喪黒福造「まずは、一人暮らしでも始めてみたらどうです?」 女性ニート「一人暮らしですか……」
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
黒沢葉月(25) ニート
【一人暮らし】
ホーッホッホッホ……。」
時間帯のせいもあってか、店内のテーブルや個人用スペースはどこも空席が目立つ。
とあるスペース。倒した座席の上に寝そべりながら、漫画を読む一人の女性。
女性がいるスペースのテーブルには、パソコンと山積みの漫画本がある。
テロップ「黒沢葉月(25) ニート」
葉月(一人のままでいるのは、本当に気楽でいい。……できればこのまま、ずっとここにいたい)
夕方。漫画を読み終えた葉月が、スマホで時刻を確認する。
葉月(もう、こんな時間か……。仕方ないけど、家に帰るしかないな……)
夜。住宅街、黒沢家。居間で夕食を食べる黒沢一家。葉月をなじる黒沢夫妻。
葉月の母「葉月と同じ年の子たちは、みんな働いているというのに!この子は……!」
葉月(また、私に対する説教か。もう親なんて、顔を見るのも嫌だ……。父親も、母親も……)
部屋。ベッドの上に寝そべり、小型のゲーム機を操作する葉月。
葉月(一人ぼっちのままになることができたら、どんなに気楽だろう……。私は一人になりたい)
翌日、昼。市街地の中を歩く葉月。
葉月(いつも通り、ネットカフェに行くか……)
彼女の前に、自転車に乗った二人組の外国人が現れる。彼らは白人で、ヘルメットにスーツ姿だ。
外国人たち「ハローー!!」
葉月「ハ、ハローー……」
外国人A「スミマセン。チョットイイデスカ?」
葉月「は、はい……」
葉月「アンケートですか……」
人当たりのいい外国人たちの頼みに、素直に応じかける葉月。次の瞬間、葉月の側に喪黒福造が姿を現す。
喪黒「お待ちください!!」
葉月「あ、あなたは……」
喪黒「お嬢さん、いいですか!?この人たちは、ある新興宗教の布教活動をしているのですよ!!」
葉月「ええっ!?そうなんですか!?」
外国人A「イエース。私タチハ神様ヲ信ジテ……」
喪黒「お嬢さん、早くここを立ち去りましょう!」
外国人の二人組から、一目散に逃げ出す喪黒と葉月。喪黒に言われるまま、後をついていく葉月。
喪黒「こっちです、こっち!!」
喪黒「いやぁ、さっきはとんだハプニングでしたねぇ。黒沢さん」
葉月「え、ええ……。よりによって、あの二人組が新興宗教の関係者だったなんて……。私もうかつでした」
喪黒「生き馬の目を抜く都会ですから……。お人よしの人や弱い人は、カモにされやすいんですよ」
「でも、ご安心ください。私は、そういった人たちを助けるのが目的ですから……」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
葉月「……ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
葉月「そんなお仕事、初めて聞きましたよ……」
喪黒「私のやっていることは、ボランティアみたいなものです」
「心に何かしらのスキマを抱え、人生が行き詰まった人たちを救うための仕事ですよ」
葉月「そうなんですか……。じゃあ、私の行き詰まった人生を何とかしてくださいよ!」
葉月「はい……。実は私、大学卒業以来ずーっとニート生活をしているんです」
喪黒「おそらく……。あなたは大学4年のころ、就職活動に失敗したのでしょう」
葉月「そうです。そのため、今の私は実家で暮らしているんですけど……」
「毎日のように両親から責められ、精神的に追い詰められているんです」
喪黒「おそらく、あなたのご両親は過干渉な育て方をしてきたのでしょう」
葉月「はい。それに、私がニートになったのも理由がありますから……」
喪黒「黒沢さんがニートになったのは、就活の失敗のせいだけではないでしょう」
「たぶん、あなたは昔から人間関係を築くのが苦手だったのではないですか?」
葉月「おっしゃる通りです。私は学校時代は浮いていましたし、いじめに遭ったこともありました」
「まあ、どちらかと言うと私は……。人と群れるよりも、一人になる方が昔から好きでしたし……」
喪黒「ほう……。あなたは生まれつき、孤独癖があるようですねぇ」
葉月「はい。今の私が心から願っているのは、一人ぼっちのままになることなんです。究極の孤独こそが、私の憧れです」
「他人や社会との交わりを絶って、究極の孤独になってどうやって生きていくのですか?」
葉月「そ、それは……」
喪黒「今のあなたに必要なのは……。孤独になるよりも、むしろ自立した個人になることです!」
葉月「自立した個人……」
喪黒「要するに、一人前の社会人として生きろってことですよ。まずは、現実と向かい合うべきです」
葉月「それは言えてるかもしれませんね……。今の私は、親元に寄生して甘ったれた状態……」
喪黒「まずは、一人暮らしでも始めてみたらどうです?あなたが自立するための第一歩として……」
葉月「一人暮らしですか……。そういえば私、一人暮らしをしたことが一度もありませんでしたね」
「大学時代のころも、実家からキャンパスに通っていましたから……」
喪黒「それなら、一人暮らしを実行するいい機会ですよ!未経験の物事にチャレンジしてみるのが、大事なのです!」
葉月「そうですか……。じゃあ私、一人暮らしをやってみようと思いますよ!」
喪黒「そうです!その調子!」
葉月「私、一人暮らしをしようと思ってるんだけど……。アルバイトもやりながら……」
葉月の父「何、その話は本当か?」
葉月「本当だよ。そろそろ、大人として自立しようと思って……。バイトをしながら、就職活動もやるつもりだよ」
葉月の母「ねぇ、葉月……。一人暮らしで生活費が足りないなら、いくらか仕送りするからね」
とある不動産屋。不動産会社社員と、葉月がアパート入居の契約をしている。葉月の隣には、彼女の父がいる。
夕方。アパート。部屋の中には、電化製品、コタツ、布団、クローゼットが並ぶ。玄関で、父を見送る葉月。
葉月の父「一人暮らしは大変だろうけど、頑張れよ」
コンビニ「シックスイレブン」。レジ前にたち、オーナーからレジの操作を教わる新人バイト・葉月。
オーナー「分かったか?これがレジの操作のやり方だぞ」
オーナー「……君なぁ、よく考えて見ろ。一万円札でお釣りを出すと思うか?」
葉月に対し、オーナーがうんざりした表情をする。
ある日。葉月のレジに、大勢の客が並んでいる。もたもたしたレジ対応をする葉月。不機嫌な表情の客たち。
不慣れな手つきで、弁当をレジ袋の中に入れる葉月。控室で、彼女はオーナーから説教を受ける。
オーナー「黒沢さん、君はまたミスをしたそうだな」
葉月「申し訳ありません……」
オーナー「君がレジに立つと、客からクレームが入るんだよ。『何で、あんなのを雇ってるんだ』と」
夕方。落ち込んだ表情で、街を歩く葉月。彼女の前に、喪黒が姿を現す。
喪黒「やぁ、黒沢さん」
葉月「喪黒さん……。ついさっき、私はバイトをクビになったんです」
喪黒「いやぁ……、それはお気の毒ですねぇ」
葉月「コンビニのバイトは簡単そうに見えたのに……。やってみたら、思った以上に覚えることが多くて……」
喪黒「あなたに接客業は重荷ですよ。一人でコツコツやる仕事の方が向いているでしょう。例えば、派遣社員とかどうです?」
葉月「派遣社員ですか……」
とあるビル。人材派遣会社の登録会に参加する葉月。参加者一同に説明をする派遣会社スタッフ。
葉月(楽な軽作業が多くて、シフトや時間は自由。私に向いているかもしれない……)
とあるホール。派遣社員たちにより、コンサート会場の設営が行われている。
派遣社員たちとともに、会場内に椅子を並べる葉月。彼女は顔が汗だくで、疲れた表情をしている。
葉月(肉体労働そのもので、本当にきつい……。何が、ラクラク軽作業だよ……)
葉月(うわあ……。ガラが悪そうな人だなあ……)
控室で休憩する葉月。室内では、ヤンキー崩れの若者たちが談笑している。
葉月(仕事中は軍手で分からなかったけど……。この人、掌に刺青入れてる……。こんな連中と働くなんて……)
街の中を歩きながら、スマホを見つめる葉月。
葉月(また、母さんからの着信記録か……。毎日毎日……、本当にしつこい)
公園。ベンチに座り、スマホで母と通話をする葉月。
葉月「あのねぇ、母さん。私は一人で何とかやってるから!何で、母さんは私を大人扱いしないの!」
倉庫。軍手でシール張りをする葉月。あのヤンキー崩れのバイトたちが、彼女を指差してひそひそ話をする。
葉月(やっぱり、私は周りの人間たちに溶け込めなかった。いつもいつも、みんなが私をバカにして……)
葉月「私、派遣の仕事も嫌になり始めているんです。肉体労働がきついし、人間関係もうまくいかなくて……」
「それに、一人暮らしと言っても私は本当に一人になりきれていません」
喪黒「ほう……。それはどういうことです?」
葉月「毎日毎日、母が私のスマホに電話をしてくるですよ。実にしつこいんです」
「私は、過干渉の親が嫌でたまらないのに……。そんな親に仕送りで頼っていて……。本当にげんなりします」
喪黒「いやはや……。あなたのご心労、察するに余りあります」
葉月「私は、どうしても一人になりたいんです!周りとのつながりさえも、全て断ち切ってしまいたいんです!」
喪黒「分かりました……。私が何とかしましょう。黒沢さん、私に着いて来てください」
喪黒に誘われ、外に出る葉月。街の中を歩き、小さな山の坂道を登る喪黒と葉月。
山の上には、コンクリートで舗装された広い地面が見える。何かの建物の跡地のようだ。
喪黒「黒沢さん、見ていてください」
喪黒は、鞄から金属の球を取り出す。金属の球に付いた青ボタンを押す喪黒。
喪黒「これは携帯用ハウスです。さあ、中に入りましょう」
携帯用ハウスの中に入る喪黒と葉月。建物の中には、壁掛けテレビ、冷蔵庫、エアコン、机、ベッドなどが見える。
葉月「すごいですね。台所やシャワーやトイレもあるし、電化製品も家具も揃っている……」
喪黒「建物の電気は、水がエネルギー源です。空から雨が降れば、エネルギーを蓄えることが可能です。これも見てください」
喪黒が指をさしたのは、台所に接続された給水機だ。給水機の近くには、扉付きの金属の箱がある。
喪黒「この給水機は、水を入れさえすれば無限にビタミン飲料を製造できます。あと、これも……」
金属の箱のボタンを押す喪黒。箱の扉が開き、中から茶色い固形物が出てくる。
喪黒「これは、ビタミンビスケットです。土と空気を原料に、無限に製造できます」
葉月「食料の問題も、これで解決ですね」
喪黒「いかがですか?携帯用ハウスは、今のあなたの望みをかなえてくれる優れものですよ」
葉月「確かに……。今の私の望みは、完全に一人きりになることですからね。本当にありがたいですよ」
葉月「約束!?」
喪黒「そうです。黒沢さんが携帯用ハウスで暮らすのは、せいぜい数日程度にしておいてください」
「あなたがここで暮らすのはしばらく休むためであり、引きこもりになるためではありませんよ。いいですね!?」
葉月「わ、分かりました……。喪黒さん」
夜。携帯用ハウス。ベッド入り、目を閉じる葉月。
葉月(とうとう、私はたった一人になった。これでゆっくり休める……)
翌日。机に向かい、小型のタブレットを操作する葉月。
葉月(このタブレットの中に、あらゆる本が収録されている。読書も好きなだけできる……)
その後――。携帯用ハウス。洗面所で、鏡を見つめる葉月。
葉月(私の髪の毛、ボサボサになってる……。無理もないか、1か月以上もここにいるんだから……)
壁掛けテレビで、アニメを見る葉月。突然、壁掛けテレビの画面が切り替わる。画面に映ったのは、喪黒の顔だ。
葉月「も、喪黒さん……!!」
喪黒「私は言ったはずですよ。黒沢さんが携帯用ハウスで暮らすのは、せいぜい数日程度にしておけ……」
「それにも関わらず、あなたは携帯用ハウスに長いこと留まっているようですねぇ」
葉月「私は、もう二度と社会に戻りたくありません!!ずうっと、この家で暮らすつもりですから!!」
喪黒「いいえ、ダメです!あなたにはどうしても、携帯用ハウスから出て行って貰います!!」
喪黒は葉月に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
葉月「キャアアアアアアアアアアア!!!」
建物の壁をすり抜け、外へ放り出される葉月。彼女の近くには、携帯用ハウスがある。
煙を発し、轟音とともに崩れる携帯用ハウス。ゴオオオオン!!!
葉月「ああっ、携帯用ハウスが……!!」
携帯用ハウスは粉々に砕け、残骸のみが地面に残る。とぼとぼと下り坂を歩く葉月。
坂道を降りた後、彼女が目にした光景は……。やや変わった街並みのようだ。
葉月(あ、あれ!?こんな街あったっけ!?ビルの形も、歩いている人の服装も、車の形も何か違う……)
不思議そうな表情で、歩道を歩く葉月。しばらくした後、制服姿の男たちが彼女を取り囲む。
男たちにより、黒色の自動車に乗せられる葉月。車の上部には、赤いランプが点滅している。
とある建物の狭い部屋。葉月は男たちから、取り調べを受けている。
男A「我々は、秘密警察の者です。街にあるセンサーによると、どうやらあなたは危険人物のようですね……」
葉月「秘密警察だとか、危険人物だとか……。一体、何のことですか!?」
男B「知らないのですか?全ての市民は、生まれた時から掌にICチップを埋め込むのが義務なんですよ」
「それなのに、あなたは掌にICチップが埋め込まれていません。これは大変なことなんです」
葉月「掌にICチップを埋め込む!?ど、どうしてそんなことを!?」
「全人類に埋められたICチップを通じて、全ての個人情報がAIのもとで管理下に置かれるってことですよ」
葉月「そ、そんなこといつ決まったんですか!?それと、今は西暦何年なんです!?」
男B「このことが決まったのは、2061年ですね。ちなみに、現在は西暦2088年ですよ」
葉月「えーーーっ、2088年!!じゃあ、私が携帯用カプセルにいた期間は……」
男A「掌にICチップが埋め込まれていなければ、市民権は得られませんし……。買い物や居住もできません」
「従って、あなたはまっとうな市民ではなく危険人物です。当然、あなたは裁判なしで銃殺刑が待っていますよ」
葉月「じゅ、銃殺刑だって!?私は死にたくありません!!嫌です!!助けてください!!」
現代の日本。インターネットカフェの前にいる喪黒。
喪黒「この世で生きている人間は、一人ひとりが皆……。無意識の奥底に、孤独になることへの憧れを持っています」
「たまには、一人だけになって、内省をすることも人生に必要ですし……。孤独は必ずしも悪いことではありません」
「しかしながら、人間という生き物は……。他人や社会との関わりなしで生きていくことなど、所詮は不可能です」
「なぜなら、他人や社会とのつながりを全て断った究極の孤独とは、『人間をやめる』や『死ぬ』に等しいですから……」
「2088年の日本で、社会から拒絶された黒沢葉月さんがまさにそうでしょう。彼女は、銃殺刑で究極の孤独が得られますよ」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
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