医者「残念ながら……娘さんは旦那さんの子ではありません」
医者「残念ながら、奥さんの子でもありません」
夫「は?」
妻「どういうこと!?」
医者「こんなに可愛らしい女の子を見るのは初めてです。今日からこの子は私の子にします」ガシッ
娘「いやっ! 助けてっ!」
医者「それじゃ我が家に行こうか、ナース君。君が母親になってくれ」
ナース「はい」
バババッ
夫「さらわれた……」
妻「ウソでしょ……!?」
妻「どうしましょう、警察に知らせる?」
夫「いや、警察は当てにならない」
妻「なにしろ相手はお医者だものね。すごい権力を持ってそうだし」
夫「ああ、きっと警視総監あたりとも繋がりがある……気がする」
妻「万引きから外患誘致まで、どんな悪事でも握り潰しちゃうでしょうね」
夫「というわけで、俺たちだけで救出に行くぞ!」
妻「分かったわ!」
夫「お前と二人で行動するなんて……いつぶりかな」
妻「うん……ホントね」
妻「大きい家ね。医者って儲かるのね~」シュザッ
夫「あの医者は大勢の患者を抱えてるからな」
妻「“信者”と書いて儲かるとはよくいったものね」
夫「だが……俺たちの子供を手に入れることはできない」
妻「私たちを敵に回したこと後悔させてやりましょう!」
医者「どうした」
ナース「あの夫婦が、この邸宅の周辺に現れたようです」
医者「ふふ、今のところシナリオ通りだ……。才能が恐ろしい……」
ナース「はい」
医者「さて、あの夫婦……まずはこの家に入れるかな?」
妻「どっちも強そうね。眼光が鋭いし、よく鍛えられてる」
門番A「……」
門番B「……」
妻「どうする?」
夫「俺が行く!」
門番A「む、怪しい奴! 始末する!」
門番A「せやぁっ!」シュバッ
夫「遅いぜ」シャッ
門番A「む!?」
夫「タイムカードを押すように……脳天に手刀!」シュッ
ズガァッ!
門番A「が、は……っ! なんて……はや、さ……」
夫「無遅刻はサラリーマンの基本だからな」
門番B「バットをもヘシ折るローキックを喰らえッ!」ベキッ!
妻「フッ……」
門番B「な!?」
妻「毎日井戸端会議で数時間立ちっぱなしの足に……その程度の蹴りは通用しないわ」
妻「ハイッ!」
メキィッ!
門番B「なんて……ハイキックだ……」ドサッ…
妻「そういえば近頃、お野菜の値段がHighで困るわぁ~」
医者「ほう、あの二人を倒すか……」
医者「ならば、医師会に連絡して集めた≪四天王≫を出撃させろ」
ナース「かしこまりました」
医者「四天王もウズウズしてるだろう。久しぶりの戦いだからな」
ナース「ええ、激しい戦いになることは間違いないでしょう」
夫「誰かいるぞ!」
妻「お医者さんだわ!」
眼科医「これはこれは、なかなかいい目をしている夫婦が来たね」
夫「何者だ!?」
眼科医「私は医師会四天王の一人、≪眼科医≫」
夫「眼科医……!」
妻「目医者さんね」
夫「それはお疲れ様です」
眼科医「そして……ようやくその答えにたどり着いた! 分かるかね?」
夫「え、と……テレビゲームとか?」
妻「それともスマホ?」
眼科医「違う。……目があるから目の病気になるのだ!」
夫妻「!?」
眼科医「よって今から……貴様たちの目をくり抜かせてもらう」サッ
妻「視力検査の時使うアレを取り出した!」
夫「下がってろ。ここは俺がやる」
夫「うっ!?(ものすごい目力だ!)」ビクッ
眼科医「動きが止まったな。今だッ!」ギュオオッ
妻「あなたぁっ!」
眼科医「貴様の目、もらったァ!」グリッ
夫「……」
眼科医「!? ……く、くり抜けない!?」
夫「コンドルが飛ぶ荒涼とした乾いた大地のような俺の眼球に、そんな技は通用しない」
眼科医「ううっ……!」
夫「喰らえッ! タイピングで鍛えた……俺の指さばきを!」
カタカタカタカタカタカタッ
眼科医「ぐばっ……! 指で全身の急所を……!」ガクッ
夫「人の目を抉る前に、相手の力量を見抜く眼力も身につけておくことだ。未熟者め」
夫(といっても、俺も未だにブラインドタッチできないけど……)
妻「彼も医者かしら?」
耳鼻科医「医師会四天王の一人≪耳鼻科医≫!」
耳鼻科医「耳や鼻などがあるから、人々は難聴や鼻炎に苦しめられる。よって耳も鼻もそぎ落とす!」
夫「医者ってのは極めると、こういう結論に達しがちなのかな」
妻「次は私が戦うわ」
耳鼻科医「まずは耳……そぎ落としてやる!」シュバッ
妻「きゃあっ!」
夫「大丈夫か!?」
耳鼻科医「これは……パンの耳!?」
妻「しかも、カラッと揚げて砂糖をまぶしてあるわ」
耳鼻科医「う、美味い!」カリッ
妻「トドメは……赤ちゃん抱っこして鍛えた腕力による、ウーマンスープレックス!」グオンッ
耳鼻科医「う、うわっ……!」
ゴッ!
夫「耳と鼻から血が出てるけど大丈夫かな」
妻「医者なんだし自分で治すでしょ」
内科医「待ちくたびれましたよ」
夫「お次はコンビか」
妻「2vs2……分かりやすくていいわね」
外科医「メスで切り裂いてやろう」ジャキッ
内科医「内臓破裂させてあげましょう」
夫「さて……どうする?」
妻「私がメス持ってる方とやるわ」
夫「んじゃ、内科の方は俺がやる!」
妻「……!」ビシュッ
外科医「何人もの人間を切り裂いたこのメス……たかが主婦如きに見切れはしない!」
妻「舐めないでくれる?」
外科医「なに?」
妻「私はこの包丁で……何体もの死体を切り刻んでるのよッ!」ギュオッ
外科医「は、はやっ――」
ドシュッ……!
外科医「なんという……切れ味……。まさに剣豪……」
妻「魚や動物の死体をね」
夫「ぐっ!?」
内科医「幾人もの内臓を診てきた私にとって、蹴りで内臓を破裂させるなど造作もないことです」
夫「……」ニヤッ
内科医「えっ!?」
夫「ストレスによる胃潰瘍を幾度も乗り越え、俺の胃袋は大きな変質を遂げている」
夫「そんな蹴りじゃビクともしないさ」
内科医「なんですって……」
夫「そしてこれが上司や取引先に何度も頭を下げ続けたサラリーマンのみ会得できる――」
夫「お辞儀頭突き!」
ガツンッ!
内科医「これほどの頭突き……いったい何千回頭を……」ガクッ
夫「いいや……万だ」
妻「あなた、あれを見て!」
ナース「ようこそいらっしゃいました」
夫「医者の側近である看護婦……!」
妻「いよいよ大詰めってところね」
ナース「採血して差し上げます」サッ
夫(注射器!? どんな攻撃を――)
チクッ
夫「うっ!」
妻「あなた!」
妻「え」
夫「どうなってんだ……これ……」ヨロヨロ…
ナース「今の一瞬で、あなたの血液を5リットル抜きました」
妻「5リットル!?」
ナース「ちなみに成人男性の血液量はおよそ5リットルといわれてます」
妻「ほぼ全部じゃない! 採血しすぎよ!」
夫「血が……足りない……」ドサッ
妻「あなたぁぁぁぁぁ!!!」
ナース「無駄ですよ。あなた方の血液型では輸血は不可能と検査で分かってます」
妻「たしかにね……」
妻「だけど、愛さえあればッ!」ザクッ
ボトボトボトッ
ナース(自分に傷をつけて夫に輸血を……)
妻「あなた蘇って!」ボトボト…
夫「……」
ナース(蘇るわけがない……こんな方法で)
妻「あなた!」
ナース「バ、バカな……! 血液型が合わないのに……そもそも血が足りないはずなのに……」
夫「ただの輸血ならな……だが、愛ある輸血に不可能はないッ!」
ナース「!」
夫「白衣の天使よ、赤く染まるがいい」
夫「ブラッディビーム!」ブシュゥゥゥゥゥゥゥ…
ナース「あああああっ……!」
ドサッ…
夫「あ、また血が足りなくなった……」フラフラ…
妻「なにやってんの」
夫「娘はどこだ!?」
医者「あの可愛らしい娘さんならあっちだ」
娘「お父さん! お母さん!」
夫「無事だったか!」
妻「よかった……」
医者「しかし、大したものだ。四天王だけじゃなくナース君まで撃破するとは」
夫「俺一人じゃとても無理だった……夫婦の力だ! 実際死にかけたし」
妻「そうよ! 私一人でもここまではたどり着けなかったわ……」
医者「夫婦の力、私は少々見くびっていたようだ」
医者「だが、今から君たちは“最強の力”にひれ伏すことになる」
夫「なに……!?」
医者「いくぞ――」
夫「なにこれ……?」
妻「お金だわ……」
医者「医者だけに慰謝料を渡そう」
医者「10億ある。これを持って君たちは帰る。娘さんは私の物。これで手を打たないか?」
夫「……」
妻「……」
バキッ!
医者「ぐほっ!」
妻「ないでしょうが!」
ドゴッ!
医者「がはぁっ!」
医者「な、なぜ……!? 金は最強のはず……」ピクピク
夫「金が最強? 笑わせるな! 何億……いや、何兆、何京積まれようが、娘は渡さん!」
妻「よくいったわ! その通りよ! あの子は私たちの子だもの!」
医者「う、うぐぐ……ぐぐ……」
夫「当たり前だ!」
妻「当然でしょ!」
医者「うふ、うふふ……ハハハハハッ!」
夫「な、なんだ。急に笑い出して……」
医者「いやぁ、芝居を打ったかいがありました。お二人を仲直りさせることができた」
夫「仲直りだと……そういえば……」
妻「あっ、まさか……!」
夫「あんた、俺たちが離婚寸前なのを知って……!?」
医者「ええ、全てシナリオ通りです」
医者「だから、私は娘さんを誘拐したのです。夫婦を仲直りさせるためにね」
夫「そうだったのか……」
門番AB「仲直り、おめでとうございます」
眼科医「ただし、勝負自体は本気でやりましたよ」
耳鼻科医「パンの耳、おいしかったです」
外科医「私もまだまだ修行が足りぬ」
内科医「まだ頭が痛いですよ、ハハ」
妻「皆さん……」
ナース「お二人が仲直りできてよかったです」ニコッ
夫「笑うと可愛いですね」
妻「あなた!」ジロッ
夫「おお、よしよし。お帰り」
妻「私たち、離婚なんかしないからね。安心してね」
娘「うん!」
医者「ちなみにここにDNA鑑定書があります。どうしますか? 鑑定結果を見ますか?」
夫「……」
医者「よろしいんですか?」
夫「ええ、俺たちにはもう必要ない。この子は俺たちの子なんだから!」
妻「あなた……」
医者「分かりました。では」ビリビリッ
夫「さ、帰ろう。お腹すいたしどこかで食べてこうか」
妻「ええ」
娘「うん!」
医者「どうぞ、お幸せに!」
……
ナース「よかったですね」
医者「ああ、全てシナリオ通りだ」
医者「“彼女”の描いたシナリオのね」
ナース「まさか、こうまであの子のシナリオ通りになるとは思いませんでした」
医者「この数時間、巨大な何かに操られるような感覚を味わったよ」
娘『私のお父さんとお母さん、離婚しそうで、なんとか止めたいの』
娘『近い将来、ここにDNA鑑定に来ると思うから、私の言うとおりに動いて欲しいの』
娘『報酬は、私が仮想通貨やらFXで儲けた10億円あげるから。大きい家に住んではいるけど、病院経営も大変でしょ?』
医者『分かったよ……やってみよう』
ナース「末恐ろしい子ですね」
医者「あの子は間違いなく、あの二人の子供だよ……」
― 完 ―
コメント一覧 (2)
-
- 2021年08月26日 01:10
- お外怖い!お外怖い!お外怖い!
-
- 2021年08月26日 18:15
- まあまあ面白かった