【咲-Saki-】照「わたしに妹はいない」久「……そう」
原作17巻のキャラがちょっと出ます。18巻(たぶん190局まで)のネタは極力よけるかオブラートに包んでますが一応ネタバレ注意です。
240レスくらいで終わる気がします。
南四局・親:辻垣内智葉
智葉:11233①①②⑦⑧⑧⑨⑨
ツモ:2
智葉「……」
打:⑦
憩:②⑨⑨南南西西白白發發中中
ツモ:發
憩「……」
憩(出和了は厳しそうですよーぅ)
打:⑨
照:444③④⑤⑥⑦南南北北北 ツモ:⑥
照「……」
打:⑦
小蒔「…zzz」
小蒔:一一二四五六七八九九九白白 ツモ:三
打:白
憩「ポン」
打:⑨
照「……ツモ、1300・2600」
恒子『決まったーーー!今年の個人戦優勝は……これで二連覇達成、宮永照だぁぁぁぁ!!!』
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団体戦二連覇中の王者白糸台。海外の有力選手を呼び寄せて結成された臨海女子。ダークホース、清澄と阿知賀女子。四校による団体戦決勝は逆転に逆転を重ねるデッドヒートの末、清澄高校の優勝という結末を迎えていた。
清澄高校麻雀部部長、竹井久。彼女にとってその結末は高校三年間における一番の願いであり、あるいは唯一の願いだったかもしれない。久を知るものの多くはそう思っているだろう。
しかし、彼女の頭の中には一つ、この大会における心残りがあった。
「なんの話じゃ」
会場の近くにあるコンビニで買った六人分のタコスやら飲み物やら、私とまこはそれらの入った手提げ袋を揺らしながら部員たちのいる待ち合い室へと向かい廊下を歩いていた。
「この大会よ。ほら、個人戦の5位から16位を決める試合は決勝前には終わってるじゃない?」
「じゃのう」
「だったら決勝の間にその選手の分のインタビューとかは進めておけるでしょ。なんでそうしないのかしら」
疑問というよりは文句に近い口調で言う、けれど本気で不満には思ってない。
清澄高校からは二人の選手が全国大会個人戦に出場している。
咲と和、高校一年生ながらにして全国出場の権利を得た二人は、これもまた高校一年生ながらにして準決勝、ベスト16まで勝ち上がるという快挙を成し遂げた。
後輩がマイクを向けられる側に立つんだし嬉しくないわけがない。自慢じゃないけどちょっとくらいは彼女たちを育てられたと思ってるし、ほんの軽口だ。
「記者にも都合があるじゃろ、決勝観ずにインタビューなんかしとったら決勝に出た四人への質問とか困るじゃろうし」
「決勝とそれ以外で記者を別にすればいいじゃない」
「そんなに人手割けんわ普通」
「あーあー、ちゃっちゃと荷物纏めて引き上げたかったのに」
まこが呆れ顔を浮かべる。短くはない付き合いだ。冗談半分で言っていることはわかっているんだろう。そんな都合のいいことを考える。
「さっきの和への会見、20分近くかかってたのよ、予定だと10分なのに。スケジュールの意味なくない?」
「そりゃあ……まあ和だしのう。心配せんでも咲のは時間通り終わるじゃろ」
身も蓋もない言い方だとは思うが、確かにそうだ。去年の麻雀全中覇者であの容姿では仕方ない。
基本的には今後の抱負やコクマのことなどを形式的に聞いてインタビューは終わりらしいけれど、和は例外でいろいろ訊ねられたみといだ。
「マスコミも現金ねぇ」
わかりきっていたことを、何の気なしにごちる。
「……すまん、ちょっと寄ってええか」
「あら、トイレ?いいわよ、前で待ってるわ」
「ほい」
まこが荷物一式を手前に差し出す。はて、これはいったい。
「ええわ、先行っとれ」
えーっと、まこが持っているのはタコス4個と弁当二つ、それに緑茶一本。手持ちの鞄は持ってこなかったみたいだから、全部で3kgってところかしら。
私のも同じくらいだから倍で……。
「遠慮しなくても、待ってるわよ」
「遠慮なんかせんわ、冷えたもんとか炭酸もあるから先行け言うとるんじゃ。優希が腹空かして待っとるしのう」
「えー」
そう言われては弱い。去年までの可愛いげがあった後輩という像はどうやら鬼の被っていた皮だったみたいだ。一応抵抗してみよう。
「流石に一人で六人分は重いわよ」
「あんたぁいつもは京太郎にもっと重いもん任せとったじゃろ、もう試合にも出んのじゃからそのくらい働きんさい」
一蹴された。鬼というのは取り下げとこう、まこが鬼なら自分も鬼ということになってしまう。
「はぁ……わかった。先に待ち合い室戻るわね」
「わかればいいんじゃ」
渋々という顔を全面に出してアピールしてみるも特に気に止める様子もなく、まこは赤いほうのピクトグラムがぶら下がる部屋へと入っていった。
まこと別れてから一分ほど歩いたあたりだろうか。廊下を曲がったところ二台の自販機と人ひとりが立っていた。足が思わず止まる。
自販機は、飲料水を扱っているものとアイスを扱っているものが一台ずつ。
なんだ、ここに自販機があったならコンビニで買うこともなかったわね。自販機を目にした瞬間に思ったのはこんなところだが、固まった原因はそっちじゃない、立っていた人のほうにある。
「宮永、照」
「えっと、宮永さん?」
「ん?」
咲のお姉さん、そして高校生麻雀チャンプ、宮永照。二言目で彼女がこちらを向く。
よかった、さっきの呟きは聞こえていなかったみたいだ。
「ああ、清澄高校の……部長さん」
「なんでこんなところに?記憶違いじゃなければもうすぐ会見だったと思うけど」
「今日は、インタビューまで少し時間があったから……」
「から?」
「その、トイレに行こうと……」
うーむ、どうにも歯切れが悪い。
テレビで見る宮永照はもっと溌剌としてるか、あるいは試合中の淡々と和了り続ける機械のようなイメージなんだけど。体調が悪いんだろうか。
いや、ああこの感じは覚えがある。
「もしかして道に迷った?」
「ウッ」
「ふふっ、や」
やっぱり姉妹なのね、と言いそうになるが、寸でのところで止める。危ない危ない、咲曰く『まだ姉とは話していない』らしいし下手なことはしないほうがいい。
「やっぱり、ホントに迷子なのね。よかったら案内しましょうか?」
返答を考えているのか二秒ほどの間を空けて返事がくる。
「オネガイシマス」
「ん、トイレでいい?」
「いや……出来れば会見のところのほうで、あと五分くらいしかないから」
「りょーかい、じゃあ行きましょうか」
そう言っていま来た方向に向きを変えると、宮永さんが二歩三歩後ろをついてくる。
ちょっと寄り道することになったけど一応人助けだし、皆も許してくれるはず。幸い、アイスの類いは買ってない。
「む、心外。そんなことはない」
「あっちの方角わかる?」
前後の位置では話しづらい、軽くステップを踏んで後ろ歩きに切り替える。
「…東」
「……」
「じゃない、西」
「……」
「やっぱり東」
「どっち?」
「ひ、東」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
「……うん、オッケー」
ふぅ、と宮永さんが息を漏らす。ひょっとして、オッケーと言われて安堵したとかだろうか。
「麻雀やってるとたまにこんがらがるよね、東と西」
「ん? ええ、そうね」
答えが交互した弁明のつもりなのか、自分の発言にウンウンと頷いている。
ちなみに答えは北だ。
「えっと、地図とかは?さっきのとこにもあったと思うけど」
「さっきのとこ? ……ああ、あったね。チーズケーキ味、美味しそうだった」
アイスの話はしていないはずだけど、もしやジョークなんだろうか。彼女が真顔で言うので判断しかね、スルーを決め込む。
「よくチームの人達とはぐれてたりとかない?」
「あるね。気付いたらいなくなってるとかたまに、いや結構あるかも。うちの部長にはもっとしっかりしてもらいたい」
やれやれ、とでも言いたげに宮永さんが目を細める。なるほど非常に共感できる。心労お察しします弘世さん。
「へぇ、それは大変ねー」
「……冗談デス」
ありゃ、認めた。さすがに相槌が雑だったんだろうか、目線が右往左往と泳がせている。
ところでどこから冗談なんだろうか、出来れば出会い頭からであってほしい。
インハイチャンプでマスコミ対応も容姿も良い。世間では理想像のような扱いだけれど、いざ話してみると意外と隙があるように感じて少しホッとする。
「そうだ。前々から気になってたんだけど、宮永さんって読書家よね?」
「読書家……なのかな。好きっていうならそうかもしれない。どうして?」
後ろ歩きが危なっかしく映っただろうか。少し早足になり、宮永さんが横に来る。
「あ、やっぱり。試合前とかよく読んでるの見るから、機会があったら話してみたいなって思ってたのよ」
清澄麻雀部の部室には大量の本がある。特にやることがなかった二年間に、部費も使わなきゃいけないしと麻雀関係の買ってみたのが始まりだ。
おかげさまで今では咲と小説の話が出来るくらいにはいろいろと読むようになっている。
「普段はどんなの読むの?」
「何でも読む……けど、偏りってことならミステリが多いと思う。比較的古めの」
「ミステリーかぁ、ちょっと読むの疲れるイメージあったんだけど面白いわよね。古めって言うと、江戸川乱歩とか松本清張とか?」
「それも読んだことはあるけど、どっちかというと海外作家の作品かな。クリスティとかドロシーあたり」
クリスティは、そして誰もいなくなったとかポアロとかだっけか。ドロシーは……ドロシー・セイヤーズだったかな、作品はちょっと思い出せない。
「クリスティ! この前薦められてね、あれ読んだわよ。スタイルズ荘の怪事件」
「『エルキュール・ポアロ』シリーズの一作目ね、あれで処女作なんだからやっぱり凄いと思う。ポアロは他にも?」
「んー。読もうと思って手を付けたんだけど、なんかあれ30作品くらいあるでしょ? 少し滅入っちゃって、なにから手を付けたものか……」
「順番通りなら『ゴルフ場殺人事件』だけど、多いってことなら……『アクロイド殺し』がオススメ。シリーズ序盤だし、ポアロを知らなくても読める、あとミステリそんなに読まない人も楽しみやすい内容だと思う」
「お、そうなんだ。じゃあ今読んでるやつ読み終えたらそれ読もうかしら」
しかしまあ、海外の推理小説とは。聞けば聞くほど、似てるのは容姿だけじゃないんだなと思わずにはいられない。
「毒入りチョコレート事件って小説ね」
本のタイトルを言った瞬間、宮永さんの眉間がピクリと動く。
「知ってる?」
「うん」
「えっと、もしかして好きじゃないとか?」
「いやそんなことは、名作だと思う。ただ……」
「ただ?」
「タイトルが好きじゃない」
声のトーンが下がり、それでも彼女の声は鋭く耳に入った。
「あー、うん。タイトルがね」
小説の帯、雑誌やコラムに載っている小説の紹介文。そういうものを読者によっては話の核心に触れすぎるとか見解の相違とかで好かないこともあるらしいけど、その延長みたいなものなのだろうか。
どうやら彼女は、私が思っていた以上にコアな層みたいだ。深堀りして聞くのはやめておこう。
「そういえば時間って大丈夫? 今40分だけど」
「40なら、たぶん。開始は50分からだから、45分までには着きたいけど」
「45ね。なら大丈夫そう、もうちょっとで着くわ」
「うん、ありがとう竹井さん」
おおっと、これは……。テレビで見る明るい笑顔とは違う、もっと質素な表情で彼女が言う。
思考が顔に出てしまったんだろうか、彼女が訝しげにこちらを見る。
ポーカーフェイスは得意なほうだと思ってたんだけど。
「どうかしたの?」
なんだか少しばかり気恥ずかしい。こういうときはおどけみるに限るんだ、舌を出しつつ言う。
「いやー、ビックリ。まさかチャンピオンに名前を覚えてもらえてるなんてね」
「うん、まぁ……それだけ?」
「あら、有名人に名前覚えててもらったら嬉しいじゃない?孫の代まで自慢出来るわよ」
「団体決勝で戦った学校のメンバーを覚えてないほうがおかしい」
「あはは、確かにそれもそうかも」
約一名、それを覚えているか怪しい部員もいる気がしないでもない。
「私も、弘世さん、渋谷さん、亦野さんに大星さん全員覚えてるしね。それじゃあ、うちの他の四人も覚えててくれるのかしら?」
「当然。先鋒で戦った片岡優希さん、次鋒の染谷さん、副将の原村さん、た……」
横を歩く宮永照の表情は別段変わってないが、aの音を発したところで止まっている口元はその心境を物語っているように見える。
しかし実際にどう思っているかはわからない。たった今失敗したと感じたのは彼女じゃない、私のほうだ。変に羅列したことが誘導になり、それでタブーにかすったのなら不本意ながらこれは私のミスなんだろう。
……なんて、違うわね。自分に嘘をついても仕方ない。今のは探り。
「失敗した」って真っ先に出てくるあたり、たぶん意図的なんだろう。自分はやりきったと思っていた、そうやって理性で押さえ込んでいた、それでもどこかにあったこのインハイでの私の心残り。それがふいに吹き出てしまったのかもしれない。
私がインハイを目指したわけ、それは団体戦の全国優勝を夢見たからだ。
白糸台や姫松みたいな『全国優勝を目指す』者たちとも、万人が思う『全国優勝してみたい』という気持ちとも違う。部員のろくにいなかった一昨年の清澄では、まず勝負の土俵にすら立っていない。『夢見た』というくらいが丁度いい。
和がインハイを目指したわけは、全国優勝するためだったらしい。
なんでも、インハイ優勝出来なければ引っ越すことになっていたんだとか。団体戦が終わってから聞いた話なんだけど……よかった。そんな話聞いてたら私、プレッシャーで潰れてたかもしれないし。和のプレッシャー耐性には改めて感心させらたわねホントに。
そして咲、あの子がインハイを目指した理由は姉と打ち解けるためだった。
姉、つまり宮永照がいる白糸台高校と戦えればそのきっかけになるかもしれない。そう思って決勝まで戦ってきて、そう思いながら戦った決勝で清澄が勝利を修めたとき、白糸台の大将である大星淡は泣き崩れた。
大星さんの元に駆け寄った四人の先輩は彼女を励ましてはいたが、その中には今にもつられて泣き出しそうな者もいた。そんな状態で、勝者の咲が姉に話しかけることなど出来るはずもなし。
そうして個人戦に持ち越された咲と宮永照の和解。これに関しては私も全力でサポートしたけれど、咲は準決勝敗退、姉との対局はついに一度も行われなかった。
麻雀を通しての姉妹の対話が出来なくなった以上、もう私に出来ることはない。直接会って話す他はない、となると後は当人たちの問題であり、一麻雀部というだけの部外者が口を出すのはあまりよろしくないだろう。そう自分を納得させ、私はこの件から手を引いた、つもりだった。
「……たしか、マネージャーの須賀くん。これで、四人」
いや、うん。確かに他の四人とは言ったけども。団体のメンバーとは言ってないけども。その繋ぎは無理があるってものではなかろうか。
「……へー、男子部員まで知ってるのね。名門恐るべし」
「まぁ」
「でも男子の方まで調べる意味あるの?」
「場合によっては……」
「そうなんだ。あ、でも彼マネージャーじゃなくて一応選手よ?」
「へぇ」
「……」
「……」
暖簾に腕押し。柳に風。愛宕洋榎に悪待ちリーチ……は、まだわからないけど。
仕方ない、大人しくしよう。これ以上やっても変な空気が蔓延するってものだしね。
「ここまでで大丈夫」
「え?」
意外にも沈黙を破ってきたのは向こうからだった。思わず聞き直してしまう。
「案内はここまでで大丈夫、あとはわかると思う」
「いいの?」
「うん、もう近いし……一応何回かいったことあるから」
わかりやすい拒絶だ、傷付くなぁ。とはいえ本人がいいって言ってるんだし、ここでお暇するとしよう。
「わかった、じゃあまたいつかね」
「うん、ありがとう……部長さん」
少しの間手を振って、ちょうど彼女が曲がり角に消えるあたりで私も踵を返す。
ふぅ、なんとか切り抜けた。コミュニケーション能力には自信があったけれど、あればかりはどうしようもない。ちゃんと目的は達成したし一件落着だ、よかったよかった。
……よくない!
馬鹿か私は。なんのためにここまで来たんだ。妙な空気に冷静さを失っちゃダメだ。今このまま彼女を行かせては、今までの行動全てが無駄になりかねない。
一言、最後に一言、私には宮永照に言わなければならないことがあるじゃないか。
「待って、宮永さん」
「……まだ何か?」
「そこの曲がり角、逆よ」
「……」
「……着いてく?」
「オネガイシマス」
実際、もう近いという言動は間違いじゃない。あと30メートルくらい、秒にして十数ってとこかしら。なので単刀直入に言おう。
「ねえ宮永さん?咲に……妹に会わない?」
なに、ちょっと発破をかけるだけだ。
それに、咲が臆病なだけで案外こういう一言であっさり解決してしまうかもしれない。それならそれでいいかなと思う。さあどんな返しがくるか。
変ね、たしかに何か気配を感じたんだけれど。
「わたしに、」
「…え?」
「わたしに、妹はいない」
……。
…………は?
イモウトガイナイ?どこの言語なんだろう。
「じゃあ、改めてありがとう」
そう言い残して、宮永照が会見用の部屋に消える。しまった、考えに耽っていて返事をしそびれた。
そっかもしかして、妹がいない、か。
そういえば前にもそんな話を聞いた気がする。たしかあのときは又聞きだったから、実際にはなにか語弊があるんじゃないかとか、急にデリケートな質問がきて不用意に返してしまったんじゃないかとか思ってたんだっけ。
そうでなくても、妹が自分に会いにわざわざインハイまで来たとなれば蔑ろにするなんていないだろうとかも思ってたかもしれない。
いやぁビックリ。まさか本当に咲みたいないい子のこと、そんな風に言うなんて。
「……ふざけてる」
ファイナリストの会見がある部屋、その横にある一回り小さな部屋の戸が音を立て、人影が出てくる。
ああ、そっか。ちょうど前の会見も終わったところなんだ。ホントは荷物置いてから来るつもりだったけど、グッドタイミング。
人影は咲のものだった。
「ふぅ。あ、迎えに来てくれたんですね部ちょ……っ!?」
はて? 咲が、まるで般若の面でも見たかのように強張る。
「ああ、お疲れさま咲。どうしたの?」
「いえ、あの……部長、なにかあったんですか?」
「え?」
ああ、そういうことか。いけない、顔が強張ってたのは私もなんだ。
とっさに表情筋を柔らげる。
「ごめんなさい、大丈夫よ。ほんのちょっと疲れてるだけ」
「そ、そうですか」
「ねぇ、咲。宮永照っての姉なのよね?」
「? はい、そうですけれど」
「決勝前にすれ違って、あれからなにかコンタクトはとった?」
「いえ」
「そう……もうちゃんと話すのは諦めてる、とか?」
「そ、そんなことは !」
「……」
咲がうつむく。ああ、違う、そんな顔をさせたくて聞いたんじゃない。
「ごめんなさい、意地の悪い聞き方だったわね。別に咲の気持ちを軽く見てるとかじゃないのよ、ちょっとした確認」
「確認、ですか?」
「そ」
「はぁ」
「……さて、戻ろっか」
「は、はい」
麻雀となれば鬼のように強い後輩、咲。でも、それ以外のときの彼女は端的に言って小心者だ。
臆病なことは悪いことじゃない。けれど、少なくとも今回の件では良く働きはしないだろう。
麻雀での和解が敵わなかった時点で、咲の方からコンタクトを取るというのは望み薄だと思っていた。
となると、私が期待していたのはもう半分。宮永照の方から咲に接してくれることだった。
そして、先ほど理解した。コンタクトを取りたくても取れない咲に対して、あの姉はそもそも会う気がないんだ。
このままでは永遠に平行線だろう。うん、決めた。
「あの、部長」
「ん?」
咲「その食べ物とかって、私たちの分ですか?」
「ああ、うんそうよ。お腹減ってない?」
「いえ、ちょっと減ってます。あの、半分持ちますよ?」
「あら、お気遣いなく」
「でも」
「いいのよ、咲は今日いろいろ大変だったでしょ。これは部長命令です!」
「……はい」
任せて、咲。
確かに荷は重いかもしれないけれど、私が持つ。最後なんだし部長らしいことしないとね。
部屋の入り口から見て左の壁に、部屋の中にはどこからでも見えるような大きなスクリーンが設置されている。そのスクリーンと平行に四人掛けの長椅子が大量に置かれており、加えて椅子が周りに四つ置かれている円卓がスクリーンと反対の壁沿いにいくつか置かれている。
学校によってはロビーに集まっているので全員がここに集まるわけではないが、待ち合い室はそれでも人で溢れていた。場所をきちんと把握していなければ同校の人を探すのも一苦労なレベルだ。
「この気配……部長が戻ってきたじょ!」
遠くから聞き覚えのある声がする。ラッキー、探す手間が省けた。
和の首に冷たい飲み物押し付けて反応見ようとか、そんなくだらないことも考えていたので先に気付かれたのはちょっと残念だけど。
声のしたほうに行くと、優希と和と須賀くん、それにまこももう着いていて円卓の一つに陣取っていた。
「ただいまー」
「おお、ホントじゃった。よく気付いたのう優希」
「お帰りなさい、お疲れ様です。咲さんも一緒だったんですね」
「お疲れ様です部長、次は俺が行きますよ。咲もおつかれ!」
和と須賀くんが席を退こうとしながら言う。二人に悪い、周りを見回して使われてない椅子を二つほど移動して片方を咲に差し出す。
「うんただいま。あ、ありがとうございます部長」
「ふっふっふ、私のシックスセンスに間違いはないじぇ!」
意気揚々と優希が無い胸を張る。確かに、この部屋は結構広いのによくもまぁ扉をあけて気づくものだ。ちょっと感心、と思ったけれどネタばらしはすぐにされた。
「なーにがシックスセンスだ、どうせタコスの匂い嗅ぎ付けたんだろ」
「なにをぉー!貴様!私のことよくわかってるな」
「認めちゃうのかよ!」
「タ・コ・スー!」
匂い……なるほど、さすがはタコスソムリエ。
優希が勢いよくタコスの封を切る。そうも喜んでもらえると作り手冥利につきる。ま、わたしは買っただけだけど。
「あー……、まあいろいろあってね」
「なんじゃあ、いろいろって」
「いろいろはいろいろよ」
「ふーん」
明らかに不信って顔する。後ろめたいことがあるわけじゃなく、話題にするのもはばかられるワードってだけなんだけど。仕方なく小声で話す。
「ちょっと宮永照にあってね」
「……ああ」
まこの詮索はそこでストップした。察しがいいのか空気が読めるのか、いずれにしてもそのほうが助かる。
さてさて、我ら清澄高校麻雀部一行は明日の午後には東京を離れなければならないのだが……そうなると咲と姉とは明日の正午までには会わせたいところだ。
出来ることなら水入らずで話させたいけれど、そうも言ってられるかどうか。
いや、時間はあるしこっちの件は急いで考えることもないかな。優希もおよそ食べ終わりそうだし、まずやるべきことをやっていこう。
「それじゃあ、ぼちぼちミーティングしましょうか」
「はい」
「はい」
「ふぁい」
咲と和が律儀に飲み物を置いて、優希が最後のタコスを口に押し込みながら返事をする。足して三で割るくらいがちょうどいいデコボコ具合だ。
「って言っても簡単な連絡だけだから。そんな畏まらないでいいわよ」
殆どは既に一度は伝えたことを長々と再度言うだけだ。優希以外は聞いてなくても問題ない。
「咲と和の個人戦の反省会は、また牌譜を整理してから後日やろうと思います。 東京での宿泊は、最長で明日までってことになってるので今日もここに泊まります。新幹線は明日の15:32のに乗るから13時にはホテル前にいること、それまでは自由時間にするわ」
ふぅ。一呼吸いれましょう。
「む! それは金に糸目はつけないってことか?」
優希が食いつく。たった今あれだけ食べたのに、この小さな体のどこにそんな食欲があるのかしら。
「ええ、最後だもの。高級フレンチのコースでも満漢全席でもオッケーよ」
「タコス100個でも!?」
「どんとこい!そのための後援会よ」
「そのためではないと思いますけど……」
「いざとなったら議会でふんだくってみせるから」
「職権濫用じゃのう」
「あ、でもあんまり変なお店にいっちゃダメよ。流石に10万とかは払えないから。須賀くんわかった?」
「俺ですか!? いきませんよそんな店!」
「あと夜道は一人で歩かないように、夜九時までにはホテルに戻ること。特に咲ね」
「は、はい」
和と優希は昔の先輩やら友達やらがインハイに来ているらしいし、まこには来年のために人脈を広げてもらいたい。咲には須賀くんをつけようかな。ええっと、あと言っておくことは……。
「うん、こんなものね。皆からは何かある?」
「ああ、そうじゃ。さっきの買いもん精算今でもいいかのう」
「さっきの? ああコンビニのね、大丈夫よ」
そうだ、さっきはほとんど文無し常態でまこに立て替えてもらったんだった。領収書で膨れ上がった財布に騙されてしまった。
「……む?」
鞄を漁っていたまこが怪訝そうな声を出した。
「どうかしたの?」
「いやぁ、鞄にいれてあった折り畳み傘が見当たらんくてのう」
「えっ」
落としたのかしら。買い出しに行くときは雨が降っていた。少なくともコンビニでは傘は持っていたのは分かるが、幸か不幸か戻ってくる途中で雨が止んでいた。帰り道のどこかで無くしたなら探すのは一苦労ね。
「いや、忘れてきた場所はたぶんわかっとるんじゃが……違ったら面倒じゃのう」
「目星ついてるんですね、なら俺取ってきましょうか?」
須賀くんがすかさず立ち上がる。雑用が板についてきたわね。なんて、私の言えた義理じゃないけど。
「お、ええんか? すまんのう京太郎」
「いえ、それで忘れてきた場所って」
「トイレじゃ、一階の入り口近くのとこの」
「えっ」
須賀くんの顔が強張る。まこも意外と意地が悪い。
「冗談じゃ、自分で行くからあんたは座っとりんしゃい」
「はーい……」
一階のトイレっていうと、買い出しのときにまこと別れたあのときかしら。地味に遠い、咲だと二回に一回は迷子になりそうだ。
……! 閃いた。
「ほいじゃあ、行ってくるわ」
「ストップ、まこ!」
「なんじゃあ?」
「咲に行ってもらいましょ」
「はぁ?」
五人が五人とも意味がわからないって顔をしている。文字通りの意味なんだけどなぁ。もしや[咲に]のイントネーションが[先に]と聞こえてしまったんだろうか。もう一度言い直す。
「いや、それはわかっとんじゃが」
「咲に行かせるくらいなら俺が女子便入りますよ!?」
「落ち着け京太郎、公衆の面前で言うことじゃない! 咲ちゃんじゃなく私が行くじょ」
「そうですよ部長、染谷先輩に何か用なら咲さんじゃなく私か優希が行きます」
揃いも揃って、君らは咲を何だと思っているのか。
それにしても、うーん、須賀くんに女装させて行かせるというアイディアは捨てがたい。普段だったら一考の余地ありだったけれど、残念ながら今回は他に理由がある。
「まぁまぁみんな、咲に行かせるのが不安なのはわかるけど」
咲が小さく「え」と漏らしたが気にしない。
「それでも今回は咲に行ってもらうわ、いつまでも方向音痴の迷子ちゃんってわけにも行かないでしょ?」
「それでも」
「いいからいいから」
頑固な和のわりには、案外あっさり引いてくれた。
こういうときは先輩って立ち位置は便利だ。一年早く生まれだけで相手より偉くなれる。あと10年も経てばそんなもの何の意味も無くなるというのに。
「ということだから咲、お願いしていい?」
「は、はい。行ってきます」
咲が駆け足で去っていく。人混みのなかで走ると、
「うわぁっ!……ととっ」
あ、躓いた。
「それで?」
「ああ、さっきの買い物の値段なら覚えてるわよ。今渡しちゃうわね」
「はぐらかすならもっと丁寧にやらんか」
手厳しい。
残った一年生たちに視線を向けると、話題はなにやら須賀くんがハギヨシさんや美穂子に習ったらしいクッキーやらパンケーキやらに移っていた。意外にも優希より和が食いついている。
そのまま二秒ほど凝視すると、視線の意図が伝わったのかまこが声のトーンを落とす。
「今度はなにを企んどるんじゃ」
「心外ね、別になにも」
「ちゃんと話せばわしのもん出汁にしたのは多目にみたるが」
うぐ。正直あんまりおおっぴらにしたくない話だけど、ここでまこに話さないのは確かにダメなんだろうな。
「悪かったわ。ただちょっと、咲が姉と話すための後押しをね」
「後押し? なんで傘取りに行くのがそうなるんじゃ」
「私と咲が戻ってきてから20分くらいでしょ? そろそろ個人戦決勝組のインタビューが終わる頃なのよ」
「はぁ。まさか、それで都合よく咲が姉と遭遇する言うんか」
呆れたような視線がまこから向けられる。そりゃそうだ、普通は起こり得ないし仕方ない。普通ならば。
「そんなタイミングよく終わらんじゃろ、実際和のときは時間延びとったし」
「まこ、私の麻雀のスタイルは?」
「うん? なんじゃ藪から棒に、悪待ちのことか?」
「そう、だから咲に一人で行かせたのよ」
「うん、そんな感じ」
私の悪待ちは、ジンクスというよりはもはや特性と言っていい類いのものだけど……どうやらその特性は麻雀以外でも発揮されるらしい。
つまり今回の私の企み、もとい算段はこうだ。
宮永照のインタビューが終わる辺りに咲にも出歩かせる。
宮永姉妹の噂に名高い迷子スキルなら部屋を出る時間が多少ずれようとも接触の可能性はある。
可能性があるなら、私の特性でその可能性を上げる。
そのために、忘れ物回収という目的の達成への、悪い待ちという大義名分で咲を送り込む。
「・・・ってことよ」
「なるほどのう。そういうことならまあ、わしを出汁にするくらいかまわんわ」
まこのお許しが出たし、話した甲斐はあった。あとは咲のほうが上手くいけばミッションコンプリートだ。
「かまわんのだか、流石に無理があるプランだったんじゃと思う」
「え?」
「ん」
まこに促されて待ち合い室の扉のほうを見てみる。自ら元の位置に戻ろうとしる扉は、閉まりきる一歩手前で減速しているところだった。
これは……思ってた以上にお早いお戻りで、宮永照。
宮永照の前に入ってきたもう一人を見れば一目瞭然だ。弘世菫が行動を共にしてきたんだろう。
うーむ、なかなか上手くいかないものだ。
というかこの悪待ち、麻雀みたいに「悪い待ち」や「良い結果」ってのが明確にわかるならともかく、日常生活ではどうにも使い勝手がよくない。
悪い待ちと呼ぶには不足してたのか、それとも求めるリターンが大きすぎたのかしら。
そんな思考に耽っていると、ふいに腰のあたりに小刻みな震えを感じた。
携帯電話を取り出す。表示されている名前は「竹井久」、咲に貸している端末からだ。
「はい、もしもし」
『部長、あの、ここどこなんでさしょうか……』
期待を裏切らない第一声ね、さすが咲。電話越しにここがどこかなんて言われてもわかるわけは無いけれど、お陰さまでこちらも迷子の対応は百戦錬磨だ。
「落ち着いて咲、周りになにか目印になるものは?」
『いえ、普通の廊下で特には……』
「今何階にいるの?」
『二階……だと思います』
「そう、周りに人はいる?」
『人ですか? はい、何人か』
「じゃあ人の流れるほうについていって、そしたら多少わかりやすい場所に出るから。係員を見かけたらエントランスのカウンターに案内してもらって。私もそこに行くから」
『はい、わかりました……』
「うん、じゃあ切るわね」
終了ボタンをタップし、スマホをしまうと、通話を聞いていたのか一年生三人がこちらに視線を向けていた。
「うん、迷子だって」
「またですか……」
「ちょっと迎えに行ってくるわね」
「部長がですか? 俺行きますよ」
「いいわよ、すぐだしくつろいでて」
「まあまあそう言わず、部長こそクッキーどうですか」
「ああ、うん。美穂子に教わったんだっけ。上達した?」
「はい、あと龍門渕の付き添いの人にもですね。自信作ですよ!」
ふぅむ、自信作かぁ。女子力が服来て歩いてるような存在の美穂子に教わったんなら確かに、そう言うほどにはなるのかもしれない。
美穂子は教えるの上手そうだし、須賀くんも結構器用だしね。 にしても……そっか、クッキーか。
「ねぇ須賀くん、そのクッキーあとどのくらいあるの?」
面目無さげに須賀くんが答える。
「どのくらいか、ですか。だいたい30枚くらいですね、ちょっと張り切りすぎちゃって」
「いえ、調度よかったわ」
「え?」
『宮永照菓子狂い説』なんてのが一部で囁かれていたりする。
過去に何度か「品行方正に見えるチャンピオンですが、何か意外な欠点とかは?」と訊かれた弘世さんが
「焼き芋屋の匂いに釣られていつの間にか消えていた」とか「虎姫でお菓子パーティなんてのを開いたときに、照が設けた虎仕様というドレスコードを自分で忘れていて危うく不参加になるところだった」とか述べたのが火種らしい。
流石に二つ目の話は脚色アリだろうけど、この数日インハイで得た情報や咲の話から私は、どうやらそのお菓子好きは本当らしいと思っていた。
「咲のところにはやっぱり私が行く。その代わり、一つお願いしたいことがあるの」
「そのクッキー、白糸台にお裾分けしてきてくれる?」
「白糸台? これまたなんで」
「名門白糸台と親しくなっといたら来年以降いろいろ良いことあるかもでしょ?まこも一緒にね」
もちろんこんなのは建前。悪待ちがダメならトロイの木馬だ。
-1階・インフォメーションカウンター付近-
まこ達のところを離れて五分ほどで約束の場所に着く。そこにはオロオロと周りを見渡す少女が立っていた。決して低くはない体躯のわりに小動物然として見えるのはその挙動のせいなんだろう。
見まごうわけもない、咲だ。
「おまたせ、咲」
「あ、部長!よかった」
喜から一転、咲の顔が哀色になる。
「すいません、また手間とらせてしまって……」
「あらいいのよ、日常茶飯事でしょ?」
「そ、そこまででは無……いや、どうなんだろう。あるのかな」
「ふふ、冗談。今回のは私のせいみたいなところもあるしね」
「?」
「皆待ってるし、ちゃっちゃとトイレ寄って戻りましょ」
まこの傘を回収任務は忘れちゃいけない。外まで探して回るのは御免被りたい、トイレに残ってることを祈りましょう。
「部長、そのことなんですけど」
「うん?」
「染谷先輩の傘ってこれですか?」
「うん、そう。でもどうして咲が?」
「部長より先にここに着けたので一応受付の人に聞いてみたんです。『トイレにあった傘の落し物は届いてませんか』って。そしたらこれを渡されて」
「あー、」
そりゃそうか。まこがトイレに忘れたとしても、そうでなくてコンビニ返りに落としたとしても、それが館内だったらここに届くんだ。訪れる優先度的には二番目に来る。我ながら抜けていた。
「ナイス! 危うくコンビニまで無駄に歩くところだったわ、ありがとね咲」
「いえ。元はと言えば私が迷っちゃったからここに来るはめになっただけですし、怪我の功名ですよ」
怪我の功名。なるほど、ある種これも悪待ちかもしれない。
「まぁなんにしてもこれで真っ直ぐ戻れるわね。そうだ!須賀くんお手製のクッキー、何枚か残しといてもらってるのよ」
「京ちゃんのですか? やった!」
「須賀くん、もう咲にも女子力で勝ってるんじゃないかしら?このインハイ中結構調理場借りてたみたいだし」
「そ、そんなことないですよ!私だってクッキーくらい焼けますし」
お、咲が食い気味に言い返してくる。けっこう珍しいかもしれない。
「それに京ちゃんはあれでも運動得意ですから、むしろ男子力のほうがあります」
何だかツッコミの方向がズレてる気がするんだけれど……、というか男子力ってなんだろうか。
「私? いいのよ、私は女子力なんt」
「結構男子力も高いですよね」
そっちかい。
六分咲きくらいの笑顔で言ってる、そのあたり悪気はなくってむしろ褒め言葉のつもりなんでしょうけど。
「いやー、それ咲に言われると……ちょっとショックかも」
「えっ!ごめんなさい……」
「いいの、悪い意味じゃないのはわかってる」
さっきと打って変わって、あたふたする咲をなだめながら言う。
普段からあんな振る舞いしてちゃ当たり前の評なんだろう。
自分で贔屓目に見てもずぼらで素行もよくないと思うし、お陰さまで「かわいい」なんて評されたことは過去に一、二回しか無い。
清澄陣営に戻ると、須賀くんとまこ、二人の尖兵が既に戻っていた。
「意外と早かったのね二人とも。はいまこ、これ傘ね」
「お、あったんか。よかったわ」
「見つけたのは咲だけどね」
「そうなんか、ありがとのぅ、咲」
「いえ、はい」
「それで、白糸台はどうだった?」
単刀直入に聞くと、須賀くんが気持ち肩を落としながら答える。
「受け取ってもらえなかった? クッキーを?」
「ですね、間に合ってるって」
「ぼちぼち応援組も広間に集合だって、帰り支度しとったわ」
門前払い……。狂が付くほどというのは、やはり噂に過ぎなかったんだろうか。でもなにも、白糸台の女子は宮永照一人じゃない。
「うーん、五人揃ってクッキー嫌いとかなのかしら?」
「いや、OGが差し入れ持ってきてたみたいですね」
「OGが?」
「はい、結構な量のパンケーキを、手作りだったみたいです」
流石に量が多かったってことかしら。なんて間の悪い。
麻雀を長くやってるからか、何となくわかる。こういう、自分に落ち度がなくても上手くいかないことが続くときは手を引いた方がいい。
落ち度があれば「調子が悪い」と思えるけれど、落ち度がないとヒートアップしてしまいドツボに嵌まりやすい。きっと俗に言う、流れが悪いってヤツなんでしょうね。
「なんか咲の姉が優勝のご褒美にその先輩のパンケーキが食べたいって言ったらしくてのう。『せっかく先輩が作ってきてくれたから……』とかなんとか、血涙流しそうな表情で断られたわ」
「向こうの大将は、両方食べればいーじゃん!とか言ってましたね。食べ過ぎだって止められてましたけど」
「あーやっとったのう。『私は食べた分全部胸に行くからいいんですー亦野先輩と違ってー』とか言い出したんは、吹き出さんようにするんが大変じゃった」
「全部胸に行く、のどちゃんみたいだじょ」
「失敬ですね。私だってお腹に溜まらないよう日々苦労してるんですよ? 代謝が良くて脂肪が溜まらない優希が羨ましいです」
「じょ? そんな面と向かって言われるとなんか照れるじぇ!」
横から小さく(わたしもたいしゃいいのかなぁ……)という音が聴こえた気がしたけど、他の皆も反応を見せない。たぶん気のせいでしょう。
「みたいじゃのう、お姉さんは小さい頃からお菓子好きだったんか?」
「はい、よく賭け麻雀でオヤツの量多い方取られてました。あはは……」
「ハッ! もしや咲ちゃんのお姉さん、お菓子食べると麻雀強くなるのか?」
「いや、そんな優希ちゃんみたいな」
「え? なりませんか? 麻雀って結構頭使いますし」
「あー。うん、そうだね」
「和ちゃん、今はそういう話じゃないじょ」
「……?」
「チャンピオンくらいの実力者が賭けでお菓子争奪とは、大人げ、いや容赦ない姉じゃのう」
「そう……ですね。いえ、でもまだ小学生でしたし、それに」
咲が言葉を詰まらせる。少し俯き、目線はどこを向いているとも言えない。
「なんだかんだ、楽しかったなぁ」
「咲……」
なにを日和っていたんだろう、私は。時間があるなんて妄言だ。最初から、もっとシンプルに行くべきだった。
「あれ、お開きっすか。 一回みんなで宿に戻るんじゃ?」
「そのつもりだったんだけどね。他の学校もぼちぼち解散だろうし、お目当ての人がいるなら一回戻るより会場にいるであろう今のほうがいい。でしょ優希、和」
「それはそうですね」
「む! もう行っていいのか?」
「ええ、いいわよ」
「やた! 行くじょのどちゃん、善は急げだ!」
「ちょっ……! 優希!花田先輩は逃げませんから」
和の呼びかけ空しく、半ば引きずる形で優希が慌ただしく部屋を出ていった。
優希の横暴ぶりは見慣れていると言わんばかり、特に意に介することなく須賀くんが咲の方を向く。
「咲は今からどうするんだ?」
「うーん、私は特に用事ないし帰ろうかな」
「そっか、じゃあ一緒に」
「ごめん須賀くん。咲はちょっと用事があるの」
「あ、そうなんですか。大丈夫です。……何があるんだ咲?」
「えっと、何があるんですか部長?」
咲には特に何も言ってなかった。もちろん、用事なんてないんだしね。
適当にお茶を濁すのは簡単だけど避けたいのは、まこや須賀くんが「宿に戻る」という選択をすることだ。なんせお目当ての方向が一緒になってしまう。ならば、背に腹は変えられない。
「さっき、まこといるときに記者の西田さんに会ってね。なんでも咲にもうちょっと話を聞きたいらしいのよ」
「……そうじゃのう、皆用事があるんならわしはコネ作りにでも出るとするわ。来年のこともあるしのう。京太郎、あんたも来んさい」
「俺ですか、いります?」
「いるわ、こんないたいけな少女に単身他校に切り込め言うんか」
「いたいけ…少女?」
「ふんっ!」
「ぐえっ!!」
須賀くんの腹部を、まこが傘で的確に突く。加減はしていたんだろうけど生憎あたりどころが悪かったみたいだ。膝から崩れ落ちる。
「み、鳩尾……」
「あ! す、すまん京太郎。そういうつもりじゃ」
うわあ、痛そう。須賀くんが顔を床に突っ伏したまま小刻みに震える。
とはいえ折角まこが話を合わせてくれたんだ。須賀くんには悪いけど、構ってられない。今は数秒が惜しい。
「じゃあ、行くわね。須賀くんお大事に」
「えっと、頑張って京ちゃん! 一分ぐらいで痛みは引くだろうから『痛覚なんてただの電気信号、脳の錯覚だー』って思えばいいんだよ」
「なんだそりゃ……まあ善処する……。咲もファイトな」
なんとか声を絞りだす須賀くんと背中を摩るまこを横目に、場を離れる。
「それで部長。その、記者さんと会うのってどのくらいの時間なんですか?」
WhenとWhereより先にHowとは。 らしいと言えばらしいのかもしれない。
でも残念ながらその問いかけには答えれない。
「ゴメンね咲。実はさっきの、作り話なのよ」
「作り話? じゃあ、今からインタビューされるんじゃないんですか!?」
咲がぱぁっと明るい顔を浮かべる。そんなにマスコミが苦手なんだろうか。
「あれ。でもそれじゃあ今から何をするんですか?」
「ああそれは、あなたのお姉さんのところに突撃しようかなって」
「えっ」
咲が色を失ったような声を出す。いきなり天王山に向かおうと言われたんだ、当然なんでしょう。
「急で悪いとは思うわ。でもインハイ中での対話が適わなかった以上、こうするのが手っ取り早い。咲もお姉さんに会いたいでしょ?」
「私は……」
なにかを言いあぐねているようだけど、生憎今は急がなければ白糸台が帰ってしまう。言いづらそうにしているならば無理には訊かない。
「大丈夫、私もついててあげるから。たぶんまだ外の広間にいるわ」
「ぁ…。はい、すいません」
「ちょっと早足になるわね」
咲を背にするように前に出て、まばらにいる人の中を切り抜けて出口に向かう。
モデルのような長身に青がかった長髪、加えてその目付きの鋭さだ。あとは制服を黒にでも染め上げれば、彼女を知らない人はいわゆる不良と思いかねない。
白糸台部長弘世菫。もっとも、この会場で彼女を知らない人は片手で数えれる程度しかいないだろうけれど。
真っ正面から近づき、10mほどまで来たところで流石に向こうも気がついたらしい。目線が合う。
「ん? 清澄の……」
「や、弘世さん。 今ちょっといいかしら?」
清澄、という言葉に反応したんだろうか。そこら中から白糸台生の視線が集まる。あまり歓迎されている風ではなさそうだ。
弘世さんが周りをぐるりと見回すと、大方の視線は自然消滅していく。
「なんだかすまないな。皆悪気があるわけじゃないんだが、なにか用なら場所を変えようか?」
悪気がないというのは、誤りではないんだと思う。
集中した視線と同時に聞こえてきたワードの多くは「宮永」や「姉妹」というものだった。察するに、彼女達の興味を引いたのは咲のほうだろう。
「だ、そうだけど咲。どうする?」
「いえ私は、大丈夫です」
「そう。ならさっそく本題といこっか」
咲から切り出したいかもと思って少し間を空けるが、私の影に隠れたままなので言葉を続ける。
「宮永照に会いたいんだけど、今って外してる?」
「照に? ……ああ」
咲の方をちらりと見て、合点がいったというように弘世さんが低く唸る。
「アイツなら会場の中に行ってるよ。うちの一年坊が忘れ物をしてな、それについていった。時間的にはそろそろ戻ってくると思うんだが」
「待たせてもらってもいい?」
「そっちがいいなら構わない」
「ありがと。咲、こっち座りましょ」
「あ、はい」
五歩ほどのところにあったベンチによいしょと腰掛ける。
「さっき? あー会見前のね。あのくらい気にしないで。あの感じだとよく迷子になるんでしょ?」
「バレてたか。だからこそ気を付けてはいるんだが、本人が気にする様子がなくてなかなか上手く……」
prrrrr.
突如、無機質なメロディが響く。ポケットに入った携帯電話に触れるが、私のではなさそうだ。
咲の持っているスマホも、私のものなので音が違うのはわかる。
「っと、すまない私のだ。ちょっといいか」
「どうぞ、お構い無く」
学校指定の鞄なのだろうか。質素な紺色の手提げから、弘世さんがスマホを取り出す。
画面を見てしかめ面で、また迷子じゃないだろうな……と呟いている。おそらく電話の相手は、
「ちょうどいい。照からだ」
でしょうとも。
『き……………こと……る』
「聞きたいこと? 道順か」
『………な…』
「なんだ違うのか、それは良かった」
『…の……に…みれの………に?』
「私の?いや、お前のが先でいいよ」
『…………も……』
「いいのか? わかった。実はお前に客人が来ててな」
『……けい……』
「ん? そうだが、よくわかったな」
『…………らね』
「なんだ。じゃあお前の用もそれ絡みか」
『…ん……つた…………って』
「なに!?」
何を話しているんだろう。所々の音は聞こえてくるが、大方は雑踏によってかき消される。弘世さんの浮かべた驚きの表情が、次第に苦虫を噛み潰したようなものに変わっていく。
弘世さんがスマホを下げこちらに目を向ける。まだ通話は切っていないようだ。
「聞いてただろうけれど、照からの言伝てだ。只な…… うん。竹井さん、少し耳を貸してくれ」
手招きをする弘世さんのもとに拠り、顔を寄せる。咲はなんだかばつの悪そうな顔だ。
「照が、どういうわけか竹井さんと……その、宮永咲がここに来てるんじゃないかと言っててな。それで、来てると言ったら『会う気はない』と」
「……そう」
耳打ちにしたのは、弘世さんの優しさか発言者の意思通りか。どっちにしても指名が私ひとりな時点で、なんとなく内容は予想できていた。うん、落ち着け私。
「弘世さん。電話、貸してくれないかしら? 話がしたい」
そう囁くと一考した様子で口元に手を当て、弘世さんが答える。
「すまないが、それは出来ない」
「どうして?」
「たぶん今の照とじゃ話せる状態じゃない」
「そう。なら彼女をここに呼んでもらえる?」
「そんなこと、なおさら出来るわけないだろう」
平行線。お互いが黙りこくり、弘世さんのスマホの通話時間だけが変化していく。電波の向こう側にいる人物も、ただ静かに待っているようだ。
「あの、部長。私は建物のなかに行ってますね」
「急にどうしたの?」
「ちょっと……お腹が痛くて。トイレに行ってます」
咲が弱々しい笑顔を浮かべる。嘘は下手な子だと思ってたけど、なるほど表情と言葉に一貫性は持たせている。
それでも、タイミングが悪い。
「咲、違うのよ。耳打ちで話してるのは別にあなたの前でしづらいからとかじゃなくって」
「あの、もう行きますね。終わったら入り口付近にいますから」
取りつく島もない。私が言葉を言い終えるのを待たず咲がかけていく。
「ちょっと、咲!」
追いかける……いや、そんなことをしてどうするというんだ。
認めたくないけれど、咲がいない方が話しやすくなったのは事実。あの子のことを考えればこそ、ここは追わずに話を進めるべきなんだろう。
「……ごめんなさい弘世さん。いま私に電話を変わったとして、状況が状況だけに宮永さんが切りかねないわね」
「まあ、な」
言葉少なめに弘世さんが柔らかい笑顔を浮かべる。
「電話、まだ繋がってるわよね? 伝えてくれないかしら。 『咲はこの場を離れた。少し面と向かって話がしたい』って」
「わかった。言ってみよう」
弘世さんが、かくかくしかじかと説明を始める。
それにしても不甲斐ない。咲は姉がなんと言っているかが聞こえていたわけではないだろうけど、結果として咲の行動でやりようが出てきてしまった。あの子のための行動であの子に心労をかけては本末転倒だ。
話がついたんだろう。スマホを鞄に戻し、弘世さんがこちらに目を向ける。
「後輩の案内で、三分ほどで来られるそうだ」
「三分……、案内?」
「ん。いや流石に今来た道でそうそう迷わないと思う、いや思いたいんだが出来るだけ一人はつけるようにしてるんだ」
気にかかったのはそこじゃないんだけれど、まあいいや。たぶん訊いても仕方のないことだ。
「なるほど。白糸台部長はいろいろ大変なのね」
「ここで否定できないのが悲しいよ。ああ、でもさっき照のほうから先に電話してきてな」
「先に、というと」
「会見のあとすぐ自分から電話してきたんだよ。『迎えに来て』って、いつもは迷子になってから電話してくるからなぁ」
「へぇ」
弘世さんが嬉々として喋る。それで喜ぶって、保護者かなにかなのかしら……とはもちろん言えない。
そうだ。宮永照が戻る前にこれは聞いておこう。もしかしたら手助けが期待できるかもしれない。
「ねえ弘世さん、あなたは宮永姉妹のことどう思ってるの?」
「宮永姉妹のこと?」
「二人の仲違い、今の状態よ。あなたは宮永さんと三年近く一緒なんだもの流石に知らないってことはないでしょ」
むしろ、弘世さんのほうが詳しくてもおかしくない。私は仲違いの原因までは聞いていない。
咲が会いたがっていて姉が会わないということは、非があるのは咲のほうかもしれないとは思ってはいる。だが仮にそうでも弁明の機会くらいは設けられるべきだ。「妹がいない」はあまりに酷い。
「やっぱり、よかった」
「私としては、照と妹が会えば……いや違うか。妹に、照と会ってやってほしいとは思ってる」
うん? 今のは言い直すほどの違いだったんだろうか。無言でいることで続きを促す。
「なんだか含みがある言い方ね」
「実際あるからな。二年前、照と会って間もないころアイツに『麻雀は好きじゃない』って言われたんだ」
なんだろう、聞き覚えのある台詞だ。
「嫌いとかトラウマとか言うわりには、当時から驚異的に強かったよ。勝てないから嫌いになったとかじゃないんだとわかって、それならばチーム、仲間が出来れば次第に好きになるんじゃないかと思って部に誘った。
誰も自分の相手にならないというのが原因だとしたらどうしようかと思ったが、幸い高一のころの全国では照を打ち負かす相手がいてくれた」
徐々に、弘世さんの口調に圧が表れる。
「でも違った。アイツは二年のインハイを終えてもなお麻雀を心の底からは楽しめていない、打ってるだけだったよ。そこで気づいたんだ。問題はもっと根幹にあるんだって」
「……それで、『妹に、照に会ってほしい』なのね」
「ああ、そんなところだ。その頃には宮永家の家庭事情は知っていたからな、トラウマの元がそこにあるということもなんとなく察しはついた。
インハイ出場選手の中で、宮永咲の顔と名前を見たときは照を救ってくれるかもしれないと期待せずにはいられなかったよ。私には出来なかったことだ」
ふぅ、と弘世さんが少し長めに息をつく。言いたいことはだいたい吐き出せたみたいだ。こちらの思惑を明かすとしよう。
「それじゃあ私に、宮永姉妹の仲裁に協力してくれるって受け取っていい?」
「ん? そうか、これはそういう話だったのか。正直……迷ってる」
違うのか。今のは満場一致でそう聞こえる流れだと思ったんだけどな。
「どうして? 会わせたいとは思うんじゃないの」
「もちろん。でもそれは、あくまで照のペースを尊重した形でだ。荒療治のようなことは……はたしてやっていいのかどうか」
「ただ会って話すのが荒療治?」
「大会中に、妹と道ですれ違ったことがあったらしくな。たったそれだけでかなりの狼狽えようだったんだ。そんな状態ではなにが荒療治かなんて、わかるとしたら照だけだ」
「……そう」
「あなたの立ち位置はわかった。残念、だけど話せてよかったわ。そうも明け透けに想いを語られち是が非でもとは頼めない」
目を逸らされた。心なしか頬が染まっている。
「それじゃあこの件に関してあなたの行動原理は保留。宮永さんの決定があなたの決定って感じ?」
「まあ……そんなところだと思ってくれ」
「そ、わかったわ」
なら問題はない。宮永照サイドとはいえ、それなら実質は宮永照一人を相手取ればいいことになる。
ちょうど話が一段落ついたところで会場の自動ドアが開く。あるいは会場から彼女達が出てきたから話が一段落ついたのかもしれない。宮永照、それと白糸台の副将の亦野誠子だ。
ケータイの時計を見ると、さっきの電話を終えたときの数字から3分進んでいた。秒数は表示されないので正確にはわからないが、
「ありがとう亦野。だいたい時間通りだな」
「はい。なにか急ぎの用事だったんですか、」
亦野さんと目が合い、ぺこりとお辞儀をされる。
「って聞こうと思ったんですけど清澄の部長さんが来てたんですね。どういうご用件で、練習試合とかですか?」
「まあそんなところね」
「本当ですか! こんなにすぐ話がくるとは。いつやるんですか、明日とかですか? 」
「う、うん……そうかな、どうだろう」
おおう、意外と食いついてきた。亦野さんが二歩ほどぐいと踏み込んでくる。彼女も速度のあるタイプだし、もしかしたら和に対抗心があるのかもしれない。
そして困った、答えようがない。恐らく彼女はここにいないほうがいいのだが、しかしどちらも私の手にる。後ろの二人にヘルプを目で送ると、弘世さんが顎を軽く下げて上げた。
「亦野。話は私達でするから尭深と淡を連れて先戻ってていいぞ」
「え、でも虎姫全員で一回戻るんじゃ?」
「いいから、後で追い付く。そうだ宇野沢先輩も待ってくれてるだろう。今大会お前は芳しくなかったし、久々に稽古つけてもらうといい」
「うっ……わかりました」
不承不承といった様子の亦野さんだったが、その先輩とやらに電話をかけたとおもうと、打って変わって緩んだ笑顔を浮かべながらこの場を離れていった。
「話さないのか?」
弘世さんが発破をかけてくる。仕方ない、アイスブレイクがてら訊いてみよう。
「そういえば宮永さん、さっきの電話ってどこからかけてたの?」
「あのときは、二階と三階の間の踊り場にいた」
インハイの会場にある階段は三ヵ所。入り口の目の前にあるエスカレーターが併設されている大きな階段が一つと、会場中ほどと奥に一ヶ所ずつだ。しかしどこの踊り場にも窓は備えられていない。
「そうなんだ。私と咲が来てるのを知ってたみたいだから、てっきり近場にいるものだと思ってたわ」
「それは、たぶん来るだろうなと思ってたから」
来るのが読めてたとは、さては未来予知。 一度見た能力を使えてしまうラスボス的なあれなのか!
「それってどういう、」
「この話はもういいでしょ。腹の探り合いをしに来たんじゃない」
この話題はお気に召さなかったのかしら。そんなつもりはなかったんだけど、突っぱねられた。
「私はそちらの大将と会う気はない」
「……そう。でもあなたに会う気がなくても、こちらは会いに来れるのよ。今回は間が悪かったけどね」
「別にいい、会っても応対しない」
「二度でも三度でも、話せるまで行くわよ」
「同じこと」
「頑固ね。そんなに妹が苦手?」
「……」
言葉を詰まらせ、宮永照が弘世さんのほうをちらりと見る。意識的か否かはともかく、たぶんさっきの私と同じで助太刀を求める意図だろう。
「ならこうしましょう。お互いジリ貧は嫌でしょうし、賭けをしない?」
「賭け?」
「そう、昔よくやったって聞いたわよ。賭け麻雀」
「……」
「そんな恐い顔しないで。内容は至ってシンプル。半荘やって、私が勝ったらあなたは咲と会う。そっちが勝ったら私は咲と会わせようとするのはもうやめるわ」
「いいよ、やろう。聞いておくけど終わったあとに他の人になにか吹き込んで『私じゃなくその人がやったこと』とか言わないよね」
「言わない言わない」
随分と用心深い。読書家の性なんだろうか。
「細かい決め事は?」
「ルールは基本インハイと同じにしましょう。あ、でも赤ドラは無しね。清澄と白糸台から二人ずつの四人麻雀、最終的に一位だった人のいるほうの勝ち。場所は……弘世さん、白糸台の部室を借りれない?」
「ちょうど明日は練習オフだ。顧問に聞いてみよう」
「オッケー。じゃあそんな感じで、お近づきの印に晩御飯でも一緒にどう?」
「菫、帰ろう」
微塵の逡巡も見せずスルーされる。流石に洒落が過ぎたかな……。
足早に去る宮永照を、弘世さんが慌てて追う。時間は午前中でお願いね、とだけ最後に伝えてその場は閉廷となった。
「それで弘世、お願いって? 」
「はい。明日部室の雀卓を使わしていただけないでしょうか」
「部室を? 何時から」
「午前の10時くらいからお借りしたいと思っているんですが」
「うーん。使う予定はないからいいけど、何するんよ? 大会明けだし一日、練習は無しにしようって話だったわよね」
「それは……」
竹井に頼まれて首を縦に振ってしまったが、参った。監督に訊ねられ自分が抜けていたことに気付く。建前の上で練習試合ということにすればと思っていたけれど、そもそも練習が休みの日にそんな言い分普通は通らない。近場の雀荘は今から予約できるだろうか。
「実は、練習試合をしたいなと」
「練習試合? どこかと話が出てるってこと?」
「はい。清澄高校です」
「ふーん、いいんじゃない。明日10時ね」
「えっ」
ダメ元で言ってみたが、机に体を向けたまま軽く承諾されてしまった。この学校のセキュリティは大丈夫だろうか。
「こんな急な話を、いいんですか」
「うん。臨海女子とかだったら止めようかと思ったけど」
それは先鋒と副将のガラが悪いから、
「東京じゃない、遠くの学校とはあまり練習試合は出来ないからね。相手が優勝校なら力も申し分ないし、逃すのは惜しいわ」
「なるほど」
違ったらしい。
「今回は虎姫だけでやろうかと思っています。つい先日、うちの連覇を阻止した相手ですから、その、空気が……」
「そう? うちの子たちがそういうの気にするとは思わないけど。……まあそれでも向こうは形見が狭く感じちゃうかもしれないわね。わかった、みんなには内緒にしとく」
「ありがとうございます」
上半身を浅く傾けながら謝意を示す。実際は勝負の目的上、公衆の面前でやりたくないからだけれど、この際なんでもいい。
「そうなると練習試合というより交流試合みたいだな。あ、でもあんまり人目につかないように。一応学校には無許可だし、バレたら私が教頭に怒られちゃうから」
「わかりました。すみません、痛み入ります」
承諾は得られた。再度一礼をして職員室を離れ、それを伝えに部室に向かう。
部室の扉を開けると、タンッ、タンッ、と牌を置く音が軽快に響いていた。部屋の中央あたりで四人打ちが行われているようだ。
それを眺めていた照が、こちらに気付く。
「菫、お帰り」
「ああ、ただいま。明日だが」
っと、これはこの場で話していいのだろうか。竹井には2人対2人と言われたが、卓につかないものについての取り決めはしなかった。
もし参加しないことになっても淡あたりは絶対についてきたいと言う。一応伏せておこう。
「後で話そう」
「……だね。今はこの卓を見てたい」
照は対局中だから静かにしようという意味で捉えたのかもしれない。
目の前では、「稽古をつけてもらうといい」という言葉通り亦野が宇野沢先輩と卓を囲んでいる。宇野沢先輩は、謂わば亦野に鳴き麻雀を教えた人だ。この人の師事なくして亦野の虎姫入りはおそらくあり得なかった。
場を見ると南二局、終盤。点数は亦野が12400、尭深が15700、先輩が34800、淡はトップの37100、正確にはリーチ棒を除いて36100。
流石は宇野沢先輩というべきだろうか。初の勝負で淡の絶対安全圏相手に、点数だけ見たらここまで互角の立ち回りだ。
だが尭深の親番、この局の軍配は先輩には上がらなかったようだ。淡がにやりと笑みを浮かべ宣言する。
「ツモ!ダブリードラ4!3000・6000!やったー!!」
「うう……和了られた。大星さん、強いねやっぱり」
これで点数は亦野9400、尭深9700、先輩31800、淡49100。南二局を終えてこれなら淡がだいぶ優勢か。いや、待て。
「ダブリー……だと?」
「うん。凄いよね、宇野沢先輩」
ダブルリーチは絶対安全圏以上に強力な淡の奥の手。本気を出している証拠だ。
「何局目からだ?」
「東三局。先輩が親番で二連荘して、淡もスイッチが入った」
これを直接目にした者は淡の入部から3ヶ月以上経ってなお、10人に届くかどうかだろう。
その淡の本気を前にして、しかも一度は淡の親番を迎えていてなおこの点差とは。
「なるほど確かに、凄いな」
「もう! テルーもすみれセンパイも、今和了ったのは私だよ! OGびいき反対!!」
淡の抗議と共に、次局の牌山が上がってくる。南三局だ。
栞配牌:三六2578①④⑤⑦⑦⑧白
菫(配牌で五向聴。当然だが、先輩にも淡の絶対安全圏はちゃんと機能しているようだな)
栞(ハネ満を和了れれば一回で逆転だけど、この手じゃ難しいかな……。この親でなんとか8000点差以内にしてオーラスを迎えたい。安くても連荘狙いだよ)
ツモ:①
打:2
淡配牌:二二二八345②③④⑨西西
ツモ:六
淡(亦野センパイも菫センパイも……揃いも揃ってあのOG牛ちち女に目尻下げちゃって。 やっすい鳴き速攻を何度かやっただけじゃん。 ここハネ満和了って突き放す!!)
淡「淡ちゃん、怒りのジューシーリーチ!」
打:⑨
栞(ジューシー?)
尭深(ジェラシーかな……)
誠子配牌:八26789①⑤⑧西西白中
ツモ:⑦
誠子(チャンタ、上の三色、索子のイッツウ……。付け加えるならその辺っぽいけど、まずは手っ取り早く役牌鳴くところからだな。あんまり宇野沢先輩にカッコ悪いとこばかり見せてられない!)
打:⑤
尭深配牌:三五七九九126⑤⑨東南發
ツモ:一
尭深「……」
打:發
栞:六5678①①④⑤⑥⑦⑧白
ツモ:中
栞(無駄ヅモ……あ、でもドラだ)
打:六
菫(六萬切り? 白は一巡前に尭深の河に出ている。私なら生牌の六萬、中より白を優先して切るところだが)
誠子「それポンです」
淡(私の番)ムゥ…
誠子:八678⑦⑧西西白中中 / 六六六
誠子(先に六萬鳴いちゃったけど、西が全然でないな。誰か止めてるの使ってるのか。とりあえず白切り……いや待った。宇野沢先輩の生牌切り、これ仕掛けてきてるのかな)
亦野「……これで」
打:八
尭深:三四五七九九1236⑤東東
ツモ:四
尭深(二向聴、チートイツなら三向聴。下手に振り込みたくないしこの局は引き気味……)
打:三
栞:5678①①④⑤⑥⑦⑧白中
ツモ:②
栞(……うん、考え直してみたけどやっぱりそうみたい。大星さんのダブリーからのカンは局の後半、平均して十三か十四巡目ってところでその次の巡で和了ってくる。
それはインハイを観てても何となくわかってたけど、それが確信出来た)
打:5
菫(また、白を切らずに生牌切り。白が重なるのを待ってる……? でも白を切ったほうが待ちの広さは当然、ピンフイッツーの目もあるし鳴きの仕掛けも出来るよな)
栞(だったら丁寧に行こう、私。今避けるべきは下手に早いだけの鳴き……それをすると大星さんはカンの前に和了ってきちゃいそうだしね)
淡:二二二六八345②③④西西
ツモ:四
淡「……」
打:四
誠子ツモ:七
亦野(うわ裏目った、八萬切るんじゃなかったな……。でもまあ結果論か、悔やんでも仕方ない。それよりも今どうするかだ。淡は……四萬切り、早いリーチにスジ追いは良くないなんて言うけどそれは別に当たりやすいって意味じゃない。
スジはあくまでスジ、当たる確率が低いのは事実!)
打:七
淡(あ、七萬出た。どーしよっかなー………………いやいやダメでしょ! 次はオーラス。ここまでの局で尭深の第一打は發白發中①東中發、あともう一個……白? 西だっけ?
とにかく、尭深がおっきいの和了りに来るんだ! ここで一位を磐石にして、次の局はちゃっちゃと流せるようにするべき! それに、この局は……)
誠子(よし……通った)
尭深ツモ:3
尭深(合わせ打ち……)
打:七
栞:678①①②④⑤⑥⑦⑧白中
ツモ:中
打:①
菫(ここでも、白を切らないのか)
栞(うぅ……さっきから弘世さんの視線が刺さるよ。白切らないの変だと思われてるのかな。たぶん今からドラの中は出ないだろうし、もちろん白が重なってくれたら嬉しい……けど、これは保険のようなものだしね)
淡ツモ:③
淡「……」
打:③
誠子ツモ:白
誠子(西全然出る気配ない……たぶんこれ、宇野沢先輩に止められてるか淡に頭にされてるな。っていうか、そろそろ淡のアレだし)
打:西
栞(自風の西……)
尭深ツモ:2
尭深(二索二枚目、あと一巡目と四巡目に切られてるから……壁になる)
打:1
栞:678①②④⑤⑥⑦⑧白中中
ツモ:三
栞(これは、現物だよね)
打:三
淡ツモ:五
淡(……次の次だ)
打:五
誠子ツモ:⑧
誠子(あーあ、また淡を止めれなさそう。私この半荘いいとこなしだ……)
誠子「はぁ……」
打:西
尭深ツモ:⑨
尭深「……」
打:⑨
栞(三筒は二枚切れてるし、そろそろ仕掛けた方がいいかな)
栞「チー」
栞:678①②④⑤⑥白中中 / ⑦⑧⑨
淡(ん、鳴き……仕掛けてきた? でも、それたぶん遅いんだよねー)
栞(誠子ちゃん……なんかゲンナリしてる? 西の連打だし、一個目を切ったら二個目が来たとかかな。……いや、でも二個目の西も手出しだったよね)
菫「どうしたんですか先輩」
栞「あ、ううん。ちょっと考え事」
栞(西は誠子ちゃんの自風、それを……トイツで手出し? この局はオリ気味ってことかな。でもどうして? 私はまだ一副露、渋谷さんの河もそんなに危険そうには見えない、大星さんのカンもまだ時間があるはず。過去に大星さんがダブリーをした局でも……)
栞「………………あっ、角」
淡「……!」
栞(そっか!なんで気付かなかったんだろう! 大星さんのカンは局の終盤にランダムで来るんじゃない。牌山の最後にある角、そこに差しかかったときにくるんだ。そしてそれはこの局……)
淡(気づかれたっぽい? でも今さら関係ないけどね。だってこの局の角は)
淡・栞(一巡先、十巡目で来る!)
栞(まずい……まずいよ。あと四巡くらいは大丈夫だと思って行動しちゃってた )
打:白
誠子「ポン」
淡「あー! 亦野センパイ、また私のツモ番とばした!!」
誠子「お前はダブリーしてるんだからあんまり関係ないだろ」
淡「うん。まあそうなんだけどね!」テヘペロ
誠子「ったく……」
誠子打:⑧
栞(この角を大星さん以外のツモで消費するとか、難しいかな。効果あるのかわからないけど……)
尭深(空切りでもしてみようかな。いや、特に攪乱にもならなさそう……)
打:東
栞(生牌の東ツモ切り、オリなら……残り二、三枚も持ってるのかも)
栞:678①②④⑤⑥中中 / ⑦⑧⑨
ツモ:東
栞(わ、いらない……。これじゃもう大星さんに追い付けないなぁ……)
栞「……」
打:中
誠子「ポン」
淡「もー……」
誠子打:⑧
尭深ツモ:9
尭深「……」
打:東
栞(東の連打、やっぱりトイツだったんだ。でもこれじゃ、東で鳴いてもらえなくなっちゃった……)
栞:678①②④⑤⑥東中 / ⑦⑧⑨
ツモ:3
栞(三索、また無駄ヅモ。いや、鳴いてもらうには……まだ出てない牌かな)
打:3
尭深「……ポン」
尭深打:東
栞:678①②④⑤⑥東中 / ⑦⑧⑨
ツモ:四
栞(まだ出てない牌……まだ出てない牌は……これ!)
打:⑥
誠子「……」
尭深「……」
淡「……」
栞(無反応。ダメかぁ……)
淡:二二二六八345②③④西西
ツモ:二
淡「ふっふっふ! 何やら小細工しようとしてたみたいだけど結局のところ戦いを制すのは王道なんだよ」
菫「淡やかましい、とっとと進めろ」
淡「勝ったッ!南三局!カン!!」
淡:六八345②③④西西 / 二二二二
嶺上ツモ:⑦
打:⑦
淡「えっ」
誠子:678⑦ / 中中中 / 白白白 / 六六六
誠子「白中ドラ3、満貫な」
淡「えっ、えっ」
誠子:18400
尭深:9700
栞:31800
淡:40100
菫(なるほど……先輩が白を切らなかったのはそういうことか)
照「菫、宇野沢先輩のこと睨みすぎ。やりづらそうにしてたよ」
菫「……えっ!? ああ、すまん。いや、すいません先輩。そうでしたか」
栞「まあ……ちょっとね。あ、でもほんの少しだよ、対局には何にも問題ない程度だったよ。 それで……えっと、何か気になった?」
菫「はい。白がちょっと、でも亦野の和了でわかりました」
栞「そっか」
八678⑦⑧西西白中中 / 六六六
打:八
678⑦⑧西西白中中 / 六六六
ツモ:七 打:七
678⑦⑧西西白中中 / 六六六
ツモ:白 打:西
678⑦⑧西白白中中 / 六六六
ツモ:⑧ 打:西
678⑦⑧⑧中中 / 白白白 / 六六六
打:⑧
678⑦⑧/ 中中中 / 白白白 / 六六六
打:⑧
678⑦/ 中中中 / 白白白 / 六六六
ロン:⑦
菫(五巡目で宇野沢先輩が白を切らなかったのは引っ掛かったが、終わってみればあれは保険だったわけだ。淡のカンが来たときや亦野、尭深が張ったときへの安牌と……もうひとつ)
誠子「いや知らないよ」
誠子(よかった……一応安くない手で和了れたし、ちょっとは良いとこ見せれたかな)
菫(先輩は亦野を和了らせたんだ。自分が淡を止めれないと思ったとき、亦野へのアシストをするためだった)
菫(あのとき『白は一巡前に尭深の河に出ている。私なら生牌の六萬、中より白を優先して切るところだ……』などと考えていたが、白をすぐに切らなかったのは亦野がまだ白をトイツにしていないと考えたからか)
菫「先輩は淡の能力を知ってたんですか?」
栞「ダブルリーチとカン裏のことはね。でもカンのタイミングに気づいたのはついさっきだったよ」
菫「やっぱり。ちなみに亦野のは」
栞「それはもちろん。去年の虎姫の皆と打った回数に並ぶくらい一緒に打ってたもん。ね、誠子ちゃん」
誠子「は、はい……」
菫(亦野が三副露した後の和了率に託した、ってことか。そういう意味では亦野も面目躍如かもな)
尭深「あの、次始めていいですか?」
菫「ああ、邪魔して悪かった。続けてくれ」
淡「私の親! さっきの局はちょっと失敗しちゃったけど今度は容赦しないよ。私が一位なことに変わりはないんだし、のみ手でもなんでも和了っちゃうから!」
淡配牌:三四五七八九33788②③
ツモ:3
淡「リーチ!!」
打:7
八巡目
淡:三四五七八九33388②③
ツモ:白
打:白
尭深「ロン」
淡「」
尭深:①①①西西白白發發發 / 中中中
ロン:白
尭深「32000」
淡「うぁぁぁあアああアアアアア!!!!」
かくして白糸台の次世代を担う三人とOGとの交流試合は、宇野沢先輩から中を鳴いた尭深が新エースをあっさりとラスに叩き落とすという形で幕を降ろした。
最終スコア
誠子:18400
尭深:42700
栞:31800
淡:7100
「あはは、でもラストが大星さんの和了や渋谷さんのツモだったら私の負けだったしギリギリの勝負だよ?」
淡が座ったまま地団駄を踏む。宇野沢先輩が言っているのは淡がリーチをしなければ、の話だろう。後ろから見ていたかぎり、最後の局はダブリーじゃなくピンフ系に変化させるべきだった。
こいつには今一度、リスキーなトップ狙いより堅実な二位狙いってものを教え込まなければならないようだが……、その前にまず礼儀だ。
「こら淡。なんだパンケーキ先輩って、失礼だろ」
「えー。それでいいって言われたもん」
「はあ? お前は社交辞令ってものを」
「いいよ弘世さん。私パンケーキ好きだし」
「しかし、先輩……」
「私もパンケーキ好きです」
「照、言わなくていい。お前は食べるの専門だが先輩のは作るほうだ」
「まあまあ、いいじゃないですか。せっかく宇野沢先輩が来てくれてるんですし今日はお説教は無しで」
「亦野、お前は淡に甘いんだ。あとさっきのは棚ぼたでラスじゃなかっただけだからな。せっかく宇野沢先輩が来てくれてるんだ、次は先輩に後ろから見てもらいながら打つぞ」
「はい……」
「終わったので、お茶いれますね」
「尭深、お前は……頼む」
そう言って、尭深が部室の隅にある急須に向かう。まったく皆してマイペース過ぎるんだ。おかげでどうにも淡に何も言えずにいる。
「うん、続けてるよ」
「やっぱり大学の一部リーグに出てくるような人って高校より強いんですか?」
「うーん、どうだろう。みんなみたいな派手で強い打ち手は大学行かずプロにスカウトされていくことが多いからね。でも……その分、大学でも変わらず麻雀続けるような人ばかりになるし強いというより上手い人は多いかも」
「なるほど、じゃあ先輩もそこの色に染まっていると」
「い、いやそういう意味で言ったわけじゃないよ」
先輩が顔を隠すように両手をわたわたと振る。その横でなにやら神妙な面構えをしていた淡が、その表情を崩して口を開いた。
「ねえもう一回、もう一回やろ! パンケーキセンパイの打ち方もわかった今、私に負けはないよ!」
「えっと、どうしようか弘世さん」
「私が代わります。先輩は亦野の後ろにいてやってください」
「えー、つまんないの」
「また今度来るから。そのときね大星さん」
「尭深がお茶いれてくれたら再開しようか」
まだ暫くかかりそうな尭深を見て、そういえば……と亦野が切り出す。
「清澄との練習試合の件はどうなったんですか」
「えっ、清澄?」
急な話に、淡がきょとんとする。尭深も、こちらを向いてこそいないが手が止まっている。
「うん、明日かどこかで話がかかってるみたいで」
「ああ……そうだったな。その話もしなければならなかった」
遅かれ早かれ、この話をすることになるのはわかっていた。明日、照と卓につくもう一人には包み隠さず話すことになるからだ。が、残りのメンバーにも話すかは別問題、それは照のプライバシーだ。だからこそ今までなんと言うか思案していたが、亦野のほうから振られては仕方ない。
「照、お前から話しを頼む」
この件を、諸々どう話すかは、照に委ねよう。
「わかった、じゃあ私から。清澄との話は……」
岡目八目。囲碁を打っている当事者より、それを横から見ている者のほうが八目程先まで見通せるという例えから出来た故事らしい。
時刻は午後の五時を回ったあたり、私がこの公園にいる目的を簡単に説明するならそれが理由だろう。ベンチ以外だとブランコと滑り台、それと鉄棒くらいしかない質素な公園に、今は私と、先に訪れていたもう一人分の人影があるだけだ。
「ゴメンね、ゆみ。わざわざ外に呼び出しちゃって」
鶴賀学園三年、加治木ゆみ。新設麻雀部の参謀として長野県代表目前まで詰め寄った彼女に知恵を借りようと、私は近場の公園で待ち合わせを持ちかけたのだ。
「かまわないが、なんなら蒲原に頼んでこちらまで送ってもらうことも出来たぞ?」
「私をグロッキー状態にしてどうしようってのよ」
「それは……確かに、逆に時間がかかることになりそうだな。それで電話で言っていた頼みというのは?」
「うん。実は明日、」
宮永照と賭け麻雀をするから手伝ってほしいの、なんて言うわけにもいかない。
「最後に白糸台と練習試合をやろうってことになってね。向こうの三年も出てくるらしくて、その中にはチャンピオンも含まれるんだけど……せっかくの練習試合でしょ? 皆にとって意義のあるものにしたい」
「ふむ、つまり?」
「一度くらい、私が打ってなんとかチャンピオンを打ち負かしてあげられないかなーって。そのためにゆみにも力を貸してもらえないかしら」
「なるほど……打倒チャンピオンか。面白そうだ、わかった。一枚噛もう」
「代わりといっては何だが、その練習試合に鶴賀も参加させてもらえないか」
「え"っ」
「こんなことを久に言うのもなんだが……うちも来年は全国に出たい。だが練習相手には正直困ってるんだ」
「あー……。うん、わかるわよ。でもそんな急に」
「急、そうだな。でも練習試合の話そのものが急なんじゃないか」
「そうなんだけどね、話ついちゃってて急に鶴賀が出向いてあちらさんがなんて言うかわからないし」
「なら訊いてみてくれないか。清澄の部員は六人、対して白糸台が総出ではバランスが悪い。向こうの意義のある練習という面でも悪い話ではないと思う」
「いや、白糸台の普段の練習にうちが混ざるだけって感じだから。あんまり多いと逆にね」
「そうなのか……。うむ、じゃあ邪魔はしない。私だけでも見学させてもらえないだろうか。牌譜も欲しいしな」
「それは……」
「久?」
気兼ねしたのか、取り繕ったような笑顔をゆみが見せる。
「いやすまない、なにも無理にってわけではないんだ。来年は一応また敵になるわけだしな」
「うん、ごめんね」
「……なあ久。変なことを聞くかもしれないが」
「ん、なに?」
「この練習試合について、話は本当に今ので全部なのか?」
ドキリとして、片足が下がってしまう。まさか今のやり取りで偽りがあることを看破してきたというのか。
いや、ゆみが言ったのは『全部なのか』だ。練習試合というのは信じていてくれたんだろう。
が、気付くのが一瞬遅かったようだ。ゆみが浅く腕を組む。
「その反応、やはりなにかあるのか」
「鶴賀も練習にという話、私の中の竹井久像だとあんなに躊躇わない。もっと早い段階でイエスならイエス、ノーならノーをつきつけてくる。君はもっとあっけらかんとした性格だ」
「あら誉め言葉? 買い被りよ」
「良くも悪くも、だ」
「そう。それで、まさかその心証だけで?」
「いや、それより先に気になっていたのは力を貸してと頼まれたあたりだな」
「なにか……変なこと言ったっけ」
「『私が打ってチャンピオンを打ち負かす』だな。清澄の強さは久自身がよくわかっているだろう。なんであそこで『私が』とついたのかは少し気になった」
あれでか……。冷や汗が出る。ゆみに助言を求めるのに必要な前提条件として言ったんだけど、裏目った。
「あと、たしか清澄は明日の三時頃に新幹線の予約をしていたはずだ。それで練習試合というのもちょっと性急な気もしてたが……まあ決定打はさっきの久の反応だよ」
「なるほどねぇ。あれ初めから鎌かけだったとは、さすがゆみ」
「そのつもりはなかったよ。結果としてそうなったんだ、いや本当に」
「あはっ、言ってみただけよ。……でも、うん。ごめんなさい、お察しのとおり練習試合なんてないわ」
「今度は何を企ててるのか知らないが、作り話にしてはお粗末だな。久らしくもない」
「そうかもねー……ちょっと焦っちゃったかしら。でもゆみも、本当は私のしようとしてること知ってるでしょ」
みゃーあ……
後ろ側から、静寂を嫌うように猫の鳴き声がする。
ゆみの舌は回転を止めている。
答えは沈黙。というか、沈黙もある種の答えだろう。なんとなく私の目から、ゆみの態度は知らないというより知らないほうが都合がいいと言いたげに映った。
「それを私の口から語られて、久は問題ないのか」
「問題大アリよ。でも私が言わなくても同じみたいだし、それにゆみが事情をわかってたほうが話が早いのは確かだしね」
ゆみが、ひとつ深呼吸をする。
「……ふう。そうか、なら遠慮なく。そうは言っても、知ってるというより心当たりがある程度だから。違っても笑わないでほしいが……まず一日使うほどの練習試合はない。だが、宮永照との対局があるのは間違いないだろう。
白糸台ではなく宮永照と名指しにしたあたり、この対局の目的は練習などの、対局そのものが目的となるものではなく結果が影響するなにかだろう。この試合が大会ならともかく、草試合ということは」
長い。
「え、待って待ってゆみ。思考の過程全部話すつもり?」
「ん? そのほうがいいかと」
「それ、まだ長くなる?」
「どうだろう。自分でもあまり上手く述べられるかどうか」
「めんどうだから10秒でお願い」
「……。了解した。要は、これはおそらく久とチャンピオンの賭け麻雀で、その内容は私に作り話を持ってきてまで勝ちたいほど重要でかつ話せないもの。私が思い当たるのは一つ、宮永姉妹に関する何らかじゃないのかってことだ」
いつの日か温泉で咲と宮永照の話をしたとき、その場にはゆみもいたはずだ。言われてみれば察しはついてしまうのも頷けるかもしれない。
「うん、そんなとこね。何らかってのはチャンピオンに妹、咲に会って話してもらうこと」
先ほどまでの、目を合わせたら心まで読まれそうな推断ぶりは風解し、ゆみが不思議そうな顔を浮かべる。
「会って話す? それだけなら直接行けばいいんじゃないか」
「いやー、もちろん途中までは何回か試みたんだけどね。紆余曲折あってこうなっちゃったのよ」
「紆余曲折というと」
この件はもう本題とは無関係だ。わざわざ話すこともあるのだろうかと、考えて口が止まってしまう。
「別にまた隠し事とかじゃないわよ。ただゆみに会いに来た目的とは繋がらないからね、まあ話すけど」
聞きたいと言うなら隠すこともあるまい。宮永照と自販機前で会ってから、賭けの約束までの出来事をかいつまんで話す。
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「・・・って感じのことが日中にあってね。毎度どーうも間が悪くて、あげく最後は『会っても話さないから』なんて言われちゃってこうなったってわけ」
「なるほど、奇なこともあるものだな」
「でも終わったことだしね。今は関係なかったでしょ?」
「そのようだ。……うん、だいたい事情はわかった。話してもらったからには改めて、微力ながら協力しよう。さっそくだが、蒲原の家に行って宮永照の牌譜を」
みゃーあ。私のすぐ後ろからふたたび声がする。今度こそ聞き間違えようがなく猫の鳴き声だったが、後ろを見てもそれらしい生き物はいない。今の一瞬で走ってどこかへ消えたのだろうか。まあいいや、ゆみの話の続きを聞こう。
と、思って向きを戻すと肝要のゆみは、なぜか呆れたような目でこちらを見てくる。
「えっと、加治木さん?」
「はぁ……」
ため息までつかれてしまった。なんだがわからないけどショックだ。
少し声量を上げてゆみが問い掛けてくる。なぜ急に桃が必要かどうかを訊かれたんだろう。
「……出てこないなら明日から宿題見てやらないぞ」
「わぁぁああ、いるっす! ここっすよ!!」
突如として背後から大声がし、思わず跳び退く。
「うわっ! モモちゃんいたの。全然気付かなかった」
「ふ、ふふふ……癖になってるっすよ。音殺して動くの」
鶴賀学園の消える一年生、東横桃子。自称、じゃなく通称ステルス。どうやらゆみに気付かれにくいよう、私の後ろに隠れていたようだ。手には一匹の猫が特に抵抗する様子もなく抱えられている。
「モモ、なんでここにいる」
いつもは口から砂糖を吐き出したくなるような行動を披露している二人だが、珍しくゆみが厳しげな口調で当たり、モモちゃんが塩らしくなっている。
「散歩してたらこの猫ちゃんを見つけて……何となくついていってみたら先輩を見かけたっす」
「いつからいたんだ」
「先輩が『練習試合の話が妙じゃないか』的なこと言ったあたりっす。その、ちょっと話しかけづらい空気で……ズルズルと…」
「ほぼ最初からじゃないか。なんというか……久、本当にすまない」
「清澄の部長さん、立ち聞きなんて真似して申し訳ないっす……」
ゆみと、つられてモモちゃんもこちらに向け深々と頭を下げてくる。本来なら文句の一つでも言うところなのだろうけど、生憎私の頭の中は別のことに意識が向いていた。
「いいわ。終わったことだし、初めから悪気があって近付いたなら猫なんて連れてないでしょうしね。それより東横さん、一つ訊いていい?」
「えっ……なにっすか」
一難去ってまた一難。安堵する余裕もなく、この状況でいったい何を質問されるのかと、戦々恐々といった様で顔だけを上げる。ちょっとかわいい。
「今日の昼ごろ、インハイ会場でも私の後ろにいたりしなかった?」
「私とチャンピオンが一緒にいるところを見たとかは?」
「どっちも見てないっすね。チャンピオンは画面で観たくらいで」
「そっか。うーん」
ステルスモモなんて言うわりには竹を割ったような性格で、思ってることも意外と表に出やすい子だと思う。そして今の返答から曲がったものは感じなかった。けれどまあ、つい先ほど前科がついているので一応確認を取る。
「ゆみ、今日って東横さんと一緒にいた?」
「ああ。というか、今日は鶴賀は会場に行っていないよ」
「そうなの」
そうなると宮永照との別れ際に感じた気配、やっぱりあれは私の気のせいだったんだろうか。
「あの、部長さん。よく話が見えてないかもっすけど、今日のお昼ごろチャンピオンと会ってて後ろに変な気配を感じて、でも誰もいなかったからそれが私じゃないかってことっすよね?」
話が見えてないなんて前置きとは裏腹に確たるものがあると言う口調だった。特に訂正もないので首肯する。
「それって、照魔鏡ってやつじゃないっすか?」
-白糸台高校・麻雀部部室-
「私ね、竹井さんを鏡で観たんだ」
先ほど使用した雀卓の片付けをしていると、照がポツリと呟く。そろそろ日も欠けはじめたからと四人には帰路についてもらい、今は部室にいるのは照と私の二人だけだ。
「……そうか」
薄々、そんな気はしていた。迷子になる前に電話で迎えを頼んだり急に先輩を呼んだりというのは、普段の照ならとらない行動だ。
「どうにもタイミングが良すぎると思っていたが、じゃああの広間を離れて淡の付き添いに出たのも竹井達が来るのがわかってたからか」
「わかってた……というよりは可能性が大きかったって言ったほうが近い」
「お前から見て竹井は、いったいどう映ったんだ?」
照と初めて会った頃、照の私への呼称は『親切な人』だった。もっとも、この呼び方は鏡を使われる前からのものだ。おそらく私のことを氏名で呼びたくなかった照がつけたあだ名のようなものだろうし、自分の本質を言い表すとはあまり思えないが。
「性格の良い、いい性格してる人かな。ひねくれ者だと思う」
「なんだそりゃ、捻ったつもりか」
「別に。一言でいうならこれだと思うだけ」
「ふうん」
二言じゃないかとも思うが、端的にというニュアンスだったろうしわざわざツッコむこともあるまい。それよりも、照の話で一つ、細かく言えば二つの疑問が浮かぶ。
「なあ、その竹井との賭けだが、そもそもなんで受けたんだ?」
いきなり何を言い出すんだろうとでも言いたげに、照が首をかしげる。
「竹井は、受けなければ長野から何度でも来ると言っていたが、あんなのはブラフだろう。普通は高校生の財力で出来ることじゃない」
「あぁ、そうだね。実際には手詰まりだと思う」
そうだろうとも。私が言うのもいささか難があるかもしれないが。
「どういうことだ?」
「人間、切羽詰まると本来とらない行動をとることがあるからね。そうなると鏡で観たものからだけでは到底読めない」
「ガス抜き目的に向こうの賭けを受けた、ってことか」
「そう、納得行くかたちで敗けを認めさせれば大人しく引いてくれるだろうし」
「しかし、いやそれは向こうにルールを守る気があればだろう。照、お前は竹井のことを『いい性格』と言ったな。今回の勝負、本当に勝って意味はあるのか」
「約束を反故にされないかってことだよね? そこは大丈夫だと思う。いい性格って言ってもルールや相手の裏をかくのを好むタイプってだけで、開き直ってルールを破るようなことはしないはず」
「……なるほど」
照が見て言うのならそうなんだろう。
そんなこんなの会話をしながら部の備品一式を片付け終え、帰り支度を始める。帰路の連れに目を向けると同様に荷物を纏めるも、どう持って歩くか試行錯誤している様子だった。
「鞄持とうか?」
「じゃあ、お願い」
二人分の鞄を左手に持ち、反対の手で扉を開けて留める。
照には鞄の他にも持ち帰る物がある。高さ40㎝ほどで到底鞄には入らず、かといって片手で持ち帰るのも憚られる金ぴかの代物だ。照が部室から出たのを見計らい扉から手を離し、部室を後にする。
「ちょっとトイレ寄っていい?」
「ああ。一階のでも?」
「うん、大丈夫」
出口へ向かう階段とは逆方向に行けばトイレは近いけれど、下駄箱前にもあるので後にしてもらう。
「この勝負をやる意義はわかった。でも、それなら皆を先に帰したのは本当によかったのか?」
今現在宮永照が負ける心配のある高校生など片手で数えられる。そういう私の主観を、照に抱えられているトロフィーは後押ししてくれる。しかし、ネックなことに今やその一人が清澄にいるのだ。
「なにかマズかった?」
「結局、亦野にも尭深にも淡にも明日のこと話さなかったろ? 明日の対局、竹井の相方はおそらく片岡が出てくる。こちらが私でいささか不安が残ると思うんだよ」
「東場の、特にトンパツの片岡の速度は驚異だ。ここは淡の絶対安全圏で東一局を凌いでだな……」
「片岡さんが出てくるってのは私も同意。トンパツのことも。でも、片岡さんに淡をぶつけるのはリスキーかな」
思わぬ言葉が返ってくる。片岡の厄介なところはトンパツの好配牌。それを五向聴にしてしまうというのは至ってシンプルな対策法のはずだが。
「例えばオーラスの尭深が和了のを止めたいってときに、配牌五向聴だったら苦しいでしょ?」
「そりゃあ……な」
配牌で役満二向聴くらいの相手に五向聴なんて、目の前にちゃぶ台があればひっくり返したくなるところだ。
「たしかにこちら側、淡や尭深が好配牌で向こうが五向聴なんてなったときは相手に同情を覚えることもあるが、今回の相手にそんな情は必要ないだろ」
「違うよ菫。今尭深に例えたのは淡じゃなく片岡さん、五向聴は私」
「……?」
首を傾げる。
「だってそうでしょ。淡の絶対安全圏は私にも発揮される。でも、片岡さんはわからない」
照にも五向聴は発揮されて……片岡優希は尭深。ああ、そういうことか。
「東場の片岡の力が尭深に匹敵する可能性があるってわけか。もしそうなったらいよいよ手がつけられない、だからリスキーだと」
「うん。淡のダブリーも、片岡さんと違って終盤まではツモりにくいしね。『この試合に東二局は来ない』、片岡さんの口癖みたいだけど、それが現実になりかねない。それに東一局を乗り越えても淡の力はたぶんコンビ打ちには向かないよ」
最後のところだけは私も思っていたことだ。淡の力は特徴的すぎる。私みたいな普通の打ち手ならば淡に全面的にアシストすればまだいいが、照がそれをやるのは宝の持ち腐れだ。かといって照も淡も全力でやっては歯車は噛み合わない。その隙はまず間違いなく竹井に突かれてしまうだろう。
「あと」
「なんだ?」
「いいや、なんでもない」
「そう言われると逆に気になるってのが人情だと思うが」
「それもそっか。でもこれは……どうかな。ただの私の思い過ごしで、菫が正しいかもしれない」
私のほうが正しい? なんのことだろう。
今の会話を思い返してみても、特に照との間で食い違いは無いように思える。そもそも、殆ど照の言を聞いていて私は相槌を打っていただけの気さえしてしまう。ただ……これが照の言うことと同じなのかはわからないが、私も確かに何か引っ掛かってはいた。
「菫はさっき、竹」
「いややっぱり待ってくれ照。少し考える」
照は麻雀に関して優れたブレインだが、だからといって頼ってばかりではこちらが鈍る。聞こうと思えばすぐに聞けるんだ。急ぎでないなら少しくらい考えてみるのも一興だろう。
「……そう、じゃあ私が戻るまでね」
ぐるぐると頭を巡らせているうちに、気付けば下駄箱前だった。照がトイレに駆けていく。
「わかった。私は鍵返してくるよ」
それだけ言い残して、職員室に向かった。
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浅く一礼をして、用事の済んだ職員室の扉を閉めにかかる。
「おー、また明……いや今度な」
監督が慌てた様子で言葉を訂正する。清澄のことは秘密裏とはいえ、明日私はまた鍵を借りに来るのだから訂正することはないと思う。
「明日も私は来ますよ?」
「ん、そうか……そうだな。じゃあまた明日、気を付けて帰れよ」
「はい、失礼しました」
再度挨拶をして、扉を締め切り下駄箱へと戻る。
照の言っていたことはまだわからずにいた。それでも照との会話の中で、何か欠けているような、あるいは矛盾しているような、そんな違和感を感じていたのは確かだ。喉元までは来ているのに出てこない、モヤモヤする。
「はぁ、もういいか。大人しく戻って照に訊こう」
思考による脳への負荷はいいが、何でもやりすぎは毒というものだ。そもそも私の気になっていることが、本当に照の言わんとすることかどうかも定かではない。
「ひ、弘世さん待って!」
足早に進んでいると、後方から聞き覚えのある、少し叫びに近いような声でお呼びがかかる。振り返ると、ブラウンのショートヘアをなびかせた女性が、小走りで近づいてきていた。
「宇野沢先輩、まだ学校に残ってたんですね」
「そんなに急かなくてもいいですよ」
やけに息があがっている様子だ。言葉が途切れ途切れで分かりにくいので、少し間を取るように促す。
「うん…ハァ……。ふぅ、もう大丈夫。ありがとね」
「いえ。どうかしたんですかそんな息を荒らげて」
「あ、これ。弘世さんを見かけて追いかけたんだけど結構速くって……」
そんなに速かっただろうか。いや確かに早足気味だったかもしれないが、歩きは歩きだ。今の先輩のように軽く走れば直ぐにでも、
「久々に全力で走ったんだよね」
久々に全力で走ったらしい。それは盲点。あまり速い走りには見えなかったが、もしや胸元の不要な脂肪があるからなのだろうか。いつかどこかで耳にした、『貧乳はステータス』という言葉はきっとこういう面について表したものなのかもしれない。
「先輩、大変なんですね」
「うん。大学入るとなかなか運動する時間が無くてね、どんどん脂肪もついてきちゃうし。あはは……」
なんと、大学に入ってからさらに大きくなったというのかこの先輩。
「って、違うよ! そんな悩みを聞いてもらいに来たんじゃなかった」
そうだった、わざわざ走ってきたんだから何か理由があってのことだ。
的外れな自覚はある思考を振り払って、セルフツッコミに赤面している先輩に、なんでしょうかと傾聴の姿を示す。
「えっと、明日って麻雀部の誰かの誕生日だったりする?」
「誕生日? いえ、私の近くには特にはいないですね」
「じゃあ秘密のお菓子パーティがあるとか」
「ないですよ……。なんで急にそんな照みたいなことを?」
まさか、二年の歳月で照に毒されて宇野沢先輩までお菓子狂になってしまったというのか。そういえばついさっき太ったと言っていたな。
「さっき職員室でね……いや、あの、なんで私のおなかを見るの?」
「何でもないです。続けてください」
「聞いてたんですか」
「うん。それでもしかして宮永さん主催で、部のメンバーには内緒にしてサプライズとかかなー、と。全然違ったみたいだけどね」
「照のやつ最近糖分取りすぎですから、そうそうやれませんね。宇野沢先輩がいてくれた頃のほうが制御出来てましたよ」
「ふふっ、弘世さんも大変なんだね」
これは意趣返しなのだろうか。先輩がころころと笑顔を浮かべる。職員室でのことを聞かれていたのは不注意だったが、この人で助かった。部員や教師だと消化が少しばかり手間だ。
「あっ、でも甘いもの路線はハズレたけど宮永さんが言い出しっぺはそうなんじゃない?」
「……? ええ。どうしてですか」
「さっき部室で話してたとき、練習試合がどうとかって話したでしょ。 『明日直ぐにはなくて、保留になってる』って。 弘世さんがああいう事務的な話を宮永さんに振るのは珍しいなぁと思ったから」
どうだろう。部長だからといって高校の部活程度でそれほど事務仕事があるわけではない。なので珍しいと言われても……いやしかし、言われてみればあそこで照に振ることもなかったか。
「今の虎姫の子達にも秘密にしておいたほうがいいことなの?」
「しておいたほうがいい、というより照がそうしたいって感じですね」
「そうなんだ、宮永さんが。残念、それじゃあ私も聞けないね」
「私からはそうですね。でも先輩なら、照に」
「そこまではいいかな。代わりってわけではないんだけど、ひとつ聞かせて」
照に直接聞けばあるいは、と言おうとしたのだが先読みしたように被せて返事をされ、少しだけ面食らってしまう。
「えっと、なんでしょうか」
「それってちゃんと宮永さんが望んでやることだよね」
「はい。そうだと思います」
「ホントに?」
先輩から二の矢が継げられ、少し思考する。照が受け、その動機も聞いた。間違いなく照自らの行動のはずだ。
意図が読めず曖昧な聞き方になったが、これはよくない。聞き手によっては不満げに聞こえてしまう。案の定、先輩がしりごみしたような喋りになる。
「ごめんなさい、あんまり深入りしないほうがいいよね。やっぱり忘れて。ただちょっと……弘世さんって親切だから」
偶然なのだろうが、いつしかの照に言われた言葉が重なる。
「言い方がきつくなりました、すいません」
「ううん、気にしないで。弘世さんは声低いから印象変わっちゃうもんね」
「そう言ってもらえると気が楽です」
自分の声がどう聞こえているか自身ではわからないと言うが、私の声はきつく聞こえるということだろうか。地味にショッキングだ。
そんな私の想いとは裏腹に、柔和な笑顔を浮かべるが切り出す。
「そろそろ私、職員室に戻ろうかな。あんまり長くいるわけにもいかないし」
「そうですね。私も照を待たせてるので。さっきの問いはもういいんですか」
「うん。弘世さんが『何が言いたいんですか』って言うなら、たぶん大丈夫みたいだしね。それじゃあ、またね弘世さん」
「そうなんですか……? ならいいですが。 またいつでも来て下さい」
「ありがとう。宮永さんの催し、誠子ちゃん達にもいつか話せるといいね」
「はい」
それだけを言い残すようにして宇野沢先輩は、廊下の角を曲がり消えていった。
「再生するっすよ?」
「うん、お願い」
私がテレビ画面のほうを向いているのを確認して、モモちゃんが動画の一時停止を解除する。
ゆみのPCに色々とデータがあるということで鶴賀の拠点にお邪魔させてもらうことになった。
そのPCを待つ間、部屋で待たせてもらっているのだがこれが思っていたより現代的で、40インチのテレビに三人がけのソファ、その間に膝より少し高さくらいの長方形の白い机、横にもうひとつ二人がけのソファとなかなかの環境だ。
映っているのは今年のインハイ団体戦決勝、その開幕となる局がちょうど終わったところだった。
「チャンピオン以外の人の後ろを見ててください。来るっすよ」
「……」
「今っす!」
画面を凝視しながらモモちゃんが鋭く言う。
『今』、映ったようだ。モモちゃんの言うところの照魔鏡、タイミングを見計らうような発声から察するにそれが映るのはコンマ数秒のことなんだろう。
「やっぱりダメみたい、なーんにも見えないわ」
「そうっすかぁ……なんとなく、見える側の人なのかと思ってたっすけど」
「ゴメンね。せっかく映像まで用意してもらったのに」
「いえ。恐ろしく早い能力、私でなきゃ見逃しちゃうっす!」
早さの問題なのかしら。どちらかと言うと、ある種の霊感みたいなものの問題だと思う。
なぜかちょっと満足げな顔を浮かべつつ、モモちゃんが身振り手振りを加えつつ補足する。
「はい。結構大きくて、こう、禍々しい煙が出てるような円形の鏡っすね」
「わ、そんなに? 人ひとり分くらいあるのね」
煙のほうのジェスチャーは正直あまり伝わってこないけれど、そこまで把握する必要はない。大事なのは、宮永照が他家を観察するとき相手の背後に鏡が現れる、それを知れたことだ。これで今までの説明がつく。
宮永照と話していたときに感じた気配はこの鏡だった。
彼女の監察能力は私と同様に麻雀以外でも使用が出来るらしい。
咲を彼女に会わせる算段が、ことごとく不発に終わったのは私の内面が見られていたからだろう。
「この先も、一筋縄の策や行動は読まれるってわけか……」
あれだけ先読みされるなら、見られた内面はかなり深そうだ。
宮永照に賭けを申し出たのは、もちろん勝つ算段を用意していたからだ。が、それも少々心許ないのかもしれない。もっと読まれない策を用意するべきか。目の前の画面に、松実さんが映り、辻垣内さんが映り、優希が映る……ふむ。
一人で粛々と思案していると、いつの間にかドアの前に移動していたモモちゃんがのっぺりと告げる。
「先輩達が来たっすよー」
気づけなかった、足音でもしたんだろうか。こちら側から開けられたドアの向こうには確かにゆみともう一人、この家の主の孫にして使用を承諾してくれた人物、蒲原智美が立っていた。
「ワハハー、ナイスモモ。ちょうど両手がふさがってたんだ」
「あ、お茶持ってきてくれたんすね。ありがとうございます」
「すまない久、遅くなった。PCのバッテリー残量が少なくてな、充電のコードを探してたんだ」
「お気遣いなく、待ってる間にいい話も聞けたしね」
「ならよかった」
なんていう思考は、すぐに崩されることとなる。
「ワハハー、じゃあ始めるかー」
「えっ」
蒲原さんが始めるんかい。思わず心の中でツッコミをいれて、すぐにちょっとずれてるなと思い直す。この場合は蒲原さんも加わるのか、かな。
そして内心でつっこむ私に代わり、というわけではないけどリアクションが声に表に出てしまったモモちゃんが言うことを言う。
「蒲原先輩も参加っすか?」
「なんだか面白そうだからな」
「加治木先輩からなんの話をするかは……」
「私はなにも言ってない」
「なにも聞いてないぞー」
「……そうっすか」
再度、モモちゃんがドアノブに手をかける。
「どうぞ蒲原先輩、お引き取りくださいっす」
「えぇ、ダメかー? 減るもんじゃないだろ」
「ダメっす。秘密っす。蒲原先輩に話したら減るどころかむしろこの件を知ってる人が増えちゃいそうですし」
「ワハハー、ひどいなぁ。私そんなに口軽いイメージなのか」
コードを繋ぎ終えて、ソファに腰掛けたゆみがフォローを入れる。モモちゃんに向けてというよりはたぶん、普段蒲原さんと会わない私に先入観を与えないためだろう。とりわけ今回のことを決めるのは蒲原さんでもモモちゃんでもなく私になるということもあるんでしょう。
ゆみが言うなら間違いないと思う、けれど。
「うーん。でも、場所を借りておいてこう言うのもなんだけど蒲原さん、今回はちょっと外してもらえないかしら」
「……残念、ホントにダメなのか」
後輩に言われてもどこ吹く風という態度だった蒲原さんだが、今度はガックリと肩を落としてみせる。
「ごめんなさい、ちょっとデリケートな問題でね」
「なんてなー、ワハハ。言ってみただけだよ。ゆみちんを外に呼びだしたくらいだし、そうかもとは思ってたぞ」
そう言って、一人分のコップとお盆を持っていく。
「じゃあ私はお暇するので、後は若い人たちでごゆっくりとなー」
「悪いわね、そのうちなにかお礼するわ」
「そんなの気にしてないからいいよ」
「そちらがしなくても私が気になるもの」
「ワハハ、難儀な性格だなぁ。じゃあ東京の美味しいお店紹介とかでいいや。清澄のほうが数日早くこっちに来てる分知ってそうだし」
「そんなのでいいの?」
東京のお店ね。確かにいろいろ行ってはいる。初日は東京についてそのまま外食だったし、二日目は私はホテルで試合の対策してたけど優希が風越や龍門渕の人たちとメキシコ料理屋に行ったとか言ってたっけ。
それ以降もあんな店やこんな店に……ほら……。行ってないや、私はほとんどホテルにいてビュッフェか弁当食べてたんだ。
「まあ、戻ったらうちの部員に聞いてみてメールするわ。最悪あのホテル、龍門渕さんもいるから詳しく聞けそうだし」
「あんまり高いのは無しにしてもらえると助かるぞ、お互いの財布のためにもなー」
紹介というのは一緒に行くのも含まれていたみたいだ。それだけ言い残し蒲原さんが部屋を離れ、モモちゃんがゆみの座っている二人がけのソファにつく。
あのおおらかな性格は見習うところもあるのかもしれないが、はたして清澄が明日帰ることを把握しているのか気にかかるところではある。
「現状30から40分ほどは持つといったところだな。それだけあれば充分かもしれないが、その前に」
ゆみが椅子から身を前にのりだし、両の手を組んで言う。
「まずは久の考えを聞いておきたい」
「わたし?」
「それはそうだ。麻雀なんていう向こうの土俵で賭けを挑むくらいだからな、なにか策があってのことなんだろう?」
思わずすっとんきょうな声を出してしまったが別になにも策がないわけじゃなく、ただちょっと意表を突かれただけだ。考えというか、纏めるまでには至っていないおよそのアイディアなら三つある。
「そうね。じゃあ手始めにプランA、優希が私と卓に入る案から。宮永照が東一局で相手の打ち筋を見る能力なら、そのアトバンテージは同じ相手と戦えば戦うほど薄れていくことになる。その点、優希は一度戦ってるから最適なはず」
「あー、なるほどっすね」
一方から納得と感心の入り交じったような声が上がる。しかし他方、ゆみはそうはいかなかったらしく思案したさまで唸っている。
「明日、片岡さんの調子はどうなりそうなんだ?」
「優希の……どういうこと?」
「昨日までと同じくらいってことなのか、さっき観てた〝決勝と同じくらいなのか〟だよ」
ここ三日ほど、鶴賀と龍門渕の二校とは個人戦の調整がてら一緒に練習をしていた。ちなみに、個人戦の県代表がいる学校同士は練習試合を組めないため風越は呼べなかった。
どちらか片方は風越と練習するのはどうかと持ちかけはしたのだが、美穂子本人に『うちは人数も多いし必要ない、風越の皆の力で戦いたい』的な理由で断られてしまった。
その間、優希も遊んでいたわけではなく新たなやり口を会得したのだが……今、ゆみが言いたいのは『団体決勝での異様な強さは意図的に出せるのか』ということだろう。
麻雀という競技は運の要素が強いというのはよく言われるが、実力通りではない結果をもたらす要因はなにもそれだけではない。
例えば緊張や糖分不足、食いタンや責任払いの有無やローカルの不馴れなルール、細かいことを言うなら自分の意識がほんの少し打点の高さに向いた日に、他家三人の意識がたまたま速度に向いていたらその日の自分の和了率は下がる可能性が高いだろう。
打ち手がベストを尽くしているつもりでも、それらの要因は人の把握できないレベルで影響する。
そして人に把握できなくても、いや、人が干渉しないからこそマクロな視点で見たときそれらは調子という波となって表れる。
「決勝での優希は絶好調だっただけよ。明日都合よくそれが出せる見込みは薄いと思うわ」
「そうか」
「でも、これはゆみも承知のことだろうけど昨日までの特打ちで、優希はさらに強くなってるわよ」
「ああ、わかっているがそれはともかく……じゃあ久、君個人は? なにか対宮永照の打ち方とかあるのか」
「ぶっちゃけ無いわね!」
「いや、自信満々に言われてもな。それじゃあ駄目だろう……」
ゆみが充電コードを抜き、PCのスイッチを押す。スリープ状態だったらしく数秒で起動は済み、なにやらファイルを開きこちらに見せてくる。
「なにこれ?」
「こちらに来てる間、結構暇があったからな。ネットの海から名のある選手の牌譜を集めて整理していた。そしてこれが今年の宮永照の牌譜とデータを纏めたものだ」
その異常さは試合の映像を観ているだけでもわかっているつもりだったけれど、数字で見ると改めて思いしらされる。
[和了率84.56%]
[和了巡目平均6.13巡]
[振込率2.04%]
[和了飜平均3.88飜]
「和了率たっかいわね……」
「振込率も異様に低いし、死角無しって感じっすね」
「ああ。守りが上手いのもあるが、和了率も振込率も地盤になってるのはその和了の早さだよ。宮永照と打つなら高さは二の次で、土俵に立つために求められるのはまず早さ。無策で久が出たら十中八九焼き鳥になると思う」
公園では竹井久像がどうとか言っていたが、ゆみも大概歯に衣着せない。もっとも今はそのほうが助かるが。
「じゃあ優希のアシストに全力だすとか」
「そういう立ち回りなら染谷さんが出たほうがいいんじゃないか? まず上家にならないとあまり効果もなさそうだし、そもそも東場で決着をつけられなければ詰むだろう」
「酷評……。ぼやいても仕方ないけど、平均和了6.13が理不尽過ぎるのがいけなくない?」
「まあ、でも連続和了で手が高くなるに応じてちゃんと手は遅くなるよ」
つまり連続和了の出だしはもっと早いということになる。吉報なのか凶報なのかわかりやしない。
だが、次に続いたゆみの言葉はまごうことのなく利のある話だった。
「それにたぶん、宮永照もこのデータほどの力は出してこないさ」
私とモモちゃん、二人揃って頭の上に疑問符を浮べる。そういう反応が返ってくるのがわかっていたかのように言葉が続く。
「まず前提として、麻雀にオカルトは実在する。これはいいな」
「そりゃあ、ここに二人いるっすからね」
「うん。そしてオカルトってのは何も個人の能力だけじゃないんだよ」
ゆみがPCを多少いじり、再度画面をこちらに向ける。
辻垣内智葉、寺崎遊月、江口セーラ、清水谷竜華、愛宕洋榎、白水哩etc…、様々な選手の名前と折れ線グラフのようなものがが15人分ほど並んでいる。
「暇な人もいるものでな、愛宕や白水のような有名選手の分はこういうのがネットに転がっていた。グラフはY軸が聴牌巡目と和了巡目、X軸を回数としてカウントしたもの。人選は以前から大会で結果を残してきて、自分の打ち方というものが確立されてるプレイヤーだ」
「これって……。ゆみ、チョイスに作為は」
「ないよ。条件を満たしたプレイヤー全員だ」
「……凄いわね」
高校二年まではなだらかに上昇していた全員の平均聴牌速度や和了巡目が、示し合わせたかのように高校三年で1~3巡ほど跳ね上がっている。
「えっと、つまり今回の大会参加者全員じゃなく、三年生だけってことっすか。なんでそんなことが?」
「三年は最後の大会だからな。一番、熱意があったんじゃないか」
「精神論っすか……」
ゆみの返答にモモちゃんは不服そうな顔をする。いやしかし、精神論は馬鹿に出来ない。私には前々から心当たりがあった。
インハイ団体二回戦でプレッシャーに押し潰されたときの私や、長野決勝で南場にも関わらず持ち直した優希。靴下を脱いだときの咲なんかもこの類いかもしれない。清澄に限らなければもっと思い当たる。天江さんの支配を打ち破った池田さんなんかは最たる例だろう。
「今の話を信じるなら、宮永照の聴牌や和了も遅くなるってことよね?」
「ああ、データにしづらいだけでオカルト持ちも例外じゃないと思う」
「ふぅむ……。うん、決めた」
それなら真っ正面から早さで戦うのもありかもしれない。理想は早い打ち手、そして三年特有のブーストがかかっていない打ち手。
「和と優希が打つ、プランBの方向で行くわ」
「私もそれがいいと思う」
「えっ、それありっすか……」
「なにかまずそう?」
「いや、てっきり賭けの当人たちは出るの決まってるのかと思ってたので」
「あー。ま、いいんじゃない? その辺りはなんにも話してないから」
「……」
俗に言う、のかわからないがこれはジト目というものなんだろう。
モモちゃんから冷ややかな目が向けられる。
元々ゆみ一人への相談のつもりだったが、思わぬところから虚を突かれた。せっかくいてくれるのだ、ならではの質問をしてみよう。
「そうね。でもその前にちょっとモモちゃんに訊いていい?」
「私っすか?」
「うん。これは戦略にも関わってくることだからね」
「いいっすよ、ご期待に沿えるかはわかんないっすけど」
「それなら遠慮なく。白糸台の場合宮永照は出てくるとして、もう一人は誰だと思う?」
「もう一人っすか。厄介なのは、わたし的にはフィッシャーさんだけど……やっぱり大星さんだと思うっす」
「そっか、あともう一個」
「いいっすけど、私より加治木先輩に聞いたほうがよくないっすかね」
ちゃんと意図あってのことだけど、あんまり恣意的にならないようにと質問が遠回りすぎたかもしれない。なのでストレートに訊く。
「じゃあ次のはモモちゃんじゃないと答えれない質問。優希と大星さん、どっちのほうが麻雀してるときの圧みたいなのがある?」
「なんだか……いやわかるが、変な質問だな」
場所を選ばないと病院を紹介されそうな発言だが、こう言う他ない。
昨年インハイ得点王である天江さんの全力くらいになると、ゆみも吐き気を催すレベルらしいが、要するにそういうオーラのようなものの出力がどちらが上かという問い掛けだ。
「ほとんど同じくらいに感じるっすね。白糸台はテレビでしか見たことないので正確なことは言えないっすけど、決勝での二人を比べるとどちらも遜色ないか、東一局に絞ればタ……片岡さんのほうが上かもって程度っす」
「なるほど、大体わかったわ。ありがとう」
「こんなのでオッケーっすか?」
「うん、おかげで重要な予想がつけれるわ。白糸台のもう一人はたぶん弘世さんになる」
「あれ? えっと、本当に私の言葉活きてるっすかこれ?」
私じゃなくゆみに向けてモモちゃんがぶうたれる。
「落ち着けモモ。久の説明を聞いてからでも遅くない」
と言うのは理由の半分で、もう半分に宮永照の心理的な理由がある。『宮永咲と会いたくないので力を貸してください』なんて、少なくとも私が彼女だったら口が裂けても言えない。
もっとも後半の理由はあまり表立って言うのもいやらしいし、今は『もう一人』の認識を共有するところまで漕ぎ着ければそれで充分だ。
「なんか、狐に摘ままれてる気もするっすけど」
「大星淡と卓を囲んでいる宮永照がずっと配牌五向聴だったのは本当だよ。東京の個人予選で一度だけぶつかっていた」
「あ、そうだったっす。それは私も観たけど……うーん、でも大星さんじゃないとしても誰が出てくるかはわかんなくないっすかね? 白糸台って全員結構強いですし」
「渋谷さんと亦野さんに関しては宮永照との相性の問題ね」
「相性?」
「そう。さっき『個人的に厄介なのは亦野さん』って言ってたでしょ。あれってなんで?」
「それは、白糸台のフィッシャーさんって鳴き速攻でガンガン攻めてきて、ステルスがあんまり意味なさそうっすから……あっ」
声を漏らす、どうもわかったらしい。
「速攻仕掛けってところっすか。これがチャンピオンの連続和了と水と油だから」
「そうね。あと、渋谷さんの場合は能力の関係上親の連荘が多いほうがいいけど、そんな状況になるならそもそも宮永照が勝っちゃう勝負だろうし」
「実りがないってわけっすね」
言い得て妙だ。腑に落ちたというようにモモちゃんが、ほぅと息をつく。
「だいたい納得っす」
「よかった。ゆみは?」
「大星が来たときのことも考えておくべきだとは思うが……そうだな、私も本命は弘世菫だと思う」
よし、お墨付きももらえた。
「じゃあ相手は宮永照と弘世菫、これを基盤としてもうちょっと突き詰めた話に移ろうかしら」
優希と和の牌譜も合わせて見ながらの大局の展開予想、それに合わせた優希のおおまかな打ち方、白糸台側の取ってきそうな行動その他もろもろ。
蒲原家の都合もあるし長居は出来ないが、可能な限り進めよう。本題は、むしろここからだ。
翌日
-白糸台高校・麻雀部部室-
時刻は九時半。約束の時間には少し早いが、私も照も部室に来て対局の準備を済ましてしまった。照が無表情で黙りこくっている、この分だと気が張ってるんだろう。
一方、私は未だに昨日宇野沢先輩に言われたことが未だに引っ掛かっている。亦野たちにもいつか話せるといい、そう言った先輩はおそらく私が思っている以上に核心に迫っていたんだろう。
「なあ照。考え直してみたんだが、このことはやはり皆にも話したほうがよかったんじゃないか」
「……話したところで、どっちみち私は菫と打つつもりだったよ」
「それでもだよ、話せば別の案もあったかもしれないし、なにかしら事態の好転が見込めたかもしれない」
「もういいでしょ。決めちゃったことだし、今さら話しても仕方ない」
「それはそうだが……ならせめて、これが終わってからでも」
「菫、ケータイ振るえてるよ」
間の悪い、いったい誰だというのだ。画面を見ると11桁の数字が並んでいる。知らない奴、じゃないな。これは竹井か。そういえば昨日番号を交換して、まだ登録を済ましていなかった。
緑色のアイコンをスライドし応答する。
「はい、もしもし」
『あ、よかった出た。竹井です。弘世さんってもう学校にいる?』
「ああ」
『宮永さんも一緒?』
「ああ、いま横にいるよ」
照に用事なのかと少し身構える。今の照に電話を代わってと言うのは少々気乗りしない。
だが私の懸念とは無関係に、竹井が続ける。
『そっか、早いわね二人とも。それで、実は私たちも駅に着いたんだけど……出来れば迎えお願いできないかしら』
「迎え? なんでだ?」
「地図が無いって、今どき珍しいな」
『いつも使ってるスマホにはあるのよ? ただ、それは咲に持たせたままにしちゃってて』
「スマホを……?」
宮永咲に? 持たせるのははぐれたときの対策なんだろうけれど、本人の携帯電話は故障したのか、それとも持ってないのか。まぁ携帯電話を持っていない高校生がいてもおかしくはないか。
それより携帯電話を二つ所有している高校生のほうが稀少かもしれない。地図機能もないってことは、もしやアプリ用と通話用で使い分けでもしてるのか。だとしたら、珍しくはあるが意外と俗らしい。
多少空いた間を躊躇いと受け取ったのか、竹井さらに一言付け加える。
『あと弘世さんと話したいこともあるんだけど……離れれなさそう?』
「ん。大丈夫、ちょっと考え事してたたけだ。すぐ行く」
『ホントに? ありがと。ゴメンナサイね、わざわざ手間取らせちゃって』
「慣れてるからいいよ。じゃあ切るぞ」
通話終了のアイコンを押し、そのまま電話を鞄の中に滑らせる。
私が鞄を持つと、それを見計らって照が聞いてくる。
「出かけるの?」
「駅まで清澄をな。留守は任せるよ」
「うん、任された」
電話の前にしてた話もしたいが、待たせるのも悪い。照の言うとおり、今話しても事の後に話しても差はない。
「それとさっきの話だが……今は忘れよう。やっぱり決めるのは照だしな」
「……」
私から振っておいてどの口が言うのかと思ってるかもしれない。なんでもいい、今は早く駅に行こう。この勝負を早急に終わらして話はその後だ。
東京に来てから行ったところといえば、会場とホテル以外だとあとは新宿の町くらいだった。昨日門前仲町にも行ったが……正直、この白糸台駅周辺は門仲の比じゃないくらい質素な印象を受ける住宅街だ。
当たり前と言えばそうだけど、東京にもこういう場所はあるんだなと実感する。
まぁ長野と比べたら満場一致で都会なんだけどね。
「じゃあ和、優希。ゆみと私の案は今伝えたとおりよ。けれど打つのはあくまであなたたち。対局が始まったら各々の判断でやってくれればいいわ」
学生議会用の安物ケータイで弘世さんに電話をしてから10分ほど経つ。あとで本来の番号も交換しよう。
合流の後ではこちらの面子だけでの会話もしづらくなるので話すべきことは今のうちに話しておきたい。
「うぅ……私へのオーダー多くてややこしいじぇ」
「難しいんは宮永照の親番だけじゃ。優希はそこを特に意識しとればええ。いまいち部長の意図は読めんがのう」
まこが私の言ったことを整理しやすくしてくれた。優希には冗長な言い方をしてしまったかもしれないが、宮永照の東場の親番にやってほしいことを除けば東場と南場、それぞれにおけるざっくりとした指示だけになる。
「対局が始まったらきっとわかるわよ。それに、これはかなりの無茶ぶりだから出来ればやってくれたらいいな程度だしね」
「そうなのか? なら気が楽だじょ」
「私は、あれだけでいいんですか?」
「! うん、さっきので大丈夫だけど……珍しいわね。和がこういうこと聞き入れてくれるって」
和には多くは言っていない。この子の真価は確率に従順であることで発揮される。あまりに手心を加えるとかえって悪影響を生むんだ。
一つだけ頼んだことも、和なら『私はいつもどおり打つだけです』みたいなスタンスを見せるだけだと思っていた。
「そうでしょうか? 私としては勝つためのことならちゃんと聞いていると思うんですが……。部長に任せて悪くなったことなんて、今までないと思っていますし」
「あら。嬉しいことを言ってくれるじゃない」
思い返してみればぬいぐるみを持ってテレビに映ったり、厳しそうな家のわりには学生主体の合宿に参加したりと、オカルトが絡まなければたしかに結構任せてくれてるのかもしれない。そして今回も。
そうだ、ならばやはりこれは言っておかないといけない。
全国大会に優勝したことで、後輩たちも前よりついてきてくれるようになったのかもしれない。でも、そこにつけこんでちゃダメだ。
「こんな勝負に巻き込んでごめんなさい。本当に悪いと思ってる」
今回の勝負は伝統と誉れのある大会なんかじゃない。賭け事、それも苦肉の策として行うものだ。それなのに肝要の対局に私は出ない。
「だから……あの、なんだったら今からでも私が代わるからね」
「久? なにを言ってる」
ゆみが呆れたとも驚いたとも取れる言葉を漏らす。ホントに、私はなにを言ってるんだ。それをしたら作戦丸つぶれ、勝ち目なんてほぼない。
ほら、優希も和もキョトンとしている。まこに至っては苦笑いをしている有り様だ。
……いやこれ苦笑いじゃない、なんか普通に笑み浮かべてる?
「どういうことだじょ? のどちゃんと私での作戦かと思ったけど、部長のほうが実はいいってことか?」
「そうじゃないんだけど、えっとね……」
「部長?」
「あーやめといちゃれ優希。我らが部長はな、いま絶賛ナイーブ状態なんじゃ」
「は……!?」
「ナイーブって、どういうことですか?」
「おおかた、私の組んだ博打なのに後輩頼みだなんて、とかなんとか思い始めたんじゃろ」
「そうなんですか部長?」
「あー、どうなんでしょうね」
そんなことを聞かれて素直に『はいそうです』なんて答える人なんているんだろうか。いるなら是非とも会ってメンタリティについて一晩語らいたい。
「そうなんですね。なんというか、ちょっと誤想が過ぎています」
「おお、そうじゃ和。言うちゃれ言うちゃれ」
困ったものだ。返事を濁したら勝手に解釈された。もっとも、困るのは今回その勝手な解釈がたぶんあっていることなんだけど。
「咲ちゃんとお姉ちゃんに仲直りしてほしいからだじぇ」
「……です」
和の若干不満そうな顔に、まこが失笑している。ああ、そういうことか。
「だから、つまりはですね部長。さっきの謝罪はナンセンスです」
「……そうね、たしかにナイーブだったかも。さっきのは取り下げるわ、忘れてくれる?」
「わかればええんじゃ」
ずいぶん恥ずかしい勘違いをしていた。こんなことに言われて気付くとは自意識過剰も甚だしい。
「竹井」
遠くのほうから呼び声が聴こえて思わず叫びたくなる。穴があったら入りたい想いだったんだし無理もあるまい。
ナイスタイミング!弘世さんのご到着だ。
「来た来た弘世さん。ありがとねこんな暑い中に」
「ちょっと歩いただけなのにもう部室が恋しいよ。それにしても、やけに大所帯だな」
「昨日の夜、時間確認のとき話したでしょ? 鶴賀学園の」
「ああ、加治木さんだよな。長野決勝で観たからよく覚えてる。弘世菫だ、よろしく」
「ああ、加治木ゆみだ。こちらこそよろしくたのむ」
この二人が並ぶとまるで宝塚、背景に薔薇でも見えてきそうだ。制服なのが惜しまれる。
「加治木さんは、たしか牌譜が取りたいってことだったな」
「久に無理を言ってのことだったんだが……本当にいいんだろうか」
「白糸台のデータだけなら、その気になればどのみち清澄と共有出来てしまうからな。宮永家のことも今回のことも知ってしまっているというならば……構わない。ただしこの件に口は出さないことだ、それと牌譜のコピーくらいはうちも貰いたい」
「それはもちろん、心得ている」
「ならいい。それよりも、いいのか? デメリットなら清澄のほうが大きいだろう」
「鶴賀とはよく一緒に打ってるか らね。ここ数日も練習に付き合ってもらったし、今の手の内ならもう散々バレてるわ」
「来年の今頃はもっと強くなってるし問題ないじょ」
優希からのお墨付きだ。根拠のない自信だが、優希のこれが今はなんだか心強い。
「ならいい。じゃあ行こうか、照を一人で待たせている」
「そうね。じゃあ皆、弘世さんについてきましょう」
回れ右をし、弘世さんが先導して元来た道を歩き始める。
「あ、そうだった。ゆみのことじゃなくてね。関係あると言えばあるんだけど、」
今後の行動に関わる……かもしれないことだ。ちゃんと訊いておかなければ。
「東京にいる内に鶴賀と美味しいもの食べに行こうって話になっててね。弘世さん、どこかこの辺でオススメのスイーツ店ってない? ケーキバイキングとか」
「ケーキバイキングか……。それはちょっと思い付かないが、スイーツ店で良ければ、私の一押しはシェ アンディ ラボってところだな。フランス菓子店だが、この時期はかき氷なんかも扱っている」
「へぇー。じゃあそこに決めた!」
「軽いな……。私もそんなに詳しくないし、もう少し考えたほうがいいと思うぞ」
「いいのよ。郷に入れば郷に従えって言うでしょ。美味しくなかったら弘世さんの名前で誤魔化せるし」
「おい」
「冗談。弘世さん達も一緒にどう?」
「……考えとくよ」
「そう、よろしくね」
よし、訊ねたいことはだいたい済ました。
そろそろ対局に向けて心の準備をするとしよう。備えるべきは万全まで備えた。後はなるようになれだ!
-白糸台高校・麻雀部部室-
照「あ、早かったね菫。他の皆さんは、ようこそ?」
菫「駅まで往復しただけだしな」
和(なぜ疑問形なんでしょうか……)
久「どうも、昨日ぶりね。今日はよろしく」
照「うん」
久「約束は守ってもらうわよ」
照「言われなくてもわかってる」
菫(もう少し仲良く……というのは無理な話かもしれないが、せめて普通に出来ないものか)
菫「はぁ……。まだ朝だと思ったけど結構暑かった。冷たいお茶でもいれよう。どこか適当に卓についててくれ」
照「私も手伝うよ」
菫「ああ、頼む」
照「お菓子も出してこないとね」
菫「それはいらない」
照「……」
久「じゃあ、私たちはお言葉に甘えるとしましょうか。えっと、卓は……」
優希「あそこがいいじぇ! 廊下側の真ん中辺り、ちょうどクーラーの風があたるじょ」
久「そうね。じゃああの卓にしましょうか」
新品の卓はもちろん、今やクーラー増設、冷蔵庫、電子レンジ、給湯器となんでもありとなっている。
菫(他所からみたらこの部は大丈夫なのか、って心配する景観なのでは。私だってたまにそう思うし……いや、堂々としよう。そうだ、一番高いのはあくまで雀卓。半分くらいは麻雀に直接関係ある費用だ。だから問題ない、はず)
照「菫、ここに来るまでになにか話した?」
菫「ん? なにかって、そりゃあな。ずっとだんまりってこともないだろ」
照「なんの話?」
菫「普通に道案内とか、町並みの話とか……あと加治木さんのことくらいだな」
照「……そう」
菫(ケーキバイキングの話は伏せとこう。照のやつ絶対行きたがるし、いろいろ話がめんどくさくなりそうだしな)
菫「じゃあコップに氷入れといてくれ」
照「了解」
菫「お待たせした。卓につかない三人分は横の台に置いておくが、そういえばそちらは誰が打つんだ?」
久「こっち? 和と優希よ。改めて紹介は……いらないわよね」
菫「ああ、問題ない。原村さんも片岡さんも今日はよろしく、お手柔らかに頼むよ」
和「はい、お願いします」
優希「お願いします。でも加減は保証できないじぇ!」
久(普通に応対されてしまった……。モモちゃんみたいな反応するかなとも思ってたんだけど、いらない心配だったわね)
菫(結局、昨日照に指摘されたとおりになったか。トイレに行く前は『菫のほうが正しいかも』なんて言ってたが戻って聞いてみれば、なるほどその方が合理的だと思ったしな。だが……)
和「咲さんのお姉さんも、よろしくお願いします」
まこ(ぶっこむのう和)
久(私が言ったら皮肉臭くなっちゃうんでしょうね。和に限って他意無いだろうけど)
照「……よろしく」
久「じゃあ、そろそろ場決めでもしましょうか」
菫(照の話で感じた違和感は、未だ拭えた感覚がないな)
優希「東だじぇ」
菫「西だ」
和「私は南ですね」
照(……北)
まこ「あんたは手伝わんのか」
久「うーん、優希の後ろから観戦でもしようかな」
まこ「そうかい」
久(優希に準決勝から決勝にかけて馴染ませた『高さより早さ』という打ち方。それを優希は、この三日間の鶴賀と龍門渕との特打ちで完全にものにした。今の優希は局ごとに高さ重視と早さ重視を的確に切り替えられる。そして優希に出したオーダーは……)
優希配牌:七七八2579⑥⑦⑦⑦⑧⑨
優希(部長から言われたこと……『東場は原則高さ重視、終わらせれるなら終わらしてしまえ』だじょ)
優希「トンパツ。それすなわち私の土俵! つまり我最強だじぇ!!」
ツモ:①
打:5
和配牌:三八35689②④⑤西西北
ツモ:一
打:北
まこ(和は三向聴、優希も同じか。この局はチャンピオンは見に徹するし優希のもんになりそうじゃが……それにしても、また恐ろしい手になりそうな配牌じゃあ)
菫配牌:六六七九1266③⑤南白中
ツモ:白
打:南
菫(騒々しい一年ってのはどこにでもいるものなのか……。いやしかし、そう豪語するだけの力が片岡にはあるんだ。まずは確実にここを流す)
照配牌:334①②二三四四六八八東
ツモ:5
打:東
優希:七七八279①⑥⑦⑦⑦⑧⑨
ツモ:8
打:2
久(さすが優希、トンパツは早さも高さも段違い。満貫は堅いとして、上手くいけば倍満ね)
三巡目
優希:七七八789①⑥⑦⑦⑦⑧⑨
ツモ:①
優希(倍満……いや、前やったときと違ってドラも乗る。そんなもんじゃ済まさないじぇ)
打:七
和:一三八35689②④⑤西西
ツモ:一
打:②
菫:六六七九九1266③⑤白白
ツモ:9
打:9
照:二三四四六八八3345①②
ツモ:③
照「リーチ」
打:3
菫「……」
久「!?」
まこ(リーチじゃと!?)
和(三巡目ですか。早いですね)
ゆみ(どういうことだ。宮永照は最初の局での和了はないはず)
久(いやこれって)
久「優希、」
菫「対局中の口出しは流石にダメじゃないか竹井」
久「……そうね」
優希:七八789①①⑥⑦⑦⑦⑧⑨
ツモ:⑧
優希(聴牌。咲ちゃんのお姉さんのリーチ、東一局で和了った例はほとんど無いって部長の話と合わないじょ……。)
打:⑦
和:一一三八35689④⑤西西
ツモ:五
打:3
菫:六六七九九1266③⑤白白
ツモ:發
菫(対面の捨て牌は、5,2,七,⑦。もう張ってると思っていいだろうな。過去の片岡の牌の並べ方、視線移動、第一打……)
優希(いや、部長を言い訳にしてちゃダメだじぇ! 自分で考える……そうだ。のどちゃんは完璧なデジタル打ち、私とチャンピオンはついこの間対局した、白糸台同士なら日頃から一緒に打ってるから今さら打ち方は見る必要ない。
だから東一局から仕掛けてきた。そうだとしたら今やるべきは……)
打:六
優希「ロン! 5800だじょ」
優希(欲をかいて勝てる相手じゃない。まずはこの親番を渡さないことだじぇ!)
優希:七八789①①⑥⑦⑦⑧⑧⑨
菫「はい」
ゆみ(……軍配は白糸台に上がったか)
照(菫、よくあれだけでわかるなぁ)
久(優希の判断に落ち度はない。これは私の油断と伝達ミスが招いた結果ね)
優希:31800
和:25000
菫:19200
照:24000
まこ(チャンピオンが最初の局で張ることは過去にもあった。しかし、もし和了牌をツモっても和了らんかったはずじゃ。なんでリーチなんか……)
ゆみ(リーチはプレッシャーをかけるためのブラフなんだろうが、宮永照にばかり目がいっていたのは失敗だった。今の局で特筆すべきは弘世さんだ)
久(美穂子がやってることと似たようなものかしら……。捨て牌の順番やツモ切りか否かはもちろん、相手の牌の並べ方や視線の先、思考時間や僅かな呼吸の乱れ、そういういろんな要素から相手の手を読む)
照(相手の不要牌を狙い打つことからシャープシューターなんて呼ばれてる菫だけど、訓練すれば誰でも出来ることなんだよね。智葉さんや、千里山の清水谷さんなんかもやってる手法。ただ……相手を一人に絞った場合に、菫より制度が高い人を私は知らないけど)
久(優希の大物手を、たった二手で5800に……やってくれたわねホントに)
ゆみ(私も倣いたいところだな)
菫「……」
照(じゃあ、観よう)
菫(竹井、今なにか反応した? 照魔鏡に……なのか)
久(見えない……けど、今ははっきりとわかる。モモちゃんの言うとおりだった。背後に感じた悪寒、これはまさに昨日と同じものだわ)
ゆみ(照魔鏡、これで片岡さんのここ三日のことも筒抜けか)
照(……っ…)
『人間、切羽詰まると本来とらない行動をとることがあるからね。そうなると鏡で観たものからだけでは到底読めない』
『ただの私の思い過ごしで、菫が正しいかもしれない』
『殆ど照の言を聞いていて私は相槌を打っていただけの気さえしてしまう。ただ……私も確かに何か引っ掛かってはいた』
『それすなわち私の土俵! つまり我最強だじぇ!!』
菫(…………ああ、昨日から私が引っ掛かっていたのは……こういうことか)
菫「待った。その前に一つ話をいいかな」
久「かまわないけど、今?」
菫「ああ、今じゃないと意味無いからな。これは私が、いや互いにかもしれないが、対局に集中するためのものだ。なので、決して気を悪くしないでほしいんだが……」
照「菫、なにを」
菫「この対局に、満貫罰符を加えておきたい」
久「……!」
優希「まんがんばっぷ……ってなんだじょ?」
まこ「フリテンでのロンとか多牌とか、チョンボに対してのペナルティじゃな。チョンボをした人は満貫を和了したときの点を逆に払う。要は子なら2000,4000、親なら4000オール支払いってことになるのう」
菫「意図的じゃないミスに限るがな」
優希「はぁー、染谷先輩博識だじぇ」
照「なんでそんなルールを。いる?」
菫「なんで、うーん。そうだな、なんと言うか」
菫(照は竹井のことを『ルールは破らない』と言った。が、『切羽詰まると鏡で読めない』とも言ったんだ、だから賭けという道を竹井に残したと。でも、照はわかってないんだよ。宮永照と麻雀をする、その状況はもうかなり詰みに近い。
さらに言うと、おそらく竹井は照魔鏡で内面を見られたことに気付いてる。その状況、果たして本当に『切羽詰まっていない』と呼べるのか……)
菫「まあ、大会ルールでやると言っても公式大会みたいにカメラや審判もいないからな。その代わりみたいなのだ」
照「ふぅん」
まこ「ごもっともじゃ。只でさえそちらさんは二人じゃが、こっちは五人。もしわしらが通しとかやる気ならひとたまりもないじゃろうし」
まこ(雀荘でもたまに見た光景じゃからのう……)
ゆみ「そんな気は毛頭無いが、そうだな。対局に集中という面でならいいかもしれない」
菫「ありがとう」
菫「そうだな。例えば……片岡さん、聴牌して千点棒を出すとき何て言う?」
優希「? リーチだじょ」
菫「それは、『リーチ』と言うのか『リーチだじょ』と言うのかどっちだ?」
優希「それは……その時によるからわかんないじぇ」
菫「うん。それを『リーチ』に統一する、みたいなところだな。通しってのは『リーチ』『リーチする』『リーチ行くぜ』などの使い分けとか、事前に決めた符合で待ち牌などを伝えることだ」
優希「なるほど、ありがとうだじょ」
菫(礼を言うところじゃないと思うが……)
菫「どういたしまして。それでだ、満貫罰符に伴って対局中は『ロン』や『チー』などの必要な発言だけにして、余計な動きは近日中したいんだがどうだろう」
まこ「それはわしら観戦組もってことじゃな? もちろん構わんが」
ゆみ(こちらもその懸念はするべきだったんだろうか……。でもこれでその必要もなくなるんだ、断る理由もないな)
ゆみ「全部が一律満貫払いなのか?」
菫「軽度のミスなら本来は和了放棄とかなんだろうが、今回そこまでキッチリ決めることもないだろうしな」
ゆみ「なるほど。久、いいよな?」
久「……ん? あ、ああうん。もちろんよ」
菫「よし、決まりだな」
久(マズイわね……)
優希配牌:三七24678②③④⑧東東
ツモ:四
優希(索子の順子……目指すはあくまで高さ。でも、だからといって早さを捨てるわけじゃない。これなら迷う要素無しだじぇ)
打:⑧
和配牌:一二四六六八3356①④⑤
ツモ:②
打:一
菫配牌:五七八八12④⑥⑧⑨南西中
ツモ:5
菫(照の和了れない局は凌いだ。後の局……狙うべきは全て照でいいな)
打:南
照配牌:45①⑥⑥⑦⑦一二七白白發
ツモ:6
打:發
菫(第一打で手出しの發か)
優希:三四七24678②③④東東
ツモ:7
打:七
和:二四六六八3356①②④⑤
ツモ:4
打:①
菫:五七八八125④⑥⑧⑨西中
ツモ:北
菫(オタ風……)
打:北
照「……」
菫(照は鳴かない、と)
照:456①⑥⑥⑦⑦一二七白白
ツモ:三
打:①
優希:三四246778②③④東東
ツモ:東
まこ(暗刻でダブ東、しかももう一向聴とは……トンパツこそ謀られたとはいえ優希の勢いは健在。十二分にチャンピオンにも遅れをとらんはずじゃあ)
打:6
和:二四六六八33456②④⑤
ツモ:九
打:九
菫:五七八八125④⑥⑧⑨西中
ツモ:白
菫(白か。切るなら字牌だろうが……下手な打牌で片岡を勢いづかせるのは避けたい。照自身、結構素直なやつだ。
性格の表れなのか小細工の必要がないのか、一部の相手とやるとき以外は理牌は局中に済ましていることが多いし不用な字牌を切るときは東南西北白發中の順に切る癖がある。まだ序盤だし照の和了は一翻か多くて二翻。経験上、この段階の照だと役牌による和了の可能性は高い。
照が役牌を刻子にしている場合のことは私が考える必要はなく、第一打が發なので配牌での白は0枚か2枚、中は0~2枚。私が配牌で中を持っていたのであの時点だと白二枚のほうが高確率となる要因だが、まあ今は関係ないか。どっちにしても私が切るべきは……)
打:白
照「ポン」
照:456⑥⑥⑦⑦一二三七 / 白白白
打:七
優希:三四24778②③④東東東
ツモ:二
久(強引だけど流れるように三色……)
打:8
和:和:二四六六八33456②④⑤
ツモ:③
まこ(わしなら三索……かもしれんが、和はそんなことせんじゃろうな)
打:②
菫:五七八八125④⑥⑧⑨西中
ツモ:⑦
菫(六筒……いや、片岡も張ってそうだし無茶は止すか)
打:七
菫(それに、たぶんもう私が手を出す間でもない)
照「ツモ」
照:456⑥⑥⑦⑦一二三七 / 白白白
ツモ:⑦
照「400,600」
優希「ぐ……」
和「はい」
久(優希の親番が……)
優希:31200
和:24600
菫:18800
照:25400
四巡目
優希:三三五六六七七八246④⑦
ツモ:八
打:⑦
五巡目
和:二三46①③⑤⑤⑦東東南南
ツモ:②
打:南
菫:四八1556②③⑤⑧北北發
ツモ:中
打:發
照:23⑦⑧⑨⑨⑨七九九西西西
ツモ:⑥
打:七
優希:三三五六六七七八八246④
ツモ:3
打:五
和:二三46①②③⑤⑤⑦東東南
ツモ:7
打:4
照「ロン。1600」
まこ(きついのう、もう張っとったんか)
和「はい」
三巡目
照:122336四四七八九發發
ツモ:1
打:6
六巡目
優希:五六六六七七③④⑤⑥⑦⑦⑦
ツモ:五
まこ(早い! これなら……)
優希「リーチ!」
打:六
照「ロン」
まこ(また……!?)
照:112233四五七八九發發
照「2600」
優希:28600
和:23000
菫:18800
照:29600
ゆみ(六巡目テンパイ……十分早いのだが、それでも宮永照より三巡遅かった。久と決めたことだが、やはり片岡さんも早さ重視にするべきだったか)
久「優希……」
優希(悔しいけど、でもプレイングにミスはないじぇ。部長のプランを信じる……なにも部長を盲信して従うことじゃない。部長の話を聞いて、私もそれがいいと思えるからこそ部長を信じてるんだじょ)
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久「優希は今回、積極的に高い手狙っていってね」
優希「高い手……? チャンピオンとやるなら早さなんじゃ?」
久「早さで真っ向勝負しても南場に入ったら苦しくなっちゃうからね。だったら親倍直撃とか狙っていって東場で勝負を決めに行くことに賭けたほうが勝算はある」
優希「うぅー。あ、東風戦で誰かをトばすのと同じってことだな!」
久「そうね。いけそう?」
優希「お安いご用……って言いたいけど、半々くらいだじょ」
久「半々ね」
優希「……どっちかというと四割よりの」
久「チャンピオンと和のいる卓で」
優希「三割……」
久「…………」
優希「……正直、一割くらいだじょ」
優希「わかったじぇ……。でも部長、のどちゃんのアシストならやっぱりチャンピオンの連続和了を止めるためにも早アガリのほうがよくないのか?」
久「その場合はね。でも、連続和了を止めにかかるのは宮永照が親番になってからにすること」
優希「? 連続和了が始まってる状態で親番に入るほうが打点が高くなっちゃうじょ」
久「半分くらいゆみの受け売りなんだけど……あの連続和了、当然ながら手が安いときのほうが和了も早いの。それこそ連荘の二回目、なんなら三回目までは止めるのはかなり難しい。
だったら連続和了を止めてまた親番に和了られるよりはそのステップを子のうちに終えてもらったほうがいい……かもしれないってわけ」
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優希(部長の話をまとめると、東一局から三局は高さ、東四局は早さ重視にすること。南場はのどちゃんを和了らせる、自分の点をそっくりそのままのどちゃんに移すくらいの気でいくこと。あと、もういっこ……)
『宮永照の親番になったら、弘世さんを狙い撃ってほしいのよ』
照配牌:3466③⑤⑧⑧⑨三五七西
ツモ:⑦
照(ちょっと……意外かな。片岡さんの調子の波が大きいのは前に打ったときにわかってたこととはいえ竹井さんのことだから今日は最高の状態に仕上げてくる。そう思ってたんだけど)
打:西
優希配牌:六六七13479③⑤⑥南中
ツモ:2
打:中
和配牌:二四五六八九⑤⑦⑧⑨白白發
ツモ:5
打:發
菫配牌:一二2778②⑥⑦東東西北
ツモ:⑦
打:西
照:3466③⑤⑦⑧⑧⑨三五七
ツモ:5
打:⑨
ゆみ(タンヤオ三色だろうか……八筒を切れば一気通貫もあるが)
優希:六六七123479③⑤⑥南
ツモ:七
優希(あっという間に東四局。流石にこの手から三倍満で一発KOなんて芸当は出来ない……まだ南場の前だけど、のどちゃんを勝たせる方向に切り替えていくじょ)
打:南
和:二四五六八九5⑤⑦⑧⑨白白
ツモ:①
打:①
菫:一二2778②⑥⑦⑦東東北
ツモ:4
打:北
照:34566③⑤⑦⑧⑧三五七
ツモ:六
打:⑦
優希:六六七七123479③⑤⑥
ツモ:8
打:③
和:二四五六八九5⑤⑦⑧⑨白白
ツモ:⑥
打:二
菫:一二24778②⑥⑦⑦東東
ツモ:四
打:一
照:34566③⑤⑧⑧三五六七
ツモ:④
打:三
ゆみ(聴牌……相変わらず早いが、しかしタンヤオのみだ。さっき二翻40符だったから、恐らくまだ和了らないはず)
優希:六六七七1234789⑤⑥
ツモ:白
打:白
和「……」
まこ(一枚目の白じゃが……鳴かんのか)
和:四五六八九5⑤⑥⑦⑧⑨白白
ツモ:九
打:5
菫:二四24778②⑥⑦⑦東東
ツモ:中
菫(そろそろ、三人とも聴牌か、それに近いだろうし警戒くらいはする頃合いかな)
打:8
照:34566③④⑤⑧⑧五六七
ツモ:②
照(ドラ……)
打:⑤
優希:六六七七1234789⑤⑥
ツモ:5
優希(五索……こういうときホントは六索のほうが好きなんだけどな。さらばだじぇ一盃口)
打:七
和:四五六八九九⑤⑥⑦⑧⑨白白
ツモ:⑥
打:⑨
菫:二四2477②⑥⑦⑦東東中
ツモ:八
打:東
照:34566②③④⑧⑧五六七
ツモ:7
照(私も……こんな勝負を長々と続けたいわけじゃない。一思いに、終わらせに行こう)
照「リーチ」
打:6
優希(仕掛けてきた……大人しくしてる余裕はなさそうだじぇ)
優希「チー!」
優希:六六七123789⑤⑥ / 456
打:七
菫(……?)
ゆみ(片岡さんは三色か……いや一気通貫のほうがありそうだな)
久(よし、すぐ追い付いた。イッツー確定の四七筒!)
和:四五六八九九⑤⑥⑥⑦⑧白白
ツモ:1
打:1
まこ(ツモ切り……。親リー相手に、和にしちゃ珍しい気がするわ)
菫:二四八2477②⑥⑦⑦東中
ツモ:發
菫(照のリーチ、差し込みにいきたいところだが……ドラの位置がわからない。片岡の満貫もあり得るし、リスクを犯してまで無理をする局面ではないか)
打:中
照:34567②③④⑧⑧五六七
ツモ:白
打:白
和「ポン」
和:四五六八九九⑤⑥⑥⑦⑧ / 白白白
打:八
菫(役牌いち鳴き。やけに押してくる、原村がこれなら特に要警戒だな)
菫:二四八2477②⑥⑦⑦東發
ツモ:④
打:八
照「……ツモ」
菫(よし)
照:34567②③④⑧⑧五六七
まこ(三面張相手、同じ聴牌でもこれじゃ分が悪かったのう)
ツモ:4
照「4000オール」
優希:24600
和:19000
菫:14800
照:41600
ゆみ(五翻20符……か)
東四局一本場・親:宮永照・ドラ:④
照配牌:①③一二二四六七八白發發
ツモ:二
打:①
優希配牌:三八33457①③③⑥東南
ツモ:⑥
打:東
和:四九4578②③⑤⑤⑧南北
ツモ:七
打:北
菫配牌:七2226799①④⑤⑨北
ツモ:①
打:⑨
二巡目
照:③一二二二四六七八白發發
ツモ:九
打:③
菫(一巡目、二巡目で左端から一、三筒切り。照は大体索子が左端でその次が筒子だから、今回はたぶん索子無しか)
照:一二二二四五六七八九九發發
ツモ:二
打:九
ゆみ(ホンイツイッツー確定……ツモで跳満だな)
優希:三三四3349③③⑥⑥南南
ツモ:三
打:9
久(七対子一向聴、もしくは対々和三色同刻方向で満貫二向聴。お願い優希。この局はなんとか和了らないと、流石に……)
和:七九478①②③⑤⑤⑦⑧⑨
ツモ:南
打:南
優希「ポン」
優希:三三三四334③③⑥⑥ / 南南南
打:四
和:七九478①②③⑤⑤⑦⑧⑨
ツモ:一
打:4
菫:2226799①④⑤西北中
ツモ:西
打:①
ツモ:六
照(片岡さんの捨て配、七対子の気配もあったけど自風副露からの四萬切りってことは……)
照「カン」
照:一四五六六七八九發發 / 二二二二
嶺上ツモ:發
槓ドラ:七
照「リーチ」
打:九
ゆみ(イッツー捨てて一萬単騎、三萬を握られてると判断してか。加えて言うなら壁も手ずから晒す徹底ぶり私が卓にいたとして、一萬を止めるのは……)
優希:三三三334③③⑥⑥ / 南南南
ツモ:一
優希(トイトイ目指すなら一萬か四索かだけど、まずは一発避けで一萬切りだじぇ)
まこ(マズイ……それはようないわ優希)
優希「……」ピタッ
優希(いや、流石にそれは常識的過ぎる。相手はチャンピオン、しかも既に四連続和了で次は跳満だ。二萬の暗槓が見えてて、かつ跳満なら警戒すべきは染め手か三暗刻か。どっちにしても一萬切りはあり得ないじぇ)
打:3
菫(現物……回したか)
ツモ:八
まこ(よし、高め三色で11600……あっ)
打:一
照「ロン」
照:一四五六六七八發發發 / 二二二二
照「リーチ一発ホンイツ發ドラ1、18300」
和「……はい」
久「…っ……」
菫(これで照の五連続和了。いろいろ懸念はあったが、蓋を開ければこんなものか)
和(麻雀ですから、こういうこともありますけど……)
久(優希も和も、私とゆみの立案に則ってよく打ってくれたけど……相手が二枚ほど上手だった)
ゆみ(片岡さんに至っては『オーダー覚えれない』とか『意図が読めない』とか言ってた中で本当によく……ん?)
優希(のどちゃんが……! これなら私が振ったほうがマシだったじょ)
優希:24600
和:700
菫:14800
照:59900
照配牌:???北?????????
ツモ:?
照(おかしい……。手応えが無さすぎる)
打:北
優希配牌:三六12469③⑥⑦⑦西南
ツモ:3
優希(まだ終わったわけじゃない……けど、この局を和了ったところでこの点差で南場を迎えると思うと……)
打:南
和配牌:588①①③⑤⑥⑧發發中中
ツモ:4
打:⑧
菫配牌:二三五79④④⑦西白白發發
ツモ:七
菫(清澄陣営は意気消沈……無理もないか。照の捨て牌は左から四番目にあった北。まぁ一巡目だから位置の情報はあまり当てにないけど)
打:西
照:②????????????
ツモ:?
打:②
優希:三六123469③⑥⑦⑦西
ツモ:6
打:西
和:4588①①③⑤⑥發發中中
ツモ:2
打:2
菫:二三五七79④④⑦白白發發
ツモ:八
菫(さっきの局で照は跳満だからこの局は倍満。左端からの二筒切りということは索子は薄いか)
打:五
照:⑧????????????
ツモ:?
打:⑧
照(別に片岡さんと原村さんを侮るわけじゃない。向こうだって勝ちに来てるんだ、むしろもっと競ることになると思ってた。
麻雀でこちらのほうが強いとしても、それならそれで竹井さんの目的はあえてその土俵を選ぶことで悪待ちを発動させて、二人が本来以上の力を発揮させること。そういうのも想定してたけど……微塵もその気配を感じない)
優希:三六1234669③⑥⑦⑦
ツモ:②
打:9
和:4588①①③⑤⑥發發中中
ツモ:5
打:③
菫:二三七八79④④⑦白白發發
ツモ:7
ツモ:⑦
照:⑧????????????
ツモ:?
打:⑧
照(別に片岡さんと原村さんを侮るわけじゃない。向こうだって勝ちに来てるんだ、むしろもっと競ることになると思ってた。
麻雀でこちらのほうが強いとしても、それならそれで竹井さんの目的はあえてその土俵を選ぶことで悪待ちを発動させて、二人が本来以上の力を発揮させること。そういうのも想定してたけど……微塵もその気配を感じない)
優希:三六1234669③⑥⑦⑦
ツモ:②
打:9
和:4588①①③⑤⑥發發中中
ツモ:5
打:③
菫:二三七八79④④⑦白白發發
ツモ:7
打:⑦
照:??????五??????
ツモ:?
打:五
菫(ツモった牌を左から五番目にいれて手出しの五萬。近い牌が入って整ったのか……?)
優希:三六123466②③⑥⑦⑦
ツモ:⑦
打:六
和:45588①①⑤⑥發發中中
ツモ:南
打:4
菫:二三七八779④④白白發發
ツモ:①
打:①
照:⑧????????????
ツモ:?
照(悪待ちの気配がしない。つまりこの試合は清澄にとって分の悪い賭けじゃない、少なくとも竹井さんにとってはそうだったことになる。そしてそれは東場の片岡さん頼みによるものなかった。なにか他の策があったのかな……)
打:⑧
菫(また八筒……)
優希:三123466②③⑥⑦⑦⑦
ツモ:南
打:⑥
和:5588①①⑤⑥南發發中中
ツモ:東
打:⑥
菫:二三七八779④④白白發發
ツモ:8
打:7
照:⑨????????????
ツモ:?
照(……いいや、向こうの策がなんだろうと上から押し潰せばいい。もしなにか準備してきたなら悪いけど、この局で確実に終わりにさせてもらおう。私は、咲に会う気はない)
照「リーチ」
打:⑨
ゆみ(六巡目……っ!? 全然早さが落ちない)
菫(続けて九筒切りでリーチ。わざわざ曲げてくるってことは元はおそらく七翻の手で、左側からの八筒二枚切りも含めるとメインとなる役はホンイツかチンイツのどちらかが濃厚だが……)
優希:三123466②③⑦⑦⑦南
ツモ:6
優希(先制された……早さ特化と言っておきながらこれとか、立つ瀬がないじょ)
打:南
和:5588①①⑤東南發發中中
ツモ:1
打:南
菫:二三七八789④④白白發發
ツモ:3
菫(私の配牌に白と發があったことを考えるとホンイツで七翻というよりはチンイツのほうがありそうだな。ホンイツの場合はチャンタやトイトイが付くことになるが……いや、トイトイはない。
トイトイだとツモで四暗刻と一気に打点が上がりすぎるし、照の第一打は北で、南は三枚、西は二枚が私から見えてることからトイトイホンイツの場合はリーチをかけなくても倍満確定の手となる。
四巡目での五萬切りも鑑みるとチャンタのほうがあり得る。つまり、和了牌として濃厚なのはチンイツなら萬子、ホンイツなら萬子の一~三・七~九か字牌。重複している牌から切るべきだが、九萬がドラなので可能性が高いのは一~三のほうだ)
打:二
照「……」
照:?????????????
ツモ:⑤
打:⑤
優希:三1234666②③⑦⑦⑦
ツモ:④
優希(東場で終わられちゃ咲ちゃんに会わせる顔がない、せめて一矢報いてやるじょ。三萬切りで……)
『優希も私も、動機はあくまで』
『咲ちゃんとお姉ちゃんに仲直りしてほしいからだじぇ』
優希(……なんてな、違うに決まってる。こんな安い手を和了られたところで、向こうからしたら痛くも痒くもない。こんなのは逃げの思考以外の何でもないじぇ)
菫(手が止まった、張ったのか。意気消沈は誇張表現だったかもな……伊達にエース区間で揉まれていない)
優希(一矢報いる。思うのは簡単だけど現状、私じゃ無理だじぇ。だから……こうする)
優希「リーチ!」
打:1
久(……! 三面張捨てて単騎待ち!?)
優希(染谷先輩が言ってたじょ。白糸台の次鋒相手だと普通に手を進めても簡単に手を読まれるって。……一か八か部長の言ってた『狙い撃ち』、それをやるにはこれしかないじぇ!)
和:15588①①⑤東發發中中
ツモ:2
打:⑤
菫:三七八3789④④白白發發
ツモ:北
菫(二軒リーチ、安牌は……関係ないな。確率で言えばどのみち切るべきはこれだ)
打:三
優希「ロン! リーチ、一発。2600だじょ!」
優希:三234666②③④⑦⑦⑦
ロン:三
照「……」
菫「照は、」
菫(いや、待ちを聞くのはマナー違反か)
照:⑨⑨⑨一一一九九九白白中中
ゆみ(首の皮一枚繋がったな。ダマでも倍満確定の手だったが……リーチで三倍満確定の手。原村さんや弘世さんはもちろん、振れば片岡さんでも飛んでいた。まるで息の根を止めに来ているかのようだった)
照(竹井さんの、策。もしかして……)
優希:28800
和:700
菫:11600
照:58900
優希配牌:一七68①②⑤⑥⑥⑨東北白
ツモ:一
優希(こっから、私の役目はのどちゃんのアシスト。だったら……)
打:一
和配牌:五五八八九1259⑤⑦西白
ツモ:白
打:西
和(どうにも……よくないですね。普段ならともかく今回は運が悪かったでは済ませられません。賭けなんて滅多にやらないからでしょうか、まだ守りの意識が残ってる気がします。ある意味、部長の懸念どおりになってしまったのかもしれません)
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久『和は、二対二ってことや団体戦のイメージは一回忘れて個人戦のときみたいに打ってみて』
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菫配牌:一四九679①④⑤⑤⑨北發
ツモ:六
打:發
照配牌:335689③⑦二三四東南
ツモ:4
照(菫は……)
打:東
和(部長の謂わんとしていることは何となくわかります。慣れないルールに打ち方を合わせようとしても直ぐには出来ないものだからいつもどおり打て。団体戦では、私自身の結果で勝敗が決まらないことと、後ろに咲さんがいるからでしょうか……。
期待値が等しい二択を前にしたときにリスクの低い方に意識が流れてしまっている。なので個人戦を意識して前傾で打て。といったところでしょうか。焦っても仕方ありませんがいまいちど部長の指示を意識して、まずはリー棒分稼がないと)
優希:一五七1368①②⑤⑥⑨北
ツモ:4
打:3
和「ロン」
和:五五八八八12 / ⑤⑥⑦ / 白白白
ロン:3
優希:27800
和:1700
菫:11600
照:58900
優希(……! のどちゃんの頬が赤らんで来てる)
ゆみ(モモ達にも改めて言わなければ。原村さんがあの状態になったら要注意だ)
六巡目
和:一二三24589④④西西西
ツモ:3
和「リーチ」
打:2
菫(早いな、ようやく本領発揮か)
久(ネット麻雀最強の雀士のどっち……もしかしたら、最高のタイミングでのお出ましかも)
ツモ:⑨
菫(原村の二索切りリーチ。ならば)
打:4
久(四索か。キツいとこ突くわね)
照:6778③④四五六七北北
ツモ:五
照(四索は通ってる……)
打:7
和「ロン。7700です」
照「! ……はい」
照(筋で振り込み。菫、ずいぶんと危ないところを。やっぱりこれって……)
優希:27800
和:9400
菫:11600
照:51200
七巡目
和「ツモ」
和:三四四四五55②③④④⑤⑥
ツモ:5
和「1100オール」
菫(また原村……)
まこ(調子出てきたのう)
優希:26700
和:12700
菫:10500
照:50100
七巡目
和:一二三六七八345⑦⑦⑦⑧
和「ロン。メンピン、裏乗って6400です」
照「……はい」
優希:26700
和:19100
菫:10500
照:43700
ゆみ(これで原村さんの三連続和了)
菫(照が振り込んだ、しかも二回も……いやそっちじゃない。いくらなんでも異常だろ! 原村の調子がいいといっても、照が……あの照が四局連続で和了れてないだと)
まこ(なんじゃ急に和のやつ……事が上手く進みすぎとる)
久(和が早くなった、でもそれだけじゃない。いくら全力の和でも、宮永照に及ぶとは思えない。やっぱり遅くなってるんだ、向こうの手が。これは……)
ゆみ(これは……久なのか?)
照(もし『そう』でも……菫を責めるつもりはない。そんな資格もない。だって、菫は誰にでもお人好しで、賭かってるのは妹との話。当然……だよね、菫が清澄に肩入れするなんて)
あれは毒。仕込んだ後は、私の関与しないところで勝手に進行してくれる。人によって耐性に個人差があって、もしかしたら宮永照の体内でそれは一切効果を発揮しないかもしれなかった。
結果として宮永照のそれは私の想定とは異なるものだったけど、毒を抑えるには至らなかった。それだけのこと。
ゆみには話してない。とはいってもゆみとモモちゃんとの話の中でそれなりのお墨付きは貰えた、これは嬉しい誤算だった。モモちゃんは『精神論っすか……』なんて言っていたけれど、ゆみの考えは私寄りだったと思う。メンタルが崩れると、それは卓に表れる。
要するに、私が目指したのは『宮永照を、インハイ二回戦の私と同じ状態にすること』だ。
そのためには宮永照が最も信頼している人間を、こちら側に取り込むことだ。何も難しいことはないと思っていた。だって、今回の勝負に賭かってるのは「すれ違い中の姉妹に話をさせる」と「それを拒否する」だ。大義名分がどちらにあるかなんて考えるまでもない。
……なんて、その第一手として打った「姉妹を会わせる手助けを」って申し出を弘世さんに断られたときはちょっと考えを改めざるを得なかったけどね。
でも、大した問題じゃない。弘世さんにこちらについてもらうことが目的じゃないんだ。目的はあくまで宮永照に『菫は味方じゃない"かもしれない"』と思わせることだ。確信させる必要はない、そんなことをしたら開き直られるだけかもしれない。大切なのは惑わすこと。
白糸台の所に行った時に弘世さんしかいなかったのは今思えば好都合だった。宮永照からしたら、自分のいないところで私と弘世さんが話したことになる。それは後々、大きく関わると思ってた。
でもこれだけじゃ足りない。だから、思考の誘導を試みた。材料は二つだ。
もう一つは、宮永照お菓子狂い説……ってのは適切じゃないかな。どっちかというと須賀くんとまこの話。白糸台に須賀くんのクッキーを持っていき、断られたあれだ。あの話からしてたぶん、宮永照が糖分を取りすぎることは白糸台内部でストップされてる。
それがわかれば後は単純だ。弘世さんに電話越しに『弘世さんと話したいことがある』と意味深長に呼び出す。そしてケーキバイキングの話でも適当にする。
その二つの行為が意味を持ったかは……今となっては私の知るところではないけれど。
そして、この策が嵌まったってことは優希に頼んだことがたぶん功を奏したんだ。「弘世菫を狙い撃て」、かなり困難なことを言ったと思うけど優希は見事にやってくれた。
弘世さんの強さは宮永照も知るところのはず。その弘世さんが、大事な局面でこちらに振り込んでくれれば頭に過るのは『差し込み』だろう。
東一局を終えたあとに弘世さんが「満貫罰符」と言い出したときは、弘世さんがこちら側についてる気配が薄れてしまうかと思ったけど、幸い杞憂に終わったらしい。
久(もう厳しいかと思ってたけど……。今日の夜はタコスにしようかしら)
七巡目
和:四五六八八478①②③⑦⑧
ツモ:9
和「リーチ」
打:4
菫:四九23778②②④⑤⑧南
ツモ:2
打:南
照:發二三④⑤78發⑥⑦⑨8西
ツモ:一
打:西
優希:五八九1359①④⑥東北白
ツモ:一
優希(のどちゃん絶好調、この勝負まだまだイケるじぇ!)
打:5
和:四五六八八789①②③⑦⑧
ツモ:中
打:中
菫:四九223778②②④⑤⑧
ツモ:5
打:5
照:發一二三④⑤78發⑥⑦⑨8
ツモ:⑨
照(八索を切って……ダメ、さっき菫のそれで振り込んだんだ。組んでの筋引っ掛けかもしれないし、あんまり振り込んでもいられない。七八索は切れない)
打:發
菫(手の真ん中から發……照の手の並びが急に読みづらくなった。訳がわからない、何が起きてる)
優希:一五八九139①④⑥東北白
ツモ:9
優希(ドラの五索はハズレだったじょ。なら次はここ!)
打:3
和:四五六八八789①②③⑦⑧
ツモ:二
打:二
菫:四九223778②②④⑤⑧
ツモ: ⑥
菫(仕方ない。わかる範囲で、照の道をつくる!)
打:8
照:發一二三④⑤78⑥⑦⑨8⑨
ツモ:⑧
照(八索、通るんだ……)
打:發
優希:一五八九199①④⑥東北白
ツモ:東
優希(これでどうだじぇ!)
打:⑥
和「ロン。3800です」
優希:22900
和:22900
菫:10500
照:43700
久(私の仕込みも永遠には持たない。宮永照が吹っ切れたらそこまでだ……。その前に、頼むわよ二人とも)
南二局四本場・親:原村和・ドラ:9
和配牌:八11559⑥⑦⑧南西白白
ツモ:六
打:西
菫配牌:五六七78①④⑤⑧⑧中北北
ツモ:②
菫(配牌二向聴。照との連携がとれないなら……何も拘ることもない。照頼みはやめて、自力で原村を止めるまでだ)
打:中
照配牌:二三西四233五七79②⑥東
ツモ:一
照(ダメだ……から回り気味。さっきの局面も八索切り、普段ならそうしてた気がする……)
打:東
優希配牌:三四八九468①⑤⑨西發中
ツモ:③
打:中
優希:三四八468①③⑤⑧⑨白發
ツモ:④
優希(対面は初っぱなから中と白、加えて自風で場風の南もツモ切り。今までの局とはなんか違う感じだじょ)
打:白
和「ポン」
五巡目
和:六七八11556⑥⑦⑧ / 白白白
打:5
菫:五六七78①④⑤⑧⑨北北
ツモ:⑦
菫(よし! 辺七筒入ってこれで良形一向聴)
打:①
照配牌:②一二三233四五七79①
ツモ:六
打:2
優希:三四八468①③④⑤⑧⑨發
ツモ:3
打:6
和「ツモ」
菫「っ……」
和:六七八1156⑥⑦⑧ / 白白白
ツモ:7
和「900オールです」
菫(卓に照が二人いると錯覚しそうだ……。打点が低いのがまだマシか)
優希:22000
和:25600
菫:9600
照:42800
和(今までだって負けるつもりで麻雀を打ったことはありませんが、今日はなんだか……いつも以上に意識してしまいますね)
三巡目
和(咲さんのお姉さんにも事情はあるのかもしれませんが……負けられません。今日、咲さんに会ってもらいます)
和「リーチ!」
和:一二二三三234999⑤⑥⑦
打:9
菫「は……」
ゆみ(三巡目……止まらないな)
まこ(しかも高め満貫じゃ、鬼気迫るいうんか……こんな久しく見とらん)
照(このままじゃ………咲…)
久(まだ点差はあるけど、流石に焦り始めた? それとも……戦意喪失かしら。だったら好都合なんだけど)
照「………………」
菫「照……?」
優希:四七八12569③⑨東西北
ツモ:北
打:四
和「ロン」
和:一二二三三234999⑤⑥⑦
優希(残念……高め逃したじぇ)
優希「はい、8300」
和「7300です」
優希「……だじょ」
優希:14700
和:32900
菫:9600
照:42800
優希「そういえば部長。今の対局中喋ってたじょ。あのくらいならセーフなのか?」
久「あー」
菫「あ……いや、すまない。私から言い出したことなのに。今からでも満貫払いを、」
久「別にいいんじゃない? あのくらいのことでペナルティなんて。宮永さんの様子を心配して出ただけの言葉でしょうし」
菫「いいのか……片岡さんと原村さんも」
優希「よくわかんないからいいじょ」
和「私も構いません。ちゃんと麻雀をしたいです」
菫「……そうか、悪い。気を付けるよ」
和配牌:七八247⑤⑥⑦⑦⑧東東北
ツモ:9
打:北
菫配牌:四七九479①②⑧⑨西北北
ツモ:五
打:西
照配牌:一一一三四八八九239②⑥
ツモ:七
『照……?』
『別にいいんじゃない? あのくらいのことでペナルティなんて』
照(甘い……。そんなわけないんだ)
打:9
優希配牌:二三五五七26788三四八
ツモ:南
打:南
和:七八2479⑤⑥⑦⑦⑧東東
ツモ:4
打:2
菫:四五七九479①②⑧⑨北北
ツモ:5
打:②
照:一一一三四七八八九23②⑥
ツモ:三
照(……なんて、今は楽観は捨てよう。私が見た竹井久は、そんな人じゃない。対戦相手に情とか……勝ちとの天秤にかけてそちらに傾くなんて、そんなはずがない。取れる点は取ってくる)
打:八
優希:二三五五七26788③④⑧
ツモ:⑥
打:2
和:七八4479⑤⑥⑦⑦⑧東東
ツモ:③
打:③
菫:四五七九4579①⑧⑨北北
ツモ:7
打:①
照:一一一三三四七八九23②⑥
ツモ:⑨
照(じゃあどうして? ……いや、それより今は麻雀か。原村さんを止めないと。冷静になれ、菫のことは一回忘れて……)
打:⑨
優希:二三五五七6788③④⑥⑧
ツモ:中
打:③
和:七八44⑤⑥⑦ / ⑥⑦⑧ / 東東東
ツモ:中
打:中
菫:四五七八九4457⑧⑨北北
ツモ:⑤
打:北
照:一一一三三四五七八九23⑥
ツモ:二
打:⑥
優希:二三五五六七56788③④
ツモ:③
打:③
和:七八44⑤⑥⑦ / ⑥⑦⑧ / 東東東
ツモ:六
和「ツモ。1600オール」
優希:13100
和:37700
菫:8000
照:41200
照(もう……4000点差もない。片岡さんが満貫に差し込んだらそれで終わり、菫も8000点しかない……)
照(はっ……せん…?)
和「七本場、賽回しますね」
まこ(八連荘はルールに無いんじゃったか、惜しいのう)
照「ちょっと……待ってもらって、水飲んでいいかな」
和「水ですか? わかりました」
照「どうも」
菫「……って、どこ行くんだ照。冷蔵庫はそっちじゃないぞ」
照「いい、水道水で十分。ちょっと水も被りたいし」
菫「被るって、タオル持ってるのか」
照「ない。ハンカチなら」
菫「じゃあやめとけ。吸いきらないだろ」
照「わかった。……ん………………っぁ……」
照(……この壁、中空なのかな)
久(……?)
照「っぇいっ……!」ガンッ
「「「「「……!?」」」」」
照「……痛い」
菫「おまっ……そりゃそうだろ馬鹿!! コンクリートだぞ! でこ出せ」
照「血、出てる?」
菫「ち? ……っ、いや出てないが」
照「そう、無念」
菫「無念、じゃない。痣になったらどうする!何がしたいんだいったい」
照「出れば血の気も治まるかと思って」
菫「血の気を……なんで今? というか、いやそれは物の例えだろ。物理的に治める馬鹿があるか」
照「だね。卓に戻ろう、待たせてる」
菫「おい待て。血の気ってなんのことだ。だいたい元はお前が……」
久「……頭は、大丈夫なの? 棄権してもいいのよ」
照「お気遣いなく、まずかったら後で診察受けるから」
久「なに科で?」
照「外科」
久「そう。安心した」
照「菫。もひとついいかな」
菫「……? なんだ全く、もう始まるが」
照「ごめんなさい。私、菫のこと信じるよ」
菫「……ネジが飛んだか」
照「ほら、菫って結構ストレートに思ったこと言うもんね。隠し事が出来ないタイプ、してたら何となくわかるし。親切さが滲み出てるっていうのかな」
菫「気持ち悪いな……。意味がわからん、誉めてるのか罵ってるのか」
照「よかった。わからないならそれでいい」
菫「なんだそれ、言いたいことがあるなら最後まで言え。逆に気になるだろ」
照「遠慮しておく。他の人の前でこれ以上は、恥ずかしいし。……原村さん、続きやろっか」
和「はい」
菫(なんだ? まさかケーキバイキングの話を隠したのがバレたのか。いや照魔鏡にはそういう効果はないはず……)
久(…もう、時間切れっぽいかな)
和配牌:二三五八128③④⑤⑦⑨西
ツモ:8
打:西
菫配牌:一一27①⑤⑥⑦⑦南西白中
ツモ:三
打:白
照配牌:五六七579⑦⑧⑧⑨東南發
ツモ:南
照(本当に、馬鹿って言われても仕方ないな私は。変に勘繰って自滅して……。南二局での菫の危険な四索切りは、単に振り込んでもいいというつもりの一打というだけだった。あのときの点差なら菫が飛んでも私の勝ちだったから、菫は私の上家で道を開いてくれたんだ)
打:東
優希配牌:一二三六六八69③③⑨東發
ツモ:四
打:六
和:二三七八1288③④⑤⑦⑨
ツモ:⑥
打:⑨
菫:一一三247①⑤⑥⑦⑦南西
ツモ:3
打:西
照:五六七5789⑦⑧⑧⑨南南
ツモ:⑧
照(さっき、対局中に菫が私の名前を呼んだので霧が晴れた。負い目とか、逡巡とか……あの声色には何も混じってなかった。幾度となく聞いた、純粋に相手のことを気にかけるような、そんないつもの菫の声)
打:5
優希:一二三四六八69③⑨東發中
ツモ:北
打:東
和:二三七八1288③④⑤⑥⑦
ツモ:九
打:2
菫:一一三2347①⑤⑥⑦⑦南
ツモ:四
菫(ここで……どうだ)
打:南
照(なんてね……。臭い言い訳しても仕方ない。菫のアレがキッカケなのはホントだけど、声色一つとかそういう綺麗事で吹っ切れれるならきっと、まず菫を疑ったりしないよね)
照「ロン」
点棒の受け渡しを終えてすぐ、自動卓がカシャリと音を立てて四角形の山を作る。南三局、和の言うところの「ちゃんとした麻雀」は寧ろここからのことなんだと思う。
宮永照の奇行、発言、四巡目での和了。これだけのものを見て、まだ自分の思惑通りに事が運んでいると思えるほど私はポジティブじゃない。私の持つカードは使い切った。
点差は6900。ラス親はチャンピオン。勝つには残り二局、両方和了るくらいが求められる。四、五翻辺りの手でも逆転は可能だが、一度和了られるだけでその前提は崩れ去る。
南二局の六本場が終わったときが分水嶺だった。弘世さんが対局中にコンビ相手に話しかけたことを、私が容認したのはなにも善意からじゃない。
あのときの弘世さんの点数は9600点、もし満貫払いを行った場合、優希が16700、和が36900、宮永照44800、そして弘世さんは1600点となる。
和が安手で和了れなくなってしまうんだ。だから私はスルーを決め込むつもりだったが、悔やまれるのは優希がそのことに気付いてしまったことかしら。
優希が弘世さんのミスを指摘したこと、弘世さんが満貫払いを申し出たこと、これらは私たち清澄と弘世さんの結託なんて行われていないことを示唆し得る。
弘世さんの満貫払いを受け、和の麻雀を縛ってしまうか。申し出を突っぱねて、そこに違和感を覚えられるリスクを高めるか。私は後者を選び、あるいはどちらを選んでも同じだったのかもしれないが、状況を悪化させてしまった。
「ツモ。1000、2000」
三巡目だった。三翻30符の和了。役満の手を呼び寄せるとか、相手の和了牌を握りこんで和了るとか、それらを体現するような優れた打ち手は数々いる。一つの局における闘牌を見たとき、理想とする打ち方は十人十色でも理想とする結果はおそらく万人共通だと思う。
『自分が和了すること』、結局のところ目指すのはそこであり、それを体現する打ち手が彼女だから、彼女はチャンピオンと呼ばれるんだろう。宮永照の声が、私の頭の中でこだまする。
いっそのこと、白糸台生の前で大声で宮永姉妹の話をするのもよかったのか。もっと遡って、咲に傘を取りに行かせるとか、菓子で懐柔とか、そんなことせずに最初から突撃していれば上手くいったかもしれない。
なにを思おうと今となっては結果論か。今の三翻30符により最後の局で逆転するために和は跳満を目指すこととなり、向こうはどんな和了でも良いこととなる。全力の和は強い、たぶん私よりも。それでもこの状況では……。
ああ……ああ。ここで信じる度量が私にあればよかったんだけど、和に、そしてゆみに悪いな。
この後に及んで、まだこんな思い付きをするなんて。
「手洗いか。ならここを出て左、昇ってきた階段をさらに行ったところにあるよ。綺麗なほうが良ければ本校舎に行ったほうがいい、渡り廊下を進んですぐだからわかると思う」
弘世さんが即答する。言われてみれば、ここに来る途中に視界の端に捕えた気がしないでもない。
「そうなの。じゃあ折角だし本校舎にお邪魔しようかな。ゆみも行きましょ」
「私? いや、特にもよおしてるわけでもないし」
「まあまあ、いいでしょ。真夏に急にクーラー効いた部屋に入ったんだもの。すぐ来るわよ」
およそ乗り気ではないようなゆみの手を引く。多少強引かもしれないが、ゆみには私の思い付きを、単なる思い付きでなく策になるのかどうか聞いてもらいたいんだ。
「わ、わかったから。牌譜を……」
なにやら訴えているゆみと首をかしげる若干名を後目に部屋を離れる。なあに問題ない、仮に変に思われても、私の考えにあちらさんが及ぶことはまずないんだから。
本校舎のどのあたりにトイレはあるんだろうか、急いてしまって聞きそびれた。渡り廊下を歩いているときにそんな思考が浮かんできたが、幸いお目当ての赤い看板は校舎を移ってすぐのところだった。弘世さんの補足がなかった時点で、まぁそうかもとは思っていたけれど。
いざトイレに入るときに視線の端になにかもの足りなさを感じたけれど、ゆみに聞いてもピンと来ていない様子だったので私の気のせいかもしれない。
ピンク色の扉の中には、全体的に白い壁の両側に個室が四個ずつ。個室を隔てる薄い壁は扉とはまた別の、白と呼ぶか迷うくらいの淡い桃色をしていた。八枚の戸はすべてが内側に開いた状態になっている。
「よし!ここなら誰にも聞かれないわね」
念のため、トイレ最奥の窓まで寄る。察してゆみも私についてきてくれる。
「……何か用があるのか? 宮永さんや弘世さんは別に尾行してきたりしないと思うが」
「どうでしょうね。それに別に、聞かれて困る相手はあの二人だけじゃないかもしれないし」
「清澄の三人が?」
「あの子たちも一部といえばそうね。他にも白糸台の人とかいるかもしれないでしょ?」
「警備員とか教員とかってことか」
まだ得心いかないというように、ゆみが唸る。なんてことはない、大人に限らず他の白糸台の生徒とかに聞かれる可能性も避けたいというだけだ。
と、そうだ。思えばこの学校の敷地に入ってから他の人に会っていない。もしかしたら私たちは入校の許可が出ていなくて、係員に見つかったら追い出されてこの勝負は流れるんじゃないだろうか。……なんて、流石にそんなことはしないけど。そうしたところで無駄ってのもある。
あれだけ堂々と麻雀部の部屋を使っているんだし、鍵もたぶん職員室で借りているはずだ。許可を得ていないなら肝が据わりすぎているし、わざわざ無許可を得ないでいる道理もない。それに、勝負を流すなんて勿体ない。
「……そうだ。それより、用件だよ。あんなに強引に私を引っ張ってきたんだ。なにか話したいことがあるんだろう」
もちろん、勝算が浮かんだからここに来たんだ。
「ゴメン、痛くしちゃった? いや……ゆみには牌譜を持ったままでいてほしかったからね」
「牌譜? 今の勝負のか」
「そう。これで全部?」
「ああ全部、いや白糸台側のしかないから半分だな。即席の物だから字も雑だし」
「十分よ。ありがたく拝見させてもらうわ」
連荘が多かったからか結構な量だけれど、お目当ての紙は一枚だ。東四局の宮永照の牌譜を探して一枚一枚紙をめくる。立ったまま書かれてものだからかところどころミミズのような字はあるが、全体として見るとおおよそ画一的だ。やっぱり人数が少ない部だと書き慣れてしまうらしい。
②⑧⑧⑨⑨一一五九九白中北 ツモ:白 打:北
②⑧⑧⑨⑨一一五九九白白中 ツモ:⑨ 打:②
⑧⑧⑨⑨⑨一一五九九白白中 ツモ:中 打:⑧
⑧⑨⑨⑨一一五九九白白中中 ツモ;⑨ 打:五
⑧⑨⑨⑨⑨一一九九白白中中 ツモ;九 打:⑧
⑨⑨⑨⑨一一九九九白白中中 ツモ;一 打:⑨
⑨⑨⑨一一一九九九白白中中 ツモ;⑤ 打:⑤
これ……じゃないな。この牌譜は二本場のもの、見たいのは0本場だ。なにやら恐ろしいものを見た気がするが忘れよう。人は忘れることが出来るから平穏に生きられるというものだとか、どこで聞いたかは思い出せない。
3466③⑤⑦⑧⑧⑨三五七 ツモ:5 打:⑨
34566③⑤⑦⑧⑧三五七 ツモ:六 打:⑦
34566③⑤⑧⑧三五六七 ツモ:④ 打:三
34566③④⑤⑧⑧五六七 ツモ:② 打:⑤
34566②③④⑧⑧五六七 ツモ:7 打:6
34567②③④⑧⑧五六七 ツモ:白 打:白
34567②③④⑧⑧五六七 ツモ:4
あった、この牌譜だ。南三局を終えたときにふと感じた、東四局への違和感の正体。気のせいではなかった。
「ゆみ、これ見て」
「東四の……最初か。宮永照の五翻20符和了だな」
「そう。で、その前の局なんだけど」
「二翻40符。和了は同じく宮永照」
「えっ……なに、怖い。いちいち牌譜覚えてるの……」
「まさか。その辺りが印象に残っていただけだよ。『いつもは段階を踏んで打点を
上げる宮永照が、2600点の次に12000点を和了した』、そういう話だろう」
「あれ、気付いてたの」
私より先に気付いてたのかもしれない。私が見られない角度から見ていたんだから、ゆみなら当たり前といえば当たり前だ。でも私の話も当然、ここまでじゃない。
「なら話が早いわね。質問、宮永照はなんで今回そうしたと思う?」
「なんで、ってたまたま手がそうなった……のはあり得ないか。この局はタンヤオ、ピンフにドラの二筒も加わって三翻30符が確定している状態からさらにリーチとツモがついてる。故意に高くする意図が無ければリーチはしない」
「そうね」
……そういえば、不要なリーチといえば二本場のときもそうか。あれも倍満確定している状態から三倍満へと押し上げるリーチだった」
言われてみれば……。手元の、ゆみに返していないほうの牌譜を見る。確かにリーチで11翻確定、ツモで役満だ。二位で24700点持ちの優希でさえ振り込めば飛んでいた。心臓が縮こまりそうだが、今は推論の後押しだ。
数秒黙りこくった末思考がまとまったのか、手探りをするようにゆみが呟く。
「いつもよりリーチをかけるラインを下げているんだよな。それと宮永さん勝とうとしているというより……なるべく早急にこの勝負を終わらせようとしている?」
「うん。私もそう考えた」
「あとは……なんでそんなことをしているのか、か」
「さぁ? そこは気にしないでいいんじゃない」
本音を言うと何故かってのもまあ、想像くらいはつく。けれど今は関係ないことだ。どのみち『妹がいない』なんて言ってしまう人の気持ちなんて理解する気はない。
「それより、今はこっち。五巡目のとこ」
34566③④⑤⑧⑧五六七 ツモ:② 打:⑤
「ドラを引いたところだな」
「なにか思わない?」
「……いや、特には」
「ここで宮永照がリーチをかけたら最低でも三翻40符で7700点になる、二翻40符は超えるでしょ。宮永照は確かにいつもよりハイペースだったけど、だからといって闇雲にリーチをかけることはしてない。
リーチするラインの変更には、多かれ少なかれ理性が入ってる。自分の介入する余地を放棄する前に、リスクとリターンを天秤にかけた上で行われてるのよ」
「で、五巡目でかけられることのなかったリーチと六巡目でかけられたリーチを比べると、六巡目のほうは六索を切ったことで出和了は期待できなくなってるけど、代わりにツモの確率は上がってる。
五巡目のほうはシャボ待ちだからツモの確率は低い反面、スジ引っ掛けになってる。私は五巡目のほうが好きだけど、ここは好みや相性の問題だと思う。だから両者で明確に違うのは打点ね。ここの差でリーチをかけるか否かが決まった」
五巡目リーチは安くて7700、ツモで11700、さらに裏ドラ一枚で12000。六巡目リーチは安くて11600、ツモで12000、裏乗れば18000だ。
「この段階で和は字牌を切っていってる状態、聴牌は遠そうだし高い気配も特にない。優希は高さより早さを重視してるタイミング。
相手の手が安いとなれば、リーチをすることで振り込むリスクより打点を上げるリターンが上。だから宮永照はリーチをかけた。……って考えたんだけど、どうかしら?」
「話は、それで全部なのか?」
「ここまでで半分くらいね。本題はこれからだし」
ここまでのは私の思い付きのきっかけ、言うなれば前座のようなものだ。
「なるほど。まあ、求められてるなら一応指摘は入れてみよう。今の片岡さんは高さと早さの切り替えが効く。あのときの片岡さんに安手で良しと言ったのは私たちだ。片岡さんの手が安いという判断材料を、宮永照が持っているはずがない」
ゆみの言うとおりだ。さあ、ここから秘密の作戦会議といこう。
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「・・・・・・というのが、私の思い付き。ゆみの口から聞きたい。イケるかしら?」
ゆみの眉間にしわが寄る。ひょっとしたら今、私は睨まれてるのかもしれない。そんな妄想をしながら返事を待つ。
「出来るかどうかというだけなら、可能だろうな。だが久、そんなこと……本気なのか」
「モチのロンよ。ここまでしたんだもの」
「そうか。……そうだよな、大事な後輩のことだろうし。でも私が可能だと思うのは私にその判断が出来る部分だけだよ。この場で二人で話したところで判断できない要素もあるし、結局のところ君の思い付きが形になるかの最難関、それが超えられるかは君の手腕次第になる」
「そうね。ま、なんとかするわよ。じゃあそういうことで、用を済ましたら戻りましょうか」
ここに来た理由はさっき述べたとおりだけど時間ってのは流れるもので。まあなんだ、物の正しい使い方をすることにしよう。
「やけに長かったけど、なにかトラブルでもあったのか」
部屋に戻ってからのその第一声は弘世さんのものだった。なんだか妙に矢継ぎ早な口調という気がしないでもない。
「なにもなかったけど、どうかしたの?」
「そうか……。いや、ならいいんだ。早速続きをやろう」
「他校の生徒が無許可で校舎に入って、しかも本校舎をふらついてるのが急に気がかりになったんだって」
「おい、照」
弘世さんが異議申し立てをする素振りをみせるが、すぐに言葉に詰まる。意外だ、どうやら本当らしい。過失を暴露され目を泳がせる相手に、ゆみのほうから追撃がかかる。
「私たち以外にも誰か来てたのか。特に会うこともなかったが」
「加治木さんまでそんな……」
「ゆみって天然? 人工?」
「二人していきなり何を、どういう意味だ?」
どうやらジョークのつもりはないらしい。これで人工ならそれこそヅカに加治木ゆみの名前で応募してあげるところだ。
「本校舎にいる他校の生徒というのが、部長と加治木さんという話ですよ。それより麻雀を再開しませんか」
関心無さ気げに聞いていた和だが、どうやら痺れを切らしたらしい。ゆみはゆみで合点がいったようで、鶴の一声に対してなのか頷きながらもといた位置に戻っていった。
南四局。ラス親が現在トップなので、泣いても笑っても次の局で決着がつく。幸い、和の頬はまだ赤らんでいる。
優希の配牌は[一七九689④⑥⑦⑧南北中]、ひと面子揃っているし三色同順も視野に入れられる、まあ悪くないなという程度の手だ。もっとも今回優希は和了ってはいけないので、刻子さえなければどんな手でも大差はない。
肝心なのは和が和了できるかどうか、その最大の障壁はもちろん宮永照だが、私の位置からでは両者の手は見ることが叶わない。
「リーチ」
四巡目だ。宮永照が調子を取り戻したのは、こちらにとってやはり厳しい展開だった。そんなことを考えていた私は、彼女のぶれの無さを見習うべきなんだろう。和が二萬を切り、先制で仕掛ける。
おそらく宮永照ももう聴牌か、一向聴までは来ているはずだ。予断を許さない状況だが、同時にチャンスでもある。手が進んでいると、それを維持や進行させるために切られる牌が絞られ防御は難しくなる。
点差は11900、逆転のためには直撃でも四翻25符、6400点以上が必要な状況で、一発ロンを狙えるのは非常に大きい。
が、そういう甘い考えはすぐさま崩れ去る。
「チー」
弘世さんが一萬と三萬を場に晒す。これで一発は消えた。さらに危険牌の六萬切り。優希と弘世さんからの出和了の場合、和は六翻が必要となる。加えて、これが和の和了牌ならツモでしか和了できなくなってしまう。足元見てくる打ち回しだ。
続いて親の手出し三索、生牌だ。優希の番となり、引いてきたのは四索。迷わず生牌の南を切る。それでいい。字牌ならフリテンのリスクも低い、南はドラで役牌なのでこれが当たりならリーチも加えて五翻は確保できる。
「ポン」
再度弘世さん。和がロンと言わないならば安牌ということになる南を二枚消費して、和の番を飛ばしに来る。おそらく張っている宮永照とリーチをかけている和のめくり合い、そこにあるいは弘世さんも加わるかもしれない。
これで六巡目、宮永照の一筒ツモ切り、優希の東ツモ切り、和の北ツモ切り。弘世さんの手出しの五筒。勝負は、七巡目で決した。
「ツモ」
和が手元の牌を倒す。和了形は[一二三567⑥⑦⑧⑧⑧發發]、加えてツモの發。三翻30符。子から1000点、親から2000点。元の点差は11900だ、和がツモで逆転するには満貫、四翻40符が最低条件であり、これでは5900点届いていない。
「ふぅ……」
和が椅子にもたれかかり、ため息を漏らす。まだ終わりではない。裏ドラ、これが發か八筒となれば和の手は跳満、逆転だ。
「いえ忘れてるわけでは、ただちょっと気分的にですね……」
「気分が悪いのか? なら代わりに私が」
「それは駄目です。大丈夫、自分で見ますから」
多少は気が引けたのかもしれないが、すぐに持ち直す。麻雀を教わった環境からかマナーには厳しい和らしい。あるいは優希にのせられたのかも……いや、それは考えすぎね。
自身の目の前に並ぶ、ドラ表示牌のある山に和が手を伸ばす。表を向いている[西]の牌を、その下の牌と共に持ち上げ手元に寄せる。西の牌を下ろし、下の牌を、裏返す。
「七筒……」
めくられた牌を見て、和が呟く。求めていた裏ドラは八筒。提示されたのは[七筒]。表示牌が出はない。裏ドラが、だ。あと一つ、上の数字だったならば……。
「2000、3900です」
最終点数・片岡優希:10100、原村和:44600、弘世菫:600、宮永照:44700。この対局に私たち清澄は、敗北した。
この二人の考えていることは何となく察しはつくかもしれないが。弘世さんは殆ど首を動かさず周りを見渡している。おそらく他から見た私も似たようなものだと思う。わかるのはそれだけだ。
「……ありがとうございました」
和が沈黙を破る。それに弘世さんが続き、順々にハモる形で対局を終える挨拶を交わしていく。
卓を離れ、牌譜をまとめていた二人と白糸台の二人が牌譜についての話を始める。その集いから少し離れて、手荷物を抱えながら和が言う。
「すみません部長。力及ばず」
「ゴメンナサイだじょ」
「やめやめ、そういうの無しよ二人とも。相手は最強の高校生だし、優希も和もこれ以上無いってくらい私の言ったことに忠実に打ってくれたじゃない。それで負けたのに謝られたらむしろ私が恥ずかしいわ」
「そんなこと言ったって、打ったのは私たちだじょ。それに咲ちゃんのことも……」
「咲のことは気にしないで……ってのもまあ、無理な話か。わかった、じゃあちょっと待ってて」
「部長?」
後悔の念をさらけ出す優希に、不可解と言いたげな色が混じる。口が滑った。本当はもう少し慎重に事を進めたかったけれど……格好なんてつけるもんじゃないわねまったく。言ってしまった以上はしょうがない、四人のところに切り込むとしよう。
「まこ、牌譜のコピーどうなった?」
「ん? おお、ここの職員室でコピー機を借りてくれるそうじゃ」
「そっか、一応話は済んでるのね。じゃあ宮永さん、弘世さん、麻雀しましょうか」
「麻雀?」
「……なにを言い出すんだ竹井」
「なにって、私と麻雀勝負を始めましょうって言ってるんだけど。咲との、あの話を賭けて」
弘世さんが目を見開く。経験上、こういう反応してくれる相手は話の主導権を握りやすい。でも残念ながら今回はそう都合よくいかないらしい。
「屁理屈なら聞く気はないから」
睨むように目を細めて、宮永照が釘を刺してくる。待っててなんて言ったけど、前言撤回しておかなければならない。
「えっ、どういうことですか?」
「咲のことは任せて。大丈夫、10分くらいだから」
「……」
およそ返答とは呼べない返事だと自分でも思う。まこも和も予定外の出来事に不服なご様子ながらも部屋を後にする。これで、室内には昨日賭けの話をした三人だけとなる。
皆には堪忍願いたい、私にとってもここから先はアドリブなんだ。咲と会わせる。そのためにもう、なりふり構ってはいられない。
「……さて、ごめんなさいね段取り悪くて。なにか言いたいことがあったらどうぞ。それとも私から喋ったほうがいいかな」
「じゃあ原村さんの代弁をさせてもらおう。どういうことだ。賭け麻雀はもう済んだはずだろ」
「それはどうなんだろう。今回の賭けの内容覚えてる?」
「……。『私たち白糸台と清澄で2対2の麻雀勝負。ルールは原則として大会と同じ、ただし赤ドラは無し。私たちが勝てば照の意思を、そちらが勝てば照の妹の意思を尊重する』だったろ」
「違うわね」
「はあ……?」
「正確には足りてない。よく思い出して。私は宮永さんにこう言ったはずよ。『半荘やって私が勝ったらあなたは咲に会って、そちらが勝ったら私は咲と会わせようとするのをやめる』」
「同じじゃないか」
「いいえ、れっきとした差があるわ。『私が勝ったら』って言ってるんだから、この半荘ってのは私が卓にいて然るべきでしょ?」
「なんだそれ、じゃあさっきの半荘はなんだったんだ」
「うーん、練習試合? いや練習って感じはしなかったから、野試合かしら」
「ふざけるな。そんな屁理屈持ち出して、小学生か」
「弘世さん、屁理屈っていうのは道理に適わないことを言うのよ。私の話はたしかにインチキくさいと思うかもしれないけど、筋が通ってないとは言えないんじゃない?」
「そうかもしれないが、しかし……」
弘世さんが言いよどむ。よかった、言いくるめられてくれたようだ。こういうやり取りは、ノリと勢いさえあれば案外相手にもそれらしく聞かせられる。喋っていて自分で思ったけれど、今の理屈はその気になれば揚げ足を取れた。
『咲と会う条件』は私が勝つことだが、『咲と会わない条件』では私に勝つことは含まれていない。昨日の私がそれを含んでいたかは覚えてないけれど、そこを指摘されたら水掛け論になっていた。
もちろんただの揚げ足取り、それこそ屁理屈だろうけれど、元が元だ。泥仕合になれば大義名分は、正々堂々一勝している向こうにあっただろう。
「いいや、やらないよ」
「……どうして宮永さん」
やけに静かだと思ったけど、ここで本丸だ。わかってる、いくら弘世さんを言いくるめても意味はない。弘世さん自身が今回の件については彼女の意向に従うと言っていたんだ。
「あなたの言うとおりに、屁理屈は言ってないつもりなんだけど」
「うん、そうかもね。でもそういう細かい話をするんなら、問題は道理に合うかじゃなくてどう解釈するかでしょ」
ふむ、なるほどなるほど。……何を言っているのか微塵もわからない。大人しく聞くとしよう。
「話が見えないわね」
「質問に質問で返すようだけど、話に必要なことだから許してね。竹井さんはインハイ団体の中堅戦を戦ってるとき、一人だった?」
「一人? 卓にってことなら四人だけど、そういうことじゃないわよね。一校から出られるのは一人なんだしそれはそうじゃない?」
「本当にそう? 今一度、思い返してみて。対局中やインターバルのとき、前の人の点を取り返そうとか、自分の後に控えてる人のためにも稼いでおきたいとか考えなかった?」
「……」
「インハイのための準備や対策は一人でやったの? チームメイトに限らなくてもいい。親とか、友達とか、今まで関わってきた他の誰かが脳裏に浮かんだりしなかった?」
ははぁ、そういうことね。彼女は精神的な話に持ち込もうというわけだ。『仲間との絆』とか『応援の力』とか、そんな適当なことを言って最後には『卓に入ってる人だけが戦いの場に立っているわけじゃない』とかいうつもりなんでしょう。
そりゃあ団体戦だもの、前後のことは考えるし対戦校のデータ集めは私の力だけでは十分に適わなかった。応援がプラスに働くとは限らないけれど、私に影響を与えたというのは否めない。でも、こんなやり口に切り返すのは至って簡単だ。
彼女の言うようにこれがどう解釈するかの問題ならそこまで含めた上で、勝ってるのはあくまで一人だと言ってしまえばいい。私に意見を求めた以上、それで話はどん詰まりになる。
「もう一度聞くよ。竹井さんは、中堅戦を一人で戦ったの?」
「…………いいえ」
無理だ。障壁があったとしたら、今回私はその2以上の数字を持ち出す側の人間だったってことみたいだ。待ちに待って、共に練習して。それなのに。口が裂けてもYESとは言いたくない。
「そう言ってくれて安心した。今回の対局、竹井さんのアドバイスが入ってたよね。片岡さんと原村さんが戻ったら同じ質問してみる?」
「結構よ。それであの二人が首を縦に振ったら私、三日三晩寝込んじゃいそうだし」
「ふぅん……。まあ聞かなくても答えは見えてるけど。じゃあ私たちはちゃんと、『竹井さんが参謀を務めた清澄に勝った。』ってことでいいよね。お開きにしよっか」
宮永照が雀卓の整理を始める。次いで弘世さんがそれを手伝う、帰り支度なんだろう。
完敗。外堀を埋めた後に、卓についていなくても入れ知恵という形で参加したことにされた。私が勝負に参加していたという解釈を、私に認めさせたわけだ。これで昨日と合わせて三連敗だ。照魔鏡で見られたからなのか、私一人ではどうも宮永照に敵わないらしい。
「……でも、今日のアドバイスは私一人のじゃなかったわよ」
二人の手が止まる。こちらを向いたのは弘世さんだけだが、もう一人も聞く姿勢ではあるようなので続ける。
「牌譜を取ったり、対局中の動きを禁じられたり。この部屋に私たちが来た時点でもうわかってたんじゃない? あの龍門渕と私たち清澄相手にあと一歩のところまで食らいついた敦賀の大将、加治木ゆみも今回、知恵を貸していた。じゃなきゃこの場にいるはずがないってね」
「だったら?」
「さっき弘世さんが言ってくれたわよね。『白糸台と清澄で麻雀勝負』、でもゆみは清澄じゃない。なのにゆみのいることに言及しなかったのは、やっぱりアドバイスなら参加にはならないってことにならない?」
弘世さんが口を開く。が、思いとどまったようで何も言わずに横を見る。目線の先の人物はなにかを思案中といった様子だが、あまり間は空かなかった。
「菫、片づけは一回中断しよう」
「本気か照……こんな勝負受けなくても」
「私が加治木さんも作戦に関わってると思ってたのは本当だしね。それに、どっちにしても負けを認めさせればいいんだし」
宮永照が、自分の場につく。
「やろうか、麻雀」
無言で、口角だけあげて返す。弘世さんはなにも言わない。
ルールは先ほどと同じものだ。大会ルールに従い赤ドラをいれないかと持ち掛けてはみたけれどこれは弘世さんに一蹴された。場決めで東を引いたのは宮永照。彼女が起家となり、南家染谷まこ、西家弘世菫、北家竹井久で半荘戦開幕だ。
「まこ。和と優希はどうしてるの?」
「とっくに学校から出とる」
「ゆみから話は?」
「聞いとる。……わしは何にも言わんけぇのう。もう対局始まるんじゃ」
四人が配牌を揃えて、東一局が始まる。親は宮永照、ドラは七索となった。
配牌は[二五3445②⑦⑦⑧⑨南中]の四向聴、そこにもう一枚二萬をツモってきて三向聴。いい手になりそうな気配はある配牌だ。この局ではおそらく宮永照が和了ってこないので稼げるうちに稼いでおきたい。
そうは言ってもあまりゆっくりしていると弘世さんに和了される。どこかで打点とは折り合いをつけなければならない。二巡目で九筒を引く、四巡目で六筒を引いて二筒を切る、七巡目で北を引いて南を切る。
八巡目で……、[二二3445⑥⑦⑦⑧⑨⑨北]の手に八筒をツモ。さっきまでここに優希が座っていた名残りかもしれない、なんて言ったら和に笑われそうだ。
私でもそこまでオカルト思考ではないけれど、そんなことが頭を過るほどに手の進みがいい。六筒切り。折り合いなんてあったものじゃない。
九巡目、五索ツモ。これで手の内14枚は[二二34455⑦⑦⑧⑧⑨⑨北]、三六索待ちの良形聴牌だ。リーチをかければ高めツモで跳満となる。だったら、私の取るべき選択はもちろんこれ。
「リーチ!」
三索切りだ。ここで北を切るほど優希の余波に流されることはしない。
下家、弘世さんが生牌の西を切る。私のリーチにいきなり字牌を切るとはいい度胸ね。……いやいや、それはちょっと弘世菫という打ち手を侮りすぎかな。七巡目で私が切った南を見ての判断なんでしょう。
南は一枚切れ、西は生牌。私の悪待ちの特性からしたら、あそこで南を切ったことで西待ちの線は薄くなるわけだ。もしかしたら西を複数枚持っていたのかもしれない。
「カン」
まこの声、同時に七索四枚が場に晒される。暗槓とはいえ、他家がリーチしてるときに普通はそんなことはしない。この勝負形式に限っての行為、私へのアシストだ。一発ツモは消えるが、代わりにいいプレゼントをもらった。槓ドラ表示牌は[西]、つまり北がドラになる。
十巡目の、私のツモ番。見ないでもわかる、来た。
「ツモ!」
少し声を張って宣言し、牌を上方に跳ね上げ……ないでおこう。他校の牌だし、それをやるとまあ今回はちょっと都合が良くない。大人しく牌を裏返す。北の字。手牌を晒して、裏ドラを確認する。
西と二筒が表を向く。
「リーヅモ七対、ドラ4。4000、8000!」
時間がまるで止まったかのように、物の動きがスローに感じる。まこの背後の空間が歪む。ああ……初めて見えた。これが照魔鏡。円形のなにかと、靄のようななにか。
今出来るのは残念ながらその程度の認識で、瞬きをしたときそのなにかはもう消えていた。もしかしたらモモちゃんの形容を聞いていたから脳が勝手に作り出した映像なのかもしれない。それでも、確かに見えた気がした。
「……てる?」
弘世さんが、脈絡もなく声を漏らす。……と、思ったが意味はすぐにわかった。
「ぅ………あ…」
私は最初、その声を認識していなかった。宮永照がなにやら呻く。弘世さんは『照』と言ったんだ。たぶん私が目を凝らしている間に、弘世さんは耳を機能させていたんだろう。それを聞いていたからこそ、弘世さんの次の行動は私とまこより一瞬早いものだった。
「…さ……あ゛…、っ………き…」
「っ……! おい照!!」
椅子にもたれる宮永照が左に傾くにつれ、その制服に徐々に横方向のしわが入る。弘世さんが椅子を弾き飛ばすように立ち上がる。惜しむらくは彼女が宮永照の対面だったことだ。ずしゃり、と鈍い音を立てて、宮永照が椅子ごと崩れ落ちる。
肩からだったように見える。あまりに唐突で、目で追うのが精いっぱいだった。いち早く駆け寄った弘世さん含め、この場の誰もそれを止めることは叶わなかった。
「なっ……」
「……んじゃあ……!?」
「照!おいどうした!……返事できるか!?」
思わず声が出てしまう。まさか、こんなことになるとは私には思いもよらなかった。いや……私にも、思いもよらなかったというべきかしら。
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-三十分前・白糸台本校舎女子トイレ-
「今の片岡さんは高さと早さの切り替えが効く。あのときの片岡さんに安手で良しと言ったのは私たちだ。片岡さんの手が安いという判断材料を、宮永照が持っているはずがない」
「ゆみの言うとおりね」
「やけに……あっさり認めてしまうんだな。いいのか」
「私もそれだと辻褄が合わないのはわかってて言ったしね。でもリスクとリターンの話までズレてるとは思ってない。宮永照には優希の手が高くないと判断する別の材料があったんだと思うのよ」
「別の材料?」
「照魔鏡かな」
「いや、照魔鏡は相手の内面を観る代物だろう。それならむしろ片岡さんの打点の高さを裏付けるものなのでは」
「観られたからじゃないわ。観られなかったからそう推し量ったのよ」
「どういう……待てよ、ああ。決勝戦か?」
そう、決勝戦で優希と宮永照は対決している。そのときの、数日前の優希を想定して戦っていたんだとしたら、彼女の脳内で優希という打ち手は『東一局で最も力を発揮し、東場全体として早く安い打ち手』というものになっている。
「しかし、そうだとしたら何で今回は観ていないんだ。同じ相手には一度しか使えないとかなのか」
「それはないわね。昨日モモちゃんに観てもらった映像だと、鏡らしきものは辻垣内さんの後ろにも現れてたみたいだし」
「ああ、そう言ってたな。じゃあ他に考えられるのは……」
「私がいたから、ってのはどう?」
優希は小柄だ。客観的にと言ってもいいけれど、今は相対的なもので事足りる。その方向で訂正しておくと、私に比べたら優希は小柄だ。つまりなにが言いたいかというとね。
「東一局が終わったとき、私は優希の後ろにいた。もしその陰に隠れて優希が鏡に映らなかったんだとしたら? 長々と話してきたけど私が言いたかったのは、要するに『宮永照の能力である照魔鏡は、肉眼ではなく鏡に映った人の本質を観る』んじゃないかってこと」
決まった。この主張をするために思考の過程を一から説明してきたんだ。世紀の大発見、これを学会に発表すれば何かしらの賞は間違いなし!ほら、オーディエンスの反応も思ったとおりだ。ゆみが呆れた顔でこちらを見る。
「筋は通るでしょ?」
「ああ、結論だけ先に言ってくれれば即行で同意していたがな。えっと、冗談だよな? まさかそんな普通なことを言うためにここまでの話があったわけじゃないよな?」
凹む。せっかくここまで事細かにしゃべったというのに。なんで凹むって、薄々そういう反応が返ってくる気がしてたからだ。
「悪かったわね……。しょうがないでしょ、先入観なんて誰にでもあるもの。なんとなくだけど、モモちゃんの言う鏡は、相手の内面を目視するときのエフェクトのようなものかと思ってたのよ」
「たぶんマイノリティだよ、その発想。まあ多数派でも正しいとは限らないからいいんだが」
拍子抜けしたとでも言いたげに、ゆみが前髪をかく。
「それで、思いついた作戦ってのは? 片岡さんの今の技量が誤認されてるとして何か活きるのか。もう次は南場だよ」
ちょっと恥ずかしい想いをした。間抜けなところを晒したんだ、ここから名誉挽回しなければ。
「優希の話は説明のためのものだからね、直接は関係ないわ。策のために、もう一個聞いておきたいことがある。こっちは手短にいきたいんだけど、昨日公園でモモちゃんと話してたときのこと思い出して」
「公園でモモと、というと盗み聞きしてたことか」
「違うわよ……。もう忘れてあげたら?」
「そうか。他に話にあがったことというと……照魔鏡のことでまだ何かあるのか」
「いいえ、それも違う。私が言いたいのは、モモちゃんの持っていた猫のこと」
「猫? ああ、持っていたなそういえば」
「あのときのモモちゃんって猫を持っていてもなお、二回目の鳴き声が発せられるまで私たちに気付かれなかったわけでしょ。でね、ゆみ。思ったんだけど、猫でそれが出来るなら、他の生物でも出来るんじゃない?
例えば、人間一人を周りに気づかれずに私の後ろに現れさせるとか、さ」
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弘世さんの目が円を描く。状況がのみこめていないようだ。まこの後ろ、つい先ほどまで誰もいなかったはずの空間に見覚えのない人物が立っていたのだから無理もない。
その人物が変に自責の念に駆られないように言っておこう。
「ううん、そっちはちょっとワケアリでね。急に人が現れてビックリしたとかそういうのじゃないから気にしないで。手伝ってくれてありがとうね、助かったわ」
「そうっすか……? まあ昨日のお詫びの足しにでもしといてくださいっす。人ひとりとなるといつも以上に存在感消さなきゃいけないんで大変っすから」
「お姉ちゃん……」
「ここまでお疲れ様。モモちゃん、咲」
お化け屋敷を平然と歩くまこは容易にイメージ出来てしまうが、単にゆみやモモちゃんとの打ち合わせで扉に近いほうの背につくとかそんな話があったのかもしれない。
呼吸を乱す同輩を仰向けに抱えながら、弘世さんがこちらを見てくる。
「さき……って宮永咲? なんで……、どうなってる竹井」
「どうなってるって、随分と抽象的ね。なにがわからないの?」
「全部だ! なんで照は倒れた? どうして照の妹がここにいる!? いつから!? なにが起きてる!?」
「倒れたわけは……さぁ? それは私にはわからないけど、いつから咲がいるかっていうなら30秒くらい前から。どうしているのかっていうなら普通にそこの扉から入ってきたからでしょ。卓の上ばっかり見てて気づいてなかったんじゃない?」
「扉から? 馬鹿を言うな、いつの間にそんな」
荒唐無稽だとでも言いたげだけれど、目の前にある現実は私の言い分を後押しする。嘘は言っていない。雀士にとって最も視線を引かれるものは卓の上、特に麻雀牌だ。
そしてモモちゃんの存在感は、皆無を通り越してマイナスとなりその牌を雀士にすら見えなくするほどのもの。
今回はその合わせ技であり、私でさえつい先ほどまではモモちゃんに手を引かれてその後ろを歩く咲がなんとか見え隠れしている程度だった。東横桃子という人物のことを知らない白糸台の二人では気付く由もない。
「別に信じないならそれでもいいわ。どうでもいいもの。それより麻雀を続けましょうか」
「……! なんじゃ部長、続けるんかい」
私と弘世さんと宮永照の話の中で、この場に咲を連れて来ちゃいけないなんて内容はあがっていない。それが為されなかったのは、本来言うまでもないことだからだ。
約束が交わされていないという建前は咲を呼ぶという私の行為を灰色たらしめるが、その実ほとんど黒のようなものだと自覚している。
そうまでして手に入れた好機だ、みすみす平静さを取り戻させる時間を与えてはいけない。普通に戦って勝てる相手じゃないんだ。今ここで、畳み掛ける。
「待ってくれ。見たらわかるだろ、照の様子がおかしい。続行できる状態にない! いくら妹がこの部屋にいたからといってここまで……っ」
回路が途切れた電球のように弘世さんの言葉がブツリと切れ、再度紡がれる。
「……」
「どうしてこの場にいるのかわからなかったが……竹井、お前が呼んだんだな? 照に鏡で妹の内面を見せるために!」
「鏡? 内面? いきなり何の話をしてるの」
「しらばっくれるな! タネはわからないが私たちに気付かれないように部屋に入った上に妹はその位置、しかもちょうど東一局のタイミングで。こんなのが偶然なはずない! 私は荒療治のようなことは避けたいと言ったはずだぞ!!」
「そうだったかしら? ああ、言ってたかもしれないわね。『なにが荒療治かわからない』とかなんとか、聞いた覚えがあるわ。弘世さんにわからないなら当然私にもわからないしそもそも私が弘世さんの意思を汲む理由はない。
……んだけど、咲がいたらそこに寝そべってる人が集中できないっていうなら咲には下がってくれるようお願いするわ。さあ、だから、もう一度言うけど、約束通り麻雀で決着をつけましょう?」
「勝負の目的を先に強行しておいて何をぬけぬけと! 妹とすれ違っただけで照がどうなったかは竹井にも……」
咲がいることを思い出したんだろう。荒立っていた弘世さんの声が止まる。一瞬、部屋全体が静寂に包まれる。さっきまでは不規則な音を発していた宮永照の呼吸も今は落ち着いたようで、しかしその目は力んだように瞑られていた。
互いにあまり触れたくない話題だ、すぐに話を戻す。
「強行なんてしてないわよ。二人を会せるだけならいくらでも出来る、こちらの望みは会ってちゃんと話すことだったはず。無理だというなら棄権してくれてもいいけど」
「っ……わかった、こちらの負けだ!それでいい! だから照を保健室に連れて行くのを」
「そっか。じゃあ彼女を起こして、それでいいと認めてもらいましょ」
手伝ってくれと言いかかっていた弘世さんが、卓に座っていたままのまこが、傍観していた咲とモモちゃんがぎょっとしたように顔を強張らせる。……撤回、だんまり状態のモモちゃんのほうに関してはちゃんと見てはいない。そんな気がしたというだけだ。
「あの、部長……いいんです。なにもそこまでしてもらわなくても……」
「そうじゃ部長。相手方も負けぇ認める言うとる、十分じゃろ」
なだめるような声色と同時に、まこが私の元に寄る。あれだけ大々的に人が倒れたんだからそう言いたくなるのも無理はないと思う。とはいえ、咲とまこ現状を把握しきっていないだけだ。二人の発言を無視するわけではなくて、それに応えるべく弘世さんとの話を続ける。
「弘世さん、私に言ったわよね。この件は当人である宮永照の意思を尊重したいって。だったらあなたの掲げる白旗に意味はないのよ。そうでしょう? 彼女が起きた後に『さっきの試合はイレギュラーだ。
まだ決着はついてないし、妹に会う気はない』って言ったら、あなたはきっと彼女の肩を持つ」
「そんなことは……。いや、まず照がそんなことは言わない。こいつは勝負ごとには誠実だし途中棄権でも負けなら負けと認めるはずだ。私が保障する!」
「ああ知っているとも。竹井、間違いなくお前よりはな」
「私と比べてもしょうがないでしょ。でも……そうね、じゃあ質問。あなたがよく知ってるというその人物は、妹に会わないかと持ち掛けられたらなんて答えると思う?」
「……そんなの、会う気はないとかだろう」
「残念、違うわね」
「はあ? なんで言い切れる」
問いかけというよりは、私の口から出た事がらのほうが誤りだとでも言いたげだ。二年超の親密な仲なのだから馬の骨が何を言おうと響かないというのはわかる。けれど世捨て人の話でもないんだ。
今どき一元的に測れる問題のほうが珍しい。沈む一歩手前の船を前にしたとき最初に気付くのは船大工よりも船底の鼠だと言うし、フランスパンの成り立ちについて最も詳しいのはパン職人ではなくフランスの歴史学者かもしれない。
「なんでかって、そりゃ実際に聞いたもの。一回は言伝で。もう一回は昨日、本人に直接ね」
「照から……、そうか」
先ほどまで打てば響くといった様子だった弘世さんだったが、目線を私から眼前の体躯に戻して何も言わない。
「知らないんだったら教えてあげるわよ。宮永照は、」
ああ……くそう。こんな話するんじゃなかった。昨日の出来事が頭の中で想起され、腹からなにかが沸々と込み上げてくる
「その女は、あろうことか、自分の妹のことをいないと言ったのよ!! そんな仕打ちをする人が起き上がって冷静に『私の負けです約束を守りましょう』とか言うなんて、ねえ、信じられると思う?」
けっして狭くない麻雀部室で、反響した自分の声が耳に入る。いけない、声を荒げるというのは感情任せで頭が回っていない証拠だ。そういえば私たちはお忍びでここにいるんだった。職員に聞かれたらアウト、部屋の外に声が漏れないようにしなければなるまい。
私と同じことを意図したのか、少し間を空けて弘世さんがか細い声を発する。
「知っていたよ」
「……へぇ」
「あなたから聞いたの? それとも本人が?」
「私から、各地の予選の結果を新聞で見たときに」
「知っていたのに、そんな姉の肩を持ってたと」
咲は姉に会うために麻雀に打ち込んでインターハイの頂まで歩みを進めた。もちろんそこまでは知らないにしても、遠路はるばる長野から来た妹と、その妹を蔑ろにする姉を目の前にしてなお姉の味方をしていたというわけか。なかなかどうして大した友達想いだ。
咎めるようなニュアンスを混ぜた私の返しに、しかしながら弘世さんは怯む様子を見せない。
「ああそうだとも。そちらには酷だったという思いはある。必要なら私からも照を説得する。そのとき清澄が帰ってしまっていたなら、長野まで引っ張っていってもいい。だから今は照を保健室に……」
「テル、テル、テルって……くどいわね。それを信用するくらいなら今ここで済ましたほうが手間もリスクも少ないって言ってるの。もういいわ、弘世さんがやりたがらないなら自分でやるから」
そう言って、私の上家から対面側に倒れている宮永照に近づく。
「竹井……っ。お前」
弘世さんの反応は素早いものだった。私の宣言を予期していたのか、それが発せられるのとほぼ同時に宮永照の上半身を音もなく寝かせてするりと立ち上がっていた。
「止すんだ、それ以上こちらに寄らないでくれ」
大股で一歩半ほど、私と宮永照を隔てるように位置を移しながら弘世さんが言ってくる。構うものか、もう充分に待った。
これは……誤算だ。紆余曲折あったとはいえここまで自分の思い描いたとおりになって、少し甘く見積もってしまったのかもしれない。半径1メートルまで近づいたといったところで、弘世さんが右の手を耳元あたりまで振り上げた。
それに対して私は、ここ三年間ほど荒事とは縁がなかったのが祟ったんだと思う、左手がみぞおちを覆うが、右手は腰のあたりから微動だにしない。瞼は右が辛うじて開いたままといった状態で、視界は殆ど失われる。
自分より大きな相手に激昂され、思わず固まった体では何も出来なかった。こういうのは何と言うんだったか。キンコンフクシャ? キュウソネコカミ? ……どちらもちょっとズレてる気がする。
方向性を変えて、まな板の鯉とでもしておこう。頬をはたかれるのか、それとも平手で突かれるのか。それすらもわからない。弘世さんの右手が私めがけて……。
降ってこない。一秒ほど経ったと思うけれど、妙なことに体のどの神経からも信号は送られてきていない。おそるおそる両の目を開けると、弘世さんの前に誰かが立っていた。
もちろん同時に私の前でもあり、目が合って初めて人物と状況の把握がかなう。目の前にいたのは咲で……まさかこんな日が来るとは思わなかった。どうも私は、この子にかばわれたらしい。
「咲……ありが」
ぱちん。礼を言おうとした矢先、目の前にいたはずの咲が音と同時に視界から消える。さては幻覚か瞬間移動か。そんなオカルトありえません、そんな和の声が聞こえる。モモちゃんの仕業……でもない。左の頬の感触が私を現実から逃さない。咲の指が、私の頬を掠めたのだ。
「っ……さ、咲?」
「やめてください部長。おね……いえ、これ以上、部長の手を汚さないでください」
「私は……いいのよ。咲、あなたのためならそれで」
「わたしは!」
大声で、いや当人としては大きいだけで正確には芯の通ったというような声が咲から出る。初めて見る表情に、思わずたじろいでしまう。咲の右手が、平手打ちの軌道をそのままに行った手で左脇の服を握りしめる。落差の激しい声で、咲が今度は弱々しく漏らす。
「わたしはそんなことを……。宮永照さんを傷つけるようなことを望んでなんかいません」
「あ……」
辛うじて絞り出した、ごめんなさいという言葉は条件反射のようなものだったんだろう。あるいはその声は外から聞こえない代物だったのかもしれない。
「……あ。え、ぁ……部長、顔を……ごめんなさっ。わたし、そんな……」
いたたまれない。こんなときに謝られても、何も言いようがないじゃない。
「すいません……ちょっと、外の空気に触れてきます。わたしも……頭冷やしたら戻りますから」
「あ、咲! 校舎内はあんまり、ってこら。待ちんさい!」
まこの静止は空を切り、ぴしゃりと扉の音を立てて咲が出ていく。まこがすぐに追うかと思ったが、予想に反してその目線は扉ではなく私のほうに向いた。
「あんたが行くか?」
「……まこ、よろしく」
「ほうかい。ま、今のお前さんじゃなんにも出来なさそうじゃ」
きつい当たりだが、返す言葉も見当たらない。自分がしたことや咲が謝ったことについて、正直まだ頭の整理が済んでいない。
「咲は……かなり怒ってたわよね」
「そんな単純じゃないと思うがのう」
「? ……っていうと」
「そのくらい自分で考えんかい。わからんようなら、わしに訊ねるより本人から聞いたほうがええ。咲の気持ちなんてもん、わしがとやかく言えることじゃない」
吐くべき毒は吐き捨てたというように、踵を返して扉に向かう。まこも今回はかなりとさかに来ていると見える。まこに咲に目の前の宮永照にとなると、すでにキャパオーバーだ。
助言は諦めて自分のしたことを鑑みようか……いや、そんな悠長に構えていては今できることをやるタイミングを失うかもしれない。今しかできないことってなんだろう。
宮永照を起こして……じゃない、保健室に運ぶべきか。咲を追うのもある意味、今しかできない。かける言葉が見当たらなくても追うことそのものに意味があるかもしれない。
でも、あの咲から手が出てくるなんてのは前例がない。下手な言葉を言えないなら、やはり自分が何をしてきたことを……。
「とやかく言えることじゃない……けどのう部長。あんたは咲の顔ひとつ見とらんかったかもしれんし、わしが腹ぁ立てとることくらいなら言ってもいいんじゃろう。なあ、なんで咲の前で『妹がいない』なんて話を蒸し返すんじゃ……」
まこが静かに扉を閉める。
部屋の中には四人となった。気を失っている人を除けば三人。私なら他人が喧嘩している場での火の粉は避けたいし、もしかしたら既に二人なのかもしれない。そんな空間で次に開口したのは弘世さんだった。
「竹井、大丈夫か? いや私が言えることじゃないだろうが……」
「なにが?」
「いろいろと、頬とか」
「あー、大丈夫よ。咲の非力なビンタなんてシャボン玉も割れないわ。それにまあ、あれのお陰でもっと重いのを貰わなくて済んだわけだしね」
「悪かったよ、手を出しそうになったのは謝る」
「あ、ごめんなさい今の無し。そういうつもりで言ったんじゃないの。さっきのは……私が悪かったんだと思う」
口論中の弘世さんは目に見えてヒートアップしていたがその分自覚はあったと思う。自分は冷静だ、そう勘違いしている人間のほうがより一層タチが悪い。手が出てしまった咲は詫びながらも、部屋を出る瞬間まで私に落ち度があるという態度は撤回しなかった。
「あーあ、ダメね私。後輩の気持ちくらいもっとわかってあげないと」
「それは……どうなんだろうな。どつぼに嵌りそうだ」
自分の非を受け入れて反省の意を込めたつもりだった独白は、意外なことに物言いがつく。
「私もさっき、妹とすれ違ったときの照について口を滑らせた。その言い訳ってわけじゃないがやっぱり人間だからな、相手を理解するなんて限界があるんだよ。だから変に分かり合おうとしなくても、出来るならいっそのこと相手と直接話したほうがいいと思う」
「咲のとこに……行ったほうがいいってこと?」
「そうじゃない。今それが出来ることならそれでもいいけどな」
なんと言うか、と困ったようにこぼしたが少し恥じらいながらも再度切り出す。
私たち白糸台は二人で臨むしかないのに清澄は一丸になっている。その差だけで、この勝負はもう甲乙ついているんじゃないかという気さえしたよ」
「顧問の先生?」
「いや教師じゃなく部の先輩だ、去年のな。で、その先輩なんだが何かするのかは訊いてきたが何をするのか聞き出そうとはしなかった。
いまいち先輩が何を話したかったのかわからなくて、去り際の『後輩にもいつか話せるといい』だけ鵜呑みにしていたんだ。だけど今なら何となくわかる気がするよ」
そこで一旦言葉を区切ったと思うと、自身の長髪をくるくると弄び始める。
「だから……な。つまり私が言いたいのはちゃんと仲間内で共有できる清澄が眩しいってことと、竹井との話で過去の不思議が一つ解けたってことだ。今からするのは話のおまけみたいなものだし、的外れだったら悪いが……」
なんだろう。今ならどんな雑言も甘んじて受け入れられる。正すべきところや非のありどころ、諸々思ったことを言ってくれるというなら大歓迎だ。下手なフォローよりもズバリと斬りつけてくれるほうが望ましい。
「もしかして今日のこと、本人と話さなかったんじゃないのか」
最初私は、弘世さんの言いたいことがわからなかった。前置きの長さのわりには、出てきた内容があっけないと感じたからだ。しかしわざわざそんなことを言う弘世さんというのを念頭に置き、ゆっくりと咀嚼するにつれてじわじわと動揺しはじめる。
賭けの約束のあと、私が真っ先に向かったのがゆみの元だった。清澄の宿にもどり、夕食を終えてから和と優希に翌日の予定を簡単に話し、まこには浴場にいるときに問われたときに話をした。たしかに咲には話していない。そのことに今まで、なんの意識も働いていなかった。
「その反応、やっぱりそうなのか」
「だ、だってタイミングがなかったから。それに勝てばそれで咲も良く思うと……」
「落ち着け。なにも私は責めているんじゃない。そうなら次から気を付けるといいという単なる助言だ。それより今度こそ、照を運ぶのを手伝ってくれ」
「あ、あぁ……そうよね。右側持つわ」
弘世さんが左肩を担いだので、バランスをとりながら右の腕を自分の首に回す。せーのと言いながら同時に立ち上がり扉のほうに向かう。と、一つ大事なことを思い出した。
「!? ひゃいっ!」
なぜか裏返った声で、ちょうど向かおうとしていたほうから返事が来る。扉付近の隅にいたらしいモモちゃんを再度目視する。呼びかけが空振りは気恥ずかしいので残っていてくれてよかった。
「変なところ見せちゃってゴメンね。こんな片手間みたいな形でなんだけど、いつか埋め合わせはする。後は任せてゆみのところに行ってちょうだい」
「はい……。お言葉に甘えさせてもらうっす」
「それと蒲原さんにもごめんなさいと伝えてくれる。今日はちょっと気分が乗らないから、ランチは鶴賀だけでお願いしたいって」
「了解したっす」
未だ正常さを取り戻せたとは言い難いメンタリティながらも、必要最小限の伝言を済ましたことに微かな安堵を覚えつつモモちゃんが固定してくれている扉から廊下に出る。
四人が部屋を離れて、部室はもぬけの殻になる。散らかったままの雀卓やら手荷物やらは、また後で片づけに戻るとしよう。
もちろんそんな決まり事はないけれど、青臭さを多分に発した十七歳の行動が招いた結果は、勝者不在というには充分なほどに全員に痛みを残していた。
宮永照をベッドに寝かせてすぐ、清澄麻雀部一同は長野への帰路についた。まこと咲の元に行き、咲をこの学校まで連れてきた須賀くん含む三人と近場のコンビニで合流し、東京駅についたころには時計の針は午後の一時を回っていた。
予約していた新幹線が出るまで二時間ほどの時間がある。昼食を取るなどしていたその間、優希と須賀くんがなんだかいつもより明るかったような気がする。
部員の先導や乗車券の発行は私に代わってまこがこなしてくれていた。和はぽつぽつと咲に何か話しかけていたが内容までは一度も聞き取れなかった。
復路の新幹線は二人組の座席を三組とってあった。私が皮切りとなり六枚の乗車券をくじのようにランダムに引いた結果、最前列の窓際となる。
右隣の座席に来たのは和で、さて何か言われるかと身構えたが、列車が動き出してから30分の間に和が話しかけてきたのは車内販売の飲み物で何を頼むかだけだった。気づけば今は横ですぅすぅと寝息を立てている。
本日初の一人で落ち着ける時間を迎えて、意を決するでもなく思考に耽る。私が咲のためと思いながらしたことを、咲は『望んでいない』と言った。まこ曰く、私が弘世さんへの交渉に持ち出した『宮永照が咲のことをなんと言ったか』の話は同時に咲も傷つけたらしい。
弘世さんは私の落ち度として当事者との話し合いをしなかったことを上げた。こうやって摘出すれば流石にもう明白だ。
つまり私は、咲の表面しか見ていなかったんだ。
姉に会いたいという咲の願望だけを聞き入れて、なぜそうなのかを考えようとしなかった。決まっているだろうに。姉に会いたいのは、姉が好きだからだ。そんな相手のことを攻撃するようなことを咲が望むわけもない。
そんな相手に存在を否定されて傷つかないわけがない、過去にも一度見た光景だったはずだ。弘世さんの言うとおり、咲と話していればこんなミスはしなかった。
しかし、たらればの話ばかり考えても仕方ない。そういうときは同時に、何故そうしなかったのかというのも掘り下げるべきだ。そしてこれは他でもなく自身の性質のことなので言い切れる。
我ながら言い訳がましいけれど、咲に内緒のまま咲に喜んでほしかった。要するにサプライズ、奇をてらいたがる私のエゴだ。
そしてそんなくだらないエゴと咲の願望という先入観も、思い返してみれば拭い去る機会はあったはずだ。
その少し前、私が姉に会いに行こうと持ち掛けたときに何やらお茶を濁していたのも、今にしてみれば姉の心境を慮っていたのかもしれない。あれはたしか……『姉に会いたいでしょ』という私の問いかけのときだった。咲の言動は全て、姉を第一に考えたもの打ったはずだ。
咲の行動理念は、ほとんど弘世さんと同様のものだったことになる。本当にもう、叩けば叩いた分だけ埃が出てしまう。客観的に見て妹が正しいに決まっていると自分で言った姉妹のいざこざ。
その妹の望む行動をしていたのはあろうことか、当事者の意向に沿うだけと思い私がその言葉を蔑ろにしていた人物だったというわけか。
「私って……ほんと馬鹿」
自嘲気味にそう呟きながら、ぼんやりと窓の外を眺める。なんだか心地がいい。自傷行為というのは経験がないけれど、自嘲もその一種なのだろうか。あるいはこれは自嘲ではなく、単に酔っているだけなのかも。
そんなことを考えたところで同席者の存在を思い出し、はっとして現実に意識が引き戻される。
すぐさま右を振り返ると、幸いにして危惧は外れて和は変わらず夢のなかにいるようだった。思わず胸を撫でおろす。こんな悟りを開いた中学生のようなセリフを聞かれては流石に和もなにかしらの話を振ってきたに違いない。
確信めいたものがあった畏怖の念は、しかし一瞬で消え失せる。はたして本当にそうかしら、という聞き覚えの無い声が頭のなかで聞こえた気がした。なにかおかしい。……そうだ。私の想像が正しいならば、いやそうでないにしても……なんで今、和は眠っていられる。
発車前の約二時間で和はほとんど咲と共にいたはずであり、それは咲の様子がおかしいと思ったからのはずだ。咲が話しづらそうにしたならば事情を知っていると思われる私かまこに話を聞きに来るだろうし、咲が包み隠さず話したならばおそらく私に鬼の形相で食ってかかる。
けれど現実にはそのどちらも起きていない。相手を理解するなんて限界があるんだよ、そんな弘世さんの言葉がここでも真理のように立ちはだかる。
『麻雀で全国優勝できなければ清澄を去らなければならなかった』
和がそう話してくれたのは、清澄がインハイで優勝を決めたときだった。それを聞いたとき私は少しショックを受けた。秘密にしていたのは私たちへ気を使ってのことだろう、もちろんそこは汲んでいるつもりだ。なにが悲しいって、そんな素振りに微塵も気づけなかった自分が、だ。
そして真理と信じたくなるようなその言葉は、私も例に漏れない。隠し事をするし、安易に見られたくない一面だってある。現に昨日だって……。
「……あ」
うっすらと窓に映った自分の顔はその一瞬、きっと笑んでいたことだろう。咲への行動を悔やみ弘世さんの一言一言に打ちひしがれているうちに気付いた。私が軽視してしまった無謬の権化はその実、全てが正しかったわけじゃなかったのだ。
そんな些細なことでも、なけなしの自尊心を回復させるには充分だったらしい。彼女は言った。チームで一丸となる清澄に負けた気出したと、件の共有が出来ている清澄が眩しいと。まったく、いい加減なことを言ってくれる。
白糸台と2対2の対局が決まって、私が最初に頼ったのは当事者どころか部員ですらない他校の生徒、加治木ゆみだ。それどころか和とも優希とも、まことさえも一切の作案を行っていないじゃない。こんなのが、こんなチームのどこが一丸だと言うのかしらね。
時計を見ると、長野に着くまでにまだ一時間ほどある。しかし反省会はもう充分だろう。自分のメンタルケアも済んだ。今日はまだ半分程度しか過ぎていないけどなんだか疲れてしまった。本当は和を起こすのは私の仕事なんだろうけど、少し……暇をいただくことにする。
歳を取ると一年が短く感じる、というのはよく言われる話だが例えばこの待遇を見ると『一年を短く感じないならば、年老いていない』となる。一般論然としていれば正しいように見える事柄も、こうなっては形無しのように思う。
この一般論が誤りだというのではなく単に、因果関係はあっても命題ほど強い結びつきはないというだけの話だ。昨今テレビに出てくる偉い先生方が言うには新しい経験が大人になると減るからだというが、若くたって日々の流れが早く感じる時期もある。
私、竹井久の高校二年間だって今にして思えばそれはもう矢の如き早さだった気がする。
それに比べたら高校三年目の生活はそれはもう流れの遅いこと遅いこと。中でもこの夏休みは新体験の連続で、始まったばかりの頃は永遠に続くんじゃないかと錯覚するほどだった。
とはいえ亀の歩みでもいつかは山の麓に着くもので、そんな夏休みも残り一週間を切った。山に海にと肌を焦がす者、家に籠り多様な娯楽に勤しむ者、一学期と変わらずひたすら部活に打ち込む者、聡く冷静に現実を直視して宿題の山に絶望する者。
どのように過ごしているかは各々違えど、近づく夏の終わりにそこはかとない焦燥感を感じ始める頃合いというのは共通しているだろう。それなのに。
「なんでこんなとこに座りっぱなしなのよ、私はぁ……」
「議会の仕事が山積みだからでしょう。観念して頭と手を働かせてください会長」
構う気もないとばかりに、事実だけがきっぱりと告げられる。少しの愚痴くらい言ってもいいじゃないか副会長。
学生議会。一般的には生徒会という呼び名のほうが伝わりやすいと思う。要するに部活動とか文化祭とか球技大会とか校外清掃とか、その手の学生主体で行っていることを一手に管理する組織だ。
……などというと大層なものに聞こえそうだけれど、そんなのは建前上でしかなく重要な部分は結局学校側にお伺いを立てることになる。実態は雑務係みたいなものだ。
私はここ一年半ほどそんな議会の長を任されていて現在は、副会長の内木一太、会計の寺平綾乃、書記で唯一の二年生の紫芝菜月、という計四人で執り行っている。そんな議会の執務室に、私たち四人は貴重な夏休み終盤を消費して昨日今日と連続で駆り出されていた。
「もう夏季休暇も終盤よ? なんでこんなになるまで仕事を残しておくのよ。さては内木くん、テストは一夜漬けするタイプね」
「会長がいないと手が付けづらい内容が多かっただけですよ。ただでさえこの時期は部活動の大会結果が押し寄せてくるのに。二学期が始まればすぐ文化祭ですし……」
各部活動の大会成績を学校誌に記録したり部費の仕分けをしたり、良い結果を出した部がいればトロフィーや賞状の保管、場合によっては垂れ幕を拵えることもある。
文化祭に関しては同じく経費の仕分けや、各クラスの出し物の把握、レギュレーションに違反していないかどうか逐一チェックするなど。そのほか細々とした仕事もあるが大まかにはそんなところだ。
「いいね、パフェ! 会長がいるだけで倍くらい早いですからね」
「いやいや綾乃、倍は盛りすぎでしょ」
「えぇー。そんなことないですよ」
「それは悪うございました。おふざけが多々入るのが玉に瑕ですけどね」
内木くんがちゃちを入れる。特に異論はないので、あははと笑って流す。けれどこれに、綾乃と菜月が息ぴったりに言う。
「あれ、副会長もしかして……」
「会長と張り合ってるの?」
「なにを馬鹿なことを、会長の仕事ぶりなら二人より一年長く見てるよ」
二人がかりで仕掛けた揶揄をさらりと躱されて、菜月が面白くなさそうな顔をする。しかし綾乃の思惑は違ったらしい。
「どうかなー。長年の側近ほど下克上を狙ってるってのは創作物のお約束だしね」
「なにその例えは……。創作物って、どうせ少年漫画とかでしょ」
「どうせとはご挨拶な! 少年誌ってのは常に王道漫画たちが火花を散らす、まさに群雄割拠の戦国時代なんだから」
「いや別に少年誌を下げる意図じゃなくてそれだけ読んでお約束と言われてもという話で」
話がズレていってる。実際、綾乃が私を持ち上げているだけで副会長はそつなくこなせる奴だと思う。三年からの私が麻雀漬けでいられたのは、大体の仕事は副会長も勝手がわかっているからだ。
今年の夏に関しては、急遽設立された麻雀部後援会も活動内容については彼が船頭となっていたらしい。議会の仕事が進んでいなかったのはそれも一因なんだろうと思う。そのへん感謝はしている、本人には言わないが。
それはともかく今ばかりは内木くんより綾乃が上手だ。なおも口論を続ける二人によって、もはや作業をする雰囲気は完全に消え去っている。私もこれに便乗させてもらおう。
「それじゃあ私は、綾乃のお世辞に乗せられるとしようかな。コンビニ行ってくるから、なにか欲しいものがあればみんなの分も買ってくるわよ?」
「あ、私はいいです。お茶も弁当も間に合ってますから」
「いやダメですよ会長。なにを堂々と、」
「ん」
内木くんの言葉を、壁にかかったアナログ時計を指差すことで止める。針が指し示すのは十二時十七分、朝食が特別早くなければ昼食までもう少しあってもいい時間だけど今すぐ取っても問題ない時刻だろう。
「……緑茶をお願いします」
諦めたというように肩をすくめる内木くんにりょーかいとだけ言って、私にだけ見えるよう机の下で親指を立てる綾乃に、胴体による死角から同じように返しながら扉を開ける。
「あ、会長」
ビクリとした。ハンドサインは悪ノリが過ぎたか、見られたからには仕方ない。こやつはもはや生かしてはおけぬ。出合え出合え。
「外部委託していた麻雀部の優勝垂れ幕、午後には届くらしいです。確認作業は立ち合いますか?」
「……ああ、その話ね。ううん、なんかむず痒いし三人だけでお願い」
「そうですか。あと後援会なんですが」
「お昼休みまで仕事の話はやめない?」
「後援会は議会の業務とは関係ありませんからね。なに、すぐ済みます。祝勝会の話です」
祝勝会ね、麻雀部インハイ優勝を讃えて……だったっけ。この話は十日ほど前、団体戦が終わってすぐの時にもしたはずだ。ありがたい話ではあるけれど、来年のことも考えて活動資金は残しておいたほうがいいと断った。
「それは今年はやらないってことで纏まったんじゃなかった? 正直、人前に立って話することになりそうでアレだし」
「ええ。だから人数を絞って、部員と親しい人たちだけででもやってはどうかと後援会の人たちが」
「いいわよ、やらなくて」
こちとらさっさとコンビニで昼食を買いに行きたいんだ。ひと言、シンプルに告げて議会室を後にする。
「あっつ……」
天気予報曰く、今日の最高気温は29度らしい。連日の猛暑は今日に限って影を潜めているが、町中のアスファルトからその余韻は感じ取れる。加えて日光の代わりに訪れた雨雲によって、不快指数はむしろ上がっているような気さえする。
清澄高校の本校舎からコンビニまでは片道で八、九分ほどかかる。キャスターのお姉さん曰く夜には晴れているらしい。まばらに降っていた雨も幸い今は止んでいるので少し早足でいこう、そうすれば六分くらいで辿りつく。
思えば学校からコンビニに行くのはずいぶんと久しい。いつもなら学校の購買部で済ませられるがあいにく夏休み中はほとんどシャッターが下りているのだ。
心なしか閑散とした町を、じっとりと肌に絡みつくような服を煽りながら歩きトリコロールの屋根のコンビニに辿りつく。
店内の窓側に並べられた雑誌をぼんやりと眺め、隅にある小道の奥にある男女兼用のマークを横目に過ぎて、飲料品も意に介さず体が勝手にアイス売り場に向かっていく。
綾乃には買うことを止められたしこの外気温では八分もあればどのみち溶けてしまうので買う気はなかった……のだけれど、帰りのお供に一つくらい買うのはありではないか。
いやしかし、綾乃がアイスを非推奨と言ったのは帰りに買い食いする予定だからであり、一日に二度のまとまった糖分供給というのもいかがなものか……。そんなことで右往左往していると、後ろから知った声が聞こえてくる。
「あれ、部長だじょ」
「え? ……あ、本当ですね」
学内ではわりと顔が広いほうだと思うけれど大半の生徒は私を名前で呼ぶか会長と呼ぶか。年に二回あるかないかの部長会議や長野県予選の後なんかだと部長と呼ばれることもあるけれど、その場合は頭に『麻雀部の』と付く。
私を部長とのみ呼ぶ人物は片手で数えられるだけしかいない。ふぅ、と一息つき振り返った先には案の定、優希と和が立っていた。
「あら、二人もお昼ご飯買いに来たの?」
「はい。今日は午前中から部室にいたので」
知らなかった。麻雀部の部室は議会室とは異なり旧校舎最上階に位置している。職員室で鍵を借りるときなどでなければまず、互いに見掛けることはない。
「我タコスを求める者なり!」
威勢よく優希が言う。
「そう、そうなんだじょ……」
かと思うと茹でられたレタスのごとく、優希の力が抜けていく。テンションの振れ幅についていけない。そう思っていると和が注釈をいれてくれた。
「猛暑と湿気で食欲減退中みたいですね。あまりに暑い暑いと連呼するので、こちらに来ました」
「む! 私のタコス愛は負けてなんかない! ただちょっと休憩してるだけだじぇ」
よくわからない張り合いが入る。優希と言えど毎日タコスを食べているわけでもないんだから暑いなら無理をすることはないと思うのだけれど。
「部長は、制服……ってことは学校に来てたんですか」
「うん。昨日から議会の仕事に駆り出されててね」
「そうだったんですか。お疲れ様です」
「そんなの早く終わらして部室に来てほしいじょ。大会中は部長とあんまり打てなかったしな、久々に手合わせ願いたいじぇ!」
なんとも言えず、思わず無言の笑顔で返してしまう。
「議会も大事ですからね、仕方ありません。……とはいえ私もわがままを言うなら、長野に戻った翌々日は顔を出してもらえたら嬉しかったんですが。取材依頼をした記者の方々が結構来ていましたから」
「あー……そりゃあそうよね。悪いことしたわ」
取材の依頼が来ているという話はもちろん私も知っていた。というか学校から最初に連絡を受けたのは私だ。ただ長野に戻ったその日からなんだか寝付けず、睡眠不足と貧血気味が合わさったことでとてもじゃないが学校に足は運べる状態になかったのだ。
「でもああいうのは和のほうが慣れてるでしょ」
「私一人でどうこう出来る人数じゃありませんでしたし、それにもう私一人に注目が集まるチームじゃありませんよ。咲さんでさえ震えながらでも受け答えしてたんですから」
「お、のどちゃん良いこと言う! 私も大注目、ついに時代が追いついたって感じだったじぇ!途中からは咲ちゃんと一緒に答えてたけど」
「へえー、すごいわね」
小鹿のように震えながら涙目になる咲が容易に連想される。そしてそれを横から支える優希……あ、これはないな。どちらかというと咲に向けられたカメラの前に割って入る優希のほうがしっくりくる。
アイスはやめだ。飲料品の棚から緑茶とレモンティー二本を取り出しレジに向かう。
「待ってください部長」
和から呼び止められる。ひょっとしたら少し急ぎ足になってしまったかもしれない。表には出さないようにしていた意が漏れてしまったなら迂闊だったというほかない。そして私にそんなことを思わせていた懸念材料は、次の和の言葉で見事に現実になる。
「染谷先輩から聞きました。その……咲さんと部長のこと」
「……そっか」
目を瞑り、腹まで届くように息を吸い、吐く。やはりその話は避けられないか。
「優希も聞いたの?」
「……イエスだじょ」
「どこまで聞いた?」
「私と優希があの場を離れてからのこと全部です」
全部、ね。それは聞いたほうにとっては聞いた内容が全てだろうがそれでは答えになっていない。もう一度、なんと訊けばいいだろうかと思っているとその前に和の言葉が続いた。
「気を失った人に無理をさせるのは良くないと思います。咲さんが激昂するのも当然かと」
当たり前のことを当たり前のように言ってくる。事はそう単純じゃないんだなどと言ったところで、複雑に考えることで単純な事実から目を逸らしているだけだと言わんばかり、そんな圧がある。
「けれどなにも部長だけの問題ではありません。咲さんのお姉さんの体調がそれほど悪かったなら、気付かないまま対局をしていた私達にも責任はあります」
なにを言っているんだろう。責任? 体調?
「ちょっとタイム。和、その倒れた時のことについてまこはなんて言ってたの?」
「え? ……チャンピオンが急に倒れて、息を荒げたあと気を失ったと」
「それだけ?」
「はい。違うんですか」
「……いえ、違わない。その通りよ」
違いはないが足りていない。けれど……そうだ、照魔鏡で咲を見たショックで倒れたなどと和に言っても仕方ない。だからまこは説明を省き和はそれを体不調のせいだと思っている、と。そんなところだろうか。
「それでも相対的には部長の責任は減って、」
食い気味の和を手で制して続ける。
「最後まで聞いて。なにか異変があったなら対局に集中してた二人より外野でしょ、つまり私。それに対局者にしても弘世さんだって気付いてなかった。少なくともあの対局中は体不調なんて様子を、咲のお姉さんは表に出してなかった。ね? だから和、あなたは何も悪くないわ」
「そう、でしょうか……」
和が黙りこくる。話が済んだなら私は行かせてもらおう。そう思った矢先、今度は優希がつまらなさそうに言う。
「そんなのどうだっていいじょ。非とか、相対的とか、小難しい話はわからないけど……私は、東京の帰りみたいなのはイヤだってだけ。ギスギスした部長と咲ちゃんなんて、見ていたくないってだけだじょ」
さっきの和に比べたらずいぶんと感情任せなことを言う。私だって好き好んであんなことになっていたわけじゃない。
「優希にも悪いことをしたとは思うわ」
不本意での出来事とはいえ、感情だけぶつけられてはこう返すしかない。
「部長にビンタかましたこと、咲ちゃんも反省してる。謝りたいとも言ってたじぇ」
それはそう言うだろうとも。でも、それが全てではないのも知っている。
「だから……部長が咲ちゃんとのことで部室に来てないなら、気にせず来てほしい」
それは違う。一昨日まで部室に行かなかったのはそもそも学校に行くには心許ない体調だったからだ。
「ほかにも何か言いたいことは?」
シンプルに、それだけ返す。白紙の紙からは何も書いてないという情報しか読み取れないし、なんなら白という色は軽くどちらかというと暖色寄りなイメージだ。無機質な返事に冷たさを感じるならそれは勝手な先入観ではないか。そんなことを思う。
「ッ……それだけだじょ」
優希が言う。和は何も言わない。なるほど。二人の態度から、もしやとは思っていたことだけれど……確信した。まこから全て聞いたと言ったが、和と優希は全てを知ってはいない。二人が聞いているのは一週間前の、あの対局の日のことまでだ。
「咲は、あの後お姉さんとなにかあった?」
「……いえ、特になにも聞いていません」
「そう」
和は知らないという、おそらく優希も知らないんだろう。現に今度は優希がなにも答えない。そ判断を下して、入り口近くのレジに再度足早に向かう。
元来た道を通るが見えるものまで元と同じとは限らない。往路で見た兼用トイレの戸は復路の角度では見えず、その反対にあった戸に赤のピクトグラムだけが張られているのが目に入る。
雑誌コーナーには今日発売の少年誌がずらりと並んでいると思っていたが、改めて見ると後ろにあるのは発売日の異なる別誌だったり先週号だったりしていた。
私と麻雀を打ちたい、ギスギスした私と咲は見たくないと言った優希。私一人に非はないと肩を持とうとした和。そんなついさっきの二人を思い出しての私の顔など、あまり見られたくはなかった。
「……そうだ」
きっかけはたぶん特に無い。もしあったとしたらそれは無意識というものだけれど、一つ思い付いた。
一度決めたことは貫くべきだというのは、正しいかはともかく一般的によく言われると思う。なのでこれは我ながら、自分に甘いという感は否めない。少しだけ歩みを戻して和と優希に言う。
「お昼ご飯を食べ終えたら、須賀くんに議会室に来てほしいって伝えておいて。ちょっと手伝ってほしいことがあるから」
うちの学校は共学だ。麻雀部がらみのことなら手伝いくらい頼んでも許されるだろう。でもまぁ、それを言ったら他の部員がついてきそうだから伏せておくことにする。
コンビニで買ったバターロールとチョリソーパンを片付け、業者からの連絡を受けて出ていく三人を見送った後、私は一人さびしくペットボトルと戯れていた。机の上で右に転がし左に転がし、空中に放り投げてキャッチしてみたり癖でペットボトルを叩きつけそうになったり。
サボっているわけではなく待っているんだ。須賀くんと、それから……。
携帯電話が振動し、机の表面を微かに移動する。来た。来ると思っていたと表したほうがいい。通話かメールかは予想がつかなかったけれど振動は二回で止まったのでメールみたいだ。画面には『ま』の一文字、差出人はまこだ。すぐに本文を確認する。
[話がある。17時に部活を終えて部室で待っとる。議会がもっと早く済むならそっちに合わせる]
和と優希がコンビニで私に会ったことを部室で話すのは想像は付く。私が学校に来ていると知れば、まこはコンタクトを取ってくるとは思っていた。流石に議会室に乗り込んでは来ないだろうから私を呼ぶのは必然として、この『部活を終えて』ってのがいい。
呼び出すだけなら不要なワードだけど、後輩を返して一人で待つという意思が伝わってくる。最後の一文は、私が行かなかった場合の言い訳を潰しにかかってるんだろう。
などというような、勝手な深読みしているといきなり正面に位置する扉が開いた。思わず椅子をガタリと鳴らす。後ろめたいことがあるわけでは無いけれど照れ隠しに
「入るときはノックくらいするものよ」
と言うと、見覚えのある金髪と長身のシルエットが廊下側に引き下がる。そしてご丁寧に扉を三回叩いてから再度開ける。
「失礼します。麻雀部の須賀京太郎です」
「どうぞ。来てもらっちゃってごめんね」
いつもより低く厳かな声で須賀くんがそう告げる。そこまで律義なのは求めていない……。と、思ったらすぐにいつものトーンと軽い笑顔に戻る。
「いえ。それで部長、用事って?」
「それは大変失礼しました、会長」
冗談めかした会長呼び。ノリが良すぎるのも考えものだ。
「インハイ団体戦が終わったときに依頼した垂れ幕が届いたらしくてね。屋上から降ろすのを手伝ってほしいのよ」
「お、もう出来てたんすか。それじゃあ議会の人たちは屋上に?」
「まだ一階にいると思う」
「そうですか。じゃあ俺も下行ってきます」
「それはいいわよ。降ろすとこだけ手を貸してもらえれば」
大雑把な回れ左で踵を返そうとする須賀くんだが、私の言葉に少しよろけながらストップする。窓の外を眺めると、議会の三人と教師一人がトラックから段ボールの包みを受け取っているのが目に入る。
今から行けば荷物運びの足しにはなるがマンパワーを要するのは屋上から綺麗に幕を固定する作業だし、あと五分くらいはいいだろう。それに手伝いのためだけにわざわざ須賀くんを呼んだわけじゃない。
「それまで少し……話でもしましょ」
彼を呼んだのは、言ってみれば手慰みのためだ。コイントスをして表ならこのまま直進、裏が出れば寄り道をしてみてもいいかもしれない。
「咲の件は、須賀くんも聞いたわよね」
「咲の、というとお姉さんのことですよね? それなら、はい。聞きましたよ」
こちらとしてはそれなりに腹を据える事柄なんだけど、向こうの笑顔は抑えられながらも崩れない。
「そっか……。なら、お姉さんのことでその後なにか咲から聞いてる?」
「聞いてませんね。見てる分にもあんまりそういう素振りもないですし」
ちょっとしたヤブヘビ。一の問いに十で返され、和に聞いたことも合わせると流石にこれはもう望み薄としか思えない。
「結局、咲になんにもしてあげられなかったわけね」
「またまたご謙遜を。部長でなにもしてないなんて言ったら俺なんかどうなるんですか。この前のことで動いたのも、咲を姉のいる全国まで引っ張ったのも部長によるところが大きいですし」
彼の前で自嘲などしようものなら慰めの二言三言は返ってくると思っていた。
「全国の舞台に引っ張ったってのは違うわよ。あれは私が行きたかっただけ」
「それでもっす。たとえ一番の理由じゃなくても部長は咲の目的のために行動して、咲も部長の目標のために力を発揮した」
「まあ……それはそうかも。力を貸してくれたあの四人にはいくら感謝しても足りないと思う」
四人という言葉を、あえて選ぶ。
「ほんと、奇跡的に麻雀強いメンバーが揃いましたよね。咲と優希は麻雀だけは強いって言ったほうがいいかもですけど」
「二人に聞かれたらしばらく狙い打ちされそうね」
「……。くれぐれもご内密にお願いします」
「さあ、どうしようかしらね。……いや、言わないでしょうけど」
そう言うと、須賀くんが破顔して礼を言う。状況にそぐわない気がしないでもない。
「須賀くんはどうなの? 麻雀、上達してる感覚はある?」
「俺ですか。 うーん、河の把握とか、ツモからの捨て牌選択は慣れてきて短くなった気がしますけど……どうなんでしょうね。自分じゃよくわからないです」
「ネト麻で判断してみたらいいんじゃない。 スコアとか段位とか今どんな感じ?」
「和了率とか細かいのは覚えてないですけど、一昨日ちょうど初段になりましたよ。今月は平均順位2.5切ってますし!」
「いや、アカウントを作ってからもう四ヶ月でしょう。それで初段って遅いからね」
「ええっ! マジっすか!」
マジもマジ、大真面目だ。須賀くんのやっているネット麻雀は対局の順位に応じて点が増減して、一定の点数に達すると昇級、昇段する。十級から初段までは、三位や四位でも減点はないので場数を踏めばいつかは誰でも二段には辿りつける。
「時間は十分にあったでしょうに、それじゃあ麻雀部として先が思いやられるわね」
「うへぇ、辛辣……」
両手両膝を床につけて、須賀くんが大げさに凹んでみせる。彼の時間を奪っていたのは私だというのに、まったく彼は、本当に、もう……。
「え? ああはい、ちょっと待ってください」
パスコードを打ち込むのを待ち、須賀くんの端末を受け取る。Freeでの通算戦績を開くと
[平均順位2.53]
[和了率22.34]
[和了巡目平均12.07]
[振込率14.79]
[和了翻平均3.66]
と表示される。なるほど。
続けて直近の対局リプレイを三局ほど通しで観て、大体察する。
「うん。牌効率に関して大きなミスはないし入部当初に比べたらだいぶ良くなってる。でもちょっと突っ張りすぎなんでしょうね。攻めるべきタイミングと降りるラインってものをもっと意識したほうがいい、ってのはよく聞くんじゃない?」
「そうっすね……。でも言うは易し行うは難しって感じで、相手の聴牌とか打点もなかなか読めないですし」
「わかりやすいので言うと中盤以降の中張牌切り、特に赤牌押し切ってきたときとか危なさそうな風牌切られたりとか、逆に明らかに不要な字牌が後半で出てきたり、あとは七巡目以降の二副露と十三巡目以降の一副露なんかも聴牌は警戒する一つのラインね。
打点は、染め手とかチャンタ系とかは捨て牌をちゃんと見てれば分かりやすいからいいとして、早い段階で中張牌が切ってあるみたいな状況も高いの狙ってそうかも」
真剣な面持ちで聞いていると思ったら、打って変わってなにか閃いたというように目が見開かれる。
「もう一回お願いします! 忘れないようにメモするので」
「いいわよ、こんなの覚えなくて。全部一気にやろうとするとパンクするし、打ちながらちょっとずつ身につけていけばいい。それより、リプレイのこの局」
「どれっすか」
リプレイ画面を二人とも観えるように机に置いて続ける。
「南三局、その十二巡目ね」
須賀くんの手は
[五七345567②③④⑦⑦]
「九巡目からこの手だけど、こういうドラ絡みのカンチャンはさっさとリーチかけちゃってもいいわ」
「え? 両面になってないしダマでもタンヤオつくならダマなんじゃ」
「そんなことないわ。ここはプレッシャーをかけにいく意味でもリーチしちゃったほうがいい。例えばここから両面にしようと思ったら四萬か八萬がいるけど、四萬で両面にしても点数は伸びないし、八萬来ても五萬切ったら裏スジの六九萬なんてそうそう出ない。
だったら、来るかどうかもわからない両面変化より来れば和了のカンチャンでリーチかけて相手の手を遅れさせに行ったほうが和了の見込みもあるってものよ」
「うーむ。そういうものなんですね」
一聞では解するに至らなかったのか、頭のなかで反芻するかのように須賀くんが映像を戻しては再生、戻しては再生を繰り返す。
「まあ3900の和了で充分ならダマでいいし、結局は点差とか狙う順位とかと要相談でのケースバイケースなんだけどね。詳しいことは和やまこに教えてもらうといいわ。あの二人なら基本的なことも上手く教えてくれるだろうから……あ、でもまこの実戦での打ち方は教本にしないこと。
あれはかなり応用入ってるから基礎が固まってないうちに真似しようとすると変なくせが付きかねない。そうね……今から少なくとも半年は和の打ち方に倣ったほうがいいと思う」
「わかりました。そうしてみます!」
言い終えてから、自分でも少しまくし立て気味だったなと思う。伝わらなかっただろうか、と懸念も浮かんだが素直で快活な返事にそれ以上の言葉はやめ、外に目をやる。気付けば校門前にいたトラックと人集りは綺麗さっぱり消えていた。
「うんお願い。話は通してあるから、屋上に行ってくれるかしら」
振り返り、今度こそと須賀くんがドアノブに手をかけて、思い出したかのように言う。
「ま、部長も議会の仕事片付きしだい顔出してください。染谷先輩が結構部長のこと気にかけてましたし、咲なんて毎朝の第一声が『部長来てますか』ですから」
「そうなの……。まこは、私のことをどんな風に?」
「どんなっていうと、そうっすねー。必要以上に気に病んでそうだとか。でも見た感じ部長には無用の心配ですよね」
「私が気に病む、ねぇ」
ぼちぼち投げたコインが地面に落ちる頃合いだ。少し溜めて、告げる。
「そもそもさ、この件って咲のほうが悪いでしょ。なのになんで私が?」
須賀くんの表情は尚も崩れない。声が返って来る様子はないので、さらに加える。
「姉と会いたいとか言っておいて、そりゃあまあ私のやり口にも問題はあっただろうけど、それを止めるためにいきなりビンタよ? 普通はまず口頭ってもんでしょ」
「まー、そうですね。口下手ですから、人に意思が伝わりにくいんですよね咲って」
「そうそう、報連相くらいちゃんとしてもらわないと後で周りが大変なのよ」
「迷子癖、なかなか解消されないですしね」
そういう話のつもりじゃなかったんだけれど。これ以上弾みそうにない。会話を済まして、須賀くんを送り出す。
彼をこの部屋に招き入れた瞬間にトスされたコインは一度地面に落ちて、大した間もなく運動を止めた。出たのは表の面。その瞬間の私は、裏を見ずに済んだことに心底ほっとしていた。
まこに送った『16時半くらいに一段落つく』という内容のメールには一向に返信が来ないので、待つのをやめて部室の前まで足を運ぶことにする。
扉を開けるとすぐにまず目に入ったのは一つだけの鞄と一本だけのビニール傘。もちろん、部室に呼ばれてのこのこ訪れてみたら一対五でしたなんて間抜けは踏まない。一年生四人が帰路に就くところは、ここに来る途中にしっかりと目視で確認済みだ。
「おお、ちゃんと来たんじゃな」
部室には、想像に違わずまこが一人で残っていた。
「なに、私がすっぽかすとか思ってたの?」
「いや、別に。用件はわかった上で来たんじゃろうな」
「たぶんね、でも確証はないかも」
「ほうか……。なら聞くが、なにか言いたいことは?」
なかなか気の利いたことを言ってくれる。もちろん、まこの本意は私に弁明の類を求めての発言なんだろう。用件の予想はつくが、違ったら墓穴を掘ることになるので確認くらいは取っておきたかった。
「昨日の朝、誰が一番最初に部室に来た?」
「わしじゃ。……いや、違った。わしは二番目だったわ」
二番目、そう聞いて気が重くなる。私にはわかるんだ。最初に来たのは少なくとも和、優希、須賀くんではない。それは三人と話してみていて雰囲気で察しはついていた。と言うことはつまり……。
いやあまり重たく考えるのは止しておく、まあ口を滑らすことを防げるんだから良しとしよう。
「まこが二番目ってことは、一番は……」
「ああ、そうじゃ。一番は、」
そうじゃと言うあたり、今日私が和と優希と須賀くんと話したことはもちろんまこも聞いているのだろう。そうならまあ私の思考を辿れるのも頷ける。
「咲ね」
「あんたじゃったな」
「「……え?」」
同時に発された声はハモるかと思ったが、最後を除けばむしろ盛大な不協和音となった。これはいったい、いや、すぐ理解は追いつく。
「なにをとぼけとるんじゃ」
まこが真顔で、少し鋭い口調になる。これは事故であって、決してふざけているわけではなかったんだけど。
「……ええわ。わしも単刀直入に聞くべきじゃった」
そう言って、鞄のファスナーを開けて一つの茶封筒を雀卓の上に投げ置く。見間違うわけもなくそれは確かに、昨日の朝に私が部室に置いておいたものだ。
「これはどういうことじゃ」
茶封筒の表には大きく三文字だけ、退、部、届、の字が並ぶ。
「どういうって、文字通りの意味だけど」
「なんで今こんなもんを出したのかを問い質しとるんじゃ」
「……話さないとダメ?」
「是非ともそう願いたいのう」
「言いづらい家庭の事情ってのは?」
「それは、大会が終わったこのタイミングで引退じゃなく退部という名目を取る理由になるんか」
「なる理由もあるかもしれないけど、すぐには思いつかないわね」
「だったら本当のことだけ話すことじゃな。またあんたはそうやって一人でおかしゅうなって……。一週間も考えた結果がこれなんか」
まこの語気がだんだんと強くなっていくのがわかる。
正直、話したくない。退部にしろ退職にしろ理由を聞かれて嬉々として答えれる人なんてまずいないと思う。でも、これに関しては……話さなきゃいけないんだろうなぁ。
「言いづらそうじゃのう。そんなに、咲の平手がショックだったんか。いくらあんたのが豆腐メンタルでも」
「違う!」
自分でも驚くほど、急に腹から大きな声が出る。頭の中が白く染まりかけるが、まこの目が見開かれているのを見て次の一声だけは迷わなかった。
「ゴメンナサイ……」
そう発すると、ドミノ倒しのように連鎖的に言葉が浮かんでくる。なにも考えず、それを発信するだけの媒体になる。
「でも違うの。咲のせいじゃない。あの子は……何も悪くない。ただ、私がけじめをつけたかっただけ。皆をいいように使ってきたことの、贖罪よ」
「贖罪……? いいように、って何のことじゃ」
「団体で全国優勝。そんな突拍子もない夢に、皆を付き合わせたことよ」
「は?」
「部長とか先輩とか、そんな権限を振り回してさ。和はインターミドルのチャンピオンなんだし本当は個人戦に専念したかったでしょうし、咲だって個人戦に絞って練習してればもっと上の舞台に進んでお姉さんと直接打てたでしょ。
まこも私に付き合ってじゃなきゃ清澄なんて来てないわよね、麻雀するなら風越とか龍門渕に行ってるはずだもの」
「ちょ、なに言いだすんじゃ」
「そういえば優希もよく言ってたわよね、『部長の命令は絶対』なんて。NOならNOって言ってくれればよかったのに。須賀くんなんて、私が雑用ばっかりやらせたせいでまだ初心者に毛が生えた程度の打ち手よ」
「待ちんさいって! 勝手に話を進めるんは止さんか。わしがあんたのためだけに清澄に入ったと思うとるんか、自惚れも大概にするんじゃな。清澄に来たんは学力レベルに見合っとったのと家が近いから、そんな普通の理由じゃ」
「そうなの? よかった」
「咲と和だって別に個人戦に専念したいなんて思うとらんわ。団体決勝で咲が姉と話せんかったのも、咲と和が個人決勝までは行けなかったんも全部結果論じゃろうて。一年達があんたに従うとったんも単に部長を信頼してのことじゃ」
「それはどうでしょうね」
「違うって言うんか」
「さあ、わからないわ。でもまこ、あなたの言うとおりなら、和は『インハイで優勝しなきゃ長野を去ることになる』って事前に教えてくれてもよかったんじゃないのかしら」
「……」
「それは……。いや言ったかもしれんが、京太郎本人が気にしとるってわけで言ったんじゃないわ。京太郎は、ありゃ人が良いだけじゃ。それに、試合がない部員が選手をサポートするのはおかしな話じゃないけえ。他の学校だってそうしとるじゃろ」
「変じゃないかどうかと、不満がないかどうかは必ずしも一致しないわよ。試合がないのも麻雀の腕が上がらず県予選で負けたから、元を辿れば結局は私が絡んでるしね」
「だからって……、不満に思うとる様子なんて微塵もなかったじゃろ」
「微塵も……。そうね」
喉が渇いてきた。鞄から紅茶の入ったペットボトルを取り出し、僅かに残っていた分を体内に流し込みながら先刻を思い返す。
「お昼の後ね、少し須賀くんと話したの」
「らしいのう」
「そのときに私、賭けをしたの。一人でひっそりとね」
「賭け?」
「須賀くんが、私に対して怒るかどうかっていうね。その結果次第では部に戻ることを許してもいいかもしれない、そんな甘え腐った一縷の望みを持った博打。
それで、須賀くんのネット麻雀に全然進歩が見られないって言ってみたの。今まで何をしていたのかとか、麻雀部失格だとかも言ったわ」
「……なるほどのう。それで、京太郎は?」
「笑って流されたわよ。腹を立てた様子なんて、確かに微塵も見せなかった」
「そう、じゃろうな。なら退部なんてせんでも……」
須賀くんの人となりを語っても、やはり一抹の不安はあったんだろう。言葉の節から安堵が見え隠れしている。でも、おそらくまこは勘違いしている。
今のひと言で、緩和を見せたまこの表情筋は硬直する。
「流石にわかるわよね。……私は、須賀くんが私のしてきたことで怒っていなければ自分を許容してもいいと思ったんじゃないわ。この賭けで自分を許容を認めるかの基準は『咲に責任転嫁する私に対して、須賀くんが相応の苦言を呈するかどうか』だった」
彼が単なるお人よしなら、咲のためを想って私になにか言って然るべきだと思う。怒りを向けられるのは怖かったがそれでも、そうなってくれれば、私が今までしてきたことに彼は負の感情を持ってはいない。少なくとも自分にそう言い聞かせることは出来た。などということを思う。
しかしあのときの須賀くんはそうはしなかった。言葉を濁すことなく同意した。
「私には、彼の表面的なところしか見れなかったのよ」
まこは、何も言わない。私も、それ以上なにも言いたいことはない。デジタルの置き時計が、コロンを十回ほど点滅させる。それが一瞬に感じるとか、逆に五分にも十分にも感じるなんてこともない。
考え抜いた様子のまこが、沈黙を途切れさせる。
「私じゃあ、足りんのか」
「……」
「あんたの言うとおり、和や京太郎がどう思うとるかなんてわからん。咲のことであんたが罪悪感を感じとるんもわかる。でもわしは……、少なくともわしはあんたに本音で話しとる。
部長の夢じゃから勝ちたい思う時もあったかもしれんが、あんたに振り回されとるなんて思ったことは無いわ。わしは、あんたにこんな形でやめてほしくない。それじゃダメなんか」
「そう言ってもらえるのはありがたい、けど部が気まずくてやめるわけじゃないしね。言ったでしょう、これは自分で決めたけじめ。あなた一人がどうこうって問題じゃないの」
「……じゃったな」
下唇を噛み、まこが俯く。
もういいだろう、話を締めよう。
「それじゃあ退部届け、受理してくれる?」
卓上に斜めに置かれた封筒を、まっすぐにまこのほうへと寄せる。
「それは……出来ん」
「……まだなにか言うことでも?」
「いや、もうないわ。わしにはあんたを説得する方法が思いつかん」
「ふぅん。だったらやっぱり」
「退部も……無理じゃ。わしの手であんたを追い出すなんて、そんなこと……」
退部を受理するか、止めるか。二者択一を迫っているのにどちらも嫌だと言う。そんなのが認められるのは小学生までだ。これでは埒が明かない。……仕方あるまい。
「はぁ……。わかったわよ、じゃあこの封筒は取り下げる」
「……!」
封筒を右手で回収すると、うなだれているまこの頭が上がる。それを確認してから、左手に持ち替える。
「この届けは、当事者の依頼を受けて学生議会長が正式に受理する」
「……思わせぶりな素振りはやめるんじゃな。あんたの悪い癖じゃ」
「肝に銘じておくわ」
伏し目がちにまこが言う。せっかくの忠告だ、最後くらい聞いておかないと罰が当たりかねない。
「じゃあ、私はもう行くわね。議会の皆を待たせてるから」
封筒を鞄の中につっこんで、ゆったりと、しかし無駄はなく部屋を出る。
「戸締りはよろしくね。新部長」
返事を待つことはせず、私は扉を閉めた。これで、禊は済んだ。
そんな中で階段を一歩、また一歩と降りていく。同級生はもちろん、一つ下の学年ともすれ違うたびに軽く挨拶を交わす。去年から会長職をやっていたこともあって、みんな意外と顔を覚えていてくれるらしい。おかげで見回りのときもやりやすいというものだ。
一階の廊下に出たところで、行く先に一人の女子生徒を見つける。例によって見知った顔だ。茶色がかったショートヘアに、一部分だけ跳ね癖のついている前髪。スレンダーと呼ぶには少しだけ身長が足りていない。いわゆる普通の女子高生だ。
「…ょう……」
微かに上下した唇を見るに、あちらもそう間を空けずして私に気付いたらしい。そして、互いに目を合わせずにすれ違う。
直後に背後からの足音は聞こえなくなる。人や蝉の雑踏にかき消されたのか、それとも彼女が……咲がこちらを振り向いたのかはわからない。けれど後者が頭をよぎったとき、私の足はただひたすらに出口へと向かっていた。
すれ違うまでの数秒間、いろんな思考が駆け巡った。
ここで謝意を述べるべきか、そうすれば咲は予定調和のように『わたしのほうこそ』と返してくれるかもしれない。
でもそれでは須賀くんのときと同様、はっきり言って卑怯というものだ。
なんで今になって咲は部室に戻ってきたのか。
もしやこれは、先刻『思いつかん』と言ったはずのまこが隠し持っていた最後のカードなのでは。
もういっそ、『久しぶり、生憎の天気ね』とでも振ってみようか。
きっかけさえあれば案外スムーズに、まるで何事もなかったかのように話せるかもしれない。
どの面下げてと思われるに決まっている。
だいたい一週間というのは久しぶりなのか、よくわからない。
正面入り口を開けて新鮮な空気を吸い込み、天に向けて息を吐く。ダメだ……。全ての考えが穴だらけに感じてしまい、それらが収束することは叶わない。
何を話すべきか、なにもわからなかった。
「お、竹井さん」
だというのに、その道のりのちょうど真ん中あたりの曲がり角で声がかかる。和の追っかけだった。
「西田記者、お久しぶりです」
「ご無沙汰ね。長野予選の記事のとき以来かしら。会えてよかったー」
お互い何度か見掛けているはずだけれど、面と向かってならまあそのくらいかもしれない。正直煩わしく感じるが、意趣のある相手じゃない、明るく振る舞う努力はする。
「和ならもう帰りましたよ」
「そうなの? ……いえ、でも今日は原村さんじゃなく竹井さんの話が聞きたくてきたから」
「私の……ですか?」
意外だ、てっきり和の番記者かと思っていたんだけど。思わず首をかしげてしまう。
「そりゃあね。無名校がいきなりの全国優勝。それを率いた部長で稼ぎ頭の打ち手までも無名。あれだけの活躍ならコクマ出場もほぼ間違いなし! と、来れば否応にも茶の間での注目は集まるわ。それなのに竹井さんったら、全然マスコミに捕まらないんだもの」
そんなことになっていたとは。団体戦が終わってから、思えばずっとばたついていたので意識する余裕もなかったが、言われてみればそうあって然るべきなのかもしれない。
と、いうことは……そうか。西田さんとここで会ったのは、いわゆる出待ちだったわけだ。有名人の生活をちょっとだけ味わえたみたいで、所詮はまだ高校生の私からしたら少なくとも悪い気はしない。
「そういう風に言ってもらえるのは嬉しいんですが、すいません。お断りさせてもらいます」
「あら。なにか用事?」
「用事、そうですね。人を待たせてます」
「そっか。……うん、わかりました。急に声をかけてごめんなさいね」
後の予定がつかえていると言えば引いてくれるだろう。そういう思惑は当たったが、ちょっと安直だったようだ。間髪を入れずに西田さんが続ける。
「また近いうちにお願いしようかしら? できれば後輩のみんなも一緒の日にお願いできたら嬉しいんだけど」
可能なら『お断りさせてもらいます』で察してほしかった。聞いたことを文字に起こす仕事なんだから話しの行間も読んでほしい。……というのは流石に自分本位だろうけど、私はもう限界だった。
こういう体験をすると、記者をどう思うかは年齢ではなく経験だなと思い直す。
そう思ったとき、テレビで笑顔を振りまく紫色染みた髪の同年代が頭に浮かぶ。チャンピオンともなればさぞやマイクを向けられるんだろう。
「伝わりにくかったかもですね。もう部は辞めたんですよ。だからコクマには出ませんし」
ああ、今なら宮永さんと美味しい茶菓子をいただけそうだ。そんな妄想をしながら、私は西田さんとの話を打ち切ろうと口にする。
「私に、麻雀部の後輩はいません」
想像の四倍くらいの長さになってしまい自分でもアレだと思うけどここまで読んでくれた人がいたら感謝です。
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コメント一覧 (8)
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- 2018年10月08日 10:27
- まじでこれで終わり?
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- 2018年10月08日 10:47
- おい 鬱ENDじゃねーか!
ふざけんな こんなSS載せんなよ
続きあるんだろ?なあ 部長が辞めてそれで終わるわけないだろうが!
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- 2018年10月08日 11:11
- 最後はあれだが、それまですごい読まされた
長いけど一気に読めた
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- 2018年10月08日 11:57
- まさかのBADEND
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- 2018年10月09日 09:22
- 退部の動機さえ子供染みて見える 続きはよ
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- 2018年10月10日 16:57
- 咲の内面知って~~みたいなエンドかと思ったら鬱エンドだった
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- 2019年12月30日 03:41
- 照と同じようなセリフが最後に出たところを見ると、久が体験した一連の流れが、照の経験と似たような感じだったのかなと思った。
良かれと思って助けたけど、それが裏目ってしまって咲を思い出す度に自分の過去の行為がフラッシュバックするみたいな。
作中では咲という存在がトラウマの塊のように描写されていて、そう考えるとしっくりくるような気がする。
これからの咲のことを考えると鬱になりそうだけれど、本作を読んで、良かれと思った独善的な行動は、却って状況が悪くなるという教訓になった。
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- 2019年12月30日 03:52
- キーワードは毒、かな?
おもしろい