範馬勇次郎「時速5000キロメートルッッッ!!!」【前半】
バ バ バ バ バ バ バ バ
その日、東京上空で…
ストライダム「~~~~~~ッッッ」
それは勃発した
いや…厳密にいえば東京上空のヘリコプターの機内で
更に厳密に言えば…それは既に…
範馬勇次郎「……………」
この漢の中で開始まっていたッッ!!!
ストライダム「ゆ……勇次郎ォ…」
ストライダム(いきなり我々を叩き起こして前置きも無く、ヘリを飛ばせと言われたので飛ばしてみたら…)
ストライダム(これは…)
勇次郎「…………」
ストライダム(まさか……ッッ)ゴクリ…
勇次郎「止めろ」
ストライダム「!?」
勇次郎「聞こえねェか」
ストライダム「ワ…ワカってる。ここで高度を維持しろ」
パイロット「イエッサ…」
勇次郎「…」ガラッ
パイロット(ッッ……ドアを開けた音? エ?何?何する気!?)
ストライダム「な、なァ、オーガ。口煩い事を言うようでワルいんだが…バキと闘ってまだ一年と経ってないじゃないか。何も焦る事は無い。君を満足させる相手もいつかはまた…」
勇次郎「そうじゃねェ…」
ストライダム「え?」
勇次郎「ヤらなきゃならなくなっちまったんだよ…」クスクス
ストライダム「やるって…何を…?」
勇次郎「バキは曲がりなりにもこの範馬勇次郎を相手取り、引き分けに持ち込んだ。ヤツの骨が割れ、肉が軋み、内臓が悲鳴を上げ、俺の負傷が鼻血程度であったとしても……ヤツは事実、俺に席を譲らせている」
ストライダム「?」
勇次郎「二物が頂点を占める事は無い。両者共に競い合い、やがて食い合うのが自然の摂理」
勇次郎「ならば生来の暴力ではなく、日々の努力…研鑽とやらがモノを言う事ケースもある」
勇次郎「それが野郎の論調の一つだ」
ストライダム「…………まァ、そうだが」
勇次郎「じゃあそれに乗ってやるのも親心じゃねェか」クスッ
勇次郎「……って言うかよォ」
勇次郎「一度やってみたかったんだよ…クッション、命綱、パラシュート無しの」
完全無欠の自由落下ッッ!
ストライダム「!!?NOッッッ!ユージローNOーーッッッ!!」
しかも…
ド ギ ャ ッ !
助走付きッッッ!!
踏切を渡る瞬間、彼女は僕とすれ違った
その時、僕はその人が誰なのか分かった
でも、僕の足は止まらなかった
振り返る事が出来なかった。僕自身ですらも、まだ信じられなかったから
彼女がここにいる筈が無い。そう思っていた
だから僕は、煙を出してフラフラ揺れるヘリコプターを遠くに見ながら、何も出来ず、ただ黙って立っていたんだ
胸を思い出に強く締め付けられるのを感じながら…
でも、そんな考えも頭からすっ飛んでしまうような事が、その時起きた
ド ワ ッ シ ャ ア ア ン !
聞いたことの無いくらい、それこそ耳が痛くなる程の音が背中からぶつかって来て、驚いて振り向いたら、そこにはV字型に歪んで塔のようになった回送電車と
勇次郎「………」ジャリ…
塔のV字の谷間に減り込む、むかし読んだ本に出てきそうな、恐ろしい何かがいた
貴樹「え……あ……」
何が起きたかも分からない僕の目の前に
ズ ン !
その男は立った
勇次郎「………」コキッ コキッ
首を鳴らして、まるで体操でもした後のように息を吐く、僕より頭3つ程大きいその男を前にしても、不思議と僕に恐怖感は無かった
きっとあの時は、目の前の光景は夢か何かだと思っていたんだと、今は思う
変なヘリコプターも、この電車も
この男も、あの人も…
どう考えても有り得ない事だらけで、僕は自分の正気を疑っていた。何もかもが嫌になってたから。日常の何もかもが、僕を置いて行ってしまっている気がしていたから、とうとう僕はどうにかなってしまったんだ、と
勇次郎「ほう」
でも男は夢じゃなかった
勇次郎「逃げねェのか」
貴樹「………」
顔も身体も間違いなく本物で、焦げついた臭いもする。僕は急に恐ろしくなって逃げようとした
でも逃げられなかった。男の全てが恐ろし過ぎて、目線さえ外せなかった
勇次郎「通るぜ」ズチャ
貴樹「!!」
濃密な空気…まるで油のような重い空気に押され、僕は尻餅をついてしてしまった
男はそんな僕には見向きもせず、フッと消えてしまった
何が現実に起こっているのか判断が付かない僕は、ただ唖然としていた
電車を囲む人垣に、ずっと探していたあの人を見るまでは
明里「…………」
彼女…いや、明里を見た瞬間、昨日まで僕を被っていた暗い何かは消えて、代わりにあの日から今日までずっと抑え込んできた思いが一気に噴き出してきた
からっぽになってた心に、懐かしさとか、嬉しさとか、温かさとかが満ちていく感じがした
貴樹「ぁ…あか…」
明里の名前を呼びたかった
でも声が出ない
さっきまでの恐怖と今の状況に対応できず、心も身体もパニックを起こしてるって自分でも分かった
明里「……貴樹、君…?」
明里が呟いた瞬間…
警官1「ハイどいてどいてェ!!危ないよッ!」
警官2「状況保存しろよ!誰にも変えさせんなァ!」
警官3「下がって!!危ないですよォ!」
警官隊が人垣を割ってなだれ込んできた。崩れる人垣の周りにはパトカーがいくつも停まり、中には見たことの無い車も見えた
座り込んでいた僕は人垣の外に追い出され、警官の一人に毛布を被せられた
多分色々聞かれたと思うけど、その時自分が何て言ったのかはよく思い出せない。とにかく「明里…明里は…」とか言っていたと思う
そんな僕から警官が去って、疲れ切った僕がガードレールに座って一人でまた呆然としていると、明里が近付いてきた
明里は僕の隣に座ると、恐る恐るという感じで、話し掛けてきた
明里「貴樹君…だよね…?」
僕は頷いた
すると明里は、僕の手を優しく取り、両手に握った
僕は何も言えなかった
さっきまでのゴタゴタなんてどうでも良くなり、明里の手に嵌めてある結婚指輪なんて気にもできなかった
とめどなく溢れる涙と蘇る思い出が、僕に「元気だった?」の一言も喋らせてはくれなかった
何分か経ってひとしきり泣き終わったあと、僕は明里に「もういいよ。だいぶ落ち着いた」と言った
その声は弱々しかったと思うけど、明里にはちゃんと聞こえてたみたいだった
明里「もういい?」
貴樹「うん…ごめん、ちょっと…」
明里「あっ…うん」
泣き止んでみると途端に毛恥ずかしくなり、僕は喋れなくなった
明里も何を話したらいいのか分からないらしく、お互い黙ったまま、結構な時間が経った
そして時間が経つ毎に、僕の恥ずかしさは増していった
思えば何故あんなに子供みたいに泣いてしまったのか、僕は自分のやった事を後悔し始めていた
後悔したところで、もう過ぎてしまった事だけれど
ストライダム「ソーリー…」ボロボロ
明里「わっ…」
貴樹「え?」
ストライダム「まさかこんな事になるとは…いや想像はしていたが申し訳ナイ。軍関係者として謝罪したい……」ペコリ
貴樹「……軍…?」
明里「?」
ストライダム「この事故……イヤ、この『天災』における出費はすべて当局が負担する。コレらの書類にサインした上で、徳川財閥への被害額の請求を行ってほしい」サッ
貴樹「被害額って…別に大した被害は受けてな…」
ストライダム「イイカラッ!」
貴樹「………」
最初は事件現場を埋め尽くしていた人混みも、警官隊の手によってあっという間に散らされ、数を減らしていった
ドラマで見た事のある黄色いテープが、現場を囲むように貼り巡らされ、テープの中と外で警察は慌ただしく動いていた
その中に、ちらほらと銃を持ったいかにもな軍人も混ざっていたのを見て、時間が経ったせいもあるけど、僕は目の前の出来事が、全部現実だったという事をやっと実感し始めて、怖くなっていた
でも予想と違って、何人かの警官達に連れていかれ「事情聴取」…みたいな事にはならなかった。むしろ警官の一人に、邪魔だからあっちへ行けと言われてしまった
あの軍人達は何なのかと訪ねても、余計な詮索はするなと追い返される
事故についての説明も特にない
あの黒い大男は何者だったのか、誰も何も言わなかった
明里「ねえ…」
貴樹「うん?」
明里「…久しぶり、だね…」
貴樹「………」
明里「………」
貴樹「…うん…久しぶり」
明里「私…」
貴樹「………」
明里「ううん、ごめん…やっぱり何でもない」
貴樹「いや良いよ…結婚、したんだよね…いいことだよ」
気の利いた言葉が浮かばない
色々な物が心から溢れすぎて、何の整理も出来ない
明里を責めてるみたな言い方になっていないか、不安だった
明里「………」
貴樹「………」
明里「私、覚えてた……貴樹君との約束」
貴樹「!」
明里の言葉を聞いて、僕の心が一瞬跳ねた
明里「何度も来てみたの、ここに。でも、やっぱり貴樹君はいなかった」
貴樹「………」
明里「だから、すれ違った時も、また違うんじゃないかって思って」
明里「でも…今度は貴樹君なんじゃないかって、思ってもいて…」
貴樹「………」
明里「でも、凄い音がして…ごめん、変だよねこんな話」
貴樹「変じゃないよ」
明里「えっ…」
貴樹「僕も思ってた。いつか会えるんじゃないかって」
明里「貴樹君…」
貴樹「でも……さっきの事故が無かったら、僕もきっと、あのまま行ってしまっていたと思う」
いや違う、そうじゃない
僕が言いたいのはそんな事じゃない
もっと大切な、もっと言わなきゃいけない言葉があった
貴樹「僕、会いたかったんだ、明里に……」
明里「………」
貴樹「ずっと会いたかった」
明里「……うん、私も」
貴樹「僕は…」
そのずっと言えなかった言葉を、僕は言った
もうなにもかも遅いって分かってるのに
いや、遅かったからこそ、きっと言えたんだ
貴樹「僕は明里の事、好きだったんだ」
明里はしばらく何も言わず、後から小さな声で
明里「…私も…」
と、言った
私も好きだったって意味だって分かった
だけど「好きだった」と言われてたら、きっと僕はまた泣いてしまっていたと思う
でも、明里の言葉を聞いて、ボロボロに腐ってたつっかえ棒が僕の心から取れて、そこに光が射したような、そんな気持ちがした
貴樹「…ありがとう…」
明里「ううん、いいよ」
貴樹「………」
貴樹「………ふふっ、なんだか変な事もあるよね」
明里「?」
重い何かが全部外れた気がして、僕の声は自然と明るくなっていた
今まで何を背負っていたのか、もう忘れてしまってた
貴樹「不謹慎かもしれないけど、だって普通有り得ないじゃないか。こんなタイミングで、あんなとんでもない事が起きるなんてさ」
明里「えっ…あ、うん、そうだね…なんでだろ…」ハハ
明里も笑ってる
貴樹「明里、元気だった?」
言いたかった事の二つ目も言えた
明里「うん。貴樹君は?」
貴樹「うーん……あんまり、かなぁ」
明里「あんまり?」
貴樹「いや…彼女いたんだけど、フラれちゃってさ」
明里「あっ……ごめん、聞いちゃいけなかったよね?」
貴樹「いいよ、もう過ぎた事だし。きっとそういう巡り会わせだったんだ」
明里には少し謝り癖が付いたかもしれない
僕らは沢山話した
仕事はどうだとか、最近ハマってる事は何だとか
好きな芸能人は誰かとか、近所であった面白い話とか
話せば話すほど、昨日までの僕がどんなに無為に生きてきたのかが分かって、なんだか肩身が狭いなぁと苦笑してしまう
明里はもう新しい人生を歩んでいたのに、僕は止まったままだった
一度付いた傷は治らないけれど、それでも人生は続くって、明里は分かっていたんだ
明里「ホントに、不思議だよね…」
貴樹「うん、本当にびっくりしたよ」
気付けばまた事故の話になっていた
明里の話によると、この事故での死者はいないらしい
「念の為に無人車両にしておけと上から言われまして…」と、警官に語る、頭に包帯を巻いた車掌の話声を、明里は聞いていたようだった
貴樹「無人電車って…何で?」
明里「さあ、私もよく分からないけど……うーん…」
二人で考えても、当たり前だけど答えなんて出なかった
でも一緒に考えてるこの時間も、何だか楽しかった
貴樹「あっ、ごめん!」
明里「え? 何が?」
いきなり焦り始めた僕の様子を見て、明里は鳩に突かれたような顔をした
貴樹「明里、今日、用事とかないの…?」
明里「?」
貴樹「………今日」
明里「……!! あーーっ!大変!そうだった!忘れてた!」
貴樹「あれ、忘れてた?」
明里「う、うん…どうしよう…まだ連絡してないし…」
どういう用事かは詮索しなかった
そこまで聞いていいのは明里の夫だけだと思って、聞かなかった
少し寂しいけれど、それが夫婦と他人の違いだ
明里「ううー…どうしよう…まずいよー…」アセアセ
貴樹「まあ、話せば分かってくれるよ。だってホラ」
そう言って、僕は塔のようにそびえ立つ電車を指差した
明里はその電車を見て「うわあ…」って顔をしたあと「まぁ…分かってくれる、かな…」と呟いてた
貴樹「あはは…」
明里「? もう、何?私結構真剣に悩んでるんだけど?」
ムッとした顔で明里が文句を言ってきた
でも、その顔も僕には面白かった
もう何年も人の顔に表情を見ていなかった僕にとって、好きだった人の百面相はとても新鮮で、とても楽しげに見えたからだ
明里「ちょっとー笑わないでよー」ムカムカ
貴樹「ごめんごめん、ちょっと思い出し笑い、ふふふ」
明里「もう……あ、そうだ、ちょっといい」
貴樹「何?」
明里「別れる前にさ、携帯の番号とか、いい?」
貴樹「えっ!?」
明里「………」
貴樹「……いいの?…それって…」
明里「だって、ここで別れちゃったら…もう、二度と会えなくなるかもしれないから…」
明里「私は結婚してるけど、友達と縁を切るなんて…私、できないよ」
貴樹「………」
貴樹「嬉しい…凄く嬉しいけど、僕は…」
明里「大丈夫、彼とも話すから」
明里「っていうか、彼、貴樹君の事知ってるよ?」
貴樹「へ?」
明里「なんか引きずってるみたいだから、洗いざらい聞かせて欲しいって言われて、それでね。……まぁ、仕方なくだけどね」アハハ
貴樹「そ、そうなんだ…」
僕にも、そんな人がいた。隠してた思いに気付いていた人が
でも、彼女は僕にそんな事言わなかったし、僕もそんな事話せなかった
明里、君の相手が君に合う人で本当によかった
明里「はいコレ、私の番号」
貴樹「う、うん」
でもいまいち実感が湧かない
フワフワと浮足立って、落ち着かない
なんとなく夢心地のまま、僕は財布を開けて名刺を渡した
もうその会社辞めちゃったけど、携帯番号は変えてないからね
明里「うん、ありがとう」
貴樹「………」
明里「じゃあ、えっと…私、行くね」
貴樹「うん」
踵を返して明里は歩き出す
遠ざかる後ろ姿を見て、僕は思い出した
あの夏の踏切へ駆けてく、明里の姿を
貴樹「あ…明里!」
明里「? なーに?」
貴樹「…ま、また!」
大の男が、大人になって「またね」は恥ずかしけれど、「また明日」って言うのもおかしい
だから「また」としか言えなかった
明里「………」
明里「うん!またね!」
そう言って、明里は歩いていった
家に帰った僕は、夕食や入浴もそこそこに床についた
家の中は静かで、華やかさのかけらも無い
でも、そこにいるのが前ほど苦にならなくなってた
相変わらず寂しい我が家だけど、昨日よりいるのが辛くない
僕は布団に包まり、今日起きた目まぐるしい事件を、頭の中で反芻する
明里が僕とすれ違った時は、まさかこんな事になるとは思わなかった。多分、お互いに
大きな音がして、振り返ってみれば大きな電車が二台、折れ曲がって立っているなんて。そんな場所で好きだった人と出会うなんて、きっと誰にも想像すらできない
このまま眠って、朝になれば今日起きた事の全てが無くなっているんじゃないか
そんな気さえしてくる
でも、僕は確かに言えた
明里に気持ちを伝える事が出来た
それだけで、十分に救われた気がした
でも、僕の名前を出して、本当に良かったんだろうか
相手に嫌われたりしないだろうか
それだけが気掛かりで、どうにも寝付きが悪い
そして、それ以上の大きな疑問が、僕を寝かせてくれない
電車から出てきたあの男は、一体何者なんだろう
初めに見た時、その身体の余りの大きさに、熊か何かだと思ってしまったけれど
よくよく見ると人で、でも…何か常軌を逸しているように見えて…
とにかく猛獣でも見ているかのような感覚だった
あの人は一体…
国会議事堂の中
衆議院…参議院…
与党…野党に拘わらず
あらゆるトップ、あらゆる権力者達が
ある男を中心に額を床に擦り付け、全員平伏していたッッ!!
勇次郎「てめェ…どういうつもりだ…」
亜部総理「どういうつもりも…その、見ての通りといいますか…」
勇次郎「キサマ…」ギワァ
亜部「~~~~~~~ッッッッッ!!!」
勇次郎「日頃恐れる俺を前にして、よくぞこのような怠惰を…ッッ」
亜部「たッ……怠惰と言いますと…?」
勇次郎「一国の権力者が、千恵も力も振るう事を早々に諦め、たかが一国民である俺に自粛を懇願するなど言語道断」
勇次郎「恥を知れ」
亜部「おッ、お待ちくださいッッせめて説明をばァ!!」
勇次郎「………」
亜部「わ…我々政治家というのは、永遠に互いを牽制し続けなければ立場を保てません…」
亜部「買収、風評流布、情報の削除、とにかく何をしてでも政敵の足を引っ張り、我が身を守ってきました」
亜部「しかし、そんな烏合の衆も、こと貴方に関してだけは意見が一致している…ッッ」
亜部「貴方はこの国にとっての内外圧の究極形だ…そんな貴方に我々が勝てるハズが無い…しかし貴方が本気で行う鍛練を止めるなど、自衛隊をもってしても不可能…」
亜部「ならば出来る事は「お願い」のみッッ!ですからッ!ですからどうかッッ!!」ガバッ
亜部「どうか鍛練は国外でやって下さいッッッ!!!」
勇次郎「…………」
亜部「………………ッッッ」プルプル
勇次郎「頼むという行為が強要に変じる条件を、よもや知らぬワケではあるまい」クスクス
亜部「………………?」
勇次郎「却下」
亜部「~~~~~~~~~~ッッッッ!!!??」
貴樹「ん……」バサッ
貴樹(あぁ…朝か…)
カーテンの間から差し込む朝日が眩しく、僕はけだるさを覚えながらも起きて、鳴らない目覚ましを見てため息を吐いた
起きても向かう職場なんてないのに、なんで起きたんだろうと
貴樹「!」
そしてふと昨日の事件を思い出して、携帯を開いた
貴樹「!……よかった…」
携帯には明里の電話番号がちゃんと記録されていた
よかった、夢じゃなかったんだと一安心。次はテレビを付けて、昨日の事件がニュースになってないかをチェックした
貴樹「うわ……」カチカチ
どのチャンネルも事件の事しかやってない
他にあるニュースと言えば、総理大臣が議員解散をすると言い出して、問題になってる事くらいだ
僕は目覚ましも兼ねて、自販機にコーヒーを買いに行こうと、玄関に向かった
貴樹「?」
でも玄関のドアは開けず、代わりに投函口に落ちている紙を拾った
紙を見ながら部屋に戻り、僕はパソコンと携帯を開いて、両方のメール欄を見た。そこには、覚えの無いアドレスからのメールが、それぞれ一件ずつ受信されていた
メールの内容は
「昨日の事件での被害に対して、当方で埋め合わせをしたい。地図も送付するので是非来てもらいたい」
という物だったけど、僕は埋め合わせ以前に被害にほとんどあってない
怪我もしてないし、メールの相手が誰かも知らない
何より連絡先を教えた事も無い相手からのメールが、とても気味悪かった
だからこそなのか、相手の正体が無性に気になった僕は、メールの中に聞き覚えのある単語を見つける
貴樹「徳川財閥?」
昨日の軍人風の外国人が言っていた単語だった
聞いたことの無い組織って訳じゃない。名前だけはちょくちょく職場で聞いていた
でもそこがどんな所なのか、何をしている財閥なのかは全く知らない
貯金はそれなりにあり、時間もたっぷりあった僕は、軽い気持ちで「埋め合わせ」って言われてる物が何なのか確かめに行った
切符を買ってバスに乗る。ただそれだけでも新鮮だった
そこかしこに貼ってあるチラシの内容なんて、今までまったく記憶に留めておかなかった。
10秒もすれば忘れ、知るもの全てがどうでもよかった
でも今は違う。どうでもいい物なんて、無いように思えた
貴樹(知らない事ばっかりだ。時間って結構早く流れるんだな…)
そんな事を考えながら、バスにしばらく揺られていると、ビルにある大型スクリーンからの記事が目に入った
『新事実!犯人はあの親子!?』
『電車に人型の墜落痕。政府に真相を知る者あり!?』
貴樹「えっ?」
つい声がでてしまった
本当に訳の分からないニュースだった
貴樹(人型…墜落痕って…)
貴樹(じゃあ、あれは…)
貴樹(あの事故って、まさかあの人が…電車に落ちてきて…?)
突然、手足が震えるのを感じた
背中がぞぞぞっと寒くなって、とても嫌な想像をしてしまった
でも、本当に寒気がしたのはその想像じゃない
あの男なら本当に出来そうだと、普通に思えてしまうのが怖かった
東京ドーム
貴樹(でっかいなぁ……そう言えば、東京ドームって初めて来たかもしれない)
貴樹(……でも、何でここなんだろう)
黒服「貴樹様でいらっしゃいますね」
貴樹「!? は、はいっ」
黒服「こちらへ」
貴樹「………」
貴樹(ヤクザとかじゃ、ないよな…)
黒服「ご安心下さい。徳川財閥はその筋の者の扱いに長けております。貴方に悪事を為すような輩などは、ここにはございません」
貴樹「そ、そう…ですか」
貴樹(どうしよう、凄く帰りたくなってきた…)
僕は東京ドームに入った
正直、奥に進めば進むほど、帰りたいという思いが強くなっていった
黒いスーツの男は僕の先を歩き、ドアを開け、階段を上り、どんどん奥へと進んで行く
そして、広いなんてもんじゃない広大な空間に出た
そこはテレビのチャンネルを回せば、必ず一日に一度は目にするような場所だった
老人「おォ、よく来たの。さーさー座って」
野球場の客席に座っているお爺さんに促され、僕はお爺さんの隣に座った
それを見届けた黒いスーツの男は、一度礼をすると、元来た道を戻っていった
老人「話は聞いておるよ……貴樹君、キミは大変な胆力を持っておるそうじゃないか」
胆力?
何を言ってるのか分からない。何の話をしているんだろう
老人「あ、イヤイヤすまん。自己紹介とやらにはどーにも慣れなくてのう」
老人「わしは徳川光成。徳川財閥13代目当主じゃ」
13代目当主…?
…ってことは、この人が徳川財閥のトップ?
貴樹「あっ、すみませんっ、こちらこそよろ…」
徳川「良いって良いって。キミはもう会社の人間じゃないんだから、名刺だの自己紹介だのいらんじゃないか」カッカッカ
貴樹「あっ…すみません、つい癖で…あの、ですが」
徳川「さてッ、では何故キミをここに呼んだかという話じゃが…」
…押しが強い人だなぁ、この人
徳川「あの男を前にしても、一歩も引かなかったそうじゃないか」
貴樹「え?」
徳川「こんな若者がのォ……」
貴樹「………」
この人…何か誤解してるんじゃないか?
徳川「中々おらん…特にキミのようなごく普通の青年が、あの男の前で逃げずに立っていられる……なんて言うのはのう」
徳川「大変素晴らしい。わしはその偉業をど~~しても讃えたかったんじゃよッ」
…まずい、やっぱり誤解してる
僕はそんな凄そうな男じゃない
なんとかしないと…
貴樹「あの…僕、そんなつもりじゃなかったんです」
徳川「あ?」
貴樹「あの時は、怖くて動けなかったんです…その…なんていうか、金縛りって言うのも変ですけど、本当に動けなかったんです」
貴樹「逃げる事も出来なかったんです…自分の身体じゃないみたいで」
貴樹「それに、僕は徳川さんの言うような、そんな人間じゃないです」
貴樹「強いとか、度胸があるとか……僕には、あまり…」
そうだ、僕にそんな強さはない。度胸があったら、家なり大学なり飛び出して、明里を探しにだって行けたはずだ
強さがあったら、例えどんな犠牲を払ってでも、見つけるまで帰らないって選択肢もあったはずなんだ
でも、僕はそうしなかった
無理だって分かってたから
人には、出来る事より、出来ない事の方が多いんだ
徳川「……フム」
貴樹「………」
徳川「原石を見つけたと思ったんだがのォ…やはり耳で聞くより、本人に会わなきゃ何も分からんか」
徳川「ところで貴樹君、キミに夢はあるかな?」
貴樹「? なんですか、急に」
徳川「ただ聞いとるだけじゃ、深い意味は無い」
貴樹「……それって将来の夢って事ですか?」
徳川「そうじゃ」
貴樹「………」
将来の夢…
そういえば、真剣に考えた事はなかったな
いや、あった
考えた事はある
だけど、それはもう…
貴樹「…昔はありました」
貴樹「好きな人と一緒に幸せな毎日を送るっていう、普通の夢でしたけど」
徳川「叶えたかね?」
貴樹「いえ、叶いませんでした……というか、本当にそれを望んでたのか、今では分からないんです」
徳川「ホー……というのは?」
貴樹「最近、その好きな人と再会出来たんですが」
貴樹「そしたら…」
徳川「満たされてしまった、と?」
貴樹「………」コクッ
徳川「………」
貴樹「…彼女は、もう結婚してたんです。旦那さんも良い人そうで」
貴樹「何より、彼女の笑顔をもう一度見れただけで、もう、何も報われなくてもいいって、思えたんです」
徳川「…………」
徳川「……貴樹君、『強さ』とは何かね?」
貴樹「強さ?」
徳川「うむ」
貴樹「強さって……喧嘩に強いとか、力が強いとか…」
徳川「ハァ~~ッ……やっぱりワカっとらんッ」
貴樹「えっ」
徳川「強さとは『ワガママ』」
徳川「強さとは『己の意思を通す力』の事を言うんじゃ」
貴樹(わがままを、通す?)
徳川「強さとは詰まる所それじゃ。腕力も、財力も、権力も、それらの出力装置に過ぎん」
徳川「貴樹君。キミはそういう出力装置……ワガママを、端から諦めて今まで生きてきた。そうじゃな?」
貴樹「………」
そう、確かにそうだ
わがままを絶対に通そうとした事なんて、一度も無い
怒っても、拗ねても、結局諦めてた
それがどんなに辛くて、哀しくても…
徳川「図星じゃな?」
徳川「普通、人というのは誰も傷つかない範囲で努力をし、自分も傷付かぬ程度でしか動かぬ」
徳川「それもいい。耐えてゆく事こそが人生という考え方が、世界中での一般常識じゃ」
徳川「しかし、だからこそ皆、一生に一度は強さに憧れるんじゃ。一度だけでいい、願いを叶えたいとな」
徳川「キミはただ強さを諦めていたのではない」
徳川「『願いを叶える強さ』というもが余りにも眩しく、憧れる以前に心が折れてしまったんじゃよ」
貴樹「!!」
徳川「まァ、キミの言う通り、キミの場合は既に願いが過ぎ去ってしまっておるからのう。強さを得た所で時間には敵わぬ」
徳川「強さには限界がある……だがそれでも尚、人間は強さという物に憧れる。いや恋してると言ってもいい」
徳川「ワシの場合は強さの化身達……『格闘士』達を愛しておる」
貴樹「……格闘士?」
徳川「そうじゃ」
徳川「彼らは素晴らしい…彼らは決して諦めないッ」
徳川「叩き潰されても、引き裂かれても、己の意思ある限り彼らは闘い続けるッ」
徳川「たった一つの願いを叶える為に、逃げも隠れもせんのじゃッ。何が来ようともッ」
徳川「その願いは多種多様ッ。ある者は金!ある者は名誉!ある者は愛!ある者はプライド!」
徳川「そしてある者は地上最強ッッ!」
貴樹「………」
徳川「その願いの為に……彼らは己の全てを嬉々として捧げるのじゃ」
徳川「己の身体や、苦痛…そして、その命さえものう」
貴樹(なんで…)
貴樹(なんで、その人達はそんなに自分を投げ捨てられるんだ?)
貴樹(なんで叶うかも分からない夢の為に、全てを失えるんだ?)
徳川「全ては悔い無き人生のため」
貴樹(!!)
徳川「人生はたった一度っきり……その人生、何一つ望みを叶える事無く死ぬか、願いに向かって前のめりに死ぬか」
徳川「誰でも前のめりの死を選ぶに決まっとるんじゃ。そのための強さが、ありさえすればのう」
徳川「貴樹君」
貴樹「! はいっ」
徳川「キミが出会ったあの漢は、その『人の求める強さ』の究極形じゃ」
貴樹「……え?」
徳川「時速5000キロメートル…この数字が何かワカるかね?」
貴樹「…いえ、分かりません…」
徳川「ホッホッホッ、そりゃワカらんか」
徳川「その男を監視する人工衛星が、地球の衛星軌道上を移動する速度…それが時速5000キロメートルじゃ」ギョロ
貴樹「じっ…人工衛星、ですか?」
徳川「そう。それも一機や二機ではない。打ち上げた国に拘わらず、軌道上の全ての人工衛星がひそかにヤツを監視しとる」
徳川「だが、それも既に単なる建前。監視などまるで出来てはおらぬ」
徳川「あの男が一度動きだせば、人工衛星は全機フル稼動を余儀なくされ、各々が機体スペックの限界を超えた働きをせざるを得なくなる。そしてその結果、誤作動を起こしてヤツを見失う」
徳川「カーナビの情報がたまに目茶苦茶になる…そんな話、貴樹君も聞いたことがあるじゃろ?」
貴樹「…はい…」
徳川「それよそれッ」ホッホッホ
貴樹「………」
徳川「あの男が何をしようが、誰もそれを制する事など出来ん。国を壊し、興し、戦争を起こし、戦争を制圧する……それくらい、あやつにとっては赤子の手を捻るような物よ。そんな物には興味を決して示さんがのう」
徳川「悪魔と呼ばれ、鬼と恐れられ、神と崇められ、天使のように愛される」
徳川「それが『オーガ』よ」ニマァァ
貴樹「………ッッ」
あの人は、やっぱり普通じゃなかったんだ…
一体なんなんだ?どういう人なんだ?
強さの究極形?
わがままを通す力が、徳川さんの言う強さだとするなら
あの人は、何でも出来るのか?
そんな空想みたいな人が、本当にいるっていうのか!?
徳川「まァ…ン~~…長々と説教じみた事を話したが」
徳川「貴樹君。キミの話を聞く限り、キミの今の考え方は、キミの人生にとってマイナスにしか働かん」
徳川「オーガを追いなさい」
貴樹「!?」
徳川「キミのこれからの人生の為にのう」
徳川「あ、身体を鍛えろって意味じゃないから」
バスの中で、移ろいゆく景色を眺めながら、僕は考えていた
徳川さんの言葉を
僕の今までの人生を
思えばいつだって後悔だらけだった、今までの僕
明確な考えもなく、ただ流れに身を任せ、寂しさを紛らわせていた
とにかく前に進もうと、足掻いていたつもりだったけれど
結局、違った
僕は忘れたかっただけなんだ
明里との事を。あの日々の事を
進んでなんていなかったんだ
明里との日々がまばゆ過ぎて、失いたくなかったんだ
進むのが怖くて、来た道にも戻れなくて
立ち往生をしただけなんだ
自分の人生から逃げようとしたんだ
自分でも形が分からない夢が、叶わない物だと思い込んでいたから
叶わないんだって、予感した気になって
その実あきらめたんだ
きっと、明里とキスをしたあの時から…
僕は夢を持ってなかった
叶える事も出来なかった
だから僕は、事故の日から気になっていたんだ
あの男の事が…
あの男は、僕なんかとはきっと正反対なんだ
彼は全てを持ってる。彼は何でも出来る
僕が持っていなかった物を。僕が叶えられなかった物を
持てない物を。叶えられない物を
彼は片手で掴み取れるんだ
貴樹「…オーガ…」
彼を知れば、僕にも来るのだろうか
新しい人生が
徳川邸
黒服「良かったのでしょうか」
徳川「ン?ん~~…」
徳川「まぁ、オーガの本名ぐらいは教えた方が良かったか」
黒服「………」
徳川「歳を取り、死期を感じ始めるとのォ……どーしても、世話を妬きたくなる」
徳川「特に、ああいう若者には」
黒服「つまり、あの青年でなくとも、若者ならば誰でも良かったと?」
徳川「そういう事になる」
徳川「ただ、大変な事件というのは、えてして大変な転換点になりうる」
徳川「ワシはただ事件を変えたかったんじゃ。さ迷える何者かの為に」
徳川「恐らく、あの青年にとって例の事件は転換点になる」
徳川「悔い無き人生を歩み出す事を祈ろう」
徳川「あ、そういえば…」
黒服「お渡しされていませんね。埋め合わせ」
徳川「アチャー……」
徳川「どうするかのォ…この蟹弁の山」
黒服「食べましょう」
徳川「そうするかァ…」
ガチャッ バタン
殺風景な僕の部屋に、ドアの音が響いた
靴を脱ぐ音も、上着を脱ぐ音もやけに大きい
僕は部屋の真ん中で立ち止まると、窓を開け、床に座って、自分の部屋を眺めた
窓からは夕陽が差し込み、弱い風が、飾り気の無いカーテンを揺らす
窓の外に鳥のシルエットが見える
その鳥は遠くに
果てしなく遠くに飛んでいくと
急に向きを変えて、夕陽の光に溶けた
貴樹「………」
僕は携帯電話を開いて、明里に電話を掛けた
ピリリリッ ピリリリッ ピリリリッ
ピッ
<…もしもし、貴樹君?>
貴樹「うん…久しぶり」
<えっ?>
貴樹「えっ?……あっ」
<ふふっ、昨日会ったばっかりじゃない>
貴樹「ぅ、うん…ごめん、そうだったね…忘れてたよ」
<それで、どうしたの?>
貴樹「いや、大した話じゃないんだ。えーっと…」
<……?>
貴樹「………」
貴樹「いや、ごめん。明里には本当の事話すよ」
<えっ…なに…?>
貴樹「昨日の…また僕らが会えた場所…今、凄い騒がれてるよね」
<…うん…知ってる>
貴樹「その事なんだけど…」
<明里ー?>
<あ、お帰りなさーい>
<ん?電話中だった?>
<あ、うん>
<んー……分かった、貴樹君だろ?>
<えへへ、うん、まあね>
貴樹「………」
<何だよもー妬いちゃうなー>
<あはは…>
<邪魔しないからゆっくり話しなー>
<ごめん。それで、なんだったっけ?>
貴樹「昨日のあの場所だよ。事故が起こった」
<あっ、あそこの話しだったよね。思い出した>
貴樹「あの事故について、何か聞いてない?噂話とかでもいいから」
<うーん……噂話でもいいんだよね?>
貴樹「うん」
<それならネットにいっぱい流れてたよ?>
貴樹「えっ」
インターネット?そんなのでいいんだ…
徳川さんはいかにも国家機密みたいな事言ってたけど、案外ゆるいじゃないか
それにしてもネットか…全然気づかなかったな
迷惑メールが面倒だから、ずっと前からパソコンも携帯もオフのままだったしね
…本当に仕事しかしてなかったんだな、僕
<貴樹君?>
貴樹「あっ…あーごめん、ちょっと考え事してた」
<ふーん…>
貴樹「明里……僕、あの場所について調べようと思ってるんだ」
<えっ? なんで? もうどこかに勤めてるの?新聞社とか?>
貴樹「仕事とかじゃないんだ。ただ、なんか気になるんだ、色々と」
<……まぁ、あれで気にならない人なんていないよね>
貴樹「うん」
<………>
貴樹「………」
貴樹「…じゃあ、またね」
<! あっ、うん、またねっ>
プツッ
貴樹「はぁ……」
明里「………」
夫「どんな話だった?」
明里「昨日の事件を調べたいって」
夫「調べるって…貴樹君って、探偵とか?」
明里「ううん、仕事とかじゃないみたい。気になるからって」
夫「へー…」
夫「…まぁ、気になるよなぁ。どう見ても訳分からない事故だし」
明里「………」
夫「事故の原因は未だ不明ってのはまだ分かるけど、これだけの規模でまだ死傷者ゼロってのはおかしい」
夫「なにより、あのグニャグニャになった電車。何をどうしたら電車があんな壊れ方するんだ?」
明里「うーん……さぁ…」
夫「誰だって気になるよ。俺の部署もあの事故の話で持ち切りだ」
明里「………」
あの事故について、明里に電話した日から五日後
僕は朝の9時から午後の3時まで、カラオケでアルバイトをして生活費を稼ぎつつ、余った時間で、例の事件も含めた「オーガ」に関係のありそうな事象を捜すという生活を始めていた
幸いと言えるのか分からないけど、趣味の少ない僕の生活だと、貯金もあってかあまりお金が出ていかない
定職も辞めていたから、定期代や接待費その他諸々ともおさらばしている
とても身体が軽い
こんなに自由な生活は始めてかもしれない
あの男に関係してそうな情報を捜すのは、主に近場の電車駅と家のパソコンで行っている
家のパソコンでは、当然ネットに繋いで情報捜し
これは家に帰ってからやっている
駅の方はちょっと変わってる
僕は地域清掃のボランティアに参加して、駅の地面やベンチに放置された雑誌や新聞を、駅構内から撤去する係についた
これなら、誰にも怪しまれる事なく雑誌を回収出来る
集めた雑誌は、ボランティアの皆が解散した後に、回収ボックスの前に全部集めて、読み終わった物から順番に捨てていった
小学生の頃から本の虫で、大人になっても事務仕事ばかりやってた僕は、文章を読むのがかなり早い
だから、ひたすら雑誌を読み続ける事にも、ストレスは感じなかった
いや、そもそも最近の毎日そのものに、ストレスを感じなくなってきている
会社で仕事をしていた時より、むしろ体力的には疲れているはずなのに
とにかく、僕はここ最近が楽しい
新しい人生の第一歩を、ようやく踏み出した
そんな気持ちが、ますます僕を元気づけてる気がした
そして電話の日から十日後、事件は起こった
その日、僕は集めた噂話や雑誌の記事を、パソコンを使ってまとめ、嘘の可能性が高まった情報とそうでない物とを選別していた
そんな時に、携帯が鳴った
貴樹「あっ…」
掛けて来たのは明里だった
<もしもしっ!貴樹君!?>
貴樹「! 何かあったの?」
今まで聞いたことがない、明里の叫ぶような声
僕の背中にじわりと汗が浮かぶ
<大変なの! あの人、まだ会社にいるのにっ!>
貴樹「まっ、待って明里!落ち着いて。頭の中を整理して、考えながら喋るんだっ」
<うっ…ごめんなさいっ…はぁ、はぁ…ふぅぅ>
貴樹「大丈夫?話せるかい?」
<ぅ…うん…大丈夫>
貴樹「じゃあ、話して」
<うん…>
<彼から電話があって…彼の職場の周りで、何か飛んでるみたいなの…>
貴樹「えっ!?」
とっ…飛んでる…!?
<それが、別の飛んでる物と何度もぶつかってるって……ビルの壁とか壊れてるから、警察はもう呼んでるみたいだけど、警察の人も見てるだけで…手出し出来ないって…>
貴樹「………」
<貴樹君…>
貴樹「明里。君の旦那さんの勤め先を教えて。あと、絶対携帯は切らないでね」
僕は家を飛び出してタクシーを拾い、明里の言った通勤先をドライバーに話して、車を走らせた
貴樹「運転手さん、もうちょっと急いでくれませんか!?」
運転手「あの~急げいわれましても、隣の車間狭すぎですよ。追い抜かせませんって」
貴樹「………」
思うように進まない車列に苛立ち、焦燥感が増していく
明里の夫を心配しているのもある
彼の会社の周りで何が起きているかも気になる
でも一番の理由は、あの明里の声だった
初めて聞いたあの声が、僕を突き動かしていた
バ オ ッ !
運転手「………」
貴樹「………」
運転手「…………ッッ」ガタガタガタ
貴樹「………」
貴樹(今…何を見たんだ…?)
貴樹(さっき……の光は……)
貴樹(…鬼……?)
キキキキィーッ
急ブレーキの音
進行方向からの謎の光
僕は何を見たのか理解し切れず、頭が固まった
運転手は泣きそうな顔で、後部座席にいる僕を見ている
この道路の車は、このタクシーも含め全て止まっている
あの光を見たのは僕らだけじゃないみたいだった
心臓が物凄い早さで脈打っている
でも、僕に落ち着く時間は与えられなかった
ダダダダダダダダ!!
新幹線のような早さで、手足の長い褌姿の大男が走ってくる
彼が通り過ぎた瞬間、車の窓が「ブン」と音を発して振動した
彼の顔は青ざめていた
まるで何かに怯えているようだった
そして次の瞬間、何かが通りすぎた
それが何なのか分からなかった
見えなかったからだ
ギ イ イ イ イ イ ン ン ! ! !
貴樹「うわああっ!!」
運転手「~~~~ッッッ!!」
鉄を凄い早さで引っ掻いたような音が響き、僕らは耳を塞いでうずくまった
背中に何か当たった
それが何なのかは、足元に落ちたそれを見て分かった
ガラス片だ。窓ガラスが割れたんだ
耳が痛い。手の平に液体が当たってる
顔が燃えるように熱い
もう僕は何も考えられなかった
音の無い中、僕は落とした携帯を拾い、車の外に出た
足元が覚束なかった。まるでエアクッションの上を歩いてるようだった
なんで車から出たのかは、自分でも分かっていなかった
多分逃れたかったんだと思う
自分を苦しめる何かから
貴樹「…?…」
高熱を出した時以上に朦朧とした意識と、足腰の立たない身体
僕は糸の切れた人形のように転倒して、徐々に意識を失わせていった
目の前に、僕の握った携帯電話がある
電話を掛けなきゃ
貴樹「明里…」
僕は意識を失った
ピッ… ピッ… ピッ… ピッ…
貴樹(?)
貴樹(なんだこの音…)
貴樹「この音…」
明里「貴樹君?」
貴樹(えっ…明里?)
明里「よかったぁ…」
鎬紅葉「気が付いたみたいですね」
明里「はっ、はい!」
貴樹「ここは…どこですか?」
鎬「病院ですよ」
貴樹「病院……」
鎬「路上で意識を失ってた貴方を見て、通りかかった方が救急を呼んだんです」
貴樹「……ん、これって…」スッ
鎬「それは貴方の耳を保護するカバー。術後の保護です」
鎬「耳の鼓膜というのは、高い再生力を持ちます」
鎬「貴方の場合は、鼓膜の癒着部分の一部が剥がれただけですので、その部分を縫うだけで治療が済みました」
貴樹「そうですか…ありがとうございます」
貴樹「!」
貴樹「すみません、僕、何日ここに?」
鎬「一日です。普通なら約半日ほどで目覚めるんですが、どうやら疲れが溜まっていたようですね」
貴樹「じゃあ……あのっ、雑誌か何かありませんか?」
明里「?」
鎬「雑誌?」
貴樹「今日の雑誌です。ありませんか?」
鎬「……………」
鎬「…分かりました、持ってきましょう。念のためですが、くれぐれも安静に」ガチャッ
貴樹「はい」
バタン
鎬(追うのか……あの格闘の魔人…)
鎬(…範馬勇次郎を…)
鎬(気になるか…そりゃ当然だな)
鎬(誰だって気になる。この私でさえも)
鎬(格闘に興味の無い人物も、ヤツを知ってしまえば必ず惹かれる)
鎬(ヤツの全てがね)
バタン
鎬「ありましたよ。一応新聞も持ってきましたけど、大丈夫ですか?」スッ
貴樹「ありがとうございます。助かりました」
鎬「いえいえ」
鎬先生が持ってきてくれた週刊誌と新聞を手に取ると、僕はそれらをさっそく読みはじめた
その様子を、明里は不思議そうに見ていた
先生はテレビの前でカルテに何かつけている
週刊誌と新聞、それぞれには、昨日僕が遭遇した現象に関係ありそうな記事があった
『議員汚職へのデモ隊、警官隊と衝突!』
『大乱闘に機動隊突入』
『負傷者多数』『警察側、銃器を使用か?』
『何者かが爆発物を持ち込み、ビルの外壁を爆破した可能性』
『デモ現場から500メートル離れた幹線道路で、原始人ピクルを発見!?』
テレビ<それでは次のコーナーです>
貴樹「?」
鎬「アー、すみません。これから野球の番組があるもので」ピッ
ピッ ピッ
鎬「ファンなんですよねェ~……衛星チャンネルどこだったかな?」ピッ ピッ
貴樹「! あっ、待ってください」
鎬(ほ~ら食いついたッ)ニヤァ
テレビ<これが現場の映像です。これを見ますとおり…>
貴樹「………」
テレビに映った「現場」を見た瞬間、直感的に
いや、誰が見てもおかしいと感じるかもしれないけど、とにかく感じた
貴樹(これ、本当に乱闘で説明がつくのか?)
貴樹(いや…説明していいのか?)
デモの参加者にも、警察にも、機動隊にも、標識の鉄柱を切断する事は出来ない
電信柱を割る事は出来ない
ビルの壁を壊す事は出来ない
車をバラバラにする事は出来ない
地面にクレーターをいくつも作る事は出来ない
自動販売機を引っこ抜く事は出来ない
それをビルの壁に減り込ませるなんて絶対無理だ
よく見たらヘリコプターも墜落してる
いいのか?それを乱闘って言っちゃって…
貴樹「うわっ…」
明里「うわー……」
鎬「すっげェ…」
明里「えっ」
鎬「あっ」
明里「あ、いえ、その…確かに凄いですね。あはは…」
鎬「い…イヤイヤイヤ、勘違いしないで下さいッ。これは言葉のアヤと言うか…アハハハ」
アパートの一室
貴樹の部屋
左耳に水の中から聞くような音が響いてる
退院出来たのは良いけれど、退院前に先生から
「三日は外さないように」
と言われてしまったから、しばらくはこの音からは離れられなさそうだ
でも先生の話によると、損傷が片耳で済むのは運がいいらしい
僕もこれに関して言えば、運が良い方だと思ってる。タクシーの窓ガラスが、片面だけとはいえ、あの音と衝撃で粉々になったんだから
それにしても箸が進まない
昨日は何も食べてないのに、晩御飯が全然減らない
今日食べた病院食よりは、美味しい晩御飯なのに、一噛み毎に気になってくる
左耳の違和感と、タクシーの中で見た『光る顔』の事が
あの顔はなんだったんだろう…
少なくとも人間の顔じゃない
あんな表情、しようと思っても出来るものじゃない
あれはまるで…なんというか、意思そのもの
『闘志』そのものというか…
そこまで考えた所で、携帯が鳴った
明里の夫の名前を>>81~>>89の間で募集します
マンガ版秒速の方で出たような気がしますが、遥か昔の記憶なのでそこん所が曖昧虎眼
ぬふぅ
禁止事項は以下の通り
・マンガ、アニメキャラの名前禁止
・ネタネーム禁止(うんこ等)
・キラキラネーム禁止
・バキキャラ名禁止
・擬音禁止(キャオラ等)
隆夫
正明
ひろし
文七
彦一
貴章
幹隆
「夫」か「A」でいいだろう。
人物設定にまで踏み込むこともない
ガチャッ バタン
明里「ただいま~」
夫「おかえり。晩御飯出来てるよ」
明里「あ、おかえり、帰ってたんだ。どうだった?」
夫「今日もこってり絞られたよ。向こうも必死なんだろうけど、警察が嫌いになりそうだった」
明里「それ、なんかの犯人みたい。ふふっ」
夫「だって本当しつこいんだよ、事情聴取ってやつが。確かに現場にはいたけど、あんなの何が起きてるかなんて分からないよ。俺、奥に引っ込んで警察呼んでたし」
明里「大変だったんだねー…お疲れ様。ふわぁ…」
夫「ん?眠い?」
明里「うん…ちょっと眠い」ゴシゴシ
夫「…寝ないで看病してたの?」
明里「貴樹君の面倒は看護婦さんや先生が診てくれてたし…看病が必要な事もなかったみたいだから、私はちゃんと寝たけど…」
明里「んー…やっぱり眠いよ…疲れちゃった」
夫「あんまり無理するなよ。晩御飯、冷凍しとくよ」
明里「ありがとう…おやすみー」
夫「おやす…あ、待って」
明里「?」
夫「貴樹君の名刺ってどこだっけ?」
明里「そこの棚の中にしまってるよ…ふわぁ、む…」
明里「じゃ、おやすみ~」
夫「おやすみー」
夫「………」
ピリリリッ ピリリリッ ピリリリッ
ピッ
貴樹「もしもし、あのー…どちら様でしょうか?」
<篠原マサアキと言います。明里から話は聞いてます>
貴樹「篠原……明里、さんの、旦那さん!?」
<ふふ、正明でいいですよ>
貴樹(えっ…なんで…?)
貴樹(いや違うな…明里が電話番号知ってるんだから…明里は彼にも話しといたとか言ってたから…)
貴樹(うん、自然だ。それなら分かる)
貴樹(落ち着け…落ち着け僕…)
<聞きたい事があって電話を掛けさせてもらったんですけど、今時間ありますか?>
貴樹「大丈夫ですが…」
<良かった、それなら話は早い>
<貴樹さん、もしかして『地上最強の生物』って言われてる人物、捜してませんか?>
貴樹「地上最強の生物?」
<オーガですよ>
貴樹「!!」
<例の電車の事故を調べてるって、明里から聞いてピンと来たんですよ。私も前から気になってたんで>
貴樹「なんで、オーガの事を?」
<私は半年前の東京で起きた『日本史上最大のデモ』で、初めてオーガの存在を知りました>
<あれ以来、人間には到底出来そうにない事件や事故が、何となく怪しく思えてしまいましてね>
貴樹「………」
日本史上最大のデモ
周りに興味が無かった頃の僕でさえ、断片的にではあるけど、覚えている事件
デモ参加者は約400万人。そのうちの「国外からの参加者」の人数も、近年のデモとは比較にならない数字に膨れ上がった事件
報道当時、あの事件についてはろくに言及されず、一週間と経たずにニュースに上がらなくなったけど、そういう事だったのか…
<本来なら、私もネットで楽しむ程度のままで、こんなにのめり込む事も無かったんですがね>
<目の前で見ちまったら、もうダメですよ。アレを見せられて興味が沸かない道理は無い>
貴樹「アレ…?」
<言葉で言い表すのが難しいんですが…なんかこう…>
<見てて怖かったし、目茶苦茶速くて殆ど見えなかったのもありますけど、それを帳消しにする、万能感ってやつですかね…>
貴樹「万能感、ですか?」
<そう、万能感。それがすごいんだよ…>
<アイツ、すげー自由に見えるんだ。なんつーか…現実の嫌な部分から解放されてるみたいな>
<あの闘いぶりを見てると、心を締め付けられるって言うか…子供の頃の夢みたいなのが、頭にちらついて離れなくなるんだ…>
貴樹「……………」
<俺は今まで何をしてきたんだとか、子供の頃の自分の理想像から、いかに今の自分が遠ざかったのかって…>
<なんか…今まで俺が無くした物とか、捨てなきゃならなかった物とかが、全部目の前にあるみたいな…>
<よく分かんないけどよ…朝日が昇る上り坂を、自転車でガーッて駆け上がってくみたいな…そんな高揚感が…>
<…………>
貴樹「………」
<……あっ!わ、悪い!今のは聞かなかった事にしてくれっ、何言ってんだ俺…>
貴樹「…分かります」
<へ?>
貴樹「分かりますよ。なんとなくですけど」
<おっ、おお…>
貴樹「これが架空の人物なら、鼻で笑って済ます事が出来たんです」
貴樹「でも、調べれば調べるほど、それが架空じゃないって分かる。彼は本当に何でも出来るんですよ」
貴樹「だから…焦燥感が湧いてくるんです…自分で思ってる以上に、僕はもっと大事な物を失っているんじゃないかって」
貴樹「多分、それが何なのか知りたいから…知って心の中の靄を消したいから、僕も正明さんも、彼の事が知りたいんです」
正明さんも僕も、同じではないけれど、似たような思いで彼を追っていた
専門的な知識も無く、取れる手段も限られる中、僕と彼は沸き上がる思いだけで、知るという事の深みに嵌まっていたんだ
隣の芝は青く見える
でも僕らの見た芝は、桜の巨木から生え、花や実まで付けていた
そしてその花や実や桜花などを一目見たいと、多くの人が目を凝らし、手を伸ばしている
新聞で、雑誌で、噂で、ネットで、ニュースで、都市伝説で
情報の正確さなんてどうでもいい
とにかく知りたい、と
正明さんと僕は、お互いに情報を交換する事にした
僕はあの電車事故の時から
正明さんは昨日のデモ事件から
それぞれの時から、今日まで続く熱意に任せて
携帯を閉じて、食事や入浴などの雑用を済ませたあと、僕は床に付いた
でも寝る前に考えた
何か大変な事…引き返せない事をしてるんじゃないか、と
進む為には、前を向かなきゃいけない
それは当然の事で、誰しもが毎日やってる事だ
だけど前を見たら、後ろには振り向けない
後ろにあった物を見る事はもう二度と無い
後ろを見ながら前進なんて出来ない
思いっきり走らないと進めない時は、特に
また僕は、何かを得る代わりに、何か大事な物を無くす
そんな気がしてならない
貴樹「明里……」
僕はもう明里の目には映らない
映っちゃいけない
明里には愛した人がいるんだ
でも明里だけは持っていかないでくれ
明里の側に居させてくれ
そんな思いも睡魔に負けて
徐々に、徐々に、溶けていった
国会議事堂 総理大臣室
亜部「なッッ!!」ガタッ
石波防衛省長官「………」
亜部「何言っとんじゃワレェエエッッッ!!!」
石波「ですから、何度も言っているでしょう」
石波「暗殺です。範馬勇次郎の……この際殺害でも構いませんが」
亜部「~~~~ッッッ」
石波「総理…貴方のあの場でのスピーチ、真に立派でありました。実に政治家の何たるかを、雄弁に語ってくれた」
石波「政治家など所詮は足の引っ張り合い…よくぞ皆の前で堂々と言ってくれたものです」
石波「これで小競り合う必要が無くなった。純粋な損得勘定で動ける時代が来たのですよ」
亜部「損得勘定?それが出来ててなんでそうなるッッ?」
石波「損なんですよ」
亜部「…?…」
石波「あの男のおイタの処理は損。金と時間の無駄です」
石波「しかもアレの御蔭で外交も大変面倒だ」
亜部「面っ………バカッ!彼のおかげで成り立ってるもんなんだぞ!アメリカとの友好条約はッッ!」
石波「それこそが問題なのです。一個人の力で保たれる国家など、独裁国家も同然」
亜部「………ッッ」
石波「この際、各国に見せようではありませんか。日本のスゴさを」
亜部「日本の…日本のスゴさは武力で見せる物じゃないッ!文化や外交で示すもの…」
石波「その下手糞な外交で営々と失敗してきたでしょう。今までも、そして貴方も」
亜部「!!?」
石波「無能に用はありません」
亜部「きっ…貴様ッ」
石波「怒るのは止めておいた方がいい。私に手を出せば、保守と呼ばれるタカ派の方々が動きます。万が一には、事故に遭うかもしれませんよ?」
亜部「ぐゥゥ~……ッッ」
石波(範馬勇次郎…目の上の青タンめ…)
石波(治療してやるよ…この私の権力でね…フフフ)
次の日の朝
電車駅
貴樹「おはようございます」
お爺さん「はい、おはようございます」ペコリ
おじさん「おっ、貴樹君おはよ…耳どうした?」
貴樹「ちょっと切っちゃいまして…別にたいした事ないですよ」
おじさん「それなら良いけどよ。あんま無理すんなよ?」
貴樹「はい」
ボランティアリーダー
「はい、今日も皆さん集まりましたね。おはようございます」ペコリ
全メンバー「おはようございます」
リーダー「それでは、今日も張り切っ…る前に、新メンバーの紹介をしたいと思います。それではどうぞ」
貴樹(新メンバー?)
明里「篠原明里です。よろしくお願い…」
明里「し…ま……す…?」
貴樹「…………」
明里「貴樹君?」
貴樹「あ…明里?」
おじさん「おっ、知り合いか?」
おばさん「あらまー…」
お姉さん「あらあら、うふふ」
青年「おおー?」
お爺さん「運命のー!」
お婆さん「赤い糸じゃー!」
ボランティアの皆「あははははははは」
貴樹「えっ…ちょっ…」
明里「ぁ、あの、違いますっ、これは」
お爺さん「おおー!指輪しとるー!」
お婆さん「不倫じゃー!」
明里「え、ええ!?」
貴樹「いえ違いますよ!本当違いますって!」
清掃活動中
貴樹「ごめんね。あの人達、本当はいい人達だから。新人さんは珍しいんだよ」
明里「あ、うん、分かってる」
貴樹「………」
明里「………」
貴樹「それで、なんで明里はボランティアに?仕事とかは大丈夫なの?」
明里「仕事は……してたけど、正明さんと結婚して、辞めた」
貴樹「へー、寿退社かぁ」
明里「…そんなのじゃないよ」
貴樹「え?」
明里「サービス残業で身体壊しちゃって……このボランティアも、軽い運動は免疫を高めるって、病院の先生に言われたから」
貴樹「……じゃあ、電車事故の日にあった用事って、通院?」
明里「うん」
貴樹「………」
貴樹「あんまり、無理しないでね」
明里「…うん」
明里「………」
明里「貴樹君は、なんでボランティアに入ったの?」
貴樹「なんでって、それは…」
貴樹「………」
明里「………?」
どうしよう。なんて言えば良いんだ
素直に理由う訳にはいかないし…
言い訳の一つでも考えておけば良かった
貴樹「暇つぶし、かな」
明里「えっ?暇つぶし?」
…やっぱり苦しかった?
貴樹「今、カラオケでバイトしてるんだけど、シフトの無い日とか、午前だけのシフトの日とかは、結構時間が空くからさ」
よし、これは多分大丈夫だ
本当の事だし
明里「ふーん…」
貴樹「………」
もしかして、話題が無いから話を振っただけ?
って事は、僕が一人相撲してただけか
なに神経質になってるんだ…
明里「最近、東京って物騒になったよね」
貴樹「あ、うん。一月くらい前の『通り魔返し事件』も酷かったし」
明里「あー、あれってどんな事件だったの?私よく知らないんだけど」
貴樹「確か…包丁で子供を切り付けた犯人が、凄い空手家の人にやられて、その空手家が逮捕されて大騒ぎ…って話だった気がする」
明里「へー…貴樹君って、やっぱり物知りだね」
貴樹「ふふっ、細かいだけだよ」
本当は、情報捜しで偶然その記事を見ただけなんだけど
共通の話題があった小学生の頃とは違い、僕達に話題は無かった
昔話とか、ご近所事情とかは、再会した時に全部話してしまっていた
あるのはここ最近の事件の話だけ
でもそんな話ばかりだと、気が滅入ってしまう
こんな事になるなら、もっとドラマとかスポーツとか見てれば良かった
小説やマンガすらも、ここ3~4年は読んでないし
本当に自分が空っぽ過ぎて嫌になる
リーダー「はい、本日もお疲れ様でした。それでは、ここで各自解散としましょう。お疲れ様でしたー」ペコリ
皆「お疲れ様でしたー」
結局、40分弱の作業の間、僕と明里はろくに会話もしなかった
それが何だか寂しかった
だけど、それ以上に寂しかったのは、回収ボックスの前で一人雑誌を読んでいる時の方が、気が楽に思えた事だった
貴樹「………」
明里「帰らないの?」
貴樹「!」
貴樹「………」
明里「………」
貴樹「まだ少しここに居るよ。帰ってもやる事ないし」
貴樹「明里は?」
明里「…私も、今はやる事ないかな」
貴樹「………」
明里「私も、いい?」
貴樹「……うん、いいよ」
回収ボックスの隣にあるベンチには、僕と明里だけが座っていた
ボックスの側を通り過ぎる人達は、誰も僕らを気にしない
皆、何かに追われるように、忙しげに歩いている
僕は雑誌こそ開いてはいるけど、その雑誌の中身には意識を向けられなかった
ファッション誌を読む明里と、週刊誌を読む僕
その構図に、強烈な既視感を覚えたからだ
読み物の種類は、随分夢の無いものになってしまったけれど、なんだか古巣に戻ってきたみたいで、心が安らかになった
貴樹「………」
明里「………」
それから僕と明里は、ボランティアで顔を合わせる度に、作業が終わると回収ボックスの隣で雑誌を読んだ
最初は乏しかった話題も次第に増えて、うっすらと漂っていた気まずい雰囲気も、段々と消えていった
趣味の無い僕は、明里の話を聞くばかりで、明里もよく話す方じゃなかったけれど
それでも僕はこの時間を大切に思っていた
いっその事、こんな日々がいつまでも続けばいいとも思った
だけど一度進み始めたら、必ず捜している物に近付く時が来る
いつまでも同じ場所にはいられない
居心地が良い時間も、いつかは終わる
ピリリリッ ピリリリッ
貴樹「?」
明里「貴樹君、携帯鳴ってるよ?」
僕は携帯を開いて、発信者を見た
正明さんからのメールだ
僕は明里に背を向けて、メールを開いた
そして、そのメールを見たことによって得られた閃きが、回収ボックスの前で知った知識と組み合わさったの感じた
貴樹「明里。今日はもう片付けるけど、いいかな?」
明里「えっ…いいけど?」
貴樹「ちょっと用事が出来たんだ。ごめん」ガサガサ
明里「……?」ガサガサ
積まれた雑誌を全部ボックスに突っ込んで、ボランティアマークのついた帽子をポケットに押し込むと、僕は正明さんに指定された場所に向かった
遠ざかっていく明里の気配を、背中で感じながら
ある噂話があった
日本史上最大のデモは、実はデモンストレーションではないという噂話が
その事件の中心は、親子喧嘩であるという噂話が
しかし、それを否定しなければ体を成せない人々がいる
彼らは官僚や役人。あるいは政治家と呼ばれる支配者層だ
そして彼らに関して、週刊誌も、月刊誌も、雑誌の程度に関わらず皆が疑っている
国の常識や体裁を覆えしうる個人が、この国に複数存在する事実など認めない
認めたくないから、誰にも認めさせないのでは、と
それが彼らの思惑だったとしたら、それは僕らの前でだけ霧を晴らし、真実を見せてくれるかもしれない
メールを送った正明さんは、会社の同僚から、ある話を聞いていた
オーガには不仲の息子達がいる
その息子の一人は高校生で、今も東京にいるという
その同僚は有名な空手道場の門下生で、門下生同士が作る情報網に、間違いは無いと豪語しているらしい
正明さんはその言葉を信じ、僕はそんな彼のメールを信じて、正明さんの車へ向かった
正明「こんちは。顔合わせるのは初めてだよな」
車の中で会った彼には、想像より砕けた印象があった
年齢は丁度同い年らしく、言葉遣いもそれに起因するみたいだった
深呼吸すら出来ない堅苦しい会社生活を送っていたせいか、僕は彼の言葉遣いに若干の違和感を感じていたけれど、少し話すとそれにも慣れた
彼が言うには「一度電話越しでタメ口利いちゃったから、このまま通すのがお互い自然でいられる」らしい
正明「じゃ、行くか」
貴樹「待ってください。今日って大丈夫なんですか?」
正明「大丈夫だろ。日曜日の学校に用事がある高校生なんて、殆どいないって。コンタクト取れないからアポも取れないしな」
そう言うと、正明さんは車を走らせた
オーガの息子と呼ばれる青年の元へ
車中、僕の心臓は高鳴りっぱなしだった
核心に迫っているという高揚感と、その裏に潜む原因の分からない不安が、頭の中で渦巻いているのを感じていた
正明「うおっ…」
貴樹「!?」
正面に古めかしい民家が見える
だが僕らを驚かせたのは、そこへと続く道の両脇を囲む、凄まじい数のラクガキだった
正確に言えば、ラクガキの全てが一人の人物に向けて書かれている事に、僕らは驚愕していた
範馬刃牙
青年の名前は分かった
正明さんは民家の前で車を止めると、車を出た
僕も正明さんの後を追うように車を出て、民家の前に立った
そして民家についての認識を、静かに改めた
民家を覆っていたのは汚れや傷じゃなく、ラクガキだった
尋常じゃない量のラクガキに埋めつくされ、民家自体が黒ずんでいたのだった
正明「………」ピンポーン
貴樹「………」
チャイムの音が響く
僕も正明さんも、玄関のドアが開くのを無言で待った
「はァ~い」
間延びした声と同時にドアがガラッと開き、僕と正明さんは青年の姿を見た
青年「………?」
そこには、意外な程に普通な青年がいた
長袖に長ズボンという出で立ちの青年は、不思議そうに僕らを見上げている
当の僕らは肩透かしをされたような気分で、緊張の糸もぷっつりと切れてしまっていた
正明「…えーっと、君が範馬バキ君?」
青年「そうですけど、どうかしましたか?」
正明「えっ…あー…それがね…」
あまりの肩透かしに、正明さんはすっかり気抜けしてしまったらしく、何を聞こうかと迷っていた
それは僕も同じで、あんなにぐるぐる回っていた頭の中が、すっかりカラッポになっていた
青年「………」
青年「あの~、何かの勧誘とかだったり…」
正明「いや、違うよ。えーっとね…」
質問の優先順位がバラバラになってしまい、何を言えばいいのか分からない
正明さんも僕も、青年を置いて内心焦っていた
何か言わないと、このままドアを閉められてしまう。そうなるともう次は無い
貴樹「…君の父親について」
青年「!」
貴樹「オーガって人について、聞きたい事があるんだ」
まとまらない質問の中で唯一はっきりしている物を、僕は咄嗟に口に出した
正明さんが、困惑した表情で僕を見る
オーガには、確認されてるだけでも息子が最低二人はいる
でも、その息子達の名前は確認出来ない。
その上でこんな質問をするのは、見切り発射もいいとこだった
青年「………」
貴樹「………」
青年「…記者の方ですか?」
貴樹「いや、記者じゃない。僕は遠野貴樹。今はただのフリーターだよ」
正明「…俺は篠原正明だ。業種についてだが…」
青年「いいじゃないですか」
貴樹「?」
正明「ん?」
青年「お互い他人なんですから、洗いざらい話すコトも無いでしょ?」
青年「受けますよ、インタビュー」
青年「イロイロ書かれないなら、断る理由も無いですから」
玄関を通され、リビングまで案内された僕らの前に、小さなちゃぶ台が用意され、その上にお茶が煎れられた湯飲みが二つ置かれた
青年「ア、どうぞ」
そして促されるまま僕と正明さんは、青年と一緒にちゃぶ台を囲んだ
青年「それにしても…相当気になってるんですね」
貴樹「?」
青年「見に来る人は居るんですよ、結構」
青年「だけど、たいていはラクガキ見ただけで帰るんですよね」
青年「実際にチャイムを鳴らしたのは、アナタ方が初めてです」
貴樹「………」
正明「………」
青年「で、親父の何を探っているんです?」
彼の何を探っているのか。そう言われてしまうと、答えに困ってしまうほど、気になる事が多過ぎた
だから、その疑問をとりあえず順番に挙げていく事にした
貴樹「まずは…名前かな。次に出自」
青年「えっ?」
貴樹「あ、勿論それだけじゃないよ。ただ気になる事ばかりだから、順序だてて聞いていこうと思って」
青年は僕の言葉を聞くと、頭を何回か掻いた
青年「ン~……ようするに、全部が気になるって事ですよね?」
貴樹「そういう事になるかな」
青年「じゃあ…んー…ワカってる事全部話しますよ。でも、あんまり期待しないで下さいよ? 俺も親父の事、良く知らないんで」
そう青年は断りを入れると、話し始めた
青年「親父の名は範馬勇次郎。出自は分かりません。年齢も」
貴樹「…範馬、勇次郎…」
正明「出自が分からないって…ちょっと待ってくれ、身元不明なのに結婚出来たのか?」
青年「してませんよ。母の婚約相手を殺して、無理矢理母を自分の者とし、子供をもうけただけの話です」
正明「!?」
貴樹「殺した…!?」
青年「ハイ。つまり、俺は公然の隠し子って事です」
正明「マジかよ……」
貴樹「………それって…」
青年「ええ犯罪です。法律上はね。でも親父は、超法規が服着て歩いてるようなもんですから…」
青年「で、職歴は…今はどうか分かりませんけど、昔は傭兵とかしてたみたいです」
青年「有名なので言えば……結果的にはですが、ベトナム戦争でベトナム側に勝利をもたらしたり、アメリカと友好条約結んでたり」
青年「あと地震止めたり……ってコレ違うか」ハハ
正明「?…?…」
貴樹「……それ、本当?」
青年「ホントですよ。ていうか、それらしい物を見たから、今ここに貴方達はいるんじゃないんですか?」
貴樹「………」
貴樹「…だったら、彼に関係のある噂話って、全部本当なのか?」
青年「噂の内容は計り兼ねますが、恐らく」
悪い冗談を聞かされているかのようだった
殺人、ベトナム戦争、アメリカとの友好条約
逸話と言うには、あまりにも荒唐無稽なものばかりだったけれど、そのどれもが、僕の中で確かな真実味を帯びている事が恐ろしかった
地震を止めたという、お伽話に半歩踏み入っているような話でさえ、僕には否定出来ないのだから
明里と会ったあの日の事件
あの時のオーガの姿を、曖昧ながらも覚えている自分がいて、それの超常性に惹かれ続けていたからこそ、青年の話を否定出来なかった
でも、青年への疑問は残っていた
貴樹「………範馬、刃牙君だったよね」
青年「? ハイ」
貴樹「きみ、一人でここに暮らしてるの?」
青年「………」
貴樹「…すまない、あまり良い質問じゃなかったね。忘れてくれ」
青年「お袋は殺されました」
貴樹「!?」
青年「昔は泣きましたよ…それこそ涙が枯れるまで…」
青年「でもワカったんですよ。親父と話して、親父と2度に渡り闘って……地上最強に惚れたお袋の為には、アレ以外成す術が無かったんだと」
青年「親父とは決して対等の愛を築けない……そう悟ったお袋は、俺を守り、その命を範馬勇次郎に捧げる事で、親父と俺の記憶に…家族の絆として残ろうとした」
青年「地上最強も人の意思は変えられない。だから親父は、お袋の望みを叶えた」
青年「お袋の想いは報われた。それだけの事です」
貴樹「………」
正明「………」
青年「…ア、すみません…なんか熱くなっちゃって…」
貴樹「いや、いいんだ。聞いたのは僕だし、刃牙君が謝る事じゃないよ」
貴樹「だけど……さっきの話を聞いた後に言うのは、かなり引けを感じるんだけど…………あ、いや、今のは無しで」
青年「? なんですか?」
貴樹「……えー…いや…」
青年「構いませんよ。一向に」
貴樹「……じゃあ…」
青年「………」
貴樹「…君がその、範馬勇次郎って人の息子だって事を…証明してもらいたかったんだけど…」
青年「証明?」
正明「お、おい、それは…」
貴樹「もちろん馬鹿らしい事だとは分かってるから、嫌なら断ってくれても構わないよ」
青年「んーー…」
青年「………」ポリポリ
貴樹「………」
正明「………」
刃牙「茶碗、見ててくださいね」
貴樹「え?」
正明「ん?」
青年の雰囲気が突然変わり、僕達二人は一瞬唖然としたけれど、すぐに目の前の湯飲み茶碗に目をやった
その時、事件は起きた
茶碗の数は二つ
片方が僕ので、もう一方が正明さんの物だ
その二つの茶碗は前触れ無く空中に出現すると、一瞬で緑色に変色し、透明になった
貴樹「?」
正明「?」
そして、茶碗の形をした透明な何かは…
パシャッ
ちゃぶ台に落下する途中で、水音と共に消えた
正明「………」
貴樹「………」
青年「……………」
何が起きたのか分からない僕は、青年に何をしたのかと聞こうと、青年の方を向いた
正明さんも、同様に青年の方に顔を向け
貴樹「!!!!」
正明「!!!!!」
絶句した
青年の後ろに見える台所の上に
湯気をたてる二つの湯飲み茶碗が置かれていた
激しい動悸に、背中から吹き出る脂汗
頭からは血の気が引いて、代わりに髪が逆立つ感覚が沸き起こる
何も分からない恐怖ではなく、あとから分かる恐怖にでもなく
今分かってしまった事から来る恐怖が、二人の心身のバランスを乱しまくった
湯飲み茶碗は透明になった訳ではなく、あの時、ちゃぶ台の上から消えていた
そして、残された茶碗の『中身』も、ちゃぶ台の上から消失した
何故なら、青年が掬い取ったからだ
お茶から抜き取った茶碗を使って、空中に残した大きなお茶の水滴を丸々掬い取り、台所に戻した
足音の一つも立てずに
風の一つも起こさずに
?「…………」
目の前の青年が、途端に人間以外の何かに見えてきた
人間ではないが、人の形はしている
そんな何者かに
いわくつきの日本人形が瞬きをする瞬間を、顔がくっつくような距離で見てしまったかのような、そんな凍り付く恐怖を、僕達は感じていた
青年「どうですかね」
青年「なりますかね…証拠…」フフ…
カクカクと頭を縦に振る以外、僕らには何も出来なかった
青年「じゃ、お気をつけて」
貴樹「………」
正明「………」
ガラガラ… ピシャ
貴樹「………」
僕も正明さんも無言だった
何も言えず家を出て、何も言わず車に乗り込み
車内でもしばらく何も言わなかった
エンジンは掛けず、正明さんはハンドルに手こそ置いていたけれど、車を発車させるようなそぶりは見せなかった
正明「なぁ……」
貴樹「………」
正明「本当だった…よな?あれ」
貴樹「……幻覚って事は、無いと思いますよ」
正明「だよな……」
貴樹「………」
ハンドルに置かれた彼の手が震えている
小声で話しているのも、震えを押し殺すためだろう
それは僕も同じだった
初めてオーガ…いや、範馬勇次郎を見た時以上の戦慄が、僕の心臓を押し潰そうとしていたのだった
むしろあの時の記憶は、事故直後のショックで感情が吹き飛んでしまっていて、なんとなくフィクションを見ているような感覚で思い出せる。だから不思議な事に恐怖感は薄い
タクシーで体験した出来事もその部類に入る
でも今回は違う。音で五感がマヒしてもいなければ、超自然的な出来事に遭遇し、理解が追い付いていない訳でもない
事の一部始終を見て、聞いて、頭で理解してしまった
貴樹(何をしたかなんて…聞くんじゃなかった……)
車に乗って10分が経ったところで、正明さんは車を出した
種子島:海の家
ガヤガヤ ワイワイ
ガラガラッ
花苗「おはようございま…あれ?」ピシャン
店長のおばちゃん「ん、おはよう!」
バイトの子1「おはよー!」
バイトの子2「おはよー…ふいーちかれた。花苗、あと頼むねー」
花苗「あ、うん」
バイトの子2「じゃ、お疲れー…」ガラガラ ピシャン
おばちゃん「花苗ちゃん、早速だけどコレ運んで。よっこいしょっと」スッ
花苗「あ、はい」
花苗「失礼します。カレーライス、中辛、大盛りのお客さま」
青年1「ハイ」
花苗「はい、お熱いのでお気をつけください。から揚げのお客さま」
青年2「あ、はい」
花苗「はいどうぞ。以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」
青年1「あっハイ、大丈夫です」
花苗「分かりました。では、ごゆっくりどうぞ」ペコリ
青年1「はいー、あ、そんで話の続きなんだけどよ…」
青年2「うんうん…」
ガヤガヤ ワイワイ
花苗「店長…今日、お客さん凄い多い気がするんですけど…立ち飲みしてる人もいますし…」ヒソヒソ
おばちゃん「うん…海の方でなんかあったみたいよ?ここのお客さん、多分そっから来てるのよ」ヒソヒソ
花苗「へえー」
花苗「……何があったんですか?」ヒソヒソ
おばちゃん「そんなの私に聞かないでよ。ま、お陰でお客さんが増えてるんだし、あんまり気にしなくてもいいんじゃない?」ヒソヒソ
花苗「うーん…」
あれから、何年が経ったんだろう
遠野君がいなくなった日から、私の想いがどこにも向けられなくなった日から、一体何日経ったんだろう
バイトの子1「花苗ー、向こうのお客さんお願ーい」
花苗「はーい」
勉強はしたけど、その意味も無くなって
サーフボードにも乗らなくなって
どこに行くのか私ですら分からない日々は、一体いつから続いているのか
その答えは分かってる
きっと、遠野君と会ったあの日から、私は前に進めてないんだ
振り切ったつもりになっただけで
乗り越えた気分になっただけで
今もずるずる引きずってる
花苗「以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」
おじさん「おう、OK」
だからこうして、思い出が残る海の近くで働いているのかと思うと、申し訳ない気持ちになる
おばさんはとてもいい人なのに、バイト仲間の皆もいい人達なのに、私は皆に向き合って生きている気がしない
毎日が、私が、はっきりしない
辛くはない。辛くはないけど味気なくて、見えない不安がいつもどこかにいる
そんな毎日だった
あの人達が来るまでは
ガラガラッ
花苗「! いらっしゃいまっ…」
オリバ「二人だ。カウンター席はあるかな?」
勇次郎「………………」
花苗「………」
オリバ「ン~…見たところないようだが」
花苗「えっ…あっ…はい、あの、えと…」
勇次郎「……………」
花苗「あ、あのぅ…」
オリバ「ン?Oh~、先払いだったか。ソーリー」サッ
花苗「ぃ、いえ、違いますっ、その…」アワワワ
オリバ「ン~~~?」
勇次郎「…………………」
花苗「なんて言うか、その…」
オリバ「要領を得ないな。ちゃんと説明してくれないか」
花苗「ご、ごめんなさいっ!申し訳ありませんっ…!」ペコペコ
勇次郎「チッ」ズイッ
花苗「ひぃっ…」
オリバ「ア、オイオイ勇次郎、エスコートは受けないのか?」
勇次郎「知らねェな」
オリバ「知らねーって、エスコートもテーブルマナーの一つだろう? それに相手は、未熟ではあるが麗しきレディーじゃないか」
勇次郎「………」ぴたっ
勇次郎「それもそうか……おい」
花苗「は、はひ…?」プルプル
勇次郎「案内しろ」
花苗「…は、い…」プルプル
オリバ「フフ…」
ザワザワ…ザワザワ…
「お、おい」 「すげえ筋肉…」
「あの人、テレビで見たよな…」
「室温上がったぞ…」「馬鹿お前、声でかいって」
「おい出ようぜ…やべえって…」
花苗「………ッッ」
勇次郎「……………」
オリバ「オーダー、いいかな?」
花苗「あっ、は、はい!」サッ
オリバ「オムライスを20枚程頼む」
花苗「オム…はい!?」
オリバ「ン?ンー…イヤ、今のは取下げる」
花苗「で、ですよねっ…あはは…」
オリバ「30だ」
花苗「!!?」
オリバ「高カロリー食が好きでね」
花苗「は……はぃ…」カリカリ
勇次郎「イカの塩辛を頼む」
花苗「…はい…」カリカリ
花苗「えと…ご注文の確認ですが…あの、よろしい、ですか?」
オリバ「オムライス30とイカの塩辛、だろう?」
花苗「えっ」
オリバ「ン?」
花苗「あっ……はいっ!少々お待ちくださいっ!」スタタタ…
オリバ「フー…」
勇次郎「……………」
おばちゃん「ちょっと花苗ちゃん!大丈夫!?」ヒソヒソ
花苗「大丈夫じゃないです…」
おばちゃん「私ね、お客さんが多いのって、もしかしてあのお二人さんのせいじゃないかって思うのよね…米兵さんかしらねえ…」ヒソヒソ
おばちゃん「あ、それで注文はどんなだったの?」ヒソヒソ
花苗「イカの塩辛と…」
おばちゃん「ふんふん」
花苗「オムライス…30個」
おばちゃん「ええっ!?」
バイトの子「はあ!!?」
オリバ「?」
勇次郎「…………」
おばちゃん「あ、すみません、どうも…」
バイトの子「しー…」
おばちゃん「オムライス30個……」
バイトの子「材料はありますけど、時間掛かりますよ?量が量ですから味だって保障できないですし…」ヒソヒソ
おばちゃん「私も手伝うから。お客さんの半分は帰っちゃったし、出来る出来る。やるしかないよ」ヒソヒソ
バイトの子「了解です」ヒソヒソ
花苗「混雑中の看板、立てときますか?」ヒソヒソ
おばちゃん「お願いね。でもその前に塩辛お出しして」ヒソヒソ
花苗「はい」ヒソヒソ
オリバ「フフ…流石に頼み過ぎたかな」
範馬「…………」
オリバ「食事が来る前に、本題に入らせてもらうが…」
花苗「塩辛をお待ち…」
オリバ「ここ最近、日本政府をエラく小突き回しているそうじゃないか。首相にドゲザまでさせたんだって?」
花苗「!!?」
勇次郎「弱者なりの処世術など、端から認めるつもりはねェ。亜部の野郎が勝手にやっただけの……ん?」
オリバ「ン?」
花苗「…………」フルフル
オリバ「…ああ、さっきの話はテキトーに聞き流してくれ」
花苗「イカのしっ、塩辛…お待ちのお客様…」
勇次郎「ん」
花苗「あ、はい…どうぞ…」コト
花苗「それでは、ごゆっくりどうぞ…」ペコリ
オリバ「で、だ」
オリバ「オーガよ……キミに対して何やら陰謀を企てる者達が、遂に現れ始めたようだ」
勇次郎「………」モニュ…
オリバ「原因は言わずもがな……キミの日頃の行いが、どうやら気に食わぬらしい」
勇次郎「………」コリコリ…
オリバ「首謀者は防衛省長官の石波。近々アメリカ側の保守派と手を組み、キミに包囲攻撃を仕掛けるそうだが」
オリバ「我が資本主義国はお人よしでは無い。確実に相応の対価を日本……もしくは石波本人に持ち掛ける。まァ、それは石波も折り込み済みだろう」
オリバ「余程、彼はモモタロウに憧れていると見える」クックック
ジュウウウ…
おばちゃん「…………」トントントン…
バイトの子「…店長…なんか…凄い聞いちゃいけないような話が聞こえるんですけど…」ヒソヒソ
おばちゃん「そう思うなら聞くんじゃないよ。関わっちゃダメ。黙って作る」ヒソヒソ
バイトの子「………」ジュウウウ…
勇次郎「オイ」
オリバ「?」
勇次郎「俺とお前…お互いに既知の世間話をする為に、観光中の俺を踏ん捕まえたワケではあるまい」
勇次郎「言えよ」
オリバ「…………」
オリバ「フー…相変わらずせっかちなコトだ。仕方ない、単刀直入に言おう」
オリバ「私にも一枚噛ませてもらいたい」
勇次郎「!」
オリバ「頂点という立場上、私も似たようなコトを経験しているのでね。コレを機に我が国の保守派にも再認識させておきたい」
オリバ「眠れる獅子に矛を向ける事が、どれほどの愚行なのかというコトを」
勇次郎「…フ…ご苦労な事だ」
オリバ「まったくだ」
花苗「………」ガタン
「えっ、看板?」「混雑中だってさ」
「さっき客一杯出てきたじゃん」
「中に凄いのがいんだよ…マジやばい人間じゃない…」
「何かあったのかな」「うはは、怖えぇ~」
青年「すみません。あのー」
花苗「はい?」
青年「店ん中で、なんかあったんですか?凄い人だかりですけど」
花苗「あ、いや、大した事じゃないですよ。ただ…」
花苗「ただ……」
青年「?」
説明しようとしたけれど、私は答えに詰まってしまった
あの二人について、なんて言い表せばいいんだろう…
とても体が大きい二人組の男の人が、オムライスを30皿も頼んだので、調理の回転が悪くなってしまったんです
…と言えば、それでいいのかもしれない
だけど、きっとそれだけじゃ足りない
何が足りないのかは全然分からないけれど
それはとても大事な物で、それ抜きに話してはいけない気がする
あの二人は、違う
私と、私の周りの人達とは、想像も出来ないほど掛け離れてる
見た目が怖いとか会話の中身が物騒だとか、そういうの以前に…
花苗「……あっ」
興味を無くしたのか、用事が出来たのか
何秒間か考えてる内に、質問をした人はいつの間にかいなくなっていた
お店の周りに集まった人達は、互いに話し込んではいるけれど、私に話を聞きには来ない
みんな気になりはするけれど、関わりたくはないようだった
どこと無くバツが悪くなった私は、看板を立て掛け終わると、店の中に戻った
本当は私も、あの人達とはあまり関わりたくない。怖いし
でも、せっかくウチに来てくれたお客さんを無下になんて絶対したくなかった
例えしようと思っても、無下に出来そうな人達では100%無いんだろうけど
おばちゃん「花苗ちゃん、ちょっと手伝って」
花苗「あっ、はーい」
花苗「………」チラッ
オリバ「………」
勇次郎「………」モニュ…
体の大きい人は、窓の外に見える海を見ながらぼーっとしている
黒い服を着た人は何も話さない
追加注文をしたみたいで、彼の前には漬物と梅茶漬けが置かれていた
その二人を、お店に残ったお客さんの全員が、食い入るように見つめていた
箸を動かす人は、一人もいなかった
いたたまれなさ過ぎるそんな空気の中で、料理を待つあの二人のテーブルの前を素通りするなんて、私に出来るわけがなかった
花苗「あっ、あの…」
オリバ「?」
花苗「…オムライスなんですが…まだ、じゃなくて…」
花苗「もうしばらくお待ち下さい。申し訳ございません」ペコリ
首筋がひやりと冷たくなった
私は何をしてるんだろうと、あっという間に後悔した
黒い服を着た人は、私なんて元からいないかのように漬物を食べている
オリバ「………」ニッ
花苗「!」
でも、体の大きい人は、屈託の無い笑顔で私にウインクをした
花苗「えっと…失礼します」ペコリ
オリバ「ン」
予想してなかった爽やかな反応に驚きながらも、私は厨房に入って、オムレツに包めるチキンライスを炒め始めた
店長が卵を焼きながら、心配そうな顔で私を見てきたけれど、私が引き攣った笑顔でピースサインを送ると、やれやれといった感じで顔を逸らした
バイトの子は焼いた卵でチキンライスを包む作業に必死になっている
私の中でちょっとだけ、大きい人への親近感が高まった気がした
やっぱりまだ怖いけれど
オリバ「…………」
オリバ「そのツケモノってヤツ、美味いのかい?」
勇次郎「………」モニュモニュ…
勇次郎「構わねェが、らしくねェぜアンチェイン」
オリバ「自由だからこそ、ねだるのもまた自由さ」スッ パクッ
オリバ「Oh…デリシャアス…ピクルスよりコッチの方がウマいぜ」コリコリ
勇次郎「被れてんなァオメェも」
オリバ「日本にかい?…まァ、私は国際派なのさ」コリコリ…
オリバ「ン、そういえば」
勇次郎「………」ポリ…
オリバ「最近、キミはトレーニングに勤しんでいるそうだが、そのトレーニングから奇妙な余波が生じているらしいな」
オリバ「ミスタートクガワが面白い話をしてくれたよ」
花苗「お、オムライス30皿のお客さま…お、お待たせしましたぁ」プルプル
バイトの子「く…く……ッ」プルプル
オリバ「……」ヒョイッ ガシャガシャ
花苗「あっ」
バイトの子「わっ…」
オリバ「ハハハ、トレイでテーブルが埋まってしまったな」
勇次郎「聞いたのか」
オリバ「? ああ、聞かせてもらったよ。キミの暴れっぷりと一緒に、随分と饒舌な語り口で…」
オリバ「………アレ?」
勇次郎「口の軽いジジイだ…」フー
オリバ「気付いていたのか?……追跡されているコトに…」
勇次郎「そいつが刃牙に会い、刃牙にジジイが聞き、そして俺の元へと幸か不幸か行き着いた」
勇次郎「遠野貴樹」
花苗「!!!!」
勇次郎「闘争行為の端くれ一つも出来ぬ小物が、よくも野郎の家の戸を叩いたものよ」
オリバ「一般人、なのか?」
勇次郎「その定型の如き者だ」
オリバ「……その口ぶりから察するに、どうやら話を聞いただけでは無いようだな」
花苗「…ぁ…」
勇次郎「些細なコトだ」
オリバ「キミにとってはそうかもしれんが、そのトオノ君とやらにとっては一大事だと思うがね」
勇次郎「知らねェな」ズズ…
オリバ「………」
オリバ「ところで、何故今頃になってトレーニングを…」
花苗「あのっ!!」
オリバ「!」
勇次郎「!」
おばちゃん「!?」
バイトの子「!?」
花苗「遠野君の…遠野、貴樹君と、お知り合いなんですか…!?」
勇次郎「………」
オリバ「………」
花苗「…………」
花苗「…す…すみません…ぃ、今のは…今のは、その…」
勇次郎「オイ」
花苗「っ! すみません!あの、私…どうかしてました!ごめんなさいっ!」
勇次郎「会ってどうする」
花苗「!!?」
勇次郎「…………」
花苗「な、なんでそんなコトあなたが……それに、会うって…」
花苗「私は…そんなつもりじゃ……だって遠野君は…」ゴニョゴニョ
勇次郎「血圧、脈拍、体温の上昇及び若干の過呼吸」
勇次郎「中枢神経の興奮状態に、身体を巡る神経系の活性状態」
勇次郎「偽った所で隠し通せるハズも無い」
勇次郎「なァ、おい」クスッ
長いようでも振り返ればあっという間な、私が過ごしてきた今までの人生
その中で初めて、私は知らない人に心の奥底を見透かされた
どうやって見抜いたのか、私なんかには分からなかったけれど
遠野君の名前が出た時、心の中が酷く掻き回されて、胸の奥がざわざわしたのに、黒い服の人の言葉が、そのざわつきを吹き消して、私の本当の想いを、私自身に突き付けた
私は、遠野君に会いたい
でも会ってどうするのかなんて、分からない。いや、きっとどうしようもない。だって遠野君は、私を見ていないから
私は今も、そしてこれからも、おばあさんになっても、遠野君の事を想う
けれどそんなの、遠野君には…関係ないから…
オリバ「なァオーガ……可憐な乙女心にズケズケと入り込むのは、少し酷というものだと思うんだが…」
勇次郎「黙ってなアンチェイン」
オリバ「………」
勇次郎「機を逸し、あらぬ事を察し、勇気は愚か蛮勇さえ発揮出来ず、逃す……大方そんなトコだろう」
勇次郎「この不真面目が」フフ…
花苗「!っ」
勇次郎「『得る』という行為は生易しいものでは無い。何を求めたにせよ、己の全てを賭け、貴様は事に臨むべきだった」
勇次郎「金、愛、権威、命…そして栄光………どれもが、事の大小に拘わらず賭けを必要とする」
勇次郎「中には賭けを必要とせぬ物もあるが、そんな残りカスなどは手にするだけ無駄というもの」
勇次郎「貴様は何も賭ける事無く、愚かにも時を無為に浪費しただけだ」
花苗「…………」
勇次郎「そんなザマじゃ逃して当然」
花苗「…………」ウルウル
勇次郎「得られる物など何一つありゃしねェぜ」クスッ
勇次郎「そんな性根じゃ生きてる意味が無い…………気の毒過ぎてとても突っ込めねぇよ」ニヤア~ッ
花苗「…っ…うっ…ヒック…」ポロ…
オリバ「あ~あ…やっちまったよ…」
おばちゃん「!? ちょっとお客さん!何してるんですかっ!」
バイトの子「花苗!?大丈夫!?」
花苗「うぅっ、えぐっ、うっ…っ…」ポロポロ
「お、おいおい…」「泣いちゃったぞ…」「かわいそ…」
「うわー…」
ザワザワ…
おばちゃん「あーもう今日はおしまい!解散!ホラ帰った帰った!」
「は、はい」「そうだな…」「くわばらくわばら…」
おばちゃん「ホラ早く帰っとくれ!!見世物じゃないよ!!」
「おい早く行けって!」「押すなよ俺を!」
ゾロゾロゾロ…
悔しかった
どれだけ酷く言われても、反論の一つも出来ない私が情けなくて
気付きたくなくて埋めた秘密を、見知らぬ他人にあっけなく掘り起こされてしまって
拭いても拭いても涙は止まってくれない
口を噛み締めても、どうしても声が漏れる
全部、この人の言う通りだった
勝手に恋して、勝手に諦めて
聞けばよかったんだ。遠野君は何を見ているのって
私が思いを伝えてればよかったんだ
そうすれば後悔なんてしなかったのに
遠野君を思い出す度に、胸を締め付けられる事もなかったのに
諦めなければよかったのに
もっと素直になればよかったのに
溢れだした感情に呑まれて、私は子供みたいに泣いた
最後に遠野君を見た日みたいに、顔をくしゃくしゃにして
自分が大人だって事も忘れて
頭の中に、遠野君と一緒に過ごした日々が回ってた
一緒に通った通学路が
一緒に眺めた夜景が
とっさに彼の制服を掴んだ、コンビニ裏の自転車置場が
残酷にも、かつての輝きを取り戻しながら
ぐるぐる回ってた
おばちゃん「さ、アンタらも早く帰っとくれ」
オリバ「…………」
勇次郎「クスクスクス…」
パサッ
勇次郎「二人分の勘定だ。釣りはいい」ニィ
ガラガラ ピシャン
オリバ「………」
おばちゃん「アンタもだよ、黒人さん」
オリバ「スマない…まさかこのような事になるとは…」
バイトの子「なっ…何がこのようなですかぁ!!」
バイトの子「謝ってくださいよ!花苗に謝って!」
花苗「いいよ…」
バイトの子「……花苗?」
花苗「もう、いい…ひっく、ぐすっ」
花苗「私…っ…疲れ、ちゃった…」
花苗「かっ…帰り、ます」ポロポロ
おばちゃん「駄目だよ!そんなんでカブの運転出来ると思ってんのかい!」
花苗「だっで…」ポロポロ
おばちゃん「今日は泊まりなさい…ここ開けとくから」
花苗「ごっ…ごべんなざいぃ…」ポロポロ
おばちゃん「良いのよ別に。さ、ほら、横になって。あんたは毛布かなんか持って来て」
バイトの子「はいっ」
花苗「うっ…うぅっ」グスッグスッ
おばちゃん「まったく……ほら!アンタも出てって!」
オリバ「…ソーリー…」ガラガラ
ピシャン
オリバ「………」
貴樹「澄田、先に帰ってるからね」
花苗「えっ? ちょっ、ちょっと待って。今準備するから…」
貴樹「ふふ、冗談だよ。じゃあ、校門前で待ってるからね」
花苗「う、うん!」
タッタッタッタッ
花苗「はぁ、はぁ、ごめん、待った?」
貴樹「そんなに待ってないよ。息、大丈夫?」
花苗「あははっ、大丈夫。平気」
貴樹「そっか、じゃあ行こうか」カチッ ブロロロ
花苗「うん」カチッ ブロロ
ガスン
花苗「あっ…あれ?」ガスン ガスン
ブロロロロロロロロ…
花苗「! 遠野君、待って!」
花苗「このっ、もうっ…なんで掛かんないの…?」ガスン ガスン
花苗「とっ、遠野君!今行くから!」カチッ
タッタッタッタッ
花苗「はぁっ、はぁっ、はぁっ」タッタッタッ
遠野「………」
花苗(いた!やっぱり待っててくれたんだ!)タッタッタッ
遠野「………」カチッ ブロロロ…
花苗「!? 遠野君!?」タッタッタッ
ロロロロロロ…
花苗「まっ!待って!遠野君!」タッタッタッ
花苗「行かないでっ!…ぐすっ…置いてかないでっ!」タッ、タッ
花苗「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
花苗「んぐっ、はぁっ、はぁっ」
花苗「遠野君……遠野君っ…」ポロポロ
花苗「うぅぅ…っ、ひっく…ひっく」ポロポロ
バサッ
花苗「………」
おばちゃん「花苗ちゃん、もう落ち着いた?」
花苗「…店長…」
おばちゃん「お腹空いてないかい?」
花苗「え…いえ、今はいいです…食欲、ありませんし…」
おばちゃん「そう……」
花苗「…………」
花苗「…今、何時ですか…?」
おばちゃん「? 午後の6時半だね。夕方だよ」
花苗「…そうですか…」
花苗「………」
花苗「………」スッ スタスタ
おばちゃん「花苗ちゃん?」
花苗「…ちょっと、海を見に行ってきますね」
おばちゃん「?」
おばちゃん「!? ちょっとアンタ、待ちなさい!」
花苗「えっ」
おばちゃん「アンタ、妙な気起こすんじゃないだろうね」
花苗「妙な気って……ふふっ、何もしないですよ…ずっと毛布に包まってたから、暑くなっちゃっただけです」
花苗「それに…」
おばちゃん「………」
花苗「今は…一人になりたいんです…」
おばちゃん「………」
おばちゃん「分かったわよ」
おばちゃん「30分。30分たったら帰ってきなさいよ」
花苗「はい…」ガラガラ
ピシャン
誰もいない浜辺は、夕日でオレンジ色に染まっている
砂浜に佇んでいる私は、水平線とくっついた太陽を見ていた
花苗「………」
私の頬をまた涙が伝う
景色がぼやけるくらいに、両目から溢れて止まらない
でもその涙には、感動とか、泣き叫びたい程の悲しみとかは無かった
ただ寂しかった
今までの私と、お店で大泣きした私は、何も違う所なんて無かった
深く沈んだ哀しみが、浮き上がってきただけで
今はまた沈んでいるだけで
結局は何も変わらない
だから明日もその次の日も
ずっと私は、遠野君が好きなままなんだと思う
ずっと好きなままで、ずっと後悔し続けて
ずっと何も出来ないままで
泣きたい気持ちをいつまでも抱いて
私は、これからもここにいる
この海の向こうに、あの人の姿を見ながら…
花苗「………」
オリバ「綺麗な眺めだな」
花苗「!」
オリバ「グゥドゥアフタヌーン、ミスカナエ」
花苗「あ…あなたは…」
オリバ「私の名はオリバ。ビスケット・オリバだ。アンチェインでも構わないがね」
スッ
花苗「…え…」
オリバ「その涙では綺麗な顔が台なしだ。使いなさい」
花苗「いえ…いいですよ…そんな…」
オリバ「怖がるコトは無い。私はさっきの怖いおじさんとは違う」
花苗「………」
花苗「………」フキフキ
オリバ「ビューティフル」
花苗「!?」ピクッ
オリバ「この海がさ。キミも好きだろう?ミスカナエ」
花苗「…好きです、けど……」
オリバ「寄せては引く波音に、頬を撫でるそよ風。そして水面に浮かぶ二つの暖かい輝き」
オリバ「恐怖の象徴の裏返しとして、古来より海が母なる愛と語り継がれるのも、頷けるというモノだ」
オリバ「まァ、今のキミにはそうは見えないかもしれないが」
花苗「…………」
オリバ「この海の向こうに、愛する人がいる」
花苗「!!」
オリバ「そうだね?」
花苗「……また、私を責めるんですか?」フルフル
オリバ「そんなコトしないさ。私も同じだと言いたいだけなんだ」
花苗「えっ…?」
オリバ「人を愛するというコトには、いつも痛みが伴う。時にはその愛そのものを脅かす程の痛みに、苛まれる事だってある」
オリバ「愛には見返りが無い。愛というのは常に一方通行だからね」
花苗「…………」
オリバ「そして一番辛いのは、その一方通行な愛が、相手に認識されていないのではと考える事だ」
オリバ「自分の愛ではなく、どこかにいる他人の愛が、相手の心を奪っているのではと考える事だ」
オリバ「勇次郎はそんな心を軟弱と罵るが、私はそうは思わない」
オリバ「そして、キミも。…違うかい?」
花苗「………」
花苗「違わない…です」
オリバ「ホラ、やっぱり同じだっただろう?」
花苗「…うん…」
オリバ「………」ニコッ
花苗「あの……あなたの愛する人って、どんな人なんですか?」
オリバ「どんなって、そりゃあもうトンデモなく美しい人さ。傲慢で威厳に溢れ、我が儘な性格が尚更愛しくさせる」
オリバ「そうそうこの腕」メキメキィッ
花苗「ひぇっ…」
オリバ「Oh、ソーリー」
オリバ「この腕も彼女の為にこしらえたんだ。マリアの為なら、イエス・キリストでも締め落として見せる」ニヤニヤ
花苗「へ…へぇー…す、凄いですね」アハハ…
オリバ「オッ、ようやく見れた」
花苗「?」
オリバ「キミの笑顔さ。想像してた物よりキュートだったがね」
花苗「!? なっ、何言ってるんですかっ…//」
オリバ「フフ……」
花苗「………//」
オリバ「だが一つだけ、私達には違いがある」
花苗「?」
オリバ「たった一つだけね。ワカるかな?」
花苗「…違う事だらけだと思いますけど」
オリバ「ンー……確かに見た目は違うかな。私の上腕は、少なくともキミの腕の6倍は太いし、交遊関係も私の方が明らかに物騒だ」
オリバ「だがしかし、私達は誰かに恋をしているという、巨大な共通項を持っている」
オリバ「それでも、ある一点だけが違うのさ」
花苗「………」
花苗「……性別、とかですか?」
オリバ「ハハハハハハハハハハハハ!!!!」
花苗「ひぁっ…!」
オリバ「イヤー、ハハハ……アッ、すまんすまん、またビックリさせてしまったね。笑い声がチョビっと大きいんだ。ハハハ」
花苗「はい…」フルフル
オリバ「確かに性別は違うな。でも、そうじゃない」
オリバ「どのような人物にも人を愛する権利がある以上、フィジカルは差異に入らない」
オリバ「唯一の違い……それは『愛の強さ』さ」
花苗「…愛の強さ…?」
オリバ「そう。愛する人の事を想い、その為に行動を起こす力」
オリバ「マリアへの私の愛はアメリカ…いや世界一だと自負している」
オリバ「マリアを守る為に、私は世界一の筋肉量をこの身に宿した。マリアを救う為に、私は世界の規範から逸脱出来る程の知力を得た。マリアに似合う男になる為に、私は世界一の自由を得た」
オリバ「出来ない事はもう何も無い。必要とあらば、私は命をも捧げられる」
花苗「………」
オリバ「私がこのようにマリアを愛するように、キミもまた、ミスタートオノを世界一愛していたハズだ」
オリバ「だが、キミは実行する事を躊躇した。愛の強さが、キミ自身の躊躇いを凌駕するに至らなかったのだ」
花苗「………」
オリバ「しかしそれは裏を返せば、キミもまた私のような者に成り得るというコトだ」
オリバ「ミスカナエッ」ガシッ
花苗「っ……なんですかっ?」
オリバ「あと一歩で手が届くんだよッ、彼の背中にッ」
花苗「………」
オリバ「………」
花苗「……私の事、励ましてくれてるんですよね」
花苗「そのお気持ちは、嬉しいんですけど…」
花苗「………」
花苗「でも、嘘つかなくったって、いいじゃないですか」
オリバ「え?ウソ?」
花苗「嘘じゃなかったら何なんですか?」
オリバ「なにって、リアルに決まってるじゃないか」
花苗「やめてください!」
オリバ「?」
花苗「っ!」パシッ
オリバ「あ」
花苗「私は子供じゃないんです!」
花苗「出来る事と出来ない事の区別ぐらい付いてるんですよ!?」
花苗「世界一とか自由とか!命を捧げるとか!そんな都合のいい事、普通は出来る訳ないって、分かってるんですよ!?」
花苗「それでも私、頑張ったんです!努力したんです!遠野君と一緒にいたかったから!後悔なんて絶対したくなかったから!」
花苗「私は…っ…」
花苗「………っ…くっ…」グスッ
オリバ「…………」
花苗「私だって、好きでこうなったんじゃない…っ」ポロポロ
花苗「…っ……っ」ポロポロ
オリバ「………」
オリバ「スマナイ…軽率だったね」
オリバ「だが事実、私は…」
花苗「っ!!」サッ
パチン!
オリバ「………」
花苗「最低!」ポロポロ
オリバ「証明出来る」
花苗「!」
オリバ「今は知力や自由の証明は出来ないが」
オリバ「愛によって育まれた『力』の証明は出来る」
花苗「…?…」
オリバ「それが出来たら、認めてくれるね?」
オリバ「愛の力に不可能など無いコトを」
オリバ「キミの愛は、まだ終わってはいないコトを」
悔しさと悲しさで一杯になっていた私の心に、彼の言葉が重く響いた気がした
私の気持ちを踏みにじった嘘を、嘘ではないと証明すると言った彼の目は、とても真剣で、真摯だった
二度と嘘とは言わせない
まるでそう言うかのように
バファッ
私から少し離れて、彼は上着を脱いだ
花苗「!!?」
その時の彼の上半身を見て、私は何も言えなくなってしまった
サーフィンをしていた昔の私は、同学年の子より、男の人の水着姿を見る機会が多かった
だから男の人の筋肉とかを見ても、特に何かを感じるわけでも無かった
せいぜい、プロもアマチュアも、見た目はあまり変わらないんだなって、その程度だった
でも、彼の身体は違った
彼の身体は例えるなら、鉄の塊だった
それも車のエンジンとか、カブのプラグとか、そんな金属じゃない
もっと鋭くて、包丁みたいに研ぎ澄まされた輝きを放つ、とてつもなく重い鋼鉄
その想像を絶し過ぎた姿に、一瞬だけ、彼が着ぐるみを着ていると私は本気で思った
オリバ「離れていなさい。あと、出来れば耳を塞いで、目も閉じておいた方がいい」
オリバ「それと姿勢も低い方がいい。うずくまるのがベストだ」
花苗「?…?…」
彼が何をしようとしているのか、全く分からなかった
だから言われるがままに、私は彼の指示に従った
だけど何が起きるのか気になったから、薄目を開けて、彼の背中を見た
彼は波打際に立つと、しゃがみ込んで、そのまま何秒間か止まっていた
そして、何をしているんだろうと勘繰った私の目の前で…
ド オ ン !
花苗「えっ…」
高く跳んだ
ロケットの打ち上げみたいに、砂埃を上げて
それも、尋常じゃないくらい高く
5メートル、10メートル、いや、もっともっと高くまで
高校の屋上を飛び越すくらい高く跳んでも、彼はまだ止まらない
花苗「~~~~~~~~~~~ッッッッ!!??」
そして降下を始めた彼が、海に触れる瞬間、私はとても怖くなって…
花苗「んっ!!」ギュッ
目を固く閉じた
海の家
テレビ「最近話題のカーナビのずれですが…
テレビ「最近というか随分前からですよ?もうずっと前…
おばちゃん「………」
おばちゃん「カーナビとかどうでもいいわ」アハハ
おばちゃん「………」
ド ギ ャ ! !
おばちゃん「!!?」
ズ ズ ゥ ン… ゴゴゴゴゴ…
おばちゃん「えっ…地震!?ウソ!?」
高校
花苗の姉「………」カリカリ…
先生「澄田先生。この前決まった指導要領についてですが、お聞きしたい事がありまして」
姉「あ、はい。何か?」
先生「ここなんですけれども…」パラパラ
ドオオォォン…
姉「?」
先生「?」
「うわ」「なんだ?どうした?」
ゴゴゴゴ…
「地震だぁ!」「えっ?何!?」
「揺れてる揺れてる」
姉「…あれ…これって」
先生「…やばいですね」
姉「警報器鳴らしますっ」ダッ
先生「あっ、え、えーっと」
先生「あっ、集合ー!集合ですー!緊急ですー!」
ガヤガヤ… ザワザワ…
種子島:天女ヶ倉山中
ズウゥゥゥン
勇次郎「!」
勇次郎「…………クスッ」
勇次郎「クスクスクスクス…」
勇次郎「あのお節介焼きめ」クスッ
ザアアアアアアアアアアアアアアアア…
突然降り出した土砂降りの雨の中、私は身体を縮こませて震えていた
目は開けていない
けれど、この雨がどこから来たのかはもう分かっていた
この雨については、匂いも、冷たさも、私はよく知っていたんだから
知っていたから、目を開けられなかった
雨が冷たくて、目が痛くて
目の前で見た物を信じるのが、怖くて怖くて、堪らなくて
だから私は、雨が治まっても、カチカチと歯を鳴らせて震えていた
オリバ「もう良いぜ」ズチャッ
花苗「ひっ!!」ピクッ
オリバ「大丈夫。もう怖い事は終わった。それより見せたい景色があるんだ」ズチャッ
花苗「い…いや…」
オリバ「………」スッ
花苗「!? いや!降ろして!」ジタバタ
オリバ「降ろさないよ。お姫様を落とすような王子では無い」フフ…
オリバ「それに、早く見ないと、この美しい海も元に戻ってしまう」
花苗「うぅ……」
オリバ「怯える事は無い。さ、目を開けて」
いくら暴れても解かれないお姫様抱っこと、もう少しで消える景色への好奇心に負けて、私は眼を開けた
花苗「あっ」
オリバ「………」
花苗「………」
オリバ「どうだい?綺麗だろう?」
その海には、波音が無かった
波すらも無かった
いや、そこには海そのものが無かった
代わりに、水平線近くまで続く、巨大な一枚の鏡が張ってあり
その鏡が、オレンジ色の空を完璧に映しだしていた
鏡と空の境目が分からなくなるほどに
雲の一つ一つから、空を飛ぶ鳥の羽ばたきまで、完璧に
そして境目の中心には、半分まで沈んだ夕日が映りこんでいる
その光景は、地球ではないどこかの星…
そう、まるで自分が、天国にでも居るかのような…
花苗「きれい…」
オリバ「ああ、美しい」
花苗「………」
花苗「………こんな事、どうやってやったの?」
オリバ「コップに注がれた水……その水面に起きた波紋を、一滴の水滴で止める。原理はそれと似たようなものさ」
オリバ「まァ、このコップは少々大きすぎるが」フフ…
花苗「………」
オリバ「怖いのかい?」
花苗「ぇ、ええ、だいぶ…」
オリバ「アララ」
花苗「すみません…」
オリバ「ンー…可能な限りファンタスティックな物をと欲張ってはみたものの、やり過ぎたようだ」
花苗「みたい、です、ね…」ハハ…
オリバ「中々上手くいかないものだ」
ザザ… ザザザ…
ザザザザザザ…
花苗「! 波が…」
オリバ「回復したようだ。この現象も長くて20秒かそこらさ」
オリバ「もうちょっと長くても良いんだけどなァ」
オリバ「フゥー……」スッ
花苗「………」スタッ
オリバ「さて、約束通り信じてくれるかな?」
花苗「………」
オリバ「アレ?」
花苗「あ、いや、信じます。信じますけど…」
花苗「想像してたのと全然違いましたから、驚いてしまって…今いちピンと来てない気がして…」
オリバ「もっと凄いのを期待してたかい?」
花苗「!? いえっ、違いますよ? むしろやり過ぎだと思いますっ」
オリバ「そりゃあ良かった。いくら私でも、アレ以上は無理だ」
オリバ「人間の限界なんて、所詮ミサイル一発分くらいなものさ」ハァ…
花苗「ミサ……」
オリバ「さて、私はここで失礼…」クルッ
オリバ「…する前に、コレをプレゼントしておこう」クルッ
花苗「っ、これって、良いんですか?」
オリバ「上着の一つや二つ、無くなったって構いやしないさ。むしろ問題なのは髪がビショビショなキミの方だ。遠慮なく使いたまえ」
花苗「ぁ、ありがとうございます…」
オリバ「礼などいらな…ン?」
花苗「?」
おばちゃん「花苗!大丈夫だっ…た……」
オリバ「…………」
おばちゃん「あーー!!!」
オリバ「あっ、ヤベッッ」ダッ
おばちゃん「この変態!け、警察呼ぶよ!」
オリバ「NOッッ!!」ダダダダ…
花苗「……?」
おばちゃん「クソっ…逃げやがった…」
おばちゃん「! 花苗ちゃん!怪我とかしてない!?」
花苗「…怪我は無いですけど…」
おばちゃん「けど!?あの外人になんかされたのかい!?」
花苗「何って……」
おばちゃん「………」
花苗「………うーん」
おばちゃん「………」
花苗「なんか、励まされたみたいです」
おばちゃん「は?」
花苗「すみません。私もちょっと、よく分かってなくて…」
おばちゃん「………」
おばちゃん「……まあ、大丈夫なら良いんだけどさ。さ、片付け手伝ってもらうよ」
花苗「片付け?」
おばちゃん「さっきの地震で店ん中目茶苦茶んなったんだよ。ニュースになるくらいだし、この小島にしては大事件さ。厄日ってやつなのかねー今日は」ポリポリ
花苗「………」
おばちゃん「…気付かなかった?」
花苗「?ぃいえっ、気付いてましたよ。怖かったですよね」
花苗(…ミサイルにしたって、ちょっと強すぎるんじゃない…?)
澄田家
ガチャッ
花苗「ただいま~」バタン
姉「おかえり。晩御飯出来てるから」
花苗「んー…」スタスタ
姉「? 食べないの?」
花苗「後で食べるよ…今日すっごい疲れた…地震もあったし」
姉「じゃあ明日食べるって事ね?」
花苗「そうしといて…」スタスタ
花苗「あ、母さんは?」
姉「家の片付けでダウンしてる。起こさないであげてね」
花苗「分かった。じゃ、おやすみ~」スタスタ
姉「おやすみ」
姉「………」
姉「地震『も』…?」
花苗「はあ…」
ばふっ
花苗「…………」
私が過ごしてきた毎日の中で、多分一番慌ただしかった一日
そんな今日が終わり、安堵感が、飛び込んだ先の柔らかなベッドと一緒に、私を包み込んだ
身体から力が抜けて、頭を上げる気力も無い中、ぼんやりと彼の…
いや、彼らの言葉が、頭の中を巡る
[貴様は何も賭ける事無く、愚かにも時を無為に浪費しただけだ]
[そんなザマじゃ逃して当然]
[得られる物など何一つありゃしねェぜ]
【出来ない事はもう何も無い。必要とあらば、私は命をも捧げられる】
【私がこのようにマリアを愛するように、キミもまた、ミスタートオノを世界一愛していたハズだ】
【だが、キミは実行する事を躊躇した。愛の強さが、キミ自身の躊躇いを凌駕するに至らなかったのだ】
【しかしそれは裏を返せば、キミもまた私のような者に成り得るというコトだ】
【あと一歩で手が届くんだよッ、彼の背中にッ】
遠野君が私から離れていく時…いや、元から近づいてなんてなかったって、気付いてしまった時、私は何も出来なかった。ただ悲しさに打たれて、諦めてしまった
そんな私に、あと少しで手が届くなんて言葉は、信じられるはずもなかった
愛が終わるどころか、始まってすらいなかったのに
想いに力なんて無いのに
それなのに…
【今は知力や自由の証明は出来ないが、愛によって育まれた力の証明は出来る】
【それが出来たら認めてくれるね?愛の力に不可能など無いコトを】
オリバ「キミの愛は、まだ終わってはいないコトを」
彼はそう言って、私の前で証明してみせた
彼の言う愛の力を
誰にも出来ない。やろうともしない
思いつきさえしない事を、彼はやった
バカバカしいほど壮大で、でたらめな事を
思えば、あれほどの事も、彼の言う『愛の力』をどう証明しているのかの説明にはなっていない
想いの強さに関係無く、あの人の身体はどうかしてる
見れば分かるし、きっと誰だってそう思う
なのに、話をしている時の彼の目には、確信みたいな物があった
まるで「信じている物があるから出来るんだ」と言うかのように、真剣な眼差しだった
だから、想いの力さえあれば、私なんかにも出来る事だと、彼は本気で思っている
でも、海から波を消すなんて私に出来るはずがない
私に出来る事なんて、毎日働いて、たまに昔の事を思い出して、寂しい気分に浸る事だけ
サーフィンだってやめてしまって、サーフボードの手入れの仕方まで忘れてしまった
出来る事なんてほとんど無い
そう、ほとんど何も…
花苗「……なんで…」
彼はなんで、あんな事が出来るんだろう
あんな事が出来るようにならないと愛せない人って、一体どういう人なんだろう
多分彼は…いや、オリバさんは、その人を愛する為に、私なんかより何倍も努力しているんだろう
何十倍も、何百倍も、何千倍も…
努力なんて呼び方が出来ないくらいの努力を、何重にも積み重ねて
その過程で身についた色々な物にも、眼もくれずに
…もしかしたら、オリバさんが言いたかったのは、そこなのかもしれない
一つ積むのも二つ積むのも、積み上げる事には変わりない
積み上げた分だけ近付けるとしたら、いつかは必ず手が届くって、オリバさんは言いたかったのかもしれない
でも、それを私に説明したかったにしても…
花苗「…口下手過ぎますよ」フフッ
私は世界一頭が良いみたいな事言ってた人が、口下手なんて
きっと、私を説得するついでに、強さ自慢みたいな事もしたかったんだ
ウインクとかもしてたし、意外とオリバさんはお茶目な人なのかもしれない
だからこそ相手の人も、彼を受け入れたんだと思う
その人も傲慢で威厳がある人みたいだし、あの人でもこき使われてたりするのかな
花苗「………」
出来る事は少ないかもしれない
限界なんてあっという間に来るかもしれない
だけど私自身、もう諦めたくないって思ってる
遠野君を思う度に、心が苦しくなるから
だから私は、オリバさんに怒ったんだ
彼の事が羨ましかったから
私にも、想いを伝えたい人がいるのだから
花苗「私、もう一回頑張ります」
誰に言うとも無くささやいて、私は眠った
ミーンミーンミーン
姉「あっつ~…」
姉「………」カチッ
姉「あら、もうクーラー付いてたんだ」
姉「はあ…」
テレビ<いや~昨日の金曜日ですか。私、種子島の方に行ってたんですけどね。いやもう凄い地震があったんですよ!グラグラグラ!って…>
プツン
姉「あー…今日が土曜で良かったわ」
花苗「おはよー」スタスタ
姉「あーおはよー」
花苗「あっついねー、今日」
姉「んー…」
花苗「…ねえお姉ちゃん」
姉「ん?」
花苗「海、行かない?」
姉「え?」
花苗「今日、暑いし」
姉「……まあ、うん」
花苗「学校、土日はやってないでしょ?」
姉「土日っていうか…地震の片付けとかで、しばらくは用務員さん以外立ち入り禁止だけど」
花苗「うわ…凄い事になってんだね。やっぱ」
姉「まあね」
姉「………」
姉「で、どういう風の吹き回しなの?もう海に行きたいなんて言わなくなったと思ったのに」
花苗「ダメかな?」
姉「ダメじゃないけど…うーん…」
花苗「………」
姉「…じゃあ、とりあえずボードは車に積んどくからね」
花苗「えっ」
姉「あんたが海に行くっていうなら、当然、やるのはサーフィンでしょ?」
姉「スペアのボードもあるし、問題ないじゃない?」
花苗「………」
車内
姉「………」
花苗「………」
姉「水着のサイズとかは大丈夫なの?」
花苗「あ、うん、大丈夫。もう服の下に着てる」
姉「へえ、着れるんだ。スリーサイズ変わらないなんて、うらやましいなぁ」
花苗「そんなことないよ。ちょっとキツいし、蒸れるし」
姉「ふふっ」
花苗「………」
姉「花苗」
花苗「なに?」
姉「私、いっつも応援してるからね、あんたのこと」
花苗「!」
花苗「………」
花苗「……ありがとう…」
姉「うん」
花苗「………」
姉「………」
ザザァ… ザザァ…
姉「…私も久しぶりに来た気がするよ」
花苗「海に?」
姉「うん、海に」
ザザァ… ザザァ…
花苗「………」
姉「昨日の晩御飯、お弁当にして持って来たから、疲れたら食べて休みなさいよ」
花苗「うん、分かってる」
姉「あとサーフボードだけど、もう塗った?」
花苗「ううん、これから塗る」
姉「ん、分かった。じゃあ、先に車に戻ってるからね」スタスタ
花苗「うん」
ザザァ… ザザァ…
花苗「………」ゴトン
花苗「………」ゴリゴリ…
青色に澄んだ空には、雲がくっきりと映ってて
強い日差しと、少しだけ強めの風が、私の背中に当たってる
暑いだけの家の中とは違って、浜辺は絵に描いたような良い天気だった
波は高く押し寄せ、しぶきを上げていた
花苗(うん…いける…)
タッ
タッタッタッタッ…
ザバザバザバザバ…
バシャン
久しぶりに駆け込んだ海は、始めて入った海より温かかった
私はサーフボードを海面に置くと、波が起きるポイント目掛けて泳ぎ出した
すると、くすぶっていた火種のような…
昔の私がそのまま抱いていた想いや、みずみずしさが、私の胸の中から湧いてきた
とうに埋もれてホコリを被ってしまった物が
波に洗われて、輝きを取り戻していくかのように
ザザァ… ザパーン
姉「ふふっ、やってるやってる」
姉(今度こそ、吹っ切れたらいいわね)
コンコン
姉「?」
オリバ「エクスキューズミー」
姉「!!?」
姉(え?…なに?…誰なの?)
オリバ「失礼、英語はイケなかったかな?」
姉「え…いえ…英語は出来ますけれど…」
姉「………」
姉「…お上手なんですね日本語」
オリバ「イエス。私は言語学も得意でね。ロシア語も中国語もなんでも御座れなんだ」
姉「す、凄いですね…」
オリバ「よく言われる」ニィ~
オリバ「ところで、あそこで波と格闘中のミスカナエについてなんだが…」
姉「?…あっ、花苗のお知り合いの方でしたか?」
オリバ「まあそんな所だ。それで、彼女のチャレンジについてなんだが、私にも見届けさせてはくれないかな?」
姉「えっ?」
オリバ「このサーフィンは彼女にとっては、最もシリアスプロブレムなイベントである事は私にも理解出来る。あの目を見る限り、彼女は愛破れし者から生まれ変わろうとしているのだからね」
姉「……あなた、やたら花苗について詳しいみたいだけど、一体何者なの?あの子のなんなの?」
オリバ「世界でイチバン自由な男にして、彼女の単なる一知り合い」
オリバ「…なんてどうかな?」
姉「………」
姉「……まあ、好きにすればいいわ。でも、あの子の邪魔はしないでね」
オリバ「イグザァクトリー」ニマッ
昔より鈍く、遅くなった身体で波に挑むのは、想像以上に厳しいものだった
腕も、足も、思うように動いてくれない
一掻きで越えた小さな波は、今では二掻きしても形を崩してくれない
息もすぐに乱れて、口の中に海水が何度も入る
花苗「はあ、はあ…」
体勢を立て直して腹ばいでボードに乗っても…
花苗「わぁっ!」ザバン!
肩と太ももに波を受ければ、あっという間にバランスを崩して落ちてしまう
体力も筋力も衰えて、スタミナの回復も満足に出来ない
花苗「はあ、はあ…ふぅ…」
一息入れて、もう一度波に挑む
花苗「っ…くっ!」バシャッ バシャッ
でも、今度は現れた波に近付く事さえ出来なかった
花苗「はあ、はあ、はあ…けほっ、ごほっ」
1年以上本格的な運動をしていなかったとは言え、ある程度数をこなせば波に乗れるかもしれないって思っていたけれど、甘かった
学生時代、波に乗っている時は、サーフボードが自分の身体の一部になったかのように感じていたのに
今は波に乗るどころか、サーフボードに乗る事にさえ苦戦してしまう
花苗「………」
サーフボードにしがみつく両手が、滲んでぼやけた
花苗「んっ」バシャッ
だけど泣きたくなかったから、私は顔を水面に付けて涙を洗った
ザパーン ザザザ… バシャーン
オリバ「ジャスト、シックスティミニッツ」
オリバ「もうそろそろ小休止だろう」
姉「………」
花苗「はあ、はあ、はあ…」ザパッ ザパッ
姉「花苗ー!」
花苗「!」
姉「大丈夫ー!?」
花苗「はあ、はあ、もう少しやってみるー!」
姉「あんまり無理しないでよー!」
花苗「うーん!わかっ…」クルッ
花苗「!」
オリバ「………」
花苗「オリバさーん!」ブンブン
オリバ「ハハハ…」
姉「…本当に花苗の知り合いだったんですね…」
オリバ「疑っていたのかい?」
姉「ごめんなさい…正直、貴方の事疑ってた…」
オリバ「フフ…やっぱりね」
オリバ「まァ、別に尾を引く話でもない。気にせんでくれ」
姉「………」
オリバ「それにしても、意外にもまだ元気なようだな」
姉「空元気ですよ。あの子、辛い時ほど無理するんです」
姉「貴方に手を振ったのも、多分強がりですよ」
オリバ「フム………ならばやはり元気イッパイだ」
姉「えっ?」
オリバ「元気にカラなど存在しない。活力が続く限り、それにはパワーが宿っている」
オリバ「まだまださ。彼女はまだイケる」
花苗(腕が重い…泳ぐのも、もう厳しいかな…)
花苗(背筋もあんまり伸びない…背中が痛い…)
ザバババ…
花苗「!」
ドパァン!
花苗「わっぷ!」バシャッ
ゴボゴボゴボゴボ…
花苗(でも、まだ休めない…)
花苗(休みたくない)
花苗(ここで休んでしまったら、楽をしようとしたら…)
花苗(また私は、ダメになってしまいそうだから)
花苗(だから、駄目!)
バシャッ!
花苗「ぷはっ!はあ、はあ」
花苗「はあ、はあ…ふう…ふー…」
姉「…………」
オリバ「さて、私も行こうかな」
姉「? 行くって、どこにですか?」
オリバ「ちょっとヤボ用を思い出してね。失礼♪」クルッ
姉「あっ、ちょっと…」
スタスタ…
姉「………」
ザザザ…
花苗(! 波が来る!)バシャッ!
バシャッ バシャッ バシャッ
ザザザザ…
花苗(来た!)ザバッ
グラッ
花苗「!? あっ…」グラグラ…
バシャン!
ザザザザザ…
姉「………」
バシャッ
花苗「はあ、はあ…けほっ」
花苗「はあ、ふう、ふう…」
花苗(もう少し…あとほんの少しで立てたのに…)
姉「花苗ー!もうそろそろ休まないとー!体力持たないよー!」
花苗「まだ平気ー!」
姉「………」
ザザザザザ…
花苗「!」ザバッ
姉「花苗…」
姉(最後にあんたが波に乗れた日も、こんな日だったね。今日よりは涼しかったけど)
ザパーン ザザザザ…
姉(波に乗れて戻ってきた時のあんたの顔、今でも覚えてる。凄くうれしそうだった)
姉(でもそれから何日か経ったあの日…泣きながら、花苗は帰って来たよね)
姉(顔見て何があったのかは分かったよ。そういう報われない事って、何でか知らないけど必ず来るものだからさ。どんなに頑張っても)
姉(だからなんだろうな……自分が使うわけでもないのに、ボードなんて買って、週末に手入れして)
姉(理由も聞かないで車まで出して)
姉(多分、私にも未練みたいな物が残ってるんだろうね)
姉(だから…)
ザザザ…
姉「………」
ザザザザザザ…
姉「!……あの波…」
心も身体も、疲れがピークに達した時、その揺らぎは来た
ボードを抱えて波の中を漂う、私の目の前に
大波を作るであろうそれが迫っていた
花苗「ふっ…!」バシャン
バシャッ バシャッ
私は身体を捻って向きを変え、浜辺に向かって泳いだ
大波に乗る為にはタイミングを測る必要があって、測る為には揺らぎの移動する速さに合わせて、自分も移動する必要があったからだ
揺らぎは波よりずっと速い
追い越されたら、その揺らぎが波に変わっても、波には乗れない
ザパパッ…
花苗「!」
揺らぎに白波が立ち始めた
花苗「くっ!」バシャバシャ
身体をもう一度捻って、今度は揺らぎのすぐ手前まで身体を寄せる
揺らぎが波に変わっていく
ザザザザザザ…
波音が大きくなって、ボードに腹ばいになっている私を、小さな波が押し上げる
私は身体を起こして、震える脚でボードに立った
そして小さい波は大きくなり、私の頭上から飛沫を降らせはじめる
花苗「!…!…」グラグラ
足元から私を揺する波に、私は必死で付いていった
振り落とされないように、両手を広げて、足を踏ん張らせて
重心の位置を意識して、それ以外の事は考えから消した
波は、更に大きくなっていった
ドドドドド…
花苗「!」
ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
私の予想を超えて
5メートルを超え、10メートルを超え
小さな波は、あっという間に20メートル級の大波になった
花苗「!?」ザババババババ…
こんな波に乗った事は無かった
巨大な波に何度か憧れはしたけれど、桁の違った波は種子島には来ないと思っていた
でも、その波に今、私は乗っていた
日の光を遮るほど厚く、ビルのように巨大な波が、私を乗せていた
花苗「わあぁ…!」
大波への怖じけが、それを実感した途端に喜びに変わった
疲れや痛みも、何処か遠くへ飛んでいった
姉「ーー!!」
遠くで姉さんが手を振ってる
あんなに嬉しそうな姉さんを見たのは初めてだった
でも私は多分、姉さんよりもずっと、心を踊らせていた
大きな波は大きな音を立てて、私の頭上を回る
それが、私を祝福してくれているように感じられたから
私を囲む壁を、突き崩してくれたように思えたから
ドドドドド…
すぼんでいく波から抜けて、日の光を全身に浴びた私は、サーフボードの上で決めのポーズを取って…
花苗「あわっ!」ツルッ
ドパーン
足を滑らせて海に落ちた
変な声が出てしまって、恥ずかしかった
花苗「ぷはっ」バシャッ
花苗「あっちゃー…なんか、だっさいなぁ」
花苗「………」
花苗「ふふっ…ま、いっか」
最後は上手く締めれなかったけど
私の心は、とても晴れやかだった
花苗「はあ、はあ…」スタスタ
ドサッ
花苗「はあー、疲れたぁー」
姉「ふふっ、お疲れ~」
花苗「はぁ~…」
姉「…寝そべってたら砂付いちゃうよ?」
花苗「あっ」ガバッ
姉「あははは、もう遅いよ。ほら、髪ざらざら」
花苗「やっちゃった…」
姉「んふふっ」
花苗「お姉ちゃん」
姉「ん」
花苗「私、やったよ」
花苗「波に乗れた」
姉「………」
姉「うん」
花苗「………」
オリバ「コングラッチュレーションッ」パチパチ
花苗「!」
姉「?…」
姉「!!?」ビクッ
オリバ「イヤー、さっきの波に上着を取られてしまってね。ビチョ濡れ」アハハハ…
オリバ「まずは上半身裸で祝辞を述べる事に謝罪をしたい」
オリバ「アイムソーリー」ペコリ
花苗「あ、いえ、そんな…」
オリバ「では、改めて祝辞の言葉を」
オリバ「おめでとう、ミスカナエ。私は君を信じていたよ」
花苗「! し、信じていただなんて、そんな…恥ずかしいです…」モジモジ
オリバ「私もだ。正直照れている」
姉「あ…あの…」
オリバ「ホワイ?」
姉「着ぐるみ?」
オリバ「いや、本物の筋肉さ。なんならコートロールして見せようか?」
モコモコグニュグニュ
姉「えっ!?えっ!?」
花苗「うわああぁ……」
オリバ「なァーんてジョークもここまでにしておいて…」ぴたっ
オリバ「それで『自分』は乗り越えられたかい?ミスカナエ」
花苗「………」
オリバ「ン?」
花苗「…私には、やっぱりよく分かりません……遠野君への想いだけで、私に何がどこまで出来るのかとか、そういうのは…」
姉「?…」
オリバ「Oh……」
花苗「でも…」
花苗「それでも前に進むって、私の中で決心が付いた気がします」
オリバ「………」
花苗「今出来る事を、少しづつでもいいから積み重ねて……遠野君に、想いを伝えたいって、そう思えるようになったんです」
花苗「例えそれでダメだったとしても…」
花苗「私はそれでも、いいかなって」
オリバ「………」
姉「花苗…」
花苗「ふふっ、なんか恥ずかしいですね、こんなのって」
オリバ「イヤ、恥ずかしくは無い。キミのその決意は素晴らしいものだよ」
オリバ「それを貶るコトなど、誰にも出来やしないさ」
花苗「えへへ…」
スッ
花苗「?」
オリバ「種子島空港発、東京行きの便のチケットだ。飛び立ちたまえ、彼の居る街へ」
花苗「えっ?」
姉「!?」
オリバ「ワルいが私に出来るのはここまでだ。疲労がたまっているのでね。後は、キミの頑張り次第というワケだ」
オリバ「成功を祈っているよ」クルッ
ザッザッザッ…
花苗「………」
ザッザッザッ…
花苗「ぁ、あの!」
オリバ「………」ピタッ
花苗「本当に、ありがとうございました!」
オリバ「………」
オリバ「グッドラック」
ザッ
花苗「………」
ザッザッザッザッ…
花苗「………」
姉「行っちゃったね…」
花苗「…うん」
姉「はぁー…なーんか、私が心配する必要もなかったかなぁ」
花苗「そんな事ないよ。ボードの手入れとか、お姉ちゃんがしてくれたんでしょ?」
花苗「それに、何しに行くのって聞けたのに、それもしないで海に連れてってくれたし…私、すごく感謝してるよ?」
姉「……まぁ、面と向かってそう言われるのも照れるけどさぁ」
姉「…それより、そのチケットの料金とか本人確認とかって大丈夫なの?空港のシステムなんて忘れちゃったけど」
花苗「うーん…」
姉「………」
花苗「とりあえずは、明後日の飛行機に乗ることになってるみたいだけど…」
姉「ちゃんと乗れる?」
花苗「…わかんない…」
オリバ(オオ…懐かしい…)
オリバ(日付の変わらぬうちに筋肉痛とは……オーガの倅とファイトして以来か)
オリバ(ガラにも無く熱くなったな。やはり強いモノだ、美しい女性の涙というのは)
オリバ(悲恋を秘めているのなら、尚更に)
オリバ「………しかし…」
オリバ(ミスカナエ。私は一つだけキミに話さなかった事がある)
オリバ(ミスタートオノと再会する確率…その絶望的な低さ…)
オリバ(その要因は、東京と我々にこそあるのだ)
オリバ(その上で希望をちらつかせた……残念な結果になるかもしれぬと分かっておきながら…)
オリバ(しかし、それでも尚、私は信じている)
オリバ(サクセス・ストーリーを)
沖縄米軍基地:嘉手納飛行場
キュイイイイイイイイイイイイイイイ…
パイロット「………」
?「準備は出来ているかね?」
パイロット「万端ですミスタープレジデントッッ!いつでも飛び立てます!!」
アメリカ合衆国大統領
バラク・オズマ「それは良かった。不備など許される相手ではないからね」
オズマ「大佐」
大佐「ハッ、なんでしょうかッ」
オズマ「『彼』の受け入れ体勢は出来ているかね」
大佐「万事問題ありません。我が隊の全隊員は既に招集済み。近隣住民の…」
オズマ「分かってないな」
大佐「?…」
オズマ「キミ自身の体勢を聞いているのだよ。出来ているかね?」
大佐「…それは、一体どういう…」
オズマ「彼が現れたら分かるさ。ちなみに私は…」
オズマ「出来ていない」
ズチャッ
大佐「!」
ズチャッ
大佐「~~~~~~~ッッッ!!!」
オズマ「ほら、やっぱり出来ていない」
ズチャッ
オズマ「………」スッ
大佐(!?敬礼!?大統領がッ!?)サッ
オズマ「ようこそおいでくださいました」
オズマ「マスター・オーガ」
勇次郎「……………」
オズマ「………」
大佐(オーガ…この漢が……ッッッ)
勇次郎「下げろ」
オズマ「………」サッ
大佐「………」サッ
勇次郎「魂胆を言え」
オズマ「……ッッ」
勇次郎「協力を申し出、ステルス機まで持ち出す始末…」
勇次郎「あるんだろ?企みが」
オズマ「フフ…やはりバレてましたか…」
オズマ「話しましょう」
大佐「だっ、大統領!それでは国家機密が…」
オズマ「彼にウソなどつけない。今要求されれば、今それに応えるのみだ。場所を改める事も許されない」
オズマ「これは合衆国の一大事なんだ。キミは黙っていてくれ」
大佐「………ッッッ」
オズマ「オーガ…もう知っているとは思うが、この島国と我が合衆国の支配者層に、キミの命を狙う者達が潜んでいるのだが」
オズマ「彼らは今、それぞれの国のコントロール下から離れ、グループを形成して独善的に動いている」
オズマ「それだけなら良いが、あろう事か彼らはアメリカと日本では、一定以上の物理的戦力……かい摘まんで言えば、つまりは『軍』を統括する立場にある」
オズマ「無論、彼らを鎮静化させる事は可能だ。しかし、我々に打てるその手段は、リスクが伴う上に確実性に欠ける」
オズマ「関係国にも影響を及ぼしかねない」
オズマ「ならば、地上最強というブラックホールに、彼らの謀叛心を粉砕してもらおうと思い、協力を申し出た次第だ」
勇次郎「要するにだ」
オズマ「!」
勇次郎「貴様らが信頼していた部下共が、俺をダシに貴様ら自身へと牙を剥いた」
勇次郎「そういう事だな」
オズマ「………察しの通りです…」
勇次郎「つまり…」
勇次郎「この俺に、尻を拭け……と」
オズマ「!!?」
ぐにゃああああああ…
大佐「~~~~~~~ッッッ!!?」
オズマ「ちょっ……ッッ」
勇次郎「大歓迎だぜ♪」クスッ
オズマ「!?」
勇次郎「全力を出しての修練に耐えられず、壊れ、潰れ、挫ける物ばかりの中」
勇次郎「わざわざ挑み来る存在など、貴重も貴重」クス…
勇次郎「有り難い事甚だしい」クスクスクス…
オズマ「……………?」
勇次郎「東京へ飛ばせ」
貴樹「………」バサッ
外し忘れていた耳の保護カバーを、僕はごみ箱に捨てた
耳は治っていたけれど、取るタイミングを逃してしまい、惰性で着けたままにしてしまっていた
耳なんて気にしていられないような、深刻な悩みがあった
それは、範馬刃牙君の家で体験した出来事から来る…
恐怖が作った悩みだった
あの青年に会うまでは、それまでの僕が何を考えていたにしても、それは空想に過ぎなかった気がする
範馬勇次郎という絵空事
強さという名のフィクション
僕に足りない物の全てを持ち得る、想像の産物
僕はそれらを夢の中で見ていただけで、それらの正体が何かも知らなかった
しかし、分からない物は全て暴かれた
強さは現実で、絵空事でもフィクションでもなく、確かに存在していた
その事実が幻想を崩して、僕に冷や汗を流させている
でも、もっと怖いのは、僕がそれでもまだ悩んでいるという事だ
あの男を恐れているという自覚があるのに、未だに彼への好奇心が拭えない
いや、拭い去る気自体が起きない
まるで白熱球に集まる羽虫が、最期には焼けて落ちるように
僕は抗えない誘惑と掃えない恐れに板挟みにされて、身動きが取れなくなっていた
東京:電車駅の構内
貴樹「はぁ……」
明里「どうかしたの?」
貴樹「? 何が?」
明里「はーって、ため息吐いてたから」
貴樹「ついてた?」
明里「うん」
貴樹「あー…なんでかな、はは」
明里「?」
貴樹「最近…」
貴樹「………」
明里「調子悪いの?」
貴樹「そう…かな?…まあ、そんな感じかな」
明里「ふふっ、なにそれ。なんかふわふわしてる」
貴樹「ふわふわ…そうだね、うん」
明里「………」
明里「ねえ、貴樹君」
貴樹「なに?」
明里「昨日の晩、正明さんと話してたんだけど…その時の正明さん、なにか変だったの」
貴樹「変って、どんな風に?」
明里「上の空って言うか、とにかく、ぼーっとしてた」
明里「何かあったのって聞いても、何でもないからって言ってばかりで、何も話してはくれなかったの」
明里「それで……」
貴樹「…どうしたの?」
明里「…今日の貴樹君も、ぼーっとしてるから…」
貴樹「!」
明里「…貴樹君、私達が会った時の事故について調べたいって、言ってたよね」
明里「正明さんも、あの事故が気になるって言ってたの。電車はあんな壊れ方しないって、仕事場も事故の話で持ち切りだって」
明里「それに貴樹君…ボランティアでも、病院でも、事故とか事件とかが載ってる記事ばかり読んでるから…」
貴樹「えっ…」
貴樹(気付いてたのか…)
貴樹(…というか、そんなに分かり易い事してたのか、僕…)
明里「あの電車事故の事、調べてるんだよね?正明さんと一緒に」
明里「…なんとなくだけど、分かるよ」
貴樹「ごめん…隠すつもりは…」
明里「いいの」
貴樹「っ?」
明里「分かってる。隠すとかじゃなくて、わざわざ話す事でもないって思ったんでしょ?」
明里「私の事、気遣ってくれたんでしょ?」
明里「私、ちゃんと分かってるよ。だって貴樹君は、昔から、いつも私の事を守ってくれてたから」
貴樹「…明里……」
明里「でも…無理だけはしないで欲しいの」
明里「何か良くない事が分かっても、私の為だとか、考え過ぎたりしないで欲しいの」
明里「貴樹君の人生は、私の為にある訳じゃない……貴樹君の為にあるんだから…」
明里「だから…」
貴樹「………」
明里「あっ! ごめん、変だよね、こんな話…」
明里「バカみたいだよね…」
貴樹「いや、バカじゃないよ。真面目な話だったよ」
貴樹「明里」
明里「っ なに?」
貴樹「僕は大丈夫だよ。ちゃんと分かってる」
貴樹「もう、あの頃の僕達と今の僕達は違うんだ。それに、明里は正明さんが守ってくれる…そうだろ?」
明里「……うん」
貴樹「だから大丈夫だよ、きっと」
明里「………」
貴樹「…じゃあ、そろそろ雑誌片付けないとね」ガサガサ
明里「うん」ガサガサ
貴樹「明里」ガサガサ
明里「?」ガサッ
貴樹「ありがとう、心配してくれて」ガサガサ
明里「………」
明里「…うん」ガサガサ
雑紙の回収ボックスの蓋を閉め、ボランティアマークの付いた帽子をズボンのポケットに入れて
貴樹「それじゃ、またね」
明里「っ、うん、またね」
明里と別れて帰路に着いた僕の目に、少しだけ黄色みの掛かった空と、赤みの増した陽射しに照らされる街並が映る
その光景が、僕の心に染み込んだ
否応も無く、過去を感じてしまった心に
僕も明里も、もう大人になってしまっていた
それは分かっていた
明里と一緒に愛を育む為に、僕が明里を求めていた訳ではない事も
そして明里の言葉を聞いて、僕はやっと自分の願いに気付いたんだ
僕は守りたかったんだ
子供の頃と同じように、明里の事を
いつも一緒にいて、彼女の支えになってあげたいという願いが、いつからか執着に変わり、僕を走らせて、縛ってもいたんだ
でも、それももう終わった
明里はもう大丈夫
きっと僕がいなくても
貴樹「ははっ…」
徳川さんとのやりとりが、僕自身の中で漂う
あの時に『満ち足りたのか?』と聞かれた僕は、うなずいた
うなずいて当然だ
本当は、明里と温かい家庭を築く事なんて、想像すら出来なかったのだから
明里の結婚指輪を見た時に、僕の願いは既に叶っていたのだから
明里はもう二度と、僕に振り返る事は無いのだから
貴樹「っ…」
瞳に溜まった涙がこぼれないように、上向き気味に僕は歩いた
嬉しくも哀しく、満ち足りつつも虚しくなっていくような、そんな想いが胸一杯に広がる中…
輝きを放つ明里との思い出が、一つ、また一つと、色を失っていった
僕は堪え切れず
ベンチに座って、泣いた
ガチャッ バタン
明里「………」スタスタ…
正明「あ、おかえりー」
明里「っ、正明さんっ?なんで?」
正明「なんか仕事に身が入らなくてさ。やる事やって暇だったし、抜けてきた」
明里「そんな事して大丈夫なの?」
正明「大丈夫だろ、定時に退社したし。いっつも一時間くらい残って仕事してやってるんだから、これくらで文句なんて言われないよ」
正明「それよりほら、夕食も出来てるし、一緒に食べよう」
明里「うん…」
正明「………」モグモグ
明里「………」モグ…
明里「…正明さん」
正明「ん?」モグモグ
明里「貴樹君と何を調べてるの?」
正明「ッ!?」
明里「聞いたの、今日…ボランティアで…」
正明「………」
明里「…話したくないなら、別にいい。この話もこれっきり無しにするって約束する」
明里「これで正明さんを軽蔑するなんて事も、絶対しないわ」
正明「………」
正明「…貴樹君に聞いたんなら、別に俺が言わなくったっていいだろ」
明里「貴樹君には詳しくは聞いてない。正明さんと一緒に何かを調べてるって分かっただけで、調べてる物については、何も聞いてない」
正明「なんで聞かなかったんだ?」
明里「っ…それは…」
正明「………」
明里「貴樹君が…聞いて欲しくなさそうにしてたから…」
正明「なんだそれ?じゃあ何で俺には聞くんだ?俺には良くて貴っ…」
正明「………いや、悪い、言いたくないなら言わなくて良いって、もう言ってたよな」
正明「………」
正明「分かったよ…全部話すよ」
明里「! いいの?」
正明「いいよ。お互い無かった事にしたけど、こういう所で話さなかったせいで別れたーなんて、嫌だからさ」
正明「ちょっと長いから、よく聞いててくれよな」
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-------
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正明「…それで、今はクールダウンしてるんだ。今何を調べているのか、冷静になって考える必要があるなって思ってさ」
正明「要は実感したんだ。俺達が調べている男が、どれほど常識外れに恐ろしい存在なのかをね」
正明「そしたら、実感したからこそだろうけど、ますます明里には打ち明けられなくなったんだ。万が一にも何か起きたら、その事に明里が巻き込まれでもするんじゃないかって」
正明「…まぁ、こんなところかな…」
明里「…………」
正明「…明里?聞いてた?」
明里「うん…聞いてた、けど…………それって全部本当の事なの?」
正明「? そりゃあ本当だけど…っていうか、本当じゃない話を隠してどうするんだよ」
明里「うん…でも…」
明里「こう言うのは悪いけど……そんなの、とてもじゃないけど、信じられない…」
正明「まあ…そりゃな。俺だってあの家に行くまでは、意識してなかったんだろうけど、何となく他人事みたいな感じだったし、分かるよその気持ち」
正明「でも、間違いなく本当の事なんだよ」
正明「だから貴樹君も、明里には話さないようにしてたんだろうな。何が起きても、明里には何の影響も出ないようにってね」
明里「………」
正明「そういう事だから、一つだけ約束して欲しいんだ」
正明「例え気になったとしても、範馬勇次郎については調べないって」
明里「………」
明里「……そこまでして何でその人を調べるの?」
正明「………」
明里「その人の事が怖いなら、調べなきゃ良いじゃない……その人は私達とは何の関係も無いんでしょ…?」
正明「ああ関係無いよ。でも、調べずにはいられないんだ」
正明「確かに危ないし、怖いよ。俺の勤め先での事件の時、貴樹君は現場に向かってる途中に、『普通ではない出来事』を体験して、耳を怪我した」
正明「正直、これから何が起きるか分からないし、何が起きても全く不思議じゃないよ。でもね…」
正明「………」
明里「………?」
正明「ホント言うと羨ましいんだ、彼の事が。だから調べてるんだ」
明里「…羨ましい?」
正明「彼は…範馬勇次郎って人は、多分何でも出来るんだ」
正明「その人生には挫折なんて無い。 何も失わず、一度も虚しくも悲しくもならず、どんな願いも自分の力で叶えられるんだよ」
正明「夢を諦めて、妥協して、挫折して、それでも何とか幸せを掴もうと足掻いて、運良く明里と一緒になれた俺とは…」
正明「…今も足掻いてる貴樹君とは…全然、違うんだよ」
明里「………」
正明「『そんなの有り得ない』って存在が本当にいたら、誰だって気になるはずなんだ」
正明「『有り得たらどんなに良かったか』って人生を送ってる奴なら、尚更にね」
明里「……でも、そしたらなんで正明さんは調べるの? 今が幸せなら、調べる必要無いじゃない」
正明「そりゃ今は幸せだよ。だけど昔はどうかって思えば、違ってたよ」
正明「初恋は実らなかったし、第一志望校も落ちた。 部活でも大活躍してた訳じゃないし、今ついてる仕事も、子供の頃に夢で見てた仕事とは違う」
正明「そう考えると、やっぱり思うんだ。『こんな挫折や妥協が無かったら、俺の人生、どうなってたんだろう』って」
正明「『だけど、一度もつまづかない人って、多分いないんだろうな』ってさ」
正明「まあ、本当にいたから調べてるんだけどね。はははっ」
明里「………」
夕食も終わって、時計の短針が12時を指した頃
私は寝室から抜け出してリビングを通り、ベランダに出た
風は吹いていないのに、外は涼しかった
正明さんとの約束を思い出してみるけれど、その約束には何の感慨もなかった
そもそも、ユウジロウという人が気になってる訳でも無いし、調べようとも思ってない私には、おおげさな話だったから
そんな事より、もっと心に残った事があるから
貴樹君は、今も過去を振り切れないでいる
過ぎてしまった事、出来なかった事に足を取られて、次の場所を今も選べずにいる
正明さんと出会う前の、私と同じように
再会した時、貴樹君は泣いてた
一緒にいた頃には、絶対私に見せなかった顔で、私の手を握りしめていた
別れる時、貴樹君は私に声を掛けた
子供の頃、踏切で私に声を掛けたみたいに
貴樹君は多分、私を待っている
だけど、今更出来る事はもう何も無いって、貴樹君自身が分かってるから…
だからきっと、ユウジロウって人について調べてるんだ
せめて、何をすれば良かったのかを知るために
何が足りなかったかを知って、納得して、次の場所に進む為に…
ごめんなさい、貴樹君
私があなたを待ち続けていられたなら、こんな事にはならなかったよね
でも、私には耐えられなかったの
何処で何をしてるのかも分からない人を、ずっと一人で待ち続けるなんて…
明里「…貴樹君…」
明里「私…先に行き過ぎちゃった…」
秒速5センチメートル
桜の花が落ちるスピード
落ちた花びらは、もう枝には戻って来ない
夜が明けて、目を覚ました僕の胸の内は、意外な程静かだった
貴樹「…………」
部屋にあるのはいつもの机に、椅子。型落ちのテレビ
今まで何度も見た物が、今日もただあるだけだった
貴樹「………」シャッ
僕は黙ってベッドから離れて、カーテンを開けた
だけど何もしないで、日光に当たる椅子に座って、陽射しに背を向けた
前日、前々日まであった焦燥感や不安が、気力と一緒に消えてしまっていた
明里の言った言葉…僕を思っての言葉だと分かってはいたけれど
その言葉に僕は勝手に傷ついて、打ちのめされていた
僕の中で、明里の存在が軽くなった事が、虚しかった
シャワーを浴びても
朝食を取り、歯を磨いて、服を着て
部屋から出てバイトに向かう道中でも、バイト先のカラオケ店で会計をしていても、その静かな虚しさは、僕に染み付いたままだった
張り合いを無くした毎日
その中で唯一、意義を見いだせる物事と言えば
範馬勇次郎について調べる事だけだった
夜が明けて、目を覚ました僕の胸の内は、意外な程静かだった
貴樹「…………」
部屋にあるのはいつもの机に、椅子。型落ちのテレビ
今まで何度も見た物が、今日もただあるだけだった
貴樹「………」シャッ
僕は黙ってベッドから離れて、カーテンを開けた
だけど何もしないで、日光に当たる椅子に座って、陽射しに背を向けた
前日、前々日まであった焦燥感や不安が、気力と一緒に消えてしまっていた
明里の言った言葉…僕を思っての言葉だと分かってはいたけれど
その言葉に僕は勝手に傷ついて、打ちのめされていた
僕の中で、明里の存在が軽くなった事が、虚しかった
シャワーを浴びても
朝食を取り、歯を磨いて、服を着て
部屋から出てバイトに向かう道中でも、バイト先のカラオケ店で会計をしていても、その静かな虚しさは、僕に染み付いたままだった
張り合いを無くした毎日をこれから過ごすなら
その中で唯一、意義を見いだせる物事と言えば
範馬勇次郎について調べる事だけだった
明里「………」
貴樹「………」
回収ボックスの前で、明里は今までと同じように雑誌を読んでいる
その彼女の隣で、僕も雑誌を読んでいた
互いに会話を交わす事は無かった
沈黙の原因は彼女には無い
今日の彼女は少しソワソワしていて、むしろいつもより、僕に話しかけてくれていた
僕を心配してくれているとすぐに分かった
だけど僕は、明里の言葉に生返事しか返せず、明里は何も話さなくなってしまった
何を言えばいいのか、何について話せばいいのか分からない
どんな言葉を選んでも、それが僕と彼女の溝を埋める訳じゃない
心に開いた穴を、埋めてくれる訳じゃない
そんな思いが、突き放しても寄ってくるから…
明里「…貴樹君、業者さんそろそろ来るけど…」
貴樹「えっ? あっ」
貴樹(もうこんな時間か…ちょっとボーっとし過ぎたかな…)
貴樹「そうだったね、片付けよっか」ガサガサ
明里「…うん…」ガサガサ
回収業者「こんにちはー。回収に来たんですけど、今いいですか?」
明里「あ、どうぞ。お願いします」
業者「分かりました。よいしょっ…と」ガラガラ
業者「それでは、失礼しまーす」ガラガラ
ガラガラガラガラ…
貴樹「………」
明里「あ、貴樹君、この雑誌…」スッ
貴樹「?…あ…」
明里「業者さんの忘れ物かな?」
貴樹「回収ボックスから漏れたんだと思うよ?多分だけど」
明里「どうしよう…業者さん、どこ行ったのかな…」
貴樹「えーっと…確か向こうだったはずだけど」
明里「………」
僕が指差した方向を見て、明里は何かを考えているかのような素振りをすると、僕に振り返った
明里「今から呼びに行くのもアレだし、貰っておいても、いいんじゃない?」
貴樹「?」
明里「えっと…ほら、どうせこの雑誌も捨てられちゃうんだし」
貴樹「………」
差し出された雑誌を受け取り、僕は表紙に書いてある文字を読んだ
それはなんて事もない、売店の雑誌コーナーにも置いてないような、マイナーな雑誌だった
やたら大きい見出しに、流行りの女優だかアイドルだかのアップ写真
文字の配置はゴテゴテしていて、色使いもけばけばしい
そんな埋没するほどの、普通な雑誌だった
貴樹「……うーん」
明里「あ、私はいらないから」
貴樹「え?」
明里「だから…貴樹君がいらないなら、捨てちゃっても良いと思うけど…」
貴樹「………」
貴樹「貰っておくよ」
貴樹「誰かが捨てた雑誌を僕が読んでも、その誰かが怒る訳でも無いし」
明里「………」
貴樹「それじゃあ、また」
明里「うん…また」
明里と別れて我が家に帰る途中、僕は外食をしてから、自動販売機でコーヒーを飲んだ
そして自分の部屋に入って、雑誌を机に置いて
時計の針が夜の7時を指しているのを見て、時間が物凄いスピードで過ぎ去っていったのを実感した
何も無い一日
久しぶりの虚無感
身体を包む怠さに既視感を覚えて、僕はため息を吐きつつベッドに座って、明里から貰った雑誌を手に取った
貴樹「あっ…」
雑誌の発行日数は、三日前だった
その数字を見て悟った
この雑誌は落ちてたんじゃなくて、明里が残して行ったものだと
僕を気遣って、自分の物じゃないフリまでして、僕にくれたものなんだと
貴樹「………」パラパラッ
僕は事件や事故について載ってるページまで、一気に読み飛ばした
そこには蛍光ペンでなぞられた一文や、赤線で囲まれた走り書きなどがあり、矢印もいくつか書き込まれていた
でも、それらの筆跡は、僕の覚えてる明里の物じゃなかった
正明「うーん……」ガサガサ
明里「何してるの?」
正明「ん、いやー…見つからないんだよ…」ガサガサ
正明「明里、雑誌見なかった?三日前に出版されてるやつなんだけど」
明里「どんな雑誌?」
正明「どんなっ……いや、特徴無いなぁ。普通の雑誌だよ?ゴチャってしてるやつ」
明里「……あっ、ごめん、それ捨てちゃったかも…」
正明「えっ!?」
明里「っ、ごめんなさい!掃除した時にゴミだと思って…あの、本当に知らなくて…」
正明「おいマジかよ~…はぁ~…」
明里「ごめんなさい…」
正明「あー……まぁいいよ…たかが雑誌だから、気にしなくていいよ」
明里「でも……」
正明「ははっ、だから良いって」
正明(片付けられちゃったか…今日見た話と照らし合わせようと思ってたんだけどな…まずったなぁ…)
正明(中身どんなんだったかな…割と重要な手掛かりっぽかったんだよな、アレ…)
正明(…まぁ……おかげで深入りせずに済むと思えばいいか)
正明(息子の刃牙君でアレだからな…父親ともなると、更に凄まじいだろうし…)
正明(第一、その父親は電車を壊して、俺の会社の周りをあんな風に出来るような男だ…あまりに知りすぎた為に、なんて…)
正明(……………)
正明(気にしない方がいいな、うん)
正明(明日は空港で取引先の重役を迎えるんだ。こんなの気にしてちゃいけない)
正明(今夜もプランを再確認しておかないと…)
貴樹「………」
雑誌に書き込まれたいくつものマーキング
ページの外枠を埋め尽くすメモ
それらを読んでいく内に、僕はその内容に引き込まれ、一つの作業として没頭していった
今まで集めて来た情報が、急速に頭の中で組み合わさっていった
パズルのピースが勝手に互いを引き寄せあって、一枚の絵を作るかのように
『新事実!犯人はあの親子!?』
『電車に人型の墜落痕。政府に真相を知る者あり!?』
『議員汚職へのデモ隊、警官隊と衝突!』
『大乱闘に機動隊突入』
『負傷者多数』『警察側、銃器を使用か?』
『何者かが爆発物を持ち込み、ビルの外壁を爆発した可能性』
『デモ現場から500メートル離れた幹線道路で、原始人ピクルを発見!?』
『日本史上最大のデモ』
『緊急調査!!種子島で地震。震源は海面!?』
『謎の飛行体確認!UFO説はもう古い!?』
『亜部首相、首都東京の治安の悪化を懸念』『今、東京で何が?』
『地上最強の生物』
虚実織り混ざる真っ当な情報誌から、ネットに転がる落書きのような記事まで
手当たり次第にかき集めた情報と、この雑誌から導き出された、おおよその答えは三つ
一つは、東京の政情を日本政府が不安視している事
二つ目は、その政情不安の元凶は範馬勇次郎にあり、彼の行動に対して、日本政府とその傘下にある勢力は、いつも後手に回らざるを得なかった事
三つ目は、その後手を先手に変えるべく、独断で動き出した勢力がある事
異常な事件に対処すべく、東京の空港や県境に配置される『自衛隊』
空港の入国審査の規制は強化され、国内への荷物の持ち込みは基本禁止
にも関わらず、テレビやラジオでのニュースに、この話題はほぼ皆無
自衛の為という大義名分を持ったその勢力は、日本政府には無い、迅速かつ露骨で、なりふり構わない対応を見せていた
貴樹「………」パシッ
テーブルに雑誌を置いて、僕は窓を見た
開けっ放しだったカーテンからは、すっかり暗くなった東京と、青く輝く小さな月が見えた
明里へのこだわりは、薄れてしまった
純粋だった心も疲れ、色も落ちた
弾力を失った自分の想いを、僕は自覚していた
今にも止まりそうな足取りを、今この瞬間にも前に進ませているのは、彼への興味だけだった
強さへの憧れに、前を向くヒント
次の場所を見つける為の手掛かり
それがどんな物でも構わない
それで僕がどうなろうと構わない
嘘でもいい。例え無駄な事であってもいい
ゆっくりと枯れていくようなこの苦しみから、抜け出せるのなら…
貴樹「…………」カチカチ…
僕は携帯を取り出して、目覚ましをセットした
起床時間は朝の4時
起床時のお知らせには、羽田空港の文字を入れた
深夜1時を回った頃
とある病院の、とある病室で
人類史にも稀に見る変化が、とある患者に起きていた
ド ク ン ! ド ク ン !
ド ク ン ! ド ク ン !
助手1「心拍数更に増大!輸血が間に合いませんッ!」
助手2「点滴も足りません!!このままでは…」
紅葉「両方増やせッ!」
助手1「なッ!?」
紅葉「非常識なのは私が一番ワカってるッ!速く持って来いッッ!」
助手3「脳波が復活しましたッ!これで5度目ですッ!」
ド ク ン ! ド ク ン !
ド ク ン !
紅葉(なんてデカイ鼓動だ…)
紅葉(……………)
紅葉(…外傷は無いのに血液が不足し、消耗も排泄もせずして栄養を欲する…)
紅葉(そんなケースで、考えられる可能性は一つ)
紅葉(それは肉体の修復ッ!)
紅葉(活動への備えッッ!)
スペック「………」ド ク ン !
助手3「それにしても、とても信じられません…まさかたったの一日で、運び込まれた時とほとんど同じ肉体に戻るなんて…ッ」
助手3「こッ、こんな事、普通はありえませんよねッ!?」
紅葉「ああ、有り得ない…普通は有り得ない」
紅葉「だが、私はこの男がどういうタイプの人間か分かっている。この男は決して普通では無い」
紅葉「この男の担当医は正しかったんだよ」
紅葉「そして、私もね」
人間の中には、人として数え兼ねる者達がいる
彼らは本能や意思を、己の肉体から超越させる
ある者は、肉体の損傷部に更なる負荷を与えて再生力を増し、負傷を癒す
ある者は負傷時におけるダメージによって、肉体を解放し、人知を越えた超人となる
ある者は己を死の淵まで破壊し尽くし、全てを捨ててまで強きを求める
そんな彼らの共通項
それ即ち『備え』ッッ!!
紅葉「私はこの男ほど、純粋な戦士ではない」
助手3「…えッ…戦…?」
紅葉「だがこの死刑囚は骨の髄まで闘争浸けだ。意識無くとも、恐らく本能が告げているのだろう」
紅葉「これから最高に楽しい事が起きる。だから急げ、とね」
助手3「………その…楽しい事とは、一体…」
紅葉「そこまでは分からないさ」
紅葉「分からないが、間違いなく無く死人は出るだろう」
スペック「……」ガ バ ァ ! ! !
紅葉「ッッ!!?」
助手達「~~~~~~~~ッッッ!!!!」
スペック「ヨウ♪」ギョロッ
紅葉「…スペック…ッッ」
助手3「けっ…けっ…け、警察…」ガタガタ
スペック「安心しな。コロしゃしねェよ」
紅葉「その根拠はどこにある?」
スペック「ココでおっぱじめちゃあ、折角目覚めたのも台なしなんだ」
スペック「キミ達じゃつまらんのだよ」
紅葉「………」
スペック「それでは諸君、私は眠るが、明日になったら起こしてくんな」ニコッ
ドサッ
スペック「…………」スー…スー…
助手2「脳波、心拍…せ…正常値に、ダウンしました…」
紅葉「フゥー……寝たのか…」
助手1「どっ…どうしましょうか…?」
紅葉「どうもこうも無い。放置だよ放置」
紅葉「こういう手合いは自分の快楽には従順なんだ。安静にさせておけ」
紅葉「解散」
助手1「は、はぁ…じゃあ、あの、失礼します…」
助手2・3「…失礼します…」
紅葉「ん」
ゾロゾロ…
紅葉「…………」
紅葉(東京に上陸した死刑囚5名)
紅葉(その内、生存者は4名。オリバという男の手によって、アメリカの刑務所に移送された者3名)
紅葉(シンクロニシティ)
紅葉(恐らくは、ヤツらも今頃目覚めているだろう)
紅葉(そして、この国に住まう『退屈せし者達』も)
スペック「………」スー…スー…
紅葉(一体何が起ころうとしているんだ?)
紅葉(この東京で……)
ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ
貴樹「!」ガバッ
ピッ
貴樹「………」
貴樹「4時か…」
そう呟いて、深く息を吸って、吐いた
ただそれだけで眠気は覚めた
うっすらと明るい窓の外に、太陽の光はまだ無い
東京は、東京とは思えないほど静かだった
その静かさが、僕に改めて意識させる
今日は特別な日だという事を
僕は身支度を済ませて、軽く朝食を取ったあと、部屋を出た
外はまだ夜のように涼しく、自動車の走る音もまばらだった
貴樹「………」
腕時計は4時半を指している
公共交通機関は、その時間帯には完全には動いていない
そんな時の一番の移動手段を、僕は知っていた
貴樹(これに乗るのも久しぶりだな)
レンタルバイク店で借りたカブのハンドルの手触りは、昔住んでた場所を意識させた
その島で出会った、忘れられないあの子の事も
貴樹(ごめん)
4時42分
誰に対して、何を謝ったのか意識しないまま
僕はカブを発進させて、羽田空港に向かった
正明(7時か…)
正明(空港のロビーでのお迎え予定が、8時40分だから…)
正明「あれ?」
正明「あっ、今日病院行く日だっけ」
正明「明里ー?」
明里「なに?」
正明「今日通院する日だったよな?送ってくよ?」
明里「えっ…いいの?今日って、正明さんが取引先の人と…」
正明「大丈夫だって。車で行けばあの病院に行くのに20分とかからないし、空港だって近いだろ」
正明「どれだけ遅れても、空港で3~40分はヒマ潰せるよ」
正明「それに、最近何かっつーと物騒だからさ」
明里「それはそうだけど…いいのかな…」
正明「大丈夫だって。たまにはこういうのもアリだろ」
明里「うーん…」
明里「…そんなに言うなら、ちょっと甘えちゃおっかな」
正明「よーし。じゃ、早速出発するか」
明里「あっ、待って、保険証取ってくる」
正明「んー」
車内
ピリリリリッ ピリリリリッ
明里「?」ピッ
明里「はい篠原です。…はい、どうもお世話になっております」
明里「えっ?」
明里「はい…えっ、どうしてですか?」
明里「はい…はい…あの、時間帯の方などは…」
明里「………はい…分かりました…はい、どうも」
ピッ
正明「病院から?」
明里「うん…紅葉先生から、急な用事が入ったから、診療の予定が遅れるって」
正明「まじ?」
明里「うん。あと、病院の中で待つのも駄目みたい」
正明「えっ!? お、おいおい、もう病院着くぞ?何で入れないか聞いた?」
明里「聞いたけど、教えてくれなかった…院内の患者の個人情報と、安全に関わる複雑な問題だからって」
正明「ええ~…なんだよそれ…」
明里「私、車降りて帰った方がいいかな?」
正明「いやそりゃ駄目だ。徒歩で帰ったら1時間は掛かる。それに今は通勤ラッシュだから、交通機関使ったら暑さにやられるぞ」
明里「そうだよね…」
正明(今からトンボ帰りってのも…キツいか…渋滞に少しでも引っ掛かったら、今度は空港行きがアウトだな)
正明「よし決めた、このまま空港に行く」
明里「っ?」
正明「暑い外を歩くより、涼しい空港でのんびりしてる方が良いだろ?俺のお出迎えもそんなに時間は食わないし」
明里「本当に大丈夫なの?帰りは?」
正明「大丈夫だって。お出迎え要員の俺達は現地解散で、残った何人かで重役さんとプランニングするだけだから、すぐ帰れるよ」
正明「それに、病院は帰りに寄ればいいみたいだしさ」
明里「うーん…」
正明(ふぅー、何とかなりそうだな。危ない危ない)
明里(本当に大丈夫なのかな…)
羽田空港
貴樹「………」
時刻は8時半を回り、空港の中の人通りは多くはなっていたけれど、受付に列ぶ人達は皆ざわついていて、怯えているようだった
僕が手にした情報は正しかった
東京市内に於ける『原因不明』とされている破壊現象は『テロ』と認定され、その破壊から市民を守るという名目で、この空港を含めた都市主要部に、警備体制強化として自衛隊員が配置されていた
空港の正面玄関に6人、空港の中に見かけただけでも10人
彼らはいずれも武装していて、皆『警備強化にご協力下さい』と書かれたゼッケンのような物を着けていた
明里「貴樹君っ!?」
貴樹「!?」
ソファーに座っていた僕の背中に、ここで聞こえるはずの無い声が当たった
あまりの驚きにソファーから跳び起きて、僕は声のした方へと振り返った
貴樹「あっ…明里?…なんで?」
明里「たっ、貴樹君こそ…どうして空港にいるの?」
貴樹「それは…えっと…」
明里「………」
貴樹「………えっと…」
明里「! ゃ、やっぱりいいよ!」
貴樹「えっ」
明里「聞いてほしくない事とかって誰にでもあるし…今のは、忘れて?」
貴樹「ぁ…うん…分かった…」
明里「………」
貴樹「………」
貴樹「あっ、座る?」
明里「っ…うん…」スッ
貴樹「………」
明里「………」
貴樹「…それで」
明里「!」
貴樹「明里はなんで空港に来てるの?」
明里「…正明さんが、取引先の人と空港で会うから、ついでに病院まで送ろうかって言ったんだけど」
明里「診療が先伸ばしになったから、ここで暇潰し…って感じかな」
貴樹「病院の中で待てば良かったんじゃないの?」
明里「私もそうは思ったんだけど、何故だか入れなかったの。病院で何か起きたらしくて」
貴樹「…何かって……」
明里「………」
貴樹「………」
明里「………」
貴樹「そう言えばさ…」
正明(あ、来た)
取引先の重役「あーいやーどうも、待たせてしまったようだね」
上司「とんでもございません。こちらも今来た所でして」
重役「ははは、まあまあそう謙遜なさらずに。ところでこの方達は?」
上司「は、これらは私の部下でございまして。お時間をお取りする訳にも参りませんので、簡単にご紹介させていただきますと、右から順に篠原正明、水原理香、寺田…」
正明(あー…早く帰りたい…)
正明(お出迎えは別にいいけど、なんでマジで空港に自衛隊がいるんだよ…)
上司「以上でございます。今後ともよろしくお願い致します」
出迎え要員達「よろしくお願い致します」
病院
ドガドガドガドガ!!
シュドドッ! ド ズ ッ !
ゴ ガ ッ !
スペック「クァッ!!」ブ ン !
紅葉「ッッッ!!」サッ
グ ワ キ ィ ッ !
紅葉「………~~~ッッッ」ザザザザザッ…
紅葉(流石は負け無しを誇っただけはある…全て防御して尚このダメージとは…ッッ)
スペック「悪いねェ、試運転に付き合わせちゃって♪」ニイィ~
紅葉「何が試運転だよ…起きた瞬間にベッドぶん投げてきやがって…」フゥ…フゥ…
紅葉「おまけに壁は砕くわ天井はブチ抜くわ……好き勝手もほとほどにしろ」
スペック「オイオイ、好き勝手ならアンタもしてるじゃねえか。警察も呼ばせないでよォ」ククク…
紅葉「呼ばせるさ。警察如きで貴様の相手が勤まるならな」
紅葉「だが警察にそれが出来ない以上、私の手で貴様を安静にさせるしかない」タッ!
ガ ッ !
紅葉「!」
スペック「惜しい♪」
ド キ ャ ッ !
紅葉「~~~~~~ッッ」ドサァッ
スペック「良い前菜になったゼ、センセイ」クルッ
紅葉「ま…待て…まだだ…」ググッ…
バウンッ!
紅葉「………」ハァ…ハァ…
紅葉「クソッ…飛び降りやがった…」
病院の4階から飛び降りた男は音も無く着地して、疾走った
バイクを追い抜かし、自動車を追い抜かし、疾走った
野蛮極まる、ある衝動に突き動かされ、疾走った
今まさに、闘争のゴングが鳴る
重役「ところで今の私だが、何に見える?」
正明「?」
上司「?…それは…一体どのような意味で…?」
重役「見た目さ。私は壮年の男性で髭を伸ばし、メガネを掛け、髪は白く、スーツはブカブカだね」
重役「しかしだ、実は私に髭はいらないと言ったら、驚くよね?」
プチッ
上司「!?」
正明「!?」
重役「髪も」ズボッ
パサッ
重役「スーツも」ガシッ
バリバリバリバリバリ!
上司「な…ッ…あッ!!?」
正明「えっ!!?」
重役「メガネも」ポイッ
パキン
身分を偽り、外見を偽装した男は、己に課した拘束を自ら解く
期待に跳ねる胸の内で、秘めた荒波が狂い、溢れる
重役「今の私に必要なのは『泥』だ」ヌチャッ
重役「そして…」グリュリュ…
上司「!? !? !?」
正明「~~~~~~ッッッ!!?」
ゲバル「メイクだ」
今まさに、殺戮のゴングが鳴るッ
オリバ「空港はあそこか…」
嵐が吹き荒れるであろう空港を眺め、アスファルトに手を着け…
オリバ「届くと良いなァ…」ガゴン
その男は、マンホールの蓋を外し、指で弄ぶ
今まさに、破壊のゴングが鳴るッッ
そうッッ!
今まさにッッ!!!
自衛隊員「総司令部、正面玄関の前方500メートルにオーガを確認、どうぞ」
総司令部「了解。総員、作戦開始。フォーメーション構成を開始せよ」
自衛隊員「了解」
勇次郎「…………」クスッ♪
暴虐のゴングが鳴るッッ!!
血の雨が降るッッッ!!!
自衛隊員達「………」タッタッタッタッ
貴樹「!!」ピクッ
明里「?」
貴樹「………」
施設の奥へと退いていく自衛隊員達を目撃し、遠野貴樹は瞬時に異変を察知した
異変の詳細など考えもせず、しかし意識を張り詰めさせて
これから何が起きるのか……その一点のみに、彼は全神経を集中させていた
空港内の一般人達が、にわかにザワめき始める
貴樹は立ち上がり、落ち着かない素振りで周囲を見渡す
明里「貴樹君?どうしたの?」
声を掛ける幼なじみすら、彼は無視した
明里「!」
そして、静寂は唐突に訪れた
空港の中の誰もが、言葉を発するのを止め、動きさえ止めた
遠野貴樹の背後で、篠原明里の背後で…
ズチャッ
足音は響き…
ズチャッ
その足音は実体を伴い…
ズチャッ
二人の背後を通り過ぎ、十数歩ほど進み…
ジャリ…
止まった
胸に感じる圧痛。吹き出す冷や汗と、定まらない目線
震える足と、震える手。背中を走る強烈な悪寒
今振り返れば、きっとあの人はそこにいる
貴樹はそう強く感じていたが、まるで全身の間接が溶接されたかのように硬直し、動けない
真っ暗な頭の中を半生が巡り、出会った人々が現れては消えていく
その中でたった一つ…すぐ隣にいる人影が、消えずに残った
彼女は貴樹の手をしっかりと握りしめていた
震えるその手は暖かく、繊細だった
遠野貴樹は勇気を振り絞り、振り向いた
貴樹「!」
そこには、貴樹に背を向けて立つ鬼の姿が
地上最強の生物の姿があった
貴樹「…………」
貴樹(居た…間違いない、あれは……)
貴樹(どうする…何をする?…なんて話しかければ…)
明里「…………」フルフル
勇次郎「…………」ズチャッ…
貴樹(!? 移動する!?)
貴樹(今なんだ!チャンスは今しかない!今彼を逃したら…もう二度と…!)
貴樹「っ!!」タッ
明里「!? たっ、貴樹君っ?」
貴樹「………」タッタッタッ
明里「待っ…」
明里「まっ…待って!」タッタッ
貴樹「ぁ…あの!!」
勇次郎「………」ぴたっ
呼び止めに応えた漢は歩みを止めた
そして振り返る
普通の男女。普通の若者と、その漢は対峙した
勇次郎「…………」
貴樹「っ…!」
明里「!!!」
勇次郎「遠野貴樹だな」
貴樹「!!?」
勇次郎「フンッ、このバカが」
勇次郎「夢中になり過ぎて気付かなきゃならねェ事にまで気付かねェか」
貴樹「………」
貴樹「…ぇ?」
ガキュッ! チュイン!
貴樹「!!」
明里「あっ…」
突然、何かの衝撃音が響き、それと同時に漢の髪が跳ねる
しかし、漢は微動だにせず言い放った
勇次郎「狙撃だ」
貴樹「…狙撃…」
勇次郎「間に合わねェぜ、もう」
明里「貴樹君…」
貴樹「! なに?」
ドサッ
貴樹「えっ」
明里「 」
貴樹「………」
貴樹「…明里?」
狙撃班班長「オイ、ウソだろ…」
総司令部<どうした?何があった?>
班長「こちら狙撃班、三方同時狙撃は完了。しかし、目標未だ沈黙せず」
総司令部<…どういう事だ?>
班長「分かりません。しかし効果が無いのは明らかです」
総司令部<…分かった。狙撃班は撤退後、本隊と合流。その他各班は行動を開始しろ。民間人には構うな。目標の沈黙を最優先に行動しろ>
班長「狙撃班了解」
そう、今まさに
勇次郎「………」ギ ン ッ
ゴングは鳴った
頭の中が真っ白になった
範馬勇次郎への興味も、ここが何処かも、僕は忘れた
貴樹「…明里…?」
仰向けに倒れた明里の肩からは、血が滲んでいた
貴樹「なんで?…どうして…?」
「え…お、おい、アレ…」 「ぅうわぁ!マジかよ!!」
「きゃああああああああああ!!」「うわあああああ!」
「撃たれたァ!撃たれたァ!」 「逃げろおおおッ!!」
「Fuck!!」 「Oh!!Shit!」
「何だ!?どうした!?」「人が撃たれた!!」
「わああああああああああ!!」
空港は一瞬にして大混乱に陥った
貴樹「…なんで…」
彼らは皆叫び、走り回って僕らの周りからいなくなった
明里と僕に構う人は一人もいなかった
貴樹「明里…ね、ねえ…明里…」
貴樹「明里!起きてよ!明里!!」
明里「………」
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
空港の出入口と大窓は、鉄のシャッターで閉ざされ…
ダダダダダダダダダダダダ…
透明な盾を持った一団がフロア内になだれ込んで、銃を構えた
特殊部隊隊長「撃てェッッ!!」
バ ギ ャ ア ! !
しかし、彼らはシャッターを突き破って飛んできた『巨大な何か』に跳ね飛ばされ、呆気なく全滅した
何かはそれでも止まらず、地面にぶつかって何度かバウンドし…
ド ガ シ ャ ッ !
僕の前で、潰れるようにして止まった
貴樹「あ………」
それはまるで戦車のようだった
車種は分からない。けれど雑巾のように捩り曲がったそれには、金属の円盤が突き刺さっていた
勇次郎「機動戦闘車か…こんな物まで持ち出してきやがるたァな」クスクス
破られたシャッターの外からは、悲鳴と、風を切る爆音が溢れる
バ バ バ バ バ バ バ バ …
ヘリコプターが出すようなその音で、明里は目を覚ました
明里「貴樹君…なに、この音…?」
貴樹「あっ、明里!?明里、僕が分かる!?見えてる!?」
明里「うん…見えて…あぅっ!」
明里「!! なに…これ…!?」
貴樹「だっ、大丈夫、大丈夫だから!すぐに治るよこんなの!!」
明里「っく…いっ…つ……」ポロポロ
貴樹「明里!?きっ、肩押さえるから、傷押さえるから我慢して!」
ギュウウッ
明里「んあぁっ…!」
貴樹「大丈夫!!大丈夫だから!!」
総司令部<突入した地上一・二班と連絡が取れない。対戦車ヘリコプター隊、そちらで確認出来るか?>
ヘリコプター隊隊長「こちらヘリコプター隊…地上一・二班は全滅しました…施設外部から車両の投擲を受けたと思われます」
総司令部<投っ……目標は施設内にいるオーガ唯一人のはずだ。何故連絡をしなかった?>
隊長「連絡をする前にそちらが連絡を」
総司令部<…分かった。では警戒体制を取りつつ分隊、君はその未確認目標の対…>
オリバ「フンッ!!」バ オ ッ ! !
ズ ギ ャ ッ ! !
隊長「!!」
隊員<被弾したッ!被弾したッ!敵はマンホールを投げています!!マンホールを投げていま…ああああ!!?>
ド オ ン ! !
隊員< >ザザッ ザーーー
隊長「各機本隊の指令に従いオーガを攻撃ッ!未確認目標への対処は…」
ブ オ ッ ! !
隊長「!!!」
「ああ、あの事件の事ですか」
隊長「忘れるはずはありません」
隊長「食い詰め者だった私でも、こういう職業に就いたんですから、そりゃ覚悟はしてましたよ。いつか誰かを殺す事も、いつか誰かに殺される事も」
隊長「でも、そんな覚悟はクソの役にも立ちませんでした」
隊長「私は演習とかで、兵装の運用テストだかもするんですけどね」
隊長「何回もやってると色々と慣れるんですよ。ロケット弾が白い尾を引いて飛ぶのを見ると、そのスピードにも」
隊長「時速何キロかは分かりませんが、何となく目で追えたり、大体何処にぶち当たるかとかは分かりますかね」
隊長「でも、アレは分からなかった…」
隊長「違いすぎるんですよ。発射体勢も、弾道も」
隊長「そして速度も」
隊長「…………」
隊長「アレはロケット弾より速い」
ド ド ド ド ド ド ! ! !
ガラガラ… パラパラ…
隊員1「こっ、こちら地上五班ッ!ヘリコプター部隊壊滅ッッ!繰り返すッヘリコプター部隊壊滅ッッ!」
隊員2「あっ」
オリバ「どうかしてるぜ。こんな真っ昼間から市街戦なんて」ズチャッ
隊員1「ッッ…止まれェッ!!」ジャキッ
オリバ「ところでキミ達、ターミネーターって映画は知ってるかな?」ズチャッ
隊員1「撃てェッ!!」
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
オリバ「あの映画が好きでねェ~…昔はよく見てた物さ…」バスバスバス ドスッ ドッ ビッ
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
オリバ「ただ…まぁ…ンーー」ドスッドスドスッ ドッ ドッ ドッ
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
オリバ「チョイトばかしショックなんだよなァ~」ドッドッドッビシッ ドドドッ
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!
オリバ「だってさァ」ガシッ
グ オ ン ! !
隊員1「は?」
オリバ「ターミネーターってヘリ振り回せないんだぜェッ?」
ゴ バ シ ャ ア ア ア ! !
明里「はぁ…はぁ…」
貴樹「…ダメだ…血が止まらない…」
貴樹「どうやって…どうやったら止まるんだ…」
勇次郎「おい」
貴樹「っ!!」
勇次郎「上着を貸せ」
貴樹「…え…」
勇次郎「二度は言わねェぞ」
貴樹「! はっ、はい!」ササッ
勇次郎「………」しゅるしゅるっ
貴樹「!?」
勇次郎「………」ビーーンッ
シュババッ ギュッ
明里「あっ!…!…つっ…」
勇次郎「押さえてな」
貴樹「ぁ…あ、ありがとうございますっ…」
勇次郎「………」
ジャリッ
オリバ「元気そうだなオーガ」ジャリッ
貴樹(!!?)ビクッ
勇次郎「フ…おめェもな」
オリバ「いやァ~…まさかこんな明るい内からおっぱじめるとは思わなかったぜ。一体どんな恨みを買ってたんだい?」
勇次郎「おめェがそれを言うか」クスクス
オリバ「ハハハ、その通りだな」
オリバ「…それで、このご両人は?」
勇次郎「遠野貴樹。女の方は知らねェな」
オリバ「エッ?トオノ?」
貴樹「!…なん、ですか…?」
オリバ(オー、ジーザス……最悪の状況だよ、ミスカナエ)
オリバ(この二人、どー見てもカップルじゃん……)
オリバ「よろしくミスタートオノ。私はビスケット・オリバだ」
貴樹「えっ…は…はい…」
オリバ「せっかくだが、この子の傷の手当は誰がしたのかな?怪我の原因と状態を知りたい」
貴樹「そ…それは…あの、ゆ…勇次郎さんが…」
オリバ「エ?」
勇次郎「………」
勇次郎「チッ」
オリバ「えぇーーz___!!??」
貴樹「っ!?」
オリバ「なんでェ!?」
勇次郎「この生娘が俺の側に立ったのは俺の責任じゃねェが…」
勇次郎「負傷に関しては俺の責任の範疇だ。尻ぐらい拭く。コレっきりだがな」
オリバ(生娘って……酷いなオイ、勝手にバラすなよ…)
オリバ「………ンー、言いたい事は色々とあるが、まあいい。それで怪我の原因は?」
勇次郎「跳弾だ。三方向からのフルメタルジャケット弾を俺が頭で貰い、内一発がお嬢ちゃんの肩を撃ち抜いた」
オリバ「ナルホド、肩を貫通ね……トオノ君」
貴樹「っ…はいっ」
オリバ「嬉しいニュースだ。彼女は助かるぞ」
貴樹「!! 本当ですか!?」
オリバ「ああ本当さ。おめでとう」ニッ
五班の生存者「はぁ、はぁ、こちら地上五班…みっ…未確認目標の空港内侵入を確認…」
総司令部<了解。地上五班は撤収せよ>
総司令部<これより未確認目標を目標Bと呼称。攻撃目標に追加する>
総司令部<地上三・四班、機動戦闘車部隊を中心に警戒体制を取りつつ前進。施設正面からオーガと目標Bを砲撃にて攻撃せよ>
三班班長「三班了解」
四班班長「四班了解」
総司令部<空挺一・二・三班は施設上空にて待機。地上三・四班の砲撃及び『特空』の施設侵入が完了し次第突入。特空を支援しろ>
一班班長「了解」
二班班長「二班了解」
三班班長「三班了解」
総司令部<特別空挺隊は地上三・四班の砲撃が終わり次第、M.P.B.Mを各機起動させ投下。投下後は指示があるまで待機せよ>
特別空隊隊長「了解」
明里「はぁ…はぁ…」
貴樹「………」
明里は熱に浮かされたように息を荒げている
止血された肩と浅い呼吸はあまりに痛々しく、僕は歯噛みした
明里がこうなったのは僕のせいだ
勇次郎さんの言う通り、僕は全く気付いちゃいなかった
自衛隊が空港を警備しているという事が、何を指しているのか
そんな空港に、国家が敵視する存在が現れたらどうなるのか
僕は空港に来た時から、何も見えてはいなかったんだ
僕の手を握った明里の事さえも
オリバ「それにしても、フルメタルジャケットとは…」
オリバ「私のパンチより弱い豆鉄砲でオーガの頭を狙うなんて…全く、無知という無策というか…フフフ」
勇次郎「!」ピクッ
オリバ「ン?」
勇次郎「クスッ……ヤツらめ、こんな市街で水平射撃をかます気でいるらしい…」クスクス
オリバ「………」
オリバ「ミスター遠野、私の陰に隠れていてくれ」
貴樹「えっ…」
オリバ「あ、ところで彼女のコトはなんて呼べば良いかな?」
貴樹「ぁ、明里です。篠原明里」
オリバ「OK」
オリバ「ミスアカリ」
明里「……?…」ハァ、ハァ
オリバ「今は敵に包囲されてしまっていて脱出は無理だが、必ずここから君をエスケープさせると誓う」
オリバ「それまではキミに我慢させてしまうが、どうか耐えて欲しい」
明里「…はい…」ハァ、ハァ
オリバ「すまない……さァ、二人とも私の陰にッ」
そのオリバという人は、僕らの前に立った
この人についての情報は全く無い
何故ここにいるのかも、何故あの範馬勇次郎と対等な会話が出来るのかも、僕には分からない
でもこの人は、全くの赤の他人であるはずの僕らを守ると言い、誓いまで立てた
彼が何処の誰であろうと、その事だけで、彼は信じるに値する人であると分かった
勇次郎「………」ググッ…
バ ン ッ !
貴樹「!!?」
明里「っ!!!?」
オリバ「………」
そう思いを巡らせていた瞬間、耳をつんざく爆裂音が響いて、いつかタクシーの中で見た光が一瞬、爆発的に広がった
明里「な…なに? 今の…なんなの…?」
オリバ「何でもないよ。キミらを護る守護天使さ」
目を見開いて怯える明里を、オリバさんは励ます
こんな状況でも気さくな言葉を言える彼は、この上無く頼もしかった
勇次郎「…………」ギュウウウウゥゥゥゥゥゥ……ゥ…ゥ……ッッ
今度は弓を引き絞るような音が響き、止まった
その音は弓道部で聞いた音とは違い、何本もの鉄棒をねじり絞るような音だった
カ ッ ッ ! ! !
三班班長「機動戦闘車部隊、配置に着いた、どうぞ」
四班班長<了解。四班各員、機動戦闘車の後方に迫撃砲を展開、火力支援に備えろ>
ガチャガチャガチャ カチッ チャキッ
四班班長<展開完了、火力支援出来ます>
三班班長<了解。各員、攻撃開始>
カ ッ ッ ! ! !
三班班長「ッッッ!!?」
四班班長<!!!!>
「…なんだ今の…!?」 「光った……空港が光ったぞ…」
三班班長「慌てるなッ!攻撃開…」
ゴ ガ ッ !
三班班長「!?」
「た、タイヤですッ!壁を破ってタイヤが飛…」
ビ ュ バ ボ ッ ! !
ドスッ ザクッ ドッ ガッ ビキュッ ズカッ ドッ ドッ
「ぎゃああああああ!!」 「うぐぉえっ」 「うわあああああああ!!」
三班班長「おぶふっ」ビチャビチャ
四班班長<どうした!? 何があった>
隊員「てッッ!鉄クズが跳んで来ましたァッ!」
四班班長<そんな事は分かってる!!班長に何があったッ!!>
隊員「は…班長は頬に被弾ッ!鉄片が突き刺さって…」
バ オ ッ ッ ! !
隊員「ゔッ…!!」ザクッ!
四班班長<ーz_ノ¬_/\!!!!>
ドスッ ガッ ガッ サクッ スパッ ガズッ ズシュッ
「あああああああああ!!」 「オグッ!」
「ぶほぉっ!」 「耳が…耳が…」 「ぶっ」
「ぃ…痛え…抜いてくれェ…」
バ ヒ ュ ッ ッ !
オリバ「ハハ…雪合戦ならぬ鉄合戦か…」
オリバ「おまけに全弾命中…よくやるよまったく…」
勇次郎「………」ド ヒ ュ ! ! !
ギャアアアア…
オリバ「スゲェ悲鳴だな。こっちまで響いてきやがる」
オリバ「大丈夫かい?二人とも」
貴樹「…ええ…まあ…」
オリバ「ならばいいんだが」
貴樹「………」
そう言いつつも、僕は内心気が気じゃなかった
明里を怖がらせない為に、両手で彼女の耳を塞いでいる僕は、物凄い爆風も、その後の悲鳴も、全て聞いてしまっていた
演技なんかじゃない、身を切るような金切り声
彼らがどんな目にあっているのか、オリバさんの陰に隠れている僕には分からない
でも、その見えないという事が僕の想像力を掻き回して、恐怖を二倍にも三倍にも増やした
勇次郎「………」
爆風が止まった
悲鳴も聞こえなくなった
貴樹「…!!…」
それは、彼らが一人残らず死んだ事を意味していた
オリバ「ンー…砲撃するなら、畳み掛けるような突撃も定石として用意しているハズだが、どこから来るのかな?」キョロキョロ
勇次郎「………」
「フツーは背後からだろ」
オリバ「!」
ゲバル「おや? 予想外だったかな?」ジャリ…
貴樹「?…?…」
オリバ「…………」
オリバ「フフッ…正直の所そうでもない。我が母国が関わっているのなら、当然来るものだろうと思っていた」
ゲバル「チェッ、あ~あ~つまんねーの」
ゲバル「………」ギョロッ
貴樹「っ!?」
勇次郎「…………」
ゲバル「ほお…これはまた…随分と珍しい事も起きるんだな」
ゲバル「美女と野獣どころの騒ぎじゃ無い……花とウサギと悪魔?…ゴロ悪いか、ハハハ」
勇次郎「フフ…」
勇次郎「上だぜ」
ゲバル「ン?」
M.P.B.M「………」ゴ オ ォ ッ !
バ ッ シ ャ ア ア !
M.P.B.M「………」ゴ オ オ !
顔に土色の化粧をした男が出てきたと思えば、次は天窓が割れて、巨大な黒い物が降ってきた
心休まる事が無い状況に置かれた僕は、その黒い物を凝視する
でも、その姿を確認した僕の頭には、恐怖や驚愕が来るよりも先に、可笑しさにも似た感情が生まれてしまった
その黒い物が、どう見ても人型のロボットにしか見えなかったからだ
しかし、その可笑しさも次の瞬間には空っぽになった
ド オ オ ォ ン !
貴樹「…?…」
着地する寸前、ロボットは轟音を上げて、両手と下半身を残して消えてしまった
ゲバル「………」ザウッ
化粧をした男は振り返って…
ゲバル「にっげろ~~♪」スタタタ
と、無邪気な様子で走って来た
何から逃げているのかさっぱりな僕は、彼の笑顔の後ろに…
ズ ド ド ド ド ド ド ド ド ! !
次々と落下してくる巨大ロボットと…
ド グ ワ シ ャ ア ! !
そのロボットを押し潰す、ロボットより更に大きいヘリコプターを見た
ブオワアアッ
貴樹・明里「っ!」
オリバ「おっと」ズイッ
バフゥッ モワモワモワ…
オリバ「なっちゃいないなゲバル。怪我人にホコリをかけるな」
ゲバル「鉛弾をかけるよりは良いと思うけど?」クイッ
肩を竦めて、親指で後ろを指した彼の背後には、ヘリコプターとロボットが積まれている
その山のように積まれたロボットの腕には、兵器についての知識が無い僕でも分かり、尚且つそれでも背筋を凍らせるような武器が取り付けられていた
ガトリング
漫画でも小説でも、映画でも、娯楽物を楽しんだ人なら、フィクションの中で一度は目にする兵器
大量の弾丸で、相対した相手を粉々にする兵器
その存在は、僕がこのロボットに対して抱いた甘い認識を改めさせるのに、十分なインパクトを放っていた
ゲバル「よしOK、もう出てきていいぞ~」
オリバ「……?」
正明「………」キョロキョロ
貴樹「っ!」
正明「あっ!?」
明里「…正明さん…」
正明「明里?」
正明「明里!!?」ダダダダ
貴樹「………っ」
正明「明里っ…おい、嘘だろ…なんだよこれッ…!?」
明里「大丈夫…治るみたい、だから…」
正明「大丈夫って、そんなわけないだろォ…ッ!」
正明「貴樹ッ!!なんで明里がこんな事になってんだよ!!」
貴樹「…勇次郎さんが、弾丸を跳ね返して…それが明里に当たったんだ…」
正明「!? なん……え、なんだそれ?勇次郎って…」
勇次郎「…………」
正明「~~~~~~~~ッッッッ!!?」
オリバ「混乱しているようだし、私が今の状況を早口で説明してあげよう。時間もあまり無いからよく聞きたまえ」
正明「えっ…あの…あの人って…」
オリバ「聞けって」ガッ
正明「ッッ!?」
オリバ「私はビスケット・オリバ。法の外に君臨し、地上で最も自由な男だ」
オリバ「キミをここに案内した男はジュン・ゲバル。小さな島の王様にして、アメリカと対等の軍事力を操る海賊だ」
ゲバル「ハ~イ♪」
正明「???」
オリバ「そしてあそこの彼は範馬勇次郎。地上最強の生物にして、全男子の憧れ。世界中の政治家にとっての『目の上のタンコブ』だ」
オリバ「で、ここは、その勇次郎を抹殺せんとする勢力との戦場というワケだ。ディス・イズ・ウォー、OK?」
正明「ィ…イエス…」
ガガッ ガガガガガ…
正明「!!」
ゲバル「オッ、まだ動けるのか?」
オリバ「想定の内さ」
M.P.B.M「………」ガシャガシャガシャガシャッ!!!
ゲバル「ひーふーみー…全部で10機か。よく集めたなァこんなに」
オリバ「歩兵は無しか。ヘリで死んだか、上で散ったか…」フフ…
勇次郎「いずれにしろだ」
オリバ・ゲバル「!」
勇次郎「離れてなお三方」
正明「……ッッ」
貴樹「っ、あっ、はいっ。明里、立てる?」
明里「うん…多分…」ヨロヨロ…
ゲバル「えっ、お三…って…」
オリバ「お優しいコトで…」ボソ
勇次郎「あ?」
オリバ「失礼」
ゲバル(聞いてたのと違うじゃんッッ)
離れるように促された僕らは、明里を庇いながら空港の受付窓口に隠れた
その時、正明さんは「今なら逃げられるだろ」と言ったが、僕は首を横に振った
範馬勇次郎に関する情報を、何故政府は隠したがるのか
戦闘という過剰な行動にどうして踏み切ったのか
何故踏み切ろうと思ったのか
特殊部隊は何故、範馬勇次郎と一緒に僕らにまで銃を向けていたのか
血を流して倒れている明里を、どうして保護しなかったのか
それらについて考えてしまうと、逃げ出そうなんてとても思えなかった
保護してもらった先が本当に安全なのか、僕には疑問しかなかったのだから
シャリリリリリ…
金属が擦れるような音がする
明里に目をつぶるように言い、彼女の耳を塞いで、僕は正明さんにも耳を塞ぐように促した
正明さんは何が起きるかを察し、耳を塞いで体を丸くした
ド ガ シ ャ ッ !
想像していた音より先に、金属的な打撃音が響いた
ジャリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!
その音を追うように、機械的な轟音が鳴り響く
凄まじく重い鎖を、高速で擦り合わせるような音が
ド ガ シ ャ ッ !
最初の一発。繰り出したるは範馬勇次郎
使用したのは背足蹴り上げ
先頭のM.P.B.Mの足は床から離れ、股間部は衝撃により大破
パイロットの粉砕された恥骨ごとパーツが宙を舞う
1機が戦闘不能
ジャリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!
残る9機が発砲。前方の床が爆発するかのように砕け散る
しかし、そこにはオーガの姿は無く、アンチェインもミスターセカンもいない
ガシャガシャッ!
円周防御の陣形に入ったM.P.B.Mの内…
ガ ッ
脚を捕まれた者が一機
掴んだ者はビスケット・オリバ
ド ン ! !
筋肉の神に愛されし男の放った『押し』は、鋼鉄製の脚をもぎ飛ばし、その機体を転倒させた
転倒した機体の横にいた機体は、腕を振り上げ、オリバに対しガトリングを叩きつける
バ ア ン !
パイロット「!?」
しかし、カウンター効果によって破壊力が数倍に跳ね上がったオリバのアッパーカットは、ガトリングなど物ともせずにちぎり飛ばし、天窓の穴から青空むけて吹き飛ばした
オリバ「ンー、なるほどね」ガ キ ョ !
片腕を失った機体を蹂躙し、他の機体への破壊へと移りながら、男は呟く
ゲバル「何がだッ?」ガゴッ!
バ ガ ッ !
その呟きに応えたゲバルは、飛び散る鉄片を掴んでは、狙った機体の銃口にそれを叩き込み、ガトリングを破裂させていた
無論、風の如く動き回る彼を捉える者はいない
オリバ「見当がついたのさ。この戦争のスポンサーのね」ガ ッ
オリバ「キミも本当は分かってるだろ?」メキメキメキ… グ シ ュ
ゲバル「アメリカについてはなッ!でもニッポンは知らないッ!」バッ!バッ!
オリバ「そりゃあ意外だ。じゃあチョイト教示しよう」ブ ン !
ド ギ ン !
オリバ「まず一つ」
M.P.B.M「………」ブ ン !
オリバ「このデカブツと機動戦闘車は、俗に言う新兵器であること」ガッ
オリバ「二つ目は」バ オ ッ !
バ ガ ア ァ ン ! ! !
パラパラ… カラン カチャッ
オリバ「それらに対する期待は、お世辞にも高いとは言えないという事」
オリバ「そして最後の三つ目は、オーガは世界最大のビッグネームである事」
M.P.B.M「……」ジャリリリリリリ!!
ゲバル「オワッと!」サッ
オリバ「核が『帯に短し襷に長し』と影で叫ばれる現代……必要とされるのは、殲滅兵器ではなく『量産可能な汎用兵器』」ググッ
オリバ「要するにッッ」ボ ッ ! ! !
ガ ゴ ! !
オリバ「兵器産業の新商品…その売名計画にまんまと乗せられたのだ。我が国のボーイ達も、ミスター石波もね」シュウウゥ…
ゲバル「フフッ…くだらないな」
オリバ「ああ、結局はボッシュの時代と何も変わらんのさ」
勇次郎「いや」
オリバ「!」
勇次郎「そうでもねェ」ギリッ
褐 ッ ッ ! ! !
強大に過ぎる漢が、兇悪極まる拳を掲げた時
既に6機ものM.P.B.Mが戦闘不能に陥っていた
残った4機には既に戦意など無い
しかし、闘いとは片方が仕掛ければ始まり、片方が退いても終わりはしないものである
ここまで来てしまった以上、もはや戦意の有無は関係無い
そこにあるのは単純なる二進法のみ
生か死か!ただそれだけである!!!
褐 ッ ッ ! ! !
漢の拳が消えた時、爆心地からは閃光が炸裂し…
ビ ッ シ ャ ア ア ア ア ア ! !
天地を揺るがす大轟音と共に、残った4機の脚部と駆動部。更には空港の床が粉砕した
直径20メートルものクレーターが形成されたその場所は、小型の隕石が墜落したかのような様相を呈した
ゲバル「………ッッッ!?」
オリバ「フゥー…あっぶねェ~」
床から離れ、腕力によって壁に身体を固定していた二人は、辛うじて被害は免れている
勇次郎「俺が居る今とは、兵器と金と権力の時代ではない」
勇次郎「現代とは素手の時代だ」
勇次郎「ボッシュの野郎が握れる代物じゃねェ」
華々しいデビューを飾るはずだった新兵器は…
一個人の暴力により、血の海に沈んだ
貴樹「………ッッッ」
凄まじい音が響くだろうと思い、覚悟はしていた
だから明里の耳を塞いで、僕自身は耐える事を選んだ
でも耳の中で雷が鳴るのは想像していなかった
床の振動で脚が痺れてしまうなんて、誰が想像できるだろうか
明里「!…!…!」
明里も目を固く閉じて、小刻みに震えている
僕の両手に大した意味は無かったんだと、彼女の表情を見て僕は悟った
オリバ「終わったぜ。もう安心だ」ぬうっ
貴樹「!!……ッッ」
オリバ「ンー……まァ、当然と言えば当然の反応…」
オリバ「…アレ?」
明里「!…!…」フルフル
オリバ「………」
オリバ「ミスター遠野、失礼だがミス明里を診させてくれ」
貴樹「えっ…は…」
オリバ「………」ガバッ タッタッタッ…
オリバさんは一言断りを入れると、返事も聞かずにカウンターに入って明里を抱き抱え、元来た道を走っていった
何事かと思い、僕は正明さんと一緒に、震える足で明里の元へと駆け寄った
さっきまで動いていたはずのロボット達は、部品をバラバラに散らばらせて、全て倒れている
装甲の隙間から流れる血のようなものは、出来るだけ見ないように努めた
床に明里を寝かせたオリバさんは、明里の額に手を置いたあと、ハッとした顔をした
そして、彼は明里の手首に指をつけ、首筋に指をつけ、鼻下に指を一瞬添えたあと、ため息をついた
オリバ「マズいぜ…こりゃあショック状態だ」
正明「!?」
貴樹「……ショック、状態…?」
オリバ「ミスター遠野、負傷前の彼女の健康状態について何か知らないかな?昔ここを怪我をしたとか、そのような物でも構わない」
貴樹「健康…昔のも、ですか…」
正明「び、病院に通ってました!仕事で身体壊して、それで…今日も通うはずだったんですが…」
オリバ「フム…」
貴樹「…昔は身体が弱くて、学校も休みがちでしたけど…僕が知っているのは、それぐらいです……」
オリバ「大怪我とかは無いのかい?」
貴樹「怪我とかは…そんな酷いのは…」
正明「俺が知る限りでも、多分無いです…」
オリバ「ナルホドネ」
オリバ「………」
オリバ「どうやら私は事態を甘く見ていたようだ」
貴樹「…どういう意味ですか、それ」
オリバ「彼女の命が危うい」
貴樹「え…?」
貴樹「なんで、ですか?…大丈夫だって…怪我したのは、肩で…」
オリバ「出血も完璧に抑えられている。しかしそれでも、ショック状態は起こりうる」
オリバ「負傷による脳を含めた神経系統及び、循環器系への負荷の大小は、その時の健康状態…そして『負傷の経験』によって大きく変化する」
オリバ「ダメージの処理にも経験や訓練は必要であり、痛みから離れた生活を送る現代人には、程度の差はあれショック状態の危険が常について回っている」
オリバ「指を切っただけで負傷ヶ所を見てもいないのに、目眩や頭痛を訴える者」
オリバ「足首を軽く捻挫しただけで、胃袋を痙攣させて嘔吐し、発熱までしてしまう者」
オリバ「痛みから来る肉体の不具合…医学さえ予期が不可能な、ダメージへの身体の反応」
オリバ「過去には、バスケットボールが胸に当たっただけで心停止に陥った青年の例や、跳躍からの着地で足の指を折り、そこから来るショックで心不全を起こし、そのまま死亡した少女の例などもある」
オリバ「敵側の戦力を弱め、隙を突いて突破しようと考えていたが……そうもいかなくなった」
貴樹「………」
正明「そうもいかないって…や、やれるだろアンタらなら!軍隊をこんな風に出来るんだから、突破ぐらい…」
貴樹(…明里が…)
貴樹(明里が、死ぬ…?)
説明を聞きながら、僕はただ呆然としていた
説明の中身は分かるのに、その状況への認識が追いつかなかった
明里が死ぬかもしれない
明里が倒れた時に頭を巡った言葉
ありえないと思いたくて、一度は本当にありえない事になった言葉
その言葉が戻って来た
明里は、肩を撃たれるような世界にはいなかったのに
銃なんて単語が出るのもおかしいくらい、明里の周りは普通だったはずなのに
ゲバル「出来るだろうね。少なくとも無理矢理な突破は」
貴樹「!!」
正明「! じゃあ…」
ゲバル「でも君達はついて来れるのか?」
正明「!?」
ゲバル「敵の照準は全部が正確な訳では無い。それに俺達は100%弾丸を回避するだろう」
ゲバル「第一に、飛び交うのは弾丸だけじゃない」
ゲバル「手榴弾にロケット弾。戦車砲に、場合によってはミサイルも考えられる」
オリバ(俺は爆発以外はよけないけどネ)
ゲバル「それらが全部流れ弾になるワケだが、君達はそんな物が飛び回る戦場を、予断許さぬ負傷者を抱えて突破出来るのかい?」
正明「………それは……」
ゲバル「それに戦とは流動的な物だ。一度通った道が安全とは限らないし、敵は常に配置を変え、戦法を変え、攻撃を加えてくるだろう」
ゲバル「そして、今やその敵の目的はこのように移行している」
ゲバル「ジュン・ゲバル、ビスケット・オリバ、範馬勇次郎の三名を殺害しろ。民間人の被害は考慮しない…とね」
ゲバル「つまりは敵を殲滅でもしない限り追われ続けるから、突破したところで意味は無いというワケだ」
ゲバル「まあ、俺達から離れて怪我人を庇いながら、民間人を考慮しない砲撃をかい潜って安全圏まで逃げ延びるというのなら、止めはしない。行きたいのなら行けばいい」
正明「………ッッッ」
勇次郎「クスクスクス…」
オリバ「!」
ゲバル「!」
勇次郎「ならヤル事は一つしかねェよなァ?」
ゲバル「………」
ゲバル「…いや、それは流石に無い」
勇次郎「此処で潰す」
ゲバル「いやいやいやいや…ッッ」
勇次郎「無いか?」
ゲバル「いや、無いでしょフツー」ハハ
勇次郎「ほう…なら何すりゃ良いんだ?」
ゲバル「だからソレを今から考え…」
勇次郎「てめェの腕っぷしは何の為にある」
ゲバル「!」
勇次郎「終わらせたい時に終わらせる為。立ち塞がる理不尽を屠り、砕き、己の我を通す為」
勇次郎「技術や戦略と言った小細工を不要と断じ、力のみを押し通す為」
勇次郎「それが強さだ」
勇次郎「それが腕っぷしだ」
勇次郎「そんな腑抜けた野郎だから、てめェは負けたんだぜ。ビスケット・オリバによ」
ゲバル「………ッッ」ぞわっ
オリバ「フンフフーンフーンフーンフ~~ン♪」
ゲバル「…………」
勇次郎「此処を以って終わりとする」
衆議院赤坂議員宿舎
石波「……………」
亜部「どうなった…ええ?」
亜部「長年溜まった鬱憤を晴らしてどうなったッ?」
亜部「あァ~~~~ッ?」
石波「…まだ負けたわけじゃありません…ッ」
亜部「負けてんじゃねーかどー見ても!!どーすんのこの被害と散財!」
亜部「上手い話に乗せられて戦力を借り出した結果がコレッ!俺の話を無視した結果がコレッッ!!」
亜部「どーすんだよッッ!!あの核弾頭三つッッ!!! アメリカでさえ持て余す化け物2匹に範馬勇次郎だぞッ!?馬鹿じゃねェのかお前ッ!!」
石波「……………ッッッ」
コン コン
亜部「なんだッ!」
<司令部からです。石波議員にお伝えしたい事があると…
亜部「あー…入れっ」
議員秘書「失礼します」ガチャッ
亜部「ん?」
石波(無線…?)
石波「こちらへ」
秘書「失礼致します」スッ
石波「なんだ?何があった?」
司令部<あの…至急そちらに伝えたい事がありまして…>
石波「それはもう聞いた。誰からだ」
司令部<…匿名です…>
石波「匿名?何故名前を聞き出さない」
司令部<聞けば分かるとの事でしたので…その…とにかくお繋ぎします>ザザッ
石波「?」
石波(どういう事だ?…何が起きている?)
ザザッ プツッ
<クスッ…クスクス…>
石波「…誰だキミは。何のマネだ?」
<まだそんな所に染み着いていやがったか、石波茂雄>
石波「!!!!」
ガタッ
石波「ゆ、勇次郎…ッッ!!」
勇次郎<方づけちまったぜ、全部……日本産のゴミも、アメリカ産のゴミも>
勇次郎<しかも無線まで取られちまってよ…どうすんだよオマエ>
石波「……~~~~ッッッ!!」
勇次郎<キサマに命令する>
勇次郎<全軍突撃だ>
石波「!!?」
勇次郎<やれよ。やりたいように>
勇次郎<逃げも隠れもしないぜ>
石波「…正気か?…何を企んでいる?」
勇次郎<この範馬勇次郎が策謀を巡らすと思うかい>
石波「…………ッッッ」
勇次郎<全身全霊を掛け殺しに来い>
勇次郎<来なければ、キサマは生きては帰れねェぜ>
石波「ッッッ!!!」
プツッ
石波「…………」フルフル
亜部「……どうした?誰からだッ?」
石波「…………ッッ」フルフル
亜部「!! オーガからだな!?そうなんだなッ!?」
石波「…ってやるよ…」
亜部「えっ」
石波「やってやるよッッ」
亜部「はァっ!?」
石波「やらねばやられるのなら、先にやる以外に道はありません。これは既に暗殺では無く、総力戦であり殲滅戦なのです」
亜部「お、おい…」
石波「だとするならば、取れる最終手段は一つ」
亜部「…おい…」
石波「爆撃です」
勇次郎「………」フー
ゲバル「…やりやがった…ッ」
オリバ「やれやれ、ホントに躊躇いが無いな。マジでやるとは」ハハハ
貴樹「…な…何が…?」
ゲバル「何したのかって?宣戦布告だよ」
貴樹「宣戦…?」
ゲバル「決着つけるんだよ。ここで」
貴樹「!!?」
オリバ「で、何が来るんだ?歩兵はダメ、車両もダメ、上からもダメ、特殊兵器もダメで一般市民を度外視とくれば、残るは一つだろうが」
勇次郎「ならば考えるまでも無ェ」
オリバ「あ~やっぱりね。爆撃か」
貴樹「ばっ…」
オリバ「裏世界一のビッグネームを三人纏めて潰せば、一般人を犠牲にしても世界的には体制が保てると踏んだか」
オリバ(フフ…まるで人質テロに対するロシアじゃないか……まあ、オーガの脅迫に屈したからだろうが)
ゲバル「ンー…参ったな…予定を繰り上げなきゃイケない」
ゲバル「ミスターオーガ、悪いが無線を…」
ヒュッ
ゲバル「おっと、流石に話が早い」パシッ
カーン! カラカラカラカラ…
ゲバル「あ、ランチャー…」
パシュウウウウウウウウウウウウウウウウウ…
勇次郎「来たぜ」
オリバ「催涙ガスか。キミ達は目と口を塞いで伏せてなさい」
貴樹「えっ…でも…」
オリバ「カウンターに隠れる暇は無いぞ、ホラ来た」
シュウウウウウウウウウウウウウウウウウ…
貴樹「!!」サッ
正明「……ッッ」サッ
勇次郎「…………」
オリバ「………」吸~ッ
オリバ「……ッ」ぴたっ
ゲバル「ああ、頼む。じゃ、切るから」プツッ
ゲバル「スゥ~~……ッッ」ピタッ
種子島空港
花苗「………」
姉「…全然アナウンス無いね」
花苗「うん……」
姉「今日は飛ばないんじゃないの?」
花苗「そんな事無いよ。チケットにはちゃんと今日の日付書いてあるし」
姉「………」
花苗「多分、何かあったんだよ。例えば…エンジントラブルとか」
姉「それにしたって、何で遅れてるかは放送するじゃない?」
花苗「…それはそうだけど…」
姉「それでも待つなら…まぁ別にいいけどさ。ずっとこのままは暇じゃない?」
花苗「暇だけど、他にやる事とかも無いし」
姉「向こうでテレビ見るとか?」
花苗「テレビ…うーん…」
姉「ほらアレ。ドラマの再放送やってるよ?」
花苗「昼ドラでしょ?ああいうのはなんか、微妙かな」
テレビ<ザザッ>
姉(? あれ?)
テレビ<私は緊急時報道協会の報道部記者、カモミール・レッセンです。只今、戦闘の続く東京の羽田空港からお送りしております>
姉(!!?)
花苗「私はドラマとかそういうのより…」
花苗「……お姉ちゃん?聞いてる」
姉「かっ…花苗!!アレ!!アレ!!」
花苗「? ちょっと何?アレっ…」
花苗「…って…」
花苗「…………」
テレビ<現在、テログループと思われる三人の男が空港内部に立て篭もり、自衛隊と米軍の連合軍に対して激しい抵抗を続けております>
テレビ<空港内部には一般人が数名取り残されているとの情報が入っておりますが、詳細についてはまだ分かっておりません>
テレビ<しかし、もしそれが事実ならば、連合軍側は一般人の人命を無視した作戦を展開していると言えるでしょう。既に催涙弾が数発撃ち込まれ、地上部隊が突入しました>
テレビ<今、空港内部からは激しい銃撃音が聞こえます>
「えー…何これ…」 「映画だろ」 「はあ?」
「なんだコレ?」 「空港でテロだってさ。東京の羽田」
「嘘だろ……」 「えっ、うわスゲェ!マジやばいだろ!」
花苗「!!!」ダッ
姉「あっ、待っ、花苗!」
姉「あーもうっ!」ダッ
花苗「すみません!通して!通してください!」
「うおっ」 「っ、なんだよ!」
花苗「ごめんなさいっ!通してくださいっ!」
テレビ<えー、向こうを見ます通り、空港の周りには大破した戦車や、墜落したヘリコプターなどが多数確認出来ます>
テレビ<空港周辺の一般人は全員避難しているとの事ですが、この状況を見ていますと、果たして本当に避難するだけの時間があったのかは疑問です>
花苗「…………」ハァ、ハァ
テレビ<ダアアアアァァ…ン ドガガガガ…>
花苗「あっ…!」
「うわ…」 「おい…コレ…」
テレビ<今空港が崩れました!空港の天井が墜落して、施設の中に落ちてしまいましたッ!>
テレビ<あー…これは酷い。これでは取り残された一般人達の生存は、えー……残念ながら、絶望的な物になったと言えるでしょう>
テレビ<連合軍側の攻撃が止みました…どうやら戦闘が終わったようです>
花苗「…………」
姉「花苗、これ、羽田空港だよね」
花苗「………」
姉「………」
テレビ< カ ッ ! >
花苗「!?」
姉「っ!?」
「エッ!?」 「わっ…」
「!?」
テレビ< バガアアアアン… ドドオォォン…>
「崩れた…」 「爆発したぞ、今」
「見た?」「うん、見た……」
テレビに集まる人を掻き分けて、人混みの一番前の列に出ていた私は、テレビの映像に釘付けになっていた
普段は絶対見ようとは思わないし、見る機会も無かったはずの光景
その恐ろしい光景の中で、空港は一度崩れ、もう一度崩れた
でも二度目の崩れ方は、一度目とは違っていた
雷のような光が輝いた一瞬あとに、爆発するかのように瓦礫が飛んで、灰色の煙が上がる
その様子は、崩れたと言うよりは、瓦礫が内側から弾き飛ばされたかのように見えた
テレビ<…今の爆発はなんでしょうか…>
テレビ<………>
テレビに映っているリポーターも、テレビを見ている私達も、同じように息を飲んだ
画面の中の戦場も静かになって、空港から上る大きな土埃は、少しずつ晴れていった
そして、埃が晴れ切った時
明里「あっ…」
私は小さく声を上げた
テレビ<…何か…いや、誰かが出て来ました…>
テレビ<!! 範馬勇次郎ですッ!東京で死闘を繰り広げた地上最強の生物が今、我々の前に姿を現しましたッ!>
テレビ<…隣に、バンダナを頭に巻いた男性が見えます…あの男性は何者なのでしょうかッ?>
テレビ<ガアアアン…>
テレビ<また爆発ですッ!>
テレビ<次は何が現れるのでしょうか…>
テレビ<!>
テレビ<…え~…黒人男性のようです。シャツに血痕のようなモノが見えますが、撃たれたのでしょうか…それともアレは返り血なのでしょうか…>
テレビ<ここから見る限りでは判断がつきません>
花苗「…………」
テレビを見ている人達が一斉にざわつき始めた中で
息を飲み、瞬きするのも忘れるくらい画面を注視していた私は、二人が瓦礫の中から出て来た時、少し驚いた
そんな驚きの小ささが、意外だった
種子島で出会い、私に歩み出すきっかけを与えた人達
あの人達が持つ『違い』が、画面の中の異様な光景と馴染んでいるからだろうか
それとも、私がテレビの中で起きている事を、現実の物事として受け止めきれていないからだろうか
どちらにしても、私は変に落ち着いた気持ちでテレビを見ていた
テレビ<あっ、待って下さい。また何か動いているように見えます>
あの二人と肩を並べて、辺りを見回している人は、一体どういう人なんだろう
画面の中ではもうその事ばかりが気になって、私はアナウンサーの言葉を聞き逃した
テレビ<! あれは一般の方でしょうか!?倒れた女性と、その女性を支える男性の姿が見えます!>
テレビ<もう一人男性が現れました!どうやら無傷のようですが…>
でも、映像は私の思いどおりに動く訳じゃない
テレビカメラは私が見る三人とは違う、別の三人を映した
画面には、倒れた女性を抱き抱える
花苗「…あ………」
貴樹君がいた
今の貴樹君が、どんな顔をしているのかすらも分からないのに、私は感じた
彼は貴樹君なんだ、と
でも懐かしさと愛おしさを感じる前に、心臓を鷲掴みにするような圧迫感が、私を襲った
これは現実
今起きている、紛れも無い本当の事
テレビに映っている戦場はドラマでも映画でもない
怪我をした女性を、心配そうに見つめる貴樹君も…
花苗「……っ…」
こんな映像を見て、貴樹君を心配する事より先に、貴樹君に抱き寄せられている女性の事が気になってしまう自分が、情けなかった
死傷者も絶対出ているのに
あの女性も肩を怪我しているのに
私は二人の関係について勘繰ってしまった
そんな自分がたまらなく恥ずかしくて、憎らしく思えた
秘書「失礼します」ガチャッ
石波「! なんだノックも無しに」
秘書「申し訳ございません。ですが緊急の用事がございましたので」
石波「緊急?」
秘書「テレビをつけて下されば分かります」
石波「………」
石波「…報道などされないハズだ…が…」
石波「!!ッッ」ガタッ
ピッ
テレビ<あッ!再び銃撃が開始されましたッ!>
テレビ<タタタタタン ガガガッ! バババババババ…>
亜部「!!?」
石波「バッ…バカなッ!何処だ!?何処が流しているッ!?」
秘書「緊急時報道協会という、支持者からの援助によって成り立つ非営利団体です」
石波「!?」
秘書「もっとも、彼らには地上波を使う権利も、その権利を買う財力もありませんが」
石波「そ、それは分かっている!!しかし現に映っているじゃないかッ!」
石波「こんなものが流されている中でミサイル爆撃なんぞ出来んッ!放送を止めさせろッ!!今すぐッッ!!」
秘書「彼らは否定しています」
石波「か…何?」
秘書「映像にレポーターとして映っている、カモミール・レッセンという人物は、同団体には所属していないようです」
石波「………じゃあ、緊急時報道協会は関係無いのか…?」
秘書「はい。恐らくは」
石波「………」
石波「何故それを私に言わず…何処でどうやってその情報を仕入れたのかは今は聞かない…」
石波「…しかし、後で必ずソレについては聞かせてもらうからな」
秘書「………」
石波「………クソッ」
石波(…仕方ないが、この映像がどこぞの過激な個人によるものならば、爆撃は中止せざるを得ない)
石波「おい」
秘書「なんでしょうか」
石波「至急伝えろ。爆撃は中止だ」
秘書「何故中止するのですか?」
石波「は?」
石波「…………」
石波「……あのな…この映像を流しているヤツが、法と金に縛られた『社会』という物に属しているなら、確かに我々の思いのままだ」
石波「しかし、何処にも属さずにチャンネルをジャックし、所属を詐る事の出来る奴なんぞ、どう考えても無法者だ。 そんな連中には金も法もゴミ同然であり、鎮圧するには武力を以って事に当たらなければならない」
石波「しかし今の状況でこのレッセンとかいうのを制裁するのは不可能だろ」
石波「で、あるならばだ……こちらが策を講じるしかない。 テロ鎮圧の為なら、国民の犠牲も厭わないという強権姿勢は、今の我々には不適切なんだ」
石波「そうだな…この場合は、爆撃が駄目なら『誤って銃撃戦に巻き込んでしまった』という策が適切だ」
石波「幸いにして、手加減なんてしてられない相手もいる事だからな」
秘書「………」
石波「なんだ、まだ分からんのかッ?」
秘書「ンー…違いますね」
石波「なに?」
秘書「ワカってないのはアナタの方だ」
石波「………?……」
秘書「策など無意味です。既に、王手は刺さっているのですから」
石波「王……手…?」
秘書「このカモミール・レッセンという男……まァ私の先輩なんですが、実は純・ゲバルというテロリストの部下でして、中々の厄介者だそうです」
秘書「武器も持たず、単身で原子力潜水艦の制圧すら可能だとか」
石波「?……」
石波「……あッッ!?」
秘書「ワカりましたか?今の貴方の状況が」
石波「………」
石波「………」
石波「…いつからだ…」
秘書「初めからです。貴方が今の地位に着いた時から、ずっと」
石波「!!……ッッ」
秘書「いつでも勃発せました、いつでもです」
秘書「しかし、可能な事なら貴方達が自滅する様に『我々が追い込んだ』…という方向で、裏社会に分からせたかった」
秘書「だから『オーガ』と『アンチェイン』が貴方達を潰す前に、先に貴方達から潰れて欲しかったのです」
秘書「我が国がアメリカと対等ならば、アメリカの傘下にある貴方達の国にも、我々の力を裏からでも理解してもらいたいのです」
石波「………」
石波「…もし、私がキミから無線を奪おうとすれば…」
秘書「その時は貴方の首はねじ折れる。そこの総理にも消えてもらいます」
亜部「エッ!?」
石波「………ッッッ」
秘書「分かったのなら、私を試すようなマネはどうかお控え下さい」
秘書「貴方の地位を粉々にする選択肢が、今の貴方にとって最も適切なのです」
秘書「さァ、見ると良いでしょう。 国が下した決断…テロリストもろとも一般人を消し炭にする瞬間を」
秘書「一般人へのアップで、尚且つ全国放送でね」
石波「……狂っている…」
秘書「? 何がですか?」
石波「そのゲバルとかいうテロリストがだ…ッ」
秘書「………」
秘書「まァ、確かにクレイジーではあります。自ら爆撃の的になるとか言い出しましたからね」
石波「……?……」
秘書「頭にバンダナを巻いた男……彼がそうです。我らが主導者、純・ゲバルです」
石波「!? な、何をバカなッ!私をからかって…」
秘書「からかってはいますが嘘ではありません。彼には確信があるのでしょう。生き残れるという確信がね」
石波「……そんなバカな…」
秘書「国が全国放送で無差別爆撃をした……この事実さえあれば良いのです。 もっとも、私のボスがどうやって生き残るのかは、私も知りませんがね」
テレビ<バオッ! ドガガガバゴバゴバゴ…
テレビ<範馬勇次郎側も譲りませんッ!何をしているのかは速過ぎてよくは分かりませんが、何かを投げているのでしょうかッ!?>
テレビ<おわッッ! ド ゴ !>
テレビ<こっちまで飛んで来ますッッ!まるで環境破壊ッッ!>
紅葉「……………ッッッ」
助手「先生…これは…」
紅葉「楽しい事さ…スペックにとってのな」
助手「楽しいって……コレ、戦争…」
紅葉「マズい」
助手「マズッ…マズいどころじゃ無いですよ!?こんな一大事…」
紅葉「俺達が心配したところでどうにもならない。気にするだけ無駄だ」
紅葉「俺が言っているのは戦争についてじゃない。彼女の事だ」
紅葉「よく見てみろ。あの女性だ」スッ
助手「えっ?」
助手「…………アッ!?この人、先生の患者ッ!?」
紅葉(肩を撃たれている…ヤバイぞ…)
紅葉(弱った免疫に、平均より低い体温と血圧)
紅葉(肩に負傷…止血は成されているが、ホコリは舞い、辺りは不衛生極まりない)
紅葉(下手をすれば、コレは…)
紅葉「救急車を出せ…」
助手「えっ…」
紅葉「救急車だッ 負傷者を助けるのが我々だろッ」
助手「!! ちょ、無理ですよ!あんな戦場に行くなんて自殺行為じゃないですかッ!」
紅葉「処置の間に合う患者を目前にして術を施さぬなど、俺の中の技術が許さんッ!!」
紅葉「しかも彼女は俺の患者だッ! 自分の患者を救える時に救わぬ医療従事者など、医療には必要ないッッ!!」
助手「せ、先生…」
紅葉「行くぞッッ!!」ザッ
テレビ<しかし、これは何でしょうか…>
テレビ<あの範馬勇次郎と他の二名が、この騒動の発端…いわゆるテロリストと見てよいのでしょうが…>
花苗「………」
姉「………」
テレビ<まるで一般人の三人を庇うかのように…戦闘による被害を、彼らが被らないように戦っている……そう見えるのは何故なのでしょうか>
テレビ<そもそも…地上において並び称される者の無い男に、テロ行為を行うメリットなどあるのでしょうか>
テレビ<そしてテロに走った彼らが、何故一般人を守るのでしょうか>
テレビ<なんといいますでしょうか……矛盾のような物を感じてしまいます>
テレビ<彼等は、本当にテロリストなのでしょうか?>
テレビ< パシュッ >
テレビ<! ロケット砲が撃…>
テレビ<!? キャッチしましたッ!黒人男性が弾頭を捕らえ…投げましたッッ!連合軍側に投げ返しましたッッ!>
お姉ちゃんも、私達を囲む人だかりも
軍隊を相手にして、一歩も退かないあの人達の様子を、空港にいる誰もが固唾を飲んで見守っている中で、私だけが、何かに取り残されていた
貴樹君が危ない目に逢う事はない
私には理解する事さえ難しい程の強さが、貴樹君を守っているから
オリバさん達の強さがどういう物で、どれくらい揺るがない物なのか、私は知っているから
それなのに、胸の中に生まれたモヤモヤとした違和感は消えてくれない
その違和感は、不安や恐怖じゃない
嫉妬とか諦めとかに近くて、それでいてもっと複雑で、卑屈な想い
テレビ画面を見ながら、私は薄く冷や汗をかいて、自分の心臓の音を聞いていた
テレビ<………>
テレビ<…銃撃が止みま……あ、いえ、まだ続いているようです>
テレビ<ですが疎らな射撃です。威嚇をしながらの撤退という事でしょうか>
テレビからの木が割れるような音は急に静かになり、胸の鼓動が際立ってうるさく聞こえはじめる
遠くから聞こえる子供のはしゃぐ声も、妙に大きくなった
テレビ<……撤退ですッ!連合軍側が撤退していきますッ!これは戦闘が終了したと見てよろしいのでしょうか!?>
その大きくなった周りの音以上に、レポーターの声が大きく聞こえた
周りの人混みからもため息が聞こえて、お姉ちゃんの鼻息の音も耳に入った
私も静かにため息をついた
全ては終わった
テレビ< キィィィィイイイ…… >
はずだった
テレビ< ギ ュ ゴ ッ ッ ! ! >
割れた音が響いた一瞬、それがテレビの中の風の音だとは気付かなかった
テレビ< ボ ボ ボ ボ ボ ボ ! ! >
花苗「!」
姉「あっ」
「あ…」 「なに?」 「終わりじゃないの?」
「わっ」 「なに今の」
テレビ< ボボボ… ヒュィィィ…ィ…ン ン >
テレビ<大変ですッ!今、我々の真上を戦闘機が2ッ!いや3機通過して行きましたッッ!>
花苗「…?…」
姉「ん?」
「戦闘機?」 「撤退したじゃん」「は?」
「これマジ?」 「戦闘機とか…」
「あー…」
テレビ<これを見ている方は分かるでしょうかッ!?戦場で戦闘機が飛ぶとすれば、ヤル事は一つしかありませんッッ!>
テレビ<爆撃ですッッッ!!>
花苗「!!!」
姉「えっ…!?」
テレビ<コレがどういう事かワカるでしょうかッ!?民間人がまだいるにも関わらず、国が爆撃を指示したのですッッ!!>
「はァ…?」 「おい、これ絶対映画だよな?」
「ウソだろ?」 「ヤバイだろこれ」「おいおいおい…」
「やべぇぞこれ…」「責任とかどうすんの?」
戦闘機と聞いて思い付く形は、ぼやけていた
でも、戦闘機についての印象ははっきりしていた
羽があり、ジェットエンジンがあり、ヘリコプターより速い兵器
爆弾やミサイルを落として、人を殺す乗り物
オリバさん達は、きっと車にも戦車にも負けない
でも、あの人達も空が飛べる訳じゃない
高く跳び上がる事は出来ても、翼があるわけじゃない
降って湧いた違和感は、それまでの違和感を押し潰して、膨れ上がった
本当の不安が訪れて、私はうなじが震えるのを感じた
カモミール・レッセン「ああ、あの時の事か」
レッセン「覚えてる。忘れようハズも無い」
レッセン「あれはウチのボスに命じられて…というか、俺がボスの計画に乗って、ニッポンに潜入していた時のコトだ」
レッセン「ニッポンのお偉方が血迷った時、その乱心から生じたミスを派手にしてやるのが俺の仕事だったんだが…」
レッセン「ボスからの連絡で予定が早まってね……予め用意しておいた偽のポジションを駆使って、首脳陣の失態をニッポンの国内放送に乗せたんだ」
レッセン「まァ、それは例の『親子喧嘩』と、前々から俺達の流していた『範馬勇次郎にまつわる噂話』と相乗して、結果的には良い効果を生んでくれたよ」
レッセン「羽田空港の破壊と民間に出た被害は、地上最強の生物を危険視した国家が、空港にいる範馬勇次郎氏を襲撃した事によって勃発した戦争に原因があり、テロへの警戒というのは襲撃の為に国家が立てた隠れみのである………ここまで細かく報じはしなかったが、大事なのは断片のみを視聴者に拾わせて、そのパズルを視聴者自身が完成させる事だ」
レッセン「あまりに細かく言い過ぎるとボロが出るし……ン?」
レッセン「…せっかちなヤツだな。ワカったよ」
レッセン「アレは全国放送の時、俺がカメラの前でレポーターの演技をしていた時だった」
レッセン「3機の戦闘機が俺達の頭上を過ぎて、空港の上を通過していった」
レッセン「普通、戦闘機の爆撃ってのは、地上の相手に限るなら射程距離に入った時点で即ファイアで済む。 しかし、その3機はそうしなかった」
レッセン「考えられる理由は三つ……一つは、破壊目標は飛ぶことが出来ず、また、高速で飛行する戦闘機を撃墜する手段も持ち合わせていない」
レッセン「二つ……幾ら地上最強とはいえ、音速を超えて飛行する3機もの戦闘機を追い抜かしたり、撹乱したりする事は出来ず、逃げ切られる心配は無い」
レッセン「三つ目……しかし相手は重点破壊目標ゆえ、確実な破壊が求められる」
レッセン「つまり爆撃部隊は、作戦を遂行するのに焦りは必要無いと判断したワケだ」
レッセン「真っ当かつ正当な判断…非の打ち所は無い」
レッセン「だがそれこそが最も危険だった」
レッセン「地上最強を相手にするにはね」
レッセン「正直言うと、弧を描いて再接近の体勢に入る編隊を見ながら、俺は少し不安になってた」
レッセン「ウチのボスはオーガと組んでるとはいえ、どうやって切り抜ける気でいるんだろうってね」
レッセン「相手は時速700キロを超えながら、その速度より速いミサイルをぶっ放す鉄の塊だ」
レッセン「ロケット砲や手榴弾を一々かわさなきゃならない人間には、到底太刀打ち出来ない代物。 飛び立つ前に潰す以外に、撃墜方は無い」
レッセン「こう言ったらボスは呆れるだろうが、最低でもハンドガンくらいは必要だ」
レッセン「それを素手で、しかも戦闘機は空中に3機も居るのにだ。逃げずに戦って撃ち落とそうってんだからさ」ハハハ
レッセン「少なくとも、俺には全く方法が思いつかなかったよ」フフ…
レッセン「でだ…そんな感じに俺が考えてる所で、ボスの方に動きがあった」
レッセン「見ると、いなくなってたんだよ。範馬勇次郎が」
レッセン「撤退を知らない彼が逃げるハズは無いって分かってたから、捜してみると、すぐに発見出来た」
レッセン「立ってたよ。ボス達から見ての前方、50メートルくらい離れた所に、何も持たないでね」
レッセン「いつ移動したのかはさっぱり分からなかったが、これだけはワカった」
レッセン「彼は、戦闘機に負ける事などまるで考えていない」
レッセン「それどころか勝つ気でいる。三対一で屠るつもりでいるってね」
レッセン「石コロみたいに小さかった戦闘機のシルエットが、段々と大きくなってきた辺りで、彼は右手をこう、上に挙げたんだ」
レッセン「勝ち名乗りを挙げてるみたいだったが、それは既に構えになっていた」
レッセン「体勢は槍投げに近い……でもそれよりも、もっと戦闘的な、拳を前に突き出す事以外何も考えていない様なポーズだった」
レッセン「そして、戦闘機が再接近を開始した時に、彼はその拳を思いっきりブン回したんだが…」
レッセン「…………」
レッセン「いやァ…スゴかったね」
レッセン「俺ちびっちゃったよ」ハハ…
レッセン「ブン回す直前に、とんでもない事が起きた」
レッセン「雷が墜ちたんだ。範馬勇次郎の頭に」
レッセン「雲一つ無い晴れだっていうのに、轟音を響かせて、閃光がピカッとね」
レッセン「彼?ああ、ピンピンしてたよ。 怪物みたいな顔したまま、姿勢は一切変わってなかった」
レッセン「ただ、光が収まらなかった」
レッセン「消えなかったんだよ。彼に命中した雷の輝きが」
レッセン「花火が爆発する瞬間を写真に撮ったみたいに、彼は光ってたよ。バリバリ音出して」
レッセン「それでだ…その後、何が起こったと思う?」
レッセン「?……イヤ、お前が考えろよ」
レッセン「ヒント?…ヒントか…」
レッセン「うーん…」
レッセン「………」
レッセン「…そうだな…ちょっと話が逸れそうだけど…」
レッセン「お前、SFって知ってるか?サイエンスフィクションってヤツ……ロボットとか宇宙とかのアレだ」
レッセン「俺もその手のは詳しくは無いが…………あっ、知ってるか。それなら話は早いな」
レッセン「じゃあ聞くけど…」
レッセン「プラズマライフルって分かる?」
プラズマライフル
世界に名だたる科学者達が開発に乗り出し、その如々くを挫折させてきた『未来の兵器』
『レーザーガン』と並び称された架空の武器であり、21世紀という未来に期待された理想の遺物の一つ
しかし、訪れるはずだった近未来は忙殺され、今や日常と地続きの平淡な現代があるばかり
そして、宝を手にした者は科学者ではなく…
バ リ バ リ バ リ バ リ バ リ バ リ ! ! !
レッセン「~~~~~~~~~~ッッッッ!!!??」
嘩 ッ ッ ッ ! ! !
宝を手にした者は、皮肉にも、科学を嘲笑う者であった
ズ バ ゥ ッ ! ! !
漢の拳によって指向性を与えられた雷は、光の次に位置する速さを以って放射状に広がり、漢の視界に入る物全てを焼き尽くした
瓦礫も、戦闘車両も、戦闘員も、骸も
そして戦闘機も
音速を突破する強靭な構造と、障害を克服する為の防御機構すら、自然の産んだ破壊現象の前には無力だった
ミサイルを回避する為のフレア(熱源を発生する囮)も
半端な銃撃なら跳ね退ける装甲も意味を成さない
機体の進行方向から、音速を遥かに超える速度で『雷』が撃ち込まる事など誰が想像しようか
岩をも砕く10億ボルトに包まれて、なおも耐える戦闘機など、誰が設計出来ようか
テレビ<ザザッ バリッ ガガ…>
雷撃が生んだ電磁波は撮影機材に影響を及ぼし、カメラからの映像には音が充分に記録されていない
石波「~~~~~~~~ッッッ!!?」
亜部「~~~~~~~~ッッッッ!!!?」
だが不条理という物には力が宿る
刃牙「はァ……!!?」
音は無く、映像が鮮明で無くとも
花苗「!!? !?!?」
姉「!!!?………ッッッ」
理解を超えた現象は人の心を揺さぶる
ゲバル「!!?………ッッッ」
貴樹「~~~~~~~~ッッッッ!!!!??」
正明「~~~~~~~~~ッッッッ!!!!?」
映像としてではなく、それが実体を持って眼前にあるのなら、尚の事
オリバ「クレイジー……」
オリバ「…流石だゼ……オーガにとっては、自然への認識が違う…」
オリバ「…雷を…」
オリバ「ブッ放つという発想……」
オリバ「もう意味がワカらん……」
あらゆる外敵を破壊し尽くした鬼は、大股開きに立ったまま
バ ッ ! !
両拳を天に突き上げた
レッセン「後でボスから聞いたんだが……どうやらボスは生き残る確信はあったらしいが、どう切り抜けるかは考えていなかったらしい」
レッセン「イヤ、考えてはいたが、オーガの取った方法が余りに予想外だった…と言うべきか」
レッセン「まァ、あんな事を想定してしまうようなら、逆にボスの指揮能力に疑問を感じてしまうよ」
レッセン「『プラズマレーザー撃つかも知れないから』……なんてね」フフ
レッセン「ン? 雷がなんで降ってきたのかって?」
レッセン「知らないよそんなの。考えた所で正解を見つけようが無い」
レッセン「…………ンー…」
レッセン「……雷と言っても、所詮は静電気だ」
レッセン「そこに空気があり、粒子があり、伝導物質があるのなら、極論だがどこででも発生しうる」
レッセン「それに世界的に見ても珍しい現象ではあるが、晴れの日の落雷というのも無くはない」
レッセン「しかしだ…そう考えるにしたって、ねぇ?」
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ! ! ! !
レッセン「…………」
ド ガ ! ! ド ガ ! ! ド ガ ! !
ド ガ ! ! ド ガ ! ! ド ガ ! !
ド ガ ! !
ド ガ ! !
連打だよ、連打
オーガに向かって雷の連打
滝みたいにさ、ババババって
あの時は漏らしてたね、もう俺は
ぶっちゃけ感電して死ぬんじゃないかと思った
カメラも壊れたし
ド ガ ガ ガ ガ ガ ガ ガ ガ ガ ! ! ! !
彼?だから大丈夫だって
ピンピン、いやピカピカしてたよ
不思議なものでさ、雷って遠くで見たら青いのに
近くで見たら黄色かったり赤かったりするんだよ
俺初めて知ったよ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!
レッセン「………」キ~ン
もう何も聞こえなくなってたな
目も変になってたみたいで、雷以外、辺り一面真っ暗なんだ
見えるのはピンボケのオーガだけよ
いやァ、思わず呟いちまったね
レッセン「…神だ……」
もうニッポンには二度と行かないよ
意味ワカんねーよあの国
見に行くんなら、あと一世紀は待った方がいいぜ
15分
開戦から終戦までの時間、僅か15分
6人……いや、3人の『民間人』が圧倒的戦力を相手に殲滅戦をやってのけた、前代未聞の大規模戦闘は
オリバ(…終わった……)
戦争史上最速で終わりを迎えた
隊員「」 隊員「」
隊員「」
死者多数
ゲバル「………」
生存者8名
明里「………」ハァ、ハァ…
そのうち負傷者は1名
貴樹「………」
正明「………」
一時的な心神喪失に陥っている者2名
レッセン「」
カメラマン「」
気絶した者2名
勇次郎「………」チリチリ… パリッ バチッ
帯電している者1名
死
闘
決
着
ッ
ッ
範馬勇次郎「時速5000キロメートルッッッ!!!」【後半】
転載元
範馬勇次郎「時速5000キロメートルッッッ!!!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398634236/
範馬勇次郎「時速5000キロメートルッッッ!!!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1398634236/