喪黒福造「あなたを拘置所から脱獄させてあげますよ」 死刑囚「ほ、本気でそんなことを言ってるんですか!?」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
保阪実(69) 死刑囚
【脱獄囚】
ホーッホッホッホ……。」
午後。東京、葛飾区。東京拘置所。独房には、囚人服を着た初老の男が座っている。
テロップ「保阪実(69) 死刑囚」
廊下を歩く2人の看守。看守たちの靴音が響き渡る。カッ……、カッ……、カッ……、カッ……。
保阪(看守が来た……。今日こそは、俺の命日になるかもしれない……)
2人の看守が、保阪の独房に立ち止まる。
保阪(やはり、俺の番か。俺の命も、もはやこれまで……)
独房のドア越しで、看守たちが保阪に話しかける。
看守A「おい、保阪」
保阪「はい……」
看守B「お前に面会したいという人がいる。何でも、支援者の人だそうだ」
保阪「あなた、俺の支援者なんですか?」
喪黒「そうです」
保阪「……悪いですが、俺のことは放っておいてください。再審の請求は、もう諦めました」
喪黒「どうしてです?保阪さんはやってもいない罪で、33年間もここに収監されているのですよ」
「再び裁判をして、無実を証明しようと思わないのですか?」
保阪「昔の俺は、それを望んでいましたけど……。今の俺は年を取りすぎました」
「もしも、無罪になってシャバへ出たところで……。世の中の流れにはついていけないでしょう」
喪黒「ですがねぇ……。このまま何もしなかったら、あなたはいずれ死刑を執行されてしまうのですよ」
保阪「死刑の執行は覚悟しています。この年齢ではもう、死ぬことに対する怖さも前よりなくなりました」
喪黒「いやぁ、ずいぶん無欲な方ですねぇ……。しかし、それではあまりにも寂しいでしょう」
喪黒「ほう……。では、保阪さんの今の望みとは一体何ですか?」
保阪「そうですね……。俺の今の望みは、死んだ両親への墓参りをすることですね」
喪黒「なるほど、ご両親へのお墓参りですか。あなたは親孝行な人のようですねぇ」
保阪「でも、俺の再審はあり得ませんから……。所詮、かなわぬ夢です」
「むしろ、このまま死刑が執行されれば、あの世で死んだ両親に会えるかもしれませんよ」
喪黒「そうですか……。くれぐれも言っておきますが、希望を捨てないでくださいよ」
保阪「お気持ちはありがたいですが、今の俺は何もかも諦めていますから……」
真夜中。東京拘置所。電気が消えた保阪の独房。布団に入り、眠り続ける保阪。
鍵のかかった独房の中に、保阪以外の謎の人物の姿がゆっくりと姿を現す。瞬間移動で現れたかのごとく――。
謎の人物――喪黒の声を聞き、目を覚ます保阪。彼が布団から起きると、目の前には喪黒がいる。
保阪「あ、あなたは……!昨日の昼間に会ったあの――!」
喪黒「私ですか?私はこういう者です」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
保阪「ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
保阪「今の時代、そんなお仕事があったんですか……。33年間も拘置所にいると、どうしても世間に疎くなりがちで……」
喪黒「私のやっていることは、ボランティアみたいなものです」
「心に何かしらのスキマを抱え、人生が行き詰まった人たちを救うための仕事ですよ」
保阪「確かに、俺の人生は行き止まりのまま……。出口がどこにもないですけどね」
保阪「活路ですか……。昨日も言ったように、俺は再審を請求する気なんて毛頭ありませんよ」
喪黒「保阪さんが再審を望まないのなら、別の形で活路を見出させてあげますよ」
保阪「ハハハ……。まさか俺に、脱獄をしろとでも言うんじゃないでしょうね?」
喪黒「その『まさか』ですよ、保阪さん。あなたを拘置所から脱獄させてあげますよ」
保阪「ほ、本気でそんなことを言ってるんですか!?それは不可能ですよ!!」
喪黒「不可能ではありません。現に、私がこの独房の中に忍びこめたではないですか」
保阪「で、ですが……」
喪黒「私は、あなたの望みをかなえに来たのですよ」
保阪「俺の望みだって!?」
喪黒「思い出してください、保阪さん。昨日の昼、あなたはこう言ったでしょう」
「自分の望みは、死んだ両親への墓参りをすることだ……と」
喪黒は保阪に右手の人差し指を向ける。
喪黒「保阪さん……。私の手をじっと見ていてください……」
「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
保阪「うわああああああああ!!!」
保阪が気がつくと……。彼は、舗装された地面の上に寝転がっている。
保阪(ん?明るくなりかかった夜空が見えるな。それと、身体にはひんやりした感覚がするぞ……)
(外の冬らしい寒さに、地面のアルファルトの冷たさ……)
喪黒「気がつきましたか、保阪さん?」
起き上がる保阪。彼の側には喪黒が立っている。周りを見渡す保阪。
保阪「お、俺は外にいるんですか……?」
さらに、保阪が後ろを見ると……。後ろの方には、東京拘置所を囲んだ巨大な塀がそびえ立っている。
喪黒「どうです、保阪さん。見事に脱獄できたでしょう」
保阪「し、信じられません……!!俺は、夢でも見てるんですか!?」
喪黒「夢ではなく、現実の出来事です。さあ、この服に着替えてください」
鞄から一般人用の衣服、伊達眼鏡、帽子、ジャンパ―、靴を取り出す喪黒。保阪は囚人服を脱ぎ、着替えを済ませる。
囚人服を鞄にしまう喪黒。
喪黒「保阪さん、急いでここを離れましょう!」
保阪「は、はい……!」
拘置所から逃げ出す2人。喪黒に言われるまま、保阪は後をついていく。
喪黒「こっちです、こっち!!」
早朝。小菅駅。自販機で2人分の切符を買う喪黒。喪黒の隣には、一般人になり済ました保阪がいる。
保阪「これが自動改札口ですか……。初めて見ましたよ」
朝一番の電車に乗る喪黒と保阪。
東京駅。電車を降り、プラットフォームに立つ喪黒と保阪。喪黒は保阪に、2つ折りの財布を渡す。
喪黒「保阪さん、この財布には5万円が入っています。往復の交通費はこれで足りるでしょう」
保阪「なるほど……。ここから先は、俺1人で行けってことですね」
喪黒「その通りです。だから、あなたには私と約束していただきたいことがあります」
保阪「約束!?」
喪黒「そうです。あなたが脱獄をできる期間は、今日1日いっぱいに限ります」
「ご両親へのお墓参りを終えたら、今日中に東京拘置所へ戻ってきてくださいよ。いいですね!?」
保阪「わ、分かりました……」
駅員「新幹線の切符の買い方ですか?それはですね……」
プラットフォーム。朝早くからの新幹線を待つ乗客の列。列の中に保阪がいる。
保阪(これが、今時の女性の髪形や服装か……。昔に比べると、洗練されてるなー)
さらに、スマホを操作する人間を何人か見つめる保阪。
保阪(あの小さな板は一体何だ?あれを持って何をやってるんだ?)
線路を走る新幹線。窓側の座席に座る保阪。しばらくした後、彼は居眠りを始める。夢を見る保阪。
テロップ「1986年――」
夜。銭湯を出て、道を歩く保阪。彼の前にパトカーが止まり、警察官たちが姿を現す。
警察官により、保阪の両手に手錠がはめられる。
刑事「往生際が悪いな、保阪……!!」
壁際にいる刑事と保阪。刑事は保阪の服の胸ぐらを掴み、彼を怒鳴りつける。
刑事「おい、保阪!!何が何でも、お前が犯人でなければ困るんだよ!!」
テロップ「2019年1月――」
新幹線の中で目を覚ます保阪。通路側の席の乗客が、隣にいる保阪に声をかける。
乗客「あなた大丈夫ですか?うなされてましたよ……」
広島駅、プラットフォーム。キヨスクでアンパンを買う保阪。彼は、売り物の新聞の日付を見つめる。
保阪(今は『平成31年』か。『平成』という年号が、本当に使われているとは……。その『平成』も、今年で終わりらしいな……)
保阪はアンパンを口にする。
保阪(これが俺の今の食事だ。食事代はケチろう)
東京拘置所。今より若い姿の保阪が、アクリル越しで両親と面会している。
保阪の母「実……。母さんはお前を信じているよ」
保阪「ありがとう。母さん……」
裁判所。保阪に判決を言い渡す裁判長。
裁判長「主文。被告人を死刑に処す」
青ざめた顔の保阪。傍聴席にいる支援者たちの顔に、みるみる落胆の表情が浮かぶ。
テロップ「2019年1月、島根県石見市――」
とある寺、墓地。墓の前に座る保阪。彼の目は涙ぐんでいる。
保阪「父さん、母さん……。俺は帰ってきたよ……」
墓に向かって手を合わせる保阪。彼の頭の中に、過去のことが思い浮かぶ。
保阪の回想。東京拘置所、応接室。
看守「保阪。今日、お前の両親が亡くなったよ」
保阪「何だって……!?」
看守「お前の両親が乗っていたバスが、トラックと衝突したんだ。お前に面会に行く途中だったんだろうな」
愕然とした表情になる保阪。
テロップ「2019年1月――」
両親の墓に話しかける保阪。
保阪「俺は、そろそろ帰らなきゃいけないんだ。ある人との約束でな……」
午後。帰りの新幹線に乗る保阪。保阪は回想する。
テロップ「1988年――」
東京拘置所、面会室。アクリル越しで、支援者と面会する保阪。
「今年、アメリカの大学に留学したそうです。私が彼について言えるのは、それだけですよ」
独房。一連の事件の真相を知り、驚いた表情になる保阪。
保阪(確か、市長の息子は暴走族の一員で相当なワルだった……)
(あの事件が起きた後、市長の息子は高校を転校し……。現在は海外に留学している……)
保阪の頭に、取調室での刑事の言葉が思い浮かぶ。
(刑事「おい、保阪!!何が何でも、お前が犯人でなければ困るんだよ!!」)
保阪(あの言葉の意味は、そういうことだったのか!!)
テロップ「2019年1月――」
新幹線にいる保阪。
保阪(でも、時間の流れとは皮肉なものだ……。今では当時の市長の息子に対して、あまり怒りが湧かなくなった)
売り子「お弁当にぃー、ホットコーヒー……」
保阪(腹が減った……。飯が食いたい……。いや、我慢だ……!我慢……!)
とある街。家電量販店。売り場にある大型テレビが、ニュースを報道している。
テレビ「警視庁は都内に捜査員を大量投入し……。引き続き、保阪受刑者の行方を捜索している模様です……」
東京駅の中を歩く保阪。駅の壁には、彼の指名手配写真が貼られている。
保阪(何てことだ!!俺はすでに指名手配中となっているのか……!!逮捕される前に、拘置所に戻らなければ!!)
(何しろ、俺は約束したんだ……!独房で出会ったあの不思議な人と……)
線路を走る電車。吊り革を掴みながら、座席に座る客たちを見つめる保阪。
保阪(ま、まさか……。ここにいる乗客たちが、俺のことに気づいたりしないだろうか!?)
保阪(うう……。疲労と空腹と寒さで、身体がどうにかなりそうだ……。だが、俺は……。俺は……)
保阪の目の前に、東京拘置所の塀が見える。力を振り絞りながら歩く保阪。彼の前に喪黒が姿を現す。
喪黒「お帰りなさい、保阪さん。よくぞ、私との約束を守ってくれましたねぇ」
喪黒の顔を見て、倒れ込む保阪。保阪はゆっくりと起き上がる。
保阪「こ、これだけのことをやったら、俺は後で逮捕されるんでしょうけど……。何も悔いはないです……。どうせ、俺は死刑になる身……」
喪黒「大丈夫ですよ。あなたが脱獄をした事実は、この世界から完全に消えますから……」
喪黒は保阪に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
保阪「ギャアアアアアアアアア!!!」
朝。東京拘置所。独房内の布団で、目を覚ます保阪。彼の服装は、囚人服に戻っている。
保阪(ああっ、夢か……。それにしても、ずいぶん生々しい夢だったな。ん……!?これは何だ!?)
保阪(『ココロのスキマ、お埋めします』……か。俺が両親の墓参りに行ったことは、夢じゃなかったんだな……)
保阪の右手には、喪黒から貰った名刺が握られている。涙目になりながら、喪黒の名刺を見つめる保阪。
ある日の夜。とある大衆食堂屋。客たちに交じり、食事をする喪黒。店の中にある液晶テレビが、ニュースを報道している。
テレビ「東京高裁は、強盗殺人罪で死刑が確定した保阪実死刑囚の再審を決定しました」
東京拘置所の前にいる喪黒。
喪黒「この世にいる人間は、誰もがいつか必ず死を迎えますが……。普段は、なかなか自らの死への実感が湧かないものです」
「普段、やりたいことをいろいろ思い浮かべていても……。死ぬ前にやってみたいことが思い浮かぶ人は、めったにいません」
「しかしながら……。人間は自らの死を本格的に意識した時、自分の人生とは何だったのかについて思い知らされるものです」
「死に対する覚悟ができた人間は強いですよ。何しろ、保阪実死刑囚は、私との約束を見事に守り抜きましたから……」
「死刑囚として死ぬつもりでいた彼は……。事と次第によっては、第二の生を得ることができるかもしれませんねぇ」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
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喪黒福造「あなたを拘置所から脱獄させてあげますよ」 死刑囚「ほ、本気でそんなことを言ってるんですか!?」
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喪黒福造「あなたを拘置所から脱獄させてあげますよ」 死刑囚「ほ、本気でそんなことを言ってるんですか!?」
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コメント一覧 (8)
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- 2018年12月08日 20:07
- 珍しくバッドエンドではないな
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- 2018年12月08日 20:17
- 約束を死守した人には優しい喪黒さん
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- 2018年12月08日 20:33
- でも平成知らねぇとかはない。
新聞やテレビも(制限はあるが)見れるんだし。
いくらなんでも刑務所を知らなすぎ
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- 2018年12月08日 21:49
- いや、死刑囚は刑務所に入らないから
読書や文筆は出来るがTVはほぼ見られない
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- 2018年12月09日 00:09
- 本にも発行年月日ぐらい書いてあるだろ
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- 2018年12月09日 07:28
- お話としては、クローズドサークルとして刑務所を扱いたかったんだろ。
ギミックなんだからそれはいいじゃん。
死刑に反対するニュアンスもないし、普通の冤罪みたいだし。
テーマが絞れてるしまあ普通じゃない?
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- 2018年12月09日 07:35
- 絶望で全てを諦めていたので本やテレビを見る気にもなれず
毎日何もしないで過ごしていた説
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- 2019年05月04日 12:40
- もしも戻ってこずに逃げたら、射殺か死刑執行って、オチになったのかな?