横綱「推しのアイドルを……押し出してやるッ!」
アイドル「みんなー、今日もライブ楽しんでくれてありがとー!」
アイドル「さーて、ライブ後のお楽しみ! 今回私に挑戦するのは――」
横綱「私だ」
アイドル「来たわね」
ザワザワ…
「あれって横綱じゃね?」 「ホントだ!」 「え、マジ……本物?」
アイドル「あなたが来るのをずっと待ってたわ」
横綱「あれからもう何年になるか……」
……
アイドル「みんなー! 楽しんでるー!?」
ワーワー… ワーワー…
男「アイドルちゃーん!」
男(今日のアイドルちゃんも最高だ……! 来てよかった……!)
アイドル「私をこの円の中から押し出せたら、あなたの彼女になっちゃう! ……かも?」
ワーワー… ワーワー…
男(今日は抽選が当たって、この押し出しチャンスに参加することができる!)
男(絶対押し出してみせるぞ!)
アイドル「はい、惜しい!」
ファンB「うおおおっ!」グッ…
アイドル「なかなか力あるねー!」
ファンC「ぐううう……!」グググ…
アイドル「はーい、残念!」
アイドル「おおっ、すごく大きい人来た! これは押し出されちゃうかも?」
マッチョ「俺の彼女になってくれっ!」グッ…
アイドル「……」
マッチョ「ぐおおおっ……!」ググッ…
マッチョ「ダ、ダメだ……」ガクッ
アイドル「なかなか力強かったね。だけど残念でしたー!」
男「行きます!」
アイドル「はーい、どうぞ!」
男「ふんっ!」グッ…
男「……!?」
この瞬間、男が脳裏に思い描いた光景は――
男(岩!?)
男(とてつもなく巨大で、雄大で、太古からそびえ立つ……岩!)
男(ビクともしない……!)
男(なんで!? 全然動かない!)ググッ…
アイドル「……」
男「ぐううっ……!」グググッ…
アイドル「ふぅ……」
男(ため息!?)
アイドル「ねえ……この程度?」
男「!」ガーン
男「うわあああああああっ……!」
男「わああああああああああああんっ……!」
男「ああああああああああああああああんっ……!」
推しアイドルに軽蔑され、男としてのプライドを粉砕され――
男は涙が枯れ果てるほどに泣いた――
男「……」
男「もう……泣くのはやめだ」
男「押してやる……」
男「絶対にアイドルちゃんを押してやる!」
男「押し出して……アイドルちゃんに認めてもらうんだ!」
男(“押し出し”といったらやっぱり――)
男「俺、力士になりたいんです!」
親方「あのなぁ、お前みたいなひょろひょろがなれるわけないだろ? 帰りな!」
男「帰りません!」
親方「なんだと!?」
男「弟子入りさせてくれるまで動きません!」
親方「こいつ……!」
親方(なんて目つきだ……! この俺が押されている……ッ!)
男「うぐぐ……」ググッ…
親方「オラァッ! 可愛がってやるぞォ!」ドカッ!
男「ぐはぁっ!」
親方「どうだ? 辞めたくなっただろう!」
男「いえ……全然!」
親方「なんて奴だ……!」
男「はいっ!」ドカッ!
男「くっ……! くっ……!」グッグッ…
先輩「こんなんじゃ一ミリも動かせねえぞォ!」バシィッ!
男「ぶげっ!」
先輩「この程度かァ?」
男「まだまだァ!」ダッ!
ドカッ!
男「はいっ!」
グツグツ…
男「出来ました!」
先輩「どれどれ……」モグッ
先輩「ほう、うまいじゃねえか!」
男「ありがとうございます」
男「ホントですか?」
先輩「ほら、食え」
男「……!」
男(ただ残飯がブチ込んであるだけ……)
先輩「どうした? 先輩が作ったもんを食えねえのか?」
男「喜んでいただきます」
先輩「なに!?」
ガツガツムシャムシャ…
男(食って食って食って……食いまくって大きくならなきゃ!)
男「うおりゃああっ!!!」
ドゴンッ!
力士「うわああああああっ……!」
先輩「なんて押し出しだ! 相手を吹き飛ばしやがった!」
親方「どうやら俺たちは……怪物を作り上げてしまったのかもしれんな……」
記者「このたびは横綱昇進おめでとうございます」
横綱「ありがとうございます」
記者「さて、横綱が相撲を志したきっかけとは一体なんだったのでしょうか?」
横綱「全てはあの人を押し出すため……」
記者「あの人?」
横綱「これで……ようやく“その時”が来たんです」
アイドル「大きくなったね」
横綱「ええ、体重はざっと三倍になりました」
横綱「だけど、中身はあの時のままです。あなたのファンのままです」
アイドル「うん、私のファンでいてくれてありがとう」
横綱「では……行きます!」
アイドル「はーい、どうぞ!」
ドンッ!
横綱「!?」
アイドル「……」
横綱(動かない!?)
横綱(まるで地球の核にまで根っこが生えてるような……ッ!)
横綱(俺が成長したということは、当然彼女も強くなったということか!)
「信じられねえ!」 「200kgを吹き飛ばすぶちかましで……」 「ビクともしてない!」
横綱「それを押し出すのが“横綱”なのだッ!」ググッ…
アイドル「ぬっ!?」
アイドル(これよ……)
アイドル(私があの時、あなたにだけ辛辣な言葉を浴びせたのは、 “これ”を感じたから!)
アイドル(あなたなら絶対強くなれるって!)
アイドル(だから……私も本気を出す!)メキメキ…
「うおおっ!」 「アイドルちゃんの全身に血管が浮き出た!」 「全開だァ!」
アイドル「ぬううっ!!!」
グググッ…
横綱(動かない……! 横綱になってもアイドルちゃんは押せないのか……!)
横綱(否! そんなことはないッ!)
横綱(俺を育ててくれた親方、先輩……俺と戦ってくれた力士たちよ……)
横綱(俺に力をォ!)
アイドル「ぐぬっ!?」
横綱「推しのアイドルを……押し出してやるッ!」
横綱「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
アイドル「う!?」ズズ…
アイドル「……!」
横綱「ハァ、ハァ、ハァ……円の外に……出ましたね」
アイドル「……うん」
横綱「世界一あなたを推していた私が……あなたを押し出せて……よかった……」
ワアァァァァァッ!!!
横綱「……」
アイドル「約束は……守るよ」
横綱「え」
アイドル「押し出されたから……私、引退します!」
アイドル「横綱の彼女になります!」
横綱「ご、ごっつぁんです」ポッ…
ワアァァァァァ……!
ファン達は大いに祝福し、大いに嘆き悲しんだが、反対する者は一人もいなかった――
パシャシャッ パシャッ パシャシャッ パシャッ
記者「横綱、春場所の優勝おめでとうございます」
横綱「ありがとうございます」
記者「今後の抱負としては?」
横綱「これからも勝ち続け、歴代最高の横綱と呼ばれるようになりたいです」
記者「ところで、野暮な話になってしまうのですが、元アイドルさんとの交際はいかがですか?」
横綱「もちろん、相撲と同じぐらい順調ですよ」
記者「恋愛は全然押さないんですね」
完
コメント一覧 (4)
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- 2020年12月11日 07:23
- オチで吹いた
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- 2020年12月11日 09:40
- いいと思うよ
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- 2020年12月11日 09:49
- 記者辛辣w
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- 2020年12月12日 08:23
- 押しの子