聖女「私の聖水飲む?」闇神官「飲むわけないだろ!」
聖女「まず水の入ったバケツを用意します」
闇神官「…………」
聖女「この中に素足を突っ込みます」ザブ…
聖女「しばらく浸けたら……完成! 聖なるパワーたっぷり、聖女印の聖水!」
コップですくい取る。
聖女「ジャーン、私の聖水飲む?」
闇神官「飲むわけないだろ!」
闇神官「誰がお前の足が浸かった水など飲むか!」
聖女「だけどこの聖水、国立アカデミーでも薬効は証明されてるのよ。
体力と魔力回復はもちろん、食欲増進、貧血防止、ちょっとした病気にも効くし……」
闇神官「アカデミーもとんだ研究をしたものだ」
聖女「一杯100Gで町の人達によく売れるんだから!」
闇神官「聖女なら金なんか取るな!」
聖女「分かってなーい。お金を取ることで“お金を払って手に入れた水なんだから絶対効く”って
暗示効果をもたらせるでしょ?」
闇神官「もっともらしい理屈をつけおって……」
闇神官「見ろ、この闇液を!」ムワァァァ
コップに入った真っ黒な液体。
聖女「うげ。なにこれ……」
闇神官「うげとはなんだ。ムラサキマムシ、グロムカデ、ジゴクトカゲ、他数種の薬草をすり潰したものだ。
無論、薬効は証明されている!」
聖女「…………」
闇神官「さあ、飲め!」ムワァァァァァ
聖女「飲めるか!」
聖女「飲めるかっつーの、そんなヘドロ水!」
闇神官「なんだとォ!? ダシ汁を人々に売りつける悪女めが!」
聖女「ダシ汁だってぇ!?」
ヒートアップする両者。
聖女「勝負したろか、この真っ黒ローブ野郎!」
闇神官「かかってくるがいい、この真っ白ローブ女!」
ゴゴゴゴゴゴ…
二人の魔力が高まる。
聖女「ゲ、憲兵……」
闇神官「む……」
憲兵「いつもいつも喧嘩ばかりしやがって……お前たち二人とも聖職者だろうが!」
聖女「私はともかく、“闇”なのに聖職ってのもなんか妙な感じだけどね」
闇神官「ほっとけ」
憲兵「とにかく……お前たちは町の人々のお手本となる立場にある」
規模の大きい町には、人々を励ましたり導くため、聖職者を最低一人置く決まりになっており、
この町の場合この二人なのだが――
憲兵「――なのに、全然できてねえじゃねえか!」
憲兵「絶対してないだろ!」
闇神官「すまん……」
憲兵「その真っ黒な目で見つめないでくれ。怖いから」
去っていく憲兵。
聖女「相変わらずうるさい奴ね。じゃ、私らも帰ろうか」
闇神官「うむ」
聖女は≪教会≫に、闇神官は≪黒儀式場≫にそれぞれ帰っていく。
二人はお隣さん同士なのである。
― 教会 ―
人々を集めて教えを説く聖女。といっても――
ワイワイ…
聖女「お、結構集まってくれたね。だけど……」
聖女「たまの休みにさ、教会でクドクド説教されるのもたるいでしょ?」
聖女「というわけで、みんな頑張ってこーっ!」
オーッ!
聖女「以上!」
所要時間5分。これはこれで好評ではあるのだが。
一方、黒儀式場では怪しい儀式が行われていた。
闇神官「生贄を……魔法陣の中央へ」
調理済みのチキンを置く。
闇神官「闇の魔力よ、このチキンの味をよくしたまえ……」
チキンが闇に包まれたと思ったら、香ばしい匂いが漂う。
闇神官「完成だ。みんなで食べよう」
ワーイッ!
町民A「こりゃあうまいっす!」
町民B「闇パワーで香ばしく仕上がってて最高ですよ!」
闇神官「そうかそうか」ニタァ…
すると――
聖女「やっほー、遊びに来ちゃった」
闇神官「ん? そっちは教会で説教の時間じゃなかったか?」
聖女「ああ、もう終わっちゃった。5分で」
闇神官「早っ!」
闇神官「なにか問題あるのか」
聖女「あんたも“闇神官”なんて職業なんだから、もっと悪い事すればいいのに」
闇神官「何度もいっているが……俺が所属する邪神を崇める教団は決して悪事を働く集団ではなく、
邪神という強大な力を持つ神から力を賜り、世の中の役に立とうという教団だ。
これまでにも幾つもの功績を挙げ、国からも頼りにされている」
闇神官「誹謗中傷するようなことをいうと……」
聖女「あーはいはい、分かった分かった。分かったから、チキンちょうだい」
闇神官「ほれ」
聖女「……うん、うまい!」ハグハグ
町民A「聖女ちゃん、いい食いっぷりだねー」
聖女「まあねー!」
闇神官「口に肉がついてる」
聖女「いっけない」ゴシゴシ
二人の休日はだいたいこんな感じである。
ザワザワ…
「おい、やめろって!」 「降りてこい!」 「危ないぞ!」
青年「う……うるさいっ! 僕は死ぬんだぁ!」
通りがかる白黒二人。
闇神官「む?」
聖女「なんなのこの騒ぎ?」
主婦「あ、聖女ちゃん、闇神官さん。あの青年が木から飛び降りるって騒いでるのよ」
聖女「えー、自殺ゥ?」
闇神官「町の聖職者たる我々としても、見過ごすわけにはいかんな」
青年「聖女さん……なんですか!」
聖女「飛び降りる前に、どうして死ぬのか理由を教えてよ」
青年「国立アカデミーの入学試験に落ちちゃったんです……。あんなに頑張ったのに……」
聖女「そんなことで!? また来年受ければいいじゃない!」
青年「僕は人生を賭けてたんだ! また来年なんて気にはとても……」
闇神官「その通りだ。彼はアカデミー受験に本気で挑んだのだ。
“そんなこと”などというべきではない。聖女のくせに思慮が足らんな」
聖女「うぐ」
青年「分かってくれますか」
闇神官「俺も昔、薬草を採取しに山に入ったのだが……暗闇で沼に落ちてしまってな。
真っ黒なローブがさらに真っ黒に……」ニタァ…
青年「そんなドジ話と一緒にしないで下さい!」
闇神官「す、すまん」
聖女「ぷぷーっ、怒られてやんの!」
闇神官「黙れ……!」
闇神官「うむ……俺渾身の落下エピソードも通用しなかったのだから」
聖女「というわけで、いっそ飛び降りてもらった方が早くない?」
闇神官「なんだと?」
聖女「あの高さなら多分落ちても死なないし、死ななきゃ私が治せるからね」
闇神官「しかし、あの高さだと足から落ちれば確実に複雑骨折、
頭から落ちれば頭蓋骨が割れ、潰れたトマトのようになることも考えられる」
聖女「平気平気、足がバキボキになっても、頭がトマトになっても、
死んでさえいなきゃ治せるし」
闇神官「いや、流石にトマトは無理だろう」
青年「…………」ゾッ…
聖女「冥府ってあの世のこと?」
闇神官「うむ、この世のどんな苦痛よりも苦痛といわれるほどの地獄の責め苦を
青年に味わわせるのだ」
闇神官「そうすれば、彼も生きてることの素晴らしさを実感でき……」
聖女「めんどくさい。さっさと飛んでもらってグチャグチャになってもらった方が早いよ」
闇神官「いやいや、飛び降りさせないに越したことはあるまい」
口論は続き――
青年「あ、あの……」
聖女&闇神官「ん?」
青年「もう降りました」テヘッ
聖女&闇神官「え~~~~~!?」
青年「だってトマトになるのも、地獄を味わうのも怖いですし……」
闇神官「もう魔法の下準備は始めてしまった。どうだ、せっかくだし地獄を味わってみんか」
青年「絶対嫌ですよ!」
聖女「じゃあ飛び降りようよ! すぐ治してあげるから!」
青年「そっちも嫌です!」
聖女「残念……」
闇神官「無念……」
青年(二度と自殺なんて考えないぞ……。この二人に何されるか分からないし……!)
町娘「いいなぁ、聖女ちゃん」
聖女「あら、どして?」
町娘「いつもお肌つやつやで羨ましい!」
聖女「ありがとー!」
町娘「なにか特別なことしてるの?」
聖女「特にしてないけど……強いていえばこれ! 神のご加護のある肌クリーム!
今ならお友達価格50G!」
町娘「どうしようかな……」
闇神官「待て待て、そんなもの買う必要はない!」
聖女「出たわね、闇神官!」
聖女「ダークゲル……!?」
闇神官「魔力で生成した暗黒物質だ」
闇神官「こいつを顔面にくっつけてパックすれば、あぁら不思議!
毛穴の中の汚れまですっきり吸着、美しい肌になること間違いなしだ」
町娘「えええ……」
闇神官「さぁ、試しに!」
町娘「試したくないです!」
闇神官「一回だけ!」
町娘「じゃあ一回だけ……」
顔面にダークゲルがくっつく。
グジュグジュグジュグジュグジュ…
闇神官「どうだ?」
町娘「すごい……スベスベ」ツヤツヤ…
聖女「へえ、やるじゃない」
闇神官「なかなかよかっただろう、ダークゲル。今後は週に一回ぐらい……」
町娘「いえ、もういいです」
闇神官「えっ」
町娘「一回だけでいいです」
闇神官「そんなぁ……」
聖女「アハハハッ! そりゃそうよ! いくら効果があってもグジュグジュはねえ」
闇神官「うぐぐ……グジョグジョに改良するか」
聖女「違う、そうじゃない」
キャーッ! タタタッ…
ひったくり「バッグいただきー!」
憲兵「待てえええっ!」
ひったくり「誰が待つかよーっ!」
憲兵(くそっ、町の外に逃がしてしまう!)
憲兵「……む!」
聖女と闇神官を見つける。
憲兵「お前たち、このひったくりを捕まえてくれ!」
聖女「まっかせといて!」
闇神官「任せておけ」ニタァ…
闇神官「闇の奔流よ……逃亡者を呑み込め」
ズオオオオオオッ!
光と闇が、憲兵とひったくりめがけ――
ひったくり「えっ」
憲兵「ちょっ――」
ズガァァァァァンッ!!!
聖女「やったね!」
闇神官「うむ!」
憲兵「ふざけんなァ!!!」ボロッ…
聖女「ゲ、憲兵!」
闇神官「生きてたのか!」
憲兵「生きてたのか、じゃねえ! 殺すつもりだったのかよ!」
聖女「逃げるわよ!」
闇神官「うむ!」
憲兵「待ちやがれ!」
タタタッ… ワーワーッ!
聖女「聖水いかがですかー」
少女「一杯くださいな」
聖女「毎度! ほら、また売れた! あんたの闇液は誰も飲まなーい!」
闇神官「ぐぬぬ……」
少女「ところで、お姉さんは聖女なんだよね? 天の神様から選ばれた人なんだよね?」
聖女「そうよ!」フフン
聖女「世界で聖女認定を受けた女は、そうはいないんだから!」
闇神官「神はなんでこんな奴を選んでしまったのか。よほど疲れていたのか」
聖女「うっさい!」
少女「だけど、聖女って呼ばれてる人は王国首都とか、もっと大きな都市に行くっていうけど、
お姉さんはどうしてこの町に?」
聖女「んー……一言でいうと、めんどくさいから」
しょっちゅう巡礼なんかしたりして、みんなから感謝されるわけだけど。
私はああいうのはちょっとねえ……ガラじゃないっていうか」
聖女「ここぐらいの町で、聖水売ってる方が気楽だわ!」
少女「なるほどー!」
少女「あ、そうだ。闇神官さんはどうしてこの町に?」
闇神官「む」
闇神官(町の女の子が気軽に俺に質問を……!
当初は怖がられてたが、俺も馴染んできたものだ……)ジーン
聖女「なに妙なところで感動してんのよ」
闇神官「俺の考えてることを当てるんじゃない」
闇神官「俺のいる教団は大勢で集まり、大がかりな儀式をし、
災害による被害を抑えたり、組織的犯罪などと戦うのが使命だ」
闇神官「それは立派なことなのだが、教団内での出世争いや何かとしがらみも多くてな。
例えばこの間の自殺騒ぎぐらいのことには目も向けん」
闇神官「だからこの際独り立ちして、この町で人様の役に立とうと思ったのだ」
少女「なるほどー!」
少女「で、たまたま二人ともお隣同士に家を建てちゃったと!」
聖女「そういうことね」ギロッ
闇神官「なんでこんな奴が隣に……」ギロッ
少女「これは……二人は巡り合う運命だったのかも!」キラキラ
聖女&闇神官「運命じゃなく偶然!」
闇神官「なんだと! 頭空っぽでホワイトなヒステリック聖女め!」
聖女「やるかァ!?」
闇神官「来い!」
少女「どっちもがんばれー!」
憲兵「おい、お前たち! まーた喧嘩してるのか! いい加減にしろォ!」
ガミガミ…
…………
……
― 役所 ―
長官「憲兵君、わざわざ呼び出してすまないね」
憲兵「いえ……ご用件は?」
長官「今度我が町に≪グレー教団≫を招くことになった」
憲兵「グレー教団? 初耳ですが、どういった集団ですか?」
長官「近年誕生した新興の教団でな。リーダーの灰司教殿はまだ若いが非常によくできた人物で、
現在、順調に勢力を拡大させている」
長官「君は住民の信頼も厚いし、このことを周知徹底させておいてくれ」
憲兵「はぁ、しかし……」
長官「なんだね?」
かえってゴチャゴチャしてしまうのではないかと」
長官「あの二人か。だが、奴らはしょせん各々の教団からはぐれている者たちだ。
それにしょっちゅう喧嘩してるとも聞く」
憲兵「それは……そうなんですが」
長官「そんな連中では町を導く者として力不足だ。
グレー教団が町に根付けば、出て行くか追従せざるをえなくなるだろう」
憲兵「…………」
長官「とにかく、これはもう決まったことだ」
長官「町外れにちょうど空いている屋敷がある。そこをグレー教団の礼拝堂とする。
すぐに動いてもらいたい」
憲兵「はい……」
聖女「グレー教団?」
闇神官「聞いたことないが、なんだそれは」
憲兵「俺もよく知らんが新しく出来た教団らしい。
灰司教というリーダーが“灰の教え”とやらを説いて、勢力を伸ばしてるそうだ」
聖女「怪しい……怪しすぎる!」
闇神官「聖職者を町に置くという規定を悪用し、権力を持った聖職者が町を乗っ取り、
私物化するケースもあると聞く。グレー教団とやらもその類ではないのか?」
憲兵「実は俺もそう思ってるんだ。いくらなんでも話が急すぎる」
憲兵「奴らが来て活動を始めたら……俺と一緒に視察に行かないか?」
闇神官「視察か……よかろう」
聖女「刺し殺しに行くわけね!」
憲兵「その刺殺じゃねえ!」
しばらくして、町にグレー教団が招かれる。
役所から、町民たちも半ば強制的に灰司教の教えを聞くように通達が出る。
闇神官(さて、噂のグレー教団とはどのようなものなのか)
闇神官「お前も行くのか」
聖女「そりゃそうよ。グレー教団なんて絶対怪しいもん! グレーどころかブラックでしょ!
この目で正体見抜いてやる!」
闇神官「おっと、憲兵も来たようだ」
憲兵「礼拝堂で灰司教が教えを説くそうだ。一緒に行こう」
聖女「私らで、グレー教団をブッ潰そうね!」
憲兵「いや、まだよくない集団と決まったわけじゃ……」
ワイワイ… ガヤガヤ…
大勢の町民が詰めかける。
礼拝堂には灰色の装束に身を包んだ信者が数十人おり、さらに――
巫女「まもなく灰司教様が現れます」
巫女「もうしばらくお待ち下さい」
聖女「あらら、巫女さんまでいるんだ。想像よりずっと本格的な集団なのかも」
闇神官「お前より清楚そうだな」
聖女「ほっといてよ!」
憲兵「こんなところで喧嘩するな、二人とも!」
灰司教「お待たせしました」ザッ
副官「…………」
灰司教「私が教団責任者の灰司教。こちらは私の副官です」
副官「はい……です」
灰司教「さて、お前は下がっていてくれ」
副官「はい……です」
聖女「『はいです』だって」
闇神官「『はい』だけでいいだろうにな」
聖女「きっとよっぽど丁寧な奴なのね……育ちがいいんだわ」
闇神官「そういうことなのか?」
灰司教「役所の長官殿より、この町に留まることを許されたこと、大変嬉しく思います。
本日は皆さんに私の“灰の教え”を授けたく、お時間を頂きました」
よく通る声であり、皆聴き入っている。
灰司教「皆さま、この世界には『白い世界』と『黒い世界』。
清き心を持ち正しい行いをする白い人間、濁った心を持ち悪しき行いをする黒い人間。
そういった二種類の世界や人間が存在する、とお思いの方も多いのではないでしょうか」
灰司教「しかし、そうではありません」
灰司教「我々みな、白い側面と黒い側面を持っています。
どんな善人だって全く悪いことをしたことがない、という人はいないでしょうし、
どんな悪人にも探せばいいところはあります」
灰司教「そう、この世界は白と黒が混ざり合った“灰色”なのです……」
灰司教「自分は正しい“白”、そして相手は間違っている“黒”と認識するから争いが起こるのです」
灰司教「ですが、ひとたびこの世界は灰色なんだと認識すれば、ほらどうでしょう?
少し世界が平和になった気がいたしませんか?」
灰司教「自分は灰色、相手だって灰色。こう思えば相手と仲良くなれる気がしませんか?」
灰司教「無理に白黒つける必要はない。だって……この世界は灰色なんだから」
シーン…
灰司教「私は四人家族で、両親は常に仲が悪く喧嘩をし、時には私を傷つけました」
灰司教「ですが、私がこの“灰の教え”を悟ってからというもの……
なんと両親は喧嘩をやめてくれたのです。家族が平和になったのです」
灰司教「お分かりですか、皆さん。この世界は灰色なのです」
灰司教「もし、全人類がこう認識することができたなら、今日にでも世界は平和になります」
灰司教「我々グレー教団は、そんなささやかで大それた願いを実現するための教団です。
どうか皆様も我々の教えに耳を傾けて……」
聖女「泣ける話じゃないの……」ジーン
闇神官「うむ、いい話だ」
憲兵「え」
聖女「いやー、なかなかいいこというじゃない。あの司教さん!
聖女としてのカンがいってるわ、こいつら町を乗っ取ろうなんて教団じゃないわよ」
闇神官「俺もそう思う。彼らから町を乗っ取ろうとする意志は感じられん」
憲兵「そ、そうか?」
憲兵(たしかにいい話だったかもしれないが、こいつらも単純すぎる)
灰司教「では、アロマをお配りしてくれ」
副官「はい……です」
巫女「皆様、こちらは教団特製のアロマです。室内に置いておけば中の液体が蒸発し、
穏やかな香りを楽しむことができます」
ワイワイ…
聖女「へえ、サービスいいわね」
闇神官「どれ、俺ももらっていくか」
憲兵(教えも過激なところはなく真っ当だったし、特に危険な教団ではないということか……。
まだ油断はできないが……)
― 町 ―
休みの日、ほとんどの人間は礼拝堂に行くようになった。
「今日も“灰の教え”を聞きに行こう」
「灰司教さんの声を聞いてると、穏やかな気持ちになるんだよな」
「彼らなら本当に世界平和を実現できるかも! ……なーんて」
決して聖女や闇神官が軽んじられてるわけではないのだが、
この町の住民にとっては規模の大きな教団に教えを授けられるという経験そのものが新鮮であり、
みるみる教えにのめり込んでいったのである。
憲兵(本当にこれでいいのだろうか……)
憲兵「あれ、お前たちも礼拝堂に行くのか」
聖女「うん」
闇神官「うむ」
憲兵「お前たちにもそれぞれ信じる神や教えがあるんだろ? グレー教団にのめり込んでいいのか?」
聖女「だって、あの灰司教……いいこといってるし!」
闇神官「よいところはどんどんブラックホールのように吸収する……これが俺の主義だ」ニタァ…
憲兵「そ、そうか……」
灰司教「今日も“灰の教え”を授けましょう」
灰司教「皆さんは白でも黒でもない……灰色です。さすれば争う必要などないのです。
目の前にあることに縛られず、もっと大きな視点で行動を……」
青年(受験も合格・不合格だけで考えてたけど、こう考えると気が楽になるな……)
町娘(肌が綺麗でも汚くてもいいじゃない!)
少女(世界が平和になったらいいなぁ……)
ワイワイ…
巫女「アロマをどうぞ。ご自宅で楽しんで下さい」
老人「ありがたや、ありがたや」
主婦「これを嗅いでると、気分が落ち着くんです! 喧嘩する気もなくなって……」
憲兵(いかにも怪しいこのアロマだが、舐めても特に異変はなかった)
憲兵「くそっ、この手の魔法薬の知識がない俺じゃ、調査しようがない……」
憲兵「おい、聖女! 闇神官!」
アロマを嗅ぐ二人。
聖女「ほわぁ~……」
闇神官「いい香りだぁ~……」
憲兵「…………」
聖女「あら憲兵じゃない。どしたの?」
闇神官「お前もアロマするか?」
憲兵「……もういい」
― 町 ―
人がいない町をパトロールする憲兵。
憲兵「…………」ザッザッ
憲兵(町からすっかり活気がなくなった……みんなアロマしてるんだろうか)
憲兵(これが灰司教のいう“平和な世界”というやつなのか……?
たしかに平和なのかもしれないが……)
憲兵「あれは?」ササッ
灰司教「…………」ザッ
憲兵(役所に向かってる……。なぜ、灰司教が役所に?)
憲兵(ついていってみるか……)ゴクッ
長官「灰司教様、ささこちらへどうぞ。今なら誰もおりませぬ」
灰司教「…………」
長官「アロマの方は……」
灰司教「だいぶ行き渡った。いや……染み渡ったと表現すべきか」
灰司教「皆、夢中になってあれを嗅いでるだろうから、
今や町中の家に蒸発したアロマが染みついてるだろう」
長官「つまり、まもなく計画を実行すると……」
灰司教「ああ、この町を“丸ごと灰にする計画”をな」
長官「おおっ!」
だが――」
灰司教「魔力精製した可燃性物質が含まれており、強烈な炎を浴びせればたちまち燃え上がる。
炎は消し止められることもなく、またたく間に町を焼き尽くし……全てを灰にするはずだ」
長官「そして、その後は……」
灰司教「各地の信者たちも呼応し、それぞれの町や村を燃やすだろう」
灰司教「我々が理想とする“灰色の平和”に向け、大きな一歩となるというわけだ」
長官「この計画が上手くいけば私も……」
灰司教「もちろん、お前の教団内での地位を引き上げてやろう」
長官「ありがとうございますっ!」
憲兵(長官はグレー教団の信者で、奴らをこの町に引き込んだ……!)
憲兵(そして、なにより――こいつらはこの町を灰にしようとしている!)
憲兵(聖女と闇神官のカンは確かに正しかった……。
グレー教団は“町を乗っ取る”なんて集団ではなかった。
“町を滅ぼそうとする”集団だったのだ!)
憲兵(早くこのことを――)サッ
灰司教「ところで……部屋の外にどうやらネズミがいるようだ」
長官「え?」
ギュオオオオッ!
ズガァァァァァンッ!
憲兵「ぐああっ!!!」
灰色の竜巻が壁を破壊し、聞き耳を立てていた憲兵の腹を抉る。
灰司教「コソコソと嗅ぎ回りおって……」
長官「なんという威力! さすが灰司教様……」
ボタボタ… タタタッ…
長官「む……逃げていく!」
灰司教「内臓が抉れている。それにあの出血量……助かるまい」
長官「それもそうですな」
灰司教「しかし、アロマの効き目が薄い住民に知らされたら面倒なことになる。
計画をすぐにでも実行した方がよさそうだ。私は礼拝堂に向かう」
長官「承知しました!」
憲兵「はぁ、はぁ、はぁ……」
憲兵(何とか逃げられたが……目がかすんできた)
憲兵(俺が逃げたことで……奴はすぐにでも町に火を放とうとするはず)
憲兵(今から住民を避難させても……とても間に合わないだろう。
となると、グレー教団を直接叩くしかないが……)
憲兵(この町で、奴らを倒せそうなのは……)
憲兵(悔しいが……あいつらしかいない……!)
憲兵「俺の体……持ってくれ……」ハァ…ハァ…
ヨロヨロ…
闇神官「ククク、黒バラが美しく咲いてきた……」
闇神官「この成分を抽出すれば、素晴らしい魔法薬になる……む?」
憲兵「お……い……」ヨロ…
闇神官「!? 憲兵ではないか! 一体どうした!」
憲兵「町を……町を……まもって、くれ……」
ドザァッ…
闇神官「おい、しっかりしろ!」
闇神官「誰にやられたのだ……!?」
憲兵「グレー……教団……」
聖女&闇神官「!」
憲兵「奴らは……町……滅ぼす……つ、もり……」ゲホッ
聖女「なんですって!?」
憲兵「俺は……助からん……」
憲兵「た、頼む……町を守ってくれ……。お前たち……しか……」
憲兵(こいつらに託すことができた……。職務は果たせた……。
これで心おきなく旅立てる……)
憲兵「…………?」
聖女「まさか、“職務は果たせた”とか思ってるんじゃないでしょうね。
あんたみたいなムカつく奴、そう簡単に死ぬのは許さないんだから」
聖女「聖なる天使よ、この者に大いなる癒やしを与えよ!」
ボァァァァァ…
憲兵の脇腹が回復していく。
憲兵「え……!?」
闇神官「ふん、流石だな」
聖女「こんだけの重傷だとかなり疲れるけどね……」
闇神官「だが、感染症の恐れもある。念のため俺も手伝っておこう。
闇よ……傷口の汚れを吸い込め」
ズオオオオオオ…
聖女「私もやるもんでしょ」フフン
憲兵(たしかに……俺はこいつらを見くびってた。だが――)
憲兵「やるなら絶対もっと早く出来ただろ!!!」
聖女「いやー、ごめんごめん。あんまり必死こいて喋ってるからつい……ね」
闇神官「遮って治療するのはよくないかな、と」
憲兵「まぁいい……ありがとう」
聖女「で、グレー教団は何企んでるわけ?」
憲兵「奴らの唱える“灰の教え”は……方便に過ぎなかった。真の目的は――」
憲兵「行くのか?」
聖女「もちろん!」
闇神官「町を灰にするなど……黙って見ているわけにはいくまい」
憲兵「俺も行く……うぐっ!」ズキッ
聖女「無理しないで。傷は一見治ったけど、あれだけの重傷だもん。
負傷部分とそうでない部分のバランスは崩れたまま。しばらくは絶対安静よ。
下手に動くと内臓の働きがおかしくなっちゃう」
憲兵「すまん……」
聖女「まぁ、見てなさいって!」
聖女「“白”と“黒”が組んだら、どれだけ恐ろしいことになるか――」
闇神官「“灰色”に思い知らせてやろう……!」
聖女は聖水を、闇神官は闇液を懐に入れる。
聖女「行くわよ!」
闇神官「うむ」
並ぶ信者達に、灰司教が号令を下す。
灰司教「諸君、ついに時は来た」
灰司教「我が“灰の教え”の第一歩を踏み出す時が来た」
灰司教「信者達よ、町に散らばり火をかけろ」
灰司教「アロマにより動きの鈍ってる住民たちは一人も逃がすな」
灰司教「今日この町は焼き尽くされ、灰(アッシュ)となり……灰色(グレー)となる。
生きている者はいなくなり……平和がもたらされるのだ」
「おお……!」 「灰司教様……!」 「あなたの教えを実現いたします!」
彼らしか知らぬ、真の“灰の教え”に感銘する信者達。
副官「はい……です」
灰司教「巫女、お前はここで待機し、適宜私や信者達をサポートしろ」
巫女「分かりました」
灰司教「ではゆくがいい、信者達よ。全てを焼き尽くせ」
「はっ!」 「はっ!」 「はっ!」
するとそこへ――
光の矢と闇の球体が飛んできた。
ズドドォォォォォンッ!
信者何人かが吹っ飛ぶ。
灰司教「……何者だ?」
聖女「町を守護する白く美しき聖女と……!」ビシッ
闇神官「黒き衣に正義を宿す闇神官だ」ニタァ…
シーン…
聖女「ちょっとぉ、せっかくかっこいい口上をいってあげたのに、もっとリアクションしてよ!
滑ったみたいになるでしょうが!」
灰司教「たしか元々この町にいた聖職者たちか」
巫女「ええ、それぞれ自分達のいる教団からは距離を置いております。
グレー教団の活動にも特に邪魔にはならなかったので、放置していましたが……」
灰司教「ここにきて、妨害しに来たというわけか」
聖女「町を灰にするなんて計画、妨害するのが当たり前でしょうが!」
闇神官「うむ……お前たちはテロリストと変わらん」
闇神官「お前は“灰の教え”とやらに目覚め、家族仲を取り持ったのだろう?
あの話には大いに感動したものだが……」
灰司教「私の両親は日常的に喧嘩と……私や妹への虐待を繰り返していた。
我慢していればいつかきっとまともな親になってくれると、
私はずっと耐えてきたのだが……」
灰司教「ある日、私がいない時に妹が徹底的な暴行を受けたことをきっかけに、
私の中に神が舞い降りた」
灰司教「気づいた時には……家は焼け、家もろとも両親は灰になっていた」
聖女&闇神官「!!!」
灰司教「それ以来……両親は喧嘩もしなくなったし、虐待もしなくなった。平和が訪れたのだ」
聖女「当たり前じゃない……死んでるんだから」
灰司教「そう、これが“灰の教え”なのだ!」
世界を灰色にするための同志をな……」
灰司教「そして、ついに……その一歩を踏み出す。この町を灰にすることでな」
灰司教「分かるか? 世界平和はもうすぐそこまで来ているのだ」
聖女「分かるか! てか、一ミリも理解できんわ!」
闇神官「うむ……極めて悪質かつ幼稚な論理だ。お前たちのような教団を、断じて認めるわけにはいかん。
ここで食い止める!」
灰司教「たった二人で何ができる。ここにいる信者たちは全員、武器や魔法の心得がある」
灰司教「町を灰にする前に、まず奴らを灰にしてやれ」
「はっ!」
ザザザッ…
信者集団が突撃する。
パキィ……ン……
信者A「ぐわっ!」ガンッ
信者B「なんだこの壁!」
信者C「くそっ!」
聖女「乙女に突っ込んでこようなんて、甘いのよ」
聖女「さ、攻撃は任せた!」
闇神官「うむ」
ズオオオオオオッ……
信者達の下の地面が黒く染まる。
黒い地面が信者達に這い上がっていき――
「うわっ、なんだこれ!?」 「呑み込まれる!」 「ひいいいっ!」
ドサッ… ドササッ… ドサッ…
闇神官「“恐怖”した者から……失神していく」
聖女「さっすが。とはいっても、残る奴らにゃ、通用しそうにないけどね」
闇神官「ここからが本番だな」
大勢をやられたにもかかわらず、動揺は見られない。
灰司教「……なるほど。予想以上に出来るな」
灰司教「副官、巫女。相手をしてやれ」
副官「はい……です」
巫女「分かりました」
聖女「ふん、こちとら聖女よ。相手ってほどのもんになるかしらね」
巫女「水流よ、敵を撃ちなさい」
ゴボゴボゴボゴボ…
ズシャアアアアッ!
水流が、大蛇のように襲いかかる。
聖女「うわっとぉ!」
聖女「危ない危ない、あんたは水魔法使いなのね」
巫女「ええ……全ては灰司教様のために学びました。
相手が神に選ばれし聖女であろうと……負けるつもりはございません」
聖女「上等ッ!」
ズドドドドドッ!
しかし――
巫女「届きません」ザバァッ!
水流で防がれる。
聖女「ちっ!」
巫女「水は光を反射すると、ご存じですか?」
聖女「ゲ……!」
矢が跳ね返り、聖女の体に命中する。
聖女「うぐぁ……っ!」
副官「はい……です」メラメラ
闇神官「炎使いか。放火にはうってつけな人材だな」
副官「はい……です」
ボワァァァァァッ!!!
手から火炎放射。
闇神官「闇よ、魔力を吸収せよ」ズオオオオ…
手から放たれた暗黒の渦が炎を吸収――
闇神官「む!?」
――しなかった。黒いローブが焼かれる。
闇神官「ぐおおっ……!」
副官「はい……です」バッ
手に仕込んだ火打石や、体に備えつけた油袋などを見せつける。
副官「はい……にしたいです」
闇神官「?」
副官「灰にしたいですッ!!!」
ボワァッ!
さらに火力を上げた炎が舞い踊る。
闇神官「ちっ……!」
闇神官(こいつ……おそらく生粋の放火魔! どこぞで放火を繰り返していたのを、
灰司教がスカウトしたのだろう)
闇神官(世界を灰にしたい灰司教とは利害が一致するというわけだ!)
灰司教は手を出さない。
巫女も副官も独自の戦法を持っており、加勢は邪魔にしかならないと理解しているからだ。
巫女「波よ……全てを呑み込め」
ザバァァァァァッ!
聖女「きゃあああっ!」
副官「灰にしたいですッ!」
ボワッ! ボワッ! ボワッ!
闇神官「火球とは器用な攻撃をしおって……!」
ザバァァァァァッ!
聖女「光の壁……ぶおっ!」
聖女(なんて攻撃なの……! 光の壁なんか張っても役に立たない!)
聖女(かといってこちらの攻撃は――)ピカッ
巫女「水よ……私を守りなさい」ザバァッ
聖女(水で反射されちゃう!)
巫女「灰司教様のために鍛え上げた私の魔法……あなたでは破ることはできません」
聖女「そんなにあのイカレ野郎が大事なの!?」
巫女「ええ……大事です。この世で最も大事な御方……」
聖女「!」
ドドドドド…
巨大な波が聖女に押し寄せる。
聖女「くっ……!」
巫女「さようなら。せめて苦しむことがないよう」
――ザバァンッ!!!
巫女「ここまではしたくありませんでしたが、生半可では倒せぬ相手でした……。
申し訳ありません……」
巫女「――え」
聖女「乗るしかないでしょ、このビッグウェーブに!」ザザザ…
光の壁をサーフボードのようにして、波に乗っていた。
巫女「な、なんですって!?」
聖女「ヘイヘイヘ~イ!」ザバババ…
巫女「くっ……!」
波を操るが、聖女のバランスは崩れない。
聖女「こっから他の魔法を繰り出したいとこだけど、悪いけどそんな余裕ないの」
聖女「だから……このまま突っ込む! でぇやぁぁぁぁぁっ!!!」ザバババババ…
巫女(避けられない――!)
聖女は波に乗ったまま、巫女に激突した。
巫女「ああっ……!」ドザッ…
聖女「ふぅ~……メチャクチャな勝ち方だけど勝ちは勝ちよ」
ボワァァァァァッ!
闇神官「うぐっ……!」
副官の火炎攻撃に追い詰められる。
副官「灰にしたいです!」
闇神官「それしかいえんのか、お前は!」
副官「灰……灰……灰……」
闇神官「ならば……目には目を、火には火を、だ。闇の炎魔法をお見せしようではないか」
副官「…………!」ピクッ
副官「この俺に火で勝負をォ? 笑わせんな!」
闇神官「やっとまともに喋ったか……。灰司教の人形に徹してたが、プライドが傷ついたか?」
闇神官「ゆくぞ」
小さな青白い火が、副官にくっつく。
副官「!」メラ…
その炎は副官の体にまとわりつく。
副官「なんだこれ……」パッパッ
いくらはたいても、炎は消えない。燃え続ける。
副官「なんだこれァァァ!」
副官「あついっ! あづぅぅぅぅいっ!」
闇神官(地獄の炎は、肉体的な痛みも熱さもない……火傷も負わない。ただし、心を焼く!
罪が重いほど苦しむことになる!)
副官「なんだこれ! なんだよこれェ!」
闇神官「む?」
副官「これ……体は燃えないじゃん! いくら燃えても死ぬわけじゃねえ!
なーんだこけおどしじゃねえかァ!」
闇神官「な……ッ!」
副官「だったら怖くねえ! 灰……灰……灰にしたいですぅ!」ボワァッ
闇神官「…………」
副官「あ?」
だが……時間は稼げた」
副官「時間? 諦めるための時間かぁ?」
闇神官「そうではない……こいつを作る時間だ」
闇神官「出でよ、ダークゲル!」
副官「げぇっ!」
グジョグジョグジョ…
副官「うあああああああっ……!」
グジョグジョグジョグジョグジョグジョ…
副官「いぎゃぁぁぁぁぁっ……!」
巨大なダークゲルが副官を包み込む。これにはひとたまりもなかった。
副官「あ……ああ……あ……」ピクピク…
二対二の戦いは聖女と闇神官の勝利――
聖女「残るはあんたよ」
闇神官「二対一だが、加減せんぞ」
灰司教「こんな町に……二人を倒せるほどの使い手がいるとは予想外だった」
聖女「この町を狙ったのが運の尽きってやつよ!」
闇神官「俺たちは二人とも、独立するだけの腕はあったのだからな」
聖女(こいつも見たところ、巫女や副官とそう差はないはず!)
闇神官(俺と聖女の二人がかりならば、間違いなく倒せる……)
聖女「え、なに?」
闇神官「灰を纏っている……?」
聖女「ハッ、この期に及んで目くらましでもしようっての?」
闇神官「(嫌な予感がする――)聖女、攻撃するぞ!」
聖女「ラジャー!」
ズガァァァァァンッ!!!
二人の術が直撃するが――
灰人「…………」
聖女「あらぁ……ピンピンしてる」
闇神官「魔界の灰を纏ったのだ……。もはやさっきまでの奴とは別人だ」
聖女「“第二形態”ってわけね」
灰人「ウガアアアアアアッ!!!」
ドゴォンッ!
パンチで地面にクレーターができる。
聖女「ひいっ!」
闇神官「怪物め……!」
聖女「光の矢よ!」ズドドドドッ!
闇神官「ダークゲル!」グジョグジョグジョ…
灰人「無駄だ」シュゥゥゥ…
聖女「ダメ! 灰が装甲になってて弾かれちゃう!」
ギュオオオオオオッ!
憲兵を抉った時よりもさらに高威力。
聖女「う、ぐぅ……!」ミシミシ…
闇神官「おのれぇ……!」ミシミシ…
すかさず間合いを詰め――
灰人「ガァッ!!!」
聖女「光の壁よ!」ピキンッ
だが、その拳は光の壁を突き破る。
ドゴォッ!
聖女「ぎゃっ……!」
闇神官「聖女ォォォ!!!」
灰人「むんっ!」ズオッ
手を振るい、灰の混ざった衝撃波を出す。
闇神官「ぐおおっ……!」ドザッ
闇神官「う、うぐぐ……。い、生きてるか……」
聖女「とりあえ、ず、ね……」
闇神官「一度……回復しておいた方が……よさそうだが、どうだ?」
聖女「同じ事……考えてたわ」
灰人「…………」ズン
聖女と闇神官は、同時に懐からあるものを取り出していた。
闇神官「飲んでやる」
闇神官「俺の闇液飲むか?」
聖女「飲む」
聖女「…………」グビッ
聖女「おえっ、まっずうぅぅぅぅぅ!」
闇神官「なんだと!?」
闇神官「…………」グビッ
闇神官「聖水というより……“足くせい水”だな」
聖女「下らんこというな!」
闇神官「だが……魔力は回復できた!」シャキンッ
聖女「そうね!」シャキンッ
灰人「愚かな……。今さら多少魔力が回復しようと、実力差は歴然だ」
ズガァンッ!
灰人「“灰竜巻(グレイトルネード)”!!!」
ギュオオオオオオオッ!
灰人「魔界の灰よ……我にもっと力をォ!」ズオオオオ…
怪物となった灰司教の猛攻は、とどまることを知らない。格闘も魔法も一級品。
聖女「あっちが疲れるのを待つ……なんつーのは無理ね。ありゃいつまでも暴れ続けるわ」
闇神官「うむ、二人同時の大魔法で一気に決めるしかない」
闇神官(だが、そんな魔法を放つスキが――)
灰人「グオオオオオッ!!!」
ドゴォンッ!
しかし、攻め続ける限り、そんなものを唱える余裕はない」
灰人「“灰”の前に勝機は無いッ!」
ズオオオオオオオ…
体中の灰から力を集め、渾身の一撃を放とうとする。
聖女「や、やばっ……すごいの来る!」
闇神官「いかん……!」
その時だった。
バシャアアッ!!!
水流が、灰司教の顔面に炸裂した。
闇神官「え!?」
聖女「あんた……!」
巫女「……早くッ!」
闇神官「邪神よ、しばし目覚め、我が声に応えたまえ……」
聖女「雲上より降り注ぐ光の柱を以て、天罰を与えよ!」
闇神官「世界をも揺るがす力によりて……悪しき者に滅びを!」
神々の力を借りた二人の大魔法が――
灰人「――――ッ!」
怪物と化した灰司教を飲み込んだ。
巫女「…………」
巫女「兄さん……」
闇神官「!」
聖女「あんた……妹だったの?」
巫女「はい……」
巫女「兄さんは……両親に辱められてる私を見て……二人を殺し……全てを燃やしました」
巫女「それから兄さんは“灰の教え”とやらに目覚め、瞬く間にグレー教団を結成。
信者を集め……世界を灰にする計画を立てていきました。
出来るはずもない計画を……」
巫女「なんとか食い止めたかった……だけど、兄さんは止まらなかった。
いつしか完全に自分の“灰の教え”に囚われていたのです」
私にとって、兄さんは世界で一番大切な人だから……。
だから教団の巫女となり、共犯になる道を選びました」
聖女「そっか、あんたが水魔法の使い手になったのは……」
巫女「計画の第一歩である“町一つを丸ごと灰にする”だけは阻止するためです」
巫女「町が火に包まれても、私が命を犠牲にした水魔法を放てば、火は消せるはず……。
そうすれば、兄さんは“灰の教え”の過ちに気付き元に戻ってくれると……」
闇神官「言いにくいことだが、それが上手くいったとしても灰司教が止まったかというと……」
巫女「その通りです。多分兄さんは止まらなかったでしょう」
巫女「結局、私も兄さんのように自分の中に出来た“教え”を盲信してたに過ぎなかったのです」
巫女「ですが、あなたたちが兄さんを止めてくれた。“死”という形で……」
聖女「ちょっと待って待って。私らを勝手に殺人者にしないでよ」
巫女「え? ですが、兄さんはあの傷ではもう……」
灰司教「う、うぅ……」
巫女「兄さん! 兄さん、しっかり!」タッ…
灰司教「巫女……」
巫女「私たちは負けたの。だからもう“灰の教え”なんてやめよう! お願いだから!」
闇神官「…………」
闇神官「あのままにしておけば死んでいただろうに……なぜ助けた?」
聖女「だって、あいつを死なせたら、グレー教団の残党があいつを神格化しかねないし。
そうなったらますます厄介よ。それにさ……」
闇神官「それに?」
聖女「敵とはいえ、人が死んだらやっぱり後味悪いじゃん?」
闇神官「たまには聖女っぽいことをいうんだな」
聖女「うっさい」
聖女「え!?」
闇神官「放火魔……!」
副官「俺は思う存分、火をつけられるっていうから……放火をやめて教団に入ったんだぞ。
今までずっと大人しくしてたんだぞ。なのに……」
副官「家一軒燃やせてねえじゃねえかァァァァァ!!!」
灰司教「副官……もう、やめ……」
副官「やめるかァ! この町がアロマで丸ごと火種だってことにゃまだ変わりねえんだ!」
副官「この町を……灰にしてやる! 灰にしてやるゥゥゥゥゥ!」
闇神官「いかんな……! 我々も奴を倒せるほどの魔力が……」
聖女「ちょっとぉ、なんであんたあいつ殺しとかなかったのよォ!」
闇神官「ついさっきと言ってること違う!」
バキィッ!
副官「ぐあっ……!?」
町民A「町を灰になんかさせるか!」
町民B「そうだそうだ!」
ワアァァァァァ…… ワアァァァァァ……
副官「な、なんでこいつらがぁ……。や、やめっ――」
袋叩きにされる副官。
聖女「みんな……!」
青年「あれだけ派手な音がしてたんで、アロマも覚めて、みんなで駆けつけましたよ!」
町娘「聖女ちゃん、大丈夫!?」
少女「町はみんなで守る!」
ワイワイ… ガヤガヤ… ワァァァァ…
こうして、町を灰にする計画は完全に潰えた。
長官(まさか、灰司教様が負けてしまうとは……)
長官(だが、各地にいる信者に連絡を取れば……!)
憲兵「お待ちを」
長官「な、なぜ……! 死んだはずじゃ……」
憲兵「白黒コンビのおかげで死に損ないましたよ」
憲兵「長官、あなたは町を統括する立場でありながら、グレー教団の恐るべき教えに魅せられ、
教団内での地位を上げるため、あのような集団を引き入れた……」
憲兵「その罪は償って頂きます」
長官「くっ……くそっ……!」
剣を突きつけられ、長官は膝から崩れ落ちた。
各地の残党も、灰司教が観念し逮捕されたことで、それに失望し、活動を停止する者が殆どだった。
中には「灰司教の意志を受け継ぐ!」と放火に走る信者もいたが、全てボヤ騒ぎに終わった。
……
……
聖女「いやー、アロマ掃除は大変だったねえ」
闇神官「特殊な布で、壁を拭かねばならなかったからな。ある意味戦いよりも苦労した」
聖女「そういや教団の……放火魔野郎は死刑として、あの兄妹はどうなったかしらね」
闇神官「普通に裁かれるか、あるいはあれほどの魔法使いは稀だ。
国から裏取引を持ちかけられ、国家の駒として生き延びる道もあるかもしれん」
聖女「応じるかな?」
闇神官「さてな……。いずれにせよ、もう会うことはないだろう」
聖女「うん……」
― 役所 ―
新長官「本日より、この町の長官として就任する。諸君、よろしく頼む」
パチパチパチパチパチ…
新長官「憲兵君、グレー教団の件での君の活躍は聞いている。
これからもしっかり、不届き者から町を守って欲しい」
憲兵「ありがとうございます」
新長官「さて、この町の聖職者である聖女殿と闇神官殿にもお会いしたいのだが……」
憲兵「今の時間であれば、二人とも教会と黒儀式場の前にいるかと」
新長官「さっそく会いたい。案内してもらえるかな?」
憲兵「分かりました」
聖女「聖女印の聖水! 今ならたったの100G!」
闇神官「俺が丹精込めて作った闇液……なんと今ならタダ!」
ワイワイ…
町民たちはみんな聖女に群がる。
聖女「やーいやーい、タダなのに誰も飲まなーい!」
闇神官「今度からはノロイヤモリも追加するか……」
聖女「いや、材料の問題じゃないから」
聖女「さて、私の聖水飲む?」
闇神官「飲むわけないだろ!」
聖女「えー、なんで? あの時は飲んだのに」
闇神官「あれは緊急事態だ! でなきゃダシ汁なんか飲むか!」
聖女「ダシっていうなや! この需要無し真っ黒野郎!」
闇神官「許さん! 見た目だけ白い悪女め!」
闇神官「やってみるがいい……闇の恐ろしさを思い知らせてくれる!」
ギャーギャーッ!
新長官「……あ、あの二人はいつもああなのかね?」
憲兵「しょっちゅう白と黒で喧嘩してますよ。恥ずかしいところをお見せしました」
憲兵「しかし……この町はそれでいいんです」
―おわり―
コメント一覧 (3)
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- 2021年06月21日 05:37
- 藤井聡太×羽生結弦×ボビーオロゴン75時間耐久3p農耕セックス第7弾
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- 2021年06月21日 21:44
- 前にあった闇魔法使いの奴みたいな雰囲気あって好き
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- 2021年06月30日 00:51
- 面白い