【艦これ】北上「我輩は猫である」【後半】
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北上「ね?お願い球磨ね~ちゃん」
球磨「…ダメクマ」
北上「ちっ」
多摩「諦め早いにゃ」
北上「球磨姉一度ダメって言ったら絶対変えないじゃん」
球磨「球磨をそんな意見をコロコロ変える様な軟弱者と一緒にするなクマ」
北上「柔軟な対応ができないとも言う」
球磨「うるせークマ。無理なものは無理クマ」
多摩「こればっかりは北上が悪いにゃ」
北上「えー多摩姉ちゃんまで…」
多摩「何うまい事言ってんだにゃ。そんな猫なで声出してもダメにゃ」
球磨「借りてくりゃいいのに何でそんなに買うんだクマ」
北上「手元に欲しいものってあるじゃん」
球磨「自分のキャパシティを超えて買う方が悪いクマ」
多摩「とりあえず
その本をどけるにゃ」
北上「いや他に置く場所ないから本棚置かせてって言ってるんだよ」
球磨「これ以上この部屋狭く出来るわけないクマ!」
北上「そこはほら~共有すべき知的財産として」
多摩「半分近く外国語にゃ…」
北上「だってそういうの貴重なんだもん」
球磨「読ませる気ないクマ…」
球磨「まったく。都合のいい時だけそうやって、そんなとこまで猫っぽくなくていいクマ」
ううむ、人間の体では猫なで声の効果は半減か。そりゃそうか。
しかし部屋が狭いのは事実だ。
何せ元々四人部屋のところに五人いるのだから。
駆逐艦は6。毎日が修学旅行状態。半端な数なので姉妹艦で綺麗に別れないため、寝る時は日毎に部屋のメンバーを変えているらしい。マジ修学旅行。
軽巡3~4。5なウチはちょっと特殊。逆に3は広い。
重巡は4。軽空母も。
正規空母、戦艦となると二人部屋だったり二部屋ぶち抜いて四人部屋だったり。
大まかにいえばこんな感じ。
北上「そんな!」
球磨「取捨選択クマ。何かを得るには何かを失う必要があるクマ」
北上「むむ…」
しかしこの部屋をこれ以上圧縮出来ないのも事実。
はてさて
北上「どうしたものか」
日向「どうしたとはどうした?」
北上「いやちょっと深刻な悩みが」
提督と球磨型を除けば実はこの鎮守府でもっとも古い付き合いである日向さん。
要するに読書仲間である。
お昼前に倉庫にいた日向さんに話を聞いてみた。
北上「誰の言葉ですかそれ」
日向「さあ。でもどこかの偉人が何か言ってそうな感じはしないか?」
北上「確かに」
日向「まあそれはともかくとしてだ。本の収納に関しては私も他人事ではいられないな」
北上「日向さんも?」
この人は2人で一つの部屋を使ってるからスペースはそれなりに確保出来てるはずだが。
日向「収集に際限などないからな。極端な話自分の図書館が欲しい」
北上「あー」
すごく納得。
北上「そそ、どーしてるのかなって」
神風「どうと言われても、普通に本棚ですよ」
日向「足りてるのか?」
神風「いやもう全然全く微塵に皆無にこれっぽっちも足りてません」
ここに鎮守府読書家三人衆の意見が揃ったのであった。
ランチタイムと洒落こもう。
北上「あースマホで見れるやつだ」
鎮守府では基本的に連絡目的でスマホを1人1台持っている。
軍事機密的なあれやこれやで制限は多いけど基本的には一般的なスマホと同じである。
日向「タブレット端末なら私も使っているが、資料などを読む際に拡大で小さい文字が見やすいのは確かに便利だった」
北上「電子書籍かぁ。確かに収納スペースの問題は一気に片付くね」
日向「まあそうなるな」
北上「そっかあ…だよねぇ…」
神風「1枚1枚手でめくるのがいいんです…」
日向「ざっとめくってこの辺りにあのシーンが見たいな事が出来ないからな…」
北上「読みながら自分が今物語のどの辺にいるかわからないもんね…」
神風「挿絵のページが本を開かなくても黒い線で分かったり」
日向「栞を挟む楽しみがな」
北上「あれ?これってさっきの!とかでページ戻す時の感覚とかさ」
以下、紙媒体の良さ。は流石に割愛。
神風「頼むって、何をどうするんですか」
北上「んー…床下収納できるようにとか?」
神風「私達はみんな1階より上ですし…」
北上「工事にお金も時間もかかるからねえ」
日向「…ふむ、提督に頼むか」
北上「え、なにか妙案が?」
日向「2人とも。付いてきてくれ」
日向「ここを図書室とする」
神風「え?」
北上「そんな急に」
日向「まあ聞いてくれ。私も以前に1度、本の置き場に悩んだことがある。その時に提督に提案したんだ。図書室を作ろうと」
北上「本置き場じゃなく図書室?」
日向「私的な理由で部屋を一つ使うわけにもいくまい。あくまで皆が利用できるようにという建前だ」
神風「なるほど。でも以前提案した事があるってことは、無理だったってことじゃ」
日向「その通り。だが私は諦めなかった。副秘書艦という立場を利用しこの部屋を何にも使われないように守ってきたのさ」
この鎮守府、ろくな権力者がいない。
北上「最近?」
神風「ここ2.3年で一気に鎮守府での利用が広まったんですよ」
日向「連絡手段として便利なのは確かだからな。セキリュティと法律関連が整備され鎮守府でも利用されるようになった」
北上「へえ」
生まれたての私には当たり前のものだと思っていたが。これが世代の差というわけか。
日向「ところがだ。今では多くのものがスマホに夢中になり日がな一日画面とにらめっこという状況も珍しくない」
それは艦種によっては本当にただただ暇でやる事が無いからというのもあるので、一概に言えるものではない。一応。
妙な事をしたり情報を漏らさなければ普通の人と同じようにスマホを使えるのだ。
一応そこら辺は鎮守府事に提督が使用の是非を決めていい事になっているが、ほとんどOKを出しているとか。
何故か。暇つぶしのためというのもあるが一番はお金の使い所らしい。
外にはなかなか出れず、物を買っても置く場所は限られる。なのに命懸けの仕事でお金だけがふえていく。
そんな私達が経済にしっかり貢献できる手段が所謂ソシャゲ。有り体に言ってガチャである。
言ってて悲しくなるよねこれ。
神風「それで図書室を作って読書を勧めようと?」
北上「理由としては、うん、問題はなさそうだね」
日向「提督は割と古い型の人間だからな。スマホは悪だと適当に言い含めておけば大丈夫さ」
何故こうも提督の周りには一癖も二癖もある者が多いのか。
日向「二つ目はラノベだ。最近夕張の熱心な布教活動で随分流行っている」
北上「スマホゲームのおかげでキャラは知ってるみたいだからね。原作を勧めやすいって聞いたよ」
神風「うわぁ…」
北上「えぇ…」
普段なら聞いた瞬間「あ゛?」とか言いたくなるセリフをこうもサラリと使うとは。
しかも分かって言ってるだけにタチが悪い。
神風「でも図書室にもラノベ置くつもりなんですよね?」
日向「部屋の使用許可さえ降りればこっちのものさ」
神風「デスヨネー」
日向「ない袖だって振ってやるさ」
神風「それで最後は?」
日向「君だよ。北上」
北上「え?」
神風「北上さんが?」
私がなんだというのか。
所変わって提督室。
提督「おおよそ在りし日の船の魂が言うとは思えない発言だな。それにその件に関しては全面的にお前が悪い」
北上「え~提督からもなんか言ってよ~」
提督「言ってもいいが俺は球磨達に付くぞ。第1部屋の問題は部屋の者で解決しろ。そういうルールだろ」
北上「まあそうだけどさあ。じゃあじゃあ、床下に倉庫とか作ってよ!」
提督「お前の部屋2階じゃねえか!」
北上「ん~提督はなんかアイディアない?」
北上「他の部屋、夕張とかか」
提督「後日向も結構本を置いてるぞ」
北上「へ~そりゃ知らなかった」
大嘘である。
猫を被る、ではなく皮を被るである。
しかし驚く程スムーズな流れ。逆に怖い。
北上「でもさ、私英語の本とか多いからあんまり他の娘に預けるのはね」
提督「なんで?」
北上「読めない物渡されても困るじゃん」
提督「それもそうか」
提督「…本ねぇ」
北上「おや?何か心当たりがある様子」
提督「いやあ違う違う。あっそうだ!部屋ってんならいくつか空きがあるぜ」
北上「ああ三階の奥のヤツとか?」
提督「そうそう。なんだかんだで使わずじまいでな」
北上「じゃあさ、あそこ図書室にするのはどう?」
提督「図書室?」
あくまで自然な流れで、さも今しがた思いついたかのように図書室計画を進めるのだ。
私が。
理由の三つ目。私、というか大井っち。
提督は私に甘いのだ。
その甘さを素直に大井っちに向けてればいいのに、というのはこの際どうでもいい。
意中の人の大親友という立場を今日は存分に使おう。
日向さんから言われた通り。ここからは一つ目、二つ目の理由をさりげなく会話に盛り込み図書室計画を楽しげに語っていく。
もちろん要所要所で大井っちの名前を出すのは忘れないようにしなくては。
我ながら悪い事してるなあと思いつつもちょっと楽しんでたり?
提督「いいんじゃね」
北上「ほら、最近みんなスマホとか…え?いいの?」
提督「あそこどうせ使ってないしな。ただしやるなら自分でやれよ。部屋は貸す。だがそれ以外は一切関与しない」
北上「…」
提督「なんだよその顔は…」
いやこの人私に甘すぎでしょ。日向さんに何されても知らないよ。
北上「別に好きで好かれてるわけじゃないしー」
提督「いーじゃねえか。どちらにせよ嫌じゃないんだろ?」
北上「まあね…」
駆逐艦は神風を中心に、軽巡は阿武隈繋がりだが最近は妙に寄ってこられる。何故だ。
提督「さて話は決まりだな」
日向「よしでは」ガチャ
吹雪「細かいところを詰めてきましょう」ガチャ
提督「は?」
今回の仕掛け人たちが入室してきた。
扉の前で待ってただけなんだけどね。
吹雪「本の管理システムですが夕張さんがスマホのアプリを使った物を開発してくれるそうなのでそれを使います」
日向「予算は私と北上、神風、夕張で出す。腐らせていた金だ、たっぷり使うさ」
吹雪「業者の人を入れるのは許可とか申請が面倒なんで人手がある日に鎮守府に届けてもらって私達で設置します。スケジュールの方はこっちの資料に候補をあげといたんで目を通しておいてください」
提督「え、いや、あの、ごめん、もっかい言って」
日向「それじゃ」
吹雪「それでは」
バタン。
台風一過のような静けさが訪れた。
うわぁ、すごく恨みがまし~い目で見られた。
北上「提督」
提督「なんだ」
北上「ありがとね」
提督「はぁ…」
北上「えーため息つかないでよぉ。いや悪い事したとは思ってるけどさあ」
提督「素直に言ってくれよだったら…というか怖いからあいつら巻き込むな」
そっちが本音か。
提督「知ってるよ。で、さ。図書室出来たらそこに入り浸りか?」
北上「あーどうだろ。入り浸りって事はないんじゃないかなぁ」
提督「そうか。そっか」
北上「?」
提督「ま、アイツらがいるから大丈夫だろうか、頑張れよ」
北上「うん」
神風「出来てしまった」
日向「まあ、そうなるな」
計画開始から僅かに1週間。
私達の牙城が出来上がった。
四方を取り囲む本棚はまだ半分ほどしか埋まっていないがそれはこれから増えていくから問題ない。
部屋の中央には背の低いテーブルが二つ。座布団や椅子が周りに置かれている。基本は床に引いたマットに座る想定だ。
もちろん寝転んで読むことも出来る。
日向「それは私がやろう」
神風「え?でもお仕事があるんじゃ」
日向「ここに持ち込めばいいさ。持ち込めないものはさっさと終わらせるか他に回せばいい」
優秀だもんね、この人。
北上「では」
日向「お楽しみと」
神風「いきましょう!」
隣というのがポイントでつまり直射日光ではなく陽の光を吸った干したての布団の温もりの上ということである。
よく寝ながら読書は読みにくいという話を聞くが私はこの方が落ち着く。何故だろう。猫だったから?
神風「んっと」
神風は人をダメにするというクッションチェアに深々と腰掛け、お臍の上辺りに本を広げている。いつもの姿勢だ。
この時いつも足を伸ばすのではなく膝を折り曲げるため行燈袴から太ももが、というかもうパンツまで見える時は見える。
ちなみに一番は大井っち。阿武隈は細いのでダメ。
まあこのだらけ具合は完全にプライベート空間だし周りも女だけ、本人も気にしていないようなので特に何も言わないけど。
日向さんは入口に設置されたカウンターで椅子に座って読んでいる。
なんでもゲーミングチェアと言って角度や姿勢が色々調節できるらしい。
5万円もしたというがホントか嘘か。
本の収納に留まらずこんな癒し空間まで手に入るとは、いやほんとに素晴らしい。
大井「お邪魔しまーす」
多摩「うわ、マジにダラダラしてるだけにゃ」
北上「やほ~」
神風と日向さんは本にのめり込んでいるのか2人の来訪者に眉毛一つ動かさない。
いや受付は受付しなよ…
あっ、発想が同じだ。
多摩「本関係なく過ごしやすそうな場所にゃ」
北上「2人は何しに?」
大井「夕張さんにこれを渡すようにと」
日向「お、端末か。これで正式に本の貸し借りができるな」
多摩「ビックリしたにゃ。急に会話に入るんじゃないにゃ」
日向「酷いことを言う。私が受け取らねばそちらも困るだろ」
多摩「なら最初から反応するにゃ」
日向「善処しよう」
多摩「した試しがないけどにゃ」
あれ?この2人なんか知り合いというか、気の置けない仲って感じが。
あんまりそういうイメージないけど、私みたいになにか趣味とかで繋がりがあるのかな。
北上「いずこへ?」
日向「仕事さ。ついでに神風も起こしてくれ」
起こしてとは決して神風が寝ているという意味ではない。ようは目を覚まさせろという事だ。
というわけで、
北上「おりゃあ~」
神風「ひゃあっ!?」
袴を思いっきり捲ってやる。慌てて抑えてるけどさっきから丸見えなんだよねえ…
大井「桃色」
多摩「桃色にゃ」
神風「北上さん゛!」
くりんとした目を僅かに潤わせながら睨みつけてくる様はなんというかこう加虐心を擽られる。
北上「あーほらほら呼んでるから」
神風「呼んでる?」
神風「はっ!忘れてた!」
慌てて本を棚に戻す。神風はリアクションが大きくて面白い。
神風「では皆さん、ごゆっくり!」
日向「ごゆっくり?ごゆっくり…うん。ごゆっくり」
走り去る緋色とぬらりと消える白。
大井「と言われても、届けに来ただけなのよね」
多摩「せっかくだしゆっくりしてくにゃ」ゴロン
北上「いらっしゃ~い」
大井「も、もう。しょうがないですね」
とか言いつつ顔がにやけてる大井っち。
大井「流石です北上さん!」
選んだのは神風とは言わない。
しかしこれは、チャンスだ。
読みかけの本を閉じ棚に戻す。変わりにある本を手に取る。
多摩「これ部屋にもひくにゃ」
大井「テーブルありますよ?」
多摩「畳めるようにしとくんだにゃ」
大井「それなら、いやめんどくさそうです」
多摩「えーそんな事ないにゃきっと」
大井「いえ、多摩姉さんが面倒くさがります絶対確実に間違いなく」
多摩「むぅ」
北上「ねえねえ、ライ麦畑って見た事ある?」
大井「麦、 畑?」
多摩「どうしたんだにゃ急に」
大井「あぁCatcher in the Ryeですか」
北上「うん。実際麦畑ってどんな感じなのかーって」
多摩「見た事はないにゃ~。第1日本じゃ、無いこともないのかにゃ?でもほとんど無いはずにゃ」
大井「それこそアメリカみたいな広い国でないと」
大井「そうですね。ともかく広くて大きくて」
多摩「ん、麦畑、にゃあ」
大井「日本語訳は確かライ麦畑でつかまえて、でしたよね」
北上「そうそう」
実はそっちはまだ読んでなかったり。
大井「でも実際麦畑で追いかけっこなんかしたら絶対捕まえられませんよね。お互いに全身スッポリ覆われてしまいますから」
北上「それもそうだねぇ」
ん?
多摩「…」
北上「多摩姉?」
北上「え!?」
多摩「いや、ハッキリとは覚えてないにゃ。ただこう、まるで一枚の写真みたいな感じにぼんやりと絵が浮かぶにゃ」
大井「ど、どういう事ですか!?」
北上「何か他に思い出せないの!」
多摩「お、おうにゃ。ただ小麦色の背景に、人にゃ。えーと、なんだろにゃ、金色の…どこで見たんだったかにゃ」
北上「…まあうろ覚えじゃしょうがないか」
多摩「そんなに麦畑見たいのかにゃ?」
北上「いや、そんなんじゃないよ。まさかホントに見た事あるとは思わなかったから驚いただけ」
多摩「なんか悪いにゃ。変な期待させて」
北上「気にしないでよ。そう大した事じゃないからさ」
北上「じゃあ先行っててよ。私ちょっと夕張んとこ寄ってくから」
多摩「おっけーにゃ。大井ーいくにゃー」
大井「へ?あぁはい。行きましょうか」
図書室を出て別れる。
少し1人で考える必要がある。
多摩姉に記憶が全部あるとは限らないのだ。
それは生まれ変わる過程で失われたのか、それとも今はまだ思い出せていないだけなのか。そこら辺ら判然としないけど、ともかくあまり根掘り葉掘り聞いても仕方ない。
とは思うのだけど、焦る気持ちはやはりある。
自分の記憶だけだと現状私の飼い主を見つけるのはほぼ不可能だ。あまりに情報が少ない。
多摩姉の記憶にヒントになるものがあるという保証はないけど、それでも現状は唯一の突破口だ。
北上「一回頭冷やすか」
冷たい水でもかぶりたい気分だった。
隣でシャンプーのついた頭を洗い流す多摩姉が聞いてくる。
多摩姉も含めて多くの艦娘がそうなのだが頭を流す際、目をつぶって頭の上からドバっとシャワーをかける。
私はこれが苦手である。目に水が入るのがいや、というわけではなく目に水が入るような感覚がダメなのだ。
あと髪が長いからそれが顔にひっついたりそこを水が伝ったりというのも嫌だ。
例えゴーグルをしていても顔の上から水が垂れてくるのがどうにも気持ち悪い。ので頭を後ろに少し倒しオデコから後ろにお湯を流すように洗っている。
北上「鎮守府内ならどうせ取るやつもいないしいいんだって日向さんが」
多摩「まあそれもそうだにゃ」
蛇口を捻り、シャワーでお湯をかぶる。
大井「なんですか~」
いつものように髪を乾かしてくれる大井っち。
いつものように腰に手を当てて風呂上がりの牛乳を飲む木曾。
いつものように謎のストレッチを開始する多摩姉ちゃん。
北上「球磨姉どこいったの?」
大井「あー、それがですねえ…」
気まずそうに目を伏せる。
何かあったのか?
球磨「 」
部屋に戻ると球磨姉ちゃんが死んでいた。
いや生きてはいるけど、なんいというか死んでいた。うつ伏せに。
北上「いつから?」
多摩「今日の午後からにゃ」
木曾「具体的に言うと図書室完成の連絡が回ってきた時からだな」
北上「図書室?」
なぜ図書室。
北上「な、なにさ」
大井「アレです、アレ」
北上「アレ」
大井っちが部屋のある場所を指さす。
そこは私の買った本が積んであった場所だ。
なのだが。
北上「本棚?」
部屋の邪魔にならない細くて長い本棚が床から天井まで伸びていた。
棚は1/4ほどしか埋まっていないが、きっとこれなら私が図書室に運んだ分も合わせて全部収納出来ただろう。
球磨「クマガカッタクマ」
北上「え゛」
うつ伏せのまま妖怪球磨雑巾が喋る。
球磨「オトトイノアサトドイタクマ」
一昨日の朝、というと図書室の家具が届いた時と一緒か。その時一緒に届いたのだろう。
球磨「ケサクミオワッタクマ」
北上「う、うん…」
流石に読めてきた。非常にわかりたくない真実が。
球磨「図書室なんて聞いてないグマ゛アァァ!!」ガバッ
北上「えぇ~…」
確かにサプライズ的な意味も込めて私達も図書室の件はあまり触れ回らなかったけどさあ。
球磨「 」チーン
多摩「うむ、球磨はよくやったにゃ」ヨシヨシ
木曾「なんだろうな。この誰も悪くない感じは」
大井「不運としか」
北上「嫌な事件だったね…」
球磨姉は後ろから見ると良くわかるが、本当に髪が長い。それでいてフワフワとしていて触り心地がよい。それこそ毛皮のように。
なので
北上「とうっ!」
球磨「ぐえ゛っ!」
その毛皮に思いっきり飛び込んでみた。
球磨「何すんだクマ!死ぬところだったクマ!」
北上「う~ん、やっぱ球磨姉の毛皮気持ち~」
球磨「球磨は熊じゃないクマ!毛皮にしないで欲しいクマ!」
球磨「良くねえクマぁ!」
チラとほかの3人にアイコンタクトを取る。
木曾と大井っちは一瞬2人で顔を見合わせたが直ぐに察したのかニヤっと笑うと、
木曾「おらっ!」
大井「よっと!」
球磨「ギャーー!!」
さらに覆いかぶさってきた。
球磨「や、ヤメロクマー!ちょそこは違うクマ!くすあはははは、くすぐったいクマァ!」
でも、なんだか包み込まれているような気分だった。
北上「ありがとね」
球磨「へ?って木曾!何靴下取ってあはははは足!足裏はダメクマァ!」
大井「…」パチッ
北上「え、何外したの」
大井「ホックです」
球磨「何とんでもねえ技披露してんだクマ!」
北上「よし、球磨姉のを揉んで大きくしてあげよう」
大井「承知。木曾、足をお願い」
木曾「え、マジで?」
球磨「クマアァ!!多摩あ!助けろぉ!」
多摩「いい揉み方を知ってるにゃ」
球磨「多摩ああああ!!??」
各々揉むのや抑える、脱がす暴れるなどを辞め一斉に扉に向く。
彼女は扉からぬらりと部屋に入ってきてこう言った。
神通「皆さん…もう少し静かに。下の子達から苦情が来てます」
「「「「「アッハイ」」」」にゃ」
棚の余った段には現在、球磨型の写真が飾られていて、日に日にその数を増やしている。
本の虫とは、本が好きな人のことを指す。
しかしこれよく考えなくても害虫呼ばわりである。
物好きなって意味合いもあるんだろうけどもう少し言い呼び方はなかったもんかね。
まあいいけど。
趣味に熱中しすぎる人間は往々にして奇怪な目で見られがちである。
実際異質な行動をとりがちだし。
例えば鎮守府にも、
北上「そうそう。何かきっかけとかタイミングってあるのかなーって」
明石「もしかして記憶結構思い出したり?」
北上「あーうんまあ」
明石「ほほ~う、それはそれは中々興味深いわねえ」
明石の目が怪しく光る。
大丈夫と分かっていてもこの手の人種の知的好奇心溢れる目はなんというか身構えてしまう気迫がある。
明石「あはは、何もしないってば。本人の許可なく」
北上「だよねー」
許可したら何するつもりだおい。
消して私という存在への好奇心じゃなく。多分。
明石「そーね。きっかけと言えば、変わる時、ね」
くるりとイスごと回転して作業に戻る。
私と話しながら行える程度の作業という事らしい。
何となく私もイスで回ってみる。
北上「変わる?」
明石「そうそう」
ちなみに彼女の服装はツナギにタンクトップ。
危ないだろと思ったが防護服とかで防げるようなものなら艦娘には何の影響もないという話である。
彼女曰く「この長ったらしい髪の方がよほど危険」だとか。自分で言っちゃあおしまいでしょ。
北上「船から艦娘へってことか」
明石「前にも言ったけど、艦娘って色々なものが混ざって交わって合わさって出来てるのよ。だから生まれる過程で異物、って言い方はアレだけどそういったものが入る事はまれによくあるのよ」
どっちだよ。
明石「もう一つは改造で変わる時」
北上「改造も?」
明石「ええ。私達の力の源は基本的に船の記憶。船としての機能の模倣。ありし日の戦いの投影なの。ほら!艤装もこうフワッて出せるでしょ!トレースオンって感じ!」
北上「お、おう」
急に振り向いたかと思うと凄く楽しそうに喋る。
わざわざ書く事でもないけど彼女は既に夕張によって染められている。何とは言わないが、色々と。
何事も無かったかのように作業に戻る明石。切り替えが早い。
北上「そっか~、改造かぁ…」
多摩姉は球磨型でも最高練度だ。当然改造済。う~んまいった。頭でもどつきゃいいのかな。
明石「何か不備があるならとりあえず叩いてみる?」
そう言ってスパナ(?)を右手でヒラヒラとさせる。技術者がまず第1にそれを言ってどうする。
北上「遠慮しとくよ。でもありがと」
明石「お役に立てたかしら?」
北上「いやもう全然まったく」
明石「ひどい!」
北上「んじゃね」
軽口を叩きつつ席を立つ。
北上「どったの?」
明石「さっき夕張が呼んでたの忘れてた」
北上「夕張が?なんだろ」
明石「アレでしょアレ」
明石が、多分スパナじゃなさそうな何かの工具を拳銃のように持ちパァンと効果音をつける。
北上「あーアレね」
明石「アレよ」
思わずニヤついてしまった。
がこれは猫がにゃあと鳴くと言われるのと同じで実際にそう聞こえなくてもそう言う意味、状況を表す一つの記号として存在するものだ。
つまり何が言いたいかというと私は発砲音はタァン派という事だ。
とか何とか考えながら4発を的に撃ち込む。悪くない命中率だ。
右人差し指でセミオートからフルオートに切り替える。
子気味いい音とともに数十発の弾丸が発射される。
うん、これはたまらん。
北上「パーフェクトだ夕張」b
夕張「感謝の極み」b
北上「やっぱこのくらいの大きさのが好きだなあ私は」
夕張「えーアサルトライフルとか機関銃とかもいいじゃ~ん。ヒャッハーって弾丸ばら撒くの!」
北上「トリガーハッピーめ」
夕張「化物狩るのが日常の艦娘が何を今更」
北上「そりゃそうだ」
以前に言ったが工房でちょくちょく消える改修資材ことネジ。え、逆?
まあともかくそのネジの行方がこれである。
ズラリと並んだ銃火器。
アメリカンな映画のような風景だ。
理由は反乱とかを恐れてだとか。
いやいや見た目が小学生低学年の駆逐艦ですら戦車とやり合えるというのに何を今更という話だが、実はちゃんと効果がある。
それは私達の燃費の悪さだ。
この大きさで軍艦同様の力を発揮するというのは末恐ろしい話だが、残念ながら自身で持てる燃料弾薬は人の大きさ基準なのだ。
便宜上「燃料」「弾薬」と呼ばれるそれは実に特殊なもので艦娘が身体に保有する以外での持ち運びが非常に難しい。
大規模な海域戦でこちらがジリ貧になったりするのはそれが原因だ。
補給艦なる者もいるが相応のリスクを伴う。
簡単に言えば私達が人類を滅ぼしてやるーと意気込んでも守りに徹していれば勝手に息切れするのである。
弾丸がきれれば砲塔は飾りだし燃料がきれれば艤装は動かない。
残るのは身体能力のやたらと高いだけの少女である。
銃火器以外にも反乱等の対策は色々されているらしいがそこまでは夕張は教えてくれなかった。
なんて知ってるのとは聞かない。怖いし。
北上「うわごっつ。何それ」
夕張「名付けて、バレットY35!」
Yは夕張のYかな。35はなんの数字だろう。
北上「私の身長とあんま変わんないし…」
夕張「スナイパーだしね~対物だしね~」
北上「もどきならそこは私用にコンパクトにしてもいいじゃん」
夕張「そこにロマンはない」キリッ
北上「アッハイ」
銃を手に持つ。重い長いデカい。
こんな所までHELLSINGリスペクトしなくていい。
まあ実際は艤装の方が対化物用であり、こんなものは今の時代無用の長物なのだが。
夕張「ちゃーんと海の方に的を浮かべといたから。音は作業音って言っときゃ大丈夫大丈夫」
北上「ならいいけど」
いいのかな。フラグにも聞こえるが。
艤装と銃をリンクさせ弾薬を装填する。
これがもどきの理由。
艦娘専用の銃。
作者、明張コンビ。
弾も艤装からなので深海棲艦にも効く、と言うと偉大な発明のようだがだったら戦艦が砲撃した方が手っ取り早いのでやはり趣味の範囲。
ちなみに先に述べたようにれっきとした銃なのでバレたら、どうなるのかね。
夕張「一応踏ん張っといてね。一般の女子中学生が撃ったら肩イくから」
北上「そこは流石に艦娘だし」
何せ普段は軍艦の砲撃を体で受け止めているのだから。
無駄遣いどころの騒ぎじゃない。
元々は夕張と明石でコソコソやってらしい。
私が夕張に借りた本に影響され銃に興味を持ったのを切っ掛けに色々とはっちゃけだした。
そこへいくともしバレた時私も責任がなくはないのだが。
止めた方がいいかな。
とかなんとか考えながら自室へ戻る途中、提督に出くわした。
提督「おーいたいた。探したぜ」
北上「んー?どったの提督」
提督「いや、そのな。工房の、というか夕張と明石の話でな」
北上「うんうん」
あれ、何か嫌な流れが。
提督「ここ最近資材の減りが妙に増えてんだよ。お前アイツらと仲いいだろ?なんか知らないか」
OH…
明石「事故装って爆破しよう」
北上「落ち着いて落ち着いて」
提督からの頼みをとりあえずは引き受け工房へとんぼ返りしてきた。
私にも責任の一端はあるからと対策を一緒に練ろうと思っていたのだが、二人がまず出したのは後処理だった。
北上「きっぱり切り捨てるんだねそこは」
明石「そりゃあ、まあねえ」
夕張「内容が内容だし」
自覚があるからなおタチが悪い。
明石「これが未来ガジェットとかなら誤魔化すとこなんだけどねぇ」
夕張「流石にこれはバレたら死ぬ」
北上「今更でしょそれは…」
明石「いやでも拳銃とかなら隠せるか」
夕張「あズルい!私だって1丁くらいなら」
北上「はいはいストーップ」
まあそうなるな。
ちなみに明石はリボルバー拳銃大好きっ子。
ファニングショットも出来る。
手先器用だからとの事。いやそういう話じゃないでしょ。
夕張「と言っても、ねえ」
明石「感情を殺したとしても後処理、フェイクの理由、色々と用意しなきゃだし…」
吹雪「あまり時間はないですよね~」
んーと黙り込む4人。
4人?
北上「吹雪?」
夕張「アイエエエ!」
明石「ブッキー!?ブッキーナンデ!?」
吹雪「その呼び方やめて下さい…」
北上「チャカって…」
夕張「まあそんな感じかなあ…相変わらず鋭いね」
吹雪「司令官が資料と睨めっこしてましたから。内容から予想しただけです」
明石「さすふぶ」
吹雪「なんですかそれ」
北上「アレ、ブッキーってこの事知ってたの?」
吹雪「その呼び方やめて下さい」
夕張「ブッキーにバレると怖いので早めに打ち明けて交渉しました」
明石「やり過ぎない限りは不干渉という事に」
吹雪「…まあそんなところです」
北上「ほう」
これはやり過ぎに入らないというのか。
真面目な話をする時の彼女はおおよそその稚い容姿からはは想像もつかないような独特の雰囲気を発する。
駆逐艦といえど、何十年とここで秘書艦をやってきているのだ。年季が違う。
吹雪「とはいえこれがバレるのは私としても避けたいですね」
夕張「沈めよう」
明石「魚雷に詰めて深海に届けよう」
北上「堂々巡りだこれ」
吹雪「そんな特技ないですよやった事も無いですよ。欲しいとは思いますけど」
明石「提督が北上に頼んだ以上あまり時間もないのよねぇ」
夕張「もうだめぽ」
吹雪「仕方ないですね。ここは助っ人を呼びましょう」
夕張「助っ人?」
明石「ダンス?」
北上「あ」
察しがついた。
もしもし感覚で妙な事を言ったかと思うとさっと携帯を耳から遠ざける。
電話の相手、なんて言うまでもなく叢雲なんだろうけど、彼女が大声で何を言ったのかは想像に難くない。
吹雪「ゴメンゴメンそんなにムラム、イライラしないでよっ」
言い終わると同時に今度は予め携帯を離しておく。
なんで息をするように妹を煽るのだろうか…
吹雪「いやいやちょっと真面目な話でね。そう!さっすが分かってるじゃん。うんお願い。工房のとこ。うん、うん。じゃね」
携帯を切る。
吹雪「オッケー」b
夕張「ナイスゥ」b
明石「おk」b
誰かいたわって上げて…
夕張「このと~り」
明石「何卒何卒」
ジャパニーズ土下座。この2人に物作り以外のプライドはない。
吹雪「やっぱこの手の事は叢雲が1番頼りになるから。貸一つって事で、ね?」
叢雲「はぁ…まあいいわ。やったげる」
不承不承、という感じを醸し出しているが口元が僅かに緩んでいる事を誤魔化しきれていない。
あー吹雪が凄く、こう、生暖かい目というか、可愛いなコイツみたいな目で見てる。もう少し普通に可愛がって上げればいいのに。
叢雲「それで、その「趣味で作ったオモチャ」は隠し通せる前提でいいのよね」
夕張「イェスマム!」
明石「ノープロブレム!」
嫌味な言い方をするあたりこの件に賛成はしていないようだ。
夕張「に、2ヶ月ほど前ですサー!」
明石「北上が来た辺りですサー!」
サー、は男性に対するものである。と言う場面ではないか。
叢雲「二ヶ月前ねぇ。えっと…」
スマホを弄り始める。カレンダーとか予定表などを参照しているのだろう。
叢雲「あっ」
夕張「い」
明石「う」
吹雪「え」
叢雲「お゛!」ダンッ
夕明吹「」ビクッ
怒りのこもった足で工房の床を踏み鳴らす。
北上「ビビるならやらなきゃいいのに…」
叢雲「これよこれ、これでいいじゃない」
夕張「これって?」
明石「端末何も写ってないけど」
叢雲「中身もそうだけれど、これ自体よ」
吹雪「あーなるほど」
夕張「ワケワカメ」
明石「二ヶ月前?スマホ…?」
叢雲「だからー
北上「うん。図書室のもそうらしいんだけど、勝手に色々と開発してたんだって」
提督室で作業中だった提督に今回の件の報告(偽)をする。
提督「でも資源はともかくネジは使うか?」
北上「いくらあの二人でも携帯は専門外でしょ?分からないところはネジと妖精パワーで無理やり作ってたんだって」
提督「妖精さんも共犯か…まったく、科学の結晶かと思ってたのにオカルトが混じってたとは」
やれやれとスマホを眺める提督。大丈夫、ちゃんと化学の力100%だから。
北上「本の貸出のアプリとかも前から作ってたらしくてさ。私が図書室欲しいって言ってたのに聞いてたみたい」
提督「それでここ最近消費が増えたのか」
北上「その通り」
ではない。こうして嘘を並べるのは2度目だけど、上官に対してそれってどうよ。
これは本当。
提督「暫くかよおい。まあいいかぁ、結果役に立ってるんだし」
北上「あははーソダネー」
提督「何はともあれこれでようやく計画通りに進める」
北上「何か目標とかあるの?」
提督「そりゃあるさ。その為にやってんだから」
北上「何目指してんのさ」
提督「内緒だ」
北上「ちぇー」
北上「ん?これが無駄遣いってやつ?」
提督「そ。大した量じゃないんだけどな。うちはまだまだ小さいから貴重なんだよ」
北上「へー」
おかしい。こんなに少ないわけがない。どういう事だ?
北上「それじゃ、北上撤退しま~す」
提督「おう、ありがとな」
藪蛇な気がしたので無視して部屋を出る。
夕張に聞いてみようかな一応。
吹雪「その様子だとバッチリ見たみたいですね」
北上「うおっ、びっくりさせないでよ…」
吹雪「北上さん、取引です。夕張さんや明石さんと同じく」
北上「え」
同じく?
吹雪「他言無用、ですよ」
北上「…イエスサー」
北上「…」
10あるものから2使われた。と思ってたら実際は4だった。なのに残りの8という計算は合ってる。2はどこから来たのか。
いやそもそも10はどこから来ているのか。
北上「抜いたな…」
つまり任務の報酬から、という事か。
10ではなく12あったのだ。
吹雪「ええ、提督に届く前に」
北上「書類の偽装はやったことないんじゃなかったの」
吹雪「得意じゃないだけです」
いけしゃあしゃあと。たいした秘書艦だこりゃ。
吹雪「協力はついでです。私の目的は取ったものの活用ではなく取ることで提督に届かなくさせる事」
北上「…」
吹雪「…」
野生の勘、と言うやつかもしれない。
北上「他言無用ね」
吹雪「はい」
私は引いた。
そう言っていたが実際は
現状を維持するには鎮守府の拡大の阻止が必要、という事らしい。
一体吹雪と提督はどんな関係なのか。
鬼嫁?どっちかというと怖い小姑みたいな。
前任者、提督の前の提督ってどんな人だったんだろう。
自分にはあまり関係のない話だが、段々と頭の中でその事が少しずつ、確実に忘れられなくなってきていた。
ポケットからバイブの振動が伝わってきた。
スマホを取り出すと夕張からのメッセージが表示されていた。
『パイルバンカーって、いいと思わない?』
北上「懲りてない…」
どころか味を占めてる。
やれやれ、流石にこれは一言言ってやらねばなるまい。
『ヒートパイル好き』
とりあえず返信。
さて工房へ向かおう
提督室というのは本来上司の、というか職場におけるトップの部屋という意味なのだが、
30いくつの人間と生きた年数や生まれた年を考えれば三桁すらいる艦娘、人と兵器、人と船に一般的な上下関係やらが当てはまるはずもなく、
だからこの扉も一応ノックしろというあってないようなルールのみが辛うじて残る程度の薄いものなのだ。
北上「おじゃましま~す」ガチャ
提督「お~う」
適当な挨拶に適当な返事。
こんなもんだし、そんなもん。
提督「紙一枚分の情報を3枚分に増やすのが上の仕事なんだよ」
北上「それを紙半分にまとめるのが提督仕事ってわけか」
提督「そゆこと。あー座るならこっちのソファーにしとけ」
北上「ん?なんでよ」
提督「れでぃーがお茶をこぼした」
北上「あ~」
言われた通り机を挟んで反対側のソファーに移り仰向けに体を倒す。
おっと靴をソファーに付けないようにしなきゃ。
持ってきた本を開く。
ページと資料をめくる音だけが部屋を支配する。
そりゃ田舎のそれほど大きくもない建物に百人以上もの人間がいればそうなるわって話。
別に皆でわいわいやるのが嫌いなわけじゃないけどやはり一人になりたい時ってのがある。
そういう機会はあるにはあるけれど、出撃や遠征の関係で偶然訪れるものでなりたい時になれるわけじゃない。
だからこそ、そういう場所を探す必要がある。
そして見つけたのがここ。
図書室とは少し違う。
少し特別。
お昼ご飯の後、おやつの時間の前の提督室。
予定がある者は出撃し、そうでなければお昼寝など。
ティータイムや間宮に提督を誘う人達はまだこない。
この時間こそが、至福の時となるのだ。
パタンと本を閉じる。
本というのは基本的に章などで区切られているのだが、私には章を読み終える毎に本を閉じそれまでの内容を頭で反復するという癖がある。
いつ何故ついた癖なのかサッパリだが、癖とはそういうものだろう。
提督「今日はなんの本だ?」
北上「えと、ふしぎの国のアリスって知ってる?」
提督「大体は。読んだことはないけどな」
北上「それを元にした殺人事件」
提督「えらく物騒だな。しかし元にしたってどういう事だ」
北上「アリスの夢ってやつだよ」
提督が作業をやめて椅子に深々と座りリラックスモードに入る。
つまり休憩という事だ。
北上「まず主人公がね」
今しがた読みえた所までの粗筋を話す。
いつも通り。
提督は本が苦手というわけじゃ無いらしいけど、仕事人間なのか読む事はないらしい。
最初は単にどんな本を読んでるんだって質問だった。
そのうち内容や感想等を色々聞いてくるようになって、私の方も提督に分かりやすいように伝えたり感想をまとめるのが好きになっていた。
人に教えるにはその三倍理解してなくてはならない、という言葉があるけど、こうして人に話すことによって新たに気付く事や自分の思っていた事がハッキリしたりと思わぬ収穫もあった。
提督「独特っていうとアレか、和訳する際に出る違和感みたい話か?アリスって海外の作品だし」
北上「それもあるけど…相手に伝える事を前提にしてない会話っていうのかな~。そんな感じ」
提督「あとは読んでみろってか」
北上「そゆこと」
提督「そうだなあ、戦争終わったらのんびり田舎で読書三昧とかいいな」
北上「あ、それいいね~。ベランダとかにあの、なんだっけ、揺れる椅子」
提督「ロッキングチェア?」
北上「それそれ。あれに座って本読むとかよくない?」
提督「俺はあれだ、ハンモックとかやってみたいな」
提督「畳にチェアは合わないし、ハンモックするような木もないからな」
北上「いいよね~。外国の本とか読んでるとさ、一度行ってみたいなっておもうんだ」
提督「ん?お前外国語読めんの?」
北上「え、あー、うん。英語なら」
しまった口が滑った。別に問題は無いのだけど。
提督「そうか、なんか意外だな」
北上「あはは、だよね~」
慌てて本を開きページをめくる。
北上「あ、これこれこれだよ」
提督「どれどれどれだよ」
北上「んしょっと」
ソファーから体を起こし提督の隣に移動する。
北上「おりゃ」
提督「おいおい、書類の上に本置くなよ」
北上「こいつのせいで机に張り付いてるんでしょ?なんなら北上様が焼き払ってあげようか」
提督「机傷つけたら弁償な」
北上「そーゆーとこ細かいよね~提督。モテないぞー」
提督「え、マジでか」
北上「マジマジ。彼女の体重が五キロくらい増えても気にしないくらいの器量がなきゃ」
提督「いや五キロはやべぇだろ」
北上「そうかな…?そうかも…」
提督「どれだよ」
北上「ほらここの会話のところ」
少々強引なやり方だが提督を本に集中させる。
立っているのも疲れるので提督の座る椅子の肘掛に体を半分乗せる。
提督「あーうん。なんとなくさっき言ってた意味が分かった」
北上「読むの早っ」
提督「書類仕事で鍛えられたのさ」
北上「無駄なもん持ってるね~」
提督「うっせ。というかそこに座るなよ。狭いし壊れるかもわからん」
北上「大丈夫っしょ、この椅子デカいし」
提督「何一つ大丈夫な要素がないんだが」
提督「資料ならできるし、本もできると思う」
北上「ねえやってやって。ここで見てるからさ」
提督「なんでそうなんだよ。見てどうする」
北上「えーどんな感じでページが進むか見てみたいの」
提督「速読っつっても早めに読めるってだけで、ページパラパラめくって内容把握するとかは無理だぞ」
北上「なんだぁつまんないの。北上さんはもう少し面白いオチを求めていたのですよ~」
提督「お前なぁ」
ガチャ
ガチャ?
提督「げ」
北上「あ」
扉を開けて大井っちの目に飛び込んで来た光景。
同じ椅子に腰掛け(?)体を密着させて話している想い人と親友。
うーん修羅場。
提督「北上、ちょっと大井と話がある」
大井「北上さん、少し提督と話があります」
北上「アッハイ」
本をさっと回収し流れるように部屋を出る。
提督のところへ大井っちが来るのは少し久しぶりだったが相変わらずの仲なようで一安心だ。
前は私があそこで本読んでると遅かれ早かれ必ず来てたのに、最近はめっきりだった。
やっぱあれか、改造後の服装が原因か。
恥ずかしがることもなかろうに。
何はともあれ久々に2人でゆっくりしていただこう。
提督に釈明の余地があればいいけど。
右腕を触る。
提督と触れ合っていたせいか少し温い。
流石に馴れ馴れしくしすぎたかね私も。
どうにも球磨型内での距離感で接してしまいがちな所がある。
まあ悪い気はしないんだけど。
北上「ん?」
悪い気はしないってなんだ。
北上「~♪」
でも、いい気分だ。
北上「よし」
深夜。
消灯時間をすぎ皆が寝静まった頃。
私は部屋で、バケツを抱えていた。
棚の空いてる位置にバケツをセットする。
うん、これで落ちたら多摩姉の頭にクリーンヒットするはずだ。
仕掛けは目覚ましと連動してバケツが落ちるだけのシンプルなもの。
さあ目覚めるのだ。
内に秘めた猫の記憶よ!
多摩「そんなに痛むにゃ?」
木曾「いや痛さとしては全然気にならないレベルなんだけどさ。地味ーにジワジワくる感じが凄くイラッとくる」
球磨「鼻真っ赤クマ」
大井「北上さん、納豆いります?」
北上「あ、貰う貰う~」
朝食は納豆派である。
明け方トイレに起きた木曾が寝ぼけ眼でバケツに顔面から直撃したという運びだ。
上手くいかないもんだね~。
北上「ゴメンね、変なとこに置いちゃって」
木曾「いやいいよ。こっちも寝ぼけてたしな」
球磨「せいっ!」グシャ
多摩「…なんで卵が出るたびに片手で割ろうとするにゃ」
球磨「で、できたらカッコイイと思ったクマ」
大井「拭くものもらってきますね」
球磨「スマンクマ…」
球磨「クマ?」
北上「ほっ」タマゴカパッ
球磨「なぁっ!?」
多摩「北上煽るんじゃないにゃ」
球磨「木曾!それ寄越すクマ!」
木曾「やだよ!絶対失敗するだろ!」
球磨「貰いぃ!」
木曾「あぁ!」
球磨「てやぁ!」ゴシャ
木曾「あぁ…」
北上「うわぁ…」
多摩「にゃぁ…」
大井「球磨姉さん…?」スッ
球磨「ヒッ」
昼前。
自慢の魚雷を担いで出撃の準備をする。
と、勿論担ぐ必要はないのだが。
今度はこれで、
多摩「それを言ったら終わりにゃ」
北上「ただのパトロールじゃん?いらないじゃん?」
谷風「こういった所を怠らない事が大切なのさ。提督はそこんとこよぉ~く分かってるからねえ」
伊勢「ほらほら、みんな準備して~」
北上「魚雷重いなぁ…軽巡の頃は軽くてよかったよ」
多摩「まあ確かに量は増えたにゃ」
谷風「かぁーなっさけない。それでも軍艦かい?」
北上「ちぇー、皮かぶっちゃって」
谷風「そっちは猫被りだろ?お、リベが来たね」
多摩「北上お昼はどうするにゃ?」
北上「ん~そだねー。うどんとか?」
よし、ここなら当たるはず。
多摩「うどんはやっぱりオクラだと思うんだにゃ」
北上「私はとろろかな~。あっ、蝶々だー」ブン
上半身を右に思い切り振る。
担いだ魚雷が勢いよく、多摩姉の後頭部めがけて振られる。
唸れ!黄金の魚雷!
リベッチオ「ヘブンッ!!」ゴチン
北上「えっ」
多摩「にゃ!?」
谷風「うわー…」
何を思ったか思いっきり助走を付けて多摩姉に飛びついていったリベの顔面に魚雷が思いっきり当たった次第である。
飛びつかれる側の負担を一切考慮しない飛びつきと遠心力を加えた魚雷のスイングが見事にジャストミートした結果、場外ホームランが生まれたのだった。
飛んでったのはボールではなく意識なのだけど。
幸いにも出撃前の艤装装備時のことなので鼻血すら出ず、まるでギャグ漫画の如く仰向けで倒れるだけですんではいるが。
伊勢「え、何今の音?」
リベ「」チーン
北上「あはは…いやちょっとね」
多摩「ふ、不幸な事後がにゃ…」
谷風「おぉー白だねえ」ピラッ
多摩「こらっ」ペシッ
谷風「あいたっ」
北上「海外組だし4階だよ」
お昼の後。
私達は階段登っていた。
最早手段を選ぶ余裕はない。今までも大概だったけど。
やるしかない。
周りに人気はない。
私が前、後ろに多摩姉。
ええいままよ!
北上「うわっ」ズリッ
多摩「にゃ!?」
足を滑らしたていで多摩姉の体に体当りする。
転げ落ちるというより踊り場にすっ飛ぶ形になるはずだ。
大丈夫!艦娘だし!大丈夫、大丈夫?
飛んだ反動をそのまま回転に利用し、にゃんぱらりんと着地する。
北上「ほっ」スタッ
多摩「にゃ」スタッ
あれ?
北上「う、うん。多摩姉こそ、大丈夫、みたいだね」
多摩「気をつけるにゃ。艦娘とはいえ何があるかわからんにゃ」
北上「ごめんごめん。怪我人のお見舞いに行くのに怪我してちゃ世話ないよねー」
多摩「まったくにゃ。まあ周りに誰もいなくてよかったにゃ」
北上「だねー」
忘れてた。
いや忘れてるのは多摩姉で今まさに思い出させようとしているのだけれど、
私達は猫だったのだ。
この程度で怪我をするドンくささは持ち合わせていない。
神風「何かよっぽどの事とお察ししますがだからと言って私の袴に顔を突っ込まないでください」
北上「え~」
黙々と、淡々と言われた。
神風「話しなら聞きますから後数ページ待っててください」
北上「うい」
助けを求めに図書室に来ると神風が本棚に背を預ける形で座り本を読んでいた。
ので袴に芋虫の要領で顔を突っ込んでみた。
ところで猫は狭いところが落ち着くものだが私はそうでもない。
それでも袴の中はなんというか心地よかった。
神風「って何してるんですか!?」ゲシッ
北上「ぐぇ」
文字の世界から現実に戻った神風がようやく現状を理解したらしく容赦のない蹴りをかましてきた。
北上「ぐおー…なんの本読んでたの~」
神風「もりのくまさん。処刑人の方の」
北上「あーあれね」
羞恥心からか若干涙ぐむその幼い容姿からは想像もつかないくらいエグいもの読んでやがる。
北上「はい」
現在の姿勢。正座。
神風「北上さん記憶喪失なんですか!?」
北上「あーいや、私じゃなくて。でも同じようなものなのかな~」
神風「んー、イマイチ要領を得ませんね」
北上「まああんまり深く考えずにさ、物語上でよくある記憶喪失って感じに考えて」
神風「方法ねぇ。定番なのは頭に衝撃を与えるやつですよね」
北上「だよね~」
もうやり尽くした、とは言えないな。
北上「確かに今じゃあまりに危険な方法だよね。壊れた家電製品を叩いて治すようなもんだし」
神風「昔みたいな簡単な作りならともかく、今の家電は精密機械ですからね。そこへいくと人間の脳も精密機械、もしくはそれ以上ですから」
叩くなんて以ての外、と言ったふうに語る。
めっちゃ叩こうとしちゃってたよ私。
神風「後は入れ替わりなんかも同じですね」
北上「入れ替わり?」
神風「ほら、角で男女がごっんつんこして入れ替わっちゃった!ってアレですよ」
ザ・少女漫画。どうでもいいけどごっつんこって言う神風カワイイ。
神風「だからやっぱり魂こそが人の根幹であり、体は入れ物という考えから来たものなんでしょうね」
北上「なるほどねぇ」
確かに、私にとってこの体は入れ物だ。
神風「荒っぽいのはなしだとして、後はキーワードですよね」
北上「定番だね」
事実、多摩姉が思い出しかけたきっかけも麦畑というキーワードだ。
残念ながらきっかけ以上の効果はあれ以降見られていないけれど。
神風「はい?」
北上「足が痺れてきた」
神風「ダメです」
北上「はい」
神風「後はー、五感に訴えるですかね」
北上「五感?」
視覚聴覚味覚…嗅覚!後は~ああ触覚か。
神風「物語上でいうなら、例えば思い出の場所に連れて行ったり、写真を見せたり音楽を聞かせたりとか。臭いや触覚はあまり出てこないですけど」
北上「五感かぁ」
視覚と嗅覚。とくに嗅覚は結構効果あるかもしれないな。猫だったし。でも何を使えばよいのやら。
北上「ありがとね。やっぱこういうのは自分以外に聞いてみると意外な発見があるもんだよ」
神風「お役に立てたようで何よりです」
北上「さてでは」
神風「私が読み終えるまではそこに正座です」
北上「そんなにっ!?」
神風「日頃の分も含めてですよ」ジトー
北上「うっ」
それを言われると弱い。
北上「仕方ない。代わりに私のパンツを見せてやろう」ピラッ
神風「キャーー!何してるんですか!」
キャーが似合う系女子。顔を背けつつしっかりとチラ見してる当たりが高得点。
神風「ま、まあ確かに…」
艦娘の常である。
北上「大井っちなんかも露出度上がってがっかり来てたみたいだし」
神風「そうなんですか?」
北上「直接聞いたわけじゃないけど、最近少し元気ないからさ」
神風「意外です。なんていうか、そのー、北上さんさえいればって感じに思えたので」
北上「ふふ、結構大井っちは乙女なところあるよ」
それじゃ、と図書室を出る。
よし!脱出成功!!
しかし困った。
五感に訴えるとして、使えそうなのは嗅覚とか視覚かな。
嗅覚ってどうすんだ?
麦の匂いと言われてもねえ。
日向「おっと」
北上「むぐっ」
おお、ちょうど目の前に柔らかいクッションが。
日向「いや離れてくれないか」
北上「ごめんごめん」モミモミ
曲がり角でごっつんこ、とはならなかった。
北上「まあまあそこら辺は気にせず」
相談がある、と言ったら日向さん(と伊勢さん)の部屋に招かれた。
以前は部屋の半分が本棚、もう半分が船や飛行機の模型となっていたが図書室の完成により99%模型になっていた。
日向「何か案はあったのかい?」
北上「ん~、とりあえず小麦粉でも嗅がせようかと」
部屋の中央のテーブルを挟み向かい合うように椅子に座る。
肘掛に手を置きいつもと同じ朴訥とした表情で話す日向さんはなんという貫禄を感じる。
日向「それは小麦粉の匂いだよ。麦畑というのならきっと、その土地の匂いであって麦自体の匂いではないだろう。私も詳しくは知らないけれど、麦はそうわかり易い匂いを放つ植物ではないはずだ」
北上「言われてみれば」
流石に安直すぎたようだ。
北上「鈍い?」
日向「砲撃音や被弾、至近弾による爆音に晒されても鼓膜はおろか精神に影響すらない。血や硝煙の臭いを嫌がる事もなく、彼方まで続く海からの照り返しに目を痛めたりもしない」
北上「そりゃあまあ船だしね、私達」
そんなんに一々反応してたら三日と持たずに海の藻屑だろう。
日向「私達は人に近い形をとっているが、それはつまり人とは決定的に違うということさ」
北上「人とは、違うね確かに」
船だったり猫だったり鳥だったりだ。
思えば猫の時に感じた匂いを今再現するのって中々無茶だよね。
何を迷走してるんだか。
北上「なにそりゃ。初耳だよ」
日向「1種のブラックジョークってやつなんだろう。我々は怪我に鈍いからね。艤装が壊れても服が破けても体から煙が出ていてもバケツを被れば治る」
ここだけ聞くと爆発で髪の毛アフロになる世界の住人みたいだよね。
日向「逆に切り傷のような、艤装を付けていない生身の時の怪我に弱い。バケツじゃ治らないからね。そしてその事にひどく無自覚だ」
北上「でも実際そんな事あるかね。そりゃ本能的にヤバイと思えなくとも血が出るのがヤバイって知識はあるじゃん?」
北上「正しい、かどうかイマイチ私にゃ分からないけど。でも問題なさそうに思えるね」
日向「その場にいた1人が提督室に来たんだ。何せ艦娘相手に包帯やらなんやらを使う事はあまり無いからな。その手の道具は提督室にある」
北上「へー。そりゃ知らなかったよ」
以前に提督窓から落ちたのを思い出す。
なぜ提督室で看病してたのかと思ったがそれが理由か。
そういえば私は包丁を握った事がないな。
料理に興味はないからいいけれど。
日向「その顔を見て提督は何をやってんだ気をつけろと言いながら絆創膏を渡したんだ。そして少し気になるから一応私に付いていくように言った」
北上「なんだかオチが見えてきた気がする」
日向「まあそうなるな。ともかく私も台所についた。そこで見たのが、ケロッとした顔でこれどうしたらいいの?と問いかけてくる駆逐艦と、文字通り真っ赤に染まったタオルだった」
あれ、予想よりヤバそうなんだけど。
北上「別に詳しいわけじゃないけどね。でも普通なら救急車案件だよね」
人によっては痛みや、その惨状を見て気絶、なんて事も考えられる。
勿論医学的にとかじゃなく推理小説とかの展開的に、なのだが。まあ見当はずれな予想でもあるまい。
日向「文字通り痛感というやつだね。いかに人に近いと言っても、根本的に人間らしさが足りないのさ。私達はね」
北上「うーん。そりゃ確かに艦娘として人とはズレているところは多いとは思うけどさ。そこまでじゃないと思う」
日向「ほう」
相変わらずぶっ飛んだというか、極端な意見を言う日向さんに反論してみる。
日向「例えば?」
北上「姉妹とか」
私の家族とも言える球磨型の皆を思い出す。
北上「恋しちゃったりとか」
恋する乙女な大井っちを思い浮かべる。
北上「そういうの」
提督の事を、思い返す。
日向「なるほどな」
といいつつ急に前のめりになって碇司令のあのポーズみたいな格好をする。
なんだかこちらも身構えてしまう。
あ、これは否定されるパターンだ。
日向「だがそれは私達が持って生まれたものでは無い」
北上「ん?でもそういうものじゃないの?人間は幼い時に親や近しいものから受けた、色々で、人間らしさを会得するわけじゃん」
愛情、とは言えなかった。世の中がそれほどドラマチック出ない事は知っている。
日向「そうだな。例えば狼に育てられた人間という話を聞いたことがあるが、おおよそ人間らしさと言えるものはなかったらしい」
北上「へー」
ヤバイ。もののけ姫しか浮かばない。
あれはかなり人間らしかったよね。
あ、育ての親が人語を喋れるから別か。
北上「強いて言うなら、妖精さん?」
親、親かあ。アレは生みの親ではあるかもだが、親ではないなぁ。
北上「でもほら、姉妹艦とか。そうでなくとも色んな艦娘がいるじゃん。親代わりみたいな」
日向「ではこう考えよう。誰もいない鎮守府に1人の提督と、生まれたばかりの駆逐艦が1人やってくる」
北上「提督が親か」
日向「親どころではないさ。唯一の人間だ」
人間、という言葉を強調する。
北上「ちょっとタンマタンマ。話がぶっ飛び過ぎだって」
流石についていけなくなる。この人いつもこんな事考えてるのかな。
この人、か。
北上「確かに提督が大元なのはまあ分かるけどさ。それってこう、なんだろ」
上手い例えが出てこないな。
北上「うーん、言い方は悪いけどウイルスの発生源みたいな話でしょ?大元なのはそうだけど、1度感染してそこからまた広がっていったらもう発生源はあまり関係ないじゃん」
日向「提督はウイルスか」
北上「なんでそこだけ真に受けるのさ」
北上「女王蜂って…」
あれ、思い返してみると確かに私達のやっている事って働き蜂のそれと同じじゃあないか。
なんか釈然としないな。
日向「人と違って私達には生まれた時から人格がある。だがそれは型に過ぎない。言わばまだ白紙の塗り絵だ」
なんだがロマンチックな言い回し。
日向「考えた事はないかい?世の中には私と同じ日向が沢山いる。それは確かに同じだったろうけれど、実際会ってみるとその性格には差異がある」
北上「他の鎮守府の自分かあ。私は会ったことないや」
私はなにせ中身がアレなもんだから他所の北上を自分だというふうにあまり見れない。
北上「瑞雲?」
何故に。
日向「同じ日向なのにこうも違いが出る。何故か。それは提督の影響だ」
提督と言い切る。すごい自信だ。
日向「鎮守府の最高責任者は提督だ。運営方針もその提督次第で異なる。極端な話、ルールに厳格で根っからの軍人基質な提督の鎮守府であれば、私や皆もそれに沿った性格になっていただろう。ウチの提督は、まあそれの真反対だな」
北上「確かに。うん、そうだね」
うんうんと頷いてしまう。
トップの意向にそうというのは一般社会でも同じかもしれないが、私達にとって鎮守府こそが生活であり全てだ。その影響はもろに出る。
なんたる社畜。
日向「つまりそういう提督であり、そういう艦娘になったという事だ」
北上「…なんか洗脳じみてて怖いね」
日向「何をもって洗脳というか、だな。穿った言い方をすれば親が子供を躾るのを洗脳ととることも出来る」
北上「それは穿ちすぎでは…」
日向「私達の場合は刷り込みと言うべきだろう。元々染まりやすく出来ているのさ。提督色にね」
北上「刷り込みって…ああ鳥が最初に見たものを親と思うってやつか」
日向「それだ」
元来船の姉妹というのは同型艦の呼び方の1種であり、それだけでしかない。実際作戦などで姉妹艦と行動する機会は殆どないことが多いし、生まれの時期に差があれば一度も合わずに終わる事すらある。
それを人の姉妹のように受け取り、そうあれと願っているのは提督だ。部屋割りや作戦時の編成にもその意識は現れる。そしてそれが私達の意志になる。
勿論姉妹として扱わない提督もいる。その場合その艦娘もそれ相応の者になっていたが。
他には、そうだな。鎮守府の上下関係かな。
軍艦としての年齢、艦娘としての年齢。戦績、実力。ふっ、提督のお気に入りかどうか、なんて。鎮守府によって異なるがそれはそこでは当たり前の常識となる。
また… 」
上下関係か。ウチは、上から戦艦や空母、重巡、軽巡、駆逐艦、みたいな感じかな。あらためて考えると潜水艦だけ特別枠な感じだ。
しかしいつまで話すつもりだこの人。段々話が頭をすり抜けてきた。谷風を彷彿とさせるがこっちは内容が濃いのでついていけない。
そして提督が居なくなると崩壊する
」
北上「え?」
不意に飛び込んできた言葉に意識を戻された。
日向「戦闘の結果鎮守府が壊滅するという例はいくらかあるが提督が居なくなるという例は少ないからな。あまり意識することもないだろう」
提督が、提督だけが居なくなる。
日向「この戦争が始まってまだ四半世紀もたっていない。寿命や病気でこの先そういった問題は増えていくとは思うが」
そういえば、提督は2代目だと言っていた。
だとしたらその数少ない例がここなのでは。
日向「そう問題だ。染まりやすい。だが一度染まればその色は中々変わらないのさ。適応ができない」
北上「…つまり次の提督に、適応できないと」
日向「多くの場合はな。人は大勢の他人から自己を形成するが艦娘は提督1人からなる。女王蜂がいなくなった巣は、どうなるだろうな」
例えば提督の事を嫌いな艦娘はいない。likeではなくloveのほうで提督の事が好きな艦娘も多い。
その提督が消えたら、どうなるか。
日向「五感や人らしさも全て、提督からもらった仮初のものなのさ。結局のところ」
北上「なんというか、ぞっとしないね」
日向「好き好んで考える話題ではないかもな」
なら話すなよと目で訴える。
北上「だから?」
日向「提督以外の好きな物であり、私が自身で見つけた趣味であり、私の個性であり、私の証明だからだ」
北上「なんでわざわざ」
日向「…提督を失った鎮守府を、知ってるからさ」
それってつまり…
提督室に向かう途中、思わずため息が出た。
日向さん。吹雪に負けず劣らずの変人だ。
個性が光りすぎてる。
年長者は変人しかいないのだろうか。
いや色々と年を重ねるうちに変人になるのか?
あまり考えたくないなそれは。
少なくともあんなアドバイスの仕方をするようにはなりたくない。
北上「え、今の壮大な話からそんなありふれた結論に帰結するの?」
日向「意外な回答は見ていて面白いが解決を望むならあまりオススメはしないぞ」
北上「いやそういう話ではなく」
日向「なに簡単な話さ。その手の人間らしさならば人間である提督に聞くべきというだけの事。まああまり期待できる相手でもないか」
さりげなくディスって行くスタイル。
北上「結局ここか」
2代目の、提督の部屋。
その事を頭の片隅に押しやる。
朝から色々あって身体も脳もへとへとだ。
ここらで休憩が必要だろう。
さて安らぎの空間へ、
北上「お邪魔しま~す」
北上「別に本が目的じゃないもん。静けさを求めてここに来るのであって、読書はあくまでその静けさの中で最もやりたい事なだけ」
提督「んーよくわからん」
北上「まーつまりここが好きなのさ」
提督「ここがねえ。でも今は図書室もあるんだろ?」
北上「そりゃあ…まあ、そうねぇ。なんだろ、ここに慣れたというか、落ち着いちゃった?」
提督「いや俺に聞かれてもな。落ち着くなら、別にいいんだけどな」
そういって椅子ごとくるりと回りそっぽを向く。
なんか邪魔しちゃったかな?
とか思いつつくつろいじゃうんだけどね~。
ソファーに寝転び猫のように思い切り伸びを1回。
提督「猫かお前は」
北上「え」
提督「あぁいや、その気持ちよさそうな伸びがさ」
北上「あはは」
ちょっとドキッとした。
提督「ソファーの上で足を揺らすな。思い出したいのに思い出せない?忘れてるってことか」
北上「そうそう。絶対記憶のどっかにはあるのにそれが見つからない~みたいな時」
提督「んーなんか難しいな」
北上「テキトーでいいよテキトーで」
提督「そーだなぁ。まだ覚えてる時の自分が残したものを探すかな」
北上「残し、え?何それ」
提督「メモとかなんか残してるかもしれないだろ?それすら忘れてるだけで」
北上「おー…おー!」
提督「おー?どしたどした」
思わず声が出た。それくらいには意外な回答だった。
提督「さり気にディスってないかおい」
北上「自分の胸に手を当てて考えてみるとよい」
提督「あ言ったな、後悔するぜ」
そう言うと机の横に立て掛けられていた板を持ち出した。
あ、ホワイトボードか。
提督「じゃん」
北上「わお、こりゃ凄いや」
ボードの上にはメモ用紙や文字がびっしり並んでいた。
北上「へーなるほどねー。いやはや見損なったよ提督」
提督「それを言うなら見直しただろ~」
北上「いやいや合ってる合ってる」
提督「え」
北上「これ殆ど吹雪の字じゃん」
提督「あ」スッ
さり気なく戻そうとするホワイトボードの端を掴んでぐっと引き寄せる。
提督「いや」
北上「提督って二人称あるし」
提督「その」
北上「これってさ」
提督「あのね」
北上「提督がすぐ仕事忘れるからわざわざメモ残してくれてるだけだよね」
提督「ハイ」
蚊の鳴くような声で返事を返す。
鳴くというか泣きそうな声で。
北上「ほう」
提督「見栄を、張るんです」
北上「ほう」
提督「良く、見られたいんです…」
北上「何故私に張ったし」
提督「いやぁ…」
北上「…」
男ってめんどくさいなー。
北上「うん、実際一人でやる人はいないと思う」
何のために秘書艦がいると。
提督「だから仕方ない」
北上「いや提督はもうちょっと、かなり働こう」
私が特になにかしているわけじゃないけど、流石に吹雪の負担が大きいのでは。
提督「人間大切なこと以外は中々覚えられないものじゃん?」
北上「提督業務は大切じゃないというのか…」
いったい何が大切なんだろう。まさか大井っち?
もしくっついたらサクッと引退しちゃいそうだなこの人。
人間かあ。それともやはり私達と提督とじゃ何か根本的に違うのかね。
北上「へ?うん、まあね」
それは覚えてるのか。
提督「丁度いいや。見せたいものがあってさ」
北上「見せたいもの?何何、サプライズ?」
提督「んな大層なもんじゃないけどさ、丁度お互いに暇だし」
北上「暇なの?」
吹雪「暇じゃねー!!」ドガッ
豪快な蹴りによるドアの開閉。いい加減なれてきた。
というかあのドアよく持つね。
提督「何を言う。次の出撃までは何も無いはずだぞ」
吹雪「あーりーまーすぅーちゃんと書きましたー」
提督「ああ?何処にもねーだろんなもん、ほら見ろよ」
吹雪「何言ってんですかほらここ、に、ない!なんで!?」
提督「書いたかどうかも忘れてちゃ世話ないぜ。指示がないなら俺は動かん!」
吹雪「いやトップが指示待ち人間誇ってどうすんですか!少しは自分で考えて動いてくださいよ小学生ですかあなた!」
提督「ちーがーいーまーすー力を蓄えてるんですぅー三年寝太郎なんですぅー」
吹雪「能無しの鳩が爪のあるふりしてどーすんですかいっそ永遠寝てろ」
吹雪「なんですかあ?」
北上「おっとゴミ箱に何やらメモガー」
提督「おっと仕事を思い出したそれでワッ」ガクン
吹雪「おっと年貢の納め時ですよ寝太郎さ~ん。もちろん3年分」グワシッ
提督「いやあ年貢より怒りを収めて欲しいかなあなんて」
吹雪「あはは」
提督「ははは」
吹雪「ふんっ!」ドス
提督「ごぉっ!?」
うわ入った、鳩尾入ったよぉ…
満面の笑みで。笑顔とは本来攻撃的な意味があるというがなるほど、その通りだろう。
北上「ほ、ほどほどにね~」
始末とは仕事の事だろうか、提督の事だろうか。私には知る由もない。
気にはなるけどタイミングもいいし部屋に戻ろう。
今の時間なら丁度、部屋には誰もいないはずだ。
意味:泥棒、空き巣
二階から侵入する空き巣とかを指してそう言う。
泥棒猫、猫泥棒。
最も私は入口から堂々と侵入しているのだけれど。
いや自分の部屋なんだから侵入とは言わないか。
強いて言うなら、プライベートに侵入する。
例えば兄弟や友人、彼氏の家に遊びに来た時などにとりあえずその部屋にエ口本がないかを探す文化があるらしい。(夕張談)
艦娘である私にとってそれが果たして一般的にどれほど行われている行為なのかは皆目見当がつかないが、
そういった秘匿しているもの。秘密にしている何かを見つけるというのは実に背徳的で興味をそそられるというのは分かる。
気になる。
気になるけれどこれまで気にならないふりをしていたが、せっかくの機会だ。
存分に探索しよう。
場所、球磨型の部屋。
皆は今のところ出払ってる。
時間制限、最低でも1時間。
がっつり皆の私物を漁っていこう。
全員分漁るとなるとなかなかの量に思えるかもしれないけど、実のところ個々の私物の量はかなり少ない。
理由は単純部屋が狭いから。
私達が下手なだけという可能性は否定出来ないが四人部屋を5人で分けて使うというのはなかなか難しいのだ。
図書室の完成で私の荷物がかなり減ったのだけどその代わり球磨姉の作った棚が共用として置かれたので結局私物の量はあまり変わっていない。
球磨姉の机に向かう。
仕事用というよりは勉強机と言った感じの木製の机。ほかも似たり寄ったりだ。
北上「さてと」
あまり躊躇せず上から棚を開いていく。
左棚右棚、横についてるタンスの上からひいふうみい最後に大きめの棚。
内容は釣り雑誌情報誌、何かの作戦の書類、誰かからもらったのか封の空いてない手鏡etc
北上「これは…」
様々な種類の熊のボタン。
集めてるのかな?それとも駆逐艦から貰ったとか。
しかしまあやはりこれといったものは何も無い。
いやこの表現は少し違うな。
表裏がない。
360度どこからみても球磨姉ちゃんであり微分しようが積分しようが球磨姉ちゃんなのだ。
私達の頼れるお姉ちゃんなのだ。
北上「ん?」
これは、料理本!?料理なんてしないはずだが…
唯一付箋が貼ってあるページを開いてみる。
北上「そんなに片手で卵割れるようになりたいのか…」
なんとも球磨姉らしい。
なのだが、正直躊躇するものがある。
木曾はまず、絶対に何かある。その上でなんというか、見るのが怖い。
こう、痛々しいというか、見てるこっちが恥ずかしくなるようなものがありそうで。
具体的にいえば黒歴史的なにかである。
偏見かもしれないが。
まあ見るけど。
これはまあ普通。やってるし。
上から初級中級上級。
おや最後のこれは普通の本だ。
北上「どれどれ」
パラパラと流し見してみる。
うん。所謂ラノベ、勧善懲悪ものだ。
主に刀を持った主人公が活躍するやつ。
やってんだもん剣道。
私だって猫ってだけで猫の本読みたくなるもん。
さて二段目の棚に。
また剣道の本と雑誌。
そして最後に、刀雑誌。
北上「ワンパターン過ぎでしょ!!」
思わず声が出た。
それほど隠す気がないながらもなんとな~く見られたくない的な気持ちが漂う配置。
なんだろうこのこっちまで心の隅っこ当たりをくすぐられる感じ。
世の母親は息子のエ口本を見つけるたびにこんな感じになってたりするのだろうか。
趣味がこうじてこういったものに興味を示すのも自然な流れだようん。
さあラスト行ってみよう。
北上「お」
ファッション誌?これは意外な。
そういえば皆で街に行く時はお洒落してくーなんて大井っちが言ってたっけ。
木曾も乙女なんだなあ。
その下もファッション誌ファッション誌ファッション誌ファ
北上「じゃなーい!」
一番下のファッション誌(表紙)を取り出し不自然に凹んでるカバーをつまんではずす。
タイトル:イケてる眼帯
北上「…」
そっちか
そもそも私も含めて机を使う事が皆少ないのだ。
何かを書くための最低限の文房具と小物を除けばあとは雑誌や本が仕舞ってあるだけ。
基本的に外か海にいるし今は大抵の事がスマホで出来るのが原因だろう。
球磨型には机を使うような趣味を持つ人がいないし。
そんな中大井っちの机には、例えば裁縫道具やアクセサリー、色々な色のペンやヘアピン櫛髪留め。
雑誌や本も裁縫料理ファッションなどなど沢山ある。
マヂ女子力ちょぉ高い。球磨型の女子力は全て大井っちに集約されていると言っても過言ではない。
今使っている髪留めも大井っちの自作だとか。
改めて考えると大井っちに色々やってもらい過ぎである。
向こうが好きでやってくれているとはいえ。
北上「ありがとね」
流石になにか覗くようなものもないし、本命に行くとしよう。
と口に出してみる。
いよいよ大本命。
あるかどうかは分からないけど。
さて中身は、
まずは猫関係の本。
いちいち反応してたらキリがないな。
次だ次。
トランプゲーム攻略本だと?この前からやたらとトランプゲームを推してくると思ったら…これか。
しかも戦績は特に良くはない。
これは、CDか。随分古いものだ。
タイトルは『カレーライス』。なんで?
んー他も大したものはないなあ。
これは、メモ帳かな?
〇月〇日、皆で海に行った。
北上「うおっ!」
つい手を離してしまう。
まさか日記帳かこれ!
多摩姉がこんなもの付けてるとは…
大当たりを引いてしまった。
恐る恐る一番下の日記帳を取り出して、開く。
北上「って、ありゃ。やぶけてら」
前半のページがごっそり無くなってる。
残ってるのは…四年前の日付か。
〇月〇日、全部回収された。今日からここが最初のページになる。でも忘れるわけにはいかない。他の娘もきっとそうだ。
というと、提督がここに着任した時期か?
でも回収ってなんだ回収って。
あれ、というか
北上「多摩姉っていつからここにいるんだ」
ここの艦娘は基本的に提督が来たあとに、つまりここ4年の間に着任している。
後は提督着任前からここにいるという吹雪、谷風。
でもだとしたら着任前からここにいるのは吹雪だけじゃないのか?
多摩姉も、それにあの口ぶりからして日向さんも。
他にもいるのか?
だとしたら何故。
どうなったんだ?そもそもなんで前任者はいなくなった。
北上「…」
可能な限り綺麗に日記帳を元の状態に戻し引き出しを戻す。
さて面倒くさくなってきたぞお…
北上「」
阿武隈「あの、何やってるんですか…」
北上「」
阿武隈「そのままうつ伏せてると鼻潰れますよ…」
北上「頭痛い」
阿武隈「エッ!?な、何か病気とかですか!」
北上「そうじゃないけど」
阿武隈「私に出来ることありますか?」
北上「ん~」
阿武隈「?」
北上「あぶぅの膝枕あんまり気持ちよくないしなあ」
阿武隈「おりゃ」ゲシッ
北上「ぐえ」
北上「ごめんごめん。ちょっと疲れただけ」
阿武隈「…でも、顔色はあんまり良くなさそうですよ」
北上「そう、かな」
阿武隈「そうですよ」
流石にきつくなって仰向けになった私の横に座る阿武隈が、シュンと頭を下げる。
力になれない事を気にしているのだろうか?
そういえば
北上「おりゃ」ワシャ
阿武隈「ヒャァッ!ななななんですか急に!」
北上「いやさ、提督が阿武隈の前髪ワシャワシャやってたの思い出して。嫌だった?」
阿武隈「いや、じゃあないです、けど」
あれ、提督の時と反応が違う。もっとプンプンと怒るのを想像してたんだけど。
なんだか複雑そうな顔をされた。
北上「いやじゃないならないいよねー」ワシャワシャ
阿武隈「エェッ!続けちゃうんですかあ!やーめーてー」
北上「あ、じゃあやめる」
阿武隈「え」
北上「ほらそうやって物欲しそうな顔をする~」ワシャワシャ
阿武隈「キャー!!」
北上「ん?」
阿武隈「?」
大井「この泥棒猫」
阿武隈「大井さん!?」
またこれか
ちなみにこの場合の泥棒猫は英語でhome wreckerとなる。
直接的な表現だよね。
阿武隈「北上さん現実逃避してないで何か言ってくださいよ!!」
北上「私ファンタならグレープがいいかなあ」
阿武隈「きーたーかーみーさーん!」
一言で友人と言っても様々な種類がある、なんて言い方だとややもすればなんだか嫌な意味に取られるかもしれない。
親友とか友達とか腐れ縁とか、
立場上仕方なく付き合ってるとか便利だから友達やってるとか、
別にそんな友人にランクがあるなんて話じゃない。
例えば私も同じ球磨型姉妹でも一対一で話す時はそれぞれ違う対応をする。
他の艦娘や提督でも、それぞれ違った接し方になる。
ランクとかじゃなく、つまり距離感なのだろう。
近ければいいわけでも遠ければ悪いわけでもない。
その相手との最も適した距離が違うのだ。
なんだかパァっと気晴らしをしたい時に適した、
ちょっと不思議な距離感の二人の友人を訪ねて
夕飯や風呂を終え少しずつ眠っていく鎮守府の中で昼間と変わらない明るさを漏らす工房の扉を開けて中へ入る
明石「イヤァァァァ!!」
夕張「っていうネタ」
明石「あるじゃん?」
北上「ネタという言い方はアレだけど、まああるね」
夕張「こう、愛し合う二人がさ」
明石「色々なんやかんやすったもんだあって」
夕張「最終的にキスをするシーンとかで」
明石「エンダァァァァァァ!!!」
夕張「イヤァァァァ!!」
明石「ってコメントがつくノリ」
夕張「あるじゃん?」
北上「あるね」
夕張「エンダァァァァァァ!!!」
明石「イヤァァァァ!!」
夕張「の元ネタ」
明石「実は見たことがない」
北上「そだね」
北上「えそりだけ?」
明夕「「ソリダケ」
北上「ふz「エンダァァァァァァ!!!」「イヤァァァァ!!」誤魔化すなっ!!」
明石「イヤァァァァ!!」
夕張「ってほら、あの有名な」
明石「船沈むやつの主題歌」
北上「え?」
夕張「タイトル何だっけ」
明石「タイタニック!」
夕張「それだ」
北上「ボディーガードだよ」
夕張「え」
明石「え」
北上「え」
夕張「え、何それ」
明石「知らない」
北上「うっそでしょ。My Heart Will Go Onて曲」
夕張「エンダァァァァァァ!!!」
明石「イヤァァァァ!!」
夕張「じゃないの?」
北上「じゃないよ…」
北上「ホントだよ…」
明石「タイタニックって船の先端でのあのシーンと」
夕張「エンダァァァァァァ!!!」
明石「イヤァ…ァ…ヴッ」
夕張「だけで出来てると思ってた」
北上「ファンに刺されても知らないよ…というか明石もう限界じゃん」
明石「水水…」
夕張「はいはい」
明石「んっ…ッハー!夕張よく喉持つね」
夕張「えっへん」
北上「いやそんじゃなくてさ」
夕張「流石に氷山を見る機会は無かったけど、ああいった事故でいつ沈むかわからないものね」
北上「あ、もうその話題で行くんだ。タイタニック路線なんだ」
明石「砲弾とか魚雷で穴あけられるのもいやだけど、浅瀬とか氷山とかで底をえぐられるのも怖いわよね」
夕張「今で言ったらお腹を岩でえぐられるみたいな感じでしょ?ゾッとするわね」
北上「…船の底ってお腹なの?」
明石「お腹、でしょ?」
夕張「艦首が顔で」
北上「つまり腹ばいになって進んでいると」
明石「うーん…」
夕張「なんかそう言われると」
明石「キモい」
北上「だよね」
明石「確かに。となるとタイタニックは画鋲を踏んでスっ転んだイメージか」
北上「イメージかな…」
夕張「それで沈むってのも、ねえ」
明石「でも元来船ってちょっとバランス崩したら海の藻屑だものね」
北上「私達がそこら辺異常なだけだもんね。水上で逆立ちする奴もいるし」
夕張「画鋲ってのも言い得て妙かもね」
明石「本当に些細なことでも沈むものね」
北上「どんな感覚なんだろうね」
明石「…」
北上「…ん?」
夕張「」スッ
画鋲「ヨロシクニキー」
明石「」スッ
北上「待て待て靴を脱ぐな裸足になるな」
夕張「そこは誰かを実験体にせずまずは自分達で試す私達を褒めて欲しい」
北上「それは当たり前の事であって褒められることではない」
明石「押さないでよ!絶対押さn「そおい!」プスッ ギャァァァァァ!!!」
北上「楽しそうだね…」
夕張「はいバンソーコー」
明石「サンキュ」
北上「足の裏ってそんなに神経通ってるわけでもないのかな」
夕張「かもねー。そこら辺は人間と一緒なのかも」
明石「指しどころが悪かったか」
夕張「増やす?」
明石「おっきくする?」
北上「そこじゃないでしょおよ」
夕張「戦艦の砲撃でワンパン大破されるよかマシよマシ」
北上「そーだけどさ。いやそうじゃなくてね」
明石「まあここら辺はまた次の機会にやろっか」
夕張「そうね」
北上「持ち越したまま墓まで持ってって欲しい…」
夕張「装備改修における確実化はどの段階からやるのが最も効率的かみたいな話だった気がする」
北上「そんな難しくて答えのでにくい上にまともな会話をした覚えはない」
明石「何故ピンクは淫乱扱いされるのか」
夕張「おうおうおう。そんなスケベなスカート穿いて牛丼から瑞雲まで仕事を選ばない姿勢、さらには夏にドエ口エプロンまで着ておいて淫ピを否定とはヤりますなあ」
北上「言い方言い方」
明石「夏のアレはもう触れないで…」
夕張「あゴメン。マジごめん。まって、ちょっまち、いやほら似合ってたから、ね。ああいかないでいかないで待って待てえ!」
北上「えぇ…」
夕張「工房熱いもんねぇ」
北上「立ち直り早い」
明石「まあ結局普段はタンクトップとツナギなんだけどね」
夕張「軽い洗いやすい脱ぎやすい、比較的涼しい汚れやすいけど気にならない。臭いは、うん…」
北上「ブラも付けないってどうなのよ」
明石「むしろ食らったら破ける戦闘時にブラ付けてく方がおかしいと思う」
北上「いやそっちも十分おかしいのは重々承知だけどだからと言ってこっちがおかしくない訳では無い」
夕張「たまにパンツも履いてない時がある」
北上「え」
明石「え」
夕張「え」
明石「え、いや、嘘でしょ?ねえ」
夕張「いや違、というかえ?明石?明石も?言ってなかったっけ?」
明石「言ってないって聞いてないって聞いてたらその時点でドン引きしてるって」
夕張「ほら!だってツナギなら透けないし!スカートと違って見られることないじゃん!いらないじゃん!」
北上「叫ばなくても」
明石「バリちゃん」
夕張「な、何よ。あか、あかしん?あかー、あかちん…赤チン?赤チン!ブフッww」
北上「自分で言って自分で笑ってどうするよ」
明石「オラァ」スパナ
夕張「ヴェアァァッ!?」
夕張「な、何よ。あか、しw」プルプル
北上「肩で笑うな肩で」
明石「私達女の子なのよ」
夕張「う、うん」
明石「ノーブラはまあいいわ」
北上「いいのだろうか」
明石「ノーパンはダメよ」
夕張「ゴメン…私が間違ってた」
明石「分かればいいのよ、分かれば」
夕張「明石!」
明石「夕張!」
夕明「「グワシッ」」
北上「口で言いよった…」
夕張「え?何が」
明石「アレ?」
北上「いや、ほら。ってまあ忘れたならその方がいいんだけどさ」
夕張「エンダァァァァァァ!!!」
明石「わっビックリした」
夕張「え」
北上「え」
明石「え」
明石「いやぁぁぁぁダメダメいたたたたおさげはダメェェ!!」
夕張「ええいこの肝心な時に淫ピめこれでもか!これでもか!」
北上「元気だねえー」
夕張「そうねえ」
北上「まず涙拭きなよ。というかもう話戻す気はないんだね」
明石「じゃ服装の話で」
北上「戻ってるし」
夕張「ハイ!」
明石「はい夕張さん」
夕張「お腹が寒い」
北上「あー」
明石「私も結構ギリギリだけど、夕張はモロよね」
夕張「別に人間みたくヤワじゃないから寒さでお腹壊すってことはないんだけど、たまにヒヤッとくるのはなんともいただけない」
明石「色はまあいいけどね」
夕張「何故ヘソ出しだしって感じよね」
北上「大井っちもだいぶ応えてるみたいでさ」
明石「そうなの?」
北上「ちょっと元気ないというか、テンションが低い」
夕張「大丈夫?修理する?」
北上「そんなおっぱい揉むみたいな感覚で人体改造申し出られても」
明石「安くしとくわよ」
北上「金を取る気だったかこのマッドサイエンティストズ」
夕張「ハッ、ハッ、ハッ!」
明石「フーーン!!」
北上「何故よりによって逆再生の方を」
明石「着なきゃいけない機会が多いもんね~」
北上「二人は比較的楽なんじゃない?ツナギとかで」
夕張「いやいや、私は意外と出撃あったりで制服着なきゃだし」
北上「あー対潜番長か」
夕張「あと兵装実験で」
北上「なるなる」
明石「私は出撃はほぼないんだけど」
夕張「ほぼ?」
北上「ほぼ…」
明石Lv37「私の練度を聞きたいかね、え?」
夕張「あー制服か」
北上「そこは別に服装自由なんじゃないの?艤装使うわけじゃないし」
明石「上の意向なので…」
夕張「あー…」
北上「別にバレないじゃん」
明石「あとやっぱ工房以外もツナギってのは流石に女子力が…」
夕張「そんなんの気にしてどーするの」
明石「ノーパンにはわからないでしょーね」
夕張「ぐっ…」
明石「そりゃまあそういう気持ちもあるけど、ノーパンはともかく」
夕張「あれよ、私はもう泣く一歩手前よ」
北上「やっぱ提督か」
明石「え、いや~別にそんな///」
夕張「エンダァァァァァァ!!!」
北上「イヤ~ウィルオ~ルウェイズラ~ヴュ~ウ~~ウ~」
明石「お~」パチパチ
夕張「さっすがぁ」パチパチ
北上「ツッコんでよ」
夕張「普段工房でのだらしなさをあれ程見せつけておいて今更外面よくしてもよ」
北上「忘れかけてたけどツナギタンクトップノーブラも相当だからね」
明石「流石に店員の時くらいはしっかりしたいじゃない」
夕張「今更でしょ」
北上「今更だよ、二人とも」
夕張「分かりあじがある」
北上「ないないありません」
明石「というわけで用意した洗いたてのツナギ」
夕張「私のならサイズ的に履ける」
北上「よし、私が履こう」
夕明「「どうぞどうぞ」」
北上「ノれよ」
明石「ゴムできゅっとするタイプなの」
夕張「艦娘は熱とか衝撃には強いから役割としては破片や汚れがつかないようにってのが主なんだ」
北上「へ~、このまま着てファスナー?」ゴソゴソ
明石「そうそう。耐熱とかあるともっと太くてゴワゴワしてたりするのよ」
夕張「おーいい感じ~」
北上「うん。だいぶ暑さも引いたこの時期のこの時間帯でもわかるこの暑さ」
明石「不思議なものでね、1度中で汗まみれになると逆にどうでもよくなるのよ」
夕張「どれくらい汗貯められるかな~とか考え出すくらい」
北上「怖っ
明石「そうだそうだー」
夕張「えー逆に何も無い方がいいってならない?」
北上「いやならんでしょ。今私パンツとシャツだけどもう1枚汗吸収用になにか着たいなって思ってるもん」
明石「…オムツ?」
夕張「ハッ!?」
北上「ハッ!じゃないでしょ。はぁ?でしょそこは」
北上「麻痺というか神経死んでるレベルだよね」
夕張「島風ちゃんを見て何も思わなくなってからが本番」
明石「確かに」
北上「同意せざるを得ない」
夕張「脱げるという性質上ただ露出が多いだけなのはあまり気にならなくなる」
明石「他人事だからだけどね」
北上「着てる本人はどう思ってるのかな」
夕張「慣れだって」
北上「慣れかー」
明石「慣れよねー」
夕張「慣れなのよね」
北上「いやノーパンはない」
明石「慣れない、成れない」
夕張「それはもういいでしょ」
夕張「k~hッhッhッhッhッhッ」
北上「ケンケンの声真似の完成度の高さが怖い」
夕張「喉にきつい」
北上「というか私もうツナギ脱いでいい?」
夕張「残念ながら制服はこちらが預かっている」
明石「そしてツナギを脱いだら下着のみ。つまり、分かるね?」
北上「分からん。分かりたくない」
夕張「ところでチキチキってどういう意味?」
明石「さあ?元ネタあるのかな。チキチキマシンが最初だと思ってたけど」
北上「どうだろ。なんか海外に元ネタあるんじゃない?」
夕張「あれだ!チキンレースのような命の駆け引きからとってチキチキだ!」
明石「レースならカツカツじゃないの?」
夕張「さあ始まりましたチキチキなんとか選手権!」
北上「記憶力」
明石「はい!一番明石!」
北上「主催者から挑んでいくスタイル」
明石「武蔵さん」
北上「あー」
夕張「あー」
明石「もう布よね。下着ですらない」
夕張「本人が脳筋よりで色気とかないからなんとなく誤魔化されてるけどほぼ裸よね」
北上「武人的なキャラや褐色肌、ゴッツイ艤装で誤魔化されてる感は否めない」
明石「艤装で偽装ってね」
明石「艤装でg「エンダァァァァァァ!!!」「イヤ~」ゴメンナサイ」
夕張「次!私!アイオワ!」
北上「あー」
明石「あー」
明石「服装自体は割と長門型よりというか、私達基準ではそれほど変でもないのよね」
夕張「配色も、まああっちの文化という事で納得はできるわね」
北上「胸だよね胸」
明石「長門さんも陸奥さんもそこはしっかり守ってるというのに」
夕張「零れ落ちそうな胸という表現が最も似合う艦娘」
明石「激しく同意」
明石「服を着ると誰かわからない人」
夕張「今思ったんだけどさ」
北上「ん?」
夕張「祥鳳って一応弓の邪魔だから副半脱ぎでサラシもキッと巻いてるわけじゃん?」
明石「まあそうよね。一応」
北上「一応」
夕張「逆に武蔵さんって一応隠しておこうみたいな感じで普通に巻いてるわけだよね」
明石「多分ね。一応」
北上「一応」
夕張「つまり祥鳳は意外と胸が大きい説」
明石「ある」
北上「あ、そっちに話がいくのか」
夕張「モゲればいいのに」チッ
明石「似非メロンw」
夕張「お?やる?やっちゃう?私は最後まで抵抗するわよ」
明石「もちろん?」
夕明「「拳で」」ガシッ
北上「仲良しか」
夕張「GGかストファーどっちがいー?」
明石「ストファー」
北上「うわしかもスーファミ版」
明石「投げハメ禁止が許されるのは小学生まで」
夕張「核抑止論みたいな事になるけどよろしいか」
明石「禁止で」
夕張「うい」
北上「…」
こうなるともう周りは見えちゃいないだろう。
こちらから押しかけたとはいえ勝手に対戦始めるとは相変わらず自由だ。
さっきツナギを持ってきた時に置いてきたのだろう。なら向こうにあるはずだ。
提督「おーい穀潰しどもー」ガチャ
北上「ありゃ、提督?どったの」
提督「お前こそ、というかなんだその格好」
北上「色々ありましてな~。提督はどったの?」
提督「作業してるわけでもないのに工房の明かり全部つけっぱにしてるアホ共に一言言いに」
北上「ご苦労さまで~す」
提督「お前からも言ってやってくれよ…」
北上「言ってもねえ…」
制服は驚くほど綺麗に畳まれていた。変なところキッチリしてるんだから…
北上「んしょっと」
提督「だぁっちょ!なんで脱いでんの!」
北上「いやいつまでもこれはイヤだし。下はシャツだから大丈夫大丈夫」
提督「そうか、そうか?」
北上「私はシャツ1枚で事足りるスタイルだしさ。ところでさっき話してたんだけど武蔵さんの服装どう思う?」
提督「武蔵?あー、大和と逆だったらめちゃくちゃエ口かったと思う」
北上「おー…おー!流石に男の意見は違うねえ」
提督「褒められてんのか俺」
北上「褒めてる褒めてる。ほっ」
提督「ブッ!?」
おっと、下はパンツだけだった。
北上「破けるし脱げるししょうがない」
提督「そりゃまあ、そうだな。俺も見慣れてるところあるし…」
北上「ありがたみ薄れる?」
提督「ほんとそれ」
北上「ならなんで私の見て驚いたのさ」
提督「北上は見慣れてない」
北上「あんまり露出多くないもんねこれ」
提督「一応そのスカートは一般的には短い部類だと言っておこう」
北上「そうかあ。提督には見慣れたパンツと見慣れないパンツがあるのかあ」
提督「やめてマジやめてホントやめて」
提督「ばっかおめえこういうのは見えちゃうからいいんだよ!」
北上「力説されてもよ」
提督「大事なとこだから」
北上「そんな私でも重雷装艦になると露出が一気に」
提督「確かに、な」
北上「肌見せるのはあまりいいとは言えないけど、提督を誘惑するのは面白そうだねぇ」
提督「物騒な事考えるな」
大井っちが落ち込むのもまあ分かる。
北上「服だけこのままならなあ」
提督「…お、俺はその服が一番似合うと思うぞ!」
北上「そう?そかなぁ。そっかー」
提督「そうそう」
北上「ほらほら、どう?可愛い?」
提督「可愛い可愛い」
北上「胸はないんだけどねえ」
提督「男が胸だけ見てると思うなよ。目に付くだけだ」
北上「訂正されたのにむしろ酷くなった気がする」
提督「シャツしか見えない」
北上「悲しいね」
提督「現実だよ」
北上「萌え袖、はできないね。セーターでも買うかな」
提督「じきに寒くなるからな」
北上「ヘソ出し~」
提督「改造したらそんな感じだな」
北上「スースーしてやな感じ。摩耶さんとかよくあんなので動けるよね」
提督「へそどころか下乳だぞ下乳」
提督「やめろたくしあげるなおっさんが女子中学生にパンツ晒さしてるみたいな感じで罪悪感がやばい」
北上「おっさんじゃないでしょ」
提督「世の中30超えたらおっさんだよ」
北上「それに常日頃女性の下着見てるくせに今更でしょ」
提督「不可抗力!不可抗力ですぅ」
北上「可能でしょ」
提督「男には無理です」
提督「そだなぁ」
北上「あ、うなじとか?」
提督「なあ北上」
北上「ん?」
提督「どうしんだよさっきから。何か変なテンションっつーかさ」
北上「…へ?」
テンション?テンションが何か変だろうか。
私は何か変だろうか。
私?
提督「き、北上さん?」
何かに吸い寄せられるように、提督の体に泣きつくような形で顔をうずめた。
北上「提督」
提督「はい」
北上「私変だ」
提督「…みたいだな」
北上「どうしよう」
提督「どうしよって言われてもな」
北上「提督は提督なんだからなんとかしてよ」
提督「提督は提督だけどなんともできません」
提督「いつからだよ」
北上「…さっきから?でも気づかなかっただけで前からずっとぐちゃぐちゃだった気がする」
提督「ぐちゃぐちゃってどんな感じだよ」
北上「んー。灰色の画用紙に黒い筆で書き殴ったみたいな」
提督「なんか悪夢みたいな話だな」
北上「悪いかどうかは分からないけど、なんだか夢みたいなのは確かだよ」
提督「そっか」ポン
北上「」ビクッ
提督「うおっ、わりぃわりぃ。いやだったか?」
北上「いや、別に」
提督は、あの何だか懐かしい手でそのまま私を撫でてくれた。
北上「ぐちゃぐちゃー、だね」
提督「同じ感じ?」
北上「んーちょっと違う。だいぶ違う」
提督「違うのか」
北上「うん。なんだろ。沸騰したお湯みたいな」
提督「なんだそりゃ」
北上「分かんない。暖かいんだけど熱くて、でも悪い感じはしないかも」
提督「ふーん。よくわからんな」ナデナデ
北上「私もー」
北上「ん?」スリスリ
提督「やっぱお前猫だなって」ナデナデ
北上「そう?そうかな」
提督「そうだ」
北上「ふふふ、実は私前世が猫なのだよ」
提督「船はどこいった船は」
北上「船の前が猫だったのさ。真っ黒な黒猫~」
提督「船の付喪神なのに船の前があるのかよ」
北上「じゃあ船のあとに猫になったんだ。兄弟もいたんだよ。アレ?姉妹かも」
提督「球磨猫に多摩猫に大井猫、木曾猫か」
北上「球磨姉ちゃんは熊だよ熊」
提督「上向くの禁止」ギュッ
北上「なんでさー」
撫でていた手でやんわりと頭を抑えられた。
提督「いやほら、そのさ。女子中学生程度の身体とはいえ人一人の体重でそう大胆に今以上に寄りかかられるときついので」
北上「提督なんだからそれくらい支えなよ~」
提督「提督なんだけどそこまでは支えられん」
うわお。また大井っちだ。
今現在私は提督の体に隠れて見えないはずだがさてどうしようこれ。
提督「間髪をいれずサボりと断定すな弁解させろ」
大井「…その腕は?」
提督「これか?ほれ」クルリ
北上「うわった」
北上「はろー」
大井「もうすぐ寝る時間ですよ北上さん」
北上「あいあいさー」
提督「俺はあれだぞ。夕張と明石に用があってな」
大井「はいはいそうですかー」
提督「ホントだって!」
ありゃ?意外と大井っちの反応が薄い
提督「おうおう」
大井っちの前でこれ以上くっつくわけにはいかん。
北上「おやすみ~」
提督「おやすみ~」
せっかく落ち着いたしこのまま布団に潜っていい夢を見るとしよう。
北上「行こっか大井っち」
大井「ごめんなさい北上さん」
北上「ん?」
大井「私、少し提督とお話があります」
いったい何だというのだろう。
北上「イテッ」ゴン
曲がり角で壁に頭をぶつけてしまった。
いかんいかん。とりあえずは部屋に戻らねば。
思考を中断しようとするけど、考えないようにと思うほどまた深みにハマっていく。
先程の状況。大井っちの目。二人きりで話。
まさかまさか
北上「こ、告白!」
ついにか!ついに言うのかまさか!
そうなると私が普段提督と一緒にいたりする時なんかも実は大井っちの背中を押すきっかけになってたりしたのだろう。
北上「これは使えるかもね」
私が提督に近づくことで二人の仲かより親密になる。完璧な作戦じゃないか。
さて具体的に何をすれば効果的だろうか。
あの二人にとって。
北上「あれ?」ピタ
球磨型の部屋の扉に手をかけたところで思考が止まった。
またぐちゃぐちゃになっている。
元のぐちゃぐちゃに。
先程までの温もりはすっかり冷めきっていた。
むしろ元よりも冷たくて、
少しだけ
寂しい。
北上「多摩姉」
多摩「入口で突っ立って何してるにゃ。大井は一緒じゃないにゃ?」
北上「なんか、提督と、話があるって」
多摩「ふーん。ならしょうがないにゃ。とりあえずそんな顔してないで早く入るにゃ」
北上「そんな顔って?どんな顔?」
多摩「どんなって、うーん。捨て猫みたいにゃ?」
北上「捨て猫?」
多摩「急かすにゃ急かすにやあ゛!?誰にゃ赤に変えたのは!?」
木曾「フッ」ドヤァ
多摩「木曾ぉぉぉぉ…」
球磨「ほれ1枚引くクマ」
多摩「己ぇぇ、パスにゃぁぁ…」
木曾「はいUNO」
多摩「にゃぁぁああ!」
球磨「ドロー2」
多摩「にゃ…」パタン
木曾「あ、死んだ」
いったい誰に捨てられたというのか。
北上「私もいーれてー」
木曾「もうちょい待ってくれ。今多摩姉にとどめ指すから」
球磨「おらさっさとドローしろクマ」
多摩「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
木曾「うるさい」
多摩「ニャ」
いやいい。
今はいいや。
疲れた。
思考を捨てよう。
私は朝に弱い、なんて言うと本当に朝に弱い人達に怒られる。
阿武隈なんかもそうだけどともかく寝起きの機嫌が最悪だったり朝食を食べる気がしなかったりと生活に支障が出るレベルらしい。
それを言われると私なんかは単に布団の魔力から逃れる意志の強さを持たない軟弱者でしかないわけだ。
でも逆に朝に強い人ってめちゃくちゃレアだよね。
羨ましいとまではいかなくとも、一体どうしたら朝からそんなに元気なのか是非ともコツを教えてほしいものだ。
北上「…おはヨ」
大井「はい、おはようございます」ニコ
そういつも通りに100万ドルの笑顔で答えるとタンスの方へ向かう。
いやいつも通りじゃないな。
今日はなんか1億ドルくらいの笑顔に見えた。
北上「ふ…あぁぁぁぁ……ぁ…っ」ノビー
ん?
両手を伸ばして思い切り伸びをすると何かが手に当たった。
布団の近くに雑に置かれていた。
そういえばあの後半ば寝落ちみたいな感じで終わったんだっけ。
北上「んしょっと」ムクリ
球磨「北上、おはよう」
北上「おはよ。制服?」
多摩「私達これから遠征にゃ」
北上「なる」
球磨「くそねみぃクマ」
多摩「まったくだにゃ」
大井「自業自得ですよ」
球磨「治まらなかったクマ」ボサッ
膨れ上がった髪のせいで本当に熊見たくなっている。
球磨の髪は特に何もせず自然な状態に見えるが実は朝必死に膨張を抑えているのだ。
多摩「これじゃまた駆逐艦達のぬいぐるみにされるにゃ」
球磨「うげー疲れるクマァ…」
大井「自業自得ですよ」
多摩「自業自得だにゃ」
多摩「知らんにゃ。知りたくもないにゃ」
北上「髪整える時間を他に使えるのはずるい」
球磨「そうだそうだー」
多摩「そんな事言われてもにゃぁ」
北上「手入れいらず~」
球磨「淫乱ピンク~」
多摩「アホ毛ぶち抜くぞ」
球磨「え」
北上「え」
多摩「にゃ」
多摩「にゃ~」
北上「いってら~」
大井「行ってらっしゃい」
木曾「ただいま~」
球磨「おお木曾。おかえり」
木曾「語尾、あと髪はそれなんだ」
球磨「時間なかったクマ」
木曾「早く起きりゃいいだろ」
多摩「早く寝りゃいいにゃ」
球磨「なんで二人はピンピンしてるんだクマ…」
木曾「うん。ついでにシャワー」
北上「いいなあ朝強くて。辛くないの?」
木曾「好きでやってるからな」
大井「北上さんもどうですか?早起きは三文の徳と言いますし」
北上「え~なんで急に。三文程度なら寝ていた方がお得だよ」
大井「朝練でなくとも散歩とか。私も付き合いますし!」
北上「いいっていいって」
北上「凄いよね~」
大井「それほどでも~」
そういえば昨晩は結局私達が寝落ちるまで大井っちは帰ってこなかったっけ。
大井「髪結びますから顔洗ってきてください」
北上「あいあい」
今にもスキップしそうな軽い足取りで先に洗面所へ向かう大井っち。
やけに上機嫌だ。
これってやっぱりつまるところそういうアレがアレなんじゃなかろうか?
木曾「…」
黙々と身体を伸ばしながらもその目はじいっと大井っちを追っていた。
木曾「!」
あ、目が合った。
木曾「」クイックイッ
顎で大井っちを指す。
頷き返してみた。
木曾「…」ス
手を伸ばしながら右手の小指をスっと立てる。
いわゆる愛人のサイン。
北上「」スン
肩を竦めてさあ?と伝える。
ことの真相を大井っちからどうにかして聞き出さなくては。
眠気はすっかり吹き飛んだ。
大井「さてお客様、今日はどうなさいますか?」
北上「ん~いつも通りで~」
鏡の前に座る私とその後で私の髪をとく大井っち。
日課である。
大井「どうですかたまには違う髪型とか」
北上「違うってどんな?」
大井「金剛さんみたいなのはどうですか!」
北上「また極端にややっこい方面に行くね」
大井「では浦風で」
北上「あれ、大差なくない?ポンデリングじゃない?」
大井「北上さんの三つ編みというトレードマークを残しつつ最大限に生かそうかと」
北上「トレードマークだっけこれ。というかそんなに色々考慮した上での提案だったんだね」
ちなみにあの髪型。
やろうとすると貞子もビックリの長髪が必要である。
北上「不思議な説得力がある」
大井「北上さんは何か要望はありますか?」
北上「いつも通りはなしの方向か。だったら…バッサリと短髪に」
大井「散髪は却下で」
北上「おぉ…そんなバッサリと…」
大井「どうせバケツかぶるか入渠したら生えるじゃないですか」
北上「でもこれやっぱ邪魔だよ」
大井「オシャレは我慢です」
北上「オシャレのつもりはないんだけどねえ」
北上「言わんとすることは分からなくもないけど」
大井「そういえば提督は長髪の方が好きらしいですよ」
北上「いや聞いてないし」
大井「ポニーテールでうなじを見せるとか!」
北上「あれは座る時とかに邪魔だからやだ」
大井「三つ編みお下げも割とそうなのでは?」
北上「だからバッサリといきたいんだよ…」
大井「すみません…」
北上「大井っちは楽そうでいいなー」
大井「スミマセン」
大井「いつも苦労してますものね」
北上「私なんかまだマシな方ってのがね」
大井「駆逐艦は何人か凄いのがいますから」
北上「早霜と清霜はあれ何を思って生活してるんだろうね」
大井「聞くに聞けない空気があります」
北上「耳に引っ掛けられないくらいの中途半端な長さが一番めんどくさかったりすると思う」
大井「鎮守府ないではヘアバンドやピンで抑えてる人が多いですものね」
北上「邪魔だししゃあない」
大井「何がですか?」
北上「やたらテンション高いじゃん」
大井「え、いつも通りじゃありません?」
北上「ありません」
髪型を変えようなんて初めてだ。
それがいつも通りなら流石に私も辛い。
北上「提督と何話してたの」
大井「いえっ、なにも」
いえ、で声が上ずってる。
隠し事はできないタイプか。
大井「そんな遅くはないですよ。すぐですすぐ」
北上「昨日はUNOで遅くまで起きてたんだよ」
大井「…実はあの後夕張さんたちと」
北上「ダウト」
大井「UNOじゃないんですね」
北上「じゃあUSOで」
大井「上手い!座布団1枚」
北上「UNOだけに?」
UNOはどこかの国の言葉で「1」だそうだ。
身体を180度回転させ鏡越しではなく真正面から大井っちを見つめる。
大井「にゃんにもありません!」
噛んだ。動揺が隠しきれていなさすぎる…
北上「なら夜遅くまで何を、ナニをしていた?」
大井「なっ、それはありません!絶対に!」クワッ
北上「うおっ」
物凄い剣幕。
まあ確かに、このツンデレカップルがそんないきなり進展するのは流石にないか。
大井「仰せの通りに」ホッ
胸をなでおろす仕草は鏡越しにしっかり見えているのだが…
しかしなるほど。
このようだと告っただけとかかな?キスができるとは思えないし。
とはいえ時間の問題かなあ。
親友としてしっかり見守っていかねば!
北上「どったの~」
大井「いえ、その。不機嫌そうな表情をしていたので」
北上「ん~?寝不足なだけだよ」
大井「睡眠はしっかりとってください」
北上「UNOが悪い」
大井「球磨姉さん達は無視して寝てください」
北上「それはそれで難易度が高いね」
北上「バッチリだね~」
いつもと同じ髪型。
大井っちなら三つ編みの編み方まで寸分違わず編んでいても不思議ではない。
大井「私布団を片付けてきますね」
北上「えぇ、いいよ。私も行く」
大井「その前に着替えてください。そこに置いてあるので」
北上「はーい」
布団まで畳むのは今日が初めてだ。どんだけテンションあげあげなのよバカップルめ。
…
北上「ホントだ。ひっどい顔」
鏡の中の私は確かに不満げな表情だった。
なんでだろ?
寝不足か。
北上「しっかりしろ私」
川内「ヘイヘイヘイ!ピッチャービビってるよ!ブッ!?」バチン
ドッヂボールを知らない人というのは、少なくとも日本にはいないと言っても過言ではないのではなかろうか。
清霜「うわぁ…顔面だぁ」
小学生から大人まで幅広い層でかつ多くの地域で遊ばれている球技だ。
江風「顔面セーフ?」
漢字だと避球とか飛球と書く。
球磨「アウトの方向で」
この遊びが多くの人間、特に子供達にとってサッカーや野球をも凌ぐほどに人気なのはそのルールの単純さが主な要因だと思う。
神通「姉さんの仇…」スッ
サッカーも野球もチームプレイがメインの球技だ。楽しく遊ぶには最低でも4.5人は必要だろう。
対してドッヂボールは二人からでも十分に楽しむ事ができる。
那珂「ギャンッ!」バン
それでいて30.40人などの大人数でも十二分に機能する。
響「そっちか」
また当てたらアウト、という究極的にはその1点のみを守ればいいような競技なのでルールの加筆修正はいくらでも可能だ。
神通「姉さんと那珂ちゃん。これで差し引きゼロです」
残基性、キャッチで回復、復活etc…
川那「「どんな計算!?」」
子供特有の自由な発想と勝ちたい一心で捻り出す幼稚な悪知恵は無限の可能性を秘めている。
もちろん子供だけの遊びではない。
神通「く!」
きちんとしたルールの元行われる公式の大会も存在する。
長波「うまい!足に当てた!」
どんな遊びも本気でやれば戦いとなる。
球磨「まだだあ!キヨシー!」
顔面アウト上等。
清霜「任せニャッ!」バシ
バレーボールを彷彿とさせる形状の球を時速100km超で投げ合う様はまさに戦争だろう。
長波「また顔面だ…」
内野外野の駆け引きや試合スピードもお遊びのそれとは次元が違う。
響「ダブルアウトだね」
本気と書いてマジ。
浦風「さぁてウチの番じゃ!」ブン
つまり何が言いたいのかというと、
多摩「甘いにゃあ!」バシィ
フェイントで重心を左に寄せたのが功を奏したためギリギリで躱せたが、いやはやとんでもないコントロールだ。
バチンと弾けるような音が後ろからした。
どうやら球磨姉が無事にキャッチしてくれたようだ。
多摩「上手く避けるもんにゃ」
北上「あれ?今のはサービスじゃなかったの?」
多摩「言ったにゃあ」
球磨「ふふん、悪いが今度は球磨の番だクマアッ!」ブン
文字通り熊のような腕力から繰り出される球はちゃちな拳銃の弾速ならば凌駕しているのではなかろうか。
多摩「ナイスキャッチにゃ」
北上「うわズルいや。私達にはあんなにキャッチ力ないのにさ」
球磨「ふこーへーだクマ。包容力(物理)だクマ」
多摩「ふふん、負け惜しみは見苦しいだけにゃ」
長波「いやこれ運動においては邪魔でしかないんだけどね…」
響「…」ペタペタ
浦風「大丈夫じゃよお二人さん。ウチが二人分の包容力持っとるけん!」
球北「「嬉しくない!」」
もうすぐお昼なので当てての外野復活はなし。
こちらは球磨姉と私と浦風。向こうは長波と多摩姉と響だ。
長波「暁ぃ!」
外野へのパス。
通常ドッヂボールの外野は内野から見て三方向を使えるがここでは一つだけ。お互いのチームが相手を内野外野縦でで挟む形になっている。
暁「っと。よーしいっくわよぉ!」
これにより外野から内野へのボールが外れると相手チームの外野へボールが渡る危険性が出る。
投げる方も投げられる方も細心の注意が必要となる。
浦風「承知くま」
北上「えーやだくまー」
外野の暁から出来るだけ離れて、しかし暁の球が内野の多摩姉などに渡ると近距離で当てられる可能性もあるので一番後ろに下がるわけにもいかない。
躱したら即反対側へダッシュ。
取ったら即振り向いてカウンター。
判断は刹那に行わなければならない。
腰を落とし重心を低くする。
暁が振りかぶったのを見て呼吸を止める。
さあてどこに来るかな。
バァン!
と破裂音がした。
神風「え?それってどういう」
北上「思いっきり地面にボール叩きつけてさ。衝撃に耐えられずボールがバン」
神風「ありゃりゃ。それで試合終了ですか」
北上「そ、予備ないしね」
終了というか中断。断念。残念無念また来年。
キリもいいので今はコート周辺で各自自由時間となった。
北上「まあ仕方ないよね~。そのための訓練なんだしさ」
神風「私もやりたかったなあ」
遠征帰りの神風がそうボヤく。
ちなみにその暁はコートで球磨姉と多摩姉に色々と教わっている。雷電も一緒だ。
響「本人はとても熱心にやってるからね。今は下手だけど、そのうち化けるかもしれないよ」
北上「そりゃこわい」
響「まあ下手なままだとは思うけど」
神風「響は身内に厳しいよね…」
響「そうかな」
神風「そうよ」
私は知っている。響は暁が姉妹でなければ超絶スパルタ訓練でもって鍛えあげようとするタイプだ。
こうして姉の努力を見守っているのは身内への甘さという事だろう。
目的は艤装の繊細なコントロールを磨く事。
艦娘は砲や魚雷を装備してなくても艤装により人ならざる力を発揮することが出来る。
が、これは単に力持ちと言うだけではダメなのだ。
戦場。つまり水上において私達はうねる波や荒れ狂う風の中砲撃を当て魚雷を躱し敵陣へと進む必要がある。
これがとても難しい。
初めて海に出た時は綱渡りとスケートとドッヂボールを同時にやっている気分だった。
戦闘経験を多く積むほど練度は上がり回避や攻撃能力は上がる。
攻撃を受ける際の姿勢やどこで受けるか、受けた後どうするかでダメージも大きく変わるので耐久も上がる。
もっとも練度はあくまで強さの指標の1つでありそれだけでは測れないものなのだが。
ともかく海の上だけでなくこうした訓練も私達にとっては大事なのだ。
ちなみに暁は艤装のコントロールというよりは単純に球技が苦手なだけであり練度は私より上だ。
北上「勇姿って…私ゃただ避けてるだけだよ」
響「北上さんはホントにボール取らないよね。しかも取れないんじゃなくて取ろうとしてない」
北上「いやだってあんなの飛んできたら普通は避けようと考えるでしょ」
響「それは人間の感覚だよ」
北上「まあ、そうか」
人間というか、生き物の。
神風「向こうって、ああ。いや確かに迫力はありますけど、なんども見るほどじゃ」
響「結構面白いよ。相撲みたいなものさ。単純な力の押し合いに見えて、実は色々な工夫や戦略が見える」
神風「んーじゃあ行ってみよっかな」
北上「わったしも~。どうせ暇だしね」
響「私はここにいるよ」
北上「暁いるもんね」
響「…そんなんじゃない」
神風「はいはい照れない照れない」
響「むー…」
既におおよそドッヂボールとは思えない破裂音、いや爆裂、爆発音がする。
神風「こっちはまだ続いている見たいですね」
北上「こっちは最後からが長いから」
角を曲がる。
さて今日の最後は誰と誰かな。
武蔵「ふっ!」
球、いやもう砲弾でいいや。砲弾が武蔵さんのお腹に直撃する。
対する武蔵さんもそれを真正面から受け止めてみせる。
グワンと音こそ低く小さいが、衝撃で大気が震えるのがここまで伝わってくる。
神風「かんぐーとさんの貴重な手袋非着用シーンですね」
北上「そだねー」
ドラゴンボールか何かの世界ですかといった光景だが、ここでは日常の一コマである。
この場合の小細工というのは外野内野のパス回しやカウンターである。
神風「それで、工夫とか戦略って?」
北上「んー例えばあれとか?」
Гангутさんと武蔵さんでは馬力が違う。文字通りに。
それでも彼女達がああして渡り合えるのはГангутさんの技量だ。
Гангут「ハァッ…ッ!!」バシィ
北上「ほら飛んだ」
神風「飛んだ?」
北上「自分で少し後ろに飛んで勢いを逃がすのさ。まあそれでもあのパワーだし、Гангутさんの馬鹿力あっての技だけど」
神風「戦闘民族か何かなんですかねあの人」
北上「そういう意味じゃ私らみんな戦闘民族みたいなもんだよ」
神風「確かに」
神風「飛龍さん」
北上「殴り合いの見学に」
飛龍「あぁあれかー。迫力あるよね~」
私の横に並んで座る。出撃帰りかな。
神風「戦場じゃないからこそ余計に怖いです」
北上「というかよくボール無事だよね。特注品とはいえ」
飛龍「工房タッグの自信作だしね!」
神風「あ、ちなみにこっちのはさっき破裂しました」
飛龍「え、マジ?」
北上「マジマジ」
飛龍「マジかぁ…」
今殴りあってる二人の物とは別物なのでそこまで高くはつかない、はず。
神風「でもそうしたら流石に痛いですよ」
北上「私らは真正面にあまり投げないから流れ弾による事故とかあるもんね」
飛龍「そっかー、難しいところだねぇ。こっちは流れ弾とかはほとんどないし」
北上「そりゃあんな風に投げ「あ」え?」
最後まで言い終えることはできなかった。
飛龍さんがコートを見ながらあ、と言ったのでそちらに目をやった時には全てが遅かった。
流れ弾。
文字通りのあの球が、私の目の前にあった。
それこそこの瞬間スローモーションになったと錯覚する程に。
人智を超えた速度のボールは真っ直ぐ私の顔面を目掛けて飛んできた。
わーホントに近づくほどにボールがおっきくなってるーとか思うくらいには混乱してた。
艤装も付けずに体育座りという無防備すぎる体制。
無理だコレ。
と思った次の瞬間、
脳を揺さぶるほどの音と衝撃とともにボールが停止した。
目の前にはボールと、それを防いだ手袋をした手があった。
ゆっくりと左を向く。
そこには先程までのコロコロと笑うどこか幼さを感じさせる先輩の顔はなく、そのギラギラとした鋭い眼光は確かに飛龍という名が相応しかった。
ボールが地面に落ちる。
コートに居た誰もが飛龍さんを見ていた。
神風「…」ブルブル
神風は耳と目を塞いで縮こまってた。
飛龍「まったくもー。みんなヒートアップし過ぎ!めっ!」
右手を払いながらいつもの調子で話す。
武蔵「すまなかった。つい力んでしまって…」
Гангут「け、怪我はないか!」
戦艦達が慌てて駆け寄ってくる。
座ってる目の前に並ばれるとすごい威圧感だ。
北上「あー大丈夫大丈夫。むしろこっちの方が問題かも」
神風「」ブルブル
Гангут「う、アイツに言うのか…」
武蔵「仕方あるまい。了解した」
北上「神風ー、おーい。かーみーかーぜー」
神風「?」
北上「神風?あれ、聞こえてない?」
神風「耳が、こう、キーンとしてて」
飛龍「一応明石っちゃう?」
北上「そうしますかね~、ほら神風」
背中を差し出す。いわゆるおんぶというやつだ。
飛龍「ならばこうだー!」
神風「キャッ!ひ、飛龍さん?」
おんぶじゃなくてだっこ。しかもお姫様だっこ。
北上「凄い様になるねえお姫様。いやお嬢様かな」
飛龍「スカート短い娘多からねえ。これ出来る娘ほとんどいないのよ」
神風「うーまったく聞こえない…」
飛龍「それではでっぱーつ」
北上「おー」
神風を抱き抱える右手に、もう手袋はなかった。
武蔵「ん?」
飛龍「ありゃ?」
工房にて、集結。
明石「三人はどういう集まりなんだっけ」
飛龍「私は神風の診察に」
武蔵「私はボールの修理に」
明石「え?」
武蔵「ん?」
飛龍「およ?」
神風「私はもう大丈夫だって言ってるんですけどね…」
北上「抱っこするのが楽しくてやってた節があるよね」
飛龍「気にしない気にしない」
明石「診察します?」
神風「あ、大丈夫です。ホントに」
明石「ではそちらは」
武蔵「ボールが壊れた」
神風「破れたとか割れたとかじゃなくて壊れたってすごい表現ですよね」
北上「確かに」
明石「んー、ん?何ですかこの痕」
北上「どれどれ?」
飛龍「んー?げっ!」
神風「うわぁ凄い痕」
明石「手形、ですよね」
武蔵「そうだな」
明石「武蔵さんの?」
武蔵「私はもう少し手が大きい」
神風「というかこの痕って」
北上「今そろそろと工房を出ていこうとしている人のものだよね」
飛龍「ギクッ」
飛龍「正当防衛です」
明石「なるほど状況は理解しました」
飛龍「守護る為です」
明石「その上でひとつ言いたいことがあります」
飛龍「必要な犠牲でした」
明石「もっと上手くやれたでしょう」
飛龍「だってぇ~!ビビったもん!私もビックリしたもん!ちょっとばっかし力んじゃっても仕方ない!」
明石「仮にもウチの最高練度なんですから力加減考えてくださいよ。怒るつもりは無いですけど実際こうして修理費が数字として出るんですから文句くらい言わせてください」
飛龍「ぶえ~…」
北上「そだね」
結果として私達があそこに居なければ、と思わずにはいられない。
しかし最高練度かあ。
ボールを受け止めた時右手には弓道で使うという手袋がハマっていた。
いわゆる正装。つまり艤装の力。
それをあの緊急事態に瞬時に右手に纏い受け止めた。
右手だけに、一瞬で。
艤装を一部だけ使うというのはとてつもなく難しいのだ。
パワーだけでなく繊細なコントロールも完璧だ。力んでボール潰してたけど。
普通これだけの力をあんなふうにぱっぱと出し入れなんて出来ない。
飛龍「ん?全然へーき」
武蔵「そうか…」
空母は馬力だけなら戦艦をも凌駕している。
さらに力を防御や反動や体制の制御、つまり下半身に力の多くを使う戦艦と違い艦載機を送り出すための腕に多く使うという。
普段弓で訓練する空母組がドッヂに参加するとひどい事になるとかならないとか。
飛龍「あーはいはい間宮!間宮で手を打ちましょう!」
明石「何日分?」
飛龍「日!?」
明石「何日分?」
飛龍「よ、3日!三日分なら!」
明石「ばりー聞いてたぁ?」
夕張「チャリできた」ヒョイ
正確にはチャリではなく作業用のあの、なんかスケボーみたいなやつ。
飛龍「え゛」
夕張「一人三日分ならやるしかないね~」
明石「しばらくは一緒に間宮タイムだね~」
飛龍「え、いや、その」
夕明「「何か?」」
飛龍「イエナニモ」
夕明「「ヨッシャ!!」」
飛龍「うぅ…ごめん蒼龍…」
うーん。
流石の最高練度も二人には頭が上がらないようだ。
雪やこんこん霰やんちゃ…あれ、何か違う?
実際猫は雪だろうと霰だろうとなんだろうとコタツがあれば丸くなるものだ。
でも例えば、それが吹雪だったりすると?
北上「…え」
吹雪「へ?」
この鎮守府。色々な所が後付け工事で構造が変わっていたり建物が増えてたりするらしい。
提督、つまり2代目である今の提督がやったとか。
嘘か真か、秘密の研究室やら禁断の実験室がどこかに隠れてるとか。噂だけどさ。
そんなんだからあまり人気のないところ探してサボってたりする艦娘がいたりする。
するのだが…
外階段へと通じる扉を開けた先にあったのは
叢雲「っちゃー…」
右手を額に当て天お仰ぎやっちまったーのポーズを取る叢雲。
吹雪「」
右手に十中八九ビールの類であろう缶を持ち左手は腰に当て今しがた喉越しを味わいましたというポーズを取っている吹雪。
北上「…」
吹雪「…」
北上「…」
吹雪「ノンアルコールですから!」
北上「嘘をつけ」
どうみてもINアルコールである。
吹雪「あ、でもでもサボってるわけじゃないんですよ。ちゃんと休憩時間なんです」
北上「そこは疑ってないけど」
というか普段の働きからしてもっとガンガンサボっても文句は言われないだろう。
北上「でそれは?」
吹雪「マイソウルドリンク」
叢雲「飲む?普通のビールだから」
北上「遠慮しとくよ」
吹雪「えー罪を共有しましょうよ」
罪の自覚はあるのか。
北上「私アルコール好きくないからさ」
吹雪「む、ならしょうがないですね」
飲めない部下に理解があるいい上司。
北上「別に飲めなくはないよ。好みの問題。というか皆そんなに強いの?」
吹雪「球磨さんは強いですねえ、飲んでも飲んでも顔に出ないタイプです」
叢雲「木曾は、強いのだけどそれ以上に飲みすぎるから潰れやすいわ」
北上「大井っちは普通に酔うけど潰れはしないタイプだったなあ」
吹雪「多摩さんは、多摩さんはなんといいましょうか」
叢雲「謎よね」
北上「謎?」
すごい表現だ。
吹雪「でもちょっと寝たと思ったらいつの間にか起きててまたぐいっと飲むんですよ」
叢雲「そしてまた寝る」
北上「なんだそりゃ」
吹雪「最初の落ち着いてる時も中盤のどんちゃん騒ぎの時も終盤のお通夜モードの時も一切変わらず寝て起きて飲むを繰り返すんです」
叢雲「それで翌朝みんなが吐き気と頭痛に呻いてる中ケロッとした顔で朝ご飯食べるのよね」
吹雪「あれはホント謎だよね」
北上「なんだろう。なんか多摩姉らしい」
叢雲「マイペースの極みよある意味」
叢雲「いいんじゃない。でもみんなでってなると途端に難しくなるわよ」
吹雪「暇な時は多いですけど予定が会う日となると意外と揃わないんですよね~」
北上「確かに。次の日出撃とかでも辛いしねぇ」
叢雲「ま、そこは最悪艤装を使えばアルコールは抜けるわよ」
吹雪「気持ち悪さは自己負担ですけどね」
北上「遠慮しておきたいところだね」
ちなみに猫にアルコールはダメ絶対。
我々はアルコールを分解する構造を持ち合わせていない。
叢雲「私は普通ってとこかしらね。はっちゃけたりはしないわ」
吹雪「この子酔うと色っぽくなるタイプでしてね」
叢雲「ちょっと」
吹雪「特型駆逐艦は全員この子に唇奪われているなんて言われるくらいで。あ、半分くらい事実です」
叢雲「違っ」
吹雪「さらには提督を誘惑した事までありまして」ゴソゴソ
叢雲「なっ!?」
吹雪「こちらが証拠のビデオ映像になグヘェッ!!」
ビールの缶が凄く楽しそうな表情をした吹雪の頬に直撃した。
中身開けてないやつが。
ドッヂボールより痛そうだ…
吹雪「あぁ…メモリーが…妹の貴重な映像がぁ…」
スマホにあった映像はしっかり消されたようだ。
バックアップあるんだろうなあ。
叢雲「吹雪はそもそもあまり飲まないわね」
吹雪「私はみんなの介抱する立場ですからねえ。強いとは思いますよ?こうしてビール飲んでますし」
北上「ビールって言っちゃってるし」
吹雪「生いきビールです」
叢雲「駄菓子でしょそれは」グビ
北上「ねえ吹雪」
吹雪「ん?」グビ
北上「ここの前任者って、どんな人?」
サラッと事も無げに聞いてみる。
吹雪「ブフッ」
北上「ありゃ」
吹き出した。吹雪だけに。
叢雲「吹雪」
吹雪「な、なに?」
叢雲「ヒゲヒゲ」
吹雪「おっと」フキフキ
泡の白いヒゲを手の甲で拭く。
オヤジか。
北上「提督ってのは記録を回収してまで引退するものなの?」
酔って口を滑らす、なんて期待しているわけじゃないがこんな機会は滅多にないだろう。
畳み掛けてみる。
吹雪「…」
叢雲「吹雪?」
吹雪「叢雲。ビールお代わり」
叢雲「まだ飲む気?もうないわよ」
吹雪「取ってきて」
叢雲「はあ?」
吹雪「お願い」
叢雲「…また一つ貸しよ」
空き缶を持って扉を開ける。
中へ入る時、少し立ち止まったけれどそのまま静かに扉を閉めて室内へ消えていった。
北上「ん?」
叢雲の足音がしない。
扉を隔てた向こう側にいる?
覗いてみようと取手に手をかけたところ
吹雪「静かに」ボソッ
視線を戻すといつの間にか息がかかるくらい近くに吹雪の顔があった。
北上「ふ、吹雪?」ヒソヒソ
吹雪「いいから、このままで」ヒソヒソ
私はそう身長が高いわけではないけれど流石に駆逐艦とは身長差がある。
少し背伸びをしてまるでキスでもするような体制で吹雪が私の耳元で囁く。
吹雪「こうでもしないと話せませんからね」
どっちに対する言葉だろう。
いや、どちらにも当てはまる言葉か。
吹雪「何処で知ったんですか?前の提督を知る人なんて殆どいないですし。多摩さん、は口は硬いですからねえ。日向さんも」
口は固そうだったけどガードは緩かったよ多摩姉。
吹雪「意外と谷風あたり?それとも、飛龍さんか」
飛龍。あの人も前からここにいるのか。
吹雪「おや、飛龍さんのことは知りませんでしたか」
北上「げっ、引っ掛けか」
顔に出てたか。私も隠し事は得意ではないようだ。
吹雪「まだまだですねえ北上さん」
北上「ぐぬぬ」
じっと見つめてくる彼女の目は、酷く冷たく感じる。
北上「普通気になるもんなんじゃない?」
少しおどけて答える。
お互いに探り合いだ。先手は取られたが次はこちらが攻める番だ。
吹雪「まあそうですね。でもそれならさっきの私の答えで満足でしょう?仮にも軍ですから、開示できる情報に限りはあるものです」
北上「同じ鎮守府にいたんだ。身内みたいなものでしょ」
吹雪「身内なんかじゃありませんよ」
食らいつくように答えを返してきた。何か気に触ったのか?
吹雪「何か提督に縁でもあるんですか?」
「提督」の言い方がいつもと違った。
優しいような、懐かしむような、慈しむような。
多分前の提督を指しての「提督」なんだろう。
北上「分からないよ。でもそうかもしれない」
そうだ。興味本位だった。でも今は違う。
何か縁がある。
そう思ってる。
北上「国を守る為の、一国一城の主だものね」
吹雪「優秀な人でした。この戦争の始まりが何時からかというのは中々定義が難しいですけど初期から最前線で戦い続けた人ですからね」
北上「随分長いね」
吹雪「今の提督は三年と少しくらいですかね。昔より環境は格段に整っているとはいえ彼も中々優秀ですよ。前任者に似たんですかねぇ」
北上「前任と、後任か」
吹雪「優秀かは実際あまり関係はないんですよね多分。提督の必要性に関して言えば」
北上「必要性?」
ならその提督がいなくなったらどうなるか」
北上「…」
提督のいなくなったら鎮守府。最近よく聞く話だな。
吹雪「あらゆる鎮守府のこれからの課題ですよ。戦争は長期化してきています。今後何らかの理由で鎮守府や艦娘より先に提督が消える事例はどんどん出てくるでしょう。
その場合どうするか。どうなるか。
この鎮守府はその実験というか、試験的な意味合いがあるんですよ。偶然にもね」
提督がいなくなったら、どうなる。
手から離れた風船。飼い主から解き放たれた犬。蒲公英の綿毛。雛の巣立ち。
そのどれかか、そのどれもなのか。
吹雪「まあそういう感じでしょうね。結局のところ問題の先延ばしでしかないんですけど」
北上「そうだね」
吹雪「私達艦娘が実戦投入された時も世間はお祭り騒ぎでしたからねー。非人道的だーとかなんとか。
まあ安全地帯で騒いでるだけの暇人共ですから、深海棲艦に砲弾一発ぶち込まれれば泣いてすがりついてきますけど」
北上「危険だ、とかもね」
吹雪「扱い辛いのはその通りですよ。人形なのに戦力としては軍艦相当なんですから。そのくせ人のように振る舞う。縛り付け押さえつけて反乱でもされたら事ですよ。
なのに私達以外に現状を打破できる手段はない。仕方ない」
北上「提督がいなくなれば楔がなくなる、と」
吹雪「その可能性を知られるだけでも反乱の危険がありますから。情報が消されてるのはそのためです。
と言ってもここが初めての例ですし何がきっかけで艦娘が暴れるか分かったもんじゃないですからね。上もおっかなびっくり処理した感じで、こうして気づかれる程度のお粗末なものですよ」
北上「確かに。お粗末なものだったよ」
その結構な人数、どうなったと思いますか?」
変わらない調子で淡々と話す。
でも私は目の前の彼女がまるで宇宙人のように思えてきた。
同じ存在のはずなのに、自分とはあまりにも何かが違う。
吹雪「結果としてこの鎮守府で、新しい提督の元でも機能すると判断され、実際にそうだったのが僅かに数人だったという話なんですよ」
私の背中で、扉越しに僅かだが音がした。
これが聞かせたかった話しか。
自分から伝えるわけにはいかないが、知って欲しかった事実。
扉の向こうの彼女は何を思って聞いているのだろう。
目の前の少女は、他のみんなと同じように見える。
でも誰も経験した事がない何かをきっと知っている。
努めて冷酷に、あえて淡々と聞き返す。
吹雪「当たり障りなく書類上の報告で返せば処分、ですかね」
北上「なんでさ」
吹雪「飼い主が消えたペットはどうなると思います?逃げ出すでしょうか。暴れたり、仲間同士で喧嘩したり、誰彼構わず襲うような猛獣だったり?
まあどれにしたって処分ですよね」
北上「そう」
吹雪「ええ」
聞きたいことを押し殺してただ相槌を打つに留める。
もしそうしなかったらと思うと、ゾッとする。
言葉を慎重に探りながら聞く。
吹雪「頼まれたんですよ」
北上「頼まれた?」
吹雪「提督に、鎮守府を頼むって」
それは、あまりにも重い言葉だ。
北上「鎮守府の維持にこだわるのはそれが理由か」
吹雪「そーゆー事です」
吹雪「行っちゃいましたか?あの子」
北上「みたいだね。そろそろ終わると踏んだか」
吹雪「引き際はホントに上手いんですけどねぇ」ヤレヤレ
北上「聞かせたことには気づいてるのかな」
吹雪「どうでしょう。そこら辺鈍いですから」
北上「信用ないんだね」
吹雪「信頼してますよ。だからこんな危ないやり方したんです」
吹雪「何がですか」
北上「一応とは言え話してくれた事が」
吹雪「それはこっちもですよ。まさかそっちから聞いてくるなんて」
北上「そっちからって、自分から言うつもりはあったの?」
吹雪「そうすべきかも、とは思ってたり」
微妙な笑顔で意味深な事を言われた。
北上「提督は、なんでいなくなったの?」
最後にもう一度聞く。
吹雪「…原因は色々あるのかもしれません。でも元凶は1人です。戦争ですからね、奴ら以外にいないでしょ?」
深海棲艦(奴ら)。それも、『1人』、か。
北上「ありがとね。色々話してくれて」
吹雪「叢雲の事があったから、いい機会はいい機会だったんですよ。でもそれ以上に」
喋りならがらゆっくりと扉まで歩いていきノブに手をかける。
北上「それ以上に?」
吹雪「期待してるんですよ」
北上「?」
吹雪「アナタにね」ガチャ
期待とはなんの事だ?
しかし私が何か言うよりも早く吹雪は扉の向こうへ消えていった。
吹雪「おっと忘れてた!提督がさっき呼んでましたよ。東棟1階に来いって。それじゃ」シュン
北上「お、おう。りょーかい」
東棟?あそこ何かあったっけ?
やれやれどうやら丸くなってる暇はなさそうだ。
北上「んッ…ー」ノビー
大きく身体を伸ばす。
さて行きますか。
文字通り、猫は三年の恩を三日で忘れるという意味。
いやふざけるなよと。
そりゃ放し飼いというかエサだけやってる近所の猫なんていつの間にかさっと消えててこの恩知らずなんて思われるかもしれない。
しかしそんな人間の尺度で勝手に猫は恩知らずだとことわざまで残されちゃたまったもんじゃない。
犬と比べるからぱっとしないだけで忠犬ハチ公ならぬ忠猫タマ公みたいな話は昔からある。
家猫が増えている昨今、飼い主と強い絆で結ばれている猫は増えているだろう。
結局のところ恩に報いるかどうかは人それぞれ、猫それぞれだ。
少なくとも私は
報いたい。
谷風曰く、こうして生まれ変わっているのには意味がある。
ならばここには何かしら縁があるのだろう。
事実白猫、もとい多摩姉がいた。絶賛記憶喪失中だけど。
しかしこうなるとどん詰まりだ。手がかりがない。
飼い主の情報はゼロ。頼りの相方の記憶は戻りそうもない。
故に私は今ここの鎮守府の前任者を探っている。
何か縁があると信じて。
鎮守府東棟。
通称物置小屋。
つまりそういうことである。
古いものから最近のものまで要らなくなった物をとりあえず詰め込んだここは半ばパンドラボックス化しているとかなんとか。
外見はそこそこ普通なのだが中はかつて夏に肝試し会場として使われ多数の艦娘が上はモチロン下からも涙を流す羽目になり使用禁止となるくらいには不気味らしい。
北上「おじゃましまーす」ギィ
腐った木製のドアがいかにもな音を立てる。
うん、確かにこれは怖い。
北上「…よかった。足はついてるみたいだね」
提督「幽霊なんかいねえよ。少なくとも俺には見えない」
北上「いるいないじゃなくて、いそうってのが幽霊なんだよ」
提督「おおなんかそれっぽい」
北上「でしょ」
提督「さてこっちだこっち」
提督の後について奥へ進む。
まだ明るい時間だというのに中はいやに暗い。
窓の掃除は、まあする人もする必要もないか。
北上「どこだここ」
一階の隅っこ。
古ぼけた建物の中でも一際古臭く見える部屋。
北上「なんの部屋?」
提督「それは見てのお楽しみだ」
そう言うとポッケから鍵を取り出し扉に差し込む。
北上「ふむ」
見たところ古臭い以外は他の部屋と変わらない。
提督「ん?」ガチャガチャ
だとしたらなんで私はなんで呼ばれたんだろ?
提督「ほ!」ガチャン
荷物運びとかなら私である必要は無いし、というかそれなら今すぐ帰る。
提督「ほ?」ガッガッ
提督「…」カチカチ
北上「いやいつまでやってるの」
提督「せいっ!」ガチャ
北上「お」
提督「開いた…」
北上「長く苦しい戦いだったね」
提督「見ての通りボロッボロだからな。鍵もサビとかでひでぇんだこれ」
北上「鍵変えたらいいじゃんか」
提督「そうもいかなくてな。さ、入れ入れ」ガッ
北上「あれ?」
提督「…」ガッガッ
北上「…扉事変えたら?」
提督「…検討しよう」
この後もう少し手間がかかった。
中はぼんやりと棚やら物が見える程度には光が入っているようだ。
提督「オラァ!」バタン
北上「閉める時も大変なのね」
提督「最初から全力でやるのがコツだな」
扉を変えるのと壊れるのどっちが先だろうか。
提督「えーと、確かこの辺にランプが」
北上「ライトはないの?」
提督「電気通ってるように見えるか?」
北上「んー見えない」
提督「どっちの意味で」
北上「どっちも」
提督「なる」カチッ
北上「おわ眩しっ」
提督「おっと悪い悪い」
形はキャンドルランプのようだ。もっとも中身は電池式の豆電球のようだが。
ランプが置いてあった台。見たことはないが知っている形だ。
提督「これか?昔使ってたプリンターだよ。業務用のでっかいやつだけどな」
北上「でもこれ結構新しいよね?なんで物置小屋に」
提督「2.3年前はフル稼働だったよ。北上は知らないだろうけど、週の予定やその日の出撃、遠征、演習の編成。大規模な作戦がある時なんか資料をしおりみたいにして配ったりしてたんだぜ」
北上「人数分?」
提督「流石に全員ってわけじゃないけどな。掲示板に貼ったり各部屋に一部配るとか艦隊の旗艦に渡したりとか。それでもえらい量だったよ」
北上「なのに今はお払い箱か」
提督「スマホあるからな」
北上「あーなるほどね~」
北上「時代の流れだねぇ。侘び寂びだよ」
提督「それって意味あってるのか?」
北上「さあ」
提督「おい」
北上「今はプリンターないの?」
提督「家庭用のちっこいのが代わりを務めてるよ」
北上「うん。たいぶ」
提督「なら、ほら」
提督がランプを掲げ部屋に明かりを放つ。
北上「おー!」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
部屋に広がっていたのは、いくつもの棚に収められた無数の本たちだった。
北上「凄い数!奥も全部そうなの?」
提督「おうよ。お前らの図書室ほどじゃないが結構な量のはずだ」
北上「でもなんでこんなところに」
北上「…前の提督の」
提督「この部屋もそもそもその人の図書室みたいなもんだったらしい。読書家だったんだろうよ。そんなだから、捨てるに捨てられなくてな。こうして部屋ごと残してあんだ」
北上「これが、全部」
前任者。
これまで一切経歴やその人となりが見えなかった誰かさん。
北上「…読んでもいい?」
提督「モチロン。そのために呼んだんだ」
本棚の適当な1冊に指をかけ手前に抜く。
初めて誰かさんに触れられた気がした。
提督「それくらいの掃除はしてるさ。本のほうはよく分からないから保存状態は保証できないが」
北上「重畳だよ」
日光が入らないのは見た通りだけど、換気の方もそこそこされているようだ。
よれていたりはするけれど古本ならではという程度で素人の保存としては及第点だろう。
手に取ったのは『The Door into Summer』。
北上「英語?」
本棚に並ぶタイトルをざっと眺める。
提督「そ。これ全部海外の本なんだよ」
北上「なるほど。それで私ってわけか」
提督「別に無理に読む事はないぞ。もう北上くらいしか読むやつもいないだろうし、気に入ったのだけでも使ってくれれば御の字だ」
北上「気に入ったのかあ。これ全部をチェックするにはそれだけで長い時間楽しめそうだよ」
北上「これって、ここの鍵?」
提督「俺はもう戻るから自由に使ってくれれ。あー暗かったら本はバンバン持ち出して構わないぞ。目ぇ悪くなるだろここ」
北上「人間じゃあるまいし、そんなんで悪くならないよ。ここで読む」
提督「そっか、ならいいけど。んじゃ」
北上「はいはーい」
日本人でこれだけ海外の本を集めるって中々だなあ。もしかして読書好きとかが私の飼い主との共通点とか?
さてどこから読んでいこうか。
ガタッ
いやその前にこの本たちがどう並んでいるかをチェックしよう。
提督「あれ?」ガタガタ
提督「フンッ!」ガッ
いやらパッと見作者別はなさそうだ。
提督「ソッ!ハッ!」ガッガッ
…
北上「てーとく~。いつまでやってんの」
提督「いや…」
北上「てーとく?」
提督「なんて言うかその…」
北上「提督?」
提督「微動だにしない」
北上「うそん」
驚きの密室体験。
提督「それだと扉壊れちまうし」
北上「緊急事態じゃない?」
提督「まあそうとも言えるが…」
北上「なんか引っかかってるのかね」
提督「多分さっき閉めた衝撃で鍵が変に閉まっちまってんだと思う」
北上「鍵?あーホントだ。隙間から錠が見える」
提督「鍵でいけるかな」
北上「んー…ダメだ。中途半端に鍵かかってるせいで入らない」
提督「ダメかあ」
北上「ダメだあ」
提督「最終手段でお願いします」
北上「最終って…」
提督「そう悲観することもないだろ。鎮守府の誰かに連絡とりゃいいんだし」
北上「あっそうか」
普段スマホなんて持ち歩かないから完全に失念していた。
提督「…」
北上「…」
北上「あれ、連絡は?」
提督「え、いやスマホ部屋に置いてきちった」
北上「私スマホなんて持ち歩かないよ」
提督「マジで」
北上「マジか」
北上「最終と言ってもいいのでは」
提督「ん~。ここに行くことは吹雪も知ってるしあんまり遅けりゃ探しに来るだろ」
北上「そんなにこの部屋が大切なの」
提督「まあな」
北上「…仲良かったりしたの?前の提督と」
提督「いや…仲はあんまし良くなかったかな」
凄く難しい顔をする。
提督「俺も別に急いで外に出る必要はないな」
北上「いや提督は仕事しよう」
提督「不可抗力不可抗力」
北上「やはり扉を壊して出よう」
提督「まて落ち着け」
北上「日頃の行いが悪かったと諦めよう」
提督「それとこれとは別問だいたたたた折れる折れる本気出すなおい!」
北上「これは酷い」
提督「書類とかだってぶっちゃけアレいらないだろ?古臭いしきたりみたいなもんだよ。今時んなもんデータで送れってんだ」
北上「まあまあ。私達のためだと思ってさ」
提督「お前らのためになるかは微妙だぞ?」
北上「なんでよ」
提督「戦争だからな」
北上「そっかー」
提督「俺が仕事をサボれば平和になる」のでは」
北上「それは見て見ぬふりって言うんだよ」
提督「う…」
提督「そーするよ」
北上「さてと。じゃ方針も決まったし救援がくるまでゆっくりくつろぎますか~」
提督「くつろぐっても椅子もなんもないんだけどな」
北上「ホコリがないならそれで十分だよ」
一番手前の棚の左上から5冊ほどを抜き取る。とりあえずは片っ端から見ていこう。
本棚を背に床に座る。
北上「うわ」
提督「どした」
北上「妙な湿り気というか感触というか」
年季の入った板の出す独特の柔らかさがお尻に直に伝わってくる。
夏も終わり残った暑さと湿気がなんとも言えない生暖かさを演出していた。
スカートをしっかり下に引いた方が良さそうだ。
提督「ズボンだしな」
北上「提督も来なよ」
提督「俺英語は読めねえぞ」
北上「そこは北上さまに任せなさい。それにずっと立ってるわけにもいかないでしょ?」
提督「まあそりゃそうだが」
北上「いつもの提督室みたいな感じでさ」
提督「…」
何やらしばし躊躇した後、
提督「おーけー、お邪魔するよ」
そうっと私の隣に座ってくれた。
まあ今は緊急事態だししょうがない。
しょうがないよ。
提督「で、それはなんて本だ?」
北上「『The Door into Summer』これくらいは分かるでしょ」
提督「…夏に、夏の、中の扉?」
北上「そんな固く考えなくてもいいって。夏への扉ってやつ。これは和訳のやつを読んだことあるんだ」
提督「青春ものって感じのタイトルだけど」
北上「内容はもっと大人っぽいよ。仲間に裏切られた主人公がね、唯一信頼してた猫ともはぐれて未来に行っちゃうって感じかな」
提督「裏切りかぁ。そりゃ辛いな」
北上「提督も明日は我が身だよ~」
提督「よせやいこんなアットホームな職場で」
北上「うわぁこりゃいつ刺されるかもわからんね」
提督「俺が主人公なら猫は北上かな」
北上「またまたそんなこと言って~。素直になりなよ~」ツンツン
提督「素直な意見だよ素直なぁ」
提督「これは映画を見た気がするな」
北上「見に行ったの?」
提督「いや。鎮守府で上映会みたいなのやって色んな映画を見たりするんだ。正直これは途中から見たからあまり記憶が正確じゃないなあ」
北上「長いからね~これ。よく映画にまとめたよ。ハリーポッターなんかもそうだけど」
提督「海外の映画なら俺はパイレーツ・オブ・カリビアンが好きかな」
北上「いつも安全地帯で指示出すだけなのに前線に出て船長とかに興味あるの?」
提督「グサッとくる。箱に心臓入れたくなるくらいグサッとくる」
北上「あ、結構気にしてた?」
提督「いいもん。これが俺に出来る最善だもん」
北上「でも海賊には憧れる」
提督「というよりは自由ってやつだな。もちろん無責任なほうじゃなくてな」
……
北上「これもなんかなあ」
提督「二冊連続だぞ」
北上「やっぱ出だしでこう、なんか合わないって本あるんだよねぇ」
提督「俺にはよく分からんな」
北上「アニメとかで出だしでいきなりなっがい独白から始まってえっ…てなる感じ、かなあ」
提督「なんとなく分かった」
北上「こっちは、『Stray』?迷うとかはぐれる」
提督「びっきーアラン。聞いたことはないな」
北上「…これはちょっと読みたくなる感じ」
提督「そりゃよかった」
北上「ちょっと肩かりまーす」
提督「ちょ、おい。北上ー」
北上「やっぱ椅子無しは辛い」
提督「へいへい」
なんだか親近感が。
あれ?
北上「なにやってんの」
提督「こうして座るとあんまり身長差感じねーなーって」
北上「そうじゃなくてなんで私のおさげをいじってるのさ」
提督「なんかフサフサしてて気持ちいい」
北上「猫の尻尾じゃないんだからさ」
提督「というかさっきからいじってたけど全然気が付かないのな」
北上「読み込んでたからね」
提督「ところで猫の尻尾って気持ちいいのか?」
北上「んー、どうだろう」
北上「そんなに気に入ったの?」
提督「俺なんかつんつん頭だしさ」
北上「提督のは染めてるのもあるでしょ」
提督「確かに」
北上「髪長いってのも色々大変なんだよ?寝転がったら体制変える度に髪に引っ張られたり巻きついたり。こうして座ってるとこから立とうとすると髪を足や手で挟んでピーンってなったり。艤装降ろそうとしたら髪の毛挟まってて頭を引っ張られたり「待て待て、落ち着け。ゴメン俺が悪かった」分かればよろしい」
提督「髪切りたいのか?」
北上「出来ればね~」
提督「ふ~ん。それはそれでもったいねえな」
北上「そう?」
提督「男は髪短いからさ、長髪ってなんか大切な感じがするのかな」
北上「隣の芝生は青いってやつかな」
提督「あ、やっぱ自分でもそうなんだ」
北上「風呂上がりとか特にさ。私の長さだと鎖骨あたりにちょーど刺さって。もうちょい長いと胸とかいくんじゃないかな」
提督「あのさ、その生々しぃ体験談を俺に対して女子トークのノリでするのはどうかと思うんですよ」
北上「あ、ごめん」
提督「俺って男だって事意識されてないのかな」
北上「どうだろね。人によるとは思うけど、私としては性別じゃなくて異性って感覚があまり無い気がする」
提督「どゆこと」
北上「提督が異性だと思えない」
提督「同じことだろ?」
北上「いやいや。例えば私が男で提督が女でも、提督がイケメンでも不細工でも、なんであれ差異を感じないって感じ」
提督「友達感覚しかない、ってことか」
北上「ここには仲間しかいないから」
北上「家族の方が合ってるかも。ファミリーだよ」
提督「姉妹にとどまらずか」
北上「みんな個性的だからね、私達には海より濃い血が流れてるんだね」
提督「なんだそりゃ」
北上「さあてね。提督、長い髪が好きなんだっけ」
提督「誰から聞いたよそれ」
北上「大井っち」
提督「あんにゃろ」
北上「てことはそうなんだ」
提督「自分にないものって憧れるじゃん」
北上「髪伸ばせば?五年もあれば結構な長さになるんじゃない」
提督「よせやい変人だよそんなん」
北上「今更でしょ」
提督「おい」
読み終えた本を戻して新たに本を取り出す。
ずっと座っているのでこうして体を定期的に動かさないとあとが怖い。
提督「北上ーパンツ見えてんぞー」
北上「やーんえっちー」
提督「反応が薄い」
北上「見せ慣れてるからねぇ。それを言ったら提督こそ」
提督「見慣れてるからなぁ」
北上「世間的には結構とんでもないこと言ってるよねお互い」
提督「女ばっかの兄弟の中で1人だけ男みたいなもんなんじゃね。一々興奮なんかしねえだろ」
北上「んーイマイチわかんないや」
そこら辺は人間の感覚だろう。
提督「いやいいよ。今は」
北上「そお?流石に体育座りのままはキツそうだけど」
提督「フフ、提督を舐めるなよ」
天龍より怖くない。いっそかわいい。
北上「ならいっそ提督を椅子にしよう」
提督「へ?」
北上「ほら足広げて伸ばして」
提督「わっバカやめろ!ストップ!待て!」
北上「猫に待ては効かないよ~」
提督「だあやめやめ!」
しばし取っ組みあったが流石に少女と大人、力の差は歴然だ。
ここで艦娘としての力を使うようなことは流石にしない。
提督「嫌ではないんだが…まあ色々とね、男としてと言いますか」
男?
大井っちの事かな。
別にこれくらいはいいじゃないか。
独り占めはよくないぞ。
提督「北上?」
北上「なら膝枕を要求しますよ~」
提督「だ~もわかったわかったやりゃいいんだろ。それならかまわないよ」
提督「んだよ」
提督、胡座。
北上「正座じゃないのそこは」
提督「木の板の上で長時間正座かつ膝枕とか拷問かよ」
北上「それもそうか。ちぇーひ弱だなあ人間」
提督「繊細だと言ってくれ」
北上「いやその言い方もどうなのさ」
提督「…割れ物注意とか?」
北上「ガラス細工だったとは」
提督「デリケートなんだぜ」
提督の少し固めの膝枕に頭を預け上を向き本を開く。
提督「お前はホント膝枕好きだな」
北上「知ってたの?あー大井っちか」
提督「私の膝は全然使ってくれないーって言ってたよ」
北上「大井っち余計なことばっかするからゆっくり寝れないんだよね…」
提督「本人に言ったらどうだ」
北上「なまじ悪気がないだけにこちらからは言い難い」
提督「善意って怖いな」
北上「てーとくから言っといてよ」
提督「なんで俺が。んな事言ったら嘘つけーって酸素魚雷が2発ほど飛んでくる」
2発という具体的な数字が出てくるあたり提督も慣れているというかなんというか。
北上「提督ってなんで髪染めてるのさ」
提督「カッコいいだろ?」
北上「…」
提督「北上?」
北上「…」
提督「…」
北上「…」
提督「きたかみさーん」
北上「鏡って知ってる?」
提督「お前ほんっと容赦ないよな」
北上「国によるけどね。でも天然の髪色を金髪というなら提督のそれはパツキンだよ。塗ってるどころか塗られてるレベルだよ」
提督「マジかよ…そんなに似合ってない?」
北上「見慣れたから特に変とは思はないけど、絶望的に似合ってない」
提督「マジかぁ…似合っててもおかしくないはずなんだがなぁ…」
妙な言い回しをする。なんでそんなに自分に自信を持てていたのか。
北上「本のページをめくるのはパンツをめくるのと似ているのかもしれない」
提督「何言ってんの。いやほんとマジで何言ってんの」
北上「普段は目に見えない所を自分の手で顕にしていくというのがたまらないと言いますか」
提督「それ一緒にするのは他の読書家に失礼なんじゃないのか」
北上「中身はこうじゃないかと予想しながらそれが当たっても外れても楽しめる感じがさ」
提督「凄い、俺女子にパンツめくりについて熱く語られてる」
北上「提督はどう思う?」
提督「んー、パンツは見慣れてるしなあ」
北上「…もしかして提督って既に枯れてたりする?」
提督「そんな!ことは、ない…はず」
提督「当たりだったか」
北上「うん」
さて次の本はと。
提督「…」サラッ
北上「うわっ、なにさ提督~」
前髪をサラリとかき分けられた。
提督「改めて見るとまつげ長いなって」
北上「そりゃあ私だってオンナノコですから」
提督「どうせ大井だろ」
北上「マアネー」
提督「大井は結構化粧とかファッションこだわる方だからなあ。鎮守府じゃそういうの気にするやつ少ないし」
北上「戦場だしね。でも大井っちが私にこういうの気にするようにって言い出したのは最近だよ」
提督「そうなのか?」
北上「そだよ」
提督「めんどくさがりだな」
北上「必要な事はやるよ。でもこれは別に必要じゃないでしょ?」
提督「そうか?オンナノコなんだろ?」
北上「猫が磨くのは爪だけだよ」
提督「毛繕いもしろってことだろ」
北上「えーやだーめんどくさいー」
提督「やっぱめんどくさがりじゃねえか」
北上「提督やってよ」
提督「俺?無茶言うな。三つ編みだってできねぇぞ」
北上「やってみると案外簡単なもんだよ」
提督「なら自分でやるんだな」
北上「ちぇー」
北上「バケツかぶりゃ元通りだけどね」
提督「バケツじゃ治らないものもあるよ」
北上「ん?艶とか?」
提督「艶は、どうだろ」
北上「キューティクル」
提督「たまに聞くけどキューティクルって結局なに」
北上「私達で言う艤装みたいなものらしいよ」
提督「武器なのか」
北上「シールドってこと」
提督「そっちか」
北上「どお?私の髪は。キューティクルあるかな」
提督「サラサラだよ。サラサラだとキューティクルあるってことなのか?」
北上「…さあ?」
提督「えぇ…」
提督「ん?」
北上「膝枕が好きっての。こうやって人に、ひっつくというかー擦り寄る?寄り添う感じが凄く安心するんだ」
提督「ほー。いよいよ猫みたいだな」
北上「アレはマーキングとかの意味もあるんだけどね」
提督「んじゃ今俺はマーキングされてんのか」
北上「…」
広げていた本を少し下にずらし提督の顔を見る。
提督「北上?」
今度は目が合った。
提督「んだよ」
北上「じゃあさてーとくは、私のモノだね」
北上「ぐえ」
一瞬の間の後驚くほど速い仕草で開いていた本を顔に押し付けられた。
提督「バカ言うな。そんなことしたら大井にありったけの魚雷を撃たれちまう」
北上「あはは、そりゃ怖いや」ガバッ
提督「もういいのか?」
北上「上向きで本読むと手が疲れる」
提督「最初に気づけよそれ」
提督「今の本はどうだった?」
北上「これ?あー、えっとねえ」
なんだっけ、どんな内容だった?出だしは?登場人物は?
いやそんなことはいい。次の本だ次の本。
ガタンッ
提督「ん?」
北上「扉。救援かな」
そういえば救援が来たとしてあの扉をどうするか考えてなかったな。
提督「えぇーー!?」
北上「うわぁ…」
吹雪「イチャコラしてるバカップルはここかぁ!」
提督「てめ何してんだよ派手にぶっ壊しやがって!お前だってこの部屋はこのまま残しとこうって言ってたじゃねえか!」
吹雪「まともに機能しなくなったらそんなもの思い出せない思い出と一緒ですよ!朽ちた過去に想い入れなんか持たずに思い出くらい自分の中でしっかり保存しといてください!」
提督「いやでももうちっとなんかこう、あるだろお!」
吹雪「あるのは仕事だけですよ!鍵がぶっ壊れてるあたり状況は察しますがそんなんじゃ仕事は減りません」
提督「んな殺生な!あーまてまて引っ張るないててて北上ー……」
北上「おぉ…」
嵐はあっという間に扉の向こうへ消えていった。
静かになった事だし読書を再開しよう。
北上「なんだろこれ」
手に取った本に何かが挟まっている。
北上「写真か」
随分古い。
そこには
一面の麦畑と
その中で笑う一人の女性が写っていた。
その金髪の女性を、私は知らない。
知らないけれど、どこかで見た覚えがあった。
あの神社で。
それこそ大男と並んでいても不思議じゃないくらいには。
私ならきっと麦に胸くらいまで覆われてしまうだろう。
写真は、ここか。
本の見開き。ここに挟まっていた。
そこには写真と同じ大きさの跡と
M.Hという文字があった。
イニシャルか?
なんだか見覚えが…
本の背表紙を見る。
下の方に、かすれて見えにくくなっているが同じM.Hの文字がある。
やっぱりこれは持ち主の、前の提督のイニシャルだ。
他の本にも書いてある。
M…提督も、今の提督も苗字はMだな。
あーいや、イニシャルだから苗字はHか。
イニシャルだけじゃどうしようもないか。
しかし何故この本に、この…
北上「『The Catcher in the Rye』。またこの本か」
あれ、そういえばあの時。図書室での時。
まるで一枚の写真のように、
小麦色に、金色で、
一人の女性が。
じゃあ多摩姉が見たのはこれの事か?
でも何故?ここにあったのなら多摩姉が見る機会はなさそうなものだ。
だとしたらここにない時、まだ前任者がここにいた時に見た?
わからない。
わからないから、調べるしかない。
本を片っ端から見て、何か他にもないかを。
こっちは栞か。
この本が好きだったのだろうか。
妙なマークが描かれているが特に情報になるものはなかった。
そんな事はいい、次の本だ。
早く、のんびりしてはいられない。
ここにある本全部だ。
機械的にページをめくっていく。
さっきまで広がっていた本の世界は、ただの文字の羅列になってしまった。
かまわないさ。私には目的があるんだ。
何かの本の前編を閉じ、私は棚に戻した。
っと、ここらでちょっと休憩にしようか。
北上「…」
時間は23時を過ぎたところ。
あれから無我夢中に本を漁った結果寝食を忘れてしまい、夕飯になっても現れない私を大井っちが血眼になって見つけ出してーまあ一悶着あった。
本に夢中になっていたと誤魔化し夕飯をさっさと済ませまた本を漁っていたらこんな時間。
でも明日を待つ余裕はなかった。
お馴染みの屋上。
北上「この写真の女性、誰か知ってる?」
谷風「ん~?血相変えてこの谷風さんを呼び出したと思えば最初の質問がそれかい」
北上「知ってる?」
谷風「知らないね。生憎だけど艦娘以外で女性に会ったことは無いね」
谷風「あぁ、あの部屋か」
私が何を見て聞いてきたか察しがついたようだ。
北上「谷風」
谷風「なんだい」
北上「前任者について、話してほしい」
谷風「それはできないね」
即答だった。
常に囀りのやまないその口から飛び出た言葉とは思えないほど完全な否定。
谷風「あんまし覚えてないからね。なにせ鳥頭だからさ」
北上「…」
そうヘラヘラと笑う。
私が猫なら今頃食ってかかっているだろう。
谷風「そう今にも食いかかるような顔をしないでおくれよ。冗談さジョーダン」
北上「…」
トリはトリでも妖怪サトリの方みたいだ。
こう言っちゃなんだか悪い気もするけれど提督とは決して仲は良くなかったんだ。悪くもないだけで。まあそれは今の提督も同じなんだけどね」
北上「覚えてないから話せないって?そんな理由で」
谷風「それは違う」
北上「?」
谷風「私はね、同じ境遇の仲間を見つけるために止まり木としての鎮守府が必要だった。だからこの鎮守府に残った」
北上「な、なんであの時の話の内容知ってるのさ」
谷風「壁に耳あり障子に目ありってね。最もあの時は扉に耳があったようだけど」
北上「そこまで…」
谷風「内緒話をするには少々場所が開けすぎだよあそこは」
北上「次回から参考にさせてもらうよ」
谷風「そいつぁこまるね。盗み聞きしにくくなっちまう」
北上「悪びれもしないんだね」
それにしても呪いだなんて。
言い得て妙なのかもしれないけれど。
あぁ、そう言えば以前そう言っていたっけ。
谷風「他にも何人か自分なりの理由があってここに残った。でもそれは決して提督の事を大切に思っていなかったわけじゃないんだ。それとは別問題なのさ。
私だってそうさ。大して関わりもなかったけれど、こんな変わり者をここに置いてくれた事に感謝してる」
言葉一つ一つから前任者への思いが伝わってくるようだ。
いつものように軽い口調だが、その一つ一つはとても重い。
北上「吹雪に?」
前任者の秘書艦でもあったという吹雪。
谷風「もしかしたら私達も気づかないうちに吹雪を提督の代わりの拠り所としちまってるのかもねえ。ま、そんなんだからさ、吹雪が君に話さなかった以上私達もこれ以上君には話せない。そういうことさ」
北上「義理堅いんだね」
私達とはつまりここに残った艦娘の事か。
吹雪や谷風、飛龍さんに日向さんに、他の人も。
谷風「お堅いだけだよ。ついでに口も硬い。残ったのはみんなそんなやつばかりさ」
北上「どうだかね」
北上「無いと困るよ。この糸も繋がってないんじゃ本当に八方塞がりだ」
谷風「そうだねぇ。ならやっぱり提督、今の提督を調べるべきなのかな」
北上「今の?なんで?」
谷風「ここが少々特殊なのは知ってるだろう?ならその後釜になった彼にも何かしらの繋がりがあって然るべきじゃあないかな」
北上「繋がりねえ」
確かに提督は前任者に対して思わせぶりなところがある。
北上「君達が普通に話してくれりゃそれでいいんだけどね」
谷風「そいつは言わないでおくれよ。協力したいのは確かなんだからさ」
谷風「とりあえずは?」
北上「お風呂に入ろう」
谷風「まだ入ってなかったのかい」
北上「ずっと本読んでた」
谷風「よっしゃ!なら私も付き合おうしゃないか」
北上「え、なんでさ」
谷風「裸の付き合いって言うだろ?」
北上「まあいいけどさ」
谷風「親子水入らずなんて言うけど、裸の付き合いは友人お湯いりようって感じだね」
北上「水を差すとかもそうだけど言葉における水って悪いイメージだよね」
私の横にはウミネコがいる。
裸の付き合いねぇ、猫は水は苦手なものだというのに奇妙な話だ。
北上「あ」
谷風「ん、どーしたんだい?」
北上「てーとくに鍵返さなきゃ」
谷風「鍵?鍵ってなんの」
北上「物置小屋の部屋の。まあ扉は吹雪がぶっ飛ばしちゃったから無用の長物なんだけどね」
谷風「ぶっ飛ばしちゃったかー。そこら辺は後で詳しく聞かせてくれるんだろうねえ」
北上「ありゃ、そこは覗き見してなかったんだ」
谷風「あはは、そんな覗き魔じゃあるまいに」
北上「あはは」
いや覗き魔だよお前は。
「そりゃお前には関係ないだろ!色々と大変だったんだぞ!」
谷風「うわー」
北上「うわー」
提督室、の前、よりももちっと遠く。
廊下にもそこそこ声が漏れていた。
谷風「あのバカップルはいつも元気なもんだねぇ」
北上「これ周りへの騒音はどうなのよ」
谷風「あまり想像したくないね」
北上「鳥さん鳥さん、あの家はいつもあんなに騒がしいのかい?」
谷風「そうさねえ、週に一、二回はああしてピーチクパーチクやってるよ」
「そんなの私だってそうですよ!」
北上「…いてっ」
谷風「ん?」
北上「あーいや、ちょっと鍵を強く握っちゃって」
谷風「なにやってんのさ…」
北上「ははは…さてお風呂行っちゃいましょーかねー」
谷風「鍵はいいのかい」
北上「今入ったら確実に巻き込まれるもん」
谷風「それもそうだね」
北上「何故自信満々に」
谷風「浦風や磯風にやったげてんのさ。君の専属スタイリスト程じゃないだろうけど得意ではあるんだ」
専属スタイリストて…いや大井っちはそれくらいやっているか。
北上「ならお言葉に甘えちゃおっかな」
谷風「おうよ」
北上「谷風ってお風呂好きなの?」
谷風「そりゃもう。暇さえありゃ朝風呂に入ってるよ」
北上「そんなにか」
江戸っ子?おっさんっぽいとも言える。
北上「それもそうだね」
谷風「湯冷めには気をつけなよ」
北上「大井っちにもう言われたよ」
谷風「流石だね」
北上「私は別にお風呂は好きでも嫌いでもないしね」
谷風「ほーん。嫌いでもないのかい、猫なのに」
北上「そっちこそ、鳥なのに」
お互いにニヤリと笑う。
秘密の友達との秘密の会話。
特別感というか背徳感というか、妙にこそばゆくて心地よい。
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