喪黒福造「強くなるために、ボクシングを習ってみたらどうですか?」 法科大学院生「嫌ですよ!!」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
白井功一(23) 法科大学院生
【ボクシング入門】
ホーッホッホッホ……。」
教授「……この行為類型を、構成要件と言います。構成要件は、犯罪成立要件の一つに含まれます」
黒板の板書をノートに記すとある大学院生。
テロップ「白井功一(23) 西北大学法科大学院1年」
教授「……構成要件が完全に実現された場合を、既遂と言います。それに対し……」
「犯罪の実行に着手したものの、構成要件の結果が発生しなかった場合を未遂と言います……」
白井は、教授の話を聞いている。
研究室で、助教とともに本棚や資料の整理をする白井。
助教「ありがとう、白井君。今度のゼミで扱う判例をまとめるための、手間が省けたよ」
白井「どういたしまして、助教」
一人の少年に、殴る蹴るの暴力を振るう不良少年たち。白井は土手を下り、河原へ向かう。
白井「君たち、やめないか!!」
不良少年A「お、何だ?てめえは……」
白井「仲間で群れて、一人の人間をいじめるなんて卑怯だぞ!!」
不良少年B「だって、俺たち群れをなす狼だしぃー」
不良少年C「そう、そう……。俺たちを煽るなんて、お前マジ生意気ぃー」
不良少年A「こいつムカつくから、やっちまおうぜ!!」
不良少年B・不良少年C「おうっ!!」
不良少年たちは、白井に対し暴力を振るう。無抵抗のまま、為すすべもなくやられ続ける白井。
喪黒「もしもし……」
土手の上の方に停車したパトカー。河原では、不良少年たちが警察官たちに取り押さえられている。
不良少年たちと警察官を見つめる喪黒、白井、被害者の少年。白井の顔は傷だらけになっている。
警察官A「さあ君たち、警察署でゆっくり話を聞くからな……」
不良少年A「は、はい……」
警察官B「本当に助かりますよ。あなたが通報してくれなかったら、今ごろどうなっていたことか……」
喪黒「いえいえ、私は当たり前のことをしたまでです」
警察官C「あと、そこの若いあなた……。正義感が強いのは結構ですが、注意する相手に気をつけるべきですよ」
白井「す、すみません……」
白井「それにしても、さっきはあなたにご迷惑をおかけしました……」
喪黒「まあまあ……。白井さんのような勇気ある人は、今時めったにいませんから……。大したものですよ」
白井「でも、僕はあの不良たちに為すすべもなくやられましたから……。さすがに、さっきは無茶をし過ぎましたね」
喪黒「どうやら、あなたは曲がったことが嫌いなお方のようですねぇ。でも、気をつけてくださいよ」
「世の中は、いつも正しいことが通るとは限りませんから……」
白井「ええ、それは分かっていますよ……。でも、不正や非道を放置したら世の中は悲惨なままになります」
「誰かが、それを何とかしなければいけないでしょう!そのために、法律や制度があるんですから……」
喪黒「なかなか、いいことを言いますなぁ。もしかして、白井さんは法律に興味があるのですか?」
白井「はい。僕は現在、西北大学の法科大学院に通っています。東京地検の検事になるのが僕の夢なんです」
喪黒「なるほど、検事になりたいのですか……。正義感の強い白井さんなら、検事に向いていると思いますよ」
喪黒「あなたほど頭のいい人なら、一応分かっているはずでしょうけど……。あえて言いますよ」
「それはつまり、力に裏打ちされていない正しさは虚しいってことですよ」
白井「確かに……。僕はあの不良たちを叱ったものの、何もできないまま逆にやられましたからね……」
喪黒「あなたも何か、武道とかスポーツでも習っていれば違っていたかもしれませんよ」
白井「武道とかスポーツですか……。まあ、僕は昔から体育が苦手でしたから……」
「さすがに、今の僕には向いていないでしょう」
喪黒「そんなことを言ってはダメです!武道とかスポーツを習うことで、あなたは自信を持つことができます」
「『自分には体力があって、腕っぷしもそれなりにある』、『か弱い者や、自分の身を悪人から守れる』……と」
白井「それは言えてるかもしれませんね。ある程度の腕力を持っているというのは、心の支えにもつながりますから……」
喪黒「白井さんに自信をつけるためなら、いくらでも手助けをしますよ。なぜなら私、こういう者ですから……」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
喪黒「実はですねぇ……。私、人々の心のスキマをお埋めするボランティアをしているのですよ」
白井「へえ……。珍しいお仕事ですね……」
喪黒「私としては、あなたの心と身体のためにあることをお勧めしたいのですよ」
白井「その、『あること』とは……」
喪黒「ボクシングですよ。強くなるために、ボクシングを習ってみたらどうですか?」
白井「嫌ですよ!!ボクシングなんて習いたくありません!!」
「第一、僕は腕っぷしが弱いですし……。下手をすれば、怪我や後遺症の恐れだってありますよ!!」
喪黒「大丈夫です。ボクシングのライセンスは、普通の運動神経があれば誰だって取ることができます」
「1年間、ジムに通っていれば、普通の人でも取得できる易しい資格なんですよ」
白井「そうなんですか……。じゃあ、やってみる価値はありそうですね」
喪黒「そうです!その調子!私は、あなたの挑戦を心から応援しますよ!」
喪黒「こんにちは、鬼島会長」
鬼島「こんにちは、喪黒さん!」
テロップ「鬼島義一(63) 鬼島ボクシングジム会長」
白井「喪黒さん、この人と知り合いなんですか?」
喪黒「そうですよ。彼は、ここのボクシングジムの会長です」
白井「この人が、ここの会長なんですか……」
鬼島「喪黒さん。ところで、隣にいるこの若い人は一体……」
喪黒「白井さんですか?実は、彼はボクシングを習いたいそうなんですよ……」
鬼島「君は白井君か。君のような若者が、ボクシングに興味を持ってくれてうれしいよ」
白井「は、はい……」
白井(これがボクシングジム……。思っていたよりも、普通の人が多いな……)
ロッカールームに荷物を置き、トレーニングウェアに着替える白井。
喪黒「ホーッホッホッホ……。よく似合っていますよ、白井さん」
白井「いやぁ……」
鬼島の指示で、ストレッチや柔軟体操を行う白井。白井は縄跳びも行う。
さらに、鬼島からボクシングの基本的な構えを習う白井。白井の両手に軍手がはめられる。
鬼島「足を肩幅に広げる!左足を前に出し、膝を曲げろ!」
白井「こ、こうですか……」
鬼島「顎を引いて、正面を見ろ!両手の拳は顔の前へ!」
白井「はいっ……」
白井「は、はい……!」
鬼島に注意され、何度も基本フォームをやり直す白井。
ボクシングジムを出て、街を歩く喪黒と白井。
白井「それにしても、フォームを覚えるだけでも一苦労ですよ……」
喪黒「誰だって、初めのうちはそうですよ。ましてや、白井さんは今日から習うのですから……」
白井「実践向けの練習は、いつやるんですか?ほら、グローブやヘッドギアを付けてやるあれ……」
喪黒「それはかなり先です。基本的な技術講習や模擬試合を、一定期間やってからですよ」
白井「何だか、気が遠くなりそうな話ですね……」
喪黒「スパーリングはきついですから……。ある程度、技術が安定してからやるのですよ」
白井「大変そうだけど、僕にもできますかね……」
白井「そうですか……」
夜。アパート、白井の部屋。コタツに向かいながら、液晶テレビを見る白井。
テレビの画面に、ボクシングの試合中継が映る。対戦をしているのは、チャンピオンの選手と若手の選手だ。
白井(これがボクシングか……。野蛮で危険なスポーツだと思ってたけど、そうでもなさそうだ……)
(ボクシングって案外、魅力的なスポーツかもしれない……)
若手選手によるパンチが、チャンピオンの頬に命中する。
白井(僕も、あんな風に強くなりたいな……)
鬼島ボクシングジム。会員から、ボクシングのパンチの種類を習う白井。
ジャブ。クロス。ストレート。フック。アッパー……。白井は、ぎこちない様子で腕を振る。
喪黒「白井さん。これはあくまでも私の感想ですが……。ボクシングを習ってからのあなたは、以前より貫禄がつきましたよ」
白井「は、はあ……。そう言われてみると、何となく前よりも自信がついたように感じますね」
喪黒「そうですよ、それ!あなたが自信を持つことができただけでも、ボクシングを習う価値はあったのです」
白井「来年にはライセンスを取得して、本当の意味で強くなって見せますよ」
喪黒「その意気やよし!……と言いたいところですが。私としては、あなたに忠告しておきたいことがあるのですよ」
白井「どういうことですか?」
喪黒「私は前にこう言いました。力に裏打ちされていない正しさは虚しいと……。これは逆も然りです」
「すなわち、正しさに裏打ちされていない力は虚しいということですよ」
白井「なるほど……。ちゃんとした道理のない力は、単なる暴力でしかありませんからね」
喪黒「だから、白井さん。私と約束してください」
「ボクシングの技術を利用して暴力沙汰を行う真似だけは、絶対にしてはいけませんよ」
喪黒「……だといいのですがねぇ。とにかく、約束はちゃーんと守ってくださいよ」
白井「は、はい……」
夜。とある居酒屋。座敷に座り、飲み会をする大学院生たち。飲み会には白井も加わっている。
酒のおかげで上機嫌となる一同。やがて、白井を含めた大学院生たちが店を出る。
夜道を一人で歩く白井。彼の前に、例の少年が現れる。不良少年たちに暴行を受けたあの少年だ。
白井「やあ、久しぶりだな。君が無事で、本当によかった……」
例の少年――拓哉の側に、2人の別の少年が現れる。
少年A「拓哉、こいつか。地元のヤンキーにボコボコにされてたモヤシ野郎ってのは……」
拓哉「ああ、そうだよ。こいつメチャクチャ弱かったからな。思い出しただけでも、マジ笑えるしー」
白井「一体、何をしたいんだ……。君たち……」
拓哉「なぁ……。悪いけど、小遣い貸してくれよ。俺たち、遊ぶ金が欲しいんでね」
「弱っちくて、ボコボコにされたあんたなら分かるだろ。俺たちに逆らったら、どうなるかってこと……」
白井「お、お前はそんな人間だったのか……!!僕はあの時、何のためにお前を助けに行ったんだ……!?」
拓哉「俺を助けに行っただと!?一方的にやられただけのあんたがか……?ギャハハハハハ!!」
白井「てめえ……っ!!」
頭に血が上り、拓哉に拳を向ける白井。白井はボクシングの技を次々繰り出し、拓哉を袋叩きにする。
少年A・少年B「う、うわああっ!!拓哉ああっ!!」
白井「僕はボクシングを習ってるんだ!!お前たち、出直して来い!!」
拓哉と2人の少年が、白井の前から退散する。夜道を歩き続ける白井。しばらくした後、彼の前に喪黒が姿を現す。
喪黒「白井功一さん……。あなた約束を破りましたね」
白井「なっ……!!」
喪黒「私は言ったはずですよ。ボクシングの技術を利用して暴力沙汰を行う真似だけは、絶対にしてはいけない……と」
「それにも関わらず、あなたはついさっき……」
白井「仕方ありませんよ。あいつらが僕を恐喝してきたんですから……。あれは正当防衛ですよ」
喪黒「本当にそうですかねぇ?実際は……、あなたの感情に任せて、あの少年に暴力を振るったのではないですか?」
「例えば……。あの時、彼を助けに行ったことを馬鹿にされ、頭に血が上って暴力を振るってしまったとか……」
白井「そ、それはその……!!」
喪黒「ほう……、図星ですか。約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰わなくてはなりません!!」
喪黒は白井に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
白井「ギャアアアアアアアアア!!!」
彼の前に、少年・拓哉が再び現れる。彼は自分以外に、6人の少年を引き連れている。
拓哉「あんた、なかなかやるじゃん。だから、言われた通り出直してきたよ……」
白井が拓哉の方を見ると……。拓哉を含めた少年たちの手には、金属バットが握られている。
白井「そ、そんな……!!反則だぞ!!大勢の人間が、武器を持って現れるなんて……!!」
拓哉「え?そんなこと聞いてねえよ。俺、とにかくあんたに勝ちたいから。そ・れ・だ・け」
白井に一斉に襲い掛かる不良少年たち。拓哉の金属バットが、白井の頭へと振り下ろされる……。
とある病院。全身が包帯姿となり、ベッドに横たわる白井。ベッドの側には、医者、看護師、白井の両親がいる。
知性を失った表情で、左右をキュロキョロ見渡す白井。
「だから……。功一様は、身体や知能への重い後遺症が今後も残るでしょう」
白井の母「功一は、死ぬまでこのままってことですか……!?」
暗い表情でうなずく医者。母親に顔を向け、何かを話そうとする白井。
白井「オ、オワーアン……(お、お母さん……)」
白井の母「ウッ……。ウウウウウ……、功一いいいいいいっ!!!」
ベッドに横たわる白井の声を聞き、彼の母が泣き崩れる。
鬼島ボクシングジムの前にいる喪黒。
喪黒「世の中は、いつも正しいことが通るとは限りませんし……。むしろ、逆のケースの方が多いのが現実です」
「得てして、善人はいつも非力な場合が多いですし……。力に裏打ちされていない正しさは、虚しい絵空事です」
「とはいえ、正しさに裏打ちされていない力は何かと暴走しがちであり……。最後には自滅が待っています」
「力に裏打ちされた正しさと、正しさに裏打ちされた力……。この両方が同時に実現するのが、理想なのでしょうけど……」
「何しろ、人間は矛盾だらけですから……。結局、正しさや力を過度に追い求めず、保身に徹した方が無難ですよ。ねぇ、白井さん……」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
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喪黒福造「強くなるために、ボクシングを習ってみたらどうですか?」 法科大学院生「嫌ですよ!!」
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コメント一覧 (2)
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- 2018年12月08日 13:40
- そうじゃなかったらこんなクソSS纏めないだろ
自演やめろ管理人
エレ速の管理人が書いてるってマジ?