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【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」【後半】

関連記事:【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」【前半】





【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」【後半】






480: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:55:10.98 ID:HJ/jw2RC0


 言うべきことはいくらでもあった。その上で、言うべき場所はここではない、と理性が語りかけている。立ち話で済ませていいことではない。外で大声で話せることでもない。

「漣」

 俺は再度、秘書艦の名前を呼ぶ。

「来い」

「はい!」

「お前もだ、響。事情は部屋ン中で聞く。……全部教えてもらうぞ」

 軍人は独立しているようで独立していない。個人としての人格まで否定されるわけではないが、集団を規律する規範、それを至上のものとして生活する生き物に訓練を通して変革される。
 艦娘もその例に倣うはずだった。泊地、鎮首府の雰囲気は指揮する提督によるところも大きいが、それでも最低限度の「集団」という枠組みでの行動様式は必要不可欠。

 だが、トラックはどうだ。どいつもこいつも、自分の生き様を貫いている。あるいは、貫こうともがいている。誰もこっちの都合なぞ知ったことではないとばかりに、言いたいことを言うだけ言いやがる。



481: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:55:46.70 ID:HJ/jw2RC0


 やりたい放題やっている。

 上等だ。

「付き合ってやるよ」

 そこまでの生き様ならば、応えてやるのが筋というものだろう。

 響を部屋に通す。砂浜には相応しくないローファーを脱ぐが、部屋の入口あたりできょろきょろしていた。居心地が悪そうだ。

「座っちゃっていいですよ、気にしなくて平気です」

 漣が言うのはおかしいような気もしたが、事実そうだった。俺にお伺いを立てるように視線を向けてきたので、鷹揚と頷く。そこでようやく、硬いフローリングの上へ腰を下ろしたのだ。
 座布団をくれてやる。それを下に敷き、幼い見た目には似合わないほど綺麗な正座で、響はかしこまった。

 正座は苦手だ。胡坐で応対する。




482: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:56:15.62 ID:HJ/jw2RC0


「響」

 名前を呼ばれただけで響は肩を震わせた。まるで自らがした悪いことを咎められているかのように。
 俺を尾行していたことを気にしているのか、もっと別の何かを早合点しているのか、それとも単にそういう性格なのか。現時点ではどれもがあり得る。俺はまだ、彼女のことをまるで知らないのだ。

「緊張しなくていい。俺はお前の味方だ」

「ご主人様の顔は怖いですからね」

 漣が言いながら響の隣に座した。自分の方が年上だと踏んだのだろうか、少々物言いが先輩ぶっている。

「そうか?」

「考え込んでると、おでこに皺が寄るんだもん。それがなんか、すっごい怒ってるように見える」

 そうだろうか。一度意識して、眉の付け根辺りを揉んでみる。

「ふっ」

 笑い声の主は響だった。漣が「笑った!」とはしゃいでいる。
 と、間髪入れずに秘匿通信。主番が未所属――未所属?



483: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:56:45.37 ID:HJ/jw2RC0


 漣が意味ありげな目配せをしてきた。……こいつか。確かに、俺は正式なトラックの提督になれてはいない。俺の直接の部下である漣も、ならば現状は無所属。

 それにしても、なんだ? 一メートルも離れていない状態での秘匿通信。聞かれたくないというのなら、それは当然、響にだろう。もしかすると漣には何らかの心当たりがあるのかもしれない。ならば漣の響に対する態度にも合点がいく。

『どうした?』

『一応、釘を刺しておこうと思って。大丈夫だとは思いますけど。一応。
 あんまり直截的な物言いは避けて、オブラートに包む感じでヨロ。漣が思うに、ご主人様、響ちゃんはいじめられてると思うんですよ』

『いじめ?』

『っていうとセンセーショナルですかね? 神通さんとこで、雪風ちゃんと、あんまりうまくいってないんじゃないかって。うまくいってなさそうだったなって、漣はそう思うわけです。
 ここに響ちゃんが一人で来る理由がそもそもないっしょ? 神通さんからの伝書使でもなくて、自分の意志で尋ねてきたなら、きっと二人には頼れないことなんです』




484: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:57:14.40 ID:HJ/jw2RC0


 俺たちには頼れて、より親しいはずの二人には頼れない事柄。

 親しければ親しいほうが、言いたいことをなんでも言える。それが明らかな間違いであることは俺にもわかる。しかし漣が言いたいのはそんな表面的なことではなく、さらに深部、なぜ俺たちを頼り、いや、俺たちを選んだのかという選定基準。
 龍驤ではなく。霧島ではなく。最上ではなく。大井ではなく。

 俺のところにきた、そのわけ。

 親しくなければ親しくないほど、人間関係に起因したいざこざには巻き込まれ辛い。
 漣はそう推論を立てたのだ。

「響、あまり喋るのは得意じゃないか?」

 無理やりに聞き出すつもりはないが、相槌や率先した話題など、そういったものが欲しいならそう振舞うつもりはできていた。
 響は体躯同様ちんまりと頷いた。帽子からさらさらした髪の毛がするする流れ落ちていく。




485: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:57:48.15 ID:HJ/jw2RC0


「よし、漣任せた」

「ふぁっ!? そういうのはご主人様の仕事でしょー!」

「いや、年齢も近いほうが気兼ねなく話せると思ってだな」

 半分は本当だった。もう半分も、嘘ではない。
 漣のやつは直截的な物言いは避けろ、オブラートに包めと軽く言ってくれたが、そもそも見るからに物静かな少女を相手取る技量は俺にはないのだ。
 漣だとか大井だとか、そういう小憎たらしいのが相手ならば気後れもしないのだが、目の前の響は小さく儚げで頼りない。華奢なものと面と向かうことの経験の浅さが露呈した瞬間だった。

『なっさけないなぁ』

『うるせぇ』

「響ちゃん? あたしは漣。こないだはお疲れ様、ありがとうね。おかげで助かったよ」

「別に。大したことはしてないよ」

「でも、きっと漣たちだけだったらまずいことになってた」

「それはみんなの力さ。私たちがどうとかじゃない」

「途中から凄い連携だったじゃん?」

「毎日訓練してるから」

「神通さんと雪風ちゃんと? 三人で?」

「……うん」




486: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:58:15.65 ID:HJ/jw2RC0


 響の表情が僅かに曇った。

『ktkr! ビンゴ、かな?』

 秘匿通信を飛ばして、けれど漣の視線は相変わらず響に注がれている。

「どんな訓練してんの?」

「大体は深海棲艦を倒したり……あとは体捌き、とか。神通は武道をやっていたみたいだから」

「武道。へー! あ、でもそれっぽいかも。だからあんなに強いんだ」

「……うん、そうだね」

「なんか辛そうな顔してんね。なんかあった?」

 何もなければ俺たちのもとへ赴くはずはなかった。詭弁と言えば、詭弁か。
 響もそのニュアンスは感じ取ったらしい。びくり、体を震わせる。
 怯えているわけではないようだ。決意……そう、決意と呼称して差し支えない何かを、自らの胸の内からなんとか捻りだそうとしているように見えた。

『自分に自信がないんだ』

 それは秘匿通信を介したものではあったが、俺に伝える必要性に迫られた故のものではないように見えた。感傷深い漣のその評価が、あながち間違いであるとは思えない。俺を尾行しながらも、ここまで姿を現さなかったちぐはぐな行動が、全てを物語っている。




487: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:59:04.16 ID:HJ/jw2RC0


「俺は席を外した方がいいか?」

「ご主人様?」

「子供が苦手とかじゃなくてな。大人で、男の俺がいると、気後れすることもあるだろう」

 ことが本当にデリケートで、ナイーブな問題であればあるほど、決意が固まるには時間がかかる。
 俺なんかはもうとっくにそのあたりの割り切り方は心得ているつもりだったし、年長者の艦娘もある程度は自制が効く。しかし響くらいの年齢にそれを求めるのは酷か。

「……いや、いい」

 言葉の上では気丈に、響は言う。

「こんなところでさえ弱いままなら、一生強くなれない」




488: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 13:59:55.23 ID:HJ/jw2RC0


「響ちゃん、無理はせずに」

「ありがとう、漣。だけど無理をしなくちゃいけないときくらい、わかってるつもりさ。だから大丈夫。あぁ、大丈夫だとも」

 自らを奮い立たせる魔法の言葉。響は膝の上で拳を握りしめる。

「私を鍛えて欲しい」

「……」

 漣が驚いた目で俺を見てくる。嘘でしょ、とか、ご主人様どうします、とか、たぶんそんなところ。
 だがすぐに俺も返事はできない。ちょっと待て、今、考えているから……どいつもこいつも、俺を混乱させるようなことばかり言ってきやがる。

 漣に言われたことを思いだし、眉根を揉んだ。皺が寄っていただろうか?

「神通は?」

 真っ先に頭に浮かんだ言葉を率直に口に出してみる。

「お前は神通の……部下? 配下? 弟子? まぁそんなところだったはずだ。違うか?」

 こくりと響は頷いた。先ほど響自身が答えていたことだ。毎日三人で訓練をしていると。
 ならばどうして。




489: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 14:00:25.84 ID:HJ/jw2RC0


「お前の申し出を聞いて、はいわかりました、っつーわけにゃいかねぇ。お前のことがどうだと言うより先に、納得があるべきだ。俺はそう思う」

 納得は全てに優先する。全てが言いすぎだとしても、普遍的には。

 俺たちは響の事情を知らない。彼女がどんな境遇にいて、どんな目的を持ち、なにを考え、どんな決意でここに臨んでいるのかを。そして俺たちになにを望んでいるのかを。
 手を貸すことに否やはない。いや、もっと積極的に、相手が許すのならば俺たちは助けに行くつもりだった。利害は一致している。トラックの艦娘に与することは俺たちの目的を果たすことに繋がる。

 だからこそ、だからこそ、だ。

「神通を蔑ろにするわけにもいかないしな。あっちに話は通してあるのか」

「……ないよ。全部、独断さ」

 その判断の是非を問うつもりはなかった。響がそう考えた結果の行動なら、神通は彼女を責めることはしまい。だが、俺たちに対してはどうだろう。
 せめて筋は通していたかった。神通の不興を買うことだけは避けたかった。




490: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 14:01:03.48 ID:HJ/jw2RC0


 俺たちの戦力が増えることを小躍りして喜ぶだけなら泥棒猫と同じである。神通も面白くないだろう。彼女に不義を働くことのないように、それが彼女たちでは成しえない何かであるのならば、手を貸すことも吝かではない。そういう姿勢でなくてはならない。

「……随分と雪風ちゃんにつらく当たられてましたね。もしかして、それが原因ですか」

 一気に漣が切りこんでいった。性急すぎるように感じるが、漣なりの考えがあるのかもしれない。
 だが、響ははっとして、大きな声で否定した。

「そんなことはない! 雪風はみんなのことを考えてるんだ! ……雪風も、神通も、強いから。私は足元にも及ばない。いつも足手まといになってばかりで」

「だから、鍛えて欲しい、と」

 首肯。それも力強く。
 意志の力を感じた。不可能を可能にする力。成功を手繰り寄せる力。

「神通じゃだめなのか。今更俺たちに鞍替えして、なにがしたい?」




491: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 14:01:34.45 ID:HJ/jw2RC0


「ご主人様」

 少し棘のある口調になってしまったかもしれない。漣が咎めるように口を挟んでくるが、許してほしい。そこを尋ねずして決断はできないのだ。
 こいつは俺たちに何を見出した? 神通にはできず、俺たちにならばできること、そんなものはどこにある?

「鞍替えなんて、違うんだ。神通から離れるつもりはない。訓練だって続けていく。それとは別に、司令官、私を使ってくれないか。そういう話なんだ」

「ますます解せんな。二足の草鞋を穿いてどうする」

「……雪風に」

「勝ちたい?」

 漣が後を継いだ。

「まさか!」

 響が即応する。そんなことは有り得ない、という具合に。

「……私はだめなやつなんだ。臆病で、弱虫で、……なんで生き延びてしまったんだろう、こんな私が、なんで私が、もっと他に強かった人も、頼りになる人もたくさんいたのに、お母さんじゃくて、お父さんでもなくて、弟でもなくて、どうして私が! どうして!」




492: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 14:02:14.86 ID:HJ/jw2RC0


 両手で顔を覆い、ぼろぼろと響は大粒の涙をこぼす。話の辻褄が合っていない。自責……慙愧の念に駆られている。
 俺は手を出せなかった。恐慌の源を知らずに、おいそれと声をかけることは憚られた。

「響ちゃん」

 落ち着いてください、と言葉にはしないまでも、漣は柔らかく彼女を抱きしめる。
 こちらを見た漣と目が合う。俺は頷いて、部屋を後にした。

 外に出れば、既に夕焼けはその殆どを水平線の向こうに隠し、赤から紫へ変わりつつある空だけが残滓となっている。その光景に一抹の郷愁を覚えるが、今はそれどころではない。
 煙草を咥えて火をつける。同時に大井を呼び出す。

『……何よ。私、今頭がガンガンして、辛いのだけれど』

『響の境遇を知っているか?』

『「どっちの」?』

 大井の答えには大きな含みがあった。




493: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 14:03:00.15 ID:HJ/jw2RC0


『駆逐艦である響のことならば、わかるわ。略歴をまとめたファイル、送ってあげる。艦娘である響のことは……ワケありということは察しているけれど、それ以上のことはなんにも。
 ……まぁ、艦娘なんて大概みんながワケありなのだけどね』

 至極面白くなさそうに大井は自嘲した。

『響の過去のことなら、詳しい人が一人いるわ。識別番号の枝番教えてあげるから、連絡してはどうかしら』

『大井』

『なによ』

『事情を話してもいないのに、どうして手伝ってくれる』

『あら? 手伝ってほしくないのなら、初めからそう言えばいいのに』

『そういうわけじゃねぇ』

『わかってるわよ。冗談よ、それくらいわかりなさい。
 理由は二つ。あなたには北上さんを探してもらわなければいけないから。扶桑の見たという敵が本当に彼女なのか、それともそうでないのか、判明するまで生きた心地がしないのよ』




494: ◆yufVJNsZ3s 2018/03/29(木) 14:03:35.79 ID:HJ/jw2RC0


 その敵影が北上であればいいのか、それとも北上でなければいいのか、大井はどう思っているのだろう。
 生きてさえいてくれればいいという考えもあるだろうし、敵側に寝返っているのならばいっそ、という考えもわかる。
 いや、仮に北上本人だとしても、敵側に寝返ったというのは早合点が過ぎる。情報がまるでない状況で結論を急くのはいいことではない。

『……』

 たっぷり思考の間が空いて、

『それだけよ』

 と大井は言った。

 理由は二つと言ったじゃないか。そんな追及を回避するためだろうか、すぐに大井からファイルが送られてくる。
 駆逐艦響の略歴。そして、誰かの識別番号。

 主番はトラック。枝番は028。
 艦娘の名は、神通。




501: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:02:35.36 ID:/yXGzkJu0


 漣が部屋の扉から顔を出したのは、ショッピを一本吸い終わる、ちょうどその頃だった。
 困ったような顔をしていたそいつは、すぐに俺の喫煙を見咎めて顔を険しくさせる。だが今はそんな時間も惜しく、結局何も言わずに俺を手招きして、

「地雷踏んだっぽいです」

 と、それだけを手短に言った。
 漣の言葉の意味するところ、所謂一つのスラングがわからないほどではない。実際のところ、地雷を踏んだのは俺たちではなく響自身だと思うのだが、そのあたりは言葉遊びに過ぎない。
 艦娘を相手にするというのは、地雷原に足を踏み入れるに等しい。時には玉砕覚悟で突っ込まなければいけない場面もあるだろう。

 もしそうなのだとしたら、今がその時であるような気がした。

「事情はわかったか?」

「ぜーんぜん。泣いちゃって、どうにも。ただ、やっぱりあれですね。自信喪失してます。ネガティブはいっちゃってるというか、自分にできることなんて何一つないんだーって」




502: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:03:05.06 ID:/yXGzkJu0


「それが、俺たちに声をかけた理由だと思うか?」

「暫定的には」

 今のところはそれくらいしか見当たりません。呟きながら、漣は部屋の中へと視線を一瞬戻した。響の様子が気になったのだろう。

「弱い自分を鍛えたいから神通さんに師事した。それだけじゃ足りないからご主人様からも学ぶ。わかりやすい話だとは思います」

「聊かわかりやすすぎるな」

「ご主人様がひねてるだけでは?」

 そう言う漣も、その実自らの言葉をさして信じていないのだろう。笑いが自嘲気味だった。

「わかりやすい話、うまい話、世の中にはたくさんありますけど……大抵期待するだけ損です。楽にいかないかなぁって物事は厳しくて、心構えをして挑んだ物事が拍子抜けするほどあっさりいく。寧ろそっちのがありがちじゃないですか?」

「わかりやすさが担保することなんてありゃしねぇ、か」

「そもそも、それでおしまいの話なら、響ちゃんは泣いてないと思います。はじめから」




503: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:03:36.70 ID:/yXGzkJu0


「何かが過去の琴線に触れたか」

「です。だから、地雷」

「お前は響の略歴を知っているか?」

「え? なんです急に。知らないですけど」

「嘗て存在した駆逐艦、響のほうは大井から資料を貰った。そして、艦娘である響の方は、神通が詳しいらしい」

「大ヒントですね。じゃあ、ご主人様は、神通さんにあたってください」

「今からかよ」

「早けりゃ早い方がいい。そうでしょ。あんまり猶予もないんだし」

 それは確かにそうではあるが。

「お前は」

「流石にあの状態の響ちゃん置いてけないです。漣は漣で、うまく聞き出しますよ。
 ……しょーじき、強くなりたいってのは、漣にも少しだけ、ほーんのすこーしだけ、覚えがあるんです。だから、大丈夫」




504: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:04:05.04 ID:/yXGzkJu0


 なにがどう大丈夫なのかはまるで説明がなかった。が、漣の言葉には、響と同様に決意が宿っている。どう転んでも今以上の悪い結果にはなるまい。
 そこにあるのは打算より高潔な代物だ。崇高と言い換えてもいい。
 誰かのために、心底何かをしてやりたいという感情こそが、他人の心を打つ。そうやってでしか解決できない事態がある。漣ならば十分すぎる。

「任せた」

「任せられましたっ」

 敬礼。似合わねぇ。

「んじゃ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃーい」

 夜の帳が落ちる中を、俺は家を背に歩き出した。

 時間に余裕はない。猶予はない。漣の言った通り。
 自然と足が早まる。焦ってはだめだとその都度自分に言い聞かせながら、それでも可能な限りのマルチタスク。駆逐艦響の略歴を開く。
 同時に、神通の識別番号を検索欄に挿入。通信を試みる。

 ……コールが5を超えたところで一度切った。




505: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:05:00.21 ID:/yXGzkJu0


 慌ててもいいことはない。話す内容、順番、そもそも切り出しすら用意せずにぶっつけ本番? 阿呆の所業だ。
 わかっていながらも気持ちは急く。理由なんて確たるものなどありゃしなかった。ただ、嫌な予感がした。それだけだ。

 女の涙が苦手だと言ったら、漣は笑うだろうか。大井は皮肉の一つでも拵えるだろうか。龍驤なんて転げまわるかもしれない。

 妹も姉もいなかった。従姉妹もいない。
 父親と、母親と、兄が俺の家族だった。
 だが、三人も、最早俺にはいないのだ。

 駆逐艦響の略歴は別ウインドウに展開。おおよそ用紙3枚分……。
 大井、あいつはこの分量を、あの一瞬で書き上げたのか? それとも趣味の一環でまとめてあっただけなのか?
 どちらにせよ、今は感謝してもしきれない。

 トラックの人通りは、夜になると一際少ない。メインストリートで露店や屋台がぽつんぽつんとある程度だ。そのうちの一件、屋台で飲み物を買おうとして、俺はチューク語を話せないことを思いだした。身振り手振りでなんとか炭酸水を手に入れる。
 数セントの釣りをもらい、足早にその場を去る。瓶の蓋は屋台の青年が抜いてくれた。口に含めば、ぱちぱち、かちかち、細かな気泡の弾ける音が響く。




506: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:05:31.65 ID:/yXGzkJu0


 駆逐艦響とは。一九三三年、舞鶴にて竣工――読み飛ばす。知りたいのはそこではない。

 神様にも意識というものが、あるいは趣向というものが存在するらしく、艦娘に選ばれるのにはそれなりの素養がある。最たるものが、あの大井だろう。選ばれるべくして大井に選ばれたあの女の理由は、心臓に欠陥を抱えているから。
 艦娘全てに当てはまることだとは思わない。全ての大井に心臓の欠陥があるという話は荒唐無稽に過ぎる。だが、親和が強ければ強いほど、近い神が降りてくるという論理には整合性はあった。説得力もあった。

 響は――あの銀色の少女は、果たして選ばれるべくして選ばれたのだろうか。もしそうなのだとすれば、駆逐艦響を知ることは、間接的にあいつを知ることにもつながる。

 どのみち響の件で神通には一度会わねばならない。遅いか速いかの違いしかそこにはない。




507: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:07:05.06 ID:/yXGzkJu0


 第六駆逐隊の結成。「雷」「電」「暁」。キスカ島攻略。「暁」の撃沈。そしてまたキスカ。「雷」の消失。「電」の死。
 レイテ。
 坊ノ岬。

 賠償艦。

 幸運艦。

 飲み終わったラムネの瓶を投げ捨てた。割れて、砕けて、散らばる。

 早足は既に小走りを超え、全力疾走に変わっていた。景色が流れる。ウインドウは俺についてくる。戦争を生き延びた船の歴史を見せつけてくる。そこに記載されているのは事実であって、真実ではない。

 戦争を生き延びてしまった船の歴史がそこにある。
 沈み損なった船の歴史がそこにある。

 認めるわけにはいかなかった。生より死が栄誉なのだとしたら、この世の生物はみな息絶える。だから俺は龍驤の、夕張の、鳳翔さんの、幸せの中で死ねるならばそれでもいいという言論に賛同できなかったのだ。
 俺は走る。選ばれるべくして選ばれていないでくれと、切に願って。

 神通がどこにいるかもわからないままに。




508: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:07:30.39 ID:/yXGzkJu0


『提督? 私に連絡を――』

 その折り返しは値千金。一拍も置かずに俺は叫ぶ。

『神通ッ! 響のことを教えろっ!』

 話術も交渉術も意味がなかった。いま考えるべきは、最悪のパターンだけだった。

『え、あの、一体なにが? あのコが、何を』

 神通の戸惑い。俺は無性にそれに腹が立って仕方がなかった。
 だってそうだろう。神通も、雪風も、響のすぐ近くにいたのだ。いたのに、こいつらはなにをしていた。傍観者を気取っていたのか、個人の領域に不可侵を決めていたのかはわからない。わからないがしかし!

 息が上がって走れなかった。肺が酸素を求めるままに、俺は脚を止めて呼吸に専念する。

『……響が、俺のところにきた。理由は知らん。知らんが……泣いていた。泣いていたんだ』

『響が……?』

『強くなりたいだとか、どうして私が、だとか、そんなことを言っていた。神通、正直に答えて欲しい。お前は響の過去に何があったか知っているか?』




509: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:08:07.28 ID:/yXGzkJu0


『……』

『神通、頼む。お願いだ、答えてくれ』

 神通の無言はあまりにも雄弁だった。彼女は、知っている。その上で答えない。響を慮っての判断なのか、それとも言葉にできないほど凄絶な過去があるのか。

『響は生き残ってしまったのか?』

 物に感情があるのなら、本懐とはなんだろうか。誰にも使われぬままに壊れ、捨てられることを、恐らくはよしとしないだろう。
 軍艦ならば? それは、敵を打ち倒すことだ。だから艦娘は海に降り立てる。在りし日の艦の幻影を背負って、化け物と戦える。

 響は。

『……二度』

 回線から聞こえる神通の声が暗闇に呑まれていたのは、きっと聞き間違いではない。

『二度、あの子は……あの子だけが、生き残りました。
 艦娘になる前に一度。なってからも、一度』

『神通、お前はどこにいる? 話を聞きたい』

『海の上ですよ。提督には、遠すぎます』




510: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:09:03.94 ID:/yXGzkJu0


 断絶を感じた。距離が一メートルでも、決して辿り着けないだろう位置に、いま神通はいる。
 なぜだ。どうして神通、お前までも曇る。響を助けようとしないお前が、響の境遇に思いを馳せるのは、ダブルスタンダードではないのか。

『今、どこにおられますか』

 どこ? どこ、と言われても。
 俺には土地勘がない。辺りを見回すが、海と岩場、桟橋、小屋、エンジンつきのボートがあるくらいで、他には何も。
 いや、何かの名前らしきものが書いてあった。俺はそれを読み上げる。

『そう、ですか。
 そこにボートがあるでしょう? それは島民の共用ボートです。小屋の中にエンジンのキーがあるはずで、小屋自体に鍵はかかってはおりません』

 神通が何を言わんとしているのか、さっぱりだった。しかし、俺はなぜか、誘われるように小屋の扉を軽く押す。
 重たい、軋む音とは裏腹に、扉はあっさりと手前に開いた。

 丸い木製の椅子が数脚、テーブルが一つ。網やポリタンクや、漁に使うと思しき道具。どうやらここは休憩小屋らしい。
 壁に鍵がかかっている。フックは四つだったが、鍵は一つしかない。




511: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:09:31.42 ID:/yXGzkJu0


『こちらへ来ますか? 来られますか? その覚悟が、おありですか?』

 覚悟。なんの? 決まっている、響を助けるという覚悟だ。
 否。助けるのではない。救うのだ。

 言葉遊びと笑うだろうか? 「助ける」は現状の打破に手を貸すこと。一方「救う」は根源からの解放を意味している。

『強くなければ生きてはいけません。弱い艦娘はみな沈みました。響は……雪風もそうですが、強くなろうとしています。私になら、彼女たちを強くしてやれる。戦いで命を落とさない程度には、屈強な兵士にしてやれる。
 あなたは私ではだめなのです。私は二人もいりません。こんな人間、一人ですら多いくらい』

 嫌悪の情がそこにはあった。俺に対してではない。勿論、響に対してでも、雪風に対してでもないだろう。
 必然、対象は一人に絞られる。

「……」

 が、俺は置いてけぼりだった。

『だから』




512: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/01(日) 00:10:25.51 ID:/yXGzkJu0


 背後から首筋を掴まれた。反射的に腕で振り払おうとするが、まるで小動物のように軽快に、ソイツはぴったり俺の背後についてくる。

 思わずホルスターに手が伸びる。それを予期していたかのように、襲撃者は巧みにこちらの脚を払い、体勢を崩してくる。
 膝が木の床に激突した。四つん這いのかたち。これはまずい、と突っ張った腕をさらに払われ、顔面から再度床に激突。

 勢いをつけてせめて仰向けになろうと転がるも、肩を掴まれて強引に逆側へ。ごりり、関節と腱が痛めつけられる感覚。硬い骨が俺の頸椎にあてられ――恐らく膝だろう――脅しのように体重がかけられた。
 多少の圧迫でも、神経に障っているのか酷く痛んだ。この時点で抵抗するのは止め、大人しくする。

「しぃ、れぇ、いぃ?」

『まずは、雪風の許可が下りるかどうかです』

 ぎらぎらと輝く瞳を限界まで開き、雪風が俺を見下していた。
 親の仇にでもなった気分だった。




519: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:23:03.98 ID:Lhwhz8/t0


 吐息が首筋にかかる。はぁはぁと荒く、熱い。髪の毛の匂いを嗅いでいるように思えたが、まさかそんなことはするまいという理性が、直感を打ち消す。ならば雪風が何をしているのかと問われても、返答に窮するばかりであった。
 雪風の姿は俺の視界から消えている。必死に首を捻っても、彼女の顔は範囲に入らない。ワンピースのかたちに仕立てられたセーラー服の端が、暗い小屋の中にあって、唯一月光を反射して白く見えた。

『神通、こいつはお前のさしがねか』

『えぇ。騙すかたちになってしまったことは、申し訳なく思います。ですが衒いはありません。私は二人もいらないのです。
 提督の逸話は知っております。ですが、人となりを知っているわけではありません。雪風が話をしたいと申し出まして、それを快諾しました』

 響の行動は、本人も言っていたように独断だ。神通も知らなかった。あの驚きは演技ではない。
 俺の居場所を答えさせた、あのやり取りこそが罠。居場所にあたりをつけた神通は、俺をこの小屋へと誘い込み、そして雪風を向かわせたのだ。



520: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:23:34.19 ID:Lhwhz8/t0


 信頼されていないことへの悲観や落胆はなかった。そりゃそうだ、と案外自分でも驚くほどにあっけらかんとしている。敵対することへの覚悟は初めからある。真摯に対応するだけだ。

「司令、雪風とお話しましょうよ。神通さんとじゃなくって」

 頭上から言葉が振ってくる。年齢相応に黄色く、そして怖気がよだつほどに冷たい。

「拷問吏みてぇだな」

「ごーもんり? なんですか、それ」

 伝わらなかったらしい。俺はとりあえず口を噤むことにする。

「雪風がその、ごーもんり? だって言うのなら、司令は笛吹男ですね。いや、奴隷商人かな?」

「冗談はよせ。人事にゃ俺は関わってねぇ」

 艦娘を戦地に連れていくのは俺の仕事ではない。艦娘となる素体を選び出すのも、また然り。こちとら一介の兵隊に過ぎないのだ。
 だが、雪風の言葉にはしっかとした断定があった。俺のことを知っていて、俺がそうであると知っていて、発言している。単なる決めつけではない、裏付けによる確信が、雪風にはあるように感じられた。




521: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:24:02.66 ID:Lhwhz8/t0


「響か」

 選択肢はそれしかなかった。

「そうですね、それもですね」

「それも?」

 まるで解せない返答に、顔が渋る。

「司令は響をどうしたいの? あんな弱っちいこ。なまっちょろいこ。どう鍛えたって使い物にならない。雪風は知ってるんです。ずっと一緒にいたから。ずっと見てきたから。
 神通さんが頑張って強くしようとしてますけど、でもだめ。ぜーんぜんだめ。
 ね、司令。司令は響をどうしたいの? 響に何をしてほしいの? 司令の目的のために、本当に響は必要なの? 一時の感情で、響が可哀そうだからって、なんとか一人で立たせてあげたいなんて傲慢な考えを持ってるんじゃないの?」

 ごりごりと頸椎が膝で押し込まれる。雪風の体重は随分と軽かったが、それでも急所を抑えられているという緊張は、抵抗の意を削ぐには十分すぎた。
 なぜ。どうして。なんのために。そう問われると、実に難しい。泣いていたから。そう答えるのが最も正しく、そして最も不正解に近い。少なくとも雪風は納得しないだろう。
 とはいえ、彼女が望む答えをするのが俺の役割ではなかった。俺が俺であらんと志向しなければ、全ての行いに意味は生まれない。




522: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:24:29.55 ID:Lhwhz8/t0


「……あいつは、泣いていた」

 結局、正直に答えることにした。

「だからだ」

「だから? 答えになってなくない?」

「俺はこの島に、泊地を再興するために来た。これから先、トラックはいくつもの被害に見舞われるだろう。対策をうたねぇと全員死ぬ。島民も、艦娘も、俺もだ」

「そのために響の力も必要になるときが来る?」

「あいつが自信を持って生きていくためにだ」

「そうやって!」

 一層頸椎に体重が込められた。激痛。頭から背中を通って四肢の末端まで走る電撃。
 俺はついに堪え難くなって、雪風ごと体を捩じって脱出した。雪風が尻もちをつく。断続的な痛みが残る中、暗闇に慣れた視界は少女の姿を鮮明に捉える。
 雪風は四肢を地面につけ、獣のような姿勢をとっている。真っ直ぐに俺を見据え、今にでも飛びかからんと、好機を窺っているようにも見えた。

「……お姉ちゃんも殺したんだ」




523: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:24:57.03 ID:Lhwhz8/t0


「お姉ちゃん?」

 予想外の単語に反応が遅れる。雪風はその一瞬の隙をついて俺に切迫。鳩尾へと爪先を叩き込む。
 肺腑が痙攣、空気が俺の意志とは裏腹に吐き出される。吸えない。引き攣った横隔膜はまるで役に立たない。一拍置いて猛烈な気持ち悪さがこみ上げてきたが、根性でなんとか胃の内容物を堪え、追撃の構えをとる雪風の両手首を掴んだ。
 視界の四隅の色がおかしい。集中していなければ昏倒してしまいそうだ。

 雪風は勢いのまま俺を床に押し倒した。先ほどと違うのは、お互いが向き合っているというその状況。

「比叡のお姉ちゃんも、そういう理由を作り上げて、逃げられない状況に追い込んで、殺した。そうでしょ?」

 鋭い刃が俺の心を突き刺した。本当はもっと考えるべきことがあるはずなのに、俺の心は既に俺の制御下から離れ、嵐の中の小舟に等しい。
 感情が駆け巡る。怒りで全てが赤い。ただし、その怒りが果たして誰に向けられているのか、俺にはわからないのだ。

 そうじゃない、違うんだ、と叫びたかった。




524: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:25:27.42 ID:Lhwhz8/t0


「お前、施設の……?」

 雪風の瞳が涙を湛えているのが、この距離だとはっきりわかった。

「そうです。雪風も、舞鶴ひかり園の出身。お姉ちゃんは……艦娘になってからも、よく遊びに来てくれてました」

 舞鶴ひかり園。俺も何度か、訪ねたことがあった。
 孤児院。特に、現代においては、非常に腹立たしいことではあるが、そこは艦娘の素体を見繕うに最適の場所だった。だから雪風が施設出身であることに別段驚きはない。
 驚きがあるのは、こいつが比叡と旧知の仲であったという点に尽きる。

 比叡が施設の出身であることは、彼女が沈んでから初めて知った。あまり語りたくない事柄だったことは察しが付く。詳細は知らないが、両親からのネグレクトが原因であったと、第三者からの余計なお世話で教えてもらった。
 舞鶴ひかり園自体は中規模の施設だが、それでもまさかこのトラックで、あそこ出身の艦娘に出会うことになるとは。

 ならば、雪風の言葉の裏にある確信、それにも納得がいく。




525: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:25:55.43 ID:Lhwhz8/t0


「比叡のお姉ちゃんは、どんなに忙しくっても、三か月に一度はみんなに会いに来てくれました。その日は決まって御馳走です。だけど、それももうない。
 園長先生は言ってました。お姉ちゃんは兵隊さんに連れていかれたんだって」

 それは事実であって真実ではなかった。俺は知っている。比叡がどんな気持ちで艦娘になり、どんな気持ちで敵と戦い、どんな気持ちで施設の子供たちに手紙を書き、どんな気持ちで我が家に戻っていったかを。
 だが、今の俺に、雪風にそのことを伝える権利があるとは到底思えなかった。

 比叡を殺したのは俺だった。違う、俺じゃない。だが、指示を出した。そうだ。だから責任は俺にある。責任という言葉でくくれるほど簡単な話ではない。目的があったから。誰かのために。何かのために。
 トラックの艦娘たちのように。




526: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:26:29.47 ID:Lhwhz8/t0


「違うんだ。違うんだ、雪風」

 その弱弱しい声が自分のものだと、どうすれば信じられるだろう。俺はもう決定的に参ってしまった。致命的に虚脱してしまった。
 それでも、ただひとつ違えてはならないことがあるのだとすれば、雪風には……比叡を知っている彼女には、比叡の意志を知っていてもらいたいというその想い。沈めた俺に権利があるとも思えないが、それでも俺は、そこだけは、一度たりとも揺らいだことはない。

 俺はそのために生きてきたから。
 生きているから。

「俺は立派な人間じゃない。比叡だってそうだ」

 誰も彼もが俺たちを被膜で覆った。その被膜には、美辞麗句が書かれていたり、逆に罵詈雑言が書かれていたりする。
 結局自分たちが見たいと思った、信じたいと思った像を、その膜へと投影しているにすぎないのだ。映し出されているのは俺たちの偽物。都合のいいように解釈され、孤独に踊る操り人形。




527: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:26:57.62 ID:Lhwhz8/t0


「お姉ちゃんの悪口を言うなっ!」

 きっと雪風も、優しく、頼りがいのある、姉としての比叡を誇りに思っている。俺の犠牲になって死んだ姉の存在を、心の支えにして生きている。

 くらくらする頭の中で、頬に暖かいものが滴った。許容量を超えた雪風の涙。
 怒りのため。それとも、悲しみのため。理由の出処のわからない涙が、一滴、二滴と数を増やし、俺の顔や首元に零れ落ちていく。

「なにしにきたんですか。なんでここに来たんですか。響をどうしたいんですかっ。雪風たちをどうしたいんですか!」

 なぜ。どうして。なにをしに。

 愚問だった。そう任命されたからだ。燻っていた俺は、厄介者だった。各地が俺を押し付け合う。流れ流れたその最果てが、ここ、トラック。
 ただ、全てにおいて意気消沈していたわけでもない。人死には少ないに越したことはない。精一杯、いまを生きる少女たちの姿を、支えてやりたくならないわけがない。




528: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:27:24.24 ID:Lhwhz8/t0


 響が何を考え、決意し、涙したのか、真実は遠い闇の中にある。
 だがしかし、神通は確かに零した。二度、生き延びた。艦娘になる前に一度、艦娘になてからも、一度。

 駆逐艦響との親和性。

「響は戦いたがってる」

「『戦いたがってる』!? はっ、くだらない! 司令、そんなのはちっとも面白くないです! あんな弱っちいのがいたって、ちっとも足しにならないですから!
 戦場に私情を持ち込まないでください! そんな我儘で首を突っ込まれて、足手まといになって、被害が拡大したらどうするつもりですか! 人死にの責任をどうやってとるつもりですか!?」

「人死にの責任をとろうとしているのは響のほうだ」

「そうです! あいつ、本当に馬鹿で、馬鹿すぎて、馬鹿なんだから! だから戦いたがる! これまで生き残ってきたのなんて、実力じゃなくて、ただ運がよかっただけのくせに!」

 雪風は俺に叫んでいるようで、その実虚空に叫んでいた。虚空の向こう側にいる響か、でなければ神様とやらに悪罵を叩きつけていた。




529: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:27:50.17 ID:Lhwhz8/t0


「実力を弁えてない人間は屑です、ゴミです! そんな低い意識で立つ場所ではないんです、戦場ってのは! 一秒後に死んでるかもしれないのに、それでもいいだなんて思いながら生きるのは、生への冒涜じゃないですか!」

「強くなって、誰かを守って、それで死ねたら」

 それでもいい。響はそう言うに違いない。

「ばっかじゃないの!」

「あぁそうだ、大馬鹿だ」

「だから嫌い、響なんて大ッ嫌い! むかつく、むかつく!」

「俺があいつを死なせやしない」

「できっこない! 勇気と無謀を履き違えたやつは、守った相手と一緒に沈むのがオチです!」

「でも、響は誰かを守ることさえできなかったんじゃないのか」

「そうですよ! でも、誰かを守るってのは、誰かを守る力がある人間に許された特権なんです! あいつに軽々しく与えていいもんじゃ、ない!」




530: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:28:18.89 ID:Lhwhz8/t0


「雪風」

 肩を掴む。細く、薄い。少しでも力を入れてしまえば、軽く折れてしまいそうなほどに、雪風は少女然としていた。

「守るものがある人間は強い。鬼でも、殺せる」

 目を見開く雪風。

「それは、それはっ! ……比叡、お姉ちゃんの、ことですか」

「そうだ」

「でも司令は知らないからっ! トラックのことを、響のことを、だからそんなことが言えるんです、無責任なことが!」

 無責任なこと。
 無知ゆえの。

 あぁ、だめだ、と思った。これはだめだ。よくない。通り越して、まずい。
 雪風は悪くない。欠片も落ち度はない。確かに俺は響のことなどまるで知らないし、トラックのことだって、知っていることは僅かだ。それでも雪風の言葉は俺の心をはっきり大きく揺さぶった。
 ぐわんぐわんと心が揺れる。心の臓を流れる血液が燃えている。不満と苛立ちが蜷局を巻き、うねり、猛っている。




531: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:28:45.99 ID:Lhwhz8/t0


 そうだ。俺は嘘をついていた。

 自分で自分を騙そうとしていた。
 否。騙せていたのだ、いまのいままでは。

 俺がトラックに来た理由。
 流されてきたのはその通りだ。紛うことのない事実。厄介者と疎まれていたのも、いっそ死んでくれとさえ思われていることも。

 だが、俺はトラックに、希望を胸の内に宿して――巧妙に隠して、やってきていた。

 誰にも気づかれないように。

 自分にもわからないように。

 暴いたのは、雪風、お前だ。




532: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:29:16.98 ID:Lhwhz8/t0


「ならお前はっ!」

 視界が歪む。泣いている? まさかそんな、有り得ない。

「俺のことを、比叡のことを、一体どんだけ知っているっていうんだよ!」

 俺はこの島に、

「比叡が何を思って戦いに赴き、どんな気持ちで沈んでいったのか、あの時そこにいなかったやつらが何をわかってるって!?
 俺が誰を守りたくて、どんな思いであいつに指示を出したのか、どうして後からやってきたやつらが物知り顔で批評できるっていうんだ!?」

 自分が生きていてもいい理由を探しにやってきたのだ。

「どいつもこいつも、俺たちのことを何一つ知らないくせに、あのとき起こったことを何一つわからないくせに、さも全知全能ぶってしゃべくりやがる! 鬼殺しだ、英雄だ、無謀な指揮官だ、人殺しだ、ふざけんじゃねぇ!」




533: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/04(水) 01:30:03.31 ID:Lhwhz8/t0


「……司令。司令は、あの」

 雪風が言葉を紡ごうとしているが、その先の内容に微塵も興味はなかった。

 肩から手を外し、十本の指先を見た。
 あの日、比叡と触れあった、指の先を。

「それなら、俺は、俺が、俺の、……」

 俺たちを見る全ての人間が、被膜を通して、そいつらが見たいように俺たちのことを見るというのなら。

「俺たちがしたことには、一体なんの意味が……?」

 もしそうなのだとすれば。
 俺もあのとき、比叡と一緒に沈んでいればよかったのだ。




541: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:42:49.35 ID:gjD6HFLS0


 天気予報は、ピークで三十五度を超えると伝えていた。

 発艦直前の船上は非常に慌ただしい。計器異常なし。総員配置。上官の声がひっきりなしに響いて、俺も足早に準備をこなしていく。
 俺が士官した最初の頃よりもチェックは厳重だ。ルーチンが変わり、それがまだ身に沁みついていないからこその喧噪。早く慣れないとだめだ。毎回毎回これでは精神に悪い。

 係留ロープが外される。スクリューが回転。バルバスバウが海水を押し分け、潮風の中をゆっくりと、だが確実に進みだす。
 ある程度沖に出るまでは緊張が持続する。何かあるとすれば、出発直後のこのタイミングが一番多いことを、俺は大して長くもない在籍歴からでも経験則的に理解していた。大抵は杞憂に終わるのであるが。
 とはいえ、十回に一回の、あるいは百回に一回のそれが今起こらないとは限らない。油断や慢心が許される職務ではないことは重々承知しているつもりだ。

 三十分ほども海の上を進んでいくと、緊張も次第にほぐれだす。船は自動操舵に切り替わっただろう。横浜の近海はまだ平和だ。四国沖まで出ると、怪しい。勿論何もなければそれに越したことはないのだが。




542: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:43:29.10 ID:gjD6HFLS0


 丸い窓から外を見ると、既に陸地は見えなくなっていて、少し離れた位置に護衛対象のタンカーがあるのがわかった。
 俺の任務は、油を運ぶタンカーの護衛だった。この艦には機銃や砲塔が備え付けられてあり、俺たちも緊急の際には89式小銃を手に取って戦うこととなる。急増艦一隻の装備としては一般的だろう。

「おい、見たか?」

 仲間が一人声をかけてきた。俺は「いーや」と短く答える。

「今まで見たことあるか?」

「いや、ねぇな」

「どうなんだろうな」

「どうなんだってのは、どういうこっちゃ」

「だから、本当に人間が、海の上を走れんのかって話だよ」

「水の上に踏み出すだろ? で、足が沈むよりも先に反対の脚を踏み出すとだな」

「くだらねぇこと言ってんじゃねーよ」

 あっさりと言われてしまった。確かにくだらない話ではあったが。




543: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:43:56.54 ID:gjD6HFLS0


「近海の掃海作戦も大方の目途がついてきたってよ。新聞、読んだか? 俺たちが会ったことねぇだけで、そこそこの数はいるらしいが」

「そらそうだけどさ。百聞は一見にしかずって言うだろ。今も船の後ろついてきてのかな?」

 仲間は窓の外へと視線を走らせる。当然、誰もいない。

「客室にいるらしいぞ」

「マジか。誰情報?」

「誰っていうか、出発前に。三尉やら一尉が客室のとこに集まってた。広報官もいたな」

「じゃあ本当にいるんだ、艦娘」

 仲間が興奮した語り口で喋れば喋るほど、俺はどこか醒めた目で、そんな彼を見ることになる。
 艦娘。それは科学とオカルトの相の子であり、日本にとっての輝かしい希望の光だった。一縷の望みだった。俺たちの仲間であり、俺たちにとって代わる存在であり、……得体のしれない何かでもあった。




544: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:44:56.21 ID:gjD6HFLS0


 正体不明の化け物が漁船や客船を襲っているという情報は、かねてから海上保安庁に連絡があったという。しかし当然、そんな情報をはいそうですかと信じる海保ではない。
 ただ、船の不可思議な沈没や有り得ない座礁などの件数の上昇が、統計的に有意な値を示すようになった頃、ついに海保も事態の究明へと乗り出した。

 鯨か、あるいは他国の密航船か。原因は最初こそそう思われていたが、半年もしないうちに撮影された現場の映像には、到底これまで確認されたことも無いような生物が映りこんでいた。
 海洋哺乳類でないことは明らか。だが、頭足類でもない。船であるはずなどない。

 ならばそいつらは何なのか。高名な学者が何人集まっても、結論を導き出すことはできなかった。ただ、どうやら積極的に船を襲っているらしいということは判断できた。即ち意思がある。知的生命体なのだ。

 仮称・巨大海洋未確認生命体。いまでは深海棲艦と名を変えたそいつらは、今や日本の近海を中心に、我が物顔で闊歩している。




545: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:45:29.59 ID:gjD6HFLS0


 俺が海軍へと志願し、一通りのカリキュラムを習熟し、一平卒として任官したのはちょうど深海棲艦の存在が世間へと公表されたまさにその年。
 その時点で既に海のルートによる交易は難しくなっており、銃も爆弾も効かない謎の存在に対し、人間は決定打を模索していた。対抗策を開発していた。俺は俺で、当時は二十の小僧だったから、日本を深海棲艦の脅威から守ってやるぞと奮起したものだった。

 新人は一年から二年、各地の様々な部署を転々とし、経験を積むことがならわしとなっている。整備や情報通信系には回されなかったものの、兵站、広報、人事と渡り歩いたのち、護衛艦の乗船が決まった。

 随伴護衛艦「ひえい」。航続距離と最高速度、旋回半径を重視した取り回しの効く設計になっており、同名「ひえい」としては四代目、らしい。
 主な任務はインド洋を経由する商船や大型漁船の護衛。深海棲艦の出没はシーレーンの封鎖、でなくとも大幅な効率悪化を招いており、政治的経済的に大打撃を与えた。空輸では輸送の量に限界がある。海運に頼らなければいけないのが現状だ。
 



546: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:46:09.54 ID:gjD6HFLS0


 深海棲艦と交戦したことは二度や三度では済まなかった。イ級と呼称される、最も格下らしき敵だとしても、機銃掃射や誘導弾を難なく耐える。数匹を沈めるのに三十分と弾幕を張り続けてようやくと言った具合なのだ。
 それは別段「ひえい」が急増艦で機銃や砲塔の口径が小さいが故というわけでなく、俄かに信じがたいことであったが、どうやらやつらは俺たちとは異なる物理法則の中を生きているようなのだった。

 眉唾だ。俺はそんなもの、与太話と笑い飛ばしてやりたかった。しかし実際に相対するたびに、その認識を覆されてしまう。

 だから、上層部が、対深海棲艦特攻を持つ兵器の――そうだ、あいつらは確かに兵器と呼んだのだ――開発に成功したと発表したとき、世間は沸き立った。俺だってそうだ。さすがと思ったものだ。
 それがあんな、埒外なものだと知るまでは。




547: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:46:41.57 ID:gjD6HFLS0


「艦娘って女の子なんだろ? かわいい子だったらいいよなぁ」

「そりゃ艦『娘』だからなぁ」

「んじゃ、行くわ。艦娘にあったら、あとでどんなんだったか教えてくれよ」

「おう」

 俺は去るそいつの後姿を眺めながら、会いたくねぇなぁ、と思ったものだった。

 女はあまり得意ではない。姉妹はいないし従姉妹もいない。兄が一人いるだけで、身近な女性は母親か兄の婚約者といったぐらいだ。これまで大した慣れの機会を得ずに来てしまった。
 軍人など男所帯で女日照りの毎日なのだから、あいつの反応がもしかしたら正常なのかもしれないが。
 恋人がいたことはあるし、肉体経験もある。きっと女の好むような趣味へ理解が乏しいのだ。それが気疲れを齎しているのだろう。

 それも、艦娘。戦場で深海棲艦などという化け物と丁々発止やりあうのだから、そりゃもう気が強くて男勝りで、俺たち一般兵卒など塵芥のように思っているに違いない。
 少しは冗談交じりだった。そして半分ほどは誇張なれど信じてもいた。

 ただ、一体どんな人間が「艦娘」として抜擢され、戦うのか、興味はあった。眉唾がどこまで真実なのか、気にならないわけではなかった。
 結局俺もまたミーハーなのかもしれない。




548: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:47:08.52 ID:gjD6HFLS0


 ……そうして、比叡と出会ったのは、数日後の夜だった。

 当番が同じグループの二人と食堂で飯を喰っていたときのことだ。夜帯で、その時間帯は人がまばらだった。閑散している中で話す内容は、大抵が陸の話。
 出身はどこだ、結婚はしているのか、趣味は、最近見た映画は、そんな他愛もないものばかり。今日の当番は終わったので酒を呑んでもよかったのだが、次の日が少し早かったので、二人の誘いを断って俺はウーロン茶で紛らわしていた。

「あの、ここいいですか?」

 黄色い声。海の上では到底聞けないトーン。
 どうしてこっちへ来るんだ、いくらでも席が空いているだろうに。思いながら振り向いた先には、驚くほど素朴な少女――でいいの、だろうか。二十歳前後の、短髪の女性が立っていた。
 手にはトレイ。その上には夕食のホイコーローと味噌汁、白米、サラダ。愛想笑いを浮かべながら、意志の強そうな眉を真っ直ぐに、俺たちを見ている。




549: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:47:35.06 ID:gjD6HFLS0


「……」

 三人ともぽかんとしていた。俺の対面に座っていたやつなんかは、ビールが口の端から垂れてもいた。
 誰だコイツ。
 船の上にいる人間全員を網羅することなどできない。数週間経っているのならまだしも、出航して数日では、せいぜい同じ勤務シフトの人間と、上官が精一杯。

 しかし俺は、いや、俺以外の二人も、目の前の女性の身分に心当たりがあった。それはかなりの部分が推測を占め、残りに僅かな希望的観測を含んでいた。

「あ、えっ、もしかして、艦娘の?」

 仲間の一人が驚きとともに呟く。

「あ、はい。そうです。あれ、知ってるんですか? あたしのこと。ひえぇ、恐縮です」

「知ってるって言うか、噂って言うか? 僕らきみのこと結構、ほら、聞くんだ」

「オレは齋藤。こっちは高木で、こいつは……」




550: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:48:12.03 ID:gjD6HFLS0


「おい、ちょっと待てよ」

 俺は声の上ずり出した二人に制止の声をかける。

「いいのか? 軍規に抵触しないのか?」

 艦娘自体は公のものだが、俺たちが個人的に接触することが可とされているのか、自信はなかった。

「そもそも階級は艦娘のが上じゃないのか」

 目の前の艦娘はジャージを着ていて、階級章らしきものはどこにも見当たらない。

「大丈夫だろ」

「そ、平気だって。向こうから接触してきたんだから」

「あの、階級とかは多分関係ないと思います。一応書類上は軍曹だっけ? あれ、三尉だったかもしれない。ちょっと覚えてないけど」

「だってよ」

 ぽんと俺の肩を叩く齋藤。

 相手がそれでいいと言うのに俺が頑なに否定する理由はなかった。艦娘は満足そうに頷いて俺の隣の椅子を引き、そこへちょこんと座る。
 女性にしては上背があるほうだ。茶髪。瞳に僅かに青みがかっているような気がするのは、ハーフだから? 顔はそれほど日本人離れしているようには見えないが。




551: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:48:47.53 ID:gjD6HFLS0


「あのさあのさ、艦娘ってぶっちゃけどうなの?」

「どうなの? って言われましても」

 苦笑交じりに白菜、豚肉を口の中へと放り込む艦娘。

 なるほど、確かにそのとおりだ。
 艦娘は困ったような顔をしながらも、元来まじめな性格なのかもしれない、顎に指を添えて宙を仰ぐ。

「多分みなさんが思っている通りだと思います」

「やっぱり、その」

「深海棲艦と戦ったり?」

「まぁ……そうですね。この間、ROEの記載事項に変更があったんですが、知ってますか?」

「外洋航路申請時の戦力規定か?」

「はい。商船、及びタンカーについては、これまでのROEだとDDHか、それに準ずる武装の随伴が必須だったんです。で、今回の変更で、それに艦娘も帯同するようになりました」




552: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:49:20.43 ID:gjD6HFLS0


「深海棲艦の動きが活発になっている?」

「そう……ですかね。ごめんなさい、あたしはそこまで詳しくないから、滅多なことは言えないんです。曖昧なことを言って不安がらせるのはよくないって思いますし、実際そう教えられてますし。
 悪い懸念だとそうかもしれませんけど、良い方向に考えれば、遠洋に出せるまで国内の艦娘の数が充実してきたってことでもあります。これまでは近海掃海が主でしたから」

「いざとなったら頼むよ! えーと……」

「比叡です。金剛型二番艦、比叡。素体の名前は、ごめんなさい。神様が離れてっちゃうので」

「神様、ね」

 艦娘の話を聞いて、いまこうして実物を見てなお、俺は半信半疑だった。目の前の比叡、彼女は年頃の女性でこそあれ、火薬と油の臭いはしない。いや、現代戦において、そのどちらも最早重要視はされなくなってしまっているのだが。
 先ほどちらりと見た比叡の指は白く、細い。傷一つない白磁のようだ。腕も同じ。
 こんな彼女が深海棲艦などという化け物と戦えるのか。もっと言ってしまえば、俺や、他の誰かの命を守れるのか。いまいち実感がわかない。




553: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:51:07.83 ID:gjD6HFLS0


 艦娘の現状はどちらかと言えば偶像的だ。その理由も、今ならばわかる気がする。本当に、彼女らに命を預けてもいいものかと、これまでの常識が疑問を呈しているのだ。

 常識。常識! 深海棲艦の出現とともにとっくに壊れてしまったものを、今でも大事にしているそのさまは、滑稽ですらある。俺は自嘲せずにはいられない。

「基本的には客室で待機してます。お手伝いとかしたいんですけど、あたし、そういうことはさっぱりで。勿論有事の時には、真っ先に海に降りて深海棲艦ぶっ倒すんで、期待しててくださいね!」

 まぁ本当は、あたしの出番なんてないのが一番いいんですけど。比叡は笑いながらそう言った。

「比叡ちゃんは高校生? 大学なの?」

「海軍の海防局所属、遊撃特務群です。その前は高校で、そこで適応検査受けて入った形になります。第四期生かな」

 等々、よくもまぁ話題も尽きないものだと感心するほどの長話。女っ気のない職場に艦娘がいれば、そりゃあ士気も上がるだろうさ。そんな厭味を俺は仲間二人を見ながら思った。随分と浮かれてしまって。



554: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:52:10.54 ID:gjD6HFLS0


 比叡も、どうやら今回の護衛が初であるようで、俺たちのような現役の軍人とは接する機会がなかったようだった。質問攻めにした分だけ質問まみれにされそうになるも、厨房の人に「もう閉める時間だから」と言われて、そそくさと退散する。
 同じ艦に乗っているのだ、どうせ図らずともすぐ会える。随分と名残惜しんで別れようとする三人が大袈裟なのか、俺が薄情なのかは、よくわからない。

 比叡は夜風にあたるのだと甲板のほうへ歩いて行った。海に落ちないようにしろよ、とは口が裂けても言えない。俺たちは反対方向の船室へと戻る。

「比叡ちゃん可愛かったな」

「そうだな。元気があって、僕ァ好きだよ、ああいうコはさ」

「お前はどうだった? 好みか?」

 水を向けられてしまう。どうだ、と訊かれてもな。

「……思ったより普通だったな」

「ゴリラでも想像してたか」

「いや、そうじゃなく」

 あれではまるで少女じゃないか。天真爛漫で快活な、どこにでもいる、元気印のついた。

 俺の想像が捻くれているのか? 創作に感化されたか?




555: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:52:40.08 ID:gjD6HFLS0


「んじゃな」

 齋藤が扉の向こうへと消えていく。二人一部屋が基本単位。俺は齋藤と同室で、次の角を曲がったすぐ先に部屋があった。

「あんなコが艤装を背負って戦うってんだから、世の中は変わったもんだよなぁ」

「あぁ」

 俺たちが適応できるか否かに関わらず、世間というものは、世界というものは、無慈悲に前へ前へと進んでいく。俺なんかはついていくので精一杯だが、どうやら高木も同じことを思っているらしかった。
 比叡が深海棲艦と十二分に戦えるのかという疑問と同時に、果たして俺は――俺たちは、ああいう明るく朗らかな存在を守るために軍人になったのではなかったかと、自問してしまう。

 別に戦場でなくてもそれはよかった。被災地だろうが、それこそ日常だろうが。




556: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/08(日) 23:53:28.12 ID:gjD6HFLS0


「よくねぇな」

「なにがさ」

「センチメンタルが襲ってきた」

「わからないでもないよ」

「泣いても笑っても、今後の主戦力はあいつら、か」

 比叡は言っていた。遠洋まで派遣できるほどに、国内における艦娘の徴用は進んでいる、と。それは逆説的に、状況は決してよくなってはいないことを意味する。
 前線を艦娘に任せるのは時代の流れだろう。俺たちの仕事は後方支援にスライドしていく。不満がないわけではない。しかし、平和をそれで守れるならば、別にいいという思いもまたある。

「やめやめ」

 言い聞かせるように呟いて、俺は自室の扉を開けた。
 明日も早いのだ。考えるのもほどほどにして、キリを見つけて寝床につかねば。でないと朝食を喰いっぱぐれてしまう。

 さっとシャワーを浴び、歯を磨いて、俺は体をベッドに滑り込ませたのだった。



567: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:29:37.92 ID:F7ZfP2x10


 朝食は蕎麦かうどんを選べたので、俺はうどんを選んだ。かき揚げに似た天ぷらとほうれんそうのお浸し、少な目に盛られた白米の上にはゆかりが振りかけられている。
 あまり朝は食べない方だったが、海軍に入ってからはそれだと体が保たない。塗り箸を手に取って、いただきます。
 点呼まではまだ時間があった。ばたばたせずに済む朝は久しぶりだ。珍しく眠りが浅かったのが原因かもしれないが、そのせいで少し頭が重たい。まだ額のあたりに睡魔が居座っている。

 普段と違うのはよくなかった。今日はなんだか噛みあっていないなという日は誰にでもある。その予兆だと、俺は思った。

「あ……あの、ここ」

 前に立つ誰かの気配を感じ、うどんを啜るのを止めて上を見る。

「空いてますか?」

 はにかんだ笑みを浮かべながらの比叡。周囲を見渡してみるが、朝早い時間帯は人もまばら。誰もかれもが一人で喰っていて、それは俺も同じである。



568: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:30:15.32 ID:F7ZfP2x10


 俺が周囲を見渡しているのと同様に、周囲もまた俺を窺っているのがわかった。視線が合うと慌てたように食事へ戻る。が、集中していないのは明らかだ。
 聞き耳を立てているのかもしれない。艦娘が同行しているという噂は艦艇中に広まっている。明らかに軍人ではなさそうな女がいたら、そいつこそが艦娘であると判断するのは、決しておかしな話ではない。

「席は空いてるだろ」

「なら、遠慮なく」

 比叡はそう言って俺の前に陣取った。違う、そういう意味で空いていると言ったのではなかったのだが。
 他に空いているだろ、と言えばよかったのか。しかし意味もなくつっけんどんに返すのも抵抗がある。
 階級上は比叡は上官にあたり、かつ政治的な立場を鑑みればそれ以上の差が開いていた。聞き耳を立てているであろう周囲から、なんだあいつはと思われるのは、決していい振る舞いとは言えない。



569: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:30:49.80 ID:F7ZfP2x10


「俺に用事でも?」

 ぶっきらぼうにならないよう努め、俺は尋ねた。

「いえ、そういうわけではないんですが」

 比叡は控えめに蕎麦を啜った。

「知り合いが誰もいなくてですね」

「昨日の積極性はどうしたんだ。昨日声をかけてきたとき、俺たちは知り合いじゃなかったろ」

「昨日はみんな初対面でしたから、勇気を出すほかなかったんですよ。今日は初対面の中に一人、知り合いが混じってるわけですから、そりゃまぁ、ね?」

 誤魔化すように比叡は笑った。
 返事をどうすべきか考えている間に、その機会を失って、俺は半分くらい完成していた言葉を飲み込む。麺と、汁とともに。

「朝早いんですね」

「ん? まぁ、そうだな。当番が、早くからあるな」

「どんなことするんですか? あー……」

 言い淀んだ比叡に名前を名乗ると、口の中で数度反芻し、頷かれた。




570: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:31:40.66 ID:F7ZfP2x10

口の中で数度反芻し、頷かれた。

「多分言ってもわかるかどうか」

 専門的な知識や言葉をなるべく噛み砕きながら、俺は比叡に持ち場や任務などをざっくりと説明する。比叡はそのたびに目を輝かせて頷いていた。どうやら好奇心はだいぶ旺盛らしい。
 陸の上で生活する人間にとって、海の上がどんなものか想像つかないのもしかたあるまい。海や空は自由の象徴かもしれなかったが、自由がゆえの不自由さもまたある。

 深海棲艦が出るまで、特に彼女に与えられた仕事はないのだという。まぁそうだろう。変に仕事を与えて怪我でもされては責任問題になるし、何より訓練も受けていない人間できるような仕事は、船の上では多くない。
 一週間か一ヶ月か、OJTを行ったうえでならば、頭数には入れられるはずだ。彼女自身それを目指している節があるという。

「暇で暇で死んじゃいますから」

 持ち込める本にも限りがある。スマホは電波が基本的に入らない。仕方のないことだ。




571: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:32:10.00 ID:F7ZfP2x10


「お前が暇な方がいい」

「でしょ? いや、わかってるんですけど。司令とかは何もしないで部屋でごろごろしてていいよーって言うんです。けど、往路と復路、合わせて三か月超って聞いたら、ひえーって思いませんか?」

 まるで思わない。だがそれを表明するわけにもいかず、俺は曖昧な笑みを浮かべる。

「顔引き攣ってますけど、大丈夫ですか?」

「ん? ……一味を入れすぎたかな」

 言ってから、テーブルの上に一味はないことに気付いた。あるのは七味だ。

「ごちそうさま」

 あまり朝飯をだらだらと喰うつもりもなかった。俺が立ち上がると、比叡は寂しそうな表情を一瞬だけつくる。
 罪悪感が生まれた。別にこいつとなんら関係がないと言うのに。

「あの」

 比叡が俺の名を呼んだ。脚が止まる。

「また」

「……」

 またも何と返すべきかわからない俺がいた。今度ばかりは嚥下できない。それは、なんというか、完全に感覚的なことなのだが、ここでそうするのはあまりにも彼女に悪いと感じたのだ。




572: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:34:09.56 ID:F7ZfP2x10


「……またな」

「っ、はい!」

 まるで夏に咲く満開の花だった。俺は思わず面喰ってしまって、直視できない。
 男所帯で女日照りは俺もなのだ。それをすっかり忘れてしまっていた。

 それから比叡とはしばしば食事でかちあうことがあった。その時は俺一人であったり、あるいは齋藤や高木と一緒であったりさまざまだが、比叡は常に一人だった。

「司令ですか? いますよ。ただ司令は兼任なので、普通に艦艇内でのお仕事があります」

 この船のナンバーツーの二佐が、書類上は比叡の直属の上官であり、彼女に直接指揮できるのも彼だけらしい。
 本土で、かつ近海防衛に特化した部署では、一人の提督が十人から三十人ほどの艦娘部隊を率いることが通例となっている。少なくとも一佐は部隊の運営が仕事ではない。ROEが先に策定されてしまい、まだ運用が固まってはいないのだろう。

 比叡の興味は、最近は艦の仕事や語句知識ではなく、それに乗っている軍人へとシフトしているようだった。中卒で入った人間、高卒で入った人間、防衛大を出た人間、それぞれどんな違いがあるのか。詳細に説明するだけで食事の時間はすぐ潰れる。




573: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:34:47.09 ID:F7ZfP2x10


「艦娘はどうなんだ。採用形式、っていうのか」

「……あたしの時は、スカウトマン? みたいな人が来ましたね」

「スカウトマン? 人事ってことか?」

「や、わかんないですよ。うちの……うちに来て、あたしとあと二人、どっか連れてかれて、あれは多分今思えば神祇省の付属の病院だったと思うんですけど、そこで検査して」

「検査、ねぇ」

 艦娘適性がなければ神は降ろせない。海に立てないし艤装も背負えない。話には聞いてこそいるが、それがどんな科学的根拠に基づいているのか、俺は知らない。比叡自身もぴんと来ていないようだった。

「神様は自分と似た境遇のひとが好きなんだっていってました。いや、好きっていうか、誤解してるって。自分と勘違いして、あぁ自分の体が戻ってきたんだやったーって、騙して騙してあたしたちは艦娘の力をふるえるんだって」

「他の艦娘をお前は知ってるのか?」

 本土にはそれなりの数がいるらしいが、部署が大きく違うということもあり、俺は見たことはなかった。




574: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:36:44.46 ID:F7ZfP2x10


「いますよ。艦娘の訓練学校みたいなのがあって、検査を通過したひとたちはみんなそこで訓練です。知識とか、戦い方とか。基本は戦艦も駆逐艦も空母もごっちゃでした。専門性が高い時だけ別カリキュラムで」

「ふぅん」

「いろんな人がいましたよ。あたしの姉妹艦の人もいたし、潜水艦なんかはみんな水着でずっと泳ぎの訓練だったし。駆逐艦はみんな小学生で、陸上やってた島風ちゃんとか、スマホ見たことなかった吹雪ちゃんとか、漫画書いてる秋雲ちゃんとか。
 高専にいたって明石さんはいっつもドックに籠って、わけわかんないの作ってたなぁ。ネガティブでやさぐれた大井さんが授業に出てなくて、みんなで探しに出かけたこともあった。
 赤城さんと加賀さんは弓がすっごい上手で、朝練してるところを青葉さんが写真撮って、売りさばいてたの見つかって……あはは、懐かしいなぁ」




575: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:37:39.11 ID:F7ZfP2x10


 怒涛のように語る比叡の視線は、俺ではなく目の前の食事でもなく、昔日の映像をうっとりと眺めているように見えた。訓練学校がどれだけ楽しかったのか、それだけで想像するに十分だ。
 俺も、自分のことを思い返せば、きっとそんな表情をするに違いない。似合わないとはわかっているが、あの辛く苦しかった数年も、今となってはいい思い出だ。

 また別の日、艦艇内は緊迫した空気に包まれ、針で突かれた瞬間に弾けてしまいそうなほどに張り詰めていた。
 各自が小銃を肩から降ろし、点呼、のちに持ち場へと向かう。

 その間にも船が大きく揺れた。

 比較的小型の敵艦が二体、こちらに体当たりをしているのだ。ごおん、ごぐんと不快な重たい金属音が、気密性の高い窓や扉を突き抜けて、俺たちの耳へと届く。
 窓の外には異形の飛行体が編隊を組んで飛翔していた。時折思い出したように爆撃や銃撃を行ってくる。厚い隔壁を撃ち抜くほどの威力はないようだったが、逃げ遅れた甲板員が三人、既に死んでいる。




576: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:38:58.21 ID:F7ZfP2x10


 南無三。仮に意識が消失したとて、訓練で染み付いたその動作は忘れることができない。俺たちは素早く外へと転がり出、飛行体の攻撃の間隙を塗って銃撃で撃ち落としていく。
 対して幅の広くない船の通路では大規模な戦闘は難しい。基本は三人一組。俺たちは集中射撃で飛行体を狙う。

 放たれた爆弾が一人の足元付近に着弾、紫色の炎を交えて炸裂し、そいつの膝から下を吹き飛ばす。

「ぐ、うぉ、うああああっ!」

「掴まれ、立てるか!? 肩を!」

 一人が担ぎ上げて逃げる時間を稼ぐべく、俺は必死に銃口を謎の飛行体へと連射する。金属と肉が交じり合ったような不快な様相。それがこの世のものだとは到底思えないほどに。

 不意に視界が翳った。かんかんかん、と靴底で強く床を叩く音。

「抜錨!」

 比叡だった。食堂にいる時の普段着ではない、正装――と言えばいいのか、巫女服? 修験服? 学のない俺には形容しがたい、けれど理解できる……あれは悪鬼と戦うための神聖なものなのだと。




577: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:39:57.75 ID:F7ZfP2x10


 比叡は船内から飛び出し、空中でいままさに俺たちに襲いかかろうとしている飛行体を、拳で直接殴打した。細く、白い腕。しかし敵は一撃一撃で体を削剥させられ、消失していく。

「大丈夫ですか!?」

 そこでようやく、目の前にいるのが俺だということに気付いたらしい。照れくさそうに「あはは」と笑う。
 だが、今はそんな場合ではない。すぐに比叡も表情を引き締める。

「気合! 入れて! いきます! あたしの活躍、ちゃんと見ててくださいねっ!」

 比叡はその後、敵艦三体を順次撃破、無事に帰投した。負傷した仲間の保護に専念していたため、海上で行われた戦闘は比叡の言葉に反して見届けることができなかったが、仲間が言うには天使のようだったとも。
 埒外な存在に、こちらもまた埒外な存在を動員して当たる。それはあながち間違いではない。敵戦闘機を比叡が殴り飛ばした時、俺が彼女に感じたのは、感謝ではなく畏怖だったように思う。




578: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:41:16.51 ID:F7ZfP2x10


 どちらも人間だ。
 互いに人間だ。

 だが。

 俺には当然あんなことできやしない。そして可能なのが彼女であり、艦娘なのだ。
 それは確実に兵器としての側面。

 しかし。

 死者四名。
 負傷者十二名。

 その報告を知った比叡の、あの悲痛な表情。あれが果たして兵器の顔だろうか?

「……よぉ」

 深海棲艦との戦闘があった日から十日ほどが経過して、俺はようやく比叡に出会った。比叡は食堂でカレーライスをつまらなさそうに食べている。
 もしかしたら俺が後からやってきて、先にいた彼女に声をかけるなんてのは、これまでで始めてからもしれない。




579: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:41:55.80 ID:F7ZfP2x10


 比叡は俺の姿を認めて、笑う。疲れた様子を隠そうともしていない。
 最後に会ったのは戦闘後の全体集会のときである。ただ、それも会ったというよりは、俺が遠くから一方的に比叡を見ていたに近い。彼女の活躍によって敵勢力は退けられたと、二佐が胸を張って語っていたのを覚えている。
 護衛対象であるタンカー自体は大きな影響はなかったようで、航行は続行。しかし殉職した乗組員の遺体の引き渡しや船の精査もどこかで行わなければいけないため、少し予定に変更が出ると伝えられた。

「ここ、空いてるか」

「どうぞ」

 促されるままに俺は比叡の対面に座った。カレーを掬って口へ運ぶ。味がしない……まさか、気のせいだろう。意識が目の前の存在に引っ張られすぎている。
 まずそうな顔しながら喰うんじゃねえよ、とは言えなかった。先日の件で、人死にが出たことを気に病んでいるのは一目でわかった。かく言う俺たち軍人の間でも、重たい空気は流れているのだ。




580: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/12(木) 22:43:27.96 ID:F7ZfP2x10


 軍人だから死人に慣れているというわけではない。特に俺たちは前線で戦う歩兵ではないのだし。
 脚を喪ったあいつは一命を取り留めたが、もう同じように勤務することは難しいだろう。俺の前でこそ死人はでなかったものの、それは比叡が助けてくれたからであって、もしあの場に比叡がいなければ俺さえも死体となって転がっていた可能性はゼロではない。

「あの時は助かった。ありがとう」

 だから、やはり礼は言うべきだった。
 礼を言わずに知らん顔はできなかった。

「……それがあたしのお仕事ですから」

「でも」

 それとこれとはまるで関係がないのだ。

「でも」

 比叡は遮った俺の言葉をさらに遮る。

「よかった」

「よかった?」

「はい。無事で、いてくれて。襲われていた人も、その……脚は戻らなかったけど、生きてはいるって聞いて」

「調べたのか? 自分で?」

「そうです」

 それが比叡の美徳なのだ。誰かの気持ちに寄り添い、痛みや辛さを分かち合おうとする姿勢は、なによりも尊い。
 反面、全てを自分の肩に乗せていては、いずれ潰れてしまうのではないかと余計な心配さえしてしまう。

「……よかった」

 青ざめた顔から発せられた言葉が、俺には気になってしょうがなかった。




586: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:51:37.13 ID:xlx1rXlG0


「待った」

「だめです」

 俺の懇願を比叡は一蹴した。なんて女だ、無情すぎる。少しは手心を加えてくれたっていいじゃないか。
 全く心の籠っていない非難を受けて、比叡は呆れ顔ながらも盤面を指した。

 俺の玉は既に龍やら馬やら銀やらと金やらに包囲されて、少しの逃げ場もない。

「じゃあ何手前まで戻します?」

 どこまで戻せば勝ちの目が生まれるのかちっともわからなかった。尤も、わかっていれば、こんな惨状にはなっていなかっただろうが。

「負けでいいっつーの」

「素直でいいですねー」

 楽しそうに笑う比叡だった。

「比叡殿に初心者を甚振って楽しむ趣味がおありとは思わんかった」

「えへへ、そんなでもないですよぅ」

 てれてれと頬を赤らめながら比叡。
 褒めてねぇよ。

 駒の動かし方と矢倉の組み方しか知らない相手に、居飛車穴熊とか組むんじゃねぇ。




587: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:52:19.91 ID:xlx1rXlG0


 俺たちは娯楽室にいた。最近比叡が将棋を題材にした漫画にハマっているという話で、相手を探していたのだった。俺はただ廊下を歩いていただけなのだが、抵抗虚しく蜘蛛の巣に捕まってしまった蝶の気分だ。
 娯楽室には他にも利用者がいたが、みなそれぞれの娯楽に興じている。卓球だったり、読書だったり。ソファの背もたれに体を預け、うつらうつらしているやつもいた。

 ほどほどの静寂の中で、もう一戦しましょうと張り切りながら、比叡は駒を初期配置に並べ直している。
 随分と懐かれたものだ、と思った。鼻歌なんか歌っている。ふんふんふーん、ふふんふんふーん。ポップなリズムが将棋盤の上空でほどけて溶ける。

 俺と比叡が出会ってから、既に一年が経過していた。

 依然として俺は四代目「ひえい」に乗艦していた。階級は据え置きだったが、多少なりとも責任のある立場は任されている。今年か来年の早い段階で、昇進試験を受けてみるのもいいかもしれない。
 比叡もまた、当然のように「ひえい」付で深海棲艦相手の護衛を務めている。今は艦のことも少しずつわかるようになってきているらしく、時たま誰かの手伝いをしていることを見かけることもある。




588: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:52:56.57 ID:xlx1rXlG0


 四代目「ひえい」は相変わらずにインド洋を経由するタンカーの随伴。変わらないことはよいことだ。それは安心と安定、そして落ち着きを齎してくれる。

 目の前の比叡は角道を開けるか悩んでいた。真剣なまなざしを盤に落とす彼女は、まるで普通の女子大生のようだ。文化系と言うよりは体育会系。冷静と言うよりは熱血。ありありと目に浮かぶ。
 そんなこちらの視線に気づかず、比叡は結局角道を開けた。俺も合わせて開けて、角交換に持ち込む。

「やりますねぇ。これは負けてられませんっ」

 そうなのか。どうやら俺は知らず知らずのうちにやるようになったらしい。
 彼女が負けじと何かをするのもまた不変、通常運行だ。

 俺たちを取り巻く環境はこの一年でさして変化しなかったものの、こと関係性という面についてのみ語れば、激動の、激変の一年であったと言っても過言ではない。その中心には、目の前に座るこいつがいる。
 なまじ艦娘なんかと仲良くなってしまったものだから、当然齋藤や高木をはじめとする同僚からは色々根掘り葉掘りせっつかれた。内容は色恋沙汰もあり、艦娘の職務に関するものもあり。




589: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:53:25.69 ID:xlx1rXlG0


 くだらん、と一笑に付すことは簡単だった。だが立場が逆なら俺も無粋な質問の一つや二つはしていたに違いない。それを思えば、広い心で赦せようものだ。

「……手番ですよ?」

 比叡がこちらを覗き込んできていた。

「何かついてますか?」

 頬を両手でぺたぺたと触る。どうやら注視しすぎてしまったようだ。

「いや、なんでも――」

 世界が揺れた。

 体の奥底まで響き渡る、重たい震動。ごぐん、と一度、大きく。
 警報が鳴るまでに時間はさして要さなかった。爆裂音。遠くはない。かといって巻き込まれる懸念をするほどには。
 しかし誘爆の危険性は常に孕んでいる。先ほどの揺れが事態の原因なのか、それとも隔壁が閉じる音なのか、一瞬では判別できなかった。

 全員の視線が交わる。思考の必要はない。誰かが息を呑んで、それを合図に俺たちは娯楽室を飛び出した。




590: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:54:01.00 ID:xlx1rXlG0


 爆裂音がまたも響く。しかも、今度は二発。どぉん、ごぅん。同時にまたも艦が大きく揺れて――事態の逼迫は明白、だがそれ以上の嫌な予感が胸中に渦巻いていた。これは普通ではない。通常の非常事態ではない。
 心臓が高鳴る。それに反して頭は冷静だった。血流は全て体の動作に使われているから、頭に上るだけの余裕などないことが、冷静の原因だ。

 深海棲艦の襲撃。しかし、それ以上の何かが起きている。

「比叡、頼んだ」

「はい! 比叡、任されましたっ!」

 拳を打ち付けあって、俺たちは丁字路を逆方向に向かう。比叡は右へ、俺は左へ。

 警報は今や最大級の警戒音を鳴らし続けていた。断続的な揺れの中に、時たま一際強い揺れが混じり始め、頻繁に肩や肘を強か船の壁にぶつけることとなる。
 床が傾いでいる。丸窓から見える世界は、平衡感覚に厳しくノーを突きつけてきた。俺はそれに、さらにノーで突っ返す。おかしいのはこの船だ。俺ではない。




591: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:54:33.67 ID:xlx1rXlG0


「おい、どうして通信が入らん……!」

 仲間の一人が苦々しげに吐き捨てた。誰もが疑問に思っていた、しかし口にしなかった禁忌の言葉。
 最悪に輪をかけての最悪、そのパターンを想定することは軍人にとって必要な能力だ。その上で、俺たちは生き延びることを、現状の打破を期待されている。ゆえの軍人でもある。

 沈没。その二文字が脳裏で点滅していた。

 無論、その状況も訓練していないわけではない。集合、点呼を経てからの救命ポッドによる脱出まで、一連の動作に淀みは存在しないはずだった。だが、その指示を出すはずの上官による通信が、いまだ入らない。
 指揮権を持つ者が――考えたくないことであったが――死んだ場合、その下の階級のものが基本的には指揮権を継承する。脱出の判断を示すのが誰なのかを俺は知らなかったが、一佐か二佐のどちらかなのではないかと踏んでいた。

 いまだ通信は入らない。有線の艦内放送設備が使えないというのならばまだわかる。しかし無線まで誰も応答しないというのは……。




592: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:55:19.92 ID:xlx1rXlG0


 何度目かわからない爆裂音とともに、廊下の先から熱波が俺たちの肌を焼き焦がした。気管の炙られる感覚に思わず息を止める。
 さらに大きく艦が傾いだ。

 あぁ……。

「駄目だ! 甲板だ!」

 叫んだのは誰だったのか。もしかしたら自分だったのかもしれないと思うほどには、その時の俺たちは以心伝心だった。一蓮托生だった。
 駄目だ。言葉を省略しないのならば、この船はもう駄目だ。

 多重隔壁で浸水や砲撃には頑強なつくりになっているはずだった。それでなくとも、可能な限り水平を保とうとするスタビライザーは、比較的新しいものをとりつけている。それだのにあまりにも事態の悪化が早い。
 想定外をして有り得ないと断ずるのは浅慮に過ぎる。現実は想定を容易く上回ってくることを、俺たちは深海棲艦の登場で骨身に沁みたのではなかったか。

 甲板に出る。

「……っ、比叡……!」

 思わず祈りが零れた。




593: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:55:49.73 ID:xlx1rXlG0


「なんだよ、これ。なんだよこれぇえええっ!」

「負傷者の――生存者の確認を急げっ!」

「タンカーは、タンカーの方はどうなんだ!? 救命ポッドを!」

 視界を埋め尽くすほどの、飛行体の群れ。
 口が、そこに収まらない巨大な歯が、空を縦横無尽に飛び交って、

「ひ、とを……」

 喰っていた。
 噛みつき、引き裂いていた。

 銃声が断続的に響く。
 船の後方では今も爆炎が閃光を撒き散らし、空いた穴から黒煙を撒き散らしている。
 左舷から船を突き抜ける衝撃。解体作業のような音が、頭蓋を揺らす。

 指揮系統もクソもありはしなかった。使命感は胸にある。しかし、それが今この場でどれだけの威力を発揮するだろうか。
 形而上の何かは、実存的なそれに、比べるべくも及ばない。
 小銃が火を噴いた。金属の削れる音、肉の抉れる音、悪鬼の奇声、奇声、奇声――あぁもう気が狂いそうになるほどに!




594: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:56:32.88 ID:xlx1rXlG0


 今や信じられるものは両手に抱え上げられた鉄の重みだけだった。それさえも悪鬼の前には大して役に立たない。一体、二体を打ち倒したところで、三体目四体目五体目がすぐさまこちらへ向かってくるのだ。
 連射は既に乱射へと変わっている。姿勢保持などは所詮机上のものにすぎなかった。寄るな寄るなと腕を振り回す子供に等しい愚かさだったが、それでも。

「齋藤、高木!」

 エレベーターを背に射撃を行っているのは知り合いだった。俺はひとまず安堵を覚えて、二人に駆け寄る。

「生きてたか!」

「やばいね。こりゃあやばいよ」

「何があった。どうなってる。通信は?」

「知らねぇよ!」

「僕たちも、困ってる。深海棲艦の通信妨害じゃないかって思うんだけど」

「生きてれば、みんな救命ポッドに向かってるはずさ。僕たちも向かいたいけど、いかんせん数が多すぎるね」




595: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:57:05.10 ID:xlx1rXlG0


「左舷はイ級の群れだ。どいつもこいつも吶喊してやがる。この飛行体群の親玉がどこにいるかはわからんが、密度が濃いのは右前方。だが、それよりも」

「ケツか」

 大穴が空き、爆炎が見え隠れする船の後方。既にあそこから海水が浸入しているようで、傾きの大本だ。
 あそこを何とかしなければ船は沈む……いや、デッドラインはとうに超えているに違いない。穴を塞ぎ、水を掻き出すのは、あまりにも非現実的。残された手段は脱出だけ。

「あれは尋常じゃないね。やばいやつがいるよ」

 高木の意見には同意だった。これまでこの船は何度かの深海棲艦の攻撃に耐えてきたが、今回はこれまでの比ではない。単純に規模が大きいと言うのもそうだろうが、それでも大穴を一瞬で開けるような敵の存在に、俺は今まで出会ったことがなかった。
 強力な存在がいるとしたら、それは船の後方だ。幸いにして救命ポッドが備え付けられているのは右舷の中央から前方にかけて。飛行体の群れを抜けていければ、あるいは。




596: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:57:36.26 ID:xlx1rXlG0


 と、一際巨大な爆発音が聞こえた。ついにメインエンジンに火が回ったか――そう思って振り向くが、違う。
 それどころか、この船ですらなく。

「たっ」

 タンカーの横っ腹から黒い煙が濛々と噴き出しているのが見えた。

「まずい! 油が!」

 そうだ。もしも油が流れ出て、それに火がついてしまったのならば、救命ポッドで逃げ出したところで焼け死ぬばかり。油は当然水に浮く。文字通りの火の海だ。

「逃げ出すなら早くしねぇと」

「ったってさぁ!」

 銃身の熱を感じるほどに撃ち続けても、敵の数は一向に減る気配を見せなかった。

「逃げてください、はやく!」

 巫女服が翻った。烈日にも似た光が迸り、俺はそのとき、確かに在りし日の戦艦の幻影を垣間見た……気がする。
 比叡だった。なぜここにいるのか。そんな疑問を投げかけるよりも早く、彼女は拳を握りしめ、大きく振りかぶった。

 振り下ろす。




597: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:58:03.76 ID:xlx1rXlG0


 不可視の砲弾が放たれた。それは限りなく霊的な、俺たち凡人には殆ど感じ取れない巨大な何か。
 それが俺たちの周囲に蠢いていた飛行体の群れを一瞬にして蒸発させる。

 戦艦たる存在の底力。

「比叡!」

「逃げてください!」

 比叡は潮風、爆炎、そして深海棲艦の奇声に負けじと繰り返し叫んだ。

「この船は恐らくもうだめです! 敵の包囲も凄くって……いまみなさんを救命ポッドまでお連れします、逃げる手伝いしてるんです、あたし!」

「それはありてぇが……」

「比叡ちゃん、きみは、その」

「そうだ、深海棲艦の大本を断て。俺たちは三人でなんとか辿り着いてみせる」

「……っ」

 比叡は苦い表情をした。言葉を一瞬言い淀むが、仕方がなしに口を開く。

「二佐は、亡くなられましたっ……! 指揮権は喪失、あたしは……勝手には動けません」




598: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:58:43.23 ID:xlx1rXlG0


「でも今のがあるんじゃねぇのか!?」

「だめなんです! 敵戦闘機を追い払うくらいのことはできますけど、大口径砲や徹甲弾、電探の使用は、認証が必要なんです!」

「なんだそりゃ、くそシステムじゃねぇか!」

「齋藤、いまここで文句を言ってもしょうがないよ!」

 そうだ、俺たちのすべきは制度やシステムの是非を問うことではない。そんなのは病院のベッドの上で好きなだけやればいい。
 齋藤は憎々しげに舌打ちをして、エレベーターの壁から背を離した。救命ポッドの位置に当たりをつけ、高木と視線を交わらせ、頷く。足元さえ見て走れば、あとはそれだけでいい。

「お前も行くぞ」

「おう」

 俺は応えて……気が付いた。

 気が付いてしまった。




599: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:59:13.39 ID:xlx1rXlG0


「どうした、早くしねぇと!」

「比叡」

「なんですか?」

 比叡の目を見た。疾しいことなど何一つない、きれいな、澄んだ瞳だった。

 だから確信を抱くことができる。

「全員を救命ポッドに乗せて、お前も当然、それに乗るんだよな」

「あたしは艦娘ですから、海の上を走れますから」

「タンカーから油が漏れだすかもしれねぇ。最悪、火の海だぞ」

「あははっ! そんなのうまく避けてみせますって! だーいじょうぶ!」

「……」

「……なんですか?」

「敵が救命ポッドを見逃してくれると思うか?」

「だから、あたしがそこは何とかします! してみせますよー!」

「何やってんだ、早く!」

 齋藤が叫ぶ。比叡が殲滅したはずの飛行体は、また数を増やしつつあった。




600: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 03:59:42.82 ID:xlx1rXlG0


「……先に行ってくれ」

「でも!」

「……何を考えてやがる」

「それはなぁ」

 俺じゃなくて比叡に言って欲しかった。

「ばかげてる!」

「必ず追いつく。ほら、行けよ」

「……くそ!」

 二人は走り出した。俺は視線を二人から切って、比叡に正対する。
 俺の背後、二人が向かった方角から、銃声。その音が心地よい。

「……なにやってんですか。逃げてくださいよ。逃げないと。ほら!」

「お前の命を犠牲にしてか」

「もう、失礼なことを言わないでください。あたしは死ぬつもりなんてこれっぽちもありませんってば」

「艤装は使えない。敵は大群。恐らく、格の違うやつもいるんだろう?」




601: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 04:00:31.86 ID:xlx1rXlG0


「……種別、鬼。聞いたことありますか?」

「ねぇな。強いのか」

「はい。滅茶苦茶に。ROEの話はしましたよね? 艦娘にも当然それはあって……種別鬼とは戦うな、必ず逃げろ、と」

「なら」

 お前も逃げるんだよな?

「だから!」

 ……逃げるに決まってるじゃないですか。

「乗組員が逃げたのを確認して、逃げおおせるのを見届けてから?」

「……ひえー、参ったなぁ」

「比叡」

「だーいじょうぶですって。あたしはこのために艦娘になったんですから」

「大丈夫ってのはそういうことじゃねぇだろう」

「そういうことですよ」




602: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 04:02:03.94 ID:xlx1rXlG0


「誰かを護るために艦娘になったから、それで死ぬなら本望だってか!?」

 悔いがないから。本望だから。
 だから、大丈夫。

 そんな言葉遊びを認めるわけにはいかなかった。

 だって、俺は、お前のような存在をありとあらゆるこの世の脅威から守りたくて、軍人になろうと決心したのだから。

「違いますよ」

 比叡は笑った。虚勢には見えない。
 心底満足そうな、そんな。

「あたしは、こんなあたしにでも、価値が生まれて、生きててよかったんだって思えることに出会えて、感謝してます!」

「お前は、何を言ってるんだ……?」

 おかしな話だった。満足そうに笑う比叡が、どうして泣いているように見えるのだ。
 頬に一筋の輝きが見えるのだ。

「あたしのことです。『あたし』の」

 『比叡』ではなく。




603: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 04:02:38.70 ID:xlx1rXlG0


「神様は『あたし』を『比叡』だと誤解してるんです。みんなが自分の傍から離れてっちゃう寂しさに引き寄せられてるんです。誰かに雄姿を見てほしいんです。独りはいやなんです。いやなんですよぉ」

 比叡の言葉が、俺にはわからなかった。もとより俺が理解できるように喋っているつもりもないのだろうが。

「あたしが独りなのは、あたしが悪い子だったからです。駄目な子だったからです。きっと『比叡』もそう思ってます。活躍できなかったから、誰にも看取られなかった。頑なにそう信じてる。
 だけど、あたしはもう違う。変わるんです、生まれ変わってやるんだ。
 頑張って頑張って頑張って、艦娘で大活躍したら、お母さんもお父さんもあたしのところにちゃんとお迎えに来てくれるはずなんです!」




604: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 04:03:19.33 ID:xlx1rXlG0


 駆けだした比叡の手首を、俺は反射的に掴んでしまっていた。

「やっ、なんですか、やめて、離してください! あたしなんかに構わず、早く逃げて!」

「認証」

「えっ?」

「認証ってのが、必要なんだろう」

 目が見開かれた。流石にそれは、いくらこいつでも予想していなかったようだった。
 俺も、よくそんなことを思いついたものだと――試してみる気になったものだと、自分で自分が恐ろしい。一体どれだけのやけっぱちだろうか。

「二佐は死んだ。指揮権は宙ぶらりん」

 なら。

「今から俺が、お前の司令だ」

「はっ、……はぁっ? ちょっと、それは、えぇ?」

「時間がねぇんだろう。可能なのか? それとも、やっぱり無理か?」

「いや、そんなことしたらだって、あたしの責任が、死んだら、失敗とか規則違反とか全部、いやいやだめですだめだめだめだってば!」




605: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 04:04:20.32 ID:xlx1rXlG0


「その言い方、可能なんだな」

「……」

 たっぷりと間を置いて、たぶん、と彼女は答えた。

 親指。人差し指。中指。薬指。小指。

 五指をあわせて、手早く認証の手続きを済ませていく。

「……あの、どうして、ここまで」

 尋ねられると困ってしまう。どうして。ここに来るまで、理由を考えたことなどなかった。
 なんとなく。それが一番近いかもしれない。俺は俺が善人だとは思えなかったが、それでも困っているひとや、泣いている人を、

 ……それだろうか。

「泣いている女は苦手なんだ」

 認証が完了。指揮権が俺に移る。
 それがどれだけの規則破りなのか、考えるだに恐ろしかった。放逐されるだけなら御の字で、それ以上の処罰もいくらでもあり得る。まぁ益体の無い考えに違いない。まずは俺が生きて日本の地を踏めねばならないのだから。




606: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/15(日) 04:05:01.56 ID:xlx1rXlG0


「司令」

 比叡が小さく呟く。その口当たりを確かめるように。

「司令」

 そして、俺を見て、もう一度。

「司令」

 はにかむように、恥らうように、笑った。

「気合、入れて、いってきます」

「頼む」

 俺は一体、何を頼んだのだろうか。
 深海棲艦の殲滅か。時間稼ぎか。彼女の生還か。

――結果的に、最後のそれだけは果たされることはなかった。
 艦娘「比叡」は、嘗ての戦艦「比叡」と同じように、誰にも看取られずに海の底へと沈んでいった。




614: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:08:31.23 ID:fb5PHZgP0


 DDH「ひえい」、及びタンカー「洲崎」、全乗組員数合わせて三九七名のうち、確認されているだけで死者は一一九名、重軽傷者は一七二名にも上り、史上初の――そして史上最大の、三桁数の死者を出した深海棲艦による海難事故となった。
 随伴していた艦娘「比叡」は、「ひえい」乗組員の避難を誘導したのちに深海棲艦へと対峙、戦闘を開始。それが十三時十八分のことである。

 まず比叡はDDH「ひえい」を離れ、タンカーへと向かった。「ひえい」の沈没が不可避であることを見据え、タンカーの乗組員の救助、及び油の漏出を少しでも遅れさせようとする判断だと思われる。
 タンカーに取り付いていたイ級、ヌ級、それぞれ数機ずつと会敵、これを撃破したのが十三時三十一分。この時点で乗組員は全員避難が完了していたが、タンカー自体の動力は停止しきっていなかった。比叡はタンカー内部に侵入しようと試みた形跡が残っている。
 深海棲艦の第二波との交戦が十三時三十五分。戦艦タ級、及び戦艦棲鬼一体ずつと、比叡は放火を交えることとなる。




615: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:09:57.29 ID:fb5PHZgP0


 比叡がタ級の顔面を殴り、バランスを崩したところへの胴回し蹴り。波濤へ埋もれたその隙をつき、大口径砲の掃射で屠る。しかし背後から戦艦棲鬼が接敵。反応の遅れた比叡は数発の砲弾を受けるも、即座に反撃に移る。十四時十八分のことである。

 ……一撃を受けるごとにカメラの映像が乱れ、飛沫が舞う。

 鬼の従える怪物が、気の狂ったように両腕を振り回す。比較対象の少ない海上でさえ、その太さは明らかだった。比叡はそれを間一髪で回避していく。どう見ても反応が当初より鈍い。
 ついに回避しきれない時が来た。何とか間に合わせた体の防御の上から、重たい一撃。画面の左上が欠け、音は途切れる。画面の隅が白くハレーションしたのは砲撃による爆裂だろうか。

 一拍の、ぐ、という溜め。その後の吶喊。最短距離を往く比叡の目には鬼の本隊、虚ろな目の女しか見据えていない。
 怪物の腕が振るわれた。最早比叡には避ける気がない。いや、あるいは……。

 手首から先が弾けて水の中へと落ちていくのが映っていた。




616: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:11:20.90 ID:fb5PHZgP0


 映像が震える。光が収斂し、比叡の周囲へ集積。八門の砲塔。残った右腕、人差し指が、ぴんと鬼の頭部を狙っている。
 比叡の顔は見えない。

 笑っているのか? 笑っているんだろう。
 笑っていてほしかった。

 いや、それは結局、勝手なこっちの都合を押し付けているだけなのかもしれない。

 映像はそこで途切れる。信号消失。最後の時間は、十四時五十四分。
 比叡は、実に一時間半もの時間を、たった一人で持ちこたえたのだ。

 あの深海棲艦の大群を相手に。

 俺たちを逃がすために。

 膝についた手に力が入る。あそこに俺がいたとして、何もできやしなかったろう。銃弾は効かない。爆撃も無意味。そもそも俺は海の上に立てやしない。だからこの歯がゆさは、きっと解消のしようがないものなのだ。
 だから? だから座して見ていろと? 指を咥えて黙っていろと?

 だが、結局、逃げたのが俺だった。あいつに任せたのが俺だった。
 認証などせずに無理やりにでも引っ張って逃げるべきだったのか、それすらも曖昧だ。ただ、あいつの奮闘のおかげで、油の燃焼から大部分が逃げ出せたと言うのもまた事実。




617: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:12:27.01 ID:fb5PHZgP0


 結果はわからない、故に正しい過程を経ることこそが重要なのだ。そう知ったように嘯くやつがいたとしたら、俺は間違いなく殴っていただろう。なぜ? どうして? なんのために?
 俺にその権利があると?
 一体全体、何様のつもりなんだ、お前は。

 スクリーンに投影されていた、比叡の今わの際の録画が、ボタン一つで停止させられる。プロジェクターが小さく部屋の中央で唸りを挙げていた。
 俺はアームチェアに座っていた。スプリングのよく利いた、高級そうな代物だ。事実高級なのだろう。なんせここは大本営の参謀本部なのだから。

 円卓を挟んで目の前におわすは、その主。海軍の幕僚長であらせられる、元帥閣下。
 海防局の局長と、広報部の部長補佐、沿岸警備部深海棲艦対策室の室長もその隣に立っている。錚々たる面子に俺は息も満足にできない。

 わからなかった。すぐさまに査問にかけられ処分が下ると思っていたが、俺に与えられたのは一週間の休暇、そしてこのお歴々の面々に会いに行けという指示だけだった。その通りにしている現在でも、現状の把握が十分とは言えない。




618: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:14:01.64 ID:fb5PHZgP0


 とりあえずは今すぐに放逐されるという様子ではなさそうだ。寧ろ手厚い歓待さえ受けているようで、逆に恐ろしささえ感じる。

「これは」

 室長がこちらを見た。眼鏡をかけた、神経質そうな男だった。

「きみの指示かい?」

「……これ、とは、なんでありましょうか」

 思わず直立の姿勢をとろうとするも、局長が「座ったままで結構だ」。居心地の悪さを感じながらも腰を椅子へ戻す。

「素体名は船坂夏海。検体番号はKON-2-15。きみが知るところの戦艦比叡、彼女のことだ。
 きみは彼女に、深海棲艦と戦うように指示を出したか?」

「……出していません」

 改めて考えても、やはり答えはノーだった。深海棲艦の戦いに赴こうとしたのは、あいつ自身の意志だ。無論そこには俺の願いもあった。だが、仮に俺が止めたとて、乗組員の生存率を少しでも上げるためならば、敵陣に突っ込むことを厭わなかったに違いない。
 俺の返答が意外だったのか、それとも予想と外れていたのか、お歴々の視線がそれぞれ交わされる。僅かなどよめきとともに。




619: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:14:46.09 ID:fb5PHZgP0


「なら、なぜ彼女は?」

「そのために、艦娘になったから、と」

 どこまで言っていいものか判断にあぐねた。彼女は言っていた。誰かに認めてほしかったと。活躍して、両親が戻ってくることを期待しているのだと。
 俺は彼女の事情を知らない。事情を知らない人間が、まるであたかも真実であるかのように、他人のことを詳らかにするのは抵抗があった。
 それともこの上層部は比叡の全てなど御見通しで、ただ確認のために俺へ問うているのかもしれなかった。だとするならば、俺がきちんと答えないことは、認識の齟齬を招く。

 それは比叡に申し訳が立たない。

「みんなを助けて、艦娘として活躍して、……そうしたら、両親が迎えに来てくれると、そのようなことを」

「なるほど。どうですか、局長」

 局長は白髪が特徴の男だった。温和そうな顔に、でっぷりとした腹を備えている。
 問われ、小さく頷く室長。

「彼女は養護施設の出身でした。辻褄はあいます」




620: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:15:13.68 ID:fb5PHZgP0


「補佐殿は」

「まぁ、どうにでもなりますよ。どうにでもね」

 部長補佐はこの中では一番若いように思われた。明るい髪の色をしていて、スーツの着こなしもカジュアルに近い。

「きみは、KON-2-15に認証を行った。勝手に、だ。そのことがどれだけ重大な規律違反か、わかっているかな」

 きた、と思った。本題だ。

「……はい」

 さぁ、どんな処罰が下る? どんな処遇でも受けてやるつもりはあった。
 孤独に海の底へ沈む以上の辛いことがあるか? そうだろう?

「なぜ、きみは、そんなことを?」

「……え?」

「重大な規律違反と知っていた、ときみは今言った。なるほど、となれば私たちは、当然こう考える。
 即ち、『重大な規律違反と知ってなお、そうせざるを得ない状況があった』。違うかな」




621: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:16:46.04 ID:fb5PHZgP0


「……?」

 なんだ、これは。どういうことだ。
 まさか、俺を慮ってくれていると、そういうことなのか?

「……はい。私は依然、比叡本人から、彼女に指揮できるのは樫山二佐のみであると聞いていました。そして深海棲艦の襲撃の最中、二佐が亡くなったことを受け……比叡への指揮権が消失し、そのため武器の使用ができない状況なのだと知りました」

「つまり、『深海棲艦打倒のために必要な、緊急事態的な措置であった』と?」

「そういう、ことに、なります」

「なるほど」

 鷹揚に室長は頷く。そして三人を窺い、また頷いた。




622: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:17:19.81 ID:fb5PHZgP0




「ならば、きみは英雄だ」






623: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:17:54.02 ID:fb5PHZgP0


 鳥肌が全身に浮いた。声のもとは局長でも、室長でも、補佐でもない。
 これまで無言を貫いていた、この部屋の主人。革張りの豪奢な椅子に体を預け、徽章や飾緒を見せびらかすように、ある程度の角度をつけてこちらに向いている。

「英雄の誕生には、乾杯をせねばならないな。おい、ワインを。この間貰ったいいやつがあっただろう、それだ。それを持ってきなさい」

 元帥が二度手を叩くと、部屋の外で待機していたのであろう、女従が二人、部屋へと入ってくる。一人は手にワインを持ち、もう一人はワイングラスを。
 コルクが小気味よい音とともに抜かれた。少し離れた位置からでもわかる、頭がくらくらしてしまいそうなほどの芳醇な、妖艶な香り。

 頭がくらくらしてしまそうなのは、ワインのせいだけではないかもしれなかったが。




624: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:18:29.94 ID:fb5PHZgP0


「あの、これは……?」

「ワインは苦手だったかな? それとも、つまみが必要かな? だったらクラッカーなどを用意させよう」

「もっ、申し訳ありませんが、私はなぜ、ここに呼ばれたのかを、理解しておりません」

 意識していても声が上ずる。目の前の元帥、この老人から、俺を圧倒する生気が放たれていた。

「あまり答えを急いで求める必要はない。きみは英雄だ。それにふさわしい振る舞いというものがある」

「お言葉ですが、私は英雄などでは……全ては比叡が」

 俺はただ認証をしただけだ。願っただけだ。

「英雄はきみだ。きみなのだよ」

「ですが!」

「あまり声を荒げるな、老体に響く……。
 きみは処罰を覚悟で、亡き二佐の遺志を継ぎ、規律違反を犯してまで艦娘を使役。その結果、百数名の死で、食い止めることができた。
 無論、死んでしまった者たちには哀悼の意を捧げたい。だが、事実として最悪は避けられた。……何よりきみは、深海棲艦、その中でも不可能とされてきた鬼を、屠ったのだ。胸を張って凱旋するべきだ」




625: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:19:15.17 ID:fb5PHZgP0


「え、あ……?」

 声が出ない。違うと叫びたかったのに、それさえも俺から奪われてしまっている。

「違うかね?」

「違いませんねぇ」

 代わりに答えたのは部長補佐。

「やはり艦娘は我々が指揮してなんぼでしょう。兵器は兵器として存在してくれなければ困ります。自我を持つのは結構ですが、それでは統率がとれませんし」

「あ、お、ま……」

 愕然とするほかない。
 俺はここでようやく、自らが嵌められたのだということに、気が付く。

 深海棲艦が現れた。海が支配された。艦娘が登用され、配置される。俺たちの武装はまるで意味を為さない。護衛船に、さらに艦娘の護衛が付く。前線を支えるのは彼女たちだ。軍人は後方支援に回らざるを得ない。
 俺たちは、そういうものだと思っていた。だってそうするしかないじゃないか。艦娘しか立ち向かえないなら、彼女たちが前線に立つべきで、俺たちは後方支援に徹するのが、最も効率的というものだ。




626: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:20:09.95 ID:fb5PHZgP0


 当たり前の話だ。ずっとそう思っていた。勿論抵抗がないわけではなかったが、そんな安っぽい矜持で人を護れるはずがない。
 戦場を艦娘に渡したくない人間がいるなんて、範疇外。

「まさか、そんな、あんたらはっ!?」

「口を慎みなさい。元帥の御前です」

「これまで不可能だった、強敵の打倒が、ここにきて初めて成った。しかも一兵卒による、処罰を恐れない決死の行動によって。やはり小娘どもの自主性などに任せておいては、効率的な運用など夢のまた夢! 我々が采配を振るわねば!」

 局長が狂ったように叫ぶ。室長も音こそならない拍手をしている。

「きみには勿論厚遇を用意してるからさ、まぁセミリタイアだと思って、ゆっくりしてよ。自伝でも出しちゃうかい?」

「俺は、俺はっ! そんなつもりで戦ったわけじゃない、あいつを行かせたわけじゃない、見殺しにしたわけじゃ、ないっ!」




627: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:20:48.10 ID:fb5PHZgP0


「落ち着きたまえ」

「落ち着いてられるか!」

「落ち着きたまえよ、きみぃ」

 元帥が立ち上がった。そのぶんだけ、俺の体に荷重がかかる。

「長い目で見れば、これこそが、最も手早く国を護ることに繋がるのだよ。きみのような若者にはまだわからないかもしれないがね、結果のために手段を選んでなどいられない場面など、世の中には多々ある。
 そもそもあいつらが、艦娘などという兵器を勝手に作り上げ、結果のためには手段など選んでいられないと……先にこちらの面子を潰したのは向こうなのだ。神祇省のやつらなのだ。わかるだろう?」

「……俺が、もし、協力しないと言ったら?」

 精一杯の虚勢を張ってみる。今すぐ撃ち殺される可能性は十分にある。

 冷や汗が流れる。手のひらはべとべとだ。心臓の鼓動がいやにうるさい。
 唇が引き攣る感覚があった。怒りはすでに通り越した。俺は何ということをしてしまったのだという自責が血を滲ませる。




628: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/17(火) 02:21:15.86 ID:fb5PHZgP0


 元帥はふ、と笑った。俺を嘲っていることは一目瞭然だった。

「そこまで我々を敵対視しなくともよいだろう。部長補佐もいったように、セミリタイアだと思えばよい。ほとぼりが冷めたら、世間から離れて、ゆっくり外国で暮らすのはどうだ?」

 一歩、元帥が近づいてくる。

「お兄さんも結婚を控えているのだろう? ご両親を心配させたくはないのではないか?」

 どくん、どくん。早鐘が体の内側で鳴っている。
 それは敗北を告げる音だった。俺は、死ぬのが自分であるのなら、どうにでもなった。それは比叡と指を合わせたときから覚悟していたことだったから。
 だが、家族は。兄は。義姉となるひとには。

「英雄を喪うのはこちらとしても辛いのだ。……どうだ? わかってくれまいか」

 巨大な権力を相手にしたのが、致命的な俺の過ちに違いなかった。




635: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:33:00.30 ID:weAmJvBW0


 一躍、時の人。

 頭が割れそうだった。気が狂いそうだった。表情筋がブチ切れてしまいそうだった。
 記者会見で大々的に俺の偉業が発表される。我が身を省みることなく、上官の遺志を継ぎ、指揮を執った稀代の正義漢。死者百名余という大惨事、けれども見方を変えれば全滅の危機を救ったことになる。

 焚かれるフラッシュ。信じているのかいないのか、記者の顔はどいつもこいつも読み取れない。

 部長補佐が熱っぽく語る。彼のような人物が増え、艦娘を指揮することができるならば、いずれ深海棲艦など容易く全滅させられるだろう、と。
 あくまで艦娘は添え物。軍人が指揮し、戦場を支配することが前提の論陣。
 俺には笑顔が強制されていた。自らの言葉を喋ることは許されない。全ては部長補佐が捻りだしたシナリオに沿って事が進む。

 そこには俺はいなかった。




636: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:33:59.67 ID:weAmJvBW0


 稀代の英雄。善意に篤く、弱きを助け悪を挫き、不正を決して見逃すことのできない人格者。訓練時代から突出した能力とリーダーシップを発揮し、周囲をまとめ、出世頭と目された……らしい。一体誰のことだ? そりゃ。
 ついには全く見たことのない親友までが現れて、したり顔でインタビューを受けていたのには、驚愕を超えて笑ってしまった。

 きっとテレビの中の俺は煙草など吸わないのだろう。酒も嗜む程度にしか飲まないに違いない。人付き合いもよくて、休日は恋人と仲睦まじくデートをしているのだ。
 ばかばかしい。くだらない。

 お偉いさん方が言っていたとおり、報酬は莫大だった。金。家。上等な女を幾人もあてがわれたし、俺の希望は何でも通った。仕事はテレビカメラに向かって手を振るだけ。上っ面のいい、耳触りのいい言葉を、穏やかな調子で喋るだけ。
 あぁ、なんて割のいい仕事だろう! トップクラスの俳優だって、ここまで軽くは稼げまい!




637: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:35:06.39 ID:weAmJvBW0


 毎日毎日俺の映像がニュースで流される。比叡が戦っているあの映像さえも放映され、軍事評論家と名乗る人間が、いかにこの戦闘が素晴らしいものかを語っていた。
 曰く、歴戦の司令官でもこうは指揮できない。護国のためという情熱が画面から伝わってくるようだ。的確に倒せる戦力から削ぎ、距離の取り方も絶妙だ。

 嘘も大概にしろ、と叫んだところで、俺の言葉など誰も聞いてはいない。聞くつもりさえないのだ。どいつもこいつも紛い物の美談に酔い、偽りの輝かしい未来を見据えて悦に入っている。
 それは俺に力がないからではなかった。そもそも、後ろ暗い真実など、誰も求めてはいないのだった。

 悲しいニュースはもう沢山。楽しい、明るい、幸せな話を聞いていたい。話に多少の齟齬があったって、各自が都合よく脳内で補完、修正する。

 本当に戦いが素晴らしいものであるのなら、それは勿論、比叡の功績だ。




638: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:35:55.05 ID:weAmJvBW0


 護国のためという情熱が伝わってくる? 本当に? あいつがそんなもののために戦っていたとは、俺には到底思えなかった。
 国が尊く、個人の上位にあり、そのためならば全てを犠牲にしてでも赦される。そんな価値観はあまりにも前時代的すぎる。少なくとも、比叡はそんな巨大なもののために戦っていたのではなかった。彼女はあくまでも自分のために戦っていた。
 結局俺はあいつのことを大して知らないままだ。戦いに赴く前に比叡の言った言葉の理由、背景については、問い質せば答えは貰えただろう。今の俺の機嫌を損ねることに意味はない。そう判断できるくらいには、俺は冷静でいることができた。

 それでも知ろうとしなかったのは、あぁそうだ、俺はどうしようもなく臆病だった。全てに倦んで、やけっぱちだった。
 自らを包む暖かいそれが、毛布ではなく泥濘だと理解してなお、逃げ出す努力を怠った。
 だってそうだろう、仕方がないじゃないか。そんな言い訳はいくらでもできた。敵は巨大で、組織立っている。こんなちっぽけな個人で太刀打ちできるわけがない。

 それでもやはり、一言で表すならば、俺は臆病だったということになる。




639: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:36:41.81 ID:weAmJvBW0


 比叡に後ろめたかった。あいつを直視して、懺悔しながら生きるには、俺は途轍もなく矮小な人間だった。

 自らの運命に自ら決着をつけられない、殆ど愚かな人間だった。

 誰も彼もが俺を見ない。これからの海軍と国防を背負って立つ人間として、拍手喝采、期待の言葉を投げかける。だが、持て囃す偉業全てが虚構。

 俺は比叡を指揮していない。ただ彼女に願っただけだ。頼む。一言、それだけを。
 それがどんなに無責任な言葉だったかを知らずして!

 そして比叡も俺に巻き込まれた。俺は俺として生きる権利を剥奪され、彼女は彼女として死した後、彼女ではないナニカとして語り継がれる辱めに遭う。
 虚構の中で、彼女は強く正しく生きる学徒だった。両親の不幸に見舞われながらも懸命に前を向き、児童福祉施設では年長者として保護者として慕われ、艦娘による給金の殆どを施設へ送っていたという。
 現代のジャンヌ・ダルク? 誰だ、そんなうすら寒いキャッチコピーをつけたのは。

 確かに強く正しく生きていたかもしれない。懸命に前を向いてもいた。児童福祉施設云々は、このときの俺には知る由もなかったが、そう言うこともあり得るだろうとは思っていた。



640: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:37:12.28 ID:weAmJvBW0


 だが、違う。違うのだ。
 あいつはそんな華々しい活躍がしたいがために、戦ったのではなかった。人の命がどうだとか、国のためにこうだとか、それはあいつを語る上では不適切。本懐からは大きく外れている。

 俺は比叡のことを知らない。まるきり知らないというわけではなかったが、人となりや経歴は、知識として皆無と言ってもよい。
 だからすんなりと呑みこめた。有名になって、両親のもとへと帰りたい。あの時の叫びが心からのものであるということを。

 彼女は両親のもとへと帰りたかった。
 今やその願いは塗り潰されて、志高い愛国の戦士の仲間入り。

 軍の上層部やマスコミ、そして報道を簡単に真に受ける人々を恨まなかったわけではない。
 だが、一番の原因は、俺だ。

 俺さえいなければ。

 比叡は生き延びることができたのかもしれなかったし、仮に戦場で命を落としたとしても、彼女として語られていたはずだ。
 その可能性を俺が奪ったのだ。




641: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:39:33.28 ID:weAmJvBW0


 そんな俺の絶望なぞ露知らず、人々は戦いに沸き立ち、軍の入隊希望者は前年比で1・4倍。艦娘の徴用も進み、1・2倍。検査対象者の数だけならば、1・9倍を記録したという。
 その増加に、俺にまつわる一連の出来事がまったく無関係だとは思えなかった。

 だが、愚かなのは俺だけではなかった。

 軍の上層部は見縊っていたのだ。なまじ戦場に、非日常に近いから、気が付かなかった。遠くを見すぎて足元を掬われた。

 上層部の過失はたった一つ。比叡の戦闘の動画を繰り返し放送してしまったこと。それに尽きる。

 そこには戦場で血塗れになって戦い、苦しみの中で沈んでいく少女の姿が、克明に映し出されている。
 例えば、どうだろう。自分の兄弟や、恋人や、あるいは子供が。艦娘の適性があることを理由に徴兵され、艤装を背負い、海の上で化け物相手に血まみれになりながら殴り合う。撃ち合う。抵抗のない人間などそうはいない。




642: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:40:04.38 ID:weAmJvBW0


 日常を望む一般市民の声。彼らは、彼女らは、言う。声高に叫ぶ。プラカードを掲げる。艦娘は現代の徴兵制だ、軍国主義の先触れだ。国家機関による市民への人権侵害だ。
 なるほどその主張は決して間違いではない。反面、独善や、無知や、不見識が、庭の石を持ち上げたときの裏側のように、悍ましくこびりついている。
 今もこの世のどこかで勃発している争いが、絶対に自らの傍では起きないと信ずるのは、あまりに無責任と言ってもよい。

 あの種の輩はテレビに映っている映像が地続きであることを知らないのだ。芸能人やスポーツ選手が自分に縁遠いものだと思うのと同じレベルで、難民や凶悪事件の被害者や、そして俺や比叡が、同じ空の下で暮らしていることが想像できない。
 遠い国で起こったハイパーインフレ。宗教と人種の違いから起こる内戦。麻薬の蔓延。政治の腐敗。地震と津波。原子力発電所の老朽化。隣町で起こることはあっても、隣の家では、それは起こらない。

 当然根拠はない。




643: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:40:42.38 ID:weAmJvBW0


 深海棲艦も同じ。
 ガソリンが高騰して、野菜が高騰して、これまで輸入されてきたありとあらゆるものの流通が制限され、店頭から姿を消し、そこで初めて声をあげる。「こんなことになるなんて聞いていない」。
 艦娘が戦わずして、軍人が戦わずして、どうやって国を護るというのか!

 そして、これは別角度からの有り得なさではあるが――あの動画には深海棲艦の姿が映っていた。戦艦棲鬼と呼ばれる、女と怪物が組み合わさってできた化け物が。
 深海棲艦の声も、当然。

 「深海棲艦が言語らしきものを発するのなら、コミュニケーションもとれるはずだ」などという世迷言を、まさか誰が想像し得よう?

 誰も彼もが愚かに輪をかけた愚かさを発揮していた。その中には当然、俺も含まれる。寧ろ俺が、俺こそが愚者の先達なのだから。




644: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:41:28.17 ID:weAmJvBW0


 誰も彼もが愚かに輪をかけた愚かさを発揮していた。その中には当然、俺も含まれる。寧ろ俺が、俺こそが愚者の先達なのだから。

 流石の軍の上層部も、マスコミも、じわじわと勢力を拡大していく市民運動を掌握しきることはできなかった。もしかしたら利害関係のある何者かの差し金の可能性すら。
 陰謀論だと笑い飛ばすことは、誰にもできない。俺の身がそもそも陰謀に巻き込まれているのだ。証人はここにいる。

 議席の過半数を獲得していた与党は軍の上層部と友好関係にあったが、選挙の結果過半数を割り込む。躍進したのは艦娘の運用を見直すと公約に掲げた野党最大派閥と、深海棲艦との友好的アプローチを目指す新進の党。
 上層部の目論見は瓦解した。全ての議論は振出しに戻り、そもそも艦娘の是非という、これまで俎上にさえ上らなかった話題からスタートする。




645: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:42:20.70 ID:weAmJvBW0


 当然、俺は英雄ではなくなった。梯子は外され、足場は崩れ、掴まるものはなにもなく。

 転げ落ちた先は人でなし。
 人を人とも思わぬ運用の結果、虎の子の艦娘、しかも戦艦クラスを沈めるという無能の烙印。あるいは、折角の深海棲艦との交流の機会を棒に振った、調和の破壊者。

 同時に比叡の美化は止め処なく、軍上層部の犠牲として数百人を守り抜いた人身御供であると、それこそ宗教が生まれかねん勢いだった。
 二度と彼女のような悲劇を繰り返してはならないと、「ノー・モア・ヒエイ」と書かれたシャツを着た数千人が、街中をパレードする始末。

 お前らは一体何を言っているんだ?

 お前らは一体俺の何を知っているんだ?

 お前らは一体比叡の何を知っているんだ?

 俺は何もしていなかった。だから責任がないと言うつもりはない。寧ろ正反対で、何もすることのできなかった無能がゆえの責任が、両肩にのしかかっている。
 だが、俺がまるで直接比叡を地獄に叩き込んだかのような物言いをされるのは、非常に、非常に、業腹だった。




646: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:43:03.28 ID:weAmJvBW0


 比叡はそこまで高尚な人間ではなかった。崇高な人間ではなかった。数百人を助けるためならばこの身を犠牲にしてもよいとは絶対に思っていなかったはずだし、死の間際には家族の夢を見ていたに違いない。
 彼女の大事なものが見るも無残に襤褸にされ、ありもしないものへと変容させられる様をまざまざと見せつけられるのは、何事にも耐えがたい苦痛だった。

 苦痛こそが無能の罪業を雪いでくれるというのなら、謹んで承る所存ではある。だが実際はそうではない。踏みつけられ、貶められるのは比叡であって、俺ではない。

 何よりも苦しいのは、恐らくその真実を知っているのが、俺だけだということだ。

 いっそ死のうと何度思ったことか。

 だがだめだ。俺には、比叡の想いを、本当に知るべき人に知ってもらう責務がある。その責務を果たさずに死ぬつもりはない。
 死ぬつもりはないのだ。




647: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:44:11.53 ID:weAmJvBW0


 比叡が生まれ育った児童養護施設を調べるのは簡単だった。その時点では、既に比叡は我が国の悲劇のヒロインとして扱われていた。その補強に彼女の境遇が深く関係していたから、新聞やネットを漁ればいくらでも情報は見つかったのだ。

 ならば次は連絡手段だ。俺はそう踏んで、出入りの記者でも顔見知りのやつを半ば力づくで引き止める。
 顔見知りの記者は俺となど少しでも会話をしていたくないという風であったが、俺の顔に何を見たのだろう、唇を震わせながら場所や施設長とのアポイントメント確保を約束してくれた。
 掘り下げた比叡の生い立ちも、そのとき聞いた。

 施設長は五〇前後の、人の優しそうな婦人だった。応接室のような部屋に通され、俺たちはソファに腰を掛ける。
 俺はあの日あったことを全て施設長へと話した。それよりも前の、俺と比叡の出会いから、事細かに。声が上ずることを気にもせず、彼女が何を想い、何のために、深海棲艦との戦いに向かったのかを。

 施設長は俺の話を最後まで黙って聞いていたが、俺の話が終わったとみると、眼尻と眉をきつく吊り上げて言った。

「そうやってあの子の死を正当化するんですか? もう結構です。話すことはありません。お引き取り下さい」




648: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:44:42.65 ID:weAmJvBW0


 ……。

 俺、は。

 正当化なんて、違う、そんなつもりじゃ、あいつの死を、俺は。

 酸欠に喘ぐように比叡の両親を探した。無我夢中で、そのとき籍はまだ海軍にあったが、殆どの人間が俺をいないものとして扱った。俺もそちらのほうが心地よかった。時間は無限にあるように感じられた。
 せめて、せめて両親には。あいつが帰りたいと願っていた居場所があなたたちなのだと、それを伝えることは、でなければあいつの死に意味が、魂の帰るところが!

 比叡の両親は離婚しているらしく、父親はついぞ見つからなかったが、母親は何とか見つけることができた。関東圏で、夜の仕事をしているようだった。

「っていうかさぁ、遺族年金? 見舞金? っていうの? あれっていつ入るの?」




649: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:45:14.14 ID:weAmJvBW0


 ……。

 俺は。
 比叡は。

 空気の壁があるようだった。前にも動けず、さりとて後ろにも戻れず。焦燥感と、圧迫感だけが、間断なく苛み続ける。

 親から連絡があった。
 兄の結婚が中止になったと、それだけ書いた官製はがきが一枚、郵便受けに突っ込まれていた。
 その原因が俺であることは、想像に難くない。

 俺たちは。

「……一体、何のために……?」

 少なくとも、こんな仕打ちを受けるために生まれてきたわけではなかった。

 生まれてきたはずでは。

 こんなはずでは。

 本当に?

 あぁ。

 誰か。




650: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 00:45:48.21 ID:weAmJvBW0




 助けてくれ。






660: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:40:25.24 ID:weAmJvBW0


 頭の中で閃光が炸裂した。思考や意志を全て真っ白に塗り潰す、その光の名は諦念という。
 一体俺に何ができただろう。俺はどうすればよかったのだろう。
 問い質すことすら俺にはできない。その権利はとっくの昔に喪失している。

 それでも生きていかざるを得なかった。前にも後ろにも進めなくとも、体は生を望んでいた。
 何より、ここで死ぬことは、それこそ比叡の背信に他ならないと思った。
 それだけだ。それだけが、俺を俺たらしめ、この肉体を動かしている。やるべきことを為さずして、絶えるにはまだ早すぎる。

 トラックの艦娘たちの力になりたかった。それは嘘ではない。信じられなくともいい。ただ、それでも信じて欲しい。比叡のような死も、俺のような生も、見過ごすには辛すぎる。
 自分と彼女たちをダブらせているのかもしれない。寄る辺ない弱者。同じ轍を踏ませたくないがゆえに、こんな南の島で俺は今、必死をこいているのだ。




661: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:40:59.64 ID:weAmJvBW0


 もしも、万が一でも希望があって、彼女たちを救うことができたなら、それは幸せなことだった。こんな俺にも何かを為せたという実感が伴う。生きる価値を見いだせる。
 俺が何のために生き、何のために苦悩し、何のために死ぬのか。それを知るまでは精一杯喘ぐしか方法はないように思う。そのときに初めて、比叡に対する大きな罪悪感と真正面から向き合えるのだろう。

 だから。

「俺は、響を助けないとならない」

 その言葉を吐きだすことの、なんと勇気のいることか。

 雪風は下唇を噛み締めていた。涙を堪えているようにも見えるし、怒りを押し留めているようにも見えた。口に出す言葉を選んでいるようにも。
 考えていることはその表情からは読み取れなかった。俺の語ったことには嘘も衒いも一切ない。だが、それを雪風が信じるかどうかは、また話が違ってくる。

「……そんなこと」

 ぽつりと雪風が零す。

「そんなことって、ないよ」

「……」

 それがどういう意味かは判断がつかない。話そのものを否定しているのか、それとも俺の境遇に同情してくれているのだろうか。




662: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:41:51.56 ID:weAmJvBW0


「司令がここに来たのは、だから? 死に場所を探し求めて、生き様を探し求めて、だから響も助けるって、そういうこと?」

「……そうだ」

 最早誤魔化すという選択肢は頭にない。
 真摯に向き合うことでしか、雪風の信頼は得られない。

「辛いことばっかりだ。酷いことばっかりだ。なぁ雪風、そうじゃねぇか。お前はそうは思わねぇか」

 力が抜ける。肩と言わず、脚と言わず、全身の。
 ここが漁師の休憩小屋でよかった。俺はよろめきながらも椅子を引き、全体重を預ける。

「それでも俺は生きなきゃならん。少なくともあの時、俺が比叡に認証してなければ、こんなことにはなってなかっただろう。例えあれが考えうる最善だったとしても、だ。
 いや、それとも、もっといい方法がどっかにあったのかもな。足元に転がっていて、気づかなかっただけなのかもしれない。だったら余計に悪者だわな。
 もうわからねぇんだ。自分に何ができて、これからどうしたらいいのか。お前らの力になるってのは、一番わかりやすいじゃねぇか。簡単に存在理由がブチ上がる。だろ?」




663: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:42:27.21 ID:weAmJvBW0


「……そんなの、自分で勝手にやってください」

 巻き込むな、とばっさり。

「真理だな」

 自分の振る舞いは全て最終的には自分に返ってくる。良くも悪くも。情けは人のためならずという格言の意味はそういうことだ。
 全ての行動が己が身のためならば、当然勝手にやったって構わない。そう、トラックの艦娘たちのように。勿論、一般的にはそれは、公共の福祉に反しない限りという暗黙の了解が定められてはいるが。

 大井に手を貸すのも、響を鍛えるのも、そうすることが自らの利益になるからである。雪風はその姿勢に対して否定的なわけではない。畢竟、彼女もまた、自らのためにしか生きていない――生きられない。俺を批判するのは難しいだろう。
 とはいえ俺は論戦で勝ちたいわけではなかった。この身の不遇を盾にすれば、殆どの場合同情が買えることを、なんとなくは理解している。それではだめなのだ。

 俺は彼女たちに、俺を受け入れて欲しい。

 ああ、なんて甘ったれた考えだろうか。三十も近づく男が、十も十五も離れた少女に対して受け入れて欲しいと思うなんて、客観的に見れば変態以外の何者でもない。
 それでも、俺は一人で生きられるほどには強くなかった。社会から逸脱してなお、拒絶されてなお、孤高を貫けるような人間ではなかった。




664: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:43:11.10 ID:weAmJvBW0


「俺が響を鍛えると言ったらどうする?」

「邪魔しますよ」

「勝手にやらせてくれねぇんじゃねぇか」

「勝手にやってください? 雪風も勝手にやるだけです」

「なるほどな」

 勝手同士のぶつかりあいの構図だ。

「……比叡のお姉ちゃんは、きちんと死ねなかったと、言いましたね」

「あぁ」

 俺のせいで。

「無責任な第三者は、優しい言葉で心を刺します。勝手に自分の物差しで他人を測って、勝手に不幸だって決めつけて、勝手に可哀そうがる。
 司令はどうです? 比叡お姉ちゃんが本当に家族のもとに帰りたかったと思ってますか? 司令の抱いてる責任感こそ、無責任の賜物だとは思わないんですか?」

 他人の気持ちなんて究極的には理解不能だ。自分の気持ちでさえ定かでないときも多いのに、それはある種当たり前の話なのかもしれない。
 マスコミや活動家の連中は、比叡を悲劇のヒロインに仕立て上げたが、俺もまたそうでないとは言い切れない。悲劇の形が違うだけだ。

 そんなことはない、と断言できる要素はどこにもなかった。




665: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:43:55.50 ID:weAmJvBW0


 だから、こう言うべきなのだと思った。

「俺の価値観だ」

「価値観? 結局は独善ってことですよね」

「そうだ」

「それで雪風たちに迷惑をかける、と」

「うまくやるさ」

「今までの話を聞いてて、うまくやれた試しが全然なさそうに思います」

 痛いところをついてくる少女だった。

「そのチャンスが欲しいんだ」

「ゲームじゃありません。もう一回、にはならないんですよ」

「それでも」

 少し息を吸い込んで、

「俺は、お前たちの力になりたい。お前たちを幸せにしたい。そうすることでしか、俺は幸せになれない、そんな気がするんだ」




666: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:44:22.98 ID:weAmJvBW0


「……あなたは、幸せになる権利のある人間なんですか?」

 吐きそうなほどの頭への衝撃。雪風の言葉は力を持っている。
 選択を間違えた俺に、比叡を不幸にした俺に、果たしてそんな権利があるのだろうか。死者を振り切って逃げることは罪悪ではないのか?

「……なれなかったら」

 せめてもの抵抗として、俺は目一杯の笑顔を作ってやった。

「権利がなかったんだろうな」

「きもっ」

 どうやら雪風は俺の笑顔が大層お気に召したらしかった。くそ。

「……」

 沈黙。雪風と目が合うが、露骨に逸らされる。

 そのまま何秒が経ったのか。五秒? 十秒? 随分と長い間を置いて、雪風は言葉を選び、確認しながら空中に置いていく。

「なら、響も、そうです。だから、司令が響を助けることは、もしかしたら司令の救済に繋がるのではないかと、雪風は思います」




667: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:44:58.82 ID:weAmJvBW0


「……それで?」

「だけど! ……それはやっぱり、司令、あなたの都合です。あなたの都合で響を危険な目に合わせるということです。戦場に引っ張り出すということです。あのクソ雑魚を。激弱女を。それは我慢がなりません。
 雪風にも矜持というものがあります。ちっちゃな体かもしれませんが、それでも譲れないものが、ちゃんとこの中には眠っているんです」

「二度、死に損なった」

「はい」

「艦娘になる前に一度。なってからも一度」

「はい」

「駆逐艦『響』の略歴を知っているか?」

「はい」

「……そうか」

 なんでも知っているんだな、雪風、お前は。
 いや、響のことだけ、か?
 少なくとも響のことに関しては、かな。




668: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:45:39.62 ID:weAmJvBW0


「響の家族は事故で全滅してます」

「……」

 ……いや、まさか。

 雪風が響の境遇を俺に漏らすとは欠片も思っていなかった。だから、予想外のタイミングで予想外の角度からぶっこまれたその情報は、俺に予想外の効果を齎す。
 脳髄が痺れる。呼吸も忘れ、横隔膜が引き攣り、雪風から視線が離せない。

「なん、で」

「知らないくせにと言っておきながら、いざ蓋を開けたら、雪風もなんにも知らなかったってオチはムカつきます。いちゃもんに正論で返された気分。知らないなら知ればいい、ただそれだけの話じゃないですか。
 それに、……知らないところで話のネタにされて、次に会ったら謎の同情……それって最悪です。だけど司令は多分それどころじゃないと思いました。なら、変に嗅ぎまわられて、響に嫌なことを思いださせるよりは、そっちのがマシです」

「……あぁ、同情なんてしねぇよ。傷をなめ合ったってしょうがねぇしな」




669: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:47:52.37 ID:weAmJvBW0


「響も施設の出身です。舞鶴ひかり園。……やってきたときは車椅子で、包帯も完全には取れ切って無くて、腕をギプスで固定しました。
 詳しくは知りません。交通事故で、響だけが生き残ったそうです。お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんが死んでしまって、幸運なことに――不運なことに、響だけが」

 幸運と不運。
 生き残りと死に損ない。

「持つ者にのみ許された苦悩があるように、残された者にしかわからない痛苦もまた、あるんですよ司令。
 雪風のがお姉さんだったから、一年先に施設を出て、身よりもなかったので艦娘になって……トラックに来て、あとから配属された響と再会して」

 トラックを深海棲艦の大群が襲って。

「あのときの響の練度は、確か五だか十だか、まぁそれくらいで、新参でよわよわのへぼへぼで……本当だったら死んでてもおかしくないのに」

「何かが、あったのか」

「ほんとね、くだらないんですよ、司令。くだらない理由なんです。うん、響の不幸は、くだらなさが原因って言っても過言じゃないかもしれません」

 雪風はテーブルの脚を軽く蹴とばした。がたん、すっかり目の慣れた暗闇の中で、一際大きな音が鳴る。
 苦笑していた。困ったなぁ、本当に困っちゃうなぁ、そんなふうだった。




670: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:48:24.43 ID:weAmJvBW0




「死んじゃった提督がね、遠征を間違えちゃったんです」





671: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:49:25.57 ID:weAmJvBW0


「……」

 思わず「それだけ?」と訊こうとして、すんでのところで留まる。納得がいく。それだけ。それだけなのだ。
 たったそれだけのくだらなさが故に、響は生き残り――死に損なって、苦悩の源泉となっている。

「多分何かにミスあったんでしょうね。演習と間違えたのかな? まぁとにかく、響は一人で遠征に出かけて、……本来は一週間の遠征が、途中で泊地と連絡がつかないことに気づいて、五日で帰ってきたときには……」

 泊地は壊滅状態。死者多数。

 戦う機会すら与えられずに、響は今、人生に右往左往している。
 もし神様がいるのだとしたら数発殴りつけてやりたい。悪戯好きを通り越して、そんな偶然は性悪に過ぎた。

 俺はここでようやく合点がいった。響がどうしてあそこまで強くなろうとしているのか、自らを鍛えて戦いに赴こうと思っているのか。




672: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:49:53.54 ID:weAmJvBW0


 響のそれは赤城のそれとはまったく趣が異なっている。誰かのためと自らのためが殆ど同一化してしまっているのだ。
 誰かを助けることが自らを助けることに繋がる。生き残ってしまったことへの罪悪感が、源としてあるのだろう。命を拾って助かった、幸運だ……それで済ませておけない。その命を燃やして何かを成し遂げなければ、余生を死んだように生きるだけ。

 まるで俺じゃあないか。

 雪風の先ほどの言葉、響の救済が俺自身の救済に繋がる。それは正鵠を得ていた。鳥肌が立つほどの相似がそこにはある。
 正しい生を。でなければ、せめて正しい死を。

「雪風、あいつは、俺は……」

「わかりましたよね? 戦って生き残ったわけじゃないんです。だから弱っちくて、戦場の厳しさも全然知らない。そんなのを連れていって欲しくない。いや、本当に、流れ弾当たって一発でお陀仏です」

 危険なものから引き離す。一面では正しいその対応も、別の側面から見れば悪手となる。火傷せねば炎の危うさを学ばないように。




673: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:50:46.55 ID:weAmJvBW0


「……勝手にやらせてもらう、と言ったら?」

「夜道に気を付けてくださいね」

 まぁ、そう来るか。

「わかった。遠征だ。遠征だけに、連れていく」

 とりあえずここは折れたふりだけでもしないとまずい。

「新型の深海棲艦が二体発見されたっつー話は、神通から聞いていると思うが……今後はそれの捜索がメインになる。艦隊を組んで、海域を塗り潰していく。当然資材の消費は激しくなる。それを調達する係は、別途必要になると踏んでいたところだ。
 面子に関しては龍驤や神通に相談しよう。少なくとも危険がある海域にはいかせないし、当然一人で向かわせもしない。
 ……どうだ?」

「別に――」

「お前や神通がいけばいい、とか言うんじゃねぇぞ。いましがたお前が言ったばかりだ、響は弱い、と。なら、強いやつらを戦場から引き離すわけにはいかねぇ。違うか」

「……違わない、です」

 不承不承といった感じの雪風。




674: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/19(木) 19:51:18.14 ID:weAmJvBW0


 論理で攻めることに意味がないのはわかっていたが、こちらにも譲れない一線はある。それさえも雪風の「知るかそんなもん」という一声でソデにされてしまうのだから、圧倒的にこちらは分が悪い。
 ただ、決定権という意味であれば、そもそも雪風にすらそんなものはないのだった。響の体は響のもので、彼女がどう動くかを、雪風は縛ることができない。こうして俺に圧をかけているのは、そのことを雪風自身よく理解しているからだ。

 俺たちを脅して響を受け入れないようにすれば、ひとまずの安心は得られる。釘を刺しにきたのであって、であれば折衷案を受け入れてくれる余地は十分にあった。

「……少しでも不審な編成をしたら、ぶっ殺しますから」

 龍驤にも似たようなことを言われた気がする。こいつらはみんな揃って血の気に逸りすぎてはいまいか。

 用事は済んだとばかりに雪風が扉へと向かった。勢いのままに扉を外へと押し出して、

「ふぎゃっ!」

「……だから言ったんですが」

 人影が二つ。
 鼻っ柱を抑えた潜水艦と、月夜においても爛々と瞳の輝く航空母艦だった。




684: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 18:55:11.03 ID:zmYsrQkn0


 初見の感想は「思ったよりもでかくないな」だった。

 前に見たときは漣の視覚を通してだったから、必然多少なりとも見上げる形だった。今、赤城は俺より頭半分くらい小さく、霧島より少し低い。一六五センチとかそれくらいだろう。
 だからこそ信じがたくもある。目の前の少女二人から発せられる気配は、まったく常人のそれとは違う。満ち満ちていて、張り詰めている。少しでも視線を切れば、すぐにでも縊り殺されそうだった。

 いや、まさか58はそんなことをしないだろうし、赤城だってそうだ。それでも二人は歴戦の猛者だった。凛と立つその姿は、背筋が凍るほどに直立していて、ゆえに美しい。

「初めまして、提督。それともお久しぶりのほうが正しいですか?」

 赤城は丁寧に頭を垂れた。長い髪の毛がさらりと肩から滑り落ちる。
 58はそんな赤城を細目で睨みつけていた。いや、見張っているという表現の方が正しいだろう。



685: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 18:57:15.97 ID:zmYsrQkn0


「なっ、なんで、お二人が、ここに」

 雪風の狼狽。純粋な驚きというよりかは、この二人の年長者が不得手であるために見えた。赤城は神通の競合相手であり、58はどちらかといえば赤城に与している、そのせいだろう。
 58と赤城の二人は雪風に対した反応を見せなかった。年長者の余裕。同時に、雪風がここにいることをあらかじめわかっていたように思える。でなければこんな寂れた漁師の休憩小屋を尋ねはしまい。

 それとも、俺か?

「どったんばったん夜中に物音がするから、なんだと思って気にしてみれば、ってとこかな」

 つまらなさそうに58は言った。

「勿論、万が一の時は止めるつもりだったでち。殴ったり蹴られたりはともかくとして、外したり折ったりはさすがにまずいもんね」

 外すって何をだ。折るってどこをだ。

 心の中で文句を言いつつも、その実感謝している自分も確かにいた。58なりの心配……というか、気にかけてくれているのだ。
 勿論純粋な好意ではない。俺たちは、俺が他の艦娘ともそうであるように、互いの利益によって結ばれている。互恵関係。互いが互いのために動くことを前提に成立した間柄。




686: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 18:57:52.70 ID:zmYsrQkn0


 と、そこで俺は58の物言いから気が付いてしまった。

「お前ら、結構前から居たのか」

 ということは、つまり。

「申し訳ないでち。盗み聞きするつもりはなかったけど。
 ……まぁ、聞こえるよね」

「提督、なぜあなたは復讐をしないのですか?」

 問うたのは、当然か、赤城だった。
 その瞳は爛々と輝き、しかし至って平静に見える。怒りはない。同情もない。純粋な疑問だけが、虹彩の中で色を帯びている。あくまで復讐を行うことが当たり前として、その当たり前なことをしない俺が、到底理解できないかのようだ。

「酷い仕打ちを受けたのならば、復讐をすべきです。その権利は誰にでもあります。なぜですか? 自らの傷を自ら癒す、その行為に意味がないとは言いませんが、敵に背を向けることが日本軍人の嗜みだと習った記憶はありません」

 それは血で血を洗う論理だった。もっと言ってしまえば、テロリストとなんら変わりがない。
 赤城ならばやってのけるだろう。完膚なきまでに叩き潰す努力をするだろう。例え敵がどんなに強大であっても、多数であっても、怯むくらいならば初めから行動に移さない。そういったある種の潔癖さや高潔さが彼女には備わっている。




687: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 18:58:25.28 ID:zmYsrQkn0


 だから、なぜと問われれば、俺と赤城は人種が異なる、という結論しかない。

 もしも俺が全知全能の神で、今すぐに、指を鳴らすだけで、敵を破滅させることができるとしたら……その能力を行使することに何ら躊躇いはないに違いない。街中で見つけたうまそうな定食屋にふらりと入るのと同じくらいの気軽さで、気に障るやつらを皆殺しにするはずだ。
 だが、俺には無論そんな力はない。恨みはある。しかし、復讐をすることが果たして俺の幸せに繋がるか、確信が持てないでいるのだった。

 赤城はそんな俺を愚かしいと思っているようだ。だが、俺も赤城のことを、視野狭窄に過ぎると思っている。そして互いに、互いがそう思っていることをなんとなく察している、そんな距離感が確かにあった。

 周囲を見渡せば、赤城のことを大事に思ってくれている奴らなぞいくらでもいるというのに、それに気が付かない。優先順位が硬直しているのだ。
 まず復讐ありき。それが赤城という人間の本質。
 そして復讐の対象は……。

 そんなことをして何になる、とは言えなかった。




688: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 18:59:25.76 ID:zmYsrQkn0


「復讐をするくらいなら、お前らの手助けをしてるほうが、よっぽどいいな」

「……?」

 言語が通じていないかのような顔をされた。赤城は俺の正気を疑っているのかもしれない。首を傾げ、まぁいいや、と小さく呟く。

「ゴーヤ、私は戻りますね。夜明けまで任せました」

「ちょっと待つでちよ、赤城」

「はい? なんですか?」

「新型の話は聞いてるの? 扶桑を大破に追い込んだのと、数人がかりで倒すのがやっとだったやつ。あと青いヲ級も」

「あぁ、龍驤から報告来ましたね。掃海作戦をやるとか。こちらの邪魔をしなければ、どうぞお好きにという感じではありますが……新型がどこから来ているのかは気になります」

 深海棲艦がどこから湧いて出てくるのか、いくつか仮説はあるものの、全て根拠は薄弱だ。




689: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 18:59:52.78 ID:zmYsrQkn0


 防衛省としては、やつらは生物と金属の融合した「金属生命体」という全く新しい種なのだと、対外的には発表している。艦船を襲うのはやつらの主食が金属や重油であり、我々が行っているのは戦争というよりは危険生物の駆除に近い。
 反対に、神祇省は、あれは怨念や邪念が神格を得て顕現したものであるとしている。定義としては妖怪に近い。
 ネットや世間のうわさ話まで広げればそれこそキリがなかった。宇宙から侵略しにやってきたエイリアンだとか、外国が秘密裡に育てた生物兵器だ、海の底で暮らしていた知的生命体がついに我々と接触を図りに来たのだ、エトセトラ。

 赤城の興味が学術的な面から来ていないのは明白だった。棲家さえわかれば、あるいはプラントさえわかれば、一網打尽にできる。そういうこと。

 爆薬を抱えての特攻をしてもおかしくはなかった。




690: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:00:49.35 ID:zmYsrQkn0


「あんたはどうするの? ってか、あたしはどうすりゃいいの、ってこと。もし興味があるなら、こっちでもそれなりの準備と心構えはしておくけど、そうじゃないなら適当に雑魚追っ払って終わりにするよって」

「いきなりどうしましたか? ……あぁ」

 赤城は俺を見て冷笑した。

「なるほど。58、あなたも絆されてしまったの?」

「そういうわけじゃねーでち。58の代わりに働いてくれる手足が見つかったってだけ」

「……お二人も、新型を狙ってるんですか」

 雪風が地を這うような声を吐いた。覚悟を決めて問い質す声音。
 赤城と58の瞳が少女へと向く。人を人とも思わない、その価値を値踏みすることに特化した色が、そこには宿っている。

 一瞬だけ割って入ろうかとも考え、結局躊躇してしまう。自分が介入していい事態のレベルをいまだ理解しきっていなかった。きっと依然として自らが部外者であるという意識が、心の奥底に鎮座しているのだろう。
 とはいえ雪風と二人を比べればまるで子兎と獅子である。武力でも、胆力でも、叶うまい。一方的なやりとりになれば体が自然と動くはずだった。




691: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:01:43.28 ID:zmYsrQkn0


「狙っている、とは。はて? 多分に誤解が含まれていますね」

「赤城、あんまりそう言ってやるもんじゃねーでちよ。相手は子供、そこんとこは考えとかなきゃ」

「58、それはだめよ。全くの悪手。というよりも、そうですね、無礼極まりない。少なくとも私は、こと礼節に関しては、拘っていきたいと――筋を通した生き方をしたいと、そう思っているの」

「だから復讐か」

 ぼそりと俺の呟きを赤城は聞き逃さなかったようだった。こちらを一瞥して、さも自慢げににこりと微笑む。微塵も臆した様子がなく、気後れしているようにも見えない。

 礼節。仁義。
 失った仲間たちのための。

 やられたら、やり返す。

「こんな眼をして、こんな語気を発する相手に、子供呼ばわりは到底できない」

 赤城は屈んだ。膝に手をついて、軽く腰を曲げ、目線を雪風と合わせる。
 爛々と輝く瞳がそこにはある。




692: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:03:05.08 ID:zmYsrQkn0


 雪風は体を震わせ硬直するも、最後の意地なのか、赤城から目を逸らすまいと必死になっているようだった。

「覚えておきなさい、雪風。あなたは何かを勘違いしているようだから。
 ――私たちの道行に、終わりなどはないの。狙いだなんて、そんな……目的じみた存在は、まるであたかもこの世に魔王がいるかのような……ふふっ!」

 赤城の体が弾ける。一息で姿勢を直立まで戻し、踵を返して反転、小屋から数歩離れる。

「そんなものがいればいいんだけど、存外世の中とはそううまくはできていなくて……根絶やしにするしかないのでしょう。ないのでしょう?」

 問われても、返事に窮する。俺の中には答えはなかった。適当な言葉をでっちあげたところで、赤城は瞬時に見透かすだろう。そうしたときの亀裂は致命的に思われた。

「新型を探すならお好きにどーぞ。あたしと赤城には作戦目標なんてもんはどこにもなくってさ、そういうくだらないもんは全部海の底に沈めてきたから」

「くだらっ」

「ないの。ない」

 断言する58。




693: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:03:52.73 ID:zmYsrQkn0


「雪風、あんた自分の目的を見直した方がいいんじゃねーでちか? 海の平和とか、北上かどうかとか、そんなのどーでもいいはずじゃん? ゴーヤはめんどくせーことは嫌いだけど、仲間が不幸になるのを黙って見てるほど、冷血でもないつもりでち。
 新型を倒すために新型を探すんじゃ意味がねーって話。わかる? なんのために生きてるか、もっかい見直した方がいいよって、これは年上のおねーさんからの忠告」

 58も赤城を追った。赤城の活動できない夜間は58が海域を哨戒している。それは前にも聞いた話だ。

 なんのために生きているのか。俺はそれを探し求めてやってきた。さらに一歩踏み込んで、俺は生きていてもいいのか、誰かに問うために。
 あるいは、誰かから「生きていてもいいよ」と言われるために。

 赤城は復讐がゆえ。58は、よくわからない。
 なら雪風は? この狂犬のような少女は一体なんのために?

「そんなのっ、決まってますっ……」

 唇を噛み締めた雪風の口から、決意の言葉が出てくることはついぞなかった。



694: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:04:37.21 ID:zmYsrQkn0


 決意や決心に真贋があるとは思わない。しかし、雪風は今、58に言い返そうとはしなかった。否、言い返すことができなかったと見るべきだろう。口内から意志が溢れなかったということは、そういうことだ。
 何らかの感情が、それも単一ではない坩堝の色彩を持ったそれらが、複雑な気流を伴って雪風の言葉を堰き止めている。

「赤城!」

 去りゆく背中に声をかける。幸いにも赤城は反応し、振り向いてくれた。

「もし、お前が一人じゃどうしようもなくなったとき、俺たちを頼って欲しい!」

 返答はなく、ジェスチャーもない。
 ふっと酷薄な笑みを浮かべ、真っ直ぐに前を向いた。58が赤城の手を握り、自分の肩越しにこちらを窺っている。諦めろと、そう言っている。

 諦めたのはお前だろう。違うか、58。




695: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:05:25.32 ID:zmYsrQkn0


「雪風も、もう、行きます」

 夜の闇の中で、白いワンピースは僅かな光を反射して浮かび上がる。
 しかし、一歩踏み出して、雪風は躊躇した。何か言い残したことがあるのか、口をもごもごとさせている。

「……ありがとうございます」

 まさか礼を言われるとは思っていなかった。心当たりもない。

「なんで?」

「……比叡お姉ちゃんのことを、考えてくれているから。覚えていてくれているから。忘れて、気にせずに生きていくほうが楽なのに。それができないって……司令はおばかさんです」

 そうかもしれない。事実、そうなのだろうな。

「それだけ。それじゃ」

 今度こそ雪風は暗闇の中を走っていった。角を曲がって、見えなくなる。




696: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:05:54.16 ID:zmYsrQkn0


「……」

 ふぅ。息を吐きながらまた椅子へと腰かける。

 とりあえず人心地がついた気分だ。一服したいが、さすがにまずは、やらなければならないことがある。
 漣にこちらは落着したぞと連絡をとろうとし、いや、それよりも神通と話をする方が先だということに気付いた。雪風にはああ言ったものの、響を遠征に使う許可が下りるかどうかは、神通次第。
 それもまた誤謬か。雪風が響の自由意思を縛れないのと同様に、神通も響を縛ることはできない。

 神通に向けてコールをすると、すぐに彼女は出た。集音機が波の音を拾っている。今日は少し波が高いようだった。

『終わりましたか。かかりましたね』

「あぁ終わった」

『雪風はなんと?』

「絶対にだめだ、させない、と」

『なら私も「はいどうぞ」とはなりませんね』

「待て。だが、遠征になら、と。戦場に連れ出すなと、言われた」

『……そうですか』

 どこか暗い神通の声。

『それは私にも適用されるのでしょうか』




697: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:06:29.45 ID:zmYsrQkn0


 神通は雪風と響を伴って深海棲艦との戦いに赴いている。俺はだめで、神通はよいとする根拠は、彼女の中には希薄なのかもしれない。
 まさかそんなクソ真面目なことを尋ねられるとは思ってはいなかったので、不意打ちに吹き出してしまう。俺と神通、どちらのほうが信頼がおかれているか、共に過ごした時間を考えれば答えは明白だと言うのに。

「そういうわけで、響には遠征をお願いしたいと思ってる。勿論、神通、お前の権限で戦場に連れていくのは構わんし……雪風も文句は言わないだろう。
 どのみち新型の捜索で資材も必要になる。誰かが遠征にはいかなきゃならん」

『そう……そうですね。そうか。そうですよね』

 呆けているのか? 神通の返事には力がない。

『結局、私は……』

「神通?」

『いえ。結果はわかりました。なら、私に口出しのできることではありませんので……。
 響のこと、お任せいたします。何卒、よしなに』

 それだけを言って一方的に通信が切断された。




698: ◆yufVJNsZ3s 2018/04/26(木) 19:07:52.27 ID:zmYsrQkn0


「……なんつうか、すげぇ嫌な予感がするな」

 これまでのパターンだと大体そうだ。誰しもに苦しみや悲しみや、背負った過去が存在する。普段は不可視のそれは、些細なことをきっかけにして――本人にとってはかけがえのない一線を超えて――一気に顕現しだすのだ。
 響と、雪風と、神通。果たしてその三人の関係性に、微塵も打算がないとは俺には思えなかった。

 誰かを心の支えにして生きている。赤城のように、自立して生きていける人間は多くないし、赤城にしてもそれは独立が故の脆さと紙一重だ。

 だが、今の俺に採れる選択肢はそれほど多くなかった。できることからコツコツと。まずは響をなんとかしなければ、雪風の心配、戦場での轟沈が現実のものともなりかねない。

 俺は小屋を出て、家路を目指す。




708: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 21:57:52.35 ID:p0oYgmPq0


 遅かったですね、と漣はまずそう言った。そこには非難の色は見えず、寧ろ心配が色濃く出ていたように思うのは、単なる自惚れだろうか。それとも俺の青痣のある顔を見て、出先であったことに想像がついたのだろうか。
 扉から頭をぬっと突き出したのは漣だけで、響の姿は見えない。帰ったのか、と尋ねると、漣は首を横に振る。ぐっすりです。端的な言葉。あぁなるほど、俺もすとんと落ちる。まさに子供じゃないか。

 これが庇護欲というものなのか? 響を一人にしてはおけないと思ったし、事実漣もそうなのだ。だから起こさずにそっとしといてやっている。
 もしかしたら雪風もそうなのかもしれない。常軌を逸した過保護は、単に同じ施設で育った妹分という度を超えているように思う。雪風なりの矜持と自己実現のために、あいつもまた響を護っている可能性は?

「遅かったのはいろいろあったから、ですか?」

「ん」




709: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 21:59:25.17 ID:p0oYgmPq0


 どう説明したものか。俺と雪風の間にあったことを説明するということは、つまり俺と雪風の間にいる人物について説明するということでもある。それは畢竟、俺の過去にも当然ぶち当たる。敷衍することが得策には思えなかった。
 だが、それと同じくらいに漣に隠し事をすべきではないともまた感じている。俺の過去を、というわけではない。この島において任務を遂行するための全てを、という意味で。

「力づくで止めようとされた」

 結局は臆病が勝った。事実ではあるが、真実とは遠い言葉を用いて、漣に事情を説明する。
 漣は途中相槌を入れながら聞いていたが、全てを聞き終ると即座に面白くなさそうな顔をする。
 本当に、まったく面白くなさそうな顔だった。

「よくわかんないですけど、何様なんですか、そいつ」

「よくわからんことに」

「口を出すべきじゃない。はい、わかってます。わかってるつもりでは、あるんですが、でも」

「身の安全を第一に考えることが悪いとは思わないけどな」

「どっちの味方ですか。本人は戦いたいって言ってても?」

「勇気と無謀の違いを教えてやるのも、大人の役目さ」

「折衷案としての遠征、ですか。まぁ理解はしました。ご主人様の判断は間違ってないと思います。だから漣もそれに従います」



710: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:01:09.56 ID:p0oYgmPq0


「悪いな」

「ぜんぜん。ただ、漣の話も聞いてほしいなって思います。反対するわけじゃありません。お願いが、あるんです」

 漣は俺の服の袖をくいくいと引っ張って、サンダルをつっかけ脇をすり抜けていく。視線を吸い寄せられるも、それでもまだ部屋の中に響がいることを懸念し、物音がないのでまぁ平気だろうと判断。漣を追う。
 ぐるりと集合住宅を回って、反対方向へと抜けた。そこには少し広めの空き地があって、手入れのされていない防風林がある。木はやせ細り、葉も大して茂っておらず、見るだけで不安になってくる。

 半分くらい朽ちかけたロッキングチェアが裏寂れた雰囲気を助長している。それに座ることは当然せず、その先、洞が人の顔の形をしている木の傍へと立つ。

「どうした?」

 素直に考えれば、響に聞かれたくない類の話なのだろうが。

「座ってください」

「ここに? 地べたに?」

「はい」




711: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:01:44.35 ID:p0oYgmPq0


 どうやら選択肢は与えられていないようだ。理解すれば観念もできる。こいつは妙に強情なところがあるから、大人しく従っておくのが吉なのだ。
 土は夜露で湿り気を帯びているものの、座る分には問題ない。ケツが少々冷たくなりはするだろうが……まぁ必要経費と割り切ろう。

 促されるままに座ると、胡坐をかいた俺の脚の上に、さらに漣が腰を下ろした。太ももに尻が、鳩尾に背が、胸板に頭が、それぞれ当たる。
 重たさはまるで感じないが、それ以上に動揺の方が強かった。俺の中学二年女子のイメージは貧困極まりなく、反抗期真っ盛りで父親のことを意味もなく毛嫌いしている、というありきたりなもの。どうしてこうも密着してくるのか。
 俺はロリコンではない。漣くらいの年は、それこそ庇護欲の対象でこそあれ、性欲の対象にはならない。それでも、俺の目の前に鎮座する高い体温、そして仄かに香るシャンプーの匂いは、俺の平静をかき乱すには十分すぎる。

 そもそも手の置き場が見当たらなくって、俺は必然、ホールドアップの体勢になる。




712: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:02:13.33 ID:p0oYgmPq0


「……何やってんですか?」

「いや、だってお前」

 前に降ろせば抱きしめる形になるし、横にぶら下げておけば手と手が触れ合うじゃねぇか。
 俺のそんな弁明に、呆れたように漣はため息を一つ。

「ぎゅーしていいんですよ、ほら。ぎゅー」

 手首を引っ掴まれた。そのまま漣の脇の下をくぐって、腹のあたりで交差させられる。
 そのかたちよりも寧ろ、いましがたこいつの口から発せられた擬音の方が、なんだか無性に恥ずかしくて仕方がなかった。

 なんだなんだ。こいつは一体どういうことだ。

「ほぁー、落ち着きますねぇ」

 落ち着かない。断じて落ち着かないぞ。

「月ですよ、月。今夜は空気が澄んでます。綺麗な月」

 桃色の後頭部から視線を上げれば、隙間の多い防風林の向こう側に、はっきりとした輪郭をもった月の姿があった。あと数日で満月になろうかという月。俺は月齢の名前に詳しくないが、漣は知っているのだろうか。
 というよりも、「月が綺麗ですね」。そんなロマンチストのたまには見えない。単なる偶然だろう。




713: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:02:50.82 ID:p0oYgmPq0


「……用件を言えよ。お願いとやらが、あるんだろう」

「落ち着きがないご主人様ですねぇ。別にいいですけど。漣も、この感じ、ふっと寝ちゃいそうで……本題は済ませておく方が、いいかも」

 漣はそう言って俺へと体重をさらに預けてきた。俺にもたれかかり、そして俺もまた、背後にあった木へともたれかかる。
 くあぁ、と大きいな欠伸を一つ。

「大したお願いじゃないですけど」

 そう断って、

「ご主人様は優しい人だから、大丈夫だと踏んではいるんですが、きちんと口にすることに……意志を見せることに、意味があるのかなって」

「買い被りすぎだ」

「でも助けてくれますよ。大丈夫、漣が太鼓判を押します。
 で、お願いってのもそれです。ご主人様、約束して欲しいんです。これから先にどんな困難が待ち受けていても、弱いひとたちを、決して見捨てないって。苦しんでいる人たちに手を差し伸べるって」

「……響か?」

「も、です。もちろん」




714: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:03:20.51 ID:p0oYgmPq0


 漣の言葉は理解できるようでいて、その実不透明だった。無論否やはない。それはもとより俺の行動原理の一つで、目的の一つ。
 助けろと言っているのではなかった。聡明な漣らしい言葉の選び方である。助ける努力を怠らないでくれと、そう「お願い」しているのだ。同時に、どれだけ難しいことを要求しているのか、こいつはわかっているのだろうか。
 助ける努力を怠るな。換言すれば、助けられるまで助け続けろということ。一縷の望みに懸けろと、そういうこと。

 望むところだった。今度心残りを作ってしまえば、もう俺は立ち上がることはできないだろう。そんな自覚が確かにあった。

「当然漣もがんばります。響ちゃんを遠征に連れていくなら、漣も一緒に出してください。そりゃ漣は弱いですけど、それでもなんかの役には立てるはずです。きっと。絶対に、立ってみせます」

「そりゃ願ったりだが、お前は大丈夫なのか。前線にも出るつもりだろ」

「大丈夫、って言いたいとこですけどね。わかりません、正直。だけど、音をあげるまでは、やらせてください」




715: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:03:48.70 ID:p0oYgmPq0


「……お前は、どうして」

 思い返せば、漣は雪風にも喰ってかかっていた。弱者を助けるのが軍人の使命と、そう誇りをもっているようにもとれるし、もっと壮大な算段があるのかもしれない。

「ヒーローになりたいんです。なりたかったんです。」

 過去形で言い直したことの意味が、俺にはまだわからない。

「響ちゃんを助けて、新型を見つけて、倒して……なんだかんだでみんなを、赤城さんまでひっくるめて幸せにして、漣たちも未来がうまくいけば、文句なしのハナマルっしょ? それは凄いことで……とっても凄いことで、特別なことで……」

 限りなく具体性に欠けた、綿飴のようにふんわりとした言葉を、漣は熱に浮かされているかのように紡いでいく。
 いつしかその小さな手が俺の袖に回され、ぎゅっと力強く握りしめられている。腹に密着する俺の手のひら。変なところを触ってしまいそうで、ぴくりとも身動きがとれない。

 仄かに甘い香り。高い体温。体が変に反応してしまわないか、冷や汗ものだ。




716: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:06:15.91 ID:p0oYgmPq0


「でもきっとそれは漣だけじゃだめなんです。ご主人様の力がないと、漣はなんにもできません。
 この島についたとき、漣はギャルゲーと言いましたね? 多分そうなんです。ご主人様は諦めちゃだめなんです。漫画とかアニメとかゲームみたいに、歯を食いしばってがむしゃらにやって、その先に開ける何かが必ずある。漣はそう信じてます。
 だから、ご主人様も信じて欲しいんです。その上で約束してください。弱者を決して見捨てないと」

「……」

 漣が少しだけ震えていることに気が付いた。寒いから、ではない。トラックの夜は今日も蒸し暑い。
 恐怖心と戦っているのだ。克己しているのだ。それだけ、俺の返事を聞くのが、こいつにとっては覚悟のいることなのだ。
 その理由こそわからないが、しかし、漣の言葉は俺にとっての杖となりえた。弱者を見捨てない。決して諦めない。言うは易し、行うは難し。よく言ったものではある。安請け合いはできない。




717: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:07:10.93 ID:p0oYgmPq0


 だが、俺は諦めきれなかったからこそトラックにいるのだ。

 であれば答えは当然決まっていた。

「わかった。約束しよう」

「えっ?」

「弱者を見捨てない。諦めない。いいぜ。どいつもこいつも一筋縄じゃいかねぇだろうが、無念のままに沈めてたまるか」

 言ったからには、やる義務が生じる。
 俺はもう口に出してしまった。

「本当ですか? 本当にですか? だって漣、すんごいめちゃくちゃなこと言ってますよ? ご主人様に全部お願いして、そりゃ漣も一生懸命手伝いますけど、こき使ってやろうって、そういうことですよ、わかってますか」

 驚きとともに、うるさいくらいの念押し。漣が思わず体を起こし、こちらの顔を覗き込もうとしてくるのを、俺は腕力で抱きしめてやった。恥ずかしさでさえもこのときばかりは勝る。

 わかっているともさ。

「自分の脚で歩くためには、まず自分の脚を信頼しなくちゃな」

 車椅子から立ち上がる時。眼の包帯を解く時。勇気を振り絞ってこそ、初めて前に進める瞬間というものが、必ず人生には存在する。
 いまがそうだった。――いまがそうであり続けている。




718: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:08:05.05 ID:p0oYgmPq0


 立ち上がる時の、解く時の、ほんの一瞬が大きく引き伸ばされた、いわば「巨大な一瞬」。トラックで過ごす時間はまさにそれだ。それからどうなるかは未知数で、もしかしたら地べたに倒れこんでしまうかもしれないし、視界は闇に閉ざされているかもしれない。
 それでも漣は諦めるなと言ったのだ。ならば、諦めない覚悟をもって、全てが十全に収まるように、俺は事にあたろう。

「俺たちの存在を、神様にドヤ顔で見せつけてやろう」

 こんな俺でも生きていてもいいのだと、空に向かって高らかに宣言してみせよう。

 強く漣を抱き寄せた。漣は「うー、たばこくさいー」と体を捩じらせるが、声は笑っていた。
 ふっとその体が弛緩する。緊張の糸が切れたのか、目をごしごしと擦って、たった一言「眠い」とぽつり。それが少しおかしくて、思わず笑ってしまったのを、この距離では流石に隠せなかった。体重をずしんとかけられる。

 漣がこの島に来た理由を俺は知らない。立候補と言っていた。ならば、当然、目的があるのだ。大なり小なり、それでも本人にとっては重大極まりない目的が。
 ヒーローになる。なりたかった。諦めるなと俺に言ったその口で、過去形を持ち出すというダブルスタンダード。到底許容できることではない。あぁそうだ、響だけでなく、赤城だけでなく、大井だけでなく。




719: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/02(水) 22:08:33.36 ID:p0oYgmPq0


「漣」

「んー?」

 眠そうな、とろんとした声が耳へと浸み込む。

「俺はお前を幸せにしてやるからな」

「んー、んー? うへへへへ」

 くすぐったそうに笑う漣。恥ずかしがっているのだろうか。収まりのいいところを探して、俺の前でもぞもぞとやりだす。

「ごしゅじんさまぁ」

「なんだ」

「……うへへへへ」

 漣はそう言って目を瞑ったようだった。寝るまで、そう時間はかかるまい。
 仕方がない、部屋まで抱きかかえて連れていってやろう。

 こいつらのためにやるべきことが一つ増えたくらい、いまの俺にはどうってことはないのだ。
 



731: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:31:43.90 ID:ddfT+5XQ0


 響と漣は早朝に出発した。遠征。目的は、とりあえず近場の採取地点へ向かい、資源を確保してくること。航路を見る限りは駆逐艦二人でもなんとかなるように見えたし、想定外の事態に対しては、即座に引き返すよう指示を出してある。
 限りなく大丈夫であろうルートであっても、完全に確立した安全などは存在しない。俺はただ二人の無事を祈りつつ、自分にできることをやるのみだ。

 それにしても、出発前の響には、申し訳ないが笑ってしまった。なんせあいつはいくら感謝の言葉を述べても足りないらしく、しきりに「ありがとう」「この恩は忘れない」などと言うのだ。俺なんて大したことはしちゃいないというのに。
 遠征に行く確約を取り付けることはきっかけに過ぎない。強くなりたいと心の底から希うのなら、さらにそこから一歩踏み出す必要がある。
 さすがに響がそのことを理解していないとは思わなかった。一歩踏み出そうとしているからこそ、あいつは俺たちにコンタクトをとろうとした。その結果雪風たちと摩擦が生じることを恐れながらも。




732: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:32:21.62 ID:ddfT+5XQ0


「ということで、漣は響と遠征に出かけている。捜索には四人で行ってもらうことになった」

「うーん……」

「不服か、最上」

「不服って言うか」

「まぁ別にいいんじゃないの?」

 困ったような最上に返答したのは霧島だ。視線を最上の隣にずらし、小さく嘆息。

「神通にも話は通してあるし、俺たちの目的は繰り返しになるがあくまで捜索だ。サーチ・アンド・デストロイじゃねぇ。見つかるまで帰ってくるな、っつーわけでもねぇ。四人でも問題ないと判断したが、まずかったか?」

 時間的な余裕がたっぷりある、という現状でこそないにしろ、当て推量で探すには海は少しばかり広すぎる。二組がかりで一週間かけ四分の一を絞り込み、ようやく一月かけて網羅できる試算だ。
 俺個人のことを考えれば、最悪のパターンでもぎりぎり間に合う。龍驤たちにとってはこちらの事情などどうだっていいのだから、多少時間はかかっても確実な方策を採るのは当たり前だろう。
 とはいえ、該当する海域を探せば必ず見つかるという確証もない。こればかりは運の要素が強い。




733: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:32:57.93 ID:ddfT+5XQ0


「提督、二人が言っているのは作戦内容のことではなく」

 神通の視線に釣られ、俺もそちらを向いた。

「……何よ」

 目を逸らし続けていたものがそこにはある。

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。何度言わせるの」

 生まれたばかりの小鹿のようなへっぴり腰で、大井が海の上でバランスを取っていた。

 何度言わせるのとは間違いなくこちらの台詞だ。十分ほど前に海の上に降り立ってから、大井はずっとバランスをとれていないようで、小波の揺れでさえ足元を掬われそうになっている。
 艦娘でない俺には、海の上に立つことがどれだけの荒行なのか、想像することさえできない。しかし漣や響と言った比較的新参でさえ難なく行えているのだから、技術としては初歩の初歩なのだろう。艦娘全体でも最古参である大井が身に着けていないはずはない。
 だとすれば、やはり空白期間のせいだ。大井自身は決して認めないが、病院のベッドに臥せっていた期間が、彼女と船の神を引き離したのだ。




734: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:33:57.68 ID:ddfT+5XQ0


 大井はこれまでの病院着ではなく、濃緑のセーラー服に、見るからに重たそうな艤装を携えていた。筋力に対して不釣り合いなのか肩で息をしている。
 険のある瞳は生来のものに違いないが、それはいつも以上に苛立っているように見えた。事実そうなのだろう。思い通りに動かない自らの体に癇癪を起している。

 十分がたとえ一時間だとしても大井がまともに海の上に立てない可能性はあった。確率的には、随分と高いように思われた。
 大井がどれだけの間病院暮らしだったか、調べようと思えばいくらでも調べられたに違いない。しかし大井は詮索を嫌がるだろう。ならば、そこは立ち入ってはいけない領域だ。

 とにかく、時間は――時間だけが唯一艦娘と海を引き剥がせる存在で、大井はそのあおりをまともに受けてしまっている。
 俺たちにできることは、大してない。

 大井が波に足をとられて尻もちをつく。

「……」

「……」

「……」

 それでも、三人が大井を待っているという現状は、俺にとっては眩しくもあった。

「……」

 俺も当然のように無言を貫く。礼儀。あるいは、敬意。
 時折「大丈夫か」と声をかけるも、返ってくる答えはいつも同じ。




735: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:34:31.06 ID:ddfT+5XQ0


 目的の遂行を第一位に考えるのなら、大井は残念だが置いていくしかない。だが三人はそうしない。そうするという考えそのものがない。
 俺は北上について、大井の実妹であるという以上のことを知りはしなかった。ただ、どれだけ大井が「北上」という妹を大事にしていたか、その必死の表情から想像はつく。

 大井はまた転んだ。

 ほっそりした手足と、不健康に白い指先で、懸命に波を掴む。

 普段は鋭い舌鋒も、今は真一文字に結ばれた唇の奥底へとしまわれて。

 いつか、彼女が笑顔になる日が来ればいいな、と思った。
 いや、それは弱気というものだろう。
 そうするのが俺の為すべきことなのだと、再度決意を新たにする。

 大井がまともに水面に立てるようになったのは、昼過ぎになってからだった。おおよそ一時間半、格闘していたことになる。
 他の三人に比べても見るからに不安定だったが、多少の強い波がやってきても、もう転んだりすることはない。問題なかろうと判断したのは俺だけではなく、旗艦である霧島も頷いた。




736: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:35:40.29 ID:ddfT+5XQ0


「……待たせたわね」

「肩で息をしてるぞ」

「暑いのよ」

 俺なんかは海風で寒いくらいだが。

「お前らの健闘と無事を祈る。霧島、あとの仕切りは任せた」

「はいはい、任されました。
 とりあえず海図のデータと航行記録はきちんと照らし合わせて、ログが残るように各自設定しといて。カメラも起動。いつ敵が現れてもいいように、分析用の情報は決して逃さないこと。オーケー?」

「うん」

「了解しました」

「わかったわ」

「作戦目的は新型の発見、及び敵本拠地の解明。作戦内容は海域の捜索よ。さっき提督が言ったように、敵を倒すのが目的なわけじゃない。ケースバイケースだけど、戦闘はなるべく回避が望ましいかな」



737: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:36:58.64 ID:ddfT+5XQ0


「資材の節約ってことかい?」

「それも勿論あるし、こっちは四人だから。イ級くらいなら問題ないだろうけど、少しでも戦闘が長引きそうと判断したら、即座に提督に帰投指示を出してもらうわ」

「うん、わかった」

 それは半分が真実で、半分が嘘だった。こちらには大井がいる。海に立つだけで精一杯の彼女を庇護しながらの激しい戦闘は、極力避けたい。
 霧島も俺と同じ判断だった。龍驤に確認をとったが、やはりそれが望ましいとも。

「目的の完遂のために戦闘は必須じゃない、それだけは頭に入れておいて。たとえ私たちが今回の出撃で新型を発見したとしても、即座に戦闘には入らない」

「その時点で目的は達したと? そうして後日、ログを頼りに、万全の準備で同海域に出撃するという認識でよいですか?」

「そうね」

「同海域に新型……レ級が現れる確証はないのでは?」

「えぇ、だから理想は敵本拠地を把握すること。棲息地、っていったほうがいいのかな。敵がどこから現れるか、誰も知らない。それを暴くことには尋常ならざる意義があるはずだわ。
 あとは敵の出現パターンの情報の蓄積もしたいの。何が目的なのか。それとも目的なんてものは何もなくて、ただ本能に従っているだけなのか。そのあたりを明らかにするためでもある」

「なるほど。長期戦の見込みですか」




738: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:37:48.70 ID:ddfT+5XQ0


 十分程度のブリーフィングを経て、四人は遅ればせながらも出発した。海風をその身で切り裂きながら、少し控えめな速度で、海の上を進んでいく。
 大井は落伍しないだろう。三人が過保護だとは俺は思わなかった。俺が望んでいることでもあった。

 四人の後姿が水平線の向こうに消えて、ようやく港を後にする。あいつらが海に出ている間、いくつかまとめておかなければならない情報もあった。

「霧島」

『あぁ、はい。早速ですか』

「状況が悪いか? 厳しそうならそっちから折り返し連絡が欲しい」

『いえ、大丈夫ですよ』

 秘匿回線を使用していても、素振りから霧島が俺と通信しているのに気付かれるのは避けたかった。

「おかしいよな?」

『そうですね』

 即応。あらかじめ、この件についてのやりとりはしていたが、話が早くて非常に助かる。




739: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:38:39.58 ID:ddfT+5XQ0


 漣でもなく大井でもなく、あえて霧島を選んだのは、彼女が最もこの情報を有効活用できると踏んだからだ。というよりも、彼女の未来に役立つ可能性が少しでもあるならば、といったところ。

「どうしてレ級とヲ級、そして北上に似た新型が現れたと思う?」

『新型自体はいまも海のどこかで生み落されているとは思います。ただ、レ級もこれまで未確認の機体でした。青い気炎のヲ級も希少種です。それらが一堂に会するのは、偶然にしてはできすぎですから……』

 少しの空白。考えているのではなく、言葉を整理しているようだ。

『その、「新型を生み出す場所」、つまり深海棲艦にとっての建造施設のようなものがトラック近海に存在している可能性は十分にあると思います』

「深海棲艦に意志はねぇよ」

『……』

 思わず語気が強まった。霧島も黙る。
 少し申し訳ない気持ちもありつつ、俺は言葉を続ける。

「だから建造施設じゃなく、発生する場所……産卵、孵化、増殖、まぁそんなところだろうが、有体に言えば『巣』ってことになるか」




740: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:39:51.38 ID:ddfT+5XQ0


『目に見える形であればいいですが』

 そして巣ということなのであれば、夥しい数の深海棲艦がそこに詰めていることも覚悟しなければならない。
 霧島が出発時に三人に向けて言ったように、もし巣があるとして、それを暴くことには大いなる意義がある。価値もある。霧島が本土に戻る手土産としては十分すぎるくらい。

『ですが、司令。私はたまに思うんです』

「どうした」

『そもそもあいつらは生物なのかどうか。私たちの装備が特攻を持つのは、信じがたいことではありますが、まじないによって神を降ろしている――と言われている――からです。ならば、あいつらは』

 神の類なのでは? 気軽な冗談を言うように、霧島は呟いた。

「……だとしたら、どうする?」

『どうもしませんよ。やることに変更はありませんから』

「あれが威力偵察だとしてもか」

 それはもう一つの可能性。
 イベントは過ぎ去り、しかし東南アジアは依然として敵の脅威に曝され続けている。第二波がないとは言い切れない。




741: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/06(日) 20:40:49.63 ID:ddfT+5XQ0


 先の三体が威力偵察任務に赴いたのだとすれば、発見されて、艦娘たちと戦ったことも全て作戦の内。そして、その仮定の先にあるものは、未来の大侵攻。
 やつらに意志など認められない。俺はそのスタンスを堅持しつつも、本能に基づく生物ならば、ある程度組織だって行動することは有り得るだろうと感じていた。

『どちらにせよ論文にするには有意義です。最早、なにもないのが一番いい、なんて楽天的なことを言える状況ではありませんからね。
 ……私も赤城のことを言えませんので』

 復讐鬼。無念のうち失われた者への鎮魂。
 霧島は理由を知ることこそが自らにできる最大の手向けであると考えている。

「……ま、地道に行こうや。そっちの状況はどうだ?」

『天気明朗、なれども波高し。私が戦闘、大井を左翼に方形陣。右翼は最上、殿は神通。平和な海です』

「了解。定時報告をよろしく頼む。一度切るぞ」

『ヤー』

 結局その日の成果はなかった。
 霧島はああ言ったが、俺はやはり、なにもないのが一番いい。たとえ無為に過ごしたというレッテルを張られたとしても。




748: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:50:03.69 ID:JeF2SQf30


「じゃ、いってくんねー!」

 手をぶんぶんと大きく振って、漣は発進した。スケートのように水上を滑る感覚は一体どのようなものなのだろう。大井は随分と苦労していたが……。

「ほら、響ちゃんも! はやくっ」

「ん。じゃあ、行ってくるよ」

 小ぶりに響が俺へと手を向けてくれる。腰から頭上まで振り回す漣とは違い、肩のあたりまで上げるだけの素っ気ないもの。それひとつとっても個人差があるものだ、と今更ながらの発見に唸ってしまう。

「おう、気を付けてな」

「大丈夫。元気」

「そうか。連日の出撃で疲労が溜まったら、すぐに言えよ。神通でもいいが」

「ん」

 こくり。一度その小柄な体を大きく頷かせて、離れてしまった漣に追いつこうと、きもち急いで発進。銀髪の輝きは水面の輝きと混ざってすぐにわからなくなってしまう。




749: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:50:38.74 ID:JeF2SQf30


 二人が遠征に出始めてから既に一週間が経過した。それは海域の捜索にも一週間が費やされたということであり、しかし依然として成果はゼロ。散発的な戦闘こそあったものの、お目当ての新型は影も形もない。
 少なからず一日ごとに捜索範囲は塗り潰せている。成果がゼロ、は言い過ぎか。兵は拙速を尊ぶという格言も、きっと俺のような人間がいたからこそ生まれた言葉なのだ。
 巧遅と拙速のどちらがよいかは一概に語れない。気持ちは急くが、抜け漏れや見落としを防ぐためにも、そして深海棲艦との遭遇に備えるためにも、今は巧遅を尊ぶべき。わかってはいるのだが。

 無力を痛感する。艦娘たちの寄与に対し、俺の寄与はあまりにも少ない。戦闘のデータ、備品や資材の管理、録画された映像の保管などは率先して行ってはいるものの、やはり罪悪感は拭えない。
 本来ならば書類仕事がたんまりとあるはずだが、名目上の提督は、いまは龍驤となっている。それ以前に本土との連絡は途絶していて、そもそも書類を出す相手もいないのなら、自慰的な捺印に意味があるとは到底思えなかった。




750: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:51:09.13 ID:JeF2SQf30


 とどのつまり、俺にできることは、帰投したあいつらに飯を振舞ってやるくらいのものだ。殆どヒモじゃねぇか、とショッピを吸いながら自嘲してみる。

「だが、まぁ」

 嘆いても仕方がない。できることを粛々と。
 分不相応は罪業である。偽物の英雄も、でっち上げられた悲劇のヒロインも、みな身の程を知らぬ欲望が発端だったことを俺は当然忘れちゃいない。
 本人だけでは完結しないのなら、なおさらだ。

 今日の海域捜索は龍驤組の番だった。龍驤と、夕張と、鳳翔さんと、雪風。本来は響も所属していたが、たっての願いにより最近は殆ど遠征ばかりに出向いているようだ。

 俺は煙をふかしつつ、海岸沿いを歩いていく。

 少し先の海上で人影が立っている。濃緑の制服は大井のものだ。自主練をしているのかもしれない、先の出撃では不甲斐なさばかりが目立ち、立腹していたようだったから。
 大井は皮肉屋で言葉もきつく、あまり他者と心を通わせようと言うそぶりを見せない。性格が悪い、と切って捨てるほどには大井のよさを知らない俺ではなかったが、あの厳しさはやはり自分にも向いていたようだ。




751: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:52:29.08 ID:JeF2SQf30


「精が出るなぁ!」

 叫んでやると大井もこちらに気付いたようだ。動作を止め、こちらに向かってくる。

「なんですか。邪魔をしないで欲しいのだけど」

「あぁすまん、そんなつもりでは。調子はどうだ」

「……別に。もともと入院もいらなかったのよ。みんなが変に心配して、それだけだから」

「体は大事にしろよ」

「もちろんよ。わかりきったことを言わないで頂戴。体が資本だということは、資本を欠く者こそが一番わかっているというものなのよ」

 さもありなん、といったところか。

 一朝一夕では覆らない練度の差が、大井と他の艦娘たちの間には存在する。巨大な壁。今からどれだけ修練を積んだところで、大して縮まるまい。
 ただ、問題はそもそもそこにはない。別にこいつは宗旨替えをしたわけではないのだ。




752: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:53:38.24 ID:JeF2SQf30


 いま自分にできることをする。そのスタンスは一貫していて、見ているこちらが清々しいほどに。
 だから大井は俺に海図を渡したし、焚きつけもした。ヒントをいくらでも寄越した。そして今は海に出て戦う準備を整えている。

「煙草も、なら吸わんか」

 禁煙の辛さは何度も失敗した俺自身よくわかっている。吸っていた一本を携帯灰皿へとしまいこむ。

「あなっ」

「あな?」

 穴? が、どうしたというんだ、一体いきなり。

「……」

 大井は大罪人を咎めるような目つきで俺を睨んでいる。やんちゃはしたが、俺はこいつの親の仇ではない。そんなに睨まれる謂れはない。

「……えぇ、そうよ。煙草はやめたわ。……やめてる最中」

 それがいい。煙草なんて所詮格好つけの道具にすぎないのだから。
 だから俺をそんな目で見るのはやめてくれ。




753: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:54:43.83 ID:JeF2SQf30


「北上ってのは、どんなやつだったんだ」

「……」

「いや、他意はねぇよ。ふと気になってな。喋りたくないなら、無理にはいい」

「別に喋りたくないなんて言っていないでしょう? ただ……あんまり喋ることもなくって」

「そうか?」

「だって妹だもの。いるのが日常でしょう。日常について特筆すべきことはないわ。特筆すべきことのない安寧を日常と、嘗ての人々は呼んだの。大辞林にもそう書いてあるのを知らないかしら」

「生憎、浅学でな」

「その顔を見てればわかるわ」

 おいこらてめぇ。

「ただ、毎日お見舞いに来てくれたの。学校帰りにね。ちょうど通学路の途中に、入院していた付属の病院があったから、そのおかげだとは思うのだけれど。
 ……毎日よ? 誇張はなく、毎日。雨の日も雪の日も、友達と遊んだ帰りであっても。きっと矢が振ろうが槍が振ろうが、来てくれたんでしょうね。それで十分とか二十分とか喋って、ばいばいって手を振って、また明日って」



754: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:56:13.04 ID:JeF2SQf30


 大井は髪の毛をかきあげた。長い髪の毛が海風に揺れるのを、少し鬱陶しく思っているようだった。

「また明日って言われちゃ、ねぇ?」

 苦笑。大井の病状は知らないが、恐らく、完治はしない類のものなのだろう。そして相応に命の危険もある。

「そして、私は艦娘になったわ。人体実験みたいなものよ。屈辱的なことをされたことも、何度もある。でもね、一縷の望みがあるならそれに縋りたくなるじゃない? ……って言われても、困るか」

「わかるぞ」

「……あぁ、そう」

 決して社交辞令ではない言葉をどう受け取られたのかは定かではない。大井は表情を変えずに続ける。

「神様の力か、はたまた次世代の最先端医療の力か、私はいまでも生きていられている。だけど、妹がいなかったら、どうだったかな。わかんないや」

 ふっと顔から険が抜けた。年齢相応の少女の、柔らかな微笑。

「……変な話をしたわね。忘れて頂戴。私は、トレーニングに戻るから」




755: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:56:49.28 ID:JeF2SQf30


「大井」

「なによ」

「俺にどれだけの力があるかはわからんが、貸せるだけを貸す。困ったら言え」

「……急にどうしたの。殊勝じゃない」

「してもらいっぱなしは悪いしな。初めからそう言う約束だったろう」

「そうだったわね。すっかり忘れていたわ」

「……?」

「ま、今度荷物持ちにでも付き合ってもらうわ。それじゃ」

 大井は薄く笑みを浮かべて海の上を歩き出す。何かを言おうとも思ったのだが、適切な言葉が浮かんで来ず、そうこうしている間に大井の後姿は小さく霞んでしまった。

 俺は無言のまま煙草を再度咥えた。手持無沙汰だった。




756: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/08(火) 23:57:18.19 ID:JeF2SQf30


 露天商や屋台、民家、低階層のビルが海の近くには並んでいる。メインストリートをもう少し島の中心へと行けば、もう少し近代的な街並みが見られたが、いまは食指が働かない。
 そのまま海沿いをぐるりと行く。目指すのは泊地跡だ。道中、俺の傍を何台も原付が走り抜けていく。

 これと言った用事は特になかった。強いて言えば、扶桑に会っておきたいとは思った。
 いつになるかわからないが、決戦の時は必ずやってくる。戦艦である扶桑が間に合うかどうか、それは戦況を大きく左右する。療養の経過は聞いて損はない。
 間に合うといえば、もう一つある。が、それは今はいいだろう。運の要素に左右される部分が大きい。

 泊地跡につくと、まず真っ先に目に飛び込んできたのはスクール水着の少女だった。つまりは58だった。大樹の木陰で、組んだ腕を枕に、気持ちよさそうに眠っている。
 大井か雪風あたりに見つかったら蹴飛ばされるのではなかろうか。そんな心配をよそに、寝返りをうつ58。その拍子に涎が口元から垂れた。年頃の女としての尊厳など微塵も感じられない。
 なんとなく悲しさを覚えながら、ところどころが砕けた建物の中へと入っていく。




757: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/09(水) 00:00:37.85 ID:qsjtFasv0


 尋ねたのは数度目なので部屋は覚えた。安全にとおることのできる場所も。
 何回か曲がって、医務室へとたどり着く。

「あら、珍しい」

「ほんとだ」

 扶桑の病室には先客がいた。最上だ。パイプ椅子に座って談笑している。

「どうしたの? なんかあった?」

「別にそういうわけじゃないが」

「なら私に用事ですか?」

「ん、少し違うが、まぁ似たようなもんか。怪我の具合はどうだと思ってな」

「あぁ、それでしたら随分とよくなりました。骨もうまく接げたようですし、明日明後日にはリハビリも兼ねて、海へ出ようと龍驤と話していたんです」

「大丈夫なのか?」

「それを確かめるために出るんじゃないか、提督」

 最上がけらけらと笑う。




758: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/09(水) 00:01:03.29 ID:qsjtFasv0


「いや、ほら。大井を見た後だとな」

「あぁ……。まぁあの人は前線から長らく離れていたからね、そのせいもあると思う。来る途中で自主練してたのを見たよ」

「俺も見た」

「北上を一番助けたいのは勿論大井ですから。……私が見たあの影が、本当に北上であれば、いいんですけど」

 扶桑はそう言うが、果たしてそれが一番なのか、俺にはわかりかねた。実妹と敵対し銃口を向けあうことなどということが、この世の中にあってたまるかという憤慨が湧いてくる。
 けれど同時に、その敵影が本当に北上本人であり、大井との再会が果たせることを願っている自分も確かにいた。
 人間はどうしてこうも贅沢なのだろう。複数個の選択肢を混ぜ合わせて、全てのいいところだけを採ろうとする。あまりにも都合のいい思考回路。




759: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/09(水) 00:02:01.35 ID:qsjtFasv0


「どうしたのさ提督、にやにやして」

 ……にやにやしていただろうか? 思わず頬に手をやるが、わからない。

「生まれつきだ」

「それはそれでどうかと思うよ」

 最上はまたもけらけらと笑う。

「……まだ新型は見つかっていないのですか?」

 真剣な表情で扶桑は尋ねてきた。俺は細かく映像を見たわけではないが、龍驤と大井、霧島の分析によれば、十中八九リストには載っていない新型だろうという話だ。つまり、それだけ脅威度も増す。
 見つからなければ全てが丸く収まるんだがな。冗談半分、本気半分の言葉は、愛想笑いで受け止められた。

「宙ぶらりんのままは、私は嫌ですね。発端でもあることですし」

「俺だって嫌だよ。いるかどうかもわからん敵に怯えるよりは、こっちから探しに行った方がよっぽど精神衛生上健康的だ。違うか?」

「違わないね。それに、何もしない生活ってのは、ボクは苦手だなぁ。目的を見据えて生きてるほうが、やっぱり張り合いもでるってもんだよ。ね、扶桑」

「……最上は本当に前向きね。羨ましいわ」

「楽観的なだけさ」




760: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/09(水) 00:05:07.08 ID:qsjtFasv0


 ひとまず目的は達した。時間に追われているわけではないが、のんびり駄弁って時間を消費するほど、贅沢にもなれない。
 扉を開けると、予想外に二人から声がかかる。

「あれ、もう行っちゃうの?」

「扶桑の容体を見に来ただけだしな。元気そうなら、それでいい。あんまり長居するのも悪い」

「そんなことはありませんが……提督のことをもう少し知りたいとも思いますし」

「全てが終わったあとにならいくらでも話してやるよ。どうせ半年も保たんけどな」

「えっ?」

「提督、それってどういうことだい?」

 しまった、と思った。この話題に関しては、まだこいつらには伝えていなかったか。
 いや、伝えるもなにも、まだ少しも決まってすらいないのだ。ただ俺たちが勝手に考えて、勝手に悲観しているだけ。それこそさっきの「いるかどうかもわからん敵に怯えている」に過ぎない。
 今更ごまかしは利かないだろう。未確定でも、口に出してしまえば風説の流布。それにこれは俺の信用問題でもある。

 観念した。勿論俺の過去や確執などは全て語らず、要点だけを掻い摘んで伝える。俺がここへやってきたのは権力闘争の結果であって、またすぐに――半年いられるかどうかわからないほどの「すぐ」――転任の指示が出るだろうと。




761: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/09(水) 00:05:36.22 ID:qsjtFasv0


「何それ! 酷いじゃん!」

 自分のことのように最上が怒ってくれることが嬉しかった。宥めつつ、でもな、と続ける。

「だからこそ、やる気にもなる。成果が欲しいんじゃない、お前ら何の信頼が欲しいんだ。それは不幸中の幸いってやつだ」

「不幸、ですか」

 扶桑は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「結局個人は組織に叶わないのでしょうか」

 諦念を交えた言葉は、単なる字面以上の意味を内包しているように思われた。もっと大きな規模の、例えば、トラック泊地と大本営のような。
 それに応ずる抽斗は俺の中にはなかった。だが、叶わないと断言することには、非常に抵抗があった。それは、奔流に身を委ねることを、消極的に選んだだけなのだ。

「勝つとか負けるとか、究極的には興味がねぇや。俺はな。俺はもう後悔したくなくて、誰にも後悔して欲しくねぇだけだ」

「後悔なんて誰もしたくないってば」

「そりゃそうか」




762: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/09(水) 00:06:04.81 ID:qsjtFasv0


「……その時が来たら、よろしくお願いします」

 部屋を出ようとする俺の背中に、扶桑の声。それはこちらの台詞だ。
 お前たち艦娘に、俺の命を預ける。金輪際そこの領分を犯す気はなかったし、逆に、お前たちの命を簡単に数えるつもりもないことだけは信じて欲しかった。

「あ、提督、お願いがあるんだけど」

「どうした?」

「夕張がね、いまドックの修繕をやってるんだけど、人手が足りないらしいんだ。もし気が向いたら見に行ってもらえないかな?」

 ドックは半壊以上の被害を被ったと聞いた。開発設備や建造機構は全損。もし修復できれば、今後の泊地の運営において、多大なアドバンテージが見込めるのは明らか。

「わかった」

 後ろに手を振りながら部屋を後にする。
 やるべきことは些細なものばかりで、微々たる力にしかなれないまでも、彼女たちの役に立てるのならばこれ以上の幸いはない。
 こんな日々が永遠に続かないということだけが、幸い中の不幸だった。




769:♯0512 2018/05/10(木) 11:29:56.53 ID:TS1B2hd7O

「や、本当にごめんね。ありがとう」

「いいですって! 漣たちにお任せください!」

 漣は薄い胸をどんと叩いた。夕張はもう一度礼を言って、ドックから小走りで駆けていく。これから海域捜索が始まるのだ。
 ドックには俺と漣が残された。先日最上が言っていたドックの修繕、そのために力を貸せないかと夕張に尋ねたところ、片付けを手伝ってほしいとのことだった。こちとら時間だけはたっぷりとある身、否やはない。
 漣がついてきたいと言い出したのが唯一の予想外。海域捜索は一日おきとはいえ、休みの日は響と一緒に遠征に出ることも多いのだから、疲労も溜まっているだろう。ゆっくり休んでいてもいいんだぞと声をかけたが、漣は頑なについていきたいと言うのだ。

 折角の好意を無碍に断るつもりはなかった。一人より二人のほうが、当然作業は早く進む。本人がいいと言っているのだからと自らに言い訳をして、俺は甘んじて受け入れることとした。
 ドックは広く、ただしその三分の一が瓦礫に埋もれている。天井の鉄骨が折れ、一部天蓋が砕けている部分さえある。トラックの空は今日も快晴だが、滴った雨水の痕だけが、経過した時間を教えてくれた。
 目立つ破壊痕などには木材が打ち付けてあるものの、万全とは言い難い。コンクリの破片も地面に大量に転がっている。修繕とは言うものの、まずは夕張の言うとおり、片付けから始めるしかなさそうだ。



770:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:31:59.66 ID:TS1B2hd7O

 一通り崩れ切ったあとだから、と夕張は言っていた。本当かよ、と思う。壁や梁に近づいた瞬間に崩れてきたりやしないだろうな。

 天井には備え付けのクレーン。動けば瓦礫の除去にも使えるのかもしれないが、残念なことにリモコンのコードが途中で千切れてしまっている。諦めよう。

 どうやらドックは建造や開発だけでなく、荷捌きも兼ねていたようだった。打ち付けられた木箱や小型の鉄製コンテナなどが隅に積み上げられている。瓦礫に埋もれているのもあったが、むき出しのものが大半だ。
 資材、あるいは、役に立つ道具。装備であればなおのこと良い。それとも泊地に対してのものではなく、ここは経由地であって、さらに本土へと旅立つ荷物なのかもしれなかった。

「思ったより埃っぽくないですね」

「時間も経ってるしな」

 特有の饐えた臭いはするものの、別段空気が淀んでいるとか、そういうわけではないようだった。



771:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:33:11.46 ID:TS1B2hd7O

「俺たちの任務は瓦礫の除去と、あとはあの木箱やらコンテナやらを解体なり移動なりしてほしいと。いけそうか?」

「ここは海に近いから、まぁ多少は頑張れると思います。ドックってのも親和性ありますしね。最悪鉄骨かなんか下に挟んで、梃子の原理でえいやっとやっちゃいましょ」

「使えそうなものがあったら持っていっていいそうだ」

「マジですか! キタコレ! お菓子とか入ってないかなぁ!」

 流石に食品は悪くなっていると思うが。包装されていても、塩水に浸かってはどうしようもなかろう。

「腹壊すなよ」

「へーきへーき!」

 平気なものかよ。

 とはいえ、いきなりメインに入る必要もあるまい。まずは作業の環境を整えることから始めたほうが、結果的に物事は円滑に進むものだ。
 急がば回れ。ということで、俺と漣は箒とちりとりを用意し、地面に転がった瓦礫や鉄筋、その他もろもろの塵芥の除去からスタートする。



772:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:34:23.78 ID:TS1B2hd7O


「響の調子はどうだ」

 響は、今日は龍驤とともに海へ出ているはずだ。漣以上に体を酷使しているが、それでも弱音ひとつ漏らさない。
 勿論それはあいつ自身が望んだことなのだから、文句をつける相手など存在しないのである。誰も強制をしていない。きついならやめたっていい。誰も批判はしない。
 自分だけだ。自分だけが、自らの行いに対して、後ろ指を指せる。

 だからあいつは絶対に音を挙げない。

「気にかけますねぇ」

「まぁな。お前とも約束したしな」

「んふ。感心感心、って感じです」

 漂着したと思しき木片をいくつか拾い上げ、窓の外へと放り投げた。
 漣はごみ袋に細々したゴミを拾っては突っ込み、また拾っては突っ込んでいる。

「響ちゃんは……んー、必死ですから。や、別に他の人が必死じゃないってわけじゃなくて、漣だってそりゃ必死ですし……ただ、いっつも泣きそうな顔してますから」

「泣きそうな?」

「っていうのかなぁ。説明が難しいんですけど」

 小石を蹴っ飛ばした。かん、かん、こつん。広いドックに反響する。

「試験当日に寝坊して遅刻しそうで、猛ダッシュ! って感じ?」

「なるほど」

 全然わからん。



773:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:35:10.68 ID:TS1B2hd7O


 雪風は、俺と響が似ていると言った。響を助けることによって俺もまた救われるかもしれない、とも。
 あながち間違いではない。幸せになりたい響が幸せになる、それ以上素晴らしいことがあるか? そうすれば俺にも僅かながらの価値が生まれる。達成感が生まれる。そのためにあいつを気にかけて何が悪い!

「だけど、雪風」

 ぼそりと呟いた。漣には聞こえていないようだった。

 雪風、お前は勘違いをしている。大きな、途轍もなく大きな勘違いを。

 響だからどうというのではない。そして、なにより、響だけが幸せになりたいわけでもない。
 そんなの誰だって同じだ。

「ご主人様のほうはどうなんですか?

「俺のほう?」

「です。ギャルゲー的なアレです。攻略は進んでますか?」

「攻略ってお前」

「あ、漣は攻略済みなので」

 えぇい、しなを作るな、しなを。
 そういうのは色気のある女がやってこそ初めて意味があるもんだろうが。

「うっふん」

「いまのでお前のIQがだいぶ下がったぞ」

「え、うそっ」

「ほんとほんと」



774:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:36:47.26 ID:TS1B2hd7O

 ひとまず床に落ちている異物はあらかたなくなった。壁に立てかけていたバールを手に取って、木箱へ向かう。

 木箱はコンパネが釘で打ち付けられている。バールを振りかぶって、蓋との隙間に力任せに叩き込んだ。そのまま渾身の力を籠めて、少しずつ隙間を広げていく。
 一回の工程にはそれほど体力を使わないが、一箱を開けるのに同じことを何度も繰り返さなければならないと考えると、途方も知れない。考えるだけで汗が滲んでくる。
 まぁ今日で全てを終わらせなければならないわけではない。夕張立会いのもとにあらためなければならない品もあるだろうし、泊地の長が龍驤であること俺は忘れてはいないつもりだ。

「とりあえず最低限話は聞いてもらえているし、信用も、されていると思いたいがな」

「あー、そこは大丈夫だと思いますけどねぇ」

「そうか?」

 手応えは感じているのだが、それさえも脳内麻薬が作り出した都合のいい妄想である可能性は十二分にあった。



775:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:38:19.36 ID:TS1B2hd7O


「この時期に、この状態のトラックに来るってことは、よっぽど有能か、でなけりゃよっぽど上とソリがあわないか、二択じゃないですか。どっちに転んでもトラックのみなさんとは噛みあいますよ。
 有能なら泊地の再興を手伝ってもらえばいいんだし、上とソリがあわないのなら……まぁ敵の敵は味方ってやつで」

 敵の敵は味方、か。
 確かに俺もトラックの艦娘たちも、辛酸を舐めさせられた相手は同じだ。しかし、だから復讐だ、とは俺はならない。龍驤をはじめとする艦娘たちも、勿論恨みは骨の髄まで染み渡っているとしても、いますぐにテロを起こしてしまえと思っているわけではない。
 赤城でさえもそうなのだ。そして、それは前向きな――極めて現実的な処世術。

 人生には杖が必要だ。いつなんどきでも突くわけではないにしろ、立ち止まって休むとき、急斜面を登るとき、それは俺たちの辛さを軽減してくれる。

 大井にとってのそれが北上であるように、雪風にとってのそれが響であるように。
 霧島にとってのそれが野望であるように、赤城にとってのそれが敵であるように。



776:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:39:50.94 ID:TS1B2hd7O

十分ほどの時間をかけてようやく一つ目の蓋が開いた。中には梱包材にくるまれた家具……机か? 黒檀の高級そうなものだ。さすがに漣でも机は食おうとはすまい。
 視界の裏側でばきりと音がする。振り返れば漣もバールで木箱をこじ開けていた。一体何を夢見ているのか、腕をまくって、鼻息は荒い。ふんす、と擬音が聞こえてきそうな意欲の高さに、俺はつい笑ってしまう。

「龍驤たちはなんだかんだ、俺たちを排除するつもりではないようだし……扶桑や最上は協力的だ。神通はまだ掴みきれないところがあるが、響を任せてくれているから、少なくとも毛嫌いされてはいないだろう。……多分」

「負担が軽くなるからでは?」

「そういうタイプにも見えんかったがな。責任感が強く、禁欲的なやつだ。わかったように語るつもりもないけど」

 あの三人はどこか似ている。責任感が強く、自らの為すべきことを固く信じ、その反面自分を追い込みがちだ。



777:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:41:51.03 ID:TS1B2hd7O

「大井は険こそあるものの、必要な情報をきちんとくれるし、なにより北上の捜索に懸命になってる。善人ではないだろうが、悪い奴ではない。お前とは少しあわないかもしれないが」

「別にぃ……ただ、あぁこの人コミュ障なんだなーって思うだけです」

 コミュ障というか、そもそも対人関係を構築する場数を、一般人に比べて踏んでいないのが原因かもしれない。

「長らく入院していたそうだからな。艦娘になったのも、そのあたりが理由だと」

「でも、それなら関東のほうで詰めてればよかったのに。いい病院だっていっぱいありますよね。なんでわざわざトラックまで来たんでしょうかね?」

「それは……さぁ?」

 考えてもみなかったことだ。
 まぁ望まない異動などごまんとあるし、その類なのではないだろうか。

「58と赤城と雪風。この三人は、ちょっと難しいな。58は敵対的というわけじゃねぇが、赤城と雪風は……はっきり言って、関係はよくない」



778:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:43:07.75 ID:TS1B2hd7O


「よくないっていうか」漣は少し考えて「こっちのことなんてどうでもいい、って風ですよね。まず深海棲艦の殲滅ありき、じゃないですか」

「それも仕方ないとは思うけどな」

「はい、漣も思います。だけど、……本当に赤城さんが危機に晒されたとき、誰も助けてくれない。違うんですよ? みんな赤城さんを助けたいはずなんです。でも、本人がそれを拒否している。あるいは自覚してないのかも」

「……」

 それは、誰にとっても不幸であるような気がした。赤城にとっても、残された面子にとっても。
 赤城は、自らが沈むことによって、残された者が、今の自分と同じ苦しみを味わうことに気付いているのだろうか。それとも気づいたうえで無視を決め込んでいるのだろうか。

 二つ目の蓋を開いた。鈍色に輝く艦娘の装備が入っている。四連装の魚雷のようだ。

「装備があったぞ」

「お、マジですか。やったぜ」

「そっちはどうだ」

「ネジとバーナーが山盛り入ってました。なんでしょうかね、これ」

「食べるか?」

「たーべーまーせーんー!」

 仮にそれらが戦闘糧食であったとしても、腐りきっているだろうが。



779:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:43:56.51 ID:TS1B2hd7O


「雪風ちゃんとはうまくいきそうな展望、あります?」

「……どうかな。まぁ一応、響を前線に引っ張り出さなきゃ、あいつとの関係はこれ以上悪化しないだろうが」

 それでは響は満たされない。

「プランはある。うまくいくかは、神のみぞ知る、かな」

「神様に頼るのなんてやめたほうがいいですよ。あいつ人間に興味がありませんので」

「そうなのか?」

「はい、こないだ言ってました」

 マジか。俺にも会わせてくれ、一発ぶん殴ってやるから。

「霧島さんはどうなんですか? 前になんか、話をしてませんでしたっけ」

「あぁ……」

 言うべきか言わざるべきか迷ったが、その時点で漣的にはNGだったらしい。何かあるなと嗅ぎつけられて、ジト目が俺に向けられる。

「全てが解決したら、一緒に本土に渡ってくれと言われた」

「えっ、なんでっ!? 愛の逃避行!?」

 バールを投げ捨てて漣が詰め寄ってきた。
 俺も慌てて向き直り、弁明する。



780:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:45:22.46 ID:TS1B2hd7O

「馬鹿、違ェよ。霧島の目的のために俺が必要なんだっつー話だ」

「目的、ですか」

「あぁ。トラックがこんなになった原因を究明したいんだと。そのためには本土に渡って、偉くなる必要があると、そう考えているらしい。俺が必要ってのは……」

 『鬼殺し』にまつわる一連の過去を、漣はまだ知らない。あえて言う必要もないと思ったし、そんなこと関係なしに懐いてくれる漣との関係を、俺も壊したくはなかった。
 またも臆病さが顔を出して、適当にはぐらかす。

「ある程度本土の派閥をわかっているやつがいたほうがやりやすいって話だ」

「……そう、ですか」

 漣は俺のシャツの裾を握った。硬く、硬く、逃がさないとでもいうように。

「行っちゃうの?」

「行くつもりはねぇよ、いまんところはな」

 意味もなく桃色のツインテールを動かしてみる。柔らかいそれはふさふさ揺れた。



781:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:47:02.78 ID:TS1B2hd7O

「全て解決したらって、そもそも全部きっちり決着がつくかどうかも怪しいんだ。俺の任期中にな」

「半年?」

「あれば上等だろうな。一ヶ月で俺の安否と状況がこっそり確認されて、後任がすんなり決まれば三か月、決まらなければもう少し、ってのが俺の読みだ」

 誰もトラックには来たくなかろう。次が決まらなければ辞令は出ない。その間だけ俺はここに腰を落ち着けていられる。
 叶うなら、一生ここにいたってよかった。

「漣は、どうなるんでしょうか」

 どうやら漣はシャツの裾を離すつもりはいまだないようだった。

「普通の提督付、秘書艦扱いだったなら、提督が別の泊地に移動する場合でも、融通は利かせてもらえる。だけど今回は話が違う。俺は確かにいまは提督の肩書だが、それもここでおしまいだろう。次、俺は提督じゃねぇ。だから秘書艦は当然いねぇ」

「それって」

「お前とはここでお別れだな」

 努めて明るい声を出そうと思ったが、それが存外難しいもので、言葉の終わりは震えていた。上ずってもいた。



782:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:48:30.31 ID:TS1B2hd7O



「やだ」

「……」

「やだ。やです」

「あんまり我儘を言うもんじゃねぇぞ」

「いいじゃん我儘だって! 漣は、ご主人様と一緒なら、いっそ艦娘でなくったっていい!」

 めっきり参ってしまった。漣が好意を寄せてくれているのはわかるが、その源がどこにあるのか、どこにあったのか、まったくわからないのが一因だった。
 俺はこいつのことをさして知らないのだ。その自覚はあったが、はっきりと認識したのは、もしかしたら今が最初かもしれない。
 こいつの中で俺は単なる上官以上の何かだとして、父親として見られているのか、兄として見られているのか、……それとも異性として見られているのか。

「……どうせ漣なんて」

「……勝手にネガティブになってんじゃねぇよ」

 少し気まずくなったのか、漣はようやく手を離した。そのままバールを拾い直し、木箱へと再度向き直る。
 それから約二時間、うってかわって会話は殆ど消失した。俺は漣になんと声をかければいいのかわからなかったし、漣は漣で不貞腐れているのかそうでないのか、難しそうな顔をしながら木箱にバールを叩き込んでいる。



783:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:49:09.15 ID:TS1B2hd7O


 俺がトラックを離れる時、それがどんな状況のもとでそうなるのか、まるで予想がつかなかない。新型を打ち倒し北上も見つかり赤城や雪風とも親交を深めて……あぁ、もしそうなのだとすれば、どれだけいいか。
 全てがまるっと解決していれば、それに越したことはない。だが現実的には厳しいはずだ。それでも、全ては叶わずとも、七を、八を、九の解決を目指すしかできない。
 こんな俺でも、彼女たちのために何かを擲って、生きていてもいいのだと思える日がいつかくるのだろうか。

 この世に普くありとあらゆる事象を俺たちは予想できない。ただ、覚悟はできる。意志を持って生きていくことはできる。



784:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/10(木) 11:49:58.85 ID:TS1B2hd7O




 海域捜索が始まってから十五日目。

 新型と遭遇、砲火を交えたとの一報が、龍驤より入った。
 十四時三十二分のことであった。




792: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:08:36.33 ID:1DkYOICX0


「大丈夫ですか? 高速修復剤の用意はしてありますけど」

「ウチはいらん。雪風と夕張に、適量」

「じゃあボクはベッドの用意をしてくるよ」

「あたしは平気。それよりもやらなくちゃいけないことが、でしょ」

「雪風もこれくらいなら全然です」

「発信機はまだ生きてます。ポイントF-8まで移動、後に停止」

「ほうか。なら『そこ』が『そう』やな」

「でしょうね」

 港は慌ただしかった。ばたばたと龍驤たちが戻ってくる。みな、眉根を寄せ、口を真一文字に結び……それは激戦の後だからではない。寧ろ、これからの激戦の気配を感じて、緊張に体を強張らせているのだ。
 そしてそれは俺も同じだった。鳥肌がぞわぞわと立つ。目の前の龍驤たちの容体を心配しながらも、頭はこれからの戦いをどうやって有利に進めていくか、そのための策で一杯になっている。




793: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:10:53.87 ID:1DkYOICX0


 龍驤は無傷。鳳翔さんと響が小破。先頭を担っていたという雪風と夕張が中破で、その中でも雪風の傷は少し重たいように見える。
 額が割れ、顔面が血塗れ。右肩には杭で打たれたかのような牙の痕が二つ。
 それを見ながら苦い顔をしている響。

 港には赤城を除く全員が揃っていた。58までもいる。それぞれ、タオルやブランケットなどを用意して、血を拭いてやったり肩にかけてやったり。飲み物を渡している光景もあった。
 落ち着かないのは五人の怪我のせいではないのは明白。龍驤は言う、これからすぐにブリーフィングに入る、と。戦闘の様子は逐一録画してある。それを基に、今後の対応について協議するのである。

 確かに時間に猶予はなかった。俺個人の問題というよりは、新型とぶつかったことにより、あちらが本拠地を移動させる可能性があったためだ。無論それは相手に相応の知恵があることが前提となってはいるが……。
 戦闘時に敵の新型へと発信機を打ち込んだ、とは鳳翔さんの弁。それを辿っていけばまた遭遇することは容易だが、圏外まで出られてはお手上げだし、海に潜られたりして外れる可能性も無きにしも非ず。

 大井は海から上がる五人へと視線を送るばかりで、声をかけるようには見られない。ただスカートをぐっと握り締めている。




794: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:14:00.02 ID:1DkYOICX0


 龍驤から連絡があったのは数時間前だったが、それさえも遥か昔のことに思える。
 昼過ぎのことである。五人は海域を捜索中、ついに目的の新型を含む敵作戦行動群を発見した。内訳は、目視できる範囲で、青い気炎のヲ級が二体。戦艦レ級が一体。そして新型が一体。計四体。
 彼我の戦力差は明らかだった。しかし、殲滅が目的でないとはいえ、発信機を打ち込むという目的もあり、龍驤は戦闘に踏み切る。勿論適当なところでの撤退が前提だ。

 時間にして数十分程度の戦闘後、発信機の定着、及び正常な動作を確認したのち、五人は撤退。帰投し、現在に至る。

「……ご主人様」

 漣が俺の隣で呟いた。少し待っても、その次の言葉は出てこない。
 気持ちはわかる。この切迫した空気、ただ黙って立っているだけでは、心が焦燥感に苛まれるばかりだから。




795: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:15:07.23 ID:1DkYOICX0


「総員、泊地へ行くで。58、赤城は?」

「さぁ? 通信は届いてるけど、返事はきてないよ」

「あのくっそバカが……」

「一人で突っ込むほど愚かだとは思わんでち。でも見張ってた方が安全かもね。その役目は58がやるよ。やらせて」

「任せるわ。もし独断専行かますようなら、それに合わせて全体出撃通達出す」

「ん。了解」

「龍驤」

 声をかけると、龍驤は俺の姿を認めて苦笑する。

「なんや、おっさんか。まだおったんか」

「行くあてもないもんでな」

 軽口のたたき合いも最早お決まりだ。

「やな。ほうやったな。……本当は外様のあんたらに手伝ってもらいたくはない。気が退けるっちゅーんやないよ。これは矜持の問題やねん」

 自分たちの手で決着をつけなければならない。それは責任を取るということであり、過去に対する決別ということでもある。




796: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:15:42.02 ID:1DkYOICX0


「悪いな。だが、俺も、じっと見てるのは性にあわねぇんだ」

「そう言うと思うとったわ。正直な、助かるっちゃ助かるんよ。ウチも前線出るからな、客観的に戦況を把握できて、指示できるヤツは置いときたい」

「任せてくれるなら、全力で当たる」

「んで、一応そっちの要望、できる限りは叶えたったけど……おっさん正気か? 失敗したら死ぬで?」

「勝機はあるさ」

「ま、詳しい話は、あっちでやろうか」

 そう言って龍驤は足早に集団の先頭を切った。ブランケットを肩に、ぐんぐんと風を切って進むその姿には、威風堂々たる貫禄があった。

 漣と響が何やら話している。響はいつにもまして暗い、落ち込んだ様子だった。それを漣が慰めているようにも見える。
 神通は雪風と話していた。そこに霧島が混ざり、敵の戦力分析や戦術を、一足早く議論しているらしい。

 鳳翔さんが大井を促しているのが視界の端で捉えられる。大井は何を思っているのだろう。これからの戦いに際して、どんな心構えなのだろう。攻撃的な言葉を吐く人間が、おしなべて強い精神を持っているとは、俺には到底思えなかった。




797: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:16:34.92 ID:1DkYOICX0


 心が落ち着かない。浮足立つ。一刻も早くやらなければ、為さなければならぬ何かがどこかにあるようで、だけどもその正体が見つからない。それが焦燥感の正体に違いなかった。
 待つのも仕事のうちだ。十分に休息を取り、備える。機を待ち、然るべき時に動く。人間とは不思議なもので、仕事をすることよりもしないことのほうが、よほど落ち着かなくなるらしい。

 だから泊地へ向かう足がつい早まるのもそのせいなのだと思う。

 泊地に辿り着く。一目散に目指すのは、会議室という名の空き室。扉を開ければ既に扶桑がいて、いくつかの長机と、人数分の椅子。その数十四。
 扶桑の体調は恢復にほぼ近づいていた。海域捜索に出ていなかったのは、最大戦力でぶつからなければいけない時までの温存だ。

 それぞれが腰を掛けていく。前に龍驤と鳳翔さん。そこから時計回りに神通、夕張、響、雪風、大井、霧島、最上、俺、漣、58。最後に扶桑が扉を閉め、座った。赤城のための椅子だけが、空席だ。




798: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:17:49.49 ID:1DkYOICX0


「みんな、お疲れさん。色々訊きたいこと、言いたいこと、あるやろうが……まぁ口上が長くなってもあれやな。まずは戦闘の映像を送る。各自確認して欲しい」

 龍驤が手元でキーを叩くと、俺の――俺たちのもとに一つの動画ファイルが送信されてくる。
 件の新型が映っている映像だ。

「……」

 沈黙。誰もが素早くファイルを開き、食い入るように見ている。
 当然、俺も。

 映像の中で、海は凪いでいた。曇り空が水平線の向こうまで広がっている。龍驤を除く四人が映っているということは、映像の撮影者は龍驤だということになる。
 示されている時刻は十四時の三十分丁度を指していた。

「……軌跡」

 神通がぼそりと呟いた。巻き戻して確認すれば、なるほど確かに、波と陽光の反射に紛れた中にも、一本の細く白い線を見つけることができる。
 魚雷の線。

 爆裂が撮影者本人――龍驤を襲う。しかし龍驤の対応はまるで神がかっていた。すんでのところで完全回避、と思えば次の瞬間には既に全機発艦を済ませている。いつ経巻の展開を行ったのかさえ見えなかった。
 化け物じゃねぇか。こんな神業をたった一度だって見たことはない。隣の漣も驚いているようだが、他の艦娘たちは平然とした顔。




799: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:19:03.39 ID:1DkYOICX0


 宙に浮かぶは梵字、九字、五行と五芒。空を飛ぶ艦攻、艦爆、艦戦に爆戦。おおよそ八十機。

 丸い悪鬼が大編隊を組んで向かって来ていた。艦載機はそれらを片っ端から打倒していき、その奥にいる青い気炎目指して飛行を続ける。
 獣の咆哮。姿勢を低くして突っ込んできた尾と巨大な砲塔を、夕張と雪風が体を張って止めた。大きく波打ち、響が吹き飛ばされる。その際に雪風が何らかの悪態をついたが、聞きとることはできなかった。

 黒と赤が視界の端でたなびく。

 螺旋のようにうねりを挙げて、同時に粒子となって辺り一帯を黒く染めて、三体の奥からずるり、ずるぅり、一歩ずつ、もったいぶったかのように、前へと歩を進める巨大な姿があった。

 一瞬、新型が三体いるのかと思った。しかしすぐに己の考えを改めることになる。



800: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:19:43.39 ID:1DkYOICX0


 本体は中央にいる人型で、真っ白な長髪を三つ編みに足首まで垂らしており、両目からは黒く、そして赤い炎が立ち上り、口の中には鋭利な牙。拳の周囲に単装砲を二基ずつ展開させている。
 そしてその両脇、俺が別個体だと誤認した「それ」は、あくまで予想の域を出ないものの……魚雷の化身に見えた。神聖な言葉を深海棲艦に使うことが許されるのであれば、大権現に違いなかった。

 ヲ級が飛ばしてくる丸い悪鬼にも似た、けれど段違いで巨大な「それ」。あんぐりと開いた口には深海棲艦の象徴たる牙と舌こそ見えないものの、反面、剣山の見間違うほどの細長い筒が――魚雷発射管が、口内から生えている。
 十? 二十? ……いや、そんなもんじゃあない。片方だけでも五十はくだらない。

 雷巡。嘗て漣が言っていた艦種を想いだす。大井はなれずじまいだった、北上がそうであった、雷撃特化の巡洋艦。




801: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:20:23.98 ID:1DkYOICX0


「これはっ!」

 大井が叫んだ。殆ど悲鳴と言っても差し支えなかった。

「北上さんじゃないっ!」

「あぁ、そうや」

 龍驤も即座に返す。

「新型は北上やない。こんなのが北上であっていいはずがない」




802: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:21:05.14 ID:1DkYOICX0


 映像の中での新型は、もしかしたら雷巡を模しているのかもしれない。そして北上にも似ているのかもしれない。だが、龍驤の言うように、これはどう見ても化け物だった。魚雷が人の形をとっただけの代物だった。

「只今より、映像に出とる新型を、『雷巡棲鬼』と呼称する。以後ウチらトラック泊地は、この雷巡棲鬼を、全力を以て打倒することとする」

 映像の中の雷巡棲鬼は、巨大な悪鬼を従えて、片方へ腰かけ、もう片方へ肘を乗せ体重を預けた。体が水面から僅かに浮く。優雅で、かつ怠惰な姿勢。
 あふ、と声が聞こえてきそうな欠伸をした。気味が悪くなるほど人間に似たそのしぐさをきっかけにして、巨大な悪鬼が二体、膨張する。

 映像の中の龍驤が何かを叫んだ。怒気と緊急性が交じり合って、最早人の言葉になっていない。それでも四人はその意図を察したらしく、即座に反転、雷巡棲鬼と可能な限りの距離をとるよう試みる。
 膨張したものが次にどうなるのか、考えなくてもわかることだ。

 即ち、収縮。

 辺り一面を埋め尽くすほどの魚雷が、二体の悪鬼から吐き出される。

 轟音が響き渡った。炸裂は炸裂を呼び、連鎖に次ぐ連鎖、炎と閃光と水柱が視界を覆い、収まる様子すら見せず、ただ全力で走る龍驤の手足だけを映し出している。



803: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:21:32.25 ID:1DkYOICX0


 映像はそこで切れた。

「とりあえずここまでや。もっと長いのもあるが、それはまた後で渡す。まずはブリーフィングや」

「ブリーフィング、ったって……」

 最上が大井を見た。大井は椅子に深く腰掛けて、薄く笑みを浮かべながらも、眼には涙も湛えている。すっかり放心状態だ。

「……そう、北上さんでは、なかったのね」

 ぽつりと零れたその言葉の意味を、俺はどう解釈すればいいのかわからなかった。

「きついのはわかる。別にうちも無理に参加しろとは思っとらん。大井、席を外すか?」

「……いえ、いいわ。私にも使命感というものがあるもの。
 北上さんの姿を深海棲艦が真似るなんて、許されるはずないわ。それは北上さんへの侮辱に他ならない。コケにされて黙っているほど、私、大人しくないから」

「……ほうか。ならわかった。大井、あんたも前線に出るんやな」

「そのつもりだけど、もし足手まといになるようなら、遠慮なく言ってくれて構わないわ」

「考慮にいれとく。
 んで、参加辞退するやつはおるか? 一応ウチとしては、トラック泊地全体であたらにゃならんことだと考えとる。種別は『鬼』、見てみぬふりはできんし、手をこまねいとる間に事態はいくらでも悪化しうるからな。
 ただ、やりたくないことをやらせるつもりもない。強制力をウチはなるべく持ちたくないし、行使したくもない。それはみんなわかってくれとると思うが」




804: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:22:04.58 ID:1DkYOICX0


「……」

 誰も手を挙げなかった。瞳には意志、心には決意。生きるべきは過去にではなく未来に。

「……響」

 押し殺すような低い声が発せられた。誰何するまでもなく雪風である。

「雪風」

 予想していたのか、龍驤の窘める言葉も早い。

「でも」

「『でも』やない。あんたにその権利はない。それは雪風、あんた自身が一番よくわかっとるんちゃうか」

「……」

 雪風は今度こそ押し黙った。響は自らの手元に視線をやって、手を硬く握りしめている。

「おらんか? ……おらんな。わかった。ならこの十三人で、ことにあたろう」

「赤城さんはどうしましょう?」

 鳳翔さんがおずおずと声をあげる。
 たった一つの空席。赤城は今も海に出ているはずだ。

「あたしがやるよ」

 58が立ち上がる。




805: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:22:55.65 ID:1DkYOICX0


「ゴーヤに任せてほしいでち。本当は、もっと最初になんとかしなくちゃいけないことだったんだ。龍驤もゴーヤも、気ィ遣って後手後手に回って、その結果がいまのこれなら、あたしがやらなくちゃ。
 ね、龍驤。いいよね。それでいいよね? 赤城はもう十分苦しんだでち。楽になってもいいと思う」

 約束を思い出す。きっと58は、今度こそ赤城を沈めることに抵抗はないはずだ。
 いまここに赤城がいないことが、58の想いを一層強くしている。

 正論ならいくらでも述べることができる。しかし、そんな誰もが吐けるような言葉は、既に二人の間で吐き尽くされたに違いないのだ。
 だから龍驤は頷かざるを得ない。それが一番の選択ではないことを理解しつつも、熟慮の末の激論、激論の果ての回答は、しっかりとした重みを持っているから。

「……異論がなけりゃ、次に進む」

 議題は二転三転する。十二人の艦娘による聯合艦隊での出撃が決まったのはいいものの、第一艦隊と第二艦隊の割り振り、及び作戦目標に関してはまとまりが悪かった。具体的には、集中して雷巡棲鬼を沈黙させるべきか、それともヲ級やレ級と戦闘を行い引き付けておく役割の部隊を用意すべきかで議論が紛糾したのだ。

 どちらの案にもメリット/デメリットがあるのは当然として、問題は敵作戦群の規模だった。今回の攻撃は電撃作戦でなければならない。更なる追撃の手を差し向けるほどの余裕は、いまのトラックにはないのである。




806: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:23:27.57 ID:1DkYOICX0


 その点では一体残らず根絶やしにするのが上等。頭のすげ替えが効く可能性を考えれば、手足諸共に沈めるべきだと主張したのが神通だった。

 だが鳳翔さんも論陣を張る。敵の殲滅に足るだけの銃弾、燃料の補給が、洋上では不可能なのだ。
 何も敵はヲ級、レ級、雷巡棲鬼だけではない。道中でイ級を初めとする雑魚との戦闘が不可避であることを考えれば、雷巡棲鬼を集中攻撃し沈黙させ、即座に転進すべきであると。

 現実的には鳳翔さんの案一択であるように思われた。神通の案は確かに問題の根源から断ち、脅威を遠ざけるという意味でも有効だ。しかし今回の作戦は、繰り返しになるが電撃作戦でなければならない。失敗は許されない。
 最悪のパターンは弾薬と燃料が枯渇した状態で敵作戦群中央に取り残されること。神通の案では、その可能性は十分にある。今回は殲滅よりも漸減を主眼に置かなければ、万が一のときに再起不可能な損失を被る。




807: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:23:53.50 ID:1DkYOICX0


 神通はようやく頷く。取るべき作戦は決まった。が、まだまだ決めねばならないことは多い。
 艦隊の編成もそうだったし、最終作戦海域に到達し、目標艦隊と対峙した際に、誰がどのように動くのか。それ以前に各個の役割の割り当ても必要だ。全員が吶喊し、頓死。そんなくだらない死は何としてでも避けなければならない。
 無尽蔵に湧いてくる深海棲艦とは違って、俺たちの命はひとつしかない。それを燃料とし、燃やしてこそ成せるなにかがある。その覚悟こそが俺たちがやつらを撃滅しうる唯一の要素。

 既に龍驤たちが帰投してから五時間が経過していた。外はとっぷりと闇に覆われ、議論は苛烈さを増すが、議決には程遠い。進展がある部分も当然あるものの、議題によっては何度も同じ議論を繰り返すばかりという光景もままあった。

 頭が痛い。気分が悪い。
 精神的な疲労のせいだろうか。

 俺でさえこうなのだから、戦闘を終えて戻ってきた五人が辛くないはずはなかった。全員に覇気がない。殆ど根性ばかりが体を動かしている。




808: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:24:30.46 ID:1DkYOICX0


「……龍驤」

「なんや」

「一旦お開きにしないか。明日か明後日、また集めよう。体力を回復させて、頭もすっきりさせて……でないと身のある話し合いにはならなさそうだ」

 そうだ、雪風や夕張は怪我さえろくに治療していないのだ。

「……時間がない」

「一秒を惜しんで誰かが沈んでもいいのか」

 卑怯な言い方だという自覚はあった。しかし、こうでも言わねば、龍驤や神通や、他の艦娘たちは止まらないだろう。

「おっさんに言われるのは癪やな」

 小さく舌打ちをして、立ち上がる。

「解散や。明日の夕方に、またここで。日付が変わっても終わらなんだら、また解散して次の正午。そこまでで何としても決める。ええな」

「了解」

「わかったわ」

「うん」

 各自が返事をし、三々五々、疲れた体を鈍重に動かしながら、部屋を後にしていく。言葉は少ない。雑談をする気力はなかろう。それ以上に、何を話せばいいのか混乱しているのかもしれない。
 かくいう俺も人に対して意見できるくちではなかった。体が重い。なにより頭が重い。熱っぽく、ぼんやりする。胃が裏返った感覚。不快感。倦怠感。吐き気。怠さ。
 身を床に投げ出してしまいたかった。

 このまま消えてしまいたかった。




809: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:24:58.91 ID:1DkYOICX0


「ご主人様、あの、その」

「あぁ、漣。どうした」

 椅子の背もたれに体を預けていると、心配してくれているのか、漣がおずおず近づいてきた。

「だいじょうぶ、ですか?」

「……なんとかな」

 あまり強がる気はなかった。ばればれな嘘をつくくらいなら、いっそ正直の方が得も多い。

「先に家、戻っていろ。少し休んだら戻るから」

「……」


「大丈夫だって。安心しろ」

 頭を撫でてやる。そこに漣は自らの手のひらを重ね、ぎゅっと握った。

「本当ですね? ちゃんと戻ってきてくださいね。待ってますから」

「おう」

 どうして待つ必要があるのかはまったくわからなかったが、それでようやく満足そうな顔になり、部屋を出ていく。




810: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/12(土) 07:25:31.05 ID:1DkYOICX0


 部屋には俺と龍驤だけが残っていた。

「龍驤」

「なんや」

「話がある」

「知っとる」

 詳しい話は、あっちでやろうか。龍驤自身が言ったこととはいえ、あのときの言葉をしっかりと覚えていてくれていたようだった。

「策があるんやろ。言うてみぃ。モノによっては、オールインしたる」

「策なんかねぇよ」

 笑い飛ばしてやった。

 頭が痛い。

 いま、俺はどんな顔をしているのだろう。
 ちゃんと笑えているか?
 精一杯の虚勢を張れているか?

 弱音を吐くな。強がれ。自信を持て。恐れるな。堂々としていろ。龍驤に信じ込ませろ、勝ち目があるのだと。
 体が震える。自分の指揮で、采配で、艦娘たちが傷つき沈むかもしれないということを考えるのは、途轍もない重責としてのしかかってくる。それでも逃げることはできない。

 俺は、提督だから。

「あるとしたら……」

 それは策なんかではなく。
 もっと不確かで、曖昧な……。

 言うなれば、賭けに違いなかった。




818: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:08:28.09 ID:x2roJrSC0


 ずくずくと頭が痛んだ。
 胃が張って、内容物が逆流してきそうだった。

 気分が悪い。理由は明白だった。だが俺はその理由を見据えたくなかった。真っ向から向き合いたくなかった。自分が最低の人間だと認めるのは勇気がいることで、俺は勇敢な人間ではないのだった。
 空気を求めて深く呼吸。体調不良は、認知の歪みを引き起こす。と同時に、嫌な記憶さえも呼び起こしてしまうものだ。

 比叡のことを想った。

 それは苦しいことだ。必ず、後悔と懺悔がついてまわる。あの時ああしていればだとか、もっといい方法があったんじゃないかとか、さして意味がないとは知りつつも。
 過去を振り返ることは辛さしか齎さないのに、なぜ俺はこうも頻繁に向き合うのだろう。答えはいまだに出ない。過去に対する答えも、同様に、未解決問題。
 ただ、責任は果たさなければならない。そうしなければならないと俺の心が告げている。俺のあの時の行動が与えた影響は万事に大きく、利益を享受したのなら、損失も被るのが筋というものだ。




819: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:08:57.87 ID:x2roJrSC0


 冷たい海に比叡は沈んでいった。そして家族とも会えず……いや、会うべきではなかったのかもしれないが、それは誤魔化しに過ぎない。
 死してなお彼女は祀り上げられている。俺はそれが身もよだつほどに恐ろしかった。自らが神になろうとした結果ならばともかく、生きた人間が物言わぬ死者を好き勝手に装飾することへの生理的な拒否感が、胸の内に確かにあった。
 民衆の手によって神になれるのならば、悪魔にだって貶められる。全ては印象操作一つでがらりと変わる。

 比叡のことを想うたびに胸が痛むのに、もうあいつのことなど忘れたいと思ったことがないのは不思議なことだった。それこそ責任の為せる所業なのかもしれない。あいつを忘れて俺だけ楽しく生きようなんてのは、虫の良すぎる話だ。

 胸を張って生きていきたかった。

 胸を張って生きていきたいのだ、俺は。

 こうやって生きていくのだと。こいつと生きていくのだと。そう、比叡にきちんと言えて初めて、責任を果たせたことになる。まだ道の途中でしかない。




820: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:09:49.15 ID:x2roJrSC0


 一人の夜道は暗い考えに囚われる。漣が隣にいればどれだけ安らぐだろう。あの、少女特有の落ち着きのなさが、落ち着くのには必要だった。

 龍驤との話し合いは一通り済み、けれど予想できない部分も多い。策ではなく賭け。いくら小細工を弄しても、最終的には運を天に任せることとなる。龍驤が賛成してくれたのにはほっと胸をなでおろした。
 恐らく龍驤もいまが、これこそが、千載一遇の好機と読んでいるのだ。トラックに蔓延する澱んだ空気を吹き流す南風だと。
 そうでもしなければ、いずれ赤城は死ぬ。そうすれば他の艦娘たちも、一人、また一人と消息を絶つに違いない。確信めいた予感はあった。

 トラックの夜は、今日に限って少し肌寒かった。気温が、というよりは、風が冷たい。強く吹き付けるわけでもないのに骨身に沁みる。

「……」

 そんな夜更けに、少女が一人、俺の目の前に立っていた。




821: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:10:14.63 ID:x2roJrSC0


「司令、お話があります」

 雪風。

 俺は何かを言おうとして、結局口を噤んだ。驚きはない。予想はしていた。こいつは決して龍驤に刃向おうとはしないから――圧倒的な力量差を知っているから、それくらいには賢しいから。
 だから俺へと狙いを定めるのだ。

 用件はただ一つ。

「響を前線に連れていかないでください」

 月夜を反射する何かが、後ろ手に握られているようだった。ナイフ。また物騒なものを持ち出してきたものだ。
 無理やりにでも俺の首を縦に振らせようと、そういうことだろう。

 笑ってしまいそうだった。雪風を軽んじているがための笑いではない。あぁ、こいつはやはり子供で、どこまでも幼くて……その精一杯を見て、微笑まずにいられるものか。
 俺なんかはもう大人になってしまったから、雪風や響や、もしかしたら漣も該当するような、よい意味での盲信を失っている。視野や世界が狭いことは一般には悪しざまに言われがちだが、だからこそ振り絞れる力もあるのだと、こいつらを見て思う。




822: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:10:46.66 ID:x2roJrSC0


 年齢を重ねるごとに人間は賢しくなり、そして自らの全能感や万能感を失う。自分の正しさを信じきれなくなる。
 雪風にはまだそれが残っていた。だから、刃物を持ち出してまで、響を前線から遠ざけようとする。目的のために手段を正当化して、それこそが唯一無二の正しい行いだと信じているから。

「へっ」

 ……上から目線で、なにをわかったふうなことを考えるのだ、俺よ。

 別にニヒルに酔っているわけではない。少なくとも、そのつもりではあった。
 ただ、子供を導くのは大人の役目だと、昔から相場が決まっている。

 暴力に暴力で返すつもりはなかった。雪風の暴力に屈するつもりも、またなかった。

 響も信じている。強くなって誰かを助けることによって、助かり続けてきた自分の過去を清算し、未来を見据えて歩けるようになるのだと。
 俺は俺がため、響もまた幸せにせねばならない。




823: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:11:43.26 ID:x2roJrSC0


「雪風」

 その名を呼んだのは俺ではなかった。風上から、足音を立てずに、気配さえ殺して、ゆっくりと人影が現れる。

「もうやめましょう。やめてください」

 神通だった。悔悟の表情を張り付けて、敗北を悟ったかのようで。

「響の好きにさせましょう。私たちの出る幕はどこにもありません」

「そ、そんな、神通さんまでっ!」

 雪風がナイフを取り落とした。神通の登場と発言はあまりにも雪風にとって衝撃的だったようだ。

「なんでですかっ!? なんでいきなりそんなことを!? 龍驤さんに説得されましたか、それともその男に絆されましたか!
 だって神通さん、あなた言ったじゃないですか! 言ったんですよ! あなたが言ったんです、自分から! 『もう誰も死なせやしない』って! 嬉しかった! 志を同じくする仲間だと思った! だから雪風は、ずっとあなたと一緒に、それなのに!」

 神通に縋りついて雪風は叫んだ。まるで見捨てないでと泣いているかのようだった。




824: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:12:14.47 ID:x2roJrSC0


 とはいえ、忘我は俺をも襲っていた。神通がここにいるのはこの際置いておくとして、なぜ今更俺の味方を? 長く連れ添った少女を傷つけてまで。
 
「雪風、もういいんです。私が間違っていたんです。『誰も死なせやしない』という旗印を降ろしたつもりは毛頭ありませんが……」

「じゃあなんで、どうしていきなりそんな意地悪を言うんですかっ!」

「強ければ死なない。私は、私がみなを鍛えれば、強くすれば、戦いで生き残れるように育て上げれば、それでよいと思っていました。そうすれば誰一人欠けることなく日々を過ごせると」

「その通りじゃないですか! 強ければ死なない、間違ってないです、だって雪風はほら! いまちゃんと生きてる!」

「ならなぜ!」

 冷えた風を切り裂いていく、神通の怒声にも似た叫び。
 怒りの矛先は雪風ではなく、当然俺でもなく。

 前にも一度似たような状況に遭遇したような気がする。

「響は戦場に赴こうとするのでしょうか! 赤城さんは命を削ってまで敵の殲滅を目論むのでしょうか!
 ……強さには、限りがありません。そして、頑健な肉体、強靭な精神、豊富な経験、それらを求めて戦いの場に人が向かうというのなら、『強さ』こそが人を殺し得る刃なのです。
 雪風、私はあなたに謝らなければなりません。響にも、です。私は、刃を研ぐことばかりを教えて、鞘にしまうことは一切教えなかった。いえ、鞘の作り方すら、教えていない」




825: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:13:04.93 ID:x2roJrSC0


 強ければ死なない。強ければ誰かを護ることができる。雪風の言葉は正論だ。常に正しい強者の論理。
 しかし響は、そういった強さを得るために、命の危険を冒そうとしている。
 そういった強さから、雪風は響を護ろうとしている。

 ブリーフィング時に58は言っていた。「本当は、もっと最初になんとかしなくちゃいけないことだった」と。
 神通、彼女もそうなのだ。もっと、ずっと前にそうすべきであったことが、負債となって重く圧し掛かっている。
 58も含めて彼女たちを愚かだと評するつもりは無論まったくない。泊地が襲撃され、大半が死に、絶望の中で最適解を求め続けられるのはナンセンスが過ぎる。そもそも俺自身が過去の最適解に苦しんでいるというのに。

「いまさら、いまさらそんなことを言わないでください! 言われてもっ!」

 どうすればいいのだ、と無言で叫んでいる。




826: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:13:30.65 ID:x2roJrSC0


「……申し訳ありません。私も、最近、ようやく目が覚めたんです」

「うぅうううぅっ……」

 ついに雪風はその場から走り出した。最早どうすればいいのかわからなくなっているのだ。よろめきながら、道の向こうへと消えていく。

「雪風ッ!」

 駆け出そうとして踏みとどまる。夜道は危険だ。だが、それで俺があいつに追いついて、どうすればいい? なんて声をかければいい?
 わかった、響を前線に連れ出さないとでも言うか? 生き方を変えようと諭すか? 神通ともう一度話し合ったらどうだと大人の対応をしてみるか?

 それがあいつのためなのか?

「……」

 振り向いた。神通は依然そこにいて、微動だにしていない。
 今すぐにでも舌を噛み切って死ににいきそうなほど、その表情は虚ろ。




827: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:14:19.48 ID:x2roJrSC0


「神通、どうして」

 同じ言葉で、同じ意味を、目の前の少女へと問いかける。
 あれほどに凛として背筋の通っていたその姿は、いまや迷子になった子供のように頼りなかった。

 ……あぁ。いや、そうか。
 違うのだ。
 今の神通が弱弱しく見えるのではなく、真っ直ぐに力強く立っていた彼女が本当の姿なのではなく。

 単純なことに気が付かなかった。思いを馳せることができなかった。
 だとしたら、俺も、俺だけじゃなく、龍驤や鳳翔さんや夕張や……泊地の全員が、神通を苦しめていたことになる。

「遠征」

「遠征?」

「はい、遠征です。響が、漣さんと、出ていましたよね。それを決めたのは提督であるとお聞きしました」

「……そうだが」

 話の着地点が見えない。

「遠征でも、経験になります。戦うよりは少ないかもしれませんが、ずっと安全で、効率も決して悪くない。違いますか」

「違わないな」




828: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:15:01.82 ID:x2roJrSC0


「ですよね。……恥ずかしながら、私の頭には、それすらもなかったのです。
 強くせねば、強くせねばと焦っていました。多少スパルタになったとしても、前線へ連れまわし、トレーニングを積むべきだと。そうしなければ深海棲艦の餌になると」

 先ほど雪風が叫んだように、そのやり方そのものが間違っているとは思わなかった。
 しかし神通の口調は違う。間違っていたのだと、そう言外に伝えてくる。

「近視眼的でした。何も見えていなかった。あの子たちの幸せを願って、生きていればいつかいいこともあるだろうと、そのためには辛いことを乗り越える実践的な力をと思って、稽古をつけてきました。
 ですが気づけば二人の仲は劣悪です。きっとそれは私のせいなのです」

 顔に陰り。なにかを言わなければ、風と共に溶けてなくなってしまいそうな。

「……結局、私も、父親の真似をしていたんだと気付いてしまって……その途端、自分があまりにも愚かな人間に見えてしまって……」

 父親。
 神通の実家は武道の道場だと言っていたのは誰だったか。
 酒を呑んだ次の日の朝、神通は俺の脚を枕にして、なんと寝言を呟いていたか。




829: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:15:42.46 ID:x2roJrSC0


「親父さんが嫌いなのか」

「……頑固で、融通の利かない、時代錯誤の堅物です。女は家を守れ、大学になんか行かなくていい、そんなことを平気で言う人でした。あの人は、『厳しいことを言うのも全てお前のためだ』と教育をしてきましたが、それがあの人の価値観を私に押し付けているだけなのは、すぐにわかりました」

 だから、艦娘の適性があると知ったとき、家を出られると喜んだのです。訥々と神通は語る。

「あぁ、ですが、血には抗えません。親の薫陶の賜物です。私はすっかり、自分が嫌いだったはずの父親と、同じような押し付けがましさを発揮して……」

 両手で顔を覆った。彼女の目の前にはいま絶望の仄暗い沼が広がっていて、それから必死で眼を背けているのだと思った。

「私は、あの二人の幸せを願っていたはずなのに、そのはずだったのに……!」

 なんで。

 湧き上がってきたのは、世の中の理不尽に対する疑問と、伴う猛烈な怒りだった。

 誰も間違えていない。誰もが誠実で、誰かのことを考えている。
 強くなければ戦場で生き残れないという雪風の言葉は絶対的に正しいし、かと言って強さを求め続けた結果が雪風と響の不仲で、それを放置してきた神通の後悔も有り余るほどに理解できる。
 おかしい。どうしてこうなってしまうんだ。




830: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:16:10.56 ID:x2roJrSC0


 神通たちの悲しむ理由なんて、どこにもありはしないのに、現実問題三人はどうしようもない袋小路にはまり込んでしまっている。

 それが人生ってもんさ。煙草の紫煙とともに吐き出そうものなら、それこそニヒルの病に罹っているといってもいい。

「お前の努力を無駄にはしない。させるもんかよ」

 行動、想い、全てが間違いであるかのように彼女は言うが、そんなことはない。「誰も死なせやしない」と誓った志、それには確かに意味が、価値があったのだと、証明してみせる。

「神通、お前はもしかしたら、見落とした部分があったのかもしれねぇ。だけど、お前のおかげで、二人は助かる。幸せになるんだ。お前のやってきたことは、褒め称えられるべき行為だったんだ」

「……ふふ、ありがとうございます」

 お辞儀をして、

「……そうなら、よかったんですけど」

 走り去っていった。




831: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:16:43.20 ID:x2roJrSC0


 ……付け焼刃の言葉では、流石に届かない、か。
 自分を信じられない人間が他人を信じられるはずもない。言葉が無力だとは思わないが、もし本当に神通の眼を覚まさせたいなら、現実を目の前に突き付けてやるしかないのだろう。

 俺にできるのか?

 できるしかない。やるのだ。

 お前みたいな人間に? 本当に? 

 失敗すれば、あいつらは、ずっとあのままになってしまう。

 別にいいだろう。所詮は他人なんだから。

 架空の声が俺を苛む。

 頭の痛みが、気持ちの悪さが、ぶり返してきた。
 道中出会ったのが雪風と神通でよかった。最悪の邂逅を果たしていたら、俺はどうなっていたかわからない。発狂してしまっていたかもしれない。

 脂汗が滲む。脚が縺れる。
 すれ違う通行者が、必ず俺を見てひそひそ言った。




832: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:17:29.03 ID:x2roJrSC0


 やっとのことで自宅まで辿り着く。漣の部屋はまだ明るかった。待っていると言っていたが、本当に待っていてくれるとは、思いもしなかった。
 あぁ、だが、すまん。心の中で謝罪する。この状態で、漣、お前とまともに話すことは不可能だ。お前に何を吐き散らしてしまうかわかったものじゃない。

「……」

 心臓が跳ねた。
 俺の部屋の扉の前に、人がいる。

「……どうして」

 どうしてお前がここにいるんだ。

 まさか、俺の心を読んで、咎めに来たのか。

 大井。




833: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/13(日) 02:18:09.46 ID:x2roJrSC0




 北上が見つからなくてよかったと思った俺を、罵倒しに来たのか?





840: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:12:00.09 ID:UpItBwFj0


 逃げ出したい。いますぐ踵を返して、どこかへ隠れることができたなら、きっと迷わずそうしただろう。どこへだってよかった。雨風が凌げるかどうかさえ問うつもりはない。
 実際には、俺の脚は楔で打たれたかのように大井の前に固定されている。磔刑に処された聖人もかくやと言わんばかりだ。

「随分と遅かったのね」

 大井が言った。心配するかのような口調だった。俺を責めるようなそれではなく。

 あぁ、当たり前の話なのだ。他人の心を読むことなんてできない。
 そんなことにさえ、たったいま合点がいくこの俺の混迷具合ときたら!

 とても素晴らしいことだと思った。知らぬが吉とは古人もいいことを言うじゃないか。俺の悍ましい考えなど大井は知る由もないし、金輪際知ることもない。それでいいのだ。誰も傷つかず、平和裏に全てが済む方法があるのだとすれば、それしかない。
 自らの後ろ暗さを全て曝け出すことが、即ち絶対的に肯定されることであるとは思わなかったから。




841: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:13:22.22 ID:UpItBwFj0


「……?」

 大井はこちらを覗き込んでくる。十センチと少し低い身長差を背伸びで埋めて、真っ直ぐ向こうに綺麗な瞳があった。

「どうしたの? 何かあった?」

 って、ないわけないでしょうけれど。いつも通りの澄ました微笑。

 あ、だめだ、これは。
 愕然と理解が襲う。俺は知ってしまった。この少女の、苛烈さと苛烈さの隙間に、溺れることを逃れられない。

 大井のやけに眩しい微笑みが、俺の心の薄汚い部分に差し込まれていく。決して見せまいと、隠し通そうとしてきた汚泥が、ごぼりごぼりと音を立てて沸騰していくのがわかる。
 謝らなければならなかった。そして一度ならず二度三度、殴打して罵倒してもらわなければならなかった。それさえも全て自分のためで、この罪の重さから逃げたいがための行為でしかなくて。

 それでも俺は楽になりたかった。

 こんな罪悪感を抱えたまま、大井と作戦行動に参加することは、到底不可能だった。



842: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:13:58.53 ID:UpItBwFj0


「大井、すまない」

 細い手首を引っ掴んで部屋の中へと引きずり込む。頭の中はぐちゃぐちゃだ。俺のため、大井のため、言うべきだ、言ってはならぬ、まとまりのない思考の嵐が吹き荒れている。

「え、ちょっ、なに、やめ、やめて!」

 当然の反応。大井は俺を突き飛ばし、よろめく。俺は大井の華奢な細腕の、大してない腕力でさえ、前後不覚になって……俺は部屋の床へと転んだ。

「あ、え? ……なに、どうしたのよ。本当に大丈夫?」

「大井」

 言葉が止まらない。

「俺はお前を裏切った。お前の信頼に背いてしまった。
 ……新型が北上でなくてよかったと、そう思ってしまった……!」

「は? ちょっと、何を言っているの?」

 大井と龍驤、二人の口からブリーフィング中に聞かされた言葉、「新型は北上ではない」。それを受けてまず俺の中に去来したのは、何よりも喜びだった。北上でなくてよかった。俺は確かにあのときそう思ったのだ。
 信じてもらえないことを承知で言うが、俺自身、そんな考えが浮かんだことに驚愕した。何を言っているのだろう、どうしてそんなことを。次いでやってきたのは狼狽だ。

 その理由を紐解いていって、答えらしきものにたどり着くまで、そう時間はかからなかった。




843: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:14:27.40 ID:UpItBwFj0


「……どうやら俺は、あんなやつらに言われたことを、真に受けているようなんだ」

 嘗て、俺が英雄から戦犯へと転げ落ちたとき。
 やつらは言った。何も知らない群衆は俺に石や卵やペットボトルを投げつけながら、調和の破壊者めと。深海棲艦とコミュニケーションがとれたかもしれないのにと。友好的アプローチをなぜ模索しなかったのだと。

 馬鹿言ってんじゃねぇ。そう叫び返した気がする。

 そんなことは認められなかった。あいつらは所詮他人事だと思っていて、現場も知らず、思いつきを口にするばかりなのだ。だから簡単に難題を提示する。拒否すれば二言目には「努力が足りないんじゃないか?」などと。
 深海棲艦、あんな存在が知的生命体なはずはなかった。コミュニケーションをとれるわけがなかった。だから、殲滅するしかない。戦った比叡は決して間違っていないし、……彼女を送り出した俺も、間違ってはいない。

 間違ってはいないのだ。

 間違っていないはずなのだ。

 ……本当に?




844: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:14:58.00 ID:UpItBwFj0


 深海棲艦に意志はない。あるとしてもそれはあくまで生存本能であって、蟻や蜂がコロニーをつくるのとなんら違いはない。蟻や蜂を駆除して心が痛むか? なぜ殺したのだと文句を言われるか?

「それでも、不安だったらしい。恐れていたらしい。立ち止まって考えるのは初めてだった。深海棲艦が、知的生命体なんじゃないか、なんて……考えたことはなかった。大井、お前はあるか?」

「……ないわ。ない。だって」

 そんなことを考えたら撃鉄を起こせないでしょう。引金を引けないじゃない。

 大井の答えは明瞭。ゆえに想定内。

 俺と同じ。

「もし報告にあった新型が北上だったなら、でなくとも、知的生命体だったなら……そんなことはあっちゃならねぇことだ。だから俺は願った。願っていたことに、今日、ようやく気づいたんだ」

 お前の助力を得ながら。信頼を得ながら。
 お前はあんなにも北上の生存を熱望していたというのに。

 その実俺は、北上が生きていないことを、希望していた。




845: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:16:15.55 ID:UpItBwFj0


 大井、お前が虚弱な体に鞭を打って、障害のある心臓を酷使して、新型との戦線に加わるために――実妹である僅かな望みに賭けたその決意を。努力を。意志を。俺は知っていたのに。
 応援してさえいたのに。
 心の中では、頑張りが全て無に帰すことを、願っていた。

 それが裏切りでなくてなんだ。背信でなくてなんだ。

 善悪の定義については興味がなかった。しかし、他人を利用し、益だけを貪ろうとする行為が、善として罷り通るとは思えなかった。
 俺を利用しようとした軍の上層部と、俺は同じことをしてるじゃあないか。

 いまなら神通の気持ちが痛いほどによくわかる。自らがこうはなるまいと嫌悪していた存在と、知らず知らずのうちに近しくなり……それどころかそのものに変質してしまったとしたら、嫌悪の感情は自らへと向く。
 もう死んでしまいたかった。塵一つ残さず消えてなくなりたかった。自分がこんな人間だとは知りたくなかった。




846: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:16:49.21 ID:UpItBwFj0


「すまん、大井。本当に、すまない」

 もうトラックにはいられまい。決戦を前にして抜けることはさすがに無理だとしても、ひと段落ついたら姿を消す心づもりだ。でなければいつ、また誰かに不義を働くか、わかったものではないから。

 比叡はやはり、俺の犠牲になったのだ。

 俺は自分が生き残る確率を少しでも上げるために、あいつを持ち上げたにすぎないのだ。

 気づきたくなかった事実は重く、頭を大きく揺さぶった。
 知らなければ幸せに、とはいかないまでも、自身の善良さに疑いの目を向けることもなかっただろうに。

 涙は出ない。俺が俺を悲しんでどうするのだ。加害者と被害者の垣根を飛び越えることが許されるわけがない。
 いくらでも拳を振るってくれて構わなかった。どれだけの悪辣な罵倒でさえ今の俺には生ぬるい。いや、懲罰そのものが、俺が自らを楽にさせる行為なのだとすれば、無言の非難の視線こそが最も効果的な責め苦かもしれない。

「……」

 無言が暗闇を支配する。あちらの動きは感じられない。
 それからどれだけの時間が流れただろうか。五分? 十分? あるいは、まだ数秒しか経っていないのか?




847: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:17:16.51 ID:UpItBwFj0


「……馬鹿ね」

 端的な言葉。それは事実だった。

「本当に、馬鹿なんだから」

 郷愁を感じた。声が震えている。大井が? なぜ? どうして? 
 なんでお前が泣いているんだ?

「立ちなさいっ! 前を向きなさいっ!」

 軍隊式の発声方法で大井は俺の名前を叫んだ。隣の部屋で漣が、驚きのためだろうか、がたんと転げた音が聞こえた。

「立てと言っているでしょうっ!」

 その言葉でようやく体が動く。染み付いた動き。踵をあわせ、爪先を三十度に開き、芯を入れたように背筋を真っ直ぐぴんと張る。

 初めて大井と目があった。頬に二筋、涙の零れた跡がわかる。
 しかし表情は笑っていた。俺を馬鹿にしている笑いだった。それでいて、困ったような顔でもあった。

「北上さんだったらだったで、それでいいじゃない。生きていた、よかったでいいじゃない。
 違ったら違ったで、それでいいじゃない。仲間と殺し合いにならなくて済んだことを素直に喜べばいいじゃない」

 勿論、そりゃあ、生きていてほしかったけれど。大井はぽつりと呟く。




848: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:17:55.93 ID:UpItBwFj0


「生きるのが下手なんだから。あなたは、ずっと前から、本当に……損な役回りばかりを背負って、自分に責任の所在があるんだと思い込んで」

「……大井?」

 言っていることの意味が、ちっとも理解できない。
 俺はお前とあったことがあったか? ……いや、そんなはずはない。こんな顔に見覚えはない。

 大井は一歩踏み込んできた。それだけで、手の届く距離になる。
 彼女の右手が俺の左の頬に触れた。冷たく、ほっそりとした指先だった。

「でも、そんなあなただから。不器用で、要領がいいわけでもなくて……天才でもなんでもない、どこまでも平凡なあなただから、私は」

 頬に触れた手がゆっくりと下がり、肩へ、そして脇腹へとたどり着く。
 もう片方の腕もするり、伸ばされ……大井はそこで、さらに一歩、詰めた。
 必然、俺へと抱きつく形になる。

 柔らかい感触と、甘い匂いと、仄かな暖かさ。
 何より、優しい声。

「私は、あなたに憧れたのよ。あなたのおかげなの。あなたがいたから私は、決して腐ることなく、今もこうして艦娘をやれているの」




849: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:18:31.86 ID:UpItBwFj0


「……どこかで、会ったか?」

 尋ねるが、どこまで記憶を遡っても、大井との接点は見当たらない。

 そんなわけないでしょうと大井が首を横に振った。そうして余計に腑に落ちない。一体、なら、どこで俺を。
 とそこまで考えて、はっとした。その可能性は十分にあった。

「テレビで、俺を」

 英雄として祀り上げられていたころ、俺の姿がテレビに映し出されないときはなかった。名前も、生い立ちも、家族構成も、全て包み隠さずに報道されたはずだ。
 大井は幼少期から病院に通っていた。暇な時間を潰すのは、本か、携帯ゲーム機か、でなければテレビと相場が決まっている。

「私は妹がいたから生きてこれたわ。『また明日』。その約束を何としてでも守るために、必死だった。新薬の投与はなるべく受けたし、そのためなら艦娘にだってなってやろうと思った。
 結果的に容態は安定したわ。自分の脚で風を切る喜び、水を手のひらで掬う気持ちよさ、芝生の上で寝転ぶ爽快感、あなたは知っているかしら。あれほど世界が輝いて見えたことは、一度もなかった」

 大井はさらに腕に力をこめてきた。密着度があがる。俺は手の置き場所に困るばかり。




850: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:18:58.79 ID:UpItBwFj0


「だけど、人間、欲が出てくるものよね。恢復にも健康体にも程遠い私だったけれど、艦娘になったからには、みんなの役に立ちたかったのよ。家族の住む国を護りたかった。それって変なことじゃあないでしょう?
 でも駄目だったわ。艦娘に適性があるってことと、ちゃんと動けるってことはイコールじゃない。見たでしょ、転んでばかりの私の醜態を。訓練校にいたころも酷くて、怒られてばかりで、授業をサボるなんてことはしょっちゅうだった。
 ……そのたびに、みんなに捜索されて、連れて帰られたけど」

 その話を、俺は嘗て、どこかで。
 ……比叡から、聞いたことがあった、気がした。

「艦娘に選ばれたことが、即ち特別の証じゃないってことに気付いたのはいつだったかしら。子供のちっぽけなプライドはずたぼろで、自分があまりにも矮小な人間で、いやになって、こんな自分にできることなんて一つもないと思って。
 ……そして、あなたを見たの。テレビの中のあなたを」

「……」

 幼少の彼女の目に、俺は一体どのように映っていたのだろうか。上官の遺志を継いで深海棲艦を打ち倒した英雄、その凱旋。見せかけの輝きも区別がつかなかったに違いない。




851: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:19:50.08 ID:UpItBwFj0


「凄い人だけど、特別な人じゃなかった、って言っていたわ。いまなら理由がわかる。特別な人間が特別なことをするよりも、一般人が特別なことをするほうが、より功績が強調されるから、なんでしょうね。
 そして幼い日の私は純粋で――まぁ今もなんだけれど――その策略にあっさりと引っかかってしまった。嵌ってしまったの」

 つまり、ね。大井はいたずらめいて、また笑う。
 こいつの笑みは不思議だった。常に笑っているように見えるのに、同じ笑いには見えないのだ。

「こんな普通の人でも英雄になれるのだから、私だってきっといつか、誰かの役に立てるに違いないと、思ったのよ」

 誰かの役に。
 俺のように。

「それを杖にして、私はここまでやってきた」




852: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:20:17.18 ID:UpItBwFj0


 津波のような「なにか」がやってくる気配があった。音が聞こえる。震動を感じる。さきほどとは異なる理由で、これはだめだ、と思った。
 自分が自分でなくなってしまう。
 抗いがたい未知への恐怖。

 それほどまでに強い喜びの感情を覚えたことはなかったから。

 俺は誰かの役に立ちたかった。誰かを幸せにしたかった。生きている理由が欲しかった。誰かから生きていてもいいのだと承認を得たかった。
 そしてその全ては目の前にいるこいつが持っていた。
 とっくの昔に俺は為し得ていたのだ。ただそれに気づかず、ただそれを知らず、ゆえに路頭に迷っていただけだった。

 知らないほうがいいこともある、なんて言ったのはどこのどいつだ!

 俺の行動は、決して無駄ではなかった。

 その認識が浸透するには、ほんの少しばかり、感動が邪魔をして時間がかかった。




853: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:20:51.44 ID:UpItBwFj0


 多幸感は三半規管さえも犯す。またも前後不覚を覚えて、今度は大井ごと、俺は床へと倒れる。咄嗟に大井を抱きしめてしまい、華奢な体はすっぽりと収まる。
 心臓が早鐘を打っていた。俺のものなのか、大井のものなのか、まるで判断がつかない。相手のせいにするのはあまりにも容易く、どうやら大井はその選択肢を採ったようで、こちらに非難の視線を向けている。

「……それからあなたのことを調べたわ。英雄から堕してなお、ね。情報にフィルターがかからなくなって、ようやく真実らしい情報にも、手が出せるようになった。
 辛かったでしょうね、なんて月並みな言葉は言わないわよ。心情は察するに余りあるけれど。
 ……提督」

 俺の両肩に手をついて、大井は自分の上半身を持ち上げた。

「私はあなたを信じるわ。たとえ世界の他の全員があなたを嘘つきだと指をさしても、私はあなたを信じる。
 だからあなたも私を信じて頂戴。私はあなたの期待を、裏切るつもりはない」

「……あぁ」

 それだけを言うのが精一杯だった。

 精神的にも、肉体的にも、疲労困憊。柔らかい大井の肌を指先に感じながら、俺の意識はゆっくりと暗闇へ埋没していった。




854: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:21:17.93 ID:UpItBwFj0


* * *

 とても心地よい夢を見ていた気がする。

 床にはカーペットが敷いてあるが、それでもまだ硬い。関節の痛みを覚えつつも、俺は状態を起こした。

「あぐっ!」

「っつぅ!」

 俺の額がなにかに当たった。眼を開けてみれば、大井が口元を抑えながら、こちらを睨みつけている。
 カーテン越しの窓からは朝の陽ざし。どうやら床で寝てしまっていたようだが、妙に頭の下だけが柔らかいのが謎だ。

「……なによ」

 大井の脚だった。俗に言うひざまくらというやつを、俺はされているようだった。




855: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:21:51.03 ID:UpItBwFj0


「あ、その、……すまん!」

 ひざまくらもそうだし、昨日の醜態もそうだ。大井は恐らく一晩付き添っていてくれたようなので、それについても。
 関節の痛みなどなんのその、恥ずかしさと申し訳なさが勝って、俺は跳び起きた。大井も少し遅れて、脚の痺れを誤魔化しつつ、立ち上がる。

「……大丈夫?」

 問われた。真っ直ぐに返すのは戸惑いも大きいが、しかし、それが筋だろう。

「あぁ、もう大丈夫だ。ありがとう」

「……別に。
 今日のブリーフィングは正午からよ。遅れないようにすることね」

 さっと大井は踵を返す。すっかり皺のついた濃緑の制服がひらりと舞う。

「これから、よろしく」

「……こちらこそ」

 ぱたん。ゆっくりと扉が閉まって、俺は部屋に一人になった。
 だが、どうしたことだろう。まるで一人であるような気がしないのだ。心強いなにかが、力強いなにかが、炎となって体の中心に存在しているように思えた。




856: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:22:17.61 ID:UpItBwFj0


「御主人様ッ!」

 打って変わって大きな音をあげ、漣が扉を叩きつけて飛び込んでくる。

「昨日はなんだったんですかどうしたんですか、大井さんの声が聞こえてきてご主人様の声もわっ! って感じで、一体何があったんですか!? なんで二人は一晩を共にしているんですかっ!?」

 漣は昨晩待っていたんですよ、と俺の腰をべちんべちんと叩いてくる。それに関しては非常に申し訳なく、弁論のしようもないのだが、もし間に合うようならば今すぐにでも聞かせて欲しい。

「もういいです! どうせブリーフィングまでそんなに時間はないですか! ぷんすこ!」

 擬音を口で表現する滑稽さは残ってはいるが、どうやら漣は本当に怒っているようだった。




857: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:22:47.77 ID:UpItBwFj0


「ん? あれ?」

 漣が俺の顔をじっと見る。

「どうした」

「なんかついてます。おデコんとこ」

「え? あぁ……」

 指で擦ると、薄桃色の塗料のようなものが付着した。きっと大井がつけていたリップグロスか何かだろう。

「あ、まだついてますよ」

「そうか?」

 額をこするが、鏡がないので場所がいまいちわからない。

「あ、そっちじゃなくて」

 漣は俺の顔を指さして、




858: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/14(月) 22:23:15.22 ID:UpItBwFj0




「こっちです、唇」






869: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:43:47.49 ID:dc2E7mY00


「ねぇねぇ、なにがあったんですか? ねぇったらー」

 泊地へと向かう俺の袖を先ほどから漣が引っ張り続けている。話題は変わらずに、昨晩俺と大井の間になにがあったのか。
 しつこいな、と声を荒げることは簡単だった。しかしそれでは漣に義理が立たない。折角得たであろう信頼を、こんなこと――というには聊か軽んじすぎてはいるが、ともかく大井とのやりとりで失うわけにはいかなかった。
 とはいえ、包み隠さず話したとして、それが信頼の失墜につながる可能性も少なくはない。

 その塩梅が最も難しい。

 第一、どこから話せばいいのかも曖昧だった。俺が遅くなった原因は龍驤との話し合いだし、そこに雪風と神通の一件が輪をかけている。大井とのやりとりを話すには、俺の過去に触れるのだ。
 ナイーヴな部分を曝け出したくない、という気持ちは俺にだってあった。仮初の英雄「鬼殺し」と評されたあの過去が、たとえ大井によい影響を与えたのであったとしても、やはり手放しでは喜べない。そこまで単純にはなれない。




870: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:44:26.52 ID:dc2E7mY00


「そんなに気になるのか」

「んー、誤解されちゃ困るんですけど、隠し事を暴きたいってわけじゃないんです。喋りたくないなら喋りたくない、でいいと漣は思うわけです。そしたら漣だって尋ねたりはしませんよ?
 ただ、ご主人様の感じ、すっごい疾しさがあるっぽいんですよねー。後ろめたさ? とにかく、そーゆーの」

 鋭い指摘だ。本当にプライベートな問題なら、そう言えばいい。そうすれば漣も訴追はしてきまい。
 きっと俺は初動を間違えてしまったのだ。堂々としていればいいのに、それができなかった。大井との一件があったのだから仕方がないと今ならば開き直れるが、少しタイミングが遅い。

「……大井は俺のことを知っていたみたいでな」

「……? だって、そりゃそうでしょ? 最初に会ったときに『鬼殺し』だって」

「それで、なんというか、あんまり自分で言うのも恥ずかしいんだが……俺のファンだったらしい」

「嘘乙」

「だよなぁ?」




871: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:44:54.95 ID:dc2E7mY00


 即答に対して素直な感想だ。逆の立場だったら、きっと俺も「はいはいそうだな」と返していただろう。
 昨晩のことを思い出せば自然と恥ずかしくなってしまう。大井は俺のことを知っていた。それは、俺が「鬼殺し」であるという事実以上についての理解であり、その上で俺のことを肯定してくれたのだ。

 そして俺もまた大井に対しての一定の理解を得た。お互いの弱みを曝け出した、とまではいかないが、彼女が俺を信頼すると言ってくれたように、俺もまた彼女のことを掛け値なしに信頼できると思う。
 俺は決して特別な存在ではなかった。それでも為し得たことには、きっと特別ならざるがゆえの価値があるのだろう。
 
「特別、ねぇ」

 そうである人物と、そうでない人物、二人を隔てる事柄が浅学な俺にわかろうはずもない。結局はどの方向から見るか、なんじゃないかとも。




872: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:46:41.27 ID:dc2E7mY00


「して、なぜに大井さんはご主人様のファンに?」

「俺ははねっかえりだからな」

「わかります」

 わかられて堪るか。

「大井も皮肉屋で、どうにも気が合うらしい」

「漣は? 漣とは?」

「合う合う。頼んだぜ、相棒」

「えへへへへー」

 屈託なく漣は笑った。ぴょんぴょん跳んで、俺の少し先を歩く。

「ヒーローになりたかったんだっけか」

「え?」

「お前はさ。ヒーローになりたかったって言っていたろう。あの夜」

「あぁ……そうですね。なりたかったですよ」




873: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:47:29.27 ID:dc2E7mY00


「今は?」

 それはかねてからずっと引っかかっていたことだった。
 弱者を見捨てず、手を伸ばせ。敷衍すれば「助けようとし続けろ」。漣は俺にそう言って、自らも可能な限り手伝うからと言ったが、しかし、ならば、それを自らに適用しないのはダブルスタンダードではないのか。

 ヒーローになりたかった。今は?
 もしそんな自分を過去に置き去りにしてきてしまったのだとしたら、漣は、そんな自分をこそ見捨てずに手を伸ばさなければならない。
 あるいは、見捨てずに手を伸ばさなければならなかったのではないか。

 後悔が漣のその言葉の源となった可能性は十分にあったが、迂遠な話の持っていきかたは不得手だ。こいつ相手ならば直球に尋ねたほうがいい。

「今は? 今は……うーん、サポート役ですかねぇ。これは、ほら、ギャルゲーの世界ですから。主人公はご主人様で、漣は……悪友そのいち、みたいなもんです。お助けキャラっていうか」




874: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:48:16.16 ID:dc2E7mY00


「主人公ってガラじゃねぇやな」

「ですか?」

「だよ。
 なら漣、どんなやつなら主人公に向いてるのか教えてくれよ」

 軽口を叩きながら泊地を目指す。あと五分も歩けばつくだろう。
 漣は顎に指を当てて、少し考えているふうを見せた。

 その指を俺に向け、

「まず両親が海外出張してます」

「いきなりハードルたけぇなぁ、おい」

「んでんで、留守を任された幼馴染が起こしに来てくれるんです」

 二分の二、当てはまらない。
 どうやら俺はやはり主人公の器ではないようだった。

「高校は坂の上にあって、桜並木が少しだけ有名で、変な部活に無理やり所属させられて、そのせいで生徒会長からも目をつけられるんです。で、都市伝説的なおまじないがちょろっとだけ流行ってるから、真偽を確かめるべく活動していくうちに不思議な事件に巻き込まれて……」

「空から女の子が降ってくる?」

「あははっ、それもありですね」

 漣はくるくると回った。花びらの舞う中を踊るようにも見えたし、寧ろ彼女自身が桜の花びらのようにも見えた。




875: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:49:28.99 ID:dc2E7mY00


「漣」

「なんですか、っとっと」

 制動があまく、少しよろめいた。俺は手を取って立たせてやる。

「ありがとうございます。
 ……なんですか?」

 頬をむにむにと摘まむ俺と、怪訝そうな顔でこちらを見てくる漣。

「あんまりそんな顔すんな」

「どんな顔ですか?」

「辛そうな顔だよ」

 女の涙は苦手だった。苦手だというのに、この島に来てから、やたらとそんな場面にばかり出くわすものだから……俺だって機微には多少なりとも敏くなる。
 殆どごまかしのようなものだ。こいつの頬を触って何がどうなるというわけでもない。

 ってか、こいつの頬、めちゃくちゃ柔らかいな。何を喰ったらこうなるんだ。




876: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:50:10.42 ID:dc2E7mY00


「……心配かけて、ごめんなさい」

「別に、たいしたことじゃねぇよ。子供が大人に心配をかけるのは当たり前だ」

「本当は、漣もちゃんとお話ししたいと思ってるんですけど」

「焦んな。気が向いた時でいい」

「でも」

 顔を真っ直ぐに見据えてくる漣。

「ご主人様はいなくなっちゃうんでしょ?」

「……」

 もしかしたらこいつはついてくる気なのかもしれないな、と思った。
 それが自惚れであればよかった。こんな敵の多い人間に連れ添った先に、幸せなんて待っているはずがない。

「ほれ、着くぞ」

 泊地が見えてきた。

「うん」

 俺の人差し指を控えめに握りしめながら、漣は俺の隣で洟を啜る。




877: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:50:58.45 ID:dc2E7mY00


* * *

 昨日と同じ一室には、昨日と同じ数の椅子が並んでいて、昨日と同じ面子が腰かけている。
 即ち、赤城はいない。

 龍驤と58は最早その件について深く考えるのをやめたようだった。空席を一瞥し、嘆息。58が「必ず来るようにとは言ったんだけどね」と弁明めいたことを言うも、それで赤城がやってくるとは誰も思っていなかっただろう。
 それよりも周囲の関心はおおよそ二人に集まっていた。雪風と神通。どちらも佇まいこそしっかりとしているが、その厳格さの中には過度な排他性を有している。
 会話もない。そもそも瞬きをしているのか、息をしているのかさえ、瞬時には定かにはならなかった。

 龍驤と目が合う。何かがあったんだな、と睨みつけるように問われた。俺は沈黙で以て雄弁に返す。




878: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:51:27.51 ID:dc2E7mY00


 龍驤がどこまで二人のことを――そして雪風と神通それぞれのことを知っているか、俺は知らない。だがなんとなくの想像はつく。きっと個々人の領域に踏み込むような真似はしなかったに違いない。
 やはり龍驤は決定的に間違ってしまったのだと思う。58も同じで、本当ならば見捨ててはいけないはずの事柄を、不干渉に澄ませてしまった。勿論それはいまだから言えることで、その時その時では、二人の対応は決して間違ってはいなかったのだろう。

 あとから来た俺がとやかく言うのは万事に失礼だった。先人には敬意を持ってあたるべきだ。そしてその示し方は、何も言葉である必要はない。
 俺が同じ轍を踏むことだけは避けなければならなかった。でなければ、それこそ不敬というものだ。

 大井とはついぞ視線が合うことはなかった。避けられているふうでもなかったが、大井ならそれぐらい白々しいことも平気でやってのけるに違いない。
 大体、なんて訊けばいいのか。お前俺にキスしたか、だなんて、頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
 きっとあれは夢だったのだろう。唇の汚れは、まぁ、あれだ。偶然だ。




879: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:52:24.95 ID:dc2E7mY00


「んじゃ、まぁ、第二部を始めようか」

 龍驤が指で机を小さく叩いた。こんこん、と軽い音が部屋に響く。

「鳳翔さん、発信機の位置は昨日から動いとらんのやったな?」

「はい。ポイントF-6から変わらず」

「状況に変化がなければ、出発は明朝八時を想定しとる。総勢十二名による聯合艦隊。水上打撃部隊を構築し、全力で以て敵作戦行動群中央部を突破、新型――雷巡棲鬼を打倒し次第帰投する。大まかなプランは以上や」

「中央部突破はいいけれど、作戦群の規模は判明しているの?」

 問うたのは大井だ。龍驤はその言葉を受けて頷く。

「大体はな。ちゅーても正確やない。索敵機を数機飛ばして、あと58にも昨晩いくらか突っついてもらった程度や」

「作戦行動群に動きは無し? 見つかったから逃げる、ではなく」

 霧島が不思議そうに呟いている。

「迎撃はあった。ただ、移動はいまのところ見られん。そこが所謂本拠地なのか、それとも雷巡棲鬼が傷を癒しているだけなのかは、判断がつかんな」

「もう死ぬかと思ったでちよ。駆逐とか軽巡級ばっかで、対潜はきっちりしてたかな」




880: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:53:22.11 ID:dc2E7mY00


「でもそれって、逆に言えば戦闘力自体はそれほどでもないってことだよね?」

「そうや。最上が今いったように、真正面から会敵することを恐れるほどではないと、うちは睨んどる」

「聯合艦隊とはいえ正面からの中央突破は難しいのではないかしら。自分で言うのもなんだけれど、私、あまり戦力にはならないわよ」

「勿論それも考えた。敵戦力の漸減やな。だけど、雷巡棲鬼がいつまで滞留しているかわからんのはネックや。昨日も話したが、やっぱり電撃作戦でいくべきやと思う」

「電撃作戦は構わないけどさ」と最上「中央突破が危険性も高いってのは大井の言った通りで、リスクとリターンは見合うのかなぁ」

「そこは、うーん、土壇場にならないと判断できん部分もあるんよ、正味の話な。
 燃料と弾薬は背反関係にある。最短距離で敵を倒せば弾薬は使うが燃料の消費は抑えられるやろうし、なるたけ敵の薄い地点を選んでいけば、時間はかかって燃料喰うけど弾は最低限や。作戦目標とぶつかった際に、偏りのないようにチャートを都度都度で修正していけたらなぁ、と思っとる」




881: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:54:21.32 ID:dc2E7mY00


 そのあたりが落としどころだろうな、とは感じる。机上で全てが済むのなら、そもそも戦闘は発生しない。人死にも出ない。だが現実は机上はあくまで机上であって、何事もそううまくはいかない。
 俺たちが考えるのは目的と目標だけでいい。なんのために、どうするか。それが最も重要だから。

「水上打撃部隊の第一艦隊、第二艦隊の案は、一応草案ではあるが、考えてあるんよ。うちと、あとは……まぁそこのおっさんやな。二人で昨日ちょこっと話した。
 勿論決定稿やないから、こうしたほうがええんやないか、みたいのがあったらどんどん言ってくれて構わん」

「……あー、一応今紹介に預かった。作戦立案に関しては、俺も少し口を挟んだ部分がある。気に入らなければ言って欲しい」

 俺は胸ポケットからメモ用紙を取り出す。

「第一艦隊は本隊だ。メンバーは……」

 俺は名前を読み上げていった。
 既に脳内では何度も反芻していた言葉の羅列。

 夕張、霧島、龍驤、鳳翔さん、大井、扶桑。




882: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:55:04.71 ID:dc2E7mY00


「旗艦は龍驤に任せる。航空機による索敵と、出合い頭での爆撃による強襲で、まずは敵の戦力を削ぐことが重要だ。大火力で可及的速やかに殲滅が可能な面子を選んだつもりだ」

「……」

 特に反論の声は上がらない。俺はひとまず胸をなでおろす。
 が、まだ一山すら超えていないのだという自覚はあった。次、第二艦隊。その話がどれだけ拗れるか、想像もつかなかった。龍驤も覚悟の上だと思いたいが。

 第二艦隊は必然的に消去法で判明している。先ほど呼ばれなかった名前が、第二艦隊である。
 即ち、神通、雪風、響、58、最上、漣。

 ならば、なぜ、どうして、紛糾するのを恐れるかというと……。

 唇を舌で湿らせて、一息で俺は言い切った。




883: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:55:32.54 ID:dc2E7mY00




「旗艦は響だ」






884: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:56:47.32 ID:dc2E7mY00


 当然か。雪風が机を思い切り叩きつけて立ち上がった。それは想定の範囲内のできごとではあるが……その剣幕に、心臓が暴れる。視線に質量があったとしたら俺は押し潰されて死んでいるだろう。
 そして、驚愕しているのは雪風だけではなかった。神通も、漣も……大井や霧島でさえ怪訝な表情でこちらを窺っている。考えはみな同じ、「こいつは何を言っているのだ?」か。

「旗艦は単なるお飾りじゃありません! 司令と私たちの間を仲介する唯一無二の存在です! 旗艦の大破はそれ以上の作戦の遂行不可を示します、それくらい司令、あんただって知っているでしょう!?」

「あぁ」

 気弱にならぬよう努めて言う。

「百歩どころか千歩、一万歩譲って、響を前線に連れ出すのは目を瞑ったとしても! それを仮に響が望んで、雪風にも誰にも止められないのだとしても! してもです! なぜこいつを、こんなよわっちいやつを旗艦に据える必要があるんですか!
 愚かです、自殺行為です! 響が随伴艦なら、中破しても護衛をつけて帰せばいい。でも旗艦ならそうはいかない。今回は電撃作戦でなければならないとは龍驤さんが言った通りで、二度目があるかはわかんないんですよ!」




885: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:57:38.30 ID:dc2E7mY00


「……そうだ。そのとおりだよ、司令官」

 響は気圧されながらも凛とした声を響かせる。

「どうしてだい? 私を旗艦にするのは、リスクだけが高い。リターンなどあってないようなものじゃないか。そこの説明がないと、私も……誰も、わかったとはならないよ」

 そりゃそうだ。俺は龍驤を窺った。彼女も当たり前だというふうに頷く。

「こんなっ、こんなよわっちいやつがっ……!」

「雪風ッ!」

 椅子を後ろに倒しながら雪風が立ち上がった。もう我慢がならないといった様子で、そのまま足早に部屋から出ていこうとする。

「待ちぃや!」

「雪風!」

「雪風、止まりなさい」

 咄嗟に伸ばされた神通と響、両者の手を振り払って、雪風は叫ぶ。

「触んなっ! あんたらなんかもう仲間じゃない!
 雪風がっ、雪風だけがみんなのことを想って、考えてるのに、それなのにどいつもこいつもそれをおじゃんにしようとするんだ!」




886: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 01:58:40.28 ID:dc2E7mY00


 扉を開け放って部屋から飛び出していく。響も短く悲鳴のように叫んで、雪風のあとを追った。
 最上が立ち上がる。漣もまた。扶桑と霧島、夕張と鳳翔さんが、それぞれ目を合わせ、席を立つ。

 大井がこちらを見ていた。

 龍驤が目を伏せていた。

「ボクは追うよ」

「漣も、です」

「私たちも、一応」

「年長者がいたほうがいいでしょ」

「あたしも行くよ。怪我でもされたら厄介だし」

「私は……心の休まる飲み物でも、用意しておきます」

 駆け足で部屋を出ていく者、ゆっくりと地を踏みしめる者。

「前言撤回はしないわよ。理由、あるんでしょう?」

 大井はそれの返事を待たずに去っていった。聞くまでもない、ということなのだろう。
 その信頼は、こんな俺という人間には過ぎたものだったが……それでもやはり、ありがたい。




887: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 02:00:00.04 ID:dc2E7mY00


「刺されんでよかったな」

 机に頬杖をついて、龍驤は言った。めっきり疲れてしまったような口ぶりだった。

「ひやっとした」

「あはは、おっさんもさすがに刺されたくないか」

「……悪いな」

「ん? いきなりなんや」

「話を拗らせるような真似をして。いざこざを起こさせたのは、間違いなく俺だ」

「許可したのはウチや。勘違いしてもらっちゃ困るよ、この泊地の提督は、ほんとはウチやで? ええっちゅーたらええねん」

「だが、うまく行く保証は……」

「なに急に弱気の虫が顔出してるのさ。あほう。あんたよりもウチのほうが、みんなの幸せ願ってるんや。説明くらいはなんぼでも労力割いたるから。
――なぁ? 神通」

 喧騒から解き放たれたような静寂を身にまとい、神通は椅子に座ったまま、微動だにしていなかった。
 雪風のいなくなったほうをじっと見ている。そこには、当然、誰もいない。しかし神通の目は確かになにかを捉えている。




888: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/23(水) 02:01:14.16 ID:dc2E7mY00


「……仲間じゃないと、言われてしまいました」

「言葉のあやや、そんなもん」

「……雪風だけが、みんなのことを考えているのに、と言っていました」

「子供にありがちな肥大した自尊心や。気にせんとき」

「わたしは」

 か細い、消えてしまいそうな声。

「みなさんを、仲間と思わなかった日は、信頼しなかった日は、一日たりともありません。みんなのためを思い、二人を想って、これまで……こういう言葉は好きではないのですが、私はこれまで『頑張ってきたのに』」

「諦めるのはまだはえぇよ」

 今や、最初に出会った時のような白刃めいた鋭さは、神通からは抜け落ちている。触れれば指さえ落ちんといったふうの雰囲気は、もしかしたら他者を寄せ付けないためのものでもあったのかもしれない。
 雪風と響を二本柱として神通はトラックを生きてきた。それしか彼女には支えがなかったのだ。
 そして、それも失われた。俺の選択が一枚噛んでいるのは、否定のできない事実である。

「俺は」

「ウチは」

「お前も」

「アンタも」

「幸せにするために動いているんだ」
「幸せにするために動いているんや」




895: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 14:55:01.23 ID:TQxeMSFf0


 夕暮れはセンチメンタリズムを増幅させるが、そもそも浸れるような感傷は俺にはなかった。比叡との思い出はどうやったって俺を苛む。それ以降の思い出ならば猶更だ。
 データ上の資材の確認は済んだし、装備も同様。弾薬と油はありったけをかき集めて、補給も万端。漣と響が毎日遠征に出てくれなければ、恐らく足りなかったに違いない。
 全員のバイタルチェックも済んで、あとは明日の出発を待つだけである。

 結局、雪風は戻ってこなかった。追った響も憔悴している様子で、二人の間でどんなやり取りが交わされたのか、俺は知ることができなかった。
 鳳翔さんと夕張、そこに扶桑が混じって、四人で話をしていたことは聞いた。俺が出る幕ではない。決定的に拗れさせたのは俺で、龍驤は「許可を出したのは自分だ」と言ってくれてはいたものの、どうにも俺自身を納得させられなかったのだ

 ただ、響や雪風、他のメンバーに対する申し訳なさはあっても、決定の正しさには自信があった。響も、雪風も、神通も、まとめて絶望の淵から掬い上げるためには、多少の無茶はしなければならない。



896: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 14:56:20.85 ID:TQxeMSFf0


 全てがたちどころに解決する術は、もしかしたらないのかもしれない。仮にあったとしても、それはきっと、多大な痛みを伴う手法だ。
 痛みは俺が負うつもりだった。もし他者が傷つくことが不可避だったとしても、その痛みは必要なものだと説得して、納得してもらえるだけの信頼が必要だった。

 信頼。――信頼。
 どうだろうか。俺は果たして、信頼されているのだろうか。

 作成した航路図を全員に送付しても、雪風だけが未読である。赤城でさえ確認しているというのに。

「……大丈夫? 落ち込んでない?」

 漣が心配そうに顔を覗き込んでくる。
 俺たちはちょうど帰路についていた。

「落ち込みはしてねぇよ」

 強がりではなかった。それでも、心が少しだけ弱くなっている自覚はあった。

 響を旗艦にするという案は結果的には受け入れられた。意図も、意義も、存分にある。艦娘たちはみな、神通がぽつりと漏らしたように、仲間想いのいいやつらだ。こちらが熱意を持って説明すればわかってくれるだろうとは思っていたが。
 あとの懸念は間に合うかどうかだけだ。これだけはわからない。実際に会的し、どれくらいの敵の密度なのかで大きく変わる。




897: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 14:57:12.95 ID:TQxeMSFf0


「ご主人様」

「ん?」

「手」

「ん」

 漣が差し出してきたので、俺も差し出す。自然と手が繋がれる。

 殆ど無意識の行動だった。あまりにもその動作が滑らかで、俺は全てが終わってから、ようやくなにをやっているんだろうと思ってしまう。
 なんだかとてもまずい気がした。俺は自分がよくない領域に片足を突っ込んでしまっているのではないかと不安になる。

 いやまさか。俺はアレではない。
 ボンキュッボン至上主義ではないにしろ、こんな中学生相手に意識してしまうようでは、人間としておしまいだろう。

「……なんですか?」

「なんでもねぇよ」

「見惚れちゃいました?」

「たぶんな」

「まぁ仕方がないですねー。漣は美少女ですから」

 無難に否定をしないでおくと、漣はそれに機嫌をよくしたのか、ぶんぶんと繋いだ手を大きく振り出した。歩きにくくってしょうがない。




898: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 14:58:46.60 ID:TQxeMSFf0


「ね、ね。ご主人様。漣はご主人様の特別ですか?」

 甘えた口調の漣だった。
 特別。つい先日もそんな単語を聞いた気がして、少し躊躇う。だが今そんなことはどうでもいいことだ。

「特別だよ、特別」

 こいつは俺の秘書艦で、極論、俺の仲間はこいつだけ。その構図は今も昔も変わりない。
 大井は俺のことを信頼していると言ってくれはしたものの、本当に俺があいつらと仲間になるためには、踏まなければならない手順があった。
 俺はまだトラック泊地の提督ではないのだ。

 なりたいなぁ、と思った。それは二つの意味で。

 一ヶ月と言わず、三か月と言わず、一年と言わず。トラックに腰を落ち着けて、こいつらと一緒に生きていきたいと思った。

「ご主人様も特別ですよ」

 ふふふ、と笑う。




899: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 14:59:39.59 ID:TQxeMSFf0


「特別、ね」

 特別だと名乗ることは難しいことだ。無根拠な自信に基づくだけなら、いずれ砕けて消えてしまうだろう。無根拠な自信を貫けるなら、社会で生きていくことはできないに違いない。
 俺は平凡な人間だ。特別という要素があるのなら、特別嫌われているという悲しい事実くらいのもので、他人に比べて優れているなにかがあるわけではない。

 だが、そんな俺の平凡さこそが大井を救えたのならば、彼女の一助になったのならば、それは素晴らしいことだった。

 きっと順序の問題なのだ。平凡だから/特別だから、偉業を成せない/成せるのではない。偉業を成し得た人間に対して帰納的に付与される表彰状が「特別」という周囲からの認識。でなければ初めから「特別」として生まれなければ、人生に価値など見いだせなくなる。




900: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:03:25.71 ID:TQxeMSFf0


 俺は、神通、彼女が自らを卑下することに耐えられなかった。自分を愚かだとこきおろし、平凡で、故に成果を出すことができなかったと決めきっているあの態度。演繹的手法。そんなことはないと示してやりたかった。
 平凡だろうが特別だろうが、俺たちにできることは必ずあるはずなのだ。

 龍驤を見てみろ。泊地の復興に一度失敗したのであろうあの少女は、けれど今でも前を向いて、なんとか立ち上がろうとしている。全員がうまくいくように考えている。自身の価値などあとからついてくることを知っているから、レッテルを貼ったりなど絶対にしない。

「……明日が決戦ですね」

「そうだな。怖いか」

「怖い……まぁ、不安はあります。漣にできることは、きっとそれほど多くないから、それを精一杯にやるだけなんですけど」

「んなこと言ったら、俺にできることの方がずっと少ないさ」

 海の上に立てないのだから。

「でも、ご主人様は、いろいろやってくれてます」

「なんだそりゃ」

 笑う。いろいろアバウトな漣の言葉はいまいち要領を得ないが、思いやってくれているのだということは理解できる。




901: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:04:00.86 ID:TQxeMSFf0


「響ちゃんを旗艦に据えたこともそうですし、その前の遠征も……大井さんとも、うまくやったんだと思います。龍驤さんとだって作戦練ってたんですよね? だから漣もそれに報いなくちゃって」

「前線で血を流すのがお前らなんだから、俺こそがそれに報いなきゃなって話だ」

「お互い様ですね」

「そうだ」

 その通りだ。

「自惚れだとは思ってますけど、聞いてもいいですか?」

「ん? いいぞ」

「前の約束守ろうとしてくれてます?」

 弱者を見捨てない。
 絶対に手を差し伸べる。

「それも、当然ある。だけどもともとそれは――お前との約束な、あれは結構、俺の目的とも合致してるんだ。俺は俺の存在意義を確立させるためにここに来た」

「ここ? トラック?」

「あぁ」

「自分探しってことですか?」

「似てるような、そうでもないような」




902: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:04:51.41 ID:TQxeMSFf0


 こんな子供じみたことを考えているのは俺くらいなものかと思っていたが、なかなかどうして、世の中には為すべきこと――天命とでも言える何かの探究者が多いようだ。
 道に迷い、悩んで、後悔しながら、自分の価値を見出していく。

「見つかりました?」

「見つかったような、そうでもないような」

 もし、俺が本当に、心からみんなに迎え入れられて、トラックの提督になれた暁には、全てが満たされるのだろう。
 そのためにやるべきことは少なくない。

 漣はふーん、ほー、と話を聞いていた。何か反応があるかと思いきや、別にそれ以上話を膨らませる気はないらしく、ぼんやりと歩き続ける。
 握られた手の力だけが少しだけ強くなった気がした。

 家が見えてくる。と、漣は咄嗟に口にする。

「お話があるんですけど」

「あぁ、そういえば言ってたな」

 待っているとか、なんとか。

「あの日はご主人様来てくれませんでしたけど、今日はいいですよね? 明日が決戦で、それにまつわる大事なことだから」

「作戦についてか?」

「んー、違います。ま、すぐにわかりますよ」




903: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:05:29.71 ID:TQxeMSFf0


 先の戦いのことを思い出せば、漣はどうしても古参の面子には見劣りする。場数を踏みなれていないことによる不安は大きいだろう。
 俺は漣を含めて誰も死なせるつもりはなかったし、漣だって死ぬつもりはない。だが、覚悟が全ての恐怖に打ち克てるとは到底信じがたい。

 家の扉を開ける。女子中学生の部屋に入るよりは、そちらのほうがデリカシー的ななんやかんやでマシだという判断だった。

「おっじゃまっしまーす」

「おう、入れ入れ」

 部屋の中の空気は生ぬるかった。窓を少し開けて出てきていたのだが、それくらいでは大した換気にはならなかったようだ。
 仕方がなしに扉を全開。一気に、少しだけ潮の匂いのする風が、部屋へと満ちた。

 俺の背後ではばたんと扉が閉まって、がちゃりと鍵がかかる。

「鍵なんかかけなくっていいだろうに」

 物取りが入るわけでもあるまい。

「いや、まぁ、邪魔が入っても困るんで」

「邪魔?」

 またよくわからないことを言っているなぁ。振り返った俺の目に飛び込んできたのは、




904: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:06:08.83 ID:TQxeMSFf0


「……は、おい」

 なにやってんだ。

 漣がスカートの脇を少しいじると、重力に負けて、するり、スカートが玄関へと落ちる。

 その下には短パンやスパッツなどは身に着けられておらず、当然、白い下着が露わになった。
 ローファーを脱いで、スカートから脚を抜き、部屋の中へと一歩。そうして今度は上着へと手をかけ、赤いスカーフをとった。胸元のチャックを開き、すっぽりと頭から脱ぐ。

 フリルがあしらわれたキャミソール。生地は薄く、そのためかブラが透けて見える。下と同じ白い花柄。

「……おい」

 言葉が出てこない。違う。何と言ったらいいのかわからない。
 俺の頭の中に、対応策などそもそもない。

 漣はうっすらと笑った。楽しそうな、ではない。妖艶に。これから起こることを予期している笑み。

 思わず眼を背けた。漣の意図はわからないまでも、この空気に呑まれてしまってはいけないと思った。

 なんだ? なんだなんだ何が起こっている? どうしてこうなった? くそ!




905: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:06:36.86 ID:TQxeMSFf0


「ご主人様」

 その声もいつもと違って聞こえる。熱っぽさが混じった……いや、気のせいだ。俺の脳が混乱して、偏向して聞こえてしまっているだけ。そうであってほしい。
 ぎ、ぎ、一歩漣がこちらへ近づくたびに、床が微かに軋む。逃げ出そうと思えば逃げ出すことは可能だった。しかし、それで何が解決する? この状況をほっぽって、俺は明日からどうやって生きていけばいい?

「漣」

 意を決して振り向いた。

 大きく背伸びした漣の顔が眼前に大きく映し出されていて、

 がちん。歯と歯が、唇と唇が、勢いよくぶつかって音を立てる。
 そのままの勢いで俺たちは床へと倒れこんだ。

 俺の上にまたがっている漣の、太もも、そして尻、柔らかい感触が、シャツ越しに感じる。今朝に頬を触って柔らかいなと感じたあの瞬間がまるで嘘のようだった。
 漣は自分の唇にうっすらと滲んだ血を舌で舐めとった。味に少し顔を顰める。「キスって難しいなぁ」とぼそりと呟いたのを、この至近距離では聞き逃すはずがない。




906: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:07:10.09 ID:TQxeMSFf0


「約束を守ってください、ご主人様」

「やく、そく?」

 なんだそれは、一体どういうことだ。
 問い質そうとした瞬間に、それが先ほどのやりとりの延長線上にあることに気が付く。気が付いてしまう。

 弱者を見捨てない。
 絶対に手を差し伸べる。

 瞬間、俺は理解した。全てをと言っても過言ではなかった。

「……漣、お前は」

「あはっ、さすがご主人様、話が早いです」

 自虐的に笑う漣の顔には陰りがある。それは神通と同じだった。自らの価値がわからず、特別だと思うこともできず、人生を彷徨する迷い子の顔だった。

 なぜ漣がトラックへと志願したのか。

 雪風と真っ向から対立したのか。

 響を助けようと思ったのか。

 あんな約束を俺にとりつけたのか。

 漣が嘗て雪風に向かって切った啖呵。「強くなれなくたっていい。強く在れなくたっていい。弱いままで、それでも幸せに生きていくことができる世の中に」。あのときは、それは響と、響に辛くあたる雪風に向けての言葉だと思っていたが。
 もし「そう」なのだとすれば。

 そう思わなければ心が折れてしまいそうだったのだとすれば。




907: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:08:02.24 ID:TQxeMSFf0


「漣はこれまで嘘ばっかりついてきました。ごめんなさい。
 漣、トラックの艦娘のことなんて、どうだっていいです。響ちゃんのことも、本当は、辛くてあんまり見てらんないです。
 誤魔化して、騙して……自分の言葉で喋らないで、どっかで聞いたことある言葉とか、キャラクターとか、上っ面だけ塗って……」

 でも、だって、しょうがないじゃないですか。
 そこだけ、そこだけは自信ありげに――そんな自信など意味はないと言うのに――漣は言い放つ。

「漣は特別じゃないんだから。
 ご主人様みたいにヒーローにはなれないんだから。
 ……大井さんや神通さんには、見抜かれてたっぽいですけどね」

「お前、俺のことを、知っていたのか」

「んーん。知ってたっていうか、ほら、大井さんが『鬼殺し』がどうのって言ってたでしょ? あのあとに調べたんですよ。そしたらわんさか出てくるじゃないですか。史上初、戦艦棲鬼を倒した、稀代の英雄。ご主人様のことでしょ? 写真ありましたよ。
 知らないふりをしてたのはごめんなさい。トラックに飛ばされてくるくらいだから、きっとなんかあったんだろうなって、変に刺激して嫌われてもやだなって」




908: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:09:52.57 ID:TQxeMSFf0


 脱力感があった。漣が俺のことを知らずにつきあってくれているというのは、完全に俺の愚かな勘違いだったのだ。
 それどころか、まったくの正反対で。

「あぁ、こんな特別な人の下で、漣は働けるんだって、とっても喜ばしかったです」

 違う、違うんだ、漣。
 俺は決して特別なんかじゃない。

 たとえ特別という評価があとからついてくるものであったとしても、その「特別」は捏造されたものだ。お前が夢見ている像は、メディアによって作られた紛い物であって、真実には掠りもしない。
 だが漣がそんなことを今更聞き入れようとしてくれないのは明白だった。

「でも、漣、ご主人様のことはちゃんと好きです。本当です。これは、嘘じゃない」

「なにをしたいんだ? どうして、なにが、お前をそこまでさせるんだ」

 下着になって。俺を押し倒して。そうやって関係を持とうとしてまでやりたいことなんて、想像もつかない。




909: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:10:41.86 ID:TQxeMSFf0


「大したことじゃないですよ。漣は特別になりたいんです。特別になれば、自分に自信が持てるでしょ? 自信が持てたら、もっと人生、楽しく、強く、生きていけるでしょ? そうでしょ?
 でも漣はヒーローにはなれないから。なれないってわかったんです。分不相応だって。なら、せめて特別な人の特別な人になろうって、そうしたら幸せになれるかもって思って」

 その先に本当に幸せはあるのか?

 口をついて出そうになった言葉を嚥下する。

 他人を杖にする生き様を俺は否定できない。人間、独りでは生きていけないというのは、そんな意味を含んでいるからだ。誰しもがそれを経験則的にでも、あるいは本能的にでも理解しているからだ。
 しかし漣の今言った言葉は、言うなれば依存。他人を杖にするのではなく、他人を脚にして、他人の背中に乗って生きていくと言うこと。

 子供がゆえの愚かさだと思った。中学生にありがちな自尊心の肥大、そして自意識の発露。承認欲求と、現実を直視してのギャップ。誰しもが罹患する思春期特有の症候群に違いなかった。
 本当ならば時間が解決してくれる問題だ。だが、漣は艦娘で、決戦を前にして生き急ぐ。そして龍驤や神通たちと戦場を経験するごとに、自らの矮小さや無力さを痛感するのだろう。
 それが一層焦燥を強くする。症状を悪化させる。




910: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:12:14.34 ID:TQxeMSFf0




「本当は、漣もちゃんとお話ししたいと思ってる」






911: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:15:06.14 ID:TQxeMSFf0


 けれど、自分の言葉で自分の本心を伝える勇気が、いまの漣には、きっとない。

 それはなんとも悲しい話だ。

「約束を守ってください、ご主人様。漣を助けてください。手を差し伸べてください。……漣をご主人様の特別にしてください。そしたら漣、なんだってやります。絶対に頑張れるって、そう思うんです」

 甘ったるいにおいが鼻孔を衝く。白い、きめ細かい肌が目の前にある。興奮のためか、羞恥のためか、頬を少し赤らめた漣は、俺の胸元と首筋に存在を固着させるように、髪の毛を擦り付けてくる。
 鎖骨と首筋に軽い口づけ。柔らかい唇と、熱い舌の感触。心臓が跳ねそうになるのを根性で抑えつけた。

 ここで漣を抱くことは簡単だった。だが、抱いてどうする? その先に幸せがなくとも、同情でそうして、責任を取って……俺がしたいのはそんなことではない。
 後悔しない生き方を探して、自分に胸を張って生きていきたいとそう願って、そのためにトラックにきたのだ。ここで無責任に、安易な選択肢を採ることは、比叡の教訓を何も活かしていないのと同義。

 漣は俺の股間に手をやった。




912: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:16:11.52 ID:TQxeMSFf0




「でっかくなってない!」

 そうして、叫んだ。






913: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:17:45.15 ID:TQxeMSFf0


「え、え、なんで!?」

 困惑の表情。それが余りにも年齢相応すぎるので、堪えきれずに笑ってしまう。

 やっぱり漣、お前には妖艶な顔は似合わんよ。それくらい大口開けて、感情豊かに驚いたり、笑ったり、そっちのほうがずっといい。
 よっぽど可愛いし、魅力的だ。

「……ご主人様って、もしかして、アレですか?」

「アレじゃねぇよ」

 っていうか、アレってなんだアレって。

「こんな状態で中学生相手にチ○コおっ立たせてるやつがいたら、そっちのほうがよっぽどアレだ」

 俺は違う。誓って違う。

「アレってなんですか?」

 知らねぇよ。

「な、舐めたりすれば?」

「やめてくれ」

 その歯をむき出しにして大口を開けるのはマジでやめろ。男として本能的な恐怖があるから。




914: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:18:40.33 ID:TQxeMSFf0


「うー、なんなんですかぁ、もー!」

 地団駄を踏むかのように漣は俺の胸板に拳を振り下ろす。どすん。息の詰まる衝撃とともに、漣の涙もまた、俺のシャツに沁みこんでいく。
 それから暫し、八つ当たり気味に俺の胸を叩き続けていた漣であるが、感情が落ち着いてきたのかそれとも体力的な問題か、ついに体を俺の上へと投げ出した。柔らかな頬を俺の肩へとくっつけて、こちらを涙目で睨みながら、浅く呼吸をしている。

「……うぅ」

 洟を啜る音が聞こえた。

「強くなりたい、強くなりたいよぅ……」

 こんな自分でも好きになってあげたいよぅ。

 アニメや、漫画や、ゲームの言葉ではなく。
 ネットのスラングでもなく。

 それが漣の本心だった。

 ゆっくりと、触れる場所を考えながら、俺は漣の頭と背中へ手を回す。力を籠めないように抱きしめ、とりあえず、頭を撫でてやった。
 漣からの反応はない。相変わらず洟を啜る音ばかり。




915: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:20:07.10 ID:TQxeMSFf0


「……する?」

「しない」

「……」

 またも無言。

「……ごめんね」

「いいってことよ」

 結局、力尽きた漣は、そのまま眠ってしまった。
 俺は変に動くこともできず、ひたすらに思考を巡らせるばかり。

 さて、どうしたものか。




916: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/24(木) 15:20:37.65 ID:TQxeMSFf0


* * *

 次の日、出撃は三時間半という大幅な繰り上げとなった。

 赤城が独断で出撃したとの一報が入ったためだった。




926: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/25(金) 23:38:14.15 ID:FPx4nitK0


 飛び起きた。

 漣が俺の上から転がって、着地に失敗した猫のような声をあげる。しかし非難の声は来ない。桃色の少女は起き抜けの瞳を真ん丸にして――きっと俺も同じような顔をしていることだろう――俺を見ている。

「嘘っしょ……?」

 嘘だったらどんなにいいか!

 漣に返事をしている暇はない。俺は叫ぶ。

「58ァッ!」

『でちっ!』

「どういうこった! どうなってるんだ!」

『どうもこうもないよぉっ! 夜の哨戒が終わってっ、赤城と交代しにいったらっ!』

 赤城がいなかったんだもん!

 58も負けじと叫んでいる。焦りを苛立ちに変換して俺にぶつけているかのようだった。いや、それで済むなら問題はない。最悪はそれだけでは済まない。
 散歩か、買い物か、トイレか、風呂か。そのうちのいずれかであればどんなにいいことか。しかし、恐らく、現実は過酷だ。こんな時に限って俺たちの予想を裏切ってはくれやしないのだ。くそ!




927: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/25(金) 23:38:46.23 ID:FPx4nitK0


「心当たりは本当にそれだけなのか!?」

『わかんないけど、こんなこと初めてだもん!』

『事実や。冗談やないで』

 通信に介入。龍驤だった。
 そうか、龍驤はトラック所属の艦娘の位置情報を割り出せるから……。

『赤城は現在海上や。真っ直ぐに敵の本拠地むかっとる。距離から類推して、二十分以上前には出てるやろうな。ほぼ日の出とおんなじや』

 となると、殆ど計画的な行動ということになる。
 後悔が襲ってくる。赤城に海図を渡すべきではなかったか? いや、それではだめだ。赤城の助力は目的の完遂には必要不可欠だ。彼女ならば黙って同行するだろうと予測していたが、まさか同行ではなく先行するとは。

 だが、解せないのは、なぜ赤城がこのタイミングで動き出したのかということだ。俺たちの出撃を待たない、待てない理由が、何かあるのか? それともただ単に、やはり深海棲艦は自らの手で抹殺するのだと意気込んでいるだけか。




928: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/25(金) 23:39:16.43 ID:FPx4nitK0


「58、赤城に今回の作戦の話は伝えたか?」

『つ、伝えたよぉ。でもそれは龍驤にもてーとくにも言っておいたでちよ!』

 やはり赤城はこちらの計画が動き出すよりも先に、そういう意図を持って出た。そして俺たちが気づき、急いで後を追ってくることも想定内なのだろう。

『とりあえず全員港に集合、今すぐや! 総員起こし! 全軍、全速力で赤城を追う!』

 龍驤と58の通信が切れる。二人とも泡を喰って港へと向かったようだ。
 俺たちも急ぎ向かわなければならない。漣は既にセーラー服と艤装を身に着けている。すぐに出る準備は整った。

 だが。

「……ご主人様?」

 本当にいいのか? 大丈夫なのか?

 これで計画を遂行して、間に合うのか?

「……だめだ。間に合わない」

 計画は瓦解を告げていた。事前の計算と航路、そこに赤城の性格を加味すれば、結論は明らかだった。
 かといってリプランの猶予は与えられていない。いま、手持ちの財産で、軌道を修正するしかない。




929: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/25(金) 23:39:53.42 ID:FPx4nitK0


「ご主人様、どうしたんですか? 早くいかないと!」

 間に合わなくなっちゃいます。漣はそう俺を急かすが、寧ろ最早遅きに失したくらいなのだ。赤城が先んじた時点で、全ては終わっている。

 だから。

 終わっているなら、一から始めるしかない。

「漣」

 思ったよりも強い声が出た。漣は昨晩の気まずさのせいか、俺と直接目を合わせることを避けているようだったが、不安げにこちらをちらりと窺う。

「……はい」

「説明している時間はない。勿論、追って話すつもりだが……頼みがある」

「漣にできることなんてないよ」

「ある」

「ない」

「ある」

「ないもん!」

「あるから俺が頼んでんだろうがっ!」

 人が何かを成し得る際に、「特別」は先立つ理由にはならない。
 世界は酷薄で、現実は残酷で……だが、そういうところだけは、妙に平等主義的なのだ。




930: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/25(金) 23:40:19.91 ID:FPx4nitK0


「お前、最初にレ級と戦ったあと、言ってたよな。『死ぬのは怖くない』って。んで、そのあとに、こうも言った。『でも』」

 死ぬのは怖くない。もっと怖いものは山ほどある。
 たとえば……、

「何も成し得ずに死ぬこと、とかな」

 自分が生きた後に残ったものが、ただの墓標ひとつだけでは、あまりにも寂しすぎるじゃないか。
 漣は何かを成し遂げたくて、だけれど特別な、ひとかどの人物には到底なれそうもなくて……そして人より少しだけ、往生際が悪かった。
 普通なら大人になる過程で身に着けるはずの「諦める」という行為が、ちょっとだけ苦手だった。

 この少女は恋い焦がれていたのだ。俺に、ではない。「特別」という概念に。




931: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/25(金) 23:40:51.66 ID:FPx4nitK0


「これはお前にしか頼めないことだ。引き受けて欲しい」

「なんで? なんで漣にしか頼めないことなの?
 みんないるじゃん。いっぱいいるじゃんか!」

 なんで? なんで、か。

「……なんでだろうな」

「はぁっ!?」

「ぶっちゃけ言えば、いまちょうどここにお前がいたから、かな?」

「は、ちょ、ま、えっ!? うそ、いやいや、ぶっちゃけ過ぎじゃん!? ここはもっと、こう、なんてーの? いいこと言う時じゃないの!?」

「でもなぁ、漣、よく聞いてほしいんだが」

「だめ、だめだよ! 漣は誤魔化されないんだかんね!」

 そんなつもりはねぇよ。

「経験上、理由なんてのは大抵後付で……大体は『ただちょうどそこにいたから』ってパターンが多いんだぞ」




932: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/25(金) 23:42:02.31 ID:FPx4nitK0


 比叡と俺が、ただちょうどあそこにいたから。
 仲がいいとか悪いとか、好きとか嫌いとか、大義の有無とかは、結局のところ局面を大きく左右はしないのだ。
 仮にあそこにいたのが俺ではなく高木だったら、あるいは齋藤だったら、事態は変わっていたのかもしれない。しかし現実は、あそこにいたのは俺で、その結果こうなってしまっているという厳然たる事実だけが、長く伸びて横たわっている。

「……ご主人様は、特別なんでしょ? 特別じゃないの? 英雄なんでしょ? 前人未到を成し得たんでしょ!?」

「そうかもしれんな。それでいいよ。それも全ては、俺と比叡があの時あの場所に偶然いたから成し得たわけだが」

「……なにそれ」

 浪漫がない。呆然と漣は言う。

「そして、だ。漣」

 俺はバーチャルウインドウを呼び出し、編成画面を表示させる。

「ここには俺がいて、お前がいる。お前が選ばれる理由はそれで十分。違うか」

 特別とか、平凡とかではなく。
 そんなものにかかずらわっている暇があるのなら、一秒でも早く海へと出るべきだった。




933: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/25(金) 23:42:39.20 ID:FPx4nitK0


「……」

 逡巡して、

「……ううん。違わない、です。
――違わない!」

「頼まれてくれるか」

「はい! ご主人様!」

「あいわかった」

 編成画面に二人の艦娘を放り込む。
 第三艦隊。旗艦に響。随伴艦に漣。

「お前ら二人は別海域にて別行動だ」




942: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:41:15.88 ID:FuTol7nv0


 母は良家の出だった。

 夜明けすぐの海風は非常に冷たく、その中を切って進むものだから、体感温度はもっと低い。息が白く曇らないだろうかと心配になるくらいだけれど、トラックは今日も熱帯気候。寒さは私の大いなる勘違い。

 良家の出であることが即ち幸福にはつながらない。勿論、良いこともたくさんあっただろう。贅沢や放蕩を許してもらえるかとはまた別に、いい洋服を着ていい家に住み、いいものを食べさせてもらっていたはずだ。
 でも、母は一回りも離れた、社交場で顔を数度としか合わせたことのない男のところへ嫁がされた。十八歳。高校卒業後すぐ。

 政略的な意味を多分に含んだ結婚でも、私は両親の間に愛がなかったとは思えなかった。何故なら私には兄がいて、世継ぎを生むためだけの胎だったとしたら、私はこの世に生まれていないから。
 恋は恋愛へ、恋愛は愛へ、愛は愛情へ、愛情は情へ、年月とともに移り変わる。そして伴侶の最期の瞬間に情けへと変わり、菩薩へと至るのだと、嘗て有名な僧侶は口にした。

 私にはその真偽はいまだわからない。




943: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:41:43.88 ID:FuTol7nv0


 母は確かに父を愛していた。きっと幸せだったことだろう。ただ、心残りがなかったと言えば……賛同しかねる。
 口癖のように聴かされていた言葉。「あなたは自立しなければだめよ」。自立。自らの脚で立つこと。転じて、自分の道は自分で選ぶこと。自分の決めた道を進むこと。

 母には選択肢はなかった。現在が満ち足りていたとしても、過去、もし別の選択を択べていたとしたら。そう思うことは非難されるべきことではない。

 もし、別の選択を択べていたら。

 私はどうしただろうか?

 専守防衛に意見を翻しただろうか?

 それともやはり、反攻作戦を支持しただろうか?

 脚に巻きついた鎖は重く、胸に打たれた楔は深く。
 私を過去に留めて逃がしはしない。

 奇怪な声が聞こえた――眼前にイ級の群れ。

「……ありがたいですね」

 戦闘状況が開始してしまえば、過去の呪縛から解放される。

 敵を殲滅するだけの愛国の士へと変貌できる。
 仲間の死を悼むだけの憂国の士へと転生できる。

 その時だけ、私は全てから解放され、「自立」して生きていくことができるのだ。




944: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:42:15.90 ID:FuTol7nv0


 矢筈は塗り分けられている。艦爆が赤、艦攻が青、艦戦が緑。そして赤と緑の縞模様が爆戦という具合に。
 それぞれは九字、梵字、五行に対応している。ここ数日、夜なべしてひたすらに書き取りに努めた甲斐があり、残弾は十分にあった。丸一日はゆうに戦える。

 術式展開。矢筈に弦をかけると対応した文字が浮かび上がる。艦爆の赤、そして九字。「臨兵闘者皆陣列在前」と網膜に投射され、遠山の目付でイ級群をぼんやりと睨む。距離は目測で七十五、北西からの微風、誤差調整……捕捉。

 射た。

 一本の矢から九字が噴き出るように分散し、それらは十機ほどの爆撃機へと生まれ変わった。初速をそのままに、猛速度でイ級群上空へと到達、即座に爆撃で殲滅を図る。
 爆弾投下。直撃。
 イ級の群れは爆散し、血なのか油なのか、肉なのか機械なのか、神経なのかコードなのかわからない、ぬめった何かが海へと浮かぶばかり。しかし安心をする暇はない。はぐれたイ級ではなく、群れとしてのイ級が現れたということは。

 私の眼前に立ちはだかる、深海棲艦の群れ、群れ、群れ。




945: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:43:06.33 ID:FuTol7nv0


「敵にとって不足なし。航空母艦、赤城、参ります」

 足元は揺らめく波のはずなのに、私の脚はしっかりと固定され、何を踏みしめているのかは定かではなかった。しかし、確かに踏みしめている。存在感ははっきりとある。
 鼓動を感じた。それが母なる海のそれなのか、私自身のそれなのか、不思議と判別できない。

 艦戦を一本、艦攻を二本、番える。曲芸のような射撃にも随分と習熟した。
 発射と同時に海を蹴る。たったさっきまでいた場所が、今は弾幕の渦中。イ級はその巨大な頭部と顎部でこちらを磨り潰そうとしてくるし、敵艦載機もこちらに負けじとその数を増やしつつあった。
 和弓は射程距離と速度こそ勝るけれど、そのぶん大ぶりで、連射が利かない。無論龍驤のような式神形式とは一長一短があって、どちらが上位互換であるというわけはないのだが、こんなときばかりはあちらが羨ましくもあった。




946: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:43:34.85 ID:FuTol7nv0


 矢筒から四本――爆戦、艦戦、艦攻、艦攻。そのうち縞模様を一本口に咥え、残りの三本を一気に射出。艦戦と爆戦が敵艦載機を一度に吹き飛ばし、敵群の中央部を艦攻から放たれた魚雷が貫いていく。

 私は跳ねた。

 人の形により近い深海棲艦、ツ級がその巨大な手を叩きつけてきたのだ。私は横っ飛びになりながらも口に咥えた一本を放つ――ツ級の頭部に命中、撃沈。
 五行が術式展開。木火土金水の五文字とともに、艦攻が更なる魚雷で追撃。激しく揚がる水しぶきの中へと自ら体をねじ込んでいく。

 戦艦タ級巨大な砲塔が私を狙っていた。爆戦を誘導、爆弾投下でその射線をずらす。
 振動が空気を震わせ海面を抉るも、放たれた砲弾は数機の艦爆を巻き込んだだけだった。その間に、既に私はタ級へと肉薄し、矢筒から抜いた矢を二本、無造作に握りしめる。




947: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:44:14.13 ID:FuTol7nv0


 タ級が二発目を構える。その顔面へ爆撃。
 揺らぐ上体、その鳩尾へ――果たして深海棲艦に横隔膜など言うものが存在するのでしょうか? ――爪先を叩き込み、足掛かりとしてさらに一歩、私は宙へと跳びあがる。
 右手に握った矢を二本、顔面へと突き刺した。

 一本は眼球から脳内へ達し、もう一本は口腔内を貫いて首筋まで。

「術式展開」

 そのまま艦攻へと変化させ、上半身が木端微塵に霧散する。

 倒れたタ級の体を踏み潰す勢いで、その後ろから大群が。イ級、ヘ級、リ級。背後には艦載機を放ちながらのヌ級もいる。
 流石にその数相手には分が悪いと判断、反転して距離を置く。追いすがる大群の戦闘へと矢を適当に放ち、適宜数体ずつ削りながら、私は果てしなく広い海の上を転戦する。

 狙いの大して定まっていない砲弾を恐れる必要はなかった。死が切迫した時の、肌へと氷が流れたような刺激、嘗ての戦場にはいまだ遠い。
 大群は黒い津波のようにその数を膨れ上がらせて、私を飲み込もうとしている。意志の感じられない本能的な攻撃、統率のとれていない奔放な移動。しかし、狙いはぶれることなく私を一筋。




948: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:44:40.42 ID:FuTol7nv0


 脚を止めた。矢を抜き、番え、艦爆と艦攻がリ級を一体、ヘ級を三体、まとめて吹き飛ばす。
 爆炎の中からイ級が先陣を切って現れたのを確認すると、私はまた走り出す。

 58からの着信があった。それを無視して、海図へと目をやる。うん、当初の予定通りだ。波は高くない。敵の数は多いけれど、想定を上回ってはいない。このままならば真っ直ぐに敵艦隊中央へとたどり着ける。
 今頃陸では大わらわになっているのかもしれない、と思った。58からの着信があったということは、私の家がもぬけの殻になっていたことに気付かれたということで、海へ出ている可能性には真っ先に辿り着くだろう。
 追ってくるまで十分か、二十分か。それ以上はきっとない。このアドバンテージをなんとか活かしたいものだ。

 振り返りざまにツ級を撃ち抜く。

「ふぅ」

 汗を拭う。出発時の寒さはどこへやら、既に汗だくだ。

 陸の面子には悪いことをした。とはいえ謝るつもりは毛頭ない。
 というよりも、謝る機会が訪れるとは、思えなかった。

「まったく」

 矢の射過ぎだろうか、人差し指と親指が、僅かに痛んだ。

「私は本当に大馬鹿者ですね」




949: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:46:03.51 ID:FuTol7nv0

* * *

「あのっ、大馬鹿もんがっ!」

 全身全霊を込めての全速力。ウチを先頭に総勢十名、海の上を菱形の隊列で進んでいく。
 赤城の位置は提督権限で追跡ができている。陸から殆ど一直線に、敵の本拠地を目指していた。途中、多少の蛇行や反転が見られたが……それは恐らく会敵、及び戦闘の証左なんやろう。
 赤城、あいつに敵との戦闘を避けるだなんて高尚なオツムがあるとは思えん。敵がおれば打ち倒すやろう。やけど、油にも火薬にも限りがあって、それすらわからんほどポンコツになっとるとは信じたくはなかった。

 あくまで赤城はクレバーに戦う。あいつは死地にこそ喜んでいくが、それは死にたがりを意味してはおらず、常に最善を尽くし続ける。だからこそ今回の突出には疑問が残る。どうしてあいつは、わざわざウチらを出し抜くようなことを?
 いくら考えてもわからんかった。まぁ、もともと頭を使う作業は得意やない。そういうのはこれまで提督やら大井やらに任せてきたし、きっとこれからもそうすべきなんやろうなぁということは、なんとなく実感はあった。
 
 やけど、それがよくなかったんやろうなぁ、という自覚もまたある。




950: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:46:34.78 ID:FuTol7nv0


 役割分担で、苦手なことをお願いして、得意なことを引き受けて……勿論社会っちゅーのはそういうもんや。組織も同じ。自分のおまんま、全部一から作るか? 畑耕して、魚釣って、牛やら鶏やら育てて? は、アホくさ。
 そうした役割分担の結果、ウチはたぶん、赤城について考えることをやめたんやと思う。いや、赤城だけやない。辛い思いをしたみんなの苦痛を惹起させんようにすることに専念して、それから先に頭を回すことを止めた。
 答えが出ずとも考え続けるべきやったんかな。赤城に寄り添って、神通に寄り添って、どうすべきか一緒に考えてやるべきやったんかな。

 どうなんやろう。

 そう言う意味では、おっさん、あの男は素直に凄い。「鬼殺し」の異名を頂くあいつがどうしてトラックに漂着したのか、うちは寡聞にして理由を知らん。大井辺りに聞けばわかるやろうが、そうすることはしなかった。
 ただ、おっさんは殆ど自分とウチら艦娘を同一視しとるように見えた。勿論変態的な意味やなく、自分のことのように艦娘を――例えば最上やら響やらを大事にしとる。
 この世に「絶対」はおらんくとも、「絶対」幸せにしたるんやっちゅー目を見張るほどの意志の力がそこにはあった。




951: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:47:14.01 ID:FuTol7nv0


 あぁ、提督。結局ウチは頭には向いとらんかったよ。あんたの代わりは務まらんかった。
 指輪に誓ったあんたとの約束、反故にするつもりは毛頭ないが、やっぱり適材適所っちゅーもんはあるんやね。

 恐ろしいくらいに海は静かやった。稀に見る凪。この進んだ先で赤城がドンパチしているとは、これまでの事情がなければ信じられん。

「鳳翔さん、発信機は正常か?」

「えぇ、はい。移動はありません。……赤城さんは」

「こちらも変わらず、や。目的地目指して全速力。時折戦っとるみたいで、立ち止まったりもしているみたいやから、追いつく可能性は十分にある」

 赤城のことを想った。

 赤城の想いを想った。

 聯合艦隊は十二人の艦娘によって編成される。おっさんの秘書艦である漣を加えれば、トラックには現在十三人がおって、必然的に誰かが一人があぶれる。

 赤城は来なかった。ならば、その誰か一人とは、赤城にならざるを得ない。

 どこまであいつの読み筋なんやろうか。




952: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:47:40.13 ID:FuTol7nv0


 ただし、当然誤算もあるはずやった。赤城が先行したことにより、響と漣が第三艦隊として離脱したことは、本人は知る由もない。それはウチだって寝耳に水で……あぁ、そうや、口惜しいことに認めたくはないが、そこがおっさんの長所。

 迷いがないのだ。

 いや、その認識には、きっと誤謬がある。迷いがないというよりは、迷いを断ち切る速度が尋常ではない。そんな暇が自らにないことを理解し、生き急いでいる。
 ウチはあのおっさんに乗ることを決めた。今更尻込みをするつもりはなかったし、失敗した時のことを考えるつもりもまたなかった。そういうのは性に合わん。結果は常に過程のあとにある。
 全てが間に合うことを願うだけや。

「龍驤さんっ、あれ!」

 夕張の慌てた声。一瞬、赤城を見つけたかとでも思ったが、まさかそんなはずはなかった。
 だが、似て非なるものではあった。

 ぐずぐずに溶けていく最中の、深海棲艦の残骸。黒い油が海に流れ、微粒子となって深海へと戻っていく。



953: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:48:16.35 ID:FuTol7nv0


 それがおおよそ二十数体分、積み重なっていたり、まばらに間隔をあけて倒れていたり、広い範囲にぷかりぷかり浮かんでいた。イ級を初めとする雑魚から、リ級やタ級といった強敵まで、軒並み雁首揃えて息絶えている。
 破壊の痕を見ればほぼ全てがヘッドショット。でなくとも、限りなく致命傷に近い箇所を積極的に狙っているのがわかる。

「……まずいな」

「なんでですか?」

「戦闘を短く終わらせる気ィ満々や」

「それのどこがまずいんです?」

「ウチらに追いつかれたらまずいっちゅー意識が赤城にあるってことや。あるいは、油と弾の問題を気にしとるのかもしらん」

 たとえどんなに赤城が強かろうとも、艦娘である以上は、燃料と弾丸の限りでしか戦闘を続行できない。短時間で戦闘海域から脱するのはリソースの消耗を抑える一番手っ取り早い方法だ。
 ……それはずっと前に、ウチが赤城に直々に教えた戦いのコツ。こんなにも複雑な気分になるとは思わんかった。




954: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:49:00.15 ID:FuTol7nv0


「早く行きましょう、龍驤さん」

 雪風が神妙な面持ちで先を促した。赤城の強さを雪風ももちろん知っとるはずやが、もしかしたらそれは伝聞によるものが大きかったかもしれない。鬼神のような戦いの片鱗を見て、飽くなき強さを求めるコイツは、一体何を考えているのだろう。

「……そうやな。ぼーっとして、これ以上差を広げられても困る」

「放っておいても縮まるよ」

「……58」

 水面から頭だけ出して、58は吐き捨てるように言う。

「赤城が敵作戦群に突っ込んだら、あとは追いつくだけ」

「そん時に、あいつは跡形ものうなっとるかもしれんのやで」

「それを理解してない赤城だとは思わんでちよ」

「死ぬつもりで出とるっちゅーことか?」

「どうかな。死ぬつもりはなくても、死ぬ覚悟はあるかもしれない」

「言葉遊びはやめーや、58。あんたには似合わん」

 そういうのは大井か霧島あたりに任せておけばええ。




955: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:50:36.39 ID:FuTol7nv0


「龍驤、58は真面目に話をしているでちよ。真面目な話を、しているでち」

 ……妙に突っかかってくるやんか。

 赤城に寄り添うことをしなかったウチであっても、赤城のことを慮らなかったということにはならない。言い訳がましく聞こえるかもしれんが、ウチはウチなりに赤城のことを考えた結果、不干渉を貫くことに決めた。それが正解であったか不正解であったかは、この際どうでもええ。
 反攻作戦の草案を出したのは間違いなく赤城。やけど、じゃあ、赤城が反攻作戦を唱えなければ素直に専守防衛に移ったかとなると、そこはかなり怪しい。
 ウチも58も赤城をそれについて責めたことは誓って一度もないし、大井だってそう。提督も、死の淵まで、恨み辛みを言うことはなかった。

 それでも赤城は責任をとろうとした。とろうとしている。
 58はその介助をして……最悪、介錯すらもする気でいる。




956: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:51:14.99 ID:FuTol7nv0


「赤城は何らかの意図を持って、あたしたちよりも先行した。それが子供じみた癇癪だったり、功に逸っただけだったり、そんなことだとは思わないんだ。それは龍驤もそうじゃないの?」

「……そうやな」

 無謀な戦いこそするやつではあるが、その背後には必ず策があった気がする。

「こんな土壇場で、赤城が何を考えてるのかは、あたしにはわかんない。だけど目的があるのはわかる。強く心に決めたからこそ赤城は動いた。この行動には覚悟がある」

「だったらなんやっていうのさ。覚悟があるからなんやって?」

「覚悟がある人間にかける言葉を、58たちは持ってるのかなって言いたいんでちよ」

 あちらの問題なのではなく。
 こちらの問題だと、58は言っている。

 赤城に追いついて、それで? それでウチらはなんて声をかければいい?
 お涙頂戴は苦手や。クサい台詞は好きくない。抱き合って涙を流せばわかりあえるなんてのはお伽噺もいいところ。
 じゃあ、それ以外の手段ってなんやの?




957: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:51:42.06 ID:FuTol7nv0


 ……まったく。

「因果が巡り巡ってきとるな」

 頭を掻いた。赤城のことが大事なはずなのに、赤城をどうすれば救えるのか、まるで考えが浮かばないのだ。

 それはあまりにも恐ろしい事実やった。過ぎ去った過去が牙を向いてきている。

「死にたいなら、黙って死なせとくのが人の心ってやつやろ」

「龍驤ッ!」

 58がここまで感情を昂ぶらせるのは初めて見た気がした。いつもは怠惰で、ごろごろしていて、様々なことに我関せずを貫く昼行燈だった。
 あんたも結局赤城を放置して、腫物に触るように扱って、ここで今更宗旨替えか? それでウチを責めるのか? あんたにそんな資格はあるんか? 

「ウチはウチを嫌いになりたくない。今ここで態度を翻したら、これまで守り続けてきたもんの価値は一体なんだったんや」

「今ならまだ間に合う。いや、間に合わなくても、58たちは『今』なんでち。今後悔しておかないと、この先もっと後悔することになる!」

「……あんたの言っとること、ぜーんぜん」

 わかるよ。

「わからんなぁ」




958: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:52:29.10 ID:FuTol7nv0


 赤城を助けたい。もし助からないのなら、自分の手でケリをつけたい。58がそう言ったとき、ウチは怒るべきやったんやろう。
 物事の正誤は後にならないとわからないから、振り返って反省することに大して意味はないけれど、きっとあの時に最も大きく道を違えてしまったのだと、ぼんやりと思った。
 「あんたにケリなんかつけさせんよ。赤城はなんとしてでもウチが助ける」。どうしてその言葉が言えなかったのか。

「……龍驤。58に龍驤を、見損なわせないで欲しい、でち」

「……ほうか。ごめんなぁ」

「……」

 58は無言で海に潜った。気づけば艦隊は随分と先に進んでいて、58と話している間に大きく後れを取ってしまったようやった。

「なぁ、みんな」

 九人の背中に呟きかける。

「赤城をなんとしてでも助けてくれな」

 まったく。

「ウチは本当に大馬鹿者やね」




959: ◆yufVJNsZ3s 2018/05/29(火) 02:54:13.86 ID:FuTol7nv0

――――――――――――――
ここまで。

大馬鹿者二人。
関西の人ってやっぱり心の声も関西弁なんだろうか?

余りにも眠くて2スレ目立てるの忘れてました。
次回投下分こそは。

待て、次回。



【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」2周目
元スレ
【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1518277055/
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          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 08:16
          • 話が長いな…。要約すると
            ・無理矢理感のあるギャルゲー風SS
            ・提督は実は敵
            ・時雨の正体が男でBL展開
            こんなとこか。間違ってたらすまん。
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 08:44
          • ※1さん、要約乙
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 09:20
          • ※1
            嘘乙

            まあ内容はそのレベルのク○ssだったので時間をドブに捨てるようなものだった

            はっきり言ってギャルゲー要素は無し
          • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 09:35
          • えぇ、※1と※3どっちが本当松?
            正解は自分の目で確かめろ的なあれか?
          • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 09:45
          • スレタイ詐欺
          • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 11:54
          • オメガ文学の方が面白い
          • 7. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 13:08
          • 取り敢えず雷チャンが可愛かったから許す
          • 8. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 15:34
          • 何でまだ完結してないやつ上げてんだよ早漏か?
          • 9. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 16:14
          • 完結してると思って四時間かけて最初っから読んだのに終わっとらんのかーい
          • 10. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月03日 18:37
          • 軽ーい感じのタイトルに釣られたがギャルゲー要素は皆無に等しいな。
            読める内容ではあるし嫌いじゃないんだけど、これ完結するのはいつぐらい先になるんですかねぇ。
          • 11. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月04日 00:10
          • 完結しとらんや無いかい!!

            内容は面白かった。
          • 12. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月04日 00:13
          • 大井がされた「屈辱的なこと」ってなんなんだろうか?…………と紳士な私はつい想像を膨らませてしまうのです
          • 13. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月04日 12:01
          • SSと言うか小説だこれ
            文体は非常に好き
          • 14. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月04日 19:20
          • 2 長い
            しかも完結してないらしいからどんだけ暇なのかと
          • 15. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月05日 06:38
          • あいかわらずここは読者さまが湧いとるわねぇ
            吹き溜まり
          • 16. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月05日 11:00
          • 終わっとらんのかーい
            旗艦を響にした理由って分かる?
          • 17. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月05日 15:58
          • 完結していると思って読んでいたからか、凄くモヤモヤするわ
          • 18. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月05日 17:59
          • 終わっとらんのかーい

            まあ内容は面白かった
            これだけ書けるなら掲示板じゃなくてハーメルン辺りに投稿すればいいのに
            あっちの読者層と被らなさそうだから埋もれるかもしれないけど
          • 19. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月05日 20:28
          • ※16
            何度か実際のゲームシステムに言及してる描写があるから、
            連合の第二旗艦は轟沈しないとかそんなところじゃなかろうか。
          • 20. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月06日 00:03
          • 描写がそんじょそこらのなろうより遥かに上だった
          • 21. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月06日 13:35
          • ※19
            なるほど経験値稼ぎ
            雪風が旗艦大破したら強制撤退やんけってブチ切れてるし、意味深に現状を変えるってずっと言ってるから育成以外の意図があるのかなあ……って思ったりしたので
          • 22. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月06日 14:41
          • つづきはよ!
          • 23. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月06日 20:31
          • ゲームシステム考えなくとも、全員揃って生還が条件なら、損害許容度最小が旗艦ってのも1つの正解。
            炭鉱のカナリア乃至レィディファースト的発想だから、本来は欠陥ばかりの下策ではある。

            何にせよ、続きはよ。
          • 24. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 04:05
          • 描写が堀辰雄と現代ラノベ作家が融合したような表現の仕方で好み。
            ギャルゲー要素皆無ってコメはあるが、順調にフラグを回収、女の子とも徐々に仲良くなってるし、シリアス多めのギャルゲーってこんなもんでしょ。……そもそも艦これ自体大きなギャルゲーのくくりに入るし。
            完結してないから最終的な評価はまだ出せないけど、このまま一直線で終われば文句無しの星5。
          • 25. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 04:47
          • この長さで未完は冒頭に注釈欲しいな
            あとシリアスな場面で他作品のパロディ入るのが辛かった
            オマージュとかは別にいいと思うけど、それぞれ元ネタキャラが乗り移ったかのような展開はキツい
          • 26. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 05:40
          • ※24
            作者自演乙
          • 27. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 06:21
          • よりによってラストバトル直前で終わりかい!
          • 28. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 09:51
          • ※26
            それしか言えないんか
            どうせエアプだろ
          • 29. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 17:56
          • これは良いスレタイ詐欺
          • 30. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 21:33
          • ちょっと高い評価しただけで作者認定される世知辛いエレ速
          • 31. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 22:46
          • ※1からある程度までは低い評価の流れで途中から急に評価が上がり出すのもいつものエレ速
            そしてその流れを切るコメを叩き出す世知辛いエレ速
          • 32. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月07日 23:55
          • 最初の方は読まずに評価してるからね、仕方ないね
          • 33. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月08日 02:24
          • ※1が時雨は男だって言うからしかもBLだから提督がシグレカッコトコノコとイチャイチャするSSだと思ったのに騙されたクマ…
          • 34. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月08日 09:50
          • 中々面白かった。大井っちのデレはいいのぅ
          • 35. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月08日 16:56
          • あと数回の投稿で終わるって言ってるのになぜまとめたし
          • 36. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月09日 08:32
          • ハーメルンでやれ
          • 37. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月09日 10:58
          • 完結はよ
          • 38. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月09日 11:13
          • まだ終わらんのか、このポエム。

            ここから先はあらすじでいいよ。
            もしくは年表。
          • 39. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月09日 16:15
          • 描写とややくどい言い回しすこ。加えてたまに心に刺さる内容があってなんとも味わい深い
            でも未完だったのは拍子抜けだったなぁー
          • 40. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月10日 11:33
          • うえー
            数時間かけてガッツリ没入してたのに
            ここまで来て続きがいつ来るかわからんというのは辛い
          • 41. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月10日 17:53
          • 未完なら未完って書いてほしかったわ…
          • 42. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月10日 21:13
          • 5 めっちゃ面白いやんけ ただスレタイ詐欺なのは間違いない 終始シリアスと自分語り(いい意味での)

            一気に読み込んでしまったわ
          • 43. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月14日 00:52
          • 楽しみにしてる
          • 44. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月16日 19:48
          • 言うほどタイトル詐欺か?
          • 45. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月17日 19:57
          • 終わってねえのかよ!
          • 46. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月18日 19:34
          • 完結してないとか聞いてねえぞ
          • 47. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月22日 11:25
          • どいつもこいつもウジウジしやがってと言う
          • 48. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年06月27日 01:52
          • ss速報で6/24に完結してるぞ

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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