喪黒福造「これからあなたは、1980年代後半のデパートで働くのですよ」 元エレベーターガール「私が……ですか!?」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
水島若菜(29) 元エレベーターガール
【華のデパート物語】
ホーッホッホッホ……。」
1階。数人の客たちがエレベーター前にいる。自動ドアが開くとともに、エレベーターに入る客たち。
エレベーターの中には、店の制服を着た若いエレベーターガールがいる。
エレベーターのボタンを押し、品のある声で客を案内するエレベーターガール・水島若菜。
若菜「上へまいりまーす」
テロップ「水島若菜(29) 丸富士百貨店勤務・エレベーターガール」
若菜と客たちが乗ったエレベーターが、ゆっくりと上へ向かっていく。
午後。丸富士百貨店、7階。エレベーターに乗り込む客たち。客の中には喪黒福造もいる。エレベーターガールの仕事を行う若菜。
若菜「下へまいりまーす」
下へ向かうエレベーター。下の階で降りる喪黒ら客たちと、エレベーターの中に留まる若菜。
若菜(私のこの仕事も、今日で最後になる……)
丸富士百貨店、とある部署。若菜らエレベーターガールたちが、上司に呼び出されている。
上司「申し訳ない話だが、君たちは今月いっぱいでここを辞めて貰うことになった」
「うちも業績が思わしくないんでな……。経営を再建するために、リストラを進めざるを得ないんだよ」
休憩室。先輩のエレベーターガールたちと会話をする若菜。
エレベーターガールA「今の時代は、エレベーターガールの仕事自体がもう時代遅れだからねぇ。こうなることは覚悟していたよ」
若菜「え、ええ……。私たち、これからどうなるんでしょうか……」
エレベーターガールB「水島さんは若いから、まだいいよ。私なんかもう30代だから、これから先、大変だよ……」
若菜の回想が終わる。夕方。丸富士百貨店。いつも通り、エレベーターガールの仕事を行う若菜。
夜。とある歓楽街。若菜とエレベーターガールたちが、酒に酔っ払いながら道を歩いている。
エレベーターガールA「もう1軒行こうーーっ!!もう1軒ーーっ!!」
テロップ「水島若菜(29) 無職・元エレベーターガール」
窓側のテーブルに座り、バッグからノートパソコンを取り出す若菜。彼女はそのまま仕事を……始めたのではない。
ノートパソコンの画面に映っているのは、正社員の仕事先やアルバイト先に関する求人情報ばかりだ。
若菜(あーあ……。やっぱり、ろくな再就職先がないな……)
コーヒーチェーン店に入り、若菜の隣に座る喪黒。彼は、若菜の様子をチラリと一瞥する。
ネットサーフィンを行う若菜。コーヒーを飲み、パフェを食べる喪黒。
コーヒーチェーン店を出る若菜。彼女の側に、喪黒が近寄る。
喪黒「あなたも大変ですねぇ。失業中なのに、仕事をしている人間のふりをして……」
若菜「私が失業中ですって?そんなことはありません……」
喪黒「嘘をつくのはおやめなさい。あなたはカフェでノートパソコンを操作していましたけど……」
「お仕事をやっていたのではなく、再就職先をお探しだったようですねぇ」
喪黒「ところで、話は変わりますが……。私はこの間、丸富士百貨店のエレベーターの中であなたに会いましたよ」
「あなたはエレベーターガールでしたけど、おそらくリストラされたのでしょう」
若菜「あ、あなたは何者なんです!?そこまで私のことを知ってるなんて……!!」
喪黒「おやおや、あなたを怖がらせてしまったようですねぇ。私は怪しい者ではありませんよ」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
若菜「……ココロのスキマ、お埋めします!?」
喪黒「実はですねぇ……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」
若菜「め、珍しいお仕事ですね……」
喪黒「あなたのような人を救うのが、私の仕事なんです。何なら、相談に乗りましょうか?」
BAR「魔の巣」。喪黒と若菜が席に腰掛けている。
若菜「私は、小さいころからデパートが好きでした」
「休日に親に連れられてデパートに入った時なんかは、本当にわくわくしましたよ……」
若菜「はい。おしゃれをして出かけ、親におもちゃを買って貰い、レストランで食事をする……」
「私にとってデパートは、そういう特別な場所でした」
喪黒「あなたのデパートに対する憧れが、後の就職先につながったのでしょうねぇ」
若菜「ええ。かっこいい制服を着て、客を案内するデパートガールへの憧れもありましたからね……」
喪黒「でも……。デパートのエレベーターガールは、一部を除いて見かけなくなりましたからねぇ」
若菜「そうですよ……。そのおかげで、私はエレベーターガールの仕事をクビになりましたから……」
喪黒「水島さん。デパートのお仕事だけが人生の全てではありません」
「あなたはまだ若いですから、再就職も含めて人生これからですよ」
若菜「ですが……。大好きだったデパートの仕事を失ったのは、精神的にショックですね……」
「私としては、まだ心の整理がついていません」
喪黒「……分かりました。あなたの心の整理をつけるため、私が何とかしましょう」
若菜「えっ!?」
翌日、早朝。とある駅の西口に、スーツ姿の若菜がいる。彼女の前に喪黒が現れる。
若菜「喪黒さん。こんなところに私を呼び出して、一体何のつもりですか?」
喪黒「これから、とっておきの場所へ案内しますよ。私に着いて来てください」
タクシー乗り場。
喪黒「さあ、私と一緒にタクシーに乗ってください。タクシー代は私が負担します」
タクシーに乗る喪黒と若菜。タクシーは街の中を走り続け、とあるトンネルの中に入る。
トンネルを出て、ビル街を走るタクシー。街の中は、一見現代的に見えたものの……。
若菜(え!?山藤証券!?確か、この証券会社は約20年前に倒産したはず……)
さらに、街の中にあるビルの看板をいくつか目にすると……。
若菜(倒産や合併で消滅した会社の看板が、たくさんある……。どういうこと!?)
東京。ほんごう百貨店・東都店。喪黒と若菜の乗ったタクシーが、店の前に到着する。タクシーを降りる2人。
若菜「ここは、ほんごう百貨店……。確か、平成不況で倒産したデパートですよね……」
喪黒「そうです。ここは、ほんごう百貨店の東都店なのですよ」
「本来の時間の流れでは、この店はすでに消滅しています。ですが、ここの空間は別なのです」
若菜「そういえば、街にあった会社も昔のものばかり。ま、まさか……。ここは……!!」
喪黒「そうです。私たちが乗ったタクシーは、あのトンネルをくぐってタイムスリップしたのですよ。1980年代後半の東京に……」
若菜「そ、そんな……!!」
喪黒「さあ、店の中に入りましょう」
ほんごう東都店に入り、裏口の廊下を歩く喪黒と若菜。喪黒は、若菜に何かの紙を渡す。
喪黒「水島さん、これを渡しておきますよ。これはタイムカードです」
タイムレコーダーに、タイムカードを入れる若菜。
若菜「ほ、本当にタイムカードが使えた……」
若菜「わ、私がこの店の従業員ですって!?そんなこと聞いていません!!」
喪黒「今日だけは特別なのですよ」
「なぜならこれは、デパートが大好きなあなたへのサービスなのですから……」
若菜「どういうことですか?」
喪黒「これからあなたは、1980年代後半のデパートで働くのですよ。この店のエレベーターガールとなって……」
若菜「私が……ですか!?」
喪黒「そうです。日本経済の黄金時代だった1980年代後半は、デパートもまた輝いていました」
「繁栄していたころのデパートのお仕事を、水島さんは経験できるというわけです」
若菜「ま、まるで夢のような体験ですね……」
喪黒「そろそろ着替えを済ませてください。あなたのお仕事は重要ですからねぇ」
更衣室。若菜がロッカーを開けると、中には、この店のエレベーターガールの制服が入っている。
若菜(これが私の制服……)
喪黒「ホーッホッホッホ……。よく似合っていますよ。水島さん」
若菜「何だか緊張してきましたよ……」
喪黒「大丈夫です。あなたなら、今日のお仕事をやり遂げることができますよ」
午前。開店するほんごう東都店。店の中に入る大勢の客たち。80年代後半のファッションをした女性客。
エレベーター前の自動ドアが開く。エレベーターに入る客たち。エレベーターの中には、制服姿の若菜がいる。
若菜「上へまいりまーす」
エレベーターのボタンを押す若菜。エレベーターは、次第にへ上へ向かっていく。
若菜(私は、この店のエレベーターガールなんだ……)
とある上の階。エレベーターに乗り込む客たち。若菜がエレベーターのボタンを押す。
若菜「下へまいりまーす」
桃子「あら、あなた新人?名前何て言うの?」
若菜「わ、私ですか……。私は水島若菜と言います……」
桃子「ふぅん、あなた水島さんなんだ……。私は藤谷桃子。よろしく」
午後。エレベーターの中にいる客たちと若菜。若菜は、やる気に満ちた顔をしている。
若菜(私の今の仕事が、多くの人たちのために役に立っている……。ようし、頑張らなくっちゃ!)
夜。エレベーターガールの仕事を終え、廊下を歩く若菜。若菜は、この店の男性従業員とすれ違う。
男性従業員「君が水島さんか……。君、お客様からの評判がよかったそうだぞ」
若菜「ほ、本当ですか……。あ、ありがとうございます……」
更衣室。ロッカー前で制服を脱ぎ、スーツに着替える若菜。
若菜「ありがとうございます、喪黒さん……。今日は、本当に貴重な経験ができました」
喪黒「どういたしまして、水島さん……」
若菜「私の仕事が、みんなのために役に立っていると実感できましたし……。それに、周りも私のことを認めてくれて……」
「こんなにうれしいことはないです」
喪黒「これはこれは……。あなたが喜んでいただいて、実に何より……」
「ですが、水島さん……。あなたには、私と約束していただきたいことがあります」
若菜「約束!?」
喪黒「そうです。あなたが80年代のほんごう東都店で働くのは、今回のたった1度きりにしておいてください」
若菜「は、はい……」
喪黒「私が水島さんに今回のお仕事を紹介したのは、失業したあなたの心に整理をつけるためです」
「だから、約束はしっかり守ってくださいよ」
若菜「わ、分かりました……。喪黒さん」
さらに、会社C、会社D、会社E……と若菜の就職面接は続く。暗い表情で街の中を歩く若菜。
若菜(あーーあ……。これで30社以上も不採用か……。せっかく、正社員になろうと思ったのに……)
とある会社。正面入口の受付にいる若菜。彼女は来客の応対をしている。
若菜(私は受付嬢をしているけど……。今の私は派遣社員だから、正社員より給料が安いんだよね……)
休憩室で弁当を食べる若菜。一方、社員食堂では、正社員たちが日替わり定食を食べている。
若菜(私は派遣社員だから、社員食堂を利用することもできない……)
廊下を歩く若菜。彼女が正社員とすれ違う。
若菜「お疲れ様でーす」
正社員「派遣君、お疲れさん」
若菜(今の私は『派遣君』か……。これが、現在の私の待遇なんだ……)
エレベーターガールとして生き生きしていた自分……。自分の仕事ぶりを認めてくれた従業員たち……。
次に、彼女の頭の中に喪黒の言葉が思い浮かぶ。
(喪黒「あなたが80年代のほんごう東都店で働くのは、今回のたった1度きりにしておいてください」)
若菜(……ううん!私はどうしても、あの店でもう1度働きたい!今の生活は、さすがに耐えられない……!)
ある朝。例の駅。タクシー乗り場にいるスーツ姿の若菜。タクシーの自動ドアが開く。
若菜「あの、すみません……。ほんごう百貨店の東都店まで行きたいんですけど……。行くことができますか?」
運転手「ほんごう百貨店の東都店ですか……。うーーん……。一応、行くことはできますけど……」
タクシーに乗り込む若菜。道路を走り続け、あのトンネルの中をくぐり抜けるタクシー。
若菜(見えてきた、この街並みだ……。今の私は1980年代後半の東京にいる。これで、もう1度あそこへ行けるんだ……)
若菜(よし……。このタイムカードはまだ使える……)
開店中のほんごう東都店。エレベーターガールの制服を着た若菜が、客たちとともにエレベーターに乗っている。
若菜「上へまいりまーす」
とある上の階。エレベーターの自動ドアから出てくる客たち。彼らと入れ替わりに、エレベーターの中へ喪黒が入る。
喪黒と若菜の2人だけになったエレベーター内。
喪黒「水島若菜さん……。あなた約束を破りましたね」
若菜「も、喪黒さん……!!」
喪黒「私はあなたに忠告しました。水島さんがこの店で働くのは、たった1度だけにしておけ……と」
「にも関わらず……。あなたは今、再びここでエレベーターガールをしていますねぇ」
若菜「だ、だって喪黒さん……!この店での私は、仕事でみんなのために役に立つことができましたし……」
「周りの人たちも、私の仕事ぶりを認めてくれたんですよ!だから、もう1度この仕事をしてもいいでしょう!!」
「私が水島さんにこの仕事を紹介したのは、失業したあなたの心に整理をつけるためだ……と」
若菜「喪黒さん、私にだって言い分があります!現実の私は、正社員になろうと就職活動をしたものの……、どこも不採用でした」
「やっと手に入れた派遣の仕事は……、待遇が低くて周りから認めて貰えず、使い捨ての身分……。私だって辛いんですよ!」
喪黒「そうですか……。あなたはどうしても、この店にいたいのですね!?」
若菜「はい!!できることなら、これからもずっとこの店で働き続けたいくらいですよ!!」
喪黒「分かりました……。水島さんの望みをかなえてあげましょう!!ただし、あなたの妄想の中で……ね」
喪黒は若菜に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
若菜「キャアアアアアアアアアアア!!!」
2010年代末の東京。立ち並ぶビル群と、道を歩く通行人たち。
ビルはどれも何かの形で利用されており、建物の中は活気に満ちている。ただ、1つを除いて――。
明かりがついておらず、暗いままの建物の中。売り物が全て撤去され、ケースだけが残った室内。
そして、動かなくなったエレベーターでは……。真っ暗闇の中、エレベーターガールの制服を着た若菜が一人で座り込んでいる。
食事をしない状態が続き、痩せ衰えた若菜。彼女は衰弱した状態のまま、独り言を言い続けている。
若菜「上でございます……。上へまいります……。下でございます……。下へまいります……」
狂気の宿った目つきで、妖しい笑みを浮かべる若菜。廃人化した若菜は、妄想の中でエレベーターガールとして働いているようだ。
とある百貨店の前にいる喪黒。
喪黒「近現代の日本は、全国各地の都市部にデパートが進出していき……。経済の成長とともに、店舗も発展していきました」
「かつてのデパートは、流行文化の発信地としての役割を果たしましたし……。多くの日本人の憧れの場所でもありました」
「しかし、隆盛を極めたデパート産業も、今は衰退のただ中にありますし……。日本各地では店舗の閉鎖が相次いでいます」
「そもそも、いかなる産業であっても繁栄の後は必ず衰退が訪れますし……。デパート産業もその例外ではないわけです」
「衰退し続けるデパート産業と、デパート文化に憧れ続けた水島若菜さん……。どちらも仲良く滅びつつあるようですねぇ」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
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喪黒福造「これからあなたは、1980年代後半のデパートで働くのですよ」 元エレベーターガール「私が……ですか!?」
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喪黒福造「これからあなたは、1980年代後半のデパートで働くのですよ」 元エレベーターガール「私が……ですか!?」
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- 2018年12月14日 22:41
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- 2020年02月21日 20:51
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- 2022年01月30日 01:17
- 私もエレベーターガールに憧れてたなぁ。
でも身長が基準に満たなくて応募できず、
某メーカーのショールームで受付嬢になった。
たまに会社のエレベーターでエレベーターガールごっこしてたわw
楽しい職場だったから、タイムスリップできるなら私もしたいもんだ