国王「さあ勇者よ!いざ、旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」【後半】
関連記事:国王「さあ勇者よ!いざ、旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」【前半】国王「さあ勇者よ!いざ、旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」【後半】
商人「勇者、一行だとっ…!?」
僧侶「わ、私たちが!?」
武闘家「…グガー…」
盗賊「六人…って、俺入ってんの? マジ?」
魔法使い「くっくっくっ」
戦士「………」
『魔王との闘いは、近いうちに起こるでしょう』
『避けることは出来ません』
『魔王は、絶大な力を示して現れます』
戦士「待て」
戦士「待ってくれ」
戦士「魔王との闘いが避けられない? では、教会の思惑通りになってしまうと言うのか!?」
『…残念ながら』
戦士「馬鹿な! 分かっているなら、まずはそれを止めるべきだ!!」
戦士「そんなことがまかり通れば、王国自体が脅かされてしまうぞ!」
戦士「ここにいる全員が力を合わせられるなら、まずそれを止められるはずだ!! そうだろう!?」
僧侶「…私は」
僧侶「私は、止めて見せるわ、教皇様を! そのつもりよ!」
魔法使い「…」
武闘家「…グォー…」
盗賊「………王国が、王国がってよ」
盗賊「あんたの頭ん中は王国でいっぱいだな」
盗賊「でもよ、王国の外にも人間はいるんだぜ」
戦士「!!」
盗賊「悪いけどよ、王国に肩を貸す気には俺はなれねーよ」
戦士「き、貴様…!」
盗賊「俺たちは散々王国に苦しめられてきたんだ。そりゃ、当然だろ」
僧侶「しかし、このままでは、魔王軍との全面戦争になってしまうんですよ!?」
盗賊「俺は俺のやりたいようにやる。最初からそういう奴だぜ、僧侶ちゃん。誰の指図も受けねー」
戦士「このっ…!」
商人「くっくっくっ。まあそう言う事だね」
商人「教会との取引を受けるんだ。上手く行って貰わなきゃ困る」
戦士「なっ!? 教会との取引を、受ける!?」
商人「教会は気に入らないが、国王の言いなりになるつもりは無いのさ」
商人「友愛に満ちた世の中で、武器商会が食っていけると思うかい?」
戦士「ば、馬鹿な…!」
戦士「これが、こんなものが…」
戦士「勇者一行だと言うのかっ!?」
魔法使い「しかしそうは言いますが、あなたも大概″王国″の事ばかりを気にかけているように感じられますがねぇ」
戦士「…っ!」
魔法使い「勇者一行とは言え、人ですからねぇ。ま、僕は人間じゃありませんが」
魔法使い「お互い、自分のことしか考えられないのでは?」
戦士「………」
――女勇者「勇者も、所詮はただの人間さ」
戦士「…そうだ」
戦士「勇者は!? 何処にいるんだ!」
戦士「今の今まで、女勇者様が一緒にいたんだ! あのひとなら!」
『彼女は、ひとつ前の勇者です』
『かつて女神の加護をその身に受けて魔王と闘いましたが、今はもう、その役目を終えています』
『新たな魔王に対抗するために、新たな勇者が選ばれます』
僧侶「それは、誰ですか!?」
僧侶「その方が居れば…勇者一行はまとめられるはずです!」
僧侶「垣根を飛び越えて、人をまとめるのが勇者であるはずです!」
僧侶「かつて、女勇者様がそうであったように!!」
『勇者になるべき者は、まだその力を目覚めさせる時ではないのです』
『しかるべき時にならねば、女神の加護を受けられません』
商人「…ハッ、女神とは言え下らぬ形式を守るのだな」
商人「乙女じゃあるまいに、ではまた次の機会にと先伸ばしをされても不愉快だ!」
商人「教えろ! その者の名を!!」
『それは、私にも分かりません』
『加護を受けるその時まで、その者は勇者ではなく、ただひとりの人間なのです』
魔法使い「くっくっくっ」
魔法使い「では、啓示を与える瞬間になって初めて、女神である貴女もその者が勇者であると分かるわけですね?」
盗賊「誰が勇者だか本当に分からねーだけじゃねーの?」
盗賊「その理屈じゃ、そいつが勇者になる前におっ死んじまったらどーすんのよ?」
『全ては定められたこと』
『勇者となりし者が啓示を受けるのも』
『勇者一行であるあなたたちが、ここに集められたのも』
商人「運命、だとでも言うのか。ヘドが出るね」
武闘家「…ガゴー…」
僧侶「…」
魔法使い「こんなにバラバラな人々が、勇者一行であるはずがない、という顔ですね?」
僧侶「…ええ。でも、勇者様がいないからに、違いないわ」
魔法使い「くっくっ…どうでしょうかねぇ」
盗賊「そもそも、勇者も居ねぇのに、勇者一行って言われてもよ。信憑性ないよな」
『あなたたちは、勇者と行動を共にすることはありません』
戦士「な、なんだと…!?」
『魔王は、勇者一行の結成を待たずして攻めてきます』
『勇者が、神託を受けるのとほぼ、同時にです』
『…あなたたちはそれぞれ別々に、魔王と闘うことを強いられます』
『それはとても過酷な闘いです。それぞれが命を落とすほどの』
『ですが、少しずつ少しずつ、魔王を追い詰めることが出来るでしょう』
『本当に僅かながら…我々は前進できるでしょう』
『ですが、この中の一人でも闘うことをしなければ、それは水泡と帰します』
『どんなに恐ろしくとも、踏みとどまり、闘ってください』
『…きっと人類は勝利を得られるはずです』
パァンッ!
商人「下らん御託は聞き飽きたっ!」
商人「結論から言おう。あたしは貴様のような正体のわからないモノの言いなりになるつもりはない!!」
僧侶「な、何と言うことを…」
『…全ては、必然』
商人「黙れっ!」パァンッパァンッ!
盗賊(やっ、ヤバくねーかあのオバサン)
盗賊(ま、無茶苦茶言うなよ、とは思うけどよ。急に勇者一行とか言われたってなー…)
僧侶「私は、一体どうすれば…」
戦士「………」
戦士「どうもこうもあるまい。例え運命だと言われても…諦めきれぬものが、俺にはあるぞ」
戦士「最後の最後まで、足掻き続けてやる」
僧侶「…戦士さん」
魔法使い「くっくっくっ」
魔法使い「だから言ったでしょう。どうせ辿る道は変わらないと」
商人「そう言うことだ!」
商人「お前の思うがまま、あたしを動かせると思うな!」
盗賊「もういーだろ、解散で…」
『…』
『優しさを隠した兵器、商人』
『快楽の真実を探求せし者、武闘家』
『風を束ねし自由の翼、盗賊』
『誇り高く鍛えられしつるぎ、戦士』
『慈愛と救済の天秤、僧侶』
『運命に抗いし魔の血、魔法使い』
『あなたたちに、幸あらんことを』
フワァア…
僧侶「…テレパスが消えた」
戦士「去った、のか」
武闘家「…スピー…ズズズ…」
盗賊(い、今更不安になってきたぜ。あんな事言って…バチ当たんねーかな!?)
商人「ふん。時間を無駄にした」
魔法使い「ああ、待って下さいよ商人さん」
魔法使い「打ち合わせ通り、次に港町にお邪魔するのは、また月が満ちる頃になりますので…よろしくお願いします」
商人「…なに食わぬ顔で、あたしと取引を続けるつもりかい」
魔法使い「魔族だからと言って私の目的に嘘はありませんし、貴女にとってもアレの完成の手助けになるのであれば、言うことはないでしょう?」
商人「…食えない男だ。まあ、いい。好きにしな」
魔法使い「ふふ、今後ともご贔屓に…」
戦士「待て!!」ザッ
商人「………なんだい、若造」
戦士「教会との取引を、させるわけにはいかない…!!」
商人「ふぅん? だったらどうすると言うんだ? あたしを殺すか?」
戦士「………」
商人「面白い…」カチャ
盗賊「あいつ…本気でやる気かよ」
僧侶「ダメよ!! 勇者一行同士が戦うなんて!!」
武闘家「…なんじゃあ、さっきからうるさいのお」
魔法使い「おや、起きたんですか、武闘家さん」
武闘家「…何処じゃ、ここ?」
魔法使い「教皇領の地下ですよ。失礼ですが、起きたら素直についてきてくれないと思ったので、勝手に転移させてもらいました」
武闘家「…ぁあ? 転移? というか誰じゃお前?」
魔法使い「覚えてくださいよ、いい加減…」
武闘家「うーむ、あまり寝た気がせんのお。妙な念仏を聞かされ続けた気がするが…」
武闘家「にしても、何をしとるんじゃ? おぬしら。そんなに殺気をバラまいて」
武闘家「--楽しそうだのぉ。ワシも混ぜろ」パキ…
ズズ…
戦士「!!」
盗賊(な、なんだこの爺さん!? 滅茶苦茶な闘気だ…! 息が、つまる程の!!)
武闘家「ぬふふふ」
魔法使い(…さて、どう転がりますかね、これは)
戦士「…」
商人(…)ポイッ
カッ!
僧侶「きゃっ!」
盗賊(閃光弾っ!)
戦士「むっ…! 待て、商人ッ!」
魔法使い「くっくっ、相変わらず引く時はあっという間ですね」
戦士「くそ、逃がすか!!」
武闘家「おい」トッ
戦士(! いつの間に前に――)
武闘家「付き合えよッ!」ゴッ
戦士「ッ!?」ドキャッ
ドシーン!!
僧侶「戦士さんっ!」
魔法使い「あれっ、ちょっと、武闘家さん! それ死んじゃいますって!」
武闘家「いやぁ? この位で死ぬタマじゃあるまいて」
武闘家「そうじゃろ?」
戦士「…ぺっ」ムク…
武闘家「ほらな」ニヤ
戦士「………」ギロ
魔法使い「…ほう…!」
僧侶「も…もう、止めてっ!」
戦士「…」スラ…
武闘家「そうじゃ。ワシを楽しませてみい」
「いやぁ、戦士が受けか、そういうのも興味深い!」
女勇者「出来ればもっとこう、絡み合って欲しいものだけどな!」ザッ
戦士(!)
僧侶「女勇者さんっ!」
武闘家「…勇者?」ピク
女勇者「私としては暫くその濃密なやり取りを見ていたい気分なのだが、そうもいくまい!」
女勇者「地上へ戻れ、戦士。お前にはまだやる事があるだろう」
女勇者「あんたの相手は私が引き受けよう、最強の使い手、武闘家殿!」
戦士「…!」
武闘家「女剣士か。勇者ってのは本当なのかの?」
女勇者「いかにも。とは言っても、十五年前の話だがな! しかし剣の技はそこのイノシシ野郎にも劣らぬぞ!」
女勇者「それにあの男の姉弟子としては、あんたには挑戦しておきたいしな!」
武闘家「なんじゃ? 誰の弟子じゃと?」
女勇者「剣豪。…私のパーティーにいた、後の大将軍になる男さ」
武闘家「…ほう! 思い出したぞ! 奴は強かったな! あの弟子か!」
戦士「女勇者様、何を…」
女勇者「そういうわけだ、戦士。決闘の権利は私に譲れ!」
盗賊「そーゆーことらしーぜ」ザ…
僧侶「盗賊さん!? いつの間に外に! …背負ってるのは副官さんですか?」
盗賊(さっきの閃光弾に紛れてしれっと逃げ出すはずがよー…この女に掴まっちまうとはな)
女勇者「モテる男はつらいな?」
盗賊「…よく言うぜ、ホント」
戦士(………女勇者様)
戦士(死ぬつもりですか)
女勇者『…戦士』
女勇者『この武闘家という男、話して分かる相手ではない。二人でかかれば勝てるかもしれんが、二人とも無事では済まん』
女勇者『行け。…兄に生きて会うんだろ』
戦士(…出来ません)
女勇者『馬鹿者。王国を守るのだろう』
女勇者『それにさっき言ったこと、嘘ではない』
女勇者『私は、死に場所を探していたのかもしれん』
女勇者『この男に挑むことで…自分が勇者であったことを、確認したいのだ』
女勇者『行け』
戦士「なぜ…」
盗賊「さっ、行くぜ僧侶ちゃん、イノシシ野郎!」
僧侶「…は、はい」
盗賊「ほら、何してんだよ!」
戦士「………」
盗賊「…しっかりしろよっ、この野郎!!」グィッ
盗賊「真実を知ったからこそ出来ることをするんだろ…!? 人間らしく生きる道を探すんだろ!?」
戦士「…お前」
盗賊「あんまり失望させんなよ、この馬鹿イノシシ…!!」
戦士(………)
戦士「なぜ貴様にそこまで言われねばならん」スクッ
僧侶「戦士さん…!」
女勇者「…」
戦士「女勇者様。私の代わりに戦うのですから…絶対に、負けないで下さい」
女勇者「誰に向かって口利いてる、馬鹿者」
女勇者「こちとら天下の勇者様だぞ」
戦士「…すみません」ダッ
女勇者『…達者でな』
武闘家「なんじゃあ? 結局二人で来んのかあ?」
武闘家「つまらん…つまらんなぁ」
武闘家「ワシとの実力差が分からぬほどでは、ないじゃろ、お前」
女勇者「まあ、そう言うな。やってみたいんだよ、私ひとりで」
武闘家「嫌じゃ」ドッ
ギュンッ!
女勇者「なっ――!?」
女勇者(速すぎる…戦士!!)
戦士「…っ!?」ゾクッ
武闘家「お前も相手せい」グワッ…
魔法使い「それ!」
ポンッ
地上
武闘家「むっ?」
女勇者「なっ… 」
武闘家「あれ? あいつ何処行った?」
武闘家「と言うか今度は何処じゃ?」
女勇者(転移か)
女勇者「…お前の仕業だな」
魔法使い「ええ、まあ」
武闘家「…」
魔法使い「あんな所でドンパチされた日には、研究が全ておじゃんになってしまいますからねぇ」
女勇者(研究、か…)
魔法使い「それだけじゃありませんよ。貴女には、個人的に借りがありましたから」
魔法使い「返しておきますよ。死んでしまう前にね」
女勇者「気が利いてるじゃないか、魔族のくせに」
魔法使い「それほどでも…!?」ヒュンッ
武闘家「喝!!」ゴッ
グシャッ!!
魔法使い「…ふう、危ないところでした」
武闘家「ふーむ。空間移動と言うやつか、厄介だのお」
魔法使い「ちょっと、待って下さいよ。僕、そういうのじゃありませんから」
武闘家「強者に武も魔もありゃせん。ちょっと相手せい」
武闘家「ワシの楽しみを邪魔したのじゃ。それなりの――」
女勇者「」ギュバッ!
ズバァンッ!!!
武闘家「っと…」
武闘家(空間を、断裂したのか…!)
女勇者「なめられたものだ…私も…」
女勇者「そこまで落ちぶれたつもりはないぞ…」ォオ…
武闘家(剣豪並の剣筋ではないか…うむ?)ズキ
武闘家「ワシに、手傷を負わせるとは…」ヌル…
武闘家「所詮は女と、少し見くびっておったか」
魔法使い『それでは、さようなら。また貴方の頭が冷えた頃に伺いますよ、武闘家さん』
魔法使い『そのひとに、勝てたらですが。それから私は魔法使いです。今度こそ、覚えて下さいね…』
武闘家「あっ、コラ待たんか!」
女勇者「シッ!!」ヒュンッ
スパァンッ!
武闘家「いつつ。やりおるな」
武闘家「………おいおい、どんどん闘気が練り上がっていくの。どこにそんな牙を隠し持っておった?」
女勇者「出し惜しみせず、全力で来い」
女勇者「でなければ」
女勇者「今度は死ぬぞ」ゴォオォオ…
武闘家「…ククッ。死ぬ、か!」
武闘家「面白い!! ワシに味わわせてみよ!!」
武闘家「死を、なッ!!」ドンッ
バギュッ!!
女勇者(――本気の突きだ。とても目で追えない)
女勇者(そうか。本気を出してくれるのだな)
女勇者(私は、それに値するのだな)
女勇者(最後の最後で私は…)
女勇者(ようやく………何者なのか、知ることが出来る)
「おい、聞いたか! 天使の塔に潜伏していたらしい!」
「なんだってそんなところに! それで、捕らえられたのか?」
「いや、まだだ! 北門の方に逃げたとのことだ! 行くぞ!」
ガシャガシャガシャ…
盗賊「ちぃ…流石に出入り口は固められてるな」
盗賊「僧侶ちゃんが嘘情報を流してくれてるとは言え、あれを突破するにはちょっとやそっとじゃ…」
戦士「…俺が突破口を開く。お前は後からついてこい」
盗賊「あのなぁ…あんなもん力づくで切り抜けた日にゃ、追っ手がゴマンとかかるだろーが!」
盗賊「逆だ逆! おら、コイツはテメーががおぶされ!」
副官「…」グタ…
戦士「!? どうするのだ?」
盗賊「俺が衛兵を引き付けて、聖堂の方へ逃げる。警備の目が離れた隙に、テメーがそいつを背負って脱出する」
盗賊「門を出て山に入れば、ちょっとやそっとじゃ見つからねぇ」
戦士「…なんのつもりだ」
盗賊「勘違いすんじゃねーぜ。言っとくが、俺は王国なんて大っ嫌いだ、クソ食らえってなもんだ」
盗賊「でもな。テメーには賭けてやるよ。馬鹿だが、真っ直ぐ走る、テメーにな」
戦士「…」
盗賊「ああ、こんなテンプレ、まさか自分で口にする日が来るなんてよぉ」
戦士「………俺がひっ捕らえるまで、他の誰にも捕まるな」
盗賊「うへっ! うすら寒いこと口走んじゃねーや! つうかこの俺が捕まるわけねーだろ! ましてやお前のよーな馬鹿に!」
戦士「お前も大概だろう」
盗賊「うるっせ! いいか、よく聞けよ!」
盗賊「--王国が腑抜けた醜態晒そうもんなら、俺が全部かっさらいに来てやるからな…!」
盗賊「よく、肝に命じておきやがれ!」
戦士「…心得た」
「おい、今こっちの茂みで声が聞こえたぞ」
盗賊「うわっ、やべ! 予定と違う!」
戦士(コイツ馬鹿だな)
盗賊「うおりゃーっ!」ガサッ
「のわっ!? 何かでた!」
盗賊「そい、せりゃ!」バキ、ドカッ
盗賊「捕まえてみやがれ、トロマどもっ!!」ダッ
「く、くせ者だー! 大聖堂の方へ逃げたぞー!!」
戦士「…ほんっとに馬鹿だな」
戦士(――…行かねば)
山道
戦士「ぜえ、はあ…」
戦士(人をおぶさって、山の中を駆けると言うのは、なかなかに…)
戦士(いや、足を止めるわけにはいかん。みなが…)
――僧侶「しばしのお別れ、ね。戦士さん。私は私の道で、動いてみるわ。だから、戦士さんも…」
――盗賊「テメーには賭けてやるよ。馬鹿だが、真っ直ぐ走る、テメーにな」
戦士(命を、賭して…)
――女勇者『達者でな』
戦士(女勇者、様)
戦士(俺は…俺も、勇者になりたいと思っていた)
戦士(憧れていた。でも俺みたいな前を向いていることだけが取り柄のような人間は、どうやら勇者には、なれないようだ)
戦士(俺が勇者一行の一員だと、あの女神は言った…だが、こんなにも無力な男が、魔王に何ができるだろう)
――国王「そら、来たぞ。しっかり余を守れよ」
戦士(生かしてもらってばかりだ)
――大将軍「あばよ、クソガキども」
戦士(父上)
――兄「弟のこと、宜しくお願いします」
戦士(兄上)
戦士(俺は…どうやら、弱い)
山道
戦士「ぜえ、はあ…」
戦士(人をおぶさって、山の中を駆けると言うのは、なかなかに…)
戦士(いや、足を止めるわけにはいかん。みなが…)
――僧侶「しばしのお別れ、ね。戦士さん。私は私の道で、動いてみるわ。だから、戦士さんも…」
――盗賊「テメーには賭けてやるよ。馬鹿だが、真っ直ぐ走る、テメーにな」
戦士(命を、賭して…)
――女勇者『達者でな』
戦士(女勇者、様)
戦士(俺は…俺も、勇者になりたいと思っていた)
戦士(憧れていた。でも俺みたいな前を向いていることだけが取り柄のような人間は、どうやら勇者には、なれないようだ)
戦士(俺が勇者一行の一員だと、あの女神は言った…だが、こんなにも無力な男が、魔王に何ができるだろう)
――国王「そら、来たぞ。しっかり余を守れよ」
戦士(生かしてもらってばかりだ)
――大将軍「あばよ、クソガキども」
戦士(父上)
――兄「弟のこと、宜しくお願いします」
戦士(兄上)
戦士(俺は…どうやら、弱い)
戦士(兄上。ほんとは、俺は)
戦士(本当の俺は…)
戦士「ぜっ…はっ…」
戦士(いかん…意識が、朦朧と、してきた)
戦士(どれだけ走ったのか、分からん…いったいここは、どこだ…)
戦士「うおっ…」ヨロ…
ドシャ…
戦士(くそ…からだが…うごかん)
ザッ
戦士(…なんだ…? だれ、だ…?)
戦士(みたことのない…)
戦士(…)
忍「戦士殿…間違いないな。背負っているのは………副官殿、か!」
忍「間違いない。運べ」
「「はっ」」
ザッザッザッ
忍「………どうやら、やり遂げましたな。戦士殿」
忍「兄上が、首を長くして、お待ちですよ」
チラ… チラ…
女勇者(………雪か)
女勇者(あの日も、こんな雪が降っていたかな………)
武闘家「…ここまで、か」
武闘家「まあ良くやったほうじゃ。誉めてやる」
武闘家「或いは男じゃったら…などと言うのは…」
武闘家「研鑽を積んだおぬしの剣技に失礼、というものじゃな」
武闘家(………しかし、なんじゃ? なんかまとわりつくような視線を感じるのお。とっとと今夜の寝床を探すか)
武闘家「どこにおるのか、ワシに死をもたらす者よ…」トーンッ
ヒュゥウウ…
女勇者(………終わりか)
女勇者(死ぬのか。ようやく)
くノ一「女勇者様!」ザッ
女勇者(…ああ、女王陛下の…)
女勇者(…荷馬車の件、世話になった…)
くノ一「待っていて下さい、今手当てを…」
女勇者(…いいよ、この傷では助からん…)ソ…
くノ一「………女勇者様」
女勇者(…もはや…念話を使う気力も無いとは…)
くノ一「…戦士殿は、我らの仲間が救出しました」
女勇者(…生き延びたか…。…そうでなくては…兄のやつに会わせる顔もないしな…)
女勇者(………そして、お前にもな)
女勇者(クソジジィ)
大将軍『…おめぇ、最後の踏み込みが甘ぇのよ。もうちょっと、こう、ガッと、よう!』
女勇者(…うるさいよ…筋肉ダルマ…)
女勇者(………また、暑苦しいのと一緒とは…)
女勇者(………死ぬっていうのに………賑やかなことだ………)
くノ一「女勇者様…! 女勇者様っ…!!」
『魔王との闘いは、近いうちに起こるでしょう』
『避けることは出来ません』
戦士「…うるさい」
『魔王は、絶大な力を示して現れます』
『魔王は、勇者一行の結成を待たずして攻めてきます』
『勇者が、神託を受けるのとほぼ、同時にです』
戦士「黙れ」
『…あなたたちはそれぞれ別々に、魔王と闘うことを強いられます』
『それはとても過酷な闘いです。それぞれが命を落とすほどの』
『ですが、少しずつ少しずつ、魔王を追い詰めることが出来るでしょう』
『本当に僅かながら…我々は前進できるでしょう』
戦士「黙れ!」
『ですが、この中の一人でも闘うことをしなければ、全ては水泡と帰します』
『どんなに恐ろしくとも、踏みとどまり、闘ってください』
『…きっと人類は勝利を得られるはずです』
戦士「黙れっ!!」
チュンチュン バサバサ…
戦士「…はっ」
戦士「夢…か。俺は…」
戦士「なんで、ベッドなんかで寝ているんだ。俺は…確か、教皇領を抜け出して…」
兄「山を走り通して越え、あと少しで城下町というところで、力尽きた」
戦士「そうだ、副官殿を背負っていて…」
戦士「…んっ!? あっ、兄、上?」
兄「なんだよ。幽霊でも見たような顔して」
戦士「ほ…本物か…?」
兄「こんなにイイ男が二人と居るか」
戦士「あ…」
戦士「兄上………っ!!」
兄「…何も泣くことはないだろう?」
戦士「な、泣いてないぞ…! 見間違いだろう。兄上こそ…!」
兄「ふぐっ…馬鹿言うな…俺が泣くわけないだろう…」
戦士「…素直じゃないな…相変わらず…」
兄「………」
兄「よく、生きて戻った」
兄「戦士」
戦士「…約束、したからな」
兄「…そうか」
戦士「でも…俺のために、女勇者様が」
兄「…話は、聞いた」
戦士「では、確認した者が?」
兄「…ああ。遺体は東方の故郷に戻って、埋葬された。つい、二、三日前の話だ」
戦士「――そう、か」
戦士(女勇者様)
―― 女勇者「己が一番に何を成すべきか…それは忘れるな」
戦士(………)
戦士(いま、立ち止まっては駄目だ)
戦士(進まなければ、全て意味が無くなってしまう)
戦士(…決めたんだ)
戦士(最後まで足掻くと)
戦士「俺は、どれくらい寝ていたんだ」
兄「お前が運ばれてきたのは、ちょうど新月の夜だったか。今夜は綺麗な三日月が出る頃さ」
戦士「そんなに寝ていたのか…」
兄「そのまま、目覚めないんじゃないかと思ったぞ」
戦士「兄上。あまり、ゆっくりもしていられないんだ」
兄「…ああ。こちらでもそれなりに突き止めていることはある」
兄「じきに、女王陛下がいらっしゃる。優秀な部下を連れてな」
女王「待たせたのう」
忍「…」
くノ一「…」
戦士(…この者たちは)
女王「無事で何よりじゃ。暫くは身体を休めよ…と、言ってやりたいところなんじゃがな」
戦士「分かっています。俺が知り得たことを…早いうちに、伝えておかないと」
女王「うむ。宜しく頼む」
――
――――
――――――
女王「ふむ…。やはり、建国の儀式でひと騒動企んでおったか」
兄「では、手筈通りに…」
女王「そうじゃな。…そなたたちには苦労ばかりをかける」
兄「私が望んですることです。忍殿。宜しく頼む」
忍「あい分かった」
戦士「手筈、とは?」
兄「…教会の中に紛れ込むのさ。敵の情報 を詳細に手に入れ、必要とあらば内側から崩す」
戦士「っ…それを、兄上が?」
兄「ああ。こちらの忍殿と共にな。なーに、お前ほどではないが、私とて父上の息子だ。教会の聖騎士どもには遅れはとらないさ」
戦士「それは、心配してないさ。しかし、敵には人の心を操る技を使う者がいるんだぞ」
忍「我らは、現在王城にて待機している貴族殿の隊に紛れて教皇領に入ります。彼は、その権限のわりに管理が甘く、つけいるのに適しています」
兄「こちらの正体がバレなければ、術にかけられることもないだろう。それに、お前が向こうで協力者を得てきたのは、かなり大きい」
戦士「僧侶殿か…。確かに彼女なら兄上の力になってくれるだろうな」
兄「後で一筆したためてくれ。それ以外は、お前も力が回復するまで安静にしていろ」
兄「今度は、俺が体を張る番さ」
戦士「兄上…」
戦士「…それで、作戦というのは?」
くノ一「作戦は、建国の儀式の最中に行われます。教会の悪行を、現行犯として天下に知らしめることによって、彼らの退路を断ちます」
女王「もはや、小細工をしたところで教会を止めることは叶わぬようじゃからのう。彼奴らの策略を、逆手に取るのじゃ」
兄「敵を追い詰めるカードは、それなりに揃って来ているからな」
忍「我らが教皇領で更なる証拠を掴めれば、教会に逃げ道はありません」
くノ一「私は、その時まで武器商会の方を探り、妨害を試みます」
兄「お前にも、当日は一役買ってもらうぞ」
戦士「? ああ、勿論私に出来ることならば…」
女王「さて、各々やる事は決まったようだのう。気がかりがあるとすれば…」
女王「地下で戦士の前に姿を現した、女神を名乗る存在…そして、そこに集められた者たち、か」
戦士「………」
忍「女神…本物なのでしょうか。勇者の前には姿を現し、天啓を授けると言われていますが」
くノ一「女神様を知る、女勇者様は、もう…」
戦士「私にも、よく分かりません。あれがなんだったのか」
戦士「ただ、確かにあれは圧倒的な存在感のある者だった。聖女である、僧侶殿も半ばその存在を認めていました」
兄「本物、だというのか? しかし、僧侶殿や戦士は分かるとして、なぜ辺境の盗賊や、武器商会の女社長まで…」
女王「勇者一行には、かねてよりその身分は様々な者が選ばれておった。その者たちが勇者一行だとしても、なんら不思議はない。だが…」
忍び「…魔族」
女王「うむ。魔族は本来、魔王の配下にある者。勇者とは相対する者のはずじゃ」
女王「何より、彼の者が平然と人の世を渡り歩いているという事実も、恐ろしいのう」
くノ一「女勇者様を殺害した武闘家についても調べさせてはいますが、依然行方は分からず…」
女王「あの者は、昔から御し難い男でのう。居場所を突き止める事すら叶わん」
忍「危険人物に対する警戒を強めます」
女王「うむ。まあ、城内は新たに組織した近衛隊がおるからのう。十字聖騎士団に任せるよりは安全じゃ」
戦士「近衛隊が、新たに…」
兄「そうだ、言っていなかったが、当面はお前も近衛隊扱いになるぞ」
戦士「…え」
兄「陛下に程近い守備位置でな。その方が、身分も隠しやすいし、何かと都合がいいのだ」
戦士「お、俺が…」
戦士「陛下の、近くに?」
国王「…」
戦士「…」
国王「お前かよ、よりによって」
戦士「…申し訳御座いません」
国王「うわー、余に対してその不貞腐れた態度。マジ許せんわー。腹切れ、お前」
戦士「…申し訳御座いません」
国王「おい、なあ。なんでこいつなの?」
女王「文句は受け付けませぬ。陛下におかれましては、この者とよく話し、理解を深めて頂きますよう」
国王「ヤダヤダヤダー! なんでこんなむさっ苦しいのにつきまとわれわれねばならんのだ!」
戦士「…申し訳御座いません」
国王「妃! お前んとこの、ほら、くノ一とかいう者おったろう! あやつがいいな、余!」
女王「くノ一は諜報活動に忙しい故」
国王「いやー、隠密たるもの、主君についてもう少し知っといた方が良かろう! とくにあーんな所やこーんな所なんかも、グフフ」
女王「陛下」
女王「私の采配に、何か問題が?」ゴゴゴゴ
国王「え、や、えーと、…アリマセン」
戦士(…まったく。国王陛下はこのような態度を取られるから、変人扱いを受けるのだ)
国王「あーお前いま心の中で余を馬鹿にしたろ。不敬罪で打ち首に処すぞコラァ」
国王「だいたい、お前のよーな直情型の阿呆と違って、人前じゃキチンと国王やってるんだもんね! TPOぐらい弁えるわ、余を誰だっと思っとんじゃ」
戦士(なんだとぉ…?)イライラ
国王「だが、まー、アレだ。これだけは言っとかねばならん」
国王「………お前の親父殿」
国王「…助けられず、すまなかった」
国王「余の至らなさ故じゃ」
戦士「陛下――」
戦士「…」
戦士「陛下はあの時、反逆の罪から我ら兄弟を救って下さいました」
戦士「…それだけで、十分過ぎるほどです」
戦士「――………ありがとうございました」
戦士(日が、暮れてゆく)
戦士(こんな風にゆったりと景色を眺めるのは、いつぶりだろうか)
兄「お、ここに居たか」
戦士「兄上」
兄「…明日、貴族の隊が教皇領に向け出発する。今夜のうちに紛れ込むつもりだ」
戦士「………いよいよ、だな」
兄「ああ。大詰めってところだ」
戦士(…この国の、行く末がどうなるのか。俺たち次第で決まるのだ)
兄「…」
兄「戦士。なんだか、雰囲気が変わったな、お前」
戦士「そうか?」
兄「なんというか、あの部屋で別れたときの、目をギラつかせていたお前とは、違う」
戦士「…色んなものを見せて貰ったんだ。様々な人々に」
戦士「報いねば、ならない」
兄「…」
兄「女勇者様のことを気に病むのは分かるが、あの人はこの国のために命をかけたのではないと、俺は思う」
戦士「どういう意味だ?」
兄「あの人は、もっと小さなものに命を賭けられる人だった。あるいは、更に大局を見越していたのかもしれんが」
戦士(………)
兄「これを渡しておく」
戦士「…手紙?」
兄「女勇者様の部屋を整理していたら出てきたそうだ。我々宛てになっている」
戦士「俺たちに…。兄上はもう見たのか?」
兄「いや…。なんとなく、な。お前が先に見るべきな気がしたんだよ」
戦士「兄上、相変わらず変なところでこだわるな」
兄「うるさい。…兄ってものはな、色々考えてるんだよ」
戦士「そう言うものか?」
兄「そう言うものだ。それに忙しくてそれを開ける暇がなかった、という事でもある」
戦士「しかし、もう行くんだろう。見ないままで良いのか?」
兄「良いさ。どうせ、向こうですることは変わらない。俺もこの目で教会の真実を手にしてくるつもりだ」
兄「帰ってくるまで、お前が預かっておいてくれ」
戦士「…分かった」
兄「ではな…」
戦士「…兄上」
戦士「もう一度、約束だ」
戦士「生きて必ず会おう」
兄「………ああ。約束する」
――――――
――――
――
ギィ…バタン
国王「…ふう」
戦士「議会、お疲れ様でした」
国王「…そう思ってんなら茶の一杯でも入れておけっつーの」
戦士「私は軍人なので、そのような能力はありません」
国王「けっ、使えねーわ、マジで」
戦士「…陛下」ハァ
戦士「議院の者たちに、あのように好き勝手を言わせておいて良いのですか」
国王「なんだ? お前見てたの?」
戦士「陛下の手腕があれば、彼らを黙らせることは容易なはずです」
国王「ひょえー、軍人のくせにいっちょまえに語るのー、お前」
国王「………。黙らせて、押さえつけることこそ簡単だ」
戦士「…」
国王「しかし、それでは分かり合えない。そして、彼らから考える機会を奪ってしまう」
戦士「考える、機会?」
国王「我が兄上は、確かに政権のカリスマだった。だが、それ故に国内はイエスマンだらけになってしまったものよ」
国王「国は、みんなで作らねばならん。国王のワンマンでやっていくやり方は、いずれ頭打ちになる」
国王「ゆくゆくは、余に権力が残されなくとも良いと思っておる」
戦士「陛下…!?」
国王「まぁ、まだ先の話だがな。いま放り出すわけにはいかんしな。土台ががまだまだ出来とらんし…それに、王国である以上、王室は王室で権威を保たねばならん」
国王「とは言え、教皇に明け渡すつもりも、大領主どもにそのまま任せるつもりもないぞ。まずは、人々が選んだ代表が発言権をもつ、議会を作らねば」
国王「まーったく、理想には程遠い。ほーんに肩凝るわー、国王tureeeee」
戦士(………陛下は、先の先まで見越しておられるのか)
国王「人は、力に翻弄される。力のために争い、争いがまた争いを呼ぶ。それはもしかしらたら、どんな世になっても変わらぬのかもしれん」
国王「だがそれでも、血を見るような争いが限りなく起こらぬ国を作らねばならん」
戦士「………肝に命じます」
国王「余は、魔族とて分かり会えると信じている。力に魅入られている教会も、救うことが出来るはずだ」
国王「争いを終わらせるのは、相手を凌駕する力ではない。憎しみを生むのでなく、理解と友愛を生む方法を探さねばならん」
国王「そのために力を貸せ、戦士。来るべき時に向け、余の懐刀としてその刃を研いでおくのだ」
戦士「…はっ!」
戦士(…俺は、この人のつるぎになる)
戦士(鞘におさめ、抜く必要もないほど、美しく鍛えられたつるぎに)
兄「…」
兄(戦士のやつ、見違えるようだったな)
兄(きっと、あいつは陛下の近くで更に様々なことを吸収するだろう)
兄(弟の成長か。これほど嬉しいものはない)
兄(…うん。そうだ。そのはずだ)
僧侶「…準備はいいかしら?」
忍「うむ。頼む」
兄「…行こう」
僧侶「…この扉の奥には、凄惨な研究現場が広がっているわ。くれぐれも、動揺して物音などを立てないように、気をつけて」
僧侶「………開けるわよ」
ギィ…
僧侶「――私に案内が出来るのはこんな所かしら」
忍「…感謝致す」
僧侶「いえ。しばらくはこの部屋で休みましょう。ここは、研究員も見張りの聖騎士も訪れない場所だから」
兄「助かります。あまりにも、非現実的な技術の数々に…今までの価値観が揺らいでしまうほどだ」
僧侶「そうね。私も、知れば知るほど、本当に現実のことなのか疑いたくなるくらいだったわ。もしかしたら、幻術にでもかけられてるんじゃないかって」
僧侶「…人間の限界値を越えた魔力を有する人造人間たち。そして、その者たちが中心となって作り上げた、強力な破壊力を生み出す、物質の融合による爆発」
僧侶「目に出来た文献だけでも、空間転移を可能にする翼や、中には時を遡る技の研究まで存在する」
忍「教会は、どうやってここまでの成果を手に入れたのだろうか」
僧侶「…元々教皇様は、古代文明の遺産の研究に熱心な方だったわ」
兄「古代文明…? 遥か昔、人や魔族が生まれる前に栄えていたとされる、あれですか?」
僧侶「ええ。そこには大いなる秘密があるに違いないと、考えていたみたい。でも、あくまで最初はこんなに規模の大きなものではなかった」
僧侶「それが、何がきっかけとなったのか…ある時から、莫大な資金を注ぎ込んで研究が行われるようになったみたいなの」
僧侶「丁度、私が教会に来てすぐ…十五年前、女勇者さんが魔王を倒した時あたりからね」
忍「十五年前に、何かがあったと言うのか?」
僧侶「これ以上は、私にも分からないわ」
忍「そうか…。ひとまず、かなりの情報は得られた」
僧侶「国王陛下は、この研究をどうなさるかしら」
忍「…神の所業とも言えるような大きな力は、存在自体が人の世を惑わす、と陛下は考えていらっしゃる」
忍「人知れず、封印・破棄されることを望まれるだろう」
僧侶「…そう、ね。それが良いんだわ、きっと」
兄「…」
忍「…如何した?」
兄「いや、何でもない」
兄「それで、ここからどうしますか。我々は、建国の儀式での十字聖騎士団の動きを把握して、それに対する策を練らねば」
忍「はい。まずは地上に戻りましょう」
僧侶「では、こちらから」
兄「宜しくお願いします」
僧侶「…意外だったわ」
兄「え?」
僧侶「あの戦士さんのお兄さんと聞いていたので、私てっきり、もっと猛々しい武人みたいな人かと思って」
兄「あ、あはは。まあ、似てない兄弟かとは思っていますが」
僧侶「こんなに物腰柔らかな人だなんて…」
兄「まあ、あいつがちょっと突っ走り過ぎなんですがね」
僧侶「そうね。こうと決めたら、なんというか、ボロボロになってもその道を突き進むような、そんな人」
兄(…)
僧侶「でも、やっぱり似てるわ。その黒々として、相手を奥深くまで映し出してしまいそうなその瞳」
僧侶「大将軍さんも、そんな目をしていたのかしら…」
兄「私は…」
兄「…私はそんな――」
忍「! 危ない!!」
兄「え?」
ガコッ…ギュルン!!
兄(なんだっ、足場が持ち上がって!)
兄(罠か、これは!?)
ドサッ!
兄「…い、つつ」
兄(何処かに落とされた…という感じだな。どうやら掛かったのは俺ひとりか)
兄(! 人の気配…)
「おやおや、珍客ですか」
魔法使い「僕の研究を盗みにでも来たんですかね。いただけませんね…そういうのは」
兄「なんだ…貴様は!」チャキ
ビュォオ…
戦士(西風が、強いな。そう言うのは不吉の前触れだって言い伝えのある国が何処かに存在するとか)
戦士(そんなことを言っていたのは、兄上だったかな…)
戦士(しかし、だだっ広いな。ここが儀式場…古いコロシアムを使った建物。中央の広場で舞いや剣の模擬試合も行われる)
戦士(多くの民衆が集まる。平民も、貴族も…。警備は厳重だが、教会の人間は十字聖騎士団の受け持ちから、容易に武器を持って入り込むだろう…)
くノ一「戦士殿。下見ですか」
戦士「…くノ一殿」
戦士「ああ。建国の儀式は間もなくだからな」
くノ一「そうですね…」
戦士「陛下は、やはり観覧席を大僧正や大領主たちと同じテーブルを囲う形にするようだ」
戦士「王族連中に顰蹙を買っていたよ。王室の威厳に関わる、とな」
くノ一「そして、戦士殿も陛下の身を案じて苦言を呈したい気持ちを、抑えていらっしゃる、と」
戦士「鋭いな、くノ一殿は」
くノ一「ふふ。私も似たようなものですから」
戦士「お互い気難しい主君に仕えたものだ」
くノ一「そのようですね」
戦士「しかし、その席で女王陛下は教皇を追い詰めるおつもりだ」
くノ一「権力者が一同に介する席ですから、教会の悪行をその場で暴けば、言い逃れは出来ません」
戦士「…幸い、大僧正に教皇と、教会の上層部に加え僧侶殿も列席することになっている。これはチャンスだ」
くノ一「戦士殿は、大役を任されていますから、そちらの重責もおありでしょう」
戦士「魔族の代表と立ち会うことか?」
戦士「まあ、式典の一種の模擬試合であるとは言え、魔族と戦うというのは、な。正直、私は陛下ほど魔族を信頼出来んし…」
戦士「しかし、その瞬間は試合云々より大事なことがあるだろう?」
くノ一「魔族を狙う教会の人間をその場で捕らえて見せること…ですね」
くノ一「そちらは、私たちの方で抜かりなくやります」
戦士「くノ一殿にそう言われると、心強い限りだな。…まあ、私の方も抜かるつもりはない」
戦士「どんな者が出てくるかは知らないが、勝てばそのまま我が一族の汚名を返上出来よう。負けるつもりはない」
戦士「私が相手を負かしてしまわぬ内に、敵を捕らえてくれよ?」
くノ一「承知しました。最大限の速力を以て望みましょう」
戦士「ふふ。…さて、私は部屋に戻っていよう。また全てを終えたら、まみえよう。くノ一殿」
くノ一「はい。ご武運を」
戦士「互いにな」
戦士「ぜっ!」ヒュン
戦士「ふっ!」バッ ギュン
戦士「…ふう」
戦士(身体の調子はいいようだ。しっかり休養が取れたのは有り難かった)
戦士(…きっと上手くいく)
戦士「…」カサッ…
「――これをお前たち兄弟が読んでいるということは、私はもう死んでいるという事かもしれない」
「そうだとしたら、それもまたしょうがないことだな。既に私もそれなりの覚悟はしている」
「戦士の方は、私が死んだことで自分を責めている姿が目に浮かぶ。まったく、分かりやすい奴だ」
「私がお前たちを生かすために命を賭けたのだとしたら、それはお前に"私の分まで務めを果たせ"なんて呪いをかけるために死ぬんじゃないってことを、理解してほしい」
「手に入れた生は、思うさま生きろ。お前たち兄弟が自ら選んだことならば、例え私が生きていても、恐らく口は挟まないだろう」
「それから…兄だからって弟に遠慮ばかりするなよ。その優しさは尊いが、少し危うい」
「お前は力がないんじゃない、必要ないんだ。弟にお前のような計算が出来ないように」
「だから、胸を張れ。お前たち兄弟は、どちらもが、王国には必要な存在さ」
「いつまでも二人協力して、時には取っ組みあいなどしつつ、私を楽しませてくれ」
「追伸」
「結局、私も大将軍の奴も、あいつの目を覚ますことは出来なかった」
「お前たちなら、或いはあいつを正気に戻せるかもしれない。だから」
「賢者にあったら、宜しく伝えてくれ」
「――女勇者」
戦士「…女勇者様」
戦士「分からないですよ」
戦士「思うまま生きるなんて…どうしたらいいか」
戦士「僅かに見える光を、ただ追いかけることしか…そんな道を選ぶことしか出来ないですよ」
戦士「兄上が、俺に遠慮してるとか…」
戦士「賢者様が、どうしたとか…」
戦士「…俺、分からないですよ…頭、悪いから…」
戦士(………兄上)
戦士(頼むから…無事でいてくれ…)
くノ一「…」
ワァアア…
国王「おー、盛り上がってるな。余もちょっと祭りに混じって踊ってくっかなー」
女王「およしなさい」
国王「大領主や教皇たちももう席についてるのか。あの円卓、ちゃぶ台のごとくひっくり返したらウケるかな? ひと笑い取れるかな?」
女王「およしなさい」
国王「イチかバチか裸で出ていくってのはどうだ? これは馬鹿には見えぬ服であるっ! とか言ったら先制パンチになるんではないか?」
女王「およしなさい」ゴゴゴゴ
国王「じょ、冗談だっつーの」
女王「陛下。私の気を粉らわせようとして下さっているようですが、むしろ気が散ります」
国王「あ、スイマセン」
女王「…ですが、お気持ちは有り難く思います。ありがとうございます」
国王「…」
国王「お前には、世話ばかりかけるな」
女王「およしなさい、そんな顔」
女王「らしくありませんよ」
国王「…そうか」
国王「では、ま」
国王「行ってくっとすっか」
女王「仰せのままに」
「国王陛下の、御成ー!!」
パンパァン…!
忍「花火が上がった。どうやら式典は始まったようですな」
兄「…ええ」
兄「ここまでは、教会側も我々も予定通り、と言ったところでしょうか」
兄(十字聖騎士団は、魔族に攻撃をしかけるために密かに軍をコロシアム付近まで動かしている)
兄( 教会の威光を示す手品に使うために、ずいぶんと大所帯になっているみたいだ。例の魔導士たちや、"女神の像"なるもの…だが)
兄(今や聖騎士の一員として紛れこんでいる我らには、その位置も把握出来ている)
忍「うむ。しかし、一時はどうなる事かと、肝を冷やしました」
兄「ご心配をおかけして、申し訳ない」
忍「ご無事で何よりだ。しかし、件の魔族らしき男が、あの地下に居たとなると…教会の闇は思っているより深いかもしれぬ」
兄「かも、しれませんね。一目散に逃げ出さなければ、私はここに居なかったかもしれません。武人としては、恥ずべきことかもしれませんが」
忍「戦士殿なら剣を抜かれたかもしれませぬが。今は、生きて務めを果す事こそが肝要。正しい判断をなされました」
兄「…そうであるとよいのですが。…さて」
兄「このまま行軍が進んでしまうと、コロシアムの外で出番を待つ来賓の魔族の所へ、辿り着いてしまう」
忍「僧侶殿の話では…そろそろあの者たちが行動を起こすはずですが。本当に協力するのかどうか」
兄「…」
――僧侶「あのひとは、きっと来るわ。私と約束したもの」
兄「…"約束"、か」
忍(…)
ズズー…ン
「な、なんだ!?」
「爆発音が…! あれは、女神像を乗せた荷馬車の方向だぞ!」
「何者かの攻撃か!?」
十字聖騎士団長「くっ、何者だ? 二番隊、三番隊! 中央の援護へ急行! 荷の無事を確認せよ!!」
「はっ!」
忍「…始まったか」
兄「では、我々も今のうちに動きましょう」
盗賊「さーて、お仕事お仕事!」
盗賊「目標は女神像だ! 他には脇目も振るな!」
「おう!!」
盗賊「…へへ。約束通り、お宝頂いてくぜ、僧侶ちゃん!!」
コロシアム
主賓の円卓
「ほう、見事な舞だ。まさに建国の式典を彩るに相応しいですな」
「しかし…このように、陛下と卓を同じくして眺められるとは思わなんだ」
「ははは。正に。我が一族、末代までの語り草になりましょう」
国王「皆に喜んでもらえて、嬉しい限りだ」
国王「さらには教皇猊下にも、このような趣向にお付き合い頂いたこと、感謝申し上げます」
教皇「…最早、席の高さで権威を語る時代ではない…」
教皇「国王陛下のご意向は世のあり方を先んじておられる。我ら女神教会も、いつも新しい思いで教典と向き合わねばなりませぬ」
国王(相変わらず、余を立てる素振りに余念がないな。それも今日まで、という腹づもりか)
「ほう、古きを大事にする女神教会におかれても、新しい思いを持つ、とおっしゃられますか…」
大僧正「新しい解釈が、また女神様への理解を深めるのです。そうでなければ取り残されるというのも、世の常。諸侯の皆々様と、何も違いはありませぬ」
国王(まあ、地下の研究は未知への探究そのものなわけだが。もう隠すつもりもない、と牽制しているのか?)
女王「…」
「ほう、素晴らしい。寧ろ我らの方が見習わなければなりませんな!」
僧侶「…」
大僧正「新しい、と言えば…」
大僧正「やはり、国王陛下の改革の右に出るものはありますまい。しきたりに捕らわれず大胆な王道を貫く様は、亡き王兄陛下にも勝りし手腕!」
大僧正「…特に、この建国の儀式に魔族を招き、平和を実現せんとするなど…過去のどの賢王も思い至らなかったことでありましょう」
「…うむ、確かにな」
「それは、そうだな…」
国王(けっ、嫌みかよ)
女王「…」ギュウ
国王(あいてて! ツネるなよ、顔には出してないだろう)
国王「…魔王と勇者を中心に据えた、人と魔族の戦いは…遥か昔から行われてきた」
国王「魔族は邪なる者。そう我々人間は幼少の頃から聞かされてきており、それを説いた父や祖父も、また同じように聞かされてきたはずだ」
国王「しかし、何がいさかいの最初であったのかを記憶している者は、既にこの世に存在しない」
大僧正「…」ピク
大僧正(まさか、女神教の教典を否定するつもりか?)
国王「戦う理由は何であったか? それはもしかすると、人間が隣人と争う理由の方がはっきりしているやもしれん」
国王「魔族が、魔族であるから戦う。本当にその必要があるのか?」
シーン…
僧侶(…静かな口ぶりから、強い統制力を感じる)
僧侶(教典を毎朝読み上げてきた私すら、その問いに簡単に答えることを憚りたくなるほどの、重い力が)
国王「魔族も、ひとつの生命には違いはない。生命はみな尊いものと知っているのに、なぜ魔族ならば奪って良しとする?」
国王「魔族が人の命を脅かすから? それは人と人でも同じことだ。ならば、理解をすることもまた、同じくすることが出来よう」
国王「…それを、この場で民に示すことが、余の願いである」
教皇「陛下のお言葉は――」
教皇「女神の存在に疑問を呈することと同義であることは、理解しておられるか」
教皇「建国の式典で、諸侯を前にして発言なさるにしては、些か危うさが過ぎるのではないか?」
国王「…女神は我らをあまねく照らす存在にして、我らの母。私も数多い息子の一人に過ぎないと心得ておりますが」
国王「今の言葉が女神の存在を否定するものであらば、まるで女神は魔族とは相対しておらねばならぬ…と言っているようですな」
国王「慈愛こそを真理とする女神が、なぜ争うことを宿命付けるのか。猊下、愚かな私にお教え下さりませぬか」
教皇「答えは私が説くまでもないこと。魔族の性こそが"邪"である」
教皇「闇から生まれ出る存在である彼らは、聖より生まれ出る我ら人とは、生命の源が違う」
教皇「或いは、今日の祭典ではそれが顕著に現れる結末となるやもしれぬが…我ら女神教会は敢えて、見守りましょう」
教皇「全ての人の子らは迷い、進むものであるから…」
国王(…あくまで傍観者として参加し、魔族に暴れさせさえすれば"それ見たことか"と躍り出てくるつもりか)
国王(しかし、そうは問屋がおろさぬよ)
「――御一同」
女王「闇より生まれし者と向かい合うその前に、我らは人の闇と向き合う必要があります」
女王「それは、この王国に渦巻いたある策謀についてです」
大僧正「――!」
女王「先日謀反を企て処刑された大将軍のことは周知のことかとぞんじます。しかし、事実はそれだけではなかった」
女王「事の顛末を説明するためには、一人の兵士を皆様に紹介せねばなりません」
スタスタ
副官「お初にお目にかかります。大将軍様の副官を勤めていた者です」
大僧正(くっ…! まさか、この場で全てを明るみにするつもりか…!?)
女王「…この者の語る現実を、どうか皆々様」
女王「その胸に焼き付けて頂きたく、ぞんじます」
コロシアム近郊
森の中
盗賊「…はあ、はあ…!」
「お頭!?」
「お頭、大丈夫ですか!」
盗賊(何だったんだ…いまのは。女神像に近づいたら、急に像が光だして)
盗賊(俺の、身体に………吸い込まれていきやがった!)
『さあ…その身に宿りし力を、信じるのです』
盗賊「…っ! その声は…!?」
盗賊(あの地下の、怪しい女神か!)
『あなたはもう、飛べるのですから…』
盗賊「俺が、飛べる…!?」
『イメージするのです。大きな翼を』
『自由に羽ばたく、奇跡の翼を』
バサァ…
十字聖騎士団長「な、に!? 盗賊団が、消え失せただと!!」
「は、はい! 突然、純白の翼のようなものが現れて…! 何かの魔法かもしれません!!」
十字聖騎士団長「…そんな、馬鹿な!!」
十字聖騎士団長「草の根分けてでも探し出せっ!! あれはかような者に奪われて良いものではないっ!!」
十字聖騎士団長「二、三番隊は引き続き盗賊団の拿捕に専念しろっ!! 四番隊は中継地点で待機、一騎、増援を呼びに走れっ!!」
十字聖騎士団長「残りの者は全て、コロシアムへ向かう!! 急げっ!!」
「はっ!!」
十字聖騎士団長「…」スタスタ
十字聖騎士団長(まずい。まずいまずいまずい!!)
十字聖騎士団長(あの力が奪われるなど、そんな事が本当にあってなるものか…!)
兄「随分な慌てようだな、団長殿?」
十字聖騎士団長「!?」バッ
兄「そんなに大事なものなのかい?」
十字聖騎士団長「なんだ、貴様――」
忍「ぬん」ドッ
十字聖騎士団長「か、は…」
ドサ…
兄「悪いね。甲冑を借りるぞ」
忍「急いで下され。時間がかかると他の聖騎士に勘ぐられます」
兄「こんな所か。ずいぶん重いな」ガシャ…
忍「では、予定通り。十字聖騎士団長に成り代わり、軍団を率いて…」
兄「はい。タイミングを見計らって、コロシアムから見下ろせる丘の上に軍を展開、でしたね」
忍「コロシアムの円卓では、教会を追い詰められているはず。十字聖騎士団長の展開がそれに拍車をかけます」
兄「…あちらも、そろそろ佳境かな」
コロシアム
主賓の円卓
副官「………」
「…そ、そんな」
「では、大将軍は、無実…」
「教会が…? どういうことだ?」
「説明を、していただけますかな?」
僧侶「…」
僧侶(…これは、教会が追うべき業。与えられし、試練…)
大僧正「…女王陛下。何のためにこのような劇を催されたのですか」
大僧正「これでは、教会と王家の亀裂を生むだけですぞ」
女王「劇などではありません。全てはただの現実」
大僧正「その現実として語るのが、"心を操る技"とおっしゃるか? あまりにも陳腐ですな」
大僧正「このように現実味のない話。子供の描いた空想と言っても過言ではありませんぞ!」
僧侶「――空想などではありません」
教皇「!」
大僧正「…聖女、殿?」
僧侶「その力は実在します。教会には、封じられし忌むべき技があるです」
大僧正「何を、言っているのです…」
大僧正(まさか…一連の事件は、この女の裏切りか!?)
大僧正(消えた副官、殺された僧正…まさか虫も殺せぬようなこの小娘が、手を回していたとは…!!)
大僧正(まずい!! 他にも計画を狂わす手引きをしているかもしれん!!)
大僧正(何とか、外の者たちに伝えねば…)
僧侶「お見せしましょう。その奇跡の、一端を」ォオ…
大僧正「な、何を…よせ!!」
僧侶『天を、仰げ…』
フッ…
国王「…む?」
国王(な、なんだ? 今、声が響いたと思った…刹那、意識が飛んで…)
国王(空を、眺めていたのか?)
「…う?」
「うむ? 私は、いま…」
女王「…これが、技の力」
女王(間違いない。今この僧侶は、この円卓の権力者たちを一瞬とは言え…)
女王(意のままに、操ってみせた)
国王(…実際に受けてみると身の毛もよだつな。本当に、無意識にそれを行っていたのだ、余は)
僧侶「お分かり頂けましたか?」
大僧正「…な」
大僧正「なんという愚かなことを!! あなたはいま、王国の中枢を担う方々全てを、危険に晒したのですよ!!」
僧侶「罰は甘んじて受けます。しかし、心を操る技が空想でないことの、何よりの証明になったはずです」
「た…確かに」
「なんと、恐ろしい…」
「信じられぬが…現に我らは今…」
大僧正(くっ!! この小娘が!!)
大僧正「恥を知れ!! お前の技は女神様より授かりし、大いなる加護によるものだろう!!」
大僧正「それをこのような…」
僧侶「私の術から造り出したものこそが、此度の悲劇の元凶なのです」
僧侶「良かれと研究に提供した私の加護が…まさかこんな形で利用されることになろうとは」
大僧正(なんだそれは!? 事実無根のデタラメだぞ!!)
女王「…問題は」
女王「その策謀が、今なお終わりを迎えていないことです」
女王「教会は、敢えて魔族を刺激し、戦乱を巻き起こそうとしています。そうして、十字聖騎士団を中心とした、教会主導の軍隊を手に入れんとしているのです」
大僧正「嘘だ!! そんな証明はどこにもないっ!!」
フワ…
大僧正「な、なんだ…!?」
僧侶(光り輝く石が…宙を舞って私の周りに集まってきた…。これは、魔法石?)
「むっ!? なんだこれは…?」
女王「この光る石は、波動感知。王立魔術学院の総力を結集し、つい先日完成したものです」
女王「今のような、魔法とは異なる波動が発せられると、そちらに魔法石が吸い寄せられるようになっています」
「な、なんと…。ものすごい技術だ」
女王「教会内部の研究に腐心するあまり、魔法学会の研究にはご興味ありませんでしたか? 大僧正殿」
大僧正(…っ!)ドクンッ…
女王「では…。この石のことを覚えた上で…次の催しをご覧下さい」
ボワァン…
大僧正「! この、銅鑼の音…」
国王「…」スクッ
国王「みなの者!!」
国王「建国を祝うこのめでたき日に、遠路より遥々祝いの使いが駆けつけてくれた!!」
国王「彼は我が客人であり、未来の友である!!」
国王「まずはまなこを見開き、そして知れ!!」
国王「彼らも同じ血の巡る生命であることを!!」
国王「恐れではなく、理解を!! 憎しみではなく、友愛を!!」
??(まったく、仰々しい物言いだ…が、まあ民衆を煽動するにはそうでなくてはならんのは、人も魔族も変わらんか)
??(魔王様も、いずれそうして魔族を引っ張っていかれるのだ)
??(…まあいい。今日は人間どもをじっくりと値踏みしてくれよう。それが、魔王様に託された務めでもある)
??(品の無い視線だ、ヘドが出る。だがまあ、つきあってやろうではないか)
??(魔王四天王の、この雷帝がな)
雷帝「電龍。おまえはここに座していろ」
電龍「うーっス」
雷帝「………」スタスタスタ
「お、おい。あれが魔族の使い」
「ひ、ひえ…」
「だが、確かに戦う気はなさそうだぞ」
ドヨドヨ…
国王(…そうだ)
国王(その違和感を、胸に刻んでくれ)
国王(戦いの場ではない空間を、我々人間と魔族は、共有出きるのだ)
国王(今日、この瞬間が歴史を変える――)
雷帝「我は、魔王四天王が一人、雷帝なり」
雷帝「此度は仇敵である人の地に、あえて剣を持たずして参った」
雷帝「人間の作法に我らは疎い。だが、この場に仇敵を招き入れたその勇気を、称賛しよう」
雷帝「同時に、この文化を築いた偉大なる国への、建国祝いの言葉とさせていただく」
シーン…
国王「よくぞ参った。雷帝殿」
国王「お互いを仇敵と呼び合わずに済む日が来ることを、待ち遠しく思う」
雷帝(ふっ。果たして本心かな。まあどちらでも良い)
国王「僅かながらではあるが、式典に参加して頂ければうれしい」
国王「ついては、"命を奪い合わない剣"にて、華を添えて頂きたい」
雷帝「承知した。荒々しい催しは、我ら魔族の常でもある」
雷帝「我に刃なき剣を向ける者よ。名乗りをあげよ!!」
戦士「…」ザ…
戦士「我は東方一の剣豪にして、王国大将軍たる父の子!!」
戦士「魔王四天王の名に挑戦させていただく!!」
ザワッ…
「あれは…謀反人の息子か!?」
「"王国軍の鬼"じゃないか! 失踪したって聞いてたけど、生きてたのか!?」
「戦士殿だ…! 戦士殿が生きていた!!」
雷帝(…ふむ。それなりに使う者を用意してきたか。そうでなくてはな)
雷帝「勇気ある者は魔族にも称えられる。勝負を受けよう」
――ワァァアア…!!
僧侶「戦士さん…!」
女王(魔族が無事に現れた…という事は、忍たちは上手くやったようじゃな)
女王(そして、この戦いの最中…魔族へと攻撃を企てる教会の手の者を…)
くノ一「――その場で押さえつける…!」
くノ一「何処だ…何処にいる…」
ワァァア…
「はじめっ!」
ボワァン…!
雷帝(剣豪…あの時の勇者一行のひとりの、息子か)
雷帝「………」
ピシィ…
戦士(…ものすごいプレッシャーだ)
戦士(だらりと構えているが、下手に踏み込めば一瞬で負ける)
戦士(これが四天王…。だが…父上は、この者すら突発して魔王の元へ辿り着いたはず)
戦士(俺に勝てぬ道理はない)
雷帝「………」
電龍「うっひー…部長マジじゃねーっスか。まあ、木刀で闘り合うんだし、魔力は使う気ねーんだろーけど」
電龍「にしてもあの人間、よく立ってられんなぁ」
僧侶「…戦士さん」
国王(大したものだ。よくぞあそこまで、練り上げた)
国王(父を越える日は、近いか)
戦士「か!!」ドッ
雷帝「…」ドンッ
ズザァ…!!
戦士(…手応えなし、か)
雷帝「…」
「な、なんだい今のは?」
「分からん、二人が剣を降り下ろしざますれ違ったようにしか見えなんだ」
「こ…こっちにまで剣圧を感じたぞ、今」
電龍「へーえ。後の先を狙った部長の太刀が、届かねー速さとはねぇ」
戦士「…」
――大将軍「てめぇの伝えたいことを…忘れんな。もののふだったら、その剣に誓ったことを忘れるな」
戦士(俺は………)
戦士(もう、うんざりだ)
戦士(何も知らずに運命に振り回されるのも)
戦士(わけも分からないことを、怒りに変えて喚くのも)
戦士(正しいと思うことを、自分の手で)
戦士(守りたいのだ!)
戦士「ぁあッ!!」ギュンッ
雷帝「!」
ズバンッ ダッ ビュバッ!!
「おお、激しく斬り結びはじめたぞ!」
「す、すげえやこりゃ!」
「いけーっ、負けんなぁ!」
ワァァアア!!
くノ一「………」
くノ一(研ぎ澄ませろ…)
くノ一(色の違う者がいるはずだ)
「うおお、頑張れ戦士!」
「人間の意地、見せたれー!!」
「…」カチャ
くノ一(! なんだ、今の違和感)
くノ一「………あいつだ」
チリッ…
電龍「!」
電龍「なんか…嫌な感じだな」
電龍(…オイオイ。誰かこっちを狙ってやがんのか。まさか人間のヤツら…これ罠ってか!?)
電龍「ちぃ、だから信用ならねーって言ったんだよなぁ! とんだ貧乏クジだ!」
電龍「まじぃな、部長はアイツ相手じゃ余裕ねーんじゃねーか!? …今狙撃されたら!」
狙撃手「………」ピタ…
くノ一(あの魔族の従者、気づいている!)
くノ一(まずい! 魔族に先に行動を起こされては、教会の思惑通りになってしまうっ!!)
くノ一「うおおおおおぉっ!」
見物人1「…」フラ…
見物人2「…」フラフラ…
くノ一「!」
くノ一(なぜ立ちはだかる!? まさか、操って盾にしたのか!? …卑劣な!!)
くノ一「やむを得ない!」
女の子「…」フラ…
くノ一「っ!!」ピタッ
くノ一「…くそぉ!」パンッ
女の子「きゃあ…っ!」
雷帝「…」ヒュババッ!
戦士「ぜぇッ!」ドヒュッ!
――大将軍「そいつでお前が正しいと思う道を示せ」
戦士(俺が、正しいと思うのは…!)
――大将軍「人を切り伏せる時こそ…自分を伝えろ」
戦士(俺は!!)
くノ一「はァっ!」ドガッ バキッ
見物人1「うっ!」
見物人2「ぁぐっ!」
狙撃手「…」カチャリ…
電龍「冗談じゃねーぜ、人間!! 付き合ってられっか!!」グワッ
くノ一(まずい――間に合わない)
戦士「 が あ あ あ あ !!!!」
狙撃手「!!」
電龍「!」
くノ一「っ」
僧侶(――その一瞬…コロシアムにいた全ての人々が、戦士さんの発した咆哮に、圧倒された)
女王(それは円卓にいた我々も、魔族の従者も、狙撃手も、恐らくはくノ一ですら)
国王(ただ一人動じなかったのは…その戦士の一番近くにいた――)
雷帝「…」ヒュ
ズバァンッ…!!
戦士「――がっ…」
グラ…
…ドタ………
戦士「………く、はは」
戦士「俺の、負けだ 」
………ドサッ………
狙撃手「…」ハッ
狙撃手(今のうちに――)
くノ一「せりゃぁあっ!!」
バキッ!!
狙撃手「っ!?」
ドサッ
電龍「!」
「お!? なんだなんだ!?」
「勝負がついたと思ったら…人が転がり出てきたぞ!?」
狙撃手「」ゴロゴロ…グタ
くノ一「…」スゥ
くノ一「その者、我らが王国の客人に武器を向けし者!!」
くノ一「神聖な式典を汚さんとする策略は、我らが王国は断じて許さん!!」
くノ一「幾つ策略を巡らせても、我らは何度でもそれを防ぎ、友との絆を守るだろう!!」
雷帝「…!」
戦士(くノ一殿…良かった、これで…)
「え、衛兵、出会え! そ、その者を捕らえよ!」
バタバタバタ…!!
「おい、何がどうなってるんだ?」
「いや、俺にはさっぱり…」
主賓の円卓
女王「…大僧正殿」
女王「どうやら、はっきりしたようですね」
大僧正(………)ドクッ…ドクッ…
大僧正「な…何を言うか。あの者は教会とは何の関わりも…」
女王「そうでしょうか。あの狙撃手を守るためか、どうやら例の奇術が使われたようです」
女王「波動感知をご覧下さい」
フヨフヨ…
「光る石が…ひと所に集まっているぞ!」
「あ、あそこに居るのは…教会の司祭ではないか…!?」
大僧正「で…デタラメだ。策略だ」
大僧正「教会の本意ではない…!! 一部の教徒が暴走して、あのような!!」
女王「そうですか。それではあくまでこの式典を静観するつもりであったと」
女王「女神教会が、手を加えるつもりは欠片も無かったと、言うのですね」
大僧正「………っ」ドクッ…ドクッ…
ボワァン…!
兄「…三つ目の銅鑼。頃合いか」
兄「全軍、丘上に展開!! 魔物の襲撃に備えよ!!」
ザッ…
女王「………では、あの丘の上に展開する十字聖騎士団は、どう説明なさるおつもりですか」
大僧正「!!」
大僧正(馬鹿な…合図があるまで姿を見せぬ手筈がっ…!!)
女王「…」
大僧正(この女…謀ったな…っ!!)
「な、なんだ。何故あのような大軍勢が、あんな所に」
「どういうことだ…これは本当に…」
女王「…ご説明願えますか」
女王「出来ることなら、教皇猊下ご自身の口から」
教皇「………」
ワァアァア…
雷帝「おい」
戦士「…!」
雷帝「人間もまた…一枚岩ではないと、そういうことか」
戦士「…恥ずかしながら」
雷帝「ふん…。何処も変わらん、というわけだ」
戦士「このような、非礼…なにとぞお許し下さいますよう」
雷帝「確かに、命を狙われたことは事実だし、どうやらそれを利用したフシも感じ取れる」
戦士「………」
雷帝「だが」
雷帝「お前が発したあの気合いは…この結果を得るための、渾身の気だった」
雷帝「木剣とは言え、私の本気の一太刀を正面から受けるのを覚悟した上での、な」
雷帝「それは、並大抵の精神力では出来んことだ」
雷帝「…よく、意識を保てたな」
戦士「今にも、飛びそう、だ。骨が、何本か、イカれてしまってる」
雷帝「それはそうだろう。肩を貸してやる」
戦士「…!」
雷帝「言っただろう? 勇気のある者は、魔族からも称賛される」
雷帝「意識のあるうちにこの歓声に答えておくがいい」
ウォオオオォオ…!
「なんか、よくわからないけど、とにかく凄かったぞ!」
「ほぼ互角だったじゃねえか! 魔族相手によく頑張った!」
電龍「………」
電龍「…ちぇー。部長、なんだかんだ人が良いかんなぁ」
戦士(………)
戦士「…かたじけない」
ワァァアアァア…
国王(もしかすれば、あの二人が人と魔の架け橋になるかもしれん、な)
国王(………さて)
教皇「………」
教皇「………なんということか」
教皇「………これは…由々しき事態と言わざるを得ぬ」
女王「………」
教皇「…認めよう。我ら女神教会の腐敗を」
大僧正「きょ、教皇様!!」
教皇「――大僧正」
大僧正「は、はひっ…」
教皇「破門を、命ずる」
大僧正「…っ!!」
ザワッ…
僧侶「教皇様…。恐れながら、大僧正殿ひとりを罰して終わる事では…」
教皇「そなたの言う通りだ。聖女よ」
教皇「よく、女神教会の毒を示してくれた。感謝申し上げる」ス…
僧侶「…!」
国王(………待て)
国王(何かがおかしい)
教皇「最早この席を共にしておる権利すら、私には無いようだ」
教皇「今、この時を持って」
教皇「私は教皇の座から…――」
バリバリバリッ!!
「うわぁ!?」
「な、なんだ!! この光は!!」
国王「…電撃!?」
女王(…なぜ! 一体誰が!!)
雷帝「…っ! どうした、しっかりしろ!!」
雷帝「電龍!!」
電龍「う、ギ、がっ、ァアァアッ!!」
電龍「たす、助け…グォオオォオ!!」
戦士(なんだ!? 突然魔族の従者が暴走し始めた…!!)
バリバリバリバリバリィ!!
「う、うわぁあぁあ!!」
「ま、魔族が暴れだしたぞ!!」
「に、逃げろぉ!!」
「きゃあぁあああぁあっ!!」
ズズーン! ドカァン!!
国王「ば、馬鹿な…」
国王(まさか…魔族すら操る能力を…!?)
国王「波動感知は…!? 一体誰がここまでの干渉をしている!?」
女王「は…反応していません…!」
国王「何だと…!!」
女王(まさか…何故!?)
国王「………これではまるで」
教皇「………」
教皇「…」ニィ…
「陛下、危険です! 待避を!!」
国王「………」
国王(おのれ………)
教皇「………待機しておる十字聖騎士団に指示を出せ」
「はっ」
教皇「やはり、魔族は魔族…分かり合えぬようです、陛下」
国王「…」ギリッ…!
教皇「一度は、間違いを犯した者により地に落ちた女神教会ですが…」
教皇「緊急事態ゆえ、臨時に軍の指揮を取らせていただく」
国王「………くっ!」
女王「陛下…今は引きましょう! 危険過ぎます!」
女王「それに、十字聖騎士団には今彼らが………信じましょう!」
国王「………」
僧侶「教皇様…!!」ザッ…
僧侶「これ以上罪を重ねるのは、お止めください!!」
教皇「…聖女」
教皇「…小娘が。誰の許可を得て、私に口を利いているのだ…」オォオォオ…
丘の上
ズゥン…ドォ…ン
忍(魔族が…攻撃している!?)
忍(作戦は失敗したと言うのか!!)
「お、おい見ろ! 魔族が暴れている!」
「やはり裏切ったか!!」
「団長、指示を!!」
兄「…っ」
忍(教会が手を出してしまったか、魔族が本当に裏切ったか…それ以外か)
兄(いずれにせよ、こうなれば少しでも状況を好転させるために動くしかない)
忍(行きましょう)チラ
兄「…ああ」
兄「一番隊のみ私に続け!! 他の者はその場で待機!!」
「い、一番隊だけ…?」
「魔導士隊に攻撃させないのか!?」
兄「我に続け!!」ダッ
忍(…やむを得ん。今はこうするしか…!)
忍(間に合え…!!)
ドスッ
忍「う…?」
忍「な…」
忍「…ぜ…」
ドサッ……
兄「………すまんな、忍殿」
「だ、団長、殿?」
兄「ヤメだ、ヤメ」
兄「騎兵が突撃などしてもあれではどうにもならん」
兄「魔導士部隊、魔方陣をしけ」
兄「…四天王もろとも、魔族をぶち抜け」
キャアァア… ワァアア…
ビリビリビリ!!
電龍「うッ、ばッ、がぁッ!!」
雷帝「…電龍!!」
雷帝(力が制御できなくなっているのか! しかし一体どうやってそんな真似を…!)
戦士「まさか、操られて、いるのか!? 何処かに術士が…」
くノ一「どうやらその様です」ギロ…
戦士(くノ一殿…! …あれは!)
教皇「…」ォオォオ…
戦士「………教皇自らが…操っているというのかっ!」
教皇「魔族よ!! 我ら人間の信頼を裏切ったその罪、何よりも重いぞ!!」
雷帝「………」
戦士「どの口がッ…!!」
教皇「貴様らは女神の名の元に、裁かれよう!!」
教皇「巫女たちよ、その怒りの炎を此処に送れ!!」
ギュォオオォオッ…!
戦士(巨大な火の玉が作り上げられていく…あれをここに落とすつもりか!!)
くノ一「!? 丘上の魔導士部隊が機能している!? あちらには忍たちが策を講じてるはずなのに…!」
戦士(そうだ…! 兄上達が妨害工作をしかけていたはずが!)
戦士「どうなって、いるんだ…!?」
戦士(! あれは…)
戦士(誰だ…? 魔導士隊の前に立って指揮をしている、あの人影…)
戦士(………まさか)
戦士「嘘だ」
戦士「嘘だろ? 」
戦士「なんで」
戦士「――なんで…」
兄「許せよ、戦士」
兄「――やれ」
くノ一「…っ!」
戦士「ちょっと待て…!」
戦士「待ってくれッ…」
戦士「何をしているんだよ!!」
戦士「操られているのか!! なあ、そうなんだろう!!」
戦士「兄上ぇッ!! 」
くノ一「戦士殿っ! 離脱しましょう! 巻き込まれます!」グイッ…
戦士(何故…どうして…!!)
雷帝「…」
戦士「…っ」
雷帝「お前の兄? あれがか」
雷帝「なるほど。よく、分かった」
雷帝「――人間は、信用するに値しないという、現実が」
戦士(違うんだ…)
戦士(待ってくれ…)
戦士(ああ、くそ、駄目だ…)
戦士(意識が………遠退く…)
電龍「ぶ、ちょー…!」
雷帝「電龍、気を取り戻したか! 逃げるぞ!」
電龍「へっ…へへ…」
電龍「俺は、無理っス、わ。部長…」
雷帝「馬鹿を言うな。泣き言は聞かん。跳べ!」
電龍「ひ、ひえ…。相変わ、らず、鬼だなァ」
電龍「お、れ、もう動け、ないっス。置いてってください、よ」
電龍「あんなの、落ちてきたら、流石の部長も、やばい、しょ」
雷帝「もう喋るな」
電龍「…うらァ!!」バチィッ!
雷帝「っ…!?」ビュオッ
電龍(おー、ぶっ飛ばせたぶっ飛ばせた。四天王の部長相手にも、俺けっこうやれるもんだなァ)
電龍(ま、不意打ちだけどな。日頃の怨みってことでね、勘弁してくださいよ。いっぺんやってみたかったんだよなー、上司ぶっ飛ばすのとか)
電龍(怒られるかもしんないけど…。けどね、あんたみたいな良い上司、部下としちゃ死なすわけにはいかねーんすよ)
電龍(我ながらカッコつけたなーとも思うけどさ)
電龍(ったく。貧乏クジ、引いたわ。マジで)
ゴォオオオオォオォオッ…!!
「す、すごい魔法だ!」
「これなら魔族もひとたまりもないぞ!!」
教皇「………ふん、四天王を始末しそこねたな」
教皇(だが、四天王ですら逃げ惑う他ない程の破壊力。これは大きな成果だ)
教皇「おい、そこの」
「はっ」
教皇「聖女は魔族の邪気に当てられて気を失っておる」
僧侶「」グタ…
教皇「丁重に教皇領へ連れ帰り、自室で落ち着いて頂け。暫くは心が乱れ、暴れるやもしれぬ。部屋から出すな 」
「はっ!」
雷帝「――人間よ」
教皇「………」
「うわ!? どこから声が聞こえてくるんだ!?」
「い、いやあ! 魔族の声だわ!」
雷帝「我々を陥れたその罪。必ずその身をもって償わせてくれよう」
雷帝「戦場で、汝らの死神として姿を現すその日までに、覚悟を決めておくがいい」
教皇「我ら女神の子らは、魔族には屈さぬ!!」
教皇「聖なる力の導きのもと、魔王を討つであろう!!」
雷帝「クックック…聖なる力、か」
雷帝「女神もとことん、墜ちたものだな…」
サァアァア…
教皇「去ったか」
教皇「聞け!! 女神の子らよ!!」
教皇「魔族の卑劣な裏切りにより、最早魔王軍との戦いは避けられぬところまできた!!」
教皇「だが恐れるな!! 我らには大いなる力がついている!!」
教皇「今こそ武器をとれ!!」
教皇「女神の名の元、立ち上がるのだ!!」
国王(くっ…)
国王(糞ったれ!!)
十字聖騎士「動かれませぬよう、お願いいたします」グイ
女王「王族へのこのような狼藉、許されると思っておるのか!!」
十字聖騎士「緊急事態ゆえ…御二人にもしものことがないようにお守りするよう、教皇様より仰せつかっています」
女王「これは、拘束というのじゃ!!」
「へ、陛下っ…!」
「糞、何故体が、動かん!?」
女王(近衛隊…! 術に嵌められているのか!?)
女王(それなのに何故、波動感知が作動しないのじゃ!)
教皇「女王陛下…そのように昂られてはお身体に触りますぞ」
女王「教皇…貴様!!」
教皇「王立魔術学院の総力を上げて…ということでありましたが」
教皇「それが反応していない、ということは…これは紛れもない、魔族の裏切り」
教皇「…まあ、魔法の原理から導いた感知能力では、魔法を遥かに越える密度の波動は…或いは感知出来なかったのやも、しれせぬな」
教皇「しかし、結果は結果」
女王「………」ギリ…!
教皇「国王陛下…」
教皇「幻の和平を唱え、魔族を招き入れ、王国を危険に晒したこと…城の自室で悔いて頂こう」
国王「………人間は、滅びるぞ」
教皇「まだおっしゃるか。陛下も目にしたはずだが。あの強大な力を」
教皇「それに…我々を人間の闇と蔑んだ王家の皆様も、随分と策謀を巡らせたものだ」
教皇「女神を信ずる、若く賢い勇士が現れたことが…我らにとっても、救いであった」
女王「………洗脳にかけたのか…!?」
教皇「…さて」
教皇「それはどうでしょうな」
兄「………」
兄「…十字聖騎士団! 民の救助に向かえ!!」
「はっ!」
兄「急げ!」
兄「………」
兄「これで」
兄「…これでいい」
――ダンッ!!
兄「!」バッ
忍「ぬぉおおっ!」ジャキィ!
スパッ
兄「くっ…!」ツー
忍(外した…!?)
兄「ちっ、簡単には倒れんか!」
兄「やむを得ん…」オォオ…
忍「………!!」
忍「この技は…まさか!!」
兄「………」
忍「き…」
忍「貴様ァアァアッ!!」
兄「おさらば」ブン
ザクッ…
「だ、団長! 平気ですか!」
兄「…ああ」
兄「私は平気だ。それより住民の避難を最優先」
兄「やる事は山のようにあるぞ。急げよ」
「はっ!」
兄(そう)
兄(もう引き返せはしないのだ)
兄(…父上)
兄(父上がしなかったやり方で、俺は王国を守ってみせます)
盗賊「………」
盗賊「あの馬鹿…。しくじりやがった」
??「どうするのかしら? あなたはまだ、迷っているみたいだけれど」
盗賊「――…もう」
盗賊「あの王国には、賭けられるものは残っちゃいねぇ」
盗賊「全部、かっさらう」
盗賊「力を貸せ。今日からお前は…」
盗賊「俺の軍師だ」
軍師「…ふふ」
軍師「そう来ると思って、既に手は打ってますよ、盟主様」
港町 商館
商人「………」
役員「社長…。あの女からの使いが来てやす」
商人「…ちっ」
商人「女は嫌いなんだよ、あたしゃ」
役員「追い返しますか」
商人「辺境連合軍か…まあ、実現するなら、良い金ヅルになりそうじゃないか」
商人「乗ってやるよ」
役員「…しかし、今回の教会との取引で、既にノルマは達成してます。少々、危険過ぎやしませんか」
商人「危険? はっ、この商売がヤバくなかった時なんてあるかい」
商人「………金はあればあるほどいい」
商人「我々武器商会は誰にも属さず、誰にも寄りかからず」
商人「自分達の身は、自分達で守るんだよ」
役員「へい」
――
――――
――――――
王城
兄「…それで? 教皇様より兵を預かってしてきたことが、たったこれだけか?」
貴族「はっ…それは、そのぅ…」
兄「お前の部隊長の任を解く。能力のないものは十字聖騎士団、改め王国正規軍には必要ない」
貴族「!! お、お願いですぅ!! もう一度、もう一度チャンスをぉっ!!」
兄「本来ならば、新たな軍法に照らし合わせて処刑とするところを、降格で良しとすると言っているのだ。下がれ、私は忙しい」
兄「今後は一兵卒として、活躍してくれ」
貴族「うぅ…そんなぁ…」
「将軍閣下。そろそろ王国軍出陣の儀の時間であります」
兄「分かった。すぐに向かおう」
兄「………いよいよか」
教皇「――汝、その血と肉に、戦場を駆けるその風に、女神の加護を授けん」
兄「…有り難き、幸せ」
「最後に、国王陛下よりお言葉を賜るッ!」
国王「………」
兄(…陛下)
国王「――あれは女神の力などではない」
国王「人の欲望が生み出した、幻影だ」
国王「存在もしないものに魅了されて…それに多くの命をかけるのは愚かなことだ」
兄「………」
兄「例え、幻影だとしても」
兄「魔王が討てるのならば…人には幻影が必要なのです」
兄「力があれば、平和すら手に入ります」
国王「…馬鹿なことを。真の女神の加護なくしては、魔王は討てん」
兄「………そうではないことを、証明して参ります」
女王「………」
兄(女王陛下…やつれたな。俺にあの日の策を託したことを悔いておられるのか)
兄(その選択は、間違いなかったという事を…示してみせます。だから…)
兄「…どうか、心穏やかな日々を、お過ごしください」
女王「………」
兄「…ふう。後は軍を率いて旅立つのみ、か」
兄「私の部屋に見送りにくる者など、ひとりも居ないな。これでも将軍なんだが」
兄(…嫌われたものだ。まあ、当然か。信頼の全てを裏切ってみせたのだからな)
兄(それでも…。全てと引き換えに、今や力は我が手中にある)
兄(成し遂げてみせる)
兄(真の平和を)
戦士「………」
兄「…おや」
兄「こんな私にも、見送りが居たか」
兄「傷は良くなったようだな。送別の花でも手向けにきてくれたか?」
兄「…なんて、気の利いたことが出来る男じゃないよな…」
戦士「………」チャキ…
兄「…まったく。お前は理解できないことがあればすぐ剣か?」
兄「そんな事だから、いつまでたっても甘いのだ、お前は」
戦士「…黙れ」
戦士「兄上の顔で、声で、言葉で」
戦士「それ以上語るな」
戦士「お前は兄上などではない」
戦士「操られ、ままならぬ姿の兄上を見ているのは………もう俺には耐えられない」
兄「…戦士」
兄「信じているのだな。俺を」
兄「父上を信じていたのと、同じように」
兄「でもなあ…戦士よ」
兄「俺は、操られてなど、いないんだよ」
兄「それが、現実なんだ」
兄「………受け入れてくれ」
戦士「嘘だっ!!」
兄「嘘じゃあない。俺の身体は俺のもので、俺の記憶だってそうだ」
兄「お前が小さな時、勇者ごっこに夢中になりすぎて、屋敷の階段から落ちたことだって覚えてる」
戦士「…やめろ」
兄「そういえば、あの時から俺は魔王の役回りばかりさせられていたな」
戦士「…やめてくれ」
兄「あれからもう二十年経つが…今のお前にしてみれば、俺は魔王のごとき存在に見えるのか?」
戦士「やめてくれっ!!」
兄「………」
兄「そう言えば、お前は勇者一行になったんだっけな。夢が叶って良かったな」
兄「でも、そんなものでは国は守れない」
兄「現実は………お伽噺話のようには、いかないんだよ」
戦士「うあああああああああああッ!!」
ダッ
ビタッ…!
戦士「ッ!!」
戦士(か、身体が…動かない…!!)
兄「…お前は、無力だ」
兄「考えも無しに突っ込んで、何が出来るというのだ」
兄「今や将軍たる俺に刃を向ければ…また謀反人に逆戻りだということも、分からんのか?」
戦士「…謀反人になろうが何だろうが…!」
戦士「俺には、もう譲れないものがあるんだ…!!」ググ…
戦士「守りたいものが、あるんだっ!!」グググ…
兄「力の無い者に、何も守れはしない!!」スッ
ズダァン!
戦士「うぐぅッ…!」
戦士「………兄上までもが…あの忌まわしき術を使うのか…」
戦士「父上を死に追いやった…その呪われた技を…!」
兄「使えるものは利用するだけだ」
兄「紛い物だろうが何だろうが、強きものだけが残るのだ!!」
ドタドタドタ…
「将軍閣下! 今なにか物音が…っ!? これは…!」
戦士「………」
兄「………」
兄「…なに、弟が見舞いに来てくれただけのことさ」
兄「我が一族には、こういう荒々しいしきたりがあってね…」
「し、しかし閣下! この者は武器を!!」
兄「暫くは動けない。放っておけ」
兄「………出陣するぞ」
兄「………」ツカツカ
戦士「…兄上が」
戦士「兄上が言ってくれただろ…」
戦士「"お前には、大事なことを感じ続ける力がある"って」
戦士「俺が…大事だと信じていたこと…」
戦士「――…間違って、いたのか?」
兄「…間違っていたのかどうかは、後の世の人間が好きに決めればいい」
兄「俺は俺で、お前はお前で、この国のことを思った」
兄「ただ歩く道が………遠く離れてしまった」
兄「それだけのことさ」
戦士「…待て、よ」
戦士「約束しただろ。女勇者様の、手紙…」ググ…
兄「………」
兄「もう………」
兄「俺には必要ないものだ」
戦士「………っ」
兄「さらばだ」
兄「我が弟よ」
戦士「………」
くノ一「………戦士殿」
国王「…」
国王「…兄弟とは、不思議なものだな」
戦士「………」
国王「同じ親を持ち、数えきれぬほど多くのことを共にしていたはずなのに…」
国王「気づけばいつの間にか、全く別の生を歩んでいる」
国王「それでいて…失ってしまえば、その代わりなるものなど、ひとつもない」
戦士「………」
くノ一「…」
くノ一「――忍は、血の繋がらない兄でした」
戦士「え…?」
くノ一「陛下の陰の力となるべく、一緒に育てられてきた義兄妹」
くノ一「兄者は私よりも遥かに優秀で、大事なことのためならどんなことも犠牲に出来る人でした」
くノ一「私は、まだまだ未熟で…あの日ですら、小さな子供を相手に手をあげることを、躊躇した」
くノ一「兄者が見たら、怒っただろうな…」
戦士「………俺は」
戦士「弟なのに、兄上のことを何も分かっていなかったんだ」
戦士(俺は…いつまでたっても)
戦士(結局、何も分からないままだ)
くノ一「………どんなに絶望を感じても」
くノ一「ひとには、出来ることが必ず残されている筈です」
くノ一「何度だって、立ち上がる権利があるはずなのです」
戦士「…くノ一」
くノ一「共に、陛下を支えましょう」
くノ一「最後の最後まで」
国王「――まだ、全てが終わったわけではない」
国王「お前の役目を、終わらせてやれはしないぞ」
国王「お前の居場所は」
国王「余の側だ」
戦士「………」
戦士「はい」
――
――――
――――――
――――――
――――
――
「戦士さんへ」
「王国正規軍は魔王の大陸を攻め上がり、猛進を続けているようですね」
「そして、今回のあの件…。一見、人類の行く末には、光が射し込んだように見えますが」
「私にはどうしても、このまますんなりと事が運ぶようには思えません」
「女神のあの言葉を、覚えているでしょうか」
「魔王は勇者一行の結成を待たずして攻めてくる。それは勇者が神託を受けるのとほぼ、同時だ…と」
「感じるのです…魔王の力が、大きな衝動を抱えているのを」
「………私たちが対峙するものは、もしかするととてつもなく強大なもので」
「あまりに無力な我々には、成す術もないのかもしれません」
「王国も抜かりなく備えているとは思いますが、くれぐれも注意して下さい」
「それと…」
「王国と、辺境連合との戦いが熾烈化していると聞いて、胸を痛めています」
「戦士さんと、盗賊さんが戦うなんて…和解の道は無いのでしょうか」
「私に出来ることがあれば、何でも言って下さい」
「僧侶」
戦士「…僧侶殿」
戦士(幽閉されていて尚、こうして秘密裏に文書を送ってくれる)
戦士(なんとかしてやりたいが…教皇領には、近づくこともままならん)
戦士「勇者一行…か」
戦士「それが真のことかどうか…今日こそ、はっきりするのだろう」
戦士(例えそれが真実だったとして…)
戦士(今さら何になるんだろうな)
「戦士殿。お時間です」
「勇者が、謁見の間に入室します」
戦士「…そうか」
王城 謁見の間?
戦士「…陛下」
国王「ついにこの日が来たな」
戦士「はい。彼は、本物なのでしょうか」
国王「まあ、教会の発表だからな。どうとも取りづらいが…。実際にその力で、地方の小さな集落をオークから救ったのだとか」
国王「女神に会ったお前は何も感じんのか?」
戦士「…はい。あの場に居た者たちにはそもそもその自覚はないですし、女神も勇者が誰とは言わなかったので…」
国王「そんなものか。なんか、こう、ないわけ? 運命を感じる…! みてーなの」
戦士「陛下におかれましては、絵巻物の読みすぎかとぞんじます」
国王「うるせーや」
国王「だが、しかしこれで…前線の兵士がいたずらに死ぬことも、防げるかもしれん」
国王「王国軍も…魔王軍もな」
戦士「………」
国王「その運命を、魔王と…一人の人間に任せるのは、間違っていると言わざるを得ないが」
国王「…まったく、ままならんな。女神様は何をお考えなのだか」
戦士「陛下…」
国王「それでも、余は勇者を激励せねばならん」
国王「むごたらしい運命を背負わせると分かっていても、送り出してやらねばならん」
国王「それが余の仕事だ」
「勇者様、入室されます!」
国王「…よくぞ参った。勇者よ」
勇者「はっ」
戦士(………あれが、勇者)
戦士(若いな。しかし、女勇者様も魔王を討った時はあれぐらいの歳だったと聞く)
戦士(本当にあの者が、女神の言っていたものなのか)
戦士(なんとも、感慨の無い出会いだ)
国王「知っての通り、魔王軍には王国正規軍が攻撃をしかけているが、未だ魔王撃破には至らない」
国王「女神の加護を…」
国王「…真の強さをもつそなたならば、きっと魔王を討てるのはずだ」
勇者「………」
国王「世界の重みをその肩にかけることを…許せ」
国王「勇者よ! 遊撃隊として勇者一行を組織し、魔王を撃破するのだ!」
勇者「はっ!」
国王「さあ、勇者よ!」
国王「いざ、旅立ち――」
バタンッ…!
伝令「で、伝令!」
伝令「魔王が、攻めてきました!」
国王「なに…!? それは真かっ!?」
勇者「…!」
ザワザワ…
伝令「はっ!!」
「ま、魔王が…?」
「そんな馬鹿な…! 勇者が旅立ってこれからと言う時に!」
「なんということだ…っ」
国王「…状況を詳しく申せ」
伝令「はっ!本日未明、魔王軍との最前線基地へ、新たな敵軍が出現!」
伝令「我が国の軍は、新手の出現からわずか半時で全滅しました…!」
国王「な、なんだと…!?」
戦士(――全、滅?)
戦士(王国正規軍の、"全滅"--)
戦士(それは………)
戦士(司令官の死をも、同時に意味する)
伝令「新手はどうやら、魔王と直属の精鋭兵のようです!」
戦士(死んだ?)
戦士(こんなにも、あっけなく?)
勇者「魔王が、自ら…!」
――兄「いつもいつもそういう場は面倒だと私に押しつけて…」
――兄「ふっ、可愛くない弟だ」
―― 兄「…約束だ」
伝令「魔王の部隊は、その後直近の拠点を蹂躙!南方大陸から海路に出ました!」
――兄「もう、俺には必要ないものだ」
――兄「さらばだ。我が弟よ」
伝令「その猛進凄まじく…我が国の港町までおよそ数刻…!!」
――兄「ふぐっ…馬鹿言うな…俺が泣くわけないだろう………」
――兄「よく、生きて戻った」
――兄「戦士」
戦士(………………兄…上)
「う…嘘だ…港町まであと数刻だと」
「港町からは、もうこの王城まで砦ひとつ隔てるのみだぞ!?」
「お、王国軍は!? 王国軍はどうなって…」
「主戦力の半分以上は最前線に送られているはずだ…それが全滅…」
「で、ではもはや港町以降を守れる人類の戦力は…!!」
「そんな…そんな馬鹿な!!」
国王「………」
兵士「し、失礼致します!」
国王「…今度は何だ」
兵士「陛下、こちらの書状を…。港町の長から、火急の報せとのことです!」
国王「港町…長というと、武器商会の長か」
国王「よい。読み上げてみよ」
『魔王との闘いは、近いうちに起こるでしょう』
『避けることは出来ません』
『魔王は、絶大な力を示して現れます』
『魔王は、勇者一行の結成を待たずして攻めてきます』
『勇者が、神託を受けるのとほぼ、同時にです』
『…あなたたちはそれぞれ別々に、魔王と闘うことを強いられます』
戦士「――どうやら全ては現実のこととなるようです」
国王「そうみたいだな」
戦士「私は、戦いに赴かなければなりません」
国王「そう言うことに、なるだろうな」
戦士「残存の王国軍を全て率いて、王国南方の砦に布陣します」
国王「確かに、それが良さそうだ」
戦士「…陛下?」
国王「………」
国王「こうなるかもしれんと分かっていて…それを止めることも出来なんだ」
国王「余は、人類の歴史上最も愚かな国王として記憶されるだろうな」
国王「しかし、どうやら悲劇に酔っている時間もどうやら残されてはいない」
女王「………陛下」
くノ一「………」
国王「戦士」
戦士「…はっ」
国王「共に足掻いてくれるか」
戦士「…」
戦士「私は、陛下のつるぎです」
戦士「最後の、時まで」
国王「そうか。では――」
国王「お前に、将軍の地位を授ける」
将軍「御意」
くノ一「戦士殿…」
くノ一「…いえ、将軍閣下」
将軍「…はは。お前にまでそう言われてしまうのは寂しいな」
くノ一「………いつか」
くノ一「この時が来るであろうと、覚悟はしておりました」
将軍「そうか」
将軍「………離れていても、我らのすべきことは変わらんさ。そうだろう?」
くノ一「…はい」
将軍(…例え、それが生と死ほどの距離であっても)
くノ一「隠密である私は、涙も失って久しく…可愛くない女ですね」
くノ一「こういう時に泣くことも出来ません」
将軍「…」
くノ一「将軍閣下」
くノ一「我らは、陛下をお守りすると誓い合った身。なまじ本懐を遂げずにおめおめと戻られようものなら」
くノ一「私は、あなたを許しません」
将軍「…ああ。分かっている」
将軍「それではな」
くノ一「はい」
将軍(よく分からんな…女心というものは)
将軍(嘘をついてまで、激励しなくてもいいだろうに)
将軍(兄者を失った時も人知れず、泣いていたろう。知ってるぞ、私は)
将軍(そして、私が去ったその部屋で、泣くことも)
将軍(優しさを捨てきれないお前が、そうまでして…)
将軍(…よく、分からんよ)
将軍(なあ、兄上。兄上だったら分かるのか?)
――兄「俺はな。お前にはひょっとしたら――」
将軍(…あの時、何を言おうとしていた?)
――兄「いや…。なんとなく、な。お前が先に見るべきな気がしたんだよ」
将軍(あの手紙を、兄上が読んでいたら…こんなことにはならなかったのか?)
――兄「うるさい。…兄ってものはな、色々考えてるんだよ」
将軍(何を考えていたんだ?)
――兄「…間違っていたのかどうかは、後の世の人間が好きに決めればいい」
――兄「俺は俺で、お前はお前で、この国のことを思った」
――兄「ただ歩く道が………遠く離れてしまった」
――兄「それだけのことさ」
将軍(分からないよ…そんな言葉で)
将軍「納得、できないよ」
将軍「死んでしまうなんて、ずるい」
兵士「か、閣下?」
将軍「………」
将軍「…中央、左翼は重装歩兵を前に出せ!!」
兵士「し、しかしあの破壊力の前では」
将軍「敵がいかに屈強でも、立ち止まるな!!」
将軍「決して歩みを止めるなッ!!」
将軍「我らの後ろに逃げ場などとうにないッ!!」
将軍「ここが、この王国軍が人類最後の砦だッ!!」
将軍「進めッ!!」
将軍「死して尚も前へッ!!」
将軍(全てを失った時…)
将軍(私は只のいち戦士へと戻るだろう)
将軍(そしてその時、私は)
将軍(死んでいるんだろう)
(そう思っていた)
「…それなのに」
「何故、私は生きているのだろうな」
「教えてくれないか? 魔王よ」ユラ…
氷姫「! 何、コイツ…」
炎獣「お前…」
魔王「炎獣、見覚えが?」
炎獣「…ああ。戦場でデカイ声張り上げてたからな。こいつは王国軍の…」
「そう。私はずっと、王国を守るために戦ってきた」
「守るべきものが、王国にはあった」
「色んなものに守られもした。そういう幾つもの想いを胸に進んでいくうち」
「人は私を、将軍、と呼ぶようになった」
「だが今の私は将軍などではない」
「兵を失い、旗は燃え尽き、剣は折れた」
「私は最早何も持たない」
「そう、私は只の――」
戦士「戦士だ」
戦士(滑稽だ)
戦士(何も出来はしなかった)
戦士(何も守れなかった)
戦士(何も分からないまま死んでいく)
戦士(何が勇者一行だ)
戦士(………万死に値する)
――「それでも」
――「何度でも立ち上がる権利が、あるはずです」
戦士(…うん)
戦士(そうか、だから私は)
戦士(身体は軋み、剣は折れ、兵を失い、誇りは費えても)
戦士「…」ザ…
戦士(この者達の前に立ち塞がろうとしている)
炎獣「退かないってか」
戦士「それが、私の権利だ」
炎獣「…そうかよ」
炎獣「じゃあ、手加減しねえからな」
戦士「…いざ」
ヒュオオォ…
炎獣「…」
戦士「…」
炎獣「…」
戦士「…」
ガラ…
戦士「」ドンッ
炎獣「」バッ
戦士(………盗賊。貴様は何を思いながら死んだ?)
戦士(商人、貴様はどうだ?)
戦士(………兄上)
――戦士「あにうえ!」
――戦士「オレ、おおきくなったら、ゆうしゃになるんだ! そして、まおうをたおすんだ!」
――兄「ゆうしゃ? おまえ、しってるのか? まおうのてしたには、まおうしてんのうってヤツがいるんだよ」
――戦士「じゃあ、してんのうもたおす!」
――兄「…あのな、ゆうしゃって、めがみさまにえらばれなきゃ、なれないんだぜ」
――戦士「ええ!? じゃあ、どうしよう?」
――兄「おれは、りっぱなせんしになりたいんだ。ちちうえみたいな!」
――戦士「せんしだったら、なれるのか!?」
――兄「うん、たいせつなココロエをもてばなれるんだって、ちちうえがいってた!」
――戦士「じゃあ、おれもせんしになりたい!」
――兄「…まねするなよ」
――戦士「べつに、いいだろ! あにうえといっしょがいい!」
――兄「…おまえが、おれよりいいせんしになったら、おれヤだなあ」
――戦士「あにうえより、いいせんしになんて、なれっこないよ! あにうえはスゴいもん!」
――兄「おまえ…」
――戦士「たいせつなココロエをまもって、いっしょにつよいせんしになろう!」
――戦士「そして、ちちうえみたく、まおうやしてんのうを、たおそうよ!」
――兄「…もう、いいだしたらきかないんだから」
――戦士「やくそくだよ、あにうえ!」
――兄「…」
――兄「うん。やくそくな」
戦士(兄上)
戦士(俺は、ほんとは)
戦士(勇者なんて大きなものになれずとも良かった)
戦士(兄上と共に並び立つ、ひとりの戦士であれば、それだけで)
戦士(――だから、最後まで)
戦士(俺はただただこの剣に)
戦士(俺の思いを託して)
戦士(死んでいくよ)
《――己の全てを、伝えるために剣を振れ》
《自分の伝えたいことを…忘れるな》
《もののふだったら、その剣に誓ったことを忘れるな》
《相手の命を奪う剣だから…それで正しいと思う道を示せ》
《人を切り伏せる時こそ…自分を伝えろ》
戦士(それが、戦士であることの、大切な――)
炎獣(――なんだ、こいつの剣…)
炎獣(ああ、そうかよ)
炎獣(お前も、守りたかったんだな)
炎獣(守るための、剣だったんだな)
炎獣(俺も、あんたみたく)
炎獣(守るための道を行けたらって思うよ)
炎獣(………羨ましい、な)
――狩人「………皆の、仇」
炎獣「…っ!」ズキッ…
ズガァアァンッ!!!
氷姫(一瞬――)
氷姫(炎獣の爪がほんの僅かにブレた)
氷姫(敵に受けた銃弾の傷が、微かに炎獣の踏み込みを甘くした)
戦士「」
氷姫(敵は一撃で消し飛んだ)
氷姫(――でも、折れた剣を握った腕だけが)
氷姫(怨念のように魔王の方へ、吹き飛んできたのに)
氷姫(咄嗟にあたしは反応出来なかった)
氷姫「――魔王っ!」
魔王「!」
魔王(腕だけになってまで――!! なんて執念)
魔王(弾き落とさなければ)サッ
ヒュンッ
魔王「なっ!?」
魔王(消えたっ!?)
ドシュッ
木竜「がァッ………!」
魔王「爺…!?」
炎獣「爺さん!!」
氷姫「ジィさんっ!!」
木竜「ぐっ、ごっ………」
魔王(何故っ…!)
魔法使い「やはり…人間と言うのは興味深いですね」
魔王「――!!」
炎獣「誰だっ!」
氷姫(この魔力…あの時の!)
魔法使い「想いの力…それは時より奇跡のような結果をもたらすのですよ」
魔法使い「折れた聖剣にも、あなたの想いのエネルギーは充分に蓄積された」
魔法使い「僕は、それをちょっとだけお手伝いしましょう…"王国軍の鬼"、戦士殿」
魔王「あ…」
魔王「あなたは--」
魔法使い「解放せよ」
木竜「グッ…」
木竜「………側…近………」
木竜「………貴様………」
魔法使い「お久し振りですね、木竜」
魔法使い「そしてさようなら」
ギュオォオォオオォオッ!!
木竜「グァアァアァアァアァアァアァア!!」
魔王「じっ…」
木竜「グァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアッ…!!」
魔法使い「………弾けろ」
パァンッ…!!
魔王「――爺ぃぃっ!!」
氷姫「そん、な」
炎獣「…爺…さん…?」
魔法使い「おや」
魔法使い「すんでのところで、間に合いませんでしたか。まったく、集中治癒とは恐ろしい術ですね」
魔法使い「四天王を二人片付けられると思ったんですが――」
雷帝「――貴様ァアァアッ!!」ダッ
魔法使い「久しいですね、雷帝」
魔法使い「ですが、病み上がりで無理をするものではありませんよ」
ポンッ
雷帝「っ!?」グルンッ
ドサッ
氷姫「雷帝…!」
氷姫(こいつ、転移を…)
炎獣「」ドンッ!
炎獣(――殺す)
魔法使い「おっと」ヒュンッ
炎獣「!? 消えた――」
魔法使い「おお、恐い。武闘家さんを倒したひとと、まともにやり合いたくなんかないですよ」
魔法使い「それに、本調子じゃ、無さそうですし、ね」ス…
ズゥンッ!…
炎獣「がっ!?」
炎獣(なん、だ…身体に…何かが、のし掛かってる、みてぇだ…!!)
氷姫「炎獣っ!」
魔法使い「…さて」
氷姫(こいつ、何者なの…っ!?)
氷姫(じ、尋常じゃない魔力…!!)
氷姫「ま、魔王…。下がって!」
魔王「………」
魔法使い「…ふふ。絶体絶命、といった所ですか? 今までにないピンチですねぇ」
魔法使い「…ですが、こんな所にしておきましょうか」
魔法使い「これ以上、手を出すと………貴女は怒り狂って、世界を破滅させてしまうかもしれませんし、ね?」
魔法使い「――魔王」
魔王「………」
魔法使い(ただならぬ圧力ですねえ。魔王の貫禄、ってやつですか)
魔法使い(あなたの娘はこの通り、ご立派に成長なさってますよ………先代。しかし…)
魔法使い「そんなに高ぶっては…コントロール出来ないのではないですか?」
魔法使い「…今、正に力を取り戻しているのでしょう」
魔王「………」
魔法使い「そんなに睨み付けないで下さい。これでも貴女の発する圧のせいで、息苦しくってしょうがないんですから」
魔法使い「分かりましたよ。私はこれで引きましょう」
魔法使い「まあ、木竜の撃破、という目標は達成したわけですし」
魔法使い「底なしの魔力で回復をし続ける彼が居ては、人間に勝ち目はありませんから。ヒーラーから撃破、は定石ですしねぇ」
雷帝「………側近…貴様ァ…!!」
魔法使い「ふふ。それはもう…死んだ者の名ですよ」
魔法使い「私はただの、魔法使いです」
魔法使い「それでは…また後程、まみえましょう…」
ヒュゥン…
氷姫(…さ、去った…)
氷姫「………雷帝」
氷姫「あんた…今、"側近"って…言った?」
雷帝「………」
雷帝「ああ」
雷帝「間違いない…奴は、先代様の側近を務めていた魔族だ」
雷帝「あいつは………女勇者に殺されたはず…」
炎獣「………」フラ…
炎獣「…なあ」
炎獣「爺さん」
炎獣「死んじまったのか?」
魔王「………っ」ギュウ…!
雷帝「――…」
雷帝(私が…)
雷帝(私が死ぬべきだった)
氷姫「…う…」
氷姫「うぅ…」ポロ…
氷姫「ジーさん…」ポロポロ
魔王「………………」
炎獣「…こんなもんかな」
雷帝「…」
氷姫「こんな…人間の土地で、木々もないところに墓なんて、さ」
氷姫「酷いもんだよね…」
氷姫「ごめんね…ジーさん」
炎獣「…」
魔王「………」
魔王「全て、終わったら」
魔王「きちんと、埋葬しましょう。木竜が治めていた森に」
炎獣「…そーだな」
魔王「今は」
魔王「進まなきゃ」
氷姫「…うん」
雷帝「…」
雷帝「翁の治癒魔法と翼を失った私たちは」
雷帝「地上からの行軍で、最小限のダメージに抑えつつ、勇者の元を目指す必要があります」
雷帝「炎獣は片腕を失い、致命的とも言える弾丸の傷を首筋に受けている」
雷帝「氷姫は、究極氷魔法で魔力を使い果たしており…それも翁がいない今となっては、時間経過による回復を待つ他ない」
雷帝「私は…魔剣を失い、その呪いも完全には浄化出来ていない」
雷帝「それでも、我々四天王の力で魔王様をお守りし、王城を突破しなければならない」
炎獣「…」
氷姫「…」
魔王「城下町か…あるいは、王城でなのか…。彼は再び私たちに牙を向いてくるでしょう」
魔王「加えて、勇者。この二人を、残りの力を振り絞って倒さなきゃならない」
魔王「私も皆と一緒に、前線に立つ。ただ…」
魔王「…」ギュウ
氷姫「魔王…?」
雷帝(魔王様…)
炎獣「…魔王の力は、近接戦向きじゃない。これから城下町に入っていくのだとして…もし人間がゲリラ戦を挑んでくることがあれば、力も使いづらいだろ?」
炎獣「細々としたのは、俺たちで蹴散らすぜ。それでいいよな、雷帝」
雷帝「…ああ、そうだな」
魔王「…」
魔王「うん。分かった」
炎獣「さあ、行こうぜ」
炎獣「悲しくても、進まなきゃ」
魔王「炎獣…」
雷帝「…ああ」
氷姫「………」
氷姫「アンタに言われるまでもないわよ」
氷姫「偉そうに言ってんじゃないわよ、このチビ! トンチキ! スンタラズ!」
炎獣「ぇえっ!? ここでそれを言うかぁ…」
氷姫「ふふ。さ、魔王!」ス…
魔王「…うん!」
ギュ…
魔王「行きましょう!」
雷帝(さあ、いよいよ王国の懐だ)
雷帝(ここまで来て、我らに何を見せるつもりだ…)
雷帝(人間)
教皇領
僧侶「………」
僧侶「戦士、さん…」
僧侶「逝って、しまったのね」
僧侶(盗賊さんも、商人さんも、武闘家さんも。そして…)
僧侶(戦場に立った、沢山の人々も…)
僧侶(――もはや人類は滅び去ろうとしている。希望を託す存在があるとすれば、それは…)
僧侶(勇者)
僧侶「…なんとか、ここを脱出しなければ」
僧侶「勇者様に、会わなければ…」
ガタガタ…ゴトンッ
僧侶「!?」
僧侶「誰…?」
???「僧侶殿…ですね?」
僧侶(女性の声…)
???「私は女王陛下の使いの者。いまお助けします」
僧侶「女王陛下の…」
ガチャン…!
くノ一「お待たせしました。さあ、十字聖騎士に気付かれぬうちに、脱出しましょう」
僧侶「…!」
僧侶「私を何処へ連れていくつもりなの?」
くノ一「勇者様のところへ」
くノ一「かつて、貴女は女神の啓示を受け、聖女として勇者一行として認められたことがおありのはずです」
僧侶「…魔王に抗う手段のために…ということね」
くノ一「はい。確認できる勇者一行は、もはや貴女1人だけなのです」
僧侶「分かりました。行きましょう」
僧侶(何が出来るか、分からないけれど…それでも、少しずつでも前進できるのなら)
僧侶(この身は惜しくない)
くノ一「さ、こちらへ」
くノ一「我々の手の者が馬車を用意しています」
僧侶「はい」
僧侶「でも…女神教会の人間である私を、王家に仕えるあなたが信用してくれるの?」
くノ一「…ええ」
くノ一「貴女はあの日…建国の儀式の時、我らと共に教皇を倒そうとして下さいました」
くノ一「結果は、どうあれ」
僧侶「そう。あなたもあの時…」
くノ一「…」
くノ一「戦士殿から、よくお話を伺っておりました。僧侶殿は、聖女の名に相応しい高潔で強い心を持った方だと」
僧侶「戦士さんが…」
僧侶「…聖女なんて、名ばかりよ。私は、多くを救うために誰かが犠牲になることを、厭わない」
僧侶「あの日だって、この超常の力を策謀のために利用してみた」
くノ一「円卓の席で見せた術ですね。両陛下すら、操られるままであったとか」
僧侶「操ってなどいないわ。私に出来るのは、せいぜい任意の方向へ気を反らすことくらい。それに念話を織り混ぜて、まるで暗示をかけたように装った」
僧侶「女神様に授かった力であるはずなのにね…必要だと思えば、人を騙すことにも使う。私は、そんな女」
僧侶「聖女なんて…おこがましいわ」
くノ一「教会の者たちは、こちらの意思に関係なく身体の動きを止めてみせたり、人格を乗っ取って自在に動かしたりしてみせていました」
くノ一「女神から力を授かった貴女の力よりも…教皇の"作り出した神秘"の念力のほうが、強力だと、いうことですか?」
僧侶「ええ。表面的な能力で言えば、私の力より教会のそれのほうが遥かに強力よ」
くノ一「…」
僧侶「矛盾してる、わよね。何故、純粋な祈りよりも、強い力を彼らが…」
僧侶「………女神様に祈り続けてきた私は、あの教皇様の力の前に成す術はなかった…」
くノ一「………希望は」
くノ一「希望は、あります」
僧侶「え?」
くノ一「全てを覆せるかもしれないものを、私たちは掴んでいます」
僧侶「…魔王を、倒せる…ということ?」
くノ一「………おそらく、それすら可能です」
僧侶「それって…一体…」
くノ一「詳しい話は、王城に向かいながらお話しします。まずは教皇領から脱出を」
くノ一「そこの裏手に、馬車が止まっています。とにかく今は勇者様と合流して…」
くノ一「――!」
僧侶「…どうしたの?」
くノ一「…おかしい。部下の気配がしない」
くノ一(まさか)
大僧正「やっと来ましたかぁ。待ちくたびれましたよぉ」
僧侶(! だいそうじょ--)
くノ一「僧侶殿!! 走れ!!」
僧侶「っ! はいっ」ダッ
大僧正「はぁあぁ…やれやれぇ。逃がしませんよぉ、私は…」
くノ一「つッ!!」ビュッ
大僧正「あれぇ、けっこう速いですn
ドスッ!
くノ一(心臓を捉えた)ズブ…
大僧正「おお、痛い痛いぃ…」
くノ一「!?」
大僧正「それはぁ、痛いに決まってるじゃないですかぁ」ガシ…
くノ一「うがッ…!」
大僧正「心臓なんて刺すんですからぁ…」
ミシミシ…
くノ一(馬鹿な…何故…!!)
僧侶「くノ一さん!!」
大僧正「くへへェ…さあ、あなたのばん」ォオォオ
僧侶「術を…!」
僧侶(…く! もう、破れてなるものかっ!!)
僧侶「はぁっ!!」コォオォオ
大僧正「あれっ! ああ、あっれっ」
大僧正「おかしぃ、おかしいぞぉ、なんでだぁ、なんで捕らえられないんだぁ!?」
大僧正「すごくぅ、強くなったはずなのにぃ…大変だぁ、もしまた失敗したら…」
大僧正「…」ピタッ
大僧正「失敗は許されない」
大僧正「失敗は許されない失敗は許されない失敗は許されない失敗は許されない」ォオォオ
くノ一(な…なんだ、こいつ…!!)
僧侶「うぐっ…!!」
僧侶(なんていう強大な力!! あの時の教皇様のもののよう…!!)
「ふむ。…足止めくらいの役は果たせるか」
教皇「急拵えにしては機能したほうと言える」
僧侶「!! きょ、教皇…」
大僧正「ヒィッ! きょ、きょうこうサマ…!!」
教皇「何度も私を手間取らせるでない。愚図が…」ス…
ドンッ!!
僧侶「げふッ…!?」
僧侶(何…!? この波動!! あ…頭が破裂する!!)
僧侶「ぐ………!」ドサッ…
くノ一(僧侶殿!!)
くノ一「教、皇…貴様…!!」
教皇「王家の犬か…。またしても我らの研究施設に入り込むとは。よくあの警戒網を潜り抜けたものだ。全く、盗人猛々しい」
教皇「私がわざわざ足を運んだのだ。吐いて貰わなくてはいかんな」
教皇「"アレ"を何処へやった?」
くノ一「………」
教皇「まあ、言わぬか。ならば言わせるまでのこと…」ォオオ
くノ一(不味、い…!!)
僧侶「…」ボソ
教皇「…ん?」
--バシュゥウウッ!!
大僧正「ヒッ!!」
くノ一(なんだ…!? 僧侶殿の身体光って…!!)
くノ一(か、身体が軽く…なっていく)
ドヒュンッ!!
大僧正「わ、わぁ!」
大僧正「アイツの身体が、消えた!!」
教皇「転移…だと!?」
教皇(馬鹿な…たかが聖女ごときにそのような能力は…!)
教皇「………僧侶自身も消えている。が」
教皇(この肉の焼けたような匂い。地面についた焦げあと)
教皇(蒸発したのか。転移を使う代償に?)
教皇「…全く、大した聖女だ。王家の犬を生かすために、躊躇なく死を選んだ」
大僧正「きょ、きょうこうサマぁ…わ、わわ、わたしのせいじゃ、ないんですぅ…」
教皇「黙っていろ」
大僧正「は、はひっ…」
教皇「これは、どういうことだ」
教皇「勇者一行の人物が、自ら命をかなぐり捨てたぞ」
教皇「お前は、何か知っているな?」
魔法使い「さあて、ね」
魔法使い「僕は何も知りませんよ」
魔法使い「ですが、強いて言うとしたら…」
魔法使い「運命がズレてきている…という所ですかね」
教皇「…」
教皇「魔王を倒していないのか?」
魔法使い「ええ。ムリでした」
魔法使い「いやぁ、怖いのなんのって」
教皇「ふざけるな」
教皇「魔王は戦士との闘いの際、お前の手にかかって死ぬ。そして残存の四天王を、勇者、僧侶と魔法使いが倒す」
教皇「それが"啓示"だったはずだ」
魔法使い「死んだのは木竜です。そして、それと同時にこちらの陣営の僧侶さんも」
魔法使い「色々と、ねじ曲がってきていますねぇ。もしかしたら、関与してきているのかもしれませんよ?」
魔法使い「女神が、ね」
教皇「………それは、"どっちの"だ?」
魔法使い「さあ? しかし、聖女が命と引き換えにたった一度きりの転移を使う…なんてことが起こったことを考えると…」
教皇「………」
魔法使い「さて。我々がこれからどうするのか、それを考えねばなりませんね?」
教皇「言われるまでもなく、考えている」
魔法使い「何か、策がお有りなんですか?」
教皇「…僧侶を使って、魔王を倒す」
魔法使い「いま、お亡くなりになってしまった様ですが?」
教皇「ふん。私を幾度も欺こうとした女だ。必要ない」
教皇「代わりを作ればいい」
教皇「女神の奇跡など…いくらでも作り出せるのだから」
【僧侶】
城下町
大通り
ヒュゥウゥウ…
少年「………」
少年「誰もいない。いなくなってしまった」
少年「かつて、お客を呼ぶ声で通りを賑わせた商売人たちはいなくなって」
少年「歓声をあげて駆け抜けた子供たちの姿も見えない」
少年「分厚い雲の覆う昼間の城下町。でも、その姿はまるで眠ってしまったかのよう」
少年「…あれ? でも、微かだけれど、聞こえるな」
少年「悲しみに包まれたしまったこの街に、不釣り合いな明るい声」
少年「不安と期待がないまぜになったかのような、少しかん高い、子供たちの声」
少年「…ふふ。大人が叱るような冒険って、どうしてこんなにワクワクするんだろうね?」
少年「さあ、早くお姫様を起こしてあげなきゃ」
少年「彼女はまだ、夢の中。不思議な気持ちの、夢の中」
少年「見たことあるような、始めてみるような」
少年「そんな世界の中にいる」
『救いの巫女は、現出します』
『祈るのです。その少女に』
『人々の希望の僧侶は、突如として舞い降りて』
『水の上に佇み、魔王と相対するでしょう』
『祈るのです…』
――「…この子たちが生き延びれば、親身になって導く存在が必要だ」
――「もう、これ以上………私の前から、居なくならないでよ…!」
――「――ガァアァアァアァアッ!!」
――「それを覆してきたのはいつだって勇者だった。ただの町娘が救いの巫女などと、ありえんことだ」
――「泣かないでね」
チュンチュン
赤毛「…ん…」モゾモゾ
赤毛「…朝かぁ…」
赤毛「へんな夢…」
赤毛(でも、何だか…気持ちの良い夢だったなぁ)
赤毛(空を飛んでるような心地で…皆があたしを見てて)
赤毛「…でも、夢は夢、だよね」
赤毛「現実は…」
赤毛「おはよー、ママ」
母「おはよう」
赤毛「パパは?」
母「町の集会所。…これからのこと、話し合ってるわ」
赤毛「これからのこと?」
母「…」
母「国王陛下は全面的に降伏すると発表なされた。それは、あんたも知ってるわね」
赤毛「…うん」
母「でも、肝心の教会の方々が武器を取って立ち上がるように声をかけている」
母「…この先どうすることがいいのか。私たち一人一人が自分で考えなければいけないわ」
母「本当は集会は禁止されているのだけど、町内の代表になる人たちが集まることになったの。パパも集会所へ向かったわ」
赤毛「…」
母「分かるわね。あなたも…気持ちの準備だけはしておいて」
赤毛「…うん」
母「…ねえ」 赤毛「…あのさ」
赤毛「あ、ゴメン。何?」
母「…ううん、なんでもないわ」
赤毛「はは。そっか。あたしも、なんでもないや」
赤毛「部屋に、いるね」
母「…ええ。窓は開けちゃ駄目よ」
赤毛「分かった」
トタトタトタ…
母「…」
母「こんな時に、あたしったらなんて夢を…。願望でも、現れたのかしらね」
赤毛「…はあ」
赤毛「魔王が攻めてくる…?」
赤毛「本当なのかなぁ」
赤毛(………)
コツン!
赤毛「!」
赤毛(なんだろう、いま窓に何か…もしかして!)ガタッ
キィ…
坊主「あ! 赤毛、顔出した!」
三つ編「しーっ! 大きな声出さないのっ。家の人に見つかっちゃうでしょっ」
金髪「よう」
赤毛「…みんな!」パァ
赤毛「ほっ、と」スルスル
スタッ
坊主「よぉし、ずらかるぜ!」
三つ編「だから、声が大きいってばっ」
金髪「お前んち、不便だよなぁ。二階建てなんてさ、抜け出すのにひと苦労だよ」
赤毛「3人とも…どうして?」
金髪「…どこの家も同じだよ」
赤毛「え?」
金髪「息、詰まるだろ。大人がみんなして暗い顔してさ」
赤毛「…そっか」
金髪「だから、こんな時こそ――」
金髪「秘密結社が集うべき時なのだ!」
坊主「その通りっ!」
三つ編「は、恥ずかしいなあ、もう」
赤毛「ふふ…! そだね!」
金髪「だからさ、赤毛!」
金髪「秘密基地、行こうぜ!」
赤毛「…うんっ!」
秘密基地
街の時計台の中
坊主「着いたー!」
三つ編「はー、ドキドキした」
金髪「ったく、どこもイカツい鎧の騎士がウヨウヨしやがって」
赤毛「見つかったら、ウチに連れてかれてたねぇ」
金髪「三つ編の調べた抜け道のおかげだな!」
三つ編「エッヘン!」
赤毛「ここまで来れば、大丈夫だよね。時計台の上からの声は、下までは聞こえないだろうし」
金髪「だな。大人も来ないし。やっぱ、秘密基地は最高だぜ!」
坊主「それにしても、みんなピリピリしちゃって…なんだか変だよねぇ」
坊主「城下町が、城下町じゃないみたい」
三つ編「…それは、魔王が攻めてくるんだから、仕方ないじゃない」
赤毛「本当なのかな?」
金髪「実感湧かねーけどなー」
坊主「ついこの前まで、普通に学校行ってたのにね」
金髪「ま、大手を振って学校を休めるっつーのは魅力だよな!」
赤毛「同感」クスッ
三つ編「もう、金髪も赤毛も。暢気なこと言ってる場合?」
金髪「暢気なこと言いたいから、ここに抜け出して来たんだろ?」
三つ編「それは…そうだけど」
坊主「あ、そーだ。そういえば」ゴソゴソ
赤毛「? どうしたの、坊主?」
坊主「ジャーン! ビックチョコレートの大袋!」
三つ編「わあ、凄い!」
赤毛「やったー! あたしコレ、大好き!」
金髪「やるな坊主!」
坊主「でへへ」
赤毛「…」モグモグ
赤毛「魔王、かあ」
三つ編「…」モグモグ
赤毛「魔王に負けたら、あたしたち、どうなっちゃうのかなぁ」
坊主「…た、食べられちゃう、かな!?」
金髪「かもな。魔族は、ハラ減ってなくても人間食うからな」
坊主「そ、そうなの…?」
金髪「ああ。あいつらは俺たちに脅かして恐がらせるために食うんだ」
坊主「ひっ…」
赤毛「金髪! あんまり坊主を怖がらせちゃダメだよ」
金髪「へーへー」
三つ編「授業で習ったけど、人と魔族はお互い、勝ったり負けたりを繰り返してるのよね」
坊主「勇者様が勝つときと…魔王が勝つときと、あるんだっけ」
金髪「ええ? そんなこと習ったかあ?」
赤毛「この間習ったばっかりじゃん」
金髪「そーだっけ…?」
三つ編「ここ数十年間は、勇者様が負けてないから、私たちもそういう感じがしないのよ」
坊主「じゃあじゃあ、今回も勇者様が勝てる!?」
三つ編「そ、それは分からないわよ、私だって」
金髪「でも、王様はもう降伏宣言してるんだぜ? それって人間の負けってことだろ?」
赤毛「それじゃあ、勇者様が負けちゃったのかなあ?」
坊主「ついこの間、神託を受けたばっかりじゃないの!?」
金髪「気の毒なこった。旅に出る前にやられちまうなんてよ」
赤毛「………勇者様が負けた時」
赤毛「昔の人は、どんな風だったのかな」
三つ編「…れ、歴史の教科書では」
三つ編「町やお城が壊されたりして、沢山の人たちが奴隷になって、連れていかれたりしたって 」
坊主「ど、奴隷…?」
金髪「…」
坊主「それじゃあ、僕らもそうなっちゃうの、かな?」
坊主「お父さんやお母さんは…?」
三つ編「…だ、大丈夫よ」
三つ編「きっと、教会の騎士様が、守ってくれるわよ…」
三つ編「きっと………」
赤毛「…」
赤毛「今日、うちのパパは町の集会に行ってるんだって、ママが言ってた」
赤毛「これからどうするのか…自分達で決めなきゃいけないって」
坊主「…そ、それって」
坊主「どういう、こと…?」
赤毛「………分からない」
金髪「だー、もう!」
金髪「お前たちまで暗くなってどーすんだよ!? 秘密基地のルール、忘れたのか!?」
金髪「ひとつめ! 言ってみろ、赤毛!」
赤毛「え、えっと…」
赤毛「秘密基地では楽しく過ごす。暗い話はご法度」
金髪「そうだ。ふたつめは!?」
三つ編「学校や家でイヤなことがあったら、いつでも来て良し。誰かが困ってたら、駆けつけること」
金髪「坊主、みっつめ!」
坊主「しゅ、宿題の話をしたものは、秘密基地から出ていく!」
金髪「そのとーり! 秘密結社は、困った時は助け合い、どんな時でも明るく楽しく過ごす!」
金髪「それがなんだよ、俺たちのこの有り様は!? 秘密基地まで来て、暗い顔すんなっての!」
三つ編「そんなこと言ったって…この状況で楽しい事なんか…」
金髪「そういうトコ、アタマが硬いんだよな三つ編は!」
三つ編「な、なによ!? 金髪だって、文句言うばっかじゃない! なんのアイディアも無いくせに!」
金髪「ぐむっ…。そ、それはだな」
金髪「よし、赤毛!」
赤毛「あ、あたし!?」
金髪「なんか、面白いことのアイディア! 言ってみろ!」
赤毛「…えっとー、うーん」
赤毛「あ、そうだ!」
坊主「何か思い付いたの!?」
赤毛「"大人達の集会所に潜入大作戦"、なんてのはどう?」
金髪「…」
赤毛「…ダメ?」
金髪「いいな! それ!」
坊主「うっひゃー、格好いい! 面白そお!」
三つ編「で、でも…外は危ないよ!」
金髪「――三つ編さ。気になってんだろ」
金髪「父さんのこと」
三つ編「!」
金髪「気になるんなら、自分で知りに行けばいい。違うか?」
三つ編「………」
三つ編「分かったわ」
金髪「っしゃ決まりィ!」
三つ編「その代わりひとつ約束! 潜入作戦の陣頭指揮は私がとります! 本当に危ないことは、禁止なんだから!」
坊主「三つ編、一番やる気なんじゃない?」
赤毛「かもね」フフ
三つ編「そこ! 何か言った?」
赤毛 坊主「なんでもありませーん」
少年「さあ、子供たちの大作戦が始まるよ」
少年「彼らは友達で仲間で、別ちがたい友情で結ばれてるんだ」
少年「少なくとも、彼らはそう信じている」
少年「大人になると、そんなものはないんだって言う人もいるよね」
少年「友達のこと、忘れちゃったって言う人もいる。忘れるつもりなんかなかったのに、いつの間にか離れてしまったって人もいる」
少年「あの頃とは全てが違ってしまって、カチカンが違ってしまったとか、タチバが変わってしまったとか」
少年「全ては、一瞬の煌めきだったって、みんな昔を懐かしむ顔になったりして」
少年「でも、子供にはそれが分からない。彼らにとってはその一瞬一瞬が全世界で、それに持てる全てで立ち向かっていくんだよ」
少年「それが、子供の特権なんだ」
三つ編「いーい? 私たちは今、三区の時計台裏の秘密基地にいる。目標は、町の集会場。ここに行くまでには…大通りを2つ、通っていかなきゃならないわ」
三つ編「でも、そういう所には教会の騎士様が沢山いて、見つかったら最後大変な目に会うかもしれない」
坊主「う、うぅ…」
金髪「坊主、今さらビビったのかぁ?」
坊主「そ、そんなことないよ!」
赤毛「でも、どうするの? 集会所には通りを越えて行かなきゃいけないでしょ?」
三つ編「そうね…1つめの通りは、富豪さんの敷地の中を通っていくのはどうかしら?」
金髪「あんのバカでかいウチか。確かに、通りを行くより安全だな」
赤毛「敷地の中の庭園を通って行くって事? だ、大丈夫かなぁ?」
三つ編「多分平気よ。どうせどこのウチかも、ウチに閉じ籠ってじっとしているはずだから」
赤毛「そっか…」
赤毛(けっこう強引な作戦な気がするけどなあ。三つ編、やっぱり一番ノリノリなんじゃ?)
三つ編「2つめの通りは、集会場の近くまで小川が流れてる。この水路に降りて、小舟で行きましょう!」
坊主「あ、そういえばあそこ、ボロの小舟があるよねぇ!」
金髪「おお…すごい。何だか上手く行きそうな気がしてきた!」
金髪「よーし、早速決行だ!」
赤毛「坊主、ビックチョコレート忘れないでよね! 大事な食料なんだから」
坊主「オッケー!」
三つ編「三区の地図ってどこかにあったかしら? 一応持って行きたいんだけど」
赤毛「ああ、それなら確かこの辺に…」
金髪「へへ! 久々にワクワクすんなあ! 早く行こうぜ!」
赤毛「ちょっと待ってよぉ。あ、あったあった!」
三つ編「良かった、これで準備万端」
金髪「坊主は?」
坊主「………」
金髪「? おい、坊主」
赤毛「どうかしたの?」
坊主「………本当にいいのかな」
坊主「僕たち、こんな事してて」
金髪「あん? 急にどうしたんだよ、お前」
坊主「王様が…外出禁止だって。チョクレイが降りたんだって、言ってた」
坊主「そんな命令を出したの、初めてだって」
坊主「父ちゃんも母ちゃんも言ってた。すっごく、恐い顔してた」
坊主「………本当に、僕たちこんな事してて、いいのかな」
赤毛「………」
三つ編「………」
金髪「はん」
金髪「王様が、なんだよ。あんなやつ」
金髪「魔族と戦うの怖がってばかりの、腰抜けじゃねーかよ。あんなやつが守ってくれるなんて、元々オレは思ってないぜ」
金髪「父さんだって………」
三つ編「金髪…」
金髪「…」
金髪「赤毛の親が言ってたってこと、聞いてたろ。これからどうするのか、自分たちで決めなきゃいけないって」
金髪「もしそうならオレたちだって、知って、考えなきゃいけない」
金髪「大人達に任せっぱなしにしてたって、魔族から守ってくれるなんて決まったわけじゃないんだ」
赤毛「…」
金髪「だから、行こうぜ。集会所」
金髪「そんくらいは出来るんだ…オレたちだって。もうコドモじゃない」
赤毛「そうだね。一緒に行こう。坊主のパパもきっとそこに居るから」
赤毛「三つ編が居れば、安全な道で行けるはずだし、もし騎士様に捕まりそうになったらその時は…」
金髪「オレがやっつけてやるぜ!」
赤毛「でしょ?」クス
赤毛「それに、坊主のビックチョコレートがあれば、元気も出る」
坊主「…」
金髪「おいおい、そんじゃあ赤毛は何するんだよ?」
赤毛「え!? えーっと、そうだなぁ…」
三つ編「…赤毛は」
三つ編「何だか、居てくれるだけで、安心する」
赤毛「えっ! や、やだなぁ何言ってるの!」
三つ編「ご、ゴメン。変だったね、私」
坊主「で、でも。分かる気がする、かも…」
金髪(…)
赤毛「坊主までっ! 止めてよー!」
金髪「おいおい、坊主! まさかお前、赤毛のこと…!?」
坊主「ち、違うよー!!」
赤毛「き、金髪ぅ!」バシッ
金髪「痛っ! 叩くことねーだろ!?」
三つ編「ふふふふ」
少年「あの時好きだった子のこと、覚えてる?」
少年「それとも、君のことを好きだと言ってくれたあの子のことを?」
少年「あの時、頬を撫でていった風を、差し込んでいた眩しい日差しを」
少年「胸のうちに燻っていたあのどう言ったらいいのか分からない気持ち」
少年「覚えてる?」
少年「案外、そんなあの子がケッコンなんかすると、"でもあいつ、昔俺のこと好きだったんだぜ"とか内心思ってる君たちを、よく知ってるよ」
少年「子供の好きってのは、本当に好きだったのかもしれないし、"好きっていうことにしていただけ"なのかもしれないよね」
少年「今の君は、誰かのことを好きだと思うかい?」
少年「それはあの時の好きとは違う好き? アイシテルって奴なのかな?」
少年「それとも…」
金髪「ん?」
坊主「あれ、この子…」
少年「やあ。お出かけ?」
金髪「…まあな」
三つ編「坊主、知ってる子?」
坊主「う、ううん。知らない。と、思う」
赤毛(…見たことない、男の子だ)
金髪「お前、こんな所で何やってんだよ。こんな時に」
少年「君たちこそ、何やってるのさ?」
金髪「オ、オレたちは…」
坊主「僕たちのは、秘密結社の大作戦中なんだよ! 凄いでしょ!?」
三つ編「それ、言っちゃったら全然秘密じゃないじゃない…」
少年「秘密結社か、凄いね!」
坊主「でしょ!? きみも仲間になる!?」
金髪「お、おい坊主! 勝手になに言ってんだ!」
赤毛「良いんじゃない? 別に」
金髪「だ、駄目だ! 誰でも入れたら秘密結社じゃないだろ!」
坊主「ええー」
金髪「駄目なものは駄目!」
少年「ふふ。それは残念」
少年「でもね、大丈夫だよ。一人で遊んでるから」
赤毛「そうなんだ…」
少年「そういうのが好きなんだよ」
坊主「そっかあー」
金髪「…」
少年「秘密結社の皆さん!」ビシッ
少年「作戦の無事成功をお祈りしてます!」
坊主 金髪「!」
坊主「了解でありますっ!」ビシッ
金髪「…そっちも気ぃつけてな!」ビシッ
三つ編「も、もう! 恥ずかしいってば!」
赤毛「じゃあね!」
少年「うん!」
金髪「富豪の家はすぐそこだぞ。気を抜くな、副長!」
坊主「イエッサー、隊長!」
三つ編「や、やめなってばぁ…」
赤毛(一人で遊ぶのが、好き…かあ)
赤毛「………」クルッ
少年「…」ジッ
赤毛(わ! 振り向いたら、め、目が合っちゃった!)
少年「泣かないでね」
赤毛「え…?」
少年「君には、女神様がついてるよ」
赤毛「………?」
三つ編「赤毛ー、早くぅー!」
金髪「置いていくぞー!」
赤毛「あっ、待って!」タタッ
少年「………」
少年「そう。泣いちゃ駄目だ。笑わなきゃ、ね…」
富豪の家
金髪「おし、こっちだ」コソッ
坊主「ホントに平気かなぁ」
三つ編「バレなければ平気よ」
赤毛「み、三つ編…」
三つ編「でも金髪、そっちは庭園を横切っていく道みたいよ。塀に沿って迂回した方が良くないかしら」
金髪「こっちのが良いんだよ。どうせあのオッサン、今頃震え上がって部屋の奥に引っ込んでら。庭なんか誰も見てねーよ」
金髪「それに、あそこ見てみろ」
三つ編「え? …何、あれ。犬小屋?」
金髪「うん。ロクに働かないヤツなんだけど、一応番犬がいることにはいる。塀伝いに歩けば、アレの近くを通ることになる」
金髪「万一吠えられたら、流石にマズイだろ?」
坊主「ば、番犬…!」
赤毛「金髪、ずいぶん詳しいんだね?」
金髪「ああ。小さい頃よく来てたからな、ここ。母さんの、取引相手だった」
坊主「金髪の母ちゃんって、行商人だったんだよね。僕の父ちゃんも商人ギルド勤めだから、昔は一緒によくご飯食べてたもんね!」
金髪「ははは。あの時は、楽しかったな。でも」
金髪「コドモの頃の、話だよ。もう」
三つ編「…」
赤毛「今でも金髪はコドモだと思うけど?」
金髪「…へっ。いつまでもパパとママにべったりの奴に言われたくないぜ。区のお偉いさんだからってよ」
赤毛「なっ…! パパとママのお仕事は関係ないでしょ!?」
三つ編「ちょ、ちょっと。こんな所でケンカ始めないでよ、二人とも!」
ジャラ…
三つ編「…ん? 何の音?」
金髪「! まさか、なんで!?」
坊主「ひっ…!」
赤毛「!」
番犬「…」ジャラ…
坊主「ひぃいっ…モガッ!」
金髪「馬鹿! デカイ声出すな!」ガシッ
番犬「…」キョロキョロ
三つ編「お、大きな犬っ…!」
赤毛(確かに…かなりの大型犬だ…!)
金髪「あ…慌てて大きな音を立てたりすんな。コイツ、滅多に吠えないんだけど…近くで子供が暴れたりすると、鳴くことがあるんだ」
赤毛「め、滅多に吠えないって、番犬としてどうなんだろ」
三つ編「でも、確かに今日は。もしこの犬が吠えたりしたら、何事かと家の人が出てくるかもしれないわ…」
金髪「魔王が来たかも…てか? こんな老いぼれの犬に吠えられる魔王って、どんなだよ」
坊主「~!」ジタバタ
金髪「ああもう、お前は暴れんなっつの!」
番犬「…」キョロキョロ
三つ編「………ねえ」
三つ編「普段から吠えない犬にしても、何か、変じゃない? こんなに近くに私たちがいるのに…この犬、まるで見えてないみたい」
金髪「!」
赤毛「そうだね。…死んじゃう少し前の、ウチの犬に良く似てるな」スタスタ
金髪「お、おい赤毛!」
赤毛「平気よ。ホラ、こうやって前から近づいて触ってあげれば」ソ…
番犬「…」
赤毛「多分、もう目も耳も………。鼻詰まりもおこしているみたい。これじゃあもう…周りのこと、全然分からないよね」
赤毛「不安だったんだよね、お前」ナデナデ
金髪「…!」
赤毛「ご主人様だと思ったの? ゴメンね、違うんだよ…」ナデナデ
坊主「わわわ…! こ、怖くないの赤毛!?」
金髪「………。あのオッサン、自分ちの犬がこんなになってんのに。面倒も見ずに、放し飼いにしてんのか」
三つ編「きっと、余裕ないのよ」
三つ編「…"魔王が攻めてくる"。自分達だってどうなっちゃうのか分からないんだもん」
金髪「…」
赤毛「それでも…」
赤毛「お前の居場所は、この庭なんだね」ナデナデ
番犬「…」
番犬「…」ヨタヨタ…
金髪「!」
赤毛(金髪の方に、すり寄っていく)
金髪「…お前」
番犬「…」スリスリ
金髪「う、うお…」
赤毛「ふふっ。もしかしたら、金髪のこと覚えてたんじゃないかな」
金髪「ん、んな事言ったって目ぇ見えないんだろ?」
赤毛「犬が覚えるのは匂いだよ。遊んでくれたこと、覚えてて…会いに来たのかも」
金髪「…ったく」
金髪「あん時は、まだお前ちっこかったじゃねぇかよ」
金髪「こんな、馬鹿でかくなっちまってよ」ナデナデ
赤毛「あはは、ぎこちない」
金髪「うるせっ」
坊主(…だ)
坊主(駄目だ、もう無理)プルプル
坊主「こ、怖いよぉーっ!」ワッ
金髪「ば、馬鹿お前…!」
番犬「…」ピクッ
番犬「バウッ! バウッバウッ!」
三つ編「きゃあっ!」
番犬「バウバウッ!!」
金髪(マズイ!)
「な、なんだ! 何事だ!」
金髪「やべぇ、人が来る! 走れ!」
赤毛「う、うん! ほら、坊主立って!」
坊主「ウウぅ…もう帰るぅ!!」
三つ編「いいから、急いで!」
ダッダッダッ…
水路 ボロの小舟
金髪「…………はぁー」
金髪「もう駄目かと思った」
赤毛「…ほんと」
坊主「うう…」エグッ
三つ編「ほら、もう泣かないで。男の子でしょ」
坊主「だってぇ…」エグッ
金髪「おい、布だけはちゃんとすっぽり被っとけよ。じゃないと、ここに居るのバレるからな」
赤毛「うん、そだね。ほら、坊主」
坊主「もう、帰りたいぃ…!」エグッ
三つ編「ここまで来て、何言ってるのよ」
ドタバタドタ
金髪「!」
金髪「しっ! 声出すな。たぶん、騎士だ。橋の上を通る」ヒソッ
「…どうだった?」
「どうやら、子供が数人で敷地に入り込んでいたみたいですね。住人が後ろ姿を見たそうです」
「ちっ。こんな時に、とんだ悪ガキが居たもんだ。今にも、魔王が来るかも分からんと言うのに」
「全くですね。保護しますか」
「本来はそれが我々の勤めだ。…だが。考えてもみろ。今さら子供のひとりやふたり助けた所で、どうなると言うんだ」
「…………魔王が来れば、全て滅ぼされてしまうかもしれない。そう言う、ことですよね」
「…。城下町の港町側に配置されてた連中は、命懸けの特攻をさせられるんだろう。我々はそうではない」
「…………」
「お前も…少し自分の心配をしてみろ。家族がいるんだろう? 教皇領まで逃げ延びればあるいは…」
「…そう、ですね」
ドタドタ…
赤毛(…)
坊主「…」グスッ
三つ編「…」
金髪「…」
金髪「なあ。…やめにするか?」
三つ編「え?」
金髪「帰っても、いいぜ。自分ちに、さ」
金髪「…オレが無理矢理ついて来させたようなもんだし。これ以上は…さ。ノリでいける感じじゃないだろ」
金髪「…いいよ。帰っても」
坊主「…」
三つ編「…」
赤毛「金髪は、行くつもりなの?」
金髪「…………オレは」
金髪「オレは、行く」
金髪「もう、コドモじゃないんだ。任せてられないんだ」
少年「子供に与えられる選択肢はいつだって多くなかった」
少年「精一杯虚勢を張って、大人の真似事をしようとしてみても、それは多くの人が許してくれなかった」
少年「危ないから、まだ早いから、あなたの為だから」
少年「大人も、叱る言い訳に必死だな…なんて思ったりもしたな」
少年「でも、その代わり子供はとても守られていた。安全で、安心なところに」
少年「大人は時々凄い力を誇示して、子供は所詮それに敵わないんだと思い知らされる」
少年「でもね…その大人が泣いてしまった時」
少年「どうしようもない不安な世界へ、放り込まれたような気がしてた」
赤毛「じゃ、あたしも行く」
金髪「んな…!」
金髪「…何でだよ。ウチに帰れば、ママが待ってんだろ?」
赤毛「呼び方、真似しないでよ。今帰ったら、ずっと金髪に馬鹿にされるもん。そんなのイヤ」
金髪「おまっ、分かってんのか!? そんな理由でなぁ…!」
赤毛「理由なんて、なんでもいいじゃん」
赤毛「誰かが困ってたら駆けつけること。それが秘密結社のルール」
赤毛「そうでしょ?」
金髪「っ…。か、勝手にしろ!」
赤毛「三つ編は、どうする?」
三つ編「――私は」
三つ編「私も、行くよ」
三つ編「集会所に行けば、お父さんのこと何か分かるかもしれないから」
金髪「そ、か」
赤毛「三つ編のパパって…兵士だったよね?」
三つ編「うん。まあ、教会の騎士様とは全然違うんだけどね。ずっとお城の警備をしてたから」
三つ編「でもこの間の出兵の時に、砦の防衛に行くんだ…て、城下町を出てったの」
赤毛「…そうだったんだ。あたし…知らなかった」
三つ編「隠してるつもりは無かったんだけどね。何か、どう言ったらいいか分からなかったから」
金髪「…」
三つ編「昨日あった、大きな地響きと…南の空に登った煙…。きっと、何かあったんだって思う」
三つ編「お母さんは、何も教えてくれないから。だから、私が聞きに行くんだ」
赤毛「…偉いね、三つ編は」
三つ編「ふふ。そうかな」
赤毛「うん。あたしは、そう思う」
三つ編「ありがと、赤毛」
金髪「…さて」
坊主「…」ズビ
赤毛「坊主、帰る? なら、三つ編の地図に帰り道を書いて、持って行って貰えば…」
三つ編「そうね。ここから集会所へは、この小舟で水路を下ればすぐだから、地図は必要ないもんね」
三つ編「えーっと、今いるのがこの辺りだから、坊主の家までは…」
坊主「…」ガサガサ
ドサッ…!
赤毛「…そうだったんだ。あたし…知らなかった」
三つ編「隠してるつもりは無かったんだけどね。何か、どう言ったらいいか分からなかったから」
金髪「…」
三つ編「昨日あった、大きな地響きと…南の空に登った煙…。きっと、何かあったんだって思う」
三つ編「お母さんは、何も教えてくれないから。だから、私が聞きに行くんだ」
赤毛「…偉いね、三つ編は」
三つ編「ふふ。そうかな」
赤毛「うん。あたしは、そう思う」
三つ編「ありがと、赤毛」
金髪「…さて」
坊主「…」ズビ
赤毛「坊主、帰る? なら、三つ編の地図に帰り道を書いて、持って行って貰えば…」
三つ編「そうね。ここから集会所へは、この小舟で水路を下ればすぐだから、地図は必要ないもんね」
三つ編「えーっと、今いるのがこの辺りだから、坊主の家までは…」
坊主「…」ガサガサ
ドサッ…!
金髪「!」
赤毛「どうしたの? ビックチョコレート出して」
坊主「…ぼ、僕は」
坊主「しょ、食料係だから…! みんなのビックチョコレートを管理する、大事な役目だから!」
坊主「…」ガソゴソ…パクッ
坊主「…」バリボリ
坊主「チョ、チョコレートで元気が出たから、もう平気なんだ!」
三つ編「…坊主」ポカーン
金髪「ぷっ」
金髪「あっはっは! 見栄っ張りだな、お前!」
赤毛「でも、そっか。坊主もパパの事、心配だよね。会いたいよね」
坊主「食料係だからだよっ! あ、赤毛がそう言ったんだ!」
赤毛「ハイハイ、分かったよ」クスクス
金髪「…じゃ、決まりだな。小舟、出すぜ」
三つ編「うん」
サラサラサラ…
赤毛「わあ…あはは! あたし、1度船に乗ってみたかったんだよね!」
金髪「…赤毛。お前、けっこう度胸あるよな」
赤毛「何で?」キョトン
金髪「何で…って、これから行くのは大人達ばっかりの集会所だぜ」
三つ編「ほんと。富豪さんの家でも、おっきな犬に平気だったし」
赤毛「んー。犬には慣れてたし…集会所には、パパも居るだろうしさ」
坊主「…あっ!」
金髪「どうした? 坊主」
坊主「僕、なんであの時、赤毛は居てくれるだけで安心って思ったのか、分かったよ!」
赤毛「ええっ? またその話ぃ? もう、恥ずかしいから止めてよ…」
坊主「ち、違うんだって! 僕、今朝赤毛の出てくる夢を見たんだ!」
金髪「!」
三つ編「!」
赤毛「えーっ!?」
坊主「魔王が、怖い獣を率いて城下町を進んでくるんだけどね、噴水広場の所で、赤毛が水の上に立って、光で魔王を照らすの!」
坊主「そしたら、魔王が急に苦しみ始めて…」
三つ編「連れている獣と、同士討ちを始める」
坊主「そう! …って、三つ編、何で分かったの?」
三つ編「私も見たわ。その夢」
赤毛「み、三つ編まで、何言ってるの!?」
三つ編「…女神様が、優しく赤毛を見守っていて、赤毛は温かい光に包まれていく」
坊主「えっ! い、一緒だ…。僕の見た夢と!」
金髪「………オレも」
金髪「オレも見たぞ。その夢」
坊主「エエッ!?」
三つ編「じゃ、じゃあ私たち三人とも、同時に赤毛の夢を見たってこと!?」
金髪「そ、そうみたいだな…」
赤毛「ちょ…ちょっと皆何言ってるの、もう! あたしのこと、からかってるでしょ!」
坊主「からかってなんてないよ! 本当に見たんだよ!」
金髪「しかも…お前らの話が本当なら、夢の内容まで同じだぜ」
三つ編「こんなことって、あるんだ…」
金髪「オレはてっきり、魔王を怖がってばかりいる自分が見た、妄想だと思ってたんだけど」
三つ編「私も…友達が魔王を倒してる姿なんて、変な夢だなあって思って」
赤毛(ど、どういう事…? 三人とも本当に同じ夢を見たの?)
赤毛(…夢…。夢…?)
赤毛(そう言えばあたしも今朝、変な夢を見たなぁ)
赤毛(見たこともないような、翼の生えた女の人が私を包んでくれて…すごく大きな力に身を委ねる夢)
赤毛(そう、この人はきっと女神様なんだ…って思ったんだ)
赤毛「――女神、様…?」
三つ編「どうかした? 赤毛」
赤毛「…う、ううん」
赤毛「何でもない…」
坊主「あっ、あれ! 集会所だよね!?」
金髪「おう、そうだな。降りる準備、しねーと」
三つ編「そうね」
赤毛「…」
金髪「? 何、難しい顔してんだ」
赤毛「あ、あはは。なんでもないよ、ほんと」
金髪「なんだか良く分からないけどさ、縁起が悪いってわけでもないだろ。むしろ良いくらいだ、きっと」
金髪「ご利益期待してるぜ」ナムー
赤毛「…人を地蔵みたいに拝まないでよ!」
金髪「へへっ。ほら、行くぜ」
赤毛「…うん!」
古びた教会(第三区町民集会所)
坊主「あ、相変わらずボロボロだなぁ。気味が悪いよぅ」
三つ編「でも何度か忍び込んでるし、坊主ももう平気でしょ」
坊主「そうだけど…神父さん怖いからなぁ…」
金髪「へっ。あんな偏屈ジジイ、大したことないぜ。それより問題は…」
赤毛「見張り。立ってるね」
金髪「うん。教会の騎士だな」
三つ編「…でも、それっておかしくない? 町の人たちは、女神教会に集会を開くのを禁じられてるのよ」
三つ編「なんで、あの騎士様たちは集会所の外を見張るようなことをしてるんだろう…」
赤毛「確かに。そもそも、集会所を開く場所が教会って言うのもヘンだよね」
金髪「ここで考えてたって分かんないだろ。とりあえず、いつも通り二階の部屋から忍び込むぜ」
坊主「う、うん!」
古びた教会 二階
坊主「よ、よいしょ!」スタッ
三つ編「大きい足音立てちゃダメよ。見つかったら、私たち大目玉どころじゃ済まないかも」
金髪「坊主、頼むから父さんや母さんを見つけても、大声で呼んだりするなよ。近づくのは、ちょっと我慢だ」
坊主「わ…分かった」
赤毛「町の人たちは、礼拝堂にいるみたいだね。丁度そこから見下ろせるよ」
三つ編「ほんとだ…神父さんに、町の人たち」
「…そんなことに、命を懸けるのか!」
赤毛(え…? この声)
金髪「お、おい…あれ」
金髪「赤毛の、父さんじゃねぇか?」
三つ編「…本当。皆の前に立って、何か話してるわ」
赤毛(………パパ?)
赤毛父「そんな事をして、何かが変えられる可能性があるのか!? 馬鹿げてる!」
神父「落ち着きなさい。見張りがいるとは言え、集会が見つけられては事だ」
赤毛父「落ち着け? これが落ち着いていられるものか! あんたらが言っているのは、体の良い生け贄を差し出して、自分達は逃げ出そうって話だ」
神父「そうは言っていない。しかし、例のことは紛れもない事実なのだ」
赤毛父「何が事実だ。魔王が攻めてくるって臆病風に吹かれて、妄想に逃げているだけじゃないか!」
赤毛父「これだけの大人が集まって、導き出した答えがそれなのか!?」
区長「…妄想。もはや、これは妄想の域を越えた話ではないですか?」
赤毛父「何?」
区長「相手は、魔王だ。私たちの理解を遥かに越えた存在。それを相手にする時…私たちの常識の範疇で事を起こしても、それが通用するとは思えない」
区長「そして、常軌を逸した事態が…昨晩、多くの人々の上に同時に降りかかった。このような時には、それこそ女神様のような存在にしか、すがるものがない」
金髪「…おい。何の話をしてるんだ?」
三つ編「分からない…」
坊主「………」
赤毛(…あれは…本当にパパ?)
赤毛(あの優しいパパが、あんな風に怒鳴るなんて…見たこと、ない)
赤毛(なんだろう………)
赤毛(怖い)ドクン…
坊主父「でも、皆さんにも、子供を持つ方は居るでしょう?」
坊主父「自分の子供がそうであったら、同じことが言えますか? 私は…正直ホッとしている。私の息子がそうでなくて良かった…と」
坊主父「自分の子供を、魔王と戦わせるなんて…そんな酷いことを受け入れられる親が、何処にいますか?」
坊主「父ちゃ…!」
金髪「こらこら」ガシッ
坊主「モガモガッ」
三つ編「あ、危なかったね」
金髪「やると思ったぜ。ったく、あれだけ言ったのによ」
坊主「…」
赤毛「………」ドクン…ドクン…
赤毛(ねえ)ドクン…ドクン…
赤毛(何の話を、しているの?)ドクン…ドクン…
坊主父「うちの倅もあなたのウチのお嬢さんとずいぶん仲良くしてもらってる。気持ちは…私も分かるつもりだ」
赤毛父「………」
区長「確かに、これだけの大人が集まって決めたことが"たった一人の少女に命運をかける"…などと言う答えなのは、情けないことかもしれない」
区長「しかし…その子供が、他の数千、数万の子供を救うかもしれないのです」
区長「分かって下さらぬか」
赤毛父「…娘が役目を果たせる確証は何処にもない…!」
区長「確証がない…と言うのであれば、勇者様とて同じです。女神の加護、というひどく曖昧なものに人類は依存している」
区長「そして…今確認出来ただけでもここに集まったすべての町民が、女神の信託にも似たものを見た」
区長「赤髪の少女が、噴水広場で魔王を討つという夢を」
赤毛「――!!」ドクン…!
三つ編「!」
金髪「な、なんだよ、それ」
坊主「ぼ、ボクたちが見た夢を…皆が見ていたってこと?」
三つ編「町の人みんなが、赤毛の夢を!?」
金髪「…どーなってんだよ」
赤毛「………」
赤毛父「…ああ、見たさ。その夢なら私だって見た」
赤毛父「娘が…教会の僧侶の出で立ちで、水の上を舞っていた。美しい女神を頭上に従えて」
赤毛父「親の欲目で見た、馬鹿げた夢だと思った。だってそうだろう、まだ目覚めぬ娘の様子を一目見ようと部屋に行ったら」
赤毛父「そこには、普段と変わらないあどけない寝顔があっただけだ。巫女だとか、軌跡の僧侶とか、そんなものとはまるで縁の無い――」
赤毛父「愛しい娘の寝顔だけがあったんだ」
赤毛父「それが、私の全てだ。奇跡も何もない、ただの優しい娘でいてくれれば、それだけでいいんだ」
赤毛父「夢を再現するために………娘を魔王と戦わせる? 噴水広場に、ひとり置き去りにして? そんな事が、出来るものか」
赤毛父「なあ、俺はまだ夢を見てるんだろう? もう沢山だ…! 目を覚ましてくれよ…!」
坊主父「赤毛さん…」
赤毛父「王国軍ですら、全滅したんだぞ!!」
赤毛父「あの爆発で、砦ごと吹き飛んだんだ!! そんな恐ろしいモノと子供を戦わせるなんて…正気の沙汰じゃあないっ!!」
金髪「!」
三つ編(王国軍が…全滅?)
三つ編(砦ごと、吹き飛んだ…)
三つ編(それっ…て………)
金髪「…」ギュ…
三つ編「…金、髪…」
バタン!
十字聖騎士「し、神父殿!」
神父「どうした!?」
十字聖騎士「教皇様の名義で、御触れが出ました…!」
十字聖騎士「"赤髪の娘を噴水広場へ連れてくるべし"」
十字聖騎士「""彼の者は、人々の救いの僧侶なり"…!!」
赤毛(――これは、なに?)
赤毛(いま、一体なにが起こっているの?)
赤毛(分からない…分からないよ)
ザワッ…
「きょ、教皇様が!?」
「…やはり、王国中の人々があの夢を見ていたんだ!」
「た、助かるのか? あの少女がいれば、助かるのか!?」
神父「そうか…」
区長「神父さん。これで迷う必要も無くなった」
区長「あなたは、女神教会の人でありながら私たちに場所を提供してくださった。人々にも選ぶ権利があると…」
区長「そうした結果、件の少女が誰なのか…今どうしているのか。それすら知ることが出来ている」
区長「私たちは、自分達で決断し、それを選ぶ」
神父「…」
赤毛父「馬鹿な…本当に娘が…」ヨロ
区長「これで、ご理解頂けますね」
区長「私たちは、あなたの家に向かいます。ついてきて、頂けますな」
赤毛父「…」ブンブン
区長「さあ。我儘は終わりにして下さい。私たちに、手荒な真似をさせんでくれ」ガシッ
赤毛父「…っ!」
坊主父「ダメだ!!」
坊主父「こんな事を子供にさせるのは間違っている!」グイッ
区長「何を…!?」
坊主父「逃げろ、赤毛さん!」
赤毛父「…!」
坊主父「女房と子供を連れて、早く!!」
坊主父「こんなことは、ただの殺戮だ!!」
区長「あなたまで何を言うのか! 同情もそこまでにしなさい!」
坊主父「大人たちの責任を子供に押し付けるな!!」
坊主父「ならば、我々だって武器を持って立ち上がるべきなんだっ!! 」
赤毛父「坊主さん…」
坊主父「行け!!」
赤毛父「…っ!」ダッ
区長「い、いい加減になさい! 人が滅びるか否かと言う時に!」
「そ、そうだ! 邪魔すんなよ!」
「赤毛の一家を、の、逃すな!」
「どけっ!」
バキッ!
坊主父「うがっ!」ドタ…!
坊主「――っ!!」
坊主「父ちゃんッ!!」
金髪(しまった――!)
赤毛(――ああ。大人たちが皆、こっちを見上げる)
赤毛(たくさんの顔が、あたしを見る)
「な、なんだ…? 今子供の声が…」
「どうしてこんな所に子供が…!?」
坊主父「…お、お前たち」
赤毛父「!!」
赤毛「パパ…」
「おい、アレ…」
「…そうだよな!? 夢に見たんだ、見間違いようがねぇ!」
区長「…!」
区長「赤髪の少女はあそこにいる!!」
区長「捕まえるんだ!! 保護するんだ!!」
ザワッ…!
「に、二階だぞ! 階段はどこだ!?」
「あそこだ! 急げ!」
少年「泣かないで」
少年「君は物語を紡ぐひと」
少年「君が泣いたら、皆が悲しむよ」
少年「忘れないで」
少年「友達のこと。その時の輝き」
少年「優しい思い出を」
赤毛(何人かの大人たちが、階段を登ってくる)
赤毛(下の大人たちは、みんな驚いた顔でこっちを見てる)
赤毛(どうすればいいの? どう、すれば…)
赤毛「…パパ」
金髪「保護…?」
金髪(違う。これはそんなんじゃない)
金髪(誰ひとり、そんな目でオレたちを見ちゃいない)
金髪(そう、だから)
金髪(オレがすべきことは)
赤毛父「――逃げろォっ!!」
赤毛「っ」ビクッ
金髪「…」ガシ
赤毛「! …金髪」
金髪「逃げるぞ、赤毛!!」
赤毛「で、でも…」
金髪「いいから走れっ!! 今すぐ!!」
赤毛「…う」
赤毛「うんっ」ダッ
三つ編「…」
金髪「三つ編、一緒に逃げるぞ!」
三つ編「…うん」
三つ編「でも、坊主は」
金髪「…っ」
坊主「父ちゃあんっ!!」
金髪「………ダメだ。一緒に行けない」
金髪「ここに残った方が、アイツは良いんだ」
三つ編「…っ!」
金髪「急げ!」
三つ編「分かった…!」
ダッ
「お、おい逃げたぞ!」
「追いかけろっ! 逃がすな!」
金髪「この、ついてくんな!」ドカッ
ガタガタガタ!
「う、うわあ! 木材が倒れてきた!」
「この餓鬼め!!」
「しかし、上に登っても逃げ道はないぞ! 追い詰めろ!」
金髪(へっ、甘く見んなよ!)
金髪「赤毛ぇっ! "いつもの逃げ道"で逃げるぞ!」
赤毛「! う、うんっ」
赤毛("いつもの逃げ道"…。教会の屋根の上)
赤毛(煙突の所に掛けてある梯子を、となりの民家の屋根にかけて、逃げる!)
赤毛「はあ、はあ」ガタタ…!
赤毛(いいんだ、これで。多分、きっと)
赤毛(パパが逃げろって、言ったんだから…!)
金髪「おし、赤毛は渡ったな」
赤毛「二人とも、早く!」
三つ編「…っ」ビクッ
三つ編「さ、先に行って。金髪。わ、私時間かかっちゃうよ…」
金髪「ダメだ。お前が先に行け、三つ編」
金髪「お前が高いところ駄目なのは知ってる。でも、頑張れ」
三つ編「でも、私…」
金髪「頼む。三つ編 」ギュ
三つ編「!」
金髪「お前が赤毛を守るんだ。お前にしか頼めない」
三つ編「………わ、分かった」
金髪「ありがとな」ニッ
三つ編(し、しっかりしろ私)ヨロ…
三つ編(そうだ、私が皆の分もしっかりしないと)ヨロヨロ…
赤毛「頑張って、後少し!」
三つ編(赤毛を守らないと…!)グッ
パシッ
赤毛(手が掴めた…!)グイッ
三つ編「はっ、はっ…」スタッ
三つ編「渡れ、た…」
赤毛「金髪も、急いで!」
金髪「よっと」ガコ…
パタン…!
赤毛「!? な、何してるの、金髪!」
赤毛(は、梯子を下に落としちゃった…!)
三つ編「金髪…?」
金髪「これでよし。ほら、行けよ! 猛ダッシュ!」
赤毛「金髪はどうするの!?」
金髪「オレはちょっと時間稼いでいく! ナメくさった大人たちに、目にモノ見せてやるぜ!」
三つ編「何言ってるのよ! 無理よ、そんなの!!」
金髪「つったって、もう梯子は落ちちまったしな。こうするしかないだろ!」
「あそこだ! 屋根に登ってるぞ!」
金髪(ああ、くそ)
金髪(声が震える。足も)
金髪「秘密基地で会おうぜ! ほら、アイツら来ちまう! 早く行けって!」
赤毛「…っ!」
三つ編「――必ず」
三つ編「必ず来てよね!!」
金髪「おう、任せとけって!」
三つ編「きっとだからね!!」ダッ
赤毛「三つ編…」
三つ編「急いで、赤毛! 逃げよう!!」グイ
赤毛「…!」
赤毛(き、金髪が…)
「この餓鬼、なんてことしやがる!」
「巫女様が、もうあんな遠くへ…!」
金髪「うるせぇ!!」
金髪「あいつは巫女様なんかじゃねえ!! 赤毛っていう、な…!」
金髪「オレの友達なんだよッ!!」
「黙れ、こいつ…!」
バキッ
金髪「うぐっ…!? 何すんだ!」
金髪「クソォっ!!」
赤毛(金髪――!!)
三つ編「………っ!!」ギュウ…!
タッタッタッ…
――
――――
――――――
秘密基地
赤毛「………」
三つ編「………」
赤毛(…)
赤毛(まだ、胸がどきどきしてる)
――「捕まえろ!」「そっちだ、追い詰めろ!」「逃がすなっ!」
赤毛(………)
赤毛(あの人たちの顔が、頭から離れない)
赤毛(いつも、学校に行く途中すれ違うおじさん。友達の家のおばさん)
赤毛(まるで知らない人みたいな顔をしてた。あたしのこと、いつもと全く違う目で見てた)
赤毛(………金髪…)
――赤毛「秘密結社?」
――金髪「おう、そうだ! 今日からオレたちは秘密結社の仲間っ!」
――坊主「うおーっ、カッケー!」
――三つ編「えぇ…なんか、可愛くないよね?」
――赤毛「そうだねー、金髪らしいけど」クスクス
――金髪「秘密結社の仲間は、ずっと一緒だ! 学校を卒業しても、大人になっても、ずっと!」
――赤毛「ずっと一緒?」
――坊主「いいなあ、それ!」
――三つ編「…私、ずっと一緒にはいれないと思うよ。みんな、おうちの仕事も違うし」
――三つ編「大人になったら、会えなくなっていくんだよ」
――坊主「そおなの!?」
――金髪「バカだなぁ、三つ編は!」
――金髪「大事なのは、仲間ってことだ。毎日一緒にいれなくなっても、仲間でいるって覚えてれば」
――金髪「いつか、会うための力になるんだよ!」
赤毛(金髪のバカ)
赤毛(ずっと一緒だって、言ったのに)
赤毛(………金髪も坊主も、なんで一緒に来てくれなかったの)
赤毛(………)
三つ編「…来ないね、金髪」
赤毛「…うん」グス
三つ編「ずっと一緒だって、言ったのにね」
赤毛「…そうだね」
三つ編「お父さんも言ったんだ。お前を置いてどこかに行ったりしないよって」
三つ編「なのに、みんな嘘つき」
三つ編「嫌いよ、皆…」
三つ編「嫌い…大嫌い」ポロ…
赤毛「三つ編」
三つ編「うっ…うぅ…!」ポロポロ…
赤毛(………パパ。ママ)
赤毛「う…っ」ジワ
三つ編「うわああぁん…!」
赤毛「ううぅうっ…!」ポロ…ポロ…
赤毛「えぐっ…ふぐっ…」
三つ編「…、あの、ね」
三つ編「この間の、雨の日にね」
赤毛「…?」グスッ…
三つ編「私、ひとりでここに来てたんだ。お父さんのことで…辛そうなお母さんを、見てられなくて」
三つ編「そしたらね、偶然、金髪も来てね。私、泣いちゃってたから。すぐにバレちゃって、色々話したんだ」
赤毛「…そうだったんだ」
三つ編「金髪もね。お母さん、亡くなってるんだよ」
赤毛「えっ…」
三つ編「知らなかったよね。金髪、居なくなったとしか言わなかったから」
三つ編「坊主はもしかしたら知っていたのかな、お父さんも同じ仕事だし。でも、金髪が言わないで欲しいってお父さんに話してたかもしれない」
三つ編「…魔物に食べられちゃったんだって。お母さん」
赤毛「…!!」
――金髪「魔族は、ハラ減ってなくても人間食うからな」
――金髪「ああ。あいつらは俺たちに脅かして恐がらせるために食うんだ」
赤毛(あれは…怖がらせようと思って言ったんじゃ、なかったんだ)
三つ編「つらいよな、て言って、背中さすってくれてた」
三つ編「俺が一緒に居てやる、て。そう言ったのに」
三つ編「なのに…」
赤毛「………」
三つ編「城下町まで伝わった、あの地響き。砦がやられたんじゃないかって、みんな話してた。だからね、本当は…」
三つ編「本当は、分かってた。お父さん、死んじゃったんだって」
赤毛「三つ編…」
三つ編「ゴメンね。赤毛だって辛いのに、私の話ばっかり…」
赤毛「ううん」
赤毛「あたしは…」
赤毛(――あたしは、自分が何をどう感じればいいのか…それも分からない)
赤毛(逃げてきて本当に良かったの? パパは? ママは? 金髪と坊主はどうなったの?)
赤毛(あたしは、どうすればいいの…)
ガタッ…
赤毛「!」ビクッ
三つ編「…金髪?」
赤毛「そ、そうかな? 帰ってきたのかな!?」
三つ編「そうかも…!」
ガラ…
ヌッ
三つ編「っ!」
赤毛(ち、違う。逆光で見えないけど、子供の背丈じゃない…!)
赤毛「だ、誰…!?」
??「やっぱりここでしたか。あの時、秘密基地でまた…なんて金髪くんが言っていましたからね」
赤毛(この声…!)
赤毛「…先生!?」
先生「ええ、はい。先生ですよ。探しました、二人とも」
三つ編「だ、ダメよ、赤毛!」グイ
赤毛「えっ…?」
三つ編「先生…! 何しに来たんですか!?」
三つ編「赤毛を、連れていきに来たんですかっ!?」
赤毛「っ! …先、生?」
先生「…ふう」
三つ編「答えてください、先生っ!」
先生「…三つ編さん。ありがとう」
先生「あなたは、とても強い気持ちで赤毛さんを守ろうとしていたのですね。周りの大人を、誰も信用しない覚悟で」
三つ編「…!」
先生「この状況では、そうする事が正しいと言わざるを得ないのが、なんとも悲しい所です。あなたはやっぱり利口な子だ。ですが」
先生「安心して下さい。先生は、純粋にあなたたちが心配で来ました。中に入れてください、他の人たちに見つかってしまいます」
赤毛「先生…!」
少年「大人はいつだって難しい話をしてるみたいだった」
少年「新聞を読んで、誰かの噂話をして」
少年「たまにお酒を飲んで、それだけでとても楽しそうにしたりして」
少年「楽しみはこれだけだー…て。そんなにつまらないなら、大人になんかなりたくないって思った」
少年「でも」
少年「大人も、不安だったんだよね」
少年「"これで大人になった"なんて称号を貰うことはないし…もしかしたら、貰ったのかもしれないけれど、"これが大人ってことなのかな?"ってずっと、不安だったんだよね」
少年「子供たちが、"これが好きってことなのかな?"って不安に思うみたいに」
少年「ようやく大人になったと思っていたある日、子供に大人なんて嫌い! って言われて」
少年「ふと、幼い頃の自分が胸をつきんと刺す…」
少年「…どうやら、大人も、大変そうだね」
先生「全く…以前からここには立ち寄らないようにと、あれほど言っているのに。秘密基地なんて名付けたりして」
三つ編「先生…知ってたんですか? ここに私たちが集まってるって」
先生「確証はありませんでしたが。優等生のあなたが、ずいぶん上手く振る舞うものですから」
三つ編「うっ…」
先生「しかし、何か最近ずいぶんと楽しげに放課後を過ごしている様子なのは知っていましたし、ここはあなたたちの家も近い」
先生「あの時の金髪くんのひと声で、もしやと思いましてね」
赤毛「せ、先生もあの場所に居たの!?」
先生「ええ。先生は、先生ですから。大事な大人の集会にはもちろん居ますよ」
三つ編「先生、金髪は!? 金髪はどうなったの!?」
先生「安心して下さい。ちゃんと保護されています」
先生「まあ、危うい所ではありましたが。一部の町民が暴徒化して、奇跡の僧侶を逃がした罪人だなんだと叫んで――」
赤毛「っ…!」
先生「…すみません、不安にさせるような事を言ってしまいましたね。とにかく、学校の先生方を中心に、金髪くんは保護して、安全な場所にいます」
先生「坊主くんは、親御さんのところへ戻っています。集会所は緊張状態にありますが…」
先生「あなたがここにいる以上は、こじれないはずです」
三つ編「金髪…坊主も。良かった」
赤毛(………なんでだろう。聞きたいのに、言葉がでない)
先生「………」
先生「赤毛さん。よく聞いてください」
先生「赤毛さんのお父さんは、教会の騎士に連れていかれました」
赤毛「………」
先生「でもね、平気です。先生、教会の騎士はご両親にひどいことはしないと思います。ただ、あなたの捜索の協力は求められるはずです」
赤毛「………」
先生「ご両親は、この場所の事は?」
赤毛「…知らないと、思う。あたし、誰にも話していないから」
三つ編「私たち、お父さんやお母さんには知られないように集まってたんです。私たち以外は、誰も知らないと思います」
先生「そうですか。不幸中の幸いですねぇ」
先生「つまりはここにいる以上は、安全という事になりますね」
三つ編「………」
赤毛「…先生」
先生「はい?」
赤毛「これから、どうすればいいんですか…?」
先生「どうとでもなるでしょう」
赤毛「………え?」
先生「どうとでもなりますよ。先生に任せておいて下さい。助けてあげますから」
先生「先生は、先生ですからね」
先生「勿論、三つ編さんもね」
三つ編「…はい」
先生「しばらくはウチに帰らない方が良いでしょう。あなたが赤毛さんと逃げていること、三区の人々には直に知れ渡るでしょうし」
先生「………こんなことを、二人に話すのは変かもしれませんけど。先生はね、子供が好きで先生になったんです」
赤毛「…?」
先生「子供には沢山の未来がある。その可能性の塊みたいな君たちと触れ合うことが、先生のエネルギーになるんです」
先生「そんな子供の未来を奪うようなことは、先生絶対させません」
赤毛「先生…」
先生「夢は、私も見ましたよ。赤毛さんがとても立派に輝く夢をね」
赤毛「!」
先生「でもね、先生にはちょっと違和感がありました。赤毛さんは、いずれとっても素敵な女性になるのかもしれないけれど」
先生「今のままの赤毛さんが、あんな風に人々の前に立って導く姿は、何かおかしい」
先生「もしかしたらね、赤毛さんにはそんな使命があるのかもしれません。でも、女神様がやれと言っても、赤毛さんが"やります"と言わなきゃならないなんてことは、絶対にないんです」
先生「逃げちゃっても、いいんですよ」
赤毛「………」
「全く、無責任なことをぺらぺらと子供に吹き込むな、あんたは」ガタ…
神父「それが聖職者のすることかね?」
三つ編「!!」
赤毛(教会の、神父さん…!)
先生「…なぜ、ここが分かったんですか?」
神父「そこの悪ガキに、どれだけこっちが被害を受けていると思っている。ねぐらくらい、私だって押さえておくよ」
神父「しかし時計台の中とはな。大したものだよ、全く。あんたの教育の賜物だな」
先生「悪戯も子供の仕事ですよ。それに、あなたは一度もこの子たちの事を届け出ていない」
先生「文句など言いつつも、好きにさせていたんではないですか?」
神父「馬鹿を言うんじゃないよ。私がどうして悪ガキの肩を持たねばいかんのだ。私は子供が嫌いなんだよ」
先生「そうですか。それでは」
先生「この子を連れていくつもりですか?」
赤毛「…!」ビク…
神父「………」ハア
神父「どうにも、不自然なことが多すぎる」
先生「え?」
神父「私が何年、教典を読み返していると思う?」
神父「五十年以上だ。物心ついた時にはもう教典を手にしていた。女神様のもたらした啓示の内容も、記述のあるものはほぼ全て暗記している」
神父「その私が言うんだ。今回のことは何かがおかしい」
先生「昨夜の、夢のことですか?」
神父「そうだ。女神様は、勇者には啓示を与えるが、それ以外の者には姿を現したことはないはずだ」
神父「教会にも、聖女と呼ばれる超常の力をもった女性がいるが…かつて一度話を聞いた時には、それは生まれもったもので、啓示を受けて手にしたものではないと言っていた」
先生「つまり…今回の件は今までに例を見ない事態だと?」
神父「…人間が魔王に追い詰められたことは、これまで幾度もあった。人々の文化は破壊され、搾取されたが」
神父「それを覆してきたのはいつだって勇者だった。ただの町娘が救いの巫女などと、ありえんことだ。ましてや、こんな悪ガキが」
赤毛「…」ムッ
赤毛(あ、あれ…?)
赤毛(さっきの神父さんの言葉…どこかで………)
先生「では、あなたも…この事態に赤毛さんを頼ろうと言うのは、間違いだと思っている」
先生「そう言うことですか?」
神父「………」
神父「分からないことはあまりに多く、残された時間はあまりに少ない」
神父「結局、人は自分の信ずる道を行くしかない。事態はそこまでのところまで来てしまっている」
神父「…女神教会の人間の心にも、その数だけ女神がいると私は思っている。役立たずの聖騎士だって、逃げ出すものから、人々を守ろうとする者まで様々だ」
神父「子供を逃がそうとするあんた。子供にすら縋ろうとする区長。そしてあのヤンチャ小僧さえも、自分が欲する結果のために動いた」
神父「結局は、本人が決めることだ」
赤毛(!)
赤毛「………あたし、が?」
先生「子供に、こんなに重大な決断を任せると言うのですか?」
神父「子供も大人も、みんな死の前では平等だ。残りの人生の時間で人の価値を判断するのは、所詮差別でしかない」
神父「そもそも、私の持論を言わせて貰えば…滅びは既に人の定めのひとつだ」
神父「ひとは、勇者と魔王の…もっと言えば女神と邪神の、膨大な年月をかけたシーソーゲームの中で揺れ動くことしか出来ん」
先生「…」
神父「人の時代がひとつ、終わる。だがそれを悲観することも、足掻くことも必要ない」
神父「それは、また新たな時代の幕開けでしかないのだから、な」
――ゴゥンッ!
グラグラ…
先生「っ!」
三つ編「きゃっ! な、何!? 今の音!」
赤毛(時計台が、揺れた…。すごい衝撃。もしかして)
赤毛(もしかして、これは――)
神父「………来た、か!」
城下町
城門下
魔王「………」ザッ…
「ま、魔王がきたぞォ!!」
「城門が破られたっ!!」
「魔王は何処にいるんだ!?」
「も、もう城壁の中だっ!!」
「なんだってッ!?」
魔王「………」スタスタ
「あ、歩いてこっちに来るぞ!!」
「くそっ舐めやがって!!」
「機械弓隊、撃てッ!!」
パシュパシュッ!!
「…矢か」
雷帝「もはやロクな武器も用意出来んと見える」
スパパパパパパパパッ
「!? 矢がバラバラにっ!?」
「魔王の前方に、敵影っ!」
「気をつけろ!! 四天王だ!!」
雷帝「気をつけて、どうにかなるのか?」パリッ
バリバリパリバリッ!!
「う、うわあ!?」
「バリケードが吹っ飛ばされるぞ!!」
ズズゥン…!
雷帝「ふん…降伏すればいいものを」チャキン
「た、待避ーっ!」
「後列に任せるんだ、退けー!!」
魔王「………」スタスタ
「砲台、用意!」
「しかし、町の一区画も吹き飛んでしまいます!」
「元よりそのつもりだっ!! 発射、急げ!!」
「くそっ…こんなに簡単に城下町に入られるなんて…!」
「城壁上の連中は何をしてんだ!?」
「…おい、あれ。城壁の上が…」
「ん!? どうなってるんだ、あれは…もしかして………凍りついてるのか!?」
「な、何か飛んできます!!」
「なんだ、あれは――」
――ズガァア…ン!
氷姫「ビンゴ」
氷姫「きっちり砲台、潰したわよ」
雷帝「あんな巨大な氷柱なんぞ飛ばして、魔力のムダ使いだ」
氷姫「足りたんだから、文句ないでしょ」
雷帝「それでお前の魔力は空だろうが。全く無計画な」
氷姫「ぴったり使いきるように計算したんだから、計画的でしょうが」
雷帝「何をたわけた事を! このあとの、側近や勇者との戦いはどうするつもりなのだ!?」
氷姫「うっさいわね! あたしレベルだとそれまでには魔力が回復すんのよ! あんたと一緒にすんじゃないわよ!」
雷帝「何だと貴様…!」
氷姫「つーか、あんたそれ熱くないわけ? 燃えてるわよ、身体。それ、魔剣の呪いじゃないの?」
雷帝「ふん、これしき全くあ゛づ゛ぐ゛な゛い゛…!」メラメラ
氷姫「あ、そう。…なんか、悪かったわね。触れちゃって」
雷帝「な゛に゛が゛だ゛っ…! 」メラメラ
氷姫「…まったく。"先鋒はお任せください"なんて見栄張るから。これから、魔力使うたんびに焼かれるわけ?」
雷帝「な゛ん゛の゛ば゛な゛じ゛だ゛…!」メラメラ
氷姫「あーはいはい。いーから進むわよ」
氷姫「行きましょ。勇者をぶっ倒しに」
氷姫「ね、魔王?」
魔王「うん」
魔王「行こう」
「くそ、止められない!!」
「こうなれば白兵戦だっ! 全員で突っ込むぞ!!」
「待て、"アレ"を出す!」
「じ、実用段階なのか!?」
「今しか使い時はない! 起動させろ!!」
ウォオオ…!!
氷姫「ん?」
雷帝「ちっ、白兵戦を挑んでくるつもりか。我々に勝てるつもりでいるのか?」
ドシーン…ドシーン…
氷姫「ちょ、ちょっと。何、この音」
雷帝「…巨大な影が見えるな。あれは…」
魔王「ゴーレム、ね」
魔王(人の力で操るゴーレム)
魔王(あなたたちは、そんなものすら手にしているの?)
ゴーレム「ゴ…ギ…!」ドシーンドシーン
「ゴーレムのあとに続けぇ!!」
「行くぞぉッ!」
雷帝「往生際の悪いことだ」
氷姫「んな事言って、アレ、あんたに止められるわけ?」
雷帝「無論だ。人間の作り出したゴーレムなど、我が剣技の前には紙切れも同然」メラメラ
氷姫「…火、消えないわね」
雷帝「うるさいっ!」
魔王「…」スタスタ
氷姫「…ま、少しは見せ場がないと、後でヘソ曲げそうだしねぇ」
雷帝「ふん。譲ってやるとするか」
魔王「…出番よ」
魔王「炎獣」
炎獣「――ガァアァアァアァアッ!!」
ギュンッ!!
ゴーレム「――!?」グンッ
ビュォ―――ドシィン…ッ!!
「なっ…」
「ゴーレムが…!!」
「王城まで、吹っ飛ばされたっ!?」
「一体なにが…!?」
「おい」
炎獣「死にたい奴から前に出ろ」
炎獣「ゴーレムと同じ目に会いたいやつだけな」ユラ…
「ひ、ひぃっ!!」
「に、逃げろ!!」
「ぱ、馬鹿者!! 退くな!!」
「無理だ、勝てっこない…!!」
「踏みとどまれ!! この奧は人々の住む町で――」
炎獣「やるのやらないのか」
炎獣「――どっちなんだよコラァアッ!!!」
ゴォオォオォオォオッ!!
氷姫「アンタ、血管ぶち切れるわよ」ザッ
雷帝「少しは血を抜いた方がまともな思考回路になるだろう」ザッ
魔王「これで…無駄な戦闘が避けられればいいのだけど」ザッ
炎獣「かかってこねぇならこっちから行くぞォッ!!」ザッ
「な、なんなんだコイツら…!!」
「だ、駄目だ…強すぎるっ!!」
「もうおしまいだ…!!」
「イヤだ、死にたくないぃ…っ!」
「退け、王城で体制を立て直せ…!!」
ワァアァアァア…
赤毛「………」
少年「そうして、その時は訪れる」
少年「いや、こういうことってある日突然来るものではなくて、日々の積み重ねが呼び込むものなのかもしれないよね」
少年「もっと知りたい。もっと強くなりたい」
少年「もっと出来るようになりたい。弱いままで居たくない」
少年「…そういう思いが、大人になるための扉に、手をかける」
赤毛「あたし、行きます」
先生「えっ………?」
神父「!」
三つ編「………あ、赤毛…」
三つ編「いま、何て言ったの?」
赤毛「――噴水広場に、あたし行きます」
先生「…何を、言っているんですか」
先生「今見ていたでしょう、赤毛さん! 魔王の、あの圧倒的な戦力を!」
先生「兵士だって、魔王の歩みすら止められなかったのですよ!」
神父「………」
三つ編「あ、赤毛…」
赤毛「………だからです」
先生「え?」
赤毛「普通の人達じゃ、たぶん、無理なんです」
赤毛「だから、あたしが行くんです」
先生「…ダメです。行かせられません」
先生「行けばあなたは死んでしまう。先生は、そんなことは許せません」
赤毛「…先生」
赤毛「行かせて、下さい」ペコ…
先生「っ…」
先生「………どうして」
先生「どうしてそこまでして…」
神父「先生。生徒は、あんたの所有物じゃない」
神父「自分で決めたことだ。…そうなんだろう?」
赤毛「はい」
赤毛「パパやママを、守りたいんです」
先生「………」
赤毛「あたしには、それが出来るかもしれないから」
赤毛「他の人には、それが出来ないから」
赤毛「だから」
赤毛「あたしが行くんです」
先生「………」
先生(どれだけの人間が、あれを見てそんなことを思えるのでしょう )
先生(目の前に迫る絶望。恐怖。死)
先生(命は、本能的にそれから逃れようとするはずです。それをこの小さな少女が、自ら律していると?)
先生(その上で、あれと相対する決断をしたと、そう言うのですか)
三つ編「――嫌よ!!」
先生「!」
三つ編「絶対、ダメよ!! もう、これ以上…」
三つ編「………私の前から、居なくならないでよっ!」
三つ編「お願いだよ、赤毛…!」
赤毛「三つ編…」
赤毛「大丈夫だよ。あたし、負けないから」
三つ編「嘘よ」
三つ編「みんな、そうやって嘘をつくんだ」
赤毛「………大丈夫。絶対、大丈夫だから」ナデナデ
神父「………」
神父「もしかしてお前…あの戦いを、夢に見たのか?」
先生「!」
赤毛「はい。多分、見ました。途切れ途切れだけど」
赤毛「…全部、夢に見た通りなんです。多分、この会話も」
赤毛「あたし…今はもう、それをなぞっているだけ」
先生「………!」
神父(やはり…。この娘の気持ちだけとは思い難い、とは感じていたが)
神父(この肝の座りようが娘の人格から来るものならば、それは蛮勇だとかいうことすら超えている)
神父「この子は、起こりうることを夢に見ていた。そして…それが順を追って現実のこととなっている」
神父「このまま行けば…夢の通り、お前は奇跡の僧侶となる」
神父「そう言う事なのか」
赤毛「はい…多分。そうなんだと、思います」
三つ編「………」
神父「多分、か」
神父「…くくく、はははっ!」
先生「何が可笑しいんですか?」
神父「なに。この子供のこんなにも曖昧な、こんなにも頼りない言葉を、信じようとしている自分が笑えてな」
神父「だが、面白いじゃないか。それもまた小気味いい。決めたぞ。私はこの娘を噴水広場まで送り届ける」
赤毛「ありがとうございます」ニコ
神父「私がこう言うことも、知っていたか?」
赤毛「うーん…多分…」
神父「くっくっくっ」
先生「…」
先生「先生も行きます」
赤毛「…先生」
神父「おや? あんたはあの夢を、寝言の類いだと思ってるクチじゃなかったのかね?」
先生「赤毛さんひとりには背負わせない。先生は、先生ですから」
先生「いつでも赤毛さんの味方です」
赤毛「…はい」
三つ編「………あ」
三つ編(あたし、も…)
赤毛「三つ編は、ここに居て」
赤毛「ここは安全なんだ。あたしは知ってる」
赤毛「絶対、平気だから」
三つ編「………」
赤毛「誰かが秘密基地、守らなきゃ」
赤毛「ね?」
三つ編「――…分かった」
――――――
――――
――
少年「初めて友達と離ればなれになったときは、心細かったなあ」
少年「今までと違う環境にぽんと飛び込んだ時、周りの人がひどく怖く思えた」
少年「でも、それは皆一緒だったんだよね」
少年「一緒にいた友達も、別の場所で同じ不安と戦っていたんだ」
少年「そうして、当たり前のように別々の時間を過ごしていくうち」
少年「久しぶりに会った彼らが、どきっとするくらい大人びて見えた」
少年「その時になって、"時間"というものを実感した気がするよ」
少年「そして、それと同じものが自分の内側にも流れているんだということも」
三つ編「………」
三つ編「なんて…」
三つ編「なんて、臆病なのかしら。私」
三つ編「友達が、勇気を出しているのに、私は」
三つ編「一人だけでも…助かりたいって思った」
三つ編「最低だ…」
三つ編(ごめんね、金髪。赤毛を守るって、私言ったのに)
三つ編(ごめんね。許して…)
三つ編(許して)
表通り
ヒュゥウウウ…
赤毛「………」
先生「…驚くくらい、静かですね」
神父「さてはて、住民の避難は終わったのか、十字聖騎士だけ城に逃げ込んだか」
先生「そんなこと言うと、女神教会の評判が落ちちゃいますよ?」
神父「誰も聞いていまい。それに、あんな見かけ騙しの騎士に守られる評判なら、地の底まで落ちてしまえばいい」
神父「教会は下らんものにアレコレと手を出し過ぎた。そろそろ女神直々に天罰を下される頃だろうさ」
先生「…」
神父「なんだ、その顔は」
先生「いえ。あなたほどの人が、教会組織で出世していかない理由が、よく分かりましたよ」
神父「何を偉そうに。あんただって、先生方の中じゃ浮いてるらしいじゃないか」
先生「誰が言ったんですか、そんなデタラメ」
神父「違うのか?」
先生「違いますよ」
神父「あんたに聞いてない。私にその情報をもたらした人間に聞いているんだ」
先生「え?」
赤毛「…え、えーっと」
先生「あ、赤毛さん!?」
赤毛「だ、だって先生、普段はあんなに口数多くないし。行事の時も、一人で離れてポツンといること多いし」
先生「そ、それはですねぇ、教師の威厳を出そうと先生なりに試みてる結果でして!」
神父「生徒にそんなことを説明しているようでどうする」
先生「うぐっ…」
神父「まあ、案外子供たちも驚くほどあんたら教諭を注視してるってことだな」
先生「…」シュン
赤毛「げ、元気出して。先生」
先生「あ…赤毛さん…!」
先生「よーし! 先生が必ず、ご両親やお友達に会わせてあげますからね!」
赤毛「はい、お願いします」ニコ
神父「まったく。どっちが見送る側だか分からんな」
神父(しかし…恐ろしい落ち着きようだ。いくら夢に見ているからと言って、そこまで冷静でいられるものか?)
赤毛「………」スタスタ
神父(いや。どちらかと言うと、熱に浮かされているような様子にも見えるが)
先生「…怖い、ですか」
赤毛「………はい、少し」ギュッ
神父「!」
先生「やめたって、いいんですよ」
赤毛「…平気です」
神父「…」ポリポリ
神父(まあ、この辺りは流石教員ってところか。そもそも、子供の考えてることなど私の知ったことではないからな)
赤毛「それに…怖いのは魔王じゃなくて、男の人なんです」
先生「男の人?」
赤毛「はい。とても、怖い笑い方をする男の人」
神父(? 誰のことを言ってるんだ?)
「くへ…」
「くへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」
大僧正「見ィつけたァ…」
先生「!」
赤毛「き、来た…」
神父「あ、あんたは」
神父「………こんな所で何をしている? あんたみたいな男はいの一番に教皇領に逃げ帰っていると思っていたが」
神父「大僧正」
大僧正「く、く、クチのきき方に気を付けろ、教会神父風情が」
神父(………様子がおかしい)
大僧正「あ、あ、赤髪の娘をこちらにわた、せ。わたじの、手柄だ」
神父「必要ない。この娘は自らの足で噴水広場に向かっている」
神父「今更あんたら上層部の出る幕はないだろう。それとも、お得意のお涙頂戴演出が必要か?」
神父「教会の権威の誇示のために」
大僧正「へ、へ、返答は求めていな、い」
大僧正「 わ タ せ !」ゴッ
神父「ッ!?」
先生「危ないっ!」ドンッ
赤毛「うっ!?」
先生「ぐぁあ…!」ミシ…!
赤毛「先生!」
神父(な、なんだ、これは…)
神父(大僧正の背から、人間のものとは思えない青黒い腕が伸びててきて…!)
神父(大人の男一人を掴んで、持ち上げてしまっている…!!)
神父「お、おい先生!」
先生「うぅ…!」
大僧正「じゃ、じゃ」
大僧正「邪魔をするなんてェ…人間のクセにィ…!!」
先生「こ、の…ッ!」パチッ
――バチバチッ!
大僧正「!? あ、あづぅうウぅいッ!?」
パッ
先生「はあ、はあ…」ヨロ…
神父「だ、大丈夫か!?」ガシッ
先生「え、ええ」
先生「こんな事もあろうかと、魔法の勉強をしておいて、助かりました」
神父「魔法!? …どうやってそんなモノを…」
先生「神父さん」
先生「赤毛さんを連れて、先へ行って下さい」
神父「あんた、何を言ってる!?」
先生「この人は、危険です。赤毛さんを渡してしまえば、どんな目に合わせられるか分かったものじゃない」
赤毛「先生…!」
先生「なんとか、抑え込んでみます。だから、早く…!」
神父「馬鹿なことを! あんたみたいな痩せっぽち一人に、何が出来るって言うんだ!」
大僧正「ぐぉおォおっ!? なんだ、コレはァっ!? や、焼けただれるようだゾォ…!!」
神父「!?」
大僧正「き、き、貴様ァ…毒の魔法かぁッ!?」
先生「ええ。痛いでしょう? 先生の日頃のストレスの捌け口に作った毒魔法」
神父(………この男、本当に魔法を?)
先生「赤毛さんも、さあ急いで!」
赤毛「先生…」
先生「夢に見た通りに、進むんです! 赤毛さんになら、分かるんでしょう?」
赤毛「…うん」
赤毛「先生、すごく強いんですね」
神父「!」
先生「ええ!」ニッ
先生「先生は、先生ですからねぇ…!」
神父「…この子たちが生き延びれば、親身になって導く存在が必要だ」
神父「分かっているな?」
先生「分かっていますよ。なんですか、悲観する必要はないのだ…とか言ってたクセに」
神父「ふん。気まぐれだ」
先生「有り難く頂戴しておきますよ。神父様の説法を」
神父「行くぞ!」
赤毛「は、はい!」
タッタッタッ…
大僧正「あ、あ、あ!」
大僧正「赤髪の少女ォ…! わたじの手柄がァ!!」
先生「危険人物もいいところですねぇ。通報しても兵隊さんが来てくれないってところが痛いですが」
先生「ウチの生徒に手を出して、只で済むと思わないで下さいよ…!」
大僧正「――ほザけぇえええぇエェええぇッ!」
ビュンッ!!
少年「誰かは君に、"期待"した」
少年「君はきっと立派な大人になるだろうって」
少年「誰かは君を、"慕って"いた」
少年「君のように出来たらいいな、と小さなことを尊敬して」
少年「誰かは君を、"蔑ん"だ」
少年「君のことは理解できないと、分かり合えないと拒んだ」
少年「…沢山の人たちの想いの濁流の中を、君は溺れそうになりながらも、なんとかかんとか、息をしている」
ドカァン…!
赤毛「! せんせ…」
神父「振り向くな!」
赤毛「っ!」
神父「噴水広場はもうすぐだ。だが、今足を止めれば、お前の思いは叶わない」
神父「両親や友達を、守るんだろう。口先だけだったのか?」
赤毛「………」
赤毛「いいえ」ギュッ
神父「…ふん」
神父(こういう時に覗く表情は、子供のそれでしかない。今にも泣き出しそうなのを、必死に堪える顔)
神父(この小娘が、未来を知っている…)
神父「………おい」
神父「大僧正の、アレが何なのか…お前には分かるのか?」
赤毛「分かりません」
神父「…お前は、魔王に勝つのか?」
赤毛「分かりません」
神父「結果までは、見えていないと言うことか?」
赤毛「…」
神父(…やれやれ。私も焼きが回ったか)
赤毛「魔王さんは…」
神父(魔王"さん"!?)
赤毛「敵では、ないから」
神父「な、なに…?」
赤毛「あっ…」ピタッ
神父「!」
サァァアア…
神父「――たどり着いたか」
神父「噴水広場…」
噴水広場
赤毛「………」
神父「………」
神父「ここで、待つのか」
赤毛「…はい」
神父「…そうか」
赤毛「………」
神父「………」
神父「寒いか?」
赤毛「え?」
神父「…マントをやる。くるまっていろ」ファサ
赤毛「………ありがとう、ございます」
神父「もはや…」
赤毛「?」
神父「私の理解の範疇を越えていることばかりだ。予想をいくらしても、それらは想像の域を出ることはない」
神父「私が…お前にしてやれることは何かあるのか?」
赤毛「…じゃあ」
赤毛「お守りを下さい」
少年「ねえ、覚えてる?」
少年「読んでもらった絵本の続きを、自分で想像して胸踊らせた、あの夜を」
少年「夢の中では、いつの間にか君が冒険の主人公だった」
少年「旅行に行く日に、どきどきしながら見知らぬ場所を思いを馳せていた、あの朝」
少年「未来はどこまでも続いているような気がした」
少年「皆の夢を、覚えてるよ」
少年「皆が忘れてしまった思い出も」
少年「今でも一人で描いてる」
少年「だから、こんな物語だって、大好きなんだ」
神父「お、お守り?」
神父「…何も持っていないぞ。やれるものなど」
赤毛「十字架持ってないんですか? 神父さんなのに」
神父「…うるさい。形式にはこだわらない主義なんだよ、私は」
神父「そうだな…それじゃあ、せめて」
神父「この帽子をやろう」ス…
赤毛「神父さんの、帽子…」
赤毛「に、似合いますか?」
神父「ちょっと、大きいな…」
赤毛「…そっか。そうなんだ」
神父「何?」
赤毛「これで、あたし…僧侶になれるんですね!」
神父「…!」
神父(そうか…! これは、夢に見た奇跡の僧侶の姿だ)
神父(風に赤い髪をなびかせ…その赤がよく映える純白の帽子と、純白のマント)
神父(………女神の見せた…未来。知らず知らずのうちに私は、その手伝いをしていた)
「――女神の子らよ!」
「奇跡の僧侶は来たれり…!」
神父「!」
神父「あ、あれは…」
神父「教皇!!」
教皇「今こそ勇気をもって、そのまなこを開け!」
教皇「祝福されるのだ!!」
ザワザワ…
「おお…お告げの通りだ!!」
「赤髪の巫女だ…!」
「た、助かるぞ!!」
「奇跡の僧侶よ…! 教会を信じてよかった…!」
神父(ここで出番を待っていたか…! 教会の力を示す機会を!)
神父(娘が絶対に姿を現す自信があったのか!?)
神父(いや、そんなものがあるはず…いや、まさか…!?)
赤毛父「お、お前…その姿…!」
赤毛「パパ!」
赤毛父「何でここに来たんだっ!? 逃げろと、言ったのに…っ!!」
赤毛「…大丈夫だよ、パパ」
赤毛父「!?」
赤毛「いま、助けてあげるね」
赤毛父「た…助けるって…」
赤毛(沢山の人たちが、遠くからあたしを見てる)
赤毛(あたしは、この人たちを助けるんだ)
赤毛(そう、夢の通りに)スッ…
フワ…
「お、おい見ろ。み、水の上に立っている!」
「おお…奇跡だ!」
「お告げの通りだ!」
少年「さあ、勇気を持って」
少年「君の大作戦の、ハイライト」
少年「雲の隙間から光が差し込み」
少年「祈る君を、奇跡みたいに照らすんだ」
少年「それは子供たちが一度は夢見る」
少年「救いの巫女」
少年「奇跡の僧侶」
サァアァア…
「み…水がまるで生き物のように…」
「僧侶様をのせて、宙を舞っている…!」
赤毛父(………あれは、誰だ?)
赤毛父(本当に…私の娘か?)
教皇(――まさに、奇跡の僧侶。申し分ない)
神父「…申し分のない、演出だ」
教皇「!」
神父「そう言うことだろう。教皇」
教皇「…三区の教会神父だな。よくぞ女神の子としての勤めを果たした。褒美を取らせよう」
神父「いらないよ。私は私の興味本意であの娘をここに連れてきた。それ以上でもそれ以下でもない」
教皇「…そうか」
神父「結果だけは知っていたが、過程は知らなかったか?」
教皇「何?」
神父「これは勘だが、この一連の騒動を起こしている女神は、本物ではない」
神父「あんたら上層部の…いや、教皇。あんたの思い通りに世界を導く偽りの女神だ」
教皇「気でも触れたか? なんの確証もない話だ」
神父「勘だと言っただろう。そういう人間性を感じるんだよ、私には」
教皇「女神を相手に、人間性だと?」
神父「ああ。意思のあるもの全てにそれはある。私の持論だがね」
神父「あれは私のよく知る女神ではない」
教皇「おい。この男を連れていけ」
「はっ」
神父「あんた、あの夢を見てないだろう」
教皇「…」
神父「大した自信だが、全てを思うがままに動かせるかな」
神父「人の意思は、そう簡単に従えられないぞ」
「こっちに来い」
神父「人は…簡単には屈さない」スタスタ…
教皇「…ふん。愚民が、知った風な口を利く」
教皇「そもそも私は従えてなどいない。頼んだだけだ」
教皇「なあ」
教皇「友よ…」
氷姫「…静かね」
雷帝「ああ。気味が悪いほどな」
炎獣「戦いを放棄したと見せかけて、どこかから狙ってくるかもしれない。気を付けろよ、魔王」
魔王「うん」
雷帝「張りつめ過ぎても、持たんぞ。炎獣」
氷姫「そうよ。あたしたちもいるんだから、ちょっとは…」
炎獣「もう」
炎獣「誰も失いたくないんだ、俺。後悔はしたくない」
氷姫「っ…」
炎獣「俺が守るんだ」
魔王「炎獣…」
雷帝「………」
「――バウッ!」
炎獣(! この塀の向こうに何かいる!)ビュッ
ドガァアンッ!!
炎獣「…」
炎獣「なんだ、犬かよ」
番犬「バウッ! バウバウッ!」
炎獣「脅かしやがって…」
番犬「バウバウッ!」
氷姫「ねえ。あんたちょっと敏感になりすぎよ。気持ちは、分かるけどさ」
炎獣「…」
炎獣「消えろよ」ゴォッ…
番犬「…!!」
番犬「バウッ! バウッ!」
炎獣「…はあ」
炎獣「勇敢なんだか馬鹿なんだか」クル…
雷帝「お前も、体調は万全ではないはずだ。傷口が開くような行動は控えろ」
炎獣「へいへい」
魔王「…」
番犬「バウッ! バウッ!」
炎獣「…あいつにも守りたい主がいるのかもしれねえな」
炎獣「…」
炎獣「喚かれちゃ迷惑だし、殺しちまえば良いのによ。そうしなかったのは…情けだ」
氷姫「情け?」
炎獣「ああ。こんなケモノ一匹の命、わざわざ取るもんじゃないってよ」
炎獣「今まで人間を殺しまくってた俺が、今さら何言っちゃってんだって感じだよな」
氷姫「…」
氷姫(情け、か)
――氷姫「………そんな姿になってまで、向かってくるって言うわけ?」
――氷姫「あたしは、魔王の四天王なのよ」
――「魔族が、憎い…!」
――「私にあるのは、それだけだ…っ!」
氷姫「…」
炎獣「こう言うこと、氷姫にもあるか?」
氷姫「――さあ」
氷姫「どうかしらね」
雷帝「…やはり馬鹿だな、お前は」
炎獣「え?」
雷帝「気を引き締めたいのならば、そんな感情はさっさと捨ててしまえ。考えるのは全てが終わってからでいい」
雷帝「迷いながら戦っていては、死ぬぞ」
炎獣「………そっか」
炎獣(でも、終わってからじゃあ、その間に消えた命は甦らない)
雷帝(…翁ならば、もう少し上手く諭したのだろう)
雷帝(分かっているのだ。私も)
魔王「…」
氷姫「そもそも!」
氷姫「一人で全部守ろうなんて、お門違いもいいトコ。誰もそんな事頼んでないわよ」
炎獣「うっ…」
氷姫「こういう時こそ、連携が大事でしょ。さっきはそれで上手くいった。違う?」
炎獣「…そう、か」
氷姫「そうよ。ここまでだって、補いあって来たんだから」
氷姫「一緒に、進みましょ」
炎獣「…ああ。そうだな!」
魔王(氷姫…)
氷姫(魔王。あんたは、前だけ見てればいい)
魔王「…」コク
炎獣「…じいさん。あんたに出された宿題の答え…見つけなきゃな」
魔王(爺の死…魔法使いを名乗る彼の出現。みんな、心の内は混乱しているはず)
魔王(でも、ここまで辿り着くまでの道程が、私たちを強くした)
魔王(私たちは一人じゃない。補い合える)
魔王(勇者には………負けない)
『来ましたね…魔王』
魔王「――っ!?」ゾクッ
炎獣(殺気!?)バッ
雷帝「いや…! これは」
氷姫「聖なる、波動!」
魔王「………勇者!?」
『魔王。そして魔王四天王』
『あなたたちを迎え撃ちます』
魔王(違う!)
魔王「あなたは、女神!?」
炎獣「め、女神だって!?」
氷姫「なんで…女神が自ら…!」
雷帝「あれを見ろ!!」
サァアァアァアァ…
赤毛「…」
炎獣「人間の、子供…?」
魔王「気をつけて! 様子がおかしいわ!!」
氷姫(なに………あの子供)
氷姫(膨大なエネルギーを纏っている! 魔力とは違う…これは…)
赤毛「…」ス…
魔王(手をこちらにかざした)
魔王「――来る!!」
赤毛「…」ォオォオォオォオ…!!
ズ ン ッ !!
魔王「うぐっ!!」
炎獣「がっ…!?」
氷姫「あう…ッ!」
雷帝「くっ!」
魔王(濃密な)
魔王(空気すら重苦しく感じるほどの、波動)
魔王("これ"の目的は何?)
魔王(意識を、侵食しようとしているの?)
魔王(そう、不安を掻き立てて敵意を、怒りを燃え上がらせようとしている)
魔王(そしてその矛先までも操る気だ)
魔王(不味い…これでは!!)
氷姫「がっ…ぎっ…!!」
氷姫(感じたことのない、圧力…!! 魔力を持ってしても、抗えないなんて…!!)
氷姫(感情が、揺れ動かされる! 気分が、意識とは無関係に高揚して)
氷姫(身体が、熱いッ!!)
炎獣「…」ユラ
氷姫(炎、獣…っ? なんで、こっちに向かって…)
氷姫(――待って。これは、あたしに向けられたこの感情は、間違いなく)
氷姫(炎獣の)
氷姫(――憎悪!!)
炎獣「炎ぉ」
氷姫「!!」
炎獣「――パンチ」ゴッ
ドゴォオォンッ!!
ヒュン…
氷姫「はあ、はあ…!」
氷姫(危なかった…! 転移が間に合わなければ、塵になっていた!!)
炎獣「ちっ、外したか…」ユラ
氷姫(あれは確かに炎獣の全力…。殺そうとしたの…あたしを!?)
氷姫(これが敵の…!! や、ヤバい…いっ、意識が…!!)
氷姫「」ガクンッ
氷姫「………」
氷姫「上等じゃない」ゴォ
氷姫(………殺す)
氷姫(そう、殺すんだ…)
雷帝「」ヒュバッ!!
氷姫「っ!」
氷姫(雷帝…!)
雷帝「…斬る」ユラ
氷姫「――やってみなさいよッ!」
魔王(敵の狙いは同士討ち…! 強大な戦力同士をぶつけさせるつもりだ!)
魔王(なんて、強制力! 呪いとも言うべき力!)
魔王(駄目…っ!!)
魔王(自我を保つので精一杯だ…止められない!!)
氷姫「らぁあッ!」パキィンッ!!
炎獣「くっ…」
炎獣「ガアァアァッ!!」ギュンッ
雷帝「去ね!!」ギュバッ
――ゴォウンッ…!!!
魔王(通りの家々が、消し飛んだ)
魔王(三人とも、本気だ)
魔王「どう、すればっ…!!」ギリ…
赤毛「…」
パキッ…!
炎獣「!?」
氷姫「もらった――!」ギラ…
雷帝「ちっ、氷の刃…!!」
炎獣(噛み砕いてやらァ)ガキィン!
雷帝「…」パリッ
バリバリバリ!!!
氷姫「くそ…まだこんな魔力を!!」
雷帝「ナメるなよ…」
炎獣(雷帝も氷姫も魔力が厄介だ)
氷姫(でも呪いの炎が発動している。そう何度も使えないはず)
雷帝(氷姫の魔力は全快には程遠い。いずれ底をつく)
炎獣(魔法の発動を凌駕するスピードで動く)
氷姫(炎獣の破壊力は致命的。まず潰すべきは炎獣)
雷帝(炎獣がどちらを狙うかは読めない。だが今の奴の拳なら見切れる)
炎獣(瞬発敵に距離を縮める。そして穿つ)
氷姫(来るなら来い。氷の切れ味に沈め)
雷帝(雷光のごとき斬撃で滅殺する)
炎獣(破壊する)
氷姫(跪け)
雷帝(消し去ってやる)
ド ン ッ !!
教皇(素晴らしい)
教皇(素晴らしい成果だ。これで四天王は陥落したも同然)
教皇(魔王は流石辛うじて耐えているが、その状態では四天王を相手取ることは出来まい)
教皇(四天王の敵意を魔王に向ける)
教皇(この私の得た力と、それを受け、拡張して発する能力を持ったこの娘がいればそれが出来る)
教皇(魔王…貴様はここで死ぬ)
教皇(惨めに地を這い、敗北しろ)
赤毛「…」ォオォオォオォオ
魔王「ぐっ…!」
魔王(仕方ない。全てを)
魔王(――全てを、無に帰す)
魔王(もう、こうするしか…!)
魔王(爺、力を貸して!)
魔王「力、を…!」
魔王「その、すべてを…っ!」
魔王「"壁"に変換する………!!」
ズォオォオォオ………!
魔王「――"魔壁"!!」
ドドドドドドドドドドドドド!!!
教皇(なんだ…あれは!?)
教皇(地面から巨大な漆黒の壁がせり上がってっくる…!)
炎獣「!?」
氷姫「っ!」
雷帝「…!!」
教皇(魔王と四天王を包み込むように覆っていく………あれは、まさか!)
教皇(こちらの波動を遮断するつもりか!)
ドドドドドドドド!!!
教皇「むっ!?」
教皇(こちらの足元からも壁が…!!)
赤毛「…」
教皇「私と娘を包み込もうというのか!!」
教皇(何が狙いだ…魔王!!)
魔王「………」
キィ――――ン………
魔王《………》
魔王《真っ暗だ》
魔王《暗い、という言葉さえ覚束ないほどの闇》
魔王《それを、私はただ、さまよっている》
魔王《そしてそれは》
フワァ…
炎獣《…》
氷姫《…》
雷帝《…》
赤毛《…》
教皇《…》
魔王《壁に飲み込まれた者全てが、同じ》
魔王《意識を分解され、暗闇をただ流れる存在になる》
魔王《肉体の感覚は消え、自分が何者かさえ分からない》
魔王《…私たちを襲った波動は間違いなく、女神の力にも似た巨大な何か》
魔王《女神を名乗る存在と、私たちですら抗うことが出来なかったあの獰猛なエネルギー》
魔王《こうして全てを解体する以外に、あの支配から逃れる術は思いつかなかった…》
魔王《私の力の解放形態のひとつ。壁に覆われた者の"存在を解体する"》
魔王《魔壁》
魔王《使うことは、ないと思っていた…いや、今までの私では使えなかった》
魔王《この膨大な力を制御できたのは………》
魔王《――爺。確かに、受け取ったよ》
魔王《………さあ、私たちの存在をもう一度繋ぎ合わせなくては》
魔王《記憶や想い。私たちの精神に干渉する絆を、手繰り寄せて…》
《――魔王》
教皇《貴様、何をした》
魔王《!?》
魔王《そんな…意識が残っている!?》
教皇《意識を奪われる刹那、最後の気力でどうにか思考力だけを残した》
魔王《まさか…! そんなことを、自らの力だけで成し遂げるなんて…っ》
魔王《生命の力の持つ領分を越えているわ!》
魔王《あなたは…本当に人間なの!?》
教皇《控えろ、下郎が》
教皇《私は人を超越した存在。女神に肩を並べるべくして生まれた者》
魔王《神に、肩を並べる?》
教皇《そうだ》
教皇《大いなる力。神のみぞ知る気宇広大な精気………だが、その正体はなんだと思う?》
魔王《!? 正体、ですって?》
教皇《生命に神秘などないのだよ、魔王》
教皇《ただの必然を繰り返して、命はこれまでただただ無尽蔵に広がる時の海をたゆたってきた》
教皇《そして、魔王と勇者の争いも、はるか古代より繰り返され………もはや生命の営みのひとつとなりつつある》
教皇《しかし、それが必然なればこそ、またこの手で作り出すことも可能だ》
魔王《………あなたが、偽りの奇跡を作り出していたのね》
教皇《偽ってなどいない。奇跡は奇跡だ。だがそれは、幾度でも模倣することすらできる奇跡だ》
魔王《そんなものは、奇跡とは言わない》
教皇《名前などどうでもいいことだ。私はその力をこの手に収めて………魔王、貴様の奥義すら耐えてみせた》
教皇《――私は現世に姿を形作る神となる。そのための能力は十二分に用意できている》
教皇《後は………人々の心を惹く伝説があればよい》
魔王《魔王である私を倒すこと》
魔王《あなたの計画の最終段階…ということ?》
教皇《多少の計算違いはあったが、それも問題ない。私は貴様を殺し、終極の存在となる》
教皇《女神の体現者という名を持ってな》
教皇《貴様にも分かるだろう? 私の見ている世界が》
教皇《世を滅ぼしかねんほどの膨大なエネルギーを有する貴様なら》
魔王《………》
教皇《この闇の中では、自我を保つひとりの自分を認識できない》
教皇《…貴様は我々が四天王にかけた洗脳を解くために、意識はおろか、存在もろともばらばらにしたのだ》
教皇《自分すら巻き込んだのは、その存在をもう一度繋ぎ合わせる役目を自ら担うためか》
教皇《自分の思考力を残せる自信があったのか? それとも、全ては賭けだったか》
魔王《………》
教皇《しかし残念だったな。道連れに倒そうとした私も、思考力を守りきった》
教皇《私は自らの存在を繋ぎ合わせる。そしてこの小娘もな。…まだ利用価値はある》
赤毛《…》
教皇《貴様が、四天王と自分を修復し終えるのと…私のそれと。どちらが早いかな》
教皇《くくく…我らは先に復活を果たし、貴様らを覆う壁を砕くだろう》
教皇《貴様らは概念となったまま空中へ溶け出し、消えてゆく》
教皇《………楽しみだな》
魔王《いなくなった…か》
魔王《急がねば、私も》
魔王《…いえ。惑わされては駄目》
魔王《焦ったところで、上手くはいかない。落ち着いて、ひとつひとつの欠片を集めて行こう》
魔王《まずは私の存在を》
魔王《自分を、再構築する》
魔王《私。その存在。時間と空間を感じる》
魔王《その交差する場所に、私はいる》
魔王《――時間。過去》
魔王《私は、お父様の…先代魔王の、娘》
魔王《母の胎内で肉体を受け、そして外へと生まれ出た――》
先代「玉のような娘だ」
側近「おめでとうございます」
先代「おぉ、見ろ。笑ったぞ」
側近「そうですね…」
先代「なんだ、お前は興味が無さそうだな」
側近「…いえ、それはもう数百年生きていますから。今さら赤ん坊を見て感動しませんよ、僕は」
先代「歳のせいにするなよ。幾つになっても赤子とは可愛く感じるものだろう」
側近「そうですかねえ…?」
先代「やっぱり、へその緒という奴は取っておくべきだろうな」
側近「いらないでしょう、そんなもの。親の勝手で気持ち悪い思い出作りに付き合わせるのは、どうかと思いますよ」
側近「そもそも魔族がへその緒って、気持ち悪いですよ」
先代「…お前、気持ち悪い言い過ぎじゃないか。魔王だぞ、私は」
側近「はあ、すみません」
先代「まあいいんだ、そんなことは」
側近(いいんですか)
先代「こういう事はな、意味が無くてもいいし、分からなくてもいいんだ。ただな、ふとした時に…」
先代「この一族の血が、自分にも流れてる…そう実感する時がくる」
先代「魔族の生涯は、長い。そんなひと時は、生涯の中で本当に数えるほどかもしれん」
先代「それでもその想いは…ふと自分を見失いそうになった時に、自分を今の立つ場所に引き戻してくれたりするものだ」
側近「…そうですか」
先代「ああ。お前はお前でいいのだ…とな」
先代「私の娘だ。いずれ次の王座を巡る争いに巻き込まれるだろう。血で血を洗う醜い戦いを知る」
先代「可哀想なことだが…それでもこの一族に生まれたことを、抱えて生きて欲しい」
先代「私は魔界の隅の、片田舎から成り上がった身。お前に流れるのは魔王の血であると同時に…田舎の農夫の血なのだ」
先代「不思議だな?」
魔王《そうですね、お父様》
魔王《私は、農夫であり魔王だったお父様の娘》
魔王《もしかしたら、今頃魔界の外れで田畑を耕していたかもしれない、そういう女》
魔王《そっちの方が、本当は私に合ってたんじゃないかって、ずっと思っていますよ》
魔王《お父様》
??《…あの》
魔王《ん? あなたは………》
赤毛《へその緒、ちゃんと取ってあるんですか?》
魔王《…へその緒だってまだ取ってあるわ。その意味を考えたことなんてなかったのだけれど…なんとなく、ね》
赤毛《そうなんだ。あたしのも、あるのかなあ…》
魔王《…》
魔王《あなたは、不思議な子ね。人間の子供なのに、私に敵意を抱いていない》
赤毛《あたし、今はあたしが誰かも分からないんです》
赤毛《…真っ暗闇で、ただ、恐い》
魔王《………》
魔王《途中まで一緒に、行きましょうか》
赤毛《いいの?》
魔王《ええ。でも…魔界の様子は、あなたには刺激が強すぎるかもしれないわ》
魔王《怖くなったら、目と耳を塞いでいるのよ?》
赤毛《うん。分かりました》
魔王《ふふ。………それにしても、いやに鮮明な映像だった》
魔王《赤ん坊だった私には、当時の記憶なんかないのに》
赤毛《誰か、別のひとの記憶じゃないですか?》
魔王《…ふむ。なるほど。そうかもしれないわね》
魔王《ああ、ほら。来たわ、彼が》
雷帝「失礼します、魔王様」
先代「雷帝か。いつ戻ったのだ?」
雷帝「つい先刻、魔王城に」
先代「そうか。ご苦労だったな。報告ならひと休みしてからでも良いのだぞ」
雷帝「それが、そう言うわけにもいかなくなりました」
先代「何…?」
側近「人間界に、何か動きがありましたか」
雷帝「…はい」
雷帝「魔王様。勇者が現れました」
雷帝「女神の神託が降りたようです」
魔王《そう。これは雷帝の記憶。私を形作るには、あなたの記憶がいるわ、雷帝》
魔王《幼い頃から…お父様が魔王でいた頃から私を見守ってくれた、あなたの》
赤毛《魔王さんの記憶のない頃の魔王さんを、思い出す必要があるの?》
魔王《ええ。私自身が何も持っていなくても…そんな私に向けた誰かの眼差しが、この世界の中で私を形作るわ》
赤毛《ふぅん…》
魔王《そしてこの空間で私が雷帝のことを思うこと…それが、雷帝の存在を作っていき、記憶の扉を開いていく》
魔王《そういう作業が、彼をまた形作る》
赤毛《なんだか、難しい…》
魔王《そうね。考えるよりは、感じてみましょう。雷帝の、記憶を》
雷帝「女の勇者…らしいのですが。どう思いますか」
木竜「ふうむ。しかし、たった一人でキメラの軍勢に突っ込んだとか何とか。厄介なタイプだのう。考えていることが読めんわい」
玄武「しかも…それを突破したんだべ。だとすんだば、恐ろしい能力の持ち主だべよ」
鳳凰「ふん…恐いのならそなたは四天王から退くがよい」
玄武「そうは言ってねえべ。オラ、おめぇのそういうやっすい挑発にはもう乗らねえかんな、ボーボー」
鳳凰「ボーボーではない、鳳凰だっ! 何度言えば分かるのだ、このニワトリ頭が!」
玄武「トリはおめえだべ」
赤毛《あれは…?》
魔王《魔王四天王、ね。お父様の頃の》
赤毛《雷おじさんは、前も四天王だったんですか?》
魔王《か、雷おじさん…? 雷帝のこと?》
赤毛《うん》
魔王《お、おじさん、かあ…。雷帝が…。それは、人間の年齢で言えばかなりいってる方だと思うけど。この幹部の顔触れの中では一番若手よ、多分》
赤毛《そうなんだ》
魔王《雷おじさん…。ふくくっ…》
赤毛《…》
赤毛《魔王さんって、そんな風に笑うんですね》
魔王《えっ?》
赤毛《なんだか、普通のお姉さんって感じ》
魔王《…わ、私が?》
赤毛《うん》
魔王《………》
魔王《本当に不思議な子だわ、あなた》
赤毛《そうですか?》
魔王《うん。とても》
雷帝「側近様…正気ですか!?」
魔王《なんだろう、雷帝の心が悲しみに暮れている》
魔王《強い思いが、伝わってくる》
赤毛《なんだか…恐い》
鳳凰「血迷ったのかえ? 側近」
側近「いいえ。僕は至って正常ですよ」
側近「異常なのはこの事態です。あってはならないことなんです」
先代「………」
雷帝「だからと言って、そんな!」
玄武「んだ。話が飛躍しすぎだべ、側近」
側近「そんな事はありません。このまま魔王様の邪神の加護が弱まれば、確実に勇者一行に敗北します」
木竜「じゃから、殺せと言うのか? まだ赤ん坊の、その子を」
魔王《え…?》
側近「はい」
側近「魔王様、僕はもう一度ここに進言します」
先代「………」
側近「あなたのお嬢様は、今の内に、殺してしまうべきです」
側近「………王者は魔界に一人だけ………………………………あなたのはず……………………………」
先代「………」
側近「………邪神の………………………………………受け継がれ………………」
側近「………あなたが破れ………宿命づけ………………………?」
魔王《な、何?》
魔王《急に景色がぼやけ始めて…》
雷帝「………………!!」
木竜「………過ぎるの………」
側近「事実を…………………………………………打開策が…」
側近「………魔王様………吸いとる………………………………加護を………………その赤子を殺………」
先代「………」
雷帝「………」
先代「…………………………………許せるはず………………」
側近「………………とるべき道………………魔族にあるまじき………」
玄武「いい加減………! 側近!」
鳳凰「我らが王を………………我らを侮辱して…………………………それなりの覚悟を………………」
魔王《雷帝の心が、閉じようとしている…!》
魔王《待って、雷帝! 何があったの!?》
魔王《お願い、教えて…!》
側近「邪神の気まぐれに翻弄され、それを正す力も考えもない、この世界にはウンザリだと、言ったんですよ」
先代「………側近、お前」
側近「守る価値もない。ならばいっそ――」
雷帝《止めてくれ》
雷帝《もう思い出したくない》
雷帝《私は守れなかった。止められなかった》
雷帝《私は無力だった》
雷帝《私には、力が必要で》
雷帝《だから、強くなったはずだった》
雷帝《それなのに、私は》
雷帝《私のせいでまた》
雷帝《………私が死ぬべきだったのだ》
雷帝《翁ではなく、私が》
魔王《雷帝…》
魔王《………知らなかった。雷帝がこんなにも、苦しんでいたなんて》
魔王《こんなにも、自分を責めていたなんて》
魔王《だって、いつも冷静沈着な判断で、私たちを導いてくれていたから》
魔王《…》
魔王《雷帝! 雷帝、聞こえる!?》
雷帝《………私を助けようとして、翁は死んだ》
雷帝《私はあの頃から、何ひとつ変わってなどいない》
雷帝《強くなってなど、いない》
魔王《駄目だ。私の声、届かない…!》
赤毛《ねえ、魔王さん》
赤毛《誰かもう1人…いるよ。雷おじさんの側に》
魔王《え…?》
魔王《本当だ。あれは》
??《泣いちゃだめだよ》
??《泣いたりしたら、余計に悲しくなるよ》
雷帝《放っておいてくれ》
??《僕だって泣きたいけど、我慢してるんだよ》
雷帝《知ったことか。私に構うな》
??《でも…でも、僕、赤毛に会わなきゃだから!》
??《暗くて進めないんだよ。一緒に行こうよ!》
雷帝《………お前は、誰なんだ》
??《僕? 僕は…》
坊主《赤毛の、友達だよ!》
魔王《!?》
赤毛《あれ、あの子…》
赤毛《知ってる…。知ってるのに、思い出せない》
魔王《どうして…》
坊主《こ、こんな所まで来ちゃったけど、真っ暗で何が何だか分からないんだよ!》
坊主《せめて何か、光るもの、持ってない?》
雷帝《光るものなど…》
坊主《も、持ってるじゃない! それ、それ!》
雷帝《? これか》
坊主《ちょっとだけ、貸してよう! もう暗くって、何も見えなくって、限界なんだ!》
雷帝《…ふん。くれてやるから、何処へなりとも行ってしまえ》
坊主《くれるの!?》
雷帝《ああ…》
雷帝《………》
雷帝《いや、待て。それは、私の大事な――》
坊主《? 大事な?》
雷帝《…思い、出せないな。なんだ、これは。すごく大事なものだったような》
雷帝《どこかで、諦めたものだったような》
坊主《でも、すごく光ってるよ、それ!》
雷帝《………ふん。いいさ。だが貸すだけだ》
雷帝《無くすなよ》
坊主《ありがとう!》
キラッ
魔王《…何? こっちを何かが照らして…》
坊主《あっ! …赤毛!!》
赤毛《えっ?》
坊主《よ、良かった、見つかって!! 探したんだよ、もう!》
坊主《赤毛が1人で噴水広場に行っちゃったって聞いて、僕もう大慌てで!!》
赤毛《噴水、広場…》
赤毛《なんだろう…思い出せそうなのに、思い出せない》
坊主《思い出せない…って、赤毛、もしかして忘れちゃったのぉ!?》
赤毛《うん、そうみたい》
坊主《ぇえ~!?》
魔王《あなたは、1人でここまで来たの?》
坊主《えっ、あ、はい。いや、えーっと…あれ?》
坊主《ど、どうしちゃったんだろう。どうやって来たか、お、思い出せない》
魔王《思い出せないって…解体が始まっているの?》
魔王《それにしても、どうして子供が魔壁の内側に…》
坊主《あれ? ええっと…僕、どうやって…?》
魔王《二人は、友達なのね?》
坊主《は、はい!》
赤毛《うーんと、多分…》
坊主《ェエ~!? 赤毛、それも忘れちゃったのぉ!?》
赤毛《う、うん…》
坊主《そんなぁ~》
赤毛《え、えへへ》
魔王《今までがどうであれ、今現在、あなたたちは友達よね?》
坊主《もちろん!》
赤毛《多分…》
魔王《それじゃあ、その事は忘れてはダメ。お互いを思うことが、あなたたちを繋ぎ止めるわ》
坊主《わ、分かりました》
赤毛《はい》
魔王《それと、あなたの持っているその光るもの…見せてもらって良いかしら?》
坊主《いいよ。でも返してね。借り物だから》
魔王《ええ。…これは》
魔王《雷帝の気持ち? なんだか、私まで暖かい気持ちになる。これは…》
魔王「――みんな」
魔王「ここまで、長い道のりだった」
魔王「けど、とうとう人間をここまで追い詰める事ができた」
魔王《これは…そう。港町を攻める直前の…》
魔王《雷帝の、視線?》
魔王「あと少し…あと少しの間だけ」
魔王「私に、力を貸して…!」
雷帝(魔王様…)
雷帝(――本当に、お美しくなられた)
魔王《え!?》
魔王《………》
赤毛《? どうしたんですか?》
坊主《変なの。顔真っ赤だぁ》
魔王《…なっ》
魔王《なんでもないワ。これ、返すわネ》
坊主《? う、うん》
魔王《ちゃ、ちゃんと雷帝に返すのヨ! 覗き見たりしちゃ、だめヨ!》
坊主《分かってるよぉ。覗き見たのはお姉さんでしょお?》
魔王《うう…》
魔王《…落ち着け、私》
赤毛《なんか、急に輪郭がはっきりしてきましたね!》
魔王《…! 本当だ》
魔王《雷帝の強い思いが、私を形作ってくれたんだ》
魔王《………》ボフン
坊主《あ、また赤くなった》
魔王《…ありがとう、雷帝》
魔王《必ずあなたを救いだしてみせるわ。でもまだ今の私には、足りない》
魔王《存在が解体されたときに、押さえていた感情が溢れ出たのね。周囲の世界を、強く拒んでる》
魔王《もっと私自身の存在が確かになってからじゃないと…あなたに届かない》
坊主《…行くの?》
赤毛《うん、多分》
坊主《そっか。またここへ来るんだよね?》
魔王《ええ。来るわよ。あなたも、私たちと一緒に行く?》
坊主《…僕は》チラ…
雷帝《………》
坊主《僕は、あの人の所に居るよ。ひとりにするのは、可哀想だから》
魔王《…そう》
魔王《ありがとう》
赤毛《じゃあね》
坊主《うん、またね》
坊主《………赤毛!》
赤毛《?》
坊主《離れていても、友達だからね!》
――「おう、そうだ! 今日からオレたちは秘密結社の仲間っ!」
――「うおーっ、カッケー!」
――「えぇ…なんか、可愛くないよね?」
――「そうだねー、金髪らしいけど」
赤毛《…!》
魔王《どうしたの?》
赤毛《ううん…。なんでもない》
赤毛《また、会いに来るから!》
赤毛《泣いちゃダメだよ! 坊主!》
坊主《わ、分かってるよう!》
魔王《!》
魔王《…記憶が、戻り始めているのね。同時に輪郭もはっきりしてきた》
魔王《それにしても、あの男の子は一体…。私では届かない雷帝と意思の疎通ができて、私たちを認識する事ができる》
魔王《特殊な力を持っているのは、この子だけだと思っていたけれど》
赤毛《魔王さん、早くー!》
魔王《………》
魔王《全ての存在が証明できた時。私たちが元の姿に戻って、この子が記憶と存在を取り戻した時》
魔王《こんな風に、並んで歩くことはもう叶わないのだろうな》
魔王《私は魔王。この子たちは人間の子。…私は、どうして…》
赤毛《魔王さんってばー! あそこに誰かいるよー!》
魔王《…待って!》
魔王「あ、ちょうちょだ! じい、ちょうちょだよー!」パタパタ
木竜「ほっほっ。捕まえられますかな」
魔王「それ! あ、にげられちゃった…」
木竜「姫様。あそこにもいますぞい」
魔王「あ、ほんとだぁ~!」キャッキャッ
木竜「ほっほっほっ…」
赤毛《わ、わあ。あれが、魔王さん!?》
魔王《そうみたいね。まだ小さい頃の私》
赤毛《かっ、可愛いぃいっ!》
魔王《ふふ。暫くは木竜や氏族のみんなが面倒を見てくれた》
魔王《先代魔王のお父様が、女勇者に倒されて…魔界は人間の手を逃れるための動きと、次期魔王を巡る争いとで、泥沼化していたはず》
魔王《そしてその動きの中で、私の命は常に狙われていた。先代の血を引く娘なんて、玉座を狙う者にとってはこの上なく邪魔な存在だった》
鳳凰「ここに居たのかえ。木竜」
木竜「…何の用じゃ」
鳳凰「随分邪険にするではないか。これでも四天王として席を同じくしていたものであろう?」
木竜「かつての、じゃろう。今のお前さんは――」
木竜「魔王候補の第一有力者じゃ」
鳳凰「そうおだてるでない。まあ、炎部署の長で四天王も歴任しているなどと、この上ない実績を有しているからな。朕は」
木竜「自分でよく言うわい。自慢話をしにわざわざ来たのかのう?」
鳳凰「…あの娘の命を取りに来た」
木竜「………」
鳳凰「などと言ったら、そなたも本気で朕とやり合う気になるのかえ?」
木竜「お前さんの冗談は、笑えんのう」
鳳凰「くくっ…。まあ、朕にも義理を重んじようなどというつもりが、無いこともない」
鳳凰「仮にも我らが忠誠を誓ったあの方の娘だ。朕に無害であれば手を出すつもりはないぞよ」
木竜「………」
鳳凰「どうだ? 少しは安心したかえ?」
木竜「何を偉そうに。つまりは邪魔をするようなら容赦せん、という忠告に来たと言うわけじゃろう 」
鳳凰「話が早いではないか。伊達に長く生きてないな」
木竜「言っとれ」
鳳凰「………」
鳳凰「玄武と違い、我らはあの戦いを生き延びたのだ。お前も雷帝も…あの方に義理立てするような生き方を選んでいるのが、朕には理解できぬ」
鳳凰「まあ、魔王候補が減るのであればどうでもいいことなのだがな」
木竜「………お前さんには分からんよ」
魔王《私は、何も分かっていなかった。皆が命懸けで私を守っていてくれたこと》
魔王《…爺》
魔王《爺には爺の立場があった。きっと難しい選択を幾つもして、その上で私に笑顔で接してくれていたんだ》
魔王《…私、何も返せなかったね》
魔王《………》
赤毛《魔王、さん?》
魔王《何でもないわ》
魔王《今は、悲しむべき時では、ない》
赤毛《…これも、魔王さん以外の誰かの記憶なの?》
魔王《そうね。これは、誰の視点かしら…?》
木竜「ん? あれは誰じゃ?」
鳳凰「ああ、手土産だ。あの娘もそろそろ年頃だろう。あんな境遇では、ろくに友達も作れてなかろうと思ってな」
鳳凰「こっちに来るが良い。炎獣」
炎獣「………」
鳳凰「どうだ? 同じ年頃同士、上手くやりそうであろう?」
木竜「お前さんがあの子にそんな気を遣うとは思えんが?」
鳳凰「なに、これも我が部署での問題児でな。子供に似合わぬ力を持て甘した挙げ句、親を殺しおったのよ」
炎獣「………」
鳳凰「すでにこちらに居場所もないが、力は凶悪。くびり殺してしまおうかとも考えたのだが…」
鳳凰「あの娘なら、渡り合えるかもしれんと思い立ってな。子供同士通じる部分もあるであろう」
鳳凰「…そして何より、邪神の加護がある」ニヤァ
木竜「…ふん」
木竜「つまるところ、体のいい厄介払いではないか。その子供が、姫様に危害を加えるような事があったらどう責任を取るつもりじゃ」
鳳凰「それはそなたらで管理することだ。朕の知ったことではない」
木竜「おぬし…」
炎獣「お、おれ!」
炎獣「………もう、だれもなぐらない、から。だから…」
木竜「…」
鳳凰「木竜。そなたは、朕に借りがあったな…?」
木竜「…ちっ」
木竜「とっとと去れぃ」
鳳凰「くくく…では、任せたぞよ」
魔王《…炎獣》
木竜「ひ、姫様! しかし…!」
魔王「えんじゅうと、ふたりであそびたいのー!」
魔王「じい、あっちいってて!」
木竜「ひ、姫様…!」
魔王「ほら、いこ!」タッタッタッ
炎獣「え、う、うん」
木竜「…!」ガーン
雷帝「翁、今戻りました」スタスタ
雷帝「魔王城は海王の一派が占拠していますね。前長の玄武が死んで後がないのでしょう。鳳凰以外の有力者も圧力をかけるように城に集まってきています」
雷帝「我々はひとまずここから動かず…………翁?」
木竜「…姫様」ガクッ…
木竜「これが反抗期というやつか…!」
雷帝「は、はい?」
魔王「ね、ちょうちょつかまえるあそび、しよっ!」
炎獣「ちょうちょ?」
魔王「うん! あ、ほら、とんできた!」
炎獣「…つかまえればいいの?」
魔王「え? うん、そうだけど…」
炎獣「」ヒュッ
炎獣「つかまえたよ。ほら…」ボロ…
魔王「! ちょ、ちょうちょが…」
炎獣「え?」
魔王「ちょうちょが、しんじゃった…!」ジワ
魔王「かわいそう!」ポロポロ…
炎獣「こ、ころしちゃ、ダメなの!? ゴ、ゴメンおれしらなくて…!」
魔王「うわーん!」
木竜「姫様、如何しましたか!?」バッ
魔王「じいはあっちいってて!!」
木竜「…!」ガーン
魔王「もういっかいだよ。こんどは、しなせたらメだよ!」
炎獣「わ、わかったよ…」
魔王「あ、あそこ!」
炎獣「よーし、こんどこそ…」
炎獣(ころしちゃダメだ。ころしたらまたおひめサマがないちゃう。おれはわるい子供だから、すぐころしちゃうんだ)
炎獣(そうしたら、またここも出ていかなくちゃいけないかもしれない。それは、イヤだ)
炎獣(もう、おいだされたくない。もう…)
ヒラヒラ…
炎獣「…それ!」
炎獣「! やった! やったよ!」クルッ
魔王「!」ビクッ
魔王「い、いや…」
炎獣「え、どうしたの?」
魔王「あなた、だれ…?」
炎獣「え?」
風鬼「ちぃ、気づいたんか。勘のいいガキやな」ヌッ
炎獣「!?」
風鬼「どけ」バキッ
炎獣「ゴハッ!?」
ザザザザ…!
魔王「っ!!」
風鬼「邪神の加護を持ったガキだと聞いとったが、成程。これは厄介そうやな」
風鬼「本当やったらちぃとばかし遊んでやりたかったんやけどな。綺麗なガキを切り刻むのは楽しいしなぁ」
炎獣「…おえっ…!」ビシャビシャ
魔王「えんじゅう…!」
魔王《ああ、そうね。この時のことは私も覚えているわ》
魔王《とは言ってもすぐに記憶は途切れてしまうのだけど》
赤毛《こ、こわい…。あの鬼、魔王さんを狙っているの?》
魔王《ええ。私の命を狙った刺客。こういうことは、おそらくよくあったのでしょう。私の知らないところで、爺や雷帝が始末していただけ》
魔王《でもこの時は、私が我が儘を言ったせいで、二人は側にいなかったの》
魔王「こ、こないで…」
風鬼「万が一があると、わいも風神様の怒りを買うてまうし。とっとと殺っときましょか」
魔王(こわい)
魔王(こわい、こわいこわい!)
魔王(だれか、たすけて!!)
『――…』
魔王(え?)
――ゾクッ
風鬼「ッ!? なんや!? この圧は――」
ドス!!
風鬼「ぇぐッ!?」
魔王(…な、なに?)
魔王(なにが、おきてるの?)
風鬼「グハッ…! はぁ、はぁ」
風鬼「じょ、冗談やないで!! なんやねんワレェ…!」
ズォオォ…!
魔人『………』
風鬼(なんや、コイツの禍々しい波動は!? いったいどこから現れたんや!)
風鬼(…そうか、読めたで! これも魔王の娘の手品ってワケやな! これが邪神の加護の正体っていうことや!)
魔人『…』
風鬼(コイツそのものの戦闘力は尋常やない。とてもわいが太刀打ち出来るレベルやないが)
風鬼(コイツは娘に存在を依存しとる。娘を先に消してしまえば、こっちのもんや)
風鬼「とくれば、的をバラけて攻撃やでぇ…!」
風鬼「"分身"…!!」ヒュゥウン…
風鬼「わいは、自分を10体にも増やすことが出来る」
風鬼「アンタもこの全てから娘は守れへんやろ」
魔人『…』
風鬼「さあ、どうするんや、化け物…!」
風鬼「手も足も出せへんか…!?」
魔人『…』ス…
――ヒュッ
風鬼「ほんならそろそろ決めさせてもらうで。わいのスピードの餌食になr ボ ッ
魔人『………』
風鬼(…? な、なんや…? 体が動かへん)
風鬼(お、おかしい…まさか、たったひと薙ぎで………分身の…全ての…)
風鬼(か………下半身が…もがれ…)
ゴシャ
魔人『…』
魔人『…』クル…
魔王「ひっ!!」
魔王(こ…こっちにくる…!!)
魔人『…』
魔王(あ…なに…きゅうに、ねむく…)
魔王「…」ドサッ…
魔人『………』グワ…
「おひめさまに…!!」バッ
炎獣「さわるなっ!!」
ドカッ!!
魔人『…』
炎獣(! くっ、ビクともしない!!)
魔人『…』ズォオ…
炎獣(だ、だめだ。やられる――)
雷帝「"一閃"…!!」
ズバァンッ!!
魔人『!』
雷帝「今です、翁!」
木竜「グォオォオォオォオッ!!」カッ
ゴォオォオゥン…!!
魔人『――…』
フッ…
雷帝「…消えた」
炎獣「はあ、はあ…」
魔王「………」グタ…
雷帝「いや、戻ったというべき、か」
木竜「…姫様の中に、か?」
雷帝「ええ」
木竜「今の者が…邪神の加護が姿を現した存在。…儂も、初めて見るわい」
雷帝「魔王の素質を持つ者がその身に宿す加護。その器が自らの力を制御出来ない時、魔人の力となって姿を現すと言われていますが」
雷帝「姫様がこの小さな身体で、あの化け物を身体に秘めていると言うことですか?」
木竜「どうやら、そう言うことのようじゃのう。先代様の時にはこんな事はなかったが…確かに、こんな子供に邪神の加護など御せるはずもあるまいて」
雷帝「ある種の暴走、というわけですね。先ほどは確実に、姫様にすら殺意を向けていました」
雷帝「…我らが目を離した隙に…。風神の刺客の事もですが、危うく姫様は命を落とされる所でした」
木竜「ふむ。しかし、お前。よくアレに立ち向かったのう」
炎獣「…」
木竜「うむん? なんじゃ、気を失っておる」
雷帝「…翁。私は反対です。只でさえ姫様の周囲には危険がつき纏う。そんな得体の知れない子供を姫様の側に置くなど」
雷帝「鳳凰がその子供に何か言い含んでいるやもしれません。…姫様に害を及ぼすような事を」
木竜「…ふうむ」
木竜「傷の具合から見て、どうやら刺客から一撃貰っておるが、そのダメージを負った上で魔人へ攻勢に出たか」
木竜「なんとも無茶をしおる」
木竜「そうじゃな。この先、他の魔王候補からの攻撃が過激になれば、儂らが常に姫様のお側におると言うことも叶わなくなるかもしれん」
雷帝「ええ、ですから…」
木竜「――こやつに、魔人から姫様を守らせる」
雷帝「…!?」
木竜「おぬしも見ておったろう、雷帝。魔人への一撃を。子供とは思えん動きをしておった」
木竜「どうやらこの子供には、天賦の才がある。今はとても太刀打ち出来んが、長い目で見れば姫様の支えとなりうるかもしれん」
雷帝「し、しかし!」
木竜「何者にも、な。居場所は必要じゃよ。雷帝。儂はそれを先代様に与えて頂いた」
雷帝「…!」
木竜「おぬしとて、そうではないか?」
木竜「少々過酷かもしれんが…この子供が立てる場所はどうやらそう多くない。お互いが、お互いを必要とする時が来るやもしれぬ」
雷帝「………」
雷帝「分かりました」ハァ
雷帝「しかし、その子供が姫様を傷つけようとしたその時は、私は迷わず剣を抜きます」
木竜「ほっほっ。頑固だのう、おぬしも」
木竜「まあそれも良いじゃろう。魔族なら、自分の居場所は自分で勝ち取ってみせねば、な」
炎獣「…」スヤスヤ
炎獣《あの時から、俺の居場所はいつでも魔王の側だった》
炎獣《親父やお袋のことはロクに覚えちゃいない。けど、なんとなく自分が殺しちまったんだってことは分かっていた》
炎獣《時々頭が真っ白になって、気づけば周りに誰かが倒れてる…そういうことは、昔はよくあった》
炎獣《じーさんや雷帝が、場所をくれたのが不思議なくらいヤバい奴だったと思うよ、実際》
炎獣《でも、だからこそ、魔王の気持ちも少しは分かることが出来たんだと思う》
炎獣《正体の分からない強大な力に、いつ自分が喰われちまうか分からないような感覚》
炎獣《大切な人を、自分が傷つけてしまうかもしれない恐怖》
炎獣《辛いよな。俺はずっと、自分はここに居ちゃいけないんじゃないかって思いがあった。それは魔王も同じだったはずだ》
三つ編《…可哀想》
炎獣《ん?》
三つ編《自分が居ることを、許せないなんて…》
炎獣《…そうでもないぜ。俺のやることははっきりしてたから、それ以外のことはあんまり悩まずに済んだ》
炎獣《それに、"あいつ"とやりあう時が、忌み嫌われていた自分の力を、唯一生かせる場所でもあった》
炎獣《この日のことを、何度も頭の中で反芻しながら俺は修行に明け暮れた。記憶の中の"あいつ"に勝てるように、てな》
炎獣《次に"あいつ"とやり合ったのは、ちょうどお前くらいの年だったかな》
三つ編《私くらいの年の時…》
炎獣《ああ》
炎獣「姫! 姫、しっかりしろ!」
魔王「うぐ…あぁあっ!!」
炎獣「くそ、こんな時に発作が起こっちまうなんて!!」
魔王「苦し…!!」
ズォオォオォオォオォオォオォオ…
炎獣「く…来る!」ゾクッ…
魔人『………』
炎獣「じいさん達がいないこんな時に…!!」
――木竜「よいか、炎獣。おぬしの使命は"戦い"じゃ」
――木竜「魔人が現れて、その時儂らが側にいなければ…おぬしは命を賭して戦うのじゃ」
――木竜「その時だけは、自分を魔人を倒すための装置だと思え。他に何も考えるな」
――木竜「自分を開放するのじゃ」
炎獣「…」ゴクッ
炎獣「やるしか、ねぇ…!!」
魔人『………』
炎獣「行くぞォッ!」
炎獣《でも、それは俺にとっては喜びですらあったな》
炎獣《恐怖もあった。でも、それより"我慢"しなくていい、っていう快感に身を委ねていたと思う》
炎獣《結果は、ボロ敗けだったんだけどな。いつも》
炎獣「げヒュッ…」
魔人『………』
炎獣「かふっ…ゲフッ…!」
炎獣(クソ、負けちまったのか…)
魔人『…』ォオ…
炎獣(や、べぇ…)
「させんぞ…!」
木竜「グォオォオォオォオッ!!」
炎獣(…じーさん)
炎獣(さすが…あのブレスは鬼だなぁ…)
魔人『…』フッ…
炎獣(ちっ…次は…)
炎獣(殺してやる、からな………)
炎獣「…」
魔王「はあっ、はあっ。………!?」
魔王「炎獣ッ!!」
魔王「炎獣、しっかりして!!」
魔王「じ、爺!! 大変、炎獣が――」
三つ編《…恐い》
炎獣《そう、だよな。普通の子供はそう思うはずなんだ》
炎獣《俺は頭のネジがぶっ飛んじまってて…命を自分から投げ棄てるみたいな戦い方をしてた》
炎獣《死んじまってもいいやって心の何処かで思ってたんだな。それは本当の意味での"恐怖"とはかけ離れていた》
炎獣《何処かが壊れた俺の心じゃあ、俺のために魔王が泣く理由が分からなかった》
炎獣《魔王の白い頬を伝う綺麗な涙が…何処か遠い所の出来事みたく感じていた》
魔王《…港町での戦いの後の炎獣は…ちょうど、この頃みたいな顔をしてたな》
炎獣《そうだな。港町でオッサンと闘った時は…闘うことの喜びを、思い出していたから》
炎獣《昔の俺に戻ってた部分はあったかもしれない。もっとも、死の恐怖ってもんを知っているのといないとじゃ、天と地の差》
――炎獣「今、俺は際の際に立たされてる。だからこそ、見えそうな景色がある気がする」
――炎獣「こんな気持ちは、初めてなんだ。こんなに怖くて………こんなに楽しいなんて」
――武闘家「ぬふふふふふふ。ようやく理解したか、小僧。それこそが命のやり取り」
――武闘家「死の深淵を覗き込み、尚且つ生を掴み取らんとすること…そのために己の全てを賭ける」
――武闘家「それが、まことの、″闘い″じゃ」
?
炎獣《魔人とやり合っていたのと、オッサンとの闘いじゃ、俺にとっての意味合いは全然違ったんだ》
炎獣《なのに、俺、氷姫にひどい事言っちまった》
――炎獣「――なんで」
――炎獣「なんで手出ししたッ!!」
――氷姫「っ…」
――氷姫「…」
――氷姫「…ごめん」
――魔王「………炎獣」
――魔王「自分が死んでしまっても構わなかった…なんて言うつもりでいる?」
――炎獣「…」ギュッ
魔王《ふふ。炎獣って、結構ちゃんと自分のことを…何て言うか、分析してるよね》
炎獣《そうか?》
魔王《うん。自分の気持ちと向き合って、整理しようとしている》
炎獣《そ、そうかなぁ…って》
炎獣《魔王!? いつの間に隣に!?》
魔王《今、気づいたの?》クス
三つ編《そう言うところは鈍感なんだね》
炎獣《いや、何でお前こんな所に…! つか、この子誰!? 人間じゃん!》
炎獣《そもそも、ここは何処だぁ!?》
三つ編《お兄さん、うるさいよ》
炎獣《お、お兄さんて…お前な…》
魔王《私が思い出した炎獣の記憶。そうして掘り出された私が今炎獣を想う気持ち。炎獣自身が思い出した遠い過去、近い過去》
魔王《そういうものが、炎獣の曖昧だった自意識を、ハッキリとしたものに変えたのね》
炎獣《つ、つまり》
炎獣《どーいうことだってばよ》
魔王《考えて分からない時は?》
炎獣《え? あ!》
炎獣《身体を動かすっ!》
魔王《ふふ。そう。もう少し、炎獣の記憶を開いてみよう。私と炎獣の記憶!》
炎獣《…よく分からないけど、お前がそう言うなら、そうすっか!》
三つ編《ま、待って!》
三つ編《私、友達を探してここまで来たの!》
炎獣《友達ぃ?》
魔王《ああ、彼女ならほら…そこに居るわ》
三つ編《え?》
赤毛《………》
魔王《赤毛ちゃん。もう終わったわよ》トンッ
赤毛《ほ、本当? 戦うシーン、ない?》
魔王《ええ》ニコ
三つ編《赤毛!》
赤毛《あっ、え!?》
三つ編《良かった…!! 無事で本当に…!》
赤毛《う、うん…》
三つ編《追いつけて…良かった…!》ポロポロ
赤毛《………》
――三つ編「もう、これ以上………私の前から、居なくならないでよ…!」
赤毛《…三つ編》
赤毛《ここまで、追いかけて来てくれたの?》
三つ編《うん》
三つ編《だって私たち…》
三つ編《秘密結社の、仲間…でしょ?》
赤毛《………うんっ》
炎獣《…》
炎獣《どうなってんだよ? これ。あの子供達は、何者なんだ?》
魔王《…私にも分からない》
魔王《でもあの子達の存在が、私たち一人一人に干渉してくれているおかげで、今こうして私と炎獣が話が出来るのだと思う》
魔王《あの子達の結び付きと、私たちの結び付きが、リンクしている。いや…誰かがそうさせている?》
炎獣《誰かって?》
魔王《…うーん》
炎獣《ま、いいや。次行こうぜ、次!》
炎獣《俺の存在って、まだまだ不完全なんだろ、これ。自分のことなのにモヤモヤして分からないこと、沢山あるんだ》
魔王《そっか。じゃあ、行こう!》
雷帝「ここまででいい。電龍」
電龍「え、いいんスか? 部長たちの住んでるとこまで送ってくっスよ」
雷帝「少しここから走っていく。体力作りにな」
電龍「ええっ!? まじっスか!? これ以上鍛えてどーすんスか、部長」
電龍「今日、稽古つけられてた連中泣いてましたよ。死ぬかと思ったって。特に最近、気合い入り過ぎじゃねっスか?」
雷帝「あの程度では、準備運動にもならん。少しも気を抜くわけにはいかんのだ」
雷帝「今日はどんな手を使ってくるつもりだ。あの単細胞め、闘いになると妙に頭が回るからな…」ブツブツ
電龍「ぶ、部長? アレで準備運動って…うち帰ってから戦争でもするんスか…?」
炎獣「でりゃあっ!!」ギュオンッ!
雷帝「…ちっ!」シュバッ!
ドォンッ…!!
木竜「そこまでっ!」
炎獣「だーっ、くそっ!! もうちょっとで勝てたのによお!!」
雷帝「ふん。顔を洗って出直すんだな」
炎獣「くぅ~っ! 次こそはぶっ倒してやるかんな、雷帝!!」
雷帝「千年早い」スタスタ…
木竜「………随分と、汗をかいとるのう?」
雷帝「…見間違いでしょう」
木竜「ほっほっほっ。そうかのう」
炎獣「あー、悔しい! じいさん、ちょっと相手してくれよ!!」
雷帝「!」ギョッ
木竜「まーだそんな体力があるのか。全く若さとは恐ろしいのう」
木竜「炎獣、おぬし明日の仕度は済んだのか?」
炎獣「仕度ったって、何もいらねーよ。俺、姫についてくだけだし」
木竜「そんな甘いものにはならんと思うが…まあよい。聞け、炎獣」
木竜「姫様の、魔人の件じゃ」
炎獣「…?」
木竜「もう、お前を子供扱いはせん。ひとりの男として、儂はお前に姫様を託す」
木竜「…良いな?」
炎獣「………」
炎獣「ああ。分かった…!」
炎獣《この時初めて、じいさんが正面切って俺に頼み事をしたんだ》
炎獣《今でも良く覚えてる。男同士の約束ってやつだ。………嬉しかったな。あれは》
三つ編《男の子ってそう言うの好きだよねぇ》
赤毛《そうだねぇ》
炎獣《ま、女の子には分からねぇかなー!》
魔王《…私、炎獣に沢山負担をかけてたんだね》
炎獣《魔王がそんな事思う必要は、ねぇよ。俺にとっては場所があるってことが大事だった》
炎獣《お前だって…それはわかるだろ?》
魔王《"ここに居てはいけないんじゃないか"…》
魔王《そうだね。私もいつでもそんな気持ちでいた》
魔王《私の存在が、皆の生を縛り付けている。私が内包するこの邪悪な力は、その命を奪いすらするかもしれない》
魔王《お師匠様の所へ行くって言い出した時も…きっと、少しでも誰かにとって価値ある存在になりたかったから》
魔王《ずっと…自分の生き方を他人のせいにして、何も考えないようにしてたんだ》
炎獣《………でも、お前は見つける。お前の生き方を》
魔王《ずいぶん、時間はかかるんだけどね》クス
炎獣《お互い様だろ、そりゃ。………でもなあ、師匠のところは、正直キツかったよな》
魔王《ふふふ。炎獣、お師匠様にずうっと怒られてたもんね》
炎獣《だってよぉ…俺はただ魔王についてっただけなのに、弟子入り志願と間違われてしごかれて…》
赤毛《お師匠様って、先生ってこと?》
魔王《そうよ。私たちの、魔法の先生》
三つ編《魔法の、先生! 魔法の学校があるの?》
魔王《学校………かあ》
炎獣《…そんな、いいもんじゃなかった気がするぜ、あれ》
三つ編《え?》
冥界の入り口
断罪の滝
ドドドドドド…
炎獣「…こーんな辺鄙な所が集合場所なんてよ。良い趣味してるよな、冥王って奴もさ」
魔王「爺が言ってたでしょう? ここに辿り着くことそのものが、試験みたいなものなのよ」
魔王「冥王様に教えを乞う魔族は多いけれど、その全てを受け入れることをするような方ではないわ。ここに辿り着いた者はみな、それなりの使い手ってことよ」
炎獣「ふーん…」
水精「いつまで待たせるつもりだわさ。アタイも暇じゃないってのに」
土髑髏「全くだぜ。定刻は過ぎてるって言うのによ。これじゃあ落ちこぼれまでここに辿り着いちまうじゃねえか」
幻妖蝶「聞いていたより志願者が多いですな。今回は猛者が多いってことですかな?」
毒虎「………」
ザワザワ…
魔王「…魔界では名の知れた者も多いみたい」
炎獣「姫はヘーキなのか?」
魔王「私は、あまり顔を知られていないから」
「ごきげんよう、皆々様」
冥王「なんとも可笑しな馬鹿面を下げて、ようこそお集まり下さいました」
炎獣「な、なんだあ? 何処から聞こえて来るんだよ?」
幻妖蝶「あそこですね。滝の上に、誰か居ます」
冥王「よくもまあ、雁首揃えて阿呆のようにぼうっと突っ立っているものでございますね。あたくし、笑ってしまいます」
土髑髏「テメェが冥王か。遅れてご登場の上に、ずいぶんな口の利き方じゃねぇか?」
土髑髏「あんた、俺っちが誰だか分かってんのかい? 魔界じゃ知らぬものは居ねえ、恐怖の暗黒騎士様の魔術部隊、隊長様だぜ」
冥王「………ぷっ!」
冥王「おほほほほほほほほほ!」
土髑髏「…何がおかしい」
冥王「ごめんあそばせ。何とも凡庸の域を出ない自己紹介だったものですから、あたくし可笑しくって」
土髑髏「何ぃ…!?」
冥王「悔しかったらここまで登っていらして。泥臭いあなたには少し難解かもしれませんけれど」
冥王「そうね。今回の自殺志願者は豊作みたいですので、少しばかり篩に掛けさせて頂きませうか」
冥王「このような物であたくしが妨害致しますので、そちらを掻い潜って、皆様滝の上までいらして下さいまし」フヨフヨ
毒虎「!」
水精「巨大な岩石が…冥王の回りに集まってくる…!」
炎獣「…おい、姫。本当に大丈夫なのかアイツ。自殺志願者とか言ってるぞ」
魔王「…正直、私も不安になってきたよ」
冥王「最初に辿り着いた5名様に、わたくしに教えを乞う権利を差し上げませう」
冥王「さーあっ! チンケな皆様の、醜い滝登りショーの始まりですわーあっ!」
土髑髏「な、何だとぉ!? 話が違うじゃねえか!!」
土髑髏「ここに辿り着きさえすりゃ、あんたの魔法を寄越して貰えるって話で――」
水精「ふっ!」ザバァッ
水精(まともに話が通じる相手じゃないってのは、事前情報から何となく察しがついてるわさ)
水精(ならば動揺している時間も惜しい。とっとと課題をクリアしてしてやるわ。幸い滝は水部署のアタイの得意とするフィールド!)
水精(一着はアタイのもんだわさ!)
魔王「私達も行こう。炎獣」バッ
炎獣「お、おう!」ダンッ
土髑髏「お、オイてめぇら…!! アイツの言いなりかよ!?」
冥王「…あら、随分ねぇ。判断力の欠如は、死に値する罪ですのよ。わたくし、度を過ぎた愚か者って見ていて気持ちが良くありませんの」
冥王「視界から、消えて下さる?」ヒュンッ
土髑髏(!? 岩石が物凄い勢いで飛んで――)
ドゴォッ…!!
炎獣「う、うひゃあ。容赦ねぇ…」
魔王「ほ、本当…。でも他の弟子入り志願者も皆、冥王様の提示に乗るみたいね」
炎獣「ああ。こりゃ負けてられねえぜ!」
魔王「炎獣、来るよ!」
ビュオ…!
炎獣「へへ。こう言う分かりやすいのなら、任せろっての!」
炎獣「ちぇすとォっ!!」ビュッ
ドゴォンッ!
冥王「あらあら。随分と元気な方がいらっしゃいますこと」
水精(ふん。しかし、もはやアタイに追いつけるものはいやしない)
水精(岩石の妨害など、水に同化してしまえば)
ザバァンッ
水精(…ただ、飛沫を上げて通りすぎていくだけだわさ!)
魔王(物質に変化する術…! あの魔族、相当な魔力を持ってる!)
炎獣「あぶねぇ、姫!」
魔王「え?」
シュルシュルシュル!
魔王(触手!? 危うく、絡めとられるところだった!)
幻妖蝶「ほう、見かけより素早いですな、お嬢さん」シュル…
魔王「なんのつもり!?」
幻妖蝶「弟子入りの資格を得られるのは、上位5名。なら、厄介そうなのを消してしまえば、繰り上がって小生が資格を得るというわけです」
魔王(くっ、志願者同士の潰し合いか!)
炎獣「ちっくしょ、こんな事してちゃあ、上位とは更に離されちまう!」
水精「この勝負、貰った!」
――パキィン
水精「…え?」
水精(な、何? 身体が、動かな…)
ゲシッ!
水精「痛! 誰よっ、今アタイを踏んづけたたわけ者は!?」
「悪いわね」
氷姫「あんたはそこで凍ってるのがお似合いよ、水精」
氷姫「お先」
水精「ひょ、氷姫! あなたも此処にっ…!?」
水精「ちょ、待て! 待ちなさいってば!!」
炎獣「へえ、あいつ俺らと同じ年頃だぜ! やるもんだなぁ!」
魔王「え、炎獣!」
シュルシュル…!
炎獣「おっと!」
幻夢蝶「小生を相手に、余所見とは良い度胸ですなぁ」
炎獣「…姫。先に行ってろ」
魔王「でも!」
炎獣「元々俺は弟子入り志願じゃねぇしよ。お前が入りゃあ問題ないだろ?」
魔王「それは、そうだけど。…わ、分かった。気を付けてね!」
炎獣「おう!」
幻夢蝶「ほう、お姫様を守るナイトってやつですかな? 美しいですね。せっかくですから、更に美しく…」
幻夢蝶「非業の死というやつを、遂げてみては!?」シュルシュル!
炎獣「」フッ
幻夢蝶「!? 消え――」
炎獣「おいおい」
炎獣「俺がこんなに遅い攻撃してたら、雷帝に脳天割られちまうトコだぜ?」
ズズゥン…!
炎獣「さ、片付いた。って、あれ? 姫は?」
魔王「おーいっ、炎獣ー! はやくー!」
炎獣「え!?」
炎獣「あ、あいつ…」
炎獣「もう、滝を登りきっちまったのか!?」
魔王「炎獣ってばー!!」
氷姫「………」
氷姫(どういうこと? あの状況では、どう考えてもあたしの位置が群を抜いてゴールに近かった)
氷姫(でも…滝を登りきったあの時…もうこの女がすぐ後ろまで来ていた)
氷姫(一体どうやって…。この女、何者なの?)
魔王「炎獣、急いでー!」
炎獣「どうやって登ったんだよ!」
魔王「魔力を脚に流して凝縮して、水の上を滑ったんだよ! 炎獣もやってみなよー!」
炎獣「出来るか、んなもん! いつの間にそんなこと覚えたんだよ!」
魔王「えへへー! 私だって、炎獣と雷帝がお稽古してる間、爺に魔法を教わってたんだもんねー!」
炎獣「くそぉ!」
冥王「まあ、何だか耳障りな娘っ子さんがいらしてますわね。これで合格者は二人…いえ、三人せうか」
氷姫「!?」
毒虎「…」
氷姫(こいつ、いつの間に…?)
冥王「さて枠は後ふたつだけ。揃い次第、わたくしのお屋敷に案内致しますので、他の方々とはここでお別れですわね」
魔王「大変、炎獣! 間に合わないと、一緒に来れないよ!」
炎獣「うがーっ!」
炎獣(はっ、待てよ? 水の上を走る…その手があったか!)
炎獣「やるきゃねぇ! おりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
ザパパパパパァンッ!
魔王「わあ! 炎獣すごいすごい!」
氷姫「何あいつ、水の上を走ってる!?」
炎獣「とーちゃく!」ズダッ
魔王「どうやってやったの!? 今の! 魔力を足の裏に貼り付けた!?」
炎獣「はっはっはっ! ただの気合いだぜ!! 魔力なんか、よく分からんしなー!」
氷姫(い、意味不明だわ…。なんでこんな脳筋がここにいるのよ)
冥王「さて、あとお一人さんは…」
びちゃっ…
水精「ぜえ、はあ…」
氷姫「何よ、間に合ったわけ、あんた」
水精「ナメんじゃ…ないわさ…小娘が…!」ゼェハァ
冥王「ターイムアーップですの!」
冥王「蹴落とされた負け犬の皆々様。おめでとう、そしてさようなら!」
冥王「あなたがたは惨めながらもごくごく普通のちっぽけな一生を過ごす権利を得ましたのですわ!」
冥王「登り詰めてしまったうっかり者の皆様。御愁傷様、そしてようこそ!」
冥王「あなたがたには、まだ見ぬ絶望にうちひしがれ、泣く事も許されず、己が無力を更に胸に刻まれることになるでせう!」
冥王「さあ、参りませう! わたくしとご一緒に、愉快で悲しい冥界のひと時に!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
炎獣《と、そんなわけで冥界での修行の日々は、それはそれは大変でしたとさ、ちゃんちゃん》
魔王《駄目よ、炎獣。ちゃんと思い出さないと》
炎獣《…い、嫌だあ! 思い出したくねえ!》
三つ編《な、なんだか想像してた魔法の先生とは全然違うんだけど》
赤毛《確かに、綺麗な女の人だったけど…。何て言うか、目が少しも笑ってなかったよね》
魔王《後で聞いたけど、この時のお師匠様は誰も合格させる気がなかったらしいわ。全員、岩石で潰してしまうつもりだったとか》
炎獣《は、はは。今聞くと恐ろしいぜ》
魔王《うん…。実際、冥界での修行は厳しいなんてものじゃなかったしね》
魔王《でもその分、そこで私と炎獣と、そして氷姫の絆は強くなったよね》
炎獣《そうだったな。でもさ、氷姫のやつ最初の頃はツンケンしちゃって、とても近寄れる感じじゃなかったぜ》
魔王《あ、あはは》
氷姫「な、納得がいきません!! 冥王様っ!」
冥王「まあ嫌だわ。修練の後ですのに、あたくしの気分を害するのに十分な大声を出しますのね、あなた」
冥王「後ろで虫けらみたく転がっている方々を見習って、お静かになさってはいかが?」
水精「ぜえ…ぜえ………し、死ぬ…」
炎獣「ウギギッ…! アタマ痛ぇよぉ…!」
魔王「はあ、はあ…」
氷姫「あたしがこうして立っていられるのは、他の誰よりも魔力の総量が多いからです! それは以前の測定の結果からも明らか!」
氷姫「なのに、何故転移の術を習得する権利を、あたしではなくこの女にしたんですか!?」
魔王「はあ、氷姫、さん、はあ…」
冥王「そうですわね。その理由を強いて言うとするならば…」
冥王「あなたが、その理由さえ分からない愚か者だからではなくて?」
氷姫「っ!!」
氷姫「…くっ!」クルッ
ツカツカ…バタンッ!
冥王「若い娘っ子さんのヒステリーって、目も当てられないほど無様ですこと。幻惑の術で自我を壊して差し上げようかしら?」
冥王(に、しても。この這いつくばっている子猫さんの、この力は…)
魔王「はあ、はあ…」
炎獣「…まだ、やってんのか? 姫」
魔王「あ、ごめん。起こしちゃった? 炎獣」
炎獣「姫のせいじゃなくてさ、体中バキバキで眠れねえんだよ」
魔王「ふふ。炎獣、修練から逃げ出したりするからだよ。お師匠様、本当に怖かったんだから」
炎獣「あの時の大津波の魔法、マジで死ぬかと思ったぜ。まさかここまで来て、じいさんや雷帝との組手よりしんどい修行させられるなんてなぁ」
魔王「私たちとは違う疲れ方してるよねえ、炎獣は」クスクス
炎獣「へへ。とは言え、お前たちのも辛いんだろ。しっかり寝といた方が良くないか?」
魔王「あ、うん。これだけ読んだら、寝るよ」
炎獣「そんな分厚い本、よく読む気になるよなぁ。まさか、隣に積んであるやつ全部読んだのか?」
魔王「えへへ…読んじゃいました」
炎獣「マジかよ…」
魔王「お師匠様の持ってる本って、貴重な物も沢山あるんだよ。これなんか、魔界の成り立ちについての神話が記されてる」
炎獣「勝手に読んで怒られないのか?」
魔王「あ…どうだろう。怒られるかなあ?」
炎獣「あ、あのな…」
炎獣「…なあ。やっぱり姫は…魔王に、なりたいのか?」
魔王「………うーん。何となく、そうなのかもしれないって思う」
炎獣「何となくそうなのかも、だけで、こんな所まで修行に来ないだろ」
魔王「あはは。そうだよね」
魔王「…お父様が立派な魔王だったから。私も頑張らなきゃ、て思うんだ」
魔王「皆も…口には出さないけど、それを望んでいるんだと思う」
炎獣「そっか…。でもそれって」
魔王「?」
炎獣「…いや」
炎獣(お前自身が…本当にしたいこととは…違うんじゃないのか?)
炎獣(………ま、お前の決めたことなら、俺はついていくだけさ)
炎獣「…魔王になりゃ、あの雪女だって見返せるかもしれないしな。あいつ、何かと姫を目の敵にしてきやがるし」
魔王「雪女じゃなくて、氷姫さん、でしょ? ちゃんと、お話しする機会でもあれば…誤解も解けるかもしれないんだけど」
炎獣「ま、そんな余裕も時間もないからな。集中してなきゃ、下手したら死にかねないぜ、あのスパルタじゃ」
炎獣「だから、ちゃんと寝ろよな、姫」
魔王「分かったよ。もう少しだけにする」
炎獣「うん。じゃあな」
魔王「おやすみ、炎獣」
魔王「………」ズキ…
魔王(…なんだろう、頭が痛い。ちょっと、無理しすぎたかな。明日もあるし本当にそろそろ寝なくちゃ…)
魔王「…うぅ」ズキズキ
魔王(くっ…様子が、変…! これは…もしかして!)
ズォオォ…
炎獣「!」
炎獣(この気配…まさか!)ガバッ
――ズォオ…
魔人『………』
魔王「…うっ………こんな所で…!」
炎獣「姫っ!!」
魔王「え、炎獣…!」
魔人『………………』
炎獣「くっ!」ダンッ
炎獣「姫から離れやがれぇえ!!」ゴオ!
ズゥン…
氷姫「な、何…? 今の音」
冥王「この気配は…」
毒虎「………」
炎獣「――らっ!!」ドンッ!
魔人『………』ゴッ!
炎獣「ぜっ!!」ボッ!!
魔人『………』ズンッ!!
炎獣(っくしょ!! やっぱ強ぇ!!)
炎獣(一手一手のやり取りで、命が削られるみてぇだっ!)
炎獣(けど!)
炎獣「見えるぞ…今なら!」
炎獣「お前の距離。お前の時間。お前の判断………!!」
炎獣(繰り返した死闘が!!)ドガン!!
炎獣(それを反芻して没頭した無数の鍛練が!!)ギュオン!!
炎獣(俺の沸騰した血液を、剥き出しの闘気を、導く!!)ズバァン!!
炎獣「――俺が!!」
炎獣「勝つッ!!!」
ドッ
魔王「え、炎獣…!」
魔王(…す、すごい、戦い)
魔王(誰も入り込む余地のないような、打ち合いだ)
魔王(炎獣は今までにないくらい集中している。魔人をたった一人で倒すために、身体を暴力の器と化してる)
魔王(でも、その戦い方じゃあ………!)
ズジュッ!
炎獣(――右耳が潰された。代わりに奴の肩口を削いだ)
ドシュッ ドロ…!
炎獣(脇腹にかなり深く入った。でも庇うな、隙になる。敵の目を抉れ、視界を減らしてカバーしろ)
メキメキッ バキッ!
炎獣(左手の指がほとんどイッた。これじゃ打てるのは手刀だけだ。右足の小指が食いちぎられて、踏み込みが不充分だ)
炎獣(でも、それは敵も同じだ)
ゴシャッ!
パキン!
バシャ!
ボキッ!
炎獣(俺が死ぬ前に、殺す――)
魔王(もし炎獣が勝てても)
魔王(治療できる木竜がいない…っ!)
魔王(私の魔法じゃきっと足らない!! このままじゃ、炎獣が!!)
魔王「………止めて」
魔王「もう、止めて…っ!」
炎獣「」ボンッ!!
魔人「」ゴッ!!
炎獣「」ドギュッ!!
魔人「」ドシャッ!!
魔王「止めてよ…っ!!」
魔王「どうして、炎獣を傷つけるの!? どうして…私の中から出てくるの!?」
魔王「どうして、私なんかに宿ったのっ!?」
魔王「私は、あなたなんか………!!」
魔王「――望んでいないのにッ!!」
炎獣(倒せ)
炎獣(倒せ)
炎獣(倒すんだ)
炎獣(何が終わったって、何でもいい)
炎獣(ただただただただ)
炎獣(目の前のこいつを――)
炎獣( 倒 せ ! ! )
炎獣「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
魔人『………………………………………………………………』
冥王(………これが)
冥王(これが、邪神の加護ですって?)
冥王(この娘っ子さん、随分な狂気を内包して、のうのうと平気な顔をしていたものですのね)
冥王「お前様方も、大層な運命劇を目撃したものですね?」
毒虎「………」
氷姫「…っ」
氷姫(一体、今のは何だったの?)
氷姫(あの、暴虐の権化みたいな恐ろしい魔物。それを打ち倒した、あの脳筋男の技)
氷姫(こいつらは、何者? 何と何が戦って、何が残されたって言うのよ…?)
魔王「炎獣…! 炎獣っ!」
魔王「死なないで、お願い…っ!」
炎獣「………ひ、姫」
炎獣「姫…。見て、たか」
炎獣「勝った…ぜ。俺」
魔王「うん。見てた。見てたよ」ポロ…
魔王「凄かった。炎獣、強かったよ」ポロポロ
炎獣「………だろ?」
魔王「うん。でも、ダメだよ。まだ休んじゃ」ポロポロポロ…
魔王「明日も修練頑張らなきゃなんだから。明後日も、明々後日も」
魔王「それが終わったら、木竜と雷帝のところに帰るんだから」
魔王「また二人に、稽古つけてもらうんでしょ?」
魔王「ねえ、炎獣」
魔王「炎獣ってば…!!」
炎獣「………」
魔王「………どうして?」
魔王「どうして、こんなことになるの?」ギュゥ…ッ
魔王「私、本当はただ、普通に生きてたいだけだったのに」
魔王「友達になってくれた炎獣と。いつも見守ってくれる木竜や雷帝達と」
魔王「ただ過ぎていく日常を守るだけの力があれば、それで良かったのに…っ」
魔王「どうして、それすら許されないの…!?」
魔王「こんな風になるしかないなら、奇跡の力なんていらなかった!!」
魔王「なんで、なんで私なのっ!?」
魔王「なんで………」
魔王「…うわあああああぁっ!!」
炎獣《やっと》
炎獣《やっとだったなぁ。魔王の涙を見て、それが嬉しく思えたんだ》
炎獣《魔人を倒したことだって嬉しかったはずなのに》
炎獣《なんだかそんなのは、どこかへ行ってしまっていて、別の気持ちが俺の中に沸き上がっていた》
炎獣《自分のために泣いてくれる誰かがいる。――それが、自分の居場所ってことなんだって》
炎獣《暗闇の中で伸ばした手が、自分の身体を支える壁をようやく見つけた時みたいに》
炎獣《実感となって"それ"は俺の中に入り込んできた》
炎獣《魔王はずっと俺の友達でいてくれた。いつも一緒に笑ってくれて、魔人と戦った時はいつも俺の代わりに泣いてくれた》
炎獣《そんな欠片のひとつひとつが、どこか壊れていた俺の心の内側を、この時ようやく満たしたんだ》
炎獣《だから、悲しかったよ。折角手に入れた気がしたのに、もう、別れなくちゃいけなかったから》
炎獣《死んでもいいって思いながら戦ってたこと………初めて後悔した》
炎獣《もう一回だけ、魔王の顔が見たいと思った》
炎獣《そうして、何とか薄目を開いた俺の視界の中に》
炎獣《お師匠にひれ伏す魔王がいた》
冥王「…」
魔王「………お師匠様」
魔王「お願いです。炎獣を助けてください」
冥王「………あたくしの手を煩わせて、そこのやかまし屋のぼろ雑巾を、治療したいと」
冥王「そんな七面倒臭いことを、何の得も提供できないお前さんがごとき娘っ子が、恐れ多くもあたくしに対して申し入れようって」
冥王「そう言うんですの?」
魔王「はい」
魔王「そうです」
冥王「…ふう。まったく、呆れた図々しさだこと」
魔王「………お願いします」
冥王「………」
冥王「けれどもまあ、やぶさかではなくってよ」
氷姫「!」
魔王「…ほ、本当ですか?」
冥王「ええ、ええ。よろしくってよ。でもその代わり」
冥王「あなた、その身を以てあたくしの研究に益をもたらすことをお約束なさいな」
魔王「――私に出来ることなら、なんでもしますっ!」
冥王「おほほほほほほ!」
冥王「邪神の加護を受ける身でありながら、なんとも重要なことを安請け合いしますのね。そら恐ろしくすらある愚かさですこと」
魔王「…炎獣を助けられるなら」
魔王「安いことなんて、少しもありません」
冥王「………」
冥王「そう。では、下がって黙っていらっしゃいな」
炎獣《お、おいおい魔王! お師匠相手にこんな啖呵切ってたのかよ!?》
魔王《だって、この時は炎獣を助けるために必死だったんだよ?》
炎獣《うっ…んん、ああ》
炎獣《そりゃ嬉しいけどさ》
三つ編《ニヤニヤ》
赤毛《ニヤニヤ》
炎獣《なに笑ってんだ、おめーら!》ボッ
三つ編《あ、熱ぅいっ!》
魔王《炎獣、ダメよ、子供相手に》
炎獣《むぐ。ついつい…》
魔王《でも…この空間で炎が出せるくらい、炎獣の存在ははっきりしたものになったんだね》
炎獣《そう、みたいだな…》
魔王《ふふ。良かった》
炎獣《………なあ、魔王》
魔王《ん?》
炎獣《………ありがとな》
炎獣《…お師匠に回復して貰ってる時、俺はずっと震えてたんだ》
炎獣《失うことが………初めて怖いと思った》
炎獣《そして、ようやく、死にたくないって》
炎獣《そう思えたんだ》
炎獣《魔王のおかげだ》
魔王《………》
魔王《炎獣が自分で見つけたんだよ》
魔王《いつだって苦しかったのに、炎獣は自分の足でちゃんと歩いてた》
魔王《必死になって探し続けていたから、見つかったんだよ》
魔王《きっとね》
炎獣《へへっ》
炎獣《だと良いな》
炎獣《魔王》
炎獣《俺と友達でいてくれて………ありがとう》
魔王《――うん》
魔王《私をずっと守ってくれて》
魔王《ありがとう、炎獣》
赤毛《素敵だなあ》
三つ編《そうねえ》
赤毛《あたしたちも、大人になっても友達でいられたら…こんな風に話せる時が来るのかな?》
三つ編《そうだね。大人になって…その時》
三つ編《仲間だったってこと、覚えていられたその時は………》
赤毛《…三つ編?》
三つ編《ううん。私も伝えたい想いがあるな、って思ったの》
赤毛《…そっか》
三つ編《うん》
赤毛《皆で揃って、またあの秘密基地に会わなきゃね!》
赤毛《坊主と、三つ編と、それに》
――「だからさ、赤毛!」
――金髪「秘密基地、行こうぜ!」
赤毛《金髪も、一緒に!》
三つ編《………うん!》
炎獣《さて、ここからも色々と苦労するわけだけど》
魔王《そうだね。この後は…》
炎獣《――魔王》
炎獣《俺は、この先はもう一人で大丈夫だ》
魔王《!》
炎獣《きっとこの時のこと、一杯不安に思ってる奴がいるからさ》
炎獣《そっちに行ってやってくれよ》
魔王《炎獣…。分かった》
赤毛《もう少しだね、魔王さん》
魔王《そうね。行きましょうか》
三つ編《お兄さんは私に任せて下さい!》
炎獣《ええっ!?》
炎獣《お前残るのかぁ!?》
三つ編《だって、お兄さん一人だと変なところに走って行っちゃいそうだし》
炎獣《あ、あのなぁ…》
魔王《ふふ》
魔王《炎獣を宜しくね》
三つ編《はい!》
炎獣《オイオイ、魔王まで…》
魔王《それじゃあ行きましょうか》
赤毛《うん!》
魔王《私達は進まなくちゃ》
魔王《たどり着いた現実で、例え》
魔王《隣を歩けなくなったとしても》
氷姫《なんで…あたしこんなことばっかり思い出してんだろ》
氷姫《誰かの気持ちが記憶の扉をノックしていくみたいに、順繰りにあの頃の映像を引き出して行く…》
氷姫《この時のあたしは…そう、逃げてばっかで》
氷姫《どうしようもなく弱かった》
??《ひでーな》
??《大人はすぐ、そうやって子供の頃の自分を馬鹿にするんだ》
氷姫《…仕方ないでしょ。そう言うときにやらかしたことってのは、目を逸らしたくなるもんなの》
氷姫《まあ、でも…そうね》
氷姫《今のあたしがそれに比べて強いかって聞かれたら》
氷姫《飛躍的に成長しました、なんて、口が割けても言えないわ》
氷姫《あくまであの頃から地続きなあたしでしかない》
氷姫《…冥王様の元での修行の日々、か》
氷姫《懐かしいな》
冥王「それでは、本日も引き続き魔力変化基礎学ですの」
冥王「この電撃発動装置の発する電圧に合わせて、己の体を電撃に変換しなさいな」
冥王「朝から、晩まで、ねえ」
ビリビリビリビリ!!!
魔王「うっ、くっ…!」
氷姫「ぐっ………!」
水精「うがー!!」
毒虎「………っ」
氷姫(ちょっとでも集中力が乱れたら、電撃が身体に流れる…!)
氷姫(上手く魔力の舵を取って、しかも電圧に合わせて針の穴を通すような調整を続けなきゃいけない………が)
氷姫(この鬼畜な修練にも慣れてきた。力をコントロールしながら、周りを観察出来るようになってきたわ)
冥王「…」ズズ…
氷姫(冥王。魔界でどの勢力からも一目置かれ、決して何者にも与しない謎の人物)
氷姫(気まぐれで弟子の受け入れを行い、やって来たものをしごき抜きながら、その悲鳴を聞きつつお茶を飲むのが趣味だとか)
氷姫(冗談だとばかり思っていたけど、どうやら噂は本当だ。とんでもない実力者だけど、性格は破綻しまくってる)
水精「うごごぉっ!」
氷姫(…水精。魔術師としてはエリートコースを突き進んできたはずのコイツは、ここじゃ劣等生もいいとこ)
氷姫(ほとんど根性でついて来てる辺り、逆に尊敬するわ。でも、悲鳴を聞かされ続ける側の身にもなって欲しいわね)
毒虎「………」
氷姫(こいつは、よく分からない。とにかくどんな修練もそつなくこなす。拷問級の修練をそれなりの成績でクリアするあたり、只者ではない…と思う)
氷姫「…うっ!」ビリ
氷姫(ちっ、気を抜きすぎた。いまいち、今日は調子が良くないな)
氷姫(昨夜、あんなのを見せられたせい…?)
魔王「…ふっ………くっ…!」ビリ
氷姫(…この女と、あの脳筋男。あれは何だったの?)
氷姫(脳筋の方は、流石に今日は修練を免除されたみたいだけど…いつも冥王様から逃げ仰せようって命知らずで、正直どうしてここにいるのか不思議でしょうがない)
氷姫(なんで冥王様はあんなのの命を助けたんだろう。それも、この女が取引をしたから…?)
魔王「うっ…んっ………!」ビリビリ
氷姫(明らかに、今日のこの女は体調が整っていない。昨日あれから冥王様に連れていかれて…一体何をしてたのよ?)
氷姫(冥王様は、邪神の加護を持つ娘と言った。ということは、この女…まさか行方不明って言われている魔王の娘?)
氷姫(だとしたら、その生まれもった邪神の加護で、冥王様から依怙贔屓うけてるっわけ…?)
氷姫(………嫌いなタイプだわ…そういうの…っ)
冥王「まあ!」
氷姫「!」
冥王「まあまあまあまあ!」
冥王「電波に乗って、随分な邪念が流れてきますこと! 修練中に気もそぞろなスットコドッコイはどちら様?」
冥王「いずれにせよ、お弟子さん皆様の、連帯責任に致しましょうねぇ」
氷姫「…ちょ、冥王さ…!」
冥王「電圧アーップですのっ!」
魔王「ぜ、ぜ、ぜ…」
水精「ヒュー…ヒュー…」
毒虎「………………」
氷姫「はあ、はあ、はあ」
氷姫(お)
氷姫(終わった…。乗り切っ…た)
氷姫(流石にあたしも、今日はもう動けないわ)
冥王「あらあら、ごゆっくりなさっている暇はなくってよ、子猫さん?」
氷姫「!」
魔王「は、はい…」ヨロ…
氷姫(ば、馬鹿な! ここまでやった後に、まだ何かするって言うの!?)
魔王「あぅ…っ!」グラッ
冥王「まあ、だらしない。これくらいで倒れちまふなんてことじゃ、あたくしが融資した分は少したりとも返せっこなくってよ」
魔王「は………はい」ヨロ…
氷姫(これは…)
氷姫(………近いうちに、あの女死ぬかもしれないわ)
水精「…氷姫」ゼェハァ
氷姫「?」
水精「あんたで、しょうが。師匠の、言ってた邪念って」
氷姫「…な、なんのことよ」
水精「あの時の慌てよう…アタイの目を、誤魔化せると思ってるわけ? 余裕があるからって、ずいぶんな、態度じゃない」
氷姫「う、うっさいわね! だったら何よ!」
水精「あの娘…。ひたむきな、いいコだわさ」
氷姫「…っ」
水精「あんたのせいで、死んだら…それであんたの自尊心は守られるってわけ?」
氷姫「なによっ! あんたが言えた義理なの!? 自尊心の固まりみたいだったあんたが!」
水精「アタイのは…」
水精「もうとっくに、粉々になったわさ…」
氷姫「…!」
水精「今、あるのは…只の………意地………」ムニャムニャ
氷姫「………」
水精「ぐがー…」
夜
氷姫(べ…別に)
氷姫(水精に言われたから気にかけてるとか、そういうんじゃないわよ)
氷姫(秘密の訓練なんてしてるようなら、それを盗み見てやる。抜け駆けなんて許す気はない。それだけ)
氷姫「…それだけよ」
炎獣「ん?」
氷姫「!」
炎獣「お前、何してんだ? こんなとこで」
氷姫「…ちょ、ちょっと冥王様にお話が、あるの」
炎獣「ふーん、そうか」
氷姫「あんたこそ、何してんのよ。あれだけやられといて、もう動いて平気なの?」
炎獣「ああ。所々死ぬほど痛ぇけどな!」
氷姫(それ、平気って言わないじゃない)
炎獣「なんだ、心配してくれんのか? 案外イイ奴だな、お前」
氷姫「はあ!? 今のをどう聞いたら心配してることになんのよ!?」
炎獣「俺もお師匠に用があるんだ。姫が、部屋に帰って来なくてよ」
氷姫(人の話聞いてんのか、この単細胞…)
炎獣「もしかして、お前も姫のこと気になってんのか?」
氷姫「ばっ…!」
炎獣「?」
氷姫「バッカじゃないの!? 何をトンチンカンなこと言ってんのよ!!」
氷姫「このチビ! トンマ! 死に損ない!」
炎獣「な、なんだよ、急に…」
「っああぁ!」
炎獣「!」
氷姫「な、何、今の悲鳴」
炎獣「姫の声だ!!」ダッ
氷姫「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
魔王「うぅっ…あぐっ…!!」
冥王「なるほど、なるほど。邪なる波動は勿論のこと、聖なる波動にも同様の反応が見られる……」
魔王「ふぐぅっ……!!」
炎獣「ひ、姫っ!」
氷姫(な、何よこれ…!)
氷姫(妙な装置に、あの女がくくりつけられて…そこに物凄い力が渦巻いてる!)
氷姫(これは、魔力? いや、別の何かの…!)
炎獣「師匠っ! 何だよこれ!! どーゆーことだよ!?」
冥王「極論を言えば、プラスの因子とマイナスの因子と思われていた両極の力はイコールで繋げることが出来ると言うこと…」ブツブツ
炎獣「おい! 聞いてんのかよ!!」ダッ
冥王「重力10倍」
ズンッ!!
炎獣「うがッ!?」ドタンッ!
冥王「あら。煩わしいハエが飛んでいると思ったら、ボロ雑巾さんでしたのね、ごめん遊ばせ」
氷姫(く、区間を限定しての重力変化! 初めて見る…!)
冥王「お前さん方、あたくしの研究の成果を見学なさりに来たんですの? おほほ、いつもならその万死に値する厚かましさに相応の裁きを差し上げる所ですけれど」
氷姫「っ…」ビクッ
冥王「今宵のあたくしは特別機嫌がよろしくってよ」
冥王「光栄に思いなさいな、世紀の大発見の生き証人になることを許可致しますわ!」
氷姫(ど…どういうこと…!?)
炎獣「ぐっ…! 姫…!!」
魔王「あぁっ…!!」
冥王「さあ………お出でなさい!」
冥王「邪神の加護の化身!! 大魔人!!」
魔王「っあああああああぁ…!!」
――ズォオオオオオオオオッ!
魔人『…………………………………………』
炎獣「なっ―― 」
氷姫「!!」
冥王「おほほ…」
冥王「おほほほほほほほはほほほほほほ!!」
炎獣(魔人を…強制的に呼び出した…!!)
魔王「うぎっ…あぁあっ…!!」
氷姫(あの時の、化け物…!! 何て圧なの…!)
魔人『………………』ギュン!
氷姫(来る!!)
炎獣(やべえっ!!)
冥王「物理反射レベルA」ギュィインッ!
氷姫「えっ?」
魔人『!』ガツンッ!!
パリィッン!
冥王「あらあら。これでは相殺が限界ですのね」
魔人『………』ブォン!!
冥王「――物理反射レベルS」
パキンッ!!
魔人『………』グラッ…
炎獣「あ…あいつの打撃を、弾き返した…!?」
冥王「ふぅむ…少しぐらいは興になりそうですのね」
冥王「けれども、あたくしに手傷を負わせようなんて」
冥王「――百万光年早くってよ」ニヤァ…
魔人『…』ビュオッ!!
冥王「衝撃波風速10000」ゴンッ!!
魔人『…』グォッ!!
冥王「大地震動マグニチュード11」ズゴンッ!!
魔人『…』ギュバッ!!
冥王「雷撃威力設定255」ドカンッ!!
魔人『――…』フラ…
冥王「大爆発…」
冥王「最大級!」
ドガァアァアァアァンッ!!!
炎獣「うわぁあぁあっ!! し、死ぬぅ!!」
氷姫「きゃあぁあぁあっ!?」
冥王「捕獲」キュウゥン!
魔人『…!』
冥王「あらあら。案外呆気ないんですのね」
冥王(さて、ここからがメインですのよ)
冥王(あたくしの予想では、捕獲した魔人が囲いを脱しようとした瞬間…)
魔人『…』ズンッ!!
魔人『………』ズンッ!!!
冥王(そう、この瞬間、魔人自身が本来持ち合わせていないほどの、膨大な力の渦が発生する。それすなわち――)
冥王(邪神の加護! そしてそれが、最大限に発揮されるこの時に)
冥王(子猫さんの、器としての力を引き出す…!)
魔王「がっ…あっ………!!」
ギュオォオォオッ!!
炎獣「な、何が起こってんだ…!」
氷姫「…あっ、あたし生きてる…」
氷姫(冥王様の屋敷、跡形も無くなってるんだけど)
水精「………ちょ、ちょっと…死ぬとこだったわさ…これは何の騒ぎ!?」フラ…
毒虎「………」
ヒュイィインッ――
炎獣「!」
氷姫「な、何…この光」
水精「光の柱が、空に延びていく…! 今度は何が起こるっての!?」
炎獣「姫は…姫はどこだ!?」
氷姫「あそこよ! 光の柱の根元!」
氷姫「この光、あの女から伸びてるんだ…!!」
炎獣「! 姫…」
魔王「………」フワフワ
水精「ちょ、ちょっと! あれ!」
水精「星がひとつ、光ってる!」
氷姫「え!?」
キラッ
炎獣「…流れ星だ」
水精「な、なんだ。ただの偶然ってわけ?」
氷姫「………違う」
氷姫「今の光。あの光の柱が、星に作用して墜としたのよ」
水精「っ!? そ、そんなまさか!」
水精「そんなこと、そんなことあり得ないわ!!」
水精「星を落とすなんて、そんなことが出来たら、世界だって破滅させられるってこと――」
氷姫「それだけの力を」
氷姫「あの女が持ってるってことよ…!」
水精「…っ!」
魔王「………」フワフワ
炎獣「姫………」
毒虎「…」
冥王「………ふむ」
冥王(これが、邪神の加護の真骨頂)
冥王(そう………そうですの)
冥王(そういうことですの)
冥王「おほほほ…! 面白いですわぁ…!」
水精「…わ、笑ってる」
氷姫(じょ、冗談じゃない)
氷姫(冥王…こんな事を引き起こして平然としているなんて………天才とか超人とか、そういう域を越えてる!)
炎獣「姫!」ダッ
魔王「う………え、炎獣…」
炎獣「姫、大丈夫か」
魔王「よ、良かった…動けるように、なったんだね…。わ、私は、平気…」
炎獣「平気って、お前…!」
魔王「お、お師匠、様」
魔王「どう、でしたか…。出来そう、ですか」
魔王「魔人を、従える、技…」
炎獣「!」
冥王「うふふ。お馬鹿さんねぇ、誰に向かって質問をしているんですの?」
冥王「あたくしに不可能はなくってよ」
炎獣(魔人を、従える…)
炎獣(魔王はその術を得るために、お師匠とこんな危険なことをやってんのか?)
冥王「既に今日の実験で、魔人の力をある種コントロールすることに成功しましたわ」
冥王「けれども、毎回あたくしが戦って辺りを更地に変えてからというのも面倒ですし、もう少し効率を追求したいものですのね」
冥王「明日も実験を行いますわ。よろしくって?」
魔王「…は、い」
炎獣「なっ…」
炎獣「何言ってんだよ!? こんなこと、毎晩やってたらお前、本当に死んじまうぞ!?」
魔王「私は、平気、だよ…」ヨロ…
炎獣「わっ、馬鹿! まだ動くなって」
魔王「み、皆さん…迷惑を、かけて、ごめんな、さい」ヨロ…
氷姫「!」
水精「…め、迷惑ってーか、あんた…!」
魔王「氷姫、さん。すみま、せん。怒って、ますか…?」ヨロ…
氷姫「…っ!」
炎獣「何言ってんだよ! 自分の身体の心配しろって!」
魔王「本当、に…。ごめん、な、さ………」グラッ
炎獣「お、おい!」
氷姫「………」
氷姫《あたしだってね》
氷姫《冥王様の所に行くために人一倍努力していたつもりだった。それこそ、血ヘド吐く思いでね》
氷姫《自分で言うのも何だけど、才能もあったわ。だから、他の連中より優れてるのも当たり前だと思ってたわ》
氷姫《…あの子の存在は、そんなあたしを打ちのめした》
氷姫《あたしより可能性を秘めていて、邪神の加護なんて規格外のものも持っていて、そして、あたしよりも努力していた》
氷姫《なんでそんなに頑張れるの…って》
氷姫《…けーっこう、へこんだなぁ》
??《めんどくせー》
??《そいつが頑張ってるんなら、応援してやればいーじゃんか》
氷姫《…ガキんちょには分からないわよ》
??《な、なんだとー!?》
氷姫《…しばらくは、修練と言う名の、屋敷の修復だった。まあ、修復ってったって冥王様が一日でほとんどを再現しちゃったんだけどね》
氷姫《まったく、そのぶっとんだ能力には尊敬を通り越して笑えてくるわよ》
氷姫《それらを魔法で固定したり、書物の整理したりが、あたし達の仕事だった》
魔王「硬化」ヒュゥ…
魔王「これでよし」
炎獣「姫、無理してねぇか?」
魔王「あ、炎獣。うん、平気だよ。エントランスはほとんど終わったから、次は蔵書室かな」
炎獣「昨日の夜もやったんだろ…アレ。本当に大丈夫なのか?」
魔王「うん。身体が順応してきたから、苦痛も前ほどは感じないし。最後にはお師匠様が治療してくれるから」
炎獣「治療ってもさぁ。睡眠も少ししか取れないし、疲れが溜まらないわけねーだろ」
炎獣「朝飯も、ちゃんと食ってなかったじゃねぇか」
魔王「あはは。食欲沸かなくて」
炎獣「…」
炎獣(そうまでして…。いや)
炎獣(姫にとってあの力の驚異を無くすことは、俺が思ってる以上に意味があることなんだ)
炎獣(だったら、俺が出来るのは、応援してやることだけだ)
魔王「ね、炎獣。それよりその担いでる石像、重くないの?」
炎獣「ん? ああ、この熊の石像か?」
魔王「獅子だと思うけど…」
炎獣「これって、この辺りにあったと思うんだけどさー、向きとか覚えてないか」
炎獣「こうだったかな?」ドシーン
魔王「きゃ!?」
炎獣「テキトーにやるとお師匠キレるからさぁ。"あらあらあら、とんだズボラ屋さんが居たものね、地平線の彼方まで吹き飛ばして差し上げようかしら"とかナントカ言ってよ…」
魔王「じゃ、じゃあ炎獣、この石像は中庭に置いてあったやつだよ。多分東側から獅子の顔が噴水の方を向くようになってて…」
炎獣「えー!? ちょ、ちょっと待て! 覚えらんねえよ!」
書庫
ズシーン…
氷姫「…うっさいわね。またあの連中?」
氷姫「ったく。遊びに来てんじゃないんだってのよ」チッ
氷姫「…」
――魔王「本当、に…。ごめん、な、さ………」
氷姫(遊びに来ているのは…どっちよ?)
氷姫「はあ」
氷姫「ん? 何、この本…」
氷姫「………"究極氷魔法"!?」
氷姫「これっ…もしかして!」
氷姫「…間違いない。これは禁忌の魔法のひとつ」
氷姫「これを…もし、あたしがマスターすることが出来れば………」
グラッ ゴゴゴゴ…!
氷姫「!?」
氷姫(は、柱が倒れてくる! しまった、気づくのが遅れた…!)
氷姫(やば――)
ドスン!
氷姫「………っ」チラ
氷姫(あれ…柱が止まってる!?)
炎獣「あっぶねーなぁ!」ググ…!
氷姫「あ、あんた…!」
炎獣「早く、そこ出ろ! こいつを元に戻す!」
氷姫「わ、分かった」
炎獣「姫、いけるか!?」
魔王「うん! 炎獣お願い!」
炎獣「オラァ!」グイッ!
魔王「硬化!」ヒュゥ
炎獣「ふう、なんとかなったな」
魔王「良かった、間に合って」
氷姫「…」
炎獣「書庫は最初に硬化したはずだよな? 誰かやり残したのか?」
魔王「分からないけど…。あ、氷姫さん怪我してる! 待ってて、いま回復…」
氷姫「じっ、自分でできるっつーの!」バッ
魔王「あ…そ、そうだよね。ごめんなさい」
炎獣「おいおい。助けてもらっといてその態度はないんじゃねーの?」
氷姫「あたしは…っ!」
氷姫「この女に助けて貰ったんじゃない! あんたに助けて貰ったの!」
炎獣「え? あ、おう」
氷姫(…な)
氷姫(何言ってんだ? あたし)
炎獣「なんか改めて言われる照れんなぁ」
氷姫「照れるな気持ち悪い!」パキィン!
炎獣「おわちゃ!? こ、氷はやめろよっ!」
魔王(いいなぁ…炎獣は氷姫さんと普通に話せて)
魔王「…あれ?」
魔王「氷姫さん、この本…」
氷姫「っ! か、勝手に見るな!」バッ
魔王「それ、第五二代魔王の著書だよね…! その文読めるの!? 」
氷姫「は? …そりゃ、これは氷部署の奴なら読める文字…」
魔王「す、すごい!」ガバッ
氷姫「うわっ!?」
魔王「じゃあじゃあ、この本のこの部分何て書いてあるか分かる!?」パラパラ…
氷姫「な、なによ、あんた! …これは、"樹枝状の氷晶の魔方陣がもたらす効果"って…」
魔王「わー!!」
氷姫「ひぃ!」
魔王「じゃあ、これはこれは? 私この表記が分からなくってこの本が読み進められなくって!」
魔王「氷姫さん、読める!?」キラキラ
氷姫「な、なんなのよあんた!?」
炎獣「や…やべぇ。姫がスイッチ入っちまった」
炎獣「…」zZZ
氷姫「…も、もう勘弁して」グッタリ
魔王「うふふふ。これで読める本が増えたぞぉ」
氷姫「…」
氷姫「あんた、勝手に蔵書室に忍び込んで冥王様の書物漁ってたわけ?」
氷姫「とんだ猫ババ娘ね。あたしがこの事を冥王様に告げ口したら、あんたどうなると思って…」
魔王「ふっふーん」
魔王「氷姫さんだって、勝手に本読んでたの知ってるよ、私!」
氷姫「うげっ」ギク
氷姫(こ、こいつ案外抜け目ないわね)
魔王「えへへ。だから本当は、どんな本読んでるのか、お話したかったんだ」
氷姫「!」
――「本当はね…私、お姉ちゃんともっとお話したかったの」
氷姫「…」
魔王「だ…ダメかな? 氷姫さん」
氷姫「………名前」
魔王「え?」
氷姫「呼び捨てで…いーわよ…」
魔王「!」パァッ
魔王「うん! 氷姫!」
氷姫《…友達、って言うのかな。あたしにはそういう存在は、初めてだった》
氷姫《肩を並べるような存在はいなくて、あたしはいつも独りで、強くいなければならなかったから》
――「気高くありなさい、氷姫」
――「誰よりも気高く」
氷姫《…そうね、お母様。あたしは貴女の言いつけ通りにやってきたわ》
氷姫《回りの奴は、みんな見下してた。そうする事が正しいって、信じてた》
??《うっわー。友達になりたくねぇタイプ》
氷姫《ぐっ…言ってくれるわね、アンタ》
氷姫《まあ、実際高慢でどうしようもないあたしは…なかなか現実を受け入れられない。それはこの後もあたしの行動を鈍らせる》
氷姫《それに、誰かに助けられるってことも初めてのことで…どうしようもなく困惑したっけなぁ》
氷姫《あたしがそんな風にしてる間にも、事態はどんどん、動いていたんだけどね》
水精「…あー…だる…朝から晩まで修復しても終わんないわさ」
水精「なーんでアタイこんなことしてんだろ…必死にやっても誰も誉めちゃくれないし…」
水精「むしろコケにされ続けて…下手すりゃ死にかねないような修行を永遠とさせられて…」
水精「はーあ。どうして見目麗しき花のヤングジェネレーションを、こんなところで浪費せにゃならんのか…アタイにはもっと向いてることがある気がするわさ」
水精「…くそ…サボってやろっかしら」
毒虎「――水精」
水精「ヒョエッ!?」
水精「な、なによ! あーた、いつからそこに…」
水精「てか、喋れたわけ!?」
毒虎「海王の命を伝える。うぬに拒否権はない」
水精「――っ!? か、海王様の…」
水精「あ、あーた………何者!?」
毒虎「口外せぬと誓え」メキ…メキメキ…
毒虎「我が名は………」
――――――
――――
――
氷姫「ついに、この日が来たか…」
氷姫(…悪名高き、冥界からの生存修練)
氷姫(弟子を全員冥界に放り込んで、そこから自力で脱出することを目的とする修業)
氷姫(ってのは建前で、実際は楽して弟子を選りすぐろうっていう、冥王様の悪魔的横着。そのまま冥界の住人になって帰って来ない者も少なくないとか)
氷姫(けど、これはあたしにとってはチャンスだ。あの本に書いてあることが本当なら)
氷姫(冥界に進入することは、究極氷魔法を習得する条件になる。…絶対、モノにしてやるんだから)
魔王「あ、氷姫!」
氷姫「…何よ」
魔王「この本、ありがとう。おかげで翻訳出来る部分が増えたよ」
氷姫「もう読んだわけ? …あんたさ、昨夜も例の実験やったんでしょ?」
氷姫「いつ本なんか読んだのよ?」
魔王「明け方は自由時間だから。そこで読んじゃった」
氷姫「…それって睡眠時間じゃないの?」
魔王「えへへ」
氷姫「えへへじゃないわよ、この読書狂。あんたそのうちほんとに死ぬわよ」
魔王「そうかなあ?」
炎獣「ふわーあ…。よお」
氷姫「…っ」ピク
魔王「おはよ、炎獣」
炎獣「なんか天気悪くねーかぁ? いや、冥界なんていつも暗いけどよー、今日はなんか、嵐が来そうっつーか」
魔王「うん…この天候の中で、本当にあの修練をやるのかな?」
炎獣「まあ、お師匠のことだから"今日はお休みになさいませ!"とは言わねーだろうな」
魔王「炎獣…お師匠様のマネ、似てないね」
炎獣「なぬっ!? 似てるよなあ、氷姫?」
氷姫「…」フイ
炎獣「あ、あれ?」
魔王「氷姫?」
氷姫「…」スタスタ
炎獣「な、なんだよあいつ。今度は俺を無視かぁ?」
氷姫「…」
氷姫「…っ」
氷姫(ちょ…あ、あたしどうしちゃったわけ?)
氷姫(なんであいつの目が見れないの…?)
氷姫(昨日あいつに助けられてからだ。なんなの、これ)
氷姫(…。助けられたのよ、ね。あたし…)
水精「…っ。…」
毒虎「………。…」
氷姫「…ん? 何、あれ」
毒虎「…分かっているな」
水精「くっ…!」
毒虎「繰り返し言うが、お前に拒否権などないのだ」
水精「う、うっさい!」
水精「放っておいて!」
毒虎「…失敗は許されんぞ」
水精「………」
氷姫「…何を話てんだろ? よく聞こえないな」
氷姫(にしても珍しいわね。あの二人がしゃべってるなんて)
氷姫(と言うかあの男、喋れたんだ)
冥王「おはようございます。蒙昧なお弟子さんは揃ってまして?」
魔王「はい、全員います」
炎獣「眠ぃ…」
氷姫(…ひどい言われようだわ、相変わらずだけど)
水精「…」
毒虎「…」
冥王「では、早速始めませう」
冥王「本日は楽しい楽しい冥界ツアー。冥界でも随一の観光名所、死の森に皆様をご案内差し上げますわ!」
冥王「この修練の目的は、生きて屋敷まで帰ってくること。あたくし制限時間は設けませんので、どうぞ心行くまで冥界を堪能なさって頂いて結構です」
冥王「もっとも、時間が立てば立つほど、生者の臭いに霊魂共が集まってきて…」
冥王「気づけば自分の魂もすっぽり肉体から抜け落ちてる…なんてことも、あるかもしれませんわね?」
魔王「うぅ…」
炎獣「マジかよ」
冥王「それと、冥界を徘徊する死神にはお気をつけ遊ばせ。あの巨人は迷い混んだ生者の首を大鎌で跳ねることが生き甲斐の陰気さんですので」
冥王「皆様みたいなヒヨッコは、視界に入りでもしたら一巻の御仕舞いでせう」
水精「…っ」
氷姫(…死神)
氷姫(究極氷魔法の発動条件。どんな形であれ、死神に接触すること)
氷姫(隙を見て、必ず成し遂げてやる)
毒虎「…」
冥王「それでは、準備は宜しくて?」
魔王「はい」
冥王「あら、子猫はそんな準備でよろしいの?」
魔王「え?」
冥王「他の皆様はあたくしの魔法で吹き飛ばして差し上げますけれども、あなたはおんなじではなくってよ」
魔王「そ、それってどういう…」
冥王「何のために、あたくしが暗愚な子猫一匹のために毎晩特別授業をしていると思ってらっしゃるのかしら?」
冥王「お前さん、もう空間転移をマスターしてなくてはならない時期ですのよ」
魔王「!」
氷姫「…っ」
冥王「お前さんは死の森までは転移で飛ぶこと。邪神の加護がついてるんですもの、簡単ですわよね?」
氷姫「…」
氷姫(邪心の加護…特別授業…)
氷姫(そう…そうよね。この子は特別なんだから)
氷姫(所詮あたしは…あたしは………っ!)
炎獣「ちょ、ちょっと待ってくれよ。転移って物凄い魔力を使うんだよな?」
炎獣「今の姫じゃ無理だって! 昨日だって実験したんだろ? 体力が持たねぇよ!」
氷姫「…」イラ
氷姫「あんたが、口出すことなわけ?」
炎獣「は?」
氷姫「この修練だって、実験だって、そいつの意思でやってることじゃない。あんたがピーピー騒ぐことじゃないでしょって言ってんのよ」
魔王「…!」
炎獣「何だよ、その言い方」
魔王「いいの、炎獣」
炎獣「馬鹿野郎! 何かあってからじゃ遅いだろうが!」
冥王「――甘やかしの頓珍漢はお黙りなさいませ。あんまり締まりのない言動は、あたくし見下げ果てましてよ」
炎獣「!」
冥王「元々ここは何があってもおかしくない、冥界の狭間。遠足気分でお休みできる暇など微塵もありませんの」
冥王「それに。なるんですわよね?」
冥王「――魔王に」
炎獣「っ!」
氷姫(!!)
魔王「………」
魔王「はい」
魔王「そうです」
冥王「おほほ!」
冥王「でしたら、死ぬほど無理しなくては、お前さんのような子猫が魔王になれる希望など万に一つもなくってよ」
冥王「転移くらいのことは、やってのけなさいな」
魔王「…はい」
炎獣「………」
氷姫(魔、王…)
氷姫(魔王に、なる…?)
氷姫(この荒れ果てた乱世の魔界を統一して?)
氷姫(我が物顔で搾取する人間の驚異を排除して?)
氷姫(そんなこと…そんなことが)
氷姫「出来る、もんですか…!」
氷姫「…何を、思い上がってんのよ!」
氷姫「ちょっと特別扱いされたからって、何言っちゃってんの、あんた!」
氷姫「あんたなんかに…あんたなんかに」
氷姫「魔王が勤まるもんかっ!」
魔王「………」
魔王「うん、そうだよね」
魔王「でも、もう」
魔王「決めた事だから」
氷姫「っ!」ギュゥ…
炎獣「姫…」
魔王「…炎獣」
魔王「私――」
炎獣「うん」
炎獣「…お前が決めたなら、俺はついていくだけだから」クル…
魔王「あ…」
氷姫「…」
冥王「あらあら。急に静かで快適になりましたわね。辛気臭いのが鼻につきますけれど」
冥王「いつまでもおしゃべりしていられませんわよ」
冥王「出発の時間ですわ」
毒虎「…」ジリ
水精「…っ。どう、すんのさ」
毒虎「………」
毒虎「…我らのする事は変わらぬ」
毒虎「………ひとまずは、期を待つのだ」
フワァ…
水精「わわ、か、身体が…」
氷姫(勝手に、浮いてる!)
炎獣「うおっ…」
毒虎「………」
冥王「さあ、お前さん方は出血大サービスであたくしがぶっ飛ばして差し上げますわ。気持ちいいフライトを楽しんでいればすぐ冥界ですのよ。なんて素晴らしいことでしょうね」
水精「お、お師匠様…。飛ばされるのは良いけど、着地はどうやってするの?」
冥王「おほほほ!」
水精「…? あ、あはは…」
冥王「――それくらい、ご自分でどうにかなさって?」
水精「………で」
水精「デスヨネー」
冥王「そおれ!!」
ギュンッ!!
水精「ひ、ひやあぁあぁ~!」
炎獣「う、うおお! 飛んでる…っ!」
氷姫「…っ」
氷姫(あたしたちの身体をこう自在に飛ばせるなんて…どう風魔法を使ったらそんなことが出来るのよ!)
毒虎「………」
炎獣「しっかし…これが冥界…!」
水精「ひ、ひい…。どうなってるわけ、これ!?」
氷姫(…美しい極彩色の霧が立ち込めて…見たことのない幻獣がうろついている)
氷姫「…ここが、魔界の禁域。死者の旅立つ場所…!」
ゴゴゴゴ…
氷姫「くっ…! 空模様も最悪ね!」
氷姫「嵐だわ!」
炎獣「霧の向こうに、なんか見えるぜ!」
水精「あれが、死の森ってわけ!?」
冥王「たぁーまやぁー!」
冥王「今日も我ながら惚れ惚れするかっ飛ばし具合ですわぁ」ウットリ
冥王「…さて」
魔王「………」コォオオオオ…
冥王(ふむ。術式の展開は、初めてにしては及第点といったとこらでせうか。しかし)
冥王(魔力の捻出量がお粗末ですわ。このペースで行くと…)
水精「くっ…、これ、ホントどうやって着地すんのさ!」
炎獣(枝葉に身体をぶつけて勢いを殺すしかねーか…!)
ズシン… ズシン…
氷姫「! な、何の音!?」
炎獣「お、おい! 霧の中に何かいるぞっ!」
毒虎「………あれは」
死神「………」ズシン…
水精「ひっ!」
炎獣「あれが、死神…! で、でけぇ!」
氷姫「………!」
氷姫(あれが死の巨人、死神! あれに、接触する!?)
氷姫(出来るの? あたしに…)
キラキラ…
炎獣「!? 死神の近くが、光ってるぞ!」
水精「こ、今度は何!?」
氷姫「あの光は…」
氷姫「転移の光だ!」
水精「て、転移!?」
水精「まさかあの娘っ子、あんな死神のすぐ近くに転移してくるわけ!?」
炎獣「!!」
氷姫「いや、あんな不安定な時空に、普通着地点は設定しないはず…!」
氷姫「座標が狂ってるんだ!」
氷姫「転移に失敗してるっ!」
毒虎「!」
炎獣「なんだって!?」
キラッ ――ヒュオゥッ!
魔王「………」フワ…
水精「ほ、ほんとに出てきちゃったわさ!」
炎獣「姫っ! そこはやべぇ!! 離れろォ!!」
魔王「………」
魔王「…」グラ…
炎獣「ッ! 気絶してるのか!?」
氷姫「不味い!! 死神の上に落ちるわ!!」
炎獣「姫っ!!」
――冥王「あの巨人は迷い混んだ生者の首を大鎌で跳ねることが生き甲斐の陰気さんですので」
――冥王「皆様みたいなヒヨッコは、視界に入りでもしたら一巻の御仕舞いでせう」
炎獣(やべぇ…っ!!)
炎獣「くそがっ!!」ゴゥンッ
氷姫「あんた、どーするつもりよ!?」
炎獣「…できる限り発火して、死神の注意を俺の方に引き寄せる!!」
氷姫「や、止めなさい!! あんたが殺されるわよ!!」
炎獣「そうかもしれなくても、やるしかねえっ!!」
炎獣「姫を守るには、これしかねぇんだっ!!」
氷姫「――!」
氷姫(………どうして)
氷姫(どうしてそうまで、あいつを守ろうなんて、出来るのよ。あんたは…)
??《カッコいいな。炎の兄ちゃん》
氷姫《………ええ》
氷姫《いつだって炎獣は真っ直ぐで、そして》
氷姫《魔王を守ることに必死だった》
氷姫《笑っちゃうわよね》
氷姫《あたしの入り込む隙なんて、二人の間には少しも無かったのに》
氷姫《………それなのに》
氷姫《あたし、思っちゃったんだよなぁ》
氷姫《あたしも、こいつみたいに真っ直ぐになってみたいって》
氷姫《あたしだって………ちょっとくらい、カッコよくなりたいって》
氷姫《格好悪くてどうしようもなかったあたしの、小さな願い》
氷姫《………だからね、あたし》
氷姫《「酷いこと言ってごめん」って》
氷姫《魔王に謝らなくちゃっ…て》
氷姫《そう思ったの》
氷姫「………っ!」
氷姫「あたしに考えがあるっ!」
炎獣「!?」
氷姫(あたし達の飛行スピードはかなりのもの。でも、冥王様のコントロールは既に離れてる!)
氷姫(この速度で進行方向を変えて、魔王を救うにはこれしかないっ!)
氷姫「――はあぁっ!!」パキパキパキッ!!
水精(!? 自分の前方に、氷の道…いや、氷のレールみたいなもんを作った!)
水精(娘っ子の所まで伸びていく…! まさか、あれを滑って、娘っ子を助けるつもり!?)
炎獣「この嵐の中だぞっ! いけるのか!?」
氷姫「――やるしか」
氷姫「ないでしょうが!!」ザァアッ
死神「………」…ピタ
炎獣「っ! 死神が姫に気づいた!」
炎獣(姫は死神の方へ落ちる一方だっ!)
炎獣(間に合うのかっ!?)
氷姫「…くっ!」ザァアッ!
氷姫(最短ルートであいつの所へ!)
氷姫(もっと速く滑るんだ! 全魔力を足元に集中して!!)
氷姫(死なせ、ないわよ…!)
氷姫(だって、まだ…)
氷姫(まだ………――あたし、謝ってない!!)
死神「…」ブゥン…!
水精「し、死神が鎌を振るうわっ!」
毒虎「…」
炎獣「――…いけ」
炎獣「いけぇっ!! 氷姫っ!! 」
氷姫「うおおっ…!!」
――ズバンッ!!!
氷姫「………」
氷姫「…捕まえたわよ…っ」
氷姫「この、お転婆」
魔王「………」グタ…
炎獣「や…やった!!」
炎獣「すげぇ!! すげぇぞ氷姫!!」
赤毛《わ、わぁ…凄い》
赤毛《死神の鎌を、すれすれで掻い潜って…ドキドキしたぁ》
魔王《ほんとに、間一髪だったのね》
魔王《私、こんな風に氷姫に救われたんだ》
赤毛《また、魔王さんの知らない魔王さんを、知れたねっ》
魔王《ええ、そうみたい》
魔王《氷姫は……沢山悩みながら、私を助けることを選んでくれた》
魔王《そうすることに、命まで懸けて》
赤毛《…どうして、魔王さん、この時こんなに無茶したの?》
魔王《…そうね》
魔王《この時は、ただ単にお師匠様に言われるがままだったわ》
魔王《炎獣を助けた時の契約…それには、邪神の加護の実験に身体を提供することと、そして》
魔王《魔王の座について、いつか現れるであろう勇者を倒すこと》
魔王《そういう条件が含まれていたの》
魔王《私はこの時…まだ何ひとつとして、自分で選べてはいない》
赤毛《………そっか》
赤毛《…》
赤毛《魔王さんは、勇者様を、その…》
赤毛《殺す、つもりなの…?》
魔王《………あなた、そこまで自我が戻ったのね》
魔王《私を魔族と…人間の敵と認識できるまでに》
赤毛《………》
魔王《…勇者は》
魔王《倒さなければならないわ。それが、宿命だから》
赤毛《………そ、か》
魔王《…》
魔王《私が、憎い?》
赤毛《ううん》
赤毛《………ただ》
赤毛《悲しい》
魔王《…》
氷姫《そう言えば、あんた…何者なの?》
氷姫《どうして、こんな所にいるのよ?》
??《俺だってわかんねーよ》
??《それに…そういうこと、何となく思い出したくねー》
氷姫《なんでよ?》
??《思い出したら、俺。こんな風にお姉さんと一緒に居れない》
??《そんな気が、するからだよ》
氷姫《………》
??《だからさ、今は》
??《お姉さんの話、聞かせてくれよ》
氷姫《…》
氷姫《分かったわ》
氷姫《…言っとくけど、おねーさんの弱音をこんなに聞けるなんて、魔界の男共なら泣いて喜ぶところなんだからな?》
??《ふーん。俺にはよくわかんねーや》
氷姫《こんガキャ…》
氷姫「はあ、はあ…」
氷姫(なんとか、死神の目から逃れられた…はず)
氷姫(ぶっちゃけ…もう駄目かと思ったわね)
氷姫(でも、何とかなった…)
氷姫「…守りきった」
魔王「…」スヤ…
氷姫「こいつ、気持ち良さそうに寝ちゃって」プニプニ
魔王「…」スヤスヤ
氷姫「ぷっ、はは…」
氷姫「………そう。あんたを見てると、あの子を思い出すのよ」
氷姫「あたしの、妹」
氷姫「母親は違うんだけどね。…でも、初めて会ったときは無邪気に懐いてきたもんだったよ」
氷姫「あたしの気も知らずに、ね。そーゆーとこが、似てんのよねぇあんた…」
魔王「…」スヤー
氷姫「………ね。あたしの懺悔を、聞いてくれない?」
氷姫「寝しなの絵巻物語って言うには、ちょっと侘しいけど、さ」
氷姫「――あたしはね、元々魔界の片隅でお母様と静かに暮らしてた」
氷姫「お母様は、あたしは本当は由緒ある血筋なんだって言っていたけど」
氷姫「氷の湖で魚を捕る暮らししながらそんなこと言われたって、あたしには信じることができなかった」
氷姫「でもある日、氷部署の男がやって来て言ったの」
氷姫「"貴女は前部長の雪狼様の血を引いている"」
氷姫「雪狼様が病に臥せっているのに世継ぎが事故で行方不明になったから、氷部署の跡取りとして来てほしいっ…て」
氷姫「………嘘みたいな本当の話よ。あたしは、本当に氷の姫だったってわけ」
氷姫「それから、全てが変わった。住む世界も、見える景色も、ね」
氷姫「あたしは知識を積み、下を従えるための力を得るために、魔法を習得した」
氷姫「辛くて、苦しかった。本部の連中は、所謂妾の子であるあたしへを好奇の目で見ていたし…雪狼様も決して笑顔であたしを受け入れなかったから」
氷姫「それでもね。お母様の言葉が、呪いみたいにあたしに前を向かせた」
氷姫「"あなたは氷の姫。どんな時も、誰よりも気高くありなさい"」
氷姫「あはは。変だよね。そんな言葉でもお母様の言葉だから、あたしはそれを守るために必死だった」
氷姫「実際、あたしにはそれなりに才能があった。確かな実力がついた頃、周囲は嫌が応にも黙るしかなかった」
氷姫「少しずつだけど、あたしは氷部署の跡継ぎとしての威信を得ていった。…そんな時よ」
氷姫「…本来、氷部署を継ぐはずだった娘が、生きていた」
氷姫「そんなニュースが、入ってきたの」
氷姫「あたしの努力は無に帰した」
氷姫「正統な継承者が現れたことで、あたしはたちまち無意味な存在へと変わった」
氷姫「何のために歯を食い縛ってやってきたんだろう…って感じよ」
氷姫「辛かった。でも何より」
氷姫「あたしを価値ある存在へ引き上げ、また無意味な存在へと追いやったその娘が」
氷姫「誰にも好かれるような、美しく思慮深い娘だったの」
氷姫「あたしにさえ人懐っこく話しかけてきて、自分のせいで失ったあたしの居場所を、必死に作ろうとしてくれた」
氷姫「そういうことが、またあたしを追い詰めたわ」
――「本当はね…私、お姉ちゃんともっとお話したかったの」
――「あ、えへへ。お姉ちゃんって呼ぶの、変かな?」
――「わたしは年下だから…。ね、お姉ちゃん」
――「わたしに、力を貸してください」
氷姫「…ああ、生まれ持ったものってあるんだ…ってその時のあたしは思った。どんなに努力したって、敵わないものがあるんだ、てね」
氷姫「…――時を置かずして、お母様が亡くなったわ」
氷姫「丁度いい機会だって思った。どうせ本部じゃ煙たがられていたし、仮初めの貴族としての地位なんて、少しも有り難くなかった」
氷姫「あたしにあるのは、この魔法の腕だけ。だったら、それで世界を渡り歩いてやろうと」
氷姫「そうして冥王様の所へ来たってわけ」
氷姫「そしたらさ、そこに居たのよ」
氷姫「あんたが」プニ…
魔王「………」クー
??《妹が助けてくれって言ってんのに、ほっぽり出したのかよ?》
氷姫《悪かったわね》
??《い、いや。俺は妹なんていねーから、わかんねーけどさ》
??《俺だって兄弟欲しかったんだぞ。でも…その前に母さん死んじまったから》
氷姫《…そっか》
氷姫《病気?》
??《いや。魔物に食われたんだ》
氷姫《!》
??《でも、そうだよな。妹だからって拘りすぎるのも、良くないよな》
氷姫《………あんた、なんでそんなこと》
??《叔父さんが居たんだ。母さんの兄さんにあたる人》
??《そうだ、思い出してきた》
??《叔父さんは、あの時………》
??《俺は――》
――金髪「叔父さん! なんでいっちゃうんだよ!」
――金髪「そばにいてよ! どこかへいっちゃわないでよ!」
――金髪「おれ、みのまわりのことてつだうからさ! だって、だって叔父さん」
――金髪「――目がみえなくなっちゃったんでしょ!?」
――金髪「それなのに、どこいくんだよぉ!」
――「ありがとうな」
――「でも、私は魔族が許せないんだ」
氷姫《!!》
氷姫《こ、この男…!!》
金髪《え?》
金髪《お姉さんが、なんで俺の叔父さん、知ってるんだ?》
氷姫《この男は…》
氷姫《あの時の………》
港町
男「不安、ですか?」
商人「何?」
男「大丈夫。大丈夫ですよ」
男「女神様は、全てを見ています。貴女の悪行も。悪態の裏の、優しさも。…貴女の孤独も」
商人「………あたしは、女神は嫌いなんだよ」
商人「最後まで…自分の道は自分で開く」
男「そうですか。しかし、旅は道連れ。こうして運命のいたずらで時を同じくした者同士です」
男「私も、お供しましょう」
商人「…はん。分からない男だね」
商人「あたしは、運命って言葉も嫌いなんだよ」
商人「………なんだい」
商人「あんたが、あたしの″死″か」
商人「…女神といい、魔王といい――」
商人「全く、女ってのは、キライだよ」
「それはそれは」
氷姫「ご愁傷さま、ね」
キィィイン…!
商人「」
氷姫「そして、さようなら」
氷姫「………。敵の頭は、これで倒したことになるのかしら」
氷姫「…さて」
男「しね…っ!」ダッ
氷姫「あん?」ヒョイ
男「ぐわ!?」ドタッ…!
氷姫「お粗末な奇襲ね。素人以下じゃない」
氷姫「…? あんた、目が見えないの?」
男「く…ッ! 妹の仇!!」
氷姫「………そんな姿になってまで、向かってくるって言うわけ?」?
氷姫「あたしは、魔王の四天王なのよ」
男「魔族が、憎い…!!」?
男「私にあるのは、それだけだ…っ!」?
氷姫「じゃあ、どうすんのよ」
男「殺してやるっ!」
氷姫「殺す? あんたが、あたしを…?」
氷姫「はっ」
氷姫「――やってみなさいよ!!」
カッ
バキバキバキバキバキ!!!
金髪《………な》
金髪《なんだよ、これ》
金髪《どうして叔父さんを、お姉さんが…》
氷姫《………っ》
金髪《なあ、どうして――》
赤毛《…》ギュッ
金髪《! お、お前!》
赤毛《今度は》
赤毛《あたしが、金髪の側に居るから》
金髪《…!》
金髪《赤毛………》
氷姫《人間の子供》
氷姫《あたしは、人間の子に向かってこんなに話をしていたの?》
氷姫《しかもその子供の、親族を、あたし…》
氷姫《…》
魔王《氷姫》
魔王《立ち止まっちゃ駄目》
氷姫《!! 魔王!》
魔王《この子達には辛い思いをさせるかもしれない》
魔王《けれど、私たちもこの先にある辛い想い出を紐解いて進まなければならない》
魔王《それが………元に戻る、ということだから》
氷姫《………》
氷姫《元に、戻る…》
氷姫《そうか。あたしは思い出さなきゃいけないのね》
氷姫《この先の想い出を…》
氷姫「…あんたが、あの子に」
氷姫「あたしの妹に似ていて、あたしはここでもまた無力で」
氷姫「だからさ…いっぱい酷いことしちゃって…」
魔王「…」スー
氷姫「………はは。寝ているからって、このまま謝っちゃうのは、卑怯か」
氷姫「あいつだったら…炎獣だったら、そんな風にはしない、わよね」
氷姫「………」
氷姫「ね、知ってる?」
氷姫「あたしの故郷。わりとここに近いのよ」
氷姫「氷の世界…生けるものが絶える場所。そんなところだから、冥界とは繋がってるの」
氷姫「行き来したことはないんだけど、さ」
氷姫「………」
氷姫(あたし、いつまで独りでこの子に話しかけてんだろ)
氷姫(我に反ったら恥ずかしくなってきたわ。これ、誰かに聞かれてたら恥ずかしくて死ねるかも)
ガサッ…!
氷姫「っ!」ビクゥッ
氷姫「だ、誰!?」
「ったく、あーた…」
水精「話が長いのよ。アタイまで寝ちまうかと思ったわさ」
氷姫「すっ…!?」
水精「しっかし、かの有名な氷の女王が、こんなにおセンチなとこがあるなんて、ちょいと驚きだわねぇ」ニヤニヤ
氷姫「うっ、うるさい!」カァアッ
水精「なるほどなるほど。妹への嫉妬と劣等感があの振る舞いの源だけだったってわけ」ニタニタ
氷姫「黙れぇっ!」プシュゥウ
水精「…」
水精「嫌な奴だと思ってたけど、案外カワイイとこあんじゃないのさ」
氷姫「黙れって言ってんのよ!! 盗み聞きなんて、どういう了見よこらァ!!」
水精「あんたが勝手に話し始めたのよ。終わるまで待ってやったんだから、感謝して欲しいくらいだわ」
氷姫「くそっ…!」
氷姫(ん? 待ってやった?)
氷姫「…そう言えば、どうしてあんたこんな所居るのよ。大きく方向転換したあたしとは、別の場所に飛ばされてたはずでしょうが」
水精「…」
水精「あんたが、もっと早くそんな顔してくれたら、アタイはこんな所に来なくて済んだかもしれない」
氷姫「?」
水精「アタイだって劣等感の塊で、だからここでこんなことをする羽目になっているんだ」
氷姫「…あんた、何言ってんのよ」
水精「海王様のお言い付けなんだ。逆らうわけに、いかないんだ。だから」
水精「――怨まないで、頂戴な」スッ
氷姫(えっ!?)ゾワッ
ヂッ
ドゴォオン!!
氷姫「あっ、危なかった…!」
氷姫(水蒸気爆発…!? あたし達を、狙った!?)
水精「ちっ。流石に良い勘だわ」
氷姫「………どう言うことよ」
水精「あんたが知る必要は、ないわさ」
氷姫「はぁ!? ふざけんな!」
氷姫(なんで、こいつがあたし達を狙うの…っ!?)
氷姫(…"海王の言い付け"って、こいつそう言った…)
氷姫(っ! もしかして、これ)
氷姫「魔王の玉座争いか………!」
水精「…」
氷姫「狙いは、この子ね!」
魔王「…」グタ…
水精「さあ、どうかしらね」
氷姫「…ざけんな…」
氷姫「ふざけんじゃないわよ!!」
氷姫「こいつのこと、"ひたむきないいコ"だなんて言ったのは、あんたでしょうが! それを手のひら返して、今度は殺そうって言うの!?」
水精「…忘れたわさ、そんなこと」
氷姫「あんたっ…!」
水精「破裂しろ」パチンッ
氷姫「くっ!」
ドカァアン!!
氷姫「…くそ!!」
氷姫(この子を抱えながら戦うには、限界がある。相手は腐っても、あの水精)
氷姫(逃げ回ってばかりじゃ、いつかやられる!)
魔王「…」グタ…
氷姫「ったく、世話が焼けるんだから…!」
氷姫「………ちょっと手伝わせるわよ!」
魔王「…」フワ…
水精「!」
水精(立ってる!? 目が覚めたってーの?)
氷姫「もらった!」バッ!
水精(!? 後ろから! あの子は囮!)
水精(風魔法で操ったのか!)
氷姫(ターゲットが視界に入ればそれを注視してしまうもの! あんたの負けよ!)
氷姫「食らえ!」キュィイ…!
「残念だったな。我らの標的は」
毒虎「うぬだ。氷姫」
――ズドッ!
氷姫「!? がはっ…!!」
氷姫「うぐぅっ!」ガク…
氷姫(胴に打撃をもろに食らった…! 辛うじて爪を躱せたのは不幸中の幸い…!)
氷姫「あんたら…」ハァ…ハァ…
氷姫「…グルだったってわけ」
毒虎「何をやっている、水精」
毒虎「独断専行した挙げ句、決定的な好機をみすみす逃すとは」
水精「…」
毒虎「………命が、いらんのか?」
水精「っ…」
毒虎「今すぐにでもその首を落としても良いのだがな」
水精「はは…か、勘弁してよ…」
毒虎「嫌ならば本気でやれ」
氷姫「無視すんなコラァっ!!」ギュゥウン!
バリバリバリバリッ――!!
毒虎 水精「!!」
水精(一瞬で辺り一面が氷の世界に…!)
氷姫「狙いは、あたし、ですって…?」
氷姫「上等よ。やってみなさいよ」
氷姫「あたしを――」
氷姫「誰だと思ってんだ!!」ギロ
水精「っ…!」ビリ…
毒虎「流石だ。氷の女王」
毒虎「だがいくらうぬでも、相手にした者と、条件が悪すぎたな」
氷姫「はあ?」
氷姫「ごたくはいいから、とっととかかって…」ピクッ
氷姫(?)
氷姫(何だ? 魔力が)
毒虎「うぬの立つそこは、我の張った罠の只中」
毒虎「既に我が術中だ」ミシ…
氷姫「魔力が、地面に吸われている…!?」
氷姫(こんな魔法、見たことがない!)
氷姫「あんた、一体…!」
毒虎「この身は仮初めの姿」メキメキ…!
氷姫(!! 皮膚が、破けていく…!)
水精「………っ」
毒虎「我が真の名は…」グパァッ…
虚無「――虚無」ドロ…
虚無「我は闇部署の長であり、全ての呪いの頂点に立つ者なり」
氷姫「や…闇部の長っ!?」
氷姫「なんで、そんな奴がここに…うっ!」ガク ッ
氷姫(くそっ…道理で修練も並外れた器用さでこなすと思ったわ! 体を変化させた上で、今までひたすら冥王様の試練に耐えてきたって言うの!?)
氷姫(この時を…あたしを確実に抹殺できる機会を狙って!!)
氷姫(まずいっ…魔力がとてつもない勢いで吸われていく!)
水精「禁忌の魔法…!」
虚無「うむ。冥王すらこれを知り得ておらぬだろうな」
氷姫「ああ、そう…っ!」
氷姫「でも…だからってあたしが!」
氷姫「やられなきゃなんない理由には!」
氷姫「なんないわよ!!」ゴォオッ!!!
虚無「!」
水精(滅茶苦茶な魔力の噴出…! 魔方陣が吸いきれないほどの!)
虚無(…くく)
虚無(罠がそれだけと思うのか。冷静ではないな)
虚無「来るがいい…」
氷姫「氷の切れ味に」
氷姫「沈めぇえええっ!!」バッ!!
炎獣「炎、キック!!」――ドギュッ!!
ボ ッ ! !
虚無「!?」
水精「うぐっ!!」
氷姫(!)
炎獣「助太刀すんぜぇ!」
氷姫(…こいつ、また)
炎獣「食らえっ!!」ギュン!
――ゴォッ!!!
水精「ぁあっ!!」
水精「あたしの水が…!!」ジュッ…!!
虚無「うぬ…」
虚無(魔方陣すら塵と化した。やはりこいつは企画外の破壊力…!)
炎獣「ぼさっとすんな! 行くぞ!!」
氷姫「………」
氷姫「足引っぱんじゃ、ないわよ…!」
炎獣「へっ!」
炎獣「氷付けは勘弁だぜ!?」
氷姫「言ってなさい!」
氷姫「はぁああああっ!!」
炎獣「つぇりゃぁあぁあっ!!」
ボォオオォオオオォオンッ!!
水精「うあっ…!!」
虚無「ちっ!」
虚無(厄介な…)
………ヒュ
虚無「!!」
水精「あぅっ!!」ズバッ!!
虚無(鎌鼬…! 一体どこから!?)
魔王「…はあ、はあ」フラ…
氷姫「!」
炎獣「姫っ! 目ぇ覚ましたのか!」
虚無(くっ。邪神の加護の娘まで…)
水精(ま、まともに喰らった…! くそ、このままじゃあ…)
炎獣「姫!」
魔王「炎獣…! これは一体!?」
炎獣「俺もよくは分からねぇんだ。でも、氷姫が狙われてたのは確かだ」
魔王「氷姫…!?」
氷姫「………ふん」
氷姫「あたし達三人を相手にして、勝てると思うのかしら、お二人さん?」
炎獣「氷姫を狙うなら、俺の敵だぜ、お前らは」
魔王「………」
水精「ぜぇ、はあ」
虚無「………」
氷姫「そろそろ、聞かせて貰いましょうか?」
氷姫「闇部署の長がこんな所まで出張ってきてまで、あたしを消そうとする理由は?」
虚無「………」
虚無「くく」
虚無「こんな所で足掻いていても全ては手遅れだ」
氷姫「!? 手遅れ…?」
虚無「…本隊と合流するぞ」
水精「! そんな、ことしたら…!」
虚無「なんだ?」ギロ
水精「…っ」
水精「な、なんでも、ない、わさ」
虚無「行くぞ」
バッ
魔王「ま、待って! ちゃんと、話を…!!」
炎獣「くそ、逃げ足の早い奴らだ!」
氷姫「………」
炎獣「魔王、動けるか?」
魔王「…うん、なんとか。でも、彼らは一体どこに逃げたのかな?」
炎獣「分からねぇ。でも、今は後を追うしか…」
氷姫「…おかしい」
炎獣「氷姫…?」
氷姫「あいつら、本隊と合流するって、言った」
氷姫「どこかに軍勢がいる? いや、この冥界にそんなものが入り込めるはずがない」
魔王「…そうだとしたら、冥界の出入口にいるってこと?」
炎獣「でもよ、出入口はお師匠の館があるんだぜ。軍隊なんて連れてこれないだろ」
氷姫「ある」
氷姫「もうひとつ、冥界と繋がっている土地が」
魔王「え?」
氷姫「………っ」ダッ
炎獣「お、おい氷姫!」
魔王「炎獣、追おう!」
氷姫《…》
魔王《…氷姫》
氷姫《大丈夫よ。あたしは》
氷姫《一人で大丈夫》
魔王《………氷姫は強いね》
氷姫《…ううん。本当は、笑っちゃうくらい弱いのよ》
氷姫《今だってこうやって強がって、感情をさらけ出すまいと必死》
氷姫《弱さをさらけ出せないことは…強さじゃないって、今は分かるんだけど、ね》
魔王《…そっか》
氷姫《ねえ、魔王。この先のこと、あの子達には見せられないわ》
魔王《そう、だね》
魔王《ねえ、あなたたち………?》
金髪《おい! おい、赤毛!》
金髪《赤毛ってば!》
赤毛《………》
氷姫《どうしたの?》
金髪《わかんねー! 急に赤毛が眠ってるみたくなっちまって…!》
赤毛《………》
魔王《これは》
魔王《…心が閉じてる。いえ、拐われかけている! これは、もしかして》
魔王《教皇の、影響…!? 自我がはっきりしてきたところを、狙ってきたの!?》
グイ…
魔王《!》
金髪《なあ………助けてくれよ…!》
金髪《俺、赤毛の友達なんだよ》
金髪《赤毛を、助けなきゃいけないんだ!》
魔王《…!》
金髪《お願いだよ…!!》
魔王《………》
魔王《分かったわ》
魔王《この子は、私が助ける》
金髪《!》パァ
金髪《ありがとう…!》
魔王《ええ》ニコ
魔王《氷姫》
氷姫《うん。あんたにそっちは任せるわ》
魔王《………変、かな》
魔王《人間の子供を、助けようなんて》
氷姫《ふふ》
氷姫《あんたらしいわよ》
魔王《…そうかな》
氷姫《あの子達を、お願い》
氷姫《…助けてくれ、か》
氷姫《敵かもしれないあたし達に、あんな真っ直ぐな目でそんなことを…》
氷姫《――もし、あたしもそうできたなら》
氷姫《こんな道を歩かずに済んだかもしれないのにね》
氷姫《………さあ、そんじゃいっちょ、思い出すとしますか》
氷姫《ずっと目を逸らし続けていた、傷と》
過去の誤字を訂正しておきます
>>347
盗賊(もし出来るなら、貴方の元へ………)
↓
○軍師(もし出来るなら、貴方の元へ………)
>>631
国王「しかし、どうやら悲劇に酔っている時間もどうやら残されてはいない」
↓
○国王「しかし、どうやら悲劇に酔っている時間も残されてはいない」
>>958
氷姫(この速度で進行方向を変えて、魔王を救うにはこれしかないっ!)
↓
○氷姫(この速度で進行方向を変えて、あいつを救うにはこれしかないっ!)
>>873
幻夢蝶
↓
○幻妖蝶
ですので、張り直します
↓↓↓
水精「ひょ、氷姫! あなたも此処にっ…!?」
水精「ちょ、待て! 待ちなさいってば!!」
炎獣「へえ、あいつ俺らと同じ年頃だぜ! やるもんだなぁ!」
魔王「え、炎獣!」
シュルシュル…!
炎獣「おっと!」
幻妖蝶「小生を相手に、余所見とは良い度胸ですなぁ」
炎獣「…姫。先に行ってろ」
魔王「でも!」
炎獣「元々俺は弟子入り志願じゃねぇしよ。お前が入りゃあ問題ないだろ?」
魔王「それは、そうだけど。…わ、分かった。気を付けてね!」
炎獣「おう!」
幻妖蝶「ほう、お姫様を守るナイトってやつですかな? 美しいですね。せっかくですから、更に美しく…」
幻妖蝶「非業の死というやつを、遂げてみては!?」シュルシュル!
炎獣「」フッ
幻妖蝶「!? 消え――」
炎獣「おいおい」
炎獣「俺がこんなに遅い攻撃してたら、雷帝に脳天割られちまうトコだぜ?」
――――――
中途半端で申し訳ありませんが、このスレはここまでにしようと思います
次スレは完結編として建てるつもりですが、しばらく時間をおいてから建てることになるかもしれません
スレを跨ぐ長編は初めてですが、風呂敷を畳んで終わろうと思っていますので、宜しければお付き合い下さい
このスレの感想など頂けると泣いて喜びます
それでは!