男「空から女の子が落ちて来た」

1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:48:26.02 ID:WqfTSFX90

 男「ふぅ……そろそろ胡瓜は取り納めだな。」

 娘「……ゎぁぁぁぁ……ぁああああ!!!」

 男「ん?」

 娘「えひゃい!!」

 男「ぐえっ!」

※読みづらいと思われるので、最初に謝っておく。
 すまない。



3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:49:34.10 ID:XzU55Al7O

そらのおとしものスレか



4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:49:49.92 ID:WqfTSFX90

娘「ああ、またやってしまった。」

男「もし、大丈夫ですか?」

娘「はっ? 貴方は!」

男「上から落ちて来たようだが、何ともないか?」

娘「お慕いもうしておりんした。あちきを嫁にもらってくだしゃんせ。」

男「お気持ちは嬉しいのですが、謹んでお断りさせていただきます。」



5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:50:23.70 ID:WqfTSFX90

 娘「そうざんすか、残念でありんす。」

 男「いきなり何を言いだすのか…」

 娘「それよりも、体の方は何ともありゃんせんか?」

 男「うむ、左腕が有り得ないところで曲がっているが、大丈夫そうだ。」

 娘「そうざんすか。それは良うござんした。」



6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:51:06.11 ID:WqfTSFX90

 娘「…え?」

 男「ん?」

 娘「それは大丈夫と言える状態ではないと思うでありんす。」

 男「そうか。では、大丈夫ではなさそうだ。」

 娘「痛くは無いでありんすか?」

 男「死ぬほどではないが、泣き叫びたいほどには痛い。」

 娘「なんで大丈夫だなんて言うんざんすか!」

 男「いや、誰だって女性の前では無様な姿を晒したくなかろう?」

 娘「同意を求められても困るでありんす。」



7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:51:55.14 ID:WqfTSFX90

 男「それよりもお手前は何ともないのか?」

 娘「あちきは少々丈夫にできておりんす。それに、貴方が下敷きになってくれんした…」

 男「何ともないのだな?」

 娘「あい、何ともありゃんせん。」

 男「それは良かった。では、失礼して昏倒させてもらうとしよう。」

 娘「ああ!お気を確かに!」



8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:53:14.88 ID:WqfTSFX90

 娘「見よう見まねでありんすが、添え木をして固定しておきんした。」

 男「恩に着る。醜態をさらしてしまったな。」

 娘「ついでにあちきと添い遂げるつもりはありゃんせんか?」

 男「それは無い。改めてお断りさせていただきます。」

 娘「そうざんすか、無念でありんす。」



9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:53:53.23 ID:WqfTSFX90

 娘「確かに、あちきは修行中の身。そのような余裕はないでありんす。」

 男「うむ。まあ修行に励んでくれ。」

 娘「そこは修行中というところに興味を持っていただきたかった…」

 男「まあ正直、その日暮らしで人の事まで構ってはおれん。」

 娘「聞いてはくれないでありんすか?」



11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:54:46.48 ID:WqfTSFX90

 男「聞いて欲しいのか?」

 娘「いえ、別にそういうわけでは…」

 男「ならば聞く必要もないだろう。」

 娘「ごめんなすって。聞いてくだしゃんせ。このとおり、平に平に。」

 男「では聞くとしよう。」

 娘「あい。」



12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:55:35.55 ID:WqfTSFX90

 男「名は何と言う?」

 娘「は?」

 男「お手前の名前を聞いている。」

 娘「なんでこの流れで名前を聞くでありんすか?」

 男「おかしいか?」

 娘「………」



13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:56:40.13 ID:WqfTSFX90

 娘「もうようざんす。勝手に喋りますので聞いていてくだしゃんせ。」

 娘「あちきは今日も修行の一環として、空を飛ぶ稽古をしていたのでありんす。」

 娘「突風を受け、体勢を崩し落下したところ……」

 娘「貴方に命中し、大怪我をさせてしまったのでありんす。」

 娘「倒れた貴方をこの堂まで運び、応急処置を済ませ、寝顔に見……」

 娘「おほん! 以上でありんす。」



15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 18:58:43.28 ID:WqfTSFX90

 男「それは手間をかけたな。ん?足袋が泥だらけではないか。」

 娘「ああ、この下駄をはいていては転びそうだったので。」

 男「ふむ、両足とも歯が1枚折れているな。」

 娘「いえ、これは元々歯が1枚しかありゃんせん。」

 男「変な下駄だな。歩きにくいだろう。」

 娘「ですから、脱いで貴方を運びんした。」



16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:00:23.51 ID:WqfTSFX90

 男「空を飛ぶのが稽古だと? いや、そもそも飛べるものなのか?」

 娘「それはですね……はて?」

 男「おお、変わった形の着物かと思ったが、その羽根は自前か…だから飛べるのだな。」

 娘「はい、そうざんすが…すみません。ここはどこでありんすか?」

 男「お手前が俺をここまで運んできたのではないか?」

 娘「あちきは休めそうなところを選んだだけで、この場所がどこなのかはわかりゃんせん。」



17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:02:20.38 ID:WqfTSFX90

 男「ここは村のはずれの仏堂だろう。あんまり参ったことは無いが…」

 娘「そうざんすか、村と言うのは貴方が住んでいる村の事でありんすね?」

 男「そうだ。」

 娘「あの、笑わねえで答えてくだしゃんすか?」

 男「一体何を笑うというのだ?」

 娘「その、あちきは……誰でありんすか?」



19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:04:48.10 ID:WqfTSFX90

 男「誰と言われても、先ほど衝撃的な邂逅をしたばかりだからな。わからん。」

 娘「この度は多大なるご迷惑を…」

 男「しかし、なぜそのようなことを聞く?」

 娘「何も思い出せないのでありんす…」

 男「では、修行中というのは?」

 娘「あ、そうざんす、何かの修行をしている途中なんでありんす。」



20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:06:07.06 ID:WqfTSFX90

 男「何のための修行なのかは思い出せんということか。」

 娘「そうのようでありんす。」

 男「落ちた時の衝撃で一時的な健忘に陥った、というところだな。」

 娘「あい。」

 男「まずは、自分の持ち物を確認してはどうだ?何か思い出すきっかけになるかもしれん。」



21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:06:48.14 ID:WqfTSFX90

 娘「法螺がありんす……」

 娘「これは数珠ですね。」

 娘「羽団扇と……」

 娘「錫。」

 娘「後はこの変な下駄……」



22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:09:04.06 ID:WqfTSFX90

 娘「残念ながら…手鍋は下げていないようでありんす。」

 男「みたび、お断りさせていただきます。」

 娘「いえ、今のは別に頼んだわけではござんせんが。」

 男「それよりも、これからどうするかを話し合うべきではないのか?」

 娘「願っても無い提案ではありんすが、少々心の準備が…」

 男「張り倒すぞ。」

 娘「あなおそろしや。」



24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:10:49.33 ID:WqfTSFX90

 娘「手がその有り様ではいろいろと不自由ではござんせんか?」

 男「確かにそうだろうな。」

 娘「ですので、治るまではあちきが手助けをしようと思うんす。」

 男「それは助かるが、何だか悪い気もする…」

 娘「つまり、毎朝味噌汁を作ってさしあげしゃんす。」

 男「違わないが、違うだろ。」



25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:12:45.88 ID:WqfTSFX90

 男「当然、自分の家も思い出せないわけか。」

 娘「そうざんすね。」

 男「村に戻れば空き家が何軒かあるから、そこに住むか?」

 娘「一緒に住もう。とは言っちゃくだしゃんせんですね。」

 男「それはいろいろと問題がある。」

 娘「そうざんすね、いきなり同居はまずいでありんす。まずは、両親に報告を……」

 男「誰の両親だ。」



26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:12:54.07 ID:D9bJVMtX0

なんか四畳半神話大系思い出した



27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:14:39.77 ID:WqfTSFX90

 男「後で、しばらくのあいだ貸してもらえるように話をしておこう。」

 娘「今日はこれからどうするでありんすか?」

 男「畑仕事が残っているから、草むしりだけでもしてくる。」

 娘「私にも手伝わせてくだしゃんせ。」

 男「いや、しかし……」

 娘「……くだしゃんせ。」



28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:17:15.64 ID:WqfTSFX90

――――――――――

 男「ほお、なかなか手際がいいな。」

 娘「それほどでもありゃんせんよ。」

 男「うん?鼻が伸びたぞ?」

 娘「鼻?」

 男「あ、これではだめだ。上しかむしっておらんではないか。」

 娘「上?」

 男「根ごと引き抜かなければまたすぐ生えてくる。」

 娘「あ…そうなのですね…」

 男「鼻が戻った。」



29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:19:33.01 ID:WqfTSFX90

―――――――――――

 男「話をつけて来た。あの家を好きに使って構わんそうだ。」

 娘「ありがとうござんす。」

 男「事情が事情だからな。着替えなどは妹のものを貸してやろう。」

 娘「妹さんの?」

 男「嫁に出たのでな。もう着る者がおらん。」

 娘「何から何まですみゃんせん。」

 男「なに、気にすることは無い。」



31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:21:21.12 ID:WqfTSFX90

―――――――――――

 娘「朝食をお手伝いに来んした。」

 男「これは恐縮。」

 娘「作って来たので、温め直しゃんす。」

 男「利き手は何ともないから、ある程度の事は出来るのだがな。」

 娘「そう言わずに、休んでいておくんなんし。」



32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:22:54.36 ID:+zcYtkVk0

スレタイでラピュタ余裕でした



33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:23:40.89 ID:WqfTSFX90

 男「そう言えば、羽根はどうしたのだ?」

 娘「あい、この着物を着るのに邪魔だったので引っ込めんした。」

 男「引っ込めたと言ったか?」

 娘「あい、これには羽根を通す場所がありゃんせん。」

 男「自由に出し入れできるものなのか?」

 娘「猫だって使わねえ時は爪を引っ込めるでありんすよ?」

 男「それとこれとは何か違うような気がするが。」

 娘「違ったところで、今引っ込めてることに変わりはありゃんせん。」



34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:24:54.75 ID:WqfTSFX90

 娘「さて、ありゃこりゃ言ってる間にできんした。どーぞ!」

 男「………」

 娘「お口にあいんせんでしたか?」

 男「というか、これ…出汁は取ったのか?」

 娘「だし?」

 男「そっちの鍋に昨日の残りがある。ちょっと飲んで見ろ。」

 娘「え? あい…」



35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:26:57.97 ID:WqfTSFX90

 娘「こ、これは…芳醇な香りと舌をくすぐる旨味、それでいてしつこくなく…」

 男「味噌を溶いただけでは味噌汁とは言わん。」

 娘「私が今まで飲んでいた味噌汁なんて泥水のようなものでありんすね…」

 男「いや、何もそこまでは…」

 娘「是非、作り方を教えてくだしゃんせ。」

 男「出汁を取るだけなんだがな…」

 娘「これで、いいお嫁さんに一歩近づけるでありんす。」

 男「三行半の書き方まで覚えるつもりか?」



36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:29:38.96 ID:WqfTSFX90

 娘「今日は何をするでおざんすか?」

 男「芋を植えようと思うのだが、片手で鍬が振るえるかどうか…」

 娘「でしたら、良い方法がありんす。」

 男「また嫁だの婚儀だの言うつもりではあるまいな?」

 娘「そんなつもりではおりんせんが…期待に沿えなかったようで申し訳ない。」

 男「いや、期待などしていない。」



37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:33:20.73 ID:WqfTSFX90

 男「畑に行く前に、ちょっと寄って行くところがある。」

 娘「へえ、どちらに?」

 男「家を貸してくれた人のところへな。」

 娘「でしたら、あちきもご挨拶しといた方がようざんすね。」

 男「そうだな。では行こうか。」



38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:36:00.03 ID:WqfTSFX90

 男「夫婦になって手狭になったからここへ越したと、あの家は前に住んでいたものだ。」

 娘「それはまた羨ましいことでありんすね。」

 男「その……女特有の事で困ったことがあればここのカミさんに相談するといい。」

 娘「それは例えばどんな困りごとでありんすか?」

 男「む、知らん。とにかくあまり失礼の無いようにな。」

 娘「あ! 失礼を働いておん出されてしまえば……」

 男「軒下だったら貸してやろう。」



39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:40:12.38 ID:WqfTSFX90

 男「たのもう。」

 女「ウチのやどろくなら畑へ出てるぜ……って、アンタかい。」

 男「間借りさせてもらう事の礼と、挨拶をしておこうかと。」

 女「礼なんて別にいいのにさ。人が住まなきゃ家が荒れるし、丁度よかったんだから。」

 娘「此度はまことにありがとうござんした。」

 女「へえ、この子が噂の……」

 娘「あちきのことが噂になってるでありんすか?」



41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:45:03.82 ID:WqfTSFX90

 女「いやいや、言葉のアヤなんだぜ。へぇ、なかなか可愛げな子じゃないか。」

 男「いろいろと難儀なこともあるだろうから、相談に乗ってやってくれないか?」

 女「あいよ、お安い御用さ。」

 娘「ありがとうござんす。」

 男「では、俺も働きに行くとしよう。」

 女「応援したげるから、アンタも負けんじゃないよ。」

 娘「へ? あ、待ってくだしゃんせ。」

 女「困ったもんだね。なんともさ……」



43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:49:41.50 ID:WqfTSFX90

 男「それで、例の良い方法とは何なんだ?」

 娘「昨日いろいろと試してみたんすが、この羽団扇は物を軽くできるようなんす。」

 男「ふむ…何でもか?」

 娘「何から何まで試してみたわけではおりんせん、ちょっと鍬を拝借。」

 男「くくりつけたら軽くなるのか?」

 娘「ちょっと持ってみてくだしゃんせ。」



44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:52:23.88 ID:WqfTSFX90

 娘「どうでありんす?」

 男「おお、確かに軽いな。これなら片手でも扱えそうだ。」

 娘「今ならあちきにこの羽団扇もついてお買い得ざんす。」

 男(また鼻が伸びたな。まあ、言わないでおくか…)

 娘「ささ、存分に耕してみてくだしゃんせ。」



46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:56:26.89 ID:WqfTSFX90

 男「駄目だな…」

 娘「え?」

 男「確かに軽いのだが、軽すぎる。振り下ろしても土に刺さらん。」

 娘「そうざんすか…お役に立てると思ったのでありんすが…」

 男「まあ、横着してはいかんという事だろう。」

 娘「私が浅はかでおりんした。」

 男(鼻が元に戻った…そういう体質なのか?)



47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 19:59:23.93 ID:WqfTSFX90

 男「まあ、気にするな。能率は落ちるが、短く持てば片手でも扱える。」

 娘「では、私が植えて土をかけます。2人で分担と行きなんしぇ。」

 男「失礼は承知で聞くが、お手前は芋を植えたことはあるのか?」

 娘「恥ずかしながら…」

 男「では教えておこう、種芋をこのくらいに切って、灰をまぶして埋めるのだ。」

 娘「灰というと、かまどや囲炉裏の灰ですか?」

 男「そうだ、腐るのを防ぐためだ。」

※昔の農法:今は切った後乾かしたものを使うのが主流らしい?



48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:02:35.25 ID:WqfTSFX90

 男「今日はこのくらいで切り上げよう。お手前も休まれよ。」

 娘「あの、折角ですから、お手前というのはやめていただきゃんせんか?」

 男「これはすまん。気に障ったか?」

 娘「そうですね。気に障りんす。ですから、親しみを込めてお前と呼んでくだしゃんせ。」

 男「いや、それはいろいろとまずいかと…」

 娘「くだしゃんせ。」

 男「そう言えば、その喋り方は何なのだ?」

 娘「話を逸らさないでおくんなんせ。」



49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:05:44.14 ID:WqfTSFX90

 娘「呼びたくないのなら、それでもようざんす。ただ、はぐらかすのはご勘弁を。」

 男「そうではないが、いきなりお前などと呼んでいいものか……」

 娘「お構いなく。お前と呼ばれたから嫁だなどと、けちなことは思いんせん。」

 男「うむー……」

 娘「お前が無理なら、のしでもこんたでもようざんす。」

 男「何だそれは、聞いたことがない呼び方だが?」



51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:09:14.46 ID:WqfTSFX90

 娘「必要以上に気遣った呼び方をされるのは案外と心地が悪いものです。」

 男「それは悪かった。気遣うつもりが逆のことをしていたのだな。」

 娘「まあ、お前と言うのに抵抗があるなら、そういうのもあるという一例ですよ。」

 男「しかし、馴染みが無い呼び方をする方が窮屈な気もするな。」

 娘「それもそうですね。ということで、今のは忘れてくださいな。」

 男「というか……普通に話すこともできるのだな。」

 娘「はっ!」



52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:12:23.61 ID:WqfTSFX90

 娘「今のは全部忘れてくだしゃんせ。こっ恥ずかしいでありんす。」

 男「どうもお前さんの感覚がわからんな。」

 娘「あ、今……」

 男「お前さんではダメだったか?」

 娘「いえ!これであと10年は戦えるでありんす。」

 男「良く分からんが、喜んではもらえたようだな。」



53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:17:16.89 ID:WqfTSFX90

 男「しかし、忘れろと言われたことをいきなりほじくり返して悪いが……」

 娘「あい、なんでありんすか? できればお手柔らかに。」

 男「言葉の使い分けに関することは、なにかこう、思いだすきっかけにはならんのか?」

 娘「いろいろと忘れているとはいえ、言葉や寝食の営みまで忘れてはおりんせん。」

 男「自然に口をついて出たものと言うことか。」

 娘「三つ子の魂百までとは良く言ったものでありんす。」



55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:19:38.08 ID:WqfTSFX90

―――――――――――

 男「他人と朝餉を取るのはなかなか慣れんな……」

 娘「今朝の味噌汁は自信作でありんす。」

 男「では、いただこうか。」

 娘「ささ、ぐぐっと一献。」

 男「味噌汁だろうが。」

 娘「まま、そう言わずに召し上がっておくんなんせ。」

 男「ふむ。悪くない。これならどこに出しても恥ずかしく無いな。」

 娘「嫁に、でありんすか?」

 男「味噌汁を、だ。」



56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:23:56.22 ID:WqfTSFX90

 娘「でも、これぞ夜なべした甲斐ってもんです。第一関門突破でありんす。」

 男「鼻が伸びているぞ。ほれ、鏡。」

 娘「おろ?あちきはなにゆえにこんな鼻に?」

 男「どうやら慢心すると伸びるようだな。」

 娘「鼻を伸ばすために何度も作り直したわけじゃありゃんせんのに……」

 男「作り直した?」



58:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:29:01.05 ID:WqfTSFX90

 娘「あい。この至高の味にたどり着くために幾多の犠牲を踏み越えて来たのんす。」

 男「その犠牲というのはどこへ行ったのだ? まさか……」

 娘「へぇ、失敗作は捨てんした。」

 男「なんともったいない事を。」

 娘「ほえ?」

 男「作るために使ったものは戻っては来ないのだぞ?」



59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:32:43.84 ID:WqfTSFX90

 男「これの材料になったもの、これはみな食べてもらうために育てられたものだ。」

 娘「食べてもらうため……?」

 男「もし、俺がこの味噌汁を口にすることなく捨てたとするならお前さんはどう思う?」

 娘「あ……あちきはそれと同じ事をしたのでありんすね……」

 男「すまん。少し言い過ぎた。わざとやったわけではないのにな。」

 娘「いえ、言わりゃねばこれからも繰り返していたと思うんす。」

 男「また鼻が元に戻ったな。」



60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:36:39.46 ID:WqfTSFX90

 男「少々見てくれや味が気に入らなくとも、そのまま持ってくるといい。」

 娘「そうさせてもらうでありんす。」

 男「なんだか、作ってもらっている立場で偉そうなことを言っている気もするが。」

 娘「構いんせんえ。ただ、ひどいものを無理に食べてもらうのも……」

 男「あんまり気にするな、三度の飯もコワしヤワしという言葉もある。」



61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:39:00.74 ID:WqfTSFX90

 娘「それで、今日はどんなお仕事でありんすか?」

 男「今日は焚き木を拾いに行こうと思う。割った薪がもう少ないのでな。」

 娘「手が治るまでは薪割りもできゃんせんものね。」

 男「そういう事だ。」

 娘「あちきは何をしたらよいでありんすか?」

 男「集めるのを手伝ってもらいたい。あと、団扇を持ってきてくれないか?」

 娘「承知しゃんした。」



64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:45:23.89 ID:WqfTSFX90

 女「おや、お出かけなんです?」

 娘「焚き木を拾いにいくでありんす。」

 女「そうですか。ちょっと話をしようと思ったんですが、出直した方がよさそうですねぇ。」

 娘「では、戻ってからでようざんすか?」

 女「じゃあ、終ったら呼びに来てくださいよぅ。男衆が居ない方が話しやすい事もありますよぅ。」

 娘「あい。」



65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:47:17.13 ID:WqfTSFX90

 男「ここらでいいだろう。」

 娘「あい、じゃんじゃん集めればようざんすね?」

 男「だが、あまり細いとすぐ燃え尽きてしまう。」

 娘「あい。」

 男「焚き付けではなく、あくまで薪として使うのを忘れるなよ。」

 娘「心得んした。」



68:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:53:31.23 ID:WqfTSFX90

 娘「このくらいで?」

 男「いや、まだまだ集めよう。これをあと二束ほどだな。」

 娘「そんなに沢山運べねえざんすよ?」

 男「普通ならな。頼んで持ってきてもらったものがあるだろう?」

 娘「なるほど!そういう寸法でありんすか。」



69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:56:44.63 ID:WqfTSFX90

 男「よし、もういいだろう。」

 娘「山盛りでおざんすね。」

 男「じゃあ、これを背負子ごと軽くしてくれ。」

 娘「がってん!」

 男「うん。大丈夫だな。ありがとう助かった。」

 娘「てへへ、それほどでもありゃんせん。」

 男「お前さん、また鼻……まあいいか。」



70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 20:58:53.39 ID:WqfTSFX90

 娘「それにしても、山は不思議でありんすね。」

 男「そうか?」

 娘「なんだか懐かしい感じがするでおざんす。」

 男「何か思い出せそうか?」

 娘「いーえー……でも、思い出さなきゃいかんものなんざんすかね?」

 男「それはそうだろう。」



71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:02:15.00 ID:WqfTSFX90

 娘「懐かしいとはいえ、寂しい感じもするでありんす。」

 男「よくわからんな。」

 娘「あちきにもわかりゃんせん。」

 男「山で何かあったんだろうか?」

 娘「ただ、前に嫌なことがあってそれを忘れているのならこのままでも……」

 男「そういうわけにはいかんだろう。早く思い出し、在るべきところに帰るのだ。」

 娘「へぇ……」



72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:05:29.15 ID:WqfTSFX90

 *「そこなる人間よ。身にそぐわぬ物を持つでないぞ。」

 男「なんだ?」

 娘「あい? 何か?」

 男「いや……声がしたような?」

 *「それは人間がおいそれと手にしてよいものではない。」

 男「がっ!? 頭が……」

 娘「ああ!しっかり!」



73:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:08:20.08 ID:WqfTSFX90

 *「一体どこで手に入れたのかは知らんが…」

 娘「貴方は誰です!?」

 *「む? もう一人いたか……なに!?」

 娘「貴方が何かしたんですか?」

 *「失礼した、山主様のご息女とお見受けする。」

 娘「ほえ? やまぬし?」

 *「お戯れの最中とは知らず、出過ぎた真似をいたしました。お許しを。」

 娘「この人に何をしたのです?」

 *「気絶させただけです。命に別条はございませぬ。」



75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:11:09.16 ID:WqfTSFX90

 娘「ああ、行ってしまった。」

 娘「なんだか、あちきの事を知ってる風でござんしたね。」

 娘「って、そんなこと言ってる場合ではありゃんせん。」

 娘「もし、目を覚ましてくだしゃんせ。」

 男「むう?」

 娘「起きんしたか?大丈夫でありんすか?」



76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:14:15.71 ID:WqfTSFX90

 男「俺は気を失っていたのか?」

 娘「あい、急に頭を押さえて……それからぱたりと。」

 男「そうだ、何か声が聞こえた気がして、目まいが……」

 娘「気味が悪いでおざんす。何か出る前に急いで帰りゃんしょ。」

 男「ん、そうだな。」

 娘「…………」



77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:17:42.39 ID:WqfTSFX90

 男「後はやっておくから、今日はもういいぞ。」

 娘「あい。あちきはおカミさんとお話してくるでありんす。」

 男「そうか、ちょっと変わってはいるが、気さくな人だ。何でも聞くといい。」

 娘「変わっているでありんすか?」

 男「なんというか、ちょっと説明しづらい。まあ、話してみればわかるだろう。」

 娘「あい。」



78:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:21:33.06 ID:WqfTSFX90

 女「んで? それで? どこまでいったんだい?」

 娘「ほへ?」

 女「アレとの仲だよ。ニブいねえ。」

 娘「お前さん……と呼ばれるまでになりんした。」

 女「そう? そうなんだ? で、それから?」

 娘「あとは、味噌汁を捨ててしまって、叱っていただきました。」

 女「他は? 他には? 何か無いのかい?」

 娘「うーん……特には……」



80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:25:27.39 ID:WqfTSFX90

 女「ダメだこりゃ。まあ、アレはあんなんだしねぇ……」

 娘「?」

 女「アタシの聞いた限りじゃ、アンタ出会いがしらに嫁にしてくれって言ったらしいね?」

 娘「あい。そうでありんす。」

 女「でもって、アンタは記憶がない。ちょっとおかしくないかい?」

 娘「その時に一目惚れじゃござんせんか?」

 女「お慕い申してるって言ったそうじゃないか。一目惚れの言うセリフじゃあないね。」



81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:29:21.03 ID:WqfTSFX90

 娘「あちきをお疑いなんで?」

 女「いやいや、気を悪くしないでおくれよ。アレには前から恋慕してたんじゃないかってことだぜ。」

 娘「そうかもしりゃんせん……」

 女「アタシは応援する気でいるんだけど、アレは一筋縄じゃいかないよ。」

 娘「どういうことでありんすか?」

 女「聞きたい? 聞いてみたいの? まあ、言いたくて振ったんだけどさ。」

 娘「お願いするでありんす。」



82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:33:07.09 ID:WqfTSFX90

 女「アレはね、許嫁に死なれてんの。」

 娘「それって……」

 女「そりゃもう、周りが癇癪起こしそうなくらい仲良しでね。そのまま幸せになるって思ってた。」

 娘「その人に、操を立てているのでありんすか?」

 女「男の場合もそう言うのかね? ま、でも違うわよ。」

 娘「へえ。」

 女「仲良くなればなるほど、失った時つらい。だったら、初めから一人でいい。そう考えるようになったのさ。」



83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:36:09.04 ID:WqfTSFX90

 娘「それは悲しいお話でありんすね。」

 女「まったく、どこの聖帝様なんだっての。」

 娘「へ?」

 女「ま、だからって諦めろなんて言わないよ? それを覆す覚悟がアンタにあればの話だけどね。」

 娘「あちきにできるでおざんすか?」

 女「そーゆー考えなら、さっさと思い出して帰った方がいいね。」

 娘「あっ!」

 女「ちなみにアタシはアンタのことは知らないけど、アンタが何なのかはわかるよ。」



84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:38:44.00 ID:WqfTSFX90

 女「アタシが教えてあげてもいいけど、自分で思い出すまで待つってんならそれもいいさね。」

 娘「是非教えてくだしゃんせ。」

 女「後悔しない? 聞かなきゃ良かったって思わない? そこんとこどうなの?」

 娘「聞いてみない事にはわかりゃんせん。でも、後悔する程の事なら自分で思い出しても同じでありんす。」

 女「うん、いいね。そう言うの好きよ。でもその前にちょっと花摘んでくるわね。」

 娘「へぇ。」



86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:40:51.27 ID:WqfTSFX90

 女「はーいー、どうもお待たせですよぅ。」

 娘「はれ?」

 女「えーとー、そうそう、あちきさんの正体からでしたね。分からない方がどうかと思いますが……」

 娘「あい。すみゃんせん……」

 女「率直に申し上げますと、あなたは天狗なのですよぅ。」

 娘「天狗? あちきが? そうか、それでさっき山で……」

 女「お仲間にでも会ったんです?」



89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:43:24.57 ID:WqfTSFX90

 娘「ヤマヌシ様のご息女がなんとか……」

 女「あーうー……それはまたやんごとなき身分であらせられますねぇ。」

 娘「でも、私はとてもそんな……」

 女「まあ、そんなことはどうでもいいことですよぅ。」

 娘「そうでありんすか?」

 女「記憶を無くして覚えてない事と、記憶を無くしても忘れなかった人の顔、どっちが大事です?」

 娘「そっか……」

 女「おっと、今のは誘導っぽかったですね。失敗失敗、決めるのはあちきさんですよぅ。」



90:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:46:28.13 ID:WqfTSFX90

 女「お仲間と一緒に山に戻れば、たとえ思い出せなくとも不自由はしないと思いますよぅ。」

 娘「不自由はしゃんせんが、後悔はすると思うんす。」

 女「それはいい心がけですねぇ。」

 娘「でも、一体どうすればいいんでありんすか?」

 女「いきなり娶るとか契るとかは言わない方がいいですよぅ。」

 娘「そうでおりんしたか。」

 女「今は心に堰を作っているかと、そこに踏み込むのはまだ早いですよぅ。」



92:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:48:31.90 ID:WqfTSFX90

 女「まずは十分に打ち解けて、それから自分は居なくならないと訴えるのが良いのでは?」

 娘「打ち解けるにはどうするでありんす?」

 女「あちきさんは打算の無いお方とお見受けします。だからそのままでいいと思いますよぅ。」

 娘「そういうものでおざんすか?」

 女「実のところ、結構ぐらついてきていると思いますよぅ。」

 娘「ではもうひと押しということでありんすね。」

 女「それがいけない。まだ手を握ったこともないのでは?」



93:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:50:47.79 ID:WqfTSFX90

 娘「へえ。」

 女「いきなり距離を詰めようとすれば警戒されるってもんです。」

 娘「難しいものでありんすね。」

 女「あの人は自分から遠ざける意味で私を頼るように言ったんだと思います。」

 娘「そんな風には思いんせんでしたが?」

 女「悪意は無いと思いますよぅ。無意識にそうしたものと。」

 女(まあ、頼った先がとんだタヌキだったわけですが)



95:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:53:44.76 ID:WqfTSFX90

 女「とりあえず、仕事や家事のこと何でもかんでも聞くことですかね。」

 娘「何でもいいのでありんすか?」

 女「そう言う話題なら、あの人も答えに困らないし、自然と会話も続きますよぅ。」

 娘「まずは気軽に話ができる仲になるのでありんすね。」

 女「ただし、同じ事を何度も聞くのはだめですよぅ。」

 娘「あい。」

 女「では私はここらでおいとまいたしますですよぅ。」



96:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:55:23.49 ID:WqfTSFX90

 男「なんだ、戻って来たのか? 今日はもう何もないぞ。」

 娘「あのですね、おカミさんが教えてくれたでありんす。」

 男「何をだ?」

 娘「あちきは、天狗だと。」

 男「……そうか、少しでも自分のことがわかって良かったじゃないか。」

 娘「それで……」

 男「うん? まだ何かあるのか?」

 娘「天狗とか関係なく、あちきは精いっぱい頑張るつもりでありんす。」

 男「そ、そうか。」



97:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 21:57:36.00 ID:WqfTSFX90

 娘「ところで、何をなさっているでありんすか? 村人みんなに味噌汁でも?」

 男「そう見えるか……これは風呂を焚いている。」

 娘「フロ?」

 男「湯に浸かって汗を流し、体を洗うのだ。」

 娘「行水みたいなもんで? でも、煮えちまうでありんすよ?」

 男「そこまで熱くはしない。まあ、知らないのなら無理もないだろうな。」



100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:00:54.20 ID:WqfTSFX90

 娘「詳しく教えてくだしゃんすか?」

 男「特に教える事でもないぞ。適度な温度になったらこの中に入るだけだ。」

 娘「やってみてもようざんすか?」

 男「いや、それは大いに問題がある。」

 娘「何が問題なのでありんすか?」

 男「服を着て入るわけではないのだぞ?」

 娘「あちきはそんなことは気に……あ、いきなりは……」



101:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:03:22.89 ID:WqfTSFX90

 娘「あの、うちでもやってみたいので教えちゃくだしゃんせんか?」

 男「それなら構わんぞ。」

 娘「薪はどのくらい用意したらようざんすか?」

 男「あ、そうか、薪がもったいないな……よし、俺は外に出ておくから先に入れ。」

 娘「よろしいので?」

 男「焚いてしまえば2~3人は使えるし、その方が無駄にならんだろう。」

 娘「では、試してみるでありんす。」

 男「俺は外で待っているから、済んだら呼んでくれ。」



102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:07:46.25 ID:WqfTSFX90

 男「ふぅ、今度から風呂も使わせてもらえるようカミさんに頼もうか……」

 娘「あびゃああぁぁぁぁああ!」

 男「!?」

 娘「あちゃ!はひぃぃ!」

 男「おい!どうした!? ……あ! すまん!」

 娘「足が焼けるでありんす!」

 男「なんだと? いや、と、とりあえず隠せ!」



103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:10:10.22 ID:WqfTSFX90

 男「とにかく、体を拭け。水を汲んでくるから、浸けて冷やすんだ。」

 娘「足の裏がぴりぴりで、歩けねえでありんす。」

 男「仕方がない……ちょっと抱えるぞ。」

 娘「片手だけで大丈夫でありんすか?」

 男「そうだった……首に腕をまわしてしっかりつかめ。それでなんとか……」

 娘「すみゃんせん、すみゃんせん。」



106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:12:55.13 ID:WqfTSFX90

 男「…………」

 娘「…………」

 男「だいたい飲み込めた。丸い板が浮いていたはずだが、どうしたのだ?」

 娘「フタですか? 邪魔だったのでそっちへ除けんした。」

 男「あれは底板といって、そのまま踏み沈めて入るものだ。」

 娘「はう……見苦しいところをお見せしゃんした。申し訳ありゃんせん。」

 男「いや、謝るのは俺の方だ。ちゃんと教えておくべきだった。すまない。」



107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:16:13.34 ID:WqfTSFX90

 娘「へ……っくちょ!」

 男「湯冷めか? とりあえず、もう一回入れ。」

 娘「あい。」

 男「ゆっくり温まって今日は早めに休むといい。」

 娘「そうさせてもらうでありんす。」

 男(軽かったな。存外、か弱いということか……)

 娘(この感じ……前にもあったような)

 男(慣れぬ事ばかりで苦労もしているだろうに)



109:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:20:02.62 ID:WqfTSFX90

―――――――――――

 娘「遅くなってもうしわけありゃんせん。朝食を……」

 男「あ、ああ。今しがた起きたところだ。気にしなくていい。」

 娘「その、昨日はどう……」

 男「いらんぞ。」

 娘「はへ?」

 男「昨日のことはもうお互いに謝った。これ以上はきりがない。」

 娘「あい。」

 男「……」

 娘「……」



110:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:23:35.29 ID:WqfTSFX90

 娘「今日は何をするので?」

 男「そうだな、大根を植え替えるとしよう。」

 娘「えーと……とりあえず丸ごと教えてくだしゃんせ。」

 男「種を植えると芽がでる。芽が育つと苗になるな?」

 娘「あい。」

 男「世話がしやすいようにまとめて蒔いてあるから、このままでは窮屈で大きくならん。」

 娘「ふむ。ためになりゃんす。」

 男「十分に葉っぱを伸ばせるように、広い所へ植え替えてやるのだ。」



112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:26:20.55 ID:WqfTSFX90

―――――――――――

 娘「今日は雨が降っていますが、何をするでありんすか?」

 男「休みだな。雨の日は体を休めるのが仕事だ。」

 娘「そういうものざんすか。」

 男「百姓日を欠くな。といってな、雨の日は働けないから、晴れた日を逃してはいかん。」

 娘「雨が上がったらしっかり働けるように、休むんでありんすね。」

 男「そういうことだ。だから今日のところは手伝いもいらんぞ。」

 娘「でしたら、あちきの話を聞いちゃくだしゃんせんか?」

 男「うん、それもいいだろう。」



113:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:29:00.70 ID:WqfTSFX90

 娘「実は……全部思い出しんした。」

 男「そうか、それは良かった。」

 娘「良い事ばかりじゃござんせん。ちょっと複雑な思いでおりんす。」

 男「だが、これで心おきなく帰ることができるな。」

 娘「話は終わっておりんせん。ちゃんと聞いてくだしゃんせ。」

 男「あ、すまない。」

 娘「まだ両手は使えんせんし、放ってはおきゃんせん。」

 男「別に俺の事は……」

 娘「……くだしゃんせ。」

 男「悪かった、続けてくれ。」



114:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:31:31.13 ID:WqfTSFX90

 娘「そもそも、あちきはもう帰るつもりは無いでありんす。」

 男「!?」

 娘「あちきは山の主をしている大天狗の娘なんす。」

 娘「天狗は自惚れ屋で自信家、鼻はいつも高々としておりんすが、あちきはどうにもデキが悪くて失敗ばかり。」

 娘「けれど誰も咎めんせん。お父上の威光でありんすね。」

 娘「そんなところへ帰っても、あちきをあちきと扱う人はおりんせん、山主の娘として扱われるだけ。」

 娘「貴方はあちきを叱ってくれんした。いろんなことを教えてくれんした。」

 娘「だから、いろんなことが自分でできるようになりんした。」



115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:33:51.81 ID:WqfTSFX90

 娘「もっともっと沢山のことを習わせておくんなんし。」

 男「悪いが、それはできない……」

 娘「あちきがドジでトンマだからでありんすか?」

 男「お前さんは何も悪くない。俺の問題だ。」

 娘「あちきはどこにも行きゃんせん!」

 男「お前さん、もしや……」

 娘「おカミさんから聞いております。あちき、いえ、私は勝手に消えたりいたしません。」



117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:36:44.38 ID:WqfTSFX90

 娘「最初は単に一目惚れでした。以前、山犬を助けたことがありますね?」

 男「そんなこともあったかな。」

 娘「あれは私の化生としての姿でした。その時にお顔を覚えて慕い続けていたのでございます。」

 男「一時の気の迷いのようなものだろう。」

 娘「そうかもしれません。そして、再会を果たした時……」

 男「再会?」

 娘「あの日、私が落ちて来た時がそうです。」



118:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:39:33.06 ID:WqfTSFX90

 娘「何もかも忘れてしまっていましたが、貴方の顔だけは忘れませんでした。」

 娘「なぜそんな気持ちを抱いているのかもわからないのに、馬鹿な事を言ったと今は思います。」

 娘「それから貴方と過ごしてきた毎日は、とても素敵なものでした。」

 娘「一目惚れだったころの想いを、新しく塗り替えるのに十分なものでした。」

 娘「私は三合目の登山口から登り始めたのかもしれません。ですが、一合目からでも登り詰めていたはずです。」

 娘「これは、すべて思い出した今だからこそ言えることでございます。」



119:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 22:41:55.39 ID:WqfTSFX90

 娘「……あちきの話は以上でありんす。あとは煮るなり焼くなりしてくだしゃんせ。」

 男「あとは俺の意見に従うということか?」

 娘「それはわかりゃんせん。あちきはデキが悪いでおざんすから。」

 男「しばらく時間をくれないか?」

 娘「あい。あちきの言いたいことは全部伝えんした。いくらでも待つでありんす。」

 男「……すまない。」

 娘「その間も、今まで通り手伝いに来るのは別に構いんせんね?」

 男「あ、ああ。」



126:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:02:49.63 ID:WqfTSFX90

 女「傘も差さずに何してんのさ?」

 娘「あ、いえ、家に戻るところでありんす。」

 女「泣いてる? アンタ泣いてんの? だから傘も差さずに?」

 娘「あちきは早まってしまったのかもしりゃんせん。」

 女「いやいや、全部思い出した上であの啖呵なら立派なもんさ。」

 娘「!」

 女「はしたないとは思ったけどさ、盗み聞きさせてもらっちゃった。」

 娘「こっ恥ずかしいでありんす。」

 女「誰にも言いやしないよ。傘、貸したげるから早く帰りな。アタシも後で行くからさ。」



127:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:04:09.06 ID:WqfTSFX90

 女「はーいー……どうもお邪魔さんですよぅ。」

 娘「すみゃんせん。あちきはやっぱり早まってしまったと思うんす。」

 女「へーえー、そう思うですか。」

 娘「おカミさんに助言をもらっていながら……なんだか焦ってしまって。」

 女「落ち着きがないですねえ。私があちきさんを罵倒しにきたと思ってますか?」

 娘「そうは思いんせん。が、何をしに来たのかはわかりゃんせん。」

 女「褒めてあげようと思ったのですよぅ。よーく頑張りました。」

 娘「あ、あい……」

 女「泣かない泣かない。えへへ、しばらくはここに居てあげますよぅ。」



129:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:12:34.90 ID:WqfTSFX90

―――――――――――

 男「今日は大根の間引きに行くぞ。」

 娘「間引きでありんすか?」

 男「以前に苗を植え替えたな?」

 娘「あい。」

 男「植え替えた苗の集まりから、発育の良いものだけ残して周りのものを抜く。」

 娘「抜いてしまうでありんすか。」

 男「そうしなければ全部がやせ細ってしまうからな。」

 娘「仕方がないのでありんすね……」



132:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:18:34.57 ID:WqfTSFX90

 男「抜いたものはここに集めておいてくれ。」

 娘「あい……なんだか可哀想でありんすね。」

 男「そう思うか。」

 娘「菜っ葉に言うのも変かもしりゃんせんが、この子らはあちきと同じに思えるんす。」

 男「…………」

 娘「でも、落ちこぼれのあちきなんかと一緒にされたら、怒っちまうかもしりゃんせんね。」

 男「怒る? どうしてだ?」

 娘「この子らはちょっと丈が小さいか、葉っぱが少ないだけで、ホントの落ちこぼれではないんす。」



133:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:24:06.68 ID:WqfTSFX90

 男「そんな風に考えるのは良くないぞ。」

 娘「へぇ。」

 男「それに、俺は落ちこぼれだとは思っておらん。もちろんお前さんの事もな。」

 娘「ありがとうござんす。嘘でも嬉しいでありんす。」

 男「嘘ではないのだが、な……」



134:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:30:14.09 ID:WqfTSFX90

 男「よし、これで全部だな。」

 娘「なんだか殺風景になってしまいんした。」

 男「今日の夕餉は用意しなくていいぞ。俺がやる。」

 娘「では、あちきは?」

 男「戻って一休みしてから来るといい。久々に腕を振るおう。」

 娘「大丈夫でありんすか?」

 男「ああ、楽しみにしていてくれ。」



136:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:36:53.25 ID:WqfTSFX90

 娘「おこんばんは。ご相伴にあずかりに来んした。」

 男「いまできたところだ。上がってくれ。」

 娘「へえ、では失礼して。」

 男・娘「「いただきます。」」

 娘「やわっこくて美味しいですね。これは何でありんすか?」

 男「これは間引き菜だ。」

 娘「まびきな?」



138:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:42:25.70 ID:WqfTSFX90

 男「今日採っただろう?」

 娘「というと、大根の苗っ子さんでありんすか?」

 男「大根として収穫してやることはできないが、これも立派な野菜だ。」

 娘「可哀想だなんて、あちきはこの子らに申し訳ないこと言ってしまったでありんすね。」

 男「そして、これを食べられるのは育てている者だけだ。特権と言ってもいいな。」

 娘「確かに。」

 男「そう考えると、とても贅沢なことじゃないか。」

 娘「またひとつ賢くなりんした。」


※今は普通に売られているらしい。置いてるとこ見たことないけど



140:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:48:13.03 ID:WqfTSFX90

 男「食べながらでいいから、聞いてくれ。」

 娘「ふあい。」

 男「お前さんは今日、これを自分と同じだと言った。」

 男「確かに大根にはなれなかったかもしれん。だが、こうやってありがたく食べてもらえる。」

 男「そのことは何ら恥じることじゃない。むしろこれを食べる事は贅沢なんだ。誇ってもいいと思う。」

 男「だから、お前さんも……えーと、その、何と言うか……」



141:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/28(金) 23:50:21.28 ID:WqfTSFX90

 女「ったく、見てらんないぜ。お邪魔するよ!」

 男「!?」

 娘「!?」

 女「こんな可愛い子つかまえて、大根だの間引き菜だのなんてぇ喩えだい!このスカタン!」

 娘「おカミさん……いつから!?」

 女「いただきます~からね。」

 男「あんまり褒められた趣味ではないですよ。」

 女「アンタがいつまでもウジウジしてるからだよ。」



145:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:00:53.13 ID:eTH2X77c0

 女「要するに、背伸びなんかしなくたって、俺が美味しくいただいてやるから安心しろ。でしょ?」

 男「んなっ!?」

 女「違う? 違うの? どこが違うって言うのさ?」

 男「俺はただ、もう少し自信を持ってもいいんじゃないかと……」

 女「だとさ。これからは自信をもって押し掛け女房するといいよ。」

 娘「えへへ……」

 男「なぜそうなる……」

 女「じゃ、アタシはこれで。」



147:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:06:59.34 ID:eTH2X77c0

 娘「……すごい人ですよね。」

 男「悪い人では無いんだがな。」

 娘「旦那さんの苦労がしのばれんすね。」

 男「いや、あれでも評判のおしどり夫婦でな。実は子供も二人いる。」

 娘「…………」

 男「…………」

 女「あーのー……言い忘れてましたよぅ。仲人には是非……」

 男「帰れ!!」



148:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:14:34.35 ID:eTH2X77c0

 娘「今度こそ、帰ったようでありんす。」

 男「まったく……あの人は……」

 娘「……あちきは居てもいいのでありんすね?」

 男「そうだ。だが、さっきおカミさんが言ったようなことは、まだわからん。」

 娘「今はそれで十分でおざんす。」

 男「だから、その先のことは、二人で考えて行こうと思う。それでいいか?」

 娘「あい。」



150:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:21:18.43 ID:eTH2X77c0

―――――――――――

 娘「今日はどうされんした? 調子が悪そうでありんす。」

 男「実は昨夜、寝付けなかった。ここのところ毎晩なのだが……」

 娘「何かあったのでありんすか?」

 男「夜中に木を切る音が聞こえて来てな。」

 娘「妙なこともあるもんですね。近くに林などありゃんせんよ?」

 男「そうなのだ、なのに木が倒れる音はだんだんと近付いて来るのだ。」

 娘「それは気が気では無かったでありゃんしょ……あ!」

 男「なんだ?」



151:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:27:07.03 ID:eTH2X77c0

 娘「それは天狗倒しというやつでありんす。」

 男「天狗の仕業なら、どうする事も出来んな。」

 娘「今晩あちきを泊めちゃくだしゃんせんか?」

 男「なんとかできるのか?」

 娘「あちきも天狗のはしくれでありんす。」

 男「そうだったな。」

 娘「少々頼りないかもしりゃんせんが……」



153:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:33:30.59 ID:eTH2X77c0

―――――――――――

 男「今夜も始まったようだ。」

 娘「ええ、まだ遠くからですが、聞こえておりんす。」

 男「あの音がだんだんと近付いて来るのだ。」

 娘「また一本倒れんしたね。それに少し近くなりんした。」

 男「俺の事を見損なうかもしれんが、今夜はお前さんがいてくれて、とても心強い。」

 娘「よしてくだしゃんせ。あちきにだってどうにかできるかはまだ……」

 男「だが、心強いというのは本心からだ。」



155:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:39:29.82 ID:eTH2X77c0

 娘「いよいよかと思いんしたが、音が止みゃんしたね。」

 男「何かしたのか?」

 娘「まだ何も。というか、止めるための策があるわけじゃござんせん。」

 男「考えがあったわけではないのか?」

 娘「本人と直接話をして、やめてもらおうかかかかとととと……」

 男「!」

 娘「?」

 男「今、揺れなかったか?」

 娘「へえ、風ではなさそうでありんすね。」



156:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:46:14.85 ID:eTH2X77c0

 男「では、地震か。こんなときに……」

 娘「いえ、おそらくこれれれれれれもももももも……」

 男「大きいぞ! ……危ない!」

 娘「ふえ? ……ひゃん!」

 男「棚が落ちて来たのだ。大丈夫だ、重いものは載せていなかった。」

 娘「ありがとうござんした。でも……ちと苦しいでありんす。」

 男「ああ、すまん。」



158:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:52:18.31 ID:eTH2X77c0

 男「これも、天狗の仕業なのか?」

 娘「あい。天狗の揺さぶりというやつでありんす。」

 男「火事になってはいかん、今のうちに灯りを消すぞ。」

 娘「真っ暗だと流石に怖いでありんすね……お手を拝借してもようざんすか?」

 男「いいぞ。実のところ俺も怖い。」

 娘「えへへ、雨降ってなんとやらでありんすね。」

 男「そんな場合ではないだろう?」



160:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 00:56:03.35 ID:eTH2X77c0

 男「今度は何だ? 外に明かりが見える。提灯か?」

 娘「御燈でありんす。」

 男「みあかし?」

 娘「どうやらあちきに用があるみたいでありんすね。」

 男「どうする?」

 娘「ちょっと行って来んす。ここを動かねえでくだしゃんせ。それからあの灯は見んように。」

 男「大丈夫……なんだな?」

 娘「あい。」



161:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:00:31.38 ID:eTH2X77c0

―――――――――――

 娘「戻りゃんした。」

 男「どうだった?」

 娘「山からの使いの者だったようなんす。」

 男「なんと言っていたのだ?」

 娘「詳しい事は明日にしゃんせんか?」

 男「その方がいいのなら、そうしよう。」

 娘「今夜のところは、もう心配は無用でありんす。安心して休んでおくんなんし。」

 男「わかった。」



163:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:06:25.88 ID:eTH2X77c0

―――――――――――

 娘「おはようござんす。」

 男「ああ、おはよう。その身なりを見るのは久しぶりだな。」

 娘「あい。こっちに住んでからというもの、袖を通してはおりんせんでした。」

 男「昨日の事に何か関係があるのだな。」

 娘「あい。ちっくと。」

 男「窮屈な話になるのかな?」

 娘「それほどでもありゃんせん。」



165:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:12:45.95 ID:eTH2X77c0

 娘「山の主、つまりはあちきのお父上が怒っているそうなんす。」

 娘「それで、あちきを呼び出すために怪異を起こしていたのでありんす。」

 男「山に戻れと言われたのか。」

 娘「あい。従わねえ場合、今度はつぶてを降らすと言っておりんした。」

 男「つぶて? 石ころか?」

 娘「へえ、雨の代わりにつぶてを降らすんです。おそらく作物は全滅でありんす。」

 男「…………」

 娘「…………」



167:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:18:31.35 ID:eTH2X77c0

 娘「一緒に植えた芋が収穫できないのは嫌だと思いんせんか?」

 男「山に戻ると言うのか? だが、それでは……」

 娘「あちきはどこにも行きゃんせん!」

 娘「ですが、一度だけ山へ行って来んす。」

 男「一時的に戻るということか?」

 娘「あちきの戻る場所はこっちでありんす。山へは行ってくるだけなんざんす。」

 男「そうか……そうだな。」

 娘「こんないけ好かねえやり方をするお父上を説き伏せたらすぐに戻りんす。」

 男「じゃあ、俺は待っていればいいんだな?」

 娘「あい。待っていておくんなんし。」



168:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:24:31.25 ID:eTH2X77c0

 娘「とは言え、少し心細いでありんす。」

 男「なにかできる事はあるか?」

 娘「一緒に……お空の散歩につきあってはくだしゃんせんか?」

 男「俺は羽根など生えておらん。」

 娘「あちきが抱えて飛ぶでありんす。貴方はこの羽団扇を。」

 男「途中で落としたりしてくれるなよ?」

 娘「あい。では、行きなんしぇ。」

 娘「アビラウンケン ソワカ!」



170:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:30:32.28 ID:eTH2X77c0

―――――――――――

 女「精が出ますねえ。もう左手は大丈夫なんです?」

 男「ようやくくっ付いたというところかな。」

 女「それは重畳ですねえ。」

 男「使わずにいたから、随分と細ってしまった。本調子には遠いな。」

 女「あんまり無茶をしてはいけませんよぅ。」

 男「わかっては居るが、ただ待つだけというのは苦手で……」

 女「左手以外も、快方に向かってるようですねえ。」



171:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:36:31.13 ID:eTH2X77c0

―――――――――――

 男「そろそろ芋も肥えて来たな。」

 娘「…ゎぁぁぁぁ……ぁああああ!!!」

 男「ん?」

 娘「えひゃい!!」

 男「ぐえっ!」



174:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:42:31.45 ID:eTH2X77c0

 娘「ああ、またやってしまった。」

 男「お前さん……まさか、また?」

 娘「ご心配なく。今度は忘れちゃおりんせん。」

 男「そうか、それは良かった。」

 娘「それよりも、体の方は何ともありゃんせんか?」

 男「うむ、今回は本当に大丈夫そうだ。」

 娘「そうざんすか、それは良うござんした。」



175:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:48:35.21 ID:eTH2X77c0

 男「どうだった?」

 娘「あい。お父上は山ん引っ込み詰めで、すっかり了見が狭くなっておりんした。」

 男「うまく行ったのかな?」

 娘「少々手こずりんしたが、すっかり考えを改めしゃんしたよ。」

 男「良く戻ってきてくれた。」

 娘「あの、笑わねえで答えてくだしゃんすか?」

 男「約束はできんが、努力はしよう。」

 娘「あちきは……何でありんすか?」

 男「そう来るか……では、聞いて驚くな。お前さんは俺の―…」


――――――――――――――――――――おわり



176:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:51:33.60 ID:RlbYgoLd0

後1レス欲しかった



177:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:52:05.20 ID:gaG6l5ay0


まだかいてもいいのよ?



178:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:53:38.21 ID:eTH2X77c0

以上になります。はい。
お付き合いどうもでした。

>>176 >>177
即興とか無理だし




179:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:53:58.78 ID:PnnBcMbi0

乙でした
やっぱり女の子可愛いな



180:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 01:55:28.93 ID:hjRPps4m0

おつ、よかった



182:1:2011/10/29(土) 02:04:02.87 ID:/uPHXYVe0

またさるかよ!
今回キツいな

特定されてるぽいが、一応補足
妖狐「また人間騙して遊ぼうぜ。」化狸「えー…またですか?」の数年後を舞台にしてみた。
でも↑を知らなくても本筋には関係ないです。



185:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/29(土) 02:11:18.76 ID:eTH2X77c0

あ、あっちの「男」とこっちの「男」は別人だからね。



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         コメント一覧 (15)

          • 1. 名無し
          • 2011年10月29日 15:40
          • 1なら第一志望合格する
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年10月29日 16:16
          • ※1そういうこと書き込んでるやつは普通に落ちるから安心しろ
          • 3. 名無し
          • 2011年10月29日 16:20
          • 4 新しい感じで読めた
            個人的には結構サバサバしてて楽しめました
          • 4. 名無し
          • 2011年10月29日 16:52
          • ※1 おめでとう
          • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年10月29日 16:52
          • しゃべり方が独特でおもしろいな
            天狗の子がどうも東方のあの子で脳内再生される
          • 6.  
          • 2011年10月29日 17:03
          • 確かにかなり読みヅラかったです。
          • 7. 名無しさん
          • 2011年10月29日 18:05
          • おかみさんが前作の狸と狐か。
          • 8. 名無し
          • 2011年10月29日 21:56
          • なかなかにようござんした
            前作も読んでみるでありんす
          • 9. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年10月29日 23:44
          • 女さんのキャラがいいと思いつつ、どこかで聞いたとおもったら・・・
            なるほどね
          • 10. 名無し
          • 2011年10月29日 23:57
          • えひゃい!がかわいかった
          • 11. 名無し
          • 2011年10月30日 02:52
          • 遊女みたいな喋り方だな
          • 12. 名無し
          • 2011年10月30日 03:32
          • こういう話は好きでありんす
          • 13. 名無し
          • 2011年10月30日 11:54
          • 4 13なら1の合格取り消し
          • 14. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年10月30日 21:45
          • やっぱりそうだったか
          • 15. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月07日 15:29
          • 鬼の話の2作もまとめて欲しいな
            まあ、暇Pのところで見れるけど

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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