勇者「冒険に出る前にマナー講師の指導を受けることになった」
国王「このままでは人と魔族は全面衝突し、泥沼の争いは避けられん」
国王「もはや、魔族を対人間へと扇動する魔王を倒すしかなくなった」
勇者「分かっております。人類の代表として必ずや魔王を倒し、人と魔族の戦いを食い止めてみせます!」
勇者「すぐにでも旅立ちを……」
国王「と、その前にマナー講師の指導を受けてもらいたいのだ」
勇者「マナー講師?」
国王「正しいマナーを学ぶことで、きっと魔王を倒す上でも役に立つはずだ」
勇者「はぁ……分かりました」
勇者「陛下がおっしゃるのなら、マナー講師の指導を受けてから旅立とうと思います」
勇者「よろしくお願いします」
勇者「最初に……質問よろしいですか」
マナー講師「どうぞ」
勇者「なぜ、冒険にマナーが必要なのでしょうか?」
マナー講師「いい質問です」
マナー講師「正しいマナーを踏まえた冒険をすることは、人々があなたを尊敬することに繋がります」
マナー講師「そうすれば協力を得やすくなり、冒険の手助けになることは間違いありません」
マナー講師「魔族とて、マナーを守って接すればいらぬ争いを避けられるケースもあるでしょう」
勇者「なるほど……」
勇者(理屈としては正しいような気がする)
マナー講師「ではまず、民家への入り方から始めましょうか」
勇者「はい」
勇者「すみませーん」ガチャッ
マナー講師「コラコラ、いきなりドアを開ける人がいますか。ちゃんとノックしなさい」
勇者「あ、そうでしたね」
コンコン
勇者「失礼しまー……」ガチャッ
マナー講師「ノックは3回です!」
勇者「す、すみません!」
勇者(ノックの回数にまでマナーがあるのか……!)
勇者「あのー」
マナー講師「いきなり『あのー』はマナー違反です」
マナー講師「きちんと『伺いたいことがあるのですが』と話しかけましょう」
勇者「分かりました」
マナー講師「それと話しかける時の方向も重要です」
勇者「そうなんですか」
マナー講師「後ろからは論外。前から話しかけるのも行き先を遮る形になるのでマナー違反です」
勇者「では左右からということですか」
マナー講師「右からですと相手の利き腕に近づくことになり、窮屈さを与えるのでマナー違反です」
マナー講師「つまり、左から話しかけるのがベストです」
勇者(色んなマナーがあるんだなぁ……)
マナー講師「あなたは1000Gの剣、500Gの剣、100Gの剣が売っていたら、どれを買いますか?」
勇者「やはり1000Gでしょうね。高い剣ほど性能が上ですから」
マナー講師「それはマナー違反です」
勇者「えっ、なぜです?」
マナー講師「一番高い武器を購入するのは、己の財力を誇示する行為にあたりとても失礼なのです」
勇者「はぁ……じゃあ一番安いのを……」
マナー講師「それもマナー違反です。武器屋としては、少しでも値が高いものを買って欲しいですからね」
勇者「つまり、500Gが正解、と」
マナー講師「その通りです」
マナー講師「薬草や傷薬をまとめ買いするのはマナー違反です」
勇者「なぜです? 回復の手段は多い方がいいと思いますが……」
マナー講師「まとめ買いはあさましい行為。たとえ回復手段であろうとそれは同じことです」
マナー講師「一度に買う薬草や傷薬は、5個までにしておきましょう」
勇者「……分かりました」
勇者「それはそうですね」
マナー講師「宿から出る時、つまりチェックアウト時、布団などを綺麗に畳むのはマナー違反です」
勇者「えっ、そうなんですか?」
マナー講師「どうせ清掃係が入りますし、畳んであるとかえって二度手間ですからね」
マナー講師「部屋はなるべくグチャグチャにしておく方が、かえって清掃しやすいんですよ」
勇者「でも、多少は片付けた方が……」
マナー講師「マナー違反ですッ!」
勇者「す、すみません」
勇者「えっ、戦闘にマナーがいるんですか?」
マナー講師「当然です。正しいマナーで戦うことが、勝利への近道なのです」
勇者「はぁ……」
マナー講師「まず、モンスターと出会ったら一礼しましょう」ペコッ
勇者「ええっ!?」
マナー講師「たとえ殺し合う相手にも礼を尽くす。これがマナーというものです」
勇者「もし、奇襲をかけられた時は?」
マナー講師「相手の一撃を避けてから一礼しましょう。一礼せず戦うのは最低の行為です」
勇者(そんな余裕あるかなぁ……)
勇者「やはり開ける時にも色々ルールがあるんでしょうね?」
マナー講師「その通り。しかし、最も大事なのは“開けた後”です」
勇者「そうなんですか?」
マナー講師「開けた宝箱はそのままひっくり返し、逆さにして置いておきます」
マナー講師「これは“伏せ宝箱”といって非常に高度なマナーです。絶対守るようにしましょう」
勇者「伏せる意味は?」
マナー講師「“この宝箱はもう空ですよ”と、周囲に明示することができます」
勇者「ボス相手にマナーを守る余裕なんてあるかなぁ……」
マナー講師「ボス相手だからこそ、守らねばならないのですッ!」
勇者「……失礼しました」
マナー講師「まず、ボスと対峙したら、このように跪きます」バッ
勇者「は?」
マナー講師「そして、地面に三回額をぶつけます。これを三回繰り返すのです」ガンガンガン
勇者「ええ……?」
マナー講師「ボスモンスターに敬意を払うことで、戦いを有利に進めることができます」
勇者(敬意を払ってる間に、ボスの攻撃でこの世から追い払われそう)
魔王「側近よ、計画は順調か?」
側近「はい……勇者はまんまと罠にかかっております」
魔王「クックック……そうか。勇者さえ仕留めれば人間など烏合の衆……ここまでだな」
側近「計画の仕上げは、誰にやらせましょうか?」
魔王「うむ……罠にかかったとはいえ勇者は手強かろう。となると、適任者は……」
……
勇者「はっ! はっ! はっ!」ブンブンブンッ
マナー講師「全然ダメですね。まるでなってません」
勇者「これでも国内No.1の剣士でもあるのですが……」
マナー講師「今の剣の振り方のどこが勇者ですか。優雅さの欠片もない」
マナー講師「剣はこのように振って下さい」ヒュンッヒュンッ
勇者「見た目は美しいですが、全然実戦的じゃないですね……」
マナー講師「しかし、これがマナーなのです。結果だけを追い求めていては、それは勇者でなく蛮人です」
マナー講師「続いて盾を構える時のマナーをお教えします」
マナー講師「相手の攻撃をいきなり防ごうとするのは、大変失礼でありマナー違反です」
勇者「なにをいってるんです?」
マナー講師「ですから、盾は一度攻撃を受けてから構えましょう」
マナー講師「敵に勝利した時のマナーですが……」
勇者(マナー講師の指導を受け始めてから、もう何日目になるだろう……)
勇者(いったい俺はいつ冒険に出られるんだ……?)
勇者「へ?」
マナー講師「ドアを開ける仕草をしてから、私に話しかけてみて下さい」
勇者「は、はいっ!」
勇者「まず、ノックして……」コンコン
勇者「失礼します」
勇者「伺いたいことがあるのですが――」
マナー講師「0点です! ノックは2回しかしてないし、話しかける方向も間違ってました!」
マナー講師「どうやらもう一度教える必要があるようですね!」
勇者「そんなッ……!」
勇者「やっと一日が終わった……」ドサッ
勇者「だけど……きっとマナー講習は明日からもまだまだ続くだろう……」
勇者「こんな調子じゃ、冒険出る前に俺は……」
「クックック……どうやら狙い通りになっているようだな」
勇者「!?」
勇者「この声は――」
魔王「勇者よ……ずいぶん疲弊しておるではないか」
勇者「ぐっ……!」
魔王「まさに計画通りというわけだ」
勇者「ど、どういうことだ!? そうか、あのマナー講師はお前の差し金か!」
魔王「そうだ。部下を占い師に変装させ、貴様らの王をそそのかし、マナー講師を招かせた」
魔王「そして、貴様が疲れ果てたところで……念には念を入れ、ワシ自らトドメを刺しにきたというわけだ!」
勇者「ぐう……ッ!」
勇者(ダメだ……! 一日中マナー講習を受けて、力が入らない……!)
魔王「死ねえ、勇者ッ! 人間界はワシのものだッ!!!」
魔王「――へ?」
勇者(誰だ……?)
マナー講師「魔王自ら攻めてくるなど……マナー違反にも程がありますね」
魔王「なっ!?」
マナー講師「魔王とは魔王城ででんと構えているもの……こんな重大なマナー違反はマナー講師として見過ごせません」
魔王「ふざけるな! 貴様の出番はもう終わったのだ! 消えろッ!」バリバリバリッ
マナー講師「ぬるいですね」ペシッ
魔王「はい!?」
勇者「あっさり弾き飛ばした!」
魔王「あわわわわ……!」
マナー講師「初めてお会いしますが……どうやらあなたにもしっかりマナーを叩き込む必要があるようです」
マナー講師「かといって、勇者さんのマナー指導も全然終わってないのでね」
マナー講師「魔王さんはここに残って、私のマナー講習を受けてもらいます!」
魔王「そ、そんな……!」
勇者「魔王が仲間になった!」
魔王「はいっ!」
マナー講師「部下を呼ぶ時はベルを3回鳴らして下さい」チリンチリンチリン
魔王「はいっ!」
マナー講師「魔王といえば笑い方も大切です。私のやるように笑って下さい。フハハハハハ……」
魔王「フハハハハハ……」
マナー講師「全く威厳が足りませんね。しばらく練習してて下さい」
魔王「フハハハハ、フハハハハ、フハハハハ……」
マナー講師「さ、続いて勇者さんの指導です。今日は伝説の剣を見つけた時のマナーを徹底的に――」
勇者「今日も長くなりそうだ……」
マナー講師「正しいマナーを身に付けるために!」
魔王「なぁ勇者……このマナー講習はいつ終わるんだ?」ボソッ
勇者「知るかよ……」ヒソヒソ
勇者「一ついえることは、マナー講習が終わるまで、人と魔族は戦いどころじゃないってことだ」
おわり
コメント一覧 (6)
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- 2021年01月26日 04:30
- 旅立つ前の勇者に仕掛けるんならマナー講師で疲弊なんて策はいらなかったろうに
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- 2021年01月26日 04:56
- 味いちもんめでもマナー講師が云々って話やってたけどあの手の話聞く度に馬鹿じゃねぇの?って思うわ
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- 2021年01月26日 19:45
- マナー縛りプレイのゲームはやってみたい
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- 2021年01月28日 16:08
- 失礼クリエイター
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- 2021年02月11日 14:46
- アイサツはイクサにおいて絶対の礼儀。
古事記にもそう書かれている
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あと伏せ丼て実際にやったら迷惑ってので有名だよな