【モバマスss】青より蒼い群青【かこほた】
そして、幸運体質。
茄子さんはとても強い幸運体質で、一緒にいるだけで私の不幸体質も問題にならなくなる。この世界で初めて会えた、『私と一緒にいても不幸にならない人』だった。
茄子さんと出会えてからの私は、自分でも褒めてあげたくなるくらい、随分変わったと思う。
変われたと思う。
私が思う、私がなりたかった自分に、少しずつ近づけていたと思う。私がいてもいいんだと、私が頑張ってもいいんだと、そう思えた。
失敗しても、優しく慰めてくれた。でも、慰めてくれるだけじゃなくて、強くなるきっかけをくれた。不幸だからと諦めていた自分を叱ってくれた。前を向けないときに、一緒に空を見てくれた。
茄子さんは、私の憧れだった。
「は……はい、わかりました……あの……茄子さん、すいません……私撮り直しみたいで……」
「いえいえ、そんな、全然気にしなくていいですよー。なんなら、私もほたるちゃんの撮影にお邪魔したいなー、なんて思っちゃったりしてるんですが……」
「う、うええ……!?いやあのその、私のせいで茄子さんのあがりが遅くなっちゃったりすると……その……私は一人でも帰れますし……」
「ああ、それなら全然大丈夫ですよ。今日の午後はレッスンやお仕事は入っていませんし、お店の予約もたっぷり18時からですから!」
「え、えと、あの、そ、そうですか……」
「それともほたるちゃんは───」
──────私が見てると嫌ですか?
いたずらっぽく微笑う茄子さんの言葉は私にしか聞こえない。
耳元で囁かれた言葉が、私の脳内に感情を走らせる。
「そ、そんな!そんな、嫌なんてこと、ありません……!!」
「ふふ。冗談ですよ、ほたるちゃん。」
「うう、今日の茄子さんはちょっと、意地悪です……」
季節は八月。夏の真っ只中に放送される2時間特別ドラマ。ありがたいことに、今回のドラマにダブル主演という形で、私と茄子さんが抜擢された。
ドラマの内容は私が演じる高校一年生と、茄子さんが演じる高校三年生の間のラブロマンス。
茄子さんが演じる文芸部の先輩に対し、私が演じる後輩が恋をしてしまうという内容。周りの友人たちとは違う、恋愛嗜好。同性を好きになることの悩み。誰にも相談できず、苦しんで苦しんで、それでも自分の気持ちを肯定したいという少女の姿を描くという内容。
正直、結構攻めた内容だな、と思った。それはもう、いろいろなところで。ドラマの内容もそうだし、キャスティングもそうだ。私は高校一年生を演じるには年が若いし、茄子さんはもう高校を卒業している。
でも、プロデューサーさんが、私のために、私たちのためにとってきてくれたお仕事。メイクさんによれば、プロデューサーさんがかなり無理をして、私たちを主演にするよう働きかけてくれたみたいだ。
「いや、オーディションに受かったのは白菊さんの、そして鷹富士さんの努力の賜物です。この役を射止めたのは、紛れもなく、あなたたち自身の実力です。」
なんてことをプロデューサーさんが言っていたが、私は、そうは思えない。
それは私が謙遜しているわけでも、謙虚なわけでもない。だからと言って、───昔みたいに───卑屈なわけでもない。
それは、目の前で語られる厳然たる事実。
7年という年月の差。役に対する理解の差、女優としての妖しさの差。そして何よりも、アイドルとしての輝きの差。
茄子さんの演技は、もう演じるなんて言葉がもったいないくらいに鬼気迫っていて。
茄子さんの仕草の伸びやかさ。表情の機微。心情の美しさ。あまりの迫力、巧さ、そして説得力。
間近で見せつけられた、決定的な差。
俗な言い方になってしまうが、茄子さんはこれ以上ないくらいに完璧に「役にハマって」いた。
「すごいね、こんなことになるなんて思わなかった。いや、参った。」
監督さんが撮影終盤に漏らした言葉だった。そう呟いたのは監督さんだけだったけど、その場にいた人はみんな、同じ感想を持っただろう。
それは私も例に漏れない。
私もこの役をもらってから、今まで以上に演技のレッスンに力を入れた。茄子さんと同時主演だということで、絶対に迷惑をかけたくないと思ったし、いや、それ以上に、憧れの存在である茄子さんと一緒にお仕事ができることに喜びを感じていた。
憧れの人と肩を並べてお仕事ができるなんて、夢のようだった。
そしてその夢は、現実との摩擦で触れないほど熱くなってしまった。
そしてドラマ本編の撮影も終わり、2週間後に迫った放映日。今日はそのCMの撮影。
これで、このお仕事の撮影は全部おしまい。
私は私の努力してきたことを全部出し尽くした。レッスンで習ったこと、身につけたこと。私の全てを演技にぶつけた。そして───
───結果は、知れたものだったけれど。
撮影場所は、物理科講義室。三人掛けの長机が教室の左右に7列ずつ並ぶ。小道具のビーカーの中には、温度計を冷やすための氷がいち、にい、さん、し。
窓を開けると、緑に色づいた葉が視界を遮る。このおかげで部屋はそこまで暑苦しくも無い。もちろん、夏にしては、だけど。
撮影が終わってから食べる予定だったお昼ご飯は、ついぞ食べる機会は失われてしまった。
響子ちゃんが聞いたら、「ちゃんと規則正しくご飯を食べなきゃいけません」って怒られそうだなぁ。
でも、スタッフさんが3時のおやつのかき氷を買ってきてくれた。
私はブルーハワイを選んだ。自分の撮影が終わって、私の撮影を見学している茄子さんはメロン味。
と言っても、かき氷シロップで違うのは色だけで、本当は味は変わらないなんて噂もあるみたいだけど。
緑の波間に揺蕩う光。
葉が揺れるだけで、少なくとも、気分的には涼やかだ。
機材を動かす音と、蝉の声が媒質の衝突を引き起こす。
今回も、蝉の声が勝ったみたいだ。
通り抜ける、透明な温度。
額に少しだけ汗をかく。
「ほたるちゃん」
一枚写真の確認中。茄子さんが、気を使って私に話しかけてきてくれる。
「ほたるちゃん、お疲れ様。疲れたりしていませんか?」
「あ、ありがとうございます……私は疲れてはいないんですが、その……」
「……大丈夫、ですよ。ほたるちゃんが今思ったこと、皆さん思ってないと思いますよ。少しでもほたるちゃんが可愛く撮れるように、頑張ってくれているんだと思います。」
「は、はい……でも、私一人のために皆さんにご迷惑をおかけしていて……これで最後なのに、ちゃんとできていなくて、その……」
「う~ん……あっ、じゃあ、そうですね、ちょっと待っててください。」
そう言うと茄子さんは何やら監督さんたちの方に向かい、一言二言交わすと、また私の元へ帰ってきて、こう言った。
「もうOKだったみたいなんですけど……少しだけわがままを聞いてもらっちゃいました。」
「先輩」
「あら、どうしました?」
茄子さんのわがままというのは、私と茄子さんの二人で新しいシーンを撮りたい、というものだった。
当然、普通なら、急にそんなお願いをしても断られるに決まっている。でも、不思議なことに、以前に撮ったCMに使うテープを、一つ、紛失してしまったらしい。
そこで早急に新しいシーンを撮る必要が生まれた。
私の撮影が長引いていたのは、NGが多いから、というわけではなく、少し多めに撮っておきたかったからだと、茄子さんから耳打ちされた。
そう思うのと同時に。
テープが紛失したのは、もしかしたら自分の不幸体質のせいなのかもしれない。
そう思ってしまってもいた。
「これ、どういうことでしょうか。」
「どういうことって、ええと、どういうこと?」
「この手紙、先輩の字ですよね……。私の気持ちを知っているはずなのに、なんでこんな……!」
握られた手紙は、恋文(ラブレター)。
先輩から後輩に向けた、一編の愛の譜(うた)。
「……私を、からかってるんですか?」
「どうして?そんなこと、あるわけないじゃないですか。」
「───だって!先輩が私みたいな……私みたいな出来損ないを好きになるはずないじゃないですか!」
私の声が教室中に響く。これでおしまい。ここまでがCMで使うシーンで、撮影は全部終わった。
最後の演技は、自分でもうまくいったと思う。納得の出来だ。よかった。次のお仕事につなげられるように頑張ろう──────
え?
これって、ええと、あれ?
「その手紙に込めた気持ちも、今あなたの目の前にいる私が紡ぐ言葉も、全部本物。全部本当の気持ち。」
「あなたは私を好いてくれて、私はあなたが好き。」
「どうしたいか、なんて。」
「どう在りたいか、という問いの前には無力なんですよ。」
茄子さんが私を見据え、まっすぐ近づいてくる。
もう演技は終わっているはずなのに。こんな台詞、こんなシーン、台本には───ないはずなのに。
とくん、と跳ねる心臓がふたつ。
「私なしでは生きていけないでしょう?だって私がそうなんだから。」
伸びる影は一つ。
二人の距離は零。
風に揺られて形を変える、夏の真ん中。
蝉の声はもう聞こえない。
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コメント一覧 (8)
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- 2019年04月20日 23:32
- ???「ふーん・・・蒼というのに私を出さないんだ」
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- 2019年04月21日 01:15
- ※1
?「そういう日もありますから、怖い顔はやめましょうね。ぶるーっときちゃいます。」フフッ
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- 2019年04月21日 01:26
- ???「蒼ってだけで吠えてる駄犬は保健所に連れて行きますよぉ」
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- 2019年04月21日 05:31
- ※2
上手い事言ってないで帰りますよ
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- 2019年04月21日 08:07
- 落ち着け蒼紅緑
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- 2019年04月21日 08:27
- 鷹富士さんのブレザーかセーラーかわからないが女学生姿か…
う…うむ!なんだか興奮してきたよ!
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- 2019年04月21日 11:31
- >>6
セーラー服ならアイバラ上位のが可愛い
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- 2019年04月21日 20:20
- 色だけで話を連想すると
千早、しぶりん、奏
となってしまう私です。