【アイマス】とあるバーとアイドル達
- 2017年06月04日 01:10
- SS、PROJECT IM@S
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私はとあるバーのマスター。
長年この仕事を続けているが、時折珍しいお客様も訪れる。
例えば、彼女。
「ボク、こういうところに来るの初めてなんです」
夕方のまだ早い時間に訪れたのは、
中性的な見た目で男女問わず人気のアイドル、菊地真。
初めてのバーに一人で来るとは、なかなか肚が座っている。
どうやらこの店は同僚に教えてもらったらしい。確かに心当たりは二三ある。
「何を飲みますか?」
「二十歳になったばかりなのでよくわからなくて…大人っぽいのを飲んでみたいな、とか」
「かしこまりました」
こういったリクエストはこちらとしても嬉しいものだ。存分に知識と技量を発揮できる。
グラスに氷を入れて冷やしつつ、カクテルを作る。
シェイカーに入れるものは
ブランデー2、コアントロー1、レモンジュース1
氷を入れて、心地よい音と共にシェイクする。私の見せ場でございます。
グラスの氷を捨て、注ぐ。
「お待たせしました」そっとグラスを差し出す。
「サイドカーです」
「ありがとうございます……うわぁ…綺麗…」
トパーズのような薄橙に彼女は目を輝かせる。グラスを手に、一口含む。
「すごい、飲みやすいですね」
「ええ、甘みがあって女性でも飲みやすいカクテルです」
「なんか、フルーティな感じ」
「ブランデーはブドウの蒸留酒、コアントローはオレンジの皮を用いたリキュールですので」
こくり、こくりと口に含み、その度に彼女は頬を緩ませる。
「しかし、度数が高いのでお気をつけて。このカクテルは別名"女性殺し"とも呼ばれていますから」
「そうなんですか」
「お客様はお綺麗なのですから、はしたないお姿は似合いません」
「あはは、ありがとうございます。気をつけますね」
酒が回ると彼女も徐々に饒舌になってきた。
「でね、その女優さんが言うんですよ『お子様ねぇ』って」
「おやまあ」
「それで、ボクだって大人の女性なんだぞ!って思って」
「ここにいらっしゃったのですね」
「はい……すいませんそんな理由で」
「いえいえ、どんな理由であれ、来てくださるのはありがたいことです」
彼女はにへらと頬を緩ませる。
「しかし、うちに来る必要もなかったかもしれませんね」
「え?」
「あなたは既に、立派な大人の女性ですから」
彼女はきょとんとしたあと、
「ありがとうございます」可愛らしい笑顔を浮かべた。
「マスター、もう一杯頼んでもいいですか?もう一杯、大人っぽいカクテルを」
「かしこまりました」
ロックグラスに大きめの氷を一つ。溶けにくいので長く楽しめる。
そこにウィスキーを流し入れる。氷の表面がつやつやと褐色に光る。
さらにそこにアマレット、杏仁のリキュールをほんの少し入れ、
甘いアーモンド香を纏わせる。
最後にマドラーで少し混ぜて、完成
「どうぞ、ゴッドファーザーです」
「ありがとうございます、ウィスキーですか?」
「ええ、ウィスキーにアマレットで風味付けしたものです」
「アマレットって……」
「杏の核のリキュールです。杏仁豆腐の兄弟と思っていただければ」
「なるほど……いい香り……いただきます……」
ちびりと一口含む。舌の上で転がし、飲み込む。
「うはぁ…おいしい…なんかすごく濃厚で、複雑な味がする」
「ウィスキーは熟成されるときに複雑な香りを持つんです。
そこにアマレットが更に深みを与える。
ほんのりと柔らかな甘みを乗せた大人の一杯になっています」
「あ、でも喉があっついや」
「度数は高いのでゆっくり召し上がってください」
カラカラとグラスを揺らしながら、彼女は話す。
「大人っぽさって何なんですかねぇ」
「さぁ…実のところ私にもわかりません」
「そうなんですか?」
「子供の頃に憧れた記憶はありますが」
「ボクから見たら立派な大人ですよ」
「さぁどうでしょうか」
彼女の唇にはグラスに残った氷が触れ始めていた。
最後に残った褐色の蜜を彼女はぐいっと飲み干した。
「ごちそうさまでした」
「今日はいかがでしたか?」
「うーん…楽しかったけど、大人に近づけたかは微妙ですね」
「そうですか、では是非また」
「はい!また来ます!…その時には大人になれていればいいけど」
「またお待ちしておりますね」
彼女は会計を済ませて帽子を深くかぶり、帰っていった。
去り際の笑顔は、まだあどけなさの残る少女のようだった。
それから少し立ったある日、私はテレビで彼女を見た。
『私だって…女なのよ!』
迫真の演技。これはこれは、立派な女優じゃないか。と、
私はテレビの前で一人、拍手を送るのだった。
私はとあるバーのマスター。
長年この仕事を続けているが、時折珍しいお客様も訪れる。
例えば、彼女達。
「お久しぶりです。マスター。二人なんですけど大丈夫ですか?」
「あのぅ…私、こういうところ初めてで…」
「大丈夫ですよ。どうぞ」
今日の主役は彼女らしい。
「さて、何を飲みますか?」
【とあるバーと黒髪乙女】
まだ書き溜めがあるので、九時ごろになったらまた投稿します。
私はとあるバーのマスター。
長年バーを経営していると、時折珍しいお客様も訪れる。
「あまーいお酒が飲みたいの」
今日のお客様は超人気者。
連続ドラマからバラエティ番組まで引っ張りだこのアイドル、星井美希さん。
「では、カシスオレンジなど」
「あは、いいね。じゃあ、それくださいなー」
注文を受け、グラスに氷を入れる。
カシスリキュールを注ぎ、その上からオレンジジュースをゆっくりと満たしていく。
マドラーの背を利用し、綺麗な層を作る。
オレンジとバイオレットのコントラストは、南の島の鮮やかな夕焼けを連想させる。
グラスの縁にオレンジを飾り、ストローを刺せば、完成。
彼女はじっと、その工程を見つめていた。
頬杖をついて、ぼんやりと。
口元はきゅっと、閉じていた。
「カシスオレンジです」
無地のコースターと共に差し出す。
「ありがとうなの」
彼女は姿勢を変えぬまま、目線をこちらに向ける。
その笑みには何か含むものを感じたが、詮索することは野暮だと思った。
黒いストローをくるくる回すと、グラスの中はじわりと薄紅色に染まっていく。
それは先ほどまでとは違う、春の朝焼けのようにも見えた。
ストローを指で摘んで咥え、一口含む。
舌の上で転がし、飲み込む。
さすが天性のアイドルと言うべきか、その全ての動作が絵になる。
「うん、甘くておいしいの」
「お口に合いましたようで」
小皿に移したナッツをグラスの隣に置く。
彼女はグラスの色を眺めながら、カラカラと氷を回す。
うつむき加減の瞳が、店内の薄明かりに反射して光る。
「マスターは奥さんいるの?」
アーモンドを摘んで、眺めながら彼女は聞いた。
「はい。もう何年になりますかね」
「そうなんだ」
そう言ってアーモンドを口に投げる。
カリッという小気味よい音がした。
「今日ね、結婚式だったの」
「ほほう、それはおめでとうございます」
「あ、ミキの、じゃないよ?ミキのプロデューサーの、結婚式、だった」
彼女が式を上げるとなればどんな騒ぎになるのか、検討もつかない。
乾いた口をお酒で潤しながら、彼女は続ける。
「プロデューサーもね、お嫁さんも、キラキラしてて、すっごい……すっごい、綺麗だった」
光景を思い出すように、彼女はグラスに両手を添え、呟くように言った。
「女性にとって、また特別な式なんでしょうね」
そう言うと彼女は、そうだね、と笑った。
「羨ましかったな。お嫁さん」
「憧れますか?」
「それもあるけど……うん、そうだね。ちょっと憧れちゃうかも」
少し残ったお酒を啜ってから、彼女は続ける。
「ミキも、同じ場所に立ちたかったな、って」
「いつか立てますよ。同じ様に」
私はそう返したが、彼女は俯き、氷を回すだけだった。
「何かお飲みになりますか?」
空いたグラスを下げながら聞く。
声に反応しこちらに向いた彼女の顔は、
頬が仄かに赤く染まり、大きな瞳は酒で少しだけ潤んでいた。
「じゃあね、さっきよりもう少し強いお酒がいいな」
悪戯な笑顔で彼女は言う。
「今日のミキのイメージで」
「かしこまりました」
ミキシンググラスに氷を入れ、氷の角を取る。
そこにバーボンを40cc、スイートベルモットを20cc、ビターズを少し多めに2振り。
氷を溶かさぬよう素早くステア。
カクテルグラスに移し、真っ赤なチェリーを添える。
最後にレモンピールを空で捻れば、完成。
「どうぞ、マンハッタンです」
彼女は自分の腕に顎を据えて、私の手元をじっと見つめていた。
グラスを差し出すと顔をこちらに向けて、口元で笑った。
「ありがとう」
琥珀色のグラスに真っ赤なチェリーが沈む。
金色のピックがきらびやかに店内の明かりを反射する。
彼女は真横からグラスを見つめ、
「きれいだね」
一言呟いた。
顔だけこちらに向けて、彼女は聞いた。
「ミキのイメージ?」
「本日の、とのことでしたので」
彼女はようやく体を持ち上げる。真上からグラスを見下ろす。
「キラキラの棘が、真っ赤な心に刺さってるのかな?」
金のピックをグラスの縁に沿わせながら彼女は言う。
「底まで沈んで、かわいそう」
彼女は瞳を伏せたまま、口元だけで笑う。
「いいえ、そうではありません」
「?」
彼女の頭に疑問符が浮かぶ。
「そのグラスは全てお客様です。真っ赤な心も、金の輝きも」
私は続けた。
「普段の輝きは心の奥底にある確かな信念から、という事です。
お客様の心は、綺麗な琥珀色をしてらっしゃる」
気がつくと彼女はこちらをじっと見つめていた。
純粋な瞳に思わず顔を背ける。
柄にもないことした。私は何事もなかったかのように作業を続ける。
「そっか」
彼女は呟き、微笑んだ。
「ありがとうなの」
美しくも可愛らしい満面の笑みに、私は無言のまま小さく会釈を返すことしか出来なかった。
彼女はグラスに顔を近づける。
「いい香りだね」
「フレーバードワインのベルモットを使っておりますので。ハーブ、ニガヨモギの香りですね」
「そっか……いただきます」
そっと口を付け、一口含む。
じんわりと口の中に広がる風味とアルコール感を確かめながら、ゆっくりと飲み込んだ。
「うん、美味しいの」
「ありがとうございます」
「コクがあって、まろやかな感じ」
「スイートベルモットを多めにしましたので、味が少し柔らかくなっております」
「あと……ちょっとだけほろ苦いね?」
「少しだけ、苦味を増やしてみました」
「そっか、"今日のミキ"、だもんね」
彼女はグラスを持ち上げ、眺める。
彼女は暫く考え、一言。
「…うん、ぴったりかも」
また酒を含み、頬に手を当て、舌の上で転がす。
「さすがマスター、って感じ」
こちらにウインクしてみせる。
「ありがとうございます」私はそう一言返した。
彼女は酒の余韻がまだ残るうちに、金のピックをつまみ、赤いチェリーを口に運んだ。
「甘いチェリーともよく合うね」
「コクがありますので、甘味と相性は良いかと」
彼女は一口ずつ、ゆっくり味わいながらグラスを傾けていく。
「うん、でもやっぱり苦い」
徐々に独り言が増える。
「苦いね」
顔は赤く、瞳は潤む。
「苦いよ」
私は何も言わず、何も聞かず、
ハンカチをグラスの隣に置いた。
グラスが空になると、彼女は札を一枚置き、コートを羽織った。
「お釣りはいらないの。お話、聞いてもらったから」
サングラスをかけ、こちらにウインクする。目が赤いのは、お酒のせいだろう。
「今日はありがとうなの」
「いいえ、またお待ちしております」
手を振って彼女は店の外へ消えた。
数ヶ月後、テレビのニュースは星井美希一色だった。
どの番組でも同じ見出し。
「星井美希、電撃結婚」
「お相手は超人気タレント」
「きっかけはドラマの共演か」
連日私のバーはその話題で持ちきりだった。
私は街でもらった号外を見ながら、一人感心する。
「女の子の立ち直りは早いなぁ」と。
私はとあるバーのマスター。
長年この仕事を続けていると、時折珍しいお客様も訪れる。
例えば、彼女達。
「久しぶり、マスター。今日はツレがいるんだ」
「いらっしゃいませ。お久しぶりです」
「うっひょー……本当にバーだ…」
席へ案内し、私はいつものように聞く。
「さて、何を飲みますか?」
【とあるバーと金色の女王】
星井美希編
これにて完結です。
もう一つお話がありますので、
あと少しだけお付き合いください。
23時前くらいからまた始めます。
ご感想頂けると嬉しいです。
私はとあるバーのマスター。
長年この仕事を続けていると、時折珍しいお客様も訪れる。
今日のお客様は、ギターを背負った二人組。
「久しぶり、マスター。今日はツレがいるんだけど、席空いてるかな?」
染めた髪を一つに纏めた、ロックなアイドル、木村夏樹。
「お久しぶりです。こちらへどうぞ」
少し広めのボックス席に二人を案内する。
私の後に続く彼女の後ろに、もう一人の女性。
「うっひょー……本当にバーだ……」
短めの髪を一つに纏め、短い尻尾を小さく揺らす。
「そんな緊張するなって」
夏樹が振り返り彼女をなだめるが効果は少なく、
不安げに背を丸めて、うろうろ瞳を泳がせる。
「こちらのお席へ」
彼女達はギターを隣に立てかけ、席に着いた。
「初めまして、ですね?」
「は、はい!初めまして!私、ロックなアイドルをしています!」
「だりーっていうんだ。私の相棒」
「ほほぅ。だりーさんですね」
「ち、違います!」
夏樹はくすくすと笑う。
「多田李衣菜、です」
私は彼女を知っていた。
「多田様ですね。木村様よりお話は伺っております」
夏樹は以前からこの店に何度か来ていた。
その度に話していたのが、李衣菜の話だった。
私の言葉に李衣菜はまた顔を赤くする。
「何話したのなつきち!」
「別に大したことじゃないって」
夏樹はまたケタケタと笑う。
ひとしきり笑ってから、夏樹は指を立てる。
「じゃあ、私はノンアルコールで。今日は運転しなきゃなんだ。
だりーにはカッコいいのを作ってくれ」
李衣菜は少し不満げだったが、頬を膨らませて、
「ロックなカクテルがいいです」と付け加えた。
ふいと顔を背けるが、耳はしっかり赤くなっていた。
「かしこまりました」
机に背を向け、仕事場へ向かおうとすると、後ろからこそこそと話し声が聞こえる。
「もー!ロックなカクテル注文してくれるって言ったじゃん!」
「だから、注文したろ?"カッコいいやつ"って」
「そうだけどさ!」
その会話の応酬に、思わず私もくすりと笑ってしまった。
「さて」
カクテルグラスとロックグラスをそれぞれ用意し、氷で冷やす。
彼女達の席はカウンターを挟んで、ちょうど私の目の前。
李衣菜の瞳がキラキラと輝いているのが見える。
その姿をまるで母親のような瞳で見つめる夏樹。
この数分間で、彼女達の普段もなんとなくわかった気がする。
「では、多田様のカクテルから」
まず、シェイカーに氷を詰める。
そこにウオッカを30cc、オレンジキュラソーを15cc、ライムジュースを15cc注ぐ。
蓋をし、シェイク。小気味の良い音が店内に響く。
大ぶりの氷をひとつ入れたロックグラスに注ぎ、カットライムを添えて、完成。
向かいで李衣菜が小さく拍手をしていた。
「次は木村様」
先程と同様にシェイカーに氷を詰める。
今度はオレンジジュース、パインジュース、レモンジュースをそれぞれ20ccずつ。
もちろん、アルコールは入れない。
シェイクしてカクテルグラスに注げば、
「出来上がり、と」
2つのグラスをトレイに乗せ、二人の待つボックス席へ戻る。
李衣菜は興奮気味に手元の小さな拍手で、
夏樹は無言のまま、口元の微笑みと瞳で私を迎えた。
「お待たせしました」
李衣菜の前に、仄かな緑色に染まったロックグラスを置く。
「こちら、カミカゼです」
続けて、夏樹の前には淡いオレンジ色のカクテルグラスを置いた。
「こちらはシンデレラです」
「ありがとう」
そう言って夏樹はグラスを傾けた。
「カミカゼ……」
李衣菜は目の前のグラスを色々な角度から観察する。
ひんやりと僅かに結露したグラスに、新緑を思わせる爽やかな色合いがおぼろげに滲む。
「いただきます」
緑茶でも飲むかのようにグラスを両手で支え、恐る恐る一口含む。
一口を飲み込み、グラスから口を離すと、李衣菜の表情に花が咲く。
「これおいしい…!
爽やかで、キリッとしてて……
お酒感はあるんだけどそんなに強くなくて、
でもお酒って感じで、えーっと…」
「落ち着けよ、だりー」
グラスをなんども指差しながらまくし立てる李衣菜を、夏樹はそっとなだめる。
「うん……おいしい」
何度か味を確かめながら含み、李衣菜は頷く。
「そりゃよかった」
夏樹は自分のグラスを傾けながら笑う。
「爽やかだけどほんのり甘い……なんだろ?」
「マスター、何が入ってるんだっけ?」
「ウオッカとライムとオレンジキュラソーです。おそらくキュラソーの甘味かと」
「オレンジキュラソー…へぇ…」
李衣菜はグラスをじっと見つめ、呟く。
「そのライムも絞ってみたらどうだ?」
「あ、うん!」
添えられたライムをグラスの上で絞る。滴る液が一滴二滴と溶けていく。
「ライムはそのままグラスに入れて大丈夫ですよ」
一言添えると二人はこちらに笑顔を向けた。
絞ったライムをそのままグラスに沈め、一口。
「うん、おいしい!今度は少しほろ苦くなった!」
李衣菜は満面の笑みを夏樹に、そして私に向けた。
「皮ごとなのでライムの油分が苦味を出します」
その明るい笑顔に、思わずこちらも笑顔で返してしまう。
これが彼女のアイドルの素質とやらなのだろうか。
そんな李衣菜を夏樹は穏やかな表情で見つめる。
口元に笑みを浮かべながら、ゆっくりカクテルを楽しむ。
「なつきちのは?おいしい?」
「ああ、飲んでみるか?」
「じゃあ、一口だけ!」
夏樹は自らのグラスを差し出す。
李衣菜もお返しに、と自分のグラスを差し出したが、夏樹は笑って李衣菜に返した。
「えーっと、シンデレラ……でしたっけ?」
李衣菜は私に向かい、首を傾けた。
「はい。オレンジ、パイン、レモンのノンアルコールカクテルです」
そう答えると、彼女は嬉しそうに笑い、淡いオレンジ色の液を含んだ。
「ほわぁ……おいしい……酸味と甘みが丁度いい…」
目を閉じ、口元を緩める。
そんな李衣菜を見て、夏樹はクスリと笑う。
「ああ、本当においしい。それぞれの尖ってる部分をお互いが補いあって、良いバランスになってる」
流石マスターだな、とこちらに目線を寄越す。
照れ隠しに喉を鳴らし、
「シェイクすることで氷の粒が弾け、まろやかになります」
一つ付け加えた。
「シンデレラかぁ」
グラスを夏樹に返しながらも、李衣菜の瞳は、姫の名を冠する酒を追っていた。
「私達もなれるかな?」
今までとは違って真剣な、少し焦りも混ざった表情で李衣菜は言う。
「なれるさ」
不安げな李衣菜の問いかけに対して、夏樹は自信たっぷりに答えた。その口元は不敵に笑う。
グラスの結露で両手を濡らしながら、李衣菜は頷いた。
「そうだよね。なれないと思ってたら、なれないよね」
夏樹も目を閉じ、頷く。
「ああ、アタシ達ならな」
李衣菜の表情に笑みが戻った。
すると夏樹は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「そのためにも、そろそろ弾けるようにならなきゃな」李衣菜の脇のギターを顎で指した。
「ち、ちゃんと練習するもん!」
夏樹のからかいに、李衣菜はそっぽを向き、自分のグラスを飲み干した。
そしてそのままの勢いで私の方を向くと、
「マスター!おかわりください!ロックなカクテルを!」
グラスを掲げて叫んだ。
よく見ると顔が赤く染まっている。
知らぬ間に酔いは回っていたようだ。
夏樹を見ると申し訳なさそうに手を挙げ、苦笑いをしている。
どうやら次の一杯で最後にした方が良さそうだ。
「さて、ロックなカクテルですか」
実は彼女達が入店した時から浮かんでいたカクテルが一つある。
しかし、度数が少しばかり高いので口に合うかわからず、躊躇っていた。
私は少し考えた。
ロックなカクテルについて思案しつつ、李衣菜の前に冷水を置く。
彼女の様子を伺うと、少しテンションが上がっているだけでそれほど酔いが回っているようではなかった。
先程のカミカゼも、李衣菜は特段強い酒だとは感じなかったように見えた。
ならば、と考えをまとめる。
「さて、私の見せ場ですね」
カクテルグラスを冷やしつつ、ステアグラスに氷を入れる。
バースプーンで氷を回して角を取り、材料を注いでいく。
ジンを50cc、ベルモットを10cc、そしてステア。素早く、確実に酒と酒を混ぜ合わせる。
グラスに注ぎ、パールオニオンを沈める。
最後にレモンピールの香りを纏わせ、完成。
そしてもう一つ。これは私なりの工夫です。
出来上がったカクテルの隣にもう一つショットグラスを。
そこにはチェリーブランデーを注ぐ。
とろけたルビーのような液が芳醇な香りで誘惑する。
また、そのショットグラスには小さなマドラーを添え、提供する。
冷えた酒が温まらないうちに、楽しげな笑い声の出所へと急ぐ。
私がテーブルの脇に着くと、夏樹は片手で顔を覆って、
必死に笑いを抑えようとしていた。
李衣菜はといえば腹を抱え、テーブルに頭を打ち付け、
まさに言葉の通り笑い転げていた。
「ご、ごめんな、ちょっと一悶着あってさ」
夏樹が息を切らしながら謝る。
李衣菜もようやく過呼吸から復活したようだ。
目尻に涙を残したまま、二人はこちらを見る。
ごほん、と一つ咳うち。カクテルを差し出す。
「お待たせしました。こちらギブソンです」
言い終わるが早いか、二人の目の色が変わったのを感じた。
どこまでも澄み切った透明な液の中に、純白の宝石が一つ沈む。
そのカクテルは有名なギターメーカーと同じ名を冠していた。
「ギブソン!?ギブソンだって!なつきち!」
「へぇ、そんな名前のカクテルがあったんだな」
夏樹は少し感心した風に顎に手を当て、グラスを見る。
「残念ながら、あちらとは名前の由来が異なりますが」
どうぞ、と李衣菜に勧める。
「い、いただきます」
少し緊張ぎみに、李衣菜はグラスを傾けた。
口に含み、舌で転がしたのち、李衣菜の目が輝いた。
「うん、ちょっと辛いけど、美味しい!
シンプルなんだけど、香りがすごく複雑で、深みがある!気がする!」
「ジンは香りが特徴的ですから。
さらにそこに香りをつけたワインであるベルモットを加えていますので、
より複雑な味わいになっています」
「この白いのは?」
「パールオニオンです。小さな玉葱のピクルスと思っていただければ。
おつまみ代わりにどうぞ」
「へぇーそうなんだ……」
ちびりちびりとグラスに口をつける李衣菜の向かいで、夏樹が一つ聞く。
「なぁ、こっちのグラスは何なんだ?」
同時に提供したショットグラスのことだ。
「これは後のお楽しみです。ギブソンが半分まで減ったらまたお呼びください」
「へぇ、期待させるね」
「なんだろ、楽しみだね!なつきち!」
そう言って身を乗り出しつつも、李衣菜はギブソンを減らしていく。
私がまた呼ばれるまでには数秒もない気がしたので、私はここに留まることにした。
「マスターは何年前からマスターなんですか?」
李衣菜がオニオンを齧りながら聞く。
「さぁ、何年前でしたか……」
「歳聞いても教えてくれないんだよな」
「いくつに見えますかね?」
「うーーーん30!か50!もしくは70くらい!」
「随分と範囲が広いな」
「惜しいですねぇ」
そうこうしている間に、李衣菜のグラスは半分を切っていた。
「マスター!お酒半分になりました!」
「では、こちらを」
ショットグラスの中身をギブソンのグラスに注ぐ。
透明な液にじわりじわりと赤い液が染みていく。
「普通はしないのですが、今日は私のオリジナルということで」
グラスの中身を、小さなマドラーで混ぜる。
全体が赤茶色になれば、完成。
少し多めのジンとベルモットでギブソン。
そして、ジンとベルモット、そこにチェリーブランデーを加えれば、
「お待たせしました。こちら、キッス・イン・ザ・ダークです」
それはまた、別のカクテルとなる。
李衣菜はグラスに顔を近づけ、香りを確かめる。
「うわぁ……さっきまでと全然違う……いい香り」
飴色のグラスを口元に近づけ、一口。
「甘くて美味しい……!
さくらんぼの甘さがじんわり口の中に残って、後から香りが抜けてく…」
「チェリーブランデーは少し甘めのリキュールですので。
ジンの辛口を抑えて、飲みやすくしてくれます」
「こんなカクテルもあるんだな」
夏樹は頬杖をついて言う。
「名前も多田様好みかと思いまして」
「キッス・イン・ザ・ダーク……」
「暗闇の中でのキス、だな」
李衣菜は両手でグラスを持ち、少し赤い顔で見つめてから、含む。
「今あるものに、更に加えて、新しいものを作る……ロックだ……」
李衣菜の言葉に、夏樹は口元に笑みを浮かべながら頷いた。
「そうだな、既存概念に囚われない。それがロックだ」
そう言って夏樹は自らのグラスを飲み干した。
「あ、なつきち。なんか今のカッコよかった」
「そうか?ははっ、そう見えたのならよかったぜ」
李衣菜のグラスも着実に量を減らしていき、
残った最後の一口も舌の上で躍らせ、名残惜しく飲み干した。
「今日はありがとうな」
そう言って夏樹は札を差し出す。
財布を出そうとする李衣菜を、夏樹は片手で静止した。
「美味しかったです!また連れて来てもらいます!」
小さく頭を下げる李衣菜に、
「また来ます、じゃないのかよ。」
夏樹はそう言って李衣菜の髪をくしゃくしゃと撫でつけ、笑った。
李衣菜は最後にもう一つお辞儀をして、
夏樹はじゃあまた、と片手を上げ、店を出た。
ギターを背にした二人を見送ると、外からバイクの排気音が聞こえた。
その音が聞こえなくなるまで、私は外の空気を感じていた。
店に入り、私は埃のかぶったレコードを回す。
たまにはロックも良いものだと思った。
しばらくしてから、とあるお客様が夏フェスのポスターを置いていった。
宣伝のため貼らせてほしいとのこと。
私は少し迷ったが、出演者の欄に見覚えのある名前を見つけた。
今でもそのポスターは、店の一番目立つ所に貼ってある。
『Rock the Beat -Natuki & Riina-』
私はとあるバーのマスター。長年この仕事を続けていると、時折珍しいお客様も訪れる。
今日のお客様は、ギターを背負った小柄な女性。
以前より伸びた髪を一つに束ねる。
「久しぶり、マスター」
「お久しぶりです。何を飲みますか?」
サングラスを外しながら彼女は笑った。
「ロックなカクテルを一つ!」
【とあるバーとロックな二人】
多田李衣菜、木村夏樹編 これで終わりです。
書き溜めは以上です。
また新しくお客様が来店した時はまた、
スレを立ててご紹介したいと思います。
読んでくださった方々、ありがとうございます。
ご意見ご感想頂ければとても嬉しいです。
jewelriesで
すいません勉強不足でした……!
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コメント一覧 (9)
-
- 2017年06月04日 01:44
- 作者にはもう少し頑張って欲しい
-
- 2017年06月04日 01:48
- マスターとやらが出てくるSSの駄作率の高さよ
-
- 2017年06月04日 02:48
- こういうの好きだ。
-
- 2017年06月04日 04:44
- この作者心の底から美希が嫌いなんだろうな
-
- 2017年06月04日 07:49
- 美希じゃなくて、美希を好きなファンや、美希のプロデューサーのことが嫌いなだけだろ
-
- 2017年06月04日 07:50
- 作者の自己満足知識御披露目会にアイマスのキャラを使っただけのSS
-
- 2017年06月04日 07:52
- 単純に大人の雰囲気演出したいだけの厨二的ダメ大人感が出てた
つまんなかったよ
-
- 2017年06月04日 09:16
- よくあるタイプ
最後まで読めない
面倒で
-
- 2017年06月08日 15:05
- なつきちに飲ませるとしたら俺ならニコラシカかな
目が輝いてるだりーが簡単に想像できるw