狐神「お主はお人好しじゃのう」【後半】

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狐神「お主はお人好しじゃのう」【後半】






589: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 21:27:31.28 ID:/k9h7alf0



《雨女》


お祓い師「様態はどうなんだ……。いや、どうです、か……」

やせ細った医者「ははっ、敬語に慣れていないのかい」

お祓い師「いや、まあ。ずっと使ってこなかったもんで。最近使おうと心がけてはいるんだが……」

やせ細った医者「うん、まあ少しづつ使っていけばいいんじゃないかな」

やせ細った医者「で、病気のことだけど」

やせ細った医者「……うん、流行り病だねこれは」



590: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 21:29:46.28 ID:/k9h7alf0

お祓い師「……それは難病なんですか」

やせ細った医者「難病ってほどではないよ。喀血したり、見た目は酷そうだけど命にかかわるほどのものではない」

やせ細った医者「まあ西のお国からの医療技術の伝来のお陰だね。薬を飲ませていれば平気だろう」

お祓い師「……ありがとうございます……」

やせ細った医者「うん、これが自分の仕事だからね」

やせ細った医者「また日をおいて来るよ。じゃ」

お祓い師「では」

狐神「……医者は行ったのかの」

お祓い師「起きてたのか」

狐神「けほっ……、今しがた起きたばかりじゃ」



591: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 21:39:05.65 ID:/k9h7alf0

お祓い師「無理しないで寝ておけよ」

狐神「山にいた時よりはいくらかマシじゃ」

狐神「じゃがそれでも身体を起こすの億劫なほどであるのには変わりないわい……」

お祓い師「医者がちゃんと薬を朝晩飲めば治るって言ってたからな。飯の後に忘れないように」

狐神「うむ……」

お祓い師「……あ?どうした?」

狐神「……いや、別に、なんともないぞ……」

お祓い師「……もしかして、薬が嫌なのか?」

狐神「ま、まさかのう……」

お祓い師「……ほーう、まさかなあ……」



592: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 21:47:29.93 ID:/k9h7alf0

狐神「ぐぬぬ……」

お祓い師「苦いのは苦手なのか」

狐神「そうじゃ!悪いかのう!?」

お祓い師「いやあ、別に。狐神サマにも苦手なものがあるんだなあと思ってな」

狐神「おぬし、そのにやけ面をやめぬか……!」

お祓い師「ん、さてなんのことだか」

狐神「けほっ……、おぬし……」

お祓い師「……まあなんだ。ちょっとは元気が戻ったみたいでよかった」

お祓い師「俺は仕事探しに行ってくるから、その間は安静にしててくれよ」

狐神「うむ……」

お祓い師「じゃ、また後でな」



593: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 21:54:41.90 ID:/k9h7alf0






お祓い師(ここがこの町の退魔師協会支部……)

お祓い師「でかいな……」

若い道具師「でしょう?あんまり規模が大きいもんですから、役所と建物が別になっているんですよ」

お祓い師「お前は……」

若い道具師「どうも、昨日ぶりですね」

お祓い師「……ああ。馬を貸してくれてありがとう。本当に助かった」



594: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 21:58:50.44 ID:/k9h7alf0

若い道具師「いえいえ。自分もマタギのじいさんを連れ戻すのに馬車を使わせてもらえて助かりましたから」

若い道具師「それで、あのお連れの方は大丈夫だったんですか」

お祓い師「ああ、流行り病らしいが治せないものでもないらしい」

お祓い師「今は宿で安静にさせている」

若い道具師「そうですか。いやあ、よかったよかった」

若い道具師「で、今日はこちらの支部に御用で?」

お祓い師「ああ、医療費ってのはバカにならないものだからな。ちょいと小金を稼いでおかないと先が心配になる」

お祓い師「そういうお前はどんな用で来てるんだ」

若い道具師「いやあ、実は自分も協会の一員でしてね」

若い道具師「道具を作っているだけじゃ生計がどうにも成り立たなくて、簡単な依頼を受け持って食いつないでいるんですよ」



595: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:02:38.81 ID:/k9h7alf0

お祓い師「お互い大変だな……」

若い道具師「ですねえ……」

若い道具師「まあここで立ち話というのもなんですから、とりあえず中に入りましょうよ」

お祓い師「だな。雨も降ってきたしな」

若い道具師「最近多いんですよね、雨……」

若い道具師「あ、どーもー」

蛇眼の受付嬢「あら道具師さん、こんにちは」

お祓い師「な……」

蛇眼の受付嬢「ふふっ、驚きましたか?」

お祓い師「あ、ああ……。来た時から人外に寛容な町だとは思っていたが、ここまでとは……」



596: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:06:29.07 ID:/k9h7alf0

お祓い師(退魔師協会の受付を人外がやっているとは……)

若い道具師「僕も最初は少しだけ驚きましたよ。いや、皇国の文化は独特だと聞いていましたがこれほどとは、ってね」

お祓い師「……そういえばお前のその黒い肌、南諸島連合国の出身だよな」

若い道具師「ええ、ちょっとした技術を学びに皇国に移り住んできたんです」

お祓い師「ちょっとした技術……?」

若い道具師「いやあ、南諸島連合国も皇国と同じく変わった文化を持っていることはご存知だと思うんですけれども」

若い道具師「中でも偶像崇拝については取り分け奨励されていましてね」

若い道具師「信仰する神をかたどった木彫のアクセサリーを必ず身に付けるぐらいには浸透しています」

若い道具師「実際にあんな簡単なものにも、ほんの少しですが加護の力が宿ったりするものなんですよ」

若い道具師「そこに僕は目をつけましてね。いや、僕以外にもそこに着目した人は沢山いるんですけれども……」



597: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:07:51.02 ID:/k9h7alf0

若い道具師「これを利用して一般人にも使えるような退魔道具が作れないかって」

お祓い師「なるほどな」

若い道具師「退魔道具自体は南諸島連合国にもありましたけど、結局は専門家が使うもので」

若い道具師「僕はもっとこう……、普通の人でも簡単に扱えるような護身用の道具を作りたくって」

若い道具師「力っていうのは、やっぱり先天的な部分が大きくって」

お祓い師「…………」

若い道具師「そういうものを前に為す術もなくやられてしまう、罪のない人たちの役に立てればなあ、って」

若い道具師「それで色々と文献とかを参考にしながら研究してたんだけど、どうにも上手くいかなくて」

若い道具師「そんな中ある時、興味深い文献を入手したんです」

若い道具師「まあ予想はついているでしょうけど、皇国に関する文献でしてね」



598: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:08:51.04 ID:/k9h7alf0

若い道具師「神々と人々が契約を交わすという『式神』という文化。これは契約した土着神の加護を受けるという我々の発想に似たものでした」

若い道具師「この点に関しては退魔師や魔女において浸透しているという『使い魔』との類似点も見られますが……」

お祓い師(式神と使い魔、か……)

若い道具師「他にも『付喪神』という物に霊が宿るという考え方。物を介して行うという呪術、妖刀などの力を宿した武器……」

若い道具師「とまあ非常に興味が惹かれることが多くありまして、ある日決意して皇国に移り住むことにしたんです」

お祓い師「まあ確かに、ここ皇国のその辺の文化は他から見れば異質な事が多いよな」

若い道具師「そういうあなたも皇国の人間ではないですよね。顔立ちからして、王国か、帝国か……」

お祓い師「ああ、俺は王国の出身だ」

若い道具師「あなたも何か理由があって皇国に?」

お祓い師「……まあ自己鍛錬を兼ねた人探し、ってところか」



599: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:11:46.27 ID:/k9h7alf0

お祓い師(先日の天邪鬼の言葉が引っかかって、親父を探そうって気がどうも削がれちまってるけどな……)

若い道具師「そうでしたか。見つかるといいですね、その方」

お祓い師「……ああ、そうだな」

お祓い師「お前の方はどうなんだ、成果は」

若い道具師「成果、と言うと……」

お祓い師「その道具の開発とやらだよ。皇国に来てなにか得られたことはあるのか」

若い道具師「いやあ、お恥ずかしながら。まだまだ実用的と言えるものは……」

マタギの老人「……フン、そう思うならとっとと弾の改良をせんかい」

お祓い師「あ……」

若い道具師「いやあ、じいさん。僕も頑張ってはいますからね!」



600: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:13:15.56 ID:/k9h7alf0

若い道具師「頼みますから試作品を勝手に持ちだしては物の怪退治に出向くのはやめてくださいよ!」

お祓い師「試作品、っていうのは……」

若い道具師「マタギのおじいさんに協力してもらって開発している、対魔の力が込められた弾丸です」

若い道具師「特徴としては、銃自体が特殊なものでなくても使える、ということです」

若い道具師「まだまだ威力不足が否めないんですけれども……」

お祓い師「はあ、なるほどな……」

お祓い師(一般人にも使いこなせる対魔道具か……)

お祓い師(例えば護身ためのおふだとか、そういった類のものは昔からあるが……)

お祓い師(退魔師に取って代われるような道具の開発とは思いつきもしなかったな。なかなか興味深い……)

若い道具師「……で、じいさん。なんで今日も支部にいるんですか……!」



601: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:14:03.12 ID:/k9h7alf0

マタギの老人「…………」

蛇眼の受付嬢「え、えーっと。ついさっきこちらの窓口で新しい仕事の契約をしちゃったんですが……」

若い道具師「あーもう! たですか! 手に試作品を持ちだして依頼を受けるのだけはやめてくださいとなんども……!」

若い道具師「ちゃんと前持って言っていただかないと! 僕にも準備ってものがあるんですからね!」

マタギの老人「……別について来なくていい」

若い道具師「そうはいきませんよ! この目で実際に使われているところを見ないと改良のしようがないじゃないですか」

若い道具師「いいですか、今から工房に戻って身支度しますから勝手にいかないでくださいよ」

若い道具師「他にも試してもらいたい弾がありますから」

マタギの老人「フン……、一々面倒な奴よ」

若い道具師「……ええと、じゃあまた会いましょう。表通りの一角で工房を構えてますので良かったら来てみてくださいね」



602: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:15:03.80 ID:/k9h7alf0

お祓い師「ああ、頑張れよ」

若い道具師「ええ、では」

蛇眼の受付嬢「気をつけていってらしゃーい」

お祓い師「……面白い奴らだな」

蛇眼の受付嬢「そうねー。あのおじいちゃんも気難しい人だけど、あの道具師の彼もちょっと変わりもですしねえ」

蛇眼の受付嬢「まあこの支部を中心に活動している退魔師さんは、みーんな変わり者ばっかりなんですけれどもね」

お祓い師「他にも専属で活動している退魔師がいるということになると、やはり規模の大きな支部だと再認識させられるな」

蛇眼の受付嬢「そうねー。まあさっきも話題に上がっていましたけれども、この町は人外の受け入れに寛容でね」

蛇眼の受付嬢「私たちにとってはいいことですけど、その反面人外による事件も増えるんですよね」

蛇眼の受付嬢「その対応のために必然的に大きくなった、って事でしょうね」



603: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:17:56.20 ID:/k9h7alf0

お祓い師「まあこの町の、そういった気質のおかげでちょっと助かったんだけどな」

蛇眼の受付嬢「と、言いますと?」

お祓い師「いや、俺の連れも人外でな。そいつが昨日から床に伏しちまったんだが」

お祓い師「まあ通常なら医者に見せるのも厳しいところだが、そのへんの心配をしなくて良かった事が本当に助かった」

蛇眼の受付嬢「なるほどそんな事情が……」

蛇眼の受付嬢「それで、お兄さんも依頼を探しに来たんでしょう?」

お祓い師「ああそうだ。いま言った通り連れの体調が良くないから、あまり遠くに行く必要があるような依頼は避けたいんだが……」

蛇眼の受付嬢「なるべく近場で、となると……」

蛇眼の受付嬢「ああ、ついさっきあの子に出しちゃったわね」

お祓い師「もう残っていない、ということか」



604: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:22:16.15 ID:/k9h7alf0

蛇眼の受付嬢「うーんそうですねー。ああ、じゃあこうしましょう」

蛇眼の受付嬢「ねーえ、ちょっと」

フードの侍「…………」

蛇眼の受付嬢「そう、あなたよ」

蛇眼の受付嬢「もし良かったらでいいんだけど、さっきの依頼このお祓い師さんとやってくれないかしら」

お祓い師「えっ、それは」

蛇眼の受付嬢「いま相方さんが倒れているんでしょ。いつもその代わり、とは言わないけれどもいて損はないと思うわ」

蛇眼の受付嬢「まあ報酬の関係で一人がいいなら無理には言わないわ」

お祓い師「いや、俺の方は問題ないが……」

フードの侍「…………」



605: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:23:58.24 ID:/k9h7alf0

フードの侍「(問題ない)」

お祓い師(……明らかに“作られた声”だ。喋れないのか、それとも別の理由が……?)

お祓い師(腰の剣……、いや刀か。いわゆる侍、って奴なんだろうな)

お祓い師(……フードを被っていて男か女かわからないが、随分と小柄だな。子供か?)

お祓い師(そして何よりこの感じ……。人間ではないな……)

お祓い師(顔を見せないことも含めて訳ありか……)

お祓い師「依頼の内容を聞かせてもらえるか」

蛇眼の受付嬢「はいよ。ええっとね、町に出るっている幽霊のことを調べて欲しいんだけど」

お祓い師「幽霊か……」

蛇眼の受付嬢「ええ、町の西のはずれのほうで時々目撃されているみたいで」



606: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:24:30.72 ID:/k9h7alf0

蛇眼の受付嬢「泣いている女の霊らしいんだけどね。実害は出てないみたいだけど霊は早く祓うことに越したことはないから……」

お祓い師「……わかった、その依頼を受けよう」

蛇眼の受付嬢「ですって、そっちもそれでいいんでしょ」

フードの侍「…………」

フードの侍「(大丈夫だ)」

お祓い師「よ、よろしく」

フードの侍「(よろしく)」

お祓い師(……ちょっと不安だ)

お祓い師「まあ、行くか」

お祓い師「って、ああ。本降りになってんじゃねえか……」



607: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/06(金) 22:25:00.13 ID:/k9h7alf0

フードの侍「…………」

お祓い師「ん、ああ、傘があるのか。ありがとうな」

お祓い師「それじゃあ早速、幽霊の目撃情報があったって場所に行くか」

フードの侍「…………」

お祓い師「ん、ああ、そっちか」

フードの侍「…………」

お祓い師(やりにくい……!)



612: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:27:23.26 ID:KpFP05Sv0






西はずれの町人「ああ、あの幽霊のことね」

お祓い師「ああ、なにか情報があれば聞かせてもらいたいんだが」

西はずれの町人「いいわよ。なんて言ったって私もこの目で見たからね」

お祓い師「そうか、それは助かる」

西はずれの町人「ええとね、あれは先月のことだったわ」

西はずれの町人「お買い物の帰りに、ちょうど今みたいに夕立が来てね。傘を持っていなかったもんだから小走りでいたんだけど」



613: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:28:06.50 ID:KpFP05Sv0

西はずれの町人「むこうの路地の方からすすり泣きが聞こえるのよ」

西はずれの町人「なにかなー、って覗いてみたらもう驚き。向こう側が透けて見える女の人の姿があったわ」

西はずれの町人「怖くなっちゃってすぐに逃げちゃったから、それ以上は詳しく見れていないけど」

お祓い師「なるほど……」

西はずれの町人「幽霊っていうのは、未練に縛られて成仏できない魂だっていうけど、あの人もそうなのかしらねえ……」

お祓い師「未練、か……」

西はずれの町人「ごめんなさいね、あんまりお力になれなくて」

お祓い師「いや、十分役立つ情報だった。……ありがとう、ございます」

西はずれの町人「お祓い師さんのお役に立てらなら良かったわー」

西はずれの町人「そうねえ、試しに私があの幽霊を目撃した路地に行ってみるのはどうかしら」



614: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:29:08.00 ID:KpFP05Sv0

西はずれの町人「あの幽霊、どうも雨の日の目撃が多いみたいよ」

お祓い師「そうさせてもらう、ありがとう」

西はずれの町人「ではお気をつけて」

お祓い師「ああ」

フードの侍「…………」



615: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:30:11.69 ID:KpFP05Sv0






お祓い師「ここ、か……」

フードの侍「…………」

お祓い師「……ん、あれは……」

泣いている幽霊『……ああ、どこに……』

お祓い師(いきなり大当たりだな……)

フードの侍「…………」



616: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:30:51.63 ID:KpFP05Sv0

お祓い師「待て、刀を構えてどうする」

フードの侍「(この刀は妖刀)」

フードの侍「(こいつは幽霊であろうとも斬れる)」

お祓い師「そういう問題じゃねえんだよ」

お祓い師「悪霊って決まったわけじゃないんだから。そういう強行手段がかえって悪い結果に繋がることもある」

お祓い師「幽霊の相手を吸って言うのは繊細なことなんだよ」

フードの侍「…………」

お祓い師(聞き分けのいいやつで良かった)

お祓い師(それじゃあ、試しに話しかけてみるか……)

お祓い師「……おいお前。どうしてそんなところで泣いているんだ」



617: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:31:19.18 ID:KpFP05Sv0

泣いている幽霊『……あなたは、お祓い師ですか……』

お祓い師「ああ、そうだが……」

泣いている幽霊『私を祓いに来たのですか……?』

お祓い師「まあ、とりあえずは事情を聞かせてくれ」

泣いている幽霊『駄目です、私はまだ成仏するわけにはいかないのです……!』

お祓い師「違う違う、まず話をだな……!」

泣いている幽霊『逃げます……!』

お祓い師「あっ、おい!」

お祓い師「……逃げられた」

フードの侍「…………」



618: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:32:01.25 ID:KpFP05Sv0

お祓い師「……なんだよ。俺が悪いってか」

フードの侍「…………」

お祓い師「……まあ、俺が悪いか……」

フードの侍「(今日の稼ぎが)」

お祓い師「悪かったって」

お祓い師「まああの調子だと、今日はもう現れてくれないだろうな。また日を改めよう」

フードの侍「…………」

お祓い師「明日、協会の支部で会おう」

フードの侍「…………」

フードの侍「(わかった)」

お祓い師「……よし、俺も帰るか。あいつが待ってるしな」

お祓い師「……お、雨が止んだな」



619: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:32:59.63 ID:KpFP05Sv0






お祓い師「ただいま」

狐神「けほっ……。うむ、おかえりじゃ」

お祓い師「体調はどうだ」

狐神「とても良くなった、とは言わんが、ついらほどでもない」

狐神「何よりここの宿の女将さんが良くしてくれてのう。粥なども振る舞ってもらった」

お祓い師「そうか、そりゃ良かった」



620: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:33:45.58 ID:KpFP05Sv0

お祓い師「ぼちぼち夕食にしようと思っていたんだが、まだ早いか?」

狐神「いや、粥を食べてからだいぶ時間は経っておる。夕食も頂くとしよう」

お祓い師「はっ、それだけ食欲があれば治りも早いかもな」

狐神「けほっ……。その口の聞き方、すっかり以前のおぬしじゃな」

お祓い師「……お前が少し、元気そうになったからな」

狐神「なじゃあそれは。わしが元気になって嬉しいのかのう?」

お祓い師「ああ、そうだな……」

狐神「へ……!?」

狐神「き、聞き間違えかのう……。おぬしがそんなにも素直に……」

お祓い師「いや、本当に安心した……。無理だけはするなよ」



621: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:34:19.87 ID:KpFP05Sv0

狐神「う、うむ……」

狐神(なにか様子がおかしいのう……)

狐神「なあ、おぬしよ。なにかあったのかのう? 少し様子がおかしいように感じるのじゃが……」

お祓い師「おかしい?俺が?」

狐神「う、うむ」

お祓い師「気のせいじゃねえのか、俺は特になんともないぞ」

狐神「なんともないならそれで良いのじゃが……」

お祓い師「それより夕食にしようぜ。せっかく女将さんにもらってきたのに冷めちまう」

狐神「……そうじゃな。今晩の品は何かの」

お祓い師「ええと、これなんだが……」



622: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:34:56.11 ID:KpFP05Sv0

狐神「おお、川魚の塩焼きじゃな!これはおそらく岩魚じゃな」

狐神「山にいた頃を思い出すわい」

狐神「では頂くとするかの」

お祓い師「ああ、そうしようか」

狐神「いただきます」

お祓い師「いただきます」

お祓い師「……美味いな」

狐神「川魚はこの淡白な感じがいいのう」

お祓い師「そうだな。海の幸とはまた違った味だ」

お祓い師「俺も故郷を思い出すよ」



623: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:35:44.94 ID:KpFP05Sv0

狐神「けほけほっ……。おぬしも山に住んでおったのか?」

お祓い師「いや、家自体は大きな街の中にあったんだが、よく友人と馬を走らせて川へ泳ぎや釣りをしに行ったものさ」

お祓い師「おかげで運動自体はあまり得意じゃないが、泳ぎだけは上手くなった」

狐神「河童の時に特技が生かされてよかったのう」

お祓い師「ああ、本当にその通りだ」

狐神「そういえば、おぬし仕事の方はどうなったのじゃ」

お祓い師「ああ、依頼をこなしてるところだ。今日のところは、まあ失敗したんだが……」

狐神「一人で平気かの?」

お祓い師「お前と会う前は一人だったっての」

狐神「ま、それもそうか」



624: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:36:27.56 ID:KpFP05Sv0

お祓い師「まあ、今回に関しては臨時の相方がいるんだがな」

狐神「がーん。わしは振られてしまったのか……」

お祓い師「臨時の、って言ってんだろうが」

狐神「冗談じゃ。して、その相方は人かの。それとも人為らざるものかの」

お祓い師「……まああれは人ではないと思うが、なんでだ」

狐神「いや、この町は随分と人外の気配を感じると思ってのう」

お祓い師「ああ、どうやらこの町、人外に対しては寛容らしいからな」

狐神「ふうむ、なるほどのう……」

狐神(それにしても、こやつについておる臭い……。これは……)

お祓い師「ん、どうした?」



625: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:37:20.86 ID:KpFP05Sv0

狐神「……いや別に」

お祓い師「なんだよ、不機嫌そうだな」

狐神「……別にと言っておろう」

お祓い師「まあ、ならいいんだけどよ」

お祓い師「ああそうだ。お前に聞いておきたいことがあったんだがいいか」

狐神「けほっ……。ええと、なんじゃ」

お祓い師「いや、いま追っている件についてなんだが」

狐神「ふむ、話してみるがよい」

お祓い師「女の霊、なんだがな」

狐神「女の」



626: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:38:11.60 ID:KpFP05Sv0

お祓い師「そこはどうでもいいだろう。で、まあそいつを取り逃してしまったんだが……」

お祓い師「どの目撃例でもそいつは泣いているらしい。そんな霊に心当たりはないか」

狐神「ううむ、それだけじゃとなんとも……。泣いている霊などいくらでもおるからのう……」

お祓い師「まあ、だよな……」

お祓い師「ああそうだ。もう一つ特徴があった」

狐神「ふむ」

お祓い師「まあ、まだいろんな人に聞いたわけじゃないから確定ではないが、その霊が目撃された時は決まって雨が降っているな」

お祓い師「実際今日も雨が降っていたし、いなくなった途端に晴れた気がするな」

狐神「……ほお、それは大事な情報じゃ」

狐神「その女の霊、もしかすると雨女かもしれぬ」



627: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/10(火) 17:38:50.38 ID:KpFP05Sv0

お祓い師「雨女……?」

狐神「うむ、そうじゃ」

狐神「雨女とは、産んだばかりの子を雨の日に亡くした女の霊じゃ」



633: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/13(金) 21:57:10.47 ID:I0Ii5Xlb0






蛇眼の受付嬢「なるほど、その雨女っていう物の怪の一種じゃないかっていうわけねです」

お祓い師「ああ、あくまで推測段階だが」

フードの侍「…………」

蛇眼の受付嬢「しかし、雨の日に我が子を亡くした女の霊、ね……」

蛇眼の受付嬢「もしかしたら、だけどちょっと心あたりがありますよ」

お祓い師「今は少しでも情報がほしい段階だ。話してもらえるか」



634: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/13(金) 22:01:33.76 ID:I0Ii5Xlb0

蛇眼の受付嬢「ええ、あれは五十年ほど前のこと」

お祓い師「ご、五十年……」

蛇眼の受付嬢「うふふ、私たちを見た目通りの年齢だと思っちゃダメですよ」

お祓い師「あ、いや、はい。失礼しました……」

蛇眼の受付嬢「私に敬語は要らないわ」

お祓い師「そ、そうか……」

蛇眼の受付嬢「町の西の方にね、ある一人の女性が住んでいたわ」

蛇眼の受付嬢「夫とは別れたのか、死別したのか、それともまた別の何かがあったのかはわからないけど、とにかく一人で暮らしていた」

蛇眼の受付嬢「そんな彼女は身籠っていましてね……。まあ深い詮索なんかするもんじゃないですから、その話はそこまでにしますけれども」

蛇眼の受付嬢「そんなある日、いつぶりかの大嵐がここらを襲って、そりゃあ大変だったんですよ」



635: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/13(金) 22:04:22.42 ID:I0Ii5Xlb0

蛇眼の受付嬢「それでその人、村の外れに畑を持っていたんですけれども。そんな酷い嵐の中わざわざ様子を見に行ったみたいでして」

蛇眼の受付嬢「まああの畑が唯一の食いぶちだったんでしょうから、嵐でそこが駄目になったらお終いだったんでしょうね」

蛇眼の受付嬢「身籠っていながら、男手のない彼女は自分で行くしかなかったみたいで」

蛇眼の受付嬢「しかしここで、まあ運が悪いとしか言いようが無いことが起きてしまいましてね」

お祓い師「まさか……」

蛇眼の受付嬢「ええ、産まれてしまった、ということです」

蛇眼の受付嬢「しかし、ただでさえ介助する人がいなかったことに加えてあの嵐です」

蛇眼の受付嬢「失敗、したんでしょうね」

蛇眼の受付嬢「その女性もその場で息絶えてしまったようで……」

蛇眼の受付嬢「翌日に町の人に発見されて弔われたのですが、赤子の遺体を見たという話は聞きませんでしたね」



636: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/13(金) 22:13:22.36 ID:I0Ii5Xlb0

蛇眼の受付嬢「嵐のせいでどこか見えない所に遺体が隠れてしまっていたのかもしれません……」

お祓い師「そんなことが……」

蛇眼の受付嬢「あ、ただ最初に言いましたけれども、もう五十年も前の話です」

蛇眼の受付嬢「最近になって出没するようになった霊の話には関係が無いですよね……」

お祓い師「……いや、そうでもない」

お祓い師「東の国々では死後のことをこう考えるらしいな。魂は死後何十年もかけて転生していくものだと」

お祓い師「もしかしたらあの霊は途中で気がついたのかもしれない。一緒にいるはずの我が子の魂がいないということに」

お祓い師「五十年たった今、ようやく我が子を探しに戻ってこれたのかもしれない」

蛇眼の受付嬢「……本当に、そうなんだとしたら……」

お祓い師「……ああ、どうにか会わせてやらないといけないな。この世に置き去りにしてしまった我が子に」

お祓い師「そうと決まれば行こうぜ」

フードの侍「…………」



637: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/13(金) 22:35:50.43 ID:I0Ii5Xlb0






お祓い師「まだ雨じゃ、ねえか」

お祓い師「幽霊を探すのが先か、子供が亡くなったであろう場所を探すのが先か……」

お祓い師(しかし五十年も前の話だ。その場に遺体がそのまま残っているなんてことは絶対にない)

お祓い師(ましてや産まれたばかりの子だ。骨が残っているかも怪しい)

お祓い師「どうしたものか……」

???「ん……? あれは……」



638: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/13(金) 22:40:03.46 ID:I0Ii5Xlb0

???「旦那じゃないですか……!」

お祓い師「あ、お前は……」

???→化け狸「あの時の道具屋ですよ! お久しぶりです!」

お祓い師「ああ、あの時の……! なんでまたこんなところに」

化け狸「いやあ、旦那のお陰で改心しまして、言われたとおりにあの街は出て新しく商売を始めることにしたんですよ」

お祓い師「ああ、そういえばそんなことも言ったな」

化け狸「ある日、人外でも住みやすいっていうこの町の噂を聞きつけましてね」

化け狸「退魔師協会の支部で道具師をしているいっていう、肌の黒い御仁に会いやしませんでしたかね」

お祓い師「ああ、あいつか」

化け狸「自分はあの人と協力しながらここで道具屋をさせてもらってるんですわ」



639: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/13(金) 22:43:25.07 ID:I0Ii5Xlb0

化け狸「なんでも自分の持っている妖刀とか、そういった道具に興味があるらしくて」

お祓い師「道具の研究に使うためらしいな」

化け狸「どうやらそうらしいですねえ。まあ妖刀の一本は、そこに一緒におられるお侍さんに譲ったんですけれどもね」

フードの侍「…………」

化け狸「本当は売りには出していない一振りだったんですけれども、その方がどうしてもと言うので根負けしてしまして……」

お祓い師「ってことは、その腰の刀が妖刀か」

フードの侍「…………」

化け狸「で、何故お二人が一緒に?」

お祓い師「連れが体調を崩していてな。こいつは臨時の相方みたいなもんだ」

化け狸「なるほど、いま依頼を一緒にこなされているということですね」



640: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/13(金) 22:44:48.87 ID:I0Ii5Xlb0

お祓い師「そういうことだ」

化け狸「では引き続き頑張ってください。引き止めてしまってすいませんでした」

お祓い師「何か用があればまた来る」

化け狸「では」

化け狸「…………」

化け狸「……あーあ、雨が降ってきた。外に出しているものを片付けないと……」

化け狸「本当に最近雨が多いなあ……」



645: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 18:20:13.54 ID:r4oAqWo50






お祓い師「雨が降ってきたってことは……」

フードの侍「…………」

フードの侍「(可能性は高い……)」

フードの侍「(おそらく、こっちだ)」

お祓い師「あ、おい待てって」

お祓い師(足の速いやつだ……)



646: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 18:23:59.57 ID:r4oAqWo50

お祓い師「……って、本当にいた」

泣いている幽霊『……ああ、我が子よ……。どこにいるのですか……』

お祓い師「……よし」

お祓い師「頼む、逃げないで話を聞いてくれないか」

泣いている幽霊『あ、あなたは昨日の……』

お祓い師「俺はお前を祓いに来たんじゃないんだ。ちょっと手助けをしようと思ってな」

泣いている幽霊『……手助け、ですか』

お祓い師「ああ、そうだ。そのために一つだけ聞きたいことがあるんだが、いいか」

泣いている幽霊『ええ……』

お祓い師「あんたは、出産してすぐに亡くした、あんたの子供を探しているんだよな」



647: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 18:40:17.66 ID:r4oAqWo50

泣いている幽霊『……!』

泣いている幽霊『そう、です……』

お祓い師「わかった。じゃあ俺たちもあんたの子供を探すの手伝う」

泣いている幽霊『え……』

お祓い師「構わないか」

泣いている幽霊『え、ええ……。いえ、是非お願いします……!』

お祓い師「よし、それじゃあ五十年前にあんたが見回りに行ったっていう畑の場所に連れて行ってくれないか」

泣いている幽霊『は、はい……!』



648: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 18:57:19.22 ID:r4oAqWo50






泣いている幽霊『この辺の、はずです……』

お祓い師「こ、これは……」

お祓い師(見事に荒れ地になっているな。何十年も手入れさていなかったんだろうな)

泣いている幽霊『私には身寄りがありませんでしたから……』

泣いている幽霊『もともと栄養も少なく、立地も良くない土地でしたから。私の死後に欲しがる人もいなかったのでしょうね……』

お祓い師「そういうことか……」

お祓い師「さて、それじゃあ始めるか」

お祓い師(とは言っても俺に出来ることは虱潰しに霊的気配を探ることだけだ)

お祓い師(狐神のような鋭い感覚は持っていないからな、こりゃあ大変だぞ……)

フードの侍「…………」



649: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:00:10.30 ID:r4oAqWo50

お祓い師「あ、おいっ、どこに行くんだよ……!」

フードの侍「…………」

お祓い師(せめて何とか言ってくれ……!)

フードの侍「…………」

お祓い師(立ち止まった……?)

お祓い師「おい、どうしたんだよ……」

フードの侍「…………」

お祓い師「……ここは……、まさか……!」

フードの侍「…………」

フードの侍「(亡骸を探すのは、得意だから)」



650: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:02:14.96 ID:r4oAqWo50

お祓い師「それは、どういう……」

フードの侍「…………」

泣いている幽霊『あ、あの。どうかしたのですか……?』

お祓い師「い、いや……」

お祓い師「……なあ、あんた。呼んでやってくれねえか」

泣いている幽霊『え……』

お祓い師「……ここに、いる。あんたの探している子が」

泣いている幽霊『……!!』

泣いている幽霊『本当に、ですか……?』

お祓い師「ああ、間違いないと思う……」



651: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:05:05.99 ID:r4oAqWo50

泣いている幽霊『……わかりました』

泣いている幽霊『……えっと、その……』

泣いている幽霊『……出ておいで、私の子……。……お母さんはここにいますよ』

泣いている幽霊『五十年間も寂しかったでしょう……。もう大丈夫だから出ておいで……』

泣いている幽霊『……そう、もう平気よ。だからお母さんと一緒に行きましょう』

泣いている幽霊『もう寂しい思いはさせないわ』

泣いている幽霊『……ええ、行きましょう。今度は二人で行きましょう……』

泣いている幽霊『置いて行くなんて、馬鹿なことはしないわ』

泣いている幽霊『……ええ、そうね……』

泣いている幽霊『…………』



652: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:07:17.21 ID:r4oAqWo50

泣いている幽霊『……あ、あの』

泣いている幽霊『……本当にありがとうございました』

お祓い師「……ああ」

フードの侍「…………」

泣いている幽霊『本当に……』

お祓い師「…………」

フードの侍「(さようなら)」

お祓い師「……ふう、じゃあ報告に帰るか」

フードの侍「(了解)」

お祓い師「…………」

お祓い師(家族の愛情、か……)



653: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:08:53.47 ID:r4oAqWo50






狐神「それではその幽霊は親子揃って成仏できたんじゃな」

お祓い師「ああ、無事な」

狐神「わしがいなくてもちゃんと出来るようで安心じゃ」

お祓い師「もともとお前抜きで仕事をしていたっての!」

狐神「……それで、その子の幽霊を発見したのが、そこにおる奴なんじゃな」

フードの侍「…………」



654: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:11:21.03 ID:r4oAqWo50

お祓い師「ああ、一応一緒に仕事をした仲だからな。完遂祝いを一緒にやりたかったところなんだが……」

お祓い師「まあ、お前のことがあるから店で食うのは断念して帰ってきたわけだ」

お祓い師「せっかくだからここで一緒に飯でも食うかって誘ったんだが、お前は構わないか」

狐神「……うむ、まあ問題はない」

狐神「わしも少々、そやつと話したいことがあるからのう」

フードの侍「…………」

お祓い師「よし、じゃあ女将さんに夕食を貰ってくる」

狐神「うむ、ゆっくりでいいぞ」

狐神「…………」

狐神「……さて、じゃが」



655: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:12:54.58 ID:r4oAqWo50

フードの侍「…………」

狐神「単刀直入に聞くが、おぬし、猫じゃな? 更に言うならば猫又じゃろう」

フードの侍「……!」

狐神「この程度においでわかるわい。同じ獣じゃ、驚くほどでもなかろう」

フードの侍「…………」

狐神「猫又とは時に火車と同じように死体を持ち去る物の怪として言い伝えられておる」

狐神「おぬしが子の幽霊、つまりはその遺体の在処を探し出せたのもおぬしならではの嗅覚のお陰なんじゃろう?」

フードの侍「…………」

フードの侍「(そうだ)」

フードの侍「(……しかし、あの男は面白いな)」



656: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:14:24.54 ID:r4oAqWo50

狐神「まったく、そのオドロオドロしい声も止めぬか。何をそこまで隠しているのか知らぬが……」

狐神「それで? 面白いとは、何がじゃ」

フードの侍「(幽霊を発見した時、まず祓うのではなく、原因を調査し成仏させる方法を選んだ)」

狐神「くくっ、わしもあやつのそんな所が面白いと思う。じゃからこそわしはあやつとの旅を続けておる」

狐神「あんなに面白い男はそうそうおらん」

フードの侍「…………」

フードの侍「(確かにその通りだ)」

狐神「……で、おぬしに忠告しておくことが一つ」

フードの侍「…………」

狐神「……あやつはやらんぞ」



657: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:17:11.46 ID:r4oAqWo50

フードの侍「…………」

フードの侍「(なに、他人の愛する男を寝とるような真似はしない)」

狐神「あっ……!?」

狐神「愛してるのとは違うわい!」

フードの侍「…………」

狐神「違うと言っておろう! この色猫め!!」

お祓い師「あ、どうしたお前ら。喧嘩か?」

狐神「な、なんでもないわい」

お祓い師「おい、あんまりこいつをいじめないでやってくれよ。歳ばっかりはとっているみたいだが、中身はどうにもな……」

フードの侍「(……承知した)」



658: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:18:19.39 ID:r4oAqWo50

狐神「おい、どういう意味じゃ!!」

お祓い師「いや、すっかり元気になってくれたようでなによりだ」

狐神「そんな言葉で騙されんわ馬鹿タレ!!」

お祓い師「えー、新しい出会いと、狐神の回復に祝して乾杯」

狐神「あっ、まだお酒を注いでおらんから待っておくれ!」

お祓い師「流石に病み上がりすぐに飲むなよ」

狐神「あ、あんまりじゃあ……!」

フードの侍「…………」

フードの侍(本当にやかましいけど、面白い人達……)



659: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:19:09.85 ID:r4oAqWo50

《現状のランク》

A1 赤顔の天狗
A2 辻斬り
A3 西人街の聖騎士長

B1 狼男
B2 お祓い師
B3 フードの侍

C1 
C2 マタギの老人
C3 河童

D1 若い道具師
D2 狐神
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊



660: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/17(火) 19:20:26.53 ID:r4oAqWo50

《雨女》編は終わりです。
しばらくはこの町を中心に話が進んでいきます。
次回は《妖刀》編です。



669: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 22:36:31.73 ID:71+XzVX10



《妖刀》


狐神「ふふっ……、わし完全復活じゃ」

お祓い師「おおー、ぱちぱち」

狐神「もう少し喜ばんかい」

お祓い師「いや、喜んでるぞ」

狐神「瓦版読む片手間に返事するでない!」

お祓い師「新聞、な」



670: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 22:42:49.05 ID:71+XzVX10

狐神「……で、気になる記事でもあったのかの」

お祓い師「……ああ、これだ」

狐神「ふむ……?」

狐神「……これは……」

お祓い師「西人街の感謝祭において反教会団体による大規模な暴動が発生……」

お祓い師「そのほとんどを取り逃がしたってあるからには、相当組織化された連中なんだろうな」

狐神「この反教会団体というのは、狼男がそうであったという悪魔信仰とは別物なのかの?」

お祓い師「基本的には別物だ。反教会団体っていうのは、教会の動きに不満を持った人間の集まりだ」

お祓い師「そんで、悪魔信仰っていうのは魔王を崇拝する奴らのこと」

お祓い師「悪魔信仰の連中は絶対神も忌み嫌うが、反教会団体には絶対神を信仰している奴も多くいる」



671: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 22:49:38.43 ID:71+XzVX10

お祓い師「まあ教会に対抗するという基礎理念は同じだから、今は殆ど同化しているのかもしれないがな」

狐神「ほう」

お祓い師「暴徒は罪人の収監所を襲撃、数名が脱獄、か……」

狐神「その数名にあやつらが入っていればいいのう……」

お祓い師「……ああ、そうだな」

お祓い師「他の犯罪者も逃げ出している可能性があるわけだから素直に応援はできないが……」

狐神「うむ……」

お祓い師「なになに……“魔王軍の残党、数百年振りの行動開始と因果関係が?”だと……?」

狐神「魔王軍の残党……」

お祓い師「ああ。魔王軍自体は数百年も前に勇者という人間たちによって滅ぼされている」



672: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 22:51:56.32 ID:71+XzVX10

お祓い師「本当に当時の残党かはわからないな。残党を名乗る別者かもしれないし」

狐神「なるほどのう……」

狐神「……そういえばおぬし、今日は女将に何か用があると言っておらんかったかのう?」

お祓い師「ああ、実はこの部屋を定期借家として借りようと思っていてな」

狐神「む、ということは」

お祓い師「ああ、しばらくはこの町を拠点にして暮らす。人外のお前もここなら過ごしやすいと思ってな」

狐神「しかしいいのかの、お父上を探すという目的は」

お祓い師「実は親父がいるっていう集落はここからそう遠くはない」

狐神「む、そうなのか」

お祓い師「ああ、だから行こうと思えばいつでも行ける」



673: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 22:52:49.96 ID:71+XzVX10

狐神「……ではなぜ……」

お祓い師「……なんというかな、もう少し整理したいことがあるんだ」

お祓い師「いま会っても、駄目な気がする……」

狐神「……まあおぬし自身のことじゃ、わしは急かしたりはせぬ。おぬしが納得するように動けば良い」

お祓い師「……ああ」

お祓い師「じゃあ女将さんの所に行ってくる」

狐神「ついでに朝食も取ればよかろう。わしも行くぞ」

お祓い師「確かにな。じゃあ行くか」

狐神「うむ」



674: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 22:56:41.87 ID:71+XzVX10






狐神「契約も完了したことじゃし、さっそく依頼探しに行くかの」

お祓い師「そうだな、そうするか」

狐神「しかし、こうやって町を歩いていると更に実感するのじゃが、本当に人外の多いことよ」

お祓い師「ああ、確かにな」

若い道具師「──まさに理想の町、って感じですよね」

狐神「むっ……!?」



675: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 22:59:20.74 ID:71+XzVX10

お祓い師「……帰って来てたのか」

若い道具師「ええ、昨日にはもう依頼は完遂していたので」

お祓い師「あのなあ、急に話しかけてくるなよ。驚いただろう」

若い道具師「いやあ、すいません。姿を見かけたのでつい」

若い道具師「お連れの方は元気になったようですね」

お祓い師「ああ、ご覧のとおりだ」

狐神「……もしやおぬしが馬を貸してくれたという道具師かの?」

若い道具師「ええそうです」

狐神「その節は本当にお世話になったようじゃ。礼を言わせておくれ」

若い道具師「あ、頭なんて下げないでくださいよ……! 困った人がいたら助ける、当たり前のことじゃないですか!」



676: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 23:03:29.80 ID:71+XzVX10

狐神「……困った“人”、か……」

若い道具師「え、えっと、なにか変でしたかね……」

狐神「いや、この通り耳や尻尾から人でないことなど一目瞭然であろうに……」

若い道具師「……人か人外か、なんて些細でどうでもいいことだと、俺は思っていますから」

若い道具師「人が正しく人外が悪いなんてのは間違いです。正しい物を正しいと、悪いものは悪いと言うべきじゃないでしょうか」

若い道具師「このことは僕たち退魔師の多くが気がついています。一般の人よりも多くの人外たちと出会う機会が多いからでしょうね」

若い道具師「だからこそ退魔師協会の上層部は、あなたのお父上に協力こそしないが邪魔立てもしていない」

お祓い師「俺の親父のことを……」

若い道具師「流石にあなたの姓を聞けばわかりますよ。生まれの国こそ違えど、この業界では知らねばならない名前のうちの一つですから」

お祓い師「…………」



677: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 23:14:36.11 ID:71+XzVX10

若い道具師「退魔師協会としては活動資金獲得のために教会の存在が必須です。ですからあなたのお父上のことを助けることはできない」

若い道具師「しかし上層部……、いえ、上層部という言い方はおかしいですね」

若い道具師「退魔師協会という組織には上層部などいない……」

お祓い師「……それも若干違う。そもそも退魔師協会とは正確には組織ではない」

狐神「ふむ……」

若い道具師「まあ、そうですね」

お祓い師「ただただ退魔師が集まっているだけであって、いわば烏合の衆だ。組織的な取り決めや目的など一切ない」

お祓い師「言ってしまえば、賞金稼ぎの連中と何も変らない。違いといえば、公的に、表向きに教会に認められているか、だけだ」

若い道具師「その通りです。ですから、上層部と言うよりは名目上の代表者たち……」

若い道具師「名の知られた腕の立つ退魔師たちが、あたるわけです」



678: ◆8F4j1XSZNk 2016/05/27(金) 23:17:09.14 ID:71+XzVX10

若い道具師「つまりはあなたのお父上もそのうちの一人です」

若い道具師「ですから退魔師協会としては現状のようにふるまう事になるわけですね」

若い道具師「この退魔師協会自体があなたのお父上の同業者であり、それ故に考えていることとも理解できるんですよ」

若い道具師「人外を片っ端から滅してしまえば良いという考えは、間違っている、ということが」

若い道具師「現にこちらの地方の式神、ではありませんが、協会発足の地である王国にも使い魔という文化があり、それを携えている退魔師もいるわけですから」

若い道具師「お祓い師さんのお父上は、式神の方に興味がわいたようですけれどもね」

若い道具師「まあ根本的な仕組みとかは、違ってくるものなので」

狐神「そうなのか?」

お祓い師「研究している専門家が言うんだから、間違いはないんだろう」

若い道具師「興味があればいずれお話しますよ」

お祓い師「ああ。その時は頼む」



685: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 21:44:09.53 ID:PWaQHJE/0






蛇眼の受付嬢「あら、今日も来たんですね」

お祓い師「どうも」

マタギの老人「…………」

フードの侍「…………」

お祓い師(見知った二人以外にも何人かいるな……。さすが支部が大きいだけあって、同業者の数も多いな)

狐神「それで、じゃが。なにゆえ、退魔師協会とやらはあの絶対神の教会の援助を受けなければならないのじゃ?」



686: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 21:46:44.54 ID:PWaQHJE/0

狐神「全くもって理念が一致していないではないか。あやつらは絶対神という神以外の人外を総じて否定しているようじゃ」

若い道具師「先程も言ったように、退魔師協会に統一された理念や思想はありません」

若い道具師「ただ多くの人がそう思っている、気が付いているというだけです」

お祓い師「退魔師協会ってのは、言ってしまえば教会からの支援金を給与として受け取るためのシステムなんだ」

お祓い師「協会に属していない退魔師も多くいると考えてもらっていい」

お祓い師「ただ、会員になったほうが金の入りが安定するってだけだ」

お祓い師「フリーの連中はそうだな……。河童の時みたいに個人契約で食っていると考えてもらっていい」

狐神「非会員の長所はあるのかえ」

お祓い師「……大きなものはないな。強いて言うならば、足がつきにくいということか」

お祓い師「別に、報酬金額が個人契約の方がすごく良いなんてことはない」



687: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 21:56:16.20 ID:PWaQHJE/0

お祓い師「退魔師協会窓口で貰う金額だって相当なものだからな」

狐神「ううむ、普通は仲介料なんかのせいで、個人契約のほうがお得になる気がするのじゃが……」

お祓い師「いや、仲介料なんてものはない」

狐神「ほう?」

お祓い師「教会としては、自分たち以外に高い財力のある組織ができることは望ましくない」

お祓い師「だからこそ、依頼主からの契約金は全て報酬金額に割り当てられるようになっている。余すこと無く、だ」

お祓い師「ここは規模が大きいから、建物こそ別になっているが役所の一部であることには変わりがない」

お祓い師「施設の維持費や、職員の給与は教会から役所へ出る補助金の中から降りるようになっている」

お祓い師「だからここは、本当にただの窓口、ってわけさ。その実態は役所の一部ってことだ」

お祓い師「奴らの真の目的は、力を持つ者をできるかぎり目の届く範囲で監視するってことだろうな」



688: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 21:59:52.16 ID:PWaQHJE/0

狐神「……つまりは退魔師協会とは、本当に名ばかりの、実態のないものじゃということか」

お祓い師「そういうことだ。まあ、会員証を持っているだけの非正規雇用者の集まりを協会と便宜上呼んでいると思ってもらって構わない」

蛇眼の受付嬢「でも正規に雇われている私よりも、非正規雇用者の退魔師さんたちのほうが給与はいいんですもんねー」

蛇眼の受付嬢「ま、私が出来高制の仕事なんかについちゃったら、なーんもできなくて破産しちゃうんでしょうけど」

蛇眼の受付嬢「そう考えると今の仕事が合ってるんでしょうね」

お祓い師「逆に俺は、固定給なら怠けちまうだろうな」

狐神「わしもじゃな」

お祓い師「ま、何事も相性は人それぞれだからな」

お祓い師「家賃のためにも働かなくちゃならないからな。何か依頼を紹介してくれ」

若い道具師「この町に住むことにしたんですか」



689: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:01:21.92 ID:PWaQHJE/0

お祓い師「ああ、いつまでかは分からないが当分はいるつもりだ」

蛇目の受付嬢「町の仲間が増えて嬉しいですね」

蛇眼の受付嬢「ええと、ちょっと待って下さいね……」

蛇眼の受付嬢「そうですね、こちらなんてどうでしょうか」

お祓い師「ん、なんだこれは……」

蛇眼の受付嬢「最近、依頼の対象になっていたはずの物の怪が先に何者かに祓われている、ということが多発しているんです」

蛇眼の受付嬢「そのせいで依頼の数も減っちゃって……」

お祓い師「フリーの退魔師がやっているんだろうか」

蛇眼の受付嬢「そうだとしても、ちょっと不安なことがありまして……」

お祓い師「不安なこと?」



690: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:02:52.23 ID:PWaQHJE/0

蛇眼の受付嬢「ええ……。どうやら、かなり無差別みたいなんです」

狐神「無差別、とは……?」

蛇眼の受付嬢「つまりは、人外であるというだけでやられているみたいなんです」

マタギの老人「フム……」

蛇眼の受付嬢「郊外に社を構えているとある神がやられてしまったようで……」

蛇眼の受付嬢「この町に住む人外にも、いつ被害が及ぶかどうか……」

お祓い師「わかった。この件に関する調査、引き受けよう」

蛇眼の受付嬢「ありがとうございます」

若い道具師「俺たちも気にかけておきます」

マタギの老人「……フン、まァ一応気にはしておく」



691: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:04:32.85 ID:PWaQHJE/0

フードの侍「…………」

フードの侍「(もっと詳しい情報はないのか)」

蛇眼の受付嬢「ええとですね。その現場に残っていた遺体から分かったことは……」

蛇眼の受付嬢「全てが刀のような鋭利なもので斬られている、ということです」

お祓い師「刀、か……」

フードの侍「…………」

フードの侍(まさか……)



692: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:29:03.83 ID:PWaQHJE/0






お祓い師「おーい、いるかー」

化け狸「はいはい、どうもお祓い師の旦那。今日はどんな御用で」

お祓い師「おふだ用の紙を買い足しに来た。なるべく良い奴で頼む」

化け狸「了解しました」

化け狸「えー、こちらなんかどうすかねえ。かの有名な陰陽師も愛用していたっていう品ですよ」

お祓い師「額はどの程度だ」



693: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:31:37.89 ID:PWaQHJE/0

化け狸「ええと、こんなもんです」

お祓い師「……よし買った」

化け狸「へへっ、毎度あり」

化け狸「しかし、こんな量を買って何をするんです?次の依頼はそんなに大変そうなんですか」

お祓い師「いや、まあ念には念を入れてというかな……。ここ最近格上と当たることが多かったから、どうにも警戒しちまってな」

化け狸「なるほど……。まあ、売上に貢献してくださるならいくらでも歓迎ですよ」

お祓い師「調子のいいやつめ」

若い道具師「あ、また会いましたね」

マタギの老人「…………」

お祓い師「そっちも買い物か?」



694: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:32:27.32 ID:PWaQHJE/0

若い道具師「いえ、道具の開発のことでちょっと用がありまして」

化け狸「お、進展があったんですか」

若い道具師「少しだけですけれどもね。この後少しだけ時間をいいですか」

化け狸「ええ、もちろん」

マタギの老人「…………」

狐神「…………」

狐神「ううっ……」

お祓い師「どうしたお前……。このじいさんはお前の命の恩人なんだぞ。なんで俺の後ろに隠れる」

狐神「う、うむ……。たしかにこれは失礼であったな……」

お祓い師「なんかあったのか」



695: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:33:05.15 ID:PWaQHJE/0

狐神「いや、その……。まだわしが狐であったことの感覚から、どうにも猟師というのは苦手なのじゃ……」

狐神「すまぬ……」

マタギの老人「……フン、一々そんなことで謝るんじゃねェ」

狐神「うむ……」

お祓い師「……よし、じゃあ行くか」



696: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:33:44.69 ID:PWaQHJE/0






お祓い師「とりあえず話に聞いた社に来てみたが……」

狐神「これは酷いのう……」

お祓い師「……ああ、メッタ斬りだ」

お祓い師(遺体自体は片付けられているが、飛び散った血痕や刀傷からどれほど凄惨だったか予想がつく)

狐神「参拝者も多く、神通力は高かったらしいがのう。それがこの有様じゃ」

お祓い師「相手は相当な使い手、ってことだろうな」



697: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:35:31.46 ID:PWaQHJE/0

お祓い師(おふだを多めに作っておいて良かったな……)

狐神「…………」

狐神「む……?」

狐神(このにおいは……覚えがある……)

お祓い師「どうした?」

狐神(ま、まさか……)

狐神「おぬしよ、この一件は一旦手を引いたほうが……!!」


辻斬り「────やあ、久しぶり、という程でもないか」


お祓い師「なっ……!!」

辻斬り「また会えるとは、何かの縁なのかね」



698: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:36:21.31 ID:PWaQHJE/0

お祓い師「……はっ、冗談じゃない……」

お祓い師(クソッ、まさかこいつだとは……)

辻斬り「さあ、またそっちの女に相手してもらうか」

辻斬り「人間の君じゃあ、ダメなんだ」

狐神「っ……!」

お祓い師「待て、俺が相手になる……!」

辻斬り「……いや、残念ながら“お前には興味が無い”」

お祓い師「興味がないだと? どういう意味だ……」

辻斬り「そうだな……。正確に言うなら“人間には興味が無い”ということさ」

お祓い師「なに……?」



699: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:39:08.35 ID:PWaQHJE/0

辻斬り「まあ何でもいいだろう。は、早くその雌狐を斬らせろ……!」

お祓い師「狐神、下がれ……!」

狐神「う、うむ……」

辻斬り「そこをどけ」

お祓い師「断る……」

辻斬り「どうしてもと言うなら、あんたごとだ」

お祓い師「…………」

お祓い師「狐神、こっちだ!!」

狐神「へっ……!?」

お祓い師「今は逃げるしかない!」



700: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/01(水) 22:39:52.33 ID:PWaQHJE/0

狐神「それはそうじゃが、果たして逃げ切れるのか!?」

辻斬り「待て……!」

お祓い師「……馬鹿めかかったな!」

お祓い師「これでもくらえっ!!」

辻斬り「こ、これは……!!」



706: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:04:29.97 ID:Ks+zCeTF0






狐神「さっきの爆発は……」

お祓い師「もしもに備えて、社に入った時点で御札を撒いておいた」

お祓い師「早速役に立ったようで良かった……」

狐神「社はすっかり燃え落ちてしまったのう。まあ、祀られていた神がもういないんじゃから、いずれは朽ちるものではあったのじゃが……」

お祓い師「ああ……」

お祓い師「それよりどうだ。あいつはまだ生きている気配があるか?」



707: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:08:35.78 ID:Ks+zCeTF0

お祓い師(今の死んでいてくれれば助かるんだがな……)

お祓い師(力だけを見ればこの間の天狗の方が上だが……。あの時あいつを倒せたのは、あいつ自身が用意した結界を逆手に取れたからだ……)

お祓い師(正面からやり合ってAランクの奴に勝てる実力は俺にはない……)

お祓い師「……どうだ。何か感じるか」

狐神「焦げ臭くてにおいではわからぬが……」

狐神「力の気配は……、今のところ感じぬ……」

狐神「ただ、気配を潜めて逃げただけかもしれぬ。油断は禁物じゃ……」

お祓い師「ああ分かっている……」


辻斬り「────そうとも、油断は禁物さ」


お祓い師「な……、後ろ、に……」



708: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:20:14.57 ID:Ks+zCeTF0

狐神「お、おぬし!?」

お祓い師(腹を突き抜けて、刃が…………)

お祓い師「く、そっ……」

辻斬り「人を殺すのはあまりしたくないんだけど、邪魔をするなら仕方がない」

辻斬り「そのまま死んでくれ」

お祓い師「ゲホゲホッ……!」

狐神「おぬしよ、しっかりしておくれ……!」

狐神「はよう、逃げないと……!」

辻斬り「さて、次はあんただ女」

狐神「くっ……!」



709: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:26:25.67 ID:Ks+zCeTF0

狐神(わ、わしゃあどうすれば良いのじゃ……)

狐神(こやつを抱えたままこの場から逃げることなどできぬ……。ましてや、わしだけでこの辻斬りを打倒することなど不可能じゃ……)

狐神(……二人で助かる“道”が見えぬ……)

辻斬り「抵抗もなしか。つまらないなあ」

辻斬り「じゃあ、死ね」

狐神「ッ…………!!」

狐神「…………む…………?」

狐神(……斬られて、いない……?)

辻斬り「……なんだあ、あんたは」

フードの侍「…………」



710: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:28:18.07 ID:Ks+zCeTF0

フードの侍(飛び退いた、か……)

フードの侍(いっそのこと、その刀で受けてくれれば事は済んだのに……)

狐神「お、おぬしは……」

フードの侍「(話は後だ)」

フードの侍「(早くそいつをどうにかしろ)」

お祓い師「ぐ…………」

狐神「……う、うむ。恩に着る」

フードの侍「…………」

辻斬り「……この感じ。あんたも人間じゃあないな」

辻斬り「クククッ、今日はついているなあ。人外が自分の方から寄ってきてくれるとは……!!」



711: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:39:40.84 ID:Ks+zCeTF0

辻斬り「さあ、殺させろ……! 斬り刻ませろ……!!」

フードの侍(狂人め……)

辻斬り「……しかし、その刀は危ないな……」

フードの侍「……!」

フードの侍(やはり勘付いていたか……。やつの刀が“アレ”である故、か……)

辻斬り「ククッ、面白い……!少しは楽しめそうだ……!!」

フードの侍(……こっちは楽しくはないのだが……)

辻斬り「刀を持つ物同士が戦うにはここは少々狭い。場所を移動しようか」

フードの侍(……まあ、時間稼ぎにはなりそう、か)

フードの侍「(……ああ、そうするとしようか)」



712: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:42:24.12 ID:Ks+zCeTF0






狐神「おぬし、大丈夫かの……」

お祓い師「ハァ、ハァ……」

お祓い師「あー……、厳しいんじゃねえかな……」

狐神「…………」

狐神(布で簡易的な止血はした)

狐神(今は何とか持ちこたえておるが……このままでは時間の問題じゃ……)



713: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:47:52.21 ID:Ks+zCeTF0

狐神(しかし、なぜ急所を狙わなかったのじゃろうか……。首や、胸など、奇襲ならいくらでも狙えたはずじゃ……)

狐神(……運良くではなく、やはりあやつには人間を殺すつもりはなかったのかもしれんがな)

狐神(確実に仕留めたかったのであれば、心臓を一突きすればよかったのじゃから)

狐神(とはいえ、出血は激しい。一刻も早く医者に診てもらわねばならぬのじゃが……)

お祓い師「ゲホッ……」

狐神「…………」

狐神(このまま町に戻っては、絶対にいかん)

狐神(あやつは人外を無差別に殺しておる……。人外があれほど多く住まう町まで後をつけられてしまっては……)

狐神(結果は火を見るより明らかじゃ……)

狐神(しかしこやつのことを考えると、そう悠長なことを言ってはおれん)



714: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:49:16.28 ID:Ks+zCeTF0

狐神(なにか、なにか打開策は……)

狐神「…………」

狐神「……迷っては、おられぬか」

お祓い師「……狐神……」

狐神「無理に起きるでない。傷は塞がっておらぬのだぞ」

お祓い師「……俺を置いて町に戻れ……。あいつの目的は俺じゃない……。ここに一人で残っても狙われることはないだろう……」

狐神「こんな大怪我を負った者を一人残して行くわけがなかろう馬鹿者め」

狐神「……やむを得ん事態じゃ。“これ”を使う……」

お祓い師「……な……その、本は……」

お祓い師「……なんでお前がそれを持っている……!」



715: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 22:53:28.14 ID:Ks+zCeTF0

狐神「西人街の書店でおぬしが購入した本、何かと気になっておったからのう。おぬしが不在の間に荷物から拝借させてもらった」

お祓い師「お前、それが何か分かっているのか……!」

狐神「当たり前じゃ。いくら山暮らしをしておったとはいえ、字ぐらい読めるに決まっておろう」

お祓い師「ゴホッ……」

お祓い師「……それなら、それを今のお前が使う危険性も分かるはずだ……!」

狐神「……当然じゃ」

お祓い師「はあ……、はあ……。今のお前にそれを使わせるわけにはいかない……!馬鹿な考えは止せ……」

狐神「今の状況を打開するにはこれしかないのじゃ……」

お祓い師「だが……!」

狐神「それに」



716: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/07(火) 23:00:46.90 ID:Ks+zCeTF0

狐神「それにわしは以前言ったはずじゃ。わしはおぬしの拠り所になりたいと」

狐神「わしがおぬしを依り代にしているように、わしもおぬしに頼られたいと……!」

狐神「じゃから……!!」

お祓い師「や、めろ、狐神……!今のお前には無理だ……!」

狐神「わしは……おぬしを失いたくない……」

狐神「じゃからな……」



720: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 15:36:53.99 ID:zpnG6S/I0






辻斬り「いやあ、やるねえ」

フードの侍「…………」

フードの侍(手を抜いているくせによく言う)

辻斬り「しかしなんだい、その刀は……。本能的にその刀を、この刀で受けるのを拒否してしまうんだが」

フードの侍(答えるわけがないでしょう……)

辻斬り「ふうん、だんまりか……。まあ、いいんだけどさ」



721: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 15:46:04.69 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「ただ、迫り合いのない勝負っていうのはちょっとつまらないと思っただけさ」

辻斬り「やりにくい相手だよ、まったく」

辻斬り「しかし、さっきの雌狐を逃したくはないんだ」

辻斬り「そろそろ死んでもらえるかな」

フードの侍(引き際か……)

フードの侍(一旦戻って他の退魔師に協力を仰いだほうがいいか……)

辻斬り「あんたを殺したあとはあの雌狐、続いてこの近くにあるという町に行かせてもらう」

フードの侍「……!!」

辻斬り「なんでも、人外が多く住み着いているとか……」

辻斬り「虫酸が走るねえ……! 一刻も早く皆殺しにしてやりたいよ……!」



722: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 15:56:46.11 ID:zpnG6S/I0

フードの侍「ッ……!」

フードの侍(それだけはさせない……!)

フードの侍「…………」

辻斬り「うん、まだやる気十分か。そうでないとつまらない」

フードの侍「……!」

辻斬り「いやあ、いい剣筋だ。やはり人外の身体能力とは羨ましいものがあるね」

フードの侍(余裕のくせに……。一切刀を使うこと無く、体捌きだけでこちらの攻撃を避けている)

フードの侍(ここまで実力が離れていると嫌になるな……)

辻斬り「……一つ聞かせてくれよ」

フードの侍「……?」



723: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 16:08:07.14 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「いや、思い出したんだよ……。あんたとは以前に二度も会ったことがあるだろう?」

フードの侍「…………」

辻斬り「自分は飽きっぽい性格でね、取り逃がした奴も多いから中々思い出せないでいたんだけれども、いやあなるほど、あんたか」

辻斬り「あんたはどうして、ここまで俺に執着するのかねえ……。いや、俺というよりはこの刀に、か……」

フードの侍「…………」

フードの侍「(その刀を寄越せば答えてやらんこともない)」

辻斬り「流石に的に武器を渡すほど馬鹿じゃあない」

フードの侍「(では逆に聞こう)」

フードの侍「(なぜその刀に執着する)」

フードの侍「(より良い業物など、いくらでもあるはずだ)」



724: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 16:14:40.92 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「…………」

辻斬り「……ああ、そういえば何故だ? 俺は、この刀以外を持とうとも思わないな……」

辻斬り「……ぐっ……!」

フードの侍(浅い……!!)

辻斬り「危ない危ない……。考えている時に不意打ちとは怖いねえ」

フードの侍(お前が言うのか)

辻斬り「うん、いやあ斬られたのなんて久々だ」

辻斬り「──お礼に本気で殺してあげるよ」

辻斬り「……ぜああっ!!」

フードの侍「ッ……!!」



725: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 16:22:54.10 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「……ちょこまかと、逃げ足だけは一流だねえ。あの雌狐と被るよ」

フードの侍(こ、れがランクAの本気……!)

フードの侍(剣圧で地面が割れた……、こんなの流石に太刀打ち出来ない……!)

辻斬り「さて、次は避けられるかな?」

辻斬り「はあああっ!!」

フードの侍「……!!」

フードの侍(避けきれ、ない……!)

フードの侍「うぐっ……!!」

辻斬り「脇腹をかすっったね……。痛い? 痛いよなあ?」

フードの侍「げほっ、げほっ……!」



726: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 16:28:41.34 ID:zpnG6S/I0

フードの侍(まずい、な……)

辻斬り「苦しまないように、次は一撃で決めてあげるよ」

辻斬り「さあ……!!」

フードの侍(……ご主人様、すいません……。ここまでみたい……)

辻斬り「さあ、死ね────」


お祓い師「待てよ」


辻斬り「がはっ……!?」

辻斬り(炎……? まさか……!)

お祓い師「……よお、腹の傷の仕返しに来たぜ……」

辻斬り「……うーん、おかしいなあ……。すぐに立ち上がれるほど浅い傷じゃ無かった気がするんだけどね……」



727: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 16:47:25.10 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「……もしかして、あんたの背中でぐったりしている雌狐が何か関係してる?」

お祓い師「……否定はしない。時間がないから早く終わらせてもらうぞ」

辻斬り「……格下のくせに妙に粋がるねえ……!」

お祓い師「そいつはどうかな」

お祓い師「くらえ!!」

辻斬り「なっ……!! この、威力は……!!」

辻斬り「────!!」

フードの侍(なんという、力だ……)

お祓い師「おい、怪我は平気か」

フードの侍「…………」



728: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 16:54:58.47 ID:zpnG6S/I0

フードの侍「(心配するほどではない)」

フードの侍「(それよりもお前は)」

お祓い師「俺は平気だ。それよりもこいつを頼む」

フードの侍(この化け狐、呼吸が荒くぐったりとしてる……)

フードの侍(病は完治したのではなかったのか……?)

フードの侍(……いや、この感じは病というよりは……)

フードの侍「(これは一体……?)」

お祓い師「後で話す。今はあいつの相手をしなくちゃならねえ……」

辻斬り「ク、クククッ……」

お祓い師「時間がねえって言っただろ。早く倒れてくれよ……」



729: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 16:57:09.20 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「クハハハッ、面白い!」

辻斬り「いかにして傷を塞ぎ、いかにしてそのような力を身につけたのかは知らないが……」

辻斬り「いま、この瞬間お前と対峙できていることに感謝する! ここまで面白そうな相手は久しぶりだ!」

お祓い師「俺は面白くねえんだよ、いくぞ!」

辻斬り「クハハッ!!」

お祓い師「おらあっ!!」

辻斬り「当たるかよォッ!!」

辻斬り(爆炎で前が見えない……、が……!)

辻斬り「ここだァッ!!」

お祓い師「──はずれだっ!!」



730: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 16:59:54.29 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「なっ……!!」

お祓い師「燃えろっ!」

辻斬り「くっ……!!」

辻斬り「よく避けたな! だがそうそう偶然は続かない……!」

辻斬り「ぜああっ!!」

お祓い師「おっとっと……」

辻斬り(また避けられた……!? いや、これは……)

辻斬り「……攻撃が当たらない場所へ前もって移動する。あの雌狐と同じ力か……」

お祓い師(流石に察しが良いな……。だが、少し違う)

辻斬り「しかし、瞬間移動の類ではないし、大幅な肉体強化がされているような様子もない」



731: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 17:01:46.22 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「ならば反応も出来ないような速さで、お前の体力が尽きるまで追い込めばいいだけのこと」

辻斬り「さあいくぞ……!」

お祓い師「……!!」

お祓い師(速い……! 俺の目では追い切れない……。本当にあいつは人間なのか……!?)

辻斬り(やはり俺の全力を捉えきれるほどではないか)

辻斬り(心臓を一突きしてやろう)

辻斬り「ハァッ!!」

お祓い師「……!!」

辻斬り「なっ……」

お祓い師「ぐっ……」



732: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 17:03:48.51 ID:zpnG6S/I0

辻斬り(刀を手のひらで受けた、だと……!?)

辻斬り「……ふっ、だからといってどうということもない」

辻斬り「この通り刀は手のひらを貫通している。やはり肉体強化のたぐいではなかったか」

辻斬り(ならばこのまま手を切り裂いてしまえばいいだけだ)

お祓い師「──いやあ、わざわざ目の前に来てくれてご苦労」

お祓い師「正確には、手のひらで刀を受けられる場所へ俺が移動しただけだが……」

辻斬り(こ、いつ……! 最初からこのつもりで……!!)

お祓い師「この距離なら、避けられないだろ」

辻斬り「くっ……、そがっ!!」

お祓い師「終わりだ!!!!」



733: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/12(日) 17:04:30.99 ID:zpnG6S/I0

辻斬り「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

お祓い師(よし、当たった……!)

辻斬り「ぐ……く、そが……」

お祓い師「……ふう……」



738: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:01:01.91 ID:tyk4W51B0






フードの侍「…………」

フードの侍(……まさか倒すとは……)

フードの侍(……ん……?)

狐神「ハァッ……、ハァッ……」

フードの侍(これは……!)

フードの侍「(おい、この狐の神の様子がおかしい)」



739: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:02:13.10 ID:tyk4W51B0

フードの侍「(さっきよりも更に息が荒いが大丈夫なのか)」

お祓い師「分かってる……!」

お祓い師(力よ早く鎮まれ……!)

狐神「ハァ……、こほっこほっ……」

フードの侍(……ふう、落ち着いてくれた)

フードの侍(しかし、今のは一体……)

フードの侍(それにこの人の回復速度……、人間のものじゃない)

フードの侍(背中の傷も、手のひらの傷も殆ど血が止まってきている……)

お祓い師「…………」

お祓い師「聞きたいことがあるなら後で答えてやる」



740: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:04:44.16 ID:tyk4W51B0

お祓い師「今は目の前の敵に集中しろ」

フードの侍(な……!)

辻斬り「ゼェーッ、ハァーッ……」

辻斬り「く、そが……!」

お祓い師「しぶとい奴だな……、本当に人間かよ……」

辻斬り「それはこっちの台詞だな……」

辻斬り(初めから少し“臭う”とは思っていたが……一層濃くなった……)

辻斬り(やはり最初に首を落としておくべきだった……)

フードの侍(化け物じみた回復力……、でもあっちは説明がつく……)

辻斬り「まだだっ……、まだ終わっちゃいない……」



741: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:07:44.22 ID:tyk4W51B0

お祓い師「……おい、教えてくれ。どうしてお前はそこまで人外に執着するんだ」

辻斬り「……ククッ、面白いからだと言っているだろう……」

お祓い師「人外に固執する理由にはなっていない」

辻斬り「……ククッ……」

辻斬り「まあいい。このままじゃあ殺されそうだから答えておくか……」

辻斬り「……そうだな……きっかけは、復讐さ……」

お祓い師「復讐、だと……」

辻斬り「ああ、復讐だよ……。俺の村のな……」

辻斬り「あくまできっかけだがな……」

お祓い師「…………」



742: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:08:42.77 ID:tyk4W51B0

フードの侍「(……続けろ)」

お祓い師「わざわざ聞くのか?」

フードの侍「(私も“確信”が欲しいのだ)」

お祓い師「確信……?」

お祓い師「まあいい。話せよ」

辻斬り「…………」

辻斬り「ある日、俺の生まれ故郷は人外に襲われた……」

辻斬り「どれほど斬られ殴られても、いくら術をくらっても立ち上がってきたそいつに、家族を含めて全員殺された……」

お祓い師(……強力な人外を相手に為す術もなく全滅する。よくある話だ……)

お祓い師「……だが、それで全ての全ての人外を憎むのは筋違いだろう」



743: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:10:34.54 ID:tyk4W51B0

辻斬り「……ク、ククッ……」

お祓い師「何がおかしい」

辻斬り「その通り、筋違いだな」

辻斬り「なんならあいつは、あの時のあいつは、この手で殺してやった」

辻斬り「“だがそんなことはどうでもいい。今はもう、ただ殺したいだけなんだ”」

お祓い師「は……?」

辻斬り「そう、筋違い、だが殺したい。理由にはなっていないか?」

辻斬り「だが関係ない。ああ、関係はない。関係がないから、から……? なんだ?」

辻斬り「あー、つまり? 殺したいってことなんだが? クククッ……」

フードの侍「…………」



744: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:11:14.50 ID:tyk4W51B0

お祓い師(な、何を言っているんだこいつは……? 言っていることが滅茶苦茶だ……)

辻斬り「ええと? つまりは俺は殺したいから復讐を、して、で……? クハハッ……!」

フードの侍「(……もういい、十分わかった)」


フードの侍『────』


お祓い師(……! あいつ……!)

辻斬り「あ……?」

辻斬り「俺の刀が……、折れた……?」

辻斬り「あああああああぁぁぁぁああああああッ!?!?」

お祓い師「なっ……」

お祓い師(辻斬りが突然苦しみ始めただと……!?)



745: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:13:18.22 ID:tyk4W51B0

辻斬り「うぐううおおおおおおおおあああ!!」

フードの侍(当たり、か……)

辻斬り「貴、様ァ……! “それ”は……! “それはやはり遺物の一つか”……!!」

フードの侍「…………」

フードの侍(君たちは一本だって残さない。それがご主人様の願いだから)

辻斬り「ク、ソが……」

辻斬り「…………」

フードの侍「…………」

フードの侍「(さて、一つ聞いていいか)」

フードの侍「(お前の町を襲ったという人外は、“こんな刀を持っていなかったか”?)」



746: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:14:39.97 ID:tyk4W51B0

辻斬り「……あ……?」

お祓い師(……どういうことだ……?)

お祓い師(フードの野郎が持っているのは、今まさにあいつが折った、辻斬りの刀だ)

お祓い師(その刀が、辻斬りの故郷を襲った人外のものだと……?)

辻斬り「これは……」

辻斬り「これは、あいつのッ……!!」

辻斬り「な、なぜ……」

フードの侍「(……その刀は数ある、とある刀鍛冶が打った妖刀の内の一本だ)」

お祓い師「妖刀、か」

フードの侍「(妖刀は基本的にすべて、人外や術者が宿すような力を持った刀だ)」



747: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:16:19.18 ID:tyk4W51B0

フードの侍「(それ故に、物の怪などに対して有効な武器となる)」

フードの侍「(しかし中にはそれだけに収まらない、まさに妖かしの刀が存在する)」

フードの侍「(付加的な、それでいて、その一振りにとって本質的な力)」

辻斬り「…………」

フードの侍「(お前のその妖刀は、『使用者の精神を乗っ取る力』がある)」

辻斬り「な、に……」

フードの侍「(お前の故郷を襲った奴が何者かは知らないが……)」

フードの侍「(実際には、そいつが望んだことではなく、あくまで妖刀の意志によるものだということだ)」

辻斬り「そんな馬鹿な……! じゃあ俺は……!」

フードの侍「(一つ聞きたいが、今のお前は、私やそこで倒れている狐の神を本当に殺したいのか?)」



748: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:17:59.79 ID:tyk4W51B0

辻斬り「当たり前だ……! 俺は人外をぶち殺したいんだぞ? そう、皆殺しだ……!」

辻斬り「皆殺しに……!」

辻斬り「……皆殺しに、したいんだよ……! 俺は、絶対にお前たちを認めない……!」

辻斬り「クソッ……! 認めない、認めていないはずなんだ……! なのに……!」

お祓い師「…………」

お祓い師「おい、小さいの。何故お前はそんなことを知っている」

フードの侍「(……小さいのと呼ぶな)」

フードの侍「(私は、とある刀鍛冶の作である妖刀を集めている)」

フードの侍「(この『使用者の精神を乗っ取る力』をもつ刀も、先日私が使った『霊体に特化した力』を持つ刀も)」

フードの侍「(そして今私が使っている『妖刀を折る力』を持つ刀も、全てがその刀鍛冶の作だ)」



749: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:19:14.04 ID:tyk4W51B0

お祓い師「……お前はその刀鍛冶と一体何があったんだ……」

フードの侍「…………」

フードの侍「(……昔の、主人だ)」

お祓い師「主人……」

フードの侍「(それよりも、その狐の神は平気なのか)」

お祓い師「ああ、呼吸も安定している。今は眠っているだけだ」

フードの侍「(そうか……)」

お祓い師「さて……」

辻斬り「…………」

辻斬り「……なあ教えてくれよ」



750: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:29:07.94 ID:tyk4W51B0

フードの侍「…………」

辻斬り「俺がずっとこの手に握っていた刀こそが、本当の仇だったってことか……?」

フードの侍「(そうだ。言い換えるならば、ついさっきまでのお前自身が、お前の仇だったということだ)」

辻斬り「……!」

フードの侍「(その妖刀には殺戮衝動を駆り立てる作用がある)」

フードの侍「(お前の故郷がその刀を持った者に滅ぼされた際に生まれた人外への憎悪が、その刀の力で増長されてしまったんだろう)」

フードの侍「(だからと言って、お前の犯した罪が消えるようなことはない)」

辻斬り「…………」

フードの侍「(悔い改めて、余生を生きろ)」

辻斬り「…………」



751: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:40:18.72 ID:tyk4W51B0

辻斬り「…………」

辻斬り「…………ククッ……」

辻斬り「…………クククッ…………」

辻斬り「……そんなん関係あるかよォ!!!」

フードの侍「……!」

お祓い師「なっ……!?」

辻斬り「俺が妖刀に操られていたあ? だからなんだ?」

辻斬り「妖刀とて人が造り上げた人外じゃあないか!! 人外はクズだ!! 俺の気持ちは変わりはしない……!」

フードの侍「(くっ……! こいつ……!)」

お祓い師「まだ反撃する力が……!」



752: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:41:14.68 ID:tyk4W51B0






お祓い師「……良かったのか。逃げられちまったけど」

フードの侍「(それは私の台詞だ。仕事を請け負っていたのはお前だろう)」

お祓い師「いや、俺は人外専門、天下の退魔師だぜ? あいつは只の人間だ」

フードの侍「(ならば私も同じだろう)」

フードの侍「(それに私が目的にしていることは、妖刀の回収及び破壊だ)」

お祓い師「そうか……」



753: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:42:14.15 ID:tyk4W51B0

フードの侍「(……詳しくは聞かないのだな)」

お祓い師「なんだ、話したがりか」

フードの侍「(うるさい)」

お祓い師「悪かった、怒るなよ」

フードの侍「(別に怒ってはいない)」

お祓い師「……で、主人ってのは何なんだ。従者でもやっていたのか?」

フードの侍「(……いや。私は昔、ご主人様に飼われていた)」

お祓い師「飼われ……!? お前、そういう趣味かよ!!」

フードの侍「(違うわ馬鹿が!)」

フードの侍「(飼猫だったということだ)」



754: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:43:22.94 ID:tyk4W51B0

お祓い師「ね、猫……?」

フードの侍「(そう、昔の私はれっきとした猫だった)」

フードの侍「(今の私は、その猫が化けた猫又という物の怪に該当する)」

お祓い師「お前、猫又だったのか……」

フードの侍「(狐の神に聞いていなかったのか……?)」

お祓い師「いや、全然……」

フードの侍「…………」

フードの侍「(まあいい……)」

フードの侍「(それで、そのご主人様が死に際に後悔をしたのだ)」

フードの侍「(自分はあまりに恐ろしい物を産み出してしまった、と)」



755: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:45:38.25 ID:tyk4W51B0

お祓い師「…………」

フードの侍「(ご主人様にとって、刀を打つことは芸術品を作ることと等しかった)」

フードの侍「(妖刀の能力さえも含めて、一つの作品だと捉えていたようだ)」

フードの侍「(しかしある日、ご主人様の作品はある数本を残して盗まれてしまった)」

フードの侍「(その残された数本のうちの一本が、この『妖刀を折る力』をもつ刀だ)」

フードの侍「(ご主人様は病気で若い身でありながらこの世を去るその日まで、自身の作品が悪用されることを嘆いたいた)」

フードの侍「(だから、私はご主人様のためにも、作品の回収をするためにこうして化けて出たのだ)」

お祓い師「なるほど、な……」

フードの侍「(中でも危険度の高いものは、今回のようにすぐさま折るようにしている)」

フードの侍「(結果として今回は手伝ってもらったことになる。ありがとう)」



756: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/19(日) 19:48:03.69 ID:tyk4W51B0

お祓い師「……俺は俺の依頼をこなしていただけだ」

お祓い師「よーし、お疲れ様ってことで今日の夕飯を一緒にどうだ」

フードの侍「(私は構わないが、そいつは平気なのか)」

お祓い師「外食は無理だろうが、見た所そこまで心配する程でもないだろう……」

お祓い師「どちらにせよ、ここではどうしようもない。帰るとしようぜ」

フードの侍「(では急ぐとするか)」

フードの侍「(……そういえば、まだ聞かせてもらっていなかったな)」

お祓い師「あ?」

フードの侍「(お前の体の傷が治り、力が急に増大したカラクリをだ)」

お祓い師「ああ、そういえば話すといったか」

お祓い師「……こいつはだな、────“式神契約”の恩恵だ」



762: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 16:40:50.27 ID:jg04TnH20






お祓い師「馬鹿が!! あれほどやめろと言っただろうが!!」

狐神「す、すまぬ……」

お祓い師「今回は無事だったからいい。だが、毎度毎度こうも上手くいくとは限らないんだぞ……!」

狐神「じゃ、じゃが結果として式神契約のおかげで今回はお互いに救われたわけじゃし……」

お祓い師「そんなのは結果論だ。こんな風に布団で安静にしなければならないほど衰弱した奴が言う言葉じゃない」

狐神「う、うむ…………」



763: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 16:47:29.15 ID:jg04TnH20

フードの侍「(……その式神契約について詳しく教えてくれないか。状況がいまいち掴めない)」

お祓い師「……式神契約ってのは、人と人外の契約形態の一つだ」

お祓い師「俺と狐神は元々“依り代”の契約関係にあったんだが……。この左腕の印がそれなんだが……」

お祓い師「この契約によって狐神は常に俺から力を受け取っている。こいつの生命維持活動の一端を俺が担っていると言っても良い」

狐神「…………」

お祓い師「そしてこの右腕に、狐神に強制的に入れられたのが式神契約の印だ」

お祓い師「式神契約ってのは依り代の契約とは逆の性質があると思ってもらっても良い」

お祓い師「依り代契約による恩恵が俺からこいつへの力の供給なら、式神契約の恩恵はこいつから俺への力の供給だ」

フードの侍(あの辻斬りを相手に急に動きが良くなったのはそのためか)

お祓い師「一番の恩恵はそこではなく、“契約した人外の能力を一時的に契約者が使用できる”というものなんだが……」



764: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 16:50:10.95 ID:jg04TnH20

お祓い師「今回問題になっているのはそっちではなく、力の供給に関してだ」

フードの侍「(というと?)」

お祓い師「依り代の契約が恒常的なものであれば、式神契約は一時的なものだ。つまり、力を使ったその時にだけ狐神から俺への力の供給が行われる」

お祓い師「しかし式神契約の効力は一時的なものである代わりに、その力はとても強い」

お祓い師「俺が力を使用すると依り代契約による俺からこいつへの力の供給量を、式神契約によるこいつから俺への力の供給量が上回っちまうみたいだ」

フードの侍「(つまり力の供給が逆流して、この狐神に力を分けるどころか吸い取ってしまう状態になるということか)」

お祓い師「ああ。そして式神契約は一朝一夕で使いこなせるほど単純な契約術ではないと聞く」

お祓い師「今の俺は狐神とは全く関係のない、俺自身の力を使用した時にさえ強制的に術が発動してしまった」

お祓い師「更にはあの時、契約が完了してしまったその瞬間から人外が持つ傷の再生能力が俺に効き始めた」

お祓い師「完全に俺の制御が効いていない証拠だった」



765: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 16:54:53.80 ID:jg04TnH20

フードの侍「(なるほど。自身で力を振るうことは勿論……)」

フードの侍「(無意識の内に何らかの力が発生してしまうことにも気を配らねば、自動的にその狐の神から力を吸い取ってしまうということか)」

お祓い師「ああ……。制御をできない俺の力不足ということもあるが、あまりに急だった」

お祓い師「それに一番の問題はこいつにある」

狐神「…………」

お祓い師「こいつは俺からの力の供給がなければすぐに衰弱してしまうほどに自身の力が無くなっている」

お祓い師「そんなこいつから力を吸い上げてしまっては、その度にこいつを命の危機に晒すことになる」

狐神「面目ない……」

フードの侍「(……なるほど、思ったよりも状況は良くないみたいだな)」

フードの侍「(契約を解除するというのは?)」



766: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 16:57:27.80 ID:jg04TnH20

お祓い師「そう簡単にはいかないから困っているんだ」

お祓い師「こういった契約の類は、複数の契約を行うことは出来てもその契約を簡単に解消することはできない」

お祓い師「元々山の社に依り代を置いていたこいつだが……。あの時も契約を俺に移したのではなく、あくまで俺への契約を追加しただけだ」

フードの侍「(絶対に解除することはできないのか)」

お祓い師「……いや、一つだけある」

狐神「…………」

お祓い師「……契約元、もしくは契約先のどちらかが消滅すること。つまりは俺か狐神が死ねば契約は終了だ」

フードの侍「(……なるほど)」

お祓い師「元々こういった契約の類は、その契約解除法も含めた高度な術を組み込むものだ」

お祓い師「あの場で簡単に出来るようなものではない……」



767: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 17:01:13.09 ID:jg04TnH20

フードの侍「…………」

フードの侍「(……由々しき事態ではあるが、そこまで憂いる必要があることか?)」

お祓い師「……どういうことだ」

フードの侍「(さっきお前自身が言ったではないか。『式神契約は一朝一夕で使いこなせるほど単純な契約術ではない』と)」

フードの侍「(ならば一朝一夕ではなく、日々努力を重ねて扱いきれるようになれば、意図せず狐の神を危険に晒すこともなくなるのだろう?)」

お祓い師「簡単に言うなよ……」

お祓い師「それに、これでお互いの依存度が上がってしまった……」

フードの侍「(問題があるのか?)」

お祓い師「大有りだ」

狐神「…………」



768: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 17:02:57.10 ID:jg04TnH20

お祓い師「こいつは早く俺から離れなくちゃならない」

狐神「な……」

フードの侍「(……それは、なぜ?)」

お祓い師「いつまでも俺という依り代から力を受け取っていることに甘んじてちゃ駄目なんだよ」

お祓い師「いずれは他の人外のように、己の意志で生きていけるようになってもらわないと困る」

狐神「……そ、それは、わしが邪魔ということかの……?」

お祓い師「そういうことじゃない」

お祓い師「わかっているだろう? このままだと、俺の命が尽きるとお前も死んでしまうんだぞ?」

お祓い師「平均的な寿命を考えても、俺はあと四十年少し生きれば十分だろう」

お祓い師「人間にとっては十分だが、お前たち人外にとってはどうだ。数十年という歳月はあまりに短すぎるんじゃないか?」



769: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 17:08:42.74 ID:jg04TnH20

お祓い師「だから……」

狐神「──だから、なんじゃ」

狐神「四十の歳月がわしにとって短いじゃと? そんなこと勝手に決められたくはないわい!」

お祓い師「何をムキになっているんだよ。事実としてそうだろうが!」

お祓い師「俺は自分の死が、別のやつの生死を左右するようなことにはしたくねえんだよ! そんな重荷を俺が背負えるか!!」

狐神「そういうことではない……! そうではなくてじゃな……!」

お祓い師「…………」

狐神「長い短いではないのじゃ……。……数百と生きてきたわしじゃがな、お主と出会ったこの数ヶ月間が一番充実しておった……」

狐神「楽しいことばかりではないが、それでもわしはこの生を初めて充実して過ごせておる気がする……」

狐神「それはの、おぬしよ……。おぬしがわしにとって初めて……」



770: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 17:16:39.80 ID:jg04TnH20

お祓い師(狐神……?)

狐神「…………」

狐神「……いや、なんでもあらん。おぬしの言うとおりじゃ。わしの身勝手さからおぬしに重荷を背負わせるわけにはゆかぬ」

狐神「うむ、そうじゃ、その通りじゃ。はよう一人で生きてゆけるようになれねばのう」

狐神「百も生きておらぬおぬしら若造にできてわしにできぬはずがない。出来ねばならぬことじゃ」

狐神「…………すまぬがちょっと部屋を出てくれぬか。少し一人で考えたい」

お祓い師「あ、ああ……」

フードの侍「…………」



771: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 17:18:26.35 ID:jg04TnH20






お祓い師「…………」

フードの侍「(……お前は大馬鹿者だな)」

お祓い師「な……」

フードの侍「(もう少し他人の立場に立てるようになったほうが良い。正直見損なった)」

お祓い師「俺が間違っていると?」

フードの侍「(言っていることは間違っていない。理に適っている)」



772: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 17:20:39.52 ID:jg04TnH20

フードの侍「(しかし人の感情とは理屈で考えるものではないと思うがな?)」

お祓い師「…………」

フードの侍「(……まあいい。あまりよその人間関係に口出しするのもどうかと思うからな)」

フードの侍「(約束通り夕飯に行くとしよう。こうして話すのも最後になるからな)」

お祓い師「最後ってどういうことだよ」

フードの侍「(この辺りの地域で目的の妖刀はもう無いと見た。今日の収穫は予定外で、元々明日には発つ予定でいた)」

お祓い師「そうだったのか……」

フードの侍「(次は帝国に行くつもりだ)」

お祓い師「なんでわざわざ帝国に」

フードの侍「(回収優先度の高い一振りが、帝国にあるらしいという噂を聞いたのでな)」



773: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 17:24:16.41 ID:jg04TnH20

フードの侍「(皇国の刀剣はその切れ味と美しさから国外での人気も高い)」

フードの侍「(盗まれたご主人様の作品が国外に流れていっても何ら不思議はない)」

お祓い師「なるほどな……」

お祓い師「しかし寂しくなるな。今まで同業者と仲良くなることなんてあまり無かったからな」

フードの侍「(……そういう気遣いはあの狐の神にしてやるんだな)」

お祓い師「そうは言ってもだな……」

フードの侍「(……まあいい。あまり遅くなるとお前の相方に怒られそうだからな。食事なら早く済ませてしまおう)」

お祓い師「別れの際だってのにそんなこと言うなよ。もしかしてまだ町を出る準備が整ってないのか?」

フードの侍「(それは済んでいる。そうではなく、あまりお前と自分が一緒にいるとあの狐が怒るだろう)」

お祓い師「なんだそれ。ヤキモチってことか?」



774: ◆8F4j1XSZNk 2016/06/28(火) 17:37:38.69 ID:jg04TnH20

フードの侍「(ふっ、他に何がある。一度だけ直接釘を刺されたよ)」

お祓い師「なんであいつがヤキモチを焼くんだよ」

フードの侍「(……ふっ、まあいいだろう。そろそろ店に入ろうか。立ち話も疲れてきた)」

フードの侍「(あそこに個室で食べれる所がある。詳しくはそこで話そう)」



780: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:00:00.33 ID:iydpTm480






お祓い師「あー、食った食った」

フードの侍「(ふう……。ここまで食べたのは久々だ)」

お祓い師「そりゃあ良かった」

お祓い師「……で、さっきの話の続きだが」

フードの侍「(ん、ああ……、その話か)」

フードの侍「(おそらくあの狐の神の今の気持ちは……この町を離れることを未だに心苦しく思っている)」



781: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:01:05.49 ID:iydpTm480

フードの侍「(そんな自分と似ているんだと思う)」

お祓い師「こうもあっさりと旅立とうとしているのにか?」

フードの侍「(ばかいえ、半年は悩んだ末の結論だ)」

フードの侍「(……なぜ自分がここまでこの町を愛しているのか。それはきっと、町の人々が自分を対等に扱ってくれるからだ)」

お祓い師「…………」

フードの侍「(ここに来るまではたくさん辛い思いをしたものだ)」

フードの侍「(いかに多神を認め、人外という存在と共存をしようとしているこの皇国でも、やはり差別というものはある)」

フードの侍「(差別というよりは迫害か……。私が猫の体を棄て、この身体になってからというもの、何度も何度も死にたいとさえ思った)」

フードの侍「(やはり我々人外は、普通の人々にとっては畏れ、恐れる存在であるということなのだろう)」

フードの侍「(祓われそうになったことも一度や二度ではない)」



782: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:04:49.79 ID:iydpTm480

お祓い師「そんなことが……」

フードの侍「(お前だって、禍々しい妖刀を携えた化け猫に遭遇すれば、同じようにするのではないか?)」

お祓い師「それは……」

フードの侍「(……冗談だ。お前はそんなことをする奴ではない。だからこそ私は今ここでお前にこんなことを語っているのだ)」

お祓い師「…………」

フードの侍「(……所詮私は猫が化けて出た身。確かな身分も、人の世を渡り歩く処世術も持ち合わせていない私は金の工面に困った)」

フードの侍「(私が持っているものといえば、この僅かばかりの妖の力と、盗まれずに残っていた妖刀のみだった)」

フードの侍「(……この身を売ることも何度か考えた)

フードの侍(実際に野党のような輩に襲われ、弄ばれたことはあったからな……)」

フードの侍「(この身体は人にとって、まあ抱くに値するモノなのだろう、ということは分かっていかたからな)」



783: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:08:27.74 ID:iydpTm480

お祓い師「……ま、待て。身売りだと? お前が?」

フードの侍「(……ふっ、結局お前は気づかずじまいか)」

お祓い師「なに……?」

フードの侍「(この顔と声を他人に晒すのは久しいが、まあお前ならば良いだろう)」

お祓い師「なっ……!?」

お祓い師「お、お前っ……、女だったのか……!」

フードの侍「……まあ、そういうこと」

フードの侍「人の男が好むような豊満な乳房は無いから、顔を隠して術で声を変え、話し方を固くしていればなかなか気が付かれないんだよね」

お祓い師「なんでまたそんなことを……」

フードの侍「昔の癖、かな……」



784: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:10:28.19 ID:iydpTm480

フードの侍「昔は協会の会員としてじゃなくて、無所属のお祓い師として活動していたから、そうなるとこの外見だとどうしても仕事に支障をきたしてね」

フードの侍「協会の所属と違って身分も実力をはっきりとしないから、女ってだけで仕事の入りが悪くなっちゃうんだ」

フードの侍「ほら、この職って結構体力勝負なところがあるじゃない。私なんてただでさえ小柄だから尚更、ね」

お祓い師「…………」

お祓い師(昔から正規の会員として活動してきた俺が全く知らない世界だ。無所属の退魔師の世界ではそんなしがらみがあるのか……)

お祓い師「そんな差別、許されるかよ……」

フードの侍「……まあそんな感じだからさ、自然とこの耳も、顔も、声すらも隠すようになっていったんだよね」

フードの侍「そんな風に隠れるようにしながら毎日を送っていた。本当の自分を隠して、隠し続けてね」

フードの侍「今の自分が本当の自分なんじゃないかって、錯覚を起こすまでになっていた頃、私はこの町に来たんだ」

フードの侍「人と人外が仲良く暮らしているような村が他にはなかったわけじゃないんだけどね、ここは特別だった」



785: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:12:44.46 ID:iydpTm480

フードの侍「なんて言ったって、“退魔”師協会の受付を人外がやっているんだからさ。笑っちゃうよね」

お祓い師「……確かにな」

フードの侍「ここに来た時私は思ったよ」

フードの侍「……なんて平等で、なって歪んでいるんだろう、って」

お祓い師「どういうことだ?」

フードの侍「……いや、本当に平等で、暖かくて、大好きな町なんだよ? いつの間にかこの町に長く滞在していたぐらいね」

フードの侍「……ただ、その平等っていう考え方は、あくまで人間目線のものだと思わない?」

お祓い師「それは……」

フードの侍「人に危害を加えない人外とは仲良く、人に危害を加える人外は殺してしまって構わない」

フードの侍「これって人間の都合だよね。これを人に対して置き換えるとそう簡単にはいかない」



786: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:20:06.43 ID:iydpTm480

フードの侍「法律という、絶対的な国の決まりが出来たいま、いかなる場合も人に対する私刑は認められていない」

フードの侍「人を裁くには然るべき国の機関を通してからではないといけない。武器を持った凶悪犯が暴れているとか、そういう特別な場合を除いてね」

フードの侍「まあそんな場合でも、基本的には国に治安維持を任された組織が手を下さないといけない」

フードの侍「ところが人外に対してはそんな制約はない」

フードの侍「極端な話、退魔師でも何でもないズブの素人が、なーんにも悪いことをしていない人外を遊び半分で殺めてもなんの罪にも問われないよね」

フードの侍「一応皇国の法では、神にあたる存在は保護されているけど」

お祓い師「……ああ、その通りだ……。まったくもってその通りだ……」

お祓い師「いまの世の中は俺たち人間のためにできている……」

フードの侍「まあ人外ってのは並の人間に簡単にやられたりはしないけどさ」

フードの侍「実際にやられるとか、やられないとかじゃなくって、この状況そのものが私たちにとっては辛いものなんだ」



787: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:22:44.53 ID:iydpTm480

フードの侍「そんな人のための法に従って、それでいて幸せそうにしているこの町の人外のみんなを初めて見た時は、そりゃ歪に見えたさ」

フードの侍「でもここに住み始めて分かったよ。ああ、例え歪でも、ここは幸せだなって」

お祓い師「…………」

フードの侍「仕方がないんだよね。いまの世の中は人のための世なんだから」

フードの侍「人のための世に、人のための国が、人のための法を作ることは何も間違っていない」

お祓い師「……いいや、間違っている……。人のための世の中という事そのものがまず間違っているだろう……!」

お祓い師「これも言ってしまえばただのエゴだが、少なくとも話せば分かる相手とは対等であるべきだ……!」

フードの侍「…………」

フードの侍「……ふふっ、やっぱりあなたは面白い人だ。今まで会ったことがない種類の人間だ」

フードの侍「そうだね。私はこの町にいる間本当に幸せだったけれども、やっぱりこの歪さに最後まで違和感を覚えていたのかもしれない」



788: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:23:57.79 ID:iydpTm480

フードの侍「だからこそ私は顔と声を隠し続けたんだろうね。町のみんなは私の正体を知っているけれども、そういうのとは関係なくね」

フードの侍「生まれながらの人外じゃない、っていうのも理由なのかもしれないね」

フードの侍「いまの自分の運命を甘んじてい受け入れることができないんじゃないかな」

フードの侍「で、話がかなり脱線しちゃったけど、そろそろ話を戻すよ」

お祓い師「あ、ああ……。お前がこの町を離れるのを心苦しく思っていることと、狐神のいまの気持ちが似たようなものだとか、そんなことを言っていたが……」

フードの侍「そう、その話」

フードの侍「……いろいろダラダラと話しちゃったけど、なんだかんだ言ってやっぱり私はこの町が好き」

フードの侍「さっき言った通り、人の世ならではの違和感を感じてはしまうけど、それでもこの町にいる限りでは人と人外は平等なんだよね」

フードの侍「私みたいにこんな耳がついていても、協会の受付のあの人みたいに蛇の瞳を持っていても、きちんと町の一員として扱ってくれるんだ」

フードの侍「私みたいな人外でも、対等に扱ってくれるんだ」



789: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:25:02.66 ID:iydpTm480

フードの侍「いま思い返せば、ここの他にもこういった場所はたくさんあったかもしれない……」

フードの侍「でも、ここが私にとっての初めてだから……。だから私はここを離れるのが名残惜しいんだと思う」

フードの侍「……あなた達とは違う私たちは、同じ目線に見られる事がとっても幸せなんだよ」

フードの侍「まあ私たちはどちらかというと迫害される側にいるわけだけど、逆の立場の彼らはどうなんだろうね」

お祓い師「逆の、立場……?」

フードの侍「そう。人の世において、人より下にいるのではなく人より上に立つ彼らのこと」

お祓い師「……神、か」

フードの侍「うん。……神さま神さま、って崇め奉られている事が幸せっていう神も、そりゃあいるんだろうけど……」

フードの侍「みんながみんな、そうってわけじゃないと思うんだ」

フードの侍「少なくとも、あの狐の神さまは違うみたいだよ。昔はどうだったのか知らないけど、少なくとも今のあの神さまは」



790: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:26:22.42 ID:iydpTm480

フードの侍「……もう一度私がこの町を去ることを名残惜しいと言った理由を考えてみて」

フードの侍「彼女もきっと……」

お祓い師「…………」

お祓い師(対等に、か……)

フードの侍「……さて、思った以上に話し込んじゃったね。このままだと本当に彼女に叱られてしまうかも」

お祓い師「……ああそうだな。餞別だ、ここは俺が持つよ」

フードの侍「そう? じゃあお言葉に甘えて」

お祓い師「……色々と考えさせられる話だった。ありがとう」

フードの侍「ははっ、お礼を言われるのはなんか変な気もするけどね」

フードの侍「……あなたみたいな人がもっと増えれば、この世界は変わるのかな……」



791: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:29:08.86 ID:iydpTm480

お祓い師「…………」

お祓い師(世界が変わる、か……)

フードの侍「……ああ、そうだ。私からも餞別があるんだった」

お祓い師「ん? なんだ?」

フードの侍「はい、目を閉じて」

お祓い師「……?」

フードの侍「────」

お祓い師「…………」

お祓い師「お前……」

フードの侍「……自分から唇を奪うのは初めてだなあ」



792: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:30:56.32 ID:iydpTm480

フードの侍「神さまには申し訳ないけど、まあ餞別ならこのぐらいじゃないとね」

お祓い師「……はあ、お前なあ……。こう、安々とするもんじゃないぜ」

フードの侍「ん、肝に銘じておくよ」

フードの侍「……それじゃ、そろそろ戻りなよ」

お祓い師「……ああ」

フードの侍「じゃあ、この先も気をつけて」

お祓い師「……ああ、お互いにな」



793: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:31:28.78 ID:iydpTm480






お祓い師「……ただいま」

狐神「…………」

狐神「……おそかったのう」

お祓い師「機嫌は?」

狐神「……さっきよりは」

お祓い師「具合は?」



794: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:32:48.39 ID:iydpTm480

狐神「……女将に夕食をもらったから、さっきよりは」

お祓い師「そうか……」

狐神「うむ……」

お祓い師「…………」

お祓い師「なあ、狐神」

狐神「……なんじゃ」

お祓い師「……さっきは済まなかった」

狐神「……別に、気にしとらんわい」

お祓い師「……俺は以前、お前に言ったよな。『俺にとってのお前は神さまなんかじゃない』って」

狐神「……うむ」



795: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:34:23.34 ID:iydpTm480

狐神「わしにとっては、あの一言がとても嬉しかった……」

狐神「生まれて初めて、対等に扱ってもらえたのじゃ」

狐神「それまでわしはずっと、崇め奉られる存在じゃった……。贅沢な話じゃが、わしはぬしら人間の上に立つことなどは望んでおらん」

狐神「対等に、わしという個人を認めてもらいたかったのじゃ……」

お祓い師「…………」

狐神「その点、おぬしは違った。おぬしは神を敬いも、怖れもしていない」

狐神「おぬしがわしへ対して時折見せる、あの粗雑で冷たい態度は、わしにとっては新鮮でとても嬉しいものじゃった……」

狐神「……じゃからこそ、先ほどおぬしがわしを神として扱い遠ざけようとした時、とても傷ついたのじゃ……」

狐神「あの時おぬしは、わしとおぬしは違う存在であると言ったのじゃ……」

お祓い師「それは……」



796: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:37:02.25 ID:iydpTm480

お祓い師「そのことは、訂正しない……」

狐神「…………!」

狐神「そう、か……」

お祓い師「……だが、俺の話を少しだけ聞いてくれないか」

お祓い師「俺は人間で、お前は神だ。……これは嘘偽りようのない事実だ」

狐神「…………」

お祓い師「だが、さっきも言っただろう。お前は神ではあるが、俺にとって“神さま”ではないんだ」

お祓い師「別にお前のことを敬っちゃいないし、畏れてもいない。俺はお前のことを何ら特別視していない」

お祓い師「俺にとってのお前は、相変わらずやかましい同行者だよ……」

狐神「おぬし……」



797: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:40:02.76 ID:iydpTm480

狐神「……じゃが、おぬしはわしを遠ざけようとしたではないか……!」

お祓い師「……その事で、お前に一つ確認をしなくちゃならない」

狐神「確認……?」

お祓い師「ああ……」

お祓い師「……俺たち人間と、お前たち神ではやはり根本から違う事がたくさんある」

お祓い師「特にお前たちは、その長い寿命から価値観なんかも俺たちと大きく異る事が多くあるはずだ」

狐神「それは……」

お祓い師「人間が母のお腹で生を授かり、成長して大人になり……」

お祓い師「そして老いて死ぬまでの数十年間で、お前たちは少し容姿が変わる程度の変化しないんだろうな」

お祓い師「もしかしたらそれすらも無いのかもしれない」



798: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:43:36.91 ID:iydpTm480

お祓い師「……時が価値観へもたらす影響は絶大だ。一分間と一年間で見える景色は全く別物だ。そうだろう?」

狐神「……う、うむ……」

お祓い師「さっきも言ったよな?俺の寿命はあと四十か、もって五十年だろう。その五十年という月日をお前がどう体感するのかなんて想像もつかない」

お祓い師「だから俺は、お前をそんな一瞬の時間に付きあわせちゃいけないって思っているんだ」

狐神「そ、そんなことはない……!」

狐神「……確かに、わしが今までの生きてきた時間の尺度で言えば四、五十年など短い」

狐神「一瞬という表現はいささか極端ではあるが、それでもとても短い時間であることは事実じゃ……」

狐神「しかし、短いからこそ余計に手放したくないのじゃ……!」

狐神「“神さま”であった数百年、忘れ去られた百余年。そんな長い長い時間よりもこの数カ月のほうがずっとずっと生きている実感があった……!」

狐神「まるでわしの命は、つい数カ月前から始まったかのようじゃ……!」



799: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:46:07.96 ID:iydpTm480

狐神「せっかく、せっかく産まれたこの気持ちを……。どうか殺さないで欲しいのじゃ……」

お祓い師「…………」

狐神「わがままなのは分かっておる……。おぬしに命という一つの責任を押し付けようとしておる……」

狐神「じゃが……」

お祓い師「……それが、お前の本当の気持なのか?」

狐神「……うむ。これが、わしのいま最も望んでおることじゃ……」

お祓い師「…………」

お祓い師「そうか……」

お祓い師「……なら、早くこの式神契約を使いこなせるようにならなきゃな」

狐神「……いま、なんと……?」



800: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:49:34.57 ID:iydpTm480

お祓い師「だから、式神契約を使いこなせるようになんなくちゃ困るだろうが。俺が術を使う度にお前に死にかけられるのは勘弁して欲しい」

お祓い師「このままじゃまともに働けないだろうが」

狐神「お、ぬし……。それはつまり……」

お祓い師「……精々お前も頑張ってくれよな。このままじゃお互いに負担が重すぎる」

狐神「…………」

狐神「ありが、とうの……。本当に……」

お祓い師「だがな、一つ……。これだけは覚えておいてくれ」

お祓い師「あくまでこれは問題の先延ばしだ」

お祓い師「時間の問題は、いずれもう一度向き合わなきゃならない。これだけは忘れるなよ」

狐神「……うむ」



801: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:51:25.18 ID:iydpTm480

お祓い師「…………」

お祓い師「……あのさ、少し俺の話をしてもいいか」

狐神「もちろんじゃ」

お祓い師「……山で天狗から逃げていた時、天邪鬼が俺に言ってきたんだよ」

お祓い師「『俺は親父のことを尊敬なんかしていない』って……」

狐神「な……」

狐神(天邪鬼とは本人の写し鏡……。嘘はつかぬはずじゃ……)

お祓い師「……その通りなんじゃねえかな、って最近思ってさ」

お祓い師「親父はすげえんだ。退魔師ではごく数人しか到達していないSランクの実力を持ち、業界にその名を知らない人はいない」

お祓い師「そんな親父の子どもとして産まれた俺はどうだ。当然あの天才と常に比較され続けるんだ」



802: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:53:01.22 ID:iydpTm480

お祓い師「俺が努力して、努力してやっと出来るようになったことも、あの親父と比べたらなんて事もないんだ……」

狐神「…………」

お祓い師「俺は親父に嫉妬している。そうだ、それがおそらく正しい表現だ」

お祓い師「俺にとって親父は尊敬すべき人でなければ、愛すべき親でもない……」

お祓い師「あまりに遠すぎるんだ、あの人は……」

狐神「おぬし……」

お祓い師「……母親は、物心ついた頃にはもういなかった」

お祓い師「死んでしまったのか、それともどこか別の場所にいるのか、それすらも聞かされていない。……いや、一度も聞こうとしなかった」

お祓い師「とにかく俺は親父を避けていたからな……。術も一族が代々得意とした氷ではなく、わざわざ相反する炎を選んだぐらいでな」

お祓い師「俺には……、少なくとも俺にとっては家族と呼べる人間はいなかった」



803: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:54:17.40 ID:iydpTm480

お祓い師「……お前が初めてだったんだ。従兄弟のような親戚でもない、友人でもない。もっと違う何かだと思えたのは」

お祓い師「もしかしたら俺は、お前が俺にとっての初めての家族であることを期待していたのかもしれない……」

狐神「…………」

お祓い師「俺にとっても、お前が初めてだったんだよ……。それに気が付いたのはついさっきのことだ」

狐神「そうか……。おぬしにとっても初めて、か……」

お祓い師「……なあ狐神。提案があるんだが聞いてくれないか」

狐神「うむ……」

お祓い師「まだしばらくはこの町を離れるつもりはないが、一旦別の場所に足を運びたいんだ」

狐神「ふむ、別の場所とな」

お祓い師「俺の親父がいるって噂の、式神の文化が浸透しているという集落だ。西人街の受付嬢が言っていただろう」



804: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:56:44.27 ID:iydpTm480

お祓い師「ここから三日とかからない場所にあるらしい」

お祓い師「俺たちはそこに行って、式神契約を使いこなすための情報を手に入れる必要がある」

狐神「……うむ。その通りじゃな……!」

お祓い師「よし、決まりだな」

狐神(式神の術を使いこなせるようになって、この先も此奴とともに生きていくのじゃ)

狐神(願わくば……此奴と、一緒に、ずっと)

狐神(そうなりたい。そうありたいと強く思うようになった)

狐神(なぜならわしは、もう…………)



805: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:57:28.75 ID:iydpTm480

《現状のランク》

A1 赤顔の天狗
A2 辻斬り
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神)

B1 狼男
B2 お祓い師
B3 フードの侍

C1 
C2 マタギの老人
C3 河童

D1 若い道具師
D2 狐神
D3 化け狸 黒髪の魔女 天邪鬼 泣いている幽霊

※1 お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。



806: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/03(日) 21:58:39.11 ID:iydpTm480

《妖刀》編はここまでです。
次回は《青女房》編です。閑話のようなものなので、そこまで長くないです。



813: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 21:20:07.64 ID:USTa3CAG0



《青女房》


若い道具師「フードの侍の方は行ってしまいましたね」

お祓い師「だな……」

お祓い師「あいつにはやることがあったみたいだから、仕方がないけどな」

若い道具師「まあそうですよね……。彼女を止める権利は誰にもありませんから」

お祓い師「……お前はあいつが女だって知っていたのか」

若い道具師「ええ。以前妖刀の件でお手伝いをした時に、あちらかお顔を見せてくれたんです」



814: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 21:22:59.08 ID:USTa3CAG0

お祓い師「……そうか」

若い道具師「協会支部の華が一つ消えてしまったのは寂しいですね」

お祓い師「そうだな。旅をしていると出会いと別ればかりだが、いつまで経っても別れだけは慣れないな……」

若い道具師「辛いものですね」

お祓い師「ああ……」

お祓い師「しかし、華か……」

若い道具師「どうかされましたか?」

お祓い師「いや、あいつと旅をするようになってからすっかりご無沙汰でな」

若い道具師「ご無沙汰、とは想像通りのことで合っているんでしょか」

お祓い師「……合っている」



815: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 21:26:49.37 ID:USTa3CAG0

若い道具師「お連れの方と喧嘩をしているということですか?」

お祓い師「なぜそうなる」

若い道具師「いえ、お連れの方とご無沙汰という意味だと思ったのですが」

お祓い師「違う違う。ご無沙汰も何も、俺とあいつはそういう仲じゃない」

若い道具師「ええ、そうだったんですか!? てっきり夫婦か何かだと思っていましたよ」

お祓い師「ばかいえ、そんな事があるか」

お祓い師「あいつと旅をし始めてから娼婦も買えなくなったって意味だ」

若い道具師「なるほど……、それは深刻な事態ですね」

若い道具師「お連れの方と致すという選択肢は無いのですか?」

お祓い師「…………」



816: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 21:31:22.51 ID:USTa3CAG0

お祓い師「実はよ……」

お祓い師「……昨晩のことなんだが、俺はあいつに対して家族のように見ていると言ってしまった」

若い道具師「そ、それは本心ですか?」

お祓い師「これは本心だ……。ただし少し前の自分の話なんだ」

お祓い師「最近のあいつの、俺に対する献身的な態度を見てまた違った見方になってきたんだ。特に機能の一件は契機だった」

若い道具師「そうならそうと、お連れの方に言えば良いのでは」

お祓い師「……昨日あれほどいい感じに言ってしまった手前、俺からそんなことを言い出すのは難しい……」

若い道具師「……ヘタレですね」

お祓い師「うるせえ……!」

お祓い師「意識しちまった相手と、これから毎晩何もせずに同じ部屋で過ごさなければならない、俺の気持ちがお前ににわかるか」



817: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 21:34:20.74 ID:USTa3CAG0

若い道具師「分かりかねます」

若い道具師「逆にあなたに、“根暗そうだ”と女性が近づかない、道具研究の界隈に身を置く僕の気持ちがわかりますか」

お祓い師「…………」

お祓い師「お互い大変だな……」

若い道具師「美しい女性とひとつ屋根の下で過ごすあなたと、僕を一緒にしないでください」

お祓い師「……なんか、すまん」

若い道具師「……ところでお祓い師さん」

お祓い師「なんだよ」

若い道具師「さっきのお話の通りですと、意中の人と同じ部屋で暮らしながら手も足も出ない状況になってしまった」

若い道具師「しかし最近欲求の発散を出来ておらず困っている、ということですよね?」



818: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 21:52:14.32 ID:USTa3CAG0

お祓い師「ま、まあそうだが……」

若い道具師「それなら提案があるんですが」

お祓い師「勿体ぶらずに言えよ」

若い道具師「いっその事、色街に出掛けてみませんか」

お祓い師「な……」

若い道具師「馬に乗ればすぐですよ。例えば今晩にでも……」

お祓い師「……ほう……」


蛇眼の受付嬢「……今晩に何ですって?」


若い道具師「へ……」

お祓い師「あー……」



819: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 22:03:35.96 ID:USTa3CAG0

蛇眼の受付嬢「道具師さん……。私のお酒の誘いは断ったのに、お祓い師さんと色街に行く余裕はあるんですね……」

若い道具師「い、いやあ、これは……」

蛇眼の受付嬢「そ、ん、な、に、お暇でしたら、丁度いい依頼が有るんですけれども受けて下さいますか?」

若い道具師「えーっと……」

蛇眼の受付嬢「受、け、て、下、さ、い、ま、す、よ、ね?」

若い道具師「は、はい……」

お祓い師(依り代の契約の関係上、馬に乗らなきゃいけないような距離を狐神と離れることは出来ないから、断るつもりだったが……)

お祓い師(どうやらその必要は無くなったようだな……)

蛇眼の受付嬢「では詳しいお話は窓口の方で」

お祓い師「(……なんだ、お前もいい思いしてるんじゃないか。なんで誘いを断ったんだ)」



820: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 22:04:53.21 ID:USTa3CAG0

若い道具師「(なんでって、蛇の姐さんと飲み比べをしてもロクな事にならないんですよ……)」

お祓い師「(ああ、そういう……)」

蛇眼の受付嬢「……聞こえていますよ?」

若い道具師「なんでもないです」

蛇眼の受付嬢「で、依頼の内容のほうなんですけれども……」

お祓い師「なになに……。旅人が西の峠で連続失踪している……?」

お祓い師「山賊の類の線は無いのか?」

蛇眼の受付嬢「一度、役所の調査が入ったようなんですけれども、山賊などの姿は無かったみたいで」

蛇眼の受付嬢「お一人だけ満身創痍で峠を超えてこられた方がいたんですけれども、診療所で横になったまま目を覚ましていなくて……」

お祓い師「なるほど……」



821: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 22:42:12.56 ID:USTa3CAG0

お祓い師「だが俺は今とある事情で力を使えない。いや、正確には使えるんだが、狐神に負担がかかってしまうからなるべく控えたい」

蛇眼の受付嬢「原因の調査だけで構いませんよ。それに有事の際は道具師さんが何とかしてくれるでしょう。その人も一応退魔師協会会員なんですから」

若い道具師「い、一応って……。まあいいんですけどね……」

お祓い師「……わかった。この依頼を受けよう」

若い道具師「同じく」

蛇眼の受付嬢「ではこちらに署名を……」

お祓い師「……よし。じゃあ準備を整えて行くか」

若い道具師「ですね」



822: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/11(月) 22:43:14.85 ID:USTa3CAG0






お祓い師「そういえば、あのマタギのじいさんはどうしたんだ」

若い道具師「あの人なら先日から一人で山に入ってます。そろそろ戻る頃でしょうけど」

若い道具師「そういう貴方のお連れさんは?」

お祓い師「今日は一人で町を散策したいとか」

若い道具師「なるほど」

お祓い師「お互い相方の補填という感じだな」

若い道具師「じいさんは相方というのとは少し違う気がしますけどね。まあ、そんな感じですね」

お祓い師「例の、特殊な力が込められた弾丸の製作の進捗状況はどうなんだ?」

若い道具師「まずまず、といった感じですかね」

若い道具師「かなり実用レベルまでは来ているんですけれども、一つ一つを作るのにどうにも手間がかかってしまって」



826: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:25:21.09 ID:Ev8s/EXX0

若い道具師「次は製作手順自体の改良が必要かもしれません」

お祓い師「なるほどなあ……」

お祓い師「大量生産が可能になれば、いよいよ俺たち専業の連中はお払い箱になるのかね」

若い道具師「それは絶対に無いです」

若い道具師「専門知識と経験を豊富に持った人間というのはどんな職にも必ず必要です」

若い道具師「生まれてこの方農機具しか手にしたことがない農家の人に、いきなり最新の銃器を渡したって兵士とは渡り合えないでしょう」

お祓い師「まあ、確かにな」

若い道具師「僕はあくまで、無力な人を少しでも減らしたいだけなんです」

お祓い師「そうか……。何か手伝えそうなことがあったら言ってくれよな。少しは力になれるかもしれん」

若い道具師「その時はよろしくお願いします」



827: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:26:15.38 ID:Ev8s/EXX0

お祓い師「おう」

若い道具師「……あ、そういえば。今朝の新聞読みました?」

お祓い師「いや、読んでないが」

若い道具師「なにやら、あの勇者の末裔が招集されたされたらしいですよ」

お祓い師「勇者の末裔が……? 一体何が起きているんだ……」

若い道具師「さあ。最近噂の魔王軍の残党、本当にいたんじゃないですかね」

お祓い師「そうだとすれば一大事だがな」

若い道具師「ですね……」

若い道具師「えっと、あとはあの西人街での感謝祭中の暴動事件のことの記事が」

お祓い師「……何か進展があったのか?」



828: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:26:44.94 ID:Ev8s/EXX0

若い道具師「ええ。あの街の教会の神官らは共和国から派遣されれていますよね」

若い道具師「それで今回の暴動騒ぎについて共和国軍が介入してこようとしたらしいんですけれども」

お祓い師「……皇国がそれを突っぱねた、か……」

若い道具師「そうです」

お祓い師「今回の暴動、共和国の自作自演の可能性も有るな……」

若い道具師「その可能性は捨て切れませんね」

狐神「ふむ、なぜじゃ?」

お祓い師「おわっ、居たのか……!」

狐神「わしが居たらなにかまずいかの?」

お祓い師「そういう意味じゃない。ただ驚いただけだ」



829: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:27:18.49 ID:Ev8s/EXX0

狐神「ふん。わしに背後を取られるようではこの先が不安じゃのう」

狐神「で、その共和国とやらが自作自演をして何か得をするのかの?」

お祓い師「そりゃあな。あいつらが皇国領に攻め入る口実になる」

狐神「領地の拡大とやらか」

お祓い師「領地というよりは領土だな」

お祓い師「共和国軍にとって、世論を皇国から領土を奪うことへと傾けるのは容易い」

狐神「ふむ?」

お祓い師「地図を見てみろ」



830: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:28:51.84 ID:Ev8s/EXX0

no title

お祓い師「この北の海に浮かぶ法国というのが教会の総本山なんだが……」

お祓い師「絶対神信仰を国教としている共和国から、聖地である法国へ向かうのは非常に面倒がつきまとう」

お祓い師「陸路で行くにせよ海路で行くにせよ、他国の国境を一度またぐ必要がある。直接船で行くには遠すぎるからな」

狐神「それが共和国が皇国へと攻め入る理由になるのかの」

お祓い師「理由、と言うよりは建前だな」

お祓い師「実際、過去に何度か『皇国は聖地への道を妨げる異教の蛮国である』なんて論調が共和国内で強まったことがあるらしい」



831: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:29:47.02 ID:Ev8s/EXX0

お祓い師「共和国軍が皇国に進出するためにそんな言葉をばら撒いていているんだろう」

狐神「ふうむ。しかし、なにも皇国でなくとも、対象はこの帝国とやらでもよいのではないか」

若い道具師「帝国は大陸一の軍事国家ですからね。それよりは隣の皇国に、ってことなんでしょうね」

若い道具師「そもそも帝国は絶対神信仰を国教としていますから、異教である、なんていう建前の理由も使えませんし」

お祓い師「皇国の領土を抑えれば、帝国に対する戦略の幅も広がる。むしろ共和国軍の目的の一つはそこにあるんだろう」

お祓い師「共和国と帝国は、共和国が今の形の国になる前からの犬猿の仲らしいからな。共和国としては少しでも攻め手を増やしたいんだろう」

お祓い師「皇国と帝国の国境には、かつて帝国軍主力を退けた伝説的な砦もある」

狐神「共和国にとっては皇国領は、帝国との戦のための踏み台かえ」

お祓い師「向こうはそういう認識でいるんだろうな」

お祓い師「皇国は長いこと他国との国交を断っていたせいで、工業の面で大きく遅れを取っている」



832: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:31:17.22 ID:Ev8s/EXX0

お祓い師「工業の遅れは軍事の遅れだ。あっちから見れば、未だに野山で石槍を振り回しているような印象なんだろうな」

お祓い師「きっかけさえあればいつでも侵略しできる、みたいな感じだろう」

狐神「なるほど……」

狐神「目的の一つ、と言っておったが他の理由はなんじゃ?」

お祓い師「最近皇国で大量の石炭が取れることがわかったらしい」

狐神「石炭?」

お祓い師「何というか……まあ、よく燃える石だ。あの蒸気機関車の動力がそれだ。資源に乏しい共和国としては喉から手が出るほど欲しいんだろうな」

狐神「なるほどのう……」

狐神「しかし、今回の騒動が共和国の自作自演であったとしても……」

狐神「そうではなかったとしても、どちらにせよ奴らが皇国に軍事介入してくる事態になってしまったのじゃな?」



833: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:33:14.76 ID:Ev8s/EXX0

お祓い師「ああ。その要求を皇国軍部が突っぱねたみたいだから、もしかしたら戦争になるかもしれん」

狐神「戦争……。とは言っても、わしが知っているような戦とは規模が違うのじゃろう?」

お祓い師「ああ、そうだ。昔の“国”と、今の“国”ではその規模は大きく違う。それらが戦火を交えれば、その被害も甚大なものとなる」

狐神「戦は嫌じゃのう……」

狐神「多くの命が奪われる……」

お祓い師「……まあ、国家規模の話だ。俺たちが何を言ったところで何か変わるわけじゃない」

お祓い師「心配なのは、狼男たちのことだ」

お祓い師「今回の脱獄、暴動騒ぎに関わっているかは分からないが、どちらにせよ事の中心地だ」

お祓い師「変に巻き込まれないといいんだが……」

狐神「おぬし……」



834: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:33:55.67 ID:Ev8s/EXX0

お祓い師「いや、わかっているぞ。今の俺たちがあの街に戻ったところで何も出来やしない」

狐神「うむ……」

お祓い師「ただし、“今の”俺たちには、な」

お祓い師「力を使いこなせるようになれば二人を連れて逃げるぐらいは出来るようになるだろうよ」

狐神「…………」

お祓い師「こいつとの仕事を終えて帰って来たら出発の準備をするぞ。お前はお前で前もって荷物をまとめておいてくれ」

狐神「……では昨晩言っておった通り、あの場所に行くのじゃな」

お祓い師「ああ。式神の力を早く使いこなせるようにならんとな」

狐神「うむ、そうじゃな」

お祓い師「今日の依頼は西の峠の辺だ。距離的に、お前はついて来なくても大丈夫だろう。力を使う予定もないから安心しろ」



835: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/12(火) 00:34:50.47 ID:Ev8s/EXX0

狐神「うむ、わかった。気をつけるのじゃぞ」

お祓い師「旅の前だ。無理をするつもりはないから平気だ」

狐神「それならばよろしい」

若い道具師「話はまとまったようですね」

お祓い師「ああ、待たせてしまって悪いな。行くとするか」

若い道具師「ええ、では出発しましょう」



841: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 20:31:40.58 ID:jamKV02r0






お祓い師「この辺りか」

若い道具師「ですね。旅人が連続して失踪しているようですが、神隠しのようなものでしょうかね」

お祓い師「神隠しって大人でも遭うものなのか」

若い道具師「それは……さて……?」

お祓い師「……いかんな。今日の組み合わせは皇国人がいない」

若い道具師「こちらのことの専門家がいませんね」



842: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 20:38:39.56 ID:jamKV02r0

お祓い師「まあこういう時は逆に簡単に解決したりするもんだろう」

若い道具師「こういう時に限って何も見つからなかったりするんですよ」

お祓い師「あー……。困ったな」

若い道具師「今からお連れさんを呼びに戻ります?」

お祓い師「いや、それには及ばないだろう。今回は少し調べるだけだしな」

お祓い師(まあ、あいつの嗅覚やらがあった方が遥かに捗ったかもしれんが……)

お祓い師(今更言ったところで、だな)

お祓い師「この辺りは峠の一本道だけで、迷うような複雑な場所は無さそうだ」

お祓い師「取り敢えず道伝いに調べるのがいいだろう」

若い道具師「そうなるでしょうね」



843: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 20:56:44.09 ID:jamKV02r0

若い道具師「しかし呑気なもんですね」

お祓い師「何がだ?」

若い道具師「いや。今南の方では国と国を揺るがす問題が起きているというのに、自分たちは男二人で峠道を散歩してるんですから」

お祓い師「そりゃあ、さっきも言っただろう。俺たちにはどうしようもない規模の話だからな」

若い道具師「まあ、そうなんですけどね」

若い道具師「……おや、あれは……」

お祓い師「……廃屋、か?」

若い道具師「ちょっと行ってみますか」

お祓い師「警戒を怠るなよ」

若い道具師「わかってますよ」



844: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 20:58:00.75 ID:jamKV02r0

若い道具師「……これは……」

お祓い師「廃屋で間違い無さそうだな……。人が住める状況ではない」

お祓い師「だが……。何者かが出入りした痕跡が有る」

若い道具師「え、本当ですか?」

お祓い師「ああ。入り口のふすまの取っ手の辺り。埃が積もっている所に手をかけた痕が残っている」

若い道具師「確かに……」

お祓い師「……入るぞ」

若い道具師「…………」

お祓い師(……中も随分と埃っぽいな。やはり誰かが住み着いているということは無さそうだ)

お祓い師(だが、当たりだったようだな……。何かがいる……)



845: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:12:45.58 ID:jamKV02r0

若い道具師「(これは……)」

お祓い師「(ああ。注意しろ……)」

お祓い師(……あの後ろ姿は……)

みすぼらしい長髪の女「…………」

お祓い師(女……? いや……)

若い道具師(物の怪だ……)

みすぼらしい長髪の女「……あら……」

みすぼらしい長髪の女「……お客さんなんて久しぶりね……」

お祓い師「……客だと?」

みすぼらしい長髪の女「……そうよ……。……お客さん……。……私を買ってくれるんでしょう……?」



846: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:20:11.18 ID:jamKV02r0

お祓い師(なるほど。遊女の霊か、男をたぶらかして食い殺す物の怪か。そのどちらかといったところか……)

お祓い師「……さっきは久しぶりの客だと言っていたが、それは本当か?」

みすぼらしい長髪の女「……さて、どうだったかしら……」

みすぼらしい長髪の女「……最近忘れっぽくて……」

みすぼらしい長髪の女「……それよりも、私を買ってくれないの……?」

お祓い師(誰が買うか馬鹿め……)

若い道具師「…………」

お祓い師「……どうした?」

若い道具師「……か、買います……」

お祓い師「なっ……!」



847: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:26:19.91 ID:jamKV02r0

みすぼらしい長髪の女「……はい、まいど……」

お祓い師「おい、何を言っている……!」

若い道具師「……買います……買います……」

お祓い師(コイツ、術にかかったのか……!)

お祓い師(実質戦力はお前だけなのに面倒をかけさせるな……!)

お祓い師「よっと……!」

みすぼらしい長髪の女「……なに、これは……」

お祓い師「一般人に売る護身用の御札だ」

みすぼらしい長髪の女「……! ……触れた所が……!」

お祓い師(よし、効いた……!)



848: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:34:14.97 ID:jamKV02r0

お祓い師「おい、目を覚ませ! お前がそんなんじゃ困る!」

若い道具師「…………」

若い道具師「……お、俺は……一体何を?」

お祓い師「あいつの術中にはまっていたんだよ」

若い道具師「ええ、そんなまさか……」

お祓い師「そのまさかだ。気を付けろよ……」

若い道具師「も、申し訳ない……」

お祓い師「お前のヘマということで減点一だ。今日の夕食は期待しているぜ」

若い道具師「そんな殺生な……!」

お祓い師「まあ、今は目の前の敵に集中するか」



849: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:42:28.40 ID:jamKV02r0

みすぼらしい髪の女「……ぐ……うう……私を買ってくれないの……」

若い道具師「げえ……あの顔……!」

お祓い師(顔中の皮膚がただれている……。血の気もなく真っ青だな……)

みすぼらしい髪の女「……う……うう……」

若い道具師「俺はあんなのを抱こうと思ったのか……!?」

お祓い師「幻惑の術の類だろうな……」

若い道具師「幻惑の術……」

お祓い師「お前にはさぞ魅力的な誘惑に感じたに違いない」

お祓い師「……おそらくこの建物全体が結界に覆われている」


狐神「その通りじゃ」


若い道具師「なっ……!」



850: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:43:52.63 ID:jamKV02r0

お祓い師「狐神!? どうしてここに!?」

狐神「なに。あの後、蛇の奴に会っての。色々と話を聞いたのじゃ」

狐神「すると、なにやらこの峠を命からがら越えてきたという旅人が、つい先程目を覚ましたらしくての」

狐神「その話を聞いて、心当たりがあったのですぐに追いかけてきたのじゃ」

お祓い師「心当たりだと」

狐神「……あやつは青女房という物の怪じゃ」

みすぼらしい髪の女→青女房「……私を……買わずに……他の女と……!」

青女房「……死ね……!」

若い道具師「くっ……!」

狐神「よしたほうがよい。強力な物の怪ではないとはいえ、ここはあやつの結界の中じゃ。ここにいては満足に相手をすることはできぬぞ」



851: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:51:05.42 ID:jamKV02r0

お祓い師「そんな悠長な事を言っている場合か!」

狐神「実際、そやつはまだ幻惑の術から脱しきっておらぬ。どうじゃ? 攻撃しようにも攻撃することができまい」

若い道具師「ぐ……くそ……!」

若い道具師「あいつを……攻撃したくない……!」

お祓い師「馬鹿な……」

お祓い師「だが俺は護身用の御札ぐらいしか持ってきていないぞ! 一旦この場を離れるぐらいしか……!」

青女房「おおおおあああああっ!!」

お祓い師「ぐっ……!」

狐神「ふう……」

狐神「……おぬしよ。わしが無策で、一人でここまで来たと思っているのかの?」



852: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:57:46.66 ID:jamKV02r0

青女房「……ぐ……!? ……ぎゃああああっ!!」

お祓い師「……銃声……?」

若い道具師「まさか……」

狐神「あのマタギが丁度いたのでの。ここまで着いて来てもらっておった」

狐神「結界の外からの攻撃ならばあやつに十分に通じよう」

青女房「……う……お……」

狐神「…………」

狐神「ほれ、結界の破れる音じゃ。わしらは今力が使えぬ」

狐神「トドメはおぬしに任せる」

若い道具師「……! 魔術炸裂筒をくらえ!」



853: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 21:59:06.31 ID:jamKV02r0

青女房「ぐ……! きゃああああああっ……!!」

青女房「…………」

お祓い師「倒した、か……」

狐神「うむ……」

マタギの老人「ふん。手こずりおって」

若い道具師「た、助かりました……」

お祓い師「……なあ狐神。青女房ってどんな物の怪なんだ?」

狐神「ふむ」

狐神「……青女房とは悲しい物の怪じゃ」

狐神「誰にも買われなくなった夜鷹が息絶え、化けて出たものだと言われておる」



854: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:02:07.54 ID:jamKV02r0

お祓い師「夜鷹……つまりは娼婦か……」

狐神「うむ、そうじゃ」

狐神「誰からも忘れ去られた後も……こうして山奥で自分が買われるのを、延々と待ち続けておるようじゃな」

狐神「何時客が来ても良いように、いつも化粧でおめかしをしているとも言われておる。……健気なものじゃ」

お祓い師「…………」

若い道具師「…………」

お祓い師「供養、してやるか……」

狐神「その方がこの土地のためにもいいじゃろうな」

狐神「負の気は祓っておくに越したことはあるまい」

お祓い師「助けられた身で言うのもなんだが、なんで追いかけてきてくれたんだ? 旅の準備をしておけと言っておいたのに」



855: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:03:29.12 ID:jamKV02r0

狐神「今回おぬしらが探しているのが青女房だとわかったからこそ、わしは急いでおぬしらを追いかけてきたのじゃ」

若い道具師「と、言いますと?」

狐神「それはじゃな……」

狐神「──何やら、ぬしらはわしに黙って、大層楽しそうな場所に行こうとしていたらしいではないか?」

若い道具師「え…………」

お祓い師「…………き、聞いたのか?」

狐神「さて、何のことだがわしには詳しくわからぬが」

狐神「主に下の半身が浮ついたおぬしらならば、簡単に青女房の術にはまると思って、大層心配して着いて来ただけじゃ」

お祓い師「……わ、悪かった……」

狐神「別に? 怒ってはおらぬ。わしは寛大じゃ」



856: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:05:48.06 ID:jamKV02r0

お祓い師「……本当にそうなら、頼むからそんな顔するなよ……」

狐神「……怒っておらぬ。よいな?」

お祓い師「あ、ああ……」

若い道具師「あ、あはは……」

マタギの老人「フン……」

若い道具師「……あの。一ついいですか」

狐神「なんじゃ」

若い道具師「その……。お祓い師さんには術は効いていなかったように思えるんですけれども、あれは一体……」

お祓い師「確かに……」

狐神「ううむ……。もしかしたら、なのじゃが」



857: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:07:11.32 ID:jamKV02r0

狐神「……ここ最近で、“先ほどのものとは比べ物にならないほど強力な幻惑の術の類”をかけられた、とかの」

狐神「そのせいで下位の術が効かんかったという可能性がある」

お祓い師「おいおい、そんなもの心当たりがない」

狐神「……まあ例え話じゃ」

狐神(わしには一つ心当たりがあるがの……)

狐神(おそらくあの時のあれは……)

狐神「たまたま効かんかった、ということじゃろう。そこまで気にすることでもあるまい」

狐神「なんなら、ちょっとばかし精神力が強かったのかもしれぬな」

マタギの老人「……軟弱な精神だと言われているぞ」

若い道具師「そ、そこまでは言われてないですよ!」



858: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:09:47.25 ID:jamKV02r0

狐神「大体あっておるぞ」

若い道具師「そ、そんなあ……!」

マタギの老人「お前は道具の開発は一流だがその他は二流未満だな。まったく」

若い道具師「……否定はしませんけどね……!」

お祓い師「……しかし、よく外から命中させられたな……」

マタギの老人「フン……そんな事か」

お祓い師「あ、いえ、独り言です」

お祓い師(声が大きかったか……)

マタギの老人「熟練の猟師となれば当然の事だ」

若い道具師「腕利きの猟師の目は“鷹の目”だと言われますからね」



859: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:11:06.50 ID:jamKV02r0

若い道具師「幾年もの経験が生んだ、力の一つの形です」

お祓い師「鷹の目、か……。なるほどな……」

マタギの老人「オメェの精神面は評価できないが、やはり作り上げるものはいい」

マタギの老人「……今回の弾丸はいい調子だな」

若い道具師「あ、本当ですか!?」

マタギの老人「結界を破ってから、更に目標に到達した。銃の特性を活かしたいい突破力だ……」

マタギの老人「実際に炸裂した時の威力不足はまだ否めないが……」

若い道具師「そこがどうしても難しい所で……」

マタギの老人「フン。どうにかするのがオメェの役目だろう」

若い道具師「ま、そうなんですけどね」



860: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:12:30.86 ID:jamKV02r0

お祓い師「しかし、想像以上に実用的な段階に来ているんだな」

お祓い師「俺もいずれ取り入れるかもしれないな」

若い道具師「その時は是非自分を頼ってください」

お祓い師「ああ、そうさせてもらうぜ」



861: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:13:47.17 ID:jamKV02r0






蛇眼の受付嬢「皆さん、お疲れ様でした」

蛇眼の受付嬢「それで、報酬のほうなのですが……」

お祓い師「四人で分割、だろうな」

若い道具師「ですね」

マタギの老人「……よし」

マタギの老人「俺ァ、ここで帰らせてもらう」



862: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:20:37.15 ID:jamKV02r0

蛇眼の受付嬢「はあーい。またよろしくお願いしますね」

若い道具師「ぐ……重要な資金が……。予定よりも大幅に減額されてしまった……」

お祓い師「まあ、仕方がないだろう」

狐神「資金とは、色街へ繰り出す資金のことかの?」

若い道具師「開発の資金です!」

狐神「くっくっく。果たして、どうかのう……?」

若い道具師「本当ですってば!」

お祓い師「お前もすっかり株が落ちたな」

若い道具師「何でこんなことに……」

蛇眼の受付嬢「私は別に色街に行くことは咎めませんが……」



863: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:21:41.61 ID:jamKV02r0

若い道具師「い、いや。今朝は思いっきり……」

蛇眼の受付嬢「…………」

若い道具師「ど、どうぞ。続けて」

蛇眼の受付嬢「色街に行くことは咎めませんが、私のとの席の約束を断った日に行くというのは納得いきませんね」

若い道具師「いやだって……! 蛇の姐さんと飲んでも、俺が潰されて終わるじゃないですか! いつも!」

蛇眼の受付嬢「それは……鍛えてあげてるんです、よ?」

若い道具師「いや、酒飲みは鍛えるとかそういうのじゃないでしょう! だいたい俺は並よりは飲めますからね!?」

お祓い師「大蛇が酒樽を飲み干したという逸話があるが、狐と違って蛇は酒に強いのか?」

狐神「馬鹿者。その大蛇も酒で深い眠りについて退治されておるわ」

蛇眼の受付嬢「あ、じゃあ。今日はこの場の四人で、というのは」



864: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:24:33.93 ID:jamKV02r0

お祓い師「頑張れよ」

若い道具師「ぐああ……」

お祓い師「よし。荷物を取りに戻るぞ」

狐神「うむ」



865: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:25:53.55 ID:jamKV02r0






狐神「いよいよ、という感じじゃな」

お祓い師「ああ」

狐神「くれぐれも問題は起こさんでおくれよ」

お祓い師「……何で俺が問題を起こすんだよ」

狐神「元々行くのを渋っておったのはおぬしの方であろう」

狐神「わしは、自分の体調が戻り次第すぐにこの町を発っても良かったのじゃぞ?」



866: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:26:20.73 ID:jamKV02r0

お祓い師「そりゃあ、まあ……」

狐神「おぬしとお父上の間に色々とあるのはわかったが、今回の件は同時にわしとおぬしの間の話でもあるということを忘れないでおくれ」

お祓い師「わかってる」

お祓い師「……よし、馬に乗れ」

狐神「おや。こうして二人で馬に跨がるのは初めの時以来じゃのう」

お祓い師「数日の距離だし、荷物は部屋に置いて行けるからな」

狐神「それもそうじゃな」

狐神「よいしょっと……」

お祓い師「じゃあ行くぞ」

狐神「うむ。出発じゃ」



867: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:26:54.76 ID:jamKV02r0

お祓い師「…………」

お祓い師「……おい、そんなに強く抱きつくな。苦しい」

狐神「なに。振り落とされては敵わんからのう」

お祓い師「だからって……」

狐神「ふふっ。なんじゃ?」

お祓い師「……はあ。好きにしろ……」

狐神「うむ。好きにさせてもらう」

お祓い師(まあ、こいつはこんな調子の方が俺としても楽だ)

お祓い師「道中は頼りにしてるぜ」

狐神「……うむ! 任せるがよい」



868: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:27:24.45 ID:jamKV02r0

《現状のランク》

A1 赤顔の天狗
A2 辻斬り
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神)

B1 狼男
B2 お祓い師
B3 フードの侍

C1 
C2 マタギの老人
C3 河童

D1 若い道具師
D2 狐神 青女房
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊

※1 お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。



869: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/18(月) 22:30:04.24 ID:jamKV02r0

《青女房》編はここまでです。
次回からは《野衾》編です。次編から大分ストーリーが進みますので、よろしくお願い致します。
あと前にも言ってはありましたが、このスレだけでは収まらないので、一定以上書き込みが進みましたら次のスレに移行します。



874: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/28(木) 19:38:27.70 ID:HE3r7R320



《野衾》


お祓い師「……風が冷えてきたな」

狐神「もう冬が目の前じゃからな」

狐神「山の木々の葉が色づいて、そして枯れてゆく様はなんとも物寂しいのう」

お祓い師「そう考えると、お前と出会ってからかなり時間が経ったな」

狐神「じゃな。出会った頃はこんなに長い付き合いになるとは思いもせんかったわ」

お祓い師「確かにな。しかしまあ、色々とあったな」



875: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/28(木) 19:39:22.44 ID:HE3r7R320

狐神「うむ。例えばおぬしがわしの布団に潜り込んできて、抵抗できぬわしを無理やり……」

お祓い師「記憶の改竄をするな」

狐神「そんな出来事があっても良さそうなぐらいは一緒にいたが、残念ながらおぬしは種無しじゃったからのう……」

お祓い師「……馬から落とすぞ?」

狐神「冗談じゃ」

お祓い師「ちなみに、酔っ払って人の布団に潜り込んできたのはお前の方だからな」

狐神「誘っておったのに……」

お祓い師「いびきを掻いて大の字で寝ていたのにか?」

狐神「わ、わしはいびきなど掻かん」

お祓い師「どうだか」



876: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/28(木) 19:48:28.98 ID:HE3r7R320

狐神「掻かんと言っておろう」

お祓い師「そういうことにしておいてやろう」

狐神「ぐぐぐ……」

お祓い師「苦しい、苦しいから止めろ……」

お祓い師「謝るから……」

狐神「……今日の夕食は期待しておく」

お祓い師「……まったく、なんで俺が……」

狐神「女に逃げられんように機嫌取りをするのは、おぬしら男の務めじゃろう?」

お祓い師「なーに言ってやがる」

狐神「ふふっ」



877: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/28(木) 19:54:06.28 ID:HE3r7R320

狐神「して、町を出て二日目じゃが目的地はまだかのう」

お祓い師「この感じだと今日中には着けるだろう」

狐神「ふむ、そうか」

狐神「おぬしのお父上はいるかのう?」

お祓い師「さてな。フラフラと別の場所へ行ってしまっていても不思議じゃないからな……」

お祓い師「今回の一番の目的は式神の術を制御できるようになることだ。親父の事は二の次だ」

狐神「まあ、それもそうかの」

狐神「……ふむ?」

お祓い師「どうした」

狐神「前方から人が近づいて来る」



878: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/28(木) 20:30:02.05 ID:HE3r7R320

お祓い師「敵意は?」

狐神「少なくとも警戒はされておるようじゃ。雰囲気がピリピリとしておる」

お祓い師「こっちも注意するぞ」

お祓い師「いざとなったら……」

狐神「わかっておる。少しならば平気じゃ」

お祓い師「ああ……」

???「止まれ。この先に何用だ」

お祓い師「そんなに構えないでくれ。敵意はない」

お祓い師「俺たちは式神の術について知りたくて、この先にあるという集落を探している」

???「式神の……。ではお前たち二人は式神契約の関係か」



879: ◆8F4j1XSZNk 2016/07/28(木) 20:30:44.46 ID:HE3r7R320

お祓い師「ああ。この腕の印で信じてもらえるか?」

狐神「わしの印はここじゃ」

???「ふ、服をはだけさせるな!」

お祓い師「何やってるんだお前は……」

狐神「ちょっとしたからかいじゃ」

???「……ま、まあわかった。お前たちを一応信用しよう」

???→小柄な祓師「俺はこの先の式神の集落で祓師をやっている者だ」

小柄な祓師「集落まで案内してやる。着いて来い」

お祓い師「悪いな。助かる」



885: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 16:15:37.46 ID:XrTkObDX0






狐神「おお、ここが……」

お祓い師「噂に聞いていた集落か……」

お祓い師「深い森を抜けた所にこんな所があるとは……。自力でたどり着くには一苦労しそうだな……」

小柄な祓師「まずは村長にお目通りしたほうがいいだろう」

お祓い師「ああ、頼む」

狐神「ううむ……」



886: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 16:23:46.47 ID:XrTkObDX0

お祓い師「どうした?」

狐神「家々から漂う料理の香り……。夕食時じゃな……」

お祓い師「まず村長の所に行くって言ってんだろ? な?」

狐神「痛い痛い」

小柄な祓師(うるさい奴らだな……)

小柄な祓師「村長はこの先におられるが、くれぐれも粗相のないようにな」

お祓い師「わかったか?」

狐神「わしは子供か」

お祓い師「同じようなものだろうが」

狐神「ぐぐぐ……」



887: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 16:46:03.88 ID:XrTkObDX0

お祓い師「苦しいから止めろ」

小柄な祓師(どっちにも言ったんだがな……)

小柄な祓師「村長、入ります」

山間の集落の村長「はいはい、どうぞー」

小柄な祓師「式神の術について知りたいと、外からここを訪ねて来た者たちです」

お祓い師「失礼します」

狐神「…………」

狐神「こ、これはこれは……」

お祓い師「……この、力は……!?」

お祓い師(桁が、違う……)



888: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 16:48:56.06 ID:XrTkObDX0

お祓い師(なんだこいつは……。何だこの威圧感は……)

お祓い師(こんなものが、この世に……)

狐神「……獣の臭い……。人ではあらんな……」

お祓い師「やはりか……」

お祓い師(見た目は若いが、年齢はこいつみたいにいくつかは分からんな……)

山間の集落の村長「その通りよ、狐のお嬢さん」

狐神「…………」

お祓い師「数百と生きたこいつをお嬢さん呼ばわりか……」

狐神(それだけではない……。この臭いはわしと同じ……)

山間の集落の村長「まあまあ、そんなに畏まらないで腰を下ろしていいのよ。旅の疲れもあるでしょう?」



889: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 16:53:54.20 ID:XrTkObDX0

お祓い師「え、ええ」

狐神「……では遠慮無く」

山間の集落の村長「私に変に気を使わなくてもいいわよ。言葉も崩してもらって構わないわ」

お祓い師「……わかった」

山間の集落の村長「……で、お前さん方は式神の術について知りたいんだって?」

山間の集落の村長「それはどうしてかしら?」

お祓い師「……気付いているとは思うが、俺とこいつは式神契約の関係にある」

お祓い師「だが思うように力を制御できずにいる。そのせいでこいつに随分と無理をさせてしまった」

山間の集落の村長「だから制御するすべを知りたい、と」

お祓い師「ああ、そうだ」



890: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 16:59:13.54 ID:XrTkObDX0

お祓い師「この通りだ。どうかご教授願いたい……!」

狐神「お、おぬし……」

山間の集落の村長「…………」

山間の集落の村長「そんな風に頭を下げずとも、こちらは元よりそのつもりよ」

お祓い師「ほ、本当か……!」

山間の集落の村長「ここで嘘をついてどうするの」

山間の集落の村長「聞くよりも見たほうが早いわ。今ここで力を使って見せなさい」

お祓い師「こ、ここでか?」

山間の集落の村長「心配には及ばないわ。相手をしなさい」

小柄な祓師「……承知しました」



891: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:04:07.08 ID:XrTkObDX0

お祓い師「本当にここでいいのか?」

山間の集落の村長「大丈夫。今のお前さんの力じゃ、この子は倒せないよ」

お祓い師「……そこまで言うならやらせてもらう」

山間の集落の村長「あくまで術の具合を見るのが目的だから、炎を目一杯溜めるんだよ」

お祓い師(……炎をの術を使うことはお見通しか……)

お祓い師「ではいくぞ」

小柄な祓師「いつでも」

お祓い師「狐神。無理だけはするなよ」

狐神「う、うむ……」

お祓い師(集中しろ……。手先に力を集めるんだ……)



892: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:08:08.63 ID:XrTkObDX0

お祓い師(炎を練り上げるように、一点に……)

狐神「くっ…………」

山間の集落の村長「そんなものかしら? まだまだいけるでしょう?」

お祓い師「くっ……!」

お祓い師(もっと、大きく……!)

狐神「はあ……はあ……」

お祓い師「……平気か……?」

狐神「今は……術に集中せい……」

狐神「まだ大丈夫じゃ……」

お祓い師「……あ、ああ。わかった……」



893: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:11:45.14 ID:XrTkObDX0

山間の集落の村長「…………」

お祓い師(まだ、まだだ……!)

狐神「げほっ……」

狐神「はあ……はあ……」

お祓い師(来た……!)

お祓い師「喰らえっ!!」

小柄な祓師「……!」

小柄な祓師「いくぞ……!」

???「…………」

お祓い師「なっ……」



894: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:15:28.04 ID:XrTkObDX0

お祓い師(あれは……ムササビ……?)

小柄な祓師「くっ…………!!」

狐神「あ、あれは……」

お祓い師「炎が、かき消された……!?」

小柄な祓師「……ふう……」

小柄な祓師「なんとか、なったな」

???「…………」

小柄な祓師「ああ、そうだな。少し冷や汗をかいた」

お祓い師「その力は一体……」

山間の集落の村長「そやつの肩に乗っているのは、正確にはムササビではなく野衾(のぶすま)といってね」



895: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:19:41.55 ID:XrTkObDX0

小柄な祓師「……野衾は“炎を食う”物の怪だ」

小柄な祓師「俺はその力を借りたに過ぎない」

???→野衾「…………」

小柄な祓師「ああ、いつも助かる」

お祓い師「力を……。つまりあんたらは式神契約を……」

小柄な祓師「ああ、している。右手のこれが印だ」

お祓い師「…………」

お祓い師(肩の上の野衾に負担がかかったような様子はない……。それだけ力を制御できているということか……)

山間の集落の村長「今のを見て、大体は把握したわ」

お祓い師「ほ、本当か……!?」



896: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:24:24.63 ID:XrTkObDX0

山間の集落の村長「嘘はつかないわ」

山間の集落の村長「狐のお嬢さん。お前さんの力は一体何なんだい?」

狐神「……わしの力は『目的地に導く力』じゃ。自身や他人が望む場所への道筋を知ることが出来る」

山間の集落の村長「なるほど……。やはり予想通りね」

狐神「予想通り、とは」

山間の集落の村長「結論から言うとね。お前さん達二人、相性が良すぎるんだ」

お祓い師「相性が……?」

狐神「やん。恥ずかしいのう」

お祓い師「今はふざけるな」

狐神「つれないのう……。で、相性とは?」



897: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:27:26.06 ID:XrTkObDX0

山間の集落の村長「お前さん達の話をする前に、式神契約全般における相性についての話をしようか」

山間の集落の村長「式神契約っていうのは、契約した人外から術者が力を借りることが出来る、そんな術だわ」

山間の集落の村長「その度合は術者と式神の相性によって異なってくる」

山間の集落の村長「その相性を決める要素の一つが“術そのものの性質”……」

お祓い師「術そのものの性質……?」

山間の集落の村長「そう」

お祓い師「待ってくれ。俺の得意な術は炎を扱うものだ。こいつの術とは全然違うものだぞ」

山間の集落の村長「それがそうでもない」

山間の集落の村長「『狐火』というものを聞いたことはないかしら?」

お祓い師「狐火……?」



898: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:33:11.52 ID:XrTkObDX0

狐火「まさか……」

山間の集落の村長「そう。お嬢さんはさすがに気が付いたね」

山間の集落の村長「その力は、正確には狐火なんだね。今まで自覚がなかっただけでね」

お祓い師「その狐火っていうのは何なんだ」

山間の集落の村長「効果自体は今までお前さん達が解釈していた通りさ」

山間の集落の村長「狐が道標に灯す火が狐火、というわけ」

お祓い師「火と炎だから相性が良いとでも言うのか?」

山間の集落の村長「その通りよ。皇国の術ってのはさ、そういう所が大事なのね」

山間の集落の村長「もちろんそれだけじゃないよ。お前さん達にとってはここからが本題だろうね」

山間の集落の村長「気持ち、精神の相性。これがとても大事なの」



899: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:37:24.82 ID:XrTkObDX0

お祓い師「気持ちの相性、か……」

山間の集落の村長「物の好みとか、そういうのも関係なくはないんだけど」

山間の集落の村長「何よりも大事なのは信頼、かね」

狐神「…………」

山間の集落の村長「自分の力を預けるんだから、相手を信頼していないと中々難しい」

お祓い師「……じゃあ、俺たちの信頼が足りなかったってことか?」

山間の集落の村長「いいえ、逆よ」

山間の集落の村長「その狐のお嬢さんが、お前さんを信頼しすぎていたのが問題なの」

お祓い師「信頼しすぎていたのが問題……?」

山間の集落の村長「そう。狐のお嬢さんはお前さんに“すべてを捧げてもいい”とさえ思っているように見える」



900: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:45:03.48 ID:XrTkObDX0

山間の集落の村長「術の相性の良さに加えてそれだ。そりゃあ術が暴走もするさ」

お祓い師「待て。術が暴走しているのか?」

山間の集落の村長「そりゃあそうよ。いくら狐のお嬢さんが弱っているとはいえ、魂ごと抜き取られそうになるほどの出力なんか普通出ないよ」

山間の集落の村長「お前さん達の場合は、“相性が良すぎるが故の暴走”ね」

狐神「相性が良すぎるが故の暴走……」

山間の集落の村長「そう。ただでさえ相性が良いんだから、気持ちの面でしっかりとしないと術は術者の制御から離れちゃうわ」

山間の集落の村長「そうして、術者が自身の術を使うだけで、式神から力の逆流が起きちゃっているのね」

山間の集落の村長「だからすべきことは精神面の特訓、かしらね」

お祓い師「なるほどな……」

山間の集落の村長「今日は疲れているだろうから、明日からにしましょう」



901: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:46:11.45 ID:XrTkObDX0

山間の集落の村長「来客用の部屋に案内してやりなさい」

小柄な祓師「はい」

お祓い師「……一ついいか」

山間の集落の村長「ん? 何かしら?」

お祓い師「俺の探している人物がこの集落にいるという噂を聞いたんだが……」

山間の集落の村長「……それは、どんな」

お祓い師「王国出身の退魔師なんだが……」

山間の集落の村長「……いないわよ」

お祓い師「え……」

山間の集落の村長「そんなのはここにはいなわよ。質問はそれだけかしら?」



902: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/07(日) 17:47:01.69 ID:XrTkObDX0

お祓い師「……あ、ああ……」

小柄な祓師「部屋はこっちだ。案内しよう」

お祓い師「…………」

狐神「ふうむ……?」



911: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:29:26.05 ID:0RSu2j1f0






小柄な祓師「ここだ」

お祓い師「ああ、ありがとう」

お祓い師(随分と豪華な部屋だな……)

狐神「おお! 随分とよさ気な布団じゃあ! こりゃあ久々にゆっくりと休めるのう!」

お祓い師「久々にって、まだ二日しか経ってないだろうが」

狐神「ふん。おぬしと違ってわしはか弱い乙女じゃからの」



912: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:30:29.55 ID:0RSu2j1f0

お祓い師「へえ」

狐神「なんじゃその顔は」

お祓い師「いや別に?」

狐神「ぐぐぐ……」

お祓い師「痛い痛い」

狐神「わしは?」

お祓い師「か弱い乙女です」

狐神「よろしい」

お祓い師(どこがだよ全く……)

お祓い師「……なあ」



913: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:32:08.56 ID:0RSu2j1f0

狐神「うむ?」

お祓い師「さっきの村長の感じ。ありゃあ、明らかに……」

狐神「嘘をついておったの」

狐神「あまり隠すつもりは無さそうじゃったが」

お祓い師「じゃあ親父はこの集落の何処かに……」

狐神「おるんじゃろうな。あの村長はあまり快くは思っていないようじゃが」

お祓い師「一体親父は何をやらかしたんだか……」

狐神「おぬしのお父上じゃ。痴情のもつれか、そのあたりじゃろう」

お祓い師「俺がいつそんな問題を起こしたんだよ」

狐神「起こしそうじゃ、という話じゃ」



914: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:33:53.89 ID:0RSu2j1f0

お祓い師「喧嘩売ってんのか?」

狐神「冗談じゃよ。目の前の雌一匹に手を出せぬ奴が、そんな事態になるとは到底……」

お祓い師「それは手を出してもいいという意味か?」

狐神「……ち、違うわい阿呆め」

お祓い師「…………」

狐神「……ええとじゃな。夕飯時じゃ。市街へ降りてみようぞ」

お祓い師「……ああ、確かに腹は減ってきたな。行くとするか」

狐神「う、うむ」



915: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:35:01.54 ID:0RSu2j1f0






お祓い師「……こいつは……」

狐神「ううむ。凄いのう……」

お祓い師「人外がここまで集まっている場所はなかなか無いだろうな……」

お祓い師「道具師たちがいた町も普通よりは多かったが……。ここは半数近くが人外に見えるな」

狐神「式神文化が発達しているためじゃろうな」

お祓い師「ああ……」



916: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:37:54.17 ID:0RSu2j1f0

お祓い師「で、何を食べるかだな」

狐神「ううむ、実はそこまでたくさん食べたい気分ではないのじゃ」

お祓い師「おお? 珍しいな……」

お祓い師「いや、集落についた時はあんなに腹を空かせていた感じだっただろうが。何があったんだよ……」

狐神「さっきの事で、まだ体調が少し悪くての……。まあ心配するほどではないのじゃが」

お祓い師「……そうか……」

狐神「それにおぬしから与えられる食べ物は“供物”となる。体調もすぐに回復するはずじゃ」

狐神「だから気にするでない。そうじゃな……おうどんがいいのう。もちろんきつねうどんじゃ」

お祓い師「……うどんか。じゃあそうするか」

狐神「うむ。あそこが良かろう」



917: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:39:33.79 ID:0RSu2j1f0

うどん屋の店主「らっしゃい! 二名様で?」

お祓い師「ああ」

うどん屋の店主「ええと、奥の席が空いてんねえ」

お祓い師「わかった」

お祓い師「……さてと。お前はきつねうどんでいいんだよな」

狐神「うむ。他の選択肢はあらん」

お祓い師「じゃあ俺はこの山菜のやつで」

うどん屋の店主「毎度! すぐに作りますぜ!」

うどん屋の店主「水はこちらかご自由にどうぞ!」

お祓い師「ああ。お前はいるか?」



918: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:41:01.46 ID:0RSu2j1f0

狐神「うむ。いただこう」

お祓い師「ほらよ」

狐神「んぐんぐ……ぷはあ。冷えてて気持ちが良いのう」

お祓い師「だな」

狐神「本来ならば一杯引っ掛けたいところじゃが……」

お祓い師「明日からは特訓だからな。控えたほうがいいだろうな」

狐神「ううむ、その通りじゃな」

お祓い師「……なんだ。えらく真面目だな」

狐神「失礼じゃな。わしはいつでも真面目じゃ」

お祓い師「あー、はいはい」



919: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:43:50.38 ID:0RSu2j1f0

狐神「おぬし、わしをなんだと思っておるのじゃ……」

お祓い師「さてね」

狐神「……ふん。まあ良いわい」

お祓い師「で。なんだって“いつもに増して”真面目なんですかね、狐神さん?」

狐神「……そりゃあ、のう」

狐神「わし一人の問題じゃないからのう」

お祓い師「……まあ、そうだな」

狐神「なに、終わればよいのじゃ」

狐神「特訓とやらが終わったら、パーッと飲もうぞ?」

お祓い師「ほどほどにな。目も当てられんほどに酔われると困るからな」



920: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 17:46:59.22 ID:0RSu2j1f0

狐神「わしはそこまで酔わんわい!」

お祓い師「どの口が言う、どの口が」

うどん屋の店主「へい、お待ちどう! 山菜ときつねね!」

狐神「おお! やっとじゃな!」

お祓い師「こりゃあ美味そうだな」

狐神「いただくとしよう!」

お祓い師「ああ、いただこう」

うどん屋の店主「おうよ、召し上がれ!」

狐神「まずはこの油揚げからじゃ……!」

狐神「…………」



921: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 18:06:51.52 ID:0RSu2j1f0

狐神「……ああ……幸せじゃあ……」

お祓い師「山菜も美味いぞ」

お祓い師「王国にいた頃は、こんな苦いものを食うなんて信じられなかったが……。今ではこの香りの虜だ」

狐神「ううむ。その香りは山にいた頃を思い出すのう……」

お祓い師「食うか?」

狐神「よいのか?」

お祓い師「俺はお前ほど食い意地はってないからな」

狐神「なんじゃいそれは」

狐神「まあ遠慮無くいただくかの」

お祓い師「ほらよ」



922: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 18:08:17.18 ID:0RSu2j1f0

狐神「うむ」

狐神「…………」

狐神「……これは……美味じゃあ……!」

お祓い師「だろ? うどんもコシがあって最高だ」

狐神「うむ。よいものじゃな」

うどん屋の店主「ほらお二人さん。これはほんの気持ちだ」

狐神「おお、かき揚げじゃあ……!」

うどん屋の店主「そこまで褒めて貰っちゃ、これぐらいしたくなるもんさ」

お祓い師「なんか申し訳ないな」

うどん屋の店主「いやいや。また食いに来てくれりゃ良いよ」

お祓い師「ああ。是非そうさせてもう」



923: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 18:09:08.83 ID:0RSu2j1f0






狐神「満腹じゃあ……」

お祓い師「結局うどん自体をおかわりしやがって……」

狐神「店主殿のご好意に甘えさせてもらっただけじゃ」

お祓い師「こりゃあ、本当にもう一度行かんと駄目だな」

狐神「もちろんそのつもりじゃ」

お祓い師「あのなあ。誰が金を出すと思ってんだ」



924: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/11(木) 18:09:54.89 ID:0RSu2j1f0

狐神「まあまあ。わしとおぬしの仲じゃろう?」

お祓い師「調子いいこと言いやがって」

狐神「さてさて。明日に向けて今日は早く寝るかの」

お祓い師「ああそうだな」

お祓い師「浴場を使っていいみたいだから、ありがたく使わせてもらおう」

狐神「じゃな。なんでもこの辺りは温泉が湧き出しているらしくての」

お祓い師「おお、そいつは楽しみだ」



930: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 14:58:31.81 ID:8YpacvYW0






山間の集落の村長「やあおはよう。よく寝られたかしら?」

お祓い師「ああ、おかげさまで」

狐神「あんな上等な布団で寝たのは初めてじゃったわい……」

山間の集落の村長「気に入ってくれたなら何よりだわ」

山間の集落の村長「さて、今日から特訓を始めるわけだけど覚悟は良いかしら?」

お祓い師「ああ。俺たちはそのためにここに来たからな」



932: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:09:59.30 ID:8YpacvYW0

山間の集落の村長「そう……。じゃあ行かせてもらうわね」

小柄な祓師「準備はいいか……?」

お祓い師「俺たちは何をすればいい?」

山間の集落の村長「昨日と同じ、戦えばいいわ」

山間の集落の村長「ただし、全力でよ。私が待てと言うまで止めることを許さないわ」

お祓い師「ま、待ってくれ。そんなことをしたら狐神は……!」

山間の集落の村長「待ったは無しよ。始めなさい」

小柄な祓師「いくぞ……!」

お祓い師「くっ……! 狐神! 下がれ!」

狐神「じゃ、じゃがっ……!」



933: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:17:34.19 ID:8YpacvYW0

お祓い師「いいから!」

小柄な祓師「余所見をするな……!」

お祓い師「これはっ……! ツタだ! 太いツタが地面から!」

お祓い師(こいつは植物使いか……!)

小柄な祓師「柔軟に動いているように見えるだろうが、横殴りに当たったら……痛いじゃ済まないぞ」

小柄な祓師「はあっ!」

お祓い師「くっ……!」

小柄な祓師「まだだ……!」

お祓い師「くそっ……! ツタが自在に動いて来やがる……!」

山間の集落の村長「どうしたの。避けているだけじゃいずれ限界が来るわよ」



934: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:22:57.18 ID:8YpacvYW0

お祓い師「そんなことを言ったってよ!」

狐神「おぬしよ! わしのことは気にせず術を使わんかい!」

お祓い師「だが!」

小柄な祓師「術無しで勝てると……? 舐められたものだな……」

小柄な祓師「くらえ!」

お祓い師「ぐっ……!」

狐神「おぬしよ!」

お祓い師「くそっ……! すまん狐神!」

お祓い師「はあっ!!」

小柄な祓師「……ツタを燃やした、と言うよりは爆散させたか……。術の威力は申し分無いな……」



935: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:32:04.59 ID:8YpacvYW0

小柄な祓師「だが……」

狐神「けほっけほっ……」

小柄な祓師「そちらの消耗が激しいようだな」

お祓い師「おい平気か?」

狐神「……わ、わしのことは気にするなと言っておろう。おぬしは戦いに集中せんか……」

お祓い師「だが……」

山間の集落の村長「まだ休憩とは言っていないのだけれども」

小柄な祓師「…………」

お祓い師(来る……!)

狐神「むっ……!? ツタが……!」



936: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:35:21.78 ID:8YpacvYW0

お祓い師「くそっ! 狐神の足元から……!」

狐神(ツタが体に絡んできおった……)

狐神「ぐ……。動けぬ……」

小柄な祓師「余所見をするなと言っただろう……」

狐神(締め上げ……!?)

狐神「う……ああ……」

お祓い師「おい止めろ! これのどこが特訓だ! ただの殺し合いじゃねえか!」

山間の集落の村長「…………」

小柄な祓師「グダグダと抜かすな! 死ぬ気でかかって来い! でないとそいつが死ぬぞ!」

狐神「うう……ごほっ……!」



937: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:42:48.60 ID:8YpacvYW0

狐神「お……ぬし……」

お祓い師「クソが……!」

お祓い師(落ち着け……! あいつを助け出すには落ち着かないと駄目だ……!)

お祓い師(呼吸を整えろ……)

お祓い師「……よし」

お祓い師「……ちょっと熱いかもしんねえけど、我慢しろよ」

お祓い師「はっ……!」

狐神「っ!」

お祓い師「……よし……」

山間の集落の村長「……これはこれは……やるじゃない」



938: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:56:25.84 ID:8YpacvYW0

山間の集落の村長(威力に限界がある分、細かい扱いに長けているようね……)

小柄な祓師「ツタの根本だけを焼き払い、一瞬で炎を収めたか……」

小柄な祓師「流石だな……」

狐神「げほっげほっ……!」

お祓い師「大丈夫か」

狐神「……な、なんとかのう……」

狐神「ぬしよ。向こうは本気じゃ。こちらも全力でいかねばなるまい」

お祓い師「そう、みたいだな……」

お祓い師「少しの間、我慢してくれ」

狐神「お安い御用じゃ。わしの力、預けよう」



939: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:57:19.01 ID:8YpacvYW0

お祓い師「いくぜ……!」

小柄な祓師「話し込んでいる間にこちらの準備は整っている」

小柄な祓師「はあっ!」

お祓い師「当たるかよ……!」

小柄な祓師(避けた……!?)

小柄な祓師(……まぐれか……? いや、まるで死角からツタが来るのを知っていたかのような……)

お祓い師「終わりか? ならこっちもいくぜ……!」

お祓い師「はっ!」

小柄な祓師(炎が、でかい……! 避けるのは無理だ)

小柄な祓師「……だが」



940: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 15:59:41.05 ID:8YpacvYW0

野衾「…………」

お祓い師「野衾、か……! 炎を食うとは厄介な……!」

小柄な祓師「炎を食うだけではない……。 借りるぞ……!」

お祓い師(式神の力を使ったか……一体何をするつもりだ……?)

小柄な祓師「……さっきの炎、返してやろう……!」

お祓い師「なにっ……!?」

狐神「おぬしの炎を食っただけでなく、跳ね返してきおった……!」

お祓い師「狐神っ!」

狐神「くっ!」

小柄な祓師「よく避けたな……。……だが、一発だと油断したな……?」



941: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 16:14:36.61 ID:8YpacvYW0

小柄な祓師「今ので炎をすべて使い切ったとでも思ったか?」

お祓い師「まだ炎が……!」

小柄な祓師「くらえ……!」

お祓い師(くっ……避けられない……!)

お祓い師「あっづ!」

狐神「お、おぬしよ!」

小柄な祓師「……炎を食って、返すだけなら野衾だけでも出来る」

小柄な祓師「俺が式神契約でこいつの力を借りることによって、それを更に高度に制御することができるようになる」

小柄な祓師「威力、数、軌道……。こういったことの制御は術者の本領だ。そうだろう……?」

小柄な祓師「だが俺は見ての通り植物の扱いを専門にやっていてな。炎を専門外だ……」



944: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:42:10.97 ID:8YpacvYW0

小柄な祓師「式神の力無しではこんな芸当は無理だ……」

小柄な祓師「逆に野衾も、俺のように術者のノウハウを活かした多彩な術の制御は出来ない……」

小柄な祓師「式神契約がこれを可能にしているというわけだ……」

お祓い師(こいつ……いや、こいつら……手強い……!)

山間の集落の村長「……よし、今日はここまでにしようかしら」

山間の集落の村長「総評としては……まあ、全然駄目ね。まるでなってないわ」

お祓い師「く……」

狐神「…………」

山間の集落の村長「昨日私が言ったこと、覚えているかしら」

狐神「信頼しすぎるな……ということじゃったな……」



945: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:43:13.15 ID:8YpacvYW0

山間の集落の村長「そう。お前さんはそれが全くできていないわ」

山間の集落の村長「自分の全てをお祓い師に委ねてしまっている。それでは駄目だわ」

山間の集落の村長「だからそんなにも無様なのよ」

狐神「…………」

山間の集落の村長「無様……そう無様よ。ウン百と生きた狐の神様が、人間の若造に全てを委ねるなんて」

山間の集落の村長「恥ずかしくないの? お前さんはそれでいいのかしら?」

お祓い師「お、おい……そんな言い方しなくても……」

山間の集落の村長「お前さんは黙ってなさい」

お祓い師「は、はい」

山間の集落の村長「ただ、馬鹿みたいな捉え方はしないでちょうだいね」



946: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:45:55.01 ID:8YpacvYW0

山間の集落の村長「信頼するなとか疑えとか、そういう意味とは違うのよ。流石に分かるわよね?」

山間の集落の村長「その辺のことを少し考えて、また明日ここに来なさい……」

狐神「……うむ……」

お祓い師「…………」

山間の集落の村長「今日は薬湯にさせているから、傷に少ししみるかもしれないけどゆっくり浸かるといいわ」

狐神「わざわざすまんの」

山間の集落の村長「初日で倒れられても困るもの」

狐神「それもそうじゃな」

狐神「ほれ。ゆくぞおぬしよ」

お祓い師「あ、ああ……」



947: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:47:50.65 ID:8YpacvYW0

山間の集落の村長「…………」

お祓い師「…………」

山間の集落の村長「お前さんもゆっくりと休みなさい」

お祓い師「……ああ。わかっている……」

山間の集落の村長「…………」

小柄な祓師「……村長」

山間の集落の村長「……なにかしら?」

小柄な祓師「あの二人。確かに術の属性の相性は良いようです。そして精神的な面で制御しきれていないのも事実です」

小柄な祓師「しかし、それだけの理由で式神の命にかかわるような力の逆流が果たして起こるものでしょうか」

小柄な祓師「自分にはとてもそんなことは考えられないのですが……」

山間の集落の村長「……さてね。どうなのかしらね」



948: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:49:21.65 ID:8YpacvYW0






お祓い師(結局あれから三日が経ったが、改善は見られない……)

お祓い師(……信用のし過ぎ、か……)

お祓い師「…………」

お祓い師(そろそろ覚悟を決めないと駄目か……)

お祓い師(まあ、その辺りは湯船に浸かってゆっくりと考えるか)

お祓い師「……ふう……」



949: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:55:20.93 ID:8YpacvYW0

お祓い師(しかしいい眺めの露天風呂だな)

お祓い師(一日の疲れが癒やされる……)

お祓い師(とは言ってもまだ昼過ぎなんだがな……)

お祓い師(特訓とか言っていたが、想像以上に適当だぞあれは……)

お祓い師(もっとこう、専門的に術のことを教えてくれると思ったんだが……)

お祓い師「……いてて……」

お祓い師(薬湯は少し傷にしみるな……)

狐神「おや、おぬし……」

お祓い師「狐神!? なんでここに……!」

狐神「今までは暗くて気が付かなかったが、どうやら露天風呂は繋がっているらしいのう」



950: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:56:49.26 ID:8YpacvYW0

お祓い師「そ、そうか……」

狐神「なに、今更お互いの裸で恥じ入る間柄ではあるまい」

お祓い師「裸を気軽にさらけ出せる間柄でもないけどな!」

お祓い師「確かに着替えとかは同じ部屋だけどよ……」

狐神「なんじゃあ。恥ずかしいのか?」

お祓い師「んな訳あるか」

狐神「ならば問題あるまい」

お祓い師「問題はあるんだが……」

狐神「細かいことは気にするでない」

お祓い師「わかったわかった……」



951: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:58:21.27 ID:8YpacvYW0

お祓い師「ふう……」

狐神「いい湯じゃなあ……」

お祓い師「だな……」

狐神「…………」

狐神「……のう、ぬしよ」

お祓い師「なんだよ」

狐神「本当にすまぬな……」

狐神「わしが頼りないばかりに、あのような無様な……」

お祓い師「…………」

お祓い師「……そのことに関係することで、ちょっと話があるんだがいいか?」



952: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/29(月) 23:59:34.87 ID:8YpacvYW0

狐神「む? なんじゃ?」

お祓い師「…………」


お祓い師「……俺たちの“この旅は”ここで終わりにしないか?」


狐神「……………………は?」

狐神「い、いま何と? 聞き間違えかのう……?」

お祓い師「……そもそもお前が俺に着いて来たのは、俺がお前の命を助けてやったことに対する恩返しのためなんだろう?」

お祓い師「恩返しはもう十分してもらった。なんなら有り余るほどだ」

お祓い師「依り代の契約のせいで離れられないっていう理由もあるが……。それはここでならどうにでも解決できるだろう」

狐神「おぬし……本気なのか……」

狐神「わしとの旅は、ここで終いにするのか……?」



953: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/30(火) 00:01:15.07 ID:6AtlZm/s0

狐神「やはりわしは邪魔っだたのかの……?」

お祓い師「いいから、聞け」

お祓い師「もう一度言うが、俺はもうお前の恩返しは必要だと思っていない。だからお前が俺の旅に同行する必要はもうないと思っている」

お祓い師「これは俺の真意だ。嘘はない」

狐神「そ、んな……」

お祓い師「依り代の契約について解決したいなら、俺が村長に掛け合う。あの人なら必ず代わりを用意してくれるはずだ」

狐神「…………」

狐神「…………本当に終わるつもりなのかの…………?」

お祓い師「……ああ、本当だ」

狐神「……そう、か……」



954: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/30(火) 00:02:09.92 ID:6AtlZm/s0

お祓い師「…………」

お祓い師「そうだ。俺とお前の貸し借り借金諸々、今日でチャラ。終わりだ」

お祓い師「そんなモンに縛られた旅もな」

狐神「……お、ぬし……?」

お祓い師「ところで狐神。俺はとある募集をしていてだな」

狐神「ぼ、募集……?」

お祓い師「ああ、同行者の募集だ。借りとか貸しとか一切ない状態から、対等な立場で一緒にいてくれる奴を探しているんだ」

お祓い師「お前はそんな奴を知らねえか?」

狐神「…………おぬし…………」

狐神「…………」



955: ◆8F4j1XSZNk 2016/08/30(火) 00:02:57.80 ID:6AtlZm/s0

狐神「……ふふっ……なるほどのう……」

お祓い師「で? 知っているか知らないか? 知っているなら紹介してくれたりしねえかな?」

狐神「もちろん知っておるぞ」

お祓い師「ほーう? それは誰だ」

狐神「ふふ……それはのう……」



狐神「おぬしはお人好しじゃのう」 其ノ貮
元スレ
狐神「お主はお人好しじゃのう」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447422430/
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