旧友「このツボ……買ってくれないか?」男(やっぱりこういう話かよ……)
男「……で、話って?」
旧友「これなんだけど……」ドンッ
男「!」
旧友「このツボ……買ってくれないか?」
旧友「霊験あらたかなツボでさ。これを持ってるだけで、仕事は上手くいき、女性にモテて……」
男「……」
男(やっぱりこういう話かよ……)
旧友「5万なんだけど……」
男「分かったよ……買うよ」
旧友「ホントか!? 助かる! ありがとう!」
男「今手持ちないから……ちょっとATMで下ろしてくる」
旧友「悪いな、ここのコーヒー代おごるから!」
男(俺ってお人よしだなぁ……)
男(あーあ、ホントに買っちゃったよ、5万円のツボを)
男(そんなに稼いでるわけじゃねえのに、俺はなにやってんだか……)
男「……」
男(とりあえず、磨いてみるか)
男「……」キュッキュッ
キュッキュッ… キュッキュッ…
ピカピカ…
男「うん……ふむ……ほぉ……」
男「磨いてみると……悪くないんじゃないか、これ?」
男「よし、もうちょっと磨いてみよう……」
キュッキュッ… キュッキュッ…
男(ツボを磨くのって案外楽しいな……)
男「すいませんすいません!」
課長「まったく……恥ずかしくないのか!」
男「恥ずかしいです……」
課長「恥ずかしいと思ってないからこんなミスをするんだよぉ!」
男(ミスしたのは悪いけど、こんなネチネチ説教することないだろうが……)
男(っと、ツボがある。これ壊したらスッキリするかな?)
男(いかんいかん! 5万で買ったツボだぞ! 壊してどうする!)
男(それより――)
男「課長のバカヤローッ! 死ねーっ!」
男「謝ってんだから、いつまでもネチネチ絡んでくるんじゃねー!」
男「だいたいてめえだってミスしてるだろうが! こないだだって……!」
男「……」
男「あー、スッとした。ツボの中に叫ぶって結構ストレス解消できるな」
男「……」キュッキュッ
男「……」キュッキュッ
男「うん、今日も輝いてる」
男「だけど――」
グチャ…
男「ツボに比べると、部屋がきたねえな。掃除するか……」
男(うわ、排水口やべえ)
男(エアコンなんて、最後に掃除したのいつだっけ……)
ゴシゴシ… フキフキ…
キラキラ…
男「お~、一日頑張ったらキレイになった!」
男(ツボがなかったら、ずっと汚いままにしてたかもしれないな)
男(だけど――)
男「……」キュッキュッ
男「ツボを磨いてると落ちつく……これなら熟睡できそうだ」
課長「今日のプレゼン、なかなかだったぞ。お前も成長したな」
男「ありがとうございます!」
男「そこを何とか……」
男(嫌なことがあったら――)
男「ボケーッ! 代わりがいるんならいちいち脅さず、とっととそっちにしろや! どうせ出来ねえくせによ!」
男「あー……スッとした!」
女「お菓子食べます?」
男「ありがとう」
女「……」
男「ん? 俺の顔に何かついてる?」
女「最近生き生きしてますよね。前はもっとこう……」
男「あ、分かる?」
女「ツボ? 私にも教えて下さい! 体のどこを押せばいいんですか?」
男「あ、いや、そのツボじゃなくて……容器のツボなんだ」
女「へぇ~、そういうのに興味があるんですか、ちょっと意外!」
男「だよね」
男(俺だってまさか、自分があんなもん買うとは思わなかったもん)
女「私もこう見えて、骨董品にはちょっとうるさいんですよ~」
男「別にかまわないけど」
女「じゃあ、今夜にでもお家にお邪魔させて下さい!」
男「う、うん」
男(まさか、こうなるとは……女の子が自宅に来るなんて初めてだぞ)
男「毎日掃除してるからね」
男(ただしツボ買ってなかったら、典型的汚部屋だったけどね……助かったわぁ)
女「で、ツボはどれですか?」
男「これなんだけど」
ピカピカ…
女「わぁっ、すごい! ピカピカじゃないですか!」
男「磨きまくってるからね」
女「これは絶対……すごい価値がありますよ! 100万……いえ、1000万の価値はあるかも!」
男「は……?」
女「私のアナライズ(分析)に間違いなしです!」
男(この子の目はだいぶ節穴のようだ)
女「そうだ、TVの『どれでも鑑定団』で鑑定してもらいましょうよ! きっとすごいことに……」
男「!? いやいやいや! 鑑定なんかしなくていいよ!」
女「欲をかかないんですね。なんだか見直しちゃった……」
男(恥をかきたくないだけだよ……)
男「へぇ~、そうなんだ」
女「その時の写真がこれで……」
男(今まであまり話したことなかったけど、こうして話してるとすごく気が合うな)
女「そこで、ポップコーンがボッカーンと……」バッ
ガンッ!
女「痛っ!」
男「あー……」
女「あああああああっ! 私のせいで1000万がああああ! ごめんなさいいいいい!」
男「気にしないで。それより怪我はなかった? 指切ってるかも」
女「大丈夫……です。だけどツボが……」
男「ほんのちょっと欠けただし、全然大したツボじゃないから」
女(私を気遣ってくれてる……なんて優しい人なの)
男「……」カタカタ
女「今日はお仕事早く終わりそうですか?」
男「うん、もうすぐ片付きそう」カタカタ
女「でしたらツボのお詫びも兼ねて、ご飯でもどうでしょう? できればお酒を飲めるお店で……」
男「いいけど。ツボのことは本当に気にしなくていいからね。自分なりに修復したしさ」
男「俺もさ」
女「だけど……ずいぶん酔っ払っちゃった」ヨロッ
男「えっ……」
女「どこか……泊まりません?」
男(この展開……どうやら彼女の思うツボになってしまったようだ)
男「……ん?」
男(旧友からメールが……)
『話がある。また会えないかな』
男(なんで……!? 今になって……!?)
男(いったいどんな話が……!? 今度は何を買わせるつもりだ……!?)
旧友「これ」スッ…
男「封筒?」
旧友「いつだったかの5万円……返すよ」
男「へ? なんでまた急に……?」
旧友「実はあの時の俺、就活失敗して、仕方なく霊感商法みたいなことやってる会社に入っちゃってさ」
旧友「しかも異常にノルマに厳しい会社で、知り合いにも商品売りつけたりしてたんだ……」
旧友「それでも罪悪感がすごくて……返せる人にはお金返すようにしてんだ」
男「いや、いいよ。俺だって分かってて買ったんだし」
旧友「いや! 受け取ってくれた方が気が楽になるんだ! 受け取ってくれ!」
男「じゃあ……」
旧友「ありがとう! 本当に悪かったな!」
男「……」
女「あれ? なんだか機嫌がいいですね」
男「ちょっといいことがあってね」
女「どんな?」
男「人間ってそう捨てたもんじゃない、と思えるようなことかな」
男「あ、そうだ! よかったら、今夜豪華な食事でもしない? 臨時収入があったんだ」
女「じゃあお呼ばれしちゃいます!」
男「……」キュッキュッ
女「そのツボのことは教えてもらいましたけど、今日も丁寧に磨いてますね~」
男「大したことないとはいえ、ここまでくると愛着があるからね」キュッキュッ
男「だけど、今の俺にはこのツボぐらい大切なものがもう一つある」ゴトッ
女「なんでしょう?」
男「君だ」
女「……!」
女「はいっ!」
女「だけど、一つだけいっていいですか」
男「?」
女「できればそのツボより、私のことを大切にして下さい!」
男「いっけね!」
アッハッハッハ…
…………
……
男「ん?」
娘「このツボ、とっても大切に飾ってあるけど、なんでなの?」
男「ああ、俺の人生を変えてくれたツボだからだよ」
男「俺と母さんが結婚したのも、このツボのおかげといっても過言じゃないんだ」
娘「ふーん」
男「お前にはこのツボ、どんな風に見える? 何を感じる?」
娘「うーんとね……」ジロジロ
男「ぷっ……アッハッハッハッハ! だよなぁ! 子供は正直でよろしい!」
男「アーッハッハッハッハ! フフフッ……アハハハハハッ!」
女「ちょっとあなた、大笑いしてどうしたの?」
男「いや……ちょっとツボに入っただけだよ」
おわり
コメント一覧 (15)
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- 2020年10月31日 22:09
- たまにはこんな話もいい
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- 2020年10月31日 22:11
- なるほどツボをおさえたいいSSだった
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- 2020年10月31日 22:21
- すこだぞ
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- 2020年10月31日 22:22
- おあとがよろしいですね
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- 2020年10月31日 22:25
- なんというか普通に面白くていい話だった
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- 2020年10月31日 22:30
- 週間ストーリーランドでババアが売ってそう
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- 2020年10月31日 22:45
- こんな人生
ファンタスティック☆
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- 2020年10月31日 23:25
- >>7
グッドじゃない
ファンタスティック!
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- 2020年10月31日 22:58
- 本当に1000万の価値があるのかと思ったがなかったか。プライスレス。
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- 2020年10月31日 23:06
- ちょっとツボ買ってくる
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- 2020年10月31日 23:16
- 普段は腹黒い心理戦やどす黒い話が好きなんだが、
読みやすくていい話だったよ。
読みやすければこういうのもいいもんだね。
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- 2020年11月01日 02:04
- こういうのでいいんだよ
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- 2020年11月01日 14:38
- オチもいいし綺麗にまとまっててよかった
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- 2020年11月03日 00:37
- 今の時代って昔だと考えられなかったくらいハイクオリティな壺が、めちゃくちゃ安く買えるんだよなあ
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- 2020年12月25日 06:29
- おあとがよろしいようで