女店員「すごい……あの人、半額シールが貼られる前にお惣菜を買っていった……」
女店員(そろそろ、19時――お客さんがみんなソワソワしてる)
客A「……」ソワソワ
客B「……」ドキドキ
客C「……」ワクワク
女店員(んもう、せっかちなんだから……よーし、そろそろ貼ってやるか!)
男「……」サッ
女店員「え……!?」
女店員(すごい……! まだ半額シールは貼られてないのに……!)
ドヨドヨ… マジカヨ…
女店員「ちょっと待って!」
男「ん?」
女店員「どうして……!? どうして半額シールが貼られる前にお惣菜を買ったんです!?」
男「俺は……金持ちだからね」キラッ
女店員(彼の真っ白とはいえない歯が光った時……私のハートはときめいていた)
女店員「A牛乳はさっぱり売れないなぁ……」
A牛乳 200円
B牛乳 180円
女店員(この二つの牛乳、B牛乳の方が味もいいし、当然いつもBばかり売れ、Aは売れ残る)
女店員(だけど――)
男「……」サッ
女店員(この人はいつもA牛乳を買っていく!)
男「ん?」
女店員「どうして……どうしていつもA牛乳を買うの?」
女店員「B牛乳の方が安くておいしいのに……」
男「俺は……金持ちだからね」キラッ
女店員「……!」ドキンッ
男「……」
女店員(今日の買い物は500mlペットボトル一本だけか……)
女店員(十分手で持って帰れるけど……)
男「レジ袋ください」
レジ係「かしこまりましたー」
女店員「なんですって!? なんでわざわざ……!」
男「なんだい?」
女店員「どうしてレジ袋を……?」
女店員「今は有料ですし、ペットボトル一本なんて袋に入れるほどのものでもないのに……」
男「俺は……金持ちだからね」キラッ
女店員「すごい……!」
女店員「お一ついかがですか?」
男「……買わせてもらうよ」
女店員「えっ、試食もせずにどうして……!?」
男「俺は……金持ちだからね」キラッ
女店員(シビれちゃうぅぅぅぅぅ!)
女店員(実家が資産家なのか、社長をやってるのか、株で儲けたのか……)
女店員(有名人と比較すると、誰ぐらいだろう……)
女店員(まさか……ビル・ゲイツ級!?)
女店員(家にはポルシェ? ベンツ? ランボルギーニ? タイガー戦車? スペースシャトル?)
女店員(夏休みは軽井沢の別荘で、晴耕雨読の日々!?)
女店員(あーん、想像もつかないっ!)
19時直前――
男「……」サッ
オオー… マジカヨ… ザワザワ…
男「……」スタスタ
女店員(今日も半額シールを貼る前に買っていった……)
女店員(よーし……今日は思い切って……!)
男「?」
女店員「この後おヒマですか?」
男「もう家に帰るだけだけど……」
女店員「じゃあ、ぜひご一緒させて下さい!」
男「え!? 別にいいけど……」
男「まあ、そうだね」
女店員「値段の高いA牛乳を買うし、必要なさそうなレジ袋を買うし、きっとものすごいお金持ちなんでしょうね!」
男「いや、ものすごいってことは……」
ブロロロロ…
女店員「あ、ポルシェ!」
男「左ハンドルだ、すげー!」
女店員「だけど、あなたはあんなの何台も持てるぐらいのお金持ちなんでしょう?」
男「……!?」
男(なにいってんだこの子……!?)
男(A牛乳買うのは単にそっちのが好きだからだし、レジ袋買うのは家で使ったりするから)
男(試食断ったこともあったな……あれはもう味知ってたからだし)
男(見栄半分冗談半分で、“金持ち”を自称してたのに、この子の中の俺はどんだけの大富豪になってんだ!?)
男(どうしよう……!)
女店員「どうしました?」
男「な、なんでもないよ……ハハハ」
女店員「え……アパート?」
女店員「そうか、アパートを経営なさってるんですね!」
男「違うんだ……」
男「俺はただのアパート暮らしの会社員……今までずっと見栄張ってただけなんだ!」
女店員「えっ……」
男「ごめんっ!」ダッ
女店員「あっ!」
女店員「……」
――――
――
男(そりゃそうだ。下らない見栄を張って、そのメッキが剥がれた以上、彼女に会わす顔がない)
男(別に知らん顔して行けばいいとも思うが、これもまた、俺なりの“見栄”ってやつなのだろう)
男(ホント小さな男だ……)
女店員(あれ以来――あの人はスーパーに来なくなってしまった)
女店員(たしかに、彼の正体を知ってしまった時はショックではあったけど)
女店員(だけど、あの時感じた感情は――)
男(下らない見栄張ったせいで、いつもより20分は多く歩くはめになっちまった)
スタスタ…
男「!」
女店員「!」
男「あ……ど、どうも……」
女店員「お久しぶり……です」
女店員「仕事が終わって帰るところだったんです」
男「ああ、そうなんだ……ハハ」
女店員「最近、うちのスーパーに来なくなっちゃいましたね」
男「もっといいスーパーを見つけてさ……アハハ」
女店員「そうですか……」
男(くそっ、また見栄を張ってやがる! 本当は恥ずかしくて足が遠のいてただけなのに!)
男「え、なに……?」
男(どうせ、ろくなことじゃないだろうが……)
女店員「私、あなたが見栄を張ってたって知ったあの時――」
ブロロロロッ!
キキィッ!
女店員「きゃっ!」
男「この間のポルシェ!?」
女店員「えっ?」
ナンパ男「ボクはこの愛車で走り回り、可愛い子を見つけたらナンパするのが日課なんだけどさ」
ナンパ男「キミのことは前から気になってて、ようやくチャンスが巡ってきたというわけさ!」
女店員「そんなこと急に言われても……」
ナンパ男「さ、行こう」ガシッ
女店員「きゃっ……!」
ナンパ男「大丈夫、怖いことなんてないって。何でも好きなものを買ってあげるからさ」キラッ
男「待てよ!」
男「嫌がる女の子をムリヤリ連れていくなんて、それはただの誘拐だ!」
ナンパ男「ん~? キミ、彼氏?」
男「いや、違うけど……」
ナンパ男「はい、100万円」パサッ
男「!?」
ナンパ男「それやるからさ、見逃しておくれよ」
ナンパ男「さ、行こう。夜のドライブを楽しもうじゃないか!」
女店員「私は……!」
ナンパ男「なんだい? もっと欲しいのかい? だったら200万――」
男「ちげえよ……」
男「こんなもんいるかァァァァァ!!!」ブンッ
ナンパ男「いたっ!」ビタッ
ナンパ男「何するんだ! 本当は欲しいくせに! 見栄張っちゃってさ!」
男「ああ、そうさ! 欲しいさ! 喉から手が出るほどにな! 靴舐めてでも欲しすぎるわ100万円!」
男「だけど……だけど……」
ナンパ男「ひっ!」
男「特に……好きな女の前ではなァ!!!」
ナンパ男「あ、あわわわわ……」ヘタ…
女店員「……!」
女店員「……」
女店員「今の……聞いちゃいました」
男「え!? あ……参ったな。いやー、店員さんに惚れるなんてとんだストーカー……だよね」
女店員「私もです」
男「?」
女店員「私もあの時、あなたが見栄を張ってたって知った時……そんなあなたに惚れてしまったんです!」
女店員「食わねど高楊枝をくわえるあなたに……!」
男「……!」
女店員「私と……お付き合い頂けませんか?」
男「は、はい!」
男「え!?(いたのかよ)」
ナンパ男「あなたを兄貴と呼ばせて下さい! このポルシェ差し上げます!」
男「いや、いいよ(左ハンドルなんて怖くて乗れないし)」
ナンパ男「!」ガーン
ナンパ男「フラれた者同士、仲良く帰ろうか……」
ポルシェ「……」ウン
ブロロロロ…
男(根は悪い奴じゃなさそうだな……)
女店員「じゃあ、あなたのアパートに……」
男「いいの? 汚いし、ろくなもんないけど……」
女店員「はい! ありのままのあなたを見せて下さい!」
男「雪の女王じゃなく埃の大王みたいな部屋だけどね……」
――――
――
ブロロロロ…
男「悪いね、ボロ中古車でデートだなんて」
女店員「いえ、いい車ですよ」
男「ここに……駐車と」モタモタ
男「あれ……上手く入れられない……」モタモタ
男「いつもなら、華麗なバックで一発なんだけど……」
女店員「ふふっ、たまたま調子が悪かったみたいですね」
女店員「嬉しい!」
男「えーと、ここらへんに食事できるところがあるはずなんだけど……」
『ボロボロ食堂』
『レストラン・セレブ』
男「……!」ゴクッ
女店員「あえて『レストラン・セレブ』を選ぶだなんて……あなたってホント素敵!」
男「俺は……金持ちだからね」キラッ
女店員「だけど、『ボロボロ食堂』にしましょっか」
男「はい……よろしくお願いします」
― 終 ―
コメント一覧 (5)
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- 2020年11月17日 01:11
- 好き
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- 2020年11月17日 09:18
- イイハナシダナー
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- 2020年11月17日 14:28
- 晴れの軽井沢まで行ってわざわざ畑耕すの草
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- 2020年11月17日 19:15
- そぼろ丼の美味そうな飯屋だ
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- 2020年11月18日 17:16
- 半額の前に30%OFFするやろエアプか?