【艦これ】「潜水艦泊地の一年戦争」
よって続きません。
イクが大笑いしていた。
イムヤがしかめっ面をしていた。
ゴーヤがきょとんとしていた。
ハチが軽蔑した目をしていた。
「変態なの!」
「……変態」
「変態でちか?」
「変態、です」
「違う! 誤解だ、本当だ、信じてくれ!」
俺は必死で否定をするも、スクール水着を手に持った状態では、何を言っても説得力など皆無だった。
俺の両手には、いま、充分に撥水加工の為された紺色の布が握られていた。古き時代のスクール水着というやつだ。肩や膝まで布の伸びたタイプではなく、脇や太ももが露出するタイプのもの。
なるほど、確かに女性用の――否、女子用のそれを手に、力強く語る男がいたら変態だろう。そしてその男とは俺のことである。即ち俺は変態である。見事な三段論法に不備はない。
ではない。
「いいか? これは単なる水着では、ない!」
先ほどの説明を、今度こそ理解してくれと願いながら、もう一度繰り返す。
「露出した部分には空気の層を多段生成することにより高効率な断熱性を持たせることに成功している。それに伴って耐衝撃性、耐摩耗性も著しく向上した。海の中だけではなく、外でも一貫して着用できる性能になっている。
当然布地の部分も最先端技術が施されていて、微細な繊毛によってミクロの泡を付着させ、あるいは消失させることによって、浮力の助力をこれまで以上に得られやすくしているわけだ。潜航と浮上に必要な時間を八割まで落とせるという試算が出ている。
また新開発の形状記憶素材を各関節部に取り入れることによって、この水着はお前たちの動きの癖を認識し、それをサポートするような形へと変化をしていく。巡航速度も飛躍的に上昇するだろう」
そこまで喋って、ハサミを取り出した。それを水着に当て、二度、刃を進める。
当然水着には大きな切れ込みが入った。
「さらに! ある一定の間隔でナノマシンが縫いこまれていて、仮にこのように破れたとしても!」
切断面を継ぎ合せて一撫ですれば、先ほどの切れ込みは跡形もない。指で触っても、歪な凹凸は感じられなかった。
「修復機構によって一瞬で修繕がなされる、機能美に溢れた最先端の制服、それがこの潜水艦娘専用制服なんだ! これをスク水と呼ぶことは、俺が許さん!」
大上段からの熱の籠った演説。俺の目の前の四人も、思わず手を叩いていた。
「でも教官」
ゴーヤが手を挙げた。
「なんでスク水なんでちか?」
だからスク水ではないと言っているだろうに。
たとえ見てくれがいくらスク水であったとしても、である。
「なんで? なんでって、そりゃ……」
俺は口ごもった。なぜか。その理由を、俺自身がわかっていなかった。
その無言はどうやら四人には決定的だったらしく、各々が視線を巡らせ、頷く。
「変態なの!」
「……変態」
「変態でちか?」
「変態、です」
頭痛がしてきた。全て誤解だったが、誤解を解くような材料は、何一つ俺の手元には残っていない。
新たな艦種として「潜水艦」が徴用されるとなったとき、人員の選定、訓練は勿論だが、その制服についても策定しなければならなかった。俺は計画立案の段階から深く携わっていたから、どのような機能が備わっているべきかについて、考えない理由はどこにもなかった。
戦場において求められる機能は、まず第一に耐衝撃性。汚損にも強くなければならず、海の上ではなく中を往く潜水艦には、隠密性と断熱性も必要だ。
そう言った諸処の要素を取捨選択……するのではなく、予算の関係で「全部載せ」してしまった結果、おおよそ量産には不向きな超絶機構の制服が誕生する運びとなった。シーレーンの確保にどれだけ防衛省が頭を悩ませているのかがわかる予算の使い方だ。
だが、どうしてスクール水着なのかは、まるでわからない。
実戦配備はまだ先の話で、それこそこの四人が結果を出してくれなければ、全てが水の泡。予算をペイするため、俺には何としてでもこの制服を四人に着せる使命があった。
「教官はやっぱりイクたちをそう言う目でみていたのねー」
やっぱりってなんだ。栄養が全部頭ではなく胸に回ってしまったのか。
あるいは余程訓練生時代のシゴキが足りなかったと見える。
「俺じゃねぇよ。機能や装備に関しては要望を出したが、まさかこんなかたちになるとは思ってもみなかった」
「まぁ、でも、そりゃ水着だとは思ってたけど」
イムヤの弱弱しいフォローですら心に響く。
水に潜る艦と書いて「潜水艦」なのだから、水着。それは確かに理に叶っている。抵抗の高い服を着て海の中を泳ぐのはナンセンスだ。そう言う意味では何ら恥じることはない、はずなのではあるが。
それでも胸のところに名前を書く白ゼッケンはいらないと思うし、それになんというか、スクール水着という選定には他意が感じられてしょうがなかった。ならビキニがよかったとか、パレオ付がどうとか言うつもりは全くないのだが。
有体に言えば、開発部の趣味に違いなかった。
「……とりあえず、申し訳ねぇが、着替えてもらっていいか。これからお前たちと泊地で暮らす一年は、お前たちの仮登用でもあると同時に、このスク水の試験の場でもあるんだ」
「あ、スク水って言ったでち」
「……」
俺は何も知らないふりをした。
* * *
* * *
二十分が経過しても、いまだに四人は戻ってこなかった。
手の中のアメリカンスピリットは、残り二本までその数を減らしている。
かかりすぎだと思ったが、俺は平均的な女子の着替えに要する時間を知らない。文部科学省の統計調査室をあたれば、そんなくだらない資料さえも揃うだろうか。
いや、いきなり教官に呼びつけられ、その後の命令が「水着に着替えろ」では戸惑うのも当然だ。更衣室での俺への文句は想像したくない。しかし、悲しいかなこれも俺の仕事なのだ。
真面目な話、着替えにかかる時間さえも割り出す義務だってあるのだった。本当に二十分もかかるのならば、警報が発令されてからでは間に合わない可能性が高い。逆に普段から水着で生活をして、不便がないとは言い切れない。
そのあたりを逐一報告書に挙げ、制服の量産体制、及び潜水艦娘の徴兵体勢が万端整った際に、より効率的な運用を目指すための実験モデルが俺の率いる小集団の正体だった。
イムヤ、ゴーヤ、ハチ、イク。彼女らとは訓練生時代に教えていた仲である。付き合いは長く、かれこれ二年、もうそろ三年目に突入する。艦娘適性がある子女の中でも、潜水艦はかなりのレアケース。上からもうまくやるようにと言い含められている。
「教官! イムヤ以下三名、更衣より戻りました!」
敬礼とともに四人が現れる。当たり前だが、全員スクール水着姿で。
直立の体勢をこそとっているものの、イクを除いた三人は、どこか落ち着きがなさそうに思える。逆にイクはその豊満な体を惜しげもなく曝け出し、腰に手をついての仁王立ちさえしてしまいそうだった。
イムヤとゴーヤ、そしてハチは上にセーラー服を羽織っていた。あれは艦娘が一般的に身に着けているものと同様の素材で作られている。耐摩耗性や撥水性が強い。防寒機能も十分だ。
寒い……わけではないだろう。四月の陽気が上から降り注いでいる。ならば、やはりというべきか、恥ずかしいのだ。
俺だって直視すべきかせざるべきか、迷っているのが本音である。それでも、先ほどのイクではないが、おもむろに視線を逸らせばこいつらの肢体を意識していることになる。それを認めるのは非常にまずい。
個人の尊厳としても、教官の立場としても。
「あの、教官」
ハチが手を挙げた。
「あー、言い忘れていたが、もう教官はやめてくれ。今月の一日付で、泊地を預かる『提督』の肩書を貰った」
「あ、そうなんですね。おめでとうございます。
で、あの、提督」
「どうした」
「セーラー服、上だけじゃなく、下はないんですか? やっぱりちょっと、はっちゃんは恥ずかしく思います」
「あー、あたしも気になる、かも」
イムヤも追随する。俺は口角が引き攣る感覚を覚えた。
「悪いが、上だけだ。下……まぁスカートだな。それを穿くと、致命的に水中での抵抗が強くなって、航行速度がガタ落ちだそうだ。上ならそれほど影響がでねぇっつーことなんだが」
「うー、脚がすーすーするよぅ」
不安げに露出した太ももを触るゴーヤ。申し訳ないが、そこに関しては、俺の具申の及ばない範域だ。
「うひひひひっ! 三人ともイメクラみたいなのー!」
「……?」
「?」
「っ!」
空気が凍る音が聞こえた。多分、俺と……ハチ、お前もか。
初見から思っていたとしても、決して考えないようにしていたのだが。どうやらイクは空気を読む気がないようだった。まぁ今に始まったことではない。慣れてしまったといえば慣れてしまっていて、その事実は俺たちの間の年月を感じさせた。
スク水の上からセーラー服を羽織っているというその恰好は、どう考えても常人の発想の限界を超えている。フェチズムの極みというか、カリフォルニアロールというか。煩悩の合わせ盛り感が視覚を通じて俺の脳をびしばしと叩いていた。
イクは大笑いしていたが、それどころではないのが俺とハチである。イムヤとゴーヤはきょとんとしているばかりで、俺は二人に「そのまま真っ直ぐ育ってくれ」と願った。
「提督、そのっ……はっちゃん、ちょっとあっつくなってきました。から、脱ぎますです、はい」
「……おう、そうするといい」
知らんふりするのがこの場合の優しさだろう。
ハチはその場で制服の上を脱いだ。イクに負けずとも劣らず、豊満な肢体が露わになる。
正直目のやり場に困る光景だった。
こいつらと数年の付き合いがあって、まるで親戚の娘みたいな扱いをしていた俺でさえこう思ってしまうのだから、実戦投入されてからだとどうなるのだろう。初対面の提督と艦娘同士で、何か間違いが起こらないとも限らない。
俺の仕事はそのあたりをきちりと記述することだ。報告することだ。ということはつまり、俺が覚えてしまった劣情すらも下敷きにしなければならない。
誤魔化すことは簡単だった。簡単だったが……将来的な問題を見てみぬふりをしてまでやるべきことでは、ない。この仕事にはそれくらいの重責はある。
「てーとく? なにぼんやりしてるんでちか?」
少し拗ねたような眼でゴーヤが俺を見ていた。シャツの裾をくいくい引っ張っている。見破られたか、どうなのか。少しばつが悪そうになりながらも四人へと向き直る。
あぁ……「まるで親戚の娘みたいな」? 「何か間違いが起こらないとも限らない」? どの口で言っているのだか。
「とりあえず、各自の荷物は既に部屋へと届いている。今日は荷解きと、近くの地理を覚えるところから始めてくれ。本格的な訓練は明日から行う」
はーい、と元気のいい返事が前から聞こえてきた。
* * *
* * *
俺にあてがわれた執務室は十畳ほどの広さだった。スチールのラックと、テーブルが置かれている。取調室にも見える簡素な部屋だ。
隣室は俺の居住空間となっていて、扉一枚で行き来ができる。そちらにはベッドやテレビ、クローゼット、冷蔵庫などが備え付けられていた。
潜水艦娘たち四人はそれぞれ一人部屋があてがわれている。訓練生時代は相部屋だったから、かなりの待遇改善といってもいいだろう。この泊地の下見には俺自身も同行しているが、悪いつくりではなさそうだった。
そもそもが大きな建物ではない。二階建てで、嘗ては小中合同の学校だったと聞いた。人数が減少して廃校になったのを再利用しているというわけだ。
ネット回線を確認し、パソコンを立ち上げる。軍の人事課含め、お歴々は新しい「潜水艦」の未来に興味津々であるらしい。連絡の確立をあらためることは何よりも重要だった。 不手際がないようにしなければ俺の首が飛ぶかもしれないのだ。
勿論それは俺だけの問題ではない。俺を教官として、さらには提督として推薦してくださった田丸三佐の顔に泥を塗るような真似はできないし、それ以上に俺を慕い、こんな僻地まで着いてきてくれたあの四人の期待に応える義務が俺にはある。
戦いの訓練などをしなくとも、あいつらは楽しく真っ当に生きていけたはずだった。選択肢があってなかったような俺とは違って、高校生活を笑いあって過ごすこともできた。そしてそれを選ばなかった。
……俺が選ばせなかったのだ。彼女らへの期待を口にし、同情も惹いた。手練手管は若干歳の少女たちには覿面だったろう。
四人が優秀だったのは事実だ。でなければ、俺もここまで遮二無二にはならなかった。優秀な人材が集まりませんでした、第一次潜水艦計画の見直しを希望します――そう俺に言わせなかっただけの逸材なのだ、彼女たちは。
思わずぼんやりとしてしまっていた。既にOSは起動し、ログイン画面を映し出している。
と、そこで扉が控えめにノックされた。三回。続けて二回。合計五回のノックが、ある種の符丁であることを、俺はとっくに理解している。
「……入れ」
「……えへへ」
照れくさそうに、ゴーヤ。格好は先ほどまでと同じスクール水着に、上だけがセーラー服。やはりあまりにも場違いに見える。眩暈がするほどに。
「他の奴らは?」
「荷物を広げてるよ。あ、でも、やっぱり足りないものも多くって、あとで買い物に出たいって言ってた」
「買い物? 歩いてかなりかかるぞ」
確か、地図上では徒歩で一時間近くかかったはずだ。
「うん。だから、てーとくの車を貸してほしいでち。ほら、イムヤが」
「あぁ、言っていたな、そういえば。免許取ったと」
「安全運転させるからさ。ね、お願い!」
「まぁ別にいいが、気をつけろよ。慣れない道なんだし」
「もちろんでち! それに、慣れる必要もあるでしょ? 最低でも一年はここに住むことになるんだし」
一年、か。長いようで、しかしきっと、日常の中に溶け込んでしまえば一瞬なのだろう。こいつらと過ごした訓練生時代の数年間が一瞬だったように。
ポケットからキーケースを取り出そうとしていると、ゴーヤはてくてくとこちらへ近寄ってきた。少し頬が紅潮している。意地悪そうな笑み。なんとなく考えていることがわかって、わかってしまって……期待している自分もいて。
「なんだ」
だから、そんなあからさまなことを問うてしまう。
「えへへー」
ゴーヤは一度笑うと、椅子に座っている俺の、さらに股座の間に座ってくる。大したサイズのない椅子はそれだけで窮屈で、必然、ゴーヤの尻と俺の下半身、背中と俺の胸板が密着するかたちになる。
それだけでは飽き足らず、まるで猫が毛繕いをするかのように、その桃色の髪の毛を俺の首筋に擦り付けてきた。ふわっと潮の香り。午前中は海に潜っていたから、そのせいだ。
俺はそのにおいが嫌いではなかった。ゴーヤのものである、というのがその理由の大半を占めていた。
「んー、てーとく分の補給でちっ」
口の中で、もう一度「てーとく」と転がすゴーヤ。これまで「教官」と呼んでいた俺たちの関係性は、だからといって変わることはない。
手持無沙汰になったのと、触られっぱなしというのもなんだったので、ゴーヤの腹に手を回した。スクール水着の滑らかな、それでいて少し肌に引っかかる独特の質感。
「えへへー」
くすぐったそうに身を捩じらせる。本気で避けないのは、止めてほしくない証左。俺はそのまま腹をまさぐるのを続行した。
日がな一日海に潜っているからか、見てくれは少女然としているにも関わらず、ゴーヤの体は引き締まっている。余分な脂肪があまりついていない。それでも筋肉が硬いわけではなく、しなやかでよく伸び縮みする。これは生まれ持った天性の資質だ。
「あんなこと言って、結構スクール水着、好きなの?」
「別に、普通だ」
「でも、イクとかハチのおっぱい、見てたでち」
首元で囁かれると、なぜだかぞわりとした怖気が走る。もしかしたらゴーヤがこの部屋を訪ねてきたのは、案外これを言いたいがためではなかろうか。
まじまじと見ていたつもりではないが、気にならないと言えば嘘になる。それが悲しい男のサガというものなのだ。
……もちろん、こいつに対してそんなことを言えるわけもない。
「二人はおっきいもんね。……ゴーヤのは、もう飽きちゃった?」
腹に回していた手が、ゴーヤの手に誘導されて、上へ上へとあがっていく。
そっとスクール水着とセーラー服の隙間に差し込まれた。
少し張りのある生地の、その奥にある柔らかさが、俺の指先に確かに感じられる。
「……あは」
これまでとは声色の違うゴーヤの笑み。
「最近ご無沙汰だったしね」
ゴーヤの下半身の柔らかさと、俺の股間の怒張。どちらか一方が押し付けているという状態ではなく、どちらも互いに。爛れた空気が俺たちの間に一瞬で満ちる。
「てーとくも悪い男でち。教え子に手を出すなんて」
鎖骨に軽い口づけが交わされる。せめてもの抵抗として、ゴーヤの胸の先端を引っ掻いてやった。
「誘ってきたのは、お前からだろう」
「襲ってきたのはっ、んっ、てーとく、でちっ」
マウントの取り合いをするつもりはなかった。確かに教え子に手を出した俺が、万人の意見を俟つまでもなく、悪いに決まっている。
だが、悪人だと後ろ指を指されてなお後悔しないほどの魅惑が、俺の目の前の桃色には有り余る。それだけはこの身を以て保証してもよい。
「ふ、んぅ、てーとく」
差し出された唇にこちらの唇をあわせてやる。と、ゴーヤは俺のうわっつらを一舐めして、飛び跳ねるように椅子から降りた。
「んふー」
努めて意地の悪い表情を作っているのが明白な、ゴーヤの表情。
「おい」
「これは罰でち。おっぱい星人のてーとくには、ちょっとだけおしおきが必要でーち!」
「お前なぁ」
「でも、本当にもう時間だもん。あんまりイムヤたち待たせるのもあれだし」
「変に感づかれてもまずい、か」
「まぁもしかしたら、とっくにばれてるかもしんないけどね。さすがに少しも気づかれてないとは、ゴーヤは思ってないかな。イムヤは潔癖だから、知らんぷりしてるけど。ハチはむっつりだし、イクは……」
「イクは?」
「同じ人間とは思えんでち」
さもありなん。
「わかったわかった。悪かったよ。ほれ、鍵だ。もってけ」
「ありがとっ、てーとく!」
鍵を受け取って、ゴーヤがとことここちらへやってくる。
「続きは夜にゆっくり楽しもうねっ」
それだけをぼそりと告げて、ゴーヤは手を振りながら走って部屋を出ていった。
残された俺は一人、頬杖をつきながら、パソコンにログインする。少しだけ……いや、見栄を張っても仕方があるまい。だいぶ、かなり、「そういう」サイトにアクセスしたくなる衝動が迸るも、一応ゴーヤに操を立てておくべきだと判断。メールチェックにとどめる。
「……」
着任当日では大したメールは来ていなかった。それも当然か、とパソコンを閉じる。大きく伸びをし、椅子から立ち上がった。
四人の買い物についていくべきだったか。僻地ではやることも特にない。うーむ、どうしたもんか。
こんこん。控えめなノック。
俺は思わず腰のホルスターへと手をやった。この泊地には、俺たち以外はまだ誰もいないはずだった。
だが物取りがいちいちノックをするだろうか。そう考えて、体を弛緩させる。着任当日であるがゆえの予期せぬ来訪者など、いくらでも心当たりはあった。
「ごめんください、広報部のものです」
あぁ、なるほど、そういうことか。胸をなでおろす。
潜水艦の新規徴用に関して、それなりの戦果や作戦遂行における役割が求められることは当然として、それらの功績を広く内外に知らしめる必要があった。
対深海棲艦の軍備費用は増加の一途を辿っており、艦娘制度という民間からの徴用も含めて、一般市民が納得できるだけの広報は必要不可欠だ。それが多少なりとも虚飾にまみれたものであったとしても。
「おう、入ってくれ」
「失礼します」
やってきたのは薄紫色の髪の毛の少女だった。正しく水兵の格好で、カメラを首からぶら下げている。
向こうは俺の顔に見覚えなどないようだったが、逆にこちらは彼女のことを知っていた。
「お初にお目にかかる。間違っていたら申し訳ないが、貴女は青葉海士長か?」
「や、これはお恥ずかしいです。青葉のことを知っておられるとは」
「艦娘として任務に就きつつ、同時に広報部の活動も一線でこなす仕事ぶりは聞いている。うちの教え子たちからも『青葉さんくらい熱心に働け』と言われる始末だ。いやはや、和製『スターズ・アンド・ストライプス』は伊達ではない」
「あはは。そんな、特別なことはしていません。ただ趣味が高じただけです」
あと、申し訳ありませんが、年度替わりで昇進を致しました。今は三曹です」
青葉は階級章をちらりと見せた。
「これは申し訳ない」
「いえいえ、頭を挙げてください。それに、そちらのお噂もかねがね聞いておりますよ。新進の潜水艦部隊を率いる、将来有望な司令官であると。同期よりも数年早くの三尉とは、並みではありませんよ」
教え子に手を出したことまでは、さすがに話題になってはいるまいな。
「まだ正式な徴用ではありません。あくまで仮設置です。ここから一年、あるいはもっとの年数をかけて、確かな運用のかたちを作り、昇格してもらわなければなりません。
青葉さんがこちらへ窺ったのも、その件であると推測しますが」
「慧眼ご明察、そのとおり。青葉はいま、全国を回って艦娘に関するニュースやトピックスを中心に記事にしておりまして、世間一般では『艦娘通信』などと呼ばれているのですが、今回はその一環としましてですね」
「あぁ、はい。聞いたことはもちろんあります」
「いえ、それに加えて、田丸三佐からの書簡も預かっておりまして」
「三佐から? 直截ですか?」
「ええ。そちらにはなにも?」
「はい。連絡は来ていないのですが」
メールチェックで見逃したか? いや、まさかそんな。
「密書ですからまさか封は開けられません。ご確認のほど、よろしくお願いいたします」
と、青葉は俺に一枚の封筒を差し出した。簡素だが、丁寧に蜜蝋で封がしてある。……丁寧すぎて怪しくなるくらいに。
「それと、潜水艦の艦娘たちはどこですか? インタビューをしたいのですが」
「あぁ、すいません。いまさっき入れ違いで街へと買い物に出かけましたよ」
「なんと」
封を開ける。便箋が、都合二枚、入っている。直筆。文字は確かに田丸二佐のもので間違いないようだった。
さっと目を通して……うん。うん?
「まぁゆっくりしていかれたらいい。もうすぐ最後のバスも出てしまう。一緒に食事を摂りながら。どうです」
「いやぁご一緒したいのはやまやまなのですが、おかげさまで多忙な身でして」
「あー、それなんだがな、『青葉』」
嘆息を一つ。階級は青葉のほうが下だ、こんな状況になってしまえば、最早敬語をいつまでも使う必要もないだろう。
青葉は少したじろいだ、ように見えた。こちらの雰囲気の変わったのを察したに違いない。記者は時流を読むのがうまい。それは要するに、人の機微に敏いということに他ならない。
「いい報せと悪い報せ、どっちから聞きたい」
スターズ・アンド・ストライプス。アメリカ風に尋ねるのはせめてもの余裕の表し方だった。
「……いい報せ、からで」
警戒心を露わにした青葉の返答。そりゃそうか、と俺は思う。
「よかったな、明日からは随分と楽になるぞ」
「……それは、どういう」
「悪い報せのほうだが」
青葉の言葉をぶった切って、俺は続けてやった。
「これから一年、よろしく頼む」
非常に申し訳ないことなのだが、で始まる文章には、予算の逼迫、議会での反対、からの過半数の賛成をとれなかったことが大まかに記されていた。見切り発車で動いていた潜水艦計画は、今年一年を以て凍結、最悪の場合解体もあり得る、と。
不幸中の幸いは二佐が諦めていなかったことだ。潜水艦の意義は、確実に、存在する。俺も彼も、そこだけは違えたことがない。
これは戦争ではなく政争だった。争いの場には、それぞれの流儀がある。銃を撃ち、血を流すのではないかたちで、決着をつけなければならない。
期間は今年いっぱい。その間に、世間と議会を動かすような成果を、あるいは戦果を。広報のために青葉をつける。潜水艦たちと、青葉と、なんとかして存在価値を示してほしい。
いや、示さなければならない。
末尾はそう結ばれていた。
「……ははっ」
乾いた笑いが出る。
なんだこれは、まるで馬鹿みたいじゃないか。何のために俺はあいつらを鍛えてきたというのだ。何のためにあいつらは、楽しい友人関係を反故にして、輝かしい学校生活をふいにして、こんな!
俺は机に拳を打ち付けた。スチールの机が、僅かに曲がる。それ相応の痛みが拳を襲っているが、知ったことではない。
「青葉、お前に選択権はねぇ。俺と一緒に四人を騙せ。世間を騙せ。あいつらの存在価値をでっち上げろ。汗も涙も、何もかも、ひとつ残らず無駄にゃあしねぇぞ……!」
床に膝をつける。手のひらをつける。額を擦り付ける。
「頼むっ……!」
青春を犠牲にしたあいつらに、俺ができることなどそう多くはない。だから、せめて、犠牲の上にようやく手にすることのできたものは、それくらいは、俺が、いや、俺でなくてもよくて、誰かが、誰か、あいつらのために、せめて何かを!
「……」
青葉の無言が、ただただ恐ろしい。
「……資料」
「えっ」
「だから、資料です。四人の。それがなくちゃ、はじまりません。美談をところどころに挟んで、あとは専門的な戦略的意義も交えて……なんですか、そんな目で青葉を見て」
一体どんな目を、顔を、俺はしていただろうか。青葉は確実に俺を蔑むように見ていたが、その顔に宿る決意は、俺の希望的観測でなければ――それを願うばかりだが――本物だった。
「青葉も結局、逃げ場はなさそうってことですから」
短くそう言って、袖をまくる。
感謝の言葉を俺は何度も何度も呟いていたと思うが、忘我の情が圧倒的に強く、仔細は覚えていなかった。
とにもかくにも、こうして俺たちの一年戦争が始まったのだった。
おしまい! 続かない!
ギャルゲー(っていうかエ口ゲ)成分の補充用。誰か続き書いても……いいのよ?
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コメント一覧 (20)
-
- 2018年05月05日 09:36
- ………挙げ句に13とか14みたいな変態制服なると
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- 2018年05月05日 10:07
- 男が説明するから問題になるんだろ
明石辺りに説明させればなんも問題おこらんだろ
青葉の階級が三曽って自衛隊基準なんね
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- 2018年05月05日 10:12
- パトレイバーみたいなギャグ路線でですねぇ!!
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- 2018年05月05日 10:25
- 百年早いの人か
キャラ紹介、舞台紹介、目標提示とプロローグとして完璧なんじゃなかろうか
文章の節々に作者の深い教養が見え隠れしてる
こんな文章かけるようになりたいわ
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- 2018年05月05日 10:33
- 地の文、説明が長いよ。しかも全部主人公の独り言って体でしょ?クドいよ。
作者の教養とかどうでもいいわ。
艦これのキャラの話を楽しみたいんであって、オリキャラの話興味ないわ。
ミリオタとか架空戦記バカが艦これ書くとクソつまんなくなるわ。まぁ、これはそこそこ楽しめたけどさ。
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- 2018年05月05日 10:34
- 13と14はもう言い訳できんよねえ。上層部か開発部の趣味だわなw
これから潜水艦を艦娘に正式採用されるまでを書いて欲しかったが
やっぱり低コストで資源回収とか通商破壊とか偵察とかオリョ……になるのかねえ
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- 2018年05月05日 11:15
- ※5
渋もやってるみたいだから突撃してあげれば
確かに一人語りがくどい感じはするわね
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- 2018年05月05日 14:12
- (面白くて視覚が)き、きもちいい……アーイキソ……19!
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- 2018年05月05日 14:21
- 変態に読者様、ここは魔界か。
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- 2018年05月05日 15:51
- 〉〉8
先輩?!なにしてんすか!?元の場所に戻ろう!!
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- 2018年05月05日 16:20
- お前みたいな文章大好きだぜ!どんどん書いてくれよなぁ!
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- 2018年05月05日 16:57
- 続きはよ
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- 2018年05月05日 17:29
- オラァァ! キュウリやるから、早く続きを書くんだよおぉぉ!!(最高でした、の意
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- 2018年05月05日 18:49
- 艦これはオワコンwみんなもうよみずいランドに流れてるからw
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- 2018年05月05日 21:50
- 水の抵抗を考えるなら19や8よりRJTHZHを連れてくるべきでは?
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- 2018年05月05日 22:07
- 提督メンバー!?
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- 2018年05月05日 22:55
- ※15
裏切りのZK…
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- 2018年05月06日 02:28
- 何とも続きが気になること。
-
- 2018年05月06日 12:12
- ※17
ほら、先輩はアケで大きくなったらぎ
-
- 2018年05月08日 21:07
- 続きはよ