【モバマス】白菊ほたる「ずびねす、春の背伸び祭り」
関裕美「はあ、おねえさんぽくなりたいなあ」
松尾千鶴「どうしたの、突然」
白菊ほたる「もう既に裕美ちゃんの姉力はかなりのものだと思うんですが」
岡崎泰葉「姉力って何」
ほたる「そう、あれは私が冷たい雨の中に駆け出してさまよっていたあの日……」
千鶴「あっこれ長くなる奴だ」
泰葉「ほたるちゃんは裕美ちゃん大好きだもんね」
ほたる「もちろんみんな大好きですけどね」
裕美「真剣なんだよ、もう」
千鶴「解ってる。裕美ちゃんはいつでも真面目だもんね」
泰葉「そしてちょくちょく真面目故に暴走する」
ほたる「乃々ちゃんと私と裕美ちゃん。3人でくすぐりあいをしたのは良い思い出です」
裕美「それ以上混ぜっ返すと『きっ』てしちゃうからね?」
千鶴「ごめんなさい」
ほたる「ごめんなさい」
泰葉「ごめんなさい……それで、どうしておねえさんぽくなりたいの」
千鶴「ああ、確かに」
ほたる「裕美ちゃんはGBNSのビジュアル担当ですから」
泰葉「胸元強調したのも多いよねえ」
裕美「うん……でも、似たようなデザインなのに、木場さんが着るとすごく大人っぽくて、私が着るとてんでお子さまって感じで」
千鶴「木場さんはさすがに比較対象としてレベル高すぎないかな」
泰葉「大人っぽさって点では事務所のどんなアイドルでも勝ち目ないと思う」
裕美「だけどそういう衣装を振られるってことは、私もその、セクシーとか、大人っぽさが求められてるんだろうし」
千鶴「考えすぎだと思うけど」
ほたる「裕美ちゃんは、大人っぽさに憧れがあるんですよ」
泰葉「ああ、言われてみればそういう所ある」
裕美「もちろん愛梨さんたちみたいにセクシーになるにはもっと体が成長ないと無理だけど、それでも衣装負けしないでお姉さんぽく着こなしたいなあって」
千鶴「そう、私たちも成長すれば」
ほたる「愛梨さんのようにせくしーぼでーに」
泰葉「なれるといいね。時に未来は残酷だけど」
千鶴「解ってます……」
ほたる「裕美ちゃんは、そのままが素敵だし、求められていると思うんだけど」
裕美「今晩のおかずに嫌いなものが出てきたらどうしよう、とか考えるだけで大人びた憂い顔が出来ちゃうほたるちゃんには解らない悩みだよ」
ほたる「まあ、確かに撮影のときは時々その技使ってますけど」
千鶴「撮影のときそんなこと考えてたの? あの切ない表情は、もっと真面目なこと考えて作ってるものとばかり」
ほたる「ちなみに真面目に不幸な事考えてるときの顔はこうです」
千鶴「ひい!?」
泰葉「うわあほたるちゃんが何も感じて無い顔してる」
裕美「なんで自在にそんな死にそうな顔ができるの」
ほたる「ふふふ、何度もした顔ですからね(えへん)」
泰葉「これは確かにガチ過ぎてお見せできない」
裕美「とにかくほたるちゃんはこういう感じだから参考にならないし。大人っぽく着こなすにはどうしたらいいか、解る人に教えて貰おうと思って」
泰葉「そうだね。演技経験豊かな先輩に助言を求めるのは大事だよね(スタンバイ)」
裕美「うん。おとなっぽくなりたいですなんて、笑われちゃうかもしれないけど……」
泰葉「裕美ちゃんは真剣なんだもん。笑ったりしないよ」
裕美「ほんとう?」
泰葉「もちろん」
裕美「ありがとう泰葉ちゃん……それじゃ勇気を出して西川さんとかに相談してみるね」
泰葉「どういたしましてってあれー?」
千鶴「どうしたの泰葉ちゃん意外そうな顔して」
泰葉「いやそのう」
ほたる「西川保奈美さん。すごく大人っぽいですものね、解ります」
泰葉「確かに、確かにそうだけどお」
裕美「?」
千鶴「うーん、でも、西川さんに聞いて参考になるかなあ」
ほたる「どういうことですか?」
千鶴「西川さんが大人びてるのはもちろん着こなしもあるけど、顔立ちとかスタイルがそもそも大人っぽいってのもあるじゃない」
泰葉「うんうん」
千鶴「つまり、努力して真似できるわけじゃない部分が大きい」
ほたる「言われて見れば確かに」
千鶴「そういう人にどうして大人っぽいのって聞くのは、虎に『どうして強いの?』って聞くようなものじゃないかなって」
裕美「なるほど。さすが千鶴ちゃん」
ほたる「でも、そしたらどんな人に相談したら」
泰葉「よく考えてみて。こういうのは身近なところに答えがあるものだよ」
ほたる「どういうことですか?」
裕美「! そうか、解ったよ。さすが泰葉ちゃん」
泰葉「うんうん、解ってくれて嬉しい」
裕美「大人っぽくなりたかったら大人の人に聞くのが一番ってことだよね!」
泰葉「それも正しいけどちーがーうーのー!」
千鶴「どうしたの泰葉ちゃん。今日はなんか挙動不審だよ」
泰葉「挙動不審とは失礼な……ほら、こういうのは私に聞いてよ」
裕美「えー」
千鶴「えー」
ほたる「えー」
泰葉「心底意外そうな三人の顔!!」
泰葉「こういう話はGBNS最年長の私にそこはかとない恥じらいとともに相談するのが筋じゃない」
ほたる「付帯条件が厳しい」
千鶴「これはもう鏡を見てくださいとしか」
泰葉「まあ確かに童顔だけど」
千鶴「解ってるんじゃない」
泰葉「おだまり。大人っぽさって顔で決まるものじゃないんだよ……というか、顔や体で決まるなら裕美ちゃんの相談がまず無意味じゃない」
千鶴「まあ、それは確かに」
ほたる「でも、泰葉ちゃんて普段からどちらかというと妹路線だし」
泰葉「それは求められてるからそうしてるだけであって。必要とあれば大人っぽさ全開のアダルト岡崎をお見せしますよ、ええ」
千鶴「ほんとかなあ」
泰葉「ほんとほんと。だからほら裕美ちゃん、私にアドバイスを求めるといいよ」
裕美「泰葉ちゃんの気持ちは嬉しいんだけど」
泰葉「むう、何の不満があるというの。GBNS最年長、芸歴11年、4人の中でもっとも豊かなお山を誇るこの私に!」
裕美「しいて言えば」
泰葉「しいて言えば?」
裕美「お姉さんぶろうとぐいぐい来る姿にちっとも大人っぽさを感じない」
泰葉「ぐう」
千鶴「これはぐうの音も出ない」
ほたる「そのツッコミを避けるためにグウと鳴いてみせたあたりに芸歴のしたたかかさを感じますね」
泰葉「でも裕美ちゃんに頼られたいんだもん!」
千鶴「本音が出た」
ほたる「子供っぽい本音が出た」
泰葉「なんとでもおっしゃい。みんなと対等な友達関係でいられるのは嬉しいけど、それはそれとしてやっぱりほたるちゃんや裕美ちゃんには頼れるお姉さんだと思われたい。その気持ちを偽ることは出来ないよ」
千鶴「もうちょっと包み隠すべきだと思うけど、その気持ちはすごく解る」
泰葉「ねー。かわいい。実の妹にしたい……」
ほたる(///)
裕美(///)
千鶴「ほらまた頬染めたりして軽率に可愛さをふりまいて」
泰葉「私たちの庇護欲をこれ以上かきたててどうしようっていうのかしらね、このミスカワイイたちは」
ほたる「なんだか理不尽な責められかたしてる気がします」
泰葉「とにかく、お姉さんっぽさを学びたいなら私に聞くのが間違いないと思うよ」
裕美「そうかなあ」
泰葉「ぬう、まだ言うか」
千鶴「ま、まあまあ。こういうのは水掛け論になっちゃうし。ここは第三者の意見も聞いてみるって言うのはどうかな」
ほたる「あ、確かに……あの、先輩はどう思いますか?」
突然話を振られて驚くほたるの元先輩「えっ」
千鶴「先輩の判断なら間違いないし」
裕美「お願いします先輩」
元先輩「待って待って待って。ちょっと待って」
千鶴「どうしたんですか? 先輩」
元先輩「私確かにほたるの元先輩だけど、別にあんたたちの先輩じゃないからね?」
裕美「えー」
元先輩「いや、何で意外そうなのよ」
泰葉「どうしてそんな薄情なこと言うんですか先輩」
元先輩「あの岡崎泰葉に先輩とか言われて私はどんな顔すればいいのよ」
泰葉「得意顔すればいいのでは」
元先輩「できるか! ビビるわ! というかそもそもそういう話は4人で完結させておきなさいよ。どうして私に振るの」
ほたる「だって先輩大人っぽいし」
元先輩「そりゃまあ、ハタチ超えてるからね」
裕美「ほたるちゃんの先輩なら私たちにとっても先輩同然」
元先輩「だからって呼び方まで先輩にしなくていいでしょう」
千鶴「それに常日頃ほたるちゃんがメッチャ自慢してるあの先輩なら、きっといいアドバイスをしてくれるだろうという安心感が」
元先輩「自慢してるの?」
千鶴「そりゃもう隙あらば」
元先輩「ほたるー!」
ほたる「だってだってー!」
泰葉「まあまあ。ほたるちゃん先輩大好きなんですから大目に見てあげてください」
元先輩「謎と言えばそれも謎なのよね。確かにほたるとは和解したけど、思い返すに我ながら相当厳しい先輩だったし、個人的に仲が良かったわけでもないし、実際なんで慕われてるのかよく解らないんだけど」
ほたる「先輩は厳しかったけど、私にも分け隔てなく指導してくださいましたから」
元先輩「まあ、それが先輩のつとめってものじゃない」
ほたる「言葉は強いけど指導はいつも的確で」
元先輩「まあいろんな子の面倒見て来たしね」
ほたる「事務所に赤札が張られる前、私が曲を貰える事になったとき、祝賀会開いてくれようとしていたの知ってます」
元先輩「恒例行事! 特別扱いしたわけじゃなくて恒例行事だったの!」
ほたる「今も私のお仕事をみるたびに、メールで私の至らない点を指導してくれて。それに……(ぽっ)」
元先輩「ねえ、なんでそこで意味深に頬染めて俯いちゃうの? なんか怖いからちゃんと説明して?」
ほたる「みんなの前ではとても説明できません」
元先輩「ほたるー!?」
千鶴「まあまあ先輩。それより今はアドバイスを」
元先輩「正直ほたるが気になってそれどころじゃないんだけど……まあ、確かにそういう場合、岡崎泰葉に聞くのが適当だと思うわよ。大人っぽい着こなしとかって容姿じゃなくて、心構えに依るところが大きいから、役作りに近いと思うし」
裕美「心構え?」
元先輩「関さんがさっき自分でほぼ答えを口にしてたじゃない。『お姉さんぶろうとぐいぐい来る姿にちっとも大人っぽさを感じない』って」
千鶴「あー」
裕美「たしかにさっきの泰葉ちゃんはいつにも増して子供っぽかった」
泰葉「それつまりいつも子供っぽいってこと?」
ほたる「いつも泰葉ちゃんにはいろいろ教えて貰ってるし、先輩として尊敬してます」
泰葉「ほたるちゃん……」
ほたる「それはそれとして時々すごく子供っぽいとは思いますけど」
泰葉「くそう! でもまあ、そういうことなんだよね。大人っぽく振る舞おう、背伸びしようという意図が見えると、とたんに子供っぽく見えちゃうの」
裕美「成る程」
泰葉「ほら。日下部さんも大人です大人ですって言ってるときはすごく子供っぽく見えるけど」
千鶴「言い方!」
泰葉「でも、普通にみんなのお世話してくれてるときはすごく自然に、大人の女性に見えるじゃない」
ほたる「ああ、確かに。実はすごく頼れるお姉さんですよね」
裕美「つまり、大人っぽい着こなしのコツって、背伸びしないこと?」
元先輩「背伸びを感じさせないこと、かしらね」
泰葉「高いヒールが決まってるヒトって、すごく大人っぽいく見えるじゃない」
裕美「うん。かっこいいよね。憧れるなあ」
泰葉「ヒールって女性のラインを美しく見せる効果があるんだけど……ぶっちゃけ本当はあれも背伸びだよね。足元上げてきれいに見せる」
ほたる「言われて見ればそうなのかもしれないですが」
泰葉「ヒールは歩きにくいし、背伸びだし、足も痛くなるけど、かっこいい人は『そんなの平気です』って顔で歩いてる。きれいでいるための背伸びや努力を感じさせない態度が大人っぽい着こなしのキモなんだと思うよ」
裕美「確かに、木場さんも平然としてるように見えるけど、レッスンとかも私よりずっとたくさんしてるはずだし」
ほたる「レッスンをたくさん……」
千鶴「こら。レッスン量で張り合おうとしないの」
ほたる「はあい」
裕美「うん。そうだよね。私も頑張って頑張って、でもそれを感じさせない大人な感じに……な、なれるかなあ」
ほたる「できるよ、吸血鬼役で三船さんを赤面させ、スタッフさんたちを慌てさせた裕美ちゃんなら!」
裕美「あれ思い返すと恥ずかしいから掘り返さないで!?」
元先輩「ただ、それをあんたたちが求められるかどうかは、別の話だと思うけどね」
裕美「えっ」
元先輩「あんたたち、新しい衣装を貰ったら、今でもドキドキする?」
千鶴「しますします」
裕美「素敵な衣装だと嬉しくなっちゃうし、大人っぽい衣装だと自分に似合うかなってドキドキするし」
ほたる「衣装や新しい歌に、自分がふさわしくないんじゃないかって。不安になったりもしますよね」
元先輩「そういう新鮮さこそが、まさにあんたたちに求められているものでしょ」
泰葉「あっ」
千鶴「泰葉ちゃん?」
泰葉「一番言いたいところ言われた……!(じたじた)」
泰葉「我慢して先輩を立てます」
元先輩「言っちゃう時点で全然立ててないわよね」
泰葉「ばれたか」
裕美「新鮮さ……」
ほたる「裕美ちゃんが真剣に考え込んでるので続きを是非」
泰葉「そのものずばりだよ。衣装や舞台に見合う自分になりたい、素敵な衣装に負けないようになりたいって精一杯頑張って背伸びする姿が私たちの武器で、私たちに求められているものだってこと」
元先輩「そういうのはあんたたちの特権よね。大人が頑張ってるとこ見せすぎると余裕ないとか言われちゃうし」
泰葉「頑張り過ぎて見えると陰口たたかれたりするしね。そういうのは隠すものだとか、落ち目だから必死なんだとか」
千鶴「泰葉ちゃんの注釈が生々しい……!」
元先輩「まあ、大人っぽい木場バンパイアと関裕美を並べるのは、大人っぽさと、それに向けて背伸びする姿を対比させて両方の魅力を引き出すためであって、関裕美にオトナをやって欲しかったわけじゃなかったはずよね」
千鶴「なるほど、さすが先輩」
泰葉「同じ事私も言おうとしてたからね?」
千鶴「解ってるけど、言ってる人の年齢によって説得力が違う気がする」
泰葉「くそう」
元先輩「それに、『大人っぽい』はそのうち自然と出来るようになるわよ。場数を踏んで、自信がついたらね」
裕美「そう、なのかな」
泰葉「そうだよ。学校の制服だって、いつの間にか普通に着こなしてるでしょ?」
千鶴「初めて着たときはドキドキして、何度も鏡でみたりしてたのにね」
元先輩「そういうものよね……で、いつの間にか、背伸びが似合わなくなった自分に気付いてちょっと寂しくなったりして」
ほたる「先輩……」
元先輩「なによほたる、そんなじっと見て」
裕美「ああ、そういえばほたるちゃんがうちの事務所に来たのってあのすぐ後だったよね」
元先輩「はいこのハナシ終わりー!!」
泰葉「先輩、そこんとこ詳しく」
千鶴「先輩、実はそうだったんですか」
元先輩「ええい、だいたいカフェオレ一杯でいつまでも粘ってるんじゃないわよ。いい加減帰れ帰れ」
裕美「先輩、お顔まっか……」
元先輩「フンガー!!」
○15分後・カフェの前
泰葉「追い出されました」
千鶴「仕方なくはあるよね」
裕美「また来ようね……あれっ、ほたるちゃんは?」
泰葉「もう少し先輩と話したいから残るって」
千鶴「あの剣幕の先輩さんに物怖じせず残るんだから凄いよねえ」
泰葉「あの根性は見習いたいと思う」
裕美「……でも、なんだか不思議なかんじ」
泰葉「何が?」
裕美「大人っぽくなりたくて背伸びすると、子供に見えちゃうんだって」
泰葉「その背伸びを自然にできる余裕があるのが大人、なんだろうね」
千鶴「こればっかりは、力をつけて行かないと難しいかなあ」
裕美「……みんなそうなのかな。私たちぐらいの子は、みんな背伸びしてるのかな」
泰葉「背伸びしてる、というか……」
千鶴「背伸びするべき、なんだろうね」
裕美「背伸びするべき?」
千鶴「私、九州で活動してたころ、いろいろあってやさぐれててね」
泰葉「噂は聞いてるよ。チャレンジャーの心を叩き斬るエリアボス・ククリナイフ松尾」
千鶴「なにその渾名!? というかククリナイフってなに」
泰葉「千鶴ちゃんの眉毛そっくりな形をしたナイフ」
千鶴「もうー!」
裕美(きっ)
泰葉「混ぜ返してごめんなさい」
千鶴「混ぜ返してごめんなさい……でね。やる気なくて、いつも辛くて、もっと素敵になりたいとか、全然思えなくて」
裕美「……」
千鶴「だから背伸びなんてしなくて、怖いものもなくてね。あの頃私、大人っぽいって言われてたけど、どこにも、一歩も進めてなかった気がするな」
裕美「千鶴ちゃん……」
千鶴「今は違うよ? かわいい私になりたい、って……うん。素直に背伸びできるのが、自然で、嬉しいって思う」
泰葉「解る。私もちょっとそういう感じかな」
千鶴「泰葉ちゃんは、芸歴長いもんね」
泰葉「芸能界にすっかり慣れちゃって。経験も練習もいっぱい積んできたから、求められるものは背伸びしなくてもばっちりこなせる自信があったから。なんだか無感動になっててね。こんなものかなって」
裕美「こ、子役の泰葉ちゃんステキだったよ?」
泰葉「ありがと……でもアイドル目指すことにして、目標が高くなってまた背伸びしたら、成長できた実感があったんだよね」
裕美「泰葉ちゃん……」
泰葉「あのころ私は、背伸びする必要が無いって思って、止まってたのかも知れない。このあたりはね、千鶴ちゃんと同じかな」
泰葉「えい、芸歴チョップ」
千鶴「なんの、書道回避」
裕美「なにしてるの二人とも」
泰葉「あはは。まあ、そういうこと」
千鶴「きっと私たちはまだ、背伸びするのが自然で……背伸びしたいって思えるのは、きっとステキなことなんだよ」
裕美「そっか」
泰葉「うん、そうだよ……あ、タクシー(さっ)」
千鶴「流れるようにタクシー止めたね」
裕美「バスとかじゃなくてまずタクシーってあたりに芸歴の力を感じるよね」
泰葉「いいじゃない。3人で割り勘にすれば安いし、バスより安全だよ」
千鶴「金銭感覚は子役時代のままじゃなかった」
泰葉「そりゃもう、お給金はみんなと同じだけしか貰ってないから嫌でも発達しますとも」
裕美「……ほたるちゃんも、背伸びしてるのかな」
千鶴「もちろん、してるよ」
泰葉「多分、アイドルを目指し始めたころからずっとね」
○15分後・カフェ店内
元先輩「ほら、食べなさい」
ほたる「わ、ケーキ。いいんですか」
元先輩「もうすぐ閉店だし、それ今日で廃棄しなくちゃいけないしね」
ほたる「あまいれふ、おいしいれふ……」
元先輩「あんたほんっと甘いもの好きよねえ……」
ほたる「えへへ。お子さま舌だって、時々言われます」
元先輩「まあいいわよ。実際あんた子供なんだから……ところで、実際どうなのよ」
ほたる「何がですか」
元先輩「何で私に構うわけ?」
ほたる「それは……」
元先輩「嬉しくないわけじゃないし、商売繁盛に協力してくれるのはいいけど、私とほたるが一緒だった頃って色々あったしさ……最後のほう、自分でも全然いい先輩じゃなかった自覚があるのよね」
ほたる「ああいう状況では、誰だって取り乱しますから……」
元先輩「あんたのその達観した感じが時々恐ろしいわ」
ほたる「えへへ」
元先輩「照れるんじゃない……まあ、だから実際。ほたるにとって私って、思い出したくない、悪い思い出と直結してるんだと思ってたのよね」
ほたる「先輩」
元先輩「さらに再会がアレだし。実際、ここまで慕って、周りに自慢までしてもらえる理由が、わかんないのよね」
ほたる「先輩は厳しいけど分け隔てなく」
元先輩「そういうのはもういいから」
ほたる「……」
元先輩「そういう『先輩』は今の事務所にもたくさんいるでしょ? 私みたいにツンケンしてない、優しい先輩がいっぱい」
ほたる「……」
元先輩「……まさかあんた、変な情けや哀れみで私に構ってるんじゃないでしょうね?」
ほたる「それは、違います」
元先輩「じゃあ、なんで」
ほたる「……笑いませんか?」
元先輩「笑わない」
ほたる「ほ、本当に?」
元先輩「しつこい」
ほたる「……」
元先輩「……」
ほたる「その。私は、先輩に憧れてアイドルを目指したんです」
元先輩「 」
元先輩「 」
元先輩「へ、へあっ!?」
ほたる「先輩がそんな素っ頓狂な声だすの初めて聞きました」
元先輩「でしょうね! 私も産まれて初めてこんな声出した気がするわ!!」
ほたる「お顔も真っ赤」
元先輩「うるさい。え、なにそれ、本当?」
ほたる「本当です」
元先輩「知らなかった!!」
ほたる「言ってないですから」
元先輩「何で言わなかったの!!」
ほたる「プロのアイドルになりに来て、お互いライバルでもありますから。貴女に憧れてました、なんて公私混同かもしれないですし」
元先輩「あんたそういう所はプロ意識高いのよね」
ほたる「あと、やっぱり当時の先輩は気軽にそういう話題を振れる感じではなくて」
元先輩「うわあ身に覚えがありすぎる」
ほたる「ご、ごめんなさい」
元先輩「いいの事実だから……で、本当なの、それ」
ほたる「はい」
元先輩「私、現役時代そんな大人気ってわけでもなかったんだけど」
ほたる「……私、不幸の子って言われてたんです」
元先輩「知ってる。実害も被ったし」
ほたる「毎日、つらくて。自分の不幸に巻き込みたくないから、自然と他人と距離をとって……でもそんなある日、テレビでアイドルを見ました」
元先輩「……」
ほたる「彼女は本当に幸せそうで……見ている私まで、幸せな気分にしてくれたんです」
元先輩(汗ダラダラ)
ほたる「不幸を振りまく私と、幸せをふりまくアイドル……私と正反対で、だからこそ、私はアイドルに憧れて」
元先輩「まさか、その彼女って言うのが」
ほたる「はい、先輩その人です。偶然にも先輩と同じ事務所に入れたと解ったときは、もう嬉しくて嬉しくて」
元先輩「……!!!」
ほたる「ああっ、先輩! どうしたんですか先輩!! どうして突然床でのたうち回り始めたんですか先輩!?」
元先輩「これが平静でいられるかあ!!」
ほたる「先輩!?」
元先輩「えっなに。私、そんなガチな理由で私に憧れてアイドル目指した子にあんな暴言やこんな暴言を吐いたわけ?」
ほたる「先輩、おちついて先輩」
元先輩「仮にもアイドルたるものが目の前でバキバキに憧れをたたき壊してたわけ? うわあ。死ね。当時の私死ね……!!」
ほたる「先輩死なないで……!!」
元先輩「いや、さすがに死なないけど。でも、なんか、ごめん」
ほたる「ごめんって」
元先輩「憧れのアイドルがこんなんで、幻滅したでしょ、あのころ」
ほたる「いいえ」
元先輩「即答か」
ほたる「……幸せそうな笑顔の裏には、厳しいレッスンがあるんだって教えてもらいました。それに先輩はいつだって平等で、私を鍛えてくれました。先輩は、ステキな人でした」
元先輩「……」
ほたる「だから本当は、ずっとお礼が言いたかったんです。」
元先輩「……お礼?」
ほたる「今日の裕美ちゃんのお話じゃないけれど。あの日先輩の笑顔を見て、私は背伸びをしてみようと思えたんです。それが私の世界を変えてくれたんです」
元先輩「笑顔」
ほたる「笑顔です」
元先輩「……私の笑顔って、そんなにいいものだったかしらね」
ほたる「私にとっては、世界最高の笑顔でした」
元先輩「……そう」
ほたる「だから……あの」
元先輩「?」
ほたる「だから、その……先輩は」
元先輩「なによ」
ほたる「私が言えることではないんですが……先輩は、もういちどアイドルを目指さないんですか? また先輩がステージで笑うところ、私、見たいです」
元先輩「ほたる……」
ほたる「……」
元先輩「悪いけど、それは無理ね」
ほたる「どうして」
元先輩「だって、この店、私の物だもの」
ほたる「えっ」
元先輩「趣味がいいでしょ? けっこう繁盛しててさ。2号店も出さないかって」
ほたる「す、凄いです……!」
元先輩「……あのときは怒鳴っちゃったけどさ」
ほたる「先輩……」
元先輩「でも私も、多分ほかのみんなも、過去と折り合いをつけて、新しい道を見つけて、ちゃんと歩き出してるのよ」
ほたる「……はい」
元先輩「……そりゃ、あのころ思い描いた道とは違うけど」
ほたる「……」
元先輩「でもちゃんと新しい、叶えたい夢を見つけてるの。今は、この店が私の夢。あんたと同じ、背伸びして叶えたい夢よ」
ほたる「先輩……」
元先輩「あんたのまわりで挫けた子たちだって、そのままうずくまってたりはしない。みんなまたどこかで背伸びをしているわ……だからあんたは、私たちのことなんか振り返らず頑張ればいいの」
ほたる「……はい」
元先輩「それでも私の笑顔が見たいって言うなら、ここに来なさい。スマイルはタダだからね」
ほたる「……はい!!」
元先輩「よろしい」
ほたる「……あの、あとひとつ、お願いしてはいけないでしょうか」
元先輩「なあに?」
ほたる「ずっとずっと、言えなかった事があって」
元先輩「だから、なに」
ほたる「さ、サイン、ください。ずっとずっと先輩のサインが欲しくて……!!」
元先輩「えー、嫌よ。もう引退してるのに」
ほたる「そんなー!?」
元先輩「あんたが次の総選挙でいい結果出せたら、考えてあげなくもないけど?」
ほたる「頑張ります!!」
元先輩「そうよ、頑張りなさい」
ほたる「先輩……?」
元先輩「あんたは、あんたの場所で背伸びしなさい。それが私たちへの一番の応援になるんだから、ね」
ほたる(そう言って先輩は笑いました)
ほたる(その笑顔が、私を背伸びさせてくれたあの笑顔のままで)
ほたる(私は、私は嬉しくて嬉しくて、たまらなくなってしまったのです……)
(おしまい)
泰葉「ほたるちゃんにアイドルを目指させた笑顔が見られると聞いて」
千鶴「しかもタダで見られると聞いて」
裕美「きっとステキな笑顔なんだね。楽しみ!」
元先輩「ほーたーるー!?」
ほたる「ご、ごめんなさーい!!」
(こんどこそおしまい)
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コメント一覧 (7)
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- 2020年02月20日 04:39
- だりやすかれんの泰葉もぽてまゆがいる事務所の泰葉も良いけどこの人の書く泰葉が凄い好き
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- 2020年02月20日 05:18
- 元先輩の解釈めっちゃ好き
モブなのにキャラが良すぎる
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- 2020年02月20日 07:45
- なんかいいなぁ(語彙力
みんな仲良し感が良く出てるし、それに振り回される元先輩がすごく好きなキャラしてる
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- 2020年02月20日 09:25
- まるで今回で最終回かのような綺麗な締め…。
いーやまだだ、続けてもらうねッ!!
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- 2020年02月22日 01:59
- カランカラン…
元先輩「いらっしゃいませー」
茄子「こんにちは♪」
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- 2020年06月04日 14:23
- >>泰葉「それは求められてるからそうしてるだけであって。必要とあれば大人っぽさ全開のアダルト岡崎をお見せしますよ、ええ」
ただでさえやらしいとか言われてんのにアダルト岡崎とかやめなさいよこのSSがR18になっちゃうだろ
-
- 2020年07月20日 13:11
- 虎はなぜ強いと思う?
もともと強いからよ。