美希「デスノート」【その2】
- 2017年01月22日 08:09
- SS、DEATH NOTE
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美希「デスノート」【その2】
美希「! …………」
春香「確かに、前のプロデューサーさんの死因が心臓麻痺で、死亡時期がキラが裁きを始める直前だったから……前のプロデューサーさんの死がキラ事件と何か関係があるんじゃないか、と思われても仕方の無いところではあるけど……」
美希「…………」
春香「でも、流石にこの一件だけをもってキラ事件との関連性を見出すのは無理があるし、仮に強引にそう決めつけたとしても、容疑者はせいぜい私達765プロ全員だよ。美希一人を疑えるはずがない」
美希「…………」
春香「だから、美希。不安な気持ちになるのは分かるけど、もう少し落ち着いて……」
美希「……違うの。春香」
春香「えっ?」
美希「……ミキが犯罪者以外で殺したのは……前のプロデューサーだけじゃないの」
春香「! …………」
美希「…………」
春香「じゃあ、美希。誰を……?」
美希「……ミキの、クラスメイトの男子」
春香「! それ……いつ?」
美希「前のプロデューサーを殺した日の……翌々日」
春香「! …………」
美希「えっと……デスノートを拾って、すぐに前のプロデューサーの名前を書いて……そしたらその次の日に、心臓麻痺で死んだって聞いて……」
春香「…………」
美希「でもその時はまだ、ノートが本物かどうか分かってなくて」
美希「たまたまその日、新宿の通り魔が人質を取って保育園にたてこもってたから……試してみる意味で、そいつの名前もノートに書いたの」
美希「そしたらその通り魔も死んで……もうノートが本物だって、その時点でほぼ確信したの」
美希「それで、その日は一睡もできずに一晩過ごして……翌日。学校で、朝、その男子にからかわれて……」
春香「…………」
美希「いつもなら適当にあしらうんだけど、その時はもう精神的に大分参ってたのもあって、すごくイライラして……もうどうでもいいや、って投げやりな気持ちになっちゃって……」
春香「……書いたんだ」
美希「うん。デスノート、家に置いておくのが怖くて学校に持って来てたから、つい……」
春香「……そっか」
美希「…………」
春香「この事、刑事さん達には?」
美希「一週間前の聞き取りの時に話したよ。警察が調べたらいずれ分かることだし、それにパパはもう知ってたから……」
春香「パパ……? あっ、そうか。美希のお父さんって……」
美希「うん。警察官。しかも……少し前まで、キラ事件の捜査本部に入ってた」
春香「!」
美希「うん。『学校の友達とかには言っちゃだめ』って言われてたから、事務所の皆には言ってなかったけどね」
春香「そうだったんだ……。でも、『少し前まで』ってことは、今は違うってこと?」
美希「多分……。刑事さん達がうちの事務所に来た日の夜に、パパにその事を話したんだけど、『今は別の仕事をやってる』ってことだけ言われて……。結局、パパはそれ以上何も言わなかったし、ミキにも何も聞いてこなかったの」
春香「…………」
美希「その時、なんとなく、パパが何か隠してるようにも思えたんだけど……」
春香「…………」
春香(もしかして、警察はもう美希をかなりの程度まで疑っている……? だからこそ、美希のお父さんはその事を美希に言えなかった……?)
春香(いや、今美希から聞いた話を前提にすれば、むしろ……)
春香「……キラ事件の開始とほぼ同じタイミングで、美希と接点のある人間が心臓麻痺で死亡……それが一人だけならまだしも、二人」
美希「…………」
春香「そして当然、二人とも犯罪者ではない……」
美希「…………」
春香「ねぇ、美希。この二人の両方と接点があるのは……おそらく美希だけだよね」
美希「うん。多分……」
春香「…………」
美希「! …………」
春香「美希」
美希「な、何? 春香」
春香「リュークが美希の前に姿を現したのはいつ頃?」
美希「? リューク?」
春香「うん」
美希「えっと……確か、そのクラスメイトの名前を書いた日の夜……かな。時間的には、前のプロデューサーのお通夜の後くらい」
春香「前のプロデューサーさんのお通夜の後……つまり、私が美希がデスノートの所有者だと知った直後ってことだね」
美希「うん。そういうことになると思う」
レム「確かに、あの通夜の時点ではリュークはまだミキに憑いていなかった。ハルカの言うとおり、ノート自体は既に持っていたようだが」
春香「……リューク」
リューク「? 何だ?」
春香「あなた……何で、美希にノートを渡してからすぐに姿を現さなかったの?」
リューク「え?」
春香「あなたがすぐに美希の前に姿を現していれば、美希は何ら疑うことなくノートを本物だと信じただろうし、結果、身近な人間を二人も殺すことはなかった。そうでしょう?」
美希「春香……」
リューク「いや、そんなことを言われてもな……。そもそも人間にノートを渡した場合、すぐに姿を現さないといけないなんて掟は無いし……そうだよな? レム」
レム「ああ。死神は通常、人間がノートを使った日から39日以内に使った者の前に姿を現すものとされている」
リューク「ほら。俺なんてミキがノートを使ってから二日だぜ? むしろ褒めてもらいたいくらいだ」
春香「…………チッ」
リューク(舌打ち!?)
美希「! は、はいなの」
春香「さっき、お父さんが少し前までキラ事件の捜査本部に入ってたって言ってたけど……何か具体的な捜査情報とかを聞いたことはあった?」
美希「う、うん。えっと……」
春香「…………」
美希「春香。ミキが裁きを始めてすぐの頃、テレビの生中継に“L”って名乗ってた人が出てたの覚えてる? あのイケメンの……」
春香「ああ、覚えてるよ。確か……通称“L”、リンド・L・テイラーって人だったよね。あの後、結局出てこなくなっちゃったけど」
美希「うん。あの人ね、実は替え玉だったんだって。本物の“L”の」
春香「……替え玉?」
美希「うん。そうらしいよ」
春香「ってことは……“L”は自分の身代わりをテレビに出演させて、キラがその身代わりを殺すかどうかを見ようとしてた……ってこと?」
美希「うん。多分……」
春香「何てやつ……! 人の命を何だと思ってるんだろう」
美希「…………」
春香「? どうかした?」
美希「ううん。なんでもないの」
春香「じゃあ……そのLって人が警察を動かしてるっていうのは本当なの? 確か、あのときの中継ではそう言ってたと思うけど」
美希「うん。それは多分本当。パパが、その替え玉の生中継も、警察はほとんど関わってなくてLが独断でやったって言ってたし」
春香「なるほど。確かにそこまでの事ができるとすれば、警察を自由に動かせる……いや、警察を従えられる人でないと無理だろうね。つまり捜査本部の実質的トップ……か」
美希「あと、Lの推理が捜査本部に伝えられたりしたこともあったみたい」
春香「Lの推理? どんなの?」
美希「えっと……裁きが行われている時間帯が遅い日でも夜10時までだったから、キラは子どもじゃないかって推理してたみたい。で、これは実際当たってたの」
春香「……一体何者なの? そのLって」
美希「さあ……パパは探偵って言ってたけど」
春香「探偵……」
美希「そうだね。ただ、ミキがパパから聞けてた情報はそれくらいで……Lについて、それ以上詳しいことは分からないの」
春香「…………」
春香(しかし、いくらなんでも自分の身代わりをテレビ出演させて殺させようとするなんて普通じゃない……)
春香(目的の為なら手段を選ばないタイプか……厄介だな)
春香(それに一週間前に事務所に来た刑事さん達が偽名を使っていたことを考えると……少なくとも、『キラの殺しには名前が必要』ということはばれていると考えた方が良い)
春香(また普通に考えて『顔が分からない人間でも殺せる』というのは無理がある……殺す対象として特定しようがない)
春香(ならばもう『キラの殺しには顔と名前の両方が必要』というところまでばれていると考えるべき)
春香(でも『顔と名前だけで人を殺せる』……そんな人間がいたとして、一体どうやって確保する?)
春香(もし私がLの立場なら……名前が知られなければ殺されない、ならば顔は見られても構わないと考え、直接相対して確保する?)
春香(いや……別に顔だって、フルフェイスのヘルメットでも被ればそう簡単には見られない。ましてや警察の装備が使えるならそんな手段はいくらでもあるはず……)
春香(しかし実際には美希は確保されていない。だとすれば……)
春香(Lは、たとえ美希がキラだと分かっていても、確保するのはその証拠を挙げた上で……と考えている?)
春香(Lは仮にも探偵……もし彼が、パズルを解くようにこの事件の謎を解き明かそうとしているのであれば、あるいは……)
春香(そしてもしそうなら……Lが次に考えることは、美希からキラとしての殺しの証拠を挙げる事)
春香(しかし『顔と名前が必要』という殺人の条件は分かっているとしても、具体的な殺人の方法については何も分かっていないはず)
春香(それは当たり前……『ノートに名前を書くだけで人が死ぬ』なんて、想像できるわけがない)
春香(そんな状況の下、キラとしての殺しの証拠を確実に挙げるには……美希が実際に殺しをしている現場を押さえるしかない)
春香(ならばまず、今この場で確認すべきことは……)
レム「? 何だ? ハルカ」
春香「今、美希を尾行している人が周囲にいないかどうか……少し上の方から、ぐるっと見渡して確認してみてくれる?」
美希「!?」
レム「……ああ。いいだろう」バサッ
美希「び……尾行?」
春香「うん。もしLが美希の殺しの現場を押さえる気でいるなら、それくらいはしていてもおかしくはないかな、と」
美希「あー。なるほどなの」
春香「…………」
春香(正直な所、美希はほぼ無防備と言っていい……今の反応からしても、自分が尾行される可能性なんて考えてもいなかっただろうし、実際に尾行されていたとしてもまず気付かないだろう)
春香(もっとも、尾行の可能性に気付いたとしても……『尾行されていないかどうかを確認する』という素振りを見せただけで、本当に尾行されていた場合、それはそれで結局怪しまれてしまうから……実際できることなんて何も無いんだけどね)
春香(ただでもそれはあくまで……死神なんかが憑いていない、普通の人間の場合の話)
春香(この点、死神のレムなら……上空をどれほど飛び回り周囲を見渡そうが、絶対に誰にも気付かれない。つまり本当に尾行者がいたとしても、何の支障も無くその存在を確知できる)
レム「……少なくとも周囲100メートルほどの範囲にはそれらしき奴はいないな」バサッ
春香「分かった。ありがとう。レム」
美希「一安心なの」
春香(とすれば後、考えられる『証拠を押さえる為の手段』としては……)
春香(考えろ。もし私がLなら……キラを追う者なら……)
美希「? 春香?」
春香「…………」
春香(キラは顔と名前だけで人を殺せる……としても、もし自分の意思で選べるなら、普通は他に誰もいない状況で殺しを行うだろう。というより、あえて人前でそれをする必然性が無い)
春香(つまりキラが殺しを行う場所として、一番考えられるのは自分の家の中……より正確に言えば、自室)
春香(そしてLは目的の為なら手段を選ばない性格……だとすれば……)
春香「美希」
美希「! は、はいなの」
春香「もし私がLなら……美希の部屋に監視カメラを付ける、くらいの事はすると思う」
美希「えっ! か、監視カメラ!?」
春香「いや、それだけじゃない。殺しの手段が何なのか、全く見当もつかないとすると……たとえば呪文か何かを唱えて殺す可能性などもあると考えて……盗聴器も仕掛ける」
美希「盗聴器!?」
春香「まあ、あくまで可能性だけどね。でもそれくらいの事はしないと、キラとしての証拠は挙げられないと思う」
美希「で、でもそういうのって犯罪じゃないの? プライバシーの侵害っていうか……」
春香「自分の身代わりを殺させようとする人に、そんな当たり前の理屈が通じるとは思えないけど」
美希「そ、それは、まあ……。でもパパが同じ捜査本部にいるのにそんな事……」
春香「でも多分、もう外れてるんでしょ?」
美希「……そうだったの」
美希「えっ!」
春香「現時点で尾行が無いのなら、なおさらそっちでケリをつけるつもりなのかも……」
美希「そ、そんな……」
春香「ねぇ、美希。美希が最後に裁きをしたのはいつ、どこで?」
美希「昨日の夜……普通に、自分の部屋でしたの」
春香「ならもしもうカメラが付けられているとしたら、それは当然Lに観られていたことになるね」
美希「!」
春香「ただもしそうなら、今頃美希は捕まっていてもおかしくないはず……」
美希「あっ。それは確かにそうなの。じゃあまだ……」
春香「いや、何日か様子を見てから……ということも考えられるし、安心はできないよ」
美希「そっか……」
春香「まあそうは言っても、もしもう観られていたとしたら仕方無い。その場合は今更どうしようもないから、考えるだけ無駄」
美希「…………」
春香「だから考えるなら、『まだ』付けられていない可能性の方で考えるべきだよ」
美希「そ、そうだね。春香」
春香「で……美希。たとえば今日、美希の家の人が全員家に居ない時間帯ってあった?」
美希「えっ、うん。うち共働きだし、お姉ちゃんも大学生だから、今日に限らず、基本的に平日の昼は誰も家に居ないの」
春香「そっか。じゃあもう今日の昼には付けられている……最悪のパターンを想定するなら、今からその前提で動いた方が良いね」
美希「!」
春香「まあ本当の最悪のパターンは昨日以前に付けられていて、もう美希の裁きの場面もばっちり撮られているってことだけど」
美希「…………」
美希「えっ」
春香「だってカメラの可能性を考えたら、当然美希の家ではできないでしょ? かといって家の外じゃ、夜に報道された犯罪者を翌日以降にしか裁けなくなり、今までと裁きの傾向が変わってしまう」
美希「……なるほどなの。でも、いいの? 春香」
春香「もちろん。言ったでしょ? 美希が困っていたら必ず助けるって。しかもこれでもし本当にカメラが付けられていたとしたら、美希が何もしていないことが明白な状況で、犯罪者裁きが起きることになる。つまり美希を捕まえるために仕掛けられたカメラによって、逆に美希の身の潔白が証明されることになる」
美希「! ……春香……」
春香「そういうわけで当面の間、裁きは私が代行する。それでいいね? 美希」
美希「……もちろんなの。ありがとう。春香」
春香「どういたしまして。あと、美希のデスノートも一旦預からせてもらっていいかな? もしカメラが付けられていた場合、うっかり映っちゃうかもしれないし」
美希「なるほどなの。こんな黒いノート、見るからに怪しいもんね」
春香「そういうこと。あ、ちなみにレム。私がノートを預かるだけなら、美希の所有権に影響は無いよね?」
レム「ああ。その場合はミキのノートの隠し場所がハルカってことにしかならない」
春香「だってさ。じゃあ、美希」
美希「分かったの。はい、春香。よろしくお願いしますなの」スッ
春香「うん。あ、でも……」
美希「?」
春香「…………」ピリリ
(美希のデスノートから、その1ページ分をきれいに切り離す春香)
春香「はい、これ。一応持ってて」
美希「? なんで?」
春香「この先何があるか分からないから、念の為に。それに、これならもしカメラに映っても怪しまれないでしょ。切り取ったノートの1ページ分くらい」
美希「でも、春香。これって普通にデスノートとして使えるの? もうノートから完全に切り離されちゃってるのに」
春香「……切り取ったページや切れ端でも全て、デスノートの特性は有効だよ」
美希「そうなんだ。知らなかったの。へー」
春香「…………」ジロッ
リューク「いや、そんな風に睨まれても……。別に死神には全てのルールを人間に教える義務は無いし……」
美希「それは……そうなの。『誰かに観られてるかもしれない』って思いながらじゃ、くつろごうにもくつろげないし」
春香「盗聴器だけなら、それを探す探知機を買ってくれば探せるけど……カメラが付けられている可能性がある以上、カメラ自体は勿論、盗聴器もカメラの有無を確かめない限りは探せない」
美希「そっか。探してること自体が観られちゃうと、それだけで怪しまれちゃうもんね」
春香「そういうこと。カメラに映らないように探すことができればいいけど、でもそのためにはカメラの位置が分かっていないといけないわけで、これじゃ堂々巡りに……ん?」
美希「? 春香?」
春香「カメラに映らないように探す……そうか、それだよ」
美希「え?」
春香「さっき、私がレムにしてもらったことをすればいいんだ」
美希「?」
春香「……リューク」
リューク「ん?」
春香「今日帰ったら、美希の部屋にカメラが仕掛けられていないか、確認してみてくれない?」
リューク「……はあ? 何で俺がそんなことをしないといけないんだ?」
春香「だってリュークなら、どんなに探し回っても絶対カメラには映らないでしょ?」
美希「ああ、なるほどなの」
リューク「……あのな、ハルカ。俺は明らかにお前の味方をしているレムとは違って、別にミキの味方ってわけじゃないんだ。だからそんな、あるかどうかも分からないカメラを探すなんて面倒な手伝いはしない」
春香「…………」
春香「……リンゴ?」
レム「リンゴは死神にとっての嗜好品……人間でいう、酒や煙草みたいなものだ。私はあまり食べないがね」
春香「リュークはリンゴをよく食べるの? 美希」
美希「そうだね。毎日ってわけじゃないけど、それなりによく食べてるの」
春香「…………」
美希「?」
春香「ねぇ、リューク」
リューク「ん?」
春香「もし美希の部屋にカメラが付けられていた場合……リュークがリンゴを食べている様子はどう映るの?」
リューク「……あっ」
美希「?」
リューク「確かに……俺の口の中に入ってしまえばリンゴは見えなくなるが……手に持っている間は宙に浮いているように見えるな……」
春香「いくらなんでも、そんなB級ホラーじみた映像をLに見せるわけにはいかないってことくらいわかるよね? 今のこの状況で」
リューク「ちょ、ちょっと待て。じゃあ俺にリンゴ食うなって言うのか? ハルカ」
春香「じゃあ逆に聞くけど、もしリュークがリンゴを食べなかったらどうなるの? 」
リューク「……俺が長時間リンゴを食べなかった場合……体をひねったり、逆立ちしたりとか……人間でいう禁断症状が出るな」
春香「なるほどね。まあそれはそれで面白そうだけど」
リューク「…………」
春香「でも、要はカメラさえ無ければ安心して食べられるわけだから、食べる前に確認すればいいんだよ。美希の部屋にカメラが付けられていないかどうか」
リューク「何?」
春香「リュークなら問題無くできるはずだよ。だって絶対にカメラに映らないんだから」
リューク「そ、そうか……確かに俺なら絶対にカメラには映らない。つまりリンゴが食いたくなったら、事前にミキの部屋を一通りチェックして……カメラが付けられていないことさえ確認できればそれでいいってわけか」
春香「そういうこと。流石リューク。理解が速いね」
リューク「ククッ。ならそうさせてもらうぜ。……って、あれ? 何か騙されてるような……?」
美希(春香って、案外詐欺師とかに向いてそうな気がするの)
美希「はいなの」
春香「とりあえず、当面の間は最悪の事態……『今もう既に美希の部屋にはカメラと盗聴器が付けられている』という前提で行動するように。いいね」
美希「うん。分かったの」
春香「とはいっても、別に特別なことをする必要は無いし、むしろ何もしない方が良い」
美希「…………」
春香「あくまでも自然に、ノートを拾う前と全く同じように生活をする」
美希「うん」
春香「リュークはその場に居ない者として扱い、家の中では一言たりとも会話をしない」
美希「うん」
リューク「…………」
春香「そしてもし……リュークによって本当にカメラが発見されたら、その時はできるだけ早く私にも教えてね」
美希「分かった。すぐ言うようにするの」
春香「あ、でもメールや電話は無しね。そんなの、その気になれば後からいくらでも履歴とか調べられちゃうから。あくまでも事務所で会ったときに、口頭で」
美希「うん、分かったの。本当に色々ありがとう。春香」
春香「いえいえ。どういたしまして」
美希「? 何? 春香」
春香「まだ肝心な事を聞いてなかったんだけど……」
美希「?」
春香「……何で美希は、犯罪者裁きをしようと思ったの?」
美希「! …………」
春香「どうして美希は、“キラ”になったの?」
美希「…………」
春香「…………」
美希「……最初は、ね」
春香「…………」
美希「ただただ、前のプロデューサーが憎くて、嫌いで……『死んじゃえばいいのに』って思ってて……」
美希「そんな時に、偶然デスノートを拾って……何の気無しに、そのノートに名前を書いた」
春香「…………」
美希「もちろん、本当に効果があるなんて思ってなかったけど……でも現実に、前のプロデューサーは死んだ」
美希「そして、その次の日に名前を書いた新宿の通り魔も死に……」
美希「さらにその次の日に、半ばやけになって名前を書いたクラスメイトの男子も……死んだ」
美希「このノートは間違い無く本物……ミキはそう確信するとともに」
美希「自分がこの手で、三人もの人を殺してしまったという現実……正直もう、自分でもどうしていいのか分からなくなった」
春香「…………」
美希「でも」
美希「それは本当に間違っていることなのかな、とも思った」
美希「『人を殺すのはいけないこと』……そんなことは分かってる。でも現実には、『死んだ方が良い』人間も確実にいる……」
春香「…………」
美希「確かに、新宿の通り魔に比べれば、前のプロデューサーやクラスメイトの男子は、死刑になるほどの悪人じゃなかったかもしれない」
美希「でも彼らが死んだことで、救われた人は確実にいる」
美希「前のプロデューサーに散々セクハラされていた765プロの皆。彼のいい加減な仕事ぶりに頭を抱えていた社長や小鳥、律子」
美希「クラスメイトのAに性的な言動でからかわれていた女子たち」
美希「彼らが死んだことで……皆、心のどこかでほっとしたに違いないの」
春香「…………」
美希「なぜならきっと、凶悪な犯罪者達を地道に消していくことで……そういう人たちも、やがていつかは自分の行動を見直すようになると思うから」
美希「そしてその結果、他人に迷惑を掛けたり、嫌な思いをさせたりすることは極力しないようになる」
美希「そうすれば、皆がもっと他人を思いやれるような……優しい世界になる」
美希「皆が、笑って毎日を過ごせる世界になる」
美希「そういう世界になればいいなって思って……ミキはこの裁きを始めたの」
春香「……美希」
美希「うん」
春香「……ぬるいね」
美希「えっ」
春香「はっきり言って、そう簡単に何もかも思い通りになるほど……この世の中は甘くないと思うよ」
美希「…………」
春香「でも」
美希「?」
春香「……私は嫌いじゃないよ。そういうの」
美希「春香」
春香「そもそも世の中が平和じゃなかったら、アイドルもファンも成り立たないし、それに……」
美希「?」
春香「私がトップアイドルを目指す理由も、少しでも多くの人に笑顔になってもらいたいからだしね」
美希「……春香……」
春香「それに当然、美希だって目指してるんでしょ? トップアイドル」
美希「! もちろんなの」
春香「じゃあ、私達の目指す先は同じだね。少しでも多くの人が笑顔になれる……そんな世界を作ること」
美希「うん」
春香「じゃあ二人で一緒に頑張ろう。平和な世の中を作って……そして765プロの皆と一緒に、トップアイドルになろう!」
美希「はいなの!」
美希「明日? 何かあったっけ?」
春香「ほら、雪歩と真のセンター試験お疲れ様会。明日で二日目終了だから」
美希「ああ、うん。行くの。正直行く気無かったけど、今日、春香の話が聞けてすごく気分が楽になったから」
春香「それなら良かった。二人もきっと喜ぶよ」
美希「他には誰が来れるんだっけ?」
春香「えーと、千早ちゃんと響ちゃんに、伊織とやよいかな。他の皆はお仕事だね」
美希「そっか……ふふっ」
春香「? どうしたの?」
美希「なんていうか……さっきまでデスノートがどうとか死神がどうとか言ってたのに……765プロの皆の名前が出た途端、まるでいつもの春香みたいなの。それがちょっとおかしくって」
春香「お、おかしいって……そもそも私はいつも通りですよ! いつも通り! さっきも言ったけど、デスノートがあろうが無かろうが、死神さんが憑いていようがいまいが、私達765プロがずっと仲間なのには変わりないんだからね」
美希「うん、そうだね。実に春香らしいの」
春香「何よそれ。まあとにかく今はこんな状況だけど、それはそれとして明日は楽しもうよ」
美希「うん。最近こういう機会も少なかったしね」
春香「そうだね。前のプロデューサーさんが亡くなってから暫くの間は、どうしてもこういうのやりづらかったし……あっ」
美希「…………」
春香「……ごめん」
美希「ううん。いいの」
春香「あ、あとカメラの事だけは忘れずにね」
美希「うん。もちろんなの」
春香「じゃあお願いね。リューク」
リューク「ああ。俺もリンゴがずっと食えないままなのは困るからな」
春香「それじゃあね。美希。また明日」
美希「はいなの。またね、春香」
美希「……こんな偶然ってあるんだね」
リューク「ん? 偶然?」
美希「うん。だってミキのこんな身近に他のデスノートの所有者がいて、しかもノートを拾った時期もミキとたった三か月くらいしか違わないなんて……ミキ的にはすごい偶然だって思うな」
リューク「……ククッ」
美希「? 何で笑うの? リューク」
リューク「……偶然なわけないだろ」
美希「えっ」
リューク「ミキ。お前はもう少し人……といっても俺は人じゃないが……疑った方が良いと思うぞ」
美希「……どういうこと? リューク」
リューク「まあもうお前もここまで知ってしまったんだ。これを機に教えておいてやろう」
美希「…………?」
リューク「俺がお前にノートを渡したのは偶然なんかじゃない」
ミキ「!」
リューク「今から五か月くらい前のある日……死神界で噂になった。名前の書き忘れでもないのに死んだ死神がいると」
美希「それって……」
リューク「そう。ジェラスのことだ」
美希「! …………」
リューク「その話に興味が湧いた俺は、事情を知ってそうな奴に手当たり次第聞いて回った」
美希「…………」
リューク「そうこうしているうち、俺は死神界からその時の様子、つまりジェラスが死んだ時の様子を偶然観ていた奴を見つけることができた。だがそいつも『ジェラスは人間界に居て、そこで人間の名前を書いた後に死んだ』以上の事は分からないようだった」
リューク「名前を書かないで死ぬならともかく、名前を書いたのに死んだとはどういうことなのか……俺はジェラスが死んだ理由にますます興味が湧き、さらに何匹かの死神に聞いて回った」
リューク「その結果、ジェラスは生前、レムとよく行動を共にしており、ジェラスが人間界で死んだ時もレムが一緒に居たらしいということが分かった」
美希「! …………」
リューク「そこで俺はレムに詳しく話を聞いてみようと思った。ジェラスが死んだ後もレムはまだ人間界に残っているようだったから、俺は死神界からレムの居場所を探してみた。……すると、驚いた」
リューク「なんとレムは人間にノートを渡していて、その人間に憑いていた」
美希「! ってことは……」
リューク「そう。俺はもうその時点から、レムがハルカに憑いていることを知っていた」
美希「! …………」
美希「…………」
リューク「その後、俺は暫くレムとハルカの様子を死神界から観察することにした。死神が人間に憑くことなんて滅多に無いからな。この後どうなるのか、単純に興味があった」
リューク「そして俺が観始めてからすぐ、ハルカの寿命が減った。どうやらレムと目の取引をしたらしいと分かった」
美希「! …………」
リューク「自分の残りの寿命の半分を差し出してまで死神の目を手に入れた人間……俺はますますハルカの行動に興味が湧いた」
リューク「もっともその後の話は、さっきハルカ自身が話していたとおりだ。ハルカはレムから渡された元ジェラスのノートを使って、何人もの人間を殺していった」
リューク「自分の夢のため、仲間達の夢のためにだ」
美希「…………」
リューク「夢のために、自分の残りの寿命を減らしてまで他の人間を殺す……ハルカのそのさまを観ているのはとても面白かった」
リューク「ただ、そうやって他の人間を殺していくハルカを観ているうち、俺も死神界から観ているだけでは飽き足らなくなってきた」
リューク「いつしか俺は、『自分も人間にデスノートを使わせてみたい』……こう思うようになっていた」
美希「! …………」
リューク「たださっきも言ったように、死神は必ずデスノートを一冊は所有していなければならない。俺は人間に使わせるため、なんとかして二冊目のデスノートを手に入れようと思い、死神界をうろうろしていたんだが……」
リューク「ちょうどその頃、偶然にも、どっかの間抜けな死神がデスノートを落としたらしく、それが死神大王の元へ届けられているという話を耳にした」
リューク「俺は早速大王の元へ行き、しれっと『そのノートを落としたのは自分だ』と言い、大王から二冊目のデスノートを貰うことが出来た」
美希「! じゃあ、それが……」
リューク「そう。今、お前が使っているデスノートだ」
美希「…………」
リューク「またどうせなら、既にノートを持っているハルカの身近な人間に渡してやろうと思った」
美希「! 何で……」
リューク「まず第一に、俺がデスノートを渡した人間がそれを使い、ハルカの身近な人間を殺したりした場合、ハルカが何を考え、どう動くのか興味があったし……」
リューク「また互いにノートを持っていることに気付かないまま、各々ノートを使い続けるのか……あるいはそのうち、何らかのきっかけでどちらかが相手もデスノートの所有者であることに気付くのか……そのあたりも非常に興味深かったからだ」
リューク「もっとも、死神の目を持っていたハルカはすぐにミキもノートの所有者だってことに気付いちまったみたいだがな。俺もそんな見分け方があったなんて今日まで知らなかった」
美希「…………」
リューク「ともあれその後、俺はノートを渡す人間を物色する為に人間界に降りることにした。やはり実際に近くで観て決めた方が良いと思ったからだ」
美希「それって、ジェラスが春香のイベントに参加するために使ってたっていう……」
リューク「そうだ。まあそいつのは嘘の理由だったみたいだがな」
美希「…………」
リューク「その中で最も有力な候補に挙がったのは……お前ら765プロ所属のアイドル達だった」
美希「! …………」
リューク「俺は死神界からハルカの様子を観ていた時、ついでにその周囲の人間達の事もよく観察していたが……お前らは皆、前のプロデューサーに恨みを抱いているようだったからな。その中の誰にノートを渡しても、そいつの名前を書く可能性は高いだろうと思っていた」
美希「…………」
リューク「その中でも特に使う可能性が高そうなのは誰か……そこで俺が絞りをかけたのは、前のプロデューサーから直接身体を触られ、他のメンバーより強い嫌悪感を抱いているように見えた人間……つまり、ミキと萩原雪歩だった」
美希「! …………」
リューク「しかし観察している限り、萩原雪歩はかなり消極的な性格のようだった。ノートを落としたところで、そもそも拾わないかもしれない」
リューク「一方、ミキは比較的何事にも物怖じしない性格……ノートを拾いそうだったし、実際すぐに使いそうな気もした」
リューク「またミキは、一度何かに興味を持つと没頭するタイプのようだった。俺はミキのこの性質がデスノートの持つ特性と上手くハマれば、より面白くなるかもしれないと思った」
美希「…………」
リューク「こうした理由から、俺はミキ……お前をノートを渡す第一候補として決めた」
美希「! …………」
リューク「そして今からおよそ二か月前。俺が、ミキにデスノートを渡した日――……」
(事務所からの帰路を歩く美希を上空から眺めているリューク)
リューク(星井美希……今日もプロデューサーから身体を触られて辛そうにしていた。きっと殺意も相当程度募っているだろう)
リューク(後はノートを落とすタイミング……できれば一番殺意が高まっている時が良いが……)
リューク(ん? 何か独り言を喋ってるな……)
美希「もー……今日もプロデューサーにセクハラされたの」
美希「意味も無くミキの身体あちこち触ってきて……本当嫌いなの。死んじゃえばいいのに」
美希「そういえば最近、アイドル事務所のお偉いさん達がばたばた死んじゃってニュースになってたし……」
美希「プロデューサーもどさくさに紛れて死んでくれたらいいのに」
リューク(! 今だ)パッ
(手にしていたデスノートを美希の前に落とすリューク)
ドサッ
美希「……ん?」
美希「何だろ、この黒いノート」スッ
美希「『DEATH NOTE』……『デスノート』?」パラッ
美希「わっ。なんか英語で色々書いてある」
美希「『The human whose name ……』うーん。面倒なの。今辞書持ってないし」
美希「……でもなんか気になるの。妙に作りとか凝ってるし」
美希「とりあえず持って帰ろう」
リューク(さあ……殺れ。俺を楽しませてみせろ。星井美希)
美希「ふーん。要するにこのノートに名前を書かれた人は死ぬ……と」
美希「……ばっかみたい」
美希「こんなの今時小学生でも騙されないの」
美希「まあでも、せっかく頑張って翻訳したんだし……」
美希「…………」カキカキ
美希「……よし! これであのセクハラプロデューサーは40秒後に心臓麻痺で死ぬの! あはは」
リューク(……ククッ! 本当にやりやがった!)
リューク(やっぱりこいつを選んで正解だったな)
リューク(さて、この後どうするか。もう姿を現してやるべきか?)
リューク(いや、どうせならもう二、三日様子を見るか。この調子なら後何人か殺すかもしれないしな)
リューク(しかし、こうも簡単に他人を殺しちまうとは……)
リューク(あのハルカって人間を死神界から観ていた時も思ったが―――)
リューク(やっぱり人間って……面白!)
リューク(結局、こいつはあれからさらに二人殺した)
リューク(もう流石にデスノートの効力を疑ってはいないだろう)
リューク(よし。そろそろ行くか)バサッ
美希「ふ、ふふふ……」
リューク「気に入っているようだな」
美希「!? きゃ、きゃあっ……!」
リューク「何故そんなに驚く。そのノートの落とし主、死神のリュークだ」
美希「し……しにがみ……?」
リューク「ああ。それにお前、さっきの様子だともうそれがただのノートじゃないってわかってるんだろ?」
美希「…………」
リューク(さあ……星井美希。俺にもっと面白いものを見せてくれ!)
リューク「……そういう経緯で、俺はお前にノートを渡した」
美希「じゃあ、じゃあ……全部……」
リューク「そうだ。全ては偶然なんかじゃない。お前がデスノートを拾ったことも、お前のすぐ近くに他のデスノートの所有者がいたことも……全部、俺の仕組んだ必然だ」
美希「……だったら何で、英語でノートの説明なんて付けてたの? 最初から春香の身近な人間に使わせるつもりでいたなら、何で……」
リューク「あれは拾った人間にノートを信じさせるためのカモフラージュだ。日本語で『どうぞ使って下さい』と言わんばかりに説明文が書いてあったらかえって怪しまれるんじゃないかと思ってな」
美希「……じゃあ全部、ウソだったの? 退屈だったから落とした、とか言ってたのに……」
リューク「いや、それは本当だ」
美希「…………」
リューク「俺はあの日言ったはずだ。『退屈だったからノートを落とした』『人間界に居た方が面白いと踏んだ』……いずれも本当だ。詳しい経緯の説明は省いたけどな」
美希「…………」
リューク「さて、どうする? ミキ。これでお前は、これまで自分の周りで起こっていた出来事を全部知った。俺の事をどう思おうがお前の自由だし、デスノートを使い続けるかどうかもお前の自由だ」
美希「…………」
リューク「もし『今までずっと騙されてた。もうこんなノート使いたくない』って言うなら、今すぐデスノートの所有権を放棄することだってできる。その時は最初に言った通り、お前のデスノートに関する記憶だけ消させてもらう」
美希「……所有権を、放棄……」
リューク「ああ。ちなみにその場合、所有権は今お前のノートを預かっているハルカにそのまま移ることになる」
美希「…………」
リューク「もしそうするつもりなら、後はもう全部ハルカに任せて――……」
美希「……なんて、するわけないの」
リューク「! …………」
リューク「…………」
美希「それにリュークだって……ミキがそんなことするはずないって分かってるから、これまでの事、全部教える気になったんでしょ?」
リューク「……ククッ。まあな」
美希「いいよ。ミキがやることはこれまでと何も変わらない。デスノートで悪い人達を消していき……皆が笑って過ごすことのできる、心優しい人達だけの世界を作るの」
リューク「ああ。そうこなくっちゃな。ミキ」
美希「じゃあそういうわけで、リューク。今日帰ったら、早速カメラ探しよろしくなの」
リューク「え? でも俺昨日もリンゴ食ったし、今日はまだ別に……」
美希「……ミキの事、今までずっと騙してたくせに……」ジトー
リューク「……分かった分かった。別に騙してたつもりはないが……今日だけは特別に探してやるよ」
美希「! 本当?」
リューク「ああ。でも次からは俺がリンゴを食いたくなった時だけだからな」
美希「うん! ありがとうなの。リューク」
リューク「はいはい。どういたしましてなの」
美希「もー。ミキのマネしちゃ、ヤ!」
リューク「ククッ。悪い悪い」
春香「えーそれではこれより、真と雪歩のセンター試験お疲れ様会を開きたいと思います! 皆、ジュースは手に持ったね? では……」コホン
春香「お疲れ様でしたーっ! イエーイ!」
一同「お疲れ様でしたー!」
雪歩「はぁ……これでやっと肩の荷が下りた気分だよ……」
千早「お疲れ様。萩原さん」
雪歩「ありがとう。千早ちゃん」
千早「萩原さんはセンター利用で出願するのよね」
雪歩「うん。いくつか出してみて、通ったとこに行くつもりなんだ」
千早「そう。受かるといいわね」
雪歩「ありがとう。結構難しかったからあんまり自信は無いんだけど……でもとりあえず暫くは受験の事は忘れて、リフレッシュすることにするよ」
千早「それがいいわね。どこか旅行でも行くの?」
雪歩「お仕事もあるから旅行は難しいけど……今度、自分へのご褒美として一人焼肉でも行こうかなって」
千早「一人焼肉?」
雪歩「うん。今度千早ちゃんも行ってみたら? 一人だと一枚一枚のお肉と深く向き合えるからお勧めだよ。もちろん皆と行くのも楽しいけど」
千早「そ、そう……。考えておくわ」
雪歩「ああ、今から楽しみだなあ……何食べようかなぁ……うふふふふ……」
千早「…………」
伊織「はぁ? 何なのよいきなり」
真「実は昨日も今日も、隣の受験生がなかなか来なくてさ。試験5分前くらいに教室に入って来たんだよね」
伊織「ふぅん。それで?」
真「でもその人、いざ試験が始まったら解くのめちゃくちゃ速くてさ……どの科目も半分以上時間残して、残りずっと寝てたんだよ」
伊織「それ、単に解けなくて諦めただけじゃないの?」
真「いや、あれは違うね。絶対超天才君だよ!」
伊織「なんでそこまで断言できるのよ」
真「だってすっごくイケメンだったし! 背も高くてすらっとしてて、まるで王子様みたいだったな~」
伊織「どういう根拠よ……って、ああ、それで運命の王子様って……そういうこと?」
真「そうなんだよ! ああ、あの人と一緒の大学に行けたらな~」
響「いや、でも確か真の志望校って女子大じゃなかったっけ?」
真「うん、そうなんだよね。だから今からでも国立出してみようかなって。あの王子様は多分国立……それもきっと東大とかだと思うし!」
伊織「いやいや、あんた東大舐めすぎでしょ……」
雪歩「それ以前に、そもそも真ちゃんの受験科目じゃ国立受けられないと思うけど……」
真「え? そうなの?」
雪歩「だって理科とか受けてないよね? 真ちゃん……」
真「うん。だってボク文系だし……え? もしかして、国立だと文系でも理科って要るの?」
響「思いっきり要ると思うぞ……」
真「えーっ。そうなの? 知らなかったよ。ちぇっ、残念だなぁ」
雪歩「真ちゃん……」
千早「とても受験生とは思えない発言ね……」
千早「そうね。アイドルのお仕事との両立は大変だと思うけど、頑張りましょう。萩原さんも真も、こうして乗り切ったのだし」
雪歩「まあ私達の場合、夏くらいまではそこまでお仕事が忙しくなかったっていうのはあるけどね」
真「確かにね。今の忙しさに加えて受験勉強もってなると、かなり大変かも……」
響「そうだなー。特にファーストライブ以降、学校休む回数もちょっとずつ増えてきてるし」
千早「私も……海外レコーディングで大分休んでしまったから、追いつくのが大変だわ」
伊織「それでもやっぱり、皆大学には行くもんなのね」
真「まあ一応ね。ボクも父さんから、大学行くのを条件にアイドル続けても良いって言われてるし」
雪歩「私も同じような感じかな」
やよい「皆さん大学とかすごいです……私なんか高校に行けるかどうかも怪しいのに……」
響「でもやよいは確か、友達のお兄さんに家庭教師してもらえるんでしょ? すっごく頭良いっていう噂の」
やよい「はい。それはそうなんですけど……前に春香さんが言ってたみたいに、私の頭でついていけるかどうか不安になってきて……」
千早「高槻さんなら大丈夫よ」
やよい「そうでしょうか……」
千早「ええ。高槻さんなら大丈夫だわ」
やよい「……えへへっ。千早さんにそう言ってもらえると、なんだか大丈夫なような気がしてきたかも! ありがとうございまーっす!」
千早「ふふっ。そういえば、春香もその人に家庭教師してもらうって言ってたわよね」
春香「うん。私は学校での勉強は基本捨てて、そのお兄さんに教えてもらう時間だけで受験を乗り切るつもりだよ!」
伊織「何もそこまで割り切らなくても」
春香「だって今は一分一秒が惜しいっていうか……極力多くの時間をアイドルのお仕事に使いたいからさ」
美希「! …………」
真「ま、確かに最近、ボク達のお仕事も増えていく一方だしね。ところで伊織と美希は大丈夫なの? 受験もうすぐだけど」
伊織「私は問題無いわ」
美希「ミキも多分大丈夫なの」
春香「よーし。じゃあ全員無事に合格したら、また改めて祝勝会をしないとね! 響ちゃんの奢りで!」
響「えぇ!? なんで自分!?」
春香「いや、なんとなくこういう役回りは響ちゃんかなって」
響「なんでだよ! おかしいでしょ!」
春香「まあまあ。あ、じゃあ私ちょっとお手洗いに……」チラッ
美希「! ミキも行くの」
春香「美希」
美希「春香」
春香「ごめんね。なかなか二人で話せるタイミング無さそうだったから……」
美希「ううん、大丈夫なの。ミキもそろそろどっかで春香と二人で話したいなって思ってたし」
春香「そっか。……で、カメラはあった?」
美希「ううん。昨日帰ってからリュークが部屋中探してくれたけど、無かったの」
春香「そう。じゃあとりあえず一昨日までの裁きについては観られてないってことだね。良かった」
美希「うん。それから春香、昨日早速ミキの代わりに裁きしてくれてありがとうなの」
春香「いえいえ。まだカメラは無いってことだけど、当面はこのまま私が裁きをするってことでいいよね? 今後いつ付けられないとも限らないし」
美希「うん。よろしくお願いしますなの。カメラもまたリュークに探してもらうようにするの」
リューク「まああくまでも俺がリンゴを食いたくなった時に、だけどな」
春香「分かった。じゃあ暫くはこのままで。引き続き頑張ろう! 美希」
美希「はいなの! 春香」
美希「ただいまなのー」
星井母「お帰り、美希」
菜緒「お帰りー」
美希「今日、パパは?」
星井母「遅くなるって」
美希「そっか」
菜緒「でもパパ、もうキラ事件の担当じゃなくなったんでしょ? なのに何でまだ帰って来るの遅いんだろ?」
星井母「さあ」
美希「ミキ的には、前に比べたら家に居る時間が大分増えたから、とりあえずは良いんじゃないかなって思うな」
菜緒「まあねぇ」
美希「…………」
美希(三日前、リュークがミキの部屋を調べてくれた時はまだカメラは無かったけど……今はどうか分からない)
美希(このリビングにだって、カメラや盗聴器が仕掛けられているかもしれない)
美希(家の中では、常に観られている可能性を考えながら行動しなきゃ……)
菜緒「あっ。美希のCM」
星井母「あら、ホント」
美希「なんか未だにTVの中の自分を観るのは慣れないの」
菜緒「ねぇ、この一緒に出てる子誰?」
美希「海砂ちゃんなの」
菜緒「ふーん。かわいいね」
星井母「ミキミキとミサミサって、なんかダジャレみたいね」
美希「それはちょっと失礼って思うな」
美希(自然に……自然に……決して怪しまれないように……)
美希「…………」
美希(とりあえず今日はひたすらスマホのアプリゲームをしてやり過ごすの)
美希(リュークはまだ探してくれる気配は無いし……)
美希(でも大丈夫。何も心配することは無いの。裁きは毎日、春香が代わりにやってくれてるし……)
美希(大丈夫……大丈夫……)
美希「…………」
美希(もう10時過ぎか……そろそろ寝ようっと)
(部屋の電気を消す美希)
美希(でも正直、ここ最近は寝つき良くないんだよね……常にこんなことばっかり考えてるから)
美希(本当にカメラなんて付けられたりするのかな? 春香の考え過ぎじゃないのかな……)
美希(まああと一か月くらいの間何も無ければ、春香にノート返してもらって、また自分で裁きするようにしよう)
美希(あんまり春香にばかり迷惑掛けられないしね)
美希「……あふぅ」
美希「…………」
美希(カメラで観られている可能性を意識しながら生活するのもなんとなく慣れてきたの)
美希(今日は夕食の後はずっと勉強するって決めてたし、このまま寝る前まで集中して……)
美希「…………」チラッ
リューク「…………」ウネウネ
美希(そういえば、今日のリュークはなんだか少し様子がおかしいの)
美希(さっきからずっと体をひねったりして……あっ)
――俺が長時間リンゴを食べなかった場合……体をひねったり、逆立ちしたりとか……人間でいう禁断症状が出るな。
美希(禁断症状……!)
美希(確かに、もう五日も食べてない……ということは……)
リューク「あー。ダメだ。もうそろそろリンゴ食わないと……」
美希(! やっぱり……)
リューク「正直、カメラ探すのが面倒だから我慢してたんだが……そうも言ってられないな」
美希「…………」
リューク「じゃあ探すぞ。ミキ。無いことが分かったら後でちゃんとリンゴくれよ」
美希「…………」
美希(大丈夫、大丈夫……。もし本当にカメラがあったとしても、今まで常にその可能性を意識しながら生活してきた)
美希(絶対にボロは出さない……。裁きは春香がやってくれてるし……)
美希(だからミキが不安になる要素は、何も……)
リューク「……おい。ミキ」
美希「!」
リューク「落ち着いて聞けよ。エアコンの中にカメラがあった」
美希「! …………」
リューク「ククッ。まさか本当に仕掛けられてるとはな。ハルカに救われたな、ミキ」
美希「…………」
リューク「じゃあ俺はとりあえずこの部屋にあるカメラを全部探し出す。こんないきなり見つかったんだ。どうせ一個や二個じゃないだろう。ま、せいぜいお前は平静を装って勉強を続けてくれ」
美希「…………」
美希(ほ、本当に……仕掛けられていた……!)
美希(じゃあ今のこの状況も、全部、Lに観られている……?)
美希(手、手が震え……)
美希(あ、焦るな……焦っちゃダメ……今変な動揺が顔に出ると、それだけで怪しまれちゃう……!)
美希(リュークの言うとおり、平静を装わないと……!)
美希(大丈夫。大丈夫……。ミキはただの受験生……。ミキはただの受験生……)
美希(ごく普通に方程式を解いて、ごく普通に答え合わせをすればいいだけ……)
美希(この状況だけで、疑われるはず、ないの……!)
美希「! …………」
美希(机の上……つまりこの真上から、Lが……)
美希(ああ、まずい。まずいの。頭がパニックになりそう)
美希(ええっと、問題……問題を早く解かないと、怪しまれ……あっ、そうだ。解けなくても怪しまれないように、発展問題を……)
美希(いや、違う。いきなりそんなことしたら余計変に思われるから……ああ、なんかこんがらがってきたの)
リューク「ククッ。大丈夫か? ミキ。顔が青ざめてきてるぞ」
美希「! …………」
リューク「まあ勉強中で良かったな。これなら多少表情が強張っていてもそんなに違和感は無い。ただ問題に手こずってるようにしか見えないからな」
美希「…………」
リューク「しかしLも大したもんだな。もう6個も見つけたぜ」
美希「! …………」
美希(もう、6個も……)
リューク「この分だとまだまだありそうだな……ていうかこれ、俺がリンゴ食える死角なんてあるのか?」
美希「…………」
美希(大丈夫……大丈夫なの……)
美希(カメラがどれだけ仕掛けられていようが、今の状況でミキが怪しまれるようなことは絶対に無い……!)
美希(今はただ、目の前の問題だけに集中……集中……)
リューク「はぁ……はぁ……」
美希「…………」
リューク「み……ミキ……。カメラ多分全部探し出したぜ……。死神も頑張ると疲れるんだな……」
美希「! …………」
リューク「えっと……ああ、カメラの場所と向き、全部口で説明するんだったな……。ちょっと大変だからよく頭に入れてくれ。二度説明するのはごめんだからな」
美希「…………」
(カメラの場所と向きを美希に伝えるリューク)
リューク「……以上、全部で64個。カメラ付けてる奴は見つかるの覚悟で付けてるとしか思えない」
美希「! …………」
美希(64個……! まさか、ここまで……!)
美希(これはもう、完全にミキをキラとして疑ってるとしか……)
美希(ど、どうしよう……どうしよう……)
リューク「で……この状態で俺どこでリンゴ食うの?」
美希(リュークが何か言ってる……ああ、だめなの。何も頭に入ってこない)
リューク「あっ……家の中じゃ喋れないんだったな。明日外に出たときに教えてくれ」
美希「…………」
美希(怖い……怖いよ……)
美希(そうだ! 春香、春香に早く知らせなきゃ……!)
美希(……あっ)
――でもメールや電話は無しね。そんなの、その気になれば後からいくらでも履歴とか調べられちゃうから。あくまでも事務所で会ったときに、口頭で。
美希(そうだった……今春香に伝えるわけにはいかない)
美希(怖いけど……不安に押し潰されそうになるけど……今は、今は我慢しなきゃ……)
美希(明日、事務所で春香に会うまで……)
美希(今は……まだ9時半前か。少し早いけど……)
(部屋の電気を消し、ベッドに入る美希)
美希(早く明日になってほしい。早く春香に会いたいよ……)
美希(……春香……)
春香「ろ……64個!?」
美希「は、春香。声大きいの」
春香「ご、ごめん。でもそれ……美希の部屋だけで?」
美希「…………」コクッ
春香「カメラの設置自体は想定の範囲内だったけど……まさかそこまで……」
春香(やっぱりLはこういう性格……目的の為なら手段を選ばない。それのみならず……限度ってものを知らない!)
美希「ねぇ、春香。これって多分、盗聴器も……」
春香「うん。カメラを付けずに盗聴器だけ付けるとは考えにくいと思ってたけど……カメラがあった以上は、普通に考えてまず盗聴器もあるだろうね」
美希「! …………」
春香「カメラの場合、どんなに小さいものでも必ずレンズがこっちからも見える位置にあるはずだから、まだ探しやすいけど……盗聴器の場合はそうはいかない。つまりリュークでも探しきれるとは限らない。万全を期すなら、探知機を買ってきて入念に調べないと」
美希「…………」
春香「でもそれをするのは当然、カメラが全て外されたのを確認してから……だから今はとにかく、何も気付いてないふりをしつつ、これまで通りの生活を続けるしかないね」
美希「ねぇ、春香……」
春香「ん?」
美希「ミキ、やっぱり捕まっちゃうのかな……?」
春香「美希」
美希「今までは、ずっと『大丈夫、大丈夫』って自分に言い聞かせてたんだけど……でもそれは多分、心のどこかで『実際そこまではされないだろう』って思ってたからで……」
春香「…………」
美希「だから、いざ現実にこうやってカメラとか仕掛けられると、不安が一気に込み上げて来て……もうどうしたらいいのか、分からなくなってきちゃって……」
春香「……大丈夫だよ。美希」ギュッ
(美希の身体を抱きしめる春香)
美希「! ……春香……」
美希「……春香……」
春香「それに裁きも、美希がやっていた時と全く同じように続けていく」
美希「…………」
春香「そうすれば、そのうち美希が情報を得ていない犯罪者も裁かれることになるから、やがてはLもカメラを外さざるを得なくなる。だから、その時までの辛抱だよ」
美希「……そうだね。ありがとうなの。春香」
春香「…………」
春香(実際、そういう状況になってもLが本当に全部のカメラを外すかは分からないけど……今はとにかく、美希を安心させることを優先すべき)
春香(それにしても、L……まだ十五歳の美希をここまで追い詰めるなんて……絶対に許せない)
春香(もし何らかの手段によって、私がLの顔を知ることが出来たなら、そのときは必ず――……)
美希「……春香?」
春香「ううん。なんでもない。それより落ち着いた? 美希」スッ
美希「うん。春香のおかげなの」
春香「そう。良かった」
春香(……殺す。美希の為にも……そして、私の為にも)
春香(美希の敵は私の敵……そして、765プロの敵だ)
春香(私達765プロの邪魔は、誰にもさせない。私達765プロに害をなす者は、いかなる手段を用いてでも必ず排除する)
春香(それが私の使命……ジェラスに貰ったこの命を使って、私が為すべき事)
リューク「ん?」ウネウネ
春香「今日から、家に帰ったらまず美希の部屋に付けられたカメラのうち、任意の一個の有無を確認してみてくれる?」
リューク「何?」
春香「その一個が付いたままなら、残りの63個も付いたままと判断して良い。でも逆にもしそれが外されていれば、次の一個、さらに次の一個……と、取り外されずに残っているカメラに当たるまで確認を続けてほしいの」
リューク「…………」
春香「『無い』ことを確認するより、『ある』ことを確認することの方が容易いはずだから……お願い」
リューク「……まあ、いいだろう。今のままじゃいつまで経ってもリンゴ食えそうにないしな」
春香「ありがとう。リューク」
春香(リュークがリンゴ食べるだけなら、今ここで私があげてもいいんだけど……それをするとカメラの確認してくれない可能性高いしね。この死神の場合……)
春香「で、美希は……完全には難しいかもしれないけど、カメラの事はあまり意識しないようにして、なるべく普通の生活を送ること」
美希「うん」
春香「そして美希が情報を得ていない犯罪者が死んでいき、美希の潔白が証明されているのにもかかわらず、何日もカメラが外されないようなことがあれば……その時は、偶然に見つけてもおかしくないような位置にあるカメラを美希がたまたま見つけたふりをして、美希のお父さんに言って外してもらう」
美希「分かったの」
春香「それでももしまた辛くなったら、いつでも……ってわけにはいかないけど、こうやって私に相談して。できる限りのことはするから」
美希「ありがとう、春香。正直、ミキ一人だと頭がおかしくなりそうだったけど……こうして春香に話を聞いてもらえて、すごく気分が楽になったの」
春香「美希」
美希「それにミキ達の夢のためにも……こんなところで、挫けるわけにはいかないもんね」
春香「その意気だよ、美希。じゃあそろそろ戻ろっか。もうすぐレッスンの時間だし」
美希「うん」
リューク「じゃあ今日も確認するか」
美希「…………」
リューク「でももう何日もミキが情報を得ていない犯罪者が裁かれてるんだから、そろそろ外されてもいい頃だと思うんだが……」
美希「…………」
リューク「俺もいい加減リンゴ食いたいし……ん?」
美希「?」
リューク「……無い。無くなってる。天井の照明の中のカメラ」
美希「! …………」
リューク「おっ。ベッドのやつも無くなってる。ちょっと待ってろよ、ミキ。この分だと全部取れてるかも」
美希「…………」
美希(や、やっと……いや、まだ安心しちゃ駄目。全部外された事を確認するまで、たとえ一瞬でも表情を緩めちゃ駄目なの)
美希(それにまだ盗聴器だってあるかもしれない。その場合、もしカメラが全部外されていたとしても、うっかりリュークと会話したりしたら全てがパーになっちゃう)
美希(大丈夫……今まで何度もイメージしてきたの。こういう場合にどのように振る舞うべきかは……)
リューク「おいミキ。やっぱりカメラ取れてるぞ。全部だ全部」
美希「! …………」
美希(やった! とりあえずはこれで……)
リューク「おいミキ。聞いてるのか?」
美希「…………」トントン
(自分の耳を軽く指差す美希)
リューク「ああ、そうか。まだ盗聴器は付いてるかもしれないのか」
美希「…………」コクッ
リューク「じゃあ早速、明日にでも探知機買ってきて調べようぜ」
美希「…………」コクッ
リューク「そして盗聴器も無いことが分かったら……その時は頼むぜ、例のヤツ」
美希「…………」コクッ
美希(良かった……まだ完全には安心できないけど、これでとりあえず声さえ出さなければ……)ドサッ
(ベッドに倒れ込む美希)
美希(つ……疲れた……自分でも思った以上に気を張ってたみたい……)
美希(でもこれで一旦は、ミキは少なくともキラ容疑者の最有力候補からは外れたはず……)
美希(春香……本当にありがとう)
――――そして時間はその二日後――――現在へと戻る。
【現在・765プロ事務所近くの公園】
(隣り合う二つのブランコに並んで腰を下ろしている春香と美希)
春香「……本当に、色んな事があったね。この十二日間は」
美希「うん。でも本当、春香には感謝してるの」
春香「美希」
美希「もし春香が全部、話してくれてなかったら……ミキは確実にLに捕まってたと思うし。まさに命の恩人なの」
春香「私はただ……当然の事をしただけだよ。美希の友達として……また、765プロの仲間として、ね」
美希「春香……」
春香「まあでもとりあえずは良かった。これでまた、裁きも美希が自分でできるようになったわけだしね」
美希「うん。あ、でも春香」
春香「ん?」
美希「今、ミキのノート返してくれたけど……春香は元々、ノートは持ち歩いてないんじゃなかった?」
春香「ああ……うん。自分のノートは部屋に隠してあるよ。机の引き出しを二重底にしてね」
美希「二重底?」
春香「うん。開けたところにはダミーの日記を入れてあるの。その下に板を一枚敷いて、底との隙間にノートを入れてるってわけ」
美希「へー。そこまでしてるなんて流石春香なの」
春香「でも、そこはノート一冊分のスペースしか無かったし、他に良い隠し場所も無かったから、美希のノートは常に持ち歩くようにしてたの。だから結構ドキドキしてたんだ」
美希「そうだったんだ……ごめんね。ミキのために」
春香「いいって。さっきも言ったでしょ? これくらい当然だって」
美希「春香……」
美希「ん? これからって?」
春香「裁きはまたこれまで通り美希が行うとしても……Lの方」
美希「あー……」
春香「流石に今回の件で、Lも、少なくとも『美希が情報を得ていない犯罪者が死んだ』ってことは認めざるを得ないだろうから、美希一人だけを疑い続けることはできなくなったと思うけど……」
美希「うん」
春香「でも『キラと同じ能力を持つ者が他にもいるのかもしれない』って疑われる可能性はあるからね。さらに前のプロデューサーさんに限って言えば、私達765プロの全員に彼を殺す動機があったわけだし」
美希「そうだね。でも……」
春香「でも?」
美希「ミキ的には、それでもやっぱり……Lを殺したりするのは抵抗があるってカンジかな……」
春香「……それは、Lが犯罪者じゃないから?」
美希「うん……。そういう意味ではむしろ、ミキ達の方が犯罪者になるって思うし……」
春香「…………」
美希「あっ。でもミキ達が間違った事をしてるとは思ってないよ? ただなんていうか、法律とかを考えたらっていう意味で……」
春香「……分かってるよ。美希の言うとおり、今の法律の下では私達の方が犯罪者であり、それを捕まえようとするLの方が正義になる……それは間違い無い」
美希「うん。だからそういうこととかも考えたら……せいぜい、Lに『これ以上キラの邪魔をしたら殺す』みたいな脅迫をするのが精一杯かなって」
春香「…………」
美希「まあでもそれも、Lの顔と名前……あ、春香は死神の目を持ってるから顔だけでいいのか……Lの顔が分かってないと、意味が無い事だけどね」
春香「……そうだね。じゃあとりあえずはLの顔を知る手段を考えよう。そしてそれが分かったら、Lを脅迫して私達を追わないようにさせる……」
美希「うん。それが良いって思うな」
春香「…………」
春香「…………」
春香(やはり美希は甘い……というより、純粋すぎる)
春香(自分の正義を貫くには、相反する他のすべての正義を悪とみなし、それらを遍く排斥していくだけの覚悟が必要……その意味で、私達と異なる正義を掲げるLは悪でしかない)
春香(それに今までのやり方を見る限り、Lがたかが脅迫程度で止まるとは到底思えない)
春香(仮に一旦は止まったように見せたとしても、必ず私達の目を欺いて捜査を続け、いずれは私達を捕まえようとするに違いない)
春香(だから本当にLを止める手段があるとしたら……ただ一つ)
春香(Lを……殺すしかない)
春香(それに私個人としても、美希をここまで追い詰めたLを許してはおけない)
春香(美希も今日は普通に振る舞っていたけど、これまで内心、どれほどの不安と恐怖に駆られていたことか……)
春香(いや今だって、『もしもLに捕まったら』という恐怖感と戦い続けているはず)
春香(あそこまでのことをされたんだから、それは至極当然の感情)
春香(だから、美希を本当の意味で安心させてあげるためにも……私は、一刻も早くLを消さなければならない。……たとえそれが、美希の意思に反することになるとしても)
春香(そしてその為には、Lの顔を知ることが必要条件……でも一体、どうやって知ればいいんだろう)
春香(今のままでは、あまりに手掛かりが無さすぎる)
春香(美希のお父さんはLと直接会ったことがあるのかもしれないけど……でもだからといってLの写真なんて持ってるはずないだろうし、そんな物を美希から求めさせるのもおかしい)
春香(何か別の手段を考えないと……でも相手は警察を従えられるほどの力を持った探偵……ただの一高校生に過ぎない私じゃとても……)
春香(……ただの一高校生に過ぎない……?)
春香(! ……そうか。別に探るのは私じゃなくても……)
春香(何で、今まで思い当らなかったんだろう)
春香(お金も権力も人脈も……私よりもずっと豊富に持っている人がいるじゃないか)
春香(こういう時のために生かしておいてよかった)
春香(まさかもう、私達に対する“償い”を終えたつもりじゃないですよね)
春香(ね? ……黒井社長)
(捜査員のほとんどは既に帰宅しており、Lと総一郎だけがまだ部屋に残っている)
L「…………」
L(あれから何度も星井美希の監視映像を見直したが……結局、彼女の行動・挙動に何ら不審な点は見付けられなかった)
L(それに何より、星井美希が報道された情報を得ていない状況下で、新たに報道された何人もの犯罪者が心臓麻痺で死んでいる……)
L(この事実は、星井美希以外の者が裁きを行っていたという事の証左に他ならない)
L(また他の捜査員の追加捜査により得られた情報にも、特に彼女がキラであるという可能性を裏付けるようなものは無い……)
L(これはやはり、私が間違っていたということなのか……?)
L「…………」
総一郎「竜崎」
L「はい」
総一郎「今後のキラ捜査についてだが……やはり一度、星井美希から離れた方が……」
L「…………」
総一郎「私も可能な限り星井美希の監視映像を検証したが……むしろこの映像により、星井美希がキラでないことが証明されたようにしか……」
L「そう……ですね」
L「…………」
ワタリ『竜崎。南空ナオミさんから連絡です』
L「! 分かった。つないでくれ」
ワタリ『はい』
総一郎「? みそらなおみ? 誰だ?」
L「……元FBIの捜査官です」
総一郎「何?」
L「詳しくは後でご説明します」
総一郎「…………」
ナオミ『南空です』
L「Lです。どうしましたか? こんな夜更けに」
ナオミ『すみません。本来はもっと早くにご報告するつもりだったのですが……彼とちょっと喧嘩になってしまって』
L「喧嘩?」
ナオミ『はい。『ここ最近、いったいこそこそ何をやっているんだ』と問い詰められまして……ああ、大丈夫です。私の渾身の説得により今は和解しています。もちろんLの事も話していません』
L「それは何よりです。では報告の方をお願いします」
ナオミ『はい』
総一郎「…………」
総一郎「! …………」
ナオミ『結論から言って、際立って不審な動きを見せた者、明確にキラだと疑えるような行動を取った者はいませんでした』
L「……そうですか」
ナオミ『ただ、二点ほど気になった事がありました』
L「? 何ですか?」
ナオミ『はい。まず一点目。萩原雪歩についてですが……』
L「…………」
ナオミ『私が尾行を始めてから三日目……彼女は簡単な変装をした状態で一人で焼肉店に入り、食事をしていました』
L「…………」
ナオミ『変装はアイドルとして普段しているのと同様のものですが……18歳の女子高生が一人で焼肉を食べる、というのはちょっと異常な光景です』
L「まあ……そうですね」
ナオミ『もっともアイドルとしてのプロフィール上、彼女の好物は焼肉となっていますので、ただの個人的嗜好だった可能性も否定できませんが』
L「……分かりました。一応、記憶には留めておきます。二点目は何ですか?」
ナオミ『二点目は、星井美希と天海春香についてです』
L「! …………」
ナオミ『私が尾行を始めてから六日目……つい一昨日の事です。この二人は夕刻頃に事務所を出た後、近くの公園のブランコに並んで座り、暫くの間会話をしていました』
ナオミ『私は尾行していることを気付かれないよう十分な距離を取っていたため、会話の内容までは聞き取れませんでしたが……』
ナオミ『会話の途中で、天海春香が星井美希に黒いノートのような物を渡していました』
L「ノート……ですか?」
ナオミ『はい。一瞬、学校の授業のノートかとも思いましたが、この二人は学校も学年も違う……また黒色のノートというのはあまり見かけないので、少し気になりました』
L「確かに……そうですね」
ナオミ『まあ二人の年齢を考えれば、単なる交換日記か何かの類だろうと考えるのが素直だとは思いますが……』
L「……分かりました。これも一応、記憶しておきます」
ナオミ『他には特に報告すべき内容はありませんでした。三名とも、普通に学校に行ったり、アイドルとしての仕事をこなしたりしているだけでした』
L「そうですか。お忙しい中、どうもありがとうございました。また今後、必要に応じて捜査協力を要請させて頂いてもよろしいでしょうか?」
ナオミ『……L』
L「? はい。何でしょう」
ナオミ『私としても、あなたの捜査に協力したいのはやまやまなのですが……結婚を前に、これ以上彼に不信感を持たれてしまうのは……ちょっと』
L「……そうですね。では、どうしても南空さんの協力が必要になった時に限り、再度ご連絡させて頂く……というのでも駄目でしょうか?」
ナオミ『……分かりました。それなら』
L「ありがとうございます」
ナオミ『いえ。お役に立てずすみません』
L「とんでもありません。それでは」
ナオミ『はい。失礼いたします』
L「はい。彼女の名は南空ナオミ。かつて私の下で働いてもらったこともある、極めて優秀な捜査官です」
総一郎「! 竜崎の下で?」
L「はい。といっても、上司・部下という関係ではありません。とある事件で、私の……いわば代理人のような立ち位置で働いてもらったという関係です」
総一郎「そんな女性が……なぜ、今? しかも星井美希達の尾行を……?」
L「はい。夜神さんもご存じの事ですが、星井美希の監視を始めてから三日目……星井美希が情報を得ていない犯罪者が心臓麻痺で死に、さらにその翌日にも同様の事が起こりました」
総一郎「ああ」
L「これを受けて、私は、他の捜査員の方への説明の都合上、夜神さんに出していたダミーの指示を別の誰かに代行してもらう必要があると感じました」
総一郎「……確か、星井美希、天海春香、萩原雪歩の三名に比重を置いての、当時在籍していた765プロの関係者全員と前任のプロデューサーとの間の人間関係の精査……だったか」
L「はい。私は当初、監視映像から星井美希がキラである証拠が掴めるものと踏んでいましたが……それが得られない可能性が高くなった以上、夜神さんが何の捜査もしていないという状況は不自然ですから」
総一郎「確かに……」
L「とはいえ、当然、他の捜査員の方には頼めませんから……必然的にこの捜査本部外の者にやってもらう必要がありました」
総一郎「それで先ほどの女性、というわけか」
L「はい。彼女の能力は十分信頼できますし、また『元』FBI捜査官という身分も好都合でした。現役のFBIですと国際管轄等の問題もありますので」
総一郎「なるほど。しかしよくこんなに早く動いてもらえたな」
L「元々、ダメ元で依頼し、もし無理なら他を当たるつもりでした。そもそも彼女は米国在住でしたので」
総一郎「じゃあ彼女はわざわざこの為に日本へ?」
L「いえ。ちょうど婚約者を自分の両親に会わせるために日本に来ていたそうです。これも極めて好都合でした」
総一郎「ではさっき彼女が言っていた、『彼との喧嘩』というのは……」
L「はい。婚約者といえど、私の指示で動くことについては絶対に秘密にするようにと伝えていましたので」
総一郎「……よくそんな状況で捜査に協力してくれたな」
L「最初はかなり難色を示していましたが……私が他に頼める人がいないと言って懇願すると、最終的には折れてくれました」
総一郎「……もし無理なら他を当たるつもりだったのでは?」
L「それはそれ。これはこれです」
総一郎「…………」
総一郎「それがさっきの報告につながるわけか」
L「はい。ちなみに先ほどの報告内容は、夜神さんの捜査の一部を私の指示で南空ナオミが補佐したものとして他の皆さんに伝えてもらいますので、そのつもりで適当に辻褄を合わせて下さい」
総一郎「……分かった。しかしそうなると、やはり監視カメラの事は他の皆には……」
L「はい。くれぐれも内密にお願いします。特に星井係長の場合、娘の私生活を無断で私に覗き見されていたなんて知ったら、それだけで私を殺しかねません」
総一郎「…………」
L「それに監視映像の結果を伝えてしまうと、大っぴらに星井美希を追えなくなる……それも困ります」
総一郎「! ということは……」
L「はい。私はやはりまだ、星井美希に対する疑いを完全には捨てることができません。確かにあの映像からは彼女はキラではないと推論するのが妥当ですし、だからこそその検証結果を他の皆さんに伝えたら、星井係長への同情心も相まって、これ以上星井美希を追うことには確実に抵抗を示されるでしょう」
総一郎「ではやはり……竜崎。あなたはあの二名の心臓麻痺死者の件がまだ引っかかっているということか?」
L「はい。やはり偶然で片付けるには不自然過ぎる……。またその直前に起きていたアイドル事務所関係者連続死亡事案についても、その全てを単なる偶然の連続と判断していいものなのかどうか……現時点ではその確証も持てていません」
総一郎「なるほどな……。確かに私もまだ、星井美希を完全に白と判断していいものか……心の奥底に何がしかの引っかかりがあったのは否定できないところだ」
L「……では今後も、相対的にみて星井美希が一番疑わしい者と位置付けつつ、次点で天海春香と萩原雪歩、その次に残りの765プロ関係者……という順に捜査の比重を置いていくという方向で進めたいと思います」
総一郎「うむ。星井君も一応は『気の済むまで娘を調べてくれ』とまで言っていたし……ひとまずはそれでいいだろう」
L「はい。もっとも、現状ではまだ次の打ち手を思いついていませんが……とりあえずそれは明日以降、皆さんと今の情報を共有した上で考えるとしましょう」
総一郎「分かった」
L「……以上が現在の捜査状況です。まだこれといって目新しい手掛かりが無い以上……当面の間は、これまでの捜査方針を維持したいと思います」
松田「じゃあまだミキミ……美希ちゃんの疑いは晴れてないってことですね……」
星井父「…………」
相沢「俺と松田が、美希さんの周囲で亡くなった者を可能な限り過去に遡って調べてみたところ、特段キラ事件につながりそうな者はいなかった……。だがやはり、例の二名の心臓麻痺死者の件があるからな」
総一郎「そうだな……星井君は辛いだろうが……」
星井父「……いえ。『気の済むまで、娘を捜査してほしい』 と言ったのは私ですから。しかし……竜崎」
L「? はい」
星井父「俺が言うことではないのかもしれないが……俺はこのまま、まだこの捜査本部に居てもいいのか?」
L「…………」
総一郎「星井君」
星井父「仮にも娘がキラではないかと疑われている状況で、いくら娘の捜査に直接関与していないとはいえ、父親の俺が同じ捜査本部に居るというのは……」
L「…………」
星井父「たとえば、俺が娘に捜査情報を漏らすかもしれない……などとは思わないのか?」
L「……私は捜査官としての星井さんを信頼していますので、別に娘さんが容疑者になったからといってそのような心配はしていませんし、またここを抜けてもらおうとも思っていません」
星井父「…………」
L「ですが当然、星井さんにここに残るよう強制することもできません。辞めたいというならいつでも辞めて頂いて構いません」
星井父「! …………」
総一郎「竜崎……」
L「…………」
星井父「……いや、辞めたくはない」
松田「係長」
星井父「確かに、キラ事件の容疑者として娘が捜査されるのは辛いが……ここで結末を見届けずにこの場を去るのはもっと辛い」
総一郎「星井君……」
星井父「俺は美希がキラではないと信じているし、だからこそその潔白が証明されるのをこの目で確かめたい。……また、結末が逆の場合であっても然りだ」
松田「逆って……」
L「分かりました。ではこれまでと同様に、娘さんの捜査には直接関わらない形で、引き続き捜査を続けて下さい」
星井父「! 竜崎」
L「美希さん以外の者がキラとして特定されれば、それで美希さんへの疑いは晴れます。ここに居る誰よりもそれを望んでいるのは星井さんのはずですから」
星井父「竜崎……恩に着る」
L「いえ……キラを捕まえ、真実を解明したい。その気持ちは皆同じです」
相沢「……一ついいか? 竜崎」
L「はい、どうぞ。相沢さん」
相沢「この……局長の補佐として、南空ナオミという元FBI捜査官が行ったという尾行の件だが」
総一郎「…………」
相沢「美希さんと天海春香との間で行われた黒いノートの受け渡し……これは一体、何だったんだろうか?」
L「……そうですね。私もそこは少し引っかかりました。……星井さん」
星井父「!」
L「星井美希さんの父親として答えて下さい。美希さんの部屋に黒色のノートはありましたか? または彼女がそのような物を持っているところを見たことは?」
星井父「……すまないが、俺は美希が中学生になってからはほとんど部屋に入っていないから、分からない。だが少なくとも、美希がそのような物を持っているところを見たことはない」
L「そうですか」
星井父「……何なら、美希の部屋を調べてみてもいいが」
L「いえ、結構です。申し訳無いですが、星井さんが美希さんの部屋を調べた結果、『無い』と言われてもそれを安易に信用することはできませんので」
星井父「……ああ、そうだな。だからこそ俺は美希の捜査からは外されているわけだし……」
L「はい。なので、次の質問もあくまで星井美希さんの父親として答えて下さい。美希さんは友達と交換日記などをするようなタイプですか?」
星井父「いや……どちらかというと、そういうのは面倒くさがるタイプだ。小学校の時とかも、友達とそういったことをしているところは見たことが無い」
L「なるほど」
星井父「それにもうすぐ高校受験だからな……俺が自分の意見を述べるべきではないのかもしれないが、やはり勉強関係ではないかとは思う。高校生の天海さんに勉強を教えてもらっていたのかもしれないし、もしそうなら黒という、女の子らしくない色のノートでもさほど変には思わないが……」
L「……まあ、そうですね。いずれにせよ友人間でのノートの受け渡しなど特に珍しい事でもない……。現時点ではここからキラ事件のヒントを得るのは難しそうですね」
総一郎「うむ……」
松田「ゆきぴょんのっすか? まあでも彼女は焼肉マニアですからね。別におかしくもなんともないっすよ」
相沢「……何でそんなに詳しいんだお前は」
松田「あ、そういえば受験で思い出しましたけど……確か局長の息子さんも今年受験でしたよね?」
総一郎「ん? ああ……先日センター試験が終わったところだ」
模木「局長の息子さんって……確か、過去に何件かの事件に助言して解決に導いたこともあるんですよね」
L「! …………」
相沢「ああ、去年あった保険金殺人事件とかな。勉強の方も、さぞかし優秀なんだろうな」
総一郎「……一応、センター試験は自己採点で全科目満点だったそうだ」
松田「ひゃー、そりゃあすごい。まあでもあの子ならありえるか」
相沢「? 松田、会ったことあるのか? 局長の息子さんに」
松田「あ、はい。何年か前に局長のご自宅に遊びに行かせて頂いたことがありまして……顔立ちからして利発そうなお子さんでしたよ。確か将来は警察志望なんですよね?」
総一郎「ああ。早く大学に行って勉強したいとよく言っている」
松田「すごいなあ。志望校はやっぱり東大ですか?」
総一郎「ああ」
相沢「それだけ優秀なら、ゆくゆくは警察庁長官も夢じゃありませんね」
松田「本当、何なら今からでもこの捜査本部に入ってもらいたいくらいっすよ」
相沢「確かに……でもそうなったら松田の立場が危うくなるんじゃないか?」
松田「えぇ!? そ、そりゃないっすよ。相沢さん」
総一郎「あのな……一応言っておくが、息子はまだ高校生なんだぞ」
松田「はは、分かってますって。冗談ですよ」
L「…………」
ワタリ『竜崎』
L「? どうした? ワタリ」
ワタリ『探偵のエラルド=コイルの所に『Lの正体を明かしてほしい』という依頼が……』
L「!」
松田「エラルド=コイルって、確か……」
総一郎「竜崎の持つ、『L』以外の探偵の名義のうちの一つだ。世間的には人捜しで名高い探偵として知られている」
L「……依頼主の詳細は分かるか? ワタリ」
ワタリ『はい。それなりのエージェントを二人通して依頼人が分からない様工作してありますが……』
ワタリ『依頼主は、株式会社961プロダクション代表取締役社長・黒井崇男と突き止めました』
L「! …………」
L(……961プロダクション……)
松田「業界最大手のアイドル事務所ですね。男性アイドルのジュピターとかが所属している」
相沢「ここでまたアイドル事務所……?」
星井父「…………」
L「……ワタリ。依頼主は具体的には何と言ってきている?」
ワタリ『はい。『Lの正体、素性を明かしてほしい……もし難しければ、顔写真だけでも入手してほしい』と』
L「……顔写真だけでも……?」
松田「? 顔だけ手に入れてどうするんすかね?」
相沢「確かに……大体、それが本物の“L”だとどうやって確認する気なんだ」
L「…………」
ワタリ『ちなみに報酬は前金で1万ドル、成功報酬として14万ドル……ただし、顔写真の入手のみにとどまった場合はその半額の7万ドルを提示してきています』
総一郎「日本円で約1500万円か……」
L「……コイルが請ける仕事の報酬としては安過ぎますね……企業規模からしても、会社の資産を使えるのであればこの10倍は提示できるはずです。つまり……」
総一郎「黒井氏は個人でコイルに依頼をしてきている……ということか?」
L「おそらく……。しかし何の理由で私を捜そうとしているのか……まずはそれを知ることからですね。タイミング的にみて、キラ事件と何らかの関係があるのかもしれませんし、妙に顔写真にこだわっているのも気になります」
松田「? キラ事件と関係があるかもしれないって?」
相沢「もし黒井氏がキラと関係のある人物なら、“L”の正体を知りたがっても不思議じゃないってことだろ」
松田「ああ、そういうことっすか」
L「まあ“L”の正体を探ろうとする者は珍しくありませんし、キラ事件との関係では“L”はまだほとんど動いていないことになっていますから、可能性としては低いですけどね」
星井父「そうか……。確かに世間的には、キラ事件の開始当初にリンド・L・テイラーが“L”として生中継を行ったことくらいしか認知されていないからな」
L「はい」
松田「なるほど」
L「…………」
L(そう……だからこそ気になる。私が“L”としてキラ事件の捜査に深く関わっている事を知っているのはこの捜査本部の者と……後はせいぜい、警察関係者くらいのはず)
L(にもかかわらず、黒井氏がキラ事件の捜査に“L”が関わっていることを知っており、かつその正体を探ろうとしているのであれば……)
L「……ワタリ」
ワタリ『はい』
L「二、三日間、エージェントとは報酬の増額交渉をして時間を稼いでくれ。私はその間に黒井氏と961プロダクションについて可能な限り調べる」
ワタリ『分かりました』
総一郎「? 何だ? 竜崎」
L「例のアイドル事務所関係者連続死亡事案ですが……961プロダクションの中でも亡くなった人がいましたよね」
総一郎「ん? ああ……確か……これだ。一連の連続死亡事案の一人目だな。轡儀という取締役が事故死している」
L「……一人目……」
総一郎「うむ。そしてこの後、他の事務所の社長や会長が相次いで七名死亡している」
L「そして最後は、765プロダクションの前任のプロデューサーが心臓麻痺で死亡、ですか……あっ」
総一郎「? どうした?」
L「……今思い出したんですが、765プロダクションの『今』の方のプロデューサーって、確か……961プロダクションから移籍してきたんでしたよね」
総一郎「ああ、そういえば聞き取り調査の時にそう言っていたな」
松田「しかもあのジュピターの元担当プロデューサーって話でしたよね」
相沢「ああ。今一番勢いのある男性ユニットの担当プロデューサーがこんな急に移籍するなんてちょっと変だ……って言ってたな。松田が」
松田「はい。まあ我々が重点的に調べていた765プロの前のプロデューサーの死亡とは直接関係無さそうだったので、その後特に調べてはいないんすけどね」
L「…………」
L(黒井氏のエラルド=コイルに対する“L”捜しの依頼……キラ事件……アイドル事務所関係者連続死亡事案……そして765プロダクション……)
L(これらは互いに関係しているのか? それともしていないのか?)
L(調べてみないと分からないが……どうにも気持ちの悪い引っ掛かりを感じる……)
L「…………」
L「……以上が、961プロダクションについて私がこの二日間で調べた内容です」
総一郎「この会社……裏ではこんなに派手に動いていたのか」
相沢「粉飾決算に脱税……明らかに法に触れるものから、他の事務所に対する様々な圧力や妨害まで……まさに傍若無人だな」
星井父「どうします? 他の事務所への圧力とかはともかく、違法性のあるものを我々警察が認知した以上は……」
総一郎「そうだな。少なくとも社長である黒井氏を任意で事情聴取し、容疑が固まり次第……」
L「いえ。待って下さい」
総一郎「? 竜崎?」
L「私が961プロダクションについて調べたのは、黒井氏を逮捕してもらうためではありません。あくまでも、そこからキラ事件の糸口を掴めるかもしれないと思ったからです」
総一郎「……いやだが、竜崎。流石に我々の立場上、犯罪を見過ごすわけには……」
L「ではせめてキラ事件が終結してからにして下さい。まず優先すべきはそちらのはずですし、今黒井氏を逮捕されると色々と面倒です」
総一郎「……しかし……」
相沢「まあ、局長。竜崎が調べなければまだ判明していなかった犯罪でもあるわけですし……」
総一郎「……分かった。今はキラ事件の捜査を優先しよう」
L「ありがとうございます。夜神さん」
星井父「あと確か、竜崎は黒井氏個人についても調べると言っていたが……」
L「はい。もう一日程度使ってそれも調べようと思っていましたが……もうこれだけの材料が出揃った以上、後は直接本人に聞いた方が早いと判断しました」
星井父「? どういうことだ?」
L「私は皆さんとは違い、警察ではありませんので……皆さんが取れないような手段も取れるということです。……ワタリ」
ワタリ『はい』
L「エラルド=コイルの専用回線から、黒井氏の携帯につないでくれ」
ワタリ『かしこまりました』
総一郎「! もう直接、黒井氏に接触するのか? 竜崎」
L「はい。まあ少し見ていて下さい」
総一郎「…………」
黒井「…………」
黒井(エラルド=コイルめ……。金で動く探偵だとは聞いていたが、まさかこちらの提示の10倍の額を吹っ掛けてくるとは……)
黒井(決して払えない金額ではないが……だがこれで“L”の正体が分かったとしても、どのみち私がキラの脅迫から逃れられるという保証は無い……)
黒井(かといってキラの指示に背いた行動を取った場合、それがキラに知られたら私の命は……)
黒井(くそっ……どうすれば……どうすればいいんだ……)
ピピピピッ
黒井「? ……通知不可能?」
黒井「! ま、まさかキラ……?」ピッ
黒井「……はい」
『株式会社961プロダクション代表取締役社長・黒井崇男さんですね』
黒井「ああ……そうだが。お宅は?」
『エラルド=コイルと申します』
黒井「!?」
黒井(な、何故コイルが……私のところへ直接!?)
『もしもし? 私に仕事の依頼を頂いていると思うのですが』
黒井「…………」
黒井(どういうことだ? 昨日までのやりとりは全てエージェントを介して行われていたのに……こいつ本当にコイルなのか?)
黒井(いやだがコイル本人とエージェント以外に、私が“L”捜しの依頼をしたことを知りうる者はいない……)
『ああ……すみません。昨日までやりとりしていたエージェントではなく、いきなり私本人からの電話では困りますよね。心中お察しします』
黒井「…………」
『ですがこれから私がお話しする事は、エージェントを通してお伝えするわけにはいきませんので……御了承下さい』
黒井「…………?」
黒井(何だ? 報酬の話ではないということか?)
黒井「!」
『粉飾決算、脱税、系列子会社の詐欺破産、従業員による会社資産の横領・背任……私がざっと調べさせて頂いただけでも、961プロに関する表に出ていない違法・犯罪行為が現時点で17件ほど確認できました』
黒井「…………」
黒井(ば、バカな……。コイルに“L”捜しの依頼をしたのは二日前だぞ……。たった二日間でそこまで……)
黒井(! そういえば、これらの情報はキラも……まさかキラとコイルがつながって……?)
黒井(だとしたら目的は金か? コイルの報酬額の吹っ掛け方からしても……)
黒井(いや、だがキラは私に『“L”の正体を明かせ』と指示してきただけ……コイルに依頼したのはあくまで私の判断……)
黒井(それにキラならわざわざコイルと結託して私から金を巻き上げなくとも、単に私を脅迫して『殺されたくなければ金を出せ』と言えばいいだけか……)
『もしこれらの事実が明るみになれば、あなたは当然逮捕……961プロの社会的信用も地に落ちる』
黒井「…………」
黒井(キラとつながっていなくとも、どのみち私を脅迫して金を得る気か……?)
『またあなたが犯罪者として捕まりその事実が報道されれば、キラによる殺人……犯罪者裁きの対象となるかもしれません』
黒井「! …………」
『そこで取引です。黒井社長。あなたが私に“L”捜しの依頼をしてきた本当の理由、背景を包み隠さず教えて頂きたい』
黒井「!」
『それをしてもらえれば、これらの事実はどこにも漏らさないと保証しましょう。また依頼の報酬もあなたの当初提示額でお請け致します』
黒井「…………」
黒井(金ではなく、依頼の本当の理由を知りたいだと……?)
黒井(いやだが、この状況で私に選択肢など……)
『どうされますか? まあ応じられないというのであれば、私が調べた事実を全て警察に……』
黒井「ま、待ってくれ。分かった。分かったから」
『では、応じて頂けるのですね?』
黒井「……ああ」
黒井(やむを得ん……この事がキラにばれれば私は殺されるだろうが、ここでコイルの要求を拒んだとしてもどのみち同じ事……)
黒井(私が警察に逮捕され、その事実が報道されれば……確実にキラは私を殺す)
黒井(表向きは犯罪者裁きの一環としてだろうが……しかしその裏の目的としては)
黒井(……キラの正体を最も知りうる位置にいる私を、警察が取り調べるのを防ぐために……)
黒井(ならばもうこれは賭けだ。今ここでコイルに全てを話しても、その事が即キラに知られるわけではない……そう信じて賭けるしかない)
『では……早速お聞きいたします。あなたが私に依頼をしてきた本当の理由を教えて下さい。もしあなたの背後に真の依頼人がいるのであれば、それが誰なのかも』
黒井「……分かった……」
『…………』
黒井「私に、『“L”の正体を明かせ』と言ってきたのは……キラだ」
『! ……詳しく、お聞かせ願えますか』
黒井「最初は……キラ事件が起こってすぐの頃だった。会社に、私宛てに一通の匿名の手紙が届き――……」
黒井『……以上が、私があなたに“L”捜しの依頼を行った全ての経緯だ』
L「分かりました。大変詳細に話して頂き、どうもありがとうございました」
黒井『ここまで話したんだ。最初に言っていた件は……』
L「はい。あなたがしてきた過去の違法行為等については誰にも口外しませんし、また依頼についてもあなたの当初の提示額でお請け致します」
黒井『……助かる。で、“L”の正体は掴めそうなのか?』
L「それはまだなんともいえません。何せ“L”は正体不明の探偵ですから」
総一郎「…………」
黒井『……そうか。まあ、私としても“L”の正体など本当はどうでもいい。ただ自分がキラに殺されたくないからそうしているだけだ』
L「そうですね。ただどんな経緯であれ、依頼は依頼です。誠心誠意、対応させて頂きますのでご安心下さい」
黒井『ああ。よろしく頼む』
L「あと最後に一つだけ……キラは今回、『もし難しければ“L”の顔写真だけでも入手してほしい』と言っているそうですが、その意味するところについて、何か心当たりはありますか?」
黒井『? さあ……キラは私に対して指示はするが、その目的については何も明かさないから分からない』
L「……分かりました。では結構です。また今後も随時ご報告いたします」
黒井『ああ……では頼む』プツッ
L「…………」
L(アイドル事務所関係者連続死亡事案と犯罪者裁き……その両方を自らの犯行と認めた上で、961プロの過去の悪事を列挙し、脅迫……)
L(しかもその脅迫内容は、当時961プロダクションに居たプロデューサーを765プロダクションに移籍させる事……)
L「…………」
総一郎「……竜崎。これは……」
L「はい。この状況で黒井氏が嘘をつくとは考えられません……今言っていたことは信用して良いでしょう」
総一郎「そうすると、キラは……」
L「はい。キラは765プロダクションの中にいる……そう考えて、ほぼ間違い無いでしょうね」
総一郎「! …………」
星井父「…………」
相沢「確かに……黒井氏の言っていたことが本当なら、キラによって、961プロに居た黒井氏の右腕でもあった取締役の者と、961プロと結託して765プロを陥れようとしていた他のアイドル事務所の社長や会長が軒並み殺されたということになる……つまりそれが、あのアイドル事務所関係者連続死亡事案の真相……」
松田「それに加えて、キラは961プロのプロデューサーを765プロへ移籍させるよう命じていたわけですからね……」
L「……一応、キラがカモフラージュとして、そのように765プロダクションの人間を疑わせるように仕向けている、という可能性もありますから」
松田「ああ、なるほど」
L「ただその場合、その事実を黒井氏に口止めし、他に漏れないようにしていたのでは意味が無い……なので可能性としては限りなくゼロに近いと思われます」
相沢「確かに」
総一郎「……では竜崎。765プロダクションの中にキラがいるという可能性は……」
L「99%以上です」
星井父「! …………」
総一郎「まあ……そうだな。黒井氏の供述内容にも不自然な点は無かったし……竜崎の言うように、自分の命がかかっているこの状況で、あえて嘘をつくとは考え難い」
松田「そうっすね……」
L「そして今回、キラが黒井氏に“L”の正体を明かすよう命じてきた事を考えると……キラは“L”が自分を追っていることに気付いていると考えられます」
相沢「そうだろうな。だからこそ黒井氏をしてその正体を明かさせ、消そうとしている……」
L「はい。ですが……二日前にも同じ話が出ましたが、現時点で“L”がキラ事件の捜査に関わっている事を知っている者はそう多くはありません」
星井父「…………」
L「この捜査本部にいる皆さんと……後はせいぜい、警察関係者くらいのはずなんです」
L「はい」
星井父「それは……やはり美希を第一に疑っているということか?」
L「! …………」
星井父「765プロダクションの中で、警察関係者が身近にいるのは美希しかいない……ましてや俺は捜査本部の一員……」
松田「係長」
星井父「つまり俺が……『捜査本部でLと一緒に捜査している』……そう美希に教えた、と。だからキラはそれを知っていると……そういうことか?」
L「はい。その点に関してはその通りです」
総一郎「! 竜崎」
星井父「…………」
L「ですが、それは単に情報源が美希さんであるということにしかなりません。美希さんが他の者にうっかり話してしまったという可能性もあるわけですから、それだけでキラ=美希さんとまでは断定できません」
相沢「まあ……それはそうか」
星井父「竜崎」
L「? はい」
星井父「……俺に確かめないのか? 美希にその事を教えたかどうか……」
L「はい。『教えた』と言われようが『教えていない』と言われようが、いずれも裏を取りようがない事なので無意味です。それに申し訳ありませんが、前にも言った通り、美希さんへの容疑に関する星井さんの発言はどのような内容のものであれ、信用することができませんので」
星井父「……分かった……」
松田「? それがどうかしたんすか? ただの偶然じゃなかったって事が分かってすっきりしたと思いますけど……」
総一郎「竜崎が言いたいのは、アイドル事務所関係者連続死亡事案で亡くなった者の死因の事だろう」
松田「死因……? あっ」
L「はい。アイドル事務所関係者連続死亡事案で亡くなった者は、最後に亡くなった765プロダクションの前のプロデューサーを除き、全員、事故や自殺により死亡しています」
相沢「そうか。つまりキラは……」
L「はい。……心臓麻痺以外でも、人を殺せる」
松田「そういうことか……そういえば、いつか竜崎がその推理をしてましたね」
総一郎「しかしそうなるとかなり厄介だな……アイドル事務所関係者以外にも、キラが心臓麻痺以外の手段で殺しを行っている可能性がある」
L「はい。キラにとってどちらがメインでどちらがサブなのかは分かりませんが……被害者から犯人を割り出しようがない犯罪者裁きは心臓麻痺で殺し、それ以外の者……つまり自分の身元につながりそうな者は事故や自殺で殺しているのかもしれません」
総一郎「そう考えると、アイドル事務所関係者と犯罪者で死因を使い分けているのにも納得がいくな」
L「ただアイドル事務所関係者の方は、短期間で殺し過ぎてしまったため、結果的にニュースで取り上げられたりする事態になってしまった……そこで世間の関心を逸らすため、犯罪者を裁き始めたのかもしれません」
総一郎「なるほど。確かにアイドル事務所関係者連続死亡事案とキラ事件の開始は時期的にほぼ連続していた……そう考えると、犯罪者裁きの方がむしろキラにとってはカモフラージュなのかもしれないということか」
L「はい。ただそう考えると、一つだけ分からない点があります」
総一郎「? 何だ?」
L「765プロダクションの前のプロデューサーです。今の考え方からすると、彼を事故死や自殺ではなく心臓麻痺で殺したのは明らかにおかしい」
総一郎「確かに……いや待てよ。ならば完全に偶然の心臓麻痺死だったのでは?」
L「まあその可能性もありますが……それよりはむしろ、こう考えた方がいいのではないでしょうか」
総一郎「?」
総一郎「!」
L「これらが同じ人間によるものだとしたら、どう考えても死因の使い分けが説明できません。また夜神さんの言うように、前のプロデューサーは単なる偶然の心臓麻痺死という可能性も確かにありますが……彼は全く心臓に関する病気を患っておらず、既往歴も一切無かったことなどを考えると……それよりは、私はこちらの可能性の方が高いと踏んでいます」
相沢「つまり……キラは二人いるということか?」
L「はい。ただ正確には二人『以上』です。三人かもしれないし、四人かもしれない。あるいはそれ以上の可能性も……」
松田「でも今まで、そんなことは誰も……」
L「確かに誰も言っていませんでしたが、可能性としては十分ありえるものです。むしろキラが一人しかいないと断定できる根拠は無いはずです。犯罪者裁きだって、765プロダクションとは全然無関係の者がやっているのを、一連のアイドル事務所関係者殺しの犯人が黒井氏を脅迫する際に騙っただけかもしれません」
相沢「……確かに。だがそう考えると、犯罪者裁きをしている者以外は厳密には“キラ”ではないということになるが……」
L「まあそこはただの呼称の便宜上の問題ですので……一旦は全部まとめて“キラ”としておいていいでしょう。要は、キラと同じ能力を持った者が他にもいるという可能性は否定できないということです。そしてとりわけ、765プロダクションの前のプロデューサーに関してはそう考えるのが最も合理的です」
総一郎「では、竜崎。その考えを前提とした場合でも……あなたはやはり、前のプロデューサーを殺した方のキラも765プロの中にいると考えているのか?」
L「そうですね……。夜神さん達の聞き取り調査の結果を見る限り、765プロダクション関係者の全員に彼を殺す動機があったといえそうですし、その可能性は十分にあると思います。……が」
総一郎「……が?」
L「もしそうなら、同じ事務所の中にいる以上、アイドル事務所関係者を殺した方のキラと連携を取っていたと考える方が自然です。しかしそうだとすると、やはり前のプロデューサーの死因が心臓麻痺となっている事の説明が難しくなります」
L「なので、前のプロデューサーを殺した方のキラの正体について考えられる可能性としては……①765プロダクション関係者の誰かだが、アイドル事務所関係者を殺した方のキラとは何らかの理由により連携が取れなかった②そもそも765プロダクション関係者ではない、のいずれかと考えられます」
総一郎「なるほど……」
L「現時点では、このいずれであるかを確定するのは少し難しい気がします。前のプロデューサーの事を恨んでいる者が765プロダクション関係者以外にもいて、突発的に殺したりした可能性もありますので」
総一郎「うむ」
L「いずれにせよ、今後は①アイドル事務所関係者を殺した者②765プロダクションの前のプロデューサーを殺した者③現在、犯罪者裁きをしている者……これらが全て異なる者なのか、あるいは一部、または全部同じ者なのか……それを見極めながら捜査していく必要があります」
総一郎「……だが、黒井氏の話を前提にするならば、少なくとも①は黒井氏を脅迫している人物とみてまず間違いないだろうな。そしてその者が765プロダクションの中にいるであろうということも」
L「はい。①の者は行動原理が明らかに765プロダクションの利害と直結していますし、そこはまず間違い無いでしょう。なのでまずはここから洗っていくことにしたいと思います」
L「いえ。殺し方が特定できていない現状ではそのやり方は危険です」
相沢「しかし殺すには顔と名前が必要……確かに、局長と模木は前の聞き取り調査の際に顔を晒しているが、名前は偽名の警察手帳を使っていたから知られていないはず」
松田「確かに」
L「相沢さん。黒井氏を脅迫している方のキラが、同氏に指示していた内容をよく思い出してください」
相沢「?」
総一郎「……『もし難しければ顔写真だけでも入手してほしい』……か」
相沢「あっ」
L「はい。私も最初に聞いたときは、何故? と思いましたが……もしかしたらこのキラは顔だけでも人を殺せる能力を持っているのかもしれません」
松田「なるほど……」
L「以前、私が犯罪者を誤った名前で報道させたとき、その犯罪者は訂正報道がされるまでは殺されなかったということがありましたが……その事も、犯罪者裁きをしているキラは黒井氏を脅迫しているキラとは別の者だと考えれば一応の説明はつきます」
松田「で、でもそれだと、765プロの全員に顔を見られてる局長と模木さんはやばいんじゃ……」
総一郎・模木「…………!」
L「はい。……ですが、実際に今二人を殺すことは考えられません。相沢さんが言っていたとおり、二人は偽名を使っていたのですから……今二人を殺せば、『765プロダクションの中に顔だけで殺せるキラがいる』というようなものです」
松田「いやでもそれだけじゃ、何の保証にも……」
L「私が言いたいのは、だから慎重に捜査すべきということです。絶対に、765プロダクション側に我々が調べていることを気付かれてはなりません。気付かれたらその時点でキラは捕まえられなくなる……どころか、追っていることが気付かれた者は全て殺されるくらいに考えて下さい」
L「765プロダクションの中にキラの能力を持った者が何人いるのかはまだ分かりませんが、765プロダクションを洗っていけばきっとたどりつけます。まず誰が能力を持っているのか、何人持っているのかを完璧に把握する」
L「その能力は顔と名前さえ……あるいは顔だけでも分かれば念じるだけで殺せる物だと考えた場合、その見分けはとても難しく危険も伴います」
L「ですので繰り返しになりますが、絶対に気付かれないよう慎重に調べ……その者がその能力を持っているという証拠と、殺しを行って来たという証拠を誰に説明しても明白であると納得できる形で捕まえます。気付かれずに証拠を押さえる……それしかありません」
L「くれぐれも、焦った行動、先走った行動……一人の判断で動かないようにして下さい」
相沢「しかし洗うって言っても難しいですよね……少なくとも、直近一年間ほどの日本全国全てのアイドル事務所関係者の死亡者、および765プロ事務所関係者周辺の死亡者についてはもう調べていますし……」
松田「はい。いずれも、キラ事件に関係しそうな死亡者はいませんでした」
星井父「……美希のクラスメイトの男子を除いて、な」
松田「係長」
L「そうですね……。では少し違った角度から……以前にこの捜査本部でも話に出ていた、『適当な人間で能力を試していた可能性』で探ってみましょうか」
総一郎「ああ、そういえば言っていたな」
L「アイドル事務所関係者連続死亡事案……いえ、もうキラの能力による殺人と分かった以上……アイドル事務所関係者連続殺人事件と呼ぶべきでしょうね。この事件についても、その開始直前に能力が試されている可能性はあります」
L「そして無関係な人間で試すだけならそう足を延ばす必要も無いでしょうから……一旦は、各765プロダクション関係者の住所地近辺から洗ってみましょう」
相沢「そうなると、死因はまずは心臓麻痺……いや、このキラの場合は事故や自殺でアイドル事務所関係者を殺しているから、そっちからの方がいいのか?」
L「いえ、流石に無関係の第三者を事故や自殺で殺されたのでは特定しようがないですので……一旦は心臓麻痺死者に絞って考えてみましょう。それに過去一年分の心臓麻痺死者のデータならもうほとんど全部集まっていますし、そう時間は掛からないはずです」
総一郎「よし。皆、手分けして洗い出しだ。まずはアイドル事務所関係者連続殺人事件……その最初の犠牲者、961プロ元取締役の轡儀柳次……彼が死んだ日から、過去に遡って順々に調べてみよう」
相沢・松田「はい」
星井父「…………」
星井父「ん? 何だ? 模木」
模木「いえ、その……」
星井父「……大丈夫だ。変な気を遣うな」
模木「係長」
星井父「美希が疑われていたのは前からの事だし……それにもう、覚悟はできている」
模木「…………」
星井父「今は自分にできることをやるだけだ。……竜崎」
L「はい。何でしょう」
星井父「心臓麻痺死者の洗い出し……美希以外の765プロ事務所関係者の住所地近辺の死亡者の分については、俺が担当しても構わないな?」
L「はい。是非よろしくお願いします。ですが……」
星井父「分かってる。俺一人に任せるのは不安なんだろう? キラが複数存在する可能性がある以上、美希が所属している765プロの中からキラにつながる者が出る事は俺にとっては決して望ましい事じゃないからな。だから模木、お前も手伝え。ダブルチェック体制だ」
模木「! はい」
星井父「これなら文句無いな? 竜崎」
L「……はい。ではそれでお願いします」
L「…………」
L(キラの能力を持つ者が全部で何人いるのかは分からないが……少なくとも、765プロダクションの中に必ず一人はいる)
L(そしてキラが複数存在する可能性が出てきた以上、例の二人の心臓麻痺死者の件のみをもって、星井美希をキラであると推理する論拠は少し弱くなったが……)
L(もし仮に、犯罪者裁きをしている者も含め、キラの能力を持つ者が全て765プロダクションの中にいて、そのうちの一人が星井美希なのだとすれば……)
L(例の私達の監視中に、星井美希と他のキラが連携して裁きを行うことも容易だったといえる)
L(いずれにしても……一人であれ複数であれ、まずは765プロダクションの中にいるキラを特定し、捕まえる事)
L(そして勿論、こちら側の犠牲者は一人も出してはならない)
L(誰一人欠かすことなく……キラの能力を持つ者を、必ず全員捕まえてみせる)
総一郎「アイドル事務所関係者連続殺人事件……その最初の犠牲者、961プロ元取締役の轡儀柳次……彼が死んだ日から過去に遡って、各765プロ関係者の住所地近辺で心臓麻痺、心不全、心筋梗塞、心臓発作など、キラの能力による殺人と実質的に同視しうる死因により亡くなった者を皆で手分けして調べてみたが……竜崎」
L「はい」
総一郎「現時点で、轡儀氏が亡くなった日から過去半年間分の死亡者を洗い出したが……この中で、キラの能力により殺された可能性が高いと考えられるのは……この一名だけだな」
L「……はい。死因も文字通り『心臓麻痺』ですし……その他の死亡時の状況からしても……まず間違い無いでしょう」
L「…………」
L(烏森隼人……会社員、享年24歳……轡儀氏が亡くなった日の二週間前の日に心臓麻痺により死亡。それまで心臓に関する病気を患ったことはなく、既往歴も無し)
L(死亡推定時刻は同日23時50分頃。その約一時間後の翌日深夜1時頃に、ランニングをしていた付近の住民が路上で仰向けに倒れていた烏森氏を発見し、警察と救急に通報……その後間も無く、搬送された病院内で死亡が確認されている)
L(さらにその後、念の為に検死されたが……『心臓麻痺で死亡した』ということ以外に新たな事実は発見されず、また当時はキラ事件が始まる前だったこともあり、特に事件化もされなかった)
L(しかし今回の捜査において……この烏森氏について、着目すべき事実が明らかになった)
L(同居していた家族に聞き取り調査を行ったところ……烏森氏は死亡した当日、765プロのファーストライブに行っていた)
L(さらに家族の証言、ライブ当日の所持品、さらにブログやSNSで烏森氏が行っていた書き込み等から……彼は765プロの中でも、特定のアイドルのデビュー当初からの熱狂的なファンだったことが分かった)
L(そのアイドルとは……765プロダクション所属アイドル・天海春香)
L(その場所とは……天海春香の自宅から、徒歩十分程度の距離にある路上)
L(さらに、当日現場に駆け付けた警察官の証言から、烏森氏の遺体のすぐ傍には一本の包丁が落ちていたことが判明)
L(家族の証言から、その包丁は同氏が自宅から持ち出した物と確認。血痕等の付着は無く、柄に付いていた指紋も烏森氏及びその家族のもののみだった)
L(そして烏森氏の死亡推定時刻から遡り、最寄駅の防犯カメラをチェックしたところ……)
L(彼の死亡推定時刻の僅か十分ほど前に、その駅の改札を通過する天海春香と、そのほとんどすぐ後に、彼女の後を追うように改札を通過した烏森氏の映像が確認できた)
L(そして烏森氏が死亡していた場所は、駅からほど近い距離の路上……)
L(天海春香の熱狂的なファンであった彼が、765プロのライブに行った日の深夜に、自身とは何の縁もゆかりも無い場所にある天海春香の自宅の最寄駅の改札を、天海春香のすぐ後を追うように通過する……こんな事が偶然で起こるはずが無い)
L(100%、彼は天海春香の後をつけていた)
L(そして彼が天海春香の後を追って駅の改札を通ってから十分後に心臓麻痺で死亡……しかもその遺体の横には血痕等が付着していない包丁……)
L(一方、彼の死から二週間後に轡儀氏が殺され、それを皮切りにアイドル事務所関係者連続殺人事件が発生……)
L(黒井氏に対する脅迫の件から、アイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人が765プロダクションの中にいることは間違い無い)
L(そしてその者が『“L”の顔写真だけでも入手してほしい』と黒井氏に言っていたことから、その者が『顔だけで人を殺せる』キラの能力を持っていると仮定すれば……)
L(状況証拠しか無いことは百も承知だが……『烏森氏が何らかの理由で天海春香を襲い、彼の顔を見た天海春香がキラの能力で彼を殺した』……そう考えるのが最も自然だ)
L(いくらデビュー当初からのファンとはいえ、普通に考えてそのファンの氏名まで知っている可能性は低いだろうが……天海春香が『顔だけで殺せるキラ』と考えればその点も十分説明がつく)
L(ここまで情報が揃えば、後は天海春香本人に当日の彼との接点の有無について聞きたいところだが――……)
L(言うまでもなく、キラの能力を持っている可能性が濃厚な相手にそれをするのは危険過ぎる……ましてや『顔だけで殺せるキラ』の可能性があるのであれば猶更)
L(天海春香の家族にでも聞けば、彼女の当日の帰宅時刻、帰って来た際の様子がどうだったか等は分かるだろうが……それすらも、天海春香本人に、我々が彼女を調べている事実が伝わってしまう危険性を考えたらすべきではない)
L(またあるいは、彼女にこちら側の顔を一切見られないようにした上で逮捕・拘束し、監禁の上、尋問……それも考えたが、物的証拠が何も無い状況でそこまでするのは無理がある……)
L(しかし……アイドル事務所関係者連続殺人事件との関係において、天海春香は現時点では限り無く黒に近いと言っていい)
L(その上で肝要なのは、今後……天海春香から、どうやってその証拠……キラとしての能力を使い、人を殺してきたことの証拠を掴むかだ)
L「…………」
L「はい。十中八九……いえ、ほぼ100%……天海春香でしょうね。そうでなければ、正直言ってここまでの偶然は考えられません」
L「そして烏森氏の死亡からわずか二週間後に轡儀氏が殺され、アイドル事務所関係者連続殺人事件が起こっていること、さらにその犯人も765プロダクションの関係者であると考えられることからすると……」
総一郎「その人物も、当然天海春香……ということになるな」
L「はい。まず間違い無いと思います」
松田「はあ……まさかはるるんがキラだったなんて……ショックでかいなあ……」
相沢「……松田」
松田「あっ、す、すみません!」
星井父「…………」
模木「係長……」
星井父「ああ……すまん。大丈夫だ……」
模木「…………」
星井父「…………」
星井父(確かにこの状況では、そう考えるしか……しかし天海春香がキラなら、美希は……)
星井父(いや、竜崎の言うように、アイドル事務所関係者を殺した者が前のプロデューサーを殺した者とは別の者なら……)
星井父(たとえ前者が天海春香であったとしても、後者が美希でないという事にはならない……)
星井父(それに加えて、美希のクラスメイトの男子の件……)
星井父(もし仮に、キラの能力を持つ者が他にも何人かいて、前のプロデューサーを殺した者と美希のクラスメイトの男子を殺した者も別々の者だとしたら……)
星井父(いや、だがこの両名の死亡日はたった二日しか違わない……こんなに近接した時期に、美希と接点のある者が二名も、全く別々の者によって殺されたとは……)
星井父(しかし逆に、この二名を殺したのが同じ人物だとすると……その嫌疑が最も強いのは、どう考えても……)
星井父「…………」
L「彼女を逮捕するためには、何としてでもキラとしての証拠を挙げることが必要……それも、向こうにはこちらが調べていることを絶対に気付かれないように、です」
総一郎「そうだな……。殺し方もまだ判明していないし、何より天海春香が『顔だけで殺せるキラ』である可能性がある以上、より慎重に捜査しなければ……」
松田「そうっすね。じゃないと、既に顔を見られてる局長と模木さんはいつ殺されてもおかしくないっすもんね」
総一郎・模木「…………」
相沢「松田!」
松田「す、すみません!」
L「ただそうは言っても、ある程度は踏み込んだ捜査をしなければならないのも事実です。そうしなければ、いつまで経ってもキラとしての証拠は挙げられない……」
総一郎「うむ……」
L「とりあえず、天海春香の持つであろうキラとしての証拠の掴み方についてはもう少し考えてみます。それと並行して、今できる捜査を進めていきましょう」
総一郎「ああ、そうだな」
L「まずこれまで述べてきたとおり、天海春香がアイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人であることはほぼ間違いないと思われます」
L「それは即ち、現在黒井氏を脅迫しているキラも天海春香であるとみてほぼ間違いないということに帰結しますが……念の為、765プロダクションの現プロデューサー……つまり元961プロダクションのプロデューサーと、天海春香の接点について調べてみましょう」
L「これも状況証拠にしかなりませんが……天海春香が彼を765プロダクションに移籍させようと考えても不自然では無い程度の接点を持っていたことが分かれば、天海春香が黒井氏を脅迫し、961プロダクションのプロデューサーを自分の所属事務所に移籍させるよう働きかけたものと推知できます。そしてそれは天海春香がキラであるとする考えをより強く裏付けることになります」
相沢「ではその捜査は俺と松田で担当しよう。961プロダクションの関係者で、765プロ側に情報が伝わらないような者を見定めて聞き取りを行う。それでいいな? 竜崎」
L「はい。よろしくお願いします」
星井父「では俺と模木は……引き続き、さらに過去に遡って、烏森氏以外にも各765プロ関係者の住所地近辺で不審な心臓麻痺死者がいなかったかの洗い出しをしよう。そしてもちろん、俺は美希の住所地近辺の死亡者分については一切携わらない」
L「そうですね。黒井氏を脅迫しているキラだって一人とは限りませんし……765プロダクション内において、その関係者の複数人に順次キラの能力が宿っていったという可能性も否定できません」
L「またキラの能力自体、持つ者の意思によって他に移せるのかもしれませんし、あるいは一定の時間の経過などによって、自動的に他の者に移っていったりするのかもしれません」
総一郎「もしそうなら非常に厄介だな……いくらキラを追い詰めても、土壇場でその能力を他の者に移されたり、勝手に能力が他の者に移ったりするのではいつまで経っても捕まえられないことになる」
L「はい。ただ、私が今言った事はあくまで一つの可能性に過ぎませんので……」
L「また、黒井氏を脅迫しているキラが765プロダクションの中に複数いるとしても、少なくともその中の一人が天海春香である事はほぼ確定していますので……さっきも言いましたが、私はまず、天海春香からキラとしての証拠を得るための方法を考えたいと思います」
L「なおこちらの捜査で重視するのは、地域性よりも時期的な近接性です」
L「これまで繰り返し言ってきたことですが、765プロダクションの前のプロデューサーと、新宿の通り魔……そして、美希さんのクラスメイトの男子」
星井父「! …………」
L「この三名は、全員死亡日が連続している……まずはこれが偶然なのか、そうでないのかを見極める必要があります」
L「ポイントは、この三名の死亡時期と近接した時期に、キラの能力による殺人と考えられる死に方をした者……つまり、烏森氏のような……『突然の心臓麻痺死』以外の情報が何も無い形で死亡した者がいたかどうか」
L「心臓麻痺、心不全、心筋梗塞、心臓発作など、キラの能力による殺人と実質的に同視しうる死因により亡くなった者の総体は以前調べましたが、今回は少し捜査の角度を変え……死亡者の個人としての属性ではなく、各人が死亡した際の具体的な状況、状態……こちらに焦点を当てて調べます」
L「その結果、先の三名の死亡時期と近接した時期に、キラによる殺人と考えられる死に方をした者が複数名いたのであれば、たまたまこの時期にキラの能力を持った者が複数名現れたのだと考えられ、この三名についてもそれぞれ全く無関係の者が殺したのだという可能性が成り立ちます」
L「だがしかし逆に、この三名しかいないのであれば……正直言って、この三名が全員、全く別々の者により、相互に無関係に殺されたとは考え難い」
星井父「…………」
L「少なくともそのうちの二名……765プロダクションの前のプロデューサーと美希さんのクラスメイトに関しては、同じ人間によって殺されたとみるべきです」
L「なぜなら……この両名はいずれも美希さんと接点がある者だからです」
星井父「! …………」
L「もしこの両名を殺した者が全く別々の者だとした場合……日本全国で、美希さんの身近な人間だけが、三日間という短い期間において二人も、全く別々の者により、互いに関係無く、同じ能力によって殺されたということになる……しかし、こんな偶然は正直考えにくい」
L「それよりはむしろ、端的にこの二名を殺したのは同じ人物……そうみるのが自然です」
星井父「…………」
L「そして現状、その可能性があるのは……その二名と接点があり、かつそのいずれに対しても、少なくとも好意的な感情は持っていなかったと考えられる者……つまり」
星井父「……美希、か……」
L「……はい。もっとも、美希さん以外にもこの二名の両方と接点のある者がいないかは、再度調べてみる必要がありますが……」
星井父「…………」
L「そうですね……この通り魔の後に、世界中の大犯罪者が軒並み殺されたため、この通り魔はキラの能力を試すための実験台だった……そうみるのが自然です。事実、私はキラ事件が起こった当初にそのような推理をしました」
L「そこで、私が今述べた内容を前提にした場合……つまり、765プロダクションの前のプロデューサーを殺した者と美希さんのクラスメイトの男子を殺した者はいずれも美希さんであると仮定した場合……」
星井父「…………」
L「この場合においても、新宿の通り魔を殺し、今犯罪者裁きをしている者は美希さんとは別の者である……その可能性も、一応考えられないではないですが……」
L「そうであるとすれば、美希さんと今裁きをしている者は、ほとんど同じタイミングで能力を使い始めたということになります」
L「しかもそのタイミングは歩調を合わせたように、まず美希さんが能力を使い、その翌日に別の者、そしてそのまた翌日に美希さん……と一日おきです」
L「これならむしろ、同じ者が一日に一人ずつ、三日連続で能力を使ったとみる方が自然です」
総一郎「そうなると……」
L「はい。結局これも美希さんということになりますね……」
星井父「…………」
L「ただそうは言っても、今から行おうとしている捜査は、あくまでもその可能性を検証するためのものです。私がこれまで述べてきたことは、例の三名の死亡時期と同じ時期にキラの能力によって殺されたと思われる者が他にいないかを調べた上で、その結果……そういった者がいなかったときに、初めて可能となる推理です」
星井父「ああ……そうだな。それは分かっている」
総一郎「……うむ。今はとにかく捜査を続けることだ」
L「はい。では夜神さんは、私と共に、例の三名の死亡時期と同時期の心臓麻痺死者の洗い出し……そして、765プロダクションの前のプロデューサーと美希さんのクラスメイトの男子の両方と接点のある者が美希さん以外にいないかの調査をお願いします」
総一郎「ああ、分かった」
春香「プロデューサーさん! バレンタインデーですよ! バレンタインデー! というわけで、はいどうぞ!」
P「おっ。サンキュー春香。チョコカップケーキか。これまた美味そうだな」
春香「えへへ~。腕によりをかけて作りましたから! あっ、社長さんもどうぞ! それに律子さんと小鳥さんも!」
社長「おお、ありがとう。天海君」
律子「なんだか悪いわね、私達までもらっちゃって」
春香「いえいえ、事務所の皆の分、作ってきましたから!」
小鳥「ありがとう。春香ちゃん。うわぁ、すごい綺麗……まるでお店に売ってる物みたいね」
春香「いえいえそんな……褒め過ぎですよ。小鳥さんったら」
亜美「はるるーん! 亜美達にもちょーだい!」
真美「ちょーだい!」
春香「はいはい。亜美真美の分もちゃんとあるから。はい、どーぞ」
亜美「わーい! ありがとー! はるるん!」
真美「最早はるるんのお菓子無くして、765プロのバレンタインデーは語れませんなあ」
春香「何言ってんのよ、もう」
ワイワイ…… ガヤガヤ……
美希「…………」
千早「美希? どうかしたの?」
美希「え?」
千早「いえ、いつもなら真っ先にお菓子貰いに行きそうなのに」
美希「ああ……うん。ちょっとね」
千早「?」
美希「……なんかこうやって見てると、まるでいつも通りの春香なのになって……」
千早「? どういう意味?」
美希「! な、なんでもないの。あ、千早さんも春香にお菓子貰いにいこ!」グイッ
千早「きゃっ。み、美希。急に引っ張らないで……」
美希「あはっ。ごめんなさいなの。春香! ミキと千早さんにもお菓子ちょうだいなの!」
春香「おっ、きたなー、育ち盛り星人め!」
美希「何なのそれは」
春香「分かんないけど、ノリで」
美希「もう。春香ったらおかしいの」
春香「あはは」
美希「…………」
美希(いつも通りの、春香)
美希(…………)
美希(ねぇ、春香)
美希(ミキ達はこれからも、ずっとこうしていられるよね?)
美希(ずっとこうして、皆で、仲良く)
美希(だってミキ達は、そのために……)
美希「…………」
亜美「どったのミキミキ? ぼーっとしちゃって」
美希「えっ?」
真美「もしかして、なんかお悩み中?」
亜美「亜美達でよければ、話くらい聞くよ?」
美希「……んーん、大丈夫なの!」
美希(そう、大丈夫……だから信じて、前に進もう)
美希(デスノートがある限り、ミキ達の未来はきっと明るい)
美希(そうだよね? 春香……)
総一郎「竜崎。これで我々が行った追加捜査の結果が出揃ったわけだが……」
L「……はい」
相沢「…………」
松田「…………」
模木「…………」
星井父「…………」
L「…………」
L(まず、アイドル事務所関係者連続殺人事件についての追加捜査の結果……)
L(765プロダクションの現プロデューサー……つまり元961プロダクションのプロデューサーと、天海春香の接点について)
L(同プロデューサーが961プロダクションに在籍していた当時、担当していた男性アイドルユニット・ジュピターのメンバー三名……)
L(彼らに対する聞き取り調査によって得られた証言によると、同プロデューサーが移籍する前、765プロダクション関係者と接点を持った機会は一度のみ)
L(同プロデューサーが765プロダクションへ移籍するおよそ二か月前、歌番組の収録の際に、共演者だった765プロダクションのアイドル二名と顔を合わせている)
L(その二名とは……如月千早と天海春香)
L(そう。やはり……天海春香だった)
L(なおその時、現場で機材のトラブルがあったらしいが、同プロデューサーの的確な対応と現場スタッフへの助言により、ほとんどタイムロス無く収録を終えられたとのこと)
L(そして何より、彼のプロデュースによって、ジュピターは今や日本の男性アイドルの中では流河旱樹と並び、トップクラスの人気アイドルといっていいほどの地位にまで上りつめた……)
L(メンバーの三名も、彼が移籍した後に新たな担当となった後任のプロデューサーにも特に不満は無いらしいが……それでも、全体的な能力で比較するとやはり前任のプロデューサーに軍配が上がるとのこと)
L(移籍前の同プロデューサーとの接点……そして彼のプロデューサーとしての能力の把握……)
L(以上を前提にすれば、天海春香が黒井氏を脅迫し、同プロデューサーを自分の所属事務所に移籍させようと考えることの合理性は認められると言っていいだろう)
L(また、さらに過去に遡って、各765プロ関係者の住所地近辺で不審な心臓麻痺死者が例の烏森氏以外にいなかったかの洗い出しも、収集していた残りの全データ分について行ったが……結局、これに該当する者はいなかった)
L(これらの事実と、これまでの捜査結果をあわせ考えると……アイドル事務所関係者連続殺人事件は、天海春香単独による犯行)
L(未だ物的証拠は無いままだが、これはもうほぼ確定と言っていいだろう)
L(この三名を殺した者と……今犯罪者裁きをしている者について)
L(この三名の死亡時期と近接した時期に、キラの能力による殺人と考えられる死に方をした者……つまり『突然の心臓麻痺死』以外の情報が何も無い形で死亡した者は……いなかった)
L(よって、新宿の通り魔を別にすれば……少なくとも日本全国で、星井美希の身近な人間だけが、三日間という短い期間において二人もキラの能力を持つ者によって殺されたということになる)
L(また星井美希以外に、この二名の両方と接点のある者がいなかったかについても再度調べ直したが……結局、そのような者の存在も見つからなかった)
L(以上の事実とこれまでの捜査結果、そしてこの二名に対する殺害の動機等をあわせ考えると……この二名を殺害したのは星井美希とみてほぼ間違い無い)
L(そしてこの二名に新宿の通り魔を加えた三名の殺害が三日連続で行われていること、この三名の死亡時期と同時期にキラの能力によって殺されたと思われる者が他にいないことからすると……新宿の通り魔を殺害した者も、星井美希とみるのが最も自然)
L(このことに、新宿の通り魔の殺害は、今犯罪者を裁いているキラが大犯罪者を殺し始める前に実験的に行ったものだとする私の推理をあわせ考えると……)
L(今犯罪者を裁いているキラも……星井美希と考えてほぼ間違い無い)
L「…………」
一同「…………」
L「まず……アイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人……および、今現在黒井氏を脅迫している者は……765プロダクション所属アイドルの天海春香」
一同「…………」
L「そして……765プロダクションの前のプロデューサー、新宿の通り魔、区立△△中学校三年の男子生徒の三名を殺害した者……および、今現在犯罪者を裁いている者は……こちらも765プロダクション所属アイドルの星井美希」
星井父「! …………」
L「ただし現段階では、この両名についての推理はいずれも状況証拠の積み重ねの結果でしかなく、これらの推理を裏付ける物的証拠は何もありません。ゆえに100%とまでは断定できませんが……」
L「私の中では、いずれも99%以上の確信があります」
一同「! …………」
L「まずこの段階で、異論のある方は仰って下さい。今述べた推理の内容を今後の捜査の前提とする以上、そこに疑念を残したままでは円滑に捜査を進めることができませんので」
星井父「……竜崎」
L「はい。何でしょう? 星井さん」
星井父「……竜崎の推理の内容自体に異論は無い。ただ……」
L「…………」
星井父「何度も同じ確認をしてすまないが……ここまでの状況においても、俺はまだこの捜査本部に……」
L「はい。美希さんへの嫌疑がどれだけ高まろうが、私の考えは変わりません。辞めたければ辞めて頂いて構いませんし、捜査を続け、その結末を見届けたいのであればこのままここに居て下さい」
星井父「……分かった……」
L「…………」
L(星井美希への情報漏洩の可能性を考えた場合、星井係長をここに残すことにはリスクもあるが……しかしそれは、今ここで抜けられても同じ事)
L(また今後、実際に星井美希・天海春香の二人と直接的に接触してキラとしての証拠を掴むような場面になった場合、星井係長が娘を守ろうとし、何らかの行動に出る可能性がある……その事を考えると、彼には今のまま捜査本部に居てもらった方が、こちらも常にその動きを監視できて都合が良い)
L「では他に、何かご意見のある方はおられますか?」
一同「…………」
L「――それでは、以上の内容を前提として、今後の捜査方法を考えていきたいと思います」
L「そしてその証拠の挙げ方ですが……基本的には、何らかの形で二人の双方、またはいずれか一方に直接接触し、キラとして殺しをしている現場を押さえるか、あるいは誰が見てもキラとしての殺しを行ってきたことが明白といえる証拠を押さえる……これ以外にはありません」
一同「! …………」
総一郎「直接接触か……だがこちらが殺されるリスクを考えれば、当然……」
L「はい。絶対に捜査目的で接触していることを知られないようにしなければなりません。もっとも、捜査目的で接触してきた者を殺せば、当然キラとしての嫌疑も一層高まるわけですから、それはしないだろうと考えることもできますが……逆に、こちらに対する威嚇として殺す可能性も十分にあると考えられますので」
総一郎「そうだな。いくら命を懸けて捜査するとはいっても、命をやすやす奪われるようなやり方を取るべきではない」
相沢「捜査目的で近付いたことがばれたら殺される……か。確かにキラからすれば、それによりたとえ自分に対する嫌疑が高まるとしても……いやもっと言えば、自分がキラだと断定されたとしても……自分を捕まえようとする者を片っ端から殺していけば、誰もが死を恐れ、キラを追うことができなくなる……そうすれば、結果として自分が捕まることもなくなる……」
L「はい。だからこそ、捜査目的であることが絶対に知られることが無いような方法を考えた上で、かつ慎重に接触しなければなりません」
L「キラとしての情報連携を密にしているのであれば、どんなに些細な事であっても、相互に連絡・報告し合っていると考える方が自然ですから」
松田「? 二人が連携? そんな話ありましたっけ? ……いや、でもまあ同じ事務所の所属アイドル同士なんだから、当然っちゃ当然か」
L「はい。それも当然ありますし……また改めてこれまでの捜査の結果を検証していくと、その可能性を裏付けうるものがあることに気付きました」
松田「? これまでの捜査の結果……って、何かありましたっけ?」
総一郎「……あの黒いノートの受け渡しの件か。元FBI捜査官・南空ナオミの尾行捜査により得られた情報……」
松田「ああ! ありましたね。交換日記とか、勉強関係じゃないかって言ってた……」
L「はい。南空ナオミから報告を受けた時点では、私もさほど気にする内容ではないと思っていましたが……この二人がキラ容疑者としてほぼ確定した以上、話は変わってきます」
L「またそもそも、交換日記であれ勉強関係のノートであれ、その程度の物なら普通に事務所内で会った時に受け渡せばいいわけですから……それをあえて冬の寒い時期の夕刻に、わざわざ外の公園で行ったというのは幾分不自然です」
L「しかしそれも、事務所の他の者には見られたくないやりとり……つまりキラとしての行動に関する、秘密の連絡であったと考えれば辻褄が合う」
L「電話やメールはその気になればいくらでも警察が通信記録を調べられますが……情報を紙媒体に記し、かつそれを本人同士が手渡しで授受すれば、媒体を直接奪われでもしない限り……その秘密性はほぼ完全に守られますから」
総一郎「確かに……」
L「この時点で既に二人が連携していれば、同プロデューサーも他のアイドル事務所関係者と同様の死因で殺されていたはずですので」
総一郎「うむ……」
L「では何故、この時点で二人は連携できていなかったのか……それはおそらく、二人の間で能力を持った時期にずれがあったからではないかと思われます」
L「つまり時系列でいうと、天海春香は星井美希より先に能力を持っていたことになると思われますが……星井美希も能力を持った時、天海春香はすぐにはそのことに気付かなかったか、あるいは気付いていたが自分が既に能力を持っていたことは隠していた……」
L「一方、星井美希も天海春香が既に同じ能力を持っていたことには気付かず……結果、天海春香と連携を取ることなく、独断で765プロダクションの前のプロデューサーを殺したものと考えられます」
L「それゆえ、同プロデューサーだけが他のアイドル事務所関係者とは異なり、心臓麻痺で殺された……これが私の考えです」
相沢「なるほど……そう考えると、確かに765プロの前のプロデューサーだけが心臓麻痺で殺された事にも説明がつくな」
総一郎「しかしそうだとすると、星井美希は、先に能力を得ていた天海春香とは全く無関係にキラの能力を得たということになるな……」
L「そうですね……現時点で、キラの能力が持つ者の意思によって他に移せたり、または分け与えたりできるものなのかどうかは分かりませんが……少なくとも、星井美希の能力は天海春香の意思によって移されたり、または分け与えられたりしたものではない。そこは間違い無いはずです」
相沢「……ってことは、全くの偶然に、同じ事務所の所属アイドル二人にだけ、同じ能力が宿ったということか? 三か月という、時期的なずれはあるにせよ……」
松田「確かに……偶然にしてはちょっと出来過ぎているような……」
総一郎「もしこれが偶然ではないとすると……たとえば、765プロダクションの中にいる、さらに別の者もキラの能力を持っていて、その者が二人に順次能力を与えた……という可能性は無いか?」
L「もしそうだとすると、星井美希が能力を得た当初、二人が連携していなかったというのは不自然ですね……。第三者が何らかの目的を持って身近な二人に能力を与えたのなら、星井美希にも能力を与えた時点で、そのことを先に能力を与えていた天海春香に教えない理由が無い」
総一郎「うむ……確かに……」
総一郎「うむ。しかし、公園で黒いノートの受け渡しをしていたことから考えると……現在では、二人は互いに情報を共有・交換し、連携してキラとしての行動を取っている可能性が高い……そういうことだな? 竜崎」
L「はい。おそらくキラ事件の開始後、どこかの時点で二人は互いに互いがキラの能力を持っていることに気付き、連携してキラとしての行動を取るようになった……そしてそうであるとすれば、今行っている犯罪者裁きや黒井氏への脅迫も共同して行っている可能性が高い」
総一郎「うむ……」
星井父「…………」
L「…………」
L(何よりそう考えれば、星井美希の自宅への監視カメラの設置期間中にも、犯罪者裁きが普通に行われていたことが合理的に説明できる……)
L(もっともその場合でも、星井美希が監視カメラの設置に気付いた上でそうしていたのだとすると、何故そのことに気付けたのかという疑問は残るが……)
L(だがカメラの設置にまでは思いが至らなかったとしても、カメラの設置の十日前には、夜神局長達が765プロダクションの事務所へ行き、二人を含めた同プロダクションの関係者全員に聞き取り調査を行っている)
L(そしてその際の星井美希への聞き取りから、彼女のクラスメイトの男子の件が発覚している……とすれば、そこから足がつくのを恐れ、二人で相談した結果……一時的に、あるいは当面の間……天海春香が星井美希に代わって裁きを行うことにしたのかもしれない。……そう考えれば、この点についても説明がつく)
L「…………」
L「ただそうは言っても、いきなり本人達に接触するのは危険過ぎますし、何より、彼女らは今人気急上昇中のアイドルです。そんな二人にいきなり接触すること自体、まず不可能でしょうから……まずは二人の両方、あるいはいずれか一方にとって身近な人物にあたりをつけましょう」
L「そしてまずその者に接触し……その後、自然な形でその者を介して星井美希と天海春香の両方、またはいずれか一方に接触する……それしかありません」
総一郎「他の者を介して……か。可能なのか? そんなことが……」
L「分かりません。でもその方法しか無いと思います」
総一郎「…………」
L「その上で、キラとして殺しをしている現場を押さえるか、あるいは誰が見てもキラとしての殺しを行ってきたことが明白といえる証拠を押さえるか……ですが」
総一郎「……?」
L「正直、前者は難しいと思っています。いくらなんでも、他人に観られている状況で殺しの行為をするとはちょっと想定しがたいですし……もし仮にそのような場面に遭遇しようものなら、それだけでこちらが殺される危険がある」
総一郎「うむ……」
L「相手に気付かれないように観察する、という手もありますが……もしこれをするなら、いつ、どこで、どうやって殺しをしているのかが何も分からない以上、二人を24時間監視し続けるという手段を取るしかありません」
星井父「! …………」
L「しかし、そこまでの大がかりな監視となると、その準備をしている間に気付かれて殺されてしまう危険性が極めて高い」
相沢「確かに……」
L「また、いくらキラ容疑者といっても相手はまだ十代の少女達……その私生活を完全監視するなどという手法は人権上も問題があります」
総一郎「…………」
L(もっとも、二人の自宅にだけ再度監視カメラを付けるという手ならまだ可能だろうが……前の結果を見るに、その場合でもキラとしてのボロはまず出さないだろうし、カメラの方が先に見つけられてしまうだろう……)
L「……だとすれば、最も現実的な手段は、これまでにキラとしての殺しを行ってきたことが明白といえる証拠を押さえること。そして現時点で、その証拠になりうると考えられる物があるとすれば……」
総一郎「二人が公園で受け渡していた黒いノート……か。確かに、あれがキラとしての活動に関する、何らかの秘密を記載した物だとすれば……」
L「はい。決して可能性として高くはないですが、ただ低いとも思いません。先ほども言いましたが、あの二人がキラだとして、わざわざ事務所の外でキラとしての活動とは全く無関係なノートの受け渡しをしているとは、少々考えにくいですから」
L「そしてまた、そこに書かれていることがキラとして殺しを行ってきたことの自白と同視できるような内容であれば、それを証拠として二人を捕まえることは十分可能であると考えます」
星井父「…………」
L「はい。それを目の前に突き付けて尋問すれば、キラとしての自白……さらにはその自白をもとに、殺人自体の直接的な証拠を得る事も不可能ではないと思います。もちろん、こちらは常に顔を隠しながらそれを行うということにはなりますが……」
総一郎「……うむ。そうだな」
L「ですので、一旦の目的は例の黒いノートを押さえることとし……そのためにも、まずは二人に接触する手段を考えていきたいと思います」
相沢「……すまん、ちょっといいか? 竜崎」
L「はい。何でしょう? 相沢さん」
相沢「情報さえ伝達すれば事足りると考えた場合、内容を伝えた後のページは処分されていると考えた方が自然……ノートを押さえたところで、中は白紙ということも十分ありうるのでは?」
L「確かにそうかもしれません。しかしそうなら、もっと小さなメモ用紙にでも書いておき、それを封筒などに入れて渡すといった手段でもいいはずですから……あえてそうせず、わざわざノートごと受け渡しをしているということは、ノートに記録した形で渡す必要がある情報なのかもしれません。そうであれば、これまでに記載された情報がそのまま残っているという可能性も十分にあると思います」
相沢「なるほど。そう言われてみれば、確かに……」
松田「それにひょっとすると、人を殺す時に必要となる、すごく長い呪文か何かが書いてあったりするのかもしれませんしね」
相沢「松田。真面目にやれ」
松田「や、やってますよ! 真面目に!」
L「そうですね……。殺し方が分からない以上、松田さんの考えもあながち的外れではないのかもしれません」
松田「ほら!」
相沢「…………」
L「情報をノートに記録した形で残しておく必要があるのか、あるいはノートという媒体そのものが、殺しの能力に関係があるのか……」
L「現時点ではまだそこまでは分かりませんが……少なくとも、この黒いノートがキラとしての活動に関係があるのであれば、このノートは天海春香と星井美希のいずれかが必ず所持しており、かつ第三者に奪われたりすることの無いよう、常に目の届く形で管理しているものと考えられます」
L「それこそ、常時肌身離さず持ち歩いているとしても不思議ではありません。客観的に見ればただのノートなのですから」
L「? 何ですか? 模木さん」
模木「先月、局長と共に765プロに聞き取り調査に行った時……ほとんどの者は、聞き取りの際、何も持っておらず、手ぶらでしたが……」
模木「美希さ……星井美希だけは、ずっとハンドバックを膝の上に抱えていました」
星井父「! …………」
総一郎「……ああ、言われてみれば確かにそうだったな。ただ年頃の子だし、携帯か何かを常に傍に持っておきたいのだろうと考え、その時はさして気にもしなかったが……今思えば……」
L「まあ……それだけで決め付けるわけにもいきませんが……一応、可能性はありますね」
L「ただ、南空ナオミからの報告では『天海春香が星井美希に渡した』ということでしたから……常に決まった一方が持ち続けているというわけでもなさそうですが……今の模木さんの話からすると、常にどちらかが肌身離さず身に着けている、ということにはなるのかもしれません」
星井父「……じゃあ令状を取って、美希と天海春香の二人を同時に身体検査ってところか? もちろん、俺がそれをするわけにはいかないが……」
L「普通の事件ならそうなりますが……やはり先ほど言った理由により、その方法は取れません。たとえ全員がフルフェイスのヘルメットを被って検査を実施しようとしたとしても、その時点で、既に警察官として顔を知られている夜神さんと模木さんは殺されてしまう可能性が高い」
総一郎・模木「…………」
L「ですので、やはりあくまでも捜査であると気付かれることなく接触し、その上でノートを押さえる……それ以外にはありません」
総一郎「しかし、もし本当にどちらかが常に肌身離さず身に着けているような物なら、何があっても他人に見せたりはしないだろうし……仮に身に着けることができない状況であっても、他の者が手に取ることができるような場所には保管しないと思うが……」
L「そうですね……。ただまあいずれにせよ、まずは接触する人物のあたりをつけないといけませんから……。ノートを押さえるための具体的な方法はその後で考えましょう」
L「とにかく二人の両方、または少なくともいずれか一方と接触することができなければ、何も始まりませんので」
総一郎「うむ……そうだな。まずはそこからか……」
ワタリ『竜崎』
L「? どうした? ワタリ」
ワタリ『黒井氏からエラルド=コイルのサブ回線宛てに連絡が入っています』
L「! ……分かった。つないでくれ」
黒井『キラからまた手紙が届いた……『“L”の正体を明かせ』と命じてからもう一か月になる……そろそろ“L”の正体が分かっている頃合いかもしれないから、“L”の正体を次の手段により自分に分かるように示せ、と……』
L「どんな手段ですか?」
黒井『わが社のホームページの中に、新人のアイドル、タレント、俳優を紹介しているページがある……そのページで紹介されている新人の一人の写真として“L”の写真を掲載した上で、自分が提示する複数の名前の中から最も自然なものを一つ選び、“L”の写真と共に載せろ、と……』
L「! ……なるほど……そうすれば、他の者がそのページに掲載されている“L”の写真を見ても、ただの新人のアイドルか俳優の一人としか思わない……だがキラにだけは、その写真の人物が“L”であると分かる」
黒井『そういうことだ。……一応聞くが、現時点ではまだ“L”の正体は掴めていない……そういうことでいいんだな? 顔写真も含めて』
L「はい。以前にも述べましたが、“L”は正体不明の探偵ですから……顔写真はおろか、現時点ではまだ何の手がかりも掴めていません」
総一郎「…………」
黒井『そうか……ならば暫くはこのまま放っておくしかないな……。どのみち私の方からキラに連絡を取る術は無いし、むしろ私が下手な動きをすればそれだけで……」
L「そうですね……。ちなみにですが、キラから『何月何日までに“L”の写真を載せろ』という風に、明確な期限を伝えられているわけではないのですね?」
黒井『ああ。指示内容は今述べたものだけだ』
L「分かりました。ただそうは言っても、キラの指示を無視し続けるのもそれはそれで危険ですので……一旦、どう対応すべきかは私の方で考えます。またご連絡いたします」
黒井『そうか……すまないな。依頼外の事まで……』
L「いえ。依頼人を守るのも探偵の務めですので」
総一郎「…………」
松田「そうなんですか?」
相沢「俺が知るか」
黒井『……では、悪いがよろしく頼む』プツッ
L「…………」
L「天海春香……および星井美希」
総一郎「……ああ」
星井父「…………」
ワタリ『竜崎。黒井氏から、キラが提示してきたという複数の名前のリストがメールで送られてきました』
L「分かった。画面に出してくれ」
ワタリ『はい』
(捜査本部内のPC画面に、複数の名前のリストが表示される)
L「…………」
松田「わー。日本人名に外国人名、男性の名前に女性の名前……全部で30個くらいありますね」
相沢「明らかに芸名っぽいのもいくつかあるな」
L「まあこれだけの種類があれば、“L”の性別、年齢、容姿がどんなものであれ、ほぼ問題無く対応できるでしょうね」
総一郎「それでいて、どの名前を選ぼうがキラにはそれが“L”と分かる……か。また、961プロの当該ページで紹介されている者はアイドル、タレント、俳優と幅広い……」
L「はい。中高年の男性なら俳優、若い女性であればアイドルなど……その写真の人物にとって最も自然に見えるカテゴリーに当てはめれば、普通に見る限り何の違和感も無いでしょう」
相沢「そしてキラはこの公開されているホームページを普通に閲覧すればいいだけ、か……これでは、ここからキラの正体を特定することは不可能だな……」
L「はい。もし仮に、特定のアドレス宛てに“L”の写真をメールで送るように、などと指示されていた場合であれば、そのアドレスの取得元を探るなどの手段を取ることもできましたが……単に公開されているホームページに掲載するというだけでは、当然の事ながら、それを見たからといってイコールキラの証明にはなりません」
L「また、少なくとも961プロダクションのホームページにアクセスしたIPアドレスは割り出せるでしょうが……それも『ライバルとなりうる他のアイドルの動向は常にチェックするようにしていたから、他事務所の新人アイドルの紹介ページは毎日欠かさず閲覧していた』で問題無く通ります。キラ自身も現役のアイドルなのですから、何の不自然さもありません」
星井父「…………」
総一郎「確かに……結構考えているな」
松田「はるるんって、テレビでは結構ドジキャラで通ってるのに……女の子って分かりませんね」
相沢「松田」
松田「す、すみません!」
総一郎「しかし……名前は自分が提示したものの中から任意のものを選んで使え、というのは……もう、この黒井氏を脅している方のキラ……いや、キラ同士が連携している可能性が高い以上、どちらの方のキラ、として特定するのはあまり意味が無いが……とにかく、キラの能力を持つ者のうち、いずれかの者が『顔さえ分かれば人を殺せる』という能力を持っているのは間違い無いようだな」
L「はい。ただ、キラの能力も時間の経過と共に進化しうるものなのかもしれませんので……キラの能力を持つ者のうちのいずれか、またはその全ての者が『顔だけで人を殺せる』能力を持っている、ということはもう確定と言っていいと思います」
L「そうですね……まあでも、現時点でキラの正体はほぼ分かっていますし、今更『黒井氏を脅迫していた者』として特定したところで、それがキラとして殺しをしてきたことの直接的な証拠になるわけでもないですから……あまり大きな意味はありません。極端な話、『黒井社長が765プロを陥れようとしていたことに対して復讐するために、キラの名を騙って脅迫していた』で通ります」
松田「いや通らないでしょう……どう見たって脅迫罪……」
総一郎「いや、竜崎が言っているのは、そのことがキラとしての証拠につながるわけではないって意味だ……」
L「その通りです。もちろん、上手い言い訳が作れないようなら、そこをつつくことでキラとしての自白を引き出すことも不可能ではないかもしれませんが……黒井氏を脅迫した内容のうち、『961プロのプロデューサーを765プロへ移籍させろ』は、実際まさに黒井氏への復讐がその理由でしょうし、『“L”の正体を明かせ』も、自身を本物のキラっぽく見せるために行ったものだ、といえば一応通ります。さらに、『捜査本部が“L”と一緒に捜査をしている』という事実を知っていたことも、『父親が警察関係者だったから聞いたことがあった』で説明がつきます」
星井父「…………」
総一郎「では、もうこの件から天海春香、または星井美希に辿り着いたとしても……」
L「はい。今更、彼女らが黒井氏に手紙を送ったことが分かろうが、キラと名乗ったことが分かろうが……もうそんなことによって事態が大きく動くわけではありません。もうそんな次元の話ではないんです」
L「今我々がすべきことは、二人がキラとして殺しを行ってきたことの明白な証拠を挙げること。ただそれだけです」
相沢「では、黒井氏に送られてきた手紙の検証等もしないでおくか? 一応、指紋等が付着している可能性もゼロではないと思うが……」
L「はい。それも必要ありません。仮にそこで物的証拠が出たとしても、結局言い逃れが出来てしまうのであれば意味がありませんし……またここまで色々と考えて行動している相手が、今更そんなヘマをしているとも思えません」
相沢「それもそうだな……」
L「それに黒井氏にキラから届いた手紙を我々の元へ転送させたりするのは危険です。実際無いとは思いますが、あまり下手な動きを見せると黒井氏が殺されてしまう可能性がありますので」
松田「確かに……って、あれ? 黒井氏の話では、キラからの最初の手紙に『私はあなたの考えていることが分かる』とかって書いてあったんですよね? もしそれが本当なら、行動の有無にかかわらず、黒井氏の内心はもう全部読まれてるんじゃ……?」
L「もしそうなら、黒井氏はキラから脅迫されていることをエラルド=コイルに打ち明けた時点で殺されているはずです。そもそもキラが“L”の正体を知りたがっているのは、“L”に自分の正体を知られる前に殺してしまいたいと考えているからのはずであり、そうであるとすれば、キラの正体につながる情報をコイルに話した黒井氏を生かしておくはずがありません。ゆえにその部分は、黒井氏をより確実に脅すために書いた稚拙なハッタリです」
松田「な、なるほど……」
星井父「…………」
L「よって、今黒井氏を殺したところで、キラとしては“L”の正体についての情報源を失うだけで何の意味も無い。今回のホームページへの掲載にしたって、『何月何日までに掲載しなければ殺す』としてもよかったはずなのに、あえてそれをしなかったのはそういった理由からです。もしそのように脅しておいて、指定した期限が過ぎたのに殺さなければ、キラであることの信憑性は一気に怪しくなる……だからといって実際に殺してしまうと、“L”の正体捜しがまた振り出しに戻ってしまう」
総一郎「しかしそうは言っても、さっき竜崎も黒井氏との会話の中で言っていたことだが……ずっとこのまま放置しておくというわけにもいくまい」
L「そうですね。やはり何らかの手は打っておくべきです。たとえば、既に死んでいる者の写真を“L”として掲載するとか……」
相沢「なるほど。それならキラが“L”の写真を見て殺しの能力を使ったとしても、新たな犠牲者が出ることはない」
L「はい。ただこの案を採用したとして、もし嘘だったことがばれた場合……キラが、明白に自分を欺こうとした黒井氏を殺してしまう可能性が高い、という問題点があります」
総一郎「確かに……そうなると、この案は採れないな……」
松田「あっ。じゃああの人物は? 以前、“L”として生中継に出演した死刑囚の……リンド・L・テイラー。彼なら一度“L”を名乗っている以上、黒井氏が嘘をついたことにはならないんじゃ……」
L「リンド・L・テイラーが“L”で通るなら、そもそもキラは黒井氏にこんな命令をせず、普通にテイラーを殺しているはずです。しかしキラは未だにテイラーを殺していない……それはテイラーが本物の“L”ではないと気付いているからでしょう」
松田「ああ……それもそうか」
総一郎「いずれにせよ、キラが直接手を下さずに人を殺せる能力を持っていると分かっている以上、今もなお生きている人間を身代わりに差し出すことなどは決してできん。それがどんな人間であれ、またどんな理由があろうともだ」
L「……そうですね……人命優先……当然ですね」
相沢「…………」
相沢「こちらの意図?」
L「端的に言えば、『もう少し待って下さい』ということです。それさえ伝われば十分です」
松田「そ、そんなの通用しますかね? キラに……」
L「通用しますよ。先ほども言ったように、キラとしてもそう簡単に黒井氏は殺せないはずですので……取り急ぎ、何らかの反応を返してさえいれば、まず下手な事はしないでしょう」
相沢「確かに、理屈でいえばそうかもしれんが……しかし、どうやってキラにだけこちらの意図が伝わるようにするんだ?」
L「別に大した技術は必要ありません。もちろん、無関係な第三者が見た時にも不自然に映らないようにしておく必要はありますが」
松田「あっ。ひょっとして、一見無関係に見える文章を載せておいて縦読みさせるとか?」
相沢「松田」
松田「えっ! 今のも駄目っすか!?」
L「いえ、発想としては近いですよ。松田さん」
松田「ほら!」
相沢「…………」
L「ただ、黒井氏はキラに脅迫されているわけですから……そもそも『無関係』なんてありえないんですよね。下手な動きを見せれば殺されるという状況下において、キラの指示に関係していそうに見えて実は無関係だった、なんて行動を取るはずがないんです」
松田「? どういうことですか?」
L「つまり今、黒井氏がキラの指示内容に関係する範囲で何らかの行動を起こすなら、それはキラの指示に関係する内容以外にはありえないんです。そうであれば、ややこしい小細工を弄せずとも、必ずキラにこちらのメッセージは伝わります」
松田「な、なんか難しくて僕にはよく……」
総一郎「まあ竜崎には考えがあるようだし、ここは任せてみるとしよう」
相沢「そうですね」
総一郎「ではすまんが頼む。竜崎」
L「分かりました。……ワタリ。今からもう一度、黒井氏の携帯につないでくれ」
ワタリ『はい』
L「…………」
L(こっちはこれでなんとかなるだろう……一応の対応をしている限り、現時点で黒井氏が殺されることは無いはず)
L(後はキラ……天海春香と星井美希の双方、またはそのいずれか一方と接点があり、かつこちらが付け入る隙がありそうな者……それを早く見定めなければ……)
L「…………」
春香(黒井社長に『“L”の写真を961プロのホームページに載せろ』と指示する手紙を送ってから、今日で三日……)
春香(どうなったかな……)
春香(まあ、そんなに簡単にLの尻尾を掴めるとも思ってないけど……)カチッ
(961プロのホームページ中、新人アイドル等の紹介ページを開く春香)
春香「! ………」
春香「『只今更新中です。今しばらくお待ちください』……」
春香「…………」
春香(このタイミングで、黒井社長がキラの指示とは無関係に、キラが『“L”の写真を載せろ』と指定したページをあえていじるはずが無い……)
春香(つまりこれは……キラに対するメッセージ)
春香(要するに……『まだ見つかっていないからもう少し待って下さい』……ということか)
春香「…………」
春香(どうする……? これまでの脅迫内容から、黒井社長は自分を脅迫している人物……つまりキラが765プロの中にいることには当然気付いているだろうけど……)
春香(キラにいつ殺されてもおかしくない状況にある以上、それを第三者に対して口外しているはずはない……)
春香(しかし今もなお生きている以上、いつか口外されてしまうリスクはゼロではない……このままLの正体を掴むことも出来ないのならもう用済みとも……だったら、今のうちに殺しておくべきか?)
春香(これまで十分苦しめてきたし、“償い”としてももう十分……)
春香(……いや、でもLが美希の部屋に監視カメラまで付けていたことを考えれば……前のプロデューサーさんの件から、同じ事務所の私もある程度疑われていてもおかしくない)
春香(事故死や自殺で殺せば、キラによる殺人とはまず疑われないだろうけど……一連のアイドル事務所関係者殺しの件もあるし、一応、今新たにアイドル事務所関係者を殺すのは控えておいた方がいいか……)
春香(もっとも、一連のアイドル事務所関係者殺しの件については、キラ事件とは無関係のものとして扱われているだろうから、そこまで気にしなくてもいいのかもしれないけど……まあ一応、念の為にね)
春香「……よし!」
レム「? 何だ? いきなり」
春香「そうと決まれば、今は自分にできることをしよう」
レム「?」
春香「まずは、来月の定例ライブの振り付けの練習から。時間は一秒だって無駄にはできないからね」
レム「ハルカ。もう遅いし、あんまり騒ぐとまた母親に怒られるぞ」
春香「もー、レムってばカタいんだから。あ、何ならレムも一緒に踊る?」
レム「……私はいいよ。お前を見ているだけでいい」
春香「そう? じゃあそこで見てて! 天海春香のオンステージ! はい、サイリウム」サッ
レム「…………」ポキッ
春香「じゃあいくよ」
レム「ああ、頑張れ。ハルカ」
春香「…… GO MY WAY GO 前へ 頑張ってゆきましょう!」
春香「一番大好きな 私になりたい!」
L「…………」
L(天海春香と星井美希の双方、またはそのいずれか一方と接点があり、かつこちらが付け入る隙がありそうな者……)
L(そうなると、やはり現時点ではこのアイドルしか……星井美希とは違う事務所でありながら一度同じCMにコラボ出演しており、以来プライベートでも交流がある……)
L(それでいて、まだ星井美希達765プロ所属のアイドルほどには売れていない。これならこちらから接触するのもそう難しくはないだろう)
L(それに、このアイドルのファンサイトに書かれていた内容……)
L(念の為、ワタリに裏を取らせてみたが――……真実だった)
L「…………」
L(星井美希への接点……そしてキラとの関係性……そこに上手く付け入り、こちらに引き込めば……)
L(もっとも、今のところ天海春香とは接点が無いようだが……まあそれは仕方が無い)
L(天海春香に対する接触の仕方はまた改めて考えるとして……まずはこのアイドルに近付き、そこから星井美希との接点を作る……)
L(だが問題は……誰がそれをするか)
L(今の捜査本部のメンバーでは……)
L(星井係長は言うまでもなく、既に顔の割れている二人……夜神局長と模木も当然除外。そうすると……後は相沢、松田……そして、私)
L(この中でアイドルと最も自然に接点を作れそうなのは松田だが……実際、アイドル全般に対するファンのようだし……)
L(しかし、最終的にキラ容疑者である星井美希と接触することを考えると……松田では些か不安が……)
L(アイドルと自然に接点を作ることができ、かついざという時に的確な状況判断ができる者……)
L(この際、その条件を充たす者であれば、捜査本部外の者でも……)
L「…………」
L「……ええ、まあ……下手をしたら死にますから」
松田「それはそうですけど……でもこんなのやってみないと分からないところもあるし、とりあえず出たとこ勝負でも」
総一郎「まあ松田の言うことも一理ある。いきなりキラ容疑者と直接接触するわけではないのだしな」
L「……そうですね……」
L(本当はもう接触する相手は決まっているが……流石にここで『あなた達にその役を担わせるのは不安です』と言うのも……)
松田「まあ、たまには気分転換にテレビでも観ましょうよ」ピッ
相沢「松田。お前な……」
松田「す、すみません!」
総一郎「まあたまにはよかろう。確かに気分転換も必要だからな」
松田「ほら!」
相沢「…………」
TV『……本日、東応大学の前期日程試験の合格発表が行われ……』
松田「あ、今日東大の合格発表だったんですね。局長の息子さん、どうでした?」
総一郎「ああ、合格したそうだ。さっき妻からメールがあった」
松田「おめでとうございます! というか、えらくあっさりしてますね」
相沢「前に聞いていた話だと落ちる方が難しいレベルだろ。センター試験全科目満点だぞ」
松田「それはまあ……そうですね」
L「…………」
L(夜神局長の息子……そういえば以前、ここでの会話で……)
――局長の息子さんって……確か、過去に何件かの事件に助言して解決に導いたこともあるんですよね。
――ああ、去年あった保険金殺人事件とかな。勉強の方も、さぞかし優秀なんだろうな。
L「…………」
相沢「どうした? 竜崎。ボーッとして」
L「……いえ、何でもないです」
L「…………」
リューク「ミキも高校生か……。何かこう……感無量だな」
美希「…………」
リューク「? どうした? 折角の入学式なのに浮かない顔して」
美希「ん……別に。なんでもないの」
美希「…………」
美希(監視カメラの設置以降……今日まで特に大きな動きは無かった)
美希(春香も黒井社長を脅してLの正体を明かさせようとしているけど……特に進展は無いみたいだし……)
美希(まあでも、これならこれでいいのかな)
美希(穏やかに過ぎゆく時間の中でも、犯罪者裁きは変わらず続けているし……犯罪の発生率はキラ出現前に比べて激減している)
美希(ネットではもう大分前からキラ賛成派の方が多数派だし……最近はテレビでも、キラ支持を掲げる有名人が増えつつある)
美希(こうやって緩やかに……でも確実に……世界は変わっていくのかな)
美希(そしてそれは……ミキが望んだこと)
美希(ミキがそうしようと、決めたこと)
美希(だからこのまま、少しずつ世界が良い方向に変わっていくのなら、それで……)
美希「…………」
(保護者に付き添われた他の新入生達を眺める美希)
リューク「寂しいのか? ミキ」
美希「……どうしたの? リューク。さっきからそんなことばっかり言って」
リューク「いや……他の新入生は皆、父親や母親に付き添われているのに、お前に憑いているのは死神が一匹だけ……流石にちょっとかわいそうに思えてな」
美希「かわいそう? ミキが?」
リューク「ああ」
美希「もう。冗談きついの。リュークってば」
リューク「…………」
美希「別に、パパとママがお仕事忙しくて学校行事に来られないことなんて、うちでは昔からよくあることだし。それに……」
リューク「……それに?」
美希「ミキはね。ノートを拾ってこの能力を得た事を不幸だなんて一度も思ったことはないの」
リューク「…………」
美希「この能力を得たミキは最高に幸せなの。そして皆が笑って過ごすことのできる……最高の世界をつくるの」
リューク「……ノートを持った事でミキが幸せになろうが不幸になろうが、そんなこと俺はどうでもいい。ただ……」
美希「ただ?」
リューク「普通は……死神に憑かれた人間は不幸になるらしい」
美希「……だったら、リュークは普通じゃない方のパターンを見れるって思うな」
リューク「ククッ。それはありがたい」
美希(そう、ミキは最高に幸せ……デスノートの力を使って、悪い人達の居ない、心優しい人間だけの世界をつくるの)
美希(そして春香や他の皆と一緒に力を合わせて、トップアイドルにもなって……)
美希(…………)
美希(でも)
美希(何だろう? この……心の奥に潜む不安は)
美希(確かに……いつかLに、あるいはパパに――……捕まってしまうかもしれない。……そういう恐怖はある)
美希(でも、本当にそれだけなのかな?)
美希(もっと違う、何か……)
美希(まるで、今まで当たり前のようにあったものが、少しずつ失われていくような……)
「みーきっ!」
美希「!?」クルッ
菜緒「やっほ」
美希「お姉……ちゃん? なんで? 今日はサークルの人達とお花見のはずじゃ……」
菜緒「バッカだなー。そんなの、可愛い妹の入学式を優先するに決まってるじゃん」
美希「…………!」
菜緒「ま、本当は家から一緒に行ってあげても良かったんだけどさ。こっちの方がサプライズになって良いかなーって思って」
美希「…………」
菜緒「? どうしたの? 美希」
美希「お姉ちゃん!」ダキッ
菜緒「うおっ!?」
美希「…………!」ギュー
美希「…………」フルフル
菜緒「美希」
美希「違うの。そうじゃないの。ただね、ミキ……」
菜緒「…………」
美希「今日、お姉ちゃんが来てくれて……それがすっごく、嬉しかったの!」
菜緒「……そっか。そう思ってもらえたなら……お花見サボって来た甲斐があったってもんだよ」
美希「…………」
美希(ああ……そうか)
美希(デスノートを拾って……死神に出会って……裁きを始めて……)
美希(ミキの中で、それまでの『日常』が少しずつ『非日常』に変わっていって)
美希(そしていつか、今まで当たり前のようにあった『日常』が影も形も無くなってしまうんじゃないかって……そんな気がして、不安だったんだ)
美希(でも……違った)
美希(ミキがデスノートを拾っても。死神に出会っても。裁きを始めても……)
美希(それまでと何一つ変わらない、確かな『日常』が……ちゃんとここにあったんだ)
美希「……いこっ。お姉ちゃん! もう入学式始まっちゃうの」
菜緒「はいはい。そんなに急がなくても入学式は逃げないって」
美希「あはっ」
菜緒「あはは」
【同時刻・東応大学/入学式式場】
『新入生 挨拶』
『新入生代表 夜神 月』
月「―――はい」
(入学式を終え、式場の外に出る月)
月「さて、と……この後はクラスで懇親会か」
「……夜神月くんですね?」
月「? はい」クルッ
月「…………?」
「…………」
(月が振り返った先には、長袖の白いシャツとブルージーンズを身に着けた男が立っていた)
(男はくたびれたスニーカーを裸足に直接履いており、その顔にはひょっとこのような面を着けている)
月「そうですが……あなたは?」
月(何だこいつ? 演劇サークルか何かの勧誘か?)
「私はLです」
月「!?」
「…………」
月「L……だと?」
「はい。私はLです」
月「…………」
「推理してもらえますか」
月「……何?」
「今ここであなたに『Lです』と名乗った、私の正体を推理してもらえますか」
月「…………」
月(なんなんだ突然こいつ……相手にしない方が良いのか?)
「…………」
月(しかし何だ? こいつのこの雰囲気は……)
月(なぜか無視することを許さないような、妙な威圧感がある……)
月(まあいい。僕に危害を加えるつもりがあるわけでもなさそうだし、少しだけ付き合ってやろう……退屈しのぎにはちょうどいい)
月「そうだな……“L”……そう聞いて、普通はまずあのリンド・L・テイラーを思い浮かべるだろう」
「…………」
月「犯罪者だけが次々と心臓麻痺で死んでいく奇怪な事件……世に言う『キラ事件』。あの事件が起こった当初、全世界同時生中継で顔を晒した“L”こと、自称『全世界の警察を動かせる唯一の人間』……リンド・L・テイラー」
「…………」
「……なぜ、そう思いますか?」
月「まず、いくら面で素顔を隠しているとはいえ、ぱっと見た感じの全体的な雰囲気がまるで違うし……」
「…………」
月「もしあなたがリンド・L・テイラーなら、堂々と素顔を晒し、それをもって自らの証明とするはずだ。リンド・L・テイラーの顔は既に全世界に公開されているのだから、それが最も確実な証明手段となる」
「…………」
月「だがあなたはそれをせずに面を被り、顔を隠している……ゆえにあなたはリンド・L・テイラーではない」
月「もちろん、その面を取ってあの顔が出て来るのなら、今述べたこの推理は引っ込めるが……」
「……正解です。私はリンド・L・テイラーではありません」
月「…………」
「そしてまた、この場でこの面を取ることもできません」
月「! …………」
「さて、夜神月くん。私が今述べた内容をもとに、さらに私の正体を推理できますか?」
月「…………」
月「そうだな……あなたはリンド・L・テイラーではないが……『本物のL』かもしれない」
「……『本物のL』?」
月「ああ」
「どういうことですか?」
月「……そもそも、あのリンド・L・テイラーの公開生中継は、当初……『キラがテレビ局の電波をジャックして行った自作自演の映像』などと言われていた。いわゆる『L=キラ』を唱える二重人格説ってやつだが……しかし結局、リンド・L・テイラーが登場した中継はあの日放送されたものだけとなったことから、今ではあの中継は『警察がキラをおびき出すために“L”なる架空の人物をでっち上げて放送したもの』……そういう見方が大多数となっている」
「…………」
「それはなぜですか?」
月「あの生中継の目的……つまりあの中継を行った人物は、それによって一体何をしようとしていたのか……それを考えれば、答えはすぐに分かる」
「…………」
月「リンド・L・テイラーが生中継を通じて呼び掛けた相手はキラ……犯罪者だけを狙って心臓麻痺で殺す殺人鬼……しかしその殺人の手段は不明……」
月「そこまで分かっていながら、リンド・L・テイラーは自らの名前と顔を晒した上で、キラを『悪』と断じ、挑発した……まるで『私を殺せるものなら殺してみろ』と言わんばかりに」
月「もしリンド・L・テイラーが本当に『全世界の警察を動かせる唯一の人間』なら、そんな無謀な事をするはずがない……下手をすれば自殺行為だ」
月「つまりリンド・L・テイラーは……警察か、または警察を従えるほどの力を持った何者かによって、何らかの目的の下、あの生中継に出演させられ……定められた台詞を読まされただけの者に過ぎないと考えられる。そしてその目的とは……」
「…………」
月「―――生中継を観ているキラに、リンド・L・テイラーを殺させる……それによってキラの存在を証明し、さらにあわよくば殺人の方法を暴くこと」
「! …………」
月「正体不明の殺人鬼を相手に、あそこまでの挑発をする理由は他には無い。つまりリンド・L・テイラーはいわば……『偽のL』」
「今度は『偽のL』……ですか?」
月「ああ。ここでなぜ今、僕はリンド・L・テイラーのことを『偽のL』と呼んだのか……」
月「これも答えは簡単だ。常識的に考えて、生きている人間を殺人の証明の道具に使うなんて非人道的な真似……『警察』がするはずがない」
「…………」
月「とすれば、あの中継を行った主体は『警察』ではなく『警察を従えるほどの力を持った何者か』ということになる……」
月「それはつまり、リンド・L・テイラーが自称していた『全世界の警察を動かせる唯一の人間』なる人物が実在することを強く推認させる」
月「その者を仮に『L』とするなら……まさしくリンド・L・テイラーは『偽物のL』ということになる」
「……そして、私がその『本物のL』かもしれない、と?」
月「ああ」
月「ああ、そうだな。確かにまだこの時点では、あなたが『本物のL』である可能性と、『本物のLではないが、何らかの理由により『Lです』と名乗った者』である可能性とが併存している」
月「だがいずれの場合であれ言えることは、あなたは『本物のLが存在していることを知っている者』だということだ。そうでなければ『Lです』などとは名乗らない……いや、名乗れない」
月「『本物のL』が存在することを知らない者なら、『“L”=リンド・L・テイラー』という認識しかないはず……そんな者が、リンド・L・テイラーの名を一切出すことなく、単に『Lです』とだけ名乗るのは不自然だ」
「……確かに」
月「では次に、『本物のLが存在していることを知っている者』とはどういう者か……まあざっと考えつくのは、①『本物のL』その者、②『本物のL』の配下の者、③警察関係者……こんなところだろうか」
「①と②は分かりますが……③はなぜですか?」
月「『本物のL』は『全世界の警察を動かせる唯一の人間』だからだ。一般にはその存在を認知されていなくとも、実際に警察を動かせるほどの力を持った人物なら、当然警察の……少なくともその上層部には存在を知られているはずだろう」
「なるほど」
月「ではこの①②③のうち、あなたがどれに当てはまるかだが……少なくとも③ではない」
「なぜそう思いますか?」
月「もしあなたが警察関係者なら、刑事局長・夜神総一郎の名は当然知っているはず……」
「…………」
月「そしてあなたはさっき、僕に『夜神月くんですね?』と話し掛けてきた」
月「もしあなたが刑事局長・夜神総一郎の名を知る警察関係者なら……夜神総一郎とは全く無関係の者として『夜神月』の名を認識しているはずがない。つまりこの仮定の下なら、あなたは――……」
月「初めから僕が刑事局長・夜神総一郎の息子であることを知った上で、僕に対し、その妙な面を着けて『私はLです』と名乗ってきた……ということになる」
「…………」
月「しかし常識的に考えて……警察関係者が、刑事局長・夜神総一郎の息子である僕に対してこんな奇矯な行動を取るはずがない。よってあなたは警察関係者ではない」
月「もちろん警察関係者であっても、『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』の指示によりこのような行動を取っているという可能性は残るが……その場合はむしろ、②の『本物のL』の配下の者と同視できると考えられるので……ここでは一旦除外して考える」
月「……ここまでで、何か異論はあるか?」
「いえ、ありません。あなたの言うとおり、私は警察関係者ではありません」
「…………」
月「そして次に、あなたがその①②のいずれであるかを推理する――……が、その前に……」
「? 何ですか?」
月「あなたは……僕がキラであるという可能性を考えている」
「! ……なぜそう思うのですか?」
月「言うまでもない。あなたがその面を着けているからだ」
「…………」
月「『本物のL』は、あの公開生中継において、『偽のL』ことリンド・L・テイラーを自分の身代わりとしてキラの前に差し出し、キラが彼を殺すかどうかを見ようとした……」
「…………」
月「ここまでの事をしている以上、当然、『本物のL』はキラ事件を捜査しているものと考えられる」
月「『本物のL』が日本の警察と一緒に捜査をしているのか、あるいは独立して捜査をしているのか……僕にはそこまでは分からないが、いずれにせよ、『本物のL』がキラ事件の捜査をしており、キラを追っていることは間違い無い」
月「そんな『本物のL』、またはその配下の者が面をして素顔を隠し、その上で特定の相手に『Lです』と名乗る……」
月「なぜそんなことをするのか? ……答えは一つしかない」
月「それは名乗った相手がキラであるという可能性……つまり、素顔を晒して『Lです』と名乗れば自分が殺される可能性があると考えているからだ」
「…………」
月「もし『Lです』と名乗った相手が、今まさに僕がしてみせたような推理をすれば……『本物のL』の存在と、その『本物のL』がキラを追っているということは容易に推測できる」
月「そしてその名乗った相手がキラだった場合……『Lまたはその配下の者』、つまりキラを追っている者と認識されれば……たとえ犯罪者でなくとも殺される可能性は十分にある。キラとしては、捕まれば自分が死刑になるわけだからね」
月「だからキラかもしれない相手に『Lです』と名乗るなら、必然的に、そうしたとしても殺されないようにする為の工夫が必要となる……そう考えれば、その面はまさにその為に着けている物と考えるのが自然」
月「『キラに顔を見られたら殺されるかもしれない』……そう考えているからこそ、あなたはその面を着けている」
「……つまりあなたは、キラは『顔を見るだけで人を殺せる能力』を持っている可能性がある……そう考えているということですか?」
月「そういうことになる。もっとも、これまでも僕は報道された情報をもとに、独自にキラ事件を追っていたが……今までは、殺された犯罪者の報道のされ方から『キラの殺人には顔と名前が必要』としか考えていなかった」
月「しかしもし本当にそうなら……あなたが今ここで面をしている理由が無い」
「…………」
月「つまり僕に対し『Lです』と名乗ったあなたが面を着けている……この事実だけで『キラは顔だけで人を殺せる』可能性があること、および『あなたが僕がキラである可能性を考えている』ことが推理できる」
「……なるほど」
「……なぜそう思われますか?」
月「『本物のL』はキラを追っている……つまり『本物のL』としては、キラの正体が掴めるなら当然掴みたいと思っている」
「…………」
月「もしあなたが『本物のL』の配下の者であり、『本物のL』が何らかの意図の下、配下であるあなたをキラである可能性のある僕に会わせたのだとしたら……『本物のL』はあなたに最初から面など着けさせずに会わせるか、あるいは後からでも外させ、どこか遠くの安全な場所から見ているはずだ」
月「それはなぜか? ……それによって観察できるからだ」
月「僕が『本物のL』の配下の者―――つまりあなたを殺すかどうか。リンド・L・テイラーの時のようにね」
「! …………」
月「そこで僕があなたを―――『本物のL』の配下の者を殺せばキラ確定……リンド・L・テイラーを身代わりにした『本物のL』がそれをしない理由は無い」
月「よってそれをしない、いやできないのは……あなたが『本物のL』の配下の者などではなく、『本物のL』本人だからだ」
月「そしてそのことを証明するかのように、あなたはさっき僕に『この面は取れない』と言った」
「…………」
月「以上より、あなたは『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』その者である可能性が高いと推理できる」
「……お見事です。夜神月くん」
月「…………」
「仰る通り、私は『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』その者です」
月「まだ何かあるのか?」
L「“L”である私が、なぜあなたに声を掛けたと思いますか?」
月「……そうだな……」
L「…………」
月「さっきも言ったが、あなたは僕がキラである可能性があると考えている」
L「…………」
月「にもかかわらず配下の者ではなく、あえてL本人であるあなたが危険を承知の上で僕に接触を図った……」
月「それはなぜか? ……単に僕がキラであるかどうかを確かめるというためだけなら……さっきも言ったように、配下の者を自分の身代わりとして僕の前に出し、僕がその者を殺すかどうかを観察すれば済む」
月「だがそうしなかったのは……L本人であるあなたが、キラである可能性がある僕と直接相対しなければならなかったのは……そうしないといけないだけの理由があったからだ」
L「…………」
月「その理由とは……今まさにあなたが僕にしていることだ」
L「! …………」
月「あなたは僕に『自分の正体を推理しろ』と言った」
L「…………」
月「つまり……あなたは僕にどれほどの推理力があるのかを確かめようとした」
月「では、なぜそんなことをしようとしたのか?」
L「…………」
月「キラ事件を追っているLが、自らの命の危険を冒してまで、キラであるかもしれない相手の推理力を確かめる理由……そんなもの、一つしか考えられない」
月「僕の推理力が確かなら自分の協力者として迎え入れ、共にキラ事件の捜査をしようと持ち掛ける……つまり今から、あなたが僕に言うであろうことだ」
L「! …………」
月「また、いくら僕が刑事局長の息子であり、東応大学の首席入学者であるといっても……そのことだけで、『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』がこんな話を持ち掛けてくるとは思えない」
月「おそらくあなたは、僕が過去に警察に対し、数件の事件について助言をし、解決に導いたことを知り……僕を捜査協力者として迎え入れることを思いついた」
月「だが実際に僕の推理力がどれほどのものなのかは自分の目で確かめてみる必要があった……だからこうして、面で顔を隠してまで僕の前に姿を現し、僕の推理力を試した……違うか?」
L「……素晴らしいです。夜神くん。すべてそのとおりです」
月「…………」
L「また、今こうして面を着けている理由も夜神くんの推理の通り……夜神くんがキラであるという可能性を一応考えてのことです」
月「…………」
L「ですが、それは夜神くんがキラであるということを100%否定する根拠は無いからというだけのことです」
L「実際のところ、夜神くんがキラである可能性は0.01%未満……正直言って、今そのへんを歩いている他の東大生と同程度の可能性に過ぎません」
L「あくまでも私が『L』と名乗るための必要やむを得ない措置だとご認識下さい」
月「ああ、別に構わないよ。むしろ自分の推理が当たっていて誇らしい気持ちですらある」
L「そうですか。それならよかったです」
L「では改めて……夜神月くん」
月「…………」
L「私の見込み通り、あなたの推理力は大変素晴らしいものがありました。是非、キラ事件への捜査協力をお願いしたいと思います」
月「…………」
L「ただ、そうは言っても夜神くんは大学生になったばかりの身ですから……気の向いたときに私の所へ来て頂き、知恵を貸してもらえるだけで十分です」
月「……配慮してくれてありがとう、L。だが申し訳無いが……現時点では『こちらこそお願いします』などと言う気にはなれないな」
L「えっ」
月「いくらあなたが『本物のL』でも……自分の素顔も見せないような奴は正直信用できない。そもそも警察と一緒に捜査しているのかどうかすらも分からないしね」
L「……分かりました。今ここで私の素顔を見せるのは無理ですが……これで信用してもらえませんか?」
月「?」
L「…………」ピッ
L「……朝日さんですか? 竜崎です」
月「?」
L「今、息子さんと一緒にいます」
月「!?」
L「今から捜査本部に連れて行きたいのですが……え? ああ、すみません、そのへんの説明はまた後で……」
月「…………」
L「ええ、はい。どうもまだ私の事を信用して頂けていないようなので……朝日さんからも、一言言って頂けませんか?」
L「ええ……別に難しいことではありません。今から電話を代わりますので、私の事を『彼が本物のLだ』とでも言って頂ければそれでいいです」
月「! …………」
L「はい。どうぞ」サッ
月「…………」
(Lから携帯電話を受け取り、耳に当てる月)
月「…………」
総一郎『……ライトか?』
月「! 父さん」
総一郎『! ……ライト……そうか、本当に……』
月「父さん……じゃあ今、父さんに電話を掛けた、この男は……」
総一郎『ああ……そうだ。彼がLだ。本物のLだ』
月「! ……『本物のL』……じゃあ、本当に……」
総一郎『ああ。今お前の傍にいるその人物が、間違い無く本物のLだ』
月「……そして、父さんがそのことを知っているということは……父さんはずっと、このLと……?」
総一郎『そうだ。私と……数名の部下が、今日までずっと、彼と一緒にキラ事件を捜査してきた』
月「! …………」
総一郎『だが、ライト。りゅうざ……Lから何を言われたのか分からんが、この捜査には危険も伴う。大学に入ったばかりのお前がこの捜査本部になんて来る必要は……』
月「……心配してくれてありがとう。父さん」
総一郎『ライト?』
月「父さんのおかげで決心がついた。……Lを信じる決心がね」
総一郎『ライト? お前、何を……』
月「じゃあまた後でね。父さん」ピッ
月「…………」
L「では、私の事を信用し、ついて来て頂ける……ということでよろしいですね? 夜神くん」
月「ああ……信用しよう。ついていくよ。L」
L「ありがとうございます。なお、これから私のことは……」
月「?」
L「……竜崎、と呼んで下さい」
(ホテルの一室のドアの前に立つLと月)
L「この部屋が捜査本部です」
月「こんな所で捜査していたのか」
L「はい。警察内でも独自にキラ事件を追っている方はおられますが……私と共に捜査をする意思のある方にはここに来てもらっています」
月「じゃあずっとこのホテルで?」
L「いえ。何日かおきに都内のホテルを移動しています。ただ最終的にはひとつの所に腰を据えて捜査すべきと考えていますので、現在、捜査本部が入る高層ビルを建設しているところです。あと四か月ほどで完成する予定です」
月「なるほど。今は仮の住まいってわけか」
L「はい。少し不自由はありますがご容赦下さい」
月「構わないよ。キラを追うならこれくらい用心深い方が良い」
L「ご理解頂きありがとうございます。では、こちらへ」
ガチャッ
L「月くんをお連れしました」
総一郎「! ライト」
月「父さん」
総一郎「…………」
月「そんな顔をしないでくれ。父さん。これは僕の意思で決めたことなんだ」
総一郎「ライト。しかし……」
L「まあ折角こうして来て頂いたわけですし、とりあえずは挨拶をお願いします。月くん」
月「ああ。えっと……夜神月です。今後、この捜査本部で捜査協力させて頂きます。よろしくお願いします」
相沢「相沢です」
模木「模木です」
星井父「星井です」
松田「松田です。覚えてる? 月くん。前に一度、お家に行かせてもらったことがあるんだけど」
月「松田さん……ああ、覚えてます。確か、僕が中学生の頃でしたよね」
松田「そうそう。早いなあ、あの月くんがもう大学生だなんて……あっ、遅くなったけど大学合格おめでとう」
月「ありがとうございます」
L「そして、私が……」スッ
(着けていた面を外すL)
L「『竜崎』こと……Lです。どうぞよろしくお願いします」
L「え?」
月「いや、その面」
L「ああ、はい。今現在、私をLだと知っているのは、この捜査本部に居る皆さんと……月くんだけですから」
月「……なるほど。つまり竜崎は、ここの皆にはずっと以前から“L”として顔を晒していたが、今日まで死なずに生きていた……」
L「はい。ですので今日以降、私が死んだら……」
月「僕がキラってわけか」
L「はい」
松田「? 月くんがキラ? 何の話をしてるんです? 竜崎」
相沢「もしこのタイミングで竜崎が死んだら、今日竜崎の顔を見て“L”だと認識した月くんにキラとしての疑いがかかるってことだろ」
松田「いやいや……月くんがキラだなんて、そんなことあるわけないじゃないっすか。相沢さん、今までの捜査の間寝てたんすか?」
相沢「……お前もう黙ってろ」
総一郎「竜崎」
L「すみません。夜神さん。私も別に月くんをキラだと思っているわけではありません。ただ、ひとつの可能性として……」
総一郎「そうではない。私が言っているのは、息子がこの捜査本部に加わるということについてだ」
月「父さん。さっきも言ったように、これは僕の意思で……」
総一郎「ライト。お前はこれから勉強して警察庁に入るんだ。その後でも遅くないじゃないか」
月「それは……」
総一郎「それに何より、この捜査には命の危険が伴う。刑事局長として、そして父親として……まだ学生のお前をこの捜査本部に入れることには賛成できない」
月「……父さん……」
L「月くん」
月「? 何だ? 竜崎」
L「さっき大学で言っていましたよね? 『これまでも報道された情報をもとに、独自にキラ事件を追っていた』と」
月「ああ」
L「では……現時点での月くんのキラ事件に対する考え、推理を聞かせてもらえませんか?」
総一郎「! …………」
L「その内容によっては夜神さんの気が変わるかもしれませんし……また変わらなくとも、今、月くんが推理している内容をここのメンバーに伝えることで、キラ事件の捜査が何かしら進展するかもしれませんので」
月「ああ。それは別に構わないが」
L「よろしいですね? 夜神さん」
総一郎「……いいだろう。ただしあくまで、捜査の参考情報としてライトの話を聞くだけだ」
L「ありがとうございます。それでは月くん、お願いします」
月「分かった」
月「この事件が起こるよりも前から、僕は別の事件についても独自に推理をしていた」
L「別の事件、ですか?」
月「ああ。昨年8月頃から11月頃にかけて、アイドル事務所の関係者ばかりが相次いで事故や自殺で亡くなったという……あの事件だ」
L「!」
松田「それって……」
月「三か月間で八人……全く無関係の者同士であればまだしも、同じ業界の、それも社長や会長といった一定以上の地位を持った者達ばかりが事故や自殺で死亡……普通に考えて、これがただの偶然だとはとても思えない。事実、ワイドショーなどでも何者かの陰謀によるものではないか、といった有識者の見解がしばしば伝えられていた」
月「もっともその後、入れ代わるようにキラ事件が起こったので、こちらの事件の報道はすっかり影を潜めてしまったけどね」
L「…………」
月「しかし僕はこの事件――仮に、アイドル事務所関係者連続死亡事件と呼ぶが――については、やはりただの偶然ではなく、人為的に起こされたものではないかとずっと疑っていた」
月「サスペンスドラマでもよくあるだろう? 事故死や自殺に見せかけて人を殺す……なんて手口は」
松田「確かに……」
月「何よりこの事件の場合、『複数のアイドル事務所の社長や会長』ばかりが死亡しているのだから……これがもし人為的なものだと仮定した場合、自然とその動機、そして犯人像は絞られることになる」
月「すなわち、犯人像として最も想定しやすいのは同じ業界のライバル事務所。そしてその動機は、『同業者のトップを殺して勢いを削ぎ、相対的に自らの事務所を躍進させよう』という目論みと考えられる」
月「そうすると、次にあたりをつけるのは、アイドル事務所関係者連続死亡事件と同時期に勢いを伸ばしたアイドル事務所が無いかどうか、という点になるが……」
月「ここまで考えたとき、僕はすぐにピンときた。『もしかして、あの事務所じゃないか?』と」
松田「? あの事務所って?」
月「株式会社765プロダクションです」
一同「!」
L「…………」
月「はい。松田さんは一度会っていると思いますが……僕には、この四月に中学三年になったばかりの妹がいます。名前は夜神粧裕」
松田「ああ、粧裕ちゃんか。うんうん、覚えてるよ」
総一郎「? 粧裕が何か関係あるのか? ライト」
月「……父さんは、自分の娘ともっと会話をした方がいいかもしれないね」
総一郎「…………」
月「まあ、ここで答えを勿体ぶっても仕方がないから言うが……実は、粧裕の昨年のクラスの友達に、現役のアイドルの子がいたんだ」
松田「えっ!」
月「その子の名は、高槻やよい。765プロダクション所属のアイドルだ」
L「! …………」
松田「や、やよいちゃんが……粧裕ちゃんのクラスの友達!?」
総一郎「そ……そうだったのか」
月「知らなかっただろう? 父さん」
総一郎「うむ……」
月「そして粧裕は元々、無類のアイドル好き……常日頃から、やれ流河旱樹だ、やれジュピターだと目を輝かせている」
月「そんな粧裕が、同じクラスの友達がアイドルをやっていて、興味を持たないはずがない……おかげで僕は、まだ765プロのアイドル達が売れ始める前から、彼女らの話を粧裕からしょっちゅう聞かされる羽目になっていた」
月「だから僕は、昨年の8月に行われた765プロのファーストライブのことも、それを機に765プロの人気が一気に上昇したことも……粧裕経由で聞いていた」
相沢「そうか。それで月くんは……」
月「はい。昨年の8月といえば、まさにアイドル事務所関係者連続死亡事件が始まった時期にあたります」
月「ただもちろん、765プロの人気が急上昇したのはファーストライブの成功によるものとみるのが普通だろうし、アイドル事務所関係者連続死亡事件とはたまたまタイミングが重なっただけということも十分考えられる」
月「しかしそれでも、もし仮に……この事件が、何者かの陰謀によって起こされたものなのだとしたら……それは、765プロ関係者によるものなのかもしれない。あくまでも憶測の域は出ないものの、僕は一旦そのような推理をした」
月「また、この事件では765プロ関係者の犠牲者はいなかったということもあったしね」
L「…………」
月「犯罪者ばかりが『心臓麻痺』という死因で何十人も死んでいく『キラ事件』……これは事故死や自殺とは違い、普通に考えて他人が偽装できるような死因ではない。またその犠牲者は世界中に存在している……その全てを同一の人間、ないし集団が直接手を下して行っているとは到底考えられない」
月「また、これが人為的なものではないという可能性……たとえば、『犯罪者』という属性を持った者だけが罹患するウィルスが自然界に存在している可能性……などというのも正直考え難い」
月「そうであるとすれば、これはもう、『離れた場所にいる他人を、直接手を下すことなく心臓麻痺で殺すことができる』という超能力のような力を持った何者かが行っている連続殺人事件……そう考えるしかない」
月「そこでL……竜崎は、キラ事件開始当初、リンド・L・テイラーという男を自らの代役に立て、その男をその何者かに殺させることで、その人物の存在を証明しようとしたが……結局、その試みは失敗に終わった。そうだな? 竜崎」
L「……はい。結果的に、あの生中継からは何も得られませんでした。皆さんご存知の通りです」
月「だが、その後も犯罪者ばかりが次々と心臓麻痺で死んでいることから……もはやこの事件が、何者かの意思にもとづいて行われている連続殺人事件であることは間違い無いものと考えられる。したがって……この事件を起こしている者を世間の呼び名に倣って『キラ』と呼ぶなら、キラは必ずどこかに存在している……そういうことになる」
月「そこで僕は、このキラ事件についても独自に推理を行うことにした」
L「…………」
月「まず、キラは何者なのかという点だが……キラ事件の犠牲者の共通点は、顔と名前が報道された犯罪者であるということと、そのいずれもが心臓麻痺で死んでいるということのみ……強いて言うなら、最初の犠牲者が新宿の通り魔だったことと、殺された犯罪者の大多数が日本に集中していることから、おそらくキラは日本にいるのだろうと考えられるが、それ以上の事は分からない」
L「……よく、最初の犠牲者が新宿の通り魔だということに気が付きましたね。あれはまだキラ事件が広く世間に認知される前の事件でしたが」
月「ああ……僕も当時は気付いていなかったけどね。でも独自にキラ事件を追い始めてからはすぐに思い当たったよ。世界中の大犯罪者が一気に裁かれた時期の直前に、心臓麻痺で死んでいた犯罪者は他にいなかったからね」
L「なるほど」
月「しかしここまでの情報だけだと、キラが日本にいる可能性が高いということ以外は何も分からない。だがそこで、僕は先ほどの事件――アイドル事務所関係者連続死亡事件――との関連性を思いついた」
松田「? どういうこと? 月くん」
月「この二つの事件には、実は二つの共通点があったんだ。まず一点目は、いずれも特定の属性を持った者だけが犠牲となっていること。すなわちキラ事件の方は犯罪者であり、アイドル事務所関係者連続死亡事件の方は文字通りアイドル事務所の関係者」
月「そして二点目は、いずれも『最初の犠牲者』から殺しの実験のような要素が読み取れること。この点、キラ事件の最初の犠牲者は、さっきも言ったように新宿の通り魔だが……その直後に世界中の大犯罪者が一気に殺されたということを考えると、この通り魔はまさに殺しの実験台に使われたとみるのが自然だ」
松田「りゅ、竜崎と全く同じ推理ですね……」
相沢「ああ……」
L「…………」
月「同事件の最初の犠牲者は、株式会社961プロダクション取締役・轡儀柳次……彼より後の犠牲者は、皆、社長や会長ばかりなのに、彼だけがただの平取締役……とすればこれも――あくまでも、この事件自体が人為的に起こされたものだったという仮定の下での話だが――後に社長や会長らを殺すための実験台だった、とみれなくもない」
L「……事故死や自殺に上手くみせかけて殺すことができるかどうかの実験台……ということですか? しかしそれなら実験などせず、最初から本命を狙ってやった方がいいような気もしますが……」
月「ああ、確かにそうだ。『離れた場所にいる他人を、直接手を下すことなく心臓麻痺で殺すことができる』という能力ならまだしも、普通に事故死や自殺に偽装するだけであれば、多く殺せば殺すだけ足がつきやすくなる……」
月「それなら竜崎の言うように、最初から本命の社長や会長を狙って殺した方が良い。たとえ偽装が失敗しても、殺すという目的は果たせるのだから」
松田「? でも月くんの推理だと、この事件の最初の犠牲者……961プロの平取締役も、実験台として殺されたっていう見方なんですよね? ってことは……」
月「そう。理由は後に述べるが……僕はこのアイドル事務所関係者連続死亡事件についても、キラと似た能力……つまり、『離れた場所にいる他人を、直接手を下すことなく事故死や自殺で殺すことができる』という能力を持つ者によって起こされたのではないかと考えている」
L「! …………」
月「こんな発想、この事件だけを単独で追っていては絶対に出てこなかっただろうが……しかし現実に、キラ事件という『離れた場所にいる他人を心臓麻痺で殺すことができる』という能力による殺人事件が起きている以上、それと似た能力を持つ者がいてもおかしくないのではないかと思った」
月「そしてもしそうであるとすれば、アイドル事務所関係者連続死亡事件の犯人は、予定より多少多くの人間を殺したところで足がつく危険は少ないと考え、最初に961プロの平取締役を実験台として殺した……そう考えることも不自然ではない。『離れた場所にいる他人を事故死や自殺で殺すことができる』という能力を確かめるためにね」
L「しかし……その論理には少々飛躍がありませんか? 先ほど月くん自身が言っていたように、『心臓麻痺』は事故死や自殺と違い、普通に考えて他人が偽装できる死因ではありません。しかし事故死や自殺の場合はそうではない……そうであるにもかかわらず、それをキラの能力と似た能力によるものだと推論するのは……」
月「ああ、確かにその点は竜崎の言うとおりだ。しかしそれは、あくまでもアイドル事務所関係者連続死亡事件だけが単独で起こった場合の話……ここで少し考えてみてほしい。アイドル事務所の関係者ばかりが短期間に相次いで事故や自殺で亡くなった……これだけでも十分不可解なのに、時期的にそれとほぼ入れ代わるような形で、今度はキラ事件の発生……さらに、両事件は犠牲者の死因という点でこそ異なるものの、それぞれ特定の属性を持つ者だけが犠牲となっていること、そして最初の犠牲者が殺しの実験台のようにみえること、といった共通点がある」
L「…………」
月「時期的な連続性に加え、これら二つの共通点……ここまで材料が揃っているのに、単に『犠牲者の死因が異なる』というだけの理由で両事件を全く無関係なものと位置付ける方が、僕にとってはむしろ違和感がある」
月「よって僕は、この両事件は、『離れた場所にいる他人を心臓麻痺で殺すことができる』という能力、および『離れた場所にいる他人を事故死や自殺で殺すことができる』という能力……いやむしろ、それらの手段を任意に選択して行使できる能力……そのような能力を持った者、ないし集団によってなされた、全体として一個の連続殺人事件……その可能性が最も高いと考えている」
月「そしてこれこそが、僕がアイドル事務所関係者連続死亡事件についても、キラと似た能力を持つ者によって起こされたのではないかと考える理由だ」
L「……では、月くんの推理によると、アイドル事務所関係者連続死亡事件もキラ事件と同様、人為的に起こされたものであり……かつ、両事件の犯人は同一人物、または同一の集団である……と?」
L「と、いいますと?」
月「まず、アイドル事務所関係者連続死亡事件の犠牲者の死因が事故死や自殺であるという点だが……仮にこの事件の犯人が、キラ事件と同様、『心臓麻痺で人を殺せる』という能力を持っていたと考えた場合……『なぜ、心臓麻痺ではなく、事故死や自殺で殺したのか』という疑問が生じる」
月「しかし、これについては答えは簡単。心臓麻痺で殺せば、今のキラ事件と同様……とまではいかなくとも、確実にそれに近いレベルで、世間の注目を浴びることになるからだ。事故死や自殺ならまだ『偶然の連続』でも一応の説明がつくが、『心臓麻痺』ともなるとそうはいかないからね」
月「そして注目を浴びるのを避けたのは、単純に足がつくのを恐れたから……つまり犠牲者の共通点、そしてこの事件によって何らかの利益を得ている者……などを辿っていけば、いずれは犯人の身元につながる可能性があったからだと考えられる。……さっき、僕がそう推理してみせたように」
L「…………」
月「しかし結果的に、三か月で八人ものアイドル事務所関係者が死亡したことで、この事件はニュースとなり、世間の注目を集める事態となってしまった。そこで犯人としては、その注目を逸らすために、また別の事件を起こす必要が生じた。それが……」
松田「キラ事件!」
月「そう。犯罪者ばかりが『心臓麻痺』で次々と死んでいく……その注目度はアイドル事務所関係者連続死亡事件とは段違いだ。世の中の関心は完全にキラ事件の方に移り……今ではもう、アイドル事務所関係者連続死亡事件の方はほとんど誰も覚えていないだろう」
月「また言うまでもなく、キラ事件の方では報道された犯罪者しか殺していないから……どんなに報道されても足がつくことはない」
月「これが、僕の考えるアイドル事務所関係者連続死亡事件およびキラ事件の推理。そして最初に述べたように、アイドル事務所関係者連続死亡事件の犯人としては、765プロダクションの関係者を一応疑うことができるので……両事件の犯人が同一人物、または同一の集団だと仮定するなら……キラ事件の犯人も、765プロダクションの関係者ではないかと推理できる」
L「! …………」
月「もっとも、これが単独犯なのか複数犯なのか……というところまでは僕には分からないけどね。事務所ぐるみでの組織的な犯罪、という線も十分考えられるし」
月「そして僕は、次に、自分の推理の裏付けを取るべく、765プロダクションについて調べてみることにした。同プロダクション所属アイドルの高槻やよいを友人に持つ粧裕からそれとなく話を聞いてみたり、自分でもネットを使って情報を検索したりね」
月「しかし様々な情報を集積してはみたものの、これといって、何か黒い噂がある事務所のようには思えなかった。よって僕は、両事件の犯人が同一人物、または同一の集団であるとしても、それは765プロとは無関係の者なのかもしれない……とも思うようになっていた」
月「……最初に述べたように、昨年の8月以降、765プロの人気が上がっているのは、単純にファーストライブが成功したことによるもの……ということで十分説明はつくしね」
月「しかしそんな中……僕は、粧裕から予想外の相談を受けた」
L「? 相談? 何のですか?」
月「この春から受験生になる、高槻やよいと……同じ事務所の所属アイドル・天海春香の家庭教師をしてもらえないか、という相談だ」
L「!」
月「ああ。どうも粧裕が、僕の模試の成績の事とか色々話していたみたいでね。元々、アイドル活動をしながらの受験勉強はかなり時間的に厳しいと思っていたところ、もし家庭教師でもやってもらえたら……という相談だった」
L「…………」
総一郎「それでライト、お前……その話は」
月「ああ……少し迷ったが、受けることにしたよ」
L・総一郎「!」
月「そして一週間くらい前……僕と粧裕と、その二人のアイドルとで、挨拶も兼ねて四人で一度顔を合わせた」
L「! ……もう、会ったんですか」
月「ああ。早速、明日には天海春香の家で一回目の授業をすることになっている。そして来週には高槻やよいの家に行く予定だ」
総一郎「ら、ライト……お前……」
月「父さん」
総一郎「相手がキラかもしれない……そこまで推理していながら、何故、そんな危険な事を……」
月「……ごめん。父さん。今まで話せていなくて」
総一郎「…………」
L「月くん」
月「何だ? 竜崎」
L「先ほど、大学で聞いたことの確認ですが……月くんは、キラの殺しに必要な条件が分かっていたんですよね?」
月「ああ。これまでに殺された犯罪者の報道のされ方から考えて、キラの殺しには顔と名前が必要……それは当然分かっていた。もっとも、さっきの大学での竜崎との会話で、『キラは顔だけでも人を殺せる可能性がある』ということまで分かったが」
L「しかし、高槻やよいと天海春香の家庭教師をするとなれば、当然、この二人に対しては自分の顔も名前も晒すことになる……」
月「ああ。もちろんそうなる。まさか竜崎のように面を着けて授業をするわけにはいかないし、粧裕とのつながりがある以上、偽名も使えないからね」
L「…………」
総一郎「ライト。繰り返しになるが、それなら何故……」
月「父さん。少し落ち着いて考えてみてくれ。もし高槻やよいか天海春香のいずれかがキラであったとしても……ただの一家庭教師に過ぎない僕をいきなり殺したりするはずがない。そうだろう?」
総一郎「それは……そうだが」
月「もっとも、僕と粧裕の父親が警察官であることは、既に粧裕が高槻やよいに話していたために知られていたが……それでも父さんが『キラ事件の捜査をしている警察官』であることは知られていないし、またこれからも知られることはない」
L「……今はそうでも、いずれ二人に伝わる可能性はありませんか? 月くんは大丈夫としても、妹さんの方から」
月「それも大丈夫だ。確かに粧裕も、父がキラ事件の捜査本部の指揮を執っているということについては、前に家族会議で聞いていたから知っているが……この事件に限らず、父が何の事件を担当しているかということについては、絶対に家族以外には話さないよう、僕も粧裕も、小さい頃からよく言い聞かせられてきた」
L「……そうなんですか? 夜神さん」
総一郎「ああ。私が担当している事件の犯人、またはその関係者がどこにいるか分からんからな。ライトや粧裕を危険な目に遭わせないためにも、そのことだけは昔から徹底してきた」
松田「確かに……犯人を検挙しても、その仲間が報復を図って担当刑事の家族を狙う……とか、考えられない話じゃないですもんね」
総一郎「ああ」
L「……なるほど」
月「したがって、僕はもちろん、粧裕からも……父がキラ事件の捜査をしていることが高槻やよいや天海春香に伝わることはない。それはつまり、僕がこうしてキラ事件の捜査に関わっていることも知られることはないということだ」
総一郎「…………」
総一郎「……何だ? ライト」
月「僕はキラ事件についても、さっき述べたように、これまでの事件と同様、独自に推理をしていたし……もしその推理の裏付けを取れる機会が持てるのなら、是非持ちたいと思っていた」
総一郎「…………」
月「そう思っていた矢先に、降って湧いたこの家庭教師の話……765プロ関係者を疑っていた僕にとっては、自分の推理の裏付けを取るための絶好のチャンスとなった」
月「だが相手がキラ本人だった場合……自分が殺される危険もゼロではない」
月「そのリスクを踏まえてもなお、二人の家庭教師を引き受けるべきか否か……自分の中で僅かな迷いが生じた。それも事実だ」
月「しかし……父さん」
総一郎「…………」
月「将来、僕は警察に入り、父さんのような立派な刑事になるつもりだ」
総一郎「! …………」
月「そのためには、この程度の危険から逃げてなどいられない……むしろこの程度の危険、進んで引き受けるくらいでなければ、将来、もっと凶悪な犯罪に出くわしたときに、立ち向かうことなど決してできない……そう思うんだ」
総一郎「……ライト……」
月「だから僕は、この二人の家庭教師を引き受けることにした」
月「そして僕がこの二人と直接接触することで、自分の推理の裏付けを取ることができたなら……すぐにでも父さんに報告し、事件の解決に役立ててもらうつもりだった」
総一郎「…………」
総一郎「…………」
L「つまり月くんは、危険を承知の上で、キラ事件の犯人である可能性がある二人のアイドルと接点を持った……それは自身の推理の裏付けを取るための行動であるとともに、捜査本部の長としてキラ事件を追っている父の力になりたいという強い思いがあったからこそ……そういうことですね? 月くん」
月「ああ。その通りだ。竜崎」
総一郎「…………」
L「……夜神さん。月くんが独自に行っていたキラ事件についての推理の内容、さらに今述べて頂いた、父である夜神さんの力になりたいという強い思いをも踏まえて……改めてお聞きします」
総一郎「…………」
L「月くんを、この捜査本部に加えることを認めて頂けませんか?」
総一郎「…………」
L「月くんには既にお伝えしましたが……もしこの捜査本部に入ってもらうとしても、月くんはまだ大学生になったばかりの身……気の向いたときにこの捜査本部へ来てもらい、我々に知恵を提供してもらう形を基本とする」
L「もっとも、私としても、月くんが既に765プロダクション所属のアイドルと接点を持っていたとは予想外でしたが……現状、この家庭教師の件以外に、月くんに危害が及びかねないような捜査は頼まない」
L「この条件で……どうでしょうか」
総一郎「……ライト」
月「はい」
総一郎「……本気、なんだな」
月「ああ。将来、警察庁入庁を志す者として……そして刑事局長・夜神総一郎の息子として……この未曽有の凶悪犯罪を放置しておくことなど決してできない。自分にできることがあるなら全力で協力し……必ずやキラを捕まえたいと思う」
総一郎「……分かった」
月「! 父さん」
総一郎「ただし、お前が少しでも危険な目に遭いそうになったら私は止める。そしてその際には必ず私の指示に従え。いいな」
月「ああ、分かったよ。ありがとう。父さん」
L「ありがとうございます。夜神さん」
月「ありがとうございます。松田さん。改めてよろしくお願いします」
松田「うん。こちらこそよろしくね。さっきの推理も凄かったし、月くんが入ってくれたら百人力だよ」
相沢「本当にな。しかしこれで本当に松田の立場が危うく……」
松田「だ、だからそういうのやめて下さいって! マジでシャレになってないっすから!」
L「……さて、月くん」
月「? 何だ? 竜崎」
L「今、松田さんも仰っていましたが……結論から言って、月くんの推理内容は非常に素晴らしいものでした。一般に報道されている情報だけでここまでの推理ができる人間は、おそらく月くんを置いて他にいないでしょう」
L「そんな月くんをこの捜査本部に呼んだことはやはり間違いではなかったと……私はそう確信しています」
月「……ありがとう。竜崎。そう言ってもらえると嬉しいよ」
L「そして先ほど、夜神さんからも、月くんをこの捜査本部に迎え入れることを認めて頂けましたので……これまでに私達が行ってきた捜査の状況についても、今から全て月くんにお伝えしたいと思います。よろしいですね? 夜神さん」
総一郎「……ああ。ライトが正式に捜査本部の一員となった以上、当然の事だ」
L「ありがとうございます。夜神さん。それでは、月くん。全てお話しします」
L「これまでに私達が知りえた……キラ事件についての全てを」
月「……正直言って、驚いたな……。まさか本当に、765プロの関係者にキラとしての嫌疑が掛かっていたなんて……」
月「しかも、そのキラ容疑者の最有力候補の一人が、僕が既に会っている天海春香だったとは……」
L「はい。しかし、我々よりも遥かに少ない情報量から、ほとんど同じ結論に辿り着いていた月くんはすごいです」
月「まあ僕の場合は、あくまでも相対的にみて最も可能性が高いと考えられる……という程度の推理だったけどね」
松田「いやいや、本当にすごいよ。月くん。これならもうキラ逮捕も時間の問題……まあ個人的には、やっぱりはるるんやミキミキを捕まえるのは複雑な気もするけど……」
星井父「…………」
相沢「松田」
松田「あっ。すみません……」
月「?」
星井父「……竜崎」
L「はい」
星井父「……そろそろ、俺の事も……」
L「そうですね。ここで話しておくべきですね。月くん」
月「? 何だ? 竜崎」
L「今ここに居る星井係長は、765プロダクション所属アイドル・星井美希の実の父親です」
月「! …………」
星井父「元々、俺は娘が疑われるようになる前からこの捜査本部に居たんだが……よもや、こんなことになるとはな」
月「……そうでしたか」
星井父「で、どうするんだ? 竜崎。お前の考えを貫くなら、月くんが捜査本部に加わった今のこの状況でも、俺はまだここに居ていいってことになるが」
L「そうですね。ただそれは、あくまでもこの捜査本部の構成員が既存のメンバーのままである場合を前提としていましたので……月くんという、新たなメンバーが加わった以上は事情が変わってきます。ましてや、月くんは既にキラ容疑者の最有力候補の一人である天海春香と直接接触しているわけですから猶更です」
星井父「……つまり俺が『夜神月という男が近付いてきたら気を付けろ』と娘に言うかもしれないと?」
L「はい」
星井父「…………」
星井父「いえ。いいんです。局長。私の娘に掛かっている嫌疑の度合いを考えれば、これくらい疑うのは当然です」
総一郎「しかし、そういうことまで言い出しては……もはや、星井君をこの捜査本部に居させること自体……」
L「そうですね。なので今後、星井さんにはこの捜査本部にいる間以外は、常にこれを身に着けてもらいます」スッ
星井父「? これは?」
L「タイピン型の超小型マイクです。加えて超高感度ですので、小声の会話でも極めてクリアに拾えます」
星井父「! ……これを、常に……?」
L「はい。ここにいるとき以外は常に肌身離さず身に着けて下さい。防水加工もされていますので、風呂場にも持ち込めるつくりになっています」
星井父「…………」
総一郎「りゅ、竜崎……」
L「星井さん。これは単に、あなたから美希さんへの情報漏洩を防ぐための措置というだけではありません。このマイクが拾う音声は、リアルタイムでこの捜査本部にある私のPC、および別の場所にあるワタリのPCに自動で転送され、かつ録音もされるようになっています」
月「……なるほど。つまり監視と捜査を同時に行えるということか」
星井父「! …………」
L「はい。その通りです。ただ捜査といっても、星井さんに何か特別なことをして頂く必要はありません。日常生活の範疇で、娘さんと普通に会話をして頂ければそれで十分です。そのやりとりの中から、キラ事件解決のヒントが得られるかもしれませんので」
星井父「…………」
総一郎「星井君……」
星井父「……分かった。良い案だ。喜んで着けさせてもらおう」
松田「係長」
L「ただしくれぐれも、録音を意識するあまり、かえって不自然な会話運びとなったりしないよう……そこだけは細心の注意を払って下さい」
星井父「……ああ。それは分かっている」
模木「係長……」
星井父「何、大丈夫だ。これでこの捜査本部に残ったまま、事件の結末を見届けられる……そう思えば、これくらいどうということはない」
模木「…………」
L「はい。何でしょう」
月「今『ワタリ』って言っていたが……まだ他に居るのか? この捜査本部のメンバーが」
L「はい。もうじき来ると思いますが――」
ガチャッ
ワタリ「お待たせいたしました」
L「ワタリ。例の物は?」
ワタリ「もうできております」
L「では月くんに」
ワタリ「はい。はじめまして。ワタリと申します」
月「あ、はい。夜神月です」
ワタリ「では早速ですが、こちらをどうぞ」スッ
月「? 学生証……? って、名前が……『朝日 月』?」
L「はい。既に他の皆さんには偽の警察手帳をお渡ししているのですが……月くんはまだ学生さんですので」
月「……なるほど。キラ対策の偽の身分証ってわけか」
L「はい。ただ、キラは既に『顔だけでも人を殺せる』能力を持っているものと考えられますし……それに加えて、月くんはもう顔と名前を765プロダクション所属のアイドル二名に知られていますので、あまり使う機会は無いかもしれませんが……一応、持っておいて下さい」
月「分かった。ありがとう」
一同「…………」
L「私は元々、ある特定の人物に近付いてほしくて、月くんをこの捜査本部にお呼びしたんですよね。もちろんキラ容疑者本人ではありませんが……」
月「? そうだったのか?」
L「はい。実は星井美希……美希さんと接点のある、他の事務所所属のアイドルに接触してもらおうと考えていたんですが……もう既に月くんが天海春香と接点を持っていた以上、今、月くんが両者に対して同時に接触するのはやめておいた方がいいだろうと思っています」
松田「えっ。誰なんです? その他の事務所のアイドルって」
L「まあ今は一旦忘れておいて下さい。流石にこのタイミングで月くんが天海春香とそのアイドルの両方と同時に接点を持つのは怪しまれるでしょうから」
月「そうだな。まあ接点の持ち方にもよるだろうが」
松田「誰なんだ……気になる……なりますよね? 相沢さん」
相沢「お前は単に個人的に興味があるだけだろ」
松田「そ、そんなんじゃないですって!」
L「ですので、一旦は月くんは天海春香との接触のみに努めて下さい。あとは一応、高槻やよいの方とも」
月「ああ、もちろん。そのつもりで家庭教師になったわけだからね」
総一郎「……ライト。くれぐれも無理だけはするんじゃないぞ」
月「分かってるよ。父さん。ただ、それよりも……」
総一郎「? 何だ? ライト」
月「さっき、竜崎から聞いた話によると……父さんは一度、模木さんと共に765プロの事務所に聞き取り調査に行っており、その時に天海春香・高槻やよいのいずれとも顔を合わせている……そうなんだよね?」
総一郎「ああ、そうだ。だが私はその際、『朝日四十郎』という偽名の入った警察手帳を提示している。仮にその名を覚えられていたとしても、『あの時事務所に来た刑事が夜神月の父親である』ということは分からないはずだ」
総一郎「! …………」
月「というか、当然の事だが……粧裕の方が二人との接点は強い。元々は粧裕と高槻やよいが友達同士だったというところから、僕に家庭教師を依頼するという話が出てきたんだからね」
総一郎「そうか……ではもし、天海春香・高槻やよいの両名、あるいはいずれか一方が粧裕に会いに、うちに遊びにでも来たりすれば……」
L「そのとき、もしたまたま夜神さんが在宅しており、鉢合わせでもしようものなら……ちょっと面倒なことになりますね」
月「ああ……そうなれば、少なくとも『夜神月の父親』が、偽名を用いてキラ事件の捜査をしていたということはばれる……そうすれば、息子で警察志望の僕も、何らかの形でこの事件の捜査に関わっている可能性がある……と推測することも不可能ではない」
L「月くんが警察志望であることは、二人は知っているんですか?」
月「ああ。僕が二人に会った時点では既に知られていた。粧裕が、父が現職の警察官であることを高槻やよいに話したときに一緒に話したそうだ」
L「なるほど……まあ仮にそこまでばれたとしても、流石にそれだけで夜神さん、あるいは月くんを殺すとは思えませんが……一応、注意はしておいて下さい。たとえば夜神さんの在宅中に粧裕さんの友人が遊びに来た場合などは、その相手が誰であろうとも、夜神さんは自然に外出するなどして顔を合わさずにやり過ごす……」
総一郎「うむ……」
L「それから、月くん」
月「何だ? 竜崎」
L「今後、家庭教師をする際には、原則として二人の自宅に行くのでしょうから……先ほどご説明した『黒いノート』の存在についても、一応意識しておいて下さい。もっとも、もしこれが本当にキラとしての活動に関係するような物なら、一見して分かるようなところにはまず置いていないだろうとは思いますが……」
月「ああ。分かった」
L「それから、ノートを持っている可能性があるとすれば、天海春香の方だと思いますが……765プロダクション全体がキラ事件に関わっている可能性も否定できない以上、高槻やよいの方についても、念の為、注意だけはしておいて下さい」
月「そうだな。いずれの自宅に行ったときも、不自然にならない程度に観察するようにするよ」
L「よろしくお願いします。それでは早速ですが、明日の天海春香の一回目の授業、頑張って下さい」
月「ああ。ありがとう。竜崎」
月「まずは家庭教師としての信頼を得る……そしてそこから、少しでも有益な情報が引き出せないか探ってみるよ」
L「はい。お願いします。月くんならきっと上手くできると思います」
総一郎「……ライト……」
月「大丈夫だよ。父さん。そんな心配そうな顔をしないでくれ」
総一郎「…………」
月「さっきも言ったように、決して無理はしないから」
総一郎「……ああ。分かった」
月「…………」
月(キラの正体……765プロ……真相はまだ謎のままだが……)
月(必ず僕が……その全ての謎を解き明かしてみせる)
月(退屈だった日々は、もう終わりだ)
春香「えーそれではこれより、真と雪歩、伊織と美希の大学・高校合同入学祝賀会を開きたいと思います! 皆、ジュースは手に持ったね? では……」コホン
春香「入学おめでとう! イエーイ!」
一同「おめでとー!」
真「あはは、ありがとう」
雪歩「皆……ありがとう」
伊織「ていうかこれ、何回目のお祝いなのよ……」
美希「2月に真くんと雪歩の合格祝賀会やって、3月にミキとでこちゃんの合格祝賀会やってもらったから、これで三回目なの」
伊織「うん、そうね。いつになく冷静な解説ありがとう。美希。でもでこちゃん言うな」
やよい「でも、お祝いごとは何回やってもいいかなーって。だから入学おめでとう! 伊織ちゃん!」
伊織「ありがとう。やよい。やよいの言うとおりだわ。おめでたいことは何回お祝いしてもいいわよね。にひひっ」
春香「むー。なんか私のときとリアクション違わない? 伊織」
伊織「そう? 別にそんなことないわよ」
亜美「いおりんはやよいっちには甘々ですからな~」
真美「うむうむ。こればっかりはイカンともしがたいかと……」
伊織「う、うるさいわね。だから別にそんなことないって言ってるでしょ! もう!」
千早「美希もおめでとう。よく頑張ったわね」
美希「ありがとうなの。千早さんもこれから頑張ってね」
千早「ええ。アイドルのお仕事も受験勉強も両立させてみせるわ」
美希「千早さんなら絶対大丈夫って思うな。春香と響は微妙に怪しいけど」
春香「ちょっ! そこで私に振るかな!?」
響「自分はちゃんとやってるぞ。春香と違って」
春香「だからなんで私だけ貶めようとするかな!?」
春香「! …………」
亜美「? ライト先生?」
真美「何それ?」
やよい「ほら、前に話してた、私と春香さんに勉強教えてくれる家庭教師の先生だよ。ちょっと前にご挨拶したんだ」
亜美「あー! 全国模試一位の!」
やよい「そうそう。で、早速来週から授業してもらうんだ。春香さんは明日からでしたよね?」
春香「えっ? あ、ああ……うん。そう。明日から」
美希「? …………」
真美「なるほど、噂の天才東大生クンかぁ。でもその人の名前『ライト』っていうの? 随分変わった名前だね」
やよい「うん。夜神月先生。『夜』に神様の『神』に『月』って書いて『ライト』って読むんだよ」
亜美「へ~。なんかアイドルにいそうな名前だね」
真美「現役東大生アイドルかぁ。それありかも!」
やよい「あ、でもライト先生なら本当にアイドルになれちゃうかも。だってすっごくかっこいいもん! ね? 春香さん!」
春香「ああ……うん、そうそう。ホント、ジュピターとか流河旱樹さんとかと並んでも遜色無いくらい、イケメンの先生だよ。あはは……」
美希「…………」
真「えーっ! いいなあ。ボクもその人に勉強教えてもらいたいなぁ~」
伊織「いやいや、あんたはもう受験終わったでしょ……」
真「だって女子大じゃ全然出会いとか無いしさ……まあ、もしあってもアイドルやってるうちはどのみち付き合うとかは無理なんだけど……」
雪歩「でも真ちゃん、同じ大学の女子からはすごい人気なんでしょ?」
真「うん……まあね……ははは……」
響「ま、真がなんか乾いた笑いを浮かべてるぞ……」
千早「色々あるんでしょう、きっと。そっとしておいてあげましょう」
響「だな……」
真「あーあ。センター試験の会場にいた王子様もあれっきり見かけないし……運命の王子様だと思ったのになぁ。ちぇっ」
やよい「はい! ライト先生にお勉強いーっぱい教えてもらって、頑張ります!」
春香「私も、やよいに負けないように頑張ります。一緒に頑張ろうね、やよい」
やよい「はい! 頑張りましょう! 春香さん」
美希「…………」
千早「私も、学校の勉強以外に何かした方がいいのかしら……今年は去年以上にお仕事も忙しくなりそうだし。我那覇さんは何か考えてる?」
響「いやー、自分も特にまだ何も……普通に学校の授業の予習と復習をするくらいかなあ。夏休みに予備校の夏期講習くらいは行くかもしれないけど」
亜美「あ、でもさーひびきん。夏はライブあるかもじゃない?」
真美「うんうん。去年も夏にやったしね」
響「あー、そうか。ていうか、もうあのファーストライブから一年になるんだな」
春香・美希「! …………」
あずさ「そうね。時の流れは速いわねぇ」
亜美「懐かしいなぁ。台風で亜美達だけ会場着くの遅れちゃって、今にも泣きそうになってたいおりん……」
伊織「は、はぁ!? 勝手な事言わないでよ! 泣きそうになってたのはあんたの方でしょ!」
亜美「な!? あ、亜美そんなんなってないし! チョー余裕だったし!」
伊織「どこがよ! 完全に涙目になってたくせに!」
亜美「な、なってないもん!」
あずさ「こーら。けんかはだめよ。二人とも」
亜美「……はーい」
伊織「ふんっ」
春香・美希「…………」
響「んー。どうだろ? ファンの人数も大分増えてるし……去年よりは大きい会場でやるんじゃないか?」
真美「ドームとか?」
雪歩「さ、流石にそれは無理じゃないかな……」
真「まあどっちにしろ、もしあるならそろそろ社長かプロデューサーあたりから発表されそうだよね。楽しみだなぁ」
春香「……ライブ、か」
千早「? どうしたの? 春香」
春香「いや、なんていうか……“今年も”ライブが出来るんだなって思うと……純粋に嬉しくて」
美希「! …………」
千早「そうね。いつも応援してくれているファンの人たちに、感謝しないといけないわね」
春香「うん。応援してくれる人たちのため……ファンのため……一分一秒たりとも無駄にはできない。本番で最高のパフォーマンスを発揮するためにも、今できることは全部やらないと……」
美希「……春香……」
春香「? 何? 美希」
美希「……ううん。なんでもないの」
春香「そう? あ、美希も練習サボっちゃだめだよ」
美希「サボらないよ! 春香の方こそ、イケメン東大生にゾッコンになっちゃったりしないか心配なの」
春香「そ、そんなことあるわけないでしょ! 何言ってんのよ、もう!」
響「あはは。春香はわかんないぞー。こう見えて意外と流されやすいとこあるし」
春香「あー! 響ちゃんまでそういうこと言うの!? じゃあもう今日は響ちゃんの奢りで決定ね!」
響「えぇ!? いくらなんでも理不尽過ぎるぞ!」
春香「いや、なんとなくこういう役回りは響ちゃんかなって」
響「なんでだよ! おかしいでしょ! って、このやりとり前もやった気がする!」
春香「あはは。ばれた?」
響「もー!」
貴音「……御馳走様です、響。では私はこのちょこれーとぱふぇを」
響「奢らないからね!?」
美希「…………」
春香「じゃあ私はこっちだから」
美希「あっ。ミキもちょっと寄りたいお店あるからそっちから帰るの」
春香「そう? じゃあ途中まで一緒に帰ろっか。美希」
美希「うん」
やよい「じゃあ春香さん、美希さん、また明日! それと春香さんは明日のライト先生の授業、頑張って下さい!」
春香「うん。ありがとう。やよい。頑張るよ」
美希「じゃーね、皆。また明日なの」
真「うん。お疲れ様!」
響「お疲れ様だぞー」
雪歩「またね。春香ちゃん。美希ちゃん」
(一緒に帰っていた他のアイドル達と別れ、二人きりになる春香と美希)
春香「さて、と。……で、どうかしたのかな? 美希ちゃん」
美希「……もー。春香のイジワル」
春香「あはは。ごめんごめん」
美希「……で? 何があったの? 春香」
春香「何がって?」
美希「何かあったんでしょ? 多分だけど、例のイケメン東大生絡みで」
春香「……よく分かったね、美希。もしやエスパー?」
美希「ただのカンなの。カン。その人の話題になった時、春香、ちょっと変なカンジだったから」
春香「なるほどねー。流石は天才美希ちゃんだわ」
美希「もう、そういうのはいいから。で、何があったの?」
春香「んー。と言っても、まだ別に何も無いんだけどね。やよいも言ってたけど、まだ挨拶で一回会っただけだし」
春香「……ただ、ちょっと気になることがあってさ」
美希「? 気になること?」
春香「うん。それを確認してから、美希には話すつもりでいたんだけど……実はこの家庭教師の……夜神月さんって、お父さんが現職の警察官らしいんだよね」
美希「! そうなの?」
春香「うん。で、ライトさん自身も将来は警察志望なんだって。お父さんと同じに」
美希「……そうなんだ」
美希「! そりゃあ……だってそれがきっかけで、春香がミキに、それまでのこと全部打ち明けてくれたんだし……」
春香「うん。そうだよね。で、その刑事さん達が私達に名乗っていた名前は実は偽名だった……ってことは前に話したと思うけど」
美希「うん」
春香「その時私も、もし今後何かあった場合に備えて、死神の目で見た二人の刑事さん達の本名は一応記憶してたんだけど……実は、そのうちの一人……『朝日』って名乗ってた方の年配の刑事さんの本名が、『“夜神”総一郎』だったんだ」
美希「えっ! それって……」
春香「一応、確認はするつもりだけど……ほぼ間違い無いと思う。『夜神』なんて珍しい名字で警察官なんて……そう何人もいるとは思えないからね」
美希「じゃあ、そのライトって人のお父さんが……あの時、事務所に来てミキ達を事情聴取した刑事さん……ってこと?」
春香「おそらく、ね」
美希「そっか……それで春香、今日ちょっとおかしかったんだ」
春香「うん。まあ、美希にそこまで勘付かれてるとは思わなかったけど」
美希「でも、これって完全に偶然だよね? 春香はそのライトって人の名前も知らずに、やよい経由で家庭教師を頼んだわけだし……」
春香「そう。完全に偶然……それに普通に考えて、いくら警察志望の息子とはいえ、キラ事件の捜査をしている父親が、その捜査状況をべらべら話してるっていうことは無い……よね? 美希のお父さんが捜査本部にいたときだって、そんなに多くの情報を美希に話してはいなかったみたいだし……」
美希「そうだね。少なくともミキは、『キラとして誰々を疑っている』みたいな話をパパから聞いたことはなかったの」
美希「……まあでもそれは、ミキ自身が容疑者に入っていたからかもしれないけど……」
春香「…………」
春香(でも仮に、ライトさんにキラ事件の捜査状況が父親経由で伝わっているとしても……私は『キラとしての疑いがある765プロ関係者の中の一人』でしかないはず)
春香(そうであるとすれば、もしライトさんが私の事を父親に伝えたとしても……ごく普通のアイドル、ごく普通の高校三年生として振る舞っている限り……私に対する嫌疑が高まることは無い)
春香(それならむしろ、この偶然を利用して……)
春香(ライトさんが父親からキラ事件の捜査状況を伝えられているとしたら……Lの正体についても、何らかの情報を伝えられていてもおかしくはない)
春香(まあ仮にそうだとしても、ただの家庭教師の生徒という立場から、私がそれを探るのは難しいだろうとは思うけど……)
春香「…………」
美希「春香? 大丈夫?」
春香「……うん。大丈夫」
美希「…………」
春香「仮に、ライトさんがお父さんから色々聞いていたとしても……私は普通に授業を受けるだけだし、何の問題も無いよ」
美希「…………」
春香「それに、本当にライトさんのお父さんが『夜神総一郎』かどうかも、まだ確認してないしね」
美希「……それは、そのライトって人に直接聞いて確認するの?」
春香「まあそれでもいいし……もし怪しまれるようなら、他の手でもいい。そこは多分どうとでもなるよ」
美希「…………」
春香「ん?」
美希「……無理、しないでね」
春香「……え?」
美希「もし春香に何かあったら、ミキ……」
春香「……大丈夫だよ、美希。何も心配すること無いって」
美希「でも、春香……もしそのライトって人が、本当にあの時事務所に来た刑事さんの息子だったら……そこからLの正体を探れないか、とか考えてるでしょ?」
春香「……本当にエスパー? 美希ちゃん」
美希「もう。それくらいミキにだって分かるよ。春香は黒井社長を脅してまでLの正体を探ろうとしてるんだし」
春香「……まあね。でもそれは、あくまでもそういうチャンスがあったらっていう話だよ。実際問題、ただの家庭教師と生徒の関係から、そんな情報を引き出すのは相当難しいと思うし」
春香「それに、お父さんからライトさんに『765プロ関係者が怪しい』っていう情報が伝えられている可能性だってあるんだから、そうそう下手な動きはできないしね」
美希「それは……そうかもしれないけど……」
春香「……それでも、不安?」
美希「…………」コクリ
春香「もう。だーいじょうぶだって」ギュッ
(美希を正面から抱きしめる春香)
美希「! 春香……」
春香「それも響ちゃんが言っていたように、きっと去年よりも大きな会場で」
美希「……うん」
春香「それなのに、こんなところで捕まりかねないような危険……私が冒すわけないでしょ?」
美希「……うん」
春香「だったら、私の事……信じてて。そして美希は、自分にできること……自分がやるべきことをして」
美希「……わかったの」スッ
春香「美希」
美希「ミキは今まで通り、アイドルのお仕事も犯罪者裁きも、一生懸命やるの」
春香「うん。お願いね。そして二人で一緒につくろう。皆が笑顔になれる、幸せな世界を」
美希「そうだね。……でも、春香」
春香「ん?」
美希「もし何か、少しでも危険な目に遭いそうになったら……その時は必ずミキに教えてね。約束なの」
春香「うん。もちろん。約束するよ」
美希「それじゃあ、明日の授業頑張ってね。春香」
春香「ありがとう。それじゃあまたね。美希」
春香「…………」
春香(夜神月……夜神総一郎……)
春香(美希に余計な心配は掛けたくないけど……もし本当に、ここからLの手掛かりが掴めるようなら……)
春香(現状、黒井社長の方も特に動きは無いし……今の膠着状態をこのまま続けるよりは……)
春香(……うん。大丈夫。きっと上手くやってみせる)
春香(美希はもちろん、誰一人欠けさせたりしない)
春香(邪魔者は全て排除し、ライブも必ず765プロ全員で成功させる)
春香(今の私なら、それができる。……いや、しなければならない)
春香(それが私の……使命なのだから)
春香「…………」
【翌日・春香の自宅】
ピンポーン
春香「はーい」
ガチャッ
月「……こんにちは。春香ちゃん」
春香「……こんにちは! ライトさん」ニコッ
春香「お母さん。ライトさ……夜神先生来てくれたよ」
天海母「あらあら、どうもこんにちは。春香の母です」
月「夜神月です。今日から春香さんの家庭教師を務めさせて頂きます。どうぞよろしくお願いします」
天海母「いえいえ、こちらこそふつつかな娘ですが……末永くよろしくお願いいたします」
春香「お母さん。その挨拶おかしいから」
天海母「……それにしても」
月「?」
天海母「娘から聞いていましたけど、本当にイケメンさんですのね」
春香「ちょっ!」
月「…………」
天海母「こんなにかっこよくて東大生だなんて。天は二物を与えずというのは嘘だったのかしら?」
春香「お母さん! もういいから! ライトさん、もう行きましょう。私の部屋二階なので」
月「あ、ああ……」
天海母「休憩の時にケーキでも持って行きますね。あ、夜神先生はコーヒー? 紅茶?」
春香「お母さん!」
月「……じゃあ、コーヒーでお願いします」
天海母「コーヒーね。じゃあ二人とも、ごゆっくり……フフフ」
春香「いや、フフフって何!? フフフって!」
月「…………」
春香「あっ。な、なんかごめんなさい! うちの母、ちょっとミーハーなところがあって……その……」
月「いや、いいよ。楽しいお母さんだね」
春香「そ、そうですか?」
月「でもアイドルの母親なのにミーハーって面白いね」
春香「あ、た、確かに! そう言われてみたらそうですね! あはは……」
月「…………」
春香「えっと……あっ、じゃあどうぞこちらへ。階段気を付けてください」
月「ああ、ありがとう」
春香「…………」
月「…………」
春香(お母さんの天然のおかげで、多少雰囲気が和らいだ……かな?)
月(今のところはごく普通の……少し裕福な一般家庭、といった感じだな)
春香「どうぞ……散らかってますが」
月「お邪魔します。すごく綺麗じゃないか。粧裕の部屋とは大違いだ」
春香「え? 粧裕ちゃんの部屋ってそうなんですか?」
月「ああ。いくら言ってもなかなか片付けなくてね。母も手を焼いてるよ」
春香「あはは」
月「さて。じゃあ早速始めようか」
春香「はい。お願いします!」
(机に向かう春香。月はその隣に置かれた椅子に腰を下ろす)
月「先週会った時に簡単には聞いたけど……春香ちゃんは私立文系志望でいいんだよね?」
春香「はい」
月「となると、当面は英・国を中心にやって……夏頃からは社会と、あとセンター対策で数学もやるようにしようか。社会は何選択?」
春香「えっと、まだ決めてなくて……」
月「じゃあできるだけ早く決めておくようにね」
春香「はい」
月「じゃあ今日は英語をしよう。簡単なテストを作ってきたから、まずはこれを解いて」
春香「えーっ。いきなりテストですか?」
月「現在の春香ちゃんの学力を正確に知るためだよ。その方が対策も立てやすいから。いいね?」
春香「はぁい……」
月「一応、高2の教科書レベルから出題しているから。普通に授業を受けていれば解ける問題だよ」
春香「そ、そういうプレッシャーの掛け方やめて下さい……」
月「制限時間は今から30分ね。はい、始め」
春香「わわっ。そんないきなり……」
月「…………」
春香「…………」
月(部屋の中も特に怪しい点は無いな……普通の10代の女の子の部屋って感じだ。黒いノートなんて影も形も見当たらない)
春香(えっ。これで教科書レベル? ウソでしょ……なんか全然分かんないんだけど……)
春香「あっ。まだ途中……」
月「いいよ。どこまで解けるかも含めてのテストだから」
春香「…………」
月「どれどれ」
春香「うぅ……なんか恥ずかしい……」
月「…………」
月(学力レベルは……まあ中の下ってところか。アイドルとしてなら良い方なのかもしれないな)
春香「ど、どうですか? やっぱり全然ダメでしょうか……」
月「いや、そんなことはないよ。確かに基礎的な文法の理解不足や単語のスペルミスなどはあるが……今からきっちりやれば十分間に合う」
春香「ホントですか? よかったぁ……去年の夏くらいからお仕事一気に忙しくなっちゃって、勉強時間すごく減っちゃってたから……」
月「ああ。そこが普通の受験生とは違って難しいところだよね」
春香「はい。でも、せっかくこうしてライトさんに教えてもらえることになったので、気合入れて頑張ります!」
月「ああ、その意気だ。じゃあ早速解説を始めようか。まずはこの問題だけど――……」
春香「はい」
月「疲れた?」
春香「はい……って、い、いえ! 教えて頂いてるのに疲れるなんて失礼ですから! 疲れてません!」
月「いや、そこは普通に『疲れた』でいいけど」
コンコン
春香「はーい」
ガチャッ
天海母「今、ちょうど休憩中? はい。予告してたケーキ」
月「わざわざすみません」
天海母「とんでもございません。で、どうですか? 春香は」
春香「ちょ、ちょっとお母さん」
月「ええ。アイドルとして多方面で活躍されている中、勉強もよく頑張っておられると思いますよ」
天海母「本当ですか? でもこの子、昔からドジが多くて……何も無い所で転ぶなんてしょっちゅうですし……」
春香「お、お母さん! もういいから!」
天海母「えー。なんでよ、いいじゃない。休憩中でしょ?」
春香「ライトさ……夜神先生だって休憩中なんだから!」
天海母「あら。それもそうね。ごめんなさいね」
月「いえ」
天海母「それじゃあ引き続き、ごゆっくり……フフフ」
春香「だからフフフって何!? フフフって!」
バタン
春香「もー……」
月「…………」
春香「…………」
月(何か聞くなら今のタイミングがベストだな)
春香(何か聞くなら今のタイミングがベストだよね)
月・春香「あの」
月「…………」
春香「…………」
春香「い、いえ。ライトさんの方こそ、お先にどうぞ」
月「そう? じゃあ……」
春香「…………」
月「春香ちゃんは、何でアイドルになったの?」
春香「えっ」
月「いや、今まで身近にアイドルやってた子なんていなかったからね。単純に興味があって」
春香「…………」
月「…………」
月(昨日捜査本部で聞いた、これまでの捜査状況を前提とすれば……天海春香が、アイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人である可能性が高い)
月(そして今揃っている数々の状況証拠以外に、その可能性をさらに高めるものがあるとすれば……)
月(同事件の犯人の人物像……それに天海春香が当てはまるかどうか)
月(捜査本部では、これまでこの点に深く踏み込んだ捜査はできていなかった)
月(だがそれは、これまで天海春香と捜査本部のメンバーとの間に直接の接点が無かった以上、当然の事)
月(しかし今こうして……僕が天海春香と直接の接点を持った以上、この点に踏み込んだ捜査を行わない手は無い)
月(そしてこの場合、次に考えなければならないのは、アイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人とは如何なる人物であるかだが――……)
月(この者は、765プロを陥れようとしていた961プロ、およびそれに追従していた他のアイドル事務所の関係者を軒並み殺害している)
月(そしてさらにその後も、961プロ社長・黒井崇男を脅して961プロのプロデューサーを765プロに移籍させている)
月(これらの行動原理はすべて、765プロの利害に直結していると言っていい)
月(つまりそれだけ、765プロに愛着……いや、執着のある人物であるとプロファイルできる)
月(よって……天海春香にとって、765プロとは執着に値するほどの存在なのかどうか……換言すれば、『人を殺してでも守りたい』と思うほどの存在なのかどうかを確かめる必要がある)
月「…………」
春香(『何でアイドルになったの?』か……。今までにもよくされてきた質問だし、必要以上に構える必要は無いよね)
春香(それに、ここで私が答えた内容がライトさんから粧裕ちゃん、さらにやよいを経て事務所の他の皆に伝わったりする可能性もあるわけだし……変に答えを作るのはかえって危ない)
春香(うん。大丈夫。ここはありのままの回答で問題無い)
春香(もしライトさんからお父さんに今日の事が伝えられたとしても、ここから私に足がつくことはありえない)
春香(あくまでも『アイドル天海春香』として普通に質問に答えるだけなんだから)
春香「そうですね……」
月「…………」
春香「夢……ですかね。憧れなんです。小さい頃からの」
月「夢……」
春香「はい。ずっと……夢見てたんです。大きなステージで、大勢のお客さんの前で歌を歌って……」
月「…………」
春香「それで、ステージを観に来てくれたお客さん皆を笑顔にできたら、って……」
月「…………」
春香「なんて、ちょっと抽象的過ぎますかね?」
月「いや、そんなことはないよ。それだけアイドルに懸ける情熱があるってことだよね」
春香「はい! それはもう、人一倍に!」
月「……じゃあ……」
春香「?」
月(少しカマをかけてみるか)
月「もし仮に……今より、もっと大きな会場で、もっと多くのお客さんの前で歌えるチャンスがあったとしたら……どうする?」
春香「えっ」
月「いや、たとえばの話だけどね」
春香「……つまり……そういうチャンスが持てるような、もっと大きな事務所に移籍することもありえるかって話……ですか?」
月「うん」
春香「それだけはありえません」
月「……なんで?」
春香「なんでって……765プロは、私の全てだからです」
月「…………」
春香「他のアイドルの皆はもちろん、高木社長、律子さん、事務員の小鳥さんにプロデューサーさん。皆揃って765プロで……それが私にとってかけがえの無い、本当に大切な場所だから」
春香「だから、この先何があっても……私はアイドルを引退するまで、765プロを離れるつもりはありません」
月「…………」
春香「はっ! ご、ごめんなさい! 私ったら、なんか熱くなっちゃって……」
月「いや、いいよ。ありがとう。春香ちゃんは本当に765プロのことが大好きなんだね」
春香「はい!」
月「…………」
春香「え?」
月「さっき、僕に何か聞こうとしてただろ?」
春香「あ、ああ……そうでした。えっと、ライトさんは将来、警察志望だって聞きましたけど」
月「ああ」
春香「それはやっぱりお父さんの影響なんですか?」
月「……そうだね。幼い頃から刑事として働く父の背中を見て育ったから、自然と父のような刑事になりたいと思うようになった」
春香「なるほど。じゃあ、お父さんとは仲良いんですか?」
月「そうだな……結構何でも話す方だとは思う。ただ、最近の父は帰って来るのも遅いし、なかなか話す機会も無いけどね」
春香「お忙しいんですね。お父さん」
月「ああ」
春香「…………」
春香(この流れなら……)
春香「お父さん、何か難しい事件を担当されたりしてるんですか?」
月「! ……いや、父も具体的な事件の事までは話さないからね。父が何の事件を担当しているかまでは僕も分からないんだ」
春香「そうなんですか」
月「ああ」
春香「…………」
月「っと、そろそろ休憩も終わりだね。じゃあさっきの続きから始めようか」
春香「あ、はい!」
月「ではさっきやった構文の復習から……この問題、解いてみて」
春香「はい」
月「…………」
月(765プロに対する強い想い……愛着……)
月(そして父の仕事に関する質問……)
月(いずれも一般的な会話の範疇に収まるものではあるが……)
月(…………)
春香「えーっと……これはここで区切れるから……」
春香「…………」
春香(話し過ぎた? あるいは聞き過ぎた?)
春香(いや、大丈夫……いずれにしても、そこまで不自然さを覚えられるようなやりとりではない……はず……)
春香(あ、でも……お父さんに関係することばかり聞いたのは少し変に思われるかな……? 一応後でフォローしといた方が良いか……)
春香(でも今後も色々と聞きたいし……そうしても不自然に思われないようにするためには……)
春香(……! そうだ!)
月「分からない? 手が止まってるけど」
春香「えっ、あ、すみません! 大丈夫です!」
月「…………」
春香(大丈夫。相手がこの人なら……十分自然だ)
春香「あー、疲れ……じゃない、あ、ありがとうございました!」ペコリ
月「はは。いいよ。疲れるのは頑張った証拠だからね」
春香「え、えへへ……あ、ライトさん」
月「ん?」
春香「えっと……もし答えられたらでいいんですけど」
月「? 何?」
春香「ライトさんって、今付き合ってる人とかいるんですか?」
月「えっ」
春香「…………」
月「……いや、いないけど」
春香「そうなんですか! よかったー」
月「……よかった?」
春香「あ、わわ、ちが、ちがいます。でも意外ですね! ライトさんすっごくかっこいいのに!」
月「…………?」
春香「あ、あと、ライトさんって、お菓子で、何か食べられないものとかってあったりしますか?」
月「? お菓子で?」
春香「はい。実は私、お菓子作りにはちょっと自信ありなんです! だから次からは毎回、私の手作りのお菓子をご用意したいなって思って……それで、もし食べられないお菓子とかがあったら、事前に聞いておきたいなって……」
月「……ああ、それはどうもありがとう。特に好き嫌いは無いし、何でも好きだよ」
春香「ホントですか? じゃあ、腕によりをかけてた~っくさん作っちゃいますね!」
月「ああ、ありがとう」
春香「えへへ~楽しみだなぁ!」
月「…………」
月(こんな風に女の子から好意を示されるのは一度や二度の事じゃないが……しかし今回の相手はアイドル……いくら東大生とはいえ、所詮一般人に過ぎない僕にいきなりここまで分かりやすく好意を持つだろうか?)
春香(これだけかっこいい人なんだし、これくらいの態度でも別に不自然じゃないよね……。それにこう振る舞っておくことで、今後も『あなた個人に興味があります』という体で色々質問することができる)
月(見たところの不自然さは全く無い……だが、それが逆に不自然さを感じさせる。とすると、やはり何か裏があるとみる方が自然)
春香(流石にこの人も自分がかっこいいってことは自覚してるだろうし……この程度のアピールなら、裏があるとは思われないはず)
月(それにアイドルといっても、ドラマ等で演技の仕事もしているだろうしな……念の為、天海春香の過去の出演作には目を通しておくか)
春香(ただあまりに過剰なアピールになってしまうと流石に怪しまれるだろうし……あくまでも仄かな好意、憧れを抱きつつあるくらいの按配で……。うん、大丈夫。そういう役なら以前ドラマで演じたことがある)
月(まあ演技であればそのうちボロを出すだろうし、そうでなければ適当にはぐらかしておけば済む話だ。大した問題じゃない)
春香(あ、しまった。まだ肝心な事を確認してなかったな……。まあいいか。後で粧裕ちゃんに確認しよう。流石に今の流れでライトさんに聞くのはちょっと不自然だしね)
月「……さて、じゃあ今日はこのへんで失礼するよ」
春香「あ、はい。どうもありがとうございました!」
月『……さて、じゃあ今日はこのへんで失礼するよ』
春香『あ、はい。どうもありがとうございました!』
L「…………」
総一郎「……どう思う? 竜崎」
L「そうですね……まだ今日のやりとりだけでは何とも言えません……が」
総一郎「……が?」
L「少なくとも、天海春香は何らかの意図を持って月くんに接しているようには感じられます」
松田「意図って……単純に、月くんに好意があるってことっすよね? 最後の方の言動からするに……」
L「はい。確かに月くんのルックスを考えれば、その可能性はあると思います。アイドルとはいえ、天海春香も18歳の女の子ですし」
松田「ですよね。……はぁ……いいなぁ……月くん」
相沢「松田」
松田「はい! すみません!」
L「またアイドルであるからこそ、おそらく普段できないであろう恋愛事に興味があってもおかしくありません」
松田「あっ。そうですよね。アイドルって普通は恋愛禁止ですもんね」
L「ただ、あるいは逆に、そう見えるように……つまり『月くんに好意がある』ように見える演技をしている……という可能性も考えられます」
松田「? 本当は好意が無いのに、あるように見える演技……ってことですか? なんでそんなことを?」
L「そのように振る舞うことで、今後、月くんの個人的な事を色々と聞いても不自然ではなくなる……そう考えての事なら十分ありえます」
松田「あー……なるほど」
総一郎「確かに……先ほどの会話でも私の仕事の事について聞いていたしな」
L「はい。ただ厄介なのは、今言ったように、月くんのルックスからすれば、単純に異性として興味を持たれたとしてもおかしくはないということです。だからこそ、素なのか演技なのかの判断がつけづらい……」
松田「確かに。月くんがもっと普通の容姿だったら、アイドルであるはるるんがそこまで好意を持つのは不自然……つまり演技の可能性が高いと判断できるってわけか」
L「はい。ただ、その場合はそもそもそのような演技をしない可能性が高いと考えられます。すぐばれる演技をするのは逆効果ですから」
松田「なるほど……ああ、せめて映像も観れたらな~。流石に音声だけじゃそこまで見極められないっすよね」
相沢「それは仕方ないだろう。いくらなんでも隠しカメラまで持ち込ませるのはリスクが高過ぎる。まだ身分的には一学生に過ぎない月くんにそこまでの事はさせられない」
松田「それはそうっすけど……」
L「そうですね。ただ、もし仮に映像が観れたとしても、素か演技かの見極めは困難だと思います」
松田「? 何故です?」
L「天海春香はアイドルですが……舞台女優としての演技力についてもかなり高い評価を受けています。現に、天海春香が主役、星井美希が準主役を演じ、今年の2月から3月にかけて公演されたミュージカル『春の嵐』は、既に全国公演が決定しています」
松田「りゅ、竜崎……いつの間にそこまでコアなはるるんファンに……。『春の嵐』が高評価だったのは僕も知っていましたが、全国公演決定までは知りませんでしたよ」
L「捜査に必要な情報だと思ったので調べたまでです」
相沢「しかし我々がキラ容疑者として追っている二人が主役と準主役を演じるミュージカルとは……なんとも皮肉なもんだな」
星井父「…………」
相沢「あっ。すみません。係長……」
相沢「そうですね。月くんが自ら言い出したのは驚きましたけど」
L「はい。これによって、我々もリアルタイムで月くんと二人のアイドルとの会話が把握できる上に、もしキラの証拠となりそうな発言があればそのまま証拠にできる……」
L「月くんにはあまり危険な捜査はさせられないという前提があったとはいえ……正直、私も考えていなかったアイディアでした。流石は月くんです。また夜神さんもこの点、ご了承頂きありがとうございました」
総一郎「盗聴がばれた場合の事を考えると、私としては複雑な思いではあるのだが……ライト自身の提案・希望とあってはやむを得んだろう」
L「はい。ありがとうございます。また今日の月くんの天海春香との接し方も……あくまでも自然な雑談の流れの中で、彼女がアイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人像に適合するかを確かめようとしていました」
L「これはこれまでに私達がしていなかった、というよりできなかった探り方でもありましたので、大変参考になりました。やはり月くんはすごいです」
総一郎「では後は、天海春香の発言、態度がどこまで素なのか、あるいは全部演技なのか……そのあたりの見極めか」
L「そうですね。ですがいずれにしても、天海春香が『765プロダクション』という事務所自体に強い愛着を持っているということ……おそらくここは間違い無いと思います」
総一郎「? 何故だ?」
L「もし彼女がアイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人だったとした場合……あえて自らその嫌疑を強めるような演技をするとは思えませんので」
総一郎「ああ……確かに」
L「よって私は、天海春香は、同事件の犯人であるにせよないにせよ、765プロダクションに対して強い愛着……いえ、執着といってもいいのかもしれませんが……それを持っている。だからこそ、演技をするしない以前に、その想いが言葉の端々から溢れ出ていた……そんな印象を受けました」
L「もっとも、アイドルとしての天海春香は、常に『765プロの皆と一緒に頑張る』というスタンスを前面に打ち出しているため、それと齟齬をきたさないような回答に終始しただけという可能性もありますが……」
松田「なるほど。確かに月くんの場合、事前に粧裕ちゃんからそういう情報を聞いている可能性もありますしね。それにしても竜崎、本当に詳しくなりましたね」
L「捜査に必要な情報だと思ったので調べたまでです」
松田「とか言って、本当はもう気になってる子とかいたりして」
相沢「松田」
松田「はい。すみません」
L「…………」
L(天海春香の765プロダクションに対する強い愛着……執着……)
L(もしこれが嘘偽りの無い、彼女が真に抱いているものだとすれば……)
L「…………」
春香「……って感じで、すごく丁寧に教えてもらえたよ」
粧裕『そうなんだ~。でもお兄ちゃんも幸せ者だよね。まさか今を時めくアイドルの家庭教師ができるなんて』
春香「いやいや、むしろ私の方が幸せ者だよ。あんなにかっこよくて頭の良い先生に教えてもらえるなんて」
粧裕『ふっふっふー。でしょでしょ? 自慢の兄なのです』
春香「いーなーホント。私もあんなお兄さんが欲しかったよ」
粧裕『あはは』
春香「あ、そういえばちょっと気になったんだけどさ」
粧裕『? 何?』
春香「ライトさんの名前ってかなり変わってるけど……あれってやっぱりお父さんが考えたの?」
粧裕『うん。そうだよ』
春香「じゃあ、やっぱりお父さんも変わった名前だったりするの? それで息子も変わった名前にしたとか」
粧裕『うーん、まあちょっと珍しい方かな? でもお兄ちゃんほどじゃないよ』
春香「ふぅん。ちなみに何て名前なの?」
粧裕『総一郎』
春香「! …………」
粧裕『? 春香さん?』
春香「あ、ああ。ごめん。そっか、確かにちょっと珍しいけどライトさんほどじゃないね」
粧裕『でしょ?』
春香「まあでも考えたら粧裕ちゃんだって別に変わった名前じゃないもんね。あ、そういえばさ――……」
春香「……おっと。もうこんな時間になっちゃった。じゃあそろそろ明日のお仕事の準備しなくちゃ。ごめんね粧裕ちゃん。遅くまで付き合わせちゃって」
粧裕『ううん。こっちこそ色々話せて楽しかったよー。またやよいちゃんも誘って遊ぼうね』
春香「うん、もちろん! それじゃあまたね。粧裕ちゃん」
粧裕『うん。バイバイ。春香さん』
春香「…………」ピッ
春香(やっぱり……思ったとおり)
春香(あの時事務所に来た刑事……夜神総一郎)
春香(彼と夜神月は……親子)
春香(後は今後、この偶然をどう利用するか……)
春香「…………」
やよい「ライト先生! これどうやって解くんですか?」
月「ああ、これはこうして……」
やよい「すごーい! 魔法みたいですーっ!」
月「そんな大げさな」
やよい「ライト先生はすごいなぁ。私、尊敬しちゃいます!」
月「はは……ありがとう」
やよい「ねぇねぇ、ライト先生」
月「ん?」
やよい「今日、せっかくなので、私の家で晩ごはん食べていきませんか?」
月「えっ」
やよい「だめですか……?」
月「いや、駄目じゃないけど……流石にそれは悪いよ。ご両親もいることだし」
やよい「今日はお父さんもお母さんも遅いので大丈夫です! 私と弟達だけなので!」
月「分かった。じゃあご馳走になろうかな」
やよい「やったぁ! ライト先生、はいたーっち! いぇい!」
月「はは。はい」パシン
やよい「うっうー! じゃあ今日は腕によりをかけて作っちゃいますよー! もやし祭りです!」
月「? もやし祭り?」
やよい「はい! 楽しみにしていてください!」
月「ああ。ありがとう」
月(流石にこれは演技じゃないよな……)
【同時刻・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
やよい『はい! 楽しみにしていてください!』
月『ああ。ありがとう』
L「…………」
松田「なんか月くん、モテモテっすね」
L「……まあ、これは演技でもなければ異性に対する好意というわけでもなさそうですけどね」
松田「いやいや、分かりませんよ? 流石に演技は無いと思いますけど、やよいちゃんもこう見えて14歳の女の子ですからね。これが初恋ってことも十分……」
L「はい。そうですね」
松田「そんなどうでもよさそうに」
L「…………」
L(高槻やよいがキラでないとすれば……彼女を通じて天海春香や星井美希に探りを入れることも可能だろうか)
L(あるいは別のアイドルでも……夜神月のコミュニケーション能力をもってすれば……)
L「…………」
やよい「……それでその後、ライト先生も一緒にもやし祭りしたんです!」
春香「へぇ。それは良かったね、やよい」
やよい「はい! あと、長介たちもすっごく懐いてて。なんか本当のお兄さんができたみたいでした!」
春香「そっか。でもやよい、肝心の勉強の方はどうだったの?」
やよい「あぅ……」
春香「あっ。ごめん……」
やよい「で、でも! ライト先生が『今からきっちりやれば十分間に合う』って!」
春香「そ、そうなんだ。良かったね。(私と全く同じこと言われてる……)」
やよい「はい。だから私、これからはお勉強もアイドルのお仕事と同じくらい頑張ります!」
春香「その意気だよ。やよい。私も頑張るから、一緒に頑張ろう」
やよい「はい! 春香さん!」
ガチャッ
美希「あふぅ。おはよーなの」
春香「美希。おはよう」
やよい「おはようございます! 美希さん」
美希「朝から元気コンビなの」
春香「雑なくくり方……」
やよい「はい! 私は元気ですよ! 美希さんは元気じゃないんですか?」
美希「んー。まあまあってカンジかな。あふぅ」
春香「…………」
やよい「あっ。いっけない! 私もうレッスンに行かなきゃ! それじゃあ春香さん、美希さん。また後で!」
春香「うん。いってらっしゃい」
美希「いってらーなの」
ガチャッ バタン
春香「…………」
美希「…………」
春香「ちょっと屋上行こっか、美希」
美希「うん。いいよ」
春香「……それで? 今度は何が心配の種なのかな? 美希ちゃんは」
美希「心配ってほどじゃないけど……っていうかよく分かるね。春香こそエスパーみたいなの」
春香「まあ、私と美希は今やただの友達じゃないからね」
美希「……うん。そうだね」
春香「で? 美希は何が気になってるの?」
美希「えっと、例の夜神月って人……この人が、やっぱり前に事務所に来た刑事さんの息子だったっていうのは春香から聞いたけど」
春香「うん」
美希「それってつまり……この人を探っていけば、Lにつながる可能性があるってことだよね」
春香「そうだね。少なくとも、ライトさんのお父さんはLと一緒にキラ事件の捜査をしているはずだから」
美希「…………」
春香「美希?」
美希「春香はこの前、『今捕まりかねないような危険は冒さない』って言ってたけど……」
春香「…………」
美希「それでもやっぱり、不安なの。春香がLの正体を探ろうとして、そのライトって人に近付き過ぎないか……そして、そこから逆に春香の正体が辿られたりしないか……って」
春香「…………」
美希「春香のことを疑ってるわけじゃないんだけど……」
春香「大丈夫だよ。美希」
美希「…………」
春香「前にも言った通り、危ない橋は渡らないから」
美希「春香」
春香「それに……Lの正体を探る手段なら、もっと安全な方法を考えてるからさ」
美希「? それって……黒井社長の事?」
春香「それも一応あるけど……正直言って、あの人にはもうあんまり期待できないかな……。『“L”の正体を明かせ』って命じてからもう二か月以上経つのに、何の進展も無いし」
美希「じゃあ……」
春香「やっぱりデスノートですよ! デスノート!」
美希「! …………」
春香「ほら、前に教えたでしょ? デスノートに詳しい死の状況を記載した場合、その人がやってもおかしくない範囲の行動ならその通りに操れるって」
美希「ああ。黒井社長の側近の人を操った時のやつだね」
春香「そうそう。それをまた使おうと思ってね」ゴソゴソ
(手提げ鞄の中からデスノートを取り出す春香)
春香「たとえばこんな感じに」パラッ
美希「どれどれなの」
--------------------------------------------------
心臓麻痺
誰にも怪しまれない行動範囲の中で任意のインターネットカフェに行き、
そのインターネットカフェに設置されているパソコンから、
現在『L』と称されている探偵について自分が知っている全ての情報を
インターネットサイト『救世主キラ伝説』の掲示板に書き込む。
20××年○月○日より23日間以内にこれを実行した後、
この事は誰にも言う事なく、上記のインターネットカフェから
10km以上離れた路上にて死亡。
--------------------------------------------------
美希「あー。前のやつをちょっと簡単にした感じだね」
春香「そういうこと。今回のは公開されても困らない情報だし、あんまり何回もファン名義で事務所にUSB送らせるのもリスクあるしね」
美希「なるほどなの。……でもこれ、名前書いてないけど?」
春香「ああ。デスノートは死因や死の状況を先に書いておいて、後から名前をその前に書き込んでも有効なんだよ」
美希「そうなんだ。知らなかったの。でもなんか、名前のところ妙にスペース広く空けてあるね」
春香「これは労力削減のためだよ」
美希「?」
春香「死因や死の状況を先に記しておき名前を後から記す場合、その名前が複数でも40秒以内に記せば何人でも、その死因や状況に不可能がなければその通りになるんだ」
美希「えっ。そうなの? すごいね」
春香「ちなみに名前を複数記し、最初に名前を記した時から40秒以内にあるひとつの死因を記した場合でも、それが書かれた名前全てに適用されるよ。また死因を記した後、6分40秒以内にあるひとつの死の状況を記した場合も、可能な者はその通りに、不可能な者は死因のみ適用されるんだ」
美希「へー。すごいの春香。まるでデスノート博士なの」
春香「な、なんか微妙な称号だねそれ……」
春香「そう。ただし設定した状況が不可能な場合……つまり『L』の情報なんて何も持ってないって人の場合は、知らない情報は書き込みようがないから、死の状況設定は適用されずにただ心臓麻痺となる」
美希「ふむふむ」
春香「またいくら複数の名前が書けるといっても40秒以内に書けるものに限られるから、一度にまとめて適用できる人数はせいぜい十人くらいだと思うけどね」
美希「なるほどなの。……ところで、春香」
春香「ん?」
美希「このスペースに誰の名前を書くの?」
春香「決まってるじゃん。犯罪者だよ」
美希「! …………」
春香「美希が毎日裁いている犯罪者……その中で、任意のインターネットカフェに行くことができそうな者……つまり、まだ逮捕されていない、逃亡中の犯罪者の名前をここに書き入れようと思う」
春香「ただ、先に美希が自分のノートに書いちゃうとそっちの効力が優先されちゃうから、予めその割り振りを相談しとこうと思って」
美希「…………」
春香「? どうしたの? 美希」
美希「あ、いや、なんていうか……」
春香「?」
美希「前の……黒井社長の側近の人の時は、まさにその人が持ってる情報を得るためだったから、その情報を送るように操って殺したっていうのは分かるんだけど……」
春香「うん」
美希「今回の場合は、その……その人が持ってるかどうか分からない情報を書き込ませるように操って殺す……ってことだよね」
春香「そうだね」
美希「なんか、それってその……犯罪者を実験に使ってるみたいな……」
春香「? 何言ってるの? 美希」
美希「えっ」
美希「! そ、それは……そうだけど……」
春香「別に本来よりも無駄に苦しめて殺そうとしているわけじゃないし、そもそも情報を持っていない人は普通に心臓麻痺になるだけなんだから。美希が殺した場合と同じに」
美希「…………」
春香「どうせ殺す命なら、有効に利用した方が良いでしょ?」
美希「! …………」
春香「それにもし彼らが書き込んだ情報によってLの正体が掴めれば、それだけ私達が捕まる危険は減る。つまりその結果、キラの裁きは続く」
美希「…………」
春香「そうなれば、ごく少数の凶悪な犯罪者の命によって、より多くの善良な人達の平穏な生活が維持されることになる。それは、美希が望む理想と合致することだと思うけど?」
美希「……うん。そうだね」
春香「でしょ? じゃあ何も気にすることないじゃん」
美希「……うん」
春香「じゃあ早速、犯罪者の割り振りをしよう。えーっと、まだ捕まっていない犯罪者は……」
美希「…………」
春香(……まあ、本当はこんなのどうだっていいんだけどね)
春香(所詮一介の犯罪者風情がLの情報なんて持っているはずがない)
春香(せいぜい『Lはリンド・L・テイラーだ』程度の情報だろう)
春香(でも少なくともこうしておくことで……美希の不安を取り除いてあげることはできる)
春香(夜神月に近付くことを通じて、私が何か危険な行動を取るのではないかという……美希の不安を)
春香(……これ以上、美希の不安そうな顔は見ていたくないからね)
美希「…………」
美希(……春香……)
カンカンカン
春香「! 誰か来た! 美希、続きはまた後で」バッ
美希「は、はいなの」
ガチャッ
P「お、なんだお前ら。こんな所にいたのか」
春香「どうしましたか? プロデューサーさん」
美希「レッスンまではまだ時間あるよ?」
P「ああ、実はちょっと重大な連絡があってな。……お前ら二人に」
春香・美希「えっ?」
P「悪いが、ちょっと執務室まで来てくれ。もう他の皆も集まってるから」
春香・美希「…………?」
美希「デスノート」【その3】
元スレ
美希「デスノート」
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美希「デスノート」
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