文香「神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて」
あの人に名前を呼ばれる。
ありすなんて子供っぽくて嫌だったのに、どうしてだろう。
あの人の優しい声が私の名前を紡ぐたびに、体が、心が、頭がふわふわとしてきて、心臓の奥の奥がじーんと熱を帯びてくる。
まだ何も言っていないのにこの人は……どうしてこうなんだろう。
決して馬鹿にしているわけじゃなく、7つも年の離れた人にこんな事を言うのは失礼なんだろうけども、かわいらしいなと思う。
「いえ……相変わらず綺麗な髪だなって、そう思っただけです」
嘘はついていない。
実際、この人の黒髪はとてもサラサラしていて、美しくて、許されるなら一日中でも触っていたいくらい。
視線を隠すように伸ばされた前髪の向こうにある瞳も、不純物など混じっていない水のように透き通っていて、
じっと見ていたら吸い込まれてしまうんじゃないかと思うほど。
＊
人に話せるような面白い、劇的な出会いじゃなかったのは覚えている。
事務所のソファの端っこに座って、黙々と本を読んでいる人。
それが第一印象で、今でもそれは変わっていない。
私はいつも不思議なものを見るような気持ちで眺めていた。
薫さんたちが事務所内で鬼ごっこを初めても、フレデリカさんがちょっかいをかけても、この人は変わらず読書を続けていた。
私が話しかけるまでそう時間はかからなかった。
「あの……そんなに見つめられると、恥ずかしい、です……」
そう言って、私の方をちらりと見たあとすぐに視線を外す。
わずか数秒の出来事。
雪のような白い頬に赤みが差す。
羨ましいと強く思うその溶けそうな肌も、
この人にしてみれば、病的だと感じてあまり好きではない、となる。
それを聞いてみんな口々に、もったいない、もっと自身を持てばいいのに、と言う。
恵まれた容姿を持って、アイドルという立場にいるのだから、その謙虚は逆効果なのでは。
余計なお世話だと思ったけど、それを本人に伝えもした。
「そうですね……」と短い言葉のあとに、
「そうきちんと言葉にして、面と向かって言ってくれたのは……橘さんで二人目です」
前髪に隠れていたけど、その時の柔らかな笑顔はとても素敵で、この人に魅かれるには十分すぎるほどのものだった。
「あっ、あの」
「はい？」
「あ……ありすでいいです。その、名前……」
多分ぎくしゃくした表情で、はたから見たらとてもおかしかっただろう。
自分でもなんでそう言ってしまったのか、わからない。
それ以上に突然こんなことを聞いてしまったこの人はもっと不思議に思っているに違いない。
「ごめんなさい。さっきのことは忘れて……」
「……わかりました。ありすちゃん」
心臓が一度どきりと跳ねる。
体温がぐっと上がる感覚。
顔に両手を当てると手のひらがじわっと熱を感じた。
卑怯だ。
「なら私も……文香さんって呼びますから」
これが今出来る私の精一杯の抗議。
「……はい。よろしくお願いします」
最終的に視線を外したのは私の方だった。
＊
「……からかわないでください」
いつかと同じだ。
この人はすぐ私を照れさせようとする。
それは私が子供だから？
「……からかってなんかないですよ。本当に綺麗で……牧場で風に揺られる緑のような柔らかさで……撫でていてとても気持ちが良いです……」
頭頂から肩にかけて、まるでシャボン玉に触れるかのような優しい手つきで私の髪を撫でる。
すると、名前を呼ばれたときと同様、地面から数センチ浮いたような感覚に襲われる。
口を開けると変な声が出てしまいそうで、ぎゅうっと下唇を噛んだ。
「ちっ、違います！ 嫌じゃ、嫌じゃないです……あの……えっと……」
「……？」
「気持ちいいので……口をしっかり閉じていないと、その……声が出てしまいそうで……」
喋るたびに顔が熱くなっていくのがはっきりとわかる。
「だから、別に怒ってたり、気を悪くしているわけじゃ……」
「……ふふ……なら、もう少しだけ撫でさせてもらいます」
恥ずかしさでうつむく私の頭に、再びこの人の暖かな手が乗せられる。
いつもなら子供扱いしないでと感じるのに、そんな感情なんて元からなかったかのように私の心はただ幸福で満たされていく。
「え、あぅ……えっと……」
「やっぱり年齢が離れすぎでしょうか……？ でも十歳差の姉妹もいますし……ちょうどこれくらいの差だと、年上にとってかわいがりやすい、ですね」
終始、この人のペースで進んでいく。
口には自信があったのに、ゆったりとした口調が私の歯車を狂わせるんだろうか。
「私も……文香さんのことを……お、お姉さんだと、思っています……」
「……相思相愛、ですね」
涼しそうに微笑むこの人とは対照に、私は顔から火が出そうなほど熱を帯びていた。
勝ち負けの問題じゃないけど、このままじゃなんだか悔しいので、私からも何かアクションを起こすことにした。
今考えられる精一杯の反撃。
これを言うだけなのに心臓がせわしなく動いて、握った手のひらはしっかりと汗をかいていた。
「はい……構いませんよ？」
あまりにもあっけない許容の言葉。
私が思い描いていたのは戸惑うこの人の姿だったのに、まさか自分が困惑する側になるなんて。
自分で言っておいて、誘われるがまま膝の上に乗る。
すると後ろからこの人の両腕が私の体を包んだ。
逃げる気なんて元々なかったのだけれど、形容しがたい甘いにおいが鼻をくすぐり、ますます体温は上昇するばかり。
「文香さんがこういうことをするなんて、ちょっと意外でした」
冷静を装ってみるけど、声が震えていてなんとも滑稽になってしまった。
それに気づいたか気づいていないのか、この人はお互いの呼吸音が聞こえるほどに私をぎゅっと抱き寄せてきた。
「お姉さんなのに、文香さんが甘えるんですね」
「……かわいい妹が膝の上に座ってきたら、こうしてしまうのは仕方のないことじゃないですか？」
「……今日の文香さんはいじわるです」
「ありすちゃんだけ……ですよ？」
「そういうところが、もう……」
「随分、ロマンチックな言葉ですね。文香さんらしくはありますけど」
「私の好きな曲の一小節です……少し変えましたけど、素敵な言葉だと思いませんか？」
この世界に別の可能性があるのなら、そうだったらいいなと願うと同時に、
姉妹じゃなくてもこうすることが出来るのだから、今の私は別の世界の私よりも幸せものだ。
神様の気まぐれによってここにいるなら、そんなあやふやな存在を信じてみてもいいかなと、そう思った。
ありす「あの、文香さんに渡したいものがあります」
文香「私に……ですか？」
ありす「友好の証、と言ったら大袈裟でしょうか……とにかく、文香さんに食べてもらいたくて」
文香「……食べる、ということは食べ物ということですか」
ありす「お口に合えばいいんですが」
文香「……好き嫌いはない、はずなのでおそらく大丈夫かと……」
ありす「よかったです。ちょうどお昼どきなので、昼食にどうぞ」
文香「ありがとうございます。では、さっそく……」
文香「……あ……」
ありす「自信作です。どうぞ、お召し上がりください」
文香（これが、噂に聞いていた……実際、目の前にすると……どうすればいいのか……）
文香「……」ﾁﾗｯ
ありす「……」ﾄﾞｷﾄﾞｷ
文香（食べられない、と言える雰囲気では……ないですね……）
文香「……」ｺﾞｸﾘ
文香「……い……いただき、ます……」
謎の胃痛で文香が倒れたのはまた別のお話
我慢出来なくて最後の最後で納豆してしまった
関係作品
ありす「負けません。粘り強く、勝ちます」
前作は
加蓮「元気になる食べもの？」
元スレ
文香「神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1442416327/
文香「神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1442416327/
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コメント一覧 (30)
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- 2015年09月17日 01:11
- くさい(確信)
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- 2015年09月17日 01:12
- なんだよ、アニメの印象深いシーンをトレースしたほっこりする話だと思ったらオチ！
柚に食わせればいいだろう、イチゴパスタは！？
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- 2015年09月17日 01:12
- ※1
お前、風呂で足の裏洗わないタイプだろ
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- 2015年09月17日 01:21
- ※3
納豆イチゴパスタなんて劇物を臭いと言わないならなにが臭いんですかね・・(困惑)
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- 2015年09月17日 01:23
- ※2
柚「ｲﾔ……ﾔﾒﾃ……ｵﾈｶﾞｲ……」ﾊｲﾗｲﾄｵﾌ
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- 2015年09月17日 01:24
- おまえかよ納豆Ｐ！！
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- 2015年09月17日 01:25
- ふみふみにとろろぶっかけたい
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- 2015年09月17日 01:30
- タイトルがceroじゃないか
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- 2015年09月17日 01:51
- ceroの曲だね
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- 2015年09月17日 01:52
- おふみちんはどちらかというと味にこだわりのないタイプだから、もしかするとイケるかもしれんね(汗)
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- 2015年09月17日 02:04
- そこまで納豆出さなかったんだから最後まで粘れよ
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- 2015年09月17日 02:09
- まさに粘り負け
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- 2015年09月17日 02:46
- 納豆とろろ添え姉妹丼一丁下さい
イチゴ？知らない子ですね
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- 2015年09月17日 03:10
- よかったねありすちゃん。好きな人ができて。しかも人気が高い文香とくっつくなんて嬉しいね。まゆもいい加減智絵里とくっつかないかな。ﾎﾞｿｯ そうすればもう誰もPの正妻がわた渋谷凛ちゃんだということに文句を言う人もいなくなるのに。
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- 2015年09月17日 05:09
- おいしいから大丈夫です
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- 2015年09月17日 05:12
- ※14
渋谷凛のウワサ
自称正妻らしい
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- 2015年09月17日 05:38
- 紙書籍派と電子書籍派の和解の瞬間の時ですね！
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- 2015年09月17日 07:26
- 常務に場内の盛り上がりを伝えるきっかけを作り出した娘？
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- 2015年09月17日 08:29
- ※10
味に拘りが無くてもキツイと思います！
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- 2015年09月17日 10:31
- あんたかよ!!
それはともかく、ありふみは至高だね
担当になりたくなった
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- 2015年09月17日 12:51
- ふみありかわいい！ずっと眺めていたい！って思ったら納豆!!お前かよ!!おかげで納豆好きになったぞこんちくしょう!!
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- 2015年09月17日 14:37
- ※14
このアホのせいで全てのモバPが俺嫁厨と認識されているのが勘弁ならん
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- 2015年09月17日 15:48
- 納豆Pはこんな文章もかけるのか…天才かよ
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- 2015年09月17日 16:31
- むしろ最後にネバった感あるな
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- 2015年09月17日 18:33
- なぜ最後まで我慢できなかった！
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- 2015年09月17日 22:56
- いい感じだったのに何故納豆で締めたんだ、納豆Pよ。
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- 2015年09月18日 18:48
- 文香ちゃんを大事に思ってたからパスタを振る舞ったんでしょうか
納豆だけにだいずに思って
ﾌﾌｯ…
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- 2015年09月18日 18:53
- ※27
楓さん飲みに行きますよ
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- 2015年09月18日 19:12
- ceroいいよね…
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- 2015年12月11日 11:32
- いい話だと思ったら、最後で台無しだよ！
納豆は人間の口に入れていいものではない(暴言)
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