【モバマス】古澤頼子「光のどけき」クラリス「春の日に」
何卒よろしくお願いいたします。
春の匂いは、どこか繊細です。
遠くから届く若葉や花の香りが、霞と融けあい漂ってきて、日差しと共に私の体に薄いヴェールを纏わせます。
その暖かさを感じると、自分がこの空間に霧散して、溶けてなくなるような心地よさを覚えます。
こくりこくりと船を漕ぎつつ、夢と現の境界線を揺蕩っていると、彼方から扉を叩く音がして、私は元の世界に引き戻されました。
「同じく、ただいま戻りましたわ」
私の事務所のプロデューサーさんと、所属アイドルのクラリスさんでした。
靄のかかった視界と思考を晴らすように、私は目をこすりつつ、お二人にご挨拶します。
「ふぁ……こんにちは。お仕事お疲れ様です。すみません、少しうとうとしてしまっていて……」
「おはよう頼子。別に構わないぞ? こんなに過ごしやすい、いい天気だったら眠くて当然だろう」
「ふふっ、その通りですわ。春とはとかく眠いもの。それを味わうのも、風情というものです。ふぁ……」
微笑んでいたクラリスさんが、私につられてあくびをしました。慌てて口元に手を置いて、彼女はそれを隠します。
「はは、あくびってうつりますよね。クラリスさんも、今日はもう予定ないんで、ゆっくりしていったらどうですか?」
「あら、でしたら……せっかくですし、お茶の時間にいたしませんか? 紅茶を淹れようかと思いますけれど」
「お、いいですね……と言いたいところですけど、まだ事務処理が残ってるんでそっちをさっさと片付けてきます」
「そうですか……でしたら、後で淹れてからそちらにお持ちいたしますわ」
「んー……そう言ってくれるなら、お言葉に甘えます。ありがとうございます」
「かしこまりました。頼子さんは如何ですか?」
「はい……いただきます」
私もお手伝いを……と思いつつ、醒めたばかりの私の体と頭はまだ乖離していて、優しく絆してくる陽だまりに抗うことができません。
陽光でふっくらと暖かさを抱いたソファに、溶けて力の入らない体が、だらりと滲み込んでいきます。
ああ……寝ちゃ駄目です、お手伝いしないと……
ふわふわと綿毛のように舞う意識と、蕩けきった四肢に翻されつつ、なんとか起きだそうともがく私の意識の解像度を再び高めたのは、湿った花のような透明感を持った甘さの中に、芯のあるふくよかさが混じった芳香でした。
ことり、と私の目の前のテーブルに、ティーカップが置かれました。
中を覗くと、淡い飴色のミルクティーが、ごく薄い湯気を漂わせつつ湛えられています。
「ありがとうございます……すみません、全てお任せしてしまって……」
「構いませんわ。お礼は頼子さんの可愛らしい寝顔、ということで……ふふっ」
なだらかな丘陵を描くクラリスさんの糸のような目が、より一層細まったような気がしました。
◇
程よく温度の下がった紅茶を一口すすると、柔らかな口当たりと、少しの渋味を伴うほんのりとした丸い甘さが、舌の奥にじんわりと広がります。
優しく口の中を支配してくるそれを喉へと送ると、紅茶の青い爽やかな香りが鼻へと抜けて、一気に華やぎます。
しっかりと葉の開いた紅茶の味も、ミルクの深いコクも感じられるのに、こくり、と飲んでしまうとその余韻はしつこくは残らず、むしろ名残惜しさを覚えるぐらいにすうっと消えてしまいます。
その重すぎない味わいが、寝起きの私の体に入り込んできて、
「美味しい……」
手を取って引き出されるかのように、ため息交じりの言葉が口をついて出てきてしまいました。
にこにこと目を細めながら、クラリスさんはゆっくりとカップを口元に傾けます。
たったそれだけの動作なのに、ぴんと伸びた背筋と、指の先までエレガンスを纏った四肢に、私の視線は奪われてしまいました。
緩やかにうねった、透き通るような金色の髪と、白を基調にした瀟洒な装いが、うららかな光によってきらめいて、まるで一つの作品を鑑賞しているかのような感覚に包まれます。
「あの……頼子さん。頼子さん?」
「……あっ、す、すいません」
どうやらティーカップを持ったまま惚けてしまっていたようです。お恥ずかしい……
まだ少し微睡みの残る頭に、美味しいお茶をいただいて満たされたせいか、思ったことがそのまま口をついて出てきてしまいます。
歯の浮くような、とも形容できる台詞を投げかけてしまったと気づいたのは、目の前の女性の?が朱に染まるのを目の当たりにしてからでした。
「あら……あら。あ、ありがとうございます……その、特に気取ったつもりはないのですが……」
彼女の顔に浮かんでいた、慈愛に満ちあふれた笑みが、みるみるうちに焦りを帯びた照れ笑いへと塗り替えられていきます。
今までの厳かさが一転して、胸の奥をくすぐるような可愛さを放つ彼女を見て、私もなんだか少し照れくさくなってきて、くすくすと笑ってしまいました。
──時代を超えて人々を魅了する、美術というものに憧れて、私はこの世界に身を投じました。
そんな私にとって、今、目の前に佇む彼女は、観られる立場の『作品』としても、観せる立場の『表現者』としても、そして何より、一人の『アイドル』としても。
私の一つの憧れの形を顕現させたような、そんな存在です。
何かを評するのに、捏ねくり回した難しい言葉は必要ない、というのが私の持論です。
私は素直に、自分が抱いた憧憬の念を伝えました。
「あ、ありがとうございます……でも」
頬を薄紅に染めたまま、クラリスさんは続けます。
「いえ、そんな……さっきも寝顔や惚けた顔を見せてしまったり、お恥ずかしい限りです……」
「その寝顔こそ、です。陽射しに当てられて微睡む頼子さんが、見目麗しく……盗み見るようで申し訳なかったのですが、私、紅茶を持ってきて供する時に、しばらく見入ってしまいましたの。
頼子さんの周りの空気までもが、パステルカラーに彩られて、一枚のキャンバスに落とし込まれているかのようで……すごく柔和で穏やかな、一枚の『絵』でしたわ」
……面と向かって真っ直ぐに褒められると、嬉しい以上になかなかに照れますね。
今まで同じことをクラリスさんにしていたのですけれど。
彼女はこちらをしっかりと見つめながら続けます。
「きっと頼子さんは、私に憧れても、私になることはできません。……それと同様に、私も、頼子さんになることはできません。
『表現』とは、その者の過去から現在を醸成させて、未来へと放つ行為で、即ち『作品』とは、今まで経てきた人生そのものです。──頼子さんは、私が手にすることのできない絵筆を、既にお持ちだと思いますわ」
なんて、魚に泳ぎを教えるような真似でしたわね、とクラリスさんは解けた微笑みを浮かべました。
どんなに"品を作"っても、背景にある色はにじみ出てくるものです。
それはきっと、決して後ろ向きのものではなく──ある意味、作者の意図を離れた部分であるその『にじみ』こそが──それこそがその作品の、作者の、個性であり魅力であるのかもしれません。
では、その『にじみ』を、より魅力的に……より彩っていくためには、どうすればいいのでしょう。
「クラリスさん」
その答えは、私にはまだわかりません。
むしろ、答えなんてないのかも。けれど、
全く同じ色が作れなくても、それを目指す過程こそが、私の背景色を、より鮮やかなものにする。
そしてその過程は決して特別なものではなく、きっとごくありふれた場所に転がっているもので。
自分がそれを自分のパレットに採るかどうか、なのかもしれません。
私の突拍子もない我儘に対して、クラリスさんは少しだけ間をおいて、とても穏やかな口ぶりで答えてくれました。
「では……今度ご一緒にピクニックに行くというのはいかがでしょうか? 一人で見るにはありふれた色でも、二人で見れば違う色に見えるかもしれませんね」
それがまた、可笑しくて。二人でくすくす笑いながら、時間は過ぎていきました。
同じ茶葉でも、育てる人によって、淹れる人によって、味わいが異なるように。
そして、ミルクと混ざることで、元の味をにじませつつ、別の味わいが拓かれるように。
私は、私にしか出せない色を。
古澤頼子ちゃんとクラリスさん、相性いいと思います。腹ペコ属性持ちですし。
そんな二人がティータイムしてたら素敵だなぁと思ってしたためました。
第8回シンデレラガール総選挙ももうすぐ中間発表ですね。
ここまで読んでいただいて感謝の念を伝えるついでに、もしよろしければ、古澤頼子ちゃんとクラリスさんに1票よろしくお願いいたします。
それでは。
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コメント一覧 (2)
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- 2019年04月27日 01:25
- なんか、口調こんな感じだったっけ?
怪盗頼子と探偵都の関係には興味が無いのだろうか?