神谷奈緒「アイドルメーカー」【モバマス】
『『『はじめましてっ!私達ニュージェネレーションですっ!』』』
地元の千葉から電車で1時間とちょっと、新作のアニメDVDをチェックに来たアキバの
街頭テレビで聞き覚えのある声を聞いた。思わず目をやると、そこにはカメラに向かって
満面の笑顔で手を振る元気な妹分の姿があった。
『ほらほら、しまむーもしぶりんももっとアピールアピール!』
『ちょ、ちょっと未央おちついて……あとその変なあだ名やめて……』
『し、島村卯月で~す……!えへへ……』
また調子にのりやがって……でも自分だけじゃなくて、同じグループの子達もちゃんと
目立たせようとカメラの前に引っ張っているのは褒めてやる。ああいう遠慮のなさは、
アイツの長所だからな。短所でもあるけど……
「ちゃんとアイドルがんばってるんだな、未央……」
半年前、「私アイドルになる!」って宣言したのを思い出す。どうして未央がそう決意
したのかは知らないけど、小さい頃から何かと世話を焼いていた妹分の為に、あたしは
手を貸してやる事にした。どのみち最終的にコイツはあたしに頼ってくるし。
「で、お前どうやってアイドルになるつもりなんだよ?」
「え?アイドルって渋谷か新宿をぶらぶらしてたらスカウトされるんじゃないの?」
真顔で答える未央に頭痛がした。どうせそんな事だろうと思ったぜ。確かにそういう
ルートもあるかもしれないが、それはごくごく限られた人間のみが遭遇する神イベント
だぞ。お前みたいなごくごく普通の人間にはまずありえない話だ。
「む~、奈緒ちゃんは私がアイドルに向いてないって言いたいの~!? これでも学校では
セクシーグラマー未央ちゃんって通り名で人気者なんだよ~!」
ぷく~っと頬を膨らませて怒る未央。知ってるよ、その通り名を自分自身で付けて吹聴
している事もな。まあ未央は昔から人懐っこくてどこでもムードメーカー的な存在だから、
クラスでも人気者なんだろうとは思うけど。
「お前がアイドルに向いてるかどうかはあたしには分からないけど、少なくとも街で突然
声をかけられるようなスター性は感じないな。あたしも詳しくはないけど、最初は地道
に養成所に通ったり、事務所に応募したりするんじゃねえの?」
「う~ん、やっぱりそうなのかぁ~。あんまメンドくさそうなのは嫌なんだけどな~」
あたしの部屋のベッドにごろんと横になる未央。お菓子とかこぼすなよ。せっかく昨日
シーツ替えたばかりなんだから。
「……もしかして奈緒ちゃん、こないだ美羽と一緒に遊びに来た時にシーツの柄が
子供っぽいって笑ったの気にしてたの?」
……そんな事ねえよ。たまたまだよ。
「ごめん、気にしてたのなら謝るよ。奈緒ちゃんアニメ好きだもんね。私も可愛いと
思うよ、ピ○チュウ柄のシーツ……」
「だからたまたまだって言ってんだろ!! いい加減にしないと放り出すぞ!! 」
なんでそんな時だけ真顔なんだよお前!! それから別にポ○モンが好きでもいいだろ!?
「いや、でも千葉県民としてはピカ○ュウよりふ○っしー推しといた方がいいんじゃない?
美羽が最近ハマってるらしいよ。私にはあれの良さがよくわかんないんだけど……」
「相変わらず迷走してんだなあいつ。普通にしとけばそこそこ可愛いのに……」
奈緒と二人でため息を吐く。今日はいないけど、私と未央の共通の知り合いに矢口美羽
という後輩がいる。礼儀正しくて悪い子じゃないんだけど、どこかずれていて突飛な言動
であたし達を悩ませる。最近は自分らしさを追い求めて迷走しているらしい。
「美羽の事はとりあえず脇に置いとこう。で、アイドルの話に戻るけどさ、どういう
ルートでアイドルになっても、どっちみち歌やダンスのレッスンはしなきゃいけないわけだ。
だったら養成所でレッスンしてアイドルになるよりは、先に事務所に所属してから
レッスン受けた方がモチベも維持できるんじゃねえか?」
「お、ナイスアイデア!さすが奈緒ちゃん、頼りになるよ!」
がばっとベッドから起き上がる未央。どうせ飽きっぽいお前の事だし、地道なレッスン
ばかりだと長続きしないだろ。ただそのルートはアイドルになってから大変そうだけど、
単純なこいつはそこまでは考えてないだろうな……
「よし、そうと決まれば早速応募だ!やっぱりトップアイドルになる為には有名な事務所
かプロダクションじゃないとね!」
いつの間にかあたしのPCを立ち上げて、意気揚々とアイドル事務所を調べる未央。
こいつの行動力の早さには敬服するな。アイドルになるのはそう簡単な道のりじゃないと
思うけど、未央が元気だとあたしも何だか嬉しくなってくる。あたしは苦笑しながら、
そんな彼女を眺めていた。
――――これが半年前の話。あれから二人で色々調べて、あちこちの事務所に応募して、
20件目でようやくひっかかったと思いきや、そこから地道な営業活動やレッスン漬けの
日々が続いたらしく、よく電話やメールで愚痴っていた。しかし未央は持ち前の気力と
明るさでそれを乗り越えたようで、最近ちらほらテレビや雑誌で見るようになった。
「しかしあいつ、本当にアイドルになっちまったんだなあ……」
アイドルになって未央は東京の寮に入ったからあまり会えなくなったけど、それでも
たまに連絡をくれる。アイドルになってもあまりにも変わらなさすぎるから、こいつ本当
にアイドルになったんだよな?と疑っちまう。変に気取ったりキャラを作ってないあたり、
意外とアイドルに向いていたのかもな。
『未央ちゃんはアイドルになって、何かやりたい事とかあるのかな?』
『そうですねえ。私は……』
司会者に話をふられて、むむむと考え込む未央。そして顔を上げた瞬間、不敵な笑みを
ニヤリと浮かべた。あ、やばい。あの顔はロクな事を考えてない顔だ……
『私がトップアイドルになったら、東京デ○ズニーランドを千葉ディ○ニーランドに
改名して……』
『それ以上言っちゃダメ!色々とあぶない気がするよ未央ちゃん!』ドタバタ
『未央は冗談ばかり言うんだから。すみません、次の質問をお願いします……』ドタバタ
『むぐ~!むぐぐ~!』
……よく千葉県民の総意を代弁してくれたと拍手を送りたいところだが、お前は政治家
か大統領か!とツッコむ。あまり余計な事言うとアイドル生命終わるぞ。
「がんばれよ、未央。あたしは応援してるぞ」
少し遠い所に行ってしまったような気がする妹分を少々寂しく思いつつ、小声でエール
を送ってあたしはその場を離れた。さてと、あたしもそろそろ帰ろうかな。帰ったら宿題
して、それからアニメ見て……
「君、ちょっといいかな?」
「え?」
あたしが家に帰ってからの予定を考えていると、突然後ろから声をかけられた。振り
返るとそこには、20代後半くらいのスーツを着たマジメそうな若い男の人が立っていた。
あれ?これってもしかして……
「さっきテレビに出ているウチのアイドルをずっと見てたけど、もしかして興味あるの
かな?よかったら君もあの子達みたいに、アイドルやってみない?」
「は、はあ!? 」
一瞬何を言われたのかよく分からなくて、思わず素っ頓狂な声をあげちまった。未央に
教えた『ごくごく選ばれた人間のみが遭遇する神イベント』がまさか自分に訪れるとは、
全く想像出来なかった。あたしの人生にこんなイベント必要ないぞ!
ちなみに、これがあたしと今後長い付き合いになるPさんとの出会いとなる。この後
なんだかんだ色々あってあたしはアイドルになるわけだけど、とりあえず第一声は
「は、はァ!?な、なんであたしがアイドルなんて…っ!てゆーか無理に決まってんだろ!
べ、べつに可愛いカッコとか…興味ねぇ…し。きっ、興味ねぇからな!ホントだからなっ!!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
呼び止める声もろくに聞かずに、あたしはよくわからない事を喚き散らして全力で逃げた……
神谷奈緒(17)
本田未央(15)
島村卯月(17)
渋谷凛(15)
矢口美羽(14)
***
「えーっ!? 逃げちゃったんですか!? それ絶対もったいないですよ!! 」
次の日、家に遊びに来た美羽に私は昨日の件を話した。美羽は黒く大きな瞳をくりくり
動かしてオーバーなリアクションをとる。かわいいなあちくしょう。
「見知らぬ男に声かけられたら普通は逃げるだろ。大人しくついて行く方が無理だぜ?」
「でもでもその男の人、未央さん達の事を『ウチのアイドル』って言ったんですよね?
だったら本物のスカウトさんだったんじゃなかったんですか?」
「それもウソかもしれないだろ。ほら、つい最近もあっただろ?アイドルのマネージャー
になりすまして振り込め詐欺した事件とか。簡単に信じちゃダメだぞ」
美羽の頭を軽くなでてやる。こいつは少し危なっかしいんだよな。
「でもきっと、その男の人は本物だったと思いますよ?だって私がスカウトさんだったら
奈緒さんに声かけますもん!奈緒さんだったら可愛いアイドルさんになれますよ!」
「はいはいありがと。そんな事言って、あたしがいつも慌てふためくと思ったら大間違い
だぞ。大方未央に吹き込まれたんだろう?」
「むー、奈緒さんノリ悪いです。私は未央ちゃんがいなくなって寂しい思いをしている
奈緒さんに、少しでも元気になって欲しいだけなのに……」
あたしそんなに落ち込んでるように見えるか?むしろ未央がいなくなって寂しいのは
美羽の方だろ?お前の家ウチから結構遠いのに、ここ最近毎日来てるじゃねえか。
「私は未央ちゃんと毎日メールしてますから大丈夫です。それに見て下さいよ!ついに
私もスマホデビューしたんですよ!画面も見やすくてとっても便利です!」
ドヤ顔で最新のスマホを私に見せつける美羽。てゆうかお前まだガラケーだったのか。
美羽が千葉県最後のガラケー中学生だったかもしれないのに、惜しい個性をなくしたな。
「はっ……!? し、しまった、安易に携帯を買い換えたばかりに私は自分らしさを……」
わりと本気でへこむ美羽。かわいいけどちょっとかわいそうだからフォローするか。
「なあ美羽、そんな個性がなくてもお前はじゅうぶんに……」「でもいいんです!! 私には
ふ○っしーがいますから!」
しかし私がなぐさめる前に、美羽は自力で立ち直った。おお、強くなったな美羽。奈緒
お姉ちゃんは嬉しいぞ。しかしふ○っしーのどこがいいんだ?私もネットでちょっと
調べたけど、アイツの可愛さがイマイチよく分からないよ。
「じゃあ私が奈緒さんにふ○っしーの魅力についてレクチャーしてあげましょう!まずは
彼の名を一躍有名にした『ふ○っしーダンス』です!」
美羽はそう言うと、部屋の中で突然縄なしの二重跳びのような奇妙なジャンプを始めた。
それはダンスなのか?あたしには空中でバタバタしてるだけにしか見えないけど。
「はあ……はあ……こ、この素晴らしさが伝わらないとは……こうなったらとっておきの
必殺技を披露するしかありませんね……」
肩で息をしながら何やら身構える美羽。どうでもいいけど、あんまりあたしの部屋で
バタバタ暴れないでくれ。母さんが下にいるんだよ。
「ではいきます!ヒャッハーッ!! 梨汁プシ」「やめろバカ野郎―――――っ!! 」
女としてどころか人間として終わってる史上最低のパフォーマンスをなんとか止めて、
その後あたしは懇々と美羽に説教をかました。しかし例のパフォーマンスの何がいけない
のかを具体的に説明出来ず、美羽を改心させる事は出来なかった。てか説明できるかっ!!
しかしなんてこった、未央がいなくなって美羽がこんなに悪化していたとは…… これ
以上美羽があんな千葉県非公認マスコットの悪影響を受けないためにも、あたしは年長者
として美羽を更正せねばならないと強く決意した。
***
『う~ん、だったら美羽もアイドルにしちゃおっか?あの子見た目は可愛いし良い子だし、
きっとウチの事務所の面接通ると思うよ』
その晩、あたしは未央に電話をかけた。こんなつまらん事でアイドルの未央に電話を
かけるのは悪いと思ったけど、美羽が未央と毎日メールしてるって知ってあたしも少し
おしゃべりがしたくなった。
「アイドルってそんな簡単になれるもんなのか?美羽はかわいいけど普通の子だぞ?」
『んっふっふ~♪ わかってませんな奈緒さんは~』
小ばかにしたように笑う未央に若干イラつきながらも、私は次の言葉を待つ。しかし
こんなやりとりすらも、あまり会えなくなった今では楽しかったりする。
『最近はガッチガチにレッスンで鍛えたエリートじゃなくて、クラスの人気者ポジション
くらいの自然な子がアイドルの主流なのだよ。ファンとの距離が近いアイドルが、今の
アイドルのトレンドらしいよ』
得意気に話す未央。ふーん、確かに言われてみればそうかもな。一昔前のアイドルは
近寄り難いオーラをビシバシ放ってる印象があったけど、ニュージェネを見てると結構
ファンサービス頑張ってるみたいだし。あの渋谷って子はちょっと怖いけど。
『しぶりんはちょっと気難しいところもあるけど、でもとっても良い子だよ。ま、私に
かかればどんな子だって問題なくなかよしこよしさ!』
えっへん!と電話口で威張る未央。どこに行っても未央は未央だなと、ついつい私も
笑顔になる。未央に任せておけば美羽も大丈夫かな。
「それじゃあ美羽にすすめてみるよ。資料とか応募書類とか送ってくれる?」
『アイアイサー♪ プロデューサーさんにもしっかり伝えておくよ!ついでに奈緒ちゃん
の分も送ろうか?』
「バ、バカ!あたしがアイドルなんてガラじゃねえよ!も、もう切るぞ!」
昨日の事を思い出して思わず慌ててしまう。思えば未央がアイドルになるのを手伝って
いる時も、未央はあたしにもアイドルを勧めてきた。からかってるんだろうとまともに
聞いちゃいなかったが、でも今のアイドルになった未央が言うと本気っぽく聞こえる。
『ちょい待ちちょい待ち!実は私も奈緒ちゃんに聞きたい事があったんだよ!』
「な、なんだよ……?」
未央に止められて会話を続行する。この時さっさと切っとけば良かったと、あたしは後々
後悔することになる。
『奈緒ちゃん、昨日の昼過ぎくらいに秋葉原にいた?』
「ど、どうして知ってるんだ……?」
いきなり聞かれてうまくごまかすことが出来ずに、そのまま肯定してしまう。何で未央
がそんな事知ってるんだよ……
『いやさ、昨日ウチのプロデューサーさんが秋葉原でスカウトやってたらしいんだけど、
そこで前髪パッツンの眉毛がチャーミングな小柄な女の子に声かけたらしいんだよ。
そしたら顔真っ赤にしてもの凄い早さで逃げられたらしいんだけど、もしかして奈緒
ちゃんじゃなかったのかな~って思って……』
「おやすみ未央!! 美羽の資料と書類頼むな!! 」
『え……?ちょ……』
未央の質問を華麗にスルーして電話を切って、ついでに電源も切っておいた。ふう、
何とかうまくごまかせたぜ……
…………って、んなわけねえだろあたしのバカ―――――ッ!! あんな返し方したら
認めたも同然じゃねえかチクショ―――――ッ!! しかしどうやらあの男の人は、美羽の
言った通り本物だったらしい。あたしなんかに声かけるならもっと未央達の為に働けよ!!
「しばらくアキバに行くのは控えよう……」
本物のプロデューサーに勧誘されたからって別にアイドルになるわけじゃねえけど、
でもちょっとはあたしも見込みがあるって事か……?いやいや!ないない!未央や美羽と
違ってあたしはそんなに可愛くもないし、背だってちっちゃいし……
「バカバカしい、寝るか……」
深いため息をついて、あたしはもぞもぞと布団に潜った。とりあえず未央の時みたいに
美羽の自己PRとか考えてやらないといけないな……あいつの趣味ってメールだっけ……
スマホに替えたならLINEにしておくか……それからふ○っしーは梨だけに無しだな……
後日、美羽は未央の事務所にアイドル候補生として所属した。未央がそうしてきた様に、
美羽もこれから東京でデビューに向けてレッスン生活を送るらしい。地元や親と離れる事に
不安がないか心配だったけど、未央もいるし事務所の子とも仲良くしているみたいだから
大丈夫かな。
…………さすがに二人ともいなくなると、あたしもちょっと寂しくなってきたな。
***
「ええと、○△スクール……ここだな」
ある日の休日、あたしは東京にあるそこそこ有名なレッスンスクールの前に立っていた。
……いや、別にアイドルになりたいとか思ったわけじゃねえぞ?ただアイドルってどんな
レッスンをやってるのかなって気になっただけで。だったら直接未央達がいる事務所に
行けばいいじゃんって思うだろうけど、そこまでの勇気はあたしにはないし。
「見学は自由か。ちらっと見させてもらおっと。ええと、受付は……」
「ちょっとゴメン、そこどいて―――――っ!! 」
「うおっ!? なんだなんだ!? 」
あたしがスクールに入ろうとしたら、建物の中からバタバタとピンク色の頭の女の子が
飛び出して来た。その背中には、ぐったりした様子の女の子が乗っかってる。
「お、おい!どうしたんだ一体!その子大丈夫なのか?」
「アタシもわかんないよっ!とにかく急いで病院に連れてかないとっ!」
「はぁ……はぁ……」
流れに任せて思わず声をかけてしまった。とりあえず持っていたハンカチで背中の子の
額の汗をふいてあげる。一応息はしているみたいだけど、顔色は青に近い。
「みかー!センセが車回してくれたよー!」
するとあたし達の前に一台のワゴン車が停まり、中から金髪のギャルっぽい女の子が
顔を出した。『みか』と呼ばれたピンク頭の女の子は、すぐに背中の女の子を車に乗せる。
「ささ、アンタも乗って!」
「へ?あたしも?なんで?」
「いいから!」
あたしは彼女にぐいっと手を引かれ、そのまま車内に押し込まれた。どうやらひどく
混乱しているみたいで、まともな状況判断が出来ないらしい。こうして部外者のあたしを
乗せて、車は病院に向かって発進した。
「ふぅ~……ところでアンタ誰?」
「スクールのコじゃないよね?どっから来たの?」
「それはこっちのセリフだよ!あんた達こそ誰だよ!? 」
車に乗って一息ついた所で今更かよ!と遅すぎるツッコミをした。こうしてあたし達は
病院に着くまでの間に軽く自己紹介を交わした。ピンク頭が美嘉、金髪が唯という名前
らしい。そして後部席でぐったりしているのが加蓮。全員○△スクールの生徒だそうだ。
これが加蓮と私の出会い。加蓮のせいで、いや、加蓮のおかげであたしはアイドルに
なる事となった。美嘉と唯もこの後同じ事務所でアイドルをやる事になるけど、加蓮と
出会わなかったら、あたしは一生アイドルにならなかっただろうな―――――
***
「加蓮はさ、あまり体が丈夫じゃないんだ。それでスクールの中でもハブられてて……」
病院のロビーで加蓮を待っていると美嘉が教えてくれた。病弱な加蓮はレッスンも休み
がちで、たまに来ても途中でバテて休む事が多いらしい。そんな加蓮がいじめの的になる
のに時間はかからなかった。
「かれんマジメでいっしょーけんめーガンバってんだけど、カラダがダメみたい。それで
グループ分けとかでハブにされて、ムキになってムリしちゃってさ……」
今日のレッスンの様子を唯が教えてくれた。唯や美嘉の心配する声も無視して、加蓮は
ぶっ通しでダンスレッスンを続けて倒れたらしい。どうやら加蓮は線の細い華奢な見た目
に似合わず、負けず嫌いで気の強い性格らしい。
「実はアタシらも加蓮と仲良しってわけじゃないんだ。ただイジメとかイヤだから加蓮を
そっと守ってるんだけど、でも加蓮には余計なお世話だって怒られちゃってさ……」
美嘉が寂しそうに笑う。自分以外はみんな敵ってやつか。そんな奴の為にここまでして
やるなんて、あんた良いやつだな。
「そ、そんな事ないよ!ただアタシはスクールの先輩としてほっとけないだけで……」
顔を赤くしてわたわたと慌てる美嘉。派手な見た目と違ってマジメ?
「みかはおねえちゃんだもんねー☆ リアル妹ちゃんが東京に行っちゃって寂しいから、
かれんを妹がわりにしてかわいがってるのー☆」
「よ、余計なこと言うな唯!そ、そんなんじゃないし!」
ケラケラ笑う唯を、あわてて黙らせようとする美嘉。……ん?東京に行っちゃった?
あんたら地元の子じゃないのか?
「んーんちがうよ?ゆい達は埼玉からかよってるの。ゆいとみかと、ここにいないけど
ゆずちゃんって子の3人で『たまギャル同盟』を結成してるのだ☆」
「ちょ、そんな同盟入ったおぼえないし!な、奈緒もなんだよ!その『あ~、埼玉ね……』
みたいな視線は!これだから東京のコは……」
いや、悪気はなかったんだけど、あんたら見てると妙に埼玉出身って納得しちゃってさ。
それから言ってなかったっけ?あたし千葉だよ。
「え!マジで!? ふ○っしーがいる千葉!? 」
唯が目を輝かせて食いついた。お願いだからそいつと千葉を結びつけないでくれ……
「あ~、県外組か~。だったらウチのスクールは止めといた方がいいと思うよ。ウチの
スクール東京のコが多いからさ、県外のコはハブにされやすいんだ……」
美嘉がぽりぽりと頭をかいて説明してくれた。なんだそりゃ?そこそこ実績のある
スクールだって聞いていたのにガッカリだな。まぁ加蓮をいじめてるって聞いた時点で、
あまり良いイメージはなかったけど。
「み~かちゃ~ん、加蓮さんの荷物もってきたよ~」
あたし達がしゃべっていると、茶髪のショートカットの女の子がバッグを持って入って
来た。どうやらこの子が柚ちゃんらしい。あ~、埼玉っぽいわ……
「ん?だれお姉さん?加蓮さんのお友達?」
「いや、レッスン見学希望の者だ。流れに身を任せていたら、なぜかここに来ることに
なっちゃったけど……」
きょとんと首をかしげる柚ちゃんに、あたしは軽く自己紹介をした。どうやら柚ちゃん
はあたし達の2つ年下らしい。未央と同級生か。
「ふ~ん、とりあえずよろしくね奈緒さん。ところで加蓮さんまだ病室にいるの?」
柚ちゃんが病室を覗き込もうとしたのとほぼ同じタイミングで、病室のドアが勢いよく
開いた。思わず柚ちゃんはびっくりして尻もちをつく。
「うわっ!? か、加蓮さん……?」
「……人のバッグに勝手に触らないでくれない?」
ドアの前にへたり込んだ柚ちゃんからバッグをひったくるように奪い取って、加蓮が
トレーナーの先生に付き添われて病室から出てきた。初対面のあたしでも分かるくらい、
もの凄く機嫌が悪い。そのまま加蓮はあたし達の所に歩いて来た。
「いつも言ってるけど余計な事しないでよ。ちょっと休めば大丈夫ってアタシ言った
よね?それなのにあんた達が大げさに騒ぐから、病院まで行く事になったじゃん」
殺意のこもった目で美嘉と唯を睨む加蓮。なんだこいつ?この二人がどれだけお前の
事を心配していたのか分かってるのか?
「それとも何?アタシの付き添いのフリして、あんた達がレッスンサボりたかっただけ
じゃないの?そんな事の為にダシにされるの迷惑なんですけど」
「ち、ちが……!! アタシ達はそんなつもりじゃ……!! 」
「かれん!! それ以上言うとゆいも怒るよ!! かれんを車まで運んだのはみかなんだからね!! 」
しかし二人の言葉に聞く耳を持たず、加蓮は冷たい目で鼻で笑った。なまじ美人な分
ものすごく腹が立つ。ついでにあたしの事は眼中にないらしい。
「とにかく安い同情なんていらないから。あんた達がいなくたって、アタシは一人で
やれるから。お節介もやりすぎたら相手を傷つける事になるんだよ?」
加蓮はそれだけ言い残すと、トレーナーの先生に一礼してさっさと病院を出て行った。
病院の出口付近で加蓮の母親と思われる人が丁度駆け付けたが、加蓮は母親の手を振り
ほどいて一人で帰って行った。
「なんなんだ……あいつ……」
もう腹が立つのを通り越して、ただただ呆れるだけだった。病弱だとかいじめられてる
だとか、そういう事情があるにしてもあの態度はないだろ。親の顔が見てみたいぜ全く!
「この度は娘がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした……」
あ、これはこれは加蓮のお母様。そういえば先ほどお見えになられていましたね……
その後あたし達は加蓮ママに謝り倒されて、何か釈然としない気持ちで解散した。あれ?
そう言えばあたし今日何しに東京に来たんだっけ?
まぁ、そんなわけで加蓮の第一印象は最悪だった。あの頃の加蓮はとにかく態度と性格
と根性が悪かった。あたしも正直二度と会いたくないって思ったけど、次に再会したのは
それから一週間後だった―――――
……って、早えなおいっ!これもあたしの運命ってヤツか?
城ヶ崎美嘉(17)
大槻唯(17)
北条加蓮(16)
喜多見柚(15)
***
「へ?今週末のニュージェネのミニライブ?」
『うん★ よかったら奈緒も一緒に行かないかな~って思ってさ★』
あれから数日後、美嘉が電話をかけてきた。どうやらニュージェネ初のミニライブに
あたしを誘っているらしい。
「どうしてあたしなんだ?唯とか柚ちゃんと一緒に行けばいいじゃねえか。この前の事
なら、別にあたしは気にしてないからさ」
『いや~、チケットが一枚しかないんだよね~★ 唯と柚にも、今回のチケットは奈緒に
譲ってあげてって頼まれちゃってさ★』
「あたしなんかに余計な気を回さなくてもいいのに……まさかそのチケット、あんたらが
わざわざあたしの為に買ったとかじゃねえだろうな?」
『まっさか~♪ アタシらもそこまでお人好しじゃないよ★ アイドルの家族は毎回ライブ
の優先チケットとプラス1枚タダでもらえるんだよ~★』
……ん?アイドルの家族?そういえば美嘉の妹って埼玉を離れて東京にいるんだっけ?
な~んか似たような境遇の知り合いが二人ほどいるんですけど……
『あ、ヤバ……』
「なあ美嘉、そういえばお前の苗字って何だっけ―――――?」
***
「ウソ!? あの城ヶ崎莉嘉の姉ちゃんだったの!? でも確かに言われてみれば似てるな……」
『ううぅ、いつかはバレるって覚悟してたケド、自分でしゃべっちゃうなんて……』
未央から聞いたことがある。城ヶ崎莉嘉は未央達と同じCGプロの中学生アイドルで、
ニュージェネと同時期にデビューしたカリスマちびギャルだ。今回のミニライブでも、
何曲かニュージェネと共演するらしい。
「何で妹が先にデビューして、姉はまだレッスンスクールに通ってるんだ?普通逆だろ?」
『あ、アタシにも色々事情があったんだよ!だいたい街でいきなりスカウトされて、その
ままホイホイとアイドルになれるわけないじゃん!』
美嘉の話を要約すると、半年ほど前に美嘉と妹の莉嘉は、渋谷でアイドルにスカウト
されたらしい。美嘉は断ったが莉嘉がすっかり舞い上がってしまい、そのままスカウト
したプロデューサーを家に連れて帰り、その日のうちに両親の許可を得たという。
『アタシも莉嘉とPさんにずっとアイドルにならないかって誘われてるんだけどさ、でも
何にも知らない状態でアイドルになって、地元離れて東京で寮暮らしするのはちょっと
コワくてさ。それでまずは一度スクールに通ってみて、自分がアイドルとしてホントに
通用するのか確かめてから改めてスカウトの話を考えようと思って……』
少し恥ずかしそうに、ごにょごにょと小さい声で話す美嘉。いや、その気持ちよ~く
分かるぞ。普通の人間なら街でいきなり『アイドルにならないか?』なんて声かけられ
たら逃げるよな!思いっきり全速力で逃げるよな!
それに自分がアイドルとしてホントに通用するのか確かめたいって気持ちも分かる。
美嘉もあたしと同じで、どちらかと言えば保守的らしい。あたしがスクールを見学した
のも、美嘉と似たような理由からだし。もしアイドルになるとしたら、あたしもまずは
スクールや養成所に通ってから実力をつけると思う。
『……なんか奈緒、ずいぶんアタシに共感してくれてるケド、もしかしてアイドルの
知り合いとかいたりする?それかスカウトされたりとか……』
ああ、その通りだよ。可愛い妹分は二人ともアイドルで、しかもその内の一人は今回の
メインを張ってるよ。それにスカウトも経験済みだ。未央達のプロデューサーに会いたく
ないから行く気はなかったが、実はお前と同じ優先チケットをあたしも2枚持っている。
未央と美羽が同じ日に送ってきやがった。
「なあ美嘉、そのチケットは唯にあげてくれ。あたしは自分の分と柚ちゃんのチケットを
持って行くからさ。せっかくのライブだし、4人で楽しもうぜ―――――」
***
そしてニュージェネのミニライブ当日。会場前に行くと、美嘉達はすでに待っていた。
「お~い!奈緒~!こっちこっち~★」
「なっちゃ~ん!ちゃーっす☆」
「奈緒さ~ん!おひさっ♪」
ごめんごめん、待たせちゃったかな。はい、これ柚ちゃんのチケットね。あたしもムダ
にならなくて良かったよ。
「へへっ、ありがとっ!実は今日のライブすっごく行きたかったんだ!」
チケットを持って大喜びする柚ちゃん。かわいいなあもう。
「いや~、でもチョービックリしたよ!まさかなっちゃんがニュージェネの未央ちゃんの
知り合いだったなんて☆ しかも候補生の美羽ちゃんとも仲良しなんでしょ?」
唯がキラキラした目であたしを見る。いや、あいつらはアイドルでスゴイけどあたしは
ただの一般ピーポーだからな?そんなまなざしを向けられても困るぞ。
「そういえば莉嘉が前に言ってたっけ。未央ちゃんと美羽ちゃんにはステキなお姉ちゃん
みたいな人がいて、その人が色々手伝ってくれたからアイドルになれたらしいケド、
それってもしかして……」
さ、さあ行こうか!会場前でだべっててもお客さんのジャマになるし、未央達も首を
キリンみたいになが~くして待ってるかもしれないしな!あたしは会話を強引に切って、
三人をぐいぐいと中に押し込んだ。
***
<ワーワー <リンチャーン!! <ミオチャーン!! <ウヅキチャーン!!
『みんな―――――っ!! もりあがってる―――――っ!? 』
『私達も最後までせいいっぱい頑張りますから、応援よろしくおねがいします!! 』
『それじゃ次の曲いこうか。今度は私がセンターだから、よろしく』
デビューしたばかりのアイドルのライブにしては、なかなか盛り上がってるのではない
だろうか?いや、えらそうな事言ってるだけであたしもよくわかんないけどさ。会場は
後ろまで満席で、ファンの人達はサイリウム片手に盛り上がってる。
「美羽も元気そうだったな。ちょっとは自分らしさを見つけたかな……」
今回のミニライブのメインはニュージェネだが、バックダンサーやコーラスで候補生の
美羽もステージをちょこまかと走り回っている。やや緊張しているものの、ライブの
パフォーマンスは他の候補生の子達と楽しそうにやっていた。
「しっかし未央のヤツ、よくあれだけ踊って歌って体力が続くな。昔っから体力バカ
だったけど、あれほどとは……」
「莉嘉もスゴく未央ちゃんの事をソンケーしてたよ★ 莉嘉と未央ちゃんって事務所で
同じパッションチームらしいんだけどさ、未央ちゃんがチームのリーダーやってる
みたいだよ★ ニュージェネでもムードメーカーだし、スゴイよね~★」
あ~、そういえば美羽がそんな事言ってた。確か美羽もパッションだった気がする。
そんでクールのリーダーが渋谷さんで、キュートのリーダーが島村さんだっけか。
ニュージェネはCGプロの代表メンバーが集まったグループでその一人が未央だなんて、
あいつも立派になったなあ……
「しぶり―――――んっ!! がんばって―――――っ!! 」
「しまむ―――――っ!! カワイ―――――ッ!! 」
唯と柚ちゃんは大喜びで声援を送ってる。その隣であたしと美嘉は静かにサイリウム
を振っていた。実の妹と妹分がアイドルのあたし達は、逆に距離が近すぎて応援する
のが恥ずかしい。未央と美羽もあたしにウィンクしてくるし、莉嘉ちゃんはさっきの
ステージで『おねえちゃーん!! 』と大声で叫んだ。お互い気苦労が絶えないよな……
「未央達も渋谷さんに、ちょっとはクールな所を分けてもらえばいいのに……」
あたしはステージで歌っている渋谷さんを見ながらそう思った。島村さんや未央と
比べて渋谷さんはちょっと愛想が無い気がするけど、プロのアイドルとしてしっかり
パフォーマンスをしている。この子がこのグループを引き締めてるんだなと感じる。
『どうもありがとう。それじゃあ次は卯月の曲だよ』
やがてパフォーマンスを終えた渋谷さんがセンターから外れる。すると一瞬彼女は
視線をさっと客席に向けて、かすかに微笑んで小さく手を振った。油断していると
見落とすくらいの一瞬の動作で、気付いた人もほとんどいないだろう。
「親御さんとか友達が来てるのかな……?」
あたしは気になって、何となく渋谷さんが手を振った先に目をやる。するとそこには
意外な人物が笑顔で手を振りかえしていた。
「ウソ……?なんであいつがここにいるんだよ……?」
あたしは思わず自分の目を疑った。あたしや美嘉が未央や莉嘉ちゃんと知り合いの
様に、あいつも渋谷さんと知り合いなのか?あたしの目線の先には、病院で会った時
とは別人のような明るい笑顔で楽しそうにサイリウムを振っている、
―――――北条加蓮がいた。
城ヶ崎莉嘉(12)
***
「おい!」
「え……?もしかしてアタシ?」
ライブ終了後、あたしは美嘉達に先に帰ると伝えて加蓮を追いかけた。途中で見失い
かけたけど、会場外でなんとか追いついた。
「ええと……誰だっけ?」
きょとんとする加蓮にあたしは思わずずっこけた。そうだよな、病院で会った時も、
お前あたしのことずっとガン無視してたもんな……
「あ~ちょっと待って、なんかアンタの事思い出せそうかも……」
加蓮はそう言うと目を細めて両手でカメラマンみたいに四角いワクを作り、あたしの
目線のちょっと上あたりに照準を定めた。
「ああ、思い出した。こないだ埼玉の子達と病院に来てたゲジ眉ちゃんだ」
「どこ見て認識したんだよっ!? それからゲジってねえ!! ちょっと濃いだけだよ!! 」
相変わらず無礼極まりない奴だな。これが素ならどんだけ性格悪いんだこいつ。
「だってアンタの名前知らないし。アンタはアタシのコト知ってそうだけど」
ジロっと鋭い目を向ける加蓮。どうやら既にあたしはこいつに敵認定されてるようだ。
大方、美嘉達の一味だと思われているんだろうな。
「あたしは神谷奈緒だ。しっかり覚えとけ。それから美嘉達の事もちゃんと呼んでやれよ。
埼玉の子達って大ざっぱすぎるだろ」
「そんなのアンタに関係ないでしょ。それでアタシに何か用なの?」
うぐ……そういえば勢いで呼び止めちまったけど、何を話せばいいか考えてなかった。
先日の病院の件については大いに文句を言いたいがあたしは部外者だし、先程の渋谷さん
とのやりとりについて聞くのはプライバシーを詮索してるみたいで失礼だし……
「ハ……ハンカチ……」
「は?」
「そうだハンカチだ!お前あたしのハンカチ持って帰っただろ!あれお気に入りなんだ
から返せよ!」
我ながらこんな事しか言えないのが情けないぜ。とりあえずは何でもいいからしゃべら
ないと。別にお気に入りでも急ぎでもないし多分今は持ってないだろうけど、また後日
返してくれてもいいし……
「ああ、あれアンタのだったんだ。てっきり城ヶ崎姉のだと思ってたから今日返そうと
思ってたんだけど、会場で会わなかったから今度のレッスンで渡そうとしてたの。
ちょうど良かったよ」
持って来てたのかよ。意外と律儀だな。加蓮はゴソゴソと自分のバッグの中を探すと、
綺麗な布で包まれた小包をあたしに差し出した。なんだこれ?あたしのポ○モンハンカチ
は、加蓮の手によって進化を遂げたのか?
「一応中身確認してくれる?後で違うって言われてもアタシも困るしさ」
「お、おう……」
めんどくさそうに髪を掻き上げる加蓮の前で、あたしはおそるおそる手渡された小包を
解いた。そこには丁寧に折りたたまれた、シワひとつないあたしのハンカチが入ってた。
「あたしのハンカチこんなにキレイだったっけ……?包んでいる布が高そうだから、そう
錯覚して見えるだけか……?」
「その布もあげるよ。どうせお見舞いに包んであったものだったからタダだし。てゆうか
いい歳してアニメ柄のハンカチってどうなの?アタシがあげた布をハンカチにした方が
いいんじゃない?」
「う、うっせ!いいだろ別に!好きなんだからよ!」
そう言って無邪気に笑う加蓮は、悔しいけどとっても美人だった。こんな笑顔も出来る
なら、すぐにでもアイドルになれそうなのにな。
「一応お礼は言っとくよ、ありがと。そんじゃね」
一通り笑うと、加蓮はさっと身をひるがえして帰って行った。さすが渋谷さんの友達
だな。未央や美嘉達と違ってクールでサバサバしてる。でも不思議と悪い気はしない。
「な、なあ、もうひとついいか……?」
「何?まだ何かあるの?」
やや怪訝な表情で振り返る加蓮。この流れでついでに言っとこう。
「余計なお節介なのは分かってるけどよ、美嘉達本当に心配してたんだぞ?あたしが
口出す事じゃないって分かってるんだけどさ、お前があんな態度じゃ美嘉達だって
救われねえよ。今みたいにさ、馴れ合わなくていいから礼くらい言ってやれないか?」
加蓮を背負って大慌てしていた美嘉を思い出す。美嘉も気にしてないって言ってたけど、
やっぱりおかしい事はおかしいだろ。美嘉達も同じスクールの生徒同士言いにくいなら、
あたしがはっきり言ってやるよ。
「ウザ、アンタ教育指導の先生かアタシの親なの?部外者のアンタに善人気取りで説教
されても、暑苦しくて鬱陶しいだけなんですけど」
ほんっと性格悪いよなお前。それにあたしも自分が善人だと思ってねえよ。アンタが
美嘉達とケンカしようがハブられようが知らねえけど、こうしてあたしのハンカチを
持って来たって事は筋は通すつもりだったんだろ?だったら部外者のあたしじゃなくて
あいつらにきっちり筋を通せよ。
「……あ~あ、お礼一回分カ口リームダにした。あの子達から聞いてると思うけど、
アタシこう見えてカラダ弱いんだよ?あんまり働かされるとしんどいんだけど」
「へっ、そんだけ減らず口が叩ければ十分だろうが。それにどうせ病院に行くなら、その
ひん曲がった根性と性格をまっすぐに直してもらえ」
あたしが言い返すと加蓮はびっくりしたように目を大きく見開いて、それからわなわな
震えだした。お、怒ってる怒ってる。これで病院での借りは返したぜ。
「うっさいゲジ眉っ!! バーカバーカッ!!」
「だからゲジ眉じゃねえって言ってんだろうがっ!! この性悪女っ!! 」
お前クールぶってるくせにボキャ貧だな。バーカバーカって、小学生かよ。
「チビッ!! アニオタッ!! ふ○っしーっ!! 」
てめえ言ってはいけない事を言ったな!? ふ○っしーだけは許せねえっ!!
「ふ○っしーっ!! ふ○っしーの中身っ!! 」
「うるせえっ!! 東京だってに○こくんってヤバいキャラがいるだろうがっ!! 」
いつの間にか大声で罵り合ってるあたし達を取り囲むように人だかりが出来ていた。
加蓮はそれに気付くと、最後にあたしに力いっぱいあっかんべーして逃げて行った。
「よっしゃ勝った!おとといきやがれバッキャローッ!」
あたしは加蓮の逃げて行った先に向かって大声で言った。あたしに挑もうなんて100年
早いんだよ小娘が!!
<ヒソヒソ……ヒソヒソ……
「あの子ふ○っしーの中の人らしいよ……」
「おまけにアニオタなんだって……いや、ふ○っしーオタク?」
「ふ○っしーのくせにに○こくんにケンカ売るとか ありえないよね……」
…………あ・の・ク・ソ・ガ・キ、今度会ったら絶対に泣かすっ!!
「……何やってんの奈緒?先帰るって言うから用事かと思えば、加蓮とケンカしてたの?」
「かれんライブきてたんだ。どーしてなっちゃんとかれんがケンカしてんの~?」
「お、お前らいつの間に!? 」
ふと振り返ると、背後に美嘉と唯と柚ちゃんが呆れ顔で立っていた。やめろぉっ!!
そんな目であたしを見るなあっ!!
「いや、あんな加蓮さんはじめて見たからアタシ達もびっくりしちゃってさ……いつも
クールでちょっとコワいのに、子供っぽい所もあるんだなって思って……」
柚ちゃんがまじまじと言った。そうなのか?あいつまんまガキだったぞ。
「それより奈緒、ライブが終わった後にニュージェネが握手会してたけど、アンタも
行って来たら?アンタが帰ったって言ったら未央ちゃんがっかりしてたよ。たぶん
まだやってると思うけど……」
何で今更未央と握手なんてしなくちゃいけないんだよ…… でも今日のライブの感想
とお疲れくらいは言いに行くか。せっかくの未央の晴れ舞台だしな。
―――――それに会いたいコもいるし
***
「あちゃ~、終わってたかあ~……」
あたしが会場に戻ると、既にステージの撤去作業が始まっていた。現場のスタッフさん
に混ざって、美羽達候補生の子も音響機材や客席のイスを片付けてる。新人はライブの他
にもああいう事もしないといけないんだな……
「ホラ君!そこでボサっと突っ立ってないでこれ運んで!」
「ぅえっ!? あたしっ!? 」
声をかけられたとほぼ同時に、現場のチーフっぽいオッサンにドラムセットの太鼓を
押し付けられた。どうやらあたしを候補生の子と勘違いしているらしい。
「あ、あの、あたしは……「早くして!時間おしてるんだから急いで!」ハイッ!! 」
ついついオッサンの勢いに任せて、あたしも元気に返事しちまった。こないだ病院に
行った時にも思ったけど、あたしって意外と流されやすいのか?こうして小一時間、
あたしは現場のスタッフさんと候補生の子達に混じってステージ撤去作業に汗を流した。
―――
「いや~悪かったなお嬢ちゃん、俺はてっきりアイドルの子かと思ってたよ。ろくに確認
もせずに最後まで手伝ってもらってホントにすまなかった!! 」
片付け終了後になって、ようやくあたしに気付いた美羽がチーフのオッサンに説明して
くれた。いや、あたしもそのまま流されて手伝ってたからお互い様ですよ。
「私はてっきりスタッフさんかと思いましたよ!頭にタオル巻いて腕まくりしてガンガン
片付けていたから、全然奈緒さんだって気付きませんでした!」
美羽がニコニコしながら言った。お前はもっと早く気付いてくれよ……片付けてる途中
でちょっと楽しくなっちゃって、スタッフになりきってたあたしも悪いけどさ。
「お嬢ちゃんアイドルにしとくにはもったいないな。ウチの現場で働かないか?なかなか
手際も良いしウチの若い奴らを教育してやってくれよ。お嬢ちゃんみたいな可愛い子が
入ってくれたら、俺も嬉しいからよ」
「か、かわっ!? な、なに言ってんだよオッサン!! それにあたしはアイドルじゃねえよ!! 」
どーん!! とオッサンをステージから突き飛ばして、あたしは全力疾走で会場から逃げた。
結局何しに戻ったんだっけ?まぁ、久しぶりに美羽に会えたからいっか。
「ちょっと待ってくださ~い、奈緒さ~ん!」
あたしが会場の外で一息ついていると、美羽が追いかけてきた。おお、そういえば言い
忘れてたな。今日のライブお疲れさん。カッコ良かったぞ。
「あ、ありがとうございます!えへへ……じゃなくて、私達これからライブの打ち上げ
なんですけど、良かったら奈緒さんも来ませんか?大丈夫です、アイドルの親御さん
とかも参加しているので、奈緒さんも気兼ねなく参加出来ると思いますよ!」
「え?いいよあたしは……あたしはただお前と未央の知り合いってだけで、ごく普通の
ファンと変わらないんだからさ。場違いもいいところだよ」
「そんな事ありませんっ!! 」
あたしが遠慮すると、美羽は怒ったように強く否定した。
「奈緒さんのおかげで私はアイドルになれたんです!未央さんもさっき奈緒さんにすごく
会いたがっていたんですよ?私達にとって、奈緒さんは特別な人なんです!」
若干涙目になって、必死であたしに訴えかける美羽。はあ……、お前にそこまで言われ
たらあたしも断れないよ……
「わかったよ。そんじゃ未央の顔だけ見て帰るよ。それにさっきボランティアした分
くらいは飲み食いしてもバチ当たらねえよな?」
「奈緒さん……!! 」
美羽の頭を優しくなでてあたし達は会場に戻った。お人好しだなあたしも……
***
「それではみなさん、今日のライブお疲れ様でした!ここでわたくし事務員の千川ちひろ
が、ライブの成功を祝って乾杯の音頭を取らせていただきます。カンパ~イッ!! 」
「「「「「「「「「「カンパ~イッ!! 」」」」」」」」」
アイドルやその親御さんやスタッフさんが集まって、ステージ裏の多目的ホールみたい
な部屋で打ち上げパーティーが始まった。未成年のアイドルがメインなのでお酒はなくて、
ジュースやお菓子や出前でとったピザが並んでいる。なんかこういうのって部活動のノリ
みたいでいいな。
「……なんでお前もいるんだよ。唯達と帰ったんじゃなかったのか?」
「……アタシもそのつもりだったんだけど、莉嘉に呼び戻されちゃった。それにパパも
ママもこっちにいるし、帰ってもゴハンないからこっちで食べようと思って」
会場の隅で目立たないようにジュースを飲んでいると、同じく壁にもたれてポッキーを
ポリポリやってる美嘉に出会った。お前は莉嘉の姉ちゃんなんだから堂々としてろよ。
「無茶言わないでよ。うっかりあの輪の中に入って莉嘉のプロデューサーに出会ったら、
また勧誘されちゃうじゃん。莉嘉はもちろんパパもママも乗り気だし、ここで断って
フンイキ悪くしたらサイアクっしょ……」
お前も色々大変なんだな。あたしも似たような理由で未央に近づけないんだけどさ。
多分Pさんはあたしの事を覚えてないと思うけど、もし覚えてたら色々ハズいし。
「それって自意識過剰なんじゃないの?会ったくらいでアイドルに勧誘されないよ。
それか開き直ってプロデューサーにアイサツして来たら?そしたら奈緒がアイドルに
なる運命なのかどうか、ハッキリすると思うからさ★ 」
「その言葉そっくりそのまま返すぜ。それについさっき、あたしにはコンサートスタッフ
の素質がある事が明らかになってな。そっちからもスカウトが来てんだよ」
なにそれ?と美嘉が呆れ顔で言って、お互い笑い合う。あたしも美嘉もどうやら姉属性
らしいな。美嘉はリアル姉だけど、あたしは未央と美羽の面倒を見ているうちにいつの間
にかお姉ちゃんっぽくなってたらしい。美嘉といると話が尽きない。
「あ、こんな所にいた!もう奈緒ちゃん!私に何も言わずに帰るなんてヒドくない!? 」
やがてあたし達に気付いた未央が、島村さんと莉嘉ちゃんを連れてこっちに来た。よお
未央、こうして会うのは久しぶりだな。さっきのライブカッコよかったぞ。
「ねえねえ未央ちゃん、この人が伝説の『アイドルメーカー』なの?」
未央の隣にいた島村さんがあたしを見て言った。は?何だよアイドルメーカーって。
「そうだよ!ここにおわす神谷奈緒大先生は、この私本田未央と候補生の矢口美羽の才能
をいち早く見抜き、このアイドル業界へ送り込んだエライお方なのだ!神谷先生の手に
かかれば、どんな女の子だってたちまちアイドルになれるであろう!」
出まかせ言ってんじゃねえぞコラッ!? なんだよその黒幕的なポジションはっ!! お前は
あたしをどういう風に紹介してるんだよっ!?
「わー☆ スゴーイ☆ サインちょーだい神谷センセ!」
「わ、私も握手してもらっていいですか……?」
目をキラキラ輝かせてサインペンを持ってくる莉嘉ちゃんと、おずおずと手を出す島村
さん。まさかアイドルからサインと握手を求められるとは思わなかったぜ……ボケなのか
マジなのか全然わからん。特に島村さん……
「ねーねー奈緒ちゃーん☆ ウチのお姉ちゃんもアイドルにしてくれないかな~?アタシ
とPくんがいくらおねがいしても、お姉ちゃんアイドルになってくれないんだよ~」
上目遣いであたしにお願いする莉嘉ちゃん。心配ないよ、あたしの見立てだと美嘉は
もうすぐアイドルになるから。ついでに唯と柚ちゃんも一緒じゃないかな。
「ホント?やったー☆ Pくんにおしえてあげなくちゃ!」
「ちょっと!? テキトーなコト言わないでよ奈緒っ!! 莉嘉がホンキにしちゃうじゃん!! 」
あたしはお姉ちゃん属性だから、可愛い妹の頼みは断れないんだよ。それに唯達も
いれば安心だろ?いい加減お前も腹括れって。
「あの……、神谷さんはアイドルにならないんですか?」
おずおずと聞いてきた島村さん。あたしはそんなガラじゃないよ。未央と美羽を客席
から見てるだけで十分だって。
「またまたあ~☆ そんな事言って奈緒ちゃん、ウチのPさんに秋葉原で勧誘されたん
でしょ?今日だっていつもよりオシャレしてるし、内心期待してたんじゃないの?」
おいぃイッ!? 余計な事言うなよチャンミオオォオッ!! それにあたしだって、こういう
場所に来る時くらいは服に気を遣うよ!それでもGパン履いて来たけど……
「え?神谷さんプロデューサーさんにスカウトされたんですか!? すごいです!事務所の
アイドルでスカウトされたのって、凛ちゃんと莉嘉ちゃんしかいないんですよ!? 」
「あとお姉ちゃんね☆」
「う、うるさい莉嘉!だまってて!」
目を丸くして興奮気味に話す島村さん。え?そうなの?
「ウチのプロデューサーってアイドル育てるの上手だって有名らしいんだけどさ、本当に
凄いのはアイドルの素質を見抜く目が抜群に良いんだって。だから応募もしてないのに
プロデューサーに声かけられた奈緒ちゃんも美嘉ちゃんは、私達応募組からしたら
雲の上の人なんだよ?」
「いやいやいやおかしいって!ほら、よくあるじゃん!前から歩いて来た人が自分に声を
かけてきたと思ったら後ろにいる人でしたみたいな!多分あれだって!」
「そ、そうそう!アタシはアレだよホラ!『将を射んとすればまず馬を射よ』だよ!
莉嘉をアイドルにスカウトする為に、ついでにアネキもスカウトしとくかみたいな!」
未央の言葉をあたしと美嘉は全力で否定する。てかあたし達、なんでこんなに卑屈に
なってるんだよ。ついでによくそんな言葉がすらすら出てくるな……
「なんの話?面白そうだから私も混ぜてよ」
あたしらがギャーギャー騒いでいたその時、凛とした澄み切った声が未央の後ろから
聞こえた。とっさにあたしは素に戻る。そうだ思い出した、あたしはこのコに会いたいと
思ったから、わざわざ会場に戻って来たんだ。
「もう、しぶりんどこ行ってたのー?打ち上げ始まっちゃったじゃんかー!」
「ごめん、友達を誘おうと思ってたんだけど帰っちゃったみたいでさ。電話して呼び
戻そうとしたんだけどダメだった」
スマホを右手にぷらぷらさせながら、渋谷さんがあたし達の輪の中に入ってきた。
……ん?友達?なぜかあたし、渋谷さんの友達に猛烈に心当たりがあるんですけど。
「あの負けず嫌いの加蓮が大泣きするなんて珍しいな。何かあったのかな?」
不思議そうに首をかしげる渋谷さん。やっぱりあの女かああぁぁぁあああっ!!
よし、そうと決まればあたしがやる事はひとつしかない。あたしはゆっくり呼吸を
整えると、渋谷さんの前に向き合った。
「渋谷さんっ!! 」
「え……?何?ていうか誰?」
ちょっと引き気味の渋谷さんを気にせず、あたしはその場で勢いよく床に手をついた。
「すみませんでしたああああああああああっっっ!!!!!! 」
正直加蓮を言い負かした事は全く後悔していないが、渋谷さんがわざわざ打ち上げに
呼ぼうとしていたくらいのコだから、あの子は渋谷さんにとって特別な存在なんだろう。
あたしの土下座なんて大した価値はないけど、ここは謝らないと気が済まない。
「ちょ、ちょっと、え?何……?とりあえず土下座やめてくれないかな……?」
「加蓮が帰ったのはあたしのせいなんだ!ホントにすまなかった!」
その後、美嘉と未央に無理矢理起こされて、打ち上げ会場の注目を集めてしまったので、
混乱する渋谷さんとあたし達はそそくさと人目のつかない控室へ移動した―――――
***
「ちょっと奈緒ちゃ~ん、ど~して私達には教えてくれないの~?」
「お姉ちゃんだけズルーい!アタシも聞きた~い!」
「ダメだよ二人とも。それじゃ私達は打ち上げ会場に戻ってるから」
「ごめんな島村さん。あとPさんがここに来ないようにしてくれると助かる」
さて、所変わってここは控室。しかし加蓮のいない所で事情を説明するのは陰口を
叩いているみたいで嫌だったから、あたしと加蓮の友達の渋谷さんと病院での顛末を
知っている美嘉を残して、未央と島村さんと莉嘉ちゃんにはご退場頂いた。
「ふふっ、未央から聞いていたけど神谷さんって優しいんだね。美嘉は良いお姉ちゃん
だって前から知ってるけど」
少しだけ口元をゆるめて笑う渋谷さん。美嘉とは莉嘉つながりで面識があるらしい。
3人になってから渋谷さんに説明する。美嘉も病院での事を証言してくれた。できるだけ
加蓮が悪者にならないように客観的事実を述べたつもりだが、でも渋谷さんは良い気は
しないだろうな。しかし加蓮泣いてたのか。今度会ったら優しくしてやろう。
「ううん、加蓮にはその方がいいと思う。あの子は変に世の中醒めた目で見てるからさ、
たまには誰かにガツンと怒られて凹まされた方がいいよ、うん」
……ん?今渋谷さん変な事言わなかったか?あたしは隣にいた美嘉と顔を見合わせる。
美嘉もきょとんとしていた。
「あの~……渋谷さん?」
「凛でいいよ。何?」
「じゃ、じゃあ凛……ひとつ聞くけど、加蓮は凛の友達なんだよな?」
さっきのセリフは友達に言うものじゃないと思うんだけど。加蓮を守るというより、
むしろ加蓮を突き放しているように聞こえたんだが……
「中学生じゃあるまいし、泣かされただけで加蓮が一方的な被害者とか全然悪くないとか
思わないよ。友達だからこそ私はあの子の悪い所もいっぱい知ってるしね。今回の件は
美嘉も奈緒も悪くないでしょ」
おおう、なんてクールな子なんだ…… 呼び捨てにされても納得しちまう。ホントに未央
と同じ歳なのか?理屈では分かってても、感情でかばうのが女友達ってやつじゃないのか?
それにお前も去年まで中学生だっただろうが。
「加蓮は根性曲がってるから。おまけに性格もキツい所があるし、美嘉も災難だったね。
ごめんね美嘉、私からも謝るよ」
そう言って美嘉に頭を下げる凛。……なあ、お前加蓮の事嫌いなのか?おそらく唯一の
友達だと思われるお前にそこまでボロクソに言われるなんて、あたしはだんだんあいつが
かわいそうになってきたよ。
「別に嫌いじゃないけど、それとこれとは話が別だよ。加蓮ももっと素直になればいいと
思うのに、本当にもったいないと思うよ。昔はあんな子じゃなかったんだけどね」
凛は小さくため息を吐くと、加蓮の事について話してくれた―――――
***
私が加蓮と出会ったのは小学生の時だったの。私の実家って花屋でさ、店頭で花を販売
する他に、病院の花壇に花を植える出張サービスもしてるんだ。私も家の仕事を手伝って
大体1シーズン毎に植え替えに行ってたんだけど、加蓮はそこの病院に入院してたの。
加蓮は入退院を繰り返しながら学校に通っていたみたいでさ、せっかく友達が出来ても
入院したらみんないなくちゃうんだって。お見舞いに来てくれる友達もいたみたいだけど
最初の一週間だけで、それ以上になると誰も来なくなるらしいよ。そのうち面倒になった
みたいで、学校に復帰しても一人でいる事が多くなったんだって。
でもやっぱり一人だと寂しいでしょ?そこで毎年決まった時期に、花の植え替えに病院
に来る私に話しかけるようになったの。季節の変わり目は加蓮はよく入院していたから、
植え替えの時期と同じで丁度良かったんだろうね。私もたまに学校でも加蓮を見かけてた
から気になってたの。あっちの方が1コ上だからそんなに接点なかったけど。
『ねえ、あんたおはなやさんだよね?』
『そうだよ。なにかようじ?』
『あたしこのおはなすきなんだけどさ、こんどうえてくれない?』
『わかった。おとうさんにいっとく』
一緒に花の図鑑を見ながら、一番最初は確かこんな事を話したと思う。それから花壇の
植え替えを一緒にしたり、花の様子を見るついでにお見舞いに行くようになったの。とは
言ってもすぐに仲良くはならなかったんだけどね。
きっと加蓮は友達を作るのが怖くなってたと思うんだ。だから最初は友達じゃなくて、
『入院患者と花屋の娘』って感じだった。それだと仲良くしようと余計な気を遣わなくて
済むし、私は加蓮に呼ばなれくても花壇の手入れに毎回病院に来るしね。私も自分から
友達になろうとしなかったから、つかず離れずの関係が続いたよ。
でも加蓮が小学6年生の時、悲しい事件が起きたの。それは修学旅行で加蓮が倒れて、
全体のスケジュールが加蓮のクラスだけ大幅にカットされたらしいんだ。それでクラスの
子からひどい事を言われたみたいで、加蓮は登校拒否になっちゃったの。
元々加蓮はクラスに仲の良い友達もいなかったし、学校行事も休んでいる事が多かった
から修学旅行に行く気もなかったんだけど、親と先生がどうしても行けって言うから渋々
行ったんだよね。それで倒れてクラスメイト全員から恨まれて、加蓮は学校も親も、それ
から病気の自分も何もかもが嫌になったみたい。
中学にあがる頃には加蓮はすっかり変わってた。その頃には加蓮は体力もついたみたい
で病院通いする事も減ったけど、今度は病弱少女から非行少女になっちゃったの。学校も
サボるようになって、補導された事もあったらしいよ。
一年遅れて私が中学に上がると、加蓮は『美人だけど怖い先輩』って噂になってた。
でも悪い子達と一緒にいるよりは一人でいる事の方が多かったよ。相変わらず友達を
作るのが怖かったのかな。あの子はいつも寂しそうだった。
それで私と加蓮の関係だけど、不思議と続いてたんだよね。私が花壇の植え替えに病院
に行くと、入院してるわけでもないのに加蓮がいるの。きっと習慣になってたんだろうね。
昔より攻撃的になってたけど、私と話している時だけは普通の加蓮だったよ。
『凛は昔から変わらないね。たまにはサボってどこかに遊びに行こうと思わないの?』
『家の仕事だし、物心ついた時からずっとやってる事だから。加蓮は変わったね。私も
北条先輩って呼んだ方がいい?』
『好きにしたら?私と仲良くしてると学校に目を付けられちゃうかもしれないし』ムス
『じゃあ加蓮って呼ぼっと。周りからどう思われようと私は気にしないから。加蓮も
いつまでもグレてないで、昔みたいに普通にすれば?』クス
『今のアタシにそんな口きくなんて、アンタって怖い者知らずだよね。でもアタシも
だんだんバカらしくなってきたよ。体が丈夫になったら色々やりたい事があったのに、
最近の楽しみはハンバーガーの食べ比べぐらいだし』フフッ
『そんな事してたらまた入院生活に逆戻りだよ。それよりそろそろ受験とか考えたら?
せめて高校は行っといた方がいいんじゃない?』
『それもそうだね。めんどくさくなってきたし、今までの事全部捨てて高校デビュー
しようかな。私って男子に人気あるらしいよ。こんな性格だから誰も近づいて来ない
けど、高校生になったら猫かぶってアイドルでも目指そうかな』
中学生になってから、加蓮と私の距離はだいぶ縮まったと思う。何だかんだで長い付き
合いになっていたし、加蓮も気兼ねなく話せるのが私だけだったんだろうね。私もメイク
やファッションとか色々加蓮に教えてもらったよ。
それで加蓮は受験勉強頑張って、都内でもそこそこの高校に進学した。元々マジメだし
頭も悪くなかったしね。あの時グレてなければもっとレベルの高い高校に行けたのにって
悔しがってたけど、まあ晴れて高校デビュー出来たみたいだよ。
私は加蓮とは別の高校に進学した。でも休日は一緒に遊んでたし、それに病院の花壇の
植え替えは一緒にしてたし、私達の関係は変わらなかった。だけど半年前、私がアイドル
にスカウトされてから状況は一変したの。
『私アイドルやってみようと思うんだ。自分がどこまでやれるか試してみたいし、興味も
ちょっとある。だからもうあまりこうして加蓮と会えなくなるかもしれない』
『アタシの事なら気にしないで。おめでとう凛。凛ならきっと人気アイドルになれるよ。
アタシも応援してるからさ、頑張りなよ』
最後に一緒に病院の花壇の植え替えをした時に、あたしは加蓮に言ったの。加蓮はその
時は笑顔で祝福してくれたけど、後で病院の陰でこっそり泣いてたんだ。どうやら私は
自分が思っていた以上に加蓮の友達だったみたい。でも加蓮の為にアイドルになるのを
止めるのも何か違う気がして、私は結局見て見ぬふりしてアイドルになったの―――――
***
凛は淡々と昔を懐かしむように、しかしどこか寂しそうに話してくれた。この子は自分
にも友達にも厳しい子なんだな。凛は凛なりに、加蓮を大事な友達だと思ってるみたいだ。
ただ凛も加蓮も少し不器用で、もう一歩歩み寄れてないみたいだが。
「美嘉に聞くまで、加蓮がアイドルのレッスンスクールに通ってる事を知らなかったよ。
あの子そんな事一度も話してくれなかったし。別に自惚れてるつもりはないけど、そう
までして私と一緒にいたかったのかな……」
凛はしっかりしてるし加蓮が依存するのも分かる。どれだけ自分が変わっても、いつも
側にいてくれた凛は、加蓮の心の支えになっていたに違いない。
「ぐすっ……、加蓮にそんな過去があったなんて……かわいそう過ぎるじゃん……」
美嘉はボロボロ泣いていた。確かにあたしも加蓮に同情する部分はある。でもそれでも
いつかは加蓮が自分で立ち直らなきゃいけないんだ。凛だってずっと側にいられるわけ
じゃないし、加蓮にだってプライドがあるだろうし。
「ねえ、私どうしたらいいのかな。私が加蓮にしてあげられる事って何かあるのかな」
凛が真剣な目をしてあたしに聞いてきた。さっきは自業自得だと言わんばかりに加蓮に
厳しい事を言ってたけど、凛も心配なんだな。クールに見えて可愛い所もあるじゃねえか。
あたしはよっとつま先立ちをして、凛の頭を軽く撫でてあげた。
「凛から何かする必要はないよ。ただ黙って加蓮の事を待っててやってくれ。あいつが
本気でアイドルになりたいのかどうかは分からないけどさ、きっと加蓮はお前に対して
何らかの答えを出そうとしてると思うんだ。だから加蓮がその答えを出すまで、お前は
アイドルを頑張っていてくれねえか?」
未央や美羽が頑張ってる姿を見るとあたしも色々励まされるんだ。きっと加蓮も、凛が
アイドルをやってるのを見て力をもらっていると思う。アイドルはそういうもんだろ?
だからお前はそのままでいてくれ。
「そうなんだ。私まだ自分がアイドルになった実感があまりなくてさ。加蓮が私を見て
元気になってくれるなら、私ももっと頑張るよ」
そんなに肩肘はらなくてもいいぞ。ただ加蓮の事は置いといて、凛はもうちょっと愛想
良くすればいいと思うけどな。未央みたいにバカ笑いしなくてもいいから、ステージ上で
加蓮に笑いかけた時みたいに、もっと可愛い笑顔を見せてくれよ。
「うそ……バレないように気を付けたのに、もしかしてわかったの……?」
「え?凛そんな事してたの?」
あたしの言葉に凛と美嘉はびっくりした。もしかしてバレてないと思ってたのか?
美嘉も全然気付かなかったのかよ。
「うそ、うそ、やだ、恥ずかしい……私クールのリーダーなのに……」
今までのクールビューティーはどこへやったのやら、顔を真っ赤にして大慌てする凛。
いや、クール担当だからってステージで笑っちゃダメみたいな事はないだろ……
「奈緒ちゃん!美嘉!プロデューサーが凛を探しにこっちに来るよ!」
その時、控室のドアが開いて未央が慌てて教えてくれた。あたし達は凛に別れの挨拶を
して退散した。未央もあばよ、島村さんや美羽にもよろしくな。
「ねえ、それでアタシ達は加蓮とどうやって付き合えばいいのかな?同じスクールだし、
アタシも唯達もこのまま加蓮をほっとけないんだケド……」
美嘉が横から訊いてくる。ああ、実はあたしも同じ事を考えてた。しょうがねえな、
正直難易度が高そうだし成功する保証はないけど、あたしが一肌脱いでやるよ!
***
ニュージェネのミニライブから一週間後。あたしは美嘉と唯と柚ちゃんと○△スクール
の前に立っていた。いよいよ今日から『加蓮救出作戦』の開始だ。
「すまねえなみんな、加蓮の為とはいえこんなバカげた計画に付き合ってもらって」
この一週間、あたしは美嘉達と作戦を練っていた。加蓮はかなり勘が鋭く、頭も切れる
ので生半可な計画だとバレちまう。みんなであれこれ考えて、ようやく本日決行となった。
「いーっていーって☆ それにこれはかれんのためだけじゃないし、みんなハッピーに
なれちゃうんだから☆」
「そそっ♪ きっとうまくいくよっ!」
ニコニコ笑う唯と柚ちゃん。美嘉は最初からこの2人にも手伝わせるつもりだった
らしいが、こんなにノリノリで協力してくれるとは思わなかった。
「まさか加蓮一人の為にこんな大がかりなコトをするとは思わなかったよ★ 奈緒って
ホントにスゴイよね★」
美嘉がしみじみと言う。感心するのはまだ早いぜ。この作戦はあたし一人じゃ絶対に
成功しないし、それに『成功したところで加蓮が救われる保証もない』からな。結局は
あいつにはあいつの意思で変わってもらわないといけないんだ。
「まぁ、もうここまで来たらやるしかねえ。そんじゃみんな、アゲアゲで行くぜ!」
「あーっ!? ちょっとなっちゃん、ゆいのセリフとらないでよ~!! 」
ぷんぷん怒るゆいをかわしつつ、あたし達はレッスンスクールの中に入った。
***
「はじめましてっ!千葉から来ました神谷奈緒17歳ですっ!よろしくお願いしますっ!」
レッスン終わりのミーティングで、あたしは自己紹介をしながらフロア全体を見渡す。
フロアの中心を広々と占領してるのが『東京組』、彼女達に遠慮するようにフロアの隅に
窮屈そうに固まってるのが『県外組』とハッキリ分かれていた。レッスンを見学してる時
から思ってたが、こりゃ相当ひどいな。
「ウチのスクールは東京組のコが幅を利かせててさ。アタシら埼玉や千葉のコは肩身の
せまい思いをしてるんだ。スクールもそれを黙認しててさ、おまけにフロアの掃除や
ゴミ捨てみたいな雑用まで、全部県外組のコがやらされてるんだ」
美嘉から話は聞いている。東京組と県外組は割合で見るとだいたい半々だが、力関係は
東京組の方が強いそうだ。スクールが東京にある、東京組のOGのコネが強いなど、様々
な理由があるらしいがいずれも理不尽で納得できないものである。
ちなみに加蓮は東京組なのにフロアの隅に座っていた。しかし県外組と仲良くしてる
わけでもなく、完全に孤立している。逆に美嘉達たまギャル同盟は、県外組にも関わらず
東京組に遠慮する事なく堂々とフロアの中心に座ってる。理由は後で話そう。
「えーと、あたしがこのスクールに入った理由は、アイドルになって……」
あたしは月並みな自己紹介を続けるが、東京組の子達はあたしが千葉出身だと分かると
早々に興味をなくしたみたいで、スマホをいじったりおしゃべりをしたりして聞いてない。
県外組の子達はあたしに同情するような視線を向けていた。加蓮は特にあたしに興味が
ないのか、窓の外を無機質な目で見ていた。
「そろそろいいかな……」
あたしは小さくつぶやいて一度大きく深呼吸してから、
「あたしの話を聞けよお前らああああああああああっっっ!!!!!! 」
ドガシャーンッ!! あたしは力の限り叫んで、ホワイトボードをおもいっきり蹴倒した。
突然の出来事にフロア全体が静まり返る。加蓮も目を丸くしてびっくりしいてた。
「今日一日レッスン見て、そして今確信した!お前らみんな腐ってる!大した実力もない
くせに態度のでかい東京組と、そんな東京組に逆らえずに隅で小さくなってる県外組!
『あえて言おう!カスであると!』
」
一度言ってみたかったんだよなこのセリフ。最初はポカンとしていたレッスン生達
だったが、次第に東京組から殺気のこもった視線があたしに向けられていく。あたしは
気にせずに続ける。
「あたしがアイドルになったら、東京のアイドルを全員倒してトップに立つ!東京出身の
何が偉い?千葉や埼玉は東京に劣るのか?そんな事はまったくないはずだ!その証拠に
このスクールの上位成績者は県外組が1位と2位を独占してるじゃないか!」
あたしは美嘉を見た。美嘉はニヤリと不敵に笑う。そう、これが美嘉達が東京組に遠慮
せずに堂々としてる理由だ。このスクールは歌やダンスの総合点でランキングが作られて
いるのだが、なんと1位が美嘉そして2位が唯なのだ。そして柚ちゃんは5位と大健闘
している。そうでなくとも成績上位は県外組の方が多い。
「莉嘉のコネで努力しなくてもアイドルになれるなんて思われたらイヤだからさ★
それにもしアイドルになっても、妹に負けたらカッコ悪いじゃん★」
「みかはチョーまじめだからねっ☆ ゆいもみかといっしょにレッスンしてたらアゲアゲ
になっちゃった~☆ でも東京のコって、レッスン以外にもエステとかモデルのお仕事
とかいそがしいらし~よ~?」
県外組はアイドルになる為にわざわざ東京まで通ってるので、意気込みがそもそも違う。
一方の東京組は読モをかけもちしていたり、スクールを休んで女子力アップに熱を上げて
いるので成績は県外組より下なのだ。しかし彼女達はOGのコネなどを使って、卒業後に
県外組より良い事務所やプロダクションに入るので特に気にしていない。
「そこで小さくなってる県外組!お前らそれでいいのか?アイドルになる前から既に東京
の奴らに負けているじゃねえか!そんな覚悟で将来アイドル業界で戦えると思っている
のか!お前らよりふ○っしーの方が100倍胸を張って東京相手に戦ってるぞ!」
県外組の子達がびくりと肩を震わせる。何人かは悔し涙を流していた。きっと今まで
東京組に逆らえず、悔しい思いをしてきた事だろう。しかしお前らにだって責任はある。
立ち上がろうと思えば出来たはずなのに、今までそれをしなかったからな。
「このスクールは県外組は東京組に逆らっちゃいけないのが暗黙のルールみたいだけど、
あたしはそんなの知らないね!東京組も県外組も同じレッスン生だし、立場は対等の
はずだ!そうだよな先生!みんなもそう思うよな?」
あたしはわざと県外組を巻き込むようにして先生に訊いた。いきなり話をふられて、
先生は「ひっ!? 」と小さく悲鳴を上げて飛び跳ねた。県外組全員の視線がトレーナーの
先生に集中する。先生は若干涙目になりながら、
「せ、成績や出身地に関係なく、みんな同じレッスン生です……優劣などありません……」
と、小さな声で言った。当然だろ。ここで『東京組の方が上』なんて名言したら県外組
が暴動を起こすぞ。それはスクールとしても困るはずだ。だがそんな理不尽が今の今まで
ここではまかり通っていたのだ。慣習って怖いねえ。
「先生~★ だったら今日の掃除は東京組のコにやってもらっていいですよね~?いつも
アタシ達がやってるんだし、これからは当番制ってコトで★」
「ゆいおうちがと~っても遠いから、はやく帰らないとパパにおこられちゃうの~☆
そしたらママがスクールにクレーム入れちゃうかも~☆」
よし!ナイスアシストだ美嘉、唯!こうしてあたしは自己紹介を済ませて、美嘉達と
他の県外組の子達を連れて東京組より一足先にスクールを出た。レッスン場を出る瞬間、
加蓮が何かを探るような目であたしをじっと見ていたのが少し気になった。
「へへっ、うまくいったね奈緒さんっ♪」
あたしの隣に柚ちゃんが並んだ。ああ、ひとまず第一段階はクリアだ。でも明日からが
大変だぞ。まだ始まったばかりだからな。美嘉と唯もよろしくな!
「任せとけって★ いや~でも東京のヤツらのあの悔しそうなカオ、チョーウケたよ★
まさかアタシらが反撃するなんて、アイツらも思わなかっただろうね!」
美嘉がゲラゲラ笑ってる。あたし達が考えた作戦は県外組と東京組という対立の構図を
作り、その大きな争いの中に加蓮を巻き込んでしまうというものだ。加蓮は凛にしか心を
開かない。ならばあたし達は無理して仲良くなろうとせず、加蓮の敵役になってやる。
表向きは県外組の待遇改善だが、真の目的はこっちである。
要は加蓮が自分に自信を持って、凛に会いにいけばいいのだ。加蓮は凛の近くに行く事
を目指してアイドルになろうとレッスンを受けてるが、今の様に休み休み惰性で通ってる
状況だと、それは叶わないだろう。だったらあたし達に対する敵対心でも何でもいいから、
まずはあいつのやる気に火を付けないとな。
「このまま東京組で一致団結して加蓮も和解してくれるといいけど、さすがにそこまでは
無理だな。今日も1人でいたし、今までずっとハブられてたみたいだし」
加蓮はきっと今頃、あたしの思惑を読み取ろうと色々考えているはずだ。あいつはそう
簡単にこちらの計画には乗ってこないだろう。しかし今はそれでいい。加蓮にはこの後、
東京組のリーダーになってもらうという重大な役割があるからな……
「神谷さん……だっけ?城ヶ崎さん達も、一体どういうつもりなの……?東京の子達に
ケンカを売るようなマネして、一体何を考えてるの……?」
その時、あたし達の後ろを歩いていた県外組の子達が不安気に訊いて来た。あの場は
勢いであたし達と一緒にスクールを出て来てしまったが、彼女達は明日からのレッスンが
心配で仕方ないはずだ。あたしはにっこり笑うと、自信満々に宣言した。
「大丈夫!お前らが東京組と戦う意志さえしっかり持っていれば何も心配ないさ!なんせ
こっちには超強力な援軍がいるからな!」
あたしは美嘉に目をやる。美嘉は小さくため息をつくと、何かを決心したように顔を
上げてまっすぐ県外組の子達を見て言った。
「正直この手だけは使いたくなかったケド、アタシも使えるものは何でも使うよ。
今戦わないとこの先もずっと東京組にエンリョしなきゃいけないし、自分のなりたい
アイドルにもなれないかもしれないしね★ 」
「ゆい達だけだと東京のコに勝てないから、みんなも手伝って☆ だいじょーぶ!ゆい達の
方が東京のコより歌もダンスも上手だし、ゼッタイ負けないよ!」
「いつ戦うの?今でしょっ♪ そうだよねみんな☆ 」
最後に柚ちゃんがおどけてみせて、県外組の子達も笑顔になった。さて、それじゃ明日
からの作戦を県外組のみんなにも伝えておくか。戦いの火蓋は切って落とされた。今の所
県外組が団結力でも一歩リードしている。このリードは守っておきたいところだ。
「覚悟しろよ加蓮。斜に構えていられるのも今だけだぜ……」
こんな出会いになってしまったのは少し残念だが、いつかみんなで良い思い出として
笑い合えたらいいな。その時は凛や未央も一緒だと面白そうだ。ん?もしそうなったら
あたしもアイドルになってるのか?……まぁいいか、それは後で考えよっと。
***
「ささ、あがってあがって★」
「お、おう。でかい家だなあ。おじゃましま~す……」
「ただ~いまっ☆」
「もうここがアタシ達の第二の家って感じだね♪」
レッスンスクールを出たあたしは、千葉の実家に帰らずにそのまま埼玉の美嘉の家に
行った。今日は唯と柚ちゃんとここに一泊する予定だ。
「親御さんはいないのか?」
「パパは今日出張で、ママは莉嘉の所に行ってるからいないよ。だからアタシ1人の時は
普段から結構あるの」
おいおい物騒だな。美嘉はしっかりしてるから親御さんも心配していないだろうけど、
防犯とか大丈夫なのか?
「だからゆい達よくこのおうちに泊まってるんだよ~☆ みかさみしいと夜中にメール
してくるし、だったらゆずといっちゃえ~!ってコトで☆ 」
「ちょっ、ゆ、唯!余計なこと言わないでよ!」
わたわたと焦る美嘉。まあそうだよな。家に1人だと寂しいだろ。
「それにダンスの練習とかも美嘉ちゃんの家でやってるんだ☆ リビングのテーブルを
ガーってどけて、ニュージェネや莉嘉ちゃんのライブビデオ見ながらマネしたりね♪」
柚ちゃんが教えてくれた。あたしがここに来たのはレッスンの特訓の為だ。あれだけ
啖呵を切っといて、レッスンで足を引っ張るわけにはいかない。経験ゼロのド新人だけど
せめて型くらいは頭に叩き込んでおかないとな。
「まかせといて!アタシと唯がしっかりコーチしてあげるから★ とりま基本ステップと、
今やってる振付けくらいが出来ればダイジョーブっしょ★」
「あははー、みかチョー燃えてる~☆ ま、楽しくやろーよ☆」
次のスクールは二日後。それまでにバッチシ仕上げるぜ!
***
「はぁ……、はぁ…… も、もう動けねえ……」
特訓を始めてから二時間後、あたしは仰向けになってひっくり返っていた。想像してた
10倍キツかった。一応体育は得意科目なんだけどな……
「奈緒が限界っぽいし、このへんにしとこっか。柚、唯、先にシャワー行ってきて★」
「は~い☆ いこっかゆず♪」
「おつかれ奈緒さん。それじゃおさきっ!」
美嘉達は少し汗をかいているくらいで息ひとつ乱してない。すげえなお前ら、この前の
ニュージェネと勝負しても負けねえんじゃねえか?
「アタシ達は5ヶ月スクールに通ってるからね★ でも奈緒も初日のワリにはよく動けてた
と思うよ。レッスンはもうちょっとラクだから安心して★ 」
美嘉に差し出された水を飲んで、あたしは一息ついた。美嘉達は来月にはスクールを
卒業するんだよな。
「ゴメンね、ウチのスクール長くても6ヶ月しかいられないから……」
仕方ねえよ、最初から分かってた事だ。ちなみに加蓮は美嘉達より1ヶ月遅れて入った
そうなので、卒業は美嘉達よりもう1ヶ月先だ。ただあいつは欠席が多いので、もう少し
レッスンを受けなければ卒業出来ないらしいが。
「本当の戦いは美嘉達が卒業した後だな。それまでにあたしはスクール内で自分の立場を
盤石にして、加蓮とサシで勝負出来るようにしないと。今から楽しみだぜ」
ニヤニヤ笑うあたしを、美嘉は呆れたように見ていた。ん?何だよ?
「奈緒は強いね。フツーひとりになったら不安でビビっちゃうと思うんだケド……」
あたしだってちょっとは寂しいぞ。でも加蓮だって1人でツっぱってるじゃねえか。
こういうのはハッタリかましてでも強がったもん勝ちだろ。
「奈緒と加蓮って意外と似たタイプかもね。凛もどっちかといえばそういうコだし。
クールというかドライというか、アタシにはよくわかんない」
そうか?あたしはあの二人よりもう少し人間味があると自負しているが。あいつらは
年相応の可愛気がないというか達観してるというか。似た者同士でつるんでたんだな。
「いや、ただ単に性格とかタイプが似てるだけじゃないよ凛と加蓮は。凛をスカウトした
プロデューサーならきっと分かると思うケド……」
「おおそうだ、そっちの方は大丈夫なのか?」
美嘉は「モーマンタイ★」って答えた。実は次回のレッスンに凛達ニュージェネの
プロデューサーが見学に来る事になっている。美嘉は彼に本当に自分がスカウトするに
ふさわしいかどうか、レッスンを実際に見て確かめてほしいと莉嘉を通して頼んだ。
「莉嘉のコネを使うみたいだからイヤだったけど、でもアタシ達以外のコにもチャンス
なんだしいいよね★ 県外組のみんなも喜んでたし★ 」
「ああ、これが正しいコネの使い方だ。自分だけしか得しないセコい使い方をしたら
嫌われるけど、みんながその恩恵を受けるとなると逆に感謝されるんだ」
今をときめくニュージェネのプロデューサーが見学に来るとなると、レッスン生達も
本気でやるだろう。それにこの人は凛に一番近い所にいる人だ。加蓮だって意識しない
はずがない。目を付けられればそのままスカウト……という可能性だってある。
「でもホントによかったのか?今までずっと避けてたのに自分からコンタクトを取る
なんて、これはもうプロデューサーのスカウトを受けたも同然じゃねえか」
あたしがそう言うと美嘉はくすりと笑って、
「アタシ的にはこれでよかったと思ってるよ。いつかはスカウト受けるつもりだったしね。
でもいざとなるとなかなか決心がつかなくてさ。もしかしたら素直になれなくて、
カッコつけて他の事務所に行っちゃってたかもしれないし」
めんどくさい奴だなお前も。そんな事したら莉嘉ちゃんが悲しむぞ。
「あはは、そうだね。莉嘉もずっと東京でアタシが来るのを待ってるし、カクゴ決めて
しっかりアイドルのお姉ちゃんしてくるよ。あ、でも事務所ではあのコの方がセンパイ
なんだよね。なんだか色々フクザツ……」
それは仕方ねえな。一刻も早くデビューして莉嘉ちゃんに追いつかないと。大丈夫、
美嘉なら出来るってあたしが保証するぜ!
「フフ、なにそのお姉ちゃん目線?アタシよりちっちゃくてカワイイのに★ 」
そう言って美嘉は楽しそうに笑った。うるせい。それにちっちゃい言うな。
「ところで奈緒の方こそ、プロデューサーとカオ合わせてもダイジョーブなの?この前の
打ち上げの時あんなに逃げ回ってたじゃん」
「ああ、よくよく考えたら、あれはやっぱり何かの間違いだったんじゃないかって最近
思い始めてさ。あたしみたいな地味で口の悪いのがアイドルにスカウトされるなんて
ありえないって。きっとプロデューサーも疲れてたんだと思うぜ」
家に帰って親に言ってみたら、オヤジは後ろに絶世の美人でもいたんじゃねえかって
大笑いしやがった。そのわりにはスクールに通うのは両親揃って賛成してくれたが。
おおかた未央と美羽がアイドルになったのを見て、対抗意識でも燃やしてるんだろう。
「そんなことないと思うけどなあ。未央ちゃんも言ってたケド、あのプロデューサー
かなり優秀で仕事がデキる人らしいから、奈緒もカクゴした方がいいかもよ★」
いたずらっぽく笑う美嘉に「ないない」って軽く手を振って、あたし達は部屋を元通り
に戻した。さて、明日はここから学校に通うから少し早起きしないとな。それから一回
家に帰って荷物をまとめて、またここに泊まって。明日は美嘉のお母さんもいるらしい
からお土産も準備した方がいいかな。落花生とか?
***
そして二日後。レッスン開始前にニュージェネのプロデューサーとトレーナーさんが
やって来た。トレーナーさん美人だな。アイドルと間違えそうになったぜ。
「こんにちは!今日は見学ですがスカウトするつもりで来ました!よろしく!」
「プロデューサーさん、そんな事言ったらスクールの先生に怒られちゃいますよ?」
「あ、そうだった。失礼。でも卒業後はぜひ我がCGプロをよろしくお願いします!」
あたし達もおねがいしまーすって挨拶を返した。業界人やスカウトマンがスクールの
見学に来るのは珍しくないみたいだけど、今をときめくニュージェネがいるCGプロと
なると別みたいで、生徒達は浮足立っていた。一方の加蓮は涼しい顔をして足首を回して
いた。お前ももっと喜べよ。
「よ~っし、ゆいもがんばっちゃうぞ~っ!」
唯はあたしの隣で元気に腕をぶんぶん回してた。柚ちゃんもリラックスしてる。一方
その向こうにいる美嘉はやや緊張している。美嘉にとっては試験みたいなもんだしな。
スカウトされてるんだから固くならなくてもいいのに、真面目なヤツだなホントに。
「はい、それじゃあみなさん早速レッスンを……「ちょっとまった―――――っ!」
スクールの先生がレッスンを始めようとしたその時、レッスンルームのドアが勢いよく
開いて、金髪の小さな女の子が飛び込んできた。……って、莉嘉ちゃんじゃねえか!
「アタシも今日ここでレッスンしまーすっ!よろしくねみんなー☆ 」
「り、莉嘉!? 」
美嘉が思わず驚くと、莉嘉ちゃんは「お姉ちゃーん☆」と言って美嘉に飛びついた。
「莉嘉!? どうしてここにいるんだ!? 」
プロデューサーとトレーナーさんもびっくりしていた。莉嘉ちゃんはニコっと笑って、
「今日レッスンだけだし、ルキちゃんもこっちでやっていいって言ってくれたもん!
お願いPくん!アタシもお姉ちゃんとレッスンしたいの!お姉ちゃんもいいでしょ?」
莉嘉ちゃんは今まで美嘉にスクールに来ないように言ってたそうだ。今回の件で美嘉が
莉嘉ちゃんに頼った事で、莉嘉ちゃんは美嘉の許可が出たと思ったらしい。
「……すみません、遊んだり邪魔したりしたらすぐにつまみ出しますので、この子も一緒
にレッスンさせてもらっていいでしょうか?」
「ウチは別に構いませんよ。本物のアイドルと一緒にレッスンすると、生徒達も良い刺激
になると思いますし……」
やや苦笑いで許可してくれたスクールの先生に、プロデューサーと美嘉は頭を下げた。
莉嘉ちゃんは「やったー☆」と大喜びしている。まぁぶっちゃけ、この展開を予想して
いなかったわけではない。美嘉は一応莉嘉ちゃんに来るなと釘を刺していたらしいが。
美嘉の隣で軽く柔軟をしてスタンバイをする莉嘉ちゃんに、生徒全員が注目していた。
プロダクションの人間はともかく、本物のアイドルが来るとは誰も思わなかっただろう。
加蓮も莉嘉ちゃんに興味津々でじっと見ている。恐るべしカリスマちびギャル……
だがしかし、スクールに来たのは莉嘉ちゃんだけじゃなかった。さすがにあたしも、
この後の展開は予想出来なかった―――――
「私も参加させてもらっていいかな」
莉嘉ちゃんに続いてレッスンルームに入って来た女の子に、フロア全体がどよめいた。
すらっとした長身でまっすぐ輝く黒い長髪をなびかせ、彼女の周りだけ空気が度低いん
じゃないかと思うくらいクールな雰囲気を纏ったニュージェネのメンバーの、
「こんにちは渋谷凛です。今日はよろしくお願いします」
凛がぺこりと頭を下げた。
「凛!? どうしたんだお前まで!? 」
驚くプロデューサーに凛はいたずらっぽく笑うと、
「莉嘉に誘われたの。私も前からスクールに興味あったし、今日はオフだから丁度良い
かなって思って。ちゃんとやるから安心して」
そう言って、凛は一瞬ちらっとあたしを見た。加蓮はまだ理解が追いついてないのか、
目を丸くしたまま固まってる。きっとあたしも同じような顔してるんだろうな……
加蓮の事が気になるのは分かるけど、お前は何もしなくていいって言っただろうが。
大人っぽく見えて意外と聞き分けのないガキっぽい所もあるんだな。もしかして未央の
悪い影響とか受けてるんじゃねえだろうな―――――
***
莉嘉ちゃんと凛を加えて、レッスンは異様な盛り上がりを見せた。生徒全員が汗だくに
なって、真剣な表情でステップを踏んでいる。一方この状況を作り出した莉嘉ちゃんと凛
は、余裕の表情で楽しそうにレッスンを体験していた。ちくしょう。
「み、みなさん、緊張するのは分かりますけど、笑顔を意識して下さいね……」
もう何度目になるか分からない先生のアドバイス。しかし先生も、本物のアイドル二人
を前にやや表情がかたい。こりゃとんでもない事になったな……
当初の計画では、プロデューサーの前で県外組がレベルの高いレッスンでアピールし、
東京組に危機感を持たせるシナリオだった。しかし莉嘉ちゃんと凛の登場で、県外組の
大半がガチガチに緊張している。一方の東京組は、読モなどでプロと一緒に仕事するのに
慣れてる子もいるみたいで、徐々に落ち着きを取り戻しつつある。
「美嘉達がいなかったらヤバかったな……」
そんな中、美嘉と唯と柚ちゃんはいつも通り、いやいつも以上のパフォーマンスで凛と
莉嘉ちゃんに負けないダンスをしている。美嘉は堅実に、唯はダイナミックに、柚ちゃん
は飄々と自分らしさを出していた。この三人が県外組の精神的支柱になっている。さすが
上位成績者だけの事はあるな。
「おっと、他人の評価をしてる場合じゃねえ……」
あたしははっと我に返り、なんとか周りについていく。少しでも油断するとこの異様な
熱気に呑みこまれてしまいそうだ。後ろにいる加蓮は大丈夫かな。あたしも確認をする
余裕がないけど、またぶっ倒れないでくれよ……
***
「それでは最後に、名前を呼ばれた子は前に来てください」
レッスンをやや早めに切り上げて、先生が上位成績者を中心に5人名前を呼ぶ。美嘉達
3人と、県外組の子が二人呼ばれて前に並んだ。
「今から城ヶ崎さん達に、今日のレッスンのおさらいをしてもらいます。今日はCGプロ
の方達も来られていますので、プロの視点からもアドバイスしてもらいましょう」
この「今日のレッスンのおさらい」は、言い換えれば業界の人間が来た時だけ行われる
スクール側のアピールみたいなものらしい。生徒の代表として踊るので名誉な事だとか。
毎回選ばれる美嘉達は、他の生徒より余分に疲れるので嫌がっているが。
「お姉ちゃんがんばって~☆ 」
「う、うるさいっ!黙って見ときなっ!」
莉嘉ちゃんの応援にやや顔を赤くしつつも、美嘉達は最後まで疲れた様子を見せずに
完璧に踊りきった。プロデューサーも満足そうに見ている。どうやら試験は合格だな。
美嘉なら候補生スタートじゃなくて、いきなりデビューも出来るんじゃねえか?
「はい、みなさんお疲れ様でした。それではCGプロのお二方にアドバイスを戴きたいと
思います。よろしくお願いします」
美嘉達が下がり、スクールの先生に紹介されてプロデューサーとトレーナーさんが前に
立った。二人ともご機嫌そうだった。
「まずは皆さんお疲れ様でした!ちょっとウチのアイドルの乱入で緊張してしまった人も
いたみたいですけど、ハイレベルなレッスンを見る事が出来て僕もトレーナーさんも
驚いています。今日は良いものを見せてもらいました」
「最後に皆さんの前で踊ってもらった子は、ウチのアイドルの子達にも負けないくらい
魅力的で素晴らしかったですね。その調子でこれからも頑張って下さい」
プロデューサーとトレーナーさんが絶賛する。美嘉達が誉められて同じ県外組が喜んで
いるのを、東京組は悔しそうに見ていた。最初はどうなるかと思ったが、最後は県外組に
軍配が挙がったようだ。一応当初の目的は達成したかな。
「ところで先生、ひとつご相談があるんですけど……」
すると突然、プロデューサーとトレーナーさんはスクールの先生と内緒の話を始めた。
話をしている最中、先生は最初少し戸惑った顔をしていたが、二人に説得されたみたいで
最終的に首を縦に振った。
「どうやら気付いたみたいだね……」
美嘉がぽつりとつぶやいた。あたしは一瞬何の事か分からなかった。ていうかすっかり
忘れてた。今日の『プロデューサー召喚計画』はまだ終わってなかったんだ。あたし達の
前で、内緒話を終えたプロデューサーが再び話を始めた。
「はい、みなさんお待たせしました。先生の許可を戴けたので、これから『もう一歩先に
進んだアドバイス』をさせてもらおうと思います。普通はレッスン生にここまでは要求
しないのですが、皆さんのレベルが高いので特別にアドバイスしましょう」
プロデューサーの言葉に、あたし達はどよめいた。どういう事だ?レッスン生に要求
しないって事は、つまりプロのアイドルにするような話なのか?
「プロのアイドルになると、パフォーマンスの技術を磨く他にも自分の体をケアする事が
重要になってきます。連日ライブを行うツアーなどの時は、私達スタッフはライブの
レッスン以上に、アイドルのケガや体調管理に気を付けます」
トレーナーさんが説明する。プロのアイドルは、常にステージで最高のパフォーマンス
をしなければならない。ただ全力でやればいいというものではない。これが出来るのと
出来ないのが、プロとアマの違いだそうだ。
「素晴らしいパフォーマンスをする為に必死で練習をする事も大切ですが、将来アイドル
になって長く続ける為にも、時には休息を入れたり冷静になったりして常に自分の体を
守る事も考えて下さい。ちなみに莉嘉と凛は手を抜いてるわけではありませんよ?
あ、でも凛はたまに上手にサボってる事があるな……」
「そ、そそそそんな事ないよ!私は体力をコントロールをしてるだけで……」
凛が慌てて否定する。プロのアイドルとして必要な技術らしい。体力は無限じゃないし、
常にフルスロットルというわけにはいかない。凛達はその瞬間のステージだけでなく、次の
ステージの事を考えていつもパフォーマンスをしてるそうだ。
「どうしてこんな話をしたのかと言うと、この『自分の体を守ってパフォーマンスをする』
というプロの技術を持ってる子がこのスクールにいたので、みなさんにどんなダンスか
見て戴きたいと思いまして。一番後ろの窓際にいる、茶色い髪のあの子がそうです」
プロデューサーはそう言って、加蓮の方に手を差し出した。フロア内の生徒達は一斉に
加蓮に注目する。いきなり指名されて加蓮は「アタシ?」とびっくりしていた。あたしは
今日のレッスンについていくだけで精一杯だったのに、あいつはそんなに小難しい事を
やりながらレッスンをしてたのか。
「そう、君だよ!最後にもう一度だけ君のダンスを見せてくれないかな?トレーナーさん
と僕が今日一番驚いたのは君のダンスなんだ。プロでもそこまでの技術を身に着ける
のは難しいのに、君は平然とそれをやってる。これは凄い事だよ!」
プロデューサーが興奮気味に話した。あたしは以前、美嘉が言ってた事を思い出した。
『加蓮は不思議なダンスをするんだ。まず身体に力がほとんど入ってないんだよね。
だからアタシや唯と比べてパワフルさが足りないんだケド、でもリズムはしっかり
合ってるの。むしろ加蓮の方が動きにキレがあるカンジ?あの子滅多にホンキで
レッスンしないから、結構レアなんだけどね』
今回凛のプロデューサーを呼んだ事で、加蓮はきっと本気でレッスンを受けるだろうと
あたし達は予想していた。そうすれば加蓮はプロデューサーに目を付けられて、今まで
加蓮をハブにしてた子達も加蓮を見る目が変わるはずだ。そしてそのまま加蓮を東京組の
リーダーに仕立て上げる予定だが、まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。
「アタシ体力とかパワーとか全然ないから、今日はもう踊りたくないんだけど。それに
とっくにクタクタだし、あんまり参考にならないと思うよ」
しかし物事はそう上手く運ばない。加蓮は嫌そうな顔をして拒否した。あたしと美嘉は
ずっこける。いやお前そこは喜んで踊れよ!プロの人間から絶賛されてるのに、断る理由
がわからねえ。こんなチャンス滅多にないんだぞ!?
「プロデューサー、私も無理させちゃダメだと思うな」
凛がプロデューサーに抗議をする。う…… まあ確かに、また前みたいに倒れられても
困るけどな。てゆうかどうしてそんな凄い技術を持ってるくせに、あの時加蓮は無理して
ぶっ倒れたんだ?ホントにそんな事が出来るのか?
「だから私も一緒に踊るよ。そうすればかれ…あの子の負担も減るでしょ?」
凛の言葉に加蓮は「はぁっ!? 」と驚いた。そんな加蓮を全く気にすることなく、凛は
にっこりと最高に素敵な笑顔を加蓮に向けた。
「十分休んだし、あと1曲くらいは踊れるよね?大丈夫、私もサポートするから一緒に
やろうよ。それに私もプロデューサーからライブをサボってる疑惑がかけられてるから、
プロのアイドルとして挽回しなくちゃいけないんだ」
「おいおい、冗談だって凛。でも凛も一緒に踊ってくれるなら俺も安心だな。どうだい?
別に無理してみんなのお手本になろうとしなくていいから、さっきみたいに自然なまま
の君をもう一度見せてくれないか?」
結局この言葉が効いたのか、加蓮は渋々前に出てきた。どうやら凛の頼みは断れない
らしい。凛も加蓮の扱い方をよく知ってるみたいだ。
一見無表情に見えて困惑してる加蓮と、同じく無表情に見えて楽しそうな凛。二人が
並ぶと妙にしっくりくる。どことなく似てると思っていたが、まるでユニットみたいだ。
フロアにいる人間が全員注目する中、先生がCDラジカセのスイッチを押した―――――
***
「すげえ……これが加蓮のダンスか……」
前で踊る二人を見て、あたしは息をするのも忘れて見入ってしまった。加蓮のダンスは
確かにパワーがないけど、ムダが全くなくて美しかった。余計な筋肉は一切動かさずに、
流れや勢いに身を任せず完璧に自分の身体をコントロールしている。地味に見えるけど、
さっきまで同じダンスを踊っていたあたし達にはその凄さが分かる。
「凛もしっかり合わせてるね。でもいくらなんでもちょっと合いすぎじゃないかな。普通
ユニットでもあそこまで揃う事はないと思うケド……」
美嘉も呆然と見ている。凛と加蓮はあらかじめ打ち合わせをしてたかのように、完璧に
息が合ってた。凛がカバーしてる部分もあると思うけど、でもここまで合うものなのか?
プロデューサーとトレーナーさんも驚いてた。
ダンスの最中、加蓮と凛は時々タイミングを合わせる為にちらっと相手の方を見る。
そのタイミングも全く同じだ。加蓮は顔を赤くして慌てて目をそらして、凛は楽しそう
に笑う。もう結婚しちゃえよお前ら、ってツッコミたくなるほどだった。
「かれんってやっぱり美人だよね。りんちゃんと同じクールビューティーってカンジ?
りんちゃんとダンスもピッタリ合ってるし、カッコいいよね」
「アタシも思った。てゆうかあの二人なんとなく似てるよね。姉妹とかいとこって言われ
ても納得しちゃうかも。加蓮さんと凛ちゃんでユニット組めるよ」
唯と柚ちゃんが話していた。そういえば凛にメイクとかファッションを教えたのは加蓮
だっけ?他の生徒達も似たような印象を感じてるのか、加蓮を尊敬の眼差しで見ている。
二人のダンスが終わると、フロア内は美嘉達の時以上の拍手が起こった。
「いやあ素晴らしかった!北条さんだったよね?ここまですごいとは思わなかったよ!」
プロデューサーはまるで子供みたいに大喜びしていた。加蓮は恥ずかしそうにぷいっと
目を逸らして、
「もう踊らないからね。ホントに疲れちゃったし。それにすごかったのは凛の方でしょ?
アタシなんてゼンゼン大したことないよ……」
と、ぼそぼそとつぶやいた。すると凛はくすくすと笑いながら、
「私はただ加蓮に合わせて踊ってただけだよ。何もサポートしなくてもタイミングが
合うからびっくりしちゃった。未央と卯月と一緒に踊るより楽だったし」
と言った。確かに凛はすごくリラックスして、のびのびと踊ってたな。
「私の思い違いかもしれないけど、もしかして二人は知り合いなの?今のやりとりといい
さっきのダンスといい、お互い初めて会った子同士って感じがしないんだけど……」
トレーナーさんが言った。さすが専門家、なかなか鋭いな。でも二人の間に流れる空気
を見れば気付くのも無理はないか。加蓮は隠してるみたいだけど、さてどう返す?
「うん。私の親友だよ。小学校に上がる前からの付き合いだから、かれこれ10年くらいに
なるかな。家族以外だと一番付き合いが長いかも」
「ちょっ、凛!? 」
しかし凛があっさりバラした。慌てる加蓮に凛は「いいじゃん別に」とクールに返した。
生徒全員が騒然とする。加蓮が「アタシ凛のダチだから~♪」なんて言っても話半分だが、
凛が加蓮を「親友」と言うんだからその関係は本物だろう。
「そうだったのか。道理で凛の機嫌が良いと思ったよ。ライブでもそんな笑顔をしない
のに、今日のお前はよく笑うしな」
「ニュージェネのクール担当だしね。でも私だって嬉しい時は笑うよ。久しぶりに加蓮に
会えたし、それに一緒に踊れるなんて思わなかったから今日は楽しかったよ」
プロデューサーの言葉に凛は明るく答えた。加蓮はその横で赤くなってぷるぷる震えて
いたかと思いきや「も、もういいよねっ!」と言って、フロア一番後ろの自分の指定席に
素早く走って戻って行った。まだ十分元気じゃねえかお前。
「さて雑談はこれくらいにして最後にもう一度、僕達からアドバイスしましょうか」
時計をちらっと見て、プロデューサーがトレーナーさんと再び前に立った。
「今の北条さんのダンスは技術としては非常に高いものでしたが、しかしアイドルの
パフォーマンスは技術だけに偏ってしまってもいけません。多少リズムがずれても、
それを魅力に変えられるようなパワーやライブ感といったアピールも重要です」
トレーナーさんが説明する。確かに加蓮のダンスは機械みたいに無機質で、美嘉や唯
みたいなリアルな感じはしなかった。凛もさっきは加蓮に合わせていたからそう見えた
だけで、実際のライブではもっと上手くやっていた記憶がある。
「どちらが優れているとかどちらが劣っているという話ではありません。大切なのは
バランスです。スクールのレッスンは無理のないように作られているのでケガをする
事はないと思いますが、それ以外で自主的に練習したり将来スクールを卒業して活動
する時は、先程の北条さんのダンスをよく思い出して下さい」
なるほどな、確かにスクールでは加蓮の技術など考えず、ただひたすら全力でレッスン
に打ち込めばいいだろう。自分の力量や限界を正しく知ってからそれをコントロールする
のがセオリーだ。先生が最初渋っていたのも分かる。
「北条さんはもっとパワーとスタミナがあれば完璧ですね。スクールでしっかり鍛えて
下さい。卒業後はぜひCGプロをよろしくお願いします。凛も待ってますよ」
プロデューサーさんがそう笑いかけると、加蓮は小さい声で「はい……」と返事した。
やれやれ、すっかり今日の主役は加蓮だな。まぁ、これも計画のうちだが。
「他のみなさんも、城ヶ崎さんや北条さん達に負けずに頑張って下さいね。最初に言い
ましたが、このスクールのレベルは非常に高いし、みなさんはそれぞれ良い所を持って
います。歌やダンスに自信がなくても僕達スタッフがしっかり鍛えてあげますから、
どうかCGプロをよろしくお願いします!」
「おねがいしまーす☆ 」
「お願いします。今日はありがとうございました」
最後に莉嘉ちゃんと凛もプロデューサーと一緒に頭を下げて、今日のスクールは終了
した。レッスンルームを出る直前、プロデューサーがあたしを見てウィンクした。まさか
憶えてたのか?いや、そんな事はないはず。あの時すぐに逃げたし……
レッスンが終了してフロアから出て行く加蓮を、東京組の子達が追いかける。おそらく
これから東京組で作戦会議だな。あたし達県外組は今日は掃除なのでその内容を知る事は
出来ないけど、でも今日のレッスンで危機感を抱いたはずだ。加蓮も1人でいるよりは、
東京組の子達を利用して協力した方が得策だと気付くだろう。
「あのヘソ曲がりの加蓮が、東京組の子達とすんなり和解できるかどうかはわからない
けどな。でも少なくとも、もうハブにされたりする事はないはずだ」
「大丈夫だよ、加蓮ああ見えて優しい所もあるから。それにとっても冷静で賢い子だし、
何が自分に一番メリットがあるか分かるって★ 」
美嘉と窓を拭きながら、あたし達はそんな事を話していた。これで次回からいよいよ
本格的に東京組 v.s. 県外組の大戦争が始まるな。そう考えると、今日の加蓮のダンスも
役に立つかもしれない。絶対レッスンで無理する子とか出てくるだろうし。
凛の登場で一時はどうなるかと思ったけど、結果オーライだ。加蓮も自分のダンスを
プロデューサーに絶賛されてたし、本気でアイドル目指してレッスンに打ち込むだろう。
それに美嘉も莉嘉ちゃんと同じCGプロに行く事になったし、自分の有能さが怖いぜ。
マジで未央の言った通り、アイドルメーカー名乗っちまおうかな♪
しかし調子に乗るのはまだ早かった事を、あたしは次のレッスンで思い知る事になる。
加蓮はあたしが思っている以上に賢かった。いや、賢すぎたのだ。あたしの思惑を知って
か知らずか、あいつはこの争いの構図を涼しい顔して叩き潰した―――――
***
「ちくしょう、どうして今日に限って居残りさせられるんだよ!」
いよいよ県外組と東京組の対決が始まるという日に、あたしは担任の先生に進路相談で
つかまってしまった。とにかく早くスクールに行きたかったから「アイドルになりますっ!
それじゃっ!」と言って強引に切り上げてきたが、今頃先生頭抱えているだろうな。
「あ、奈緒さんっ!はやくはやくっ!」
スクールに到着すると、入り口で柚ちゃんが待ってた。
「すまん遅くなった!みんなはどうなってる!? 」
「とにかくすぐ来て!美嘉ちゃんと唯ちゃんが相手してるからっ!」
まさかケンカしてるのか?いや、でも表だってそんな事をすればスクールを辞めさせ
られるかもしれないし、第一美嘉がそんな事をするはずない。あたしは柚ちゃんと急いで
レッスンルームに向かった。
***
「な、何があったんだ一体……?」
あたしが息を切らして入ったレッスンルームでは、予想外の光景が広がっていた。
「「「「「「「「「「すみませんでした―――――っ!! 」」」」」」」」」」」
あたしの目の前では、美嘉達県外組に頭を下げる東京組の子達の姿があった。美嘉が
あたしが来たのに気付くと、困惑した顔でこちらに走ってきた。
「おい、あたしが来る前に何があったんだ?」
「何もないよ。アタシ達がスクールに少し早めに来て待ちかまえていたら、東京組の子達が
全員揃っていきなりアタマ下げたの。今までごめんなさい、これからは心を入れ替えて
レッスンするし、掃除も雑用も全部東京組でやるから許して欲しいって……」
美嘉もよく事情がわかってないみたいだ。なんだそりゃ?今までずっとデカいカオして
県外組をこき使ってたくせに、どういう心境の変化だ?
「あ!神谷さんだ!みんな、神谷さんが来たよ!」
やがて東京組の子の1人があたしに気付くと、全員揃ってあたしの前に走ってきた。
な、なんだよ、やんのか?
「ありがとう神谷さん!あなたのおかげであたし達が今まで間違ってたって気付く事が
できたの。本当はみんなおかしいと思ってたんだけど、でもみんながそうしてるし、
今までの先輩達もずっとそうしてたからなかなか言い出せなくて……」
「確かに神谷さんが言った通り、あたし達は実力もないのに偉そうにしてたよ。この前
せっかく凛ちゃん達とレッスンしたのに、あたし達は美嘉達みたいにうまくアピれ
なくて思い知ったんだ。それで反省して、これからはマジメにやる事にしたの」
「お、おう……」
東京組の子達は口々に、今までの謝罪と反省の言葉を口にした。どうしてこいつらは
こんなにあっさりあたし達に負けを認めるんだ?プライドとかないのか?
「今まで散々ひどい事して勝手だと思うけど、でもあたし達もニュージェネや莉嘉ちゃん
みたいなアイドルになりたいの!だからこれからは東京組とか県外組とか関係なくて、
あたし達も一緒にレッスンさせてください!お願いします!」
「「「「「「「「「「お願いしますっっっ!!!!!! 」」」」」」」」」」
東京組の子達は必死に真剣に、一所懸命頭を下げていた。どうやら演技ではないらしい。
中には泣きながら謝ってる子もいる。あまりの迫力に県外組の子達も戸惑っていた。
「うんっ!わかったっ!みんなもそれでいいよね☆ 」
「ゆ、唯っ!? 」
東京組の謝罪に、唯は笑顔であっさり返事をした。思わず美嘉が聞き返す。
「だってゆい達だってベツにケンカしたいワケじゃないし。それにおかしいと思ってて、
何もしなかったのはゆい達もいっしょでしょ?だからこれでお・あ・い・こ☆ 」
あっけらかんと言い放つ唯。確かにそれはそうだけど…… それにあたしも、互いに
消耗して争いが下火になった頃を見計らって、お互いに和解する予定だった。
「これからはもっとなかよくしようよ☆ そうすればもっと楽しくレッスンできるし、歌も
ダンスもアゲアゲになると思うからさ☆ 」
こうして東京組 v.s. 県外組の争いは、東京組の全面降伏であっさり幕を閉じた。この日
のレッスンは今までで一番良かったと、後に美嘉は語った。レッスン終了後は約束通り、
東京組が掃除を全部引き受けた。さすがに今後ずっとというのは次に入ってくる新入生に
悪いので断ったが、以前より県外組の待遇はかなり改善された。
「何も悪いことはない……悪いことはないんだ……だけど……」
ちなみにこの日、加蓮はスクールを休んだ。この一連の出来事はあいつが仕組んだ事で
ほぼ間違いない。その証拠に東京組に加蓮の事を聞くと、みんな口を閉ざしてしまった。
どうやら加蓮に口止めされているらしい。
「あいつ、一体どういうつもりだ?何かの作戦なのか……?」
前回のレッスンで意外なダンスの才能を発揮し、人気アイドルの凛と完璧なセッション
を披露し、プロデューサーに大絶賛された事で加蓮は間違いなく東京組の頂点に立った。
しかしあいつはその座をあっさり捨て、東京組に降伏を促した。元々仲間意識はなかった
かもしれないが、また自分からひとりぼっちになったのか?
うだうだ考えても仕方ねえ。これは加蓮が今度レッスンに来た時に、本人から直接聞く
しかねえみたいだな――――――
***
「ねえ神谷、レッスン終わってからちょっと顔かしてくれない?」
「は?お前が?あたしに?」
東京組が降伏した次のレッスンの時、意外にも話しかけてきたのは加蓮の方だった。
生徒主体のグループ練習で、美嘉達とステップの確認をしてると突然あたしに向かって
話しかけてきた。加蓮はあたし達をぐるっと見回すと、
「出来ればアンタとサシがいいんだけど。アタシが怖いなら城ヶ崎姉達も一緒でいいよ」
と、小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。こいつケンカ売ってんのか?
「上等だコラ。あたしもお前に聞きたい事があったし、今日はとことん語り合おうぜ?」
そう言ってニヤリと笑い返してやると、加蓮は「ウザッ」と一瞬だけ顔をしかめて、
「じゃあまた後でね」
と言い残してスタスタと自分のグループに戻って行った。ほんの一瞬の出来事だったが、
レッスンルームに緊張が走った。みんなあたしと加蓮がケンカでもすると思ったのか?
「ちょ、ちょっと大丈夫なの奈緒?アタシもついて行こうか……?」
美嘉がおろおろしながらあたしに訊いた。どうって事ねえよ。それに口ゲンカだけど、
前に一度あいつには勝ってるんだ。心配すんなって。
「それに見ろよ、加蓮も一応前より進歩してるみたいだぜ?相変わらずやる気があるのか
どうかよくわかんねえけどさ」
「あははー!かれんがダンスおしえてるー☆ 」
「いいなあ~、アタシも後で教えてもらおっかな♪」
唯が笑いながら指をさした先では、東京組や県外組に関係なく沢山の子達が加蓮を囲み、
加蓮はめんどくさそうにため息をつきながら振付けを教えてあげていた。どうやら凛から
もらったカリスマは健在みたいだな。
「まぁ、何の用かしらねえけどなるようになるだろ……」
狙ってやったのかどうか知らないけど、あいつはあたし達の作戦を完全に破壊した。
今思えば勢い任せで穴だらけの計画だったが、加蓮は周囲の雰囲気やノリに流されない
冷静さと強さを持ってる。だったら余計な搦め手は不要だ。遠回りせずに直接、最短
ルートで真っ向勝負してやるよ―――――
***
「すみませ~ん、ハンバーガーセットひとつください」
「あたしも同じやつで」
レッスン終了後、あたしと加蓮は二人でファストフード店にいた。道中特に会話はなく、
加蓮が「ここで話そっか」と指定したのがこの店だった。まるでこうしていると普通の
仲良し女子高生二人組みたいだな。
「ごゆっくりどうぞ~」
スマイルの素敵な店員さんに見送られて、あたし達は奥のボックス席に向かい合って
座る。加蓮はポテトを一本つまむと顔をしかめて、
「うわ、ポテトふにゃふにゃ。テンション下がる~……」
とぶつぶつ文句を言った。あたしのはそんな事ないけどな。どうやら加蓮とあたしの
セットの境目でポテトが前の残りと揚げ立てに分かれていたらしい。
「仕方ねえな、交換してやるよ」
そう言って加蓮のポテトと自分のポテトを取り替えてやった。あたしは別にファスト
フードのポテトにこだわりなんてないから気にすんな。
「あ、ありがと……」
加蓮はやや引き気味にお礼を言った。なんだよ。
「いや、アンタって誰にでもそうなのかなって思ってさ……」
加蓮は不思議そうに言った。どういう意味だ?
「なんでもない。こっちの話」
それだけ言って加蓮はもくもくとポテトを食べ始めた。なんか含みのある言い方だな。
「で、わざわざあたしだけ呼び出して何の用だ?」
ドリンクを飲みつつ加蓮に話をふってみる。さっさと本題に入ろうぜ。
「う~ん、別に大した話じゃないんだけどさ……」
紙ナプキンで軽く指を拭いて、加蓮はあたしをじろりと見た。
「あんた、凛の友達なの?」
てっきりスクール内の争いを引き起こした事について訊かれると思ってたけど、まずは
そっちから来たか。どうやら加蓮は、凛をスクールに呼んだのはあたしだと思っている
らしい。だがこの質問も予想はしていた。
「友達って呼べるほど親しくはねえよ。あえて言うなら妹分の友達ってところだ」
あたしは未央が幼馴染みで、そのつながりで凛と知り合ったことを説明する。ついでに
凛がスクールに来たのは偶然だということも付け加えておいた。加蓮は「ふ~ん」と納得
すると、ストローに口をつけた。
「だからあんた埼玉の子達とあんなに仲が良いんだ。あの子達アイドルの身内だから、
入って来たばかりのコはフツー緊張してなかなか話しかけられないんだよ?」
別にあたしも美嘉達もアイドルの身内や知り合いだからって、それを自分の事みたいに
自慢したりひけらかしたりしてねえぞ。それはお前も同じだろ?
「ああゴメン、そういう意味で言ったんじゃないの。ただあんたは凛や城ヶ崎妹が来ても
あんまり浮ついた感じじゃなかったし、ちょっと不思議に思ってさ」
こいつよく見てるな。あの時は作戦の事ばかり考えていたから、そんなところに気を
回している余裕がなかったぜ。それに莉嘉ちゃんは多分来ると思ってたしな。
「お前も妙に醒めてるよな。凛を見慣れてるってのを抜きにしても、プロデューサーに
絶賛されても全然嬉しそうじゃなかったし」
「あんな元気も可愛さもないダンス褒められたって嬉しいわけないじゃん。東京の子達も
アタシがいれば県外の子達に対抗できるって喜んでたけど、あの子達アイドルがどんな
ダンスを踊っているのか本当に知ってるのかな」
加蓮は少し怒っていた。そこまで言わなくてもいいじゃねえか。アイドルのダンスは
まだよく知らないけどさ、少なくともあたしは丁寧でキレイだと思ったぞ。
「アンタも見る目がないね。アタシはこのポンコツのカラダをごまかしながらなんとか
レッスンして、それでやっと出来るのがあの程度なの。どれだけ頑張ってもアタシは
城ヶ崎姉達みたいな元気でカッコいいダンスは踊れないんだよ」
加蓮は狙ってやったわけじゃなくて、体力が無いなりに色々考えて工夫してあのダンス
を身につけたらしい。でもそれを踊るのは、自分が病弱だと改めて思い知らされるので
本人は複雑だそうだ。それでたまに無理して普通に踊って、病院送りになるのか。
「それでお前は東京組に何をしたんだよ?あの変わりようはどう考えてもおかしいだろ。
あいつら反省したフリして何か企んでるのか?」
「何もしてないよ。ただアタシは教えてあげたの。今ちっぽけなスクールの中で勝ち目の
無いケンカを頑張るのと、将来凛や城ヶ崎妹みたいなアイドルになるために、県外組に
アタマ下げてでも教わりながらレッスンを頑張るのとどっちがお利口かってね」
今はプライドを捨ててでも負けといて、将来はアイドルとして勝つ作戦か。カリスマ
加蓮様にもっともらしく言われたら、元々主体性のない彼女達は思考停止してホイホイ
従うだろう。東京組は完全に県外組に白旗をあげたわけではないんだな。
「まぁあの子達バカだし、そのうち本来の作戦を忘れて県外組とホントに仲良くなると
思うけどね。どっちにしてもアタシが巻き込まれる事はなくなったからよかったよ。
アンタにとっては都合が悪かった?」
加蓮があたしを見てニヤリと笑う。こいつ、やっぱり分かっててぶち壊したんだな。
確かに加蓮の言ってる事は正しいし何も間違ってないけど、まるで球○川みたいな奴だ。
だがしかし、あたしだってそう簡単に引き下がるつもりはない。
「何の事だ?お前がどうしようがあたしの知った事じゃねえよ。でもお前のおかげで
みんな仲良くレッスンするようになったし、一応礼は言っておくぜ」
あたしはすっとぼけて、ボロが出ない内に話を終わらせた。加蓮をなんとかすると
決めてスクールに来た以上、あたしもそう簡単に諦めるつもりはない。これは女の意地だ。
まだだ!まだ終わらんよ!
「……ふ~ん、まぁアンタ達が何をしようと興味ないけど。アタシはてっきりアンタが
凛や城ヶ崎姉達と結託して、さっきのポテトみたいにアタシに余計なお節介を焼いてる
と思ったんだけど」
な、なかなかいいセン行ってるじゃねえか…… でも凛達に何か頼まれた憶えはないし、
残念ながらハズレだ。惜しかったな!フハハ!
「自意識過剰じゃねえのか?それともお前、もしかして構って欲しいのか?」
「ウザッ、どうしてそういう話になるのよ。アタシはほっといてって言ってるの」
冗談だよ。そうムキになるなよ。でも凛はお前の事を気にしてたぞ。あたしはともかく、
あいつに心配かけたらダメだろ。お前ら親友なんだろ?
「凛は心配してるんじゃなくて、そういう風にインプットされてるだけなの。凛の中では、
アタシはいつまでたっても病院のベッドで寝てる病弱でかわいそうな女の子だから。
もう入院するほど弱くないって何回も言ってるのに……」
加蓮は照れ隠しではなく本気で嫌そうに、ブツブツと文句を言い出した。……ん?
なんだこのリアクションは?あたしは少し混乱しつつも、頭の中を整理する。
「なあ加蓮、少し訊いていいか?」
「なんでいきなり呼び捨てなのよ。何?奈緒」
お前も呼び捨てじゃねえか。あたしは凛との会話を思い出しつつ、加蓮に質問する。
「一応確認するけど、お前って凛の親友なんだよな……?」
「凛がそう言うならそうじゃない?あたしはそんな風に考えた事もなかったけど」
なんだこの温度差。これは凛と加蓮の関係について根本から考え直すレベルだ。
「その顔を見ると、あの子あんたにかなり余計な事までしゃべったみたいだね。後で凛に
文句言っとかないと……」
あたしの表情の変化を加蓮は見逃さなかった。しまった、ついうっかり……
「まぁ、あの子が何を言ったかはだいたい想像がつくけどね。でも鵜呑みにしないでよ。
凛は元々ナルシストなところあるし、アイドルになって悪化したのかも」
……なあ、お前もしかして凛の事嫌いなのか?ていうかこの質問凛にもしたっけな。
「別にキライじゃないけど、たまにめんどくさいコだなって思う。付き合い長いから
今までなあなあで済ましてたけど、凛もそろそろ大人になってほしいよ」
加蓮は小さくため息をつくと、もそもそハンバーガーを食べ始めた。あたしは開いた
口がふさがらない。おいおい話が違うぞ凛。一体どういう事だ―――――?
***
「凛はね、基本的にバカ正直でクソ真面目なの。昔から自分は花屋の娘だから、将来家を
継ぐって決めて友達と遊ぶ事より家の手伝いを優先するし、飼ってる犬にはハナコって
名前をつけちゃうような融通の利かないコなの」
いや、ハナコ関係なくねえか?でも確かに凛は、ニュージェネのクール担当だからって
自分をその枠に当てはめようとしている気はしたな。元々そういう性格もあると思うけど、
自由奔放にアイドルやってる未央と比べるとちょっと堅苦しいかもしれない。
「悪いコじゃないんだけど、ちょっと思い込みが激しいところがあってさ。アイドルに
なったのはスカウトされたのもあるけど、お父さんとお母さんが強く勧めたらしいよ。
まだ15歳なのに、あの子は外の世界を見ずに花屋で人生終えようとしてたからね」
そんな大げさなって思ったが、納得してしまいそうな雰囲気もある。まだ若いのに妙に
落ち着いているのは、それだけアイドルとして生きていくって覚悟を決めてるからか。
「ベツにアタシの考えを押し付けるつもりはないけどさ、あのコはもっとテキトーでも
いいと思うんだ。一度決めたら何が何でも突き進むんじゃなくて、自分が思ってるのと
違ったらアタマ冷やして方針転換してみたりさ。アタシの事も……」
「お前の事?それってさっき言ってた病弱な女の子がどうこうってやつか?」
加蓮はハンバーガーの包み紙を折りたたんで、ポテトの空き箱と小さくまとめた。
「あの子は小さい時に入院しているアタシを見て『このコには優しくしないといけない』
って決めたんだろうね。凛と会ってたのはいつも病院だったし、アタシも昔はホントに
病弱だったし。でもアタシが元気になっても、凛はアタシへの態度が変わらないの」
加蓮はさびしそうに笑った。凛も悪気はないと思うけど、そういう風に見られたら
加蓮も本当に友達と呼べるのか、ましてや親友という関係なのか疑いたくもなるか。
下手に同情して優しくされるより、そっちの方がキツイかもしれないな。
「ずっとその関係に甘えてたアタシも悪いんだけどさ、でも凛はこれからアイドルとして
忙しくなるだろうし、いつまでもアタシなんか気にかけてる場合じゃないと思うんだ。
それでどうすれば凛が安心するかなって考えて、スクールに通ってみたの」
スクールのレッスンでも、練習内容はアイドルがやってるものとそれほど大差は無い。
加蓮がスクールに通ってるのは『凛と同じくらいダンスが踊れるようになるため』らしい。
それで凛のダンスのクセとかビデオで研究したそうだ。元々付き合いも長いし、それほど
苦労せずに凛のマネは出来るようになったみたいだが。
「それじゃお前はアイドルになりたいわけじゃないのか?」
「アタシも一応女の子だからアイドルに憧れないこともないけど、でもなりたいかって
言われたら別の話かな。アタシ体力ないし、ニュージェネみたいにライブとかするの
無理だし、元気のない凛のモノマネがせいいっぱいだよ」
お前も変な奴だな。お節介の為にスクールに通ってるあたしが言うのもアレだけど。
「ホントは凛に内緒でスクール通って、卒業してからカッコよく踊ってびっくりさせて
やろうと思ってたんだけど、アンタのせいでバレちゃった。どうしてくれるの?」
加蓮はじろりとあたしを睨んだ。そんな事言われたってあいつが勝手に来たんだし、
あたしも知らねえよ。恨まれるのはお門違いだぜ。
「そんなまどろっこしい事しないで、直接凛にガツンと言ってやればいいじゃねえか。
いっその事思い切ってさ、『いつまでも病人扱いするな!』って怒れよ。ダンスも
一緒に踊れたんだし、今なら凛もわかってくれるんじゃねえのか?」
「アンタみたいに会ったばかりなのに根性と性格が曲がってるなんてハッキリ言えたら、
苦労しないんだけどね。アタシ達は繊細なの。一緒にしないでくれない?」
誰と誰が繊細だって?お前こそ人をふ○っしーの中身呼ばわりしといてよく言うぜ。
それから凛も図太いヤツだと思うけどな。未央とよくケンカしてるみたいだし。
「ケンカ……?ニュージェネって仲悪いの……?」
加蓮の表情が固まる。何マジになってんだよ、ケンカくらい誰でもするだろ?
「いいから答えて。凛って事務所でいじめられてるの……?」
急にトーンダウンした加蓮の迫力に圧されて、あたしは若干ビビりながら答えた。
「そ、そんな深刻なもんじゃねえよ。確か移動中のロケバスの中でプロデューサーの隣の
座席を取り合ったり、同じ事務所の子が作ったケーキの最後の1個を奪い合ったり、
そんなレベルだったと思うぜ。ちょっとしたじゃれ合いみたいなもんだろ……」
未央も凛も一歩も退かないからこじれる事もあるらしいが、島村さんとプロデューサー
がちゃんと仲裁して仲直りしてるみたいだし、一応仲良くやってるみたいだぞ。
「びっくりした。ケンカなんて大げさに言わないでよ。凛はカッコつけてるからそういう
事は全然言わないし、心臓に悪いじゃない……」
加蓮はほっと胸を撫で下ろした。お前は凛の保護者か。しかしろくに話も聞かずに凛の
方がいじめられてるって思うのは気に入らねえな。未央が被害者かもしれないだろ?
「だって未央ちゃんってガサツそうじゃん。アンタの友達だし、デリカシーもなさそう」
遠回しにあたしもバカにされてる気がするのは考え過ぎかな。しかし確かに、昔はよく
未央と殴り合いのケンカしたっけな。二人でタッグを組んで、美羽をいじめたガキ大将と
その手下をやっつけた事もある。あれ?そう考えると加蓮の意見は合ってるのか?
「なあ加蓮、お前もしかして凛の事が心配なのか……?」
「………………………………………………………………なんでそう思うの?」
なんだよその長い沈黙は。いや、なんとなくそうなのかなって思ったんだけど……
「そんなわけないじゃん。確かに凛は花屋の娘なのに愛想悪くて人間関係に疎いところが
あるけど、凛はしっかりしてるし。クールぶってるけど実はさびしがり屋で、構って
あげないと拗ねちゃうけど、凛はしっかりしてるし。プロフィール書く時に趣味が犬の
散歩しかない事を本気で悩んでたけど、凛はしっかりしてるし。実は胸が大きくない
のをこっそり気にしてるけど、凛はしっかりしてるし。それからハナコを……」
ああ、もうよ―――――くわかったよ。お前は凛の事が心配で心配で仕方ないんだな。
とりあえず『凛はしっかりしてる』って言って無理矢理納得してないかお前。
「は?アンタにアタシの何がわかるの?軽々しく決めつけないでくれない?」
それで凛以外の人間にはどう思われてもいいんだなお前は。超絶めんどくせえ。
「とりあえず無意味にケンカ売るのやめろよ。お前がそうやって周りに敵作ってボッチに
なってると、凛も気になってアイドル活動に集中出来ないんだよ。身体の事とか病気の
事はひとまず置いといて、まずはそのひねくれた性格をなんとかしろ」
「アンタこそ、その口の悪さなんとかしたら?同じ女としてどうかと思うよ」
「……は?」
しばらく二人で睨み合う。おっと、自分で言っといて危うくケンカするところだった。
クールになれ、KOOLになるんだ奈緒……
「それからお前はやっぱりアイドルを目指すべきだと思うぞ。ムカつくけど美人だし、
お前は嫌かもしれないけどダンスだってプロのお墨付きなんだ。それで凛としっかり
話し合って、余計な心配や遠慮を消して来い。お前らムズムズするんだよ」
あたしの言葉に加蓮は「暑苦しい」ってつぶやいて、ため息をついてから言った。
「アンタの身の回りにはニュージェネみたいなアイドルや、城ヶ崎姉達みたいな才能ある
コがいっぱいいるから勘違いしてると思うけど、アイドルになるのって難しいんだよ?
カラダ弱いアタシにそんな無責任な事を気軽に言わないでくれない?」
「やる前から諦めてるんじゃねえよ。お前の方こそテキトーに生きてみろよ。ちょっと
くらい無理したってそう簡単に死んだりしないんだろ?病弱でかわいそうな女の子を
引きずっているのは、凛じゃなくてむしろお前なんじゃねえのか?」
あたしがそう言うと、加蓮はびっくりしたみたいに目を大きく見開いて、それから顔を
真っ赤にして憤怒の形相を見せた。どうやら加蓮の逆鱗に触れてしまったみたいだな。
「アンタに何が……!! 「まあ待て、まだ話は終わってない。あと3分だけ黙って聞けよ」
つかみかからんばかりに怒鳴ろうとした加蓮を制止しながら、あたしは話を続けた。
この前みたいに口ゲンカをして恥かくのはあたしもゴメンだ。
「……くだらない話だったらすぐ帰るからね」
怒りは収まってないみたいだが、ひとまず聞いてくれるみたいだ。あたしは大きく
深呼吸をして、加蓮の目をまっすぐに見て言った。
「お前、あたしにお節介を焼かれてみないか?」
「……はぁ?」
加蓮は理解出来ないみたいでマヌケな返事をする。そういう反応をするのも無理はない。
いきなり言われても意味が分からないだろうしな。
「お前がそうやって1人でいじけていると凛が心配するんだよ。そんな凛を見て未央も
心配するし、そうなればニュージェネの活動に悪影響が出るかもしれない。ついでに
もうすぐアイドルになる美嘉達にも、余計な心配をかけたくねえんだよ」
「アタシが疫病神って言いたいの……?」
「待て待て、そう怒るな。お前だって凛に心配かけたくないからスクールに来たんだろ?
それを手伝ってやるって言ってるんだよ。勘違いするなよ、あたしはお前と凛の為じゃ
なくて、妹分の未央の為に手を貸してやるだけだからな。ホ、ホントだからな!」
ぶっちゃけ未央の事は全く心配してないけど、こうでも言わないと加蓮は納得出来ない
だろう。それほど親しくもないのに無償で手を貸す奴なんて、詐欺師か怪しげな宗教団体
くらいだもんな。アタシはちょっとお節介なだけの、ただの女子高生だ―――――
***
「それで、加蓮はなんて言ったの?」
「『アンタの世話にはならない』ってよ。でもあたしが未央や凛を心配させるような事を
したら無理矢理でも世話焼くぞって脅したから、ちょっとは考え直すかもな」
「あははー!なにそれ!なっちゃんチョーおもしろーい☆」
ファストフード店を出たあたしは、そのまま美嘉の家に直行した。今日はそろそろ10回
を超す城ヶ崎家のお泊り自主練の日だ。ついでに美嘉達に加蓮との話し合いを報告する。
「でも思ってたより平和的に解決してよかったよ。この前みたいに大ゲンカしてたら
どうしようってハラハラしてたからさ★」
途中ヤバい場面も何回かあったけどな。そこはあたしのオトナらしさと忍耐強さの
おかげで華麗に回避したぜ。やれやれ、ワガママなガキの相手は大変だよ。
「ところで柚ちゃんは今日は来てないのか?珍しいな」
あたしがそう言うと美嘉は暗い表情になり、唯はぷくっと頬を膨らませてそっぽを
向いてしまった。どうかしたのか?
「あー……そのことなんだけどさ、ちょっとアタシ達から奈緒にハナシがあるんだ」
なんとも歯切れの悪い口調で、美嘉があたしに向き合った。何があったんだよ一体。
「ゆい悪くないもん!ゆずがワガママ言って帰っちゃったんだもん!」
ぷんぷん怒る唯をなだめながら、美嘉が説明してくれた。
「奈緒と加蓮が帰った後に、アタシ達3人ともスクールの先生に呼び出されちゃってさ。
それで来週卒業して、そのままCGプロに加入しないかって言われたの。どうやら
スクールがCGプロに持ちかけたみたいでさ。それでCGプロもOKしたんだって」
「へえ!そりゃすげえ!予定だと確か卒業は来月なのにな。唯もおめでとう!」
あたしがそう言うと、美嘉はちょっと照れくさそうに「ありがと」とお礼を言った。
でも唯は相変わらずつーんとしてる。それで唯は何で怒ってるんだよ?
「ゆいおこってないもん!もちラッキーでテンションアゲアゲで、すぐにでもCGプロに
行きたかったよ!でもゆずがちゃんと卒業したいって反対したの!」
「アタシもビックリしてさ。先生が理由をきいたら『アタシは美嘉ちゃんと唯ちゃんほど
レベルが高くないから、まだスクールでレッスンしたい』って言ったの」
なんだそりゃ?あの子確かスクール内のランキング5位だよな?凛達が来た時も堂々と
踊ってたし、十分通用するだろ?
「アタシと唯もそう言って説得したんだけどさ、そしたら柚は『3位と4位のコをぬかして
5位のアタシが美嘉ちゃん達とCGプロに行くのはおかしい』って言うの。確かに順番で
言えばそうだけどさ……」
ああなるほど、そういう事か。柚ちゃんは自分がズルをしてるみたいで嫌なんだな。
美嘉達はいつも一緒だからスクールもセットで売り込もうとしたんだろうけど、もし
バラバラだったら推薦されない可能性もあったもんな。
「『3人でいっしょにアイドルになろうね』って約束していままでレッスンも自主練も
ガンバってきたのにイミわかんない…… もうゆずなんてしらない!」
結局柚ちゃんは首を縦に振らなかったみたいで、そのまま唯とケンカ別れになって
しまったそうだ。今度のレッスンの日にCGプロとの面接があるらしいが、行くのは
おそらく美嘉と唯だけになるらしい。
「アタシも一応ギリギリまで説得するつもりだけど、多分ムリだと思う。あのコ普段は
飄々としてるのに、一回決めたらテコでも動かないんだよね……」
美嘉が小さくため息をついた。う~ん、あたしもなんとかしてあげたいけど、今回は
手伝えそうにないな。これは美嘉達3人の問題だし、レッスン経験の浅いあたしが説得
しても無意味だろうし。でもどうにかならないかな―――――
***
そして次のレッスンの日。結局CGプロの面接には美嘉と唯だけが行き、柚ちゃんは
ひとり残ってスクールでレッスンしていた。レッスン生は全員事情を知ってるみたいで
誰も柚ちゃんに話しかけられず、遠巻きに様子を見ていた。いつもより柚ちゃんが小さく
寂しそうに見えて、あたしはグル―プ練習の時に声をかけた。
「柚ちゃん、一緒にレッスンしようぜ」
「あ、うん…… よろしく奈緒さん」
あたしが話しかけてもどこか上の空で、反応も悪い。きっと美嘉と唯の事を考えている
んだろうな。あたしは思いきって切り出してみた。
「なあ柚ちゃん、やっぱりもう一回考え直したらどうだ?CGプロも柚ちゃんに来てほしい
って言ってるんだろ?柚ちゃんの実力は十分アイドルとしてやれるって」
あっちだってプロなんだから、ただ美嘉の友達ってだけで簡単に事務所に引き入れる
ような事はしねえよ。ちゃんと柚ちゃんの実力を評価して、それで判断したと思うぜ?
柚ちゃんが早めに卒業しても、誰も文句なんて言わねえよ。
「奈緒さんは優しいね。でもどうしてもアタシ納得できなくてさ。今までずっと美嘉
ちゃんと唯ちゃんと一緒にレッスンやってたから、アタシだけだと本当にアイドルに
なれるのか自信ないんだよね……」
柚ちゃんは力のない声で笑う。この子も軽そうに見えて意外とマジメだなあ。こんな
チャンス滅多にないんだし、みすみす逃すのはもったいないと思うけどな。
「いいんだよ。今ならスカウトされてたのにずっと断り続けてた美嘉ちゃんの気持ちが
分かるよ。アタシもレッスン頑張って、美嘉ちゃん達がいなくても1位になれるくらい
レベル上げなきゃね!」
空元気でどうにか明るく振舞って、柚ちゃんはダンスの練習に戻った。無理してるのは
誰が見ても分かる。クソッ!ずっと一緒にいたのにあたしは何も出来ないのかよ!
「もう終わり?アンタその程度でよくアタシに偉そうな事言えたよね」
柚ちゃんにかける言葉が見つからなくて悩んでいると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにはトイレから戻って来た加蓮が呆れ顔で立っていた。
「うるせえ、お前の相手は後だ。今忙しいんだからあっち行ってろよ」
あたしはしっしっと手で追い払ったが、加蓮は無視してあたしの横を通り過ぎ、
柚ちゃんの方に向かった。おい、一体何するつもりなんだよ?
「ねえアンタ、今日は城ヶ崎姉とあの金髪は一緒じゃないの?アンタ達3人でワンセット
でしょ?ケンカでもしたの?」
加蓮は何も知りませんと言わんばかりの軽い口調で、柚ちゃんに話しかけた。本当に
知らないのか知らないフリをしてるのか、あたしには分からない。
「……ケンカなんてしてないよ。ふたりはCGプロにアイドルの面接に行ってるの」
柚ちゃんは表情を曇らせて、ぼそぼそと返事をした。加蓮は「ふ~ん」と言って、
「なんでアンタは行かないの?アンタ達いつも一緒だったじゃん。さいたま同盟か連合
だったか知らないけど、おかしくない?」
加蓮の顔を見ると、意地悪くニヤニヤ笑っていた。コイツ、わかっててやってやがる。
柚ちゃんをいじめるのは許さないぞ。あたしは止めに入ろうとしたその時、
「一緒じゃない!ワンセットじゃないもん!アタシはあのふたりのお荷物だもん!」
柚ちゃんが大きな声で叫んだ。その目にはうっすら涙が滲んでいる。
「アタシは美嘉ちゃんみたいにうまく踊れないし、唯ちゃんみたいなパワーもないもん!
ふたりについていくのがやっとだし、スタイルも良くないし、ルックスもフツウだし、
ゼンゼンダメダメだもん!」
柚ちゃんはぽろぽろ涙をこぼしながら、その場にへたりこんでしまった。レッスン場は
しんと静まりかえる。アタシは知らなかったが柚ちゃんはスクールに入った頃は、美嘉達
についていけなくて練習を人一倍頑張ったそうだ。今は全然問題ないけど、細かいレベル
でランクにはきっちり反映されてる。
「ぐすっ……、ひっく……、ううぅ……」
柚ちゃんの泣き声がレッスン場に響く。加蓮は小さくため息をつくと、柚ちゃんの前に
しゃがみこんで軽く頭をなでた。
「何を生き急いでるのか知らないけど、アンタ確か15でしょ?まだまだこれからじゃん。
それにアンタにケバいギャルメイクは似合わないって」
加蓮の言葉に柚ちゃんはぴたりと泣きやむ。加蓮はジャージからタオルハンカチを取り
出すと、柚ちゃんの涙をやさしく拭ってあげた。
「アンタのダンス、アタシは好きだよ。アンタわざと振付け外してトリッキーなアドリブ
するじゃん。ふざけてるように見えるからよく減点されてるけど、あれって振付けを
しっかり覚えてないと出来ないし、センスも要求されるから難しいよね」
加蓮の言った『トリッキーなアドリブ』は柚ちゃんの武器だ。美嘉達に負けない技術を
身につける為に、柚ちゃんがレッスン中でもよく練習している。あたしも一度マネをして
みたけど、確かに難しかった。しかし技術の高さとは裏腹にアドリブはあくまでアドリブ
なので、スクールでは評価の対象外となっている。
「城ヶ崎姉は確かに上手いよ。しっかり音は合わせるし、手足も長いからアピールも
抜群だし。でもアタシに言わせればそれだけだよ。きっちりしすぎてつまんない」
加蓮はさらっと毒を吐く。本人が聞いたら泣くぞ。でも美嘉には悪いけど、確かに
分からなくもない。美嘉はいつもきっちり手堅くまとめているから、ダンスの一連の
流れが分かるとサプライズはない。ゴメンな美嘉。
「金髪の方は気分に左右されすぎだね。テンションが高い時はものすごくパワフルで
エネルギッシュなダンスを踊るけど、テンションが低い時は話にならないよ。奈緒の
方がまだマシじゃない?」
おう、さらっとあたしまでディスってんじゃねえぞコラ。でもこれには完全同意だ。
唯はとにかくダンスにムラがある。決してレベルが低いわけではないけど、気分が
ノッてる時とそうでない時の差は一目瞭然だ。
「アンタがいなかったら金髪のテンションやばいんじゃないの?城ヶ崎姉もアンタの事を
妹みたいに可愛がってたし、今頃心配して面接ミスってるかもね。あぁ、もしかして
それが狙い?二人に追いつけないなら潰そうとすなんて、エグい事するじゃん♪」
加蓮がニヤリと笑うと柚ちゃんは一気に青ざめて、汗をダラダラかいて震え出した。
そのまま倒れそうになったので、あたしは慌ててその背中を支えた。
「あ、アタシは…… そんなつもりじゃ……」
「ああわかってる!柚ちゃんはあの二人が大好きだもんな!」
柚ちゃんの背中をポンポンとたたいてあたしは必死に呼びかけた。そして加蓮を睨む。
お前は一体何がしたいんだよ!結局柚ちゃんをいじめたかっただけだったのか?
しかし加蓮の顔を見た瞬間、あたしは思わず息を呑んだ。加蓮は声をかけるのも忘れる
くらいの、綺麗で優しい笑みを柚ちゃんに向けていた。
「アンタもだけど、城ヶ崎姉達もまだまだ感情のコントロールが出来ないコドモなの。
どれだけダンスが上手でも、テンションが下がるとあの二人も今のアンタみたいに
簡単に壊れるんだよ?ランクとか関係ないの。アンタ達はワンセット。わかった?」
加蓮は最後にもう一度柚ちゃんの頭をなでて、よっと立ち上がった。そしてそのまま
スクールの先生に向かって、静かな声で言った。
「車を出して下さい。CGプロには喜多見柚は少し遅れますけど面接に行きますって
伝えましたから。面接官のプロデューサーと社長さんには了承をもらってます」
ポケットからスマホを取り出して、連絡した事をアピールする加蓮にあたしは驚いた。
こいつさっきトイレに行ったフリして、CGプロに電話をかけてたのかよっ!?
「す、すぐに準備しなくちゃ!バッグと着替えと……」
何とか立ち直った柚ちゃんは、慌ててとロッカーへと向かう。しかし加蓮はその前に
立ちふさがると柚ちゃんの肩をつかんでくるりと回し、先生の方に軽く背中を押した。
「あっちでも踊るかもしれないし、そのまま行っちゃいなよ。バッグは後でアタシが
持って行ってあげるからさ。前にアタシが倒れて病院に運ばれた時、アンタそうして
くれたでしょ?それのお返しだよ」
「う、うん……、ありがと加蓮さん!」
こうして柚ちゃんは何がなんだかよく分からないまま、先生の車に乗ってCGプロに
向かって行った。柚ちゃんを送り出した後、加蓮は何事もなかったかのように首を軽く
回しながら窓際後方に戻って行く。あたしはその背中を追いかけた。
「ちょっと待てよ加蓮、お前最初から柚ちゃんを面接に行かせるつもりだったのか?」
用意周到にCGプロに約束までとりつけて、ダンスの技術面や美嘉達の精神状態まで
考慮に入れた完璧な説得材料を揃えて、あそこまで言われたらもう行くしかないだろ。
「最後に行くって決めたのはあの子でしょ。アタシは思いつきでしゃべってみただけ。
あの子なかなか賢いし、言う事聞かせるのはもっと大変だと思ったんだけどな」
加蓮は髪をいじりながらどうでもよさそうに答えた。今の全部即興かよっ!? じゃあ
どうしてあんな面倒な事をわざわざしたんだよ……?
「アンタに教えてあげようと思ってさ。アタシにお節介を焼くなら、せめてこれくらいは
してもらわないと。その場の勢いや感情論はアタシには効果ないからね」
そう言ってニヤリと笑った加蓮に、あたしはゾクリとした。今なら東京組が全員加蓮の
言う事を聞いたのもよくわかる。頭の良い奴だとは思っていたが、まさかこれほどとは。
あたしはとんでもない女を相手にしている事を、改めて思い知らされた―――――
***
「お~、でっけえビルだなぁ~。未央達がここでアイドルやってるのが信じられないぜ」
「……なんでアンタまでついてくんのよ」
「いいだろ別に。あたしも柚ちゃんの事が気になるんだしよ」
レッスンを早退したあたしと加蓮は、柚ちゃんのバッグを持ってCGプロの前に立って
いた。別にあたしがついてくる必要はなかったけど、放っておくとお前がまた柚ちゃんに
キツイ事を言って泣かしちゃうかもしれないしな。
「どれだけ過保護なのよアンタは。アタシには死ねって言ったくせに……」
「言ってねえよ。ちょっとくらい無理しても簡単に死なないだろとは言ったけど」
「一緒じゃん」ってつぶやいて、加蓮はそっぽを向く。スクールからCGプロまでの
電車の中、あたし達はずっとこんな感じだった。ずっとイライラしてるんだよなコイツ。
何が気に入らないんだか。
「とりあえずビルの前で立ってても仕方ねえ。中に入ろうぜ」
「言われなくてもそうするし。暑いしダルいし、慣れない事するんじゃなかった……」
あたし達は汗を拭きつつ、CGプロの自動ドアをくぐった―――――
―――
「あ、加蓮さん。それに奈緒さんも……」
受付に説明して加蓮とロビーで待ってると、柚ちゃんがエレベーターから出てきた。
柚ちゃんは一瞬嬉しそうな顔をして、はっと何か気付いたみたいに複雑な顔になって
あたし達の所に歩いて来た。おいおい、このリアクションはひょっとして……
「お疲れ。面接どうだったの?落ちた?」
「ストレートに言い過ぎだろお前は!? もっとオブラートに包めよ!」
あたしが無神経な加蓮に激怒すると、柚ちゃんはあわてて「ゴメン、そうじゃないの!」
と両手をバタバタ振って否定した。それってつまり……
「うん、合格した。アタシと美嘉ちゃんと唯ちゃんは来週からCGプロのアイドルだよ♪」
「やったああああああっ!おめでとう柚ちゃん!よかったなあホントに!」
照れくさそうに言った柚ちゃんを、あたしは力一杯抱きしめた。美嘉と唯も合格したん
だし、今日は盛大にお祝いしないとな!
「ん?でもだったらどうして、さっきは嬉しそうじゃなかったんだ?あたしはてっきり
ダメだったのかと思ったんだけど……」
柚ちゃんは気まずそうにあたしから目を逸らすと、ちらっと加蓮の方を見た。
「いや、合格はしたんだけどさ、アイドル活動はみんなバラバラになっちゃったんだよね。
加蓮さんはそこまで全部わかってたのかなって思ってさ。だったら1人でいじけてた
アタシがバカみたいで、ちょっと恥ずかしくて……」
なっ……!? ど、どういうことだよ!! みんなCGプロのアイドルになったんだろ!? まさか
柚ちゃんだけ他のプロダクションに行かされるのか?
「アンタバカぁ?ちょっとはアタマ使いなさいよ。もしアタシがプロデューサーだったら、
城ヶ崎姉は妹と組ませて姉妹ユニットにするよ。3人セットで売り込んだのはスクールの
都合だし、CGプロがどうしようが関係ないでしょ」
加蓮が心の底から呆れたようにあたしに言った。確かに言われてみればそうか。元々
美嘉は莉嘉ちゃんと一緒にいたところをスカウトされたんだっけ。唯と柚ちゃんが一緒
だろうが、姉妹ユニット構想は変わらなかったということか。
「美嘉ちゃんは莉嘉ちゃんとユニット組んで、唯ちゃんはモデル活動をメインでやって
いくんだって。アタシはソロアイドルを目指して、しばらく候補生のコとレッスンに
なるみたい。みんなパッションだし、一緒に仕事する事もあるらしいけどね」
未央と美羽と同じグループか。確かにみんなパッションって感じだな。3人で一緒に
活動出来なくなったのは残念だけど、グループが一緒だったのはせめてもの救いか。
「でもこれでよかったよ。結局アタシは、美嘉ちゃんと唯ちゃんに頼りきってたんだよ。
アタシは美嘉ちゃん達のオマケで1人じゃアイドルになれないって思ってたから、CG
プロがアタシのプロデュースをしっかり考えてくれてたのは嬉しかったな。奈緒さんの
言った通り、ちゃんとアタシを評価してくれたんだなって思ってさ」
そう言った柚ちゃんの顔はとても大人びていて、スクールで大泣きしてた時とはまるで
別人みたいだった。ちょっと見ない間にずいぶん成長したなあ。
「城ヶ崎姉達もわかってたと思うよ。でもアンタに気を遣って今まで黙ってたんでしょ。
アンタいつもあの二人を必死で追いかけてたし。そうだよね?」
加蓮があたし達の後ろに向かって言うと、壁の後ろから美嘉と唯が出てきた。お前ら
いつからそこにいたんだよ。どうして隠れてたんだ?
「いや、柚に会うのが気まずくてさ…… アタシ達はたまギャル同盟とか言って、3人で
一緒にアイドルになろうねって約束して柚をだましてたんだし……」
「ゴメンねゆず。スクールに入ったばっかりの時に、ゆずがゆい達といっしょにレッスン
しようとしてチョーガンバッてたのを見て、なかなか言えなかったの……」
美嘉と唯は柚ちゃんの前に来て、深々と頭を下げた。柚ちゃんは苦笑いしながら、
二人に頭をあげてほしいとお願いした。
「ホントはアタシも、美嘉ちゃんは莉嘉ちゃんとユニットになるんじゃないかなって心の
どこかで思ってたの。でもそれであきらめちゃってたら、アタシは多分スクールを続け
られなかったと思う。へへっ、アタシもまだまだガキだね♪」
柚ちゃんはさっぱりした笑顔で、恥ずかしそうにぽりぽりと頬をかいた。
「アタシがアイドルになれたのは美嘉ちゃんと唯ちゃんのおかげだよ。だからホントに
ありがと。それにたまギャル同盟は永久に不滅だよ。活動はバラバラでもアタシ達は
みんな埼玉出身のアイドルだし、離れててもずっといっしょだよ!」
最後に柚ちゃんは元気にそう言って、美嘉と唯に抱きついた。美嘉は柚ちゃんの頭を
優しく撫でて、唯はぐずぐずと泣き出した。
「ぐすっ……、ゆずぅ…… ゆいもゆずがいないとダメだよぉ~……」
「も、もうなに泣いてるの唯…… アンタが柚になぐさめられてどうすんのよ……」
こうして美嘉達3人は、めでたく仲直りしてCGプロのアイドルになった。離れて
いてもずっと一緒か。アイドルの活動方針は違っても、やっぱりこの3人はワンセット
なんだな。これから莉嘉ちゃんが入って、たまギャル同盟はさらに楽しくなりそうだ。
「なあ加蓮、お前ホントは最初から柚ちゃんを助けるつもりだったんじゃねえのか?
今日はいつもよりよくしゃべるし、ずいぶんお節介を焼くじゃねえか」
あたしがそう言うと、加蓮は不機嫌そうにふんっ、と鼻を鳴らした。
「アンタ目が腐ってるんじゃないの?アタシがそんなにお人好しに見える?」
いや、見えねえな。でも今のお前は無理してワルぶってるように見えるぜ。柚ちゃんを
見習って、お前も少しは素直なったらどうだ?主にあたしとかに。
「誰がアンタなんかに気を許すかっての。それ以上調子に乗らないで」
加蓮はべーっと舌を出す。ワケわかんねえ女だなホントに―――――
***
たまギャル同盟の3人は仲良く手をつないで帰って行った。で、あたしと加蓮は何を
しているかと言うと、
「……なんでお前は帰らないんだよ?」
「アンタこそ、どうしてあの子達と一緒に帰らなかったのよ?」
二人並んでCGプロのロビーに座っていた。いやだってさ、あの後で3人の間に割り込む
のは勇気がいるぜ?美嘉達が帰る雰囲気になった時に、あたしはトイレ(大)だとウソを
ついて先に帰ってもらった。でも今になって思えば、仮にも17の乙女なのにもっとマシな
理由はなかったのかよ。最低だ、あたしって……
「ちゃんと手は洗った?悪いけど半径3メートル以上近づかないでくれない?」
ホントにしてねえよ!お前わかってて言ってるだろ!? お前の方こそ、いつまでここに
ダラダラといるつもりなんだよ?
「だって外暑いし、ここまで歩いて疲れたし、もうちょっとだけ休まないとムリ」
ウソつけ。全然疲れてる様には見えねえぞ。加蓮はスマホをいじるフリをしつつ、
さっきからキョロキョロとあたりを見回してる。まるで誰かを探しているような……
ん?誰かを探してる?もしかしてこいつ……
「なあ加蓮」
「なによ」
「未央から聞いたんだけど、今日はニュージェネ全員で次のイベント会場の下見だって
言ってたぞ。事務所に戻るのは夜になるらしいけど……」
「……………………さてと、元気になったしそろそろ帰ろっかな」
やっぱり凛に会えると思って待ってたのかよ。露骨にガッカリしてるし、わかりやすい
奴だなホントに。一歩間違えればストーカーじゃねえか。
「ついて来ないでよ。帰りまで一緒の必要はないでしょ」
「そんな事言ったって、帰る方向が同じだからしょうがねえだろ。どうしてもイヤだって
言うなら、お望み通り3メートル後ろを歩いてやるよ」
「キモッ、アンタアタシのストーカーなの?ウンザリするんですけど」
「お前に言われたくねえよ。それにウンザリするのはあたしも同じだっての。美嘉達
みたいに仲良くはなれなくても、もうちょっと友好的に出来ないのかよ」
あたしはため息をついて、加蓮と一緒にロビーの出口に向かった。どうすればこいつの
攻略が出来るのか、誰か教えて欲しいぜ……
「あれ?君達は確か○△スクールの……」
「げっ……!? 」
あたしがギャルゲーの神にお祈りをしていると、後ろから思わぬ人物に声をかけられた。
加蓮と一緒に振り返ると、そこにはCGプロのプロデューサーが立っていた。そういえば
この人さっきまで、美嘉達とここで面接してたんだっけ……
「どうしたんだいこんな所までわざわざ来て。ウチに何か用かな?」
「い、いえ!もう用事は済んだので!それじゃ!」
ニコニコしながら話すプロデューサーに生返事を返して、あたしは撤退しようとした。
しかし加蓮はプロデューサーの顔を見ると、少し考える素振りをして引き返した。
「面接官のプロデューサーさんですね。先程お電話をさせて戴いた北条です。今日は
お忙しい中無理を聞いて戴いて、本当にありがとうございました」
加蓮はそう言って、丁寧にプロデューサーに頭を下げた。凛の顔を潰さないために猫を
かぶってるのか?しかし何も言わずに帰るのも失礼か。あたしも筋は通しておこう。
「ゆ、柚ちゃんもとっても喜んでました。あの子の事をよろしくお願いします!」
保護者でもない上に柚ちゃんはスクールの先輩なのに、何をえらそうに言ってるんだ
あたしは…… 軽く自己嫌悪に陥りながらも、あたしも加蓮の隣で頭を下げた。
「ははは、さすが凛の親友だな。とっても友達想いで良い子達だ。安心してくれ、今日の
面接を受けた子は全員、CGプロが責任を持ってトップアイドルにするから!」
自信満々に笑ったプロデューサーを見て、あたしは少し安心した。未央もすごく仕事が
出来る人だって言ってたし、あたしが心配する事なんて何もないよな。
「そうだ!せっかく来てくれたんだし、君達にちょっと良い話があるんだけど聞いて
行かないかい?大丈夫!そんなに時間は取らせないから!」
プロデューサーは何か思いついたみたいに、ポンっと手をたたいてあたし達に言った。
ヤバい、これはアイドル勧誘フラグじゃないのか?さっさと逃げないと……!
「心配しなくても勧誘じゃないよ。だからそう警戒しないで♪」
あたしの目を見て気付いたのか、プロデューサーはにっこりと笑った。クソッ、先手を
取られちまったぜ。 スクールでウィンクされた時もしやとは思ったが、バッチリあたしの
事を覚えてやがる。加蓮は意味が分からないみたいな顔をして「?」とあたしを見る。
なんでもねえよ気にすんな。
「そう言えば君の名前をまだ聞いてなかったね。北条さんはこの前スクールに行った時に
教えてもらったけど、君はなんていう名前なんだい?」
「神谷……奈緒です……」
どうやら未央と美羽は、あたしが口止めした事を守ってくれてるみたいだ。あいつらと
つながりがある事が知られるとマズそうだから黙っとこう。
「北条さんと神谷さんか…… シティ○ンターコンビだね!」
プロデューサーはドヤ顔で笑った。いや、原作者と主人公の担当声優ってマニアック
すぎるだろ…… それに加蓮とセットにされるのはとてもイヤなんですけど。
「ささ、それじゃ二人ともおいで。お茶とお菓子も出すからさ♪」
ゴキゲンなプロデューサーを先頭に、あたしと加蓮は事情が呑み込めないままついて
行った。腰が低そうに見えてなかなか強引だなこの人。これくらいおしが強くないと、
街中で知らない女の子に声なんてかけられないのかな。
アイドルになってから思ったが、ここがあたし達の人生の分岐点だった。もしこの時
プロデューサーの話を聞かずに帰ってたら、あたしはこの先ずっとアイドルになる事は
なかっただろう。加蓮もきっとそうだ。長々と続いたこの物語は、あたしの知らない
ところでクライマックスに入ろうとしていた―――――
***
「「ゆるキャラグランプリ?」」
「今回は新しい試みとして、ゆるキャラと同じ都道府県出身の女の子がタッグを組んで
グランプリを競い合うんだ。本当は東京代表でニュージェネが出る予定だったんだけど、
予定が変わって無理になってさ。それで君達が代わりに出てみないかい?」
会議室に通されたあたしと加蓮は、プロデューサーから渡された資料を見ながら説明を
受けた。未央が言ってたイベントの下見ってのはこれの事かな。開催日も近いし。
「あたしも加蓮もアイドルじゃないんだけど、参加資格はあるのか?」
あたしが質問すると、プロデューサーはにっこり笑った。いや、引き受けるとは言って
ねえよ?ちょっと疑問に思っただけだからな!
「アイドルの子も出るけど、出場者の大半は各都道府県で選ばれた普通の女の子だよ。
このイベントは元々ゆるキャラがメインだから、大事なのはゆるキャラとどれだけ良い
コンビになれるかなんだ。だからアイドルが有利とは限らないよ」
なるほどな、ただ目立てば良いってわけでもないのか。確かに面白そうな企画だけど、
残念ながらあたしには参加資格がねえな。
「Pさん、せっかくなのに悪いけどあたし千葉県民なんだ。このイベントはゆるキャラと
同じ都道府県出身が絶対条件なんだろ?だからあたしに東京代表は無理だな」
「え!? そうだったのかい!? 神谷さんもてっきり東京の子だと思ってたよ……」
プロデューサーはがっくりと肩を落とした。でも安心しなよ、あたしは違うけど加蓮は
正真正銘の江戸っ子だからさ。
「誰が江戸っ子よ。そんなダサい呼び方しないで」
加蓮がじろりと睨む。いいじゃねえか、東京に住んでる人間はみんな江戸っ子だろ?
で、お前はこの話を受けるのか?凛にカッコ良い所を見せるチャンスじゃねえか。
「ああ、ついでにニュージェネはイベントの特別アシスタントという仕事で全員いるぞ。
凛も北条さんが来てくれたら、きっと喜んで元気になると思うよ!」
プロデューサーは加蓮を口説きにかかる。まるでイベントの出場をお願いしてるんじゃ
なくて、事務所に勧誘してるみたいだ。もちろんこの人にはその狙いもあると思うけど、
ひねくれ者の加蓮がそう簡単に乗るかな?
「……なんかひっかかるんだよね。裏がありそうで気持ち悪い」
加蓮がぽつりとつぶやいた。お前、そこは思ってても口に出したら失礼だろ。あたしも
ちょっと話がうますぎる気がするけどさ。
「ねえプロデューサーさん、ちょっと質問していいかな」
「な、なんだい……?」
加蓮はプロデューサーの目をじろりと見た。プロデューサーは少したじろぐ。
「どうしてアタシ達が代役なの?ニュージェネがダメだったら、フツーはCGプロの他の
アイドルか候補生が選ばれると思うんだけど」
あたしも思った。凛と島村さん以外にも東京出身はいるだろ。その子達を差し置いて、
わざわざあたし達に頼むなんておかしい話だよな。
「ああ、それはニュージェネが特別アシスタントになった事で、グランプリのジャッジを
公平にする為にCGプロは出せなくなったんだ。それで○△スクールにレッスン生を
推薦してもらったお礼にこの話を持って行こうとしたんだけど、君達が来てたからさ」
なるほど。一応それらしい理由はあるんだ。でもどうしてだろう?あたしの思い違い
かもしれないけど、まだすっきりしないな……
「ふ~ん、じゃあもうひとついいかな?」
「なんだい?なんでも聞いてくれよ!」
さっきは少し加蓮にビビってたプロデューサーだったけど、だんだん余裕が出てきた
みたいだ。このリアクションやっぱりあやしいよな。加蓮も同じ事を思ったみたいで、
油断しきったプロデューサーに噛みついた。
「単刀直入に聞くけど、凛に何かあったの?」
加蓮の言葉にプロデューサーは一瞬顔が硬直した。どういう事だ?今のやりとりの中で
凛の話なんて出て来たか?
「さっきあたしが来たら、凛が喜んで元気になるって言ったよね?喜ぶのはわかるけど、
『元気になる』っておかしくない?まるで今の凛が元気ないみたいじゃん」
加蓮がじろりとプロデューサーを見る。プロデューサーはたらりと汗をかいていた。
「おとといの晩だけど、凛から電話がかかってきたんだよね。世間話して10分くらいで
切れちゃったんだけど、あのコがアタシにそういう内容のない電話をしてくる時って、
だいたい昔からヘコんでる時なの。凛はなんでもないって言ってたけど」
それでお前は柚ちゃんのバッグを届けるってもっともらしい理由つけて、わざわざ暑い
中をCGプロまで凛の様子を見に来たのかよ。本命はこっちだったか。
「ニュージェネはゆるキャラグランプリに出られなくなったから、特別アシスタントって
無理矢理作ったような役で参加するんじゃないの?ホントはこの仕事自体をキャンセル
するのが良いんだろうけど、凛はそういうの大っ嫌いだからね。自分が原因だったら、
どんなに無理してもやろうとするだろうし」
加蓮の華麗な推理に、あたしとプロデューサーは呆然とするだけだった。加蓮の頭が
良すぎるのか、それともただの凛のストーカーなのか?しかしプロデューサーの反応を
見ると、ほとんど正解みたいだ。あたしも妙にスッキリした。
「はは、こりゃ参ったな…… スクールで見た時から賢そうな子だとは思っていたけど、
そこまで見抜かれるとは思わなかったよ……」
プロデューサーはばつが悪そうな顔をして両手を挙げた。加蓮はふんっ、と鼻を鳴らす。
「アタシは他人にいいように使われるのが大っ嫌いなの。プロデューサーさんが凛の事を
大事にしてるのは分かるけど、でも甘やかしすぎるのはよくないと思うよ。アタシも
よく分からないのに頼られても困るし……」
そう言いつつも、どこか落ち着きのない様子の加蓮だった。凛がSOSを出してるなら
助けてやればいいのに、プロのアイドルの凛にどこまで手を貸せばいいのか迷ってる
みたいに見える。
「それで結局何があったんだ?加蓮の言った通り、凛に何かトラブルでもあったのか?」
あたしがプロデューサーに聞いたその時、ドアの向こうからカンッ、カンッ、と何か
せわしなく杖をつくような音が響いて来た。プロデューサーはその音を聴いて、小さな
ため息をついた。
「俺が説明するより、実際に見てもらった方がいいと思うよ。ちょうどニュージェネが
帰ってきたみたいだからさ……」
プロデューサーが言い終わらないうちに、会議室のドアがバーンッ!と勢いよく開いた。
「プロデューサー、やっぱり私この仕事やるよ。会場見てきたけど思ったより広く
なかったし、痛み止めの注射して走らなかったら、ちゃんと会場回れるから。
だからもう一回考え直して……!」
息を切らしながら会議室に入って来たのは、顔を赤くした凛だった。両手には松葉杖を
持っていて、右の足首に痛々しい包帯を巻いている。
「アンタ…… その足どうしたの……?」
「え……?加蓮!? どうしてここにいるの……?」
いきなりの凛の登場に驚いた加蓮に、同じく驚く凛。お~い、あたしもいるぜ~?
「ちょっとしぶりん、無理しちゃダメだよ。松葉杖のくせにどうしてそんなに早いの?」
凛から少し遅れて、未央が会議室に入ってきた。未央はあたしを見て「うえぇっ!? 」と
変な声を出して驚いた。あたしはとっさに未央を睨みつけて黙らせる。お前とあたしの
関係はCGプロには秘密だって言っただろうが!ちらっとプロデューサーを確認すると、
凛に気を取られていて気付いてなかった。ふう、セーフ……
「あ~!神谷さんお久しぶりです!打ち上げの時以来ですね!今日はどうしたんですか?
もしかして未央ちゃんと美羽ちゃんに会いにきたんですか?」
しかしあたしと未央の連携プレーは、未央から更に遅れてやって来た島村さんによって
あっさり壊されてしまった。おかしいな、島村さんにも口止めしたはずなんだけど……
今度はプロデューサーは気付いたみたいで、あたしを見た。
「神谷さん……?君は卯月の知り合いだったのかい……?」
あ~……、えっと………、なんて言うかですね……
「知らないんですかプロデューサーさん?神谷さんは未央ちゃんと美羽ちゃんがアイドル
になるのを手助けした、あの『アイドルメーカー』さんなんですよ?」
「え!? 君が未央が言ってた『アイドルメーカー』だったのかい!? 」
島村さん、あんた間が悪いって言われたことないかい?ついでに未央は後でお説教な。
そのおかしな名前をこれ以上広めるんじゃねえ。最初はちょっとカッコいいと思ったけど、
改めて聞くとやっぱり恥ずかしいぜ……
「聞いてるのプロデューサー?私は全然問題ないから。イベントまでまだ何日かあるし、
それまでには痛みもだいぶひいてると思うんだ。だからアシスタントじゃなくて、
最初の予定通り参加者として出場しようよ」
凛が再びプロデューサーに詰め寄って、それ以上は追及されずにすんだ。でもこれで
あたしの素性はバレちまったな。まあ今はそれはどうでもいいとして、この状況をどう
したものか。凛は納得してないみたいだし、慎重に考えないとな―――――
***
「だから、駄目なものは駄目だって昨日も散々言っただろ?お前のその足は本来だったら
1週間は安静にしないといけないんだぞ。今でも寮に閉じ込めておきたいくらいなのに、
お前がどうしても嫌だって言うから座って出来る仕事に替えてもらったのに」
「大丈夫だって言ってるじゃん!自分の体の事は自分がよく分かってるよ!こんなに
お願いしてるのに、どうしてわかってくれないのっ!? 」
凛が声を荒げて抗議する。未央と島村さんによると、凛はおとといダンスのレッスンで
転んで足首を捻挫したらしい。本人は大丈夫だと言ってレッスンを続けようとしたけど、
だんだん腫れてきたのでトレーナーさんが無理矢理病院に連れて行ったそうだ。
「お医者さんに診てもらったら予想以上にひどくてさ。大人でも泣いちゃうくらい痛い
はずなのに、しぶりんはずっとガマンしてたみたいなの」
「凛ちゃんは責任感がとっても強いから、私達に迷惑がかかると思っちゃったみたいです。
プロデューサーさんに止められるまで、ゆるキャラグランプリの仕事もやるつもりで
いましたし。私達も説得して、なんとか思いとどまってもらったんですけど……」
元々は凛がゆるキャラのパートナーで、島村さんと未央はサポーター役として参加する
予定だったらしい。しかしこのパートナーという仕事はゆるキャラと一緒に会場を歩き
回らなければならず、場合によってはダンスなどのパフォーマンスもしなければいけない
そうだ。足を痛めた凛の事を考えて、、CGプロは最初キャンセルしようとしたらしい。
「島村さんが代わりに出るわけにはいかなかったのか?確か島村さんも東京出身だよな?」
あたしがそう言うと、島村さんは少し困ったように苦笑いをした。
「私も最初はそう言ったんですけど、凛ちゃんが私だけに迷惑をかけられないって猛反対
したんです。それならギブス巻いてでも自分が出るって。それでプロデューサーさんが、
3人で出来るアシスタントの仕事を主催側にかけあって取って来てくれたんです」
特別アシスタントは司会者の補助をする仕事らしい。凛はイベント本部でナレーション
や案内を担当して、未央と島村さんは会場で出場者にインタビューやゆるキャラの紹介を
するそうだ。本来はない役職だったが、主催側は快くOKしてくれたそうだ。
「しぶりんも昨日はそれで納得してくれたんだけど、今日3人で下見に行ったらやっぱり
出るって言い出してさ。私と卯月も説得したんだけど、全然聞いてくれなくて……」
未央がぽりぽりと頭をかく。加蓮の話だと、凛は一度決めた事はよほどの事が無い限り
変えないって言ってたな。アシスタントも立派な仕事だけど、自分のせいで凛はみんなに
迷惑をかけたと思ってるんだろう。責任感の強い凛はそれが耐えられないらしい。
「いつまでコドモなのよあのコは……」
あたし達の話を聞いた加蓮は、ため息をついて凛の方を見た。凛はプロデューサーと
まだギャーギャー口論している。いつものクールな雰囲気と違って、まるで聞き分けの
悪いガキだな。プロデューサーもガツンと怒ればいいのに。
「なあ凛、とりあえず少し落ち着いて……」「奈緒は黙ってて!」
あたしがなだめようとしたら、凛は大きな声で怒った。おおう、これは相当頭に血が
のぼってるな。もう少し落ち着くまで待つか……
「だいたいなんの関係もない奈緒と加蓮に代役を頼むなんて何考えているの!? それに
加蓮は体が弱いんだよ!? 炎天下の会場の中で長時間歩かせて加蓮が死んじゃったら、
プロデューサーは責任取れるの!? 」
いや、こいつなんだかんだ言いながら結構丈夫だぞ?今日も柚ちゃんと自分のバッグを
肩に担いでここまで来たし。熱中症にはなるかもしれないけど、死にはしないだろ。
「熱中症で死んじゃう人だっているんだよ!? 奈緒は知らないと思うけど、昔の加蓮は
ちょっと外に出たらすぐ具合が悪くなって寝込んじゃうコだったんだから!! 」
まあ昔はそうだったかもしれないけど、今は大丈夫だろ。加蓮も自分の体の事はよく
わかってるみたいだし、スクールでレッスンしてる時もうまくサボ……休憩してるぞ?
どれだけ心配性なんだよお前は。
「とにかくダメなものはダメなの!加蓮に出てもらうくらいなら、私が麻酔打ってでも
出場するから!なんなら私、アシスタントとゆるキャラのパートナーを両方するよ!
そんなに大きくない会場だし、ちょっと走ればどっちも出来るから!」
その足で走れるわけないだろ。こりゃ完全に混乱してるな。普段クールな奴ほど、一度
リミッターが外れるとなかなか正常に戻らないんだよな。プロデューサーも疲れた顔を
していた。う~ん、なんとかならないかな……
「いい加減にして」
するとその時、恐ろしく低い声で加蓮がぽつりとつぶやいた。その声を聞いて、凛が
びくっと身を震わせる。加蓮は席を立つと、凛に向かってつかつかと歩き出した。加蓮の
顔はあたしの方向からは見えないけど、雰囲気を察するにきっとすごく怒ってる。
「さっきから黙って聞いていれば、アンタどれだけみんなを困らせているのよ。みんなに
迷惑かけたくないって言ってるくせに、現在進行形でここにいるアタシ達全員に大迷惑
かけてるじゃん。ホントにわかってないの?」
加蓮が低い声で、淡々と凛を問い詰める。凛は青い顔をしながら「でも……」とか
「だって……」と、ぼそぼそつぶやいていた。相変わらずキッツイな。
「これはアンタの問題だし、アタシには関係ないよ。どうしてもやりたいならやればいい
じゃん。そんな足で無理して出られても誰も喜ばないと思うけどね。応援してる人に
逆に心配されるなんて、プロのアイドルとしてどうなの?」
加蓮の言葉に凛ははっとする。確かにそうだな。凛の事だから本番はバレないように
うまくやるとは思うけど、でも何も起こらないとは限らない。それに未央や島村さんも、
凛の事が気になって仕事に集中できないだろう。
「それに前から言おうと思ってたけど、アンタ人を信頼しなさすぎ。人に頼られるのは
好きなのに、人を頼るのは相変わらずダメなんだね。カッコつけたいのは分かるけど、
自分1人じゃどうしようもない事だってあるんだよ。そんなにプロデューサーさんや
未央ちゃん達が信頼出来ないの?アンタこの人達をバカにしてるの?」
「ち、違う!! 私はそんなつもりじゃ……!! 」
凛は慌てて否定するけど、加蓮は手を全くゆるめない。柚ちゃんの時と似たような状況
だけど、あの時より10倍は怖いぞ。どんだけキレてるんだよこいつ……
「まあこれもアンタの問題だから、アタシがどうこう言う事じゃないけど。でもね……」
加蓮はそう言って、凛の肩を両手でがしっとつかんだ。凛は「ひっ!? 」と小さく悲鳴を
あげる。あたしとプロデューサーは加蓮が凛に殴りかかるのかと思って慌てて止めようと
したけど、加蓮はそのままゆっくり腕を下ろして凛を近くのイスに座らせた。
「今のアンタはアタシより病人だと思うよ。それに何回も言ってるけど、アタシは昔ほど
病弱じゃないから。スクールで一緒にダンスしたのに、どうして分かってくれないの?
いい加減にアタシの事も信じてよ……!! 」
凛の両肩にのせた加蓮の手がぶるぶる震えてる。まるで怒鳴りつけたいのを必死に押し
殺しているみたいだ。加蓮のあまりの迫力に、あたし達は何も言えなかった。
「アンタが頑固なのは知ってるけど、今のそれは責任感じゃなくてただのワガママだよ。
昔はそれで良かったかもしれないけど、今のアンタはプロのアイドルでしょ?どうする
のが一番良いか、もう一回頭冷やしてよく考えな」
加蓮は凛の肩から手を放すと、バッグを持ってそのまま会議室のドアに向かった。
「後はプロデューサーさんの仕事だよ。凛をきちんと説得出来たら、アタシこの仕事を
受けてもいいよ。アタシの連絡先は凛が知ってるから。それじゃね」
最後にそれだけ言い残して、加蓮はスタスタと会議室を出て行った。肝心な所は凛と
事務所に任せるのか。ホントは凛を助けてやりたいだろうに。あたしはふっと笑うと、
バッグを担いで加蓮の後を追いかけた。
「未央、お前ももっとしっかり凛を支えてやれよ。あたしはお前をそんな軟弱者に育てた
覚えはないぞ。私にかかればみんな仲良しとか言ってたくせに、全然ダメじゃねえか」
「うっ…… そ、それは……」
会議室を出る前にあたしは未央に釘を刺しておく。未央は気まずそうに目を逸らした。
「凛に頼られないお前の方にも問題があると思うぞ。島村さんも遠慮はいらねえ、もっと
ガツンと叱ってやれ。大丈夫、未央は一晩寝たらケロっと忘れてるから」
お調子者の未央と、優しすぎる島村さん。悪くはないけど、今のままだと凛も頼れない
だろうな。そのあたりはプロデューサーも気を配ってると思うけど、年頃の女の子は色々
難しいんだよ。特に女同士の友達関係は男には絶対理解出来ないだろうし。
「まあ、困った事があったらいつでも相談しろよ。ウザいくらいお節介焼いてやるから。
あたしはお前らニュージェネのファンだからな。それじゃ頑張れよ!」
最後に凛の背中を軽く叩いて、あたしも会議室を出た。ゆるキャラグランプリに出場は
出来ないけど、加蓮のサポートくらいなら出来るかな。千葉県民は千葉のゆるキャラしか
サポートしたらいけないって事はないよな?千葉のゆるキャラ…… いや、これ以上考え
たらヤバい気がする。それに『ヤツ』は非公認だから出られないはず……
「ん……?ったく、あいつはホントに……」
エレベーターを降りてふと出口を見ると、加蓮が自動ドアの前に立っていた。気付けば
外は暗くなってるし、一応あたしを待っててくれたのか?面倒見が良いんだか、それとも
ただの気まぐれなんだか。むすっとしてこっちを見てる加蓮に吹き出しそうになりながら、
あたしは少し早歩きで出口に向かった―――――
***
次の日の夜、風呂からあがってそろそろ寝ようかなとしていた時に、未央から電話が
かかってきた。アイドル活動が忙しいのか、未央が電話をかけてくるのは久しぶりだな。
「もしもし未央?どうした?」
『あ、奈緒ちゃん。今ちょっといいかな……?』
電話に出ると、未央はやけにしおらしい様子であたしの都合を聞いてきた。お前何か
悪いものでも食ったのか?いつもなら一方的にマシンガントークかますじゃねえか。
『も~っ!ちゃんとしろって言ったのは奈緒ちゃんでしょっ!だから私なりにイロイロ
考えて、しっかりやろうと思ったのに……』
電話口でぶつぶつ文句を言う未央。ああ、そういう事だったのか。そりゃ悪かったな。
かしこまられると不気味だけど、こいつも変わろうとしてるんだな。
『奈緒ちゃんはもう知ってると思うけど、私からも一応あの後の事を報告しとこうと
思ってさ。それに奈緒ちゃんにお礼も言っときたかったし……』
そりゃご丁寧にどうも。でもあたしは何も知らないぞ。結局イベントはどうなるんだ?
凛はちゃんとアシスタントの仕事に納得したのか?
『あれ?奈緒ちゃん北条さんから何も聞いてないの?』
なんであいつがそんな事を教えてくれるんだよ。別にあたしと加蓮は同じスクールに
通ってるだけで、友達ってわけじゃねえぞ。むしろいがみ合ってるしな。
『そうだったんだ。シティー○ンターコンビなんて呼ばれてたから、てっきり仲良しだと
思ってたよ。奈緒ちゃんクールなところあるし、あのコと気が合いそうじゃん』
確かにあたしも加蓮も醒めたところはあるけど、あたしはあんなにひねくれてないぞ。
それからそのコンビ名は広めるなよ。アイドルメーカーだけでも恥ずかしいのに、これ
以上おかしな呼び名がついてたまるか。加蓮も嫌がるだろうしな。
『あたしじゃなくてプロデューサーが言ってるしなあ…… おっと、話が脱線しちゃった。
ごめんごめん。イベントと凛の事だったよね』
おお…… いつもは話が脱線したらあたしが軌道修正するまでぐだぐだと続けるのに、
未央が自分から修正するなんて。それに凛の事もしぶりんって呼ばないし、なんだか
あたしの知ってる未央じゃないぞ。
『それでイベントの件だけど、今日凛とプロデューサーが北条さんの家に行って、正式に
東京代表の代役をお願いしたよ。北条さん引き受けてくれたんだって』
そっか。まあ予想はしてたけどな。加蓮はなんだかんだ言って凛の事を心配してるし、
凛に面と向かって頼まれたら断れないだろう。
『あの凛に言う事を聞かせるなんて、あのコ何者なの?凛は気が強いしプロデューサーに
怒られてもびくともしないのに、北条さんに怒られてかなり凹んでたよ?』
あいつは凛の姉ちゃんみたいなもんだ。どうやら凛の今の人格形成には、加蓮の存在が
かなり影響してるみたいだな。あの二人の関係はちょっと特殊だよ。
『あ、それプロデューサーも言ってた。北条さんは凛の分身みたいなものだって。凛の
足りない所は北条さんが全部持ってるんだって』
さすが本職のプロデューサーは分かってるな。上手く説明出来ないけど、凛と加蓮は
精神的に深い部分でつながってる。確か美嘉も前にそんな事言ってたっけ?今ならあの
二人が、スクールでぴったりダンスが合った理由もわかる気がする。
『ふ~ん、よく分からないけど、でも北条さんに負けるわけにはいかないよ!今の凛は
私と卯月と同じニュージェネのメンバーだし、凛の心のスキマは私達が埋めるよ!』
お前はどこぞの落とし神みたいに凛を攻略でもする気か。でもそうやってハッキリと
宣言すると頼もしいね。あれからニュージェネのメンバーで話し合いでもしたのか?
『うん。奈緒ちゃん達が帰ってから夜12時までぶっ通しで。それからご飯食べてお風呂
入ったから、今日はみんな寝不足でレッスンをキャンセルして9時過ぎまで寝てたよ。
プロデューサーはいつも通り仕事してたみたいだけど』
「無茶しすぎだろお前ら!? どんだけ話し込んでるんだよ!? 」
思わずツッコんでしまった。それからすげえなプロデューサー。電池で動いてるのか?
『あはは、でもいろいろ本音をぶっちゃける事が出来て良かったよ。卯月が凛を怒鳴って、
凛がブチ切れて、私が謝って、最後はみんなで大泣きして仲直りしたよ。みんな今まで
色々ガマンしてたんだ。プロデューサーも気付いてやれなくてごめんって謝ってたよ』
無理もねえよ。自分で選んだ道とはいえ、アイドルになってあまりにも生活環境が
変わったんだもんな。それだけでも大変なのにグループのリーダーやって、そのうえ
事務所を代表するユニットまでするなんて。あたしだったら耐えられないな。
『イヤイヤやらされてたわけじゃないけど、私達は今まで『ニュージェネレーション』を
演じていたんだ。ファンのみんなの為にレッスンを頑張って、同じグループのみんなの
お手本になれるように努力して、事務所の期待に応えようと一所懸命になって。それで
肝心のメンバーの事は後回しにしてたよ……』
未央が真面目なトーンで話す。島村さんも凛も未央も各グループのリーダーに選ばれる
くらいだから、ユニットを組ませたらそれなりに仲良くはやるだろう。タイプはバラバラ
だけど相性は良さそうだしな。しかしそこに全員甘えがあった。それなりに仲良く出来る
という事は、逆に分かり合う努力をしない。それでは相手の本心は理解出来ない。
「お前ら出会ってまだ1年もたってないだろうが。ニュージェネの活動もはじめたばかり
だし、お互いの事を知るのはもっと時間が必要だよ。お前とあたしも昔はケンカばっか
してただろ?やっぱりお互い本音をぶつけないと、ホントに仲良くなれねえよ」
『そういえばそうだったね。いつだったか、ふたりとも鼻血が出るまで殴り合ったよね。
凛と卯月ともあんな壮絶なバトルをすることになるのかな』
それはやめとけ。お前らは一応アイドルだろうが。青タン作ってステージに立ったら、
ファンはドン引きだ。言いたい事を溜め込むよりはいいけど、ほどほどにしとけよ?
『あはは、冗談だって♪ ありがと奈緒ちゃん。奈緒ちゃんのおかげで私達は前よりもっと
仲良くなれたよ。プロデューサーも奈緒ちゃんを『流石アイドルメーカーって呼ばれて
いるだけの事はあるな』って感心してたよ』
未央がしおらしくお礼を言う。あたしは大した事はしてねえよ。今回の功労者は加蓮だ。
あいつが凛の意識を変えて、あたしはその流れに乗っただけだよ。それにお前も島村さんも
よく頑張った。まぁ、あたしは最初から全然心配してなかったけどな!
『奈緒ちゃんはそう言うけど、私だってプレッシャーで眠れない事もあるんだよ?
アイドルのみんなとは仲良くやってるけどまだ付き合いは浅いし、美羽は後輩だから
悩みを相談したり頼ったりできないし……』
未央は小さい声でぼそぼそと言った。その声色はいつもの元気な様子と違って、少し
触れば壊れてしまいそうな危うさが含まれていた。
『ねえ奈緒ちゃん』
「な、なんだよ……?」
電話の向こうの未央が今どんな顔をしているか想像できない。怒っているのか、拗ねて
いるのか。もしかしたら泣きそうになってるかもしれない。
『奈緒ちゃんはいつの間にアイドルのレッスンスクールに通ってたの?プロデューサーに
言われるまで全然知らなかったんだけど、教えてくれてもいいじゃん……』
「そ、それは……」
そういえば言ってなかったっけな。別にあたしはアイドルになりたいわけじゃないし、
未央と美羽に変な期待をさせるのも悪いと思ったし……
『奈緒ちゃんは本当にアイドルにならないの……?もし奈緒ちゃんがアイドルになったら
美羽も喜ぶし、私もすごく……』
未央は言いかけてやめた。その質問が言葉通りじゃなくて、別の意図が含まれている事
くらいあたしにも分かる。これは凛が加蓮にした内容のない電話と一緒だ。つまり……
『なんてね♪ ウソウソ冗談だよっ!奈緒ちゃんには奈緒ちゃんの考えがあるんだよね?
ごめんね変な空気にしちゃって。それじゃそろそろ切るね!おやすみ~☆ 』
あたしが返答に困っていると、未央はいつものテンションに切り替わって強引に電話を
切った。あたしはスマホを耳にあてたまま、しばらく動けなかった。
「ぶっちゃけすぎじゃねえか未央。強がりやハッタリだって時には必要だぜ……?」
未央が凛と島村さんにそうなるように仕向けたのはあたしだけど、まさかあたしにも
そんな事を言うとは思わなかったぜ。あたしは一体どうすりゃいいんだ?
「あいつはどうするつもりなんだろ……」
ふと加蓮の事を思い浮かべる。加蓮は凛のSOSに応えた。今回の件であいつらの距離も
かなり近くなったと思うし、イベントが終われば加蓮はそのままCGプロに勧誘されて
アイドルになる可能性だってある。
「あいつと比べても仕方ないか。あたしはあたしだ……」
スマホを充電器にセットして、あたしは部屋の電気を消した。これでこのまま加蓮が
CGプロに所属して凛と同じアイドルになれば、あたしの目的は達成される。後は自然に
任せておけば、あたしがお節介を焼く必要はもうないかもしれない。
「未央、美羽、美嘉、唯、柚ちゃん、ついでに加蓮。みんな遠くに行っちまったなあ……」
加蓮とは別に一緒にいたいと思わないけど、あの減らず口が聞けなくなるのはちょっと
さびしいな。それに未央もこれからどんどんアイドルとして忙しくなるだろうし、さっき
みたいに気軽に電話をする事もなくなるだろうな……
「……………………………………寝るか」
その夜あたしは夢を見た。夢の中のあたしは、何故かアイドルとして凛と加蓮と一緒に
ステージ上でLIVEをしていた。未央と美羽だったらまだ分かるけど、どうしてあたしは
こんなめんどくさそうな奴らとユニットを組んでるんだ―――――?
***
それから数日が過ぎた。その間にあたしは美嘉の家で、スクールの卒業とCGプロ合格
祝いのパーティーをした。確か未央と美羽の時もこうやってお祝いしたっけな。
「頑張れよみんな!あたしも応援してるからな!」
あたしは明るく笑顔で3人を見送った。美嘉は最後まで何か言いたそうだったが、結局
何も言わずに東京に引っ越して行った。3人とも未央と美羽と同じパッションらしいけど、
美嘉達なら仲良くやるだろう。莉嘉ちゃんつながりですでに顔見知りだしな。
「よし!あたしも頑張らないとな!」
美嘉達はいなくなったけど、あたしがやる事は変わらない。スクールに通ってレッスン
を受けて、ついでに加蓮にお節介を焼くだけだ。
しかしそうは言ったものの、あたしのやる気は最低レベルまで下がっていた。これ以上
加蓮を構う必要はあるのか?あいつはもう凛に会って本音をぶつけた。凛も加蓮の気持ち
を理解してイベントの代役を頼んだ。すれ違っていたふたりの気持ちがひとつになるのも
時間の問題だ。いや、もうなってるかもしれない。
「もうこれ以上、あれこれとあたしがお節介を焼くのも野暮かな……」
そう考えるとスクールに行くのが面倒になって、あたしはパーティーの翌日にあった
レッスンを初めてサボった。元々アイドルを目指してたわけじゃないし、レッスンを
頑張っていたのも美嘉達が一緒にいたからで。自分でもびっくりしたけど、あたしは
1人になって思ったよりダメージを受けたらしい。
「いつの間にこんなに弱くなったんだよあたしは……」
これじゃ美嘉達に会わせる顔がねえ。加蓮の事は置いといて、とりあえず自分の事を
しっかりやろう。スクールもなんだかんだで一ヶ月以上続いたんだ。中途半端に辞める
のはもったいない気がするし、明日のレッスンはちゃんと受けよう。
ついでに加蓮がスクールに来ていたら、エールのひとつでも送ってやるか。ゆるキャラ
グランプリは明後日に迫っていた。あたしに応援されても嫌かもしれないけど、知らない
ふりをするのも悪いからな―――――
***
「ん?何やってるんだあいつは?」
次の日あたしがスクールに行くと、入口の前に加蓮が立っていた。加蓮は遠目に見ても
分かるくらい不機嫌な顔でうろうろしていたと思いきや、あたしを見つけるとまっすぐに
こっちに向かって歩いて来た。
「よ、よう。何か用か……?」
「…………」
加蓮は何も言わず、殺意のこもった鋭い目つきをあたしに向ける。な、なんだよ……?
あたし何かお前を怒らせるようなことしたか……?
「この前どうして休んだの……?」
「え……?スクールの事か……?」
あたしが聞き返すと加蓮は「そうに決まってるでしょ」と、イライラしながら答えた。
あたしがスクールを休むのとお前が怒るのと、どういう関係があるんだ?
「関係ないけど勝手に休まれたら困るのよ!」
加蓮の怒りが爆発する。お、おう…… そうなのか?よくわからねえけど、とりあえず
悪かったな。ごめん……
「だから関係ないって言ってるでしょっ!そうやって謝られるとまるでアタシがアンタに
会いたくてスクールに来てるみたいじゃない!」
加蓮が再び大声で怒鳴る。だから何をキレてるんだよお前は。理由を言え理由を。
「うるさいバカッ!明日朝8時にゆるキャラグランプリの会場に集合だからね!」
「はぁ!? お前もしかしてあたしにイベントに参加しろって言ってるのか!? 」
加蓮の口から出た言葉にあたしはびっくりした。来るなと言われるのは分かるけど、
まさか来いと言われるとは。昼くらいにのんびり見に行く予定だったんだが。
「アタシにだけこんなめんどくさい事させといて、アンタは高みの見物でもするつもり?
そんなの絶対許さないから。アンタアタシにお節介焼きたいんでしょ?だったらお望み
通り、たっっっぷりこき使ってあげる」
いやいや待て待て、言ってる事がおかしぞお前。大体あたしはお前にイベントの参加を
強要してないし、それに急に言われても何すればいいのかわかんねえよ。
「とにかくもう決定事項だから。それじゃアタシは明日の準備があるから帰るね。明日
遅れたら承知しないから!」
加蓮はそう言って、あたしに小さなメモを押し付けて帰って行った。開いて中を見ると、
そこには加蓮の電話番号とメアドが書かれていた。そういえばあたしあいつと連絡先を
交換してなかったっけ。登録しといた方がいいのかな?
「もしかしてあいつ、前回のレッスンの時にあたしを誘うつもりだったのか……?」
そう考えると、加蓮があんなに怒ってたのも納得できる。そりゃ悪いことをしたな……
……って!何であたしが悪いみたいになってんだよ!? 知らねえよそんなの!
「仕方ねえ、最後のお節介だ。一回くらいはあいつの言う事を聞いてやるか……」
あたしはやれやれとため息をついてスクールに入った。でもその一方で、あの素直じゃ
ない加蓮があたしを頼ってくれたみたいでちょっと嬉しかった。本人にそう言ったらまた
怒りそうだけど、ばっちり面倒みてやるから覚悟しろよ―――――
***
「やあ神谷さん!来てくれてありがとう!」
「はあ、よろしくおねがいします……」
そしてゆるキャラグランプリ当日、会場に到着すると元気いっぱいのプロデューサーに
満面の笑みで挨拶をされた。朝から元気っすね。あたしは6時起きでちょっと眠いぜ。
「北条さんはイベント用の衣装に着替えているから、ちょっと待っててくれないかな。
そうだ、忘れないうちにスタッフ証を渡しておくよ。それからイベントスタッフの
仕事をまとめたプリントも渡しておくから、しっかり読んでおいてくれ」
おお、それは助かるな。とりあえず加蓮のサポートをやっとけばいいかと思ってたけど、
プリントを読むとどうやらゆるキャラのサポートもしなければいけないらしい。保冷剤や
スポドリを準備したり、ふざけて危害を加えてくる客からゆるキャラを守ったりなどなど。
天気予報では今日は暑くなるらしいし、着ぐるみの仕事も大変だな。
「そういえばPさん、今更だけど東京代表のゆるキャラって何が出るんだ?あたしも
手伝うからにはグランプリを目指したいけど、ぶっちゃけ期待出来そうか?」
「安心してくれ。東京のゆるキャラランキングトップだし、2年前の大会では3位になった
実力者だ。北条さんもいるし優勝も夢じゃないさ!」
プロデューサーは自信満々に宣言した。それは頼もしいな。このイベントの主役は
ゆるキャラだし、ペアを組むゆるキャラの戦力が重要だ。
「あ、噂をすればゆるキャラさんのお出ましだよ。お~い!こっちこっち!」
そう言ってプロデューサーはあたしの後ろを見て手を振った。あたしも振り返る。
「は……?」
そこにいたゆるキャラを見て出た第一声がこれだった。ウソだろおい、これは何かの
ドッキリなのか?ああ、未央がまたつまらない冗談であたしをハメようとしてるんだな。
あいつにも困ったものだぜHAHAHAHAHA……
「改めて紹介しよう!東京代表ゆるキャラの『に○こくん』だ!神谷さんも知ってると
思うけど、2年前のゆるキャラグランプリでは3位に輝いた超人気キャラなんだよ!
今回のグランプリでも優勝候補にあがってるんだ!」
しかしあたしの希望はプロデューサーにぶっ壊された。いや知らねえし。あたしの前
には上半身を大きな被り物で覆って、下半身は灰色のピチピチのタイツを履いた変質者が
立っていた。こういう場所じゃなかったら通報されそうだな……
「あ!奈緒ちゃん!」
あたしが頭を抱えていると、未央と島村さんがやって来た。よお未央、アシスタントに
代わって良かったなお前ら。当初の予定通り凛がに○こくんと東京代表で出場してたら、
間違いなくニュージェネのイメージはダウンしてたぜ。
「そうかな?に○こくんモノトーンカラーでシブいし、スタイリッシュでカッコいい
じゃん。ふ○っしーよりはマシだと思うけど」
ゆるキャラの基準をふ○っしーで考えるなよ。あいつと比べたらどんなクリーチャー
でも可愛く見えるだろうが。こんなタ○ノ君みたいな不気味なゆるキャラ、出オチでも
笑えねえよ。ましてや人気者になれるなんて……
「わ~!に○こくんだ~!私本物のに○こ君見るの初めて~!」
「いっしょに写メ撮ってもらおっと。超カワイイ~!」
「絶対にく○モンに勝ちましょうね!私も応援してますから!」
ところがあたしの予想に反して、に○こくんは大人気だった。に○こくんが会場に
現れるやいなや、他の県の女の子やスタッフがに○こくんに集まり、一緒に写真を
撮ったり抱き着いたりしている。おいおい、お前ら頭大丈夫か?
「私もずっとファンでした!ぜひあなたの人気の秘訣を教えてください!」
ん?この声は確か…… に○こくんに集まった女の子達の中に、見慣れたお団子頭を発見
した。あたしはため息をついて、そいつの首をつかんで引っ張り出した。
「いたたたた!? なにするんですか!……って、あれ?奈緒さん?どうしてここに?」
「よお美羽。お前いつの間にふ○っしーからに○こくんに鞍替えしたんだよ?」
お団子頭の可愛い妹分はあたしの姿を見てびっくりした。それはこっちのセリフだよ。
お前の方こそ今日はゆるキャライベントに参加するのか?
「あれ?奈緒ちゃん聞いてないの?奈緒ちゃんの他にもCGプロの候補生がサポートで
協力してくれるんだよ。午前中は美羽で、午後からは埼玉トリオが来る予定だよ」
未央が横から教えてくれた。それは心強いな。美羽や美嘉達ならあたしも気兼ねなく
話せるし、一応配慮してくれたのかな?ちらっとプロデューサーを見ると親指をぐっと
立てて笑っていた。わざわざすみませんね。
「ゆるキャラは最近のブームですし、私も自分のアイドルとしての方向性やヒントを勉強
しようと思います!奈緒さんも今日はよろしくお願いします!」
美羽は元気よく頭を下げた。その姿勢はいいと思うけど、しかし勉強する相手はもっと
よく考えような?アイドルとしてに○こくんから得られるものは無いと思うぞ。
「あ、あの…… 奈緒ちゃん!」
久しぶりに未央と美羽と3人揃ったなと思っていたら、突然大きな声で島村さんに話し
かけられた。ど、どうしたんだ島村さん?ていうか『奈緒ちゃん』って……
「私の事も未央ちゃんや美羽ちゃんみたいに『卯月』って名前で呼んでくれないかな?
凛ちゃんも名前で呼んでるのに、私だけ苗字とさん付けでさびしいっていうか……」
い、いいのか?それはたまたま未央と美羽が幼馴染みだったからそうなっただけで、
あたしは別にアイドルでもないのに馴れ馴れしくないか?
「呼んであげてよ奈緒ちゃん。卯月も奈緒ちゃんと仲良くなりたいみたいだよ」
未央が笑いながらあたしに言った。そ、それじゃあ……卯月?
「うん!ありがと奈緒ちゃん!」
島村さん……いや卯月は、満面の笑顔であたしに抱き着いた。あたしの記憶では、確か
この子はもっと控えめな子のはずだったんだが……
「神谷さんのおかげだよ。君がこの前CGプロに来た時に、卯月に遠慮するなって言って
くれたからこの子は変われたんだ。それに未央もアイドルとして一回り成長した。この
二人のプロデューサーとして、改めてお礼を言わせてもらうよ」
プロデューサーはあたしに頭を下げた。いえいえ!あたしはそんなに立派な事はして
ませんよ!だから全然気にしないでください!
「そ、それにしても加蓮のヤツ遅いですね!あたしには遅れたら承知しないとか言ってた
くせに、どれだけ待たせるんですかねあいつは!」
この照れくさい空気を変えたくて、あたしは別の話題をふった。もうそろそろブースに
行ってスタンバイしとかしなくちゃいけないのに、いつまでかかってるんだよ。
「お待たせみんな。奈緒も来てたんだね」
するとちょうどその時、凛が加蓮と一緒に来た。どうやら凛は加蓮の衣装合わせに付き
合ってたらしい。加蓮の衣装はシンプルにシックなコーディネートで、メイクや髪型も
それに合わせて変えていた。それでも華やかに見えるのは流石だな。
「もっとオシャレが出来ると思ってたのに……」
「ゆるキャラより目立ってもダメだからね。に○こくんがモノトーン調だから、加蓮も
それに合わせて落ち着いた雰囲気でまとめないと」
ぶつぶつと文句を言う加蓮を、凛がなだめていた。この前は少しギスギスした感じに
なっていたけど、どうやらちゃんと仲直りしたみたいだ。加蓮もいつもよりトゲがない
感じだし、これならあたしも今日はやりやすくなって……
「暑い。のどかわいた。奈緒、スタッフセンターで水もらって来て」
前言撤回だ。やっぱりこいつ可愛くねえ。まぁ期待はしてなかったけどな。あたしは
自分が持っていたペットボトルを加蓮に放り投げてやった。
「なにこれぬるいんだけど。もっと冷たいやつないの?」
「うるせえ、文句があるなら自分でもらってこい」
加蓮とお互いに睨み合う。そんなあたし達を見て、凛はおかしそうに笑った。
「ふふ、ふたりはホントに仲が良いんだね」
「「はぁっ!? 」」
凛の言葉にあたしと加蓮は思わず同時に反応する。これが仲良しに見えるか?あたしは
早くもここに来た事を後悔してるんだが。
「よし!それじゃあ全員そろったし、もう一度ゆるキャラグランプリの作戦内容を復習
しておこうか!アピールポイントの確認やライバル県のチェックなど、イベント中も
やる事はいっぱいあるからな!」
プロデューサーがそう言って、あたし達は集まった。に○こくんを取り巻いてた子達も、
いつの間にか自分の担当する県に戻っていた。いよいよ始まるな。あたしは千葉県民
だけど、今日は東京のスタッフとしてをしっかりサポートするぜ―――――
***
「それじゃ私達はアシスタントの仕事があるから。加蓮も頑張ってね」
「インタビューガンガンつっこんでいくから、奈緒ちゃんもしっかり答えてね~☆」
「美羽ちゃんも頑張ってね!私もリポートしながら様子を見に来るから!」
ミーティングを終えて、ニュージェネのメンバーはイベント本部へと向かって行った。
あたしと美羽は加蓮とに○こくんを連れて、これから会場内を歩き回ってアピールだ。
「よろしくお願いしますね奈緒さん!加蓮さん!午後のパフォーマンスをたくさんの人に
見てもらえるように、いっぱいアピールしましょう!」
ゆるキャラグランプリのスケジュールは午前中に会場でファンサービスを行い、午後
からは特設ステージでパフォーマンスをしてグランプリを競う。に○こくんと加蓮が
どんなパフォーマンスをするのか分からないけど、あたしはあたしの仕事をやるだけだ。
「それじゃに○こくんを呼んでくるから、少しここで待っててくれ。悪いけど俺は
そのまま東京のブースに寄って、ついでにイベント本部で凛達の様子を見て来るから
午前中は戻れないんだ。本当に申し訳ないが、君達3人で頑張ってくれ!」
プロデューサーはそう言って、あたし達の前から走り去って行った。そういえばに○こ
くんいつの間にかいなくなってたな。ちなみに会場内では地元の特産品やゆるキャラグッズ
などの販売もしている。そちらはに○こくんサイドのスタッフの担当なのであたし達は
ノータッチだが、前を通ったらあいさつしとこう。
「準備はいいか加蓮。一応言っとくが、スクールみたいにサボりは許さねえからな」
「サボったのはアンタでしょ。今日は一日アタシのためにキリキリ働きなさい」
加蓮はマニキュアを塗った爪を確認しながら、やる気なさそうに言った。本当に大丈夫
かよこいつ。いざとなったら首に縄付けてでも引っ張っていくつもりだが。
「あ、に○こくん来ましたよ!それじゃ行きましょうかみなさん!」
美羽がぶんぶんと大きく手を振った先には、悪夢に出て来そうな灰色のクリーチャー
……じゃなくて東京No.1のゆるキャラに○こくんがスキップしながら向かっていた。
ダメだ、どう見てもあたしにはアイツの良さがわからん。ちらっと加蓮の方を見ると、
加蓮も眉間にシワを寄せていた。どうやらこいつもあたしと同じ気持ちみたいだな……
***
「見て下さい奈緒さん!ひこ○ゃんがいますよ!あっちにはせ○とくんもいます!あとで
握手してもらいましょうよ!」
「わかったわかった、おちつけ美羽。お前スタッフの仕事を忘れてないか?」
加蓮とに○こくんを連れて、あたしと美羽は会場内を練り歩く。美羽はさっきから他の
ゆるキャラやブースを見て大はしゃぎだ。すっかりイベントを楽しんでやがるな。
「あ、すみません。つい夢中になっちゃって……」
ふと我に返り、申し訳なさそうにしゅんとする美羽。くそ、かわいい。あたしも本当は
思いきり楽しみたいけど、加蓮もいるしスタッフとしてここは我慢しような。
「アタシの事なら気にしなくていいよ。せっかくのイベントだし、スタッフなんて奈緒
ひとりいれば十分でしょ。美羽ちゃんは楽しんできたら?」
ところが当の本人の加蓮はあっさり許可した。あたしをこき使う気満々だなこいつは。
実際そこまで忙しいわけじゃないから、1人でも十分サポート出来るけど。
「いえ、大丈夫です!1人で見て回っても面白くありませんから。久しぶりに奈緒さんと
ご一緒できたんだし、今日はせいいっぱいスタッフ頑張ります!」
美羽はそう言って、あたしの腕に抱き着いて来た。ちょ、恥ずかしいから離れろっての!
そりゃあたしもお前と一緒にいられてちょっとは嬉しいけどさ……
「ふ~ん…… ねえ、美羽ちゃんって奈緒と知り合いなの?」
あたし達の様子を見て加蓮が聞いてきた。そういえば言ってなかったっけ?未央とは
知り合いだと言ったが、美羽の事は候補生だし説明してなかった気もする。
「はいっ!奈緒さんには未央ちゃんと一緒に、小さい時からよくお世話になってました!
アイドルになる時もいろいろ手伝ってもらったし、お姉ちゃんみたいな人です!」
美羽が嬉しそうに答える。そういう風に紹介されると気恥ずかしいな。それに美羽が
アイドルになった時はほとんど未央任せだったから、あたしは特に手伝ってないぞ。
「そんなことありません!履歴書の自己PRとか面接の練習とか色々付き合ってくれた
じゃないですか!奈緒さんがいなかったら私はアイドルになれませんでしたよ!」
美羽が少し怒ったように言う。あんなのどうって事ねえよ。お前は素直で良い子だし、
未央と比べて手がほとんどかからなかったよ。未央の時なんて何度履歴書を一緒に書き
直したか。面接の練習もお前の倍以上はかかったぞ。
「今はまだ候補生ですけど、私も頑張って未央ちゃんみたいなアイドルになりますね!
それが私が奈緒さんに出来る恩返しですから。だから奈緒さんも頑張ってください!」
うんうん、そう言ってくれるとあたしも嬉しいぜ。お前だったらきっとすぐにデビュー
出来るさ。あたしもお前に負けないように頑張らないとな!
「……って、ん?おい美羽、あたしが一体何を頑張るんだよ?」
何気ない会話だったが、ふと何かがひっかかった。美羽はきょとんとした顔をして、
当たり前のように改めて言い直した。
「ですから、奈緒さんもアイドルを目指して頑張ってくださいね!奈緒さんなら一度
プロデューサーさんにスカウトされてますし、わざわざスクールに通わなくてもすぐに
アイドルになれそうな気がしますけど、そこは奈緒さんの考えがあるんですよね!」
「はぁ!? 」
美羽の言葉に思わず聞き返してしまった。どうやら美羽の中では、あたしはアイドルに
なる為にスクール通いをしてるという認識のようだ。いや、確かにそれが一般的だけど。
未央のやつ余計な事をしゃべりやがって。いや、プロデューサーか?凛かもしれん。
「ちょ、ちょっと待てよ美羽。あたしは別にアイドルになりたくてスクールに通ってる
わけじゃなくてだな……」
「え……?違うんですか……?私はてっきり、もうすぐ奈緒さんと一緒にアイドルが
出来ると思って楽しみにしてたんですけど……」
じわじわと目に涙が滲んでくる美羽。だああっ!? 落ち着け!それくらいで泣くなよ!?
ああもう!だから未央と美羽にはスクールに通ってるのを知られたくなかったのに!
「ま、まぁ最近は、ちょ~っとだけアイドルを目指してもいいかな~って思ってる気が
しなくもないこともないけどな!あたしもやる気になってきたというか……」
「ホントですか!じゃあ奈緒さんはアイドルになるんですね!やったあ!」
ケ口リと泣きやんで、はじけるような満面の笑みでピョンピョン飛び跳ねる美羽。いや、
だから可能性の話であって、まだそうと決まったわけじゃなくてだな……
「あ、そうだ!みなさんのど乾きましたよね!私水もらってきます!それともジュースの
方がいいですか?さっき愛媛のブースで冷やしたポンジュースとラムネが売ってました
から、そっちを買ってきます!」
あたしの話をろくに聞かずに、美羽はそのままダッシュして走り去って行った。ダメだ、
あいつすっかり勘違いしちまった。さて、どうしたものか……
「ねぇ、ちょっといい?」
あたしが美羽を悲しませない言い訳を考えていると、加蓮が話しかけてきた。なんだよ。
「アンタってCGプロにスカウトされてたんだね?それなのにわざわざアイドルのスクールに
通って、おまけにアイドルになるつもりはないとか意味わかんないんだけど」
うぐっ、反論できねえ…… い、いいだろ別に!あたしにもイロイロ事情があるんだよ!
「アンタ結局何がしたいの?自分がアイドルになる勇気が無いから、代わりにあのコや
未央ちゃんをアイドルにして、ちっぽけなプライドでも守ってるつもり?それで今度は
調子に乗って、アタシにまで世話焼いてアイドルにしようとしてるの?だとしたら、
ハッキリ言ってすっごく迷惑なんだけど」
加蓮が醒めた目であたしを睨みつける。こりゃ怒ってるな。ここで対応を間違えれば、
こいつはまたヘソを曲げてしまうかもしれない。凛の手前イベントをボイコットする事は
ないと思うけど。
「言っとくけど、アタシはアンタに懐柔されたわけじゃないからね。今回のイベントを
引き受けたのも自分で決めた事だし、もしアタシが凛と一緒にCGプロでアイドルに
なったとしても、それはアンタとは全く無関係だからね!」
加蓮はビシっとあたしを指さして、ハッキリと宣言した。あたしもお前がアイドルに
なったからって恩を売るつもりはねえよ。それより少し気になる事があるんだが。
「なあ加蓮、お前もしかしてCGプロからスカウトの話とか来てるのか?このイベントが
終わったらアイドルになるつもりなのか?」
あたしがそう聞くと加蓮は不機嫌そうにそっぽを向いて、ぶっきらぼうに答えた。
「凛がアタシとユニット組みたいってプロデューサーさんに言ってるんだって。アンタが
あのコを焚きつけたせいで、あのコ急にアタシにベタベタ甘えてくるようになったの。
プロデューサーさんもママもパパも乗り気だし、このイベントが終わったらそのまま
アイドルにさせられそうなんだけど、一体どうしてくれるのよ?」
へえ、あの凛がねえ。道理でさっきイベント用の衣装に着替えて来た時に、お前らの
距離が近いと思ったぜ。でもそれをあたしのせいにされても困るな。それにお前さっき
自分がアイドルになったとしても、あたしは関係ないって言ったばかりじゃねえか。
もしかしてその腹いせに、今日はあたしを呼びつけたのか?
「昨日も言ったけど、アンタだけ高みの見物なんて許さないから。アイドルメーカーだか
なんだか知らないけど、アタシは自分だけアイドルにさせられるつもりはないからね。
アンタもアタシと同じ苦労を味わえばいいのよ」
加蓮はふんっ、と鼻を鳴らす。いや、アイドルにさせられるって。スクールの子達が
聞いたら怒るぞ。それにお前だって、このイベントを引き受けた時点である程度は予測
出来ただろ?あたしに八つ当たりされても困るぜ。
「やれやれ、少し暑くなってきたな。そろそろ休憩入れようか」
あたしはそう言って、日陰のベンチに加蓮を誘った。ふと気が付くと、に○こくんが
おろおろした様子で立っていた。ああ、そういえばお前もいたんだな。すっかり忘れて
いたぜ。心配すんなって。別にケンカしてねえし、するつもりもねえよ。ただちょっと
ゆっくり座って話をするだけさ―――――
***
「お前が言った通りあたしはアイドルになるのが怖くて、自分の代わりに未央達やお前の
背中を押してるだけなのかもしれねえな。あたしは未央や美羽みたいに素直じゃないし、
言葉遣いも悪くて女っぽくないからな」
ベンチに加蓮と二人で並んでゆっくり話をする。に○こくんはあたし達の少し前で、
休まずにお客さんにサービスをしている。この暑いのに元気だなアイツ。
「でもあたしがそれ以上に怖いのは、あたしを慕って頼ってくれたあいつらを助けてやれ
ない事なんだ。未央はアイドルになりたいって願っていた。美羽は自分らしさを求めて
いた。凛と美嘉達はお前の事を心配していた。だから手を貸したんだ。それだけだよ」
あたしは前を向いたまま話をする。加蓮も同じ姿勢で、隣で黙って聞いていた。
「お前からしたらいい迷惑だっただろうけどな。でもいつだったか、お前と二人で
ファストフードで話した時に、あたしはお前にも手を貸してやりたいって思ったよ。
凛や美嘉の事とか抜きで、本心からお前に協力したいって思ったんだ」
あたしがそう言うと、加蓮が驚いた顔でこっちを見た。
「なんで?どうしてそう思ったの……?」
そんなに驚く事か?二人でいるとついケンカになる事が多いけど、あたしは別お前の事
キライじゃないぜ。いつもクールで強がってる所とかカッコいいと思うし。
「は、はぁっ!? い、いいいきなり何言ってんのよ!アタシもあんたも女でしょ!? 」
あたしの言葉に顔を真っ赤にしてあたふたする加蓮。いや、とりあえず落ち着けよ。
お前何か変な勘違いしてねえか?『キライじゃない』=『スキ』じゃないぞ。
「紛らわしい事言わないでよ!それで結局アンタはアタシをどうしたいのよ!」
急にブチ切れる加蓮。あれ?何であたしが怒られてるんだ?これって理不尽じゃね?
「別にどうするつもりもねえよ。あたしはただお前と凛に話をさせたかったんだ。お前を
アイドルにしようとか、そんな大層な事は考えてねえ。強がるのも悪くないけど、心を
許して素直になる事だって必要だろ?」
凛は加蓮の事を必要以上に心配していて、加蓮は凛に認めて欲しいと思って必要以上に
気を張っていた。でもお互いに素直になれずに、気持ちがすれ違ったまま延々とそれを
続けていたら、きっと二人ともダメになっていただろう。
「たったそれだけのために、アンタは今までアタシを構っていたの……?」
「笑いたきゃ笑えよ。お前が美嘉達やあたしの言葉に耳を貸さないから、そうするしか
なかったんだろうが。余計なお節介なのは分かってたけど、みんなお前の事を黙って
見てられなかったんだよ。結局お前は自力で解決しちまったけどな」
あたしもあれこれお節介を焼いてみたけど、加蓮にはことごとく突っぱねられていた。
それどころかウザがられていたし、嫌がらせとあまり変わらなかったな。
「今までいろいろ余計な事をして悪かったな。このイベントが終わったら、もうあたしは
お前に構わねえよ。あ、そうしなくてもお前はCGプロに行くから、スクールにはもう
来なくなるのか。ちょっと早いけど、卒業おめでとさん」
あたしはそう言って加蓮に笑いかけてやった。あたし達は結局仲良くなれなかったけど、
お前をあれこれ構うのは楽しかったぜ。それにお前も凛の為とか言いながら、あれだけの
技術を身につけたんだ。きっといつかは凛とユニットも組めるさ。
「……ンタって……アンタって……ッントに…… 」
加蓮は下を向いてぶるぶる震えていた。「アンタに言われなくてもそうするわよ」とか
「うるさいのがいなくなって清々するわ」みたいな憎まれ口が返ってくるかと思いきや、
意外な反応だな。どうしたんだ?
「アンタはどうしてそんなにバカで無神経でお節介なのよ!」
あたしが顔を覗き込もうとすると、加蓮は急に顔を上げてあたしの胸ぐらをつかんだ。
な、なんだよいきなり!や、やんのかコラ!
「ふええぇぇぇぇん……」
ところがあたしが身構えようとしたら、加蓮はそのまま泣き出した。ええぇぇぇえっ!?
今の会話のどこに泣く要素があったんだよ!? ていうか何で泣いてんだよ!?
「うっさいバカ!アンタってホントバカ!好き勝手にアタシの心を散々ひっかき回して
おいて、結局最後は見捨てるの!? だったら最初から構わないでよ!」
加蓮はぼろぼろと涙をこぼしながら、力いっぱいあたしを怒鳴りつけた。今までで一番
鋭い目つきで、あたしは思わず背筋が寒くなった。ヤベえ、このままじゃ殺されかねん。
でもそれ以上にヤバいのは……
「は、はぁ!? な、何言ってるんだよお前!? あたし達は女同士だろうが!? 見捨てるとか
心をひっかき回すとか言われても、あたしにそんな気はねえよ!」
「バカ!そういう意味じゃないよバカ!バカバカバカバカバカバカバカッ!」
加蓮はバカバカ言いながら、あたしの胸に顔を埋めて泣き続ける。ほっ、よかった。
どうやらあたしの勘違いだったみたいだな。でもそろそろカンベンしてくれないか?
に○こくんも心配してるし、周囲の視線が痛いんですけど。この構図はどう見ても、
別れ話を切り出された彼女が彼氏に泣きついてる光景なんだが。
「ア、アンタが変な事を言うからでしょバカ!そんなんじゃないし!」
加蓮はようやくいつもの冷静さを取り戻したみたいで、慌ててあたしから離れた。もう
バカでも何でもいいから、とりあえず説明してくれよ。
「うっさい。アンタに説明する事なんて何もないよバカ。ホント信じらんない……」
ところが加蓮はそっぽを向いたまま、何も答えてくれなかった。おいおいそりゃないぜ。
ヒント!せめてヒントだけでも教えてくれよ加蓮様!
「何のヒントよバカ。でもこのままじゃムカつくから、面白いコト教えてあげる」
加蓮は少し赤い目をしたまま、あたしの目をまっすぐに見た。何か嫌な予感がする。
「このイベントにアンタを呼んだのはアタシじゃないよ。サポートしてもらうのはアタシ
だから最終的にはアタシの判断に任せられたけど、アタシにアンタを誘って欲しいって
頼んだのはCGプロだよ」
「なん……だと……?」
加蓮の口から出た言葉に、あたしはただ驚くだけだった。でも確かに昨日突然誘われて、
今日そのまま参加出来るなんていくらなんでもおかしい。それに美羽や美嘉達の都合も
合わせているあたり、組織ぐるみの犯行のニオイがする。
「CGプロってどういう事だよ!? 未央か?凛か?それともプロデューサーか?」
「さあね。でもCGプロの紹介でこのイベントにスタッフとして参加した以上、アンタも
覚悟した方がいいよ。アタシもアンタをこのまま逃がすつもりはないからね」
加蓮はそれだけ言ってベンチから立ち上がった。そういえばあたし達は今、CGプロの
人間と仕事をしてるんだっけ?プロデューサーもニュージェネも美羽も全員CGプロだし、
その中にアイドルスクールに通ってるあたしと加蓮がいれば、将来そのままCGプロの
アイドルになるって思われるのが普通じゃねえのか……?
「こんな当たり前の事に今更気付くなんて、あたしってバカなのか……?」
おまけに美羽にさっきアイドルになるかもなんて言っちまったし、外堀がどんどん埋め
られている気がする。いや、あたしが勝手に堀の内側に飛び込んだ感じだけど。
「奈緒さ~ん!大変です~!」
あたしが頭を抱えていると、美羽がジュースを持って息を切らしながら戻って来た。
ど、どうしたんだよ美羽!何かあったのか!?
「はい!ふ○っしーが会場に乱入してきました!あちこちのブースに自分のDVDや
グッズを勝手に置いて、おまけに他のゆるキャラを次々と倒してパートナーの子達を
ナンパしまくってました!どうやら午後のグランプリに出場する気みたいです!」
なにぃっ!? 大事件じゃねえか!! あのヤロウ、いくら非公式でゆるキャラグランプリに
出場出来ないからって強硬手段に出やがったな!悪ふざけにしても度が過ぎてやがる。
こうしちゃいられねえ、すぐに現場に向かうぞ美羽!
「ちょ、ちょっとどこ行くのよアンタ達!アタシ達のサポートはどうするのよ!? 」
加蓮が慌ててあたし達を引き留めようとする。うるせえ!それどころじゃねえんだよ!
これはあたしと美羽だけじゃなくて千葉県全体の問題だ。これ以上千葉のイメージを
下げられてたまるか!千葉県民を代表して、あたしが責任を持って駆除してやる!
***
「ヒャッハーッ!! どいつもこいつも大したことないなっしーっ!! おとなしくしっぽ巻いて
地元に帰るなっしーっ!! 」
あたしが到着した先では沢山のゆるキャラが倒れていて、その中心にカンに障る甲高い
声で笑うふ○っしーの姿があった。生で見るとキモさとウザさが5割増しだな。
「お嬢さんっ!! そいつらとペアを解消してふ○っしーと一緒にグランプリに参加する
なっしーっ!! ふ○っしーの方が強くてカッコいいなっしーっ!! 」
ふ○っしーはゆるキャラのパートナーの女の子に声をかけまくる。しかし女の子達は
自分のゆるキャラをしっかり守りながら、必死で抵抗していた。
「我らに触れるな!そなたのような低級悪魔など、煉獄の炎で消し炭にしてくれるぞ!」
「これ以上メ○ン熊をいじめるなら、私もバロッツァ……戦い、ます」
「ふ、ふえぇぇ……あ、悪霊退散!悪霊退散!せ○とくんは私が守ります……!」
「……みんな何となく絡みづらいなっしー。他の子にするなっしー」
いや、お前がそれを言うのかよ。お前ほど絡み辛いやつもそうそういねえよ。それに
ふ○っしーと絡むとマイナスになりそうだし、他の子達もふ○っしーから逃げ回っていた。
ほっ、どうやら進んでふ○っしーに接触する変人はいないみたいだな。このまま諦めて
帰ってくれればいいんだけど……
「あ、ゆるキャラさん達が楽しそうにお相撲をしてますね♪ カメラさん、ちょっと
インタビューしてみましょう~♪」
「げ……っ!? 」
あたしが安心しかけたその時、にこにこしながら卯月がマイクを持ってカメラクルーと
一緒にやって来た。しまった!こいつがいたか!相変わらず間が悪いというか天然ボケと
いうか、この状況を見て楽しそうだと解釈するのがまずおかしいだろ!?
「ヒャッハーッ!ニュージェネの卯月ちゃんなっしーっ!ふ○っしーは卯月ちゃんと
ペアを組むなっしーっ!」
「え?わ、私はアシスタントで……きゃあ!? 」
ふ○っしーは素早い動きで卯月に近づくと、そのまま抱き着いて頭の上に担ぎあげよう
とした。ヤバい!あれ以上持ち上げられたら卯月のスカートの中が丸見えになっちまう!
会場のカメコ共も一斉にカメラを構える。お前ら全員逮捕されちまえ!
「させるかあ―――――っ!! 」
あたしは卯月の腰に抱き着いて、一気にふ○っしーから引きはがした。しかしそのまま
勢いあまって、卯月を抱きかかえたまま倒れそうになる。ヤベえ!せめて卯月がケガを
しないようにあたしが下にならないと……!!
「奈緒ちゃん!」
「奈緒さん!」
しかしあたしが覚悟を決めたその時、どこからか現われた未央と美羽がギリギリの
ところであたし達をキャッチしてくれた。ナイスタイミングだぜお前ら!
「サンキュー助かったぜ未央、美羽!」
あたしは未央達にお礼を言った。もう大丈夫だ卯月。お前のスカートの中は守られた!
「むきーっ!ジャマをするななっしーっ!お前らに用はないなっしーっ!卯月ちゃんを
ふ○っしーに渡すなっしーっ!」
卯月をガードするあたし達に向かってふ○っしーが怒る。うるせえ!とっとと諦めて
千葉に帰れ!いや、帰って来なくていい!梨の妖精なら鳥取とかに移籍させてもらえ!
「ちょっとふ○っしー!同じニュージェネなのに、卯月は良くて私はダメってどういう
事よ!? 言っとくけど私の方が卯月よりスタイル良いんだからね!」
ふ○っしーの言葉に未央がキレる。ふ○っしーは未央を見て鼻で笑うと、
「あれ?ニュージェネって卯月ちゃんと凛ちゃんのシティーガールコンビじゃなかった
なっしー?どうしてもって言うなら、特別にパートナーにしてやってもいいなっしー。
ふ○っしーのパートナーが務まればの話だけどなっしー♪」
と、実に腹の立つ裏声で挑発した。未央は顔を真っ赤にして激怒する。
「上等じゃないふ○っしーのくせに!だったら私の実力を思い知らせてあげるよ!」
鼻息を荒くしてふ○っしーとペアを組もうとする未央を、あたしは美羽と卯月と一緒に
後ろから全力で引き留めた。
「落ち着け未央。みすみすあいつに乗せられてるんじゃねえよ」
「でも奈緒ちゃん!あそこまでバカにされて私黙ってられないよ!」
涙目になってあたしに抗議する未央。相変わらず素直で単純だなお前は。あたしは
未央の頭をぽんぽんと撫でてやると、ゆっくり言い聞かせた。
「あいつはああやってお前を挑発して、お前らニュージェネに絡もうとしてるんだよ。
冷静になって考えてみろ。あいつの目的はグランプリに出ることじゃなくて、ここで
ひと暴れして自分を売り込む事だ。だからここは無視するのが正解だ」
そもそも非公式で出場資格すらないのに、会場で手当たり次第ナンパしてゲットした
パートナーで出場出来るかよ。いくらなんでもフリーダムすぎるだろうが
「千葉のゆるキャラのくせに、千葉出身の未央を知らないなんてモグリかよ。まさか
そんな半端な地元愛で、千葉のゆるキャラ名乗ってねえよな?」
あたしはそう言ってふ○っしーの方を見た。ふ○っしーはちっと舌うちをした。
「勘の良い女の子は嫌いなっしー。女の子はピュアで素直でちょっとバカなくらいが、
可愛くてちょうどいいなっしー」
あたしもそう思うぜ。ここ最近ムダに頭の良いひねくれ者と一緒だったから、ついつい
深読みするようになってな。あたしは未央達を背中に回して、ふ○っしーと対峙した。
「お前の負けだぜふ○っしー。もう警備スタッフも来てるし、潔く諦めな」
周りを見渡すと、騒ぎを聞きつけた警備スタッフ達がふ○っしーを取り囲むように
じりじりと集まっていた。あたしは未央達に離れるように小声で指示した。
「ぐぬぬ……こうなったら……」
ふ○っしーは小さくつぶやくと、いきなりその場で高く飛び跳ねた。そして取り押さえ
ようとするスタッフ達を俊敏な動きで次々とかわし、一直線にこっちに向かって来た。
「最後に卯月ちゃんか未央ちゃんと熱いハグをして、明日の三面記事トップを飾ってやる
なっしーっ!! ゆるキャラグランプリの主役はふ○っしーなっしーっ!! 」
「うぇっ!? ちょ、ちょっと……」
猛ダッシュで迫ってくるふ○っしーに驚いて、その場で固まる未央達。卯月もあまりの
恐怖に足がすくんだみたいで、突進してくるふ○っしーから逃げられなかった。
「はっ!そうくると思ったぜ!」
しかしこれは予想していた。あたしはふ○っしーの前に立ちはだかると、全身を使って
その突進を受け止める。足を地面に思い切り踏ん張って、3メートルほどずり下がりながら
未央達のギリギリ前で止まる。こう見えても昔から足腰は強いんだよ!
「未央、美羽、卯月!そこから離れろ!」
あたしがふ○っしーの頭を抱きかかえたまま叫ぶと、未央達は慌てて避難した。さて、
これで遠慮はいらねえな。覚悟しろよてめえ……
「な、何をするつもりなっしー……?」
ニヤリと笑ったあたしに、ふ○っしーは身の危険を感じたみたいで慌てて離れようと
じたばたもがく。しかしあたしががっちり頭を抑えているので逃げられなかった。
「喜べよ。お前の望み通り、ド派手な写真で明日の新聞に載せてやるよ。同郷のよしみだ、
心してあたしの熱い気持ちを受け取れ!」
あたしは片手でふ○っしーの頭を抱えたまま、空いたもう片方の手でふ○っしーの腰の
あたりをつかみ、気合を入れて一気に垂直に持ち上げた。そしてそのまま、ふ○っしーを
背中から地面に叩きつけた。
「くらえっ!背面落下式ブレーンバスターッ!! 」
「ぐはぁっ!? 」
ずどんっ、と鈍い音がして、ふ○っしーは静かになった。着ぐるみだしダメージは緩和
されるだろうから、多少は無茶しても大丈夫だろ。一応頭も守ってやったしな。いてて、
あたしも腰を打っちまったぜ。
「これでも手加減してやったんだ。しばらくそこでじっとしてろ」
仰向けに倒れたまま咳込んでいるふ○っしーを見下ろして、あたしは服の土を払った。
するとその瞬間、あたし達を取り囲んでいたギャラリーから歓声があがる。よせやい、
照れるぜ。おいカメラ、ちゃんと撮っただろうな?二度はやらねえぞ。
未央達の方を見ると、未央達3人と一緒にいつの間にか来ていた加蓮とに○こくんが
あ然とした顔でこっちを見ていた。いつの間に来てたんだよお前。
「アンタ……一体何やってんの……?」
加蓮が信じられないと言いたげな目であたしに聞いてきた。なんでもねえよ、ちょっと
ゆるキャラとプロレスごっこしてただけさ。に○こくんも置き去りにして悪かったな。
「さ、仕事に戻ろうぜ。未央もあれで勘弁してやってくれよ。お前の仇もきっちり討って
おいたからよ。だからもうあいつと絡むんじゃねえぞ」
あたしがそう言うと、未央は「しかたないなあ」とため息をついて小さく笑った。
「やっぱり奈緒ちゃんには敵わないや。うん、わかった!ありがと!」
礼には及ばねえよ。80パーセントくらいはあたしの私怨みたいなもんだしな。ああいう
芸風なのは分かるけど、あまり悪ふざけが過ぎるとあたしも黙ってないぜ。
「さぁ、こっちへ来い!」
「逃げようなんて思うなよ。しっかり歩け!」
「ううぅ……無念なっしー……」
警備スタッフ4人に脇を固められて、ふ○っしーは会場の外へ連行されていく。ふぅ、
一時はどうなるかと思ったけど、これでイベントの平和と千葉の名誉は守られたな。
「あれれ?奈緒さん、なんだか様子が変ですよ?」
しかしほっとしたのも束の間、美羽がふ○っしーの方を指さす。その先では、小学生
くらいの小さな女の子が、ふ○っしーと警備スタッフの前に立っていた―――――
***
「ふ○っしー……つれていかれちゃうの……?」
警備スタッフの前に立ちはだかったひとりの女の子が、寂しそうにぽつりと言った。
「あきまへんえ雪美はん、スタッフはんが困っとるやないですか」
少し様子を見てると観客の中から着物姿の高校生くらいの女の子が来て、雪美ちゃんと
呼ばれた女の子の横に並んだ。そしてスタッフ達に頭を下げる。
「すみませんでした。この子ふ○っしーはんのファンでして、本物のふ○っしーはんに
会えて嬉しかったんやと思います。でもふ○っしーはんは悪いことしはったんやし、
残念やけど仕方ありませんなあ。ほなブースに帰りましょか、雪美はん」
おっとりとした京都弁で、着物姿の女の子は雪美ちゃんの手を引いた。雪美ちゃんは
手を引かれながら、涙の滲む目であたしを睨みつけた。うぐっ、何だか罪悪感が……
「ねーねー晴ちゃん、ふ○っしーつれてかれちゃうのー?」
「仕方ねえだろ。あいつウチのバ○ィさんも倒したんだし、ジゴージトクってやつだぜ」
するとその様子をあたし達の近くで見ていた小学生の女の子が、付き添いの友達っぽい
同じく小学生くらいの女の子と話していた。スタッフ証を見ると、どうやら愛媛代表の
子達らしい。
「でもバ○ィさんゲンキだよ?みんなで仲良くおすもうさんごっこしてただけだよね?
ふ○っしー悪いことしてないのに、どうしてつれていかれるの?かおるもちょっと
つれてかないでっておねがいしてみるー!」
「あ、おいちょっと待てよ薫!バ○ィさんどうすんだよ!」
愛媛の子を慌てて追いかけながら、晴ちゃんと呼ばれた女の子はちらっとあたしに
「なんとかしろよ」と言わんばかりの目でアイコンタクトしてきた。いや、そんな目で
こっちを見るなよ。こんな様子でひとり、またひとりと小さな子達がふ○っしーの所へ
集まり、スタッフ達を取り囲んで連れて行かないでとお願いしはじめた。
「いや~、小さい子には大人気だねふ○っしー……」
未央が苦笑いをしながらぽりぽりと頭をかく。まずい、この流れは非常にまずい……!
このままふ○っしーを帰してしまうと、あたしだけじゃなくて未央達まで悪者にされて
しまう危険性がある。だんだんふ○っしーに同情的な空気が形成されつつあるし、純粋
無垢な子供達のお願いをスタッフ達も断れずに困り果てていた。
「な、奈緒ちゃんは悪くないよ!奈緒ちゃんは私達を守る為にやってくれたんだから!
私達の事ならぜんぜん気にしなくていいよ!」
「そ、そうだよ奈緒ちゃん!それにふ○っしーに自分の所のゆるキャラをいじめられた
子達は、みんな奈緒ちゃんに感謝してるよ!元々あっちが悪いんだしさ!」
卯月と未央がフォローをしてくれる。そ、そうだよな!元々あっちが突っ込んできたん
だし、ちょっとやりすぎた気もするけど不可抗力だよな!未央達の言葉にあたしは一瞬
安堵しかけたが、しかしそれを許さない奴がいた。
「どう言い訳しても状況は変わらないでしょ。あの子達から見たら、アンタは大好きな
ふ○っしーをいじめた悪者だよ。こっちの事情や言い分は通用しない。アンタだけじゃ
なくて、一緒にいるアタシ達も同じ悪者になるね」
加蓮がジトっとした目であたしを見る。だったらお前とに○こくんは遠巻きに見とけよ。
あ、でもサポートスタッフとしてあたしがついてるとどのみち一緒か。
「ちょっと北条さん!そんな言い方はないんじゃないの!? 奈緒ちゃんだって好きであんな
事をしたんじゃないよ!」
「どうだか。アタシには楽しそうにプロレス技をかけてるように見えたけどね。それより
アンタも自分の事を心配をした方がいいんじゃない?少しでもイメージが悪くなると、
今後の活動に影響するんじゃないの?凛もアンタ達にアシスタントをやらせた責任を
感じると思うよ」
「そ、それは……」
加蓮に怒ろうとした未央だったけど、逆に言いくるめられてしまった。やめとけ未央、
お前じゃそいつには敵わねえよ。それに加蓮の言ってる事は何も間違っちゃいないしな。
あたしは自分の引き起こした軽率な行動の責任を取らないといけない。
「なぁ加蓮、ちょっといいか」
「何よ」
あたしは覚悟を決めて、加蓮に向かって話した。
「さっきの話の続きだけどさ、結局あたしはお前がどうして怒ったのかわからねえんだ。
心をひっかき回すとか見捨てるとか言われても、全然心当たりがないしな」
「……あっそ。それでその話が、今の状況とどう関係あるわけ?」
加蓮はムスっとした不機嫌な表情であたしを睨みつけた。まあ怒らずに最後まで聞けよ。
あたしもなんの脈絡もなしに、お前にこんな話をしないからさ。
「でもお前があたしに何をして欲しいかは何となくわかった気がするぜ。お前はさっき
『自分と同じ苦労を味わえ』ってあたしに言ったよな。つまりお前はスタッフとして
じゃなくて、あたしにもゆるキャラグランプリに出場して欲しいんだな?」
「はぁ?いや、アタシが言いたいのはそうじゃなくて……」
加蓮は目をぱちくりさせて、慌てて否定しようとする。いやいや言い訳しなくていいぜ。
ごめんな察しが悪くて。お前はあたしに生温い手助けをして欲しいんじゃなくて、一緒に
同じ場所で戦って欲しいんだよな。だったらやってやろうじゃねえか。
「美羽、加蓮とに○こくんの事は任せたぞ。あたしがいなくてもしっかり二人をサポート
出来るよな?未央と卯月も心配すんな。きっちり落とし前をつけてくるからよ!」
あたしはそう言って、ふ○っしーの所へ走った。なぁ加蓮、お前はあたしの事を高みの
見物をしてると非難したけど、あたしも中途半端な気持ちで他人にお節介を焼いている
つもりはねえよ。いつだって真剣な気持ちで相手と向き合ってるつもりだ。だから加蓮、
あたしの覚悟をしっかり見とけよな!
「おうふ○っしー、ファンサービスは終了だ。そろそろ行こうぜ」
「ひぇっ!? な、なんのことなっしー……?」
いきなりあたしに話しかけれて、ふ○っしーはびくっと身を震わせた。こりゃ相当警戒
してるな。安心しろ、もう投げ飛ばしたりはしねえよ。
「決まってるだろ?イベント本部にグランプリ出場の申請だよ。お前あたしと一緒にペア
組むって約束したじゃねえか。さっきの衝撃で忘れちまったのかよ?」
「な、ななななっし―――――っっっ!? 」
ふ○っしーはびっくりして飛び跳ねた。あたしは極上のスマイルで笑いかけてやる。
もちろんそんな約束はしていない。しかしこの場を収め、未央達を守るにはこうするしか
ない。あたしがペアを組んでふ○っしーとゆるキャラグランプリに出場することで
ふ○っしーファンの子供達は喜び、未央達に向けられた非難の目もかわす事が出来る。
「いや~、さっきのブレーンバスターも練習した甲斐があったよな!すみませんお騒がせ
しちゃって。さ、まずは他のゆるキャラに謝りに行こうな!」
ふ○っしーにヘッドロックをかけながら、あたしはずりずりとその場から連れ出した。
警備スタッフさん達はぽかんとした顔でこっちを見ている。一か八かだったけど、うまく
行ったみたいだな。ふ○っしーはまだ状況が理解出来てないみたいで「???」と考えて
いる。お前には悪いが、こうなったら最後まで付き合ってもらうぜ―――――
***
「ふーん、奈緒は加蓮よりふ○っしーの方が大事なんだ。奈緒だったら加蓮のサポートを
任せても大丈夫かなって思ってたのに、裏切られた気分だよ」
「いや、これには色々事情があってだな……」
イベント本部に到着したあたしを待ち構えていたのは、マイク席に座ってジト目で睨む
凛だった。ちなみにふ○っしーは本部の別室で、他のゆるキャラ達とパートナーに狼藉を
はたらいた件について怖いスタッフのおじさんにシメられている。あたしはお咎めなしで
ほっとしていたら、凛の尋問が待っていた。
「そもそもどうして奈緒がふ○っしーのパートナーになる必要があるの?奈緒がわざわざ
泥をかぶらなくても、本部スタッフに任せたらよかったのに」
「返す言葉もねえ…… あの時はとにかく何とかしなくちゃいけないと思って、ついカっと
なってやっちまったんだ。反省してる……」
凛の言う通り冷静になって考えれば、別にあたしが何かをしなくてもよかっただろう。
主催者側もふ○っしーが参加していない事について多くの問い合わせを受けていたので、
いくつか対応策を考えていたらしい。
「ふふっ、でもそうやって頑張っちゃうのが奈緒なんだよね。加蓮の言ってた通りだよ」
そう言って凛はくすくすと笑い出した。なんだかよくわからないけど、どうやら機嫌を
直してくれたみたいだ。で、あいつが何を言ってたって?
「この前プロデューサーと一緒に加蓮の家に行った時に、加蓮は奈緒の事を色々と話して
くれたよ。奈緒はいつも誰かにお節介を焼く事ばかり考えてるって。普通は自分の事を
第一に考えて行動するはずなのに、理解出来ないってさ」
あいつの目にはあたしはそう映っていたのか。褒められてるのかバカにされてるのか
わかんねえけど、別にあたしはそこまで自己犠牲の精神に溢れてねえよ。
「よくもあんなヤツをアタシに押し付けたなって、加蓮に怒られちゃった。今まで無理
しないでテキトーにやってきたのに、奈緒のせいでそうもいかなくなったって」
凛がおかしそうに笑う。いや、あたしにはあいつが変わったようには見えないけどな。
あたしがあれこれ構ってもいつも涼しい顔してスルーしてるし。
「そんな事ないよ。私の知ってる加蓮はドライな性格だし疲れる事は嫌いだから、いくら
私がお願いしても今日のイベントの代役は断っていたと思うよ。あの子は情に流される
ような子じゃないし、嫌な事は嫌ってはっきり言うから」
今回のイベントの仕事はスクールで踊るのとはわけが違う。朝から晩まで丸一日拘束
されるし、屋外のきつい日差しの中で歩き回ってサービスしなければならない。休憩は
自由だがかなりハードで、健康な人間でも熱中症になる危険性だってある。
「加蓮はいつもまず自分の事を第一に考えてるの。別に悪い意味じゃないよ?病弱だった
あの子には、普通の生活を送るのは私達より難しい事だったから。病気が原因で仲間
はずれにされた事もあるし、基本的に全部自己責任って考えなんだ」
そういえばスクールでも1人だったよなあいつ。自分の事がままならないのに、他人を
構う余裕なんてないか。それで自分本位の性格になったんだな。
「だから加蓮は積極的に他人と関わろうとしないし、ましてや他人の為に何かをしようと
したりしないの。それなのに今日は私の代わりを引き受けてくれた。どうして?」
凛はそう言ってあたしの目をまっすぐ見た。いや、そんな事聞かれてもわかんねえよ。
「ふふっ、私も加蓮に聞いたんだけど、そしたら加蓮は奈緒の『熱血お節介ゲジ眉病』が
感染したからって言ってたよ。だから奈緒なら分かると思ったんだけど」
「ケンカ売ってんのかあいつ!? だからゲジ眉じゃねえって言ってるだろうが!! 」
あの野郎、涼しい顔してそんな事を考えていたのかよ!それから凛も笑いすぎだ!
「ふふふっ、ごめん…… でも奈緒のおかげで加蓮はこうしてここに来てくれたんだし、
昔よりも頼もしくなったよ。だから私も、加蓮を信じて頼ってみようと思ったんだ。
あんなにしっかりした姿を見せられちゃったらね」
凛は会場内を映しているモニターのひとつに目を向ける。そこには美羽とに○こくんと
一緒に、笑顔で手を振って歩いている加蓮の姿が映っていた。よしよし、美羽もしっかり
加蓮とに○こくんをサポートしてるみたいだな。
「心配してないって言ったらウソだけど、私も奈緒みたいに加蓮としっかり向き合って
みようと思ってさ。病弱な子として気遣うんじゃなくて、ひとりの友達としてね」
それは良い事だな。加蓮もずっとそれを望んでいたし。しかしお前も随分成長したな。
この前CGプロで見た時は、もっとガキっぽくて危うい感じがしたけど。
「別にあたしは加蓮に特別な事をしたわけじゃねえよ。お前や未央達と同じように普通に
付き合って、普通にお節介を焼いただけだ。それに元々あいつはそんなにヤワじゃねえ。
なんせニュージェネの渋谷凛の親友だからな!」
あたしはそう言って凛に笑いかけた。凛も同じように笑い返す。やっぱりもっと笑顔を
見せてくれた方がいいぞお前。美人なんだからさ。
「さて、ぼちぼちふ○っしーのお説教も終わったかな。それじゃそろそろ行ってくるよ。
飛び入り参加なんてかなり無茶な話だったのに、本部にかけあって話を通してくれた
Pさんには頭が上がらないぜ。ホントはちゃんと会ってお礼が言いたかったけどな」
「気にしなくていいよ。むしろ卯月と未央を守ってくれて、感謝するのはこっちの方だよ。
プロデューサーも奈緒にありがとうって伝えてくれって言ってたよ」
あたしとふ○っしーが本部に来た時には、既にエントリー用紙と新たな千葉県代表の
名札が準備されていた。優秀なプロデューサーだとは聞いていたが、仕事が早すぎるぜ。
まるでこうなる事を予測していたみたいだ。
「あ、そうそう、お前に聞きたい事があったんだ」
「なに?」
本部を出る前に、あたしは加蓮が言ってた事を聞いてみた。
「今回のイベントにあたしを呼んだのはCGプロらしいな。お前とプロデューサーが加蓮
に頼んだのか?別にあいつに頼まなくても、未央に伝えてくれたら良かったのに」
おかげであたしはあいつに理不尽にキレられたぜ。スクールサボってすれ違いになって、
待ちぼうけ食らわせたのがいけなかったんだろうけどさ。
「え?私達は加蓮に奈緒がイベントに参加したがっているから、連れて来てもいいかって
お願いされたんだけど。それでプロデューサーが喜んでOKを出して、スタッフとして
奈緒を出場者リストに登録したんだよ」
凛はきょとんとした表情で答える。なんだそりゃ?言ってる事が正反対じゃねえか。
「いくらプロデューサーが奈緒を狙っていても、こっちが加蓮にイベントの代役をお願い
しているのにそんな失礼な事しないよ。加蓮が気を悪くするじゃん」
確かにそれもそうだよな。だったらどうして加蓮はそんなウソをついてまで、わざわざ
あたしを呼んだんだ?一体何を考えてるんだよあいつは―――――
***
「え~、ふ○っしーグッズはいりませんか~?DVD『ふ○のみくす』好評発売中で~す。
他にも色々グッズもありますよぉ~」
凛と別れて本部を出た後、あたしはふ○っしーグッズを載せたリアカーを引きながら
ふ○っしーとグッズ販売をしていた。
「ヒャッハーッ!! これで堂々とて営業出来るなっしーっ!! 売り子もゲットしたし、今日は
ふ○っしーパワー全開でアピールしまくるなっしーっ!! 」
「あたしは売り子じゃねえ!それからお前も引けよな!」
ふ○っしーは飛び入り参加のうえにブースを持たず、協力してくれるスタッフもいない
ので必然的にパートナーのあたしが全てサポートする事になる。でもあたしにリアカーを
引かせて前で飛び跳ねてるふ○っしーを見てると、だんだんムカついてきた。
「ちょ、ムリムリムリ!! 入らないなっしーっ!! 」
「うるせえっ!多少形が変わっても問題ないだろうが!根性見せろよ!」
あたしはリアカーの持ち手の中にふ○っしーを無理矢理押し込む。ふ○っしーが無断で
他の都道府県ブースに置いていた自分のグッズは、本部スタッフによって全て撤去された。
売りたいなら自分で捌けという事で、あたし達はリアカーを借りて販売しているのだ。
「でもお前、勝手に他の県のブースに自分のグッズを置いてどうやって売上を回収する
つもりだったんだよ?ネコババされてもわからねえじゃねえか」
「元々最初から回収する気はなかったなっしー。今日のイベントに持って来たグッズは
全部ブースにあげるつもりだったなっしー。ゆるキャラも自治体のスタッフさん達も
みんな頑張ってるし、ふ○っしー人気のおすそわけなっしー」
バカなのか太っ腹なのかよくわからないけど、案外良い所あるじゃねえか。てっきり
売名行為だけをしに来たと思ってたのに、ちょっと見直したぜ。
「ホレるなよ奈緒ちゃん。ふ○っしーはみんなのアイドルなっしー」
「調子に乗ってんじゃねえよ。ほらさっさと行くぞ」
あたしは額の汗を拭きながら、ふ○っしーと会場を歩いた。加蓮はちゃんと休憩取って
いるかな。そろそろ12時だし、美羽と美嘉達がサポートを交代する時間だな―――――
―――
「奈緒~★」
グッズを5割くらい売って日陰で休憩していると、美嘉が手を振りながらやってきた。
おう、久しぶりだな!あれ?唯と柚ちゃんはどうしたんだよ?
「あの二人は加蓮のサポートやってるよ。それでアタシが2人の分まで奈緒にアイサツに
来たワケ。柚も唯もはりきっちゃってさ、アタシやる事ないよ★」
あははと笑う美嘉。へぇ、そうなのか。特に柚ちゃんは面接の件以来、加蓮にすっかり
なついてるらしい。あの時の恩を返すのには良い機会だよな。
「それより聞いたよ奈緒。ふ○っしーと一緒にゆるキャラグランプリに出るんだって?
そういえばふ○っしーいないケド、どこ行ったの?」
「あいつならトイレだよ。ゆるキャラのトイレは着ぐるみ脱がないといけないから時間が
かかるんだよ。それであたしはここでグッズ見張りながら休憩してるってワケだ。でも
遅いなアイツ。どっかでまた他のゆるキャラに絡んでいるんじゃねえだろうな」
あたしがやれやれとため息をつくと、美嘉は面白そうに笑った。
「相変わらず面倒見が良いんだね奈緒は。アタシ達の次はふ○っしーをアイドルにする
つもりなの?アイドルメーカーさん★」
「そんなつもりははなっからねえよ。あいつはもうとっくにゆるキャラ界のアイドルだ。
それにお前らはあたしが何もしなくても、アイドルになってたじゃねえか」
あたしがそう言うと、美嘉は「ううん」と否定した。
「奈緒がいなかったらアタシ達は3人一緒にアイドルにはなれなかったよ。もしあの時
柚が面接に来なかったら、柚はきっとそのままアイドルにならなかったと思う。唯も
柚がいなかったらアイドルになってもすぐ辞めちゃってたかもね。そしたらアタシも
楽しく活動出来なかったと思うし」
柚ちゃんを面接に送ったのは加蓮だけどな。でも加蓮がそうしたのも、元々はあたしが
理由らしい。本当か分からないが、凛の言った通り加蓮はあたしに影響されてるのか?
「それでみんな元気にやってるのか?バラバラになっちゃったし、本格的にアイドルの
レッスンに専念する事になるとスクールよりキツいんだろ。大丈夫か?」
「うん。みんな頑張ってるよ。時間が合えば一緒にゴハン食べたり、他の候補生のコも
入れてダベったりしてるし。美羽ちゃんともすっかり仲良しになったしね★」
それは良い事だな。美羽はちょっとずれた所があるけど、良いヤツだから可愛がって
やってくれ。あ、あいつの方が一応事務所の先輩なのか。でも間違いなく美嘉達の方が
アイドルとしての実力は高いだろうな。頑張れ美羽……
「そんな事ないよ。美羽ちゃんの実力は奈緒と未央のお墨付きだしね★ あ、そうそう、
そういえば奈緒に会わせたいコがいるんだった★」
美嘉はいたずらっぽくニヤリと笑った。なぜだろう、イヤな予感がする……
「お~い美嘉~!アタシ達を置いて先に行くなよ~!」
「その子が神谷奈緒ちゃん?ふふっ、ちっちゃくて可愛いのね。キスしてあげよっか♪」
あたし達が話をしていると、二人組の女子高生が声をかけてきた。1人はストレート
ロングの色黒で、もうひとりはショートカットの色白だった。両方とも美人でスタイルも
良くて、普通の女子高生とは明らかに違うオーラを放ってる。あれ?あたしこの二人を
どっかで見た事あるぞ。確かファッション誌か音楽の雑誌で……
「……って!? 松永涼と速水奏じゃねえか!! 美嘉の知り合いだったのか!? 」
思い出した!色黒の方は松永涼で、関東の学生バンド選手権でベスト8だったか4まで
行ったバンドのボーカルだ。それから色白の方は速水奏で、ティーン向けファッション誌
から火がついて、大人向けドレスまで着こなしていた読者モデルだ。最近は活動してない
のか二人とも見かけなかったけど、まさかこんな所で会えるなんて……
「お、アタシの事を知っていてくれたのは嬉しいな。バンドはちょっと音楽性の違いって
やつで解散しちまってさ。それで今はアタシCGプロで候補生やってるんだ」
「私もモデルに飽きちゃって、アイドルやってみようかなって思ってCGプロに入ったの。
ほんのちょっとだけど、○△スクールにいた事もあるのよ?」
「奏は入って2ヶ月くらいでやめちゃったけどね。アタシもCGプロに入ったら奏がいて
びっくりしたよ★ 加蓮とも1ヶ月くらいかぶってたよね?」
3人は楽しそうに笑う。マジかよ、この二人もCGプロだったのか。こんなセミプロまで
在籍してるなんて、一体どういう事務所なんだよ……
「この二人が奈緒を紹介してほしいってアタシに頼んできたから連れて来たの。今話題の
アイドルメーカーがどんなコか、ナマで見てみたいってさ★」
美嘉はそう言ってあたしにウィンクした。勘弁してくれよ、妙なプレッシャーで胃が
痛くなってきたぜ。あたしは3人を前にして、乾いた笑いしか出なかった―――――
***
「へえ、もっといかつい女を想像してたけど案外普通だな。5人もアイドルにした凄腕の
アイドルメーカーには見えねえや」
松永さんがあたしの頭からつま先まで見て感想を言った。どんなイメージだよ。
「ふふっ、凛が一目置いてるだけあって可愛いコね。でもちょっと意外だわ。凛は加蓮
みたいな美人系のタイプが好きだと思ってたんだけど」
速水さんがあたしの頭を撫でる。悪かったな美人じゃなくて。でも加蓮よりあたしの
方が可愛げがあるだろ?あいつの愛想のなさは超高校級だからな。
「あはは★ アンタのお節介も超高校級なんですけど~★」
美嘉が大笑いした。う、うるせえ!超高校級のギャルみたいな見た目してるくせに!
「なかなか面白そうなヤツだな。ニュージェネのライブの打ち上げに乗り込んで凛に
土下座させたり、コンサートスタッフのオッサンをステージから投げ飛ばしたり、
武勇伝は色々聞いてるぜ。かなりロックな人生送ってるんだってな」
「私はスクールで初日に大暴れして、レッスン生を全員子分にしてボスに君臨してるって
聞いたわよ。私もスクールを続けてたら、あなたの子分にされていたのかしら?」
ちょっ!? ちょっと待て!! 黙って聞いてれば色々とおかしい!! いつの間にあたしが凛に
土下座させた事になってんだよ!? それにスクールでもボスになってるわけじゃねえよ!!
確かに暴れたけどあれはああいう作戦で、美嘉達も協力してくれて……
「ていうか美嘉あぁっ!! お前全部ウソだって知ってるだろうがぁっ!! そこで笑ってないで
あたしと一緒に誤解を解いてくれよぉっ!! これはお前らの名誉もかかってんだぞっ!? 」
「いや~アタシもビックリしちゃって★ 奈緒の武勇伝(笑)はCGプロの中じゃかなり有名
だよ★ 他にも『ゴッドマザー』とか『ベトナム帰りの軍隊育ち』とか、スゴすぎて唯と
柚と大笑いしちゃった★ 凛も一緒に笑ってたよ★ 」
てへっ★と笑う美嘉。お前らも面白がってるんじゃねえよ!! 凛もそれでいいのかよ!?
せめて神谷奈緒は普通の女子高生だって訂正だけはしてくれ……
「いや、普通の女子高生はふ○っしーにブレーンバスターしないだろ。女子プロレスラー
ばりにバッチリ決まってたぜ。さすがふ○っしーのパートナーに立候補するだけの事は
あって、他の代表よりぶっ飛んでるな」
松永さんがニヤニヤ笑う。うげ、見られてたのかよ。褒められているのか馬鹿にされて
いるのか悩むところだな。
「でも加蓮も負ける気はないみたいよ。ここに来る前に加蓮と話したんだけど、あなたと
グランプリで戦う事になった以上、あなたより上の順位に立ってやるって燃えてたわ。
あのコにあんな顔があるなんてびっくりしちゃった」
速水さんがクスクス笑いながら言った。はぁ?なんだそりゃ?あたしは別になりゆきで
グランプリに出場する事になっただけで、あいつとケンカするつもりはないんだけど。
「おいおい、そんなつまんねー事言うなよ。なりゆきだろうがその気がなかろうが、一度
ステージに立てばそこは戦場だぜ?本気でグランプリを獲りに行かないと観客もしらけ
ちまうし、ペアを組んでるふ○っしーだって悲しむぞ」
松永さんに怒られてしまった。そ、そりゃ優勝とまではいかなくても、あたしも出場
するからには真剣にやるけどさ…… でもあんまり期待すんなよ?まだあたし達はどんな
パフォーマンスをするかも決めてないんだから。
「大丈夫だって。ふ○っしーとアイドルメーカーなんだから何をしても伝説になるぜ。
凛達やPサンもどんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみだって言ってたし、
アタシも客席で応援してるからガツンと決めてくれよ!」
松永さんはそう言って、豪快に笑って帰って行った。ついでに帰り際にふ○っしーの
グッズを沢山買ってくれた。候補生に不気味なものが好きな友達がいるらしい。
「ふふっ♪ 私も楽しみにしてるわよ。それから加蓮にも最後まで付き合ってあげてね。
あのコはあなたに構ってほしいのよ」
速水さんがこっそり教えてくれた。それはねえよ。あたしが勝手にあいつのサポートを
ボイコットしたから、きっとただ単に怒っているだけだと思うぜ。
「その事も文句言ってたけど、でも加蓮寂しそうだったわよ?あなたがあのコを捨てて、
ふ○っしーに浮気なんてするから悪いのよ」
気色悪いこと言うな。何だそのアブノーマルな二股は。一方は同じ女(しかもキツイ)、
もう一方はゆるキャラ(しかもキモい)なんて、どっちを選んでも修羅の道じゃねえか。
「いいじゃない。愛の形は人それぞれよ。私も涼と一緒に応援してるから頑張ってね♪」
あんたの応援は松永さんのやつとは違う気がするな。結局速水さんはそのまま妖しい
笑みを浮かべながら、『ふ○のみくす』を買って帰って行った。まいどあり~
「なんなんだあの二人は。言いたい事だけ言って帰りやがって……」
なんだかどっと疲れた。ニュージェネのメンバーとは普通に話せるのに、あの人達だと
緊張するのもおかしな話だが。未央や凛は年下で妹みたいに感じているからかな。
「うぷぷぷぷ★ すっかり期待されちゃってるね~★ どうするナオギく~ん?」
美嘉がのぶ代ボイスでからかってくる。誰がナオギくんだコラ。いつまで超高校級の
絶望になりきってるんだよ。
「どうするって言われても、やるしかねえだろ。しかし加蓮も一体何を考えてるんだ?
グランプリで対決とか、あいつそんなに熱いキャラじゃねえだろ」
そんなにあたしとケンカしたいのか?「一緒に頑張ろうね奈緒♪」なんて気色悪い事は
言わないと思ったけど、露骨に敵意を向けなくてもいいじゃねえか。
「あはは★ あのコは何でもいいからアンタに自分の事を見て欲しいんじゃないかな?
加蓮も素直じゃないからさ★ 」
美嘉が面白そうに笑う。そうなのか?あたしはてっきりお節介を焼きすぎて、あいつに
鬱陶しがられてると思ってたんだけど。それじゃまた構ってやればいいのか?
「そうじゃなくてさ、あのコはアンタとただ普通に……」
美嘉はそこまで言いかけて、あたしをちらっと見て言うのをやめた。なんだよ?
「なんでもない。アタシが余計な事言ったら、アンタまた加蓮にお節介焼いちゃうし★
そしたらあのコの頑張りがムダになっちゃうんじゃないかな~って思ってさ★ 」
何だそりゃ?さっぱり意味が分からねえ。つまりあたしはあいつにお節介を焼かない
方がいいのか?もったいぶらずに教えてくれよ。
「やだよ~★ 悪いけどアタシ今は東京のサポなんだよね★ だから加蓮の味方なの。
まぁアンタは余計な事考えずにふ○っしーとグランプリ目指したら?それが加蓮が
望んでる事だし、アンタも一応出場者なんだからさ★ 」
結局それ以上、美嘉は何も教えてくれなかった。よくわかんねえけど、でもあいつとの
戦いに決着をつけるには良いかもしれない。勝負を挑まれた以上あたしも遠慮しないぜ。
まがりなりにも千葉代表になったんだし、いっちょビシっと決めるか。
「わかったよ、加蓮に首洗って待ってろって伝えてくれ。後で泣いても知らねえからな」
凛も見てるし、今日くらいは加蓮に花持たせてやろうと考えてたけどやめだ。ホントに
最後まで可愛くねえヤツだな。お望み通り勝負してやるよ。
「うぷぷ★ 果たしてこれが最後になるかな?アタシにはアンタと加蓮が、これからずっと
なが~い付き合いになりそうな気がするんですけど~★ 」
美嘉がニヤニヤと笑う。ああ、あたしも不思議とそんな予感がしているよ。だからこそ
今日ここでどっちが上かハッキリさせてやる―――――!
***
『会場の皆様に連絡します。間もなく、ゆるキャラグランプリ開催の時間となります。
出場者の方はメインステージへお集まり下さい。ご来場のお客様は係員の指示に従って、
列を守って観客席に順番にお座り下さい―――――』
そしていよいよ、ゆるキャラグランプリ本戦の時間になった。凛のアナウンスに従って
各都道府県のゆるキャラと出場者達はメインステージへ集まる。会場中央にあるステージ
には既に多くの観客が集まり、ゆるキャラ達のパフォーマンスを今か今かと待っていた。
「おいマズいって!もうすぐグランプリはじまるぞ!いい加減パフォーマンスを何やるか
決めないとヤバいって!」
「だからさっきから言ってるなっしーっ!ここは『く○モン体操』しかないなっしー!」
「ダメに決まってるだろうが!何で他県の代表のネタをパクるんだよ!そんな事したら
あたしまで熊本のゴス口リちゃんに怒られるじゃねえか!」
ちなみにあたし達はグランプリ直前になってもパフォーマンスが決まらず、ステージ裏
で揉めていた。元々飛び入り参加同士の急造チームだ。一緒にパフォーマンスを練習する
時間はもちろん、打ち合わせすらしていないぶっつけ本番だ。
「最初から会場で派手に大暴れしてつまみ出される予定だったから、パフォーマンスを
やるなんて計算外だったなっしー……」
「どんだけヨゴレ役に徹してるんだよ。もうちっとファンや地元に愛されるゆるキャラを
目指そうぜ。とりあえずパクリ芸は却下だ。何か持ちネタはないのか?」
「だったら『梨汁プシャー』とか……」
「あたしにもそれをやれって言うのかよっ!? ぶん殴るぞてめぇっ!! 」
ネックになっているのが、あたしも一緒にパフォーマンスをしなきゃいけない事だ。
ふ○っしーだけなら勝手にやればいいけど、あたしまでやったら会場はドン引きだ。
それにあたしも一応花も恥じらう女子高生なんだぞ!まだ女捨ててねえ!
「千葉県代表の方~、パフォーマンスの順番を決めますのでくじを引いてくださ~い☆ 」
あたし達がギャーギャーケンカしてると、未央がくじの入った箱を持ってやって来た。
や、やべえ…… せめて最後の方を引いて時間稼ぎしないと……
「がんばってね奈緒ちゃん!応援してるよ!」
未央がまぶしい笑顔でこっちを見る。くそっ、こいつ他人事だと思いやがって……
あたしは神様に祈りながら、箱に手を突っ込んで一気にくじを引いた。
「おりゃっ!どうだっ!」
手に持ったくじを未央に渡す。未央は小さく折りたたまれたくじを丁寧に開いた。頼む
神様、出来れば40番台、いや、せめて20番以降にしてくれ……!!
「わぁっ!さすが奈緒ちゃん!1番を引くなんて持ってる女は違うね~!」
「「 へ? 」」
未央の言葉にあたしとふ○っしーは思わず聞き返した。悪い、周りの雑音がひどくて
よく聞こえなかった。何番だって?
「だーかーらーっ!1番だよ1番!すごいよ奈緒ちゃん!47枚の中から1番を引き当てる
なんて、これはグランプリも夢じゃないかもね!」
未央が大きな声であたしが引いたくじを見せてくれた。そこには確かに「1」と書かれ
ていた。ちょ、ちょっと待て!あたし達はまだ何も出し物決めてないって!頼むもう1回!
1回だけでいいからやり直させてくれぇ~っ!
「あれ~?未央ちゃ~ん、千葉県代表はふ○えもんと太田さんのペアだよ?奈緒ちゃんと
ふ○っしーは飛び入り参加だから最後だって言われてたじゃない」
「あれ?そうだっけ卯月?」
しかしどうやら天はあたしを見捨ててなかったようで、ひょっこり現れた卯月によって
あたしの引いたくじは無効となった。ありがとう卯月様、まるで天使に見えるぜ……
「ごめんごめん、それじゃあ頑張ってね奈緒ちゃん。ラスト楽しみにしてるよっ♪ 」
柚ちゃんみたいにてへっ☆ と舌を出して、未央は笑顔で去って行った。お前はしっかり
確認しろよ。危うく心臓が停まりそうになったじゃねえか……
「あ、あぶなかったなっしー…… でも奈緒ちゃん、ラストになったとはいえこのままじゃ
決まらないなっしー。そろそろ決めないといけないなっしー」
わかってるよ。でもトリを飾る事になったから、適当なパフォーマンスは出来ねえぞ。
パクリや下ネタなんて絶対にダメだ、最後らしくキッチリ〆ないと……
「あ………… ふ○っしー…………」
あたし達がうんうん悩んでいると、どこからか走って来た小さい女の子がふ○っしーに
抱き着いた。ん、この子どこかで見たような……
「雪美ちゃん、他の代表の人に迷惑かけたらあきまへんえ。あら、ふ○っしーはんやない
どすか。グランプリ出られるようになったんどすなあ~」
女の子の後を追って、着物姿の女の子がやって来た。胸には京都代表のバッジが付いて
いる。ああ思い出した、この子は確か連行されるふ○っしーを引き留めた女の子だ。一般
来場者じゃなくて、このイベントの出場者だったのか。
「おろ?ねえさんがふ○っしーはんのペアになったんどすか。妙な事もあるんどすなあ」
着物姿の女の子はあたしの顔をまじまじと見て、不思議そうに言った。ああ、全くだよ。
そういうあんた達もグランプリに出るんだな。
「ご挨拶が遅れました。うち、京都代表の小早川紗枝いいます。そんでふ○っしーはんに
ひっついとる子が佐城雪美ちゃんどす。雪美ちゃんは京都のスタッフはんの娘さんで、
うちの可愛いお手伝いさんどす」
紗枝ちゃんはぺこりと頭を下げた。あたしは神谷奈緒だ。よろしくな。
「お互い頑張りましょな奈緒はん。ほら、雪美ちゃんも奈緒はんにあいさつし」
紗枝ちゃんはちょいちょいと雪美ちゃんを呼び寄せる。雪美ちゃんはちらっとこっちを
見ると、あたしの前に来て何か言いたそうにもじもじした。うん?どうしたんだ?
「さっきはにらんだりして…………ごめんなさい…………」
なんだそんな事か。心配しなくても全然気にしてねえよ。普段からもっと目つきの悪い
ヤツに睨まれてるから、あんなの可愛いもんさ。
「よしよし良い子だな雪美ちゃんは。そのまま素直にまっすぐ大きくなってくれよ」
「わかった………… 奈緒………… 」
うんうん、呼び捨てでも全然OKだ。雪美ちゃんなら許す!あたしは雪美ちゃんの頭を
撫でていると、ふと良い事を思いついた。
「そうだふ○っしー!あたし達のパフォーマンス、雪美ちゃんに決めてもらおうぜ!」
「じぇじぇじぇなっしーっ!? 」
ふ○っしーはびっくりして、その場で1.5メートルくらい飛び跳ねた。雪美ちゃんと
紗枝ちゃんも目を丸くして驚いてる。
「いいじゃねえか。元々雪美ちゃんに引き留められなかったら、お前はこのイベント会場
から追い出されてたんだぜ?どうせあたし達だけじゃ決まる見込みはねえんだ。ここは
お礼も込めて、雪美ちゃんのリクエストに応えてやろうじゃねえか!」
雪美ちゃんなら良識のある良い子だし、きっと子供らしい可愛い意見を出してくれるさ。
それにお前のファンは小さい子に多いんだ。だったらそんな子達が喜ぶパフォーマンスを
してあげないと、せっかく来てくれたちびっ子達に悪いだろ。
「それもそうなっしー。それじゃあ雪美ちゃん、ふ○っしー達に何をして欲しいか言って
欲しいなっしーっ!! 」
ふ○っしーもあたしの意見に大賛成した。雪美ちゃんは少し困ったような顔をして、
「ほんとにいいの?」と聞きたそうにあたしと紗枝ちゃんを見た。
「遠慮しなくていいぞ雪美ちゃん。大丈夫だ!ふ○っしーほどじゃないけど、あたしも
ダンスレッスンで体を鍛えてるからさ!」
あたしはふんっ!と力こぶを作る。雪美ちゃんはあたしの二の腕をつんつんとつついて
「やわらかい……」とつぶやいた。ま、まぁふ○っしーくらいなら持ち上げられるぞ!
「じゃあ…………テレビで見たやつ…………お願いしてもいい…………?」
雪美ちゃんは一点の曇りのない澄んだ瞳をあたしに向ける。お、子供向けの番組か?
魔法少女の決めポーズでも、戦隊ヒーローの必殺技でも何でもいいぞ。むしろあたしは
そっち方面のスペシャリストだから、どんな年代でも完璧に出来るぜ!
しかし雪美ちゃんの口から出たのは、あたしの想像を絶するようなとんでもないもの
だった。小さい子の何にもとらわれていない柔軟な発想っていうのは、素晴らしいけど
恐ろしいものだと、あたしとふ○っしーは身を以て思い知る事になった―――――
***
『――――さんありがとうございました。続きましてはエントリーNo.20番、岩手代表の
及川雫さんと『わん○きょうだい』の皆さんです。それではどうぞ!』
『はーい♪ いくよみんなー!ふぁいとー!もー♪ 』
ゆるキャラグランプリ開会式を終えて、イベントが始まってからおよそ1時間が過ぎた。
場内のアナウンスによると、現在ステージでは20番目の岩手県代表のパフォーマンスが
行われているらしい。今で大体半分終わったところか。思ったよりペースが早いな。
「おいふ○っしー…… 大丈夫か……?」
「な、なんとか大丈夫なっしー…… でもそろそろ限界なっしー……」
「あたしも一緒だよ…… 久しぶりにやると結構キツいなこれ……」
あたしとふ○っしーはステージから少し離れた広場で、二人でパフォーマンスの練習を
していた。会場内の人達はほとんどステージに集まっているので辺りには誰もいない。
「まさかあの可愛い雪美ちゃんが、こんな過激なパフォーマンスを要求するとはな……
すまねえふ○っしー、完全にあたしの見込み違いだった…… 」
「気にしなくていいなっしー…… ふ○っしーも賛成したんだし、キツイのはお互い様
なっしー…… それにこのパフォーマンス、確かに小さい子は喜ぶなっしー…… 」
あたし達は地面に仰向けになって倒れていた。体力的にも気力的にも、これ以上練習
するのは無理だな。後は本番に備えて体力回復に充てようか……
「それがいいなっしー…… 一応念のためにトイレに行っておくなっしー。最悪着ぐるみの
中ならバレないけど、後々の営業が辛いなっしー……」
「ああ、そうした方がいいと思うぜ。その着ぐるみ一点ものだろ?あたしはステージに
行ってるぜ。紗枝ちゃんも見に来てくれって言ってたしな……」
ふらふらとトイレに向かうふ○っしーを見送って、あたしもよろよろと立ちあがった。
確か京都代表は31番だっけ?ステージまでゆっくり歩いて行っても余裕で間に合うな。
てゆうか走るのはキツい。ふ○っしーよりはマシだけど、あたしも気分悪いし……
「あ!なっちゃんこんなところにいた!もう、どこ行ってたの~!」
「ずっと探してたんだよ奈緒さん!ふ○っしーは一緒じゃないの?」
あたしがステージに向かって歩いていると、唯と柚が走って来た。よう、美嘉の次は
お前らか。久しぶりだな……
「ん~?なんだかなっちゃん顔色わるいよ~?だいじょうぶ~?」
唯が大きな目であたしの顔を覗き込む。ああ、問題ない。さっきまでふ○っしーと
パフォーマンスの練習をしてて、ちょっと体力を使いすぎちまってな。本番までには
元気になっておくから、楽しみにしといてくれよ。
「無理しないでね奈緒さん。加蓮さんとの勝負で気合が入るのはわかるけどさ……」
「心配してくれてありがとな。大丈夫、あたしもふ○っしーもそんなにヤワじゃねえよ。
加蓮サポーターのお前らには悪いけど、勝つのはあたしとふ○っしーだぜ!」
あたしは柚ちゃんに笑い返した。いつの間にかあたしと加蓮が一騎打ちでもするような
雰囲気になってるな。相手は出場者全員だから、加蓮だけじゃないはずだけど。
「んっふっふ~♪ それはどうかな?言っとくけど加蓮さんスゴイよ。奈緒さんに絶対に
勝つって言ってるし、加蓮さんならそのままグランプリになっちゃうかもね☆ 」
柚ちゃんがニヤリと笑った。ほう、それは楽しみだな。相手にとって不足なっしーだ。
「あははー☆ なっちゃんふ○っしーみたーい☆ ゆい達もなっちゃん応援してるね!」
唯がケラケラ笑う。しまった、いつの間にかふ○っしーの口癖がうつっちまった。
「ところでお前らは加蓮と一緒にいなくていいのか?あいつも準備とかで忙しいだろ」
「美嘉ちゃんがついてるからヘーキだよ。それにアタシ達は奈緒さんを探してくれって
加蓮さんにお願いされたの。奈緒さんステージの近くにいなかったから、アタシが怖く
なって逃げたんじゃないかって加蓮さん怒ってたんだよ」
逃げてねえよ。あたし達のパフォーマンスは広いスペースを使うから、ステージ裏じゃ
出来なかっただけだ。それに加蓮にも本番ギリギリまで秘密にしておきたいしな。
「相変わらずナチュラルにムカつくヤツだな。二人ともあいつにいじめられなかったか?
こんなパシリみたいな事させちまって悪かったな。」
「ううん、ゼンゼンそんなコトなかったよ☆ かれんチョーやさしかったし、ゆい達も
サポーターしててとっても楽しかったよ☆ 」
唯がニコニコしながら言った。そうなのか?あいつスクールに居た時は、お前らに
あんなに冷たかったのに。大丈夫かなってちょっと気になってたんだけど。
「えへへ、それだけじゃないんだよ。加蓮さんあたし達3人に今までごめんなさいって
謝ってくれたんだ。スクールで倒れて病院に運んでくれた時は、つい強がっちゃって
キツイ事を言っちゃったって。今まで気にかけてくれてありがとうってさ」
加蓮にそう言われて、美嘉は思わず泣いてしてしまったらしい。それで美嘉のヤツ、
あんなに加蓮の肩を持っていたのか。よっぽど嬉しかったんだろうな……
「加蓮さんと奈緒さんも、仲良くなってくれると嬉しいんだけどな。でも加蓮さんにそう
言ったら、今日のグランプリで決着をつけてからだって言われちゃったよ。奈緒さんも
きっとそう思ってるはずだって。そうなの?」
柚ちゃんが首を傾げて聞いてきた。ああ、そうだな。あたしとあいつは出会った時から
戦う運命だったみたいだ。例えるなら『ド○ゴンボール』の悟○とベ○―タだな。
「え~?どっちもベ○―タじゃないの~?かれんもなっちゃんもツンデレだし~☆ 」
唯がニヤニヤしながら言った。誰がツンデレだコラ。そのまま3人で話をしながら
歩いていると、目の前にステージが見えてきた。一応加蓮の出番もチェックはしてある。
東京代表は40番だったかな。どんなパフォーマンスをするか知らないけど、ガッカリ
させないでくれよ―――――?
***
『小早川紗枝さんとゆるキャラ『まゆまろ』くんの日本舞踊でした!では最後に小早川
さん、地元京都のPRをどうぞ!』
『はい。京都は伝統と歴史がある街で、うちが今着てる着物はまゆまろはんのからだから
あ~れ~ってくるくる巻き取った地元の名産品の糸で―――――』
唯達と別れた後、あたしはステージ裏でグランプリを観戦していた。現在ステージでは
パフォーマンスを終えた紗枝ちゃんが、未央にマイクを向けられてゆるキャラと一緒に
地元京都のPRをしている。すげえな紗枝ちゃん、パフォーマンスだけじゃなくて、面白い
トークもバッチリじゃねえか。さすが関西人だぜ。
「あ、奈緒ちゃん。そろそろ出番だね」
ふと後ろから声をかけられて、振り返ると卯月がいた。おう、お疲れさん。さっきから
未央ばかりステージに立ってるけど、卯月の出番はもう終わったのか?
「私は前半のアシスタントだったから、後半は未央ちゃんと交代なの。今日のお仕事は
後は表彰式と閉会式だけだよ。今はちょっとだけ休憩かな」
卯月は手に持ったスケジュールを確認しながら微笑んだ。そういえばあたし、この子と
1対1で話した事ないな。それどころかいきなり下の名前で呼び合うようになって、まだ
いまいち距離感がつかめない。どうしようかな……
「えへへ、なんだか奈緒ちゃんと二人っきりだと緊張しちゃって、何を話したらいいのか
わからないや……」
卯月が困ったように笑う。いや、それはあたしのセリフだよ。どうやら卯月もあたしと
同じ気持ちだったらしい。あたしが言うのも変だけど、気楽にいこうぜ。
「そういえば卯月、加蓮がどこに行ったか知らねえか?唯達からあいつがあたしを探して
いるって聞いてたんだけど、どこにもいないんだよ」
「加蓮ちゃんだったらメイク室にいたよ。色々準備が大変そうだったし、美嘉ちゃんも
お手伝いしてスタッフさんと衣装のチェックをしてるみたい。会いに行く?」
卯月が一緒に行こうかと言ってくれたけど、あたしは断った。あいつがあたしをまだ
探していたら悪いと思っただけだから別にいいや。それに今更会いに行っても、邪魔者
扱いされて追い出されるのがオチだろ。
「ほえ~、すごいね奈緒ちゃんは…… 実はさっき加蓮ちゃんにも、もし奈緒ちゃんを
見たら連れて来ようかって聞いたんだけど『今更来られてもジャマになるからいい』
って断られたんだよ。奈緒ちゃんは加蓮ちゃんの事をよく知ってるんだね」
卯月が尊敬の眼差しであたしを見る。そんなんじゃねえよ、あいつが言いそうな事を
適当に言っただけだ。それにあいつの事なら凛の方が何倍も詳しいよ。
「うん、その話も聞いたよ。加蓮ちゃんは凛ちゃんの幼馴染らしいね。だから凛ちゃんは
加蓮ちゃんと一緒にいるとあんなに嬉しそうなんだね。ちょっと嫉妬しちゃうな」
卯月が頬を膨らませて文句を言う。気にするなって、凛は卯月の事も大切な仲間だと
思ってるよ。それに『幼馴染は負けフラグ』って格言もある。卯月は凛と同じユニット
なんだし、加蓮がアイドルになっても凛の親愛度でお前が後れをとる事はねえよ。
「フラグ……?親愛度……?」
気が付けば卯月が若干引いていた。しまった、ついうっかりA-GIRL的知識が……
「ち、違うの!未央ちゃんから奈緒ちゃんがアニメとか好きだって聞いてるし、私も漫画
とか嫌いじゃないからそういうのに抵抗がないんだけど、この前事務所にそういう本を
持って来た子がいて、見せてもらったら女の子同士が裸で抱き合っててちょっと抵抗が
あってやっぱり無理で…… ってそうじゃなくて……! あうぅ……」
妙な空気になったのを察したのか、卯月は慌ててあたしのフォローをしてくれようと
したけど、かえって自爆して真っ赤になってしまった。うん、とりあえず落ち着こうか。
どうやらCGプロには相当濃いヤツがいるみたいだな。女所帯だから1人くらい混ざって
いてもおかしくないと思ってたけど、そんな本を気軽に持ち込むんじゃねえ!
「どんな本を読んだのか大体想像つくけど、あたしはライトな友人関係を指しただけで、
そんなディープでヘビーな百合関係を応援してねえよ。それからその本を持ち込んだ
ヤツは速やかにクビにしろ。美羽が影響されて目覚めてしまう危険がある」
「やっぱり奈緒ちゃんもそういう本を読んだ事あるんだね…… って違うの!だからって
奈緒ちゃんもそういうのが好きな人って思ってるんじゃなくて……!」
ああもうこの話はやめだ!これ以上続けるとあたしまで大惨事になっちまう!次だ次!
「ご、ごめんね変な事ばっかり言っちゃって!それじゃあ私、奈緒ちゃんに聞きたい事が
あるんだけどいいかな!」
「お、おう!なんでも聞いてくれ!なんでも答えるぞ!」
とにかく話題を変えたくて、あたしはおかしなテンションになっていた。だから卯月の
言葉に全くノーガードで、全く無警戒だった―――――
「奈緒ちゃんはアイドルにならないの?」
「」
……ここでこの質問が来るか。あたしが『聞かないでくれオーラ』をガンガン飛ばして
いたから未央も凛も美嘉達も美羽でさえも聞くのは避けていたのに、この女は遠慮もなく
ズバっと聞いてきやがった。天然なのか狙ってやってるのか、全くわからん。
「加蓮ちゃんはこのイベントが終わったらCGプロに入るらしいって聞いたけど、奈緒
ちゃんは全然そんな話を聞かないから。私はてっきり二人揃ってくると思ってたんだ
けど、奈緒ちゃんはアイドルになりたくないの?」
卯月が大きな目をゆらゆらと滲ませながら、不安そうにあたしに聞く。誰だよ天下の
CGプロのキュート代表を悲しませるのは。そんなヤツはファンのあたしが許さないぞ。
捕まえて十字架に磔にして、卯月の目の前で懺悔させてやる。
「わからねえ……」
卯月に見つめられて、あたしは無意識に話していた。あれ?おかしいな?のど元までは
「あたしがアイドルなんてガラじゃねえよ!」って言って笑い飛ばすつもりだったのに、
口から出た言葉は全く別のものだった。
「どうしちまったんだろうなあたしは。アイドルなんて全然興味なかったのに。未央と
美羽をテレビの前で応援してるだけで良かったのになあ……」
ずっとそう思ってたのに美嘉達と仲良くなって、凛と知り合って、莉嘉ちゃんや卯月と
友達になって。みんなに近づけば近づくほど、あたしはアイドルという存在に憧れを持つ
ようになった。そんなアイドルのみんなと仲良くなって、まるで夢みたいだった。
「アイドルメーカーだなんてわけのわからないものになって、みんなにチヤホヤされて、
すっかり舞い上がっていたのかもしれねえな。でも加蓮を構う理由がなくなったら、
一気に夢から覚めたよ。あたしとみんなをつないでいたのはあいつだったんだ」
初めてスクール見学に行った時に美嘉に背負われた加蓮に出会わなければ、あたしは
今ここにはいなかっただろう。この夢のはじまりは全て加蓮がきっかけだった。だから
あいつとサヨナラしたら、あたしはアイドルメーカーから普通の女子高生に戻るんだ。
「偶然が重なってここまで来ただけで、ホントのあたしはちょっとお節介で世話焼きな
どこにでもいる一般人だよ。アイドルメーカーのゲタ履かせてもらって妙なスター性
みたいなのが付いたけど、そんなの最初からないさ。でもそんなあたしでもいいなら
アイドルに…… って、悪い悪い、つまんねえ事をしゃべりすぎたな」
あたしはため息をついてぽりぽりと頭をかいた。どうやらまだ寝ぼけているみたいだ。
そんなあたしの話を卯月は黙って聞きながら、変わらない笑顔で見ていた。
「ねえ奈緒ちゃん、ステージのぞいてみない?」
卯月にそう言われて、あたしはステージ裏からこっそり顔を出した。そこでは代表の
女の子とゆるキャラが一所懸命パフォーマンスをしている。観客席から沢山の応援を受け、
ステージ上の女の子はとても楽しそうでキラキラ輝いているように見えた。壁を一枚
隔てているだけなのに、まるで別世界みたいだ。
「綺麗だな……」
さっき紗枝ちゃんがパフォーマンスをしている時も思ったけど、まさに夢のステージだ。
あそこに立てばあたしもあんな風にキラキラ出来るかな……
「きっとみんな奈緒ちゃんみたいに夢を見てるんだよ。ステージって不思議な場所でさ、
どんなに小さくてもそこに立って応援されると、まるで力が湧いてくるみたいなんだ。
何でも出来ちゃう気がして、この時間がずっと終わらないでって思うの」
卯月があたしの隣で言った。『この時間が終わらないで』か。あたしはあがり症だから、
時間が止まったら緊張しすぎてぶっ倒れちまうかもな。
「あはは、私もそういう時があるよ。お仕事で失敗しちゃった時とか、次のステージに
立つのが怖くなっちゃうし。でもそれでも今はまだこの夢を見ていたいの。どんなに
レッスンが辛くてもあの輝くステージに立てるなら、夢のままでは終われないよ。
凛ちゃんと未央ちゃんとも一緒にトップアイドルになるって約束したしね」
卯月の言葉にあたしははっと気づいた。夢を夢で終わらせないなんて、そんな事出来る
のか?目が覚めれば夢は終わりだと思っていたのに。でもあたしは何もしないでこのまま
夢は所詮夢だったと諦められるのか?
「アイドルメーカーって自分はアイドルに出来ないの?昔プロデューサーさんが言ってた
けど、未央ちゃんにはプロのコーチがついてるんじゃないかって思うくらい面接の受け
答えが完璧だったらしいよ。履歴書も今まで見たアイドルの中で一番良くて、『未央は
面接でアイドルにした』って未央ちゃんはよくからかわれていたよ」
そういえばアイドルになったばかりの時、あいつよくそんな事を電話で愚痴ってたな。
あの時は他の事務所に散々落とされて、未央以上にあたしが意地になっていた。未央は
ガサツで礼儀知らずな所もあるけど、何事にも前向きで気配りの出来る優しいヤツだって
伝わらないのが悲しかった。だから絶対面接を受からせてやるってムキになってた。
「未央ちゃんは『私はまだ夢を叶えてない』ってよく言ってるよ。パッショングループの
リーダーに選ばれてニュージェネのメンバーにまでなっているのに。どうしてそう思う
のか未央ちゃんに聞いた事があるの。そうしたら『私をアイドルにしてくれた近所の
お姉ちゃんは、私がもっと出来る子だと思ってるから』って言ってたよ」
卯月はあたしの目をまっすぐに見て言った。そうか…… あいつがそんな事をねえ……
未央がCGプロに合格した時に、他の子達に負けないようにこれでもかってくらい発破を
かけたっけな。あたしも舞い上がって『日本だけじゃなくて世界レベルを目指せ』とか
デカい事を言ったような記憶が……
「私も未央ちゃんも凛ちゃんも、今見ている夢をこのまま夢で終わらせる気はないよ。
それから加蓮ちゃんも、きっとそうだと思うよ」
加蓮?どうしてここであいつの名前が出てくるんだ?
「これは加蓮ちゃんに口止めされていたんだけどね……」
卯月はあたりをきょろきょろ見回してから、そっと耳元であたしに囁いた。
「『アタシはベツに凛に会いたかったわけでも、アイドルになりたいわけでもないの。
アタシはただ、ヘンな遠慮とか気遣いとかしないで普通に付き合ってくれる友達が
欲しかっただけ。そんな友達がやっと出来たと思っていたら、そのコは自分の事を
アイドルメーカーだとかワケわかんない事言ってアタシを捨てたの』」
あたしは思わず自分の耳を疑った。おいおいマジか、それであいつ、午前中にあたしに
掴みかかってあんなに泣き喚いて怒っていたのかよ……
「『アタシの気持ちを散々もてあそんで、それで『あたしがアイドルにしてやったぜ』
なんてドヤ顔されたら頭に血がのぼって入院しちゃうわよ。だから絶対に逃がさない。
どんな手を使ってでも、誰を利用してでも、たとえライバルとして戦う事になっても
アイツをアタシと同じ世界に引きずり込んでやる』だってさ」
あたしは一瞬背筋が寒くなった。頭の良いヤツは執念深いヤツが多いって聞いたことが
あるけど、どうやら本当みたいだな。どうして加蓮が嘘をついてまであたしをイベントに
呼んだのか。どうして松永さんや速水さんにあたしと対決するような事を言ったのか。
あたしの中で全てつながった気がする。
「それじゃ私そろそろ行くね。そろそろ加蓮ちゃんの出番だからみんなで応援しないと。
奈緒ちゃんには悪いけど、CGプロはみんな加蓮ちゃんの味方だからね♪ 」
卯月はウィンクをしてステージ裏から出て行った。おかしいな、今朝までCGプロは
あたしの仲間だったような気がするんだが。せめてアシスタントのお前らは公平な立場を
守らなくちゃいけないだろうが。
『―――――さん、ありがとうございました。それでは続きましてNo.40番、東京都
代表の北条加蓮さんとに○こくんのパフォーマンスです。皆様拍手でお迎え下さい』
ステージではいよいよ加蓮の出番が来たみたいで、凛のアナウンスも声が弾んでいる
気がする。ついに登場か。さて、どんなパフォーマンスを見せてくれるのやら。
「お待たせなっしー。ふぅ、なんとか回復したなっしー」
あたしの隣にふ○っしーがやって来た。ちょうどいい、こいつにも見てもらおう。
「おいふ○っしー、今から出てくる東京代表があたし達の敵だ。あたしはこいつに絶対に
勝たなくちゃいけない。協力してくれるか?」
「あれ?奈緒ちゃんって東京のサポーターじゃなかったなっしー?確か東京って今時の
ギャルっぽい子だったと思うけど、奈緒ちゃんの友達じゃないなっしー?」
ふ○っしーが首をかしげる。ああ、友達は友達だが『強敵』と書いて『とも』と呼ぶ
タイプの友達だ。だからお前も遠慮はいらねえ、全力でいくぞ―――――
***
凛のアナウンスでに○こくんが登場する。やや緊張しているのか、いつもより動きが
ゆっくりだ。そのままステージの真ん中まで歩くと、直立不動で立ち止まった。
「あれ?あいつはどうしたんだ?」
ゆるキャラの相方の加蓮の姿がない。観客席もざわざわと騒ぎ出す。あたしはちらっと
アナウンス席の凛を見た。しかし凛は特に慌てた様子はなく、それどころか楽しそうな
笑顔を浮かべて座っている。ふと凛と目が合った。凛はあたしを見てにやっと笑った。
「なんだってんだ…… うおっ!? 」
次の瞬間、会場の照明が落ちる。な、なんだ停電か!? あたしは慌てて周囲を見渡した。
すると観客席の後方がスポットライトで照らされ、それと同時に後ろの観客から大歓声が
沸き起こった。ステージ裏から背伸びして見ると、何か白く動く人影が見えた。
「な……っ!? マジかよあいつ、そこまでやるか……?」
観客席が中心から二つに分かれていく。その間を純白のウェディングドレス姿の花嫁が
ステージに向かってゆっくりと歩いて来た。それと同時に会場に結婚行進曲が流れる。
花嫁はやや伏し目がちで、ブーケを持って拍手を受けながら堂々と胸を張っていた。
「加蓮…… だよな?」
目の前で起きている光景が信じられずに、あたしは何度か目をこすった。花嫁の加蓮は、
まるでここが結婚式場であるかのように悠然としていて、逆にこっちが気圧されてしまう。
あいつってやる時は徹底的にやるんだよな。気迫がビリビリ伝わってくるぜ。
「う、美しい……」
隣にいたふ○っしーがキャラを忘れて地声でつぶやいた。おい、語尾の「なっしー」を
忘れているぞ。しかし気持ちは分からなくもない。加蓮は美人だし、ああして花嫁姿で
振る舞っていると16歳には見えない。加蓮を至近距離で見た観客は、あまりの美しさに
心を奪われて言葉を失っている。そういうのは本番にとっとけよ。
『東京都代表の北条加蓮さんとに○こくんのパフォーマンスは『結婚式』です。皆様
どうぞ、お二人を心からお祝いください』
未央の奴もすっかり司会進行役になりきってやがる。ウェディングドレス姿の加蓮は
そのままゆっくりとステージに上がると、しずしずとした足取りでに○こくんの隣に
並んだ。ゆるキャラと花嫁って、また奇妙というかレアな組み合わせだな……
「ん?これで終わりなのか?でもこれだと加蓮だけが目立ってゆるキャラの見せ場がない
じゃねえか。大丈夫なのかあいつら……」
今回のイベントはあくまでペア対決だ。ゆるキャラだけが目立ち過ぎてもいけないし、
逆にペアの女の子だけが注目されてもマイナスだ。ウェディングドレスを引っ張り出して
来た加蓮はインパクト抜群だが、に○こくんはこれを超えないといけない。
「ちょっ!? そんなのアリなっしー!? 」
あたしが首をひねっていると、ふ○っしーが横で騒ぎ出した。なんだようるせえな、
今考え事してるんだから静かにしてくれよ。
「に、に○こくんの顔の下をよく見るなっしー!! 」
ふ○っしーに言われてに○こくんに注目する。するとに○こくんの顔の下が不自然に
もぞもぞと動いていた。何やってるんだあいつ……
バリバリバリバリ!! ズボッ!! ズボッ!!
「って!? うぇぇぇぇぇぇえええっ!? 」
そのまま目を凝らして見ていると、に○こくんの顔の下から人間の腕が二本勢いよく
飛び出した。突然の異様な光景に観客席がどよめいた。
『おめでとうございます!に○こくんは『新郎・に○こ』に進化しました!』
ポ○モンの進化のBGMが流れると同時に、未央が実況で説明した。いやいやいやいや、
進化するのかよそいつ!? 確かにカエルになりそうなおたまじゃくしに見えない事もない
けど不気味さしか感じねえよ!! 進化って都合よくごまかせないぞ!!
『新郎新婦、ご退場です。皆様どうぞ拍手でお送り下さい』
凛のアナウンスが入ると、に○こくんは加蓮をひょいとお姫様だっこした。なるほど、
それをするためにに○こくんはわざわざ腕を出したのか。でも破っちゃっていいのかよ。
ゆるキャラ側のスタッフさんには了承をもらってると思うけど、ちゃんと直るのか?
「奈緒ちゃん、あの花嫁の子、奈緒ちゃんを見てるなっしー……」
「え、あ、しまった、つい興奮して身を乗り出しちまったぜ」
ふ○っしーに言われてはっと気づいた。いつの間にかあたしはステージ裏から上半身が
半分くらい出ていた。加蓮は無表情であたしを見ていたかと思えば、そのまま手に持って
いたブーケをこっちに放り投げる。驚いたあたしは反射的にキャッチした。
「うわっ!? っとと、何するんだよいきなり!? 」
あたしが抗議すると、加蓮は挑発的な笑みを浮かべた。ああ、そういうことかよ……
『おっとこれは宣戦布告か!? 可憐で清楚かと思いきや、意外と好戦的な花嫁です!! 』
未央の実況に観客席が沸く。プロレスのリングかよ。でもここまでされたらあたしも
期待に応えなくちゃいけないな。あたしはブーケを持ってステージに出た。
「上等だ花嫁さんよ、お前の挑戦確かに受け取ったぜ」
マイクが入ってないので聞こえはしないが、あたしはニヤリと笑ってつぶやいた。
加蓮はに○こくんにお姫様だっこをされたまま、再び観客席の間を通って帰った。
『以上、北条加蓮さんとに○こくんのパフォーマンスでした!って、あっ!? 東京のPR
聞くの忘れてた!どうしよ凛~!? 』
結局退場した加蓮の代わりに、商工会のスタッフさんが出て来て東京都の紹介をした。
それに便乗して凛も実家の花屋を紹介した。どうやらあたしが手に持っているブーケは
凛のお母さんが作ったらしい。手広く商売しているんだな。
「ステージの演出、観客の協力、花嫁姿のインパクト、ゆるキャラ進化、お姫様抱っこで
ペアをアピール、最後にダメ押しであたしに宣戦布告か。抜け目のないヤツだぜ」
加蓮はステージまで歩いて抱っこしてもらって帰っただけだ。パフォーマンスらしい
パフォーマンスは何もしていない。なのにイベントの趣旨をよく理解して、観客の心を
がっちり掴みやがった。あたしが見ていた中では一番盛り上がったステージだった。
「これは強敵なっしー…… 今のままじゃふ○っしー達に勝ち目はないなっしー……」
ふ○っしーがぼそっと言った。ああ、あたしも同じ意見だ。柚ちゃん達が自信満々
だったのがよく分かったぜ。あれだとマジでグランプリも狙えるかもな。
「だがあたしはあいつに簡単に白旗を揚げるわけにはいかねえんだよ。これは女の意地だ。
今更パフォーマンスの変更をやる時間なんてないから、グレードアップしないとな」
「で、でもそんな事言ったって、どうすればいいなっしー……?」
ふ○っしーがおそるおそる言った。ああ、あたしもさっきからそれを考えている。
「やっぱりもうちょっとまわ……」「それはムリなっしー!あれ以上はヤバいなっしー!」
まだ全部言ってないのに伝わったらしい。冗談だよ、あたしもあれ以上やるのは流石に
キツいわ。
「……!それじゃあこういうのはどうだ?」
あたしは思いついたアイデアをふ○っしーに耳打ちした。ふ○っしーはニヤリと笑う
(多分着ぐるみの中で笑ってる)と、大きく頷いた。
「それなら大丈夫なっしー!思いっきりやってくれなっしー!」
「おおそうか!やってくれるか!すまねえなお前ばっか無茶させて」
「全然平気なっしー!ふ○っしーの力を見せてやるなっしー!」
さて、そうと決まれば後はタイミングだけだ。一発勝負だから呼吸を合わせないと、
お前はもちろんあたしもケガしちまうからな。インパクト追加の為に思いついたけど、
シンプルに見えて難しいかもしれねえな―――――
***
『それでは第○○回ゆるキャラグランプリ、いよいよ最後のペアとなりました。最後は
飛び入り参加の千葉県船橋市非公認、ふ○っしーと神谷奈緒さんのペアです。どうぞ
皆様拍手でお迎えください』
そしていよいよあたしとふ○っしーの出番が来た。凛のアナウンスに会場全体が沸く。
知っていたけど異様な人気だなふ○っしー。こりゃ気合を入れていかねえとな。
「未央、渡した紙に書いてある通りに頼むぞ」
あたしはステージの袖で未央にカンペを渡して説明する。しかし未央は首をかしげた。
「う、う~ん…… だいたい分かるんだけど、これ何て読むの?へび…はね……?」
「説明しただろうが。ああ、もういい、そこは適当につないでくれ。こっちで何とか
するから。どうせマニアックすぎるし言っても分かる観客も半分もいないし」
軽く屈伸と柔軟をして股関節をほぐしておく。よし!準備OKだ相棒!
「それじゃお先に行ってくるなっしー!」
ふ○っしーが元気よくステージに飛び出した。さあクライマックスだ!客席には加蓮が
座っている。しっかり見てろ、最後はバッチリカッコ良く決めてやるからよ!
***
『ヒャッハー!いつまでこのゆるキャラ界のアイドルふ○っしーを待たせるなっしー!
仕事サボって日サロに通ってる市長とまとめてJAROに訴えてやるなっしー!』
相変わらずギリギリのきわどいトークで会場を盛り上げるふ○っしー。のっけから
トバしてるなおい。確かに船橋市長色黒いけど、仕事はちゃんとやってると思うぞ。
『今までのゆるキャラ達はふ○っしーの前座みたいなものなっしー。本物のゆるキャラ
とは何か、『スーパーはくと』と『こだま』で来た田舎者に教えてやるなっしー!』
観客席から笑いが起こる。スーパーはくとなんて超マイナーな汽車、鳥取県民だけしか
知らない思うけどな。こだまってまだあったっけ?これ以上好き勝手喋らせるのはマズい。
予定よりちょっと早いけど、そろそろ止めないと退場させられそうだから行くか。
『そこまでだふ○っしー!それ以上調子に乗ると温厚なあたしでも許さねえぞ!』
あたしはステージ袖から勢いよく飛び出した。するとふ○っしーが登場した時と同じ
くらい大歓声が沸き起こった。…………え?なにこれ?どういうこと?
「ほら!あの子だよ!午前中にふ○っしーを投げ飛ばした女の子!」
「あの子がそうなの!? 私も見たかったなーブレーンバスター!」
「あれ?あの子さっき東京の子にブーケもらってなかったっけ?」
「「「「「神谷さーん!」」」」」「「「「「奈緒ちゃーん!」」」」」
「え!? あの子が神谷奈緒!? あの『アイドルメーカー』って噂の……」
「アイドルメーカー?なにそれ?」
「CGプロのコに聞いたんだけど、どんな女の子でもアイドルにしちゃうとか……」
「マジ!? すごいじゃんそれって!! 」
「間違いないよ!ちっちゃくて眉毛が太いらしいから!」
「アイドルメーカー……」
「アイドルメーカー……」
いつの間にかあたしは悪目立ちしていたみたいで、会場でちょっとした有名人になって
いた。さらに見学に来ていた同じスクールの子達や、CGプロの噂話までミックスされて
かなりカオスな状態になっている。あと誰だチビで眉毛太いって言ったヤツは!! 今すぐ
ここになおれーっ!!
「奈緒~★ ファイト~!! 」
「なっちゃ~ん☆ ガンバだじぇ~!」
「奈緒さんカッコいいよ~!」
観客席の前の方では、美嘉と唯と柚ちゃんがニヤニヤしながら応援している。隣では
松永さんがお腹を抱えて爆笑し、速水さんも愉快そうに口元をおさえていた。
「やべえ、なんか猛烈に死にたくなってきた……」
いつの間にか観客席では奈緒コールが発生している。誰だよ号令かけてるのは。まるで
公開処刑じゃねえか。どうしてこうなった……
『むむむ!? ふ○っしーより人気があるなんて許せないなっしー!なおっしーは大人しく
落花生とMAXコーヒーしかない田舎に帰るなっしー!』
ふ○っしーがピョンピョン飛び跳ねながら怒る。てめえ千葉のゆるキャラのくせに、
千葉ディスってんじゃねえぞ!それから誰がなおっしーだコラ。これ以上ここにいると
恥ずかしくて死んじまいたくなるからさっさと終わらせようぜ。
『帰る場所はてめえも一緒だふ○っしー!お前こそ浦安ランドで放送コードギリギリの
パフォーマンスでもしてアメリカネズミにボコられちまえ!』
『な、なおちゃ…じゃなくて神谷さん、さすがにそれはちょっとヤバいかも……』
気が付けば未央に止められていた。おっとすまねえ、ついつい血迷ってしまったぜ。
いつの間にかあたしもふ○っしーの毒が移ったみたいだな。
「ムキー!千葉に毒舌キャラは二人もいらないなっしー!覚悟するなっしー!」
ふ○っしーがこちらをめがけて猛ダッシュしてきた。そしてあたしの2メートルほど
手前で跳躍し、そのまま高度高めでお腹を突き出して体当たりの体勢に入った。
(よし!打ち合わせ通りだ!)
あたしは飛んできたふ○っしーを身を低くしてかわし、ちょうど頭上にふ○っしーが
来た所で、右足を一気に垂直に天に向かって突き出した。靴の裏がふ○っしーの体重を
感じたタイミングで、予定通りふ○っしーと頭の中でカウントする。
((1…、2の…))
((3!))「ふっとべ―――――っ!! 」「ヒャッハ―――――ッ!! 」
あたしは全身の筋肉を使って、ふ○っしーを垂直に蹴り上げた。ふ○っしーは
あたしに蹴とばされて10メートル近く真上に飛んだ。会場が一気にどよめく。
(ほ、なんとか成功したぜ。しかしアイツマジで何者だよ……)
実はあたしが蹴り上げるのと同じタイミングで、ふ○っしーは私の靴の裏を足場にして
更に高く跳び上がったのだ。いくらヤツが小柄でも、あたしにあれほど高く蹴とばせる
力はない。蹴る側じゃなくて蹴られる側がスゴイ『なんちゃって蛇翼崩天刃』だ。
(ありがとよハ○マ大尉。アニメ化されて人気出るといいな。あんた悪役だけど……)
ふ○っしーは頂点に到達すると、膝を抱えて素早く前転をしながら地面に着地した。
お前本当に中に人間入ってるんだよな……?今ならふ○っしーという名前の地球外の
生命体でしたって言われても信じるぜ。
『うおーっ!! すげーっ!! なおちゃ…じゃなくて神谷さんもふ○っしーもすごーいっ!! 』
未央が司会という立場を忘れて大興奮する。ちゃんと仕事しろバカ。しかし会場も
一気にヒートアップして、誰の耳にも届いていなかった。
『ふう、なかなか楽しかったなっしー。アクアラインが見えたなっしー♪』
嘘つけ。ここから見えるかよ。あたしは再びふ○っしーと向き合う。さて、いよいよ
雪美ちゃんのリクエストだ。あたしは再びふ○っしーとステージ上で向き合った。
『今度はこっちのターンなっしー!ジェフユナ仕込みのスライディングなっしー!』
ふ○っしーが素早いスライディングであたしの足を刈り取ろうとした。あたしは腰を
落としてふ○っしーの両足をキャッチして、そのまま両脇に抱えた。
『な!? ふ○っしーのスライディングを止めたなっしー!? 』
『残念だったな!ジェフじゃなくてレイソルに教えてもらったら成功したかもな!』
千葉県民にしか伝わらないであろう自虐ネタを挟みながら、あたしはふ○っしーの足を
抱えて勢いよく回転した。もうお分かりだろうか。雪美ちゃんのリクエストは、誰もが
小さい頃に一度くらいはやったであろうプロレス技でおなじみの、
『ジャイアント………… スイング………… 見たい…………』
だった。
『おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおら―――――っ!! 』
『ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッハ―――――ッ!! 』
回転しすぎて意識を失わないように、あたしとふ○っしーはお互いに声をかけ合って
コマのように勢いよく回り続けた。子供だけでなく大人も大喜びしている。限界回転数は
30回転。一応保険として未央にカウントしてもらっているのだが、
『10…11…12…頑張って奈緒ちゃん!あと、えっと……18回くらいだよ!』
未央は昔からこういうのを数えるのが苦手だった。ああ、これはこのまま40回転くらい
いくかも…… あたしはそんな事をぼんやり考えながら、ふ○っしーの足を離さないように
しっかり気合を入れて回転し続けた。
こうしてゆるキャラグランプリは最後まで大熱狂のまま幕を下ろした。最後に何とか
『よい子はマネするなよ……』と言ったのは覚えているが、それ以降の記憶はハッキリ
していない。気付けばイベントは終了していた。やがて意識を取り戻すと、右手に小さい
トロフィーと賞状を握っていた。あたしは入賞したのか?加蓮に勝ったのか―――――?
***
「ごくり……」
あたしは息を呑んでおそるおそる手にしていた賞状を開いてみた。そこには『5位』と
書かれていた。また中途半端な順位だな。しかしだんだん思い出して来たぞ。確か主催の
オジサンが賞状を渡してくれて、トロフィーを卯月が持たせてくれて……
「あれ?そういえばここはどこなんだ?あたしどうして1人なんだろ?」
あたりをキョロキョロ見渡すと、大きな鏡やメイク道具が置いてある。そういやこの
会場ってメイク室があったんだっけ?あたしは使わなかったけど、ここがそうなのか?
「ああそうだ、あたし閉会式までは何とか立ってたんだけど、終わってから気分が悪く
なって誰かに肩を借りて控室で休もうとしてたんだ。でも控室は帰りの準備をしてる
子達でいっぱいだったから、静かな所に運んでくれってお願いしてそれで……」
ぼんやりと記憶がある。目の前に凛と未央が立っていて、卯月が心配そうにあたしの
おでこを冷たいタオルで冷やしてくれて、それであたしに肩を貸してくれたのは、
『まったく、どうしてアタシがこいつを運ばないといけないのよ。自業自得じゃん』
『私達後片付けとかあるからさ。加蓮の荷物は美嘉達がまとめてくれるから、奈緒の事を
しっかり頼んだよ。今日は加蓮の為に頑張ってくれたんだから』
『ふ○っしーもゆるキャラ達だけで撮影があるみたいだから、奈緒ちゃんが起きたら
声かけてあげてね。加蓮ちゃんだったら安心して任せられるよ♪』
『メイク室だったら今なら誰も使ってないから静かなんじゃないかな。私も凛ちゃんと
未央ちゃんと一緒にプロデューサーさんにお願いして開けてもらっておくよ』
ああそうだ…… あたしに肩をずっと貸してくれていたのは加蓮だった。表彰式の時も
閉会式の時も、あいつはあたしの隣でさりげなくあたしを支えてくれていたんだっけ。
「……っていう事は、あいつは4位か6位だったのか?」
思い出せ、加蓮はどっちにいた?右ならあたしより順位は上、左なら順位は下だ?いや、
逆か?えっと、表彰台ってどんな風に並んだっけ?1位を頂点にして、向かって左が2位
右が3位だったよな?で、4位以降は3位の隣に並ぶから右…… いや、逆だったっけ?
ああもう、考えがまとまらねえ……
「あ、起きてる。大丈夫なのアンタ?」
あたしが頭を悩ませていると、加蓮がペットボトルを2本持ってメイク室に入って来た。
「加蓮!お前右か!? それとも左か!? 」
「……は?なんのハナシ?ていうかイベントで疲れているのにアンタをわざわざここまで
運んであげたアタシにまず言う事がそれなワケ?」
加蓮にジロっと睨まれる。う……、確かにそれもそうだな。あたしは背筋を伸ばして
加蓮に向き合って、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました加蓮様。あなたのおかげで助かりました」
「よろしい」
あたしのお礼に上機嫌な加蓮は賞状に注目して、「ああ、そういうこと」とつぶやいて
ニヤリと笑った。おいマズいぞ、この顔はもしかして……
「右。アタシ4位。アンタの負けだよ」
「うぐっ……!? 」
あたしはその場でがっくしと膝をついた。もう一歩及ばなかったか。確かに最初に
ふ○っしーを蹴っ飛ばした時、若干引いてる女の子もいたもんな。ジャイスイなんて
ドン引きだろう。ちょっとやりすぎたかもしれねえ。
「まぁ、アタシもこんな順位で勝ったなんて思ってないよ。4位なんて一番悔しい順位
じゃん。もう一歩でメダルだったのに……」
しかし加蓮は不服そうだった。ちなみに1位熊本・2位奈良・3位北海道だったらしい。
いずれの代表もあたしとふ○っしーが練習している前半に終わったので見てなかったが、
優勝はこの3つでほぼ決まりだったそうだ。そこに加蓮とあたしが乱入してどうなるかと
思ったが、後一歩届かなかったらしい。ちなみに京都は7位だったそうだ。
「さ、外でふ○っしーが待ってるからさっさと行くよ」
「お、おう……」
あたしにペットボトルを渡して、加蓮はスタスタと先にメイク室を出て行った。もしか
してこいつ、あたしが起きるのをそばでずっと待ってたのか?
「なにボーっとしてるのよ。まだクラクラするの?」
「い、いや、大丈夫だ」
加蓮がちらっとこっちを見て言った。ていうかお前ってそんなキャラだったっけ?
なんかいつもよりトゲがないというか、優しいじゃねえか―――――
***
「あ!奈緒ちゃーん!もう大丈夫なっしー?」
「おう、心配かけたな。お前の方こそ平気なのかよ」
「へっちゃらなっしー!ふ○っしーは無敵のゆるキャラなっしー!」
あたしと加蓮がメイク室を出ると、本部の入り口前でふ○っしーが待っていた。すでに
帰り支度を終えているようで、このままここでお別れになるらしい。
「今日はすっごく楽しかったなっしー!グッズも売れたし、グランプリも入賞出来たし、
全部奈緒ちゃんのおかげなっしー!」
「あたしは大した事してねえよ。お前に合わせてハチャメチャやってただけだ。おかげで
また明日から変な噂と武勇伝が広がりそうだぜ」
あたしが苦笑いすると、ふ○っしーは「奈緒ちゃんに渡すものがあったなっしー」と
言って、名刺の束を懐から取り出した。なんだこりゃ?
「奈緒ちゃんがいない間に、ふ○っしーにスカウトがいっぱい集まってきてペアの子に
渡してくれって頼まれたなっしー。奈緒ちゃんモテモテなっしー♪」
「どれどれ…… プロレス団体と、お笑い芸人の事務所と、スタントマン養成所と……
どうして世間はあたしを普通でいさせてくれないのかな」
もらった名刺をざっと確認してため息をついた。これだけオファーが来ているのに
贅沢な悩みだと思うけど、乙女心としては色々複雑だぜ。
「ふ○っしーもまた奈緒ちゃんと一緒に営業したいなっしー!どこの事務所に所属するか
決めたら、連絡先を教えて欲しいなっしー!」
「勘弁してくれよ。今日みたいなハードなのはもう二度とゴメンだぜ。でも所属事務所は
もう決めてあるんだ。次からはそっちに連絡してくれ」
あたしはちらっと加蓮を見た。加蓮はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。しかし
その顔は少し赤くなっている。まったく、素直じゃないヤツだぜ。
「今度あたしの協力が必要な時は、東京のアイドル事務所のCGプロに連絡しな。実は
ちょっと前にこの事務所にスカウトされていたんだが、良い機会だし受けてみる事に
するよ。どれくらいやれるかわかんねえけど、お前を見習って千葉代表として東京で
ひと暴れしてくるぜ。お互い頑張ろうな」
「それは楽しみなっしー!アイドルになったらぜひ芸名は『なおっしー』でお願いする
なっしー!『ふ○っしー&なおっしー』でご当地ユニットを組むなっしー!」
それは全力でお断りさせてもらう。ゆるキャラはゆるキャラ同士ふ○えもんあたりと
一緒に組んでろよ。それかに○こくんとかさ。今なら嫁のコイツもついてくるぜ?
「は、はぁっ!? 誰があんなキモいヤツの嫁よ!あれはパフォーマンスだっての!」
加蓮が慌てて否定した。あそこまでガチで結婚式やっといて、その言い訳は苦しいと
思うけどな。アイドルになったらしばらくは『に○こくんの嫁』で売り出すんじゃね?
こうしてあたしはふ○っしーと別れた。ふ○っしーは最後まであたしの前で被り物を脱ぐ
ことなく、ゆるキャラで居続けた。ふざけたヤツだったがプロ根性は大したものだな。
―――
「ねぇアンタ、ホントにCGプロのアイドルになるの?」
「なんだよ、何か文句でもあんのか?」
再び加蓮と二人になる。あたしの返事に加蓮は何も応えなかった。相変わらず気難しい
というか、よくわからないヤツだな。
「お前がいないとあたしもスクールに通っても張り合いがないしな。それにお前はヘンな
遠慮とか気遣いをせずに普通に付き合えるヤツが欲しいんだろ?」
あたしがそう言うと、加蓮は「あのコ余計な事を……」とボソっとつぶやいた。あえて
友達と言わなかったのは、加蓮があたしをそういう風に思っていたのが信じられなかった
からだ。ケンカばかりしていたのに、どう解釈したらそうなるんだ?
「アンタさ、初めてアタシとニュージェネのLIVEの帰りに会場の外で会ってしゃべった
時に、アタシに何て言ったか憶えてる?」
急に加蓮に質問される。えっと、「ハンカチ返せ」だっけ?
「『へっ、そんだけ減らず口が叩ければ十分だろうが。それにどうせ病院に行くなら、その
ひん曲がった根性と性格をまっすぐに直してもらえ』」
加蓮がジトっとあたしを見てすらすら答えた。あたしそんなひどい事言ったか?お前も
1ヶ月くらい前の話なのによくおぼえてるな。
「アタシさ、会ったばかりのアンタにそんな事言われてすっごく腹が立ったの。でもその
通りだと思ったよ。だから頭が真っ白になって何も言えなかった」
小学生みたいな悪口をいっぱい言われた気がするけどな。でも確かに、あの時の加蓮は
いつもと違って混乱しているように見えた。
「アンタが最初に説教してきた時は、美嘉達に気に入られようとしてあのコの代わりに
アタシを怒りに来たと思ってたんだけど、ちょっと話をしてアンタがそういうコじゃ
ないのは分かったよ。アンタは誰にも媚びてなくて、自分の考えを持って当然の事を
言ってるだけだって。そんなアンタに性悪女って言われてショックだったよ」
昔から病弱で入退院を繰り返していた加蓮は、ワガママを言ってもキツく当たっても
同情と憐みによって許されてきたらしい。周囲も悪気があってそうしてるわけじゃない
けど、加蓮はそういう気遣いや反応がたまらなく嫌だったらしい。だから自分の病気の
事を知っているのに、ダイレクトな反応を返したあたしに興味を持ったそうだ。
「自分でもひねくれてると思うよ。でもアタシには、アンタみたいにケンカが出来るコが
いなかったの。『あのコは病気だから』って同情で優しくしてくれるコか、シカトして
近づいてこないコか。全部自分が蒔いた種だけど、当たり前の事を普通に言ってくれる
アンタがそばにいると、アタシも普通の人間になれる気がしたの」
『普通の人間になれる』とは、普通に友達として付き合って、ケンカして、仲直りして、
お互いに理解し合う。そんな当たり前の友達関係を作ってるあたし達の事らしい。しかし
今まで他人とそんな事をした経験のない加蓮には難しかった。あの凛でさえ根本は病弱の
自分に優しくしなければいけないという刷り込みがあったから対象外らしい。
「アンタにとってアタシはその他大勢の1人だと思うけど、アタシにとってのアンタは
たった1人の遠慮のいらないケンカ相手なの。アンタがいるとアタシは何でも出来る
気がする。病気の事を忘れて普通の女子高生になるどころか、凛達と一緒にアイドル
だってやれちゃう気がする。だから、それだからアンタも……」
加蓮はそこまで言いかけて俯いてしまった。『それだからアンタもアイドルになってよ』
かな?口に出したら怒られそうだから言わないけど。ケンカの相手かどうかは別として、
遠慮がいらない人間ってのは貴重ではあるな。こいつの中ではあたしはそういう位置付け
なのか。そんなあたしを『友達』と呼ぶのが不器用というかいじらしいというか……
「あたしはどうせなら仲良くしたいけどな。お前とケンカするのも嫌いじゃないけど、
これから同じ事務所でアイドルやるんだし、何となくだけどお前とは長い付き合いに
なりそうだからさ。それに友達ってのはケンカしたら仲直りするんだぜ?」
あたしが笑って手を差し出してやると、加蓮は真っ赤になって自分の手を差し出した。
その手を握ると華奢でひんやり冷たかった。しっかり手入れをしている女の子の手だ。
「よろしくな、加蓮」
「よろしく、奈緒……」
なんかあたしまで照れるぜ。こうして誰かときちんと友達になった経験なんて、今まで
なかったし。あちこちでお節介を焼いていたら、いつの間にか友達になってるパターンが
ほとんどだからな。あ、だから年下が多いのか。そういえば加蓮も年下だったな。
「こうやって妹みたいなのがどんどん増えていくんだな。CGプロに入ったらもっと妹が
増えるのかな。シ○プリ超えは余裕だな」
「誰がアンタの妹になったのよ。アタシの姉になりたいならもっと賢くなってくれない?
アタシ何でも物理的な力で押し通そうとするバカな人間ってキライなの」
おっと、ようやくデレたと思いきや再びツンに戻るNew妹。気難しいのはデフォか。
「誰がバカだコラ。あたしの女子力舐めんなよ。あたしがちょっと本気を出せば、凛に
代わってクール代表の知的でスマートなアイドルにだってなれるんだぜ?」
「どこがクールなのよ。今日のイベントのパフォーマンスだって、アタシや凛みたいな
クールの要素ゼロなんですけど」
反論出来ねえ。思い返せばここまで全て力技で突破してきた気がする。おっかしいなあ、
肉体労働は未央の専門で、あたしは頭脳担当だったんだけどなあ。
「まぁ、スクールではアタシの方が奈緒よりセンパイだから、クールなアイドルになれる
ようにいっぱいレッスンしてあげるよ。ココさえ使えば奈緒でもなれるからさ」
加蓮はちょんちょんと、小馬鹿にしたように自分のこめかみを人差し指で軽く叩いた。
なんだろう、激しくイラっとする。言われっぱなしは悔しいので反撃を試みた。
「お前はクールというより小賢しいんだよ。先回りして逃げ道塞いで追い込みやがって。
美嘉達ばかりか、まさか松永さんや速水さんまで味方につけるとは思わなかったぜ」
気付けばいつの間にかみんなあたしと加蓮がガチ対決するのを期待してるし、あたしも
すっかり乗せられていた。そんなに他人を使って回りくどい事しなくても、ただ一言だけ
「勝負よ!」って言うだけで良かったのによ。
「奏と量は勝手に面白がってバトルを煽ってただけだよ。 美嘉達は何もしなくても味方を
してくれたし、最初からアタシが奈緒の所に送り込んだのは1人だけだよ」
「そうだったのか?その1人って一体……」
あたしが言い終わる前に、どこからかやって来た小さい女の子が加蓮の腰のあたりに
抱き着いた。その子は綺麗なさらさらした髪で、曇りのない瞳を加蓮に向ける。
「加蓮…… 私京都に帰る………… おわかれ…………」
「お姉ちゃんって付けなさいって言ったでしょ。紗枝にも挨拶するから連れて行って」
「加蓮………… おとな…………」
「これくらい当然よ。雪美もちゃんとしないと、奈緒みたいな体育会系になっちゃうよ?」
「奈緒……?いたの…………?」
雪美ちゃんを注意しながらも、抱き着かれて満更でもなさそうな加蓮だった。
……って、お前雪美ちゃんと知り合いだったのかよ!?
「この子がアタシの協力者。アンタのやる気に火をつける秘密兵器だよ」
ニヤリと笑う加蓮と、可愛く小首を傾げる雪美ちゃんにあたしは言葉が出なかった。
***
「すんまへんなあ奈緒はん。雪美ちゃんが奈緒はんをにらんでしもうた事を気にしてて
落ち込んどったら、加蓮はんが声をかけてきてくれはったんどす。奈緒はんはそんな
ことで気ぃ悪うせえへんから、ちゃんと謝ったら許してくれはるゆうて」
駐車場に着いたら、紗枝ちゃんがあたしに説明してくれた。雪美ちゃんはリヤカーを
引いているあたしとふ○っしーを離れた所で見てたらしい。ふ○っしーのペアのあたしに
ひどいことをしてしまったと罪悪感を抱いていたものの、面と向かって謝る勇気がなくて
悩んでいたら加蓮が元気づけてくれたそうだ。
「雪美ちゃんみたいな可愛い子に応援されたら、奈緒はんもやる気になりはるやろうから
連れて行ったってて加蓮はんにお願いされまして。でも加蓮はんの差し金やて知ったら
奈緒はんはいらん事考えはるかもしれへんから、内緒やて釘刺されましてなあ」
おほほと上品に笑う紗枝ちゃん。可愛い顔して意外と油断ならねえな。確かに言われて
みれば、あのタイミングで雪美ちゃんと紗枝ちゃんが来たのは不自然だった気もする。
でもまさか裏で加蓮が糸を引いていたとは思わなかったぜ。
「奈緒………… ジャイアントスイング………… ありがとう…………」
雪美ちゃんがあたしに向かってお礼を言った。あまり表情が変わらない子だけど、多分
喜んでいるのだろう。あれくらいお安い御用だぜ。カッコよかっただろ?
「うん…… 加蓮も…… ジャイ○ントコーン…… ごちそうさま…………」
ん?雪美ちゃん?今なんて言った?
「ヤバッ」
加蓮は慌てて逃げようとしたけど、紗枝ちゃんに「まあまあ」と言って止められた。
「加蓮に……アイス買ってもらった………… それでテレビで見たの……思い出した」
ドヤ顔でピースをする雪美ちゃん。ほっほーう、つまり雪美ちゃんがあたし達にあんな
過激なパフォーマンスをお願いしたのはお前のせいじゃねえか加蓮!!
「ア、 アタシに言われても困るし!それに奈緒がふ○っしーに先にプロレス技かけたから
雪美の頭にインプットされたんじゃないの!? 」
うるせえ問答無用だ!逃げ回る加蓮を追いかけながら、にこにこしている紗枝ちゃんと
機嫌の良さそうな雪美ちゃんを見て結果オーライかと思った。何となく雪美ちゃんは将来
大物になりそうな気がする。紗枝ちゃんも社長とか似合いそうだな―――――
―――
「はぁ……はぁ…… お前…全然元気じゃねえか…… 」
「ぜぇ……ぜぇ…… ふざけんじゃ…ないわよ……」
京都の二人を見送って、あたしと加蓮は一息ついた。さて、それじゃそろそろ未央達の
所に行くか。もう片づけも終わってるだろうし、きっと待ってるだろう。
「さっき凛に駐車場にいるって連絡したら、プロデューサーさんが迎えに来てくれるから
そこで待っててって言われたけど……」
加蓮がスマホをチェックしながら言った。いつの間に連絡したんだよ。そういう事なら
行き違いになっても面倒だしここにいるか。プロデューサーって名前ずいぶん久しぶりに
聞いたな。今までどこで何をしてたんだよ。
「あ、来た来た……って、あれ?」
加蓮が見つめる先にいたのは、顔の下をガムテープで補修したに○こくんだった。まだ
着替えてなかったのかよ。もう商工会のスタッフさんも帰ったんじゃねえのか?
「なんでアンタが来るのよ。アタシはプロデューサーさんが来るって聞いたんだけど」
に○こくんはあたりを見渡して誰もいないのを確認すると、被り物を動かしはじめた。
「え……?まさか……?」
あたしと加蓮は固まった。もしかして中に入ってるのって……
「ぶは―――――っ!! あ~、ようやく解放されたよ。もうこの被り物暑いのなんのって!
中の人ってよくこんなのずっとかぶっているよな」
に○こくんの中から現れたのは、朝に会ったきりのCGプロのプロデューサーだった。
マジかよ!? 今日一日ずっとに○こくんやってたのか!?
「最初は本部スタッフで凛のサポートをする予定だったんだが、凛に未央と卯月がいれば
大丈夫だから北条さんに付き添ってくれって頼まれてな。でも俺が普段の恰好のままで
行くと北条さんは信頼されてないって怒るかもしれないから、それでに○こくんの中の
人に代わってもらったんだ。なかなか筋が良いって褒められたよ」
プロデューサーは苦笑いしながら、頭に巻いたタオルを外して額の汗を拭いた。朝に
あたし達と別れてから、スキップしながらやって来たに○こくんからずっと今まで中が
プロデューサーだったらしい。随分ノリノリだったんだな。
「え…… それじゃあアタシは…… プロデューサーさんと結婚式をして、お姫様だっこを
されて、それからパパとママに挨拶して、それから……」
加蓮はうわ言のようにぶつぶつとつぶやいたかと思えば、そのままショートして頭から
湯気を出しながら倒れた。色々混乱しすぎだバカ!お前は家に何を連れてご両親に挨拶を
しようとしてるんだよ!? あれはパフォーマンスだろうが!!
「加蓮はあたしが運ぶから、Pさんはもう一回に○こくんになってくれ。誰が見てるか
分かんねえし、ゆるキャラはそう簡単に正体を明かしたらいけないんだぜ?」
「ええっ!? そうなのかっ!? 」
Pさんもふ○っしーを見習えよ。あたしはやれやれとため息をついて加蓮を背負った。
さ、行こうぜ。ついでにPさんには聞きたい事が色々あるし教えてくれよ―――――
***
「なぁPさん、どうしてPさんはあたしに声をかけたんだ?」
加蓮を背負って未央達の所へ向かう道中、あたしはプロデューサーに質問してみた。
見た目はに○こくんだから、なんかシュールな光景だな。
「プロデューサーの勘がティンと来た!て言いたいけど、そんな答えじゃ納得しません
って顔をしてるな。そんなに信じられなかったのかい?」
「ああ、もうちっと現実的な回答を頼むぜ。未央から聞いたけど、Pさんってあんまり
街で声をかけたりしないんだろ?今までスカウトされたのって凛と美嘉と莉嘉ちゃん
だけだって聞いてるぜ。あの3人なら分かるけど、どうしてあたしなんだ?」
凛と美嘉は背も高いし、スタイルも良いモデル体型だ。顔だって美人だし、速水さんや
松永さんみたいなあまりそこら辺にいないタイプの女子高生だろう。莉嘉ちゃんも元気で
華があって将来有望だ。親しみやすさが主流と言っても、やはりアイドルにはルックスが
重要だ。パっと見ただけでスカウトされるような、目を惹く要素はあたしにはない。
「確かにルックスや華やかさも大事だけど、アイドルに一番必要なのは人に好かれる
魅力を持っているかどうかだ。そして君はそれを持っていた。ネタばらしをすると、
君は俺達アイドル事務所が血眼で探していた逸材で、業界では有名人だったよ」
「なっ!? 」
プロデューサーの口から出た予想外の言葉に、あたしは驚いた。何で業界であたしの
存在が知られているんだよ!? あたしアイドルの面接とか受けた事ないぞ!?
「未央がまだアイドルになる前のあちこちの事務所で面接を受けて回っていた時に、君は
こっそり様子を見に来ていたんだろう?それでたまたま出会った、面接に落ちた子達を
慰めていたそうじゃないか。ウチには来てくれなかったけど、事務所の間であの子は
一体誰だって噂になってたんだよ?」
ああ、そういえばそんな事をしていた記憶があるな…… 未央の面接に全部行った
わけじゃないけど、都合が合えば結果が気になって様子を見に行った事は何度かある。
事務所の近くで通行人のフリして見ていたら、女の子が泣きながら出て来たから、
無視するのも気が引けて何人か声をかけてしまった。
「君が噂になったのはそれだけじゃないんだよ。あの時君に慰められた子達が、もう一度
アイドルを目指して頑張ってみようと奮起して、その後何人か合格した子もいるんだ。
あの時もし神谷さんに会わなかったら、夢を諦めていたって子もいるらしいぞ。君が
アイドルにした子は未央達だけじゃないんだ。これからもっと増えるかもな」
自分の事ながら、まるで都市伝説みたいな話だな。妖怪『励まし女』的な。不審者扱い
されて通報されなかっただけマシか。あたしがあの時声をかけたのは、少なくとも10人は
いたはずだ。そっか、あの子達がなあ。よかったなあ……
「アイドルになるのって簡単な事じゃないんだ。未央を見ていた君なら分かると思うけど、
一発で面接に受かる子なんてほとんどいないし、素質があっても方針に合わないと合格
出来ないし、タイミングだってある。俺達も全員合格させてあげたいけど、ある程度は
選ばないといけないんだ」
プロデューサーは歯がゆそうに言った。それは当然だな。巡り合せだってあるだろうし、
実際に面接を受けて落とされないと分からない事だってある。未央も何回も面接を受ける
うちに、アイドルとしての心構えが出来てきたような気がした。
「君みたいな強さと優しさを持っていて周りに力を与えられる子は、まさにアイドルに
ふさわしい逸材だ。どこの事務所も君を欲しがっていたんだよ。でも神谷さんが誰の
関係者か分からないし、君が助けた子達も君の名前を知らなかったから見つけるのは
ほぼ不可能だったよ。面接を受けて回っている子は未央だけじゃなかったし」
ツチノコじゃあるまいし、話が大きくなりすぎだろ。それに未央がCGプロに受かった
後はアイドル事務所に行ってないし、誰もあたしを見つけられなかっただろうな。元々
東京にはアキバにDVDを買いに行くくらいで、あたしの主な活動エリアは千葉だからな。
「でもPさんは分かったんだな。さすが未央が言ってた仕事がデキる男だぜ」
「俺も確信があって声をかけたわけじゃないけどな。小柄で前髪が切り揃えられていて、
意志の強そうな眉毛をしたパンツルックの子って聞いていたからそうじゃないかって
思ったんだ。それに未央から聞いた近所の素敵なお姉さんって子に特徴が似てたから、
声をかけても損はないと思ってな」
「なんだそうだったのか。噂が一人歩きしてたんだな。道理で何かおかしいと思ったぜ。
でもこれで納得したよ。それで実際にあたしを見て、こうして喋ってみてPさんはどう
思ったんだ?想像してたのと違ってガッカリさせちまったか?」
あたしはプロデューサーに聞いてみた。こんなあたしで良かったら、もう一回スカウト
して欲しいな。今度は逃げないからさ。プロデューサーは少し考えるように無言になって
から、ゆっくりとあたしに向き合って言った。
「俺も噂は半信半疑だったけど、実際に会ってみたら噂以上だと思ったよ。スクールでも
今日のイベントでも君はいつも中心にいた。飾らないさっぱりした性格で、いつだって
一所懸命で周りに力を与える。こんな事を言うと誤解されるかもしれないけど、本音を
言わせてもらうと俺は君をアイドルにスカウトしたくない。それよりもこう言いたい」
「な、なんだよ……?」
に○こくんの被り物をしているからその表情は読み取れないけど、真剣な空気だけは
伝わってくる。大の男があたしみたいな一般女子高生に一体何を言うつもりだよ……
「俺は君に惚れたよ。プロデューサーとアイドルという関係じゃなくて、君とはもっと
対等な関係で、人生のパートナーになって欲しいと思った。もし今と違う出会い方を
していたら、プロポーズをしていたかもな」
「な、な、な……!? 」
プロデューサーの突然の告白に、あたしは思わず背中の加蓮を放り捨てて逃げ出したく
なったけどギリギリで思いとどまった。ていうかそれ、に○こくんの恰好して言うセリフ
じゃないだろ!どんなカッコいい事言っても全部ギャグになるっての!
「俺だって被り物でもしてないとこんな事言えないよ。プロデューサーっていうのは元々
惚れっぽいんだ。自分が惚れ込んだ子をトップアイドルにして、世間の人達にその子の
素晴らしさを知ってもらう事が俺の喜びだけど、君は俺が独り占めして誰にも教えたく
ないと思ったよ。それくらい君は魅力的だ。アイドル達が惹かれるのも分かるよ」
おいやべえよこの空気。大の男がマジ告白してるのに、に○こくんのカッコしてるから
吹き出しそうになって全然胸に響かねえ。いかん、そろそろ限界だ。加蓮を叩き起こすか?
それとも未央か凛でもここに呼ぶか?誰でもいいからあたしを助けろ。助けてくれ……
「まぁ、でも俺はプロデューサーだから君をトップアイドルにするけどな!俺にはそれ
しか出来ないし、君達とこうやって付き合えるのもプロデューサーとアイドルという
関係があるからだ。ごめんな困らせるような事を言って。今の話は忘れてくれ」
ようやく普通の空気に戻って、あたしは一息ついた。そ、そうだな!今の話は忘れよう!
忘れていいのか分からないけど、今のあたしには返事は出来ないぜ。それじゃ気を取り
直して改めてスカウトを受けよう。こういう事はしっかり言っとかないとあたしも決心が
揺らぐからな!すぅ~、はぁ~…… よしっ!
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」
「え?」
だああっ!? 何を口走ってるんだあたしは!! ち、違う!いやPさんが嫌いとかじゃなくて
そういう意味で言ったんじゃなくて、これからアイドルとしてだな……!!
「ははは、やっぱり神谷さんは面白いな。ますます好きになったよ」
に○こくんのカッコしたPさんに言われたくねえよ!どうやらまだジャイスイの影響が
残ってるみたいだ。今日はとりあえずこのまま打ち上げに行って、日を改めてから今後の
話をしようぜ。みんな待ってるしさっさと行くぞ!
「Pさん!」
「ん?なんだい?」
おっと、最後にこれだけは言っておかないとな。あたしは背中に背負っている加蓮を
くいっとあごでさして、ニヤリと笑った。
「あたしは未央と美羽の、加蓮は凛のお姉ちゃんみたいなもんだ。知ってるか?姉より
優れた妹は存在しないんだぜ。あたし達はあいつらみたいに簡単に手なづけられない
から、気合を入れてプロデュースしてくれよな!」
その分、あたしは未央みたいにPさんの手を焼かせる事はないって約束するぜ。加蓮は
どうか分からないけど、こいつの面倒もあたしがしっかり見てやるよ。あたしは男勝りで
あんまり可愛気はないけど、これからよろしくな!
「ああ、もちろん分かってるよ。実は神谷さんのそういう性格を考慮したユニットも
検討している所だ。聞けばきっと驚くぞ」
「おいおいPさん。もうあたしはPさんにプロデュースされるアイドルなんだし、奈緒で
いいぜ。でもそれは楽しみだな。でっかかろうが沢山いようが、しっかり可愛がって
やるよ。でもあたしもちゃんと可愛がれよ―――――?」
***
こうしてあたしは、後に凛と加蓮と一緒にトライアドプリムスという名のユニットを
組む事になる。姉妹みたいによく似た性格の二人に振り回されながら、今あたしは楽しく
アイドルをやっている。もちろん未央や卯月や美嘉達も一緒だ。夢を夢で終わらせない
為に、毎日精一杯楽しんでいる。アイドルになって本当に良かったぜ。
アイドルメーカーは都市伝説になり、あたしをそう呼ぶ人間は次第にいなくなった。
でもいつかまた、あたしみたいなお節介なヤツがそんな風に呼ばれるのだろう。夢を
一所懸命追いかける人間の側には、必ず応援している人間もいるんだから。
「ミイラ取りがミイラってやつで、そいつもあたしみたいにアイドルになっているかも
しれないけどな。でもそれはそれで面白いと思うぜ?まぁ、お互い頑張ろうや」
「奈緒~、何してるの~?レッスン行くよ~」
「おう、悪い加蓮、すぐ行くぜ!」
ふ○っしーがワンポイントに刺繍されたスポーツタオルをバッグの中に詰め込んで、
あたしは寮の部屋を出た。見てろよふ○っしー、お前よりビッグになってやるぜ。
「さてと、今日も一日頑張るか!」
おわり
◆以下、おまけ(小ネタ)になります。
元スレに貼られていた画像
>>505
ありがとうございます。お礼に季節感を無視しまくってますが、可愛い奈緒をどうぞ。
元スレ
神谷奈緒「アイドルメーカー」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371728614/
神谷奈緒「アイドルメーカー」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371728614/
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コメント一覧 (28)
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- 2017年02月01日 19:21
- 懐かしいなこれ
1番最初に呼んだモバマスSSがこれだったかも
その頃はキャラ全く知らなかったから今見ると新鮮だな
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- 2017年02月01日 19:22
- これホント名作だと思ってる
復刻されてよかった
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- 2017年02月01日 19:29
- 昔のやつか
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- 2017年02月01日 19:30
- 名作なんだけど、後半になるにつれて、脳内再生される奈緒が女の子じゃなくてラノベの男主人公になってくるのが難点。
-
- 2017年02月01日 20:13
- なんで今更
名作です
-
- 2017年02月01日 20:24
- 懐かしいな
ふなっしーと奈緒のやつ
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- 2017年02月01日 20:27
- なっっつかしいな!ここの奈緒カッコよくて好きだった
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- 2017年02月01日 21:38
- また読み返したがやっぱり名作だな
奈緒マジで奈緒だわ
こころが奈緒奈緒する
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- 2017年02月01日 22:13
- このss見てから奈緒の担当になったと言っても過言ではない
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- 2017年02月01日 22:16
- 懐かしいな
この作者アヤのも書いてたよね
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- 2017年02月01日 22:20
- くまもんは熊本弁わかるんだなwww
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- 2017年02月01日 22:23
- 34ページ!?
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- 2017年02月02日 00:20
- 美嘉が後輩なのか
アニメ先に見てたからスゲー新鮮に感じる
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- 2017年02月02日 01:33
- おーなつかしい
これ本当好きだったわ
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- 2017年02月02日 02:48
- 力作だけどギャルゲー感すごい!面白かった
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- 2017年02月02日 08:47
- 読み応えあって面白かった。
自分が奈緒Pになった理由がそのまま書かれたようなssだった。
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- 2017年02月02日 09:06
- こんな傑作があったのか。
キャラクターも魅力的に描けているし、すげえよかった。
-
- 2017年02月02日 10:34
- すごい面白かった(こなみ感)
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- 2017年02月02日 11:29
- 伊藤恒朋09040804549
いとうつねあき
https://www.facebook.com/tsuneaki.ito
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- 2017年02月02日 14:21
- 素晴らしい傑作だわこれ
なおっしーとふなっしーを更に好きになってしまう
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- 2017年02月02日 19:56
- アイマスとゆるキャラ両方好きな俺には最高だったぜ。
安易に百合百合しくないのがまたいい。
しかし4年前のだったのね。
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- 2017年02月04日 19:13
- ギャルゲみたいだけど楽しかった
いや、俺がギャルゲーマーだからか
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- 2017年02月05日 20:25
- 面白いけどふなっしーが存在感ありすぎるw
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- 2017年02月06日 00:36
- なおみおかと思ったらなおかれだと思ったらなおふなだった
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- 2017年02月07日 18:44
- 紗枝はんの社長ネタとか懐かしくて涙が出そう
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- 2017年02月20日 13:14
- 名作すぎ
奈緒マジ可愛い
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- 2017年03月07日 16:35
- ※14
ボイスついたのもCD出たのも莉嘉が先だったからそういう設定のSSは当時珍しくなかったよ
未央が出番多いといいな