女騎士「寝ていろ。勇者」
ワンボックスカー車内。
偉い人「昨日、サン・ヴェルニー島に居た中佐から連絡が入ってな」
「え、どうやって? あの島には通信設備なんて無いはずですよ。というか、"居た"?」
偉い人「ああ。もう島を出とる。あの島では少し大きな地震があってな。そのおかげーーと言うと言葉は悪いが、"彼女"との仕事が存外早く片付いた」
「地震ですか……。それと租税回避とどんな関係が?」
偉い人「ま、色々あったんだ。色々」
「はあ」
偉い人「中佐は急遽島に寄港した空中艦で、捕らえた総督とエルルまで優雅に空の旅だ。連絡は当然、艦の通信設備から寄越した」
「なるほど」
偉い人「でーーまあ本題なんだが、地震で島の御神体が目覚めたんだと」
「御神体? ……まさかっ!」
偉い人「勇者様だよ」
「そんな馬鹿な……」
偉い人「君はドラゴンクエストをやったことがあるかね?」
「……Ⅷからなら。欧州版が出ていますので……」
偉い人「おおそうか。私などは若い頃から北米版を手に入れてやり込んでいたクチでね。まさにあれの世界だよ」
偉い人「空と大地と目覚めし伝説の勇者ーーってところだ。ロマン溢れる話じゃないか。
「めっちゃパクりましたね」
「その勇者様は"彼女"と一緒に、海路と陸路でガリアに帰るらしい」
「2人だけでですか」
偉い人「そうだ。つまり、途中から"3人"になる可能性がある」
ボコッ
偉い人「……軽い冗談じゃないか」
「セクハラには実力行使すると言いました。それで、私にどうしろと?」
偉い人「不安だ。2人だけだと」
「3人になりそうでーーってわけでも無さそうですね」
「まだ尻尾は掴めませんか」
偉い人「ああいう連中は中々しぶとい。とはいえ、空を行く総督と中佐には手が出せないだろう。口を封じるなら陸路を行く2人から、ということになる」
「……かなり不味くないですか?」
偉い人「そうだ。だから君を送り込むことにした」
「き、急ですね」
偉い人「2人が乗る予定の艦が、3日後に出航する。時間がない。それに、ちょうど島の"門"の安全が確保されたところだ。
そして、今ここに我々が居るということはーー」
「すぐにでも行けと」
偉い人「うむ」
偉い人「悪い話じゃないだろう。あっちに行ってしまえばその帽子も、"ヒトミミ"カチューシャも要らないぞ」
「そ、そりゃあそうですけど。でも大学が……」
偉い人「すでに休学届けが出ている」
「は?」
偉い人「君の気が乗らないなら、代わりにアンリを充てよう。そうしたら、君はアンリの代わりにDGSEで諜報活動の特別講習だぞ。みっちり3ヶ月」
「行きます。サン・ヴェルニー島。いますぐにでも。少佐の助けになりたいです」
偉い人「おお、そうかね? それなら話は早い。諸々の物品は用意してある。スイス側にも"門"の使用は通知済みだ。ーーおい、車を出せ。例の場所まで行くぞ」
『ーーーーた』
『ーーしたっ』
『どうしたっ? おいっ』
勇者「!」ハッ
剣士「おいっ、どうした? 大丈夫か勇者?』
勇者『っ。あ……ああ。ごめん。ちょっと考えごと』
剣士『大丈夫かよ? 話しかけても全然反応ないから心配したぜ』
勇者「ごめんごめん。……ほら、なんか不気味な島だなぁと思って」
魔術師『ええ。でも不思議ね。ガリアとは季節がまるで逆。そう聞いてはいたけど』
勇者『本当にね。ーーそうだ。ところでさ』くるっ
ぽつーん。
勇者『あ……れ? み、みんな? や、やだなぁ、からかわないでよ! ここ魔王の島だよ!?』
しーん。
勇者『みんな、みんなどこ!? そんな、さっきまで……。どうしたんだよ! みんな!』
勇者「み、みんなってばぁっ!」ガバッ
勇者「あ……」
勇者「はぁっ、はぁっ、はぁっ。そうか。夢をーー」
こんこん、かちゃり。
女騎士「うるさい。寝ていろ、勇者」
勇者「あ、ご、ごめんなさい」
女騎士「まったくこんな夜中に。士官用宿舎で騒ぐなら、兵舎に戻ってもらうぞ」
勇者「そ、そうですね。戻ります。やっぱり女騎士さんの隣の部屋だと落ち着かないや。ドキドキしちゃって。あははは。……じゃあ」
勇者「え?」
抱きっ。
勇者「わっ。ど、どうしたんです!?」
女騎士「顔が真っ青だ。少しこうしていてやる。……人戀しさが悪夢の原因なら、これが効くはずだ」
勇者「……ありがとうございます」
女騎士「いい。だが他言無用だ」
女騎士「ああ。南半球だからーーと言ってもなかなか納得しなかったな」
勇者「信じられませんよ。まあるい球に張り付いて生活してるなんて」
女騎士「そうだな。私も学校で教わらなかったら、信じていないだろう」
勇者「1000年前は誰もそんなこと知らないから、みんなで言ってたんです。『なんで季節が逆なんだろう』って。多分それを思い出してしまって」
女騎士「そうか」
主計課エルフ「なんか変よ」
兵士「そぉかぁ?」
主計課エルフ「2人の席、妙に離れてる」
オーク「女の勘か? お前のは当てになんねぇからなぁ」
主計課エルフ「あなたこのあと、勇者様と魔王城跡を見に行くんでしょ? 昨日の夜なにがあったか、勇者様に聞いてよ」
オーク「えぇぇ……」
兵士「ま、まさかぁ」
主計課エルフ「英雄色を好む! それも溜まりに溜まったり1000年分。些細なことで爆発してもおかしくないわ」
オーク「……女性誌読んでると、どんどん下衆な勘繰りに磨きがかかるよな……」
勇者「石垣だけ……」
オーク「そりゃあな。城は燃えて崩れてバラバラだ」
勇者「……勝利の証のはずなのに。なんか虚しいな」
オーク「石造りの部分は、入植者達が運び出して建築資材にしちまったそうだ。かつての魔王城も、今じゃ民家の土台石さ」
勇者「そう。……ん? あれはお墓ですか?」
オーク「ああ。行ってみるか」
勇者「……」
〈もう一つの正義を求めた者、ここに眠る〉
オーク「文言は気にするな」
勇者「……。彼は正義と呼ぶにはあまりに苛烈な人でした。でも、悪と呼ぶにはあまりに悲しい人でもあった」
オーク「まぁ、よっぽどの事情がなきゃ、魔王なんざやらないわな。……元はただの人間だってのに」
勇者「……満足しました。戻りましょう」
オーク(聞けねぇなあ。この雰囲気じゃ)
勇者「!」
オーク「だ、誰だ! そこの茂み隠れているのはわかってるんだぞ!」
「ちょ、待ってください! 怪しい者じゃありません」
ガササッ。
オーク「あぁ? そ、その耳……フェリス人か?」
勇者「めちゃくちゃ怪しいけどあなた。本当に怪しい者じゃないの?」
「え、ええ。そりゃあーー」
勇者「……」じー
「ごめんなさい怪しい者です許してください」
オーク「ーーで、本人は『隊長の知り合いだ』の一点張りですよ」
女騎士「……フェリス人、私の知り合い。ハァ……。連れてこい」
オーク「はあ、じゃあ」
かちゃ。
「どうも」
女騎士「……久しぶりだな」
「ええ」
女騎士「ーー悪いが外してくれ」
オーク「あい」
女騎士「……で? 今はなんて名前だ? お前は会うたびに名前が違うからな」
「これ。今回限りの身分証です」
女騎士「ーーふむ。……よろしく。マリア」
マリア「知ってます? マリア・シャラポワ」
女騎士「名前だけな。お前と違って、私は最近ほとんどこっちにいるんだ。話題にはついていけん」
マリア「大学でテニスやってるんでこの名前にしました。でも、この前ドーピングで大変なことになっちゃってーー」
女騎士「知らん。というかそういう話は極力するな。……まったく中佐といい、あまりに両世界を行き来すると、感覚が麻痺するようだな」
女騎士「……島へはどうやって?」
マリア「そりゃあ、"ゲート・ヴェルニー"から。直通ですよ」
女騎士「……使ったのか。向こう側はフランス領内ではなく、スイスの森の中だと聞いていたが」
マリア「ええ。まあちゃんと許可とって使ってますよ。……ところでいま何時ですか? なにせ慌てて来たもんで、時計を合わせてなくて」
女騎士「……乱暴な作戦もあったものだな。ここはガリアと同じ、キャメロット標準時+2だ。ーーほら、この時計を見ろ」
一等兵「名誉連隊長殿にー、敬礼っ!」
連隊兵士 ビシッ。
勇者「わわっ」あたふたーービシッ。
名誉連隊長「そこぉっ! 動きが遅い!」
勇者「も、申し訳ありません!」
名誉連隊長「勇者だがなんだか知らんが、弛んどる!」
勇者「は、はいっ」
名誉連隊長「というわけで、全員腕立てよーい!」
勇者「つ、疲れた……」ドタッ
兵士「な……、なぁ? 強烈な爺さんだろ」ドタッ
勇者「で、でも理にかなった訓練だと思いますよ……」
兵士「ま、まあ……昔はかなり偉い人だったらしいからな」
勇者「……以前、この部隊の隊長さんだったんですよね?」
兵士「ああ。俺がまだ生まれる前な。……なんでも本国で大問題を起こして、3年くらい干されていたらしい」
兵士「っ! もっ、申し訳ありません!」
名誉連隊長「大問題というほどのもんでもないわい。ただ女性副官の尻を日常的に撫でとったら、いつのまにかこの島に異動させられただけじゃ」
兵士(大問題だろ……)
勇者「ひ、酷い。たったそれだけのことで!」
兵士「えっ」
勇者「お尻くらいでそりゃないですよ!」
名誉連隊長「そうじゃろう! 減るもんじゃなしに!」
勇者「そうです! あんまりだ!」
兵士(……せ、1000年のジェネレーションギャップ……なんだろうなぁ)
名誉連隊長「だがまあそのおかげで、この島の魅力に取り憑かれてな。退官後はこうしてまた戻って来たわけじゃ」
名誉連隊長「おお、少佐」
女騎士「いつもありがとうございます。おかげで事務処理もだいぶ終わりました」
名誉連隊長「寂しいのぉ。もうすぐお別れか」
女騎士「新しい連隊長も、支えてやって下さい」
名誉連隊長「また佐官クラスが来るんじゃろうか?」
女騎士「ま、一応連隊ですから」
名誉連隊長「可哀想にのぉ」
女騎士「ええ」
兵士「……ここは流刑地ですか」
漁師「はーあ。晴れてるわりに波が高ぇ。午後は船出せねぇかもなぁ」
漁民「ま、仕方ねぇさ」
漁師「にしても、あの総督の野郎はーー」
漁民「どうした」
漁師「いやあそこ、ほら崖の陰んとこ、なんか見えねぇか?」
漁民「んー。確かに……。灰色の……なんだろ」
漁師「見に行ってみよう!」
漁民「あ、おい!」
漁師「なんだなんだぁ? 一体なに……が……。うおっ!」
漁民「お……おい。あれ」
漁師「ち、ちっちゃい空中船だ。港に来た奴とは違うぞ……」
漁民「え、えれぇこっちゃ。すぐに知らせないと」
???「それは困る」
『!』
???「すまないが、見られたからには拘束させてもらうよ」
漁師「あ……あ……」
漁民「た、助け……」
???「怖がらなくていい、少し聞きたいことがあるんだ」
駐在警官「ーーんでまあ、その2人が戻ってこないもんで、カミさんたちが駐在所に来てね。ウチの旦那を探してくれって言うんだけど……こっちも人手不足だからねぇ。
ただ船は繋いだままだから、溺れちまったわけじゃ無いと思うんだ」
女騎士「分かりました。何人か人を回します」
駐在警官「助かるよ」
女騎士「いえ」
マリア「ーーと、いうわけで、ほんの少しの間お世話になります」
兵士「……どういう訳なんだ?」
一等兵「"隊長の知り合い"とだけ言われてもねぇ」
伍長「そもそもどうやってこの島へ?」
主計課エルフ「ネコミミ可愛いー!」
マリア「あはは……いやー」
マリア(しゃーないでしょ。急ぎでなんのカバーストーリーも用意してないんだから。……こんなド田舎島にわざわざ来る理由なんて思いつかなかったわよ)
兵士「でも、ちゃんと連隊長でしたよ」
女騎士「……ありがとう」
勇者「じゃあ、マリアさんは女騎士さんのスパイ仲間ってことですか」
『…………』
女騎士「たったいま勘ぐるなと言ったろう」
勇者「あ、ごめんなさい」
オーク「ダメです隊長。見つからねぇ」
捜索班兵士「なんの前触れもなく人が消えるなんて、おかしいですよ」
捜索班兵士「だーっ、疲れた……」
女騎士「……ご苦労。別の班を引き続き捜索にあてる」
バタンッ。
非番兵「ーーた、隊長っ」
女騎士「どうした」
女騎士「……お前はいつも要領を得んな。なにがだ?」
非番兵「停泊中のブレアーゼルですよっ。あれの乗組員が、みんな艦内に引っ込んじまったんです!」
勇者「……僕たちが乗る予定の? まさか出航が早まったとかーー」
女騎士「いや、それは無い」
非番兵「でも瓦礫の片付けを手伝ってくれてた連中も、買い物してた連中もみんなですよ!? あんなに賑わってたのに!」
女騎士「……島を出歩くなと命令があったんだろう」
勇者「なんでそんな……」
女騎士「……行方不明者2名に、ブレアーゼル乗員の艦内退避……。充分だな。
これより、我が連隊は最高度の警戒態勢をとる」
『!』
女騎士「全員武器を携帯。非番の者も招集しろ」
『り、了解っ』
名誉連隊長「はっはっはっ。ずいぶん殺伐としとるの」
女騎士「……閣下」
名誉連隊長「少佐、面白いモノが見られるぞ。付いて来い」
ーー海岸。
女騎士「……一体なんでしょうか? 今は非常事態でーー」
名誉連隊長「まあ慌てるな」
マリア「なんで私まで……」
勇者「僕も、一体なぜ……あ、陽が沈む」
女騎士「……アルビオン領、ビューカム島。この島に一番近い島です。それが何か?」
名誉連隊長「まあ見とれ。島の真ん中あたりじゃ」
チカッ。
勇者「ん? なにか光った……」
チカチカッーーチカッ。
女騎士「灯台? いや、そんなもの無かったはずだ。いったいーー」
チカッーーチカッ、チカッ。
女騎士「っ! ま、まさか……」
名誉連隊長「気がついたか」
マリア「回光通信……」
名誉連隊長「光のモールス信号じゃな」
勇者「?」
チカチカッ。チカッーーチカッ。チカッ、チカチカッ。
女騎士「カ、カエル、カエルブタイーーカエル部隊!」
勇者「かえる?」
マリア「しっ、静かに」
チカッ。チカッ。
女騎士「コ、コンヤーー今夜」
チカチカッ、チカッーーチカッ、チカッ。
女騎士「キ、キヲーー気をつけろ」
マリア「カエル部隊、今夜、気をつけろ」
名誉連隊長「うむ」
勇者「ちょ、一体なんなんですっ!?」
マリア「潜水と上陸作戦を得意とする部隊が、今夜島を強襲すると言ってるんですよ」
(……相手の動きが予想より早い。島にいるうちに仕掛けてくるつもり?)
勇者「? よ、よく分からないです。敵なんですか?」
女騎士「同じガリア軍だ」
勇者「えぇ……そんな」
名誉連隊長「コマンドー・グルヌイユか。蓄積された水路学や特殊作戦のノウハウを駆使すれば、この島など簡単に強襲できる連中じゃな」
勇者「な、なんでっ? 仲間なんでしょう!?」
女騎士「総督府の衛兵たちも、名目上は友軍だった」
勇者「っ……。それは……」
名誉連隊長「士気と練度の高い連中じゃ。悪事に加担するような部隊では無い。……恐らく本土の癌どもが、おぬしらを悪者に仕立て上げとるんじゃろう」
女騎士「ええ。しかし、黙ってやられるわけにもいきません」
名誉連隊長「うーむ」
マリア「……。まあとにかく、回光通信が伝わった事を知らせましょう。ーー少佐、剣を」
女騎士「ああ」スラリ
勇者(なるほど。剣を魔力で光らせるんだ)
チカッ チカッチカッ チカ。(感謝しる)
ビューカム島 ブフッ
チカチカッ、チカッーーチカッ。
マリア「コ、コウ、ウンヲーー幸運を。か……」
名誉連隊長「さすが、侮れんのう。アルビオン。情報戦では常に上を行かれてしまう」
マリア「……多分、信じていいと思いますよ」
女騎士(……遠くで誰かに笑われた気がする)
命令連隊長「ーー以上が、今夜島に来るらしい、お客さんたちじゃ」
連隊兵士たち『……』
兵士「……同士討ちになるってことですよね。悪くもない奴らと」
女騎士「このままいけば、そういう事になる」
一等兵「相手は精鋭ーーってか、それ以上の連中でしょう? 敵うわけがない」
女騎士「そんなことはない。適切な指揮のもと、全力で戦えば勝機はある。向こうは一芸に長けてはいるが、兵站は無いに等しい。長引かせれば勝ちだ。
ーーが、そんな不毛なことをしても仕方がない」
名誉連隊長「味方じゃからな」
名誉連隊長「儂が一肌脱ごう」
兵士「め、名誉連隊長殿が?」
名誉連隊長「そうじゃ」
一等兵「で、でももう偉くないし……」
兵士「なぁ?」
女騎士「馬鹿者。予備役大将閣下は今でも偉いわ」
名誉連隊長「はっはっは。いやーいい島じゃ。本土じゃこうはいかん。やっぱり儂は名誉連隊長くらいがちょうどいいわい」
兵士「で、で、どう一肌脱ぐんです?」
女騎士「……それなんだが、少し待て」
名誉連隊長「そんな不安な顔をするでない。はっはっは」
勇者「……なんなんです、これ」
マリア「んー。まあこれくらいなら教えていいか。無線機」
勇者「……。とだけ言われましても……」
かちゃ。
女騎士「どうだ、準備できたか?」
マリア「ええ。ま、準備ってほどでもないですよ。もう使えます」
艦長「……。私には、あの連隊長が祖国を裏切るような人間にはどうしても思えん」
副艦長「ですなぁ。先日の会食の際、私など彼女に惚れてしまいましたよ」
艦長「流血がなければいいが……」
副艦長「歯痒いですな。我々は待機命令が出ているだけですから」
通信士「ーーっ、艦長、通信です。何者かが緊急用周波数でこの艦を呼んでいます」
副艦長「……上陸部隊か?」
通信士「そ、それが違うようでして」
艦長「私が出る。ーーこちらガリア海軍ブレアーゼル」
『ーーああ、ブレアーゼル、こちらガリア陸軍サン・ヴェルニー島防衛隊、ヴェルニー連隊連隊長』
艦長「! ……連隊長、無線機などどこで?」
女騎士『その声、艦長ですか』
艦長「ああ。……それにしても驚いた」
女騎士『詳しくは話せないが、私は本国からこうした物を扱う資格を与えられています』
艦長「……。そんな気がしていた。きっと、私などより多くの機密に触れている人間なのだと」
女騎士「……ええ。だが今回は厄介な相手を敵に回したようです。一応弁解しますが、我々は潔白だ」
艦長『信じよう』
女騎士「ありがとうございます。……乗組員が退避したのは、命令あってのことですね?」
艦長『……ああ。そうだ』
女騎士「重大な背任行為をした連隊幹部を捕縛するため、部隊を上陸させる。巻き込まれないよう乗組員を退避させろ。ーー大体そんな内容ですか?」
艦長『さすがだな。だが分かって欲しい。……個人的には理解を示せても、どうすることも出来ないのだ。
家族である乗組員を悪戯に危険に晒すわけにはいかない』
女騎士「ええ。もちろんです。しかし連隊も家族だ」
艦長『……。海軍だが、それは理解する。連隊は他の編成とは違って、軍全体で通し番号の部隊だ。解散すれば欠番になる。
"兵士は軍ではなく、連隊に属する"とはよく言ったものだな』
……もし相手が外敵なら、私は兵を死地へ送る。私も出向くでしょう。だが、友軍同士の茶番劇で死なせるつもりは一切ない」
艦長『……なら答えは1つのはずだ。聡明な貴女なら分かるだろう。……上陸部隊に投降したまえ。
彼らは私も詳細を知らない精鋭部隊だ。勝ち目はない。
だが、だからこそ、悪党の私兵に成り下がるような連中では無いはずだ。恐らく、誤った情報を与えられ、今回の作戦に従事している』
女騎士「ええ。私もそう踏んでいます」
艦長『ならば投降後に活路を見出すのが賢明だろう。彼らは君を丁重に扱うはずだ。そのあいだに、君の仲間が動いてくれるのではないかね?』
女騎士「それを期待しています。ーーそこで、1つお願いがあるのですが」
艦長『聞こう』
女騎士「一切の誤解なく投降するため、彼らと連絡が取りたいのです。
……艦に専用の周波数が知らされていませんか?」
艦長「……」
副艦長「……。艦長、残念ですが、無線を切った方がよいかと。これ以上は……」
艦長「……。ああ、知らされているよ。連隊長」
副艦長「っ、艦長……」
女騎士『……お答え下さり感謝します。
無理は承知で頼みたいのですが、ブレアーゼルで彼らと連絡を取っていただきたい。
彼らに伝えて欲しいのです。
こちらが投降する意思があること。
無線を使ってその段取りを話したいこと。
シャルル・フランシス・カルポー陸軍予備役大将が、我々の潔白と、投降の意思の保証人であること。
以上をどうか』
艦長「……わかった。引き受けよう」
艦長「いいさ。役に立てて光栄だ」
女騎士『……このご恩は忘れません』
ーープツ。
艦長「……。すまない副艦長。だが、私はこういう男だ」
副艦長「知っていました。家族ですから」
勇者「……投降」
女騎士「それしか無い」
勇者「……一緒に行けますか?」
女騎士「分からない。だが期待はしないでくれ。すまない」
勇者「……いえ」
マリア「離れ離れになったら、私がガリアまで必ず送ります」
女騎士「ああ。頼む」
ザザッ。こーーザッーーらーーザザッ。
マリア「っ、少佐」
女騎士「ああ」
名誉連隊長「来たの」
勇者「……」
ザザー、ズッ、プチ。
『ーー申し出は聞いたよ。敬意を表する。連隊長』
女騎士「受けていただけますか」
『我々とて友軍だ。無益な流血は避けたい』
女騎士「理解に感謝します」
『ところで、そこにカルポー大将閣下はおられるかね?』
名誉連隊長「おるよ」
『ああ、お話できて光栄です、閣下。閣下が保証人なら我々も安心できる』
女騎士「それで、具体的にはどのように?」
女騎士「ええ」
『結構。駐屯地の東側に小さな多目的ホールがあるはずだ。そこに連隊長、勇者、立会人としてカルポー大将閣下。その3人だけで待っていてくれ。ーー1時間後でどうかな』
女騎士「……勇者。彼もですか?」
『我々の手で、本国まで送らせて貰う。英雄の凱旋を手伝えて嬉しいよ』
女騎士「……わかりました。すべてそのように。ーーそれと、情報収集のために拘束した島民は、いつ解放してくれますか?」
『すべて順調にいった、そのあとに』
ーープツ。
マリア「やっぱり、彼らが拘束していたんですね」
名誉連隊長「部下にしておく分には有能そうな奴だったの。個人的な付き合いは勘弁じゃが」
マリア「人間味のない声で不気味」
勇者「……嫌な感じでした。でも、僕も連れて行ってくれるんですね」
名誉連隊長「……うーむ」
女騎士「……言っても仕方ない。さ、1時間で準備しなければ」
兵士「自分たちで最後です……」
主計課エルフ「隊長……こんな別れ方って、やっぱり納得出来ません……」
女騎士「またきっと戻ってくる」
兵士「約束ですよぉ……」
女騎士「ああ。ーー念を押すが、このことは夜のあいだは島民には秘密にな。
明日の朝になったら、私と勇者は軍の事情で、夜のうちに島を離れたと伝えてくれ」
主計課エルフ「はい。……ぐすっ」
女騎士「泣くな。ほら行け。……またな」
ゴソゴソ。
オーク“……はぁ、なーにやってんだろうな」
女騎士「ーー本当にな」
オーク「っ! た、隊長……」
女騎士「あの2人で最後のはずだぞ」
オーク「俺は残ります! 何かあったらどうするんですっ?」
女騎士「大丈夫だ。お前も行け、軍曹」
オーク「で、出来ませんっ! ここで隠れてますっ。何かあったらすぐ駆けつけますから!」
女騎士「ありがとう。だがいいんだ」
オーク「でっ、でもっーー」
女騎士「ずっと言いたかったことがある」
オーク「……なんです?」
女騎士「この連隊の連中は、みんな軍人失格だ」
女騎士「とても実戦で使う気になれん」
オーク「……」
女騎士「だから使わないことにした。みんな他の島民と一緒だ。私が守る」
オーク「……」
女騎士「分かってくれ」
オーク「……分かりません。士官の考えることは。下士官の自分には一生わからないでしょう。
……だから納得はしませんが、従います。それが務めですから」
女騎士「元気でな。新しい連隊長が来るまで、お前が指揮官だ」
オーク「……。ふう」
オーク「お世話になりました」びしっ
名誉連隊長「ずいぶん遅いのぉ」
勇者「どんな人たちなんでしょうかね?」
名誉連隊長「海軍所属じゃからのぉ……。
任務は特殊作戦司令部が出すこともあるが、派閥争いで直轄するには至っておらんし。……正直全然わからん。それに、儂のいた時代とはもう別物じゃろうな」
勇者「……何を言っているのか、まるっとさっぱり分かりません」
女騎士「……来たぞ」
「お待たせしました」
グルヌイユ隊長「お目にかかれて光栄です。閣下」ビシッ。
グルヌイユ隊員 ゾロゾロ
ビシッ。
名誉連隊長「んむ」
勇者(黒と灰色の、ごちゃごちゃした服……。真ん中の人以外顔を隠してる……。あとは分からないや……)
女騎士(10人ーーいや、エントランスにもまだ居るな。
つばのない軽量ヘルメット、バラクラバ{目出し帽}、黒とダークグレーの戦闘服、突起物の少ないタクティカルベスト。
〈エクスカリバーM-1ショーティー〉を左腰に装備しているが、反対側にはタクティカルホルスターにグロック。背中にはワンタッチオープンのライフルケース。中は恐らくM4系統。実質あれが主武装だろう。……ほとんど西暦世界の特殊部隊だ)
グルヌイユ隊長「ええ。勿論です閣下」
名誉連隊長「彼女にどういう嫌疑がかけられているか知らんが、お主らを使うほどのことかの?」
グルヌイユ隊長「さあ。正直私も同じ思いですが、任務ですから。ーー少佐、そろそろ」
女騎士「……では、私の身柄はそちらに。勇者は軍人でも無ければ、何かの嫌疑があるわけでもない。大陸の英雄だ。そのつもりで」
グルヌイユ隊長「分かっているよ。ーー腰の剣をこちらへ」
女騎士「……」カチャ
ずいっ。
グルヌイユ隊長「……大きな声では言えないが、私も君の無実を信じている。弁解の場まで必ず送り届けるよ」スッ
『!』
勇者「オークさん、それに兵士さんの声!?」
グルヌイユ隊長「……これだ。作戦というのは予定通りいった試しがない」
ガチャッーー
オーク「たいちょっーーな、なんだこの連中っ!?」
兵士「わ、わけわかんねぇ格好のヤツがこんなに……」
グルヌイユ隊長「君たちは現在進行形で、見てはいけないものを見てしまっているんだよ。自覚はないだろうが」
オーク「う、うるせぇ! てめぇらだろっ! 名誉連隊長の家を荒らしたのはっ!?」
グルヌイユ隊長「……さて」
兵士「とぼけんな! 飼い犬まで殺しやがってっ!」
名誉連隊長「……なんじゃと。レカが……」
グルヌイユ隊長「なにか誤解が生じているようだ」
名誉連隊長「黙れ!! この島に犬を殺すような者はおらんっ!! き、貴様らなんてことを」
グルヌイユ隊長「…………。ああ、諸君。残念だがプランBだ」
グルヌイユ隊員 ジャキッ、ガシャコッ、チャキ。
名誉連隊長「武器を収めんか! この島で狼藉は許さんぞ!」
勇者(あ、あれが武器?)
女騎士(サプレッサー付きのM4……。やはりな、これは厳しい……)
グルヌイユ隊長「閣下、いつまで大将気取りですか」チャキーー
タンッ。
名誉連隊長「っ……」ドサッ
女騎士「な、なんてことを……」
勇者(なにが!? 一体なにが!? なんなんだ今の!? 手に持ったあの小さな黒いやつが震えて、大きな音を立てて、連隊長さんがーーなんで倒れるんだ?
こ、こんなの知らない。剣から光の矢が出るのよりおかしいじゃないか)
オーク「……やばい」
兵士「そ、そりゃやべぇよ。あの爺さん、何かやられたんだ。すげえ音だった……」
オーク「ちげえよ。……さっきあの野郎が言ってただろ。"見てはいけないモノを見た"って。……俺たちゃよ、多分なんかこう……"世界の秘密"みたいなモンを見ちまってるんだ。たぶん隊長は前からそれを知っててーー」
グルヌイユ隊長「さ、邪魔者は居なくなった。続けよう。ーー剣をこちらへ」
女騎士「ふざけるな! 貴様らなんのために軍にいる! 租税回避地の利権がそんなに大事か!」
女騎士「っ……。では何のために。これは反乱だっ」
グルヌイユ隊長 ニヤッ
グルヌイユ隊長「違う。これは革命だよ。少佐。そのために流れる血は神聖だ。ーー君のも」チャキ
パリンッーー
『!』
カランカランッーー
グルヌイユ隊長「くそ」
勇者「うっ!?」
(ーー眩しいっ! なにが!?)
女騎士「行くぞっ」グイッ
勇者「うわっ」
グルヌイユ隊長「逃すなっ! 構わん射殺しろ!」
グルヌイユ隊員 チャキーー
バスバスバスッ!
チュン! チュイン! バゴッ!
女騎士「くっーー」
勇者「あわわわっ!」
オーク「ーーい、一旦逃げるぞ!」
兵士「言われなくても!」
バンッ。
女騎士「っ……」ゴロゴロッ
勇者「ぐっーー」ゴロゴロッ
女騎士「立てっ! 走るぞ!」
勇者「っ、はいっ!」
グルヌイユ隊員「外に出たぞ!」
女騎士「兵舎のところで曲がれ!」
勇者「っ」
バスバスバスバスバスッ!
壁 ビシビシビシッ! チュイン! ビシビシッ! ーーボロボロ。
勇者「かっ、壁がーー」
女騎士「並みの遮蔽物で防ぐのは無理だ!」
勇者「あ、あんな武器知りませんよ!」
女騎士「説明は後だっ! 止まるな!」
グルヌイユ隊員 チャキ
バスッ、バスッ!
女騎士「っ、っこのぉおお!」シャキンッ
ドン!
グルヌイユ隊員「ぐはっ!」
勇者(剣の射撃魔法っ。溜めから発射が早いっ! やっぱり強いんだこの人!)
女騎士「私の魔法では吹き飛ばせても倒せはしない! 行くぞ!」
フッーー
勇者「ガス灯が消えたっ?」
女騎士「っ、多分マリアだ。ーーそこっ!」
ドンッ。
グルヌイユ隊員「ゔあっ!」
女騎士「とにかく走れっ!」
ーー多目的ホール前。
グルヌイユ隊長「落ち着いて囲め。騒ぎを町に嗅ぎつけられたくない。グレネードは使うな」
グルヌイユ隊員「了解。行くぞ。北側から回る」ナイトビジョンーーカチャ
グルヌイユ隊員「了解」
カチャ
ビシッッ!
グルヌイユ隊員「ーーっ」ドサッ
グルヌイユ隊員「っ、おい! しっかりしろ!」
グルヌイユ隊員「くそっ、どこから!」
グルヌイユ隊長「狙撃……。フラッシュグレネード、ガス灯の消灯ーー
ネズミめ、無視できんな。ーー命令変更だ。何を使ってもいい。全力で狩れ。……私はいまの狙撃兵をやる」
マリア(ふー。位置変えなきゃ。それにしても、あの隊長さすがね。こっちの射線上に全然出てこない)
女騎士「このままでは不味いっ……」ダッダッダッ
勇者「勝ち目はっ?」ダッダッダッ
女騎士「無いっ」
勇者「防げないんですかっ? アレはっ」
女騎士「防御魔法でかっ? 無理だっ。やる奴はいるが、とても真似できる芸当じゃない!」
ビシッ! ビシビシッ!
女騎士「くっ……段々追い立てられているっ」
女騎士(どうするっ。考えろっ。どうするっ)
ポンッ。
勇者「! なにか飛んでくるっ!」
女騎士「! 勇者っ」
バッーー
勇者(っ!? 女騎士さんーー僕に覆いかぶさってーー貴女はまたーー)
バンッッ!!
グルヌイユ隊員「派手にいったな」
グルヌイユ隊員「どんなもんだ」
ーー倉庫の上。
マリア(グレネードっ……少佐っ!)
ーー
勇者「う、ああ……」むくり
勇者「あ、ああ」よろっ
女騎士「……」
勇者「女騎士さん、起きて」
勇者「女騎士さん。……お願い」
勇者「…………」
グルヌイユ隊員「手を上げろ。あんたは出来るだけ殺さないように言われてる」チャキ
グルヌイユ隊員「おい、聞いてるのか?」
勇者「…………」
グルヌイユ隊員「チッ、きっと鼓膜が破けてんだぜ」
グルヌイユ隊員「そうだな。あんなに近くで爆ぜたんだ」
勇者「聞こえてるよ」
勇者「女騎士さん。剣、借りるね」
グルヌイユ隊員「おい! 無駄だっ、大人しくーー」
勇者「死ねよテメェ」ギ ロ ッ
グルヌイユ隊員「っ! て、てめぇが死ね!」
バスバスバスッ!
勇者「…………」
ーーシュウウウゥ。
グルヌイユ隊員「ばっ、馬鹿な!? 防いだっ。5.56㎜弾だぞっ!?」
グルヌイユ隊員「てっ、停弾能クラスII……。シュヴァルツェの化け物連中と同じレベルだっ!」
勇者「なんだ、防げるじゃないか」
バスバスバスッ!
勇者「無駄だ」
ザシュ。
グルヌイユ隊員「」ガクンッ
グルヌイユ隊員「あ、あ……。よ、よくもぉお!」ジャキッ
バスバスバスバスバスバスバスバスバスッーーカチ、カチ。
グルヌイユ隊員「あっ、あっ、くそーー」ガチャガチャッ
マガジンポーチごそごそ。
勇者「なにやってんだお前?」
ザンッ。
グルヌイユ隊員「あ"っ」
ドサッ。
女騎士
勇者「もう少しこの感覚に浸っているよ。貴女の仇を取るまで」
ダダダッ。
グルヌイユ隊員「動くな!」ジャキッ
グルヌイユ隊員「なんてこった、2人も……」
グルヌイユ隊員「武器を捨てろ!」
勇者「」ダッ
マリア「……」
グルヌイユ隊長「ネズミかと思ったが、猫だったか。ガス灯を消した訳がわかった。その目ならナイトビジョンは要らないな」
マリア「早く殺せば?」
グルヌイユ隊長「生きていては不味い事情があるのかな? 例えば、私が知りたい事がこの小さな頭の中に一杯詰まっているとか」クイッ
マリア「っ……」
『あああああー!』
『た、助け、ぐあっ!』
『来るな、来るなー! がひゅっ』
『たいちょぉお!」
マリア「っ、アンタどこまで!」
ヒュッ。
グルヌイユ隊長「!」
マリア「勇者っ!?」
スタッ。
勇者「お前で最後だ」チャキ
マリア(……剣に一切の刃こぼれも血糊もない。
薄くて丈夫な魔力の層を、刃の表面に形成出来てるんだ。ほとんど初めて持つ剣のはずなのに……)
勇者「俺を独りにしたな」
グルヌイユ隊長「ん?」
勇者「俺をまた独りぼっちにしたなあっ!!」
ビュッ! ーーキンッ!
グルヌイユ隊長「……っ、危ないじゃないか」
勇者「死ねぇえぇええっ!」
ビュンッ、クルッ、ブンッーーガキンッ!
グルヌイユ隊長「ああ、さすが勇者だ。見事な太刀筋だよ。
気付いているかな? いま生きている人間の中で、もっとも多くの殺害数を誇っているのは、恐らく君だ」
グルヌイユ隊長「血まみれの手。憧れるよ」
キンッ、ヒュッ、ヒュバッ。
グルヌイユ隊長「ーー君は、私たちが持っている驚くべき兵器が、どこから来たか分かるかね」
勇者「知るか!」
グルヌイユ隊長「すぐ隣の世界さ」
勇者「関係ない!」
ガキンッ!
ーー気がついているだろう? いまの魔法の不自由さを。召喚、物質の出現、そして君を1000年縛った魔法。どれももう再現できない。科学をーー西暦の知識を受け入れた結果だ。
魔法は"原理がわからない"ことこそが重要だった。それに科学のメスを入れようとした途端、全てが台無しになったわけだ。
一種の観測者効果だよ。魔法は自らの秘密が暴かれると分かった瞬間、不可思議な現象を起こさなくなった。今はこうして、純粋なエネルギーとして存在するだけだ。
どれだけ莫大な魔力を集めても、卵一つ生み出せない」
勇者「知るか! 鶏が産むんだ! それで充分だろ!」
キンッ。
グルヌイユ隊長「はは。わからないか? 世界は変わったんだ。魔法がなんでも解決してくれる世界は終わったんだよ。ーー100年も前の話だ。
毛皮が無いから動物から奪う。牙が無いから刃を研ぐ。同じことさ。
魔法がその万能性と神秘性を失ったいま、科学だけが頼りだ。そして科学を発展させるのはーー戦争だよ」
勇者「俺には関係ないって言ってるだろ! 俺の戦争はとっくに終わってんだよ! それをーー!」
勇者「勝手にやれ! 俺のは終わったんだよ! 1000年も前になっ!」
ビュン、カキンッ。
グルヌイユ隊長「ならまた始めればいい。我々と一緒に戦争を起こして、もう一歩人類の歩みを進めようじゃないか。隣の世界のように。君にはその資格がある。世界を変えよう」
勇者「だからそういうデカイ話は沢山だって言ってるだろ!! なにが世界だ! なにが人類だ! くだらない! 1000年前と一緒だ! 俺は一度期待に応えた! もう知るか!
いいかっ! 俺はなっ! そんなご大層な話は聞き飽きてるんだよ!!
そんなことよりっ、明日なにを食べるかっ、どんなことをするかっ、どこに買い物に行くかっ!
そういう話をあの人としたかったんだっ!
それをお前らがーーお前らがっっ!!」ビュンッ!
ーーゾリッ!
グルヌイユ隊長「……」 ツー
タンッタンッタンッ。
勇者「っ、効かない」
マリア(かなり手前で弾頭が潰れた……停弾能クラスⅡ、いやⅢ?)
グルヌイユ隊長「知っているさ。少し距離を取りたくてね。仕切り直しに」
スッーー
グルヌイユ隊長「決着だ。私を殺せたら、何食わぬ顔で俗人の生活を楽しむといい。
ーー世界がそれを許すまで」
勇者「ああそうさせてもらうよ。
そうだな……決めた。明日はお昼までだらだらして、そのあとキッシュを作って食べる。
あの人のレシピで。連隊のみんなで。
わかったか?
ーーお前なんかに邪魔させないっっ!!」
「包丁も満足に使えないのにか?」
勇者「ーーーーあ」
女騎士「剣はそんなに上手く振り回すくせに。おかしな奴だ」
勇者「あ、あ」
女騎士「まったく、勝手に殺すな」
勇者「おれ……いや僕はーー」
女騎士「こっちを見るな、気をぬくな。しっかり構えろ」
勇者「っ、はいっ」
女騎士「勝て」
勇者「はいっ!」
ブンッーー
勇者「っ」
ビュンッーー
ザシュ。
「…………」
「…………」
グルヌイユ隊長「……ああ、君がここまでやるとは」
ドサッ。
ーーーー
ーーーーーー
ーー翌朝。連隊駐屯地、多目的ホール。
偉い人「君たちには申し訳ないが、いま駐屯地のあちこちに転がっているあれやこれや、また死体の数々、さらには我々の正体、どうやってこの島に来たのか。これらには深~い事情があり、なんの説明もできん」
連隊兵士たち「はあ」
一等兵「壁にいっぱい開いてる、この丸い穴の説明もですかぁ」弾痕ユビサシ
偉い人「言えん」
偉い人「なにも言えん。というか拾ってはいかん。ーーおい」
イケメン仏軍兵士「失礼、マダム。それをこちらへ」キランッ
主計課エルフ「い、いやですわムシュー。わ、わたくし、まだマドモアゼルです///」クネッ
オーク「やめとけ、やめとけ。どうせすぐボロが出るんだから」
ガスッ。
オーク「おおお……痛いぃ」
主計課エルフ「ふんっ」
女騎士「ーーと、いうわけで、駐屯地内の掃除はこの方たちに任せて、連隊は野次馬が入ってこないよう周辺の巡回だ」
連隊兵士たち『了解でーす』
仏軍兵士たち(緩いなぁ、ここ)
マリア「……すみません。大佐までこちらに来ていただいて」
偉い人「ん? まあ事態が事態だ。気にするな。こういう時のために、我が国もこうして部隊を用意しとる。
まぁ君が勝手に"門"を使ったと聞いた時は驚いたが。
ーーコマンドー・グルヌイユが乗ってきた特殊空中艇と、そこにいた隊員2名も先ほど確保したそうだ。拘束されとった島民も保護したらしい」
女騎士「良かった……。しかしこれですべて解決とは思えません。敵は想定よりずっと厄介です」
マリア「総督を捕らえて2日後にこれですもんね。この後もちょっかい出して来ますよ」
偉い人「……それに関しては、もう心配ないだろう」
偉い人「サンドロセンは今回の事態を重く見て、シュヴァルツェの投入を決定した」
マリア「っ……。そんな。あまりにも早い」
偉い人「ああ、早い。聞いたところによると、すでにゾリングリュックの古城基地から部隊が出たらしい。本国の奴らを一掃する気だ」
女騎士「……ガリアの中だけでは解決出来ないと、そう判断されたわけですか」
偉い人「だろうな。それに、いかにガリアとて1構成国に過ぎないという、サンドロセンからのメッセージだろう」
マリア「……ちょっとだけ悔しいですけど、昨日のことを考えると……」
女騎士「我々はどう動けば?」
偉い人「予定通りで構わんよ。海路の安全は確保されとる」
女騎士「……言い切りましたね」
偉い人「シュヴァルツェが放たれたんだ。言い切るさ。……さっき言った部隊とは別に、南帯洋で艦載機の訓練中だった彼らの空中艦がこっちに向かっとる。
ボナパルトの艦載機とやるはずだった訓練はすべてキャンセルだそうだ。
……まったく、色々なところで割りを食うな、今回は」
偉い人「……ところでぇ、カルポー大将だが……」
女騎士「……ええ」
マリア「なんというか本当に……」
ーー病院。
名誉連隊長「どうじゃった?」
勇者「ええ、安らかな顔でした」
兵士「言われた通り、奥様のお墓の隣に埋めましたよ」
名誉連隊長「そうか。……儂と同じ、もういい歳の犬でのう。最近あんまり動かなかったんじゃ。それが殺されたということは、必死になって吠えてくれたんじゃろう」
勇者「……そうですね」
名誉連隊長「そう悲しい顔をするな。……儂の家の中も見たんじゃろ?」
勇者「ええ。……だいぶ荒らされていました」
名誉連隊長「きっと、最初から連中の目標の中に、儂も入っとったんじゃな。穏健派の大将が暮らす家じゃ。日記や郵便物まで貴重な情報源になる。……蔵書は見たか?」
名誉連隊長「大ファンなんじゃ。恥ずかしくて素っ気ないフリをしとったが、とにかくアンタの物語が大好きでな。
……婆さんと出会ったのも、アンタの活躍を描いたミュージカルをやっとる劇場じゃった」
勇者「……そう、だったんですか……」
兵士「名誉連隊長……」
名誉連隊長「あの日別の劇場に行っとればのぉ」
兵士「台無しですよ」
勇者「あはは……。命を救ったのはその金貨ですよ。……でもまさか、僕の横顔の金貨まで出てるとは。ーー良かったですね、それに当たって」
兵士「奇跡ですよ奇跡」
名誉連隊長「ああ。これに当たったのは奇跡じゃな。しかし助かったのにはちゃんと理由がある」
勇者「?」
名誉連隊長「これ、とびきり不景気な時に出た金貨での。金の含有率が最悪なんじゃ。そのせいでもの凄く硬くてのぉ。おかげで弾が貫通せんかったわけじゃ」
勇者「はは、は……」
兵士「どうして毎回そういうオチをつけるんですか……」
勇者「さ、皆さん食べてみてください」
女騎士「私が監督したキッシュ・エルルだ。問題はない」
オーク「ま、隊長が見てたんなら大丈夫だな」ぱくっ
オーク「ーーおお! 美味い!」
兵士「美味しいですよ隊長!」
女騎士「作ったのは勇者だ」
主計課エルフ「とっても美味しいですよ、勇者様」
主計課エルフ2「料理作れる男性はこの時代めっちゃモテますよ!」
勇者「あはは。ありがとうございます。でも……もうモテなくてもいいかな」チラッ
女騎士「頼む、何も言わず座ってくれ。頼むから」
主計課エルフ「……」スッ
主計課エルフ「……おめでとうございます」
女騎士「何も言うなと言ったろ」
主計課エルフ「……ど、どうでした」
女騎士「お前が考えているようなことは何も無い。交際が申し込まれて受理されるという、極めて事務的な手続きがあっただけだ」
勇者(事務的……結構ロマンチックだったと思うんだけど)
一等兵「ただいまー」ガチャ
一等兵「写真屋のオヤジに記念撮影の予約してきたぞ。って……なに食ってんだよっ、ずりぃ!」
ブレアーゼル艦長「島民の皆さん、短い間でしたが、ありがとうございました。
地震が起きたと聞いて急遽入港した時は、一体どうなっているかと思いましたが、幸い死者も無く、皆さん活気にあふれ、我々にとって素晴らしい保養となってしまいました。
そして勇者様が目覚められました。偉大な英雄を、我々が本土へ送り届けられるのは望外の喜びです。万全を期し、この栄誉に預かります」
島民 パチパチパチパチ
島民 ヒューヒュー
女騎士「頼むから拍手にしてくれ!」
勇者「あ、僕の番? えーっと、1000年間ありがとうございましたっ!」
女騎士「……それだけか?」
勇者「ここに来るまでに、みんなに挨拶しちゃったんですよ。だからなんかもう、言うこと残ってなくて。最後こんな式があるなら取っといたのに」
女騎士「ま、お前らしいか」
島民 パチパチパチパチ。ピューィ!
勇者「ほんとにありがとー!」
ラッパ係 パッパッラッパッ、パッパッラッパパ~♪
喉が強い人「しゅっっっこーっ!!」
島の魔力式タグボート
ミシミシッーーギシッ。
「ミシミシいってる……」
「だ、だからこんな軍艦動かすような船でねーんだよこれ! ここ2、3日でガタが来たんだ」
「ま、魔力炉から変な音がするぞ。なんかブーンっていってる」
「た、たのむっ、あとちょっと持ってくれっーー」
オーク「ぼ、帽振れ!」
連隊兵士たち パタパタ
兵士「こ、これは何回振るとかあるのか?」
オーク「しらねぇよっ。見よう見まねだ! とにかく振れ!」パタパタ
兵士「見よう見まねったって、見たことねぇもんなぁ……」パタパタ
乗組員たち (ヘンレイッ) くるくる
乗組員たち (ナガイナ……) くるくる
パタパタパタパタ、パタッーーーー
乗組員たち (オワッタ……)
『やっぱもうちょい振ろうぜ』 『まじ?』
パタパタパタパタパタパタパタパタパターー
乗組員たち (!!??) くるくるくるくるっ
マリア「うわぁ……」
女騎士「っ、見ちゃおれん……。帽ーっ、もどせっ!」
オーク「やべっ」ピタッ
兵士「……最後まで、世話になりっぱなしだな」
兵士「勇者ーっ! また来いよー! 待ってるぞー!」
オーク「勇者ーっ、隊長ーっ、絶対来いよー! 待ってるぞー!」
勇者「必ずまた来るよーっ!」
女騎士「勇者、病院を見ろ」
勇者「あっ、窓から名誉連隊長さんが」
名誉連隊長 ノ シ
勇者「元気でー!」ノシ
勇者「……聞こえたかな」
女騎士「伝わったさ」
マリア「肋骨イッてるのに無理しちゃって」
女騎士「お前がそう変えたんだ」
勇者「あ……。そ、そうですね! なんかそう思うと良かったです! そうかっ、そのために頑張ったんだ!」
女騎士「エンディングだな。褒美をやる」
勇者「え? ーーんむ」
勇者「 」
女騎士「…………」
マリア(うおおおおマジかっ。これ3人旅じゃないわ。2人と1人よっ。つらっ! DGSEの特別講習の方がマシだったかも!)
主計課エルフ2「隊長からいったわよねっ? 隊長からいったわよねっ?」
兵士「いーなー。俺も早く嫁さん貰お」
オーク「そうしろそうしろ」
女騎士「……エクーの時は恥をかかされたからな。お返しだ」
勇者「こ、こんなお返しなら悪くないです///」
女騎士「フッ、そうか」
勇者「ええ」
『………………』
女騎士「なあ、勇者」
勇者「はい?」
女騎士「どうだった、この長旅は?」
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コメント一覧 (2)
-
- 2019年03月22日 18:51
- 前作も貼って欲しい
結構好きだぜこういうの