【デレSS】これは何ですか?
何故? 何故、ここに?
手を伸ばしかけたが、はっとする。
さすがにこれは触れるのすらまずい。
見て見ぬふりするか、ちひろさんに報告するか…悩んでるうちに、部屋の外から複数人が向かってくる音が聞こえてきた。
まずい。万が一でも他人の目に触れさせるわけには……!
そう思った瞬間にはもう手が出ていた。
咄嗟に日菜子のブラをひっ掴んで、自らの鞄の中にしまったのだ。
ものの5分で帰ったとはいえ、もし放置されたブラを見られたらうら若き日菜子の尊厳に傷がつくだけでなく、こんなところで変なことをしている非常識な事務所だと疑われかねなかった。
危ないところだった……。
とりあえずほっとしたものの、別の問題が発生していた。
まさか同じ位置に戻すわけにはいかないし、落とし物入れに入れるのもあり得ない。かといって今さらちひろさんに渡すにしてもどう言って渡すべきか、素手で持っていいものか……なんてまごついているうちに、いつの間にかちひろさんは退勤していた。
ということで鞄ごと自宅に持ち帰ったのだが、未成年のブラジャーがビジネス用の鞄に入っているというだけで、鞄全体から独特の妖気すら漂っているように思えた。
日菜子のブラと二人きり(??)だ。
そう思うと、喉が勝手に、ごくりとつばを飲み込んだ。
脳の隅の理性が及ばない領域から、後ろめたい欲望が湧き出してきて、まともな思考に霞をかけてしまった。
まずい、このままでは吸い込まれてしまう。我を忘れて目鼻を突っ込んでしまうという恐怖に襲われ、結局、できるだけ見ないようにしながら再び鞄の奥底に日菜子のブラを押し込んだ。
朝からどきどきが止まらなかった。
まず、ちひろさんとほぼ同時に会社に着いたのだが、挨拶してエレベーターの中で軽く世間話していると、ブラのことは言い出しづらくなっていた。
そうこうしているうちに何だか後ろめたさのようなものを感じて、結局はいつもどおり鞄を自席の横に置いていた。その中にいつもどおりとは到底呼べない、およそ尋常でない荷物を秘めたまま、だ。
今日はオフじゃなかったのか!?
そうか、いや当然だ。ブラを落としたことに気付いて取りに来たに違いない。そりゃ、当然そうするだろう。しかしまずい。言い出すなら今しかない。でもどうやって言い出そう。
やあやあ、日菜子、ブラを探しに来たんだろう? 昨日しっかり拾ってあげたからな、ほら、今度から気を付けるんだぞ……。
日菜子が切り出すのを待とう。それからゆっくり対処しよう。
と消極的かつ受動的の限りを尽くして次の瞬間を震えて待っていたが、日菜子は「おはようございます~♪」と普段通りリラックスした様子で挨拶してきて、昨日ブラを落としたことには全く気付いておらず、どうやら事務所に来たのも自主トレのためだったようだ。
それはそれで鈍感すぎてちょっと心配だぞ、とも思いつつ、いやあ、何より一番はほっとした。
もうこれは誰も気付いていない。よほどお気に入りのブラでもなければ、失したことなんて気付かないのだ。これは事態ごと「なかったこと」にできるのではないか。
午後のレッスンから戻ってきた大原みちるが、何やら鞄の方をじっと見つめていたのだ。
え、なに、いやいやまさかバレるはずがない、どうしたんだろう。何か不審な点でもあっただろうか。
冷や汗と脂汗でビチョビチョになった顔を拭いながら、震える声で「どうか…したのか?」と訊いたが、みちるは止まらなかった。
ついに鞄の中が覗けるほど近付こうとしはじめたのを認めて、焦る。「ちょっ…すごい大事な書類とか入ってて…」とちひろさんに訝られかねない調子でみちるを止めようとするも、みちるは平然と「それ以外にも何か入ってますよね?」と、心臓が止まるようなことを言ってきた。
と不自然な笑いでごまかそうとするも、「サンドイッチは入ってませんね」と透視でもするがごとく看破されてしまって、わざわざ嘘をつくなんて何か隠し事しているのかとますます事務所にいるみんながこちらに視線を向けはじめた。
咎めるような鋭い目の数々に背を向けるように、ひっしと鞄を抱き締めて「さあ外回り行ってくるか~」と急ぎ足で出ていこうとしたまさにその瞬間だった。
日菜子がふらりと目の前に現れたのだ。
ぎょっとして鞄を取り落としそうなほど慌てる。が、日菜子は世間話でもするような感じで平然と……しかし胸の裡を覗いてくるような無遠慮さで問うてきた。
体が硬直した。
足が震えて、赦しを乞うような姿勢で崩れ落ちた。
頭は回らなかったが、口だけは必死で動かしていた。
「ひっ、た、食べてはいません! 本当です! 本当に、食べては…」
食べる以外のことは一通りしたかのような言い方で、弁明にならない弁明を繰り返すしかなかった。
が、不思議なことに日菜子の表情は静かで、むしろなんだか残念そうな様子だった。
え、なに。
みちるが「じゃ、あたしがいただきまーす」と言って迷いのない手つきで鞄に手を突っ込み日菜子のブラを引きずり出したのだ。
「あーっ! あーっ!」と痙攣するように細かく跳ねて止めようとするも時すでに遅し。
みちるは、日菜子のブラにがぶり! と噛み付いて……咀嚼して……飲み込んで…………え?
何ですかこれは……?
みちるが言った。
「ナンです」
日菜子が言った。
「日菜子のナンです」
目を凝らしてよく見ると、それは確かに、主にインド北部で食される、小麦粉を主原料としている、発酵ののち窯に貼り付けて焼き上げられる……………………。
「「「ナン」」」
「SS」カテゴリのおすすめ
「ランダム」カテゴリのおすすめ
コメント一覧 (5)
-
- 2020年07月26日 05:52
- ブラの持ち主を特定してるところが伏線かと思ったらそんなことはなかった
-
- 2020年07月26日 10:27
- なんだこれは…
-
- 2020年07月26日 11:28
- ナンナンです
-
- 2020年07月26日 13:12
- ひとつ質問いいかな
……ナンでそれが日菜子のだとわかった?
-
- 2020年07月27日 15:27
- ナンがパステルイエ口ー?
ボブは訝しんだ
スポンサードリンク
デイリーランキング
ウィークリーランキング
マンスリーランキング
アンテナサイト
新着コメント
最新記事
スポンサードリンク