【艦これ】北上「我輩は猫である」【前半】
という本を読んだ。勿論タイトルに惹かれて。
前世(?)が猫の本家本元のガチ猫から言わせてもらえば、いやホントに言いたい事は山ほどあるが、読み物としては非常に楽しめた。
なのでかの名作に敬意を評し、二度目となる私の人生の最初を最も有名な冒頭部分になぞらえて言えば、
こうなる。
我輩は猫であった。
北上「名前は軽巡、北上。まーよろしく」
提督「おう、よろしくな」
ジャンルは、SFとかかな?
ほのぼのをゆるりとまったりやってきたい
目指せハッピーエンド
更新もまったりと
北上「…温いね~」
大井「そうですね~」
多摩「相変わらず2人は陽だまりが好きにゃ」
木曾「おい姉は上姉の真似してるだけだろ」
球磨「多摩より猫っぽいクマ」
多摩「にゃんと!」
木曾「別に多摩姉は猫に寄せる必要はないんじゃないか?」
多摩「負けられない戦いがここにあるにゃ」ゴソゴソ
北上「多摩姉じゃま~」グイ
大井「多摩姉さん邪魔です」グイ
多摩「妹が冷たいにゃ…」
球磨「おうおう、球磨の胸で暖めてやるクマ」
多摩「うるせーにゃ私より胸でかくしてから出直してこいにゃ」
球磨「なあ!?同じくらいだクマ!大差ないクマァ!!」
木曾「うわっ球磨姉暴れるな揺れる揺れる!」
本来四人部屋のところに5人。
4人用の炬燵に5人。
この狭さは、優しさで出来ている。
猫と時とは違う安心がある、狭さだ。
多摩「もうそんな時間かにゃ。あと語尾忘れてるにゃ」
球磨「きょ、今日は遠征だクマ」
木曾「俺もそろそろ行こうかな」
北上「キッソは出撃ないんじゃないの?」
木曾「その呼び方止めてくれ…道場に行くんだよ」
北上「な~る」
大井「と言うことは今日は北上さんと2人っきり!!」
ピンポンパ~ン
『あー、大井、金剛、比叡、半までに提督室に来てくれ。以上』
多摩「…出撃っぽいにゃ」
大井「チィッ!」
提督(なんか寒気が)ブルッ
木曾「こ、こぇよ大井姉」
球磨「まだ時間あるクマ。北上と居なくていいクマ?」
大井「残り時間たっぷりあの人と交渉して来ます」
木曾「ホントに交渉で済むんだよな?」
球磨「じゃあ北上、留守番頼むクマ」
北上「あいよ~。大井っちも頑張ってね~」
大井「っ!はいぃ!MVP全部かっさらって来ますね!」
多摩「…扱い心得てるにゃ」
一人の時間。
なんやかんやで今も昔もこの時間が一番好きだ。
せっかくだし炬燵に潜ってみる。
北上「ぶあっつ!」
息苦しい過ぎる。
猫は炬燵で丸くなると聞いたが本当にそんなことできるのかな?
猫だった時は炬燵に出会わなかったのでなんとも言えない。
北上「まあすっぽり収まるより、上半身動かせる方がいいよね」
ミカンを剥いて1粒、1粒?1個?なんて数えればいいんだろう。後でみんなに聞いてみるか。
北上「美味い」
炬燵が好きなのにミカンの味を知らぬ。猫とは悲劇だ。
ということわざがあるそうだ。
思い返すとなるほど全くその通りだと思うのだが、
私は船に付いた。
ついた、というか憑いた。
艦娘。船の記憶を持つ人形の、妖怪みたいなもの。
世の中には二種類の艦娘がいるー!
ひとーつ。大さじ一杯の鉄にボーキを少々、弾薬を隠し味にし燃料をまぶせば完成。建造のタイプ。
ふたーつ。なんか海で拾われるやつ。よくは知らない。
私は、前者だった。
北上「うん。なんか覚えのないというか、妙な記憶が浮かんでくるんだ」
明石「あ~たまにいるんですよ。建造だと。艦娘って船やそこに乗った人、作った人、関わった様々な人の想いの集合体見たいなものなんです」
北上「いよいよ妖怪じみてきた」
明石「妖怪ですか。それが案外1番合ってるかもですね。ともかくそんなんですからたまに何か別の記憶が混じる例がたまにあるんですよ」
北上「へ~。よかった。おかしな事じゃないんだ」
明石「ジャメヴ見たいなものみたいです。大体はそのうち忘れたり薄れていくものらしいですよ。心配なら対処法はなくもないですけど?」
北上「いんやいいよ。薄らとしか思い出せないものだし」
明石「なら大丈夫ですね。ちなみにどんな内容で?」
北上「ん~よく分かんないけど、背が低かった」
明石「へ?」
しかし実際のところ私はハッキリと覚えていた。
四足歩行の、耳の、嗅覚の、尻尾の、髭の、人間とは違うあらゆる感覚、経験、記憶がハッキリと。
同時に北上だという記憶もまた、ハッキリとある。
二重人格とかでなく、上手いことまざりあっているようだ。
つまり、例えば猫の記憶にある花を思い浮かべると、それを花と認識していることに気づく。
猫は花を花と認識してはいない。猫として認識したあらゆる記憶は、人間の言葉や感覚に置き換えられていた。
逆に置き換えられなかったものもある。
人間の何倍も敏感な嗅覚や聴覚は臭いとか煩いとかかなり曖昧な感覚に置き換わっていた。
髭の感覚も、覚えているが説明出来ない。
元が猫だったからと特にやる事があるわけじゃなく、こうして日々を満喫している。
何より炬燵は素晴らしい。
最近そろそろ炬燵を片付け始めているという悪質なデマが回っているが気にしない。
しかし流石に暑くなってきた。
誰もいないし上でも脱ぐか。
北上「んしょっと。ん?」
外が何やら騒がしく、
提督「助けてくれ北上!!」
大井「なんとか言ってやってください北上さん!!」
北上「え?」
提督「え?」
大井「あ」
2人から見えるのは炬燵から伸びた上半身下着のみの私。
不味いな大井っちに襲われかねないぞ。
北上「で、今度は何で揉めてんの?」
提督「あっ、いやっ、その、ですね「見るな変態ぃ!!」アハトゥンヌッ!」
大井っちの見事な回し蹴り。
うんでも、ごめん提督。これは私が悪い。
いつもと違って大人しい、静かという意味。
いやでも初めての所に連れてこられていつも通りいろってのが無理な話だよね。
そんなわけで最初は私もビクビクだった。
別にこれといった問題はなかった。
それが問題だった。
艦娘としての私が勝手に鎮守府に馴染んでいく。
まるてそれが当たり前のように。
そんな中猫の私は驚きの連続だった。
もうこの時点で驚き。
言葉を話してるんだもん。
しかも二足歩行。
うわ手もある。尻尾ない髭ない毛もない。髪長っ。
一挙手一投足に驚きつつ提督について行った、その時だった。
大井「北上さーーーん!!」
何かがすっ飛んできた。ルパンダイブで。
私の脳はそれが大井っちと認識したけど、ここでようやく猫の私が動いた。
こいつはヤバイ。
北上「よっと」スッ
提督「へ?」
大井「ちょっ!」
ドサッ
大井「なっ!乙女に向かって重いなんてホントデリカシーないわね!」
提督「いきなりルパンダイブカマしてくるやつを乙女と呼ぶ文化はここにはねえよ!大体今の北上でも危ないだろ!」
大井「北上さんは大丈夫よ!なんかこう、大丈夫よ!」
提督「だいじょばねえ!」
ギャーギャーワーワー
北上「…あのさ~」
提大「「はいっ」」
北上「あー、とりあえず、移動しない?」
多摩「待ちくたびれたにゃ」
木曾「提督…そのアザは?」
提督「大i「さあさあ北上さんどうぞ中へ~」にゃろう…」
北上「ここが私達の部屋か~。あれ、でもここ四人部屋じゃない?」
提督「まあそうなんだがな。お前ら五人姉妹だろ?いずれ北上が来ても五人でここを使うって決めたんだ」
球磨「ちょっと狭くなるけど、その分私達の距離は近づくクマ」
多摩「おぉ、いい事言ったにゃ」
大井「北上さんは私のどちら側で寝たいですか?右ですか?左ですか?」
提督「隣は確定かよ」
大井「当たり前でしょう。ほら男はさっさと戻る戻る」
提督「お前なぁ、それが上官にとる態度かよ」
大井「そりゃ私だって年上や上官は敬いますよ。基本はね、基本は」
提督「俺は違うってのか!」
大井「当然です、この変態!魚雷ぶち込みますよ!」
球磨「気にするな。いつもの事だ」
北上「ん?」
多摩「球磨姉、語尾」
球磨「クマ」
多摩「遅せぇにゃ」
木曾「相変わらず仲良いなぁあの2人」
仲良い?そうなのだろうか。
私はともかく猫のことを忘れた。
それが正しいと艦娘の私が判断した。
ここに来て2日目。そこそこ生活に慣れてきたが、一つ問題が出てきた。
北上「知りたい」
猫の私が人間という要素を取り入れて初めて得た強い衝動は、知識欲だった。
人の事がともかく知りたい。
でも、艦娘である私にとって猫の私は言わばエラーだ。その私が積極的に行動すべきなのか、悩みどころだ。
猫を被るの逆。人を被っている。
北上「はあ…」
悩む、なんてのも中々新鮮だ。
提督「な~に溜息なんてついてんだよ」
北上「うわ、提督か~。ビックリした」
場所は鎮守府の屋根の上。
登れるかな~と思ったら裏にハシゴがあった。
猫の記憶のせいなのか、やはり高所は落ち着く。
こうして夜中に目が覚めるのもそうなのかな。
北上「たまたまだよ。ダメだった?」
提督「漏らさなきゃいいよ。特に大井には。ここは唯一ゆっくり酒が飲めるんだ」
北上「止められてるんだっけ」
提督「そゆこと」
北上「なるなる」
提督「で、悩み事か?まあ来たばっかりだもんな」
北上「そんなんじゃないよ。人は他人の命にどこまで干渉していいのかを考えてただけ」
提督「お前スゲェ事考えるのな」
北上「やりたい事、ねえ」
提督「ほほう、つまりやりたい事があるのか」
北上「あっ、ズルいよそれは」
提督「ふふふバカめ墓穴を掘ったな」
北上「う~掘った穴に入りたい」
提督「好きにやりゃいいさ。あ、倫理的にも法律的にも許させる範囲でだからな?」
北上「ふふっ、なら大井っちはアウトじゃない?」
提督「アイツあたりが強いからなあ。でもいいんだよ。俺とアイツはこれで。あー、でもやっぱ暴力はなしで」
北上「あはははは」
提督「そんなに笑うなよ…」
北上「いやーごめんごめん。でも、うん。ありがとうね」
提督「ん?」
北上「かみ?」
提督「髪の毛だよ。結ばないのか?」
北上「結ぶの面倒でさ~。どうせ寝る時ゃ解くし、朝起きたらまた結ぶんだよ?面倒」
提督「お前らしいや」
北上「でしょ~」
提督「…なんかアレだな」
北上「あれ?」
提督「黒猫みたい」
北上「黒猫かぁ」
生前は、ちなみに白猫である
何故図書館。
近くにあるから。
さて、しかし来たはいいが何を読もうか。
日向「キミも読書家かい?」
北上「ん?日向さん?」
出撃したりする秘書艦と違って殆どを鎮守府での事務仕事に費す、実質秘書艦、事務員こと日向さん。
今更だけど秘書が最前線に出るってどうよ。
日向「読書が生き甲斐でね。日がな一日事務仕事しているのもこうして海に出ず本を読むためなのさ」
北上「えぇ…」
いいのかな、それは。
日向「それで、まだ二日目の新人がここに来るなんて余程好きなのだろう?」
目が怖い。この目を私は知っている。獲物を見つけ逃がすまいとする捕食者の目だ。
日向「とにかく何か読みたい、それだけなのか?」
北上「まあ、うん。取っ掛かりが欲しい感じかな」
日向「なら一つキーワードを思い浮かべてみろ」
北上「キーワード?」
日向「そうだ。それに関わる本を二三冊読めばいい。何も最後まで全部読む必要は無い。取っ掛かりが欲しいならそれで十分さ」
北上「へえ…うん、そうするよ。ありがとね~」ノシ
日向「ああ、また」
我輩は猫である。しかしこれが日本で最も有名とも言える猫が題材の本と聞く。
こうして私は、本に出会った。
北上「うん」
大井「この前から急に読み始めましたけど、何かあったんですか?」
北上「うん」
大井「私の事好きですか?」
北上「うん」
大井「今晩一緒に寝ませんか?」
北上「いや」
大井「やっ…てない!なんで!?」
北上「いや聞こえてるしね…」
大井「くっ、流石にベタだったか」
多摩「2人ともうるせーにゃ」
北上「提督とちょっとね。後は日向さんかな」
球磨「あ~あの読書バカの影響か。まあいい事だ、クマ」
多摩「ギリギリセーフにゃ」
大井「まさか!提督に何か変なことを!?」
北上「そんな事する勇気ないでしょあの人」
木曾「妙な信頼だな。分かるけども」
大井「なんてこと…あんな人に先を越されるなんて」
球磨「何読んでるクマ?」
北上「Meet My Cats」
多摩「うわ英語だにゃ」
多摩「もしかして多摩も好きにゃ?」
北上「にゃ以外に猫要素は無いけど多摩姉ちゃんは好きだよ」
多摩「…嬉しいけど納得いかんにゃ」
大井「…にゃ…」
木曾「おい姉、何企んでる」
大井「いや、別に!」
北上「安易ににゃとか言わないでよ」
大井「う…はい」
多摩「…アレ今多摩もディスられたにゃ?」
球磨「気のせいだクマ」
猫は喉元をかくと喜ぶ。
何故か。
かけないから。
舐めれないし手も、届かなくはないけど微妙なところ。
孫の手がわりに机や壁の角なんかに擦り付けたりするけども、それじゃものたりないのだ。
人間になってそれらは消えた。
消えたーのだろうか。
大井「何をですか?」
北上「ちょ~っとそのままでいてね~」
大井「はい」
北上「んしょっと」スリスリ
大井「マ゛ッ(吐血」
炬燵に並んで座って、大井っちの横顔にすり寄せてみる。
肌と肌が触れうというのは全身毛だらけの猫にとって中々不思議な感覚だ。
ん~、しかしこれは…
北上「なんか違うな」
大井っちのもっちり?っぺは気持ちいいけど、なんか違う。
大井「」
木曾「…上姉、死んでるよ。おい姉が死んでる」
むしろ段々猫じゃなくなってきてるんだけどね。
北上「やっぱ人じゃ無理なのかな。大井っちの頬は手でぷにぷにするものだし、あと髪が邪魔かな」
木曾「それおい姉に言うなよ、頭丸めかねない」
北上「あはは、そだね。さて木曾はどうだろうか」
木曾「お、俺にもやるのか?よしてくれよ、あまり気持ちよさそうには見えないぜ」
おい姉に殺されかねないし。と顔に書いてある。
まあこういうのはお互いが気持ちよくて初めて成立するものだ。無理強いは良くない。
炬燵の上に頭を乗せてぐっすり眠っている。
木曾「起こしちゃうんじゃないか?」
大井っちは伸びてる。
北上「今のところピクリともしてないし大丈夫でしょ」ゴソゴソ
多摩姉の隣にいどー。
木曾「まあ多摩姉なら大丈夫か」
ちなみに球磨姉ちゃんは寝起きの機嫌の悪さが凄い。多摩姉ちゃんが近くにいない時に起こしてはいけない。
北上「それでは、オジャマシマース」
多摩姉と同じく顔を炬燵に乗せすり寄る。
多摩姉はぷにぷにというよりスベスベ?っぺだ。
多摩「ニャァ…」
北上(かわゆい)
木曾(ゆっくりが2人…)
木曾「あれ、もういいのか」
北上「髪の毛がチクチクする」
木曾「あ~、でもおい姉の髪でもダメだったんだろ?もう球磨姉しか残ってないぞ」
北上「長さ云々より髪の毛がダメなのかな。猫みたいにはいかないか…」
木曾「なんで猫にこだわるんだよ」
北上「好きだからかな」
北上「それだと擽ったいだけなんだ」
木曾「ならやっぱ猫みたいにはいかないだろ。俺ら体は基本人間なんだし」
う~む。こりゃ打つ手なしか。
やはり人というわけか。
球磨「たっだいまクマ~!」
木曾「おかえり」
北上「おっかえり~」
球磨「久々の長距離遠征は堪えるクマ…北上~球磨を癒すクマ~」
北上「うわちょ、っと」
おんぶするかのように首に手を回し撓垂れ掛かる球磨姉。
身長差は殆ど無いので首に手を回す時点で球磨姉は少し体を浮かしている。
つまり、重い。
北上「私は疲れるよこれ。お?」
木曾「ん?」
球磨姉の妙に弾力のある頬。包み込むように広がる長い髪。
これは!
北上「いいなぁこれ」
木曾「さいですか」
北上「でも重い」
木曾「座ったら?」
北上「そうする」
球磨「クマ~…」
木曾「んっ」指差し
大井「ん?」
北上「す~…」
球磨「クマァ…」
大井「……くっ!」
木曾(球磨姉だから文句言えないのか)
艦娘という個性の塊のような連中の中でも私の姉妹はかなり際立っているというのは、けして身内贔屓というだけではないだろう。
そんな中姉妹を紹介するとしてまず誰が一番に思いつくかと言われれば、
多摩姉ちゃんだ。
と挨拶した彼女。
にゃって、何?
当時はそう思った。
色々と本を読んで分かったのは、にゃーというのは猫を表す記号の代表例だという事だ。
いやにゃーとは言ってないよと思ったがこの体で聞いてみるとなるほど、にゃーと聞こえる。
もしかして同じように猫なのでは?と。
実際にはただのキャラだと判明しているのだが。
何故猫キャラに拘るのか。それは本人しか知らない。
北上(正直何故か聞いてはいけない気がする)
球磨「北上はまた日向ぼっこクマ」
多摩「にゃ!多摩も日向ぼっこするにゃ!」
木曾「多摩姉肌に悪いからって日光に当たるの嫌がるじゃん」
多摩「にゃぁ…」
球磨「何をそんなに張り合ってるクマ」
北上「…」ゴソ
大井「あ、どうも北上さん」
北上「大井っち、何故私の膝の上に?」
大井「北上さんぼっこです」キリッ
北上「あぁ、そう」
多摩姉は結構乙女だ。
だが彼女はクマと言う。
それこそが我が命題、果たすべき使命とでも言うように。
でも結構語尾を忘れている。
球磨型の一番艦、長女球磨。
頼れる僕らのおねーちゃんである。
北上「マジ?多摩姉が暴れそーだな~」
球磨「秋刀魚だけでなく他の魚も私達が捕る事になるかもしれん」
北上「面倒だえど、それはそれでありだよね。楽しそうだし」
球磨「とはいえ、私達の目的はあくまで深海棲艦の殲滅だ。他の事に時間を割かれるのはあまりいい事とはいえん」
北上「真面目だなあ球磨姉ちゃん。でも、まあそうだね~」
角度調整でマットにもできるタイプのクッションイスに座り、大胆に脚を組み、鋭い目つきで新聞を読む球磨姉ちゃん。
そして、語尾警察の多摩姉がいないとこんな会話になる。
うーんこのイケメン感。
球磨「お、本の紹介がある。見る?」
北上「あざ~っす」
これはこの前読んだやつか。え、アニメ実写化?こっちも早いなぁ。私は文字派だから見ないけど。
多摩「みんなー飯行くにゃー」ガチャ
球磨「おう、分かった」
北上「あいよ~」
木曾「うわ球磨姉がイケメンモードだ」
多摩「球磨姉、クマクマ」
球磨「?別に寝不足じゃない」
木曾「語尾の方だよ」
球磨「北上、行くクマよ」
北上「ハイハイ」
忘れるならキャラ作んなくてもいいのに。
理由を聞きたい所だがこのギャップが面白いので放置。
大井「はい」
木曾「ところで上姉」
北上「ん~?」
木曾「おい姉はいつから膝枕を?」
北上「二時間くらい?」
大井「あ、足が…」
多摩「何やってるにゃ…」
球磨「ほら肩使えクマ」
特になし。
木曾「本人の前で言うかそれ」
北上「特徴がないのが特徴」
木曾「い、いやほら。眼帯とかキャプテンっぽいとことかさ」
北上「基礎とはつまりそういう意味か」
木曾「刀という艦娘としては破格の近接武器型という特徴がだな」
北上「例えば球磨姉や多摩姉が語尾をとってもそれはそれで語尾がなくなった球磨姉や多摩姉としてキャラが立つけど木曾が眼帯や刀を取って女の子っぽくしてもお、おう…としか言えない感じというか」
木曾「妹をいじめて楽しいか?」
北上「木曾をいじめるのが楽しい」
ニヤッと口元が歪むのを感じる。
我ながら加虐趣味とは如何なものかと思うが。
鳥を捕まえては瀕死になるまで転がしてポイ、なんて記憶がある。
酷い話だ、なんて猫が思うわけもなく。
でも、だからなのか、人間で言うところのSな心が、加虐心が、私にはあった。
北上「でも木曾って嫌がらないよね」
木曾「これで嫌がってるように見えないなら上姉は根本的に問題がある」
北上「いやそれはそうだけどさ、本気で嫌がらないじゃん」
木曾「いやいや、もし愛すべき姉妹の愛さなきゃいけない姉に気を使って必死に我慢してたらどうすんのよ」
北上「それは考えなかった。よし、ならばこうだ」
木曾「え、いやいや待て、待て上姉!この流れで土下座はずるい!先手必勝にもほどが」
北上「にゃ~ん」
木曾「今なんと?」
北上「猫の真似」
木曾「…」
恥ずかしさと敗北感と、少し可愛いとか思ってそうな複雑な表情をしている。
猫=可愛い。人間にとって猫とは少し不思議な効果のあるものだと最近わかった。
北上「そう、だね。でもペットに対するような好きじゃない」
木曾「恋人とか?」
北上「憧れ、かなぁ。でも懐かしさかも知れないや」
木曾「ふ~ん。相変わらず上姉の考える事はよく分かんないな」
北上「誰だってそうじゃん。考えのわかる人なんていないよ、エスパー以外」
木曾「いや、そうじゃなくてさ。それは考えが読めないって話だろ?俺が言ってるのは読めないし想像出来ない、読めても理解できない。そういう意味だよ」
北上「…なんか傷つくな」
木曾「嘘つけ、上姉がそんな事気にするかよ」
北上「今しがた考えが読めないとか言った舌の根も乾かないうちに分かったふうな事を」
木曾「考えてる事は分からなくても、どんな人かは知ってるよ。姉妹だし」
北上「姉妹か~。ならしょうがない。どうにもしようがない」
抜き身の言葉。切り合いみたいな会話。
言いたい事を言い合える、飄々としたイケメン。そんな妹。
北上「思いの外きつい」
木曾「なら止めろよ…」
大井「北上さ~…」ガチャ
木曾「あ」
北上「にゃ」
大井「北上さん!!」
北上「大井っち」
大井「はい!!」
北上「お座り」
大井「はいぃ!!」
私の妹。なんだけど、みんなからは殆ど双子みたいな扱い。
私としてもそんな感じ。
でも、大井っちはどう思ってるんだろうか。
大井「もう1度先ほどのポーズを!何卒!」
木曾(土下座…)
北上「また今度~」
大井「後生ですから!」
北上「ダメなものはだ~め」
大井「くっ!」
木曾「いや俺を睨まれてもな…」
大井「お願いします北上さ~ん」
北上「そんなに抱きつかないでよ~。分かった分かった、今晩一緒の布団で寝たげるから」
大井「ホントですか!」
北上「約束ね」
小躍りを始める大井っち。
ちなみにこんなんでも私に変な事をしてきたりはしない。
今のところは。
パァン
北上「うわっ!?」ビクッ
球磨「うおっ」
木曾「なんの音だろうな」
多摩「わからんにゃ」
大井「北上さん!なんで私に抱きつかないんですか!」
北上「いや球磨姉の方が頑丈そうじゃん」
球磨「姉を盾にしようとするなクマ」
木曾「上姉は音に敏感だよな」
北上「つい癖でね」
球磨「猫みたいだクマ」
大井「雷も苦手ですものね」
木曾「猫みたいだな」
多摩「にゃ!?」
球磨(まただクマ)
北上(慣れてきた)
多摩「うにゃぁぁあああ゛あ゛あ゛!!!」
木曾「うるせえぇぇえええええ!!!」
大井「ふぅ」スッ
北上「どこ行くの?」
大井「ちょっと」
その後鎮守府での爆竹の使用が禁止になった。
北上「いや別に好きじゃない」
むしろ嫌いだ。
球磨「なら球磨が貰うクマ」
大井「ああ!ズルイです球磨姉さん!」
球磨「ふっふっふ、早い者勝ちだクマ」
木曾「かつお節くらいここにいっぱい置いてあるだろ」
多摩「美味しいけど臭いは嫌いにゃ」
かつお節。独特の匂いを放つ、まあ一応魚。
なぜ猫に?日本の猫は好きだったりするのか?
こんな臭いのモノを果たして本当に喜んで食べるものなのか?
多摩「それは他人に聞くものじゃないにゃ」
北上「それはそうなんだけどね」
大井「はい!北上さん!私北上さんです!」
北上「球磨姉は?」
球磨「ん~ステーキとかクマ。ミディアムがいいクマ」
北上「わお」
多摩「多摩はねぎトロd、猫まんまだにゃ!」
木曾「見たことないぞ猫まんまなんて。俺は、いちごパフェかな」
球磨(可愛い)
多摩(カワイイ)
北上(かわいい)
大井(北上さんカワイイ)
木曾「なんだその目は」
北上「雑食だし食べるには食べるでしょ。好みかはともかく」
昔は何食べてたっけな。
多摩「種類や地域によって差がありそうにゃ」
球磨「日本猫ならなんだろうクマ」
大井「銀〇スプーンとかじゃないですか?」
大井「え、なんですかその間は」
球磨「猫もジャンクフードの時代クマか」
多摩「時代だにゃ」
木曾「うまいと思わせるために作られてるしな」
北上「さもありなん」
多摩「ちなみに人が食べるとただの味の薄いツナ缶だにゃ」
「「「「えっ…」」」」
多摩「え?いや、食べてない。食べてないにゃ。聞いただけにゃ…引くにゃ!距離をとるにゃ!」
58.59.60.61.62
水の中からの眺めは実に新鮮なものだ。
猫は水が苦手だから。
ゆらゆらと揺れる光は私の眼に不思議な光景を見せる。
沈むとはこういうものなのだろうか。
まだ経験した事の無いそれに思いを馳せる。
75.76.77.78.7
あ、やばい。
息がもう
球磨「北上の負けクマ~」
木曾「おーい多摩姉~。勝ちだぞ勝ち」
多摩「ぷはっ。ふふふ、多摩に勝とうなんざ100年ゲホッ!…ゴフ…」
大井「ほら落ち着いてください。深呼吸深呼吸」
北上「ん~もちっと潜れるかと思ったけど、お湯だとなんか上手くいかないね」
木曾「海とは勝手が違うよな。なんでだろ」
球磨「バス〇マンのせいだクマ」
木曾「えぇ…」
お風呂での息止め大会。
球磨型最強は多摩姉ちゃんだった。
何故。
調べてみると、
耳に水が入ると死ぬ
毛が水を弾かないから
泳ぎに適した体じゃないから
水に溶けるから
遺伝子にトラウマがある
水甕に落ちると死ぬから
色々あったけどまあどれかが正解なのだろう。
だからこうして水の上を移動したりお風呂に入ったり潜ったりは、本当に新鮮なのだ。
球磨「多摩はよく息が持つクマ」
多摩「コツがいるんだにゃ」
木曾「相変わらず猫らしくない」
多摩「潜れる猫だっているにゃ!」
大井「開き直ることを覚えたんですね」
多摩「なんでみんな猫に関してはドライなんだにゃ…」
球磨「球磨はいいクマ。髪がめんどくさいクマ」
北上「球磨姉は髪長いもんね~、ん?」
大井「どうしたんですか?」
北上「耳がなんか変な感じする」
多摩「水入ったにゃ?」
北上「おお」
これが水が入るという感覚!
凄い!気持ち悪い!
木曾「片足ケンケンやったらどうだ?」
北上「何それ」
木曾「こう、片足で立って、ジャンプしながらうわっ!」
バシャン!
球磨「ドジっ子クマ」
多摩「生きてるにゃ?」
北上「これ危なくない?」
大井「ダメですよ、もし鼓膜とかに傷が入ったらどうするんですか!」
球磨「え、そんなに危ないクマ?」
大井「耳は繊細なんです。無闇に指を入れてはいけません」
球磨「うぅ、分かったクマ」
多摩「どっちが姉だかわからんにゃ」
木曾「脱衣所に綿棒あったはずだ」ザパッ
北上「体は洗ったしそうするかな」
大井「はっ!でしたら!」
北上「ん~いい感じ~」
鏡の前に座り、大井が後ろから綿棒で耳を掃除してくれてる。
やたらと上手い。何故か。
大井「はい終わりです。このまま髪も乾かしちゃいますね」
北上「うんお願い」
ドライヤーの音に一瞬ビクッとなる。
しかしこうして他人に髪を解かれるというのは、何だか毛繕いをされてる時を思い出して、まあ悪くない。
大井「結ぶのはいいんですよね」
北上「どうせ解くしね。その方が乾きやすいし」
大井「この後、またどこかへ?」
大井「…」
北上「着いてきちゃダメだよ」
大井「わっ、分かってますよーオホホ」
分かっててやる顔をしている。
まあ大井っちをまくのはそう難しくないからいいけど。
北上「ねえ大井っち」
大井「はい?」
北上「あ~、ありがとね」
大井「いえいえ」
一人でいたい、とはなんか言えない。
それは、北上じゃなくて私の意思だ。
それは、表に出すべきじゃない気がする。
女の心は猫の目のようにコロコロ変わる、とか。
猫の目がコロコロ変わってるという自覚は無かったが、調べてみると確かに変わってる。
暗くても見えていたのはそういう仕組みだったのか。
確かに怪しく光ってたな。
さてでは女の心とはどうだろうか。
朝。
規則正しい生活というのはなかなか面白いが、眠い時に寝れないのは如何なものか。
伸びを1回。
目を開ける。
大井「…」ジー
北上「…おはよう」
大井「おはようございます」
ニコッと満面の笑顔。
うん、まあいいか。
勿論私は用意してない。
大井っちだ。
私だからやってくれているのだろうが、しかし面白いのは私だけにやっているわけではない所だ。
多摩「おはよぅ」
大井「おはようございます」
語尾も付けないくらい寝起きの機嫌が悪い多摩姉にも着替えを渡してる。
木曾「んー、まあいいか」
大井「いいわけないでしょ。ほら貸しなさい」
木曾「ちょ、おい姉」
大井「ほらじっとする」
木曾「へいへい」
こうして妹の寝癖を直したり。
大井「スカーフならそこの机のとこにかかってますよ」
球磨「何故わかったクマ何故知ってるクマ」
大井「球磨姉さんの事くらい大体わかりますよ」
球磨「何か釈然としないクマ。でもありがとクマ」
私達の生活は、はっきり言って大井っち1人の存在で成り立っている。
大井「さあ、朝ご飯に行きましょう」
でも大井っちは、凄く嬉しそう。
大井「いただきます!」ムスッ
プンスカという効果音が聞こえてきそうなくらい怒ってらっしゃる。
北上「何かあったの?」ヒソヒソ
木曾「どうせ提督だろ」ヒソヒソ
球磨「午後の編成の件でもめたらしいクマ」ヒソヒソ
多摩「またかにゃ」ヒソヒソ
大井「何か」
「「「「いえ何も」」」」
空気を読めない奴が食堂に入ってきた。
この場合提督を責めるのは酷というものだが。
提督「♪~…げっ」
うわ反応しやがったぞ。
スルーしときゃいいのに。
大井「げっ、とはなんですかげっとは。それが大切な部下に対する態度ですか」
提督「上官の命令に背くばかりか暴力まで振るうようなやつがよく言うぜ。大切にして欲しければまず敬う心をだな」
大井「なによ」
提督「なんだよ」
多摩「鶏が先か卵が先かにゃ」
球磨「元気なのはいい事だクマ」
木曾「この情熱ほかの事に向けてくれねぇかな」
大井「望むところよ!」
北上「ごっそさん」
ちなみに2人はこの後提督室でボードゲームにて決着をつける気だ。
いつもの流れで。
さらに言うと将棋は提督が勝ってオセロで大井っちが勝つ。
チェスは見事に五分五分らしい。
北上「仲いいじゃん」
球磨「仲いいんだクマ」
多摩「言うとまた喧嘩が長引くにゃ」
木曾「そっとしとけ、ほっとけ」
大井「じゃ~ん!今日の戦利品です」
北上「おおこれは伝説の秘宝間宮券!」
大井「大魔王テイトークとの死闘の末勝ち取りました」
北上「これは祝わにゃなるまいよ」
大井「それでは」
北上「間宮っちゃいますか?」
大井「やっちゃいましょう!」
チケットを高々と掲げ満面の笑みの大井っち。
さ~て嬉しいのはチケットなのか勝利なのか、はたまた。
大井「まさか、北上さん以上の相手なんていませんよ」
一つのパフェを2人で向かい合って食べる。
こういうのは彼氏彼女でやるものだという事はしっかり知っている。
北上「提督とは?」
大井「誰があんな人。敵ですよ敵。深海棲艦なんかよりよっぽど」
北上「それは怖い」
大井「私は北上さんが居れば十分です。提督はいりません。というか邪魔です」
満面の笑みで怖いことを言う。
大井「北上さん、この後は?」
北上「読書タイム。そろそろ借りた本が溜まってきてね~」
大井「そうですか…」
少し落ち込む大井っち。
読書タイムは流石に大井っちも自分が邪魔になると分かっている。
なんだかんだで私の事を一番に考えてくれている。
なんだか悪い気もしちゃうんだけどさ。
大井「では戦利品を提督に見せつけてやりますか」
さっきスマホで撮ったパフェの写真の事だろう。
大井「それではまた」
北上「うん、じゃね~」
悪~い顔をして提督室へ向かう大井っち。
北上「やれやれ」
猫の目も、あそこまでコロコロは変わるまいよ。
ウミネコを知ってるだろうか。
私も一応知ってはいる。
鳥だ。
ではウミネコと言われてまず何が思い浮かぶか。
私はカモメだった。
実際調べてみてもカモメとウミネコの違いなんてよく分からない。
知らない。
そんなもんだろう。
いやどうだろう。偏見だろうか。
アンケートでも取ろうか?
いやしかし鎮守府なんていう極まりきった偏りきった空間でそんな事しても意味はないか。
さて、私はウミネコに会ったことがない。
いや正確には船の私は見た事ぐらいあるのかもしれないけど、それをウミネコと認識していない以上会ったことないも同然だ。
だからこれは、私が初めてウミネコに会ったという話だ。
例の屋根上。
遅めのお風呂の後、髪を乾かしに来てみた。
少しづつ暖かくなっていくこの時期の夜風は中々のものだ。
時刻はどこぞの軽巡の夜戦時報が一通り騒いで取り押さえられた頃。
北上「夜にテンション上がるのは分からなくもないんだけど」
猫のせいなのかな。それとも猫の記憶のせいで意味もなく夜行性と勘違いを起こしているのか、はてさて。
北上「おや、提督」
やけにはしごを登るのに苦労してる。
北上「あ~お酒か」
提督「そゆこと。飲むか?」
北上「うっわ未成年に飲酒を勧めてきたよこの人」
提督「それは人間の法律だよ。つか既に何度か飲んでたろ」
北上「いや、実はまだ飲んでないんだ。これはマジで」
提督「そうなのか」
北上「飲んでるふりはしてたけど」
飲まなきゃいけないような雰囲気があったので。
とはいえアルコールのあの妙な匂いがする飲み物をわざわざ口にしようとは思わなかった。
猫のカンってやつ。
北上「それはー、ビール?」
提督「チューハイ、殆どジュースだよ」
北上「えぇ…こういう時提督って一升瓶に入った高そうなお酒飲むものじゃないの?お酒とかよく知らないけどさ」
提督「ばっかおめえ高いってマジで高いんだぞ。それに俺にとって酒はただの娯楽だ。安物でいーの」
北上「なるほどねえ。じゃいただきっ」
提督「あっおい!」
缶の蓋を開ける。
提督の頑張りのおかげで吹き出すことは無かった。
北上「んっ……ん?ん~」
提督「ごかんそーは?」
北上「これホントにお酒?」
提督「言ったろ、ジュースだよこんなん」
今の私の舌ではアルコール数パーセントの差は分からないらしい。
特に面白味もなかったので提督に缶を返す。
提督「お、おう…」
北上「なに、その微妙な反応」
提督「いやだって、なあ?」
北上「だからなんなのさ」
提督「ほら、他人が口つけたのって気になったりしない?」
北上「あー雑菌とかか。提督そんなに気にするタイプだったっけ」
提督「んな汚ねえ話じゃなくて。だぁからぁ、間接キスだよ間接キス」
北上「かん、え?何て?」
提督「え?」
提督「マジで知らねぇのか」
北上「いやいやホントに勉強不足だったよ」
提督「別に知る必要があるかと聞かれたら皆無なんだけどな」
北上「でもそれって気になるものなの?鎮守府だけでもゆうに百を超える艦娘と提督が同じ食器とか使ってるじゃん」
提督「それはほら、洗ってるからセーフ」
北上「やっぱ雑菌か」
提督「そういう言われるとなんかな…」
提督「そうなるな」
北上「例えばそれを持ち帰って一時間後くらいに飲んだら間接キス?」
提督「ん~、間接キスか否かと聞かれたら間接キスだが。少し微妙になるな」
北上「つまり異性が触れたという認識は洗えば消えるし時間で薄れると」
提督「やめろよ…夢がなくなるような言い方」
北上「あれ?いいの~間接キスだよ~?」
提督「うっせ、んな気分じゃなくなったよ」
北上「でも意外。こんなとんでも男女比率の中でそんなこと気にしてるなんて」
提督「だからこそだよ。俺は上司でお前らは部下だ。それにお前らは兵士で、兵器だ」
北上「ありゃりゃ、結構ドライだね」
提督「迷いどころなんだけどな。ケッコンなんてのもあるし」
北上「まぁどころっこしいな~。そんなんだから童貞なんだよ」
提督「ブハッ!」
チューハイは宙に撒かれて消えていった。
下に誰もいないといいけど…
北上「誰か相手とかいないの?狙ってる人とか」
提督「ズバズバ聞いてくのな。いねえよそんなの」
北上「え~いるじゃん大井っちとか」
提督「ブッ…ゴホッゲホッ」
吹き出ーさなかった。でも咳き込んだ
北上「でも仲良いじゃん」
提督「男同志なら友情が芽生えそうなくらいいがみ合ってるのにか?」
北上「なら男女だと愛情が芽生えるかもよ?」
提督「人の事無能呼ばわりするし容赦なく殴る蹴るの暴行を加えてくる女だぞ」
北上「それについては聞いたよ」
提督「誰から」
北上「みんなから」
提督「…なんて」
北上「ツンデレ」
提督「忘れろ」
北上「そこはまあ、同意かな」
提督「第一俺に惚れてるって前提がおかしいだろ」
北上「そお?」
提督「特に身長も高くないしイケメンでもないし目立った成績も尖った功績もないし、技量も度量もなくて…女にも、慣れてないし、未だに、遠征も間違える、ダメ、提督、だし…」
北上「こらこらこら落ち込まない、自分で自分を傷つけない」
提督「グスン」
北上「大の大人がみっともないな~。そりゃ凄いところは無いかもだけど、特段ダメな所もないじゃん。大丈夫だよ!」
背中をバシバシと叩いてみる。
本で読んだ行為だがしかしなんで叩くのだろうか。
提督「慰め方下手くそか」
北上「私?」
提督「お前ら仲いいじゃん」
北上「仲はそりゃあいいんだろうけど、え?何、大井っちの好みとか教えて欲しいの?」
提督「そうじゃなくて、その、女同士で~とか」
北上「女同士じゃダメじゃん」
提督「ほら、百合とかレズ的な?」
北上「花?」
提督「あり?」
北上「え?」
提督「なんな汚してはいけないものを汚してしまった気がする」
北上「余計な知識なんてないよ。余計なのは知識に善し悪しを付ける価値観の方さ」
提督「お、おう」
北上「でもなるほどね。確かにそう考えると大井っちの行動は理解出来ないもないかな」
提督「やっぱそうなのか」
北上「さあね。本人に聞かない限りそうかもってだけだよ」
提督「そりゃそうか」
北上「いいの?まだ残ってるけど」
提督「空き缶だけ渡すとか酷すぎだろ。なんか飲む気分じゃなくなったからな」
北上「あちゃ、悪いことしちゃったかな」
提督「逆だよ逆。いい気分になったから酒はいらんさ」
北上「そお?なら遠慮なく」ゴクッ
甘い。
提督「お前は気にしないのな」
北上「間接キス?まあ特にはね。なんなら普通のキスしちゃう?」
提督「っ…遠慮しとくよ。なんか怖いしな」
北上「え~とって食いやしないよ」
北上「自分が変だとは思ってるんだ」
提督「多少はな」
あれ、しかし今の言い方だと。
北上「ここって私たち以外にも誰か来るの?」
提督「ああ、と言っても俺も最近知ったんだが」
ドクン、と心臓がなったのを感じた。
北上「誰が、来るの?」
提督「昼過ぎにそこのはしごを降りてるのを見ちまってな。なんでも飯食った後にここによく来てるんだと」
動悸が激しくなってるのは多分お酒のせいじゃない。
提督「谷風。面識はあるか?」
もしかして、という期待を、私は抑えられなかった。
だから次の日すぐに行動した。
北上「ホントにいた」
谷風「ん?あぁキミか。思っより早かったね。いやホントにね」
北上「こんな真昼間からなんでここに?流石にそろそろ熱い季節だよ」
谷風「空が近いじゃないか。それに皆を見下ろせる」
北上「えぇ、そんな理由?」
谷風「冗談だよ、半分ね。さて初対面ってわけじゃないけど、一応言っておこう。初めまして、谷風さんだよ、よろしくね」
北上「…北上」
谷風「うんうん。よろしくね、北上さん」
握手を、した。
北上「…」
高いところ。やはりコイツも猫か?
谷風「別にスカートの中を覗かれることに抵抗がないわけじゃないんだけどね。まあこんなところを見る人もいまいよ」
特にそんな感じはしないけど。いや私だってパッと見は普通だけどね。
谷風「しかしこんな格好で毎日戦場に赴けば妙な思考を植え付けられても不思議じゃないよね。初めて被弾した時なんかこれはもういっそ下着だけでいいと思ったよ」
しかし何ていうか、この娘、
谷風「全部含めて艤装だし仕方ないんだけどね。それで言ったら一番可愛そうなのは提督になるのかねえ。心配で駆け付けたら目に映るのは露出した太股、お尻、お腹に、胸。お互い辛いもんだよ。誰が考えたんだかね。神様かな?なら納得だけど」
…よく、いや非常に、あまりに非常識になレベルで喋る。
北上「それは、今話す事?」
北上「え!?なんで!」
谷風「よしよし、合ってたみたいでホットしたよ。もっとも間違ってたところで何が変わるわけじゃないのだけどね。誤魔化すのは簡単だし」
北上「気づいてたんだ」
谷風「そりゃそうだ。だからキミがここに来るように仕向けたんじゃないか」
北上「仕向けた?」
思わず構える。
仲間に出会えたのは嬉しいが、これは少しばかり予想外だ。
谷風「ここで大事なのはキミは来るか来ないか選べるってとこさ。もし記憶があるならきっと来る。なければ来ないだけだし」
北上「私に記憶が混じってるのを知ってたんじゃないの?」
谷風「確証はなかった。確信はあったけどね。だから待つつもりだったんだここで。最低1ヶ月は待つつもりだったかな。提督が話すか、いつ話すかは運任せだし」
北上「さっきの早かった、はそういう意味か」
谷風「そういう意味さ。まあ来てくれてよかったよ。キミの言う通りここは熱いからね」
北上「高いところが好きってのも私の反応を見るための嘘って事ね」
谷風「ん~まあそれもあるかな。好きなのは本当さ」
北上「ご、ごじゅう?」
谷風「そう。だから色々知ってるし顔も利く。だから監視してるんだ。自分と同じ艦娘がいつか合われるんじゃないかって」
北上「猫ってのも人に聞いたわけだ」
谷風「うん。実験もしたけどね。爆竹流行らせて反応見たり色々。猫の反応だったよ」
北上「あれ意図的だったんだ。手の込んだことで」
谷風「人にはバレない方がいいからね。なんとなくだけど。回りくどいのもそのためさ」
北上「でももし私が来なかったらどうするつもりだったの」
谷風「記憶があった上で来なかったら、それはそういう意味だと理解して今後関わるつもりはなかったよ」
北上「へえ、優しいんだね」
谷風「気持ちは分からなくもないからね。こんな記憶忘れて、ただの艦娘として生きた方が楽ではあるんだろうしさ」
谷風「知る限りは。これまでも怪しい艦娘にはアプローチをかけてたけど来たのはキミだけ。だから認識上この鎮守府には私達しかいないと思っていいかな」
北上「そっか、残念。ってわけでもないのかな」
谷風「そうだね」
北上「でも、なんでそんなに必死に探してたのさ」
谷風「そんなの当たり前だろ?独りぼっちは寂しいんだ」
北上「それは、まあそうねえ」
谷風「秘密ってのは2人以上で抱えて初めて面白いものになるんだよ。1人じゃ負担にしかならないのさ。もっとも誰かに話すとその時点で戸が建てられなくなるんだけど、
とこんな話は今はいいか。ともかく私は話し相手が欲しいのさ」
北上「…お喋りが好きってわけだ」
長い。話がさっきから長い。
私とのセリフ量に差がありすぎる。
しかも途中に呼吸を入れずに一気に話すもんだからついていくのも大変だ。
でも普段は抑えてるんだ。谷風ってのは別にそうお喋りなキャラじゃないからね。それ自体は別に構わないしむしろ谷風という自由なキャラは中々気に入ってんるんだ。人間関係の構築という点でも大いに役立つ。
さて私、つまり谷風でもなく海猫でもない今の私がこうなったのはまさにその海猫の部分が原因なのさ。視点がズレたと言うべきなのかなあ。そのせいか一つのことに対して思うところが次々と湧いてくるようになっちゃってね。こうして「ウェイト!」ん?」
北上「え、今なんつった」
谷風「今?」
北上「う、うみねこ?」
谷風「そうだよ」
北上「猫じゃないの?」
谷風「そんな事は言ってないはずだけど」
北上「えぇ…」
そして悩んだ。
そりゃそうだよね?何故に鳥ってね。徐々に翼やくちばしの感覚を思い出していった。
すると面白いものでね。価値観が大きく変わった。さっきも言ったけど、そうだね、当たり前が当たり前じゃなくなるって感じかな。
それがいい事かはともかく、周りとズレているというのはしかし想像以上に辛いものでね。悩みの種というわけだ。話し相手が欲しいというのはそういう事さ」
少しセリフの長さを抑えろと言った矢先にコレだ。諦めよう。
谷風「そゆこと。悩み事は共有した方が気が楽だろ?」
北上「同感」
谷風「さてと。ならこんな暑っ苦しい所にとどまる理由はないね。次からは夜にしよう。そうだね…毎週火曜と金曜に私はここに来るよ。キミも会いたければ来るといい」
北上「りょーかい。それ以外であった時はどうする?一応秘密なんでしょ」
谷風「そこは、ん~。キミに任せるよ。それじゃね」
北上「え~、ちょっと」
タッタッタッと振り向きもせずハシゴに駆けていく。
一瞬飛ぶのかと思ったが普通に降りていった。
さて、
北上「面白いことになっちゃったな」
ついにやけてしまう。
なんだかいい気分なのでニャーと言ってみた。
イギリスのことわざ。
しかし好奇心とは大切なものだ。
それこそ、命を懸けてもいいくらいに。
やりすぎると馬に蹴られるかもしれないけどさ。
北上「うえ~?」
工房。
近代化改修と点検の真っ最中。
北上「なに、つんでれって」
夕張「あれ?知らない?本読むって言うから知ってるものかと」
読書家なら知ってるような単語なのか。
皆目見当がつかない。
永久凍土の上にある雨の少ない土地の知り合いかなにかかと思ったが。
美味しいお米の炊き方かよ。
夕張「今は天邪鬼って意味に使われる事が多いかな」
天邪鬼。それならわかる。
北上「あ~確かに、うん。ツンデレだ大井っちは」
夕張「鎮守府の皆そう思ってるよ多分。絶対に言わないけどさ」
北上「鬼とはよく言ったもんだよね」
夕張「あはは、確かにそうね」
なんて喋りながらも作業スピードが一向に落ちない。プロや…
北上「ん~まあそうだよねえ」
夕張「やっぱ提督<北上さんなのかな~。せめてイコールを入れたいわね」
北上「難しい話だよ。私達は特に、命がかかってるしね。どちらもとはいかないし」
夕張「ケッコンの話もあるもんね。提督もあまり私達を異性として意識しないようにはしてるみたいだけど、そうも言ってられないんじゃないかな」
北上「命短し恋せよ乙女、って?」
夕張「寿命で言えば提督の方が短いけどね」
北上「戦場だもの、私達の方がきっと、短いよ」
北上「ん、ありがとね」
夕張「そうそう、最初の話に戻るけどさ。北上さん本読むのよね」
北上「まあそれなりに」
夕張「ツンデレをより理解してもらうために、私の秘蔵のコレクションを貸そうじゃないか!」
北上「お、おう」
目がキラキラしてる。
デジャヴ?
日向さんの時と同じだこれ。
夕張「さあさあ着いてきたまえ~」
大井「あら北上さん、改修は無事ああーーーー!!」
北上「うわっ、何何どうしたの大井っち!」
大井「き、北上さんが、エッチな本を!?」
北上「えっち?」
エ口、18禁、性的表現。
手に持ったらいとのべるとやらの表紙絵と夕張の言葉を思い出す。
「どんな本もジャンルもまず読む事よ!好き嫌いは構わないけど偏見はダメ」
無茶を言う。
北上「いやでも昔の本とか性的表現ガバガバだし表紙に裸体とかザラだし」
大井「うっ…」
北上「というか私らの格好も大概、それ以上じゃん」
大井「グハッ」
WIN!
北上「なんかごめん」
大井「お気になさらず…」
どうしよう、何か触れてはいけないことに触れてしまった気が。
北上「大井っちは服破けるのいやなの?」
大井「それは誰だってそうでしょう!」
そうかな、そうかも。
いや普通はそうだけど。
北上「慣れるしかないじゃん」
大井「でも、北上さんの、北上さんのあられもない姿があの唐変木に見られるかと思うと…」
唐変木。提督の事か。
北上「私の姿、ねえ」
とりあえず1冊目を開く。
知識を得られる、
見聞が広がる、
語彙力が上がる、
エトセトラ
でも一番に好きな部分は、他人の価値観を得られることだ。
色々な作者の、そして作者の様々な価値観がそこには登場人物として描かれる。
それらを読み、理解したり、出来なかったり、そうして自分の中に蓄積していく。
それがいい事かどうかは賛否両論ありそうだが、猫なんてぶっ飛んだ価値観が混じってる私には今更だ。
夕張「ありゃ、ダメだった?」
北上「面白かったけど、そのね、大井っちを見る目が、変わりました…」
夕張「ほ、ほら!フィクション!フィクションだから!」
北上「小説より奇なりが現実だよ…」
私がそれを証明してる。
夕張「でも百合は少し理解出来たでしょ。まだまだ序の口よこれでも」
北上「マジかぁ」
愛の種類というのはこれほどまでに多彩に、深く広がっているのか。
私にはまだ早いようだ。
私は賢いので、好奇心を少し抑えることにした。
数。それは圧倒的な力の差をも覆す。
一つ一つは弱くても、膨大な数が集まるととてつもない強さへと変わる。
生き物は知っている。
本能的に。
数の暴力を。
北上「でさ、助けてくれない?」ヒソヒソ
谷風「私も涼みに来たくちだからねえ。そいつぁ無理かな」ヒソヒソ
日に日に熱くなる。そんな季節。
私は、
駆逐艦たちに襲われていた。
北上「似たようなもんでしょ」
谷風「見解の相違だね」
北上「なんでコイツら私の所に寄ってくるのさ」
谷風「君のいる所は涼しいからね」
北上「私がいる所が涼しいんじゃないよ。涼しい所に私が来てるだけ」
谷風「いかにも猫って感じじゃあないか」
夕立「…ポイ~」スヤスヤ
谷風「あまり喋ると起こしちゃうかな」
北上「起こしたいからいいよ」
この時期いい感じに風が吹き込む日陰を見つけたのでここで読書と洒落込むつもりだったんだけど。
最初は遠征帰りの六駆。今は私の向かい側で壁を背に座って寝てる。
真ん中が響で皆そこにもたれかかる形になっている。誰が姉だか分かりゃしない。
次に工房から出てきた夕立と神風。
神風も本が好きらしく、最初は私の横に座って本を除いていたがライトノベルは合わなかったのか、そのまま眠ってしまった。寝るなよ…長い髪が少しこそばゆい。
夕立。こいつはもうストレートに寝た。横に座る神風を見て「私も!」と言って座って、「ここ涼しいっぽい」と言った次の瞬間には寝てた。のび太か。
こうも両手を固められちゃ本を読むのも一苦労だ。
北上「工房からあち゛~って出てきて倒れ込んだっきりだよ」
タンクトップにホットパンツほぼ下着みたいな姿で倒れ込んでるのは夕張。鎮守府内のエアコンゾーンまで行く気力は無かったらしい。
谷風「確かにここは涼しいね。妙に風が吹くし」
北上「海からの風がここを通るみたいなんだ。この時間なら日も当たらないし」
浦風「な~にしとるんじゃこんな所で」
谷風「あれ、浦風。工房に用かい?」
浦風「そうやったけど、今は無理みたいじゃね」
夕張「」
返事が無い、ただの屍のようだ。
谷風「そりゃもちろん、おや?」
スッーと、少し強めの海風が吹き抜ける。
うわ神風の髪が。この子髪の毛サラッサラだな。同じく髪の長い球磨姉なんか結構くせっ毛なのに。
谷風「まあ、こういうことさ」
浦風「なるほどね。確かに、いい風じゃぁ」
北上「言っとくけど私の所はもう定員オーバーだよ」
当然のように膝枕に寝てる谷風を見下ろす。
谷風「そうかい?頑張れば2人は寝れそうじゃないか」
北上「それは私の負荷を考慮してないよね」
浦風「じゃあ谷風を枕にしようかねえ」
谷風「いいねえ。日が沈む頃には廊下に列ができそうじゃないか」
北上「いいわけないでしょ…」
北上「艦娘、というか船の名前は海にちなんだものが多いよね。当たり前だけど」
谷風「海風なんてそのまんまだしね。でも私は谷だよ谷。海でも割れってのかねえ」
モーゼかよ。
浦風「そこら辺はもうただの風繋がりやろうね。他は、潮に波に、雲かいな」
谷風「月と雪」
北上「後は気象現象?とか」
谷風「ところで不知火ってどういう意味なのかね」
浦風「知らぬいってね」
北上「冷えるね」
谷風「涼しいなあ」
浦風「ちょっと」
谷風「ほらほら起きちゃうから静かに」
浦風「ほんにいい風じゃ…」
谷風「面白い話だよね。私達がこうして陸で風を感じているなんて」
浦風「ウチらは必要だから造られた。ウチは求められたからここにおる。次は、空かもしれんね」
次、か。
北上「空ねえ。空ってどんなところだろうね。ねえ谷風」
谷風「…空もなかなか大変なところだよ。鳥は、自由に飛んでいるわけじゃないんだ」
浦風「あら、随分知ったふうに言うんやね」
谷風「そうかい?」
北上「そうだよ」
北上「あ~いいよいいよ。それより私じゃなくて夕立何とかしてくんない?」
神風「…もしかして私達ずっと?」
北上「神風の髪の毛サラサラで気持ちよかったよ」
神風の顔が服の色と同じになる。
北上「ほら、谷風も起きる」
谷風「ぶぇ~、もう疲れたってのかい?なっさけないなぁ」
北上「寝転がってるだけのくせに。よっと」
夕立を神風に任せて立ち上がる。
北上「うわっと」
浦風「ほれ」ガシッ
北上「はは、悪いね。足腰がガチガチだよ。私も歳かねぇ」
浦風「何言うとるんじゃ。一番の新米じゃろうに」
北上「谷風はそっち」
谷風「ああ、響型か」
浦風「暁じゃ」
谷風「爆竹やったらどうなるかな」
北上「まだ持ってたんだ…」
神風「谷風」
谷風「ん?」
神風「お願い」
夕立「スピー…」
谷風「あぁ…」
北上「じゃあ」
浦風「ウチらは退散やね」
浦風「この分だと、暑い日は毎度寄ってこられそうやね」
北上「はぁ…駆逐艦ウザイ」
浦風「でもさっきの、まるで親猫と子猫みたいに見えとったよ」
北上「親猫って、それは」
小さな破裂音、と悲鳴。
浦風「ホントにやったみたいじゃね」
北上「まあやるでしょうよ」
提督「おい、なんだ今の音は」
北上「うわっ!」
浦風「提督さん!」
座り込んでる提督と、
提督にもたれ掛かって寝てる大井っちだった。
北上「親猫はこっち。私らは姉妹でしょ」
浦風「ん~それもそうやね」
提督「何の話だ」
北上「そっちこそ、それは一体どういう状況?」
北上「見守ってたんだ…」
提督「見てはいないけどな。ここで言い合いしてるうちに寝やがったからな」
浦風「なるほどね~。こりゃお邪魔じゃったみたいやのう」
北上「さっさと退散しますかね~」
提督「あっおい!ちょ、ちょっとまって~」ヒソヒソ
浦風「父猫と、母猫になるかもしれんよ」
北上「それは悪くない。でも提督モテモテだしなあ」
泥棒猫が、はたして何匹いることやらね。
と言ってピンとくる人はあまりいないかな。
能ある鷹は爪を隠す、のほうが一般的だし。
何故鷹の方が有名なのか。
そりゃまあ強いし、カッコイイしね。
谷風「そりゃ後者だね。絶対的な基準がない以上は、外見と中身の差がプラスに大きい方がいいだろうさ」
北上「人間の方が上?」
谷風「一般論さ」
北上「私も逆だったらなあ」
谷風「キミは別じゃないか。確かに猫だけど、人間でもある。中身がね。猫だけならこうしてお喋りだって出来ないじゃないか」
北上「それもそうか」
谷風「もっと視野を広く持たなきゃ。文字通り上から目線になってしまうけど」
北上「そうだったね、海猫さん」
月明かりの屋根上。
谷風はチェシャ猫のように笑う。
谷風「それはダメだよ。着地のことも考えなきゃ。いずれどこか終着点を見つけるために飛んでるんだから。変に高く飛んでも見えにくいだけさ」
北上「雲の上くらい?」
谷風「雲の上から見てるのは神様くらいさ。私達はそこまで高く飛ぶ必要は無い。雲のある空は、私達が飛んでる空より高いところにあるんだ」
北上「含蓄ある言葉だなあ」
谷風「実体験だからね」
谷風「何処とは?」
北上「飛んでるって言うなら、どこを目指してるの?」
谷風「…目指してなんかいないよ。偉そうに言っといてなんだけど」
北上「目指してない?」
谷風「私はキミを見つけるために積極的に行動した。これまでもそうだし、これからもそうするだろう。でもそれはどこまでも見つめるため、飛び続ける為であって、着地点はない。
キミもこう思ったはずだ。こうして記憶があるのには意味がある。
世の中にそんなに必然性を求めるには、夢見る少女を名乗るには少々歳を取りすぎてる気もするけど、悪い考えじゃないさ。
でもだから怖いんだ。
もしかしたら意味が、目的があるのかもしれない。でもそれを見つけて、それが終わったらどうなるかな。
ここでの楽しい暮らしが、輝ける日々が、こうしてキミと話す時間が、空を飛んでいた時の記憶も、海を駆け回る今も、消えてしまうかもしれないじゃないか。
海面を歩けるガラスの靴は、鐘がなったら消えてしまうのさ。
なんの合図かは知らないけどね」
北上「…相変わらずよく喋るね」
例えばキミがここに留まるなら私は大歓迎だよ。話し相手が欲しかったと言ったろ?
でももし君が、何かを目指すと言って、どこかへ向かうなら、私は全力で応援する。協力する。そして、見届ける。
私はその為にここにいる」
北上「白雪姫か…白猫の私にはピッタリかもね」
谷風「ガラスの靴はシンデレラだよ」
北上「ありゃ、そうだっけ」
谷風「どちらにせよキミにピッタリさ」
北上「なんで?」
谷風「へへっ。猫灰まみれ、って事さ、お姫様」
スッと立ち上がり、手を伸ばしてくる。
でも
北上「いいよ。今はまだ、ここにいるから」
谷風「ならこの手はしっかりとっておこう」
北上「お願いね」
手も爪も、まだ隠しておかなきゃ。
猫。ネコ目ネコ科の動物。
人間はやたらと分類するのが好きだ。
球磨。じゃない熊。ネコ目クマ科。
えネコなの?マジか。マジだ。
まあ種を明かすとネコ目の意味が違うのだが。
しかし暇だ。そして暑い。涼みたい。
こんな時は愛する姉妹達の力を借りよう。
北上「あー、あ、雨だね」
大井「ね、ね~、嫌になっちゃいます」
木曾「それは流石に無理y「す!」はいはい、すー、すっかり梅雨だな」
多摩「なんだか今年は妙な雨ばかり降るにゃ」
球磨「や、や?やっぱり地球温暖化が関係してるクマ?」
大井「よもや四季が崩れる日が来るとは思いませんでした」
木曾「例えば梅雨が消えたら」
多摩「ラッキーだにゃ。ジメジメが無くなるにゃ」
球磨「ゃ…やーそもそも梅雨は指揮じゃないクマ」
大井「どうも夏とセットで四季の中にうまいこと入り込ん出るように思います」
木曾「すっかり騙されたぜ」
多摩「絶対いらないにゃ。夏でいいにゃ」
球磨「やっかいな時期クマ」
大井「大気がずっと不安定ですからね。ゲリラ豪雨ばかり」
木曾「理解不能なレベルだよな。最近の異常気象は」
多摩「破壊の限りを尽くしてるにゃ。洪水はいやにゃ」
球磨「…やめて欲しいもんだクマ」
大井「がー、ガッカリですね。来年はどうなることやら」
木曾「落雷は勘弁だ」
多摩「だからと言って降るなとも言えんにゃ」
球磨「やはり梅雨は必要だ」
球磨「あっ」
北上「ダムの所にだけ降るとかできたらいいよね」
大井「念力で動かすとか」
木曾「科学の力を信頼してやれよ…」
多摩「妖精頼りの私達が言えるセリフじゃないにゃ」
球磨「や、や~しかしよく降る、クマ」
北上「またそれ?」
球磨「マ」
北上「はいはい」
大井「いい加減太陽がみたいですよね」
木曾「ネットリとした暑さが戻ってくるぞ」
多摩「そいつが日本の夏だにゃ。諦めるにゃ」
球磨「やだクマ認めたくないクマ」
大井「はい。できればエアコンを入れたいところですが」
木曾「簡単に言うなよ。電気代も大変らしいし」
多摩「しかし今の日本の気候を考えたら夏に入ってからじゃないとダメってのは改める必要があるにゃ」
球磨「……」
多摩「にゃ」
球磨「やはり球磨もそう思うクマ。この暑さには何か対策が必要クマ」
大井「身体を冷やす以外にもなにか無いでしょうか」
木曾「辛いもの食べるってのはどうだろう」
多摩「うんにゃ、それは夏バテ防止にゃ。これはまた別の問題にゃ」
球磨「…ヤケクソクマ。裸になれば涼しくなるクマ」
大井「賛成です!」
北上「大井っち」
大井「はい」
大井「流石にそれは」
木曾「分かった。着替えの不足か」
多摩「掛け布団なんかも最近干せてないにゃ」
球磨「厄介な問題クマ」
大井「よく考えたら着替えの不足って深刻な問題ですよね」
木曾「寝て起きたら着替えがない、なんて事になる」
多摩「る!…ぅ……」
球磨「さーん、にーい、いーち」
多摩「類例がない以上何が起こっても不思議じゃないにゃあ!」
球磨「チィッ!」
多摩「にゃは」
木曾「あそこだけ熱いな」
大井「これ以上熱くされても困るのだけれど」
北上「私も大概辛いんだけどねえ」
北上「まだ不明だけどさ、着替え乾かなかったらホントに下着で過ごすハメになるよ」
大井「良い事ですよ」
木曾「良くはねぇだろ流石に」
多摩「にゃ」
球磨「え?」
多摩「にゃ」
球磨「いやダメだろ」
球磨「うんもハイもダメだクマ!にゃーなんて言語道断だクマ!」
多摩「そっちだってクマクマ言ってるクマ!」
球磨「クマはなんかこう丸い感じだからセーフだにゃ!や より ま の方が優しいからセーフだにゃ!たまに取れるからセーフだクマァ!」
大井「やはり自覚はあったんですか」
木曾「確信犯かよ。しかも色々混じってるよ」
北上「よく言うよ。 ま もそれなりに苦労するんだけどね」
球磨「そっちこそたいして猫っぽさも無いくせににゃーにゃーうるせークマ!」
北上「ねぇ、なんかヒートアップしてきた」
木曾「体感だが、心なしか部屋の温度も上がってるような…」
大井「なんとかしないと、とは言え有効な手段が思い当たりませんね」
多摩「にぁあ!」
ジリリリリリリチンッ
タイムアップのベルを止める。
北上「ハイおしまい」
大井「2人の奢りという事で」
木曾「バニラ、チョコ、ストロベリーで」
球多「「あ」」
多摩「いやいや3人も普通に喋ったにゃ。ノ、ノーカンにゃ!」
球磨「つい熱くなったことは謝るクマ。でもこれはもうひと勝負すべきクマ!」
北上「いやウチら続けてたしね」
大井「暑いので早く買ってきてください」
木曾「やっぱ俺は練乳で」
球磨「クマァァァァ!!」ダッ
多摩「うにゃぁぁぁぁ!!」ダッ
しりとりが、その後禁止になった。
北上「暑いねぇ」
大井「ええ、ホントに…」
季節は夏、と言うには少し早いけど日本の暑いとは国外のそれとは違った意味合いを持つ。
この湿度。
温度自体は30度にも届かないというのにまとわりつくように、締め付けるようにジワジワと体感温度を上げるコヤツが原因だ。
戦争ということもあって環境問題なんか二の次三の次。結果地球温暖化とやらが進んでるのも問題だ。
戦争さえなければこんなに暑くなかったというのに。え、そんなことない?またまた~。
冷たい水を浴びてキラキラと輝く花たちがなんとも風流だ。
いいなあ涼しそうで。まあ彼らにも彼らなりの苦労があるのだろうけど。
北上「でなんで私達が花壇の手入れを」
大井「暇ですからね、私達」
その通りなんだけどさ。
北上「このままじゃ私達の方が枯れちゃうよ~」
真上から降り注ぐ容赦のない太陽光線は急降下爆撃のそれとなんら変わらない脅威だ。
艤装を纏えば温度は緩和されるが黙ってるだけで燃料を消費するのでダメと言われた。
大井「ええ、残念ながら」
心の底から残念そうだ。
北上「んじゃ後は私に任せてよ。テキトーにやっとくから」
大井「休憩はしっかり取ってくださいね!あと水分も!塩分は取ればいいというものではありませんから。少しでも身体に異変を感じたら」
北上「あーはいはい大丈夫だから」
過保護な妹をなんとか送り出して花壇には向き直る。
私より大井っちの方が心配だよ。心労で倒れそうで。
花壇にはそれぞれ名前の入ったプレートが刺さってる。
なんでも各々好きな花を植えたとか。実際生えてる葉はバラバラ、既に蕾のあるものや、なんか蔦がわらわら出てきてるものもある。
北上「こんな一緒くたに植えてどうするよ」
夏休みの自由研究って感じがする。
北上「これが全部アサガオなら良かったんだけどさ」
まあいい。とりあえず適当に水を。
ん?この花は。
北上「やれやれ」
後で谷風に鉢に植え替えて日陰に置けと伝えてもらおう。
植物はやたらと水を撒けばいいというものでは無いのに。
北上「どう考えてもワンコイン以内だよねこれ」
提督「カレーは夏バテ防止になんだぜ」
北上「部下への健康の配慮を報酬として出すってどうよ」
提督「モノは言いようだな」
北上「まったくね」
さて、
「「いただきます」」
提督「その暑さがいいんじゃねえか。猫舌か?」
北上「大体の生き物は暑いものが苦手でしょ。猫に限らず」
風評被害もいいとこだ。なぜ猫だけ。
提督「それはほら、熱いもの嫌いな人がスープなんかをチョビチョビっと飲む感じが猫が舌で水を飲むのとかに似てたからだろ」
北上「あー、あー!」
提督「おぉ、そんなに驚く話か?」
北上「いやいや、これは革命だよ。衝撃だよ提督。誉めてつかわそう」
提督「そりゃどーも」
ほんとにそうかは知らないが妙に納得できた。
提督「ほいよ」
北上「サンキュ」
鎮守府の辛い食べ物は基本的に甘い方に寄せてある。辛いのが好きな人は自分で調整する必要があるのだ。
提督「…振りかけすぎじゃね?」
北上「辛くないカレーなどカレーにあらず」
提督「熱いのダメで辛いのはいいのか」
北上「夏バテ防止なんでしょ?ほら提督も1口」
提督「…おう。かっら!なんらこへ!!」
北上「え、そんなに?」
もちろん嘘。スプーンで掬ったところには辛い粉を沢山ふりかけただけだ。
提督「あぁどうやら刺があるらしい。ったく、熱いの苦手でなんでこの辛さがいけんだよ」
北上「そりゃ熱いのは苦手だけど人並みだよ。特別苦手ってほどじゃない」
提督「みたいだな、少なくとも猫舌じゃなさそうだ…ふぅ、ちょっと水もらってくる」
北上「いってら~」
無様に敗走する提督を眺めつつカレーを咀嚼する。辛いもの食べるとホントに顔も辛く、いや赤くなるんだな。
汗は健康によいぞ~私はかきたくないけど。
実際最初は刺激物に対しての警戒心が解けなかった。猫的には毒物も同然だし。
でも慣れてみるとこれが中々癖になる。これだけ色々なものが食べれるとは人間って便利だねえ。
北上「あ~あれね、もう少し植物に関して教えてあげた方がいいと思う」
提督「なんか不味かったのか?」
北上「色々と」
提督「マジか、じゃあ頼むわ」
北上「報酬を弾め報酬を~」
提督「子供たちを育てる事は仕事ではなく責務である」
北上「それ場所が場所なら炎上発言だよ」
提督「これ以上熱くなられちゃ敵わんな」
北上「鉢とか諸々の道具とアイス人数分を要求する」
提督「考えとくよ」
北上「何でだろうねぇ。原因が分からないと対処できないよ」
提督「対処って」
北上「群がられるのはウザイ」
提督「読書の邪魔だもんな。でも退けとは言わない」
北上「幼さは武器だよ。大体の動物は小さい時可愛いと思わせる造形をしてるんだ。そうする事で保護欲を掻き立てるわけ」
提督「守護らねばってか、なるほどね。上手いこと出来てるもんだ」
北上「…まあ邪魔とは言えないよね」
提督「そうだなあ。俺も仕事邪魔されてもなんか許しちゃうし」
北上「提督はむしろ仕事邪魔してほしいんでしょ~に」
提督「おっとそれ以上は口にするべきじゃないな。命に関わるぜ~」
北上「おぉ怖い怖い」
提督「さって、そろそろ演習が戻ってくる頃か」
北上「よかったの?提督が指揮しなくて」
提督「俺が指揮できない時の為の演習さ」
北上「なるなる。じゃあ向かいに行ったら?大井っちもいるし」
提督「…何で、あいつの名前が出てくんだよ」
北上「またまたぁ~」
提督「なんだよ」
北上「大井っちにパフェでもご馳走したら?」
提督「それは、まあ悪くはないな」
北上「でしょ」
提督「でもお前がいた方がもっといいだろ」
北上「そのいいじゃダメでしょ~に。んじゃね」
提督「はいはいわあったよ」
まったく素直じゃないね2人とも。
私の舌は、もっと甘い物を求めているのだよ。
猫は動くものが好き。
コロコロと転がるものが好き。
ところで糸玉ってちょっと引っ掻いたらすぐバラバラになりそうな気がするけどそこんとこどうなの?
球磨「いいものを買ってきたクマ」
多摩「出オチすぎるにゃ…」
球磨「糸玉クマ」
多摩「見りゃわかるにゃ」
球磨「人間にも程よいサイズのものにしたクマ」
多摩「無駄な気遣いすぎるにゃ」
球磨「600円もしたクマ」
多摩「どこで買ったんだにゃ…」
多摩「薄れ用がないほどにハッキリくっきりと見えるにゃ」
球磨「前々から思っていたクマ。多摩は猫成分が足りない、と」
多摩「猫じゃないにゃ」
球磨「え、今そこを否定するクマ?」
多摩「いや割と最初から言ってるにゃ」
球磨「サラッととんでもねえ事カミングアウトされたクマ」
多摩「和の美にゃ。奥ゆかしさにゃ」
球磨「語尾ににゃーとか付けといてよくそんな事が言えるクマ」
多摩「ちなみに私が語尾をとると見た目は若いけど3桁は生きてるような妖怪的な印象を受けると言われた。妙に納得した」
球磨「確かに納得したクマ」
多摩「球磨姉は元からイケメンにゃ。クマが邪魔でそう言えないだけにゃ」
球磨「複雑な気分クマ」
多摩「私は球磨姉と違って語尾を忘れたりしないにゃ」
球磨「私はこんなものに特に思い入れはない。出来れば無視したい」
多摩「そうもいかんにゃ」
球磨「何故だ」
多摩「さぁにゃ。妖精さん辺りの仕業じゃないかにゃ」
球磨「難儀な事だ」
多摩「語尾」
球磨「クマ」
多摩「そこに戻るのかにゃ」
球磨「原点にして頂点クマ」
多摩「意味がわからんにゃ」
球磨「玉はお気に召さないクマ?多摩なのに」
多摩「なんかすっげぇイラッとしたにゃ」
球磨「そんなあなたにこれクマ!」
多摩「だからいらねーにゃ」
多摩「そういう事じゃないにゃ」
球磨「ちなみに球磨が1番興奮する糸は水着の糸クマ」
多摩「それは紐にゃ。というか去年その大好きな糸を引いたせいで大井に半殺しにされたの忘れたかにゃ」
球磨「大丈夫クマ」
多摩「何がにゃ」
球磨「今年は大井は狙わないクマ」
多摩「そういう事言ってんじゃねーにゃ。エ口親父かにゃ」
多摩「そんなもん猫は追わないにゃ」
球磨「そうなのか?」
多摩「緩やかに曲線を描くように放るか転がすのがいいにゃ」
球磨「ほほ~う随分詳しいクマァ。なんでだろ~クマ」
多摩「…ちょっとそれ貸すにゃ」
球磨「おやおや、何だかんだ言っても興味しんしンッ!」バシッ
多摩「これが豪速球にゃ」
多摩「豪速球を猫が追わないのはわかったと思うにゃ」
球磨「砲撃くらい恐ろしいクマ」
多摩「分かったらそれは鳳翔さん辺りに譲ってさっさと「オラァ!!」にゃんのぉ!!」
球磨姉が投げた不意打ちの豪速球は、残念ながら多摩姉に躱された。
さてこの場合何が残念かと言うと先程から二人の微笑ましくもやかましい応酬を聞かされながら座って本を読んでいた私がその軌道上にいる事なのだ。
直前にオラァとか聞こえたおかげで目で捉えてはいるので防ぐのは容易なんだけど、
まあ今は丁度と大井っちが、詳しく描写するとそれこそ目にも留まらぬ早さでサッと魚雷を1本、まさしくバッターのように構えた大井っちが、隣にいるので
後は任せてしまおう。
吹雪「壁の修繕費だそうです」
提督「いや、だそうです って言われてもさ。はい出しますってならないでしょ」
吹雪「何でも壁に穴が空いたとか。3枚ほど」
提督「え、何。しかも3枚なの?」
吹雪「貫通したんですって。隣の部屋まで」
提督「いや、なんなの?俺の知らない所で内乱とかあったわけ」
吹雪「これでも私達戦艦ですし。ちょっとした喧嘩もまあ内乱みたいなものですよね」
吹雪「球磨さんと多摩さんにぶっかけときました」
提督「アイツらかよ!だと思ったよ!書類に球磨型と阿賀野型の部屋の壁って書いてあるもん!その時点でほぼ分かるもん!つか大井だろもう!」
吹雪「さっすが司令わかってるぅ↑」
提督「なんでお前は楽しそうなの!」
吹雪「初期艦ですから」フンスッ
提督「慣れすぎだよ環境に!剛の者だよ流石鋼鉄少女だよ!」
吹雪「ところでネジが尽きました」
提督「いやもう今はそれどころじゃえ…マジで?」
吹雪「夕張さんから探さないでくださいって書いた手紙を預かってます」
提督「」
なんて会話が、扉の向こうから聞こえるのだが。
北上「…入りにくいなぁ」
ネジの行方は、実は心当たりがあったりするし。
猫にした意味が薄れてきてので何とかしたい
駆逐艦を戦艦って間違ってますよ(小声)
せめて軍艦に……
いつもすてきな更新乙ですよ
起きたら、起きたらいっぱい書くんだ
水着はまたいずれ
駆逐艦は軍艦じゃないんだなぁ、これが。
少なくとも旧帝国海軍における「軍艦」は
・戦艦
・巡洋艦
・練習戦艦
・練習巡洋艦
・航空母艦
・水上機母艦
・潜水母艦
・敷設艦
で、駆逐艦や潜水艦は軍艦じゃなく「艦艇」。
なお昭和17年までは海防艦も軍艦だったので「子日敬礼事件(子日タメ口事件)」のようなことも起こっている。
22
ニャンニャン。猫の数字だ。
さて少し長い話になる。
猫の尻尾に例えるとシャム猫くらい。
分かり辛い?
海上。それは不思議な空間だ。私達にとって。
人では決して理解できない。提督ですらも、それを分かってはいないだろう。
無理もない。
例えば、猫の見ている世界を想像してみろ、と言われて何を思うだろう。
視線を低くしてこれだと思うだろうか。
それは違う。
猫としての記憶がある私だから言える。それは説明も、理解も出来ないものだ。
目に写り、耳に入り、髭で感じ、鼻で嗅ぎ、脳が認識し作り上げるその世界はその生き物だけの世界だ。
そこには理解も変換も互換もない。ただその世界がその世界として存在するのみだ。
私達艦娘は、1人で一つの船なのだ。
本来は幾百人もの人間が必死になって動く事で初めて機能する巨大な建造物を僅かに1人の体で体現している。
電探で感知し艦載機で見て通信機で話し動力源を作動させ舵を切り砲塔を動かし弾丸を装填し魚雷を発射し、
敵を討つ。
それら全てを1人で行う。
北上「おっと」
少し波に足を取られる。
この体制を保つ動作ですら、本来どれほど大変な作業なのか。
一体どうしてこれを人が理解できるというのだろう。
別にどちらが優れているとか、同じ姿をしていても結局は兵器であるということを嘆いているとか、そういう話ではない。
ただ、違うんだ。
だから、私が私達と、艦娘と違うのもまた、当然の事なのだろう。
翔鶴「全航空隊!」
「「発艦始め!」」
2人の弓から放たれた矢はすぐさま無数の艦載機となり編隊を組みながら敵機との交戦に入る。
瑞鶴「ちっ、取りこぼした!」
制空権は確保。だが残った敵機がこちらに攻撃を仕掛けてくる。
秋月「まかせて!やらせは、しません!」
対空の申し子の射撃がそれらを正確に撃ち落とす。
僅かな数では彼女の弾幕を超えることは出来ない。
瑞鶴「よし!重巡、軽巡撃破!」
遠くで水柱が幾つか上がる。彼女の放った艦載機が敵を撃破したようだ。
大井「こっちも負けてられないわね。北上さん!しっかり見ていてくださいね」
大井っちが敵に向かって魚雷を放つ。
瑞鶴「なっ!誰が渡すもんか!翔鶴姉いくよ」
翔鶴「ちょっと瑞鶴、落ち着いてキャァっ!」
ズドン、すぐ近くで水柱が上がる。
例え小さくても戦艦の放つ砲弾による衝撃、音は死を予感させるには十分なものだ。
そのはずだ。
瑞鶴「わあびっくりした」
大井「まったく。お喋りなんてしてるからよ」
瑞鶴「アンタが言うなアンタが!」
秋月「皆さん集中してくださ~い!」
でも、そんな事は無い。
流石は1軍戦力。確実に敵を沈めていく。
金剛「テイトクゥ!見ていてくれましたかー!」
提督『見てねえ、つか見れねえよ。後うるさい、砲撃も声も』
金剛「なぁ!?」
北上「ちょ、金剛さん!」
金剛「ハイ?」
ガインと嫌な金属音がした。今のは直撃じゃ…
金剛「シット!テイトクとの通信を邪魔するなんて、許さいネ!」
北上「だ、大丈夫なの?」
金剛「こんなものサッカショウデス!」
サムズアップ。
しかしサッカショウ?あぁ擦過傷か。何故かすり傷じゃなくそっちを覚えているのか。
北上「あ~はいはい見てたよ、ん?」
耳がピクッと動く、なんてのは今じゃ比喩表現になってしまうのか。
でも感覚は覚えてる。
二時方向からだ。敵の砲撃音。
北上「あれか」
目を望遠レンズから人間の目に戻す。
あの軌道なら…
北上「大井っち、右に迂回して!」
大井「は、はい」
こちらも大井っちと対象に動く。
丁度、二人の真ん中に砲弾が落ちる。
大井「流石です北上さん!」
北上「いいから敵敵…」
それにしたって皆あまりにも死への認識が低い。
私達は頑丈だ。バケツをかければ治る。
提督は優秀だ。私たちを沈めるような指揮はしまい。
でも、それにしたってだ。
この艤装が次も私を守ってくれる保証がどこにある。
敵の強さが想定通りである確証がどこにある。
死が怖い。
生物としての当たり前の反応だろ、それは。
それは、
北上「魚雷、か」
波の間に僅かだが軌跡が見える。
あのコースなら金剛さんかな。
まあどうせ当たっても擦過傷なんだろうけど。
艤装の感覚を少し減らし、生身に委ねる
。
砲を構えてイメージする。動き回るネズミを、捕まえる!
大井「く、次こそは」
翔鶴「もう、2人とも喧嘩しないの」
金剛「瑞鶴も翔鶴も、随分強くなりマシタ。私もうかうかしてられないネー」
翔鶴「そんな、私達なんてまだまたですよ」
瑞鶴「いいや!このままどんどん強くなって加賀のやつにギャフンと言わせてやるわ!」
秋月「ギャ、ギャフン…」
ちなみにこの艦隊の最高練度は秋月である。
大井「金剛さんは大丈夫だったんですか?最後の魚雷」
金剛「ヘーキヘーキ。ノープロブレムデース」
北上「あはは…」
やれやれ。目や体は昔の感覚を思い出してきてるけど、やはり砲撃は上手くいかないや。
そりゃ猫は武器なんて持たないので当たり前だけどね。
「「「「「「はーい」」」」」」
帰投後報告を終え、さて何をしようか。
提督「あー北上、大井。2人は少し残ってくれ」
大井「え?」
北上「私達?」
2人で目を合わせる。
なんだろうか。
北上「ど~も」
大井「そう思うなら早く休ませてくださいよ」
提督「まあそう言うなって。この調子だと、北上は二三日で改造できそうだな」
北上「おっ、ついに雷巡か」
大井「ようやくお揃いですね北上さん!」
提督「でな、大井ももう少しで改造できそうなんだ」
大井「私も?」
北上「改二かぁ。いいね~しびれるね~」
提督「そこでだ、せっかくだし二人一緒に改造しようと思ってな。どうだ?」
北上「どうって、ねえ?」
大井「それが提督の判断なら、反対はしませんよ」
提督「よっし決まりだ。3日後に決定。明日からはもちっと気合入れて訓練だ」
北上「うぇ…」
大井「……はっ!?」
提督「どうしたよ」
大井「か、改造したら…」
北上「したら?」
大井「北上さんとお揃いの服装じゃなくなる!?」
北上「そうなの?」
提督「そうだな。ほれ」
提督が見せてくれた本には大井っち、別の大井っちの写真が乗ってる。
ホントだ。白い。あと露出度が高い。
というかなんだこの本は。タレント紹介見たいなデザインだ。もっとこう真面目に作れなかったのかね。
提督「おう」
大井「反対です」
提督「お前さっき反対しないっつったろぉぉ!?」
大井「だってぇ!せっかくお揃いになれると楽しみにしてたんですよぉぉぉ!!」
提督「知るかぁぁぁ!!」
うんうん、今日も平和だねぇ。
毎日これ程に特定の相手のためにエネルギーを使えるというのも、また愛の形なのだろうか。
提督「そ、そうだぞ。強くなれば北上を守ることにも繋がるんだ!」
大井「…なるほど。そういった考えもありですね」
それ以外の考えとかねぇよ。って提督の顔に書いてある。
同感だよ。
北上「いいじゃんいいじゃん。大井っちは私の1歩先をゆくんだよ。目標がある方が私もやりがいがあるってもんだよ」
大井「北上さんがそういうなら」
提督「(無言のサムズアップ」
まったく、こりゃ
提督「これも含めて提督よ。でも大井のアレはもちっとなんとかならんかね」
北上「無理、かな…」トオイメ
提督「そうか…」トオイメ
夜。草木も眠る丑三つアワー、なんてことは無くまだ日付も回っていない。
いつもの屋根上。
提督「ほれ、どうだこいつは」
北上「それは」
一升瓶。何やら達筆で読めないが強そうな漢字が書いてある。つまり、
北上「高いお酒!」
提督「そうよ!よく分からんけど値段は高かった、つまり高いお酒だ!」
「「わはは」」
北上「で、美味しいの?」
提督「美味しいから高いんじゃねえの?」
どうだろう。
雑に開けた酒をおちょこに注ぎながら言う。
北上「覚えてたんだ。さては根に持つタイプだな」
高いお酒ってあんな扱いでいいのかな。
いいのかも。
提督「でだ。割と後先考えず買ったんだがお前が酒を飲めるか分からんだろ?だから事前に試してみようと思って。ほれ」
匂いを嗅いでみる。うん酒だ。
北上「サプライズとかは考えないんだ。まあ有難い配慮だけどさ」
手に取ってみると分かるが、改めておちょこって小さいな。まさにおちょこ。
北上「あれ、提督も飲むの?」
提督「お前1人だけ飲ませてもな」
北上「じゃあ、まあ、なんとなく」
提督「高いお酒に」
「「乾杯」」
ビビりながら1口。
提督は、おーイッキか。
提督「ん~」
北上「どう?」
提督「なんつーか、高いお酒だな」
北上「あ~」
提督「北上は?」
北上「高い、お酒だね」
提督「だよな」
うまいマズイで語る子供の飲み物ではないという事だ。
提督「マジかよ、艦娘の胃についていける気がしねぇな」
北上「そこまでは飲まないよ。多分」
飲みつぶれる提督を想像して思わず笑ってしまう。
提督「気楽に言ってくれる」
北上「ところでそのお酒どうするの」
提督「蓋閉めてしまっときゃ大丈夫だろ」
北上「そうなの?」
提督「そうだろ」
そうかな、そうかも。
北上「え、今の前座?」
提督「大切な話だがあくまでついでだ」
北上「ほほう」
提督「お前。今日魚雷に向かって砲撃したらしいな」
ゲッ…
北上「いや~なんかの勘違いじゃない?私まだ砲撃下手くそだしさ」
提督「らしいな。事実魚雷には当たらなかったらしいし。まあ当てる方が難しいわけだが」
狙った前提で話が進んでる。確信してるくせに聞いたなコノヤロ~。
オオカミ少年みたいな扱いを受けてるんだな…
提督「だが今回は金剛からの報告だ。もしかしたら、と思ってな」
流石に信頼度が違う。
提督「北上、何を怖がってる」
おっと…いきなり核心を突いてきたね。
提督「どうやら中々センスは良いらしいが、それをやたらと隠してる。逃げるみたいにな」
提督「こんな職場だからな。悩みを抱えてるやつは多い。自然とカウンセリング紛いの事をする機会は増えてったよ」
北上「納得」
提督「生まれたばかりの艦娘にとって、悩むってのは自然な事だよ。そういう奴は沢山いた。だがほっとくわけにゃいかんだろ」
北上「まあ、そうねえ」
悩みか。
北上「私は怖いんだ。死ぬのが」
提督「死ぬ?何言ってんだよ。沈ませねーよ。そんなに信用ないか俺?」
そうじゃない。
そうではない。
きっとそうだ。
大破進軍なんてこの人はしまい。
どんなに傷ついてもバケツを被ればいい。
そうなんだ。
だから正確には死ぬのが怖いんじゃない。
その事実を受け止めるのが怖い。
艦娘を受け止めるのが怖い。
それを認めたら、私は生き物じゃなくなる気がする。
猫としての、生物としての私が、死ぬ。
北上「そお?勝手気ままって言われたらそうかもしれないけど」
提督「北上が来る前から、お前の事は大井がよく口にしてたよ。だから知ってはいたさ」
北上「ちなみにどんな風に言ってたの?」
提督「ひたすら褒めちぎってたよ。同時に北上を迎えられない俺をなじってきた」
北上「…なんかゴメン」
提督「俺としても早く北上に会いたかったが、そこは妖精さんのせいだな」
北上「黒猫みたいって言われた時だ」
提督「今でもそう思ってるよ。解くと髪の量多いもんなお前」
北上「そだね~。お陰で中々乾かなくってさ」
提督「時々感じるんだ。北上はここにいるのに、なんか妙に距離を感じる事が」
北上「なんか拗れた恋人同士みたいな会話だね」
提督「茶化すなよ。文字通りこうしてお前に触れていても、なんだか掴めてない、掴みどころがない。そう感じちまうんだ」
提督が、私の頭に手を載せる。
みんなと違うその大きな手は、なんだか妙に心地よい。
居場所が無くなることを恐れてる。
ワガママなんだろうな、これは。
まったく、どうして私はこんな妙な境遇にあるのやら。
提督「北上さん?」
北上「…ん?」
提督「いや、その…どうしたのかなーって…」
北上「…あ」
気がつくと私は提督の体に寄りかかりか頬をすり寄せていた。
しまった猫の癖でうっかりと。
頭を撫でられたあたりで何かスイッチが入ってしまったようだ。
提督「ああいや、別に構わないけどさ」
こんなとこ大井っちに見られたらなんて言われるだろう。私に嫉妬とかするのかな大井っちは。
提督「ダメだな。お手上げ」
北上「ん?」
提督「俺じゃ無理だ。悔しいけど」
北上「無理って、何が?」
北上「はあ…」
なんだと言うんだ。
提督「俺はここでヤケ酒してるからよ。でも次はこうはいかねぇって覚えとけ」
北上「お、おう」
いやほんと何なんだ。
有耶無耶にされたまま仕方なくハシゴを降りると、確かに答えはあった。
大井「待ってましたよ。北上さん」
北上「大井っち…」
廊下を歩きながら大井っちはとても楽しそうに経緯を語ってくれた。
北上「それで賭けをしたと」
大井「賭け、と言う程じゃありませんよ。どうせ無理だから私はここで待ってますって言っただけです」
北上「バッサリだね」
大井「当たり前ですよ。あんなヘタレに北上さんは渡しません」
北上「渡すって…」
それにしても二人とも気づいていて、行動も同じとは。似た者夫婦め。
なんて言葉があるかどうかは知らないけど案外的外れじゃないのではと思いながら適当に言ってみる。
例えば鎮守府の食堂にあるこの自販機は3割が炭酸、3割ジュース、後はコーヒーアルコールスポーツドリンクと、栄養ドリンク?かな。
お茶は食堂で貰えるのでない。
鎮守府のメンバーを考えれば妥当といった感じだろう。
ちなみに私のソウルドリンクはカルピチュソーダである。
大井「はいどうぞ」
渡されたのはカルピチュ。夏だからと炭酸ばかり飲むなというメッセージである。
北上「奢り?」
大井「前祝いという事で」
北上「なるほどね、それじゃ」
ジンジャーエールと乾杯。
屋根上とは違った景色が妙に新鮮に見える。
大井「私は北上さんの悩みがよくわかりません」
北上「えっ」
乾杯して一息ついての開口一番がこれだ。
なんというか面食らった。
大井「ですから私の話をします」
北上「大井っちの?」
大井「ええ。これは、提督には出来ない事ですから」
そう得意げに微笑んだ。
北上「提督からも聞いたよ。虐めてたんだって?」
大井「違いますよ。多分…」
そこで自身なくさないでよ…
お互いに手に持った飲み物を一口飲む。
大井「そうして北上さんとようやく出会えて、私は知りました。私は北上さんの事なんか何も知らないんだって」
北上「それは…」
私が多分、北上とは違うからじゃないのか。
私が異物だから。
当たり前の考えなのに、艦娘はそれを考えることは無い。
大井「当たり前の何かが壊れて、色々迷ってしまったんです」
私のせいで、ズレてしまった。
大井「だから決めたんです。私は北上さんのために戦います。アナタを知るために生まれてきたんだと。それが1番私のためになるって」
北上「自分のため?」
大井「はい。だってそうでしょう?自分の事も考えられない人が他人の事を理解できるわけないじゃないですか」
なんだか、お母さんの説教見たくなってきた。
大井「どうせ私達戦うしかないですからね。でも戦う理由くらい自分で見つけます。生まれた意味くらい自分で探します」
北上「そっ、か。なんか意外だなあ。そんなふうに思ってたなんて」
北上「なぁに」
大井「私は北上さんが好きでした」
北上「過去形だねえ」
大井「今は大好きです」
北上「そう来たか」
大井「これからもっと好きになります」
北上「愛が重いなぁ」
大井「変わっていきますから。みんな」
北上「私が変わったらどうするの?」
大井「好きでいるかもしれませんし、そうでないかも知れません」
北上「ハッキリと言うね」
大井「でも多分、好きになろうと努力します」
北上「そっか」
そうか。
北上「え、もういいの?」
大井「はい。それとも北上さんはまだ何か話したいことがありますか?」
北上「…いや」
話すような悩みは、もう無くなってた。
多摩「にゃー!」
木曾「き、キソー…」
北上「えぇ…」
大井「何やってるんですか」
部屋の扉を開けたら、何かが始まっていた。
球磨「ふふっ、球磨にはすべてお見通しだクマ!」
多摩「さあ難しい悩みも恥ずかしい思い出も隠さず誤魔化さず全てさらけ出すにゃ!」
木曾「趣旨が違ってきてないか」
大井「恥ずかしい思い出なら去年の夏に球磨姉さんが「あーなしなし!恥ずかしいのはなしクマァ!」」「恥ずかしい思い出ならおい姉の方が」「あぁ?」「大井の下着は痛い痛いギブギブにゃあ゛!」「木曾は「なんで俺に向くんだよ!」
あーもうほんとにこの人達は。
まったく。
北上「ありがとね」
多摩「イタタタタ!ん、何か言ったかにゃ?」
北上「いや」
ただの恥ずかしい思い出だよ。
北上「なにその挨拶」
谷風「なんかお洒落じゃないかい?」
北上「私達はセンス合わなさそうだよ」
谷風「そりゃ残念」
北上「…何その手は」
谷風「手を、仮に来たんだろ?」
北上「まあね」
前とかわらない夜の屋根上。でも少し、広く感じた。
北上「なんで私が生まれてきたかを、知りたいんだ」
谷風「そいつは重畳。それに、いい目になった」
北上「見た目は変わってないよ。見えるものが変わっただけ」
お互いにニヤッと笑った。
22+1匹目:猫の目
神風「きーたかーみさーん」
北上「…なに」
神風「その、遊ばないんですか?」
北上「遊んだからこうして休んでるの」
神風「なるほど」
北上「そらにさ、アレ」
神風「あれ?」
沖の方。先程から爆音がする方を指さす。
しばらくすると水柱が上がる。
北上「アレに混ざりたくはないでしょ?」
神風「えっと、どういう事ですか」
季節は夏。炎天下の、海水浴に来ていた。
もっとも気温はとっくに真夏日のオンパレードなので今更感満載なのだが。
いやあ夏ですねえ。
ビーチパラソルの下でビーチチェアに寝そべりアイマスクという場違いな格好をしといてなんだけど。
神風「いいから説明をっ」バッ
北上「うおっ」
アイマスクを剥ぎ取られた。
目がなれてくるにつれ光の中から段々と神風の水着姿が浮かび上がってくる。
北上「おぉ、可愛いじゃん」
神風「そ、そうですか?」
恥じらいながらもクルッと一回転。この娘、分かっていやがる。
あーそうだフレアビキニだ。
白い布が彼女の肌と髪色を際立たせてる。所々入っている淡い紅色のラインも髪の色と合わせていいアクセントになっているようだ。
神風「私達の水着はみんな松風が選んでくれたんです。凄いんですよあの子のコーディネート」
北上「みたいだね」
ちなみに私は球磨姉から借りた普通のビキニ。何をもって普通というかは知らないけどまあビキニと言われて最初に思いつくやつみたいな。
色はもちろん茶色。モチロン?
神風「キャッ!」
北上「おお」
爆音と激しい水飛沫。沖からだいぶ浜に近づいてきた。
北上「球磨姉が木曾と大井っちの水着盗って追い回されてるの」
神風「またですか…警戒とかしてなかったんですか?」
北上「昨日の夜から細工をされていたとか」
神風「その熱意はどこから…」
あ、まただ。
木曾の対潜能力の高さに球磨姉も中々難儀しているようだ。
いいのだ。
何故なら普通の砂浜じゃないから。
鎮守府から東に数キロ。所謂プライベートビーチなのだ。
なんでも昔遠征藩が帰りにこの島にビーチと別荘があるのを見つけたらしく、そこを勝手に使っているというわけだ。
いやいや勝手に使っちゃダメでしょ、ともちろん提督は反対したのだが、
深海棲艦の脅威から持ち主も完全に見放していると調べた上で
別荘の鍵ぶっ壊して侵入
私物を持ち込み勝手に劇的ビフォーアフター
最低限の電気設備の確保
潜水艦による付近の調査を終え
パラソルやチェアがいくつか並ぶ浜辺の写真と
「今日から出張間宮海の家がオープンですよ」
と満面の笑みで報告する吹雪を見て諦めたそうだ。
南無三。
ならば国を守る我々艦娘が日々の疲れを癒す場として有効に使おうじゃないか、とのこと。
吹雪は絶対おっしゃラッキーくらいにしか思ってないだろうけど。
神風「ほらほら、折角なんですから遊びましょうよ」
北上「えー神風型の愉快な仲間達は?」
神風「みんなバテて休憩しちゃってます」
そういやこの子読書っ子のくせにアグレッシブというか、体動かすの好きなタイプだったな。
みんなついていけなかったか。
神風「焼けたいわけじゃあるまいし、こんな所で寝転んでるだけなんて勿体無いですよ~」
北上「だるーい」
神風「もう、だったらどうしてここに来たんですか」
北上「姉ちゃん達に来いって言われた」
例の家族会議(?)の後、急遽決まったのだ。なんと多摩姉の直談判により今日の私達の出撃予定を全て無くしてまで、だ。
何者だ多摩姉。
ともあれそこまでされたら行かないわけにはいくまい。
北上「私を励ますため、なのかねえ」
神風「励ます?」
神風「多摩さん?え、どこ?どこから声が」
北上「そこそこ、そこのボール退けてみそ」
神風「ボール、これか」
パラソルの下。空気を入れる前の不自然に膨らんだボールを取ると、
多摩「にゃあ」
神風「キャァァッ!?」
中から多摩姉の生首が出てくる。
多摩「ヒンヤリしてて、良い心地にゃ」
神風「遊ばないんですか?」
多摩「暑いのは勘弁だにゃ」
猫が2匹、球磨型にはいる。
多摩「球磨型の掟にゃ。何かあったらここのビーチで気分転換するのにゃ」
神風「そうなの?」
北上「いやこっちを見られてもね」
ないでしょそんな掟。
多摩「嘘にゃ」
無かったよそんな掟。
北上「大井っちが?」
神風「それって、例の輸送船事件の時ですよね」
多摩「そうにゃ。外国から日本に向かっていた輸送船が深海棲艦に襲われたんだにゃ」
北上「そんな事件が」
多摩「護衛はいたけどあまりにも予想外な奇襲で多くの被害が出たそうにゃ。その時たまたま近くにいたのが、大井を含むうちの艦隊だったにゃ」
北上「でも一年前って言ったら大井っちもまだまだ新米の頃でしょ?」
多摩「だから提督も戦わず乗客の避難に集中しろ、ヤバかったら脱退しろと何度も言ってたにゃ。でも行かないわけにはいかない。それほどの事態だったにゃ」
北上「…それで」
神風「船は積荷の爆発、炎上で沈没。乗客の生き残りはなしです」
北上「でも、そんなんじゃ納得しないだろうね」
多摩「その時の様子を詳しくは教えてくれなかったけど、まあ酷い落ち込みようだったにゃ」
神風「それで、水着を盗ったのかな」
多摩「あれは素にゃ」
北上「素かぁ」
そこはワザとであって欲しかった。
多摩「くつろいでるならそれでいいにゃ。そもそも北上は昨日の時点でだいぶ吹っ切れてたにゃ」
北上「お見通しか」
神風「流石ね」
北上「自慢のお姉ちゃんだよ」
多摩「照れるにゃ。ん?あ痛い、イタイタイタイタイタイ!!」
神風「なに!?今度は何!?」
北上「頭の後ろにカニがいる」
多摩「にゃあ゛あ゛あ゛出れない!出れないにゃあ゛あ゛!」
神風「北上さん!どうすれば!」
北上「おやすみ~」アイマスク
神風「北上さん!」
神風「カニは排除できましたけど…」
北上「まあ静かでいいんじゃない?」
神風「まだ沖ではどんぱちやってるみたいですが」
北上「あれはほら、花火みたいなもんだと割り切って」
神風「汚い方になりますよあれ」
北上「たーまやーって」
神風「まあ確かに弾ですけどね」
北上「本あるよ」
神風「持ってきたんですか」
北上「ホントは別荘にいるつもりだった」
神風「水着の意味が無い…」
北上「ほら、前に言った猫探偵シリーズの」
神風「あぁアレですか。好きですね猫」
北上「猫も好きだけど、あの人の文章が好き」
神風「分かります」
北上「海で読書ってアジがあるよね」
神風「暑いし砂は飛ぶしで最悪です」
北上「つまり私は早く別荘に行くべきだ」
神風「本を諦めましょうよ」
北上「そもそも他の駆逐艦は?」
神風「遠征等で午後から参加です」
北上「それで一層暇なわけか」
北上「え、なに。何企んでおわっ」
のしかかられた。私の体に覆いかぶさるように。
多分体制的に顔を合わせてる状態なんだろうけどアイマスクで見えない。
北上「ちょ重っ、くはないか。いやでも暑いよこれ暑い」
神風「そう!このまま密着してれば汗だくです。海に出て涼みたくはなりませんか?」
北上「コノヤロ~…」
やばいホントに暑い。どんだけ遊びたいんだこの娘。
北上「これ神風も暑いじゃん」
神風「私はすぐ海に向かうので」ギュッ
腕を首に回され、さらに抱きつかれた。
しかしなんというか、女同士で向かい合って抱きついているのに妙に体が密着するなぁ…
神風「…」
北上「…」
なにか通じあった気がした。
互いの吐く息が、
体を伝う汗が、
全てがハッキリと感じられる。
うわ髪が引っ付いてきたよ。
身体と身体の間にある雫がなんとも言えない心地悪さ。
北上「だーもう!わかったわかった行くよ」
アイマスクを取って神風の顔を見る。
神風「ホントですか!やった」
パァッて擬音が聞こえるくらい表情を輝かせてる。
脅迫までしておいてこの娘は…
普段黙って本読んでる時の文学少女感はどこへ行った。
神風「よーし、まずは一泳ぎして汗を流しましょう」
北上「却下」
神風「え」
北上「泳ぐの等は禁止」
神風「…北上さん」
北上「なに」
神風「泳げなかったりします」
北上「…します」
多摩「ちなみに多摩も泳げないにゃ」
神風「」
絶句、だった。
何をおっしゃる。あんなん浮いてるだけじゃあないか。
潜れるか!
泳げるか!
某海賊マンガだって弱点は溺れる事だぞ!
まあ私の場合泳いだ事がないからホントに泳げないかどうかもわからないけど。
未知と猫の記憶から水に対しての恐怖が拭えないのだ。
ちなみに多摩姉ちゃんはマジで単純にただただ泳げないだけ。
北上「かもしれないって話だけど」
とはいえ汗だくは嫌なので海水を浴びに行く。とりあえずは。
神風「怖いんですか?」
北上「最初は水も怖かったけどね」
水が腰くらいの高さまで来るところでストップ。
神風「ここが限界ですか」
北上「お風呂は別に嫌いじゃないんだよ」
神風「じゃあ何が?」
北上「過去の記憶と、経験が無いことから来る恐怖」
神風「矛盾してません?」
北上「真逆の事を言ってはいるけど矛盾はしてないんだよ」
視界が悪い。
足がつかない。
これだけの条件が揃って怖がらない理由がない。
神風「あっ、視界だけなら解決できますよ!」
北上「へ?」
神風「ちょっとズルいですけど、こうやって…」
本当に空中にいるような感覚だった。
水中ではなく、かと言って空中とも少し違う。
光の中にいる、といった感覚だった。
神風『どうですか?凄いでしょ!』
北上『こりゃいいや』
通信で会話する。
そう。神風のズルい解決策とは、艤装の力を使うことだった。
言わば機械の目だ、染みることもない。
北上『あんまりじゃなきゃいいの?』
神風『誤差ですよ誤差』
ホントかよ。
ちなみに重巡以上は消費量の関係で禁止だそうだ。
北上「ぷはっ」
神風「ふぅ」
北上「まさか船なのに海に潜る日が来るとはね」
神風「流石に息の方はどうしようもないですけどね」
うわなんか凄い調子に乗ってる。
北上「私としてはもう少し海中探索してたいんだけど」
神風「それなら!いいスポットがありますよ。こっちこっち」
岩場の方を目指して無防備歩いていく。
くくく馬鹿めそれは罠だ。
北上「とりゃあ!」
神風「ひっ!ちょきたかアハハハダメダメダメェ!」
後ろから抱きついてのくすぐり攻撃。さっきの仕返しだじゃじゃ馬め!
精々が中学生程度の身体。
骨のラインがはっきり分かるような細身。
艤装が無ければ私1人振りほどけない腕力。
北上「ほれほれここか、ここがええんか」
神風「アハハハハハ…だ、だめぇ!ハッ、アハハハ…ハ…ふえ?」
北上「…」
神風「き、北上さん?」
北上「人間魚雷だ」
神風「…え?」
沖合から何かが、いや何かは明白なんだけど、突っ込んできた。
笑い涙を恐怖の涙に変えながら逃げようとする神風。
しかし、まあこれはどうしようもない。
大井「きーたーかーみーさーん゛!」
着弾。
北上「お、おう」
神風「し、死ぬかと思った…」
木曾「悪いな、止められなくてさ…」
多摩姉の所に戻ると、隣に球磨姉が刺さっていた。
足を上にして。
茶色い水着なのでまあ球磨姉だろう。
北上「捕獲したと」
大井「逃げないようにと」
神風「二酸化炭素の逃げ場がないのでは」
木曾「いや幾ら何でも、いや、ありか?」
神風「でも司令官はめったに来ませんよね」
多摩「忙しいからにゃ、あれでも。ところで出られないんだがにゃ」
北上「オシャレのしがいがなさそうだよね」
木曾「一部のヤツらは残念がってたな」
北上「やはり水着なんて着なくても良いのでは?」
神風「ほ!ホンバン…」カァァ
北上「…」
木曾「…」
これは提督の事か?私か?
多摩「あ、なんか来たにゃ。それはそうとここから出して欲しいにゃ」
神風「遠征組が来たみたいですね」
北上「なんか沢山荷物ない?」
木曾「スイカにクーラーボックス、スーパーの袋、でけぇ肉…どうやってあんな物」
多摩「お昼はバーベキューかにゃ。食べたいにゃ。出たいにゃ」
大井「そうですね」
神風「私もみんなを呼んできます」
木曾「んじゃあ俺は、見張りかな…」
北上「よろしくね~」
神風「ところで多摩さんは何故ずっと放置なんですか?」
北上「水着忘れたから裸なんだよ」
神風「えっ」
北上「さんきゅー」
手渡された串にはBBQされたお肉と野菜がバランスよく刺さっている。流石だね。
大井「いいんですか?あちらに混ざらなくて」
北上「ちょっとね。騒がしいのはまあ、嫌いじゃないんだけど。今は少し考え事を」
大井「お邪魔でしたか?」
北上「ううん。むしろ私が邪魔になりそうだからここに来てるんだ」
あちらのBBQ会場は30人程が三つのコンロを囲んでいる。
そのうち一つからやたらと黒い煙が上がっているのが少々気になるが。
北上「あー大井っち」
大井「はい?」
北上「ありがとね」
大井「野菜も、ちゃんと食べてくださいね」
北上「は~い」
向こうへ戻っていく白いワンピース。
大井っちもオシャレに気を使う一部なのだろう。提督はああいうのが好みなのかねえ。
さてさてお肉のお味は。
北上「…生焼けじゃん」
暗に戻ってこいと言っているのか?
多摩「おー」
球磨「ところで一つ質問があるクマー!」
北上「おー?」
球磨「なぜスイカの隣に球磨が埋められてるクマー?」
大井「はい目隠しー」
多摩「おー」
北上「回って~」
多摩「お~~」
大井「はい棒です」
木曾「十歩前に進んで右足で踏み込んで打て」
球磨「木曾ぉぉぉぉぉ!!!」
球磨「右!右がスイカクマ!」
大井「右は偽物です」
球磨「スイカ割りって言ったクマ!」
木曾「球磨姉もう暫く声出しててくれ」
球磨「なんで音を頼りにしてんだクマァ!スイカは喋らねえ!」
木曾「そこだっ!」
球磨「違うぅ!」
まあここではずす程木曾の練度は低くない。
北上「スイカって砕くより切った方が絶対うまいよね」
大井「雰囲気を味わうものですから」
木曾「でも細かいのは勿体ないよな」
他の子達は普通に切って食べている。
何故こんなことをしてしまったのか、という後悔が…
種を飛ばし虚しさを誤魔化す。まずまずの飛距離だ。
木曾「プッ!」
北上「うおぉ、凄い」
木曾「コツがあんだよコツが」
多摩「すぅぅぅぅ…に゛ゃ゛!ゲホッ!飲み込んだにゃあ゛!」
北上「オヘソから芽が出てくるよ~」
木曾「スイカの子供が産まれてくるぜ」
多摩「」
大井「はっ!つまり北上さんの出した種を食べればそれはもう北上さんの子供を宿したと同義なのでは!」
北木「「えっ」」
私達の種は鎮守府の花壇に埋めることとなった。
こういうのって生えてくるものなのかね?
北上「いやかき氷ってそれやったらただの水だよね」
木曾「多摩姉それ何味だ?」
多摩「鰹節にゃ」
木曾「鰹かー。え鰹っ!?」
多摩「嘘にゃ、ココアにゃ」
北上「お、あのネットはバレー用かな」
大井「口移し」
木曾「多分だけどおい姉、言ってる事と思ってる事が逆だぞ」
多摩「球磨型も参加するにゃ」
多摩「17駆の方は既にボールが四つもあるにゃ」
大井「何食べたらああなるんでしょうね」
北上「提督は大きいのが好きなのかな」
大井「…なんでここで提督の名前が出てくるんですか」
木曾「あれだけデカイと邪魔そうだがな」
北上「海とは違って飛んだり跳ねたりするからね」
多摩「多摩と同じかそれ以上にゃ」
大井「私よりも大きいかも知れません」
木曾「駆逐艦とは」
北上「デストロイヤーだね」
多摩「あんなもん一般のビーチにだしたら死人が出るにゃ」
大井「艦娘としての練度も高いですし、運動能力は高いはずです」
木曾「浦風も凄いな」
多摩「浜風はダメダメにゃ」
北上「磯風はアタックしかしてないけど強いね」
大井「神風は流石ね」
多摩「松風と春風もよくボールに食いついてるにゃ」
木曾「朝風は、ドジっ子か」
大井「ドジっ子ですね」
多摩「ドジっ子にゃ」
北上「あ、顔面にボールが」
北上「ありゃいつの間に」
木曾「なんだよその笑い方…」
大井「そうですね、もう1度埋めましょう」
多摩「ところでなんで水着はなくてこれはあるんだにゃ」ブルマー
球磨「妹達が冷たいクマ…」
木曾「自業自得だろ」
球磨「似合ってるクマ」
多摩「ネコでブルマとかキャラあざとすぎにゃ。20年前のギャルゲーかにゃ」
北上「自分で言うかね」
球磨「ネコもブルマも玉追いかけてなんぼクマ。さっさと動けクマ」
多摩「あ゛?そっちこそサーブでその熊らしい腕力を見せつけてくりゃいいにゃ。クマクマ言ってあざとらしくポロリでもするにゃ」
球磨「やるか」
多摩「やるにゃ」
木曾「またこれだ」
球磨「似合ってるクマ」
多摩「ネコでブルマとかキャラあざとすぎにゃ。20年前のギャルゲーかにゃ」
北上「自分で言うかね」
球磨「ネコもブルマも玉追いかけてなんぼクマ。さっさと動けクマ」
多摩「あ゛?そっちこそサーブでその熊らしい腕力を見せつけてくりゃいいにゃ。クマクマ言ってあざとらしくポロリでもするにゃ」
球磨「やるか」
多摩「やるにゃ」
木曾「またこれだ」
大井「何度か長女の座をかけて戦ったりしてますし」
北上「多摩型になってたかもしれないのか」
木曾「でも何だかんだで球磨姉が勝つんだよな」
北上「長女の意地だね」
吹雪「おまたせしました~」
北上「あれブッキー?どったのその、弾?」
吹雪「夕張さん特性の対艦娘用強化バレーボールです」
木曾「なんて?」
吹雪「夕張さん特性の対艦娘用強化バレーボールです」
大井「このために?」
吹雪「艦娘用強化バレーボールです」
北上「バレーボールなのに1体1って…」
大井「バレーボールなのに砲撃の音がします…」
木曾「あぁ…」
北上「外れたボールが駆逐艦に」
大井「これ止めた方がいいんじゃないでしょうか」
吹雪「艦娘ですし大丈夫ですよ」
北上「楽しそうだねえ」
吹雪「このためにわざわざ大型建造1回分の資源ぶち込んだんですもの」
木曾「相変わらずフリーダムだな秘書艦」
神風「私知ってます。こういうのテニヌって言うんです」
北上「違うけど合ってる」
吹雪「神風、他のみんなは?」
神風「流れ弾が怖いんで殆ど泳いだりしてますよ」
北上「そういや木曾がいない」
神風「あ~木曾さんならあっちに」
北上「ちょっくら見てこよう」
木曾「お、上姉もやるか?」
電「んーこのままだと橋の強度が足りないのです」
雷「なら大きくしちゃえばいいじゃない」
暁「堀ももう少し広げちゃいましょうか」
響「監督、桐を貸してもらえるかい」
まるゆ「こっちので大丈夫ですか?」
響「いや、細い方を頼む」
北上「…何作ってるの」
「「「「「「江戸城」」」」」」
何もんだよこいつら。
神風「わあ凄い!どお吹雪?」
吹雪「凄くカワイイ!凄く売れそう!」パシャ
神風「売る?え、売る?」
大井「じゃあ次は金剛さんの髪型で」
吹雪「ほらほら私の事は気にせず」
神風「ちょっと、もう…」
戻ってみると何やらヘアスタイルショーが始まってた。
神風のあの長い髪はよく弄られている。
姉妹だと松風なんかによくやられると言っていた。
多摩「なんのお!」
北上「バレーは?」
ドッジボールと化していた。吹雪が次に作るべきはあの威力に耐えられるネットだろう。
だいぶ日が傾いてきているが、沈むまで続きそうだこれは。
多摩「にゃらぁ!」
球磨「クマァ!」
北上「蹴りもありなのか…」
各々好き勝手にやりたい事をやっているが、ほんとに部屋に戻って読書でも始めてしまおうか。
龍驤「なんや、キミは泳がんのかい」
北上「…あれ、今日は駆逐艦とかしか来てなかったんじゃ」
龍驤「おう喧嘩売っとんのかコラ」
北上「ちなみに何故スク水?」
龍驤「飛龍か蒼龍に仕込まれたんや」
北上「に、似合ってますよ」
龍驤「それはボケか?素か?」
北上「みんな随分気にかけてくれて、まあ嬉しいですけど、なんか気にしすぎじゃないですか?」
龍驤「せやなあ。やっぱ提督がえらい心配しとったのが原因やろな。ウチもそのクチや」
北上「提督が?」
龍驤「大井と仲のいいキミやからってのがあるんやろな」
北上「なるほどね。どっちも心配性な」
龍驤「似たもの夫婦やからな」
北上「まさしく」
龍驤「泳がんの?」
北上「泳げんの」
龍驤「…一人になりたいならあっちの岩陰の方がオススメや」
北上「え?」
龍驤「ほな」
北上「みんな色々な反応をしてくるなあ」
心配してくれているのは一緒みたいだが。
大井「みんな北上さんの事が大切なんですよ」
北上「大井っち、神風はもういいの?」
大井「ええ、堪能しました」
北上「さいで」
大井っちが隣に座る。
日は、だいぶ傾いてきていた。
大井「線香花火です。明石さんに頼んで火薬マシマシの長時間バージョンになってますよ」
北上「なんか不安なんだけど」
大井「1本試したので大丈夫ですよ」
流石、安全管理に抜かりはなかった。作者が作者なので当然か。
北上「まだ明るいけど」
大井「日が落ちる前には帰らなきゃですから。鎮守府でやるわけにもいかないですし」
北上「確かにね」
仮にも軍の基地。火薬物をおいそれと扱うわけにはいかない。
まあ魚雷やら爆撃機やらが日常的に飛び交ってるけど、提督室は特別ということで。
半分は提督の自業自得だし。
大井「では」
「「勝負」」
同時に火をつける。
岩場の影とそれを包むオレンジ色になりつつある陽の光が、想像とは違う花火の輝きを生み出していた。
パチ、パチと徐々に火花が散り始める。
一旦それが止み、ジジジと溜めが入っと思うと次の瞬間、花が咲いた。
まるで写真をコマ送りで見ているかのようだった。
雪の結晶のように一つとして同じ形を見せない花達の絵が瞬きよりも早く移り変わる。
おや、大井っちの方が長持ちしそうだ。まずいな、確か線香花火は斜め45°で持つと長持ちすると聞いた気が。
北上「大井っちの方が綺麗だよ」
普段の仕返し、なんて言い方は変だがたまにはこちらから仕掛けてみる。
大井「へっ?」ポトッ
北上「あっ」
ジュッ、とまだ半分も燃えてない火薬と火の玉が、湿った地面に音を立てて落ちた。
北上「あー、あはは。なんか、ゴメン」
大井「北上さんっ!」
北上「おっと」
そっと線香花火を持つ右手を掴まれた。
大井「責任とってください」
北上「仰せの通りに」
2人で一つの線香花火を堪能する。
長時間と聞いていたが、朱紅い雫が落ちるまではあっという間だった。
大井「暑苦しい」
木曾「後で間宮奢りだな」
北上「パフェかな」
大井「ジャンボですね」
木曾「イチゴ乗せよう」
なんというか、リアルな間が空いた。
北上「重い」
大井「暑苦しい」
木曾「頑張って」
夕焼けの海を、私と大井っちは猫と熊を背負って航行していた。
多摩「」
砂浜で倒れる2人。
いい勝負だったぜ感を出されても困る。
北上「これおぶってくの?」
木曾「なんとも迷惑な」
大井「置いていってもいいんじゃないですか?」
吹雪「一応軍事機密ですし、放っておくわけにも」
とかなんとか。まあ仕方ない。
北上「こんなの撮ってどうすんのさ」
吹雪「戦いの果てと言う事で」
木曾「また今回も沢山写真撮ってたな」
吹雪「艦隊の記録も秘書艦の仕事ですから」
大井「売るんでしょに」
吹雪「売ったりもするだけです」
北上「売ってんじゃんよ」
大井「ほう」スッ
木曾「おい待て魚雷はやめろ頼むから!」
北上「提督はワンピース好きなのかな」
吹雪「どうでしょうねえ。あのチャラ男どんな娘にもデレデレですから。好みっていうと浮かびませんね」
木曾「辛辣な。でもいいんじゃないか?チャラ男と真面目なおい姉の組み合わせは」
大井「いやですよあんな男。金髪ですよ金髪。チャラ過ぎです上司じゃなきゃ深海棲艦の餌にしてます」
北上「でもよく一緒にいるじゃん」
大井「上司だからですよ。転属が出来ないならあのチャラさを変えるまでです」
木曾「明日からは通常運営かあ」
大井「また実践訓練の日々ですね…」
北上「ぅあー…今からでも島に帰らない?」
木曾「賛成の反対」
大井「早くお風呂入って寝たいです…」
北上「だね~」
あぁ、いや。
まだひとつやる事がある。
やり残したことがある。
夏休みの宿題を、やらなくては。
夜。私は先輩ネコの手を借りに来た。
谷風「先輩ネコ、とはまあなんともいい響きだねこりゃあ」
北上「気に入った?ウミネコさん」
谷風「そういえばキミはなんて種類たったのかね。ネコとして」
北上「全身真っ白な猫、なんてなんのヒントにもならないよねえ。雑種ならなおさら」
谷風「そう。その通りだね」
北上「まあね」
谷風「そう。記憶がある。でもそれってホントかなって」
北上「…どゆこと?」
谷風「確かに記憶はあるんだろうさ。猫の仕草や習慣なんかをキミはよく覚えてる」
北上「そりゃあ、そうねえ」
谷風「でもそれってさ、猫の記憶ではあるけど猫の時の記憶ではないんじゃないかな」
北上「…はあ?」
北上「え!そんな事分かってるの?」
谷風「というよりそれしか理由らしい理由がなかった。生前の、ウミネコとしての私にとっては」
北上「続けて」
谷風「飛んでた。飛んでる記憶ばかりだった。でも随分たったある日、唐突に一つの記憶を思い出した。
飛び疲れた私は羽休めに船にとまった。そこで私は船員に餌をもらった。その男に見送られながらまた飛んでいった。
そこが何処だったか、いつだったかなんて鳥にゃわからないけど、あの小さな船は、谷風だったのかもしれないなあって」
北上「…それだけ?」
谷風「それだけ」
北上「えぇ…」
北上「いやだって…ええ~」
谷風「確かに理由としてはあまりにもなんて事無い話だけどね。でも案外そんなもんじゃないかとも思うんだ。
確かめようもないしね。確かめようとも思わないし」
北上「ほんと興味無いんだね」
谷風「さて話を戻そうか。私は思い出すのに随分時間をかけたが、キミのその手間を私が省いてあげよう。
北上。キミは何か物語としての記憶、思い出はないのかい?」
北上「思い出?」
急に言われてもパっとしない。猫の思い出、ねえ。
猫の時の感覚、記憶もどちらかと言うと知識、習慣として身に染み付いているように思える」
北上「確かに、思い出すってのとは違ったかな」
谷風「では、キミは自分の事を白猫と言ったよね」
北上「まあ、うん」
谷風「キミは今自分の姿が見えるかい?全身が?」
北上「自分?鏡とかあれば」
谷風「猫にそんなものはないよ」
北上「…あれ」
あれれ。
第三者。だとしたら私は
谷風「キミが猫として身についた習慣や行動の記憶は確かだろう。でもキミが見たそれはキミの事じゃないんじゃないかい?」
あの白猫は私じゃない
谷風「キミは生前、もう1匹の猫と暮らしていなかったかい?」
パチパチとコマ送りのように様々な風景が頭の中に浮かんでは消えた。
しかしそれはどれも似たような風景だった。
今なら分かる。
これは麦畑だ。
私はそれを見上げていた。
まさに黄金色といった感じの広大な命の輝きの中にその一軒家はあった。
白い壁にの小さな家。農具や機械をいれる倉庫もあった。屋根の色は、見上げても見えないからわからない。
そこには白猫がいた。小さな子猫が。
そこには男がいた。私達にミルクをくれる、金髪の、毛むくじゃらで、大きな手で撫でてくれるおじさんが。
白猫と、おじさんが次々と現れては消える。
ふと火花が止まった。
そこには写真があった。両手に猫を抱えて笑うおじさんの写真が。
おじさんは英語で私達に語りかける。
右手には白猫がいた。
左手には、黒猫がいた。
私がいた。
朱紅い雫が落ちた。
谷風「そういう事だろうね。どうだい?他には」
北上「飼い主も、でも名前はわからない。外国人だ」
谷風「英語が堪能なのはそれが理由かい。しかし探すのが難しいねそれは」
北上「どこかも分からないや」
谷風「飼い主の方はともかく、もう一つは大きなヒントじゃないか」
北上「もう一つ?私が黒猫だったってこと?」
谷風「おやそうなのかい。でもそれはあまり関係ないよ」
北上「なら何が」
谷風「だってもう1匹いたんだろ?」
北上「うん」
谷風「ならこの鎮守府にいるかもしれないじゃあないか」
北上「え…?」
ことわざ、というよりはダジャレ。
あたり前田のクラッカーというやつだ。
全身毛だらけという感覚が無くなって久しいが、ココ最近灰だらけになる機会が増えてきている。
灰、というよりは火薬なのだが。
シンデレラもビックリのドレスだ。
爆撃による黒煙から抜け出す。
顔にまとわりつく汚れを気にする余裕はない。すぐさま索敵に入る。
視界を肉眼に戻し電探で探る。目と猫で言う髭とを合わせた三次元的な空間把握は私の得意とするところだ。
敵艦載機からの機銃を避け私とは別の艦娘へ狙いを定める戦艦に向けて砲撃する。
ダメージは殆どないが足止めには成功した。
比叡「ナイスアシストです!」ドォン
その隙を突き戦艦を撃破する。
北上「おーけーおーけー、さて残りは」
少し遠くで爆発音がした。
蒼龍「敵旗艦撃破、完全勝利っ♪」
北上「被害は、飛龍さんだけか」
飛龍「たはーゴメンね、空母にばっか気ぃ取られちゃって」大破
秋月「すみません、私がしっかり守っていれば…」
蒼龍「気にしないの。飛龍が突っ込んでってのが悪いんだから」
飛龍「う~反省してまーす」
比叡「で、どうします?リーダー」
どうってそりゃあ、ねえ。
北上「帰って間宮しましょう」
北上「…」
入ってきた扉をそっと閉める。
どうやら気づかれてはいないようだ。
提督室。いつもなら入ると目の前に座る提督からどうしたーとか声をかけられるところだが、今日は違った。
椅子を横に向け何やら手元に見入っている。私の位置は提督から横目で見えない角度ではないはずだが、余程見入っているらしい。
何を見ているのだろう。
ニヤっと口元が歪んむのを感じる。
本気で忍び寄る時のコツは、体全体でオーバーリアクション気味にそろりそろりとーなんてやらない事だ。
人間も意外と野性的感覚を持っているものだ。
音を立てずとも妙な気配を出すと気づかれる。
すり足気味に音を抑えなおかつ上半身は普通に歩くように自然体で。
さてそろそろ見える位置だ。
が、ここで普通に覗くと私が100%悪いので、あくまで事故を装って。
北上「なーに見てんの提督~」
提督「ひょぉおう北上ぃ!?」
驚いた拍子に手に持っていた写真が舞い上がる。
大嘘である。
提督「ああいやぁそのぉねぇ」
慌てて写真を集める提督。
そのうち1枚を拾い上げる。
北上「あ、大井っちの写真だ」
モチロン水着の。色々と察しが付いたね。
愛しの彼女の水着に見入ってたなこいつめ。
北上「へ~。でいくらだったの?」
提督「え」
北上「いくら」
提督「いやその」
北上「ハウマッチ」
提督「ワンコイン」
北上「五百か…」
札じゃないだけ良心的?
ちなみに青葉は吹雪の傘下だとか。
もう1枚めくる。ワンピース大井っち。
マジか。
提督「あ、いや。大井をだな!大井を見てた!うん!」
そんなとこで開き直られてもねえ。
提督「というか北上!お前はなんでここにいんだよ!」
北上「何って報告だよ報告」
提督「あー、そっか」
北上「提督」
提督「はい」
北上「落ち着こ」
提督「うん」
急にキリッとかされるとなんかムカつくが、まあそこはいいや。
北上「ぜーんぜんダメダメだった」
提督「え?戦果としては特に問題なさそうだったけど」
北上「旗艦としてって事。途中から比叡さんに任せっきりになっちゃってさ。そのおかげだよ」
提督「ほーう。お前はやたら索敵上手いし、周囲を見て指示出すのも行けるかと思ったんだが」
北上「そう上手くはいかないよ」
私の場合、その感覚を自分のためだけに、生きるためだけに使ってるからね。
提督「まあ慣れだ慣れ。役割上雷巡が旗艦をする事は少ないが、リーダーの目線を知っておく事も大切な事だ。また機会があったら訓練だな」
北上「へいへい」
提督「そうも言ってられんねーよ。敵は待てを聞かないからな。お前のような新兵でも実践訓練のにせざるを得ない」
北上「なるほどね。はーやだやだ、戦争なんてさ」
提督「だ、な。でもまあ悪い事だけってわけじゃないさ。不謹慎かもしれんが、ただ悲観的になってもしょうがあるまい」
北上「お気楽だなあ」
提督「そーゆーのはお前の専売特許じゃないのか?」
北上「マイペースって言ってよね。私の適当は適度に適切にって意味なんだからさ」
北上「ん~まあそうねえ」
提督「大井の時なんかはもっと守備を固めたもんさ。生き残る事が大前提だからな。その点北上は優位だ」
北上「…でもそれっていいの?私達は敵を倒すための兵器だよ」
提督「それだけじゃないさ。それに今は非力でも、生き残って、経験を積んで、強くなってから敵を討てばいい。焦る必要はないからな」
北上「焦る必要はない、か」
提督「マイペースが売りなんだろ?」
北上「それもそうだ」
提督「だろ~?普段適当なやつがここぞという時は真面目になる。ギャップは日頃の努力から生み出されるのよ」
北上「日頃努力してないって話でしょーが」
提督「まあな」
北上「そっか~わざと手を抜いたたんだ~大井っちが知ったらガッカリだろうなあ~」
提督「…き、北上さん?」
北上「そう言えばもう少しで大井っち演出から帰ってくるだっけ」
提督「まて落ち着け、俺達は話し合える分かり合える」
北上「貸一つ」
提督「よかろう」
北上「いや~しかし大井っちってホント胸デカイよね。私もないって程じゃないと思うんだけど。それとも大井っち位が普通なのかな」
提督「お前ら艦娘は規格外だよ、色々と。北上くらいが普通だろ」
北上「ふむ、こっちは多摩姉ちゃんか」
提督「やめてなんか見られる度に心が削られる…」
北上「どう思う?ブルマ」
提督「大きさに関わらず胸の形を顕にする体操着は素晴らしいものだ。だが俺はブルマより現代のズボン型の方が興奮する」
北上「え、キモッ」
提督「」
北上「デカイよね」
提督「普段わかんねーもんな」
北上「なんか性格上慎ましやかなイメージがあるし」
提督「それ、ほんまそれ。その点逆に球磨は大きいイメージだった」
北上「全部包容力に吸われてるんだよ」
提督「なるほど」
北上「クマだってさ」
提督「ん?球磨だろ」
北上「クマの方」
提督「くま、クマか。あーそゆこと」
北上「そゆことそゆこと」
提督「北上のはなんで?」
北上「まだ買ってなかったら借りた」
提督「球磨から?」
北上「サイズがね…」
提督「…ゴメン」
北上「…なんかよからぬ事を考えてないよね」
提督「ちげえって。1度そーゆー足りないものを買いに行った方が良いかなって思ったんだよ」
北上「あー、外出用の服とかもないしね~。そもそも外に行く用事もないか」
提督「そこら辺はまたおいおい、だな」
北上「だね」
とドアを叩く音が。
なんか妙に雑だな。コンコンというよりゴンゴンって感じ。
提督「事後報告かよ!」
吹雪「見ての通り荷物抱えてるんですよ?それに一々私室入るのに確認を取る間柄じゃあないでしょ」
提督「第一に両手塞がってるからと足で戸を叩くな第二にここは私室じゃない第三に俺とお前は部下と上司の間柄だ!」
吹雪「おおーナイスツッコミ、さっすがぁ↑」ドサッ
提督「嬉しくねぇわ!」
提督よりも長くこの鎮守府にいるという最古参にして、提督と最も長い付き合いの1人である吹雪。
会話は完全に兄弟かなにかだ。
吹雪「資料ですよ資料。最近近海に現れた厄介者のね。北上さんの訓練が多少危険度の高い海域で行われてる原因でもあるんですよ?」
北上「え、そうなの?」
提督「うちの主力がそっちに割かれてるんだよ。で空いた穴を埋めるためにってのもあるわけだ」
それは知らなかった。
鎮守府も大変だね。
吹雪「いかんせん古い物でしたから大変だったんですよ~。今どき紙媒体って」
提督「全くだな。って事でそれデータに落とし込んどいてくれ」
吹雪「ええ!?これを?私が!?」
提督「お前以外に誰がいるよ」
吹雪「私じゃなければ誰でもいいですよ」
提督「そこはせめて自分以外に適任がいるとか言えよ!」
提督「おうおう、仕事に励め秘書艦どの」
吹雪「てことでこれ借りますよー」
提督「え?」
手に取ったのは館内放送用のマイクだ。
何故に?
吹雪「あーあー、叢雲聞こえるー?今すぐ提督室来て。いっ、30秒で。提督命令ね」ガチャ
1分と言いかけてから半分に減らしたぞこの秘書艦。
提督「おい何が提督命令だこら」
吹雪「提督のセリフからそういう意図を汲み取ったまでです」ビシッ
提督「敬礼すんじゃねえよお前がすべきなのは謝罪と訂正だよ」
北上「あ」
慌ただしい足音が近づいてきた。それも急いでるからというよりは怒っているからといった感じの。
叢雲「な、何よ急に呼び出しって!しかも、30秒、って…」
セットする余裕がなかったためか少しボサッとした髪と曲がった、ネクタイ?ネクタイだよねあれ。
息も絶え絶えで頭の、耳、うん耳。耳も今にも落ちそうになっている。改二が眩しい彼女。
吹雪「ハイこれ持って」ドサッ
叢雲「はぁ?いきなりなん重っ!何よこれぇ!」
吹雪「後今日は下手したら徹夜だけど付き合ってね。こっちはお姉ちゃんめーれー」
叢雲「徹夜ぁ!?ちょっとアンタ!どういう事よこれ!」
提督「あーうん。でも頑張ってくれ」
叢雲「は、はぁー?」
提督「わりぃな。頼む」
叢雲「ちょっ!あぁもう…言っとくけど絶対徹夜なんかさせないわよ」
行っちゃったよ。
北上「叢雲も大変だね」
提督「見たか?お姉ちゃん命令って言われた瞬間あいつの耳が立ったとこ」
北上「え、見てない」
提督「ありゃ吹雪なりのお願いなんだよ」
北上「頼られて嬉しい、と?」
提督「吹雪も忙しい身だからな。力になりたいとは思ってるんだろ」
北上「なるほど、ね」
徹夜しない、ではなく、徹夜させない、とはそういう意味か。
北上「いい姉妹だねぇ」
提督「みんなそうさ。お前らもな」
北上「そうだねえ。じゃあはいっ」
提督「えっ」
北上「んーっと、これとこれと、ハイ没収」
大井っちの写真計3枚を写真から抜き出す。
提督「んな殺生な!」
北上「提督もいい提督を目指そうね~」
提督「いい提督だろ!」
北上「部下の水着写真ジロジロ鑑賞する提督はなぁ…はい」
他は、まあみんなの楽しそうな姿が写ってるので許してやろう。
妙に納得が早い。まさか大事なのは抜いて隠したか?
いや流石にそこまで念入りに探す理由はないからいいや。
北上「んじゃあ私は次の出撃までやすんどくね~」
提督「そうだ、ついでにこれも」
北上「これは、球磨型の集合写真」
提督「いい姉妹、だな」
北上「うん、うん」
北上「姉妹、ねえ」
廊下で写真を見ながら考える。
私の、もう1人の姉妹とも言える白猫の事を。
鯰。漢字で書けないし読めない。
英語でキャットフィッシュと言うらしい。
理由はヒゲが猫っぽいから。
学者のネーミングセンスは何故こうも適当なのか。
便宜上だしわかりやすけりゃいいというならまあ分からなくもないが、いやそもそもわかりやすいかね?
船で、女の子で、じゃあ艦娘って。
実際わかりやすいのは確かだ。
それしか形容しようがないのも確かだ。
それしか分かってないのも、確かだ。
そう、結局何もわかってない。
ならば、例えば私や谷風のような存在は、案外それほど特殊ではないのかもしれない。
私達は、何であっても不思議ではない。
つまり、
北上「私はナメクジかもしれない」
阿武隈「…なんですか急に」
北上「いやさ、汗がこうツーっと流れる度にそこから溶けだしそうな感覚なんだよ」
阿武隈「ナメクジが塩で溶けるって迷信らしいですよ」
北上「えぇ!嘘ぉ!」
阿武隈「ウソです」
北上「うわぁ、悪い子だ」
北上「ここは戦場じゃないし、疑う意味もないも~ん」
阿武隈「そんな大げさな…」
阿武隈。ちょっと不思議な縁がある娘。
何やら艦の記憶からか妙に私に警戒心を示していたのだが、いかんせん私がそっちの意識が薄いために完全に無視していたのだ。
そしたらなんか寄ってきた。向こうから。
「こっちはこれだけ意識してるのにズルイです!」というのが向こうの言い分だったが、いやなんとも理不尽な。
1人の時を狙うのは恥ずかしいからだとか。よくわからぬ。
そう、よく分からないのだ。だからまあ奇縁というべきだと思う。
北上「阿武隈は暑くないの?」
阿武隈「暑いと言えば暑いですけど、汗ばむほどでは」
北上「そりゃ羨ましいや」
阿武隈「あれ?あそこの本って」
北上「夕張に借りたラノベ。知ってるの?」
阿武隈「はい!駆逐艦達の間でも流行ってるんですよ、私もすっかりハマっちゃって!」
北上「あーボリューム下げて下げて」
阿武隈「あぁすいません…」
そう。奇妙と言えば今現在こうしている関係こそ奇妙だ。
自分の部屋で、阿武隈に膝枕されているこの状況が。
阿武隈「読んでもいいですか?」
北上「ラノベってのも便宜上のテキトーな分類だし、合う合わないはあると思うよ」
阿武隈「だから読んでみるんです」
北上「うむ、いい心がけだ」
阿武隈「あ、でも届かないです」
北上「…私は少しでも動いたら溶けるよぉ」
阿武隈「溶けろぉ」
北上「ぐえー」ゴロン
体制が変わった事で服が汗により身体にひっつく。
うえー気持ち悪い。
北上「チーズ蒸しパンになりたい」
仰向けで呟く。
阿武隈「どこのゴリラですか」
北上「あれ、知ってるんだ」
阿武隈「私的には北上さんが知ってる方が驚きです」
北上「夕張の英才教育の賜物かな」
阿武隈「まあ、教育ではあるかもしれないですね」
阿武隈「確かにそう考えるとなんだか凄いですね」
北上「表現方法が違うとはいえ、あれだけの情報をばっと読むってのはなんかクセになる面白さがあったよ」
阿武隈「漫画は気軽に早く読めますからね。遠征組に流行ったのも休憩時間に読みやすいって事がおおきいでしょう」
北上「そうそう、速いんだもん。夕張にとりあえず有名所は読んどけーって貸してもらったけど、サクッと読み終わっちゃった」
阿武隈「あの人の部屋漫画も本もすごい数ですよね」
北上「貴重な人材だから給料いいんだって」
北上「マジ?推理ものだよ?」
阿武隈「推理小説は苦手ですけど、これは好きです」
北上「あー江戸川乱歩よりなところがいいのかな」
阿武隈「エドガー?」
北上「…おぅ…」
怪人二十面相って言った方がわかりやすいのかな?
いやそこまで説明する気もないしいいや。
北上「ぐえ」
北上「え、なにしてんの」
阿武隈「さっきは私が膝枕したので今度は北上さんがお願いします」
北上「えー対価を要求するんかい。しかもそこは膝じゃなくてお腹だよ」
仰向けに寝た状況でお腹に頭を載せられると結構苦しい。
というか私はそもそも膝枕を頼んだ覚えはない。
「私は暑くてだるいのでこれから寝る。なので貴様にかまう暇はない」「なら私が膝枕をします」みたいな流れだったはずだ。
北上「若干負担はあるけど、まあいいや」
阿武隈「ところでここって膝じゃなくて太ももですよね。太もも枕ですよね」
北上「よく考えたら膝枕って痛そうだね。硬いところじゃん、凶器じゃん」
阿武隈「テキトーな名前ですね」
北上「便宜上、というかこの場合は語感のよさかな」
阿武隈「…膝ってどこまでが膝なんでしょう」
北上「んー、膝に手を置いて、包める範囲くらいが膝なんじゃない?」
あ、阿武隈の頭が邪魔で見えないや。
ランニングにスパッツというこの季節の鎮守府においてそれほど珍しくないラフな格好。
その割に髪はしっかりセットしているようだ。
阿武隈「あの、なんですか?」
北上「いやさ、髪のセットとか大変そうだなーって」
鮮やかな色をしたそれを手で梳くように触る。
阿武隈「そうですけど、こうしないと暑いんですよ」
北上「テキトーにまとめてもいいんじゃないの?」
阿武隈「そこは、ほら、おしゃれと言いますか…」
その服装で何をいまさら、とは言わない。
北上「大井っちがやってくれるからね~。それにさ、ポニテって楽だけどこうして仰向けに寝れなかったりでめんどうなんだよ」
阿武隈「あーわかります」
北上「本音を言うと単発にしたいところだけどね」
阿武隈「そのぉ…前髪!私の前髪とか、どう思います?」
北上「前髪?さあ、普通じゃない?」
阿武隈「デスヨネー」
北上「?」
ポニテって横向きになら寝れるけど向きを変えようとする度に頭を持ち上げなきゃいけないし、
壁や大きい背もたれなんかに結び目が当たったりと地味に不便だ。
まあ動く人専用だね。
ちなみに三つ編みはやって見ると結構簡単だ。編み込みとかどーとかになるとまた別だが。
眠い訳じゃないが、なんとなく光を見てるより涼しいかもと思っただけだ。
張り付く服と時折流れる汗。扇風機の風で揺れる阿武隈の髪が太ももを撫でる。
暑い時は寝て過ごしたいのに暑いから寝れないというジレンマ。辛い。
北上「アブぅ」
阿武隈「なんですかその呼び方」
北上「隈までいう気力ない」
阿武隈「んー、名前はちゃんと呼んでください!」
北上「漢字で阿武隈って書けるから許して~」
阿武隈「ほんとですかぁ?」
北上「お、挑発的だねえ。薔薇も憂鬱も書けるよ~私」
多摩姉と木曾を間違えたことはあるが。
阿武隈「よくないですよぉ…」
北上「なんで敬語なのさ」
阿武隈「エッ、それはその、なんか、ハズカシイノデ…」
よくわからん。何か船の記憶に関わる事だろうか。
ま、いっか。
こうして1日が平和に、
北上「終わらないや」
阿武隈「?」
部屋の戸が開いた。
大井「き~たか~みさあぁぁあぁぁぁ!!」
阿武隈「きゃぁぁぁぁぁ!!」
うるさい。予め耳を塞いでおいたが特に阿武隈のガラスとか割れそうは声が響く。
大井「なんでそんなうらや、羨ましい事を!!」
阿武隈「いやっ、そのっ、これはっ、き、北上さんは渡しません!!」
北上「えっ、そっち?」
あー騒がしい。それはいいんだけど部屋を暑くされるのは困る。
北上「はいはいちゅ~も~く。私から折衷案がありま~す」
大阿「「膝枕です」」
正しくは、大井っちが私に膝枕してる、で阿武隈が私に膝枕されてる、だ。
もっと正確に言うと大井っちが座ってそこに私が膝枕で仰向けに寝て、私の膝、もとい太ももに阿武隈が寝ている。
何の解決にもなってないはずだが2人は満足そうなのでいいだろう。
球磨「何も聞かない方がいい?」
北上「うん」
球磨「さいで」
この後帰ってきた多摩姉は何も聞かずに、言葉で表せないような表情をしつつも無視してくれた。
いい姉妹だねえ。
それも、便宜上の、設定のようなものじゃないのかね。
私達の関係は、なんと言えばいいのだろう。
閑話休題
この日を境に、阿武隈が私1人じゃなくても遊びに来るようになった。
そんな蝉はいない。
でもさ、球磨ゼミがいるなら例えば多摩ゼミとか木曾ゼミなんかもいていいんじゃないか、なんて。
現実的な話猫っぽい鳴き声の蝉がいたら絶対ネコゼミだったよね。
ちなみにクマゼミは見た目が熊っぽいかららしい。
どこがよ…
木曾「そんな仰々しい存在だったか?あいつら」
北上「その役目を終えてるにも関わらずクソ暑い中暑苦しい鳴き声を昼夜問わず振りまくのはどうかと思うんだよ」
木曾「言わんとする事は分からんでもないけど、とんでもなく理不尽な理不尽な理屈だな」
北上「自覚はしてる」
木曾「なおタチが悪い」
木曾「した事も無いのにそう賢しら顔で語られるとなんか嫌な感じだな」
北上「燃えるような恋がしたい」
木曾「暑いのは嫌なんだろ?それはともかく、蝉だって種を残すために必死なんだぜ。それこそ燃えるような恋だ。見守ってやれよ」
北上「そう言えばアイツらリア充目指してるんだよね。くそう全滅しちゃえ」
木曾「これは酷い嫉妬」
木曾「物は言いようだな。そりゃあまあうるさいかもしれんが、短い命なんだぜ。少しばかり輝かせてやれよ」
北上「じゃあさ、子供のために必死に食料を運ぶ蚊に対して同じ事言える?」
木曾「…」
北上「…」
木曾「無理」
北上「うん」
木曾「…なんかやけに近いというか、響いてる?」
北上「あれ?なんか窓と逆から聞こえてない?」
木曾「段々こっちに「多摩ぁ!」うわっ!」
蝉「ツクツクホーシwwツクツクホーシww」
球磨「あれぇ!?いない?なら北上!木曾!見るクマ!」
蝉「ツクツクホーシwwツクツクホーシww」
木曾「見るまでもねえ!なんだそりゃあ!」
蝉「ツクツクホーシwwツクツクホーシww」
球磨「蝉クマ!」
蝉「ツクツクホーシwwツクツクホーシww」
木曾「んなこた知ってるよ!なんで蝉を手に持って部屋に来たんだよ!」
蝉「ツクツクホーシwwツクツクホーシwwアアアアアア…↓」
蝉「ツクツクホーシwwツクツクホーシww」
木曾「んなわきゃねえだろ!そいつは!はぁ…あー!ド忘れした!」
蝉「ツクツクウィーヨンwwウィーヨンww」
球磨「蝉クマぁ!」
木曾「それは知ってるわ!」
蝉「ウィーヨンwwウィーヨンwwww」
球磨「クマゼミぃ!」
木曾「上手くねえ!」
蝉「ウィーーーwwwアアアアアアアアア…↓」
北上「?」
蝉「…」
木曾「1人だけ耳を塞ぐなよ…事態の収集に努めてくれ頼むから…」
北上「ツクツクボウシ」
木曾「あ、そういやそのまんまな名前だったな」
球磨「えー球磨にはチクチクボーンに聞こえるクマ」
木曾「いやそこはこだわるところじゃ…というかどこを見てクマゼミだと思ったんだよ」
球磨「色気」
木曾「色じゃないのか」
北上「ねえ」
木曾「ん?」
北上「くるよ」ミミセン
木曾「く「ツクツクホーシwwwツクツクホーシww」」
蝉「ツクツクホーシwwツクツクホーシww」
木曾「はあ!?それ持って提督室に行く気か!」
球磨「さらばぁ!」
蝉「ウィーーーーwww」
木曾「あ、嵐だった…」
北上「ご愁傷さま」
木曾「上姉ぇ…」
北上「あはは、悪かったって。でもありゃほっとくしかないよ。それこそ嵐が過ぎるまで」
木曾「まあなぁ…」
北上「ん?ガラスの割る音、と蝉が逃げる声」
木曾「うえー、か。提督室かな」
北上「爆撃とかじゃ無さそうだね」
木曾「球磨姉がうるさすぎて窓から投げられたとか」
北上「あー吹雪いるしありえるねぇ」
テイトクガー ウワナンヤ!? テイトクガーオチター
北上「…」
木曾「…」
北上「え提督の方?」
木曾「マジか」
このベットもそうらしい。
提督「俺さ、虫ダメなんだわ」
ベットに体を横たえる提督。
北上「いやだからって窓破って飛び出すかね」
吹雪「ちなみに今のツッコミは北上さんで53人目です」
ちゃっかり提督の椅子に座ってリンゴを剥く秘書艦。
北上「ずっと数えてたの?」
吹雪「秘書艦的にここを離れられませんからね。必然的にみなのお見舞いを見守る事になるんです」
提督「同じやりとりを今日で何回したか」
提督「左足くじいただけ」
北上「それだけ?」
確かに。ベットに寝ている提督には包帯ぐるぐる巻の左足以外目立ったものはない。
吹雪「下に丁度龍驤さんがいまして、大怪我を防ぐくらいにはクッションになったみたいなんです」
提督「弾力性はなかったけどな。残念ながぐへっ」ブスッ
北上「お~」
割れた窓から飛んできた矢が見事に頭に突き刺さった。
吹雪「おーこれは初めてのパターン」
提督「…あいつ矢なんて使わなくね?」
吹雪「一芸に秀でるものは万芸に秀でるんですよ。陰陽師スタイルが一番得意なだけで弓が不得意なわけじゃないんですよ」
北上「へーすごいねそりゃ」
吹雪「空母の中じゃ最古参ですからね」
北上「いやぁ私がそれ貰っちゃ悪いでしょ」
提督「なんか流れでこうしてベットにいるけど別に絶対安静じゃねえんだよ俺。歩きにくいだけなんだよ。見舞いを貰っても困る」
北上「あーね…」
矢もそうだがこの人頑丈過ぎる。普段から魚雷やら爆撃やらで鍛えられてると違うね。
吹雪「いいんですか~、他の子にはそんな誘いしなかったのに」
提督「いいんだよ。球磨がアレ持ってきた経緯も知りたいし」
吹雪「さいで。ではこちらをどうぞ」
北上「おー、カワイイ」
吹雪「自信作です」フンス
差し出されてお皿には綺麗なうさぎリンゴが並んでいた。
吹雪「はい。小腹が空いたので頂いちゃおうと」
ナイフ1本で器用なものだ。
爪楊枝を掴んで口に入れる。
北上「うむ、おいしい」
吹雪「美味しいうちに食べちゃってください」
提督「え、俺には?」
吹雪「あ、そうでした。よし。ほれ」
果物ナイフの先端に無残にも突き刺さったウサギが提督の前に差し出される。
提督「…おい」
吹雪「三回回ってワンは残念ながら無理そうなので三回腹筋してキャイン!で許してあげます」
提督「さらに難題を!?」
北上「…あむ」
美味い。
ちなみに提督は三回腹筋まではやった。
リンゴは吹雪が頂いた。
北上「いや~止める暇もなくってさ」
提督「別にいいよ。誰が悪いってわけでもないし。でも球磨にはよく言っといてくれ」
北上「今頃摩姉ちゃんが言ってるよ」
吹雪「虫嫌いの情けない男がイタズラに騒ぎを大きくしただけですしね」シャリシャリ
提督「ぐっ…まあそうなんだけど…」
北上「…虫ダメなんだ」
提督「ダメ、マジ無理」
北上「どのくらいダメなの?」
提督「…それなりに」
吹雪「あっ、提督!枕元にクモが!」
提督「オビョワウ!!」ビクン
吹雪「このくらいです」
提督「シニタイ」
北上「うん、仕方ないよ。今のは私もビックリするよ」ヨシヨシ
吹雪「オビょワウって言います?」
北上「…」ヨシヨシ
提督「優しさが辛い」
北上「そりゃゴキブリとかなら分かるけどさ、セミって割と虫としてはセーフって方じゃない?カブトムシに近いし」
提督「いやカブトムシはそれこそ甲に覆われてるからいいけど、セミってなんか虫虫さがもろじゃん割と」
北上「んー、まあ言わんとする事は分からなくもない、かな?」
吹雪「あ、司令官。トンボなんかはどうですか?」
提督「あー指に止まるくらいがギリだな」
北上「線引き細かいね」
吹雪「えーもちょっと寝ててくださいよ~」
提督「いやだって仕事溜まっちゃお前の負担も増えるだろ?」
吹雪「いやなんで私が提督の仕事手伝う前提なんですか」
提督「いやいや前提だろお前秘書艦だろ」
吹雪「いやいや私はこの鎮守府のこの艦隊のリーダーとしての仕事はしますけど司令官の仕事なんて知りませんよ」
提督「え?」
吹雪「え?」
北上「おー」
雲行きが怪しいぞ。
提督「うわグサッとくる。凄い切れ味」
吹雪「でも手をつけてない仕事がいくら増えようと知りません。むしろ楽なのでそこで寝ててください」
北上「でも溜まったら結局吹雪も手伝うハメになるんでしょ?」
吹雪「司令官療養中につきっていっていくつか海にでも捨てりゃいいんですよ!」
北上「うわー」
提督「前に貯めた時は艦隊運用は全部吹雪で俺は朝から晩まで机に磔にされたよ」
北上「うわぁ…でもそれは提督が悪い」
提督「妙な機能付いてたら排除しといてくれよ」
吹雪「命に関わるようなら」
提督「ギリギリのラインを攻めんじゃねえよ!」
パタム、行っちゃった。
北上「相変わらずだねえあの子。凄く有能なのに」
提督「さっきも言ってたけど、あいつがやってんのは鎮守府の運営だ。俺の手伝いなんて事のついでだよ」
北上「提督いらない説」
提督「そんなっ!事は無い」
なぜ詰まった。
北上「殆どじゃん」
提督「そこは、ほら、年機の違いだよ。経験経験。あいつもう50年は艦娘やってんだから」
北上「ごーじゅう?50…提督そんな歳とってたっけ?」
提督「なんでまず俺の年齢なんだよ。俺は2代目だ。この鎮守府のな」
北上「へー、2代目。じゃ吹雪はそっちの初期艦だったのかな」
提督「当たり。だからアレだ、前のご主人様を忘れられずなかなか懐いてくれないペットって感じdグエッ」
飛んできたのは松葉杖(ジェット付き)。
しかし一向に学習しないね…やはり無能なのでは?
提督「五月雨かお前は!つかジェット!ジェットって!危ねぇのはやめろつったろ!」
吹雪「さみちゃんを悪く言うなー!いやーバイブ付きのと二択だったので」
提督「バイブ付きでいいじゃん!」
吹雪「えぇ…」ドンビキ
提督「いや欲しいって意味じゃねえよ!」
やれやれ。このまま二人の兄弟喧嘩に付き合っててもしょうがない。
北上「んじゃ提督お大事に~」
提督「おうありがとな、だあっ!ジェットを突きつけるな!」
いいねぇ、気の置けない仲っ言うのかな。
ちょっとだけ、羨ましい。
提督室を出てしばらくすると、急に声が聞こえなくなった。
提督ってば意識でも飛ばされたかね。
面白い絵面を期待して猫足でそろりと扉前に戻ってみる。
おや?少し声が聞こえるな。
今やピクリとも動かない耳を扉に押し当てる。
「で、どう思う」
「無計画なようで周期的。無意味なようで戦略的。まあ充分考えられる話です。愚かなら今の海軍相手にここまで生き残ることは無理でしょう」
「同感だ」
「で、どうします?」
「俺はやる」
「私はやりません。と言っても、他の娘はやるんでしょうね。だから止めませんよ、前に言ったじゃないですか」
バッと扉から身を離し部屋に向かう。
なんかあれ以上聞くとやばそうな気がした。具体的に言うとお前は知りすぎたとかで殺されそうな気が。
しかしあの2人一体どういう関係なんだろうか。
考えるとなんかモヤモヤするのでセミの声で思考をかき消していく。
猫が歯で蚤を取ろうとしてもなかなか上手くいかない、という事から、不確実な事、めったに上手くいかないこと、まぐれ当たりの事を指す。
しかしいくら猫でも繰り返していけば上手くなるものだ。
いつまでも無様な醜態を晒しているわけにもいくまい。
大井「すぐに終わりますよ。初めは体の感覚に違和感を覚えますけれど、じきに慣れます」
北上「おぉ流石に経験者の余裕だね」
工房前。
お互い練度は十分。
改造の日だった。
提督「色々と予定にズレはあったが、まご苦労さん。北上は改で晴れて雷巡、大井は改二でパワーアップだ」
北上「うんうん。いいねぇ痺れるねぇ」
大井「ハァァァァァ…ついにこの日が…」
提督「まだ納得してなかったのかよ」
大井「当たり前でしょ!って、まあいいです…北上さんの晴れ舞台を邪魔する気はありませんから」
ダシに使われた。
提督「いいじゃねえか強くなるんだし」
大井「私はあんな露出の多い服を着るキャラじゃありません」
提督「えーカワイイじゃん」
大井「提督の好みなんて知りません!」
素直に喜べばいいのにねぇ。
夕張「ハローハローお待ちしておりました~」
大井「なんですかのそカッコ…」
北上「闇医者の世話になる気は無いよ」
夕張「お、分かってるぅ!ブラックジャックと迷ったんだけどアッチはベタすぎるし用意が面倒なのよね~」
北上「普通に迎えりゃいいじゃん」
夕張「つまらないじゃん」
そう言いながら頭に嵌めた茶色の紙袋を取る。流石にあの高身長を再現はできなかったようだ。
北上「え、ほんと?」
大井「はい。5分くらいで」
ウソだろ!
夕張「殆ど妖精さん任せですからねえ。ひみつ道具でいう小人ばこね。寝てたら終わるわよ」
北上「小人?」
大井「ばこ?」
内容から察するに「小人の靴屋」の小人か?
夕張「次はドラえもんね…」
北上「なにそれこわい」
大井「体に不可はかからないので昼寝でもする感じにリラックスで大丈夫ですよ」
北上「そぉ?」
散髪とかの感覚だろうか。もっとも本や漫画で得た知識なので実際に理髪店に行ったことなどないのだが。
夕張「はいはーい、目ぇつぶってー。では妖精さんよろしくぅ」
何かが、始まった。
自分で自分を見つめているような、自分で自分を触っているような、自分で自分を包み込んでいるような。
あらゆる「自分」を認識する刺激を脳が感じているにも関わらず、同じくらい自分が触れているという感覚がある。
触れているのが自分なのか、触れられているのが自分なのか。
それはさておき何だか妙に気持ちいい。
昼寝、とはいかないまでも脳以外の体の機能を切り離し、リラックスしてみる。
私には生前兄弟、兄妹?姉妹、まあ家族のような者がいたらしい。
者というか猫。
はてさてそれは一体誰なのか!
北上(まあ多摩姉ちゃんだよね)
ウミネコさんの言う事を全面的に正しいと仮定すれば。
思えばこれでもかと伏線は貼られていたように思う。
これで多摩姉ちゃんじゃないのならばそれはいささかミスリードが過ぎるというものだ。
意外な犯人。奇をてらったトリック。思わぬ真相。そういうのを見たくて本を読む。
でも本当にそうだろうか。
例えば、吹雪の山荘に6人。
被害者1人、探偵1人、容疑者4人。
でもある程度推理小説に触れた事があるなら、当然読み手からしたら容疑者は六人全員だ。
実は殺害されたと思ってた彼女が犯人でした。なんと探偵こそが犯人だった。
それは意外で奇っ怪なオチだし読み手としても満足だが、思わぬ真相ではない。
なんだかんだで読み手は最初の段階で無意識にそれらも犯人たり得ると考えるものだ。
故に本当の意味で予想外な犯人なんてそうそういない。
ある程度決められたルールの範囲内でトリックを組みミスリードを誘う。
ここで実は山の幽霊の仕業でしたって言われても萎えるだけだ。
それで面白いのもあるけどね?
夕張「わっ!」
北上「うわっ!?」
夕張「ありゃ、ホントに寝てた?改造終わりでーす」
北上「え、もう?」
あっという間だ。
大井「北上さん北上さん!どうどうどうですかこの衣装!」
北上「おーー、お?」
大井っちの改二衣装。白い、白くて、
北上「エ口いね」
夕張「エ口いですね」
大井「はぁぁぁぁぁ……」
隅っこでいじけだした。
北上「ゴメンゴメン冗談だって~」
夕張「習うより慣れろ、ね」
北上「大体は分かるよ。よく大井っちの見てたし」
大井「いやん北上さんいつもそんなに私のこと見ていてくれたんですか~」
北上「うんうん見てた見てた」
夕張「慣れてるわね~。というわけでこちらが甲標的よ。使ってみる?」
北上「いいの?」
大井「提督から、というか吹雪から許可が降りてるわ。なので!一緒に練習しま「あ~大井さんはこの後近代化改修なので工房で待機です」あ゛?」
夕張「いやいや、あ゛、じゃないですよ…」
大井「チッ…まあ仕方ないわ」
大井「今阿武隈って言いましたよね!なんで私じゃなくてあの娘なんですか!」
北上「そういや阿武隈も雷撃出来るんだっけ」
夕張「そりゃあできるできないで言えばお二人共同じですけど、練度が違うじゃないですか…」
大井「ぐっ…」
大井っちは練度50。
阿武隈はたしか80以上だとか。
大井「すぐに、すぐに、抜いてやるわ…」
怪しげなオーラを出しながら工房に戻っていく大井っち。
夕張「ちなみにこれが提督の狙いです」
北上「マジで?」
夕張「多分」
北上「多分かぁ」
北上「お、おう」
大井「はぁ…」
夜。風呂に入ってご飯も食べた後。提督室に呼ばれた。
前に言ってたお祝いだろうとは分かってたけど、まさかこんなテンションでクラッカーまで鳴らされるとは思わなんだ。
大井「はいはい、今度はどんなお酒ですか」
北上「大井っち冷静だねぇ」
大井「前にも一度あったので」
前にも、つまり大井っちが改造で雷巡になった時か。
机の上にどんと置かれた一升瓶は、前に私が見たものとは異なっていた。
北上「それって?」
大井「魔王?」
提督「芋焼酎ってやつだ」
北上「変えたの?」
提督「サプライズになったろ?」
なったけど、それじゃ飲めるか確認した意味ないんじゃ…
大井「それで、どうして今回は芋焼酎を?」
提督「二人にぴったりだと思ってな」
大井「え?」
何故に芋。
大井「あらおいしい。いい意味で芋焼酎って感じがしないわね」
提督「はえーよ!飲むのはえーよ!」
北上「生か~、流石大井っち。私ゃお湯割りかねぇ」
大井「北上さんなら4:6位で丁度いいと思います」
北上「そお?」
提督「えーい勝手に飲め飲め、おら乾杯」
大井「乾杯」
北上「かんぱ~い」
提督「意外とってなんだ意外とって」
大井「聞かない名前ですけど、何処でこれを?」
提督「ここに来る前にいた鎮守府の近くにな、いや近くってほどじゃないけど。そこの地元の人から送ってもらったんだよ」
北上「へ~、意外な人脈が。というか提督ってほかの鎮守府に居たんだ」
提督「おうよ。2代目にして二つ目の鎮守府さ」
大井「私はこの鎮守府で生まれたので、提督の以前を知らないんですよね」
北上「ほほう。こりゃいい肴になりそうだね」
提督「そんなに気になるか?」
大井「一体どんな問題起こしたんですか…?」
提督「何もしてねえよ。ここの前任者が引退した、それだけだよ」
大井「引退、ですか。珍しいですね」
提督「全くだ」
北上「…提督飲まないの?」
提督「俺これ苦手だわ」
北大「「えぇ…」」
子供か。
酔う酔わないで言えば私は強いほうだ。
でもあんな苦い、というかなんというか。妙な刺激だけのわけわからん飲み物をわざわざ飲もうとは思わない。
大井「ほ~ら、まだありますよぉ~」
提督「バッカおめぇ入れ過ぎだよそりゃよ。割れ割れお湯だお湯」
大井「こんなものお茶ですよお茶あ!」グビ
提督「バッカおめぇバッカお酒はそんな楽しみ方するもんじゃねえんだよ」クイッ
顔真っ赤で底なしの笑顔を浮かべる大井っちと、少し体制がふらつき呂律も回らない提督。
完全に出来上がってる。
北上「元気だね」ボソッ
お湯割りに少し口をつける。
大井「アレくらいの酔いなら1人で用くらいたせますよぉ。というか、なんで私がついて行かにゃならないんですかあの人に」
北上「それもそうだね~」
提督室で2人っきり。
しかしあの人ねぇ。いつもと違って随分柔らかい言い方をするじゃあないさ。
大井「ふぅ…」
北上「…」
またか。
改造してから何故か唐突に溜息をつき悲しげな表情をする時がちらほら。
まさかそこまで服の事を気にしてるのか?
大井「ああ、えと。明石さんのところへ」
北上「…服は変えられないと思うよ」
大井「へ?…ああ、そうですよね…北上さんこそ。雷撃訓練はどうでしたあ?」
北上「良かったって。目がいいからね私。あとは慣れって言われたよ」
提督「ただいま諸君!」ガチャ
北上「お~おかえうわっ提督!下下!」
提督「どうしたぁ北上!」
幸いにもフルチンじゃなかったが、パンツ一丁とは…
大井「提督」
提督「なんだぁ!」
大井「お酒に、強くなりましょう」
提督「よしこいぃ!」
大井「いいんですか?提督を介抱しなくて」
なぜ私に聞くのか。
あ、そうか。私をダシに自分も介抱するつもりか。
別に残ってもいいのにさ。
でも、まあ。
北上「いいよいいよ。戻ろ」
なんとなく、阻止してみる。邪魔してみる。なんとなく。
大井っちは全然平気そうだけど、私はちょっとふらつく。
大井「大丈夫ですか?」
そう言って肩を持つ大井っちはすごく嬉しそうだ。なんというか勝ち誇った感じの笑顔。
北上「ただま~」
流石にみんな寝てるか。
寝支度は終わってるし私達もさっさと寝よう。
大井「多摩姉さん。起きてたんですか」
いつも思うけどこういう時のひそひそ声って寝てても普通に聞こえる音量よね。
多摩「今起きたにゃ。多摩は耳がいいにゃ」
北上「そっか」
耳がいい、ね。
多摩「どうせ酒臭いんだろうにゃ。端で寝るにゃ」
北上「分かってるよ」
大井「ヨシッ」
端、ではなく私の隣という事実に食いつく大井っち。
北上「おやすみ~」
多摩「おやすみにゃ」
聞けばいい、聞けばいいんだ。
ひょっとして生前猫だったりしない?なんて。
でも、なんだろうね。
ちょっと怖い。
とはいえいつまでも放置しておくわけにもいくまい。
少し、歩き出さないと。
この時期には珍しく気温は30度を下回っているらしい。
誰も通らない道路を1人で歩く。
左手には海。右手には草木が。
心地よい風が頬を撫でる。
過ごしやすいのは私だけじゃないのか、蝉たちの声もいつもより元気なように思える。
北上「あ」
と、思わず声が漏れた。
私の視線は、道路の脇に横たわっているそれに釘付けになる。
見てはいけないものを見てしまったような。何か見慣れたものを見たような。不思議な感覚を覚える。
蝉の声が一瞬、止まった気がした。
予定の時間まであと10分。提督が貸してくれたものだ、ズレているということはあるまい。
早めの行動を心掛けて得た貴重な時間だ。
具体的に何をするかはまったく決まって無かったけれど、何もしないという事だけはしないだろう。
私は少しづつそれに近づいていった。
足取りは軽くも重くもなく、先程と変わらぬ速度で。
不思議な事にそれと私の影は形が違った。
北上「よりにもよって、こんな日にね」
今日はお盆。なんて、そんな事気にするのはこちらの勝手で、この子にはなんの関係もないことなのだけれど。
改めてマジマジとそれを見つめる。
思っていたよりも綺麗だった。
この場合の思っていたはつまり轢かれてグチャグチャになってはいないかという話だ。
そうではないという事は撥ねられたのだろうか。
少しほっとする。
おかしな話だよね。
もうそこにはいない本人ではなく全く関係の無い私がそんな事を思うなんて。
肩にかけていた大井っちから借りたカバンを漁る。
念のためにと大井っちと提督から持たされたあれやこれやが七つ道具もかくやと言った感じに入っている。
実際役に立ちそうだ。
ビニール袋を二つ取り出して手にはめる。
別に艦娘は細菌とかなんやらには強いから問題ないけど普通の人間はそうはいかない。
これから人里に降りるのだしそこら辺は配慮しなきゃ。
北上「人里に降りるって、我ながらどうなんだろうね」
なんとはなく話しかけてしまう。
なんだろうか、この感じは。親近感?だとしたら何処に?
暖かくは、なかった。
ビニール越しに伝わってくる感覚はおよそ生命の尊さを宿しているものとは言い難いものだった。
どがつかない程度の田舎だ。まして鎮守府のすぐ近く。舗装された道路以外は自然そのものだ。
道路脇の草むらにそっと死体を置く。
夏色の草木が私の手なんかよりも優しく、広く包み込む。
彼、彼女かな?確率でいえばまあ彼女だろう。
その彼女は最早人の目の届かない空間に置かれた。
時計を見ると残り時間は五分を切っていた。
貴重な10分は、決して長い時間ではないようだ。
もっとも時間がもういくらかあったとしても、私はこれ以上の事はしなかったろうし、出来なかっただろう。
両手にはめたビニール袋を慎重に裏返しながら考える。
こういう時はどう締めればいいのかな。
日本人ならやはり両手を合わせて南無阿弥陀仏?
それで言うと私はキリスト教かもしれないのだが、元。
まあ誰が見ているわけでもないし、そんな事をしても一銭の得にもなるまい。
せっかく会えた、なんて言い方もどうかと思うが、同胞にねぎらいの言葉でもかけてやろう。
北上「お疲れ様」
裏返して外したビニール袋を更にビニール袋で包んでカバンにしまう。
さてそろそろ時間だ。バス停に向かおう。
三毛猫の死体は、当然ながら、残念ながら、返事をしなかった。
33匹目:猫に小判
価値のわからない者にそれを与えても何の意味もない、という意味。
豚に真珠もそう。
ところでなんで人は動物に無理難題ふっかけてそれをことわざにするのか。
価値を知らないってそんなの当たり前じゃん。というか分かっても使えないじゃん。
勝手に並べ立てられて比べられる動物の方はいい迷惑だ。
だからこれは、そういった動物達の代表として、私から人類へのささやかな仕返しである。
毎日海に出ている私達よりもよほど日焼けしている古びたバスが坂を登ってくるのが見える。
予定表の時刻との差は10分。
これ程の正確さで毎日巡回しているとは、交通機関というのは実に素晴らしい。
初めてのバス乗車。大井っちの言いつけ通り確認をとる。
北上「〇〇行きであってますか?」
「ん?合ってる合ってる。ここじゃ他に行くバスは通ってないよ」
運転手のおじちゃんが優しく笑う。
うむ、なかなか良い眺めだ。
「お嬢ちゃん、鎮守府の人かい?もしかして艦娘ってやつなのか」
運転中に、しかもバスの運転手が話しかけてきた。そういうものなのか?
いやこの際それはどうでもいい。
問題は鎮守府、つまり軍の関係者にあっさりと話しかけている事だ。
艦娘もいわば国家機密というか、軍の兵器。一般人がおいそれと触れていいものじゃない。
だから私もお忍びという事で変装してきているのだ。
だというのにいきなり艦娘とは。
北上「違いますよ。学生です。〇〇中学の」
「んー聞いたことねえな」
北上「隣の県から来たんですよ」
確かにあそこは鎮守府を除けば民家は数える程しかない。
北上「兄に会いに来たんです。鎮守府で働いてて」
「おー軍人さんかあ。すごいねぇ」
北上「ええ、まあ」
会話はそこで打ち止めとなった。流石に運転に集中してくれたのだろう。
これ以上聞かれたらどうしようかと思ったがどうにか誤魔化せたようだ。
ちょっとした緊張が切れ、背もたれに体重を預ける。
北上「ありゃ」
ポニーテールを結わえたところが後ろにあたる。
やはり不便だなこれは。慣れないことをするものじゃない。
変装目的なので解くわけにはいかないのだが。
窓を見る。
鎮守府は随分と遠くなっていた。
北上「そ。改造祝と、前の貸しとで。いいでしょ?」
提督「まあそりゃ止める理由は無いけどよ」
大井「でもどうして急に?」
北上「これだよこれ」
大井「えーと…サイン会?」
提督「あーこの本最近話題になってるやつだ。テレビで見たことあるぜ」
北上「私のお気に入りなんだけどね、その作者がここの近くの街でサイン会やるんだって」
大井「それで外に」
提督「なるほどね。理由は把握した」
北上「え、私1人がいいんだけど」
大井「な゛っ!いやなんですか!私と2人はいやなんですか!?」
提督「落ち着け落ち着け…でも誰かとはともかく北上は外に行くの初めてだろ?1人は流石に危ないだろ」
北上「大井っちは行ったことあるの?」
大井「え、あぁはい。何回かは。服とかは実際に見て買いたいですからね」
提督「行ったことあるなしに関わらず基本は複数人でいくんだよ。何があるかわからないからな」
北上「そっかぁ…」
大井「何かひとりで行きたい理由があるんですか?」
北上「うん、ある」
バスが揺れる。
何か石か段差でも乗り越えたらしい。
車内を見るといつの間にか人がチラホラと乗っていた。
「次は〇〇。〇〇です」
メモ帳を確認する。
大分町に近づいてきたようだ。
渡りの景色も人工的なものに変わってきている。
カバンの中のカードを確認する。
私のこれまでの働きに対する報酬が入っているカードだ。
黒い窓に自分の顔が写る。
口元が少し歪んで、ニヤッという音が聞こえそうな顔をしている。
実物の硬貨でないのは少し残念だがまあいいだろう。
そう、これは私の復讐なのだ。仕返しなのだ。
私にはこの小判の価値がわかっている。
誰も知ることはないだろう。
今日を世界で初、猫が小判を使った記念日にしてやるんだ。
他の誰でもない。私が、私だけの力で成し遂げるんだ。
バスがトンネルを抜ける。
北上「おお」
そこには大きな、いや決して大きくはないのかもしれないが、しかし私が衝撃と感動を覚えるには十分な程に活気に溢れる人里があった。
終点。なんでも新幹線も通っているという一番大きな駅で降りる。
周りには鎮守府の何倍も大きな建物が立ち並んでいる。
駅の建物にある服やカバンが飾られているケースの前に行き、自分の姿を映す。
ポニーテールにセーラー服、学校指定といった感じのカバン。
「それでさー思わず買っちゃったんだあ」
「えーマジで?」
ガラスに、私の後ろを通る2人の女子学生が映る。恐らく中学生だろう。
北上「うん、違和感なし」
私も傍から見れば中学生に相違ないだろう。
話し相手がいないのは少々寂しいが、目的のためには仕方ない。
サイン会まではまだ時間がある。
今日はこのカバンに教科書の変わりに本を詰めて帰るんだ。
さて、本屋はどことどこにあるのだっけな。
提督「そそ。ほら、お前ら顔割れてるだろ?」
北上「まあクローンみたいなものだしねぇ」
基本的に一般人と接触する機会はないが、大都市なんかじゃパフォーマンスとして人々の前に出ることもあるらしい。
何せ北上というだけで皆顔が同じなのだ。どこかの北上がそうやって人々の前に出た時点で私の顔も割ることになる。
大井「だから変装するんですよ」
北上「いやでもそんなルパンみたいな事簡単にできるものなの?」
それとも何か変装用の装備とかあるのかな。
大井「私達も基本的には人間と何ら変わらないんですから、少し工夫すれば変装としては十分なんですよ」
北上「工夫?」
北上「工夫ねえ」
読んでいた本を棚に戻す。
これは自論だが読むかどうかは粗筋や評判、作者などで決まるがその場でこれを買おう!となる本は大抵最初の3ページで決まる。
とまあそれはどうでもいいんだけど。
隣の棚に移動するとそこは漫画コーナーだった。
学校帰りの男子学生が3人立ち読みをしていた。
面白いものだ。普段は戦場で血に濡れている私達が、こうも簡単に日常に溶け込めるとは。
球磨型で外に出る時は皆で同じ制服を着ていくらしい。
重巡や戦艦などとなるともっと大人な服装をするとか。
興味はなかったのでスルーしたけど。
というか話を聞く限りお洒落をして街に出る人はそこそこいるようだがホントに大丈夫なのかな、それ。
今こうして本を立ち読みしている時でさえいきなり「お前艦娘だな」とか黒服のやばそうな巨漢に話しかけられやしないかとビクビクなのだが。
変装の意味もその効果もよくわかっているけれど、そんな芸能人みたいな話と国の極秘情報を一緒にしないでもらいたい。
買えた。
カバンに文庫本11冊+サイン付き単行本1冊。
本来教科書やらがギッシリ詰められ毎日通学時にウンザリさせられるであろうその重さは、今の私にとってイコール幸せと言っても過言ではない。
迷いに迷ったがその場で買うか否か決めるというのは中々機会が無さそうなので今回は文庫本で質より量作戦をとった。
猫の初めての買い物が文庫本11冊というのは如何なものかと思わなくもないけれど。
加えて言うとそれをカードで払いほぼ空っぽのカバンに詰めて帰る中学生を見る定員の顔が今日一番の思い出かもしれなかった。
しかしこのカードどうなってるんだろう?
個人情報とかあるんだろうし私のことバレるんじゃ…偽造カード?それはマズイか。
世の中案外ガバガバという事なのだろうか。
さて、では帰ろう。
帰らなきゃ、と思ったのは本屋を出てさあ帰ろうと言ってからかなり経ってからだ。
辺りに鳴り響くこの良い子は帰ろう的な放送がなければさらに遅くなっていたことだろう。
そういやこの曲なんて題名なんだろう。
多分知らない人はいないレベルで有名なんだと思うけど、カラス何故鳴くのってとこ以外正直知らない。
カラスの子とかでいいか。
読みかけの本に栞を挟んでしまい、席を立つ。
久々の過ごしやすい気候に思わず公園のベンチでの読書というなんだか洒落た行動をとってみたけど、これは大当たりだった。
陽の光と潮を感じないそよ風は私を日常から切り離してこうした非日常を感じさせるのに十二分な効果があった。
急ぎ足で乗車口に向かうと前に若い男性の会社員と女子、高校生かな?がいた。
彼ら、彼女らは帰るべき場所に帰るのだろう。
日常から日常へ。
居るべき場所に。
ICカードを読み込むピッという音が2回。
私も同じようにステップに足をかける。
でも、私は違う。
非日常から日常へ帰る。
忌むべき場所に。
小銭の落下音が妙に耳に残った。
茜色。
茜って響きなんかいいよね、私は好き。
ふと最近読んだ本を思い出した。
確かに映画の小説版。
そこに書いてあった。
夕暮れ時。昼と夜が入れ替わる。暗いのでもなく明るいのでもない。
明るくなくなる、暗くなる。ぼやけて移ろいであやふやになる。
境界が揺らぐ。
すぐ近くにいる相手の顔が見えなくなる。
アナタは誰?
彼は誰?
誰ぞ彼
黄昏時。
日本語って適当なもんだ。
バスの窓に映る黒い影に問う。
この人の形をした影は、果たしてなんなのだろうか。
元々艦娘も人と船があやふやに有耶無耶にくっついている存在だ。
私なんかは輪をかけてあやふやだ。
そういやみんなはこの戦争についてどう思っているのだろう。
私は忌むべき場所と言ったが、あそここそ艦娘にとって居るべき場所のはずでは?
「〇〇〇~」
バスが停車し、人が降りる。もう残りは私だけのようだ。
な~におセンチになってるんだか。一人旅は思いの外堪えたらしい。
次はみんなで来よう。変にいじはらず寂しいと擦り寄ればいいのだ。
北上「ふ、あぁ~」
ねむ…
北上「あれ?」
いやおかしくない?それ。
帰路についたんだし鎮守府に着いていて然るべきなのでは?
だというのに私は日が沈み真っ暗になった田舎の路地に一つだけポツンと立っている街灯の下に、同じくポツンと立っている。
不思議な事に周りの家々はこんな時間だというのに灯りの一つも灯っていない。
ふむ、なんだろう。夢か?
こういう時猫ならば暗闇だろうと自由に動けるのだが今はそうはいかない。
光源ゼロでウロウロしたらどうなるか。
猫と人間の体を自由に変えられたらなあとくだらない現実逃避を始めたあたりで、遠くからドォンと音がした。
太鼓ねえ。
何にせよ太鼓の音がするということはそれを叩く者が少なくとも1名はいるはずだ。ならばそこに向かうとしよう。
ようやく闇に慣れてきた目を必死に使い、少々急ぎ足で音の方向へ向かう。
路地を抜け音の方を見て、理解した。
北上「おお」
それほど大きくもない山に光の列が見える。恐らく階段に提灯か何かが飾られているのだろう。
太鼓の音とともに次第に人の気配も大きくなっていく。
つまりこれは
北上「お祭りか」
鳥居ってあんなにごちゃごちゃと着飾ってもいいものなのかな。クリスマスツリーじゃあるまいし。
しかし鳥居があるということはここは神社か。名前は山の入口の石に掘ってあったがとても読める状態じゃなかった。
鳥居を潜るとそこはもうこの世のものではないような光景が広がっていた。
それほど広くもないであろう境内に所狭しと屋台が並んでいる。
人も芋洗い状態だ。
その慣れない雰囲気に一瞬面食らったが、すぐに好奇心に背中を押され人の波に流されていった。
やられた。いやまあ客観的に言って完全に私が悪いのだが、それでも私はしてやられたと言おう。
当然ながら、残念ながら、祭りでカードは使えない。
さて何を買おうと小銭を用意しようとした時に気がついた。
何たることか。折角の貴重な機会だというのに猫が小判を忘れるとは。
祭りの流れから出た私にはこうして神社の建物に腰掛けて項垂れることしか出来なかった。
そういや夕張が「神社の裏ってもうそれだけでなんか変な想像しちゃうよね」とか言ってたけど、あれどういう意味だったんだろ。
確かに少し不気味な感じはするけれど、丁度暇だし覗いてみようか。
「また会ったねお嬢さん」
北上「ん?」
声がした。
しかし後ろを振り向いても誰もいない。
「下だよ下」
下?足元には何も無い。いやまさか。
本殿の下、縁の下を見る。
三毛猫「お困りの様だし力を貸そう」
そこには不思議な縁があった。
33+1匹目:三毛猫ラビリンス
先程と違うのは隣に話し相手がいることだ。
三毛猫「僕も祭りに参加したいのだが、この体ではどうしようもなくてな」
北上「そりゃあ猫だもんね」
三毛猫「そこでだ。お前に僕を運んでほしいんだ。その代わりに僕がここを案内しよう」
北上「知ってるの?」
三毛猫「お前よりは」
北上「私は北上っていうんだ」
三毛猫「そうか。僕は、野良だからな。名前はない」
北上「じゃあホームズはどう?ミーコでもいいけど」
三毛猫「…ならばホームズだ」
ホームズ「知ってるさ。なあに、ここは任せろ、心配するな」
北上「はあ…」
この妙な自信はどこから来るのか。
とりあえず私は三毛猫ホームズを抱えて祭りの流れに戻った。
ホームズ「そうだな、アレだ。アレが飲みたい。行くぞ!」
北上「はいはい、って行くの私なんだけどな~」
アレとは。え、お酒?
北上「酒って…」
ホームズ「人間の食べ物は猫にはきついからな。これなら大丈夫だ」
北上「酒も人間の飲み物だよ」
もしくは神の。
ホームズ「そんな事はしない。簡単な事さ、1杯下さいと言えばいい」
北上「ええ?」
くださいって…なんかもうめんどくなってきた。
北上「1杯くださいな~」
「はいよ~」
貰えた。コップに1杯並々と。
屋台のおばちゃんを見る。
柔らかい笑顔でこちらを見ている。
抱えたホームズを見る。
ホームズ「ふっ」
うわ凄いドヤ顔。
ホームズ「残さず食べるなら問題ないさ。さて、一緒に食べよう」
最初の本殿に戻って戦利品を広げる。
饅頭に煎餅にようかんに型菓子エトセトラエトセトラ。
素晴らしく祭りらしくないラインナップだな。
ホームズ「ふむ、悪くないな。うん」
三毛猫の方はピチャピチャとお酒を飲んでいる。いける口らしい。何故だ。
北上「タダってなんか気が引けるな~」
ホームズ「構うな。どうせ彼らも貰い物なんだ」
貰い物?どういう事だ。まあいいか。
北上「それじゃ私も」
これは…東京バナナ?東京ってバナナを栽培していたのか。知らなかった。
しかしなんてネーミングセンスだ。いやそれを言ったら夕張メロンもそうか。
北上「はむ」
ん~…
バナナ、の味?
ホームズ「そうだな。変わったと言うならお前から見てこれほど奇妙な祭りはないだろう」
北上「あとなんかさ、年寄り臭いよね」
食べ物も飲み物もジジ臭いというかババ臭いというかさ。
唯一あったオモチャがこのキュウリに棒を刺した謎の物体だ。
ホームズ「若い者もいないわけではない。居るべきではないのだがな」
よく見れば1人2人くらいは確かに若者もいるようだ。
なんという高齢祭りだ。
ホームズ「…」
北上「おお。いよいよ大詰めだね」
ホームズ「そうだね」
北上「あの太鼓の乗ってる台。お神輿なんだね。初めて見たよ」
ホームズ「そうだね」
北上「キレイだねえ」
ホームズ「…お前はまだ夢を見ているつもりなのか?」
北上「夢?なんで急に」
ホームズ「…僕の事を覚えていないのか?」
北上「えと、ホームズでしょ?」
ホームズ「ああそうだ」
北上「だよね」
ホームズ「そうだ。今朝会った、三毛猫だ」
ん、今朝?
ホームズ「いよいよ大詰めだよ」
神輿が持ち上げられ、屋台の間を不規則に揺れていた人の波が一斉に同じ方向を向く。
1歩1歩ゆっくりと、鳥居へ向かってゆく。
北上「みんな、どこへ行くの?」
ホームズ「帰るのさ」
北上「家に?」
ホームズ「家にはもう帰った後だよ」
北上「…」
ホームズ「帰るっていうのは、あの世にさ」
急に辺が暗くなった。
うん。
ホームズ「だがそれだけではないだろ?僕がお前を見つけられたのはそれが原因のはずだ」
猫、だったんだ。昔ね。
ホームズ「昔、か。なるほど。そういう事もあるのか。面白いな」
艦娘を知ってるの?
ホームズ「知ってはいないがお前と出会ってどんなものかは理解したよ。お前達は魂ではなく思い出を宿してるんだ。だから本来僕らには関わらないはずなんだ」
僕ら。
ホームズ「そう。だけどお前には魂があった。それも少々特殊なね」
そうかも。
近い、ねぇ。
ホームズ君はどうしてここに?
ホームズ「不運にもこんな日に事故に遭ってしまったのさ。もっともホントに不運だとは思っていないが」
あの流れには混ざらないの?
ホームズ「言ったろ?アレは帰る人達だと。僕は帰るんじゃないし、人でもないから」
迷い猫か。
ホームズ「それはお前にこそふさわしい」
はは、そりゃそうか。
ホームズ「覆水盆に返らずと言うけれど、こうしてお盆には帰ってくるのだから面白い」
お、その言い回しいいね。
ホームズ「そうかい?」
でも結局、残された人から見れば帰ってきたかなんてわからないんだよね。
ホームズ「だからこそ覆水盆に返らず、さ」
零れた水は戻らない。
取り返しなんてつかない。
石段ではない階段を、上へ。
私の目に映るそれに先程の華やかさはなく、まるでぼんやりとしか覚えていない昔の記憶のような虚ろとなっていた。
ホームズ「さてと。僕もやるべき事をやろう」
北上「何かあるの?」
ホームズ「猫の恩返しというやつさ」
恩返しか。
そういえば私は恩を返せていないんだよね。
私を抱いてくれた毛むくじゃらの腕を思い出す。
麦畑よりも輝いていたあの金髪を思い浮かべる。
そう、丁度あんな感じの。
北上「あれ?」
ホームズ「どうした」
北上「いや、あそこに今」
懐かしい匂いを感じた。
そこに確かにいた。
私は四本の足で駆け出していた。
「行くな!!」
あの金髪を目指して。
あの腕を目標にして。
あの記憶を頼りにして。
私も、そこに行きたい!
ボヤけていた視界がハッキリしてきた。
だが私の目に映ったのは、長い金髪の女性と毛むくじゃらの腕の大男の、2人だった。
今にも鳥居を潜らんとするその2人に、後少しで追いつくところで私は一瞬怯んだ。
なんで2人?
「うらあぁぁぁ!!」
その一瞬に首根っこを銜えられた私は彼と2匹で鳥居を潜り、石段を転げ落ちていった。
1人、ではない。2人が離れていく。
分からない。
でも確かに私は2人を知っているように思えた。
石段の一番下で私は仰向けに倒れている。
ホームズ「お礼を言われるとは、正直思わなかったよ」
猫様の方はちゃっかり私の上に着地している。このやろう。
北上「ありがと…」
ホームズ「言っただろ。猫の恩返しって」
北上「ふふ。迷い猫オーバーランだね」
ホームズ「なんだいそれは?」
北上「君が知らないものだよ」
ホームズ「どうやらそのようだ」
ホームズ越しに鳥居の方を見上げる。
そこには先程の喧騒が嘘のように静まり返った暗い山があるだけだった。
ホームズ「お前はこの道を真っ直ぐ進むといい。そこまでは僕が送ろう。でもその先はお前次第だ」
北上「ホームズは、どうするのさ」
ホームズ「僕が何処へゆくかは、君自身で確かめてくれ。なあに焦る必要は無いさ。いずれその時は訪れる」
北上「そっか」
ホームズ「では行こう。あまり長居する場所ではない」
北上「うん」
ホームズ「立てるかい?」
北上「大丈夫だよっと」
私は、二本の足で立ち上がった。
ホームズ「実際のところ、僕らは会ってすらいないからね」
北上「それもそうだ」
ホームズ「色々とイレギュラーだっただけさ」
北上「お墓でも作ろっか?」
ホームズ「よしてくれ。死んだ後まで場所を取りたくはない」
北上「世の中歴史的建造物になるような墓を立てる人もいるんだよ」
ホームズ「そいつらはきっと生きているという感覚が麻痺しているんだろう」
北上「君にとって生きているという事とは?」
ホームズ「そうだな。それで言うなら、僕今生きているのかもしれない」
北上「生きているんだ」
ホームズ「死に意味は無い。だから君がまだ生きている。また生きているのにはきっと意味があるよ」
北上「哲学的だなあ」
ホームズが足を止めた。
私は止まらなかった。
別れの言葉はない。
だからつまり、私達は実際のところ別れてはないのかもしれない。
北上「痛い」
谷風「どこが?」
北上「耳が」
帰るなり提督と大井っちに大声で色々と言われた。心配しただの何があっただの。
私は特に何も答えなかった。
2人の方も答えを期待していたわけではなく、単にそれまでの心配が爆発してそれを私で発散したというだけのようだ。
これに関しては私に原因があるので甘んじて受け止めた。
物凄い呆れ顔で語る秘書官殿からは苦労が滲み出ていた。
吹雪の事を問題児と提督は言っていたが、どうやらお互い様という事らしい。
ちなみに、ここまで聞くと私が数時間ほど帰るのが遅くなったかのように思えるかもしれないけど、実際のところ遅れたのはバス1本分。
はっきり言って過保護なバカ親が2人も騒いでいただけというのが正しい。
そう。気づいたら私は1本後のバスに乗っていた。
普通に降りて、普通に鎮守府に戻り、普通にお小言を大声で聞かされ、普通にご飯を食べて、こうして普通に夜の屋根上で真っ黒な空を見上げているだけだ。
私達は所謂八百万の神。付喪神というやつだ。船に込められた想いや思い出を模倣し人の形にしたものだ。
それはどこまでも模倣でしかなくコピーにしかなれなく贋作としか生きられない。
でもそれって本物とどう違う?三つ子の魂百までとはよく言ったものだよね。
人の心とはそれまで出来事や出会い、周りの事象や人間から少しずつ寄せ集めて出来るものだ。子供なら家族。少年なら友達や先生。まあ大体そこらで人格は出来上がるかね。
一方私達はどうだい?思い出の寄せ集め。様々な思いの集合体。それは人とどう違う?
それにクローン的な存在とはいえ私達はその環境において様々な個性を会得するじゃあないか。
確かに世の中にはたくさんの谷風(わたし)がいるだろう。私と寸分違わぬ谷風が。でも住む鎮守府は違う。提督を主軸に鎮守府事に様々な個性がある。
私達にも個性がある」
それは繋がりだ、と私は考えるね。
魂とは繋がりだ。
親兄弟、親の親、親の親の親。血ではなく連なる思いの問題だ。
艦娘にそれはない。思い出は残るが続かない。思いはその時点で繋がらないんだ。
だからこそ君が出会ったそれは君の魂、猫の魂が間違いなく繋げた何がだろう。
私はそう考えるね」
北上「…これ以上私に長いセリフを聞かせないで。ホントに耳が死にそう」
谷風「かぁーなっさけない。耳耳ってどんだけ敏感なのさ。猫かってんだ」
北上「だから猫なんだってば。元ね」
谷風「そういやそうか」
北上「そうだよ」
北上「いつだってここは変わらないよ。人が変わるんだ」
谷風「およ?なんだか含みのある言い方だねえ」
北上「別に大した意味は無いよ」
谷風「そうかい。でもそのセリフに則って言うなら、君は変わったよ。今日を境に」
北上「かもね」
谷風「その2人組が気になるのかい」
北上「うん…」
谷風「安易に考えれば既に君の飼い主は覆水となっている、となるね」
北上「だとしても妙だよ。ここは日本だし。見た目も少し違った。あの女の人を私は知らないよ」
谷風「でも知っていた。そうだろう?」
北上「まあ、ね」
谷風「ほうほう。そいつは?」
北上「今までなんとなく探してたけど、これからは違う。前に言ってたじゃん。こうして生まれ変わったのには意味があるって。だから私は私の恩人たる飼い主を探す。探して恩返しする」
谷風「猫の恩返しかあ。ベタだけど、それってつまり素敵って事だよね」
北上「どうだろうね。でもこうして日本にいる意味は、やっぱりちゃんとあるんだと思う」
谷風「そうかい。まっ、頑張る事だね。ちなみにだけどさ、参考までにその2人ってどんな見た目だったんだい?」
北上「内緒。これは私の問題だもん」
谷風「そりゃ残念。でも相談にはいつでも乗るからね」
北上「ありがと」
谷風「どうも~」
谷風「早速過ぎるね。いいよ、なんだい?」
北上「お墓に添える花って何がいいかな」
谷風「お墓?いったい誰のだい」
北上「会ったこともない友達に」
谷風「…なら、花じゃないけどエノコログサなんていいんじゃないかな」
北上「あ~。ははっ、そりゃいいね」
北上「我輩は猫である」【後半】