【艦これ】鳥海は空と海の狭間に【その4】
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私たちの望みは変わらない。過去も今も、きっとこれからも。
終章 空と海の狭間に
トラック近海では正午を迎える少し前から、大粒の雨が鈍色の空より降りだしている。
天候の悪化は予報されていたものの、一度振り出してからは急速に悪天候へと崩れていった。
雨脚は強くなる一方で、所によっては雷すら観測されている。
ほとんど嵐と変わらない天候に紛れて、艦娘たちは前線から撤退していた。
トラック泊地の戦力は壊滅というほどに落ち込み、これ以上の継戦は困難と判断された。
私たち艦娘に未帰還者は一人もいない。
しかしコーワンに付き従ってきた深海棲艦たちは、四分の三に当たる十六名が戻らなかった。
また艦娘も人的損失を免れただけで、ほとんどが艤装に大きな損傷を受けている。
この身の負傷なら高速修復材を用いれば癒せても、艤装となれば話は別だ。
予備の部品を使って修理しようにも、時間も人手も部品も足りなかった。
最後まで空襲を逃れていた機動部隊も直接の被害はないものの、艦載機の損耗が激しいために空母陣はただの箱と変わらないという有様だ。
たとえ艦載機が健在だとしても、この悪天候下では艦載機を飛ばせない。
今となっては私たちに前線を維持する力は――ひいては泊地を守り抜くだけの戦力は残っていなかった。
その一方で、深海棲艦に与えた被害では決して負けていない。
空母棲姫、戦艦棲姫と二人の姫級を初め、多数の深海棲艦や護衛要塞を撃沈している。
総戦力では今なお深海棲艦のほうが多いとはいえ、撃破目標である三人の姫級から二人を沈めているのは大きい。
『ホッポハ分カラナイ……ドウシテ傷ツケ合ウノ……本当ニ必要ナコトナノ?』
泊地の全館、そして深海棲艦にも発信されているのは、たどたどしいホッポの声。
ホッポは停戦のための話し合いを求めている。
誰に言われるでもなく自分で考えたと思える呼びかけは続く。
『深海棲艦ハ艦娘トモ……人間トモ仲良クナレル……ダカラ……チャント話ソウ……怖クテモ……変ワッテイカナイト……』
深海棲艦たちが応じてくるかは未知数で……そして私たちはうまくいかないのを前提に行動している。
今なお戦闘は終息していないし、泊地では再出撃のための準備が進められている。
各艤装の被害状況や艦娘の練度を考慮して、出撃するのは鳥海や摩耶といった一握りの艦娘だけだった。
選抜された艦娘は修理に立ち会う者もいれば、限られた時間を使って休んでもいる。
その中にあって鳥海と摩耶の二人はツ級と会っていた。
収容されたツ級は捕虜として扱われ、今は監視付きで空き部屋に入れられていた。
ツ級はベッドの上で膝を抱え、硬く口を閉じて鳥海にだけ視線を向けていた。
摩耶は鳥海とツ級の顔を交互に見比べる。
「やっぱ似てるな……」
「血色なら私のほうがいいわ」
素顔が露わになったツ級は、髪の長さや肌の白さという点を除けば鳥海と瓜二つだった。
似ているとは聞いていたけど、ここまでとは思っていなかった。
彼女は拘束されていない。そのための手立てがないためだ。
もっとも、今のところは抵抗の意思がないのか大人しくしている。
やがてツ級は打ちひしがれたように顔を下げる。
「鳥海……アナタガココニイルノナラ……ネ級ハモウ……」
「……ネ級は生きています」
予想した答えではなかったからか、ツ級は赤い瞳を揺らす。
少しだけ生気を取り戻した顔が急くように声を投げかけてくる。
「何ガアッタ……イエ……何ガアッタニセヨ……ネ級ハ生キテル……」
ツ級は組んだ膝に顔を押しつけたので表情は分からない。
しかし声音は心の底から安堵しているように鳥海と摩耶には聞こえた。
「ネ級が大事なんですね……」
返事はなくてもツ級の反応で一目瞭然だった。
ツ級は浅く顔を上げると、上目遣いに鳥海を見る。
戦場であった時は敵愾心を向けられていたけど、今はそう感じない。
「私ハ……似テイルノ?」
「だから鳥海を狙ってたんじゃないのか?」
ツ級の疑問に摩耶が手鏡を突き出す。
映り込んだ自分の顔を見てから、ツ級は顔を背けてしまう。
「ネ級ハ……鳥海ヲ相手ニスルト変ワッテシマウ……ソレガ嫌ダッタ……」
「じゃあ……つまり、あんたはネ級のために?」
ツ級は答えない。答えなくても、さっきの態度を踏まえれば正解で間違いなさそうと思える。
鳥海ばかりを見ていたツ級は、ここで始めて摩耶と視線を合わせる。
「ダカラ……? アナタヤ……ソコノ二人ガ気ニスルノハ?」
「二人?」
言われてツ級の目線の先を追う形で後ろを振り返る。
すると立哨していた綾波と敷波が壁に隠れながら覗き込んでいた。
二人は発覚に気づくとさっと隠れてしまう。
別に隠れないで堂々と見ればいいのに。
マリアナ組の二人も例に漏れず大きな被害を受けていた。
再出撃の人選から漏れた二人は、こうして裏方としての任務に従事している。
「彼女たちにも思うところがあるんですよ」
以前マリアナが襲撃された際に、もう一人の私は味方を助けるために囮になった末に帰らなかった。
その時に助けられた中に彼女たちもいた。そしてツ級は奇しくも鳥海という艦娘に酷似している。
となれば、彼女たちでなくても二人目の鳥海を知っていれば連想してしまう。
……実際のところ、関連はありそうに思えるけれど。
「自分ノ顔ヲヨク知ラナイ……知リタクナカッタカラ……」
「なんでまた?」
「私ハ艦娘ダッタ……ソレハ生マレテスグ……分カッテシマッタ」
「そいつは意外だな……前の記憶があったりするのか?」
摩耶に対してツ級は控えめな動きで首を横に振る。
「理由ハ分カラナイ……ソレデモ私ハ艦娘ダッタトスグ理解シタ……」
「なんていうか……因縁ってやつか」
摩耶が思わず、といった様子で呟く。
「ドウイウ意味……?」
「お前には鳥海、ネ級には提督の要素があって、そんな二人が一緒に行動してりゃさ」
「……仮ニ私ガ鳥海ダッタトシテ……ソウシテ何カト重ネルノハ勝手……デモ」
私たちを見ていくツ級の目は真剣だった。
「私ハ……深海棲艦……ツ級トイウ名デナクトモ……ソレダケハ変ワラナイ……ソレハネ級モ同ジ」
ツ級は断言する。迷いのような感情の揺れ動きは見受けられない。
いくら同じ顔をしていても、その通りなんだと思う。彼女の出自がどうであれ、ツ級には彼女としての個がある。
偶然、というにはとても皮肉な偶然だと思う。
「コノ後……私ハドウナル……?」
「さあね……あたしらの一存で決めることじゃないし。でも今は邪魔だけはしないでくれ。ホッポもさっきから言ってんだろ?」
摩耶は頭の上で指を回して見せる。
館内放送で流れるホッポの声は変わらず停戦を訴えていた。
『戦ウシカナイナラ……ホッポニ教エテ……ドウシテ仲良クナレルノニ……戦ッテルノ?』
「仲良ク……争ワナイナンテ……本当ニデキルト?」
「できないと決め付けるには早いですから……」
口を出した鳥海にツ級は答えない。ただ決まりが悪そうにうな垂れた。
いずれは深海棲艦とも違う交わり方ができる。その可能性は絶対にある。
だけど、今はまだ戦いを軸にしないと深海棲艦たちとは関われない。
想いや願いとは裏腹に。それもまた現実だった。
「鳥海……一ツダケ教エテホシイ……」
「……なんなりと」
「アナタハ……ネ級ヲドウシタイノ?」
摩耶も視線を向けてくるのを感じる。
これはもうツ級一人の疑問ではないということ。
私の考えは決まっている。
「もし機会があるのなら言葉を交わして……彼女が何を考えて何を感じているのか。もっと彼女を知りたいです」
「戦ウシカナイ時ハ……?」
「その時は……受けて立ちます。彼女が戦うのを選ぶなら、この期に及んでその選択を無碍にするつもりはありません」
次に戦う時は、ネ級がそうするしかないと決めた時。
ツ級が言うようにネ級はあくまでネ級という深海棲艦であって、いくら面影が残っていても司令官さんではない。
つらくないと言ったら嘘にしかならなくても、ネ級だってきっと迷っている。
「……気持ちを押しつけるだけが関係ではないでしょう?」
迷った先の決断なら応えるしかない。望まない結果に繋がるとしても。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
長い夢を見ていたようだとネ級は思う。
ネ級は気づいたら戦場を離脱して飛行場姫の側まで後退していた。
自力で航行していたのは確かだが、どこをどう移動したかはよく覚えていない。
それだけ自分を襲った衝撃は大きかった。
弾薬の補給を済ませ、飛行場姫に戦闘の報告をすると現状を教えてもらう。
もしかしたらと思ったが、ツ級は戻ってこなかった。私のせいだ。
付近一帯に大雨が降り始めたのを契機に、戦闘は一時的に収束していた。
後退する艦娘たちへの追撃はできていない。
私個人はそれどころではなかったのだが、深海棲艦全体としても大きな混乱に見舞われていたからだ。
前線にいた二人の姫――空母棲姫と戦艦棲姫の撃破が確認され、後方にいたはずの装甲空母姫率いる機動部隊も艦娘たちによる奇襲を受けた。
これらのせいで指揮系統が乱れに乱れた。
飛行場姫と奇襲を逃れてきた装甲空母姫の艦隊は合流し、今は雨に紛れてトラック泊地へと舵を取っている。
そうしているとトラック泊地からある音声が傍受されるようになった。
「ホッポノ声……」
飛行場姫はそう言うが、面識のない私にはもちろん知る由もない。
まだ幼く聞こえる声は戦闘を中断するよう訴えかけていた。
懇々と説く声は真摯だった。戯れ言などと無視しようという気にはならない……そう感じるのは姫の声だからかもしれない。
「戦ワナイ……アノ子ハソウ決メタノネ……」
「アルイハ……コウシテ戦ッテイルノカモシレマセン」
思わず声に出ていた。
しかし決して的外れではないと思う。この状況で戦わないと意思を示すのは、ただ戦う以上に勇気がいるのかもしれない。
「ナラバ……オ前ナラドウスル?」
飛行場姫に問われる。
こんなことを私に聞いてしまうぐらいに迷っているようだった。
他の姫ならいざ知らず、彼女は深海棲艦すら巻き込む艦娘との交戦そのものに疑問を抱いている。
「モウ終ワリニシマショウ。コレ以上ハ意味ガナイト……姫ナラ分カルハズデショウ」
そもそも始めに停戦を持ち出したのは飛行場姫だ。
状況が変わったにしても、その提案が今になって甦ったと考えればいい話でもある。
「……アナタハ純情ナンダ。守ル立場ヤ状況ガアル一方デ……ソレヲ脅カス側ニナッテシマッタコーワンタチモ気ニカケテイル」
言葉が自然と滑り出していく。
似つかわしくない、と頭の片隅で感じるが思考に歯止めが利かない。
「深海棲艦ヲ守ロウトイウ目的ガアッテ……ソレトハ別ニコーワンタチヲ助ケタイト思ッテイル。タダ……アナタトコーワンノ理想ハ異ナル……ダカラ行動モ噛ミ合ワナイ」
飛行場姫は軽い驚きを表情に出していたが、すぐにそれを打ち消す。そのまま続けて、と姫は促す。
熱に浮かされたように、考えが浮かぶなりネ級はまくし立てるように言う。
「アナタハ空母棲姫ヤ装甲空母姫ノヤリ方デハ……破滅スルト考エテイル」
同胞や外部の存在を別のモノに変えながら、自分たちは変容するのを拒み続けている。そこに未来はないと。
敵ばかり作って、逆に自分たちの首を絞めるような真似は承認できない。
一方でコーワンたちにも同じような見方をしている。
彼女たちは争いを避けるためでも人間を受け入れようとしている――見ようによっては人間になろうとしているのかもしれない。
しかし、そんなことはできないとあなたは分かっている、私たちは深海棲艦だから。
あるいは人間や艦娘により近づくことはできるかもしれない。
ただ、その変化に疑問を抱いている。その変化は不自然かもしれない――そう考えて。
だから、どちらにも否定的なんだ。極端に感じて、その方向性を危惧している。
あなたは……風見鶏じゃない。あるべき形を見定めて、賢明に舵を取ろうとしているだけだ。
変わること、変わらないこと。今と過去を見つめて、未来を模索する。簡単じゃない、苦しい道だ。
「――ダカラ私ハアナタヲ信ジル」
そこまで吐き出すように言ってから、目が覚めたように頭の中が晴れる。
話した内容は思い出せる。それが自分の口を通して出たのは間違いない。
そして、あれは確かに私の……ネ級の考えだ。ここまで明文化できたのは初めてだっただけで。
私の考えを提督の知識で言葉にした、とでも言えばいいのだろうか。
「饒舌ネ……今ノオ前ハ提督デモアルノ?」
姫はほほ笑み、しかし目は笑っているとは言いがたい。
私の奥底、真意を測ろうとしているようだった。
「……ソノ人間ノ記憶ナラ思イ出セマス。アナタヲ憎ンデイナイノモ」
姫の頬が震える。殺した提督に対し、まだ思うところはあるらしい。
元より隠し立てするような話ではない。
「アレガ私ノ考エナノカ……提督トシテノ考エナノカ……境界ハアヤフヤカモシレマセンガ……ソレデイイノダト思イマス……アヤフヤナ私ガ私自身ナノデショウ……」
鳥海と接触したことで、私の内は何かが変わってしまった。
その変化が私に艦娘との和解を促しているのか、今となっては艦娘とは戦うのは難しいかもしれない。
鳥海に限ったことでなく、今まで交戦した艦娘の名前が分かる。
提督が彼女たちと今までにどんなやり取りをして、どういう相手だと思っていたのかまで分かってしまう。
すでに彼女たちは単なる敵ではなく――見ず知らずの相手とは呼べなくなっている。
「スデニ多クヲ失ッテイル……提案ヲ呑ムノモ悪イ話デハナイ……」
飛行場姫は意を決したのか他の深海棲艦に向けて、停戦の話し合いに応じたいと通信を発する。
聞き耳を立てると困惑のざわめきが広がるのを感じる。
そうして来たのは装甲空母姫からの明確な反発だった。
『手ト手ヲ取リ合ッテイキマショウ? 面白クナイ冗談……』
通信でも呆れてると分かる声が吐き捨てる。
『君ハ分カッテイナイ……我々ニハ敵ガ必要ナンダ。艦娘モソレハ同ジ……認メヨウガ認メナカロウガ』
「シカシ……コチラノ消耗モ想定以上……」
『敵ニモ余裕ハナイハズ……ミスミス勝チヲ捨テニ行クナド……トテモ受ケ入レラレナイ……」
「ソレハソウダガ……アノ島ニハホッポモイル……」
そこで互いに沈黙する。相手の出方を窺うような間が続くが装甲空母姫が端緒を開く。
『コウシヨウ……継戦ヲ望ムナラ私ノ元ニ……停戦ヲ望ム者ハ君ノ元ニ……ソレゾレガ独自ニ動ケバイイ』
装甲空母姫はこの局面でこちらが二つに割れるようなことを言い出すのか?
早まってしまった? 姫を後押しすべきではなかったのか……それとも今起こらなくても、いずれはこうなったのかもしれないが。
「……分カッタ……ソレデイイ」
飛行場姫が提案を受け入れると、二つの艦隊が入り混じるように大きく動く。
装甲空母姫の側から移ってくる者もいれば、こちらの艦隊を後にしていく者もいる。
それぞれの判断があるのは確かなのだろうが、やはりと言うべきなのか装甲空母姫側のほうが数は多い。
姫の側で周囲を見ていると、ほとんどの護衛要塞が留まったままなのに気づいた。
あれはどちら側だ。建造したのは装甲空母姫と言うが、それなら今も近くにいるのは不自然ではないか。
轟いた砲声がその疑念が正しかったのを証明した。
当たりこそしなかったが、飛行場姫が水柱に包まれる。
誤射などではなく、おそらくは威嚇という意図を持っての砲撃。
「ドウイウツモリダ!」
「深海棲艦ト艦娘ハ言ワバ鏡……決シテ相容レナイ存在……ソレヲ容認シヨウトイウナラ……』
「認メラレナイカラ……撃ツノカ! コノママデハ衰退シテイクト……ソウ教エタノハアナタデショウ!」
『戦ウノガ全テ……コノ点デハ私モ沈ンデ逝ッタ彼女タチト……同意見ダヨ』
なんだ、これは。ひどく嫌な予感がする。
こんなことでは提案に応じるどころの話ではない。
『君コソ考エ直サナイカイ……停戦ナド……今ナラマダ気ノ迷イトシテ……』
「散々考エタ……二度トモダ……ソレヲ迷イナドト!」
飛行場姫は一喝するように声を大にする。
彼女は意志を曲げる気はない。それは確かだった。
『本気ナンダ……ソウナルト艦娘ダケデナク……君ニモ退場シテモラウコトニ……』
「フン……受ケテ立ツ……」
最後通牒と言うべきやり取りだった。
それまで名の通りに姫を守っていたはずの護衛要塞たちが砲撃をしかけてくる。
命中精度はさほどだから被弾はしないが、装甲空母姫が本気なのは認めざるを得ない。
応射を始めた飛行場姫が、要塞の一体を最初の砲撃だけで巨大な残骸へと変える。
なまじ護衛など必要ないように思えてしまうが、ここで姫を消耗させるわけにはいかない。
それに彼女一人を守っていればいい状況でもなかった。
ネ級は飛行場姫に接触して、肩を抑えるようにして言う。
「姫ハスグニ下ガッテ……味方ヲ呼ビ寄セテ!」
「何ヲ……アノ程度ノ敵ナド……」
「アナタナラソウデショウ……シカシ姫ガココニイルト……他ノ者ガ敵味方ノ区別ガツカナイママ戦ウ羽目ニナル……」
姫同士が戦い始めた以上、深海棲艦同士の衝突も他で起こり始めている。
乱戦ともなれば同士討ちの恐れはあるが、今はそれよりも性質が悪かった。
自分以外は全て敵と疑わしい状態で放置されている。
「姫ガ下ガレバ同調シタ味方モ……アナタヲ守ルタメニ後退スル……」
「……全滅ヲ防ゲト言イタイノカ?」
「姫ハ生キルベキダ……イエ、我々ノ多クガ生キルベキ……デショウ」
決断は早いほうがいい。
こうなった以上、飛行場姫に賛同する深海棲艦が彼女まで辿り着けるかは怪しい。
それでも疑心暗鬼のまま、闇雲に戦うよりも生存率は高くなるはずだ。
飛行場姫はこちらの意を汲んでくれたのか、反撃をしつつも後退を始める。
同時に賛同する者たちにも姫を守るよう命令の通信を飛ばす。
これでいい。ネ級も自身の判断で動くために飛行場姫から離れていく。
「待テ……オ前ハドウスルツモリダ……」
「……時間稼ギヲシマス。味方ノ後退モ支持シナイト……」
敵となった深海棲艦の内訳は分からないが、おそらくはレ級たちも装甲空母姫側にいるはずだ。
あれが牙を剥くとなると碌なことにはならない。
こうなれば少しでも多くの味方を助けるために動く。
私の記憶の中では、と前置きする。
「提督ガ……艦娘ニコウ言ッテイル。仲間ノタメニ命ヲ使エト……私モソレニハ同感デス」
そして飛行場姫もまた言っている。
「迷ッタ時ハ……御身ヲ第一義トシテ考エヨト……ソノ通リデス……アナタヲ守ルノガ私ノ指標デス」
守るというのは何もそばにいることだけではない。繋がる行動であるなら離れていても、なんら問題ない。
私は提督と混ざった自分の意味や深海棲艦の存在理由を知らないままだ。
だからこそ姫には示してほしい。コーワンとも空母棲姫とも違う道を……この先に何があるのかを。
「……行ケ。オ前ヲ縛ルモノハナイ」
姫の言葉に背を向けたまま頷く。
動き出した歯車は止まらない。あるいはそう……賽は投げられた……提督ならそう言うのだろう。
ネ級は主砲たちに声をかける。
「イイナ……オ前タチ。護衛要塞トソレニ同調スルヤツガ最優先……次ニ逃ゲルノヲ狙ッテ追ッテクルヤツ……ソイツラガ今カラ私タチノ敵ダ」
これなら同士討ちの危険はかなり減らせるはずだ。
厄介なのは自分を狙ってくるのが、本当に敵とは限らないということ。
そしてもう一つ……艦娘すらろくに沈められないのに、同じ深海棲艦相手に戦えるだろうか。
過ぎった不安を払うように主砲たちが短い声で何かを鳴く。
「励マシテクレルノカ……? イイ子タチダ……」
撫でるように触ってやると、応えるように声を返してきた。
ツ級を喪ったが、まだ私には仲間が残っている。
「……アリガトウ」
他にこの気持ちを表現する言葉は知らないが、それでいいのだろう。
進んでいくと雨風が頬を打つ。黒々とした雲から雨粒が音を立てて落ちている。
急に理由のない苦しさが胸に広がった。
きっと私は今日沈む。魂が天に昇るのだとしたら、体は海へと還っていく。
そして今の私はどちらでもない……空と海の狭間にいる。
まだ生きているから。だが、それも時間の問題だ。
「……ククク……私ハ愚カダナ……」
面白くもなんともないのに、そんな笑い声が自然と出てしまう。
提督も決して短くない期間、こういった笑い方をしていた。
自虐や戒めに近いようで、それ以上に何かを忘れたくがないための行為だったようだ。
理由までは分からないし、どうしてやめる気になったのかは分からない。
ただ、そうしたくなる気分というのは、今の私になら少しぐらいは理解できる。
沈むかもしれない。そんなのは今に始まった話ではない。
予感は予感でしかなく、気にするのは無駄だ。沈むとしても姫のために戦うのは魅力的でもある。
ならば、やるまでだ。私はネ級だ。ネ級らしく戦ってみせる。
ふと鳥海を思い出す。
提督の記憶としてではなく、生死を賭けて鎬を削った鳥海を。
私の特別な敵……今はどうだろう。特別ではあっても敵ではないのかもしれない。
「モウ一度グライ……アイツニ会ッテミテモイイナ」
会ってどうするだとか、何をしたいだとかはない。
ただ純粋に会ってみたかった。
そして、これもきっと叶わないのだろうとネ級はどこかで思う。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
篠突く雨を浴びながら木曾は天を仰ぐ。
まだ雨が降り出す前、別働隊として動いていた彼女たちは敵機動部隊への奇襲を成功させている。
ヌ級の半数以上とその護衛を海の藻屑へと変え、彼女たち自身は誰一人として沈まずに追撃を振り切っていた。
「恵みの雨ってやつかな。とりあえず、これで空襲の危険は減ったな」
「っていうか、単に捨て置かれてるだけな気がしない?」
北上姉は雨に打たれながらも、何食わない顔で応える。
ただし艤装の上部は根こそぎ消失し、衣服の所々に煤けた焦げ跡がついている。
「北上さんを軽んじるなんて生意気な敵ですね!」
「いやいや、こんなとこで空襲されたら一たまりもないだろ……」
妙なところで怒る大井姉に、ため息を自然とついてしまう。
とはいえ、こういう窮地でもマイペースなままの姉二人がいると悲観しすぎないで済む。
追撃を凌いだとはいえ、彼女たちとて無傷ではない。
木曾とヲキューの二人が軽傷で済んだだけで、他の四人は損傷が大きく護衛が不可欠な状態だった。
現在は十五ノットで戦線を離脱するために南下している。
「んー、まあ冗談抜きで相手にされてないんだと思うよ。深海棲艦もそれどころじゃないだろうし。だよね、ヲキュー?」
「……ウン。空母棲姫ト戦艦棲姫ガ沈ンダミタイデ……ソコデホッポノ通信デ二ツニ割レタミタイ……」
ホッポの通信は内容も含めてこっちでも把握している。
揺さぶりになるとは思ったが、まさか分裂するとは予想してなかった。
「うぅ……装甲空母姫に手出しできてれば……」
リベが悔しそうに口を尖らせると、すかさず大井姉が口を出す。
「たらればの話はやめておきましょう。少なくとも敵機動部隊に大きな痛手を与えた。そこは確かなんだから」
「最高ではないでしょうけど十分に責任は果たしてる……そういうことよね」
「そーいうこと」
天津風も同意を示すと北上姉さんも相槌を打つ。
確かにそうなんだろう。俺たちは奇襲して成功した。敵を沈めて俺たちは沈んでない、大成功だ。
限られた戦力に投機的な作戦ながら大きな戦果を挙げている。
それでもリベの言いたいことも分かる。
もし装甲空母姫を仕留められていれば、この時点で交戦は終わっていた可能性もあるんだから。
「スマナイガ……私ハ指揮カラ外レサセテモラウ……」
木曾が振り返った時には、ヲキューは減速して隊列から置いていかれていた。
明らかな異常事態に問い詰める。
「どういうつもりだ」
「アノ方ノ……飛行場姫ノ危機ヲ見過ゴセナイ……」
「だからって勝手なことを!」
「分カッテイル……デモ彼女ナクシテ停戦ハ成立シナイ……」
木曾は止めようにも止める手立てがないと察してしまう。
この中でヲキューに追いつける足を持ってるのは自分だけ。
ヲキューが本気で離脱するのを止めるには実力行使に出ないといけない。が、そんなのは本末転倒だ。
それにヲキューの言い分も内心では肯定していた。
「ちょっと待ちなさい。あなた一人でどうにかできる話じゃないでしょう」
大井の声も飛ぶ。教練でよく見せる叱りつけるような声。
「確カニ……シカシ泊地モ動クハズ……ダトスレバ付ケ入ル隙モ……」
「……別に一人だけでやることはないだろ」
気づけば、そう言っていた。
この発言に一同の耳目が集まるのを感じる。
「まだ戦いは終わっちゃいない。行くなら俺も……」
「木曾まで何言い出すの!」
「俺が姉さんらを守らなきゃいけないのは分かってる……」
「そこなんだけどさー。このまま襲われたら、たぶん守りきれないよね?」
口を挟んできたのは北上姉だった。
それはないと木曾には言い切れない。
ごく少数の敵ならともかく、統制の取れた艦隊や航空隊に襲撃されたら自分の身を含めて全員を守り抜く自信はなかった。
「北上さん、何を……?」
「あたしはありだと思うよ。行っても行かなくても、どっちにしたってリスクはあるんだし」
意外な助け舟に大井姉は口を開け閉めする。何か言い返したいのに言葉が決まらないと、そんな感じだった。
すると北上姉はこっちを見てくる。
「行ったら行ったで木曾たちが身代わりになっちゃうかも」
「その逆もありえるだろ」
「まー、そういうことだね。共倒れも十分ありえるし。ヲキューは何言っても行っちゃうんでしょ?」
「ウン……」
ヲキューは律儀というべきなのか、まだ近くで待っている。
彼女なりの罪悪感があるのか、真意は分からない。
「こうなったらもうさ、二人ともやれるだけやってきなよ」
北上姉はあっけからんと言う。
本当にいいのか、とも思ったがヲキューについていくと言い出したのは俺だ。
それに装甲空母姫の撃滅はやり残し、とも言える。
「正直、北上さんの言うことでも納得しきれないんだけど……」
大井姉は頭痛でもあるかのように額を手で抑えている。
実際こいつは頭の痛くなる話なんだろうが、それでも答えは決まっていた。
嘆息混じりに大井姉は聞いてくる。
「本当にいいのね?」
「ああ。行く必要ありだ」
「だったら五体満足で戻ってきなさい。でないと球磨姉さんに殺されるわよ」
戻らなかったら殺しようがないのに。と思ったけど、無事で済まないのはこの姉二人という意味かもしれなかった。
「……責任重大だ」
「そうと決まれば残しておいた魚雷、預けるわ。姫用に温存してたけど撃ちそびれてたのよ」
大井姉がそう言うと天津風も手を挙げる。
「だったら連装砲君も連れて行って。少しでも助けは必要でしょ?」
「いいのか?」
「いいも悪いも。あたしたちは次の襲撃を受けた時点でアウトなんだから、動ける二人になんとかしてもらわないと」
「そっちを助けることにもなるか。了解だ、相棒を預からせてもらう」
「リベも何か……」
「気持ちだけで十分だよ。ありがとな」
「えっと……ボナフォルトゥーナ」
健闘や幸運を祈るってところか。確認しなくても言いたいことは分かる。
こうしてささやかな兵装の受け渡しをしている間もヲキューは佇んでいた。
そんな彼女には北上姉が声をかける。
「あんたもちゃんと帰ってくるんだよ?」
「ン……」
ヲキューは曖昧な声で、しっかりと首を縦に振る。
「よし、待たせたな」
「……気ニシテナイ。行コウ」
木曾とヲキューは揃って転進した。二人とも護衛の時とは違い速度を上げる。
たかが二人。されど二人。
行く末はたぶん明るくはないが、しかし間違えてるとも思わない。
この戦いは最初からずっと無茶ばかりだ。
それをほんの少しの幸運と偶然とが味方をしてくれて、今の結果に至っている。
だから、もう一回ぐらい巡り会わせを当てにしてもいいかもしれない。
黒い雲から落ちてくる雨が顔や体を叩いていく。
速度を上げてると感覚的にはぶつかっていくにも近い。
涙雨、という言葉を思い浮かべる。
泣けない者のために空が代わりに泣いてるのだとしたら、一体これは誰のための涙なんだろうか。
そんな感傷を引きずりながら戦場に戻ろうとしていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海はトラック泊地から選抜された自身を含めた十名の艦娘と、支援要員として二人のイ級を伴い西進していた。
彼女を旗艦とした選抜艦隊はトラック泊地に残された事実上の総力でもある。
状況もそれまでから変転している。
仲間割れを始めた深海棲艦たちは、交戦しながらトラック泊地へと近づきつつあった。
元から無視できないにしても、脅威は確実に近づいてきている。
その中で彼女たちに下された命令は、装甲空母姫とその一派の撃破。
戦場で孤立している可能性が高い別働隊や、ひいては飛行場姫を救い出すことにも繋がる。
飛行場姫は停戦に応じる意思を示していて、ここで沈めさせるわけにはいかなかった。
一行は弱まってもなお体に張りつく雨の中を進んでいく。
「前の艤装なんて、また懐かしいもんを引っ張り出してきたなぁ」
摩耶が感心したような声で鳥海の格好を見る。
鳥海は改ニ以前の艤装を装備していた。
両腕に連装二基の主砲を取り付けた姿は特徴的で、二人にも思い入れのある姿だった。
もっとも服装は改ニ仕様の翠緑のセーラー服から戻していないので、見ようによっては違和感を覚えるかもしれない。
「本当にそうね。この艤装を使う機会が今になって来るなんて思いもしなかったわ」
ネ級との交戦で改ニ艤装はほぼ全壊という有様だった。
当然修理をしている余裕はまったくなく、そこで旧型艤装の再使用が提案された。
改ニ艤装に切り替わってからは使用する機会もなくなっていたけど、そこはやはり正式な装備。
定期的に整備されていたので、急遽引っ張り出されての使用にも不備は感じられない。
もう少し時間があれば主砲だけでも改修した砲に換装できたけど、そこは高望みが過ぎる。
「使える物はちゃんと使わないと。元々、ボクらはこうしてやり繰りしてきたんだからね」
人で、自身もまた同じように改ニ以前の艤装を装備している。
そんな私たちに声をかけたのは時雨さんと同じ白露型の春雨さんだった。
「時雨姉さんも鳥海さんもあまり無理はしないでください。使い慣れててもぶっつけ本番なんですし性能だって改ニと比べたら……」
春雨さんの指摘はもっともだった。
いくら適した艤装でも、改ニ艤装と比すると性能面で見劣りしてしまうのは否定できない。
それでも体に馴染む感覚は強く、不足があるなんて言う気はなかった。
「心配ありがとうございます。こうして赴く以上は力を尽くしますし、性能を言い訳にするつもりはありません」
「そういうことだよ。それと春雨こそ無茶はしないこと。この中じゃ一番経験が浅いんだ」
時雨さんは春雨さんの実力を懸念しているのを隠さない。
ただし、それは邪険にしているからではなく心配しているため。彼女の人となりを知っていれば自ずと分かる。
春雨さんも私以上に分かってるのだろう、大きな動作で頷く。
「……それでも私は艦娘ですから戦い抜いてみせます。白露姉さんや海風たちの分も」
「そこだけ聞くと姉さんたちが無事じゃないみたいだ」
時雨さんはおかしそうに、だけど控えめな鈴を転がすような声で笑う。
白露さんたちは無事で、今回の出撃に当たって春雨さんに自らの艤装から使える部品を提供している。
そういう意味で今なら春雨さんは白露型の集大成とも呼べるのかも。
時雨さんは柔らかな顔つきのまま言う。
「戦い抜くより生き抜くって言ってほしいところだけど、今は及第点としておくよ」
「時雨が生き抜けって言うと説得力がありますよね!」
「君がそれを言うのかい、雪風」
時雨さんの声がそれまでと左右反対へと移る。
併走しているのは雪風さんで、所属は違うものの彼女の実力は折り紙つきだった。
先の交戦で艤装を損傷させていたので、トラック泊地にいる三人の陽炎型から部品を交換しての出撃となる。
「不沈艦と謳われたお二人の力、頼りにしてますよ」
「雪風にお任せください! それに神通さんもいますし百人力ですよ!」
「ええ」
雪風さんに話を振られた神通さんは、どこか気のない返事を寄こしてくる。
どうにも、らしくないような。
「どうかされました?」
「深海棲艦の救援なんて……こんな指令を受けるとは思いませんでしたから」
おそらくは正直な気持ちを神通さんは口にする。
「深海棲艦同士の潰し合いなら放置してしまえ、とも考えてしまいます」
「ううん、変な感じがしちゃうのは確かですよね」
雪風さんも同じように同調すると、どこか苦笑するように神通さんは続ける。
「こう言ってはなんですが作戦や目的に不服はありません。ただ……いくら話に聞いていてもなかなか……」
「まあ、あたしらもワルサメから始まって色々あったから。いきなり信用なんてのは、さすがにできないって」
摩耶が答え、私も内心で同意する。
艦娘でくくっても、やっぱり認識の違いは生じてしまう。
「つまり話せば分かる、ということでしょうか? 私や雪風にはそう言った機会がありませんでしたが……」
「それなら今度ゆっくり話してみてください。彼女たちは……意外と普通です」
摩耶に代わって言葉を引き継ぐ。
深海棲艦と本当に和解する道を模索するなら、そして成ったあとでも維持しようとするなら、そういう接触はどんどん必要になっていくはずだった。
神通さんもそれは分かっているみたいで、しっかりと頷く。
「では鬼に笑われないようにしないといけませんね。まずはこの決戦で道を切り拓かなくては」
「今後の話もほどほどにね。楽観視できる状況じゃないし」
釘を刺す言葉はローマさんからで、張り詰めたような顔をしていた。
彼女は艦隊でただ一人の戦艦で、誰よりも艤装に一目で分かる傷跡がいくつも残されている。
左側の第四砲塔があるはずの箇所など、所々を無塗装の鋼板で塞いで継ぎ接ぎにしていた。
戦艦は主力であるが故に敵からも狙われやすい。
午前の交戦でも各戦艦たちはそれぞれ奮戦し、今や再出撃に耐えられるのはローマさんだけになっていた。
その状況が彼女を気負わせているのかもしれず、そうなるとあまりよくない。
鳥海は口を開こうとして、先に夕雲の声が流れる。
「確かに予断を許さない戦況ですがご安心を。ローマさんの守り、つまり主力の護衛は夕雲にお任せください」
「……別に私は自分の護衛を心配してるわけじゃないけど」
「あらあら、そうですか。ちなみに主力の護衛は夕雲型の最も得意とするところですから遠慮せず私に甘えてくださいね」
「甘えるってあなた……」
ローマさんは何か言いたそうにしたものの、夕雲さんの笑顔に負けたようだった。
「分かった、分かったわよ。私には夕雲みたいな余裕が欠けてた」
苦笑いするローマさんは肩の力を抜こうとしているようだった。
艦隊には他に巻雲さんと風雲さんと三人の夕雲型がいる。
午前の交戦では空母の護衛に回っていたので、彼女たちだけは消耗しないままの参戦だった。
しばらく、といっても体感でそう感じただけで、実際には五分も経たない内に水平線上で白っぽい光が瞬くのが見えた。
戦場はすぐそこ。
鳥海は艦隊に帯同している二人のイ級に意識を向ける。
彼女たちには悪いけど、まだ見た目での区別がつかない。それでも不思議と確信があった。
「あなたたちはヲキューと一緒にいたイ級たちですよね。言葉を覚えようとしていた」
「ソウソウ!」
二人のイ級はそれぞれイルカのような高い声を出す。
記憶違いでなければ、あの時のイ級は確かに三人いた。
もう一人がここにいない理由は……今はあえて触れない。
「あなたたちはできるだけ戦闘に加わらずに、私たちのことを飛行場姫たちに伝えてください」
イ級たちを連れているのは、どうしても深海棲艦との連絡役、もしくは調整役が必要だったから。
今の時点で相互連携なんて不可能と考えたほうがいい。
むしろ互いにそれと気づかず妨害し合うような展開になりかねなかった。
それを防いで調整できるのは、やはり深海棲艦に他ならない。
「あなたたちにしかできないことなんです……お願いします」
念押しみたいになるけど正真正銘の本音でもある。
二人のイ級は応答のように一鳴きした。
交戦海域にさらに近づくとイ級たちが声を挙げる。
「繋ガッタ! 繋ガッタ!」
『……救援ニ感謝スル』
二人のイ級を介して艦隊の無線に入ってきたのは飛行場姫の声。
こちらの目的を把握しているらしく、単刀直入な切り出しだった。
「挨拶は抜きにしましょう。あなたを救出するためにも装甲空母姫を討ち取ります」
『ナラバ我々モ反攻ニ出ル……』
「協力してくれるんですか?」
『我々ノ問題デモアル……』
飛行場姫は多くを語ろうとはしない。
ただ彼女を守る必要があるとはいえ、その提案に反対はなかった。
こちらだけで装甲空母姫を相手にするのは、控えめに言っても苦しいと言わざるを得ない。
「一つ……教えてください。ネ級はそこにいますか?」
『……イナイ。ネ級ハ後退ヲ支エルタメ……殿ニイル』
「無茶をして……」
古今東西、退却する部隊は後背から攻撃を受けてしまうために脆い。
それだけに真っ先に追撃してくる敵と接触する殿は危険であり重要だった。
とはいえ、そんな場所に身を投じているのは、どうしてかネ級らしく思えてしまう。
それに少し安心した。少なくとも今はネ級と戦うのは考えなくていいんだから。
次いで、飛行場姫はいくつかの数字を口にする。
その意味が分からないでいると、姫は付け足すように言う。
『周波数……声ガ届クヨウナラ……ソレデ話セルハズ』
「どうして教えてくれるんですか?」
『オ前ダロウ? ネ級ガコダワッテイタ艦娘ハ……私カラハ以上ダ』
半ば一方的に通信を切られる。
声が届くなら……か。
思うことは色々あるけど、今はまず頭を切り替えよう。
こちらの加勢に乗じて飛行場姫たちが反撃に転じるなら。
「鳥海より各員に通達。これより飛行場姫と協同し戦線を押し上げます! 最優先で狙うのは敵中核の装甲空母姫、ならびにレ級集団!」
その二つを倒せば全て終わるなんて思わないけど、これが今の状況をひっくり返せる最低条件であり絶対条件だった。
まずは反航戦の形で遠距離から横槍を入れつつ敵陣深くを目指す。
敵のほうが数は多いから、こちらを順次迎撃してくるとも予測される。
それを迎え撃ちつつ敵主力を撃破しなくてはならない。
「苦しい戦いになりますが皆さん……どうか……」
最後まで言い切らない内に言葉が詰まってしまう。
言いたいことははっきりしている。楽観的で勝手な言い分とも感じた。
だけど言う。
「どうか……生き抜いてください」
もしネ級と戦わなければ逆のことを言ってたかもしれない。
だけど私は生きていたいし、生きていてほしかった。
そうして応えたのは夕雲さんだった。
「問題ありません。主力オブ主力の駆逐艦……夕雲型の実力を見せましょう! 巻雲さんと風雲さんもいいですね?」
「もちろんです。がんばりますよぉ!」
「私もこの戦いを終わらせる……飛龍さんの命に賭けても!」
風雲さんの言葉に巻雲さんが疑問を口にする。
「そこは自分の命とかじゃないの?」
「自分の命を賭すのは当然じゃない。その上で他にも何か引き換えにするなら、という意味よ」
「ほえー」
「……なんて言っても沈んだら守れなくなっちゃうから帰らないと。そういうこと、かな?」
自問するような響きの風雲さんにローマさんが声を被せる。
「お喋りはここまでにしなさい。私はだいぶ狙われるけど護衛を任せていいのよね?」
もちろんです、と答えたのは夕雲さん。
「時雨さんたちもいますが、それはそれ。護衛から露払い、水雷戦まで夕雲たちに全てお任せください」
「そう言われるとボクら白露型としても遅れを取るわけにはいかないかな」
「頼もしいこった……あたしたちもやってやろうぜ、鳥海!」
時雨さんと摩耶の言葉の声も受ける。
これが最後の戦いになるかもしれない。だから努めて静かな声で戦闘用意を告げる。
過度の恐れも緊張もない。
空は暗雲、海も沸き立つように荒れている。
幸先は悪そうだけど、それは相手にとっても同じで吉凶とは関係ないはず。
少なくとも、この戦場においては艦娘も深海棲艦も条件は対等だった。
「今度こそ終わりにしましょう!」
胸元にかけた司令官さんの指輪が服の内側で揺れるのを感じる。
この先に待ち受けてる結果がどうであれ、後はもう戦うだけだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
雨とは別に砲弾が生み出した飛沫がネ級の体を打ち据える。
もう一度や二度ではなく、今日だけで何度も何度も続いた出来事だった。
時に飛沫だけでなく体を押し潰そうとする衝撃を受ける時もある。
砲弾が直撃した時で、それも今日だけで何度も起きていた。
ネ級は背後からリ級重巡の砲撃を浴びながら、護衛要塞へと突撃し彼我の距離を急速に縮めていた。
前後からの砲撃に挟まれながら、同様に前後両方へ反撃もしている。
主砲たちが後ろのリ級を狙い、護衛要塞には副砲で応射する。
護衛要塞に次々と副砲が命中するが、目に見えるような被害は与えられない。
全幅で言えば優にこちらの倍はある。
耐久力も図体相応であれば、まともに撃ち合っていては砲弾を余分に消耗してしまう。
まだ戦い続ける必要もある上に、敵だらけの海域でそれは望ましくない。
魚雷もすでに使い切っているから温存は不可欠だった。
副砲の撃ち方をやめ、両腕で頭を守りながら要塞の懐に飛び込んでいく。
距離がある内に私を止められなかったのは失策だろう。
こちらの接近に要塞も後進を始めようとするが、元々が巨体だからか動き出しが重い。
「モタツイテ……!」
後ろに張り付いてるはずのリ級も含め、敵の反応や動きが鈍いと感じる。
複雑な軌道を取っているわけでもないのに、こちらの接近を簡単に許している。
狙いを定めて撃つのも回避に移るまでの動きも全てが遅い。
あの鳥海ならこんなことはなかった。全力で食らいつかねば到底追えるような相手ではなかった。
……だから我々は勝てないのか? そんな疑問が一瞬とはいえ頭を過ぎる。
一瞬の想念は背中から体の前面へと吹き抜けた爆風によって霧散する。
被弾はしていない。
振り返らずとも、背後から付け狙っていたリ級が逆に沈められたのが分かる。
後ろの敵がいなくなってすぐに護衛要塞とも接触する。
至近距離に迫られたことで、護衛要塞は主砲のある口を閉ざそうとするが、それより速く両腕を差し込む。
「オ――!」
腕を噛み切られるという恐怖は欠片もなかった。
護衛要塞の口を力任せに押さえつけ、開いたままの口内を狙って主砲たちが身をよじらせる。
砲撃の直前に素早く腕を引いて離脱を図る。
護衛要塞の内部に飛び込んだ砲弾が暴れ、内側から膨張するように爆発した。
こちらを押し飛ばす衝撃に煽られつつ、姿勢を下げて体を安定させる。
周囲から一時とはいえ敵影が消えて、体に溜め込んでいた息を吐き出す。
手足の末端が痺れて体が重く感じるのは疲れのせいか。
被弾はさして多くないが、どうにも神経が磨り減っている。
それにしても皮肉だ。艦娘をろくに沈められないまま、同じ深海棲艦は沈めているのだから。
交戦を始めてから片手では数えられない以上の数を屠っている。
しかし口から出た言葉は逆だった。
「ヨクヤッタ……」
状況が皮肉でも、これは正直な気持ちだった。
主砲たちを労いつつ視線を周辺へと巡らす。
雨に紛れるように空気の震える音が続いている。戦闘はまだ終わっていない。
戦場を交錯する声に耳を傾け、殺気と呼ぶような気配に集中する。
「コレデ一角ハ崩シタ……次ハ……」
狙うなら主力だ。後退するという考えはない。
少し前に飛行場姫の号令の下、反攻に転じているのは分かった。しかも艦娘も介入してきているという。
どちらにしても他の味方を後退させる余裕を作り出したかったのだから、やることは変わらない。
「敵ノ中核ハ……ドイツダ?」
できることなら装甲空母姫、あるいは前線指揮官に当たる相手を狙いたい。
しかし、あくまで希望であって相手を選んでいられる時ではなかった。
ならば近くの敵から叩く。
呼吸を整え、最も近いと思える交戦に介入すべく移動を始める。そうして気づいた。
「アイツカ……赤イレ級……」
よりにもよってなのか、それとも望み通りなのか。
姫を除けば、最も厄介なやつがいた。それも別のレ級まで一緒にいる。
交戦中、というより一方的に追い詰められているのはタ級戦艦。
すでに主砲は沈黙しつつあり、沈められるのは時間の問題に思えた。
そしてレ級たちはこちらにまだ気づいていない。
有効射程内ではあるが、このまま砲撃しなければ雨に紛れて接近できる。
ことによっては肉薄できる距離での奇襲もできるかもしれない。
だが、その場合はタ級は沈むと考えていいだろう。
ネ級はすぐ判断を下す。
通常のレ級のほうが近い。主砲による砲撃がレ級の背に命中していく。
不意打ちにレ級たちが素早く向き直り、ネ級の存在を認知する。
「オ前カア……イツカハコウナル気ガシテタヨ!」
「私ハ……コウナルトハ思ッテナカッタゾ!」
赤いレ級の叫びと共に砲撃が来る。
こちらの背丈を越える巨大な水柱が前方や左方向にいくつも生じた。
戦艦の肩書きを有するだけあって、レ級の砲はこちらの倍の大きさだ。
そして実戦で戦艦クラスの砲で撃たれるのは初めてだった。
当たったらただでは済まないが、これでいい。
二人の狙いはタ級から、こちらに完全に移っている。
レ級の妨害をしても、この混戦ではタ級が生き延びる可能性は……あまり高くないだろう。
それでも仲間のために命を使うと言ったのは他ならないこの口で、それを違える気はなかった。
「砲撃ヲ惜シムナ……近ヅク!」
今までは砲弾を温存したかったが、レ級たちが相手ではそうもいかない。
というより、こいつらを相手に使わなければいつ使うのだと。
機動力に主砲と副砲を合わせた手数がこちらの利点だ。
赤いやつに比べれば普通のレ級はまだ相手にしやすい。
次々と砲撃を送り込み、同時に射線を絞らせないようにレ級の横や後ろに回り込みながら近づく。
今回も肉薄しなくてはならない。
二対一では距離を取られたまま、一方的に撃たれ続けてしまう。
だが接近さえしてしまえば、同士討ちを避けようと片方の砲撃は封じられる。
「艦娘トハ戦エナクテモ……アタシラトナラヤレルッテワケカイ!」
「ソウデハ……オ前コソ戦ウノヲヤメテシマエバ……」
「ハハッ! 戦イヲ取ッタラ何モ残ラナイダロ!」
レ級たちの砲撃が至近弾となり、滝のような水流に衝撃波が体を苛んでいく。
それを耐えて、至近弾で生じた水柱をかき割って全速前進。
砲撃の合間に猛然と進む。
対するレ級は後退するどころか前進してくる。
「向コウカラ来テクレル!」
血気に逸っているのか、たかが重巡と侮ったのか。引き撃ちという考えはないらしい。好都合だ。
両太腿にある副砲をレ級の頭を狙って撃ち込んでいく。
頭を狙われては、さしものレ級も両腕で守りに回らざるをえない。
一方で装填の終わらない主砲がじりじりとこちらを指向したままだった。
「撃タセルカ!」
やはりこの機会を逃すわけにはいかない。
姿勢を落として海面を両手で交互に叩く。掌の体液が海面と反発し、体を押し出していく。
横からレ級に飛びかかり、引きずり倒したまま海上を疾駆する。
右手で頭を鷲掴みにして、速度を落とさずに海面に何度も頭を打ちつける。
そのまま主砲も撃ち込もうとするが、そこで横腹に激痛が走ると体を引き剥がされた。
「ナンダ!?」
レ級の尾が腹を食い千切ろうと噛みついていた。
牙がさらにめり込んだところでレ級に頬を殴られる。
痛みをこらえ返礼とばかりに主砲と副砲を乱射した。
至近距離で集束した火力にはさしものレ級も有効で、噛み付いていた尾が離れる。
痛みの元が離れたところで息を整える。この期を逃すわけには。
今一度飛びかかると、今度はレ級も同じように向かってきた。
互いに正面から腕を組み合い押し合う。主砲同士たちも相手を抑えつけようと動く。
そして、こうなれば私のほうが有利だ。
「今ナラ……私ノホウガ手数ハ多イ!」
既視感を感じ、目覚めてすぐに赤いレ級に品定めされたのを思い出す。
もっとも、こいつはあの時のレ級ではないが。
主砲たちが連携しレ級の尾に噛みつき動きを完全に抑えると、右の主砲が尾から右腕へと噛みつき直し拘束する。
これで右腕が自由になる。
握り締めた拳を槌のようにレ級の胸へと振り下ろす。
生身の肉を打ったとは思えない硬質な音が響く。ネ級の拳、レ級の唇からそれぞれ黒い飛沫が吹き出る。
ネ級は腕が自傷するのも構わず、さらに二度三度と腕を振るう。杭を打ち込むような、拳そのものを埋め込もうとでもするような打撃。
そこでレ級が耳をつんざく絶叫をあげる。
「ウテエエエェッ!」
撃て、と言ってるのだと頭が遅れて認識する。
失策に気づいた時には遅かった。
赤いレ級が左に回り込んでいて、発砲炎が見えた。
そこからの反応は咄嗟だった。
拘束していたレ級を盾代わりにする。が、間に合うものではなかった。
飛来した砲撃の大半はレ級の背に当たっていくが、一発はネ級の左脚に当たると体と副砲を壊しながら吹き飛ばした。
海面を数度転がってからネ級はすぐに立ち上がる。
艦砲が命中した直後は痛みを感じなかったが、すぐに体の左半分を焼かれる痛みに襲われ始めた。
喉から出かかった悲鳴を噛み殺しながらも、その場から離れる。
「嫌ナ真似サセヤガッテ」
聞こえてきた赤いレ級の声は静かで、それまでとは少し雰囲気が違う。
怒りか悲しみか。楽しくなさそうなのは疑いようもない。
通常のレ級は倒れ伏して動かなくなっていた。
結果的にとどめを刺したのは私ではなかったらしい。
赤いレ級は牙のような犬歯をむき出しにしていた。
「アンタモ送ッテヤル……アノ世ッテヤツニサア!」
体から血液がこぼれ落ちていき、左足は深々と抉られてしまった。
骨の内側から脈打つような痛みは、今や息苦しさも引き起こしている。
自分の最期を想像したことはあるが、同じ深海棲艦と戦ってとは考えていなかった。
「ダトシテモ……体ノ動ク限リ!」
最後の抵抗だろうとなんだろうと。
それに取り巻きは沈めてやったんだから戦力は削いだ……後は誰かがなんとかしてくれる。
「誰カ……?」
艦娘もすでにこの戦闘に加わっているというなら、その中の誰かが決着をつけてくれるはずだった。
これが深海棲艦同士の戦いでも、最後に全てを終わらせるのは艦娘だという、ほぼ確信に近い予感がある。
……本当は誰か、なんて抽象的に考えてなかった。
艦娘の中でも鳥海を真っ先に想起したからで、しかし彼女がこの海域にいるとは考えにくい。
午前中に交戦した際に艤装を徹底的に破壊しているからだ。
いずれにせよ私にやれるのは、ほんのわずかでも消耗させることだ。
一発でも多く当て、一発でも多く砲弾を使わせる。
そうすれば次にこのレ級と戦う誰かが楽になる。
不自由になった体で、そこからさらに撃ち合う。
体はともかく主砲は健在だった。
続けて砲撃を命中させながらレ級へと向かい、そして反撃を受ける。
身を守ろうと掲げようとした左腕が爆ぜた。
爆風の衝撃で体が突き飛ばされて倒れる。右手と右足だけでどうにか立ち上がって、さらに接近を試みる。
左腕が動かず痛みも感じなくなっていた。
それなのに息はどんどん上がり、体の中にある核が狂ったように猛っている。
やつに近づく。最早、近づく以外の考えは何もない。
赤いレ級もまた急速に向かってきた。こちらの主砲を物ともせずやってくる。
『そこを離れてください、ネ級!』
声が聞こえる。鳥海の声。呼びかけてくれている。
幻聴だ。こんな時に声が聞こえるはずもない。
それでも声は止まらない。
『もうあなたたちが見えてます! この先は私が戦いますから……』
無視する。この期に及んで提督の記憶は私を惑わそうというのか。
だがレ級に被弾の閃光と爆風が生じた。
こちらの砲撃ではなく、レ級も注意が横へと逸れる。
声が幻ではなく現実と証明するように。
『死に急がないでください!』
「……無理ダヨ」
もう近くに来ているんだ。
後事を託す――私の重荷を全部を投げてしまうには、これほど適任な相手はいない。
別に仇を討ってほしいとかそんな話ではない。
ただ、次に繋がる何かをしたかった。
だから進む。今なら察してしまう。元から私の体は長くない。
私には初めから未来なんてなかったんだ。
レ級の間近に迫ると向こうもまた警戒をこちらに戻していた。
体が重い。遅い。間に合わない。
それでも右腕を伸ばす。突き出す。
「届……ケ……!」
腕の一本や二本。いや、そこまで多くは望まない。
指が触れる。
コートのような装甲。その一部分だけでも持っていく。
引き裂くように破り取る。
そして――レ級の腕が胸に突き刺さっていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海は見る。
レ級がネ級を刺し貫いた腕を引き抜く。
べったりと墨のように体液がまとわりついて、手には何かの臓器を握っている。
歯車のようにも見えたそれを、レ級は握り潰した。
風船が割れるように飛沫が飛び散り、ネ級が膝から折れる。糸を切られた操り人形のように、体中から力を失って。
その一部始終を鳥海は見る。何もできないまま見るしかない。
何もかも、全てが遅すぎた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
木曾の首筋にちりつくような感覚が走る。
誰かに呼ばれたような気がして、後ろを振り返るが荒れた海原以外は何も見えない。
「なんだ、今の……?」
「木曾……?」
「悪い、なんでもない……どうも過敏になってるみたいだ」
無表情な顔を寄こすヲキューに答える。
奇妙な感覚は胸騒ぎを呼び覚ますが、正体については木曾自身も答えようがない。
不審に思ってるかもしれないが、ヲキューはそれ以上の追求をしてこなかった。
代わりに違うことを呟く。
「雨ガ強イ……」
「……だな。雨を吸ってマントが重くてな……この天気にはむしろ助けられてるって言っても」
「ソウナンダ……私ハ雨ガ好キ……濡レテルノガ好キトモ……」
「へえ……そういやヲキューのこと、あんまり詳しく知らないな」
「……ツマラナイ女ダヨ」
「そういう言い回しはどこで覚えてくるんだ」
大方、飛龍か隼鷹辺りから覚えたんじゃないかって気はするが。
「……見ツカルダロウカ」
「装甲空母姫が?」
「無線ヲ傍受ハシテテモ……コウ錯綜シテルト正確ナ位置ハ分カラナイ」
淡々とした語りだが、内心ではそれなりに焦りでもあるのだろうか。
「もし一人だけで探してたら、どうするつもりだったんだ?」
「……出タトコ勝負?」
「意外に無鉄砲なやつだな。俺が思うに思うに、姫は後方にいるんじゃないか」
「ソノ根拠ハ?」
「俺たちが仕掛けた時、さっさと逃げたからな。こっちはたった六人なのに護衛に任せっぱなしにして」
襲撃直後は混乱してたからまだしも、すぐにこっちが六人だけの少数なのは分かったはずだ。
にもかかわらず装甲空母姫は護衛や他のヌ級空母などを囮にするようにして逃走している。
慎重といえば聞こえはいいかもしれないが、あまり適切な判断とは思えなかった。
「本当に安全を確保したいなら、多少の危険を冒してでも俺たちをあの場で沈めなきゃいけなかったんだよ」
もっとも、そのお陰で俺たちは全滅しないで済んだとも言えるんだが。
「ナルホド……逆ナノカ。コレカラ火中ノ栗ヲ拾イニ行ク我々トハ……」
「本当にどこで覚えてくるんだ? それと火中の栗はちょっと違って、虎穴にいらずんば虎児を得ずのが合ってるな」
「……人間ノ言葉ハ難シイ」
ヲキューはやはり表情を変えずに、そんな風に言う。
やれやれと思いながら海原を進んでいく。
幸いにも余計な戦闘に巻き込まれないまま戦闘海域を進んでいく。
「見ツケタ……ハズ。外側ニ絞ッテ聞イテイタラ……」
「よし、先導してくれ。違ったらまた探せばいいんだ」
ヲキューは頷くと針路を変え、木曾もそれに追従する。
雨粒が海面で弾けて白い飛沫が弾けては飲み込まれていく。
さっきの感覚はなんだったんだろう。
胸騒ぎ。あるいは悪寒や怖気の類だったのかもしれない。
何かが引っかかるが、のんびり考えている時でもなかった。
「イタ……間違イナイ……コンナ所デノコノコト……」
ヲキューの言うように護衛らしい複数の、三体のイ級駆逐艦を従えている。
まだこちらの接近には気づいてないらしい。
前線からはやはり遠い。
空母という単位として考えれば何もおかしくはないのだが、他の姫級同様に砲戦能力が低いとも思えない。
雨の切れ目でも狙って艦載機の発艦も意図しているのだろうか。
「まだ撃つな。気づかれるまで、このまま後ろから近づく」
俺たちの火力で姫級を沈めるなら、やはり雷撃を直撃させなくちゃいけない。
次善の手段としてヲキューに仮付けした重巡砲を至近距離から撃つという手もある。
どちらも近づけないと話にならない。
だが、さほど近づけない内に護衛のイ級たちが回頭する。
もちろん、こちらを向いていた。姫たちに接近を感知されたのは明らかだった。
「撃ツ……モウ逃ガサナイ……」
ヲキューが発砲するのとほぼ同時に、木曾の艤装が蹴りだされるように揺れる。
それまで待機していた天津風の連装砲が自立機動を始めていた。
元から天津風と協同できるように設計されているため、二人よりも足が速い。
「護衛を引きつけてくれ! 粘って時間だけ稼いでくれればいい!」
無茶な要求とは思うが、連装砲のサイズは艦娘よりもさらに小さい。
相手を沈めるのではなく、生存を目的としての行動なら勝算はあるはずだった。
一方、装甲空母姫は後進しながら砲撃を始めた。
さすがに今回ばかりはただ逃げるだけではいけないと判断したらしい。
姫の砲撃で海が割れたように弾ける。
命中こそしなかったが轟々と奔流が立ち上る。
「ちっ……言わんこっちゃない。こんだけ火力があるなら始めっから逃げなきゃよかったんだよ!」
こちらを正面に見据えての後進で、姫の速力は十五ノット強といったところか。
倍以上の速度を出せるから、そう遠くない内に追いつける。
だが、それまでの間にあと何度砲撃に晒されればいい?
重雷装艦はお世辞にも打たれ強くはない。
たとえ直撃をもらわなくても、至近弾だけで何かしらの不具合を生じさせる可能性もある。
その時、ヲキューが木曾の正面に移動してくる。
「後ロニ回ッテ……コレデモ硬サニハ自信ガアル……」
「盾になる気か! んなことは」
「艦載機ハ飛バセナイ……コレグライサセテ」
立ちはだかるようなヲキューを無視しようにも、航速は彼女のほうがわずかだが速い。
こちらの思惑とは逆に追い抜かせそうになかった。
接近するまでただ撃たれっぱなしではいられない。
ヲキューの頭上を飛び越えるように仰角をつけて砲撃開始。
そんな微々たる抵抗をものともせず、ヲキューが姫からの砲撃に晒される。
ヲキューの周りに弾着の水柱が炸裂し、後ろのこちらにまで飛散した海水と一緒くたになった衝撃波が襲ってくる。
より砲撃の近くにいたヲキューだが速度を落とさなかった。
背中からでは無傷かどうか分からない。
ヲキューも反撃の砲火を放ち始めるが、やはり勝手が違うのか姫から遠い位置に外れていく。
じりじりと姫には近づいているが、雷撃するにはまだ遠かった。
それから数度の砲撃でも、正面のヲキューに砲弾が殺到し続ける。
やがてヲキューの近くで海面が爆ぜた。
直撃こそしなかったものの、巨大な奔流はそのままヲキューを押し潰そうとしているようだった。
衝撃と水流に煽られて速度が落ちる。
これ以上は危険だ。今度こそ追い抜こうとするとヲキューは再び速度を上げる。
「飛ビ出サナイデ!」
一喝する声に気圧されて、飛び出すタイミングを逸した。
針路を塞ぐように杖を横に伸ばしたヲキューは、こちらを振り返らずに前進を続ける。
「時間ガナイ……護衛ニ追イツカレル」
言われて始めて気づいた。
天津風の連装砲は一体のイ級と今も撃ち合っている。
しかし他の二体は交戦から逃れて、こちらを追撃するよう接近してきていた。
「……木曾ガイルナラ任セラレル……自分デ倒スノニナンテコダワッテナイ」
「どうしてそこまで……飛行場姫を守るにしたって」
「火力ノ問題……私ヨリアナタノホウガ頼リニナルカラ……」
「だからってこんな……命を消耗させるやり方なんざ!」
合理的判断とでもヲキューは言いたげだが、真意は別にあるように感じた。
だから木曾は声を大にしていた。
ヲキューは答えない。木曾は歯噛みして後を追う。
いっそヲキューの前方に砲撃して止まらせるか、という乱暴な考えも過ぎる。
しかし、そうするまでもなく次の砲撃がヲキューを襲った。
突風のような爆風に木曾は反射的に顔を手で隠す。
その中でヲキューの苦悶の声が聞こえた、ような気がした。
「おい、無事か!」
怒鳴り返すと、空白のような間を置いてからヲキューの声が聞こえてきた。
「後悔シテタ……」
ヲキューは確かに被弾していたが、それでも前へと進み続けていた。
速度もどうしてかほとんど落ちていない。無傷なわけないのに。
「アナタタチカラ……提督ヲ……大切ナモノヲ奪ッタ」
「だけど、それは……」
「鳥海ハ許シテクレタ……アナタタチモ認メテクレル……デモ……アナタタチトイテ分カッタ」
ヲキューはそこで言葉を切る。
その背中は揺るがないまま進み続ける。
「贖イガ……報イガ必要ナノ……私ノタメニ」
振り向くことなく言う。
自分を犠牲にするのがヲキューにとっての埋め合わせ。
罪滅ぼしだとでも言うのか? 認めた過ちを清算するための?
「そうじゃないだろ……」
ヲキューの気持ちが分かる。不信によって提督を傷つけた俺なら。
そういう意味では俺だってそうは変わらないし、むしろ性質が悪い。
「俺は提督を傷つけて……この手で危うく殺しかけたんだ」
暗黙の内に皆が触れない事実。『事故』として処理された事案。
なかったことのように振舞っても、当事者の心からは永久にこびりついて消えない。それが後悔というやつだ。
「そんな俺にあいつはこう言った! それを罪だと思うなら、最後まで仲間のために戦って沈めって!」
「ナラ……コレハ正シイ……」
「そうじゃない!」
裂帛の気合を込めて叫ぶ。
「今なら分かるんだ……それでも生きていていいって言いたかったんだ! 俺たちはみんな間違える! 誰だってだ!」
「ソウカ……」
「だからもういい! 後は俺に任せろ!」
「アト……一撃ダケ……!」
ヲキューはあくまで引き下がらなかった。
頑固な意思だが、これ以上はもう何も言えない。
言いたいこと。いや、ヲキューに伝えなきゃならないことは言った。
考え直してほしいんじゃなく、自分の身を粗末にしないでほしいだけで。
発砲炎がきらめいた。
海面が奔騰し、鳴動する。そしてヲキューの杖が弾け飛ぶ。
とっさに見えたのはそこまで。
一瞬の内にヲキューの体は後方へと飛ばされてしまったから。
「どうしてこう……俺たちはさあ!」
いつもこうだ。何かを手に入れては失って、失わないと何も手に入らなくなってて。
もっと簡単でいいはずなのに。
振り返らない。もう装甲空母姫は近い。
作ってくれたチャンスを生かせなきゃ、それこそ顔向けできない。
北上姉に託された魚雷は二十本。それを今は両舷の発射管に均等に積んでいる。
姫級のしぶとさは話に聞いている。一本だって無駄にはできなかった。
自然と息を詰めて、胸の内で滾る感情を押さえ込む。
遠ざかろうとする姫を右手に見ながら回り込んでいく。
回避行動も含めた相手の予想針路上に向けて、右舷の魚雷を順に投射していく。
荒れる海に潜り込んだ十本の魚雷は航跡を見せずに海中を疾走する。
発射を終えると、すぐに円を描くように方向転換。
向きを変えた直後に姫の砲口が赤く瞬く。
近くに砲撃が降り注ぎ、爆圧が体という体に襲いかかってくる。
目には見えないそれを振り切って前に出ると、今度は姫を左に見る形で接近する。
装甲空母姫も雷撃を避けようと回頭を始めているが、回頭そのものは遅い。
直線を速く進むのと、軽快に針路を変えてみせる小回りは別物だ。
一発でいいから当たれ。胸中で念じると、それに応えるように高々と水柱が吹き上がった。
「どうだ!」
思わず叫んでいても、まだ足りないのは分かっている。
当たったのは今の一発だけで後が続かなかった。
今の被弾で姫の足は鈍っているから、もう逃がさない。
ほんの少しの軌道修正をして残る魚雷を全て発射。風雨に波打つ海に漆黒の牙が飛び込んでいく。
そのまま主砲による砲撃も続けながら、なおも接近する。
姫の反撃も来る。
巨大な圧力を伴った砲撃が間近で弾けていき、喉の奥から思わず悲鳴が飛び出しそうになるのを歯を食いしばってこらえる。
振り切れないと悟ったのか、それまでよりも狙いの精度がよくなっている。
水流に煽られて艤装が締め上げられたように傷ついていた。
魚雷を撃ち切ったとはいえ被弾はできない。まともに当たったらただじゃ済まないのは分かっている。
「沈むためにここに来たんじゃない……そうだろ、ヲキュー!」
いくら罪悪感を抱えてようとも生きてる間は投げ出せない。
到達時間、と頭の中でも冷静な部分が囁く。
二拍ほど置いて装甲空母姫の間近から轟音が生じた。
大気と波を通じて、触雷による震えが体に伝わってくる。
噴き上がった水柱は四つ。並みの相手なら魚雷を四発も受ければ、跡形もなく沈んでもおかしくない。
しかし姫は並みの相手ではなかった。
艤装の右側半分を消失させながら、なおも左側の三門の主砲が指向している。
何より純粋な敵意の眼差しを向け続けていた。
「消エ口……消エテシマエ!」
そういうわけにはいかない。
サーベルの鞘を左手で押さえつける。やはりと言うべきか、白兵戦をしかけるしかない。
元からこっちの足は止まっていないが、至近距離に入るまで一度は撃たれてしまう。
姫の主砲が生き物のように蠢きながら、こちらを狙い定めているのが見えた。
このままでは直撃する。と直感してしまう。
姫が発砲する寸前に主砲を撃ち放つ。
ただし、姫ではなく目前の海面を狙って。
砲撃で砕かれた波が舞い上がると付け焼刃の目隠しになり、同時に体の向きもわずかながら右にずらす。
外れてくれるかどうかの賭けだった。
姫の主砲が放たれ、覆いとなる水柱を吹き散らす。
熱と質量の塊が音より速く木曾に襲いかかった。
木曾のすぐ左を複数の砲撃が擦過し、衝撃波の余波だけで転倒しそうになる。
しかし木曾の意思が移ったかのように艤装は力強く前進を続けた。
「抜けた!」
彼我の距離が急速に詰まり、木曾は居合いの要領で斬りつけた。
首筋を狙った斬撃を姫は身を翻して避ける。
木曾はそのまま白刃を立て続けに振るい、姫もまた必死の形相ですんでのところで避けていく。
「艦娘ナドイルカラ……我々ハ犠牲ヲ払ウ……! 戦イ続ケナクテハナラナイ!」
「てめえの味方と戦ってまで続けるようなことかよ!」
木曾は叫び、その間も姫に距離を取らせず追い立てていく。
姫は木曾の斬撃を避けきれずに生傷を増やす。
「私ガ沈ンデハ……深海棲艦ノ行ク末ガ……!」
木曾は反撃に転じようとする動きを察して、機制を制して姫の右手を素早く斬りつける。
肉を割き、骨に刃先が触れたのが手応えで分かった。
二の腕を切り裂かれた姫がうずくまるのを見て、好機到来と見なす。
とどめの一撃を見舞おうとして、木曾は目を剥いた。
姫の飛行甲板から球状の艦載機が弾丸のごとく飛び出してくる。
完全に意表を突かれた。
艦載機はそのまま木曾に激突すると、満載していた爆弾ごと吹き飛んだ。
膨れ上がった火球が、血のような燃料も機体を構成している鋼材も飲み込む。
姫はすぐに第ニ第三の艦載機を射出し体当たりさせると、炎が花のように咲いていく。
「ヤッタカ……コレデ!」
装甲空母姫が快哉を叫ぼうとした瞬間、木曾を包んでいたはずの火球が左右に割れる。
右手を払った木曾は炎をかき分けて進み、左手に持ち直したサーベルを姫の胸に突き立てる。
セーラー服やマントが焼け焦げ、なおも体を焼く炎に巻かれながらの反撃だった。
装甲空母姫は胸を貫いた刃を驚いたように見つめる。
木曾は姫が反応するより速く、刃を引き抜いて追い抜くように背中に回りこむ。
そのまま背中を取った時には、サーベルを左手から右手へと持ち替え逆手に握っていた。
「うおおお!」
白刃を後ろへと突き込むと、姫の背中から入った刃が胸元へと抜ける。
傷口を押し広げるように手首を捻ると、刀身が体内に入ったまま半ばで折れた。
黒々とした血を流す姫は喘ぐように口からも吐血する。
深手を負った姫は憎悪も露わな尖らせた眼差しを木曾に注ぐ。
「終ワル……所詮ハ……コウナルノガ定メ……」
「あんたにはあんたの苦悩ってやつがあるんだろうけど!」
「艦娘……我々ハ戦ウシカ……ナイ……ドコマデ行コウト……」
装甲空母姫はそこでついに崩れる。
木曾はたじろぐように身を引き、力なく沈んでいく装甲空母姫を見ながら頭を振る。
「そう思いたくないんだよ……俺は……どんなに矛盾してたって……」
装甲空母姫は戦いを望んでいたし、そのためなら味方の飛行場姫とも戦うようなやつだ。
そんな相手だから野放しにはできなかった。
分かってる。深海棲艦との和解を目指すなら障害でしかない。
泊地を守るためにも倒すしかないやつ。
まるで言い訳だ。そう気づいた瞬間、後ろから砲撃された。
棒立ちだったから外れてくれたのは幸運としか言いようがなく、木曾は放心していた自分を内心で叱る。
姫を沈めたところでまだ敵は残っている。
二人のイ級が猛然と迫ってきているのが見え、次々に砲弾を撃ちかけてきた。
反撃しようにも主砲は艦載機の特攻で潰されている。
どうすると苦慮した矢先に、イ級たちを遮る声が響いた。
「モウ……ヤメナサイ……勝負ナラツイタ」
ヲキューだった。傷だらけの彼女は杖を支えに海面に立っている。
特に黒々とした血で汚れた左目はきつく閉じられていた。
「伝エテ……姫ハ敗レタ……モウ戦ウ必要ハナイ……ソレデモ本当ニ続ケタイナラ……アナタタチハ私ガ相手ニナル……」
満身創痍のヲキューは杖を突きつけるように宣告する。
イ級たちに従う理屈はないはずだが、ただならないヲキューの様子を察してか木曾への攻撃が止む。
互いに顔を見合わせるような動きをすると距離を取り始める。
天津風の連装砲と撃ち合っていたイ級も、砲撃を中断したのが分かった。
「生きてたのか……」
「言ッタハズ……硬サニハ……自信ガアルッテ……」
ヲキューのほうから直接声が届く距離まで近づいてくる。
よくよく考えれば撃たれたあとをちゃんと見てたわけじゃない。
ヲキューは疲れを吐き出すように深々と呼吸する。
「……沈ミ損ネタ……生キテイイッテ……コウイウコト?」
「どうかな……無事でよかったと思ってるのは本当だけどな」
ヲキューは頭の帽子じみた生き物と一緒にうな垂れる。
木曾もまた雨の止まない空を、黒と白と灰の空を見上げた。
これで終わったのか?
目標の撃破に成功して、継戦を望む連中は後ろ盾を失った。
それが伝播するのも時間の問題なんだろう。
つまり俺たちは勝った……勝ったはずだけど実感はなかった。
「もっと……分かりやすいもんだと思ってたんだけどな」
清々しさも余韻も湧いてこない。
……それもそうか。
今この瞬間を乗り越えただけで、この先に起こる全ての難題が片付いたわけじゃない。
そう考えてしまうと、これは序の口。なんとか今を繋いだだけなのかも。
「疲レタ……肩ヲ借リタイ……」
ヲキューが全然考えてもいなかったことを言ってくる。
軽く驚きはしたけど断る気にならなかった。
肩を貸してやると、案外とヲキューは小柄なんだと思えた。頭のクラゲもどきのせいで分かりづらいだけで。
「気ヲ抜キスギ……ダロウカ……」
「今ぐらい、いいんじゃないか?」
これが始まりで、まだ前途多難だとすれば……立ち止まるにも早すぎる。
それでも常に走り続けていられるほど、俺たちは強くない。
今をこの先へと繋げられた。大事なのはきっとそこだ。
「俺たちはまだ生きてるんだからさ……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
見殺しにしてしまった。
ネ級の命が奪われるのを止められずに見ているしかなかった。
鳥海は知らず知らずの内に唇を噛み締めている。強く噛みすぎて血が流れ出したのにも気づかないまま。
混沌とした戦場で、艦娘たちはそれぞれ混戦を余儀なくされていた。
鳥海も例外ではない。立ち塞がる敵艦を倒しながら進みつつ、僚艦との合流よりもネ級との交信を試み続けていた。
やがて声は届いた。だけど声が届いただけで、気持ちは通じていない。
伝えたいことはたくさんあったはずなのに。
「ヨウ、マタ会ッタナ」
含み笑い。
無線から聞こえる赤いレ級の声は、旧知の相手に挨拶でも交わすような調子だった。
「夜戦デ出クワシタヤツダナ……ヨク覚エテルゾ」
「あなたは! ネ級はあなたと同じ深海棲艦でしょう!」
激昂に猛る感情を抱いたまま、鳥海は戦う意思を改めて自覚する。
どのみちレ級は倒さなくてはいけない。
ある程度は近づきつつ砲撃を再開する。
20cm砲でレ級の装甲を抜くには、どうしても近づく必要があった。
といっても不用意に接近する気もさせる気もない。
ここに来るまでの間に魚雷は使いきっていた。
砲撃のみでレ級を相手にしなくてはいけない。ただ不幸中の幸いというべきか、レ級もいくらか消耗している。
その点では対等、少なくともレ級が一方的に有利とはならない。
レ級が一度の砲撃をする間に、こっちは少なく見積もっても三度の斉射ができる。
そして狙うべき箇所もはっきりしていた。
装填が済むなり両腕で把持した主砲を斉射していく。
レ級に命中による閃光が続けて生じる。
「ヤッパリ当テテクル……チョット気ニ入ラナイナ」
少し当てたぐらいでは怯んだ様子もない。
視界の片隅に倒れて動かないネ級の姿が入る。
いえ、つい見てしまったのが正しい。心が自然と騒いでしまう。
「どうしてネ級を……」
「ドウシテダロウナア……オ前タチガ戦ワナイ……ナンテ言イ出シタセイジャナイカ?」
意外にも赤い目のレ級は真面目な顔をして答えてきた。
「アンタコソナンナンダヨ……艦娘ガ深海棲艦ノ心配カア?」
「いけませんか!」
「敵ノ心配ナンザ……艦娘様ハオ優シイコトデ!」
皮肉混じりの笑い声に乗って砲撃が来る。
今回は命中しなかったけど砲弾は包囲するように散っていた。
あっちも狙いがいい。次は当てられるかも。
「ナア……教エテクレヨ」
レ級は馴れ馴れしい声音で話しかけてくる。
「戦ウノヲヤメタラサ……ドウヤッテ生キテケバイインダ?」
「……好きなように生きればいいじゃないですか」
答える必要ないのは分かっていても無視できなかった。
「好キナヨウニ?」
「戦争してなければしてみたいこと……あなたにだって何かあるんじゃないですか?」
レ級は何も答えなかった。
それまで無駄口と思えるぐらいには口を開いていただけに、少し不気味にも感じる。
だからといって砲撃の手は止めない。
一斉射を浴びながら、レ級ははっきりした声で笑い始める。
余裕さえあれば両手でお腹を抱えだしそうな、そんな笑い声で。
「ソンナノナイヨ……アタシハ今ノママデイイ」
姿勢を下げたレ級の両目が爛々と輝く。その姿は猛々しい野獣そのものだった。
「アタシガ好キナノハ……コウシテ戦ウコト! 撃ッテ撃タレテ……沈ムカ沈メラレルカ!」
反撃の砲火が来た。
避けきれずに一発がよりにもよって左の主砲に命中する。
二門の砲身を根こそぎ奪い取りながらも、左手が無事だったのは幸運としか言えない。
この主砲はもう使えない。
火力はこれで半減してしまい、誘爆されても怖いので投げ捨てる。
「アンタモ同ジダロ! 艦娘ダッテ戦ウタメニ生マレテキテ……アタシラヲ滅ボスタメニイル!」
「……違います! 生きたいから戦うんです! 戦うために生きてるんじゃありません!」
あのレ級とじゃ目的と手段が逆なんだ。
確かに始まりがどうだったかは分からない。
レ級の言うように、艦娘もまた戦うためだけに生まれてきてもおかしくない。
だとしても、今はもう違う。
「使エル力ガアッテ敵モイル……戦イ合ッテコソダロ!」
レ級は聞く耳を持たなかった。
初めから説得しようとも言い負かしたいでもない。
ただ私の考えが間違っているとは思いたくなかった。
「私たちはこうしてここに……存在していることに意義があるんです!」
右手の主砲を放つ。二発の砲弾がレ級に直撃して――。
「ガッ!?」
それまでと違って明確に痛みを示す声。
レ級は左手で脇腹を押さえつけていて、手の隙間から黒い血の帯が垂れてきている。
「ズット狙ッテタノカ……」
「当てるのは得意ですから!」
ネ級が最期に与えた傷。レインコートのような外套に開いた一点を中心に狙い続けていた。
ごく狭い範囲に砲撃を重ねれば、装甲を少しずつでも削り取っていく。
重巡の主砲と甘く見ていたか、レ級が被弾に無頓着だったお陰で思ってたより早く効いてくれた。
「装甲が厚いのは、その先が弱点だから……そこを狙えばやりようもあります!」
「ヤッテクレルジャナイカ!」
レ級は顔を引きつらせていた。ただし怒っているというよりは笑い出しそうに見える。
こんな時でも楽しんでる。
残る右手の主砲で追撃を加える。
二発とも命中。ただしレ級の両腕に阻まれ、傷口への追い撃ちとはならない。
「正確ナ狙イッテノモ考エ物ダヨナア!」
レ級が吠えると尻尾の主砲もまた咆哮する。
砲撃の直前に大きく舵を切る。
照準を外すために動くも、目前の海が裂けて暴力に翻弄された。
砲煙をまき散らした主砲により強烈な一撃に見舞われた。
激震が全身を滅多打ちにし、天地の感覚を失いそうになる。
衝撃になぶられながらも、なんとかやり過ごす。
頭が揺さぶられて額が焼けるように熱い。
出血していた。ポンプで押し出されるように血が流れていくのを感じる。
流血が左目に沁みて生理的な反応で涙が流れてきた。
艤装にも無数の傷が生じ、各所で歪みや浸水による不協和音を発していた。
それでも、まだ戦える。
荒い呼吸をそのままに右の主砲をレ級へ撃つ。
レ級に砲弾が叩きつけられ、よろめくのが見えた。
押し切ってしまいたかったけど、続けて放った砲撃は腕に弾かれたり装甲の厚い部分に阻まれる。
「こんなことで……」
手早く左手で眼鏡を外して、目蓋を覆う血を拭い取る。
眼鏡をかけ直しても目が霞んでいた。
向こうも手負いだから、当たり所さえよければ流れを変えられる。
事によっては一撃で決着がつく可能性だって。
とはいえ負傷と半減した火力では分が悪い。撃ち合いからの消耗戦となったらなおのこと。
再びレ級が砲撃する。
今度も着弾点は近く、足元から押し倒されそうになった。
荒れ狂った水流に足のスクリューが軋んで傷つくのを感じる。
案の定、速力がいくらか落ち込んでしまう。
それでも互いに決定打を得られないまま、さらに幾度かの砲撃を繰り返す。
被弾しなくても集中力や精神は消耗していく。
苦しい状態が続く、そんな時。
艦娘と深海棲艦の無線がにわかに錯綜しながら、ある情報を伝播していく。
「装甲空母姫を……沈めた?」
木曾さん名義で発信された報せはそう伝えている。
真実なら最後の姫級を撃破したことになり、残ったのは停戦を持ちかけてきた飛行場姫だけ。
「ヨカッタナア……オ前タチノ勝チダッテサ」
レ級が愉快そうに喉を鳴らす。
同じ情報が深海棲艦にも伝わっているらしい。
レ級は笑いながらも、鳥海を油断なく見据えている。
その目つきで分かってしまう。赤いレ級にとって戦いはまだ終わっていない。
「アタシラノ姫様ハ……ミンナ沈ンジマッタ」
「それでも続けるんですか……?」
「本気デ言ッテルワケジャナイダロ……ソレトコレハ別ナンダヨ!」
予期していたけどレ級は撃ってきた。
戦艦砲が海面を叩き割り、大気を震わせる衝撃が体を苛みよろめかせる。
こちらも反撃する。ここまで来ながら、私だって沈む気はない。
放った主砲はレ級に命中していくものの堪えた様子がない。
火力が足りない。
改二の艤装なら、もっとやり様もあったのに。
言い訳のような弱音を呑み込む。
「イイゾ! アタシハ艦娘ト……アンタミタイナノト戦イタインダ!」
「それで敵がいなくなったら――あなたはどうするの!」
虚を突かれた、というようにレ級が硬直する。ただし、それは本当に短い間でしかない。
「勝タナキャ続ケラレナイ……ヤッパリ沈ンドケヨ!」
レ級は唇を吊り上げて吠える。
後先なんか何も考えてないらしい。
「都合の悪いことは無視なんかして……!」
荒くなりがちな呼吸を律しようと左手を胸元にやり、そのまま首にかけた司令官さんの指輪へと手が伸びる。
「私は……もう諦めません!」
不利かどうかは関係ない。せめて一矢ぐらい報いてみせる。
どうか私に、立ち続ける力を。戦うことしか知らないレ級を止めるためにも。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
部屋の中に朱色の夕日が差し込んでいる。
小さな窓の向こうには黄昏を迎えようとしている空があり、燃えるような太陽が海へ落ちようとしていた。
視線を下げれば夕焼け色の波が穏やかに揺れながら、反射で鏡のように輝いている。
ここはどこだ。
初めて私は疑問を持つと、すぐ後ろで話し声が聞こえてきた。
振り返ると鳥海と――提督がいた。
何を話しているのかよく分からない。
声は聞こえるが、話の内容が頭に入ってこないからだ。
これは過去なのか空想なのか。
提督の記憶が見せているのだけは確かだが。
机と机。大きな扉。二人は何かを楽しそうに話している。
こんな顔をするやつなのか。
鳥海は楽しそうで、愛しげというのか?
「艦娘は俺にとって希望だった。いや、これじゃ言い過ぎか?」
提督の声が急に明瞭になる。
目が合う。明らかに私を認識しているようだった。
提督は顎に片手を当て思案するように言う。どちらの指にも何もはめていないのが見えた。
「将来どうなっていくか、期待してたのは確かなんだ。一緒にいて楽しかったし充実してた。添い遂げようと思う相手もいたわけだ」
自然と鳥海を見る。彼女は時間が止まったように笑顔のまま固まっていた。
戦うだけしかない私たちでは見られない顔をしている。
「まあ……死が二人を分かつまで、だが。誓い通りだな」
提督の声は少しだけ湿っているような気がした。寂しげに見えるのは二度と会えないからだろうか。
生まれてすぐツ級と手を握ったのを思い出したが、感触だけは思い出せなかった。
……消えていくとは、こういうこと?
提督に意識を戻すと、口元をかすかに緩めた顔がまっすぐ見つめながら問いかけてきた。
「君はどうしたかった?」
「誰カト……歩ンデミタカッタ……」
どうしてか……素直に答えてしまった。
そう、思えば始めから私の側には誰かがいてくれた。
ツ級に主砲たち。それに飛行場姫もそうか。
それに敵同士とはいえ鳥海や、間違ってなければ木曾という艦娘。あの二人は特に感情をぶつけて揺さぶられて。
「長ク生キラレナイノハ分カッテタ……自分ノ体ダカラ。ソレデモ……モット多クニ今ハ触レテミタイ」
いいことばかりでないとしても、私自身がそうしてみたかった。
提督は尋ねてきた時と同じ顔で頷く。
奇妙な話だと思うが、その顔を見ると何故か落ち着く。
もしかすると提督の気質のせいかもしれない。
あるいは深海棲艦のネ級として向き合ってくれてるよう感じるから。
たぶんそうだ。鳥海を始めとした艦娘たちに向き合うのと同じように。
提督は艦娘を命ある存在と見なした上で……艦娘として見ている。
人間とは違うと理解しながら、違うと認めた上で受け入れてた。
それは深海棲艦に対しても変わらない。だからこそ艦娘と共にいる深海棲艦たちも現れたのでは。
だから聞いてしまいたくなる。これがたとえ幻であったとしても。
「提督コソ……ドウシタカッタ?」
「きっと君と変わらないよ」
きっと、というが正直な答えだろう。提督の記憶に触れてしまったから分かる。
提督という人間は決して特別でなければ、強い人間でもなかったのだろう。
だからこそ彼は提督でいられたのかもしれない。
他者と寄り添えることを知っていたからこそ――。
提督には思い出がある。生きていた痕跡がある。
そのお前がいなければ、今の私もいなかったのかもしれない。
実際は分からない。分からないが、提督の記憶などという欠片を持つことはなかった。
別のネ級が生まれても、それはきっと私ではなくて。
提督の記憶なんて余計な荷物だったのに。
「……始メテ……提督ガ羨マシクナッタ」
お前は私が持てなかったものをたくさん持てたのだから。
─────────
───────
─────
黒とも灰ともつかない空が揺れている。
息を吸おうとすると喉が上手く動いてくれない。短く風を切るような音が漏れ出すばかりで。
ネ級は息を吹き返すように小さく咳き込む。
主砲たちが労わるように身を寄せてきていたのを肌に感じる。
また心臓を抉られるなんて。
……またとはなんだ。記憶が混濁している。
提督の最期と重なって感じてしまう。いや、やつは後ろからで私は前からだ。同じようで全然違う。
意識を取り戻しても体が固まったように動かない。
胸に風穴が開いてるのに痛みを感じなくなっている。
もう体が限界を迎えてしまっているからだろうと、自然に納得してしまう。
連続した砲撃音がこだまのように響いていた。
まだ交戦が続いている。
動かない体で無理を押して、首だけでもなんとか前へ曲げようとする。
痛いとも苦しいとも思わないが、とにかく動きが硬く鈍い。
かろうじて顔を上げて視線を動かすと、鳥海とレ級が距離を取ったまま撃ち合っているのが見えた。
鳥海が高々とした水柱に囲まれたところで、首を支えられなくなって倒してしまう。
劣勢なのは鳥海か。奇縁で結ばれた艦娘。
「守リタカッタンダナ……アイツ……鳥海ヲ」
今なら心から理解できてしまう。
私と提督は同じだ。何かをやろうとしたのに力が足りなかった者同士――いや、そうなのだが違う。
主砲たちが砲塔の側面をネ級の体にすり合わせてくる。まるで犬や猫が愛情を示すために顔や体をすりつけるような仕種だった。
ネ級の考えを悟ったように。それを許すかのように。
「イイノカ……オ前タチハ……」
主砲たちが鳴くと、ネ級は精一杯の力で両腕を伸ばそうとする。
もう力は弱々しいが、せめてもの感謝の気持ちを込めて抱きしめようとした。
少しだけ腕は動いたが、力はほとんど入らなかった。
「ゴメン……私ハオ前タチモ……ゴメン……」
見殺しにするしかない仲間……相棒や片割れとも呼ぶべき主砲たちにネ級は詫びる。
「私ガ……ヤッテヤル……感謝シロヨ、提督……」
私たちには力が足りなかった。しかし望みを叶えるための手立てがなくなったわけじゃない。
お前が深海棲艦を信用したのなら……私はあえて艦娘に望みを託してやろう。
残る力で背中に腕を回し、主砲との接続を切り離す。
「オ前タチ……アイツヲ助ケテヤッテクレ……」
自由になった主砲たちは体を震わせる。
自立的に動くといっても、主砲たちはネ級の動力を基にして稼働している。それが絶たれたとなれば活動限界は短いはず。
主砲たちもそれを理解しているからこそ最期の別れを惜しんだ。
小さな一鳴きが済めば、それも終わりだった。
意を汲んだ二つの主砲は海蛇のように海面を蛇行しながら進む。ネ級の最後の望みを叶えようと。
独りになって空を仰ぐ。視界が霞み始めていた。
目を閉じたらもう開けられないかもしれない。そんな予感を抱きつつも目蓋が自然と下がってしまう。
暗闇になった視界の中、急に頭の中に言葉が思い浮かぶ。
詩歌、とでも言うのだろうか。何かの一節。
花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ。
「人ジャナイノニ……」
だから人生とは違う。それでも失うだけが私の……短い生涯だ。
何故だろう。それはとても悲しいのではないかと思えた。
なあ、提督……司令官。私はお前の人生を悲しいとは思えない。
私と違ってお前は……きっと失うだけじゃなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海はレ級の尾が自身をぴたりと狙っているのを感じる。
本来の速度は出ず、仮に速度を出せていても狙いを振り切れるかは未知数だった。
何度も砲撃を繰り返せば、レ級の狙いも正確になっていく。
「そうだとしても……!」
正面にレ級の姿を見据え、右腕は常に前へ。
左目が上手く開かないけど絶対に外しはしない。
それを知ってか知らずか、レ級は装甲の破孔を腕でしっかり守っている。
吊り上ったレ級の口は三日月を寝かせたようになっている。
次で仕留める気でいるらしい。
向こうからすれば守りながら撃てば勝てる相手、と考えているのだろう。
実際、否定できない。
相手の装填速度を踏まえると、こちらに残された反撃の機会は次で最後になると思う。
直撃を避けても、艤装が持ちこたえてくるかは怪しい。
分が悪くても、このまま一か八かで撃つしかない。
そう考えた瞬間だった。
レ級の横で飛沫が突然上がると、黒い影が躍りかかった。
勝ち誇るような顔のレ級に驚愕の色が浮かぶ。
巨大な海蛇……のように見えたのはネ級の主砲だった。
飛びかかった主砲がレ級の首筋に噛みつく。
万力のような口が首を締め上げると、予想外の奇襲にレ級が奇声をあげてもがく。
ほぼ密着した状態で主砲も砲撃を行い、閃光とその後の爆風でレ級の姿が覆い隠される。
一方でこちらの右腕、砲塔にネ級のもう一方の主砲が覆い被さるように絡みついてくる。
使えと言いたいらしい。
接合部だったらしい所からは、黒い体液が止め処なく流れ続けていた。明らかに普通の状態じゃない。
「どうして!? 助けてくれるの?」
驚いたけどレ級から意識を逸らすわけにはいかなかった。
噛み付かれたまま接射を受けていたレ級は、猛り狂って首筋から主砲を両手で引きはがす。
そのまま力任せに両顎を掴んでこじ開けると、振り回すように二つに引き裂いた。
左手に絡みついた主砲が歯を打ち鳴らす。怒りか悲しみか、相方の末期に反応してるのは間違いない。
ただレ級は主砲を引き裂いた時に腕を大きく開いたままだった。狙うには格好の、そして最後の機会になる。
「落ち着いて……私の腕に合わせてまっすぐ撃って。当ててみせるから」
右腕にいるネ級の主砲に語りかける。
なだめつつも、すでに狙いはついている。
主砲の砲身同士が近い。このまま撃つと砲撃同士が干渉するかもしれないから、こちらはほんの少しだけ砲撃を遅らせないと。
「三、二、一……今です!」
ネ級の主砲が火を吹き、一秒にも満たない程度の差をつけてからこちらも砲撃する。
四発の砲弾がレ級に飛び込むと、それまでとは比べ物にならない光量の閃光が生じた。
強烈な輝きから遅れて熱風が吹き抜けていく。
弾薬に引火したのか、熱と光が周囲に拡散していった。
そうして膨れ上がった光が収まった時、体を燃やしながらレ級はまだ立っていた。
左半身をほとんど失い、断面からは火が上がっている。
それでもなお、焼け爛れた尾が不安定に揺れながら砲身を向けようとしている。
これで限界なのは一目で分かった。
このまま放っておいても沈むのは間違いなくとも、改めて狙いを定める。
苦しみを長引かせる必要なんてない。
「ごめんなさい……あなたを否定しかできなくて」
こうして戦場で沈むのはレ級にとって悪い話でないのかもしれない。
そんな思いがふと頭に過ぎりながらも、私はもう一度砲撃する。
そうして……彼女に止めを刺した。
レ級の姿が完全に見えなくなったところで、ネ級の主砲が海面に滑り落ちる。
「あなた……ありがとう……」
ネ級の主砲は小さな声で鳴く。
その声を最後にその身を海底へと消していった。
体に疲れが押し寄せてくる。それでも、まだやることが残っている。
ネ級の所に行かないと。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
灰色の空を見上げていた。
視界の端が少しずつ黒に、無に侵食され始めている。
目蓋も重く、瞬きのために目を閉じてしまうと、次に目を開くまで時間がかかってしまう。
かかる時間もどんどん長くなっているかもしれないが、確証はなかった。
実のところ、時間の感覚が曖昧になっている。
そうして空以外のものが見えた。鳥海が見下ろしていた。
背中に手を回して体を起こされたのか、顔の高さが近くなる。
もっとも確証はない。触覚がもうなかった。
いずれにしても最期に見るのが、この鳥海なら悪くない。どころか僥倖というのだろう。
私と彼女の間には奇縁という繋がりがあったのだから。
「ありがとう……あなたがいなければ私は……」
「役ニ……立ッタダロウ? 私ノ自慢ダ……」
動かないと思っていた口が動き出す。それに合わせて千々になっていた思考がいくらかまとまるようになる。
蝋燭と同じだ。消える前には強く輝く。
「ミンナイナクナッタ……主砲タチモ……ツ級モ……私自身モ……」
「……ツ級は生きてます。私たちで保護してます……」
「……本当ニ?」
鳥海は頷く。本当のことだと素直に信じられた。
生きている。ツ級が生きている。
「……ヨカッタ」
心からそう思う。
私は自分でも自分がよく分からない深海棲艦だが、ツ級や飛行場姫を守ってやりたいという気持ちは本物だ。
今なら分かる。提督も守りたかったんだ。
そのために生きて、そのために死んでいった。
私が何者であっても、それは同じだ。
「少シダケ……自分ガ分カッタヨ……」
どうしてだろう。
私を見る鳥海は唇をきつく噛んでいる。何かを我慢しているようだった。
まったく……私たちは敵同士だったというのに。
「聞ケ……鳥海」
頭の中を言葉が渦巻いては消えていく。言いたいことは色々とあったはずだが、形になってくれるのは少ない。
「彼ノ感情ヲ正確ニ伝エル言葉ヲ……私ハ知ラナイ……ダケド、コウハ言エル……彼ハ幸セダッタヨ」
鳥海が硬直する。そんな話を聞かされるなんて考えてもいなかっただろうから。
「私ニハ分カル……分カルンダ。他ノ誰ガドウ言オウト……君ガ信ジナクトモ」
何故だろう、胸が痛い。もう何も感じないと思っていたのに。
「提督ハ幸セダッタンダ」
「なんでそんな……今話すようなことじゃ……」
私はほほ笑む。ほほ笑んだつもりだが自信はなかった。
「今言ワナカッタラ……イツ言ウンダ……?」
「だって……そんなこと急に言われても……」
鳥海は小刻みに震えてる。
やっぱり今言うしかなかったじゃないか。
目を閉じる。目蓋が張り付いてしまったように重い。
「君ニハ思イ出ガアルンダロウ? 彼ニモ思イ出ガアッタ……十分ジャナイカ。君タチハ生キテイタ……生キテイル」
それは私にはないものだ。
私は望まれて生まれたのではないかもしれない。
それでも私が生きるのを望んでくれた者たちがいた。
「手ヲ……オ願イダ」
鳥海は頷き、手を取ってくれた。ほのかな暖かさを感じる。
目蓋を押し上げる。鳥海が見ている。もっとよく見ておけばよかったな。
像がぼやけつつあった。
もしも……ほかの可能性があれば、私もこうして誰かに触れられたのだろうか。
そうであってほしい。可能性があれば十分で、それこそが希望だった。
だから私も望もう。未来を。そこに私はいなくとも。
灰色の空に切れ目が入る。ささやかな光が降ってくる。
か細くも、それでも確かな光が。
「晴レタ――」
「ネ級?」
目蓋を閉じても光の色は分かる。
手を伸ばせれば、光さえ掴めそうな気がした。
─────────
───────
─────
「……はやすぎるんですよ。競争って言ってくれたのに私を、鳥海をちっとも待ってくれなくて」
「――」
抱きかかえたネ級はもう何も答えない。
彼女の顔はただただ安らいでいるようだった。
最期まで戦い、そして私をも救ってくれた。命も、心も。
「ありがとう……あなたを絶対に忘れません……」
彼女の亡骸を海に帰す。きっとそこが彼女のいるべき場所だから。
私は忘れない。
ネ級を。この海で起きたことを。
司令官さんを。私を愛してくれた人を。
「司令官さん……私は決めました……決めたんです……」
司令官さんを失ったら、全てが終わってしまうと思っていた。
でも、残酷だけど終わりはそれでも来ない。
生きている限りは終われないし終わりたくない。
だから私は自分の道を歩まなくてはならない。
この手につかんだものを大切にして、こぼれ落ちてしまったものを忘れず、決してそれらに溺れないようにしながら。
全てを受け止めて、私は今もこれからもここにいます。
あなたは幸せだったという。
私もあなたと過ごした時間はかけがえのないものです。
だから私は生きます。
いつか望まれたように。私がそう望むために。いずれ訪れる最期の時まで。
人が……艦娘や深海棲艦も交わるこの世界で。
この空と海の狭間に。
――これは私と司令官さんのおわりとはじまりの話。
エピローグ
抜けるような青空の下で、提督は司令部の屋上から周囲を見回していた。
砲撃で跡形もなく破壊された建物や焼け焦げた木片、ほじくり返されて不自然な稜線を作っている敷地。
瓦礫の撤去は始まっているが、今なお焦げ残った臭いが鼻を突く。
戦火の傷跡も生々しい泊地の有様に人知れず渋面を作る。
トラック泊地が深海棲艦の大攻勢を凌いでから二日。
戦闘そのものは泊地側の勝利と呼べるが、受けた被害も甚大で基地としては機能しなくなっている。
復旧作業を始めようにもトラックに残された資材や重機では限度があり、本土からの輸送船団を待つしかない。
基地施設の惨状の割に人的被害は抑えられ、食料事情だけは悪くないのが、せめてもの慰めだった。
「こんな所にいたんですか。探しましたよ」
声をかけられ振り返ると、秘書艦の夕雲が扉から近づいてくる。
最終決戦に投入された夕雲は、他の多くの艦娘と同様に艤装を大破させ本人も重傷を負いながらも生還していた。
自分では多く語らないが、護衛対象であったローマは夕雲型の奮戦を高く評価している。
現にローマは中破程度の損傷と、狙われやすい環境にありながら他と比較して被害は小さかった。
「深海棲艦の残存艦隊はガ島に向かっているのをラバウル基地が観測しました。飛行場姫のお陰……なんでしょうね」
報告してから夕雲は提督の表情に気づく。
「浮かない顔ですね? やはり深海棲艦の動向が気がかりですか?」
飛行場姫が率いる形になった深海棲艦は、一日ほどトラック近海に留まっていた。
その間に停戦の約定をひとまず交わし、泊地に捕虜として収容されたツ級の身柄を返してもらうとガ島へと撤収していった。
負傷の大きい者たちがいるとはいえ、頭数としてはなおも二百弱の深海棲艦を擁した大艦隊になる。
一時は分裂を起こし現在も決して一枚岩とは呼べないが、それでも飛行場姫の存在は大きくひとまずのまとまりを見せていた。
「俺は幸運だなと振り返ってたんだ」
夕雲に直視されて、提督は視線を逸らすように泊地の全容を見直す。
その場に留まったままの夕雲は提督の反応を待っている。
「こうして停戦にこぎつけたのも前任や周りのお膳立てがあってこそだ。でなければ実現できなかっただろうし、そもそも自分の力で提督になったわけでも……」
「運も実力の内、と言います。それでいいのではありませんか?」
遮るように夕雲が言うと、提督は穏やかに頭を振る。
「巡り合わせの妙を感じてるだけで悲観してるわけじゃないぞ」
提督は夕雲と目を合わせる。
疲れをにじませた顔をしているが、表情そのものは暗くない。
「俺自身もこういう決着を望んでいたし……それはそうとして、お咎めなしとはいかないだろうが」
「え?」
夕雲は予想してなかったらしい言葉にきょとんとする。
自嘲するような、どこか他人事のような物言いが続く。
「勝手に敵と和解して停戦の話をつけようなんて、現場の指揮官が行使できる権限を越えてるからな。独断専行が過ぎる」
「ですが大本営とて和睦を目指していたはずです。だからこそ深海棲艦を受け入れようと……」
「上がそういう意図を持っているにしても正式な命令は出てない」
「では停戦は……」
「それは大丈夫だろう。泥沼を終わらせる機会をみすみす逃すほど上は愚かじゃない」
「……提督はどうなるのですか?」
「情状酌量ぐらいはしてくれるにしても、どこか遠方なり閑職に飛ばされるか……予備役も勧められるかもしれないな」
提督の言に夕雲は押し黙る。
思案を巡らせているであろう顔に提督は笑いかける。
「それはそれでいい。今まで生き延びてこられたのも、この結果を導くためだったかも……となれば俺は役目を果たしたんだろう」
「運命、ですか?」
「どうかな。自分でそれらしく言ってはみたが……生き死にはもっと理不尽だ」
今度は提督が黙ってしまうが、次に口を開いたのも提督だった。
「一つだけ言えるのは、それぞれが力を尽くした結果が今というこの時だ。みんな、よくやってくれたよ」
「本当に……みなさんの活躍には頭が上がりません」
「おいおい、みんなの中には君も入ってるんだぞ」
「……もちろんです。だって夕雲型は」
「主力の中の主力なんだろう?」
「主力オブ主力ですよ」
「意味は同じじゃないか」
顔を見合わせたまま二人は静かに笑い合う。
そうして余韻が収まると、提督は姿勢を正して右手を軍帽のひさしに当てて礼をする。
夕雲も反射的に答礼の形を取ると、提督の張りのある声が続く。
「よく戻ってきてくれた」
厳かに敬意を払われていると夕雲は感じ、この二日の間に帰還の報告もきちんとできていなかったのを思い出す。
提督をまじまじ見つめ、思わず言葉を詰まらせる。
それでも平静を装って声を絞り出す。
「ただいま、戻りました」
夕雲の耳には自分の声がかすれそうで水っぽく聞こえた。
帰ってきたんだと、夕雲はようやく実感できた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トラックでの海戦が終息してから三週間が過ぎ、三月も中旬に入ろうという頃。
飛行場姫がツ級を筆頭に少数の護衛を伴って、トラック泊地へと再び訪れていた。
停戦協定を結ぶためで、政府関係者や妖精も交えて交渉が行われた。
協定は成立し、すでにラバウルやブインを包囲していた潜水艦隊も包囲を解いて撤収している。
ただし飛行場姫たちとの停戦は成立しても、深海棲艦そのものとの停戦には至っていない。
結局のところ飛行場姫たちはガ島を根拠地にした一艦隊でしかなく、深海棲艦の本拠地は北米大陸に存在している。
それでも太平洋側の脅威がひとまず消えたのは確かで、将来的にも大きな前進なのは間違いない。
協定では互いの戦闘行為を禁じ、またブイン基地の放棄も決定されていた。
一方でラバウル基地の存続は深海側も認め、細部は未定ながら双方の交流を目指すという方針も定めている。
停戦からさらに一歩踏み込んだ話なのは、深海棲艦の本流から背く形になった飛行場姫たちの事情に拠るところも大きい。
そういった取り決めが済んだ後、広々とした応接室で飛行場姫はコーワンらと再会した。
「久シブリ……ソノ様子ダト悪イ扱イハサレテナカッタヨウネ」
飛行場姫はあまり愛想を感じさせない様子でコーワン、そしてホッポに言う。
コーワンたちのすぐ後ろにはヲキューが控え、さらに部屋の片隅では扶桑と山城の姉妹も場に立ち会っている。
一方で飛行場姫の側にもツ級が護衛として立つが、以前と違い彼女は鳥海と酷似した素顔を隠していない。
「エエ……ヨクシテモラッテル」
応じるコーワンは対照的に穏やかにほほ笑んだ。
そんな彼女を飛行場姫が直視していると、困惑したようにコーワンが首を傾げる。
「ヲキューニ聞イテナカッタノ?」
「アノ時ハ戦場ヨ……ユックリ聞イテラレル時ジャナイ」
やはり愛想の薄い声音で飛行場姫は応じる。
その響きに何かを感じ取ったのが、コーワンは神妙に頭を下げた。
「……アナタニモ苦労バカリカケテシマッタ」
「……分カッテルナラヨロシイ」
そこで初めて飛行場姫は少しではあるが相好を崩した。
いくらか和らいだ雰囲気になった飛行場姫は、成り行きを見守るような扶桑姉妹たちへ視線を投げかけてからコーワンに問う。
「艦娘ヤ人間ト会エテ……ヨカッタ?」
「エエ……ヨカッタシ正シカッタトモ信ジテル……アナタモソウ気ヅイタカラコソ……」
「私トアナタハ違ウ……アナタホド楽観シテナイ」
コーワンの言葉を飛行場姫は遮るとはっきり言うが、ホッポがそこに首を傾げる。
「ダケド……戦ウノヲ止メテクレタヨ?」
「ソレハ……歩ミ寄リモ必要ダト思ッタカラデ……」
言い繕うとする飛行場姫にホッポは明るい顔で頷く。
「ヤッパリ分カッテクレテル!」
「ッ……私ノコトヨリアナタタチ! コレカラドウスルノ……島ニ帰ル気ハアルノ?」
あからさまにごまかす物言いだが、ホッポはそれを気にした様子もなく答える。
「イツカハ帰ルヨ……デモ、ソレハ今ジャナイノ。島ジャ分カラナイコトガ……タクサンアル」
「ホッポ……私モ同感……我々ノ未来ハヨウヤク開ケタバカリ……白紙トソウ変ワラナイ……」
コーワンが釣られたように話すが、言葉の最中で沈痛するように目を伏せる。
それを飛行場姫は見逃さなかったが、あえて触れる真似もしない。
「私ハ白紙ヲ彩リタイ……」
「……アナタハドウナノ、ヲキュー?」
「私デスカ? 先ノ戦イヲ生キ延ビタノデ……モット艦娘ヲ知リタイデス……彼女タチハ面白イノデス」
「ソウ……触レレバ変ワルカ……」
飛行場姫は後ろのツ級に振り返る。
ツ級は儚く笑う。多くを語らないが、彼女もまた心境が変化してると確信できる。
もっとも、ツ級には接触よりも喪失による変化のほうが強い影響を与えたのかもしれない。
「結局……ミンナシテ探シ物ガアリソウネ……」
飛行場姫は言うと、ひざまずいてホッポを抱きしめる。
しばらくそのままでいたが、それが済むと今度は立ち上がってコーワンに同じようにする。
「イツ帰ッテキテモイイヨウニシテオクカラ……離レタ所ニイテモ……アナタタチハ大切ダカラ……」
「ウン……絶対帰ルカラネ」
久々の再会。そしてしばしの別れ。
答えるホッポの目には雫がある。
黒いはずのそれも、光の加減か輝いているように飛行場姫には見えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝日の昇り始めた海原に快活な声が通る。
「それでは白露、並びに時雨。ガ島への交換留学に行って参ります!」
白露の宣言に合わせて、他の白露型が思い思いの別れの言葉を一斉に言う。
一言二言を異口同音、ではなく本当に好き勝手に言うものだから。
「ちょっ、みんな同時に言われても聞き取れないってば!」
「こういうところは白露型って感じだよね」
時雨はしょうがないと言わんばかりだが、表情は満更でもなさそうだった。
ガ島の深海棲艦と停戦してから半年が過ぎると、艦娘たちを取り巻く環境はまた大きく変わりつつある。
その中で深海棲艦との交流も本格的に検討されて、それぞれが少数ずつ交換留学を行うと話が決まった。
あたしは栄えある第一陣として真っ先に名乗りを挙げ、そのまま艦娘を代表とする留学生として承認されたのでした。
さっすが、あたし。一番に愛されてるね。
「二人のことは二度と忘れないっぽい」
「や、たぶん正月とかには一旦帰ってくると思うからね?」
夕立が冗談だと思うけど、本気っぽい顔して言う。
すると夕立は不思議そうに首を捻った
「でも艤装とか持っていく許可は降りてるっぽい。護衛もついてるし危ないっぽい」
「あー、そこは一応は停戦中だしね。非武装にしたくても、まだ深海棲艦の本隊は敵のままだし……」
艦娘も深海棲艦も留学生は共に艤装や兵装の持ち込みが認められてた。
深海棲艦の主流とは未だに敵対してるし、ガ島の深海棲艦も主流からすれば裏切り者になる。
なので交戦する可能性は残ってるし、そんな時に戦力にもならない、自衛もできないのはという話だった。
「……そこまで互いに信用できてないのもあるかも」
時雨がそんなことを言う。
ただ時雨の言い分が間違えてるとも言えないので、何も言い返さなかった。
あたしとしては、そういう関係だからこそ橋渡しみたいにならないといけないと思ってるんだけど。
なんてことを考えてると風呂敷を持った春雨が寄ってくる。
「白露姉さん、差し入れにマーボー春雨を作ったんです。濃い目に味付けしたので日持ちすると思います……それと乾燥春雨も。水で戻せば一杯に増えますから!」
「あ、ありがと……」
勢い込んで渡されて、ちょっと引き気味になる。
もちろん厚意なんだから、ありがたくもらっちゃうけど。
受け取りながら、ちょっと気にかかってたことを尋ねる。
「春雨も行ってみたかった?」
「興味はあります……でも、今の私が行くのもなんだか違う気がして……」
「そっか。入れ替わりで向こうから来る子に優しくしてあげてね?」
「はい、任せてください!」
眩しくなるような笑顔で言ってくれるんだから、本人の言うように大丈夫なんだなって思えた。
他の姉妹たちにも改めて挨拶していって、残すとこは最後の一組というか一人になった。
江風――の後ろに隠れるエメラルドみたいな髪をした妹。山風。
「姉貴たちにちゃんと挨拶してやってくれよ」
江風は後ろに隠れる山風をそれとなく前に押し出す。
山風は俯き気味に、だけど上目遣いに顔を合わせようとしてくる。
つくづく思うのは、今まで姉妹にいなかったタイプだ。
山風が着任して来たのは、ほんの一月前ぐらいだった。
あんまり馴染めないままだったなーと白露は振り返る。
積極的に話したりはしてたんだけど、どうもそういうのがあんまり得意な子じゃないらしい。
江風には気を許してるようなので、孤立してるってことはないし安心はしてる。
まあ、未だにちょっと警戒されてるような態度はちょっと寂しいけど。
「あの……あたし……」
「こういう時はね、行ってらっしゃいって言うんだよ」
「……行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
山風の頭を撫でてあげると、くすぐったそうに目を細めた。
まあ警戒されてても、嫌われてはいないようだしそれでよしとしよう。
言葉を直接交わしたのは妹たちだけだったけど、泊地の他の仲間も見送りに来てくれてた。
その人たちにも手を振ってから、あたしたちは輸送船に乗船する。
輸送船が出港してからも時雨と一緒に甲板に上がって、それぞれが水平線と地平線とに消えるまで離れようとはしなかった。
完全に見えなくなったところで白露が時雨に笑いかける。
「しっかし時雨までついてくるとはねー」
「もしかして嫌だったかい?」
「まさか。頼りになるし来てくれて嬉しいよ。ほんと言うと、かなり意外だったけど」
「ボクも思うところはあるからね。それに姉さん一人でも心配だし」
「あたしのどこに心配する要素があるってのよー……あれ?」
白露が何かに気づき、時雨も背後を振り返る形でそちらを向く。
反対側の舷に妖精がいた。水兵帽を被って猫を連れている。
「妖精か。あんまり見かけないタイプな気がするけど」
そんな妖精に白露が向かってつかつか歩いていく。
時雨は不思議に思いながらも、そのあとを少し離れて追う。
猫の腹を触っている背中に声をかける。
「あなたもガ島に……って、この船に乗ってるならそうに決まってるよね」
話しかけられると妖精は猫から手を離して振り返る。
「その通りですよ、白露さん」
「あれ、名前知ってるんだ?」
「我々の中では有名人ですからね。後ろの方が時雨さんですよね。ご高名はかねがね」
妖精は笑顔を崩さずに頭を下げる。
その後ろで猫が興味あるのかないのか、寝そべりつつも上半身を起こして見ていた。猫はのどかそうな顔してる。
「あなた方は深海棲艦を受け入れたんですね?」
「そうなる、のかな? 色々あったし」
「コーワンたちが本気だったのは間違いないからね」
「っていうか、あなたもそういう気持ちがあるから、ここにいるんじゃないの?」
「……そうかもしれませんね。我々の場合、深海棲艦よりも彼女らに仕える小鬼に用があるのですが」
小鬼かぁ。そういえば私たちにとっての妖精が、深海棲艦にとっての小鬼みたいな話をホッポがしてたっけ。
「今は停戦。行く行くは和解……上手くいくと思いますか? もしかすると知れば知るほど相容れない相手だと気づいてしまうかもしれません」
妖精はほほ笑んだまま問いかけてくる。
時雨は硬い顔で妖精を見ていた。もしかしたら、と考えているのかも。
そして妖精の顔を見ていて、白露は直感的に思うことがあった。
「……不安なんだね?」
「そう見えますか?」
「だって上手くいくか分からないから。それに妖精たちが深海棲艦や戦争をどう考えてるのか、あたしは知らないし」
妖精は何も言わない。笑顔を張りつかせたままの視線だけはこっちを見ている。
あたしとしては思うように言うだけだった。
「よくなると思って、そうなるようやってくしかないんじゃない。足踏みしてても何も変わらないんだし」
「問題が起きてからでは遅い、とも言えませんか?」
「そりゃあ考えなしでいいとは言わないけどさ。まずは動いてみないと分からないことってあると思う」
妖精は何も言い返してこない。別に言い負かそうとかそういうんじゃないけど。
「ただ闇雲に怖がったり避けようとするよりも、深海棲艦をもう少し信用してもいいんじゃないかな? あたしたちが今ここにいるのって、そういう気持ちがあるからだと思うんだよ」
甘い考えなのかなとも思うけど、そうでなかったらトラックでの戦いの時点でどうにもならなくなってたんだし。
だからあたしは信じたいし、信じてあげなきゃと思ってる。
「……ちょっと偉そうだったかな?」
「いえ、よく分かりました。すっきりするとは、こういうことなのでしょうね」
妖精はそんな風に言う。本当にすっきりしたのかは、ちょっとあたしには分からない。
この話はこれでお開きだった。
あたしとしては自分で言ったことを自分から反故にしないようにしようと、ちょっぴり思った。
そうして、いきなり頭に閃きが走る。思うままに時雨と妖精に向かって宣言した。
「あ、そうだ! 島には私が一番最初に上陸するんだからね? 抜け駆けは絶対になしだよ!」
「……当日はこの子が粗相をしないよう見張っておきますね」
猫は眠たそうにあくびしている。なんというか……心強く感じた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トラック泊地に海の見える高台があり、そこには慰霊碑が設置されていた。
後々になって第二次トラック沖海戦と名づけられた海戦の戦没者を偲ぶためのものだ。
その戦いでは決して多くないながらも人間、そして深海棲艦が死んでいる。
海戦からはおよそ二年の月日が流れていた。
正確にはあと一ヶ月でニ年が経つ。
「つまり、あんたが逝ってからはもう二年過ぎてるんだ……早いもんだよな」
墓の前で木曾はそう声をかける。
慰霊碑の置かれた区間には他にいくつかの墓があり、その内の一つがガ島で果てた初代提督の墓だった。
あまり大きい墓ではないが、来るやつが多いのかよく手入れされている。
それでも久々に来たのもあるし、墓石を掃除して酒を供える。
墓といっても、ここに提督の体はない。
海にまつわる慰霊碑や墓標なら往々にして起きる話だ。
ただ、この墓には提督のしていた指輪が納められている。
墓を立てるに当たって鳥海が提供した物だ。
「吹っ切ったってことなんだろうな、あいつは。あんたはそういうの寂しく思うのか……それとも喜ぶのかね」
どっちか二つに一つなら喜びそうだな。そんな気がしてならない。
それからしばらく近況報告する。
自分のこと、姉さんたちのこと。トラック泊地の再編を機に、それぞれ異動先が二つに分かれてしまったけど上手くやっていた。
ヲキューたち深海棲艦もだいぶ馴染んできて、少なくともどこの泊地でも現場レベルじゃ完全に受け入れられてる。
一方で深海棲艦そのものとの交戦は未だに続いてるのも報告した。
穏やかな二年だったけど、この半年は北方方面の動きが活発で迎撃戦も多かった。
そうした動きもあってか、今年はこちらも大規模作戦を実行するのが決まっている。
欧州への派兵だってさ。いつの間にこんなことになったんだろうな。
深海棲艦との戦いはまだ続いているが、それでも終わりは見えてきたように思う。
俺も作戦に参加しなくちゃならない。
もしかすると、こうして墓前に来てやれるの今回が最後になるかもしれなかった。
胸の内でそんなことを考えていると、後ろに人の気配を感じた。
振り返ってみると摩耶がいた。摩耶はさわやかに笑うと片手を上げる。
「久しぶり。最後に会った時とあんま変わらないな」
「それはお互い様だろ。元気にしてたか?」
「まあな。あたしにも挨拶させてくれよ」
半歩ぐらいずれると、手ぶらの摩耶は墓に向かって黙礼した。
それが済むと摩耶と色々話すことになる。久々に会えば積もる話も多い。
やっぱり北のほうって寒いのかとか向こうの魚って旨いのかとか、そんな取り留めのない話をしてから。
「木曾も遣欧艦隊入りだっけ?」
「来月にはシンガポール入りだよ。ということは摩耶もか?」
「うん。うちからはあたしと第八艦隊だな。藤波はどうにか理由つけて辞退したがってたけど」
「藤波?」
「そういや木曾は会ったことないんだっけ。夕雲んとこの妹の一人で」
「ああ、島風と競い合ってるってやつか」
そう言うと、摩耶が不思議そうな顔をする。
どうして知ってるんだと言いたそうな顔に、先に答えてしまう。
「実は鳥海と手紙のやり取りはしててな。なかなか気に入ってるみたいじゃないか」
文面では抑え気味だが、慈しんでるような印象を受けた。
「まあ肩を並べて同じ戦場で戦う機会はなさそうなんだけどなあ」
「教導艦になったからな、鳥海のやつ」
「今じゃ深海棲艦の面倒も見てるからな……これも知ってたか?」
頷き返す。
第二次トラック沖海戦の後から現在もトラック泊地が要所であるのには変わりない。
それに加えて深海棲艦の受け入れ先としても最も活発な場所になっていた。
鳥海はどこかで戦う以外の自分を見つめていたのだろう。
深海棲艦との交流が活発化したのを機に、教導艦として転進の道を歩み始めた。
「摩耶からしたらどうなんだ。鳥海の教導艦ってのは?」
「向いてるさ。なんたって鳥海だぞ」
「理由になってないな」
思わず笑ってしまう。でも摩耶の言いたいことは分かる。
戦うだけが全てじゃないと、鳥海は身を以って証明したいんだろう。
ただでさえ、あいつは戦いの中で多くを見て多くを失ったとも言える。
「行き着くところに行き着いたんだろうな」
「……だろうな。鳥海のそんな姿を見せてやりたかったって、ここに来ると考えちゃうよ」
摩耶は提督の墓標を見つめる。そんな摩耶に答える。
「……見なくても分かってたんじゃないかな。鳥海が戦う以外の道を見つけるってのは」
「だといいな……」
あいつはどこかで戦後を考えていた。
提督という立場なら当然なのかもしれないが、終わりの先というのを意識していたように思う。
今の俺たちはその終わりの先に向かっている。
あるいはもしかすると、すでにそこに進んでるのかもしれない。
そして今の道には提督の残した足跡みたいなのが確かに存在してる。
「でもやっぱり……もっと俺たちを見ていてもらいたかったよ」
「木曾……」
あんたがいなくてさみしいよ。
ここに来た時ぐらいはそう思ってもいいよな……提督?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ネーネー、ネネッネー」
ハミングのような声が重なって聞こえてくる。
そう聞こえるのは二人で声を出しているからで、声の主は二人のネ級だった。
波止場で待ち合わせていた私に彼女たちは声をかけてくる。
「こんにちは、艦娘のお姉さん」
挨拶してきた彼女たちの背はそれほど高くなく、二人とも表情にはまだあどけなさを残している。
彼女たちはよく似た顔立ちながら、前髪の分け方が左右で違うし目の色も赤と金色と分かれている。
左分けのほうが赤で、右分けが金色。あのネ級の赤と金の瞳を思い出す。
彼女たちとは初対面だけど、あらかじめ来るのは知らされていた。
私は彼女たちを笑顔で迎える。
初めからそうするつもりだったし、会ってみたら自然とそうなっていた。
驚いたのは、彼女たちの言葉が流暢だったこと。
「言葉が上手いって? 白露ねーさんとか時雨ねーさんが教えてくれたからね」
赤い目のネ級が胸を張る。意外と大きそう。
「いっちばーんって言っててかわいいんだよ。え? 知ってるの?」
「前にお世話になった方と出立前に言ってたではありませんか」
「そうだっけ?」
「たまに思うんですけど、ネズヤって鳥頭ですよね?」
「むっ、方向音痴のネマノに言われたくないなあ」
ほっとくとこのまま脱線しそうな二人を軌道修正。
金目のほうのネ級が慌てた様子で謝ってくる。
「ごめんなさい……そういえばちゃんと名乗っていませんでしたね。私がネマノであっちがネズヤ。語呂が少々悪い名のような気もいたしますけど……」
「えー。せっかく白露のねーさんが考えてくれたのに?」
「それには感謝してますけど、もっとこう……エレガントな感じにしてほしかったんですの!」
「またそういう訳の分かんない感覚で話すー」
茶化すように笑うネズヤに、ネマノは頬を膨らませる。
白露さんがこういう名前をつけてしまった理由が分かったような気がした。
そんなことを考えているとネマノがじっとこっちを見ていた。
「あの……以前にどこかでお会いしませんでしたか?」
「もしかして口説き文句?」
「どうしてそうなりますの!」
「でも、実はわたしもそんな気がしちゃうんだよね……これって運命?」
「そっちのほうがよっぽど歯の浮いた口説き文句ではなくて?」
私が何か言う前に二人はどんどん話を進めていってしまう。
あえて口を挟まないでいると、今度はネズヤのほうがこっちに気づいて叫ぶように言う。
「ほら、変な目で見られちゃってるじゃん!」
どちらかというと、このネズヤのほうが身振り手振りと何かと動きのある子だった。
思わず失笑しながら、そうじゃないと伝える。
「あなたたちは私が知ってるネ級とは、ずいぶん違うんだなと思って」
そう言うと二人は驚き、それから顔を見合わせた。
「……姫様が教えてくれました。私たち双子の前にいたネ級は一人だけだったと」
「私たちもそのネ級……姉さんをなんとなく心に感じることがあるんだよ。夢で見るような……?」
「似てはいないんですね……分かってはいましたけど」
それから二人は一転して黙り込んでしまい、声をかけづらい雰囲気になってしまう。
やがて金色の、ネマノのほうが口を開く。
「あの……あなたのお名前よろしいですか? わたくしとしたことが大切なことを忘れていましたわ」
確かに名乗りそびれていた。
深呼吸一つ。実を言うと、ちょっと緊張してる。
「私は鳥海です。よろしくお願いしますね」
よかった、ちゃんと言えた。
ぶっきらぼうになってしまうんじゃないかと思っていたから。
二人のネ級は声を揃えて言う。
「あなたに会えて、とても嬉しいです」
満面の笑顔が向けられていた。
見上げれば蒼い空。浮かぶ雲は筆で刷いたようなかすれかたで、太陽は温かく眩しくて。
見下ろせば青い海。光を浴びて白く輝きながら、永遠に絶えそうにないうねりを見せて。
良いことも悪いことも、この世界には多くがあふれている。
ここが私の生きる世界。多くの日常と非日常が混ざり合う、空と海の狭間。
忘れ得ぬ想いを胸に、私は今日もここにいます。
了
ううん、何か最後だし書こうと思ったのですが、あんまり思い浮んでこないもんですね。
一つだけ言えるのはもう一年は早く完成させたかったけど、延び延びになっても完結まで持って行けたのはどこかのどなたがたが読んでくれたお陰だなと。
世辞でもなんでもなく本当に、ありがとうございました。またどこかでお目にかかれれば幸いです。
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コメント一覧 (7)
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- 2018年07月09日 00:12
- 中島みゆき
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- 2018年07月09日 09:21
- 誰か要約してくれ
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- 2018年07月09日 11:13
- ※2
艦これSS
地の文有り
長い
俺が見たところそんな感じだ。間違っていないことに暁のシャンプーハットを賭けてもいいぞ。
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- 2018年07月09日 13:52
- だいぶ昔に見たとき中途はんぱだなぁと思ってたら途中だったんだね
最近大作は減ったね
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- 2018年07月14日 17:33
- 文句なしの長編でした!過去作を含めるとかなりの長さになりますが、長い物語が苦ではない方には是非ともお勧めしたい作品です
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- 2018年07月16日 02:02
- とても良かった
また読ませてください。
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- 2018年07月21日 03:10
- 長いのが苦なので読んでません!
たぶん面白いんじゃない?
知らんけどwww