喪黒福造「これは、究極のフェロモン香水です」 ホスト「胡散臭そうですね……」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
咲斗(21) ホスト
【フェロモン香水】
ホーッホッホッホ……。」
夕方。「歌舞伎町一番街」の看板。歓楽街の中を歩く通行人たち。通行人の中には、とある若者の姿も交じっている。
咲斗(ここが歌舞伎町か……。さすが、東京は世界の大都市なだけあって人が多いな……)
テロップ「花岡剛(21) フリーター 後の咲斗」
街の中に溢れるホストクラブの看板。看板のキャッチコピーをいくつも目にする花岡――後の咲斗。
どの看板にも、整った顔立ちのホストの写真が写っている。自己顕示欲とナルシシズムに満ちた表情で――。
看板「究極のお・も・て・な・し」「仕事でやってるんじゃない。これは生き様なんだ」「イケメンは神が俺に与えた宝」
「一億円プレイヤーはここにいる」「何もかもが手に入る夢のような人生」「君もこの街で伝説になってみないか?」
咲斗(これがホストか。大金を稼ぎ、女性にモテモテ……。うらやましいなぁ……)
(俺もホストになれば、こういう人生を送ることだって夢ではないかもしれない……)
看板を見つめながら、決意する花岡――後の咲斗。
咲斗(よし、決めた!俺はホストになるぞ!)
夜。新宿・歌舞伎町。ホストクラブ『ブレイジングサン』。女性客の前でシャンパンコールを行うホストたち。
ホストたち「いよいよ始まる♪ ショータイム♪ シャンパンコールの幕開けだ♪」
「あなたのために♪ シャンパンを♪ 感謝をこめて♪ 飲み干しまーーす♪」
咲斗こと花岡も、ホストの一員としてシャンパンコールに加わっている。彼は、高価でおしゃれなスーツを身にまとっている。
テロップ「咲斗(21) ホスト 本名は花岡剛」
盛り上がる女性客とホストたち。同僚のホスト・修也と一緒に、シャンパンを一気飲みする咲斗。
ホストたち「飲んで♪ 飲んで♪ 飲んで♪ 飲んで♪」
夜中。新宿・歌舞伎町。修也とともに道を歩く咲斗。彼は、右手で頭を押さえている。
咲斗「うぅーー、酒の飲み過ぎで頭が痛いよ……。修也……」
修也「俺もだよ、咲斗……。酒の消化班をやらされるの、マジ辛ぇわぁー」
咲斗「修也ぁ。俺、大丈夫かなぁ……。まだ1人も指名客取れてないんだよ……」
修也「俺だってそうさ。俺らは新人ホストなんだから、一朝一夕で指名客は取れねぇよ」
咲斗「でもなぁ、ホストの仕事ってのはよぉ……。3カ月過ぎて指名客が一人も取れないと、基本給がゼロになるんだぜ」
「俺、このままじゃマジでヤバいよ」
修也「諦めんなよ、咲斗!絶対、何とかなるって!俺と一緒に、歌舞伎町でテッペン目指そうよ!」
咲斗「お、おう……!」
喪黒「…………」
咲斗と修也の会話を聞く喪黒。どうやら、喪黒はまたしても何かの企みを思いついたようだ。
昼。とあるゲームセンター。 ゲーム『太鼓の名人』をプレイする咲斗。 彼はバチを持ち、和太鼓を叩いている。
ゲームを終えた咲斗の前に、喪黒が現れる。咲斗に声をかける喪黒。
咲斗「は、はい……。どうして、俺がホストだって分かったんですか?」
喪黒「夜中に、牛丼屋であなたが仲間と会話をしているのを見たんですよ。確か、あなたの源氏名は『咲斗』さんですよねぇ?」
咲斗「そ、そうですよ……!記憶力がいいですね、あなた……」
喪黒「いやぁ……。仕事柄、長年、人間観察を行ってきた賜物ですよ。何しろ、私はこういう者ですから」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
咲斗「ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
咲斗「あなた、セールスマンなんですか……」
喪黒「どちらかと言うと、ボランティアみたいなものですよ。何なら、私があなたの相談に乗りましょうか?」
咲斗「実は俺、2か月前にホストになったばかりなんです」
喪黒「咲斗さんが、ホストになった目的は何ですか?」
咲斗「うーーん……。そりゃあ、お金をたくさん稼いで、女にモテモテになるためですけど……」
「何と言っても俺にとっては、人生の一発逆転を実現するためってことですよ」
喪黒「ホストで成功した人には、年収が億の人もいますからねぇ」
咲斗「そうです。ホストになれば、手っ取り早く成功できるかもしれないと思ったんですけど……」
「やっぱり、現実は厳しいですよね……」
喪黒「無理もありませんよ。ホストの世界は、競争が非常に厳しいのですから……」
咲斗「でも、俺にとっては死活問題なんです!なぜなら俺は……」
喪黒「ホストになってから、3カ月過ぎても指名客が取れないと、基本給がゼロになるのでしょう?咲斗さん」
咲斗「そ、その通りです……!そのおかげもあって、3か月以内で店を辞める新人ホストが多いんですよ」
咲斗「そんなわけにはいきません!!一発逆転を目指してホストになった以上、ここで諦めたくないんです!!」
喪黒「……分かりました。そんなあなたのために、いいものをあげましょう」
喪黒は鞄から何かを取り出す。机の上に置かれたのは、透明な液体が入った小さな瓶だ。
咲斗「これ、もしかして香水ですか……?」
喪黒「なかなか察しがいいですね。これは、究極のフェロモン香水です」
咲斗「胡散臭そうですね……。フェロモン香水って、昔から雑誌の通販とかで紹介されてきたあれでしょう?」
喪黒「はい。でも、フェロモン香水の効果は、全く根拠がないわけじゃないんですよ」
咲斗「どういうことですか?」
喪黒「人間を含め、動物はフェロモンを身体から分泌しています」
「多くの種類があるフェロモンのうち、異性を引き付ける作用があるのが性フェロモンなのです」
喪黒「フェロモン香水とは、ヒトフェロモンを混ぜて作った香水のことです」
「その数あるフェロモン香水の中でも、究極のものがここにある香水なんですよ」
咲斗「究極……ですか。じゃあ、これを使えば俺は……」
喪黒「今までとは比べ物にならないくらいに、女性にモテモテになれます」
「どうです?あなたのお仕事のために、これ以上なく優れものの道具でしょう?」
咲斗「まあ……。正直、半信半疑ですけど……。藁にもすがるような気持ちもありますからね……」
喪黒「よろしかったら、この香水を咲斗さんにプレゼントしますよ」
咲斗「えっ、いいんですか!?」
喪黒「構いません。これは、あなたがホストとして成功することを願う私の気持ちですから……」
咲斗「ど、どうも……。では、お言葉に甘えて、これ貰っときますよ……」
喪黒「香水の効果は本物ですよ。使用すれば、すぐに分かるでしょう」
咲斗(フェロモン香水に、効果があるかどうかは分からない……。だが、俺はやるしかない)
(この香水を使用してから、例の作戦を行えば効果が本物かどうか分かる……)
修也「おい、咲斗……。お前、人の話ちゃんと聞いてるのか?」
咲斗「あ、ああ……」
夕方。新宿・歌舞伎町。通行中の女性に近づき、名刺を渡す咲斗。
さらに咲斗は、別の女性にも自分の名刺を渡す。次々と、通行中の女性に名刺を渡す咲斗。
咲斗(仕事前と仕事後に、道を歩く女性たちに声を掛けまくる。これが俺の作戦だ)
(あの香水の効き目が本物なら……。彼女たちは当然、俺の客になってくれるはずだ)
夜。ホストクラブ『ブレイジングサン』。咲斗は、女性客とともにソファーに座っている。
酒の入ったシャンパングラスを乾杯する咲斗と女性客。
修也「咲斗……。お前、遂に指名客を獲得したのか。まさか、お前に先を越されるとは……」
咲斗「どうも、修也。気が付いたら、こうなっていたんだよ」
修也「でも、これだけは忘れるなよ。最後にお前に勝つのは、俺だからな」
ある日。とあるゲームセンター。店内を歩く咲斗を、女性の通行人たちがチラリチラリと見つめる。
咲斗(いつもより、女性の視線を感じる……。もしかすると、フェロモン香水の効き目は本物なのかもしれないな……)
夜。新宿・歌舞伎町。ホストクラブ『ブレイジングサン』。
複数の女性客たちと、咲斗を含めたホストたちが相席に座っている。女性客たちと仲良く話をする咲斗。
女性客A「咲斗ぉー。私もあなたを指名してあげる」
咲斗「ありがとうございます」
オーナー「たくさんの女性を笑顔にすることが、金と成功につながる……。それがホストの世界なんだ!!」
「お前たちもホストなら、金と成功を手にしたいだろう!?だったら、金と成功を掴み取れ!!」
ホストたち「はいっ!!」
ある程度話し続け、挨拶を終えるオーナー。彼は、咲斗に優しく声をかける。
オーナー「おめでとう、咲斗!お前が新人賞に選ばれたぞ」
BAR「魔の巣」。喪黒と咲斗が席に腰掛けている。
咲斗「喪黒さん。あの香水を使ってからは、俺の生活は一変しました!」
喪黒「ほら!フェロモン香水の効果は、やっぱり本物だったでしょう?」
咲斗「はい!俺は指名客に恵まれるようになりましたし、新人賞をとることもできたんです!」
喪黒「よかったですねぇ。咲斗さん」
喪黒「どういたしまして。ただし、私の方から忠告しておきたいことがあるんですよ……」
咲斗「どういうことですか?」
喪黒「今の咲斗さんは、フェロモン香水のおかげで女性客に恵まれています」
「ですが……。例の香水に頼らずに、自分の実力で女性客を掴んでこそ一流のホストといえるでしょう」
咲斗「確かに……」
喪黒「異性にモテるために必要なのは、外面の魅力や性フェロモンだけではありません」
「一番肝心なのは、その人の内面の魅力にあるのですよ」
咲斗「は、はい……」
喪黒「だから、咲斗さん。私と約束してください」
「これからは、フェロモン香水に頼らないでホストの仕事をやり遂げてくださいよ」
咲斗「わ、分かりました……。喪黒さん」
しかし、女性は咲斗の名刺を受取ろうとせず、素通りしていく。咲斗は別の女性に近づくも、彼女も名刺を受取らず素通りする。
咲斗(通行中の女性が相手にしてくれない……。今日の俺は、フェロモン香水を使っていないからな……)
夜。ホストクラブ『ブレイジングサン』。ソファーに座り、女性客Bと会話をする咲斗。突然、女性客Bが席を立つ。
女性客B「悪いけど、あたし帰る……」
「何か今日はね、咲斗と話をしても気分が乗らないのよ。ごめんなさい……」
夜中。新宿・歌舞伎町。仕事を終え、道を歩く咲斗と修也。咲斗はうつむいた状態だ。
咲斗(今日は客の反応がイマイチだ……。フェロモン香水を使っていないせいだな……)
修也は、咲斗の肩を軽く叩く。
修也「元気出せよ、咲斗……」
咲斗「ああ……」
咲斗(これからもフェロモン香水を使い続けよう。俺はそうするしかない……)
夜。新宿・歌舞伎町。ホストクラブ『ブレイジングサン』。ソファーで、女性客Bと一緒に座る咲斗。
女性客B「この間はごめんね。あたし、咲斗にそっけない態度をとって……」
咲斗(やっぱり、フェロモン香水の効果は本物だ……。これさえあれば、俺は……)
一方、別のホストと相席で座る女性客Cは……。
女性客C「ちょっとぉー!!私は咲斗に会いに、この店に来たのにぃ!!いつまで待たせる気なのぉー!!」
ホスト「すいません。あとしばらくすれば、咲斗が来ますから……」
さらに、他の席に座る女性客Dも……。
女性客D「咲斗はどうしたの!?私は咲斗と話をしたいんだよ!!」
咲斗(まさか、女性客たちが俺の取り合いをするとは……。これもフェロモン香水のおかげか……)
歩き続ける咲斗の前に、喪黒が姿を現す。
喪黒「咲斗さん……。あなた約束を破りましたね」
咲斗「も、喪黒さん……!!」
喪黒「私は言ったはずですよ。これからは、フェロモン香水に頼らないでホストの仕事をやり遂げろ……と」
「それにも関わらず、あなたは今もなおフェロモン香水に頼り続けているようですねぇ」
咲斗「だ、だって、喪黒さん……。俺はもう、この香水なしでは仕事も生活も成り立たなくなっています!」
「だから、香水を使わないで仕事をするなんて無理ですよ!!」
喪黒「弁解は無用です。約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」
喪黒は咲斗に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
咲斗「ギャアアアアアアアアア!!!」
咲斗が後ろを振り向くと……。そこには、自分の常連である女性客Cがいる。咲斗と目が合い、慌てて逃げる女性客C。
レストランで食事をする咲斗。しかし、別のテーブルの方から女性客Dが咲斗をじっと見つめている。女性客Dの存在に気付く咲斗。
さらに、道を歩きながらスマホを見る咲斗。スマホには、自分の常連客によるメールの着信がある。
メール「いつもあなたを見ているよ咲斗。大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き」
脅えた表情になる咲斗。
夜中。新宿・歌舞伎町。仕事を終え、街を歩く咲斗と修也。憂鬱そうな表情の咲斗。
修也「なるほど……。ストーカーの被害を受けているのか」
咲斗「ああ……。俺は本当に参っているんだ……」
修也「お前も大変だな……。咲斗」
咲斗と修也の前に、数人の女性たちが姿を現す。彼女たちはいずれも、咲斗の常連客ばかりだ。
女性たち「咲斗ぉおおお~~」
咲斗「ま、待ってくれ……」
女性たちが一斉に、咲斗に襲い掛かる。身体中を刃物で刺され、地面に倒れる咲斗。
女性たち「これで咲斗はあたしのものぉおお!!」「咲斗の身体は、私が貰うからねぇええ!!」「咲斗ぉ、愛してるぅうう!!」
咲斗の全身を、ナイフで切り裂き続ける女性たち。彼女たちは血まみれになりながら、咲斗の内臓を手にして喜んでいる。
思わぬ惨劇を目にし、唖然とした顔つきになる修也。彼は、驚きと恐怖で言葉が出ない模様だ。
夜中。新宿・歌舞伎町。「歌舞伎町一番街」の看板の前にいる喪黒。
喪黒「世の中にいるたいていの人間は……。異性にモテたいという願望を、一度くらいは抱いたことがあるはずでしょう」
「異性にモテるためには、並大抵でない努力が必要ですし……。当然ながら、外見の良さはモテるために優位に作用します」
「しかし、肝心なのは……。自分の内面の魅力を磨くことや、相手との信頼を大切にすることを、常に心がけるべきなのです」
「従って……。たとえモテモテになれたとしても、みだりに色恋を消費し続けているようでは、本当の幸せは訪れません」
「だって、色恋は扱いを間違えると、時に悲劇を生み出しますから……。モテモテになり過ぎるのも考えものですよ。ねぇ、咲斗さん」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―