速水奏「よその女」
私はそれに喜んだり悲しんだり、深く考えたりしたくなかった。だって、“奏は大人びている”。そう言っている人達も、言葉の意味を考えたりしないのに、どうして私がいちいち頭や心をかき乱されないといけないのかしら。そうでしょう?
現実として、私は父親のお金で高校に通ったり映画を借りたりしている。母親にご飯をつくってもらったり、時々は髪を梳かしてもらったり、リップを選んでもらったりする。レイトショーにもこっそり行かなくちゃいけないし、ティーン向けの恋愛映画に無闇に心をかき乱されるのがいやで、遠ざけたりする。
そういうことを私は隠したりせず、きちんと話しているのに。本当は、みんな私のことをよく考えたりするのが面倒で、“大人”というレッテルを貼って、やりすごそうとしているのかしら。
「君、ちょっといいかな」
本当に“ちょっと”ならかまわないわ。いつものナンパだと思って、返事をしたような気がする。彼はしばらく考え込んで、多分その間に“ちょっと”の時間は過ぎてしまったんだけど、私は彼の言葉を待った。
父親、教師、学校の先輩、同級生、後輩……私の言葉にうなずくだけで、耳を貸そうとはしないひととはちがって、彼は、私の何気ない一言も真剣に受け取って悩んだり、傷ついたりしてくれるひとかもしれない。そう思ったから。
渡された名刺には美城プロダクションと書かれていて、私は自分がスカウトされていることに気づいた。
「“ぼく”、本気?」
小さな男の子をからかうみたいに、私は下唇をつきだした。彼は、行儀が悪くて家の外にだされた子犬みたいな顔になった。
私はその反応がおもしろくて、言葉をつづけた。
「そうねぇ…じゃあ…今、キスしてくれたらなってもいいよ」
彼はチェリー・キャンディみたいに真っ赤になって、うつむいてしまった。
私より9、10歳くらい年上の若い男。自分だってまだ若いくせに、“若者”に説教をしはじめるような歳の男。
そういう男を、17の私が翻弄している。私はそれが無邪気に楽しくて、アイドルになることを受け入れた。
“両親の激しい反対に遭うも必死の説得により……”、そういうドラマを2人で描いていたから。
「なんだか物足りないわ」
にこにこ笑う両親の前で、私はプロデューサーさんを指でつついた。
その代わり、地獄のようなレッスンが私の見通しの甘さを自覚させた。
運動神経には自信があったんだけど、初日で全身筋肉痛。体育の授業なんてレッスンに比べたら、本当に“子どものおあそび”程度。
やっとダンスに慣れてきたら、そこに歌。ボーカルレッスンだけでも注意されてるのに。
ダンスの呼吸がソングの息継ぎとまったく噛み合わなくて、トレーナーさんを困らせてもおもしろくないし、家でめそめそするのも嫌で、1人で泣くのはもったいなくて、プロデューサーさんの前でだけ、こっそり涙を見せた。
そうすれば、彼は傷ついてくれる。私のために。さらに真剣に考えてくれる。私のことを。
もっと前のめりになって、唇と唇がふれあうくらいに。
お仕事が、お仕事の方からやってくるようになっても私はプロデューサーさんに手加減をしなかった。
手のかからない、どうでもいい大人になんてなりなくたかったから。
ある日、私はいつものように彼に意地悪をした。
「よその女には愛想よくするのね」
他のアイドルと楽しげに話しているのが、ちょっぴり気に入らなかったの。
彼は速水奏のプロデューサーなのに。私が思い通りしていいひとはプロデューサーさんだけなのに。
「私にも、あんなふうにしてよ」
その頃の彼は私の意地悪に慣れてしまって、“ああ”とか“うん”とか、適当な返事をして、パソコンから目線を外してくれない。
私はそれがつまらなくて、彼の頭を両腕で抱えて、胸を押し当てた。
ここまでしても、プロデューサーさんは無反応。
「こっちを向いてくれないと、首を斬り落としてでもキスするわ」
彼の頭に顎をのせてそう言っても、タイプの音が規則正しく聞こえるだけ。なんだか馬鹿馬鹿しくなって、私はプロデューサーさんから離れた。
これじゃあまるで、私が構ってもらいたくて必死みたいじゃない。
なんてひどい男なの。私は自分がいつもやっていることを棚に上げて、心の中で彼をなじった。
彼の呼吸も。彼の仕草も。彼が壊すことになった絆、彼の歩みも私は全部見ているのに、どうしてこんなによそよそしい態度をとるのかしら。
知らない女の子。銀色の髪で、切れ長の瞳。鼻が少しとがっていて、可愛いけれど、どこか狐みたいな子が映ってる。
「二股は嫌よ」
いつもは優しく言えるのに、この時は感情が隠せなかった。たぶん、彼が意地悪をしたから。
たぶん、そう。モニターの女の子のせいじゃない。
「二股じゃないよ」
「そう? ホントに?」
彼の言葉に声が弾んだ。けれど、私はわかっていなかった。
この世界に私の思い通りにしていいものなんて、本当はないんだって。
「それは……奇妙ね」
どうして、なんで。そう言わなかったのは、彼がすぐに“冗談だよ”って笑ってくれると思ったから。
“冗談”、ほんの冗談。私はいつもそうやって、誤魔化してきた。
だから今日、彼がその台詞を拝借したからといって、取り乱すつもりはなかった。
「なんでそんな深刻な顔をしているの。
さっきのことで怒ったの?
あれは冗談だから……」
だからあなたもそう言って。そう思ったのに、プロデューサーは私の方を見てくれない。
彼は私の言葉を聞くのも煩わしそうに、うなずいた。
「常務が新しいユニットをつくるんだ」
「だから?」
「奏はそのユニットのメンバーに指名されてる」
「それで?」
「ぼくのプロデュースは、常務から否定された」
美城常務の噂は知っている。最近海外から帰ってきて、プロダクションを刷新しようとしてる。
反対するひとも随分いるらしいけれど……。
「私達は、失敗してないわ」
「そうよ」
プロデューサーさんは不貞腐れたような顔で私の方を見た。そして、常務から言われたことを教えてくれた。
失敗か成功か、ではない。成功か、より完璧な成功。
私が求めるのは、そういった緊張感を持って行われるプロデュースだ。
君は、速水奏のより完璧な成功に何ら寄与していない。
「ひどい女ね。あなたが自分の思い通りになると思っているんだわ」
私はプロデューサーさんにそう言った。本気でそう思っていたから。
「断れたのかな」
「あなたは私のプロデューサーよ」
「それを決めるのは美城プロダクションの上層部であって、ぼくじゃない」
私はその言葉の裏にある悔しさを理解しようともしないで、ただ自分の気持ちをぶつけた。
信頼していたから。
「ずるいわ。大人みたい」
その時のプロデューサーさんの顔が、今でも忘れられない。
彼はそう吐き捨てて、部屋から出ていった。
私は思わぬ反撃に立ち竦んでしまって、怒ることも、追いかけることもできなかった。
「私は、ただのワガママな子どもよ……。
あなたは知らないかもしれないけれど……」
私はモニターの中の女の子にそう呟いた。
でも彼は出てくれなかった。
LINEもしてみたけれど、既読もつかない。
私はオフの日なのにプロダクションに行って、プロデューサーさんを探した。
デスクは綺麗に整頓されていて、彼の痕跡がまったくなかった。
「潔癖症にもほどがあるわ」
私は爪を噛んで、不安をやり過ごそうとした。綺麗なネイルだったけれど、ひび割れてしまった。
次に私は、常務の部屋へ向かった。
アポイントメントはとっていなかったけれど、私はスムーズに部屋に通された。
ろくな挨拶もせずに、私は常務に尋ねた。
常務は表情をかえずに、背筋が凍るような、ひややかな声で言った。
「プロデューサーでなくなった男のことは、私は把握していない」
「嘘」
「何故、私が君に嘘をつかねばならない?」
私はすぐに理解した。
彼女はくだらない嘘で人をからかったりしない代わりに、絶対的な事実と合理性で相手を叩きのめすタイプのひとだって。
新しいプロデューサーは、プロジェクト加入が正式に決まり次第通知する」
「辞表? ユニット?
なんのことだか……」
私は物分かりの悪い子どものふりをして、常務の言葉を遠ざけようとした。
けれども、彼女は手加減してくれなかった。
「わからなくて結構だ。
だが、君が知らない場所で、状況は刻一刻と動いている。
彼はもういない。君には新しいユニットに参加する権利がある。
君が理解すべきことは、この2点だ」
「辞めるなんて、聞いてないわ」
「知らせなかったのは彼だ。私ではない」
それでも私は反撃がしたくて、言い返した。
「私は、常務のつくるユニットには参加しません」
常務は眉をひそめた。その仕草だけで、私の身体から汗が吹き出した。
「それは君の自由だ。
だが、このプロダクションは君の自由を提供する場所ではない。
私の方針が気に入らないのなら、ここから出ていくといい。
君ほどのアイドルであれば、すぐに新しい居場所が見つかるだろう。
話はそれで終わりか?」
感情をはさむ余地のない、大人の対応。
私はそれが恐ろしくて、口を閉ざした。
プロデューサーさんはこういう世界を、私に見せたくなかったんだ。
常務に屈服したわけじゃない。自分の幼稚さに、頭が重くなった。
傷つけるためだけの信頼。甘えるためだけの冗談。
私はプロデューサーさんが私のことを真剣に考えてくれるように仕向けたけれど、彼の心を真剣に考えたりしなかった。
彼に思い通りにされてしまうのが、ただ悔しくて。
でも、もう取り返しがつかない。
日本で……世界で一番のアイドルになるために。
そしたらきっと、エンドロールに名前を書いてもらえる。
私の名前が、彼の隣に。
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コメント一覧 (22)
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- 2018年06月23日 01:59
- キャラ崩壊とか改変とか、ちゃんと注意書き書いといてくれよ
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- 2018年06月23日 02:06
- デレマスである必要も奏である必要もないただ自分の描きだい事を雑に書いただけってところはアニデレっぽさが出てていいと思う。
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- 2018年06月23日 02:17
- キャラ違わない?と思って作者の過去作調べたらファンとのふれあい(物理)と車でGoの作者か…
もちろん多少キャラ崩壊していても面白ければいいけどさ、この作者のSSは基本ネガティブなモノが内容に憑きまとってくるんだよ
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- 2018年06月23日 04:58
- 好きで好きなキャラ書いてるなら文句なんてないよ。
ありがとナス。
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- 2018年06月23日 06:34
- この作者は冒頭に過去作載せておいて欲しいね
スルー出来るから
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- 2018年06月23日 07:19
- はぁーセネガル戦前にクソSS読んだせいで、また調子崩してパスミスしてしまうかもしれへん。伸びしろですねぇ!!
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- 2018年06月23日 07:32
- トリップ=作者名
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- 2018年06月23日 08:14
- 酉も知らない情弱w
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- 2018年06月23日 08:26
- 映画ネタぶち込みすぎ
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- 2018年06月23日 08:50
- ※6
普段のあんたのパスは味方を切り裂くキラーパスだから
どんどんミスしろや
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- 2018年06月23日 09:03
- 作者の俺も認める名作
批判は許さんぞ
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- 2018年06月23日 12:02
- 『奏』の歌詞を意識してるのかもしれんがもうちょい長めにして展開に説得力が欲しいな
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- 2018年06月23日 12:17
- しゃーない、起承転結意識しすぎたりオマージュ元があるとぐだぐだになるんは誰でもそうなるんや
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- 2018年06月23日 13:07
- ※6お前はもう伸び代が氏んでいる事を自覚しろ
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- 2018年06月23日 15:24
- タイトル回収もまともに出来ないの?
そんなんじゃ甘いよ(棒
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- 2018年06月23日 15:28
- めんどくさい女だあ……
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- 2018年06月23日 19:13
- あれっ!?
そんなにダメ?
個人的には結構面白かったけどなぁ。
ハッピーエンドじゃないけど、たまにはこういうのもアリかなと思うわ
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- 2018年06月23日 20:19
- まあまあ、でもコレジャナイロボ
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- 2018年06月23日 20:41
- >>17
作者の自演くっさw
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- 2018年06月24日 10:04
- 車でgoは嫌いだったけどこれは良かったな。
大人っぽいって失ったものが多いってことだろ。
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- 2018年06月24日 21:23
- タイトルがわけわかめ
もっと考えてつけたほうがいいんちゃう?
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- 2018年06月26日 11:19
- 相変わらずここの住人は暗い話に耐性ねえな
ガキだよ
作者を酷評して心の均衡保とうとしてる辺りが行き場のない怒りを抱えている十代特有のガラスのハートを表してる