【モバマス】佐藤心「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
佐藤心さんのお話です。
その音楽はどこかで聴いた事があって、楽し気に悲し気に、そして寂し気に奏でられていた。
遠い遠い世界に居た意識が徐々に徐々にこちらへと戻ってくるにつれて、その音楽も近くなっていた。
あぁ、これは鼻歌だ。
きっと誰かが歌っているのだろう。小さな声で優しい声で、そして美しい声で。
「……モーツァルトでしたっけ」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
俺が鼻歌の心当たりを尋ねると、彼女は歌うのを止めて、窓の外からこちらへ顔を向けた。
「いえ、大丈夫ですよ。それより今のって……」
「うん。モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』」
曲名を言われてもピンと来ない。きっと俺がわかっていないのを表情から察したのか彼女はまた小さく鼻歌を歌ってくれた。楽し気に悲し気に、そして寂し気に。
「子供の頃、その替え歌が流行りましたね」
「あはは、どこも一緒だね」
どうやら彼女のところでも流行っていたらしい。いったい誰がああいうものを広めるのだろうか。
「心さんは眠れないんですか?」
再び窓の外を眺め始めた彼女に問いかける。彼女の横顔は歌声と同じように、楽し気で悲し気で、そしてどこか寂し気で。
「んー……。なんとーく、そんな日ってない?」
「ありますね」
俺も彼女に習いベッドに横たえていた身体を起こして、同じように窓の外に視線を移した。どうやら世界はまだまだ眠らないらしい。あちこちで光が行ったり来たりしている。
「今のはぁとはそんな日、かな」
いつも騒々しく、表情をころころ変えている彼女なのだが、今ばかりは年相応に落ち着いた憂いを帯びた横顔を見せていた。
「うん☆ こういう時ってつい口ずさんじゃうんだよね」
「それはきっと夜が静かで寂しいんでしょうね」
「寂しい?」
「はい。心さんの周りはいつだって賑やかですから」
彼女はまるで太陽のような人だと俺は思っている。
彼女の周りにはいつだって人が集まり、笑顔を向け、明るさを振り撒いている。そんな太陽も夜になればみんな寝静まってしまって孤独を感じ寂しくなる事もあるのだろう。
「そっか。寂しいのかな」
「俺はそうかなって思いますよ」
俺の言葉に納得したのかはわからないが、彼女は言葉を続ける事なく、さっきまでと同じように窓の外を眺めるのに戻ってしまった。
鼻歌を歌いながら。
普段、アイドルをしている時には見せる事のない彼女の姿に戸惑いつつも、これが本来の彼女なのだと思うとどこか納得している自分が居る。
楽し気に悲し気に、そして寂し気に鼻歌を歌う彼女。太陽のような笑顔と明るさを振り撒き、みんなと一緒に騒々しくアイドルを謳歌する彼女。そのどちらも本当の彼女なのだ。
……きっと太陽だって寂しくなる事もあるのだろう。だから小さな歌を歌うのだ。
「はい?」
「プロデューサーにとってはぁとってどんなアイドルなの?」
「太陽みたいだなって思ってますよ」
俺の考えていた事が伝わったわけではないだろうが、唐突に彼女は尋ねて来た。そこにどんな意図があるのか、窓の外を眺める彼女の表情からは読み取れない。
「太陽、か。……じゃあはぁとはいつもみんなを明るく照らさないといけないね」
そう言う彼女の声音はさっきよりも寂しそうで。いや、むしろどこか辛そうにも聞こえてしまった。
「何か悩みでもあるんですか?」
「……はぁとさ。夢が叶ったじゃん? アイドルになって、ソロ曲を歌って、CDを出して。はぁとの夢がどんどん叶ってるよね」
「そうですね……。心さんの夢を叶えるのが俺の仕事ですから」
「ふふっ。ありがと☆ プロデューサーは頼もしいな☆」
窓の外からこちらに向き直った彼女の顔には切なそうな笑顔が咲いていた。楽し気に悲し気に、そして寂し気に見える切ない笑顔だった。
……彼女は誰よりも『しゅがーはぁと』が儚いものだと理解している。泡沫の如く消えてしまう儚い夢。覚めた時には何も残らないものだと、彼女自身が理解している。
「それでもいいやって思ってたんだけど、たまにこうやって不安になっちゃうんだ。ねぇ、プロデューサー。……私はいつまでこの『しゅがーはぁと』の夢を見られるのかな」
「それは……」
彼女は切なそうな笑顔のままで俺の言葉を待っている。俺の言葉なんて薄っぺらくてなんの頼りにもならないはずなのに、それでも彼女はそんなものにさえ縋りたい気持ちなのだろう。
「……いつまでも見られます、とは言えません」
「……だよね」
「はい……。夢は目が覚めれば消えてしまいますから」
彼女が期待していたであろう言葉をかけてあげる事が出来なかった。気休めにしかならない言葉をかけたところで、彼女はひと時不安を忘れるだけ。それではまた彼女にこんな笑顔をさせてしまう。
……太陽を輝かせるのが俺の、プロデューサーの仕事だ。
言葉を区切り彼女の様子を見やると、彼女はびっくりしたのか目をまん丸にしていた。
「何度だって『しゅがーはぁと』の夢を見ましょう。心さんと俺で、何度でも『しゅがーはぁと』の夢を見るんです」
同じ夢をもう一度見てはいけないなんて決まりはない。いつだって何度だって夢を追い続けてもいいはずだ。
一度覚めた夢をまた追いかけるなんて馬鹿がやる事なのかも知れない。それでも夢を追って夢を追い続けるのがアイドルってものだろう。
彼女一人では追い続けるのが難しいのかも知れない。だから俺が一緒に追い続けるんだ。アイドルとプロデューサーは同じ目標に向かって走り続けるパートナーなのだから。
「……って、俺は考えてるんですけど。どうですか……?」
目を丸くしたまま彼女は黙り続けている。
「……んもぉ☆ そうやって聞かなければカッコよかったのに☆」
「ははは……。すみません」
そうやって俺を茶化す彼女の顔には先ほどまでの切ない笑顔はなくなっていた。ステージの上で見せる笑顔ともまた違う、俺にだけ見せる笑顔を向けてくれた。
「……はい。心さんなら何度でも。それに俺も一緒ですから」
「ありがと☆」
彼女はどこか満足げに見える表情を浮かべ、窓にかかったカーテンを引いてベッドに横たわった。どうやら少しの間眠らない世界とはお別れらしい。
「……もう遅いし、そろそろ寝よっか」
「そうですね。明日もまた仕事ですからね。太陽には輝いてもらわないと」
「任せろ☆ ……じゃあ、お休み、プロデューサー」
「お休みなさい、心さん」
カーテンの隙間から漏れる夜の明かりで、ほんの少しだけ彼女の表情を見る事が出来た。穏やかそうに眠りについた彼女を見ているとまた頭がぼんやりとしてくるのが分かった。きっとまた遠い世界に行くのだろう。
……夢を見るために。
どこか遠くの方で小さな夜の曲が聴こえる。
End
ついに心さんにソロ曲が頂けました。「しゅがーはぁと☆レボリューション」って言います。
是非一度聴いてください。出来れば歌詞を見ながら。そこに佐藤心としゅがーはぁとの全てがあります。
素晴らしい曲を頂けた事に感謝します。
それではお読み頂ければ幸いです。
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コメント一覧 (5)
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- 2019年05月16日 09:25
- 私はしゅがはさんのSSなら無条件で☆5を付けるスキンヘッドの者です
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- 2019年05月16日 09:38
- 心さんという女性は、人の心をなごませる女の人ですね…
そばにいるとホッとする気持ちになる。
こんなことをいうのもなんだが結婚をするとしたら、あんな気持ちの女性がいいと思います。
守ってあげたいと思う…
元気なあたたかな笑顔が見たいと思う
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- 2019年05月16日 16:26
- なんだかんだで大人してる佐藤 好き
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- 2019年05月16日 21:02
- タイトルの曲名がなんの曲かわからなかったらあのCMを思い出すんだ
おーふろーにバスロマンー
このメロディの曲や
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- 2019年05月16日 22:36
- おつでしたっ