【ミリマス】P『終わり終わり』
―――忘れて―――
―――いていって―――
―――置いていって―――
―――私のことは、私たちのことは―――
―――私たちのことは、もう思い出さなくてもいいから―――
―――かないで―――
―――行かないで―――
――――――いて――――――
―――一緒にいて―――
―――でももう終わり―――――
―――そっちの世界の私たちのことよろしくね―――
いつも通りにアイドルのプロデュースを励もうとしていた、『昨日』となんら変わりのない今日……。それは終わっていた……。
んだろうなぁ。
昼はだいぶ暖かくなってきたのだが、朝はまだコートが手放せなさそうだ。
ここまではいつも通りであった。
いつも通りの満員電車で一時間すし詰めであった。
思えばここで小さな違和感はあったのだが、ここでは気づくことはできなかった。
“劇場”に入ると可愛らしい一人の少女が出迎えてくれた。
髪の毛は綺麗な朱色で、背丈は春日さんと同じくらいで、左胸のネームプレートには「青羽」と書かれてあった。
聞き覚えのない名前だった。
社長が新しく連れてきたアイドルだろうか。
「プロデューサーさん! おはようございます」
と彼女から挨拶してきた。
人見知りしないフランクな子のようだ。
「あぁ、おはよう、青羽……さん? 今日からよろしくお願いします」
青羽さんは怪訝な表情をして俺を見返した。
「今日から……? プロデューサーさん、どうしちゃったんですか?」
もしかして前に顔合わせとか済ませていて、レッスンとかで何回か通っていたりするのか。
もしそうなら最低だぞ、俺。
しかしどんなに記憶を辿っても「青羽」という名前に聞き覚えなどない。
「あーいや、それより社長か小鳥さんを見たりはしてないかな」
「社長と音無先輩ですか? 今日は二人とも事務所のほうですよ。 何かありましたっけ?」
「君のプロフィールをもう一度見たいと思ってね」
「青羽さん」は髪と同じくらい、顔を真っ赤にして、ついでに腕で自分を抱きしめていた。
しまった、何か勘違いさせてしまったか。
「青羽さん」は俺の言葉に目を丸くさせて、そして吹き出した。
「もー冗談はやめてくださいよー。 ビックリしちゃったじゃないですかー」
俺の腕を肘で突いて、「青羽さん」はそう言った。
「私は事務員としてみんなを支えるのが一番幸せなんですよ。 ……あっ、それと音無先輩の呼び方変わってましたけれども、も、もしかして二人に何かあったり……?」
「い、いやそんなことはないよ。 そうか、青羽さんは事務員なんだ、あっはっはっ」
「そうなんですかー、残念……」
「青羽さん」はアイドルではなく、事務員。そりゃネームプレートをつけてるわけだ。
ド忘れか抜けてたかですっかり記憶から飛んでいたようだ。
今回は何とかなったが、これが取引先だと大変なことになる。
気を引き締めなければならない。
ごめんなさい、青羽さん。あとでなんか甘いもの買ってきます。
そうしていると、二人が“劇場”に入ってきた。
一人は栗色の髪の毛をした20代前半の女性で、もう一人は綺麗で長い空色の髪の毛をした10代半ばの女の子だった。
「プロデューサーさん、おはようございます」
「プロデューサー、おはようございます」
女性は語尾に音符がついているかのように、女の子は礼儀正しく朝の挨拶をしてくれた。
「あぁ、おはよう」
と返すが、この二人も見覚えのない顔であった。
二人とも綺麗な顔をしていて、また社長の連れてきたアイドルかと思ったが、さっきの青羽さんの例がある以上、それもまた疑わしい。
そして青羽さんに比べてネームプレートがないので、難易度はグッと上がっている。
空色の髪の毛の子が俺にそう言う。
「い、いや違う。……あー、その、なんだ。 こういう普通の“劇場”もたまにはいいなぁって思って」
「たまには? まさかここ以外に劇場があるというのですか?」
「あ、あぁ古代神殿にも面を食らったが一番は宇宙ステーションだろうなぁ。 行くのも不便だし、お客さんを呼ぶのも大変だったなぁ。 無重力でのライブの演出を考えるのも一苦労で……」
と言ったところで、二人のキョトンとした顔に気づく。
どう応えたものかと一瞬思案していると、栗色の髪の女性が助け舟を出してくれた。
「紬ちゃん、あんまりプロデューサーさんを困らせちゃいけないわよ。 今は冗談かもしれないけれども、そうなるように頑張るってことよ」
そうなるようにというか、そうなったのだが。が、せっかくの助け舟だ。
ここで乗らないわけにはいかない。
……そういえば、どうして俺は今日この“劇場”にいるんだろうか。
いやそんなことはどうでもいい。とりあえずは、
「紬ちゃんがそう思うのも無理はないと思う。 でも夢は大きいから叶えがいがあるってものだろう」
小鳥さんの時と同じく、普段からそう呼んでたかは疑問だが。
「つむぎちゃん」の顔は赤く染まっていた。どうやらまたいつもとは違う呼び方をしてしまったらしい。
「つ、紬ちゃんやなんて……、そんな子供みたいに呼ばれても…………恥ずかしい」
と駈け去った。
「あっ、紬ちゃん。 ……プロデューサーさん? 紬ちゃん、口ではああ言ってますけど、ほんとはプロデューサーさんのことをすっごく信頼してるんですよ? 『39プロジェクト』を一人で回してるなんて凄いって」
「サンキュープロジェクト」という聞きなれない言葉がまた出てきた。が、そんなことより先に、
「……そうなんですか、そう思ってくれるなら有難いんですけれどもね」
「……その、私のことも歌織ちゃんって呼んでもいいんですよ?」
これは分かる。いつもはそう呼んでなかったんだろう。
「……かおりちゃん、……こうですかね」
「ふふっ、ありがとうございます。 紬ちゃんのことは任せておいてくださいね」
そう言い、「かおりちゃん」は「つむぎちゃん」の去っていったほうに駆け出していった。
香水だろうか、花の良い香りがした。
「青羽さん」「つむぎちゃん」「かおりちゃん」といった初対面のはずなのに、ある程度親交が深まっている女性たち。
もし彼女らの名前が出てこないだけなら疑問に思わなかったかもしれない。
仕事が忙しくて、名乗ってもらったのに覚えていないという自分の記憶力の悪さで済むからだ。
だが「39プロジェクト」という聞きなれないプロジェクト名と数字。
これは覚えていないわけがない。
仕事の話で、しかも俺が一人で回してる案件とのことだ。
そこまで忘れてしまうほど耄碌したつもりはない。
劇場の総アイドルは50人で、そのうち劇場デビューの37人がミリオンスターズ、そして765の事務所からデビューした13人は765オールスターズと呼んでいる。
なので、ここに当てはまるのはその50、37、もしくは13といった数字になるのだが、資料を読む限り765の事務所デビューの数は変わらず13人なのだが、劇場デビューが39人、そしてアイドルの総数は52人となっていた。
「つむぎちゃん」は白石紬、「かおりちゃん」は桜守歌織という名前で、二人ともアイドルであった。
ちなみに「青羽さん」は青羽美咲という名で、事務員だった。
その他にもプラチナスターライブの連動企画としてスタートしたシーズンユニットしか存在していないなど、細かいところで記憶との差異を挙げるならキリがないほどであった。
こんな不思議なことが起きてるのに、気づいて困っているのは意外にもたった一人だけだった。
探せばもっと他にいるかもしれないが、現状は俺一人だった。
なぜなら俺以外の皆は、この世界を「日常」だと、「当たり前」だと考えており、俺みたいに「何かがおかしい」だなんて感じることはないだろう。
俺だけが、全く別の世界から今いるこの世界に吹っ飛ばされてしまった。
そう考えるのが自然なのだろう。
次に目を開くとそこには宇宙が広がっていた。
なんだこれは。
とうとう幻覚まで見えてしまうようになったのか。
どこからか、声がした。懐かしいような、いつも聞いていたようなそんな声がした。
『プロデューサーの意識が一時的にこっちに戻ってきてしまったのね』
意識が一時的にこっちに、ってことは俺は元いた世界に戻ってきたのか。
『う~ん、みんな的にはあんまり戻ってきてほしくなかったというか……』
どういうことだ。俺はそんなにみんなに嫌われていたのか。
でも、なんなんだ。
『うーんと、終わっちゃうんですよ、こっちの世界は。 だからプロデューサーさんだけはどうにかそっちに送ろうって』
終わる?終わるってなんだ。核戦争でも起きたのか。
『あぁ、いや、そういうわけではなく、ただ無くなるというか、うーんと、なんかいい言い回しない?』
『そのまんまなんだから、上手いも下手もあるわけないでしょ。消えるってのは文字通りの話よ。別にそこに痛いとか苦しいとかは無くて、“無かった”ことになるのよ』
無かったこと。ええと、ってことは、今まで俺たちがやってきた活動は。
『“無かった”ことになります。そちらの世界でも似たような出来事は起きるかもしれませんが、あくまで似ているだけで、こちらの世界のことと同じことはありません』
『寂しいですけれども、そうなります。ふふっ、でもこんな時なのに私たちの心配をしてくれるんですね、プロデューサーさん』
そりゃまぁお前たちのプロデューサーだしな。特別感謝されることでもないですよ。他のみんなはそこにはいないのか。
『いや✳︎✳︎たち13人だけっぽいよ~。まぁあとのみんなはこれがはじめてだから、慣れてないのかもね。集中すればまだ喋るくらいはできるんだけどね』
あれ名前が聞こえない。
『名前なんかなくっても、兄ちゃんなら分かるっしょー。なんてたって✳︎✳︎たちのプロデューサーなんだから』
それはそうかもだけれど、というか慣れって。こんなことをお前たちは何回繰り返してきたんだ。
『何回って、もう覚えてないかも。 自分はまだ少ない方だと思うけれども……。でも自分たちは結構こういうこと多いんだ」
そうだったのか……。そんなことも知らなかったなんて、俺は……。
『ねえ・・ちゃん、やっぱり記憶を残したことが悪い方に作用してる気がするわ』
『ですよね。やっぱり記憶はない方がいいのかな』
ちょっと待ってくれ。どういう意味なんだ。
『今までの世界が無くなる時はプロデューサーさんの記憶は、次の世界には引き継がないようにしていたんです。……余計な先入観などは持って欲しくなかったので』
でも今回はそうしなかったんだな。
『うん。今まではきちんと・・たちとプロデューサーの話は終わってだけれども、今回のはまだ途中だったから』
『私たちが最初の世界が無くなった時にすごく寂しかったから、あの子達にはそんな思いをさせたくないなって』
『だって私たち“先輩”ですから!』
『はじめましてで、出会ってほしいんだ』
『そしてまた自分たちをプロデュースして』
……あぁ、分かった。俺はプロデューサーで、お前たちはアイドルだもんな。ところでもうお前たちには会えないのか。
『そうですね。おそらく次に会うことはないでしょうね。この世界の私たちは無くなっていることでしょうから』
それじゃあここが最後ってことか。月並みな言葉だけれども、お前たちと出会えて毎日楽しかった。
『はい! 私たちもそうです。……あっちの世界の私たちもよろしくお願いしますね
真っ先に飛び込んできたのは、心配そうに俺を見つめる106の瞳だった。
俺が目を覚ましたと知ると、それらは一斉に部屋になだれ込んできた。
日頃の不摂生を責める声や安堵の声、53人のさまざまな声に俺は包まれた。
奇妙な喪失感があった。
こんなにもみんなに心配されて、満たされることはずなのに、なぜが胸に去来するのは何かを失ってぽっかりした穴だ。
だけれどもそれを今必死に埋めようとは思わない。
今いるこの子達といれば簡単に埋まるはずだから。
途中間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
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コメント一覧 (13)
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- 2018年03月20日 06:41
- そんな事よりラーメンのスープの話しようぜ!
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- 2018年03月20日 11:09
- 泣いた
今日は豚骨濃厚を食べに行こう
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- 2018年03月20日 12:47
- 気が付けば荒野にいた
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- 2018年03月20日 13:59
- オルガと同じ日に死んだアプリ
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- 2018年03月20日 22:36
- ちょっと泣いてくる.....
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- 2018年03月20日 23:26
- 勝手に泣いてろよおっさん(辛辣)
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- 2018年03月20日 23:38
- 辛辣なコメントに自分で(辛辣)とか付けちゃう奴って.....w
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- 2018年03月21日 01:54
- 青葉さんの髪が朱色……?
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- 2018年03月21日 02:46
- たしかに今まではゲームクリアが存在してたな
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- 2018年03月21日 22:17
- まずミリオン以前の765のゲームの数だけこれ起こってるやろ
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- 2018年03月22日 08:27
- 無粋な話をすれば美咲ちゃのネームプレートは『美咲』だ
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- 2018年03月22日 09:21
- ※10
だから作中でそう言ってるやん
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- 2018年03月22日 11:20
- シタ時空のPの記憶は上書きして消しちゃったのかね
この設定だとグリ時空の皆は随分独善的な設定になっちゃうけど