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モバP「家出娘と傾いた天秤」

1:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:01:28 ID:p73

速報が復帰しないのでまたこちらにお邪魔します。
モバマスSS、地の分形式。周子のスカウト話です。
次から投稿していきます。



2:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:01:54 ID:p73

=========

「Pさんはさ、あたしがアイドルになって嬉しい?」

「そりゃ嬉しいさ、周子ならすぐに売れるだろうからな。テレビ出演やCDデビューも夢じゃない。こんな金の卵を担当できるなんて嬉しい限りだ」

「そ。ならいいけど」

「頼んだぞ、事務所の運命はお前にかかっている」

「任せとき、後悔させてあげるよ」

 私物を一つずつダンボールに詰めながら周子はそんなことを言う。
 後悔させる? 後悔させないの間違いじゃないか? そう周子に問いかける。

「わかってないねー、Pさんはあたしにひどいことしたんだよ?」

 そんな言葉に似合わず、顔は微笑みを浮かべてる周子。思わず惚れそうになる笑みを携えたまま周子はあっさりとこんな言葉を口にした。


「あたしがどんなに売れっ子アイドルになっても、もう結婚なんかしてあげないよ」


=========



3:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:02:20 ID:p73


◆◇◆

 ポーンポーンポーン

 間の抜けたベルが小さな事務所の中で響き渡る。今日も定時を迎えたようだ。ガシャンとタイムカードを切り、帰る準備をし始める。

「お疲れ様でした、プロデューサーさん」

「お疲れ様でした、ちひろさん。もう上がりますね」

「お仕事の方は大丈夫ですか?」

「……まあ残業するほど仕事も無いですし……」

 言ってから気づく。もっとマシな言い方があっただろうに。

「あ……それは失礼しました……。ごめんなさい、そんな事を言わせてしまって……」

 やはりちひろさんが恐縮してしまったようだ。これはこちらの落ち度だ。ちひろさんが謝ることなんて何一つないのに。
 雰囲気を変えるべく、なるべく明るく振る舞う。



4:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:02:35 ID:p73


「いえ、いいんですよ。むしろ定時帰り出来るなんていったら多くのサラリーマンが泣いて喜びますよ!」

「定時帰りなんて、側からみたらホワイト企業なんでしょうけど……」

「まあ実際にはホワイトでもブラックでもなくレッド企業ですかね!」

「プロデューサーさん、して、その心は?」

「資金繰りが厳しくて月間赤字がチョコチョコ。事務所の存続にも赤ランプが灯ってる、みたいな!」

 今の危機的状況を茶化して全力でボケる。辛い状況だからこそ笑いが必要だろう。

「全く絶滅危惧種じゃないんですから……。というか笑えないですよ、それ」

 笑いが取れなかった。つらい……。というかマトモに受け取られてしまった……。

「まあ小さな事務所ですしねぇ……。先輩も後輩君も、勿論俺も頑張ってはいますけど、なかなか結果がねぇ……」

「プロデューサーさん達の頑張りには本当に頭が下がります」

 そう言って本当に頭を下げそうな声色で感謝してくれるちひろさん。こういう人が支えてくれるから俺たちは苦しい中でも頑張っていけるんだろうな。



5:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:02:54 ID:p73


「そういや社長が何か色々と策を練ってるらしいですよ」

「え? そうなんですか? 初めて聞きましたよ、それ。ちひろさん何かご存知なんですか?」

「いえ詳しいことは何も……。どうやら我々にも秘密で、単独で動かれてるそうです。最近お出かけになることが多いのもそれのためかと……」

「……一発逆転の策になればいいんですがねぇ」

 ポーン、ポーン、ポーン

 またベルが鳴る。定時後の休憩が終わった事を教えてくれたようだ。
 ちひろさんとのおしゃべりは楽しいが、長居も無用なのでさっさと帰るとしよう。

「ではちひろさん、お先に失礼しますね」

「お疲れ様です。私もこれを片付けたらすぐに帰りますね」

「そうですか。では戸締りはお任せします」

「承知しました。プロデューサーさんも帰り道にお気をつけてくださいね?」



6:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:03:26 ID:p73


 そう一通りの挨拶をして事務所のドアを開ける。そういや帰り道に気をつけると言っても、一体何に気をつけたらいいのだろうか?

 交通事故?
 誰かに絡まれて喧嘩?
 ぼったくりバー?
 美人局とかなら一度会ってみたいものだけどな。当然その後は怖いけど。

 まあいい、折角の定時上がりだ。このまま一人暮らしの家に帰るのも寂しいものだし、どこか寄り道でもしていきますか。



7:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:03:43 ID:p73


◆◇◆

 とは言ったものの一体どうしようか? 特にやる事を決めてたわけではない。むしろやりたいことがボンヤリしている。
 こんな時は、まずは頭の中で思いついたものをザッとあげてみるか。

 ボウリング。そこまで体を動かしたくない。二日後の筋肉痛が怖い。

 カラオケ。大声を上げる程の熱量は今はない。途中で燃料切れになりそうだ。

 ショッピング。一体何を買えばいいんだよ? 服ならスーツと部屋着とちょっとした私服で充分だ。

 酒盛り。確かに何となく酒を飲みたい気もする。ただ居酒屋の喧騒は今日は避けたい。だからと言って静かな隠れ家的な店を知ってるわけでもない。

 ちょっとばかし酒を飲めて、あまり負担も大きくない運動が出来て、ストレス解消が出来そうなところ……。

 ウンウン唸りながら彷徨っていると視界にある看板が目に入る。
 おっ……! ここなら良いのでは? ここで目に入ったのも何かの縁、一丁ここにしますか!

 そう心が傾いた俺は『ダーツバー』と書かれた店へと足を踏み入れていくのであった。



8:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:10:02 ID:p73


◆◇◆

 シュッ、チューン
 シュッ、チューン
 シュッ、チューン

 ダーツを射る音とボードに刺さった際の電子音。その二つの音が小気味よく耳に入る。
 久々のダーツだが中々に良いスコアが出てる。調子が良いみたいだ。それに頼んだ酒も美味しい。こんなところで本格的なカクテルが飲めるとは思いもしなかった。

 当たりの店だな……と心の中で言葉を零す。こんな店に偶々出会えて良かった。今日は運が良い。

 そう思いながらまたダーツを三投する。丁度数字がゼロとなりゲーム終了。ゼロワンがこんなに早く終わるなんて自己新記録じゃないか?



9:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:10:16 ID:p73


「いやーお兄さん、結構上手だねー」

 新記録の喜びに浸ってたら、背後から不意にそんな声が聞こえてきた。声からして若い女性か?
 振り返ると目に入ってきたのは銀髪の女性。席に備え付けられてるテーブルに腕を付きながら、こちらを見ていた。

 よくよく見れば女性というより少女だろうか? しかし少女というには大人びてる。が、大人のそれではない。
 だがいずれにせよ、声をかけてきた彼女は美人と言って差し支えない美貌を持っていた。

 キツネ目の整った顔。銀髪がまた映える。
 服の合間から見える白磁のように白い肌。
 出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだモデルのような抜群のスタイル。

 仕事柄、女性を見る目はあると自惚れてはいるが、正直どれを取っても一級品の素晴らしいものだった。



10:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:10:40 ID:p73


「嫌やわー、そんなジロジロ見てー。あたしが魅力的だからってそんなに見られたら、流石に視線感じちゃうよ?」

「いや、悪かった。あまりに綺麗だったもんでな」

「嫌やわー、おだてたって何もでーへんよ?」

 繰り返すようにそんなことをいう彼女。結構ノリはいいみたいだ。

「それで、どうしたんだ? いきなり声をかけてきたりなんかして」

 そう尋ねると、いやーと言いながら頭を掻いて困ったような仕草をする彼女。

「折角遊びにきたんだけど満席みたいでさ。でも今、結構ダーツしたい気分なんだよね。良かったら一緒に遊んでくれない?」

 なんと美人さんからの遊びのお誘いだった。
 周りを見渡すと確かに言ってる通り、いつの間にか全部のボードが埋まっていた。まあ元々それほど数が多いわけではないしな。

 こんな美人と遊べるなんて運が良い。アルコールが少し入った頭はそんな判断を下す。だが残っている理性が全く知らない相手からの誘いを警戒する。どうすべきか……。

 少し考えるフリをしたものの、正直な心はとっくに遊ぶ方へと傾いていた。素性は分からないがそれでも充分お釣りがくる美人である。



11:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:11:15 ID:p73


『店からしても一人よりも二人で使った方が利益が出ていいだろう』

 彼女にそんなカッコつけた言い訳をして、店員の所に向かい、交渉する。連れなんですと言ったらあっさりと快諾を得た。
 今日は運が良い。意気揚々と席に戻る。

「店員の許可は取れたぞ。ハウスダーツも持ってきたが必要か?」

「ありがとー! 本当はマイダーツ持ってるんだけど忘れちゃってねー……。ま、でも遊べるならこれでも充分かな!」

 そう言って早速ボードに向かって空撃ちする彼女。右手で構えるその姿は様になっており、かなりの経験者であることを物語ってる。

「ルールは好きなのでいいぞ」

「じゃあまずはゼロワンで! 負けた方は罰ゲームとして、何か一つ自分について話すってのはどう?」

「なんじゃそりゃ?」

「だってあたし達、会ったばかりだし、ね? そういやまだ自己紹介すらしてないじゃん。あたし、塩見周子って言うんだ。周子で良いよ? 口調もそのまんまにしといて。その方が楽だから」



12:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:11:28 ID:p73


 いきなりの展開で面を食らったが、『貴方の名前を教えてよ』と言われたので、つい乗せられて、こちらも名乗ってしまう。
 ついでに名刺も渡してやろうかと思い、懐に手を伸ばすが、ふとその手が止まった。今はプライベートの時間なんだ、仕事のことは忘れて楽しもう。

「ふーん、Pさんって言うんだ。今日はよろしくね? 折角の機会なんだから楽しもーよ」

 じゃあ早速あたしが先攻で、という声と共にダーツの矢が放たれる。

 シュッ、チュチューン。

 放たれたそれは見事D-Bull、つまりはど真ん中に突き刺さっていった。



13:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:15:02 ID:p73


◆◇◆

 それから二人でルールを変えながら、結構なゲーム数を遊んでいった。やはり彼女はダーツが上手く、おかげで色々と自分の事を話す羽目になった。

 ダーツは学生時代にハマって練習してたこと。
 今日は定時あがりで家に帰っても一人で暇だから遊ぶところを探してたこと。
 そうしてブラブラしてたら偶々この店を見つけたこと。
 恋人なんて居たらこんなところでフラついてないこと。
 仕事は……まあしがないサラリーマンをやってること。

 こんな当たり障りのない会話を負けた代償として話していった。

 一方絶好調だったおかげで、負けてばかりでもなかった。

 ダーツは趣味で時々一人で遊んで腕を磨いていること。
 関西弁っぽい喋り方なのは、実は出身が京都だからであること。
 東京に来たくて今日単身上京してきたこと。

 こんなような話を彼女から聞くことが出来た。
 単身でってことは何か夢を持って上京してきたのだろうか?
 ただそれを聞くためには、タイミング的に最後のゲームで勝つしかないようだった。



14:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:15:46 ID:p73


 というのも美人と遊んでたおかげか、いつの間にかに時間が経っており、もう良い時間になっている。そろそろ切り上げないと終電が危うい。
 彼女と別れるのは非常に惜しいものだが、次を最終ゲームにせざるを得ないだろう。

 その事を周子に告げると

「じゃあ次は絶対勝つ! それでPさんの恥ずかしい話でも聞かせて貰おっかなー?」

 と、そんな風に息巻いてた。

 望むところだ。こちらこそ絶対勝つ。恥ずかしい話なんて聞かせてやらない。逆に上京してきた理由でも聞いてやる。
 夢を持つのは若者の特権だ。そしてその夢を応援するのは大人の特権でもある。まあ俺も若者と大人の境界線にいるようなもんだが。



15:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:16:10 ID:p73


 そう思いながら臨んだ最終ゲームは最初と同じゼロワン。そして今までと同じく一進一退の展開となる。
 そうこうしてるうちに、二人とも残りスコアをゼロに出来そうな状況となった。先攻の周子が先にチャンスを迎える。

 一投目、二投目と順調に進んでいき、最後は十のダブルに当たればゲームセットだ。
 周子はこちらを見てニヤっとした後に、その右手から三投目を放つ。

 シュッ、チュチューン。パリーン!

 完璧に決まったかと思ったその投擲は、僅かに下にブレて十五のダブルに突き刺さる。つまりはバースト。

「あちゃー……完璧だったと思ったのになぁ……。これはPさんに大チャンスをあげちゃったかも?」

 そう言って悔しがる周子。そんな悔しがる姿さえ様になるのだから美人は得だ。

 周子のミスにより、こちら側が一気に有利な状況に傾く。
 さて、折角の機会だ。ここは一丁クールに決めてカッコいいとこでも見せますかね。



16:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:16:32 ID:p73


 一投目、二投目とベストの投擲。後は周子と同じく十のダブルを狙うだけ。
 周子と同じように投げる前にチラッと周子の方を見る。ふと目の端に写った周子はなんだか儚げな雰囲気を纏っていた。その姿を見て俺は目を擦る。
 気のせいか? あれだけ楽しそうに遊んでいた彼女が憂いを帯びて見えるなんて。

 きっと何かある。

 そう確信した俺は目の前のボードに集中する。勝負に勝つためにも。そして儚げな雰囲気を纏う理由を聞き出すためにも。この一投は外せない。

 シュッ、チュチューン。タッタラタラーン!

 放たれた矢は見事十のダブルに突き刺さる。
 少し間抜けな音楽と共に勝者を讃える電子音が奏でられる。



17:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)18:16:57 ID:p73


「俺の勝ちだな」

「そう……だね……」

「じゃあ聞かせてもらうか、周子の話を。何かワケありな話を持ってそうな理由でも」

「……気づいてた?」

「気づいたのは今さっきだ。それまでは楽しく遊んでるようにしか見えなかったからな」

「んー……そっか。いや、これで最後なんだなって思ったら、覚悟も必要だったからさ。そのせいかも?」

 覚悟? 覚悟といったか?
 一体何の覚悟が必要なんだ?
 覚悟が必要な話って一体なんなんだ?

「実はねPさん。あたしね、上京してきた理由は家出なの」

 家出? 今、家出って言ったかこいつ?

「父親と喧嘩してね。着の身着のままで、なけなしのお金を交通費に当てて東京に来てね。だからあたしには帰るとこないんだ……。これがあたしの恥ずかしい話」

 帰るところがない? なんだマジで家出なのか? 親戚や友達のアテすらないのか?
 だとすれば、それってこの後の展開はヤバいんじゃ……

「だからPさん──」



18:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:05:44 ID:5ps


「──あたしをPさん家に泊めてよ」



19:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:06:42 ID:5ps

PCの方からだと規制がかかってしまったので一旦ここまで
規制解除されたらまた書き込みます



20:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:10:55 ID:5ps


◆◇◆

 ザーッというシャワーの音が浴室から響く
 一人暮らしでは聞くことのありえない音、そんな音が自分の耳に届いている。

 …………どうしてこうなった。

 何度自分に問うてみても、出てくるのは仕方がなかったの言葉のみである。



21:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:13:34 ID:5ps

=====
===
=

 結局「泊めて」と言われたあの後、一旦はNOを突きつけた。ただ頑として周子は引かなかった。

 このまま押し問答してたら終電を逃す。そんな考えが頭に片隅によぎり、とりあえずは店を出ることにした。
 それを何と勘違いしたのか、嬉々としてついてくる周子。違う、これはそういうことではない。

 そういえばそもそも彼女は何歳なのか? 先程は失礼だと考え、敢えて聞かなかったが、今は事情が違う。歳によってはごめんなさいじゃ済まなくなる可能性がある。

 そんな思いもあり、帰り道の最中、有無も言わさず歳を問う。すると周子は、『ハタチ、ってことにしておいた方がいいかな……?』なんて抜かしおった。

 ……一番聞きたくなかった言葉だ。それってつまりは未成年ってことを白状してるもんじゃないか……。



22:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:14:53 ID:5ps


 …………正直どうすべきか?

 ここで走れば振り切れるか? しかしそれはいくら何でもあんまりではないか? しかも彼女の問題は何も解決しない。

 どっか漫画喫茶にでもぶち込んで知らん顔するか? しかし翌日からどうする? また彼女に明日も同じことをさせるのか?

 宿泊費と合わせて交通費も渡す。ダメだ、今は手持ちがない。というか家出してきたというなら、結局はそんなことしても意味ないだろう。

 酔っぱらった脳細胞がグルグルと回るも一向に思考の迷路から出ることができない。
 皮肉なもので、頭の中ではゴールにたどり着かないのに現実ではゴール、つまりは自宅に着いてしまった。当然後ろには周子がいる。



23:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:17:15 ID:5ps


「Pさん? ここがお家なの?」

 違う、と言えばまだ考える時間が得られただろう。
 何も言わずに自分だけが先に入り、鍵をかければ締め出すこともできただろう。
 だが愚かな自分は周子の質問に返事をしてしまった。

「……そうだよ」

「ふーん、いい家じゃん。お願い泊めて! 贅沢は言わないから! 床だけでも貸してくれれば、それで良いから!」

 こいつ、女が一人暮らしの男の家に泊まることの意味がわかってるのか?

 ……まあいい、どうせここまで来てしまったのだ。来させてしまったのだ。これは仕方がないことなのだ。
 そう自分に言い聞かせドアの鍵を開けた。



24:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:22:42 ID:5ps

=
===
=====

 そうして周子を招き入れ、順番にシャワーを浴びてる。昨日掃除しておいて良かったと、この時ほど思ったことはない。

 もう寝る準備をするくらいしかやることないので、シャワーを浴びることを勧めた。
だが、その際『家主より先に入れないよ!』と妙な気を使われて、先にシャワーを浴びてきた。浴室の中で水に打たれれば何か良い案が出るかと思ったが、何度も考えても結論はやっぱり『仕方がない』であった。

 そしてシャワーを浴び終え周子と交代し、今に至るというわけだ。



25:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:27:34 ID:5ps


 ……。

 …………。

 …………いや、なんだよ、仕方がなかったって!!

 確かに諸事情があるとは言え、周子を泊めた最大の理由は彼女が美人だからに過ぎないだろう!
 俺は俺の中のやましい心に負けたに過ぎない!
 心の中の天秤が『美人を泊める』という重りでやましい方に傾いただけだ!

 本当であればすぐにでも二十四時間稼働のATMに駆けこみ、金を下ろして彼女に握らせ別れるべきだったんだ! それくらいの甲斐性と貯金はある。



26:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:28:15 ID:5ps


「Pさん、シャワーありがとー。って何してんの?」

 そんな風に悶えていたら背後から不意に周子の声がした。本当に着の身着のままだったようで着替えがなかったため、俺のジャージを貸してる。

 自分の家で自分の服を美人が着ているという背徳感。しかも今日知り合ったばかりの家出娘という点が更に背徳感をそそっている。正直おかしくなりそうだ。

 そんな心中も知らずに周子は純粋にこちらを心配している。そういう態度がこっちを更に悶えさせると知らずに……。



27:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:33:37 ID:5ps


「いや……なんでもない。もう遅いからすぐに寝るぞ」

「はーい。じゃあ床、貸してもらうね?」

「馬鹿野郎。いくら家出人とはいえ女を床に寝かせるやつがいるかよ」

「えっ……いいよ、床で良いって言ったのはあたしの方だし」

「うるせぇ、さっさとベッドで寝ろ」

「それじゃあPさんは……?」

「それこそ床ででも寝るよ。兎に角、女性を床に寝させて自分はベッドで寝るような根性無しの趣味は無ぇよ」

 そこまで言うんだったら……と周子は不承不承、というか遠慮しながらベッドに潜り込む。



28:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:34:07 ID:5ps


「わっ、これ凄い! Pさんの匂いがする! まるで抱きしめられてれるみたい!」

 辞めなさい、そういうこと言うの。お兄さんの理性がどっかに行っちゃうでしょうが。

「……じゃあ電気消すぞ」

「うん、おやすみー」

 パチリと電源をオフにすると一気に暗がりが訪れる。それでも僅かながら入る光のせいで、ベッドに寝ている周子の姿が見えてしまう。

 いかん、意識してはいけない。意識したら負けだ。そう思い、床へゴロンと寝転がる。固くて冷たい感覚が、柔らかくてあったかいものに触れたいという意識を余計に強調させてくる。



29:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:37:38 ID:5ps


「Pさん、今日は本当にありがとうね。遊んでくれただけじゃなくて、こうやって寝床まで用意してくれて」

「例には及ばんよ。でもこんな生活、長続きしないんだから、早く家出なんて辞めて実家に帰れよ」

 考えとく、とポツリと漏らす周子。
 そんな言葉を最後に沈黙が流れだす。
 寝るんだから当たり前か……と思った矢先に周子がまた声をかけてくる。

「…………ねぇPさん、本当に床で寝る気?」

「あ? あぁ、そのつもりだが……」

「やっぱこっちにおいでよ。明日もお仕事でしょ? しっかり寝なきゃダメだって」

「大丈夫だって。床でもちゃんと寝れる」



30:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:40:21 ID:5ps


 そう言うとまた周子が口を閉ざす。でもそれは寝るためではなく、何かを受け入れるための沈黙のように思えた。

「…………Pさん、しないの……? 一応こっちもそういう覚悟で来たんだけど……」

 なんてことを言いやがるんだこいつ。こいつ、女が男の家に泊まる意味も分かっていて、それでもなおかつ俺の家に泊まりに来たのかよ。

「……する」

 情けないまでにすぐに返事をしてしまった。
 いや、こんな美人と一つ屋根の下で、しかも向こうの方から誘われて断る奴がいたら見てみたいもんだよ。

「やーっと、正直になったねー」

 そう言ってケラケラと笑う周子。こっちの葛藤なんてお見通しかよ。というか家出娘を泊める理由なんてそれ以外ありえないもんな。

 葛藤も倫理も理性も、全部の重りをみんな投げ捨てて、ベッドの方に向かう。
 周子がまだケラケラと笑っていたから、その小うるさい口を無理矢理黙らせてやった。



31:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:44:52 ID:5ps


◆◇◆

 どんな夜を過ごしても必ず夜が明け、次の朝はくる。

 昨夜の出来事にも関わらず、いつもの時間通りに目を覚まし、出勤の準備を粗方終えられた。習慣っていうのは恐ろしい。
 ただ周子はお疲れなのかまだグッスリ眠っている。……まあ家出の疲れや緊張やらなんやら、色々あったということにしておこう。そういうことにしておきたい。

 ……周子の様子からこういうのは手慣れてるもんかと思ったが、まさか初めての家出だったとはな……。後は敢えて口にするまい。

 それはそれとしてもう家を出ないと遅刻する。グッスリ寝ている周子を起こすのも忍びないので書き置きだけしておく。



32:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:50:40 ID:5ps


『朝飯はあるものを適当に食べてくれ』
『戸締りはしておく。鍵はここに置いておくから出る時はこれでドアだけ締めてくれ』
『締めた後は鍵を郵便受けに入れといてくれ』
『少ないが幾らか現金を置いておく。自由に使ってくれ』

 これで大体良いだろう。これで一人で起きてもこの家から出られるはずだ。
 家に出る前に最後に周子の方を見る。起きてる時も美人だったが、寝顔もそれに負けず美人だ。
 こんな美人と一夜限りのお別れかと思うと寂しいものがある。が、俺が引き止めることもできない。家出と言うのだからまた何処かへと彷徨うのだろう。

「じゃあな、周子。元気でな」

 そんな挨拶だけして家のドアを閉めた。



33:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:51:12 ID:5ps


◆◇◆

「おはようございます」

 事務所のドアを開いて、まずは社会人の基本の挨拶。今はこの部屋にはちひろさんしかいないようだ。

「おはようございます、Pさん。あら、昨日何か良いことでもありました?」

「え? どうしてですか?」

「いえ、なんだか昨日と変わって顔が明るくなっていたので……。昨日お帰りになった後、どこかでストレス解消でもされました?」



34:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)21:54:45 ID:5ps


 一瞬ドキッとする。心当たりは一つしかない。ただ『家出娘を自宅に連れ込みました』なんて死んでも言えない。なので適当に誤魔化す。

「あ、いえ。昨日はダーツバーに行っただけですよ。調子が良くて自己新記録が出たのが、自分で思っている以上に嬉しかったのかもしれません」

「あぁそうなんですか。いずれにせよ、明るくなって頂けたなら嬉しい限りです。最近お疲れのように見えましたから」

 そう言って鼻歌を歌いながら仕事の準備にとりかかるちひろさん。何故かちひろさんまで上機嫌になったようだ。そんなに心配されるほど顔が暗かったのだろうか? ストレス管理には気をつけねば……。



35:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:00:04 ID:5ps


 そんなことを考えてると事務所の奥から人影が現れる。

「おはよう、Pくん」

「おはようございます、先輩。今日もお早いですね」

「あの新人達の面倒見なきゃいけないからな。今が一番大変な時期だよ」

 そう言いながらも楽しそうに席に着く先輩。先輩はその腕と経験を買われ、将来稼ぎ頭になるかもしれない新人アイドル達を担当している。
 大変だろうが、アイドルの成長を見守れるのはやりがいを感じる仕事なんだろう。仕事に打ち込む姿は明るく、俺の目指すべき目標でもある。



36:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:00:51 ID:5ps


しばらく仕事の準備をしながら先輩とちひろさんと話していると、急にドタバタした足音が聞こえてきた。

「はぁはぁ……。おはようござまーす。セーフ? セーフですよね!」

「まだ鐘なってねーからセーフだ。しかしいつもギリギリだな、後輩くんよ」

「へへへ……申し訳ないっす」

 鐘がなる直前に駆け込んできたのが俺の後輩である。まだまだ未熟だが、持ち前の明るさといつの間にかに相手の懐に入りこむトークで、取引先と担当アイドル達から信頼を得ている。
今の後輩君の担当アイドルは、先輩が育てて駆け出しアイドルとなった娘達である。



37:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:06:09 ID:5ps


 かく言う俺は事務所の稼ぎ頭である中堅アイドルの娘を専属で担当している。まあ稼ぎ頭といっても事務所の規模がそれほど大きくないからこそであり、アイドルに詳しい人なら『名前は知っている』程度の知名度だが……。
 そんな彼女の知名度をもっと上げるべく、何とかより良い活躍の場を与えられないかと日々努力するのが俺の仕事である。

 ポーンポーンポーン

 いつもの間の抜けたベルが小さな事務所に響く。さあ今日も仕事の始まりだ。
 昨日リフレッシュしたおかげか、その日はトントン拍子で仕事が進んでいった。



38:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:07:25 ID:5ps


◆◇◆

「おはようございます」

 仕事を快調に進めているとそんな挨拶が聞こえ、ハタと顔を上げる。もうこんな時間か。いつの間にかに夕方になってたらしい。

「おぉ、おはよう。学校帰りか?」

 そんな風に俺は制服姿の彼女、自分の担当アイドルへと声をかける。

「ん、そんなところ。今日は特にお仕事ないし、これでいっかなって」

「まあ、そうだな。今日はこれからレッスンだけだったな」

「うん。その前に着替えを取りに一旦事務所へ寄って行こうかなって思って」

「なるほどな。あ、レッスン終わったら連絡くれれば家まで送るぞ」

「ん、ありがと。でもいいかな。その後ちょっと寄るとこあるから」

「いいのか? 家族か誰かとどこかで合流するのか?」

「うーん……。ま、そんなとこ」



39:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:08:36 ID:5ps


 彼女は何かを含んだように言う。この言い方だと家族というわけではないのか……?

「なんならそこまで送るが?」

「大丈夫だよ。電車で行った方が早い場所だから」

 ……まあ彼女が不要と言ってるのだから、無理に送る必要もないか。

「じゃあ帰り道は充分気をつけてな。レッスンは見に行けなさそうだけど、頑張ってくれよ! うちの稼ぎ頭だしな!」

「もう、そんな調子のいいこと言って……。お仕事なんて最近ドラマの端役をやったくらいじゃん……」

「……すまんな。本当は主役級を取って来たり、ライブができたりすればいいんだが……」

「いいよ別に。私だって自分の実力くらいわかってるつもりだし」

 そんなこと言うなよ……。当のアイドルに言われたらこっちはどんな顔をすればいいんだ……。



40:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:09:53 ID:5ps


 お互いの間に気まずい空気が流れる。彼女も言いすぎたと思ったのか、急に別の話題を振ってくる。

「……そういや、なんだか今日のプロデューサーは楽しそうだね?」

「ん? そうか? ちひろさんにもそんなこと言われたが」

「うん、いつもより生き生きしてる感じがする」

 思い当たる節はやっぱり一つしかない。自分ではあまり表に出してないつもりだが、それでも表に伝わってしまうくらい浮かれた様子らしい。

「プロデューサーがそんなに楽しく仕事してるんなら、私にもいい仕事の一つや二つ、降ってくるかな?」



41:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:11:22 ID:5ps


 おいおい……気まずい雰囲気を流すための会話じゃなかったのかよ? そんなこと言われたら嫌味じゃないと分かっていても、そう思っちまうじゃねーか。

「……ま、そうなるようにこっちも頑張るよ。だからそれまで待ってくれ」

 自分の発言が嫌味に聞こえてしまうとおそばせながら気がついたのか、気まずいような様子で彼女は口を開く。

「……まぁ、私も私で楽しんでる分もあるから良いんだけどね。だからプロデューサーが楽しくしててもおあいこだし」



42:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:13:00 ID:5ps


 彼女も仕事の少ない中、なんとか楽しもうとしてくれてるらしい。プロデューサーとしては助かるところだ。それにしては言葉に棘がある気もしなくはないが……。

「あ、もうこんな時間。レッスン行かなきゃ」

 いつの間にかそこそこ話し込んでたらしい。彼女は慌てて準備をして、すぐさま事務所から出て行く。
 そんな姿を俺は見ているだけしか出来なかった。そしてまた仕事に没頭していくのであった。



43:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:17:14 ID:5ps


◆◇◆

 その後も仕事が順調に進み、罪悪感なく定時退社し帰路に着く。これも昨日の周子のおかげだろう。こんな気分の良い日ぐらい真っ直ぐ帰るか。

 そんな風に思えるほど昨日は楽しかった。こんな日々が毎日続けば良かったのにな。

 そんな考えが頭をよぎり、つい苦笑してしまう。昨日初めて会った娘にどれだけ惚れ込んでたんだって話だ。
 でもまあ一度きりっていうのは残念だったな……。あんな美人、仕事ではともかくプライベートではもう会えないだろう。

 まあ切り替えてくしかないか……とか考えてるといつの間にかに家の前へ着いた。まずは郵便受けを空けて鍵を回収するのを忘れずに……。



44:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:20:23 ID:5ps


 …………ない。鍵がない……!
 どういうことだ? 書き置きを見逃したのか? いやそんなはずはない、あんなわかりやすい場所に置いたのに見逃すものか。

 ……そうするとつまりは周子が鍵を郵便受けに入れなかったってことか? 意図的か無意識かは知らない。ただ鍵を持って行ったのは間違いないだろう。この家を出てからだいぶ時間も経ってるだろうし、いずれにせよ鍵が返ってくることはなさそうだな……。
 一応、万が一ってこともある。念のため鍵を変えねば……。周子も最後にめんどくさいことをしてくれる。



45:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:22:41 ID:5ps


 そうため息をつきながらドアの鍵を開ける。
 ん? 今、鍵を開けたか? なんか鍵がかかってなかった気もする。もしや周子が鍵かけ忘れたのか? 他人の家だからって無用心な……!

 そんなことを思いつつドアを開けると「おかえりー」って言う声が中から響いてきた。

「は?」

 驚きの声が思わず口に出てしまう。
 中に入るとそこにはテレビを見ながら寝っ転がってる周子。

「なんでまだいるんだ……?」

 いや確かに昨日泊めたが、てっきりもう何処かに行ってるのかと思ってた。そんな考えをよそに周子はニヤニヤながらこっちを見てくる。

「まあまあ、昨夜はお楽しみでしたね♪」



46:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:27:58 ID:5ps


 サーっと頭から血が引いてく。
 まさか昨日のことで脅迫する気か……? 未成年に色々したこととか!
 もしかしてホントに美人局だったりするのか? マジで引っかかるとは思ってもいなかった……。

「Pさんも驚いたでしょー? ってPさん?! 顔が白いよ?! どうしたの?!」

「…………何が望みだ……。何でもするから訴えるのだけは勘弁してくれ……」

「ちょっと! 何勘違いしてるの?! 別に脅迫なんてしないよ?!」

「ち、違うのか……?! そうか……安心した……」

「もー……そんなにビックリせんといてよー。何? そんなに周子ちゃんがいたことがショックだったの?」

「いや、てっきりもうどっか他の所に行ってるのかと思ってな。俺の家は単なる仮宿だっただけかと」

「『帰るとこないんだー』って言ったでしょ? それってつまり、行くとこもないってことだよ」

「そう……なのか?」

「そうだよー」



47:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:29:13 ID:5ps


 何か壮絶な勘違いをしていたようだ。別に脅迫するわけでも美人局だったわけでもなく、単に他に宿がないから居座ってるだけのようだ。
 確かに考えてみれば家出して帰るとこがなく、そんな状態で仮宿を得たら暫くそこに居座るよな……。

 きっと俺の顔は青くなったり赤くなったり忙しい状態なんだろう。そんな俺の顔を見た周子が何か心配そうに聞いてくる。

「その……邪魔……だった……?」

 そうやって上目遣いで目を潤ませる周子。
 いや、お前、そういうのは反則だと思うぞ。
 そんなことされたらこういうしか無いじゃないか。

「別に……邪魔じゃないぞ」

「やったー! じゃあもう少しここにいさせてね?」

「なるべく早く実家に帰るんだぞ」

「んー……考えとく。それでお世話になる代わりと言っちゃなんだけどさ……」

「ん? なんだ?」



48:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:30:48 ID:5ps


 何か交換条件でもあるのかと思い周子の顔を覗く。するとなんだか周子は赤面してモジモジしている。なんだ、何言おうとしてるんだ? 何か言いにくいことでもあるのか?

「あの……その……。……。……今夜は楽しまないの……?」

 おいおい、こんな美人に二度も誘惑されるなんて夢でも見てるのか? そのあまりに魅力的な提案に魅かれて、そのまま押し倒しそうになったが、グッと我慢する。

「……飯も風呂もまだだろ。まずは飯を食いに行くぞ」

「ん、そう? やった、丁度お腹空いてたとこなんだよねー」

「外に食いにいくぞ。俺の料理には期待するな」

「食べさせてくれるんだったらなんだっていーよー」

「おうおう、いい心がけだな」

「夜にはどうせ食べられちゃうんだしねー。今のうちに栄養つけて美味しくなっておかないと」

「…………」

「ん? どしたの?」

 そういうことをサラッと言うなんて……。
 こいつはきっと悪魔に違いない。悪魔といっても小悪魔の類だが。



49:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:34:35 ID:5ps


◆◇◆

 そんな周子を泊めてから数日経った後、初めての休みの日がやってきた。こいつとの生活も長くなりそうだし、今日は買い出しにでも行くか。

「ふわぁ……おはよー。あれPさん、まだ着替えてないの?」

「あれ? 言ってなかったか? 今日は休みなんだよ」

「んー……? 聞いてないよ。あ、でもだから昨夜は激しかったんかー」

「うるせぇ。周子も朝飯食うか?」

「食べるー」

 そう言ってトーストを差し出してやる。まだ温かいはずだ。それをムシャムシャと食べ始める周子。丁度いい機会だから今のうちに言っとくか。



50:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:36:31 ID:5ps


「今日はこの後出かけるぞ。なんか予定は……勿論ないよな?」

「んー、勿論ないよ。でもどこに出かけるの?」

「ほら、お前の分の服とか日用品とか必要だろ? 買い出しに行くぞ」

「あーなるほどねー。まあ日用品は大体Pさんのを借りれば良いから、買うとしたら服だけかなー?」

「じゃあショッピングでも行くか。すまんが財布の関係で量販店で勘弁してくれ」

「勿論、こっちが甘える立場だしねー。それにしてもPさん今日一日休み?」

「そうだが……」

「じゃあ服買うのは後の方にしてさ、色々遊びに連れてってよ!」

「いいけどよ、俺がいない間に遊んでんじゃねーのか?」

「それはそうだけどさー……。やっぱ一人で遊ぶよりPさんと遊んだ方が絶対楽しいじゃん?」

「…………」

 そういうことをサラッというなサラッと……。



51:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:41:45 ID:5ps


「ん? どしたん?」

 周子が急に黙り込んだ俺を心配そうに見つめる。これ狙ってやってんのかな? それとも天然なんかな? 判断が難しいところだ。

「いや、何でもない。まあ折角の休日だしパッーと遊ぶか」

「やったー! そうと決まればお出かけの準備だねー!」

 そういう周子は丁度朝食を食べ終わったようだ。ごちそうさま、と挨拶だけして後片付けし始める。皿洗いする周子からは鼻歌が聞こえた。



52:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:42:31 ID:5ps


◆◇◆

 そうして俺たちは繁華街にやってきた。どうせなら前に頭に浮かんだことをやってみるか。

 ボウリング。
 ダーツと同じく投げる競技だからか結構いい線いく。フォームも綺麗だしストライク・スペアもだいぶ出す。男女の差があるはずなのに毎回俺といい勝負のスコアを出しやがる。
 『ボウリングはよく遊ぶのか?』って聞いたら、『あんまり』との回答だけ。素の運動神経がいいんだろうな。

 というかこいつやっぱりサウスポーだったのか。飯食うときは左で箸持ってるもんな。初めて会った時はダーツを右手で投げてたと思うが……。



53:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:43:00 ID:5ps

 カラオケ。
 周子の綺麗な歌声が響き渡る。最初は交互で入れてたのに、ついついその美声が聞きたくて周子ばかりに曲を入れさせたくらいだ。

 途中無茶振りして有名アイドルの曲をリクエストしたが、これまた華麗に歌いこなす。
『二番は知らないからもうやめー!』って演奏が中止されるまで、一瞬ライブ会場にでもいるのかと勘違いしたくらいだ。



54:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:47:05 ID:5ps


 昼飯食べてショッピング。
 周子がパパッと選んで試着した姿を見て正直驚いた。庶民の味方である某量販店だというのに、バッチリ着こなしてる。店内モデルの写真と見並べても遜色ないくらいだ。

「そういやPさん、あんま私服持ってなかったよね? これなんてどう?」

 そんな一言から周子による俺のファッションショーが始まった。これまた持ってくる服の組み合わせのセンスが良い。俺が持ってる服は一体何だったんだと思うくらいだ。

「いいじゃん、いいじゃん。カッコいいよ! 次一緒に遊びに行く時はこれ着てこー」

 そうやって無邪気に微笑む周子。
 …………あぁ……なんだかこういうのって良いなぁ……。
 こうやって私服を選んでもらえるなら、あまり私服がなかったことに感謝したいくらいだった。



55:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:49:21 ID:5ps


 今日の目標を終え、夕飯の時間まで少し時間が空いたので、折角だしダーツに行くことにした。今度は罰ゲーム無し。純粋に楽しむだけ……と、そう思えたのは最初だけだった。
 周子の左手から放たれる矢、それはボードの中心にズバズバと突き刺さっていく。
 五分後にはカウントアップでダブルスコアがつく惨敗の結果が待っていた。

 …………やっぱりダーツもサウスポーなんじゃないか!



56:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:50:25 ID:5ps


「おい、周子! お前サウスポーなのかよ!」

「あれ? 言ってなかっけ? あたし左利きなんだよ」

「聞いてねぇ……。いや、飯とかボウリングとか見て怪しんでたが、ダーツだけは別なのかと思ってたんだ。で、蓋を開けたらこれだよ……」

「あははー……。なんか騙したみたいになってごめんねー」

 そう言いながらダーツの矢を放つ。それは綺麗な軌道でボードの真ん中、つまりD-bullに突き刺さる。



57:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:51:02 ID:5ps


「でもあたしもね、事情があったからさ」

「事情?」

「そ。だって負けないと『帰るとこない』なんてカミングアウトできないじゃん」

 …………こいつ、最初からそこまで計算済みで俺を誘ったってことかよ……。

「でも、今はそれで大正解だったと思ってるよ? Pさんと一緒にいると楽しいし! Pさんに声かけて良かったわー」

 よっ、っという掛け声と共にダーツの矢が放たれ、またど真ん中に突き刺さる。

「……Pさんはさ、あたしを拾って良かったと思う?」

「うるせぇ! 最初はハンデつけていい気にさせておいて、今度はボコボコにしやがってよ」

「あははー! だからごめんって! 拗ねないでよ!」

 腹いせにその夜は昨晩よりも激しくしてやった。
 でもこんくらい良いだろ? 俺だって最初の日は手加減してやってたんだから。



58:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:54:24 ID:5ps


◆◇◆

 こんな風にして周子との共同生活が始まった。仮宿ではない、ちゃんとした共同生活。最初は変に感じていたが、慣れてしまえばこっちの方がしっくりくるくらいだ。

 朝一緒に起きて仕事の日は俺が出勤準備して。
 戸締りだけして周子に留守番頼んで出勤して。
 仕事はまあそこそこにやって、定時退社して。
 周子が待ってる家に真っ直ぐ帰って。
 一緒に夕飯食べて、その後はダラダラして。
 そして交代でシャワーを浴び一緒のベッドで寝る。

 正直、帰ってきて『おかえり』という声が聞こえる生活というのはとても良いものだ。
 それに周子は面倒くさいこと言わないし、食費は二人分かかるがまあ許容範囲内だし、小遣い渡しても散財することなく慎ましくしていてくれる。

 日に日にこういう生活も悪くないんじゃないかっていう思いが募ってくる。何より周子は可愛いし、夜も段々といい具合になってきたし。最初なんてやりたい放題だったのに、最近では気を抜くとすぐに主導権を奪われそうだし……!

 ごほんっ!

 話が逸れた。

 そんな感じで周子のおかげでプライベートは充実した生活となっていた。
 あくまでプライベート"は"だったが……。



59:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:55:38 ID:5ps


◆◇◆

 その日、先輩と後輩、そして俺の三人が一つしかない会議室に籠ってた。お互いの仕事の進捗報告会……というか最近は作戦会議めいてきた定例会の実施中である。

「先輩、どうですか? 新人達の様子は?」

 いの一番にまずは先輩に話を振る。

「彼女らは頑張ってはいる……。いつデビューできるかもわからない中、レッスンだってマジメに受けている。ただ一部のアイドルにモチベーションの低下が見られるのは確かだ……」

 先輩は滅多にアイドルの悪口なんて言わず、信頼を持って接している人だ。そんな人が事実とはいえネガティブなことを言い出すなんて……。



60:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:57:32 ID:5ps


「そうですか……。後輩君はどうだ……?」

 雰囲気を変えるためにも後輩君に話題を振る。
 彼なら、明るい彼であれば、この空気を打破できるような成果があるのではないか?

「…………ぶっちゃけ言ってピンチです。色んなとこに営業をかけてはいるんですが、『おたくのアイドルを使うなら別に他の事務所の娘でも良い』みたいにキッパリ言われたとこもあります……。なんとか懇意の取引先のツテを使って、小さな仕事を拾ってる感じですが……」

「…………。そうか……」

 望みは一瞬で絶たれた……。
 持ち前の明るさとトーク力を全面に活かしてる後輩君だ。正直俺や先輩よりも営業が上手いと認めている。そんな後輩君でさえそんな有様とは……。



61:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:58:11 ID:5ps


「そういうP先輩はどうですか? 何か状況に変化とかは……?」

「まあボチボチ仕事は入ってる。一応これだけあれば凌げるだろうっていうくらいの量だ。ただオーディションや新規開拓なんかはかなり厳しい状態だな……」

 一同の間に沈黙が訪れる。ぶっちゃけていうと、この事務所はピンチだ。

 この通り、後輩君の担当の駆け出しアイドル達は仕事が少ない。
 将来金の卵になるはずの新人達も今ひとつ伸びがない。
 今は俺の担当アイドルが中堅レベルで、何とか仕事を取ってこれてるから自転車操業できてる状態だ。それにしたっていきなりドーンとレベルが上がるわけでもない。



62:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)22:59:42 ID:5ps


「何か打開策がないものか……」

 先輩がそう言葉を零す。

 打開策……打開策か……。今、俺の頭に一つだけあるっちゃある。それもとっておきの打開策が……。

 だがその策は個人的に取りたくない。
 事務所がこんな状態の中、色んな感情が渦巻いてるのは確かだ。でもやっぱり結論はそうなる。

 結局、これといった打開策も出ず、会議を解散しようとしたその時だった。



63:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:01:28 ID:5ps


「大変です! 皆さん!」

 血相を変えたちひろさんが会議室に入ってくる。礼儀正しい彼女がノックもせずに入ってくるとは一体何が……!

「これ……これです!!」

 ちひろさんは一冊の雑誌を持ってくる。遠目なので表紙はよく見えないが、恐らく有名なゴシップ誌だろう。この時点でもう嫌な予感しかない。

「ここですよ……この記事!」

 ちひろさんは俺達の近くまで寄ってきて、机に雑誌を置き、見開きページを指さす。目に飛び込んできたのは『あの俳優が共演者を連れ夜の街に?! ホテルに入る瞬間を取った衝撃画像!』というセンセーショナルだが陳腐な見出し。
 写真に写っている男の方は例の俳優で間違い無いだろう。この俳優といえば、共演者をつまみ食いする性質の悪いやつで業界では有名な男だ。



64:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:03:00 ID:5ps


 そして、見間違えが無ければ……間違えであって欲しかったが……男の隣で腕を組んで写っている女性は俺の担当アイドルだった……。
 彼女が……? どうして……? なんでだ……?

 頭が呆然とする。今ここにいるのが非現実のように感じる。何もかもが遠くに聞こえる……。



65:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:04:30 ID:5ps


「ちひろさん、彼女に連絡は?!」

「それが一向に連絡がつきません……」

「今日の予定は?!」

「一日オフです……」

「……じゃあ兎に角連絡しまくって捕まえて真相を聞くしかないな。おい、P、彼女が行きそうな場所は……って、おい! P! 聞いているのか!」

 先輩が何か叫びながら俺の肩を掴む。どうして? なんでだ?
 苦しい中なんとか一緒にやってきたじゃないか。確かに大きい仕事は中々取れなかったけど、アイドルとして頑張っていくんじゃなかったのか……? もう何がなんだかわからない……。



66:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:05:32 ID:5ps


「……Pはショックが大きくて動揺してるようだ。ちひろさん、後輩君、我々で何とか対処しよう。まずは後輩君はレッスン場に、ちひろさんは彼女の自宅に向かって探しましょう」

「そして私は仕事場を探してみます。オフの時にいる可能性が低いとは言え、虱潰しで探していかないことには手掛かりも見つからないでしょうし」

「わかりました……。Pさん、ショックでしょうが、まずは事実を確認しましょう」

 何でだ……何もかもがわからない。これじゃあ……このままじゃ……。彼女は……事務所は……俺はどうなる……?



67:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:06:41 ID:5ps


次に気がついた時にはすっかりと日が落ちており、暗くなった事務所で一人自席にポツンと座っていた。

 そして、『彼女を捕まえた』と連絡が入ったのはすっかり夜が更けた時だった。どこか出かけてたが夜になって自宅に帰ってきたらしい。
 尋問した所、雑誌の記事は本当だとのこと。

『アイドルとして中々うだつが上がらず、つい寂しくなった』

『そんな折に彼が優しくしてくれた。彼が本気でないことは分かってたが、寂しさを埋めてくれればなんでも良かった』

 そこまで確認できたところで一旦今日のところは切り上げることにしたらしい。



68:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:08:12 ID:5ps


「そういうことだ、P。正直君に取ってはショックが大きいだろう……。ただ今日の所はまずしっかりと自宅に帰って休むんだ。できれば付き添いたいんだがこの時間なんでな……。一人で帰れるか?」

 先輩から電話でそんな風な指示を受ける。気づけばもう終電が近い時間だった。
 このまま事務所で寝てもいいんじゃないかな……? そう思うも脳裏には自宅で待つ周子の姿が浮かぶ。

 ……やっぱり帰らなきゃな。その一心で重い体を持ち上げフラフラと事務所を出た。



69:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:08:46 ID:5ps


「あ、お帰りー。Pさん、今日は遅かったねー」

 家に帰ると午前様だというのに周子が出迎えてくれる。本当にこいつはデキた女だ。

「Pさん……? 大丈夫……? なんか元気なさそうだよ?」

 そう言って俺を心配する彼女。こんなに遅くなったというのに、まずは真っ先に俺のことを思ってくれる。

「どうしたの? 何か心配事があるんなら聞く……んんっ!」

 その彼女の思いが堪らなく愛しくてなって、つい彼女にキスをした。無言のまま彼女を貪る。もういい、周子に溺れよう。仕事で何があったって俺には周子がいる。

 いきなりキスされた挙句押し倒された周子は、最初は抵抗していたものの、すぐに俺を受け入れてくれた。

 周子は本当にデキた女だ。こんなしょうもない男に付き合ってくれて。



70:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:10:19 ID:5ps


◆◇◆

 そっからは地獄のような日々だった。
 朝来るなり電話が鳴り止まず、電話に出てみれば、『あの記事は本当なのか!』、『裏切られた! 金返せ!』などの罵倒をひたすら受けるばかりだった。
 あまりに仕事にならないのですぐに電話線を抜いてしまう。こちとらクレーム対応以外にもやることは山積みなんだ。

 ひとまずは彼女への再確認と、相手方の俳優の事務所への確認。
 裏取りができ次第、彼女の今後の処遇についての社内議論。
 処遇決定後は先方との声明文のすり合わせ。
 そして声明文のマスコミへの発表。

 これを僅か一日で片付けることとなった。ただそれは俺たちが有能だったわけではなく、先方が例の俳優のせいで慣れていたこと。そして何よりファンのクレーム内容からして、それ以上の時間の猶予がなかったことが原因だった。



71:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:10:57 ID:5ps


 結論としては、『記事の事実を認める』、『事務所として謝罪する』、『彼女はアイドル引退する』ということとなった。つまりはスキャンダルによる引退、という言葉にしてしまえばつまらない結末であった。

 ただそれを現実として受け止める方にはつまらないなんて口が避けても言えない。
 向こうの俳優には殆どダメージがないだろう。もうそういうイメージがついてるし、下手すりゃ浮名を上げたくらいに捉えられるかもしれない。

 でもうちは違う。全くもってダメージが違いすぎる。
 うちの事務所は彼女の仕事によってなんとか支えられてた部分がある。それが抜けた分どうするのか……。

 できるとしたら後輩君の担当の駆け出しアイドル達に頑張ってもらい、先輩の担当の新人アイドルを実践投入する。そして奇跡が起きて一人でも彼女の穴を埋めるようなアイドルが出てくれば何とかなる……。それくらいしか生き残る筋が見当たらないな……。



72:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:12:16 ID:5ps


 そしてスキャンダルから数日後、つまりはやっとその処理が落ち着いてきた頃、それはやってきた。悪いことは続けて起きるものだ。

「おはようございます……」

 朝出社するといつもいる先輩の姿が見当たらない。席外しかと思うも席に鞄はない。ここのところスキャンダル対応で、外出予定もなかったはずだから外にいるということもない。

 先輩がいつもの時間に来てないなんて珍しいな……。そう思いつつもスキャンダルのことがあったのだから、しょうがないかと一人ごちる。
 かく言う俺も周子が居なかったら会社に来れてない。支えてくれる人がいるということは本当にありがたいことだ。



73:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:13:24 ID:5ps


 しかし先輩はついに姿を現わすことはなかった。後輩君がいつも通りギリギリに来た時も。就業開始のベルが鳴っても。それどころかお昼を過ぎても先輩が事務所に来ることはなかった。

 流石になんかあったのだろうと何度も連絡するが繋がらない。
 これは非常事態だということで、先輩の家まで訪問しようということになった。連日の対応で風邪を引いたのかもしれない。

 別に誰でも良かったのだが、俺が率先して行く事にした。俺のアイドルが今回の件の発端であるし、後輩君には担当アイドルのケアを、ちひろさんには各種事務対応をして貰わねば困るからだった。



74:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:14:18 ID:5ps


 ちひろさんから聞いた住所に従い、先輩の家へ向かう。確か先輩も独身だったから、急に尋ねたとしても困ることは無いだろう。
 先輩の家のインターフォンを押す。すると中で人が動く音があり、インターフォンに出る音がする。

「……もしもし、どなたですか?」

「先輩? 俺です俺! Pです!」

「おぉ……Pか……。どうしたんだ?」

「どうしたはこっちの台詞ですよ! 先輩、会社に来なくて心配したんですよ! 風邪ですか? お見舞いに来ましたよ!」

「……あぁ、そのことか……」

 酷く平坦な声が響く。違う、先輩はこんな人じゃ無いはずだ。風邪を引いたらもっと申し訳なさそうな声をするはずだ! そんな声、まるでもっと悪いことが起きたみたいな声だろう……!

 やめろ、やめてくれ。そんな願いを込めながら先輩の発言を待つ。ただ、先輩が続けた言葉はそんな僅かな希望さえ打ち砕くものだった。



75:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:15:57 ID:5ps


「辞めたんだ。全員」

 辞めた? 誰がだ?
 決まっている……。先輩が担当してた新人アイドルだ。

「昨日の夜に呼び出されてな。全員揃ったとこでこう言われたんだ……。『この事務所には未来がありません。私たち全員、この事務所を辞めます』ってな……」

「俺のやってたことは何だったんだろうな。いつか彼女達が輝くと信じて……。ちゃんとアイドルとしてデビューして……。そしてトップとは言わずも有名アイドルになる。俺はその手助けをしたかっただけなのにな」

 インターフォンの向こう側にいる先輩に何も言えなくなる。彼女が……俺の担当アイドルの行為が関係者全てに影響を及ぼす。

「……悪いが帰ってくれないか……。しばらくは事務所に行けそうも無い。悪いな、後は任せた」

 そういってインターフォンを切る先輩。『後は任せた』だと……? 先輩がいなくなったら、一体誰を頼ればいいんですか……?
 自分の管理不行き届きを棚に上げながら、暫く先輩の家の前で呆然と立ち尽くす。
 隣人に通報されそうになってから、慌ててそこから立ち去っていった。



76:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:16:31 ID:5ps


 俺の担当アイドルという中核を失い。
 未来の金の卵となる新人アイドルを失い。
 事務所の存続に関わる両輪を失い、残ったのが僅かばかりの駆け出しアイドル、というのが今の現状だった。
 その駆け出しアイドルだってスキャンダルの煽りを受け、仕事がドンドンキャンセルになる。

 こうなればもう行き着く先は一つしかない。



77:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:17:50 ID:5ps


 倒産。

 世の中に溢れつつも、自分の身には起きないとタカを括ってた事態がすぐ目の間に迫っていた。
 それも……俺の監督不行き届きが原因で……。

 事前に止められなかった罪悪感と未来が見えない不安感を抱えながら家に帰るしか、今の俺にできることはなかった……。



78:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:18:45 ID:5ps


◆◇◆

「Pさん、最近元気ないね? 大丈夫?」

 家に帰れば周子が出迎えてくれる。
 こんなデキた美人と一つ屋根の下で暮らして、一緒に食事して、一緒に遊んで、一緒に笑って、一緒に寝る。
 こんな幸せは得ようと思っても、きっともうこの先、金輪際得られないだろう。

 だからこれはきっと罰なんだ。俺の監督不行き届きで事務所が倒産しかけるのは、こんな分不相応な幸せを手に入れようとしたからだ。

 だから清算しなきゃいけない……。
 この幸せを手放さなきゃいけないんだ、事務所のみんなのために。
 俺と事務所のみんな。その両方を天秤に掛けた時、どちらに傾くかは自明のことだ。



79:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:20:10 ID:5ps


「実は会社がな……倒産しそうなんだ……。頑張ってはいるが、このままだときっとそうなる」

「Pさん……」

「直接的な理由は仲間の失敗のせいなんだけどな。でもそれは俺のせいでもあるんだ」

 気がついたら俺は周子にポロポロと今の現状を喋って始めていた。

「俺はそいつをもっとちゃんと見てなくちゃいけなかった……。そいつともっともっとちゃんと向き合っていなくちゃいけなかった……。そいつと二人三脚で頑張んなきゃいけなかった……。そして、そいつが失敗する前に救ってやらなきゃいけなかった……。だが俺はそれを怠った」



80:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:21:14 ID:5ps


 きっと赦されたかったのかもしれない。
 今までやらかしたことに関して、そしてこれからやらかすことに関して。
 だから俺は周子に聞いて欲しかったのかもしれない。俺の独りよがりの懺悔を……。

「だから悪いのは俺なんだ……。そいつじゃなくて、そいつを救えなかった俺が……」

 そう言って項垂れる。きっと聞いてる方はつまらないだろうし、何よりも困るだろう。いきなりこんなこと言われても対処のしようがない。



81:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:22:04 ID:5ps


「Pさんさ、あたしには詳しい事情はよくわからないけどさ」

 そんな俺にも周子は優しく問いかけてくれる。

「今はPさん一人じゃない。あたしも傍にいるよ。だから二人で乗り越えよ? 大丈夫、Pさんとあたしの二人ならきっと乗り越えられるよ!」

 そう言って腕を広げて、こいこいする周子。その姿は全てを赦す女神のように見えた。
 今日は……今日まではこの幸せを享受させてほしい……。明日から無くなるこの幸せを……今日はまだ味わっていたい。

 そんな言い訳をしながら俺は周子の胸へと吸い込まれるように抱きついた。



82:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:22:41 ID:5ps


◆◇◆

「ふわぁ……。Pさん、おはよー。あれ、まだ居るなんてもしかして今日も休み?」

「いや、今日は仕事だ。ま、心配すんな。朝飯食べるか?」

「食べるー」

「じゃあここに置いとくぞ。それ食べたら身嗜みを整えてくれー」

「んー? いいけどなんでー? いつもはそんなこと言わないじゃん」

「ま、ちょっとな」

 そう言って誤魔化す。これから話す内容からすれば、流石に寝起きの状態は避けたい。



83:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:25:15 ID:5ps


 周子が朝飯食ってる間は普通の会話をして。
 周子が身嗜み整えてる間は社用携帯でメールチェックして。
 周子が戻って来た時には自分の襟を正して。

 そうして周子と向き合う。こうやってスーツで向き合うのは初めてかもしれない。そしてこの家でこんなことするのは最後になるだろう。
 すっかり傾いてしまった天秤を元に戻す手段は俺には残されてない。



84:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:26:40 ID:5ps


「とりあえず一通り準備して来たよ。で、Pさん一体なに? 大事な話」

「そうだ、俺とお前に関わる大事な話だ」

「そ。そんなに大事ならちゃんと聞かないとね」

「頼む」

 そう言って柄にもない声を出す俺。
 さて、これからが勝負の時間だ。



85:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:28:22 ID:5ps


「俺の会社が仲間の失敗で潰れそうなのは昨日言ったよな?」

「聞いた。このままだと頑張っても倒産なんでしょ?」

「前に職業聞かれた時にしがないサラリーマンって言ったよな?」

「聞いた。だからてっきりどこかの会社が潰れちゃうのかと思ってた」

「あれ半分本当で、半分嘘なんだ」

 そういって俺は胸から名刺入れを取り出し、そこから一枚中身を抜き取って周子に渡す。
これは事務所を立て直す特急券で、そしてそれ以上に周子との決別状になる紙だった。



86:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:28:56 ID:5ps


「芸能事務所……プロデューサー……」

「そうだ、うちは小さいながらもアイドル事務所を営んでいるんだ。俺はそこでプロデューサーをやってる」

「初めて知った……。アイドルって、あのアイドル?」

「そうだ。あのテレビに出たり、ライブしてりして歌って踊る、あのアイドルのことだ」

 緊張のあまりか、つい『まぁ、うちのアイドルはそれ程テレビに出てたわけじゃなかったが……』なんて余計なことを言ってしまう。
 クソッタレ……俺だって本当はこんなことしたくねぇんだ。そんな心の奥底の気持ちが出てしまってるのかもしれない。



87:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:30:15 ID:5ps


「ふーん、それで? この名刺をあたしに見せて、なんだっていうの?」

 周子だって頭の回転は悪くない。むしろ聡いぐらいだ。だからこの後の展開だって予想はついているだろう。なのに、会話のボールをこっちに渡そうとする。

 そうか、『ちゃんとしろよ』ってことか……。
 そうだな、二人で築いたこの関係。俺がぶち壊すんだから、俺がちゃんと言わないとな。



88:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:31:22 ID:5ps


「うちもアイドル募集は定期的にしている。が、オーディションじゃなくてもアイドルになる方法がある。それがスカウトだ」

「街中で声かけたりしてるやつね」

「そう、それだ。そしてプロデューサーの仕事の一つにはそのスカウトも含まれてる」

「ふーん……そうなんやー。Pさん、意外に大変なお仕事やっとんたんやったなぁ」

 周子が京言葉を使い始めた。はよ、本題を言わんかい、とせっつかれてる気分だ。
 ならもう腹をくくって直球勝負するしかあるまい。

「周子、俺はお前をスカウトしたい。アイドルになってくれ」



89:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:32:23 ID:5ps


 正直こいつならアイドルとして成功間違いなしだ。

 ダーツもボウリングも器用にこなす運動神経の高さ。
 カラオケで披露した思わず聞き惚れてしまうような美声。
 既製品でも特別なものに見せてしまうセンスの良さ。
 そして、何より──

 ──そして、何よりも整った顔とモデル顔負けのスタイル。一瞬見ただけでも人を魅きつけるその姿。

 これだけのものが揃っていれば失敗するはずがない。間違いなく、今まで事務所にいた誰よりも売れる確信がある。それこそ一気に今の事務所を立て直せるくらいには。

 そんなことを思いながら周子の顔色を伺う。俺の言葉から結構長い時間経ってる筈だが……。
 と思った矢先に周子が口を開く。



90:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:34:48 ID:5ps


「……それで、あたしの寝床はどうなるの?」

 口に出たのはそんな言葉だった。『アイドルになる』っていう大事の前では、きっと些細な質問で。周子と俺にとっては大事な質問。

「うちには女子寮がある。そっちに移ってもらう」

「このままPさん家にいるのは?」

「ダメだ、スキャンダルになる。そんなことでお前のアイドル人生を潰したくない」

 というかスキャンダルなんて二度とごめんだ。

「……あたしとPさんの関係はどうなるの?」

「……アイドルとプロデューサーという関係になる。お前は俺が担当する。それ以上でもなければ、それ以下でもない関係だ」

 そう言い切ると周子は黙り込んでしまった。
 またお互いの間に沈黙が流れる。ただし俺の方は言うべき言葉を全て言ってしまった。後は周子がなんと言うかだ。



91:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:36:46 ID:5ps


 永遠とも思えるその一瞬一瞬。一体どれだけ時間が経った?
 時間感覚が狂ってきた頃に、周子は観念したような顔をしながら口を開く。

「…………いいよ。アイドル、なってあげる」

 そう言われて正直、ホッとした。断られたら路頭に迷い、周子も含めて何もかもを失う羽目になるとこだった。

 そして、同時にガッカリもした。
 きっと俺は何かを得る代わりに何かを失ったのだろう。それが等価交換になるかはまだわからないが……。

「そうか、じゃあ早速事務所にいって手続きしよう。出かける準備をしてくれ」

「わかった。でもお仕事中のPさんと違って、こっちは部屋着なんだからしばらく待っててよね。そんくらいは許してよ」

 チクリと嫌味を言われる。
 気にするもんか。どうせこれから長い間チクチクと嫌味を言われることになるんだろうし。



92:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:37:56 ID:5ps


 そうして準備し終わった周子と共に事務所へと向かう。
 最寄駅から電車に揺られて四十分、駅を出て十分程歩く。そうすれば事務所のドアはすぐ目の前。いつもの通勤ルートだ。

「おはようございます」

「おはようございます、Pさん。あら、そちらの女性は……?」

「ちひろさんに今朝電話した件です。早速連れてきました」

「そうだったんですね! じゃあ早速説明に入りますね。ええっと、そちらの方のお名前は?」

「塩見周子です。Pさんにスカウトされてきました。よろしくおねがいします」

「よろしくおねがいしますね、塩見さん。私はアシスタントの千川ちひろと申します。さ、説明や書類記載がありますので、こちらにおかけください」

 そう言ってちひろさんは周子を応接用のベッドに案内する。後はちひろさんに任せておけば良い。



93:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:39:29 ID:5ps


 ちひろさんが一つ一つ丁寧に説明していく。
 周子はそれに一つ一つ丁寧に頷く。
 この分なら心配いらないな。

 ちひろさんの説明に周子が頷く度に、俺の中で何かが一つずつ零れ落ちるような感覚がする。



94:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:40:14 ID:5ps


「ちょっと外出て電話してきますね。ここでかけたら煩くなっちゃうでしょうし」

 その感覚にいたたまれなくなって、その場しのぎの言葉で二人のいる場所から離れる。次戻ってくる頃にはアイドル塩見周子が誕生しているだろう。

 嘘を本当にするために何件か電話をかける。どれも急ぎではないものだ。ただ何かしてないと自分でも何をしだすか分からない。そんな焦燥感に駆られて、一つ終わっても、また別の電話をかけてしまう。



95:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:40:31 ID:5ps


 そんな感じで大体三十分くらい席を外しただろうか? もう良い頃合いだろう。戻るとしよう。

「……はい、これで全部ですね。後は保護者の方の承認だけですね。最後になりますが何か質問はありますか?」

「いえ、大丈夫です。あ、でもちょっとPさんと話してきて良いですか?」

「良いですよ……って、Pさん良いところに戻ってきましたね。塩見さんからお話があるそうです」

 今度は私が席を外させてもらいますね。そんな風に言って外に出かけたちひろさん。……気を使わせてしまったかな。



96:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:41:48 ID:5ps


「書類の方は大丈夫か、周子」

「うん、後は保護者の承認だけだってー。家出中の身だからさ、一緒に帰って上手く両親に説明してよね、Pさん」

「任せとけ、ここでノーって言われたら全てがお終いだからな。しっかり準備していくよ」

「よろしくねー」

 周子は丸投げするつもりのようだ。まあいい、これも仕事のうちだ。

「そういや話ってなんだ?」

「あ、そうそう。ちひろさんに聞いたらすぐに女子寮に引っ越せるだってー。だからその手伝いしてくれない?」

「今からか?」

「うん」

「じゃあちひろさんに言っとくわ。同じ部屋に住んでるのは勿論内緒にしとくぞ」

「わかってるってば。よろしくねー」



99:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:43:14 ID:5ps


 ちひろさんが戻ってきたタイミングでその旨を話す。『男手も必要だから』といったら直ぐに了承してくれた。まあ、ちひろさんもまさか周子が家出中の上に、俺の家に住んでるとは思うまい。

 そうして一旦二人で自宅に戻ってきた。
 こうして見るとそう多くはないが、ちまちまと以前から増えたものがある。大体は周子の私物だったり、二人で一緒に使うものだったりだ。

 その一つ一つを丁寧にダンボールに詰めてく。
 一つ一つ、周子がいた形跡がこの家から無くなってく。



100:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:45:57 ID:5ps


 大方まとめ終わり、後は周子の身の回りのものだけになった頃、周子が出し抜けに口を開く。

「Pさんはさ、あたしがアイドルになって嬉しい?」

「そりゃ嬉しいさ、周子ならすぐに売れるだろうからな。テレビ出演やCDデビューも夢じゃない。こんな金の卵を担当できるなんて嬉しい限りだ」

「そ。ならいいけど」

「頼んだぞ、事務所の運命はお前にかかっている」

「任せとき、後悔させてあげるよ」



101:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:46:21 ID:5ps


 私物を一つずつダンボールに詰めながら周子はそんなことを言う。
 後悔させる? 後悔させないの間違いじゃないのか? そう周子に問いかける。

「わかってないねー、Pさんはあたしにひどいことしたんだよ?」

 そんな言葉に似合わず、顔は微笑みを浮かべてる周子。思わず惚れそうになる笑みを携えたまま周子はあっさりとこんな言葉を口にした。



102:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:47:05 ID:5ps


「あたしがどんなに売れっ子アイドルになっても、もう結婚なんかしてあげないよ」



103:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:48:23 ID:5ps


 そう言って全ての荷物をしまいこみ、蓋をして外へ持っていく周子。

 あぁ……どうしてこの世の中は大事なものはどっちかしか得られないようになってるんだろう……。傾いた天秤を元に戻す方法があったら頼むから誰か教えてくれ……。



104:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:50:04 ID:5ps


◆◇◆

「──なんて言ってたのにね」

 そう言って周子がダーツを投げる構えをする。
 初めて出会ったあのダーツバーで、あの時と同じ場所で、あの時と同じように。一体何年振りの光景だろうか?
 ただ一点、あの時と異なるのは、周子が左手でダーツの矢を投げており、その薬指には指輪が光ってることだ。

「そんなこと言ってたな」

 そうやって返事する俺。その左手の薬指には周子と同じデザインの指輪が光ってる。



105:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:50:44 ID:5ps


 今回の騒動の結果、というか後日譚。

 あの後アイドルとなった周子は見立て通り、大いに売れた。そしてその勢いは事務所に活気を生み出した。

 後輩君のアイドル達は周子のバーターとして出演していく内に、独り立ち出来る程に成長を遂げた。

 またどこかで噂を聞きつけたのか、一度は離れた新人アイドル達も何人か戻ってきた。現金なものとも思ったが、先輩は彼女達を暖かく迎え入れ、一緒に活動を再開していった。



106:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:51:20 ID:5ps


 そして事務所が赤字から黒字に変わってなんとか立ち直ってきた矢先に、衝撃のニュースが飛び込んできた。
 なんと346プロダクションがうちを丸ごと買収し、吸収合併するとのことだった。
 後に判明するがこれはうちの社長が一枚噛んでいたことだった。俺たちにも秘密で動いていたのはこのことだったらしい。

 こうして346プロダクションという大きな大きな後ろ盾を得た周子はアイドルとして更に飛躍を遂げることとなる。



107:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:52:21 ID:5ps


 同じ京都出身の小早川紗枝と『羽衣小町』というユニットを組み、京都凱旋を含む各地での大規模ライブの実施。
 またハイティーン中心で組まれた『LiPPS』のユニット一員として、ライブに、ラジオに、ドラマ撮影をこなす日々。
 主にこの二つのユニットが大当たりし、塩見周子の名は全国区になった。

 そしてその勢いは、ついには346プロダクションで年一回行われる総選挙にて、並み居る有名アイドルや先輩達を上回り、第四代シンデレラガールの称号を得るまでに至った。

 ただそれに胡座をかくこともなく、それからも周子と一緒に精力的に活動を行っていった結果、間違いなくトップアイドルの一員に名を連ねたと自負している。



108:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:53:26 ID:5ps


 そんな周子がアイドル引退を決意したのは一昨年。七年間やって二十五歳になった時だった。火が最後に燃え盛るのと同じように、最後の一年間は今までで一番忙しく充実した年となった。

 そして盛大なバースデーライブを行い、その日を最後にアイドル引退をしたのが去年の今頃。その後、色々と残務処理を行い、周子はアイドルから普通の女性となった。



109:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:54:33 ID:5ps


 そしてそこからが地獄のような日々の始まりだった。

 出会った頃からあんな仲だった俺は当然、周子に猛アタックした。
 現役アイドルの時は、あくまでアイドルとプロデューサーという関係に徹し、我慢していたから、その反動もあったのだと思う。

 だって、考えてみろ? あれだけ毎日抱いてた女が日に日に綺麗になっていき、ついには日本でも有数の美人として認められるようになったんだぞ? それでも手を出しちゃいけないんだぞ?

 その割には俺への距離が妙に近かったりすることもあった。それを指摘すると「嫌がらせしてんだよ? 後悔した?」なんて言ってきやがる。正直、生き地獄かと思った。後悔なら一生分したと思う。



110:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:55:31 ID:5ps


 そんな状況だったから『アイドル』という枷がなくなってからは猛烈にアプローチした。が、その度にひらひらと躱しておちょくってくる。『「結婚してやんないよー」って言ったでしょ?』なんて、笑いながら言っておちょくりやがって。

 その割にキッチリとはフラないからこっちだって未練が出来ちまう。
 そんなこんなで何回も何回もアプローチして、とうとう周子も折れたのか、つい先日の周子の誕生日にOKを貰えた。二人の薬指に光る指輪はその勲章だ。ただ単に手のひらで転がされてた気もするが……。



111:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:56:11 ID:5ps


「ほい、またあたしの勝ちー! じゃあまた言うこと聞いてね」

「はいはい、今度は何が良いんだ? 願い事なんて大体もう言ったんじゃないか?」

「そんなことないよ? 今日はね、この願い事をどうしても叶えて欲しくってね」

「ん? なんだ? なんかあるのか?」



112:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:56:45 ID:5ps


「『あたし帰るとこないんだよねー』」

 あの時と同じ場所で、あの時と同じ口調で、あの時と同じことを言う。

「『だから、Pさん。あたしをPさん家に泊めてよ』」

 でもあの時とは表情だけが違う。ニヤニヤしながらこちらの様子を伺う周子。
 完全に揶揄われているが、ここはビシッと決めて逆襲してやるよ。



113:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:57:15 ID:5ps


「馬鹿野郎、もうお前の家でもあるんだぞ。大体お前の居場所なんて、もうここにあるだろうに」

 そんな風に言うと周子が胸に飛び込んできた。

「それならさ、あたしがいつでも帰れるように、ここは空けといてよね」

 パシパシと俺の胸を叩く周子。

「当たり前だろ? いつでもお前の為に空けといてやるよ」

 そんなキザな台詞だって周子を捕まえるためならするする出てきちまう。



114:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:57:48 ID:5ps


「ねぇ? 出会った時に恋人になるのと、いまこうして恋人になったの、どっちの方が良かったのかな?」

 唐突な周子の質問。周子をスカウトした日に俺が潰した未来。事務所と天秤にかけて取ることのできなかった、その選択肢。



115:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:58:12 ID:5ps


「馬鹿野郎、そんなん決まってんだろ」

 そんなもん天秤にかけるまでもない。今、こうして幸せになれたのだから、あの時の選択は間違ってなかったはずだ。

 答える代わりにその幸せを噛み締めながら、胸の中にいる愛しい伴侶を抱きしめた。



116:◆ukgSfceGys 2018/12/12(水)23:58:52 ID:5ps

おわり



117:◆ukgSfceGys 2018/12/13(木)00:00:13 ID:xiw

以上です、ありがとうございました。
ギリギリ間に合った!周子誕生日おめでとう!

ちなみにこの元ネタ自体はある方から頂きました、この場を借りて御礼いたします。

家出した周子を匿ってにゃんにゃんしたい人生だった…



元スレ
モバP「家出娘と傾いた天秤」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1544605288/
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         コメント一覧 (9)

          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月13日 07:11
          • やっぱ日本の法律ってクソだわ
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月13日 14:47
          • マイナスのスタートからどうやってプラスにもっていったのかも読みたかったな。
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月13日 20:24
          • 野生の狐は病気いっぱい持ってるから近づいちゃダメだよ
            うちの花屋に特攻薬になる花があるから一緒に付いてきて
            よーく身体に塗り込まないと効果が出ないから、服を脱いで仰向けになって天井のシミでも数えててね
          • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月13日 22:57
          • Pとできなくなったからたくさん献血できるようになったのね
          • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月14日 00:05
          • 今日は周子で抜こうっと
          • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月14日 00:15
          • しゅーこちゃんいいこすぎひん?
            こんなんあかんわやらしー(棒
          • 7. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月14日 06:32
          • 周子は男を弄ぶ女狐
            掌で踊るしかないのがいかにも周子らしい
          • 8. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月14日 18:33
          • しれっとしぶりん米してるやんけ(笑)
          • 9. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年12月18日 22:22
          • 事務所の所属社員といい、前半部分の周子とのやり取りといい、なんかどこかで読んだ内容な気がする
            というかそれに近い内容な気もした

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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