店長「恵方巻きを売れ売れ売れぇぇぇぇぇ!!!」
店長「いよいよ今年も恵方巻きの季節がやってきた」
店長「今年は予約販売に力を入れていくから、一人につき何とか一件ぐらい予約を貰ってくれると嬉しい」
店長「ただし無理にとはいわない。季節の風物詩なんて押し付けるもんでもないしな。できる限り頑張ってくれ」
バイト「はいっ!」
女店員「はいっ!」
後輩「はいっ!」
後輩「そうすか? 俺結構好きですけどね」
女店員「ようは巻き寿司だし、積極的に食べようとは思わないけど、食べればおいしいよね」
バイト「予約……誰か買ってくれる人いるかなー?」
女店員「クリスマスケーキと違って、予約する人そんなにいないイメージだよね」
後輩「店頭にあれば買うし、なきゃ別にいいやって人多そうっすよね」
バイト「ま、二月は他にめぼしいイベントといえばバレンタインぐらいだし、ちょっと頑張ってみようか」
バイト「どうよ、予約取れた?」
女店員「ダメー、家族も友達もいらないか、当日買うかだって」
後輩「俺もっす」
バイト「まあ、そんなもんだよなー」
バイト「ところで、恵方巻きの“恵方”ってなんなんだろうな?」
女店員「あんた、恵方巻き売る側でそんなことも知らないの?」
バイト「う、うるさいな。なんとなくめでたい方角、ぐらいのことは分かるけどさ」
後輩「仕方ないなー、じゃあ俺が教えてあげますよ!」
バイト「としとくじん?」
後輩「正月の神様、福の神様っすね。先輩のいう“めでたい方角”ってのも正しいっす」
バイト「なんで年ごとに方角が違うんだ? ずっと同じとこにいればいいのに」
後輩「それは年ごとの十干・干支ごとに変わるからっす」
後輩「細かいことは省きますけど、古代中国の暦の数え方に由来した方角なんです」
後輩「昔は、初詣には自宅から恵方の方角の寺社に参る、恵方参りって習慣もあったっす」
女店員「あんたって仕事はできないけど、こういう知識は豊富だよね」
後輩「照れるっす」
バイト「じゃあ恵方巻きってのはどこから出てきたんだ?」
後輩「とにかくそれが全国的に広まって、今はこういうスーパーでも恵方巻きが売られるようになったっす」
バイト「なんだか作られた習慣って感じだなぁ」
後輩「まあそうっすね。でも、習慣や流行なんてだいたいそんなもんだと思うっすよ」
バイト「まぁな」
女店員「自分では自分の意志でやってると思ってることも、実はまんまと企業戦略に乗せられてるだけだったりなんてこと」
女店員「いっぱいありそうだもんね~」
バイト「乗せられてようがなんだろうが、それで経済が動けばそれでいいのさ」
バイト「ハロウィンのおかげでカボチャ農家が儲かってるなんて話もあるしな」
後輩「おっ、かっこいい意見!」
バイト「俺の時給が上がればなおいい」
女店員「ウケる~!」
アハハハハ…
店長「……おい」
バイト「なんですか、店長?」
店長「恵方巻きの予約……取れたか?」
バイト「ええ、とりあえず友達が一人買ってくれるって……」
店長「たった一人だと!?」
バイト「え!?」
バイト「だって、店長が一件でいいって……」
店長「そんなこと誰がいった!?」
店長「いいか……100本だ! 一人につき恵方巻きを100本売れ!」
バイト「えええ!?」
店長「恵方巻きを売れ売れ売れぇぇぇぇぇ!!!」
店長「なにをやっている?」
女店員「何をって……レジ打ちですけど」
店長「レジ打ちなんかやってる暇があったら、とっとと恵方巻きの予約を取ってこい!」
女店員「なにいってるんです!?」
店長「いいか……一月下旬までに100本予約取れなかったら、クビにするからなァ!」
店長「いや、クビより酷い目にあわしてやるぞォ! 覚悟しとけ!」
女店員「……!?」
店長「貴様……」ギロッ
後輩「店長!? す、すみません。ついサボって電話を……」
店長「スマホ貸せ!」バッ
後輩「あっ!」
店長「もしもし君ィ、うちのスーパーで恵方巻きを買ってくれないか? 10本ぐらい……」
後輩「なにしてるんですか、店長ォ!」
店長「あのー、恵方巻き予約して欲しいんですけど」
店長「恵方巻き買え買え買えぇぇぇぇぇ!!!」
バイト「店長、何やってんだ……仕事放り出してあちこちに電話してる」
女店員「まるでどこぞのセールスマンみたいだわ」
後輩「俺なんて、家に店長から電話来たみたいで……」
バイト「マジかよ……」
客「な、なんですか!」
店長「恵方巻き予約しろォォォォォ! しなきゃスーパーから出さねえ!」
客「なんだこの人!? 放してくれぇ!」
バイト「ちょっと店長!?」
後輩「なにやってんすか!?」
バイト「落ちついて下さい!」
後輩「力ずくでバックヤードに引っぱりましょう!」
バイト「分かった!」
店長「恵方ォォォォォ! 恵方ォォォォォォ!」
ズルズル…
客「なに……なんなの?」
女店員「ちょっとしたアトラクションでして、アハハ……」
バイト「なんかもう新種のポケモンみたいになってるぜ」
後輩「どうしちまったんすかねえ……」
女店員「本社からものすごく厳しいノルマを下されたとか?」
バイト「だからって、こんな風になるか? いつもの店長なら本社に噛みつくぐらいはするぞ」
後輩「まるで何かに取り憑かれたようっすよね……」
店長「……」
バイト「お疲れ様でしたー!」
女店員「お疲れ様でした」
後輩「お疲れっす」
店長「……」フラフラ…
バイト「……」
バイト「よし、店長についていくぞ! 店長に何が起こったのか探るんだ!」
バイト「フラフラしてる……。危なっかしいなぁ」
後輩「ホントっすね。酒も飲んでないのに」
バイト「ってお前、なんで恵方巻き持ってるんだよ」
後輩「これっすか? 店にサンプルとして送られてきたのをつい持ってきちゃって。三人分ありますけど食べます?」
バイト「食ってる場合じゃねえだろ」
女店員「あ、店長が路地裏に入っていくよ!」
店長「ウ、ウウ……」
店長「……」モワモワモワ…
黒い煙を吐き出す。
バイト(なんだ!? 店長の中から煙が出てきた!)
店長「はい……バッチリ……です……」
店長「恵方巻きに厳しいノルマをつけたり……押し売りしたり……」
店長「これにより、人々は“恵方”というものを……蔑み、憎しみ、崇めなくなるでしょう……」
黒煙『よくやった、褒めてつかわす』
店長「ありがとうございます……邪神様……」
バイト(邪神!?)
邪神『歳徳神と対をなす存在であるワシの力が高まることとなる!』
邪神『よいか、このまま恵方巻きをどんどん人々に押し付けるのだ! 押し付けるほど人はそれを嫌う!』
店長「はい……邪神様……」
バイト「……こういうことだったのか」ボソッ
女店員「店長は邪神に取り憑かれてたのね……」ヒソヒソ
バイト「邪神なんか俺らじゃどうしようもない。ひとまずここは退いて……」
後輩「ひいいいいっ! 警察に電話して、邪神を逮捕してもらうっす!」
バイト(このバカッ!)
邪神『寺社に駆け込まれては面倒だ。力を貸してやるから奴らを殺せ!』
店長「はい……」ギョロッ
バイト「店長、俺たちです! 分からないんですか!?」
店長「エ……エホォォォォォォォォッ!!!」
バイト「うわあああああああっ!」
ドゴォンッ!
パンチが壁を砕いた。
バイト(邪神のせいで店長の力がとんでもないことになってる!)
店長「エホォォウッ!」ブンッ
店長「エッホォォォォォォォウッ!!!」
ズガンッ! パラパラ…
どうにかかわすが、ついに追い詰められてしまう。
バイト「やべえ……もう逃げる場所がねえ!」
女店員「あんなパンチ喰らったら、一発で死んじゃうわ!」
後輩「すんません、俺のせいで……!」
バイト「ハッ!」
後輩「えっ!?」
バイト「女店員にもくれてやれ!」
後輩「は、はいっ! だけどどうすんですか!?」
バイト「まだ2月2日じゃないけど……恵方に向かって恵方巻きをかじってみよう!」
女店員「今年の恵方はどっち!?」
後輩「南南東なんで……あっちです!」サッ
バイト「即答できるとこがすげえよ! みんなで神様に願いながら、恵方巻きをかじるんだ!」
三人(邪神よ、消えろ!!!)パクッ
店長「あ、が……」モワモワモワ…
邪神『グッ、苦しい……! 奴らの祈りが、歳徳神に届いたか……!』
バイト「よし、間に合った!」
女店員「やったわ!」
邪神『グオオオオオオオ……!!!』シュゥゥゥゥゥ…
後輩「そのまま消えちまえーっ!」
バイト「ここでの勝負?」
邪神『ワシは邪神本体ではなく……分身のようなもの……』
邪神『ワシに取り憑かれた人間は……他にいくらでもおるのだ……』
邪神『そいつらがいつかきっと……恵方の価値を地に落とし……』
邪神『今に日本はワシの天下となるだろうよ……フハハ、ハハハハ……』
ボシュゥゥゥゥゥゥ…
バイト「消えた……」
バイト「店長、大丈夫ですか?」
店長「……あれ? 私は何を? なんだか長い夢から目覚めたような――」
女店員「よかった、いつもの店長だわ!」
後輩「正気に戻ったっす!」
店長「?」
バイト「まあまあ、詳しい話は後で。とりあえず、今日は家まで送りますよ」
店長「すまないね……ありがとう……」
女店員「いただきまーす」パクッ
後輩「いただくっす」パクッ
バイト「うん、うまい」モグモグ
女店員「卵がふんわりしてておいしいわ!」
後輩「んまい、んまい」モグモグ
バイト「普通にうまい食い物なんだからさ。変にブームみたいにしようとしなくていいのにな」
女店員「そうそう、食べたい人だけ食べるようにすればいいんだよね」
後輩「邪神もいってたけど、押し付けちゃうと、かえって悪いイメージつくだけっすよね」モグモグ
店長「いやー、先日は申し訳なかった。さあ、今日も頑張ろう!」
女店員「はいっ!」
後輩「はいっ!」
バイト(こうしてうちのスーパーでの恵方巻き騒動は幕を閉じた)
バイト(まさに恵方巻きに始まり、恵方巻きに終わる話であった)
バイト(店長の数々の奇行も、俺たち三人が上手くごまかして、何とかなりそうである)
バイト(しかし、邪神の最後の言葉……)
『ワシに取り憑かれた人間は……他にいくらでもおるのだ……』
バイト(もしかすると、今もどこかで――)
マネージャー「いいか、恵方巻きを売りまくれ! 売れ残ったら全部お前らに買い取ってもらうからな!」
店員A「そんな無茶な……」
店員B「山になってるじゃないですか! こんなに売れるわけありませんよ!」
店員C「横暴だ!」
マネージャー「黙れ黙れ黙れ! できなきゃクビにするだけだ! 代わりはいくらでもいるんだ!」
邪神に取り憑かれ、恵方巻きの無茶売りを強要してる人がいるのかもしれない……。
END
コメント一覧 (7)
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- 2021年01月20日 03:42
- 正確には南南東ではない
今は西洋式の16方位使ってるけど、昔の日本は24方位 だから少しずれる
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- 2021年01月20日 03:58
- ワムゥ「ロールケーキ(直径約2メートル)を、恵方巻きの代わりに作るッ!!」 甘党達「発想の違いに、負けてしまった・・・」(脱帽)
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- 2021年01月20日 06:17
- 邪神の名前が「チョクエイ」とか言いそう
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- 2021年01月20日 11:03
- 久しぶりにこのサイトでちゃんとしたssを見た気がする。しかもめちゃくちゃ面白かった。
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- 2021年01月21日 21:00
- セブンイレブンは邪教集団だった…?
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- 2021年01月22日 04:45
- >>6
店長とかオーナーとかが沢山死んでるしあながち間違いでもないような
大邪神ドミナント=センリャク
セブンイレブンは是正勧告食らうべき