【ぼく勉】真冬 「いつかきみが大人になったとき」

576:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:19:52 ID:gdQsRlws

………………一ノ瀬学園 3-B教室

成幸 「………………」

成幸 「ふぁ……ふぁー……ああ……」

成幸 (……でかいあくびだな、我ながら)

成幸 (一次試験も近づいてきたとはいえ、睡眠時間が短すぎるか……)

成幸 (いやしかし、気は抜けない。俺はいいとしても、緒方と古橋とうるかの勉強は油断ができない状況だからな)

小林 「おはよ、成ちゃん。なんか眠そうだね」

成幸 「おう、おはよう、小林。眠くなんかないぞ。今日の授業もしっかりと受けなきゃだからな」

小林 「あの三人のお姫様たちのために、ね」

成幸 「む……。まぁ、それもそうだけど、あくまで俺のVIP推薦のためだぞ?」

小林 「そう? ま、それくらい利己的なら俺としても心配ないんだけどさ」

小林 「あんまり無理しないようにね? 隈がすごいよ?」

成幸 「わかってるよ。ありがとな、小林」

成幸 (とはいえ、今日もあの三人との勉強会や、あしゅみー先輩との勉強会がある)

成幸 (……さぁ、今日も気合い入れてがんばるぞ)



577:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:20:39 ID:gdQsRlws

………………世界史 授業中

文乃 「………………」

カクッ……カクッ……

成幸 (古橋の奴、早速寝こけ始めてるな……)

成幸 「おい、古橋。おーい」 コソッ

文乃 「………………」 ピクッ 「……しょんな~、もう食べられないよぅ~」

成幸 (何の夢を見てるんだこの食いしん坊眠り姫は!)

真冬 「……?」

成幸 (……!? やばい! 桐須先生がこっち見てる!)

真冬 「………………」 ジーッ

成幸 (めちゃくちゃ見てる!)



578:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:21:33 ID:gdQsRlws

成幸 「お、おい! 古橋ってば!」 コソコソ

文乃 「むにゃぁ……肉まんは別腹だよぉ……」

成幸 (こいつほんとご機嫌な夢を見てやがるな!?)

成幸 「お、おい、古橋……――」

真冬 「――それ以上は結構よ、唯我くん」

ゴゴゴゴゴゴ……

成幸 (き、桐須先生!? 怖え! いつの間にか目の前に立ってた!)

文乃 「むにゃむにゃ……んぅ? あ、しまったしまった。わたし、また寝ちゃってた……」

真冬 「おはようございます、古橋さん」

文乃 「………………」 ニコッ 「……おはようございます、桐須先生」

真冬 「笑顔で誤魔化そうとしても無駄よ、古橋さん」

真冬 「昼休みに職員室に来なさい。いいわね?」

文乃 「はい……」 ズーン

成幸 (自業自得だから何も言えねぇ……)



579:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:22:17 ID:gdQsRlws

文乃 「うぅ、やってしまったよぅ……」

真冬 (まったく。仕方ないわね……)

真冬 (……それにしても、)

成幸 「ふぁ……あー……」

真冬 (唯我くんが授業中にあくびなんて珍しいわ。目の下の隈もすごいし……)

真冬 (大丈夫かしら? しっかり寝ているのかしら?)

ジーッ

成幸 「!?」 (めっちゃ見られてる!?)

成幸 (ひょっとして暢気にあくびをしたのがまずかったか!?)

真冬 (顔色も良くないみたいだし、古橋さんよりよっぽど眠そうだけど……)

真冬 (心配だわ……)

ジーッ

成幸 (まだ見られてる!? めっちゃ怖い!)



580:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:23:05 ID:gdQsRlws

………………数学 授業中

藤田先生 「定期考査の傾向を見る限り、この教室でも数列を苦手としている生徒がたくさんいると思います」

藤田先生 「今日は、数列をもう一度基本に立ち返って学習していきましょう」

藤田先生 「数列の基本は、数字として理解するのではなく、数字の流れを考えるところから始まります」

藤田先生 「ゆくゆくはそれが積分へと繋がっていき、流れが面になるイメージです」

藤田先生 「まぁ、あまり難しく考えず、反復を重ねていきましょう。数学は積み重ねが基本です」

成幸 「ふむふむ……」 (数列は数字の流れ、か。これは古橋に数列を教えるときにも役立ちそうな言葉だな。しっかりメモしておかないと)

成幸 「ん……?」

理珠 「………………」 ガリガリガリガリ……

成幸 (緒方が数学の授業で一生懸命ノートを取るなんて珍しいな)

成幸 (緒方に数学で分からないことなんてないだろうし、何をやってるんだ?)

理珠 「……よし、できました」

成幸 「何やってんだ、緒方?」

理珠 「ふふ、驚かないでくださいね。成幸さんにいつも教わってばかりで恐縮ですから、私なりに文乃のための教材を作っていたんです」

成幸 (内職かーい。とはいえ、古橋のためにがんばるなんて、成長したな、こいつも……)



581:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:25:34 ID:gdQsRlws

成幸 「どれどれ。見せてもらってもいいか?」

理珠 「はい、どうぞ。自信作です」 フンスフンス

成幸 「ふむふむ……なるほどなるほど……」

成幸 「……これは一体何を書き殴ってあるんだ?」

理珠 「連立漸化式の解法のひとつです! 文乃が等比数列に苦戦しているようでしたので、行列を用いてみました!」

理珠 「基本的に高校数学では使わない解法ですが、多くの場合でこの解法の方が簡単になります!」

成幸 「……うん。高校では行列は基本的に習わないもんな」

成幸 「じゃあ、この解法を教えるために、まずは古橋に行列を教えないとな?」

理珠 「はっ……!? あ、あの文乃に、行列の概念や扱い方を教える……!?」

成幸 「自分で答えを導き出せたようで嬉しいよ。うん。無理だろ?」

理珠 「……不覚! こんなことに気づかないなんて……」

成幸 「まぁ、その気持ちだけで俺は嬉しいし、古橋も嬉しいんじゃないかな。偉いぞ、緒方」

ポンポン

理珠 「ふぁっ……/// こ、子ども扱いしないでください!」

成幸 「ん、ああ、悪い悪い」



582:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:27:21 ID:gdQsRlws

藤田先生 「え、えーっと、唯我くん、緒方さん?」

成幸 「!?」 (し、しまった! 俺としたことが、授業中に騒いでしまった……!)

藤田先生 「イチャつきたい気持ちも分かるけど、授業中は静かにね?」

理珠 「い、いちゃ……!? イチャついてなんかいません!」

藤田先生 (いや、どう見てもイチャついてるカップルなんだけど……)

成幸 「や、やめろ緒方! 先生にたてつくな! すみません、藤田先生、授業の続きをお願いします!」

理珠 「で、でも、成幸さん……」

成幸 「いいじゃないか。俺たちがイチャついているように見えるなら、それはそれで」

理珠 「へ……?」 カァアアア…… 「へぇ……!?」

成幸 「俺たちがカップルに見えるなら好きにそう見てもらおう。な、とりあえず授業に戻らなきゃ、他の奴らにも迷惑だし」

成幸 (何より俺の推薦に響く!)

理珠 「わ、わかりました……。成幸さんが、それでいいなら……私も、いいです……」

理珠 (……な、成幸さんは、私とイチャついているように見られたいということでしょうか……////)

藤田先生 (……やっぱりカップルね)

生徒1 (カップルだよ)  生徒2 (ラブラブバカップルね)  生徒3 (あれが噂のフィアンセカップル)



583:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:28:31 ID:gdQsRlws

………………昼休み

成幸 「………………」

ガリガリガリ……

成幸 (今日、あいつらに渡す分のフラッシュカード、早く仕上げないと……)

成幸 (水希がおにぎりにしてくれて助かった。昼を食いながら作業ができる……)

大森 「………………」

大森 「……すげぇな、唯我って」

小林 「ん? いきなりどうしたの、大森」

大森 「俺だったら、あのお姫様たちと懇意になれるって言っても、絶対にあんなにがんばれねぇよ」

大森 「だからすげぇな、唯我」

小林 「……まぁ、成ちゃんは昔からお人好しだからね。誰かのために全力でがんばれるんだよ」

大森 「ふーん。俺にはよくわからねーなー」

小林 「俺もどっちかと言えばそっち側だよ。俺にも、絶対にあんなことできないし」



584:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:29:28 ID:gdQsRlws

成幸 「………………」

成幸 (三人とも危機的状況というのに変わりはないが、特に、うるかの推薦は目前まで迫っている)

成幸 (早くあいつの英語をできる限り仕上げてやらねぇと……っ)

クラッ……

成幸 「っ……」

成幸 (ん、なんだ……少し、目の前が暗くなったな。立ってもいないのに、立ちくらみになったみたいだ)

成幸 (とはいえ、大したことじゃないか。もうなんともないし……)

成幸 (いくらなんでも根を詰めすぎたか)

成幸 「ふぁーー……ああ……」

成幸 (……さっきからあくびも止まらないし、今日は早く寝よう)

成幸 (とにかく、今日の約束だけは全部やりきらないと……)



585:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:30:29 ID:gdQsRlws

………………職員室

真冬 「………………」

真冬 (唯我くん、大丈夫かしら。あまり生徒の事情に深入りするのも良くないことだけれど)

真冬 (……他の授業ではどうだったのかしら)

真冬 「………………」

真冬 (……聞いてみようかしら)

藤田先生 「………………」

真冬 「あの、藤田先生。少しお時間よろしいですか?」

藤田先生 「? どうかされました、桐須先生?」

真冬 「大したことではないのですが、先生の三年生向けの数学の授業、唯我成幸という生徒も受けていますよね」

藤田先生 「唯我くんですか? 確かにいますけど、彼がどうかしましたか?」

真冬 「今日、体調があまりよくなさそうだったので、気になって……」

藤田先生 「……うーん……あ、そういえば」

藤田先生 「めずらしく授業中に私語をしていましたね。隣の席の緒方さんと」

真冬 「……緒方さんと?」



586:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:32:02 ID:gdQsRlws

藤田先生 「ええ。でも、私語というよりは、驚いて声を上げてしまったという感じでしょうか」

藤田先生 「普段はすごくまじめだから、少し驚きました」

真冬 「……たしかに彼が私語というのは珍しいですね」

藤田先生 「はい。ただ、それ以外は特に変わったところはなかったと思います」

藤田先生 「強いて言うなら、いつもより顔色が悪いかな、くらいで……」

真冬 「そうですか……」

真冬 「お時間を取らせました。ありがとうございます」

藤田先生 「いえいえ。また何かあればいつでも」



587:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:32:50 ID:gdQsRlws

真冬 「………………」

真冬 (……唯我くん、どうしたのかしら)

真冬 (推薦狙いの彼が授業中に騒ぐとは思えない。むしろそれは、彼にとってもっとも忌むべきことのはず)

真冬 (……一体どうしたというのかしら)

ハッ

真冬 (な、なぜ、私はこんなに彼のことばかり考えているのかしら)

真冬 (生徒は平等よ。あまり彼だけに肩入れしてはいけないわ)

真冬 (……きっと、少し体調が悪くて、頭が回らなかっただけよ)

真冬 (私が心配することじゃない。きっと明日にはけろっと普段通りの彼が見られるわ)

真冬 (……そう。きっと)

ガラッ

文乃 「……失礼します。3年A組の古橋文乃です。桐須先生、お願いします」



588:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:34:29 ID:gdQsRlws

真冬 「来たわね」

真冬 (……ともあれ、こちらが先決。授業中に寝るなど言語道断)

文乃 「はい、来ました……」

真冬 「では、行きましょうか。生徒指導室に」

文乃 「はいぃ……」

真冬 「もう二度と授業中に寝ることがないように、しっかりと指導をしなくてはね?」

文乃 「お、お手柔らかに……」

真冬 「それはあなた次第よ。ほら、早く来なさい」

文乃 「……はい」

真冬 (……眠いとき、素直に寝られるこの子のほうが、よっぽど健康的よね)

真冬 (唯我くんでは、きっとこうは……――)

――――ハッ

真冬 (わ、私ったら、また唯我くんのことを考えて……! 今は古橋さんの指導が最優先よ!)

文乃 「……?」 (桐須先生、さっきから物憂げな顔をしたり顔を真っ赤にしたり、忙しいなぁ)

文乃 (どうかしたのかな?)



589:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:35:08 ID:gdQsRlws

………………放課後

文乃 「………………」

ズーン

文乃 「……本当に申し訳ありませんでした、唯我くん」

成幸 「……うん。一体どうした?」

文乃 「昼休み桐須先生にめっちゃ怒られたんだよぅ……」

成幸 「うん。それは知ってる。居眠りして呼び出されてたもんな」

文乃 「普通に怒られるだけだったらいいんだけどね、ちょっと心にクることを言われて……」

理珠 「む、何を言われたのですか? ひどいことですか?」

うるか 「まっさかー。桐須先生がそんなひどいこと言うわけないじゃん」

文乃 「……うん。あのね……」


―――― “唯我くんはあなたたちのために寝る間も惜しんでがんばっているというのに、”

―――― “その当のあなたが、授業中に寝るとはどういう了見かしら?”


文乃 「……って」



590:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:36:06 ID:gdQsRlws

うるか 「うぉぅ……」

理珠 「………………」

ポン

理珠 「……文乃、それは何も言い返せません。文乃が悪いです」

文乃 「だから申し訳なくってさぁ~! 桐須先生気づかせてくれてありがとう、なんだよ~!」

成幸 (……いや、べつに俺は自分のVIP推薦のためにやってるだけだから、気にしなくていいんだけど)

成幸 (まぁいいや。これで古橋の授業中の居眠りがなくなるなら助かるし)

文乃 「唯我くん、本当にごめんね?」

成幸 「いや、べつに俺に謝る必要はねぇよ。これからは気をつけろよ?」

文乃 「うん! もう授業中に寝ないようにできるだけがんばるよ!」

成幸 「……そこはうそでもいいから “もう二度と寝ない” くらい言っとけよ」

成幸 「ま、いいや。ほら、勉強始めるぞ」

文乃 「はーい」



591:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:37:12 ID:gdQsRlws

………………夕方

成幸 「……よし、全員だいたい今日進めておきたい範囲は終わったな」

うるか 「はー、アルファベットがぐるぐる目の前を回ってる気がするよー……」

文乃 「わたし、すごい発見しちゃった。なんで数学なのに数字より記号の方が多いのかな?」

理珠 「私もひとつ大発見をしました。小説の登場人物の心情を理解してどうなるというのですか? 謎です」

成幸 「現実逃避するなよ。全員一歩一歩進んでるのは確かなんだから、自信持てって」

パサッ

成幸 「これ、今日の全範囲を網羅したフラッシュカード。今夜あたり、しっかり復習しておけよ」

うるか 「わっ……あ、ありがとう、成幸」

文乃 「いつもありがとう。こんな教材まで作ってもらっちゃって……」

理珠 「……すみません。本当に、ありがとうございます」

成幸 「いいさ。お前たちがこれを使ってしっかり勉強してくれれば、それだけで十分だ」

成幸 「……ん、悪い、この後小美浪先輩と約束があるから、もう行くな」

成幸 「うるかはこの後水泳部だよな。練習、がんばってな」

うるか 「……うん! ありがとう、成幸。国体で全力出せるようがんばるよー!」



592:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:37:56 ID:gdQsRlws

………………メイド喫茶 High Stage

あすみ 「……なぁ、後輩」

成幸 「なんですか? 何か分からないことでもありました?」

あすみ 「いやな、お前、もし将来結婚して子どもが生まれるとしてさ、」

成幸 「……急になんですか」

あすみ 「いいから聞けよ。もし子どもが生まれるとして、その子どもの血液型って気になるか?」

成幸 「………………」

成幸 「……いや、あまり気にならないと思いますけど」

あすみ 「だよなぁ。じゃあ、なんでメンデルの法則なんか覚えなくちゃいけないんだ? どうでもいいだろ、血液型なんて」

成幸 「先輩、本当に医者になりたいんですよね……?」

あすみ 「……まぁ、ちょっと現実逃避したくなっただけだ。冗談だよ」

成幸 「っていうか、先輩って暗記も計算も苦手じゃないのに、何で理科系科目になった途端点数下がるんですか?」

成幸 「メンデルの法則だって、基本的な遺伝大系を覚えてしまえばそう難しいものじゃないと思うんですが……」



593:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:39:04 ID:gdQsRlws

あすみ 「アタシだって不思議だよ。でも、理科系になった瞬間、計算しづらくなるし、暗記もしづらくなるんだ」

あすみ 「アタシはこれを神の見えざる手と呼んでいる」

成幸 「それは政経の用語ですけどね」

成幸 「ほら、アホなこと言ってないでさっさと覚えちゃいましょう。生物なんか暗記あるのみですよ」

あすみ 「わーってるよー。ちくしょう。“この法則だとアタシたちの間に生まれる子どもは何型だなっ” 、とか言えばよかったか?」

成幸 「俺のからかい方を研究してどうするんですか。ほら、覚える。ほら、早く」

あすみ 「? なんだよ、今日はえらくからかい甲斐がないというか、余裕がなさそうだな?」

成幸 「へ……? いや、そんなつもりはないんですが……」

あすみ (……っつーか、隈すげーなこいつ。ちとがんばりすぎなんじゃねーのか)

あすみ 「後輩、お前……――」

成幸 「――あ、先輩。そういえば、古橋がこの前まで使ってたフラッシュカードありますよ」

成幸 「ちょうど遺伝のあたりの範囲の用語を網羅してますから、これ使ってください」

あすみ 「お、おう……ありがとう」 (自作のカードか……。改めてすげぇな、こいつ……)

あすみ (……こんなにがんばってる奴に、“がんばりすぎるなよ” なんて、それこそ野暮か)



594:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:39:43 ID:gdQsRlws

成幸 「そういえば先輩、いま何か言いかけました? すみません、遮っちゃって……」

あすみ 「……いや、何でもねぇよ。カード、使わせてもらうな」

成幸 「はい!」

あすみ (ったく、嬉しそうな顔しやがって。自分の努力が人のためになるのが大好きなんだよな、こいつ)

あすみ (損な性分だと思うが、本人がそういう生き方しかできねぇんだから仕方ないよな)

あすみ (だからこそ、古橋たちもこいつを信頼しているんだろうし……)

あすみ (それにしたって、あいつらは幸せモンだよな。こいつみたいな “先生” がいてさ)

あすみ 「………………」

あすみ (……いや、まぁ、それはアタシも一緒か)

あすみ 「……よし、もう一回遺伝の法則を口頭で説明するから、聞いててくれ」

成幸 「はい、どうぞ」

あすみ (アタシたちにできるのは、せいぜいがんばって、こいつの努力を無駄にしないこと)

あすみ (……家を継ぐために、そして、こいつにしてもらったことを無駄にしないために)

あすみ (死に物狂いで勉強しねぇとな)



595:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:40:18 ID:gdQsRlws

成幸 「………………」

成幸 (……あー、いかん。目がかすんできた。なんだろう。あんまり前が見えない)

成幸 (めちゃくちゃ目が乾いてる気がする。不思議と眠くはないけど……)

成幸 (少し、頭が痛い。目の奥から、側頭部にかけて、血流に合わせてドクドクと痛む……)

成幸 (あきらかに学校にいたときより体調が悪い。けど不思議と眠気はない)

成幸 「っ……」

成幸 (あしゅみー先輩との約束では、今日は店が混んでくるまで勉強の予定だ)

成幸 (早く帰って布団に飛び込みたいけど……約束はしっかり守らないと)

成幸 (約束……そう、約束、だから……)

成幸 (がんばらないと……)



596:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:41:03 ID:gdQsRlws

………………帰路

真冬 「ふぅ……」

真冬 (……まったく。次から次へと仕事が舞い込んできて嫌になるわ。帰りが遅くなってしまう)

真冬 (二学期は本当に仕事が多い。イベントも重なるし、三年生の進路がらみのことも多いし)

真冬 (とはいえ、手をぬくわけにはいかないもの。がんばらなければならないわね)

真冬 (……あら?)

成幸 「………………」

真冬 (唯我くん? 未成年が外を出歩くにはやや遅い時間だけれど、いま帰りなのかしら?)

真冬 (まったく。まだ補導されるような時間ではないけれど、学校帰りに制服姿でうろつくのは感心しないわね)

真冬 (どうせどこかで勉強をしていただけなのでしょうけど、それでも注意をしておかなければ)

真冬 「……唯我くん」

成幸 「……ん、あ、えっと……」

フラッ

成幸 「ああ、桐須先生。こんばんは……」



597:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:41:44 ID:gdQsRlws

真冬 「ゆ、唯我くん……? 大丈夫? 顔色が悪いわ」

成幸 「え? そうですかぁ……? あんまり、よくわからないですけど……」

成幸 「そういえば、目がかすんで、少し頭が痛くて……」

成幸 「早く、家に帰らないと……」

フラフラ……

真冬 「!? 唯我くん、そっちは電柱……――」

――パコン

成幸 「……きゅう」

パタリ

真冬 「……ゆ、唯我くん!? 唯我くん!?」

真冬 (電柱にぶつかって倒れる人って初めて見たわ! 私だってそんなことやったことないのに!)

真冬 「唯我くん! しっかりしなさい! 唯我くん!」

成幸 「………………」 zzzz……

真冬 (どうやら倒れた拍子にそのまま眠ってしまっただけのようね。頭も打っていないようだし……) ホッ

真冬 「……とはいえ、起きそうにもないし、どうしたらいいかしら」



598:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:42:32 ID:gdQsRlws

真冬 「………………」


―――― 『屈辱……屈辱よ……生徒におんぶだなんて……っ』

―――― 『ホラ先生 むくれてないで 救護スペースつきましたよ』

―――― 『むくれてなんていません』


真冬 (……あのとき、彼はケガをした私を、救護テントまで運んでくれた)

真冬 (分かってる。私がするべきことなんて、ひとつだけだって)

真冬 (……いいえ。私が彼にしてあげたいこと、と言うべきかしら)

スッ……グイッ

真冬 「んっ……さすがに、重いというか……」

真冬 「意識のない人間を背負うのって、結構大変なのよね……」

真冬 「……んっ、よし……っと。おんぶしてしまえば運べそうね」

真冬 (でも、唯我くんが軽くて助かったわ。一般的な男子生徒だったら背負えてたかどうか……)

真冬 (……というか、軽すぎないかしら。ちゃんと食べているのかしら)



599:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:43:33 ID:gdQsRlws

………………真冬の家

真冬 (彼の家は近所なのだろうけど、あいにく私は場所を知らない)

真冬 (まさか、“唯我” という表札を探して歩き回るわけにもいかない)

真冬 (……仕方ないわ。これは緊急避難というやつよ、真冬)

真冬 (意識をなくした生徒を、仕方なく、緊急避難させただけよ)

真冬 (たまたま避難先に適した場所の我が家が、近くにあったというだけ)

真冬 「………………」

真冬 (……意識を失った男子生徒を家に連れ込む女性教諭。傍から聞いたらとんでもないことね)

真冬 (男女が逆転していたらどんな状況であったとしても真っ黒だわ)

成幸 「………………」 zzz……

真冬 (……まったく、こっちの気も知らないで、人のベッドで安からに寝息を立ててくれるものね)

真冬 (さて、早いところ彼の自宅に電話して、引き取りに来てもらわなければ)

真冬 (電話番号が分かりそうなものといえば、生徒証だけれど、彼の鞄の中にそれらしいものはなかった)

真冬 (つまり彼は、校則に記してあるとおり、律儀に肌身離さず携帯しているのだろう。生徒証が入った生徒手帳を)

真冬 (……仕方ないわ。彼の制服から、生徒手帳を取り出さなければ)



600:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:44:05 ID:gdQsRlws

真冬 「………………」

ドキドキドキドキ……

真冬 (こ、これは仕方がないことよ、真冬。だって、彼の家に連絡を取らなければならないもの)

成幸 「………………」 zzz……

真冬 (べつに、やましいことがあるわけじゃない)

真冬 (ただ、少し彼の身体に触れて、生徒手帳を探さなければならないというだけ)

真冬 (だ、だから、何の問題もない……)

ピトッ

成幸 「んっ……」

真冬 「……!?」

成幸 「ん……ぅ……」 zzz……

真冬 (び、びっくりした……。まったく……)



601:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:44:45 ID:gdQsRlws

………………数分後

真冬 「………………」

ゼェゼェゼェ……

真冬 (……無事、生徒手帳は手に入ったわ。生徒とはいえ、意識のない男子の身体をまさぐるなんて……)

真冬 「っ……///」

真冬 (……わ、忘れるのよ、真冬。仕方がないことだったのよ。それより早くご家族に連絡をしなければ)

真冬 (担任を飛び越す形での連絡になってしまうけど、仕方ないわね。緊急事態だもの)

ピッ……ピッピッ……prrr……

『もしもし?』

真冬 「夜分に申し訳ありません。一ノ瀬学園で社会科の教員をしております、桐須と申します」

真冬 「唯我さんのお宅で間違いないでしょうか?」

『あっ……はい。お世話になっております。唯我成幸の母です』

真冬 「お世話になっております。成幸くんのことでお話があるのですが、いま、大丈夫でしょうか?」

花枝 『大丈夫です。あの、息子がどうかしたでしょうか……?』

真冬 「実はですね……」



602:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:46:12 ID:gdQsRlws

………………

花枝 『……それはなんというか、本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありません』

真冬 (……さすがは唯我くんのお母様だわ。電話口でペコペコと頭を下げている姿が想像できるくらい)

真冬 「教員として当然のことをしただけですから、お気になさらないでください」

真冬 「ただ、彼をひとりで帰すのは不安ですので、迎えに来ていただけると助かるのですが……」

花枝 『そうですね……。でしたら、妹の水希を向かわせます」

花枝 『私は弟妹たちの世話で手が離せないので……』

真冬 「わかりました。マンションの下で待っていますので、住所だけお伝えします」

花枝 『本当にご迷惑をおかけします。申し訳ありません……』

真冬 「お母様、どうかお気になさらずに。では、お待ちしております」



603:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:47:01 ID:gdQsRlws

………………唯我家

水希 「お、お兄ちゃんが倒れた!?」

水希 「それで、お兄ちゃんはどこ!? 病院!? 大変! 急いで行かなきゃ!」

花枝 「お願いだから話は最後まで聞いてね水希」

花枝 「心配しなくても大丈夫よ。道ばたで倒れて眠っちゃっただけみたいだから」

花枝 「いま、成幸の学校の先生が家につれて帰って寝かせてくれてるみたいなの」

水希 「………………」 ヘナヘナ 「よ、よかったよぅ……」

花枝 「親切な先生がいてくれてよかったわ。水希、ちょっと迎えに行ってきてくれない?」

水希 「もちろん行くよ! すぐ行くよ! いってきます!」

花枝 「ちょっと待って。お願い、話を最後まで聞いて」

花枝 「これ、教えてもらった住所。マンションの下で待っててくれるそうだから」

水希 「うん、わかったよ。その先生の名前は?」

花枝 「桐須真冬さんという方よ。まだ若い女性の声なのに、すごくしっかりしていそうだったわ」

水希 「へ……? わ、若い女の先生……?」



604:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:47:40 ID:gdQsRlws

花枝 「声もきれいだったし、きっときれいな方なんでしょうね……」

水希 「………………」

ワナワナワナワナ……

花枝 「水希……?」

水希 (わ、若い女の先生……!? ダメよ! お兄ちゃんには刺激が強すぎる!)

水希 (それに、なんだか知らないけど、猛烈に嫌な予感がする!)

水希 「お母さん、わたしもう行くね! いってきます!」

ドヒュン……!!

花枝 「気をつけてねー……って、もう行っちゃったわ」

花枝 「まったく。お兄ちゃんのことになるとああなんだから……」

和樹 「水希姉ちゃんはもうしょうがないよ」

葉月 「もう諦めた方がいいと思うわー」



605:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:48:32 ID:gdQsRlws

………………マンション前

真冬 「………………」

ブルッ

真冬 (っ……少し寒いわね。やっぱり、もう冬物のスーツを出さなければならないわね)

真冬 (早くジャージに着替えたいところだけれど、唯我くんの妹さんが来るのだから、しっかりした格好でいないと……)

タタタタタタ……

真冬 「……?」 (走ってくる女の子……ひょっとして、あの子が……)

水希 「あの! すみません! 桐須真冬先生ですか?」 ゼェゼェ……

真冬 「え、ええ。そうだけど……。あなたが唯我く――成幸くんの妹さんかしら?」

水希 「そうです。妹の、水希です」 ゼェゼェ……

真冬 「大丈夫? ずいぶん息が上がっているけど……」

水希 「部活で鍛えているので大丈夫です。それより、お兄ちゃんは……」

真冬 (唯我くんのことが心配で走ってきたのね……兄想いの良い子だわ……)

水希 (こんなにきれいな人だなんて聞いてないよ! お兄ちゃんの貞操の危機だよ!)

水希 (こんな美人さんの家にお兄ちゃんを長く置いておくわけにはいかない! 早くつれて帰らないと……)



606:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:49:15 ID:gdQsRlws

………………真冬の家

成幸 「………………」 zzz……

水希 「……よかったぁ。本当に寝てるだけだ」 ホッ

真冬 (ふふ。仲睦まじい兄妹なのね。うらやましいわ)

水希 (お、お兄ちゃんの寝顔……久々に見た気がする……)

水希 (いつもわたしの方が先に寝ちゃうし、朝はわたしがお弁当とかで忙しいし)

水希 (……えへへ、こんなに無防備に寝てると、なんか、変な気持ちが湧いてくるよ)

真冬 (いい妹さんなのね。お兄ちゃんの顔をのぞき込んで笑ってるわ……)

水希 「お兄ちゃん。おーい、お兄ちゃーん?」

ペチペチ

水希 「起きてよー。帰るよー」

ニヤニヤ

水希 「お、起きないと、いたずらしちゃうぞー? なんちゃって……」

真冬 (な、なぜかしら。微笑ましい光景のはずなのに、なぜか笑顔が邪悪に見えるわ……)



607:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:50:10 ID:gdQsRlws

真冬 「成幸くん、起きない?」

水希 「すみません。でも、先生にも迷惑かかっちゃうから、ちゃんと起こしますね」

ユサユサ

水希 「おにーちゃーん。おーきーてー」

真冬 (少し可哀想な気もするけど、仕方ないわね。まさかうちに泊めるわけにもいかないし……)

真冬 「………………」

真冬 (……いや、以前美春が来たとき、図らずも一泊させてるわね。一泊と言っていいのかわからないけれど)

水希 「お兄ちゃーん」

成幸 「んっ……あ……」

パチッ

成幸 「……おう、水希。おはよう?」

水希 「おはよう、じゃないよ。ここどこだか分かる? 家じゃないんだよ?」



608:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:50:56 ID:gdQsRlws

成幸 「ん? ここは……桐須先生の家、だな。なんで桐須先生の家に水希がいるんだ……?」

水希 「え?」

ジロリ

水希 「……どうして、お兄ちゃんが、ここが先生の家だって分かるのかな?」

真冬 「……!?」

成幸 「えっと……?」

水希 「お兄ちゃんは、帰り道で寝ちゃって、先生にここに運んでもらったんだよ?」

水希 「なのにどうして、お兄ちゃんはここが先生の家だって分かるの? ねえどうして?」

成幸 「………………」

ハッ

成幸 (水希がいる。桐須先生もいる。そして俺がベッドに寝ている。家まで歩いているところから記憶が途切れている)

成幸 (そのことから推測するに、おそらく俺は途中であまりの眠さにぶっ倒れ、桐須先生にこの家に運ばれたのだろう)

成幸 (そして、桐須先生が俺の家に電話をするなりして、結果として水希が俺のことを迎えに来たんだろう)



609:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:51:56 ID:gdQsRlws

成幸 (……なんとか誤魔化さねば)

水希 「ねえ、お兄ちゃん? どうして黙ってるの? ねえ? 先生に聞こうか?」

成幸 (我が妹ながら怖っ……。キレてるときの古橋に通ずるものを感じる……)

成幸 「わ、悪い。ちょっとボーッとしちゃってさ」

成幸 「先生に運び込んでもらったとき、ちょっとだけ意識があったんだ」

成幸 「だから、桐須先生の家だってわかったんだよ」

水希 「……ふーん?」

真冬 「………………」 ダラダラダラ……

水希 「……そっか。てっきり、先生がお兄ちゃんを家に連れ込んだことがあるのかと思っちゃった」

テヘッ

水希 「そういうことなら良かった。教育委員会に通報しなくて済みそうだから」

成幸&真冬 ((怖っ……!?))

水希 「お兄ちゃん、起きられる? いつまでもここにいたら先生にも迷惑だから、帰るよ?」

成幸 「ん……ああ、大丈夫。すみません、桐須先生。運んでもらっただけでなく、ベッドまで借りちゃって……」

真冬 「構わないわ。生徒が倒れているのを、放置するわけにはいかないもの」



610:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:53:03 ID:gdQsRlws

水希 「良い先生だねぇ、お兄ちゃん」

成幸 「ああ、本当に良い先生なんだよ。生徒想いだし、教え方も上手だし」

真冬 「なっ……///」 プイッ 「おだてても、世界史の成績は変わりませんからね」

真冬 「……寒い中来てくれた水希さんをこのまま帰すのもなんだし、熱いお茶でもいれてくるわ」

成幸 「……!?」

成幸 (桐須先生が熱いお茶……!? まずい、嫌な予感しかしない……!)

水希 「あっ、いえ、お気遣いなく」

真冬 「すぐ用意するわ。ちょっと待ってて――」

成幸 「――お、俺がいれてきますよ、お茶!」

真冬 「……? 何を言っているの、唯我くん。あなたはもう少し横になっていなさい」

成幸 「い、いや、でも……」 (先生が火傷する未来しか見えない……!!)

水希 「………………」 クスッ 「……お兄ちゃん、きっと先生に恩返ししたいんですよ」

真冬 「……?」

水希 「お兄ちゃんは横になってて。私がお兄ちゃんの代わりにお茶いれてくるよ」



611:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:54:13 ID:gdQsRlws

水希 「先生、ちょっと台所借りますね。お茶くらい、いつも家でいれてるから大丈夫です」

真冬 「そう……? せっかく来てもらってそんなことをしてもらうのも、少々申し訳ないのだけど……」

水希 「お兄ちゃんを助けてくれたお礼ってわけじゃないですけど、それくらいさせてください」

トトトト……

成幸 (……ほっ。水希ならなんの心配もないだろう。よかった)

真冬 「……いい妹さんね、唯我くん」

成幸 「へ……?」 テレッ 「……まぁ、そうですね。本当に、自慢の妹です」

真冬 「そう。でも、そんな妹さんを心配させてしまったこと、分かっているかしら?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

真冬 「水希さん、おうちから走ってこの家まで来たのよ?」

真冬 「全力疾走で来たんでしょうね。それくらい、きみのことが心配だったのよ?」

真冬 「そのあたり、わかっているのか聞いているのだけど?」



612:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:54:52 ID:gdQsRlws

成幸 「は、はい、本当に、面目次第もないことです……」

真冬 「私が見つけたからよかったものの、もしそうでなかったら……どうなっていたか」

真冬 「心配をかける程度じゃすまなかったかもしれないのよ? そのあたり、分かっているのかしら?」

成幸 「……反省しています」

真冬 「唯我くん、あなた寝不足ね。今日は学校でもいつもと様子が違ったもの」

成幸 「はい。受験が近づいてきて、古橋たちのことも考えると、ついつい睡眠時間が少なくなってしまって……」

真冬 「勉強も大事よ。推薦のために努力をするのは美徳だわ。でも、何より優先すべきはあなたの健康よ」

真冬 「それが分からないなら、あなたはきっといつか、水希さんとお母様を泣かせることになるわ」

成幸 「……すみません。本当に、その通りだと思います」

成幸 「自分が忙しいだけならいいだろうって、きっとまわりに甘えていたんだと思います」

成幸 「先生にも迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい」



613:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:55:39 ID:gdQsRlws

真冬 「わかったならいいわ。それから、私のことは気にしなくていいわ。教師としてやるべきことをやっただけだから」

真冬 「………………」

真冬 (……私は、とても卑怯なことを言っている)

真冬 (VIP推薦をダシに、唯我くんを天才三人の教育係などに仕立てあげたのは、我々教員サイドだというのに)


真冬 (――私が、緒方さんと古橋さんの教育係の責務を果たせていれば、彼にこんな苦しみを背負わす必要もなかったのに)


真冬 (それを棚に上げて、私は……)

真冬 (私は、本当に卑怯なことを言っている……)

成幸 「……でも、忙しいですけど、最近楽しいんです。いや、最近っていうか、四月からこっち、かな」

真冬 「え……?」

成幸 「緒方と古橋と知り合えて、うるかとはもっと仲良くなれた気がして……」

成幸 「先生や小美浪先輩にもよくしてもらって、他にも、結構友達が増えて……」

成幸 「……楽しいから、ついついがんばろうって思ってしまって、やりすぎちゃったみたいです」

真冬 「唯我くん……」



614:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:56:24 ID:gdQsRlws

成幸 「でも、これからは気をつけます。あまり無理をしないように、自分の身体としっかり相談しながらがんばります」

成幸 「それに、俺が体調悪くしたら、結局あいつらの勉強に穴を空けることになりますしね」

成幸 「……これはうぬぼれかもしれませんけど、母さんと水希だけじゃなく、きっとあいつらも俺のこと心配しちゃうでしょうから」

成幸 「『自分たちのせいで』 俺が倒れたなんて思い込んだら、きっとあいつらの勉強する気を削いでしまうから」

真冬 「唯我くん、きみは……」 (……きみは、本当に良い子ね)

真冬 (きみのような男の子だから、きっと緒方さん、古橋さん、武元さんは、きみを信じてがんばれるのね)

成幸 「……ま、まぁ、べつに、俺は自分のVIP推薦のためにがんばってるだけだから、あいつらが気にする必要なんてないんですけどね」

真冬 (うそつき。VIP推薦のためだったら、緒方さんと古橋さんの希望進路を変えさせるはずよ)

真冬 (……そして、ひょっとしたら、今のきみと彼女たちの関係なら、それもできるかもしれない)

真冬 (でも、きみはそうはしないのでしょうね。きみは、きみ自身が、あのふたりの進路を応援しているから)


―――― 『俺はただの一学生で先生の言うような経験もないし あいつらのこと絶対幸せにできる確信もないです』

―――― 『でも俺は…… 「できないからやめろ」 なんて見捨てるくらいなら 胸張って一緒に後悔する道を選びます』

―――― 『先生が 「才能」 の味方なら 俺は 「できない」 奴の味方ですから』


真冬 (……今もきみはあのときのまま。自分の身体さえすり減らして、その言葉を履行しようとしている)



615:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:57:22 ID:gdQsRlws

真冬 (私は何もできない。きみに甘えて、きみに押しつけて、そして、外から知ったようなことを言うだけ)

真冬 (私は、そんな自分が……――)


成幸 「――……本当に、桐須先生がいてくれてよかった」


真冬 「え……?」

成幸 「小美浪先輩が言ってました。あ、本人には言わないでくださいね。俺が怒られちゃいますから」


―――― 『真冬先生が最後まで反対してくれたからこそ アタシは今も 「なにくそ」 って頑張れてる』

―――― 『向いてないことをやり通すためには それだけでかい壁を壊せるくらいの反骨精神がいるんだよな』

―――― 『何やっても褒めてくれねーし 絶対口には出さねーけど』

―――― 『そういうのをさ 先生は教えてくれた気がするんだよ』


真冬 「こ、小美浪さんが……?」

成幸 「ええ。そしてそれは、緒方や古橋も一緒です。俺は先生がふたりの教育係をしていたときのことは知りませんけど、」

成幸 「きっと、先生がなぁなぁにせず、完膚なきまでにあいつらのの甘い考えを否定したからこそ、あいつらは今がんばれてるんだと思います」

真冬 「そ、そんなの……関係ないわ。私は、私がやるべきことをやっただけで……」



616:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:58:33 ID:gdQsRlws

成幸 「俺はまだ学生で、よくわからないですし、ひょっとしたら生意気になっちゃうかもしれないですけど……」

成幸 「先生がそうやって、職務を忠実に全うしようとしているからこそ、色々なものが生まれているんだと思いますよ」

成幸 「俺がこんなにがんばれるのも、あいつらががんばるからです」

成幸 「あいつらががんばるのは、きっと小美浪先輩が言ったのと同じように、反骨精神によるところも大きいでしょう」

成幸 「だから、先生がいてくれて良かったです。俺がいまこんなに充実してるのも、きっと先生のおかげです」

成幸 「……なんて、自分の体調も分からずぶっ倒れた俺に言われても嬉しくないでしょうけど」

真冬 「………………」

クスッ

真冬 「……本当ね。まずは自分のことを考えられるようになってから生意気言いなさい」

成幸 「はは、違いないです。すみません」

真冬 (……違うわ。それはすべてきみが自分で手に入れたものよ)

真冬 (私のしたことなんて、それこそ給料をもらっている身としては当然のことばかり)

真冬 (だからきみは、誇りなさい。きみがきみ自身の手で手に入れた、すべてのものを)

真冬 「……まぁ、倒れない程度にがんばりなさい。次倒れてても放っておくわよ?」

成幸 「肝に銘じておきます。桐須先生」



617:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/16(火) 23:59:43 ID:gdQsRlws

真冬 「………………」

真冬 (いつか、きみが大人になったとき、ひょっとしたら話をすることがあるかもしれない)

真冬 (……なんて、きっと私のような面白みのない教員なんて、きみは卒業したらすぐ忘れてしまうわね)

真冬 (でも、もし万が一、きみが大人になったとき、私たちが出会えたら、)

真冬 (そのときは、きみに正面切って言えるかもしれない)

真冬 (きみのがんばりを認めて、褒めてあげることが、できるかもしれない)

真冬 (ねぇ、唯我くん。気づいているかしら。きみは本当に、すごい子なのよ?)

真冬 (……今はまだ、決して口には出せないけれど)

真冬 (いつかきみが、わたしより立派な、しっかりとした大人になった頃、)

真冬 (きみのすごいところを全部、褒めてあげられるように)

真冬 (私も、きみに負けないように、がんばらないといけないわね)



618:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/17(水) 00:00:31 ID:rF/gHjg6

成幸 「………………」


―――― 『「できない」 自分を認め 向き合えること』

―――― 『……それが君の長所でしょう?』


成幸 (……絶対、口には出せないけれど、面接練習のとき、先生がくれた言葉は、今もまだ、俺の中に残ってる)

成幸 (俺は、親父の言葉を信じて、ずっとがんばってきた。でも……)

成幸 (そんな風に、親父以外に、俺を認めてくれる人が……先生がいてくれるってわかって、)

成幸 (……本当に、嬉しかったから)

成幸 (今は恥ずかしくて、絶対に言えないけれど、もしいつか、卒業した後にでも出会えたら、言いたい)

成幸 (先生の言葉のおかげでがんばれた、って。先生は本当に生徒想いのすごい先生なんだ、って)

成幸 (今は、きっと生意気と言われてしまうだろうけれど……。もしいつか、俺が大人になったとき、先生に出会えたら、)

成幸 (……そのときは絶対、先生にも認めてもらえるような、立派な大人になっていますから)

成幸 (だからそのときは、言わせてください)

成幸 (桐須先生のすごいところ、尊敬するところ、全部を!)

おわり



619:以下、名無しが深夜にお送りします 2018/10/17(水) 00:01:12 ID:rF/gHjg6

………………幕間 「どうして?」

水希 「すみません、桐須先生。お湯は沸かしたんですけど、お茶っ葉が見つからなくて……」

ヒョコッ

真冬 「ああ、お茶っ葉なら……えっと、どこだったかしら……」

成幸 「いや、この前片付けたばっかりでしょう。冷蔵庫のドアポケットの中ですよ」

水希 「えっ」

成幸 「……? どうかしたか? うちでもお茶っ葉は冷蔵庫に入れてるだろ?」

真冬 「………………」 ハッ 「ゆ、唯我くん……!」

成幸 「……!?」 (し、しまった……!)

水希 「………………」 ユラリ

水希 「……どうして、お兄ちゃんが、先生の家のお茶っ葉のありかを、知っているのかな? かな?」

水希 「どうしてかな? ねえ、どうして? ねぇ、ねぇ、ねぇ?」

成幸 「ま、待て! 違う! 誤解だ! 誤解だから電話を手に取るのはよせ! 教育委員会は洒落にならない!」

※その後、誤解ではないけれど、誤解ということにして事なきを得ました。

おわり



元スレ
【ぼく勉】小美浪先輩「この前は本当に悪かった」成幸「はい?」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1536589434/
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         コメント一覧 (6)

          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年10月17日 04:45
          • 5 とてもよかった。最後の幕間が更によかったw真っ黒い瞳の妹が目に浮かぶw
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年10月17日 09:49
          • いいss でした。
            ただやっぱり妹がウザいわ。まあ原作の漫画だとここまでではない………ではないよね?
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年10月17日 11:50
          • ※2
            本誌で読んでるならコミックスで読んでみ?だいたいこんなんだぞ。
          • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年10月17日 18:55
          • 水希のSEISAI っぷりを見るためにコミックス買ってるまであるぞ俺は
          • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年10月17日 21:51
          • はえーなにこれすっごい
            うるかも頑張ってほしいけど先生がかわいすぎんよー
          • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年10月18日 00:25
          • 先生好き

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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