梓「さくら舞い散る…」
春。
始まりの季節であり終わりの季節でもある。
私にとって春とは、終わりの季節だ。
梓「変わらないな…」
高校の帰り道にある一本の大きな桜の木。
今は桜が満開で、花びらが雪のように舞い散っている。
私は桜の木の下へ行き、座った。
そして、ひたすら待ち続ける。
この季節になると私が欠かせず行ってきた、行事とも言うべき行為。
桜の花びらを手に取り、目を閉じてみる。
そうすれば、あの人……私の大事なあの人との記憶がよみがえる…。
……
梓「練習しましょうよ!」
律「もうちょっと…」
唯「休んでから…」
梓「はあ…」
私は軽音部に入った。
小さいころからギターをやっていたし、それに新歓ライブでとても感動したので入ることを決意したのだ。
だけど、入ってみれば練習はしないし、お茶会はするし、変な顧問の先生はいるし…でとても大変だった。
この人は澪先輩。
私と同じくまじめな性格で、ちゃんと練習させようとするとてもいい先輩だ。
律「そうは言っても、面倒くさいんだよ~」
この人は律先輩。
ガサツで大雑把な先輩だ。
部長なのに全く練習しようとしない…困った人である。
紬「まあまあ」
この人はムギ先輩。
おっとりしててとても優しい。
だけど、このティータイムを作った元凶である。
律「まーた始まった。唯!」
唯「らじゃっ!」
唯「あずにゃん!」
梓「なんですか!?私は今……」
唯「ぎゅーっ」
梓「あうっ…」
この人は唯先輩。
あずにゃんというこの人にしか考え付かないようなあだ名をつけた張本人である。
しかも私にスキンシップと称して抱きついてくる困った人である。
……でも抱きつかれるとホワワーンとするので嫌いではない。
梓「熱くなってしまってすみませんでした…」
唯「いいのいいの!あずにゃんかわいいから!」
澪「ごめんな?先輩達がこんなだらしなくて」
梓「いえ…もう大丈夫です」
澪「そっか」
澪先輩はやさしくて大人って感じのする先輩だ。
私の憧れの先輩でもある。
こういう人がお姉ちゃんだったらいいのに…
律「なんだよ…梓は澪にべったりだな」
唯「!」
梓「そ、そういうわけじゃ…」
律「ははは、照れちゃって~」
澪「お前が変なこと言うからだろ!」
唯「……」
梓「練習ですね!」
律「帰るか!」
梓「なんで!?」
澪「今日は私、用事があって…」
梓「そうなんですか…それじゃあ仕方ないです」
律「何この私との違いは…」
紬「あらあら」
……
唯「ねえねえあずにゃん!」
梓「なんですか?」
唯「あずにゃんは好きな食べ物とかあるの?」
梓「私は…甘いものなら何でも…」
唯「とくに好きなのは?」
梓「タイ焼きです!!」フンスッ
唯「そ、即答だね…」
こうして二人で帰るのも、恒例になっている。
唯先輩という人は私が今まで出会ったことのない、不思議な人だ。
練習はあまりしてないし、すぐだらけてしまう。
同じギターの奏者としてそのふまじめな態度が許せない…
それでも、どこか憎めないところがあるのだ。
この人がいるだけで周りが柔らかくなってしまう…本当に不思議な人だ。
梓「ダメですよ…今日だっていっぱい食べたじゃないですか」
唯「それとこれとは別なんです!」
梓「太っても知りませんよ?」
唯「私、いくら食べても体重増えないんだよ!」
梓「うらやましすぎる!」
唯「あれ?言ってなかったっけ」
梓「初耳です…」
私にとっては嫌がらせの何物でもないその言葉…
さらに屈託のない笑顔が嫌味さを増してくる…
それでもかわいいから許されてしまうのが唯先輩のいいところなのだ……多分。
唯「あれ?ダイエット中なの?」
梓「ぶ、部活にはいってからムギ先輩のお菓子食べるようになって…これじゃいけないと思って…」
唯「大丈夫だよ~。あずにゃんは十分痩せてるよ?」
梓「いいんです!」
しばらくしてタイ焼き屋さんを見つけて唯先輩と私は買いに行った。
ここのタイ焼きはあんこがちゃんとしっぽまで入っている素晴らしいタイ焼きだ。唯先輩はお目が高い。
しっぽまであんこが入ってないタイ焼きでは私は満足しない。
若い乙女は欲張りたい年頃なのだ。
唯「はい、あずにゃん」
私がタイ焼きに思いをはせていると、唯先輩がタイ焼きを差し出した。
まさか私の分まで買ってるなんて…あんなに言ったのに…
唯「ほぉら!遠慮しないで!はい!」
そこまで言われると断るに断れない。
あ~んと差し出されたタイ焼きを私はパクンと咥えた。
梓「……」ホワーン
唯「おいしい?」
梓「……」コクン
唯「えへへっ、よかった!」
唯「いいよ。これは私のおごり!」
梓「で、でも…」
唯「こういうときは先輩を立てなきゃだよ?あずにゃん」
梓「は、はい」
この人はやさしいだけじゃない…
その器の大きさが、人々を笑顔にさせるのだろう……多分。
唯「あーおいしかった!」
梓「おいしかったです」
唯「あっ!あずにゃん、口にあんこついてる」
梓「えっ?どこですか?」
そう言うとハンカチを取り出し拭いてくれた。
私は他人にやさしくされるなんてことに慣れていなかった。
人にやさしくされることにどこか恥ずかしさを覚えるからだ。
そんな私にやさしくしてくれる唯先輩に私は素直になれなかった。
梓「は、恥ずかしいです!」バッ
そう言って唯先輩の手を振り払ってしまった。
唯「あっ…ごめんね」
唯先輩は何も悪くない。
悪いのは私なのだ。
梓「す、すみません…」
唯「う、うん…」
梓「……」
唯「……」
気まずい…
ここは事の発端を作った私がどうにかしないとダメだ。
でもどう切り出したらいいかわからなかった。
唯「……あずにゃん!」
梓「へっ?」
そうこう悩んでるうちに唯先輩が小指を突き出してきた。
唯「はい!指きりげんまん!」
梓「えっ…」
唯「もうあずにゃんの嫌がることはしないって約束するから!」
梓「は、はい…」
だけど…本当は私が切り出すべきだったのに…
それに、さっきのは別に嫌じゃなかったのに…
それが言いだせないのは私がまだ子供だということだ。
唯「はい!仲直り!」
梓「す、すみません…」
唯「もういいんだってば」
梓「でも…」
唯「…よし!」
私が反応に困っていると唯先輩は私の手を握りだした。
あたたかい…それが私の最初の印象だった。
唯「今日は手をつないで帰ろうよ」
梓「は、恥ずかしいですよ…」
唯「大丈夫!手を握ればね、その人と仲良くなれる!って私は思うんだ!」
唯先輩の超絶理論で私たちは手をつないだ。
傍目からみたら仲良しな姉妹か友達に見えるだろう。
だけど私は…違う気持ちを抱いていた。
唯「へへへ~!あずにゃんと手をつないで帰れるよ~!」
梓「うぅ…///」
この人は億劫もなく恥ずかしい言葉をかけてくる。
それが唯先輩の特技なのだ。
結局、私と唯先輩は手をつないだまま家路についた。
思えば、これが始まりだったのかもしれない。
……
律「合宿するぞっ!」
夏真っ盛りでとても蒸し暑いときに律先輩が大声で宣言した。
正直うるさいのでもう少しボリュームを下げてほしい。
唯「今度もムギちゃんの別荘なの?」
律「そう…だよね?」
紬「ええ、大丈夫よ」
澪「ちゃんと聞いとけ!」ゴスン
律「あうっ!」
澪先輩のゲンコツが律先輩にクリティカルヒットした。
まあ、いつもの光景だ。
唯「楽しいよ!海で泳いだり、花火したり、いろいろするんだよ!」
梓「練習はしないんですか?」
唯「する…よ?」
何とも頼りない返事である。
合宿とは名ばかりで、実際はただ遊びに行くだけなんじゃないのか?
この軽音部にはありうる……
梓「ちゃんと練習しましょうね!」
唯律「うーい」
何ともやる気のない返事である。
この二人はもとから遊ぶつもりなのだろう。
澪「まあ、息抜きも必要じゃないか」
梓「そうですね…」
紬「あらあら」
こうして不安で胸いっぱいのまま合宿することになったのだ。
梓「……」
でけーー!
何?やっぱりムギ先輩はお嬢様なの?
私と住んでる世界が違いすぎるだろ!
紬「ごめんなさいね?前言ってた一番大きい別荘は今年も無理だったの…」
これより大きいって…私の家より大きいんじゃないのか?
ムギ先輩のお嬢様度は私の予想のはるか上だった。
不本意な私をよそに、思いっきりはしゃぐ先輩達。
行く前からわかってたことだったけど、やっぱりこの部活は練習しない。
こんなんじゃダメだ…と、わかっていてもこのスタイルを受け入れた以上は私も慣れないといけない。
唯「あずにゃ~ん!」
律「いっしょに遊ぼうぜ!」
梓「結構です…」
律「あれれ~。梓ちゃんは運動が苦手なのかな~?」
梓「そ、そんなことないです!やってやるです!」
まんまと挑発に乗った私は、身体が真っ黒になるまで遊んでしまった。
……まあ、楽しかったからいいけど。
そのあと、バーベキューしたり、花火をしたり、肝試しをしたり……
思いっきり合宿を満喫してしまった。
夜、トイレに行った帰りに電気がついている部屋を見つけた。
みなさんは眠りについているので誰もいないはずである。
おそるおそる中をのぞいてみると……そこには唯先輩がいた。
どうやら一人で練習をしているようだった。
いつも練習しないでだらけてる先輩だったのに…
それでもちゃんと練習していたのだ。
唯「本当にいいの?私の練習に付き合って」
梓「いいんですよ。私も前から唯先輩とあわせてみたかったんです」
唯「えへへっ、そっか~」
私は唯先輩の練習に参加させてもらうことにした。
ギターの先輩として、教えられるところは教えたかったのだ。
でも……唯先輩と二人っきりで練習することがなんだか楽しみだったからという理由もある。
そう言ってジャカジャカと弾く唯先輩だったが途中でつまってしまった。
唯「あうー、ダメだ!」
梓「こうですよ」ジャカジャカ
唯「うーん……やっぱあずにゃんってすごいね」
梓「ほ、ほめても何も出ませんよ!///」
唯「ただほめただけだよー」
梓「ま、まずはゆっくり弾いてみたらいいんですよ」
唯「おぉ!わかった!」
もう一回やってみると今度は上手くいった。
やはり唯先輩は呑み込みが早い。
もとからギターの才能があったんじゃないだろうかと思うぐらいだ。
唯「できたっ!」
梓「よかったですね」
梓「そ、そんな…」
唯「あずにゃ~ん!」
そう言うと唯先輩が私に飛び込んできた。
私はなにも抵抗できずそのまま唯先輩と一緒にバタリと倒れた。
これも唯先輩なりの感謝の方法なのだ。
唯「えへへへっ」
梓「ゆ、唯先輩……」
……でも、この体勢はまずいんじゃないのか。
女同士とはいえ、こんな抱き合って倒れるなんて……
いやでも想像してしまう。
唯「……」
私が苦しいと訴えても唯先輩は放そうとはしない。
逆にきつく抱きしめられる。
唯「ねえ、あずにゃん」
梓「は、はい……」
唯「あずにゃんは……女同士の恋はどう思う?」
それは突然の質問だった。
女同士の恋……それは世間体的にみればいけないとみなされてしまう。
でも、それは個人の自由だから私は特に否定したりしない。
質問自体は別にむずかしくないけど…それよりも問題なのは、この状況で唯先輩が聞いてきたことである。
これはつまり……そういうことなんだろう。
梓「わ、私は……その……」
唯「……」
梓「別に……いいと思います…けど……」
唯「……そうかぁ」
このあと唯先輩は何も聞いてこず、そのまま放してしまった。
そして、今日はもう遅いからと解散した。
その時の唯先輩の顔は、いつもと変わらなかった。
寝床に着いても私は眠れなかった。
まだ胸の高鳴りがおさまらない。
今日の夜の出来事を思い返してみる。
唯先輩の質問の意味はどういうことだったんだろう…
考えなくてもわかってしまうのだが…どこか信じたくなかった。
唯先輩はただの先輩……今までそうだったのに……
考えていくうちに意識がなくなっていった。
合宿後、私たち軽音部の集大成である文化祭のライブが間近に迫っていた。
去年は澪先輩がおパンツをお披露目したりしていろいろ大変だったようだ。
そして今度のライブは私にとって初めてのライブとなる。
唯「楽しみだね、あずにゃん!」
梓「は、はい…」
あれ以来、唯先輩を見てしまうと意識してしまうようになった。
あれで意識しないのはよほどの鈍感野郎だけだ。
ただ、唯先輩との関係は変わらずにそのままだった。
律「あともう少しだからな!みんな気合い入れてけよ!」
澪「風邪ひいたお前が言うな!」
唯「あははっ…へっきしっ!」
梓「だ、大丈夫ですか?」
紬「風邪がうつっちゃったのかな」
律「えっ、うそ…」
澪「律、お前がうつしたんじゃ…」
唯「そ、そんなことないよ!本当に大丈夫だから!」
そうは言うけど……顔色は良くない…
とても心配だ。
唯先輩が風邪をひいたらダメだ。
せっかくの軽音部のライブなんだから、みなさんとやりたい。
一人でも欠けたらライブをやる意味がない。
唯「おぅ!任せておきなさい!」
そう唯先輩は意気込んでいたが、結局風邪をひいてしまった。
なんとも唯先輩らしい結果である。
憂は心配で心配で仕方ないという感じだった。
私も……心配はしている。
澪「梓もリードに慣れてきたな」
梓「はい…」
律「この調子で頑張るか…」
風邪で休んでいる唯先輩の代わりに、私がリードギターの練習をすることになった。
あくまで唯先輩にもしものことがあった時のためである。
でも、本当ならこの役目は唯先輩なのだ。
唯先輩ができないなら…辞退した方が……
ガチャ
唯「やっほ~」
澪「唯!」
律「風邪は治ったのか!?」
唯「う、うん…なんか治ったみたいな……」
紬「でもよかった!」
梓「はい!これで文化祭にも間に合います!」
律「なんだよ…今軽音部の結束を深めてるから邪魔しないでよ」
さわ子「なんで唯ちゃんは一年生の上履きしてるの?」
澪「え?あっ」
唯「しまっ…」
さわ子「それに…おっぱいの大きさも違うような…」
唯「あわわわわ……」
さわ子「わかった!あなた憂ちゃんでしょ!」
唯「あ、えと、その…………はい…」
さわ子先生の名推理によりこの唯先輩は憂であることが分かった。
いくらなんでも似すぎだ。
律先輩達でもわからなかったぐらいの変装だった。
……私もわからなかったのが何だか悔しい。
憂「ごめんね梓ちゃん。お姉ちゃん見てたらいてもたってもいられなくなって……」
梓「いいんだよ……憂」
澪「で、唯の様子はどうなんだ?」
憂「調子はまだ悪そうで……」
紬「そう……」
律「まったく…やる気が感じられんな!」
澪「お前の風邪も原因だ!」ゴスン
律「な、なんで?」サスサス
梓「……」
結局、唯先輩が来てくれるという私の期待はすぐに消えてしまった。
なんで…なんでこんな時に限って唯先輩はいないんだろう。
いつもだったら不安な私たちを元気づけてくれるのに…
なんで……こんなときに……
ガチャ
唯「やっほ~」
いいよいいよ~
律「うおっ!デジャブだ!」
梓「せんぱいっ!」
唯「あずにゃん、やっほー」
澪「大丈夫か?風邪は治ったのか?」
唯「うん!なんだか元気になっててね…それで…」
唯「へっきしっ!」
律「ぬおわっ!?きたねぇ…」
憂「はい、お姉ちゃん」
唯「チーン!」
澪「あ、梓、ちょっと落ち着け…」
唯「だ、大丈夫だって…ば……」ドサッ
憂「お姉ちゃん!?」
梓「せんぱいっ!?」
唯先輩は倒れてしまった。
無理してここまで来たのだ。
こんなにひどくなってるなんて…想像できなかった。
律「このままじゃ風邪治んないぞ…」
紬「唯ちゃん……」
唯「ごめんね……やっぱり風邪治んないや…」
梓「唯先輩……」
唯「あずにゃん…ギターは任せたよ…」
梓「!」
梓「ダメです!!」
澪「梓…」
梓「唯先輩も…唯先輩も一緒じゃなきゃダメなんですよ!」
つい本音が出てしまった。
唯先輩がいないバンドなどやる意味がない。
それほどに私の中の唯先輩は大きくなっているのだ。
唯「あずにゃん…」
梓「約束してください」
唯「えっ…?」
梓「必ず、文化祭までに風邪を治すって…約束してください!」
唯「うん…」
唯「あずにゃん…」
私たちが約束するときの定番、指きりげんまんだ。
梓「絶対に治してくださいよ?」
唯「うん…わかった…!」
澪「……梓も成長したな」
紬「うん、私もそう思う!」
律「それを澪が言うかぁ?」
澪「う、うるさいっ!」
そのあと、文化祭当日は約束通りに唯先輩の風邪が治ってみんなそろった。
だけど、唯先輩がギターをお家に忘れてしまい、取りに戻るというハプニングがあった。
それでも唯先輩はライブの途中に間に合って、文化祭のライブは成功という形に終わった。
そのときの唯先輩は…とても輝いていた。
律「それじゃあ文化祭のライブ成功を祝って……」
「かんぱーいっ!!」
文化祭終了後、唯先輩のお家でライブの打ち上げをすることになった。
お家に着くと、憂が既にごちそうを作っていたようで、改めて憂の凄さを感じた。
律「いやぁー、一時はどうなることかと思ったけど、無事に成功してよかったな!」
紬「そうだねー」
律「唯もよく頑張ったよ!えらいっ!」
澪「そうだな」
唯「えへへっ。そうかなぁ」
本当にそうだ。
唯先輩はなんだかんだいって約束はキチンと守る。
いつもはだらけてるけど……やるときはやる……。
そんな唯先輩を私はとても尊敬している。
支援
律「今日はお泊りしていいの?」
憂「はい!明日も休みですし…」
澪「じゃあお言葉に甘えて…」
唯「わーい!みんなでお泊りだ!」
子供みたいにはしゃぐ唯先輩。
正直かわいい。
支援
夜、ライブの疲れからか皆さんはすぐに眠りに就いた。
しかし、私はまだ眠れなかった。
ライブの終わった後の余韻がまだ頭の中に残っている。
なかなか眠りに就けないので、夜風に当たろうとベランダに出てみた。
すると、さっきまで寝床にいたはずの唯先輩がそこにいた。
唯「あ、あずにゃん!どうしたの?」
梓「なかなか眠りに就けないので、夜風に当たろうかなと思って…」
唯「私もなんだか眠れないんだ…ちょっとお話ししようよ」
梓「はい…」
私と唯先輩はその日の出来事をハイライトのように語った。
唯先輩がギターを取りに行った時の話とか、その間の私たちの話とか…
休むことなく語り合った。
梓「なんですか?」
唯「この前はありがとね!」
梓「この前って…?」
唯「私が無理して来たときに倒れちゃったでしょ?その時にあずにゃんと指きりげんまんしたじゃん」
梓「ああはい」
唯「私、あれがあったから絶対に風邪を治そうと思ったんだよ?」
梓「そうなんですか」
唯「だから、あずにゃんがいなかったら私、ライブに出れなかったかもしれないんだ」
梓「そんな…私じゃなくてもみなさんが…」
唯「ううん。あずにゃんだったからなんだよ!間違いない!」
梓「な、なんか照れちゃいますね…」
唯「えへへっ」
私は唯先輩に褒められるようなことはした覚えはない。
でも、唯先輩にとってそれは、とても元気づけられるものだったようだ。
唯先輩の役に立ててうれしい……それが私の気持ちだった。
梓「……」
二人の間に沈黙が続く。
話すことはもうほとんどない。
私はボケーっと夜の星空を見ていた。
唯「……」
梓「……」
唯「あずにゃん」
梓「なんですか?」
唯「前の合宿のときの事、覚えてる?」
梓「はい…」
合宿の事。
それはたぶんあの質問のことなんだろう。
唯「あのとき…あずにゃんに聞いたとき、私嬉しかった。私の考えが否定されなかったから」
梓「……」
梓「嫌ってなんか…ないですよ」
唯「本当…?」
梓「もちろんですよ。そんな理由で唯先輩を嫌ったりなんかしませんよ」
唯「あずにゃん…!」
そう言うと、唯先輩は私に向き合った。
なんだか決意に満ち溢れた顔だ。
この雰囲気はもしかして……
梓「…!」
唯「初めて見たときから好きだったの!」
梓「せ、せんぱい…」
唯「あずにゃんが…もしあずにゃんがよかったら…私と付き合ってほしい…」
梓「……」
それは突然の告白だった。
でも、全然予想してなかったわけではない。
いつか…くるだろうとは思っていた。
でも…それでも私の心の準備はまだできていなくて……
唯「……」
梓「私は…」
唯「…やっぱダメだよね」
梓「えっ?」
唯「こんな迷惑かけてばっかりの先輩じゃ駄目だよね」
梓「そ、そんなこと…」
唯「澪ちゃんみたいなかっこよくて大人っぽい先輩の方がいいよね」
そんなことない。
確かに澪先輩はとてもいい人だ。
でも…そんなの関係ない…
私が…私が好きなのは……
唯「へっ?」
梓「私が好きなのは…唯先輩です!」
唯「あ…」
梓「いつも練習しないで、だらけてて、迷惑ばっかかけてたとしても…私は唯先輩が好きなんです!」
唯「じゃ、じゃあ…」
梓「はい…こんな私でよければ…お願いします!」
唯「や、やったー!」ダキッ
梓「うわっ、ちょっ、唯先輩!」
私はいつだって素直じゃない。
でも…この人の前だったら素直になれる。
いつもほんわかしてて、あたたかいこの人が私の好きな人なのだ。
梓「夢じゃないですよ」
唯「そうだね」
気がつくと私の手の上に唯先輩の手が重なっている。
なんだかとてもあたたかかった。
唯「…ねぇ、あずにゃん」
梓「なんですか?」
唯「これから迷惑かけるかもしれないけれど…よろしくね?」
梓「言ったじゃないですか。私はそういうところも含めて好きなんですよ」
唯「えへへっ、ありがとっ!」
それから30分ぐらい二人で寄り添っていた。
何も話さずとも…唯先輩とつながってる気がした。
梓「そうですね」
唯「……あっ、あずにゃん」
梓「はい?」
唯先輩が私を呼び止めると、いきなりキスをしてきた。
不意打ちだったので私はかわすこともできずにそのまましてしまった。
時間にして1秒。
私のファーストキスが終わった。
梓「ゆ、唯先輩!?」
唯「えっへへ~、しちゃった!」
唯「そ、そうなの?ごめんね」
梓「もういいですよ。それに…」
唯「それに…?」
梓「私もできてよかったというか…」
唯「もう!あずにゃんったらかわいいんだから!」
梓「うぅ……」
そのあと私たち二人はベランダを後にした。
部屋に着くまで、私と唯先輩は手をつないでいた。
このときから、私たちの恋が始まった……
……
( ゚∀゚)
( )
| 彡つ
し∪J
気がつくと辺りは日が暮れかけていた。
梓「今日もダメか……」
私は立ち上がると桜の木の下から立ち去った。
この道も懐かしい。
いつも、私たちが一緒に帰った道だ。
やはり、桜の花が咲いているとどんな道でも奇麗に見える。
ピリリリリリリリッ
物思いにふけっていると、携帯が鳴りだした。
律先輩からだ。
律『梓か?今どこにいる?』
梓「えっと…桜高の近くです」
律『そうか!それなら今から飲みに行くぞ!』
梓「今からですか!?」
律『うん!じゃあいつものところに来てね!それじゃ』
梓「あっ、ちょっ…」
そう言うと電話が切れてしまった。
あの人はいつも強引だ。その性格は高校から変わっていない。
でも、それが律先輩なのだ。
梓「しかたない…」
私はふたたび同じ道を歩き出す。
そういえば、あのときもこの道を歩いたっけ。
桜の花びらが舞い散るのを眺めながら、あのときのことを思い出す…
……
唯「あずにゃ~ん!」
梓「もう…遅いですよ」
今日は付き合って初めてのデートだ。
唯先輩から誘ってきたというのに、本人が遅刻してきた。
なんとも唯先輩らしい。
唯「ごめんね?私、道に迷って……」
梓「いいですよ。それじゃ行きましょうか」
唯「うん!」
梓「今日はどこ行くんですか?」
唯「任せて!今日のためにいろいろ調べたんだから!」
梓「じゃあ今日は唯先輩にお任せします」
一、
貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
咲いた花なら散るのは覚悟
見事散りましょ国のため
二、
貴様と俺とは同期の桜
同じ兵学校の庭に咲く
血肉分けたる仲ではないが
なぜか気が合うて別れられぬ
三、
貴様と俺とは同期の桜
同じ航空隊の庭に咲く
仰いだ夕焼け南の空に
今だ還らぬ一番機
四、
貴様と俺とは同期の桜
同じ航空隊の庭に咲く
あれほど誓ったその日も待たず
なぜに散ったか死んだのか
五、
貴様と俺とは同期の桜
離れ離れに散ろうとも
花の都の靖国神社
春の梢(こずえ)に咲いて会おう
梓「いいですね!行きましょう!」
…
唯「あれ…?」
梓「今日は閉まってますね…」
唯「そ、そんな…」
梓「ほ、他のところはないんですか?」
唯「あっ! 動物園もあるよ!」
梓「それじゃ行きますか」
…
唯「なんで…?」
梓「こっちも閉まってますね…」
唯「こ、こんなはずでは…」
唯「もうないよ……」
梓「うっ…」
唯「ごめんね…私じゃやっぱり無理だったんだよ…」
梓「せ、先輩、私は大丈夫ですから…」
唯「本当?」
梓「はい!」
唯「えへへっ!」
別にどこかに行って楽しむのがデートじゃない。
私はこの人といるだけで楽しいのだから、それでいい。
私たちは結局どこへも行かずに、ぶらぶら歩くことにした。
梓「なんですか?」
唯「桜の木!春になったらとってもきれいに咲くんだよ!」
そう言って紹介されたのは、大きな桜の木だった。
まだ花は咲いてないけど…春になったらどうなるか楽しみだ。
私たちはその桜の木の下で日が暮れるまで話した。
軽音部の話とか、憂の話など…話が尽きることはなかった。
梓「そうですね」
唯「……ねえ、あずにゃん」
梓「なんですか?」
唯「…やっぱなんでもない」
梓「なんですかそれ」
唯「なんでもないの!ほら、帰るよ!」
梓「はい!」
唯先輩が何を言おうとしたのかわからなかった。
でも…そのときのあの人の顔はなんだか悲しそうだった。
……
憂「お姉ちゃんは今日も布団に丸まってるよ」
梓「やっぱりか…」
冬の終わり、私と憂はファーストフードで食事をしていた。
そこでは私の唯先輩に対する愚痴と、憂のお姉ちゃんに対するかわいいだのなんだのが飛び交っていた。
梓「はぁ…唯先輩ってば、最近私と一緒にお出かけしないんだよね…」
憂「この季節になるとお姉ちゃんは外に出たがらないんだぁ」
梓「想像できるよ…」
梓「まあ、突然だったからね」
憂「でも、二人ともお似合いだから私はうれしかったなぁ」
梓「そ、そうかな」
憂のお墨付きが出て私はうれしかった。
唯先輩とお似合いだなんて…先輩達にも言われたけど、やっぱりうれしい。
梓「そういえば、憂のおかげで私も軽音部に入れたんだよね…」
憂「そうだっけ?」
梓「そうだよ」
憂「あの時は私も必死で…たまたま梓ちゃんがいたから…」
梓「たまたまなのね…」
どうやら私は憂の気まぐれで軽音部に入ったらしい。
なんというか…憂も唯先輩に似ているところがある。
梓「そうだねぇ…」
憂「……」
梓「……」
梓「えっ!!?」
憂「うわっ!?梓ちゃん?」
今、憂はなんて言った?
私と離れ離れになる?どういうことだ?
憂「えっ…お姉ちゃんから聞いてなかった?」
梓「何も聞いてないよ!」
憂「あ、じゃ、じゃあ今のは忘れて!」
梓「どうして?唯先輩と憂はどっかに行っちゃうの!?」
憂「そ、それは…」
梓「おねがい!教えて!」
憂「……わかった」
なんだか嫌な予感がする。
唯先輩がどこかに行ってしまいそうな…そんな予感が。
梓「ロンドン!!!?」
憂「うん。お父さんたちが海外を転々としているのは知ってるでしょ?」
梓「うん」
憂「それで、仕事がロンドンで落ち着くことになって…私たちも一緒に行くことになったの」
梓「うそ…」
憂「梓ちゃんにはお姉ちゃんがもう話してたと思ってたんだけど……」
梓「じゃ、じゃあ唯先輩と憂は…」
憂「うん。転校しなきゃいけないの」
梓「そんな…」
私の予感は的中した。
唯先輩がロンドンに行っちゃう…
つまり私と離れ離れになってしまう。
でも…私と唯先輩の仲はこの程度では壊れない。
梓「それはいつまでなの?」
憂「わからない…」
梓「えっ!?」
憂「いつ日本に帰ってくるかわからないんだ」
いつ帰ってくるかわからない…
その一言で私のさっきの考えは粉々になった。
梓「そんな…嫌だよ…」
憂「梓ちゃん…ごめんね…私が黙っておけば…」
梓「ううん。憂のせいじゃないよ…それにいつかわかることだったし」
憂「うん…」
翌日、私は唯先輩に憂から聞いたことを話した。
唯先輩は「ばれちゃったか~」と、たいして悲しくなさそうに言った。
まだ2年生なのに…あと1年待ったらどうかと言っても、
「お父さんたちがどうしてもって言うから…」と言った。
しかし、私は一番大事なことが言えなかった。
それは…離れ離れになったらこの関係はどうなるのかということ。
結局、唯先輩達が旅立ってしまう前日までそれが言えないままだった。
梓「こんにちはー」
憂「いらっしゃい!もう皆さん来てるよ!」
唯先輩達が旅立ってしまう前日、律先輩の提案で唯先輩達のお別れ会をすることになった。
場所は唯先輩のお家。そこには荷物がほとんど無く、唯先輩達が遠くに行ってしまうことを痛感してしまった。
律「おっせぇぞ!早く座れ!」
梓「すみません…」
唯「あずにゃん、こっちこっち!」
私は唯先輩の隣に座る。
あまり悲しそうな顔はしてない。
それどころか楽しそうな顔をしている。
澪「ロンドン」
律「そう!ロンドンに行ってもがんばってくれるよう乾杯しましょう!」
律「それじゃ、かんぱーいっ!」
「かんぱーいっ!」
唯「えへへっ、ありがとね。こんな会を開いてもらって」
紬「そんなことないわ。唯ちゃん達のためならなんでもするもの!」
唯「ムギちゃん…」
律「えぇい!湿っぽい雰囲気はダメだぞ!今日は騒げ騒げ!」
唯「おーっ!」
澪「近所迷惑だろ!」
それから私たちは夜まで騒いだ。
途中、酔っ払ったさわ子先生が乱入してきて唯先輩にお酒を飲ませようとしたので、私たちが必死に止めたり、
澪先輩が襲われそうになったのを止めたり……
さわ子先生のせいで会はめちゃくちゃになった。
さわ子「グゴーーーーっ!!」
律「ふぅ…やっと寝たか…」
澪「無駄に疲れた…」
唯「でもさわちゃん先生も私たちのために来てくれたのはうれしかったよ!」
憂「うん!」
憂が片づけをしている間に、私たち放課後ティータイムのメンバーは集まった。
もう夜も更けていて、日付が変わりそうだった。
これでお別れ…そう思うと胸が痛くなる。
律「まずは私な……唯!お前がいなかったらこの軽音部はなかったかもしれない!」
唯「りっちゃん…」
律「だからありがとなっ!」
唯「うん!」
律「ロンドンに行っても私たちのことを忘れるなよ!」
唯「もちろんだよ!私はずっと放課後ティータイムのメンバーなんだから!」
律「ゆいぃ…」グス
澪「な、泣くなよ律」
律「な、泣いてなんかないし…ぐすっ」
律「うぅ…ちょっとトイレに……」バタン
律先輩が耐えきれなくなり部屋を出ていった。
涙を流す律先輩を見るのは初めてだったので、びっくりした。
唯「私も泣きそうだよ…」
澪「まだ泣くなよ…次は私だな」
澪「唯がいなかったら…律の言うとおり軽音部がなかったかもしれない」
澪「だから……ありがとな」
唯「澪ちゃん…こっちこそだよ!」
澪「なにかあったら電話して!」
唯「うん!」
澪「あと、英語も勉強しといてよ?」
唯「わ、忘れてた……」
澪先輩は泣かなかった。
少し涙目だったけど…澪先輩はやっぱ大人だと思った。
梓「!」
唯「えっ!? わ、私にはあずにゃんが…」
紬「友達としてって意味よ」
唯「そ、そうだったのか…びっくりしたよ」
紬「だから…私たちのこと、あっちへ行っても好きでいてね?」
唯「もちろんだよ!」
ムギ先輩にはいつも驚かされる。
それよりも、唯先輩が私の名前をあげてくれてうれしかったのは内緒だ。
梓「わ、私ですか?」
澪「梓、二人で話したいだろ?私たちあっち行くから」
澪先輩の計らいで私たちは二人っきりになった。
そういえば二人っきりになるなんて久しぶりだ。緊張する。
梓「……」
唯「……」
何を言えばいいんだろう…
今さらだけど、何も考えてない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
梓「……」
唯「…ねぇ、あずにゃん」
この沈黙を破ったのは唯先輩だった。
梓「もちろんです…」
唯「そっかぁ…私も大好き」
梓「……」
唯「でも……別れよっか」
それは突然だった。
今、唯先輩はなんて言ったのか?
別れようって言ったのか?
頭の中が、真っ白になった。
梓「……」
唯「でも…私がロンドンに行って…離れ離れになって…あずにゃんに会えないってなったとき…私、何も考えられなくて…」
梓「……」
唯「そんなじゃダメだってことはわかってるから…だから…あずにゃんと別れようって思ったの」
梓「……」
唯「ほら、遠距離じゃ続かないって言うでしょ?」
梓「……」
唯「あずにゃんも、私のことは忘れて…新しい恋にでも…」
梓「…ばかっ!!」
梓「唯先輩のばかっ!意気地なしっ!天然!」
唯「え、え、えっ」
梓「そんなんで…そんなんで私があきらめると思ったんですか!!?」
唯「……」
梓「……もういいです!唯先輩なんか…大っきらいっ!」ダッ
唯「あ、あずにゃん!」
そう言って私は家から出ていった。
走って、走って、走って……
気がつくとあの日唯先輩が言ってた大きな桜の木のところまで来ていた。
桜の木は満開で、桜の花びらが舞っていた。
唯先輩の言うとおり、とても奇麗だった。
夜に見る桜も悪くない…
でも…今は気分が最悪だった。
梓「唯先輩なんか……唯先輩なんか……」
「あずにゃ~~ん!!」
振りかえるとそこには唯先輩が息を切らして立っていた。
梓「な、なんで私を追っかけて来たんですか!別れるんでしょ!嫌いなんでしょ!」
唯「嫌いなんかじゃないよ!」
梓「うそだ!そうなら別れるなんて言わないです!」
唯「違うんだよ!私じゃあずにゃんと一緒にいられないから…だから…」
そんな理由で別れるなんて言い出したのか?
唯先輩は本当にばかだ。
そんな理由で…私が唯先輩と別れるとでも思ったのだろうか。
梓「だったら…」
唯「えっ…」
梓「私、待ちます!ずっと、ずっと待ちます!」
唯「あずにゃん…?」
梓「たとえ何年かかろうと…私、待ってます」
唯「……」
梓「だから…だから…別れるなんて…言わないでぇ……」ポロポロ
目から出る涙が止まらない。
唯先輩に無様な顔を見せたくないのに…
それでも私の涙は止まらなかった。
唯「あずにゃん…」
梓「うぅ…ひっく…ぐすっ…」
唯「ごめんね…私が間違ってたよ…」
梓「せん……ぱいっ……ひっく」
唯「私、バカだね…あずにゃんに嫌がることはしないって言ったのに…」
梓「……ぐすっ…そうですよ…」
唯「…はい!」
そう言うと唯先輩は小指を突き出した。
唯「約束するよ…ここに…桜の咲く季節に必ず戻ってくるって…!」
梓「…はい…!」
私たちが約束するときは必ずやること…
唯「待っててね…必ず戻ってくるから…」
梓「はい…私、ここで待ってますから…!」
そして、私たちはキスをした。
2回目のキス。それは別れのキスだった。
こうして私たちの関係は終わりを告げた。
帰り道、私たちはゆっくりと、いつもの道を歩いた。
舞っている桜の花びらが、妙に奇麗だった。
……
律「遅いぞーっ!」
梓「すみません…」
大学生になった私は、律先輩たちと同じ大学に入った。
ここでも軽音サークルがなく、律先輩達がまた一から作り上げたみたいだ。
私が入った時には、高校の時と同じ感じの部室があった。
やはり、ムギ先輩の財力は素晴らしい。
そして、放課後ティータイムをふたたび結成した私たちは、のほほんと毎日を過ごしてしたのだった。
今日は高校近くの居酒屋で飲み会だ。
こうやって集まるのは何かあった時だ。
澪「ごめんな?もう私たち飲み始めちゃってるけど…」
梓「構わないですよ」
紬「うふふ」
律「飲め飲め!ほら梓!飲めよぉ!」
律先輩は酒癖が非常に悪い。
さわ子先生を彷彿とさせる飲みっぷりだ。
梓「やめてくださいよ…」
澪「ほら律!」
律「でへへ~澪ちゅわんはかわいいなぁもう!」モミモミ
澪「ひゃっ!?や、やめろっ!」
紬「あらあら」
こうして酔っ払いの相手をしながらお酒を飲んだ。
お酒は…苦手だ。
梓「うぃ~…ひっく」
澪「あ、梓大丈夫か?」
梓「らいひょうぶれすよー」
澪「ろれつが回ってないぞ…」
紬「酔っ払った梓ちゃんもかわいいわ!」
大事な話?なんだそれは?
こっちは気持ちよく酔ってるんだから邪魔しないでください!
梓「なんれふか~?はなしって~」
紬「実はね…唯ちゃんが帰ってくるの」
梓「そうれふか~」
な~んだ、唯先輩が帰ってくるのか。
まったく、そんなことで集まらなくったっていいじゃないか…
ん? まてよ…唯先輩が帰ってくる…?
梓「ええっ!!?唯先輩が帰ってくる!!?」
澪「うわっ!?」
澪「落ち着け梓…吐いちゃうよ…!」ブンブン
梓「これが落ち着いていられますかぁ!!」
紬「落ち着いて、梓ちゃん」ムギュー
梓「あうっ…」
ムギ先輩によって我に返った私は澪先輩から詳しく聞いた。
澪「昨日ぐらいかな…唯から突然電話が来てな…」
紬「明後日ぐらいに日本に帰ってくるなんて言い出したの!」
梓「そうなんですか…」
梓「なんとなくわかります」
紬「でもよかったわね!唯ちゃんが戻ってきて、梓ちゃんもうれしいでしょ?」
梓「……」
澪「? 梓?」
梓「…えへへっ、なんでもないです」
紬「そっか」
本当は泣きだしたかった。
でも…私は泣くことはできなかった。
だって…あの日、唯先輩と約束したから。
約束通りに戻ってくるんだから、それは当り前のことだ。
澪「ほぉら!帰るぞっ!」
律「えへへ~、ゆい~!」
澪「まったく…」
紬「唯ちゃんが帰ってくるのがよっぽどうれしかったのね」
梓「そうですね…」
澪「じゃあ、明日、空港でな」
梓「あっ、すみません。私はちょっと…」
紬「行かないの?」
梓「はい…私はあそこで待つので…」
澪「そっか…じゃあ、明日は頑張れよ」
梓「はいっ!」
律「がんばれよーーっ!!」
梓「うるさいです」
……
翌日、私は昨日と同じく桜の木の下で座った。
今日も桜は満開で、桜の花びらがやむことなく散っている。
梓「……」
何回も…何回もここで待っていた。
たとえ来ないということが分かっていても…私はひたすら待っていた。
だって……唯先輩は約束を絶対に守るから。
桜の花びらが私の肩に落ちた。
手にとって目をつぶると、また記憶がよみがえる……
……
梓「うい!あっちに行っても元気でね!」
憂「うん!」
唯先輩と憂がロンドンに旅立つ当日。
私たちは空港にお見送りに来ていた。
純「私のこと忘れないでよ!」
憂「わかったよ純ちゃん!」
梓「純、いたんだ」
純「私はずっと前からいるよ!!」
澪「ギターもちゃんと練習するんだぞ!」
紬「風邪ひかないでね!」
唯「うん!わかった!」
和「このノートがあれば日常会話に困らないから、ちゃんと使うのよ」
唯「うん!和ちゃん、ありがとっ!」
さわ子「何も言うことはない…あとは進むだけよ!」
唯「よくわからないけどありがと!さわちゃん!」
律「いいのか梓?なにか唯に言わなくても…」
梓「いいんです。昨日でいっぱい話しましたから」
澪「そっか…」
憂「お姉ちゃん、そろそろ…」
唯「うん!みんな、また会おうっ!」
これが唯先輩を見た最後の姿だった。
あとは……約束通りあの桜の木の下で待つだけだ。
……
それから、放課後ティータイムは4人編成となった。
新入生は残念ながら入らず、律先輩はとても嘆いていた。
この一年間はあっという間に過ぎていき、先輩達は卒業することになった。
律「あずさぁ!一人でも元気でやれよ!」
梓「はい!」
澪「梓なら一人でもやっていけるよ。がんばれよ」
梓「ちょっと不安ですけど…がんばります」
紬「ときどき差し入れにいくからね」
梓「ありがたいです!」
律「はぁ、それにしても私たちも卒業かぁ」
澪「早かったな」
紬「えぇ…でも、いろんなことがあったわ」
律「そうだな…」
澪「…最後にみんなで写真でも撮るか!」
紬「うん!」
さわ子「私が撮るから、梓ちゃんも入りなさい」
梓「いいんですか?」
律「ほら、梓もこっち来い!」
梓「は、はい」
さわ子「はぁい、いくわよ~!はい、チーズ!」
その時の写真の先輩達は、みんな笑っていた。
だけど…本当ならいるはずのあの人がいなかったからか、私の顔はそこまで笑顔じゃなかった。
先輩達が卒業した後、私はあの桜の木の下へと赴いた。
たった一年で帰ってくるはずがない……
それでも私は待つことにした。
桜の花びらがやむことなく散っていく。
それは…唯先輩と別れた日の時のようだった。
そこで私は唯先輩との思い出を振り返る……
「あずさっ!」
梓「へっ…?」
顔を上げてみると、そこには純がいた。
梓「ちょっとね…」
気がつくと辺りはすでに暗くなっていた。
どうやら一日中ここにいたようだ。
純「……唯先輩のことでも思ってたの?」
梓「な、なんでわかるの!?」
純「私にだってわかるよ~。梓が唯先輩を待っているのはさ」
妙なところで鋭い。
純は侮れないと思った。
純「いつまで唯先輩を待ってるつもりなの?」
梓「それは…ずっとだけど…」
純「いつ帰ってくるかわからないのに?」
そんなのわかってる。
でも…私は唯先輩と約束したんだ。
純「関係あるよ。だって……」
えっ?
これって…もしかして…
まさか純が…!?
梓「ま、待って!」
純「な、なに?」
梓「わ、私は…唯先輩一筋だから!」
純「何言ってるの?私たちは友達だって言おうと思ってたのに…」
梓「へっ…?」
どうやら私の早とちりだったようだ。
でも、純だって悪い!
あんなこと言ったら誰だって勘違いするものだ!
梓「なにそれ?」
純「本当は心配だから止めようと思ってたんだけど…さっきのを聞く限りは聞いてもらえなさそうだからね」
梓「そうなんだ…」
純はなんだかんだいって友達思いのいい子なのだ。
純「でも…無理しちゃだめだからね?」
梓「わかってるって~」
純「まぁ風邪ひかないでよー。じゃあね」
梓「うん、ばいばい!」
純が帰った後も、あの人が来るはずなんてなく…
結局、桜の花びらは全部散ってしまった。
それから翌年も翌々年も…私はずっと待ち続けた。
なぜか桜の木の下で待っているとあの時の思い出が鮮明に蘇ってくる。
その思い出とともに、唯先輩を待ち続けた。
それでも…あの人は姿を見せなかった。
……
そして、今年の春。
いつもと変わらない桜の木の下で、私は待ち続ける。
春という季節は、始まりの季節でもあり終わりの季節でもある。
私にとって……春という季節は終わりの季節だ。
今年は…私にとって新しいスタートとなる春だから。
梓「きれいだなぁ…」
桜の花びらがどんどん散っていく。
雪のように散っていく桜の花びらに私は見とれていた。
私の視界が桜の花びらに埋め尽くされた時、その声はした。
「あずにゃ~ん!」
立ち上がって振り返ってみる。
そこには、あのころと変わらない…私の大好きな人がいた。
唯「ただいま!」
梓「おかえりなさい!唯先輩!」
おわり
安易な百合じゃなくて面白かった
あと立ててくれた>>1もありがとう
やっと終わった…
誰も死ななくて良かった
なかなか良かった
よかったよ
切ないend期待してたけどこれもまた良いな
ハッピーエンドも良いものだ