【バンドリ】短編【その3】
- 2019年07月24日 20:08
- SS、BanG Dream!
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【バンドリ】短編【その3】
コンビニエンス・ファストフード
ありさーやの場合
控えめな雨音が窓から忍び込んでくる自分の部屋。ベッドを背もたれにして、畳の上に腰を下ろす私と、同じように畳の上に座って僅かに身体を預けてくる右隣の沙綾。
特に何をするでもなく、私たちはぼんやりとしていた。
沙綾が身じろぎをすると、柔らかいポニーテールがふわりと揺れて、時たま私の首筋をくすぐった。それがちょっと気持ちいいな、と思うくらいで、特筆することは他に何もない。
「有咲」
「んー?」
「……呼んでみただけ」
「んー……」
たまに交わす言葉もそんなことばかり。中身なんてものはこれっぽっちも存在していない。
チラリと時計を見やると、短針が『4』の数字を指していた。気が付けば一時間近く私と沙綾はこんな時間を過ごしていたらしい。これを無駄に時間を消費したと捉えるべきか、贅沢に時間を消費したと捉えるべきか。
「あー……」
なんて、考えるまでもないか。
「どうしたの、有咲?」
「いや、なんでもー」
だるんだるんと過ぎていく時間に釣られて緩んだ口から、自分でも間抜けだなぁと思わざるを得ない伸びた声が漏れる。それを聞いて、沙綾は「そっか」と言い、おかしそうにちょっと笑った。私も何だか幸せになったから「へへ」なんて笑った。
蔵ではなく、自分の部屋の方に沙綾を招き入れるのは今に始まったことじゃなかった。
いつそうなったのか、どうやってそうなったのか……なんてのは別のお話だけど、私と沙綾は、友達と呼ぶにはいささか踏み込み過ぎた関係になっていた。だからこうして自分の部屋に沙綾とふたりきりでいるのは何もおかしくないことで、むしろ当たり前というか、そうあるべきというか……まぁそんな感じのこと。
(それにしても……)
自身の中に浮かんだ言葉。『友達と呼ぶにはいささか踏み込み過ぎた関係』なんていう響き。それがなんだかものすごく滑稽に聞こえた。まぁでも、うん、そう、そうだよな、こういう表現でも間違ってはいないよな……と誰にするでもない言い訳を頭に浮かべる。
私たちの関係を端的に表現する言葉はいくらでも思い付く。沙綾はそれを面と向かってまっすぐに言ってくれるけれど、私は未だに照れがある。ただそれだけの話だ。
そしてそんな私を沙綾はいつも楽しそうにからかってくるし、私も私で沙綾にからかわれるのは……ここだけの話、大好きだから、それはそれでいいんだろうと思う。
「んー……ふわぁ」
沙綾が伸びをして眠たげな声を上げた。その拍子にふわっと甘いパンの香りが広がる。それが鼻腔をついて、私は頭にもたげた言葉を何の考えもなしに取り出す。
「やっぱり沙綾ってパンの匂いがするよなぁ……」
「んー、そうだねー」
何でもないように間延びした声が返ってくる。それに対してちょっとモヤッとした日の記憶が頭に蘇り、私の口からは「あー」とも「うー」ともつかない妙ちくりんな声が漏れた。
「どうしたの、変な声だして?」
「いや……」
きょとんとした顔がこちらへ向けられる。それになんて返したものかと迷ってしまい、視線を天井、畳、時計と順に巡らす。それからチラリと沙綾に視線を送ると、綺麗な青い瞳が不思議そうに私を覗き込んでいた。
その目で見つめられてしまうと隠し事が何も出来ないから是非ともやめて欲しいけどやめて欲しくない、なんてことを言ったら沙綾はなんて思うかなー……と少し現実逃避じみたことを考えてから、私は観念したように正直な言葉を吐き出す。
「ほら、モカちゃん……」
「モカ?」
「うん。モカちゃんともたまに遊んだりとかするんだけどさ……その、同じ匂いっていうか……まぁ、パンの匂いがしてさ……」
「……ああ」
沙綾は合点がいったように頷いて、けれどその顔に私の大好きなイタズラな笑みを浮かべて、しらばっくれた言葉を続ける。
「そりゃあ、モカはウチの常連さんだからね」
「…………」
私は私でそんな沙綾に恨めしく抗議の目を向ける。『私の言いたいことが分かってるくせに、どうしてそんな風な言葉をいつも投げてくるのか』とか、そんな気持ちを込めて。
「どうしたの、有咲?」
だけどやっぱり沙綾は白々しい笑顔を浮かべて、楽しそうにそんなことを聞いてくるのだから本当にアレだと思う。そして何より、こうすると沙綾が喜ぶということも、こうされると私が喜ぶということもしっかり理解している自分自身が本当にアレだと思う。
「分かってるくせに……」
だから私はいじけた声を出して、沙綾の肩にコテンと頭を預ける。
こういう時は張り合わず、さっさと甘えてしまうのが結果的に一番疲れないしモヤモヤしないということを、最近私は発見した。沙綾にはどうやっても敵わないなぁということも学習した。いや、だからと言って全面降伏はちょっと悔しいから少しは抵抗するんだけど。それにさっさと甘えるのも別に私が常に沙綾に甘えたいと思ってるとかそういうんじゃなくて――
「ふふ、ごめんね? どうしてもさ、有咲が可愛くて……ついからかいたくなっちゃうんだ」
「……ん」
――とか考えるけど、沙綾の柔らかな手が私の髪を梳くと、そんな些細なことはいつもどうでもよくなってしまう。
甘い甘いパンの匂い。あったかい体温。私よりも背丈のある沙綾に身を預けて、イジワルなくせにめちゃくちゃ優しい掌が、私の頭を撫でる。
ああ、無理無理。無理だって。肩肘張ろうとしても、身体の奥底から力がどんどん抜けていっちゃうもん。こんなの素直になるしかねーじゃん。
「いつもの有咲も好きだけど、素直な有咲もとっても可愛くて好きだよ」
「……うん」
されるがままに、私は沙綾に身を任せる。柔らかい手が私の頭を、髪を、背中を通り過ぎるたびに、一枚ずつ理性の鎧をはぎ取っていく。気持ちのいい、陽だまりのような温みが心を溶かして、ただ純粋な願いを口から出していってしまう。
「さあや……」
我ながら随分と甘えた声だなぁ、と残り僅かな理性が考えた。
「ん……いいよ」
その理性も、沙綾を見つめて、それだけで私のことを全部分かってくれる青い瞳が頷くだけで、さっさとどこかへ行ってしまうのだ。
こうなってしまっては仕方ない。今日はもう沙綾に抵抗しようという気力が起きないであろうことは、これまでの経験から痛いほど分かっている。
だから私は瞼を閉じた。『私の理性は何も見ていないよ』と、『沙綾になら何をされてもいいよ』と、『でも、するならやっぱりとびっきり優しくしてほしいな』と、愛しい恋人へ向けて、情けなくなるくらいに白旗を振り回す。
暗い視界にシトシトと雨の滴る音。それから私の髪を弄んでいた手がスルリと左頬にまで動いていって、甘い甘いパンの香りがふわりと揺れた。
その一瞬後に、唇に柔い感触。目と鼻先以上に近い、沙綾の艶やかな息遣い。
それは私の脳まで一直線に快楽信号を届けていって、すぐに沙綾のことだけしか考えられなくなる。口に感じる沙綾の感触とか、耳に感じる沙綾の息遣いとか、鼻に感じる沙綾の匂いとか……それら全部が、みっともなく白旗を上げた私を支配する。唯一目は閉じているけれど、暗い瞼の裏にだって沙綾が私に口づけている姿が浮かぶから、きっと五感全部を沙綾に奪われているんだ。そう思うと、もう堪らなくなってしまう。
「さあやぁ……」
「ふふ……蕩けた有咲も可愛い」
だから沙綾が唇を離す僅かな時間すら、長いお預けを食らっているような気持ちになる。
私は目を瞑ったまま右手を伸ばす。それはすぐに沙綾の左手に絡めとられて、『今さら嫌だって言っても逃がさないよ?』と、ギュッと握られた。私も『逃げる気は毛頭ないから、早くしてほしい』と、その手を握り返した。
それからまたすぐに、柔らかい唇の感触が私を支配せしめんと侵攻してきた。今度の攻め方は、一気呵成に本丸を落とさんとする一大攻勢のようだ。
それを為すすべもなく受け入れるふやけた私の心は、『ああ、やっぱり素直に甘えさせてくれる沙綾が大好きだなぁ』なんてことをただ思い続けるのだった。
蘭モカの場合
羽丘女子学園の屋上から見る夕景もとうに見慣れたもので、その光景について回る思い出も気付けば数え切れないくらいの量になっていた。フェンスにもたれて眺める夕陽も、みんなで他愛のないことを話す黄昏も、数ある思い出の一ページ。
それなら今この瞬間、塔屋に背を預けて座り、落陽をぼんやり眺めるのも、いつも通りの日常のひとかけら。なんでもなくて、ありふれていて、数年を経た未来にとってはきっとかけがえのない思い出のひとつになるんだろう。
「……蘭~、もしかして話、聞いてない?」
そんな物思いに耽るあたしの右耳に、聞き慣れた間延びしている声。そちらへ視線を送れば、あたしと同じように塔屋の壁を背もたれにして座り、パンについての蘊蓄を好き勝手に話し続けていたモカが唇を尖らせていた。
「イースト菌がどうだとか、ってところまでは聞いてたよ」
あたしはそれに応える。「も~、全然最初の方じゃんそれ~」と不服そうに言って、モカはまたパンに関しての雑学を話し始めた。
それもやっぱり右から左に聞き流しながら、みんなは今ごろ忙しいのかな、と考える。
今は放課後で、巴とひまりはそれぞれ部活。つぐみは生徒会。そしてあたしたちは何も予定がなかった。
今日は天気がいいし春の温さが心地よかったから、あたしとモカがこうやって屋上で夕景を眺めるのは何もおかしなことじゃない。
そう、おかしなことじゃないんだけど、どうしてか今日はモカのパンについての蘊蓄話――あたしは勝手にパン口上って呼ぶことにしてるけど――がやたらと長い。
「……というわけで、今日のパンさんはー、メロンパンとグリッシーニ~」
まぁ、モカだしそういう日もあるか……そう思ってまた夕間暮れに思い耽っていると、長々としたパン口上の末に、膝の上に抱いた袋を指さすモカ。それを横目に見て、やっと終わったか、なんて思いながらあたしは言葉を返す。
「グリッシーニ?」
「そう、グリッシーニ~」
メロンパンは分かるけど、グリッシーニってどんなだろう。そう首を傾げていると、モカが袋から細長い棒状のパン……のようなものを取り出した。
「それ、パンなの? なんかスティックのお菓子を大きくしたようにしか見えないけど」
「あーあー、この違いが分からないなんて……蘭もまだまだだね~」
「はぁ……それは悪かったね」
呆れたようため息交じりの声を返す。けど、何が違うのかが少しだけ気になったから、あとでちょっと調べてみよう。調子に乗るだろうからモカには絶対に言わないけど。
「それじゃあ蘭ー、はい」
モカはグリッシーニを袋の中に戻して、今度はメロンパンを取り出す。そして一口サイズにちぎって、それをあたしに手渡してきた。
「……なに? 食べさせろってこと?」
一緒に食べよう、という意味かと普通は思うけど、相手はモカだ。そんな当たり前が通用する訳ない。
「ご明察~」モカはそれを聞いて嬉しそうに笑った。やっぱりか。「さぁさぁ蘭さんや、あ~ん」
私の答えなんか待たずに口を開ける。まるで親鳥からのエサを待つひな鳥だな、なんて思いながら、あたしはまたため息を吐き出した。
「……あーん」
それから逡巡を一瞬、だけど逆らったところで面倒な駄々をこねられるだけだというのは分かっていた。それにひな鳥みたいなモカが少し可愛かったから、文句も本音も口から漏らさずに、あたしはパンを差し出した。
モカはやっぱり嬉しそうに眼を細めて、眼前に突き出されたメロンパンを頬張る。そして幸せそうにもぐもぐと咀嚼する。そんな幼馴染の姿を見て、あたしはフッと笑みを漏らした。
「おかえしだよ~。はい、蘭」
それを飲み下すと、またメロンパンを一口サイズにちぎったモカが、その欠片をあたしに向けて差し出してくる。少しだけ照れくさかったけれど、それはそれでまぁ悪くはないかな、という気持ちだった。
あたしは「はいはい」とぶっきらぼうに言って、口を開く。そこにモカがメロンパンを放り込む。胸焼けするんじゃないかってくらいに甘ったるい味がしたけど……まぁ、たまにはいいか。
モカがメロンパンをちぎって渡してきて、それをあたしがモカに差し出す。次は「はい、あーん」という言葉と一緒にあたしに差し出してくる。
黄昏色に染まる屋上で、塔屋に背を預けてそんなやりとりを繰り返しているうちに、メロンパンはあっさりとあたしたちの胃袋に収まった。本当にどうかと思うおふざけだったけれど、終わってみれば意外と楽しんでいたことに気付いて、また少し照れくさくなる。
そんなあたしの隣で、モカは袋からグリッシーニを取り出し、それを半分に折って口にくわえる。真っ二つにした時に『ポキ』なんて軽い音がしたし、やっぱりそれはパンじゃなくてスティック菓子なんじゃないか……と言おうとしてやめた。
あたしはモカから視線を外して、沈みゆく夕陽を見つめる。
何かをしていても、何もしていなくても、陽は沈む。いつ終わるともしれないけれど、また今日が終わっていく。赤く燃える太陽が地平線の彼方、稜線の向こう側の世界へ朝を届けにいって、あたしとモカが過ごした何でもない今日を思い出に変えていく。
それに一抹の寂しさを覚えてしまう。
いつでも会える幼馴染がいる。その中でもとりわけ大切な人が隣にいて、下らないことでふざけあった先ほどのこと。その時間、その一瞬は、人生でもう二度と訪れることはない。通り過ぎたばかりの今でも既に数ある輝かしい記憶の一つになりかけているし、分け合ったメロンパンを消化しきるころにはもう手の届かない思い出だ。
そう考えてしまうとどうにもセンチメンタルな気分になる。これも春っていう季節のせいなのかな。
「蘭~」
間延びした声。いつも通りの響きがあたしを呼ぶ。少し野暮ったい気持ちで首をめぐらせると、まるでタバコみたいにグリッシーニをくわえたモカが、「ん」と口を突き出してきた。
「…………」
「ん~?」
「……いや、なに?」
「んー……」
何をしたいのか掴み損ねて尋ねるけれど、モカは変わらずくわえたグリッシーニを突き出すだけだった。あたしはそんなモカの姿を見て、少し吹き出した。
「まさかとは思うけど、これ、あたしも食べろって?」
「んー」
どうやらそのまさかだったようだ。モカはニコリと笑って頷いた。
「まったく……これじゃあやっぱりパンじゃなくてお菓子じゃん」
「んーん、ふぁんふぁよ~」
そこは譲れないらしく、何故かキリっとした表情で曖昧な否定の言葉を貰った。あたしはそれにまた少し笑いそうになって、取り繕うように少し俯いた。
「んーんー……」
「……はいはい、分かったよ。やればいいんでしょ」
けれど、どう取り繕ったってモカにはあたしのことはほとんど筒抜けだろう。あたしにはモカのことがほとんど筒抜けなのと一緒だ。
あたしが夕陽に面倒くさいアンニュイを重ねたことはモカに筒抜け。モカがそんなあたしを笑わせようとしたことも、あたしには筒抜け。
あたしが照れ隠しとか、そういうニュアンスで俯いたことも筒抜け。モカが実はこういうことをやってみたかったという気持ちも筒抜け。
どうして分かるのかと聞かれれば、あたしとモカがそういう関係だからというだけの話。
「んー」
嬉しそうな響きの声。モカのそういう声を聞くのをあたしは好きで、あたしのそういう声を聞くのをモカも好き。だからまぁ……恥ずかしいは恥ずかしいけど、ちょっとくらいなら付き合ってあげたって全然構いはしない。
「あ、む……」
差し出されたグリッシーニをくわえる。おおよそ15センチ先、茜色に染まるモカの顔。
自分の顔もきっと赤いだろうな、と思いながら一口パンをかじると、ビスケットのような食感が口の中に広がった。やっぱりこれそういうお菓子だ、と思っていると、モカも同じくパンをかじる。
距離が縮まって、おおよそ10センチ弱。あと二口ほどこのまま食べたら口づけてしまうだろう。だから、あたしはもう一度噛み進めたら口を離そうと思った。
サクリ、とモカがもう一口分あたしに近付く。
あたしもそれにならって一口モカに近付いて――
サクサクサク。
――口を離そうと思った瞬間、一気に三口、モカがグリッシーニを噛み進めた。というか、全部食べた。
「っ!?」
「ん……」
距離がなくなって、間にあったグリッシーニはモカの口の中。
焦ってとにかく文句とか何かを言おうとした唇、モカとの距離がゼロセンチ。
思考回路がショートして、今の状況が分からなくなって、あたしは口を離すことも言葉を吐き出すことも出来なくなった。
「……ふはぁ」
そのままどれくらい時間が経ったのか全く分からなかったけど、呼吸を止めていたらしいモカが顔を離す。それから大仰に息を吐き出して、あたしはようやく我に返った。
「も、もも、も、もかっ……!?」
けれど未だにモカの感触が残った唇は全然まともに動いてくれなくて、やたらと舌が空回るだけ。
「……んへへ」
それをどうにか落ち着けて、とにかく文句の一つでも言わなくちゃ……と思った矢先、モカのふやけたはにかみ顔が目に付いて、「ああもうっ」とあたしは胸中で毒づいた。
これはどういうつもりなのか、事故で済ますつもりなのか故意なのか、責任を取るつもりはあるのかただのおふざけで済ますつもりなのかとか、聞きたいことは山ほどあるけど、モカとあたしは全部筒抜けの関係な訳であって、夕陽よりも朱が差したモカの頬を見ればそれには及ばないというかなんというか……とにかく。
――あ、モカの唇、柔らかくて気持ちいい。
なんて思ってしまったことだけはどうにか隠し通せないだろうか、と考えながら、あたしは次にモカにかける言葉を探すのだった。
ちさイヴの場合
「では、白鷺さん。本日はよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ」
事務所の応接室。そこそこ上質な素材で出来た、それなりにふかふかのソファー。そこに机を挟んで向かい合って座る私と某アイドル雑誌のライターさん。
「お忙しい中、貴重なお時間を頂き……」だとかそんなテンプレートの挨拶を丁寧な言葉でかけられて、私もいつも通り丁寧に頭を下げる。今まで何度となくこなしている、雑誌のインタビューを受ける仕事だった。
机の上に置かれたICレコーダーが赤いランプを点滅させている。それを見つめながら、今はこういう録音もスマートフォンで済ます人が多いな、なんて思う。黒い長方形のレコーダーはところどころ色が褪せていて、きっと使い込まれたものなんだろう。対面に視線を移すと、三十代後半の女性ライターは、黒縁の眼鏡の奥に柔和な目を湛えていた。
「それでは早速なんですが……」という柔らかく丁寧な響き。次々と繰り出されてくる質問。きっと場数を踏んで慣れているのだろう。時間が限られているということをキチンと知っていて、失礼にならないように、彼女は私から出来るだけ面白い話を聞き出そうとしている。
「ええ、はい。そうですね……」
私は逐一丁寧にそれに答える。私も私で、それなりにこういう仕事はこなしていた。だから相手が慣れている人物だとやりやすい。
だけどあまりに慣れ過ぎていると、立て板に水を流すような話術に、ついうっかり隠しておくべき本心なんかも喋ってしまうことが稀にあった。それだけは少し気をつけないといけない。
「では、白鷺さん本人のことではなく、パステルパレットのメンバーに対する印象はどうですか?」
「印象ですか。そうですね……」
早速気をつけるべき質問が飛んできて、私はみんなの印象を考えこむ振りをする。そうして、脳裏に真っ先に思い浮かんだイヴちゃんの屈託ない笑顔をどうにか消そうと試みる。
……第一印象はとても綺麗な女の子。フィンランド人と日本人のハーフの子で、背もスラリと高く、スタイルも良くて、まさにモデルさんという格好いい女の子。
けど、その印象はすぐに霧散した。
あの子は、侍とか武士道とかそういう古風な日本文化が好きな、無邪気で可愛い女の子だ。パステルパレットを踏み台としか思っていなかった昔の冷たい私にさえ懐いて、しょっちゅう抱き着いてきたり手をとったりしてきて……まるで人懐っこい大型犬のようだった。
私よりも身長が10センチくらい高いけど、どうしてかそんな気がしない。家で飼っている犬と彼女を知らないうちに重ねてしまっているのだろうか。それはそれで非常に失礼なことだけど、イヴちゃんにそう言ったら「わんわん! えへへ、チサトさん、撫でてください!」なんて乗り気で言ってくれそうだな、と思ってしまう。
そんな純粋で無邪気な彼女だからこそ、私はどうしても放っておけなくて世話を焼きたくなる。暇さえあれば思わず彼女を構いたくなるし、あの子のわがままであれば可能な限り聞いてあげたくなる。
そうすると、きっとイヴちゃんはぱぁっと朗らかな笑みを浮かべるだろう。そんな顔を見てしまうとまた私は彼女の頭を撫でたい衝動に駆られたりなんだりしてしまって、だからこそ――
「こう言っては語弊があるかもしれないですけど、みんな個性豊かな動物さんみたいですよ」と、イヴちゃんの笑顔を頭から消そうとしたら余計に浮かんできてしまったので、私は強引に思考を切って言葉を吐き出す。
「動物さん、ですか?」
「はい。これは日菜ちゃんのお姉さんが言っていたことなんですけど、私たちはワンちゃんみたいに見えるらしくて」
首を傾げたライターさんに、私は日菜ちゃんから伝え聞いた、紗夜ちゃんが抱いている私たちの印象を、ある程度オブラートに包んで話す。
彩ちゃんは小さくて可愛い小型犬。ちょっと臆病なところがあるけど元気一杯で、みんなに愛されるワンちゃん。
麻弥ちゃんはしっかりしてる大型犬。言いつけはしっかり守るし、何かあればみんなを助けてくれるお利口なワンちゃん。
日菜ちゃんだけは自由気ままな猫。気分次第であっちへフラフラこっちへフラフラ。誰もその舵をとれないけれど、そういう気まぐれなところが魅力な猫ちゃん。
そしてイヴちゃんは……
……イヴちゃんはいつも、感情表現がストレートだ。
生まれも育ちもフィンランドという環境がそうさせるのか、はたまた彼女が生まれ持った元来の性格なのか、百面相の彩ちゃんとはまた違った純真さがある。
嬉しいこと、楽しいことがあれば「チサトさん!」と元気な声を上げて、もしも彼女に犬の尻尾がついていればそれをブンブンと千切れんばかりの勢いで振っているだろうことを鮮明に連想させる笑顔を浮かべて、私にハグしてくる。
悲しいことがあれば「チサトさん……」とシュンとしながら、もしも彼女に犬耳がついていればそれをペタンと折っているだろうことを容易に想像させるほど肩を落として、私になんでも相談しにきてくれる。
寂しい時には「……チサトさん」とどこか潤んだような瞳でこちらを見つめてきて、甘えん坊の表情を顔に覗かせる。だからこそ私の理性のタガというものはあっさりと緩んでしまい――
慌てて首を振った。仕事中だというのに私は何を考えているのだろうか。
「あの、どうかされましたか?」
「……いえ」
ライターさんから心配そうな声が届けられる。それになんて言おうか少し考えてから、「今度のドラマの役のことを少し考えてしまって……すみません」と笑顔で謝った。
「あ、そうでしたか。今度のドラマというと、月9の――」
「はい。そのドラマの役で、この役は――」
頭を振ったおかげか、頭の中一杯に広がっていたイヴちゃんの笑顔はどうにか隅っこの方に行ってくれた。これでもう大丈夫だろう。パスパレのみんなのことから女優の仕事のことに質問が変わり、矢継ぎ早の質問に最適であろう答えを返していく。
そうしながら、自分自身に向けて胸中で呆れたように呟く。
まったく、仕事中に全然関係のないことを考えてしまうなんて、私はどうしてしまったのかしらね。そもそもの話、どうしてイヴちゃんのことをこんなにも頭に呼び起こしてしまうのか。
確かにあの子はとても人懐っこくて、無邪気で、何事にも一生懸命で、顔だって妖精みたいに整っていて可愛いし、スタイルだって抜群で、髪の毛もちょっと妬いてしまうくらいにサラサラで、非の打ちどころがない女の子だ。
そんな子に懐かれて悪い気がする訳がないというのは確かにそうだけど、だからといって限度がある。これじゃあまるで四六時中私がイヴちゃんのことを考えているみたいじゃない。そんなことはないわ。仮にそうだとしても、それは一時のことだろう。そう、だってこれは一昨日の件が原因で……
……彩ちゃんはオフでバイト、日菜ちゃんと麻弥ちゃんはバラエティ番組のロケがあって、事務所の会議室には私とイヴちゃんだけ。いつも騒がしい声が反響するこの部屋も、ふたりきりだと音が少ない。どこかシンとした空気だった。
そんななか、イヴちゃんはいつものように、私が座るソファの隣に腰を落としていた。私も私でそれを何も気にすることなく、ファッション雑誌に目を落としていた。
イヴちゃんは手持ち無沙汰なのか、雑誌を読む私をじーっと見つめている。私はそんなイヴちゃんを横目で確認すると、無意識のうちに右手を彼女の頭に伸ばし、絹のように柔らかい髪を梳いていた。
「えへへ……」なんて気持ちよさそうに目を細めるイヴちゃんを見て、私も力の抜けた笑みを浮かべる。それからまた雑誌に視線を戻すけど、ちょんちょんと服の袖を引かれる。
「どうかしたの?」とイヴちゃんに顔を向けると目の前に妖精みたいに整った顔があった。
「チサトさん」という甘い声が私をくすぐって、そして目が瞑られる。その顔はどんどん私に近付いてきて、だけどそれを避けようという気は微塵もない訳で、私も目を――
「ごほんっ」
思った以上に大きくなった咳払いが応接室に響いた。対面に座るライターさんが目を丸くしている。
「ごめんなさい、歌の練習をしすぎて喉が少し」
心配されるより早く、そんなことを言って右手を口元に持っていく。色々と本当にアウトなことを誤魔化すための方便と行動だったけど、人差し指と中指が唇に触れて、イヴちゃんの感触がありありとそこに蘇ってしまった。
……ああ、本当に私は何を考えているんだろうか。
気付かないうちに脳裏に思い描いていた一昨日の出来事をどうにか頭から消そうとするけれど、そう意識すればするほど強く鮮明にイヴちゃんが私の頭の中で笑顔を咲かせる。
どうしたらいいのか、とは思う。仕事中だというのにこんなことでは、そのうち大きなミスをおかすだろうことは想像に難くない。
けど同時に消したくない私がいるのもまた事実であって、もちろん私だってイヴちゃんのことは好き……そう、色んな意味で大好きではあるけれど、いまいち素直になりきれないというか照れがあるというか……いや違う、今考えなきゃいけないことはそうじゃなくて……。
「女優とアイドルの両立は大変ですね。しかもパステルパレットはバンドですし、音楽もやらなくてはいけませんもんね」
「え、ええ……すみません、折角こちらまで足を運んで頂いたのに上の空で……」
「いえいえ」
こんがらがった思考はひとまず放っておいて、私は気遣いの言葉に謝罪を返す。ライターさんはその言葉を聞いて、柔和な瞳を細めて笑った。もしかして私の考えていることが漏れ伝わってしまったのだろうか、と少しだけ心配になる。
「白鷺さんは多忙な身であると思いますけど、何か支えとなっていることはありますか?」
「支え……ですか」
そんな訳ないか、と思う。すると安心した気持ちと、どこか悔しいというかもどかしいというか、自分でも推し量ることが出来ない感情の胸中に渦巻く。そこに新しい質問が飛んできて、私の頭の中のイヴちゃんがまたぱぁーっと笑顔を輝かせた。
「……そうですね。無邪気に私を頼ってくれたり、甘えてきたり、気遣ってくれる人が傍にいますので……その存在が、これ以上ないほど私の支えになっています」
私の口からはそんな言葉が出てくる。偽りのない本心だけど、はたしてこれはみんなに……いや、イヴちゃんにどういう形で届くのだろうか。
私の中の推し量ることが出来ない感情。その正体はきっと、イヴちゃんをみんなに認めてもらいたいという気持ち。そして、本当は私とイヴちゃんはこんなにも仲が良いんだと、お互いに特別な存在であるんだと喧伝したい衝動。
けれど私は素直でまっすぐな人間ではなく、どちらかといえば狡猾で打算的な人間だ。こんな面倒くさい方法で、回りくどい言葉で、あの子に、あわよくば世間の人々に、この気持ちがさりげなく伝わればいいと思っているんだ。
イヴちゃんにいつも助けてもらってるということと、そんなあなたが大好きだっていうことを。
「あ、もしかして恋人ですか?」
ライターさんがからかうように、明るい声を放った。冗談で言っているのであろうことはどこか優し気で悪戯な笑みを見れば明白だったから、私も微笑みを浮かべる。
「ふふ、ご想像にお任せしますね」
そうして返した言葉。これは臆病で打算的な私が吐き出させたものか、素直な恋する乙女の私が形作らせたものなのか。
その判断はつかなかったけど、きっと今の私は今日一番の笑顔を浮かべているだろうな、と思った。
かのここの場合
「花音、キスしましょう!」なんてこころちゃんが言うから、私の口からは今日も「ふえぇ……」なんていう情けない声が漏れてしまった。
でも、それは仕方のないことだと思う。
穏やかな春の休日の昼下がり。天井が高すぎて、上を見上げると目が回りそうなこころちゃんのお屋敷の一室には、窓から麗らかな陽光が差し込んできている。
その光に当たりながらふたりで和んでいたと思ったら、唐突にこころちゃんが「そうだ!」と立ち上がってそんな刺激的な言葉をくれたのだから、びっくりしちゃうのは仕方がない……はず。
でもよく考えてみると、こころちゃんが唐突じゃなかったことの方が珍しいのかな。むしろ言いたいこととかしたいことを言外に匂わせてから、しっかり段階を踏んで私にお願いしてくる方がびっくりしてしまうかもしれない。
例えば、そう。私がこころちゃんに告白された……告白って言っていいのかどうかはちょっと悩むけど、とにかく、告白された時。
「あなたと一緒にいると、他のみんなと一緒にいる時よりもすっごくぽかぽかして楽しい気持ちになるの! 大好きよ、花音!」
なんてあまりにもこころちゃんらしい言葉を貰って、その時も確かにびっくりしたはびっくりしたけど、こころちゃんの言う大好きはきっと親愛の情の大好きだろうな、とは思っていた。
「だから結婚を前提にお付き合いしましょう!」
「え……? ……えっ!?」
そう、そんな風に思っていたから、続けられた言葉にとてもびっくりしたのをよく覚えている。普通に嬉しいって思っちゃったのもよく覚えている。でもなんて答えたらいいのか分からなくて、こくん、と頷いたらこころちゃんがすごく嬉しそうな顔をして抱き着いてきたのもよく覚えている。
あれ、でもこれ、しっかり段階は踏んでるけど……どちらかというと意外性の方に分けられるような……。
「花音? どうかしたの?」
「あ、え、ええと……」
と、あまりの衝撃にふた月ほど前のこころちゃんとの馴れ初めに迷い込んだ意識が現在に帰ってくる。私はなんて返そうか迷ってちょっと俯いてから、今日も爛々と輝いている瞳に向き合う。
「その、急にどうしたの?」
「なにが?」
「えと、突然……その、き、きす、したいって……」
「そのことね! ひまりが貸してくれた少女漫画っていう本に描いてあったのよ! 大好きで大切な人とキスすると、心がとーってもあったかくなって幸せになれるって!」
だからキスしましょう、花音! と、いつも通り照れとかそういう感情が一切ない返事がきて、私の口からはまた「ふえぇ」と出かかってしまう。だけどどうにかそれを飲み込む。その代わりに、『思えばこのふた月、恋人らしいことなんてこれっぽっちもなかったなぁ……』なんて、また意識がこれまでのことの回想に向けられる。
こころちゃんが大好きだって言ってくれて、結婚を前提にお付き合いをするようになってからも、私たちに大きく変わったことはなかった。
いつものようにバンドの練習をしたり、ライブをしたり、みんなで遊びに行ったり……その中で、ふたりきりでお昼ご飯を食べたり、おでかけしたりする時間が以前より五倍くらいに増えただけ。
気付けば起きている時間の半分くらいはこころちゃんと一緒にいるようになってはいるけど、その時間はデートとか逢引きとかって言うのにはいつも通りすぎていたと思う。
手を繋いで街を歩いたり、こころちゃんが嬉しそうに抱き着いてきたりすることはあるけど、それはお付き合いを始める前から変わらないこと。確かにいつでも天真爛漫なこころちゃんをこれまで以上に可愛いとは常々思うようになったけど、それだって前々から思っていたことだし、そんなに大きく変わってはいない。
けど『キス』は流石に今までしたことがない、特別に踏み込んだ行為だ。
だから私はびっくりして怯んでしまった。
こころちゃんのことはもちろん前から好きだし、お付き合いをするようになってからはもっと大好きになったし、こんな私でもこころちゃんよりはお姉さんなんだから、こころちゃんを支えられるように、こころちゃんが喜んでくれるように、こころちゃんがいつまでも純真な笑顔を浮かべていられるように、こころちゃんがもっともっと私を好きだって思ってくれるように、しっかりしなくちゃいけないな……と、私なりの決意は抱いていたのに。
やっぱり私はダメだな、と思いかけて、いや、とすぐに首を振る。ここでダメだって思って落ち込むだけじゃ、本当にダメになっちゃう。
きゅっと胸の前で両手を握って、私は自分を奮い立たせる。そして意識を現実のこころちゃんに戻して、いつもの天使のように可愛い顔と真正面に向かい合って、言葉を投げる。
「……わ、分かった……キス、しよう、こころちゃん……!」
「ええ!」
こころちゃんは私の言葉を聞いて、平常時の三割増しくらい笑顔を輝かせる。その眩しさに網膜を焼かれて脳裏にこころちゃんという存在をいつも以上に強く刻み込まれたような感覚がして少し幸せになったけど、今からこれじゃあ先が思いやられるから、私は一度深呼吸をした。
「えと、それじゃあ私からするから……」
「分かったわ!」
こころちゃんはコクンと頷いて、大人しく気を付けして私を待ち構える。その姿に一歩近づいて、両肩に手を置いた。
「…………」
「…………」
顔を近づけると、やっぱりキラキラした笑顔が私を射抜いてくる。今日のキラキラ笑顔は「これから起こることが楽しみなワクワク系」に分類されるもの。やっぱり可愛いなぁ、と思いつつ、私はこころちゃんにひとつお願いをする。
「あの……目は閉じてて欲しいな……」
「どうして?」
「え、えっと……キスってそういうものだから、かな……?」
「そうなのね! 分かったわ!」
こころちゃんは素直に頷く。
前からもそうだったけど、お付き合いをするようになってからますます私の言葉を疑うことがなくなったように思える。すぐにバレる嘘を吐いてもこころちゃんは「花音が言うならそうに違いないわ!」と信じちゃうだろうし、そしてそれが弦巻財閥で叶えられる嘘だと全部まことにされてしまうから、自分の言動には気をつけないといけない。
そんなことを考えているうちに、こころちゃんがスッと瞼を落とす。無防備な顔を私だけに見せてくれる。
笑顔が天使のように可愛いというのはもちろんだけど、こうして大人しい表情を間近で見つめると、睫毛の長さや整った鼻筋にちょっとドキドキする。いけない、私の方がお姉さんなんだからちゃんとこころちゃんをリードしなきゃ……と自分に喝を入れた。
それからこころちゃんの唇を見つめて、私は顔を近づけていく。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、私も目を瞑る。唇の場所は目に焼き付けたからきっと間違えないはずだ、大丈夫、大丈夫……。
そう思いながら、息を止めて、そーっとそーっと顔を近づけていって――
ちゅっ。
――と、唇に柔らかい感触が伝わった。
軽く触れ合っただけのオママゴトみたいなキスだったと思う。
けれどどうしたことだろう、私の心臓はバクバクと16拍子を刻み始める。いけない、これじゃあツインペダルじゃないとバスドラムが間に合わない、間に合わないよぉ……と情けない思考が頭にもたげる。
内から胸を叩き続ける怒涛のビートに急かされるように、私はパッとこころちゃんの唇から離れる。顔が熱い。身体全体が熱い。ただ唇を合わせるだけの行為がどうしてこんなにも身体を震わせるのだろうか。
両肩に手を置いたままこころちゃんの顔を見つめていたら、すぅっと瞼が持ち上がる。天使のような顔に装飾されたふたつの黄金の宝石は、いつもの爛々とした光を引っ込めて、穏やかな水面に注ぐ木漏れ日のような光を湛えていた。私は少し心配になってしまう。
「……こころちゃん? ちょっとボーっとしてるけど、大丈夫……?」
「……大丈夫よ、花音……」
その水面はやっぱり凪いだままで、まるで海月がたゆたうような頼りのない響きが返ってきたから、もっと心配になってしまった。
どうしよう、何か間違えちゃったかな……そう思っていると、静かな湖面に果実が緩やかに投げ入れられるように、こころちゃんからぽつりと言葉が紡ぎだされる。
「でも……なんだかふわふわしてて、ぽわぽわーってしてて、でもぎゅーんっていう感じがあって……落ち着かないの……」
「…………」
出会った時からの記憶を掘り起こしても、絶対に見たことがないいじらしい表情。それを俯かせて、私の胸の辺りを見て放たれた、こちらも今まで聞いたことがないたどたどしい口調の言葉。
驚天動地って、きっとこういうことを言うんだろうな。こんなにしおらしいこころちゃんを見たのは初めてで、とても、とってもびっくりしちゃって……
「こころちゃん」
「……なに、花音?」
「もう一回してみよっか」
……私は、自分の中で何かのスイッチが入ったことを強く自覚した。
「もう一回?」
「そう、もう一回……ううん、もう一回じゃなくて、もう何回も。そうすればきっとこころちゃんの気持ちももっとちゃんと分かると思うから」
顔を近づける。こころちゃんはちょっとだけびっくりしたように、目をキュッと瞑った。その様子を間近で見て、私は胸がキュンとした。
天真爛漫なこころちゃん。
いつだって明るくて自信満々で、まっすぐ前を見て進み続けるこころちゃん。
この世に遣わされた天使のように可愛くて愛しくてずっと笑ってて欲しいなと心の底から思っているこころちゃん。
そのこころちゃんが、未知の感覚に対してちょっとしおらしくなっている。
それが……こう言っちゃうととっても危ない人に聞こえるけど……堪らなく、可愛い。どうしようもないくらいいじらしく思えて、今すぐにこころちゃんの身体をぎゅっと抱きしめて、何度も唇を奪ってしまいたい。そんな衝動に駆られる。でもそれは流石にダメかな……?
(……ううん、ダメじゃない、よね)
自問自答。そんな思考を否定して、その衝動を肯定した。
そう、ダメじゃない。だって私はお姉さんなんだから、しっかりこころちゃんをリードする立場にいて当たり前なんだ。こころちゃんがよく分からない感情に苛まれて落ち着かないなら、それが分かるようになるまで何回も何回もキスをして助けてあげなくちゃ。不安にならないように優しく、何度も唇を重ね合わさなくちゃ。
「ん……」
「……っ」
出来るだけ優しく、もう一度唇を重ね合わせる。こころちゃんの肩がぴくりと跳ねる。大丈夫だよ、怖くないよ……と、私は両肩に置いた手をこころちゃんの背中に回して、そっと抱きしめた。
この胸を焦がす衝動の名前はなんだろうな。ちょっと考えたけど、あんまりよく分からなかったから母性本能だと思うことにした。
母性による本能的な行動なら全然悪いことじゃないよね? 普通に良いことだよね?
「こころちゃん……大好きだよ」
「ん、うん……」
だから私は、しおらしく頷くこころちゃんに愛を囁きながら、何度も繰り返しキスをするのだった。
さよつぐの場合
愛されるより愛したい、というのは男性アイドルデュオの昔の歌だ。
子供のころにお父さんが口ずさんでいるのを聞いたり、テレビで流れているのを聞いたりするたびに、私はいつも疑問だった。
愛だ恋だっていうのは幼い私には分からなかったけど――いや、高校生になった今でも十全に理解が及んでいるとは言えないけれど――、与えるよりも与えられる方が嬉しいんじゃないだろうかというのは昔からずっと思っていた。
だって愛することは簡単だ。好きだと口にすればいいだけだから。相手がどうとかじゃなくて、自分がそう思うだけで完結するじゃないか。
逆に愛されることは難しい。自分だけのことではないから、誰かとの間にある気持ちだから、自分がどれだけ頑張ったって報われないことがあるだろう。
私はずっと思っていた。愛されるより愛したい。そんなのはただの言葉遊びだし、聞こえのいい戯言だろうと。
その気持ちが変わることはなかった。ギターを始めて音楽に深く没頭していくようになってからも私は人に認められたいという気持ちの方が大きかったし、耳にする音楽だって愛されたいと歌うものが多かった。
だから思っていたのだ。
世の中には様々な人がいるから、もちろん私と違う思想の人がいて当たり前であるし、それにとやかく言うつもりもなければ私の気持ちにどうこう言われる筋合いもない。こんな取るに足らない屁理屈じみた気持ちは私の中だけで処理すればいいものだ……と。
確かに私はそう思っていたのだ。
つぐみさんの部屋の壁時計は、午後五時前を指していた。
窓から斜陽の濃い色をした光が差し込む。それに半身を照らされながらソファーに座って、私は彼女の部屋でひとり、ぼんやりと佇んでいた。つぐみさんのバイトが終わるまでここで待ってて欲しいと言われたからだ。
なんとはなしに室内を見回すと、私が持ち込んだお気に入りのクッションや緊急時の着替えとか、自分の私物がちらほらと目に映る。この部屋に入るようになった当初は全然落ち着かなかったけれど、半分自分の部屋のようになっている今となっては、ともすれば我が家よりも落ち着く空間だ。
本棚の上に置かれた、寄り添い合いながら座るクマとキツネのぬいぐるみに視線を定めつつ、愛するとはこういうことなんだろうな、と思う。
自分の部屋というのは、きっと世界中のどこよりもプライベートな空間だ。そのスペースに『踏み入ってもいいですよ』、『ここまで入ってきてもいいんですよ』と受け入れられている。私を置く場所を作ってくれている。それだけ心を許されているんだ……と、こうして実感すると私は満たされた気持ちになる。
当たり前だけど、私が招かれるように、私の部屋につぐみさんを招くこともある。そこにもつぐみさんの私物がいくつも置いてあるし、どこか殺風景だった自分の部屋だってそのおかげでどこか華やいだように感じられる。
それに、彼女には内緒にしているけれど、ひどく寂しい気持ちになった夜なんかは、つぐみさんが置いていったちょっと大きな犬のぬいぐるみを抱きしめたりもしている。絵面的にどうかと思う行動だけど、そうすると心が温まるというか、どこか安心するのだから仕方ない。
ともあれ、愛するというのはそういうことなんだろう。
こうやってプライベートな空間を共有できて、心を委ねてもいいと思える人間がいる。それはかくも幸せなことだ。
もしかしたらの話だけど、これは一種の承認欲求なのかもしれない。
人を愛するということ。私が彼女を愛するということ。
そうやって私は私という存在の中につぐみさんの場所を作って、それを拠り所にして自分自身の輪郭を明確に保っているのかもしれない。
だとするならばこの気持ちも自分本位のもので、世間一般では独善的な愛と呼ばれるのだろう。
そう後ろ指さされるのであれば、私はもっともっと彼女を愛そうと思う。世間体だとか、承認欲求だとか、独り善がりだとか……そんな面倒なものを考える隙間がなくなるまで、彼女のことを想い、愛そうと強く思う。
最初からハッピーエンドの映画なんて三分あれば終わる、というのも子供のころに聞いたラブソング。
その歌の通りだろう。高校生の私が『愛』というものを真に理解するのは難しいけれど、それはなんとなく感覚で理解できる。
誰もに理解されて祝福されるように、何の障害もすれ違いもないように、初めからそこに完全な形であるのなら、悩むことなんてない。不安に震えることも、ひどく寂しい夜をひとりで乗り越えることもない。
だけど、そんな風に愛が当たり前に完全な形であったのなら、こんなにも胸が高鳴ることも温かくなることもきっとないのだから。
そう思ったところで、部屋のドアが開く。視線をそちらへやれば、「ごめんなさい、お待たせしました」と少し息を切らせたつぐみさんの姿があった。
「いいえ」私はフッと軽く息を吐き出して応える。「つぐみさんを待つ時間はいつもとても楽しいので、気にしないでください」
それを聞くと、彼女は照れたようにはにかんだ。胸が温かくなって、私も笑顔を浮かべた。そして今まで考えていたことがどこか遠くに霞んで消えていく。
小難しく考えていた愛がどうだとかなんだとか、そんな面倒なこと。それがつぐみさんの顔を見るだけでこんなにあっさりと霧散するのだから滑稽だ。
それでも私はまた何度も見えない不安に襲われて、何度も同じことを考えるのだろう。だけど、目に見えない不確かな愛の形を確かめる方法を、私はもう知っている。
ソファーの隣につぐみさんが腰かける。ふわりと珈琲の匂いが薫って、少し幸せな気持ちになった。
「つぐみさん」
その気持ちのまま、私は囁くように彼女に呼びかける。つぐみさんは私に顔をめぐらせて、少し首を傾げた。その瞳をじっと見つめると、すぐに彼女は私の望みを分かってくれる。
「いいですよ」
頬を赤らめながら、つぐみさんは頷く。そしてその瞳がすっと閉じられる。
私は隣り合って向かい合う彼女の肩に手を回して優しく抱き寄せる。それから、世界で一番大切な人の唇へ、自分の唇を重ね合わせた。
愛だ恋だなんていう、形の見えない面倒で難しいものたち。きっとその実態は、言葉をああだこうだとこねくり回しても掴めないのだろう。
けれど、こうやって触れ合って、口づけ合えば、簡単にここにあることが分かる。その形を確かめることが出来る。
キスがこんなにも心地いいのは、きっとそのせいだ。
「……はぁ」
唇を離して軽く息を吐き出す。私の心はこれ以上ないくらいに満たされて、つぐみさんはどうだろうか、と彼女の様子を窺えば、彼女も熱に浮かされたように蕩けた顔をしているからもっと満たされた気持ちになる。
心の栄養補給とはこのことだろう。唇を重ねるだけで、寂しさも悲しみもなくなって、嬉しさと幸せとを倍にしてくれる。キスは便利な心のファストフードだ。
けれど、そう表現するとどこか健康に悪い気がする。食べるに越したことはないけれど、食べ過ぎては却って身体に悪いというか、なんというか。
「紗夜さん……」
「ええ」
そんな思考も、つぐみさんの熱を帯びた声を聞けばすぐに霧散する。
……大丈夫、私はその辺りの線引きはしっかり出来ているつもりだし、ファストフードも大好きであるし、つぐみさんのことも愛して愛してやまない。
「んっ……」
だから、彼女からの「おかわり」を拒む理由なんて何ひとつとして私の中には存在していないのだ。甘えるように瞳を閉じるつぐみさんの唇に、もう一度自分の唇を重ね合わせた。
つぐみさんが求めてくれるなら、その全てを叶えたい。そして彼女に幸せになってもらいたい。そう思って幸福を感じるのは、私が彼女を愛しているから。
愛されるより愛したい。
ただの言葉遊びかもしれないけれど、聞こえのいい戯言かもしれないけれど、今の私はその言葉に心の底から共感できる。
リサゆきの場合
選択肢を間違えたなぁ、というのは、最近のアタシの悩みの種だった。
アタシには誰よりも大切な幼馴染の友希那がいて、友希那も友希那でアタシを大切だって思ってくれていて、それで幼馴染っていう関係が冬の終わりに恋人っていうこそばゆい響きの関係に変わって……と、そこまではいい。アタシは昔から友希那が大好きだし、友希那もアタシのことを好きだって言ってくれるなら、まったくこれっぽっちも問題はない。
じゃあ何の選択肢を間違えてしまったのかっていうと、それは付き合い始めてからのこと。
綺麗な星座の下で……なんていうほどロマンチックでもないけれど、とにかく澄んだ夜空に星がそれなりにキラキラしていた日に、アタシは友希那とキスをした。それはいわゆるファーストキスというやつで、甘酸っぱいだとかそんな風な味だって言われるもので、友希那に唇を奪われたアタシは「これが友希那のキスの味……」とかちょっと危ないことを考えていたような気がするけど、それもひとまず問題ではない。
問題はその後のこと。
アタシたちも気付けば高校三年生で、受験戦争という荒波が唸る海に航路をとらなくちゃいけない時期になっていた。
だけど友希那は相変わらずだった。
「勉強……そうね、勉強は大切よね」
アタシが大学受験のことをそれとなく話題に出すと、そんなことを言って明後日の方向や猫のいる方へ視線を逸らす。まともに話を聞く気がない時特有の行動だった。
そんな友希那のことが心配になるのは当たり前で、『将来音楽で食べていくつもりなのは知っているけど、それでも大学はしっかり通って卒業してほしい』と、友希那のお義母さんが言っていたこともあるし、アタシはどうにか友希那をやる気にさせようと必死に考えた。
その結果、そっぽを向く友希那に対して、アタシの口からはこんな言葉が出た。
「分かった、それじゃあ友希那が勉強を頑張る度に、その、き、キス……するよ」
未だにキスという単語を口にするのが照れくさいのは置いておいて、友希那はその言葉に反応した。興味を示した。
「……本気なの、リサ?」
「ほ、本気っ、本気だよ!」
「そう……そこまで本気なら、分かったわ。私も本気を見せてあげる」
友希那はどうしてか得意気に頷いてくれて、よかった、これで少しは勉強にも向き合ってくれそうだな、なんて呑気に思っていた。
それが春先のことで、アタシが間違えたと思った選択肢のこと。
本気を見せる、と言った友希那は……すごかった。
友希那の成績は学年の平均よりやや下。それは元々音楽に全身全霊を打ち込んでいて、勉強に労力を割いていなかったせいだとは知っていた。だからやる気を出せば平均を上回ることくらいは簡単だろう、と思っていた。
その推測はいい意味で甘かった。アタシは友希那の集中力を舐めていたのだ。
「本気を見せてあげる」と言われた日から、メッセージを送ったり電話をかけても、なかなか応答がないことが多くなった。
そしてニ、三時間後にやっときた返事には決まって「ごめんなさい、ちょっと勉強をしていたわ」という枕言葉。それに続いて「今日は4時間頑張ったから、キス権一回分ね」という返詞。「うん、分かったよー」と、内心ドキドキしながらのアタシの返信。
そんなことが何十回か重なった。
そうしてるうちに一学期の中間試験が終わり、返ってきた友希那の答案用紙を見せてもらうと、そこに書き込まれていた点数はどれもこれもが80を下らなかった。
あっという間にアタシの成績を追い抜いていった……というのは別によくて、一番問題なのはそのあとのこと。
「思ったより出来なかったわね。やっぱりもっと集中しないといけないわ」
「え」
「それと、今日まででキス権が三十八回あるから、それも消化するわね。使わないと溜まっていく一方だもの」
「え」
「とりあえず一回いいかしら。……いえ、聞くのはおかしいわね。リサが私にくれたキス権だもの。キスするわよ、リサ」
「え!?」
そう言って、誰もいない放課後の教室で、友希那は有無を言わさずアタシの唇を奪うのだった。
これが間違えた選択肢の上に乗っかってる問題であり悩みの種だ。それから何度となく、アタシは友希那にキスをされることになる。
別にキスされるのが嫌な訳じゃない。ちょっと強引にされるのもそれはそれで好きだし、友希那のことは大好きだし。
ただ、それでも場所は選んで欲しいと思うのはワガママじゃないはず。
アタシの部屋とか友希那の部屋なら、本当、いつだってウェルカムだけど、放課後の教室とか練習前のスタジオとか、果てには人気の少ない通学路とかは本当に――いや、それはそれでドキドキしちゃうアタシがいるのも事実ではあるけど――やめてほしい。
「これはリサから言い出したことよ?」
それとなく友希那にそう伝えたら『何を言ってるの?』という顔をされた。確かにそうだなぁ、と思ってしまうあたり、アタシは押しに弱いのかもしれない。
けど、友希那のお義父さんとお義母さんには「リサちゃんのおかげで友希那も真面目に勉強するようになったよ。ありがとう」と感謝された。湊家とアタシの関係が変わらず良好なのは、いずれ嫁ぐ身としては願ったり叶ったりだからそれはそれで嬉しかった。
それはそれとして、友希那が勉強にも頑張ってくれるようになってくれたのは当初の目論見通りだったけど、流石にこれほどまでキスを求められるとは思っていなかったから、アタシは色々と困ってしまうのだ。
「はぁ~……」
「どうしたの、リサ? そんなに大きなため息を吐いて」
だというのに、アタシがため息を吐けば、友希那はそんな風に首を傾げて聞いてくるのだからちょっと参ってしまう。こんなにアタシをドギマギさせてるくせに無自覚だなんて……本当にもう、しょうがない友希那だ。
「なんでもないよ」
「そう? 困ったことがあるなら何でも相談して頂戴ね。リサにはいつも助けられてばかりなんだから、たまには私にもあなたのことを助けさせて」
「……うん」
そしてさらに無自覚でそんな言葉を投げてくるんだから友希那はしょうがない。本当にしょうがない。そんなにアタシをキュンキュンさせて嬉しくさせて、本当にどうしたいのだろうか。
「それはそれとして、キス権使うわね。……んっ」
「んん……」
さらに『今日は優しくしてほしいなぁ』とか思ってると本当に優しくしてくれるから……友希那はしょうがなさすぎでしょうがないと心の底から思う。式は教会にするか神前にするか、そろそろ考えておかないと。
間違えた選択の上に乗っかる日々も、気付けば過ぎているもの。
ところ構わず友希那とキスを繰り返しているうちに、いつの間にかキス権がなくなってきたらしい。梅雨を超えて初夏の風が吹き抜けるあたりには、友希那がキス権を使う頻度が減っていった。
それは間違いなくいいことではあると思うのだけど、ほぼ毎日キスを繰り返していたらそれに慣れてしまったというのもまた実情で、言葉にはしないけど、なんだか唇がさびしいと感じることが多かった。
そんなある七月の日のこと。
「そういえば八月にフェスがあるの。ロゼリアでそのフェスのオーディションに挑戦しようと思うけど、リサはどう思う?」
いつも通りアタシの部屋でベッドに座って作曲に勤しんでいた友希那が、ふと思い出したように、隣でベースを弄っていたアタシに尋ねてくる。
「どう思う、って言われてもなぁ。アタシは賛成だけど、まずはみんなの予定から聞かないと。紗夜と燐子も夏は受験勉強とかで忙しいかもだし」
「なるほど、分かったわ。リサは賛成ね。ふふふ……賛成なのね」
やたらと引っかかる言い方だったから、アタシは首を傾げながら友希那の顔を見る。
愛しい恋人の顔。いつも張り付いているクールな表情が崩れ、そこには薄っすらと微笑みが浮かんでいた。見ようによっては良い表情だと思うけど、アタシには分かる。これは何か良くないことを考えている時の顔だ。
「そうしたら、今作っているこの曲も早く完成させなくちゃいけないわね」
「……そう、だね」
何を企んでいるのかな、と思いながら、慎重に言葉を返す。友希那はそんなアタシを見て、やっぱり変わらない微笑みを浮かべている。
「この曲、ベースが主体の曲なのよね。結構フレーズもリズムも激しくて、ソロもあるんだけど……リサ、大丈夫?」
「うーん、聞いてみないとなんとも言えないけど……」
「もし頑張ってくれるなら……ご褒美にキス権をあげるけど、どうかしら?」
「…………」
ああ、そういうことか。
友希那の企みを理解して、まず一番に思ったのは『キス権に理由をつける友希那かわいい』で、次に思ったのは『ご褒美にキスしたいのは友希那じゃないの?』で、最後に思ったのは『いや、ご褒美にキスって響きは確かに素敵だけど』ということ。
それにしても、ご褒美にキス権……かぁ。アタシがベース頑張って、それで……
友希那、アタシこんなに頑張ったんだよ。ほら見てみて、難しいソロパートも完璧に弾けるようになったよ。
リサは頑張り屋さんね。そんなに頑張ってくれたなら……ご褒美をあげないといけないわね。
い、いやいや、アタシは別にキスがしたくて頑張ったわけじゃないって。ロゼリアのためだし、友希那が頑張って作ってくれた曲をちゃんと表げ、ん――
――んっ、ふふ。ごめんなさい、私のためにって言ってくれるリサがとても可愛くて、つい。
…………。
まだ……足りないのね? 仕方のないリサ。こっちへいらっしゃい……
「うん、アタシがんばる」
脳裏に一瞬のうちに描かれた『ご褒美のキス』というシチュエーションが、気付けばアタシの口を動かしていた。
「それでこそリサね。……そうだ、ただキス権っていうだけだと私のと同じだし……そうね、キス権が二十個たまったら、何でも言うことをひとつ聞くわ」
「オッケー、超がんばる」
自分の内側で、かつてないほど炎が猛々しく燃え盛っているのを強く実感する。些細なことはその炎の嵐に全て飲み込まれていく。選択肢を間違えたなぁという悩みの種もその火焔の中に放り込まれてあっという間に燃え尽きた。
それと同時に、「ああ、友希那もアタシに言われた時、こんな気持ちだったんだなぁ」と、最愛の恋人のことをまたひとつ理解出来てアタシは幸せだった。
(何でも言うことを聞く……何でも……えへへ)
そして何でも言うことを聞いてくれる友希那の姿を想像してもっと幸せになるのだった。
おわり
キスが主題の話たちでした。
タイトル通り手軽にさくっと読める話になってたら嬉しいです。
まったく別件ですが、一昨日スマホを床に落として液晶がバグって操作不能になりました。あえなく交換です。
贔屓のプロ野球チームも昨日まで10連敗していましたし、平成の最後は踏んだり蹴ったりだなぁと思いました。
山吹沙綾「誕生日、ペペロンチーノにやさしくされた」
山吹沙綾(高校を卒業してから、気付けば二年が経っていた)
沙綾(花粉の季節もゴールデンウィークも気付けば過ぎていて、今年も今年でもう五月が半分以上が終わったある日)
沙綾(勤めているいる某パン会社から一人暮らしの小平駅近くのアパートへ帰る道すがら)
沙綾(春の風、というには少し温い夜風を浴びながら、ふと気づく)
沙綾(そうだ、今日は私の誕生日だった)
沙綾(そう思って手にしたスマートフォンには、一時間前くらいにみんなからのお祝いのメッセージが届いていた。それに逐一返事を返す)
沙綾(「おめでとう!」「ありがとう」「またみんなで集まりたいね!」「休みの予定はこんな感じだよ」……なんて)
沙綾(高校の友は一生の友、とはよく聞く言葉で、その例に漏れず私が花咲川女子学園で得た親友たちとは今でも深いつながりがある)
沙綾(みんなは大学生で、私は社会人という立場だけど、それでも青春を共にしたという事実が変わるわけでもなくなるわけでもない)
沙綾(みんなとこうして繋がっているんだ、と思うと、社会の荒波に揉まれ、知らず知らずに強張っていた肩からすっと力が抜けるような感覚をおぼえる)
沙綾(私は少しだけ軽くなった足取りで家路を辿った)
――沙綾のアパート――
沙綾(……そして、玄関のドアを開けて、ダイニングキッチンに足を踏み入れて、私は硬直することになる)
沙綾(キッチンとくっついたダイニング。そこに置かれた小さなテーブル)
沙綾(その上に、明らかに出来立てほやほやのペペロンチーノが置かれていたからだ)
沙綾「…………」
沙綾(なにこれ、空き巣? 空き巣の新しい形なの?)
「こんばんは、沙綾さん」
沙綾「えっ!?」
沙綾(不意に名前を呼ばれる。びっくりしてきょろきょろ室内を見回すけど、誰の姿も見えない)
沙綾「だ、誰? 誰かいるの……?」
「私です」
沙綾「私って……まさか……?」チラ
「そうです。あなたの目の前にいるペペロンチーノです」
沙綾「……えぇ」
沙綾(唖然として言葉を失う私を意に介さず、目の前のペペロンチーノは続ける)
「私の名前はチーノ。ペペロンチーノのチーノです。気軽にチーノちゃんとでも呼んでください」
沙綾「え、あ、はぁ……」
チーノ「今日……お誕生日ですよね? 待っていましたよ、あなたが帰ってくるのを」
沙綾「…………」
沙綾(まずいと思った)
沙綾(どうやら私は、気付かないうちに相当疲れをため込んでいたようだ)
沙綾(もう二十歳を超えて、高校生の頃みたいに無理は効かない身体になったんだ)
沙綾(きっとそうだ、そうに違いない。ああ、こういう日は早くお風呂に入って寝よう……)フラフラ
チーノ「あ、お風呂ですか? 沸かしてあるのでゆっくり温まってきてくださいね」
沙綾「え」
チーノ「大丈夫です、ちゃんと浴槽も綺麗に洗っておきましたから」
沙綾「あ、はい……え、いやどうやって……?」
チーノ「お部屋の片付けも簡単にしておきましたよ。捨てようと思ったものは部屋の隅にまとめてあります。曜日ごとに分別してあるので、忘れずに捨ててくださいね」
沙綾「いや……どうやって……」
チーノ「さぁさぁ、何も心配せずに早くお風呂に入ってきてください。今日の入浴剤はヤングビーナスβですよ」
沙綾「買ったおぼえのない入浴剤が勝手に使われてるし……」
沙綾(ダメだ、考えれば考えるほど分からない。このペペロンチーノがどうやってお風呂と部屋を掃除したのか、勝手に知らない入浴剤を使っているのかとか……)
沙綾(……いや、真面目に考えちゃダメだ。きっとこれは夢だ)
沙綾(そうだよ、夢に違いないよ。やだなぁホント、夢の中でこんなマジになっちゃって……さっさとお風呂に入って寝よ……)フラフラ
チーノ「ごゆっくりどうぞ」
……………………
チーノ「ヤングビーナスβは別府温泉の湯の花エキスを配合した入浴剤で、温泉由来の成分が温浴効果を高め血行を促進し、新陳代謝を促します。弱アルカリ性のまろやかな湯質で、敏感肌の方、乾燥肌の方にもおすすめです」
沙綾「…………」
沙綾(湯船に浸かってぼんやりとしてから再びダイニングキッチンに足を運ぶと、やっぱりペペロンチーノはほかほかと湯気を上げながらテーブルに鎮座していた。そして聞いてもいない入浴剤の説明を饒舌にしてきた)
チーノ「βの特徴としましては、無香料・微着色という点が挙げられます。入浴剤と言えば香りで気分をゆったりさせるものですけども、このヤングビーナスβはあえて香料を用いず、温浴効果を際立たせることを重要視しています」
沙綾(そっかー……夢じゃないのかー……)
チーノ「微着色というのは、ビタミン色素によってほんのりとお湯の色が変わるということです。これなら浴槽の洗浄も比較的楽ですし、淡い山吹色のお湯に浸かることは精神的にも――」
沙綾「ねぇ、えぇと、チーノちゃん……?」
チーノ「はい、なんでしょうか」
沙綾「君はペペロンチーノ……なんだよね?」
チーノ「イエス、ペペロンチーノ」
沙綾「えーっと、その、どうして喋れるの?」
チーノ「むしろどうしてペペロンチーノが喋れないのかと。そういう常識を疑うべきです」
沙綾「えぇ……」
沙綾(当たり前みたいな風に言い切られた……)
チーノ「ふんふんふーん♪」
沙綾(鼻歌まで歌ってる……いや、もうこの際それはあんまりよくないけどいいや)
沙綾「それで、どうして君はここにいるの?」
チーノ「よくぞ聞いてくれましたっ」
沙綾(うわぁ、待ってましたと言わんばかりの嬉々とした声……)
チーノ「私がここにいる理由。それは沙綾さんの助けになりたかったからです」
沙綾「助けに?」
チーノ「はい。私は沙綾さんにご購入いただいてから、ずっと戸棚の中であなたのことを見ていました」
沙綾「購入……?」
チーノ「覚えてませんか? 一週間前、スーパーの割引コーナーにいた私のことを」
沙綾「……あー」
沙綾(そういえば先週の日曜日にペペロンチーノのパスタソースが安かったから買ったような気がする)
チーノ「あの日のことは今でも鮮明に思い出せます」
沙綾「はぁ」
チーノ「あの割引コーナーは食材の墓場です。打ち立てられた【大特価!】の赤札は、さながら現代の飽食を象徴した墓標です」
沙綾「…………」
チーノ「その地獄から私を救い出してくれたのがあなたです、沙綾さん」
沙綾「ああ、うん……」
チーノ「あなたは毎日忙しそうにしていました。朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってきて……休みの日は家事に追われて……」
沙綾「いや、そんな言うほどでもないけどなぁ」
チーノ「だから私は決めたんです。大変そうな沙綾さんを癒してあげよう! と。そう強く思っているうちに、こうなっていました」
沙綾「因果関係がこれっぽっちも分からないよ」
チーノ「アレです、付喪神みたいなものです」
沙綾「……そっか」
沙綾(付喪神がつくほど売れ残ってたのかな……賞味期限の偽装とかされてないよね……)
沙綾(いや、ていうかそんなことよりもペペロンチーノが喋ったりする方がよっぽどおかしいか……)
チーノ「なので沙綾さん。存分に癒されてくださいね」
沙綾「……気持ちは嬉しけど、もうこれ以上は平気だよ」
チーノ「何を言ってるんですか、メインはこれからですよ」
沙綾「え」
チーノ「さぁ、食べてください」
沙綾「食べてって……君を?」
チーノ「はい。食べ物ですから」
沙綾「…………」
沙綾(いや、こんな喋ったりする得体のしれないものなんか食べたくないんだけど……)
チーノ「沙綾さん? どうかしましたか?」
沙綾「えっと、気持ちだけでお腹いっぱい……かな」
チーノ「何を言ってるんですか。沙綾さんはペペロンチーノが大好物じゃないですか」
沙綾「好きは好きだけど、流石にちょっと……」
チーノ「じれったいですね……そっちがその気なら……」フワリ
沙綾「え……えっ?」
沙綾(パスタ麺が宙に浮いた……?)
チーノ「私が食べさせてあげますから、沙綾さん。お口を開けてください」
沙綾「ちょ……!」
沙綾(ひゅん、とどこからともなくフォークが飛んできて、ペペロンチーノに刺さる。そしてくるくる巻かれる。それからそれが私の口元へ迫ってくる)
沙綾(なにこれ……?)
チーノ「食べ物は食べられてこその食べ物なんです。それが私たちのレゾンテートルなんです。知り合いのところてんさんも言っていました。『売れ残るとスーパーで肩身が狭い』って」
沙綾「そ、そう言われても……」
チーノ「ペペロンチーノ、好きって言ったじゃないですか」
沙綾「好きは好きだよ? でも、流石に君は食べ辛いっていうか――」
チーノ「好きなら問題ありませんよね。はい、あーん」
沙綾「いや、しないよ……?」
チーノ「どうしてですか」
沙綾「……正直に言うと、得体の知れないペペロンチーノは食べたくない……かな」
チーノ「…………」
沙綾「…………」
沙綾(ちょっと言い過ぎちゃったかな……)
チーノ「……仕方ありませんね」
沙綾「あ、よかった。大人しく引き下がって――」
チーノ「無理矢理食べさせましょう」
沙綾「くれてない!」
チーノ「はぁっ!」
沙綾「きゃっ!? ……え、あれ……か、身体が動かせない……!?」
チーノ「見えない麺で拘束させて頂きました。付喪神ですから、この程度造作もありません」
沙綾「なにそれ!?」
チーノ「ついでに肩と背中をマッサージしてあげます」モミモミ
沙綾「チ、チーノちゃん! そんなワケ分かんない力でマッサージしないで!」
チーノ「うるさいですね……」モミモミ
沙綾「あ、あぁ~……肩こりと背中の張りが楽になってく……」
チーノ「はい、今日のお仕事は終わりですよ。お疲れさまでした」モミモミモミモミ
沙綾「うぅ……」
チーノ「こんなにがっちがちに肩がこるまで一生懸命頑張ってしまう沙綾さんを見過ごせません。やはり私が癒してあげないと……」
沙綾「いや、もう十分に癒されたから……」
チーノ「ダメです。まだ足りてません。さぁ、お風呂で温まって、凝り固まった肩と背中をほぐしたら、次は美味しいご飯の時間ですよ」サッ
沙綾「だからペペロンチーノは……好きだけど、それは……」
チーノ「上手にブレーキを踏めない沙綾さんのために、私があなたの中にいます。胃の中でしっかりもたれてあげますから」
沙綾「いやそれは本当にゴメンなんだけど」
チーノ「私のベーコンを噛まないで飲んでください」
沙綾「いやいや、そのベーコンの厚さはヤバすぎでしょ? ベーコンステーキって呼ばれるやつだよねそれ?」
チーノ「ニンニクとオリーブオイルに絡めて、風味もばっちりです。美味しいですよ」
沙綾「美味しそうは美味しそうだけど……ちょ、近い、そんなグイグイしないで!」
チーノ「あーんしてください。あーん」グググ
沙綾(あ……これ食べないと多分ダメなやつだ……ペペロンチーノに窒息させられるやつだ……)
沙綾「うぅ……あんまり食べたくないけど……あ、あーん」
チーノ「それでこそ沙綾さんですね。それっ」
沙綾「あむ、むぐ……あ、美味しい」
チーノ「でしょう?」
沙綾「う、うん……」
チーノ「ふふ……お誕生日おめでとうございます、沙綾さん」
沙綾「えーっと、ありがと」
チーノ「さぁ、さめる前に食べきってくださいね」グイグイ
沙綾「わ、分かったからそんなにフォークを押しつけてこないでってば」
沙綾(けど……本当に美味しいは美味しいし……まぁいいのかな……)
チーノ「ああ、沙綾さんの中に私が入ってます……ひとつになってます……」
沙綾「……いややっぱ食べづらいよ……」
――――――――――
―――――――
――――
……
――山吹家 沙綾の部屋――
――ピピピピピ...
沙綾「……はっ」
――ピピピピピ...
沙綾「…………」ムクッ、カチャ
沙綾「…………」
沙綾「ああ、やっぱり夢だった……」
沙綾「ここ私の部屋だし……自分の家だし……今は高校二年生だし……」
沙綾「なんであんな変な夢見たんだろ。誕生日は先週だったのに――あ」
沙綾(枕元のスマートフォンに目をやって、昨日の夜にモカから送られてきた動画を思い出す)
青葉モカ『沙綾にぴったりの歌見つけたから、弾き語りした動画送るね~』
沙綾(とか、そんな感じのこと言って、おかしな歌詞の歌をやたらと切ない調子の弾き語りで披露してくれた)
沙綾「絶対あれのせいだ……なんか本当に胃もたれしてる感じがする……」
沙綾(恨みがましくスマートフォンを見つめる)
沙綾(誕生日をまた祝ってくれたのは嬉しいけど……もう少し、何かこう、他になかったのかな……)
沙綾(胸のあたりには、夢の中で厚切りベーコンステーキを本当に噛まないで飲み込まされた感触が残っているような気がした)
沙綾(もうしばらく……ペペロンチーノは食べたくない……)
おわり
参考にしました
家の裏でマンボウが死んでるP 『誕生日、ペペロンチーノにやさしくされる』
https://nico.ms/sm14794929
言い訳だけします。
お誕生日というのは特別なものだし妙齢の女性とかでもなければ何度祝われても嬉しいものは嬉しいだろうと思いました。当日はメットライフドームで端から見たら気持ち悪いくらい心を込めてバースデーソングを沙綾ちゃんに歌ったしこれくらいはまぁいいんじゃないかと思いました。
そんなアレでした。
ハッピーバースデー沙綾ちゃん。そしてごめんなさい。
まりなさんと新人スタッフくん
※独自設定要素があります。
スタッフくんを始めとしたCiRCLE従業員に勝手なキャラ付けをしています。
☆新年会について
――CiRCLE・事務室――
スタッフ「おはようございます」
月島まりな「あ、おはよー」
オーナー「おはよう」
スタッフ「……どうしたんですか? 2人してテレビにかじりついて」
まりな「あーそれはね……」
オーナー「私から説明しよう。月島くんはそっちを頼む」
まりな「はーい」
オーナー「ほら、この前、よくウチを使ってくれるバンドの子たちが新年会を開いただろう?」
スタッフ「ええ。僕が他のライブハウスにヘルプに出てた時……でしたかね」
オーナー「うむ、その時だ。私もその日は用事があって彼女たちの様子を見れなかったんだが、月島くんが新年会のステージを動画にしてくれていてな」
スタッフ「ああ、それを今ここで見ようと」
オーナー「そういうことだ。そうだ、君もせっかくだし、一緒に見ようじゃないか」
スタッフ「いいんですか? あと30分もしたら開店ですよ?」
オーナー「なに、全部を見る訳じゃないさ。ただ、月島くん曰く、彼女たちのかくし芸大会は必見だということでね。ひとまずそこだけを見ようということさ」
スタッフ「分かりました。そういうことでしたら、僕もご一緒させていただきます」
まりな「ここをこうして……よし、っと! お待たせ、準備できたよ」
オーナー「うむ、苦しゅうない」
スタッフ「ありがとうございます、まりなさん」
まりな「いえいえ~。それじゃあ早速……再生~」ポチ
テレビ『… … …』
戸山香澄『――よ始まりました、お正月かくし芸大会! 司会は私、Poppin'Partyのギターボーカル戸山香澄と――』
丸山彩『まんまるお山に彩りを! Pastel*Palettes、ふわふわピンク担当の丸山彩でお送りしまーす!』
香澄『拍手―――!』
『ワァー、パチパチ...』
スタッフ「司会はあの2人なのか……大丈夫なのかな」
まりな(有咲ちゃんと同じこと言ってる)
オーナー「元気があっていいじゃないか」
スタッフ「いや……でもなんかもう、ずっと『始まったね』『始まりましたね』しか言ってないですよ、あの子たち」
オーナー「はっはっは、学生なんだからそんなものだろう。初々しくて可愛いじゃないか」
まりな「そうそう、気にしない気にしない。ほら、もうすぐ一番手のあこちゃんたちが始まるよ」
オーナー「ああ、あこくん。それに巴くんに……」
スタッフ「はぐみちゃんと今井さんの……ヒップホップダンスか」
宇田川あこ『ミュージックスタートっ!』
『~♪』セカイノッビノビトレジャー
スタッフ「おお、かなり本格的なダンスだ」
オーナー「うむ。みんな笑顔が輝いていていい。流れる汗も煌めいていて美しい」
まりな「この4人は学校でもダンス部所属ですからね。生で見るともっと迫力がありますよ」
スタッフ「すごいなぁ。こんなステップ踏んだら絶対に転ぶぞ、僕」
まりな「これに友希那ちゃんと燐子ちゃんも誘われてたんだって」
スタッフ「……いや、あの2人にも絶対に無理ですよね、これ」
オーナー「ステージではクールなロゼリアが情熱的なダンス……それもまた見てみたいものだ」
まりな「まだまだ続きますからね、彼女たちの勇姿を見てあげてください」
若宮イヴ『この手裏剣を投げて、宙に浮かぶ風船を割ってみせます! 題して“手裏剣風船割り”です!』
イヴ『実は、この日のために鍛錬を重ね、身につけました! ブシドーの精神です!』
スタッフ「ブシドー……? 忍びの道とかじゃなく? ブシドーってなんだっけ……」
オーナー「ははは、細かいことを気にすると白髪が増えるぞ」
スタッフ「…………」ソッ
まりな「どうしたの、自分の髪の毛触って?」
スタッフ「いえ……迷信だよなぁって思いまして……」
まりな(あ、気にしてるんだ、若白髪があるの)
オーナー(少ない男手として彼には何かと苦労かけてるからな……悪いことを言ってしまっただろうか)
イヴ『えぇいっ、ブシド―――――!』パァン
スタッフ「……流石ブシドー、ニンジャのワザもこなせる。すごいぞブシドー、すごすぎるぞブシドー。こまけぇこたぁいいんだよの精神だ、ブシドー」
まりな(自分に言い聞かせるように言ってる……)
オーナー(あとでフォローしておこう)
オーナー「さて、若宮くんの見事なブシドーも終わったことだし、次は誰の出番かな」
まりな「次は確か……あっ」
スタッフ「どうしたんですか、まりなさ――あ、いや、そんな細かいことは気にしないぞ、僕は。次は花園さんか。わー楽しみだなぁー」
オーナー「うむうむ。一風変わった花園くんのことだ。きっと度肝を抜くようなことをやってくれるはずだ」
まりな(……うん、まぁ、確かに度肝を抜かれる……かな)
彩『えっと、たえちゃんのかくし芸は……“うさぎのモノマネ”だよね?』
花園たえ『はい! うさぎがニンジンを食べているところのモノマネをします』
スタッフ「うさぎのモノマネ……?」
オーナー「ほう、犬や猫は見るが、うさぎとは……」
まりな「…………」
たえ『それじゃあ、いくね。口元に注目だよ』
たえ『…………』モグモグ
スタッフ(座り込んで……)
オーナー(前歯で何かを食むような仕草をしている……)
まりな「…………」
たえ『…………』モグモグ
スタッフ(えっ、これだけ? いや、そんなまさか、な……)
オーナー(ここからどう持っていくのか……花園くんの手腕の見せどころだな……)
まりな「…………」
たえ『…………』モグモグモグ
スタッフ(う、うそだろ……ずっと同じ動きだぞ……?)ゴクリ
オーナー(まさか……このまま押し通すのか……)ゴクリ
まりな「…………」
たえ『…………』モグモグモグモグ
スタッフ(すごい勢いで空気が凍っていく……のに、)
オーナー(まったく動じていない……なんという精神力なんだ、花園くん……)
まりな「…………」
たえ『……はい、終了。どうだった? 似てた?』
市ヶ谷有咲『似てた! 似てたから! も~早く戻ってこいって!』
スタッフ(うわぁ、市ヶ谷ちゃんの方が必死になってる……)
オーナー(うぅむ、なんと評すればいいのだろうか、これは……)
まりな「…………」
たえ『えー、続きまして――』
有咲『まだやんのかっ!?』スタッフ「まだやるの!?」
まりな(わ、綺麗に有咲ちゃんと声がハモった)
オーナー(花園たえ……彼女の器は計り知れないな……)
……………………
スタッフ(それからもかくし芸大会は続いた)
スタッフ(青葉さんの“目隠し利きパン”、氷川姉妹の“テーブルクロス引き”、弦巻さんと奥沢さんの“ジャグリング”、それからまりなさんのギター演奏)
スタッフ(腕もかなりなまっちゃってる、なんて言ってたけど、果たしてそうだろうか)
スタッフ(まりなさん、仕事の休憩時間なんかにはたまにアコースティックギターを抱えてギターをかき鳴らしてるし)
スタッフ(そのことをまりなさんに言ったら、)
まりな「いや、ほら……ね? 私の前のこころちゃんと美咲ちゃんが……あまりにもプロだったでしょ? だからほら、少しでもハードルを下げないとって思ってさ……」
スタッフ(とのお言葉を貰った。気持ちは分からなくもなかったので僕は軽く頷いておいた)
スタッフ(でも、すごい上手なんだから謙遜なんてしなくてもいいのに)
スタッフ(そんなことを思っているうちに、最後のかくし芸、戸山さんと丸山さんのマジックが始まった)
スタッフ(この2人でマジックなんて大丈夫なんだろうか、と思っていたのは会場のみんなも一緒だったようで、次第に彼女たちに対する応援が大きくなっていった)
スタッフ(マジックってこういうものだっけ、という疑問が頭にもたげたけど、僕は気にしないことにした)
スタッフ(今日から僕は細かいことは気にしない人間になると心に誓ったからだ。別に若白髪とか全然関係ないし気にもしていないけど、やっぱり男たるもの少しぐらい大らかな、そう、花園さんのかくし芸くらいの大らかさが必要なんだ)
スタッフ(そう思っているうちに、2人のマジックも無事に……彼女たちらしいという意味で、無事に終わった)
スタッフ(録画はまだまだ続いていたけど、かくし芸大会はそこで終わりのようだった。まりなさんがテレビに繋いだレコーダーを取り外して僕たちの方を振り返った)
まりな「かくし芸大会は以上です。どうでした?」
オーナー「いやぁ、よかったよ。やっぱり若さっていうのは財産だねぇ。彼女たちがこうしてウチを盛り上げてくれると助かるよ」
スタッフ「ですね。僕もあんまりあの子たちと直接関わることはないですけど、彼女らの姿を見てると元気を貰えますよ」
まりな「ふふ、それならよかった。みんなにも伝えておくね」
オーナー「うむ。これからもCiRCLEを贔屓にしてもらうために、今後も彼女たちの要望は出来るだけ聞き入れるようにしよう」
スタッフ「はい。……あれ」
まりな「どうしたの?」
スタッフ「あ、いや、そういえば結構時間経ってたなぁって思いまして……っ!!」チラ
まりな「あ、そういえば……っ!?」チラ
オーナー「楽しい時間というのは過ぎるのが早いものだからね。私も若い頃は」
スタッフ「いやっ、言ってる場合じゃないですって!! もうオープンの時間、10分も過ぎてるじゃないですか!!」
まりな「と、とりあえずお店開けなくちゃ! えぇと今日は朝一の予約は……!」
スタッフ「昨日、ロゼリアの子たちが予約入れてきませんでしたっけ!?」
まりな「入ってた! 練習終わりに入れてった!!」
スタッフ「うわぁまずい、絶対に外で待ってるよ! と、とりあえず表口開けてきます!」
まりな「ロゼリア、Bスタジオだよね!? 準備は出来てるから鍵だけ持ってくる!!」
オーナー「はっはっは、元気なことはいいこと――」
スタッフ「呑気なこと言ってないでオーナーも手伝ってください!!」
まりな「受付カウンターの準備しててください!!」
オーナー「……うむ」
スタッフ「あー絶対これ怒られる! 湊さんの氷のように冷え切った瞳が目に浮かぶ!」ドタドタ
まりな「それから紗夜ちゃんにグサッと心に刺さること言われる! そのあとリサちゃんにフォローされて余計にいたたまれなくなるやつ!」バタバタ
オーナー「……うむ、これもウチらしくていいんじゃないかな」
☆スタッフくんの口調について
――CiRCLE――
スタッフ「はい、スタジオのご予約ですね。日時はお決まりでしょうか?」
「えぇっと、今度の日曜日の……」
スタッフ「ええ、その日でしたらこの時間からこの時間、それとここの時間も空いてます」
「それじゃあここのところで……」
スタッフ「はい、承りました。もしご都合が悪くなりましたら、特にキャンセル料は頂きませんので、早めにご連絡ください。お電話でもご来店でも、どちらでも対応できますから」
「分かりました! ありがとうございます!」
スタッフ「いえいえ、こちらこそ。それでは日曜日の午後3時からで、お待ちしていますね」
―少し離れたところ―
ポニ子(CiRCLEを日頃ご利用いただいております皆さま方、どうもこんにちは)
ポニ子(いつもカウンターでまりなさんの隣にいる、ポニーテールがチャームポイントのポニ子でございます)
ポニ子(ポニ子というのはもちろん本名じゃありません。わたしはいっつもポニーテールだから、気付いたらみんなからポニ子とかポニちゃんとか呼ばれるようになり、今ではもう完全にそれが定着した次第でございます)
ポニ子(そんなわたしですが、少し気になっていることがあって、スタッフさんのことをなんとなく観察している真っ最中です)
ポニ子「…………」ジー
まりな「どうしたの、ポニちゃん?」
ポニ子「え?」
まりな「なんだかずっとスタッフくんのこと見てたけど……」
ポニ子「別になんでもないですよ?」
まりな「なんでもない、って割にはすごい凝視してたよ? あ、もしかして若白髪があるのが気になる? でもそれは口にしないであげてね?」
ポニ子「いえいえ、それは気にならないんで……」
まりな「あれ、そうなの? じゃあ他になにか気になることがあるんだ?」
ポニ子「まぁその、気になるって言ってもそんな大層なことじゃないんですけどね」
まりな「ふーん? 私でよかったら話くらい聞くよ?」
ポニ子「ええ、それじゃあまぁ……暇ですし、少し相手をお願いいたします」
まりな「ん、任せて。これでも結構長いこと一緒に働いてるからね。あの子のことで分かんないことなんて多分そんなにないよ」
ポニ子「ええ、ええ、それは心強いことです。それじゃあ早速なんですけど……」
まりな「うん」
ポニ子「スタッフさん、人によって口調変えますよね……って思ってたんです」
まりな「……あー、そうだね」
ポニ子「お客さま方にはもちろん敬語。それはいいんですけど……ほら、よく来てくれるガールズバンドの子たちだと、結構変えてるじゃないですか」
まりな「だねぇ。基本はみんな名字にさん付けして丁寧に話すことが多いけど、例外の女の子もいるね」
ポニ子「でしょう? あ、でも氷川さんたちと、あと宇田川さんたちは分かるんですよ」
まりな「姉妹だもんね。『紗夜さん』、『日菜さん』、『巴さん』、『あこちゃん』って呼んでるね」
ポニ子「ええ、堅苦しいくらいに徹底してさん付けで。まぁ宇田川妹さんは分かります。幼いですし、ちゃん付けっていうのは」
まりな「そうだね。あの子たちの中じゃ一番年下だし、みんなからも可愛がられてるもんね」
ポニ子「それと同じ理由で、北沢さんもなんとなく分かります」
まりな「ああ、はぐみちゃん」
ポニ子「はい。あの子も幼げですし、ちゃん付けで呼ぶのは分からないでもないです」
まりな「最初は北沢さんって呼んでたんだよ。でも、確か親戚の女の子に似てるから下の名前にちゃん付けで呼ぶようになったんだ」
ポニ子「そうなんですか?」
まりな「うん。ここの近くに親戚の家があって、そこに住んでる歳の離れたいとこに似てるんだー、みたいなこと言ってた」
ポニ子「はー、そんな理由があったんですか」
まりな「今は疎遠になっちゃったって言ってたけど、昔はよく一緒に遊んであげてて、そのせいではぐみちゃんははぐみちゃん呼びじゃないとなんか落ち着かない……らしいよ」
ポニ子「あの人って意外とめんどくさい性格してますよね」
まりな「あはは……でもそういう生真面目なところも彼の長所だってオーナーが言ってたから。私もそう思うし、信頼できるからさ」
ポニ子「へぇー……」
まりな「……なんだか意味深な顔になってない、ポニ子ちゃん?」
ポニ子「いえ、べつに。気のせいですよ。それより、北沢さんのことはある程度分かってたのでいいんですよ。でも最も大きな謎は別にあるんです」
まりな「最も大きな謎?」
ポニ子「はい。本当、前々からずーっと気になってたんですけど……なんで市ヶ谷さんだけ『市ヶ谷ちゃん』呼びなんですか?」
まりな「あー、それね」
ポニ子「名字にさん付けが基本、幼げな子は名前にちゃん付けが基本、じゃあなんで市ヶ谷さんだけ名字にちゃん付けなんだろう……っていうのが、バイトの暇な時の定番の考えごとなんですよ」
まりな「んー、それは話すと長くなるけど」
ポニ子「はい」
まりな「簡単に言うとね、『あいつだけ僕にタメ口&呼び捨てだから』って感じ」
ポニ子「……はぁ……?」
まりな「有咲ちゃんとスタッフくんが話してるところ、見たことあるよね?」
ポニ子「ええ、そりゃあ。市ヶ谷さんもスタッフさんも、ずいぶん砕けた……っていうかいがみ合ってるのかってレベルですよね。あの2人が他人を指して『お前』呼びするのなんて珍しいですし」
まりな「でしょ? だから、市ヶ谷ちゃんって呼んでるの」
ポニ子「……因果関係がイマイチ分からないのですが」
まりな「まぁ……色々あるんだよ」
ポニ子「色々、ですか」
まりな「うん」
ポニ子(……あんまり深く踏み入っちゃいけないことなんだろうか)
まりな(疎遠になった親戚の子とよく一緒に遊んでたのが有咲ちゃんらしくて、昔から面識のある幼馴染ってだけだけど)
ポニ子(もしかして、超絶仲悪い……とか?)
まりな(有咲ちゃん相手だと本当に遠慮しないからなぁ。有咲ちゃんも有咲ちゃんでツンデレちゃんだから結構当たり強いし)
ポニ子(確かにスタッフさんは生真面目だし……高校生に呼び捨てタメ口されたら、虫も殺せないヘタレでもちょっと怒るのかな……)
まりな(『うっせー! 有咲ちゃんなんて呼ぶなぁー!』って言われた時、『昔は「おにーさん、おにーさん」って呼んできてあんなに懐いてたのに……』とかぼやいてたなぁ)
ポニ子(うぅん……聞かない方がよかったかも……)
まりな(でも端から見てるとケンカするほど仲がいいっていう兄妹にしか見えないし、微笑ましいけどね)
ポニ子「あれ、でも……」
まりな「うん?」
ポニ子「弦巻さんもそうじゃないですか?」
まりな「こころちゃんかぁ。こころちゃんはほら、誰にでもそうだし……なんていうか、あの子なら気にならないじゃない?」
ポニ子「あー……はい、そうですね」
まりな「でしょ? でも有咲ちゃんだと、私には敬語を使うのにスタッフくんにはすごくフレンドリーだからさ」
ポニ子「市ヶ谷さん、わたしの方が年上っていうのもありますけど、いつも丁寧に接してくれますね。確かにCiRCLEの従業員の中で、砕けた口調で話すのはスタッフさんだけですね」
まりな「だから市ヶ谷ちゃんって呼び方なんだよ」
ポニ子「そうなんですね……腑に落ちたような落ちないような……」
まりな「あ、噂をすれば……」
ポニ子「……市ヶ谷さんですね」
スタッフ「あ、いらっしゃい、市ヶ谷ちゃん」
有咲「げっ」
スタッフ「いや『げっ』ってなんだよ、『げっ』って」
有咲「別に。まりなさんじゃねーの、今日の受付は」
スタッフ「まりなさんなら、ほら、さっきからあそこでポニ子ちゃんと一緒に仕事サボってるよ」
有咲「サボってって……ああ、ホントだ。なんか2人して椅子に座ってこっち見てる」
スタッフ「ま、平日のこの時間は暇だからいいんだけどさ。市ヶ谷ちゃんはポピパのみんなとスタジオだっけ?」
有咲「ああうん。たまにはスタジオで練習したいっておたえが言い出してな」
スタッフ「ふぅん。Cスタジオもう用意してあるし、先に入ってる?」
有咲「は? いいの?」
スタッフ「いいよ。どうせ今日はガラガラだったし、全員揃ってから利用開始にするし」
有咲「ん、じゃあお言葉に甘えて」
スタッフ「…………」
有咲「……なんだよ?」
スタッフ「いーや、別に。ただ、昔はもっと可愛げがあったのになぁって思って」
有咲「はぁっ? なんだよそれ」
スタッフ「はぁー……昔の市ヶ谷ちゃんだったら『ありがと、おにーさん』って笑顔で言ってくれただろうなぁ……」
有咲「いつの話してんだよ……ったく」
スタッフ「はい、それじゃあこれ、スタジオの鍵。ポピパのみんなが来たらもうスタジオに入ってるって言っとくよ」
有咲「ん。……その、ありがと」
スタッフ「え? なになに? よく聞こえなかった。ちょっともう一回言ってくんない?」
有咲「う、うるせー! 絶対聞こえてただろ!」
スタッフ「まったく、お礼もちゃんと言えない子に育つなんて……お兄ちゃんは悲しいよ」
有咲「誰がお兄ちゃんだっつーの! 私は一人っ子だ!」
スタッフ「えー、だって昔はあんなに……」
有咲「だからいつの話だよ! さっさと鍵寄越せ!」
スタッフ「はーい」
有咲「たっくもう、たまにお礼を言えばこうなんだから……」
ポニ子「……仲良さそうですね」
まりな「うん、普通に仲良しだよ」
ポニ子「まりなさんが色々あるって言うから、てっきり超絶仲が悪いのかと思いましたよ」
まりな「あはは、まさか。ここに来てくれる子はみんないい子たちだし、スタッフくんも真面目だからね」
ポニ子「そうですよね。仲が悪かったらこんなにウチを贔屓にしてくれませんよね」
まりな「うん。『和!』だね」サークリングノポーズ
ポニ子(でも、色々あったの色々って何なんだろうなぁ……)
まりな「……あの、ポニちゃん? 流石に無反応だとお姉さん悲しいなぁって思うんだけど……?」サークリングノポーズ
☆いつも一緒にいますね
――ショッピングモール――
スタッフ「えぇっと、必要なものは今の雑貨屋で全部……ですね」
まりな「うん、そうみたいだね。ごめんね、買い出しに付き合ってもらっちゃって」
スタッフ「いえいえ、どうせヒマしてましたし」
まりな「そう言ってくれると助かるよ。あ、そうだ。そうしたらこの後――」
「おーい!」
スタッフ「ん?」
まりな「うん?」
上原ひまり「やっぱりまりなさんたちだ! どうも、こんにちはっ」
有咲「どうもー」
スタッフ「ああ、上原さんに市ヶ谷ちゃん」
まりな「奇遇だね。2人とも、お買い物?」
ひまり「はい、ウィンドウショッピングです! 雑貨屋に新しい商品が入ったってつぐが言ってたんで、有咲と一緒に見に来たんですよ!」
まりな「そうなんだ。ふふ、仲良しさんだね」
ひまり「ふっふっふ、有咲と私はもうマブダチですよ、マ・ブ・ダ・チ!」
有咲「マ、マブダチって……どんな言葉選びだよそれ……」
スタッフ「……ふっ」
スタッフ(照れてやんの)
有咲「ああ? なんですか、その意味深な笑いは?」
スタッフ「いや別に?」
有咲「別に、じゃねーだろ明らかに……」
スタッフ「そう睨まないでくれたまえ、市ヶ谷ちゃん。ほらスマイルスマイル。笑ってた方が可愛いぞー」
有咲「うるせー!」
ひまり「…………」
まりな「どうしたの、ひまりちゃん」
ひまり「あ、いえ……前から思ってたんですけど、有咲とスタッフさんって仲いいですよね」
有咲「いやいや仲良くねーって、こんなやつとは」
スタッフ「ひどい言われようだ。昔の市ヶ谷ちゃんは――」
有咲「ややこしくなるから黙ってろ」
まりな「あー、そうだね。色々あるみたいだから、あの2人には」
ひまり「色々……いろいろ……?」
ひまり(なんだろう、色々って。……ま、まさか、実は裏ではこっそりお付き合いしてるとか……?)
ひまり(禁断の歳の差カップル……そんなことになってたとしたら……うきゃー!)
有咲「いや、ひまりちゃんの考えてることはねーから」
ひまり「えっ」
スタッフ「うん。残念ながら、上原さんの考えてることは見当違いだよ」
ひまり「え、え!? なんで2人とも、私の考えてることが分かるの!?」
まりな「あー……なんていうか、顔を見ればすぐに分かっちゃったよ、ひまりちゃん」
ひまり「えー! まりなさんまで!? うぅ、私ってそんなに分かりやすいかなぁ……」
まりな「まぁまぁ。それがひまりちゃんの良いところだと思うよ」
スタッフ「うんうん。本当、上原さんのそういう素直なところは素晴らしい」
有咲「こっち見ながら言うな」
ひまり「そ、そうですか? えへへ……」
スタッフ(その切り替えの早さも良いところだよなぁ)
まりな(表情がころころ変わって可愛いなぁ)
有咲(私が言うのもなんだけど、チョロいなひまりちゃん……)
ひまり「それで、まりなさんたちはどうしたんですか?」
まりな「私たちもひまりちゃんたちと一緒だよ。CiRCLEで使う備品が切れかけててね、買い物に来てたんだ」
有咲「へー。結構たくさん買ったんですね」
まりな「うん。なんだかんだ必要な物って多くてね……。でも、ひまりちゃんや有咲ちゃんたちに気持ちよく使ってもらいたいからさ。これくらいへっちゃらだよ」
ひまり「いつもありがとうございます!」
有咲「う……すいません、ポピパはウチばっかであんまスタジオは使えてませんけど……ありがとうございます」
まりな「どういたしまして。これからもウチをご贔屓にしてくれたら嬉しいな……なーんて、ちょっと恩着せがましいかな」
ひまり「そんなことありませんよっ。これからもバンバン使いますからね!」
有咲「私たちもライブの時にはお世話になります」
まりな「あはは、ありがとね」
ひまり「もうお買い物は終わったんですか?」
まりな「うん。だからこれから戻るところなんだ」
有咲「そうなんですね。そしたらどんどんコイツをこき使ってやってください」
スタッフ「おーおー随分な言い草だな市ヶ谷ちゃん。言っておくけど僕は今日非番だからね? 善意100%でまりなさんのお手伝いしてるからね?」
まりな「うん……ごめんね、本当に。せっかくのお休みなのに手伝って貰って……」
スタッフ「いえいえ。今日は本当に予定もありませんでしたし、まりなさんは気にしないでくださいよ」
有咲「そういえば、2人っていつも一緒にいますよね」
有咲(……つかこいつ、まりなさんに変な下心とか持ってんじゃねーだろうな)ジトー
スタッフ(あ、『こいつ下心持ってんじゃねーだろうな』とか思ってるな。余計なお世話だ)
有咲(ぜってー今『余計なお世話だ』って思ってるな)
まりな「え、そうかな?」
ひまり「確かに言われてみれば……いつCiRCLEに行っても大体一緒だし……商店街とかでもいつも並んで歩いてるような……」
まりな「まぁウチは人手も少ないし、なんだかんだで一緒にいることは多いかなぁ」
スタッフ「ですねぇ。気付けば大抵一緒にいますね」
ひまり(そうですよそうですよ……確かにまりなさんとスタッフさんっていっつも一緒にいますよ)
ひまり(これは……アレだね、いわゆるひとつのオフィスラブ!)
ひまり(みんなに優しいお姉さんとお兄さん、だけど夕暮れに染まったCiRCLEにふたりっきりになるとその柔和な仮面が取れて、そこにあるのはひとりの男と女なんて……わきゃー!)
まりな「いや、あの、ひまりちゃん?」
スタッフ「逞しい妄想をしてるところ申し訳ないけど……別にそういうことはないからね?」
ひまり「え、え!? もしかしてまた!?」
有咲「うん……顔に全部出てた」
ひまり「うっそー!? ご、ごめんなさい! 2人で変なこと考えちゃって……!」
まりな「う、ううん。ひまりちゃんくらいの女の子ならみんなそういうことに興味はあるだろうし……ね?」
スタッフ「そうだよ。気にしないで」
有咲(……あれ、そういやひまりちゃん、私とあいつで妄想したことは謝ってなくね? いや別にいいんだけどさ)
まりな「確かに私たちってよく一緒にいるなーって思うしね」
スタッフ「ええ。シフトも大体一緒ですし、お昼休みも必然的にほとんど一緒ですし」
まりな「買い出しとか外回りなんかもほとんど一緒だもん」
スタッフ「たまにご飯食べたり飲んで帰ることもありますし」
まりな「休みの日はこうでもしないと会わないけどね」
スタッフ「ええ。だから気にしないで平気だよ、上原さん」
ひまり「うぅぅ……やっぱり2人とも優しい……」
有咲(いや……普通に考えて一緒にいすぎだろ……)
まりな「あっと、つい話し込んじゃったね。私たちはそろそろCiRCLEに戻るよ。ポニちゃんに店番任せちゃってるし」
スタッフ「そうですね。それじゃあ上原さん、市ヶ谷ちゃん。またCiRCLEで」
ひまり「はい! お仕事頑張って下さいね!」
まりな「うん、ありがとね」
有咲「えと……また今度」
スタッフ「はしゃぎすぎて上原さんに迷惑かけるなよー」
有咲「うっせー! さっさと行け!」
まりな「それじゃあね」
ひまり「はーい!」ブンブン
まりな「さてと、それじゃあ戻ろっか」
スタッフ「ええ」
まりな「それにしても……ふふ」
スタッフ「どうかしましたか?」
まりな「ううん、大したことじゃないんだけど……やっぱり有咲ちゃんにはお兄ちゃんするんだなーって」
スタッフ「あー……はい。つい昔の癖で」
まりな「ふふ、お兄ちゃんしてるキミってなんだか新鮮だな」
スタッフ「やめてくださいよ、恥ずかしいじゃないですか。それより、さっき何か言いかけてませんでしたか?」
まりな「さっき? えーっと……ああ、そうそう。お休みの日に手伝って貰っちゃって何もしないのも悪いからさ、あとでご飯でも食べに行かない? ごちそうするよ」
スタッフ「あ、本当ですか? ありがとうございます、お言葉に甘えちゃいます」
まりな「ふふふ、今日はお姉さんが奢っちゃうぞー、なーんて」
スタッフ「なんですかそのテンションは?」
まりな「キミが有咲ちゃんを構う時の真似だよ」
スタッフ「え、うそ、僕そんな風なんですか、市ヶ谷ちゃん構ってる時」
まりな「大体こんな感じ」
スタッフ「いやいや絶対嘘ですよ、それは盛ってますよ」
まりな「えー? じゃあCiRCLEでポニちゃんにも聞いてみなよ。絶対こんな感じだって言うから――……」
スタッフ「いいですよ。ポニ子ちゃんなら絶対気だるげな顔して『似てません』って言いますからね――……」
有咲「…………」
有咲「……いや、絶対あの2人、付き合ってるだろ……」
ひまり「どしたの、有咲?」
有咲「なんでも。案外ひまりちゃんって鋭いのかなぁーって」
ひまり「え、そう? ふっふっふ……やはり名探偵ひまりちゃんにかかればこの世に解けない謎なんて……」
有咲「それは調子に乗りすぎ」
☆聞き上手なスタッフくん
――CiRCLE――
白金燐子「……はい、そういう訳がありまして……」
スタッフ「そうなんだ。じゃあやっぱり環境的にはコスト低めの方が動きやすいんだね」
燐子「ええ……一概にこれ、と決めつけるのはよくありませんけど……そういう感じです……」
スタッフ「僕は中コストばっかりだったからあんまりそういうの気にしたことなかったな」
燐子「一度やってみると……案外使いやすいですよ……」
スタッフ「うん、今度試してみるよ」
燐子「はい……。あ、もうこんな時間……」
スタッフ「あ、本当だ」
燐子「お話、聞いてくれてありがとうございました……。それでは、また……」
スタッフ「うん。気をつけてね」
燐子「はい……失礼します……」ペコリ
スタッフ「はーい」
まりな「お疲れさまー。私が受付するから休憩に入って大丈夫だよ」
スタッフ「あ、お疲れさまです。分かりました」
まりな「あれ、あの後ろ姿は燐子ちゃん?」
スタッフ「ええ。待ち合わせに少し時間があったみたいなんで、ちょっと話をしてました」
まりな「そうなんだ」
スタッフ「やっぱり女の子って話好きですよね。白金さんも無口なようで、よく話を聞かせてくれますし」
まりな「そうだね。ついつい話しこんじゃうこと、結構あるなぁ。みんな仲良しで、聞いてて楽しい話ばっかりだし」
スタッフ「仲良きことは美しき哉、ってやつですね」
まりな「うん。……そういえば、キミもキミで聞き上手だよね」
スタッフ「え、そうですか?」
まりな「そうだと思うよ。なんだろうね、雰囲気かな? キミっていつでも話聞いてくれそうで、喋りやすいんだ」
スタッフ「……それって、みんなに僕がいつも暇そうにしてるって思われてません?」
まりな「いやいや、そんなことないよ。流石に忙しい時はみんな世間話をしてこないでしょ?」
スタッフ「まぁ……そうですね。手の空いてる時だけですかね」
まりな「でしょ? それだけキミは親しみやすいんだと思うよ」
スタッフ「そうですかね。そんな自覚はありませんけど」
まりな「その自覚がないからいいんじゃないかな」
スタッフ「そういうもんですか」
まりな「そういうもんなのです。……あ、ごめんね、休憩に入るのにまた話しこんじゃうところだった」
スタッフ「いえ、気にしないでください。まりなさんと話すの、僕は好きですから」
まりな「あー……」
スタッフ「……? なんだか何か言いたげな顔になってますよ?」
まりな「うん、キミはやっぱり聞き上手だよ。いや、聞き上手っていうか、話させ上手?」
スタッフ「なんですかそれ」
まりな「思わずお話したくなるタイプの人ってことだよ」
スタッフ「よく分かりませんが……」
まりな「それでいいと思う。キミはそのままのキミでいて欲しいな」
スタッフ「はぁ」
まりな「さ、休憩入ってきちゃって」
スタッフ「分かりました」
――CiRCLE・事務室――
――ガチャ
スタッフ「お疲れさまです……って、誰もいないか」
ポニ子「いますよ」
スタッフ「わっ」
ポニ子「なんですか、『わっ』って」
スタッフ「ああいや、ごめんごめん。そういえば17時からバイト入ってたね」
ポニ子「はい。大学から直行してきたんですけど、ちょっと早く着きすぎたんで時間つぶし中です。スタッフさんは休憩ですか?」
スタッフ「うん、そう」
ポニ子「そうですかそうですか。お邪魔ならわたしはどこかへ放浪しますけど」
スタッフ「いやいや、そんなお気遣いはいらないって。ポニ子ちゃんも暇なら話にでも付き合ってよ。飲み物くらいなら奢るからさ」
ポニ子「ええ、分かりました。わたしは今、アップルジュースの気分です」
スタッフ「ん、了解。ちょっと自販機で買ってくる」
ポニ子「ありがとうございます。ごちそうになります」
―しばらくして―
スタッフ「ポニ子ちゃんって甘いもの好きだよね」
ポニ子「ええ、ええ。女子の身体の半分は甘いもので出来てるんですよ」
スタッフ「甘いものは別腹的なやつか」
ポニ子「むしろ甘いものが本命で、その他が別腹です。ケーキが主菜、ご飯は副菜です」
スタッフ「女の子ってすごいな。僕がケーキを主菜に食べたら、甘すぎて胸焼けしちゃうよ」
ポニ子「それはスタッフさんが歳だからじゃ」
スタッフ「ポニ子ちゃん?」
ポニ子「すみません、思わず本音が」
スタッフ「そっか、それならいい――いやよくないよね?」
ポニ子「失敬」
スタッフ「はぁ……僕、まだそんな歳じゃないのに……」
ポニ子「いくつでしたっけ?」
スタッフ「まりなさんの2つ下」
ポニ子「ほうほう、つまりそれはわたしにまりなさんの年齢を尋ねろと仰るのですね?」
スタッフ「他意はございません」
ポニ子「気にしてると余計老け込みますよ」
スタッフ「いや、それは迷信……あ、でも……」ソッ
ポニ子(あ、髪の毛触ってる。確か若白髪は気にしてるっぽいことまりなさんが言ってたし、話変えよう)
ポニ子「そういえば、スタッフさんと市ヶ谷さんって仲良しですよね」
スタッフ「仲良し……いや、仲が悪い訳じゃないけど、仲良しってほどじゃないよ」
ポニ子「そうですか? わたしが知っている限りだと、あんなに砕けた言葉で話すのは市ヶ谷さんくらいしか思いつきませんけど」
スタッフ「あー、まぁ、昔の癖でね。あの子とは幼馴染……うーん、幼馴染ってほど馴染んでないけど、昔からの知り合いだからさ」
ポニ子「そうだったんですね。だから他の人に比べてあんなに遠慮がないと」
スタッフ「そんなに市ヶ谷ちゃん相手だと違うかな、僕」
ポニ子「違いますね。この前まりなさんがやった『対市ヶ谷さんのスタッフさん』のモノマネ、激似でした」
スタッフ「マジか、僕って他人から見るとあんな風なんだ……」
ポニ子「はい。妹に構ってもらいたい兄貴って感じがします」
スタッフ「うわー、仕事場の女の子にそんなこと思われてるなんて確実にヤバい人じゃん……今度から自重しよう……」
ポニ子「いいんじゃないですか、そんな自嘲も自重もしなくても。その方がスタッフさんらしくて親しみやすいですよ、たぶん」
スタッフ「たぶんって……まぁ、あんまり市ヶ谷ちゃんにウザいって思わせるのも悪いし、少し接し方は考えてみるよ」
ポニ子「そうですか」
スタッフ「あ、親しみやすいって言えば、さっきさ」
ポニ子「はい」
スタッフ「まりなさんに僕が聞き上手……っていうか、話させ上手だって言われたんだけど、そういう節ってあるのかな」
ポニ子「話させ上手……あー、分からないでもない……ですかね。そういうところもありますよ」
スタッフ「そうなの?」
ポニ子「はい。なんでしょうね、スタッフさん、何しても怒んなさそうって空気がありますから」
スタッフ「それって僕が舐められてるってことじゃ……」
ポニ子「いえいえ、違いますよ。親しまれているのです」
スタッフ「違いが分からないのですが」
ポニ子「あれですよ、あれ。親しみには気遣いも含まれてますから。ちゃんとTPOをみんな弁えてます。その上で、暇そうにしてるなら話を聞いてもらおうって思ってるんですよ、きっと」
スタッフ「あー」
ポニ子「心当たりがあるでしょう? 大抵いつも暇そうな顔してますし」
スタッフ「うん……うん?」
ポニ子「何でもないです。つい口が滑りました」
スタッフ「えぇ……僕、普通に真面目に仕事してるのに……」
ポニ子「まぁその、そういうことですよ。こう、ついうっかり口を滑らせてしまう程度に、みなさんから親しまれてるってことですよ」
ポニ子「オーナーもよく言ってるじゃないですか。仲良きことは美しき哉って」
スタッフ「うーん……それならいいのかな」
ポニ子「はい。良き哉良き哉」
スタッフ「あ、もう休憩終わりだ」
ポニ子「わたしもそろそろいい時間ですね」
スタッフ「それじゃあ、今日も一日よろしくお願いします」
ポニ子「よろしくお願いします」
スタッフ「僕は先に行ってるね」
ポニ子「はーい」
――ガチャ、バタン
ポニ子「…………」
ポニ子「多分、スタッフさんを本気で話させ上手って思ってるのはまりなさんだけだと思いますよ。まりなさんには市ヶ谷さんとは違うベクトルで遠慮がありませんし」
ポニ子「……って言っていいのか迷ったなぁ」
☆やきもち
――CiRCLE――
山吹沙綾「こんにちはー」
まりな「あ、こんにちは、沙綾ちゃん。今日もポピパのみんなでスタジオだっけ」
沙綾「はい。やっぱり環境が変わるといい刺激があって。それで、ちょっと早く着いちゃったんで、ここで待たせてもらってもいいですか?」
まりな「もちろんいいよ」
沙綾「ありがとうございます。……あ、そうだ、そういえば」
まりな「どうしたの?」
沙綾「前にスタジオ借りた時、スタッフさんが融通を利かせてくれたみたいで……ありがとうございました」
まりな「あー、ううん、いいよいいよ。みんなは常連さんだし、その日は暇だったし、気にしないで」
沙綾「それでもありがとうございました」
まりな「はい、どういたしまして」
沙綾「それにしても、スタッフさんって有咲には随分甘いっていうのか、優しいっていうのか……気にかけてますよね」
まりな「そうだね。歳の離れた妹みたいな感じで、ついつい構いたくなるんだと思うよ」
沙綾「へぇ……。いつも丁寧なスタッフさんが有咲だけそう思うって、なんだかちょっと意外だなぁ」
まりな「一応、みんなはお客さんだからね。基本的に真面目だけど、あの子もあの子でちょっとお茶目なところがあるんだ」
沙綾「そうなんですね」
まりな「あんまりみんなにはそういうところを見せないかもしれないけどね。本当に生真面目っていうか、そういう性格してるからさ」ニコニコ
沙綾(毎度のことだけど、スタッフさんのこと話す時のまりなさんってすごいニコニコするなぁ)
まりな「CiRCLEの従業員に接するみたいにみんなにも接してあげればいいのに……なんてちょっと思うのになー。せっかくみんなが親しんでくれてるんだし」
沙綾「確かにそうですね。まりなさんもそうですけど、スタッフさんも話しやすくて良い人ですし」
まりな「でしょ? あの子、大抵のことは笑って許してくれそうな柔らかい雰囲気があるもんね。何だかこっちの方から思わず踏み込みたくなっちゃうよ」
沙綾「ええ、すごく親しみやすいですよね。私も自分の部屋にスタッフさん上げたことありますし」
まりな「……はい?」
沙綾「え?」
まりな「あ、ううん……なんでもないよ?」
沙綾(今一瞬すごい顔したような……)
まりな「えーっと……沙綾ちゃん?」
沙綾「は、はい?」
まりな「なんて言うんだろうな、えぇと……さ。こう……ほら、ね? 流石にあの子が何かしたってワケじゃないっていうのは分かってるんだけど、その状況を詳しく教えてもらってもいいかな?」
沙綾「ええ、いいですけど……」
まりな「うん、それじゃあお願い」
沙綾(今まで一度も見たことないくらい真面目な顔になってる……)
沙綾「えぇっと、私がお店にいる時に、スタッフさんが買い物に来てくれたんですよ」
まりな「うん」
沙綾「それで、その時店先で妹の紗南がスタッフさんにぶつかっちゃって」
まりな「うん」
沙綾「…………」
沙綾(いや、圧が……なんかプレッシャーがすごい……!)
まりな「続けて?」
沙綾「あ、はい、えぇと……転んで泣き出しちゃった紗南にキャンディーくれて……あやしてくれたんです」
まりな「優しい」
沙綾「……ええ、そうですね。で、まぁ、そのまま帰ってもらうのも悪かったので、私の部屋に上がってもらってお茶――じゃなくて、コーヒーをご馳走した……って感じです」
まりな「それだけ?」
沙綾「ええ。あ、あと帰り際にチョココロネをあげました」
まりな「そっか」
沙綾「はい」
まりな「……よかった、何も起きてない」
沙綾「え?」
まりな「ううん、なんでも」
沙綾「は、はぁ……」
まりな「けど、良くないなぁ、まったく。女の子の部屋に軽々しく上がるのはちょっといただけないよ」
沙綾「えぇと、それはウチの母さんが結構強引に上げちゃった感じだったんで……」
まりな「だとしても、だよ。そこをきっちり断るのが大人ってものなんだから」
沙綾「……なんか、なんていうか、ごめんなさい」
まりな「沙綾ちゃんが謝ることなんてひとつもないよ。これは完全にスタッフくんの過失なんだから」
沙綾「…………」
まりな「あの子には私からちゃんと尋も――言いつけておくから、沙綾ちゃんは気にしないでね」
沙綾「……はい」
香澄「こんにちはー!」
まりな「あ、ポピパのみんな来たみたいだよ」
沙綾「ええ、そうですね」
まりな「はい、じゃあこれ、スタジオの鍵」
沙綾「ありがとうございます」
まりな「じゃあ、今日も練習頑張ってね」
沙綾「はい……」
――スタジオ内――
沙綾「…………」
有咲「沙綾、どうかしたのか?」
沙綾「え?」
有咲「いや、なんかさっきから上の空だったからさ。悩みがあるなら話くらい聞くぞ」
沙綾「あーうん、ありがと。特に大したことでもないんだけどさ……」
有咲「うん」
沙綾「まりなさんって、スタッフさんのこと好きだよなぁーって」
有咲「あー……端から見たらどう考えても付き合ってるな、あの2人は」
沙綾「だよね……。ああ、スタッフさんに申し訳ないことしたな……まさかあんなことになるなんて……」
沙綾「尋問って言いかけてたけど、このあと大丈夫かな……」
有咲「まりなさんはともかく、アイツにならどれだけ迷惑かけてもヘーキだ。私が許すからどんどんやってやれ」
沙綾「そう言ってくれると少しだけ気が楽になるよ……」
☆なんかしたっけ?
――CiRCLE・事務室――
スタッフ「はぁ……」
スタッフ「…………」
スタッフ「はぁ~……」
ポニ子「さっきからどうしたんですか」
スタッフ「え? あ、あれ、ポニ子ちゃん? いつからそこに……」
ポニ子「スタッフさんが浮かない顔でここに入って来た時からずーっといましたよ」
スタッフ「あ、マジで……? ごめん、考えごとしてて気が付かなかったよ」
ポニ子「いいえ、お気になさらず。それよりも珍しいですね。スタッフさんがそんな深刻な顔してるのって」
スタッフ「え、そう?」
ポニ子「はい。気付いていないかもしれませんけど、眉間に深い皺がよって、迷子の犬のような困り果てた顔になってますよ。まぁ、ちょっとだけ似合ってますけど」
スタッフ「…………」
ポニ子(ツッコミがない……余程重大な悩みごとがあるんだろうか)
ポニ子(スタッフさんにはなんだかんだお世話になってるし、ここは話だけでも聞こう)
ポニ子「……話すことで楽になることもありますよ?」
スタッフ「え……」
ポニ子「たかが一介の学生に出来ることなんて大層なものではありませんけど、わたしにだって話を聞くことは出来ます」
スタッフ「…………」
ポニ子「悩みの種は自分の中にある時は見えませんけど、言葉にして吐き出して、それを客観的に眺めてみれば意外とちっぽけだったってこともあります」
ポニ子「もしも話せることであれば、話してみてくださいよ。たまにはわたしだって聞き役くらいはしますから」
スタッフ「ん……そう、だね」
ポニ子「…………」
スタッフ「……うん、ひとりで考えてても仕方ないし……ごめんね、少し話に付き合ってもらうよ」
ポニ子「ええ。わたしのことは壁だと思って、存分に吐き出してみてください」
スタッフ「ありがとう。それで……あのさ、最近ちょっと気になってることがあってさ」
ポニ子「はい」
スタッフ「その、さ。ポニ子ちゃんさ……」
ポニ子「はい」
スタッフ「……まりなさんと2人の時って、どんな感じ……?」
ポニ子「……はい? どんな感じ、とは?」
スタッフ「あ、いや、えーっとさ……あの、アレなんだよ、アレ」
ポニ子「……?」
スタッフ「……最近、まりなさんが僕に冷たいっていうか、当たりが強い……んだよね」
ポニ子「…………」
スタッフ「あっ、いやっ、違うんだよ? 別にまりなさんがそっけなくて寂しいとか悲しいとか……いや、それもなくはないんだけど、そうじゃなくてさ? ほら、アレじゃん? こうさ、仕事を円滑に進めるためにはコミュニケーションが大事じゃない?」
ポニ子「……ソウデスネ」
ポニ子(あー、その話かぁ……この前まりなさんからもされたなぁ……)
ポニ子(真面目な話じゃなかったかぁー……)
スタッフ「だから、ポニ子ちゃんと一緒の時はどうなのかなぁーって思った次第でござった訳なんですよ。特に、本当に他意はないんですよ」
ポニ子「ええ、まりなさんがわたしと一緒にいる時ですか。特に変わりはありませんよ」
スタッフ「え、そうなの」
ポニ子「はい。いつも通り、お茶目で優しいお姉さんです」
スタッフ「え、それじゃあそっけなくされてるの僕だけ……?」
ポニ子「じゃないですかね」
スタッフ「マジか。……マジかぁー……」ドヨーン
ポニ子(おおぅ、さっきよりもヒドく落ち込んでいる……)
ポニ子(うーん、ただの痴話げんかとはいえ、流石にこれを放っておくとマズイような気がするし、一度話を聞くと決めた以上はしっかりその役目を果たさなくては)
ポニ子「ああでも、まりなさん、スタッフさんの話もしてましたよ」
スタッフ「ど、どんな話?」
ポニ子「山吹さん、いるじゃないですか」
スタッフ「山吹さんって……ポピパの?」
ポニ子「はい、ポピパの。なんでもスタッフさん、山吹さんの部屋に上がったことがあるそうじゃないですか」
スタッフ「部屋に上がった……あれかな、紗南ちゃんが転んだ時のことかな……」
ポニ子「詳しくは聞かなかったんですけど、恐らくその話でしょうね」
スタッフ「それが一体……?」
ポニ子「超絶簡潔にかいつまんで話すと、いい大人がいくら誘われたからってそうホイホイと女の子の部屋に上がる? という問題提起でした」
ポニ子(本当は『やっぱり年下の女の子の方が……』とか、『私だってまだ……』とか、そういう類の話のような雰囲気でしたけど)
スタッフ「…………」
ポニ子「やっぱりここは社会の先輩として、ひとりの“女”として、しっかりと注意しなくちゃいけないだろう、とも言っていました」
ポニ子(本当は『注意しなくちゃいけないよね……』と言った後、『でもどんな顔して言えばいいんだろう……』とか『プライベートにまで口出しするのはちょっと行き過ぎかな……』とか小声で言ってましたけど)
スタッフ「…………」
ポニ子「ただ、まりなさんって優しい性格してるじゃないですか。わたしも怒られたことなんてありませんし、スタッフさんもほとんどないんじゃないですか?」
スタッフ「……うん、叱られたことは2回だけあるけど、怒られたことはない……かな」
ポニ子(それは同じものなのでは? ……って言いたいけど我慢しよう)
ポニ子「だから仕事以外のことでスタッフさんに怒るっていうことが難しくて、どうしたらいいか分からなくて、そっけなく当たってるんじゃないですかね」
ポニ子(これは本当の話。『どうしたらいいと思う、ポニちゃん……』なんて珍しく弱気な声で言われた話)
スタッフ「……そうか……」
ポニ子「まりなさんも悪気がある訳じゃないですし、ましてやスタッフさんのことを嫌ってる訳でもありません」
ポニ子(むしろその逆過ぎてどうしたらいいのか悩んでるんだろうし)
ポニ子「ただあなたのことが心配で心配で仕方ないだけなのです。なので、スタッフさん。そんなまりなさんの気持ちをしっかり汲むのが“大人の男”ってやつじゃあないでしょうか」
スタッフ「……うん、その通りだ」
ポニ子「ですよね。それならもうあなたのやるべきことは分かっているはずです」
ポニ子(まりなさんの気持ちが分かったなら、とっとと面と向かってお互いに『好きだ』とでも言って来ればいいのです)
スタッフ「ああ、ありがとうポニ子ちゃん。僕、ちゃんとまりなさんに言ってくるよ」
ポニ子「はい」
ポニ子(ふぅ、これでようやく2人からそれぞれの視点で同じノロケを聞かされることもなくなるでしょう)
スタッフ「僕はやましいことを何もしてないし、これからは流されず、ちゃんと丁重にお断りするって……!」
ポニ子「……はい?」
スタッフ「ウチのメイン客層はガールズバンドだし、男手も少ない職場なんだ。それなのに僕に女の子に対してだらしない一面があるんじゃないかって思わせたら、心配になって当たり前だ」
ポニ子「いや、あの」
スタッフ「そんな簡単なことに配慮できない僕が浅はかだった。すぐに言って謝ってくる!」ダッ
――ガチャ、バタン
ポニ子「……行っちゃった」
ポニ子「…………」
ポニ子「はぁー……本当、生真面目というか……いや、もうただのアホですよ。朴念仁ですよ」
ポニ子(話をぼかさないでもっと核心に迫ればよかっただろうか……)
ポニ子(けどそれはまりなさんに申し訳ないと思うし……ああもう、なんにせよ……)
ポニ子「とっとと付き合えばいいのに、あの2人……」
☆お疲れさまでしたの会
――居酒屋――
まりな「それじゃあ、今年度もお疲れさまでしたー」
スタッフ「お疲れさまでした。乾杯」
まりな「かんぱーい」
スタッフ(チン、と軽くビールの入った中ジョッキを合わせる僕とまりなさん)
スタッフ(毎年恒例、2人だけのささやかな年度末のお疲れさま会である)
まりな「はぁ~……今年度は色んなことがあったねぇ……」
スタッフ「そうですねぇ……」
スタッフ(ジョッキを傾けて、ビールに喉を鳴らす。それから大きく息を吐き出したまりなさんに僕も頷いた)
まりな「ガルパの子たちがウチをたくさん使ってくれたからかな、何だか例年以上に忙しかったね」
スタッフ「はい。嬉しい悲鳴ってやつですね」
まりな「うん。みんな可愛くていい子だしねー……キミが女の子の部屋に上がるくらい」
スタッフ「あー、その件に関しましてはー、えー、再発防止に努めていましてー……」
まりな「ふふ、冗談だよ。変な気があった訳じゃないのは分かってるし、私もちょっと気にし過ぎちゃったかなって思ったから」
スタッフ「いえいえ、僕のことを考えてくれてのことでしたから。いつもありがとうございます」
まりな「そうやって改まって言われちゃうと少し照れちゃうよ。さ、明日は休みだし、今日はのんびり飲もうよ」
スタッフ「はい」
スタッフ(頷いて、笑い合う。いつも通りのゆったりとしたお疲れさま会)
―しばらくして―
スタッフ(……だった、んだけど)
まりな「はぁー……お酒美味しい」
スタッフ「まりなさん、少し飲み過ぎじゃないですか……?」
まりな「そんなことないですー、これくらい普通ですー」
スタッフ「いやでもさっきから杯が止まってないっていうか……」
まりな「なによぅ、私だってたまには羽目を外したいのに、キミはダメだーって言うのー?」
スタッフ「そういう訳じゃないですけど」
まりな「じゃあいーじゃなーい。さぁさぁ、キミも飲みなさい」
スタッフ「……ええ、はい」グビ
スタッフ(なんだろうか、今日は随分と飲むペースが速い。通常の3倍くらいの速さだ)
スタッフ(しかも絡み酒なんて……2年に1回あるかどうかの珍しさだ。やっぱり忙しかったし、色々とストレスやら何やらも溜まってるんだろうか)
まりな「…………」グビグビグビ
まりな「……はぁーっ」
スタッフ「あの、まりなさん?」
まりな「んー? なぁにー?」
スタッフ「いえ、その……もう少しゆっくり飲んだ方が……」
まりな「だいじょぶだいじょぶー。これくらいへーきへーきー」
スタッフ「そうですか……」
スタッフ(……いや絶対大丈夫じゃない。こんな子供っぽいまりなさんなんて初めて見たぞ、僕)
まりな「たーのしいなー、いつもたーのしいなー♪」
スタッフ(あー……今日は僕は控えめにしておこう……。まりなさんが潰れちゃったら介抱しないといけないし……)
―またもうしばらくして―
まりな「最近さ……本当に、ほんとーに多くてさ……もうね、どうかと思うんだ」
スタッフ「はぁ」
まりな「なんだろうね、本当……結婚式の招待状とかさ、まぁ、それはね? 別にさぁ、友達をお祝いするのはさ、楽しいし、なんだか私も嬉しい気持ちになるんだよ?」
スタッフ「そうですね」
まりな「けどさぁ、なーんで母さんに『○○ちゃんはもう結婚してるのにー』だとか『××ちゃんには子供がいてー』なんて言われなくっちゃいけないんだろうねー」
スタッフ「それはほら……やっぱり、早く孫の顔が見たいからですよ」
まりな「はぁ~……孫、孫ねぇ……。孫どころか恋人すらいないって、今の私……はぁぁ~……」
スタッフ「その、元気出してくださいよ。そのうち良い人と出会えますって」
まりな「そうだねぇ……。あこちゃんとはぐみちゃん、孫にするならどっちがいいかなぁ」
スタッフ「待ってください、あの子たちに何をするつもりですか?」
まりな「これが私の娘です! って連れてったら、母さんもしつこく言ってこないかなぁーって」
スタッフ「いやいや、まりなさんにあの大きさの娘がいたら色々と大変でしょう?」
まりな「あ、りみちゃんもいいかも」
スタッフ「一度離れましょう、孫がどうとかそういう話から。ほら、まりなさん、ちょっと水飲んでください、水」
まりな「チョココロネ♪」
スタッフ「牛込さんの真似はあとで見ますから」
まりな「ちょこちょこ、ころね~、ちゅこころね~♪」
スタッフ「ちょこころねの歌もあとで聞きますから。呂律まわってないですよ、まりなさん」
―さらにもうしばらくして―
まりな「ねぇねぇー、ホントのところ、キミはどう思うのかなぁー?」
スタッフ「どうもこうも、その件に関しては断り切れなかった僕が悪かったって話で……」
まりな「えぇー? とかなんとか言っちゃってー、本当は嬉しかったんじゃないですかー?」
スタッフ「嬉しいって……いや、信頼されてるというか、親しまれてるっていう部分では嬉しいには嬉しいですけど」
まりな「ほらぁー、ほらほらぁー! やーっぱり嬉しいんじゃーん! はぁぁ~、そうだよねぇ、花の女子高生だもんね~」
まりな「沙綾ちゃん可愛いもんね~、そりゃあお部屋に上がったらはっぴーらっきーすまいるいぇーいだよね~!」
スタッフ「そういう話じゃないですよ、まりなさん」
まりな「はー、やっぱり若さかー、若さには勝てないのかー……」
スタッフ「何の話ですか。ちょ、もうお酒飲むのやめてくださいっ」
まりな「あーあー、有咲ちゃんにもすーっっごく優しいしー? 若いっていいなぁー……」
スタッフ「市ヶ谷ちゃんに優しくした覚えはそんなにないですよ」
まりな「むーじーかーくっ! 出た出たそーいうの! 『はぁ? 別にアイツになんか優しくしてねーし。あれが俺のデフォルトだし』とかいうやつ! はー、ホント、もう、ホント!」
スタッフ「ホントってなんですかホントって……」
まりな「スタッフくんさぁー、そういうの良くないよー、ホントよくないよー」
スタッフ「いや、だからその話はもう終わったことで……」
まりな「終わってないですー! 私の中ではまだ未消化なんですー!」
スタッフ「えぇ……」
まりな「そりゃあね、思うよ、私も。なーんでウチを使う女の子はみんなあんなにかわいいの? って。天使か、アイドルか、って。あ、彩ちゃんたちは本物のアイドルだった」
スタッフ「…………」
まりな「いやー、でもさー、限度があるよねぇ? あんなにかわいいのにみんなめちゃくちゃいい子って、これは大変なことですよ。ねぇ?」
スタッフ(……まずい。この問い、きっとなんて答えてもダメなやつだ)
まりな「聞いてるー?」
スタッフ「ええ、聞いてます聞いてます。えーっと、そうですね。みんな優しくていい子で、姪とかにいたらさぞかし可愛がったと思いますよ」
まりな「有咲ちゃんみたいに?」
スタッフ「や、あいつはまた別なんで」
まりな「あーあー、まーた有咲ちゃんだけ特別扱いしてる……ずるいなぁ、ずるいなぁー……」
スタッフ「何がですか」
まりな「いーよねー、スタッフくんにただひとりだけ特別にされててー。遠慮なし、気兼ねなし、節操なしの意気地なし……」
スタッフ「それ半分悪口ですよ?」
まりな「はぁー……」
スタッフ「……まりなさん?」
まりな「んにゅ……」
スタッフ「ああ……とうとう潰れた……」
まりな「…………」
スタッフ「まりなさーん、大丈夫ですかー?」
まりな「んー」
スタッフ「まりなさーん?」
まりな「んー……」
スタッフ「ダメだこりゃ……はぁ、仕方ないか。すいませーん! お会計お願いしまーす!」
店員「はーい、お会計ですね」
スタッフ「ええ、お願いします」
スタッフ(……まりなさんがこんなにお酒に酔ったところ、初めて見たなぁ)
……………………
スタッフ(先にタクシーを呼んでから会計を済ませて、まりなさんを支えながら、店の外でタクシーを待つ)
スタッフ(タクシーが来て、車に乗り込んでから、まりなさんが一人暮らししている賃貸マンションの住所を伝える)
スタッフ(後部座席でホッと一息つく僕。それに寄りかかる、珍しくお酒に飲まれたまりなさん)
スタッフ(なんだかなぁ、なんだろうなぁ……なんて思ってるうちに、タクシーがまりなさんのマンションに到着した……までは、別に問題はなかった)
スタッフ「……どうしてこうなった」
まりな「んー……」
スタッフ(『月島』という表札のかかった部屋の扉の前で立ち尽くす僕。そんな僕から一向に離れないまりなさん)
スタッフ(おかしいなぁー、なんかおかしいよなぁー、この状況)
スタッフ(本当はまりなさんだけここで降ろして僕は僕のアパートに帰るつもりだったのになぁ……僕が離れようとするとあんなにぐずるなんて思いもよらなかったよ……)
スタッフ(けどこんな状態のまりなさんを放っておく訳にもいかないし……)
スタッフ(軽々しく女性の部屋には上がらない、という約束も……玄関までならセーフ。先っちょセーフ理論だ)
スタッフ「まりなさーん、家に着きましたよー? 鍵、出せますかー?」
まりな「ん……」つ鍵
スタッフ「はいはい、ありがとうございます。ちょーっとすいません、借りますね」カチャ
スタッフ「はい、開きましたよ。上がってください」
まりな「ん~」
スタッフ(……よし、ここまでくればもう大丈夫だろう)
スタッフ「それじゃあまりなさん、僕はここで」
まりな「んー」ヒシッ
スタッフ「……あの、そんなにしがみつかれると帰れないんですけど」
まりな「んー、んー」フルフル
スタッフ「まりなさーん、お願いだから正気に戻ってくださーい。ほら、今のあなたの行動、それは非常にマズいやつですよー?」
まりな「んー……」ヒシッ
スタッフ「……ダメだこりゃ」
スタッフ(どうしたものか、とは思うけれど、どうしようもない)
スタッフ(これは腹を括るしかない……んだろう、きっと)
スタッフ「分かりました、分かりましたよ。部屋の中まで送ります。そしたら帰りますからね?」
まりな「ん」
スタッフ「それじゃあ、えっと……お邪魔します」
……………………
スタッフ(正直、見通しが甘かったのかもしれない)
スタッフ(こんな形でまりなさんの家に上がることになるとは思いもよらなかったし、僕自身もアルコールが残っているせいで些か楽観的な思考でいたことは否めなかった)
スタッフ(いや、でも仮に僕が素面だったとしても、まさかこんなことになるだなんてことは予想だにしなかったかもしれない)
まりな「すー……すー……」
スタッフ(1DKの間取り。およそ10帖の寝室。そのベッドに横になって寝息をたてるまりなさん)
スタッフ(僕はといえば、まりなさんが眠るベッドを背もたれにして座っていた)
スタッフ(スタンドに立てかけられたギターや、友達と撮ったのだろう写真が貼ってあるコルクボード。大きな木製のラックには几帳面にCDが収められていて、そのすぐそばに高級そうなスピーカーが鎮座している、とても綺麗に片づけられた寝室)
スタッフ(実にまりなさんらしいな、と思うと非常に落ち着かない気持ちになって、今すぐにでもこの部屋を出て行かないと何か間違いをおかしそうな気がしてならない)
スタッフ(だけど僕は動けなかった。何故なら、ちらりと視線をベッドにやれば、そこには僕の右手を両手でキュッと握りしめたまま、一向に離そうとしないまりなさんが眠っているからである)
スタッフ(本当に……どうしてこうなった……)
スタッフ(落ち着かない気持ちのまま視線を右往左往させる。……あ、いや、こんなに女の人の部屋を観察するのも失礼な話か)
スタッフ(そう思って、僕は目の前の壁を凝視した)
スタッフ(それから頭に思い浮かべるのは、やたらと羽目を外した今日のまりなさんのこと)
スタッフ(やっぱり疲れているのだろうか……って、そりゃそうか。オーナーに次いでまりなさんが実質店長みたいなものだし、僕の与り知らない気苦労や悩みだって多くあるのだろう……とか、そんなことよりも)
スタッフ「……あー、嬉しいんだよなぁー……」
スタッフ(普段はしっかりして、誰にでも優しい素敵なお姉さん。そんな人が、自分の前でだけお酒に酔っ払って、子供みたいに駄々をこねる姿を見せてくれた)
スタッフ(それが嬉しい。頼られてるみたいで、信頼されてるみたいで、とても嬉しいのだ)
スタッフ(本当にどうかと思うけれど、こうしてまりなさんに甘えられることが――いや、この状況を甘えられると厳密に言うのかは分からないけど――嬉しくて仕方ない)
スタッフ「あと普通にかわいい」
スタッフ(口から漏れた呟きに返事はない。穏やかな寝息が微かに聞こえてくるだけだった)
スタッフ(この部屋に入った当初こそ、『据え膳ってなんだよ、美味しいの? いや、そりゃ美味しいか……』とかいう考えが頭の中で躍っていた)
スタッフ(けれども、酔いと一緒に段々と冷めてきた頭には、この信頼を裏切りたくないという気持ちが大きくあった)
スタッフ(だから僕も目を閉じた。ベッドに背をもたれさせて、右手から伝わるまりなさんの鼓動に耳を傾け――ん? 鼓動?)
スタッフ(瞼を開き、ちらりとベッドの上に視線を向ける。するとそこには、僕の右手をぎゅーっと胸に抱いたまりなさんがいた)
スタッフ(だからと言ってどうこうするつもりも何もないけど、うん、本当に、これっぽっちも……あ、でもこれっぽっちもっていうとまるでまりなさんに女性的な魅力がないように聞こえちゃうからそれはそれでちょっと違うんだけど、とにかくアレだよアレ)
スタッフ「……おやすみなさい」
スタッフ(幾分か早くなった自分の鼓動を誤魔化すように、僕はもう一度、さっきよりもずっと強く目を瞑る)
スタッフ(今の僕の願いはただひとつ。一刻も早く睡魔がやってきますように、ということだけだった)
☆あさちゅんてきなやつ
――チュンチュン...
まりな「ん……んん……?」
まりな「あれ……あさ……」ムクリ
まりな「…………」
まりな「……あたまいたい」ズキズキ
まりな「あれー、昨日……居酒屋にいて……それからどうしたんだっけ……」
まりな「なんか幸せな夢みてたような……」
まりな「……うん? なんか左手があったかいな」チラ
スタッフ「ぐー……」
まりな「…………」
まりな「え」
スタッフ「Zzz……」
まりな「…………」
まりな「えっ!?」
まりな「え、いや、え、えっ!? なんでスタッフくんが私の部屋に……!?」
まりな「あれ、え!? ちょ、いや、なに、これどういう状況だっけ!?」
スタッフ「う、んん……?」パチリ
まりな「あっ」
スタッフ「んー……あ、おはようございます」
まりな「あ、う、うん、おはよう……?」
スタッフ「ああ、やっぱり座ったまま寝てたから身体が痛いな……」
まりな「え、ちょ、なんでそんな落ち着いてるのかなキミは!?」
スタッフ「はい? 何がでしょうか?」
まりな「いや、これ、この状況っ! な、何がどうなってるのか……」
スタッフ「あー……それはですね」
まりな「う、うん」
スタッフ「話すと長くなるので超絶簡潔に言うと、酔いつぶれたまりなさんが僕を離してくれなかったんです」
まりな「えっ」
スタッフ「いや、その、だからと言って部屋に上がったことは本当に申し訳ないと思っていますけど、でもですね、流石に酩酊状態のまりなさんを放っておくことも出来ませんでしたし……」
まりな「え、えー……」
まりな(スタッフくんに甘える夢見てたような気がしたけど、夢じゃなかったんだ……)
スタッフ(うわー、まりなさん顔真っ赤になってる……)
スタッフ「あ、あの、大丈夫ですよ? その、何もしてませんから。僕、ここで寝てただけですから」
まりな「あ、う、うん……キミがそういうことする人じゃないのは分かってるから……」
まりな(でもそれはそれで少し残念なような……って、何を考えてるの私はっ)
スタッフ(あ、ポニ子ちゃんに『スタッフさんってヘタレですよね』って言われたこと、なんか思い出した)
まりな「えーっと、その……昨日の記憶が曖昧なんだけど、迷惑かけちゃってごめんね……?」
スタッフ「いえ、気にしないでください。頼りにされてる感じがして、嬉しかったですから」
まりな「…………」
まりな(いけない、いけないよキミ、そういうセリフを言われるとちょっとアレだよ、アレがああなってこうなっちゃうよ、ホント……)
スタッフ「時間は……朝の7時ですか。これならもう電車も動いてますし、僕はそろそろ帰りますね」
まりな「あ、ま、待って!」
スタッフ「はい?」
まりな「えっと、あのね? 流石にこれだけ面倒をかけて、そのまま帰ってもらうって訳にはいかないからさ……その、せめて朝ご飯とかくらいは食べてって欲しいなって……」
スタッフ「あー……」
まりな「ダメ、かな」
スタッフ「……いえ。では、お言葉に甘えます」
まりな「そ、そっか、よかった」
スタッフ「ところで、あの、まりなさん」
まりな「うん、なに?」
スタッフ「そろそろ手を放していただけると……」
まりな「え? あ、ああ! ご、ごめんね、ずっと握ったままだったね!」パッ
スタッフ「いえいえ……」
まりな(もしかして私、昨日からずっとスタッフくんの手を握ってたのかな……)
スタッフ(イカン、なんか離されたら離されたで昨日のアレが鮮明に頭に思い浮かぶ……)
……………………
スタッフ(まりなさんのお言葉に甘えることにして、朝食を頂くことになった)
スタッフ(まりなさんは『先にシャワーも使っていいよ』と言ってくれていたけれど、流石にそこは女性優先だろう)
スタッフ(僕は『着替えがないんで……ちょっと外で買ってきますから、後でいいですよ』と言い、まりなさんの家の鍵を預かってから、近くのコンビニを目指すこととなった)
スタッフ(しかし、なんだろう。まりなさんの家の鍵を持ちながら外を出歩くというこの行動)
スタッフ(まるで同棲だな、なんて思ってしまうと気恥しい気持ちがとめどなく溢れてくる)
スタッフ(僕はそれを誤魔化すようなわざとらしい足取りで、近くのコンビニを目指していた……けど、コンビニより先にワ〇クマンを見つけた)
スタッフ(〇ークマン。馴染みのない人には作業着なんかが売ってある、土木作業員さんたち専用のお店だと思われることだろう)
スタッフ(しかし、ワー〇マンはそれだけじゃない)
スタッフ(アウトドアにぴったりな服も置いてあって、それがしかも非常にコストパフォーマンスに優れているのだ。バイク乗りや釣り人たちなんかの間では有名な話である)
スタッフ(それだけじゃなく、普通の無地のシャツやスポーツ用のジャージなんかも揃っているし、靴やバッグだって置いてある。しかもほとんどの店舗は朝の7時から営業だったりするのだ)
スタッフ(渡りに船とはこのことだろう。僕はそのワ〇クマンに立ち寄って、サクッと着替えを調達するのだった)
……………………
まりな「簡単なものしか作れなくてごめんね?」
スタッフ「いえいえ、とんでもないです」
スタッフ(ダイニングキッチンのテーブルの上には、2人分の白いご飯とお味噌汁、それからベーコンエッグが置かれていた)
スタッフ(『急だったし、ありあわせの物しかなくて……』なんてまりなさんは言っていたけど、朝は大抵コンビニ飯の僕からすれば大変素晴らしい朝ご飯である)
スタッフ(それにシャワーを借りてさっぱりしてから、ダイニングキッチンの椅子に座って、台所に向かうまりなさんの背中をぼんやりと見ていたら……こう、なんとも言えない感情が胸中に芽生えた)
スタッフ(正直それだけでもうお腹いっぱいレベルの幸福感があった)
スタッフ「いただきます」
まりな「はい、召し上がれ。私も食べるけどね」
スタッフ(箸を手にして、料理を口に運ぶ。何の変哲もないベーコンエッグだけど、しかしどうしてか、今まで食べた中で一番美味しいような気がしてしまう僕だった)
まりな「……ところで、あのさ」
スタッフ「はい、なんでしょう」
まりな「その……昨日、私……何か変なこととか言ってなかった?」
スタッフ「変なこと、ですか?」
まりな「うん……。あのね、居酒屋でお酒を飲んでたところまでは私もしっかり覚えてるんだ。だけど、その後のことがすっぽり記憶から抜け落ちてるっていうか、なんていうか……」
スタッフ「あー……いや、変なことは何も言ってないですよ。居酒屋で潰れちゃってからは」
まりな「そ、そっか……」
スタッフ「はい」
スタッフ(本当、ただ子供みたいにぐずって僕を離してくれなかっただけで……とは思うだけで口にしない)
まりな「……よかった」
スタッフ「けど、まりなさん」
まりな「は、はいっ?」
スタッフ「その……何か大変なこととかあれば、遠慮せずに言ってくださいね?」
まりな「え?」
スタッフ「まりなさん、いつも泣き言も言わないで頑張ってますし……頼りないですけど、僕だって愚痴を聞いたり、昨日みたいに一緒にお酒を飲むことは出来ますから」
まりな「…………」
スタッフ「……って、ごめんなさい。なんか生意気言いました」
まりな「う、ううん……」
スタッフ「まぁ、その、なんていうか、アレです。まりなさんみたいな綺麗な人に頼られると男は嬉しくなっちゃうものなんです。そういうことですから」
スタッフ(……いや、なんか気恥しくて口が回ったけど、どういうことだよ。余計気恥しいこと言ってんじゃん、僕)
まりな「……うん、ありがとね」ニコリ
スタッフ(……まぁ、いっか)
……………………
―朝食後―
まりな「ふんふーん♪」カチャカチャ
スタッフ「…………」
スタッフ(ご飯をごちそうになって、片付けを手伝おうとしたら、「大丈夫だから、キミは座ってゆっくりしてて」なんて言われてしまった)
スタッフ(だからぼんやりと、鼻歌交じりに食器を洗うまりなさんの後ろ姿を眺めている訳だけど……)
まりな「In the name of BanG_Dream~♪」カチャカチャ
スタッフ(ご機嫌だなぁ。僕もなんだかまりなさんの家に慣れてきちゃったし)
スタッフ(……あー、なんだろう。やっぱり、なんかいいなぁー……)
まりな「よし、洗い物おしまい……っと」
スタッフ「すいません、ごちそうになったのに手伝いもしないで」
まりな「いいんだよ、気にしないで。私がやりたくてやってることなんだからさ」
まりな「それにほら、昨日はすっごく迷惑をかけちゃったし、これくらいじゃ全然足りてないよ」
スタッフ「そうですか? もう十分返して貰ってると思いますけど」
まりな「ううん、まだまだ全然」
スタッフ「そうですかね……」
スタッフ(昨日のことを思えば……うーん、大変は大変だけど、役得っていう感じがものすごくしてるけど……まりなさんがそう言うならそうなのかな)
まりな「そうなんですよー。あ、コーヒー飲む? インスタントだけど」
スタッフ「はい、頂きます」
まりな「はーい」
スタッフ(僕からの返事を聞いて、手際よくまりなさんはインスタントコーヒーをふたつ用意して、テーブルの上に置く)
スタッフ(僕のカップの横にはスティックシュガーとフレッシュも追加で出される。伊達にいつも一緒に仕事はしていない。僕がブラックコーヒーを飲めないことも承知していてくれている)
まりな「はー……」ジー
スタッフ「……? どうかしましたか、まりなさん?」
まりな「あ、ごめんね、ジッと見つめちゃって」
スタッフ「いえいえ。あっ、もしかして変なとこにご飯粒でもついてましたか?」
まりな「ううん、そうじゃなくて……なんだか不思議だなぁって」
スタッフ「不思議……ですか?」
まりな「うん。お休みの日なのに、キミと一緒に……私の家にいるっていうのが」
スタッフ「あー……そうですね。お互い家の住所は知ってますけど、こうして上がったのは初めてですし」
まりな「だね。それと、そういうカッコって見たことないなーって」
スタッフ「そういうカッコ?」
まりな「キミって仕事中じゃなくても、いつも襟付きのきっちりしてる服着てるでしょ? だから、そういうロングTシャツとジーンズってカッコがなんか新鮮だなって」
スタッフ「そうですねぇ……確かに、こういう格好は家の中じゃないとしないですかね」
まりな「でしょ? ふふ、なんだか得した気分だよ」
スタッフ(たおやかな笑みを浮かべてそんなことを言われると、僕はちょっとドギマギしてしまうんですが)
スタッフ「ま、まぁ今日は緊急事態だったんで。まりなさんの家の近くにワー〇マンがあって良かったですよ、あそこならリーズナブルに着替えが揃いますから」
まりな「〇ークマン……あ、そういえばコンビニ行く途中にあったね……って、そういえばっ!」
スタッフ「は、はい? どうしました?」
まりな「キミ、その着替えってさっき買って来たんだよね!?」
スタッフ「ええ、まぁ……」
まりな「うわぁ、全然考えてなかった! ご、ごめんね、私のせいで変な出費を……ああっ!!」
スタッフ「こ、今度はなんでしょうか?」
まりな「ていうかアレだよね!? 昨日の居酒屋とタクシー! 私、お金出した記憶がまったくない!!」
スタッフ「あ、ああ……別に大した額でもありませんし――」
まりな「ダメだって! 私が潰れたせいでキミに迷惑かけたのに、さらにお金までって! それは大人として、先輩としてアウトだよ! ちょ、りょ、領収証見せて!!」
スタッフ「あー……捨てちゃいました」
まりな「えー! なんでこういう時ばっかり! じゃ、じゃあとりあえず諭吉さんで……!」サッ
スタッフ「ちょ、まりなさん! 流石にそこまでかかってないです! その諭吉さんはお財布に戻してください!」
まりな「で、でも……」
スタッフ「わ、分かりました! えーっと、それじゃあ、その……」
スタッフ(そこで頭にもたげた提案。それを口にするのがちょっと照れくさくて、僕は言い淀む)
まりな「…………」
スタッフ(だけど、焦ったような顔でこっちを見ながら諭吉さんに指をかけられてると、なんか僕がめちゃくちゃ悪いことしてるような気分になるから、もうさっさと腹を括ることにした)
スタッフ「こ、今度……また昨日みたいな飲み会か……それか、一緒の休みの日に、どこか遊びに行きましょう。その時にご飯を奢ってもらえれば……ちょうどトントン、ですよ」
スタッフ(完全な誘い文句である。ああ、なんだろう、すごく気恥しいし照れくさいよ)
スタッフ(けど、きっとこれが一番後腐れないし、僕としてもとても楽しみになるからしょうがない。しょうがないんだ)
まりな「……それでいいの?」
スタッフ「……それがいいんです」
スタッフ「ほら、さっきも言ったじゃないですか。まりなさん、色々大変でしょうし……僕でよければ、いつだって付き合いますから」
まりな「付き……?」
スタッフ「ご、ご飯とか、お酒とか、そういうのにっ!」
スタッフ(続けた言葉があまりにもアレだったから、僕は慌てて言い訳を付け足す)
スタッフ(まりなさんはそんな僕をちょっとだけ恨めしそうな目で見た後、すぐにいつもの笑顔を浮かべてくれた)
まりな「ありがとう。やっぱりキミって……優しいね」
スタッフ「それは気のせいですよ、気のせい。ははは……」
まりな「そんなことないのになー」
スタッフ「そんなことないことないですよー?」
まりな「ふふ、じゃあそういうことにしておこう」
スタッフ「はい、そういうことにしといてください」
まりな「……それじゃあ、お言葉に甘えて今度、遊びに行った時にでも」
まりな「あ、そうだ。次はキミの部屋にお邪魔しようかな」
スタッフ「え、それマジの提案ですか」
まりな「半分くらい。……だめ?」
スタッフ「え、えーっと、事前に……大体一週間前くらいに言ってくれれば……僕の部屋もギリギリ誰かに見せられるくらい片付けられると思います……」
まりな「もー、普段からキチンと片付けないとダメだよ?」
スタッフ「いや、はい。ごもっともでございます」
まりな「ふふ……」
スタッフ「あ、あはは……」
スタッフ(気が付いたらさっきの慌ただしい空気もなくなって、僕とまりなさんの間にはいつもの心地いい空気が流れていた)
スタッフ(あー、うん。本当……なんていうか、すごく居心地がいいんだけど……)
まりな「……ちょっとだけ残念だなぁ」
スタッフ(まりなさんがぽそりと呟いた。その言葉は僕の気持ちと妙にリンクしていたけど、僕は何も言わずにいることにしました、とさ)
☆祭りのあとの……
――CiRCLE――
スタッフ「……ゴールデンウィークって、誰が最初に考えたんでしょうね」
まりな「さぁ……誰だろうねぇ……」
スタッフ「今年は長かったですね……」
まりな「うん……死ぬほどキツかったね……」
スタッフ「誰ですかね、10連休に合わせて10日連続でスペシャルライブ開催とか言い出したのは……」
まりな「オーナー……」
スタッフ「そのオーナー様はどこへ行かれたんでしょうかね……」
まりな「頑張り過ぎて……2日目の夜にぎっくり腰になって病院だよ……」
スタッフ「…………」
まりな「…………」
スタッフ&まりな「はぁー……」
スタッフ(5月7日の火曜日。10連休が明けた久方ぶりの平日のお昼時)
スタッフ(『本日休業』の札がかかった、がらんとしたCiRCLEのロビーに2人分のため息が響いた)
スタッフ「歳も歳なのにはしゃぎすぎなんですよ、あの人は……」
まりな「大変だったねぇ、オーナーがいないとこ埋めるの……」
スタッフ「ええ、ホント。まさかゴールデンウィークの9割をここで過ごすことになるとは思ってませんでした」
まりな「だね……。でも、無事にライブも終わったんだし、今日頑張れば明日から連休だよ」
スタッフ「……ですね。今日は後片付けと清掃だけですし、2人しかいないのはちょっと大変ですけど、のんびりやりましょうか」
まりな「うん」
……………………
スタッフ(飾りつけをしたライブステージやラウンジの片付け、それと楽屋や各スタジオ、ロビーやらカフェテラスやらの清掃が今日の僕とまりなさんの仕事だった)
スタッフ(連勤続きの2人だけで、その全部を清掃するには些か広すぎるCiRCLE)
スタッフ(だけどお店は特別休業日だし、僕もまりなさんもお昼から出勤だったから、連勤続きとはいえ体力も比較的ある方だ。大変は大変だけどそこまで気の遠くなる作業でもない)
スタッフ(それに時おりまりなさんと他愛ない会話を交わしながらのんびりと行う後片付けは思った以上に楽しかったし、お祭りが終わったあとの余韻を存分に噛みしめられる時間はそれなりにいいものだと思えた)
スタッフ(そんなこんなで時間は緩やかに過ぎていき、ライブステージとラウンジの片付け、それと楽屋の掃除が終わった16時ちょっと前)
スタッフ(僕とまりなさんは入り口の扉を開けて換気をしつつ、ロビーの椅子に腰かけておやつタイムに入っていた)
まりな「はー、今年のゴールデンウィークは大変だったねー」
スタッフ「ええ、本当。けど、お客さんも、出演してくれたバンドの人たちも楽しそうでよかったですよ」
まりな「だね。頑張った甲斐があったよ」
スタッフ「なんだか不思議ですね。昨日まであんなに賑やかだったのに、今はシーンとしてて……」
まりな「お祭りが終わったあとの切なさだね」
スタッフ「はい。こういうの、嫌いじゃないですけどね」
まりな「うん、私も」
スタッフ「しっかし、のんびりやってましたけど、案外早く作業が進みましたね」
まりな「ねー。清掃以外に気を遣わなくていいと楽だね」
スタッフ「この分なら19時前には……あー、いや、もう少しかかるか……」
まりな「残りは各スタジオの清掃と、ここの清掃と……うーん、そうだね。もうちょっとかかるかな」
スタッフ「まぁ、明日はお休みですし、続きものんびりやりましょうか」
まりな「そうだね。あ、終わったらまたどこか寄ってく?」
スタッフ「いいですね。今度はゴールデンウィークお疲れさまでしたの会ですね」
まりな「…………」
スタッフ「まりなさん? どうしました?」
まりな「……今日は飲み過ぎないようにしないと、って」
スタッフ「ああ……。別に僕は気にしませんよ?」
まりな「わ、私が気にするの! ほら、ね? 流石にそう何度もスタッフくんの手を煩わせるのもね? 一応私の方が先輩だし?」
スタッフ「いやいや、いつも頼りにさせてもらってますから。こういう時くらい僕に面倒を見させてくださいよ」
まりな「……またそういうこと言う……それずるくないかなぁ……」
スタッフ「はい?」
まりな「なんでもないよ。ぜーんぜん、なんでもない」
スタッフ「はぁ」
まりな「さ、早く仕事を終わらせちゃお?」
スタッフ「そうですね」
まりな「それじゃあ、私がスタジオの方をやるから、スタッフくんはロビーの方をお願いしていい?」
スタッフ「分かりました。……あ」
スタッフ(と、どうでもいいことが頭にもたげて変な声が出た)
まりな「うん? どうかした?」
スタッフ「あー、いや、えーっと……」
まりな「何か提案? あ、それとも悩みごととか?」
スタッフ「悩みごと……ああ、まぁ、その類のことなのかなぁ」
まりな「なになに? 私が手伝えることならなんでも手伝うよ」
スタッフ「いえ、確かにこれはまりなさんにしか解決できないことですけど、別に大したことじゃないので……」
まりな「もー、水臭いなぁ! そんなこと言いっこなしだよ!」
スタッフ(まりなさんにしか解決できないこと、という言葉が何か琴線に触れたのか、先ほどよりも声を弾ませる。顔にも笑顔が浮かんでいる。お姉さんしたいオーラが目に見える)
スタッフ(あー、はい、そういう反応されると僕も素直になってしまいます)
スタッフ「えっと、それじゃあ」
まりな「うん、どうしたの?」
スタッフ「……名前」
まりな「名前?」
スタッフ「……まりなさんには、僕のこと、名前で呼んで欲しいなー……なんて」
スタッフ(そう、それはCiRCLEではもう当たり前になっていたこと)
スタッフ(ポニ子ちゃんはポニ子ちゃんだし、オーナーはオーナーだし、僕はスタッフくんだとかスタッフさんだ)
スタッフ(それはそれでいい。みんな親しみを込めて呼んでくれる、愛称みたいなものだから)
スタッフ(けれども、こう、分かるでしょう? その、名前で呼ばれたい人がいるっていう気持ちが僕にもあるのですよ、これがまた)
まりな「…………」
スタッフ(まりなさんの様子を窺えば、そこにはキョトンとした顔。それから僕の言葉の真意に気付いたのか、少し頬が赤くなっていった)
スタッフ(やべぇ、今ここでうっかり口にすることじゃなかったかもしれない)
まりな「……うん、いいよ」
スタッフ(しかしどうだろうか、まりなさんは頷いてくれた)
スタッフ(そして小さく息を吸う。それから、艶やかな唇が動いて――)
ひまり「こんにちは――!!」
スタッフ(――という元気なその声に、僕の名前はかき消された)
まりな「ひっ、ひまりちゃんっ?」
スタッフ「え、ど、どうしたのっ?」
スタッフ(僕とまりなさんが揃って、変に上擦った声を出す。それを意に介さず、上原さんは返事をする)
ひまり「聞きましたよ、ポニさんから! CiRCLEの片付けを2人だけでやらないといけないって!」
ひまり「ふっふーん、まりなさんとスタッフさんにはいつもお世話になってますからね! 私の方で人を集めて、お手伝いに参りました!!」
まりな「あ、そ、そうなんだ、ありがとね」
スタッフ「う、うん、助かるよ、ホント……ホント」
スタッフ(先ほどまでの空気は元気な声に蹴散らされた。それに少しホッとしたというか、やっぱり残念だなぁなんて思ったりだとか……)
ひまり「……あれ? 2人とも、なんだか距離が近いような……それに見つめ合ってたし……」
まりな「えっ!?」
スタッフ「い、いや、そんなことは……!」
ひまり「あれ、あれあれあれ? も、もしかして私……お邪魔でした!?」
ひまり「ご、ご、ごめんなさい! さぁどうぞっ、続けてください! 私のことはミッシェルの銅像だとでも思って!!」
まりな「ちょ、な、何か勘違いしてない!?」
スタッフ「そっ、そうそう! 上原さんが考えてるようなことはなにも……ないよ?」
ひまり「いえ、いーんです! 名探偵ひまりちゃんにはバッチリ分かってますからっ! さぁさぁ、続きをどうぞ!!」
美竹蘭「……ひまり、入り口で何やってんの?」
香澄「こんにちはー!」
有咲「おーっす。しょうがねーから手伝いに来てやったぞ」
スタッフ(と、開け放しておいた入り口から、次々と見慣れた顔が入ってきた)
スタッフ(美竹さん、戸山さん、市ヶ谷ちゃん……の後ろにも、まだ何人か続いてくる)
ひまり「私はひまりではありません……そう、今の私は愛を見守るキューピッド的なやつなのです……!」
青葉モカ「あらら、ひーちゃんがまたバグってる」
沙綾「お仕事、お疲れさまです。差し入れのパン持ってきたんで、よかったらどうぞ」
まりな「あ、えーっと、ありがとね」
北沢はぐみ「わーい、お掃除お掃除ー!」
弦巻こころ「みーんなで、お世話になっているCiRCLEをピカピカにしましょう!」
瀬田薫「ああ、こころ。ニーチェもこう言ってるからね、『音楽なしには生は誤謬となろう』……と。つまり、そういうことだね」
イヴ「はい! 日頃のオンギに報いずはブシの恥です! 精一杯、お手伝い致します!」
氷川日菜「おねーちゃん、来れないんだ。残念だな~」
燐子「はい……。どうしても外せない……風紀委員の仕事があって……」
スタッフ(青葉さん、山吹さん、はぐみちゃん、弦巻さん、瀬田さん、若宮さん、日菜さん、白金さん……で全員みたいだ)
スタッフ「…………」
スタッフ「あれ、ツッコミ担当が少ないような……?」
まりな「キミも同じこと思ったんだ……」
スタッフ「ええ……」
まりな「……まぁ、きっと大丈夫だよ」
スタッフ「そ、そうですよね」
スタッフ(日菜さんが暴走したら紗夜さんか白鷺さんがいないと止められないかもだけど)
まりな(美咲ちゃんか花音ちゃんがいないと、こころちゃんたちがテンション上がっちゃったら止められないかもしれないけど)
香澄「まりなさん! スタッフさん! まず何からお手伝いしましょうかっ?」
まりな「あ、えーっと、そうだね……そうしたら、みんなにはロビー全般と、あとカフェテラスの掃除をお願いしちゃっていいかな?」
香澄「はーい!」
有咲「道具とかはどこにあんの?」
スタッフ「掃除用具は……この人数分は用意してないから、ちょっと倉庫に取りに行かなくちゃな」
沙綾「この広さをこの人数で掃除するなら、まずは役割分担からしないとね」
モカ「はーい、じゃあモカちゃんは床をモップ掛けするよ。コンビニで慣れてるしー」
イヴ「では、私はカフェテリアのテーブルと椅子を綺麗にしますね! 羽沢珈琲店で慣れてますから!」
まりな「わー、頼もしいなぁ」
こころ「そうだわ! ただ綺麗にするだけじゃなくて、せっかくだから窓をミッシェルの模様にしましょう!」
はぐみ「可愛くていいね! あっ、そうしたら隣にマリーの絵も描こうよ!」
薫「ああ……! 2人とも、なんて儚いアイデアなんだ……!」
日菜「あはは、それ面白そう! あたしも手伝っちゃうよ!」
スタッフ「……わー、あの4人に任せるの超不安……」
燐子「あ、あの……わたし、氷川さんから日菜さんのことは一任されてるので……が、頑張ります……!」
有咲「私も奥沢さんから言われてんだよなぁ、『三バカのこと、頼んだよ』って……。いや私には荷が重すぎるって」
スタッフ「あー……無理はしないでね、白金さん」
燐子「は、はい……」
有咲「……私は?」
スタッフ「……戸山さんは山吹さんが見ててくれるし、市ヶ谷ちゃんならきっと出来るよ」
有咲「ふざけんな! 無理だっつーの!」
ひまり「ああ……私の軽はずみな行動のせいで……! まりなさんとスタッフさんのラヴ空間を侵食してしまった……!!」
蘭「さっきから何言ってんの……ほら、落ち込んでないで、ひまりもどこをやるか決めなよ」
ワイワイガヤガヤ...
まりな「一気に賑やかになったね」
スタッフ「ですね。けど……この方がCiRCLEらしくていいと思いますよ」
まりな「ふふ、そうだね。せっかくみんなが手伝ってくれるんだし、早く終わらせちゃおっか」
スタッフ「はい。とりあえず、掃除用具取りに行ってきますね」
まりな「あ、私も一緒に行くよ」
スタッフ「分かりました」
まりな「それじゃあみんな、私とスタッフくんで道具を取ってくるから……悪いけど、お手伝いをお願いします」
『はーい!』
スタッフ「じゃ、行きましょうか」
まりな「うん。……あ、その前に」
スタッフ「はい? どうかしま――」
スタッフ(言いかけた僕の耳元に顔を寄せて、まりなさんがぽそりと、悪戯っぽくささめく)
スタッフ(喧騒にかき消されそうなその響きは……自分では聞き慣れているというか、生まれた時からずっと一緒だった響き)
スタッフ(まぁ、そう、つまるところ僕の名前な訳で)
まりな「これからも頼りにしてるよ♪」
スタッフ「……全身全霊を込めて頑張ります」
スタッフ(そんなことをされてしまうと、これ以上ないほど単純な僕の心はやる気に満ち溢れてしまうのでした……とさ)
ひまり「ああっ!! いまっ、絶対いまコソコソッと何かしてた!!」
ひまり「あーもうっ! 私が『手伝いに行こう!』なんて言ったせいで!! ホントもうっ!! なんてことをしたの、昨日の私ぃ!!」
蘭「だから何言ってんの。早く場所、決めてってば」
モカ「ひーちゃんてば、今日も絶好調で空回ってますなぁ」
おわり
スレンダーで優しいお姉さんなまりなさんが好きです。そんな話でした。
こんなの書いておいてなんですが、新人スタッフくんはポニ子ちゃんであるという説を推しています。
花園たえ「しあわせ光線銃」
――有咲の蔵――
市ヶ谷有咲「……は? なんだって?」
花園たえ「しあわせ光線銃だよ、有咲」
有咲「しあわせ光線銃って……ただのおもちゃだろ、それ」
たえ「昨日ね、こころがくれたんだ」
有咲「はぁ、弦巻さんが。なんなんだよ、そのしあわせ光線銃って」
たえ「私もよく知らないんだけど、人に向けて撃つと、その人がしあわせになるんだって」
有咲「へー。なんかハロハピっぽいおもちゃだな」
たえ「うん。美咲も言ってた。『燐子先輩ですら頭ハロハピになる』とか『湊さんですらポンコツ感マシマシになる』とか。だから私はこれをぽんこつ光線銃って呼ぶことにしたんだ」
有咲「なんだそれ!? かなりやべー銃じゃねーかよ!?」
たえ「大丈夫だよ、効果は24時間で切れるってこころが言ってたから」チャキ
有咲「ちょ、ま、待てって! どうして銃口をこっちに向けんだ!?」
たえ「お母さんもね、撃たれた感じは全然しないって言ってた」
有咲「母親を撃つなよ!」
たえ「じゃあいくよ~」カチ
有咲「こなくていいっ、ちょ、お前いま引き金ひいたろ……!?」
たえ「どう?」
有咲「どうって……あれ、本当に撃ったのか?」
たえ「うん」
有咲「……いや、別に何も感じないけど」
たえ「お母さんもそう言ってた。私も自分に向けて撃ったけど同じだったよ」
有咲「自分に撃ったのかよ……」
たえ「何も感じなかったから7回くらい撃っちゃった」
有咲「そんなに撃っちゃったのか!? ……まぁ、でも、確かに私も何も感じないし……そうだよな。よくよく考えたらそんな素敵な銃がある訳ないもんな」
たえ「やっぱりそうなのかなぁ。これで沙綾を狙い撃とうと思ったのに」
有咲「なんで沙綾?」
たえ「頑張り屋さんの沙綾にはしあわせになってもらいたい。それに、いつもしっかりしてる沙綾がドジっ子になったところ、見てみたくない?」
有咲「見たいか見たくないかで言えば……見たい」
たえ「でしょ? お母さんも私も全然変わらなかったから、有咲で試そうと思ったんだけど……」
有咲「おいおい、人を実験に使うんじゃねーよ」
たえ「有咲、なんだかんだいつもしっかりしてるからさ。ポピパで沙綾の次に効果がありそうだなーって思ったんだ」
有咲「え、そ、そうか? まぁそれならしょーがねーな」
たえ「うん、しょうがないしょうがない」
有咲「しょーがねーしょーがねー」
たえ「あはは」
有咲「ははは」
たえ「でもせっかくだから沙綾にも撃とうと思う」
有咲「だなー。せっかくだもんな」
たえ「うん。明日の学校が楽しみだ」
有咲「あれ……でもおたえ、お前別のクラスじゃね?」
たえ「あ……そういえば……」
有咲「それだとあんまり見れなくね、沙綾がぽんこつになっても」
たえ「……ぐす」
有咲「わ、わーわー! な、泣くなよ、ごめんな、私が悪かった!」
たえ「ううん……2年生になってクラス別なの忘れてた私のせいだから……」メソメソ
有咲「よ、よーし、じゃあこうしよう! 今から沙綾んとこ行こう!」
たえ「沙綾のとこに?」
有咲「そう! ほら、今日やまぶきベーカリーの手伝いしてるって言ってたろっ? だから一緒に沙綾を撃ちに行こう! な!」
たえ「うん……そうだね、そうしよう。ありがと、有咲」
有咲「いいっていいって。やっぱりみんな笑顔でいるのが一番だからな」
たえ「だね。沙綾を笑顔にするのが私たちの使命だ」
有咲「相変わらずおたえはいいこと言うなぁ。それじゃあ早速行くか!」
たえ「うんっ!」
……………………
―― やまぶきベーカリー ――
――カランコロン
山吹沙綾「いらっしゃいませ……って、なんだ、有咲におたえ」
有咲「よう」
たえ「遊びに来たよ」
沙綾「あはは、さては冷やかしかな?」
有咲「違う違う、ちゃんとパンも買ってくって」
たえ「うん。真の目的は別にあるんだけどね」
沙綾「真の目的って?」
有咲「それはあれだ、沙綾を笑顔にさせることだ」
たえ「そうそう。しあわせ光線改めぽんこつ光線だよ」
沙綾「おたえはともかく、有咲までそんなこと言うなんて珍しいね?」
有咲「そうか? 私はいつも通りだけど」
たえ「私はちょっとテンション高めだよっ」
沙綾「あー、うん、確かにちょっとテンション高めかも」
有咲「ところで今日のおすすめは?」
沙綾「クリームデニッシュが焼きたてで、あと今日はハムカツサンドが美味しいって父さんが言ってたかな」
たえ「分かった。ありがと、沙綾。お礼にこれをあげる」スッ
沙綾「え、なにそれ? おもちゃの銃?」
たえ「しあわせ光線銃だよ。撃たれるとしあわせになるんだ」
沙綾「へぇ。なんかハロハピっぽいね、それ」
たえ「!! すごい、何も言ってないのにこころから貰ったものだって分かった」
有咲「流石沙綾だな。ハンパねぇ」
沙綾(今日、本当に2人ともテンション高いなぁ)
たえ「それじゃあいくよ。えい」カチ
沙綾「……え、いま撃ったの?」
たえ「うん。どう、沙綾?」
沙綾「どう、って言われても……特に何も感じないかなぁ」
有咲「うーん、沙綾もそうなのか」
たえ「……やっぱりこれ、しあわせ光線銃じゃなくてぽんこつ光線銃だ」
沙綾「でもなんか、童心に帰る……って言うほど私たちも大人じゃないけどさ、こういうのってごっこ遊びみたいで楽しいよね」
有咲「それな」
たえ「分かる」
沙綾「小さなころはよくおままごととかしてたなぁ」
有咲「私も今よりかはアクティブだったから、そういうので遊んだなぁ」
たえ「……ぐす」
沙綾「え、お、おたえ!?」
有咲「ど、どうしたんだ!?」
たえ「私……友達ってポピパのみんなが初めてだったから……そういうのしたことないなって……」
たえ「レイがいるにはいたけど……音楽教室で話したりするだけだったし……すぐに引っ越しちゃったし……」
有咲「え、ちょ、えーっと、気にすんなって! な! ほら、そんなことがなくたって私たちは友達だしさ!」
沙綾「そ、そうそう! ほ、ほら、笑って笑って! 私、おたえの笑顔って好きだなぁ!」
たえ「うん……ごめんね、2人とも……」メソメソ
有咲(さ、沙綾! これなんとかならないか!? おたえが悲しんでるとすごく辛いんだけど!!)ヒソヒソ
沙綾(そ、そう言われても……! ええっと、紗南がぐずった時と同じ接し方でいいのかな……!?)ヒソヒソ
有咲(あ、そ、そうだ! 沙綾、ちょっと……)
沙綾(……な、なるほど、分かった!)
沙綾「あー、ご、ごほん。ねぇ、おたえ?」
たえ「……なぁに、沙綾」
沙綾「あれさ、おたえさえ良かったら……今からウチで働いてみない?」
たえ「働く?」
沙綾「ほら、リアルパン屋さんごっこだよ。有咲と私とおたえで、一緒にさ」
有咲「そ、そうそう。ほら、みんなでお揃いのエプロン着けてさ、きっと楽しいぞ?」
たえ「…………」
沙綾「おたえ……?」
有咲「や、やっぱりダメか……?」
たえ「……それ、すごく楽しそう」
沙綾「おたえ……!」
有咲「信じてたぞ……!」
たえ「リアルパン屋さんごっこ、やろう!」
有咲「ああ!」
沙綾「善は急げ、だね。ちょっと予備のエプロン持ってくる!」
……………………
――夜 有咲の部屋――
沙綾「なんかごめんね、なし崩しに……」
有咲「いいっていいって、気にすんなよ」
たえ「わーい、お泊りだー。嬉しいなー」
沙綾「おたえはいつも通りだね」
有咲「な。でも沙綾だってそれくらい素直でいいんだよ。私だってみんなとこうしてるの楽しいんだし」
たえ「そうそう。楽しいことは楽しいって言うのが一番だよ。言葉にしなくちゃ何にも伝わらないんだから」
有咲「相変わらずおたえは良いこと言うよな」
沙綾「確かにその通りだね。何でもない日にお泊り会ってすごくワクワクするなぁっ」
たえ「いえーい」ハイタッチ
沙綾「いえーい!」ハイタッチ
有咲「いえーいっ」ハイタッチ
有咲「さってと、まだ夜の7時だし、何すっか」
たえ「あ、私アレやりたい」
沙綾「アレ?」
たえ「アレ。みんなでワイワイテレビゲームやったり、漫画読書会したりするやつ」
有咲「あーはいはい、泊まりの定番のやつだな」
沙綾「純が友達のとこ泊まり行くとそうなるって言ってたなぁ」
たえ「だめ?」
有咲「ダメな理由がない」
沙綾「右に同じく」
たえ「えへへ、ありがと」
有咲「よーし、そしたらちょっと待ってろ。昔やってたゲームとか漫画とかが押し入れに……あったあった」
たえ「わー、コントローラーが見たことない形してる」
沙綾「『巾』の字みたいだね」
有咲「やっぱ泊りのゲーム大会つったらこれだろ、ニンテ〇ドウ64」
たえ「そうなの?」
有咲「そうなの。え、ていうかこれ以外にあるのかってレベルだと思うけど。2人とも、知らないのか?」
沙綾「なんか子供の頃に見たことあるようなないような?」
たえ「面白い形してるね、このコントローラー」
有咲「そうか……じゃあ2人はきっとセガ〇ターン派だったんだな」
沙綾「それも聞いたことないなぁ」
たえ「あ、私CMは知ってるよ。この前、平成のおもしろコマーシャルを振り返る番組でやってた」
有咲「せー〇たー三四郎ー、せー〇たー三四郎ー♪」
たえ「せ〇さたーんしろー♪」
沙綾「わぁ、全然分かんないや」
有咲「まぁゲーム機の名前やらCMやらはどうでもいいんだよ。大事なのはみんなで遊べて、みんなが笑顔になれることだからな」
たえ「有咲、良いこと言うね」
沙綾「今日の有咲は名言botだね」
有咲「よせよ、照れちまうだろ? さ、それよりなんのゲームやるか。初代大乱闘? それとも007になりきるか? はたまた世界一有名な配管工のパーティーゲームか?」
たえ「うーんと……」
沙綾「簡単なのがいいな」
有咲「簡単なのだとこのマ〇オパーティだな」
たえ「じゃあそれにしよう」
沙綾「わー、楽しみだなぁ」
有咲「オッケー。俗に言う友情破壊ゲーだけど、まあ私たちの間の強固な仲を崩せるほどのもんじゃないだろ」
たえ「有咲、コントローラー4つも持ってるんだ」
有咲「最大4人まで同時に遊べるからな。昔父さんが妙に張り切って買って来たんだよ」
沙綾「同時に4人まで……」
たえ「ポピパのみんなでやったら1人あぶれちゃう……」
有咲「そんな悲しい顔すんなよ、2人とも……」
沙綾「もしそうなったら私が遠慮して……」
たえ「ダメだよ、沙綾はいつもそうやって自分を後回しにするんだから」
有咲「そーだそーだ。悪いが沙綾が遠慮するのは私も断固拒否だ」
たえ「だからここは私が……あ、でもみんなが楽しそうにゲームやってて、私だけ蚊帳の外だと……ぐす」
有咲「わ、な、泣くなおたえ! 大丈夫、大丈夫だから!」
沙綾「そ、そうだよ! ほら、笑って!」
たえ「うん……大丈夫、私はひとりでも頑張れる……」メソメソ
有咲「あー、ほら、アレだよ! 短い対戦ゲームでさ、負けた人が交代って遊び方も楽しいんだぞ! 横から茶々いれたりしてさ! そういうのがやっぱ醍醐味だろ!?」
たえ「……あ、そうかも」
有咲「な? みんなのプレイを横から見つつ、色々口出しするのって楽しいだろ?」
たえ「うん!」
沙綾「確かにそうだね。そういうのもなんだか楽しそうだし、今度はみんなでお泊り会だね!」
有咲「ああ! ウチならいつだってオッケーだからな!」
……………………
――翌日 花咲川女子学園・中庭――
有咲「……って感じで、おたえと沙綾は昨日ウチに泊っていったんだよ」
戸山香澄「えー! いいなぁー!」
牛込りみ「すごく楽しそうだね」
たえ「うん、楽しかった」
沙綾「白熱したね、スターの奪い合い」
有咲「もうアレだ、テ〇サの使用は淑女協定により禁止だ」
香澄「有咲たちだけずるい! 私もお泊り会したいー!」
有咲「別に香澄もりみも、いつでも来ていいぞ」
りみ「え、いいの?」
有咲「ああ」
香澄「じゃあ今日行く!」
有咲「ウェルカム!」
香澄「やったーっ!」
りみ「……なんだか今日の有咲ちゃん、いつもよりも素直っていうか明るいっていうか……」
沙綾「そうかな? いつもあんな感じだったと思うけど」
たえ「うん。リアルパン屋さんごっこの時もずっとニコニコしてたし」
りみ「リアルパン屋さんごっこ?」
沙綾「昨日ウチでね、おたえと有咲にお店手伝って貰ったんだ」
たえ「お揃いのエプロン着れて楽しかった。賄いのパンも美味しかったなぁ」
りみ「わぁ、いいなぁ。私も沙綾ちゃんのところで働いてみたいな」
沙綾「りみりんならいつでもウェルカムだよ」
りみ「本当? じゃあ今度お邪魔するね」
たえ「あ、そうだ」
香澄「おたえ? どうかした?」
たえ「てってれてっててーててー♪ ぽんこつ光線銃~♪」スチャ
香澄「わぁ、おもちゃの銃だ」
りみ「どうしたの、それ?」
たえ「こころに貰ったんだ。撃たれるとしあわせになれる、ぽんこつ光線銃だよ」
りみ「撃たれるとしあわせに……?」
有咲「効果なかったけどなーそれ」
沙綾「うん。撃たれた気、全然しなかったし」
たえ「だから私はこれをぽんこつ光線銃と呼ぶようになった。せっかくだから香澄とりみにも撃ってあげるよ」
りみ「え、私、撃たれちゃうの?」
有咲「あー、平気だよりみ。それ本当にただのおもちゃだから」
沙綾「そうそう。だけどさ、こういうのってなんか楽しい気持ちになるよ」
たえ「えい」カチャ、カチャカチャカチャ
香澄「きゃーっ、うーたーれーたー!」
りみ「きゃ……あれ? 今、本当に撃ったの?」
たえ「うん」
沙綾「さりげに私と有咲まで撃ったね」
有咲「まったく、おたえはしょうがねーなぁー」
たえ「どう?」
香澄「うーん、特になにも変わんないや!」
りみ「いつも通り……だね」キメ顔
有咲「お、蘭ちゃんのモノマネ」
りみ「えへへ、上手になったでしょ?」
有咲「うまいうまい」
たえ「あ、有咲、お弁当のからあげちょっとちょうだい」
有咲「ただではやれねーな」
たえ「そっか……じゃあ仕方ない」ガシ
沙綾「うん? どうしたの、おたえ。急に私の肩を抱いて……」
たえ「沙綾が惜しければ、からあげをこちらへ渡して」スチャ
有咲「なっ、卑怯だぞおたえ!」
香澄「おたえ! 正気に戻ってぇー!」
りみ「その光線銃を捨てて投降してくださいっ」
たえ「それは出来ない。私が沙綾を開放する条件はからあげのみ」
沙綾「み、みんな……私のことはいいから……早く逃げて……!」
有咲「くそっ、どうすればいいんだ……!」
香澄「ここは私のミートボールで……!」つミートボール
たえ「いただきまーす。あむ……美味しい。でもからあげがないと沙綾は解放しない」
りみ「そんな……このままじゃあ沙綾ちゃんが撃たれてまう! そんなことになったら!」
たえ「しあわせ光線銃だからね。きっとしあわせになっちゃうよ」
沙綾「くっ……おたえ、どうして!」
たえ「前々からずっと思ってた。沙綾にはしあわせになってもらいたいって」
有咲「だからってお前!」
たえ「ふふ、大丈夫だよ。沙綾は責任を持って、私がしあわせにするから」
有咲「くそ、背に腹は変えらんねー。ここはからあげを差し出すしかない……!」
りみ「やけど有咲ちゃん、それは朝からずーっと楽しみにしとったって言うたやない!」
有咲「いいんだ。それで沙綾が助かるなら……安いもんだ」
香澄「あ、有咲……」
沙綾「……ごめん、ごめんね、有咲……」
たえ「それでいいんだよ。さあ、からあげをこっちに」
有咲「くれてやるよ、こんちくしょう。そら、あーん」つカラアゲ
たえ「あー……」
沙綾「させない! あむっ」
たえ「……え」
沙綾「からあげのせいでこんなことになるなら、私がからあげを食べちゃえばいいんだよ」
沙綾「これでもう争う必要なんてないはずだよ。からあげ美味しかったし」
たえ「…………」
有咲「おたえ?」
りみ「どないしたん?」
たえ「からあげ……ぐす」
香澄「わ、わぁー! 泣かないでおたえ! 私の卵焼きもあげるから!」
沙綾「ご、ごめんね、そこまで食べたかったなんて思わなかったから! ほら、私のハムカツもあげるよ!」
有咲「またばーちゃんに言って作ってもらうから! 今日のところはこのハンバーグで、な!?」
りみ「え、えっと、私のお弁当にはお肉ないから……デザートのチョココロネあげるね!」
たえ「うん……みんな、ごめんね。ありがとう……」
有咲「いいっていいって! 気にすんなよ」
香澄「あ!」
りみ「どうしたの、香澄ちゃん」
香澄「なんか急にドロケイやりたくなった!」
沙綾「あー、人質ごっこしたもんね」
たえ「それじゃあ放課後、公園でやろう」
有咲「おう!」
りみ「うんっ」
香澄「わーい!」
沙綾「了解。って、ヤバっ! 昼休みあと10分しかない!」
香澄「急いでお弁当食べちゃお!」
……………………
――夜 有咲の部屋――
沙綾「はぁー、あんなに走ったの久しぶりだったなぁ」
有咲「なー。白熱したなぁ、ドロケイ」
沙綾「いつの間にか公園にいた小学生たちも参加してたしね」
有咲「その後のロックんとこの銭湯も気持ちよかったな」
沙綾「うん。有咲のおばあちゃんのご飯も美味しかったよ」
有咲「で、その反動がアレか」
たえ「2日連続お泊り~」ゴロゴロ
香澄「みんなでお泊り~」ゴロゴロ
りみ「食後のチョココロネ~」モグモグ
沙綾「布団の上で超くつろいでるね」
有咲「ったくもう……おい、お前ら!」
香澄「はーいー?」ゴロゴロ
たえ「なーにー?」ゴロゴロ
りみ「チョココロネおいしい」モグモグ
有咲「私も混ぜろー」
香澄「へい、かもーん」
たえ「今なら私と香澄の間にご招待」
有咲「お邪魔しまーす」
沙綾「私もー」
りみ「ごちそうさまでした。あ、私も」
沙綾「りみりーん、食べた後すぐに横になったらダメだよー」ゴロゴロ
有咲「そーだそーだー。牛になっちまうぞー」ゴロゴロ
りみ「大丈夫やー、ウチの名字牛込やしー」ゴロゴロ
たえ「私はうさぎになりたーい」ゴロゴロ
香澄「じゃあ私は星になるー」ゴロゴロ
沙綾「…………」
有咲「…………」
りみ「…………」
たえ「…………」
香澄「……ぷっ、ふ、ふふふ……!」
沙綾「ちょっと香澄ー、ふふ、なんで急に笑うのさー」
有咲「そういう沙綾も笑ってるぞー、くくっ」
たえ「わっはっは~」
りみ「あはっ、もー、みんな笑っとるやんけー」
香澄「いやー、なんだろうねこの空気」
沙綾「分かんない。謎。めっちゃ謎」
りみ「けどこの謎の空気最高やー」
有咲「それなー」
たえ「分かるー」
香澄「有咲たちがゲームで遊んでたーって聞いて私もやってみたかったけど……今はずーっとこうしてたーい」
りみ「めっちゃ分かる~」
沙綾「こういうのもいいんじゃないかなぁー」
たえ「うん、いいと思うー」
有咲「だなー。ゲームやら漫画なんかはいつだってウチに来てくれればいいかんなー」
香澄「やったーっ。じゃあ今日は思う存分ゴロゴロしよーっと」
沙綾「あー……ふふっ」
りみ「沙綾ちゃん、どうしたん?」
沙綾「んー、なんかドロケイの牢屋の攻防のこと思い出した」
香澄「牢屋の攻防……ああ、おたえが捕まえた人全員解放した時の」
有咲「あれ反則だろ、折角私と沙綾でほとんど全員捕まえたのに」
りみ「まさかあの小学生の子が内通してたなんて思いもよらんかったわぁ」
たえ「あの子はオッちゃんを散歩させてる時によく会う子だからね。今度ウチでうさぎと遊ばない? って言ったらすぐに頷いてくれたんだ」
有咲「卑劣な手を使いやがって」
たえ「騙される方が悪いんだよー有咲ー」
沙綾「まぁその後すぐに私と有咲でおたえを捕まえたけどね」
有咲「泥棒を全員脱獄させるなんて前代未聞の大悪党だからな。沙綾のシュシュで両手を拘束するのもやむなし」
りみ「囚われのお姫様みたいやったねぇ」
香澄「おたえを助けなくちゃ! って救出しに行ったけど、全員捕まっちゃったね」
たえ「私を人質にするなんて酷い警察だ」
有咲「お前ら泥棒の蛮行でどれだけの市民が怯え、涙を流し暮らしているか、想像したことがあるかぁー」
沙綾「庶民は愛するものを失う恐怖で夜も眠れないー」
りみ「正論やめーやー」
香澄「ふわぁ~……」
たえ「……ふあぁ……」
有咲「でかいあくびだなぁ」
香澄「あはは、なんかすごく眠くて」
たえ「昼間、あんなに走り回ってたからしょうがない」
りみ「確かに……時間はまだ夜の9時過ぎやけど、眠いなぁ」
有咲「もう寝ちまうかぁ」
沙綾「そうだね。いい子はもう眠る時間だよ」
香澄「んー……」
りみ「香澄ちゃん、もう半分夢の中におるみたい」
有咲「よーし、そんじゃ電気消すぞー」
たえ「はーい」
沙綾「はーい」
りみ「はーい」
香澄「んー」
有咲「よっこらせ」カチッ
たえ「真っ暗だー……」
りみ「んー……えへへ」ゴソゴソ
沙綾「どしたのりみりん?」
りみ「お風呂上りのお布団の感触、好きなんよ」
有咲「分かりみに溢れる」
りみ「柔らかくてスベスベな感触が心地いいわぁー」
沙綾「分かる分かる。気持ちいいよねぇ……」
りみ「うん……」
たえ「……すー、すー……」
香澄「くー……」
有咲「香澄とおたえは寝るの早いなぁー」
りみ「私も眠い……」
沙綾「私も……。でも、こういう時ってなんか……寝るのもったいないって思っちゃうよね」
有咲「あー、それな。そう思うほど眠くなるやつ」
沙綾「それそれ」
りみ「んー……むにゃ」
沙綾「りみりんももう夢の世界かな」
有咲「沙綾もさっさと寝ちまえよ」
沙綾「うん。でもやっぱなんか、ね。楽しかった一日って終わらせたくないよねって」
有咲「まぁな。けど、いつだってみんなと遊べるし、ウチだっていつでも提供するし……まぁ、終わりと始まりで物語は進むってやつだよ。今日が終われば、また楽しい一日が始まるんだよ」
沙綾「流石名言bot」
有咲「よせやい」
沙綾「ふふ、でもそうだよね。あー……なんか安心したら超眠いや」
有咲「それなー……」
沙綾「有咲も寝ちゃいなよー……」
有咲「いや、なんかここまで来たら……アレだよ、アレ」
沙綾「……どうやら同じ気持ちみたいだね……」
有咲「やっぱりか……」
沙綾「もう勝負は……始まってるんだ……」
有咲「ああ……」
沙綾「先に……」
有咲「寝た方が負け……」
沙綾「一騎打ちだね……」
有咲「へへ……私はホームだからな……地の利がある……」
沙綾「どうかな……自分の家の方が安心して寝ちゃうんじゃないかな……」
有咲「なんの……」
沙綾「……ねーんねーん……ころーりーやー……おころーりーやー……」
有咲「ちょー……子守歌は反則……だろ……」
沙綾「ぼうやーはー……よいこーだー……ねんねーしーなー……」
有咲「…………」
沙綾「……また勝ってしまった……敗北がしりたい……」
有咲「ね……ねてねーし……」
沙綾「むりせずに……寝ちゃいなよ……」
有咲「むりしてねー……だいじょうぶだよ……パンはパンでも、それはパンナコッタだから……」
沙綾「ちがうよー……フライパンじゃないといけなかったんだよー……」
有咲「…………」
沙綾「…………」
有咲「……ぐぅ」
沙綾「……すー」
香澄「zzz……」
りみ「むにゃむにゃ……」
たえ「んー……えへ……しあわせ」
それから約18時間後、おたえ以外のしあわせ光線が解けていつものポピパに戻るのでしたとさ
おわり
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