台に自ら立つかい?」
遣い「……国王」
王「わ、分かった」
国王は項垂れると威厳の欠けらもない声量で呟いた。
王「私の、負けだ……」
それと同時に俺の罪は帳消しにされ晴れてナブも尊厳を取り戻し、俺たちは囚われの身から解放されることとなった。
数日後には改めて王子の国王就任、そして新政府発表のパレードが開かれるようだ。
…………………………
ナブ「はい。上手くできたか分からないケド……」
ロー「ドルチェにも少し教わったんだろ? 大丈夫だろ」
香ばしいアップルパイの香りが部屋に立ち込めて鼻腔をくすぐる。もちろん俺の自宅……なのだがそれを作ったのはエプロンを着たナブだった。
ロー「なんか世話焼いちゃって悪いな」
ナブ「ううん。まだ両脚とも怪我したままなんだから気にしないで。それにわたしがしてもらったことを考えればこれくらい……」
今回の一件で両脚に全治二ヶ月程度の怪我を負った俺は車椅子で生活していた。ナブはそのことに罪悪感を感じたのか今は住み込みで俺の世話をしてくれている。
ナブ「あー……ううん。その話は断っちゃった」
ロー「え!?」
ナブはけろりとした顔で首を横に振りながらそう言った。まるでなんの迷いも後悔も感じられない。そのことはぴんと立った彼女の耳を見たらなんとなく感じ取れた。
ナブ「そのことなんだけど……わたしね? 今日で上級魔法職じゃなくなっちゃったの。辞めちゃった」
ロー「は!? や、やっぱり今回の件のせいで……」
ナブ「そうじゃないわ。自分で辞めたの。べつにもう魔法職に就きたいなんて思ってないし」
ロー「なにか他にやりたいことでも見つけたのか?」
そう言った瞬間ナブは出来立てのアップルパイをフォークにさしそれに一息もかけずに俺の口に押し込んだ。
ナブ「ふんっ!」
ロー「あづっ!?」
ロー「う?」
ナブ「……ローと一緒にここで林檎を育てたいの。でも王族林檎は魔法職には任せてもらえないから……だから魔法職を辞めたの」
ロー「ごゥ!? ゴホッ! ゴホッ!」
思わずアップルパイを喉に詰まらせてしまった。
ナブ「ロー!? だいじょーぶ!?」
ナブに渡してもらったティーカップを受け取るとそこに入っていた紅茶を全て流し込み事なきを得た。
ロー「びっくりした」
ナブ「もー……」
人差指どうしをこねるナブの頭に手を置いた。
ナブ「まふっ」
ロー「うん。一緒に暮らそう」
ナブ「……なんかあっさりじゃない?」
ナブ「……むぅ、もうわたしからは言わないから!」
今度はツンとそっぽを向いてしまった。丸々とした尻尾がヒクヒクと動いて可愛らしい。
ロー(じゃなくて)
全くもって理解不能だ。共に暮らしたいと言われ、俺もそれは嫌ではなく……むしろ嬉しく思ったので受け入れたつもりだったのだが……
ロー「なんでそっぽ向くんだよ」
ナブ「だって……」
ロー「車椅子さ、動かすの面倒なんだよ」
ナブ「どういう意味?」
ロー「もし普通に歩けるならまわりこんでるってこと。……見たいんだよ。ナブの顔が」
ナブ「やだ」
ロー「なら仕方ないな」
車輪に手をかけたとこでまたナブがいじけた声でつぶやく
ナブ「なんで顔がみたいの?」
ナブ「ぅ、そういうことは簡単にいうくせにさっ」
ロー「じゃあ好きだから……ダメか?」
ロー(あ)
また何も考えずにあっさり言ってしまった。こういうのはもっと日を改めて……そう、プロポーズとして……
ロー(はぁあ)
こんなんだからいじけられるのかと今さらになってやっと理解できた。
と思っていたのだがナブはしまらない表情をしつつもこちらに向き直ってくれた。
ロー(あ、正解だったのか)
ロー「でもさ、本当に良かったのか? 無理に林檎農家にならなくても俺は別にナブのこと……」
ナブ「だーかーらー! そういうとこがダメなのぉ!」
ロー「ぇ、あ……ごめん」
ロー(やはり口に出す前に一呼吸考える癖は今からでも努力してつけておくべきか)
痛感する。
ナブ「だからもう魔法にそれ以上は求めないし……もしかしたらわたしの子どもは魔法の才能があって魔法職に夢を見るかもしれないけど……それでもこの場所と林檎の良さをしっかりとその子に伝えていくつもり。ローが今ここを継いだ理由みたいに」
ロー「え、子ども……?」
ナブ「へ?? あ、うぅ……」
ナブは林檎そのもののように顔を染めると小さな身体で車椅子に乗りあげ俺の胸ぐらを掴みこんだ。
ロー「うわなに!? あぶないって!」
ナブ「ひつようでしょ!? だってローには子どもだって両親だっていないんだからわたしたちが死んだら誰がここを守ってくれるの!?」
ロー「ナ、ナブ? 何人作る気なの……?」
『……わたし、やっぱりうさ耳族だったのね』
あの言葉の意味が少し分かってしまったかもしれない。
ナブはするりと俺の身体から降りると後ろに回って車椅子を押し始めた。
ロー「いや俺は身体を拭いてもらえればそれで……というかまだアップルパイ食ってない!」
ナブ「あら、アップルパイは出来立てはもちろん美味しいけど少し冷やした後も美味しいのよ?」
ロー「怖い! ナブ怖い!」
ロー(な、なるほど)
これは確かに国が脅威を感じるわけだ。王族林檎の真実を知った今、それも重なりなんとなく自分が国にとって大きなものを背負ってしまっているような気がした。
ロー(あぁ、なんだかもう一つの夢も叶ってしまった気がする)
大冒険こそないもののこれはある意味……
(国を支える『勇者』だな)
ここまで読んでいただいた方はありがとうございました(-ω-)
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コメント一覧 (4)
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- 2018年12月14日 14:01
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- 2018年12月14日 14:02
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- 2018年12月14日 16:35
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- 2018年12月15日 12:06
- なぜ最初から名前がついとるんだ……?(クソリプ)