刑務所長「嫁が囚人で何が悪い!」囚人嫁「おやつ食べたいから牢屋から出してくれない?」
- 2019年02月21日 03:10
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コソ泥(あーあ、俺としたことがムショ暮らしとは、しくじったなぁ……)
ボス「新入り、お前さんは窃盗でもやらかしたな?」
コソ泥「よく分かったっすね! 誰にも話してないのに!」
ボス「こんぐらい出来なきゃ、このムショのボスにはなれねえさ」
所長「おい、牢屋で私語してんじゃねえぞ! 懲罰房にブチ込まれてぇかっ!!!」
コソ泥「こえー……あれがここの所長っすか」
ボス「ああ、元凄腕の犯罪者ハンターで、若くして所長に抜擢されたんだ」
コソ泥「この監獄の国の王様ってわけっすね」
嫁「あなたー」
所長「なんだい?」
嫁「おやつ食べたいから、ここから出してくれない?」
所長「いいよー! 今日はなに食べる? プリンかな? それともケーキ?」
嫁「パフェ」
所長「おっ、いいねー! じゃ、出してあげるねー」カチャカチャ
コソ泥「え!?」
コソ泥「なんすかあれ! 普通に牢屋から出ちまったっすけど!」
コソ泥「ていうか、女囚は女の刑務所に行くもんじゃないんすか!?」
ボス「彼女は特別なんだ」
コソ泥「特別?」
ボス「あの女は所長の嫁さんなんだよ」
コソ泥「嫁!?」
刑務所内作業に従事する受刑者たち。
コソ泥「ふんふ~ん」サッサッサッ
ボス「お前さん、なかなか早いじゃねえか」
コソ泥「こういう細かい作業は得意中の得意っすから」
ボス「フッ、ピッキングとかで鍛えたのか」
囚人A「かったりい……」モタモタ
所長「コラァ! チンタラ作業してんじゃねえ! ケツひっぱたくぞ!」
囚人A「す、すんません!」
嫁「…………」サッサッ
所長「手伝おうか? なんなら一休みしてコーヒーでも……」
嫁「結構よ」
モグモグ… ムシャムシャ…
コソ泥「これがムショ生活唯一の楽しみっすねー」
ボス「まったくよ。このムショはメシはうめえのが救いだぜ」
囚人B「へへへ、ライスで山作ってみた」
囚人C「子供か!」
所長「コラァ! 食い物で遊んでんじゃねえ! メシ抜きにすんぞ!」
囚人B「あ、いや、つい……」
所長「ん?」
嫁「ライスでお城を作ってみたの」
所長「わぁっ、かわいい! こんな城にいつか二人で住んでみたいなぁ!」
嫁「なにいってるの。ここが私たちのお城でしょ?」
所長「たしかに! じゃあ俺らは王子とお姫様だ!」
嫁「はい、あーん」
所長「あーん」パクッ
コソ泥「あーあ、堂々とイチャイチャしちゃって……」
ボス「いつものことよ。気にしたら負けだ」
列になり、囚人が順番にシャワーを浴びていく。
ザァァァァ… ザァァァァ… ザァァァァ…
所長「いいかー、シャワーは一人5分! 後がつかえてんだ、きっちり守れよォ!」
コソ泥「いやー、5分じゃろくに体洗えないっすね」
ボス「ま、俺らは身だしなみ気にする身分でもねえからな。汗流せるだけ儲けもんよ」
嫁「次は私ね」
所長「シャワーは30分まで! 多少……一時間ぐらいはオーバーしてもいいよ!」
嫁「そんなに浴びたらふやけちゃうって」
オオッ…
コソ泥「おおっ、これはいい目の保養になるっすね!」
ボス「なにしろ他に女がいねえからな」
囚人D「よっ、美人! 刑務所に咲く花!」ピーピーッ
所長「おい」ギロッ
囚人D「所長!? すんませんっ! 命だけは……」
所長「今度から……ちょっと作業を楽にしてやるよ」ボソッ
囚人D「え、いいんですか!?」
所長「なんなら刑期も短くしよっか?」
囚人D「いや、さすがにそれは……」
所長「ふぅー、やっと一日が終わった」
嫁「お疲れ様」
所長「だけど……今夜はちょっとムラムラするんだ」
所長「今はちょうど懲罰房に空きがあるし……どうだ?」
嫁「うん、かまわない」
…………
……
懲罰房の囚人「すいませーん! 隣がギシギシアンアンうるさいんですけどー!」
看守「お楽しみ中だから、耳塞いでてくれ」
コソ泥「文句言う囚人とかいないんすか?」
ボス「んな奴いねえし、とても言えやしねえさ」
コソ泥「あの所長、おっかないっすもんね。そこらの囚人よりよっぽど怖えっす」
ボス「それに、見てて退屈しねえからなァ、あの夫婦」
コソ泥「ハハッ、それはいえてるっす!」
― 刑務所 ―
大きな傷を持つ強面の囚人が入ってきた。
看守「こっちだ。ついてこい」
凶悪犯「……ケッ」
コソ泥「うひゃ~、なんかすげえのが入ってきたっすね」
ボス「ありゃあ……殺人をやらかしてるな」
コソ泥「さすがに俺でも分かるっすよ」
ドガシャァァァン!
凶悪犯「こんなまずいメシが食えっかよォ! 量も少ねえしよォ!」
看守「コラッ! 暴れるんじゃない!」
凶悪犯「あぁん? 取り押さえたいならかかってこいよ。こっちは素手だぜ?」ギロッ
看守「うぐっ……!」ビクッ
ザワザワ… ドヨドヨ…
コソ泥「ボス、こういう時こそ出番なんじゃ? あいつ、どうにかした方がいいっすよ!」
ボス「いや、俺は口と知恵でのし上がったタイプだから。それにもう年だしよ」
ボス「ああいう問答無用で腕っぷしでくる手合いはちょっと……」
嫁「うるさい」ボソッ
凶悪犯「おい……今いったのはテメェか?」
嫁「ええ」
凶悪犯「なんで女がいんだよ? 女は女どものムショに入れられるもんだろうが?」
嫁「どうでもいいでしょ、そんなこと」
嫁「それより、食事中は礼儀正しくなさい。みんなが迷惑するから」
凶悪犯「……ライスで恐竜作ってる女にいわれたくねえよ」
嫁「あっ……」
凶悪犯「それはともかく、俺にナメたクチきいたんだ。きっちり償いはしてもらうぜ」ガシッ
嫁「…………」グイッ
次の瞬間、凶悪犯は投げ飛ばされていた。
――ズダァン!
凶悪犯「ぐおっ!?」
嫁「どうも」
凶悪犯「一応教えといてやる。俺は敵対組織のヒットマンを五人も返り討ちにしてんだ」
凶悪犯「この国にゃ死刑がないから、50年の長期刑囚よ」ニヤッ
嫁「私は爆破テロよ」
凶悪犯「ばっ……!?」
嫁「国営施設ばかり、20はやったかしら。もちろん終身刑」
凶悪犯「…………ッ!」
凶悪犯「ちっ……」
凶悪犯「冷めちまった。今日はこのぐらいにしといてやらぁ」
オオッ…
嫁「もっとしっかりしてよね」
看守「ありがとうございました……!」
所長「テーブルがひっくり返ってんじゃねえか! ここは運動場じゃねえんだぞ!」
所長「やったのはお前か? 入所早々問題起こしやがって……」
凶悪犯「だったらなんだってんだよ。かかってこいよ、所長さん」
所長「いい度胸だ……!」
嫁「やめて、あなた」
嫁「私が運動してひっくり返しちゃったの、ごめんなさい」
凶悪犯「!」
所長「そうだったのか! 食事中に運動するなんて偉いぞ!」
所長「だから今夜はもっと激しく運動しよう!」
嫁「うん」
凶悪犯(なんなんだ、この刑務所は……! 調子が狂う……)
コソ泥「いやー、昼間はビックリしたっす。あの嫁さんが凶悪犯を鎮めちゃって」
コソ泥「しっかし、爆破テロってのはマジなんすか?」
ボス「ああ、マジだぜ」
ボス「十年前の≪浄化政策≫って知ってっか?」
コソ泥「たしか……かつてあったスラム街に国が軍隊を送り込んだっていう……」
ボス「そうだ。スラム街の存在が疎ましかった時の治安大臣が、スラム住人に言いがかりをつけ」
ボス「更生を促すという大義名分で、建物や住居を徹底的に破壊した。もちろん死人も出た」
コソ泥「うへえ……」
ボス「行き場をなくしたスラム民は、野垂れ死にするか、よそで犯罪に走るしかなかった」
ボス「まがりなりにも存在した彼らの居場所を、国が奪っちまったってわけだ」
ボス「近年最大の愚策といわれた、どうしようもない政策よ……」
ボス「ガキでも思いつくような政策を、権力持ったバカが本当にやるとこうなりますっていい例だな」
コソ泥「その政策と嫁さんになんの関係が?」
ボス「あの嫁さんもそれをもろに受けた被害者の一人だったんだよ」
コソ泥「あの人、スラム出身だったんすか……!」
ボス「あの所長に捕まった」
ボス「で、今に至るってわけだ」
コソ泥「へぇ~、あの二人にそんな過去が……」
コソ泥「ボス、結構インテリなんすねえ! ビックリしちゃった!」
ボス「よせやい、褒めてもなにも出ないぜ」
― 刑務所 ―
一人の役人が刑務所にやってきた。
所長「これはこれは、お待ちしておりました」
役人「刑務所長生活はいかがかな? 猿山の大将君」
所長「!」ピクッ
所長「おかげさまで快適ですよ。月に一度、キーキーやかましい猿が来ることを除けば」
役人「!」ピクッ
所長&役人「…………」バチバチッ
火花を散らす二人。
コソ泥「なんすか、あいつ」
ボス「あれは政府のお役人よ。月に一度、このムショを視察に来るんだ」
役人「それにしても、いつ見ても小汚い刑務所だな」
役人「ちゃんと掃除してるのか?」
所長「もっと予算を増やしていただければ、もっとキレイにできるのですが」
役人「予算は関係ないだろ。貴様や囚人の心がけがなってないんだよ」
役人「心が汚れてるから、刑務所まで薄汚くなってしまうんだ」
所長「……ほう」
所長「つまり、あなたのご自宅も、だいたいこのぐらいの汚さだと推測していいわけですな?」
役人「どういう意味だ?」
所長&役人「…………」バチバチッ
役人「これはどうも」
役人「……って囚人じゃないか!」
所長「ええ、私の嫁です」
役人「相変わらず、刑務所を私物化しているようだな」
所長「おかげさまで」
役人「いつまでもこんな暮らしができると思うなよ?」
所長「俺は別にこんな仕事、誰かが替わってくれるんならいつでも替わってやるよ」
所長「なんならアンタがやってみるか?」
所長「あの海千山千の囚人どもをまとめられる自信があるなら、の話だが」
役人「ぐ……!」
役人「今回の選挙、反大統領派も力を入れてきてるし、大統領もなにか目玉になる公約が欲しいだろう」
役人「この刑務所の閉鎖を公約に入れてもらってもいいんだぞ」
役人「貴様もこの刑務所も我が国の毒、百害あって一利なしだ」
所長「……ふん」
嫁「あら、そんなことありませんわ」
役人「……なに?」
嫁「さらに、この刑務所に入りたくないがために、都市部での犯罪発生件数も減少しています」
嫁「優れた犯罪者ハンターだった主人に憧れて、犯罪者ハンターを目指す人も増えています」
嫁「これだけでも主人がどれだけこの国に貢献してるか、お分かりになるでしょう?」
役人「…………!」
役人「なんかそういうデータがあるのか!?」
嫁「あります」カタカタ
嫁「信頼のおける統計機関がとったデータです。どうぞご覧になって下さい」サッ
役人「ぐぐっ……!」
所長「もうお帰りですか。もっと長居して下さってもよかったのに」
役人「心にもないことを言うな」
役人「だが、覚えておけ。こんな刑務所……いつか必ず取り潰してやるからな!」
所長「お待ちしてます」
所長「…………」
所長「さっきは助かったよ」
嫁「夫を助けるのは妻のつとめだもの」
所長「にしてもあいつ……本当に嫌い! 大っ嫌い! 帰りに事故とかに遭え! バーカッ!」
嫁「よしよし」ナデナデ
― 刑務所 ―
サイレンが鳴り響く。
ウーウー……! ウーウー……!
「どこだ!? どこにいる!?」
「捜せーっ!」
「いったいどんな方法で……!」
バタバタ… バタバタ…
コソ泥「騒がしいっすね。なにがあったんでしょう?」
ボス「これは……脱獄者が出たな」
コソ泥「へえ、このムショでもそんな骨のある奴がいるんすねえ!」
所長「手口は?」
看守「食事で出たスープを少しずつ鉄格子にかけ、腐らせることで脱走したようです」
看守「この独房は他に比べても老朽化してましたから……」
所長「ふうん……やるじゃねえか」
看守「感心してる場合じゃないですよ!」
所長「とにかく追手を出さなきゃな。とはいえ、できれば内密に捕まえたい……」
看守「どうしますか? もう逃げてからかなり時間が経ってますし……」
所長「こういう時、頼れるのは一人しかいないだろ?」
嫁「ん、分かった」
嫁「脱獄した囚人のパーソナルデータを見せてくれる?」
所長「ここに用意してある」
コソ泥「えええええ!?」
コソ泥「嫁さん、囚人っすよ!? ムショの外に逃げた奴を追わせるんすか!?」
ボス「所長は動くわけにはいかねえし、あの嫁さんそこらの看守よりよっぽど使えるからな」
コソ泥「そりゃそうかもしれないけど……」
ボス「それに、さすがにもちろん、なんの条件もつけずに出すわけじゃねえ」
所長「俺は責任を取って自害する」
嫁「うん、了解」
コソ泥「自害ィ!?」
ボス「そりゃそうだ、ムショ内で優遇するだけならともかく」
ボス「囚人外に出したら逃げられましたなんて、さすがに許されねえ」
ボス「あの所長、アホそうに見えてそんだけのもんは背負ってんのさ」
コソ泥「ひええ……」
嫁「じゃあ、行ってくる」ブォンブォン…
所長「いいか、くれぐれも安全運転でな」
所長「もし、24時間で刑務所に戻れなくなりそうになっても、スピード出しすぎちゃダメだ」
嫁「なにバカなこといってるの」
ブオオオオオオオオオオオッ!!!
…………
……
ヘトヘトになりながら歩く脱獄囚。
脱獄囚「ハァ、ハァ……」
脱獄囚(せめて、一目……一目だけでも、妹に……)
ブオオオオオオ…
脱獄囚「……ん?」
脱獄囚「こんなところをバイクが……?」
嫁「ふぅ……やっと追いついた」ドルルルル…
脱獄囚「あなたは……所長の……!」
嫁「あなたにとって土地勘のある方角に逃げていったと推測したけど、当たってよかった」
嫁「用件は分かってるでしょ? 帰りましょう」
脱獄囚「あなたの強さは知ってます。抵抗しても無駄でしょうね……」
脱獄囚「せめて一目……会いたかった……」
嫁「なにか事情がありそうね。よかったら話してくれない?」
嫁「悪い奴らに嵌められて、違法製品の運び屋みたいなことやらされて捕まっちゃった、と」
脱獄囚「はい……」
脱獄囚「それでどうしても釈放まで待ってられず、脱獄を……」
嫁「あなたの気持ち、とてもよく分かる」
嫁「私も実の弟のように可愛がってた弟分と、生き別れてしまったから」
嫁「だけど、あなたは囚人。勝手に刑務所を出ることは許されない」
嫁「あなたが脱獄して妹さんに会っても、結局辛い思いするのは妹さんなのよ」
脱獄囚「その通りですね……」
嫁「って、私もこんなこと言える立場じゃないんだけどね」
嫁「主人に話して、あなたが妹さんと面会できるように取り計らってあげる」
脱獄囚「本当ですか!?」
嫁「ええ、それにあの人も……」
所長『あいつは私利私欲で脱獄するような奴じゃねえ。おそらく、大事な誰かに会いに行ったんだろう』
所長『この脱獄が表ざたになれば、確実に刑期は延びる。できれば内密に捕まえてやりたい』
嫁「って話してたから」
脱獄囚「あの所長が……!」
嫁「これナイショね」シーッ
嫁「あ、そうだ。まだ時間あるし、ちょっと街で飲んでいかない?」
脱獄囚「いいんですか?」
嫁「いいのよ。たまには気晴らししたいでしょ?」
嫁「ふぅ……おいしい。さすがに刑務所ではお酒は控えてるから」
脱獄囚「あのう……」
嫁「なに?」
脱獄囚「さっきの話だと、あなたが24時間以内に戻らないと所長死んじゃうんですよね?」
脱獄囚「そろそろ戻らないとマズイんじゃ……」
嫁「あっ」
嫁「どうしましょ、どうしましょ」
嫁「このままじゃ主人が……! 主人が死んじゃう……!」
嫁「だけど、もうお酒飲んじゃったし、バイクの運転なんて……!」
脱獄囚「落ち着いて、奥さん!」
嫁「うん、分かった!」
まもなくタクシーがやってきた。
運転手「お客さん、どちらまで?」
脱獄囚「首都近郊の刑務所までお願いします」
運転手「へえ、珍しい行き先だ。いったい何をしに行くんだい?」
脱獄囚「脱獄しちゃったから戻ろうかと」
運転手「えええええ!?」
― 刑務所 ―
看守「……あと10分で24時間が経過します」
所長「銃をよこせ」
看守「は、はい」
所長「…………」
看守「本当に死ぬんですか!? やめて下さい! 所長が死んでしまったら、誰がこの刑務所を……!」
所長「自分で決めたルールだ。守らなければならん」
ブロロロロロ… キキッ…
刑務所にタクシーが到着した。
嫁「あなた、遅くなってごめんなさい」
脱獄囚「脱獄して申し訳ありませんでした……!」
看守「タクシーで戻ってきたの!?」
所長「…………」
所長「とりあえず、二人とも……中に入れ。風邪ひくぞ」
嫁「うん……」
所長「今回はお疲れだったな。バイクは後で誰かに取りに行かせるよ」
嫁「ギリギリになってしまって、本当にごめんなさい」
所長「ハハハ、もう少しでこのムショの所長が新しくなるとこだった」
所長「さっきの話だが、あいつの妹と連絡を取り、面会できるように取り計らうし」
所長「脱獄の件、あいつはしばらく飯を少なくするぐらいで勘弁してやる」
嫁「ありがとう」
所長「しかし、今回は久しぶりに肝を冷やした」
所長「といっても、お前がこの刑務所にやってきたあの時ほどじゃないが……」
…………
……
五年前、刑務所長の嫁は“黒衣の女”として、首都近辺の国営施設を次々爆破していた。
次のターゲットに選ばれたのは――
黒衣女「……この刑務所ね」
黒衣女「死にたくなければどきなさい」
ドゴォォォォン! バゴォォォォン! ズガァァァァン!
「うわぁぁぁっ!」 「ひえええっ!」 「逃げろっ!」
黒衣女「…………」ザッザッザッ
黒衣女「!」
所長「おっと、ここから先へは進ませんぞ。可愛いお嬢さん」
黒衣女「ええ、そうよ」
所長「これだけ派手にやらかしといて、一人も死人は出していない……大したもんだ」
黒衣女「やっぱり人が死ぬのは嫌だし、私の目的は破壊だから」
黒衣女「でも勘違いしないでね? 死人を出さないよう配慮するのは、あくまで努力目標」
黒衣女「爆破の邪魔をするなら、容赦しない」
所長「分かってる、そういう目ぇしてるよ」
所長「なんでこんなことをする?」
黒衣女「五年前の≪浄化政策≫……あれに対する報復よ」
所長「お前……元スラム民か」
黒衣女「≪浄化政策≫を実行に移したけど、データの中には悪質なでっちあげも多かったわ」
黒衣女「それに、私は軍が乗り込んできた時のあの恐ろしさを忘れることができない」
黒衣女「大勢のバッタが作物を食い荒らすなんて災害があるらしいけど、まさにそれ」
黒衣女「だから私は国営施設を爆破して、首都の住民にも私たちが味わった恐怖や不便さを味わわせるの」
所長「街壊されたから、街ぶっ壊すってか。ガキの発想だな」
所長「お前らには同情するが、お前のやってることは逆恨みにすらなってねえぞ」
黒衣女「私は自分が正しいなんて思ってない。やりたいからやるだけ」
黒衣女「分かったならどいて。腕が立つようだけど、爆弾には敵わないでしょ」
所長「いや、どくわけにはいかねえな」
所長「囚人たちに罪を償わせてやる義務がある。この刑務所は爆破させない」
所長「もしこの刑務所が爆破されるとしたら……“俺が死んだ後”だ」
黒衣女「…………」
黒衣女「あなた、面白い」クスッ
黒衣女「爆弾なんかじゃなく、正々堂々戦いたくなっちゃった」サッ
所長「ナイフ?」
黒衣女「これでもスラムで一、二を争う腕前だったの。どう?」
所長「だったら俺は当然……警棒で相手をしよう」
一対一の決闘が始まった。
黒衣女「はっ!」シュバッ
――ギィンッ!
警棒とナイフ、一進一退の攻防が繰り広げられる。
黒衣女「やるわね」
所長「そっちこそ」
黒衣女(だったら――)
右手にあったナイフが、いつの間にか左に――
所長(左!?)
ザシィッ!
所長「ぐっ……!」
黒衣女「スラムのナイフ術は初めて味わった?」
所長「ああ……ハンターやってた時も攻撃喰らうなんて滅多になかったのによ」
所長(今度は左手にあったナイフが、右に……!)
キィン! ヒュバッ! ガキッ!
黒衣女(次で決める!)
所長(そこだッ!)
バキィンッ!
所長の警棒がナイフを砕き、そのまま一気に黒衣女を押し倒す。
黒衣女「ぐっ!」ドザッ
黒衣女「どう、して……」
所長「お前、ナイフを持ち替える時、ほんの僅かに筋肉が緊張するクセがあったんだ」
所長「それさえ見抜ければ、あとは持ち替える瞬間を狙えばいい」
黒衣女「……完敗ね」
所長「いや、そのつもりはない。それより俺の話を聞いてくれ」
所長「今、この刑務所は慢性的な人手不足でな。俺もろくに眠る時間がない状態なんだ」
所長「犠牲者を出さず爆破テロを成功させ続けた手腕、調査力。俺を苦しめたナイフの技量……」
所長「どれをとってもノドから手が出るほど欲しい」
黒衣女「犯罪者スカウトしてどうすんの。殺さないんなら捕まえてよ」
所長「いや、捕まえるつもりもない。できればそっちから入ってきて欲しい」
黒衣女「自首しろってこと? 断じてゴメンよ」
所長「いや、そうじゃない」
所長「俺と結婚して、俺の刑務所に……入ってくれ」
黒衣女「は?」
渾身のプロポーズであった。
所長「本気だ。俺が手を回せば、お前一人このムショに入れることはたやすい」
所長「それに、もちろんタダでとはいわない」
黒衣女「どうするつもり?」
所長「≪浄化政策≫をやらかした治安大臣、失脚させてやる。でっちあげがあったのが事実ならできるはずだ」
黒衣女「どうやって? たかが刑務所長にそんなことできるわけないでしょ」
所長「政府に一人、信頼できる奴がいる……」
所長「そいつにさっきの話を伝えれば、きっと全てを調べ上げ、大臣を失脚させてくれるはずだ」
所長「このまま爆破を続けたって、お前はどうせ大臣の足元にも届かない。悪い話じゃないだろ?」
黒衣女「……そうかもね」
黒衣女「あなたのプロポーズ……受けてあげる」
所長「ようこそ、刑務所へ」
…………
所長「懐かしいな」
嫁「懐かしいわね」
所長「最初は取引みたいな感じで結婚したけど、いつの間にかマジで愛し合うようになったよね!」
嫁「ね」
所長「刑務所全体がマイホーム! こんなでかい家持ってる夫婦はそうはいないさ!」
嫁「ふふっ……」
所長「じゃあ、今夜は一つ、懲罰房で……」
嫁「うん……」
懲罰房の囚人「すいませーん! 隣がギシギシアンアンうるさいんですけどー!」
― 刑務所・運動場 ―
刑務所では、定期的にスポーツイベントが開かれている。
ワイワイ… ワイワイ…
所長「今日はベースボールを行う!」
所長「お前ら、俺の剛速球を打てるもんなら打ってみやがれ!」
「所長もやんの!?」 「ぜってー打ってやる!」 「ピッチャー返ししてやらァ!」
ウオォォォォォ……!
コソ泥「へへへ、燃えてきたっすねえ!」
ボス「年寄りにゃ、きついイベントだぜ……」
所長「どりゃっ!」ビュッ
ボス「あらっ」スカッ
コソ泥「頼んますよ、ボス~! ボールが通り過ぎてから振ってましたって!」
ボス「だから年寄りに無茶いうんじゃねえって」
脱獄囚「よっ」コツッ
所長「あっ、バントだと!? セコイ真似しやがって!」
コソ泥「さすが脱獄経験者、裏をかくのが上手い!」
ボス「いいぞー!」
所長「ちっ、次のバッターは……」
所長「夫婦対決か。よーし……ここは本気でいかせてもらう! ……えいっ」ヒュッ
ヘロヘロ…
打ってくれといわんばかりの投球。
ブーブー……!
「ふざけんなーっ!」 「嫁だからって贔屓すんなーっ!」 「ずるいぞーっ!」
嫁「えいっ!」ブンッ
ガキンッ!
痛烈な当たり。ボールが一直線に飛んでいく。
ワァッ!!!
パシッ!
凶悪犯「捕ったぜ」ニヤッ
嫁「あっ……!」
所長「お前、よくも俺の嫁のライナーを!」
所長「許さんっ!」
凶悪犯「ハァ!? 俺とアンタは同じチームじゃねえか!」
所長「うるせえ! かかって来いやァ!」
凶悪犯「へっ、一度アンタとはやり合ってみたかったんだ!」
ドカッ! バキィッ! ドゴォッ!
なぜか殴り合う所長と凶悪犯。
コソ泥「乱闘っす! 同じチーム同士で乱闘っす!」
ボス「ったく、ついてけねえぜ……」
嫁「今日は楽しかったね」
所長「ああ、たまには体を動かさないとな。だいぶ鈍っちまってる」
嫁「ケガ、大丈夫?」
所長「いてて……あの凶悪犯、なかなかやりやがる……」
ドォン…
所長&嫁「…………!」
コソ泥「花火じゃないっすか? 大統領選のイベントとかで」
脱獄囚「あるいは、どこかで爆発事故でも起こったのかもしれませんね……」
凶悪犯「どうせなら、このムショが爆発すりゃいいのによ」
殆どの者は音の正体に気づかなかった。だが、所長夫婦は――
所長「今のは――」
嫁「間違いない。爆弾によるものよ」
所長「だよな……」
嫁「……胸騒ぎがする」
大統領以下、国の重鎮が顔を揃える。
大統領「先日の国営劇場の爆発事件、幸い死者は出なかった」
大統領「また、爆破騒ぎは“事故”と発表し、市民のパニックは防ぐことができた」
大統領「犯人からなにか声明はあるか?」
官僚「はっ、犯行グループはすでに首都中心部に入り込んでいる模様で……」
『我々は死人を出すつもりはない。しかし、警察・軍隊を出動させれば無差別に爆破テロを行う』
官僚「このようなメッセージが届けられております。具体的な要求などはありません」
官僚「人数も分からず、こちらからはうかつに動けぬという状況です……」
大統領「ようするに、我々は見えない相手から刃を喉元に突きつけられている、というわけか」
官僚「はっ……」
「放っておくわけにはいかん! またやるに決まってる!」
「もし、爆破テロで死人が出たら、大統領の再選は絶望的だぞ!」
「なんとしても内密に処理するんだ!」
「くそっ、反大統領派はこの爆破事件でほくそ笑んでいるに違いない!」
「ああ……せめて選挙後に起こしてくれれば……」
会議は踊る、されど進まず。保身ばかりが先行した中身のない議論が繰り広げられる。
その時だった。
役人「皆さん」
役人「今やるべきことは、大統領選の心配ではなく――」
役人「いかにしてこの爆破テロから市民を守るか、ではありませんか?」
役人「一つだけ」
大統領「どんな手だ?」
役人「首都近郊の刑務所の力を借りるのです」
ザワッ…
「バカな……犯罪者の手を借りるというのか!?」
「そんなことして、何か問題が起きたら、大統領選にますます悪影響が……」
役人「軍や警察を使えば犯行グループを捕えることは可能でしょう」
役人「しかし、ヤケになった敵のテロを誘発し、確実に首都市民に犠牲者が出ます」
役人「市民に犠牲なく犯行グループを押さえられるとしたら、彼らしかいません」
大統領「分かった……。この件、君に一任しよう」
役人「承知しました!」
役人はすぐさま刑務所を訪問する。
所長「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。視察の日でもないのに御熱心な――」
役人「挨拶はいい。それより、首都で事件が発生した」
所長「爆破テロ……か?」
役人「耳が早いな」
所長「ていうか、聞こえたもんでね。それで? 俺にどうしろと?」
役人「犯行グループは首都中心部のどこかに潜んでいる……が、政府が動けば確実にテロを誘発してしまう」
役人「奴らを刺激せず捜し出せるとすれば、お前達しかいないと判断した」
役人「そこで、お前……いや、この刑務所に正式に仕事を依頼したい」
役人「どうか、助けてくれ」
深々と頭を下げる役人。
所長「…………」
役人「いや、市民のためだ」
所長「頭上げてくれ」
役人「!」
所長「俺は刑務所を私物化する不良所長、囚人たちは犯罪者だ。アンタは頭なんか下げちゃダメだ」
所長「引き受けよう。爆破テロは俺たちが阻止する」
役人「ありがとう……!」ペコッ
所長「いや、だから頭――」
役人「ありがとう、ありがとう、ありがとう」ペコッペコッペコッ
所長(コイツ、やっぱムカつく!)
所長「さて……今回の事件、お前はどう見る?」
嫁「劇場の爆破に死人は出ていない。それに、なるべく死人は出さないというスタンスの声明文……」
嫁「かつての私にそっくり」
所長「俺もそう思った」
所長「この事件、“黒衣の女”リスペクトの犯行だろう。つまり首謀者は元スラム民の可能性が高い」
所長「辛いことになるかもしれないが、協力してくれるか?」
嫁「うん、今の私はあなたの嫁だもの」
所長「ありがとう」
所長「囚人から何人か選抜して、爆破テロ犯捜索に協力してもらう」
所長「主だったメンバーは俺と嫁、ボス、凶悪犯、脱獄囚、そしてコソ泥だ!」
嫁「よろしくね」
ボス「おう」
凶悪犯「ハァ!?」
脱獄囚「先日、妹とも再会できましたし、喜んで協力します!」
コソ泥「俺もっすか!?」
所長「これからお前らにはムショの外に出て、テロやパニックを阻止してもらう」
所長「24時間経っても戻ってこなきゃ、俺は自害する。これは嫁ん時のルールと同じだ」
所長「ん?」
凶悪犯「首輪とかつけねえのか? たとえば、爆薬や発信器がついてるような」
所長「んなもんつけねえよ。これからだだっ広い街中を捜索するってのに、窮屈になっちまうだろ」
凶悪犯「ハァ? 先にいっとくけどな、俺は逃げるぜ。このままムショとおさらばだ」
所長「そうか、なら好きにしな」
凶悪犯「好きに……って。なにいってんだテメェ!」
所長「お前が帰ってこなきゃ、俺の見込み違いってことで、自害するだけだからな」
所長「もし俺に死んで欲しかったら、逃げることをオススメするよ」
凶悪犯「アンタが死んだら、残された嫁だとか、部下だとかはどうなる!?」
所長「あぁ?」
凶悪犯「それに逃げた俺が、また殺しをやらかす可能性だってあるんだ!」
凶悪犯「自害自害って、死ねば責任取れると思ってんのかよ!」
所長「別に思ってねえよ」
所長「ていうか、凶悪犯のくせに正論吐いてんじゃねーよ」
凶悪犯「うぐ……!」
凶悪犯「フン……やっぱり俺は逃げないぜ。アンタと決着つけなきゃならねえしな!」
所長「逃げてもいいよ」
凶悪犯「逃げねえよ!」
賑やかな市街。人々は爆破テロのことなど全く知らず、いつも通りの生活を送っている。
ワイワイ… ガヤガヤ… ザワザワ… ガヤガヤ…
ボス「おぉ~、ここは見晴らしがいいな。人捜しにもってこいだ」
ボス「さて、と……爆破テロの一味を捜すか」
凶悪犯「ボスよぉ……こんな中から一味を捜し出すなんて無理だろ」
ボス「いや……俺は犯罪者を見抜く眼には長けてるからな」
ボス「一人見つければ、そいつに吐かせて、残りをとっつかまえるのも可能だ」
凶悪犯「ホントかよ? エスパーじゃあるまいしよ……」
ボス「任せときなって」
ボス「…………」ジーッ
凶悪犯「ふああ……」
二時間後――
ボス「…………」ジーッ
凶悪犯「見るだけで分かるわけねーって、やっぱ手当たり次第に……」
ボス「……いた」
凶悪犯「えっ」
ボス「あの青年だ……」
凶悪犯「なんてことない奴だけど、本当に爆破テロの一味なのか?」
ボス「俺はこの五年間、ムショで死に物狂いで犯罪者を見極める目を養った……間違いねえ!」
ボス「……おい」
青年「なんです?」
ボス「爆破テロなんてやめときな」
青年「!?」ビクッ
青年「――ちっ!」
バキィッ!
ボス「ぐあっ!」
凶悪犯「てめえ、ボスに何しやがる!」
ドゴォッ!
青年「うげぇっ!」ドサッ
凶悪犯「よし、一人確保! こいつに残りの居場所も吐かせてやるぜ!」
ボス「いでで……ナイス。さすが所長も認める腕っぷしだ……」
― 首都・路地裏 ―
コソ泥「…………!」
背広男「これでよし。後はあの人からの合図を待つだけ……」
コソ泥(あいつ……! 爆弾を設置してやがる……!)
コソ泥(よーし……!)
コソ泥「爆弾ゲット!」
背広男「あっ!?」
コソ泥「えーっと、所長からもらったスプレーを……」プシュゥゥゥゥゥゥ…
みるみる爆弾が凍結していく。
コソ泥「これでもう、この爆弾は無力化したっす! ざまあっす!」
背広男「しまったぁぁぁ……!」
茶髪「くそっ、どういうことだ!?」
茶髪「軍や警察が動いてる様子はねえのに、連絡の取れない仲間が何人もいやがる!」
茶髪(こうなったら予定より早いけど、爆弾を爆発させてパニックを起こしてやる!)カチッ
ドォォォォォンッ!!!
茶髪(……これでよし!)
市民B「爆発だったわ!」
市民C「もしかしてテロなんじゃないか!? 劇場の件ももしかしたら――」
ドヨドヨ… ドヨドヨ…
脱獄囚「皆さん、落ち着いて下さい!」
ザワッ…
脱獄囚「むやみに騒ぐとかえって危険です!」
脱獄囚「避難も脱獄も冷静でなければ上手くいきません! さ、あちらの広場に避難しましょう!」
ゾロゾロ… ゾロゾロ…
脱獄を成功させた冷静さで、パニックを防ぎ市民たちを誘導する。
所長「さすが俺の見込んだ奴らだ」
所長「ボスと凶悪犯は次々一味を捕まえ、コソ泥は持ち前の身軽さで爆弾を盗みまくり」
所長「脱獄囚はパニックを起こさせないよう市民を避難させてくれてる」
嫁「うん、頼りになるね」
所長「だが、首謀者らしき人物は未だに捕まっていない……」
所長「この状況で、もしお前が首謀者だったらどこを狙う?」
所長「俺だったら、首都中心にある巨大商業ビルなんかを狙うだろうが……」
嫁「そうね、私なら――」
黒衣男(どういうことだ……)
黒衣男(仲間達が次々に捕まっている……。パニックも起きていない)
黒衣男(これでは大規模なテロを行うのは、もはや不可能だ……)
黒衣男(政府がどんな手を打ったのか知らないが、俺の負けだということか……)
黒衣男(俺ではやはり姉さんのようにはなれないのか……!)
黒衣男「…………」
黒衣男「かくなる上は――」
大統領を始めとした高級官僚らが集まる、政府の最高機関。
そんな国家の心臓部へ、テロ首謀者“黒衣の男”が、ひっそりと忍び寄っていた。
警備兵A「ん?」
警備兵B「なんだ貴様!」
バキィッ! ドカァッ!
あっさりと蹴り倒される二名の警備。
黒衣男「……しばらく眠ってろ。起きたら官邸の形が変わってるだろうがな」
黒衣男(ここを爆破してしまえば……!)
黒衣男「――――!」
所長「待ってたぜ。嫁の読み通りだ」
嫁「あなた……だったのね」
待ち受けるは、刑務所が誇る最強夫婦だった。
所長(姉さん? 前話してくれたスラム時代、弟分だった奴か……)
嫁「どうしてこんなことしたの? あなたならスラムを出ても、うまくやっていく才覚があったはず」
嫁「なのに、どうしてこんなバカなことしたの?」
黒衣男「……ふん。復讐さ! 十年前の≪浄化政策≫の復讐をしたかったのさ!」
所長「いーや、違うな」
所長「“黒衣の女”事件の後、首都のテロ対策は強化されている」
所長「誰か協力者がいなきゃ、これほどのことは出来なかったはずだ」
所長「“首都でテロが起これば、政権を奪える。そしたら元スラム民の待遇をよくしてやる”とかよ」
黒衣男「!」ビクッ
所長「ハハハッ、ポーカーできねえタイプだなァ、お前」
所長「そんな約束は守られず、切り捨てられるのがオチだろうに、まんまと利用されちまって」
黒衣男「黙れっ! 俺は俺の意志でテロを起こしたんだ!」
所長「ま、それならそれでいいさ。で、どうする? もうお前の仲間はほとんど捕まえたぞ」
黒衣男「俺一人でもやり遂げてやるさ……官邸を爆破することでなァ!」
所長「残念だが、そりゃ無理だ」
所長「お前は俺がひっ捕らえてやるよ」
所長「ナイフか……賢明だな。こんなとこで銃や爆弾使ったら、すぐ誰か飛んでくる」
所長「だったら俺は当然……警棒で相手をしよう」
嫁「あなた……」
所長「分かってる。お前の弟分だったんだから、腕は相当なもんだろ」
所長「この緊張感……たまんねえな」ニヤッ
黒衣男「行くぞ!」
一対一の決闘が始まった。
所長「……な!?」
服を投げつけることでの目くらまし。
所長「くっ!」
首筋にナイフの刃先が――
所長「あっぶね!」ガキンッ
すかさず警棒で受け止める。
黒衣男「セヤァッ!」ブオンッ
ガキィッ!
体勢が崩れたところに、強烈な回し蹴り。
所長「ぐはぁっ!」ドザッ
所長「手ェ出すなよ。出したら……離婚だからな」
嫁「ずいぶん強くなったね……」
黒衣男「ああ、姉さんが“黒衣の女”として大暴れしたことは俺とて知っていたが」
黒衣男「俺だって≪浄化政策≫で姉さんと生き別れた後、いくつも修羅場を越えてきた」
黒衣男「俺はもう、姉さんを追いかけてばかりいた俺じゃない」
所長「ふん、ひん曲がった義理の弟は俺がお仕置きしてやらねえとなっ!」
黒衣男「誰が弟だ!」
ガキンッ! ――ヒュバッ!
所長の頬に傷ができる。
所長「……ちっ!」
所長「だったら……久々に“犯罪者ハンター”に戻ったつもりでやらせてもらう」フゥ…
所長「ハアアッ!」ダッ
黒衣男「!」
ブオンッ! ビュオッ! ブオンッ! ドガッ!
血に飢えた猛獣のような苛烈な連続攻撃。
黒衣男「くううっ……!」
ガツッ!
警棒がクリーンヒット。
黒衣男「うあっ……!」ヨロ…
所長「――もらった!」
黒衣男『本当に……テロを起こせば、スラム民を救ってくれるのだな?』
『ああ、約束しよう。今のままでは君たちの大部分は最底辺の暮らしを強いられ続ける』
『しかし、我々が政権を握れば、君たちを存分に支援してやることができる』
黒衣男『分かった……ただし方法は俺に任せてもらう。それでいいな?』
『ふふふ……期待しているよ』
…………
……
黒衣男(ここで……ここで倒れるわけにはいかないッ!)
所長「あ……?」
思わぬ反撃。
いつの間にか、左手に持ち替えられていたナイフが肩に突き刺さっていた。
所長「ぐあああっ……!」
黒衣男「トドメだッ!」ビュオッ
バキィッ!
さらに回し蹴りによる追い打ち。
嫁「あなたぁっ!」
黒衣男「さあ、次は姉さんだ。仕上げに官邸を爆破――」
所長は踏みとどまっていた。
黒衣男「なんだと……!」
所長「こんくらいで倒れてたら、あのムショの所長は務まらねえ……」
所長「それに――」
所長「義理の弟に……んな大犯罪やらせるわけにゃいかねーよ……」ヨロッ…
黒衣男「まだ、やれるのか……!」
所長「うおりゃああぁぁぁぁぁッ!!!」
所長の気迫に、黒衣の男も後退する。
黒衣男(なんて精神力だ! ならもう一度――)
所長「待ってたぜッ!!!」
ゴキィッ!
所長の一撃が、黒衣の男の右肩を砕いた。
黒衣男「ぐおあああああっ……!」
所長「さすが姉弟のように育っただけのことはある……同じクセを持っていたな」
所長「嫁との戦いがなかったら、俺がやられてたかもしんねえ」
黒衣男「くそっ……! ナイフを持ち替える瞬間を……!」
所長「もうやめとけ」
バキィ!
黒衣男「ぐふっ!」ドザッ
所長「お前の負けだ……大人しく捕まれ。黒幕のことも洗いざらい吐いてもらおうか」
黒衣男「そうは……いかない」バッ
所長「!」
嫁「!」
夫婦の目に飛び込んできたのは、体じゅうに巻かれた爆弾だった。
黒衣男「情報は吐かない……あの世まで持ってくさ」
黒衣男「このスイッチを押せば爆発する……アンタらはとっとと俺から離れろ」
所長「最初から死ぬ覚悟だったってことか……」
黒衣男「な、なにをいってる!?」
所長「まだ若いのに一人で死ぬのも寂しいだろ」
所長「それに、このまま自爆したんじゃ、お前いい笑いもんだぞ?」
所長「はるばる首都までやってきて、やったことが劇場爆破と自爆だけじゃなァ」
黒衣男「……黙れ!」
所長「だが……悪名高い、みんなが恐れる刑務所長を道連れにしたんなら伝説になれる」
所長「義理の兄からの餞別だ。ありがたく受け取ってくれや」
黒衣男「頭がおかしいのか、お前!? 姉さん、コイツを説得してくれ!」
黒衣男「ハァ!?」
嫁「やっと再会できた弟分を独りで死なせるのも忍びないし……」
嫁「愛する夫と爆死っていうのも案外悪くないと思うから」
所長「照れるぜ……」
黒衣男「…………ッ!」
黒衣男(この二人……本気だ。本当に俺と死ぬつもりで――)
黒衣男(なんて奴らだ……敵わない……)
黒衣男「分かったよ……。ここまでされて、アンタらを巻き込むわけにはいかない」
黒衣男「俺は……自爆をやめるよ……」
嫁「うん、間違いないでしょ」
黒衣男「あの……」
所長「もし地獄にも刑務所が会ったら、また所長にしてもらおっかな」
嫁「だったらまた私は嫁になる」
所長「おほっ、マジで?」
嫁「当然でしょ」
黒衣男「もしもし?」
所長「地獄でも楽しくハッピーに暮らそうな!」
嫁「うん、私たちならできる」
黒衣男「人の話を聞けぇぇぇっ!!!」
黒衣男「俺はもう自爆はやめる! だからさっさと俺を捕まえてくれ!」
所長&嫁「え、やめるの!?」
嫁「そうよ」
黒衣男「ハァ!? ――おいっ! 危ないって! ……触るな!」
所長「このスイッチか?」
嫁「早く押しちゃって」
黒衣男「バカ! 押すんじゃねえ! ――吹っ飛ぶぞ!」
所長「それじゃ――」
黒衣男「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ドカァッ! バキィッ!
所長「ぐはっ!」
嫁「いだっ!」
蹴り飛ばされる夫婦。
黒衣男「危ないだろっ!!!」
黒衣男「爆発したらどうすんだ! 命を粗末にしやがって……」
嫁「……ごめんなさい」
所長「あーあ、今日はよく凶悪犯に正論吐かれる日だぜ」
こうして所長夫婦と囚人達の活躍で、大規模な爆破テロは防がれた。
ボス「いやぁ~、年寄りにゃしんどい仕事だった!」
コソ泥「でもちょっと楽しかったっす! 俺らもまだまだ捨てたもんじゃないっすね!」
脱獄囚「多少爆発騒ぎはありましたが、犠牲者が出なくて何よりです……」
所長「おう、みんなご苦労! しばらくは多少メシを多めにしてやるよ!」
所長「……それとお前、逃げなかったのか」
凶悪犯「ふん」
所長「今からでも逃げるか?」
凶悪犯「逃げねえよ。シャバよりムショにいる方がよっぽど退屈しねえからな」
ボス「ハッハッハ、そりゃ一理あるな!」
コソ泥「刑務所としちゃどうなんすかねえ、それ」
役人「ご苦労だったな。後日、大統領から正式に謝礼が出るだろう」
役人「黒衣の男は全て白状した。やはり、反大統領派の面々が奴を利用していたようだ」
役人「半ば脅しも含んだ甘言でな。まったく……ヘドが出る」
所長「こっから先はアンタらの仕事だ。頼むぜ」
役人「ああ、任せておけ。徹底的に捜査し、追及してやる」
役人「今回の件、結果としてはほとんど犠牲なく、国家の膿をあぶり出すことができた」
役人「あの首謀者にはむしろ感謝するべき部分もある」
所長「だったらさ……元スラム民の待遇について、ちょいと考えてやってくれねえか?」
役人「もちろんだ。彼らは≪浄化政策≫の被害者でもあるからな」
所長「それとさ、首謀者のあいつ……できればうちの刑務所に欲しいんだけど」
役人「……考えておく」
所長「もう帰るの? せっかくだし、晩飯ぐらい一緒に食べていっても……」
役人「誰が食うか!」
役人「ああ、それとこれだけは言っておく」
役人「いつかこの刑務所は必ず取り潰してやる!」
所長「あーはいはい。楽しみにしてまーす」
コソ泥「ハハハ、あの役人も相変わらずっすね~」
ボス「しかし、奴は優秀だ。この国でも数少ない、我が身を省みず国のために動けるタイプの男だ」
コソ泥「へぇ~、そうなんすか。ちょっと意外っす」
コソ泥「マジっすか!」
ボス「ま、内部告発じみたことしたせいで、周囲から恐れられ出世の芽は断たれちまったが」
コソ泥「だから、こんなムショの視察をやらされてるんすねえ」
コソ泥「あ、そういや、失脚した治安大臣ってどこにいるんすか? もう死んだんすか?」
ボス「いや、生きてるよ」
コソ泥「へぇ~? ひっそりと田舎暮らしでもしてるんすか?」
ボス「今、お前さんの目の前にいるよ」
コソ泥「……え!?」
ボス「さぁーって、クソでもひってくるか」
コソ泥「…………」
コソ泥(なんて刑務所だ、ここは……)
元大臣『あの政策は過ちだった……。もはや悔いても悔い切れぬ』
元大臣『君のことは聞いた。スラム出身としてさぞかし私を恨んでることだろう……殺してくれ』
嫁『力を失ったあなたに復讐してもつまらないし、そんなつもりないわ』
元大臣『なんだと?』
嫁『それよりあなた、大臣まで出世したんだから、のし上がるのはお手のものでしょ?』
嫁『だからもし、≪浄化政策≫のことを少しは反省してるんだったら……』
嫁『死に物狂いで囚人のボスになって、主人を少しでも助けてあげて』
元大臣『それで……いいのか』
嫁『うん、今のままじゃあの人過労死しちゃうもの』
ボス「…………」
ボス(残る人生、私は囚人達のボスとしてここで過ごす……)
ボス(それが私に出来る唯一の償い……。いや、彼女に示された“道”なのだから)
二人きりになった夫婦。
嫁「あなた、お疲れ」
所長「お互いにな。もしお前の弟分がこのムショに入ったら、さらに賑やかになるなぁ」
嫁「ふふっ、楽しみ」
所長「……にしても、今日はマジで疲れた。お前の弟分が手強かったのもあるが――」
所長「特に凶悪犯にいわれた一言……グサッと心に響いたよ」
『自害自害って、死ねば責任取れると思ってんのかよ!』
所長「俺はやっぱりまだ死にたがってんのかなぁ……」
所長「そん中にゃ、当然同情できるような奴、逃がしてやりたくなるような奴もいた」
所長「だが、俺はそういう奴らだって容赦なく叩きのめした。金と名誉のために……」
所長「だから、ハンターをやめた俺は、囚人達のために仕事をしようって刑務所仕事を選んだが」
所長「今でも……たまに夢を見るんだ」
所長「赤ん坊のミルク欲しさに盗みを働いたオヤジをボコボコにする夢……」
所長「まだガキみたいな奴を押さえつけて、拷問まがいの尋問をかます夢……」
嫁「あなた」
嫁「私にだけは……私にだけは甘えていいんだからね?」
所長「うん……」
抱き締め合う二人。
…………
……
― 刑務所 ―
コソ泥「え~~~~~っ!? 赤ちゃんが出来たんすかァ!?」
所長「おう」
嫁「うん」
弟分「おめでとう、姉さん!」
ボス「こりゃめでたい! 刑務所をあげて祝福しねえとなぁ!」
脱獄囚「二人のお子さんなら、きっといい子に育ちますよ!」
凶悪犯「きっと父親以上に凶暴で、母親以上に冷酷なガキになるだろうさ……ククッ」
所長「なんだとコラァ!」
嫁「やめて、二人とも」
所長「今から子供部屋を用意したいから、どこかの牢屋から囚人追い出して改装しねえとな!」
囚人達「え~~~~~~~~~!!?」
嫁「ふふっ……あなたったら」
コソ泥「私物化もここまでいくと、もうなんもいえねっす!」
ボス「まったくだぜ」
― 終 ―
ありがとうございました
元スレ
刑務所長「嫁が囚人で何が悪い!」囚人嫁「おやつ食べたいから牢屋から出してくれない?」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1550664978/
刑務所長「嫁が囚人で何が悪い!」囚人嫁「おやつ食べたいから牢屋から出してくれない?」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1550664978/
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- 凛「事務所に来たらモバPとちひろさんが寝てた」
コメント一覧 (19)
-
- 2019年02月21日 04:43
- 年度末は点数稼ぎと捏造が増えるから気を付けよう
-
- 2019年02月21日 04:57
- 主要人物クズばっかじゃん
反吐がでるわ
-
- 2019年02月21日 06:26
- 最近のクソつまらん話よりは好き
-
- 2019年02月21日 08:18
- 気持ちわる
-
- 2019年02月21日 10:33
- 俺は好きだよ
-
- 2019年02月21日 10:41
- 題名の時点で滑ってる
-
- 2019年02月21日 10:45
- 話は悪くないけど設定がキモすぎる
-
- 2019年02月21日 11:20
- なめとんのかクソガキがぁ!!!
-
- 2019年02月21日 11:44
- つまらん
これ考えたバカは才能の欠片もないから辞めた方がいいわ
-
- 2022年03月19日 03:16
- >>9
すまねえもう二度とSSは書かないから許して下さい
-
- 2019年02月21日 14:33
- そんなに叩くほどではないと思うけど
確かに何とも言えない気持ち悪さはあるけど
-
- 2019年02月21日 15:26
- 叩かれがちななろう系も含めて、あったらいいなみたいな妄想こそが創作の肝
それを気持ち悪く感じるのは自分の内にある願望や妄想を恥ずかしいと思い込んでるからだよ
虚構を楽しめるのは知能の発達した人間の特権なんだし、もう少し素直に楽しんでもいいと思うけど
-
- 2019年02月21日 15:51
- 妄想の中でも叩かれるものと叩かれないものがある理由を考えようか
-
- 2019年02月21日 16:33
- いや、叩いてもいいと思うよ
面白くない理由が変だなと思っただけなんだ
つまらない理由として、例えば特定の人物が不快だとか登場人物の行動が不可解だとかそういうのなら分かる
でも妄想っぽくて気持ち悪いってのは変でしょ
そもそもフィクション、そもそも虚構なんだから
気に障ったならホントごめんね
-
- 2019年02月21日 17:07
- 「妄想っぽくて気持ち悪い」なんてコメント一つもないわけで
-
- 2019年02月21日 22:37
- 何時もの人と作風が似てるけど、無駄な部分が多いので
別人が真似て書いたものか?
-
- 2019年02月22日 07:55
- >>15
いつもの人って誰よ
-
- 2019年02月21日 22:45
- ここ最近で一番の当たり
結構長いのに一気読みしたわ
-
- 2019年02月22日 12:49
- 展開はちょこちょこ雑だけど、話は良くできてるし面白い