【バンドリ】短編【その4】
- 2019年07月24日 20:07
- SS、BanG Dream!
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【バンドリ】短編【その4】
後日談てきなやつ
――チュチュのスタジオ――
レイヤ「ドロケイがやりたい」
マスキング「……は? いきなりどうしたんだよ」
レイヤ「花ちゃんたちがすごく楽しそうにやってるのを見かけて、私もやりたくなったんだ」
マスキング「花園たちが?」
レイヤ「うん。公園でね、子供たちも混ぜて本気でドロケイしてた。そんなの見たら……ね?」
マスキング「『ね?』じゃねーよ。『マスキなら分かるでしょう?』って感じの信頼置くのやめてくれ」
レイヤ「マスキなら分かってくれると思ったのに……」
マスキング「……いや、まぁ、お前の言いたいことは分からないでもないけどな。でも流石に高校生にもなって全力でドロケイは……な? それに2人じゃできねーだろ?」
レイヤ「チュチュとパレオも誘うよ」
マスキング「パレオはともかくチュチュは絶対に無理だろ。今だってほら……」
チュチュ「……うーん、なんか違うのよね……もっとこう……」
マスキング「超真面目に作曲に没頭してるぞ、あいつ。流石に公園で遊ぼうなんて言っても頷かな――」
パレオ「その心配はありませんよっ、マスキさん!」ドアバァン
マスキング「うぉっ」
レイヤ「おはよう、パレオ」
パレオ「おはようございます♪」
マスキング「お前、もう少し静かに入って来いよ。びっくりしちまうだろ」
パレオ「すみません、楽しそうなお話が聞こえてきたのでつい……てへ☆」
マスキング「あざとく誤魔化すな。そんで……えーっと、なんか心配ないとかなんとか言ってなかったか?」
パレオ「はい! ご安心ください!」
マスキング「……アタシはそれに不安しか感じねーんだけど」
レイヤ「パレオがチュチュを説得してくれるの?」
パレオ「厳密に言うと違います。でも、必ずチュチュ様は頷いてくださるでしょう!」
マスキング「どうしてだよ」
パレオ「その秘密は……これです! とある知り合いの方から譲り受けた、この『しあわせ光線銃2』のおかげです!」
マスキング「なんだそのおもちゃの銃は……?」
パレオ「百聞は一見にしかず。では、チュチュ様~!」
チュチュ「……ん? ああ、全員揃ったのね。それじゃあ早速、今日も練習を始めましょう」
パレオ「えい♪」カチャ
マスキング「何のためらいもなく撃ちやがった」
パレオ「今です、レイヤさん!」
レイヤ「うん、分かった。ねぇチュチュ。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
チュチュ「なによ?」
レイヤ「今日、みんなで公園に行って、ドロケイやらない? 花ちゃんたちが楽しそうに遊んでるのを見てさ、私もやりたいって思ったんだ」
チュチュ「……はぁーっ? どーして私がPoppin'Partyと同じことしないといけないのよ!」
マスキング「……まぁ、そういう反応になるよな。効果ないみたいだぞ、パレ――」
チュチュ「公園で遊ぶのは賛成だけど、やるなら別のことにしましょう!」
マスキング「え」
レイヤ「別のこと……じゃあ、缶けりとか?」
チュチュ「What? なに、そのカンケリって?
パレオ「鬼ごっこの一種ですよ、チュチュ様。鬼役の人は缶を蹴られないように逃げる人たちを全員捕まえて、逃げる人たちは鬼に見つからないように缶を蹴るっていう遊びです」
チュチュ「……なるほど」
レイヤ「私は缶けり以外でもいいけど」
チュチュ「いいえ、いいじゃない。戦略性のある遊びは好きだもの」
パレオ「決まりですね♪ それじゃあ早速行きましょうっ」
チュチュ「そうだわ! ただやるだけじゃつまらないし、ここでPoppin'Partyとの因縁にもケリをつけてやるわ!」
レイヤ「缶けりだけに?」
チュチュ「Yes! カンケリだけに! あとであいつらも誘って真剣勝負するわよ!」
マスキング「えぇ……」
パレオ「マスキさんは不服ですか?」
マスキング「いや、不服っていうか、チュチュの変わりようが恐ろしいっていうか、その銃なんなんだよっていうか……」
パレオ「まぁまぁ、細かいことは言いっこなしです♪」
レイヤ「あ、でもチュチュ」
チュチュ「なによ? ハナゾノ相手だと戦えないって言うの?」
レイヤ「花ちゃんたちと真剣勝負するのは私も大賛成だよ。だけどさ、ほら、私たち4人だから……」
チュチュ「……確かにそうね。正々堂々戦うんだから、頭数は合わせないといけないわ。それに気を遣わせてあっちがひとりだけ見るだけになんてなったら……それは悲しいことだもの」
レイヤ「でしょ?」
チュチュ「どこかにいい人材はいないかしら」
レイヤ「私は伝手がないかなぁ」
パレオ「私もあんまり……ですねぇ」
チュチュ「仕方ないわね。それじゃあマスキング、頼んだわよ」
マスキング「……え、あ、ああ……」
マスキング(ここでアタシにお鉢が回ってくるのか……どうすっかなぁ)
パレオ「信じてますよ、マスキさん!」
レイヤ「マスキはやれば出来る子だからね」
マスキング「変な信頼置くの本当にやめろ。……あーでも、花園たちと遊ぶんだよな?」
チュチュ「No! これは遊びじゃないわ、Poppin'Partyとの真剣勝負なのよ!」
マスキング「お、おう。それじゃあウチで働いてる朝日でも連れてくるわ。あいつなら『ポピパ』って言えばきっと何も聞かずに頷くだろうから」
チュチュ「それでこそよ! 賞賛に値するわ、マスキング!」
パレオ「わー♪」パチパチパチパチ
レイヤ「流石だね、マスキ」
マスキング(褒められてるけどあんまり嬉しくねぇ……)
チュチュ「Strike while the iron is hot! さぁ、早速行くわよ!」
レイヤ「挑戦状叩きつけ 奪い返すまでさ~♪」
パレオ「勝利の旗を振れ~♪」
マスキング「……まぁいっか」
このあと行われたポピパ対RASの真剣勝負は夕陽が沈むまで続き、そのあとはみんなで仲良く旭湯に行きましたとさ
おわり
RASの神戸ライブの抽選を全て外した腹いせにポンコツと化した沙綾ちゃんを愛でる話を書いたつもりでしたが、気付いたら全然違う話になってました。不思議。
余談ですが、しあわせ光線と聞くと昔のRPGを思い出します。
氷川紗夜「しあわせ光線銃」
――花咲川女子学園 生徒会室――
氷川紗夜「……はぁ。どうしようかしらね、これ」
――ガラ
白金燐子「失礼します……。あ、氷川さん……こんにちは」
紗夜「ああ、白金さん。こんにちは」
燐子「……? どうしたんですか……その、机の上のおもちゃの銃は……」
紗夜「これは昼休みに、弦巻さんが校内に持ち込んでいたから没収したのよ。けど……」
燐子「けど……?」
弦巻こころ『あら? 紗夜、このしあわせ光線銃が欲しいのね? いいわよ、たくさんあるしひとつあげるわね!』
紗夜「……と言われたのよ」
燐子「しあわせ光線銃……ですか……?」
紗夜「ええ。そういうおもちゃが発売されているのかしらね」
燐子「そんな名前のものは……聞いたことがない、ですね……」
紗夜「そう……。はぁ……放課後には返すつもりだったのだけど、恐らく弦巻さんは受け取らないでしょうし……本当にどうしようかしら」
燐子「せっかくだし……貰っておけばいいんじゃないでしょうか……」
紗夜「そうは言っても使用用途が一切不明ですし……あっても仕方ないわよ」
燐子「……そうですね……」ヒョイ
紗夜「白金さん、そのおもちゃに興味がありますか?」
燐子「少し……こういうのを見るとちょっと持ってみたくなるんです……」
紗夜「ゲームの影響かしら」
燐子「かもしれないです……。なかなかディティールも凝ってて、よく出来てますね……」
燐子「引き金を引くと……何か出るのかな……えい」カチ
紗夜「……何も出ないわね。というか、何が出るのか分からないのに自分の掌に銃口を向けるのはどうかとも思うけれど……」
燐子「……つい好奇心に負けて」
紗夜「まぁ、何事もなくてよかった。やっぱりただのおもちゃでしたか」
燐子「ですね。わたしはこういうの、好きですけど」
紗夜「……?」
紗夜(なんだかいつもより、少しハキハキと喋っているような……)
燐子「氷川さん? どうかしました?」
紗夜「いえ、なにも」
燐子「あ、もう結構いい時間ですね。そろそろCiRCLEに行きましょうか」
紗夜「……そうね」
――CiRCLE スタジオ――
燐子「~♪」ポロンポロン~♪
今井リサ「なんだか今日の燐子はご機嫌だねぇ」
宇田川あこ「鼻歌歌いながら弾いててすっごく楽しそう!」
紗夜「…………」
湊友希那「紗夜? なんだか難しい顔をしているけど……何か気になることでもあるのかしら?」
紗夜「……いえ」
友希那「そう」
紗夜(あの銃を手にしてから白金さんの様子がおかしい、なんて言ってもしょうがないでしょうし……)
あこ「りんりん、何か良いことでもあったの?」
燐子「ううん、そういう訳じゃないんだ。でもなんだろう、今なら何でも出来るような気がしててね」
燐子「元気があれば何でも出来るってよく聞くけど、その言葉の意味がよく分かったなって気持ちなんだ」
リサ「へぇ~」
紗夜(根拠不明の全能感に気持ちの高揚……もしそれが先ほどの銃のせいだとしたら……)
紗夜「あの銃、相当危ないものなのでは……」
あこ「紗夜さん? 何か言いましたか?」
紗夜「いえ……」
リサ「燐子にしては珍しい心境の変化だね。でも良いことだと思うなぁ」
燐子「はい。笑顔でいれば大抵のことは乗り切れますし、何事も前向きに捉えるのが大事ですよね」
リサ「おー、なんだかこころみたいなこと言ってる」
紗夜(確かに言動が弦巻さんに近いものになっているわね)
紗夜(もしかしてあの銃、撃たれた人の頭をハローハッピーワールドにする代物なのではないかしら……)
あこ「あれ? りんりん、鞄から何か出てるよ?」
燐子「あ、それはね、弦巻さんが氷川さんにプレゼントしたしあわせ光線銃だよ」
あこ「しあわせ光線銃?」
燐子「うん。撃たれた人がしあわせになるおもちゃなんだって」
リサ「わー、それもすっごいハロハピっぽいおもちゃだねぇ」
あこ「へ~。りんりん、あこも持ってみていい?」
燐子「うん、いいよ」
あこ「わーい! ありがと、りんりん!」スチャ
あこ「おお、けっこう本格的だ!」
友希那「そうね。最近のおもちゃは良く出来ているのね」
燐子「はい、凝った作りものが多いですね。その分お値段もなかなかしますけど」
あこ「なんだかテンション上がっちゃうなぁ。ふっふっふ……我は流離の傭兵ガンマン、獲物は逃がさない! 狙い撃つぞー!」カチ
紗夜「あっ」
リサ「ん? どうかした?」
紗夜「……なんでも」
紗夜(今、確実に引き金を引いたわね。射線上には……湊さんが掠ってそうだけど)
あこ「流石に何も出てこないかぁ~」
燐子「うん。おもちゃだから」
あこ「でもこういうのってテンション上がるよね!」
燐子「分かる」
友希那「…………」
紗夜(どうなるのかしら……)
リサ(なんだか今日は紗夜も様子が変だなぁ)
友希那「……あこ。楽しいのは分かるけれど、今は練習中なのよ。そろそろ練習に戻りましょう」
あこ「はーい」
紗夜(……よかった、なんともない)
リサ「そだね。さて、次はどの曲やろっか?」
燐子「はい」
友希那「燐子、何か意見があるのね?」
燐子「はい。たまには、他のバンドのカバーをやってみたいです」
友希那「他のバンドのカバー……」
リサ「カバーって、アタシたちもたまにやってない?」
燐子「いえ、メジャーなバンドのカバーではなくて、ガルパのバンドのカバーです」
あこ「ポピパとかアフターグロウとかの?」
燐子「うん」
リサ「うーん、そんな急に言われても……」
紗夜「試みとしては面白いかもしれないけれど、それよりも自分たちの音楽を磨く方が大切だと私は思うわ」
友希那「……いえ、やってみましょう」
紗夜「湊さん?」
友希那「何事も挑戦よ。私たちの音楽には私たちの色があるのは間違いないけれど、その色ばかりを突き詰めていては、それが澄んでいくのか濁っていくのか分からなくなってしまうかもしれない」
友希那「たまには他のバンドの色を奏でて、自分たちの立っている場所を、奏でている音を、多角的に確かめることもきっと大切なことよ」
友希那「燐子もそう言いたかったのよね?」
燐子「はい」
紗夜「……湊さんがそう言うのでしたら」
リサ「マジかぁ……けど、アタシそんな弾けないよ」
あこ「あこはおねーちゃんたちの曲だったらちょっとは叩けるかなぁ」
紗夜「……パステルパレット以外でしたら、なんとか」
友希那「パステルパレットの曲にしましょう」
紗夜「皆の話を聞いていましたか? パステルパレットは一番に候補から外れますよ?」
友希那「そこを敢えてやる。それが挑戦というものよ」
紗夜「…………」
友希那「紗夜の言いたいことも分かるわ。確かに私たちにはしゅわりん☆もA to Zも荷が重いかもしれない」
紗夜(そういうこと言っている訳ではないのですが)
友希那「だから、ルミナスを歌おうと思うの」
友希那「もちろん突発的な提案だから、楽器は弾けなくても当たり前。それなら私が歌うところを見て、気になったことや気付いたことを言ってくれればそれでいいわ」
リサ「え、友希那が歌ってるところを見てるだけでいいの?」
友希那「ええ。なんならコールを入れてくれても構わないわよ」
リサ「んー、そっか。それならアタシでも大丈夫だね」スッ
紗夜(その言葉は分かる)
紗夜(けど、どうして今井さんはさも当然のようにバッグからペンライトを取り出したのかしら。普段持ち歩いているのかしら。これが分からない)
あこ「じゃああこもリサ姉と一緒に友希那さんの歌を聞きますね!」
リサ「あこもペンライトいる? いっぱいあるから使っていいよ」
あこ「いるいるー!」
燐子「それじゃあわたしは伴奏しますね。簡単にでしたら弾けますから」
友希那「ええ。お願いするわ、燐子」
燐子「任せてください」
あこ「わー、リサ姉のペンライト、光らせると友希那さんの名前が浮かぶんだ」
リサ「うん。筒の中の柄はハンドメイドなんだ~。法被も持って来ればよかったよ」
友希那「照明は少し絞った方がいいかしら」
燐子「そうですね。せっかくなので雰囲気出しましょう」
紗夜(いま気付いたけれど、現状ツッコミが私しかいない。だけどツッコミきれないからもう黙っていよう)
友希那「……よし、こんなものね。それじゃあ……」
リサ「友希那ー!」ブンブン
あこ「友希那さーん、りんりーん」ブンブン
紗夜「…………」
友希那「声援、ありがとう。早速だけど聞いてもらうわよ。『もういちど ルミナス』」
リサ「きゃーっ!」
あこ「わーっ」
燐子「…………」~♪
紗夜(簡単に、という割にはほとんど原曲のまま弾いてるじゃないですか、白金さん……)
友希那「すれ違う温度 心がすり切れて痛い」
友希那「諦めて楽になれるのかな… きもちラビリンス」
紗夜(それはまさしく今の私の状況なのですが。想像以上にノリノリで振り付けを決めている湊さんにまったく着いていけないのですが)
友希那「遠くまで響く熱い想い」
友希那「繋ぐ」
リサ「きーみーとー!」
友希那「らしく」
リサ&あこ「翔ーけーてー!」
友希那「も一度…」
友希那&燐子「ルミナス」
リサ「Fuuu――!!」
あこ「友希那さんもりんりんもカッコいー!」
紗夜「……はぁ」
―歌い終わって―
友希那「聞いてくれてありがとう」
リサ「友希那ーっ! 最高だよ――!!」
あこ「りんりーん!」
燐子「ありがとう、あこちゃん」ニコリ
友希那「ひとつ、ワガママを言ってもいいかしら」
リサ「なーにーっ!?」
あこ「なーにー?」
紗夜(今の今井さん、日菜がよく言う『パスパレのライブですごく気合入ったお客さん』の様子にそっくりね……)
紗夜(宇田川さんがその真似をしてるけど……止めないと教育上よろしくない気がしてならないわ)
友希那「今の私はアイドル。だから、アイドルらしいことをやってみたいのよ。という訳で……」
リサ「おー!?」
あこ「おー?」
友希那「私の掛け声の後に、続いて『友希那』って言ってくれないかしら」
リサ「いいよーっ!!」
あこ「いいよーっ」
友希那「ありがと」
友希那「それじゃあ……ロゼリアのボーカルは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーん!」
友希那「クールでカッコいいアイドルは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーんっ!」
友希那「頂点に狂い咲くのは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーん!!」
友希那「あなたの推しは?」
リサ「友希那――っ!!」
あこ「友希那さ――ん!!」
友希那「ありがとう」
リサ「Fuuu――!!」
あこ「ふぅ――!」
紗夜(なんなのかしらね、この流れは……)
友希那「最後に……練習は?」
リサ&あこ&燐子「本番のように!」
紗夜「ちょ、」
友希那「本番は?」
リサ&あこ&燐子「練習のように!」
友希那「ふふ……流石ね、あなたたち」
紗夜「私の知らないところで何か打ち合わせでもしているんですか……?」
友希那「いいえ。でも、こう言えばきっとみんなはそう答えてくれると信じていたのよ」
リサ「これがキズナってやつだね!」
あこ「紗夜さんといえばこれだよね!」
燐子「氷川さんの名言ですから」
紗夜「…………」
紗夜(……顔が熱い……妙に気恥しい……これからはそれを言うのは控えよう……)
友希那「それにしても、やってみると意外と楽しいわね」
あこ「はい! リサ姉の真似してたらあこも楽しくなっちゃいました!」
リサ「あこは将来有望だね☆」
燐子「たまにはいいですね、こういうの」
紗夜(私はあまり良くないのだけど……というか、恐らくあの銃のせいの白金さんと湊さん……それと宇田川さんもそういう性格だからまだいいけれど……)
紗夜(今井さん……しらふよね……?)
……………………
――翌日早朝 公園――
紗夜「……あの、湊さん。もう一度言ってもらってもいいですか」
友希那「ええ、いいわよ。今日あなたたちをここに呼んだのは、缶けりをするためよ」
紗夜「聞き間違いじゃなかったのね……」
リサ「あー、だから動きやすい格好で公園に集合なのかぁー」
あこ「わぁー、缶けりするの1ヵ月ぶりだなぁー」
燐子「結構最近なんだね、あこちゃん」
あこ「うん! おねーちゃんとモカちん、それにひーちゃんと、ろっかにあすかでやったんだ!」
紗夜「どうして急に缶けりなんて……」
友希那「楽しそうだからよ」キッパリ
紗夜「……そう、ですか」
紗夜(そう断言されてしまうと何も言えないわ……)
紗夜(湊さんと白金さん、まだあの銃の効力が解けてないみたいね……)
友希那「ルールは……説明するまでもないわよね?」
リサ「ダイジョーブだよ~」
燐子「はい、わたしも大丈夫です」
あこ「ばっちぐーですよ!」
紗夜「……不承不承ながら」
友希那「よろしい。それじゃあ最初の鬼決めね。じゃんけんしましょう」
リサ「はーい」
あこ「じゃあじゃあ、音頭はあこが取りますよ!」
友希那「ええ、お願いするわね」
あこ「はい! それじゃあ、じゃーんけーん……ぽん!」
友希那<パー
リサ<パー
燐子<パー
あこ<パー
紗夜<グー
友希那「決まりね」
紗夜「……やっぱり何か打ち合わせしていませんか?」
友希那「偶然よ」
リサ「缶けりなんて久しぶりだな~」
あこ「あ、缶の周りに線ひきますね」
燐子「この輪の中に長時間いちゃダメだよってやつだね」
紗夜「はぁ……どうしてこんな……」
友希那「紗夜」
紗夜「なんでしょうか」
友希那「ロゼリアは何事にも全力よ。あなたもロゼリアの一員であるのだから、この缶けりに全力を尽くしなさい」
紗夜(普段なら頷けるけれど、内容が内容だから……うーん……)
友希那「……それともあれかしら。自信がないのかしら」
紗夜「はい?」
友希那「紗夜が鬼としてみんなを捕まえる自信がこれっぽっちもないのなら、最初の鬼を変わってあげてもいいわよ」
紗夜「…………」
友希那「そうよね。誰も捕まえられず、ずっと鬼をやってるんじゃつまらないものね。仕方ないわ。そういう気配りもリーダーとしての責務だもの」
紗夜「随分と安っぽい挑発を投げかけるんですね」
友希那「挑発? ふふ、違うわよ。リーダーとして、そして友人としての気遣いよ。別に、あなたを焚きつけようだなんて気持ちはちょっとくらいしかないわよ」
友希那「みんなが楽しんで笑顔になれることが、この缶けりの目的だもの。紗夜だけがずっと、ずーっと鬼だなんて、見過ごせないわ」
紗夜「……そうですか」
友希那「さ、それじゃあ最初の鬼は私が」
紗夜「結構です」
友希那「あら、いいの?」
紗夜「そういう気遣いはいりません。やるからには全力……それが私たちの流儀だと言ったのは湊さんです」
紗夜「絶対に、一度で、全員を捕まえて見せますから」
友希那「そう。それは楽しみね」
紗夜(我ながらどうかと思う。高校三年生にもなって、缶けりに全力だなんて)
紗夜(だけど……あそこまで言われて『はいそうですか』と引き下がれるほど私は大人でもないようだ)
紗夜(もうああだこうだと考えるのはやめだ。見得を切った以上、絶対に一度で全員を捕まえる……!)
あこ「こんな感じかな」
リサ「これだとちょっと大きすぎない?」
あこ「そうかなぁ」
燐子「氷川さん、どう思いますか?」
紗夜「それで構わないわ。どんな大きさであろうと、関係ない。私は私の全力を尽くすだけだから」
リサ「おー」
燐子「氷川さんが赤く燃えている……」
友希那「それじゃあ始めましょうか」
あこ「あ、あこが最初の蹴りやりたいです!」
友希那「いいわよ。紗夜が困惑するくらい思いっきりかっ飛ばしなさい」
紗夜「望むところよ。遠慮はいらないわ、宇田川さん。全力で蹴りなさい」
あこ「はーい! それじゃあ……我が右足に宿りし闇の力よ……えーっと、なんかこう、すごい力で……えいやー!!」カーン
……………………
紗夜「……サークルの中央に缶を置いて……と。これでいいわね」
紗夜(宇田川さんが蹴り飛ばした缶を取りに行く間にも、各々がどの辺りへ駆けていくかは目で追っていた)
紗夜(白金さんと宇田川さんは公園の入り口の方へ、湊さんと今井さんはその真逆の方へ)
紗夜(挟み撃ちするつもりかしらね。昨日から異様に息があっていたし、その上でスマホで連絡を取り合って仕掛けてくるかもしれないわ)
紗夜(だとするならば、まずは敵方の頭数を減らすのが得策。一番与しやすい相手は……)
奥沢美咲「はぁ……はぁ……あーっ、見つけた……」
紗夜「おや……奥沢さん」
美咲「どうも、紗夜先輩……はぁ、はぁ……」
紗夜「こんにちは」
美咲「すいません、いきなりなんですが……昨日こころが変な銃を渡しませんでしたか?」
紗夜「ええ。没収したら、そのままあげると言われたわね」
美咲「あーやっぱり……ごめんなさい、あの銃、実はかなりヤバいものでして……」
紗夜「知っているわ。だからこそこうなったんだから」
美咲「えっ!? ま、まさか使っちゃったんですか!?」
紗夜「白金さんと湊さんが餌食になったわ」
美咲「うわー、マジかぁー……あの、それで――」
紗夜「でも、今はそんなことは関係ない」
美咲「は、はい?」
紗夜「今ここにあるのは、ただ純然たる勝負のみ。私が勝つか、湊さんたちが勝つか……ふたつにひとつよ」
美咲(うわぁ、なんだか今日の紗夜先輩、めちゃくちゃ燃えてる……)
―友希那サイド―
燐子<<知ってるか? エースは3つに分けられる。強さを求める奴。プライドに生きる奴。戦況を読める奴。この3つだ>>
リサ<<急にどしたの、燐子?>>
燐子<<今日のわたしは片羽の妖精……TACネームは“ピクシー”です>>
あこ<<わー、カッコイイ! りんりん、あこもあだ名みたいなの欲しい!>>
燐子<<あこちゃんに似合いそうなの……うーん、そうしたら“ブレイズ”とか?>>
あこ<<おーっ、響きが強そう!>>
友希那<<私にもそういう二つ名みたいなものが欲しいわね>>
燐子<<友希那さんは“オメガ11”ですね>>
友希那<<カッコいい響きね>>
燐子<<はい。一部界隈で大人気です>>
リサ<<おーい、作戦会議じゃないのー?>>
燐子<<あ、ごめんなさい。つい>>
友希那<<じゃあ、どうやって紗夜を攻め落とそうかしら>>
あこ<<みんなで一斉にドーン! っていうのはどうですか?>>
リサ<<うーん……悪くはないけど紗夜なら落ち着いて対処しそうだよねぇ>>
燐子<<そうですね。わたし相手なら一斉突撃も有効ですけど、氷川さんは動じずにみんなを捕まえるでしょう>>
あこ<<そっかぁー>>
友希那<<となると、紗夜の隙を作ってそこを突くしかないわね>>
リサ<<隙、作れるかな?>>
燐子<<“トリガー”の言う通り、それもなかなか難しいでしょうね>>
友希那<<じゃあこういうのはどうかしら>>
リサ<<……ん? トリガーってもしかしてアタシのこと?>>
―紗夜サイド―
紗夜(連絡を取り合っているとなると、必ず連携して缶を狙いにくる)
紗夜(この広場には遮蔽物も少ないから、数の有利を頼りに一斉に突っ込んできてくれれば全員を簡単に捕まえられるけど……流石にそれはないでしょう)
紗夜(そうなると、運動神経のいい今井さんと宇田川さんをメインに、湊さんと白金さんはそのサポートに回るはず)
紗夜(であれば、一番に宇田川さんを狙うのが得策ね。公園入口に意識を向けて……)
美咲(うわぁ、めっちゃ真剣な顔で何か考えてる……)
美咲(銃の回収だけしようと思ってたけど、なんか帰るタイミング逃しちゃったよ……)
紗夜(宇田川さんが描いたサークルは半径がおおよそ3歩半ほどのもの)
紗夜(足の速さは……恐らく今井さんと宇田川さんのツートップ、次いで私、湊さん、白金さんの順ね)
紗夜(湊さんと白金さんなら多少不意を打たれても私の足で取り戻せる)
紗夜(それから、こういう場面でいの一番に動きたがるのは宇田川さんだ)
紗夜(まだあちらに数の有利がある上に、開戦直後。意識の隙間を突く絶好のチャンス……利用しない手はない)
紗夜(……よし、缶からゆっくり離れて誘い出そう)スタ、スタ、スタ
美咲(缶けり、ってさっき言ってたっけ。ロゼリアが缶けりって、一番しそうにないよなぁ)
美咲(これもこころのしあわせ光線銃のせいか……本当にごめんなさい、紗夜先輩)
紗夜(正確な足の速さは分からないけど、10メートルくらいであれば私の足でも問題なく缶まで間に合うはずだわ)スタ、スタ...
紗夜(さぁ、動きなさい……焦れてアクションを起こしなさい……)
入り口近くの茂み<ガサガサッ
紗夜(よし、かかった!)
紗夜「宇田川さん、見つけたわよ」
あこ「うそぉー!?」ガサッ
燐子「あ、あこちゃん、立っちゃダメ!」
紗夜「ええ、嘘よ。今見つけたわ」ダッ
あこ「え、ちょ、えぇ――!?」
紗夜「宇田川さん、みーつけた」カン
あこ「うぅぅ……紗夜さーん……ひきょーですよぉー」トボトボ
紗夜「これは戦争よ。兵は詭道なり、騙される方が悪いの」
あこ「本気だ……紗夜さんが本気の目で言ってる……」
紗夜「さぁ、大人しくそこのベンチで奥沢さんと一緒に観戦していなさい」
あこ「はーい……」
美咲「…………」
美咲(……紗夜先輩、意外と大人げないなー……)
あこ<<ごめんなさい、やられちゃいましたー……>>
【宇田川あこが退室しました】
燐子<<ラーズグリーズは我々ではなく、奴らのことだったのか……>>
リサ<<いや……えぇ……流石に大人げないっていうか、なんていうか……>>
友希那<<それだけ紗夜も本気ということね>>
リサ<<いやいやっ、本気過ぎるでしょ!?>>
友希那<<ロゼリアは何事にも全力よ>>
燐子<<ブレイズが捕まっちゃいましたし、作戦はどうしましょうか?>>
リサ<<うーん、あの本気の紗夜を相手にするのは大変だけど、当初の予定通りでいいんじゃない?>>
燐子<<わたしとオメガ11で陽動して、トリガーで缶を狙いに行く……ですか>>
友希那<<それはやめましょう>>
リサ<<え、どうして?>>
友希那<<紗夜のあの動き、きっと私たちの作戦を見越してのモノよ>>
燐子<<そうですね……まるでブレイズを誘うように、ゆっくり動いていましたね>>
リサ<<確かに……>>
友希那<<多分、各々の足の速さも考慮しているのでしょう>>
友希那<<だから、次の作戦は……>>
紗夜(さて……敵方の戦力は削れた)
紗夜(けれど、これで私が本気だということは十二分あちらに伝わってしまった)
紗夜(全員慎重に動くだろうし、もう今みたいな隙を突くことは難しい)
あこ「みさきちゃん、休みの日に公園で会うなんて珍しいね。どうしたの?」
美咲「あーうん、ちょっとね。昨日、こころが変な銃を渡したと思うんだけど、その回収に来たんだよ。……今はそれどころじゃないっぽいけど」
あこ「ああ、りんりんが持ってたやつ!」
美咲「今は燐子先輩が持ってるんだ。ちょーっとね、あれ、野放しにしておくとヤバいやつだからさ……」
紗夜(3対1。数の上では不利。そして身体能力に関しても、今井さんの方が一段上だろうことは疑いようはない)
紗夜(であれば、今井さんをメインに据えてこちらを攻略しにかかるはず……)
紗夜(幸い入り口方面と比べて、湊さんと今井さんが隠れた方角には隠れられる場所が少ない。缶から遠く離れたとしても、出し抜かれる可能性は低い)
紗夜(今井さんは無理だとしても、最悪どうにか湊さんを捕まえることが出来ればようやく五分五分といったところかしら)
紗夜「とにかく、動いてみましょう」スタスタ
あこ「あ、紗夜さん、今度は友希那さんたちの方に行くんだ」
美咲「隠れてる場所知ってるの?」
あこ「うん。メッセージアプリでチャットルーム作って作戦会議してるから」
美咲「缶けりにそこまでするんだ……」
あこ「でもね、捕まっちゃったら退室することになってるんだ。万が一にも作戦が漏れないようにーって」
美咲「うわー、紗夜先輩だけじゃなくて湊さんたちも超本気じゃん、それ」
あこ「『ロゼリアは何事にも全力よ。それに、遊ぶなら本気で遊んだほうが楽しいじゃない』って友希那さんが言ってた。りんりんもすごい頷いてたなぁ~」
美咲(湊さんと燐子先輩、完全に頭がハロハピになっちゃってるね……)
紗夜(缶から離れて15歩。この辺りが私の限界だとは思うけれど……何も反応がないわね)
紗夜(白金さんの方は……)チラ
紗夜(……あっちも何も動きがなさそうだわ)
紗夜(そうなると、やっぱりもう少し踏み込まないといけないわね。どうしようかしら……)
紗夜(膠着状態になってジリジリ詰められれば、こちらがどんどん不利になっていく。やはりここは一気に……)スタスタ...
友希那<<紗夜が動いたわね>>
リサ<<それじゃあ作戦開始だね>>
燐子<<幸運を祈る>>
紗夜(……いや、少し引っかかる)
紗夜(おかしい。どう考えてもおかしい)
紗夜(普段の湊さんならともかく、今の湊さんは少なからず頭の中にハローハッピーワールドが広がっている)
紗夜(そんな彼女がただ待ちに徹することがあるだろうか)
紗夜(『楽しそうだから』で缶けりをしだした彼女が、勝つ見込みが一番高いとはいえ、ただただ待つだけという作戦をとるだろうか)
紗夜(それはないだろう。そんな戦い方は楽しくない、と考えるはず。待つにしても、何かしら私を引っかける策を弄しているはずだ)
紗夜(缶からは大分離れた。それなのに、湊さんも今井さんも動く気配がまったくない)
紗夜(ということは……)スタスタ、スタ...バッ
燐子「あ」
紗夜(やっぱり、こちらが囮!)ダッ
燐子「き、気付かれちゃった……っ」ダッ
紗夜(彼女はまだ茂みから出てきたばかり。距離も私の方が近い。大丈夫だ、慌てなければ確実に間に合う)
燐子「ひ、氷川さん、速い……!」
紗夜(案の定、だ。白金さんは私よりもずっと足が遅い。気付かれないようにこっそりと缶に向かうつもりだったのだろうけれど、早めに気付いてしまえば……)
紗夜「白金さん、みーつけた」カン
燐子「はぁ、はぁ……やっぱり無理だった……」
紗夜(……よし、これで残り半分だ)
燐子<<ヽ(0w0)ノ エンゲージ>>
燐子<<ヽ(0w0)ノ イジェークト>>
【白金燐子が退室しました】
リサ<<ああ、燐子がやられた……>>
友希那<<あなたのことは忘れないわ、ピクシー>>
友希那<<それにしても、流石紗夜ね。私たちの作戦に気付くなんて>>
リサ<<だね。途中までは上手くいってたのに>>
友希那<<どうしてバレたのかしらね>>
リサ<<うーん、こっちがあんまり動かな過ぎたから、とか?>>
リサ<<やっぱりこっちからも何か動いた方がよかったんじゃない?>>
友希那<<……それは過ぎたことだし、気にしても仕方ないわね>>
友希那<<あちらの2人が捕まった以上、これからは私とリサでなんとかしないと>>
リサ<<うん>>
リサ<<ていうか、アタシたちだけならもうこの作戦会議の部屋いらなくない?>>
友希那<<そっちの方が気分が出るわ。だから必要よ>>
リサ<<まぁ……友希那がそう言うなら>>
美咲「あの、燐子先輩……大丈夫ですか?」
燐子「交戦規定はただ一つ、“生き残れ”。どうやらわたしも片羽の妖精にはなれないみたいです」
美咲(なに言ってるのか全然分かんない……これ重症だよ……)
あこ「紗夜さん、りんりんに気付くの早かったね」
燐子「友希那さんたちがもう少し気を引いてくれたらよかったんだけどね。あの氷川さん相手じゃ分が悪かったかな」
紗夜(さて、残りは湊さんと今井さん)
紗夜(公園入り口側の2人はもう捕まえたし、湊さんたちの方から入り口側に回るには隠れられる場所が少なすぎる)
紗夜(これで気にする方向は一方だけで大丈夫、だけど……)
紗夜「問題は今井さんね」
燐子「トリガーとオメガ11はどう動くかな」
美咲「トリガー? オメガ11?」
あこ「友希那さんとリサ姉のコードネーム! あこはブレイズでりんりんはピクシーなんだ!」
燐子「正確にはTACネームとコールサインだよ。……さっきのアレ的にわたしの方がオメガ11な気がするけど」
美咲「あ、はい」
美咲(本当になに言ってるのか全然理解できないよ)
美咲(口下手だけど理路整然としてる燐子先輩すらもこうなっちゃうのか……)
紗夜(去年の夏のプールのことなんかを加味するに、湊さんは恐らく身体能力でどうにか出来る)
紗夜(それに、あれでなかなか熱くなりやすい性格をしているから、挑発すればきっと真っ向勝負に応じてくれるだろう)
紗夜(けれど今井さんには挑発も効かない。傍に湊さんがいる限り必ず彼女の言うことに従うだろう)
紗夜「……仕方ない」
紗夜(この手だけは使いたくなかったけれど、こうするより他ないわ)スッ
リサ<<さて、どうしよっか?>>
友希那<<こうなっては仕方ないわね。二手に別れて、私が紗夜の気を引く>>
リサ<<りょーかい。それじゃ、アタシは右手の方に行くね>>
友希那<<ええ。健闘を祈るわ>>
紗夜「…………」スッ、スッ
あこ「紗夜さん、さっきからスマホ取り出して……何してるんだろう?」
燐子「応援を呼んでる、とか?」
美咲「応援って、日菜さんでも呼んでるんですかね」
燐子「どうでしょう。氷川さんの場合、この場で妹さんに頼るくらいなら捨て身の特攻に殉じそうですけど」
美咲「捨て身の特攻って……」
紗夜「……よし、送信」ポチ
紗夜(あとは今井さん次第ね)
リサ「……ん? 紗夜からメッセージ?」
紗夜<<折り入って話があります>>
紗夜<<先日、私は湊さんと共に、アニマルセラピーの研究のためにわんニャン王国へ行きました>>
紗夜<<その時の写真がこちらです>>
【友希那さんが満面の笑みで子猫を抱っこしてる写真】
リサ「……へぇ」
リサ<<要求は何?>>
紗夜<<話が早くて助かるわ>>
リサ<<いい写真を貰っておいてなんだけど、友希那を裏切れとかは聞けないよ>>
紗夜<<それは私も重々承知の上よ>>
紗夜<<私の要求は、ただ真っ向勝負をして欲しいということだけ>>
リサ<<真っ向勝負、ねぇ>>
紗夜<<もちろんタダとは言わないわ。まだまだ私のフォルダーには、湊さんが猫と戯れる写真や、帰りのバスの中で疲れて眠っている写真が入っているのよ>>
リサ<<やっぱりロゼリアは何事にも全力だよね。真っ向から堂々ぶつかるのが正しい在り方だよ>>
紗夜<<今井さんならそう言ってくれると信じていたわ>>
【友希那さんが猫を膝に抱いて優しい顔をしてる写真】
リサ「……ふむふむ、なるほど」
リサ<<で、具体的にはどうすればいい?>>
紗夜<<何も難しいことはありません。私の左前方の、比較的近い遊具。そこから私と真っ向勝負してくれれば問題ありません>>
リサ<<オッケー☆>>
リサ<<ところで、寝顔は?>>
紗夜<<勝負が終わってから、どちらが勝ったとか負けたとか関係なしに、あなたに送ります>>
リサ<<了解だよ>>
友希那<<リサ、そっちはどうかしら>>
友希那<<……リサ? 応答がないけど、どうしたの?>>
リサ<<友希那、アタシは……戦う理由を見つけた>>
友希那<<? 何を言ってるの、あなたは>>
リサ<<ごめんね>>
【今井リサが退室しました】
友希那「……?」
紗夜「…………」
燐子「氷川さん、スマホをしまってからずっと動きませんね」
あこ「何してたんだろう」
美咲(今日の紗夜先輩の様子からするに、何か変なことしてそうだなぁ)
紗夜「…………」
紗夜のスマホ<ブブ
紗夜(よし)スタスタスタ
紗夜(合図の連絡。これでいい。これで後は……10歩歩いてから、引き返すだけ)スタスタスタ
紗夜(それだけでいい。そうすれば、あの遊具の影から……)スタスタスタ
紗夜「…………」スタ
リサ「よっと!」
紗夜「来たわね、今井さん」ダッ
リサ「お望み通り、真っ向勝負だよ!」ダッ
紗夜「負けないわ」
リサ「こっちこそ」
紗夜(なんて、端からならそれなりにいい勝負に見えるこの競争)
紗夜(けれど既に彼女は買収済みだ)
紗夜(卑怯だなんだと人は私を嘲るかもしれない)
紗夜(だけど……)
紗夜「今井さん、みーつけた」カン
紗夜(所詮この世は弱肉強食。勝てば官軍、負ければ賊軍。多かれ少なかれ、常に歴史は勝者の都合の良い方へ改ざんされているのだ)
紗夜(だからこれも間違いなく正義なのだ)
リサ「あちゃー、負けちゃったかぁ~」
紗夜「なかなかいい勝負だったわよ、今井さん」
リサ「やー、紗夜って結構足速いね。流石弓道部」
紗夜「いえ、距離が同じならダンス部の今井さんには敵いませんでしたよ」
あこ「あー……。惜しかったなぁリサ姉」
燐子「なんだか初めて缶けりらしい競りを見たような気がする」
美咲(なんだろう。パッと見、爽やかないい勝負だったのに……妙なきな臭さを感じる)
紗夜(約束のものは後ほど)ヒソヒソ
リサ(ん、オッケー)ヒソヒソ
友希那<<……なるほど>>
友希那<<リサ、ああだこうだと策を考えるより、紗夜と真っ向から勝負がしたかったのね>>
友希那<<それがあなたの戦う理由なのね>>
友希那<<気付けばこの作戦会議室にも私ひとり、か>>
友希那<<…………>>
友希那<<もう作戦を考える必要もない。それなら、私も真っ向から向かうわ>>
友希那<<羽ばたこう、頂点の夢へと>>
【湊友希那が退室しました】
紗夜「さて、残りは湊さんひとりね」
紗夜(ここまで来てしまえばもう楽勝……と、言いたいけれど)
紗夜(油断してうっかり缶を蹴られてしまえば今までの苦労が全て水の泡になるわ)
紗夜(勝って兜の緒を締めよ、ね。まだ勝ってはいないのだから、なおさら気を引き締めなければ)
あこ「リサ姉、おしかったね!」
リサ「あの位置からなら勝てると思ったんだけどねぇ~。いやー、紗夜の足を甘く見てたよ」
燐子「氷川さん、すごく反応が早かったですね。まるでトリガーが飛び出してくるのを最初から分かってたみたいでした」
リサ「それだけ集中してたんだよ、きっと」
美咲(本当にそうだろうか……なんだか白々しいような雰囲気を感じる……)
紗夜「……おや、湊さんからのメッセージが」
友希那<<紗夜、最後の最後だわ。もう作戦も何もなしに、正々堂々と勝負しましょう>>
紗夜<<いいでしょう。受けて立ちます>>
友希那<<じゃあ……あなたから見て右手側、少し奥の茂み。そこから私は勝負をかけるわ>>
友希那<<あなたも同じくらいの距離を取ってくれないかしら>>
紗夜<<分かりました。おおよそ同じくらいの距離をとります>>
友希那<<最後だもの。いい勝負にしましょう>>
紗夜<<ええ、最後ですからね>>
紗夜「…………」スタスタスタ
燐子「あれ、氷川さん……オメガ11と反対の方に歩いていってる」
あこ「あ、本当だ。あっちはあこたちが隠れてた方だね」
リサ「んー……スマホ見てたし、友希那から勝負を持ちかけられたんじゃない?」
リサ「同じくらいの距離を取って、向かい合って正々堂々勝負! みたいな風に」
あこ「一騎打ちってやつだね!」
燐子「正面からの真っ向勝負……」
燐子(Fire away, coward! Come ooooon!)
美咲「燐子先輩、何か言いましたか?」
燐子「いえ、何も」
美咲「そうですか。あ、ていうかそれより……」
紗夜(右手側、少し奥の茂み。それと同じくらいの距離)スタスタ
紗夜(どの辺りがそれに相応しいだろうか)スタスタ
紗夜(まぁ、少しくらいは私が不利でも十分に取り返せるし、そこまで正確なものじゃなくていいでしょう)スタスタ
紗夜(……と、私に思わせるのが恐らく本当の目的)スタ、スタ...クル
友希那「この時を待っていたわ」ダッ
紗夜「やっぱり……!」ダッ
紗夜(振り返れば、本人が言っていた茂みよりも少し近くから飛び出してくる湊さんの姿)
紗夜(不意を突くように、合図も何もなく缶に駆け寄る姿)
紗夜(そんなことだろうと思ってたわよ!)タタタタ
友希那(ふふふ……額面通りに受け取るなんて、まだまだね)
友希那(不意は突いた。距離も私の方が近い。これなら勝てる……!)タッタッタ
紗夜(とかなんとか思ってそうだけれど、これも想定内)
紗夜(缶の位置も気付かれないようにこちら側にずらしておいたし、慌てなければ十分間に合う……!)
友希那(……? 紗夜、なんだか随分と落ち着いているわね)
友希那(まっすぐに缶に向かってきてるし……あれ? これ、間に合うかしら?)
紗夜「…………」タタタタタ
友希那「……はぁ、はぁ」タッタッタ
紗夜「…………」タタタタタ
友希那「ふぅ、ふぅ……!」タッタッタ
紗夜「……!」ダダダダダダ!
友希那(あ、これ無理だわ)
紗夜(勝ったわね)
紗夜「湊さん、みーつけた」カン
友希那「はぁ、はぁ……な、なかなかやるわね、紗夜……」
紗夜「ええ。正々堂々、真正面からの勝負でしたから。このくらい当然よ」
友希那「そ、そうね……正々堂々……だったものね……」
あこ「あーあ、みーんな捕まっちゃった」
リサ「流石だねぇ、紗夜」
燐子「あの銃でしたら家にあるので、月曜日に学校に持っていきますね」
美咲「ええ、すいません。お手数をおかけしますがお願いします」
紗夜「本気を出せば、一度で全員を捕まえることなんて他愛もなかったわね」フフン
友希那「悔しいけど私たちの完敗よ……」
リサ「アタシはまぁ……試合に負けて勝負に勝ったし」
あこ「あこなんて一番に捕まっちゃったしなぁ……卑怯な手を使うなんて、紗夜さんの悪魔ー」
燐子「ああいうのはな……『鬼神』って言うんだよ」
紗夜「さて、2回戦の鬼は湊さんにやってもらおうかしら」
友希那「ちょっと待って。こういう場合、一番に見つかったあこがやるものじゃないかしら」
紗夜「常識に囚われていてはいけないわ。ロゼリア式では鬼側が次の鬼を指名できる権利を持っているのよ」
友希那「初耳なんだけれど」
紗夜「いま私が決めましたから」
友希那「そのやり方では禍根を残すことになるわ」
紗夜「戦争とはそういうものです」
リサ(友希那が鬼……)
リサ(それはつまり、友希那がアタシを探し、追い求めるということ……なるほど)
リサ「アタシもロゼリア式に賛成かな」
友希那「リサまで……」
あこ「次もまた缶けり?」
燐子「わたしはもっとスニーキングミッションじみたもの……つまりかくれんぼがしたいな」
紗夜「ではそのようにしましょう。鬼は湊さんで、異議はないわよね?」
あこ「はーい!」
リサ「はーい!」
燐子「はい」
友希那「……仕方ないわね。見てなさい、開始3分で全員を見つけ出してあげるわ」
紗夜「それは楽しみね」
リサ「うん、すごく楽しみ」
美咲「…………」
美咲(あれぇ、銃で撃たれたの、湊さんと燐子先輩だけって言ってたよね?)
美咲(あこはともかく、紗夜先輩とリサさんって実は素面であれなのかなぁ……)
燐子「あ、奥沢さん」
美咲「は、はい? なんでしょう?」
燐子「折角だし、混ざっていきます?」
美咲「え?」
友希那「そうね。こういう遊びは大勢の方が楽しいものだし、それに偶数ならチーム分けをして遊べるもの。かくれんぼからは奥沢さんも加入ね」
美咲「え、えぇ……?」
あこ「よーし、一緒にがんばろーね、みさきちゃん!」
紗夜「奥沢さんは普段からミッシェルに入って鍛えられているものね。味方としても頼もしいし、敵としてもやりがいがあるわ」
美咲(あ、これもう断れない流れだ。ハロハピでよくあるやつだ)
友希那「さぁ、それじゃあ30秒ほど時間をあげるわ。目を瞑っててあげるから、各々好きな場所に隠れなさい。いーち、にーぃ、さーん……」
あこ「わ、わ! カウント早いですよ友希那さん!」
紗夜「湊さんが思いもよらない場所に隠れないといけないわね。そうなると……」
リサ(30秒目を瞑る友希那……いま写真撮ってもバレなさそう)カシャ
美咲「はぁー……本当にあの銃のせいで……もう封印しとかなくちゃだよ……」
その後、日が暮れるまでロゼリア+みーくんのごっこ遊びは続きましたとさ
おわり
前半はRAS神戸のチケットを一般で両日購入できた喜びで書きました。
後半はフィルムライブの先行上映で聞いたFIRE BIRDがとてもカッコよかったのでエースコンバットのネタを多用しました。バード繋がりですが、冷静に考えるとほとんど繋がってません。
そんな話でした。すいませんでした。
山吹沙綾「あい二乗」
窓を開けると、初夏の風がするりと部屋の中に忍び込んできた。
開け放たれたそこから商店街の通りを見下ろす。七月某日、平日の浅い正午の空気は気だるげに微睡んでいるみたいに思えた。
外の空気に向かって、私はほぅっとため息を吐き出す。今でこそやまぶきベーカリーも眠たげな雰囲気を纏っているけれど、あとちょっとしたらお昼ご飯を買い求める人が大勢訪れるだろう。
それを『大変だなぁ』とはもう思わない。気付けば今年の五月でもう二十五歳。四捨五入してしまえば三十歳。高校生の頃からずっと変わらないやまぶきベーカリーでの日々を過ごしているのだから、そういう忙しさも、悠々閑々の空気も、一日が終わる直前にふと訪れる焦燥に似た寂莫も、もう慣れたものだ。それに特別な感慨を抱くことはない。
だけど今日に限ってみれば、私の胸は微かに躍っていた。
その理由は……考えるまでもない。今日は、香澄と久しぶりに二人っきりでお酒でも飲みに行こうという約束があるからだ。
たったそれだけのことで、胸中が色々と言葉にし難い気持ちで満たされる。それは良いことなのか悪いことなのか、と考えてしまうけれど、答えの出そうにないその思考も『どうでもいいか』で片づける癖がついていた。
「……早く時間がすぎないかなぁ」
ポツリと呟いた言葉。もう一度窓から忍び込んできた、どことなくノスタルジックな匂いのする風がそれを掬って部屋に留まる。きっとここは『どうでもいいか』の吹き溜まりなんだろうな、なんて思った。
◆
待ち合わせ場所は新宿駅だった。
やまぶきベーカリーでの仕事を終わらせて、父さんに店を任せ、何十日ぶりかに顔を合わせる親友のために「ああでもない、こうでもない」なんて鏡と睨めっこしているうちに、家を出るのにちょうどいい時間になっていた。
西に傾き始めた太陽。それが作る影を踏みしめる。そうやって歩を進めていく。
目指すのは、東京さくらトラムの早稲田駅。いつから都電荒川線と呼ばなくなっただろうか、なんてどうでもいいことを考えているうちに、小さな路面電車のホームに辿り着く。
一両編成の電車に乗り込んで、大塚駅前で降りる。そこからぐるぐると都内を回る環状線に乗り換えた。
十五時過ぎの車内は空いていて、ちらほらと空席が見えたけど、私はつり革を掴んで車窓を流れていく街並みを眺めることにした。
大塚駅を出て、次に停車した池袋駅で大勢の人が降りて、それよりも大勢の人が電車に乗り込んでくる。その人の流れに乗って、私の近くに三人組の女子高生がやってきた。
その子たちが話す『最近の流行』とか『このアイドルが可愛い』とか『誰ちゃんが誰くんのことを好き』だとか。
その声を聞き流しながら、私も昔はああだったのかな、なんて頭の隅で考える。けれど、昔はどうだとか考えるほど、私は変わっていないかとすぐに思い直す。
電車が高架橋の下を潜り抜ける。その短い影の間に、車窓に映り込んだつり革を掴む山吹沙綾。その姿は、やっぱり今も昔も変わっていない。
そう。私はずっと、変わっていない。
それも当たり前か。毎日毎日、どんな時でも突き合わせる姿なんだ。日ごとに歳を重ねる実感もないまま、きっと私は変わらずに生きていくんだろう。
その諦観じみた念慮を抱えるのは今日に始まったことじゃない。例えば夕暮れに佇む商店街を見た時だとか、例えば親友たちと近況報告を交わし合った時だとか、例えば純と紗南が恋人がどうこうって言いだした時だとか、そういう時に感じる寂莫のオマケにいつも付いてくるものだ。
どうだっていいことだ。考えたって仕方ないことだ。下らないことだ。
目を瞑って、頭を振る。それから香澄のことを考えた。
そんな私の事情なんて知らんぷりして、ただただ電車は前へ進んでいく。
◆
「やっほー、さーや!」と、新宿駅の東口で落ち合った香澄は、昔から変わらない朗らかな明るい声で私に手を振ってきた。
「ん、久しぶり……かな?」
私はそれにいつも通り、なんともないように挨拶を返す。
「そだね~、最後に集まったのって……ひと月半くらい前になるのかな?」
「だね。雨がシトシト振ってて、有咲が『梅雨なんてなくなりゃいいのに』ってぼやいてたっけ」
「あー、それ振りかぁ。んー、なんだろう。それ、一週間くらい前にやったような気がする」
「歳とるごとに時間が過ぎるのは早くなるっていうし、私たちも大人になったってことだよ、たぶん」
なんて、他愛のない話をしながら、先導する香澄に着いて私は足を動かす。
香澄が歩を進めるたび、視界に収まる香澄の髪の毛がゆらゆらと揺れる。
昔は肩口までのロングボブに加えて、星を模したように盛っていた髪の毛。それも気付けばまっすぐに背中の中ほどまでに伸ばされていて、歩く拍子にぴょこぴょこと跳ねることもない。
ああ、大人になったんだな。
先ほどの会話を思い起こす。「私たちも大人になったってことだよ」なんて言ったこと。
確かにそれは一部正しいけど、一部は間違っていると私は痛いほど分かっている。
香澄は会うたび会うたび大人になっていく。外見だけじゃなくて、落ち着きのなかった声も行動も、次第に大人と称するに相応しいものに変わっていく。
それは香澄だけじゃない。有咲だってそうだし、りみりんもそう。ずっと変わらなそうだったおたえだって少しずつ変わっている。
けど、私はどうなんだろう。
私は昔と比べて……夢を、音楽を、ただひたむきに追いかけていた青春時代と比べて、何か変わっただろうか。
鏡に映る姿は変わらない。歩く拍子に揺れるポニーテールが時折うなじをくすぐることも昔から一緒だ。そして、内に抱える気持ちも変わらない。
対する香澄はずっと変わった。まるで迷宮みたいな駅を淀みのない足取りで進む。迷うことなく、目指す場所をしっかりと見据えて歩いている。
だからこそ、私は置いてけぼりをくらった気持ちになってしまう。
「さーや、どうかした?」
歩みを止めて、くるりと香澄が振り返る。セミロングの髪がそれに追随してフワリと揺れた。
「……ううん、なんでもないよ」
私は少しだけ迷ってから、曖昧に笑った。
◆
平日の早い時間だということもあるけれど、香澄が案内してくれた居酒屋は静かな雰囲気の場所だった。店内には横幅1メートルくらいの大きな海水魚の水槽があって、淡い青色をしたLEDライトに色鮮やかな魚たちが照らされていた。
通された個室で対面に腰かけて、最初の注文をする。香澄がゆったりとした声色で「とりあえず生で」と言ってから私をチラリと見やる。「私も」とそれに小さく返した。
「落ち着いた空気のとこだね。よく来るの?」
お通しに出てきたササミの梅和えをつまむ香澄を正面から見据えて、口を開く。
「ううん、来たのは初めてだよ。職場の先輩がね、いい雰囲気のとこだから行ってみなって教えてくれたんだ」
「へぇ、そうなんだ」
それは言葉の裏に『香澄の良い人と一緒に』という意味が含まれている気がしたけれど、何も言わない。香澄自身が気付いていないだろうし、それならそれでいいだろう。……私だけがそう思っていればいい。
そんな思考をぐずぐずと燻らせているうちに、注文したビールが運ばれてくる。グラスを互いに手にして、「乾杯」と小さく合わせる。コチ、と小気味のいい音が静かな店内に響いた。
ビールを喉に流し込んで、このお店の看板だというメニューを注文する。それから再び他愛のない声と声を交わし合う。
その内容はいつもと変わらない。お互いの近況報告に始まって、近頃会った共通の知人のことを話して、それから最近ハマっている音楽だとかテレビ番組だとか、そんな話題になる。
こんな会話をいつから『いつもと変わらない』と思えるようになったのだろうか。今年で二十五歳。高校を卒業してから、もう六年が経つ。
その長い時間の中で、私の何が変わったんだろうか。香澄の何が変わったんだろうか。声と声との隙間に浮かぶ、アルコールに溶かされた思考。
杯を傾け、料理を口に運び、香澄の目を見ている間にも、話題はころころと変わっていく。
いつしか話は昔話になっていた。これも今じゃ『いつもと変わらない』話の流れだ。
「はぁー、やっぱり女子高生ってやばいよ。もうね、響きがやばい」
「発言がオジサンくさいよ、香澄」
「だってだって! さーやはそう思わない? ほら、あの頃の私たちはあーんなにピッチピチでさぁ……」
「まぁ……若かったなぁっていうのはあるね、間違いなく」
「でしょー? はぁぁ~……いま花女の私たちが目の前にいたら、とりあえず抱きしめたい。絶対あの頃の私たちって柔らかくてスベスベで抱き心地抜群だよ」
「だから発言」
苦笑しながら、でも確かにそうだな、と私は視線を天井に彷徨わす。
今じゃ眩しくて見えないくらいの輝かしい思い出。その中でも、やっぱり香澄は別段にキラキラしている。もしもその時の香澄が目の前にいたら、今の私はどうするだろうか。どうなるんだろうか。
フッと息を吐き出す。それから、もうすぐ二十五歳になる香澄を視界に収める。
「あの頃のりみりんがいたらなぁ……あーだめだめ、絶対に家に連れて帰っちゃう自信がある」
「小動物みたいだったりみりんもすっかり大人びたもんね」
「ねー。ゆり先輩と同じくらいに美人になったし、有咲だってからかっても余裕ある反応するし、おたえは……」
「……あんまり変わってない、かな」
「うん。おたえはずっとおたえ! って感じだね」
香澄が頷く。私も頷く。それから少しおかしくなって、同時に吹き出した。
「香澄も変わったよね」
その笑いが静まってから、私は香澄にそう言う。
「え、そうかな」
「変わったよ。ううん、変わったっていうか、成長したっていうか……大人になったなーって」
紛れもない本心が口から滑り出る。その言葉に、少しだけ後ろ暗い気持ちが付いてくる。
香澄は変わった。香澄だけじゃなくて、みんな変わった。
商店街の幼馴染たちも、バンドを通じて知り合った友人たちも、少しずつ大人になって、成長して、変わった。
だけど私はどうだろうか。何かが変わっただろうか。何かが成長しただろうか。いつまでも昔の思い出に縋っている私は、どうなんだろうか。
考えてもどうしようもないから、私の心はいつも自嘲で満たされる。
半年前の冬の朝。隣町にパンの配達をした時のことがぼんやり浮かぶ。あの時に車のラジオから流れていた歌が頭によぎる。
俯いたまま大人になった私が思うままに手を叩いたところで、今の何かが変わるんだろうか。……きっと何も変わらないから、もうどうでもいいよ。
「沙綾も変わったよね」
不意に香澄がそう言う。その声が耳を打って、ハッとしたように香澄の顔を見つめる。それからすぐに、「そんなことないよ」と首を振った。
「ううん、変わったよ。なんだろう……昔も綺麗だったけど、今は表情に深み? が出て、もっと綺麗になった!」
あっけらかんとした明るい声。何も邪な思いがない、純粋な声。それになんて返せばいいのかかなり迷ってから、口を開く。
「ありがと」
◆
立ち並ぶビルたちの隙間からうかがえる、十九時の夏の空。そこには深い紺と鮮やかな茜が混じり合った曖昧な色が広がっていた。その空の下を、行き交う人々の間を縫って、私と香澄は練り歩く。
先ほどの居酒屋は、お客さんが増えて賑やかになってきたところで「ちょっと散歩でもしない?」なんていう香澄の言葉に乗って出てきた。
香澄はただただ、上機嫌で歩を進める。私もそれに並んで、楽しそうに揺れる香澄の肩を時おり見つつ、足を動かす。
新宿の土地勘はまったくと言っていいほどないけれど、とりあえず駅から離れているんだろうということは分かった。どこへ向かっているんだろうか。香澄のことだから特に目的もなく歩いているのかな、と思ってから、昔はそうだったかもだけど今は違うか、とすぐに思い直す。
そして寂しい気持ちになった私の頬を、生ぬるい夜風がさらりと撫でていく。それが少しだけ心地よかった。
「あー、もうすぐ誕生日だなぁ」
ゆらゆらと肩を揺らしながら、香澄が空に向かって言葉を放った。私も同じように空を目にしたまま、言葉を返す。
「来週だね。これで香澄も四捨五入で三十路だ」
「やーめーてー、その言葉は胸に刺さる~」
「ごめんごめん」
なんて、そんな風に意味のない言葉を交わし合いながら、私たちはぶらぶらと街を歩く。駅から離れているからか、次第にすれ違う人影も少なくなっていく。空はもうほとんど深い紺色に染まっていて、「ふぅ」とそこへ向かって吐き出したため息がやたらと大きく聞こえた。
「さーや」と、私を呼ぶ香澄の声も、いつもよりも鮮明に聞こえる。そのせいかは分からないけれど、日常的に私の胸に吹き溜まり、降り積もり、いつしかこびりついてしまったどうしようもない感傷がより大きな存在感を放つ。
「さーやが元気そうでよかったよ」
その感傷は、私の胸に風穴を開ける。そしてそこへ向かって、香澄が無自覚に銃弾を撃ち込んでくるものだから、もう堪らなくなってしまう。鬱屈とした思いが、どうしようもない想いが漏れ出さないよう必死にこらえているのに、香澄はそんなことを知りもしないで、安心したような顔で言葉の銃弾を次から次へと撃ち込んでくる。
――ちょっと心配してたんだ。なんだか最近、元気なさそうって聞いてたから。
うん、有咲に聞いたんだ。なんかね、最近やまぶきベーカリーに行くといつも憂いを湛えた美女になってるって。なにそれ、って思ってたんだけど、さーやに会ったら一発で分かったよ。
ねえ、さーや。悩みとかさ、なにか、そういうのがあるならいつでも言ってよ。何が出来るかは分かんないけど……私だってもう大人だもん。いつだって話は聞けるし、前もって言ってくれればこういう風に遊びにだって行けるから。
うん、親友だもん。
そう。えへへ、親友。有咲も、りみりんも、おたえも、さーやも。みーんな、私の大切な親友。だからさ……さーやが元気ないと、どうしても元気になってほしいって思っちゃうんだ。
……手が届きそうな場所に香澄の上気した頬がある。けれどそれはアルコールのせいだ。私がどうとかなんだとか、そういうことはまるでない。まるでないんだ。
分かっている。そんなこと、分かっている。
分かっているから、私は笑う。哀しい本心が口から漏れないように、思わず香澄に手を伸ばさないように、分かった風に笑う。
――やっぱり、ポピパのみんなは特別だよ。大学とか職場にも友達はいるけどさ、やっぱりさーやたちは別。ホントはそういうのよくないって思うけどさ、もしもポピパのみんなかそれ以外のみんなか選べって言われたら、私はきっと迷わずポピパを選んじゃう。
さーやも? えへへ、やっぱり? 以心伝心だね!
だからさ、どうしてもね、さーやが元気ないって聞いたら居ても立ってもいられなくなっちゃった。私に出来ることがあればなんだってしてあげたいし……とか思って、気付いたら連絡してたよ。あははっ。
……銃身に込められた言葉は、マシンガンのように次から次へと私の胸へ撃ち込まれて、心にまとった偽りの鎧をいとも容易く打ち砕く。その隙間から、普段は見ないようにしている赤裸々なモノがどうしても見えてしまう。
私は……私は、ただひとつでいい。ただ、ただ……香澄の隣にいたい。香澄に隣にいてほしい。
本当はそれだけでいい訳じゃない。だけど、でも、それ以上は願えない。これ以上、あいに塗れたことなんて願える訳がない。
それが駄目なら、ただひとつでいい。香澄にひとつでいいから、風穴を開けたい。香澄が後生大事に抱えて生きていくような思い出になりたい。綺麗で、儚くて、何ものにも穢されない思い出になりたい。
喉元まで出かかった願い。それを飲み込むために、私は立ち止まって勢いよく空を見上げた。
夜空は靉靆としている。その雲の隙間から中途半端な円を描く月が顔を覗かせていた。それを見て、上擦った気持ちが落ち込んでくれた。
こんなことを、こんなふざけた願いを口にして、一体どうするんだ。どうなるんだ。
人生は妥協の連続だ。そんなことは分かっている。分かっているんだ。
私の音楽は、青春は、とっくのとうに終わった。妥協なんていう便利な逃げ道に駆け込んで、私自身が終わらせたんだ。
「さーや、どうしたの? 急に空なんて見上げて」
「……月が綺麗……だなって」
「どれどれ……わー、雲隠れの月だねぇ」
私の隣に立ち止まった香澄が、同じように空を見上げる。その横顔に一瞬だけ目をやって、すぐに私も空へ視線を戻した。
「昔は晴れた夜の月が断然好きだったけど、大人になってからこういうのも好きになったなぁ」
「……そっか。香澄らしいね」
「えへへ、私も趣き深さを感じられる年齢になったんだ」
「来週で三十路だもんね」
「ちょっとー! 四捨五入して三十路だってばー!」
もう! とわざとらしく怒った仕草を見せてから、香澄ははにかんだ。その表情が夏の夜隅に瞬いて、いつかの夏を思い起こさせて、どれだけ拭っても消えてくれない情景が私の目にまたひとつ。
人生は妥協の連続なんだ。そんなこととうに分かってたんだ。
じゃあ、私が今、この胸中に抱えている気持ちは一体何なのだろうか。
「んー……夜はまだ涼しいね」
ただ、香澄が遠く空を仰ぐ。火照った身体を風に預け、夜を泳ぐように。
空には濃紺のインクが垂れ流されて、ところどころにたなびく雲が月の光を浅く反射させている。
この空の色はなんて言えばいいのだろうか。
この気持ちの色はなんて言えばいいのだろうか。
視界が僅かに滲む。その先に浮かぶ空は、胸を刺す懐かしさを孕んだ藍色をしているような気がした。
香澄に気付かれないように、そっと目元を拭う。それから目を瞑る。瞼の裏に映るのは、いつだって香澄と過ごした夏の景色だ。
知っていた。知っていたんだ。本当は空の色も、何もかも、全部知っていたんだ。だけど、今はもう全部が終わった後だから。始まる前に終わらせた後だから。
今では……ただ、ただ。
叶わない夢物語なのは分かっている。叶ってはいけない間違ったことなのだって分かっている。だから心に穴が空いた。
目を瞑ればいつだって夏の情景が浮かぶ。あの夏に戻りたいけれど、夏草が邪魔をする。どんなにもがいたってあの夏には手が届かない。「それならばいっそ」なんて、想いも思い出も切り捨てられない。いつか想いが叶えばと願うことも出来ない。青春にもう一度はないんだ。もう一度があったって、私じゃきっと何も変わらない。負け犬にアンコールはいらないんだ。だから私は を辞めた。どうでもいい。どうでもいいんだ。そんなものがなくたって生きていける。それなのに、また私は何度だって繰り返すんだ。欺瞞だ、傲慢だ、全部最低だ。どうでもいいのに、どうなったっていいのに、本当はよくないんだ。今でも何より大切なんだ。だから私は今日も、変わらないように君が主役のプロットを書く。独りで描き続ける。
君なんだよ。君だけが私の
ただ……この目を覆う、あいの二乗。
参考にしました
ヨルシカ
『藍二乗』
https://youtu.be/4MoRLTAJY_0
『だから僕は音楽を辞めた』
https://youtu.be/KTZ-y85Erus
普通のブラウザとパソコンのJane Styleからはしっかり見れて、スマホのChMateはダメなことを確認しました。
普通に見えてたらアレだよなぁと思いましたが、やってみたかったので妥協しました。
すいませんでした。
戸山香澄「愛とは」
『愛とは』『愛と恋 違い』……とは、最近の戸山香澄の検索履歴である。
スマートフォンに何度も打ち込んだその文字を見て、そして何度も開いたページを事あるごとに見直しては、香澄はため息を吐き出す。
「どうしたの、香澄?」
と、そんな彼女の様子を見て、最近は隣にいることが非常に多い山吹沙綾が首を傾げる。
「ううん、なんでも」
「そう? 困ったことがあるならなんでも相談してね」
ふるふると首を振ると、沙綾は優しさとか慈しみに満ちた表情で柔らかく言葉を紡ぎだす。それはそれで嬉しいけれど、目下の悩みの種はそれだよ……なんて思いながら、香澄は言葉を返す。
「ありがと、さーや」
◆
香澄は沙綾のことが好きだった。
その「好き」というのは友人としてのLikeでもあるけれど、それはどうかと思うことではあるけれど、愛だ恋だって定義されるLoveも多大に含まれているんだということを、いつしか彼女は自覚した。
さーやの隣にいると、あったかくて、ほわほわで、ドキドキする。
そんな気持ちを抱えた続けたある冬の日。想い人とふたりっきりで下校することが多くなり、日に日に大きくなる気持ちにとうとう歯止めが効かなくなっていった。
だから香澄は、茜射す放課後の教室で想いの丈を沙綾にぶつけた。ぶつけてしまった。
その時のことを思い出すだけで、足の竦む思いがする香澄である。あの時は本当に、無謀というかなんというか、どえらい勇気を持っていたものだ……なんて。
私は女の子。さーやももちろん女の子。それで、一般的に恋とは女の子と男の子がするもの。
なのにいきなり「愛してる」だなんて言ったって、よくて「友達のままでいましょう」、最悪「キモチワルイ」ですべてが終わるだろうことは想像に難くない。
けれどこの世の中には『事実は小説より奇なり』なんてけったいな言葉もあって、その告白を聞いた沙綾は拒否することなく香澄を受け入れてくれた。
それが半年前の話である。
季節は巡り巡って、夏。香澄の誕生日も過ぎ、学校も夏休みに突入しようかという時期だ。
香澄と沙綾がそういう関係になってから、冬と春が過ぎた。その間にふたりの間にあったことと言えば、手を繋いで一緒に帰るようになったりだとか、朝は一緒に待ち合わせて学校に行くようになっただとか、お休みの日には一緒に遊びに行ったりだとか、ライブ中に香澄が沙綾の方へ振り返る回数が激増したとか、それくらいのものだ。
だからこそ、最近の香澄は悩んでいた。
あれ、恋人ってもっと何かした方がいいんじゃなかな……と。
◆
『愛とは』……そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持ち。かわいがり、いつくしむ心。いたわりの心。大事なものとして慕う心。
検索して一番に出た文言に目を通して、香澄はふむふむと頷く。そしてその意味を自分なりに咀嚼する。
さーやは一番大事な人だし、すごく引きつけられてる。うん、愛だ。
かわいがり、いつくしむ心……あれ、それはどっちかっていうとさーやにもらってばっかりな気がする。
いたわりの心、大事なものとして慕う心……これは大丈夫。私、さーやが大好きだし。
『愛と恋 違い』……恋とは自分本位のもの、 愛とは相手本位のもの。
続いて検索したワードも、一番上に表示されたものが目に付く。そしてちょっとびっくりした。
恋とは自分本位のもの。
香澄は普段あまり使わない頭をフル回転させて、沙綾との日々を記憶の中から引っ張り出す。そしてそれらを並べてみると、やっぱり香澄は沙綾に色んなものをもらってばかりだということに気付く。
愛とは相手本位のもの。
続けて、その記憶の中で、自分が沙綾に与えられたものがどれだけあるか考えてみる……けど、すぐにハッとした。やばい、私、沙綾にもらってばっかりで全然なにもあげてない!
香澄は焦った。自分から勝手に告白しておいて、それを受け入れてもらえた嬉しさにかまけて、沙綾のことを全然思いやれていなかったのではないか、と。
大切な想い人のために何かをしたりあげたりするのは全然まったくこれっぽっちも苦じゃない。というか、さーやが幸せそうに笑っててくれるならなんだってするしあげるし、という気概はある。
なのに今までなんで気付かなかったんだ! 私は沙綾にもらってばっかりだったことに!
だから、その日から香澄は沙綾の望むことを叶えようと念頭に置いて行動をするようになった……けど。
「ねえさーや。何かして欲しいこととかない?」
「え? どうしたの、急に?」
「えーっと、なんとなく? ねえねえ、何かないかなぁ?」
「んー、そうだなぁ……ふふ」
香澄がそう尋ねる度に、沙綾は嬉しそうに顔を綻ばせながら、何でもないお願いをしてくる。例えば「今度の休み、どこか行こうよ」だとか「見たい映画があるんだ。一緒に行こう」だとか「新しいパンの試食してくれると嬉しいな」だとか「香澄の弾き語りが聞きたいな」だとか。
それが嬉しくない訳じゃない。「任せて!」と力強く頷くと「ありがと」と笑う沙綾が大好きだし、沙綾のして欲しいことを叶えることは楽しいし。
けれど、ちょっと違う。香澄が思ってるのとちょっと違う。
そういうのは友達同士でも叶えられることだ。私がしたいのは、もっとこう、恋人っぽくて、さーやが嬉しさのあまり私を抱きしめてくれるようなことなんだ。
だけどそれを沙綾に聞いてもダメだということを香澄は最近学習した。
正直にこの気持ちを沙綾に言えば、「そう思ってくれるだけで私は十分嬉しいよ。ありがとね、香澄」と言ってくれるだろう。それ以上を望んでくれないことは想像に難くない。そればかりか、香澄のために沙綾の方から色々なことをしてくれる姿さえ目に浮かぶ。私だってもっともっとさーやに色んなことをしてあげたいのに! と息巻くけれど、結局ほだされて沙綾に甘える自分の姿も目に浮かぶ。
だから香澄の検索履歴は次のステップに進むことになった。
◆
『恋人 ゴール』……と自室のベッドに寝ころびながら調べて、一番に目についたのはやっぱり結婚という二文字だった。
結婚。言葉にすれば簡単なことだけど、それは想像以上に重たい意味を持つのだろう。まったくの赤の他人と住処を一つにして、その後の人生全部を共に過ごすということなのだから。
(さーやと結婚したら……私がやまぶきベーカリーに嫁ぐのかな?)
ということは戸山香澄ではなく、山吹香澄。心の中で呟いたその名前のこそばゆい響きに思わず頬が緩んだから、慌ててそれを引き締める。
今はそんな、山吹家に嫁いだことなんて考えてる場合じゃないんだ。そんな、朝起きたらさーやが隣にいるだとか、毎日朝ご飯作ってくれるだとか、一緒にパン屋さんを切り盛りするだとか、なんでもない休日に一日中のんびりゆったり過ごすだとか……
「えへへ……しあわせだなぁ……」
考えている場合じゃなかったけれど、一度浮かんだ妄想は止めどなかった。
おおよそ三十分ほど沙綾との共同生活に想いを馳せた香澄は、ハッと我に返る。それからちょっとだけ沙綾が恨めしくなった。目の前にいないのに、また私のことをこんな幸せな気持ちにさせて!
(そっちがその気ならいいよ、私だって!)
香澄はフンスと気合を入れる。結婚はまだまだ遠い未来の話だけど、それ以外にだって恋人らしいことでさーやを喜ばせるんだ!
……と思ってはいたけど、結局何をすればいいのか思いつかなかった香澄は、気が付いたら夢の世界にいた。その夢は沙綾が「やっぱり香澄は頼りになるね」って褒めてくれるもので、香澄は堪らなく嬉しくなって沙綾に抱き着いた。
◆
考えたって分からないことを考え続けていても仕方がないし、とにかく当たって砕けよう。色々とああだこうだと悩み続けた香澄が出した答えはそんなものだった。
さりとて沙綾に「何かして欲しいことはない?」と聞いてはいつもと変わらない。だから今回は少し変化球を交えてみることにした。
「ねえ、さーや」
「んー? どうしたの、香澄?」
ポピパの練習が始まる前の、有咲の蔵。そこで沙綾とふたりっきりになった香澄は、いつものようにソファーに並んで座る沙綾の肩に身を預けながら口を開く。
「恋人のゴールってどう思う?」
「恋人のゴール?」
「うん」
「ゴール……つまり、恋人同士が最後に行きつく場所……? それってまさか……」
特に考えがある訳じゃなかった。この話題を出せば何か手がかりが見つからないかなぁくらいの気持ちで口を開いたのだが、どうにも沙綾の様子がおかしい。なにかをブツブツと呟いたあと、急に黙り込んでしまった。心なし、頬を乗せている沙綾の肩が熱い気がする。
「どうかしたの、さーや?」
「えっ!? えっ、あ、う、ううん! なんでも……なんでもない!」
そうは言うけど、どう考えてもなんでもないという反応じゃなかった。不思議に思って、香澄は沙綾の顔へ視線を巡らせる。するとそこには赤くなった頬があった。
「あれ、さーや……顔が赤いけど大丈夫? 熱とかない?」
「だ、大丈夫、大丈夫だよ……」
コホン、と小さく咳ばらいをして、沙綾は続ける。
「そ、それより急にどうしたの? その、恋人のゴール、だなんて、急に」
「あーうん、この前ちょっと調べててね」
「し、調べてたんだ……」
「うん。それでね、やっぱりそういうのって男の子と女の子でってことが多いんだ」
「う、うん……そりゃあそう、だと思うけど」
「だから、さーやはどうなのかなぁって」
「え!? ど、どうって……?」
「女の子同士だと、ほら、やっぱり不便でしょ?」
頭に思い浮かべた沙綾との結婚生活。女の子ふたりだとやっぱり力仕事とかは大変そうだし、何かと不便なこともあるだろうなぁ……と香澄はぼんやり考えた。
「そ、そうなの……?」
沙綾はやっぱり顔を赤くさせて、思い当たる節がないように尋ねてくる。香澄はきょとんと首を傾げて応える。
「え、そうだと思うけど」
「そ……そうなんだ……」
「うん」
「……それって、あれかな。あの、ほら……こう、明確なゴールがないからとか、そういう……?」
「明確なゴール?」ともう一度首を傾げて、『ああそっか、そもそも女の子同士で結婚って部分からだよね』と思い至る。「それもあるね」
「それも? え、ほ、他にもなにかあるの?」
「あると思う。一応調べてみたけど、私もやっぱりまだよく分からなかったし……」
「ふ、ふぅん……」
「……それより、さーや? やっぱり顔、赤いよ? 大丈夫?」
赤くなった沙綾の顔を覗き込む。顔と顔とがぐっと近くなり、沙綾の身体に触れている部分がまた一段と熱を帯びたような気がした。
「だ、大丈夫!」と飛び跳ねる様に香澄から顔を離す沙綾。
「わっ」とあまりの勢いにびっくりする香澄。
「あ、ご、ごめんね?」
「ううん。無理しちゃダメだよ、さーや。辛いならすぐに言って?」
「う、うん……ありがと」
「さーやの為ならなんだって頑張るから、いつだって頼ってね!」
「えと……香澄がその気なら……私もがんばる……」
もじもじと珍しく歯切れ悪い返事を聞きながら、香澄は「さーやに頼られると嬉しいなぁ」と思った。沙綾は沙綾で色々とアレがアレしてて頭の中が沸騰しそうな勢いだった。
その日から沙綾のスマホの検索履歴には人に見せられないようなワードがちらほら浮かぶようになって、そーいうことを検索しては顔を真っ赤にさせたり香澄のことを考えては頭を抱えてベッドの上をのたうち回ることになったり、最終的に冷静になって「絶対香澄と私の間で食い違いがある」と気付いたりするのはまた別のお話である。
◆
香澄の悩みはまだまだ尽きない。
愛とは与えるものだと知ってから、沙綾が望むことはなんでも叶えたいし頼られたいという欲求は強くなる一方だ。
そんな香澄に、沙綾はいつも優しくしてくれた。一時期は何やらソワソワとした態度で接してくることもあったけれど、
「ねぇ香澄。恋人のゴールって、その、なんのこと考えてた?」とある日に問われ、
「恋人のゴール? 結婚の話だけど、それがどうかしたの?」と答えてからはいつも通りの沙綾に戻った。
そんな日々を過ごす中で、香澄は沙綾の様子に常に目を光らせる。もしも何か不便にしていることがあるなら、何かを求めているのなら、何も聞かずともそれを叶えようと虎視眈々と身構えていた。
けれど沙綾はやっぱりどうにも一枚上手で、香澄が何か手伝いたいという空気を醸し出せばそれを即座に察して、先回りして簡単なお願いをしてきてくれる。
それもそれで嬉しいは嬉しい。でも、やっぱりちょっと思ってるのと違う、と香澄は悶々とした気持ちが沸き起こった。
そういうことを積み重ねていった、夏休みのある日のこと。とうとう香澄の我慢は限界に達した。
もう辛抱堪らないから、こっちから今まで以上にまっすぐに聞こう!
「……ねえ、さーや。何かして欲しいこと、ない?」
という訳で、いつものように有咲の蔵でふたりっきりになった香澄は、ソファーの隣に腰かける沙綾の洋服の袖をキュッと握って、いつもより凄みを利かせた声を出す。
「んー……じゃあ、帰りにウチに寄ってかない? 新しいパンがあるんだ」
「違う、そうじゃなくて……」
いつも通りの沙綾の声に、香澄は「うぅーん」と唸りながら、なんて言ったものかと考える。そんな香澄を沙綾は不思議そうな顔で見つめる。
「どうしたの? 何か変なこと言っちゃったかな、私?」
「ううん、そんなことない。でも違くて……えーっと、さーや!」
「あ、うん。なに?」
沙綾が首を傾げる。その青い双眸を真正面から見据えて、香澄は大きく息を吸い込んだ。
「私、もっと恋人っぽいことがしたい!!」
そして、ずっと抱えていた思いの丈を吐き出した。
「恋人っぽいこと?」
「……うん」
こくんと頷く。もしかしたら重たいとかそういう風に思われちゃうかな、と今さら少し不安になって、俯きがちにチラリと沙綾の顔を窺う。
沙綾はそんな香澄と目が合うと、少しだけ照れくさそうにはにかんだ。
「そっか。恋人っぽいこと、かぁ」
「うん……ダメかな」
「うーん……」と、悩むような仕草を見せられて、香澄は足元が崩れ落ちるような感覚を覚えてしまう。
どうしよう、やばい、今からでも取り消した方がいいんじゃ……。
「香澄」
焦って何かを言おうと開きかけた口。けれど沙綾が名前を呼んできたので、何も言わずにつぐむ。
「えーっと、とりあえず……えい」
「わっ」
それから、沙綾の手が香澄の背中に回されて、キュッと胸に抱き寄せられた。急だったから、喜びよりも驚きが先行して口から漏れる。
「…………」
「…………」
ふたりして、そのまま黙り込む。香澄は沙綾の温かさとか柔らかさとかいい匂いだとかそういうので心臓が痛いくらいドキドキして、でもちょっとしてからそれら全部が心地よくなって、段々と心が落ち着いてきた。
もっとくっついてもいいのかな、と少し戸惑いながら、香澄はおずおずと沙綾の背に手を回す。すると頭の上の方からくすくすと忍び笑いが聞こえてきた。
「さーや……?」
「ああ、ごめんごめん。そういえば、あの冬の日もこうやってたなぁって」
「……うん」
沙綾に身体を預けながら、脳裏に人生で一番幸せだったんじゃないかと思える冬の日を思い起こす。あの時も不安に震える身体を優しく抱き止めてもらった。
「そうだよね。手を繋ぐとか、そういうのはよくあったけど……こんな風にすることは今までなかったもんね」
「うん……」
心をやわっこく解きほぐすような、優しい声が耳をくすぐる。香澄は目を瞑って、その声と、沙綾の身体から感じる穏やかな鼓動に身を任せる。
「ごめんね。色々と不安になっちゃった?」
「……ちょっとだけ」
「そっか」
トン、トン――と、あやすように背中を優しくさすられる。それも心地よくって、なんだか今まで抱えていたモヤモヤとかそういうものが全部なくなったような気がした。
「……正直なことを言うと、私もちょっと不安だったんだ」
「そうなの?」
「うん。やっぱり、ほら……香澄のことは大好きだけどさ、女の子同士な訳だし」
「うん」
「どこまで踏み込んでいいのかな、どうすれば恋人らしいのかな……って、そんなことを考えることもよくあってさ」
「うん」
「けど、香澄も同じなのかなぁって思うとちょっと楽になった」
「さーやと同じ?」
「そう。同じことで悩んでるのかな、って思うと、そんなに難しく考えないでもいいのかなってさ、なんか……安心した」
「そうなんだ……」
「まぁ、流石に恋人のゴールって言われた時はかなり焦ったけど……そういうのは絶対まだ早いって……いや、私の勘違いだったんだけどさ……」
「え?」
「こっちの話」
背中をさすっていた手が香澄の頭に伸ばされる。そして優しく髪を梳く。何かを誤魔化された様な気がしたけど、気持ちいいしまぁいいかと思った。
「恋人ってなんだろうね」
「……わかんない。でも、愛とかそういうのを調べたら、好きな人に与えることだって書いてあったんだ」
「あー……だから、最近よく私に何かして欲しいことはないかって聞いてきてたんだ」
「うん。私、いつもさーやにしてもらってばっかりだから」
「そっか。ありがとね、香澄」
「ううん、私の方こそ……いつもありがと、さーや」
それから、また無言になってふたりは身体を抱き寄せ合う。何か言った方がいいのかな、と香澄は少しだけ思うけど、でも何かを言ってこの空気がなくなるのが嫌だったから、沙綾が何かを話すまで黙っていようと思った。
そうしてどれくらい経っただろうか。香澄が頬を寄せる沙綾の胸から感じる鼓動が少しだけ早くなったような気がした。
顔を動かして、チラリと沙綾の表情を窺う。そこに少しだけ赤くなった顔があった。
「ねえ、香澄」
やがて艶やかな唇から、いつもの優しい声が放たれる。
「してほしいこと……聞いてもらえるかな?」
「うん、任せて。さーやのためならなんだって頑張るっ」
それがなんだかいつもよりも香澄の身体の奥深くに響いたから、力強く頷いてみせる。
「それじゃあ……恋人っぽいこと、してほしいな」
沙綾は少しだけはにかんでから、スッとその瞳を閉じる。その行動の意味を香澄は香澄なりに咀嚼して、そして心臓が跳ねあがった。
えーっと、恋人っぽいこと……ってことはつまり、そういうことだよね……?
そう沙綾に聞きたかったけど、それは聞いたらいけない空気なんだと本能が理解していた。気付けば沙綾から感じる鼓動は16ビートを刻みそうな勢いで、香澄も香澄で胸の内から身体を叩くキラキラやらドキドキやらが大変なことになっていた。
だから少しだけ大きく息を吸って吐く。そして香澄は覚悟を決めた。
こんなに緊張するのは、さーやに気持ちを告白した時以来だ。あの時だって頑張れたんだから、今日この時だって私は頑張れるはずだ。
そう思って、ゆっくりと沙綾に顔を近づける。
いつも甘く優しい声が放たれる唇に、瞳が吸い寄せられる。
もう鼻と鼻がくっつきそうな場所までやってきて、香澄も目を閉じた。息を止めた。
大丈夫、このまままっすぐ進めば、大丈夫……。
そして沙綾の微かな息遣いがダイレクトに脳に響いてくるくらいに近付いたころ……唇にとても甘美な感触があった。
幸せの波動的なもの。目に見えないけど、なんかそういう波動的なものが口づけ合った場所から香澄の身体中に巡って、手の指先から足のつま先まで、そして頭の中いっぱいに『幸せだぁー!』という感覚をもたらしていっているような気がした。
そっと沙綾の唇から離れる。それから止めていた呼吸を再開させて、瞳を開く。すると目の前には、今までに見たことがないくらいに頬を朱に染めて、ほにゃりとはにかむ沙綾がいた。
「しちゃったね」
「うん……しちゃった」
何を、とは言わなかったけれど、やたらと熱い頬を動かしてそんなことをささめき合うと、先ほどの幸せの波動がより一層身体の中で躍動する。『今宵は宴じゃぁー!』なんてお祭り騒ぎで脳内を駆け回る。
「……なんか、なんていうか……幸せ」
「私も……」
ぽつりと照れくさそうに呟いた沙綾。ああ、さーやも私と同じなんだな、と思った瞬間、幸せの波動はもう収拾がつかないくらいに大きくなってしまった。
痛いくらいにドキドキして、でも決して嫌じゃないその鼓動を胸の内に感じながら、香澄は思った。
愛ってきっと、こういうことを言うんだな……なんて。
おわり
愛ってなんだよ、とかそういう系の話でした。
すいませんでした。
市ヶ谷有咲「アイツら本当にもう……」
>>29 >>437と同じ世界の話です
――有咲の蔵――
戸山香澄「さーやぁー」イチャイチャ
山吹沙綾「香澄ぃー」イチャイチャ
――有咲の蔵 階段前――
市ヶ谷有咲「…………」
有咲「……はぁ」
有咲「はいはいさーかすさーかす。りみんとこ行こーっと」
――牛込家 玄関前――
有咲「はーホント、アイツら本当にもう」
有咲「なーんでわざわざ蔵でイチャつくんだよ、本当にもう」
有咲「あーあー、おかげですっかりりみん家に来慣れちゃったしなぁー、合鍵まで貰っちゃったしなぁー」
有咲「本当参っちゃうよなーったくもーしゃーねーからなぁホント……へへ」ガチャ
有咲「勝手知ったる牛込家っと……おじゃましまーす」
有咲(さってと、りみの部屋行こ)スタスタ
「……だよ」
「それなら……」
有咲(……ん? りみの部屋から声が聞こえんな)
有咲(この時間は大体ひとりだからいつでも来ていいよ、なんていつも言ってくれてるけど……あれかな、今日はお母さんとかお父さんがいるのかな)
有咲(やべ、リボン曲がってねーよな。みっともないって思われないようにシャンとしないと……)イソイソ
「それじゃあ始めるね」
「うん……」
有咲(って、あれ? ドア越しでくぐもってるけど……これ、おたえの声か?)
有咲(はぁ~……なんだよ、無駄に緊張しちまったよ)
花園たえ「りみ、緊張してる?」
牛込りみ「えと、ちょっと……」
たえ「大丈夫だよ。痛くしないから、安心して私に全部任せて」
りみ「う、うん……ひゃっ」
有咲「!?」
有咲(え、ちょ、え!? 何いまの声!?)
たえ「ちょっと力が入ってるかな。もっとリラックスしないとダメだよ」
りみ「で、でも、こんなこと、友達にされたことないから……」
有咲「!?!?」
たえ「そうなんだ、初体験なんだね。それじゃあゆっくり行くよ」
有咲「ちょっと待てぇぇ――!!」ドアバァン
りみ「きゃっ!?」
たえ「あ、いらっしゃい、有咲」
有咲「いらっしゃい、じゃねぇーっ! おたえ、お前、りみに何してんだよ!!」
たえ「何って、耳かきだよ」
有咲(なんて平然と抜かすおたえは床に置いたクッションの上に正座してて、その上にりみが頭を乗せてる)
有咲(りみは私と目が合うと、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめてもじもじしてる。かわいい)
有咲(って、今はそうじゃなくて……)
有咲「どういうつもりだよ、おたえ!!」
たえ「どういうつもりって? 私はりみに耳かきしてあげてるだけだけど」
有咲「それだよそれ! ずるいぞっ、私がいつかしようと思ってたのに!!」
たえ「残念、早い者勝ちだよ」カキカキ
りみ「ひゃっ」
たえ「りみの耳、綺麗だね」
りみ「え、えっと……ありがとう」
有咲「あああ……!」
たえ「ふんふんふーん♪」カキカキ
りみ「あ、そこ気持ちいいかも……」
たえ「ふふ、耳かき、得意なんだ。いつもオッちゃんたちとかお母さんにしてあげてるから」カキカキ
りみ「そうなんだ……」
有咲「ぐぬぬっ……!」
有咲(なんだ……なんだこれ!)
有咲(まるでお預けをくらった犬みたいというか……NTRビデオレターを目の前で見せつけられてるみたいな感覚!!)
有咲(いやそんな経験人生で一度もないけど!! でも多分これそんな感覚!!)
りみ「…………」
たえ「りみ? どうかした?」
りみ「あ、えっと……その、おたえちゃん」
たえ「うん」
りみ「もう片方の耳は、有咲ちゃんにしてもらいたいなぁって」
有咲「りみ……」
有咲(りみが私を求めてくれている。うれしい)
有咲(けどおたえがそれをあっさり聞くわけ……)
たえ「いいよー」
有咲「えっ、いいの?」
たえ「うん。それじゃあちゃっちゃと終わらせちゃうね」カキカキカキ
りみ「んっ……ふわぁ……」
たえ「はい、最後にこのふわふわの部分……ぼんてんって言うんだって。これで軽く掃除しておしまいっ」
りみ「ありがとね、おたえちゃん」ムクリ
たえ「どういたしまして。耳かきするの好きだから、私が恋しくなったらいつでも言ってね」
たえ「さ、それじゃあ次は有咲の番。このクッションどうぞ」
有咲「あ、ああ……」
有咲(おたえにクッションを譲られて、その上に正座する)
たえ「はい、これ耳かきと綿棒。ティッシュはそこにあるからね」
有咲「う、うん……さんきゅ」
有咲(道具一式を手渡されて、おたえはりみのベッドを背もたれにして座る)
りみ「それじゃあ、その……よろしくお願いします、有咲ちゃん」
有咲「え、えっと……こちらこそ」
有咲(なんかやたらと居住まいを正して、三つ指をつきそうなりみ)
有咲(…………)
有咲(やべぇ、なんかすげー緊張してきた!)
りみ「膝に頭のせるね?」
有咲「えと、どうぞ……」
りみ「よいしょ、っと」ゴロン
有咲「……っ!」
りみ「お、重くないかな?」
有咲「いやっ、全然、重くないぞ!」
有咲(正直に言うと、人間の頭って意外と重いんだなぁーという気持ちがなくもない)
有咲(けどなんだこれ、りみの重さを膝の上に感じると……なんだこれ!)
有咲(なんでこんな幸せな気持ちが……!)
有咲(やべー! 勢いだけでおたえに対抗したけど、これやべーって!)
有咲(私に身を任せるりみとかもう本当にやべーって!)
有咲(最悪死ぬぞ、私!)
りみ「私の耳……変じゃないかな……?」
有咲「い、いや、全然変じゃないぞ! 綺麗な形してるし、それになんか小さくて可愛いっ!」
りみ「そ、そう? えへへ……よかったぁ」
有咲(オイオイオイ、死ぬわ私)
有咲(褒められたのが嬉しかったのか、膝の上のりみがほにゃりとはにかむりみとか……)
有咲(かわいい。どうすればいいんだよ、こんちくしょう……)
有咲「…………」
りみ「…………」
たえ「しないの、耳かき?」
有咲「えっ!?」
たえ「しないなら私がそっちもやるよ?」
有咲「わ、私がするから大丈夫! おたえは気にすんな!」
たえ「ん、分かった」
有咲(そうだよな、耳かきだもんな……)
有咲(この棒をりみの小さな場所に入れて……綺麗にするんだよな)
有咲「え、えーっと、りみ?」
りみ「は、はいっ」
有咲「その……初めてだから下手くそかもだけど……」
りみ「だ、大丈夫っ。私、有咲ちゃんのこと……信じてるから」
有咲「お、おう……ありがとな。それじゃあ……入れるぞ?」
りみ「う、うんっ……!」
有咲「…………」プルプル
有咲(あーやべー手が震えるやばいってこれ下手なことしたらりみが傷付いちゃうじゃんしっかりしろよ私!)
有咲(1回深呼吸して……よ、よしっ!)
有咲「っ……」ピト
りみ「ひゃっ……!」
有咲「あ、わ、悪ぃ! 痛かったか!?」
りみ「う、ううん、ちょっとびっくりしただけだから……」
有咲「そ、そっか……その、痛かったらすぐに言ってくれよな?」
りみ「うん……」
たえ「…………」
有咲「……な、なんだよ、おたえ。何か言いたげじゃねーか」
たえ「うん、なんかエ口チックだなぁって」
りみ「え、えろ……!?」
有咲「は、はぁ!?」
たえ「別のことしてるみたい」
有咲「うるせー! 黙って見てろ!」
たえ「はーい」
有咲「ったくもー……!」
りみ「…………」
有咲(あーもう! そんなこと言うからりみも真っ赤になって黙っちゃったじゃん!)
有咲(あーもう、ホントもう!! かわいいなぁ!!)
有咲「その、りみ? 続きやるぞ?」
りみ「うん……」
有咲(痛くならないように、ゆっくりゆっくり……)カキカキ
りみ「んっ……」ピク
有咲(最初は浅いところから、それで徐々に深い場所って方がいいよな……)カキカキ
りみ「ふわっ……」
有咲(……ん、あれ? りみ、この辺掻くと)カリカリ
りみ「んー……はぁ~」
有咲(あ、ここ……好きなんだ。気持ちよさそう)カリカリ
りみ「んん……」
有咲(あー……やばい、だんだん楽しくなってきちゃった。りみをもっと気持ちよくさせたいな)カキカキ
有咲(他にどこか好きなのかな。あんまり強くするとアレだし、ゆっくりじっくり探してみよう)カリカリ
りみ「……えへへ」
有咲「……へへ」
たえ「あ、そうだ。急用を思い出した」
有咲「え?」
たえ「そういえば用事があったんだ。私はここらへんでお暇するね」
有咲「え、あ、ああ」
りみ「なんだかごめんね。遊びに来てくれたのに、私ばっかり耳かきとかしてもらって……」
たえ「平気だよ。さっきも言ったけど、私、耳かきしてあげるの好きだから」
たえ「それじゃあね、有咲、りみ。また明日」
有咲「おう……また明日」
りみ「気をつけてね、おたえちゃん」
たえ「ん、ありがと。じゃあね」ガチャ、バタン
りみ「行っちゃったね、おたえちゃん……」
有咲「そうだな……」
有咲(やけに白々しい言い方だったけど……もしかしておたえのやつ、初めからこのつもりだったのか……?)
有咲「…………」
りみ「……有咲ちゃん」
有咲「え?」
りみ「あの……私から言うのもなんだけど……続き、して欲しいな?」
有咲「あ、お、おう! だんだん要領も分かってきたし、任せとけ!」
有咲(おたえのことだから真相は分からねーけど……でも)
有咲「……サンキュー、おたえ」
――牛込家近く――
たえ「ふんふふんふふーん♪」
たえ(有咲とりみが楽しそうになってくれて嬉しいなぁ)
たえ(沙綾と香澄も仲良し、有咲とりみも仲良し。みんな仲良しっていいことだ)
たえ(でも……うーん、なんだか私だけちょっと仲間外れな気持ちがして寂しいような、そうじゃないような……)
たえ(誰か知り合いでもいないかなぁ)キョロキョロ
松原花音「ふえぇ……ここどこぉ……?」
たえ「第一村人発見だ。花音せんぱーい!」
花音「ふぇ? あ……たえちゃん」
たえ「こんにちは。お散歩ですか?」
花音「う、うん……そのつもりだったんだけど……気付いたら知らない場所にいて……」
たえ「ここはりみの家の近くですよ」
花音「そうなの?」
たえ「はい、そうなんです」
花音「そうなんだ……。え、えっと……たえちゃん?」
たえ「はい?」
花音「もしよかったら、駅まで案内してくれないかな……?」
たえ「任せてください。花園ランド行きの電車にご案内しますね」
花音「え、花園ランド?」
たえ「うさぎもたくさんいますよ」
花音「うさぎさん……?」
たえ「さ、行きましょう」パッ、タタタ
花音「えっ!? た、たえちゃん!?」
たえ「いざーゆけー♪ はなーぞのーでーんきギターぁーとべー♪」
花音「も、もっとゆっくり走ってぇ~……!」
このあとおたえの部屋でめちゃくちゃ耳かきした。
―電柱の陰―
「いきなり現われて、迷子の花音の手を取って連れ去る……どういうつもりかしらね。これは色々と問い質す必要があるわ」
とか謎の影が言ったり、それからというものかのちゃん先輩がやたらと自分の耳を気にするようになったり、かのちゃん先輩誘拐現場を偶然目撃した千聖さんがおたえに詰め寄ったりするのはまた別のお話。
おわり
りみりんに耳かきしたいです。そんな感じのアレでした。
この話でスレを終わりにするつもりでしたが、普通にまだ埋まりませんでした。
こういう考えなしなところが自分の人生にそっくりだなぁと思いました。
短編
※一部キャラ崩壊してます
☆小型扇風機
つぐみ「うーん、持ち運べる扇風機を買ったのはいいけど……今年の夏はあんまり使う場面がないなぁ……」
紗夜「……うぅ」
つぐみ「あ、あれ? 紗夜さん、どうしたんですか? こんな道端でうずくまって……」
紗夜「散歩をしていたら急に熱中症じみた症状が出まして……」
つぐみ「大丈夫ですか?」
紗夜「ええ、そこまで重くはないので……。でも身体が熱いから、こんな時に小型の扇風機かなにかがあれば……」チラ
紗夜「でもそんなものが都合よくある訳ないわよね」チラ、チラ
つぐみ「あ、私持ってますよ! はい、紗夜さん。風を浴びてくださいっ」
扇風機<ウィーン
紗夜「ああ……身体の熱が逃げていく……」
つぐみ「良くなりましたか?」
紗夜「はい、おかげさまで。どうにか家まで帰れそうです」
つぐみ「よかったぁ……。水分も摂らなくちゃ、って思ってましたけど、今は私の飲みかけのお茶しか持ってなかったので……」
紗夜「…………」
つぐみ「気をつけてくださいね、紗夜さ――」
紗夜「やっぱりまだ熱中症だわ。今すぐに何か飲まないと動けそうにもありません」
つぐみ「えっ!?」
☆変わらない君でいて
蘭「香澄、ちょっといい?」
香澄「どうしたの、蘭ちゃん?」
蘭「あのさ……急なんだけど、一日弟子入りさせてくれない?」
香澄「弟子?」
蘭「うん」
香澄「いいよ! けど、私に教えられることってなにかあるかなぁ?」
蘭「大丈夫、近くで香澄を見学させてもらえればそれでいいから」
香澄「そう? 分かった!」
蘭「ありがと」
―翌日 花女―
香澄「おはよー有咲!」
有咲「ああ、おはよ」
蘭「…………」ジー
有咲「って、なんで蘭ちゃんが花女に……」
蘭「あたしのことは気にしないでいいよ」
有咲「いや、気にするなって方が無理なんだけど……」
香澄「蘭ちゃんは私に弟子入りしたんだ!」
有咲「はぁ? 弟子ってなんの?」
香澄「……そういえばなんのだっけ? 聞いてなかったや」
有咲「聞いてないのかよ!」
香澄「まぁまぁ! さ、一緒に教室行こっ!」ギュッ
有咲「ちょ、あ、当たり前みたいに手ぇ握んなってぇ!」
蘭「ふむふむ……なるほど」
―昼休み―
蘭「…………」ジー
沙綾「えぇっと……どうして蘭がここに?」
香澄「かくかくしかじか!」
たえ「四角いM〇VE」
沙綾「はぁ、弟子入り……」
有咲「朝もいたんだよな」
りみ「え、もしかしてわざわざ羽丘から来たの……?」
蘭「あたしのことは気にしないで」
りみ「う、うん……」
香澄「わーっ、今日もおたえのお弁当、お肉でいっぱいだね!」
たえ「昨日ははぐみのところでお肉が安かったってお母さんが言ってた」
香澄「いいなぁ、からあげ美味しそう! ねぇねぇおたえ、卵焼きと交換しよ!」
たえ「いいよ」
香澄「わーい! それじゃあはい、あーん!」つ卵焼き
たえ「あーん、もぐ……おいしい。それじゃあ香澄も、あーん」つからあげ
香澄「あーん! わぁ、やっぱりおたえのからあげって美味しい!」
蘭「なるほど……」
―放課後―
蘭「…………」スチャ
有咲「蔵にも来るのか……なんか眼鏡までつけてるし……」
蘭「あたしのことは置物だと思ってくれて平気だから」
沙綾「置物って言うには存在感がありすぎる……」
香澄「あ、そうだ! りみりん、この前教えてもらった映画見たよ!」
りみ「本当? どうだったかな。ああいうのなら香澄ちゃん、好きかなって思ったけど」
香澄「うん! すごく面白かった!」
りみ「よかったぁ」
香澄「もっとりみりんのおすすめ映画、教えてもらいたいなぁ~。ホラーはちょっと怖いから苦手だけど……」
りみ「あ、それじゃあ今度、一緒にレンタルビデオ屋さんに行かない? 私も借りたい映画があるんだ」
香澄「わー、行く行く~!」
りみ「それじゃあ次のお休みの日に、一緒に行こうね」
香澄「うんっ!」
蘭「そういう手もあるんだ……」
おたえ「しゃら~ん」
ギター<シャラーン...
―練習後―
香澄「さーやの部屋にノート置いてっちゃったの、すっかり忘れてたよ」
沙綾「明日学校に持ってくから、今日急いで取りに来なくても平気だけど」
香澄「ううん! さーやとこうやって帰るの好きだし、それに……」
沙綾「それに?」
香澄「近ごろあっちゃんがちょっと冷たくて……」
沙綾「明日香ちゃんが?」
香澄「うん……」
明日香『お姉ちゃん、最近家で勉強してるところ全っ然見ないけど……大丈夫なの、色々と?』
香澄「って、冷たい目で……だからこういうの、後回しにするの良くないかなって……」
沙綾「あー……明日香ちゃん、すごく真面目だもんね」
香澄「はぁ~……私もさーやみたいに立派にお姉ちゃんしたいなぁ」
沙綾「私だって、そんな言うほど立派にお姉ちゃんしてないよ」
香澄「そうかなぁ?」
沙綾「そうだよ。それにほら、香澄は香澄じゃん。香澄のいいところはいっぱいあるんだから、無理して他の誰かみたいに、なんて考える必要はないよ」
香澄「さーや……ありがとぉ~!」ギュッ
沙綾「わっ。もー、急に抱き着いてきたら危ないよ?」
香澄「えへへ~、つい」
蘭「…………」
蘭(無理して他の誰かみたいに、か……)
沙綾「……家の方角一緒だけどさ、流石に無言でずっと後ろに着いてこられるとちょっと怖いよ、蘭?」
―翌日―
蘭「ありがと、香澄。おかげで色々と参考になったよ」
香澄「え、ほんと? 私、特に何もしてなかったと思うけど……」
蘭「ううん、そんなことない。香澄は香澄だから香澄なんだなって思ったから」
香澄「うーん?」
蘭「香澄はいつまでもそのままでいてほしいな」
香澄「んー、よく分かんないけど……分かった!」
蘭「急に弟子入りなんて言って悪かったね」
香澄「ううん! えへへ、また一緒に遊んだりしようね!」
蘭「うん。また今度、一緒に」
香澄「それじゃあね!」
蘭「またね」
蘭「…………」
蘭「……よし」
スマホ<ピッ
蘭「…………」
蘭「あ、モカ? いま大丈夫?」
蘭「ああうん、別に大した用事じゃないんだけどさ……」
蘭「まぁ……うん、そうだね」
蘭「デートのお誘い。そういうことにしとく」
蘭「……別に。あたしだってたまにはそういう時もあるよ」
蘭「うん、うん……それじゃあ、商店街で待ち合わせで。また後で」ピッ
蘭「ふぅ……」
蘭「……これくらいの方があたしらしい、かな」
☆だぼだぼ
紗夜「羽沢さんが『もっと身長が欲しい』と言っていたと小耳に挟みました」
つぐみ「え? えーっと……あ、あれかな? 巴ちゃんと洋服を買いに行った時の……」
紗夜「なので、羽沢さんのためのライブ衣装を持ってきました」
つぐみ「えっ!?」
紗夜「寸法はおおよその目測ですが、白金さんに弟子入りして作ったのでそれなりにしっかりしていると思います」
つぐみ「えーっと……?」
紗夜「というわけで、着てみてくれませんか?」
つぐみ「あ、はい。それじゃあせっかくなので……」
紗夜「ええ、お願いします」
―つぐちんお着換え後―
つぐみ「あのぉ、紗夜さん……」
紗夜「はい、なんでしょう」
つぐみ「これ、ちょっとサイズが大きいんですけど……」
『だぼだぼのノーブル・ローズ 羽沢つぐみ』
紗夜「…………」
つぐみ「あの、紗夜さん?」
紗夜「だぼだぼかわいい」カシャ
つぐみ「え?」
紗夜「すみません、そちらは私がステージで来ている衣装でした」
つぐみ「そ、そうだったんですか? だから大きいんですね」
紗夜「ええ。こちらが羽沢さん用の衣装でした」つ衣装
つぐみ「あ、はい、どうも。……そういえば今、紗夜さん写真撮ってませんでしたか?」
紗夜「気のせいでは?」
つぐみ「そ、そうです……よね。それじゃあ着替えてきますね?」
紗夜「お願いします」
つぐみ「はい。……あれ? なんだか普通に衣装受け取っちゃったけど、最初なんの話してたんだっけ……?」
紗夜(羽沢さんが着替え終わったら、私も着替えてツーショットを撮ろう)
☆嗅覚
美咲「あ、花音さーん」
花音「お待たせしちゃってごめんね、美咲ちゃん」
美咲「いえいえ、あたしもついさっき来たばっかですから。気にしないで下さいよ」
花音「うん。ありがと、美咲ちゃん」
美咲「はい。……それにしても」
花音「どうかしたの?」
美咲「あ、いえ……花音さん、最近あたしと待ち合わせしてる時はあんまり迷わないなーって」
花音「ああ、それはね。こころちゃんにアドバイスを貰ったおかげなんだ」
美咲「こころから? へぇ、意外。どんなアドバイス貰ったんですか?」
花音「うん、あのね? 私、喫茶店に行くのはあんまり迷わないんだ」
美咲「よく白鷺先輩と一緒に色んなとこに行くって言ってますもんね」
花音「そうなんだ。それでね、喫茶店とかは匂いでどっちの方向に行けばいいのかが分かって……」
美咲「え、地味にすごい」
花音「それをこころちゃんに言ったら、それは私のステキな特技だからって言ってくれて、それからは嗅覚を頼りにするようになったんだ」
美咲「へぇー……」
美咲「あれ? ということは花音さん、あたしの匂いを頼りに道を?」
花音「うん」
美咲「……あたしってそんなに変わったニオイするのかな……」クンクン
花音「ううん、美咲ちゃんは美咲ちゃんの匂いだよ」
美咲「いや、でも、そう言われると気になるっていうか……」
花音「なんだろうね、美咲ちゃん……ミッシェルに入ってることが多いからかな。よくお日様の匂いがするんだ」
美咲「お日様の匂い……」
美咲(よく布団を干した後に感じるアレ? でもアレって確かあんまりよくない由来の匂いだった気が……)
花音「特にね、ライブが終わった後……こころちゃんたちの前ですぐにミッシェルを脱ぐ訳にいかないから、いつも脱ぐの我慢してるよね?」
美咲「ああ、はい。夏場はホントキツイですけど」
花音「その我慢したあとにミッシェルを脱いだ汗だくの美咲ちゃん……好きだなぁ」
美咲「……いや、一応女の子のあたしに言うセリフでもないし、花音さんみたいな女の子が言うセリフでもないですよ、それ?」
花音「美咲ちゃんの匂いがすごくして、なんだか安心して、でもちょっとドキドキして……」ウットリ
美咲(やばい、花音さんが開いちゃいけない変な扉に手をかけてる……)
美咲(これからは黒服さんに制汗剤とか消臭剤をたくさん用意してもらおう……)
☆氷川キラーつぐみ
紗夜「羽沢さんはよく珈琲の匂いがしますよね」
つぐみ「あ、はい。家の手伝いが終わったあととかは、髪の毛からも珈琲の匂いがしたりしますね」
紗夜「なるほど。ところで、今はどうでしょうか」
つぐみ「え? 今日はバイトもなかったですし、普通にシャンプーの香り……だとは思いますけど」
紗夜「ちょっと嗅いでみてもいいですか?」
つぐみ「そ、それはちょっと……恥ずかしいので……」
紗夜「そうですか……」
紗夜(彼女が使っているシャンプーの銘柄……もう少しで分かりそうなのに)
―翌日 氷川家―
日菜「たっだいま~」
紗夜「おかえりなさい、日菜」
日菜「あ、おねーちゃん! 今日はバンド練習とかないの?」
紗夜「ええ。風紀委員の仕事もないし、たまにはゆっくりしようとまっすぐ帰ってきたわ」
日菜「そうなんだ! えへへ、おねーちゃんとふたりっきりだー!」
紗夜「お母さんがいるわよ」
日菜「いーの! 気分的にふたりっきり! さーてと、着替えてこよ~」フワリ
紗夜「……待ちなさい、日菜」
日菜「ん? どしたの?」
紗夜「匂いが……」
日菜「匂い?」
紗夜「薫り高い珈琲のなかに、清潔感のある爽やかな淡い石鹸の香り……その匂いは……」
日菜「ああ、つぐちゃんの匂いのこと?」
紗夜「あなた、どうしてそれを……」
日菜「つぐちゃんの匂い、いいよね。なんか近くで嗅ぐと……るんっ♪が二乗される感じっ」
日菜「だからさっき思わず抱きしめちゃったよ、生徒会室で」
紗夜「日菜……!」ガタッ
日菜「どうしたの、おねーちゃん?」
紗夜「こっちへ来なさい」
日菜「うん、いいよ。なにー?」トテトテ
紗夜「…………」クンクン
日菜「わーっ、くすぐったいよーおねーちゃんっ、あははっ!」
紗夜「これは……日菜の中に微かに羽沢さんの匂いが混ざっていて……」
紗夜(なんだろう、この胸をざわつかせる香りは)
紗夜(落ち着くのに居たたまれなくなって、安心するのに焦るような、手が届きそうで届かないもどかしさを感じる香りは……)
紗夜「…………」スッ
日菜「あれ、もういいの?」
紗夜「ええ。参考になったわ。ありがとう、日菜」
日菜「どーいたしまして! つぐちゃんの匂いが好きならまた抱き着いてくるよ!」
紗夜「それは羨まし――じゃなくて、羽沢さんに迷惑がかかるからやめなさい」
日菜「それじゃあつぐちゃんが使ってるシャンプー、今度聞いてきてあげるよ。あたしもこの匂い好きだし」
紗夜「そうね。お願いしようかしら」
日菜「それに……つぐちゃんの匂いがすればおねーちゃんに抱きしめてもらえそうだしねっ」
紗夜「何か言ったかしら?」
日菜「ううん! やっぱりおねーちゃんはおねーちゃんなんだなぁーって!」
紗夜「そうね。私もやっぱり日菜は妹なんだと殊更強く思ったわ」
日菜「あははっ」
紗夜「ふふふ」
―同時刻 羽沢珈琲店―
つぐみ「っくしゅん!」
イヴ「ツグミさん、大丈夫ですか?」
つぐみ「大丈夫だよ。少し寒気がしただけで……お店の冷房、ちょっと強すぎたかな?」
イヴ「風邪には気を付けてくださいね」
つぐみ「うん。心配してくれてありがとね、イヴちゃん」
☆おねえちゃん
友希那「最近、よく耳にするの」
リサ「なにを?」
友希那「下級生がリサのことを、裏で『リサおねえちゃん』って呼んでるのをよ」
リサ「え、そうなの?」
友希那「ええ。なんでも、優しくて頼りになっていい匂いがして笑顔が素敵でカッコよくて家庭的で作るお菓子が美味しいから、らしいわよ」
リサ「それはなんか過大評価というか、そういうのじゃないかなー……」
友希那「謙遜することなんてないわ」
リサ「そう? 友希那がそう言うならそうなのかな」
友希那「ええ。誇っていいわ。リサは立派な『リサおねえちゃん』よ」
リサ「…………」
友希那「リサ?」
リサ「ねぇ、友希那。ちょっとさ、普通に『おねえちゃん』って呼んでみてくれない?」
友希那「リサのことを?」
リサ「うん」
友希那「別にいいけど……ええと、おねえちゃん」
リサ「…………」
友希那「どうしたの、おねえちゃん?」
リサ「…………」
友希那「リサおねえちゃん? どこか調子でも悪いの?」
リサ「うん、うんうんうん」コクコク
友希那「?」
リサ「ね、友希那。今日さ、ウチに泊まらない?」
友希那「リサの家に?」
リサ「…………」
友希那「……おねえちゃんの家に?」
リサ「うん! 今日はお母さんもお父さんも用事でいないんだ~。可愛い妹の為になんでも好きなもの作っちゃうよ!」
友希那「そう。それじゃあお邪魔しようかしら。今日はリサ……おねえちゃんのカレーが食べたい気分だわ」
リサ「ふふ、了解だよ」
リサ「おねえちゃんにまっかせなさーい☆」
友希那(ちょっと照れくさいけど……リサが楽しそうだし、まぁいいのかしらね)
☆おねーちゃん
紗夜「姉というものをどう思いますか」
つぐみ「どうしたんですか、急に」
紗夜「この前、湊さんが今井さんのことを一日中『おねえちゃん』と呼んでいたんです」
つぐみ「友希那先輩が?」
紗夜「ええ。今井さんはとても嬉しそうな顔をしていまして、湊さんも少し照れくさそうですがどことなく楽しそうでした」
つぐみ「そうなんですね。ちょっと意外だなぁ」
紗夜「それで、羽沢さんは姉というものをどう思いますか?」
つぐみ「どう……うーん、ひとりっ子なのでちょっと憧れるなーって部分もありますけど……」
紗夜「なるほどなるほど。であれば、私もひとりの姉の端くれとして――」
つぐみ「でも、どちらかと言うと妹か弟が欲しかったなぁーって思いますね」
紗夜「分かりました。私としてはそちらでも構いません」
つぐみ「え?」
紗夜「どう呼ばれたいですか? おねーちゃん、お姉ちゃん、姉さん、お姉さま……私はなんでも大丈夫ですよ」
つぐみ「え、あの……」
紗夜「ああ、こんなに多いと迷うわよね。それも当たり前のことだわ。じゃあ……日菜に倣っておねーちゃんにしようかしら」
つぐみ「あ、はい」
紗夜「つぐみおねーちゃん」
つぐみ「…………」
紗夜「……何か言ってもらえると助かるのですが」
つぐみ「…………」
紗夜「……あの」
つぐみ「……妹が」
紗夜「はい?」
つぐみ「妹が敬語……それは私、駄目だと思います」
紗夜「え」
つぐみ「おねーちゃん呼びは無邪気系の妹に分類されます。だから敬語を使うなら『姉さん』じゃないと邪道です」
紗夜「あ、はい」
つぐみ「それを踏まえたうえで、紗夜さんはどうするんですか」
紗夜(なんだか羽沢さんから妙な迫力が……)
つぐみ「紗夜さん?」
紗夜「え、あ、ええと……それじゃあ、敬語はやめるわね」
つぐみ「もう一声」
紗夜「も、もう一声?」
つぐみ「おねーちゃん呼びなら日菜先輩みたいな口調にするべきだよ」
紗夜「……日菜のように?」
つぐみ「うん」
紗夜(日菜のように……)
日菜『ねぇねぇおねーちゃん、ポテトの食べさせ合いっこしよ! はい、あーんっ!』
日菜『ふわぁ~……なんだかすごく眠いや……。おねーちゃん、お膝貸りるね~……おやすみぃ』
日菜『おねーちゃーん! お背中流しに来たよー!』
紗夜「…………」
紗夜「……そ、それは流石にちょっと……無理だわ……」
つぐみ「ダメなんだ?」
紗夜「え、ええ。どうしても、その……恥ずかしくて……」
つぐみ「……ふ、ふふっ」
紗夜「え、なんですかその楽しそうな笑みは」
つぐみ「仕方ないなぁ……ふふ、紗夜ちゃんは仕方ない妹だねぇ?」
紗夜(……あれ、これはもしかして、羽沢さんの変なスイッチを押してしまったのでは……?)
つぐみ「ちゃんとした言葉遣いが出来るように、おねーちゃんがたくさんお話してあげるね?」
紗夜「…………」
つぐみ「どうしたのかな? 大丈夫だよ、なにも怖いことはしないからね。ちゃんとお返事できるかな?」
紗夜「……うん」
つぐみ「よく出来ました。紗夜ちゃんは良い子だね~♪」ナデナデ
紗夜(……けど、これはこれで……いいわね)
このあとめちゃくちゃ姉萌え逆転プレイした
おわり
エリア会話とかを見てパッと思い付いたことを書きました。
最後の最後でようやく短編っぽい短編が書けたような気がします。
スレ立ての工程を省くとUPする際に必要な精神的ハードルがかなり下がることに気付いて始めたスレでした。
だけど途中からスレを埋めるために書いているような気分になったので、これからは書くことがあればまたひとつひとつスレを立てると思います。たぶん。
全部で31個、なんだかんだでWordの文字数が27万文字ちょっとになった話たちでしたが、レスをくれたり、最後まで読んでいただいて誠にありがとうございました。
HTML化依頼出してきます。
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コメント一覧 (7)
-
- 2019年07月25日 08:18
- よかったです
-
- 2019年07月25日 17:00
- よかったです。
読んでないけど
-
- 2019年07月28日 02:38
- 短(超長)編
-
- 2019年08月13日 17:55
- いや、なげーよ
-
- 2019年08月14日 18:40
- 全て読んだ。とても良かったよ、特にまりなさんの話とモカちゃんが青空になる話とりんさよの切ない思い出話とかとても良かったよ
-
- 2019年08月17日 04:54
- 全部読んじゃった。最高。
一つ思ったけど、なんで敢えて青のカローラスポーツなんだろう?
-
- 2019年10月21日 22:00
- 一気に全部読んでしまった、とても面白かった。