勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」【その2】

関連記事:勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」【その1】





勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」【その2】






313:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:13:31.42 ID:K5Qr6RMl0

善王「約束していた翼竜の羽だ。受け取ってくれ」

勇者「ありがたく頂戴します」

善王「時に勇者よ。これから先、行く当てはあるのか?」

勇者「特には。とりあえず、かつての父の旅路を追って行こうかと思っています」

善王「ならば『武の国』を訪ねてみるのはどうだ?」

勇者「武の国…?」

善王「我が国より遥か北に位置する、『武王』の治める強国だ。魔王城に近いこともあって、近年兵力の増強に力を注いでいる」

善王「その国では、定期的に一般の者まで広く参加者を募った武闘会が開催されている。聞くところによれば、今度の大会の優勝者には何やら『特別な武器』が贈呈されるらしいのだ」

勇者(特別な武器…? 親父が手に入れたという、『伝説の武器』の類のものか…?)

善王「今日の午後に『翼竜の羽』を使った交易便が武の国に向けて出る。よければ君たちも同伴したまえ」



314:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:15:22.85 ID:K5Qr6RMl0

武道家「武の国か。まさかこんなに早いうちにここを訪れることが出来るとはな」

僧侶「有名なのですか?」

武道家「武芸者にとっては、ここで開催される武闘会で優勝することは相当な誉れだ。大会で優勝することを人生の目標としている者もいるくらいさ」

戦士「加えて、武王が抱える兵士団が強力なのも有名だ。兵士一人一人が私たちの故郷の騎士団長と同等の猛者と聞く」

武道家「武闘会で目についた者を積極的に登用しているらしいな。世界中から集まった猛者で形成された兵士団というわけだ。強いはずだ」

勇者「それじゃあ私は武闘会参加の申し込みに行ってきます。皆さんはゆっくり休んでいてください」

武道家「待て勇者。それは俺が行く。お前の方こそ、ゆっくり休んでいろ」

勇者「武道家……」

武道家「盗賊の件から善の国の件まで、お前は一人で苦労を負いすぎだ。もっと俺達を頼れ、使え」

武道家「少女たちの救出も終わって、少しばかりは時間の余裕も出来たろう。……今日くらい、ゆっくりと酒でも飲め」

勇者「いや、でも……」

武道家「でももだってもない。じゃあ、行ってくる」

僧侶「お、お気を付けて!!」

勇者(ゆっくり酒を飲めといっても……)

戦士「………」

僧侶「……え~と、その…」オロオロ

勇者(無理だよ……今の俺にはわからない。二人とどう接したらいいか、全然わからないんだ……)



315:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:16:29.51 ID:K5Qr6RMl0

僧侶「え~と……と、とりあえずお食事にでも行きましょうか! 武道家さんの言う通り、ちょっとお酒でも飲んじゃいましょうよ!!」

僧侶「美味しい酒場屋さん、探しましょ!! 色々町の人にも話を聞いて!!」

勇者(ああ…僧侶ちゃんに気を使わせちゃってる。無理してあんなに明るく振る舞って……)

戦士「………」

勇者(戦士も相当気まずそうだ…駄目だ、これ以上二人の傍に居ちゃいけない。俺が居ても二人の負担になるだけだ)

勇者(武道家の奴…だから俺が行くって言ったのに…!!)

僧侶「勇者様、何か食べたいものはありますか!?」

勇者「いや…俺、私は……」

??「あれーーー!!!! おいおいおい!!!?」

勇者「?」

僧侶「?」

戦士「?」

??「マジかよお前らとまた会えるとは思わなかったぜ!! 元気にしてたか!?」

僧侶「あッ!!」

戦士「お前は……」

勇者「騎士ッ!?」

騎士「おう! 久しぶりだな、勇者!!」



316:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:18:24.87 ID:K5Qr6RMl0

 騎士。
 金色の長髪を赤いバンダナで纏め、腰に青く輝く剣を携えた男。
 勇者を『伝説の勇者』の息子とするなら、さしずめ彼は『伝説になれなかった騎士』の息子。
 高名な父を持ち、勇者と似た境遇で青春を過ごしてきた彼は、かつて一度とある町の酒場で勇者と出会い、非常に意気投合した過去がある。
 その後、諸々のやり取りがあって、最終的には彼は勇者パーティーと物別れに終わっていたはずなのだが……

騎士「いや~まさかこんな所で会えるとはな。縁があるな~俺達」

 まるで十年来の友人のように気安く騎士は勇者たちに話しかけていた。
 どうやら騎士の方には一切そんな意識はないらしい。

僧侶「う~…!」

 僧侶は自らの胸を庇うように両腕を交差させた。

戦士「………」

 戦士は今にも掴みかからんばかりの勢いで騎士を睨み付けている。
 やはりかつて騎士から直接辱めを受けた二人は、彼に対して並々ならぬ敵意をもっているようだった。
 勇者が二人を庇うように一歩前に出る。

勇者「騎士…互いに健勝のまま再会できたことは私も嬉しく思いますが、彼女らにとっては決してそうではないようです。用があるなら後日場を改めて伺いましょう」

騎士「………は?」

 騎士は目を丸くした。
 訝しげな眼付きで、勇者の顔をためつすがめつ眺める。
 遂には騎士は勇者の周りをぐるぐる周り、その全身を舐めるように観察し始めた。

勇者「……何か?」

 困惑して問う勇者。
 騎士は元の位置に戻ると、息を大きく吸い込んだ。


 吸って、吸って、吸って――――――そして、叫んだ。




317:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:19:20.47 ID:K5Qr6RMl0










「  き  も  ッ  !  !  !  !  !  !  」











318:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:19:49.24 ID:K5Qr6RMl0






第十章  勇者と騎士







319:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:20:55.82 ID:K5Qr6RMl0

騎士「えー、なに!? なにその喋り方!? キモッ!! 何気取り!? ねえそれ何気取りなの!?」

勇者「いや、ちょ」

騎士「マジでなんなん? かっこつけ? かっこつけなの? 勇者くんなんかかっこつけてるのん?」

勇者「かっこつけ…!? 違う、私はただ…」

騎士「まだ言うか!! 君ちょっとおいで!! お嬢ちゃんたち、ちょっとコイツ借りるよ!!」

勇者「おわ、ちょ、引っ張るな!!」

騎士「キリキリ歩かんかーい!! 逃げようとしても無駄無駄無ー駄ぁー!!」

僧侶「……行っちゃった。どうする?」

戦士「……このまま放っておくわけにもいかんだろう。追うぞ、僧侶」



320:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:21:56.27 ID:K5Qr6RMl0

 ―――酒場、カウンター席。

店主「ヘイ、麦酒二杯お待ち!!」

騎士「ほい勇者! カンパーイ!!」

勇者「か、かんぱーい?」

騎士「今回は俺の奢りだ! 好きなもんじゃんじゃん頼みな!!」

勇者「ありがたい申し出ですが、私は……」

騎士「シャーラップ!!!! その言葉遣い禁止!! 素で喋れ素で!! なーんでそんな無理しとんだお前は!!」

勇者「無理を、しているわけじゃ……」

騎士「……なあ勇者、何があった?」

勇者「…え?」

騎士「いや、もっと具体的に聞こうか。勇者」



騎士「何がお前をそんなに壊した?」

勇者「………」



勇者「私は」

騎士「勇者」

勇者「………俺にだって、色々あったんだ」

騎士「話せよ。聞いてやるぜ」




321:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:23:22.77 ID:K5Qr6RMl0

 やがて勇者はぽつりぽつりと語り始めた。

勇者「今まで俺はさ、自分の立場っていうものを甘く考えていたんだ」

勇者「いくら親父が『伝説の勇者』だからって、いくら俺がその息子だからって、そんなの関係ないと思ってた」

勇者「だから、魔王討伐の旅を口実に国を出たら、あとは適当に旅をして、それなりに、俺なりに頑張ったら、それでいいと思ってた」

勇者「でも、それじゃ駄目だったんだ」

勇者「……母さんがさ、死ぬっていうんだよ。俺が、『伝説の勇者の息子』として相応しい『勇者』にならなきゃ、死ぬっていうんだ」

勇者「俺は皆が悲しむからと思って、『勇者』になるための修業も頑張ってきたけどさ、もうそんなレベルじゃなかったんだよ」

勇者「死ぬんだって。死ぬんだってさ。俺が『伝説の勇者の息子』として相応しい勇者にならなきゃ、母さん死んじゃうの」

勇者「笑えるよ…じゃあ俺はそうなるしかねえじゃん。理想的な『伝説の勇者の息子』になるしかねえじゃん。でもそれは俺じゃねえよ。じゃあ俺ってなんなの? 俺いらねえじゃん」

勇者「みんな俺を『伝説の勇者の息子』としか見てない。誰も勇者としての俺個人を見ていない」

勇者「俺の行動は全て『伝説の勇者の息子』として相応しいか否か、っていう定規で測られる。そしてそれにそぐわないと判断されたら、たちまちこう言われるんだ」

勇者「『伝説の勇者の息子のくせに』、って」

勇者「怖えよ…超怖えよ…だから、俺は演じ続けなきゃいけないんだ。一部の隙もなく、『伝説の勇者の息子』で在り続けなきゃいけないんだ」




322:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:24:20.28 ID:K5Qr6RMl0

騎士「……なるほどな。勇者、はっきり言ってお前にはびっくりだよ」

勇者「笑えるだろ。滑稽すぎて」

騎士「そういう話じゃねえよ。俺は今まで俺とお前はよく似てると思ってた。でも違った。むしろ……俺とお前は真逆なんだ」

勇者「……?」

騎士「初めて酒場で会った時にも話したけどな。本当に俺とお前の境遇は似てる。俺もよく思ってたもんだよ」

騎士「お前らは俺を『伝説になれなかった騎士』の息子としてしか見ちゃいない。本当の俺なんかどうでもいいんだ。俺なんかいらねえんだ」

騎士「そう思った俺がどういう行動に出たか話したよな? そう、俺は国を捨てた。お前らが俺をいらないって言うんなら、俺だってお前らなんかいらねえよ。俺はそう思ったんだ」

騎士「だけどお前は逆だ。周囲の状況からお前なんかいらないと突きつけられたとき、あろうことかお前は自分を殺すという選択をした」

騎士「言葉遊びじゃなく、お前がしたのは実際に究極の自殺だと思うぜ。自分じゃない誰かを演じ続けながら生きるなんて、その苦痛は俺には想像もつかん」

騎士「何故そこまでする? 捨てちまえばいいじゃねえか。周りの勝手な都合なんてほっとけほっとけ」

勇者「それは…でも…」

騎士「そう、お前にはそれが出来ない。だからお前にはびっくりだ。お前は―――優しすぎる」



323:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:25:15.35 ID:K5Qr6RMl0






騎士「だけどお前は馬鹿だ。それだけははっきり言っておいてやるぜ、勇者」



勇者「ッ!?」








324:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:26:24.92 ID:K5Qr6RMl0

騎士「お前の生き方は分かった。それを変えられないことも分かった。けどな、やり方が頭悪すぎるよお前」

勇者「なにィ…!?」

騎士「確かにお前は『伝説の勇者の息子』として相応しい行動を取らなければならないんだろう。それに相応しい振る舞いをしなくてはならないんだろう」

騎士「だがそれを……普段の生活でまで続ける必要がどこにある?」

騎士「何だ? お前の母ちゃんは神様かなんかか? 普段のお前の行動を逐一把握できる神の目でも持ってんの?」

勇者「いつ誰に見られ、噂になるかわからんだろう!!」

騎士「『私は伝説の勇者の息子です』なんて看板掲げて歩きゃしねえ限り、誰もお前が『伝説の勇者の息子』なんて気付きゃしねーよ。自惚れんなドアホ。お前にそんなオーラなんてありゃせんわ」

勇者「だ、だけど……俺のパーティーに、俺が『伝説の勇者の息子』として相応しい人間だっていうのを示し続けなきゃ……」

騎士「なんじゃそりゃ。前の町で、まだお前が演技してない時、お前らは随分仲良しに見えたぜ。本当にそれは、お前のお仲間がお前に求めてることなのか?」

騎士「前のお前を知ってる身からすりゃあ、はっきり言って今のお前の態度は『気持ち悪い』の一言だぜ。お前の仲間もそう思ってるんじゃねえの?」

勇者「そ、そんな…」

騎士「っちゅうか面倒くせえからもう直接聞こうぜ。なあお二人さん!」

勇者「へっ!?」

僧侶「ひあっ!! あ、あの、その……」

戦士「………」



325:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:27:18.74 ID:K5Qr6RMl0

勇者「そんな、二人とも、今の話を聞いて……!?」

僧侶「違うんです! 盗み聞きするつもりはなくて、あの、その……」

戦士「騎士が妙なことをしないか見張っているつもりだったんだ……」

騎士「まあ話は聞いてたんだろ? 折角だから答えてくれよ。今の演技してる勇者をどう思ってるか」

勇者「ち、違う、違うんです!! 俺は、私は、その……うぅ…!! うあぁ…!!」

勇者(知られた…! 俺の弱い本心を知られた…!! 見捨てられる…捨てられてしまう…!! あぁ、嫌だ、嫌だ…!!)

戦士「………勇者」

勇者「はぁ、はぁ、はぁ……!」ドクン、ドクン、ドクン

戦士「勇者、顔を上げてくれ」

勇者「せ、戦士……さん……」

戦士「………ずっと、お前に言わなければならないと思っていたんだ」














戦士「あの時―――――盗賊の首領から私を助けてくれて、ありがとう」







326:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:28:01.82 ID:K5Qr6RMl0





戦士「初めて精霊の祠に行った時、魔物から私を守ってくれてありがとう」



戦士「騎士に服を破られた時、私の体を隠してくれてありがとう」



戦士「いつも報奨金を得るために倒した魔物の処理をしてくれてありがとう」



戦士「いつも旅の途中で食べられるものを探してきてくれてありがとう」



戦士「いつも私たちの事を気遣いながら、痛いのを我慢して戦ってくれてありがとう」



戦士「―――獣王に襲われた時、あんな演技をしてまで私たちを助けてくれて、ありがとう」







戦士「私は―――『伝説の勇者の息子』としてじゃない、いつものお前が好きだよ」








327:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:29:31.88 ID:K5Qr6RMl0

勇者「………」ポケ~

戦士「だから、その……お前も私たちの前でくらい、無理をしないでだな……」

僧侶「せ、戦士……」

戦士「な、なんだ僧侶、そんなに顔を真っ赤にして…」

騎士「愛の告白いただきましたーーーーッ!!!! ひゅーひゅードンドンぱふぱふぱふッ!!!!」

戦士「はぁッ!!!?」

騎士「おーい聞いたか勇者!! 好きだってよ!! 好きなんだってよお前の事!! うらやまッ!! うらやまやなコイツゥ!!」

戦士「なああああああああ!!!! 違う!! あくまで比較してどっちかといえばという話だ!! おいやめろ囃し立てるな!!」

勇者「戦士……今の話はホントか……?」

戦士「ち、違う! 勘違いするなよ勇者!! わ、私は別に、お前に男女としての愛情を抱いてるわけでは…」

 戦士の言葉は途中で止まった。
 勇者の目から、ぽろぽろと涙が零れている。

勇者「俺は……俺のままでいていいのか……?」

 戦士は頬を赤くした状態から、真剣そのものの表情になって言った。

戦士「そうだ。私が仲間と認めたのは『伝説の勇者の息子』じゃない。お前自身だ、勇者」

僧侶「そうです。私たちが共に旅をしたいと思うのはあなたです。誰かの息子としてじゃない、あなた自身なんです。勇者様」

勇者「う…ぐ…ぐぅぅ…!!」ポロポロ…!

騎士「な? 俺の言った通りだったろ? 勇者。仲間の前くらい素でいていいんだよ、お前」

騎士「生き方は変えられない。ならせめてもう少しうまく生きていけ。いいじゃねえか、『伝説の勇者の息子』として生きることを強制されても、もっとお前らしくやっていけば」

騎士「猫被る時は思いっきり被って、それ以外でゲラゲラ笑ってる。そういう方が、お前らしいだろ」

勇者「ああ…! ああ…!!」

僧侶「……勇者様が元気になって、本当に良かったわね、戦士」

戦士「ああ……そうだな」



328:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:30:43.94 ID:K5Qr6RMl0

 翌朝――――

勇者「おっしゃーー!! んじゃ、いよいよ武闘会だ!! 気合入れていくぜーー!!」

勇者「あ、でもみんな怪我しないようにね。無理だと思ったら適度な所でギブアップしましょう。そん時は優勝者にすり寄って交渉する方針でいくから」

勇者「オーケイ!?」

僧侶「おーけーです!!」

戦士「あ、あぁ……」

勇者「どした戦士!! 元気ないぞ!? 寝不足!?」

戦士「な、なんでもない! そんなに顔を近づけるな…!!」

勇者「体調悪かったら大会欠場していいからな!! その分俺と武道家で頑張るから!!」

戦士(こ、こいつ…! 昨日の私の、す、好きという言葉を勘違いしていたらどうしようかと不安に思っていたが……綺麗さっぱり、ケ口リと忘れてやがる…!!)

戦士(いや、いいんだけど!! それでいいんだけど…!! なんか、なんだこの納得いかない感じは……!!)

武道家「…………」




329:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:32:01.86 ID:K5Qr6RMl0

武道家「………おい、僧侶」

僧侶「はい?」

武道家「なんだ? 昨夜何があった? 何故奴は突然いつもの感じに戻ってるんだ?」

僧侶「実は昨日、騎士さんと偶然会って、かくかくしかじかな事があったんです」

武道家「そうか……騎士が……そうか……」

僧侶「あれ? 武道家さんどうしました?」

武道家「いや、何でもない。経過はどうあれ、勇者が元気になったこと自体は喜ばしいことだ。良かったよ、本当に」

僧侶(なんでしょう……なんだか、武道家さんが微妙に不機嫌なような……)

武道家「それにしても、あっさり元気を取り戻したもんだな。いや、いいことなんだが…」ブツブツ…

僧侶(もしかして……)

僧侶「武道家さん、騎士さんに妬いてます?」

武道家「……何を言っている。俺が何を話しかけても碌に反応しなかったくせになどとは、欠片も思っちゃいない。結果が全てだ。勇者が元気になったのならそれでいい。俺の方が十年以上も付き合いが長いのになどとは、ちっとも思っちゃいないさ」

僧侶(あ、完全に妬いてますコレ)

僧侶(………)

僧侶(か、かわいい…!!)キュン…!



330:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:32:40.01 ID:K5Qr6RMl0

 武闘場――――選手控室。

勇者「俺の一回戦の相手は……『狂乱の貴公子』か。すげえ名前だな。あんまり強くないことを祈るぜ」

案内人「勇者さん、試合です。闘技場の入場門へ移動をお願いします」

勇者「うえ、早速かよ」

武道家「それじゃ、俺達は観客席に上がって応援しているぞ。僧侶が席を取っているはずだからな」

戦士「私とあれだけ稽古しているんだ。あっさり負けたら承知せんぞ、勇者」

勇者「うへえ、プレッシャー……まあ、やるだけやってみるよ」

勇者「『伝説の勇者の息子』らしく……俺らしく、な」

 そう言ってニヤリと笑い、勇者は闘技場へ向かった。



331:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 19:33:55.76 ID:K5Qr6RMl0

 ウオオオオオオオオオオオオオ――――――!!!!!!

武道家「す、凄まじい歓声だな!!」

僧侶「あ! 勇者様が入場してきましたよ!!」

勇者(武道家たちは……駄目だ、人多すぎてわかんねー。なんか、一か所だけ屋根付きの所があるな。あそこから武王が見てんのかな?)

戦士「どうやら緊張はさほどしていないらしいな……対戦相手が入場してきたぞ……なっ!?」

武道家「はッ!?」

僧侶「ふああッ!?」

 対戦相手の姿を確認し、驚愕の声を上げる三人。
 相対する勇者はそれ以上に驚き、目を丸くして言葉を失っていた。

??「あっはっは。いや、ホントに縁があるな俺達」





騎士「それじゃ、いい勝負をしようぜ。勇者」





第十章  勇者と騎士  完




341:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 20:58:54.94 ID:aF5HKJ8p0

 武の国。
 その城下町の人口規模はおよそ八千人。
 魔王軍が本拠地としている魔王城に近く、それ故、幾たびも魔王軍の侵攻に晒されてきた。
 にもかかわらず、国は栄え、町に住む人々には活気が溢れている。
 その理由は、何度も魔王軍の侵攻を退けてきた、確かな実力を持つ兵士団による生活の保障と―――今現在、勇者たちが参加している武闘会による集客力にある。
 おおよそ三月に一度行われるこの大会は、武の国を治める王、『武王』の計らいで優勝者に莫大な賞金と極めて貴重な宝物が賜わされる。
 それ故、参加希望者は非常に多く、やがて開催を重ねるごとに世界中から様々な武芸者が集まるようになり、大会は権威を帯びていった。
 今では世界一強い者を決める大会だと謳われるほどである。
 当然―――それ程の大会となれば観覧を希望する者も多い。開催の一週前にもなれば宿は埋まり、観光客を対象とした出店が数多く出て連日祭りの如き賑わいとなる。

武王「此度も無事開催の日を迎えることが出来た。世界中から集まりし強者共よ、今日は存分にその腕を振るうがよい。何、心配はいらん。大会中に負った傷は十全な治療を行う。心置きなく敵を討て」

武王「ただし殺すのは御法度じゃ。勝敗は降参か相手が戦闘不能に陥った時決するものとする。では、諸君らの健闘を祈る!! 大武闘会の開幕じゃ!!!!」

 武王による開会宣言。
 闘技場に集められた参加者と、それを円形に囲う観客席から地を揺らすほどの歓声が上がった。



342:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 20:59:23.01 ID:aF5HKJ8p0







第十一章  つわものどものカーニバル(前編)








343:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:00:16.60 ID:aF5HKJ8p0

 既に三つの試合が消化され、遂に勇者の出番を迎えた。
 闘技場に入場してきた勇者と騎士を、唯一天蓋のついた観覧席から武王が見下ろしている。

武王「ほう、これは……実に面白そうなカードじゃな。この二人、先までの参加者たちと比べて実力が突出しておる」

 武王自身も秀でた武芸者である。
 既に御年50を迎えた身であるが、年齢を感じさせぬ屈強な肉体に、豊かにたくわえた髭を撫でながら武王は言う。

武王「勇者と…狂乱の貴公子、か。狂乱の貴公子はよく聞く名前じゃな?」

 そう言って武王は傍に控えていた壮年の兵士に目を向けた。

兵士「はい。毎回この大会に参加しては初戦で消える、所謂賑やかしであったと記憶しております」

武王「一体どのような修業を詰んであれ程の力を得たのか、興味深いのう。勇者というのは?」

兵士「今回、善の国との交易便にあの『伝説の勇者』の息子が同行していたとの噂を耳にしました。もしかするとですが……」

武王「ほう! 言われてみれば、確かにあの男の面影がある!! これは面白くなってきおった!! 兵士長、この両者、お前はどちらが優位と見る?」

 兵士長と呼ばれた男は―――すなわち、世界で最も屈強であると謳われる武の国兵士団にあってさらに最強の剣の使い手である男は、静かに言った。

兵士長「……狂乱の貴公子です。間違いありませんよ。おそらく、私でも歯が立ちません」

武王「……そんなに?」

 武王は目を丸くして闘技場に立つ勇者と騎士に視線を戻した。



344:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:00:52.79 ID:aF5HKJ8p0

 観客席では勇者の対戦相手の姿を確認した武道家、戦士、僧侶の三人が息をのんでいた。
 三人の脳裏にはかつて四人がかりで騎士に攻撃をかすらせることも出来なかった記憶が蘇っている。

僧侶「で、でも、あれからみんなずっと強くなっています!! その上、あの盗賊団を倒して、勇者様は更に強くなりました。今なら、きっと……」

武道家「いや…」

 かぶりを振ったのは武道家だった。

武道家「あの時は気づかなかったが……騎士の奴、まさかこれ程の……」

僧侶「ええ!?」

 僧侶は戦士に目を向ける。
 戦士も武道家と同じものを感じ取ったのだろう。
 額に汗を浮かべ、言葉もなく騎士を睨み付けている。

僧侶「勇者様……!」

 僧侶は祈るような思いで闘技場に立つ勇者に目を向けた。



345:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:01:58.70 ID:aF5HKJ8p0

 勇者は笑っていた。

勇者「いやいや……はは、マジかよおい……」

 心中抱いた感想が思わず口をつく。
 勇者の目の前に立つ騎士。
 その男の立ち姿から感じ取れる圧倒的な重圧は、もはや笑い飛ばすしかないほどの実力差があることを勇者に予感させていた。

騎士「いやあ、成長したな勇者」

 騎士はそんな勇者の心中を知ってか知らずか、あっけらかんと口にした。

勇者「はあ?」

 騎士の持つ雰囲気に及び腰になっていた勇者からすれば、騎士のそんな言葉は嫌味にしか聞こえない。
 しかし騎士は本当に感心した様子で言葉を続けた。

騎士「積み木を10段まで積んだ者は、100段積んだ者を凄いと褒める。50段まで積んだ者は、100段積んだ者を凄いと尊敬する。その事柄についてある程度精通して初めて本当の価値を推し量ることが出来るって話さ」

 騎士はにやりと笑った。

騎士「その顔。俺の力を感じ取ったんだろう? 前に比べりゃ、マジで成長してるぜお前」

 騎士が剣を抜いた。
 勇者は目を見開く。
 騎士の持つ剣は、その刀身が青く透き通っており、その剣自体が輝きを放っているように見えた。

勇者「なんだその剣…? 金属…なのか…?」

騎士「さあ、まずは小手調べ……LEVEL1ってとこだ。行くぜ、勇者!!」



346:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:04:01.74 ID:aF5HKJ8p0

 騎士が立っていた地面が爆ぜた。
 驚異的な脚力で騎士は一歩で勇者との間にあった15mの距離を潰す。
 騎士は青く輝く剣を振り下ろした。
 ギイン、と高い金属音が響く。
 勇者とて騎士の動きに遅れていない。
 一瞬で肉薄してきた騎士に意表を突かれるとこもなく、振り下ろされた剣に刃を合わす。

騎士「やるな! まだまだいくぜぇ!!」

 騎士は次々と剣を振り下ろす。
 その剣戟は単調で、ただ我武者羅に剣を叩き付けているように見える。
 ただ、その速度と重みが桁違いだった。

勇者「ぐ、おお…!!」

 技巧も何もない、フェイントもない、ただ剣を引き、振る。
 騎士はそれを連続しているだけだ。
 だがその速度と重さが、かつて勇者と戦士を苦しめた盗賊の頭領と比較しても恐らく上。
 ギャリン、と一際大きく音が鳴った。
 騎士の剣の威力に後方に吹き飛ばされた勇者が、何とか地面に足を踏ん張って勢いを殺す。
 がりがりと地面は削れ、およそ10mに渡るまで勇者の吹き飛んだ軌跡を描いた。

「お、おお……」

「オオオオオオオオオオオオーーーーーッ!!!!!!」

 観客席から歓声が上がる。

「なんだ今のは!? 見えなかったぞ!?」

「あの相手もよくしのいでるぜ!! 普通ならもう終わっててもおかしくねえ!!」

 ふうう、と長く息をつき、勇者は剣の柄を握りなおした。

勇者(速い…重い……やっぱり騎士の奴、とんでもない強さだ。だけど……)

 勇者の眼光に強い光が宿る。

勇者(捉えきれないほどじゃ、ない!! 俺も段々あいつの速さには慣れてきてる。次はあいつの隙を突くことが出来るはず…)

 パチパチと騎士が手を打ち鳴らす音で、勇者の思考は中断した。

騎士「やるな、勇者。本当に強くなった。前のお前だったら、このLEVEL1にすらついてこれなかっただろうぜ。さあ、次だ。行くぞ」



騎士「LEVEL2だ。――――遅れずに、ついてこい」




347:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:06:05.21 ID:aF5HKJ8p0

 騎士の姿が消えた。

勇者(見え―――)

 今度こそ、勇者の目にもその姿は捉えられなかった。
 ぞくりと背筋が震え、勇者はただの勘で剣を上に向かって振った。
 ギャリイン、と刃が鳴る。
 いつの間にか勇者の眼前に跳躍し、振り下ろしてきた騎士の剣と勇者の剣が合わさった。
 勇者の足が地面に沈む。勇者の背骨が衝撃に軋む。

騎士「そらそらそらぁ!!!!」

勇者「うあああああああああ!!!!」

 地面に降りた騎士が続けざまに繰り出す五連撃。
 閃光のように右から左から襲い来る剣を、勇者は無我夢中で打ち払う。
 最後の一撃は突き。反射的に後ろに飛ぼうとした勇者は愕然とする。
 地面にめり込んでいたことで足を取られた。ぐらりと勇者の体勢が崩れる。
 一瞬の判断。勇者は体内で魔力を紡ぐ。

勇者(『呪文・―――烈風』!!)

 風の塊が生まれる。しかし狙いは騎士ではない。
 騎士の加護レベルの前では、この程度の呪文はそよ風同前。剣の軌道を変えることすら出来ないだろう。
 風の塊が仰向けに倒れかけていた勇者の腹を叩いた。
 その衝撃により、勇者はまるで誰かに引っ張られたように勢いよく地面に背中を打つ。
 騎士の突きが空を切った。
 騎士の体が勇者に覆いかぶさるように前のめりになる。
 驚きに目を見開く騎士と、勇者の視線が交錯する。

勇者「おらぁッ!!!!」

 仰向けの姿勢から左に巻き込むように繰り出した勇者の右蹴りが騎士のわき腹にめり込んだ。

騎士「ぐ…!?」

 吹き飛んだ騎士の体がごろごろと地面を転がる。

勇者「はぁ…はぁ…」

 勇者は即座に立ち上がり、騎士に向かって油断なく剣を構えた。
 対する騎士は背中を勇者に向けて倒れたまま、起きあがろうとしない。

勇者「……?」

騎士「……くっくっく」

 騎士の肩が震えだした。
 騎士は堪え切れないというように笑みを漏らし、ゆっくりと立ち上がる。

騎士「あっはっは……いや、こんなに楽しいのは久しぶりだ。どうやって最後の一撃をかわしたのかは知らねえが、まさかLEVEL2をも凌ぐとは……すげえぜ勇者。タケノコもびっくりの急成長だ」

勇者「……そりゃどうも」

騎士「なんだか俺はとことんお前とのバトルを楽しみたくなったぜ。そこで勇者、俺の提案を受け入れちゃくれねーか?」

勇者「提案?」

騎士「ああ。俺の武器とお前の武器を交換しようぜ」

勇者「はあッ!?」



348:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:08:02.30 ID:aF5HKJ8p0

 騎士はその刀身を見せつけるように、勇者に向かって剣を突き出す。

騎士「俺の剣が普通の剣じゃないってのには、薄々勘付いちゃいるんだろう?」

勇者「まあ、な」

 勇者は頷いた。
 何度か打ち合った感触から、剣の材料が金属であることは間違いないと勇者は思うがしかし、それ自体が青く輝く金属など聞いたこともない。

騎士「今回のこの武闘会。優勝者への賞品が何やら特別な武器らしいってのは聞いてるか?」

勇者「ああ」

騎士「おそらくそれは俺のこの剣と似たような武器のはずだ。武器自体が精霊の加護を宿している―――言わば『精霊装備』」

勇者「精霊装備?」

騎士「武器自体が強力な加護を宿している為、加護レベルの差を覆すことが出来る。これを使えば、小童でも固い竜の鱗を裂くことが出来るだろう」

騎士「そして非常に頑丈だ。俺くらいのレベルになってしまうと、本気で振るえば普通なら剣の方がもたないんだが、この剣なら問題なく振れる」

勇者「それを、俺の剣と交換するっていうのか? 悪いが俺の剣は何の変哲もない普通の剣なんだぜ?」

騎士「そう、つまりハンデだ。お前が俺の剣を使えば俺に問題なくダメージを通せるようになるだろう。俺がお前の剣を使えばその剣が折れない程度に力を抑えなきゃならない。そうすりゃ、ちょうど互角のいい勝負になると思うんだよ」

勇者「舐められたもんだな」

 と、言いつつ勇者は心中やぶさかでないと思っていた。
 このまま戦い続けても万に一つも勝ち目は見えない。
 だが騎士の提案に乗れば万に一つどころか、『勝てるかもしれない』と思えるほど勝率は上がる。
 元々勇者は自分の実力に誇りを持っていない。
 それ故騎士の提案は勇者にとって何ら侮辱的な意味合いを持たず、ただただ千載一遇のチャンスと勇者は受け取った。
 警戒すべきは武器の交換が騎士の罠である可能性だが―――勇者はその可能性を一蹴した。
 そもそも実力で大きく上回っている騎士がそんな姑息な手を使う必要はないし、勇者が把握している騎士の性格上、彼がそんなことをするとは考えづらかった。

勇者「乗ったぜ」

騎士「さすが。そう言ってくれると思ったぜ」

 二人は目の前の地面に己が剣を突き立てる。
 そしてゆっくりと歩み出し、すれ違った。
 勇者は騎士の剣の前に、騎士は勇者の剣の前に立つ。

勇者「せーの!」
騎士「せーの!」

 同時に剣を抜き放ち、振り返る。
 第2Rの始まりだった。



349:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:10:27.66 ID:aF5HKJ8p0

 騎士の剣を握った勇者は驚愕していた。

勇者(軽い…! まるで重さが無いみたいだ。それに凄く手に馴染む…とても今初めて握った剣だとは思えない)

 騎士の攻撃を、先ほどまでとは違い、勇者は余裕をもって受け流す。

勇者(それに、何だこの感覚は……まるで剣が俺に語りかけているような、剣が俺を導いているような…奇妙な感覚がある)

 困惑する勇者の様子を見て取って、騎士は笑って言った。

騎士「初めてその剣を握った時の俺と同じ顔してるな、勇者。そいつの声に戸惑っているんだろう?」

勇者「声…? やっぱりこれは声なのか? 俺に何かを語りかけてくるような感覚はあるが……」

騎士「明確な意思を持っている訳じゃねえがな。装備した者に情報を流すんだ。自分の力を十全に揮わせるために。自分の名前と、その能力を」

勇者「能力?」

騎士「精霊装備はおおよそ全て特殊な力を秘めているって話だ。まあ初めてその剣を握ったお前はまだ、そいつの声を確信出来ないだろう。だから俺が教えてやる」

騎士「そいつの名前は『精霊剣・湖月(コゲツ)』。力を揮う言霊は『穿つ』だ」

 騎士の言葉を聞いた途端、勇者の頭の中で取り留めなく揺蕩っていた情報がかっちりとはまった。
 その剣の名と、その能力を把握した勇者は後ろに飛んで騎士との距離を取る。
 そして、間髪入れず剣を振り、叫んだ。

勇者「穿てッ!! 『湖月』ッ!!!!」

 いつの間にか、勇者の持つ剣―――精霊剣・湖月は水色に濡れていた。
 刀身を濡らす水滴は勇者が剣を振る勢いに流され、剣先に集う。
 瞬間―――凄まじい勢いで剣先から放たれた水は槍と化し、騎士の体に向かっていた。

騎士「おっとぉッ!!」

 騎士は身を躱す。
 外れた水流は闘技場の壁に十数センチの穴を開けた後、勢いを無くして流れ落ちた。

勇者「す、すげえ……」

 自ら水流を放ったにも関わらず、ぽかんと勇者は結果を見つめている。

騎士「要は水の槍を生み出す能力ってわけだ。すげえだろ? 武器としての攻撃力も高く、道具として使っても効果がある。こんな便利な武器はちょっと無いぜ」

勇者「お前、こんな物をどこで……」

騎士「俺の場合は故郷に国宝として伝わってたんだ。精霊装備は人間に造れるものじゃない。一説にはエルフが造ったんじゃって話もあるらしいが……とにかく今の世の中、現存している精霊装備ってのはかなり貴重だ」

勇者「こりゃ是が非でも、今回の賞品を手に入れなきゃって気持ちになってきた。ってなわけで降参してくれ騎士」

騎士「やなこった。こんだけハンデくれてやってんだ。実力で掴み取ってみな勇者」

 騎士の剣と勇者の剣が再び合わさる。
 速度と重さで一気に攻める騎士の剣。変幻自在に踊る勇者の剣。
 ガガガガ、と絶え間なく響く剣戟の音に、観衆は声を出すことも忘れ見入っていた。



350:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:11:47.22 ID:aF5HKJ8p0

勇者「ふぅ…ふぅ…!」

 何度目になるかもわからない打ち合いの後、再び距離を取った勇者は考えていた。

勇者(ジリ貧だ。このまま打ち合いを続けていても勝ち目は見えない)

 勇者は騎士の様子を伺う。

騎士「どうした? もう終わりか?」

勇者(やはり全然消耗しているように見えない。当然だ。あいつはずっと軽く流して走っているようなもの。常に全力疾走な俺が先にへばるのは当然)

勇者(ここらで一発勝負に出るしかない)

 勇者は両手で握っていた剣の柄から左手を離し、その手のひらをじっと見つめた。

勇者(……呪文を使う。それで一気に決めてやる)

勇者(俺が今まで呪文を使ったのは最初の突きを躱すために使った一度きり。あえて、だ。あえてそうした)

勇者(俺は騎士の前で呪文を使ったことはない。騎士は、俺が呪文を使えることを知らない)

勇者(今ここで呪文を使えば騎士の不意を打てる。致命的な隙を生み出すことが出来るはず)

勇者(この『湖月』なら、加護レベルの差に関係なくダメージを与えられる。一度でも奴に直撃させられれば、それで決着をつけることが出来るはずだ)

勇者(問題は、どの呪文を使うか)

勇者(俺が使える風や火の初歩的な呪文じゃ、騎士にほんの少しのダメージも与えられない。それじゃ隙を生むことだって出来やしない。『睡魔』もあっさり無効化されるだろう)

勇者(……賭けるしかない、か)

勇者(呪文のレベルを上げる。練り上げる魔力が足りなければ不発に終わっちまうが、大丈夫だ。あの盗賊も倒して、俺の加護レベルは最近急激に上がった。きっと出来る。自分を信じろ!)

勇者(……よし…)

騎士「お、表情が変わったな。いい顔だ。腹をくくったな」

 騎士は勇者を追撃しようとせず、その場で迎え撃つ構えを取った。

騎士「楽しみにしてるぜ勇者。俺に、まいったと言わせてみな」



351:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:13:34.63 ID:aF5HKJ8p0

勇者「『穿て』ッ!! 『湖月』ッ!!」

 勇者の持つ精霊剣・湖月から水流が発射される。
 騎士は僅かに背を反らすだけでその一撃を躱した。

勇者「『穿て』『湖月』!! 『穿て』『穿て』『穿て』ぇッ!!!!」

 二本三本、四本五本六本。
 勇者は間断なく湖月を振り、水の槍を次々繰り出していく。
 が、その全てを騎士は事も無げに回避した。

騎士「何のつもりだ? 勇者」

勇者「最後の確認さ。これだけの量の水が出せるなら大丈夫だ」

 勇者は騎士を指差す。
 それはいつも勇者が呪文を放つ際に取るお決まりのポーズ。
 体内で練り上げた魔力を、指先に集中させる。
 それは、かつて勇者が経験したことのない規模の圧縮率だった。

勇者「いくぜ――――『呪文』」

 圧縮された魔力は指先から解放され、その魔力量に相応しい規模の事象を引き起こす。

勇者「―――――『大火炎』!!!!」

 直径三メートルにも及ぶ大火球が突如発生し、騎士に向かって発射された。

騎士「何ィィィーーーーッ!!!?」

 突然目の前に現れた火の塊に騎士は驚愕する。

騎士(なんだこりゃどういうこった、湖月の力じゃねえぞ、呪文!? まさか、勇者の奴呪文なんて使えたのか!? すげえなあいつマジかおいって、いや、そんなことは今はどうでもいい、こいつを、この火球をどう処理する!?)

 騎士は戦闘とは別の方向に飛びかけた思考を戻し、目の前の火球に向き合う。

騎士(躱すか、剣で斬り飛ばすか…!)

 じゃり、と背後で土を踏む気配がした。
 騎士はちらりと後ろに目を向ける。
 そこに、剣を構えた勇者が回り込んでいた。

騎士「野郎…!? この火球は囮か!!」

 勇者の呪文による奇襲は、騎士の判断力を少なからず奪っていた。
 騎士の加護レベルは桁が違う。これ程の火球でも、騎士には殆どダメージは与えられない。
 であれば、その加護レベルの差を無視できる騎士の剣、『湖月』による一撃こそがどうあれ勇者の本命になる。
 騎士が冷静であれば、そのことに気付き、火球の処理に思考を割く愚を犯すことはなかっただろう。
 だが、まだ間に合う。
 勇者の剣が振るわれる前に、騎士は後ろを振り返ることが出来た。
 ここからならば十分に防御が間に合う。それ程の速度差が勇者と騎士にはある。
 しかし当然その剣を騎士に向かって振るってくるものと思われた勇者は、剣を構えて微動だにせぬまま、口を開いた。

勇者「穿て『湖月』。穿って、穿って、穿ち続けろ」

騎士「な…に…?」

 湖月から次々に生み出された水流が迫る火球に撃ち込まれる。
 瞬く間に蒸発した水分は周囲に白い蒸気を大量にまき散らした。

騎士「なにぃーーーーーッ!!!!?」



352:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:14:57.36 ID:aF5HKJ8p0

 これこそが勇者の真の狙い。
 勇者とて、たとえ呪文のレベルを上げても騎士に対して大きな効果は望めないと悟っていた。
 それでも、下手すれば呪文の不発というリスクを負ってまで呪文のレベルを上げたのはこのためだった。
 精霊剣・湖月により生み出された水分を瞬時に蒸発させることにより蒸気で騎士を包み込む。
 そのために、火力が必要だった。そのために、それなりの効果範囲が必要だった。

騎士(ぐ…! 何も見えねえ…!! 煙幕のつもりか、勇者。これで俺の視界を阻害し、改めて不意を突こうと…)

 否、そうではない。

騎士「が! ごほッ!!」

 騎士は突然咳き込んだ。
 当然だ。熱された蒸気を吸い込んだのだ。
 いくら加護のレベルが高かろうが関係ない。
 それは人間として当然の防御反射だ。
 咳き込む。剣を持った敵を前にして行うには、余りにも致命的な隙。
 白い煙幕を突き破り、まさしくその瞬間を狙った勇者が騎士に向かって精霊剣・湖月を振り下ろした。

勇者(勝った!!)

 勇者は確信した。
 蒸気の被害を避けるため、自身は息を止め続けている。
 騎士はまだ剣を構えることすら出来ていない。
 勇者と騎士の目があった。
 ぴくりと剣を持った騎士の腕が反応する。
 だが無意味だ。
 間に合わない。
 今さらどんな行動を起こそうと、間に合うはずがない。









騎士「LEVEL――――3」






353:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:17:31.18 ID:aF5HKJ8p0

 ぎゃりん、と途轍もない衝撃が勇者の腕を襲った。
 勇者の意識は一瞬空白になった。
 自身の一撃を打ち払われたのだ、と気づいた時には既に次の一撃が眼前に迫っていた。

勇者(いや――ちょ――待―――だって、一撃目の衝撃がまだ―――)

 混乱。困惑。
 勇者はまだ騎士の一撃目を受け止めている。
 勇者の認識では間違いなくそうだ。
 にもかかわらず、眼前に迫る二撃目の刃。
 衝撃が勇者に伝わり切るその前に、既に次の攻撃が振るわれている。
 勇者の感覚認識速度をぶっちぎったその一撃を、当然勇者は躱せるわけもなく―――

 騎士の一撃は振り切られ、折れた刀身が離れた地面に突き刺さった。

 空振り。
 騎士の持つ勇者の剣が、根元からぽっきりと折れていた。

騎士「あ~……やっぱりLEVEL3には耐え切らんか」

 騎士は折れた剣を見つめ、ぼりぼりと頭を掻いた。
 察するに、一撃目の衝撃で刀身に罅が入り、その後の騎士の常軌を逸した速度での振り回しに耐え切れず折れてしまったのだろう。
 騎士は勇者の剣を丁重に地面に置き、懐から刃渡りにしてわずか10センチほどの小刀を取り出した。

騎士「どうする? ハンデはさらにきつくなっちまったけど……続けるか?」

 勇者は、その場にへなへなと尻餅をつき、笑った。

勇者「冗談だろ? 降参だよ。参った」

騎士「へへ、俺の勝ちぃー。楽しかったぜ、勇者」

 騎士が勝ち名乗りを上げると観客席から大歓声が巻き起こった。

僧侶「勇者様、負けちゃいましたけど、凄い、凄かったですよね!!」

 僧侶もまた、興奮気味にぴょんぴょんと跳ねている。
 武道家は右拳を左の掌にばしんと叩き付けた。

武道家「まったく……盛り上げてくれるじゃないか、勇者」

戦士「………」

 戦士は寡黙なまま一言も発しなかった。
 しかし闘技場を見つめる目が明らかに熱を帯びていることを、僧侶は見逃さなかった。



354:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:19:00.37 ID:aF5HKJ8p0

勇者「ってゆーか!! 俺の剣!! どーしてくれんだお前!!」

騎士「すまんて。ごめんて。弁償するって。優勝賞金で」

勇者「きいーーーッ!! お前の湖月寄越せコンチクショウ!!」

騎士「それはならん。ならんなぁ~、勇者。……ん?」

 闘技場を出て、控室に戻る二人の前に立ち塞がる影があった。
 大柄な体に豊かな髭をたくわえた精力漲る老人と、その横に控える壮年の兵士。

騎士「誰だ? おっさん」

勇者「……んああああ!!!? ぶ、武王様!?」

 勇者はすぐに目の前の人物の正体に気付き、驚愕の声を上げた。

騎士「ぶおう? ぶおうって何よ?」

勇者「お前マジか!? この国の王様だよ! この国で一番偉い人!!」

騎士「あぁ~、ぶおうって、武王のことね。はいはい」

武王「ふははは! このワシを前にしてその不遜な態度。やはりそこらの凡百とは一味違うのう。いや、愉快愉快」

勇者「ぶ、武王様。御自らこのような場所に降りられて、一体如何様な御用でありますでしょうか」

騎士(あ、出た。伝説の勇者の息子モード。キモッ!)

武王「実はの、ワシはお主たちを我が国の兵士団に勧誘に来たのじゃ。お主等の闘い、年甲斐もなく血が滾ったぞ。はっきり言って惚れた。給金もいい値を払おう。望むなら、この国で最も美しい妻も与える。どうだ?」

勇者「過分な評価をいただき、真にありがとうございます。しかし、私は魔王討伐という使命があるため、一つ所に留まるわけにはまいりません」

武王「そうか……残念だ。狂乱の貴公子、お主はどうだ?」

騎士「まあ、俺もやることありますし? 悪いっすけど今回はパスで」

武王「ふむ…致し方あるまい。重ねて勧誘するのも野暮というもの。あいわかった! しかしワシがお主等に惚れ込んだのは事実! この先何か困ったことがあればいつでもこの国を頼るがよい! 出来る限り力を貸すことを誓おう!!」

勇者「あ、ありがとうございます!!」

騎士「おお、ラッキー。そん時はよろしく頼むぜ、武王様」

兵士長「武王様。そろそろ次の試合が始まります。席にお戻りにならなくては」

武王「うむ。ではな、二人とも。狂乱の貴公子、お主の戦いぶり、これからも楽しみに見させてもらうぞ」

 そうして、武王と兵士長は去って行った。

勇者「……そういやお前、狂乱の貴公子って何よ?」

騎士「洒落だよ洒落。痛々しくて中々おもしれーだろ?」



355:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:19:35.14 ID:aF5HKJ8p0


 勇者、武闘会初戦敗退。

 しかし勇者の奮闘を見てモチベーションを極限まで高めた武道家、戦士は一戦目、二戦目と順調に勝ち上がっていく。

 そして迎えた三戦目。

 ―――――闘技場の中心には、武道家と戦士の二人が立っていた。



356:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 21:21:42.62 ID:aF5HKJ8p0

武道家「まあ、トーナメントである以上、勝ち上がっていけばこういうこともある」

戦士「そうだな」

武道家「先に言っておこう。この戦い、勝ち上がるのはお前だ。戦士」

戦士「ほう…」

武道家「さっき勇者にな、念入りに釘を刺されたよ。決してお前を傷つけぬよう立ち回り、適当な所で降参しろ、とな」

戦士「そうか……まあ、当然の戦略と言えるだろうな」

武道家「そうだ。優勝のために片方の消耗を避ける。まったく当然、常道だ。だがな戦士……」

 武道家の肉体に目に見えるほどの闘志が漲る。
 それは、八百長で降参する男が出す闘気では全くなかった。

武道家「悪いが役割を変わってくれ。俺はどうしても、この手で騎士と立ち合いたい」

戦士「それは出来んな。何故なら、私も奴とどうしてもやり合いたいからだ」

武道家「そうか。ならばしょうがないな」

戦士「ああ、まったくしょうがない」

 武道家はその場でトントンと二度、軽く跳ねた。
 戦士は背負った大剣を抜いて構える。

武道家「……折角だから、本音を言おう」

戦士「なんだ?」

武道家「実は以前から、お前とこうして立ち合ってみたいと思っていた」

戦士「私もだ。何とも気が合うことだな」

 観客席から遠巻きに見ていた勇者は、二人の様子がおかしいことに気付いた。

勇者「あれ? 何か雰囲気おかしくない? 全然和やかじゃなくない? むしろ二人ともなんか精霊の祠探検時のボス戦前みたいな緊迫感出してない?」

 武王から試合開始の声が上がった。
 駆け出し、衝突する二人の剣と拳。

武道家「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

戦士「はあああああああああああああああああ!!!!!!」

勇者「えええええええええええええええ!!!!!? なにマジでやり合ってんのーーー!!!? 馬鹿なのーーーー!!!? 二人とも馬鹿なのーーーーッ!!!!?」




第十一章  つわものどものカーニバル(前編)  終




370:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:06:20.41 ID:goeQ0+xS0

 ここで改めて、勇者と魔王討伐の旅を共にする二人、戦士と武道家の戦闘スタイルを確認しておこう。
 戦士が装備するのは両手持ちの大剣。その刀身の長さは150㎝にも及ぶ。
 戦士はそれをまるで小枝の様に振り回し、圧倒的なリーチと質量で相手を寸断する。
 武道家が装備するのは両手を覆う手甲。手の甲側を肘まで、鱗のように節を設けた鋼で覆っている。
 肘の部分からはスピアと呼ばれる槍の穂先を思わせる刃が突き出ており、相手を切り払ったり急所に突き立てたりと多彩な攻撃を可能にする。
 つまり、二人の闘いは。
 武道家が如何にして戦士の懐に飛び込むか。戦士が果たして武道家を近づけさせずに打ち倒すことが出来るか。
 結局のところ、そこが焦点となる。



371:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:06:54.88 ID:goeQ0+xS0






第十二章  つわものどものカーニバル(後編)







372:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:07:50.00 ID:goeQ0+xS0

武道家「つあッ!!!!」

戦士「はああああ!!!!」

 武道家が戦士に向かって飛びこむ。迎え撃つように戦士は大剣を横薙ぎに振るった。
 身を屈めた武道家の頭上を鉄塊が通り過ぎる。
 数本の髪の毛が剣を掠め、パラリと風に舞った。
 勝機と踏んで武道家は更に一歩、戦士に向かって踏み出そうとして―――自分の顔に影がかかっていることに気づいた。

武道家「なにッ!?」

 今やり過ごしたばかりのはずの戦士の剣が、高々と頭上に掲げられている。

戦士「ずぇあッ!!!!」

 全霊を持って振り下ろされる戦士の一撃。
 手甲をもって打ち逸らすことは不可能。武道家は瞬時に判断する。
 前に向かって地面を蹴ろうとしていた足を無理やり方向修正。
 足首に嫌な痛みが走ったが躊躇せず地面を横に向かって蹴りぬく。
 直後に武道家が元居た所を戦士の剣が叩いた。
 土が爆ぜ、砂埃が舞う。
 武道家は崩れた体勢を地面に手をつき、体を反転させることで即座に立て直した。
 戦士の追撃はない。
 戦士はゆっくりと武道家の方に向き直り、かちゃりとその剣を構えた。

武道家「ふぅ~…」

 武道家は額を流れる汗を拭い、ひとつ息をつく。
 観客席から歓声が上がった。



373:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:09:20.48 ID:goeQ0+xS0

「おいおいおい!! どうなってるんだ今回の大会は!! レベルが高すぎるぜ!!」

「儂は初回からこの大会を欠かさず観戦しているが……こりゃこれまでの例にないほど当たりの回じゃわい」

僧侶「すごい! 戦士も武道家さんも…二人とも本当に凄いですね!! 勇者様!!」

勇者「……ああ。何で仲間内であんなガチの潰し合いしてんのか、全く理解に苦しむけど、確かに凄いね。二人とも、本当に強くなってる」

勇者(もし仮に、今の二人のステータスを表すとしたらこんな感じかな)


 戦士:性別 女

 体力☆☆☆☆☆★★★
 魔力
 筋力☆☆☆☆☆★
 敏捷☆☆☆☆★★★

 ※白星☆ひとつは黒星★五個分に該当

 武道家:性別 男

 体力☆☆☆☆★★
 魔力
 筋力☆☆☆☆★★★
 敏捷☆☆☆☆☆☆


勇者(ちなみに旅の最初の頃は…)


 戦士

 体力★★★★★
 魔力
 筋力★★★★★★
 敏捷★★★★


 武道家

 体力★★★★
 魔力
 筋力★★★
 敏捷★★★★★


勇者(こんな感じだったから二人とも本当に強くなってるよ、うん)

勇者(その強さを何で仲間内でぶつけあってんのかはホントに意味わからんけど!! 意味不!!)



374:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:10:34.24 ID:goeQ0+xS0

 武道家が地を蹴る。戦士が迎え撃つ。
 既に五度に渡って繰り返されたこの激突。
 これまでは全て戦士が打ち勝ち、武道家を射程外に押しやっていた。
 しかし今回遂に転機が訪れる。
 横薙ぎに振るわれた戦士の剣。武道家はしゃがんで躱す。
 空振りした剣は即座に一周し、今度はしゃがむ武道家の足を狙う。
 跳躍。僅かに体を浮かせた武道家の足元を剣が通り過ぎていく。
 飛んだ方向は勿論前方。戦士の体に向かって。
 二人の視線が交差する。
 武道家は笑う。戦士は歯噛みする。
 戦士が剣を引きもどす。しかし、その時には武道家の体は既にお互いの手が届く距離。
 すなわち武道家の距離であった。

武道家「はぁッ!!!!」

 武道家の拳が戦士の腹部を叩いた。
 戦士は腹に鎧を纏っている。
 しかし衝撃は装甲を貫通し、戦士の内臓を激しく揺さぶった。

戦士「ぐぅ…!」

 込み上げる吐き気を必死で戦士は飲み込み、即座に反撃に出た。
 脇を締め、腕を折りたたむようにして無理やり武道家の脇の下に刃を持ってくる。
 しかしそんな体勢では満足に剣速が出る訳もなく、振るわれた刃はあっさりと武道家の手甲によって打ち払われてしまった。

戦士「くっ!」

武道家「あの騎士の奴に対抗するのに最も重要なのは速さだ。まず奴の動きについていけなければ話にならん」

武道家「戦士。こと速度に関してはお前より俺の方が上だ。奴との対戦、俺に譲ってもらうぞ!!」

 振るわれた拳を戦士は身をよじって躱そうとするが、避けきれず肩口に食らってしまう。
 その衝撃に戦士の体が後方に弾き飛ばされた。

武道家「わざと踏ん張らずに、衝撃を利用して距離を取る気か。させん!!」

 武道家が追撃に移る。
 戦士は着地し、体勢も整えぬまま僅かに開いた距離を利用して剣を振る。

武道家「碌に踏み込みも出来ぬまま振られた剣など、……ッ!?」

 手甲を用い、剣を打ち逸らそうとした武道家は、しかし戦士の意図に気付き息をのんだ。
 振るわれた剣は、切っ先がこちらを向いていなかった。
 向いていたのは、剣の腹。
 つまり戦士は武道家を斬るつもりではなく、叩くつもりで剣を振ったのだ。
 向かってくるのが鋭く研ぎ澄まされた点ならば、斜めに手甲を入れることで打ち逸らすことも出来よう。
 しかし向かってくるのが面ならば。逸らすことは出来ぬ。如何なる角度で手甲を入れようとただ叩き潰されるのみである。
 ならば躱せばよい―――今更だ。ここから回避行動に映ったとしても到底間に合わない。
 武道家に出来るのは、歯を食いしばり、次の瞬間の衝撃に耐えることのみ。

 バゴムッ!!!! と凄まじい音をまき散らし、武道家の体は武道場の地を跳ねて転がった。

武道家「が…ぐ…!!」

戦士「速度が大事だと言ったな、武道家」

 がくがくと震える足を押さえ、必死に立ち上がろうとしている武道家に、戦士は言う。

戦士「そうではない。騎士を相手にする時に必要なのは一撃の重さだ。いくら速度で追いつこうと、奴の加護を打ち破る力が無くては意味がない」

武道家「ふ……成程、違いない……」

戦士「まだ続けるか?」

武道家「いいや、参ったよ。降参だ。騎士の奴はお前に任せる。頼んだぞ、戦士」

戦士「承知した」


 武道家、敗退。
 戦士、決勝進出―――――



375:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:11:48.32 ID:goeQ0+xS0

僧侶「お疲れ様でした、二人とも!」

戦士「ああ…」

勇者「ちょっと武道家、こっちおいでほら君こっち」

武道家「いたたた、引っ張るな。悪かった、指示を無視したのは悪かったよ」

勇者「悪かったですむかーーー!!!! 仲間を(しかも女の子を)思いっきり殴りつけるとか何考えとんじゃ貴様は!!!!」

武道家「つい熱くなってやった。今は反省している」ケロッ

勇者「やかましいおんどりゃ!!!!」

僧侶「それにしても、戦士ってやっぱり凄いのね。あの武道家さんに勝っちゃうんだもの。驚いちゃったわ」

戦士「そんなことはない。武道家は本気で私を倒しに来てはいなかった」

僧侶「え?」

戦士「武道家は一度も私の顔を狙わなかった。加えて、今の対戦で武道家はほとんどスピアを活用していない」

僧侶「それはつまり……」

戦士「私に大怪我をさせる可能性がある攻撃を避けたんだ。あいつは、なんだかんだで勇者の言う事を聞いていたのさ」

僧侶「………」

勇者「おまえホントおまえ」

武道家「すまんて」



376:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:13:02.04 ID:goeQ0+xS0




 そして騎士もまた当然のように勝ち上がり―――決勝戦が始まる。



武王「よくぞここまで勝ち上がった。両者に惜しみない賛辞を贈ろう。志半ばに敗退した者達の思いを背負い、誇りと礼節をもって、最高の試合を我々に見せてほしい」

武王「それでは―――決勝戦、始めい!!!!」






377:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:15:13.15 ID:goeQ0+xS0

 武王による試合開始の宣言が為され、戦士は両手で大剣を構える。
 その表情は真剣そのもの。
 対する騎士は余裕の笑みを浮かべていて、構えも――剣を抜いてこそいるものの――だらりと自然体の様子であった。

騎士「さて―――さてさて、勇者の成長は目を見張るほどのもんだったが、お嬢ちゃんはどんな感じかな?」

騎士「あんまり成長してないようじゃ、俺を興じさせることが出来ないようじゃ、ぱっぱと終わらせちまうぜ?」

 ちゃき、と騎士は青く輝きを放つ精霊剣・湖月の切っ先を戦士に向ける。

騎士「いくぜ? まずは小手調べ―――LEVEL1だ。頼むから、これで終わってくれるなよ?」

 騎士が地面を蹴る。一瞬で戦士に肉薄する。
 そして振り下ろされる剣。
 騎士曰く、小手調べ―――しかしその実、かつて戦士を圧倒した盗賊の首領よりも速く、重い一撃。


 ―――その一撃が戦士の頭に届く前に、戦士の大剣が騎士の体に横から叩き込まれていた。


戦士「ぬああああああああああああ!!!!!!」

騎士「ご…!?」メキゴキパキパキ

 戦士の全身全霊をかけたその一撃は、騎士の剣の速度を遥かに上回っていた。
 体をくの字に折り曲げて騎士は吹き飛び、その勢いで闘技場の壁を粉砕する。

「ウオオオオオオオオオオオーーーーー!!!!!!」

 観客から上がる大歓声。

僧侶「やった、やった! お二人とも! 戦士がやりました!」

 僧侶も歓喜にぴょんぴょんと飛び跳ねる。
 しかし勇者と武道家の表情は硬かった。

僧侶「どうしたんですか? お二人とも…」

勇者「相変わらず化物だな……騎士の奴」

僧侶「ど、どういうことです!?」

武道家「今、戦士は間違いなく剣の刃の部分をぶつけた。俺との戦いの時とは違ってな。にもかかわらず、騎士は両断されず『吹っ飛んだ』。それはつまり、戦士の攻撃力をもってしても未だ騎士の体に刃を食い込ませることが出来なかったということを意味している」

 がらがらと壁の破片を払いのけ、騎士が土煙の中から姿を現した。
 戦士の剣が接触したところの服は破れ、少しだが出血しているように見える。

勇者「あ…!!」

武道家「僅かながら、通っているか! ならば、勝機はあるぞ戦士…!」



378:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:16:58.90 ID:goeQ0+xS0

 ぱんぱんと服に着いた埃を払いながら騎士は闘技場の中央に戻って来る。

騎士「いやいや、やりすぎだろ。殺しちゃ駄目ってルール忘れたの? 今の俺じゃなかったら確実に体真っ二つになって死んでたからね?」

戦士「すまないな。しかし、お前はこの程度では死なないと信じていたよ」

騎士「信頼されるって嬉しいことばっかりじゃないのね」

戦士「今の不意打ちには正直私の私怨が多分に含まれていた。謝罪しよう。そして騎士よ。私はお前に礼を言わなければならない」

騎士「礼? なんの?」

戦士「勇者を立ち直らせてくれたことだ。お前が諭してくれなければ、勇者は壊れてしまったままだった。そのことについては―――本当に、ありがとう」

 戦士の礼を受け、騎士はキョトンとした顔になる。
 戦士は改めて剣を構え、宣言した。

戦士「さあ、これで互いに過去の事は忘れることとしよう。ここからは純粋な技と力の比べ合いだ。いざ、尋常に―――来い!! 騎士!!」

 戦士の言葉を受けて、しかし騎士は構えない。

騎士「くふ…ふふ、ふはははは!!」

 それどころか、大口を開けてゲラゲラと笑い始めた。

戦士「な、何がおかしい!!」

騎士「あっはっはっは……いやあ、悪い。だってよ、勇者の件に関して俺が礼を言われる筋合いなんて全く無かったからさ。お前の見当違いのお礼がつい可笑しくなっちゃって」

戦士「な、何故だ。実際、お前は勇者を励まし、元の勇者に戻してみせたじゃないか」

騎士「いや…あいつはさ、いっそあのまま壊れて旅をやめちまってた方が、実は幸せだったんだよ、多分」

戦士「なに…?」







騎士「あいつはいずれまた壊れる。あいつが『伝説の勇者の息子』として旅を続けるのならば、いつか必ず」







379:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:18:17.52 ID:goeQ0+xS0



騎士「しかも、あいつを一時的にでも立ち直るきっかけを与えたのがよりにもよって俺だった、ってのがまた最悪だ」

騎士「本当にあいつは運が悪い。運命とでもいうのかね? 可哀想な奴だ。まるで世界の全てがあいつをぶっ壊すために動いてるみたいだぜ」

戦士「何のことだ……騎士!! お前は何を知っている!!」

騎士「お前の知らないことをさ、戦士。さて、いつまでも突っ立って喋ってちゃギャラリーが退屈しちまう。お望み通り、互いにしがらみ抜きの勝負といこうじゃねえか」

戦士「待て、騎士! 勇者にこの先何が起こる!? 知っているのなら、それを…!」

騎士「今この場では言えない事情がある。それで納得しろ。そら、行くぞ。構えろ」

戦士「く…!」

騎士「湖月で斬られちゃ痛えじゃすまねえ。頼むから、適当な所で降参してくれよ」





380:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:19:01.04 ID:goeQ0+xS0



 この後、二時間にもわたって繰り広げられた戦士と騎士の激闘は、武闘会史上最高の一戦として観衆の記憶に刻まれた。

 武王も、観衆も、敗れた戦士の健闘を称え、惜しみない賞賛を送った。

 武王に至っては、通常優勝者にしか与えられない賞金を、特例として戦士にも追加で与えたほどである。

 しかし、勇者と、武道家と、戦士だけはわかっていた。



 騎士はまだまだ、実力の半分も見せていない―――――と。





381:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:20:15.32 ID:goeQ0+xS0

 武闘会翌日、早朝の城下町の入り口付近にて―――――

騎士「んじゃ、俺行くわ」

勇者「騎士……」

騎士「楽しかったぜ。またな!」

勇者「騎士……待ってくれ!!」

騎士「なんだよ。男の旅立ちを引き止めるなんて野暮は無しだぜ勇者」








勇者「いやお前、剣弁償しろよ」

騎士「ですよねー」







382:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:21:17.80 ID:goeQ0+xS0

騎士「ほら」ズシ…

勇者「こ、これは……」

騎士「今回の武闘会の賞品――『精霊剣・炎天(エンテン)』。力を引き出す言霊は『焼き尽くす』。これをくれてやる。折れた剣の代わりとしちゃ、十分だろ」

勇者「いいのか?」

騎士「ああ。その代り約束しろよ。必ず―――魔王の所まで辿りつけ」

勇者「……ああ、約束する」

騎士「いい返事だ」

 勇者と騎士は互いに笑い合う。
 そして勇者は騎士から渡された精霊剣・炎天を装備した。










 しかし、勇者には装備できなかった!!


勇者「…………」

騎士「wwwwwwww」






383:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:22:32.09 ID:goeQ0+xS0

勇者「わかってたよ!! でっけーんだよこれ!! 刃渡りなんぼよ!? 2m弱あんだろこれよぉ!!」

騎士「お腹いたいwwwwwあかんwwおなかいたーいwwwwww」

勇者「俺の得意武器は片手剣なの!! これ完全に両手持ちの大剣なの!! ドゥーユーアンダスタン!?」

騎士「かおwwwwこれ差し出された時のお前の顔wwwwwwくそwwwその後真顔になってやり取り続けやがってwwww卑怯モンがwwwwww」

勇者「笑ってんじゃねーよハゲ!!」

騎士「なんだよ、じゃあいらねーのかハゲ!!」

勇者「いるよハゲ!! 戦士にあげるよ!! ありがとうハゲ!!」

騎士「どういたしましてぇぇぇえええええ!!!!!!」

勇者「ハゲって言わねーのかよ!!!!」



384:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:24:29.32 ID:goeQ0+xS0

騎士「んじゃ、今度こそ行くわ。これからも色々あるだろうけど、まあ頑張ってな」

勇者「おう……なあ、騎士」

騎士「なんだよ?」

勇者「一つだけ教えてくれ。魔王軍は……お前が追っている暗黒騎士って奴は、お前くらい強くても勝てないのか?」

騎士「ん~、どうだろうな? 案外やってみたら、あっさり勝てたりするかもしんねえ」

勇者「それでも、お前は修業の旅を続けるのか?」

騎士「やってみて、やっぱ駄目だった足りんかった~ってなっても、もうそれでお終いだろ。出来る限り力をつけてから挑むよ。自分なりに精いっぱいな」

勇者「そうか……なあ、騎士」

騎士「何だよ? 聞くのはひとつじゃなかったのか?」

勇者「これでホントに最後だ―――俺達は、まだお前と共に旅をするには不足か?」

騎士「おう。まだまだだな。LEVEL3すら超えられないようじゃ、お話にならないぜ」

勇者(……あの速度の、まだ先があるのか)

騎士「そうだな……せめて、全員分の精霊装備を揃えろ。そうすりゃ、考えてやらなくもないぜ」

勇者「言ったな?」

騎士「おう、約束してやるよ。―――また会う時を楽しみにしてるぜ、勇者」

 騎士は勇者に背を向け、街の入口へと向かう。
 名残惜しかったが、これ以上引き止めるのは確かに野暮だ。
 勇者は騎士から託された精霊剣・炎天を握りしめ、騎士の背中が見えなくなるまでその場で見送っていた。

 ――――いつか、その背中に追いついてみせる。

 朝もやに消える騎士の背中を見つめ、勇者は静かにそう決意するのだった。



勇者(…………とりあえず新しい剣どうすっかな~)




385:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 19:25:43.70 ID:goeQ0+xS0

 ―――闘技場控室のある一室にて。

掃除夫「ふ~やれやれ。今回の武闘会も大盛り上がりだったな」ゴシゴシ

掃除夫「特に決勝まで来てた戦士ちゃんには惚れたぜ。ファンクラブ作っちゃおうかな~」ゴシゴシ

ロッカー「んーーー!! むーーー!!」ガッタンゴットン!

掃除夫「な、なんじゃあ!?」

 とあるロッカーの中から激しい物音と人のうめき声のようなものが聞こえる。
 掃除夫は恐る恐るロッカーのドアを開けた。

男「んぶーーーー!! んももーーーー!!」

掃除夫「んなんじゃあ!? 妙な男が口をふさがれてぐるぐる巻きに縛られてるぞ!?」

 男は長い金髪を振り乱し、掃除夫に視線で助けを求めている。
 掃除夫は涎にまみれた猿轡を解いてやった。

男「ぶはあ!! はぁーーーー!!!! 武闘会は!? 武闘会はどうなった!?」

掃除夫「そんなもんとっくに終わったよ」

男「ファッ!!?」

掃除夫(なんだコイツ…男のくせに化粧なんかして…まあ、もう汗と涎で溶けて見れたもんじゃなくなっちまってるが)

男「そんなはずはない!! この僕を抜きにして大会が始まるなんてことがあってたまるか!!」

掃除夫「はいはい。わかったからとりあえず帰ってくれ。私の仕事が終わらないよ」

男「そんな馬鹿なーーーー!! そんな馬鹿なーーーー!!!!」

掃除夫(変な奴……しかし控室に居たってことは、参加選手の一人だったってことか…? しかし今回、あんな奴出てたっけな……)



男「馬鹿なーーー!!!! この僕を、この『狂乱の貴公子』を抜きで大会が開催されたなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるかーーー!!!!」





第十二章  つわものどものカーニバル(後編)  完




401:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:04:55.96 ID:btkiE6//0

 強固な外殻を纏った魔物の群れが勇者たちに襲い掛かる。
 その姿は、言うなれば二足歩行する蟹の化け物。
 魔物は先端が大きなハサミとなっている両腕を振り回して攻撃を行う。
 武道家は機敏な動作でその腕を掻い潜り、魔物の懐に飛び込んだ。

武道家「せいッ!!」

 気合の声と共に腹部に拳を叩き込む。ガイン、とまるで金属を打ち鳴らしたような音が響いた。
 魔物は武道家の攻撃を意に介さず、その腕を振りかぶった。

武道家「ちいっ!」

 慌てて飛び退り、魔物の一撃を回避する。
 同じように敵と一合切り結んだ勇者が武道家の傍まで下がってきた。

勇者「かってえなちくしょう!!」

武道家「どうも打撃は効果が薄いな。かといってスピアも奴らの装甲を通るかわからん。さて、どうするか……」

僧侶「私の呪文で攻撃力を強化しましょうか!?」

勇者「そうだな……あ、いや、どうやらそれには及ばないみたいだ」

 勇者の視線の先で、戦士が両手で持った大剣を振り回している。
 赤く煌めく刀身を持った精霊剣・炎天。剣自体に強力な精霊の加護を纏わせたその刃は、固い敵の外殻をまるで豆腐を切るかのように寸断していく。
 勇者たちに襲い掛かってきた魔物の数は四体。勇者と武道家がそれぞれ一体ずつ相手にしている間に既に戦士は二体の魔物を斬り伏せていた。
 息つく間もなく戦士は残りの二体に目を向ける。勇者たちに襲い掛かろうとしている魔物の姿を見て取った戦士はその切っ先を魔物に向け、叫んだ。

戦士「焼き尽くせ、炎天!!」

 言葉と同時、剣から炎が迸る。明確な指向性をもって、敵に真っ直ぐ向かった火炎が魔物たちを包む。
 驚愕と苦痛に足を止める魔物たち。その隙に距離を詰めた戦士が精霊剣・炎天を振り下ろす。
 その長大なリーチで二体の魔物を一撃で纏めて斬り飛ばし、魔物の群れは全滅した。

戦士「ふう……」

僧侶「お疲れ様、戦士」

戦士「ありがとう」

武道家「凄まじいな……これが精霊装備の威力なのか」

勇者「やはり全員分欲しいな、これは。当面は精霊装備の在りかについて情報を集めて回ろう」

 勇者は僧侶と談笑している戦士に目を向ける。
 勇者の視線に気づいた戦士と一度目が合ったが、戦士はふいと視線をすぐに向こうにやってしまった。

勇者(……いかん、精霊剣で呪文の真似事が出来るから、俺の存在価値が非常に小さくなってきている気がする。あかんで、このままではまた要らない子認定されかねん。なんか、色々頑張らねば……)



402:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:05:52.10 ID:btkiE6//0

 武の国で調達した地図と周りの景色をしばらく矯めつ眇めつしていた勇者だったが、やがて三人に向き直って言った。

勇者「う~ん、やっぱりどう計算しても今日中には目標にしている町に着けそうにないや。ちょっとここから西に進んだ所に川が流れているはずだから、今日はそこで野営しよう」

 三人は勇者の言葉に頷いた。
 その後も何度か魔物の襲撃にあったが戦士の活躍もあって難なく撃退し、さしたる問題もないまま目的の沢に到着した。
 勇者は河原に屈みこんで水質を確認する。

勇者「うん、綺麗な川だ。周囲に魔物の気配もないし、今夜はここで野営しよう。テントと飯の準備は俺がやっとくから、三人は好きにしててくれ。ただ、あまり遠くにはいかないように」

僧侶「お手伝いしますよ、勇者様」

勇者「いんや。それには及ばないよ。大丈夫。むしろ俺にやらせて下さいお願いします」

武道家「そうか? ならお言葉に甘えるとしよう」

僧侶「それじゃ、武道家さん……今からまた少しお願いしていいですか?」

武道家「ん? ……ああ、構わんぞ」

 そう言って僧侶と武道家の二人は連れ立ってその場を離れていく。
 その空気感に二人の仲を邪推した勇者は、しばらくその背中をグギギと凝視していたが、所在なさげに立っている戦士に気が付いた。

勇者「どした? 戦士も好きにしてきていいぞ? 川の水も綺麗だから、水浴びとかしてきてもいいし……あ、今回は絶対に覗きませんから、ハイ、マジで……」

戦士「いや…その……」

勇者「?」

戦士「……なんでもない」

 戦士も結局その場を離れていった。



403:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:06:43.84 ID:btkiE6//0

 一行が野営地と決めた河原から少し離れた所に開けた草地があった。
 その場所で、なんと武道家が僧侶に向かって拳を振るっている。

武道家「はっ!」

僧侶「うやぁっ!」

 顔に向かって飛んできた武道家の拳を、体を左に傾けて躱す。その勢いのまま体を回転させ、武道家の顎先に杖を突きつけた。
 あまり使われる機会はないが、僧侶の武器は杖である。呪文の命中精度を向上させる目的の武器であるためそもそも物理的な攻撃には向いていない。
 ただ、固さはそれなりにあるので、殴る、払う、突く、受け止めるなどの用途にも使えなくはないのだ。

武道家「駄目だ。動き出しが固い。まだまだ恐怖で体が固まってしまっているぞ」

僧侶「も、もう一度お願いします!」

 以前、盗賊たちとのいざこざがあってから、僧侶は武道家に稽古をつけてもらっていた。
 その内容は、僧侶自身の自衛能力の向上。自分の身を自分で守れるようになることで、仲間たちの負担を減らしたいというのが僧侶の望みである。

武道家「必要なのは反射行動の最適化だ。敵の攻撃を躱し、反撃する。或いは第二撃に備える。その時その時に必要な行動を反射的に行えるようにならなくてはならない」

武道家「恐怖に竦み、縮こまろうとする体を克服しろ。閉じようとする目蓋を見開け。見た物、聞こえる音、あらゆる情報をもって最適な行動を瞬時に判断するんだ」

僧侶「はい!!」

武道家「まだ遅い!! もう一度だ!!」

 十度の攻防を終え、その内容について論じていた所に戦士がやってきた。

武道家「三度目の時のような状況では、余り大きく躱すべきではない。体が伸び切ってしまうと、次の連撃に対応できんからな……おっと」

僧侶「どうしたの? 戦士」

戦士「あの……少し、相談があるんだ」

武道家「なんだ、改まって。どうした?」

戦士「その……勇者の為に、私に何かできることはないだろうか?」



404:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:07:31.75 ID:btkiE6//0

 戦士の言葉に武道家と僧侶は目を丸くした。

武道家「……これは驚いたな。戦士が自らこんな殊勝なことを言い出すとは」

僧侶「どういう心境の変化なの? 戦士」

戦士「だ、ちが、私自身がどうこうということじゃなくてだな……実は、騎士にこんな事を言われたんだ」

 戦士は武闘会の決勝戦で騎士に言われたことを二人にも説明した。

武道家「『勇者はいずれまた壊れる』……か」

僧侶「どうしてあの方にそんなことが分かるんでしょう?」

武道家「さてな。相も変わらず得体の知れん男だ。ともあれ、言っていることを無視は出来ん。立ち直ったとはいえ、実際今も勇者は不安定なのだろう。いつ何がきっかけでまた前のような状態になるかわからん」

戦士「そうさせないために何か私たちで出来ることはないか、という話なんだ」

僧侶「そもそも勇者様があのような状態になってしまわれたのは、『伝説の勇者の息子』として以外に自分に価値を見出せなくなったその劣等感が大きな原因」

武道家「騎士の計らいで、その点に関して勇者は自信を取り戻したと思いたいが……それでも、心労が重なればまた心の均衡を崩すやもしれん」

僧侶「なるべく勇者様にストレスをかけさせないように配慮しなければいけませんね」

戦士「つまり?」

武道家「勇者にストレスが溜まらないよう気を付けて色々と手伝う。勇者のストレス発散に付き合う。そういう事をしっかりやっていかんといかんだろうな、まずは」

戦士「…………」



405:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:08:19.78 ID:btkiE6//0






第十三章  スカイローリング乙女ハート







406:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:09:21.71 ID:btkiE6//0

 戦士が河原に戻ってくると勇者の姿は無かった。
 既にテントは張られ、河原の石を積み上げて作った即席のかまどに火が焚いてある。
 戦士がきょろきょろと辺りを伺っていると、がさがさと川向こうの茂みが揺れ、勇者が姿を現した。

勇者「よっと!」

 10メートル以上ある川幅を、特に助走もせず勇者は一っ跳びで越えてくる。
 今の勇者たちのレベルならこの程度は造作もないことだ。戦士も全く驚いた素振りを見せない。

戦士「どこに行っていたんだ?」

勇者「ちょっと食えるもんないか見てきたんだ。いいもんが見つかったよ」

 言いながら勇者は荷物からすり鉢を取り出し、その中に手に持っていた袋の中身を転がし入れた。
 からからと直径五ミリほどの黒い球体が鉢の中を踊る。

戦士「木の実…か? それ」

勇者「いや、ライカって花の種だ。すり潰して使うと香辛料の代わりになる。ちょっと雑な辛みになるけど、塩や胡椒も貴重だからな。節約していかんと」

戦士「よく知っているな、そんなこと」

勇者「まあ、勉強したからな」

 勇者の言葉に戦士は自分を省みた。
 こういった知識には目もくれず、ただひたすらに剣の研鑽のみに邁進していた自分。
 魔王討伐の旅に出るなら、自活の知識は必須だ。そんなことにも気付かず、その習得を疎かにしたのは、今となっては愚かというしかない。

戦士「……今度、そういうのを探しに行くときは私も連れて行ってくれ」

勇者「え? いや、戦士は戦闘で疲れてるだろ? こういうのは俺に任せて、ゆっくりしててくれれば……」

戦士「いいから」

勇者「お、おお? わ、わかったよ」

勇者(な、なんだ? なんか戦士の様子がおかしくないかい?)

戦士「勇者」

勇者「ファイ!?」

戦士「夕食の準備、何か手伝えることはないか?」

勇者(ファーーーーーーーーーー!?!!??)



407:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:10:41.32 ID:btkiE6//0

勇者「えーと、えーっと、そしたら今日はこの肉を使うから、焼くのを手伝ってもらおうかな」

戦士「わかった」

 勇者は1キロほどの塊肉を戦士に手渡す。そして鉄製の網を準備しようと荷物入れに手を伸ばした。

戦士「焼き尽くせ、炎天!!」

 ゴバッシオォォン!!と精霊剣・炎天から迸った大火力が塊肉を包む!

勇者「ほばあああああ!?!? 何しとんじゃキミィィィイイイイイイ!!!!!!」

 勇者は炎に包まれた塊肉を引っ掴み、川の中に突っ込んだ。
 ボシュウ、と音を立て、肉を包んでいた炎が鎮火する。
 恐る恐る勇者は肉の状態を確かめた。

勇者「ほっ…表面が炭化しただけだ。こそぎ落とせば全然食べられる」

戦士「わ、私なにか間違ったことをしたのか?」オロオロ…

勇者「おう戦士。料理の基本中の基本を教えたる。料理に精霊装備は使わねえ」

 勇者は料理用の小さなナイフで焦げ付いた肉の表面を削る。
 その後、かまどに焚いた火の上に網をかけ、その上に肉を置いた。

勇者「いいですか戦士さん。肉の下の方が焼けたら転がして別の表面を焼く。それを繰り返してじっくりとローストしてください。オーケー?」

戦士「お、おーけー」

勇者「さて…一応飲料水の補給もしておくか」

 勇者は鍋を準備し、その中に川の水を汲んだ。
 水を入れた鍋を、戦士が塊肉を焼いている網の上に置く。
 網の大きさは40センチ×30センチ程。肉を端に寄せれば十分に鍋を置くスペースは確保できる。

戦士「それは?」

勇者「飲み水用。一度沸騰させて消毒するんだ。……そんなずっと肉を見つめなくていいよ。煙で目が痛くなるぞ」

 水の沸騰を待つ間、勇者はこし器の準備に取り掛かった。
 手ごろな高さの木の枝に袋を吊るす。袋の中には大小さまざまな石と砂、炭などが詰められており、この中に水を入れれば、濾過されてゴミなどが取り除かれた水が袋の底から染み出してくるという寸法だ。
 折よく沸騰した鍋を火から上げ、袋の中に流し入れる。そして袋の底から水がしみ出してくるのをしばし待つ。
 水が落ちてくる位置に革製の水筒を置き、風などで倒れないよう石で固定した。

勇者「よし…」

 お肉だけでは寂しいので汁物の準備に取り掛かる。
 勇者は鍋に飲用の水を張り、火にかけた。その中に魚の燻製を入れる。
 煮立ったらざく切りにした根菜類と、これも先ほど調達してきた野草を放り込む。
 しばらく煮た後、味見。塩を入れて味を調える。
 適当な棒で魚の燻製をつつき、食べやすい大きさにほぐしたら完成だ。
 煮込み過ぎを避けるため、一度鍋を火からおろす。



408:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:11:34.02 ID:btkiE6//0

戦士「勇者、お肉も大分焼けてきたようだぞ」

勇者「ん~? ……うん、いい感じ! 戦士、この肉をまな板に移してくれ」

戦士「わかった」

勇者「うし、あとはこの肉を食べごろの大きさにスライスしていくんだけど……やる?」

戦士「う、うむ。やってみる」

 戦士は料理用のナイフを手に取り、肉を切っていく。
 剣の扱いとはまた違う感覚に四苦八苦しながらも、戦士は塊肉のスライスを終えた。
 若干厚さに歪な差があるけれども、そこはそれ、ご愛嬌というものである。

勇者「おー、上出来上出来」

戦士「えへへ…」

 勇者は大皿に広げられた肉の出来に拍手を送り、戦士はわりとストレートに照れた。

勇者「折角だから最後まで戦士に任せよう。さっき俺が細かく砕いたライカの種を振りかけるんだ」

 勇者はすり鉢にたっぷりと仕上がったライカの粉を戦士に手渡した。

戦士「ど、どれくらいかければいいんだ?」オロオロ…

勇者「そうだな。わりと多めにかけてもいいよ」

戦士「多め…多め……」



 モサッ……



勇者「っつおおおおおおおおおおい!!!!!! 山になってしもとるやないけワレェェェエエエエエエエエ!!!!!!」

戦士「だって! だってぇ!!」





409:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:12:41.85 ID:btkiE6//0



 夕食時――――――

武道家「辛ッ!! いや辛いなこの肉ッ!!!!」

勇者「だまらっしゃい!!!! 文句いう子はご飯抜きにしますよ!!!!」

戦士「………」ドヨ~ン

僧侶「わ、私これくらい辛い方が好きよ?」  ←何となく状況を察した




410:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:15:50.13 ID:btkiE6//0

 観光都市エクスタ。
 マキリシ火山の麓に位置するこの街は、豊富な温泉資源を元にした観光産業に特化している。
 立ち並ぶ温泉宿、賑わう歓楽街、歓声飛び交う遊楽施設―――行き交う人の流れは絶えず、世界中から多くの観光客が集まっている。
 勇者たちが今回この街を目指したのは、津々浦々から人が集まるこの地において、精霊装備に関する情報が得られないかと期待してのことである。

勇者「まあそれはそれとして、いい宿に泊まろう」

 勇者はそんなことを提案した。

勇者「こんな所に来る機会なんて滅多にないからな。折角だから、この観光都市の真骨頂を堪能しようぜ。ほら、武闘会お疲れ様でした的な打ち上げも含めて」

僧侶「お金は大丈夫なんですか?」

勇者「無問題。盗賊討伐で善の国から十分な報酬が出たし、武闘会でも戦士が賞金を獲得したしな。実は結構余裕があるのよ」

武道家「ならば是非も無し、だな。今宵は旅の疲れを癒す慰安会と洒落込もう」

僧侶「うわあ~! 温泉、楽しみです!」

戦士「温泉…大衆浴場だろ? うむむ……」

 無邪気に跳ねる僧侶とは対照的に、戦士はやや渋い表情だ。大勢で湯浴みをする習慣に慣れていないのかもしれない。
 勇者たちは町の入口近くにある案内所を訪ね、宿の情報を聞いた。
 豪華な夕食、見晴らしのいい部屋、効能抜群の温泉―――それらの謳い文句に惹かれ、一向は今夜の宿を『極楽館』なる館に決定する。
 極楽館はエクスタの町でも高台に位置し、その景色を一望できる露天風呂が一番の売りであった。
 期待感に胸を膨らませ、一行は宿へ向かう。


 ―――――後に起こる騒動のことなど、当然今は知る由もなく。




411:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:16:50.64 ID:btkiE6//0

 宿に着き、ひとしきり雰囲気を堪能した後は、各自夕食まで自由時間ということになった。
 戦士は宿を出て街を散策する。
 否応にも気分を高揚させる雰囲気の観光街に居ながら、しかし戦士は思い悩んでいた。

戦士「くっ…昨晩は勇者の手伝いをするどころか、逆に迷惑をかけてしまった……一体何をやっているんだ私は」

 色々な準備を手伝うことで勇者の負担を減らし、かかるストレスを軽減させるつもりが逆に余計なストレスを与える始末。
 戦士は結構深刻に落ち込んでいた。

戦士「僧侶は料理も出来るからこんな失敗はしなかっただろう。というか、僧侶なら何を手伝ってもあいつは鼻の下を伸ばして満足するに決まってる」

戦士「武道家はなんでもそつなくこなすからな……勇者の手伝いも難なくやってのけそうな印象がある」

戦士「私は……なんだ? 私に出来ることは何もないのか……!?」

 ともあれ、勇者にストレスを余計に与えてしまったものはもう仕方がない。
 ならば考えるべきは、与えてしまったストレスをどう解消させるかということだろう。
 しかしこの戦士、これまでの人生自身の修業にかまけてばかりで、しかも少々男を見下してきた節があった。
 故に人を喜ばすために何をすればよいのかなど、さっぱりからっきし思いつかない。

戦士「くっ…! 私はなんて使えない奴なんだ…! ……ハッ!」

 そんな時、あるものが戦士の目に留まる。
 ここは観光街。当然行商人も多く露店を構えている。
 その中に、書物を扱っている店があった。
 戦士の視線の先、木製の陳列棚に並べられた本の内の一冊。
 タイトルは―――『男を喜ばす10の方法』とあった。




412:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:18:21.05 ID:btkiE6//0

商人A「精霊装備? う~ん、そんな珍しいものが最近市場に出回ったって話は聞かんなあ~」

勇者「そうですか。ありがとうございます」

商人B「酒なら最高に珍しいものが入ったんだけどな!! 『倭の国』で作られたジャポン酒だ!! 今ならお手頃価格で卸してやるぜ!?」

勇者「はは。凄く魅力的ですけど、今は持ち合わせがないんでまた出直してきますよ」

商人B「売り切れちまってもしらねえぞ~~!!」

 勇者はまずは世界各地を巡る行商人にしぼって聞き込みを行っていた。
 しかし中々有益な情報は出てこない。

勇者「ふう~。やっぱりそう簡単にはいかないか。もう日も落ちてきたし、一度宿に戻ろう」

 宿に戻った勇者は受付で夕食までまだ間があることを確認し、さてそれまで何をして時間を潰そうかと思案しながら割り当てられた部屋までの廊下を歩く。
 ちなみに部屋は二部屋、勇者・武道家と戦士・僧侶で分けてとっていた。
 勇者はガチャリとドアノブを回し、自分の部屋に入る。
 何故かそこに戦士がいた。

勇者「……?」

 勇者は一度廊下に顔を出して部屋を確認する。間違いない。ここは自分と武道家の部屋である。
 改めて中に入る。やっぱり戦士だ。見間違いじゃない。

戦士「おかえりニャさいませ、ご主人様!!」

 そう言って戦士は軽く握りしめた両手を内側にクイッと曲げた。
 同時に片膝も軽く上げており、顔に浮かべた満面の笑みと相まってきゃぴる~んとでも音が聞こえてきそうな有様である。
 勇者は固まった。
 戦士が真顔になって勇者に問う。

戦士「……どうだ?」

勇者「……何がだ?」

 戦士は部屋を出ていった。
 混乱の極みに達し、固まったまま行動不能となった勇者だけが部屋に残される。

武道家「ふぅ~。中々、精霊装備について知っている人間というのも捕まらないものだな」

 そこに勇者同様、街で情報収集をしていたらしい武道家が戻ってきた。

武道家「なんだ? そんなところでぼーっと立ってどうした?」

勇者「……ねえ。俺、戦士に何かしたっけ?」

武道家「は?」

勇者「怖いよう……怖いよう……」ガタガタ…



413:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:19:24.53 ID:btkiE6//0

 ドバターン!! と、凄まじい音を立てて僧侶・戦士に割り当てられた部屋の扉が開いた。
 部屋の中に駆け込んだ戦士は購入した本をビターン!!と壁に叩き付け、ドサーッ!!とベッドに突っ込んでいた。

戦士「ふおお!! ふおおお!!!!」

 戦士は枕に顔を突っ込んでうねうね動き、うめき声を漏らしている。

戦士「騙された!! 騙されたあ!! ふああああ!!!!」

 雄叫びを上げる戦士は耳まで真っ赤だ。
 しばらくゴロゴロと悶えていた戦士だったが、やがて大きく深呼吸をすると、床に転がった書物を拾い上げた。

戦士「いや、まだそう判断するのは早計か…? それなりの値段したのだ。もう少し試してみる価値はあるはずだ……」

 もしやぼったくられただけでは―――よぎる不安を振り払い、戦士は再び書物に目を通し始めた。
 深く読み進めるにつれて、戦士の顔がぼん、と朱に染まった。
 内容が非常に性的になってきたのだ。

戦士「で、出来るかこんなこと!!」

 憤慨し、本をまた壁に投げつけようとして、思いとどまりまた読みふける。

戦士「こ、これくらいなら……何とか……」

 ぶつぶつと独り言を漏らしながらページを捲る戦士。
 その行動が勇者のストレスを加速させることに、彼女はまだ気づいていない。




414:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:20:32.07 ID:btkiE6//0

 夕暮れの時間帯、僧侶は露天風呂にやってきていた。
 眼下に広がる夕暮れの町並みに、思わず感嘆の息が漏れる。

僧侶「綺麗……戦士も誘いたかったなぁ」

 僧侶はしばらく部屋で町に出た戦士を待っていたのだが、待ちきれず一人でやってきたのだ。
 存外、お風呂―――とりわけ温泉には目がない彼女である。

僧侶「さて…湯船に入る前に体を洗わないと」

 タオルを体に巻いた状態で僧侶は体を洗うための湯を溜めた湯桶に向かう。
 ここ、『極楽館』では温泉に入る時のマナーなるものが脱衣所にでかでかと掲示されていた。
 曰く、温泉内にはタオル以外は持ち込まない、湯船に浸かる前には必ず体を洗う、湯船にタオルをつけない。この三つが大原則なのだそうだ。
 僧侶はタオルをほどき、露わになった肌に湯桶から湯をすくってかける。
 それから湯桶の傍の木製棚に並べられた小瓶を手に取り、中の液体を肌に塗り込んだ。
 数種の薬草から抽出される、汚れ取りの油である。
 かなりの高級品なのだが、これがアメニティとして常備してあるのは流石に町一番の高級宿であった。
 タオルでこすり、油を広げ、湯をかぶり洗い流す。
 最後に肩まで伸びた水色の髪を絞り、僧侶は湯船へと向かった。

僧侶「髪…けっこう伸びてきたわね。これほど大きな町なら整髪師もいるでしょうし、明日寄って行こうかしら」

 僧侶はちゃぽん、と湯船に足を下ろす。

僧侶「いけない、タオルは湯船につけてはいけないのだったわ」

 再び身に巻いていたタオルをほどき、岩で作られた浴槽の縁に置いた。
 乳白色の湯に肩までつかり、僧侶は恍惚の息を漏らす。

僧侶「ほわぁ~……気持ちいい~~」

 疲れが溶けて流れ出していくような感覚にしばし僧侶は浸る。
 ふと見上げると、茜色だった空は段々と黒く染まってきており、ちらちらと星が瞬き始めていた。

僧侶「確か今日は満月……その時間帯に来ても、綺麗かもしれないわね」

 その時、ドアが開く音と共に、がやがやと話し声が聞こえてきた。

僧侶(えっ!?)

 僧侶は目を見開く。露天風呂にやってきたのは五人組の男だったのだ。

僧侶(だ、男性!? な、なに、何で…!?)

男1「あ~、やっぱ女の子は入ってないか~」

男2「当たり前だろ。混浴に夢を見過ぎなんだよ、お前」

男3「入ってたってもう女捨てちゃったお婆ちゃんだよなぁ~」

僧侶(こ、混浴!? 嘘、この露天風呂って混浴だったの!? ど、どど、どうしよう!?)



415:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:21:50.41 ID:btkiE6//0

 僧侶は慌てて岩の影に隠れた。
 このまま男たちが出ていくまで隠れてやり過ごすつもりである。

僧侶(お願い、はやく出て行って―――!!)

 男たちはやがて体を洗い終え、僧侶が浸かる浴槽へと近づいてくる。
 僧侶の心臓が早鐘の様に音を鳴らす。

僧侶(き、気付かれませんように……)

男4「おー、いい湯だなこりゃ」

男5「奮発していい宿に泊まった甲斐があったなあ」

男1「男ばっかで全く華がねえけどな」

「「「ぎゃっはっは!!」」」

男2「ところで知ってるか? アマゾネスの話」

男3「あー? 何よそれ」

男2「大陸の南端にある、竜の住む霊峰ゾア。その麓のジャングルに女だけの民族が住んでいるらしいんだよ」

男1「嘘くせー。大体女ばっかでどうやって民族維持するんだよ。男がいねーと子供が作れんだろ」

男2「そこなんだよ! その民族はな、定期的に余所から男を招待するってんだよ! もちろん、子供を作るためにな!! これってスゲエ夢のある話じゃねえ!?」

男3「マジか!? ハーレム!?」

男2「ハーレムだよ!! しかも噂によるとアマゾネスは皆美人揃いだって話だしよ!!」

男4「次の目的地は決まったな」

男5「夢がひろがりゅうううううううう!!!!」

男1「嘘くせー。マジかよ」

僧侶(ああ、暑い……まずいわ……ちょっとのぼせて…)

男1「あら? 何だこのタオル」

僧侶「ッ!!?」

男1「誰かの忘れ物か…な…」ザブザブ…

 立ち上がり、タオルのある場所に歩み寄っていった男の言葉が途中で止まる。

男2「おーい、どした?」

男1「いや……先客がいたわ。それも、とびきり上玉が」

男2「マジ!?」

 男たちは口々に歓声を上げ、全員が、僧侶の体が見える位置に回り込んでくる。

男2「マージかよーー!! すげえいいよ!! 超可愛いじゃん!!」

男3「しかも超胸でかくね? やばくね?」

男4「お姉さんどこから来たの!?」

僧侶「あ…や…」

 僧侶は男たちの視線から逃れるように湯船の中で身を縮こまらせた。



416:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:22:54.84 ID:btkiE6//0

僧侶「あ…の…私、もう上がります! 上がりますから!!」

 僧侶は浴槽の縁に置いていたタオルを手に取って、湯の中で体に巻き付けようとした。

男1「おっとぉ!!」

 しかし、そのタオルを男の一人に無理やり奪われてしまう。

僧侶「な、何を…!」

男1「駄目だよお嬢ちゃん。マナーは守らなきゃ。『湯船の中にタオルはつけちゃいけない』んだぜえ…?」

僧侶「う……う…」

男1「ほら、上がりたいなら……立ち上がって、それからタオルを巻いていきな」

男2「ぐひ」

男3「ふひひ……」

男4「ま・な・あ!! それ!!」

男5「ま・な・あ!! ほい!!」

武道家「やれやれ……女性の肌を断りもなく凝視するのはマナー違反じゃないのか?」

男達「「「ひょっ?」」」

 いつの間にか男達と僧侶の間に割って入った武道家が、湯船に拳を突き入れた。
 爆発的に飛び散った水滴が男たちの顔面を直撃する。

男2「ほんぎゃあ!!!!」

男3「目が、目がああああ!!!!」

男1「ちくしょう! 覚えてやがれ!!」

 慌てて男たちは浴槽を飛び出し、浴場から出ていった。

武道家「やれやれ……おい、僧侶。大丈夫か?」

 僧侶の方を見ないように背を向けたまま武道家は問いかける。
 言うまでもないことだが武道家は腰にタオルを巻いていた。
 僧侶からの返答がない。怪訝に思った武道家は悪いと思いながらも後ろを振り返った。
 僧侶は、湯船に突っ伏して気絶していた。

武道家「な…!! おい、僧侶!!」

 余りにも長時間湯船に浸かっていた僧侶は、意識を手放すほどにのぼせてしまったのである。



417:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:24:11.36 ID:btkiE6//0

 僧侶が目覚めたのは自分たちに割り当てられた部屋だった。
 ベッドに寝かされ、額に冷たいタオルを乗せられている。
 傍らでは、武道家が扇で僧侶に風を送ってくれていた。

僧侶「武道家…さん…」

武道家「お、目が覚めたか。よかった」

僧侶「また、助けてくれたんですね……ありがとう、ございます」

武道家「気にするな」

僧侶「……何だか私、武道家さんに助けられてばっかりですね。ごめんなさい」

武道家「気にするな、と言っている。むしろ忘れた方がいい。特に、今回の件はな」

 少し気まずそうな仕草をする武道家に、僧侶は怪訝な目を向ける。
 武道家の言葉の真意を探ろうとして―――唐突に思い当り、瞬時に顔を真っ赤に染めた。
 バッ、と顔を起こし、自分の体を見下ろす。額のタオルがぽたりと落ちた。

僧侶「み、みみ……見ました!?」

武道家「……すまんな」

僧侶「ひやあああああああああああああ!!!!!!」

武道家「……だからな、忘れろ。俺もそうする」

 しばらくひゃああああ、ひゃああああ、と悶える僧侶を前にして、武道家は非常に気まずそうに頬をぽりぽりと掻いた。

僧侶「ふううぅぅ、ふううぅぅ……!」

武道家「悪かったよ、本当に」

僧侶「いえ、いいんです。武道家さんは私を助けるためにやってくださったんですから……いいんです……むおお…」

 それにしても、と前置きをして、僧侶は武道家にジト目を向ける。

僧侶「武道家さんのその余裕……随分と女の子の裸を見慣れてるんですね!」

武道家「まあ確かに、勇者ほど初心じゃあないさ。だが経験なんて人並みだ。人を遊び人のように言うんじゃない」

僧侶「でも、勇者様から武道家さんは随分とおモテになっていたって聞きましたよ?」

武道家「あいつの戯言を鵜呑みにするな。大体、俺の恋愛遍歴なんて聞いてもしょうがないだろう」

僧侶「気になりますよ、私」

武道家「お前こそどうなんだ? 今まで男と付き合ったことがあるのか? というか、もしかして今も故郷に恋人がいたりするのか?」

 話題を逸らすつもりで言った軽口だったが、意に反して僧侶の表情に影が落ちた。

僧侶「駄目ですよ……私なんて」

 続く言葉は武道家の胸の内に深く刻まれた。

僧侶「私は……汚れてますから」



418:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:25:42.67 ID:btkiE6//0

 戦士の奇行は夕食の際にいよいよ極まった。
 「よし…やるぞ…よし…」としばらくぶつぶつ呟いていた彼女は、ぐい、と酒を勢いよく呷ると、勇者の口元に箸を突き出しこう言ったのだ。

戦士「あ、あーん」

 これには勇者だけでなく武道家と僧侶も固まった。
 もはや思考停止の域にまで達した勇者はただ言われるがままに口を開け、咀嚼するだけのマシーンと化した。

戦士「美味しいかニャ!? 美味しいかニャ!?」

 酒が入ることによって羞恥心がどこかへ行ったのか、語尾にニャが混じり出した。
 これには武道家も苦笑い。
 僧侶に至っては爆笑である。

戦士「はい、ニャーん」

 またも勇者の口元に突き出される食材。戦士が口にする言葉ももはや意味不明の響きとなっている。

戦士「勇者!!」

勇者「ハイ、ナンスカ」

戦士「お前は今、喜んでいるか!? いやさ、喜んでいるニャ!?」

勇者「ウィッス、ヨロコンデルッス。チョウタノシッス。センシサンマジパネエカワイイッス」

戦士「そ、そうか。ならいいんだ。うん」テレテレ…

勇者「お風呂行ってきまああああああす!!!!!!」

 勇者は逃げ出した!!

戦士「勇者め、ちゃんと喜んでたのか……しかも可愛いだなんて……ふふふ、やはりあの本は正しかったのだな。くふふ……」

戦士「はい、勇者。あー…あれ? 勇者は?」

武道家「風呂に行くとさ」

戦士「風呂…? そうか…遂に、遂にか……遂にこの時が来たか……」

 酒に酔ってか恥じらいに染まってか判別はつかぬが、顔を真っ赤にした戦士はふらふらと勇者の後を追うように食堂を後にする。
 残された武道家と僧侶は顔を見合わせた。

僧侶「止めます?」

武道家「止めません」

 二人そろってぐふふと笑う。何だかんだこの二人も酔っていた。



419:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:26:50.28 ID:btkiE6//0

 体を洗い終えた勇者は露天風呂に浸かっていた。

勇者「ふう……極楽極楽。ここは混浴。流石に戦士もここまでは来れまい」

 既に夜も深い。露天風呂から見える景色は夕暮れ時とはまた違った味わいを醸し出している。
 何より、真上に輝く満月が素晴らしい。
 勇者はようやく心身共にリラックスすることができた。
 ガラリ、とドアが開く音がする。

勇者(ん…? 誰か入ってきたか。もう少し一人の空間を味わいたかったけど、まあ、しょうがないな)

戦士「勇者……」

 かけられた声に、ビックーン!と勇者の全身が反応した。
 戦士だ。間違いない。戦士が浴場に入ってきた。

勇者「は!? いや、戦士、えッ!?」

 意味をなさない言葉が口をつく。それ程の混乱。
 無理もない。勇者は知っている。戦士の事を知っている。
 戦士が、『異性に肌を晒すのは、伴侶となる者にのみ』というまでに強い貞操観念を持っていることを知っているのだ。
 だから、これは有り得ない。
 どれ程戦士が酒に酔おうと、これだけは絶対に超えてこない一線のはずなのだ。
 幸い、勇者は浴場の入口に背を向けていた。まだ戦士の姿は勇者の目に入っていない。

勇者「どうしたんだよ戦士! 昨日から、本当にお前おかしいぞ!? 悩みがあるなら、相談して―――」

戦士「違うんだ、勇者。私はただ―――お前に、楽になってほしいだけなんだ」

勇者「楽に…だって?」

戦士「そうだ。お前が色々と抱え込んでいることも知っている。お前がそれに潰されてしまう前に、私はお前を解放してあげたいんだ」

勇者「解放……どうやって?」

戦士「そのために、私はここに来た。勇者、大丈夫だ。何も問題はない。安心して、振り向いてくれ」

勇者「戦士……」

 勇者は緊張をほぐすため、二度、大きく深呼吸をした。
 そして、ゆっくりと振り向く。
 そこには、一糸まとわぬ姿の戦士が―――――――



 否、完全武装の戦士がそこに居た。



勇者「ふえいやほわああああああああん!!!!!?」

 じゅびじょばーん!と勇者の目と鼻と口から色んな液体が噴き出した。




420:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:28:33.06 ID:btkiE6//0

 タオル以外のもの持ち込むべからず―――温泉のマナーなどガン無視だ。
 彼女は己の羞恥心を何より優先させた。
 勇者および他の客に万が一にも肌を晒さぬよう、鉄壁の鎧を着用してきたのである。
 余りにも場の雰囲気にそぐわぬその格好は、それはそれで羞恥心が喚起されるはずであるが、その辺りやはり彼女はまだ酔っていた。

戦士「ほら、勇者……早く上がれ。その、背中を……流してやるから……」

 もじもじと勇者から目を逸らしつつ戦士は言う。

勇者「お、お助けぇーーーーーーーーー!!!!!!」

戦士「は、はあ!?」

 そんな戦士に対し、勇者は何と突然命乞いを始めた。
 勇者の中で、昨日からの戦士の奇行が、変な感じでかみ合ってしまったのだ。


『俺に野営の準備の手伝いを申し出てきたのは、俺からその技能を盗むため。そうすれば俺はいよいよパーティーに不要な存在となる』


『宿に着いてから妙に俺に媚びるような態度を取っていたのは、せめて最後にいい思いをさせてやろうという情け』


『そして、今。彼女は確かに言った。楽にしてやる、解放してやる、と。ああ、それはまさに苦しみ悶える死に損ないを介錯するが如く』


勇者「だけど死にたくないんじゃぁぁぁああああああ!!!!!! お願いしまっさああああああ!!!!!!」

戦士「ちょ、ちょっと待て!! 勇者、お前何か勘違いして――――」

勇者「頑張りますからああああああ!!!!!! 俺頑張ってパーティーに貢献しますからあああああああ!!!!!!」

戦士「待てえええええええええええええええ!!!!!!!!」

勇者「はいぃ!!」ビックーン!

戦士「ちょっと待て……勇者……ちょっとやり直しさせろ。頼むから」

勇者「は、はあ……」

戦士「そこの、体洗うところ……そこで、座ってろ」

 そう言い残して、戦士は脱衣所に戻って行った。

勇者「……?」




421:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:29:37.55 ID:btkiE6//0

 脱衣所に戻った戦士はまず脱衣所と廊下を繋ぐ入口につっかえ棒をあて、新しい客が入ってこれないようにした。
 そして鎧を外し、衣服棚に置く。
 下に着ていたシャツもその勢いのまま脱ごうとして―――ぴたりとその腕が止まった。
 恥ずかしい。その気持ちが戦士をためらわせる。
 その顔の赤さは、今度は間違いなく乙女の恥じらいによるものだった。

戦士(別に……こんなことしなくても……)

 戦士の脳裏に幼いころの記憶が蘇る。
 かつて戦士は勇者に勝負をふっかけたことがある。
 幼い勇者は「やだよ、痛いから」と勝負を悉く拒んだ。
 事情を知らなかった戦士は臆病者め、と吐き捨てていた。

 戦士の脳裏に獣王に体を引き裂かれ、苦悶の叫びを上げる勇者の姿が思い出される。
 それはどれ程の痛み。どれ程の恐怖だっただろう。
 なのに。それ程の苦痛を受けて、なお彼は。

 戦士の脳裏に盗賊の首領に組み敷かれていた時の情景が浮かぶ。
 立ち上がり、駆けつけてくれた。心をボロボロに壊してまで。
 自分自身が崩壊していく中にあって、なお私達を優先してくれた。

戦士(私は……そんなあいつにどれだけ報いることが出来た…?)

 戦士はぎゅっと唇を引き結ぶと、ばさりと衣服を脱ぎ捨てた。




422:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:31:46.88 ID:btkiE6//0

 戦士に指定された場所に座り込んだ勇者は実にそわそわしていた。
 ガラリ、とドアの開く音。

戦士「こっちを向くな」

 思わず振り返りそうになった勇者に、戦士の制止の声が飛んだ。
 戦士は、今度は本当にタオル一枚で体を隠しているだけだった。
 大きめのタオルを巻いているので、ある程度は問題なく隠せているのだが、それでも肩と太ももが大きく露出している今の状態は、戦士からすればとても男の目に晒せるものではない。

戦士「絶対に、振り向くなよ」

 なにより、隠しているとはいえ秘所をこんな薄いタオルで覆っただけの状態なのだ。
 そんな状態で、半裸の勇者を目の前にしている。
 戦士はもう、頭が沸騰してどうにかなりそうだった。

戦士「背中を……流してやる」

 戦士は汚れ落としの油を手に取り、勇者の背中に広げていく。
 その感触に、勇者は思わず震えた。

戦士「……気持ちいいのか?」

勇者「まあ、その、正直……ハイ…」

戦士「そうか……」

 手で背中全体に油を広げた後は、それを刷り込むようにタオルでこすっていく。

勇者「なあ、戦士……なんでまた、こんなことを……?」

戦士「それはさっき言った通りだ。お前は何か変な誤解をしたようだが、さっきの言葉に嘘偽りはない」

戦士「お前は多くのものを抱え込み過ぎている。私は、それを少しでも楽にしてあげたいんだ」

戦士「……今日お前に対してしたことはな、全てある書物を参考にしたんだ。こうすれば、男は喜ぶものだと書いてあった」

 ああ、成程と勇者は納得した。

戦士「勇者……お前は今、喜んでいるか?」

 戦士の問いに、今度はしっかりと勇者は答える。

勇者「嬉しいよ……すごく」

戦士「そうか、よかった。だけどまあ、これからはあの本を参考にするのはやめておくよ。どうもこういうのは、私にはハードルが高すぎる」

勇者「そうしてくれ。俺も戦士にああいうことされるとドキッとする。心臓に悪いよ」

戦士「ほら、終わりだ」

 戦士は勇者の背に湯を流した。そして、立ち上がる。

戦士「私はもう出る。お前はもう少しゆっくりしていろ」

勇者「わかった。そうする」

戦士「今から私は脱衣所に戻るが……くれぐれも、私の体を盗み見ようとしないことだ」

勇者「わかってるよ。俺もまだ死にたくねーしな」

戦士「殺しはせんよ。ただ夫婦になるのを強要するだけだ。お前もこんな女と結婚するのは嫌だろう」

勇者「……別に、嫌じゃ……ないけどさ」

戦士「な…!」

勇者「………」

戦士「………見るなよ?」

勇者「見ないよ」

戦士「絶対だぞ!? 絶対に見るなよ!?」

勇者「見ねえって!!!!」



423:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 18:32:43.65 ID:btkiE6//0

 翌朝―――――

武道家「昨夜はお楽しみでしたね」

勇者「どつきまわすぞ」

僧侶(ねえねえ、勇者様と何かあった?)ヒソヒソ…

戦士「な、何もない!! ないったら!! やめなさいその目!!」

武道家「冗談はさておき、これからどうする? 思ったほど情報は集まらなかったが」

勇者「ああ行くところは決めてるよ。情報は手に入らなかったが、代わりにいいもん手に入れた」

 そう言う勇者の手には、『倭の国』特産のジャポン酒の瓶が握られている。

勇者「よく考えたら、精霊装備探すならいの一番に行かなきゃいけないところがあったわ。酒好きの知り合いに、色々話聞いてみんべ」






第十三章  スカイローリング乙女ハート  完





437:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 17:57:34.27 ID:Rawt1XYJ0

 翼竜の羽を用いて空を舞い、勇者たちは以前訪れた『第六の町』に降り立った。
 第六の町は騎士と初めて出会った場所であるし、直後の冒険でパーティーがバラバラになったこともあり、勇者たちにとっては印象深い町だ。
 とはいえ、今回は町自体に用事はない。
 目的としているのは第六の町より西に広がる大森林―――そこに住まう、かつて勇者が出会ったエルフ少女ともう一度会うことだ。

武道家「しかしあらためてとんでもない話だな。エルフが本当に存在しているというだけでも驚きなのに、まさかエルフに知己を得ているとはな」

勇者「なんだよ、疑ってんのか?」

武道家「まさか。お前が持ち帰ってきた『変化の杖』―――あれなど、まさに人の領域を超えた一品だ。お前がエルフと出会った証拠というのに、あれ以上のものなどあるまいよ」

戦士「しかし勇者。実際のところ、大丈夫なのか? エルフは大層人間嫌いと聞くが」

勇者「う~ん、確かに。俺を助けてくれたエルフ少女がマジで変わり者っていう話だったからなぁ~」

僧侶「その、エルフ少女さんをピンポイントで訪ねることが出来るんですか?」

勇者「エルフ少女が狩りの時に使ってる小屋があるんだ。そこに行けば出会える可能性が高いと思うんだけど……道順がうろ覚えなんだよな、正直」



438:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 17:58:19.81 ID:Rawt1XYJ0






第十四章  エルフ少女、再び







439:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 17:59:09.63 ID:Rawt1XYJ0

勇者「迷った」

戦士「おい!!」

武道家「小屋から一度町に帰っただけでは、流石の勇者も道順を覚えきることは出来なかったか」

勇者「いや、っていうか……何か、前来た時と森の様子が大分変ってるような気がするんだけど」

僧侶「そうですか? そういえば、今日は霧がすごく深いですね」

勇者「うん。そのせいで方向がわかりづらいってのもあるんだけど……おかしいな。なんかこの辺り、植生が他と全然違う。っちゅうか、見たことない植物がちらほらあんぞ」

戦士「それがどうかしたか?」

勇者「いや、普通同じ森の中でこんなに極端に植生が変わることなんてないはずなんだよ。気温や降雨量……気候が大して変わらない以上、森全体で同じような植物が生えるはずなんだ」

武道家「つまり、同じ森の中でありながら、この一帯だけ気候条件などが異なっているということか。言われてみれば気温も大分下がったように思えるな。肌寒さすら感じる」

僧侶「おとぎ話とかだと、森の中でいつの間にか別世界に迷い込んで――なんて、よくある話ですけどね」

勇者「まさか…な」

戦士「む…? おい勇者、これを見ろ」

勇者「これは……明らかに人の足で踏み均された道だな。取りあえず辿ってみるか」



440:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 17:59:56.56 ID:Rawt1XYJ0

 幾度も往来があっているのだろう、十分に踏み固められ歩きやすくなっている道を勇者たちは進む。
 突然、開けた所に出た。
 獣の侵入を防ぐためだろうか、ぐるりと円周上に立てられた柵の中に、木造の家が立ち並んでいる。
 勇者たちは息をのんだ。
 当然、大森林の中にこんな集落があるなどと、聞いたことがない。

勇者「ここ…もしかして……」

 村の周囲を囲う柵は一部途切れ、両開きの扉となっていた。
 恐らくそこが入口の門だ。勇者達は恐る恐る歩み寄り、こっそり中を覗き込む。

「うおぉ…!」

 全員の口から感動の声が漏れた。
 村の中を行き交う人々。その全ては、見目麗しく、輝く金髪と長く伸びた耳を持っていた。
 実在を知っていた勇者ですら感動を抑えきれない。残りの三人などは口も目も大きく開かれたままだ。
 その時、ある一人のエルフが、おそらくは何の気なしに村の入口に目を向けた。
 感動に固まっていた勇者たち四人とバッチリ目があった。
 ギシ、と音を立てエルフも固まった。

エルフ「に、人間だああああああああ!!!!!!!」

勇者「やべッ!!」

 エルフの叫びに呼応するように、村全体がどよめき、次々と家からエルフ達が飛び出してくる。

武道家「まずいぞ、どうする勇者」

勇者「ど、どど、どうする? どうしよう? と、とりあえずこっちに敵意が無いことを示そう!」

 勇者たちは両手を上げ、武器を持っていないことを示すとにっこりと顔に笑みを浮かべた。

エルフ男「村の場所を知られたからには生かしてはおけん!! 捕らえろ!!」

僧侶「ひええええ!!!!」

勇者「あかん!! 一時撤退!!」

 勇者たちは踵を返し、一目散に逃げ出した。



441:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 18:00:46.56 ID:Rawt1XYJ0

エルフ男「逃がすな!! 絶対に逃がすなーー!!」

 森の中を駆ける勇者たちの背中にエルフ達の怒号が突き刺さる。

勇者「んなああああ!!!! えらいことになってもたあああああ!!!!」

戦士「まさかここまで人間に敵意を持っているとはな」

武道家「ちっ! 速いな…追いつかれるぞ!!」

??「人間にしては中々の速度だけど―――この森の中で私から逃れられるなんて思わないことだね!!」

 一人のエルフが凄まじい速度で木を伝い、勇者たちの前に回り込んだ。

エルフ少女「個人的な恨みは全くないんだけど……これも村の掟だ。覚悟してもらうよ、人間!!」

 後ろで纏めたポニーテールをなびかせ、両手にナイフを構えたエルフの少女が踊り出る。

勇者「………」

エルフ少女「…………」

勇者・エルフ少女 「「  あ っ ! !  」」



442:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 18:02:02.19 ID:Rawt1XYJ0

勇者「……ひ、久しぶり」

エルフ少女(………な、なにしてんの?)ボソボソ…

勇者(いや、違うんすよ……たまたまなんす。迷ってたらたまたまエルフの村に着いちゃったんす)ボソボソ…

エルフ少女(はあ~……もう、何やってんだか)ボソォ…

武道家(……何を喋っているんだ?)

戦士(もしや、この娘が件の『エルフ少女』…?)

エルフ少女「……」クイッ、クイッ

 エルフ少女は親指を立て、自らの後ろを指し示した。

勇者(え? なに?)

エルフ少女(早く行けってことだよ! あとは私がうまく誤魔化すから!!)ボッソ!

勇者「あ、ありがとう!! 恩に着る!!」ダダッ!

エルフ少女「うわあ~強引に突破されてしまったぞう(棒)」

エルフ男「エルフ少女! 無事か!!」

エルフ少女「くそうあいつらめ~エルフ族ナンバーワンの戦士のプライドにかけて私が仕留めてやる!! あとは私に任せて、あなたたちは村に戻っていて!!」ダダッ!

エルフ男「あっ! エルフ少女!!」



443:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 18:03:29.28 ID:Rawt1XYJ0

勇者「エルフ少女のおかげで何とか逃げ切れそうだけど……」

武道家「このまま闇雲に走っていてはどこに着くかわからんぞ」

勇者「そうなんだよな。まあいざとなれば翼竜の羽使えばいいんだけど、まだ数に余裕があるとはいえなるべく節約したいよなあ」

戦士「というか、このまま逃げ帰っては何のためにここまで来たのかわからんぞ」

僧侶「何とかもう一度あのエルフ少女さんだけに会うことは出来ないでしょうか?」

勇者「うん…でもそのために引き返すのはリスキーだよなあ。エルフ少女以外の追っ手に出くわすかもしれないし」

エルフ少女「その必要はないよ」

勇者「うわあ!! いつの間に!!」ビックゥ!

エルフ少女「言ったでしょ? この森の中で私から逃げられる奴なんていやしないよ」フフン

武道家(この距離に接近するまで俺達に気配を気取らせないとは……)

戦士(凄まじい手練れだな、このエルフ……)

エルフ少女「私に何か話があるんでしょ? こんな場所じゃ落ち着かないな。もう少し進めば、私が狩りに使ってる休憩小屋がある。そこで話そう」

 そう言って、エルフ少女は勇者たちを先導する。
 その背中に勇者は声をかけた。

勇者「……なんでそんなに嬉しそうなんだ? エルフ少女」

エルフ少女「友人がわざわざ訪ねて来てくれたんだ。そりゃ嬉しいよ。そしてそれ以上に面白い。まさか君たちが、もう私たちの村に到達することが出来るなんてね」



444:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 18:05:09.42 ID:Rawt1XYJ0

エルフ少女「ジャポン酒!! これはジャポン酒じゃないか!! それもこの銘柄は一級品、滅多にお目にかかれるものじゃないよ!!」

勇者「それで、実はお願いがあって来たんだけど……」

エルフ少女「ああ聞くよ!! 何でも聞いちゃう!! 例え私の体と言われても、君になら差し出していい!!」

勇者「マジでッ!!?」

戦士「おいっ!!」

勇者「ひい!? う、嘘っす!! 冗談っす!!」

エルフ少女「なんだ、残念。それで、実際のところどうしたの?」

勇者「あ、ああ。エルフ少女、『精霊装備』って知ってるか?」

エルフ少女「そのもの自体が精霊の加護を宿している武具のことでしょう? それがどうかしたの?」

勇者「今俺達はその精霊装備を探している最中なんだ。それで、そもそも精霊装備を作ったのはエルフらしいって話を耳にしてな。その辺りを確認したかったんだ」

エルフ少女「ううん…確かに、そんな話を耳にしたことはあるね。でも、現在のエルフの村にはそんな物を扱える鍛冶屋はいない。失われた技術ってやつさ」

勇者「そ、そうなのか……」

エルフ少女「まあそう気を落とさないで、勇者。わざわざ来てもらった上、こうやって極上の酒までもらったんだ。私も出来うる限りそれに報いるよ。これから村に戻って、現存するものがないか調べてみる」

勇者「ほ、本当か!? あ、ありがとう!!」

エルフ少女「礼には及ばないよ。さて、一度村に戻るにあたってひとつ頼みがあるんだ。二人の女性陣にとっては少々酷な願いなんだけど……」

僧侶「……?」

戦士「……なんだ?」

エルフ少女「四人の髪の毛をそれぞれ一房ずつもらいたいんだ。それを君たちを仕留めた証として、村の連中を納得させる」

僧侶「かまいません」

戦士「私もだ。是非もない」

エルフ少女「ありがとう。勿論、切る髪の量は必要最小限にするからね。安心して」

武道家「ひとつ尋ねたい」

エルフ少女「なんだい?」

武道家「先ほどの『もう私たちの村に到達できるなんて』という貴方の言葉……まるで我々がエルフの村を訪ねたことそれ自体が特別な意味を持つように聞こえた。あれにはどういう意味があったんだ?」

エルフ少女「初めて会ったときに勇者には話したんだけどね……私たちの村は結界で外界から身を隠している。けれど、その結界はある程度のレベルを超えた者の目は誤魔化すことが出来ないんだ」

エルフ少女「君たちは、エルフの結界を突破した。つまり、それ相応の力をつけたということだ。私が初めて勇者と会ったあの時から、こんな短期間でこんなにも成長しているなんて……感心を通り越して尊敬さえするよ。やっぱり君は私の見込んだ通りの男だった、勇者」

勇者「か、買い被りだよ」

エルフ少女「そういう謙虚な所も好きだよ、勇者。それじゃ、私は行くよ。君たちは急いで森を出て、そうだな、第六の町の酒場で待っていてほしい。夜には私も行くよ。折角の酒だ。共に酌み交わすとしようよ」



445:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 18:06:59.37 ID:Rawt1XYJ0

 夜―――『第六の町』の酒場にて。

エルフ少女「待たせたね。じゃあ早速報告といこうか」

僧侶「あれ…エルフ少女さん、耳が短くなってますね」

エルフ少女「そりゃあ私がエルフなんてばれたら大騒ぎになるからね。これくらいの変装はする。変装というか、変化だけど」

勇者「あれ? 変化の杖は俺にくれたやつだけじゃないってことか?」

エルフ少女「ああ。だから君にあげたんだ。流石にひとつしかない貴重な物を行きずりの人にあげたりはしないよ」

勇者「そうだったのか……借りてるって意識だったから、今回返すつもりだったんだけど」

エルフ少女「気にしなくていいよ。それはもう君の物だ。これからも是非活用してやってほしい……さて、精霊装備の話をちゃっちゃと進めようか」

エルフ少女「今エルフの村にいる鍛冶屋にそれとなく聞いてみたんだけど、かつてほんの何点か、信頼できる人間の為に精霊装備を作った記録が残っているらしい」

 勇者はエルフ少女が仕入れてくれた情報を整理する。曰く―――

 剣は極北にある王国に。
 手甲は竜を信仰するアマゾネスという部族に。
 杖はなんと、エルフの村にひとつ現存しているという。

勇者「何とかしてエルフの村にある杖をもらうことは出来ないかな?」

エルフ少女「難しいね。人間である君たちにエルフの宝を賜わすとなると……よっぽどの信頼を得なくてはならない。そしてそのための方法なんて、現状無いと言わざるを得ない」

勇者「そうだよなあ……」

エルフ少女「エルフが皆私みたいに酒好きなら良かったんだけどねえ……」

勇者「となると、まずは残りの二つ、剣と手甲を優先するか」

僧侶「あの、勇者様……」

勇者「ん? どうした僧侶ちゃん」

僧侶「アマゾネスという部族について、私、少し耳に挟んだんですけど」

勇者「マジで!? どこに住んでるとかもわかる!?」

僧侶「は、はい…大陸の南端にある、ゾアという山の麓に居るらしいです」

勇者「流石僧侶ちゃん!! 博識ッ!!」

僧侶「いえ、その、偶々です……」

 その情報を得るに至った経緯を思い出したのだろう。
 僧侶はぽっ、と頬を赤らめ、ちらりと武道家に目を向けた。

武道家「………」

 思い切り目が合った。
 思わず、ぶん! と僧侶は思い切り目を逸らす。
 武道家は困り顔で頬を掻いた。

勇者(なんじゃこの雰囲気ッ!!!! 武道家の野郎僧侶ちゃんに何しやがったああああああん!!!!?)ギロリンコ!

武道家「近い近い勇者顔近い」



446:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 18:09:22.49 ID:Rawt1XYJ0

 翌朝―――

勇者「それじゃ、世話になったな。エルフ少女」

エルフ少女「行き先はまとまったのかい?」

勇者「ああ、まずはアマゾネスの集落を探す。ゾアって山の麓ってことまでわかっていれば、行き着くのはそう難しくないはずだ」

エルフ少女「アマゾネスに関する伝承が真実なら、行き着いてからが大変だろうけどね」

勇者「そうなのか?」

エルフ少女「珍しいね。博識な君がアマゾネスを知らないなんて」

勇者「生憎、アマゾネスに関わる書物とか目にしたことがなくてなー。知ってるなら教えてくれよ、エルフ少女」

エルフ少女「ふふふ、嫌だね。何も知らない方がきっと君も楽しめるよ」

勇者「楽しむとかどうでもいいんだよ。俺はただリスクを少しでも減らすためにね」

エルフ少女「ひとつだけ。アマゾネスは女だけの部族だ。そして大層な美人揃いと伝わっている」

勇者「マジでッ!!!?」

エルフ少女「マジだ」

勇者「いや、でも有り得ないだろ。女の人ばっかりでどうやって子孫残していくのよ」

エルフ少女「そうだね。子を生すには絶対に雄の存在は不可欠だ。しかし部族内に男はいない。さて、彼女たちはどうやって子種を獲得しているんだろう?」

勇者「……え? ちょっと待って。……え?」

エルフ少女「楽しみだねえ。君のリアクションが」

エルフ少女(そしてそれに対する、女性陣のリアクションが)

 エルフ少女はちらりと背後に目を向けた。
 こちらの様子を伺っていたらしい戦士が慌てて目を逸らす様子が見えた。

エルフ少女(ふくく…昨夜の彼女も実に面白かった。人の心の壁を取っ払ってくれるのも、酒の素晴らしさの一つだよね)

勇者「……え? マジで? え、そういうこと? うわうわ…うわあ……」

エルフ少女「何て顔してるんだ勇者……全く愉快な奴だなあ君は」

エルフ少女(出来れば一緒に行って君の同行を見届けたいくらいに私は君を気に入っている。でもそれは叶わない。エルフの村近辺の神殿が解放されたというのに、大森林の魔物の数は一向に減らない)

エルフ少女(こんなきな臭い状況の中、私が村を離れる訳にはいかないからね……)



447:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 18:10:21.07 ID:Rawt1XYJ0



 かくして勇者たちは次なる精霊装備を求め、アマゾネスの集落を目指す。

 期待と妄想に胸を膨らませる勇者。

 しかしそんな勇者の甘っちょろい期待は当然のごとく粉々に打ち砕かれ。

 心身を削る壮絶な試練が勇者を待ち構えているのだが―――――何も知らない勇者は、ただにやにやと頬を緩ませていた。

勇者「おうふドゥフフ……」

戦士(やだキモい)
僧侶(やだキモい)



第十四章  エルフ少女、再び  完



458:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:14:07.02 ID:l0P7/QWD0

 霊峰ゾアより北に位置する小さな村にて―――

村人「アマゾネスの集落の場所ぉ?」

勇者「ええ。御存知ないですか?」

村人「ゾアの麓にある密林のどこかにあるとは聞くけども、詳しい場所までは知らねえなあ」

村人「お兄さんたちまさかアマゾネスの集落に行くつもりかい? やめときなって。どうせあの噂を聞いてやってきたんだろうけど、絶対碌な目に合わねえぞ?」

村人「この間も六人くれえの男たちが集落の場所を聞いてこの村を出ていって、それきりだ。アマゾネスに取って食われちまったんだよ。きっとな」

勇者「そ、それは性的な意味で?」

村人「はん?」

戦士(何言ってんだこいつ)

僧侶(何言ってんだこいつ)

村人「『アマゾネスのハーレム』……お前さんのような若者が必死になるのも分かるがな。見たとこお前さん、可愛い女の子をもう連れてるじゃねえか。命をかけてまで、アマゾネスの集落に行く必要があるのかい?」

勇者「おじさん。あなたは勘違いしている。俺達はそんな下賤なハーレムなんかのためにアマゾネスの集落を目指しているんじゃない」

勇者「俺達はただ、そこに眠っていると言われる伝説の武器―――『精霊装備』を手に入れるため、そのためだけにアマゾネスの集落を目指しているんだ。ドゥフフ…」

武道家「顔に説得力が皆無だぞ、勇者」

村人「……そうか。まあ、好きに頑張れや。若者」



459:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:15:09.75 ID:l0P7/QWD0






第十五章  アマゾネス・ハーレム







460:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:16:27.63 ID:l0P7/QWD0

戦士「あっつい……」

 普段この手の弱音を滅多に吐かない戦士が、耐えかねたように声を漏らした。
 現在、勇者達一行は既に霊峰ゾアの麓の密林に突入し、アマゾネスの集落を目指して探索している最中である。
 常夏の気候に育まれた植物群は、勇者たちの故郷にあるそれらより一回りも二回りも大きく、またその種別も多様であった。
 常夏―――霊峰ゾアの近辺地域には冬がない。一年を通して気温が高く、また降水量も多いため、植物たちは思い思いの成長を遂げるのだ。
 そして生い茂った木々は、本来地面から蒸発し空へと抜ける水分に蓋をする。そのため、密林の中の湿気はとんでもないことになっているのである。

武道家「大丈夫か? 戦士。休憩するか?」

 武道家が気遣いの言葉を戦士に投げる。普段、こういった提案は主に勇者がするのだが、

勇者「うふ、ふひゅ、ドゥフフ……」

 周囲の熱と己の内からどうしようもなく湧き出るリビドーによって勇者の意識は混濁し、そんな余裕は一切無くなってしまっていた。
 実際、この熱気と湿度による負担が最も大きいのは勇者と戦士の二人であった。
 勇者も戦士も、重く風の通さない鎧を着込んでいるため、その中に熱がこもるのだ。
 武道家と僧侶も勿論、急所を守るための防具を身に着けてはいるが、動きやすさを追求したそれらは勇者と戦士に比べれば相当に軽装だ。
 このように、ただでさえ装備の面で暑さに弱い勇者と戦士は、さらに行く手を遮る植物を切り払ったりして頻繁に体を動かしている。
 そのため止めどなく噴き出す汗は二人の全身をしとどに濡らし、不快感を極限まで引き上げていた。勇者がトリップするのも致し方なしといえる。

戦士「そうだな……少し、休憩したい。そこの馬鹿の頭も冷やさなきゃならんだろうし」

勇者「どぅっふもふふ…むほ…むは……」ズバッ、ズバッ、

武道家「おいずんずん先に行くな止まれ勇者このアホ」




461:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:17:38.29 ID:l0P7/QWD0

 武道家は勇者の頭に水をぶっかけた。

勇者「はっ!? こ、ここは……俺は一体……」

武道家「ようやく正気に戻ったか。どうする、勇者。ここらで一度大休憩をとるべきだと俺は思うが」

勇者「そうだな。戦士も僧侶ちゃんももう限界だね」

 お前が言うな、と全員が思った。

勇者「水場で休憩するのが理想だけど、流石にそう都合よく川には行き当らないか。とにかく水分を補給して汗まみれの服を着替えよう。それだけでも随分楽になるはずだ」

僧侶「き、着替えるって、ここでですかぁ!?」

戦士「げ、下衆め……」

勇者「はい、勘違いで先走って人を罵倒しない。僧侶ちゃんそんな目で見ないで。心に来る」

武道家(なんかアマゾネスに対して助平な反応をしてからこの手の事に関して一気に信用を失ったな、コイツ)

勇者「そもそもこんなよくわからん虫とか大量にいる所で肌を晒すなんて論外だから。一度ここにテントを立てる。着替えはその中で、それぞれ交代してするんだ」

勇者「一人が着替えている間、他の三人は周囲を見張る。着替えている間は無防備になるからね」

戦士(僧侶、勇者の見張りは任せたぞ)コソコソ…

僧侶(私の時もお願いね、戦士)コソコソ…

勇者(聞こえてるよ。耳がいい自分が嫌。泣きたい)

武道家(まあ自業自得だ。諦めろ)ポン…

勇者(何慈しむような目で人の肩に手ぇ置いてんだこの野郎…)イラッ




462:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:18:53.14 ID:l0P7/QWD0

 全員の着替えが終わって――――

戦士「ふう……すっきりした」

僧侶「やっぱり、汗を拭いて乾いた服に変えるだけで大分違いますね」

勇者「俺が水や氷系の呪文を使えたら良かったんだけどねぇ……」

武道家「そこまで望みはせんさ」

勇者「はあ、騎士が使ってた精霊剣・湖月が恋しい……あれよく考えたらスゲエ便利じゃね? 旅先で水に困ることなくね?」

戦士「飲めるのか? あれ」

勇者「体も洗い放題じゃね?」

僧侶「体に穴が開いちゃいますぅ…」

武道家「どうする? 今日はこのままここで野営するか?」

勇者「出来れば今日中に水を確保できる場所を見つけたい所だけど……先に進んでも見つかる保証はないしな。テントを立てられるような開けた場所もそうそうあるもんじゃないし…」

 勇者はしばし勘案して、結論を出した。

勇者「よし、今日はここで野営しよう。ただ、俺はもう少しこの周辺を探索してみる」

武道家「一人で行くのか?」

勇者『うん! だって何か気まずいからね!!』

勇者(なんて勿論言えませんけどねー。まあ実際この密林全然魔物いないし、一人でも問題は無いっしょ)



463:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:20:04.69 ID:l0P7/QWD0

 そうして、勇者は一人ジャングルの奥へと消えていった。

武道家「……さて、二人とも」

 勇者の姿が完全に見えなくなったのを確認して、武道家は戦士と僧侶に声をかける。

武道家「ちょっと最近、勇者に対してそっけなさすぎじゃないか? 勇者に対しては最大限気を遣っていこうと三人で決めたじゃないか」

戦士「む、ぐ…しかしだな…」

僧侶「そ、そうです……いくらなんでもあれは……」

勇者『むぅふ……うほほ、ドゥフフフ……!』ニマニマ…

僧侶「あれは…ちょっと……」

武道家(わからんでもない)

戦士「我々は魔王討伐のために真面目に旅をしているんだ。そこにあんな不純な思いを持ってこられてはたまったものじゃないだろう」

武道家「まあ、あんな噂を聞けば、男なら誰だってよからぬ想像をするものさ。特に勇者は色々と抑圧されて育ってきたからな。多少妄想の度が過ぎても、それは責められるもんじゃない」

戦士「要は女なら誰でもいいと思っているわけだ、勇者は。ふしだらな。そんなに見境が無い奴だとは思わなかったよ」ムス…!

僧侶「男なら誰でも……なら、武道家さんも、そういう風に想像しているってことですか?」

武道家「……まあ、多少はな」

僧侶「そのわりには勇者様と比べて、平然とされてますね。流石、女性に慣れてらっしゃる方は違いますねぇ」

戦士「なにッ!? 武道家、貴様!! 女で遊ぶような輩だったのか!!」

武道家「ば、馬鹿を言うな!!」

武道家(い、いかん! 矛先がこっちを向いた!! 面倒な!!)



464:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:22:06.91 ID:l0P7/QWD0

 その頃、勇者は目の前の光景にあんぐりと口を開いていた。

勇者「あったよ……川…」

 勇者が一人で探索を始めてから程なくして、勇者の耳に川のせせらぎのような音が届いた。
 勇者はその音を頼りに密林の中を進んでいたのだが、まさか本当にこんなに都合よく行き当るとは思わなかった。

勇者「俺の耳の良さはもはや特技といってもいいのかもしれん……悪口を拾い上げる以外にも役に立つじゃないか」

 さて、と勇者は水辺に近づき目を凝らす。水質や魚の有無などを観察するためだ。

勇者「水質は…パッと見、そのまま飲んでも良さそうなくらい澄んでるな。魚も影がちらほら見える。こりゃあいい所見つけたな……んッ!?」

 川の中を凝視していた勇者は驚きの声を漏らした。
 魚にしては明らかに異様な影が水中を流れている。
 大きさにして人間大。色はやや浅黒い。勇者がその影から目を離せずにいると、影は見る見るうちに水面に近づいてきた。

「ぷはっ!」

 飛沫を上げて、影が水面から顔を出す。
 影の正体は少女だった。
 少女の手には槍が握られ、その先には全長三十センチ程の魚が貫かれている。
 漁をしていたのか――などと勇者が考えを巡らせていると、少女と目が合った。

「お前、誰だ?」

 凛とした高い声が響いた。

勇者「あ、えっと……俺は、勇者。君は、その、もしかして……」

 こちらに向かって泳いでくる少女に勇者は恐る恐る問いかける。
 川岸に近づいてきた少女はやがて泳ぐのを止め、水底に足をつけたようだった。
 最初は顎まで水に浸かっていたが、首、肩と徐々にその姿が現れてくる。

勇者「アマゾネぶっっほぁ!!!!?」

 勇者は言葉の途中で噴き出した。
 肩まである紫がかった髪は水に濡れて少女の首や肩に張り付いている。
 浅黒い肌は日焼けによるものなのだろう。その証拠に普段は布に覆われているであろう胸や下腹部の辺りは健康的な肌色を残していた。

 つまり少女は全裸であった。

勇者「ご、ごごご、ごめん!!」

 勇者は慌てて少女に背を向ける。
 そんな勇者に対し、少女はきょとんと小首を傾げた。

勇者(あばばば…!! 見てもうた…!! えらいもん見てもうたでえ…!!!!)

 勇者はわなわなと震え、心臓の高鳴りを抑えようと必死に深呼吸を繰り返す。
 ―――瞬間、ぞくりと勇者の背中に怖気が走った。

勇者「うおっ…!?」

 咄嗟に勇者は身を躱す。勇者の背に向かって突き出された槍が空を切る。

少女「あれ?」

勇者「な、何しやがる!!」

少女「急に背中向けたから、殺していいよってことかと思った」

勇者「んな訳あるか!! き、キミの体を直視出来なかっただけだ!!」

少女「初心なんだな。さては童貞か?」

勇者「どどど童貞ちゃうわ!! ってかうるせえよ!! んなもんお前に関係あるかはああああああん!!!!?」

少女「童貞を恥じるな。私だって処女だ」

 勇者の鼻から血が噴き出した。

少女「面白いなお前。目的は私たちの―――アマゾネスの村なんだろう? いいよ、私が案内してあげる」



465:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:24:32.61 ID:l0P7/QWD0

 アマゾネスの村――――
 ジャングルの合間に存在する小さな村だ。家は木造で高床式の物が建てられている。
 その並びに規則性のようなものは見受けられなかったが、村の奥に、ひとつだけ明らかに位の高い家があるのに勇者は気づいた。
 村の人々は興味深そうに、少女に先導されて歩く勇者たちを見つめている。
 驚くべきことに、その全てが本当に女性であり、しかも大層美人であった。
 加えて、誰も彼もが露出が多い。胸と下半身を最低限の布で覆っているのみだ。

勇者「ここがパラダイスか……」

戦士「おい」

 周囲をキョロキョロと見回し、だらしなく鼻の下を伸ばす勇者の頭を戦士は小突いた。
 勇者たちが案内されたのは村に入ってから一際目立っていた家だった。
 全ての家が見下ろせる位置に建てられたその家は、少女によると村の長の家らしい。
 族長、と、村の皆は呼んでいるようだ。

族長「ようこそ、アマゾネスの村へ」

 一行を迎えた族長は美しかった。
 長い金髪はサイドポニーで纏められ、実に豊満なその胸は下着としか思えないような面積の布地によって押さえられている。
 男の目など気にしないとばかりに開けっ広げに胡坐をかいたその股間部から、勇者は目を逸らさざるを得なかった。

族長「私はお前達を歓迎する。特に、実に男前なそこの二人……本当に、よく来てくれた」

 族長は意味ありげな笑みを勇者と武道家の二人に向ける。
 勇者は真剣に照れてもにょりだし、武道家は居心地悪そうに頬を掻いた。

戦士「族長、来てそうそう不躾で申し訳ないが、我々は探し物があってここに来たんだ」

 焦れた戦士が本題を切り出した。
 それを受けて、族長は一転して冷やかな目を戦士に向けた。

族長「探し物?」

戦士「そうだ。昔エルフによって造られた精霊装備―――その内のひとつがこの村にあると聞いた。心当たりはないか?」

族長「心当たりも何も、それはこの村の宝として受け継がれている」

 くい、と族長は自らの背後を親指で指し示した。
 そこに設けられた神棚に、それは祭られていた。

族長「この村の安寧を司る神器―――『精霊甲・竜牙【セイレイコウ・リュウガ】』。もしやお前たちは、私たちからこれを奪うためにやってきたのか?」



466:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:26:14.72 ID:l0P7/QWD0

 族長は目を細めた。
 案内を終えて壁際に佇んでいた少女もまた、鋭い目で勇者たちを睨み付ける。
 勇者は慌てて両手を振った。

勇者「う、奪うつもりなんて毛頭ない! 落ち着いてくれ!!」

少女「でもお前はそれが欲しいんだろ? 勇者」

勇者「そ、それはそうだけど……力で無理やり奪うなんて、そんな真似をするつもりは全くないんだ」

族長「ではここで私たちが絶対に譲るつもりはない、と言えばお前達はすごすごと引き下がるのか?」

勇者「そ、れ、は……」

武道家「……俺達は、魔王討伐のために旅をしている」

 それまで黙っていた武道家が口を開いた。

武道家「それを為すためには、精霊装備の力が絶対に必要だ。特に、そこにある精霊甲・竜牙は俺に扱える唯一の精霊装備。他に『武道家』用の武器など存在しないだろう」

武道家「だから……」

 武道家は地面に両膝をつき、真摯に頭を下げた。

武道家「頼む……その精霊装備を譲ってくれ」

 武道家に倣い、慌てて三人も頭を下げる。

勇者「お願いします…!」

僧侶「お願いします!!」

戦士「この通りだ……」

 しばらく四人を見つめていた族長は、やがて「はぁ…」とひとつため息をついた。

族長「魔王討伐、ねえ……そりゃあ大層なことだけど、正直そんなことは私たちにはあまり関係が無い」

戦士「そんなこと、だと…!!」

僧侶「戦士…!」

武道家「………」

 思わず声を荒げた戦士を僧侶が諫める。
 武道家も内心穏やかではない様子だ。
 勇者は族長の言葉に疑問を抱いていた。

勇者(関係がない…? 思えば、ゾアの密林には魔物が殆どいなかった…だからこそ俺も一人で川探しになんか出たわけだし……)

勇者(この密林は何か特別なのか…? 村の安寧を司る神器……まさか、本当に…?)



467:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:27:37.31 ID:l0P7/QWD0

族長「勇者、と…武道家だったか? お前たちが『試練』に挑むのではないと言うなら、話はこれで終わりだな」

武道家「試練?」

族長「私たちの主となるための試練だよ。大抵の男は、それが目的でここに来るんだがね」

 勇者の耳がぴくりと反応する。

勇者「あ、あるじ…? 主ってことはそりゃつまり……」

 勇者の疑問に少女が答えた。

少女「文字通りのご主人様。試練をクリアした者を私たちは主と認め、村全体でその子種を頂戴する。そうして、私達は種を存続してきた」

勇者「ぼ、ぼくその試練受けま―――!!」

戦士「お断りだッ!!!!」

僧侶「結構ですッ!!!!」

勇者「ヒィッ」

 勇者の言葉は戦士と僧侶に物凄い剣幕で遮られた。

族長「残念……本当に残念だ。お前たちのような男前がこの村に来るなど滅多にないことなんだがなぁ…少女、四人を客人用の家に案内してやってくれ」

少女「分かった」

族長「密林を踏破するのは堪えたろう。一晩ゆっくりしていくといい。そして気が変わったらいつでも声をかけてくれ」



468:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:30:51.80 ID:l0P7/QWD0

 客人用として案内された小屋で、勇者達は車座になってアマゾネスの少女から話を聞いていた。

勇者「しかし……本当に噂通り、美人や可愛い子しかいないんだな。しかも若い子ばっかりだ」

 そう呟く勇者の視線の先には窓からきゃいきゃいとこちらを覗き込んでいるアマゾネス達の姿がある。

少女「そうでもない。勿論集落には年老いた者も居る。余所者に興味を持ち、近づいてくるのが若者だけだというだけ」

武道家「余所から人が来るというのは余程珍しいことなのか? 随分と注目を浴びているようだが」

少女「それも、そうでもない。定期的に噂を聞きつけた奴らが村を訪れる。だけど、族長が気に入るような男が来るのは稀」

少女「私達の好みは種族全体でほぼ似通っている。族長が気に入ったのなら、アマゾネスの殆どが気に入っている。だから皆ああしてはしゃいでいるんだ……私も、お前のことが気に入っているぞ? 勇者」

勇者「うえ!? な、なんで!?」

少女「まず単純に顔が好みだ。そして言動が珍妙で面白い。そのくせ完全に不意を突いた私の槍を躱すほどの力量を持っている。興味深いぞ。本当に試練を受ける気はないのか?」

戦士「ない」

僧侶「ありません」

少女「お前らには聞いていない」

勇者「あ~、えっと……そもそも、試練ってどんなのなんだ?」

少女「簡単だ。霊峰ゾアの頂におわします我々の祖、『竜神』様に謁見し、アマゾネスの主となることを認められればいい」

僧侶「確かに、霊峰ゾアには竜神が住んでいると噂には聞きました。まさか、本当に?」

少女「ああ。太古の昔より竜神様はこの地にあられて、ある時戯れに人の似姿をとり、旅人とまぐわい子を生した。それが私達アマゾネスという種族の始まりだ」

少女「竜神様の血の強さゆえか、アマゾネスの生む子は必ず女となる。子孫を残すためには、余所から男を招く必要があった」

少女「元々霊峰ゾアを訪れるような旅人は心身ともに屈強な者ばかりで、子種の提供者としては申し分なかった。しかし、アマゾネスの存在が周囲に知れ渡るにつれて、ただ獣欲を満たすためだけに村を訪れる者が後を絶たなくなった」

少女「それ故に始まったのが竜神様の試練だ。私達は誰でも彼でも体を開くことはしない。私たちを抱くことが出来るのは、竜神様に認められた者だけだ」

少女「その代わり、試練を乗り越え主となった者に対しては誠心誠意尽くす。この村にいる18歳以下の女はほぼ全員処女だが夜伽の勉強は滅茶苦茶している。主となった者には確かな満足を与えられるはずだ」

勇者「マジでかッ!!!!!!」

戦士「食いつくな!!!!」

武道家(懲りん奴だ……)

僧侶(な、なんか凄い話ですね……)



469:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:33:56.86 ID:l0P7/QWD0

武道家「ところで……族長の所で祭ってあった手甲。確か名を竜牙と言ったな。もしやその竜神様とやらに由来するものなのか?」

少女「鋭いな。その通りだ。その名の通り、あれはかつて竜神様より賜った牙をエルフの手により武器へと昇華させたもの。当時の族長は『武道家』としての闘いに秀でていたため、手甲という形になった」

武道家「今の族長は使っていないのか?」

少女「そもそも使うような場面がない。竜神様から直々に賜った逸品。些事には使えない」

武道家(では実質ただの置物になっているということか……それは余りに勿体無い)

勇者「そう、それ。それ聞きたかったんだよ。この密林に魔物たちが殆どいないのは何でだ? まさか本当に、あの手甲に魔よけの効果があると?」

少女「手甲というより、山にいる竜神様ご自身の加護によるものだ。竜神様の力を恐れて、魔王軍はこちらに軽々には手を出せない。実際、『前回の魔王』に地上が支配されかかった時も、この場所は静かなものだった」

勇者「マジでか…すげえな竜神様。もしかして魔王より強いのかよ」

少女「当然」

勇者「……ねえ、試練って、竜神様に認められるために何すんの?」

少女「試練の全容は私達も知らない」

勇者「アマゾネスの趣味嗜好って似通ってるんですよねえ……ということは、その祖先たる竜神様のご気性もまた、アマゾネスに似通っていると推測されるわけですよねえ……」

少女「そうかもしれない」

勇者「キミ、初対面でいきなり僕の背中刺そうとしましたよねえ…?」

少女「突いたらどうなるか好奇心がむらむらしたから」

勇者「試練に失敗した人ってどうなってんの?」

少女「知らない。何故なら、試練に失敗したってことは山から帰ってこないってことだから」

勇者(あっぶねッ!!!! あっぶねッ!!!! 出たよこれ確実に死んでるよ竜神とやらに食われてるよ!! 性的な意味じゃなくて!!)

勇者(やーらない!!!! 僕そんな試練やりませーーーん!!!! 痛いの嫌だし、死にたくないし!!!!)

武道家「少女、族長に伝えてくれ。気が変わった。俺と勇者、二人で試練に挑むとな」

勇者「ほわああああああああああああああ!!!!!???」




470:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:35:15.70 ID:l0P7/QWD0

僧侶「ぶ、武道家さん!!!?」

戦士「お前、何を…!?」

勇者「何を言っとんじゃおんどりゃあああああ!!!! 甘言に踊らされるな、性欲に釣られるなぁぁぁああああ!!!!」

少女「……ほんき?」

武道家「本気だ。明日の朝には挑めるよう段取りを頼む」

勇者「ちょま、ちょ、ちょままま!!!! 馬鹿かオイ!! 何で俺じゃなくてお前が釣られてんだよ!! お前は大丈夫だろ女の子に餓えてねーだろ!!」

勇者「それともあれか!! お前美味しいものはいっぱいいっぱい食べたい派か!! 我慢することを覚えなさいってお母さんいつも言ってるでしょ!!」

勇者「お前みたいなやつが際限なく女の子を食べまくるから俺みたいなやつがあぶれて、うあ、うああ……!!」

武道家「落ち着け。話が脱線してるしいくらなんでも人聞きが悪すぎる。僧侶と戦士、お前らもだ。まず落ち着け。落ち着いて座れ」

僧侶「これがおち、落ち着いていられますか!!」

戦士「所詮貴様らも下半身でしか物を考えられない猿ということか!! ハッ!! 全く失望したぞ!! 全く!! 全く!!!!」

勇者「『ら』ッ!? 今貴様『ら』って言ったかい戦士さん!? そりゃ無いぜ!! 訂正してくれ!!」

戦士「やかましい!! どちらかと言えばお前の方がより猿だ!!!! 鼻の下伸ばしまくってこのドスケベ猿がッ!!!!」

勇者「ひ、酷過ぎるッ!!」

武道家「……はぁ、やれやれ」



471:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:37:25.09 ID:l0P7/QWD0

 少女が族長に会いに小屋を出て行ってから、武道家は三人に説明を始めた。

武道家「少女の話を聞くに、あの精霊甲・竜牙には族長が言っていたような、安寧をもたらすような効果……平たく言えば、魔物を遠ざける結界を発生させるような能力はない」

武道家「にもかかわらず、連中は神器としてあの手甲を奉っている。それはひとえに、あれが連中の祖先である『竜神』所縁の物であるからだ」

武道家「裏を返せばそれは、連中にとってあの手甲の価値はただそれだけしかないと言える」

戦士「それは、つまりどういうことだ?」

武道家「つまり、あいつらは精霊装備である竜牙を、精霊装備として必要としている訳ではない。精霊甲・竜牙に実用性を求めていないんだ」

僧侶「……?」

勇者「つまり連中が求めているのは『竜神の加護を象徴する何某か』であって、それは精霊甲・竜牙である必要はない……ってことか」

武道家「流石勇者だ。理解が早いな」

勇者「それで『試練』ねえ……いや、でもよぉ~、下手したら魔王より強いってんだぞ? しかも絶対竜神の性格サディスティックだしよぉ~」

武道家「とはいえ、まさか本当に手甲を強奪するわけにもいくまい? それこそ、本格的に竜神を敵に回す羽目になるぞ」

戦士「お、おい! 二人で納得するな!!」

僧侶「私達にもしっかり説明してください!」

武道家「結論はこうだ。『俺達は何とかして竜神に接触し、竜神所縁の何某かを手に入れる』。それをもって、族長に精霊甲・竜牙との交換を交渉する」

戦士・僧侶「「 !? 」」

勇者「牙をもらえりゃ最良だけど、そう上手くはいかねえよなぁ」

武道家「その時は鱗でも何でもいいさ。最悪、試練をクリアすれば何とかなる。何しろ誠心誠意尽くすというんだ。神器のひとつやふたつ喜んで差し出してくれるだろうさ」

僧侶「だ、駄目ですよクリアしちゃ!!」

武道家「心配するな。ハーレムなんてものには興味はない。アマゾネスの連中には悪いが、子種の提供は謹んで辞退させてもらうさ」

勇者「え~、マジで?? 俺、どうしよっかな……村全体でのご奉仕……むふ、ドゥフフ……」

戦士「勇者ッ!!!!」

勇者「な、なんだよう!! な~んで戦士が怒んだよう!!」

戦士「う、うるさい!! お、お前が魔王討伐の旅の最中だというのに不埒な事ばかり言うからだ!!!!」

勇者「んだよチックショウわかったよッ!! だったら――――」






勇者「だったら、魔王なんてさっさと討伐して、またここに戻って来たらあ!!!!」







472:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/14(日) 23:38:17.07 ID:l0P7/QWD0






戦士「言っとくが、それやったら私は一生お前を軽蔑するからな」


勇者「はぁうッ!?」






第十五章  アマゾネス・ハーレム  完




484:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 18:58:45.45 ID:/yu47eP00

 早朝―――アマゾネスの村の最奥、霊峰ゾア登山道の入口にて

僧侶「行っちゃったわね、二人とも。……大丈夫かな」

戦士「試練そのものが不透明過ぎて何とも言えんな……まあ、何だかんだあの二人なら大丈夫だろうが」

僧侶「試練に失敗して帰ってきた人間は居ないってことは、やっぱり命に関わるものなのよね。もしかしたら、竜神様に食べられてしまったりするのかしら」

戦士「今回の目的は試練の合格ではないからな。その心配はあるまい。目的の物さえ手に入れば、あとは早々に引き返すだろう。あの二人、特に勇者は引き際を見極めるのが抜群にうまいからな」

僧侶「あら、戦士が勇者様を素直に褒めるなんて珍しいわね」

戦士「……単にすぐに逃げたがる腰抜けなだけかもしれんが」

僧侶「素直じゃないわねえ」

少女「お前達、いつまでここに居る気だ?」

 アマゾネスの少女が戦士と僧侶に声をかけてきた。

戦士「無論、二人が戻ってくるまでだが?」

少女「そういう訳にはいかないな。お前達にはすぐに村を出て行ってもらう」




485:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:00:34.09 ID:/yu47eP00

戦士「……なに?」

僧侶「どういうことですか?」

少女「元々私達アマゾネスは余所の女が村に入ることを嫌う。今回は勇者と武道家、二人の従者ということで我慢していたが、それもここまでだ。二人が試練に挑んだ以上、お前達を寛容してやる理由はもうない」

 少女は戦士と僧侶に向ける目を細めた。俄かに剣呑な雰囲気が満ちる。

戦士「断ると言ったら?」

少女「その時は力尽くで出て行ってもらうことになる……が、そうまでして二人を待つ理由はもうないだろう? 二人が戻って来るということは試練に合格したということ。試練に合格したということは我々アマゾネスの主になり、この村の新たな長となるということ」

少女「そうなった時に、お前達の居場所はもうない。勇者と武道家が試練に挑んだ時点で、お前達は捨てられたようなもの。お前達を伴侶とするより、勇者と武道家は私達アマゾネスに囲まれることを選んだ」

少女「お気の毒……まあ、私達アマゾネスの魅力が高すぎるのが悪いのだけれど。ごめんね?」

戦士「勘違いも甚だしいな」

僧侶「せ、戦士!」

 声荒く反論した戦士を、僧侶が慌てて止めに入った。

戦士(な、なんだ僧侶)ヒソヒソ…

僧侶(駄目よ、勇者様と武道家さんの本当の目的を言ったら。後々交渉する時に何か悪影響を及ぼすかもしれないでしょ?)ヒソヒソ…

戦士(そ、そうか)ヒソヒソ…

少女「……? 勘違い、とはどういう意味だ?」

 アマゾネスの少女は首を傾げて戦士の次の言葉を待っている。
 戦士はしどろもどろになりながら答えた。

戦士「あ~、あれだ、その……お前達アマゾネスが私達より魅力的だというのがちゃんちゃら可笑しいということだ」

僧侶(せ、戦士!?)ヒ、ヒソォ!

戦士(だ、だって他に言いようないだろ!?)ヒソッソ!

??「聞き捨てならないな」

僧侶「ふぇ!?」

 僧侶は驚きの声を上げた。
 村の建物から次から次にアマゾネスが現れ、少女の背後に陣取ったのだ。

巨乳のアマゾネス「男を喜ばせるために日々研鑽を積んでいる私達より貴様らの方が女としての魅力が勝るだと!?」ばるん!

美尻のアマゾネス「そこまでいうなら証明してもらおうではないか!! 貴様らのどこが私達より優れているのを!!」ぶるん!

太ももアマゾネス「勝負だ余所者!!」ぱっつん!

僧侶「せ、戦士ぃ~」オロオロ…

戦士「こ、こうなった以上貫き通すしかあるまい。腹をくくれ、僧侶!」

 戦士は勇ましくアマゾネス達に相対した。

戦士「望むところだ!! お前達の思い上がりを粉砕してやる!!」

少女「では第一問。一般的に男性は陰茎を口で愛撫されることを好みます。その愛撫の内、喉奥まで深く咥えこみ、口内の空気を吸い込むことで密着度を増して陰茎をしごき上げる性技を何と呼ぶでしょう?」

戦士「ず、ずるい!! その分野で攻めてくるのはずるいぞ!!!!」



486:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:01:22.89 ID:/yu47eP00






第十六章  狂剣・凶ツ喰【キョウケン・マガツバミ】(前編)







487:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:02:36.22 ID:/yu47eP00

 霊峰ゾア登山道の序盤、密林エリア。

勇者「うあ~、道なんて舗装されてねえから足場悪いったらないよ。しかもずっと上り坂だよ。しんどいよ~」

武道家「今さらこの程度、何てことなかろう。今まで何度こういった森を踏破してきたと思っている」

勇者「慣れてはいるけど辛いことに変わりはねえんだよ。あ~、くそ。汗止まんねえな。上に行くほど気温は下がるから、どっかで服変えないと……着替え足りっかな」

武道家「そういえば、こういった密林で肌を無闇に晒すことは愚の骨頂だとお前は言っていたが、アマゾネスの連中は皆露出度の高い恰好をしていたな」

勇者「現地人怖いです」

武道家「道は悪いが魔物の姿はなし。試練といってもこの程度か。何やら拍子抜けだな」

勇者「それはお前が体力馬鹿だからそんな感想になるだけで、普通に辛いわこんなん。それに、大ボスに竜神様が控えてるってんだから、道中くらいイージーにしてくんなきゃやってられんわ」


 霊峰ゾア登山道の中腹、洞窟エリア。

勇者「天然の洞穴……ここ通って行くんだろな。他に登れそうな道無かったし」

武道家「暗いな。それに随分入り組んで見える」

勇者「『呪文・火炎』―――うし、松明の準備はオッケー。ほれ武道家、お前の分」

武道家「うむ……良く見るとそこかしこに大穴が空いているな。底が見えないということは結構深いんだろう。足元も濡れて滑るし、十分気をつけろ勇者」

勇者「ああ、分かっなああぁぁぁーーーーー――――――!!!!」

武道家「勇者ーーーーッ!!!!」



488:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:04:24.02 ID:/yu47eP00

勇者「いっつつ……早速落ちちまった」

武道家「おーーい!! 勇者、無事かーーー!?」

勇者「上から覗き込んでる武道家の顔が見える……どうやらそんなに深い穴じゃなかったらしいな。助かったぜ……」

勇者「おーい武道家ーー!! 今からそっちにロープ投げるから適当な所に縛り付けてくれーーー!!」

武道家「心得たーーー!!」

勇者「え~と、ロープロープ……ひっ!?」

 背負っていた荷物をおろし、中からロープを取り出そうとしゃがみ込んだ時、勇者は絶句した。
 勇者の目の前。
 岩壁に寄り掛かるようにして座り込んだ、人間の死体があった。
 恐らくは男の死体。日光を浴びず、冷涼な温度の中にあったためか、腐敗はあまり進んでいない。
 奇跡的に小動物にも食い荒らされることが無かったらしく、その死体は未だ生前の面影を保っていた。
 恐らく肩ほどまで伸びているであろう黒髪を後ろで束ねており、特徴的な衣服は和服と呼ばれる類のもので、確か『倭の国』の国民が着る独特な衣装だったはずだ、と勇者は以前書物を読んで得た知識を引っ張り出す。

勇者「倭の国から遠くこんな所まで…? 男の欲望ってのはホント、際限なしやなあ……」

 勇者がしみじみと感じ入っていると、一際目を引くものがあることに気が付いた。

勇者「……剣?」

 男は棒状の何かを抱え込んで座っていた。観察し、それが鞘に入った剣であることに勇者は気が付く。
 その剣が、ゆらりとこちらに倒れこんできて、カランと地面に転がった。

勇者「……今、風とか吹いたっけ?」

 少しぞっとしながらも、勇者は何故かその剣から目を離せずにいた。
 ちょうど柄がこちらに向けて倒れてきており、さも拾えと言わんばかりだ。
 元に戻しておこうという道徳心と、ほんの少しの好奇心で勇者は剣に手を伸ばした。
 柄を握る。驚くほど手に馴染んだ。
 無意識に勇者は剣を鞘から抜き出していた。
 その煌めく刀身に心を奪われる。

勇者「これ……相当いい剣なんじゃないか?」

 戦士の持つ精霊剣・炎天ほどではないものの、奇妙な力強さを感じる。
 勇者は悩んだ末に、その剣を頂戴することにした。
 そんなことをしても自身の慰めにしかならないとわかっているが、剣を持っていた死体に頭を下げる。
 こくりと死体の頭が動いたような錯覚を勇者は覚えた。



489:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:06:55.63 ID:/yu47eP00

 武道家の助けを得て上に戻った勇者は、事の顛末を武道家に説明した。

武道家「死体を荒らしたようで気が引けるが……魔王を倒すためだ。やむを得まい。全てが終わった後にまた戻しにこよう」

 戦力の強化は最優先。この考え方は武道家も一致するものであった。
 今度こそ足元に十分注意しながら先に進む。
 いくつかの穴の底には、勇者が落ちた穴と同様に死体があるのが見えた。

勇者「単身で挑むと、こういう穴に落ちた時にリカバリーがきかないんだな」

武道家「そうだな。俺達も、一人を助けようとして二人とも落ちるなんてことにだけはならんように注意しよう」

 幾度も行き止まりに突き当たり、その度に経路を修正しながら勇者と武道家は着実に前進する。
 やがて前方から陽の光が差し込んできた。

勇者「ふう、何とか無事洞窟を抜けたか」

 洞窟の出口に立ち、勇者は一息つく。

勇者「結構登ったなあ……」

 眼下には絶景が広がっていた。
 山裾から広がる密林はやがて草原に変わり、緑の大地は海岸線を境に青い海原へと色を変える。

勇者「世界の果てってのは、どうなってるんだろうねえ……」

 遠く水平線を眺めながら勇者がそんな益体もない感想を抱いていると、背後から武道家の声が飛んだ。

武道家「勇者、危ない!!」

 声に反応し、咄嗟に身を屈める。
 何かが頭上を掠めていったのが分かった。
 側頭部に痛みが走る。触ると血で濡れていた。
 上空を何かが旋回している。

勇者「鳥…?」

武道家「鷲だ。しかもとびきりでかいぞ。体だけで2mはある。翼を広げた全長は5mくらいあるんじゃないか?」

 大鷲が再び勇者に狙いを定めて滑空してくる。
 その動きは途轍もなく速かったが、今度は始動からしっかり目で追えていたので難なく躱すことが出来た。

勇者「この場所は足場が悪い。ここで応戦するのはうまくないな」

武道家「一度洞窟内に戻るか?」

勇者「いや、それじゃ堂々巡りだ。それなりに動ける広さがある所まで進む」

武道家「それまでの攻撃はどう凌ぐ? 横は崖。こうも足場が狭い所を移動しながらとなると、回避もままならんぞ」

勇者「ちょっと牽制しとくさ」

 勇者はそう言ってまたもこちらに滑空する大鷲に指を向ける。

勇者「『呪文・―――大火炎』!!!!」

 勇者の指先から直径三メートルにも及ぶ火球が生まれた。
 まっすぐ勇者に向かっていた大鷲は為す術なくその火球に突っ込んだ。
 甲高い悲鳴が上がる。たまらず身を翻して大鷲は空へと舞い戻っていった。
 そのまま大鷲はずっと勇者たちの上空を旋回している。

武道家「多少警戒を強めた様子だが……諦める気はないらしいな」

勇者「逃げないなら迎え撃つしかないな。よし、この場所ならいいだろう」

 切り立った崖が台地のようになっている場所で、勇者と武道家は足を止める。
 そして武道家は両手の手甲を打ち鳴らし、勇者は先ほど拾った剣を抜いた。

勇者「さて……それじゃ、早速試し切りと行きますか」



490:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:08:54.04 ID:/yu47eP00

 十全に動ける場所となれば、苦戦する理由は無い。
 事切れた大鷲を見下ろし、勇者は感嘆の息を吐いた。

勇者「は~、やっぱりこの剣凄いわ。普通の攻撃力じゃない」

武道家「それ程の逸品か」

勇者「騎士の持つ精霊剣・湖月や戦士の炎天に比べれば、特殊能力もないし、剣自体の攻撃力も落ちるけど……それでも十分だよ。市井にありふれてる剣とは比較にならない」

武道家「精霊剣をもう一本見つけるまでの繋ぎとしては申し分ないということか。嬉しい誤算だな。俺用の武器を得るための道中で、勇者の戦力強化を成すことが出来るとは」

 勇者はしばらく大鷲の死体を眺め、解体するかどうか考えていたが、結局打ち捨てていくことにした。

勇者「戦士達を村に待たせているし、今回は解体を見送ろう。魔物じゃないから国から報奨金は出ないし、今は資金に余裕があるしな」

武道家「しかし、こんな大きな鷲は初めて見た。世界は広いな」

勇者「竜神に守られた霊峰ゾア故の成長、ってことだろうな。ただそこに生きる動物たちでさえ、強固な精霊の加護を得ている……魔物が侵略をためらうのも納得だぜ」

 先に進もうとした二人の足が止まった。
 台地の端に肉の塊がうず高く積まれているのが目に入る。
 恐らく大鷲にやられた犠牲者たちであろう。
 大鷲に食い散らかされ、既に原型を留めてはいなかったが、そこに転がる頭の数から死体の数は六人と推察できた。
 比較的損傷の少ない頭部を見て、武道家の顔が歪んだ。

勇者「どうした?」

武道家「……少し、見覚えがある顔だ。無論、友人などではないし、知人と呼ぶにも余りに薄い接触しかしていないが」

 そこに転がっていたのは、かつて観光都市エクスタで遭遇した冒険者たちであった。
 素行が悪く、お世辞にも褒められた人格ではなかった連中だったが―――武道家は目を閉じ、黙とうを捧げた。

武道家「ここからが真の難関、ということだろうな。気を引き締めてかかるぞ、勇者」

勇者「分かってるよ。最初から油断なんてしてへんわい」

武道家「どうだか。ここで足を滑らせると致命的だぞ?」

勇者「そん時ゃ落ちてる途中で『翼竜の羽』使ってどっか飛ぶわ」

武道家「うわ、ずるいなお前」



491:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:10:26.12 ID:/yu47eP00

 そして―――勇者と武道家は、奇妙なほど広く平坦な台地に辿り着いた。
 辺りを見回す。自分たちの立つ台地より上に山の影はない。
 つまりはここが霊峰ゾアの頂上だ。お誂え向きに台地を囲う岩壁の一部に洞穴が空いており、如何にも何かが住んでいますといった風情を醸し出していた。

「ほほう、久しぶりじゃな。この頂上まで辿りついた人間は」

 果たして、その洞穴の奥から声が響いた。
 空気を重々しく震わせ、荘厳な雰囲気に満ち溢れているはずのその声を聞いて、しかし勇者は違和感を覚えていた。

「嬉しいぞ。長く暇を持て余していたところじゃ―――儂は、お主等を歓迎する」

 洞穴の影からその者が姿を現す。
 初めに見えたのは褐色の足。
 足先から脛、太ももと次第にその全容が明らかになる。
 薄手の黒のワンピース。長く腰まで伸びた銀髪が揺れている。
 遂に姿を現したそいつは、切れ長の目を妖しく光らせて言った。

「我が名は竜神―――さあ、存分に戯れようぞ! 冒険者たちよ!!」

 その姿を認め、わなわなと震えた勇者は堪え切れず叫んだ。

勇者「ろ……」




勇者「口リ口リしいいいいぃぃぃーーーーーーーーッ!!!!!!」






492:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:12:35.18 ID:/yu47eP00

 竜神はなんと褐色口リだった。これには武道家も思わず苦笑い。

勇者「何か声高いと思ったーー!! 何か声高いと思ったーーーッ!!!!」

竜神「む、何がおかしい」

勇者「いやいや! 竜神様竜神様!! おかしいよ、おかしいですって!! 何ですのその姿!?」

竜神「ふん、竜神である儂にとって人間に化けることなど容易いことじゃ」

勇者「ちがーう!! それにしたって竜神様ってずっと昔からこの山に居るんでしょ!? そしたら、こう、もっと年相応の変化ってあるじゃん!?」

竜神「むッ!! お主、儂を年増扱いするか!! 万死に値するぞ!!」

勇者「いや、そんなつもりないすけど!! それにしたって口リすぎるでしょうが! あんたもう出産も経験してんでしょ!? じゃあその姿がちょっとおかしいなってのもわかるでしょ!? 常識的に考えて!!」

竜神「人間のオスはこのぐらいの年の子が一番そそると聞いた」

勇者「常識が歪められている!?」

竜神「まあ聞け。お主等がこの見てくれの年代の娘を欲情の対象としないのはその娘が実際的に生殖能力を備えていないからじゃろうが。儂は違うぞ? こう見えて中身は完全に熟れ熟れじゃ。この未熟な肢体に『女』としての機能を完備しておる。さあ、そう聞くとどうじゃ? 甘美な背徳感にそそられてこんか?」

勇者「ぬ…ぬぅ……!」

武道家「何を論破されとるか」

 武道家が勇者の頭を小突いた。勇者はハッ、と我に返る。

勇者「おい、しかしどうするよ?」

 勇者は武道家に耳打ちした。

武道家「ああ…竜神がまさかあんな姿で現れるなど予想もしなかった。牙も鱗もまったく見当たらんぞ」

勇者「髪の毛は……どうだろうなあ。勝手に切ったらめっちゃ怒りそうだなあ」

 耳打ちし合う勇者たちに構わず、竜神を名乗る褐色銀髪の少女はえっちらおっちらと洞穴から何かを抱えてきた。
 少女の脇の辺りまで、たっぷり一メートルは高さのあるそれは、巨大な砂時計だった。
 さらさらと砂が零れ落ちるのを確認して、少女は満足げに笑みを作る。

竜神「試練の内容は単純明快。この砂時計の砂が落ちきるまで生き残ること、じゃ」

勇者「……何ですと?」

竜神「では早速いくぞ? 運動不足は美容の大敵。儂の為にもくれぐれもあっさり死んでくれるなよ、冒険者共!!」

 少女の手首から先が獰猛な竜のソレに変わった。
 たん、と軽やかに跳ね、勇者に向かってその腕を振り下ろす。
 何気なくその一撃を受け止めた勇者の体が後方にぶっ飛んだ。



493:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:13:41.87 ID:/yu47eP00



 その頃、アマゾネスの村では―――――

少女「第二十三問!! 本来、排便の用途でしか用いられない肛門ですが、その先には刺激することで男に快楽を与えられる場所があり、その刺激方法とは――」

戦士「うわー! うわー!! ギャーギャー!!!!」

僧侶「ひえ、ひえぇ……!!」

 凄い勢いで二人が耳年増になっていた。




494:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:15:18.07 ID:/yu47eP00

 上から振り下ろされる右腕を打ち逸らす。
 そのままの勢いで回転し、飛んできた回し蹴りを思い切り仰け反ることで躱す。
 踊るように軽やかに繰り出される竜神の攻撃を武道家はひたすらに受け流す。
 すう、と竜神が大きく息を吸い込んだ。
 危機を直感した武道家は両腕を交差し、顔面を覆い隠す。
 大口を開けた竜神の口から轟音と共に大量の炎が吐き出された。
 全身を包む衝撃と熱を武道家は何とか耐え凌ぐ。
 ぱちぱちと竜神はその手を打ち鳴らした。

竜神「いやあ大したもんじゃ。今の炎を受けて灰にならんとは、相当な加護レベルじゃ。素晴らしいぞ。楽しくなってきた」

 そう言って竜神は武道家と勇者、二人の顔を見回す。

竜神「しかしお主等、何故仕掛けてこん? いくら条件が生き残ることとはいえ、防戦一方ではジリ貧じゃぞ? お主等からも攻撃した方が時間も稼げる。生存確率も飛躍的に上がろうが」

 竜神の言葉に、勇者と武道家は顔を見合わせ、やれやれと同時に肩をすくめた。

竜神「……なんじゃ?」

武道家「俺達から仕掛けろだと? 無理を言う」

竜神「なに?」

勇者「そんな可愛い姿になられちゃ、剣なんて向けられねーっての」

 二人の言葉を受けて、竜神はにっこりと笑った。

竜神「ほほう―――素晴らしい。気に入った、気に入ったぞお主等!」

 ぼんやりと、竜神の―――少女の姿が、陽炎のように揺れた。

竜神「命を狙われる最中にあってなおその気遣い……並の人間には出来ん!! お主等に敬意を表し、儂も真の姿を披露することにしよう!!」

 ボッ、と爆発的に土煙が舞う。
 突然その場に巨大な質量が現れ、空気が押しのけられた結果だ。
 やがて、竜神がその威容を現す。
 陽の光を受けて燦々と輝く銀色の鱗。
 鋭く尖った爪を持つ、太く巨大な手足。
 長く伸びる尾が地面を打つだけで大地が揺れる。
 巨大なトカゲと表すには、余りにも神々しいその姿。

竜神『すまんな。実にすまん』

 真の姿を現した竜神は、牙をむき言葉を発した。
 その声はまさしく神を名乗るにふさわしい荘厳な響きを伴っていた。

竜神『この姿で暴れることなど百年ぶりよ。高揚し過ぎて、ちとやり過ぎてしまうかもしれん』

 人間など一口で丸のみしてしまえるほど巨大な口が開く。
 発せられた雄叫びに全身がびりびりと震えるのを感じながら、

武道家「さて、ここからが本番だ」

 と、武道家は笑い、

勇者「……?」

 勇者は込み上げる違和感にただ戸惑っていた。



495:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:17:12.38 ID:/yu47eP00

 先に仕掛けたのは武道家だった。
 地を蹴り、臆することなく人間でいうところのわき腹辺りに接近する。
 その場所は硬い鱗に覆われてはいない。

武道家「ぜやッ!!」

 気合の叫びと共に拳を突き込んだ。
 ドズン、と重たい音をたてて拳が皮膚にめり込む。
 しかし竜神に苦悶の様子は見られない。
 武道家の体を影が覆った。
 上空を見上げる。竜神の尾が上から迫って来ていた。

武道家「くっ!!」

 慌ててその場を飛び退る。一瞬遅れて竜神の尾が地面に叩き付けられた。
 直撃は避けたものの、その衝撃にたまらず武道家の体が吹き飛ぶ。
 空中で体を立て直し、着地―――その隙を狙って竜神が炎の息を吐く。

武道家「ぐおお!!」

 武道家の体が炎に包まれた。
 竜神の視線が武道家に向いたその隙に、勇者は竜神の背に飛び乗っていた。
 そして、鱗の隙間目掛けて剣を突き立てる。
 が、駄目。がきんと音を立て、刃は弾かれてしまう。

勇者「か、固すぎ…!」

 竜神が雄叫びを上げて立ち上がった。

勇者「おうわッ!!?」

 その拍子に勇者は竜神の背から振り落とされてしまう。
 宙を舞い、身動きが取れなくなった勇者に対し、竜神はその腕を振りかぶった。

勇者「やっべ…!!」

 無防備な今、あの質量の攻撃を受けてはひとたまりもない。
 何より、吹き飛んだ先が岩壁ならまだいいが、下手すれば崖の向こうに吹き飛ばされて真っ逆さまという可能性もある。

勇者「『呪文・烈風』!!」

 勇者はあえて自分の体に真上から風の塊を当てることで落下速度を上げた。
 タイミングのずれた竜神の腕は勇者のギリギリ上で空を切る。

勇者「んがッ!!」

 両手両足を使って着地。勇者の全身がミシミシと軋む。

武道家「無事か? 勇者」

勇者「何とかな。オメーはどうよ? 回復いるか?」

武道家「いや、まだそれには及ばん。しかしどうするかな。狙いどころがない」

勇者「鱗の一枚でも剥がしてやろーと思って頑張ってんだけどな……戦士の炎天なら多分加護を突き破ってダメージ与えられるんだろうけど……」

 無いものねだりをしてもしょうがない、と思考を切り替えたところでまたも勇者を違和感が襲った。

勇者「……? 武道家、なんか言った?」

武道家「……いいや?」

 違和感の正体は声だ。勇者の頭の中でずっと妙な声が響いている。
 勇者は耳を澄ました―――頭に響く声を聞くのに耳を澄ますというのはおかしいが、とにかく、声の正体を探ろうと集中した。




496:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:18:15.78 ID:/yu47eP00





 竜だ。

 竜だ。

 竜だ。竜だ。竜だ。


 ――す。―――す。―――してやる!!


 名を呼べ。我を解放しろ。

 我が名は――――







497:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:19:25.48 ID:/yu47eP00

 はっきりと分かった。
 これは、この剣が発している声だ。
 勇者は思い出す。そう、あれは武闘会で騎士の持つ精霊剣・湖月を装備した時のこと。
 まるで剣自身が語り掛けてくるように、勇者は湖月の名とその能力を把握することが出来た。

勇者(あの時は、こんなにもはっきり『剣の声』が聞こえるなんてことはなかったが……もしかしてこれは、本当に精霊剣以上の逸品なのか?)

 こちらに突進してくる竜神の姿をしっかりと見据え、勇者は期待を込めてその名を口にした。

勇者「食らい尽くせ―――『凶ツ喰【マガツバミ】』」




 ――――瞬間、勇者の視界は真っ赤に染まった。





498:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:22:34.79 ID:/yu47eP00

 竜神がこちらに突進してくる様を見て、武道家はすぐさま距離を取った。
 しかし、勇者にはその場を動く気配がない。

武道家「勇者ッ!?」

 思わず、武道家は叫んでいた。
 竜神が突進の勢いそのままにその腕を振り下ろす。

勇者「がああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 勇者は迫る竜神の爪にその剣をぶち当てた。
 バギン! と凄まじい衝突音が響く。
 武道家は驚愕した。
 勇者は、竜神の一撃を受け止めていた。
 驚きは竜神にも少なからずあったのだろう。その眼が少し見開かれているように見える。

勇者「ごおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 勇者は続けざまに剣を振るった。
 いつもの勇者とは思えぬ、我武者羅な剣筋。
 しかしその剣は竜神の皮膚を切り裂き、僅かながら確かなダメージを与えていた。

竜神『ほほう…実に久しぶりじゃぞ? 儂の鱗に傷を入れられた者は……面白い!!』

 竜神はその巨体に見合わぬ俊敏さでその爪を、牙を、尾の一撃を勇者に繰り出す。
 勇者の胸板を爪が掠めた。鮮血が噴き出す。しかし同時に勇者は竜神の掌を切り裂いた。
 勇者の太ももに牙が食い込んだ。ぶちぶちと肉が千切れる音がする。しかし同時に勇者は竜神の鼻先に剣を突き立てた。
 勇者は尾の一撃に叩き潰された。しかし勇者はそのまま竜神の尾に貼りつき、その皮膚を食い破ろうと歯を立てている。
 武道家はそんな勇者の姿に違和感を覚えていた。
 明らかにいつもと様子が違う。
 勇者は基本的に痛みを避ける―――自身の被害を最小限に敵を討つ戦い方を取る。いや、そういう戦い方を取るしかない。
 それは、拭いがたい過去のトラウマの為に。
 それが今はどうだ?
 自身の負傷を厭わず、むしろそれを餌として敵に攻撃を加えている。
 まさしく捨て身。
 そんな戦い方を勇者が取るはずがない。そもそもそんな戦い方で命がもつものか。
 武道家は気づく。ぎょっと目を見開く。
 勇者の傷が、肉を抉りちぎられた太ももが見る見るうちに修復されていく。
 勇者が回復呪文を使えることは知っている。
 だが、それでこんなレベルの回復が出来るのか? そもそも、呪文を詠唱している様子はない。
 おかしいと、これは何か異常な事態が進行している―――そう武道家が判断し、勇者と竜神の間に割って入ろうした刹那。
 竜神は、突如として少女の姿に立ち戻っていた。

武道家「……え?」

 ぽかんとする武道家に、竜神は悪戯っぽく笑った。

竜神「刻限を過ぎた。―――おめでとう、合格じゃ」

 言われて、武道家は砂時計に目をやった。
 確かに、全ての砂が下の方に落ちきっている。



499:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:24:11.34 ID:/yu47eP00

武道家「なんとまあ……全然意識していなかった」

竜神「まあ、全力の儂を相手にそんな余裕は無かろう。ともあれ、大したものじゃ。全力の儂とこれだけの時間戦って生き延びた人間など、それこそ儂が初めて見初めた男以来じゃぞ? これは何か、特別賞を与えねばならんのう」

武道家「おお、ちょうどいい。実は頼みたいことがあったんだ」

竜神「そうじゃ! なんと儂にも種付けできる権利をやろう!! 人の子を身ごもるのは久しぶりじゃわい!!」

武道家「いらんいらん。そうじゃなくてだな……」

 足を負傷し、膝をついていた勇者がふらふらと立ち上がってきた。
 その姿は目を背けたくなるほどに血濡れだが、その実、目立った外傷は無くなっているように見える。

勇者「……してやる」ブツブツ…

武道家「おい、勇者? 大丈夫か?」

 武道家には目もくれず、勇者は覚束ない足取りで竜神の元へ歩み寄る。

竜神「お!? なんじゃ? 早速ここで致すのか? よいよい、それもまた一興じゃ!!」

武道家「おい勇者。お前マジか、ちょっと落ち着け」

 武道家が焦って勇者の肩に手を伸ばす。


 どすり、と音を立てて。

 勇者の持つ剣が竜神の胸へと突き立てられていた。


竜神「え…?」

勇者「……してやる」

 ぼそぼそとした勇者の呟きが、事ここに至ってようやく武道家の耳に届く。




勇者「竜【ドラゴン】は――――全て、殺してやる」






500:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:27:36.44 ID:/yu47eP00

 竜神の手が再び竜のソレへと変貌し、勇者の腹を裂いた。
 はらわたをまき散らし、勇者の体がゆっくりと背後に倒れる。
 ずるりと竜神の胸から勇者の持つ剣が抜けた。

武道家「勇者ッ!!!!」

 武道家は絶叫する。どう見ても致命傷だ。だが。
 勇者はゆっくりと身を起こした。
 腹から零れ落ちた内臓が、ずるずると傷の中に引き込まれていく。
 同時に、ぱっくり裂けた腹の傷そのものも、ぐじゅぐじゅと音を立てて塞がり始めていた。

勇者「殺してやる……殺して、やる……」

竜神「本気で儂の命を所望か、不届き者が」

 竜神の目から輝きが消える。
 先ほどまでの無邪気さはどこへやら。竜神が勇者に向ける目は害虫を見るソレに相違ない。

竜神「ならばお遊びは無しだ。脳髄をまき散らして死ね、人間」

勇者「ぎあああああああああああああああ!!!!!」

 意味不明の絶叫と共に、勇者が竜神に突進する。
 迎え撃つ竜神は竜と化したその手を振りかぶる。


 そして―――今度こそ、武道家の体が二人の間に割って入った。


武道家「ぐあ…!! かっ…!!」

竜神「お主……!?」

 武道家は、竜神の体を抱きかかえて飛び、勇者の剣から庇っていた。
 その結果として、勇者の剣は武道家の背を掠め―――それだけでなく、竜神の爪も突如目の前に現れた武道家の胸板を抉ってしまっていた。

竜神「な、何のつもりじゃお主!!」

武道家「た、頼む、竜神……先の奴の一撃、どうか許してやってくれ……今のあいつは、どう見ても普通じゃない……まるで何かに憑りつかれてしまったみたいだ……」

武道家「少しだけ時間をくれ……俺が、必ず奴を正気に戻してみせる……!!」

竜神「……儂はそこまで寛容ではない。もし一撃でも奴がまた儂に危害を加えるようなことがあれば、その時は容赦なく殺すぞ。邪魔立てするというならお主もろとも」

武道家「ありがとう……感謝する。なに、大船に乗ったつもりでいろ。お前は必ず俺が守り切ってみせる」

竜神「ふん、そこまで言うなら守られてやろう。人間が竜神である儂を守るか……ふふ、面白いな。人間、名は何という?」

武道家「武道家だ。忘れてくれてかまわん。むしろあいつの方をこそ覚えておくんだな、竜神」

武道家「あいつは勇者……いつか必ず、この世界を救ってみせる男さ」



501:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/29(月) 19:28:53.98 ID:/yu47eP00




 武道家は竜神の元へ向かおうとする勇者の前に立ち塞がる。

武道家「よう……ここから先にはいかさんぜ。勇者」

勇者「ぎ…! が…ぐ……!!」

武道家「辛そうだな……な~に、原因の方は大体想像がついてる。すぐに楽にしてやるよ……ほんの少し、辛抱してくれ」

 柔らかな笑みを勇者に向けて、武道家は一度目を閉じる。
 そして目を開け、憤怒の顔で勇者の手元を睨み付けた。

武道家「勇者の体を返してもらうぞ――――魔剣!!」




第十六章  狂剣・凶ツ喰【キョウケン・マガツバミ】(前編)  終



515:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:19:32.98 ID:rdjsp2b50

『はあ…痛い…痛ぇ…クソ、クソ……!』

 それは、幼いころの記憶。
 まだ勇者と出会って間もない頃。
 転んで擦りむいた膝を抱え、あいつはポロポロと涙を零した。

『おいおい、その程度の怪我で泣くなよ。大袈裟な奴だな』

 勇者に掛けた言葉には、多少嘲りの要素が含まれていたように思う。
 なんて弱い奴だと、情けない奴だと見下していた。

『う…うぐ…! か…おえぇ……!!』

 けれど、直後に勇者が吐瀉物を必死に口中で押し留め、飲み下しているのに気づいてからその気持ちは一変した。
 これはおかしい。尋常ではない。
 こいつの体には今、何が起こっているのだ?

『おい、勇者――――』




 そして―――武道家は勇者の抱えるトラウマを知り、以降、彼は勇者の事を無二の親友と尊敬するようになった。






516:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:20:12.25 ID:rdjsp2b50






第十七章  狂剣・凶ツ喰【キョウケン・マガツバミ】(後編)







517:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:21:44.38 ID:rdjsp2b50

 勇者の血で濡れた姿に武道家は顔を顰めた。
 脳裏によぎる幼い頃の記憶―――痛みに怯えるかつての勇者の姿が、武道家の怒りを殊更にかきたてる。

武道家「勇者の体を好き放題に操り、傷つけ―――まともな形でいられると思うな、魔剣」

勇者「ぐぅ…! ぐぎぎ…!」

 勇者の視線はずっと竜神を向いたまま動かない。
 未だ幼女の姿をとったままの竜神は、その視線を受け不快気に鼻を鳴らした。

武道家「竜神」

竜神「わかっておる。奴の攻撃が儂に触れぬ限り儂から仕掛けることはせん……が、裏を返せば少しでも奴が再び儂に危害を加えた瞬間、即座に儂は奴の首を取るぞ」

武道家「十分だ。その寛容な精神に感謝する」

竜神「よい。所詮は余興じゃ。精々頑張れよ? 儂の騎士(ナイト)様」

武道家「生憎と騎士(ナイト)のような気取った立ち振る舞いは出来ん」

勇者「ガア!!」

 竜神に向かって振り下ろした勇者の一撃を、即座に割って入った武道家がその手甲に覆われた拳で打ち逸らした。

武道家「所詮俺は野蛮に拳を振り回すしかない『武道家』だからな!!」

 武道家は剣の柄を固く握りしめる勇者の右手を蹴り上げた。
 ガイン、と音を立て、切っ先が天へと跳ね上がるがしかし、勇者の手はがっちりと剣を握りしめたままだ。

武道家「ちっ!」

 武道家は即座に剣を持つ勇者の手首を掴み取るとそのままその腕を脇に抱え、更に足を払うことで勇者をその場に引き倒した。
 そして固く握りこまれた勇者の指をほどこうと手を伸ばした所で―――

武道家「なっ!?」

 武道家は絶句した。
 勇者の手は剣の柄と一体化していた。

 厳密には―――柄から伸びた植物の蔦の様な紐が幾重にも勇者の手に巻き付いたうえ、その何本かは勇者の手の皮膚の下に直接潜り込んでいた。



518:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:23:49.38 ID:rdjsp2b50

勇者「ぐ…う……!!」ギリギリ…!

武道家「な……馬鹿な…!」

 武道家は勇者を仰向けに倒しその右腕を抱え、背中で胸元を押さえつける形で勇者を拘束している。
 その状態で、勇者は無理やり起きあがろうとしていた。
 身をよじるでもなく、武道家を振り払うでもなく、ただ力任せに仰向けのまま起きあがる。

武道家「馬鹿な…! 勇者よりも俺の方が力は上なはず…!! ぐっ!!」

 起きあがった勇者が右腕にしがみついていた武道家のわき腹を膝で蹴り上げた。
 たまらず手を離し、武道家は一度勇者との距離を取る。

武道家「ごほっ! ごほっ!! ……スゥー、ふぅ…」

 乱れた息を即座に整える。
 剣を構えた勇者は、今度こそ殺気を孕んだ視線を武道家に向けた。
 どうやら竜神を打倒する上での障害として武道家を認めたようだ。

勇者「ぎああああああああああああああああああ!!!!!」

 雄叫びと共に勇者が突進する。
 両手で剣を持ってからの、大上段からの振り下ろし。

武道家(速いッ!!)

 両腕を交差させ、手の甲側に纏った手甲で勇者の剣を受け止める。
 余りの速さと重さに打ち逸らす余裕が無かった。
 そもそもよけるという選択肢はない。身を躱してしまえば勇者がそのまま背後にいる竜神に突っ込んでいくことは明らかだからだ。
 ビシリ、と嫌な音がした。
 武道家の装備する手甲に勇者の剣が食い込み、ひびが入っていた。

武道家「くっ…!」

勇者「はあああああああああああ!!!!!!」

 そのまま連撃が来た。
 竜神の鱗すら裂いた力任せの振り回し。
 技量もへったくれもない攻撃だが、如何せん速すぎる。
 防御に徹し、武道家はその刃を受け続けるが、その度に手甲に痛みが蓄積するのが如実に感じられた。
 このまま防御に徹し続けるのはまずい。

武道家「許せ、勇者!!」

 殊更大きく振られた一撃の隙を突き、武道家は勇者の胸の中心に掌底を叩き込む。
 勇者の身に着けていた鋼の胸当てを貫通して衝撃が伝播した感覚があった。
 背後に大きく吹き飛んだ勇者がそのまま仰向けに倒れこむ。

武道家「ぜはぁー! ぜはぁー!」

 冷や汗と共に大きく息を吐く武道家。その額は赤く流血している。

武道家「完全に躱したと思ったが……想像以上に速かった。今の勇者は力も速度も俺を上回っている……?」

 むくりと勇者が起きあがる。
 ぞくりと武道家は震えた。

武道家「今の一撃……肺を一時的に機能不全に陥らせるから、普通は意識がブラックアウトするんだがな……」

勇者「コロ…ス……コロォ…スゥ…!!」

武道家「身体能力と自己治癒機能の大幅な強化といったところか…? その剣の能力は……代わりに、理性がどっかに吹っ飛んじまうようだが」

 武道家は額の血と汗を拭うと、ふぅ、と大きく息を吐いた。

武道家「……そろそろ俺の体力も限界だ。勝負をかけるしか……ないようだな」



519:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:25:03.79 ID:rdjsp2b50

勇者「ゴロォォォォオオオズゥゥゥウウウウウウウ!!!!!!」

 勇者が突進する。何の芸もなく、先ほどと殆ど同じく。
 まさしく、猪突猛進。
 武道家が迎え撃つ。両手の拳を打ち鳴らす。

武道家(勇者が先ほどと同じく剣を振り下ろしてきた所でその刀身を掴み取り捻り折る!!)

 つまりは真剣白刃取り。
 非常にリスクは高いが勇者から剣を取り上げることが出来ない以上、剣そのものを破壊してしまうしかない。
 失敗すれば死は確実。
 だが、出来る。武道家にはその自信がある。

武道家(いくら動きが速かろうと、同じ動きを繰り返されればいい加減目も慣れる!!)

勇者「があああああああああああああああああ!!!!!!」

武道家(勇者が剣を振り上げるタイミングに合わせる!)

 一歩、両者の距離が詰まる。

武道家(勇者が剣を振り上げるタイミングで―――!!)

 ぴくりと勇者の持つ剣先が揺れる。

武道家(勇者が剣を―――)

 勇者の体が沈み込む。今までより深く深く前傾姿勢で―――

武道家(剣を――――)

 ――――――突進する。

武道家(振り上げ―――ない?)

 突き出された切っ先が武道家の腹部を貫いた。



520:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:26:20.77 ID:rdjsp2b50

武道家「が…は…!!」

 武道家は激痛に顔を顰めた。
 痛みは吐き気に転化し、胃の中の物が喉へと逆流しようとする。
 いや、或いはそれは込み上げた血の塊なのかもしれない。

武道家「理性がないくせに……学習はするのか……厄介な……」

 息も絶え絶えに武道家は声を漏らす。
 痙攣する指先が己の腹を貫く刃に触れた。

武道家「だが……期せずしてチャンス到来だ。こんなにも狙いやすい位置で剣を固定できるとは」

 がっちりと、武道家は左手で刀身を握りしめた。
 そしてそれ以上に腹筋をぎっちりと締め上げる。
 当然激痛が伴うが構っている余裕は無い。

勇者「ガッ!?」

 異変に気付いた勇者が剣を引こうとするがもう遅い。
 剣は完全に固定され、もはやびくともしなかった。

勇者「グ、グギ、グッ!!!!」

武道家「これで終わりだ、魔剣。二度と人に憑りつけぬよう、粉々に粉砕してくれる」

 ぎりぎりと音を立て、武道家の右手が握りこまれる。
 そして―――

武道家「はッ!!!!」

 無防備な剣の横っ腹に武道家の拳が叩き込まれ、金属の砕ける音がして――――




521:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:26:58.44 ID:rdjsp2b50






 ――――武道家の装備していた手甲が砕け散った。







522:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:28:57.69 ID:rdjsp2b50

武道家「な…に…?」

 武道家は剥き出しになった自分の右手を見て茫然としている。
 勇者の持つ剣には罅一つ入っていなかった。

武道家「馬鹿な……」

 武道家は剥き出しになった拳を剣にぶつけた。
 当然、剣はびくともしない。
 それどころか、刃の部分に接触してしまった部分が裂け、武道家の手から夥しい量の血が零れた。

武道家「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!」

 何度も何度も武道家は剣に拳を叩き付ける。
 その度に拳からは血飛沫が上がり、剣を、勇者を、武道家自身を赤く染め上げた。

勇者「ぎ…」

 勇者はその様をただじっと見つめている。
 それもそのはず、遂には武道家の腹部の傷も広がり始めていた。
 当然だ。衝撃を与えれば、剣は揺れる。どんなに固定していても僅かにブレる。
 ブレた分だけ、刃は進む。肉は裂ける。
 つまりこれはただの自殺だ。放っておけば勝手に死ぬ。
 勇者が何もしなくても、目の前の敵は勝手に自滅するのだ。

武道家「うおおッ!!」

竜神「もうよい」

 振り上げた武道家の拳を、竜神が優しく掴み止めた。
 竜神は背中から僅かに生えた翼をはためかせ、武道家たちを見下ろせる高さまで浮き上がっている。

勇者「うぎあ!!! があ!!!! ごあああ!!!!」

 竜神の姿を認めた勇者が狂った犬のように吠え始めた。

竜神「いくら友のためとはいえ、お主まで死ぬことはあるまい。……もう休め。あとの始末は儂がつけてやる」

 竜神の言葉に、武道家は力なく首を振った。

武道家「駄目だ……それは、駄目なんだ……」

竜神「戯け。どの道このままお主が死ねば結果は同じじゃ」

 竜神の手が幼い少女ではなく、竜としてのそれに変わる。
 勇者はただ吠えるばかりで竜神に向かって行こうともしない。
 武道家が剣を抑え続ける限り、剣と一体化した勇者は身動きを取ることが出来ないのだ。
 勇者に近づこうと動き出した竜神の手を、今度は武道家が優しく掴み止めた。

武道家「……竜神」

竜神「……なんじゃ」

武道家「恥知らずなのは分かっている。図々しいと思う。あれだけでかい口を叩いておいて、どのツラ下げてこんなことを言うのか、厚かましいにも程があると思う」

 武道家は伏せていた顔を竜神に向けた。
 その表情に、竜神は思わず面食らった。

武道家「死なせたくないんだ。こいつは大切な奴なんだ。こいつを助けたいんだ。そのために、頼む竜神――――」

 今にも泣きだしそうな、嘆願の表情で武道家は言葉を紡ぐ。



武道家「俺は―――お前の力が欲しい」





523:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:30:19.79 ID:rdjsp2b50

竜神「―――――ずるい男じゃなあ。お主は」

 竜神は柔らかな笑みを武道家に向けた。

竜神「本当に、母性本能をくすぐるのが上手いわい。そんな顔されちゃ、嫌とは言えんわ」

 んふ~、と鼻から息を吐いて、一転して竜神は真剣な顔つきになった。

竜神「それで、具体的には?」

 武道家は己の懐に右手を差し入れる。
 そこには、念の為と勇者から渡されていた『ある物』が入れられていた。

武道家「竜神、俺の肩に触れろ。離すなよ」

 そして武道家、勇者、竜神の体が宙を舞う。
 武道家が発動させた『翼竜の羽』の効果によって。



524:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:32:19.22 ID:rdjsp2b50

アマゾネスの少女「それでは第五十六問!! 野外での行為時に―――」

戦士「あばばばば」

僧侶「はわわわわ」

 既に大勢は決した。
 この女性の資質を競うための対決(という名の下ネタクイズ大会)があと何問続くかはわからないが、この時点でほとんどポイントの取れていない戦士と僧侶に勝ち目はない。
 ちなみに僧侶が頑張って2ポイントとっていた。

乳ゾネス「おーほっほ!! 口ほどにもないわね!!」ドタプン!

尻ゾネス「そんな体たらくで私達アマゾネスに闘いを挑んだだなんて、片腹痛いわ!!」プリリン!

ももゾネス「あなた達の負けは確定よ! さっさと出ていきなさい!!」ムッチン!

戦士「ぐ、ぐぬぬ…」




 直後。

 空から何かが落ちてきた。
 衝撃と音は無い。しかし風圧で砂埃が舞い上がった。

少女「なに!? 何事!?」

 ヒートアップしていた会場の雰囲気は瞬く間に霧散した。
 皆が警戒態勢に移行し、砂埃の中心を注視する。
 煙が晴れた。

戦士「なッ!?」

僧侶「これは!?」

 まず声を上げたのは戦士と僧侶だった。
 そこにあった光景は二人にとって衝撃が強すぎた。
 何せ、勇者が武道家の腹に剣を突き立てていたのだから。

戦士「勇者、お前なにを!?」

僧侶「武道家さん、すぐに回復します!!」

武道家「駄目だ!! 近づくな二人とも!!」

 武道家が声を張り上げ、戦士と僧侶を制止する。
 そのまま武道家は傍らにいた褐色の少女に目を向けた。

武道家「それじゃ、竜神……頼んだぞ」

竜神「ふん、言っておくが儂の子らに少しでも被害が及べばただでは済まさんぞ」

武道家「ああ……たとえ死んでも勇者はこの場所から動かさん」

竜神「戯け。死んだら駄目じゃろうが。……ま、信じておるがの」

武道家「光栄だ」

 褐色の少女がその背から生えた翼をはためかせ飛翔する。
 アマゾネスの少女は、その様を見てあんぐりと口を開いていた。

少女「今の女の子、私に似てた…? もしかして―――!?」

 竜神は集落の中でも特に高台に位置した、とある家に飛び込んだ。

竜神「ふむ……お主が今代の族長か?」

族長「あ、ああ……あなた様は、まさか!?」



525:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:33:56.83 ID:rdjsp2b50

勇者「がああ!!!! があ!! ごあああああ!!!!」

武道家「そんなに暴れるなよ……腹が疼いてしょうがない」

戦士「なんだ…? 一体、何がどうなっているんだ!! 勇者! どうした!! 勇者!!」

僧侶「武道家さん!! お願いです、説明を!! 説明をしてください!!」

武道家「そうしたいのは山々なんだけどな……悪いが少し待ってくれないか。事が終わったら全て話す……今は、ちょっと…その余裕が……ない……」

勇者「ごおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

武道家「最後の悪足掻きか……逃がしはせんぞ、魔剣!!」

 勇者が両手で剣を持って引き抜こうと力を込める。
 武道家はそうはさせぬと死力を振り絞って剣を固定する。
 武道家の口から血が零れた。剣を握る指は半ばまで裂けた。腹の傷はずっと広がり続けている。

僧侶「いやあ!! 武道家さん!!!!」

戦士「勇者、正気に戻れ!! 勇者ッ!!!!」

竜神「やれやれ、ぴーちくぱーちくと五月蠅いのう」

 先ほど飛び去ったばかりの褐色の少女が、その手に何かを携えて戻ってきた。
 その姿を確認し、武道家は目を細める。
 何事かを悟ったのか、勇者の抵抗が激しくなった。

竜神「男の事を信じて黙っているのが女の嗜みというものじゃぞ?」

僧侶「それ…あなたが手に持っているそれって……」

戦士「……『精霊甲・竜牙【セイレイコウ・リュウガ】』…?」

 褐色の少女の―――竜神の翼がはためく。
 柔らかな風と共に、武道家の傍に降り立つ。

竜神「ほれ、右腕を出せ。儂直々に―――儂の力を授けてやろう」

武道家「本当に―――光栄だ。恩に着る」

竜神「良い。楽しい余興であった」

 武道家の右手に精霊甲・竜牙が装着された。
 その加護の力強さに、武道家の体が震える。

武道家「余興―――そうだな。ならば華々しく幕を下ろすとしよう」

 武道家は拳を握る。

勇者「んぎい!! んが!! んがあああああああ!!!!!!」

武道家「さらばだ。今度こそ粉々に砕け散れ、魔剣」

 振り下ろされた拳は剣の横っ腹を打ち―――まるで何の抵抗もなく、脆いガラス細工のようにその刃は砕け散った。




526:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:36:49.77 ID:rdjsp2b50

戦士「呪いの剣か……この世界にまさかそんなものが存在するとはな」

武道家「ああ、全く肝を冷やしたよ」

僧侶「それはこっちの台詞です!! 本当に心配したんですから!!」

戦士「そうだ。あの時少しでも説明してくれれば、勇者を取り押さえる手伝いくらい出来たものを」

武道家「いや、だからこそ黙っていた。勇者に操られている間の記憶があるかは定かではない。だが記憶が残っているケースを想定すると、勇者がお前達に害を及ぼすことだけは避けなければいけなかった」

武道家「そうなった時、あいつはきっと気に病んでしまう。いくらお前達が気にしていないと言っても引きずり続けてしまう……それだけはいかんと思ったのさ」

僧侶「武道家さん……」

戦士「……そういえば、試練の結果はどうなったんだ? 勇者の暴走で有耶無耶になったままなのだろう?」

武道家「そういえばそうだな。まあこのまま有耶無耶のままでいてくれた方がこちらの都合はいいんだが」

少女「武道家はいる?」

武道家「おっと…噂をすればって奴かな」

少女「…? とにかく、族長が呼んでる。来て」



527:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:37:46.70 ID:rdjsp2b50


 目の前に広がっている光景に、勇者は己の目を疑っていた。

 勇者が目を覚ました時、勇者は小屋に一人きりで寝かされていた。

 とにかく誰か人を探そうと勇者は小屋を出た。

 そこで異変に気付いた。集落に人の気配が無かったのだ。

 おかしいな、と思っていると集落からやや離れた場所に明かりがあるのと、そこから太鼓を打ち鳴らすような音が聞こえることに気付いた。

 お祭りかな? と軽い気持ちで勇者はその場所に向かった。

 寝起きでぼうっとしたまま、碌に考えもせず歩み始めたのが良くなかったのだ。

 冷静になり、いつもの彼の判断力を取り戻せていたのなら、少なくとももっと覚悟をもって勇者はその光景を見ることが出来たはずなのだ。

 勇者は茂みをかき分け、その広場に辿り着き、そして、その光景を見た。



528:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:39:02.13 ID:rdjsp2b50

族長「キャーーー!! 武道家様ーーー!! 素敵ーーー!!」

尻ゾネス「武道家様こっち向いてーーー!!」プリリン!

乳ゾネス「ああ!! 武道家様が私に微笑みかけてくだすったわ!!」ドタプン!

ももゾネス「いいえ私よ!! 私に笑ってくれたのよーー!!」ムッチン!

姉ゾネス「武道家ちゃーん!! 抱いてーー!!」

妹ゾネス「あんもう! お姉ちゃんずるい!! 武道家様! 私を先に抱いてください!!」

武道家「ははは……勘弁してくれ……」

僧侶「ふん、武道家さんったらデレデレしちゃって……」

戦士「デレデレしてるか? あれ」



勇者「なんだよこれ……」



 武道家は何かやたら高い所に座らされていた。
 そして周囲に何人ものアマゾネスを侍らせて、はいアーン攻撃を連発されている。
 まるで玉座のように高台に設置された椅子に座る武道家を見上げ、広場には若く綺麗なアマゾネス達がひしめき合っている。
 武道家が何か動くたびに広場のアマゾネス達から黄色い悲鳴が上がっていた。

アマゾネスA「武道家様ーー!!」

アマゾネスB「武道家様ーー!!」

アマゾネスC「武道家様ーー!!」

少女「武道家様ーー!!」






勇者「なんなんだよこれぇ!!!!!!」









530:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:40:38.85 ID:rdjsp2b50

 うおろろろ~~ん、と勇者は夜の森の中に消えていった。

竜神「なあ、武道家」

 褐色の少女の姿の竜神が武道家にしなだれかかる。

竜神「お主が何のためにこの村にやってきたのかは知っておる。そしてその目的を達成した以上、ここに留まる理由もないことも……それでも、お願いじゃ。アマゾネスの主としてここに留まり、子種を儂らに授けてくれんか?」

武道家「悪いが―――本当に悪いが、それは出来ない。俺は、勇者たちと共に魔王を討つための旅を続けねばならん」

竜神「儂らを抱いた後、早々に旅立ってもよいのじゃ」

武道家「そんな無責任なことが出来るか」

竜神「男に責任を負わすほどアマゾネスは弱くない」

武道家「それでも……いや、大恩ある貴方に嘘はつけん。本当は……俺は、惚れた女以外は抱かんと決めているんだ。すまない」

竜神「……そうか。今時珍しい男じゃな。であればこそ、是非お主を儂に惚れさせたかったのう。……して、お主程の男が惚れた女子とは誰なのじゃ?」

武道家「……言えん」

竜神「むぅ……お主、儂に対して大恩があるんじゃろ?」

武道家「だからこそだ。貴方に対して嘘はつきたくない。だから、『言えない』。……どうか、察してくれ」

 竜神は、ひょいと周囲に目を向けた。
 そんなに遠くないところで、武道家の仲間である戦士と僧侶が夕餉をつついている。
 二人は武道家が是非にというのでパーティーへの参加を許されていた。
 戦士は呆れた様子で、僧侶はやや眉根に皺を寄せた様子で、じっとこちらの様子を伺っている。

竜神「な~るほどのう。あい、わかった」

 竜神はぱっと武道家の体から離れた。
 武道家はほっと息をつく。

竜神「武道家、しかしひとつ約束しろ。儂はお主を気に入った。これは本当じゃ。子種の提供は無くて良い、良いが、また必ず儂の元を訪ねて来い。友として、語らいに、な」

 竜神はにかっ、と竜の牙をのぞかせて笑う。
 武道家もまた、笑みで応じた。

武道家「ああ……いつかまた、必ず」




531:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:41:52.06 ID:rdjsp2b50




アマゾネス達「キャーー!! 武道家様が私たちに微笑んでくだすったわよーーー!!!!」


竜神「儂に笑ったんじゃ!! 戯けぇ!!!!」


武道家「…………」






532:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:42:54.27 ID:rdjsp2b50


 翌日―――霊峰ゾアの北に位置する小さな村。

武道家「あれ? 勇者は?」

戦士「先に寝ると言ってさっさと部屋に戻ってしまったぞ」

僧侶「アマゾネスの村を出てからこっち、元気が無いように見えますねえ」

武道家「うーむ……魔剣に呪われた影響が残っているのかもしれんな。ちと様子を見てくるか」




533:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:44:21.64 ID:rdjsp2b50

武道家「勇者~起きてるか~」コンコン

勇者「返事がない、ただの屍のようだ」

武道家「起きてるな、入るぞ」ガチャッ

勇者「おっと…その強引さ…流石ハーレムの王は違いますねえ、げへへ……」

武道家「はん? お前何言って……」

勇者「……昨夜はお楽しみでしたね」ボソッ…

武道家「…………」

勇者「…………」

武道家「……見てたのか?」

勇者「ああ見てたよこんちくしょう!!!! ちっくしょう!! おま、おまえ……おまええええ……!!!!」

勇者「う、うらやましいよおおおお……!!!!」ポロ、ポロポロ…!

武道家(ガ、ガチ泣きだよこいつ……)

勇者「何故だぁ…何故なんだぁ…どうして、どうしていつも俺ばっかり……得するのはいっつも周りのイケメンズなんや……」

武道家「……あ~、その」

勇者「この世の理は……残酷すぎる……!!」

武道家(駄目だこりゃ。まあ、いつも通りなのは確認できたし、部屋に戻るか)

武道家「じゃあ、また明日な。勇者…」

勇者「でも、今回は……お前がいい目にあってくれて、良かったよ」

武道家「……ん?」

勇者「ありがとう、武道家」



534:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:46:06.42 ID:rdjsp2b50

武道家「勇者……お前、覚えているのか?」

勇者「いや、覚えているのは本当に断片的なことだけだ。でも、それを繋ぎ合わせりゃ、自分が何をしでかしたかなんて推測できる。……本当に、ありがとう」

 勇者は地面に膝をつき、深々と頭を下げた。

武道家「よせ。礼などいらん。俺は当然のことをしたまでだ。お前だって、これまで何度も俺を助けてくれたろう」

勇者「それでも、言わせてくれ」

武道家「いいや、言わせん。いいか勇者。俺達は魔王討伐という志を同じくするパーティーだ。だがそれ以上に俺はお前を友だと思っている」

武道家「だから助けるのは当然なんだ。当然のことにいちいち礼など言っていたらキリがないぞ」

勇者「親しき仲にも礼儀ありって言うぜ?」

武道家「本当に、ああ言えばこう言う奴だなお前は」

 思わず二人は笑い合っていた。
 ひとしきり笑って、武道家は言った。

武道家「どうだ。久しぶりに二人で飲まんか? 今度は俺の愚痴を聞かせてやる」

勇者「いいねえ、楽しみだ」

 その時、立てかけてあった剣で武道家は振り向き様に脛を強打した。

武道家「あっつ…! おい勇者、こんな邪魔な所に剣を置くなよ」

勇者「え? 俺の剣はここに…」



 ―――瞬間、二人は凍り付いた。



武道家「馬鹿な……何故この剣がここに!! 俺は、俺は確かにこの剣を…!!」


勇者「なんだよ、これ……」





535:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 19:47:09.01 ID:rdjsp2b50







勇者「なんなんだよこれぇ!!!!!!」









第十七章  狂剣・凶ツ喰【キョウケン・マガツバミ】  未完




547:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:46:06.18 ID:kumrvEHG0

 朝、とある町の宿屋で目を覚ました勇者は、荷物をまとめて置いていた部屋の片隅に目を向け、ため息をついた。

勇者「駄目か……ほんと、どうなってんだこの剣は……」

 勇者の視線の先では霊峰ゾアで拾得した狂剣・凶ツ喰が変わらず壁に立てかけられていた。




548:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:46:41.44 ID:kumrvEHG0






第十八章  過去の呪縛







549:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:47:49.01 ID:kumrvEHG0

武道家「やはり戻って来てしまったか」

勇者「砕いても駄目、土に埋めても駄目……どうすりゃこの剣を手放せるんだろうな」

戦士「そもそも一体全体どんな原理でその剣は勇者の下に復活するんだ?」

勇者「それがマジでわからんのよ。ふと気が付くと俺の荷物に紛れているんだ」

僧侶「それは……恐ろしいですね」

武道家「教会によってはこういった類の物の解呪も行うと聞いたが」

僧侶「いえ、教会で行うのはあくまで儀式的なもので……言い方は悪いですが気休め程度のおまじないです。この剣の呪いを解くことは出来ないでしょう」

勇者「んえ~……どうすっかねマジで」

戦士「しかし、名を解放せずに振るえば大丈夫なのではないか?」

勇者「今のところはなんともないけど……でも、たまに立ちくらみみたいに意識がもっていかれそうになる時があるんだ。持ち続けるといずれ意識を乗っ取られたりするのかもしれない」

武道家「ならばやはり早急に事態を解決しなければならんな」

僧侶「あれ?」

戦士「どうした僧侶」

僧侶「その剣、鞘に文字が刻まれていません?」

勇者「あれ、ほんとだ。気付かなかった」

僧侶「でも、なんて読むんでしょう……複雑で、難しい字。どこの国の言葉かしら」

勇者「あ……」

 勇者の頭の中で、自身の知識とこの剣の本来の持ち主であったであろうあの死体の装束とが結びついた。

勇者「これ、漢字だ。この剣、『倭の国』で作られたものなんだ」



550:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:49:00.19 ID:kumrvEHG0

 『倭の国』は東洋に浮かぶ島国である。
 海によって外界との繋がりが限定されたことによりかなり独自の文化が発達したと伝えられている。
 エルフ少女がこよなく愛するジャポン酒も倭の国が原産だ。
 さて、そんな倭の国を訪ねるために勇者たちが訪れたのは港町ポルトだ。
 交易の要として栄えるこの町には多くの船が行き交い、その中に倭の国へ向かう船もある、と情報を得たのである。

商人「へいらっしゃいらっしゃい!! 南国列島でしか手に入らない貴重な鉱石だ!! 剣にすれば切れ味抜群! 盾にすれば頑強極まる物になる!! さあ、買った買った!!」

漁師「獲れたてピチピチ新鮮魚介!! 新鮮だから生で食べても旨いぜ!!」

僧侶「ふわぁ……凄い活気ですねえ」

勇者「人や物が一番集まる所だからね。当然、それに応じて街も発展していくのさ」

武道家「それにしても船が多いな。どれが倭の国行きの船なんだ?」

勇者「ちょっと手分けして情報を集めようか。二刻後に部屋を取った宿屋に集合にしよう」

戦士「了解した」




551:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:51:55.11 ID:kumrvEHG0

 勇者はまず酒場にてこの町で栄えている商会の情報を聞き出していた。
 商会の規模が大きくなればそれに伴い保有する船の数も多くなる。
 故に、規模の大きい商会から虱潰しに聞き込みをしていこうという算段であった。
 聞き込みを始めて三件目、『北の商会』を訪ねたところで勇者はようやく船の情報を得た。

北商会主人「ようこそおいでくださいました、勇者様」

勇者「私の事を御存知なのですか?」

北商会主人「当然でございます。かの『伝説の勇者』様のご子息にして魔王討伐の旅を続ける素晴らしき若人。『善の国』にて行われた人身売買撲滅の働きはこの町にも広まっているところであります」

勇者「恐縮です。実はお訊ねしたいことがあって本日は参りました」

北商会主人「なんなりと」

勇者「この『北の商会』では倭の国との交易を行ってはいないでしょうか?」

北商会主人「行っておりますよ? 倭の国から買い付ける珍品は当商会の目玉でございます」

勇者「本当ですか!? であるのならば、不躾で申し訳ありませんが重ねてお願いがございます! 私達一行をその船に同乗させていただきたいのです!」

北商会主人「それは構いませんが……実はつい先日、倭の国行きの船が出たばかりでして、次の出航はひと月先になってしまうのです」

勇者「い、一か月…?」

 勇者はちらりと腰元に装備した剣に目を向ける。
 ぞくりと背筋が震えた。
 地の底から響くような声を感じ取った気がしたのだ。

勇者「な、何とか早急に船を出してはいただけませんか?」

 焦る勇者を怪訝そうに見つめ、北商会主人は二重になった己の顎を揉むように撫でた。

北商会主人「私めも勇者様のお力になりたいとは思いますが……何分、倭の国へは実に7日を要する旅路になります故、それなりの船とそれを操る人員が必要となります。その費用は無視できる額ではないのです」

 北商会主人はさらさらと紙にペンを走らせた。
 人件費、食糧費、船の補修費等々、必要経費を次々に書き連ねていく。
 最終的な合計額を見て。勇者は顔を青ざめさせた。

勇者(と、とても捻出できる金額じゃない……)

北商会主人「臨時で船を出すとなればこれくらいの金額をいただかなくてはとてもとても……」

勇者「ち、ちなみに、他に倭の国と交易を持っている商会は?」

北商会主人「ございません。倭の国との交易権は我が商会が独占しております。故に我が商会はこれ程の発展を得ることが出来たのです」

勇者「そ、そうですか……」

北商会主人「申し訳ありませんが勇者様、これから私めは人と食事をする約束があるのです」

勇者「あ…ご多忙の中お時間をいただき、ありがとうございました。それでは、私はこれで……」

 でっぷりと肥えた腹を抱えて立ち上がった北商会主人に頭を下げ、勇者は応接間を後にする。
 勇者が向かう前に玄関の扉が開いた。どうやら食事の相手とやらがやって来たらしい。
 美麗なドレスで着飾った美しい少女だった。
 勇者は顔を紅潮させ、ドギマギしながらすれ違いざまに会釈をする。
 少女の足が止まった。

少女「勇者様……?」

 目を丸くして立ち止まる少女。勇者は怪訝に思いながら少女を振り返り―――唐突に思い至った。

勇者「君は…!!」

 美しい黒髪を伸ばした少女―――彼女は、かつて『神官長の息子』の地下室で勇者に解毒剤の在りかを教えてくれた黒髪の少女だったのである。



552:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:53:14.20 ID:kumrvEHG0

 勇者と黒髪の少女は酒場で落ち合っていた。
 ちらちらと周囲のギャラリーがやたらこちらに視線を向けている。
 少女の美しさ故か、と一人納得して勇者は少女に向き直った。

勇者「いや~まさかこんな所で君に会えるとは思わなかった。驚いたよ」

黒髪の少女「私もです。北商会主人の屋敷で見かけた時は目を疑いましたわ」

勇者「堅苦しい敬語はいらないよ。素の君を知ってるからね。何かむずむずする」

黒髪の少女「そう…? じゃあ、遠慮なく。本当に久しぶりね、勇者」

勇者「ああ、久しぶり……」

黒髪の少女「どうして顔を赤くしているの? まだそれ程お酒も飲んでいないでしょう?」

勇者「いや、恥ずかしいんだよ……君にはみっともない所を見せちまったからなあ」

 勇者はかつて『神官長の息子』の地下室で、黒髪の少女の前で号泣してしまったことを思い出していた。

黒髪の少女「みっともないだなんて……そんな事は決してなかったわ。少なくとも私の目には、あの時のあなたはとても尊く映った」

勇者「んが~~!! 忘れてくれ!! もうこの話は無し!! 元気してた!?」

黒髪の少女「ええ、元気にしていたわ」

勇者「そうか! そりゃよかった!!」

 照れを誤魔化すように勇者は酒杯をぐいっと呷った。

勇者「……本当に、よかった」

 一息ついて、勇者はしみじみと言葉を繰り返した。

勇者「寄宿舎には住まなかったんだな」

 寄宿舎とは、盗賊の被害者となった少女たちを住まわすために勇者が建てさせたものである。

黒髪の少女「私は家族が健在だったからね。実家に戻ることにしたの」

勇者「家はどのあたりなんだ?」

黒髪の少女「西の商会よ」

 勇者は今日集めた情報を思い出す。確か西の商会とは、大きくもなければ小さくもない、言わばそこそこの商会だったはずだ。

勇者(ああ、それでか……)

 勇者は周囲から向けられる視線に納得した。
 そこそこの規模の商会の娘として、黒髪の少女は顔が売れているのだろう。

黒髪の少女「勇者は?」

勇者「ん?」

黒髪の少女「あなたは、元気にしてた?」

 んぐ、と勇者は喉を詰まらせた。
 思わず視線を腰元の狂剣・凶ツ喰【キョウケン・マガツバミ】に落としてしまう。

黒髪の少女「……あまり元気とは言えないみたいね」



553:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:54:04.07 ID:kumrvEHG0

 何かを察した黒髪の少女に根掘り葉掘り聞かれ、勇者は自身の現状を洗いざらい喋ってしまっていた。

黒髪の少女「成程…それであなたは北の商会を訪ねていたのね」

勇者「そうなんだ。念の為に聞くけど、西の商会は船なんかは……」

黒髪の少女「ないわ。小さい船ならいくつかあるけど、倭の国まで渡り切ることが出来るものとなると一隻もない。ノウハウを持った船員もいない」

勇者「だよなあ……」

黒髪の少女「でも、もしかしたら何とかなるかもしれないわ」

勇者「ほ、本当か!?」

黒髪の少女「ちょっと心当たりがあるの。明日の昼にここで落ち合いましょう」

勇者「よ、よろしく頼む!」



554:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:54:57.94 ID:kumrvEHG0

 翌日―――

黒髪の少女「こんにちは……あら?」

勇者「ああ、紹介するよ。この三人が俺のパーティーで、武道家、戦士、僧侶だ」

武道家「武道家だ」

戦士「戦士という」

僧侶「僧侶です! よろしくお願いしますね!」

黒髪の少女「ご丁寧に、どうも。こちらこそよろしくお願いします」

 三人に対し、黒髪の少女は深々と頭を下げた。

黒髪の少女「早速だけど本題に入るわね。船の都合はついたわ」

勇者「マジか!!」

黒髪の少女「マジよ。今日、明日と準備させてもらって、明後日には出航できると思うわ」

勇者「あ、ありがとう!! マジでありがとう!! んで、費用は……」

黒髪の少女「結構よ。全て無償で提供させていただくわ」

勇者「いやいやいや! 少しだけでも払わせてくれよ!」

黒髪の少女「いいえ。恩人からお金を取るなんてできっこないわ」

勇者「お、恩とか……そんな大袈裟に考えなくても……」

黒髪の少女「私が人としての筋を通したいだけなの。気にしないで」

勇者「む、ぐ……じゃあ、お言葉に甘える。本当にありがとう」

黒髪の少女「どういたしまして。二日間はこの町でゆっくりしていって。自分で言うのもなんだけど、中々飽きない町よ。本当は私が案内してあげたいのだけど、用事があるのよ」

勇者「いや、そこまでしてもらう訳にはいかないよ、ホント」

黒髪の少女「それじゃあ、私はこれで。準備が整ったら使いの者を宿屋に寄越すわ」

勇者「ああ、またな」



555:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:55:59.17 ID:kumrvEHG0

武道家「いやしかし気前のいいことだ。余程いい所の令嬢なのだろうな」

勇者「いんや、そうでもないよ。確かに商会の娘だけど、規模としちゃ中堅どころだからな」

戦士「その割には費用を全部負担してくれたりと大盤振る舞いじゃないか」

勇者「いや、ホント、恩とかそんなんいいんだけどね。逆に心苦しいわ」

僧侶「あの、勇者様……」コソ…

勇者(僧侶ちゃんが近い! むっほう!!)

僧侶「あの方……昔の知り合いというお話でしたけど、もしかして盗賊の一件の……」

勇者「あ~……うん……武道家と戦士には黙っておいてね。言いふらされていい気分するはずないからさ」

僧侶「はい……」

勇者「でも、何で分かったの?」

僧侶「『恩』と言っていたのと、それと……いえ、何でもありません」

勇者「……?」



556:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:56:36.67 ID:kumrvEHG0

商人A「積み荷の手配、あらかた終わりました」

北商会主人「船乗りは集まっておるか?」

商人A「何とかギリギリ所定の人数に達するかと」

北商会主人「最悪の場合、勇者たちも人員として働いてもらう。それなら余裕をもって確保できるであろう?」

商人A「はい、そうですね」

北商会主人「段取りを急げよ。準備が終わった時、ようやくあやつが儂の手に入るのじゃ」

 じゅるり、と北商会主人は涎をすすった。

北商会主人「くふふ…今から涎が止まらんわい」



557:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:57:41.38 ID:kumrvEHG0

勇者「やっぱり海沿いは魚が旨い!!」

武道家「魚を生で食すのは初めてだが……この海鮮丼というのはたまらんな」

僧侶「これも倭の国から伝わった文化らしいですよ」

勇者「『北の商会』様様やんけ!!」

戦士「この白子というのはとろとろで旨いな……主人、これは何なのだ?」

店主「魚のキャンタマだ!! がっはっは!!」

戦士「ぶほッ!!」

勇者「なんか港のあの一角だけやたらバタバタしてるな」

店主「ああ、何でも北の商会が急遽『倭の国』行きの船を手配しているらしいぜ。しかも北商会主人直々に大急ぎでって命令があったって話だ」

武道家「倭の国行きということは、俺達の乗る船か?」

勇者「北の商会? 西の商会じゃなくて?」

店主「そうだ。大体西の商会にあんなデカい船は手配できねえよ。あそこは最近落ち目だって話だからな」

勇者「………」

僧侶「……もしかして…」




558:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 17:59:37.01 ID:kumrvEHG0



町人「西の商会の娘が盗賊に攫われたっていうのは有名な話さ」

町人「隣町に出かけていた時に馬車を襲撃された。同行していた使用人は皆殺しにされていたが、娘の死体だけが見当たらなかった。だから、攫われたんだろうってな」

町人「あの『伝説の勇者』の息子によって助け出されてから、この町に戻ってきたみたいだが……誰だって、わかっちまうよな。今まで、彼女がどんな生活を送って来たか」

町人「『汚れた女』として町中に評判が広まるのは早かったぜ。見てくれはいいから、そこに嫉妬した女連中が噂を広めまくったと俺は読んでるんだけどな」

町人「そんな噂が広まっちゃあ、商売のイメージも悪くなる。生還を喜ばれたのは最初だけで、今じゃ家族からも疎まれはじめた。その証拠に、用もなくただ街をぶらついてる姿が毎日のように目撃されてる」

町人「家を飛び出して誰かの所に飛び込むことも出来ねえ。そりゃ誰だって、汚れた女なんかごめんだからな」

町人「だが物好きが現れた。それが北の商会の主人だ」

町人「北の商会の主人は熱心に娘を口説き始めた。西の商会の連中は大喜びさ。娘が北の商会の主人の妻となれば、北の商会と太いパイプが出来る。家族は喜んで娘を差し出した。北の商会の主人の噂を家族も知っているはずなのにな」

町人「北の商会の主人はどSのど変態なんだよ。若い娘の使用人がいつの間にか行方不明になってるなんてのは一度や二度じゃねえ。地下室にある拷問部屋でいじめ殺されたんだって話さ」

町人「そんな北の商会の主人にとって、お誂え向きだったんだろうさ。『汚れた女』ってのはさ」





559:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:00:29.33 ID:kumrvEHG0

 勇者は苦渋の表情で目頭を押さえていた。
 酒場で彼女と談笑していた時の、周囲の視線の本当の意味をようやく理解した。

勇者「……情報ありがとう」

町人「な~に、いいってことよ」

勇者「ただ……」

 勇者は町人の胸ぐらを掴み上げた。

勇者「二度と彼女を汚れたなんて言うんじゃない」

 万力のような力で締め上げられ、町人は青ざめながらこくこくと首を振った。
 どさり、と町人の体が下ろされる。
 ごほごほと咳き込みながら、町人は去りゆく勇者の背を茫然と見つめた。

町人「何だあの力…尋常じゃねえ……そしてあの迫力……まさか、あいつ、『伝説の勇者』の…?」



560:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:01:19.28 ID:kumrvEHG0

 勇者の足は自然と北の商会へ向いていた。
 足音が一つ、勇者の隣に並ぶ。
 僧侶だった。

僧侶「勇者様……私に、彼女とお話をさせてくれませんか?」

勇者「僧侶ちゃんが…? どうして…?」

僧侶「私…彼女の気持ちがわかるんです。だから…」

 僧侶の言葉を受けて、重ねて何故と疑問がよぎったが、勇者は口にしなかった。
 とにかく、僧侶がそうしたいというのであれば、任せよう。
 自分は自分のやるべきことをやるだけだ。
 そう結論付けて、勇者は僧侶への思索を打ち切った。
 そうすることが、彼女への最大の気遣いだと思った。



561:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:02:32.53 ID:kumrvEHG0

 勇者様のお願いを聞いてくれたら、私のことを好きにしていい。
 それが黒髪の少女が北の商会の主人に対してした提案だった。
 北の商会の主人はこれを快諾し、出航の準備が整ったことを少女自身が確認出来たらその身を明け渡すという契約が結ばれた。
 そして少女は今、北の商会へと続く夜道を歩いている。
 北の商会の入口に人影が立っていた。

僧侶「こんばんは」

黒髪の少女「……こんばんは」

 少し思案してから黒髪の少女はその人物が勇者の仲間の僧侶であることに思い至る。
 だが、彼女が自分に何の用があるのかはさっぱりわからない。

僧侶「少し、お話をしませんか?」

黒髪の少女「……人と約束があるんです。私、行かないと」

僧侶「大丈夫、ほんのちょっとだけです。さあ」

黒髪の少女「あ、ちょっと…!」

 黒髪の少女は僧侶に手を取られ、無理やり連れられてしまう。
 パーティーの中では非力とはいえ、僧侶も相当に精霊の加護を受けている。少女に振りほどける力ではなかった。



562:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:05:35.15 ID:kumrvEHG0

 黒髪の少女が連れられたのは近くにあった酒場だった。
 貸し切りにしているのか、店内には誰も客がいない。それどころか、店主の姿さえ無かった。
 いつもの煩わしい視線が無いのはありがたい。

黒髪の少女「あの…話って…?」

僧侶「ええ。単刀直入に言うわね。駄目よ。今あなたがやろうとしていること……やめなさい」

黒髪の少女「……何の事かしら?」

僧侶「私たちに船を提供する代わりに体を売ったでしょう? そして今、あなたはそのために北の商会を訪ねようとしていた……違うかしら?」

黒髪の少女「何の話をしているのかさっぱりよ」

僧侶「とぼけても無駄よ。裏は取れているわ」

 嘘だ、と黒髪の少女は断じる。
 契約は少女と主人の二人のみが知る事実であり、自分は誰にも言っていないし主人が漏らすはずもない。腐っても大商会の主である。
 周囲の状況で勘付くことは出来ても、あくまで推測の域を出ていないはずだ。であれば、知らぬ存ぜぬで貫き通せる。

黒髪の少女「……付き合っていられないわ。私、本当に急いでいるの。失礼するわね」

 黒髪の少女は立ち上がり、出口に向かった。

僧侶「そんな風にして船をもらっても、勇者様は絶対に喜ばないわ」

 少女の足が止まる。

僧侶「既に勇者様も事態に勘付いてる。そんな手段によって都合をつけられた船になんて、絶対に乗らないでしょうね」

 それは駄目だ。それでは自分は何のために。
 黒髪の少女はふぅ、とため息をつくと僧侶に背を向けたまま語り始めた。

黒髪の少女「仮に……仮に、あなたの言っていることが事実として、何がいけないの?」

黒髪の少女「私が北の商会の主人にこの身を渡せば、あなた達は倭の国に行けるし、西の商会は立て直しが出来るし、北の商会の主人だって満足できる。皆が幸せになれるじゃない。それの何がいけないの?」

僧侶「いけないわ」

 僧侶ははっきりと言った。

僧侶「だって、あなたが幸せになっていないじゃない」

 少女は振り返った。その顔には少し怒りがにじんでいる。

黒髪の少女「いいのよ、私の事なんて」

僧侶「いいえ、よくないわ」

黒髪の少女「いいの!! どうせ私はもう幸せになんかなれない!! だから多くの人が幸せになれる道を選んだ!! それでいいじゃない!!」

僧侶「いいえ! あなたはまだ幸せになれる!! 自分の人生を諦めないで!!」

黒髪の少女「知ったふうな口を利かないで!! あんたみたいな女に私の気持ちは、汚れてしまった女の気持ちなんかわからない!!」

僧侶「いいえ」

 僧侶は再び否定の言葉を重ねた。

僧侶「わかるわ。だって私も一緒だもの」



563:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:06:32.24 ID:kumrvEHG0







僧侶「私も盗賊に攫われて―――――犯され続けていたことがある」








564:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:07:38.12 ID:kumrvEHG0


 僧侶の生まれはとある小さな町のごく一般的な家庭だった。
 慎ましくも幸せに生活し、僧侶はすくすくと美しく成長した。
 十三歳の時、町が盗賊の集団に襲われた。
 家族は皆殺しにされ、僧侶はその死体の傍で盗賊に組み敷かれた。
 生き残ったのは僧侶も含め、盗賊に気に入られた十人余りの少女のみだった。
 そこからの三か月間のことを、実は僧侶はあまり覚えていない。
 盗賊の慰み者として生きた過酷な記憶を無意識に閉じ込めてしまったのだろうと僧侶自身は解釈している。
 盗賊の虜囚としての生活はふとした時に終わりを告げた。
 少しばかり自由に出歩ける機会があったので、川に身投げしたのである。
 激しい流れにまかれ、滝を落ち、それでも僧侶は生き残った。
 川岸に打ち上げられた僧侶は空腹感に耐え兼ね、とにかく食べ物を探して当て所なく彷徨った。
 そして三日の後に、遂には餓死寸前のところを勇者たちの故郷、『始まりの国』の司祭に発見され、保護されたのである。
 なお、この三日の経験が彼女の『全ての子供たちに暖かな家を』という志の原初体験となっている。




565:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:08:27.69 ID:kumrvEHG0

僧侶「だから、あなたの気持ちはわかるわ」

 いつの間にか、僧侶の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。

僧侶「幸せにならないと駄目よ。そんなに酷い目にあったんだもの。それを取り返すくらい絶対に幸せにならないと駄目…!」

 僧侶は立ち上がり、黒髪の少女を抱きしめた。
 少女の目からも涙がぼろぼろと零れ落ちる。

黒髪の少女「う…ぐす…!! ひっく…! なれますか……? 私、まだ幸せになれますか…!?」

僧侶「なれる…!! 絶対になれるわ…!! いいえ、なるの!! 絶対に!!」

 僧侶と少女はしばらくの間、互いを抱きしめあって泣き続けた。



566:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:09:28.76 ID:kumrvEHG0

黒髪の少女「あ~……泣きすぎて頭がぼ~っとするわ」

僧侶「私も……いつ以来だろ、こんなわんわん泣いたの」

 泣き疲れた二人はそのまま床にへたり込んでいた。
 肩を寄せ合って座る二人はしばし黙り込む。沈黙は苦ではなく、むしろ心地よかった。

僧侶「ねえ…」

黒髪の少女「…なに?」

僧侶「私と友達にならない?」

黒髪の少女「……私でよければ、よろこんで」

僧侶「ありがとう」

黒髪の少女「どういたしまして」

僧侶「……」

黒髪の少女「……あ~、でもどうしよう」

僧侶「なにが?」

黒髪の少女「船のこと。倭の国に行けないと本当に困るんでしょ?」

僧侶「大丈夫よ。きっと勇者様が何とかしてくださるわ」

黒髪の少女「信頼してるのね」

僧侶「ええ。いつでも、ここぞという時に頼りになる方だもの。あなたも知ってるでしょう?」

黒髪の少女「……ええ、そうね」



567:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:10:46.57 ID:kumrvEHG0

 そして―――現在、黒髪の少女は北の商会の主人の前に立っていた。

北商会主人「ぐひょひょひょ……よくぞ約束通り現れた。覚悟は出来ておろうな?」

黒髪の少女「……はい」

北商会主人「では早速これから地下の部屋へ来てもらう。当然、そこでのことは一切他言無用じゃぞ?」

黒髪の少女「……はい」

 北の商会の主人の先導に従い、黒髪の少女は静々と歩を進める。
 そこに抵抗の意志は一切感じられないように思えた。

北商会主人「ここじゃ」

 厳重に鍵がかけられた重厚な扉が開き、中の様子が少女の目に飛び込んできた。

黒髪の少女「ぐ……」

 思わず少女は絶句する。
 噂に聞いていた通りの、いや、それ以上に醜悪な拷問器具の数々が所狭しと並べられていた。
 何よりも少女の心を抉ったのは、どれもこれも使い込まれているのがはっきりと見てわかるということだった。

北商会主人「今さら怖気ついても逃がしはせんぞ? なに、慣れるまではかる~く遊んでやる。安心せい」

 北の商会の主人が少女の肩に手を触れる。
 びくりと少女の体が震えた。

北商会主人「では……脱げ」

 威圧感のこもった拒否を許さぬ命令。
 少女はわなわなと震え、拳を固く握りしめ、口を開いた。

黒髪の少女「……駄目だ。てめえはもう駄目だ。北の商会の主人」

北商会主人「なにッ!?」

 少女の体から煙が噴き出す。
 北の商会の主人は目を疑った。
 黒髪の少女の姿はまさしく煙となって消え―――そこに立っていたのは、紛れもなく勇者であった。




568:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:12:28.37 ID:kumrvEHG0

勇者「どらぁッ!!!!」

 怒りに震えていた拳を勇者は主人の顔面に叩き込む。
 盛大に吹き飛んだ主人は壁に背中を強か打ちつけ、地面に倒れこんだ。

北商会主人「んな!! んば! 馬鹿なぁ!! 何故貴様がここに!? あの女はどこに消えたぁ!!」

勇者「俺が化けてたんだよ! この変化の杖でな!!」

北商会主人「んな、はあ…!?」

 勇者の説明を受けてなお混乱を増す北の商会の主人。
 勇者はそんな主人に構わず言葉を続けた。

勇者「駄目だ駄目駄目!! まったくの不合格!! てめえみたいなクソ野郎にあの子はやれねえなぁ!!」

北商会主人「な、何のつもりだ貴様! こ、この儂にこんなことをして、タダで済むと思っておるのか!!」

勇者「ああん!? 言っとくがめッッちゃくちゃ手加減してんだからな!? 俺が本気で殴ったらお前の頭ボーン!ってなるからね!?」

北商会主人「ひ、ひい!!」

勇者「噂の真偽を確かめるために来たはいいものの、噂以上に真っ黒じゃねえか!! お前本当殺されないだけラッキーだと思えよ!?」

北商会主人「く、くそ……いいのか? 儂に逆らえば倭の国には行けなくなるぞ?」

勇者「ああん!? ざけんな船はもらうに決まってんだろボケ!! 明日予定通り乗ってくからな!!」

北商会主人「そ、そんなふざけた言い分が通るわけ……!!」

勇者「じゃあぁぁこの部屋の事を町中に、国中に、大陸中に言いふらすからな!! 『伝説の勇者』の息子の言葉だ、みぃんな信じるぜ!! そうなりゃお前の商売は終わりだよ。いや、下手したら縛り首かもな」

北商会主人「な、な…が……!!」

勇者「あと、二度と女の子に乱暴なことをするな。この部屋を少しでも使ったのが分かったらすぐに殺しに来るからな」

北商会主人「ひ、ひぃ……」

勇者「わかったな?」

北商会主人「ひ、人の弱みを握って、暴力で言う事を聞かせて……そ、それでも『伝説の勇者』の息子かぁッ!!!!」

 主人の言葉を受けて、勇者は目を点にして固まった。
 そして、笑い始めた。大爆笑だ。

北商会主人「な、何が可笑しい!!」

勇者「可笑しいよ!! あんまり笑わすんじゃねえよ!!」



569:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:13:03.24 ID:kumrvEHG0








勇者「伝説の勇者の息子が、清廉潔白な『勇者』とは限らねえだろうがよ!!!!」










570:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/02(日) 18:14:46.14 ID:kumrvEHG0



 黒髪の少女は、穏やかな風の中、馬車に揺られて草原を駆けていた。
 行き先は勇者が善の国にて建設した寄宿舎である。
 港町ポルトを出た方がいい、という勇者の進言に従っての事だった。

黒髪の少女「幸せ…か……」

 少女は自身の幸せの形について思いを馳せる。
 そんなもの、決まりきっていた。

黒髪の少女「勇者と結婚できたら、凄く幸せだろうなあ」

 でも、少女は想いを告げることはしなかった。
 魔王討伐の旅を続けなければならない勇者には、少女の気持ちに応えることは出来ない。
 それが分かっていたから我慢した。それを分かっていて告白することは勇者の重荷を増やすだけの、ただの自己満足だと思ったから。

黒髪の少女「大好きだよ……この気持ち、伝えさせてね。勇者」

 だから、待つと決めた。
 勇者が魔王を倒して帰ってくるまで、いつまでも待ち続けると。
 風が吹いた。涙の痕はもうない。
 少女は穏やかにはにかみながら、流れる景色に目を向けた。



 同じころ、船上にて僧侶も風を感じていた。

僧侶(酷い目にあったんだから、それ以上に幸せにならないといけない―――か)

 自分で言った言葉が、自分の胸に深く突き刺さっている。

僧侶(私も―――いいんだろうか。こんなに汚れた私でも、幸せになることを目指していいんだろうか)

 自問するも、答えはとっくに出ている。
 それを否定することは、新しくできた友達の―――あの少女の人生を否定することだ。

僧侶(幸せになれるよう、頑張ってみよう。精一杯、頑張ってみよう)

 僧侶もまた、自身の幸せの形を夢想する。
 振り返って、海に向けていた視線を甲板に向けた。
 その視線の先に居たのは―――――







第十八章  過去の呪縛  完




588:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:40:26.95 ID:IhxMPPaB0

 倭の国。
 勇者たちの故郷・始まりの国や善の国などが属する大陸から東の海に浮かぶ島国だ。
 その交易は主に勇者たちも訪れた港町・ポルトを介して行われており、その船旅は実に七日の時を要する。
 倭の国の大きな特徴は何といってもそこに住まう人々の独特な出で立ちだ。
 男子は裾に行くほど広がる構造になっている袴と呼ばれる物を穿き、長布を羽織って帯で締める。女子は下着を身に着けた後、肩から足まである長衣を纏い、男性のそれと比べて大きな帯を締める。これが所謂『和服』の一般的な形である。
 町を行き交う大部分の人々は麻や綿で拵えられた和服を身に着けているが、時には艶やかに輝く絹製のものを身に纏った人もいる。聞くところによると上質な絹は主に輸入によって賄われているので、希少価値が高く高級品として扱われているのだそうだ。
 住居は木造を良しとしており、レンガや石造りの建物は住宅街の中には見られない。石造りの建築物が見られるのは精々商人宅の倉庫か、町を治める主の住まう城くらいのものだった。

勇者「もっちゃもっちゃ。さて、んぐ、これからどうすっかな」

 団子屋の縁側に腰掛け、団子を頬張りながら勇者達一行はそんな町の様子を眺めていた。
 倭の国中心街―――『央都(おうと)』にて。



589:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:40:56.36 ID:IhxMPPaB0





第十九章  ドラゴン・クエスト(前編)






590:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:41:41.04 ID:IhxMPPaB0

 この身滅ぶとも必ず怨竜討ち果たすべし ―― 鉄火志士丸。
 町の住人に教えてもらった結果、どうやら勇者の持つ狂剣・凶ツ喰に刻まれていた文字はそういう風に読めるらしい。まさしく、竜殺しの魔剣に相応しい文言であると言えた。
 後段の『鉄火志士丸(てつかししまる)』については、おそらく人の名前であろう。だが、それが所有者の名なのか、製作者の名であるかまでは判別がつかない。

武道家「まずは『鉄火志士丸』について聞き込みを始めるか」

勇者「そうだな。とりあえずそれしかやること浮かばねーや」

僧侶「勇者様、体の調子はどうですか?」

勇者「んー、今のところは特に何も……船酔いは僧侶ちゃんの回復のおかげで殆ど良くなったし……」

 実は勇者、倭の国に到着した直後は船酔いでダウンしていた。

戦士「倭の国が見えたと船の舳先でずっとはしゃいでいるからだ。まったくみっともない」

勇者「はしゃいでたのは戦士も一緒だろ。戦士は船酔いしなかっただけで」

武道家「とにかく、その魔剣は今のところはまだ大人しいということか」

勇者「そうだな。コイツが黙っているうちにさっさと手がかり掴んじまおう。それじゃみんな、よろしく」

 頷き合って一行はその場を散る。
 何となく進んだ道の先で、またしても勇者は珍しい者と顔を合わせることになった。



591:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:42:46.61 ID:IhxMPPaB0

「うおーいマジかよ!! お前なんでこんな所にいんの!?」

 そんな風に勇者に声をかけてきたのは、額に赤いバンダナを巻いて金髪を後ろに流し、腰に蒼く輝く剣を帯びた男。
 圧倒的な実力を持つ冒険者。
 『伝説になれなかった騎士』の息子。
 騎士である。

勇者「いやいや俺の台詞なんだけど。お前なんでこんなトコにいんの?」

騎士「いや、この前港町に寄ってみたらさー、なんか倭の国に向かって船が出るって言うからさー、特に予定もねえし、ちょっと行ってみっか!って。まあ要は暇だったからだな」

勇者「ってことはお前北商会の主人に会ったわけ?」

騎士「え? 誰それ」

勇者「え? いや、倭の国行きの船の持ち主。お願いして乗せてもらったんじゃねえの?」

騎士「いや、勝手に乗ったよ。出航しちまえばこっちのもんだってな。まあ密航がばれた時は一悶着あったけど」

勇者「いやお前マジか。よく船から叩き出されなかったな……ああ、いや、お前を力で叩き出せる船員なんている訳ねーか」

騎士「なんかその言い方だと俺凄い身勝手な悪い奴に聞こえるじゃん。言っとくけど食糧とかは自前のもん食ってたからね? マジほんと乗せてもらっただけだから。迷惑とか全然かけてねーから」

勇者「まあでも納得……お前があの北商会の主人に頭下げるなんて想像できねーもんな。武王様にすらタメ口きくような奴だし」

騎士「ってかお前が来るタイミングも大分おかしくね? 確か倭の国への船って一か月に一回しか出ないはずだろ? 俺がこの国に来てからまだ二週間もたってねーべや」

勇者「……まあ、いろいろありまして」

騎士「お? 何それすごい興味ある。ちょっと聞かせてみ? ほら、近くに旨い酒屋あるから」ガシッ!

勇者「いや、騎士くんボク凄い急いでんねんけど力強ッ!!!! 何コレ全然抵抗できない!!!!」ズルズルズル…



592:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:44:04.35 ID:IhxMPPaB0

騎士「ガッハッハ!! ガッハッハ!!」

 勇者から港町ポルトでの事のあらましを聞いた騎士は大口を開けて笑い出した。
 言うまでもないが、黒髪の少女絡みの話は『北商会主人の悪事を暴いて~』程度にぼかしてある。

騎士「悪いやっちゃ!! 『伝説の勇者』の七光りフル活用じゃねえか!! いや、愉快痛快!!」

勇者「う~るせいな。しょうがねえだろ」

騎士「いや、責めてねえよ褒めてんだ。いいじゃん勇者。お前、強かになったじゃんか」

 何やらとても嬉しそうに騎士は言う。
 その雰囲気が、まるで弟の成長を喜ぶ兄のようで、どうにも面映ゆくなって勇者は顔を背けた。

騎士「んで? 何でまたそんな事までしてこの国に来たんだよ。『伝説の勇者』―――お前の親父も、ここじゃ特になんにもしちゃいねえだろ?」

 勇者たちが、基本的には『伝説の勇者』のかつての旅路を辿っていることは騎士も知る所だ。

勇者「ちょっと今面倒なことになっててな。一応聞くけど、『鉄火志士丸』って名前に聞き覚えとかあったりしないか?」

騎士「あん? 何よソレ」

勇者「この剣にそういう名前が刻まれているらしいんだよ」

 勇者は腰に携えていた狂剣・凶ツ喰を掴み、騎士に文字が見えるように動かした。

騎士「ふ~ん。ちょっと貸してみ?」

 そう言って騎士は狂剣・凶ツ喰に向かって無造作に手を伸ばした。
 思わず勇者の顔が凍り付く。
 想像してしまったのだ。
 もし、騎士が呪いの支配を受け、正気を失ってしまったら―――それを止められる人間が、果たして存在するのだろうか。
 騎士が正気を失い、全力で暴れまわる―――冗談抜きで、それは世界の破滅に他ならないのではと勇者は思った。

勇者「待て騎士って力つっよ!!!!」

 慌てて騎士の手を掴み止めようとした勇者だったが騎士はおかまいなしで狂剣・凶ツ喰の柄を取った。

騎士「むっ…!」

 騎士の顔色が変わる。
 ぎくりと勇者の背が震えた。
 騎士は勇者の剣から手を離すと、上げていた腰を椅子に下ろす。

騎士「な~るほど。こりゃまた面倒なことになってんなあ、お前」

 どうやら騎士は剣を掴んだだけでおおよそのあらましを推察したようだった。



593:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:45:20.07 ID:IhxMPPaB0

勇者「さ、触っただけでわかるのか?」

騎士「そりゃわかるさ。お前が初めて俺の湖月を握った時と同じだ。特殊な剣ってのは握った瞬間にその力が使用者にも伝わるもの。そんで、俺は今その剣からも妙な力を感じた」

騎士「精霊装備ってのは本当に希少なものだ。それこそ、俺の故郷に国宝として伝わってきたくらいにな。だから、その剣が精霊装備だっていうのは中々考えにくい。それよりも、もっと可能性が高いものがある」

騎士「それが『呪い』。精霊の加護ならぬ超常の力―――人間の怨念だ」

 騎士は腕を組み、ふう、とひとつ大きなため息をついた。

騎士「――――『鉄火』って名前には聞き覚えがある」

勇者「ほ、ホントか!? 騎士!!」

騎士「確か……うん、そうだったはずだ。暇だったからな。この十日余りの間、俺は色んなところを見て回ってた。ここ、倭の国中心街『央都』から南西に二百キロ程度進んだ所に『端和(たんわ)』と呼ばれる集落がある。そこに剣を造る鍛冶屋があって、その一族が代々冠する名前が『鉄火』だったはずだ」

勇者「『端和』か……行ってみる価値はあるな」

騎士「多分、その剣の起源はそこで間違いない」

勇者「……? 何でそこまで言い切れるんだ?」

騎士「俺もさっき声を聞いた。竜殺しの呪いなんだろ? なら……思い当る節がある」

 酒杯を呷ると騎士は立ち上がった。

騎士「さっさと仲間を集めな、勇者。俺が『端和』まで案内してやる」

勇者「あ、ありがとう騎士!!」

騎士「気は進まねーがな……ま、お前を見捨てるわけにもいかねーし」

 妙に不機嫌な騎士の様子が気にはなったが、現状その厚意に甘えるしかない勇者は特に追求はしなかった。



594:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:46:20.17 ID:IhxMPPaB0

勇者「と、いうわけで騎士がしばらく僕達に同行します」

騎士「よろぴこ」

武道家「は!?」

戦士「なぁっ…!?」

僧侶「ふえぇ…!!」

 盛大に一悶着あるかと思われた騎士の加入だが、驚きはあったものの意外にすんなりと受け入れられた。
 それぞれ思うところはあるだろうが、貴重な情報を持つ騎士を無碍には出来ぬと理解してくれたのかもしれない。
 みんな大人になったなあ、としみじみ感じ入っている勇者の後ろではこんな会話が行われていた。

騎士「あれっ!? ちょっと待ってそれ精霊装備じゃない!?」

武道家「ご明察の通りだ。どうだ? 威力を試す気はないか?」

騎士「気が向いたらね! やあ僧侶ちゃん! 相変わらず可愛いね!!」

僧侶「近寄らないでください。そして指一本私に触れないでください」

騎士「辛辣ッ!! そういえばおっぱい触ったこと謝ってなかったね、めんご!!」

僧侶「許される気あります?」

騎士(ないよ!!)

武道家「言っておくが一度でも僧侶や戦士に狼藉を働いたら問答無用でこの『竜牙』を叩き込むからな」

勇者(うん! みんな仲良くやってるなあ!!)

 無論、勇者の耳はしっかりとその会話を聞き取っている。
 勇者の言葉は心の声だというのに驚くほど棒読みであった。



595:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:47:04.32 ID:IhxMPPaB0

戦士「おい」

騎士「ん?」

 さて、そんな勇者に聞こえないよう殊更声を潜めて騎士に話しかけたのは戦士である。

戦士「武闘会でのあの言葉の真意を教えろ」

騎士「あの言葉って?」

戦士「とぼけるな。勇者がまた壊れてしまうと、お前は言ってただろう」

騎士「言ってたっけ? 覚えてねえや」

戦士「おい!」

騎士「いや、マジで俺その場その場のノリで適当言うからさぁ~。あんま気にしなくていいよ? ホント」

戦士「お前…!! あの言葉で私がどれだけ悩んだと…!!」

騎士「めんご☆」

戦士「ぐぬぬ…!!」

 憤りを抑えきれない様子の戦士を見て、騎士は笑う。

騎士(実際、気にしてもしょうがないことは気にしない方がマシだぜ。お嬢ちゃん)

 その笑みの真意に気が付く者は、まだ誰もいない。



596:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:48:17.80 ID:IhxMPPaB0

 倭の国領土内、南西に位置する集落―――『端和』。
 その集落内に足を踏み入れた直後だった。

勇者「……ッが!? な、ぐぁ……!!」

 猛烈な耳鳴りと頭痛が勇者を襲った。
 耳元で金属器を大音声で打ち鳴らし続けているような不快感。
 吐き気が込み上げ、視界が赤く染まり始めた。
 そこで勇者は気づく。

勇者(凶ツ喰…!! これは、この剣が暴れているのか!!)

 魔剣が遂に牙をむき勇者の意識を乗っ取ろうとしている。
 勇者は歯を食いしばり、全力で剣の浸食に抗った。

武道家「おい、勇者! おい!!」

 異変に気付いた武道家が勇者の肩を揺する。
 戦士はいつでも勇者を抑えられるように背後に回り、僧侶はいつでも呪文を行使できるよう杖を握る。
 騎士は事の成り行きを静かに見守っていた。
 やがて勇者の息遣いが落ち着きを取り戻す。

勇者「もう……大丈夫だ……すまん、心配かけた」

武道家「そうか……異常を感じたらすぐに知らせるんだぞ。勇者」

勇者「ああ。しかし……剣がこれだけ反応したということは、やっぱり騎士の言う通り、この村には何かがあるな。皆、気を引き締めていこう」

 勇者はごくりと唾を飲み込み、躊躇う自分を鼓舞して歩みを再開した。



597:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:50:00.11 ID:IhxMPPaB0

村娘A「ようこそおいでくださいました、旅の方!!」

村娘B「ようこそ、端和へ!!」

 集落の入口をくぐった勇者たちを出迎えたのは美しい村娘たちの満面の笑みだった。

勇者「お、おお?」

 思わず勇者の目が点になる。

僧侶「ず、随分熱烈に歓迎されてますねえ…」

 僧侶の言葉を耳にした村娘が快活に笑った。

村娘A「はい!! 私達端和の民は、来訪されるお客様を最大限おもてなしすることを生き甲斐としておりますゆえ!!」

村娘B「宿もお食事も無料で提供させていただきます!! どうぞ、ご遠慮なくおくつろぎください!!」

武道家「そ、それはまた太っ腹なことだな」

戦士「見たところ、そんな飛びぬけて豊かな村だとは思えんが……」

村娘A「確かに、物質的な豊かさはさほどではないかもしれません。しかし、端和は土地神様のご加護により決して困窮することはなく、民は常に安定した生活が送れるのです!」

村娘B「端和の民がお客様に無償でご奉仕させていただきますのは、土地神様の素晴らしさを全世界に広めるためでございます!!」

勇者「『土地神』?」

 村娘の言葉に勇者が反応する。

勇者「土地神ってのはもしかして――――」

騎士「――――竜のことだよな?」

 勇者の言葉を騎士が引き継いだ。

村娘A「ひっ!?」

 騎士の姿を認めた村娘の顔が恐怖に歪む。

騎士「おいおいどうした? まるで化けて出たみたいな目で人を見やがって」

村娘A「はわ…! そ、村長様ーーーッ!!!!」

 あれ程人懐っこい笑顔を向けていた村娘たちは、勇者たちに背を向けると一目散に走って逃げていった。

勇者「騎士……これは一体……?」

騎士「まあ見てな。そうすりゃこのクソみてえな村の本質がわかる」

 やがて困惑する勇者たちの前に十数人の武装した男を引き連れて、一人の老人が姿を現した。
 今までは勇者たちの後ろに隠れるようにしていた騎士が、今度は前に出て老人と相対する。

騎士「よう村長さん。三日ぶり」

村長「お主……どうやってあの洞窟から……お主が今無事でここにいるということは、洞窟の赤竜様は……」

騎士「相手にもしてねえよ。面倒くせえ」

 騎士の言葉に村長と呼ばれた老人はほっとしたような、残念がるような、複雑な表情を浮かべた。

村長「そうか……では何しにこの村に戻ってきた。復讐か? 腹いせにこの村を蹂躙するつもりか?」

 ぴくりと騎士の眉が動く。
 俄かに緊張が走り、武装した男たちがそれぞれの武器を構えた。
 騎士はふぅ~、ととても長い溜息をついた。

騎士「ごめんなさいも無しか。つくづく救えねえな、お前ら」

 騎士は村長たちに背を向けた。

騎士「安心しな。今回はこいつらをここに案内しに来ただけだ。俺自身、この村をどうこうしようなんてつもりはねえよ」

 そう言って騎士は再び勇者たちの後ろに戻った。
 あからさまにほっと息をつく村長たちに、騎士は言葉を付け足した。

騎士「ただし俺がこの村にいる間は俺の機嫌を損ねないように気をつけな。そうだな、今度こそ見返りなしで飯と宿を提供してもらうぜ」



598:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:53:28.37 ID:IhxMPPaB0

 今を遡ること四日前―――騎士は一人でこの端和を訪れていた。
 騎士は今回勇者たちがされたように、村娘たちによって熱烈な歓待を受けた。
 おもてなしのムードは村全体に及んでおり、豪奢な宿と豪勢な料理が無料で騎士に振る舞われた。
 倭の国独特の山の幸、新鮮な海の幸、さらに極上の美酒として大陸にも伝わるジャポン酒。
 すっかりいい気分になった騎士はこんな風に考えて痛快に思ったものだ。

 何の見返りもなく、他人が喜ぶ姿を見ることが至上の幸福だなんて――――ああ、なんて素晴らしく、脳みその膿んだ奴らだろう。

 さて翌日。
 騎士は村の民から土地神様への拝謁を勧められた。
 なんでも、ありがたい土地神様のご加護を得ることで今後無病息災で居られるのだとか。
 飛びぬけた加護を既に得ている騎士を侵せる病魔など恐らくこの世に存在し得ないので、そんな拝謁を行うメリットなど毛ほどもなかったが、余りにも熱心に勧められるので結局騎士は根負けした。
 そもそも、来訪者を無料で歓待するのは土地神の信仰を流布するため、と昨晩案内されている。
 それを知っていて歓待を受けたのだ。それでこの勧めを断るというのは余りに不義理というものだろう。
 自由奔放の体現者とも言うべき騎士がこんな殊勝なことを考えるくらいには、騎士は端和での歓待に満足していたのだった。
 騎士は村民の案内に従って土地神が住まうとされる山を登った。
 ぞろぞろと二十人余りの男たちに案内されたので、何とも大袈裟なことだと騎士は呆れていた。
 「何ともまあ、自分以外の何かをよくそんな風に敬えるものだ」と、こんな感じに騎士は思っていた。
 やがて洞窟の入り口に着き、ここで騎士は村民たちより先に行くよう案内される。
 洞窟の奥から感じる熱気。この奥に火砕流やマグマが溢れていることは明らかだ。
 本来であればこの先こそ地元の人間が先に立ち、案内するべきだ―――普通であれば、ここでそんな疑問を抱いたかもしれない。
 しかし常人より遥かに高い耐久性を持つ騎士は、「そりゃ普通の人はこんな所行きたくねーよなー」と納得するばかりであった。
 しばらく進んだ所で、突如騎士の背後に重く厚い石造りの扉が下ろされた。
 「何のつもりだ?」―――当然騎士は問う。
 だがその問いへの返事はなく、扉の向こう側から聞こえてくるのは奇妙な歌だけであった。
 それは騎士が倭の国中を放浪していた時に何度か耳にしたことがある歌だった。
 『念仏』―――倭の国において最もポピュラーな、死者に捧げる鎮魂歌。

 ああ―――なるほどね。

 騎士は全てを察し、しかし驚くほど腹は立たなかった。
 むしろ安心した。納得がいき、合点がいった。

「なんだ、やっぱりそうだ」

「やっぱり理由があった。あの歓待は、ちゃんと見返りを求めての事だったんだ」

「そうだ、やっぱり―――全くの無償で誰かに奉仕できる人間なんている訳がない」

「居るとしたら―――――そんな奴は、人間として壊れている」

 騎士はしばらくどうするかその場で思案した。
 騎士の力ならこの程度の石扉などあっさり粉砕できる(なお、ぞろぞろと二十人もついてきたのはこの扉を動かすためだったのかと騎士はここで理解した)。
 しかし騎士はそもそも暇つぶしの為に倭の国に渡ってきた身だ。
 端和の民をこのような狂気に走らせる土地神とやらの正体への興味が勝って、騎士は先に進むことにした。
 果たして、騎士は洞窟の最奥にて赤い鱗の竜と対面した。
 対面し、二言三言竜と言葉を交わして、『端和の土地神の仕組み』を理解した騎士は、呆れた。
 呆れて、騎士は目の前の竜に言葉を放った。

「戻るのも面倒だ。この洞窟の裏口―――というか、お前用の出入り口か。あるだろ。道を教えろ」



599:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:55:08.54 ID:IhxMPPaB0

騎士「―――とまあ、こんな訳だ」

 用意された宿にて、勇者たちは騎士の部屋に集まって話を聞いていた。

勇者「生贄……ってことか」

騎士「そういうことだな。来訪者を歓待するのは土地神の所へ案内しやすくするため。もしかすると、罪滅ぼしの意向もあるのかもしれねーけどな」

武道家「とすると、勇者の持つ魔剣の呪いはかつて生贄にされた何者かの怨念…?」

騎士「或いは、その縁者か。どちらかと言えばこっちの可能性が高いだろうな」

戦士「何故だ?」

騎士「元々その剣が生贄になった誰かの物だったとしたら、それを洞窟内から持ち出した奴がいるってことになるだろ。剣が落ちてるのは当然竜のいる最奥だ。そんな所に残っているかさえも怪しい遺品をわざわざ取りに行くやつがいるか?」

僧侶「しかし、縁者というのも……その旅人が行方知れずになった原因が、こんな遠い島国の竜に食べられたからだと気づくことが出来るでしょうか?」

騎士「まあ、出来んわな。つまり……」

武道家「つまり…?」

勇者「つまり、旅人だけじゃないんだ。生贄は」

 重々しく口を開いた勇者に全員の視線が集中する。

勇者「そもそも、旅人だけをターゲットにしたって、足りる訳がないんだ。足りない分をどうやって補うかなんて……そんなの答えは分かりきっている」

 勇者はその手に持った狂剣・凶ツ喰を目の前に掲げた。

勇者「その犠牲となったのが、恐らく『鉄火志士丸』に近しい誰かなんだ。とにかく俺達は、『鉄火』の家に行って話を聞かなければならない」



600:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:56:02.99 ID:IhxMPPaB0



 端和の集落、その片隅にひっそり設けられた墓地。

 そこにある墓石のひとつ―――『鉄火志士丸』と刻まれた墓石の前に、花を添える少女がいる。

 遺体のないその墓の前に跪き、少女は涙を流して祈りを捧げた。

 それは恐らく、端和に伝わる土地神に対してではなく、もっと別の何かへ向けて。

 少女は祈り続ける。拝み続ける。

 縋るように。願うように。


「兄上……どうか御無事で、お戻りくださいますよう……!!」


 ああ―――――その願いの結末は。





601:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:56:57.99 ID:IhxMPPaB0

勇者「そして、何故端和の民がこの生贄を受け入れているのか、俺達はその謎も解かなければならない」

騎士「そんなもの、弱いからじゃないのか? 刃向えば全員殺される。だから、素直に従って見逃してもらっていると、ただそれだけの話じゃないのか?」

勇者「いいや、村民に危害を加える竜が近隣に住み着いた時点で、倭の国中央部に討伐依頼を出すのが自然だ。だが、倭の国中央部ではそんな話は一切聞かなかった。つまり、当初からこの端和では竜の存在を許容していたんだ」

勇者「そこには何か理由があるはずだ。端的に言えば、『端和の民から定期的に犠牲者を出してでも得るべきメリット』。竜の存在が端和にどんな利益をもたらしているのか……それを探る」

武道家「言われてみれば妙な話だ。普通に考えれば、集落を捨てて全員が逃げ出してもおかしくない。それをしない確たる理由が、確かに有りそうだな」

勇者(……けど、命に釣り合うようなメリットなんて、本当にあるのか? 少なくとも、俺には思いつかない……俺の中で、命こそが何よりも重いものだと定義されているからだ)

勇者(……今考えても仕方がない。今考えるべきは、情報収集を如何にして行っていくかだ)



602:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/23(日) 21:57:49.48 ID:IhxMPPaB0

 端和の集落の中央部、大屋敷の一室にて村長は畳に膝をつき、頭を垂れていた。
 おかしな光景である。
 村長とはその名の通り村の長。
 村長が膝をつくべき上位存在など、本来村の中に居るはずはないのだ。

村長「先日、生贄の任を逃れた騎士が舞い戻ってまいりました。加えて、数人の仲間を連れきた様子で……もしや、赤竜様へ弓引くことを考えておるのかもしれません」

 村長の視線の先―――帳(とばり)の奥で影が動く。

村長「いかがいたしましょう……竜の巫女様」

 村長の座る畳より一段高く設けられた舞台に鎮座する巫女服の少女―――竜の巫女と呼ばれた少女は、その黒々とした瞳を見開き、こう口にした。



竜の巫女「――――不届き」






第十九章  ドラゴン・クエスト(前編)  終



610:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:21:28.64 ID:/ebBIA7U0

勇者「情報収集は二手に分かれて行おう。俺と武道家は『鉄火』の家を訪ねる。戦士と僧侶は村の人たちから土地神――竜の話を聞いてみてくれ。主に、どうして生贄を欲する竜なんかを信仰し続けるのかって辺りを、なるべく刺激しないようにな」

戦士「む、難しいな……」

勇者「『鉄火』の家にはどうしても実際に剣に呪われている俺が行く必要があるから、出来ればそっちの方は任せたいんだけど……どうしても無理なら、二手に分かれるのはやめて、みんなで順番に行こうか?」

僧侶「いえ! 勇者様に頼りっきりにするわけにはいけません。こちらは私と戦士にお任せください!」

戦士「ああ、が、頑張る……」

勇者「そう? じゃあ、悪いけどお願いするよ。騎士はどうする?」

騎士「んー? まあ、このままじっとしてんのも暇だし、勇者の方についていこうかな。この村の奴らの信仰の話とかはクソ程どうでもいいけど、剣の話は面白そうだ」

 よっ、と声を上げ、ベッドに仰向けに寝転んでいた騎士が身を起こす。

騎士「人の意思を喰らう魔剣。どれ程の恨みが、執念があればそんな代物が出来上がるのか……これはちょっと興味深いぜ」



611:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:22:05.43 ID:/ebBIA7U0






第二十章  ドラゴン・クエスト(中編)







612:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:24:05.25 ID:/ebBIA7U0

 端和の村の南西に位置する鍛冶屋―――『鉄火』。

勇者「……ここだな。確かに、看板にこの剣に書いてあるのと同じ『鉄火』の文字がある」

武道家「随分と静かだが……誰もいないのか? 村人の話では営業はしているとのことだったが…」

騎士「まあ取りあえず入ってみようぜ」

 勇者は入口のドアを開ける。ちりんちりんと鈴がなった。
 店内に足を踏み入れ、様子を伺うが、誰も出てくる気配がない。
 店内は狭く、入口から入ってすぐにカウンターが設置され、そこに料理包丁や鉋などの刃物類が展示されている。
 壁に掛けられている展示品などを見ても、剣など、所謂武器の類は一切置いていなかった。

騎士「んー? 武器屋じゃねえのか? ここ。剣なんて一個も見当たんねーけど」

勇者「おかしいな……てっきりこの剣はここで造られたんだと思ってたけど、違うのか?」

武道家「おーい!! 店の者は誰かいないのか!?」

??「あ、はーい!! 只今!!」

 武道家が奥に向かって呼びかけると、ようやく反応があった。
 ドタドタと慌てたような足音を響かせて、一人の少女が顔を覗かせた。
 黒く艶のある髪は耳の下あたりで切り揃えられており、頭にはタオルを巻いている。
 目鼻立ちは整っている方だと言えるが、汗に濡れた頬は煤で黒く汚れていた。
 着ている物も女性的な着物ではなく、作務衣と呼ばれる男性用の作業着だ。

少女「申し訳ありません。奥で作業をしているとどうしても鈴の音が聞こえづらくって」

勇者「あなたが店主なのですか?」

少女「はい。女の身で不肖なれど、今は私が『鉄火』の看板を継いで切り盛りさせていただいております。お客様、本日は何をご入り用でしょうか? とはいっても、冒険者がお求めになられるような武具の類は今は取り扱っていないのですが……」

勇者「ああ、いや、申し訳ない。実は私達は物を買いに来たわけではないのです。少し『鉄火』の店主様にお話を伺いたくて参りました」

少女「はあ…わたくしに? 旅の方がこんなしがない鍛冶屋の娘に何のお話でしょう?」

 少女は小首を傾げ、やや困惑したような素振りを見せた。
 勇者は腰に差していた狂剣・凶ツ喰(キョウケン・マガツバミ)をカウンターの上に置く。
 それを目にした少女の顔色が変わった。

少女「そ、そんな……これを……どこで…!?」

 口元に手を当て、わなわなと震えだす少女。
 その様子に少しためらいながらも、勇者は言った。

勇者「霊峰ゾアと呼ばれる竜神の住まう山……そこで見かけた遺体が、抱えていた物です」

少女「あ、ああ……!」

 勇者の言葉を聞いた少女はその場に崩れ落ちた。

少女「兄上…! 兄上ぇぇ…!!」

 ぼろぼろと少女の目から大粒の涙が零れ落ちる。

少女「うぐ…うぇ…うぁぁ…!!」

 嗚咽を漏らす少女にかける言葉が見当たらず、勇者はぐっと唇を噛みしめていた。



613:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:26:59.09 ID:/ebBIA7U0

 やがて少女は泣き腫らした目を擦りながら立ち上がった。

少女「ごめんなさい……取り乱しました……」

勇者「いえ…」

少女「それで、お話というのは……」

勇者「単刀直入に申します。私は今この剣から、その…所謂、『呪い』……を、受けています。その解呪の手がかりを得るために、この剣が生まれた経緯を知りたいのです」

少女「呪い……」

 勇者の言葉を繰り返した少女は、恐る恐る剣の鞘に手を触れた。
 しばしそのまま目を閉じて―――やがて、何かを決意したように口を結んだ。

少女「わかりました。私が知る限りのことをお話ししましょう。どうぞ、奥へ。客間がございます。狭いですが、それでもここで立ち話するよりは寛げるでしょう―――長いお話に、なるでしょうし」

 勇者、武道家、騎士の三人は通された客間に足を踏み入れる。
 六畳の畳に丸いテーブルが置かれていた。少女が押入れから座布団と呼ばれる綿の詰まった座具を取り出す。
 座布団を尻の下に敷き、初体験の感触に少し感動しながら、勇者は部屋を見回した。
 壁の一角に設けられた飾り棚のような空間――後に少女に聞いたところ、床の間と呼ばれる空間らしい――に飾ってあった剣に目を奪われる。
 飾台に寝かされた二振りの剣―――どちらも、相当の業物であることが雰囲気から感じ取れた。

少女「父と―――長兄の造ったものなんです」

 思わず剣に見入ってしまっていた勇者に、少女がはにかみながら説明してくれた。

少女「この『鉄火』の家は、倭の国でも有数の刀鍛冶でした。先代店主だった父は本当に凄腕の鍛冶屋で……倭の国お抱えの武士団は皆父の剣で装備を統一する程でした。私が店を継いでからその技術はすっかり途絶えてしまいましたが」

 少女の微笑みが寂しげなものに変わる。
 客間からは作業場の様子が見えた。
 炉の中に僅かに残った火が、黒々とした作業場を照らしている。

少女「私は剣を造れません。精々、見よう見真似で家庭用の刃物を造るくらいで……父は、私に技術を継ぐ前に、死んでしまいましたから……」

 勇者たちの目の前に、茶の入った湯呑が置かれ―――少女は勇者たちに向かって居住まいを正した。

少女「『鉄火志士丸』は私の父の名前。私は鉄火の娘、蓮華(れんげ)と申します」



614:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:28:16.81 ID:/ebBIA7U0

 鉄火蓮華を名乗った少女は勇者に向かって深々と頭を下げた。

蓮華「まずは、勇者様に深く感謝を。よくぞこの剣を、この鉄火の家まで持ち帰ってくれました」

勇者「あ、や…礼を言われるようなことじゃ……むしろ、遺体の物を勝手に持ち出したりなんて、最悪なことをしたわけで……」

蓮華「確かに、その行為自体は褒められたものではありません。しかし、それでも……遠い異国の地に置き去りにされるよりは救われたでしょう。兄上も……父上も」

 それに、と少女―――蓮華は、言葉を続ける。

蓮華「勇者様も、私利私欲の為にこの剣を持ち出した訳ではないのでしょう? この剣を売り払おう等とはせず、何かを討ち果たすために使ったからこそ、この剣の呪いを受けてしまった。ならばどうして私に勇者様を責める言葉などありましょうか。むしろ我が一族がご迷惑をかけたことをお詫び申し上げるところです」

勇者「ああ! いやいや!! やめてください! いや、ホントに!!」

 またも深々と頭を下げる蓮華に、勇者は慌てた。

蓮華「いえ。この度は誠に申し訳ありませんでした」

勇者「ああもう! 顔を上げてよ!! そんなんじゃないんだってマジでぇ!!」

 ごほん、と咳払いをしたのは武道家だ。

武道家「すまない、こちらがそんな事を言える立場ではないのは重々承知しているのだが、そろそろ本題に入っていただけないだろうか。事は一刻を争うのだ」

騎士「そうそう。こうしてる今も意識持ってかれそうでやばいんじゃねーの? 勇者」

勇者「んぐ、まあ……」

 騎士の言う通りであった。
 最初に村に入った時ほどの衝撃は無いが、あれからずっと耳鳴りのようなものが勇者の精神を蝕んでいる。

蓮華「ごめんなさい…では早速本題に……といっても、何から話せばよいか…」

 しばし思案する素振りをして、蓮華は口を開いた。



615:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:29:39.54 ID:/ebBIA7U0

「この村にはおかしな風習があります。『土地神様』―――西の山に居る竜を崇め奉り、定期的に貢物をしているのです」

「その貢物と言うのが―――ご存知でしたか。流石です。そう、人間です。竜は、定期的に人間を生贄として要求してきます」

「どうして村の人々がそのような風習を受け入れているのか、私にはわかりません。父はおおよその経緯を知っている様子でしたが、私には教えてくれませんでした」

「というのも、父は村の信仰に非常に懐疑的だったのです。いくら村全体の繁栄の為といっても、その為に村人が犠牲になるのを良しとはしていませんでした」

「もちろん、父のように異を唱える人は決して少なくありませんでした。だから、当時の村長はある対策を講じました。それが、村外から人を呼び、その人を生贄とする今の仕組みです」

「『端和は無料で最高のもてなしが受けられる、桃源郷のような場所だ』と噂を流布し、集客を図りました。結果は上々でした。この仕組みのおかげで村民の犠牲は大幅に抑えることが出来ました」

「……怖い顔をしないでください。わかっています。最低ですよ、こんなこと。父も、兄達も、もちろん私も、そう思っていました。だから、父と長兄は……」

「剣を、造っていたんです。竜を殺すための剣を」

「それが、良くなかったのでしょうか」

「次に村民からの生贄として指定されたのは、長兄だったのです」

「……あの日のことは、正直思い出したくもありません。家の中に、二十人以上の大人が入って来て、抵抗する父と兄達を押さえつけて……私も縛り上げられて、喉に刃を押し付けられました」

「それが、とどめでした。『妹の命が惜しければ』―――長兄は抵抗をやめ、素直に彼らについていきました」

「去り際の兄の顔が忘れられません。泣きながら、笑っていて、とても悲しそうな声で―――」



『なんだかなぁ。なんでこうなっちまうんだろうなぁ。俺はさあ、ただ、ただ皆の為に―――』





616:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:30:50.71 ID:/ebBIA7U0

「あとに残された私たち家族は、放心状態でした」

「長兄が連れていかれて丸一日以上たっても、誰もその場から動こうとはしませんでした」

「父の憔悴ぶりはその中でも群を抜いていて……その瞳がどこを見ているのか、全くわかりませんでした」

「長兄は父の宝でした。『鉄火』を継ぐ者として、父の持つ技術を全て受け継いだ……そんな長兄を連れていかれて、父はきっとすっかり生きる気力を無くしてしまったに違いありません」

「どうして私たち家族を皆殺しにしなかったんでしょう? ―――ええ、わかっています」

「『鉄火』は倭の国でも指折りの鍛冶屋……その名の集客力を失いたくはないという、浅ましい思惑があったに違いありません」

「やがて、最初に立ち上がったのは誰あろう、父でした。父はそのままフラフラと作業場に進むと、一心不乱に鋼を打ち始めました」

「父がそうして動き始めた以上、私もじっとしている訳にはいかないと、私も立ち上がり、食事の準備を始めました」

「どうやら父に死ぬつもりはない。ならば生きていかなくてはと、食事をしなくてはならないと思ったのです」

「しかし父は私の作った食事に手をつけませんでした」

「父は三日三晩、作業場に籠りっきりで狂ったように剣を打ち続けました」

「狂ったように―――いえ、実際、父はもう狂っていました」

「長兄が連れていかれてから一切食事をとっていなかった父は」





「最後に、自らが造った剣を飲み込んで果てていました」







617:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:32:40.26 ID:/ebBIA7U0

「その時の私が何を思ったか―――どうでしょう、あまり覚えていません」

「ただただ衝撃的で―――私は思わず父の元へ駆け寄ろうとしました」

「しかし、そんな私の肩を掴んで制止する者がありました」

「―――私の、もう一人の兄でした」

「どうして止めるのかと私は兄に問い、兄はあれが父の望みなのだと答えました」

「訳が分かりませんでした。すぐに分かると兄は言いました」

「父の供養をしようとする私を兄は押し留め、その必要はないと言いました」

「ならば父をあのままにしておくのかと私は問い、そうだと兄は答えました」

「人でなしと私は叫びました。そうだと兄は言いました」

「俺も父も―――とうに人間をやめていると、そう言いました」

「一夜が明けました。兄はまだ作業所の前に陣取っていました」

「二日が経ちました。兄と私は作業場の前で睨み合っていました」

「三日が経ち、兄が終わったようだと言いました」

「父の死を確認してから、実に三日ぶりに作業場の扉が開かれました」

「私はそこに、どんなおぞましい光景が広がっているかと身構えました」

「放置され、腐敗した父の遺体など誰だって見たくはないでしょう」

「しかし、そこに広がっていたのはある意味私の想像を遥かに超えておぞましい光景でした」

「そこにあったのはただ一振りの剣のみで、父の遺体は跡形もなく消えていたのです」

「私は混乱しました」

「父の遺体をどうしたのか、私は問いました」

「見ての通りだと兄は答えました」

「片付けたのかと問いました。いいやと兄は首を振りました」

「父は―――剣になったのだ、と兄は言いました」

「俄かには信じられませんでしたが、しかし現実に父の遺体は跡形もなく消えていたので、そうなのだろうと私は納得しました」

「これからどうするの、と私は兄に問いました」

「旅に出る、と兄は答えました」

「旅に出て、必ず竜を打ち倒す術を得てくると。お前が生贄に選ばれる前に必ず帰って来ると、そう言い残して、兄は旅立ちました」

「―――これが、私が知る限りの、この剣に関する経緯です」




618:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:33:56.60 ID:/ebBIA7U0

 鉄火の娘、蓮華の話が終わってから、場にはしばらくの間沈黙が満ちていた。

騎士「……なんつーか、すげえ話だな」

 騎士ですら、遠慮がちに口を開いている。

武道家「……辛い話をさせた。申し訳ない」

蓮華「いえ、いいえ……私も、初めて人に話して、ようやく自分の中で整理がついたような気がしますので……」

勇者「………」

 勇者は押し黙ってしまっていた。
 自ら刃を飲み込んだ鉄火志士丸の壮絶な狂気に当てられもしたが、それ以上に勇者には思うところがあった。
 蓮華の話の結びとなった、彼女の兄の旅立ち。
 勇者は、その結末を知っている。
 霊峰ゾア。
 竜の神がおわします山脈。
 その洞窟の深い穴の底に、彼は居た。
 一体、どんな気持ちだっただろう。
 竜の打倒法を知るため、遠く遥か異国の地まで歩んできて。
 足を滑らせ、あの穴に落ちて、足掻いても足掻いても抜け出せなくて。
 一体、どれ程の絶望だったろう。
 最後に事切れるまで、彼はあの穴の底で何を思っていたのか。
 きっと、それもまた呪いだ。
 父の狂気と兄の絶望で狂剣・凶ツ喰は構成されている。

蓮華「あの……お役に立ちましたでしょうか」

 勇者の様子に、不安げに蓮華が声をかけてきた。

勇者「……ああ、そうだな。ありがとう。おかげで、やるべきことがはっきりした気がするよ」

 勇者の声には、固い決意が込められていた。



619:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:35:46.45 ID:/ebBIA7U0

村人「土地神様には常に感謝しているよ。僕らが日々を豊かに過ごせているのは、全て土地神様のおかげだからね」

僧侶「そうですね。他の皆様のお話を聞いていても、端和を守る土地神様がとても力のある神様だというのが分かりますわ」

村人「うむうむ、そうだろうとも」

僧侶「それで、とても恐縮なのですが、実際に土地神様が何か奇跡をお示しになられた事例がございましたら教えていただけませんか? 私も神職に就く身ですから、とても興味がありますの」

村人「土地神様が直接僕らに何かをするという事はないよ。しかし、土地神様は常に端和をより良く発展させるために神託を下される。竜の巫女様を通じてね」

戦士「竜の巫女?」

村人「土地神様に認められ、その神通力を授かった巫女様のことさ」

僧侶「へえ…是非会ってみたいですね。その方はどちらに?」

村人「村長の屋敷さ」

僧侶「どうもありがとうございました」

村人「いやいや、土地神様の素晴らしさを広める一助になれたんだ。お安い御用だよ」

 村人と別れ、僧侶と戦士は二人並び歩く。

戦士「竜の巫女、か…どうする? 会いに行ってみるか?」

僧侶「そうしたいところだけど……村長様の屋敷に居るというのが痛いわね。村長様も私達の動きを警戒しているはず。会いたいと言って、まともに取り合ってくれるかしら」

戦士「とりあえず、行くだけ行ってみないか? 駄目だったら、その時に対策を考えよう」

僧侶「そうね……どの程度私たちが村長様に警戒されているかを計るいいチャンスかもしれないわ」



620:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:38:54.56 ID:/ebBIA7U0

 端和中央部―――村長屋敷。

僧侶「こんにちは」

使用人「はい、本日はどのような御用件でございますか?」

僧侶「村長様に一度正式にご挨拶をと思いまして。お取次ぎ願えますか?」

使用人「少々お待ちくださいませ」

戦士「……門前払い、というわけではなさそうだな」

僧侶「使用人が私たちに気付いた様子もない。どうやらそこまで徹底して排斥されているわけではなさそうね」

村長「……お待たせした」

僧侶「どうも、改めましてこんにちは。村長様」

村長「一体何用で来られたのかな? 女二人ということで、どうやら襲撃の類ではないと判断したが」

戦士「単刀直入に申せば、竜の巫女様に拝謁賜りたい」

村長「ふむ……何故?」

僧侶「私達は知りたいのです。この村で行われている土地神信仰の実態を。そしてその是非を判断したい」

戦士「今のところ、我らは騎士からしか話を聞いていないからな。それでは情報に偏りがある。正しい判断の為には、村側の話を聞く必要がある」

村長「そういうことであれば……良いでしょう」

 村長は屋敷に戦士と僧侶を招き入れた。

村長「これより竜の巫女様がおわしますお座敷に案内しますが……くれぐれも、粗相のなきようお願いいたします」

 戦士と僧侶は畳張りの広間に通された。
 二人の正面には舞台が設置されており、舞台を覆う帳の奥に人影が見える。

僧侶(あれが…)

戦士(竜の巫女…?)

村長「それでは、竜の巫女様の、おな~り~!!」

 村長の声と共に、舞台の帳が開かれた。
 舞台の中央に鎮座する、巫女服の乙女が姿を現す。
 竜の巫女の黒々とした瞳が戦士と僧侶を射抜いた。

僧侶(年端のいかぬ少女なのに、なんて威圧感……)

戦士(確かに只者ではないな、これは)

竜の巫女「お初にお目にかかる。私は竜の巫女。端和の安寧を司る者。そなたらは何者じゃ?」

僧侶「私は僧侶」

戦士「私は戦士だ」

竜の巫女「ほうか。ならば僧侶、戦士よ。此度は何用があって我が前に現れた?」

戦士「私達はこの村で行われている土地神信仰について非常に興味がある」

僧侶「土地神様の話を聞くには、その仲介者である竜の巫女様に話を伺うのが最も良いと思ったのですわ」

竜の巫女「然り。よかろう。ならば話して聞かせようではないか。この村を襲った悲劇を。竜による救済を」




621:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:42:34.88 ID:/ebBIA7U0

「さて、しかしどこから話したものか」

「そうじゃな。この村の土地神信仰が始まったのは、もう五十年ほど前になろう」

「その年は作物に得体の知れない病気が蔓延り、端和は大不作であった。このままでは村人の大半が餓死してしまうほどの、の」

「何度作物を植えなおしても枯れてしまう、そんな状況に皆が絶望していた時じゃった。村に一人の旅人がやって来たのじゃ」

「旅人は作物の惨状を見て言った。『これは大地の呪いだ。土地神様の加護を失ったこの大地は、悪い神から呪いを受けている』」

「『土地神様とは何か?』と村の人々は問うた。『知らないのか。では土地の加護を失うもの仕方なき事。信仰を無くした民に、土地神様も呆れていらっしゃるであろう』」

「『しかしまだ間に合う。私は知っている。この土地の神は西の山に居る。うら若き娘を遣いとして送るのだ。さすれば土地神様はこの村の行く道をお示しになるであろう』」

「村の人々は、どうせこのまま飢え死にするのならと、旅人の言う通りにした。一人の娘を選抜し、旅人の言う山に向かわせたのじゃ」

「間もなくして娘は無事に帰ってきた。しかしどうも様子がおかしい。村人は問うた。『どうした? 何があったのか?』」

「娘は言った」

「『私は土地神様の加護を得て、竜の巫女となりました。私の言葉は土地神様の言葉。これより神託を賜わします。その通りに薬を調合し、土に混ぜよ』」

「純朴だった娘とは思えぬ威圧感に、皆飲まれていたそうじゃ。とても娘の冗談だとは思えず、娘の言うがままに村人は従った」

「するとどうじゃ。あれ程病魔に蝕まれていた土地は瞬く間に回復し、作物は大いに実りだしたではないか。端和は飢饉の危機を乗り越えたのじゃ」

「それから幾度となく、竜の巫女となった娘は神託を下した。その言葉に従うことで、端和はどんどん豊かになっていった」

「ある時のことじゃ。竜の巫女となった娘が言った。『土地神様の力が弱まっている。回復のために、精力豊かな若い人間を捧げよ』と」

「村人は戸惑った。そして聞いた。『もし従わなければどうなるのか?』」

「『ならばこの土地は加護を失い、やせ衰えるだけだ。土地神様が力を失えば、当然神託を授けることも出来なくなるであろう』。娘は淡々と言い放った」

「まだあの飢饉の絶望の記憶が新しい村人は慌てふためいた。そして、苦渋の決断じゃったが、一人の娘を土地神様が棲む洞窟に行かせた」

「最初の娘がそうであったように、再び巫女として帰ってくることに期待していたんじゃな」

「しかし娘は帰ってこんかった」

「しばらくして、またも土地神様から生贄の要求があった。村人は必死で頭を垂れ、願った。どうか、別の物での代用を、と」

「竜の巫女は言った。『構わぬ。であれば、土地神もろとも端和も滅びるだけだ。それが民の願いであれば、それも仕方なかろう』」

「……村人は、再び生贄を選び、洞窟に向かわせた」

「そんなことが何度か続き、悲嘆にくれる村人を見かねた竜の巫女は言った」

「『何か勘違いしているようであるが、贄は別に村の者でなくともよい。若い人間であれば誰でもよいのだ。むしろ余所者の方が良い。その方が、土地神様の心も痛まぬ』」

「その言葉をきっかけに、端和は余所から来た人間を無料で歓待する『もてなしの町』となったのじゃ」

「村人の犠牲は大幅に減り、二十年が経つ頃には土地神様の加護を疑う者は誰もいなくなった」

「その大きな理由のひとつに、竜の巫女の姿があった」

「土地神様の加護を受けた竜の巫女は一切老いることなく、うら若き乙女のままであったのじゃ」

「こんなに分かりやすい、目に見える奇跡はあるまいて。かっかっか」



622:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:43:46.25 ID:/ebBIA7U0

 そこまで話を聞いた時、僧侶と戦士は思わず口をあんぐりと開けていた。

僧侶「ま、まさか、今の話に出てきた竜の巫女様って全部……」

竜の巫女「左様。私じゃ。故に今の話は誓って真実じゃよ。伝聞によって捻じ曲げられることのない、私自身が見聞きしてきたことじゃ」

戦士「ご、五十年ってことは、少なくとも六十代の後半……む、無理だ。化粧での誤魔化しにしたって限度がある」

竜の巫女「む、疑り深い奴じゃ。何じゃったら触って肌の張りを確認せえ。ほれ、ちこうよれ」

村長「み、巫女様!!」

竜の巫女「冗談じゃ。そんなに慌てるでない、村長。みっともない」

村長「軽率な言動はお控えください! 御身に何かがあれば、それは直接端和の存亡に関わる事になるのですぞ!!」

竜の巫女「わかったわかった。さて、そういうわけじゃが、何かわからんことがあるか?」

僧侶「いえ、その……」

竜の巫女「なければ話はこれで終わりとするぞ」

戦士「りゅ、竜の巫女!」

竜の巫女「騒々しいなあ。叫ばんでも聞こえとるわい」

戦士「そ、その……お前は後悔していないのか? そんな体になって、巫女として生きていかなきゃならなくなって……その、辛くないのか?」

竜の巫女「後悔なんてあるか。そも、私が巫女にならねば今のこの村そのものが無くなっていたんじゃ。今の端和に生きる者達が笑っておるだけで私は満たされておるよ」

戦士「そ、そうか……」

竜の巫女「お主等がこの村に来た目的など知らんがな」

 竜の巫女の眼差しが、真剣なものとなって二人を射抜く。

竜の巫女「お主等の目にどう映ろうと、今の私達は幸せなんじゃ。その幸せも、多くの犠牲の上にようやく掴んだものなんじゃ。頼むから、余計なことをして、今の端和の平和を乱すような真似だけはせんでくれ」



623:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/26(水) 19:46:04.65 ID:/ebBIA7U0

 戦士と僧侶が去った部屋で、村長がぽつりと呟いた。

村長「なあ……本当に後悔はしてないのか?」

竜の巫女「本当だよ」

 答える竜の巫女の声は、先ほどまでの老獪な響きを無くし、見た目の年相応の純朴さを孕んでいた。

村長「だけど、あの時俺がお前を守ってやれなかったばっかりに、お前はそんな風に特別になっちまって、普通の人間としての幸せを掴めなくなっちまった」

竜の巫女「そんなことないって。大体さ、いつまでも若いままでいられるなんて女の夢じゃん」

村長「はは……そうだな。俺ばっかりしわくちゃになっちまった」

竜の巫女「安心してよ。あんたがいなくなった後も、私がこの端和を守り続けてみせる。だからあんたも、ほら、笑って笑って! さっきの奴らにも言ったけど、あんた達が笑ってくれるのが、私の幸せなんだから!」

村長「……わかったよ。末永くこの村をお願いします。竜の巫女様」

竜の巫女「承ったよ。村長様」

村長「それじゃあな」

 別れの言葉の後に、村長はかつて竜の巫女がただの少女だった時の名を呼んだ。
 しかし竜の巫女は微笑むばかりで、それに返事を返すことはしなかった。






















 宿屋に集い、勇者一行はそれぞれが得た情報を交換する。
 重苦しい雰囲気の中、勇者は口を開いた。

勇者「西の山に棲む竜を殺す。この村の土地神信仰を終わらせるんだ」

 それは、並々ならぬ決意に満ちた声。
 しかし勇者の提案に歓声を上げたのは騎士ただ一人であった。



第二十章  ドラゴン・クエスト(中編)  終




631:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 19:59:04.27 ID:sU80RW0S0

 部屋の中に重苦しい沈黙が落ちる。
 勇者の、『端和』の信仰の源である竜を討伐するという決定を受けてから、皆伏し目がちになって口をつぐんでしまった。
 我が意を得たりとにこやかに勇者を見ているのは騎士だけだ。

戦士「それは……私達の話をちゃんと踏まえた上でのこと、……なんだよな」

 戦士は勇者に顔を向けぬまま、躊躇いがちに口を開いた。

勇者「……そうだ」

戦士「つまり……端和の村は滅んでしまっても構わないと、そういうことか?」

 戦士の言葉に顔を顰めたのは騎士だ。
 騎士は「何言ってんだコイツ?」とでも言いたげな視線を戦士に送っている。

僧侶「私は……反対です」

 今度こそ騎士は「はあ?」と声に出して僧侶の方に顔を向けた。

僧侶「確かに、この端和で行われている生贄の風習は、とても残酷で……勇者様がお話を伺ってきた『鉄火』の家の方々のように、悲しみを生んでいることは事実です」

僧侶「……でも、それでこの村の安寧が保たれているのもまた、事実なんです。村に住む人々は生贄の風習を受け入れています。そこに、部外者である私達がとやかく言う資格があるのかと……私は、考えてしまうのです」

騎士「何言ってんだあんたら? じゃあ勇者がこのまま魔剣に喰い殺されてもいいってのかよ」

僧侶「そうは言っていません! しかし件の竜を討ち取ったとして勇者様の呪いが解ける保証はないではないですか! ……でも、端和は違う。端和の村は、心の拠り所である土地神を失えばきっと存続することは出来ないでしょう」

僧侶「ですから……結論を急がず、もっと別の手立てを模索する必要があると、私は思います」

戦士「……私も、概ね僧侶と同じ気持ちだ」

 僧侶と戦士の言葉を、勇者は目を閉じて黙って聞いていた。

騎士「はあ~、マジで何言ってんだか。信じらんね」

 呆れたように言葉を漏らす騎士には取り合わず、僧侶は武道家に目を向けた。

僧侶「武道家さんは……どうお考えですか?」

武道家「……俺は…」



632:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 19:59:34.65 ID:sU80RW0S0






第二十一章  ドラゴン・クエスト(後編)







633:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:00:17.01 ID:sU80RW0S0

 武道家は努めて冷静に状況について考える。
 武道家個人の感情としては、鉄火の娘・蓮華から生贄の悲劇を直接聞いただけあって、そんな風習など無くなってしまえと思っている。
 僧侶と戦士は、それでも犠牲を選択せざるを得なかった村の事情に大きく肩入れしている様子だ。
 やはり当事者から直接話を聞くというのは、相当に個人の意思決定に関与してくるのだろう。
 騎士はそもそも一度端和の民に謀られ、生贄として竜の元に放り込まれた身だ。端和など滅んでしまえと、そんな気持ちを持っていてもおかしくない。
 それ故、騎士はこれ程勇者の決定を歓迎しているのだと考えられる。
 では―――勇者は?
 勇者もまた、直接悲劇に触れたその感情に引っ張られて竜討伐の決定を下したのだろうか?
 或いは、自身を蝕む呪いに耐え兼ねて、そんな結論を下すしかなかったのだろうか?

 ―――どちらも違う、と武道家は断じる。
 勇者はあらゆる行動を決定する際、『自身の感情や事情を度外視して最善を希求する』傾向がある。
 そしてその最善とはあくまで周囲の状況を勘案しての最善であり、『勇者自身が享受する利益の最大化』はその目標には含まれない。
 ともすれば、それが最善と判断されれば自身を犠牲にすることすら厭わないのだ。
 今まで武道家は何度も勇者がそんな行動をとるところを目にしてきた。
 そんな勇者が竜の討伐を決意した。
 周囲の状況――つまりは端和の民にとっても、それが最善だと判断したのだ。
 ならば。

武道家「俺は……勇者の決定を支持する」

僧侶「……そうですか」

騎士「ちゅーかよ、どう考えたって勇者の呪いを解くためにはその怨念の向く先になってる竜をぶち殺すってのが必要だろ。それでクソみてえな村のクソみてえな風習がどうなろうが知ったこっちゃねーだろ」

武道家「騎士、お前は少し黙っていろ。……勇者、お前はいつだって俺達より一歩先まで物事を見通している。だから、教えてくれ……お前が何を考え、何を思い、その決断を下したのかを」

勇者「買い被りが過ぎるぜ、武道家。そんな大したもんじゃねえよ。ハードル上げんな」

 勇者はゆっくりと皆の顔を見回した。
 皆勇者を注視し、その言葉を待っている。

勇者「じゃあ俺の考えを話すよ。納得できないところがあったら遠慮なく指摘してくれ」



634:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:01:06.69 ID:sU80RW0S0

勇者「まず最初に言っておこう。この村で行われている生贄の慣習は―――悪だ」

 はっきりとそう断じた勇者に、戦士、僧侶、武道家の三人は面食らった。

僧侶「そ、そうでしょうか。生きるために必死であった彼らの行いを、そう言い切るのは些か酷では……」

勇者「生きる為ならば、無辜の民の命を犠牲にしても構わないと?」

僧侶「そ、れ…は…」

勇者「百歩譲って生贄が全て覚悟をもった端和の民で、犠牲も恩恵も端和の中で完結しているのなら、まだいい。だが実際は違う。端和の民は自分たちの発展のために余所から来た人たちを騙し、犠牲にし続けてきた」

勇者「これを悪と言わずに何という? しかもそんな風に余所者を犠牲にしておきながら、余所者は関係ない、口を出すな、ってのは余りにも虫が良すぎる。どのツラ下げてって感じだ、正直な」

 確かに―――それは、そうだろう。
 そこに関しては誰からも反論は出なかった。
 反論があったのは、もっと別の観点からだった。

戦士「では……勇者、お前は……端和の民は悪であるから、むしろ滅びるべきだと、そう言うのか?」

騎士「そらそうだろ」

 口を挟んできた騎士に戦士と僧侶は鋭い視線を向ける。

勇者「いや、そうじゃない」

四人「「「「!!!?」」」」

 勇者の言葉に皆、騎士ですら驚きの声を上げた。

勇者「俺は、端和の民もまた、被害者なんだと思ってる」

騎士「はあ?」

勇者「ちょっとその辺りを確認したいから、村長と村の古株の人何人かにもう一度話を聞きたいんだ。悪いけど武道家、遣いを頼まれてくれるか?」



635:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:02:14.83 ID:sU80RW0S0

 数刻後、宿屋の談話室には村長を含め、五人の端和の民が集められていた。
 勇者の指示で、宿屋周囲の人払いは済ませてある。
 宿屋の主人すら、金を握らせて退室させていた。
 つまり今からここで話される内容について知ることが出来るのは、勇者一行と村長たちのみということになる。
 警戒心を露わにする村長たちに、勇者はぺこりと頭を下げた。

勇者「まずはこのような場所に呼びつけた非礼をお詫びします」

村長「……あなた様はかの『伝説の勇者』の息子であると、遣いの御仁から伺った。故に召喚には応じた。まさか、そのような方が我らをだまし討ちなどはすまい? そんなことをすれば、『伝説の勇者』様の威光も地に落ちるというもの」

 『伝説の勇者』は倭の国を訪れたことはない。
 少なくとも勇者はそんな逸話は聞いたことがない。
 それでもこうして伝説は海を渡り、東海の島国にまで伝播している。
 父の影響力の大きさに改めて感嘆と呆れ混じりの溜息をついてから、勇者は口を開いた。

勇者「本来ならば私がそちらに出向くのが筋でありましょうが、どうしてもここで話を進めたい事情があり、皆様にこうして出向いていただいた次第であります」

村長「その事情とは?」

勇者「それは追々お分かりになっていただけると思います。まずは確認をさせていただきたいのですが、この中で端和の土地神信仰が始まった当初からこの村にいらっしゃった方はいますか?」

 勇者の問いを受け、村人たちはきょろきょろとお互いの顔を見回している。
 やがて戸惑いながらの様子ではあるが、何人かが手を挙げた。

勇者「村長を含めて三人か……うん、十分だろう。それだけいれば記憶の祖語も大分補正が効くはずだ。手をおろしてくださって結構です」

 勇者は村人たちの顔を見回して言った。

勇者「私が知りたいのは土地神によってこの端和がどのような恩恵を受けてきたのか、その詳細です。今、私は土地神が竜の巫女を通じての神託で端和を導いてきたのだと、それだけしか知りません。知りたいのはその『神託』の具体的な内容」

勇者「どのような状況下で土地神の神託は下され、またその神託によって端和はどのような利を得てきたのか……それを、当初から今日に至るまで、可能な限り事細かに教えていただきたい」



636:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:03:18.12 ID:sU80RW0S0

勇者「それでは始めましょう。武道家、悪いけど書記を頼む。話の内容を書き取ってくれ」

武道家「お、俺がか? 字にはまるっきり自信が無いんだが……」

僧侶「私が代わりましょうか?」

武道家「た、頼めるか? すまん」

騎士(何でもかんでもまず武道家に振るな、勇者の奴。まだまだ女連中にはグイグイいけないとみた)

勇者「では、村長。まずは信仰の始まりの時から。私は仲間たちから端和の作物に奇妙な病気が蔓延し、土地神の神託によりそれに対処する薬を得ることが出来たと、そう聞いていますが」

村長「おおよそ相違はない」

勇者「ありがとうございます。ではその次に神託が下された時の状況について教えてください」

村長「んむ……次は、何だったかな…?」

村の古株A「あれではなかったか? あの、あれ……雨が異常に少ない年があって…」

村長「おお、そうだ。少ない水でも何とかやりくり出来る仕組みを賜りなさったのであった」

勇者「ふむ…他には?」

村の古株B「逆に洪水が起きた時の対策をお教えくださった時もあった」

村長「作物だけでなく、人の流行病の特効薬の調合法を賜りなさったこともあったな」

村の古株C「どれもこれも人の身では到底考え付かぬ、まさに神の御業であったことよ」

村の古株D「他にもこんな神託もあったぞ?」

 村人たちは次々と神託の例を上げていく。

僧侶(……凄い。これ程わかりやすく益をもたらされているのならば、端和の民が土地神様に心酔するのも無理のない事だわ……)

 それらを黙々と書き連ねながら、僧侶はそんな風に思った。
 たっぷり一時間ほど、もはや土地神自慢と化した会合は続いた。
 僧侶が記入していた紙の余白がほとんどなくなり、新しい物を準備しようと僧侶が席を立とうとした時だった。

勇者「非常に興味深いお話を多々いただき、ありがとうございました」

 勇者が会合のまとめに入った。

勇者「最後に……土地神の存在を端和に伝えた旅人は、その後どうなったかご存知ですか?」

村長「彼はいつの間にか消えていた。十分な礼をしたかったのだが……旅人とはとかく気ままなものよ」

勇者「成程……うん、皆様のおかげで、私も自分の考えを取りまとめることが出来ました」

村長「考え?」

勇者「ええ…土地神の正体に関する、私なりの考察とでも申しましょうか」

 ざわ…、と俄かに場がざわつく。

村長「それはどういう意味かね?」

勇者「では土地神に対する私の見解を申し上げましょう」








勇者「端和の民が信奉する竜は―――ただの狡猾な蜥蜴だ。神などではない」






637:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:04:17.77 ID:sU80RW0S0

村長「馬鹿な!!」

村の古株A「何をぬかすか、余所者が!!」

村の古株B「無礼千万であるぞ!! 不届き者め!!」

 村長を始め、村人たちは皆声を荒げ立ち上がった。

勇者「落ち着いて。まずは冷静に私の話を聞いていただきたい」

村の古株C「馬鹿を言え!! 貴様のような輩の話などこれ以上聞いていられるか!! 我々は家に戻る!!」

 そう言って立ち上がり、出口に向かった村人の背を、突如猛烈な寒気が走った。
 思わず村人は振り返る。
 騎士が鋭い視線で村人を睨み付けていた。

騎士「オイ……黙って座ってろよ」

村の古株C「ヒ…!」

 その重圧に、村人は足を震わせて立ち尽くしてしまう。

勇者「やめろ、騎士。……失礼しました。ですが、彼の言う通り、どうか私の話をお聞きください。その後であれば、退出されて結構ですので」

村長「ふん……では言ってみるがいい。我らの神をそのように貶める根拠を」

勇者「……そうですね。まずは、『土地神の加護とやらの疑わしさ』が挙げられます」

村長「……どういう意味だ」

勇者「最初の飢饉の時、旅人はこう言ったそうですね。『土地神の加護を失ったことで、端和は悪い神の呪いを受けた』と」

村の古株A「そうだ。そして我らは土地神様に娘を捧げ、加護を取り戻したのだ」

村の古株B「その結果、我らは滅亡の危機を回避することが出来た」

勇者「そうですね。そして、それから端和は土地神を厚く信奉し、定期的な生贄を受け入れまでして土地神に尽くし続けた」

村長「その通りだ」

勇者「では何故、その後も流行病が村を襲ったりしたのでしょう。おかしくはないですか? 土地神の加護を取り戻したのであれば、その加護によって病魔は――悪い神の呪いとやらは、端和を侵せないはずでしょう?」

村長「そ、それは……」

勇者「ここに矛盾が生じている。これによって『端和が飢饉に陥ったのは土地神の加護を失ったから』という前提が崩れ、そもそもの『土地神の加護と土地の健常さ』の間の因果関係すら疑わしくなってくる」

村の古株C「し、しかし、実際に土地神様は我らを何度も救って……」

勇者「第二に、『奇跡の有無』です。『神』とはなにか。それは人の身では決して為し得ぬ『奇跡』を起こす超常の存在です。では端和の土地神はどうか。聞く限り、端和の土地神の神託とやらは全て後出しの対処療法ばかりです」

勇者「干ばつが起きたから貯水設備を整える。洪水が起きたから排水設備を整える。病にかかったから薬を準備する。……こんなもの、ただの人の営みだ。精々が『賢人の助言』程度だ。神託などと、形容するのもおこがましい」

勇者「雲なき空に雨を降らせたわけじゃない。洪水を飲み込んだわけでも、病を消し去ったわけでもない。……ただ、その場しのぎの打開策を授けただけだ」

勇者「竜の寿命は長い。数百年も人の営みを観察していれば、ある程度の知恵の蓄積があるでしょう。端和の竜は、生じた問題に対してその知恵を小出しにしていただけに過ぎない」

勇者「端和の竜は端和を守ってきたわけじゃない。ただ、餌の飼育箱として……端和を維持していただけだ」



638:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:05:15.61 ID:sU80RW0S0

 ―――村人は皆、押し黙ってしまった。
 頭の中では、必死に勇者の言葉を否定する材料を探しているのだろう。
 そうしなければ―――彼らの五十年の根幹が崩れてしまう。
 自らの所業を正当化することが出来なくなってしまう。

「……奇跡は、ある」

 絞り出すように言ったのは村長だった。

村長「竜の巫女様の存在だ! 彼女こそ、土地神様の奇跡の証!! いつまでも老いぬ彼女こそ神の加護の証明よ!!」

 村長の言葉に、村人は皆、そうだそうだと追随した。
 勇者は首を振った。

勇者「それを奇跡と認めるとして、たった一人の人間の老化を抑えるのが精一杯の竜を、あなた方は神と崇め奉りますか? ……無辜の民の命を捧げてまで」

村長「不老の加護を与えられるのが、一人と決まった訳では……」

勇者「やれるのであればやっているはずだ。その方が村民の信仰も確たるものとなる。こんな風に余所者の私に何を言われても揺らがないほどに」

村長「う、ぐ…」

 がくりと村長が項垂れる。
 しばらく、そのまま重い沈黙が続いた。

村長「………それで、」

 やがて村長が呻くように声を漏らした。

村長「そんなことを我々に話して……一体、何が目的なのだ」

勇者「端和には偽りの土地神信仰を脱却していただく。いや、しなければならない。何故ならこれより、我々が竜の討伐に向かうからだ」

村長「な…!? 何を馬鹿なッ!!?」

村の古株A「そ、そんなことをされては、この端和は!!」

勇者「滅びません。言ったはずです。竜がもたらす恩恵はただの知恵。無くとも、十分に営みを続けることは出来る」

村の古株B「簡単に言ってくれるな! 土地神様のお言葉は我らにとって無二の道標なのだ!! 余所者が、知ったふうに……!!」








勇者「ふざけたことを抜かすなッ!!!!」


 勇者はダンッ! とテーブルに拳を叩き付けた。






639:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:06:26.42 ID:sU80RW0S0

勇者「言っただろうが!! 竜の神託は人の知恵の延長線、そこに住む者の努力で何とでもなるものなんだ!! かけがえのない命を犠牲にしてまで得るもんじゃない!!」

村の古株C「しかし…しかし……!」

勇者「じゃあアンタ等、今のこのクソみたいな生贄制度をこれからも続けていくっていうのか!? 今の俺の話を聞いて、まだそんなことをほざけるっていうのか!?」

村長「う、うぐ……」

勇者「どうなんだッ!!!!」

 勇者の叱責を受け、がっくりと項垂れたまま村長は顔を両手で覆う。

村長「わかっている…わかっているんだ……でも、勇気が出ない。今更、誰の守護もなく自らの足のみで生きていくなど……怖くって仕方がない……」

勇者「……まあ、いいでしょう。いや、事が済むまではむしろあなた達はそのままのスタンスでいてもらった方がいい」

村長「え…?」

勇者「私達は押し留めようとするあなた達を無理やり振り払って竜の討伐に向かった。そういう事にしておきましょう。そうすれば万が一私達が竜に敗れた時も、この端和が報復の対象となる可能性は低い」

村の古株A(土地神様が勇者如きに打ち倒されることがあれば、確かにそれは偽神であることの証明)ヒソヒソ…

村の古株B(たとえ勇者が土地神様に敗れたとしても、この村に累は及ばぬ)ヒソヒソ…

村の古株C(どちらに転んでも損は無い、か……それなら、まあ…)ヒソヒソ…

 ガタン、と椅子から立ち上がる者があった。
 騎士だ。

騎士「……あらかた結論出たろ? 俺先に部屋に戻るわ」

 そう言って騎士はさっさと部屋に戻ってしまった。

勇者「準備が整い次第、私達は西の山に向かいます。村長たちも、どうか覚悟だけはしていただきますよう……」

 村長たちはよろよろと立ち上がると、宿の出口へと向かう。
 途中、村長が力なく勇者を振り返った。

村長「もし、勇者様が竜を打ち倒したとして……竜の巫女は、どうなりますでしょうか」

勇者「……西の大陸の南端に、竜神の血脈を継ぐアマゾネスという部族がありました。竜の血を引く彼女らもまた、老齢となっても若々しく、美しかった。おそらく、竜の巫女の不老も竜の血が関係しているのだと思います」

勇者「老いるのが遅くとも、不死ではないはず。役目から解き放たれれば、人としての幸せを掴むことも可能でしょう」

村長「……そうですか」

勇者「村長、この件はくれぐれも竜の巫女の耳に入らぬようお願いいたします」

村長「わかった……。そうか、だから……」

勇者「ええ。この話をあなたの家でするわけにはいかなかったのですよ、村長」



640:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:08:12.19 ID:sU80RW0S0

 勇者が自室で準備を進めていると、ドアをノックする音が聞こえた。
 勇者の許可を受け、入室してきたのは騎士だった。

勇者「なんだ? どした? 騎士」

騎士「いや、お前に言っときたいことがあってな」

勇者「なんだよ?」

騎士「……お前は、誰でも救おうとするんだな」

勇者「は?」

騎士「端和の連中のことだよ。竜が居なくなってもやっていけるようにケアしたり、自分が失敗した時の予防線まで張ってやったり……そこまで気ィ回してやるような連中かね?」

勇者「はは…そりゃ、お前からしたらふざけんなって感じだろうな。でもさ、俺はお前ほど端和の人々を憎み切れない。だって、彼らだって被害者だと思ってしまうんだ」

騎士「最初からそう言ってたな、お前。でも、どこがだよ? そりゃ竜は飴玉並べて奴らを惑わしたかもしれねえが、結局飴玉を取ることを決断したのは奴ら自身じゃねえか。自業自得だ」

勇者「そうだな。でも、飴玉を取らざるを得ない状況まで竜が演出したものだったとしたら、どうだ?」

騎士「……あん?」

勇者「騎士は怪しいと思わなかったか? 端和を訪れて、土地神について村人に教授していった旅人……何でお前そんなこと知ってんだよって、そうは思わなかったか?」

勇者「考えてもみろよ。土地神のことなんか、長くその土地に住み続けてきた端和の民すら誰一人知らなかったことなんだぜ? 何で流浪の人間がその土地に住む者よりその場所の事情に精通してんだよ。おかしいだろ」

騎士「おいおい、まさか……」

勇者「俺は、この旅人こそが竜だったんじゃないかって考えてる。竜は旅人に化けて、でっち上げの土地神信仰を端和に立ちあげたんだ。大恩ある旅人の行く末を村人が誰も知らないって異常性も、これなら納得できる」

騎士「まあ確かに。普通に考えりゃ、村の救世主たる旅人が人の目を盗んでコソコソ村を出ていく理由はねえからな」

勇者「そうなると、こんな仮説が立ち上がる。『もしや、初めに端和を襲った謎の作物病すら、竜が仕組んだことなのではないか』」

騎士「な…?」

勇者「そうじゃなければ、竜はたまたま飢饉にあえぐ端和の村を見つけて、たまたまその作物病についての知識を持ってて、たまたま西の山なんて近場にいい棲家もあったからここに居座ることにした、ってことになる。ちょっとこれは納得し辛いだろ」

勇者「さっきも皆の前で言ったが、西の山の竜は狡猾だ。自身のメッセンジャーとして竜の巫女を村に置き、生贄を村外から都合するよう誘導したり、反乱の芽を事前に摘み取ったり、奇跡の象徴として利用したり……その老獪さには舌を巻くほどだ」

勇者「そんな奴が行き当たりばったりで端和を手中に収めたと思えるか? 俺は思えない。最初から最後まで事態は竜の自作自演だった……そう考える方が、自然だ」



641:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:09:06.18 ID:sU80RW0S0

 勇者の言葉を聞いた騎士は、ぼりぼりと頭を掻いた。

騎士「確かに筋は通ってるように聞こえるが……所詮は推察だろ? 何の証拠もねえ」

勇者「そうだな」

騎士「仮にお前が言ってることが当たっていたとしても、それで奴らが犯してきた罪が帳消しになるか? ならねえだろ」

勇者「そうかもしれない。でも、咎人として断罪する気には、俺はなれない」

騎士「そうか……勇者、俺は竜の討伐には付き合わねえぜ」

勇者「えっ!?」

騎士「ホントはこれを言いに来たんだ。いやな、もしお前が、端和の奴らの事なんか知ったこっちゃねーって、俺の呪いを解くことが最優先じゃーってスタンスだったら、俺も手伝う気でいたよ」

騎士「でも、そうじゃない。あろうことか、お前は端和の奴らを救うために、むしろ自分の呪いの事なんておまけみたいな感じで行くつもりだ。ちょっとそれにゃついていけねえ。理解不能すぎて、モチベーションが全然上がらねえよ」

勇者「騎士……」

騎士「悪いな、勇者。でも、お前になら分かんだろ」



642:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:09:37.48 ID:sU80RW0S0







騎士「俺は、誰かに何かを押し付けて、それで平気な顔をしてる連中が大嫌いだ」







643:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:10:37.18 ID:sU80RW0S0

 ―――西の山、竜の棲家への道 <登山道>

武道家「勇者、調子はどうだ」

勇者「ん? ああ、今のところは何ともないよ。村を出てからは耳鳴りもやんだ」

武道家「安定期に入ったという事か。ならば、その間に決着をつけたいものだな」

戦士「それにしても騎士の奴は身勝手な奴だな。ここに来て急に協力せんと言い出すとは」

勇者「やー、ほら、元々騎士はこの竜の討伐に付き合う義理は無かったわけだからさ。むしろ端和まで案内してくれただけで御の字だと思わなきゃ。ね?」

戦士「ふん……まあ、奴の事など元々当てにはしていなかったが」

勇者(俺は正直当てにしまくってましたー!! やべーよ、騎士居なかったら負ける確率万が一どころか五分五分くらいになっちゃうかも!!)

戦士「………」ギロリ

勇者「な、なんすか? 戦士さん」

戦士「お前今なんか不愉快なこと考えてなかったか?」

勇者「いやいやそんな!! 滅相もありません!!」

戦士「なら、そんな情けない顔してないで、村長たちに啖呵を切った時のようにしゃんとしていろ」

僧侶「そうですよ! あの時の勇者様、カッコ良かったんですから!!」

勇者「え、そう? て、照れちゃうな。えふ、でゅふふ……」

戦士「言った傍から……」

武道家「締まらん奴だな」

僧侶「でも本当に、先ほどは感心してしまいました。私達の情報からあれだけ深く考察することが出来るなんて……私、改めて勇者様を尊敬してしまいました!!」

勇者(ウッヒョー!! 僧侶たんからの評価爆上げきたウッヒョー!!)

勇者「ウッヒョー!! あ、声出てもうた」

戦士「こいつは……」

武道家「つくづく締まらん男だ」

僧侶「うふふ…」



644:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:11:31.94 ID:sU80RW0S0

 ―――西の山、竜の棲家への道 <洞窟入口>

武道家「ここか? 一応、騎士が言っていた外観的特徴は一致するが」

僧侶「距離的にも多分ここで合ってますよね?」

戦士「どうする? 誰か様子見で入ってみるか?」

勇者「いや……ここだ。間違いない」

僧侶「…ッ!? 勇者様、顔色が……!!」

 勇者は奥歯を噛みしめ、必死で失いそうになる意識を繋ぎとめる。
 一際甲高く響く耳鳴りは耐え難いほど不愉快で、腰元の剣は細かに振動すらしているようだ。

勇者「ここに来てから、頭痛が酷い。まるで内側から脳みそを喰い破られてるみたいだ」

武道家「……急ぐぞ」

 武道家の言葉に皆頷く。
 勇者たちは熱気込み上げる洞窟の中へと足を踏み入れた。



645:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:12:05.28 ID:sU80RW0S0

 ―――洞窟、竜の棲家 <入口より100m地点>

 煌々と赤く照らされる洞窟の中を勇者たちは進む。
 道の端に所々に開いている大穴を覗き込めば、赤く熱された溶岩がねっとりと流れているのが見えた。

武道家「足元には十分気をつけろ。いくら俺達が精霊の加護を得ているとはいえ、マグマに落ちれば無事ではすまん」

僧侶「それにしても、凄い熱気……」

戦士「結構堪えるな、これは……」

勇者「……こんな所を好んで棲家にするあたり、端和の竜は炎竜の類なのかもしれないな。赤い鱗の竜だという話だし」

戦士「だとすれば、私の精霊剣・炎天の特殊能力は効果が薄いか……」

勇者「俺の火炎呪文もだな……そうするとどうしても肉弾戦になるな」

武道家「構わん。どれだけ鱗が固かろうともこの精霊甲・竜牙で貫いて見せるさ」

僧侶「私も精一杯サポートします!」



646:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:13:11.10 ID:sU80RW0S0

 ―――洞窟、竜の棲家 <石扉前>

武道家「ん? 行き止まりか?」

僧侶「いえ、この大きな岩で道を塞がれているだけみたいですね」

戦士「動くか? ん……持ち上げられそうだ。私が上げておくからその間に皆通ってしまってくれ」

 ふん、と気合の声を上げて戦士は大岩を肩の上まで一気に持ち上げた。
 全員が通過してから、戦士自身も岩を支える手のひらを滑らすように前進し、体が抜けると同時に岩から手を離した。
 再び岩は地面に落ちて、ズン、と鈍い音を立てる。

勇者「あー、これが多分あれだ、騎士が言ってた閉じ込め用の岩なんだ」

 勇者は頭痛をこらえるように額を指で押さえながら感想を漏らした。

武道家「確かにこれは普通の者ならぴくりとも動かすことは出来んだろうな」

勇者「男二十人がかりって言ってたもんね。今回戦士が一人で上げちゃったけど」

戦士「何だ、怪力女だとでも言いたいのか?」

勇者「頼りになるっつってんの」

戦士「ふん……」

僧侶「熱気、強くなってきましたね……」

武道家「赤竜とやらとの対面も、もう間もなくらしいな」

勇者「……そうだな。この剣も、そう言ってる」



647:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:14:51.28 ID:sU80RW0S0

 やがて、勇者たちは開けた空間に出た。
 壁に開いた無数の穴から漏れる赤い光が薄明るくその空洞を照らしている。
 その光に強調されるように、中央に何かがぽつんと置かれていた。
 その正体を確かめるべく、勇者たちがそれに歩み寄った瞬間――――

 ――ズシン、と大地が揺れた。

 勇者たちは振り返る。

「 ギ ャ ア ア ア ア ア ア ア ア ア オ ! ! ! ! ! ! 」

 耳をつんざく雄叫びがビリビリと空気を震わせた。
 人間など丸呑みできそうなほどに大きく開かれた口には、ぎっしりと鋭い牙が並んでいる。
 大地を掴む足は千年を生きる大樹を思わせる太さだ。
 全身を覆う鱗は燃え盛る火炎よりもなお赤い。
 ばさりと大きく広げられた翼が、その神秘性を殊更に強調しているようだった。

 この空洞への入口を塞ぐように、赤い鱗の竜がその威容を現した。

武道家「現れたな……」

戦士「いくぞ!!」

 皆が臨戦態勢に入る中、勇者はもう一度空洞の中央へ視線を向けた。
 置かれていた物の正体は祭壇だった。
 成程、今までここに送られてきた被害者は皆土地神への拝謁と案内されていたはずである。
 洞窟に閉じ込められて、訳も分からないまま取りあえず祈りを捧げようと、被害者がここまで歩み寄った時―――こうやって、竜が入口を塞ぐのだ。

 どこまでも狡猾で――――姑息。

 ぎり、と勇者は奥歯を噛みしめる。
 絶対に倒さねばならない。絶対に討たねばならない。
 いや、どうあれ殺さなくては。バラバラに引き裂いて、臓物をぶちまけてやらなくては。
 殺す。殺ソう。殺すンだ。

 コロシテ、バラバラニシテ、スリツブシテ―――ニクノヒトカケラモコノヨニノコサヌ




648:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:16:42.37 ID:sU80RW0S0

 戦士と武道家が駆け出す。
 戦士と武道家が先陣を切り、勇者と僧侶がサポートに回る、そのいつもの陣形を構築するために。
 しかしそんな二人を猛然と追い越していく影があった。
 勇者だ。

勇者「グルルオアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 口の端から涎をまき散らし、獣じみた雄叫びを上げて勇者は赤竜に突っ込んでいく。

戦士「勇者!?」

 戸惑いの声を上げる戦士。
 即座に気付いたのは武道家だ。

武道家「魔剣に乗っ取られたか!!」

 端和の刀鍛冶・鉄火の怨念が詰まった呪いの剣。
 狂剣・凶ツ喰。
 勇者は決して名を呼んでその剣を解放したわけではない。
 むしろ抑え込もうとずっと気を張っていた。
 しかし実際に竜を目にした一瞬、勇者自身もまた、竜に対して激しい怒りを感じてしまった。
 剣の持つ怨念に、共感してしまった。
 視界が赤く染まったことに気付いた時にはもう遅かった。
 剣の怨念と勇者の怒りは融けて混ざり合い、勇者はただ殺意に駆られるだけの獣と化した。

「 ゴ オ オ オ オ ! ! ! ! 」

 赤竜は立ち上がり、その右腕を勇者に向かって振り下ろしてきた。
 勇者は避けようともせず、ただ赤竜目掛けて加速する。
 掠めた爪が勇者の左肩から肉の塊を削いだ。
 勇者は意に介した様子もなく、地を蹴り宙を舞った。
 目指すは赤竜の心臓一点。
 突き出した剣はしかし竜の左腕に阻まれる。

勇者「うがああああああ!!!!」

 勇者はそのまま竜の腕にしがみつき、我武者羅に剣を竜の手に叩き付けた。
 固い鱗を剥がされ、切り裂かれた皮膚から紫色の血飛沫が舞う。

「 ギ ャ ア オ ! ! ! ! 」

 痛みが堪えたのか赤竜は思い切り左腕を払い、勇者の体を弾き飛ばした。
 中空に放り出された勇者に顔を向け、赤竜はかぱりと口を大きく開ける。
 次の瞬間、赤竜の口からは轟々と燃える火炎が吐き出された。
 勇者の姿が炎にまかれて見えなくなる。

戦士「勇者ッ!!」

武道家「こっちにも来るぞ!! 戦士、僧侶! 俺の傍に寄れ!!」

 赤竜が炎を吐きながらぐるりと顔を巡らせる。
 武道家の声に従い、戦士と僧侶は武道家の背後に控えた。
 横薙ぎに迫る火炎に、武道家は精霊甲・竜牙を装着した拳を突き出す。

武道家「吼えろ、竜牙!!」

 武道家を中心に爆発的な風が巻き起こった。
 戦士と僧侶は風圧に目を細め、吹き飛ばされないよう足を踏ん張る。
 炎は竜巻のような風に巻かれて四方に散り、武道家たちまで届かない。
 これが武道家の持つ精霊甲・竜牙の特殊能力。
 『咆哮』に類する言霊によって解放され、爆発的な風を巻き起こす。この風は使用者の意思によって任意に指向性を持たせることも可能だ。
 どさり、と音がした方を向けば、黒く焼け焦げた勇者の体が地面に横たわっているのが見えた。

武道家「僧侶、勇者の回復を! 戦士、俺と二人で竜の意識をこっちに向けるぞ!!」

僧侶「わかりました!」

戦士「承知!!」

「 ゴ ア ア ア ア ! ! ! ! 」

 駆ける戦士に向かって、勇者の時と同様に赤竜がその腕を振り下ろしてきた。

戦士「試すか…」



649:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:19:00.27 ID:sU80RW0S0

 そう呟き、戦士はその場に足を止め、十分に力を溜める。

戦士「はぁッ!!!!」

 振り下ろされてきた竜の手のひらに、思い切り剣をぶち当てた。
 巨大な質量に押し込まれ、戦士の足が地面にめり込む。
 耐えきった。戦士は潰されることなく、その剣で竜の手を受け止めきった。
 精霊剣・炎天の刃は竜の手のひらに食い込んでいた。紫色の血が刃を伝って戦士の手を濡らす。

戦士「流石に両断は出来んか……しかし、敵の重さは分かった。絶対に避けねばならんという程でもない」

 戦士に攻撃が集中した間に武道家が赤竜の間近まで迫っていた。

武道家「その顔面、叩きやすい位置まで下ろしてもらうぞ」

 武道家は赤竜がその体重を支える右足に拳を叩き込んだ。
 赤竜はその足も固い鱗に守られているが、精霊甲・竜牙により増幅された衝撃は厚い鱗を貫通し、その内部を揺らす。
 骨と肉が軋み、赤竜は苦悶の叫びを上げた。
 嫌がるように赤竜はその足を蹴り上げ、その尾を振り回した。

武道家「ぬぐッ!!」

 竜の目前まで接近していた武道家は流石に避けきれず、尾の直撃を受けて吹き飛ばされた。
 暴れまわる尾を潜り抜けて竜に接近しようとしていた戦士に、上から炎が降りかかる。
 熱のダメージもさることながら、視界が封じられてしまうのが厄介だ。
 竜が口を開いて待ち構えている可能性もある。戦士は迂闊に飛び込むのは控え、一度後退した。
 戦士、武道家と竜の距離が再び開く。
 回復が必要だ。二人は勇者の元に向かった僧侶に目を向ける。

僧侶「勇者様!! ま、まだ駄目です!!」

 僧侶は悲鳴を上げていた。その視線の先では立ち上がった勇者が今にも駆け出さんとしている。
 僧侶の言葉通り、勇者の傷は到底全快したと言える状態ではなかった。
 しかしおかまいなしに勇者は赤竜へ突進していく。

僧侶「勇者様!!」

武道家「やむを得ん!! 僧侶! こっちの回復を優先してくれ!!」

 赤竜が炎を吐く。
 勇者の体が炎に巻かれる。
 戦士が後退を選んだ局面。勇者は止まらずに前進する。
 待ち構えていたとばかりに地面を舐めるように振り上げられた爪が勇者の体を縦に切り裂いた。
 右脇腹から右肩まで、内臓がこぼれ肋骨が露出してもおかしくない深さの裂傷。
 しかし魔剣の効果か、切り開かれた肉はぐじゅぐじゅと異常な速度で修復されていく。

勇者「ガッ!!」

 突進し、斬りつける。
 突進し、斬りつける。
 何度爪に肉を抉られようと、尾に叩き潰されようと止まらない。
 走って斬る。走って斬る。
 その愚直なまでの繰り返しで勇者は確実に赤竜にダメージを蓄積させていく。
 その身を染めるのは、最早自身の赤い血だけではない。

僧侶「すごい……このまま倒せるかも……」

武道家「……いや、駄目だ。動きが単調すぎる。このままではいずれ致命的な一撃を食らうぞ。いくら魔剣の回復があろうとも、流石に不死身という訳ではないはずだ」

戦士「しかし今の勇者は私達の動きに頓着しない。下手に近づけば勇者の攻撃に巻き込まれるから、援護も難しい」

武道家「まずいぞ…どうする……?」

 直後、武道家の悪い予感は的中した。
 もう何度目になるかわからない突進を勇者が行ったとき、遂に赤竜はその大きく開いた口でもって勇者を迎え撃った。
 がぶり、と躊躇なく閉じられる顎。
 勇者の体が鋭い牙に貫かれた。

僧侶「いや…」

 僧侶は目を見開き、口元を抑えた。

戦士「勇者……」

 戦士は思わずその手から剣を取りこぼしそうになった。

武道家「勇者ぁぁぁああああああ!!!!」

 武道家は悲鳴のように勇者の名を呼ぶことしか出来なかった。



650:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:20:45.83 ID:sU80RW0S0

 ぴくり、とそれに反応するように勇者の手が動いた。
 生きている。閉じられた牙に遮られて下半身の状態は見えないが、どうやらまだ息はあるようだ。
 かぱり、と竜が再びその口を大きく開いた。

武道家「……咀嚼する気かあの野郎ッ!!!!」

戦士「……ッ!!」

 最悪の未来を予感し、武道家と戦士が駆け出す。
 しかし間に合わない。どう足掻こうとも、赤竜が再び口を閉じる方が早かった。
 がじん、と音を立て、竜の口が閉じ―――

 ――――られなかった。

 勇者がその手に持つ剣をつっかえ棒のようにして、牙を受け止めていた。

勇者「ごぼ……いい加減に……」

 勇者は口から血の塊を吐き、大きく息を吸った。

勇者「いい加減に、しやがれぇぇぇぇえええええええええ!!!!!!」

 絶叫し、勇者は死力を振り絞って赤竜の牙から脱出する。
 そして、その剣を竜の右目に突き刺した。

「 ギ ャ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! ! ! ! ! 」

 勇者を叩き潰そうと竜の手が迫る。

勇者「『呪文・―――――大烈風』!!!!」

 勇者はその手から発生させた魔力を竜の顔面に叩き付けた。
 その反動でもって勇者は高く宙を舞い、竜の腕を躱しつつ距離を取る。
 両足から地面に降り立った勇者だったが、すぐに力を失い崩れ落ちた。

僧侶「勇者様ッ!!」

 即座に僧侶は勇者に駆け寄り、治癒を施さんとする。
 傷の具合を確認した僧侶の顔が歪んだ。
 腹の方から背中まで、完全に大きな穴が貫通している。
 勇者が意識を保っているだけでも奇跡的だった。

勇者「くそ……いい加減に、しやがれ……!!」

 脂汗を浮かべながら、勇者は歯を食いしばっている。
 僧侶は、てっきり傷の痛みに耐えているのかと思ったが、違った。
 勇者の視線は己の持つ狂剣・凶ツ喰に向けられていた。
 その剣がガタガタと震えている。
 恐らくそれは、勇者の痙攣によるものだけではない。

勇者「下手くそなんだよ、お前ら…! いいから俺に任せてろ…!! 俺が必ずあの竜をぶっ殺してやるから……!!」

 その言葉が果たして誰に向けてのものだったのか、僧侶にはわからない。
 勇者は腹の傷よりもむしろ頭痛の方が耐え難い様子で、ずっと左手で額を抑えていた。
 やがて―――剣の振動が止んだ。

武道家「勇者、正気に戻ったのか!?」

勇者「何とか…な」

武道家「しかし、どうやって?」

勇者「今回は俺が剣を解放したわけじゃなくて、無理やり乗っ取られた形だったからな。侵食が浅くて、意識は残ってたんだ。ずっと抵抗してたんだけど、やっと体の自由を取り戻せた」

戦士「傷の具合は?」

僧侶「相当に深手です。回復には時間がかかります」

 ズシン、と地面が揺れた。
 赤竜が、憤怒の表情でもってこちらへ一歩踏み出している。
 戦士と武道家が倒れる勇者を庇うように前に躍り出た。

戦士「ならばそれまでの間、私達がお前達を守ろう」

武道家「安心して治療に専念しろ。お前らには指一本触れさせん」



651:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:22:41.54 ID:sU80RW0S0

 赤竜の口から火炎が吐かれた。
 それを合図に二人は動き出す。
 戦士は右に飛んで火炎を躱し、赤竜に向かって駆ける。

武道家「吼えろ、竜牙!」

 武道家は竜牙を用いて再び風の楯を発生させ、迫る炎を遮断する。
 戦士は直線的にではなく、大きく弧を描くように徐々に竜に接近していく。
 赤竜の左目は勇者によって潰された。
 赤竜が火炎を武道家たちの方にぶつけ続ける限り、向かって右側から近づく戦士の姿は赤竜の死角に入っているはずだ。
 赤竜は当然それを嫌い、戦士の方に顔を向ける。
 炎が戦士を追いかけてきた。
 戦士には武道家の様に炎を遮断する術がない。故に、炎を躱し続ける必要がある。
 今の様に多少距離をあけていれば赤竜の口から戦士まで炎が届くのにタイムラグが生まれるので、躱し続けるのはそれ程困難なことではない。
 問題は、どうやって戦士の剣が届く位置まで距離を詰めるか、だ。距離を詰めるほど炎を躱すのは難しくなる。
 しかしその点は問題なかった。
 何故なら近づくのは戦士の仕事ではなかったからだ。
 戦士が赤竜の気を引いている間に、武道家が十分な距離まで詰め寄っていた。
 武道家は既に赤竜の足元の位置。狙うは先ほどと同じ右足。

武道家「ふんッ!!!!」

 武道家の全身全霊の一撃が叩き込まれる。
 骨が砕ける音がした。
 それこそ、大木がへし折られるような音が。

「 ギ エ エ ェ ェ ェ ェ ァ ァ ア ア ア ! ! ! ! ! ! 」

 悲鳴のような鳴き声と共に、赤竜の体が傾ぐ。
 武道家は拳を構える。
 倒れこんできた顔面に一撃を食らわせてやるつもりだった。

武道家「なに…?」

 武道家は驚愕の声を上げた。
 赤竜の右足は完全に破壊されている。
 その足では巨大な体を支えることは不可能なはずだ。
 なのに赤竜の体は倒れてこない。
 ―――尾だ。
 赤竜は、尾を地面に押さえつけ、そちらに体重を預けることで垂直の姿勢を保っていた。
 武道家を見下ろす赤竜の喉に炎がともる。
 この距離では躱せない。
 竜牙の発動も到底間に合わない。
 僧侶が勇者の治療に専念している今、大きなダメージを負うのはまずい。戦線復帰の目処が立たない。
 戦士一人で三人を庇いながら戦うのは無理だ。
 どうする―――?

 目まぐるしく頭を回転させていた武道家だったが、直後に視界に映った光景に、頭の中は真っ白になった。
 それは、遠くからその光景を眺めていた戦士も同様で。
 最初から最後までその光景を見送っていた僧侶などは、放心状態で開いた口が塞がらない有様だった。


 勇者が、空高く宙を舞っていた。

 狂剣・凶ツ喰の刃を下に向け、赤竜の頭部に向かって落下を始めていた。


勇者「初見は流石に、結構そこそこ、でかい奴だと思ったけどよ」

 勇者は体内で魔力を紡ぐ。それは風を発生させる呪文。

勇者「――――やっぱ、竜神様と比べりゃまだまだだな。お前、『神』を名乗るにはちっさすぎんぜ」

 対象は、自分。

勇者「『呪文・大烈風』!!!!」

 風のハンマーを己の背中に叩きつけて、勇者は落下速度を加速させる。
 巨大な一本の矢となった勇者の剣が、赤竜の額を貫いた。

勇者「づおおおぉぉぉらあああああああああ!!!!」

 勇者はそこから全身全霊で剣を横に振り払い、赤竜の脳を真一文字に切り裂く。

「 ギ ャ ア ア ァ ァ ァ―――――――――――……………………」

 一際高く長く響く断末魔の叫び。
 絶命した竜の体が崩れ落ち、洞窟を大きく揺らした。



652:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:24:56.09 ID:sU80RW0S0

僧侶「もう…!! 勇者様ったら、もう……!!」

 僧侶は涙を浮かべながら勇者の治療を再開していた。

僧侶「まだ全然傷が塞がってないのに、動いたりして……!! それも、自分の体に風の呪文を二回も当てるなんて……下手したら死んじゃってたんですよ!?」

勇者「いやあ、ごめん……とりあえず動けるようにはなったからさ。武道家が竜の意識を足元に集中させてくれてて、チャンスだと思って……」

 赤竜への不意打ちを思いついた勇者は、治療もそこそこに行動に移った。
 風の呪文を自身に当てることで推進力を得て、竜を見下ろす高さまで飛び上がることに成功したのである。

武道家「……正直、助けられたのは確かだが……お前はもう少し、戦い方を考えろ。本当に、命がいくつあっても足りんぞ」

勇者「今回が特別だよ、マジで。言われんでもこんな痛ぇの二度とやりたくないわ」

戦士「……剣の呪いはどうだ?」

 戦士が神妙な顔つきで勇者に問う。

勇者「ん~……今のところ、呪いが解けたって実感はないな。とりあえず鉄火の娘さんに預けてみて、様子見んべ」

僧侶「端和は、これからどうなるでしょうか」

勇者「わかんね。もしかしたら、これから何らかの危機に陥った時、『神託』の無い端和の民は右往左往してしまうかもしれない」

勇者「だけど、本当はそれが正しい人の営みなんだ。神の助言なんかじゃなく、人間同士で話し合って、協力して、答えを導いていく……そりゃ、今より苦労することは多くなるだろうけど、犠牲の上に成り立つ偽りの豊かさに依存していくよりは……きっと、ずっと良い」

武道家「そうだな。それに、戦ってみて分かった。この竜は、神なんかじゃない。竜の神を名乗っていたあの『竜神』に比べて、何というか、神々しさの欠片もなかった」

勇者「あ、やっぱりお前もそう思った? だよな~。戦い方も獣とそんな変わらなかったし、吠えてばっかで知性の欠片も感じなかったし……」

勇者「……あれ?」

 ふと、勇者の頭に疑念が生じた。

勇者(そういや、本当に一言も喋らなかったな。神様気取りのご高説を垂れたり、命乞いのひとつでもしてくるもんだと想定してたけど……)

勇者(いくらなんでも、知性のある竜が死に際まで一言もこっちに何も言ってこないなんてことがあんのかな……ああ、もしかしたら、竜自体は言語機能を持ってなくて、意思を表明するのに竜の巫女っていうツールが必要になるってことなのかも)

 ぞくり、と勇者の背筋が震えた。

勇者(いや、待てよ。待て待て。最初に端和に来た旅人ってのが竜の化けた姿だって仮定したのは俺だろうがよ。それに、そうだ。騎士は言ってた、確かに言ってたぞ。端和の竜と喋ったって)

勇者(喋るんだ。端和の竜は喋るんだよ。え、じゃあなんでこいつは……)

 勇者はちらりと横たわる赤竜の亡骸に目を向けた。
 その瞬間、ついさっきの自分の言葉を思い出して、息が止まった。

 ――――やっぱ、竜神様と比べりゃまだまだだな。お前、『神』を名乗るにはちっさすぎんぜ


 小さい。

 神を名乗るには小さすぎる。

 小さい――――幼い?



 ――――――こども?





653:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:26:53.02 ID:sU80RW0S0


勇者「 う あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! ! ! ! 」

 勇者は絶叫した。
 びくりと肩を震わせて、三人はきょとんと勇者を見る。

戦士「な、なんだ? どうした、勇者」

勇者「どうして…!! どうして気付かなかった…!! そこに至るまでの材料はいくらでもあったじゃないか…!!」

僧侶「勇者様、余り興奮しては傷に障ります!」

勇者「端和に戻るんだ!! 今すぐに!!」

武道家「なに? 何故だ?」


 竜に反応するこの剣が、洞窟の奥に進むたび反応を強めた。それは分かる。
 ならば何故、最初に端和の村に着いた時までこの剣はあれだけの反応を示した?


 村長は言った。いつまでも若いままでいる竜の巫女こそが奇跡の証明だと。
 そうだ、その通りだ。
 アマゾネスに紐つけて、奇跡を否定したつもりでいたけれど、本当に一歳たりとも年を取っていないというのならば、それは間違いなく奇跡の産物だ。
 だが、端和の竜は神ではない。つまり奇跡は起こせない。
 なぜあの時、そう断定してしまわなかった―――!
 奇跡じゃないんだ。つまり、理由があるんだ。
 人間が五十年も年を取らないままでいるなんて不可能だ。

 そんなことは、例えば、いつまでも幼い少女の姿をとっていた竜神のように、竜、そのものでもない限り――――――





勇者「端和には――――――竜が二匹いるッ!!!!」







654:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:27:57.30 ID:sU80RW0S0

 端和の村、村長の屋敷。
 竜の巫女にあてがわれた広間にて。

竜の巫女「……死んだ」

 茫然と、目を見開いたまま、竜の巫女は呟いた。
 その言葉を聞いて、びくりと村長は肩を震わせる。

村長「死んだ、とは……どういう意味でございましょう……」

竜の巫女「言うた通りじゃ。死んだ、死んでしもうた! ああ何という事じゃ!! ああ、何という事じゃあ!!」

 竜の巫女の様子から、村長は勇者たちが竜の討伐を成し遂げたことを確信した。
 取り乱す竜の巫女を落ち着かせるように、村長は竜の巫女の肩を抱く。

村長「なあ、『○○○○』」

 村長は竜の巫女の、かつてただの少女であった頃の名を呼んだ。
 その声音は村の長としてのそれではなく、共に時間を過ごした少年としての名残を持っていた。

村長「実は今、勇者様が西の竜の討伐に向かっていたんだ。お前が竜の死を感じ取ったというのなら、きっと勇者様は討伐に成功なされたのだろう」

竜の巫女「なん……じゃと……?」

村長「だから、お前はもう、竜の巫女なんて役目から解放されて、普通の女の子として……がッ!!?」

 竜の巫女は村長の体を突き飛ばした。
 その膂力に、村長の体は部屋を仕切る襖を突き破るまでに吹き飛んでしまう。

村長「な、が…? なんだ、この力は……」

 当然、村長の知る少女にこんな怪力は無い。
 吹き飛んだ村長を追って竜の巫女はつかつかと歩む。
 村長を見下ろすその視線は尋常でなく冷たい。

竜の巫女「貴様、今何と言った? 何のつもりでそれを容認したぁ!!」

村長「は、ぐ、勇者様に言われたんだ。端和の竜は神なんかじゃないって。端和の民を利用して餌としての人間を都合してるだけのずる賢い竜だって……」

竜の巫女「貴様はそれで踊らされたのか。これまで受けてきた恩も忘れて!! ええ!?」

村長「勇者様の言葉で、やっぱり俺達は間違っているって、そう思ったんだ。竜の助けを得て俺達は今まで生活してきたけど、その為にお前の人生や、何も知らない人々の命を犠牲にするのは、間違ってるって……」

竜の巫女「ちっぽけな人間風情がしょうもない感傷に流されおって!! ああ、何ということじゃ!! 貴様らのような愚鈍な連中に、『私の息子が殺されてしまうなんて』!!」

村長「私の、息子…?」

 竜の巫女の言葉をうまく飲み込めず、村長はただその言葉を呆然と繰り返した。

竜の巫女「おお、おお…! 許せぬ。貴様ら、ただで死ねると思うな。生きたまま五臓六腑を引きずり出し、この世のものとは思えぬ苦悶を与えきってから殺してやる。一人も逃がさぬ。端和の民は皆殺しじゃ!!」

 竜の巫女の体が膨れ上がる。巨大な質量が屋敷内に突如出現する。
 障子を突き破り天井を破壊し床板を踏み抜いてなおその巨大化は留まるところを知らない。

村長「は、はあ…はわわ……!」

 村長は進行する事態に一切理解が追いつかないまま、とにかく潰されぬよう必死で屋敷から抜け出した。



655:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:28:47.84 ID:sU80RW0S0




「 ゴ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ! ! ! ! ! ! ! ! 」

 世界を震わす大音声。
 村長の屋敷を粉々に破壊し、端和の村に巨大な竜が降臨した。
 赤い、紅い、人の血のように赤黒い鱗。
 村のどこに居てもはっきりと姿を確認できるその巨大さは、ああ、確かに―――――

 ――――神と呼ばれるだけの威容を誇っていたかもしれない。





656:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:29:27.18 ID:sU80RW0S0



「りゅ、竜だ!!」

「竜だあああああああああ!!!!」

「な、なんで竜が!? どうして!?」

 端和の村に突如出現した竜の姿に、村の中は阿鼻叫喚となった。
 混乱し、右往左往する人の群れの中で、一人じっと佇む少女がいた。

蓮華「あれが……竜……。兄上を食い殺した……竜……」

 『鉄火』の娘、蓮華。
 少女は静かに、事の成り行きを見守り続ける。





657:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:30:22.72 ID:sU80RW0S0

村長「は、わ……馬鹿な……竜…? 竜だと…? 竜が、アイツに化けてたっていうのか? それじゃあ、本物のアイツは、アイツは一体……」

 真の姿を現した紅い鱗の竜からすればちっぽけに過ぎる村長の呟きを、竜はしっかりと聞きとっていた。
 竜の耳は良い。
 それこそ、西の山で上がった子の断末魔の絶叫を聞き取れるほどに。

紅竜「戯けめ。そんなもの、最初に山に来た時点で食ろうてやったに決まっておろうが」

村長「そんな、そんな……! 今までずっと、俺を、俺達を騙してきたのか…!?」

紅竜「その通りじゃ。馴れ馴れしく話しかけてくる貴様に付き合うてやるのも辟易したわい」

村長「死んでた…? もう、とっくにアイツは死んでたのか…?」

 村長はその場から逃げ出すのも忘れ、蹲って頭を抱えた。

村長「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

紅竜「童のように泣きじゃくりおって、見苦しい。良い、まずは貴様からじゃ。この私に盾突いたことを骨の髄まで後悔して死んでゆけ」

 紅い鱗の竜―――紅竜はその巨大な足を上げ、村長に向かって振り下ろした。
 それはまるで人が害虫を踏み潰すが如き気安さだった。
 ズン、と大地が揺れた。

 ―――しかし村長は死んでいなかった。

 振り下ろされた竜の足を、その巨大に過ぎる質量を、事も無げに受け止めた男がいた。

騎士「やれやれ……まったく性に合わねえなあ、こういうのは」

 それは、勇者の方針に反発して村に残っていた――――騎士だった。



658:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:31:13.27 ID:sU80RW0S0

 数分前、竜が村に出現した直後、混沌とする村の中央広場にて―――――

村人A「お終いだ!! 端和の村は今日で全滅するんだぁ!!」

村人B「誰か……誰でもいい、誰か何とかしてくれえ!!」

騎士「よお、あんたら。それと、ここに居る連中。全員聞け」

 混乱の中にあって、騎士の声は不思議と良く響いた。
 俄かに静寂を取り戻した民衆の視線が騎士に集中する。

村人A「な、なんだ? 誰だ、あんた」

村娘A「あ、あなたは…!!」

騎士「知ってる奴もいるようだが、俺ぁこの前あんたらに騙されて西の山に放り込まれたモンだ。この村には縁も所縁もない、むしろ恨み辛みしかねえような俺だが、そんな俺があの竜を何とかしてやるって言ったらどうする?」

 騎士の言葉に村人たちは皆大きく目を開いた。

村娘B「た、助けてくれるんですか!?」

騎士「お前らがこんな得体の知れない野郎に命を預けられるってんなら、な」

村人B「願ってもない話だ!!」

村娘A「お願いします!! 私達の命を助けてください!!」

 村人たちに躊躇はない。
 繰り返される懇願の言葉に、騎士は笑った。

騎士「オッケー、承ったぜ。アンタ等、今の台詞忘れんなよ」



659:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:32:32.81 ID:sU80RW0S0

村長「お、お主は……な、何故…?」

騎士「ま、ちょっと気が向いてな。柄にもねえ慈善活動ってやつだ。一応あんたにも聞いとくぜ。あんた、俺がこの竜を何とかしてやるっつったら、任せるか? 自分が生贄として扱ったような男に、自分の命を託せるか?」

村長「……なんて厚顔無恥なことを言うのかと、自覚している。だが、もしお主が、いや、あなたがこの竜を成敗してくれるというのなら……私の無念を晴らしてくれるというのなら……」

村長「この老いぼれの命など……いくらでも預けましょう!!」

騎士「二言はねえな? オッケー、あんたの命も確かに俺が預かった。じゃあさっさと逃げな。このままここに居たら巻き添え食らうぜ」

村長「わ、わかった。頼んだぞ!!」

紅竜「……?」

 紅竜は怪訝な顔をして自らの足元に視線を向けた。
 何故、村長が自身の足元から無事に駆け出している?
 そういえば、何かが地面と足の間につっかえている。
 その正体も掴めぬまま、紅竜は取りあえず踏み込む足に力を込めた。

騎士「おい、うぜえよ。くせえ足の裏近づけんな」

 左腕で巨竜の体重を支えていた騎士が、空いた右腕で巨竜の足の裏を殴りつけた。
 巨竜の体が、浮く。

紅竜「な…に……?」

 突然の衝撃にバランスを崩した竜の体が横転した。
 大地を叩く巨大な質量に押され、爆発的な空気の流れが生じる。
 その風圧の中にあって、騎士は泰然と、涼しげに立っていた。

紅竜「ぬ…ぐ…!」

 紅竜は大地に横たわっていた体を起こす。
 足元に立つ騎士の姿を視界に収め、ようやく紅竜は己の敵を認識した。

紅竜「ガァッ!!!!」

 紅竜がその巨大な腕を振り下ろす。
 右腕の一撃。騎士は一歩後ろに飛ぶだけでそれを躱す。
 紅竜は続けざまに左腕を横薙ぎに振るった。騎士はその場を動かず、背中を後ろに曲げてブリッジの体勢でそれをやり過ごした。
 鼻先を掠める竜の腕を、騎士は鼻歌まじりで見送る。

紅竜「ゴアアアアア!!!!」

 紅竜は明らかに苛立ち混じりにその腕を振り回した。
 我武者羅としか形容できない稚拙さだがしかしその勢いは苛烈。
 その巨体にそぐわぬ俊敏さで振るわれた鋭い爪が騎士を襲う。
 騎士がその手を精霊剣・湖月にかけた。
 今度は躱さない。足を止めた騎士が湖月を抜く。
 青く輝く刃を迫る紅竜の腕にぶつける。

 受け止めるために―――?

 否。

 一閃――――――両断された紅竜の右腕が宙を舞った。



660:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:34:16.49 ID:sU80RW0S0

紅竜「ガ…?」

 紅竜は呆然と宙を舞う己の腕を見送る。
 回転しながら飛ぶ紅い腕は、その切断面から紫の血をまき散らしながら地面に落ちた。

紅竜「ア…ガアアアアア!!!?」

 紅竜は戦慄する。
 心中に生じた恐れを否定するように、紅竜は大口を開け、その牙を騎士の体に突き立てんと首を伸ばした。

騎士「おいおい、不用意すぎるだろ。なんだ、早々にギロチン希望か?」

 嘲笑うような騎士の声。
 騎士はあっさりと竜の牙を躱し、その伸び切った首にトン、と手刀を押し当てた。
 慌てて竜は首を戻す。目の前に飄々と立つ騎士と視線が交錯する。

紅竜「くそ……何故じゃ! 何故貴様が私を狙う!! 貴様が私を狙う理由なぞ無いはずじゃろうが!!」

 たまらず紅竜は騎士に問う。
 紅竜の言葉を受けて、騎士は目を丸くした。

騎士「あれ? お前ひょっとしてあの時洞窟に居た奴? あれ? じゃあ今洞窟に居る奴ってなんなの?」

紅竜「………」

騎士「オイ、テメエに聞いてんだよ」

紅竜「ぐ……こ、子供だ。あの洞窟には私の子供が居たのだ」

騎士「子供…? あ~、成程ね。そういうこと……あの洞窟は本来お前が子供を育てるための餌箱だったってことか。……クハッ、オイオイ、お前子供のご飯つまみ食いしてんじゃねえよ。悪いお母さんだな。いや、お父さんか? まあどっちでもいいけど」

騎士「……その様子だとその子供、勇者たちに殺されちまったらしいな」

紅竜「そうだ!! だから、私は愚かな村の者共に我が子が味わった苦しみを百倍にして味わわせてやるのだ!! だのに、何故貴様が邪魔をする!? 貴様にとってこの村の事などどうでも良いはずではないか!!」

騎士「そうだな。俺にとっちゃ本当にどうでもいいよ、こんな村。本来ならお好きにどうぞって、むしろ応援しちゃうくらいだ」

紅竜「ならば…!!」

騎士「だけどお前がこの村を滅ぼしてしまったら、きっと勇者が壊れてしまう。それは駄目だ。あいつには、何としても魔王の所まで辿りついてもらわなくっちゃならない」

紅竜「ぐ…く…!」

騎士「運が悪かったな。あのお人好しがこの村に来たりしなかったら、皆そこそこ楽しく生きていけてただろうに」

 精霊剣・湖月をその手に持ったままの騎士が、一歩前に踏み出した。
 びくりと紅竜の体が震える。
 剣の切っ先をこちらに向ける騎士のその雰囲気が、逃がすつもりはないと雄弁に物語っていた。

紅竜「………グガアアアアアアアアアア!!!!!!」

 もはや涙混じりに紅竜はその牙を騎士に向けた。
 騎士は剣を振りかぶり、ぼそりと言った。

騎士「……ほんと、ご愁傷さまって感じだ」



661:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:34:55.08 ID:sU80RW0S0





勇者「これは……一体……?」

騎士「よう、遅かったな。勇者」

 端和に急いで戻った勇者たちの目に飛び込んできたもの。
 それは、紫色の血の池に横たわる、四肢を無くした竜の巫女の姿だった。






662:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:35:55.18 ID:sU80RW0S0

竜の巫女「う、うう……うああ……」

 紫色の血に濡れて、四肢を根元から無くし芋虫のようになった竜の巫女が嗚咽を漏らす。
 その光景の凄惨さは、駆けつけた勇者一行が思わず目を背けてしまうほどだった。

勇者「騎士……一体何があったんだ?」

騎士「慌ててここまで戻ってきたところをみると、お前ももうわかってんだろ? こいつの正体は竜だった。子供を殺された恨みで端和を滅ぼそうとしてな、俺がそれを止めた」

騎士「その辺に池みてえに溜まってる紫色のは全部そいつの血だぜ。さっきまで竜の姿してたんだけどな。羽まで全部斬り飛ばしてやったら人の姿に戻りやがった。まあ、戻るっていうか、竜の姿の方が素なんだけど」

 つまり、わざわざまた人の姿に化けたのだ。
 その理由など、ひとつしかあるまい。
 果たして、竜の巫女は嗚咽まじりに言葉を発し始めた。

竜の巫女「おお……何卒、何卒慈悲を……私が死ねば、私の一族は途絶えてしまう。これからは決して人は喰いませぬ。人里に近づきもしませぬ。だから、どうか、命だけは、命だけはお助けくださいぃ…!!」

 年端のいかぬ少女が、手足をもがれた状態で悲痛な叫びを上げるその光景は、見る者の心を確かに打った。
 僧侶も、戦士も、武道家すら、直視できずに目をそらしている。
 勇者もまた、沈痛な面持ちで竜の巫女を見据えていた。

勇者「お前がいなくなれば、お前の一族……多分、炎竜なんだろうけど、その一族が滅びてしまうと……お前はそう言うんだな?」

竜の巫女「そうです、そうなのです。それだけは、それだけは、嫌なのです。何卒、何卒…!」

勇者「でもそれは、裏を返せばお前を生かすと人に仇なす竜の一族が存続するということになる」

 竜の巫女から表情が消えた。
 武道家たちは一気に自分たちの体が冷たくなるのを自覚した。

竜の巫女「ああ!! 決して、決して人は襲いませぬ!! くれぐれも、くれぐれも後の子に言って聞かせまする!! どうか、どうか!!」

勇者「……そうだな。もしかしたら本当に、お前は心を入れ替えてどこか山奥でひっそりと暮らし続けるのかもしれない」



663:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:36:28.63 ID:sU80RW0S0








勇者「だけど、万が一のことを考えたら――――やっぱり、お前を見逃すわけにはいかないよ」








664:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:37:36.80 ID:sU80RW0S0

竜の巫女「ひ、ひああ!!!! うあああああ!!!!!!」

 半狂乱になって竜の巫女は身をよじる。
 だが、無駄だった。無益だった。勇者との間の距離は一向に変わらない。
 やがて竜の巫女の変化が解けた。
 竜の正体を現して、だけど四肢がない状況は変わらなくて、どうしようもなくて、紅竜はひたすら獣の如く雄叫びを上げている。
 竜の姿に戻っても、その瞳からは次から次へと涙が零れ落ちていた。
 勇者が、騎士も含め四人の仲間たちの方に振り返る。
 その顔には、何とも形容しがたい、寂しげな笑みが浮かんでいた。

勇者「……みんな。これから先は、見ないでくれないか?」

 勇者の言わんとするところを、全員が察した。
 全員が口を固く引き結び、その場を後にする。
 騎士が振り返って、言った。

騎士「……なんつーか、しんどいな。お前」

勇者「いいよ。慣れてる」

騎士「大概にしといた方がいいぜ。自分の気持ちを殺すのはさ」

 勇者はその言葉には答えなかった。
 反論するのは、心の中だけに留めておいた。

勇者(いいじゃんか。何が悪い)


 人の命と自分の気持ち―――――殺すなら、断然後者だろう?


 勇者は狂剣・凶ツ喰をその手に持った。
 首を振り、その力だけで体を引き摺って、少しでも勇者から距離を取ろうとする紅竜にその刃を向ける。
 そして、言った。


勇者「喰らい尽くせ――――『凶ツ喰(マガツバミ)』」




665:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:38:21.50 ID:sU80RW0S0

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



666:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:38:54.51 ID:sU80RW0S0








 ――――その後の事は描写すまい。

 ただ紫色の血の池がなお広がって――――紅い鱗混じりの挽肉がそこら中に散らばっていたと、それだけ伝えておこう。




667:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:40:24.07 ID:sU80RW0S0

 結論から言えば、勇者は魔剣の呪いから解放された。
 『倭の国』から大陸に渡る船の中にあって、勇者の周りにあの剣の姿はない。
 代わりに、勇者の腰には新たな剣が携えられていた。
 名を真打・夜桜(しんうち・よざくら)という。
 鉄火の娘より託された、父の―――あの魔剣の源となった父の、生前の最高傑作だ。
 神秘の結晶である精霊剣には及ばないものの、その切れ味と剛健さによる武器威力は、当代の人類が創造しうる最高峰の物となっている。名の由来は黒い刀身に乱れ散る刃紋が夜に舞い散る桜の花びらを想起させることからだ。
 既に魔剣としての力を失ったあの剣は、今は『鉄火志士丸』の墓に収められている。

「父の体で出来てるようなものですから、遺骨の代わりにちょうどいいですよ」

 そう言って屈託なく笑った鉄火の娘・蓮華のことを勇者は思い出す。
 家族を全て失った彼女は、これから旅に出ると言っていた。
 旅に出ていたもう一人の兄の死が確定した以上、辛い思い出のある端和に留まる意味はないと。
 彼女はこれから先、幸せになれるだろうか。
 幸せになってほしい、と切に願う。
 少し高い波が当たって、船が揺れた。
 勇者は慌てて柵を掴み、バランスを取る。
 揺れが落ち着いたころ、勇者は振り返って甲板の様子を眺めた。
 武道家も、僧侶も、戦士も、思い思いに船旅を満喫しているようだ。

 ―――そこに、騎士の姿は無かった。

「俺はもうちょいこの国を回って楽しんでいくよ。お前らと違って、急ぐ旅でもねえし。ちょっとやりたいこともあるし」

 そう言って、騎士は『倭の国』に残った。

「勇者、しばらくしたら俺は魔王城に一番近い国、『武の国』に活動の拠点を移す。魔王城に乗り込むときは必ずそこに寄れ。……お前が行く時に、俺も一緒に行く」

 最後に、そう言い残して。

勇者(認められた、ってことなのかな。やっと)

 自然と顔が綻ぶ。
 武道家がいる。戦士がいる。僧侶がいる。そして遂に、あの騎士も仲間になることを確約してくれた。
 たとえ魔王が相手だとしても負けることは無いと、そう思える自分がいる。
 当初の予定とは大違いに大真面目に続けることになってしまったこの旅も、何とか終わりが見えてきた気がした。

勇者(取りあえずまた珍しいジャポン酒買ったし、もう一度エルフ少女を訪ねてみよう。何とか口説き落とせば、ほいほい僧侶ちゃん用の精霊装備盗ってきてくれるかもしれないし)

 高揚する気分が楽観的思考を加速させる。
 そういえば自分達用にもいくつか酒を都合していたことを思い出し、勇者は三人に声をかけた。

勇者「みんな! 飲もう飲もう!! 今回の祝勝とこれからの旅の無事を祈念して宴じゃーーー!!!!」

 殊更陽気に飛び跳ねる勇者に、武道家、戦士、僧侶の三人はやれやれと肩を竦めた。
 しかし、勇者の提案に異を唱える者は誰もいなかった。



668:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/13(日) 20:41:22.31 ID:sU80RW0S0






 当然、勇者たちは知らない。



 『倭の国』から大陸までの七日の船旅。




 そのたった七日の間に、『端和』が滅びてしまったことを。






第二十一章  ドラゴン・クエスト(後編)  完




勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」【その3】
元スレ
勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1415004319/
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