勇者「遊び人と大罪の勇者達」【その2】
関連記事:勇者「遊び人と大罪の勇者達」【その1】勇者「遊び人と大罪の勇者達」【その2】
長い文章のため、世間が連休に入るこの時期までに後編も完成させたかったのですが、間に合わずに前編だけ投稿しました。
後編の投稿は秋頃の予定です(書き溜めを全体的に見直したいのと、仕事の都合で、少し間が空きます)。
中途半端になって申し訳ございませんが、お待ち下さると幸いです。
[紹介]
・ツイッターアカウント
踏切交差点
@humikiri5310
ウェブサイト代わりに使用しています。
後編が完成したらお報せします。
・他作品はこちらです(上からオススメ順)
女「また混浴に来たんですか!!」
女「人様のお墓に立ちションですか」
男「仮面浪人の道」
あらためて、長文にも関わらず読んでくださりありがとうございました。
素敵な夏を過ごせますよう。
その、美しき肉体に宿る色気のある姿に。
その、手にした栄光を自慢げに誇る姿に。
その、感情を全面に出して怒りだす姿に。
その、床に寝そべり自由にくつろぐ姿に。
その、欲を張ってひたむきにもがく姿に。
その、となりを見てやきもちをやく姿に。
僕達は、恋をした。
次回「遊び人と大罪の勇者達(後編)」
戦わないことを許してくれた人のために、勇者は戦う。
1.暴食の鎧の村
2.色欲の鞭の谷
3.傲慢の盾の街(前編)
☆.賢者の里の思い出
【後編】
3.傲慢の盾の街(後編)
4.憤怒の兜の城下町
5.怠惰の足枷の廃墟
☆.勇者の思い出
6.強欲の腕輪の都市
7.嫉妬の首飾りの王国
☆.魔王城
平和な場所で育ち、寝る前にお母さんから読み聞かされる「勇者の物語」に惹きつけられた。
いつか自分も、勇者になって、世界を救うために冒険に出ることを夢見ていた。
勇者「ごめん……。本当に、ごめん」
勇者「一人で逃げ出して、ごめん……」
遊び人「…………」
少年は、守れなかった仲間にひたすら謝っていた。
遊び人が休憩所で寝ている間、コンテストの時の不調が残っていた勇者は抜け出して、トイレで吐いていた。
しばらくして戻ると、遊び人が兵士によって捕らわれていた。
ひときわ強い気配を放つ女性が勇者に気付き、歩み寄ってきた。
事態も飲み込めないまま――けれど危険な事態だと気づいた勇者は――遊び人とあらかじめ定めていた取り決めに従った。
勇者は遊び人を置いて逃げ出した。
そして、移動の翼によって以前訪れた「花の香りの村」にたどり着いた後、自殺を図った。
2人の取り決めは正しい機能を果たした。
まず、花の香りの村に移動したことは正解だった。傲慢の街の教会は、既に”傲慢”の部下が包囲していたからだ。
しかし、勇者が移動の翼で花の香りの街にたどり着くまで、遊び人は”傲慢”から脳内に微弱の電流を流される拷問を受けていた。
幾程かの時間が経った頃。
身体にしびれが残る中、遊び人は僅かな隙きをつき、毒針を自身の身体に刺した。
2人が死亡したことによって、花の香りの村の教会で勇者は蘇生した。
勇者が神父に所持金のほとんどを渡し、遊び人を復活させた時だった。
遊び人「……ぎやぁあああああ!!!!!!!」
蘇った瞬間から遊び人は激しく暴れだした。
勇者が何を語りかけても、苦しそうにもがいていた。
時間が経って落ち着いたかと思うと、しくしくと泣き出してしまった。
遊び人は、里にいた頃の記憶に悩まされているようだった。
勇者は、女々しく見守ることしかできなかった。
戦闘能力が著しく低い。
それだけのことで、失ってしまうことは、あまりにも多かった。
といっても、戦闘能力が並に劣る勇者は、強力な魔物を倒すようなクエストには挑まなかった。
道具集めや素材集めなど、普通の冒険者が行うようなクエストをこなし、お金を稼いだ。
暴食の村や色欲の谷に戻ることも頭を過ぎったが、「里を壊滅させた男」と出くわす可能性があるため、一度訪れた大罪の地に足を踏み入れることはしなかった。
勇者「ずっと前に遊び人が話してくれた里で起きた大事故の話」
勇者「里を壊滅させるような男に、俺が勝てるわけがない」
遊び人が精神を病んでいる今、勇者には為す術がなかった。
どうすればいいか答えを見出すことができず。
遊び人の心が落ち着くまで、お金を稼いでためていた。
遊び人「全額賭けるのよ!!ここで勝負に出ないでどうするの!!それでも冒険者の端くれなの!?ガンガンいきましょ!!」
勇者「俺の一週間を紙切れにするつもりか!!」
モンスターレースの闘技場で、2人は口論をしていた。
賭け事に誘っても最初は宿から出るのを嫌がっていた遊び人も、小さな闘技場に連れてこられ試合を見ているうちに、勇者の期待以上に興奮してしまっていた。
村人の騒音と歓声が響く中勇者は尋ねた。
勇者「あのさ!ずっと聞きたかったんだけどさ!」
遊び人「なぁに!?」
勇者「賭け事のなにが楽しいの?」
遊び人「つまんないこと聞くなぁ!!!」
歓声にかき消されないように遊び人は大声で話す。
遊び人「私だって遊び人になる前はそんなに興味なかったよ!」
遊び人「転職を境に、大きく変わってしまったみたいなの!」
遊び人「元々の素質はあったんだと思うよ。里のルールをよく破ったし。外の刺激的な世界に興味があったし。それを、賢者という職業だったから抑え込まれていたんだと思う」
遊び人「あなたはこういう人間だと周りから決めつけられることで、そのとおりになることもあると思うよ!」
勇者「そんなもんなのかなぁ!」
遊び人「わかんない!とにかく今は、全額ベッドするのみよ!!」
勇者「だめ!!今度は俺が寝込む番になる!!」
遊び人「宿代もなくなっちゃうし私は働かないから野宿だね!!」
勇者「働けよ!!」
遊び人「遊び人は働かないことで職務をまっとうする職業なんだもの!!さあ、賭けるわよ!!」
勇者「ちょっと!!!」
勇者は困りながらも、遊び人が元気を取り戻したことに安堵していた。
そんな勇者に対して、歓声にかき消されるような小声で遊び人はつぶやいた。
遊び人「それにね、好きな所に来れたことが嬉しいんじゃなくてね」
遊び人「好きな所に連れてきてくれたことが嬉しいの」
遊び人「…………」
勇者「遊び人?」
遊び人「えっ、ああ。そうだね。何食べよっか」
遊び人は時々、ぼーっとした表情で何か考えことをしているように見えた。
勇者「ひとつ、言いたいことがあったんだ」
遊び人「どうしたの」
勇者「見捨てて逃げてごめん」
遊び人「もともと、そういう取り決めだったでしょ」
遊び人「勝てない敵に出会った時は、勇者が遠くに逃げて自殺を図る。そのあと私も自殺を図れば、勇者の位置を基準に、最も近い教会に精霊が運び込んでくれる」
遊び人「精霊は戦闘による死に恐怖を与えない。どくばりを自分に刺したところで私の記憶は途切れてる」
遊び人「だけど、あの拷問はつらかったな。傲慢の勇者」
遊び人「勇者という職業のみに与えられる雷属性の力を使って、かなり特殊な呪文を開発したみたい。あれは、隠し事を話させる呪術だった。戦闘能力もさることながら、かなり高度な呪術師でもあるみたい」
遊び人「私が『隠さなければ!』と感じた記憶に関する部分が頭の中でいきなり膨れ上がったの。言葉にしないと爆発しちゃいそうなほどの頭の痛みに襲われた」
勇者「それでも、話さなかったのか」
遊び人「そうだね。話さなかった」
遊び人「出会った頃の勇者には、簡単に話していたのにね」
勇者「あるけど」
遊び人「私、もう一度あの傲慢に挑むわ」
勇者「狂気の沙汰だ」
遊び人「正気だよ。勝機もあるし」
遊び人「勇者がこの街に残り続けて、私が単身で乗り込むの」
遊び人「それで、悪いけど、勇者にはあらかじめ死んでいてもらう」
遊び人「私が傲慢の装備を奪ったら、私も自殺を図る」
遊び人「盗んだものは所有物となる。2人が死んでいた場合、私の身体は強制的に勇者の元に償還されて、勇者だけがこの街の教会で蘇る」
遊び人「これで簡単に盗めるわよ」
勇者「うまくいくのか。そもそもどこに傲慢の装備があるのかもわからないんだぞ」
遊び人「心当たりはあるの」
勇者「山勘か?」
遊び人「そうね」
遊び人「でも、やるしかないの」
遊び人「私はさ、挑まなければ寿命が尽きる運命だから」
遊び人「遊び人のくせに、戦い続けなくちゃ、死んでしまうんだもの」
傲慢「あはははは!!!」
傲慢「私より傲慢な人間がいたなんて!!それとも単なる愚か者なのかしら」
傲慢「私を殺して、大罪の装備でも奪うつもりかしら」
遊び人「あなたは殺さない。けれど、大罪の装備は奪う」
遊び人「その、”傲慢の盾”を!!」
遊び人は傲慢が撫でている盾を指差した。
トロフィールームで、遊び人と傲慢は再び対峙した。
遊び人「傲慢の盾に選ばれたあなただからこそ、無防備にもそれを目立つ場所に持ち運ぶ」
遊び人「自分から奪えるものなどいないと、タカをくくっているから」
傲慢「そうね。でも、わかったところで、どうしようもないわよ」
傲慢「精霊の加護の恩恵で、何度蘇っても同じ。あなたじゃ私から盾一個奪えないわ」
傲慢「何度も蘇る数多の勇者を、魔王が全て薙ぎ払ってきたようにね」
傲慢「いいわよ、来なさい」
遊び人は、短剣を、置いた。
遊び人「戦わない」
傲慢「どういうつもり?」
遊び人「私は遊び人だから、戦わないの」
傲慢「だったら、一方的に苦しみなさい」
傲慢の勇者は、前回同様遊び人の脳に電流を流した。
傲慢「これが……」
傲慢「あなたが隠していた、過去の秘密ね……」
傲慢は汗を流し、息を切らしていた。
遊び人は、今回は全く抵抗をすることなく、自分の頭のなかに秘められている「賢者の里」に関する過去を全て傲慢に伝えた。
遊び人「言ったでしょ。私達は本当に殺していない」
傲慢「だったら、前回の時に教えてくれても良かったじゃない」
遊び人「あなたが信頼に足る人物かわからなかったんだもの」
傲慢「この数日間でどうやって信頼してくれたのかしら」
遊び人「この部屋にある盾の名前を、全部覚えていたの」
遊び人「あなたが過去にしてきた貢献を、一個一個、調べてきたの」
遊び人「魔王が姿を消した後の小国の争いで、あなたが陰ながらこの街を守り続けてきた英雄だということもわかった」
遊び人「そう。だから、あなたの装備を譲って欲しいの」
傲慢「他の装備を全部集めてから私のところに訪れることは考えなかったのかしら」
遊び人「時間がないの。私の里を壊滅させた男が、次はこの街に来るの。この街の急激な発展が、傲慢の盾による影響だとかなり強く疑っているの」
傲慢「あなたの持ってる”封印の壺”に入れれば、安心ってわけね」
遊び人「あなたも危ないわ。だから、はやくこの街から……」
傲慢「私を誰だと思ってるの?」
傲慢「傲慢の勇者よ。傲慢が許される強さを供えた勇者よ」
傲慢「勇者殺しの人物は私が殺してあげる。安心なさい」
遊び人「それじゃあ、傲慢の盾は」
傲慢「私の最も愛おしい装備を、どうして他人の命のために譲らなきゃいけないのよ」
傲慢「私は私が輝くために他人に力を貸しただけ。他人に力を貸したかったわけではないのよ」
傲慢「少ない余生をあの頼りない男と過ごすことね」
遊び人「そんな……」
傲慢「どうしても欲しかったら」
傲慢「私と、戦って勝ちなさい」
傲慢「ここに入るのは懐かしいわ。昔はここで魔物と戦ったりしたこともあったわ」
傲慢「さて」
勇者「……傲慢の勇者」
傲慢「避けられない戦いがあるの。今までの武具はまわりくどいやり方で手に入れたそうだけど。私はこのやり方でしか認めないわ」
傲慢「戦闘で、実力で、私と戦って勝ちなさい」
傲慢「勝てないものに、世界は何も与えなどしないわ」
遊び人「私達が負けたら」
傲慢「負けるに決まってるわよ。100%勝敗が決まってる勝負に賭け事は成立しないわ」
傲慢「あなた達の持ってる、暴食と色欲の装備にも、私には興味がないもの。誇りで満たされたこの街に、そんな不潔な欲望など害悪でしかないわ」
傲慢「決まってる戦いを終わらせましょう」
勇者は剣をかまえた。
勇者「ああ、やってやるさ」
傲慢「無駄なことよ」
勇者「やってみなくちゃわからない」
勇者「勝てる見込みが限りなく0に近くても、闘わなくちゃいけないときがあるんだ!」
傲慢「あははは!!」
勇者「何がおかしい!!」
傲慢「0よ」
傲慢「積み重ねてきた者を、積み重ねて来なかった者が打ち負かすなんてこと、ないのよ」
傲慢「まぁ、大罪の装備でも使えば結果はわからないかもしれないけれど」
勇者「使わない」
勇者「壺を割らないと装備は取り出せない。それに、壺を割ったら賢者の里を滅ぼした男に居場所を感知される恐れがある」
傲慢「やっぱり勝つ見込み0じゃない」
勇者「やってみなくちゃわからないって、言ってるだろ!!」
勇者は踏み込んだ。
勇者「勝負……ありだな……」
勇者は倒れた。
遊び人「勇者!!」
傲慢「だから言ったでしょ。傲慢の盾を使うまでもなかったわ」
傲慢の勇者の圧勝だった。
傲慢「ねこだましをたくさん使ってくれたわね。剣に見せた魔法銃だったり、移動の翼をばらまいて私を場外に飛ばそうとしたり」
傲慢「あなたの生き方の集大成を見れたわよ。何も積み重ねず、その場しのぎで、こうやっていつも生きてきたんだなって」
傲慢「あなたたちが20年かけて積み重ねてきたものがあるとして、それを私が1日で打ち勝つって言ってきたらどう思う?何を馬鹿なことを、と思わない?それと同じよ」
傲慢「結局、あなたが私に勝ってるのなんて、運の良さくらいなんでしょうね」
策は尽くした。
あらかじめ地形を調べ、武具を買い、事前にしかけられるものは調べていた。
月や天気についても調べ、あらゆる”運”をこちらに傾けようとした。
しかし、実力差を埋めることはできなかった。
傲慢「あなた達が話していることは本当だと」
傲慢「だって、そんなに弱いはずないもの。暴食の勇者、色欲の勇者を倒せたわけがない」
傲慢「ねえ」
傲慢「あなたって、本当に勇者なの?」
勇者「…………」
遊び人「勇者」
遊び人「諦めましょう」
遊び人「近いうちに里を滅ぼした男が来るわ。私達がこの街に残り続けて、存在がばれるのが一番まずいことよ」
遊び人「逃げましょう」
遊び人は移動の翼を取り出し、空へと飛び立った。
傲慢が追撃してくることはなかった。
勇者たちは逃げ出した。
毎日剣を振るって腕の力が付くように。
毎日戦略を練って思考に磨きがかかるように。
毎日勇気を出すことで、より大きな恐怖に打ち勝つことができる。
やり直しに依存した勇者など。
勇気を、持ち合わせているはずもなかった。
逃げ続けてきた勇者も、否応なしに感じさせられた。
このまま実力をつけなければ、今以上に取り返しのつかないことになる、と。
遊び人「色欲の谷の勇者の仲間は、彼が死んだという噂を知らないかもしれないわ」
遊び人「精霊の加護が引き剥がされている可能性を伝えておかないと」
勇者「ああ……」
偶然にも、2人は家の前で楽しそうに談笑していた。
勇者と遊び人は2人に話しかけた。
魔法使い「あいつが死んでるかもしれないって?」
僧侶「あいつの棺桶はどこにあるのよ。教会で蘇らせなきゃいけないじゃない」
魔法使い「私達が自殺して、色欲馬鹿を蘇らせろってお願いでもしにきたの?」
遊び人「駄目です。違うんです」
遊び人「彼は、もしかしたら、精霊の加護ごと……」
この後の2人の表情は忘れられない。
無力感に打ちひしがれた夜だった。
傲慢「この街も、虚栄心に見合う実態を求めて、なかなか強くなったわね」
参謀「周囲の強国に飲み込まれずに済んだのも傲慢様のおかげです」
参謀「けれど、気にかかるのが……」
傲慢「憤怒の城下町。そろそろ、あの王国との冷たい戦争に答えを示さないといけないわね」
傲慢「手はず通りにお願いするわ」
参謀「仰せのままに」
傲慢は他国との争いの問題の対処に追われていた。
弱者の遊び人たちの言葉など、頭の片隅に追いやられていた。
事実、傲慢の勇者を襲う者はいなかった。
傲慢「傲慢の盾。自尊心を守る盾」
傲慢「私は一体、何と戦っているのかしらね」
【傲慢の勇者の思い出】
後述。
かみなりの語源は、神の怒りの声だと言われている。
勇者のみに使用が許される雷の属性は、勇気の象徴でも、ましてや優しさの象徴でもなく、まさに怒りの象徴であった。
怒りとは、震わすものである。
7つの大罪の感情の中で、人が人を殺害する最も多くを占めるのが怒りである。
また、憤死という言葉があるように、人は怒りで自死することもある。
怒りは真実の指標でもある。
的はずれなことを言われても人は怒りで人を殺さない。
真実をついてはいけないのは、相手の逆鱗に触れるからだ。
龍も頭は撫でてもいいが、鱗を逆撫でしてはいけない。
力無き戦士に、弱さを指摘してはいけない。
速さ無き武闘家に、鈍さを指摘してはいけない。
神に裏切られた僧侶に、信仰の疑いを指摘してはいけない。
魔力弱き魔法使いに、緻密さの欠如を指摘してはいけない。
愚かな賢者に、知力の低さを指摘してはいけない。
逃げ出した勇者に、臆病さを指摘してはいけない。
なぜなら。
怒りをかって、殺されるからだ。
【第3章:憤怒の街『血の登る兜』】
何を言っても笑って許してくれたのは、遊び人だけだった。
きのこの魔物があらわれた。
勇者たちはにげだした!
幼虫の魔物があらわれた。
勇者たちはにげだした!
鳥の魔物があらわれた。
勇者たちは逃げ出した!
遊び人「(どうしよう……。勇者が自信喪失し過ぎて、現れた魔物全てから逃げ出している……)」
遊び人「(励ましてあげたほうがいいのかな……)」
切り株があらわれた。
勇者たちは逃げ出した!
遊び人「それ単なる木の切り株だから!魔物ですらないから!」
勇者「躓いたら死んじゃうかもって……」
遊び人「どうせ3G払えば蘇るわよ!かんおけ引きずってあげるから堂々としなさいよ!」
遊び人は怒り出した!
勇者「ひっ……!」
勇者は逃げ出した!
遊び人「ちょっと!待ちなさい!」
遊び人「…………」
勇者「…………」ションボリ
遊び人「んふっ」
勇者「……どうしたの」
遊び人「いいね」
勇者「なにが?」
遊び人「私だったら、見られたくないところを見られたら、怒ったり、不機嫌になっちゃうもの」
遊び人「傲慢の町の影響を受けていたらなおさらそう。折られたプライドを人から指摘されるのを怖れて、威嚇するのが普通だと思う」
遊び人「勇者は怒らないからいいな」
勇者「……ありがt」
とりのふんが落ちてきた!
勇者達はにげだした!
遊び人「前言撤回!ちょっとは悔しさをバネにできないの!」
勇者「いくら世話を焼いても今の俺に火はつかないよ」
遊び人「焼け石に水ね」
勇者「むしろ水を燃やすのに近い」
遊び人「口だけは達者なんだから……」ケホッ…
勇者「どうした、体調悪いのか?」
遊び人「うーん、正直ちょっと熱っぽいかも。でもよかった、ちょうど街にたどり着いた」
勇者「早く宿屋に行って休もう。あの、すいません。この城下町の名前は……」
案内人「そんなことも知らねえできたのかよおお!!!!ぶっとばしてやんよおおお!!!」
案内人が現れた!
コマンド 会話
遊び人:ちょっと、なにエンカウントしてるのよ!
勇者:きっと、『憤怒の街』に到着したんだ。
案内人のこうげき!
勇者に27のダメージ。
勇者はしんでしまった。
遊び人はにげだした!
勇者「すいません……でもお金は払ったし」
神官:5Gってええええ!!!!お前なんでそんなに命安いんだよおお!!!命を粗末にしてんじゃないよおお!!!
勇者「すいません……」
遊び人「この街の人みんなキレすぎじゃない?」
神官「キレて何がわるいんだよおお!!!!」
遊び人「うるさいんだよおおおお!!!!」
勇者「お前も怒るなよぉおおおお!!!!」
勇者「まったく。血気盛んでやんなっちゃうな」
遊び人「まあまあ。私たちは穏やかにいきましょう。嬉しいことに、勇者の命もちょっと値上がりしてたね」
勇者「2G命の価値があがったな」
遊び人「精霊様に少しは認められたのよ」
勇者「相変わらず弱いままだけどな。7つの大罪道具全部集める頃には10Gになってるといいな」
遊び人「…………」
勇者「心配すんなって。他の装備も集め終えたら、傲慢の盾を奪いに行こう。封印の壺を割って、他の装備全部身に付けたらさすがに勝てるっしょ」
遊び人「それはいいんだけど、あんまり勇者の命の値段が上がりすぎるとすてみ戦法ができなくなっちゃうのが心配で……」
勇者「俺の心配をしてくれない?」
勇者「城下町は広くて歩くのも大変だな。ほれ」
遊び人「いや、おんぶのポーズ取らなくていいから」
勇者「なら、ほれ」
遊び人「お姫様抱っこのポーズとらなくていいから」
勇者「おんぶのポーズだよ。前から抱えるんだって」
遊び人のこうげき
勇者に24のダメージ
勇者「グボ……」
遊び人「まったく、病人を怒らせないでほしいわ。憤怒の装備の影響で、これからもっと怒りやすくなるわよ」
勇者「確かに町人からも血気盛んな感じがするな……」
兵士B「どうした?」
兵士A「聞いてくれよ。昨日団長がさ、俺を飲みに誘ってくれたわけ」
兵士B「おう」
兵士A「俺も下戸だからさ、遠慮がちに断ってるとさ」
兵士A「『ちょっと、いっぱい引っ掛けるだけだから』って言ってきて。一緒にいくことにしたわけ」
兵士B「おうおう」
兵士A「そしたらよ、団長ってば」
兵士「お酒、二杯飲みやがった」
兵士B「腹立つわぁああああああ!!!!!!」
兵士A「腹立つだろぉおおおおお!!!!!!」
兵士B「いっぱい引っ掛けるっていったのに、二杯かよ!!!」
兵士A「それでさすがに俺もカチンときてさ。『いっぱいじゃなかったんですか?』ってキレ気味に言ったわけよ」
兵士B「おうおう」
兵士A「そしたらなんと、次々とお酒をおかわりしはじめたわけ」
兵士B「どういうことだよ?」
兵士A「俺が眉をひそめて見てたら、したり顔でこう言いやがった」
兵士A「『いっぱい(たくさん)』」
兵士A「腹たつだろぉおおお!!!」
兵士B「腹立つわぁあああああ!!」
夫人A「聞いてくださいな。昨日、主人に酷いこと言われましたの」
夫人B「あら、新婚なのにどうしてまた」
夫人A「最近口喧嘩が多くてね。昨日は特段ヒートアップしてしまって」
夫人A「私も、ついね。『賢者の石の角に頭をぶつけて死ねばいい!!』って言ってしまいましたの」
夫人B「ふんふん」
夫人A「そしたら、主人が『やくそうを喉につまらせて死ね!!』って言ってきたんですよ!!」
夫人B「まぁ!!!!!」
夫人A「わたしは、まだ、伝説上の物じゃない?無限に回復を垂れ流すという冒険譚に出てくるアイテムで。それに、そんなものなら頭の角にぶつけても回復しそうなものじゃない?」
夫人A「でも、やくそうは普通に実在するじゃない!!喉につまらせたら絶対死ぬじゃない!!リアルじゃない!!」
夫人A「さすがの私もカチンときましてね。『あなたなんか、毒消し草と毒草を、間違えて塗り込めばいい』って言ってやったのよ!!」
夫人B「ふんふん!」
夫人A「そしたら」
夫人A「『いやっ、間違えないだろ……』」
夫人A「『仮に間違えても、毒消し草を塗ればいいし、呪文で解毒するか、教会に行けば治して貰えるだろ……』」
夫人A「ですって!!!!」
夫人B「まぁ!!!!!」
夫人A「芸がない!!順当過ぎる答えだわ!!!」
勇者「憤怒の装備か。一体どんなものだろうな」
遊び人「大罪の力とは関係なしに、怒ってると寿命が縮みそうなものよね」
勇者「遊び人ってどんなことに対して1番怒ったりするの?」
遊び人「パーティメンバーのセクハラくらいよ」
勇者「そりゃあひどい仲間がいたもんだな」
遊び人「…………」ジィー…
勇者「…………///」テレ///
遊び人「はぁ……」
勇者「善を否定し、悪を尊ぶ輩かな」
遊び人「いやそういうのいいから」
勇者「そもそも怒ること自体そんなないからな。遊び人は本気で人を怒ったことってある?」
遊び人「えー、どうだろ」
遊び人「親に本気で怒られたレベルで、私が他人に怒ったことってそういえば一度もないかも。友達と喧嘩したことならそりゃあるけど」
遊び人「怒るのってさ、怒られるより、怒るほうが疲れるじゃない?一度私の里の子どもたちがけっこうな悪ふざけしてて、注意したことがあったんだけどね。注意した自分が嫌で、なんか1日中モヤモヤしてた記憶がある」
遊び人「怒るほうも、怒られるほうも嫌なのに、今日も世界中で人々は怒り怒られてるんだろうね。1日を回していくのに必要な行為なんだろうね」
勇者「俺は怒られてばっかりの人生だったからなあ」
遊び人「たまには怒る側にまわってみたら?何か違う視点が見つかるかも」
勇者「できるかなぁ……」
遊び人「やってみたら?」
勇者「…………」
勇者「……!?」
遊び人「何か閃いた?」
勇者「おいっっっ!!!!!」ゴゴゴゴ…!!!
遊び人「は、はい!!」
遊び人「(す、すごい剣幕……)」
勇者「どういうつもりだ!!!!!!自分が何をしてるのかわかってるのか!!!!!」
遊び人「(いつにない迫力じゃない……)」
遊び人「ご、ごめん!心当たりがなくて……なんかしちゃったかな……」
勇者「遊び人なのに、バニースーツを着てないとは服務規程違反だ!!!今夜は俺様が直々に……」
遊び人「そういうセクハラがむかつくってさっき言ったばかりでしょうがあああ!!!」ゴゴゴゴゴ!!!!
勇者「ずびばぜんでじだ!!」ブルブル…
勇者「ただいま。具合はどうだ」
遊び人「おかえり。一眠りできたけど、熱はあがってきたかも」
勇者「しばらく寝てろ。こればっかしは呪文でも精霊の加護でも治せないからな。明日薬もらってくるよ」
遊び人「ありがとう。勇者は街探索どうだった?」
勇者「こんなに聞き込みが大変な街はなかった……。かき集めた話によるとこうだ」
勇者「この国の勇者であり、王子だった男が魔王討伐の戦いから帰ってきた」
勇者「昔の王様が”憤死”した後。王子が即位した」
勇者「王子は非常に有能で、弱小国家だったこの街の軍事力を強くした。経済も発展し、飢えもなくなった」
勇者「町の人は『魔王がいなくなってから人々は血気盛んになった』って言ってるけど、憤怒の装備を持って帰国した王子の影響だろうな」
遊び人「城に保管してるのかしら。盗もうとしているのがばれたら処刑されてしまうかもしれないわね」
勇者「処刑はいいけど投獄されたら困るな」
遊び人「そもそも相手が王子様となると、会うのは難しいわね」
勇者「どうすりゃいいかな。ううー、考えるだけで頭が痛い」
遊び人「熱は熱でも知恵熱ね。今日はもう寝ましょ。ごめんね、所持金も少なくて同じ部屋で寝ることになっちゃって」
勇者「くうきかんせん、だったっけか。気にすんな。同じ釜の飯を食う者同士、同じ病を培養しようじゃないか。ふっはっは!!」
遊び人「……今感じてる頭痛はきっと熱のせいではないわね」
勇者「ううー、もう昼ごろか。二度寝最高」
勇者「布のカーテン越しに寝息が聞こえる。遊び人はまだ寝ているみたいだな」
勇者「そんなに大事じゃないみたいだし、遊び人が寝ている間に町の様子でも見に行ってみるか。道具屋に薬も買いに行こう」
ガヤガヤ…
勇者「なんか広場の方が騒がしいな」
町娘A「これ、本当かしら」
町娘B「この町だけじゃなくて、色んな国にこの広告が張り出されてるらしいわよ」
町娘A「私絶対立候補するわ!!」
町娘B「私もよ!!」
勇者「あの、何かあったんですか」
町娘A「王子様が結婚相手を募集するそうなのよ!!選考を勝ち抜いた者が王子様の后になれるの!!」
町娘B「王国を救い、戦闘能力も高くて、何よりハンサムな王子様!!ちょっと怖いという噂もあるけれど、惹かれる女性はたくさんいるでしょうね!!」
勇者「それは、男でも出られるのか」
町娘A「…………」
町娘B「…………」
町娘A「募集に制限は書かれてないけど……」
遊び人「おかえり、勇者」
勇者「調子はどうだ?」
遊び人「うーん、まだちょっと……。ギャンブルに行く気もおきない」
勇者「大丈夫か!?血は出てないか!?身体に毒はまわっていないか!?」
遊び人「どれだけギャンブル狂だと思ってるの……。ところでさっきまで勇者は何をしてたの?」
勇者「俺か。俺さ」
遊び人「うん?」
勇者「王子様と、結婚しようと思う」
遊び人「ぐはァ!!?」ゴホッゴホッ!!!!
勇者「何だ今の、やっぱり血吐きそうな勢いじゃねーか」
遊び人「ど、どういうことよ!」
勇者「王子様が結婚相手を募集し始めたらしい。今度選考が城の中で行われるんだ。城の内部に侵入して、情報を集めてみようと思う」
遊び人「な、なんだ。そういうことね」ゴホッゴホッ
勇者「遊び人は寝てろ。ちゃっちゃと盗んで脱出してやるから」
遊び人「うん、ごめんね」
勇者「気にするな。ところでさ」
遊び人「うん?」
勇者「やっぱり好きなのか」
遊び人「何が?」
勇者「男同士の恋愛」
遊び人「好きじゃないよ!!変なキャラ付けやめてよね!!」
勇者「病気は治らないか……」
遊び人「熱の話よね?そうよね?」
体調が治りつつあった遊び人は、”ちょっと気分転換に”ギャンブルをしに行き、再び体調を崩し寝込んだ。
珍しく勇者が遊び人に怒って説教をした。
勇者は街の小さなクエスト(物品の収集)をこなし、日銭を稼いだ。
ぼろぼろの安い宿屋に泊まる日は続き、王子の后候補の選考の日が訪れた。
女性A「……ちょっと、あれ」ヒソヒソ…
お嬢様A「何かしら……」ヒソヒソ…
勇者「視線が痛い」
勇者「遊び人に着させるつもりだったバニースーツ着て来たけど、目立ちすぎたか」
兵士「準備が出来た。筆記試験を行うため順番に入室するように」
町娘「筆記試験なんて聞いてないわよ!!私の特技は料理とお裁縫なのに」
お嬢様「どういう問題かしらね。自分の経歴とか、結婚動機とかを書く問題だったらいいけど」
兵士「制限時間は30分間とする。その間入退室は禁ずる。退出するものはその時点で受験資格を失う」
勇者「(やべっ、トイレいっときゃよかった……。遊び人のためにつくったおかゆを俺が食べすぎたせいで尿意が限界に近い……)」
兵士「全員席についたな。申し付けがあるものは手をあげて近くの試験監督に相談するように」
兵士「それでは、試験を開始する!」
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の□□に打たれますのは際立って大きいものばかりで、神は彼らの思い上がりを許し給わぬのでございますが、微小のものは一向に神の忌諱にふれません。また、家や立木にいたしましても、雷撃を蒙るのは常に必ず最大のものに限られておりますことは、これまた御存じのとおりで、神は他にぬきんでたものはことごとくこれをおとしめ給うのが習いでございます。神明はご自身以外の何物も驕慢の心を抱くことを許し給わぬからでございます」
□□に入る単語を記入せよ。
問2 精霊の加護の特性
一人の戦士に対して、勇者Aと勇者Bがパーティメンバーに同時に加入させることは可能であるか、それとも不可能であるか。
可能である場合、勇者Aは町A、勇者Bが町Bで同時に死亡した場合、2人から同距離の町Cにいる戦士が死んだ場合はどちらの町で復活するか。
問3 時事
魔王消滅の噂が流れた後、情勢は大きく変化している。憤怒の城下町と呼ばれるこの王国も……
問4 ……
勇者「(なんだよこれ!!)」
勇者「(嫁候補の問題だろ!!なんでこんなわけわかんない問題出すんだよ!!)」
勇者「(精霊の加護の特性だなんて。勇者の存在を公にしているこの国ならではの問題とも言えるけど……)」
勇者「(一体どうすりゃ……)」
勇者「(ハッ!!)」
勇者「(よく考えろ!!これは嫁探しの試験だ!!嫁目線で回答すればいいんだよ!!)」
勇者「(試験の鉄則、わかるところから埋めよう)」
問3 時事
回答:わたしバカだからわかんなーい☆
でも、鶏肉の調理には自信があります!!王子様には甘いお菓子もいっぱいつくってあげたいです!!
勇者「(よし、まず1問解けた!!)」
問1 「ヒュブリスへの諌め」
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の■■に打たれますのは際立って大きいものばかりで……」
勇者「(はっはーん。これは巧みな、夜の生活に関する問題だな。確かに、夫婦生活を営む上で欠かせない問題だからな)」
勇者「(神=王子様だといいたいわけか。神に打たれるのは大きいもの……つまり巨乳か)」
勇者「(答えはムチだ!!憤怒の勇者は巨乳をムチで打つのが趣味な変態なわけだ!!)」
勇者「(解ける、解けるぞ!!この調子で他の問題も!!)」
家臣「滞りなく。筆記試験を無事終えました。面接の予定は……」
憤怒「面接は飾りのようなものだ。筆記試験はどうだったんだ」
家臣「優秀なものが3名」
憤怒「そうか」
家臣「かつての彼女に伍する頭脳の持ち主探しですか」
憤怒「何か問題でも?」
家臣「い、いえ。滅相もございません」
遊び人「勇者の帰りいつになるかわかんないし、ちょっと買ってきちゃおうかな」
~道具屋~
遊び人「こんな症状でして……」
薬剤師「まだ喉が少し腫れてるようね。調合するので少し待っていてくださいな」
薬剤師「暇だったらそれでも解いてて。難しくて私はろくに解けなかったよ。今日はその問題を解くために、たくさんの女性が躍起になっていたそうよ。私は優男がタイプだから興味なかったけどねー」
遊び人「なんだろうこれ。問題用紙?」
薬剤師「じゃ、ちょっと待っててねー」
問1 ヒュブリスの諌め
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の□□に打たれますのは際立って大きいものばかりで、神は彼らの思い上がりを許し給わぬのでございますが、微小のものは一向に神の忌諱にふれません。また、家や立木にいたしましても、雷撃を蒙るのは常に必ず最大のものに限られておりますことは、……」
遊び人「知識問題かな、それとも読解問題かな。知識問題ならこんな長ったらしい書き方しないよね」
遊び人「『また、家や立木に……』なるほど。並立の関係なのね。だとしたら、打たれると蒙るの主語が同じと考えてよさそうね」
遊び人「問2は、なんだ、精霊の加護の特性に関する問題ね。どれだけ私が死んできたと思ってるのよ。勇者に関する冒険譚もたくさん読んできたし」
遊び人「問3は……」
薬剤師「調合が終わりましたよ」
遊び人「ありがとうございます。それでは」
薬剤師「お大事にね」
薬剤師「いつもありがたいわ。どれくらい?」
兵士「5千G分だ」
薬剤師「ひぇ~。うちの在庫で足りるかしら。ちょっと確認してくるわね」
兵士「……おい。これは、どういうことだ」
薬剤師「ああー、それ?あなた達のお城で今日試験してたんでしょ?さっき掲示板で問題が公表されてたわよ」
兵士「回答もか?」
薬剤師「まさかー。誰も解けなくて、ますますみんな怒りっぽくなってるわよ。さっきそれ見てた女の子も諦めてすぐ出てったみたいで」
兵士「さっきすれ違った女か!!」ダッ!!
薬剤師「ちょ、どこいくのよ!!」
薬剤師「えっ、これって……」
回答1:雷撃
回答2:一人の人物を複数のパーティに入れることはできない。
回答3:暴食、色欲、傲慢、憤怒、怠惰、強欲、嫉妬
回答4:魔剣
回答5:A材料を36個、B材料を24個、C材料を244個使用することで最適化される。
遊び人「すっかりよくなった!!宿飽きた!!外出たい!!!」
勇者「病み上がりなんだから無理すんな!」
遊び人「カジノ!!カジノいかなくちゃああ!!」
勇者「落ち着け!!」
遊び人「手の震えがとまらないよおおおおお」
勇者「新しい病気が再発しやがった!」
遊び人「うぅ!」
勇者「どうした?」
遊び人「今、頭がキーンって……」
勇者「やっぱり治ってねえじゃねえか。大人しく寝てろ」
遊び人「違うの、今の感触は……」
コンコン
兵士「来なさい。面接だ」
遊び人「さっきのは感知呪文だったのね。でも、なんで私に……」
勇者「私は王子をお慕い申し上げております。ぜひ、夜の生活も……」
兵士「お前に用はない。そこの女、来い。お前に行き着くまでに他の女を感知して何度謝ったことか」
兵士「優秀な冒険者が、この国にたどり着いたものだ」
憤怒「そう固くなるな。憤怒の城の主も、出会ったばかりの女性に怒鳴り散らしたりはしない」
遊び人「はい」
遊び人「(体内に精霊を宿しているのが見える。彼が、この王国の王子様で、元勇者。そして、憤怒の装備の持ち主……しかも)」
遊び人「(イケメンだ。こりゃあ各国から女性が集まるわ……)」
憤怒「君か。薬剤師の場所で問題を解いたそうだな」
遊び人「はい」
憤怒「満点は君を除いて数名だけだ」
遊び人「そうなんですか」
憤怒「どうしてわかった」
遊び人「勇者に関して私は詳しいんです」
憤怒「職業は何だ?研究者か?それとも賢者か?」
遊び人「えっと……」
遊び人「あ、遊び人です……」
遊び人「(くっ、世間様に後ろめたい……)」
憤怒「なるほど。賢者を目指しているというわけか。もう十分その資格はあると思うがな」
遊び人「へっ?」
職業 ”賢者” に転職する方法は2つ有る。
1つは、賢者になるための魔法陣が封じ込まれた巻物を使用し、賢者の書の儀式を行うこと。
もう一つは、遊び人として冒険をし、一定以上のレベルに達すること。
何故、あそびにんが賢者に転職できるか。
“戦闘というものを傍観することに集中することで、戦闘の真髄を見極めることができる”というのが教科書に書いてあるが。
冒険者はこれが机上の空論だと知っている。何故なら遊び人は、戦闘中も空を眺めるのに夢中だからである。
世界の大きな謎の一つである。
ちなみに、強制転職呪文を利用しても構わない。
憤怒「はは、面白いことを言う!他の候補者もなかなか個性的だが」
遊び人「筆記試験合格者にはどんな方が」
憤怒「それはこれからのお楽しみだ」
遊び人「これから?」
憤怒「君も候補者として次の段階に進むということだ」
憤怒「最後まで残ったその時は……」
遊び人「思ったよりもやさしかった」
勇者「男前らしいな。それで見かけやさしいとか。絶対家庭内暴力が激しいやつだな」
遊び人「…………」
勇者「それにしても、どうやってまた城内に侵入するか。いっそのこと兵士にでも志願して」
遊び人「その必要はないよ」
勇者「どうして?」
遊び人「憤怒の伴侶にふさわしいものを見極める試練は城内で行われるの」
遊び人「1週間後に決定される。その時の儀式で、王子様は兜を掲げるの」
遊び人「元王様を死に至らしめたと噂されている、いわくつきの兜だそうで、普段は地下牢獄の中に閉じ込められているそうなの」
勇者「その兜が……」
遊び人「ねえ、勇者」
遊び人「私、あの人の后を目指す」
西洋での逸話によると、怒り狂った人の頭にのぼる血を見て、科学者は重力を発見したという。
逆上。逆鱗。逆襲。
怒りは下から上へ登る性質を持つ。
父は娘を叱る。母は息子を叱る。
同時に、上から下へ押さえつけようとするものである。
怒りは怯えや愛の裏返しでもある。
怒りはいつも、逆にある。
怒りの本質を見つけたければ、いつも怒りの対極を探さねばならぬ。
例えば。
人が最も怒りを覚えるのは。
怒りと対極にある、穏やかな時間を奪われたときである。
勇者「…………」
遊び人「おはよう」
勇者「…………」
遊び人「おはよう!!!」
勇者「……おはよ」
遊び人「なに不貞腐れてんのよ」
勇者「別に……」コンッ…
遊び人「今両手をポケットに突っ込みながら片足で地面を蹴ったよね!!それ典型的な不貞腐れ行為だから!!不貞腐れの概念を可視化したものだから!!」
勇者「ぎゃーぎゃー朝から怒るなよ」
遊び人「怒ってんのはそっちじゃん」
勇者「で、何時から行くんだよ」
遊び人「夕方からだよ」
勇者「そんな村人みたいな格好して。高いドレスでも買ったらどうだ。優勝できなかったら王子様に近寄れすらしないだろ」
遊び人「なんでさっきから喧嘩口調なの?」
勇者「羨ましいですね。王子様はかっこよくて強くてやさしくて」
勇者「結婚したら、一緒に大罪の装備を探してくれるかもしれませんね」
遊び人「一国の君主が、国を置いて冒険になんか出ないわよ」
勇者「出たらどうすんだよ」
遊び人「なによさっきから仮定の話ばかり」
勇者「ほら!!もう家庭を築いた時のはなししてる!!」
遊び人「はぁ!?」
遊び人「なによ」
勇者「チッスせがまれたらどうすんだよ」
遊び人「はあ?」
勇者「チッスだよ」
遊び人「なによそれ」
勇者「なんでもねえよ」
遊び人「発音ごまかさないではっきり言いなさいよ。情けないわね」
勇者「わかってたんなら聞き返すなよ」
遊び人「せがまれてもしないわよ」
勇者「お前が好きになる可能性だってあるだろ」
遊び人「まー、私だって私の心がどうなるかなんて保証はできないわね。雰囲気に流されていい感じになったらしちゃうかもね」
勇者「あー!!そうかよ!!!」
勇者「…………」
勇者「……まじかよ」
遊び人「あのさー、あんたがあの王子の何が気に食わないのかわかんないけどさ。私の寿命がかかってるのよ?」
勇者「やっぱするんじゃねーか!!」
遊び人「するとは言ってないじゃん!!」
勇者「イケメンのやり手王子様に本気で求婚されてもか?」
遊び人「あんたがそんなに言うならイケメン王子とチッスしてやるわよ!!」
勇者「発音ごまかさないでセッ○スってはっきりいえよ!!」
遊び人「そっちの意味で使ってたんかい!!」
かいしんのいちげき!
勇者に69のダメージ!
遊び人「まぎらわしいわ!!死ね馬鹿!!するわけないだろクソ勇者!!」
遊び人「何が身も心も遊び人よ!!フ○ック!!フ○ックユー!!フ○ックユーシャ!!」
勇者「うるせー媚売り女!!心はバニーガールなのに格好は地味な農サーの姫!!」
遊び人「仲間も信じられない臆病者!!あんたなんて勇者じゃない!!者よ!!シャ!!一人で色欲の谷に戻ってなさい!!一人でシャってなさい!!」
勇者「ニートからついに転職できたな!!人の心を弄び人にな!!独り立ちおめでとう!!」
遊び人「……わたしが、どんな思いで。戦闘で役立てない私が……」ウルウル…
遊び人「ええ……。ええ!!一生出てってやるわよ!!今までお世話になりました!!これからはシンデレラストーリーを叶えて天井のついたベッドで寝ます!!」
勇者「勝手にしろ!!」
遊び人「賢者の石を喉につまらせて死ねば!」
勇者「やくそうを頭にぶつけてくたばれ!」
勇者「(あー、ムカつく!)」
遊び人「(もー、ムカつく!)」
勇者「(どうしてこんなに……)」
遊び人「(ムカつくのかしら……)」
お嬢様「さっさとしてよー」
呪術師「…………」
遊び人「は、はじめまして!」
家臣「全員集まったようですな」
家臣「では、王子の結婚相手として最もふさわしいものを探す最終選考を行います」
家臣「では、ルールの説明です」
ルール
①期間は一週間。
②1日に15分間だけ広場で演説をすることができる。
③演説の時間を除き、候補者は部屋を出ることを許されない。
家臣「そして、怒りを顕すことじゃ。以上」
遊び人「???」
学者「なるほど……」
お姫様「わけわかんないんだけど!」
呪術師「…………」
学者「ルールといっておきながら、勝利条件が書いていないのですが」
家臣「怒りを顕せと言ったじゃろう」
家臣「それに、結婚したら勝ち組か?必ずしもそうとは言えないであろう。ならば、当然勝つための条件などない。次は演説会場で会おう」
お嬢様「ちょっと!!」
呪術師「…………」
遊び人「あのまま他の三人の候補者とも話す時間も与えられず、部屋に閉じ込められたまま、いきなり演説の時間だ」
遊び人「しかも私は3番手か……。うう、緊張して吐きそう」
遊び人「怒りを顕せって何よ!!この言葉に関して怒りを表明したいわ!」
遊び人「広場で喋るなんて緊張するよ……」
遊び人「沈黙のまま15分、なんてことになってしまったら……」
兵士「定刻です。一番目、学者様」
学者「わかりました」
遊び人「が、がんばってね!」
学者「敵なのに応援していいんですか?」
遊び人「あ、えっと、がんばらないで!」
学者「いいえ、頑張ります」
遊び人「(うう、とっつきづらいなぁ。それに全然緊張してなさそう……)」
兵士「この魔法石に話しかけてください。拡声されて広場中に響き渡るようになる代物です」
兵士「今から15分間です。はじめてください」
ワイワイ…
遊び人「(うっわ!めっちゃ人いるの見える!!)」
学者「初めまして。異国からやってきた学者と申します」
学者「突然ですが、皆様に残念なお知らせがあります」
学者「王子の后の候補者は、私と、他国のお姫様と、呪術師と、遊び人でございます」
学者「皆様もご覧になった通り、あの極めて珍しい知識が求められる問題を解いた人達でございます」
学者「しかし、残念ながら、王子様にふさわしい者が彼女たちの中には一人もおりません」
遊び人「(えっ)」
学者「まず、お姫様ですが、彼女は湯水の国のお嬢様です。魔法水があふれる地に生まれて、贅沢な暮らしを送ってきました。最高級の賢者を家庭教師につけて、知識こそ身に付けてきたものの、国民の生活については何も知らないまま育ってきたと言ってもいいほどです」
学者「王子様の見た目だけで結婚を申し出たいと言っているのです」
ガヤガタ…
お姫様「あの女ぶっと○してやる…!」ワナワナ…
遊び人「お、落ち着いて!」
学者「次の候補者について。遊び人です」
遊び人「(わたし!?)」
学者「彼女がギャンブル場に入っていく姿を私は目撃していました。町娘のような格好をした冒険者だったので気になっていたんです。私も観光を兼ねてギャンブル場に入っていきました」
学者「まったく、運の悪いこと悪いこと。いつも大博打ばっかり狙って、賭けたもの全てを外しておりました。加えて、体調も崩されていたようです。自分の財布を空にしようとするその執念には恐れ入りました」
遊び人「あの女ぶっこ○してやる…!!」ワナワナ!!
お姫様「あなたこそ落ち着きなさいよ!」
呪術師「…………」ニヤ…
学者「このような女性らに一国の主の財布をにぎられてよいのでしょうか」
学者「続いて、呪術師についてです。3番目に演説する時にわかると思いますが、頭までフードをすっぽりとかぶっております。私達他の候補者も、素顔はおろか、声も一言も聞いていません」
学者「私は彼女が、敵国のスパイではないかと疑っております」
学者「彼女は即刻候補者から排除するべきです」
学者「以上、お三方の悪口を連ねてきましたが、私は元来このようなことを伝えにきたのではないのです」
学者「私は学者として、祖国に貢献してきました。今まであげてきた実績としては……」
お姫様「散々ネガキャンしてくれたよね!!最後に自分がいかに優れた人材か自慢ばっかりしてさ。行ってくるわよ!!」
トコトコ…
学者「頭に血が上ってるわね。自滅してくれるとありがたいわ」
遊び人「あなたこそ愚かよ!!この街にはギャンブル好きが多い!!そしてギャンブルでは負けている人の方が多い!!あなたはその人達の票を失って、私はその人達の票を得たのよ!!!」
学者「男性のギャンブル好きにうんざりしている女性も多いんじゃないかしらね。まあいいわ。先手で悪口を言っておけば、あなた達はそれに対する反論に15分間を注ぎ込むしかないでしょうから」
遊び人「王子様がそんな人を好きになるかしら」
学者「王子様の好き嫌いで后を決めるなら、同棲生活を勝負内容にすればよかったじゃない。きっと、大勢の人の前で何を言うべきかをわかっている女かどうかを試しているのよ」
学者「さて、お姫様が何を言うか聞いてみましょうよ」
お姫様「一つ訂正しておきますが、私は王子の見た目が好きですが、それだけが王子に惚れた理由などでは決してございません。異国の国の姫が、愛などという言葉を使うのも白けてしまうと思うので、政略結婚が主な理由である、ということは初めに申しておきましょう」
お姫様「私の国は豊かです。魔法水の資源に恵まれて、飢えと縁の無い生活を送っています」
お姫様「けれど、私達が持つ豊かさは、資源の豊かさです。資源が豊かな国が必ずしも生き残るとは限りません。歴史を見てもわかるよう、寒い地域の人々は火を起こすための知恵を身につけますが、暖かい地域の人々は実っている果実を薄着で取りに行くことだけを考えても生きていけるのです」
お姫様「私の国は今、思考をしていない状態です。ですから、来るべき戦いに向けて供えなければなりません」
お姫様「憤怒の城下町と呼ばれているこの国の皆様でなくとも、例の王国に怒りを示すものは多い」
お姫様「そう、処刑の王国です」
お姫様「遥か昔から奴隷制度を導入し、他国からの強奪を繰り返し、近年では勇者殺しの疑惑までかけられているこの王国に対して、即刻に手をうたねばなりません」
お姫様「悲しいことを言いますが、仮に王子様が私を后にふさわしいと認めてくれなくとも、私は受け容れることにしています。その時でも、軍事力をたった数年で劇的に伸ばしてきたこの国の皆様と私達とで手を取って、敵国に立ち向かわねばならないと思っています」
お姫様「とはいっても、私の王子様への気持ちが強いことも事実でございます。あれは、私がまだアカデミーに通っていた頃のことでした。他国への交流で……」
遊び人「(最初は単なるわがまま娘に見えたけど、人前で話す時は一切躊躇をしていない)」
遊び人「(なんだか、力強さを感じさせる女の子だな)」
お姫様「と、いうわけでございまして」
お姫様「恋のある政略結婚をしたい。以上、お姫様からのスピーチでした」
お姫様「うへー、思いつきでつけた最期のキャッチフレーズ寒すぎでしょ!!」
遊び人「す、すごかったよ!!思わず聞き入っちゃった!!」
お姫様「あら、そりゃどーも」
学者「湯水の国のわがままお姫様にしては、ちゃんとお国のことも考えているようで」
お姫様「いくら本を読んでも、私達王族がどのような気持ちで生きているかなんてわからないでしょう」
お姫様「ワガママでいられるはずがないんだもの。閉じ込められてずっと生きてきたんだから。叶わない夢を部屋の中に押しつぶされてる分、許される範囲での主張をしてきただけだわ」
お姫様「あんたは机上の空論と他人の悪口を楽しんでなさい」
学者「学者が机上の空論だなんてのも偏見に満ちたことよ。空論であるならどうして世間からその地位を保証されていると……!」
お姫様「言っておくけどね!!あんたら学者は……!」
遊び人「お、落ち着いて!」
遊び人「(……みんなこの街に選考の時から滞在してたからか、憤怒の装備の影響で怒りっぽくなってるんだろうなぁ)」
遊び人「う、うん!行ってくる!」
トットット…
お姫様「大丈夫かしら」
遊び人「(う、うへぇ……。こんなに大勢の人に注目されるの初めてかもしれない)」
遊び人「(里で呪文の被験体になってた時だって多くても10人くらいだったし、みんな知り合いみたいなもんだったし)」
遊び人「(一応話すことは昨日の夜考えておいたし)」
遊び人「(行くぞー!!)」
遊び人「わわわわ、わわ」
遊び人「わわわたくしは」
遊び人「…………」
遊び人「…………」
遊び人「…………」
ガヤガヤ…
ザワザワ…
遊び人「 」
遊び人「(や、やばい。内容吹き飛んだ)」
遊び人「(あれ、何話すんだったっけ。王国についての質疑応答みたいなことで)」
遊び人「(やばいやばいこの空気!!早く話さないと!!)」
遊び人「みんなー!!!」
遊び人「ギャンブルは、好きかー!!?」
ザワザワザワザワ……
遊び人「(わたし、何言ってるんだろう……)」
遊び人「(もういいや……沈黙よりはましだ……)」
遊び人「えーっと。そうですね」
遊び人「目撃情報があったとおりに、私はギャンブルが好きです」
遊び人「体調を崩して寝込んでいたのに、リハビリにギャンブルをしにいくくらいにギャンブルが好きです。おかげで、また体調を崩してしまいましたが」
遊び人「これでも私だって、昔はギャンブルなんかにこれっぽっちも興味がありませんでした」
遊び人「よくある言葉を言う側の人間でした」
遊び人「『そのカジノが運営される収益源はどこだと思う?』『確率という学問によれば全体で何割損をするか知っている?』」
遊び人「今言われる側の身になってみれば、そんなこととっくに知ってるんですよね」
遊び人「いいですか、ギャンブル好きでない皆さん」
遊び人「10人のうち2人しか幸せになれないと言われる世界で、私たちはその2人になれると信じているのです」
遊び人「信じることを諦めてはいけません。さあ、気になる女性に思いをぶつけましょう。9回断られても、1回実れば幸せです。さあ、気になる職業に転職をしましょう。9回職場に馴染めずとも、1回合えば幸せです」
遊び人「9回ギャンブルに負けたっていいじゃないですか。最後に1回勝てば、十分しあわ……」
遊び人「しあわ……」
遊び人「(……いや、さすがに9回負けたら取り戻せないわ)」
ガヤガヤ…
遊び人「(あああ……まだ全然時間残ってる。誰か助けて……)」
遊び人「(誰か……)」
遊び人「(そういえば……)」
しかし、勇者の姿はどこにも見当たらなかった。
遊び人「(わたしがこんな目に遭ってるっていうのに!!今日演説するのは知ってるはずよね!!まだ不貞腐れて宿屋で寝てるのかしら!?)」
遊び人「女性のみなさん!!本当に、男の人ってどうしてこうなんだろうと思うことってありませんか!?」
遊び人「この人いいな、って思った時は本当にかっこよく見えるのに、どうしてそれを長続きさせてくれないんでしょうかね!!」
ザワザワ…
遊び人「広場の奥様方、うんうんと頷いていただきありがとうございます」
遊び人「男性は、だらしがないですよ!!人前だと偉そうなのに、誰もいないとこではぐちぐち弱気で!!」
遊び人「弱ってる時にやさしくしてあげると感謝してくるくせに、一旦活躍し始めると偉そうに振る舞ってきますからね!!こんな俺と旅が出来て光栄だろうと言わんばかりに!!」
遊び人「一人にしてほしい時にかぎって鬱陶しく話しかけてくるくせに、必要な時にはそばにいない!!!」
遊び人「これでよくも偉そうに……」
…………
遊び人「その時なんて言ったと思います!?『やくそうを頭にぶつけてくたばれ!!』ですよ!!」
兵士「終了時間です。戻ってください」
遊び人「しかも人には無駄遣いするなとか言ってくるくせに自分も女関係に金を費やしてますからね!!報われない女関係に!!お釣りで手を握ってほしいばっかりに!!気持ち悪くないですか!?だったら普段から尽くしてくれる女性に少しでも還元させようという考えはないんですかね!?」
兵士「時間です!!戻ってください!!」
遊び人「それに!!!!!」
遊び人「スッキリしたぁ!!」
お姫様「あんた……なんかあったの?」
遊び人「毎日あるよ」
学者「馬鹿ね。王子様との結婚演説で、元恋人の陰をにおわすなんて。勝手に自滅してくれて助かったわ」
遊び人「元恋人じゃないし!!」
学者「じゃあ現恋人?」
遊び人「現下僕よ!!略してゲボよ!!」
お姫様「あはは!!」
学者「はぁ……」
お姫様「男の性格なんて似たり寄ったりなんだから、見た目で決めればいいのに」
学者「知性こそ男性のかっこよさでしょう。だから男性も戦士より賢者がもてる」
お姫様「私は戦士の方が好きだけど。まぁ結局財力だよね」
学者「同意ですわ」
遊び人「そうね、ギャンブル運が強い男性がやっぱり……」
学者「お断りです」
お姫様「お断りよ」
遊び人「湯水のお姫様まで……」
呪術師「…………」
お姫様「あんた呪術師って聞いたけど。頭までフードをかぶって、顔見せられない事情でもあるの?」
呪術師「…………」
トコトコ…
お姫様「返事くらいしなさいっての!」
遊び人「どうしたんだろ」
お姫様「もう5分は経ったんじゃない?」
学者「なのに、一言も喋ろうとしない」
ガヤガヤ…
「おーい、緊張してんのかー!」
「声を出せない事情があるのかしら」
広場に集まっている民の声を無視し続けた。
人々の苛立ちが募り、14分が経過した時のことだった。
呪術師「この国の王子は、殺されます」
遊び人は驚いた。
彼女の発言内容に対してではない。
すれ違いざまに、呪術師――と呼ばれていた者――はフードの中から遊び人にウインクをした。
傲慢「久しぶりね、負け犬さん」
遊び人「部屋に閉じ込められて誰にも会えない。豪華な夕食は運ばれるし要望したものはなんでも持ってきてくれるそうだけど」
遊び人「それにしても、どういうつもりなんだろう。傲慢の勇者は何故お嫁さんに志願したんだろう」
遊び人「湯水の国のお姫様みたいに政治的な問題なのか」
遊び人「それとも、私みたいに憤怒の装備を奪いに来たのか」
遊び人「何故正体を隠しているのか」
遊び人「うーん、わかんないことばっかりだよ。こんな時、勇者がいれば……」
遊び人「…………」
遊び人「いても何も考えないよあいつ。もう寝ちゃおう」
お姫様「ごきげんよう。いかがお過ごしでしたか?」
遊び人「部屋にこもりっきりでつまんなかったよー」
学者「学者はそういう日が続きますよ」
お姫様「私も小さいときからそうだったから慣れてるわよ。遊び人さんは后に向いてないんじゃない?」
遊び人「そうだろうね」
お姫様「張り合いのない人。さて、あなたは今日はどんな悪口を言ってくださるのかしら」
学者「これは戦いです。容赦はしません」
お姫様「社交術が身についてないのね。外交の基本は味方づくりですよ」
学者「私のことなんかいいじゃないの。それより、あなた。今日はどんな爆弾を投げてくれるのかしら」
傲慢「…………」
学者「まただんまり」
学者は昨日と同様、他の候補者の批判からスピーチをはじめた。
しかし、民はろくに集中して聞いていないようだった。
4人目の候補者が、今日は何をのたまうのか興味津々であるかのようだった。
学者「……以上です。ご清聴ありがとうございました」
お姫様「今日もまあ次から次に他人の欠点を批判してられるわよ」
学者「いいじゃない。誰も集中して私の話なんか聞いてなかったみたいだし」
学者はフードをかぶった傲慢を睨んだ。
学者「でも、あんな猫騙しが効くのは最初だけよ。今日も驚かせられるといいわね」
傲慢「…………」
遊び人「ちょ、ちょっと……」
お姫様「はいはい。次は私の番なんだから、ちゃんと聞いてなさい」
学者「何かしら」
お姫様「怒りを顕せ、が何を意味しているのかは私もわからないけれど」
お姫様「他人の悪口を言葉にすればいいってことじゃないのは教えてあげるわ」
お姫様「準備はできてるかしら」
兵士「ハッ」
お姫様「人間は、人間なりの方法で、怒りを昇華してきたの」
お姫様は演説場へと歩いた。
要望したものはなんでも持ってきてくる、との兵士からの説明にしたがって。
彼女は大きな物の要望をしていた。
兵士が布の覆いを剥がすと。
巨大な、黒い物体が現れた。
学者「あれは……ピアノ!!」
演説の開始の合図がされても、お姫様は黙って椅子に座ったままだった。
1分間ほど経ち、群衆のざわめきは収まった。
静寂が場を支配した時に、お姫様は腕を楽器に乗せた。
激しい曲調だった。
華奢で小柄な体型に似合わぬ、強い音だった。
聴く者に不安を呼び起こすような、怒りや恐れを込めた音楽だった。
遊び人「(なんでだろう。自分の中の血が騒ぐような気持ちになると同時に)」
遊び人「(大切な人を失ったかのように、切ない)」
遊び人「とてもよかったよ。なんだか涙ぐんできちゃった」
お姫様「あはは、どーも」
学者「……ふん」
お姫様「はい、次はあなたの番。また元カレの悪口言ってきなさい」
遊び人「元カレじゃないってば!!」
お姫様と入れ替わりで、遊び人は演説の場に立った。
観客はまだ余韻に浸っているようだった。
遊び人「(うわぁ、やりづらいなぁ……)」
遊び人「おー、おほん!」
結局遊び人は15分間、ある男に対する怒りの表明に時間を全て費やした。
その男は今日も広場にいないようだった。
傲慢「…………」
遊び人は拡声の魔法石を傲慢に渡した。
彼女は黙ってそれを受け取ると、演説に向かった。
遊び人「(あれ、何してるんだろう)」
傲慢は魔法石を指でなぞりながら、ぼそぼそと何かを唱えているようだった。
兵士「それでは、はじめてください」
魔法石を口元にあてながら、傲慢は演説を開始した。
傲慢「この、クズめ」
野太い男性の声が広場に響き渡った。
ざわめきが起こった。
遊び人「(酷い一声)」
遊び人「(あの石に変声の呪文をかけていたのね。正体を隠すためかしら)」
遊び人「(それにしても)」
気になるのは群衆の反応だった。
恐怖や怒りに満ちた表情をしていた。
群衆の一人が叫んだ。
「王を……侮辱するのか!!」
今にも奮起が爆発しそうな群衆を、警護にあたっている兵士が必死に抑えつけていた。
兵士らもまた、緊張に満ちた表情を浮かべていた。
どうやら亡くなった王様の声を再現したようだった。
とはよくいったもので。
理性が飛んでしまう、ということだけを言い表しているのではなく。
怒りは自分から発信されるものであり、その怒りによって自らを滅ぼすことを意味している。
決して、怒りたくて怒る人など、いないというのに。
傲慢「王子は、王様から、怒鳴られて育てられました」
傲慢「彼を庇っていたやさしい母君も、心労で倒れ、病気でこの世を去りました」
傲慢「国王は、決して好かれてる人ではありませんでしたが、畏怖されている人でありました」
傲慢「小国でありながら、列強からの侵略を防ぎきれたのは、間違いなく元国王の決断力が優れていたためです」
傲慢「優しい王様では国を守れません。怒れる王様によって国は守られていたのです」
傲慢「怒りにも二種類あり、静的な怒りを冷徹と呼ぶのであれば、動的な怒りを憤怒と呼ぶのがふさわしいでしょう」
傲慢「みなさんもよくご存知のように、元国王は、憤怒の人でした。決して口には出せないけれど、恨んでいる方もさぞ多いことでしょ」
傲慢「息子とて例外ではありませんでした。国王の期待にそぐわない結果を出した王子を、国王は容赦なく突き放していました。彼が身体に負った傷は、魔物に与えられた傷よりも父に与えられた傷の方が多いといわれています」
傲慢「王子が精霊によって勇者に選ばれたことが救いでした。彼は魔王討伐を名目に、城を抜け出すことができたのですから」
傲慢「魔王消滅の噂も流れ、またこの国に危機が及んでいた頃。王子はこの国に戻って参りました」
傲慢「病床に伏していた父に代わり、彼は天才的な指揮力によりこの国を危機から救い、そして勢力を短期間で拡大させていきました」
傲慢「そんな中、彼の父は命を落としました」
傲慢「その理由が”憤死”であるということについて、詳細を詮索することは暗黙の禁止とされていきました。夜な夜なパブで、こんな声がささやかれながら」
傲慢「国王を殺害したのは、王子なのではないか」
傲慢の勇者が演説を終えた時には、群衆の怒りは爆発寸前であった。
遊び人「どうしてあんなに過激な発言をしたんだろう」
遊び人「それにしても、私も勇者の悪口しか言ってない。このままじゃお姫様に后の座を奪われちゃうよ」
寿命。
遊び人にとっての旅の大名義とも言える、7つの大罪の装備の収集による寿命の延長。
このコンテストこそ命がけで取り組まねばならぬものに関わらず、彼女は内心、乗り気がしなかった。
勇者の前でこそ決して口にはしないものの。
遊び人の寿命は、彼女の力の対価によって短く設定されているだけであり、つまり、彼女の能力に対して、正当な寿命であった。
30代か、40代か、どこまで生きられるかはわからないものの。
彼女の母親が背負った宿命を、なぞることは生まれる前からわかっていたことなのだ。
偽りの愛情を示して、王子に取り入るなんてことを、やさしい彼女の心が望むわけもなかった。
気づけば、このままどうでもいい内容のスピーチを続けながら、兜だけを盗む方法はないかと考えていた。
遊び人「怒りを顕せって」
遊び人「そもそも人は、どういう時に怒るんだろうか」
学者がいつものように演説を開始しようとすると、怒号が飛んだ。
それは、酔っ払った男による、特に意味のない批判であったが。
他の候補者の悪口を言う学者に対して、不愉快な感情を抱いていた者達がその感情を顕しはじめた。
学者は冷静沈着に演説をはじめたが、恐怖で足が震えているのが見えるほどだった。
一方、お姫様は自分の魅力を伝えることに集中していたため、彼女への好意を抱くものは多かった。
今日は笛による楽器の演奏を簡単にしたあとに、処刑の王国へ立ち向かわねばならぬ近況について述べた。
まさにこの演説場所は、友好を求める外交の場として適しているようだった。
遊び人は、性懲りもなく勇者への悪口を言っていた。
呪術師に関しては、驚くべきことに、演説を辞退した。
彼女が姿を見せないことに大衆は憤りを感じていた。
4日目、5日目、も同じような演説光景が繰り返され。
6日目になった時に、変化が起きた。
学者は毛布を身体に巻き付けながら、ガタガタと震えていた。
お姫様「人の批判ばっかりしてるから石を投げられるのよ。自業自得よ」
学者「わかってるわよ。でも、それにしたって……」
学者「どう見ても、様子はおかしいわよ」
学者の言葉に、お姫様は黙るしかなかった。
学者の辞退の後、お姫様が演説場に向かった。
他の候補者を批判せず、自分の魅力を伝え、友好に関する本音をありのままに彼女は伝えてきた。
にも、かかわらず。
「おい、クソガキ!!」
「俺らの国を買い取ろうってんじゃねーんだろうなぁ!!」
「色目使ってんじゃないわよ!!」
お姫様「私が何言ったっていうのよ……」
お姫様「でも、話すしかないわよね」
お姫様は演説を始めた。
群衆は聞く耳を持たなかった。
各々が怒りを主張するばかりであった。
憤怒の城下町、と呼ばれるにふさわしい様相を呈していた。
お姫様「ねえ、あなた、何かやったんじゃない?」
お姫様は、今日も控え場所で黙ってうつむいている傲慢に話しかけた。
お姫様「魔法石に細工をして声を変えたわよね。最初は変声が目的だと思っていたけど、興奮の混乱呪文を封じ込めていたんじゃないのかしら」
傲慢「…………」
遊び人「だったら私達にも影響が出ているはずだし、そもそもこの二日間彼女は演説をしていなかったよ」
お姫様「なに、庇うつもりなの?」
遊び人「これは、違う理由によるものなのよ」
お姫様「何よ」
遊び人「きっと……」
遊び人は確信していた。
憤怒の装備の力が増しているのだと。
持ち主である、憤怒の勇者の心理に何かしらの変化が生じているのだと。
遊び人「とにかく、私の番だよね。行ってくるよ」
遊び人が魔法石に語りかけようとした時だった。
「いい加減あの女を出せ!!」
「逃げ出したんじゃないでしょうね!!」
「正体を顕しなさいよ!!」
遊び人「(みんな目が血走ってる。初日はこんな雰囲気じゃなかったのに)」
遊び人「(お父さんの書斎にあった哲学の本に書いてあった。全体とは、個々の総和以上のなにかであるって)」
遊び人「(彼ら、彼女ら一人ひとりが、たとえ穏やかな人達であろうとも)」
遊び人「(群れをなしたら、別の存在へと変貌するんだわ)」
遊び人は会場を見渡した。
遊び人「(まったく。あの馬鹿は今日も姿を見せないのね)」
遊び人「(私達だって同じでしょ。ひとりぼっちだった私達が、2人になれば2人以上の何かになれると思ってパーティを組んだのに)」
遊び人「(あとで何をしてたかきっちり問い詰めてやらないと)」
遊び人「(だから今日くらいは、あいつへの怒りは溜め込んで置かなくちゃ)」
遊び人は怒れる群衆に語りかけた。
遊び人「初日の演説から今日に至るまで、私は一人の男に関する悪態をつくのに費やしてきました」
遊び人「演説以外の時間に候補者は個室から出ることを許されません。その時間に、私はこの憤怒の城下町について考えを巡らせながら、怒りという感情に向き合ってきました」
遊び人「しかし、怒りそのものをいくら突き詰めていっても、答えは見つからないのでした」
遊び人「怒りという感情は特別で、”怒りという感情に対処するために怒りがある”のではないかと思いました。怒りが存在するのは、怒りのためでしかないと」
遊び人「人は、人から怒られたくないから、人を怒るんです」
遊び人「怒りたくもないのに、怒っているふりをするんです」
遊び人「みなさんがこの数日間、そうしていたように」
最期の一言は、遊び人が何の気なしに思ったことを言ったものだった。
しかし、それが群衆の逆鱗に触れた。
遊び人「わ、私そんなつもりじゃ……」
兵士「あなたは口にしてはいけないことを口にした!!」
彼は遊び人の回答を拾った兵士だった。
兵士「恐れるべき存在の消失に対して、内心ほっとしてしまう」
兵士「そんなこと、許されるのは、心の中だけです。決して口に出してはいけなかったんだ」
控室に戻ってからも、怒号が聞こえてきた。
お姫様「なに火に油を注ぐようなこと言ってんのよ」
学者「ひどい目にあいました。こんな国の面倒を見るなんてごめんだわ」
お姫様「私も。もう懲り懲りよ。せっかくイケメン王子と結ばれると期待してたのに」
遊び人「私は、なんであんなことを……」
遊び人は震えていた。
その遊び人の手をこじ開け、魔法石を奪い取った者がいた。
傲慢「じゃあ、行ってくるわ。私の番よね」
学者「あなた!!喋った!!」
お姫様「フードも取ってる!!び、美人じゃないの!!」
傲慢「あなたが話しやすい空気にしてくれたおかげで助かったわよ」
遊び人「……一体何を」
傲慢「怒りを顕してくるの」
遊び人の発言で興奮していた群衆は、勢いをつけてざわめき出した。
傲慢は一呼吸つき、変声の呪文をかけずに、魔法石に語りかけた。
傲慢「ただいま」
群衆のざわめきが、急速に収まった。
困惑している者が多い中、唖然とした表情を浮かべている者もいた。
傲慢「自己紹介がまだでしたね」
傲慢はフードを取り去り、素顔を見せてもう一度話しかけた。
傲慢「この城下町との冷たい戦争状態にある傲慢の街の勇者であり」
傲慢「憤怒の王子様の、許嫁でした」
傲慢は噴水のそばに立っている薬剤師の女の子に手を振った。
薬剤師の女の子は、その場で泣き崩れてしまった。
傲慢の街の故郷には、才能を見出された逸材のみが集う一流のアカデミーが在ったこと。
そこに、隣国の王子である憤怒の勇者も一時期通っていたこと。
彼女は、彼に嫁ぐふさわしき者として選ばれたこと。
彼女自身それを望んでいたこと。
精霊の加護の降り注ぐタイミングが異なり、魔王討伐の冒険にお互い別のタイミングで出発したこと。
憤怒の国王の裏切りにより、彼女の祖国が侵略され、彼女の両親は処刑されたこと。
傲慢の勇者は魔王消滅の噂がされていた時期に、今の傲慢の街の立役者として身を捧げたこと。
その傲慢の街がまた、憤怒の王国によって侵略されようとしていること。
傲慢「幼いころの私にやさしくしてくれたみなさん」
傲慢「私は、怒っていますよ」
旅の途中で受け取った不条理な祖国の報告について、彼女はその時の感情を述べた。
冷静に交渉をするでもなく、昂ぶらせて扇動をするでもなく、一人の少女だった者として淡々と悲しき思い出を話し続けた。
遊び人「そっか」
遊び人は悟った。
遊び人「王子様も、私達をその気にさせてひどいなぁ」
遊び人「王子様の結婚相手を見つけるのが、この選考の趣旨だったんだもんね」
遊び人「はじめから、相手は決まっていたんだ」
憤怒「そのとおりだよ。ごめんね」
控室に憤怒の王子が姿を表した。
憤怒「あの問題は、僕達の通ったアカデミーで出題された難問だったんだ。少し内容に変化を加えたけどね。当時満点を取ったのは一人だけだった」
憤怒「優秀で、鼻持ちならなかった彼女に、久しぶりに話してくるよ」
久しぶりの再会にも関わらず、対話ではなく口論が始まった。
質問という名の非難を遊び人は繰り返した。
理由という名の言い訳を王子は繰り返した。
誰だって、怒りたくて怒っているわけじゃない。
不幸になりたくて不幸になっているわけじゃない。
その時は最善だと信じた選択が。
振り返ってみたら、誤った選択だというだけで。
亀裂の入ったこの状況を、誰も望んでいたわけではなかった。
これは2人だけの問題でもなく。
無き国王の意思や。
国民の総意や。
他国の思惑が。
余計なものが入り混じっていて。
誰もが納得できる正解を、導くことなどできないのだ。
憤怒「だからこそ。こうして、君に発言する場所を与えたんだ」
傲慢「随分回りくどいやり方をしてくれたわね」
憤怒「君こそ随分まわりくどい演出をしてくれたじゃないか」
傲慢「この短期間だといろいろな準備が必要だったのよ。この選考が終わったあとのことも含めて」
憤怒「何の準備だというんだ」
傲慢「戦争よ。怒れる王国が本格的に乗り出して来たら、傲慢な街に勝ち目などないもの」
傲慢「できるだけ被害を少なくして、守れるものを守ることしかできないの」
傲慢の勇者は、涙を流した。
憤怒の勇者は、ただ立ち尽くしていた。
傲慢「あなた自身の意思が、私と同じものだとしたら」
傲慢「つまりね」
傲慢「いちばん大切な存在が、今目の前にいる相手だと心の奥底で思っているなら」
傲慢「あの子に、憤怒の装備を渡してほしいの」
傲慢が突然遊び人を指差した。
傲慢「あの子の過去を覗いたことがあってね。あの子なら一次選考の問題を解ける可能性が高いと思ったの。彼女一人をこの選考に乗せるために、私の国の人達がどれほど動いたことか」
傲慢「彼女は、大罪の装備を封印する壺を持っているの。そこにあなたの持っている憤怒の装備を封印すれば、この城下町の怒りは次第に収まっていくでしょう」
傲慢「元の小国に戻ろうとするわ。激情よりも同情が上回って、私を拾ってくれた街を侵略しようとはしなくなるでしょう」
傲慢「お願い。助けてほしいの」
憤怒「…………」
憤怒「俺がこの街を守りきれたのは、憤怒の兜があってこそだ」
憤怒「大罪の装備の及ぼす影響は甚大だ。やさしさではこの国を守れない」
憤怒「自分一人の私情で、国を滅ぼせというのか」
傲慢「あなたの国の総意で、一国を滅ぼすというの?」
憤怒「どうすればいいと言うんだ!!」
憤怒の王子は傲慢に怒鳴りだした。
傲慢は悲しそうな顔を浮かべるだけだった。
遊び人「あ、あの……」
遊び人「憤怒の城下町と傲慢の街を、1つに繋げてみてはどうでしょう?その間に隣接する小国も含めて」
遊び人「それで、大きな1つの傲慢の王国にしてしまうんです」
遊び人「あなた達が強大な軍事国家をつくりたいなら、憤怒の装備で支配すればいいと思いますが……」
遊び人「大罪の装備の影響が及ぶのは1つの王国・街・村などの単位です」
遊び人「この国と傲慢の街を結びつければ、1つの巨大な王国とみなされます。もちろん条件があって、一定間隔に建物が置かれていることや、住民がいることなどがありますが」
遊び人「傲慢の街を訪れたことがありますが、素敵な街です。己の価値を示すために、自分に賭ける人達が多い街です」
遊び人「傲慢の盾は決して軍事的な力が高まる装備ではありませんが、文化や経済の発展に大きく寄与する装備です」
遊び人「それほど巨大な王国が建設できれば、他国との利害など些細なものです。覇者になれるのですから」
憤怒「……どれだけの年月と費用がかかると思っているんだ」
遊び人「お金なら、湯水の王国の姫様を后にして、支援してもらったらどうでしょうか」
傲慢「えっ……」
遊び人「意義あることに時間はかかるものです。学者様から知識をお借りして、短くする方法を考えましょう」
遊び人「簡易的でいいんです。人間らしさがそこにあれば、精霊はそこを人間の領域と簡単に認定してくれます。私の故郷でも、丸太を使った小屋を一定間隔に配置して、領域の拡大をしたりしていましたから。そこの区域に住むもの好きを募るのが大変ですが」
遊び人「怒りに寿命を奪われながら他国を侵略するよりは、よっぽどやりがいのある計画だと思いませんか?」
傲慢「私達、結ばれることになりました!」
などと、いきなり言えるわけもなく。
王子の口からは、休戦の延長について述べられた。
他国への支配は続けるという宣言のもと、秘密裏に1つの巨大な王国の建設計画が進められることになった。
それは、昨日の遊び人の一言がすべてのきっかけだったというわけでもなく。
大罪の装備の特性についてまだ完全に把握していない王子も、この装備を利用してより良き国の建設をすることについては日々考えをめぐらしていた。
最期の一滴がコップから溢れて、怒りがわき出すことがあるように。
ある一日をきっかけに、今まであたためていた計画が動き始めることもあるのだ。
わかってから動こうとすると、いつまで経っても動くことはできない。
わからないまま動こうとすると、必ず道を誤る。
誤るのは仕方のないことで、誤る度に修正しながら、正しき道を模索していくしか無い。
ただ、今回、王子に一つだけ落ち度があるとしたら。
憤怒「……すまなかった」
傲慢「もういいよ」
謝ることが、遅かったことだ。
そしてここにも、もう一人。
演説場の高台で一人座る遊び人と、一人の男の観客がいた。
勇者「昨日で終わったんじゃないのかよ」
遊び人「選考は7日間。今日まで本当は選考は続いているのよ」
勇者「そうかよ」
遊び人「王子の目にかなう者はいなかった、ってことで中止にされちゃったけどね」
勇者「誰も信じてないだろそんなこと。王子があの子のことを……」
遊び人「誰もがわかっているからといって、口に出しちゃいけないことってあるじゃないの」
勇者「そんなもんか」
遊び人「そんなものでしょ」
勇者「でも、その逆もまた然りだろ」
遊び人「なによそれ」
勇者「遊び人」
遊び人「何?」
勇者「色々酷いこと言って悪かった。本当にごめん」
わかっているからといって、言葉で伝えなきゃいけないことがある。
勇者「本当にごめん」
遊び人「しゃ、謝罪はいいからさ!それよりこの数日間どこに姿を消してたのよ!」
勇者「傲慢の街に行ってたんだ」
遊び人「えっ?」
勇者「俺も問題を解いただろ。第二問に精霊の加護の特性に関する問題があった」
勇者「一人の戦士に対して、勇者Aと勇者Bがパーティメンバーに同時に加入させることは可能であるか、それとも不可能であるか。
可能である場合、勇者Aは町A、勇者Bが町Bで同時に死亡した場合、2人から同距離の町Cにいる戦士が死んだ場合はどちらの町で復活するか」
勇者「答えは不可能。でも、その答えを知っているのなんて、研究者か、それらを試した本人達くらいのものだ」
遊び人「私もお父さんの本棚にあった本から見たけど……学者はともかく、姫様も解けたわけだし」
勇者「可能である場合は問題が長く続くだろ。そうすると回答者は可能であると思い込む。お姫様はそれがひっかけだと見抜いたんじゃないのかな」
勇者「傲慢の街とそう憤怒の城下町はそう距離が離れていない。そして2人の勇者がいる。俺はこの2人の間に何かしらの繋がりがあるんじゃないかと思ったんだ。実際に、過去に一人の戦士を同時にパーティに入れる試みをしたのかもしれないって。彼女の故郷が、この王国に飲み込まれたことまでは想像つかなかったけどな」
勇者「いろいろな聞き取りをしたけど、噂話を拾えたくらいで、確信に迫るものはなかった。無駄足だったんだ」
勇者「遊び人が一人で戦ってる中、俺も何かしなくちゃって気持ちが駆られてたんだ」
遊び人「そうだったんだ……」
勇者「ごめん」
遊び人「だから、もう、謝らなくて……」
遊び人「…………」
遊び人「わ、私も……」
遊び人「ええーと、その……」
遊び人「私こそ……」
好きだから、泣いた。
怒りは赤色。
愛も赤色。
怒りはいつも、本音と反対の場所にある。
本音を伝えれば済む問題を、人間は愚かなもので、誤って怒りを選択してしまう。
生きてるうちに、他人と争ってしまうのは仕方のないことで。
そのまま争いを続けるのも、別れてしまうのも簡単で。
でも、それがどうしても嫌だと思うなら。
それが嫌だと、伝えるしか無い。
それが嫌だと、思っているだけでは伝わらない。
怒りを救う魔法の呪文は、無口詠唱では唱えられない。
言い訳を、ぐっと飲み込んで。
照れ笑いや、苦笑いを堪えて。
勇気を、出して。
遊び人「私こそ、ごめんなさい」
遊び人「仲直り、しましょ」
赤い糸は、愛と、微量の怒りで紡がれている。
拡声石を外した傲慢と、突然現れた憤怒の王子が何を話していたか、騒ぎ立てる群衆は聞き取れてなどいなかった。
けれど、傲慢に対するあの王子の怒りと怯えの入り混じった表情を見て、群衆は理解していた。
王子は許嫁を諦め切れてなどいない。
この2人の糸は、もつれていれど、ほつれてはいなかったのだと。
遊び人「本来であればさ、今日お嫁さんが決定して、儀式が行われていたはずなのよ」
遊び人「なのに、あの2人は、周囲のわだかまりから抜け出せず、お互いをどう思っているかを公言しようともしない。今は敵国として対峙し合うそれぞれの国の長であるから」
遊び人「みんな、うすうすわかっていることなのよ?」
遊び人「どうにかできないのかな」
勇者「…………」
勇者「もしも、怒りが人の理性を奪うもので」
勇者「感情的で愚かな選択に導いてしまうものならば」
勇者「人々を怒らせれば、2人を結ばせてあげられるかもしれない」
遊び人「どういうこと?」
勇者「この6日間必死で聞き集めた、2人の思い出を話せばいい」
勇者「結ばれない2人が生まれる理不尽な世界に対して、腹を立てて貰うんだ」
再び演説場に立ち上がり、兵士から(適当な理由を並べて)借りた拡声石に、勇者は語りかけた。
勇者「号外!!号外!!」
通行人が何人か立ち止まった。
勇者「優勝者の発表です!!優勝者の発表です!!」
次々と通行人が足をとめて、遊び人と見慣れぬ男に注目をした。
演説場には他にも。
お姫様「他人の恋の応援に、手伝う義理なんかないんだけどなぁ」
学者「私も、今夜中にでも祖国に帰るつもりでしたのに」
遊び人「まあまあ。振られたもの同士、たぶらかしてくれた王子様に対する怒りでもあらわしましょうよ」
遊び人「あなた達が2人を認める姿を見せることで、”公認”のための大きな後押しになるの」
遊び人は勇者の持つ拡声石に話しかけた。
遊び人「さあ、最期のスピーチです。今夜のゲストは、私が6日間語り続けたこの男です」
勇者「えっ、なに、俺のこと話してたの?なんかざわついてるんだけど」
遊び人「それでは、お願いします!!」
勇者「後で詳しく聞くからな……」
勇者「それでは、語らせていただきます」
勇者「国家という大きな責務に人生を束縛され、結ばれることが叶わなかった2人の物語について」
それがやがてあなたに接する態度である。
その人が敵に対峙する姿勢をみよ。
それがいつかあなたを守る時の姿勢である。
【傲慢の勇者の思い出&憤怒の勇者の思い出】
生まれつき優秀な少女に、お母さんは諭した。
「いつも怒ってちゃいけないのよ」
「どうして?」
「好きな人の前でだけ怒るとね、それが愛情だとちゃんと伝わるからよ」
バン!!
アカデミーの昼食の時間、おぼんを叩きつける音が食堂中に響いた。
傲慢「あんた達!またあいつの教科書捨てたでしょ!!」
「知るかよばーか」
傲慢「そんなんで世界を救う英雄になるとか言ってるの?」
「こいつ、気があんじゃねえのか」
傲慢「あんた達の卑屈さが許せないだけよ!!」
傲慢は、食堂の隅で一人ご飯を食べている憤怒に話しかけた。
傲慢「あんたも何か言い返したらどうなの!?」
憤怒「…………」
傲慢「勇者でしょ!?立ち向かいなさいよ!!」
憤怒「……いいよ」
傲慢「はぁ!!」
憤怒「ご飯食べないと昼休み終わっちゃうよ」
傲慢「もう!!食べるわよ!!」
憤怒の少女……ではなく、傲慢の少女は自分の席へと戻った。
彼女は自分に絶大な自信を持っており、自分は他の弱者を救うために生まれてきたと自覚しており、多少の歪みはありつつも正義感に溢れて生きていた。
生まれながらに器用で、優秀で、賢いはずだったが、父親から怒鳴られ続けていた少年。
彼は短気な父親から自分の振る舞いを全て暴言や暴力で否定されており、本来の自分を出せなくなった。いつしか人と触れ合うことを避け、孤独に生きていた。
しかし、彼には幸いにもやさしい母親がおり、人を許して生きていくことができた。
そして、もう一つ幸いなことに。
人に期待することを諦めたかのような彼の態度に苛立ちを覚えながらも、傲慢な女の子が彼の存在を認めてくれたのだった。
憤怒「……はい」
憤怒は校庭の指定された位置に立ち、右手を前に突き出した。
先生「放て」
憤怒はぼそぼそっとした声で、炎の呪文を唱えた。
先生のつくりだした呪文壁に命中した。
先生「うーん、4点ね。狙いはいいけど、威力が弱い。完全に無効化されてるわ」
「なんだよ、あの王国の王子様も大したことねーじゃん」
「しっ、やめとけ。あいつの親に知れたらどんなことになるかわかんねーぞ」
「知るかよ。あいつの国はな、俺の友達の故郷を燃やしたんだ」
傲慢「あんたたち試験中よ、うるさいわ」
先生「次の生徒」
傲慢「はーい」
傲慢は校庭の指定された位置に立ち、左手を前に突き出した。
先生「放て」
傲慢「『傲慢の化身よ、己が自尊心を打ち立て神に雷撃を突き返し給え』」
傲慢「『ヒュブリス!!』」
傲慢は雷撃の呪文を放った!
先生のつくりだした魔法壁を粉微塵に破壊した!
先生「…………」
傲慢「ねえねえ、先生、何点?」
先生「はぁー……私も自信を無くしちゃうわね。雷撃の呪文を使用できるだけでなく、精霊への敬意の込め方も独創的だったわ。10点満点だけど、100点よ」
傲慢「やったー!」
憤怒「……目立ちたくないから」
傲慢「本当に勇者の素質があるのかって、みんなから疑われているよ?」
憤怒「僕はただ、雷の呪文が操れるだけだよ」
傲慢「それが凄いことなのよ!このアカデミーでも雷撃の呪文が使えるのは私達だけなのよ?」
傲慢「精霊の加護がいつか降り注ぐ日が楽しみだと思わない?不死の身体を手に入れられるのよ?」
憤怒「魔物に引き裂かれて、焼かれて、それでも立ち上がって戦う義務に過ぎないよ」
傲慢「はぁー。あんた、話してると疲れるわ」
憤怒「ご、ごめん」
傲慢「まあいいけど」
傲慢「お父上様から酷い虐待を受けてるって」
憤怒「…………」
憤怒「虐待じゃないよ」
傲慢「嘘ばっかり」
憤怒「父上は短気だけれど、決断力があって、頭も切れるし剣技の腕も立つ」
憤怒「ただ。自分の期待に沿わないものに、徹底的に厳しいだけなんだ」
憤怒は服をまくって、自分の身体を見せた。
傲慢「……嘘でしょ」
憤怒の身体は痣だらけだった。
憤怒「初めて人にみせた。どう思った?」
傲慢「……どうって」
傲慢「私のパパも、ご存知の通り国を統べるような偉い人だけどさ。ずっと私に愛情を注いでやさしく育ててくれたわよ」
傲慢「こんな、酷いことって……」
その時、遠くから学友の声が聞こえた。
「おい!!傲慢が憤怒の服を脱がせようとしてるぞ!!」
「痴女だ痴女!!成績優秀ハレンチスケベ~!!」
傲慢「あいつら、空気も読まずに……。全員焼き殺してやる……!!」
蒸気が出そうな勢いで歩いて行こうとする傲慢に、憤怒は尋ねた。
憤怒「あのさ。君は、どういう時に怒るの?」
傲慢「こういう時よ!!」
憤怒「こういうって?」
傲慢「プライドを侮辱された時よ!!」
憤怒「プライドってなに?」
傲慢「傷つけられたくない心をそう呼ぶの!」
傲慢「私は私が守りたいものを守るの!!その中には私自身も含まれるの!!」
傲慢「なぜなら、私を愛してくれる人がいるからよ!!」
憤怒「それは、君の恋人?」
傲慢「馬鹿!!そんなのいるわけないでしょ!!私のパパとママよ!!」
憤怒「ふふ、そっか」
傲慢「何がおかしいのよ」
憤怒「何でもない」
傲慢「あいつらに地獄見せてくる!!」
怒れる人を見て、安堵を感じたのは彼にとって初めてのことだった。
恋人をつくるには少し早い、傲慢な少女と、諦めた少年。
この日から幾月も経たない内に、将来の王子と后となることが周囲によって決められた。
そして。
この少年が本気の怒りを顕すのも、先のこと――。
過去に滞在した時には、国民は自分のことを王女のように慕ってくれた。
薬草の調合が趣味の変わった少女とも仲良くなり、第二の故郷のように感じていた場所だった。
故郷の消滅に関して、情報は錯綜していた。
敗者の語る事実は闇に葬られ、勝者の語る言葉が歴史に刻まれるように。
世界に表立って言われていることと、傲慢が独自に集めた情報とでは、あまりにも情報が異なっていた。
傲慢の両親がまるで極悪人の裏切り者であるかのように、周辺諸国は信じ切っていた。
元々呪文のセンスに長けていた傲慢は、勇者の雷撃呪文を活かした洗脳呪文を開発し、全ての事実を知ったのだった。
地面に横たわる傲慢に向かって、青年になった憤怒は激怒した。
傲慢「……ははっ。数年ぶりの再会で、倒れているところを怒鳴られるなんて。前に再会した時はあんなに泣きそうになっていたのに」
憤怒「独りで魔王城なんかに乗り込むからだ。エルフから無謀な女がいると聞いたぞ。魔剣の存在も知らないのか」
傲慢「知ってるよ。死ぬ覚悟で戦いにきたのよ」
傲慢「大切に思ってた人達から裏切られて、大切な人達がみんな殺されちゃって」
傲慢「あなたの国が、私の故郷を滅ぼして」
傲慢「死んでもいいから、戦おうかなって、自暴自棄になっただけ。これは覚悟とはいえないかな」
憤怒「…………」
黒いドレスを着た少女は呆れていた。
「ハンサムなお兄さん初めまして。私の名前はマリア。四天王の一人よ」
マリア「ところで、3人いたはずのお仲間は死んじゃったのかな?」
憤怒「この広間にたどり着く途中でな」
マリア「よかったね。おわかりのように、ここの地面には精霊殺しの陣が敷かれている。目立つけれどとっても頑丈な造りなの」
マリア「だから、あなた達がここで負けたら精霊ごと死んじゃうの。よくも魔王城で、私に挑もうなんて思ったなぁ」
マリア「それにしても、泣けちゃうなぁ。大切な仲間を危険に晒して、一人で私達を倒そうなんていう傲慢甚だしい女を追いかけてくるなんて」
傲慢「……人間を舐めるんじゃないわよ」
マリア「ふわぁー」
あくびをしている少女に向かって、傲慢は左手を向けた。
傲慢「『ヒュブリス!!』」
眩い閃光と共に雷撃が少女に伸びた。
マリア「キャッ!!」
少女は驚いて口を開けて、雷撃をゴクンと飲み込んだ。
マリア「…………クゥ~!!沁みるぅうう!!」
少女は目をつむって痛そうに頭を抑えながら、地団駄を踏んだ。
「許さないんだから~!!」
少女が口を開けると、口の中からぬいぐるみがヌメェッっと吐き出されてきた。
ぬいぐるみを見て、憤怒は思わず言葉をとめた。
傲慢「……わたし?」
傲慢の勇者を模した人形だった。
少女は人形の腕をふりまわすようにいじった。
傲慢「危ない!!」
傲慢の身体が勝手に動き、剣で憤怒を切りつけようとした。
憤怒は寸出のところで躱した。
憤怒「コントロール系の呪術か」
マリア「ふふーん、しんでからのお楽しみ」
少女はニンマリと笑った。
気絶させようとして万が一にでも殺してしまったら、傲慢を教会に転送しようとして現れた精霊が殺されてしまう。
ただでさえ戦闘能力の高い傲慢を、魔族最高峰の召喚士が操っており、簡単に組み伏せることはできなかった。
傲慢の攻撃をただ躱すしかなかった。
マリア「たいくつだなぁ。じゃあ、これならどう?」
傲慢は剣を自分の首にあてた。
傲慢「う、うそ……」
憤怒「やめろ!!」
傲慢の自殺をとめようと憤怒が飛び出した。
途端に傲慢は左手を突き出した。
傲慢「『ヒュブリス』!!」
近距離まで迫った憤怒に、雷撃が直撃した。
マリア「呪文のコントロールまで可能なんて、どれだけ戦闘力に差があるのよ」
マリア「あなた達なんて目瞑っても殺せるわね。どんなものかなと思って遊んであげたけど、やっぱり人間は弱過ぎるわね。そろそろ終わりにしよっか」
少女は色の着いた棒を取り出し、異様に早い速度で地面に絵を描き始めた。
マリア「六芒星なんて描いてらんないよね。生み出したい絵を描いた方が楽しいのに」
カカカカ、カカッっと響く音がして、即座に絵が完成した。
マリア「キャー!素敵ー!!うっとりするわ」
憤怒「あ、あれは!禁書に姿絵が載っていた……!」
マリア「本物には及ばないけど充分素敵よ。さあ、あいつらを殺してちょうだい」
マリア「魔王さま!」
絶望が2人に襲いかかった。
傲慢のコントロールが解かれた。
憤怒「下がっていろ!!」
憤怒は傷ついた身体で戦った。
傲慢の勇者を相手にしてこそ力を全く出せなかった憤怒の勇者。
今でこそ、実力の全てを発揮することができるが。
憤怒「……ぐぉおおお!!!」
マリア「うふふ!!やっちまえー!!」
魔王のコピーの戦闘能力に遥かに及ばなかった。
マリア「たかが人間の代表と、魔族の最高峰では、呆れるくらいに実力がかけ離れているよねー」
マリア「だからこそ、”不死”という加護を精霊が人間に与えることになったんだろうけど。精霊殺しが開発された今じゃもう勝ち目ないね」
マリア「じゃ、まずはそっちの女の子から殺してくださいませ」
傲慢「あ……あ……」
憤怒「やめ…ろ…」
マリア「素敵な男性が、絶望に苦しむ顔を見たいの。人間でもハンサムはいいものだわぁ」
マリア「死になさい」
魔王のコピーが、黒々と輝く魔法玉を創り出した。
生きがいを失って、孤独に冒険していた。
それは全て。
憤怒「俺が、守ってやれなかったからだ」
憤怒は腹立たしく思った。
世界が絶望的で、理不尽な人間で溢れかえっていることなど、とっくに諦めていた。
けれど、そんな世界においても、守りたいものを守ることのできる自分でありたかった。
傲慢「ごめんね。私のせいで」
傲慢は憤怒の頬に手を添えた。
やさしかった母親が亡くなった日以来。
ずっと流すことのなかった涙を、憤怒は流した。
静かな憤りを感じた。
叫ぶことも、嘆くことも、怒り狂うこともない。
母親のやさしさに包まれて穏やかに生きてきた少年は。
この時、初めて自分の体の中に流れる、父親の血を感じた。
憤怒「……嬉しかったんだ」
傲慢「えっ?」
憤怒「俺のために、おぼんを机に叩きつけてくれたことが」
マリア「はぁー!?うそでしょ!?」
憤怒「グォァアアアアアアアア!!!!!」
怒り狂った獣のように、憤怒は駆け出した。
傲慢「今の、なによ……」
傲慢「いきなり、兜が現れて……」
憤怒の動きを、もはや傲慢は目で追うことができなかった。
魔王のコピーは憤怒に馬乗りにされ、物凄い速度で殴られていた。
バサバサという音が響き渡り、紙切れが風で飛ぶように魔王のコピーは消滅していった。
マリア「魔王様がおっしゃっていた話は本当だったというの……?」
マリア「だとしたら、あれは、”憤怒の兜”!!」
マリア「まずはコントロールを……」
マリア「……!?」
べちゃべちゃと液体が飛ぶようなくぐもった音が聞こえたあと、少女は紫色の血液とともに人形を吐き出した。
マリア「グボォオエエエエ!!!」
吐き出した憤怒の人形は召喚士のコントロールを振り切り、主を攻撃しようとした。
少女が急いで呪文のキャンセルを唱えると、人形は消滅した。
マリア「グブ……オェ……これも駄目……」
マリア「もう、あれを使うしか……」
少女は両手を同時に使い、地面に絵を描き始めた。
マリア「……えっ?」
憤怒「グァアアアアアアアアアア!!!」
少女の両手は吹き飛んでいた。
マリア「……遊ぶ余裕くらい、与えてちょうだいよ。短気な男は嫌いよ」
魔族最高峰の四天王の一人は、原型を留めないほどに一人の勇者に潰された。
打撃音がしばらく続いたあと、ぴたりと音が止んだ。
傲慢「……憤怒?」
憤怒「……ニゲ…ロ……」
憤怒は身体を地面に激しくぶつけた。
怒りに満ちた目で傲慢を睨みながら、必死でそれを自制しようとしているように見えた。
傲慢を殺す欲望に駆られながら、破壊を止めようと理性が虚しく抵抗していた。
傲慢「……世界はどうしてこうも」
傲慢「人間を、悲しませることしかできないの」
自分の身体を掻きむしる憤怒を、泣きながら見ていた。
傲慢「……私はどうしてこうも」
傲慢「自分のことしか、気にかけることができなかったの」
傲慢「大好きな王子様が救ってくれることを当然のように期待するだけで」
傲慢「私が彼を、守ってあげようとはしなかった」
傲慢「誰かに認められることばかりを望んで」
傲慢「誰かを認めてあげることなんて考えなかった」
傲慢はのたうち回る憤怒の元に歩み寄った。
傲慢「もう、いいよ。そのままじゃ死んじゃうよ」
傲慢「世界中を滅ぼしてでも、あなたには生き残ってほしいの」
傲慢「まずは、世界一傲慢な私を、殺してちょうだい」
傲慢「今まで見てあげなくて、ごめんね」
理不尽な世界は、最期まで理不尽だった。
今まで散々不幸な出来事を2人に与えておきながら。
傲慢「……今の光は、さっき現れたのと同じ」
傲慢「この、盾は」
気まぐれに、救いを与えた。
勇者「四天王を倒してからもまた、2人は離れ離れになってしまいました」
勇者「傲慢の勇者は、彼の足枷になることをやめたかったんです」
勇者「けれど、お互いに惹かれる思いは強く、2人は再びこの王国で再会することがかないました」
勇者「みなさん」
勇者「また2人を、引き裂いてもいいのでしょうか」
勇者「もしも傲慢の勇者がこの国を許してくれるのなら。いや、決して許すことなどできないでしょう」
勇者「しかし、許せないままに、再び手を取り合うことを望んでくれるのなら」
勇者「彼女を、后に迎えませんか?」
遊び人「裏切ったのは傲慢の少女の祖国だと信じて戦っていたって」
勇者「うん」
遊び人「どっちが正しいんだろうね」
勇者「何も正しいことなんてないんだろ」
遊び人「そうかもね。でも」
遊び人「今日という日は、正しそうに見えるけど?」
多くの人が駆り出されて、急いで式典の準備を始めていた。
本来行われるはずだった結びの儀式は中止になっていたが。
憤怒の城下町と、傲慢の街の友好を結ぶ式を挙げる準備が行われていた。
遊び人「勇者が頑張ってくれたおかげかな」
勇者「俺はきっかけの1つにしか過ぎないよ。みんなが本当は望んでいたことだったんだ」
その兜を掲げ、王子は宣言した。
憤怒「傲慢の街と私達は、手を取り合って生きていかなければならない」
私情が見え透いたその言葉に、しかし反対を示すものはいなかった。
遊び人「憤怒の兜の封印は、もうしばらく待ってもよさそうね」
遊び人「封印でもしなければ、市民がまた暴動を起こすと思っていたけど」
遊び人が広場を見渡すと、薬剤師の女の子が、今度は嬉しそうに涙を流していた。
勇者「当初の予定だと、ここで兜を奪う予定だったんだよな」
遊び人「あはは。あらゆる人々の激怒を買っちゃうね」
憤怒と傲慢は、握手をしていた。
遊び人「傲慢の勇者、照れを隠しきれてないね。かわいいなぁ」
傲慢「昨日も言ったけど、冒険が終わったら、最後に私達の場所を訪れなさい。傲慢の盾も、憤怒の兜も好きに使わせてあげるから」
遊び人と勇者は顔を見合わせ、笑みをこぼした。
傲慢「私達も国を守らなければならないから、しばらくは持っていさせてほしいの。これから大国統一の計画にも取り掛かるし」
遊び人「本当にありがとう」
傲慢「お礼を言うのはこっち。あなたたちが、私の代わりに怒ってくれたんだもの」
傲慢「この国が憤怒の父、元国王に騙されていたことは知っていたの。だけれど、故郷を滅ぼされたこと自体に対する怒りはおさまらなかった」
傲慢「怒りを主張して何が変わるかもわからない。冒険を通してやることなすこと全て裏目に出てね、何を信じればいいかわからなくなっていたの」
傲慢「プライドがへし折られちゃってたから」
傲慢は力無く笑った。
お姫様「はぁー、王子様タイプだったのになぁ…」
お姫様はため息をついた。
学者「これから忙しくなりそうですね」
憤怒「ああ。今まで目指していた方向と、対局に向かうわけだからな。君達の力もどうか貸して欲しい」
遊び人「全国の女性をたぶらかしておいてよく言いますねえ」
憤怒「僕のことを本心で好きでいてくれた女性なんて1人しかいないさ」
傲慢「はぁ!?」
遊び人「ふふふ」
お姫様「羨ましいなぁ…タイプだったのになぁ…」
遊び人「味方も今ならたくさんいますよ」
憤怒「そうだな。そして、彼女もいる」
憤怒は傲慢を見つめた。
傲慢「そ、そういうのは人の前では……」
遊び人「二人きりの時がいいってこと?」
傲慢「ちょっと!!」
一同は笑った。
照れくさそうにしている傲慢と、一名を除いて。
お姫様「いいなあ。素敵だなぁ」
お姫様「ハンサムだし、強いし、やさしいし」
学者「あなた、いつまで……」
お姫様「精霊の加護もついてるし、不思議な兜も持ってるし、羨ましいなぁ」
お姫様「"嫉妬"しちゃうくらいにさぁ」
お姫様は、取り出した笛に口をつけた。。
殺気を感じて傲慢が反射的に発動した防御呪文のおかげで、勇者達は気絶せずに済んだ。
しかし、憤怒の持っていた兜ははじきとばされ、奪われてしまった。
広場では人々が耳を抑えながらうずくまっていた。
傲慢「音の呪文の使い手だったのね。まさか湯水の国が裏切るなんて……」
憤怒「それはまだわからない。成りすましだったのかもしれない」
憤怒「この女が何度も繰り返している言葉があった。それを愉しんで言っていたとしたら」
清々しい顔で演奏を終えたお姫様は言った。
お姫様「そうよ。世界中の嫌われ者にして、数多くの勇者を殺してきたと噂されてきた」
お姫様「処刑の王国の、術士よ」
お姫様は、憤怒から奪い取った兜を手でいじっていた。
お姫様「魔力も備わっているし、国宝にふさわしいものなんだろうけど、憤怒の装備じゃないわね」
遊び人「元々は、私達が強奪する予定だったんだけどね」
お姫様「気に食わないわね。本物はどこに隠してあるの?」
憤怒「世界のどこかにな」
お姫様「だったら、手始めに。この国の住民全員殺して、隅から隅まで探してやるわよ」
お姫様は再び笛に口をつけた。
避難する市民を守りながら、憤怒と傲慢はお姫様を隅に追いやっていた。
憤怒「まだ城内に避難できていないものはいるか」
隊長「市民の避難は済みました。残るは兵士のみです」
憤怒「わかった。君たちも下がれ」
隊長「そんな!!私達は何のために!!」
憤怒「相手が違いすぎる。君たちは、城内で市民を守り続けるんだ」
隊長「しかし」
憤怒「私を怒らせるな」
隊長「……承知しました」
去ろうとする隊長は、思い出したかのように付け加えた。
隊長「それと、非常事態の対策に従い、例の職業の者だけは……」
憤怒「わかっている。こういう時、彼らはテコでも動かない」
憤怒は教会を見て、その中に神父がとどまり続けていることを確認した。
お姫様「はぁー。思ってたより手強いなぁ。あのウスノロどもはまだ迷ってるみたいだし」
お姫様「おーい!こっちだよぉ!」
お姫様は町の外に向かって手を振った。
魔物の大軍が草原をうろうろと彷徨っていた。
お姫様「街の守護すら突破できないなんて。これだから図体でかいだけの魔物は嫌なのよ」
お姫様「バカの研究者達もいつまで経っても来ないし。全員処刑にされても知らないわよ」
お姫様「さて、と。研究者が到着するまでは適当にいなしておく予定だったけど、遅刻してるんだからちょっとくらい遊んでもいいよね」
お姫様「さて、隕石でも降らせますか」
お姫様は目を閉じた。
憤怒「詠唱する隙きを与えるな!!」
傲慢「もちろん!!」
2人が飛び出そうとした時だった。
遊び人「待って!!あの構えで物体召喚なんて……」
傲慢「うっ!」憤怒「くっ!」
憤怒と傲慢がよろめいた。
お姫様「残念、勇者感知の呪文でした!」
お姫様「今のうちにっと」
お姫様は大きな鈴を取り出して振り始めた。
勇者「遊び人、自分の耳を塞げ!」
勇者は駆け出し、両腕でだき抱えるように、傲慢と憤怒の両耳を可能な限り塞いだ。
勇者「ぐぁああああ!!!」
両耳から血が流れていた。
傲慢「どうして……」
遊び人「より戦闘能力の高い、あなた達を優先させたのよ」
傲慢「私が聞きたいのは……」
遊び人「次の攻撃くるよ!!」
両耳から血が流れていた。
傲慢「どうして……」
遊び人「より戦闘能力の高い、あなた達を優先させたのよ」
傲慢「私が聞きたいのは……」
遊び人「次の攻撃くるよ!!」
憤怒「うぐっ!」
神官の前に、どこからともなく傲慢と憤怒が現れた。
憤怒「突然巨大な爆発呪文を唱えられた」
傲慢「なんなのよあいつ。並の人間の強さじゃないわ!」
息着く間もなく、教会の扉がバンと開いた。
お姫様「すごーい、本当に転送されてる。肉眼じゃ追えなかったよ」
お姫様「あれ、あんた達もどうして?」
お姫様は勇者と遊び人を見た。
遊び人「くっ……」
お姫様は悩んだ表情をしたあと、言った。
お姫様「もしかしてパーティメンバーだった?どっちに所属してるのかしんないけど」
お姫様「まぁ、雑魚はどうでもいいか」
お姫様は笛を取り出した。
傲慢が呪文を唱えると、耳の中に水が詰まったような感触がした。
周囲の音が聞こえなくなった。
傲慢「%(O)J」”$(‘%”(!!」
傲慢は剣を構え、お姫様へ突進した。
高速で繰り出される戦闘に、他者の入る余地はなかった。
傲慢が剣で斬りかかろうとするも、お姫様は笛ではじき軽くいなしていた。
戦闘を見守る中、憤怒の勇者が異変に気づいた。
憤怒「$(%“%&‘”)!!?」
憤怒が地面を指差すと、うっすらと魔法陣のようなものが出現し始めているのが見えた。
憤怒は教会の隅へ走り、ぼろぼろの木箱から”憤怒の兜”を取り出した。
お姫様はそれをみやると、嬉しそうに笑った。
傲慢が戦闘する中、3人は外へと出た。
教会の外に出ると、白衣を着た男たちが数名、教会を囲って詠唱を唱えていた。
遊び人「これ、教会ごと、捕縛呪文をかけようとしてるんだと思う!」
勇者「憤怒!!傲慢を外に連れ出すんだ!!」
憤怒「わかった。持っててくれ」
憤怒は兜を遊び人に預け、再び教会の中に入り込んだ。
勇者は白衣を着た男に突進した。
しかし、見えない壁のようなものに阻まれた。
勇者「いって!!なんだこれ!!」
遊び人「詠唱の邪魔をされないように防御壁を張ってるんだわ。ちょっと見せて」
遊び人が勇者のもとにかけより、見えない壁をなぞった。
勇者「硬化の呪文か?」
遊び人「えっと、だとしたら、軟化の呪文で相殺できるけど……」
遊び人「指でなぞると、硬い感触は感じられないわね」
遊び人「…………なるほど」
遊び人「時延化の呪文よ。時の流れを遅くしてるんだわ。だから、時間のはやさが通常の私達が触れようとすると摩擦が生じてしまうの」
勇者「?????」
白衣を着て詠唱を続けていた男は、驚いた表情を見せた。
遊び人「時間を対価にして物体の移動を許してるの。時間の進みが遅ければ、物体はゆっくりとしか動けない。そしてこの壁は、早い時間で動く私たちに、そんなに大きな対価は受け取れませんって拒んでるわけ」
遊び人「仲間と会話したり詠唱のタイミングを合わせるためにどこかに穴はあけてあるんだろうけどね」
遊び人「対処は二つ。この壁の時間を通常の流れに戻すか、私達がもの凄く遅い時間の流れに合わせるか。前者の選択しかありえないけどね」
遊び人が解説しているうちに、憤怒と傲慢と、お姫様が外に飛び出してきた。
その瞬間、教会全体が黄土色の輝きに包まれた。
研究者「ふん、惜しかったな。だが、檻は完成した。あとはもう一度そいつらをこの中に追いやれば終わりだ」
研究者「俺らの仕事はここまでだ。そこの女に防御壁の性質を見抜かれた。あとは任せたぞ」
6人の研究者たちは移動の翼を取り出すと、その場を離れた。
お姫様「ちょっと!!あんた達遅れといて何なのよ!!」
お姫様は遊び人の抱える兜を見た。
お姫様「よく考えれば教会に隠すのはいい案よね。だって、非常時に教会に転送されるわけなんだから」
お姫様「それじゃ、頂くわよ」
お姫様は遊び人のもとに歩みだした。
傲慢と憤怒も駆け出そうとするが、見えない障壁に阻まれた。
傲慢は急いで時縮化の呪文を唱え始めた。
お姫様「あいつら良い置き土産を残してくれたじゃない」
お姫様と、勇者と、遊び人が対峙した。
お姫様「安心して。死んで教会に転送されても、捕縛されるだけだから。しばらくは死ななくても済むわ」
お姫様「思う存分、戦いましょう」
お姫様が笛を構えた。
勇者「くそっ……時間を稼がないと」
遊び人「勇者、少し持っててちょうだい」
遊び人は兜を勇者に渡すと、前に出た。
遊び人は両手を空中に乗せるように浮かし、祈りを唱え始めた。
お姫様「へえ、魔法使いか何かだったの?」
お姫様「雑魚の呪文なんて興味ないわ。すぐ叩きのめすのみよ」
お姫様は構わず笛に口をあてた。
遊び人「『リコルダーティ』」
遊び人「『スケルツォ』
お姫様は顔色を変え、演奏を止めた。
遊び人「『ベルスーズ』」
憤怒も空気の流れが変わったことに気づいた。
遊び人「『主を失いし旋律の怨嗟よ』」
お姫様「な、なんなのよ、この魔力は……」
遊び人「『大罪の仇讎曲を奏で給え』」
お姫様は恐怖に駆られた顔をし、後退りをした。
遊び人「『Morte』」
遊び人「『Tremolo……』」
遊び人はしゃがみ込み、落ちていた小石を宙に放り上げ、口でキャッチした。
遊び人「…………」
遊び人「……死ね私」
お姫様「…………えっ」
お姫様「えっ、えっ」
お姫様「えええええ!!?」
お姫様「う、うそでしょ!?」
遊び人は赤面しながら、悔しそうに唇を噛んでいた。
お姫様「あはははは!!!うける!!!ちょー笑ける!!!」
お姫様「もしかしなくても、あんた!」
お姫様「遊び人なのね!!」
遊び人という職業の者は、基本的に、戦いをさぼる。
とりわけ、戦うなという父の願いを込めて強制転職された彼女は、その度合いが甚だしい。
お姫様「いつか賢者になれた時に、唱えられるといいわね、遊び人さん!」
お姫様は再びケタケタと笑った。
遊び人「と、唱えたことあるのに……」
涙目の遊び人の背中を勇者はやさしく叩いた。
傲慢「解除できたわ!!」
傲慢と憤怒が駆け寄ってきた。
憤怒「いい時間稼ぎになったぞ」
傲慢「あいつの特性はだいたい見抜いたわ。あとは私たちに任せなさい」
傲慢「広範囲にわたる音の呪文を発動している割には、本人は耳栓の呪文も唱えていない。なのに私達の会話は聞こえてる」
傲慢「音色の範囲に穴があるのよ。音への着色をすれば、攻略できそうだわ」
肩を落とす遊び人の前に立ち、2人の勇者は力強く胸を張った。、
お姫様は傲慢に蹴り飛ばされ、教会の中に入っていった。
お姫様「ちくしょお……」
中には気絶して地面に横たわっている神父だけがいた。
お姫様「……う、うぐっ!?」
お姫様はえびぞりに身体を反らせ、硬直した。
お姫様「う、うぐ…!がは…!!」
遊び人は教会の中を見て言った。
遊び人「……何が檻よ。こんなの拷問器具と一緒よ」
勇者「神父気絶してるぞ……」
傲慢「次の対策を練るわよ。この子は何かの時間稼ぎをしているようにしか見えなかったわ」
勇者「さっきの研究者達だけど、この街ごと檻で閉じ込めようとしているんじゃ……」
憤怒「この範囲の街に何かを施そうとしたら軍隊レベルの数が必要だ。それに、街の守護というものは強力で、外部から手を加えるなんてことはそうそうできん」
憤怒「傲慢、頼みがある。傲慢の盾を持ってきて欲しい」
傲慢「…………」
憤怒「僕が憤怒の兜を装備したら、理性を失って、誰にもとめることができなくなる。その時は傲慢の盾を装備した君しか僕を抑えられるものはいないんだ」
傲慢「……わかったわ。でも、時間がかかるわよ」
遊び人「トロフィールームに置いてないですよね?」
傲慢「もうそんなことしてないわよ。誰も興味を引かないような場所に埋めてある」
傲慢「私が取りに行く間、憤怒はこの街を守っていてちょうだい」
憤怒「ああ」
傲慢「それと。あなた達も、城の中に避難しなさい」
勇者「えっ?」遊び人「うっ?」
傲慢「あなた達の戦闘能力はよく知ってるわよ。教会に結界が張られた今、精霊の加護に頼っていられた今までとは違うの」
勇者と遊び人は顔を見合わせた。
憤怒「憤怒の兜を君たちが持っていてくれ。脇に抱えながら戦うことはできない。必要になったときは合図をするから、城からそいつを投げてくれ」
勇者「…………」
遊び人「そうね。勇者、お城の中に入りましょう。敵のいない今のうちしか、城内への橋を渡す時間が取れないわ」
遊び人「行きましょう」
遊び人と勇者が、城の中に戻ろうと歩み始めた時だった。
バチバチバチ。
遊び人は絶叫した。
勇者「どうした!?」
勇者が遊び人を見ると、右手の小指が焼き焦げていた。
切断された小指の先端からは、電気がぱちぱちとほとばしっていた。
遊び人「いだい!!!いだい!!!!」
遊び人「だずげで!!!いだああああいいい!!!」
遊び人はぼろぼろと涙を流していた。
左手で短剣を取り出そうとしていた。
傲慢「自殺するつもりよ!!今教会に転送されるのはまずいわ!!」
勇者は遊び人を力づくで抑えた。
遊び人「死にだい!!いだい!!!死ぬの!!!」
憤怒「その子を連れて早く城の中へ!!医術師に診てもらうんだ」
勇者「わ、わかった!」
憤怒「何が起きているというんだ……」
傲慢「わからないけれど。私、もう行くわ。一刻も早く盾を持ってこないと」
憤怒「ああ。君も気を付けてくれ。街の外では敵が大勢待機している。できるだけ高く飛んでから移動するんだ」
傲慢「ええ。それじゃあ」
「その必要はないよ」
一人の男が、街に侵入していた。
「これがほしいんだろ?」
傲慢の盾を手に持っていた。。
冷たい風が流れた。
「遅れて済まなかったね。物体感知に傲慢の盾が引っかかってね、急遽それを奪うことにしたんだ」
「ここは君に任せてるから、安心していたんだよ」
男は結界の張られた教会の中に平然と歩み入り、お姫様を抱きかかえた。
男の首元ではネックレスのようなものが鈍く輝いていた。
広場に横たわせられたお姫様は、依然としてピクピクと身体を痙攣させていた。
「僕達の王国の者に酷い仕打ちをしてくれたね」
傲慢「あなた、誰よ」
「殺してみれば、少しずつ僕の正体がわかるだろうさ」
「できるものなら、だけどね」
医術師「敵は近くにいたのかね?」
勇者「いいえ。広場には、誰も……」
医術師「街の外から呪文を放って街人を攻撃できるんなら、魔物は苦労しないよ」
薬剤師「ねえ、よく見せて」
薬剤師は遊び人の手を取った。
薬剤師「……これは」
薬剤師「間違いない。雷撃の攻撃呪文よ」
勇者「雷撃?」
勇者「ば、馬鹿言うなって!憤怒と傲慢が遊び人を攻撃したっていうのか?」
薬剤師「まさか。でも、間違いないわよ。王子様の后を決める筆記試験の内容が気になって、最近勉強していたんだもの」
薬剤師「こんな冗談を聞いたことはないかしら。人間が認知できないはずの魔王城へ侵入する方法にはいくつかあってね。その1つが、魔王城へ帰ろうとしている魔物と自分をヒモでくくりつけるというもの」
薬剤師「自分がいくら認知できなくとも、魔物と結ばれていたら、強制的に引っ張られて中に侵入することができるの」
薬剤師「この子と、この子を攻撃したものは、何かで結ばれていたのよ」
薬剤師の言葉に反応するかのように、遊び人は言葉を発した。
遊び人「見破られていたのよ……私のまじないを……」
遊び人「勇者……あいつが……あいつが来る……」
遊び人「私の里を滅ぼした、あの男が……」
勇者「どこに行くんだよ!」
遊び人「上の階へ。あいつの姿を確認できる場所に行きたいの」
遊び人は右手を庇うようにしながら、人混みの中を移動した。
遊び人「ここからなら、ちょうど街全体を見渡せるわ。まだ鍵を返してなくてよかったわ」
遊び人は選考中に使用していた個室の鍵を開けた。
部屋に入り、真っ直ぐに窓辺へと歩いた。
勇者「遊び人、大丈夫なのか」
遊び人「大丈夫じゃないわよ。でも、今は向き合わなくちゃ」
勇者「…………」
勇者は言葉をつぐむことしかできなかった。
遊び人の身体は、震えていた。
教会に閉じ込められていたはずのお姫様が、救出されていた。
そして、忘れられない男がいた。
「そんなところにいないで、こっちに来たらどうだ?」
男は遊び人の存在に即座に気付き、広場から大声で呼びかけた。
「今日は婚姻の儀式のはずだったんだろ。せっかくだから、僕達で式を挙げたらどうだ?」
男はにんまりと笑った。
「赤い糸で、長年結ばれていた者同士」
遊び人は、膝から力を失うように倒れかけた。
男は、気づいているのかいないのか、こちらを見つめたままほくそ笑んでいた。
傲慢「滅びなさい!!」
突如、巨大な爆発が起きた。
傲慢の唱えた呪文が、男に直撃したのだった。
傲慢「あれだけ長い詠唱をさせてくれるなんて、どれだけ舐め腐ってるのよ」
煙で視界がくぐもる中、遊び人は叫んだ。
遊び人「……駄目」
遊び人「逃げて!!」
傲慢「えっ?」
傲慢の勇者は自分の胸元を見た。
背後から、剣で貫かれていた。
傲慢の身体は、棺桶に保管され、精霊によって教会に転送された。
神官によって蘇らせられた傲慢は、捕縛の結界に締め付けられた。
「さすが神官だ。気絶しながら勇者を蘇らせるとは。自分の死よりも勇者の蘇生を優先させるだけのことはある」
「それにしてもだ。噂通りで笑ってしまうよ。傲慢の勇者といい、憤怒の勇者の君といい、僕といい。パーティメンバーを3人加えられるにも関わらず、一人で生きようとする。あまりに傲慢だ」
「同じ勇者として、恥ずかしいと思わないか」
憤怒の勇者は、怒りをにじませながら尋ねた。
憤怒「お前は何者だ」
「ある時は処刑の王国の元奴隷だった。ある時は処刑人と名乗った勇者殺しでもあった」
「今ではその処刑の王国も、国民の性質を以て、嫉妬の王国と呼ばれている」
「今の俺を民はこう呼ぶ」
嫉妬「嫉妬の首飾りに選ばれし、勇者と」
処刑の王国の元奴隷は、勇者に選ばれた。
1人の女奴隷と一緒に、逃亡を果たした。
時は経ち。彼は王国に戻り、君主として返り咲いた。
大罪の賢者の里を罠に陥れ、嫉妬の首飾りを手に入れた彼は、嫉妬の勇者と呼ばれるようになった。
偉大な存在でありながら、ある目的のために、処刑人と名乗り勇者の捕縛も行っていた。
嫉妬「里から少し離れた森の中に、小屋があった。驚くべきことに、そこは俺らの王国の研究員の小屋だった」
嫉妬「そこに埋まっていた研究資料には、研究者の連中共も驚いていたよ。まさか、左遷されていた君の父親が、あれほどまでに深遠な研究を進めていたとは誰も思っていなかったそうだ」
嫉妬「赤い糸の呪文の存在をそこで知った。大罪の賢者の里において、口述で伝えられてきた恋のまじないの呪文」
嫉妬「驚かされたよ。魔力を一切消費せず、マハンシャなどの防御呪文も一切通用しない。また、使用者が解除を命ずるか、被使用者がその存在に気づき解除をするまで、呪文は永続する」
嫉妬「大罪の賢者の一族のみ使用でき、また、可視化することができる。何より、対象として結ばれた相手の、移動に関するコントロールを得る」
嫉妬「人間が魔王城を認知できず、魔族が人間の村や街を認知できないように、赤い糸の呪文は認知不可の領域にある」
嫉妬「俺がたどり着いた暴食の村、色欲の谷、傲慢の街から全ての大罪の装備は奪われたあとだった。そこには必ず一人の勇者と一人の遊び人の噂が残っていた」
嫉妬「俺の到着を、可能な限りコントロールしていたというわけだ。おかげで長い月日を無駄に過ごした」
嫉妬「研究者に俺の非合理的な行動を指摘され、ようやく気づいたよ。恥をかいたものだ。今日という計画の日を迎えるまでは、放置しておいたがな」
嫉妬「この街に侵入するため、精一杯の愛情を込めて、雷撃で解除させてもらったよ」
憤怒「昨日、お前らが聞かせてくれた通りなら、勇者であるこいつを倒す方法は1つしかあるまい」
大罪の装備を狙うものが現れる可能性について話した昨晩、”精霊殺しの一族”と呼ばれた大罪の賢者の魂を宿した、大罪の装備に関する説明に触れていた。
“大罪の装備には、精霊を破壊する力がある”
憤怒「勇者」
憤怒は振り返った。
憤怒「さっそくだが、今だ」
勇者は憤怒の兜を窓から投げつけた。
憤怒は兜を受け取るなり、身に付けた。
憤怒の勇者は雄叫びをあげた。
勇者「憤怒の兜は、一度傲慢の盾に攻略されている。嫉妬の勇者に盾の能力を把握された時点で、負けてしまう」
勇者「考えてる暇はない。今すぐ倒しにかかるしかないんだ」
遊び人「もう一つ気になる点があるのよ」
勇者「何だ?」
遊び人「嫉妬の体内に宿っている精霊の光が、やけに強いの」
嫉妬「……ほお」
嫉妬の腕は引き裂かれ、傲慢の盾は遠くへと吹き飛ばされていた。
遊び人「なんて速さなの……飛行中の目の呪文でも捉えられるかどうか……」
勇者「あの男、防戦一方だぞ」
嫉妬の勇者は、自身の身体を回復し続けるだけだった。
腕をちぎられては再生し、身体を引き裂かれては再生する、ということを繰り返していた。
勇者「大罪の装備を身に着けてトドメを刺せば、精霊を破壊することができる」
勇者「憤怒があいつを倒せば、もう何者も恐れる必要がなくなるんだ」
勇者「遊び人。お前の仇が、今にも討ち取れるかもしれない」
嫉妬はため息を付いた。
嫉妬「これならどうかな」
嫉妬は教会の内部に入っていった。
遊び人「おかしいよ。どうして結界の張られた教会に自由に出入りできるのよ」
勇者「味方が創った結界だからじゃないか?」
遊び人「強力な結界で、そんなに都合の良いものはないよ。実際、お姫様は苦しんでいたでしょ」
勇者「確かに……」
憤怒の勇者は、獣のように重身を落としながら、血走った目で嫉妬を睨んでいた。
僅かに残る理性が、結界に入ることに抵抗をしていた。
嫉妬は遠距離攻撃のための詠唱を唱え始めた。
嫉妬に動きに反応し、憤怒は本能に任せて突進をした。
憤怒「ウゴァアアアアアアア!!!!!!」
傲慢「……憤怒」
同じく結界の捕縛にかかり、意識を失いかけている傲慢が、変わり果てた憤怒の姿を見た。
憤怒「グオアアアアアアアアアアアアア!!!!」
憤怒は傲慢には目もくれず、魔力を力でねじ伏せるように、暴走を続けた。
嫉妬「この呪力に抗うか」
憤怒「グウウウウォオアアアアアアアアア!!」
ピキ、ピキピキ、と、ヒビが割れるような音がした。
傲慢「そのまま……、全部、壊して頂戴……」
憤怒「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
憤怒が身体中の繊維を破壊させながら、力を暴走させ魔力をねじ伏せた。
ガラガラと、崩れる音が聞こえたかと思うと、黄土色に覆っていた建物の結界が崩壊した。
嫉妬「馬鹿げた力だ……」
憤怒は右手を突き出し、嫉妬の心臓部分を貫いた。
ガラスが激しく割れたような音がした。
勇者「なんだ今の音!教会の中はどうなってるんだ!」
遊び人「精霊が破壊されたのよ」
遊び人は教会を見つめながら呟いた。
遊び人「本当に、終わったの……?」
遊び人「もう、あいつは、いなくなったの……?」
2人は教会を見ていた。
しばらくすると、何かがもぞもぞと動くのが見えた。
傲慢「はぁ……はぁ……」
右手に憤怒の兜を持ち、左手で憤怒を引きずる傲慢の姿だった。
傲慢「私だって、死ぬほど痺れてるっていうのに……」
憤怒「……すまん。だが俺も、死ぬほどの頭痛に襲われてる」
傲慢「おかげさまで、兜を取るスキができたけどね」
勇者「勝った!!勝ったんだよ!!」
城中のあちこちから歓声の声が聞こえた。
隊長「橋を降ろせ!!城と街を繋げるんだ!!」
隊長「お二人を救出するんだ!!」
薬剤師「傲慢……生きててよかった……」
薬剤師「また2人で、森の中を歩きたいな……」
周りの興奮や安堵の声の中、遊び人だけは表情を変えずに教会を見つめていた。
勇者「どうしたんだよ」
遊び人「暴食の勇者と色欲の勇者が殺害されたという話」
遊び人「嫉妬があの2人を殺害したのだとしたら」
遊び人「こんなに、呆気なく、倒せる相手なのかしら」
ぼろぼろになっているお互いの姿を見て、笑いあった。
笑った衝撃で身体が痛み、少し苦痛で顔を歪めながら。
嫉妬「よかった。何かいいことでもあったみたいだ」
嫉妬「俺にも教えてくれないか?」
嫉妬の勇者が平然とした表情で、教会から出てきた。
勇者「なあ!遊び人!!これは一体……」
遊び人は恐怖の表情を浮かべていた。
遊び人「う、嘘でしょ……」
遊び人「ゆ、ゆうしゃ……」
遊び人は震えながら、勇者の袖をつかんで言った。
遊び人「せ、精霊が……」
遊び人「あいつの体内に、まだ6体も……」
遊び人「7体分の精霊を体内に宿していたのよ……。おそらく、一体が消滅したら、次の一体が出現するように施しているんだわ……」
遊び人「処刑の王国が呼び集め、行方不明になった数多の勇者がいたでしょ」
遊び人「彼らに住み着いていた精霊は」
遊び人「あいつの体内に、移し変えられたってことよ……」
嫉妬「勇者にとっては不幸なことに、時代は常に移り変わる」
嫉妬は語り出した。
嫉妬「精霊を一体所持していれば完全な命を保証されていた時代は終わったんだ」
嫉妬「魔族が創り出した精霊殺しの陣。精霊を切りつけることのできる魔剣」
嫉妬「おまけに精霊殺しの一族なんてのがいると知った。今は一人しか生き残りがいないが」
嫉妬「精霊が多くて困るということはない。数多くの勇者の精霊を奪って、その何体かを俺に宿させた。まだ王国には何体もストックがいるがな」
嫉妬「俺の精霊を一体破壊した罪は重い。君たち二体分の精霊を補填でもしないと気が済まない」
嫉妬はぼろぼろの2人に歩み寄った。
城内から大げさなジェスチャーをする勇者を見て、傲慢はため息を着いた。
憤怒「……貸してくれ」
傲慢「そういうと思ったわ」
憤怒「止めるか?」
傲慢「ううん。その代わり、あなたが戦っている間、私も盾を取ってくる」
さきほどの戦闘中に、街の隅みまで飛ばされた傲慢の盾を彼女は見やった。
傲慢「2人で3体ずつよ。がんばりましょ」
憤怒「5体分は倒しておくよ」
傲慢「助かるわ」
傲慢は、憤怒の兜を手渡した。。
憤怒は嫉妬を真正面から見据えた。
憤怒「何をするか、わかっているな」
傲慢「もちろん。ペナルティーを避けるために、普段なら宿屋で休みたいところだけれど」
もはや教会の結界は崩壊していた。
傲慢「いくわよ!」
憤怒は自分の首に剣を突き刺した。
身体は棺桶に保管され、出現した精霊により気絶した神官の前まで転送され、蘇生した。
傲慢は自分の首に剣を突き刺した。
身体は棺桶に保管され、出現した精霊により気絶した神官の前まで転送され、蘇生した。
傲慢「取ってくる」
全快した傲慢は、傲慢の盾を取りに駆け出した。
憤怒「倒してくる」
全開した憤怒は、憤怒の兜を装備した。
憤怒の勇者が背後から嫉妬に飛びかかった。
落ちていた盾を拾おうと手を伸ばした時に、自分の両手がなくなっていることに気づいた。
嫉妬「君の恋人にちょっと前に同じことをされたんだよ」
嫉妬を見ると、左手で、ぼろぼろになった憤怒の勇者を掴んでいた。。
憤怒と行動を別にしてから、数十秒も経っていなかった。
傲慢「な、なによこれ……」
死にかけた憤怒と、血のあふれる両腕を見て、傲慢はとっさに回復呪文を無口詠唱しようとした。
しかし、嫉妬の無口詠唱によって、マフウジをかけられた。
傲慢「あ……あ……」
嫉妬「まったくもって、妬ましいよ。憤怒の兜に選ばれたことも。傲慢の盾に選ばれたことも」
嫉妬「君たちの強さもそうだ。今朝までの僕が手にしていなかったものを、君たち2人は当たり前のように手にしている」
嫉妬「君たち2人の関係なんて、それこそ、吐き気がするほどにね」
嫉妬は兜をかぶったままの憤怒の頭を掴むと、電撃を流し始めた。
嫉妬「街が認めた支配主を、支配することが一番楽な崩壊方法だ。まぁ、魔物にはできない芸当だけどね」
城下町を覆っていた特殊な結界が、ぱらぱらと崩れ落ちていった。
荒野を彷徨っていた魔物たちは、目の前に人間の住処があることを認識し始めた。
嫉妬「研究者以外は、まだ街に入ってくるな。その代わり、城の周りを囲うように並べ。人間を一匹たりともこの領域から逃すな」
魔物に指示を出す嫉妬のもとに、研究者が駆けつけてきた。
嫉妬「こいつらを王国まで連れて帰れ。自殺をさせないように拘束させながらな」
嫉妬は兜を取ると、憤怒を無造作に投げ飛ばした。
倒れていたお姫様が、嫉妬に話しかける。
嫉妬はお姫様のもとに歩み寄った。
嫉妬「よくやった。君のおかげで僕は夢へとまた一歩近づいた」
お姫様「お、お許しになってくださるのですが……この弱き私めを……」
嫉妬「何を罰することがある。君は僕の国において、最高の音色を奏でる術士だ」
お姫様「嫉妬様……」
お姫様は感動で涙を流していた。
嫉妬はお姫様に様々な治癒呪文を施した。
お姫様はよろけながらも、再び立ち上がった。
嫉妬「研究者が開発したさっきの結界は厄介でね。通常呪文では痺れを完全には治せないんだ」
お姫様「いえ、充分でございますわ」
嫉妬「城のあそこから僕らを見ていた、冒険者2人を捕縛するのを手伝ってほしい。間違いなくやつらが暴食の鎧と色欲の鞭を所持している」
嫉妬「今日は人生最良の日だ。大罪の装備が4つも手に入るのだから」
嫉妬とお姫様は、城に向かって歩み始めた。
薄れ行く意識の中、傲慢は、ぼろぼろになった最愛の人を見つめた。
傲慢「二人とも、ここまで強くなったのにね……」
ふと、以前に傲慢の街のコンテストで優勝した遊び人を蔑んだことを思い出した。
傲慢「私達こそ」
傲慢「運の良さが、足りなかったかしら」
勇者「どうやって」
遊び人「お城の屋上に行って、移動の翼でどこか遠くに……」
勇者はかつての暴食との会話を思い出した。
『空から降り注ぐ雷撃の呪文を使用する勇者を相手に、そんな愚かな逃亡を図ろうとする勇者がいるとはな』
勇者「駄目だ。嫉妬の勇者は雷撃の呪文を使用できる。空から発動することも可能なはずだ。それに、結界の解かれた今、鳥系の魔物が周辺を旋回しているはずだ」
遊び人「どうするのよ」
勇者「僕達といったら、あれしかないだろう」
勇者「屋上に向かうまでは、正解だ」
勇者「大丈夫か!?」
遊び人「きっと、遊び人を対象にして感知呪文を発動してるのよ。こんな職業の人、そうそう多くはないでしょうからね」
遊び人「でも、もしも私以外に遊び人がいたら、殺されてしまうわ。ハズレを見つける度に殺していけばやがて私にたどり着くもの」
遊び人「ねえ、勇者……」
勇者「君の好きなようにやれ」
勇者は遊び人を見透かして言った。
遊び人「まったく、そんなにやさしかったら、いくら死んでも足りないわ」
遊び人は涙を堪えながら、所持していた拡声石を取り出した。
遊び人「私達が屋上に逃げることを伝えるわ」
城の屋上にて、4人は対峙した。
嫉妬「そこの男の情報はあるか」
お姫様「ただの冒険者よ。ええーっと、航海士だったかな」
お姫様「あっ、でも、もしかしたらさっきの2人のパーティだったかも。あまり確認してないですけど……」
嫉妬「足らない人物に変わりは無い。問題はあの遊び人だ」
嫉妬「賢者の里の生き残りの少女が、こんなに大きくなったとはな。感激するぞ」
嫉妬は称えるように言った。
嫉妬「そして、賢者にふさわしき知恵をあの頃既に供えていた。最後に俺の手を握った時、命乞いの同情を引くためにそうしたのかと思ったが。赤い糸の呪文を発動させていたとはな」
嫉妬「だが、残念なことに、お前らの冒険もここで終わりだ。大方、その袋の中に大罪の装備を封印している壺があるのだろう」
遊び人「…………」
嫉妬「選べ。俺達の奴隷になるか、俺達に殺されるか。それとも、今ここで戦うか」
戦う、という選択肢はありえなかった。
嫉妬の首飾りの能力を見せつけられ、仮にここで暴食の鎧と色欲の鞭を装備しても、勝ち目がないことは完全にわかっていた。
嫉妬の質問に答えず、勇者は話しだした。
勇者「城内に逃げ、追い詰められた民達は、ここから脱出する手はずになっているんだ」
勇者「普通の人間同士の争いであれば、充分過ぎる道具が袋詰にされて保管されている」
お姫様「さっきから、一体……」
お姫様の視界に、白い羽根が浮かんできた。
お姫様「移動の翼?嫉妬様が何の呪文の使い手か……」
勇者「俺達は」
勇者と遊び人は短剣を取り出した。
勇者「俺達に、殺されることを選ぶ」
勇者は短剣を自分に突き刺した。
遊び人は短剣を自分に突き刺した。
2人の身体は棺桶に保管されたあと、即座に精霊によって教会に転送された。
お姫様「姿を消した!!」
お姫様「精霊の加護!!そんな、ありえない!!」
お姫様「私と戦闘した時、勇者感知をしたけれど2人しか引っかからなかったはず!!」
お姫様「嫉妬様!!お許し下さい!!私にはどういうことか!!」
嫉妬「……ふん、なるほど」
嫉妬は蔑みの表情を浮かべた。
嫉妬「精霊の加護こそ所持しているものの、勇者ですらなかったということか」
教会に転送され、勇者は目覚めた。
ふらふらの頭で勇者は思考を回転させた。
勇者「もしも、嫉妬も自殺を試みたら、即座にここに……」
遊び人を蘇らせる時間などなかった。
教会内には、気絶している神官だけがいた。
勇者「…………」
勇者の中に、黒い感情が流れた。
この神官を殺害して、もう一度自殺を試みれば、最後に訪れた街で蘇ることができる。
傲慢の街を出て憤怒の城下町にたどり着くまでに、小さな無名の村を経由していた。
精霊の転送に勝る移動手段はなかった。
勇者「そうすれば、確実に……」
棺桶の中に入っている遊び人を想った。
彼女のやさしさに救われたことを思い出した。
勇者「……やさしくなんかないよ、俺は」
勇者「戦わないことを許してくれた君に、報いたいだけだ」
勇者は教会を飛び出すと、移動の翼を大量にばらまいた。
空を旋回していた魔物に追従されながらも、勇者は移動の翼をばらまき続けた。
精霊の加護によって繋がれた棺桶と、勇者は、行く宛もなく飛び続けた。
心細い思いをしながらも、勇者は遊び人を蘇らせなくてよかったと思った。
蘇らせる時間もなかったのだが。
もしも彼女が蘇っていたら。
今、勇者が涙を流していた姿を見られてしまっていただろうし。
それ以上に、遊び人は深く悲しんでしまったであろうから。
暴食の勇者。
色欲の勇者。
傲慢の勇者。
憤怒の勇者。
それらの街に住んでいた人々。
大罪の装備と、2人に関わった者達は、嫉妬の王国に囚われ。
残酷な末路を、迎えてしまった。
勇者「あの子一人が長生きすることを望むことが、そんなに罪深いことなのかよ」
勇者「答えてくれよ、神様」
傲慢の勇者達&憤怒の勇者達 ~fin~
身の丈に合わぬものを、手に入れようとしてはいけない。
言われるほどには理不尽でない、因果応報の成り立つこの世界では。
与えた分だけ返ってくることがあるように。
奪った分だけ、奪われる。
【第6章 強欲の街『欲望に伸びる腕輪』】
神は二つの事を禁じられた。
自殺をすること。
不死を望むこと。
蘇生されたばかりの遊び人は痛そうに頭を抑えながら尋ねた。
勇者「教会だよ。『庭の宝の村』という場所の」
遊び人「……ごめん、色々有りすぎて、頭がごちゃごちゃしちゃってさ」
遊び人「憤怒と傲慢の勇者と一緒にいて。それからお姫様が裏切って。そして、あいつが現れて……」
勇者「無理するな。宿屋に行ってゆっくり休もう」
遊び人「何言ってるの。ゆっくりしてる場合じゃないでしょ。今すぐにでも」
勇者「もう終わったんだ。落ち着ける場所で、頭を整理しよう」
遊び人「勇者はそうやって、いつもいつも問題を先延ばしにして……」
遊び人は怒りを込めた口調で言いながら、頭痛を堪えながら勇者を見上げた。
遊び人「……勇者!!」
勇者の顔色は、不健康に青白くなっていた。
身体は傷だらけで、頬も痩せこけ、目に隈ができていた。
勇者「俺達は敗北したんだ。逃げ切れたのは俺達だけだ」
勇者「やつらの魔物から逃げるのもぎりぎりだったよ。いつもならかすり傷程度で棺桶送りだったけど、自分の中に眠る精霊に保護しなくていいと願ったんだ。付近の教会に敵が配置されていたかもしれなかったから」
勇者「おかげさまで、この有様だけど、逃げ切ることができた。ろくに呪文の力を貸してくれないくせに、こういう願いばっかり聞き届けてくれるんだから」
勇者「とにかく、遊び人も無事蘇生できて……よか……」
勇者は言い切らぬ内に、地面に倒れ込んだ。
遊び人「勇者!!」
遊び人は勇者のそばに寄った。
勇者の呼吸は浅く、早かった。
勇者「……ここまでの輸送料、500Gな」
遊び人「馬鹿なこと言ってないの。肩を貸して。宿屋まで連れて行くから」
遊び人は勇者の身体を支えた。
勇者「…………」
勇者「……ごめん」
遊び人「何を謝ってるのよ」
勇者「……弱くて、ごめん」
遊び人は言い返そうとするも、胸に何かが詰まり、口をつぐんでしまった。
口を開くと、涙が溢れてしまうと思った。
弱いだけの2人にとっての助け合いとは、ただ交代に傷つくということだけだった。
ろくに身体も拭かぬまま、ベッドに倒れ込み、2人は身体を休めた。
幾らか時間が経った頃、遊び人が喋りだした。
遊び人「勇者、起きてる?」
勇者「…………」
遊び人「なんだか、疲れてるのに眠れないね」
遊び人「ほんと、なんなんだろうね。よくわかんないね」
遊び人「生きるって、なんなのかなぁ」
遊び人「私の一族が寿命を望んだばっかりに、多くの人の命が失われてしまった」
遊び人「私という人間が一人生まれなかったら、失われずに済んだ命を数えてみたら、けっこう多そうだった」
遊び人「例えば、私が勇者にこんなお願いをするの。眠っている私を殺して、起きるべき時になるまで棺桶の中で死なせててって」
遊び人「ある時、目覚めたら、勇者が全部を解決してくれてるの」
勇者「俺が何も解決しないまま、100年経っちゃったらどうするんだよ」
遊び人「死んでる間に年を取っちゃうなら私も死んでるだろうけど」
遊び人「もしも、今の年齢のまま目覚めたとしたら」
遊び人「勇者のいない世界で一人目覚めても、独りぼっちで苦しいだけだな」
遊び人「生きてても、死んでても、苦しいね」
遊び人「はは。ごめんね、暗いね。夜に考え事をしてもよくないね。もう寝るね」
勇者「…………」
遊び人「おはよう」
勇者「おはよう。えっと、今は……」
勇者がベッドから起き上がると、もう昼下がりの時間になっていた。
勇者「やべっ、俺どれだけ寝てたんだ……イテテテ!!」
勇者は全身に痛みを感じた。
遊び人「疲労が溜まってるんだから無理しないで。日付確認して驚いたよ。何日間不眠不休で移動してたのよ」
勇者「逃げるのに必死で……。それより、早く残りの大罪の装備を入手しないと……イテテテ!!」
遊び人「そこの人、動かない!」
起き上がろうとする勇者に遊び人は注意をした。
遊び人「昨日私に言ったことを思い出してよ。落ち着いて、まずは、体力つけないといけないでしょ」
遊び人「ご飯用意するから待っててね。といっても、店主に貰ってくるだけだけどね」
遊び人は部屋を出て、階下に降りていった。
偶然たどり着いた土地だったが、身なりの良い住民が多く、風情のある景観だった。
冒険者なのだろうか、小金持ちそうな商人や、屈強な戦士も多く歩いていた。
勇者「みんな、立派に生きてるな」
勇者「精霊の加護がなかったら」
勇者「一体、俺には何が残るんだろうか」
独り言をつぶやいていると、ドアが開いた。
遊び人「おまたせ。味には期待しないほうがいいかな。でも残さず食べてよね」
しなびたパンと、食用の野草という、質素な食事だった。
自分が寝ている間に、遊び人も同じ物を食べていたのだろう。
思い返せば、この子にまともな食事をさせてあげたことがどれだけあっただろう。
まだ暴食の村に着く前の頃も、金銭的な余裕などなく、いつも安い宿屋の安い部屋で、2人でしなびた食事を摂っていた。
それでも遊び人が食事中に楽しそうに話をするものだから、陰鬱な気持ちにはならなかったのだが。
道具を買ったり、装備を買い替えたりするのにお金が必要になるかもしれない。
遊び人の蘇生なんて特に多額の費用がかかる。
赤い糸の制約がなくなった今、無駄なことはしていられない。
今までは、遊び人の赤い糸の呪文によって、嫉妬の勇者の認知・移動に関してコントロールを行うことができていた。
嫉妬の“認識不可の領域”を操り、巧妙に大罪の装備の探索に遠回りをさせ、嫉妬の周囲の部下ごと非合理的な移動を繰り返させた。
赤い糸が焼き切られた今、嫉妬は制限なく大罪の装備を探すことができるようになった。
以前よりも遥かに短い時間で、残りの大罪の装備のある場所にたどり着くだろう。
遊び人こそ、呪力に対する感性は最高峰の逸材であり、大罪の装備から溢れ出る呪力を感じ、且つ装備の影響によって急激な変化を遂げた街や村の噂を分析し、短い期間で大罪の装備の居場所を特定することができていた。
居場所の特定に関しては先んじている今のうちに、一刻でも早く装備の場所に立ち寄りたかった。
何もかもが、切羽詰まっている。
遊び人「変わった村だね。1件1件の建物の裏に小さな果樹園みたいなのがある。昔読んだ本に書いてあったけど、庭って呼ぶんだって」
勇者「へぇー。いい眺めだな」
遊び人「さて。今日は情報収集がてら、2人で小さなクエストでもこなしましょうかね」
勇者「でも、そんなことしてる場合じゃ……」
遊び人「勇者だって全快じゃないでしょ。身体を慣らさないと」
勇者「……そうだな」
遊び人「勇者はどれを選ぶの?」
勇者「……古い地図の更新の手伝いかな。洞窟マップ造りとか」
遊び人「そう。私は薬草摘みに行ってくるね」
勇者「わかった」
2人は別々に受付に行った。
遊び人は薬草詰みのクエストを受注した。
勇者「…………」
勇者は大型キメラ討伐のクエストを受注した。
遊び人「えっ、私ですか?」
村人からの報せを受けて、遊び人は指定された場所へと向かった。
「おい、あんたがこいつの仲間か!?」
遊び人「勇者!!」
身体が傷だらけになった勇者がベッドに横たわっていた。
「ろくに戦力にならねえくせに上級クエストに挑むんじゃねえ。たまにいるんだよな。集団クエストに参加しておこぼれに預かろうとするやつが」
「気絶してるだけだから、あとはあんたが面倒を見てくれや」
クエスト参加者達は文句を吐くと去っていった。
遊び人は倒れている勇者を見る。
治癒呪文が施された痕跡はあるが、対峙した魔物が特殊な毒でも持っていたのか、治癒に時間がかかっているようだった。
遊び人「どうしてキメラ狩りなんかに挑んだのよ」
勇者の体内に宿っている精霊は、小さく光り続けている。
遊び人「こんなに傷を負ってたら、いつもならすぐに肉体保護の棺桶が現れるのに」
遊び人「精霊様。勇者は、あなたに何を願って戦ったんですか」
遊び人は治療にかかった料金を支払い、勇者を担ぐと、宿屋へと戻った。
遊び人「おはよう。宿屋だよ」
勇者「あれ、俺、たしか……イデデデ!!」
遊び人「動かないで。今日こそは絶対安静だからね」
勇者「遊び人、ごめん。俺は……」
遊び人「病人は黙って寝るのが仕事だよ」
遊び人の強めの言葉に勇者は口を閉じた。
遊び人「ちょっと外に行ってくるね。昨日のクエストの続きがあるから」
そういうと、勇者を残して出ていった。
勇者は、惨めな思いを抱えた。
恥ずかしくて、情けなかった。
戦闘から逃げ続けてきた弱い自分を克服したい、という思いが今更になって芽生えて。
いざ強敵に挑んだら、惨敗してしまった。
勇者「当たり前だよ」
勇者「今までみんなが毎日コツコツと積み重ねてきたものを、数日間の覚悟で越せたら苦労しないよ」
勇者「覚醒なんていうものは、積み重ねてきたものの特権で」
勇者「逃げ続けてきた俺の中には、そもそも力なんて眠っていないんだ」
勇者「精霊の加護を取り除いたら。俺は、空っぽなんだ」
暴食、色欲、傲慢、憤怒、四人の最強の勇者が勝てなかった嫉妬の勇者を相手にしているというのに。
勇者でもなんでもない、普通の人間が挑んでいたクエストさえ攻略できない自分は。
大切な者を守ることなんて、到底できやしないだろう。
勇者「俺こそ、なんで生きてるんだろうな」
劣等感に打ちひしがれながらも、勇者はいつしか眠りについていた。
窓の外を見ると夜になっているのがわかった。
音の正体を探ろうと首を動かすと、小さなあかりだけを灯して遊び人が机の上で何か作業をしていることに気づいた。
遊び人「…………」
大きな木箱に入った無数の小枝からきのみを剥がし、丁寧に皮を剥き、色ごとに分類をしていた。
道具屋が依頼をかけている小さなクエストを、黙々とこなしていた。
作業に集中している彼女の横顔を見る。
小さな灯りのなかで、地味で、退屈な作業に一所懸命に集中している。
普段ろくでもないことで言い争っているせいか、あまり意識はしてこなかったが。
綺麗な顔立ちだった。
加えて、呪文に関する知識も、歴史や自然に対する知識も深い。
どうして彼女は自分なんかと一緒にいるんだろう。
彼女は遊び人で、自分は精霊の加護がついているからだろうか。
世界には、自分より頼れる冒険者など、星の数ほどいるというのに。
視線を感じたのか遊び人は作業をとめて、勇者のもとまで寄ってきた。
勇者はとっさに目を瞑り、そら寝をした。
遊び人「あれ、気のせいか。ここんとこ無理してたもんね」
遊び人「具合はどうかな」
ふと、冷たい手の感触が額にあてられた。
遊び人「どれどれ」
遊び人「うん、熱はなさそう」
ほっとしたような声が聞こえた。
とっさに寝たふりをしてしまった勇者は、緊張しながら目を瞑り続けていたが。
遊び人はベッドの脇から動く気配がなかった。
目を瞑っていても、強い視線を感じ、焦りで不自然に動いてしまいそうだった。
しばらくすると、遊び人は再び言葉をかけてきた。
遊び人「ねえ、勇者」
遊び人「がんばらなくても、いいからね」
やわらかい声色だった。
遊び人「私にだけは正直に伝えてね」
遊び人「駄目なものは駄目、無理なものは無理、ってさ」
遊び人は、んふふ、と笑うと、椅子に戻って作業の続きをした。
役立たずだと、失望してくれたら。
諦めたよと、ため息をついてくれたら。
やさしさに、ここまで胸が張り裂けそうにはならなかったのに。
遊び人「それじゃあ、行きましょうか」
2人は村を出て、移動の翼を取り出した。
遊び人「魔王消滅の噂の時期に急激に変化した都があるの。それに、大罪の装備独特の魔力の気配を感じる」
遊び人「もっと準備を整えてから行きたいところだけど、やつらに先を越されないように急ぎましょ」
翼に念を込め、2人は飛び立った。
目的地付近に降り立った時、遊び人は不思議そうな顔をした。
勇者「どうした?場所を間違えたか?」
遊び人「ううん。装備の気配は確かに強くなってるし、間違いはないんだろうけど」
遊び人「この場所、見覚えがある気がして……」
勇者「里を出た後に訪れたのか?」
遊び人「里を出てからもあちこちまわったけど、ここら辺りには近づかなかったな。強い魔物も多い地域だし」
勇者「じゃあ小さい頃とか?」
遊び人「生まれてからずっと里育ちだよ。里の結界から出ると寿命の放出が凄かったんだもの。今でこそ遊び人に強制転職されたおかげで大分ましになってるけど」
勇者「とにかく入ってみるか」
案内人「ここは強欲の都だぁああああああ!!!」
遊び人「どのような都市で……」
案内人「勇者が都長を務める欲望に塗れた都さぁああああ!!!!」
案内人「案内料200Gいただこうかぁああああああ!!!」
遊び人「馬鹿言うんじゃないわよ!払うわけないでしょ!!」
案内人「盗っ人だぁああ!!!情報の盗っ人が現れたぁああああああ!!!誰かお金を取り返してくれぇえええ!!!」
遊び人「ちょ、ちょっと!!わかったわよ!!払うわよ!!」
遊び人は200G手渡した。
案内人「へっへっ、毎度あり」
道具屋「いつもうるさいんだよ案内人。騒音料300G払いなさい」
案内人「そっちこそいつも陰気に商売しやがって!!静音料400G払いやがれ!!」
道具屋「なんだと。侮辱料で500G払って……」
遊び人達はにげだした!
遊び人「多分なかったと思う……。でも、大罪の装備の影響で、この国のルールがどれだけ非常識なものになってるかもよくわかんないし」
遊び人「強欲の都。案内人という職業の者にとっては良い商売のできる場所ね。なにせ、町の中で冒険者と一番最初にコンタクトを取れる職業だもの。最初にぼったくりできるわけよ」
勇者「まあ実際、貴重な情報は手に入った」
勇者「この都の長が勇者だと言っていた。おそらく、その勇者が持っている大罪の装備の影響で、この都は強欲な発展を遂げたんだ」
勇者「それにしても、どうやって強欲の勇者様とお近づきになろうか」
遊び人「堂々といけばいいじゃない。もう、奪ったり盗みに行くんじゃないんだから」
勇者「……それもそうか」
今までの冒険は、遊び人が7つの大罪の装備を身につけることを第一に考えていた。
他に大罪の装備を所持している勇者達がどんな人間性であるかもわからず、黙って盗めるのであればそれが一番であった。
里を滅ぼした男が嫉妬の装備に選ばれており、勇者達を殺してきた現状を見れば、もうこれは彼女達だけの問題ではなくなったといえる。
強欲の装備を持つ勇者と出来る限り情報を共有し、嫉妬を打ち倒すのが最善策に思われた。
遊び人「でも、大丈夫かな」
勇者「何が」
遊び人「強欲に選ばれた人よ」
遊び人「それこそ、大罪の装備を望むような人格かもしれない」
勇者「…………」
大丈夫だよ、なんて気軽に言えなかった。
なんとかなるよ、なんて励ませなかった。
全てを覆せるだけの力がなかったから。
全然大丈夫じゃなくて、なんともならなかった今があるのだ。
実力の無い今は、それでも黙って進むしか無い。
遊び人は荘厳な建物の入口に立っている兵士に尋ねた。
兵士「何だ」
遊び人「都長に謁見したいのですが」
兵士「他所の国の遣いのものか?」
遊び人「はい。私は傲慢の街の遣いのものです」
勇者「私は憤怒の城下町の遣いのものです」
兵士「悪いが、遠国のことはあまり詳しくないんだ。用件はなんだ」
遊び人「強欲の装備の件についてお話したいと伝えてくだされば」
兵士「なんだそれは。まあいい。ついてこい」
建物の中に入ったあと、小さな部屋で待たされた。
遊び人「王国とはまた雰囲気が違うね。さっき通ったエントランスの材質も大理石だった。この危険な地域で栄えてるだけあるね」
勇者「ただ品物の物価が高いのは困りものだけどな。ここの周囲に街が少ないから、冒険者は嫌でも買うしかないんだろうけど」
兵士「田舎者かお前らは。そんなみすぼらしい装備でここまで来る冒険者なんて滅多にいないぞ」
遊び人「遣いの者に失礼なこと言ってくれるわね」
兵士「はは。悪い悪い。俺も元冒険者で、田舎から出てきたんだよ。それ、皮のドレスだろ。懐かしくなっちまった」
兵士「貧しい村で育ってな。まずは裕福な隣町に行こうって決意をして。隣町で働いてから、さらに裕福な街があることを知って。気づいたら、パーティ組んで、冒険に出ていたんだよ」
勇者「そうだったのか。パーティメンバーは解散したのか?」
兵士「いいや」
兵士は憂いを帯びた顔で答えた。
兵士「全員魔物にやられて死んじまった。俺だけ逃げ延びたんだ」
勇者「わ、わるい……」
兵士「もうずっと前のことだ。あんたが気にすることじゃない」
兵士「あんたらも装備を買い替えな。値段は高いが、優れた材質の装備がこの都にはたくさんある」
兵士「金より、命の方が大切だろ?忘れちゃ駄目だぜ」
その時ドアが開いた。
兵士2「お二人方、私についてきてください。都長直々にお話しされたいとのことだ」
勇者「わかりました。ではまた」
兵士「はっ」
かしこまって敬礼をする兵士を後にし、二人は部屋を出た。
遊び人「はい」
強欲「お前たちは何者だ?何故大罪の装備について知っている」
遊び人「事情があって、世界に散らばった大罪の装備を集めています」
遊び人「しかし、現在は、傲慢の街の勇者と憤怒の城下町の勇者は、嫉妬の王国の勇者に捕縛されました。装備を奪われ、おそらく、殺されているでしょう」
強欲「そしてお前らは憤怒の街から無事逃げ出したと」
強欲の勇者はにやりと笑っていった。
勇者「どうしてそれを……」
強欲は、束になった羊皮紙をめくった。
強欲「そこの女性は、憤怒の勇者の嫁候補に立候補したみたいじゃないか」
遊び人「はい。正直に申し上げますと、それは憤怒の装備を手に入れるためでした。しかし、殺害へは無関与であり、全ては嫉妬の王国の……」
強欲「どうでもいい。それより、湯水の国の姫君とは話したか」
遊び人「えっ、はい。どうして」
強欲「俺達の都と湯水の国の繋がりは深いからな。貿易による繋がり、というだけだが」
遊び人「ではあれは、本物の姫君だったのですか?」
強欲「そうだ。自ら名乗るなど愚かなことだが、遠国だからと高をくくっていたのだろう」
強欲「湯水の国の姫君はある日を境に姿を消した。国の警護は厳重である上、姫君自身が音色を操る最高峰の術士であった。身代金の要求もなく、誘拐であるとは考えにくかった」
強欲「姫君自身の望みで、王国を出られたのだろう」
遊び人「一体、何を望んで」
強欲「さあな。だが、1つ言えるのは」
強欲「嫉妬の首飾りを持つ勇者は、心に闇を持つ者を手懐ける魅力を持っているということだ」
強欲「奴には2人の強力な従者がいる。どちらも女で、そのうちの一人が姫君というわけだ」
強欲「魔王の四天王といい、悪い奴らは強力な部下を揃えるのが趣味の1つなのだろう」
強欲「嫉妬の首飾りは、7つの大罪の装備の中で頂点に君臨する。このままのんびり待っていれば、俺も殺されかねない」
強欲「あいつらに関する情報をできるだけ教えてくれ」
遊び人「……勇者、怪しいよ」
勇者「どうした?」
遊び人「この人知りすぎている。大罪の装備が7つあることも、嫉妬の装備が首飾りであることも、普通は知らないはずだよ?」
勇者「だとしたら、こいつは嫉妬の王国と繋がって……」
強欲「おいおい、よしてくれ。手の内を隠している時間はないだろう」
強欲は呆れた顔をした。
強欲「まあ、お前の言う通り、確かに嫉妬の王国との繋がりはある」
遊び人「やっぱり!!」
強欲「扉の前で聞き耳立てるくらいなら、入って来たらどうですか。嫉妬の王国の元研究者さん」
強欲「それとも、孫娘のことが心配でしょうがない、錬金術師のお爺ちゃんと言ったほうがいいかな」
扉が開いた。
錬金「……急に呼び出すから何かと思ったぞ、馬鹿勇者め」
強欲「彼女たちが行方をくらましてうろたえていただろう。見つかってよかったじゃないか」
遊び人「うそ……あなたが……」
錬金「初めて会ったのは赤子の時じゃったな。里の中で、短い時間だったが」
錬金「里が滅ぼされたと聞いた時は、絶望したものだった。立派に生きていてくれて、嬉しいぞ」
遊び人「お父さんの、お父さんですか?」
錬金「お爺ちゃんで構わんよ、孫娘よ」
遊び人は、ワッと泣き出し、老人に抱きついた。
老人もやさしく彼女を抱きしめた。
里を出てから、初めて会えた親族だった。
それは、遊び人のお父さんがこの辺りの風景を描いた絵や、薬草辞典の本などを里に置いていたからなのだろう。
勇者は奇跡的な再会を、ただ感動しながら眺めていた。
それに気づいた錬金は、表情を変えて睨んできた。
錬金「愚か者!!」
錬金が手をかざすと、勇者の身体が吹き飛ばされた。
羊皮紙の書類が舞い散った。
勇者「グボォ!!」
遊び人「お爺ちゃん!!」
強欲「部屋の中でやめてくれ……」
錬金「なんたる脆弱!!なんたる浅学!!」
錬金は遊び人から離れ、壁に叩きつけられた勇者の元に詰め寄ってきた。
錬金「お前たちの旅路の噂を集めていたぞ!!棺桶を引きずる遊び人のオナゴの噂がどれだけ世界に散らばってると思ってる!!嫉妬の王国に対抗するために集めていた情報だったが、それらの噂が全てわしの孫娘のことだったとはな!」
遊び人「どうして私がお父さんの子だってわかったんですか」
錬金「嫉妬の王国の魔物の中には、わしらの国のスパイの魔物もおる。鳥系の魔物が多いんじゃが、何匹かの羽毛に”集声石”を隠している」
錬金術師は石を取り出し、念を込めた。
石から遊び人の声が響いた。
『リコルダーティ・スケルツォ・ベルスーズ』
『主を失いし旋律の怨嗟よ』
『大罪の仇讎曲を奏で給え』
勇者「これは、遊び人が憤怒の街で唱えようとした呪文……」
錬金「呪文の詠唱は個人によってやり方にアレンジが加わる。禁術ともなると無口詠唱で唱えるのは難しい。そこで、有口詠唱をするとなると、精霊への敬意の示し方に使用者の癖が見られるようになる」
錬金「『大罪の』という枕詞を付けたな。あの里の十八番とも言える言葉じゃ。ノーマルの人間ならまずつけることもないことばで、つけても効力を発揮しない」
錬金「この術自体は、遥か昔に魔王討伐を果たした勇者一行の術士が創造したと言われているものじゃ。こちらノーマル側の一部の人間しか知らぬもので、賢者の里で知っているものもそうはいまい」
錬金「わしの息子が持ち帰った本に書いてあったのだろう」
錬金「私達と通じている嫉妬の王国の研究者も言っていた。大罪の賢者は消滅し、ノーマルは殺されるか王国に拉致されていたと。そして、わしの息子の亡骸を見たところ、強制転職の痕跡があったとも」
錬金「もしかしたらと思っていたよ……。本当に、生きていてよかった……」
遊び人「お爺ちゃん……」
『……死ね私』
遊び人「……………」
勇者「あっ、これは石を投げて口でキャッチした時のイデデデ!!足、足痛い!!」
強欲「俺の持つ『強欲の腕輪』を近々やつは奪いに来る。この都でやつの息の根をとめる」
強欲は懐から、黄金色の鮮やかなブレスレットを取り出した。
遊び人「それが、強欲の腕輪……」
強欲「悲しいことに、俺の存在は勿論、この大罪の装備は既に感知されている。つい先日にその痕跡を見つけた」
強欲「感知呪文対策はしていたし、今まではそれで防げていたんだがな」
勇者「それはきっと遊び人が、赤い糸の呪文で嫉妬をコントロールしていたおかげだ。大罪の装備を認知不可の領域に持ってこれていたんだ。けれど今は、呪文を破られてしまって……」
錬金「……愚かなことをするわい。敵との絆を作るなんて、どこでアダになるかわからんぞ」
錬金は頭を抱えた。
強欲「次に嬉しい報せだが、やつがこの都に侵入してくる日も大方把握できている。嫉妬の王国に我々の味方がいるからな」
勇者「二重スパイの可能性はないか?」
勇者は手を顎に乗せ、鋭い眼光で指摘した。
遊び人「何か酔ってるよ……」
強欲「強欲の都で長をしている俺だ。信頼等という尺度は持たない代わりに、利害関係は熟知しているつもりだ」
強欲「それに、わが都きっての優秀な占い師もいる。緻密に準備して、返り討ちにしてやるさ」
遊び人「二つの大国の全面戦争になるのかしら」
強欲「そうはならない。俺だけをターゲットにした暗殺だ」
強欲「この戦いは詰まるところ、大罪の装備を奪った者が勝ちなのだ」
遊び人「奴には絶対に勝てないわ。大罪の装備の中で、嫉妬は頂点に君臨すると言ってもいい」
遊び人「私たちは嫉妬の首飾りの力を見たの。そして、どうしてあいつが精霊を集めて体内に複数宿しているのかの理由もわかった」
遊び人「嫉妬の首飾りはね『一度起きた妬ましい状況を発生させない』装備なの」
遊び人「あいつは一度被害に遭った攻撃に対して、無効化する力を持っているの」
2人は憤怒の勇者に起こった出来事を忘れない。
憤怒の兜を被った彼が、目で捕らえられぬほどの速度で嫉妬に飛び出して行ったものの。
首飾りから冷気のようなものが吹き出し、憤怒を包み込み我に返させた。
遊び人「捕縛の結界の中を自由に出歩くことができたのも、一度その結界内に入ったことがあるからに違いないわ」
遊び人「あいつは一度受けた攻撃に対して免疫を持つの。だからこそ、一度目の攻撃は効いても、二度目は絶対に効かない」
遊び人「精霊を複数体内に宿しているのもきっとそのためよ。精霊殺しの陣、魔剣、大罪の力、今では精霊の加護を打ち砕く手段が複数存在する。それらを克服するためには、当然その方法で一度は破壊されなくちゃならないんだもの」
遊び人「あいつの体内にはまだ6体の精霊がいるの。その腕輪の力で一体分倒したところで……」
強欲「だからこそ、知恵を絞るのだ。さっきも言っただろう、この戦いは大罪の装備を奪った者が勝ちだ。奴の嫉妬の首飾りさえ奪うことができればいいのだ」
強欲「あいつに関する情報を、詳しく教えてくれ」
遊び人「はいよ」
強欲「筆記具も使ってくれ。地形や絵を書きながら説明してくれると助かる」
遊び人は机の上に置いてあった羊皮紙と筆記具を手に取り、語りだした。
遊び人「どこから話し出せばいいかな」
強欲「大罪の装備にまつわる全ての街の記憶についてだ。何か手がかりを掴めるかもしれない」
遊び人「わかった。まずは、暴食の村についてから。ええっと、私は教会で目覚めたところからしか……」
錬金「また死んでいたのか!!お前はわしの孫を常に棺桶に閉じ込めていたのか!!」
勇者「ひっ……」
強欲「構わん、続けてくれ」
遊び人「それじゃあ、続いては、憤怒の街での出来事について」
強欲「嫉妬が現れた場所だな。一番詳しく聞きたいところだ」
遊び人「もう知ってるみたいだけど、私たちはまずお嫁さんの候補としての演説会に出場したの。それから……」
遊び人「お姫様との戦闘が終わったかと思った時、私の赤い糸が電撃で焼き切られたの。それであいつは街に侵入してきた」
遊び人「物体感知に傲慢の盾がひっかかったって言ってた。多分、あいつは赤い糸の呪文に以前から気づいていたのよ。赤い糸の呪文は見抜かれた瞬間に効力が切れるものなの」
遊び人「私と会話しているうちに、傲慢の勇者の爆発呪文があいつに直撃したわ。煙がなくなると、傲慢は嫉妬に剣で刺しぬかれていた」
遊び人「最後は教会の内部に入った嫉妬を憤怒が倒して、ガラスが激しく割れた音がした。奴の精霊が砕けた音ね」
遊び人「勝利に喜んだのも束の間。教会から嫉妬が出てきて、やつの体内に精霊が6体いるのがみえた」
遊び人「兜を被った憤怒が再び襲いかかったけれど、あっけなくやられたの。傲慢の盾も使う間もなく一瞬で奪われてしまったわ」
遊び人「それから、私たちは、移動の翼で逃げ出して……」
錬金「もうよい。よく話してくれた」
強欲は顎に手をあて、深く考え込んでいるように見えた。
遊び人「今の話を聞いて何かわかった?」
強欲「話を聞いてもわからぬことは多いが。手が語ってくれたことはある」
遊び人「手?」
遊び人は自分が描いた数々の図を見た。
その中でも嫉妬との戦闘シーンを記した図を見ると、嫉妬の移動にある特徴が見られた。
遊び人「……全然気づかなかった」
勇者「嫉妬の行動範囲が、ほとんど教会付近だ」
強欲「どういう訳かわからんが、教会の中に入ろうとしているように見える。傲慢の爆発が起きてから憤怒と戦うまで」
勇者「捕縛の結界があるからじゃないか?」
強欲「やつにとって教会にいることは何か意味があるのかもしれない、力を引き出すとか、弱点を防ぐとか」
強欲「爆発が最初に起きたと言ったな。嫉妬は確かに死んだのか?」
遊び人「煙がたっていたからなんとも」
強欲「妙だな。嫉妬の首飾りは無効化する装備なのだろう。だとしたら、爆発そのものを防ぐのではないのか」
遊び人「爆発が効かない身体になるのか、爆発そのものを抑えるのかは私達にもわからないわ」
強欲「もしかしたら、直撃していたかもしれんな」
強欲「なにせ、通常呪文で倒されたところですぐそばの教会ですぐに復活できるのだ。嫉妬のパーティメンバーは他にはいないと聞いている。」
強欲「首飾りの乱用をしたくないのかもしれない。大罪の装備の使用は術者の寿命を食らう」
強欲「自分が浴びる全ての呪文を無効化なんかしていたら、それだけで寿命が大方持って行かれてしまうだろう。奴は麻痺や石化などの状態異常に関する呪文だけに首飾りの能力を使用するのではないだろうか。もちろん、一度でも精霊の加護の破壊を遂げた攻撃に対しても、全て無効化しているのだろう」
遊び人「嫉妬の首飾りを除いたら、残る大罪の装備は5つよ。それら全てを使用しても奴の精霊を全ては破壊できない」
遊び人「加えて、精霊のストックもあるって言ってたわ。また体内に補充しているかもしれない……」
錬金「それは難しいじゃろう。可能な限り体内に詰め込んだ結果が、今の数のはずじゃ。賢者の石の発明を試みたわしだからわかる」
錬金「半年に1体ほどのスペースじゃろうて。それでも困ったことじゃがな」
強欲「だからこその、捕縛なのだ。奴の身動きを一度封じ、首飾りさえ奪えれば良い」
遊び人「状態異常の呪文は全て無効化の対象にしているに違いないわ。眠り、麻痺、混乱、そういった意思をコントロールする呪文はきっと効かない」
遊び人「魔法陣による呪縛も無効化の対象にしていたのだから、きっと呪文の捕縛も出来ないわよ」
強欲「大方の攻撃は無意味だろう。だが、奴の装備はこの世の全てを支配する能力を持っているわけではない。勝機は探せばいくらでもある」
強欲「俺は強欲な男なのでな。ここで人生を終わらせるつもりはないんだ」
勇者「な、なんだよ」
強欲「お前の職業が勇者ではないとしたら。一体、何なのだ?」
勇者「何だろ」遊び人「なんなんだろうね」
強欲「はぁあ!?」
強欲「お前、自分の職業もわからずにずっと冒険してきていたのか!?」
勇者「ずっと昔、旅の仲間と冒険してた時に転職神殿を訪れたことがあったけど、わからないって言われたんだ。イレギュラーな存在だって言われて」
勇者「でも何の能力も発現しないし。自分の適性もよくわからないし。戦術に優れたわけでもないし、呪文もほとんど使えないし」
勇者「困っちゃうよね……はは……」
錬金「こやつ……」
錬金「転職神殿が近くにある!一流の占い師がおるからそこで鑑定してもらえ!!」
錬金「無職だったら何かしらの職業についてこい!!」
勇者「ひっ!!」
遊び人「い、行きましょ!勇者!」
勇者「けっこうな人だかりだな」
遊び人「各地から集まっているそうよ。世界にある転職神殿の中でも最も優秀な神官、術士、占い師が集まっているからって」
勇者「それにしても多いよ。みんな自分の職業に満足していないのかな」
遊び人「キャリアアップをしたいんじゃない?」
勇者「賢者とか一流の職業を目指すのかな」
遊び人「だとしたら遊び人になるのかしらね」
遊び人「転職相談をしている場所もあるわ。ちょっと覗いてみましょ」
武道家「今まで武道家をしていたんですけど、どう考えても、剣や槍を持った方が強いということに気づきまして……。もう辞めたいです……。毎朝起きた時から憂鬱で……新卒のときを思い出しては、若気の至りで長武器を持とうとしなかったことに後悔していて……」
僧侶「わたし、生まれつき魔力の器が小さくて。すぐ尽きてしまうんです。だから結局、呪文じゃなくてやくそうを使って仲間を回復してるんです。これだったらもう僧侶やめたほうがいいなって」
盗賊「犯罪じゃないですか。僕らの職業って。まずいなって、ふと気づいたんです」
勇者「人の悩みはそれぞれだな」
遊び人「みんな深刻な表情ね」
面接官「自己紹介をお願いします」
踊り子「私は踊り子と申します。故郷で飲食店を中心に働いていました。食べるという目的で集まった人達を、演技によって一層食事の時間を楽しんでもらうことに、やりがいを感じていました」
面接官「なるほど、素敵な経験ですね。それでは、僧侶への志望動機をお願いします」
踊り子「はい。私が僧侶への転職を志望する理由は、人々のために祈り、より多くの人達への救いに貢献したいと考えたからです。回復手段や補助手段が一層多いことに僧侶への魅力を感じています」
面接官「そうですか。でも、踊り子のままでも味方に回復呪文をかけることはできるんじゃないですか?魔法封じの呪文をかけられても踊りであれば使用することもできます」
踊り子「はい。確かに踊りで回復することはできます。しかし、僧侶のように身体の傷を完全に癒やすほどの力もなく、また、瀕死の者を救う呪文などは使用できません。また、踊りを封じる敵もいるため、その場合は回復手段が失われてしまいます」
踊り子「私は、踊り子という職業を否定するつもりはなく、僧侶を経験してこの踊り子という職業を別の視点で振り返ってみたいと考えています。踊れる僧侶、が私の目指す姿です」
面接官「……わかりました。合否の結果は後日お知らせします。採用、不採用に関わらず1ヶ月以内に連絡致します。本日はありがとうございました。。お気をつけてお帰り下さい」
踊り子「はい。ありがとうございました。失礼します」
勇者「合格したんだろうな」
遊び人「面接の模擬練習もできるみたい。ねーねー、私達もやってみようよ」
勇者「ええー、嫌だよ。ここで見てるからやってこいよ」
遊び人「つれないなぁー。じゃあ行ってくるね」
勇者「志望職種は何にするんだよ」
遊び人「遊び人に決まってるでしょ」
面接官「まずは自己紹介をお願いします」
遊び人「エントリーシートに書いてありますのでそちらを御覧ください」
面接官「失礼しました。それでは、あなたが直近で打ち込んだことを教えてください」
遊び人「はい、私はギャンブルにお金を注ぎ込みました。汗水たらして仲間が魔物を倒して稼いだお金を浪費して、自分の趣味に投資していました。リターンはかえってこず、野宿する羽目に何度もあいました」
面接官「わかりました……。では、あなたを物に例えるとなんですか?」
遊び人「私を物に例えると、やくそうです」
面接官「なぜ?」
遊び人「噛めば噛むほど、味がでるからです」
面接官「それはスルメのことでは?」
遊び人「やくそうだと言ったでしょう!どうしていきなりスルメがでてくるんですか!話聞いてくださいよ―」
面接官「…………」
面接官「最後に何か質問はございますか」
遊び人「はい。食事補助付きクエストの昼食代の支給に関して、昼食を取らずに私的に利用することは可能でしょうか」
面接官「あくまで労働者の方が昼食を摂取することを目的とした支給ですので、適切な使い方をして頂きたいというのが我々の気持ちでして……。他に質問はございますでしょうか」
遊び人「着替えの時間は勤務時間に含まれますでしょうか」
面接官「それに関しては……」
遊び人「また、入社三年目で退職した場合、退職金はどのくらい出るでしょうか」
遊び人「やった!!合格間違い無しだって!!ここ近年で最高得点だって言われた!!」
勇者「お前の右に出る遊び人はそんなにいないと思う」
遊び人「えへへ」
遊び人「おっ、やる気でてきたかな?」
勇者「でもこういうの苦手だしさ」
遊び人「やめとく?」
勇者「子供じゃないんだ。たまにはリーダーらしいところ見せてやろうかな」
遊び人「おお!」
勇者「ここで見ててくれ」
面接官「はーいつぎー。自己紹介してー」
勇者「し、しつれいじまず!!」カクカック
遊び人「(めっちゃあがってるじゃん……)」
面接官「希望する職業は何?」
勇者「はい、私は」
面接官「っていうかさ、レベルも20にも達していないのに転職できないよ」
勇者「(うっ、これ圧迫面接だ……)」
面接官「まあいいや、あなたのことを聞かせてよ。あなたをものにたとえるとなんですか」
勇者「わ、わたしは潤滑油です!!」
面接官「何故?」
勇者「なぜなら、人と人との間をぬるぬる、ぬちゃぬちゃ、効率よくぬちゃぬちゃ、することが得意だからでしゅ!!」
遊び人「(噛んだ……)」
面接官「私にはそうは見えないけどなぁ」
勇者「ど、どのように見えましゅか?」
面接官「見る限り、武道の心もない。神に対する信仰心もない。精霊に対する敬意も勿論見えない」
面接官「その割には中途半端に善意の心も持ち合わせている。盗みの心もないし、詐欺の心も無い」
面接官「戦士にも、武道家にも、魔法使いにも、僧侶にも適性がない。農夫、道具屋、盗っ人、商人も難しいだろうな」
面接官「最後になんか質問ある?」
勇者「……いいえ、ありません」
面接官「採用の通知については1ヶ月以内にお知らせ致します」
主婦A「最近の若い人たちは、やりたいことばかり口にして、すぐにやめちゃうっていうからねえ……」
主婦B「石の上にも3年って言う言葉もあるのにね」
勇者「うっうっ……乗せてくれる石もねぇんだよぉ……」ポロポロ…
勇者「職業選択の自由はどごにあるんだお……」
遊び人「勇者!泣かないで!一旦世間から逃げましょ!」
勇者「うう……」
勇者「今度こそ頑張ろうと思っでだのにぃ……」
遊び人「勇者は何もわるくないよ!!世間、政治、経済、社会がわるいのよ!!」
勇者「ビェええエン!!!」シクシク…
遊び人「ううう泣かないでぇ…」
勇者たちはにげだした!
遊び人「元気を出して」
勇者「このまま都に帰るの嫌だなぁ」
遊び人「あれ、勇者。あそこにあるのって」
勇者「占い師がいるみたいだな。俺は占いなんて信じねーぞ」
遊び人「でも凄い人気みたいだよ。そういえばお爺ちゃんも、この都には優れた占い師がいるから会いにいけって言ってたじゃない」
勇者「本当に占いなんてあたるのかよ」
遊び人「私は占い好きなんだけどな。ねっ、ちょっと行ってみましょ」
勇者「ええー……」トボトボ…
遊び人「よろしくおねがいします」
占い師「あらあら、よろしくね」
遊び人「この人が職業のことで悩みを抱えているんです。相談に乗って頂けませんか?」
勇者「遊び人、ちょっと待てって。占って貰う前に、本物の実力持った占い師なのか証明して貰わないと。例えば、今俺たちが持っている所持金の額を当ててもらうとかさ」
遊び人「何言ってるのよ!」
占い師「申し訳ないけど、それは出来ないわ」
勇者「ほらな」
占い師「額はわからないけれど。最近まともな食事を摂っていないようね。肌に表れているわ。冒険者の身なりをしている割には、装備も安価なもの。あなた達のお金の使い方は特殊なようね」
勇者「…………」
占い師「私は目の前の人の生い立ちもわからなければ、水晶玉の中に未来を見る力もない」
占い師「その代わりに、人を見る勘にかけては長けていると自負しているわ。占いって、本来そういうものだとも思ってるの」
占い師「ほら、あそこで面接を受けている人をみてみなさい」
女盗賊「僧侶への転職を希望するわ!!僧侶ならみんな安心して近寄ってくるし、盗み放題、騙し放題に違いないんだもの!!人を騙すにはまず見た目からよ!!」
占い師「彼女の未来は明るいと思う?暗いと思う?」
勇者「暗いだろ。神の遣いを偽って人を騙したことがばれたら、殺されかねないぞ」
占い師「ほら、あなたにも未来が見えた」
占い師「自然の成り行きに未来は通じる。今自分の瞳に映る光景を適切に判断することは、未来予知と一緒よ」
占い師「それはパーティメンバーのリーダーこそ、最も数多く、そして責任を抱えてやっていることでもあるわ」
占い師「かつて偉大な勇者様もこうおっしゃっていたわ。自分の仕事はただ二つの指令を与えることだけだったと。すなわち、『たたかう』か『にげる』か」
占い師「私に任せれば、あなたに関する”自然の成り行き”を見通すことができる。あなたにとって最善な選択を、今この瞬間の状況からきっと判断してみせるわ」
占い師「どうする?『たたかう』か『にげる』か、選んでごらんなさい」
勇者「……こんな長蛇の列に並んで、今更帰るわけないだろ。俺を診てほしい」
占い師「ふふ、そう言うと思っていたわ」
勇者「はい、そうです」
占い師「……わかりました。診断結果が出ました」
占い師「あなたにふさわしい職業は……」
勇者「…………」
占い師「案内人です」
勇者「はっ!?」
遊び人「案内人って……」
占い師「村や街の入口付近で立っている住民のことです。『ここは○○の村だよ!』というセリフパターンが多いですね」
遊び人「適性があるとは、どういうことでしょうか?」
占い師「あなた達が出会った案内人の中には、個性がある者もいたでしょう」
遊び人「確かに、暴食の村の案内人は食べ物を食べていたし、色欲の谷の案内人は変な椅子に乗ってたかな……。傲慢の街については自慢気に語られて、憤怒の城下町ではいきなり怒ってきたし。強欲の都の案内人からはお金をふんだくられちゃったよ」
占い師「その街がどういう街かを示すのに、彼らは素晴らしい仕事をしていたと言えるでしょう」
占い師「周囲の環境を自分に反映させるという能力において、彼らは人より極めて優れているのです。そして、あなたも」
占い師「今すぐ、案内人の募集をかけている場所に行きなさい。仕事を始めたその日から、あなたは頭角を現すでしょう。もしかしたら、世界中の案内人の誰よりも、その才能を発揮するかもしれません」
勇者「ちょっとまってくれ。意味わかんねーよ。そもそも、そんなことに得意な自覚なんて持ったことねーよ」
占い師「自分は根無し草だと、蔑んでいた過去はありませんか?」
勇者「…………」
占い師「欠けていることと、長けていることは表裏一体です。どこにでも馴染めるのは、どこにでも定着できなかったからです」
占い師「あなたは心に柔らかい壁を張っている。人々はそれを突き破ろうとはしないけれど、寄り掛かるにはちょうどいいと感じます。あなたが案内人として住み着いた場所は、人々の交流を盛んにさせ、やがて大きな発展を遂げるでしょう。自分がもう不要になったと感じたあなたは、他の村にまた移動することを繰り返すのでしょう」
占い師「世界中の町村があなたを求めることになりますよ」
勇者「勇者の適性は……」
占い師「そのことについて全く言及しないのは、あなたを傷つけたくないからですよ」
勇者「……わかったよ。ありがとうよ。もう帰るわ」
遊び人「勇者……」
占い師「違いますよ。占い師として、世界中に共通している定説が1つあるのです。それは、占い師は自身の未来は見通せないということです」
占い師「同情を引くわけではありませんが、占い師は、自身が悲惨な人生を送っている人がとても多いのです。手に入れられなかった経験、認められなかった経験、結ばれなかった経験が、常人とは比較にならないほど深く刻まれていたりするのです」
占い師「どうして占い師は自分のことを占えないのか。それは、都合の良い予防線なんかではないのです」
占い師「とても自身を、直視することなんて出来ないからなのです。優れた占い師は、無数の他者への占いを通して、自身を見ることを望んでいるのです」
占い師「他者は自身の鑑であり、自身は他者の鑑である。そういう意味で、人を映す水晶玉を覗くことは、理にかなっている行為なのかもしれませんね」
占い師「それでは、良き未来を選択することを願っています」
勇者「自分が案内人として、村の入口に1日中立ち続けるのが最もふさわしい人生だって言われたら、どうすりゃいいかわかんねーよ」
勇者「それどころか、魔物から逃げに逃げてきたせいで、まだ転職できるレベルでも無いらしいんじゃんか」
勇者「転職できないし、適性あるのは案内人だけ。俺って、何なんだろうな」
遊び人「適性が1つでもあることは凄いことだと思うよ。案内人としては世界で最も優秀な存在になれるかもしれないって言われてたじゃない」
勇者「いいよな遊び人は。昔から賢者の一族きってのエリートだったんだから。他人事だよな」
遊び人「私はそんなつもりで言ったんじゃ……」
勇者「もう罵られてもいいからあの2人に報告にいくよ。僕は一流の案内人になれそうですってさ」
勇者は子供のように露骨に不貞腐れて先に歩いていった。
遊び人は呆れたりはしなかった。
これが憤怒の街を訪れる前であったら、遊び人もつられて不機嫌になっていたのかもしれないが。
人は自分の弱さや臆病さを、怒りで押し隠す不器用な生き物であると、今までの冒険を通して学んでいた。
やさしい心を持っている勇者は普段、表ではなんでもなさそうにヘラヘラ笑っていても。
夜の布団の中では、ちゃんと一人で傷ついている。
遊び人「他人事じゃないよ」
遊び人「この職業になって、何もかもできなくなってから見えてきたことも、ちゃんとあるんだよ」
遊び人「何もできないというあなたが、それでも何かは成し遂げようと頑張ってくれてる姿、ちゃんと見ているつもりだよ」
遊び人は不貞腐れた子供のもとへ、走っていった。
強欲「またせたな。ここのところやることがあまりに多くてな。もちろん嫉妬の王国に関する仕事だが」
強欲「さきほど占い師と話をしていた。そういえばお前らも昼間、彼女にあったそうだな。不機嫌にさせたようで申し訳ないと言っていたよ」
勇者「別に……」
強欲「嫉妬との戦闘の日に関して、情報の更新があったそうだ。今日から一月ほど経った頃になるそうだ。その日が嫉妬にとって最も暗殺をしやすい日にあたるとのことだ」
遊び人「なにそれ。だったらその日が訪れる前に、こちらから仕掛ければいいじゃない」
強欲「占いによって未来は変わらない。占い師によれば、それが俺達にとって最も防衛しやすい日でもあるそうだ」
勇者「占いさまさまだな。どうせどちらが勝つかの予言はできないって言うんだろう」
不機嫌そうに言った勇者に、錬金が睨みつけて返答した。
錬金「彼女にできるのは今を把握することだけじゃ。スタート地点に双子の子供が並んでいるのを見ることはできても、どちらが先にゴールするかは予測できまい」
錬金「わしらが今成すべきことは、不確定要素の多い未来に対し、勝利の可能性をできるだけ積み上げることじゃ」
勇者「案内人じゃねーよ。仕事についてないから無職だよ」
錬金「徹底的に鍛えてやる。精霊の加護を持つ貴様は必ず戦闘の要になる」
勇者「なんだよそれ。急に言われても」
強欲「錬金、孫娘に関わることだからといって感情的になるな。勇者、これはお互いにとって全く悪い話しじゃない」
強欲「もしもお前らが根無し草なら、俺達の都の住人になれ。無謀な冒険もここで終わりだ」
勇者「何言ってるんだよ!そしたら遊び人は……」
強欲「大罪の装備については俺もこの爺さんから話を聞いている」
強欲「7つの大罪の装備を揃えたら、遊び人、あなたに70年分ほどの寿命を吸わせよう。そのあとは全ての装備を俺に預けてもらう。俺は大罪の装備の力を利用して、世界を統一する」
強欲「俺の父親は魔物に、母親は人間によって殺された。俺はくだらない争いの起きるこの世界を調停する鍵が欲しいんだ」
強欲「俺らの仲間になってくれ、勇者、遊び人」
寮母「今日からここがあなた方のお家です。男子寮は手前の建物、女子寮は奥の建物になります」
勇者「うわ、外観からして綺麗だな」
遊び人「本当に泊まっていいのかな……」
寮母「宮殿に勤務する職員の宿舎として使われているの。門限は無いけれど、あまり夜まで遊ばないようにね。私たちはそこの事務所の中にいるから、用があったらいつでも声をかけてね」
遊び人「ついに、私達にもこんな平穏な寝床が……」
寮母「それと、男子寮は女子禁制、女子寮は男子禁制ですので。デートは街中のレストランにでも行ってくださいな」
遊び人「だって勇者」
勇者「な、なんだよそのフリ」
勇者「ふぅー、なんてふかふかなベッドなんだ。寮母さんのご飯も、温かくて美味しかったし」
勇者「宿屋に泊まる時はいつも最安値の場所だったからな。飯もろくなものなかったし」
勇者「俺なんかと冒険させたせいで、遊び人には苦労をかけたなぁ」
勇者「はぁー」
勇者「部屋に一人きりって、変な感じがするな」
勇者「女の子と相部屋なんて、落ち着かないしで、最初はすげぇ困ってたのにな」
勇者「女風呂を覗くのは望んでも、混浴で女性を直視はできないのと一緒だって言ったらドン引きされたんだったな」
勇者「変なところでズボラだったり、変なところで几帳面だったりで、文句の言い合いや我慢のし合いで正直ストレスが溜まることも多かったけど」
勇者「もうそれにも、けっこう慣れてきた頃だったんだけどな」
勇者「さて、明日も早いし寝るか」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!
勇者「う、うわ!!何の音だ!!」
勇者「机の上からだ!!」
真っ暗な部屋の中を手探りで進みながら、勇者は震える石を手に握った。
勇者「昨日錬金から貰った目覚まし石か!ギュッと握ったら止まるんだったな……。うへー、すげぇ振動」
勇者がしばらく石を握ると、振動は落ち着いた。
勇者「でも、どうしてこんな時間に。まだ日も登ってないし。うう、寒い」
勇者「あの神経質そうな爺さんが時間の設定を間違えるだろうか。ただの嫌がらせをするような人でもあるまいし」
勇者「……もしかして」
勇者「もう出社の時間ってこと?」
錬金「待っておったぞ」
勇者「どうしてこんなに早いんだよ。もっと遅くでいいじゃんか」
錬金「馬鹿言うな。時間がないことへの自覚が足らんのか。夜も遅くまで付き合ってもらうぞ」
勇者「修行って何するんだよ。憤怒の勇者も、傲慢の勇者も勝てなかった相手に、俺が一ヶ月訓練したからって何になるんだよ」
錬金「……どこから叩き直せば良いのか」
勇者「こんな寝ぼけた状態で。まともに修行できるかよ。もっと、短時間で、集中的に、効率的に鍛錬してさ……」
錬金「その思考回路の結果が、今のお前じゃろう」
勇者「…………」
錬金「お前が届かないと言っている者達も、決して才能や効率的な努力だけでのしあがって来たわけではない。無駄な時間も、無意味な時間も、常人よりはるかに多く積み重ねてきたはずじゃ」
錬金「その点では嫉妬の者も、勇者に選ばれるだけの素質があったのじゃ。妬みや嫉みを、自分の力に変えてきたのじゃ」
錬金「強欲の都には、嫉妬の王国に引けを取らぬ技術の粋が集められておる。まだ未公表のものも多いが、貴様を確実に強くさせてくれる研究の成果物もある」
錬金「その部屋に入って、兜を身に着けろ」
勇者は大きな牢獄のような部屋に入り、特殊な形をした兜をかぶった。
勇者「あれ!!どういうことだ!!」
勇者「闘技場の真ん中にいる!!」
錬金「その兜には、強欲の勇者の電流が蓄積されておる。今のお前は洗脳されている状態じゃ」
錬金「装着者の脳内に保管されている戦闘の記憶を呼び出すこともできれば、こちらから戦闘データの転送を行うこともできる」
錬金「安心しろ。精霊の加護がなくとも死にはせんし、負けても経験値は手に入る。それも、通常に戦うよりも短時間でな」
錬金「まずは、その過去をやり直してみろ」
勇者はいつの間にか剣を握っていた。
そして、足元には使い捨ての魔法銃と移動の翼が散らばっていた。
勇者「見覚えがあるぞ」
勇者「だとしたら、対戦相手は……」
傲慢「…………」
夜中の闘技場に、傲慢の勇者があらわれた!
勇者「痛ぃいい!!!だ、たずげで!!!ごろざれるぅうう!!!」
汗だくになった勇者は、兜を外すと同時に床に転がり落ちた。
錬金は呆れた顔を向けた。
錬金「傷1つついてないわい。情けない。もう60回は負けてるぞ。まだ昼にもなっておらんというのに」
錬金「対戦相手のデータは、貴様の記憶と、既に兜に蓄積されている強者のデータの混合物じゃ。当然、オリジナルには遥かに劣る戦闘力のはずじゃぞ」
錬金「さあ、また兜をつけろ。今日中にそやつを攻略する勢いで戦うんじゃ」
勇者「ちょっと、ちょっとまってくれよ」
錬金「一月後に嫉妬を前にして同じセリフを吐くつもりか?『ちょっとまってくれ
、俺がお前より強くなるまで。あと100年ほど』」
錬金「笑わせるわ。さあ、戦って、勝つんじゃ」
勇者は錬金に、何度もそうされたように無理やり兜を被らされた。
結局、勇者は一日中、”精霊の加護の無い状態で殺される体験””を繰り返し、一度も脳内の傲慢に勝てないまま帰路についたのだった。
寮母「遊び人ちゃん、こんにちは」
遊び人「勇者は今部屋にいますか?」
寮母「下駄箱に靴があるか見てごらんなさい。女性は入り口まで入っても大丈夫だから」
遊び人「わかりました」
遊び人「……えーっと、ここかな」
遊び人「あれ、カラだ。今日も外出してるみたい」
寮母「忙しいみたいね。遊び人ちゃんはこれから何か用事あるの?」
遊び人「はい、宮殿の方に呼ばれていて。色んな施設を見学させて貰えるみたいです」
寮母「あら、よかったわね。いってらっしゃい」
遊び人「はい!いってきます!」
勇者「オェエエエエ!!!」ビチャビチャビチャ!!
錬金「精霊の加護に依存してきた報いじゃ。全ての冒険者は死と隣り合わせの覚悟で戦ってきたんじゃ。嫉妬と戦う貴様にもその覚悟を身に着けてもらわねばならん」
錬金「じゃが、精神の前に、やはり身体面の能力が低すぎるみたいじゃ。肉体を鍛えれば精神も鍛えられよう」
錬金「午後からは別室で肉体の鍛錬じゃ。昼の間に吐瀉物を掃除しておけ。わしゃ飯を食ってくる」
そう言うと錬金は去っていった。
勇者「…………」
勇者「……くそ、ちくしょう」
勇者「死んじまえ。ぶっ殺してやる」
遊び人と冒険していた頃には無かったような、負の感情を勇者は抱えた。
勇者「あれが、遊び人のお爺ちゃんって、本当なのかよ。嘘ついてんじゃねーのか」
勇者「亡くなった奥さんを蘇らせようと賢者の石の創造に狂っていたって聞いたことがあるけど」
勇者「叶わなかった夢の腹いせに、弱い冒険者を虐め抜いている腐れジジィじゃねーか」
勇者は掃除用具を手に取り、悪態をつきながら掃除を始めた。
勇者は小さい結界内に閉じ込められ、腹ばいになって呻いていた。
錬金「話で聞いた憤怒の城下町の教会に張られていた結界と同じものを用意した。術士の人数が多いほど力が増すものじゃ。わし一人分の力しかないんじゃからさっさと抜け出せ」
勇者「無理だこんなの……指一本動かすので精一杯だ……」
錬金「口は立派に動いてるじゃないか」
勇者「……なんか、ヒントとか」
錬金「はぁ?」
勇者「ヒントをくれ……相殺できる呪文とか、特技とか……」
錬金「…………」
錬金「お前はそんなことを、わしの孫娘の前でも言ってきたのか」
勇者「……えっ」
錬金「答えをやろう。自殺すればよい。教会に転送されて、あんたは晴れて自由の身じゃ」
錬金「そしたらもう明日から来なくても良い」
錬金はそう言うと、勇者を置いて部屋から出ていった。
錬金「……とっくに逃げていると思っていたが」
錬金「この都まで生き延びてきただけのことはあるようじゃ」
勇者「…………」
勇者は気絶をしていた。
結界によって、身体中を床に押し付けられ、かなりのダメージが蓄積されているにも関わらず。
錬金「精霊の加護が出現していないということは、精霊が少しでもこやつを信用しているという証じゃろう」
錬金は呪文を唱えると、結界がガラガラと音を立てて崩れていった。
気絶している勇者に、錬金は気付けの呪文をかけた。
勇者「うう……」
錬金「ほれ、起きろ。今日の訓練は終わりじゃ。早めに返してやる」
錬金「明日は武器と防具の選定じゃ。遅刻するでないぞ」
身体中が激痛に侵されていた勇者は、長い時間をかけて寮までたどり着いた。
身体を洗う気力もわかず、そのままベッドに倒れ込んだ。
気絶しながらも耐え抜いた、という達成感など微塵もなく。
理不尽な痛みに耐え続けている自分に、惨めさと悔しさで涙が出そうだった。
遊び人「この前案内してくれた兵士さん!」
兵士「元気でやってるか?」
遊び人「はい!色々宮殿の中も見学させてもらいました!」
勇者「…………」
兵士「勇者さん、大丈夫か?」
勇者「ええ、あ、ああ」
遊び人「勇者は最近1日中訓練してるみたいで、疲れてるんだ」
兵士「なるほどな。俺もこの都で働き始めた頃は大変だったよ。鬼隊長直属のチームに所属しちまってな。丸太担がされたり、焼けた地面の上を素足で走らされたり、訳のわからん地獄の特訓を受けたもんだよ」
兵士「まあじきに慣れるさ。今日は俺と散歩するだけだから、身体を休めるといいさ」
勇者「……ああ」
兵士「強欲の勇者様が、あんた達の望みは何でも叶えてあげるようにとおっしゃっていた。勇者様の特別な客人に、俺も失礼したな。身なりがあまりにボロボロなんで同じ田舎者出身かと思っちまったよ」
遊び人「あはは、気にしなくていいよ。私が無駄遣いをよくしたもので、装備を買うお金もなくってさ」
兵士「はは、なんつー冗談だ」
勇者「…………」
遊び人「勇者、どうしたの、浮かない顔して」
勇者「……明日からまた訓練が始まる」
兵士「お互い大変だな。宮殿内も最近バタバタしててよ、俺もろくに遊ぶ時間もねぇ」
兵士「まあ自分のペースでやるこったな。そんじゃあ、俺は宮殿に戻ることにするわ」
遊び人「私も宮殿に呼び出されてるの。上級術士の人が里の呪文について詳しく聞きたいんだって。私も都の開発した呪文に興味があるから話だけでも伺いたいなって」
勇者「……そっか」
遊び人「じゃあね、勇者。今日はゆっくり休んでね」
勇者「ああ」
遊び人「それと、この皮のドレス。捨てずに大事に取っておくからね!」
兵士と遊び人は笑顔で勇者に手を振った。
勇者「あの笑顔を守れる可能性が増えるなら」
勇者「それと引き換えに俺が憂鬱になることは、仕方のないことなのかもな」
勇者は重い足取りで寮に帰った。
勇者「わっ!!」
勇者「酷い夢見たな……てか、今何時だ!?」
勇者は慌てて布団から飛び出し、外を見た。
街中はまだ真っ暗だった。
勇者「はぁー、よかった。寝坊したかと思った……。二度寝するか」
勇者「…………」
勇者「……神経が張り詰めて、ろくに熟睡もできないよな」
勇者「嫌だぁな。半日後にはまたあの地獄の訓練場にいるんだよな」
~早朝~
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!
勇者「……時間か」
勇者は石を握りしめ、音をとめた。
勇者「こんな石に無理やり叩き起こされて。ぼこぼこにされるとわかっている場所に自ら足を運びに行く」
勇者「俺が今客人として迎えられてるのも、優遇をきかされているのも、精霊の加護を持つ者として立派に働くことを期待されているからなんだ」
勇者「はぁー、逃げ出しちゃいたいなぁ。みんなの期待を裏切って、案内人として自分のペースで生きていくのもいいかもなぁ」
勇者「ずっと昔にそうやって、仲間を裏切ったように」
勇者「…………」
勇者「はぁー。行くか」
錬金「陣の真ん中に立て」
地下室の中には、錬金と勇者の他に、術士が6名、円をつくるように立っていた。
地面には六芒星の陣が描かれていた。
錬金「いつもとやることは変わらん。兜を被って、脳内の敵と戦闘をするんじゃ」
錬金「今日は強欲の勇者のデータを転送しておる。最も蓄積の多いデータじゃ。記憶の中の傲慢の勇者とは比較にならない強さじゃろうて」
錬金「今日は中断は無しじゃ。戦闘に負けた瞬間から、また別の場所から戦闘を再開するようになっておる。途中で兜ははずせん」
錬金「では、検討を祈ろう」
勇者「ちょっと待てよ!!こいつらは何なんだよ!!この地面に書かれた魔法陣は一体!!」
勇者が喚くも、身体を硬直させられ、兜を無理やり被らされた。
訳のわからぬまま、勇者は痛覚の感じる世界で強欲の勇者との戦闘を開始させられた。
半日で殺された回数は、数百回に及んだ。
遊び人「どうしたの?」
公園にあるベンチに座っている勇者に、遊び人が心配そうに話しかけた。
遊び人「ここ数日少しも会えなかったから、心配して寮に行ったんだよ」
遊び人「寮母さんに聞いたらまだ帰ってないって聞いたから。お爺ちゃんのところに聞きにいったんだけど、まともに取り合ってくれなくて。心配して探しに来たんだよ」
勇者「…………」
遊び人「何かあったの?」
勇者「…………」
勇者「……しにたい」ポロポロ…
遊び人「つらいことがあったの?話せる?」
勇者「大丈夫……。大丈夫だから」
遊び人「大丈夫じゃないよ」
勇者「扉が……」
遊び人「扉?」
勇者「朝起きて、心を無にしたつもりで、外に出ようとするんだけど」
勇者「扉に手をかけた瞬間、身体が凄く重たくなって」
勇者「それでも、あの地下室に向かうしかなくて……」
勇者「逃げたいって思った壁は、一生立ちはだかり続けてくるものなんだって思い知らされてさ……」
遊び人「…………」
勇者「俺、また逃げ出しちゃうのかな……」
勇者は手に顔を埋めて言った。
勇者「…………」
遊び人「よっこいしょっと」
遊び人はうなだれている勇者の隣に座った。
遊び人「助けてって、私に言ってくれればよかったのに」
勇者「…………」
遊び人「言っても何も変わらないことを言うことと、何も言わないことは全然違うことだと思うよ」
遊び人「まあ、私も自分の中にしまいこんじゃうタイプだから偉そうには言えないけどさ」
遊び人の独り言を、勇者は黙って聞いていた。
自分の弱さにほとほと嫌気がさしていた。
こんなことなら、まっすぐ寮に帰るんだった。
尋ねてきた遊び人に、何でもない顔をして、冗談の1つでも言えればよかったのに。
強くあることを願いながら。
弱いままだった。
遊び人「ねえ、勇者」
遊び人「そばにおいで」
遊び人はぽんぽんと、自分の膝の横を叩いた。
遊び人「そばにおいで。やさしくしてあげる」
勇者「お邪魔します」
遊び人「ふふ、いらっしゃい」
元々開いてない距離を、勇者は腰を動かして移動した。
勇者は遊び人の肩にもたれかかった。
遊び人「……私達が出会ってから、どれくらいになるんだろうね」
遊び人「二人きりで冒険している癖に。二人とも、心の底では意地でもお互いに縋ろうとはしなかった気がするな」
遊び人「私達、頑張らなかったもんね。どこかでは、諦めちゃっていた気もするものね」
遊び人「ねえ、勇者」
遊び人「私は私のせいで、もう誰かが傷つくところを見るのは嫌なんだ」
遊び人「もしも勇者が今苦しんでいるならさ。また、逃げ出したって……」
勇者「頼みがあるんだ」
勇者は遊び人の言葉を遮った。
遊び人「頼み?」
勇者は遊び人の肩から離れ、言った。
勇者「戦ってって、励まして欲しい。勝てって、応援して欲しい」
勇者「この時を逃したら。俺は一生変われないままだと思うから」
勇者「俺、強くなりたいんだ」
戦わなくてもいいと言ってくれた人のために、勇者は戦う。
勇者「ウォラアアアア!!!!!!」
錬金「ほほお」
ガラガラ、という音とともに、結界は崩れ落ちた。
錬金「短期間でよくここまで強くなったものじゃ」
勇者「…………」
錬金「なんだ、その目は」
勇者「騙していたな」
錬金「何を」
勇者「6人の術士が囲っていた魔法陣。あれの正体が何かわかったんだよ」
勇者「俺に”枕詞”を付与させただろ!”大罪”という名前のな!!」
錬金「……前にも言わなかったか。時間がないと」
錬金「幼少の頃よりさぼってきたお前と、鍛錬を続けてきた勇者達。その差をどうやれば埋められると思う」
錬金「時間の差は、時間で埋めるしかあるまいて」
錬金「この世には強制転職呪文と呼ばれるものがある。それを少し改良した呪術を創造したのじゃよ」
錬金「お前の身体を変化させた。寿命と引き換えに、身体能力を増幅させるようにな」
錬金「大罪の賢者の一族が、寿命の漏れと引き換えに、呪力を手に入れたのと同じじゃ」
勇者「人の命をなんだと……」
錬金「内緒にでもしなければまともに戦ってくれないと思ったからの。安心せい。こんなまがい物の呪い、一月もすれば勝手に解けるわい。お前はノーマルのままじゃ。大罪の賢者に比べれば足元にも及ぶまい」
錬金「元に戻してほしければ、今すぐにでも戻してやるが」
勇者「……このままでいい」
錬金「そういうと思ったぞ」
勇者「あんたたちの手の平で転がされてばっかりだ」
錬金は誤魔化すように笑った。
錬金「じゃが、確かに心も身体も多少は強くなったようだ。今日はもう帰って良い。明日からの訓練はまた難易度をあげるからの」
錬金はそう言い残すと、帰っていった。
勇者はというと。
勇者「……えっ。うそ!」
勇者「あれ!ちょっと褒められた!?」
普段滅法厳しい実力者から、認められることの喜びを知った。
寮母「あら、どうしたの」
遊び人「勇者に届け物があるんですけど」
寮母「なにそれ、大きな荷物だけど」
遊び人「剣なんです。特注品でつくってもらったのが完成して」
寮母「普通の荷物だったら私が預かるんだけどねぇ」
遊び人「じゃあ勇者が帰るまで待ってよっかな」
寮母「あの子の帰り最近とても遅いわよ」
遊び人「そうらしいですね……」
寮母「よかったら、勇者くんの部屋にそれ置いてきて貰えるかしら?」
遊び人「いいんですか?」
寮母「今日はお部屋の点検で生活術士の方が入るって伝えてあるから、見られてもいいように片付けてるはずだもの。それに、ずっと一緒に冒険してきた仲間なんでしょう。合鍵渡しておくから」
寮母「私は街中にちょっと買い物に行ってくるから。鍵はそこの机の引き出しの中にでもしまっておいてちょうだい」
遊び人「わかりました」
コンコン
遊び人「おじゃましまーす」
遊び人「本当だ。勇者にしてはけっこう片付いてる。今の私の部屋よりよっぽどマシだな」
遊び人「勇者は誰よりも早く起きて、誰よりも遅く帰って、この部屋で睡眠を取っていたんだね」
遊び人「ずっと一緒に泊まってたのに。今こうして、当たり前のように別室で暮らしてるのって、なんだか不思議な感覚だな」
遊び人「…………」
遊び人「剣を置いて、出るとしますかね」
遊び人「どうしようかな。部屋の真ん中に置いとけばいいのかな。万が一盗っ人とか入ってきちゃったら大変だな」
遊び人「洋服棚の中とかにしまっておいたほうがいいのかな」
パカ
遊び人「……あの野郎」
遊び人「色欲の谷で着せられそうになったバニースーツがかけてある。まだ諦めていなかったのか」
遊び人「昔洞窟の中にいたときも気持ち悪かったもんなー。身も心もニギニギされたくなったらバニースーツを着ろとかなんとか」
遊び人「この服装がそんなにいいかね」
遊び人「…………」
遊び人「…………」チラッ チラッ
遊び人「部屋には姿見もあるんだ」
遊び人「ちょ、ちょっとだけ」
勇者「…………」バサリ
勇者は道具袋を落とした。
遊び人「……えっと」
遊び人「剣、完成したんだって」
勇者「…………」
遊び人「そこに置いておいたから」
遊び人「では、これにて失礼」
勇者「ちょっと!!」
遊び人「なに?」
勇者「なんでバニーガールの格好してるの!?」
遊び人「うるさいな!!遊び人がバニースーツ着て何が悪いのよ!!」
勇者「ついに目覚めたのか!!やったぁああああ!!勝利の日が訪れた!!!!」
遊び人「ちょ、見るな!!観覧料500G!!10秒につき発生します!!」
勇者「払う払う!!1000秒は見る!!」
遊び人「やだ!!脱ぐ!!もう脱ぐ!!」
勇者「ええっ、脱ぐの!?500Gでぇえええ!!?脱ぐの!!?」
遊び人「脱がないわよ馬鹿!!!」
勇者「じゃあバニースーツ!!」
遊び人「嫌よ!!脱ぐわよ!!」
勇者「脱ぐの!!!?」
遊び人「もう!!!私のバカヤロー!!!!!」
勇者「それはそれでそそるな……」
遊び人「自分の部屋に戻ったらちゃんと着替えるからね!!」
勇者「厳しい修行の良いご褒美が貰えたな今日は」
遊び人「ご褒美じゃないから!!観覧料5000G、慰謝料1万G、剣運び代1000G、払ってもらうからね!!私は今や強欲な女なんだからね!!」
勇者「いやいいよそういうの。強欲の腕輪の影響を受けてバニースーツ着ちゃったみたいな言い訳。誰もいない部屋でバニースーツ着るのなんて100%色欲だよ。お兄ちゃんは嬉しいよ」
遊び人「よりによってなんで今日に限って早いのよ……」
勇者「師匠も忙しいみたいだからな。本来俺の修行に付き合ってくれてるのがおかしいくらいなんだよ」
遊び人「師匠?」
勇者「あー、えーっと、遊び人のお爺ちゃんのこと」
遊び人「無理やりそう呼ばされてるの?」
勇者「ち、違うって!好きで呼んでるの!!本人は嫌がるけどさ」
遊び人「なにそれ。男心ってよくわかんないわね」
勇者「俺は女心がわかるけどな」
遊び人「はぁ?」
勇者「うさみみも付けてみたくなったらいつでも言ってくれ」
遊び人のこうげき!
勇者「ぐぼぉ……」
遊び人「まだまだ修行が足りないみたいね!!また鍛えてらっしゃい!!お邪魔しました!!」
錬金「100点じゃ。今日はもう帰って良い」
勇者「やったー!!遊んでくるー!!」
錬金「馬鹿、子供か」
勇者「今日もありがとうございました!!」
勇者は錬金に一礼すると、部屋を出ていった。
部屋には筆記用具と、紙束が残されていた。
錬金「……頭の回転は鈍いが、記憶力は悪くないようじゃのう」
錬金「この数日間でよく全ての職業の特徴を覚えたわい。あの兜の世界で直接身体に叩き込んだおかげでもあるんじゃろうが」
勇者、音術士をはじめ、賢者、踊り子、呪術師等の特技と呪文、及び大型モンスターの特徴を全て頭に叩き込んだのだった。
錬金「勇者。お前がどう考えようと、精霊が宿っていることは、蘇りの効力を抜きにしても素晴らしいことなのじゃ」
錬金「精霊からの絶大な信頼を得て、無口詠唱を唱えられる魔王でさえ、その体内に精霊を宿すことはついぞ叶わなかったのじゃ」
錬金「精霊はこう考えたのじゃ。魔王であれ、勇者であれ、強きものは守るに値する」
錬金「だが、精霊を守ってくれるのは、勇者というものだけであると」
錬金「精霊が加護を与えるものは、精霊を守護する者だけなのじゃ」
錬金「守れるほどに、強くなるんじゃぞ」
勇者「最近全然会ってなかったから、妙に緊張しちゃうよな」
まだ夕日の残る都の中を、勇者は軽い足取りで歩いていた。
勇者「この数週間、本当にえぐかったな」
勇者「嘔吐なんて当たり前で。血も吐くわ、ストレスで顔面にぶつぶつができるわ」
勇者「師匠と実戦した時は骨もバキバキに折れたし。その後回復させられてまたすぐ戦闘で」
勇者「でも、それらに耐えて強くなろうと思い続けられたのは、全部遊び人のおかげなんだ」
勇者「自分に絶望して孤独に彷徨っていた時に、あの子だけは精霊の加護を抜きにして俺のことを見てくれて」
勇者「戦わなくてもいいって言ってくれたのは、あの子だけだった」
勇者「俺は、恵まれてるんだな。強くなる理由が先にあって、強くなろうと努力した」
勇者「普通は、強くなってはじめて、自分を慕ってくれる人が現れるものなのに。だからこそみんな、守るべき人がいない状態から強くなるのが世の常なのに」
勇者「俺は幸いにも、弱い時からあの子がいてくれた。にもかかわらず、強くなろうとさえしなかった」
勇者「負けたらどうなるか、目を反らし続けていた」
戦って、勝たなくちゃいけない日は訪れる。
その時負けたらどうなるかは明確で。
手に入れたかったものを手に入れられなくなるか。
失いたくなかったものを失ってしまう。
勇者「今は思う。あの子を守れるようになった強い自分の物語というものを見てみたいって」
勇者「隣にいてくれる女の子にふさわしい人になりたくて、男は強くなるんだ」
勇者「嫉妬を、必ず倒そう」
母親のぬくもりから引き剥がされ、冷たい世界に放り出される気がした。
お母さん。
自分を産んでくれた女性をそう呼んでいられたのは、いつまでだったろうか。
世界から無価値であると突きつけられながら、無理やり引きずり出されるようになったのはいつからだったろうか。
朝日も。鳥の鳴き声も。川のせせらぎも。
心地よいまどろみから自分を引き剥がすものは全て憎らしく思えた。
戦いたくない。
全てのことから逃げることを許して欲しい。
それが、許されないのだとしたら。
せめて、こんな風に。
やさしく手を握って、起こしてくれたら。
遊び人「ごめん、起こしちゃった」
真っ暗闇の部屋の中でも、ベッドのそばにいるのが遊び人だとわかった。
遊び人はもぞもぞと、掛け布団の位置を直すような動作をしていた。
勇者「俺、いつの間に」
遊び人「疲労が溜まってたんだね。帰り道からふらふらしだして、部屋まで連れてきたんだよ」
遊び人「修行、一段落したんだってね。おつかれさま。勇者も、緊張が解けて気が抜けちゃったのかもね」
勇者「……そっか」
勇者「…………」
勇者「うん、大変だった」
勇者「冒険譚を昔に読んでてさ。強い敵に勝てなかった勇者が、修行をして再び強くなる場面とかがあって、憧れも抱いてたりしたんだけど」
勇者「強くなるって、ただただつらい日々の連続だった。地味だし、面倒くさいし、泣きたいし、吐きそうになるしで、修行なんてのはやりたくないことの寄せ集めだった」
勇者「自分ひとりの野望のために生きている人には、強くなるための行為なんて絶対できないよ。だから正義はいつも悪を倒せるんだ」
少なくとも物語の中では、と勇者はぼそっと付け足した。
勇者「誰よりも頑張っていたつもりだったけど。修行場所に向かう途中、朝の暗闇の中で鍛錬をしている戦士や武道家を見かけた。修行場所から帰る途中、夜の暗闇の中で呪文の練習をしている魔法使いや僧侶を見かけた」
勇者「今守りたい誰かがいるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。いずれにせよ、今の自分を変えるために日々を注いでいる人は、何かを壊したくて強さを欲しているんじゃなくて、何かを築きたくて強さを欲しているように見えた」
勇者「今強い人達って、人生のどこかで強くなろうとした人達だってわかったんだ」
勇者「遊び人も、俺の見えないところで頑張ってきたんだろ。これまでの冒険でも、この都に来てからの数週間の間にも」
勇者「聞かせてほしい。遊び人がした、努力の話」
遊び人「……うん」
遊び人「その代わり、勇者がしてきた努力の話も教えてね」
苦しいその時に、独りぼっちだったとしても。
それを乗り越えた後で、同じように乗り越えてきた人が、耳を傾けてくれる日はやがて来る。
強欲「戦いの日が近づいてきた。君たちも今日からはここに泊まれ」
宮殿の地下室にて、強欲は告げた。
勇者が修行を受けていた部屋の他にも、無数の部屋が存在していた。
強欲「封印の壺もここに保管していた。宮殿の最深部だ」
勇者「逃げる時どうするんだよ」
強欲「逃げるという選択肢は基本的にはない。奴らが同じ轍を踏むとは思えん。移動の翼や、精霊の加護による転送の対策を間違いなく講じてくるだろう。可能な限りの防衛策は当然施すつもりではあるが」
強欲「だからこそ、その裏をかいた戦略を立ててきた。作戦を遂行できれば問題はない」
勇者「……覚悟を決めるしかないか」
錬金「猶予はないんじゃ。封印の壺にもヒビがはいってきてるじゃろ」
遊び人「うん。表面が割れてきてる」
錬金「装備の魔力にたえきれなくなっておるんじゃ。割れたら最後、物体感知に容易にひっかかるぞ。人間の感知よりもずっと容易で、広範囲の距離で特定されるぞ」
錬金「逃げるのも、疲れたじゃろうて。勝って終わりにしようぞ」
禁術が禁術足るのは、下記3つの要因のいずれかに当てはまることによる。
・殺戮性の高さ <例:総魔力放出呪文>
・影響力の強さ <例:音讎の呪文>
・術者へのペナルティ <例:強制転職呪文>
使ってはいけない、と言われるようになったのは。
それらが使われた過去において、数多くの不幸が生み出されたからである。
強欲の都の敷地外で、お姫様はよろめいた。
研究員「何をしている。勇者感知は成功したのか」
お姫様「いたた……電流を流されたみたい……」
研究員「逆感知されたんだ。場所を変えるぞ」
「もう遅い」
移動の翼の羽根がぱらぱらと頭上から落ちてきた。
複数の術士がお姫様達を囲み込んだ。
上級術士「いきなり親玉の左腕が現れて光栄だぞ」
お姫様「誰が左腕よ!!右腕よ!!」
上級術士「そこの女は音を操る術士だ。白衣の男の結界には時縮化の呪文を唱えよ。後ろに魔物も複数体いるようだから気をつけろ」
術士達は詠唱を唱えると、耳の周りがシャボン玉のようなもので覆われた。
シャボン玉はどれも、統一された緑色に染まっていた。
お姫様「暗号術よ。あいつら同士の会話は通じるけれど、こちらからは解読もできないし音を伝えることもできないわ。緑色なんて、一番調節が難しい色なのに」
研究員「仕方ない。おい、魔物、出番だ」
研究員は牛型の魔物に命令をした。
研究員「すてみだ。行け」
魔物「ぐぉおお!!!」
牛型の魔物が突進するのを、術士達は躱した。
研究員は無口詠唱で、火炎の呪文を唱えた。
魔物「グモォオオオオオオオオ!!!」
魔物に火がつくと同時に爆風が起こり、胃袋の中から無数の鉄製の玉が飛び出した。
遊び人「逆感知できる人なんて、旅に出てから初めてあったかも」
強欲「待ち構えてさえいれば、上級の術士なら誰でも出来る。随分舐めた真似をしてくれる。俺達も嫉妬の勇者の感知は何度も試みているが、対象は奴の所持物だ。逆感知の恐れもなく、感知の範囲も広いからな」
強欲「トラップで強力な呪いをかけられた装備を感知させられた時は、少々痛い目を見るが」
勇者「敵はどれくらいの人数で来ているんだ」
強欲「確認できたのは東門の数名だけだ。各方角から同時に侵入している可能性が高い」
強欲「都の中に既に何名かは侵入していたのだろう。外部にいるものを中から招き入れるのは容易だからな」
強欲「既に都中に警報は発令している。あとは宮殿に繋がる経路を、奴らが突破できるか否かだ」
研究員「西側からの連絡が途絶えた。侵入に失敗したみたいだ」
お姫様「使えないわね。そういえば、あの女はどこから侵入する予定か聞いてるかしら」
研究員「あの女?」
お姫様「もう1人の側近よ!根暗のくせに嫉妬様に妙に気に入られててムカツク奴……」
研究員「あの方は、嫉妬様と共に行動している」
お姫様「はぁ!?」
研究員「嫉妬様も、強欲の勇者を私達が打ち倒せるとは思っていない。最期の戦いには自らが出るとのお考えだ」
研究員「入り口を壊すのが私達の役目。最期の場まで伴うのがあの女性の役目。役目が分かれているんだ」
お姫様「……なによ。なによそれ。嫉妬様は、そんなこと……」
お姫様「あの女……許せない……ムカツク……」ギリリリリ…
お姫様「私の……私の居場所を……!!」
上級術士「巨大な結界を張って閉じ込めるんだ!!」
命令が他の術士に伝達され、詠唱を唱え始めた。
お姫様は立ち上がり、広けた空間に向かって歩んだ。
お姫様「私一人で充分だってこと、嫉妬様にもわかってもらわないと」
お姫様から独特の魔力の気配が広がった。
研究員「待て!!何を考えてる!!」
お姫様「この一月で私がどれだけ成長したか、みんなに聴かせてあげるのよ」
研究員「禁術を発動するつもりか!!味方もろとも破滅するぞ!!」
お姫様「『リコルダーティ』」
研究員「くそっ!!自分にかける羽目になるとはよ!!」
研究員は悪態を尽き、自分の周囲に結界を張り始めた。
お姫様「『スケルツォ』」
お姫様「『ベルスーズ』」
お姫様「『主を失いし旋律の怨嗟よ』」
お姫様「『仇讎曲を奏で給え』」
お姫様「『Morte』」
お姫様「『Tremolo』」
お姫様「『Sonate』」
――――トン
一滴の、静かな音が広がった。
研究員「(一体、何が……)」
簡易に張られた結界の中で、研究員は精一杯耳を抑えて身構えていた。
目を上げると、術士達が生気を失ったように、倒れているのが見えた。
お姫様は、ただ立ち尽くしていた。
その手に持つ鋭利な装備には血が滴っていた。
研究員「おい、どうなっている!そんな装備で倒したのか!?」
研究員「ちゃんと術は発動し……」
『グモォオオオオオオオオ!!!』
研究員「ひぃ!なんだ!」
研究員の耳の内側から、魔物の鳴き声が響いた。
『や、やめてくれ!!息子だけは!!』
『お前らはそれでも人間か!!!』
研究員「これは……」
『使えない研究者め……』
『もうここには来なくていい』
研究員「お、俺が、過去に聞いた……」
『……ごめんなさい。あなたとは……』
研究員「やめろ……やめてくれ!!」
過去に聞いた悲しい言葉の記憶が、激流のように研究員の脳内に鳴り響いた。
『嫌vぬあ;んbにあえb:ヴぁ憎ヴぁ;んれんぶpな』 『弱:k-0い3j5死m:ヴぁvりあ@bんじょいえk疎v;あvbギs』 『去gbbsんdvjsj;bjぬ;sb主;んfb;svkzんbおいっvbん;jsぬgjs;:gm』 『呪jvん;あんふいヴぉ@あ恨vんmfなあううrjvbんrんヴぁ;』『讐にvにあうえh8えjvまお;んヴあえrhb』
『産むんじゃなかった』
お姫様「……久しぶりね」
遊び人「あなたは!!!」
お姫様「この前は、エグい呪文を使おうとしてくれたじゃないの」
遊び人「さっきの魔力の気配……やはり、音讎の呪文を使ったのね!!」
『音讎の呪文』
過去に聞いたことのある、忘れたい全ての音を一斉に呼び起こす呪文。
全ての音の再生が終わるまで呪文は解けない。
特徴として、対処が極めて困難なことがあげられる。
呪文の音が耳の鼓膜に届けば発動するため、手で耳を抑える程度の対処はもちろん、魔法反射や簡易結界でも防ぎ切ることができない。
完全な結界や、空間の空気を抜き取る呪文等、発動に時間がかかる対処呪文しか存在しない。
状態異常に分類されるため、精霊の加護がある者は自殺すれば解除される。
遊び人「これが禁術とされるようになったのは。一度でも戦争に参加したことのある成人がかかった場合、必ずと言っていいほど自殺を試みるからなのよ」
遊び人「あなたが、ここまで来れたのも不思議なくらいに、感情ごと呼び起こす呪文なのに……」
お姫様「…………」
遊び人「まさか、あなた!!自分の耳を!!」
お姫様の両耳から、血が流れ出していた。
お姫様は不気味な笑みを浮かべながら、詠唱を始めた。
お姫様「『リコルダーティ・スケルツォ・ベルスーズ』」
強欲「まずは、一名捕らえたな」
強欲の勇者は、一瞬で完全な結界を出現させた。
お姫様は中に閉じ込められ、彫像のように動きを止められていた。
遊び人「こんな完全な結界をたった一瞬で!!一体どうやって……」
強欲「俺の実力が1だとしたら、こいつの力が99だ」
強欲は自分の腕をひらひらと振った。
腕輪が黄金色に輝いていた。
強欲「通常攻撃も、魔法攻撃も、道具の使用も、この腕輪は自分の望んだ威力にまで瞬時に引っ張り上げる能力がある」
錬金「油断するな。足音が聞こえる。おそらく時間差で味方を送り込んだのじゃろう」
錬金「なんとしてでも防げ。世界の命運がわしらにかかっている」
足音は大きくなり、白衣を来た男たちが次々と現れた。
錬金「これで、最後かの……」
迷路のように広がっている地下を移動しながら、勇者達は敵と対峙した。
しかし、あくまで戦闘の前線に立ったのは、錬金を始めとした宮殿に仕える術士達であった。
今回の戦いにおける最大の目的は、嫉妬の勇者の捕縛。
作戦の根幹に関わる教会への転送に関して ”絶対に勇者、遊び人、強欲の三人が死んではいけない” 理由があった。
強欲「……信号が入った。地上にある教会は、完全に結界を張られたそうだ。敵側の援軍の力はやはり教会の攻略に注ぎ込まれていたらしい」
強欲「だが、我らの大罪の装備に打ち克つことができるのは、同じ大罪の装備を所持している嫉妬の勇者しかいない」
強欲「奴は必ず自らここに来る。我らの側にある『暴食の鎧』『色欲の鞭』『強欲の腕輪』この3つの装備を全て使用しても、奴の体内に宿っている6つの精霊は倒しきれない。そして一度精霊を破壊した武器は嫉妬の首飾りによって攻略化される」
強欲「奴は死ぬことを恐れないはずだ。大罪の装備以外による攻撃で絶命しても、やつが転送されるのは、既に奴の手中に落ちた教会だと考えるはずだ」
強欲「なんとしてでも、先手で奴を絶命させ……」
嫉妬「誰を、どうすると言ったか」
無様に寝転がる研究者を蹴り飛ばしながら、嫉妬の勇者が現れた。
嫉妬「教会を基地にしなくてよかったのか。何度でも蘇りが効いたぞ。貴様のかつてのパーティメンバーは四天王との戦いで全員死んだと聞いている」
強欲「俺を倒せるのはお前くらいしかいない。そして、お前に倒される時は、俺が精霊ごと殺される時だ。ならば、奥深くで休んでいるのがよいだろう」
嫉妬「なるほど、光栄だ」
嫉妬「といいたいところだが。あまりに無様な状況だ。他の者ではやはり、大罪の装備には手も足も出まいか」
嫉妬は結界に足を歩み入れた。
首飾りが鈍く輝いていた。
嫉妬「禁術を唱えて東の部隊を味方もろとも不能にさせたそうじゃないか」
嫉妬はお姫様を掴み、結界の外へと引きずり出した。
強欲「平気で完全結界の中に……。既に首飾りで攻略化(とりこみ)済みというわけか」
嫉妬が回復呪文を唱えようとすると、錬金が即座に動いた。
錬金「奴に動く隙きを与えるな!!」
錬金の命令と同時に、術士は詠唱を始めた。
誰よりも早く、錬金は呪文を発動した。
錬金「『魔壁剥がし』!!」
嫉妬「ほほう。人間に唱えられるものがいるとは」
錬金の杖からは緑色の蔓(つる)のようなものが伸びた。
しかし、枯れ葉の色に変色し朽ちてしまった。
錬金「これも攻略化しておったか……呪文中断!!」
術士達は詠唱を中断した。
錬金「奴は魔反射をかけておる。生半可な魔力では全て返り討ちにされるぞ」
錬金「後は任せたぞい、大将」
強欲「ああ。下がっていろ。生半可でない呪文で魔壁ごと吹き飛ばしてやる」
他の術士は後ろに下がり、強欲と嫉妬が対峙した。
嫉妬「強欲。身の丈に合わぬ願いを叶えようとする醜き心に選ばれた勇者よ!」
強欲「嫉妬。叶わぬ願いを手に入れた者を引きずり落とす醜き心に選ばれた勇者よ!」
嫉妬「拭い去る!!」
強欲「奪い取る!!」
2人は同時に呪文を唱えた。
『嫉妬の首飾り』
・攻略化…一度持ち主を破滅に陥らせたことのある呪文・特技・装備・道具等の情報を取り込む
・無効化…一度攻略化したことのある呪文・特技・装備・道具等の効力を消し去る。無効化の度に寿命を消費する。
通常攻撃は無効化の対象外である。
<例>色欲の鞭によって嫉妬の首飾りの所有者が倒され、攻略化した場合。
復活後、再び色欲の鞭によって攻撃された時に無効化を行うと、それは付与効果のないただの鞭の攻撃となる。
遊び人「大罪の装備の使用には寿命を消費する。それは嫉妬の首飾りにも当然あてはまること。だから、呪文の無効化に首飾りを多用するのは避けたいはずよ」
遊び人「マハンシャさえ唱えておけば、嫉妬は大概の呪文を防ぐことができる。そして、魔壁剥がしなどの特殊呪文だけを無効化すれば、実質全ての呪文を防げるといってもいい」
強欲「『雷槍で穿て、ペルクナス』!!」
強欲の右腕から7つの電気の槍が飛び出した。
嫉妬「無駄だ」
嫉妬の首飾りが鈍く輝いた。
強欲「勇者の呪文は当然攻略化済みというわけか。自分で自分に攻撃した時はさぞ痛かったろう」
嫉妬「残念なことに、この世の大概の呪文は攻略化済みだ」
遊び人「……やはりそう。強欲の腕輪、という装備を攻略化していなくとも。雷撃の呪文を過去に攻略化済みであったら、無効化されてしまうんだわ」
嫉妬「我々のことや大罪の装備についてもこそこそと嗅ぎ回っていたようだが。その腕輪で精霊ごと倒したところで、俺は復活する。俺の体内には複数の精霊が宿っているのでな。そこの小娘から話を聞いたであろう」
嫉妬は遊び人を横目で見て言った。
嫉妬「俺を倒せる方法でも思いついたのなら、聞かせてほしいものだ」
嫉妬は右腕に大きな力を貯めた。
嫉妬「その前に、貴様が死ななければな!!」
嫉妬は雷撃呪文を、無口詠唱で唱えた。
強欲は相殺化しようと、雷撃の呪文を唱え返した。
しかし、強欲の放った雷撃は消滅してしまった。
強欲「ぐぉおおおおお!!!」
嫉妬「寿命さえ惜しまねば、いくらでも呪文を消すこともできるのでな」
勇者「でも、憤怒は兜を装備して奴を倒したじゃないか」
遊び人「それは、嫉妬の首飾りにも攻略できない対象があるからよ」
強欲「……貴様の呪文の特徴は掴んだ」
強欲「あとは、俺の得意なこれだけで行くとしよう」
強欲は呪文の詠唱の構えを解き、通常攻撃の構えを取った。
強欲「行くぞ!!」
強欲は腕輪の力を全て、剣技に注ぎ込んだ。
嫉妬「ぐっ!!!」
剣を振るあまりの速度に、風を切る音が轟いた。
一度宙を切った風の音が、分裂したかのように幾重にも重なって響いた。
強欲「この腕輪は一太刀の振るいで幾百かの攻撃を加える!!」
強欲「通常攻撃に関しては、首飾りの力を存分に発揮できないようだな!」
嫉妬「大罪の腕輪め……」
嫉妬は呪文を繰り出しながら、強欲と戦闘をしていた。
本来であれば、通常攻撃だけでは呪文と剣技の組み合わせに勝てるはずもないのだが。
強欲の腕輪の力により、あまりあるほど剣技の強さで圧倒していた。
強欲「終わりだ!!!」
強欲が剣は、防御呪文の障壁を突き抜け、嫉妬の胸に突き刺さった。
嫉妬「……がぁっ……」
バリイイィイイインン!!!
精霊が砕ける音が響いた。
錬金「強欲の勇者。そして勇者と遊び人。お前らは戦闘当日、絶対に死んではならん」
錬金「この地下内に、もう一つの教会を創った。ここじゃ」
宮殿地下の迷路のような道を歩き、異質な空間があるのを勇者と遊び人は目撃した。
神官「…………」
遊び人「神官様がいる」
強欲「普段は他の場所にいた神官だ。勇者復活の使命を帯びている。試しに一度自殺を試みたが、確かにここで復活をした」
強欲「地上に通常の教会が1つ。ここに新たな教会が1つ。戦闘で死んだ位置から、最も近い位置の教会で復活することになる」
勇者「一体、何のために……」
錬金「ここで、わしの長年の研究の出番じゃ」
錬金はそういうと、他の部屋の案内をした。
そこでは、見たこともない材質の塊を囲んで、多くの術士が作業に取り掛かっていた。
錬金「賢者の石の失敗作じゃ」
遊び人「賢者の石……」
錬金「硬度が極めて高く、魔法を跳ね返す性質をそなえておる。他にも様々な魔物の繊維を合成させておる」
錬金「この材質で出来た武器で切りつけたら攻略化されるかもわからんが。ただの空間として設置した場合に無効化はできまい」
錬金「この物質で出来た檻を作る。戦闘で死んだ奴を、この教会に転送させる。復活は神官の目の前。ここにあらかじめ檻を作成しておき、閉じ込めるというわけじゃ」
錬金「加えて、真上の部屋に、雨水を大量に保管しておる。やつがこの檻に入ったタイミングで、水を流し衰弱させる」
錬金「自然に存在しているものを、嫉妬の首飾りは攻略化できないはずじゃ。もしもあらゆるものを消滅させたりすることができるのであれば、傲慢や憤怒と戦闘している時に、空気を消滅させて窒息させて戦闘不能にでもしてたはずじゃな」
錬金「なんとしてでも奴を一度殺害する。そしてこの檻の中に出現させ、窒息させる。奴が衰弱している間に槍でも伸ばして首飾りを奪えば良い」
――――――――
嫉妬からは血が流れ出し、意識が遠のいているようにみえた。
強欲「朽ちてくれ」
嫉妬が教会へ転送される瞬間を待った。
檻の中に閉じ込め、水を流し、窒息させ、気絶したところで首飾りを奪う。
首飾りさえなくなれば、強欲の腕輪の力を以て、精霊ごと何度でも殺害をすることができる。
強欲「はやく、飛べ!!」
その時だった。
強欲「ぐぁっ!!!」
バコン!という音が一瞬聞こえたかと思うと、嫉妬に突き刺していた剣が弾け飛んだ。
強欲「木の音!!肉体保護の棺桶が出現したのだな!!」
しかし、音が聞こえたのは一瞬で、棺桶は目視する間もなく消滅したようだった。
遊び人「おかしいわ!!教会への転送がされるはずじゃ……」
混乱している一同の前で、一人の人物が口を開いた。
嫉妬「おお、私よ。死んでしまうとは情けない」
傷が完全に癒えた状態で、嫉妬の勇者が復活していた。
嫉妬「ちゃんと神官の元で、俺は蘇ったさ」
嫉妬はにんまりと笑みを浮かべていた。
錬金「…………なるほどの」
錬金は何かを察したようだった。
錬金「勇者であることを捨てたか」
嫉妬「捨ててはいないさ。転職はしたがな」
嫉妬「俺の今の職業は、神官様だ」
嫉妬「精霊が宿った俺は被験体にされ、様々な実験をさせられた」
嫉妬「俺が神官もろとも雷撃を落として自殺を試みた時に、不思議な現象が起きた」
嫉妬「一度目に落ちた雷は、俺と神官に直撃した。だが、俺はその場で蘇った」
嫉妬「二度目に落とした雷は、俺に直撃し、研究者が用意していた別の教会で俺は復活した」
嫉妬「一度目の雷で、何故俺だけ復活したのか。それは、タイムラグがあったからだ」
嫉妬「神官は、精霊からその職業を全うする能力を託されている。自分の身が滅びつつある時でさえ、気絶している時でさえ、勇者の蘇生を果たす。いうならば、神官の身体を通して、精霊の力が勇者を蘇生させていたわけだ」
嫉妬「自分自身が神官になった場合。死亡した時点で最も近い位置にいる神官は、俺自身であるため、他の神官の元へ送還されることはない。精霊の加護を宿している俺を、神官である俺自身が蘇生することになる」
嫉妬「かつて、魔王が神官を魔王城に置き、勇者の精霊の加護による逃亡を阻止しようとしたことがあった。これは失敗した。神官は自分のいる領域を、人間の領域であると認識できなかったからだ」
嫉妬「俺は俺自身の中に復活する。当然、人間の領域であると認識できる。魔王城の中であろうがな」
嫉妬「研究者共はこのタイムラグを何かに活かせないかと悩んだ末、答えを見つけられないままだった。しかし俺は、最も有効な活用方法を考えついた」
嫉妬「精霊の加護による、教会への転送の省略。これによって、結界の張られた教会に転送されるようなこともない。お前らもそのような作戦を立てていたのだろう」
錬金は焦りの表情を浮かべていた。
嫉妬「だが。この仕組の真価は別のところにある」
嫉妬「精霊殺しの陣による死亡の可能性の排斥だ」
嫉妬「俺の中に宿っている精霊が魂から飛び出すのは、俺が死亡した時だ。そこが精霊殺しの陣が敷かれているエリアであれば、俺の精霊は飛び出した瞬間に破壊される」
嫉妬「俺自身が神官であるため、精霊は転送する必要もなく、俺の魂から飛び出す過程も省かれる」
嫉妬「精霊殺しの陣によって俺は死ぬことはなくなったのだ」
嫉妬「それはお前が一番よくご存知のはずだろう」
遊び人「……まさか」
遊び人「……強制転職呪文」
嫉妬「グリモワールと書かれた書物を見させて貰った。お前の父親は実に素晴らしい術を記載してくれていた」
錬金「あの馬鹿息子……」
錬金はショックを受けたような顔をした。
嫉妬「呪文の才能を持った術士が、真に対象者の転職を願った時にのみ使える禁術だ。『大罪の賢者』という、本来転職不可能な職業から『遊び人』に変えられたのも、この呪文の力だ。対価として、極めし職業1つ分のスキルの放棄という大きな代償がつくだけはある」
嫉妬「使用出来る器のあるものがいなかったのでな。自分自身で使用させてもらった。勇者という職業から、神官という職業へな」
遊び人「雷撃の呪文を使っていたはず……。勇者という職業を放棄したのではないの?」
嫉妬「悲しいことに、俺はまだ勇者という職業を極めていない。俺だけではない。古代の勇者は自身の力だけで魔王を葬った。大罪の装備等に頼らなければ四天王さえ倒せない今の世界の勇者に、勇者という職業を極めたといえるものはおらんだろう」
嫉妬「職業の格によって、極めの水準は大きく異る。例えば、遊び人という職業は極めるのに容易い。最低限度のレベルを積んで賢者に転職するのが通常だが。遊び人を限界まで極めれば、強制転職呪文で大罪の賢者になることも可能だ」
嫉妬「強制転職呪文は等価交換ではない。誇り高き職業のスキルを放棄して卑しい職業へ転職することもできれば、卑しい職業のスキルを放棄して誇り高き職業に転職することも可能だ」
嫉妬「俺も1つの職業を既に極めていたので、放棄させてもらった!!」
突如、嫉妬は怒りに歪んだ表情をして叫んだ。
嫉妬「奴隷という、忌まわしい職業をな!!!」
嫉妬「嫉妬という感情は、敗者の感情だ」
嫉妬「この首飾りも、本来であれば最弱なものだ。一度、敗北をした相手にしか効力を発揮しない」
嫉妬「俺はそれを、自身の才覚で全て乗り越えたのだ」
嫉妬「どうする。強欲の腕輪の力はもう発揮しないぞ」
嫉妬「残りの大罪の装備で、時間稼ぎでもするか?」
強欲「『マハンシャ』!!」
嫉妬「たいていの呪文は攻略化済みだといったはずだ」
首飾りが光ると、魔法障壁は粉々に散ってしまった。
強欲「くそっ!!」
強欲は通常攻撃を繰り出そうと、瞬時に飛び出した。
嫉妬「剣で雷を斬れるものか」
嫉妬は雷の呪文を放った。
強欲は腕輪に念じた。
だが、いつものような黄金色の輝き放つことはなかった。
強欲「ぐぁあああああ!!!!」
強欲の身体は、燃焼と再生を繰り返していた。
嫉妬「無口詠唱で回復呪文を唱え続けたか。素晴らしい集中力だ」
嫉妬「よかったな。回復呪文は攻略化の対象外だ。俺を敗北に至らしめるにあたって、敵の回復は間接的な要因にすぎないとの認識らしい」
嫉妬「さて、そろそろこいつにも働いてもらわねば」
隅で倒れていたお姫様に、嫉妬は回復呪文をかけた。
お姫様の体の傷が癒え、耳からの出血も止まった。
お姫様「……嫉妬様」
嫉妬「耳は聞こえるな。大罪の装備を後ろで隠れているやつらが守っている。奪ってこい。強欲は俺が相手をする」
お姫様「……かしこまりました」
お姫様は急激な回復に伴う副作用でよろけながらも、勇者達を見据えた。
強欲「逃げろ!!例の場所で落ち合うぞ!!」
にげる。
作戦が完全に失敗にしたとわかった時に、発する命令だった。
ただがむしゃらに逃げ出して。あらかじめ定めていた『誓いの書簡の村』で落ち合うという、それだけの命令だった。
勇者「……やるしかないのか」
お姫様「あんたみたいな雑魚、一瞬で葬ってやるわよ」
目の前の女の子はぼろぼろになりながら立っているものの。
傲慢と憤怒の2人を相手に戦っていた、嫉妬の王国最強の術士である。
遊び人「勇者、どうするの」
遊び人は足を震わせながら尋ねた。
勇者「どうするって、逃げるしか無いだろ」
勇者「俺が道を切り開く。その間に、地上に逃げろ」
勇者「地上に出た瞬間、移動の翼で逃げるんだ。嫉妬が強欲と戦闘している今、空から雷で撃たれる恐れもない」
勇者「さあ!」
勇者と遊び人は、同時に駆け出した。
ふらふらになりながらも、お姫様は笛を口に咥えた。
勇者は、瞬時に飛び出し、一瞬でお姫様との間合いを詰めた。
お姫様「なっ!!」
勇者「うぁああああ!!!」
勇者はお姫様を蹴り飛ばした。
お姫様「うぅ……おぇえ!!!」
お姫様「う、うそ……」
吹き飛んだお姫様が他の楽器を取り出すも、勇者に一瞬で間合いを詰められた。
お姫様「なんて速度……」
勇者はお姫様の楽器を吹き飛ばし、再び蹴りを加えた。
吐瀉物の音が響いた。
お姫様「……女の子に……暴力振るうなんて……」
勇者「剣を心臓に刺すよりはマシだろ」
お姫様「……舐めやがって。殺さなかったこと、後悔させてやるわ!!」
お姫様は、簡易的な呪文を詠唱した。
しかし、それ以上に早く勇者は距離を詰め、腕を斬りつけた。
お姫様「いやぁあああああああ!!!」
勇者「ずるをしたんだよ。大罪の賢者の力に近づこうと、寿命を肉体強化にまわす呪いをかけてもらったんだ」
勇者「今の俺は、大罪の無職といったところだけどな」
遊び人が出口を駆け上がっていくのを、勇者は見届けた。
自嘲的に言いながらも、勇者はこの場を制したことに達成感を覚えていた。
勇者「少しだけ、強くなったんだ」
今強い人達は、人生のどこかで強くなろうとした人達。
勇者も、強くなった。
他者との戦いに、勝てるほどまでに。
勇者「殺さなければ、後悔するんだったな」
勇者は剣を大げさに構え、突進をした。
お姫様「ひっ……」
お姫様は怯んだ。
勇者「うぉらあああ!!!!!!」
勇者は横を素通りすると、遊び人の後に続いていった。
お姫様「……へっ?」
勇者「殺せるわけないだろ」
勇者「女の子に救って貰った人生なんだから」
勇者達はにげだした!
勇者「酷い……」
味方の術士が血を流しながら、横たわっている惨状を目の当たりにした。
勇者「遊び人!!どこにいる!!」
宮殿には複数の出口がある。
勇者は迷いながらも、正面玄関に向かい、空の真下へと出た。
空を見上げるが、遊び人の姿はなかった。
勇者「もう逃げ出せたのか。他の出口からでたのかもしれない」
勇者「よかった」
勇者は安堵した。
自分も誓いの書簡の村に飛び立とうと、移動の翼を取り出そうとした。
勇者「……なんだ、この感覚」
気だるさが、どっと勇者を襲った。
嫌な予感がし、勇者は辺りを見回した。
髪の長い女性が1人立っており。
その傍らでは。
勇者「遊び人!!」
ぼろぼろになった遊び人が横たわっていた。
勇者「……許さない。嫉妬の仲間か!!」
勇者は剣を構え、遠く離れた女性に向かって叫んだ。
勇者「お前は一体……」
「そんな遠くから話しかけないで、もっとこっちに寄っておくれよ。この子みたいに、雷で撃ち落としたりやしないからさ」
勇者は、背筋が凍る思いがした。
「これでも威力を弱めてあげたんだ。その証拠に棺桶が出現していないだろ」
長い黒髪を持つ女性は、淡々と勇者に話しかける、
「精霊の加護なんてものに頼っているから、命に危機感を持たないんだよ。あんなもの、無い方がマシだと思わない?」
「ねえ、勇者」
勇者「嘘だ……」
倒れていた遊び人は、痛みに耐えながら勇者に尋ねた。
遊び人「……勇者。こいつを、知ってるの……?」
「知ってるも何も」
ショックを受けている勇者に変わって、美しい女性は代わりに答えた。
怠惰「同じ故郷出身の、元パーティメンバーよ」
怠惰の勇者が現れた!
勇者「ち、違うんだ……俺は、あの時……!!」
勇者は混乱している!
怠惰「久しぶりの再会で、いきなり言い訳だなんて。相変わらず、情けない男だね」
勇者「なんで……死んだと思っていた……」
怠惰「死んだと思ってた、って。遠回りな言い方をするんだね」
怠惰「勇者は、私達を殺そうとしたんじゃない」
遊び人「なによそれ……」
勇者は怯えた目で遊び人を見た。
勇者「やめろ、違うんだ……」
怠惰「こいつはね」
勇者「やめろって!!!」
叫ぶ勇者を見て、怠惰は笑みを浮かべた。
怠惰「ははーん。この女の子には聞かれたくないってことかしら。確かに、精霊の加護だけが唯一の存在価値であるあんたに、その取り柄を根本から否定するような話だもんね」
勇者「やめてくれ!!!!!!」
勇者は錯乱した!!
勇者は怠惰に向かって、すてみで突進をした。
怠惰「相変わらず、考えることから逃げてばっかりね」
怠惰「あなたが見捨てたこの命を、これが救ってくれたのよ」
“怠惰の足枷が鈍く光った。”
勇者「…………がぁっ……」
勇者の攻撃力が極限まで下がった。
勇者の防御力が極限まで下がった。
勇者の素早さが極限まで下がった。
勇者の魔力が0になった。
勇者の反応力が極限まで下がった。
勇者の集中力が極限まで下がった。
勇者の判断力が極限まで下がった。
勇者の決断力が極限まで下がった。
勇者の生きる意志が極限まで下がった。
勇者は力が抜け足元から崩れ落ちた。
勇者は廃人になった。
勇者「……………………ぁ………」
勇者は虚ろな目をして、四肢をだらりと投げ出していた。
口は薄く開き、端からよだれが垂れていた。
遊び人「勇者っ!!!」
怠惰は、腰に2本携えている剣のうち、1本を取り出した。
怠惰「貴重な素材を殺すなとはあの方から言われているけど。あなた達は転送を利用して逃げ回るのが得意みたいだからね」
怠惰「私の仕事は、大罪の賢者の生き残り、あなたを連れて帰ることだもの。こいつの精霊の捕縛は二の次よ」
怠惰の勇者は、紫色に輝く剣を両手で持ち、横たわる勇者の横で高く持ち上げた。
遊び人「紫色に輝く剣……」
遊び人「せ、精霊殺しの魔剣!!」
怠惰「さよなら」
遊び人「やめて!!!」
怠惰の勇者は、魔剣を深々と勇者の身体に突き刺した。
ガラスの砕ける大きな音が響き渡った。
遊び人「ゆ、勇者……」
遊び人「精霊の光が……見えないよ……」
わなわなと震える遊び人を見て、怠惰の勇者は苦笑していた。
怠惰「やだ。そんな悲しい顔しなくてもいいのよ。魔剣は精霊だけを斬りつけることのできる剣。刃は人間には触れられないのよ」
怠惰は剣を引き抜き、鞘に収めた。
勇者の胸部の装備に穴は空いておらず、出血の様子も見られなかった。
怠惰「それよりもね。そいつは、死んで誰かが悲しむような、ろくなやつでもないのよ」
怠惰「よかったじゃない。これで、自動的にパーティメンバーも解除されるわ。もう二度とこいつと一緒に冒険しなくても済むのよ」
嫉妬の勇者が、強欲の勇者を引きずって表に出てきた。
怠惰「楽勝でしたか?」
嫉妬「こいつの仲間の老人が、強制転職呪文をかけてきた。奴が大元の開発者だったみたいだ。危うく遊び人にされるところだった」
怠惰「ふふふ。遊び人になったあなたは見てみたかったかも。防げたのですか?」
嫉妬「禁術はマハンシャでは防げない。嫉妬の首飾りで攻略化したこともない。だから、姫様に身代わりになってもらったよ」
怠惰「お姫様も可哀想に。酷い王子様に使い捨てにされて」
嫉妬「遊び人から音術士に戻るのは、時間はかかるが簡単だ。転職に必要な最低限度の経験を積むのに時間はかかるがな」
嫉妬「お前の方は、首尾良くいったようだな」
怠惰「ええ。しかし、大罪の賢者の脱走の可能性があるため、勇者の精霊の加護は破壊致しました。申し訳ございません」
嫉妬「俺もこいつらとの鬼ごっこには飽きていたところだ。これで大罪の装備はすべて揃った。あとは時間をかけて我々の計画を進めれば良い」
怠惰「ついにこの日が訪れましたね」
嫉妬「ああ。どれほど待ちわびたことか」
怠惰「この女はあなた様に差し上げます」
怠惰の勇者は遊び人を見下ろしていった。
怠惰「そして、この勇者は、私が責任をもって、故郷に連れ戻します」
嫉妬「なるほど、あの地か。任せよう」
嫉妬「俺の持つ嫉妬の首飾り。お前の持つ怠惰の足枷」
嫉妬「この前の侵略で奪った憤怒の兜。傲慢の盾」
嫉妬「先程こいつから奪った強欲の腕輪」
嫉妬は足元に投げ出した強欲の勇者を見下ろした。
嫉妬「そして」
嫉妬は遊び人から道具袋を奪い取った。
嫉妬「封印の壺の中に閉じ込められている、暴食の鎧、色欲の鞭」
嫉妬「大罪の7つ装備。ついに、すべてを手に入れた」
嫉妬「ただの寿命の延長なんぞで、俺は満足しない」
嫉妬「永遠に、この世界の支配者となるのだ」
嫉妬は、都の支配者足る強欲の頭を掴み、電流を流した。
都の結界は解かれ、外で待機していた魔物の侵入を許した。
研究者達も嫉妬の元に集まり、手配を整えた。
遊び人は、嫉妬の王国へ連れて行かれ。
勇者は、怠惰の勇者とともに故郷へと連れて行かれた。
パーティは、解散した。
錬金「……久しぶりだな、若造。わしの研究室に勝手に入ってくるなと言ったのを忘れたか」
若き青年に、堅物そうな男性は言った。
強欲「研究が進んでいるか尋ねに来たんだ。世界一の錬金術師に」
錬金「ふん、くだらん。錬金術師など今この世界にいるものか。賢者の石でさえ創造できん癖に。死者の復活に取り組むなど、狂気の沙汰だと思わんか」
錬金「金と酒と女に溺れた凡人の方がよっぽど健全じゃ。」
強欲「あんたの口からそんな言葉が出るとは」
錬金「これでも昔はヤンチャで優秀な研究者での。地位も名誉も欲した。贅沢な暮らしもな。あの頃は健全じゃった」
強欲「でも、今のあんたは研究を続けている。亡くなった奥方を蘇らせるために」
錬金「人の傷心の理由に興味があるだけなら帰ってくれ。魔王討伐の旅の途中ではなかったか」
強欲「パーティが全滅したんだ。他の者は、みな死んでしまった」
錬金「なんと……。精霊の加護はどうした」
強欲「精霊殺しの陣の上で戦ったんだ。魔王城の中で、四天王の一体を相手に」
錬金「そやつは、一体どんな」
強欲「再生を司る四天王だった」
錬金「再生?」
強欲「魔族は人間とは比較にならないほどの体力を有している。そのせいか、回復呪文の効果は薄い。人間が生き延びることを優先しているとしたら、魔族は破壊することを優先とした戦闘能力を有している」
強欲「奴は、膨大な体力を持ちながらも、自身の体力を全快させることのできる巨大な魔物だった。人間の場合に生じる回復呪文に伴う副作用も、一切抜きでな」
強欲「奴の攻撃パターンは二つ。祈りを捧げた後の全体攻撃。そして、祈りを捧げた後の完全回復」
強欲「祈りの時間は長く、行動速度だけは劣っていたといえる。祈りを捧げている間に俺達は攻撃を加え、やつが祈りを終えそうになったら遠くへ離れて防御の結界を張る。そして再び祈りを唱えたところを攻撃する」
強欲「奴は俺らを見くびっていたと思う。攻撃の回数こそ多いものの、回復の回数は非常に少なかった。俺らがコツコツとやつに貯めていたダメージは、本当に些細なものだったのだろう」
強欲「奴の回復が再生だとして、攻撃は腐敗だった」
強欲「放射線状に伸びる腐敗の光は、強力な防御結界さえも溶かした。部屋が広大で逃げ切ることなど出来ずに、攻撃される度に防御の結界で防いだ。」
強欲「行動を繰り返す度に俺らは体力や魔力をすり減らしていった」
強欲「勝ち目がないと思った俺達は、逃げ出そうとした。しかし、いつの間にか入り口が消滅していた。おそらく、奴の細胞が壁として埋め込まれていたんだ。俺達が入る時は腐敗した状態で地面に溶けていて、回復の祈りとともに壁として再生したんだ」
強欲「魔法使いが爆発呪文を唱えてそこら中の壁に穴を開けようとしたが、材質は極めて頑丈で、削る程度だった。奴の身体で構成されていた入り口の壁が一番脆いと考え、必死で探した」
強欲「だが、結界を張れる僧侶の魔力が尽きてしまった。奴が腐敗の光で攻撃してきた時に、僧侶が俺らの前で仁王立ちした。光は彼女だけに注ぎ込まれた」
強欲「美しかった彼女は一瞬で腐敗した。灰色の、ドロドロの液体になって地面に解けた。しかし、肉体保護の棺桶が出現し、彼女だった物質はその中に保管された」
強欲「奴が再び祈りを捧げている間に、入り口らしき箇所を見つけた。魔法使いは爆発呪文を一心に打ち込んだ。奴の細胞の壁が大きく削れたが、奴は二度目の攻撃を繰り出してきた」
強欲「次は戦士が仁王立ちをした。逞しかった身体が一瞬で腐れ落ちた。彼にも肉体保護の棺桶が出現し、ドロドロの液体を包み込んだ」
強欲「魔法使いが再度爆発呪文を唱えると、人が一人分やっと通れるくらいの穴が空いた。すると、魔法使いが俺を強引に引っ張った。彼女は仁王立ちをして俺をかばった」
強欲「後ろで彼女の溶ける音を聞きながら、穴を通って入り口から出た。精霊殺しの陣の及んでいない範囲に無事に戻った」
強欲「精霊は勇者である俺の魂の中に宿っており、パーティメンバーの魂と俺の魂を常につなぎとめている」
強欲「パーティメンバーが死んだ場合には肉体保護の棺桶を召喚させる。そして、パーティメンバー全員が全滅した際に、勇者の魂から飛び出して、メンバーを神官の元まで運ぶ」
強欲「俺が死んだ場合、精霊は俺の魂から飛び出す。しかし、精霊殺しの陣が敷かれているエリア内に仲間がいる。そうなると、精霊は彼らを助けないのではないかと」
強欲「一度国に戻り、兵士を引き連れて棺桶を取り戻しに行こうと決めた」
強欲「だが、仲間4人で登ってきた魔王城を、一人で脱出するだけの体力も魔力も俺には残っていなかった。上級の魔物に囲まれた時に、俺は仕方なく自殺をした。精霊殺しの陣のある部屋に連れ戻されたら終わりだと思ったからだ」
強欲「教会で目覚めた。あたりを見回しても、仲間の姿は見えなかった。同時に、自分の右腕に見覚えのない腕輪が巻かれているのを確認した」
強欲「見たこともないほどに強力な装備を得た俺は、上級の術士を引き連れて再度魔王城に侵入した。今までの苦労が何だったのかと思うくらいに、四天王の部屋に容易にたどり着いた」
強欲「奴が一度目の攻撃のための祈りを始めた時に、俺は奴の体力を半分削った。防御の結界で一度目の攻撃をやり過ごすと、奴は回復のための祈りを唱え始めた。俺はその間に奴を絶命させた」
強欲「部屋の隅に、異臭を放つ棺桶が3つ転がされていた。俺はそれを精霊殺しの陣の外まで引っ張り出した」
強欲「途中で出くわした魔物は全滅させていたから、術士には元来た道を通って帰ってもらった。俺はその場で自殺を試みて、仲間とともに教会へ転送され、蘇生されることを試みた」
強欲「再び教会で目覚めたものの、俺はまたしても一人だった。棺桶に入っていた仲間は転送されていなかった」
強欲「最初の戦闘で俺が自殺した時。精霊は俺の魂から飛び出した。まずは俺の棺桶を掴んだだろう。そして、仲間の元へ向かおうとしたはずだ」
強欲「そこで、精霊殺しの陣の敷かれている部屋に入ろうとした。自分を焼き切るような魔力を感じ、その部屋に入ることを恐れた」
強欲「しかし、精霊は勇者が魔王を倒すことを補助しなければならない使命を帯びている。当然勇者の仲間の救済も含まれている。しかし、救済しようとすれば、自身が消滅し、勇者の保護ができなくなってしまう」
強欲「世界の均衡を保つための勇者補助、という精霊の使命において、棺桶の教会への持ち運びは義務となっている。そのため、精霊個人の独断で、棺桶の転送を保留するという行動に出れなかったのであろう」
強欲「矛盾を解消しようとした精霊は、強引な手段に出た。俺と仲間の、パーティメンバーの契を解消したんだ」
強欲「精霊は勇者である俺だけを教会へ運び、義務を果たした」
錬金「お前が手にした腕輪は、大罪の装備に違いないじゃろう。おそらく、強欲の腕輪と呼ばれるものじゃ」
錬金「強欲だから、選ばれたのではない。強欲になるから、選ばれたのじゃ」
錬金「改めて問おう。お前の望みはなんだ」
強欲「…………」
強欲「金でも何でも、欲しいものはすべてかき集めてやる。この街ももっと発展させて、世界中から優秀な人材が集まるような都にしてみせる」
強欲「だから。俺が持って帰った3つの棺桶の中に眠る、腐敗した泥を再生してほしい。あの世に行った魂をこの世に呼び戻す研究を続けて欲しい」
今まで手にしてきた現実で価値あるものが、全て虚構だと知った。
金は命より軽い。
命のためならば、人は全てを差し出し、奪う。
命を手に入れようとする時に最も。
人は強欲に忠実となる。
強欲「俺の仲間を、生き返らせてくれ」
強欲の勇者達 ~fin~
勇者「遊び人と大罪の勇者達」【その3】