嫁「お風呂にする? ご飯にする? それとも毒・麻痺・眠り・混乱?」
- 2019年12月28日 21:10
- SS、神話・民話・不思議な話
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嫁「お帰りなさい」
嫁「お風呂にする? ご飯にする? それとも毒・麻痺・眠り・混乱?」
男「いや……状態異常はいいかな」
嫁「あら、残念」
男「風呂入ってから食事にするよ」
嫁「お風呂、たっぷり毒を染み込ませてあるからね」
男「え゛」
嫁「冗談よ」
男「いただきまーす!」
プーン…
男「……と、食べようとしたとたんに虫が……しっしっ」バッバッ
嫁「どこから入ったのかしら」
嫁「“毒”」ボアァァァ…
虫に向かって手をかざす。
ポトッ
男「相変わらず見事だな」
男「室内ウォーキング!」スタスタ
嫁「外を歩けばいいのに」
男「外はもう寒いから」スタスタ
ガッ!
男「うがあああっ……!(タンスの角に足の小指が……!)」
嫁「“麻痺”」ボアァァァ…
男「痛みが……消えた……」
嫁「痛みが治まる頃まで、そのままにしときましょ」
男「あ、ありがとう……」
嫁「ため息ついちゃって、どうしたの?」
男「仕事で色々あってさ……しばらく引きずりそうだよ」
嫁「“混乱”」ボアァァァ…
男「パッパラパー! パッパラパー! ラッパのマークの正露丸! 下痢腹治していい気分!」
嫁「戻す」パチンッ
男「あ……ちょっとスッキリした」
嫁「でしょ」
男「いや、目をつぶると色々考えちゃうな」
嫁「じゃあ今日は……“眠り”」ボアァァァ…
男「すや……すや……」
嫁「最高に質のいい睡眠で、明日の朝までバッチリ快眠よ」
男(まったく……よく、できた……嫁だ……)グゥ…
………………
…………
……
男(んな職業あるかと思われるかもしれないが、あるのだから仕方ない)
男(状態異常士になるには、山奥で修験者みたいな厳しい修行をしなくてはならず、優れた素質も不可欠)
男(日本でも状態異常士はごくわずかしかいない)
男(俺も彼女とは山奥で知り合った。本当に俺にはもったいないよくできた嫁である)
男(しかし、夫である俺も一つだけ“状態異常”を使うことができる)
男(それは――)
男「ドローンギャグやります!」
男「へぇ~、今は車みたいに走ることもできる“カー・ドローン”っていうのがあるのか!」
男「どうやって操縦するの? えーっと、まずATMにカードを入れて……お金を借りる」
男「ってこれは“カードローン”じゃないか!」
シーン…
男(“沈黙”という状態異常を)
楽屋に戻ると、二人の先輩芸人が出迎える。
芸人「お疲れ」
男「……お疲れ様です」
金髪「ったくお前は相変わらずだな! お前がネタやると、どんな騒がしい客も無言になっちまう!」
金髪「あそこまでいくと、もはや“スベリ芸”通り越して“黙らせ芸”だぜ!」
金髪「ある意味才能だな! お前がいりゃハロウィンの渋谷も平和だろうよ! アッハッハッハ!」
男「アハハ……」
芸人「これ、イヤミじゃなくて本当にな」
男「はい」
芸人「お前にはきっと才能がある。あるはずなんだ」
金髪「ものはいいようって感じだなぁ、それ」
芸人「だから……もっと自分を磨け。そうすれば、必ずいつか売れる!」
男「……頑張ります!」
怪我人「痛い、痛いよぉぉぉぉぉ!」
看護婦「大丈夫ですから、落ち着いて」
怪我人「痛いよぉぉぉぉぉぉ!」
嫁「私に任せて下さい」
看護婦「あ、今日はあなたがいて下さったんですね。よかった!」
嫁「“麻痺”」ボアァァァ…
怪我人「ああ、痛みが……消えて……」
嫁「さ、運んで下さい」
看護婦「はいっ!」
ガラガラガラ…
状態異常士は、このような医療行為を行うことも認められている。
嫁「なんでしょう?」
若手医師「服毒自殺をはかった患者さんが運ばれて来たんですが、どういう毒か判断がつかなくて……」
嫁「分かりました。私が診ます」
嫁「毒の種類によっては、私の術で解毒も可能ですから」
若手医師「助かります!」
バタバタ… ドタバタ…
<病院>
老婆「あたしが若い頃はねえ……」
男「へぇ~、そうなのかい」
ペチャクチャ… ペチャクチャ…
院長「お、今日は旦那さんもいらしているのか」
嫁「はい。オフの日はああやって手伝ってくれて」
院長「彼は不思議な雰囲気を持っているねえ。気難しい患者ともすぐ打ち解けてしまう」
嫁「お笑い芸人なので、人と話すのは得意なんです」
老婆「おや、なんだい?」
男「平成が終わったら、世の中平静じゃなくなっちゃった!」
老婆「…………」シーン
院長「ただ……肝心のお笑いのセンスは……なんというか、うん」
嫁「彼も努力してるんですけど」
院長「! な、なんだ……!?」
嫁「すごい音がしましたね」
男「……どうしたの!?」タタタッ
看護婦「大変です!」
看護婦「怪我で入院してたプロレスラーの患者さんが、お薬の作用か錯乱を起こして……」
看護婦「男性の医者で止めにかかっても、止められなくて……」
院長「な、なんだと!?」
嫁「私が行きます」
男「俺も!」
レスラー「俺は負けてねえっ! タップしてねえぞぉぉぉぉっ!」
ドガァン! ドガシャァン!
大暴れするプロレスラー。
院長「ひええええ……」
嫁「試合してるつもりになってますね。私が状態異常で止めてみせます」
院長「大丈夫かね!?」
レスラー「そこにいたか! レフェリー! てめえ、投げ飛ばしてやる!」ドドドドドッ
嫁「“眠り”」ボアァァァ…
レスラー「おっとぉ、毒霧でもしようってかぁ!?」サッ
嫁(しまった……避けられちゃった)
嫁「あっ……」
男「ちょっと待ったァ!」バッ
レスラー「なんだてめえ!」
男「そんなに暴れると……服が破れてアパレル業界が儲かっちゃうぞ!」
レスラー「…………」シーン
嫁(今だわ)
嫁「“眠り”」ボアァァァ…
レスラー「う……むにゃ……眠く、なってきた……」ゴロン…
男「いやぁ……」
院長「人当たりのよさ! 暴れる患者に恐れず立ち向かう度胸! 聞く者を静かにさせるギャグ!」
院長「どれも実に素晴らしい!」
男「どうも……」
院長「ぜひ、この病院で正式に働いてみないかね? 君なら大歓迎だよ」
男「ありがたい話ですけど、俺は……」
院長「ぜひ!」
嫁「主人はお笑い芸人ですから」キッパリ
院長「そ、そうか……残念だ」
男「ケホッ、ケホッ……」
嫁「大丈夫?」
男「風邪ひいちゃったみたいだ……」
嫁「もしかしたら、病院でうつっちゃったのかもしれないね」
男「参ったな、明日はせっかく先輩たちのライブに参加させてもらえるのに」
嫁「だったら……あれしかないか」
男「うぐっ!」
男「ぐううっ……! うぐうっ……!」
嫁「微量の毒をあえて浴びせることで、体の抵抗力増加を促し、病気の治りを早くする……」
嫁「少しでも毒素の量を間違えると逆効果だから、あまりやりたくないんだけど」
男「だけど君なら大丈夫……そうだろう?」
嫁「あなたの体のことは知り尽くしてるからね」
男「よーし、治った!」シャキーン
男「今日のライブ、はりきって行ってくるよ! 今日こそお客を笑わせてみせる!」
嫁「頑張って」
嫁「ああ、それと……多分あなた、だいぶ毒に対する耐性ついてると思う」
男「え、そうなの?」
嫁「うん、私の“毒”を何度も浴びてるから」
男「ってことは、君に保険金目的で毒を盛られてもある程度なら耐えられるってことか!」
嫁「…………」シーン
男「ごめん、渾身のギャグのつもりだった」
男「近頃風邪が流行っているので、風邪ギャグやります!」
男「とっておきの情報です。風邪はうつすと治るんです!」
男「ってこれは風邪じゃなくてガセだったぁぁぁぁぁ!!!」
シーン…
男(せっかく風邪を治してもらったのに……ダメだった)
芸人「今日はひたすら“ないないネタ”に挑戦してみたいと思います!」
芸人「まずは――」
アハハハハハ… ワハハハハハ…
金髪「こないだ女子高生の集団が、“ねえねえあの人そっくりじゃない?”っていうから」
金髪「ああ、そっくりなんじゃなく本人なんだよって言おうとしたんです」
金髪「そしたら“近所の田中さんにそっくり”って、いや誰だよ!」
アハハハハ… ハハハハ…
男(すごいな、二人とも)
男(さすが、ピン芸人としては、俺らの世代で一、二位を争う二人だ)
男(俺とは全然ちがう……)
男「お疲れ様でした」
金髪「いやぁ~、お前が客を凍らせてくれてたから、やりがいがあったぜ」
男「どうも……」
金髪「今やお前の“黙らせ芸”を見たいなんて変わり者もいるらしいし、いっそギャグの寒さを極めたらどうだ?」
男「ハ、ハハハ……」
芸人「…………」
男「芸人さん……」
男「!」
芸人「センスは必ずしも開花するとは限らない、とも思う」
芸人「お前は結婚してるし、奥さんには何度か会ったが、たしか特殊な仕事してたよな」
男「はい……(状態異常士……)」
芸人「きっと大変だろうし、いつまでも奥さんの稼ぎを当てにしてちゃダメだと思う」
芸人「お前は人当たりがいいし、普通のトーク自体は決して悪くない」
芸人「こないだローカルの旅番組に出てたけど、なかなか評判よかったじゃないか」
芸人「だからお笑いじゃなく、もっと他の方向性に進んだ方がいいんじゃないか?」
芸人「今ならまだ十分、軌道修正がきく時期だしな」
男「はい……」
嫁「ライブはどうだった?」
男「相変わらずだったよ。会場をシーンとさせちゃった」
嫁「そう……」
男「それで俺、芸人さんにいわれたんだけど、お笑いは諦めようかと思うんだ」
嫁「どうして?」
男「やっぱり俺面白くないし、だけどお笑いじゃない方面でなら、まだ可能性あると思うんだ」
嫁「私はあなたのこと、面白いと思うけど」
男「みんなに面白いと思われなきゃ意味ないんだよ!!!」
珍しく怒鳴ってしまう。
男「……あ。ごめん……」
嫁「…………」
男「ん?」
嫁「“混乱”してみる?」
男「混乱してスッキリしろってかい? そんなんで気持ちが晴れたら……」
嫁「ううん」
嫁「今日は私も一緒に混乱する」
男「……え?」
嫁「二人でとことん混乱しましょう」
嫁「これでよし、と。音も多分漏れないわ」
男「ねえ、本当に大丈夫? 君まで混乱しちゃって……もし戻れなくなったら……」
嫁「さあね。だけど、面白そうじゃない」
男「いつも冷徹な君の、時々見せる大胆さには驚くよ」
嫁「じゃ、行くよ。“混乱”」ボアァァァ…
嫁が、自分と夫を同時に“混乱”させる。
嫁「うふふふふふふふ! あははははははははは! おほほほほほほほほ!」
男「ぺぺろんちーの! かるぼなーら! なぽりたーん! ずぞぞぞぞぞぞっ!」
嫁「ぎょうざ! からあげ! とんかつ! ぱくぱくぱくぱくぱく!」
男「すいへいりーべ、ぼくのふねー! きょうもげんきにしゅっこうだーっ!」
嫁「あひゃひゃひゃひゃ、あたしもついていくー! あいしてるわあなたー!」
…………
……
嫁「やっと……自然治癒したわね」
嫁「どう……? スッキリした?」
男「ああ、スッキリしたよ。俺なんかに付き合ってくれてありがとう」
嫁「どういたしまして」
男(俺は本当に……いい嫁を持った)
男「おかげで……吹っ切れたよ!」
プロデューサー(うーん、なにか面白い企画はないものか……)
男「あのっ!」
プロデューサー「ん、君は……たしかお笑い芸人の……」
プロデューサー(あまりにもつまらなすぎて、客を必ずシーンとさせることで有名な……)
男「実は、ちょっとした企画を思いついたので、聞いて頂けますか?」
プロデューサー(企画? まぁ、聞いてみるのもいいか)
プロデューサー「話してみたまえ」
男「“絶対に喋るのをやめない司会者”VS“絶対に相手を黙らせる芸人”なんて、どうです?」
司会者「君とは、はじめましてやな」
男「ええ、はじめまして」
司会者「君、メチャクチャつまらんのやて? どんな相手でも黙らすとか」
男「そりゃもう、まさに“沈黙”させます」
司会者「ちょっとギャグをやってみてくれるか? しゃべってみいや」
男「分かりました、喋ってみます」サッ
シャベルが写った写真を取り出す。
男「あ、喋るんじゃなく……シャベル見せちゃった」
司会者「…………」シーン
司会者「……ってすごいなお前! この俺が五秒ぐらい黙ってしもたわ! 初めてやわ!」
どっ!
ワハハハハハ… アハハハハハ…
校長「いつも朝礼中に生徒達が騒がしいんですよ」
男「お任せ下さい」
ザワザワ… ガヤガヤ…
男「みんなー、元気かーい!」
男「それとも現金が欲しいかい? これ100円」サッ
シーン…
校長「おおっ……! あっという間に皆を黙らせた!」
金髪「まさかあのおしゃべり司会者を五秒も黙らすとはな……テレビの前で爆笑しちまったぜ!」
男「ありがとうございます」
芸人「こういう方向でお前がブレイクするとはな……」
芸人「一皮むけたな」
男「これも……妻のおかげです」
男(あのいつも冷静沈着な妻が体を張ってくれたから、俺もプライドを捨てる覚悟ができたんだ……)
男「ただいま」
嫁「お帰りなさい」
嫁「お風呂にする? ご飯にする? それとも毒・麻痺・眠り・混乱?」
男「ええと、まずお風呂で」
嫁「お仕事はどうだった?」
男「今日もみんなを黙らせてきたよ。黙らせ芸にますます磨きがかかってきた」
嫁「そう、よかったわね」
男「ああ、少しずつ仕事も増えてきたし、これからが踏ん張りどきだよ!」
スタスタ…
嫁(私には……分かってる)
嫁(あなたが本当はこういう売れ方をしたくなかったってことは……)
<家>
芸人「よう」
男「芸人さん! どうしたんですか、家に来てくれるなんて!」
芸人「お前にいい話があってな」
男「いい話?」
嫁「上がって下さい」
嫁「お風呂にします? お食事にします? それとも毒・麻痺・眠り・混乱?」
芸人「えぇと……お食事で」
芸人(何度か会ったことあるけど、相変わらず変わった奥さんだ……)
芸人「ピン芸人の部に、お前も出場させようって話になってな」
男「だけど、若手のトップクラスが集う大会に、俺なんかが出ていいんですか?」
芸人「もちろん、主催者側としては、お前がどれだけ滑るかを期待してんだと思う」
芸人「ハイレベルな大会に一人だけ場違いなのがいる……ってウケを狙ってるんだ」
芸人「文字通り笑い物になっちまうかもしれないが……チャンスはチャンスだ。どうする?」
男「…………」
男「主催者の思惑はどうあれ、こんなチャンスを逃すつもりはありません」
男「出場させて下さい!」
芸人「よくいった!」
嫁(あなた……)キュンッ
男「二人とも、『お笑いバトル』で一気に名前が売れたんだ」
男「芸人さんはもちろん三連覇を狙ってるだろう。だけど俺だってチャンスはあるはずだ!」
嫁「そうよ、あなたは面白いんだから」
男「ああ!」
男「そうと決まれば、たくさんギャグを考えないと!」
男「こんなのはどうかな? 『お笑いバトル』では野球で使う棒きれを振り回すぞ!」
男「そりゃ、お笑いバトルじゃなくて『お笑いバット』じゃないか!」
嫁「…………」シーン
男「よし、これは不採用」
患者「アヒャヒャヒャヒャヒャ!」
若手医師「この患者さんは?」
看護婦「どうやらワライタケを食べてしまった人のようで」
若手医師「とにかく……症状を抑えないと」
患者「アーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!」
男「でしたら、俺にお任せ下さい」
男(ワライタケを上回るギャグで笑わせて、症状をかき消すんだ!)
男「松茸はいくら遅刻しても怒らない。なぜか? “待つ”のは得意だから」
患者「…………」シーン
若手医師「おおっ……症状がピタリと治まった!」
看護婦「あんなに笑ってたのに……!」
嫁「ワライタケであれば、私が解毒できるので、解毒します」
患者を解毒すると――
嫁「あなた、泣かないで」
男「患者さんを救えたんだ……これは嬉し涙さ」
こうして時は過ぎていった。
<『お笑いバトル』会場>
ワイワイ… ガヤガヤ…
「今日は楽しみだな~」
「誰が優勝すると思う?」
「やっぱ芸人じゃねえか? “ないないネタ”で勝負してくるだろ」
「いやいや金髪も今年こそは……」
嫁(いつもは家にいるけど、今日は客として来てしまった……)
嫁(あなた……しっかりね)
嫁(あなたは私を笑わせてくれた人なんだから……)
モノマネ芸人「モノマネ十連発ーッ!」
ハハハハ… ニテルー! ウメー!
絵描き芸人「今日は俺が書いた“デス絵日記”を紹介するぜ!」
アハハハハ… クスクス…
女芸人「断捨離しすぎて女も捨てちまったァァァッ!」
ドッ! ワハハハ… ハハハ…
男(今日は“黙らせ芸”じゃなく、笑わせなきゃ……!)
会場内をうろつく。
男(ここはたしか、芸人さんと金髪さんの楽屋だったよな。あの二人仲いいからな)
男(あれは……金髪さん?)
男(なにやってんだろ……?)
金髪「…………」サラサラ…
男(ペットボトルに……なにか入れてる?)
金髪「あいつがこれを飲めば……今年こそ、俺が優勝だ……!」
男「…………ッ!」
男「……あ」ガタッ
金髪「!?」バッ
金髪「お前……!」
男「金髪さん……」
金髪「…………」
しばしの沈黙。
金髪「今の……見てたのか?」
男「あ、いや……」
金髪「見たんだな?」
男「俺は……あの……」
芸人「おっ、お前らが二人きりなんて珍しいな。ネタの見せ合いでもやってたのか?」
男&金髪「!」
“何か”が入ったペットボトルに手を伸ばす。
金髪「あ……」
男「…………!」
男(どうする……)
男(さっき、金髪さんが“何”を入れたのかはだいたい想像がつく……)
男(これを芸人さんが飲めば、おそらく芸人さんはリタイアしてしまう!)
男(かといって、飲むのを止めたら、理由を話さなきゃならなくなる)
男(そしたら金髪さんはもう――)
男(『お笑いバトル』を見に来てる人の大多数は、この二人の対決を楽しみにしてるんだ!)
男(だったら、俺のやることは――)
芸人「あっ!」
男「…………」グビグビ
金髪「な!?」
男「ごちそうさまでした!」
芸人「おい、なにすんだ! ギャグのつもりなら、はっきりいって滑ってるぞ!」
男「す、すいません……」
芸人「ったく……変なことするなよな!」
金髪「ち、違う!」
芸人「?」
金髪「今のは……こいつがなんで飲んだかっていうと……」
男「金髪さん、ちょっと!」グイッ
金髪「うわっ!」
芸人「…………?」
金髪「お前、自分がなに飲んだか分かってるのか?」
男「だいたい予想はつきます。即効性の毒薬……ってとこでしょう?」
金髪「そうだ……。死ぬことはないが……すぐ体が苦しくなるぞ」
金髪「少なくともネタなんて絶対できなくなる!」
金髪「今日はお前にとっても晴れ舞台だってのに、バカなことしやがって……!」
男「たしかに自分でもバカなことしたなって思ってますよ」
男「だけど、今日来たお客さんの大半は、やっぱり≪芸人VS金髪≫を楽しみしてるんです」
男「だったら……それを潰すわけにはいかないじゃないですか」
男「お笑い芸人として」ニコッ
金髪「バカ野郎……!」
金髪「毒に耐性って、なんだそりゃ! 意味分かんねえよ!」
男「とにかく、この件は俺と金髪さんだけの秘密にしましょう。いいですね!」
金髪「くっ……!」
男「もし、このことを気に病んで、中途半端なネタをやったりしたら、それこそ絶対許しませんからね!」
金髪「……すまねえ」
立ち去る金髪。
男「…………」
男「うっ!」ドクンッ
男(気分が悪くなってきた……。毒が回ってきたのかな……)
男(うええ……予想以上に、気持ち悪い……)
男(ちょっと……かっこ、つけすぎた、かも……)
男(こんな状態で、ネタなんかやれるか……? それ以前に、舞台まで歩けるか……?)
男(だけど、俺は……お笑い芸人! 状態異常士の……夫!)
男(ちょっと毒を飲んだぐらいで……倒れて、たまるか……!)
スタッフ「まもなく出番です! ステージの方へ来て下さい!」
男「――はいっ!」
客A「いよいよ、“黙らせ芸”のあいつだぜ」
客B「今日もどんだけ滑るか楽しみな~」ヒヒヒッ
嫁「…………」ギロッ
客AB「ひっ!?」
嫁(あなた……私が見てるからね。どんなことになっても大丈夫よ)
進行役『さあ、続いての芸人の登場だ! “黙らせ芸”でおなじみのこの方!』
進行役『つまらなすぎて、逆にブレイクしているという異色の芸人!』
進行役『今日も滑るのか? それともついに笑わせることができるのか? どうぞ!』
ワアァァァァァ……!
ザワザワ…
「どうしたんだ?」 「顔色悪くね?」 「メイクだろ、もちろん」
嫁「――――ッ!」
嫁は一目で見抜いた。
嫁(あれは……毒の症状! なぜ!? あなた、一体なにがあったの!?)
オオッ…
「すごいメイクだな」 「おもしれえ顔!」 「がんばれ~!」
クスクス… ハハハハ…
嫁「…………」ドキドキ
男「笑ってる人がいるってことは……本当に絶不調なんだな、俺」
どっ!
アハハハハハ… ハハハハハハ… イイゾー!
嫁(状況は全く分からないけど……あの人は芸をやるつもりだわ)
嫁(だったら見届ける……最後まで!)
男「絶不調の時の……カラオケの歌い方やります……!」ゼェゼェ…
アハハハハハッ…
ワハハハハハッ…
ナニコレー!
キョウハオモシロイ!
会場中が笑った。ただ一人を除いて――
嫁「…………」ハラハラ
嫁「あなたっ!!!」タタタッ
男「えっ……なんでここへ?」
嫁「いいから、すぐ横になって!」
嫁「私がここで出来る限りの“解毒”をするから……」
男「ああ、ありがとう……」
嫁「あまり心配かけないでよ……」ボアァァァ…
嫁「あなたの苦しんでる姿は、どんな状態異常よりも辛いから……」ボアァァァ…
男「ごめん……」
こうして『お笑いバトル』は幕を閉じた。
<家>
ピンポーン
芸人「よう、遊びに来たぜ」
男「……芸人さん!」
芸人「『お笑いバトル』は惜しかったなー……」
男「ええ、芸人さんと金髪さんはさすがのワンツーフィニッシュでした」
芸人「だけど、お前も特別賞をもらえて、“絶不調ギャグ”なんて新境地も開拓できたじゃないか」
男「出場してよかったですよ」
男「さ、どうぞ上がって下さい」
芸人「あ、どうも」ペコッ
芸人「ところで……あの日のこと、全部金髪から聞いたよ。洗いざらい話してくれた」
男「!」
芸人「本心をいえば、毒を盛ろうとしたなんて絶対に許せねえ」
芸人「だけど許す。許さなきゃ、お前のやったことが無意味になっちまうもんな」
男「……ありがとうございます」
芸人「だが、毒は大丈夫だったのか?」
男「はい、妻が会場で解毒をしてくれたのもあって、すぐ回復しました」
芸人「解毒できるってすごい奥さんだな」
男「昔、俺……お笑い修行のために山ごもりをしたことがあって……」
芸人「お笑い芸人が山ごもりしてどうすんだよ……相変わらずだな、お前は」
男「妻とはその時出会ったんです」
芸人「詳しく聞かせろよ」
男「分かりました、じゃあ……」
………………
…………
……
<山の中>
男「よーし、今日から山ごもりだ! ギャグを100個考えるぞ!」
男(山を歩いて、山の景色を見て、山の空気を吸い、山パワーを取り入れよう)
男(そうすればきっと、一流のお笑い芸人になれる!)
わけの分からない理論に基づいて修行を始める。
すると――
男(なんでこんなところに……?)
男「あなたは?」
女「私は状態異常士、この山で暮らしています」
男「状態異常?」
女「毒・麻痺・眠り・混乱、四種の状態異常を操り、それを人々のために役立てる仕事です」
男「へぇ~、そんな職業があったなんて知らなかった」
女「状態異常士は、その性質上、決して明るい表舞台には出られない職業」
女「人里離れた場所で慎ましく暮らし、時折山を下りて、お医者様などの手伝いをして報酬を得る」
女「それだけでよいのです」
男「そうなんだ……寂しくはないの?」
女「全然」
男「ならいいけど……」
男(それにしても、全然表情変わらないなこの人。笑ったりするんだろうか?)
男(そうだ!)
女「はい?」
男「こう見えても俺はお笑い芸人でね……山ギャグやります!」
女「山ギャグ……?」
男「おお~……山はよく星が見えるなあ、まさに“マウンテンの星空”だな!」
女「…………」シーン
男(ダメか……!)
男「次のギャグやります!」
女「…………」
男「ど、どうでした?」
女「全然面白くありませんでした」
男(クスリともさせられなかった……)
男(なんとかこの人を笑わせてあげたい……! この人の笑顔を見たい……!)
男「お願いがあります! 俺に一週間チャンスをください!」
男「一日10分! ギャグを披露して……あなたを笑わせてみせます!」
女「……勝手にどうぞ」スタスタ
男「ありがとうございますっ!」
二日目――
男「古びた洋館で食べる羊羹はよう噛んで食べよう!」
女「…………」シーン
三日目――
男「玉手箱を開けたら煙が……しかも中にアイスが! これドライアイスの煙かよ!」
女「…………」シーン
四日目――
男「闘牛士の彼がくれるプレゼントがいつも人形なの……またドール!」
女「…………」シーン
男「日曜日の夜にやってるアニメといったら……サザエくん! 性別変わっちゃってる!」
女「…………」シーン
六日目――
男「餃子を食べた中学生が彼女にいわれた一言……チューがくせえ!」
女「…………」シーン
男(とうとう最終日になってしまった)
男(なんとしてもこの人に笑いを届けてみせる!)
男「今日こそ……あなたを笑わせてみせる!」
女「ハァ……あなたにはもうウンザリです」
手をかざす。
女「“毒”“麻痺”“眠り”“混乱”」ボアァァァ…
男「――うっ!?」
男(気持ち悪いし、手足は痺れて、猛烈に眠いし、頭がぐるぐるして……)
女「毒・麻痺・眠り・混乱を同時にかけました。もうまともに動くことも考えることもできませんよ」
女「ただし安心して下さい。死ぬことはありません」
女「毒気をまとわせ、虫や動物が近寄れないようにもしておきました」
女「30分ほど経ったら動けるようになりますから、そうしたらとっととお帰り下さい」
女「それでは」スタスタ…
男「う、うう……」
女「…………」
女(あんな風に私に接してくれた人は初めてだった……)
女(状態異常なんかかけなきゃよかったかも……)
女(だけど、これでよかったの)
女(状態異常士は、ひっそりと生きていくべき存在なんだから……)
ゴトッ
女「?」
女「あ、あなたは……!?」
男「まだ……まだ……あと三分、ある……」
女「なぜ!? どうして動けるの!? 四種の状態異常にかかってるのに!」
男「だって……俺は芸人だから……」
男「最後まで……ネタをやらな、きゃ……」ニヤッ
女「…………!」
男「さあ……いく、よ……」
女「ふふっ……す、すごい……」
男「…………!」
女「どうして動けるの……あはははっ!」
女「あなたってなんなの? 何者なの? どうなってるの? あはははははっ!」
男「あ……笑った」
女「あ……!」
男「や、やった……! 君を笑わすことが……できた……!」ドサッ…
女「ああっ、しっかりして!」
女「……ごめんなさい。あんなことして」
男「いや、毎日俺のギャグに付き合ってくれてありがとう」
男「じゃあ俺は山を下りるよ。最後に君の笑顔を見れてよかった」
男「俺の予想通り、笑顔が素敵な人だった」
女「…………」
男「それじゃ――」
女「待って」
女「私も連れていって」
男「どうして……」
女「私……あなたに“魅了”されてしまったみたいなんです」
女「だから、いいでしょう?」
男「は、はいっ……!」
………………
…………
……
男「とまぁ、こんな感じだったんです」
芸人「…………」
芸人「なぜ、お前がお笑いを諦めなかったのか、なぜ奥さんがあそこまでお前に尽くすのか」
芸人「やっと分かったような気がするよ」
男「芸人さん……」
芸人「これからも頑張れよ」
芸人「ただし……俺たちはライバルでもある! 戦う時があったら容赦しないぞ!」
男「はいっ!」
芸人「もしこのままお前が売れれば、いつか俺がお前に毒を盛る日が来るかもしれないな」
男「ハハ、芸人さんったら」
芸人「お、奥さん!?」
嫁「今回のことは水に流しますが、もし再びあのようなことがあった時は……」
嫁「私も状態異常士として、毒・麻痺・眠り・混乱を全力で使わせて頂きます」
芸人「…………!」ゴクッ
男「あ、もちろん冗談ですよ。妻は優しいですから」
芸人(いや、今のは本気だった……! どんな大物と会った時よりも背筋が凍った……!)
嫁「ふふっ……」
男「さっそくですが、いきなりギャグやります!」
男「蕎麦をすする時は自分の声ですする音を出すのが江戸っ子でぇい! ってこれは“粋なギャグ”じゃねえか!」
シーン…
男「ハァ、ハァ……絶不調ギャグ、やります……」
男「まずは、絶不調の時のスマホのいじり方……」
アハハハハハ… ワハハハハハ…
入院患者「いたたたた……!」
嫁「“麻痺”」ボアァァァ…
入院患者「おお、痛みが消えて……ありがとう……」
嫁「いえいえ」
TV『アハハハハ… ワハハハハ…』
入院患者「――あ。このテレビに出てるの、旦那さんだよね?」
嫁「ええ、そうなんです」
入院患者「ずいぶん面白くなったよねえ。雰囲気は穏やかだし……俺はファンだよ」
嫁「ありがとうございます」ニコッ
院長「ううむ、ぜひうちの病院に……!」
嫁「ダメです」
男「ただいまー!」
嫁「お帰りなさい。お仕事はどうだった?」
男「大成功だったよ。営業先の人も気に入ってくれて、また呼んでくれるってさ」
嫁「ふふっ、あなたが元気だと私も嬉しいわ。それじゃ――」
嫁「お風呂にする? ご飯にする? それとも毒・麻痺・眠り・混乱?」
~おわり~
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- 八幡「一色いろはを慰めることになった」
- 少女「海っていいなぁ」カニ「確かに」
コメント一覧 (17)
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- 2019年12月28日 22:10
- 売れないお笑い芸人ってだけで某社長で脳内再生される状態異常にかかってる自分に気づいた
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- 2019年12月29日 10:13
- >>2
?「異常にさせてゴメン。以上!ハイアルトじゃあ~ないと!」
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- 2019年12月29日 10:44
- >>4
草
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- 2019年12月29日 16:12
- >>4
?「今のは状態変化を表す異常と終了を表す以上をかけた、とても面白いジョークです」
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- 2019年12月29日 17:17
- >>10
?「だ~か~ら~ 一々ギャグの説明するのは勘弁してって前から言ってるよねー…!?」
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- 2019年12月30日 18:03
- >>4
?「…」プルプル
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- 2019年12月29日 08:18
- モルボル嫁かな?
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- 2019年12月29日 12:07
- すき
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- 2019年12月29日 13:14
- きらい
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- 2019年12月29日 14:47
- すき
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- 2019年12月29日 15:44
- きらい
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- 2019年12月29日 17:23
- って、これじゃあ花占いじゃないか!
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- 2019年12月29日 19:29
- さてはお前ら絶不調だな?
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- 2019年12月30日 00:31
- きもいしながい
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- 2019年12月30日 02:29
- なんかコメント欄の方が面白いの草
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- 2019年12月30日 14:45
- ヨッメ「くさい息」モハァァァァァァァア
松茸とアイスは少し感心した
まがりなりにも笑いに来た客を睨んで怯えさせるのと芸人をびびらせるシーンはいらない