狐神「お主はお人好しじゃのう」【前半】
- 2017年08月24日 01:10
- SS、神話・民話・不思議な話
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・更新は不定期です。超亀更新です。
・世界観は異世界です。転生ものではありません。
・有名な怪物や妖怪の名前が登場することがありますが、本SS内での設定が多いですので注意が必要です。
・レスへの返信はある程度まとめて行います。ですが誤字指摘などへは早急に対応します。
・地の文、効果音等が一切ない、完全な台本形式ですので状況がわかりにくい所が出るかもしれません。その際には遠慮なく質問してください。
それではよろしくお願いします。
お祓い師(この長い階段の先に土地神信仰のための社があるらしい)
お祓い師(とうの昔に信仰の途絶えた神の社らしいが……。こんな山奥だ、野党に取られていない宝具の少しでも残っているだろう)
お祓い師(……さてここか。宝具の他にも売り飛ばせそうな物があればいいんだがな)
???「待たれよ、おぬし何者じゃ」
お祓い師「なっ……!」
お祓い師(社に人がいる!?)
お祓い師(……いや……)
お祓い師「貴様、物の怪の類か。それならば成敗するぞ」
???「ふうむ、物の怪とはわしも落ちたものじゃのう。しかしまあ、信仰を無くした神は物の怪とさして変らぬか」
???「そうじゃ、わしはこの社に祀られておった狐神じゃ。信じられんか?」
お祓い師「にわかに信じられんな。俺の知っている神というものはもっと人々に慕われているものだが」
お祓い師「こんな山奥に一人でいる神があるか」
???→狐神「わしへの信仰が無くなってはや百年余り。もうわしの元へ訪れる人間などおらんよ」
狐神「腹は減り、喉は渇き、排泄もする。半日動けば睡魔に襲われ、不養生がたたって体調も崩す」
狐神「神とはおぬしらの思っているほど完璧なものではない」
お祓い師「……何を馬鹿げたことを。獣の耳と尾の生えた人などいるか。そういった奴らをまとめて物の怪と呼ぶんだろう」
狐神「ふむ、あくまで信じぬというか。神の力でも見せれば信じるかの」
お祓い師「ふん、妖術を使うつもりか」
お祓い師「まあ、どうしてもというならば見てやらんこともない。ただし少しでも不審な真似をすれば即座に祓うぞ」
狐神「うむ、よかろう」
狐神「さて、ここで一つ頼み事があるのじゃがいいかの」
狐神「信仰を無くしたわしは供物がないと神の力を使えぬ。なにか食べ物をくれんかの」
お祓い師「断る」
狐神「なぜじゃ!」
お祓い師「俺にとって利益がないからだ」
お祓い師「まあ、宝具の一つでもくれるならば考えてやる」
狐神「わしの社に宝具などないわ」
狐神「……おぬし見たところお祓い師のようじゃが、わしを祓わずに帰ってよいのか」
お祓い師「俺は金にならないことはしない。お祓いも依頼でなければ自分の身に危険が及ばない限りしない」
狐神「意地汚い男じゃのお……」
お祓い師「お前は俺に手出しをする様子もないし帰ることにする」
狐神「わしが言うのもなんじゃが、詰めが甘く無いかの……」
狐神「……で、おぬし。見たところこの辺りの人間ではないが、旅のお祓い師かの」
お祓い師「そうだ。しばらくは麓の町に滞在するつもりだがな」
狐神「そうか」
お祓い師「それがどうかしたか」
狐神「幸いにこの山は自然豊かで食料には困らぬが、話す相手がいないというのは辛いものじゃ」
狐神「もしよければ暇な時に話し相手になってくれんかの」
お祓い師「何を馬鹿なことを」
お祓い師「俺は金を稼ぎに来ているんだ。そんな暇なんて無い」
狐神「ま、暇な時でいいんじゃ」
お祓い師「……知らんな。俺は帰るぞ」
狐神「…………」
*
お祓い師(結局この町ではろくな仕事の依頼はなかった)
お祓い師(御札の数枚が売れた程度で大した収益にはならなかった)
お祓い師(宿賃なんかを差し引けば赤字もいいところだ)
町人「た、大変だー!」
お祓い師「どうかしたか。物の怪でも出たのか」
町人「い、いや。町の近くの山が火事になったみたいなんだ」
お祓い師「山火事、だと……」
お祓い師「まて、あの山は……!」
お祓い師(あの狐神と名乗った女のいた山じゃないか)
お祓い師「町に火がこないように食い止めるしかできないのか。山の社はどうなる」
町人「社……?なんのことだかわからないが、もう火事はあの規模だ。鎮火するのは一苦労だろうな」
お祓い師「…………」
お祓い師(あいつの話を信じるならば、あいつはあの山から出ることはできない……)
お祓い師「……ああくそっ!」
町人「お、お祓い師さん!?どこへ行くつもりで!?」
*
お祓い師(俺は何を馬鹿なことをしているんだ)
お祓い師(ただ、少しとはいえ言葉を交わした仲だ。蒸し焼きで死なれては寝覚めが悪い)
お祓い師(……到着したが、すでにここにも火の手が回っているな)
お祓い師「おい、物の怪!いるなら返事をしろ!」
狐神「お、おぬしは……」
お祓い師(まだ無事だったか……)
お祓い師「何をしている!この山には川もあったはずだ。そこで火が収まるのを待つ手もあっただろう!」
狐神「そ、そうはいかなかったのじゃ……。いまのわしをこの世に繋ぎ止めているのはこの社じゃ。この社が燃え尽きてしまえばわしの命も絶えてしまう」
狐神「人とは比べ物にならないほど永く生きたわしじゃが……。やはり一人で死ぬのは寂しいと思っておった……」
狐神「どうか最期ぐらいは看取ってくれんかの」
お祓い師「や、社に火が……!」
狐神「少しずつじゃが意識が遠のいてゆく……」
お祓い師「ま、待て!このまま死なれては寝覚めが悪いどころの話ではない!」
狐神「そうは言ってももう手遅れじゃ……。昔ならばここの本尊以外にも小さなほこらが町にあったりしたものじゃが、今はそんなものは残っていない」
狐神「もう他に“依り代”のないわしは消えるしかないのじゃ……」
お祓い師「くそっ……!」
お祓い師(……待てよ。依り代、か……)
お祓い師(…………)
お祓い師「……だが、やるしかない」
狐神「……お、おぬし何をしておる!既に社は燃えておるぞ!」
お祓い師「くっ……!本尊はこの中だよな!?」
狐神「や、やめんか!火傷するぞ!」
お祓い師「うるせえ少し黙ってろ!」
狐神「むぅっ……!?」
お祓い師「よ、よし!まだ中は燃えきってなかった」
お祓い師「……ふむ、よし……」
狐神「おぬし、まさか……」
狐神「痛っ……!って、待ておぬしよ!自分のしていることが分かっておるのか!?」
お祓い師「分かっているに決まっているだろ。俺を依り代として契約をし直すんだよ」
狐神「お、おぬし、わしが神だと信じておらんかったろうに!」
お祓い師「ガタガタうるさいぞ!本尊が燃え尽きる前に儀式を終わらせないとまずいだろう」
狐神「……う、うむ」
お祓い師「お前の血で契約印を書く。普通は身体のどこに書くもんなんだ」
狐神「ば、場所は問題にならぬ」
お祓い師「じゃあ書きやすいから腕に書く」
お祓い師「……よし。あとは何をすればいい」
お祓い師「わかった、血だな。……くっ……!」
お祓い師「これでいいだろ。飲めよ」
狐神「……では頂くとするの」
狐神「(ペロペロ)」
お祓い師(……くすぐったい)
狐神「(じゅるじゅる)」
お祓い師「啜るな!」
狐神「すまんすまん」
お祓い師「……で、契約はできたのか?特に変わった様子はないんだが……」
狐神「……うむ、成功じゃ。意識がはっきりと戻ってきたのう」
狐神「さて、それでは急いで山を降りるとするかの。だいぶ火の手が回ってきたからのう」
お祓い師「なに当然のように背中に乗ってんだ」
狐神「足をくじいてしまっての」
お祓い師「火傷以外平気そうなんだが……」
狐神「堅いことを言いなさんな若造よ。ほれ急がんかい」
お祓い師「急に偉そうだな。やっぱり捨てていくか」
狐神「お願いじゃ勘弁しておくれ」
お祓い師「……あとでちゃんと対価を要求するからな!」
狐神「最悪身体で返すわい」
お祓い師「そういうのは求めてねえよ!」
*
お祓い師「それで、なんでお前が俺の馬に跨っているんだ……?」
狐神「当たり前じゃろう。わしは依り代から遠く離れられぬ。おぬしについて行かざるをえないのじゃ」
狐神「ほれ、手綱を持てい。目的の町まで出発じゃ」
お祓い師「あまり態度がでかいと蹴り落とすからな」
狐神「それは勘弁しておくれ」
狐神「なに、わしもおぬしの仕事の役にはたつぞ。わしは力衰えたとはいえ神じゃ。物の怪を探知することぐらいはできる」
お祓い師「精々口だけじゃないことを祈っているぞ」
狐神「くくっ、おまかせあれじゃ」
狐神「ふむ、そうじゃったな」
狐神「……やはりこのカラダが目当てなんじゃろう?」
お祓い師「そんなこと望んでねえっ!」
狐神「なんと、この成熟したカラダに欲情しないとは……!もしやおぬし、幼児性愛者か、もしくは同性愛者かの……!?」
お祓い師「馬から払い落とすぞ」
狐神「冗談じゃ」
お祓い師「……いずれ借りは返してもらうぞ」
狐神「わかっておる」
狐神「……ちなみにわしは経験豊富じゃからな。大抵の戯れには対応できるからの、安心せい」
お祓い師「か、ね、で、か、え、せ!」
狐神「一々リアクションの大きいやつじゃの。ほれ、そろそろ出発しようぞ」
お祓い師「……はああ、妙な連れが出来ちまった……」
お祓い師「頼むから人前で耳と尻尾は出してくれるなよ。耳は頭巾、尻尾は袴の中だ」
お祓い師「これが守れないなら俺の立場上、置いていかざるを得なくなるからな」
狐神「心得ておる」
お祓い師「最悪、俺の名誉のためにお前を人前で滅却することになる」
狐神「それは本当に困るからやめておくれ」
お祓い師「……さて行くか」
狐神「……うむ」
狐神「のう、おぬしよ」
お祓い師「なんだよ」
狐神「わしゃあ、おぬしには本当に感謝しておる」
お祓い師「何だ急に改まって」
狐神「会ったばかりの、しかも人ならざるわしを助けてくれたことじゃ」
狐神「それだけでなく、こうして同伴することも許してくれた」
狐神「正直わしにはこの恩をどう返せばよいのかわからぬ……」
狐神「供物を持って訪れる人々に、わしが持つ力の限りを持って手を差し伸べた」
狐神「しかしそれは、わしの力による、するべきことの決まった作業のようなものじゃった」
狐神「こうやって逆に人に助けてもらった時にどうすることが最善なのか、わしにはさっぱりわからないのじゃ」
お祓い師「…………」
お祓い師「だから金でいいって言ってんだろ」
狐神「じゃ、じゃが……!」
お祓い師「俺は金が何よりも好きだ。金が無いと何も出来ないのがこのご時世だからな」
お祓い師「それなのにこの職は右肩下がりの低迷期。金をもらえることが何よりも嬉しいんだよ」
お祓い師「……それに、その方が分かりやすくてお前も気が楽だろ」
狐神「おぬしはお人好しじゃのう」
お祓い師「うるせえ、それは自覚してる」
お祓い師「見逃したことはあっても、人外を助けた挙句、一緒に旅に出るなんて経験は初めてだ」
狐神「……ふふっ、ではこの貴重な機会をうんと堪能するがよい」
お祓い師「せいぜいそうさせてもらうぜ」
狐神「うむ、ではこれからよろしく頼むの」
お祓い師「……ああ、よろしくな」
《狼》
狐神「しかし乗馬というのも長時間だと疲れるの」
お祓い師「まあこれに関しては慣れるしか無いな」
狐神「それに変なところが刺激されるの」
お祓い師「知らんな」
狐神「ノリが悪いのう」
お祓い師「お前の戯言に一々付き合っていたら疲れちまうからな」
狐神「つまらん奴じゃ。それよりおぬし、荷馬車でも買わんかの。そのほうがわしも楽じゃ
狐神「退魔道具で大掛かりなものとかないんか」
お祓い師「俺はそんな大層なものに頼らなくても、大抵の相手ならどうにかなる。これでもお祓い師の名家の血筋だからな」
狐神「おぬしが名家の血筋とは笑わせてくれるの」
お祓い師「うるせえ!……まあ、過去の話だけどな」
お祓い師「お前らみたいな神への信仰が廃るのと同じように、魔の者、物の怪の存在も年々減ってきている」
お祓い師「祖父の代では商売繁盛、お医者様と並んでお祓い師様なんて呼ばれてたらしいが……。今では仕事を探すほうが大変だ」
狐神「……ふむ」
狐神「……ややっ!あれは何じゃ!?」
お祓い師「ん、ああ、あれは蒸気機関車だ」
お祓い師「石炭を燃やした熱で水蒸気を発生させて、その力で車輪を動かしているんだと。俺は技師じゃないから詳しい仕組みは知らないけどな」
お祓い師「まあ、まだお前が町に出歩いてこれていたような時代にはなかったものだな」
お祓い師「俺の生まれ故郷もある、はるか遠くの西の地で発明されたものだ」
狐神「お、おお、なんと……。斯様に大きなものが、轟々と音を立てて移動していくさまは圧巻じゃのお……」
お祓い師「ははっ、世代の差を感じるか?」
狐神「なっ、失礼なやつじゃな!そこまで歳は変わらんわ!」
お祓い師「ほう、じゃあ歳を言ってみろよ」
狐神「……言えぬ」
お祓い師「だろ?」
お祓い師「あー、はいはい」
狐神「ぐぬぬ……」
狐神「……しかし、これでわかった気がするのう」
お祓い師「なにが」
狐神「わしら神への信仰が寂れてきた理由じゃ」
狐神「昨日泊まった宿にあった……らんぷ、と言ったか」
狐神「百年も前は蝋燭ですら高級品で、庶民は囲炉裏にくべた薪の明かりだけが部屋の中を照らしている光景が普通であった」
狐神「火というのは人間にとって手放せない道具じゃ」
狐神「昔の人々は少しでもその灯りが強くなるようにと祈ったりしたものじゃ」
狐神「『少しでも明るく』、『少しでも暖かく』、そういう願いを叶えるために火の神が産まれていった」
狐神「しかしあのらんぷというもの、焚き火とは比べ物にならないほど明るく、そして長く輝いておった。あれは祈祷の産物ではなく人の知の産物じゃ」
狐神「人々は気づいたんじゃな。神に頼らずとも己の工夫次第でなんとでもなるということに」
狐神「必要とされなくなった神は消え行くのみじゃ。……わしのようにな」
狐神「時代は動き、神の力がなくとも人は己の知力を以ってして生きていけるようになった。つまりはそういうことじゃろうな」
お祓い師「……なるほどな」
狐神「そしてこの事はおぬしの悩みの種にもつながってくる話じゃ」
お祓い師「と、言うと?」
狐神「物の怪や魔の者というのは人々の恐怖の表れじゃ。恐れられるからこそあ奴らは存在している」
狐神「具体的な原因を作ることで安心しようとするのじゃな」
お祓い師「俺たちお祓い師が物の怪を祓うことで、更なる安心を得る、ということか」
狐神「しかしそんなこともいずれは終わる。人の知が未知なる恐怖を少しずつ消していくからじゃ」
狐神「そうして必要とされなくなったわしら神々や、物の怪の者たちは消えてゆくのじゃ」
お祓い師「……時代に必要とされなくなった、か」
狐神「まるで時代遅れの道具のようじゃろう」
お祓い師「…………」
狐神「わしらの中で一番長生きするのはおそらく、生と死に関して祀られた奴らじゃろうな」
狐神「生と死という漠然とした概念への恐怖は、それこそ神にすがって紛らわすしかないものじゃからな」
お祓い師「…………」
お祓い師「……仮に」
狐神「んむ?」
お祓い師「仮にお前が時代遅れの道具だとしよう」
お祓い師「そうなると、それは俺も同じことだ。時代遅れの道具を祓う道具なんて需要が無くなるわけだ」
狐神「…………」
狐神「かっかっか、それもそうじゃのう。お祓い師などとっとと廃業にして、わしと二人で商いでも始めたほうがよいと思うぞ」
お祓い師「ま、それもそうかもな」
狐神「じゃろう?」
お祓い師「まだしばらくは、俺という人間がこの世界にどれほど必要とされているのか確かめたい」
狐神「……ま、それも一興じゃの」
お祓い師「俺が拠点を構えている街が見えてきた。耳と尻尾は隠しておけよ」
狐神「わかっておる。他のお祓い師に退治されては敵わんからの」
*
狐神「ほおお、これはまた大きな街じゃ」
狐神「おや、あの透明な障子はなんじゃ」
お祓い師「障子ってなあ……。あれは硝子窓だ。ランプの火の周りを覆っていたのも同じ硝子ってものだ」
狐神「ほおお、綺麗なもんじゃのう」
狐神「おお、じょうききかんしゃが建物の中に入っていくぞ」
お祓い師「あれが蒸気機関車の駅だな。あそこまで大きなものが東の地にも建つようになったのもここ数年のことだ」
お祓い師「俺が生まれた頃には、まだこっちの地方には線路も来ていなかったみたいだからな」
お祓い師「仕事探しが先だがな」
狐神「むう、それならば急ぐのじゃ」
狐神「そういえば、仕事探しとはどのようにするのだ」
狐神「まさか一軒一軒訪ねて、家主が何かに憑かれていないか調べてまわるわけでもあるまい」
お祓い師「ここまで大きな規模の街になるとそりゃあ無理だな。大きな街でその手のことで困った人は役所に依頼を出すことになっている」
お祓い師「俺たちお祓い師は役所を経由して仕事を請け負う仕組みなっているんだ」
狐神「ではこれから役所を目指すのじゃな」
お祓い師「そのつもりだが一つ頼み事をしていいか」
狐神「なんじゃ」
狐神「そんなのお安い御用じゃ。なんなら既にちらほらと気配を感じ取っておるぞ。おぬしらのように力を持った人間、という可能性も捨てきれぬが」
狐神「おぬしにはわからんのかの」
お祓い師「対峙した相手が力を使えばその大きさぐらいはわかるが、流石に遠くにいる相手を探知することは難しい」
お祓い師「よほど力が大きな奴なら別だが」
狐神「ふむ……」
狐神「数を減らしたとはいえ、あやつらはおぬしらの思っている以上の数が人間社会に溶け込んでおる」
狐神「わしのような絶世の美女に巡りあう確率よりも遥かに高い確率で奴らとすれ違っておるかもしれんの」
お祓い師「…………」
お祓い師「引き続き頼むぞ」
お祓い師「だから言っただろ。お前の戯言に一々反応している暇はないって」
狐神「酷いのう」
お祓い師「酷くない」
お祓い師「……そうだな。役所に行く前に寄るところがあるな」
狐神「飯処かの!?」
お祓い師「それは後でだと言っただろう。まずはお前の服を買いに行く」
狐神「ふむ、服とな?」
お祓い師「お前のいま着ているもの、それはこっちの地方の古い着物だろう」
狐神「昔はこういう格好が普通じゃったがのお。確かに周りとはだいぶ雰囲気が違ってしまっているの」
お祓い師「これから別の地域に行っても違和感なく過ごせるような服を買っておきたい。幸いお前の髪や瞳の色は東の人間らしくない」
お祓い師「俺たち西の人間の衣服を着ても違和感はないだろう」
狐神「わしに服を買ってくれるのかの」
お祓い師「働き次第で発生するお前の取り分から引く」
狐神「おごりでは」
お祓い師「ない」
狐神「固い男じゃ」
お祓い師「なんとでも言え」
狐神「おなごに物をおごれぬようでは好かれぬぞ、おぬし」
狐神「つくづくつまらん男じゃな」
お祓い師「接客が大事な商売やってるわけじゃないからな。実力さえあればいいのさ」
狐神「年老いてから、女を落とすすべを学んでおけばよかったと、後悔するおぬしの顔が浮かぶわい」
*
お祓い師「さて、どれがいいか」
狐神「こういうのは店員に選んでもらうのがよいのではないのか?」
お祓い師「お前、取っ替え引っ替え服を持ってくる店員を前にその耳と尻尾を隠し通せるか?」
狐神「む、それもそうじゃの。頭巾をかぶったままというのも不審がられよう」
お祓い師「おとなしく俺たちで選んだほうがいい」
狐神「とはいえずっと山の中の生活じゃったからの。流行りも廃りもわからぬ」
お祓い師「こういう時はここの見本の一式を着れば問題ない」
狐神「ま、確かにその方法が無難かの」
狐神「では試着してくるでの。試着室の外に立っておいておくれ」
お祓い師「はいはい」
狐神「……のぞくでないぞ」
お祓い師「覗かねえよ」
狐神「つまらんやつじゃのう」
お祓い師「いいから早く着替えてくれ……」
お祓い師(……ちょっと覗きたい)
お祓い師「半裸のまま身体を出すな馬鹿!」
狐神「お、少しは欲情したかの?」
お祓い師「耳が出てる耳が」
狐神「おっと失礼」
お祓い師「はあ……。それで、何がわからないって?」
狐神「うむ、この前の所を留める方法がのう……。紐のようなものが見当たらないのじゃが……」
お祓い師「ああ、それはこの、ボタンっていうのをだな……」
狐神「おお、なるほど。便利なものじゃな」
狐神「……ふむ、どうじゃ。着こなせておるじゃろう!」
狐神「あとこの、ぶうつ、少し蒸れそうじゃ」
狐神「……どうした、黙りおって」
お祓い師「……いや、想像以上に似合っていてな」
狐神「…………」
お祓い師「な、なんだよ」
狐神「ほほう、おぬし。もしやわしに惚れたかの」
お祓い師「馬鹿を言え。それよりほら、頭巾の代わりにこれをかぶれ」
狐神「む、なんじゃこれは」
お祓い師「キャスケットって種類の帽子だ。この深く被れるタイプなら耳も隠しやすいだろう」
お祓い師「ほら、これの前に立ってみろ」
狐神「おお、こんなに大きな鏡があるのかえ」
狐神「……ほう、悪くないではないか。西のおなごの服など全く知らんが、良いものが良いという感性は時や場所が変われど不変じゃ」
狐神「この姿はなかなか良いと思うのじゃが?」
お祓い師「だから似合っているって言っただろ」
狐神「ふふっ、ありがとうの」
お祓い師「…………」
お祓い師「ほら行くぞ」
狐神「む、いまおぬし照れおったな」
狐神「かっかっか、待つのじゃ待つのじゃ」
お祓い師「あと何度も言うがおごりじゃないからな!」
狐神「ほんとうに金にがめつい奴じゃのお……」
*
狐神「予定では役所に向かうという話じゃったが、ここはただの集合住居に見えるのお」
お祓い師「服だけじゃなくて食材なんかも買ったからな。一度部屋に荷物を置いて行こうと思ってな」
狐神「と、なるとここがおぬしの拠点かの」
お祓い師「ああ。ここの二階の奥の部屋だ」
狐神「……ふむ、日当たりの悪い部屋じゃの」
お祓い師「お前は日当たりの良い外で寝てもらってもいいんだぞ?」
狐神「それよりも、ちゃんと寝具が二つあるとはどういうことかの」
お祓い師「これ備え付けの家具だからな。この建物は短期で宿場のように使うこともできるし、長期で貸し部屋として使うこともできるところなんだ」
お祓い師「だから家具は一式はじめから用意されてる」
狐神「なるほどのう。二人で同じ布団に入るのかと思ってわしゃあ少しドキドキだったんじゃがの」
お祓い師「真顔でドキドキとか言うなよ。せめて少しは感情込めろよ」
狐神「わ、わし、ドキドキしておる……のじゃ……」
お祓い師「わざとらしいのもいらねえ」
狐神「注文が多いのう」
お祓い師「お前のせいだってことをわかって欲しい」
狐神「さて、話は変わるがの。やはり二人で行動するには馬一頭だけでは不便ではなかったかの」
お祓い師「……実はそれは俺も思ったよ。二人になれば単純に考えても荷物が倍になる」
お祓い師「お前の言うとおり荷馬車の購入も視野に入れたほうがいいのかもしれないな」
狐神「おお、移動中のわしの寝床が確保できるわけじゃな」
お祓い師「寝た瞬間投げ落とす」
狐神「それは勘弁しておくれ」
お祓い師「まあ、その辺りはまた後日検討するとして。今日は役所に仕事探しに行くぞ」
狐神「む、今晩の飯代稼ぎじゃの」
お祓い師「そこまでカツカツしたサバイバル生活はしてない。貯金ぐらいは少しばかりある」
お祓い師「そこまでの余裕はない!」
狐神「むう、よいではないか。新人歓迎会という体でな」
お祓い師「……お前のおかげで仕事をこなせたら、その後ならいいぞ」
狐神「ほほう、俄然燃えてきたのう」
お祓い師「じゃあ役所に向かうぞ」
狐神「うむ了解じゃ」
*
受付「いま入っている依頼としては、このようなものがございます」
お祓い師「見せてくれ」
お祓い師「……狼、か」
受付「ええ、ここ最近狼による被害が多発しているとのことでして」
お祓い師「それだったら猟師の領分じゃないのか。俺たちはあくまで物の怪を祓うのが仕事だ」
受付「それが何やら人の姿に化けたという情報が入っていまして」
受付「私自身が直接見たわけではありませんのでなんとも言えないのですが……」
受付「その狼を撃退したという方がいらっしゃるそうなので、そちらで詳しく話を聞けると思いますよ」
お祓い師「それはどちらの方で?」
受付「東の商店街で道具屋を営んでいるという男性です。まだ商店街の店仕舞いには早い時間ですから、いまから訪ねてみるといいと思いますよ」
お祓い師「なるほどな、情報提供感謝する」
受付「いえ、我々もこの騒ぎが早く落ち着くことを願っています」
*
狐神「なるほど、狼かの」
お祓い師「なにか気づいたことでもあるのか?」
狐神「なに、この街についてから時折じゃが獣臭さを感じておってな。言われてみれば狼のものじゃ」
お祓い師「自分の臭いって落ちはないよな」
狐神「失礼じゃな!わしはそんなに臭くないわい!」
お祓い師「そうか?自分の臭いって案外気づかないものだぞ」
お祓い師「冗談だけどな」
狐神「おぬし……。もぐぞ」
お祓い師「それは勘弁してくれ」
狐神「……まあよいわ。して、東の商店街とはどの辺かの」
お祓い師「それならもうすぐ着くぞ」
狐神「おお、言われてみれば美味しそうな臭いが近づいてくるのう」
お祓い師「まだ食べに行かないからな」
狐神「わ、わかっておるわ」
お祓い師(一々反応が可愛いなこいつ。相当年上だけどさ)
狐神「らんく?でぃーわん?」
お祓い師「あー、危険度というか、強さというか」
お祓い師「それが上からA、B、C、Dって割り振られているんだ。更に各ランクが上から1、2、3に分けられている」
お祓い師「狼男自体はランクがもっと高いことが多いんだが、今回は怪我人等の実害が出ていないからD程度なんだろうな」
狐神「なるほど。その中ではわしはどの程度かの?」
お祓い師「ロクに力も使えないお前はD3に決まっているだろう」
狐神「な、なんじゃとっ!」
お祓い師「事実として今のお前は少し鼻が利くだけで、ただの人間とさして変らないだろう。特に武に長けているわけでもなさそうだしな」
狐神「ま、まあ、たしかにのう……」
狐神「ふむ、おぬしはいくつなのかの」
お祓い師「俺か。俺はB2だな」
狐神「なんと、かなり高い方ではないのか」
お祓い師「まあ自分で言うのも何だが、実力はある方だ。……それでもまだまだなんだがな」
狐神「ふむ?」
お祓い師「AからDという枠組みで測れない強大な力を持つ者に対して、Sという特別なランク付けがされる」
狐神「えす、とな?」
お祓い師「上には上がいるっていうかな。まあ異形の怪物にも、俺たち人間にも、俺たちの物差しじゃ測れないような奴らがいるってことさ」
お祓い師「ま、そんなクラスのバケモノ、俺がこの眼で直接見たのは一人しかいないんだけどな」
お祓い師「その域に達する奴なんてそうそういないからな」
狐神「じゃろうな」
お祓い師「さて、そろそろのはずだが、道具屋はどこだろうな」
狐神「道具屋らしきものが向こうに見えるぞ」
お祓い師「ん、どこだ……?」
狐神「ほれ、あそこじゃ。まあ人間の目にはちと遠いかの」
お祓い師「ん~……?あ、あれか……?」
狐神「どうじゃ、神の力を使わなくともこの通りよ」
お祓い師「なるほどな、感心感心」
お祓い師「さあな」
狐神「……一度おぬしとは一対一で話さねばならぬようじゃな」
お祓い師「今も一対一で話してるぞ」
狐神「揚げ足取るでないわっ!」
お祓い師「悪かったって。今晩は少し豪勢にしてやるから」
狐神「許そう」
お祓い師(簡単すぎる)
お祓い師「さ、聞き込みするぞ」
狐神「む、そうじゃな」
道具屋の男「店主は俺だが、なんか用か」
お祓い師「いや、最近噂になっている狼について聞きたいことがあってな」
道具屋の男「あんちゃん、役所の人間か?」
お祓い師「いや、自分は物の怪祓いを仕事にしている者で。今回は役所からの依頼で来ているんだが」
道具屋の男「おお、そういうことかい。で、あの狼のことを聞きたいんだって?」
お祓い師「ああ、具体的にどんな姿だったとか、話せることなら何でも話してもらいたい」
道具屋の男「あー、あいつら夜道に群れで襲ってきてな。まあ襲った相手が悪かったな」
道具屋の男「ちょうど晩飯から声って来るところだったんだが、俺の退魔道具を見せてやったらビビって逃げちまったよ」
お祓い師「退魔道具を置いているのか」
お祓い師「なるほど……。それで、その狼が人の姿になった所を見たりは?」
道具屋の男「人の姿……?なんのことだそれは」
お祓い師「ああ、いや。見ていないんだったら大丈夫だ」
道具屋の男「お、もう聞くことは終わりか?」
お祓い師「そうだな……。できれば他にも狼を目撃したっていう人を知っていたら、紹介してもらいたいんだが」
道具屋の男「あー、それなら、この道を行った先で駄菓子屋をやってる婆さんなかも襲われてたな」
お祓い師「なるほど、情報提供たすかった」
道具屋の男「なに、次来る時は何か買ってってくれよな」
お祓い師「そうだな、必要な物があれば次来た時に買おう」
狐神「……ふうむ」
*
駄菓子屋の老婆「ああ、あの狼のことかい」
お祓い師「やはり目撃しているのか」
駄菓子屋の老婆「そりゃあ二度もね」
お祓い師「二回も、か」
駄菓子屋の老婆「ああそうさ。一回目はあぶないところだったんだけど、道具屋に助けてもらってどうにかね」
お祓い師「道具屋というのは向こうの……?」
狐神「退治した、というわけではないのかの?」
駄菓子屋の老婆「いえいえ。おふだを見せたら一目散に逃げていったよ。おふだを怖がっているんじゃないかねえ」
お祓い師「なるほど……。それで二度目というのは?」
駄菓子屋の老婆「二回目は襲われこそしなかったが、そりゃあ恐ろしい物を見たよ」
お祓い師「恐ろしい物、というのは……?」
駄菓子屋の老婆「あれは満月の夜。裏路地のことなんじゃが、大男がみるみるうちに狼に変わっていくのを見てな」
駄菓子屋の老婆「その狼は二足でしっかりと立っていたんじゃが、あんたの身の丈よりも大きくてねえ……」
お祓い師(やはり狼男か……!)
お祓い師「その大男の顔なんかは見えなかったか?」
お祓い師「そうか……。いや、貴重な情報、ありがたい」
駄菓子屋の老婆「お祓い師さんのお役に立てたなら嬉しいよ」
駄菓子屋の老婆「いまお茶とお菓子を出すからちょっと待っておいてくれ」
お祓い師「そ、そこまでしてもらう訳には……」
狐神「ではありがたく」
お祓い師「っておい」
狐神「こういう時は素直にお言葉に甘えるものじゃぞ」
お祓い師「単純にお前が菓子を食べたいだけだろうが」
狐神「違うわい」
狐神「(じゅるっ)」
狐神「……違うわい」
お祓い師「頑なだなお前」
駄菓子屋の老婆「はい、待たせたねえ」
お祓い師「あ、なんかすいませんね……」
お祓い師「あともうひとつ聞きたいことがあって。他に狼を目撃したという人を知っていたりしたら教えてもらいたいんだが……」
駄菓子屋の老婆「ふむ、他にかい」
駄菓子屋の老婆「ああ、そういえばねえ……」
*
お祓い師「……さて、今日の聞きこみはこんなもので終わりにするか」
狐神「……歩きまわったせいでヘトへトじゃあ……」
お祓い師「そうだな……。部屋に帰る前に晩飯にするか」
狐神「おおやっとか!」
お祓い師「今晩は特別、お前の好きなものでいいぞ」
狐神「気前がいいのう!それじゃあわしは肉が良いぞ!」
狐神「牛鍋とな!?最近は牛を食うのかの!?」
お祓い師「ああ、まだ東では珍しいんだってな。牛肉の美味さは一度食ったら忘れられないぜ?」
狐神「なんと……!はよう!はよう行こうぞ!」
お祓い師「わかったから走るな」
狐神「ええい、これが待てるか!はたしてどんな味がするのかのう……!」
お祓い師「飯の話だけは元気だな……」
お祓い師「さて、近くの牛鍋屋は……。一度通りかかったことがあるあそこか」
狐神「む、そっちかの」
お祓い師「ああ、前々から気になっていたところがあってな」
お祓い師「ま、これがいい機会だな」
狐神「わしとの出会いの記念、ということかの?」
お祓い師「やかましい奴が増えたからな。この先参ってしまわないように今のうちに体力をつけておくのさ」
狐神「なんじゃあそれは」
お祓い師「さて、なんだろうな」
お祓い師「……お、あそこだな」
狐神「おおっ……!香ばしい匂いが漂ってくるぞ……」
お祓い師「それじゃあ入るか」
牛鍋屋店員「いっらしゃいませ。二名様ですか?」
牛鍋屋店員「奥の席へどうぞ」
狐神「おおー、店中に漂う良い香り」
狐神「酒の匂いもしおるのう」
牛鍋屋店員「お席はこちらになります」
お祓い師「端の席か……、運がいいな」
狐神「端が好きなのかの?」
お祓い師「周りを人に囲まれているというのはあまり好きじゃないんだ」
牛鍋屋店員「こちらがお品書きになります」
お祓い師「ああ、ありがとう……」
お祓い師「げえっ……」
お祓い師(想像以上に高いな……)
狐神「どうしたのじゃ?」
お祓い師「……いいか、よく聞けよ」
お祓い師「調子に乗って頼むなよ」
狐神「……ほほう?」
お祓い師「これは真面目にだ」
お祓い師「手持ちがあまりないからな。最悪お前を担保にして俺は帰る」
狐神「……払える量で頼むとしよう」
*
お祓い師「……おお、こりゃあ美味いな」
お祓い師「流行るわけだ。これなら西の故郷に逆進出しそうだな」
お祓い師「…………」
お祓い師「おい、さっきから黙ってどうした」
狐神「…………」
狐神「う」
狐神「美味すぎるんじゃあーーーーっ!!」
お祓い師「声がでかい!」
狐神「なっ、なんじゃあこれは!?」
狐神「この触感!溢れる肉汁の旨み!どれを取っても未知、そして極上じゃあ!!」
狐神「追加で頼んでも良いかのっ!?」
お祓い師「ま、待て!流石にそこまでの余裕はないとあれほど……!」
狐神「店の者っ!」
お祓い師「待ていっ!」
お祓い師「そこまでの余裕はないって言ってんだろ……。牛鍋は高級なんだぞ」
狐神「そ、そうか……」
お祓い師「うまい飯が食いたかったら、早いところ仕事の成果を出すぞ」
狐神「それも、そうじゃな」
お祓い師「今日の聞きこみのまとめとしては、目標の変身前の姿は大男であるってことと、おふだを避けているってことだな」
お祓い師「もう少し身体的特徴なんかがわかれば良かったんだが」
狐神「あとは、その大男が狼に変わったのは満月の夜ということじゃったな」
お祓い師「ああ。それは西の地方の伝承と同じだ」
お祓い師「狼男は満月を見て変身する、ってな」
お祓い師「そうだな……。どうやら狼男の伝承自体は、こちらの地方ではまだあまり浸透していないらしいからな」
お祓い師「こっちの地方で生まれたとは考えにくい。お前の言うとおり西から来たと考えるのが妥当だろうな」
狐神「じゃろ?」
狐神「じゃが……」
お祓い師「目的がわからない、か」
狐神「うむ。わざわざ西からやって来た事自体もそうじゃが、それでいて一つも実害が出ていないというのがのう……」
お祓い師「俺もそこが気になっていた。どうもこの一件は不自然だ」
お祓い師「結局それらしい気配は見つけられなかったのか?」
狐神「ううむ。狼の臭い自体は裏路地の方から、まるで隠れるような道筋で感じられたが、近くに潜んでいる気配はなかったの」
狐神「狼とはまた少し違った臭いがしたのう……」
お祓い師「ん?」
狐神「いや、こっちの話じゃ」
お祓い師「そうか?」
狐神「うむ」
狐神「…………」
*
狐神「部屋まで戻ってきたが、何やら物足りんと思っておった理由がわかった」
狐神「酒を飲んでおらんかったの」
お祓い師「牛鍋代で精一杯だったんだよ……!」
狐神「わしは酒がないと寝られないんじゃが」
お祓い師「嘘をつくなよ。山にいた時はどうしていたんだ」
狐神「山の幸で果実酒を少々」
狐神「おーさーけー!」
お祓い師「うるせえ、灯り消すぞ」
狐神「ふん、ふて寝じゃふて寝」
お祓い師(寝れるんじゃねえか)
お祓い師「って待て。そっちのベッドは俺のだ。枕が高くないと寝られないんだよ」
狐神「知らぬー」
お祓い師「おい待て待て」
狐神「やんっ」
お祓い師「やん、じゃない」
お祓い師「襲うか馬鹿が。いいからどけ」
狐神「つまらん奴じゃ」
お祓い師「つまらなくて結構だ」
狐神「…………」
お祓い師「…………」
狐神「…………」
お祓い師「…………」
狐神「…………すぅ」
お祓い師(寝やがったこいつ……!)
お祓い師「……あのな、帽子ぐらい取れよ」
お祓い師「はあ……。あっちで寝るか……」
お祓い師「俺も今日は疲れたからな……」
*
狐神「で、けっきょく三日間聞き込みを続けても進展は無し、じゃの」
狐神「やはり道具屋のおふだが効くという話以外はとくに聞けんかったからのう」
お祓い師「……そうでもないかもしれん」
狐神「と言うと?」
お祓い師「昨日の聞き込みで得られた証言の中で『初めは犬かと思ったがよく見ると狼でだった』」
お祓い師「『四足で駆ける狼に早々と追いつかれてしまったが、前もって買っていたおふだのおかげで助かった』っていっていた人がいたよな?」
お祓い師「駄菓子屋のばあさんの証言を思い出せよ」
お祓い師「あのばあさんは『俺の身の丈よりも大きく』、そして『二足でしっかりと立っていた』って言ってただろ?」
お祓い師「ほかの連中が遭遇した狼と、ばあさんが二度目に見たって言う巨大な狼は別物なんじゃねえかって思ってな」
狐神「あの駄菓子屋の老婆が嘘を付いている可能性は」
お祓い師「無いわけじゃないが、取りあえずは信じる方針でいく」
お祓い師「何よりあの話が本当なら今日が狼男を探すチャンスだ」
狐神「……なるほど、今宵は満月。あの老婆が狼男を見たというのも満月の夜であったか」
お祓い師「今晩が勝負だ。お前の力にかかっているからな」
狐神「ふむ、お任せあれじゃ。臭いの痕跡から大体の目星はつけてあるでの」
お祓い師「今後お前を雇用し続けるかの試験だと思えよ」
狐神「ほ、本気でやらねばならぬな……」
お祓い師「当然だ。あまりひとつの案件ばかりに時間を費やすわけにもいかないからな」
狐神「ま、まあ大船に乗ったつもりでおるがよい!」
お祓い師「……不安だな」
狐神「うるさいわい!」
お祓い師「まあ日が落ちるまでは少し時間があるな」
お祓い師「……あのばあさんの駄菓子屋で菓子でも買って時間をつぶすか?」
狐神「それが良い!よいと思うぞっ!」
*
狐神「ん~っ!美味いんじゃあ!」
お祓い師「東の菓子ではこの羊羹というのが一番好みだ。ゼリーとはまた違った食感でクセになる」
狐神「ゼリーとはなんじゃ?」
お祓い師「あー……、なんというか、こう。プルプルとしたものなんだけどな……」
お祓い師「甘いにこごりというか」
狐神「甘いにこごり、とな……」
狐神「食べてみたいんじゃが」
お祓い師「あー、この辺りじゃ見かけたことがないな」
お祓い師「もう少し西に行かないと無いかもしれん」
狐神「おぬしの話を聞いておると西へ行きたくなるのう」
お祓い師「まあ、いずれ行く機会もあるんじゃないか。俺だってずっとここにいるわけじゃないからな」
狐神「む……?そうなのか?」
お祓い師「まあな」
狐神「先日はなにゆえ狼男が東へ来たのか、という話をしたが。おぬしはどうなんじゃ?」
狐神「西の国の名門の生まれなんじゃろう?何をしにこんな東の辺境まで来たんじゃ」
狐神「両親を?」
お祓い師「ああ。うちの親父は家の名に恥じない、実力のある退魔師だった」
お祓い師「退魔師ってのは、こっちの地方で言うお祓い師や陰陽師と同じようなものだと思ってくれ」
お祓い師「親父はランクSという領域にまで到達した数少ない退魔師の一人だ」
お祓い師「俺の生まれの王国では名を知らぬ人はいないような退魔師で、俺なんかじゃ到底及ばない領域だった」
お祓い師「そんな親父がある日突然姿を消した。俺の机に極東の皇国に向かうことだけを書いた手紙を置いてな」
狐神「理由は告げず、か」
お祓い師「……ああ。ただあの親父だ。何か考えての行動だったんだろう」
お祓い師「必然的に俺が当主となったんだが、俺はそんなことよりもあの親父の向かった先のことが気になった」
お祓い師「そして遂に五年前、仲の良かった従兄弟に屋敷を譲って俺は旅に出た」
お祓い師「極東、ということしか分かっていなかったからな。まあ、探せども探せども親父は見つからずに今になった」
狐神「なるほどのう……」
お祓い師「いい加減親離れしろって思ったか?」
狐神「いいや、そんなことは思わん」
狐神「お父上、見つかるといいの」
お祓い師「まあ気長に探すさ。俺の修行の旅でもあるからな」
お祓い師「ただひとつ後悔していることといえば、屋敷はタダで譲らずに売って金にすれば良かった」
狐神「そうすればここまで金に汚い男にはならんかったじゃろうな」
狐神「それを知れただけでも旅に出てよかったんじゃないかのう?」
お祓い師「……ああ、ごもっともだ」
狐神「……さて、そうこう言っている内に日が傾いてきたの。そろそろ満月が顔を出す」
狐神「……ので、おぬしに頼みがある」
お祓い師「あ?何だよ」
狐神「わしに饅頭を買っておくれ」
お祓い師「断る!いま羊羹を食べたばっかりだろうが」
狐神「違うんじゃい!『供物』として寄越せということじゃ!」
お祓い師「供物……?」
狐神「おぬしから供物を貰えれば、ほんの少しの間力が使える。元の力には遠く及ばんが、目標を見つけるのに大いに役立つはずじゃ」
お祓い師「……なるほどな。ただひとつ聞いていいか」
狐神「なんじゃ」
お祓い師「その供物ってのは、さっきの羊羹で代用はできなかったのか?」
狐神「…………」
お祓い師「……オイ」
狐神「なんのことじゃろーなー?」
お祓い師「食い意地張ってんじゃねえぞ!このクソ狐!!」
*
???「ハァッ……。ハァッ……」
???「……この間みたいなヘマはしない……」
???「……そろそろ、か……」
狐神「窓の外から失礼するぞ」
???「なっ……!?」
狐神「ふむ、おぬしで間違いないようじゃな」
狐神「なに、怪しい物ではない。ちとこの部屋に入れてもらってもいいかの」
???「そ、それはできない……!」
狐神「なぜじゃ?」
???「い、いいから今すぐいなくなってくれ!」
狐神「それはできぬ」
???「ぐっ……!まずいっ……!」
???「うっ……!」
???「ぐおおおおっ……!!」
お祓い師「くっ……!お前は後ろに下がっていろ!」
お祓い師「くっ……!」
お祓い師(この感じは、同等かそれ以上のものだ……)
お祓い師(依頼書は書き直しだな……!こいつのランクは少なくともB2、いやB1は堅いか……!)
お祓い師「……お前が巷を騒がせていた狼男で間違いないな?」
???→狼男「…………」
狼男「だったらどうする……」
お祓い師「当然だが、退治させてもらう」
狼男「…………」
狐神「これこれ、待たんかい」
狐神「心配せぬとも、あやつはわしらに危害を加えん」
お祓い師「なに?」
狐神「あやつからは殺気が感じられん」
お祓い師「ま、まあ確かに……」
お祓い師「だが……」
狐神「まあ見ておれ」
狐神「自己紹介が遅れたの。わしらは物の怪の退治を生業にしている者じゃ」
狼男「物の怪退治を……」
お祓い師(いや、お前がそれを名乗るには早くないか)
お祓い師「おい」
狼男「……あんたも人外なのか?」
狐神「まあ人為らざる者、としてはおぬしと同じじゃな」
狐神「見たところ、おぬしはここ最近頻発している狼の事件とは無関係じゃな?」
お祓い師「なに……?」
狼男「ああ、そうだ。俺は人を襲ったりはしていない」
狐神「ま、じゃろうな」
お祓い師「おい、そう簡単に信じていいのか」
狐神「なに、わしにはすでに犯人の目星はついておる」
狐神「じゃからそやつが犯人じゃないとわかる」
お祓い師「……それは確信があるのか?」
狐神「うむ」
お祓い師「……そういうことは、早く言えっ!」
狐神「いたっ!いんじゃぁ……!」
お祓い師「……で、それじゃあこの目の前の狼男はなんなんだ」
狐神「それを今から聞くんじゃ」
狐神「のう、おぬし。おぬしはなにゆえ、西の地から遥々極東のこの地へ来たんじゃ?」
狼男「……それは」
狐神「逃げて、とは」
狼男「信じてもらえないと思うけど、俺はもともと人間だったんだ」
狐神「ふむ……」
お祓い師「……続けてくれ」
狼男「ああ」
狼男「……俺は西の王国の、小さな山間の村に住んでいた」
狼男「村人の数もそう多くなくてね。まあ全員知り合い、みたいなものだったよ」
狼男「特に面白いことは起きないけど、まあ特に困ったことも起きない。そんな日々が続いていたんだ」
狼男「だけどある日、村人の一人が狼にやられた。見つかった時には引き裂かれて、見るも無残な姿だったよ」
狼男「ただその二人目は体力に自信があって、プライドも高かった」
狼男「だからその人は、ただの狼じゃなくて狼男にやられたって嘘をついた」
狼男「狼男相手に多少怪我を負ったのは仕方がないってね」
狼男「その話を村人は信じた。そしてその日を境に狼男探しが始まった」
狼男「どこの神官かしらないけど、胡散臭い男を連れて来てね。誰が狼男か調べさせたんだけど」
狼男「まああんなのはデタラメでさ。自分が狼男にされないように、みんなはその神官に袖の下を握らせたのさ」
狐神「腐っておるのう……」
お祓い師「まあ世の中そんなことだらけさ」
狼男「で、結局何も出さなかった俺が狼男扱いさ。もちろん俺は否定した」
狼男「もちろん快諾したさ。俺は狼男なんかじゃなかったんだから」
狼男「……でも満月の夜。あろうことか、俺の姿はこの狼男の姿になった」
狼男「予め雇われていた退魔師から命からがら逃げてね」
狼男「狼男の伝承が浸透していない皇国までこうしてやって来た、というわけだ」
狼男「まあ来たら来たで、全く別件の狼の話題で街は騒がしいし、うっかり満月の夜に変身を老婆に見られちゃうしで散々だったけどさ」
狐神「なるほどのう。それは全くもってついてなかったの」
お祓い師「おいおい信じるのか?こんな突拍子もない話を」
狐神「あり得なくはないからのう」
狐神「こちらの地方では人の言葉、噂は大きな力を持っていると言われておっての」
狼男「そ、そんなことが……」
狐神「ま、現におぬしの身に起きたわけじゃしの」
狼男「た、たしかに……」
狐神「わしだって元をたどれば、老いた山の狐に人々の信仰心から力が宿ったものじゃからな」
狐神「で、おぬしはこやつをどうする?」
お祓い師「…………」
お祓い師「お前、ふだん飯はどうしてる」
狼男「そ、そこら辺の店で外食だが……」
お祓い師「人を喰ったりは?」
お祓い師「……わかった。お前のことは見なかったことにする」
狼男「い、いいのか!?」
お祓い師「俺だってむやみやたらと殺生したいわけじゃない。金になるなら話は別だが……」
狐神「こやつは特に問題がはないが……。退治せん代わりに、一つ手伝って貰うこととするかの」
狼男「手伝い……?」
狐神「うむ、今回の狼事件の真犯人をとっ捕まえるのに一役買ってもらいたいんじゃ」
お祓い師「はあ……?」
狼男「は、はあ……」
*
お祓い師「ここは、道具屋……?」
お祓い師「おい、犯人ってまさか……」
狐神「そういうことじゃ」
狐神「お、そろそろ来るようじゃ」
お祓い師「……!妖力を感じる……!」
お祓い師「……来たか!」
お祓い師(…………)
お祓い師(……なんだ、この違和感は……)
狐神「……今じゃ!狼男よ!」
狼男「グルオオオッッ!!!」
狼?『キャインッ!?』
???「うわああっ!?」
狐神「うむうむ、やはりか」
???「お前たちはっ……!」
???「くそっ!!」
狐神「追うのじゃっ!」
狼男「逃がすかっ……!」
お祓い師「あ、あいつはもっと早いな……」
狐神「当然じゃ。逃げている者も、あやつも、そしてわしも“獣”じゃ」
狐神「おぬしら人間よりはずっと早く走れるわい」
お祓い師「お前も?」
狐神「当たり前じゃ。山で数百年と生きたわしが、体力でおぬしに劣るわけがなかろう」
狐神「……まあ、いま逃げた“獣”は、わしらの中では一際のろまな事で有名じゃがのう」
狼男「捕まえた」
狐神「ふむ、ようやく出たな元凶め」
狼男「あ、さっきの狼の方はどこへ……」
狐神「あれは幻術じゃ」
狼男「幻術、だと……?」
狐神「そうじゃ。そしてそやつが元凶じゃ」
???→道具屋の男「くっ……!」
お祓い師「……ああ、なるほどな。やっとわかった」
お祓い師「おい、“元の姿”に戻らないと、祓うぞ……?」
道具屋の男「ひぃっ……!戻る!戻るからやめろっ!」
狼男「……た、狸になった」
狐神「狼騒動の犯人は化け狸ということじゃ」
道具屋の男→化け狸「ぐぐっ……」
狐神「得意の幻術で街の人々に狼を見せ、そこに自分が駆けつけてニセのおふだで祓ったふりをする」
狐神「そうして自分のおふだが狼に有効であると言い人々に売りさばいていた、といったところじゃろうな」
お祓い師「……ん?俺が初対面でこいつの気配を感じ取れなかったのはなぜだ」
狐神「人間への変化とは大して力を使うような技ではない。それでも僅かに妖力は滲みでるが、それを隠すための道具屋ということなんじゃろうな」
狐神「おふだは偽物じゃったが、店に並べてある道具の中には実際に力を宿しているものもあった」
狐神「そういった力に囲まれることで、自らの微量な妖力を感じさせないようにしていたんじゃろうな」
化け狸「ぐぐぐっ……」
お祓い師「全部図星、って顔だな」
お祓い師「……ま、観念して祓われろ」
化け狸「おっ、お助けをっ!」
お祓い師「……と言いたいところだが。まあ、それは勘弁してやろう」
狐神「……ふむ」
お祓い師「人を騙したとはいえ、人には危害を加えないような方法だったからな」
お祓い師「まあ祓うほどでもないだろう」
お祓い師「……そこでお前に提案がある」
化け狸「て、提案とは」
お祓い師「俺だって仕事でお前を追っていたからな。このまま見逃しては大赤字だ」
お祓い師「そこで、だ」
お祓い師「俺は今回の仕事を諦める代わりにその分の報酬をお前に払ってもらう。どうせ今回の件で儲けた金があるだろう」
化け狸「そ、それだけでいいんですか……?」
お祓い師「あとは、この街は出て別の場所で真っ当に商売しろ。変幻の術は一流みたいだからな。まあ、上手くやれるだろ」
化け狸「あ、ありがとうございますっ!」
お祓い師「礼はいいから早く金を寄越せ」
化け狸「はっ、はいっ!今すぐっ!」
狐神「…………」
狐神「……くすっ」
お祓い師「あ?なんだよ」
狐神「いや別に」
狐神「やはりおぬしは面白いのう」
お祓い師「はあ……?」
狐神「ま、とりあえず一件落着ということじゃな」
お祓い師「ま、まあ、そうだな……」
お祓い師(面白い、ってのはどういうことなんだよ……)
狼男「…………」
狼男「あの、いいですか」
お祓い師「あ?」
お祓い師(敬語……?)
狼男「──折り入ってお願いしたいことがあります」
*
狐神「で、あれから二週間で街を出ることになったわけじゃが」
お祓い師「この辺りでも親父の行方に関する情報は手に入らなかったからな」
お祓い師「そろそろ拠点は移し時だと思っていた」
狐神「ま、次の移動は快適に行けそうで何よりじゃが」
お祓い師「……まあな……」
狐神「この通り、幌付きの荷馬車を買ったからのう!」
狐神「まあまあ、“同行者も増えた”わけじゃし、馬だけではどうにもならなかったじゃろう」
狼男「な、なんか申し訳ないです」
お祓い師「……いや、ついて来てもいいって言ったのは俺だからな」
狐神「ふむ。こやつの同行の申し出を受けたこともそうじゃが、あの化け狸を見逃したことも意外じゃったのう」
お祓い師「……別に、それが適切な判断だと思ったからだ」
狐神「くすくすっ、どうかのう」
お祓い師「チッ!お前と会ってから人外に対する認識が少し変わっただけだ!」
狐神「うむうむ」
お祓い師「そのニヤニヤをやめろ!」
お祓い師「……その敬語やめてくれよ。歳は大して変らないだろ」
狼男「いえいえ。こんな自分に同行許可を出してくださったんですから、これは当然の態度です」
お祓い師「そ、そういうものか?」
狼男「ええ、道中の馬の手綱もお任せください」
お祓い師「……じゃ、じゃあ頼む」
お祓い師(使用人のいる家で育ったんだから、むしろこの感じが慣れているはずなんだがな)
お祓い師「……なんだかな」
狐神「しかしやはり意外じゃったのう」
お祓い師「何がだよ」
狐神「おぬしの同業者に見つかったら面倒なことにならんのか」
お祓い師「十中八九、面倒事になる気がするが……」
お祓い師「まああいつは人の姿の時には全く気を発していない」
お祓い師「それに、こっちの地方には式神という文化があるらしいじゃねえか。最悪ばれた時にはそうやって言い訳するさ」
狐神「なるほど、式神、かの……」
狐神「それにしても、おぬしは相変わらずのお人好しじゃの」
お祓い師「うるせえ」
狐神「ククッ、照れるでない」
お祓い師「あ?」
お祓い師「あー、少し南下するつもりだ」
お祓い師「最近、強力な物の怪の被害がかなり出ているらしいからな。聞きつけて親父が来ているかもしれない」
狐神「……ふむ」
狐神「して、そこの特産品は何かのう……!」
お祓い師「言うと思ったよ」
狼男「狐の姐さんは食べ物に目が無いですね」
狐神「当然じゃ!食べることこそが生きているということじゃ」
狼男「それは同意ですね」
お祓い師「お前もか」
狐神「ん、なんじゃ?」
狼男「あの夜、どうやって俺の場所を探しだすことが出来たんですか。まさか気配を察知できるまで虱潰しに……」
狐神「ああ、そのことかの」
お祓い師「そういえばそのことは俺も詳しくは聞いてなかったな」
お祓い師「お前の能力っていうのはなんなんだ」
狐神「では説明しておくかの」
狐神「わしの能力は、わしがわざわざあんな山奥に祀られておったことに関係しておる」
狐神「その昔、あの麓の村から隣の村に行くには、険しい峠を越えていかねばならなかった」
狐神「しかしその道の険しさ、森の深さから遭難する者が後を絶えなかった」
狐神「わしの力は『目的地にたどり着かせる力』じゃ。あの晩は、わしらの探す狼男の場所を目的地と設定して力を使ったのじゃ」
お祓い師「目的地にたどり着かせる力……?」
お祓い師「じゃあ俺の親父の場所にも行けるってことか!?」
狐神「……それができたら良いのじゃが、この通りわしの力は衰えに衰えておる」
狐神「おぬしに供物をもらっても、その効果の範囲はたかが知れている」
狐神「じゃからあの晩もある程度の調査の後に目星をつけた場所で力を使ったのじゃ」
狐神「とてもじゃないが、この広い世界のどこにいるのかわからぬ人物を探しだすことは不可能じゃ」
お祓い師「そ、そうか……」
狐神「力になれなくてすまんの……」
お祓い師「同行者もいて退屈しないしな」
狐神「……おぬし……」
狼男「旦那……」
お祓い師「……ああ、今のはナシだ。同行者なんて鬱陶しいだけだ」
お祓い師「特にお前はな!」
狐神「ふっふー、おぬしの本音はよーくわかったからの。ホレ、退屈しないようにわしと語らい合おうではないか」
お祓い師「うるせえ!急に調子にのるな!」
狐神「それともなんじゃ?わしに甘えたいのか?」
狐神「それならほれ、わしの膝枕で寝るとよい」
狐神「いたっ!?」
お祓い師「ったく……」
狼男「賑やかで楽しいじゃないですか」
お祓い師「場所交代するか?」
狼男「遠慮しておきますよ」
お祓い師「おい」
お祓い師「……はあ……」
お祓い師「ほんとに退屈しない旅になりそうだ……」
※潜在能力ではなく、その時点で判明している実力
B1 狼男
B2 お祓い師
B3
C1
C2
C3
D1
D2
D3 狐神 化け狸
以降もこうやって一章ずつ何かを解決したりしなかったりしながら進んでいきます。その度にランキングが埋まっていく感じですね。
次回《河童》編は今回よりは短めです。
《河童》
お祓い師「この面子で旅をはじめてはや一ヶ月」
お祓い師「地図通りならそろそろ人里が見えてもいい頃なんだが……」
狼男「川を目印に進んできましたが、もしかしたら川の流れそのものが変わっているのかもしれませんね」
狼男「この地図自体古いように見えますし」
お祓い師「それはあり得るな……」
お祓い師「それにここ数日大雨が続いていた。増水で普段は水がない所が河川のように見えている可能性もある」
お祓い師「幌馬車の中にずっといた奴が何を言っているんだ……」
狐神「いかに幌馬車といえども、あれほどの大雨は防げぬわ。中が雨漏れでびしゃびしゃで寝にくかったのは事実であろう」
お祓い師「まあ、そりゃな」
狼男「人里につけばちゃんとした所で寝れるでしょう。それまでの辛抱ですよ」
お祓い師「だな」
狐神「……ふむ、どうやらその人里、近いようじゃぞ」
お祓い師「お、そうか?」
狐神「かすかににおいが漂ってきておる」
狼男「もう一雨来る前になんとか着きたいですね」
*
お祓い師「で、村に着いたはいいが……」
狐神「なにやら不穏な空気じゃの」
狼男「ですね」
お祓い師「まあその辺の聞きこみは宿屋を取ってからにする。馬をとめることができる場所があるといいんだが」
狼男「見たところ宿屋らしき所は見当たらないですね。もう少し馬車を進めてみましょう」
狼男「しかしなんですかねこの空気。恐怖というか、警戒というか。そんな感情が村の人々の顔から伺えます」
狼男「西の出身ですから、こっちの物の怪、ってどんな種類がいるのか想像もつかないです」
お祓い師「俺も五年目だけど、まだまだ知らない奴らばかりだ」
お祓い師「東では文化の特徴上、神も物の怪も多種多様に生まれるようだからな」
狐神「ま、何が起きたかは村の人々に聞けばわかるじゃろう。それよりも宿屋はあの辺りで良いのではないかの」
お祓い師「お、馬屋もあるみたいだな。あそこにするか」
狼男「了解です」
狼男「どうどう……」
狼男「……よし、じゃあ行きますか」
お祓い師「っておい、狐神。帽子を被れ帽子を」
お祓い師「頼むから騒ぎの中心にだけはならないでくれよ……」
狐神「わかっておる。わしとて面倒事は嫌いじゃ」
お祓い師「だったらもう少し自覚を持って行動してくれ……」
狐神「まあ田舎なら人外に寛容な場所も多い。そこまで気を張らずとも平気じゃろう」
お祓い師「だが、いまこの村の状況。もしこれが人外のせいだったらそうもいかんだろう」
狐神「……わかったわい、この村では大人しくしておる」
お祓い師「この村で“も”、だろ?」
狐神「さてな」
お祓い師「てめえ……」
狼男「……ごめんくださーい」
宿屋の女将「あ、お客さんは何名様で」
お祓い師「三人だ。裏手の馬屋は使わせてもらっているが構わないか」
宿屋の女将「それは構わないよ。それじゃあ二部屋でいいかな」
お祓い師(出費は増えるばかりだな……。が、仕方がないか)
お祓い師「それで構わない」
宿屋の女将「お客さんは何のようでこんな小さな村に。旅の途中かい?」
お祓い師「いや、一応お祓いを生業にしている者でね。物の怪退治の仕事を探して回っているところだ」
宿屋の女将「お、お祓いだって!?」
宿屋の女将「だったら大歓迎だよ!そうだね、宿賃はタダでいいよ!」
狼男「タ、タダですか……?」
宿屋の女将「ああ、そうさ」
宿屋の女将「その代わりに、ここ最近村の周辺で被害が出ている一件の解決に協力して欲しい」
お祓い師「物の怪関連か?」
宿屋の女将「ああ。なに心配なさんな。報酬は別途で村のお金から出るようになっているからね」
狐神「役所、みたいなところで交付されるわけではないのかの」
お祓い師「小規模な村だと、ああいった公の機関の施設がない場合も多いからな。そういう時は個人契約が普通だ」
お祓い師「よしわかった。詳細の方を聞いてもいいか」
宿屋の女将「まあ何が出ているかっていうと、河童さ」
狐神「ほう、河童とな……」
宿屋の女将「ま、とりあえずは荷物を部屋において、それから村長のところを訪ねておくれよ」
宿屋の女将「一人一部屋にしたいところなんだけど、あいにく空きが二部屋しか無くてね。そこは勘弁してもらいたい」
お祓い師「いや、タダで二部屋も用意してもらえるだけありがたい」
宿屋の女将「そうかい。はいよ、これが部屋の鍵ね」
お祓い師「じゃあ部屋に荷物を置いたら、改めて村長のいる場所を聞きに来る」
宿屋の女将「まあ部屋で少し休んでからにするといいさ。旅で少しは疲れているだろう」
狐神「うむ、そうじゃな」
狼男「ではお言葉に甘えて……」
*
お祓い師「で、部屋分けだが」
お祓い師「俺と狼男が同室、お前は一人でいいな」
狼男「まあ、それが妥当なんですが……」
狐神「ま、待て待ておぬしよ。わしを一人にするのかの?」
お祓い師「まあそういうことだな」
狐神「おぬしも聞いておったじゃろう。この村はいま、物の怪の被害を受けておる」
お祓い師「何度も言っているが部屋は男女分けたほうがいいだろう」
狐神「今までも同室で寝てたのに何を今更……」
狼男「じゃ、じゃあ俺が一人で、お二人が同室というのは」
お祓い師「待て待て勝手に……」
狐神「ま、それが妥当じゃな」
お祓い師「おい、俺の意志は?」
狼男「ま、まあまあ」
狐神「うむ、問題なかろう」
お祓い師「……ああああっ……!何なんだよお前らは……!」
狐神「というわけでまた同室じゃな。よろしく頼むぞおぬしよ」
お祓い師「はあ……、平穏がほしい……」
*
お祓い師「女将の話によると村長の家はこの先のようだが……」
狼男「着く前に軽く聞いておきたいんですが、河童ってどんな物の怪なんですか?」
狐神「なんじゃ、おぬし知らんのか」
狼男「どうにもその辺には疎くて……」
お祓い師「俺ですら詳しくは知らないからしょうがねえんじゃないか」
狐神「なるほどのう、では軽く説明するかの」
狐神「人のような四肢があるが、あやつらは基本的に水中に潜んでおる」
狐神「体じゅうが緑色の鱗で覆われておって、指の間には水かきがあり、鳥のようなくちばしを持ち、頭の上には皿のようなものがある」
狐神「というのが一般的な外見じゃ」
狐神「好物はきゅうりと言われておるが、人や馬を水中に引きずり込んで、尻の穴から肝を取って食うとも言われておる」
狼男「し、尻の穴から……」
狐神「人と共存している個体もいると聞くが、今回はどうやら違うようじゃな」
狼男「なるほど」
お祓い師「……まあ何はともあれ、まずは村長に話を聞かないとな」
狼男「女将さんの言っていた村長さん宅はあれですかね」
お祓い師「よし、じゃあ行くか」
お祓い師「……あー、村長の家はここであっているか」
川辺の村の村長「あ、あなた方は……?」
狼男「宿屋の女将さんから河童退治のお話を聞いて来たものです」
川辺の村の村長「おお……、こんな田舎の村にお祓い師様が……!」
川辺の村の村長「どうぞどうぞ、お上がり下さいませ。いまお茶を出させますので」
狐神「えらい歓迎されおるのう」
お祓い師「それだけ困ってるってことだろうな」
狼男「ぜひとも解決したいですね」
狐神「うむ」
*
お祓い師「河童、について詳しく聞かせてもらいたい。場所とか、被害の様子、あとは個体数なんかもできれば知りたい」
川辺の村の村長「場所はこの村を出て東に少し行ったところで道と合流する川の岸周辺であります」
川辺の村の村長「近くを通った者が時おり、女子供関係なく水中に引きずり込まれることが多発しまして……」
川辺の村の村長「河童の噂を聞いたのか、行商人なども立ち寄ってくれなくなってしまい、村はご覧のとおりの寂れようであります……」
お祓い師「この村には祓いの心得がある人間はいないのか」
川辺の村の村長「いることにはいますが、相手の数が数で……」
狐神「四十、じゃと……!?」
お祓い師「……どうした?」
狐神「……な、何かの間違いでは……?」
川辺の村の村長「いえ、証言者は複数おりますので……」
お祓い師「……?」
お祓い師「まあ、いい」
お祓い師「河童退治の依頼、受けよう」
川辺の村の村長「ほ、本当でありますか……!」
お祓い師「河童を取り逃がしてしまった時のことも考えて、村人にはいかなる川辺にも近づかないように言っておいてくれ」
川辺の村の村長「え、ええ、そうさせていただきます……!」
*
狐神「…………」
お祓い師「……どうした。たしかに四十という数は多いが、そこまで驚くほどのことなのか」
狐神「……おかしいではないか……」
お祓い師「おかしい、だと?」
狐神「うむ……」
狼男「……!お二人とも……!」
狐神「……!」
河童A「なんだ貴様らは」
河童B「……村に依頼されたお祓い師か。茶色の髪をした男からは奴ら特有の嫌な気配がする」
河童B「そっちのでかい男は人間か……?いや、だが微かに獣の臭いがする……」
河童C「そして、その後ろの女は……。ほう、神か……!貴様ら式神の関係か」
お祓い師「残念ながら式神の契約などはしていない。訳ありの同行だ」
お祓い師「あとはお前たちの予想通り、村に頼まれてお前たちを退治しに来た」
河童A「この数を相手にか……?」
お祓い師「問題ない」
狐神「ま、待っておくれ……!」
お祓い師「どうした」
狐神「お、おぬしら一体どういうことじゃ……!」
狐神「なぜ同じ物の怪がここまで沢山おるのじゃ……!」
狐神「物の怪とは人の恐怖の具現……、それがここまで大量に現れるということは一体どういうことじゃ……!」
河童A「狐の姉さん、あんた何か勘違いしているな」
狐神「なんじゃと……!?」
河童A「俺たちは、河童というれっきとした“一つの種”だ。ここの全員が人の心から生み出されたものじゃない」
お祓い師「種、だと……?それだと狐神から聞いた話とは大分違ってくるが」
河童A「しかし今の我らはその子孫であり、種族の末裔だ」
狐神「あ、あり得ん……!物の怪が種族となる、じゃと……!?」
狐神「それでは、わしら神や、おぬしら物の怪の存在の定義が……!」
河童B「やっぱりあんた勘違いしているな」
河童B「あんたが言いたいのはこういうことだろう」
河童B「『人の恐怖心から産まれるはずの物の怪が、その力なく、種として繁殖していけるはずがない』ってな」
河童B「それが大きな勘違いだ。まず、物の怪には人の恐怖心から産まれた者と、元来から種族として存在するものの二種類がいる」
河童B「そして、たとえ前者であっても一つの種族として繁栄し得る」
河童B「確かに人の恐怖心は俺たち人外を産み出し、そして俺たちの大きな力の源になる」
狐神「なん、じゃと……」
お祓い師「…………」
河童B「要は、俺たち人外は“心”が存在の源だ」
河童B「この世で一番自分にとって大事な心は何だ。──それは自分自身の心だ」
河童B「食欲、性欲、睡眠欲……、生きたいという欲求は自分自身のためにある。これは他人に任せるものではない」
河童B「あんた、見たところかなり力が衰えているようだが、それはあんた自身のせいだ」
狐神「……!」
河童B「一度大きくなった“器”は、決してそこから小さくなることはない。つまりは力が衰えるというのは、その中身が減っているというこになる」
河童B「最近は人々の信仰というのも減り、神々の数が減少していると聞くが、そんなことはあんたら自身でどうにかすれば解決することなのだ」
河童C「しかし貴様ら神というのは情けない」
河童C「人に頼られなくなった瞬間、自分たちの存在意義がわからなくなってしまうのだ」
河童C「その点、俺たち物の怪とは良く出来ている。人間に恐れられなくなったら、再び恐怖に陥れてやればいい」
河童C「仮に人間に完全に忘れられようとも、俺たちは人間の心とやらに擦り寄って生きてきたわけではない」
河童C「その時は自分たちの意志で生きていくだけだ」
河童C「これが近年、神々が物の怪よりも遥かに速く衰退していっている理由だ」
狐神「な…………」
河童C「信仰というものに頼り、自分の意志を持たぬ空っぽの存在」
河童C「それがお前たち神というものだ」
河童A「存在意義を他人に委ねるなど、それは生きているというのか」
狐神「やめておくれっ……!」
河童B「本当にお前は生きているのか?お前は誰だ?なぜここにいる?」
狐神「っ……」
お祓い師「狐神……」
河童A「己の存在を疑い、絶望したか。本当に神とは情けのないものだ」
河童A「まあ、神とはその特性上、どうしようもないほどに“手遅れ”であることが殆どだがな……」
お祓い師「……おい」
河童A「なんだ人間よ」
河童A「それが?」
お祓い師「村人を襲ったのはなぜだ。お前たちはそんなことをしなくても生きていけるんだろう」
河童A「なんだ、そんなことか」
河童A「簡単だ、これは報復だ」
お祓い師「報復……?」
河童A「そうだ。少し前の話だが、俺たちの仲間がとある人間に大量に虐殺された」
河童A「俺たちはその報復をしているに過ぎない」
お祓い師「その人間というのはどうなった」
河童A「知らんな。少なくとも俺たちはあの日以降姿を見ていない」
河童A「それは貴様らと同じだ」
お祓い師「……どういうことだ」
河童A「貴様らは村の依頼で俺たち河童を祓いに来たのだろう?そこに俺たち個人の区別はあるか?」
河童A「そうではないよな。村人を襲った河童という集団そのものを祓いに来たのだ」
河童A「俺たちも同じように、俺たちの仲間を殺した人間という集団を殺しているに過ぎない」
お祓い師「……そうか」
河童A「理にかなっているだろう?」
お祓い師「ああ、特に反論はない」
お祓い師(これは話し合いで解決することではない、か……)
狼男「なんでしょうか、旦那」
お祓い師「お前は満月じゃなくても変身できるよな」
狼男「……ええ、満月の夜には変身への強制力があるというだけですから」
お祓い師「だよな。じゃあやるぞ」
狼男「……旦那の命令なら」
お祓い師「いくぞ……!」
お祓い師『滅却!』
河童B「……!炎か……!」
河童B「どうやら俺たちとは相性が悪かったようだな人間」
お祓い師「──燃えろっ!!」
河童B「こ、この威力は……!?避けられんっ……!!」
河童B「ぐあああああああっ!!!」
河童C「貴様っ……!」
河童D「我々が相手だ!!」
狼男「旦那の手を煩わせるまでもない……!」
狼男「ハァァッ!!」
河童C「な……!」
河童D「に、二体一気に貫かれ……」
河童A「ここは引くとしよう」
お祓い師(川の中に……!)
狼男「逃がすか……!」
お祓い師「いや待てっ!不用心に川によるな!」
河童A「シャァァッ!!」
狼男「なっ……!?」
狼男(力も速度も、さっきまでの奴らとは段違い……!)
お祓い師「あいつらは川に住む物の怪……。川の中にいればその恩恵を受けて力が増すんだろう……!」
お祓い師「それがまだ何十体といるんだ。油断をするなよ……」
河童E「シャァァァッ!」
狼男「くっ……!」
お祓い師「どいてろ!」
お祓い師『滅却!!』
河童E「おおっと……!」
お祓い師「チッ!川の中に……!」
河童E「ここは俺たちの本陣だ。少なくともお前たちに攻めの手はない」
お祓い師「川から引きずり出す他はないか……」
狼男「……任せて下さい。俺がなんとかしてみせます」
河童E「馬鹿め、自ら川へ来たか!」
河童D「袋叩きにしてやる!」
狼男「グッ……!」
狼男「オオオオオオッ!!!」
河童D「なっ、馬鹿なっ!川の中の俺たちに対してそれほどの力を……!」
河童E「だ、だが残念だったな……!やはり川に守られた俺たちの身体を貫く事は出来んようだ」
河童E「せいぜいこうやって川辺に殴り飛ばすのが限界……」
お祓い師「…………」
河童E「……あ」
河童D・河童E「「ぐあああああああっ!!!」」
河童F「き、貴様ァ~!」
河童G「死ねぇっ!!」
狼男「……!」
河童F「がっ……!」
河童G「は、離せっ……!」
お祓い師「よし、そのまま陸地へ投げろ!」
狼男「フンッ!」
お祓い師『滅却!!』
お祓い師(……まあおそらくは、文字に起こしたら馬鹿みたいな光景なんだろうな)
お祓い師(あいつが投げて、俺が燃やす。流れ作業のように、淡々とな)
お祓い師「……どうした。終わりか」
河童A「……ふん、やるな」
狼男「次はお前だ」
狼男「ハァッ!!」
河童A「シャァッ!!」
狼男「……!」
狼男(やはりこいつは他の個体より頭抜けて力が強い……!)
狼男(なんにせよ、なんとか陸地に誘き出さないと分が悪い……!)
河童A「ほらほらどうした。ぼうっとしているならば貴様の肝を抜き取ってやるぞ」
お祓い師(あの余裕から察するに、あいつはまだなにか隠している)
お祓い師(挑発に乗って誘い込まれては向こうの思う壺だ……)
お祓い師「狼男、一旦離れろ!俺がそいつに炎を浴びせてやる!」
狼男「川の中のこいつに炎はおそらく効果がありません!」
狼男(それよりは……!)
河童A「では、こちらからいかせてもらおうか……!」
狼男「……!」
狼男「オオオッ!」
河童A「何っ……!?」
河童A「くっ……!突進の勢いを利用して投げた、か……!」
狼男(陸地に投げた隙に間一髪入れずに追撃する!)
狼男「オオオオッ!」
河童A「まずいっ……!」
河童A「────“なんて言うとでも思ったか”」
狼男「……!?」
河童A「まずは狼よ、貴様から死ねェッ!!」
お祓い師『滅却!!!』
河童A「……!」
河童A「おっと、危ないではないか……。危うく燃えるところだった」
狼男(助かった……)
狼男(しかし、こいつの力の法則がわからない……。川の中だけで力が増すわけではないのか……?)
河童A「ぼうっとするなよ狼」
狼男「くっ……!」
河童A「我々はまだまだ控えが残っている」
河童A「行け」
河童I「ブチ殺す!!」
狼男「くそっ……!」
お祓い師「おい狼男!一旦ここまで下がってこい!」
狼男「は、はいっ……!」
河童H「……!」
河童I「チッ……」
お祓い師「…………」
狼男「と、止まった……?」
お祓い師「……よし、やはりな……」
河童A「ほう気がついたか、人間」
お祓い師「……ああ」
狼男「旦那……?」
お祓い師「お前たちの力は河川の場所自体に影響されるのとは違う……」
お祓い師「いや、半分はそれであっているのか」
狼男「……と言いますと?」
お祓い師「正確には、今ある河川がお前たちに力を与えるわけではないということだろう」
河童A「……その通りだ」
お祓い師「おそらくはお前たちは、長く住み着いた川の場所からこそ力を得ることが出来る」
お祓い師「つまり、大昔からずっと河童が住み着いていた場所こそが自然結界と化す」
お祓い師「言い換えるなら、あいつらがいま立っている場所はその昔は川だったということだ」
お祓い師「おそらく、来る途中にあった水門が出来たせいで流れが変わったんだろうな」
お祓い師「今現在、水が流れているかどうかは問題では無いということだろうな」
狼男「な、なるほど」
河童A「……完璧だ、人間」
河童A「この辺りの川の流れがこうなったのは、人間が水門を作った数年前からのこと……」
河童A「だがそんなものによって川の流れが変えられようとも、我々一族にとっての力の流れはそう簡単には変わらん」
河童A「数百年もの間我々の先祖が住み続けた場所こそが我らの力の源となるのだ……!」
狼男「では、どうすれば……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……俺に案がある、耳を貸せ」
狼男「……そ、それはあまりにも……!」
お祓い師「リスクはあるがやるしかねえ」
狼男「……わ、わかりました」
河童A「ふん、相談は終わりか」
お祓い師「相談している間も襲ってこないってことは、とりあえずここは安全地帯ってことでいいんだよな」
河童A「…………」
狐神「う、うむ……」
お祓い師「ま、俺たちはその安全地帯を出るわけだが」
お祓い師「行くぞ!」
狼男「はい!」
河童A「……!自分たちから川の中に飛び込んだ、だと……!?」
河童H「ど、どうする……!」
河童A「……向こうにも策があるようだが、川の中では我々が有利であることには変わらん!」
河童A「奴らがなにかやらかす前に追いついて仕留めるぞ!」
お祓い師「やばいやばい追いつかれる……!」
狼男「わかってます!」
河童I「待て人間ッ!!」
お祓い師『……め、滅却!』
河童H「そんなもの、潜れば当たらん!」
お祓い師(くそっ、泳ぎで河童に勝てるけがないからな……!)
お祓い師(急いでくれ狼男……!)
河童I「はははっ、もう追いつくぞ!」
お祓い師「ああああっ!まだかっ!?」
狼男「旦那ァ!準備完了です!!」
河童I「な、なんだァ……?」
河童A(狼の方が先に陸地に……?)
河童A(……あそこにあるのは、まさか……!)
河童A「マズイっ……!!」
狼男「水門、開けますよ!」
河童A「お前たち今すぐ戻れっ!!」
狼男「遅い!」
お祓い師「よーし、やっちまえ!!」
*
お祓い師「い、生きてる……」
お祓い師(幼少期によく川に泳ぎに行ってた経験がここで活きるとは……)
お祓い師(いかに河童といえど、目の前で水門が開けば逃げることはできなかったか……)
お祓い師(そして、運よくこの場所にきてくれたか……)
お祓い師(……いや、違うな。これは狐神のお陰か?)
お祓い師「なあ、皇国には『河童の川流れ』ということわざがあるそうだが……」
お祓い師「……いや、意味としてはそういうことじゃないんだったか……」
河童A「……貴様、何がしたい」
河童A「水門を開け、その勢いで我々を下流まで流して来ただけ」
河童A「それに乗じて逃げるならまだわかるが、貴様も一緒にこうして流れてきている」
お祓い師「…………」
河童A「今だって浅瀬とはいえ川の中にいる」
河童A「貴様の劣勢には変わりない」
お祓い師「……川の中、ね」
お祓い師「……“それはどうかな”」
河童I「こ、これは……!」
河童A「……水の中に、花……!?」
河童A「……ま、まさか!」
お祓い師「そう、ここはここ数日の豪雨で増水した場所だ」
河童A「……!」
お祓い師「来る時は、道という道が水没してて大変だったんだぜ?」
お祓い師「こういう形で助けられるとは思わなかったけどな」
お祓い師「なあ、お前たちは長い年月をかけて住み着いた場所でこそ力を発揮するんだろ?」
河童A「くっ……!」
河童A「お前たち、一旦逃げろォ!!」
お祓い師「……逃さねえ。まとめて焼かれろ」
*
河童A「負けた、か……。見事な実力だった……」
お祓い師(……さすがに辛かったがな)
河童A「しかし人間とは恐ろしい……」
河童A「貴様らは、己の意志のみを持って力を身に付けてゆく者が少なくない……」
河童A「中には大妖怪にも勝る力を、修練と己の意志のみを以って宿している武人もいるというからな……」
河童A「……しかし、お前は何か……」
河童A「……いや、よそうか……」
河童A「……では、願わくは閻魔の元で……」
河童A「…………」
お祓い師「…………」
狼男「……終わりましたね」
お祓い師「ああ……」
狼男「さすが旦那、名家のお祓い師というのは伊達ではないですね」
お祓い師(ばかいえ、お前のほうがよっぽど強かっただろうが……)
狐神「…………」
お祓い師「おい」
狐神「……なんじゃ」
お祓い師「さっきの河童に言われたことを気にしているのか」
狐神「……そう、じゃな」
狐神「あやつの言っていることは正しいのじゃろう。わしら人外は“心”を糧に生きる者」
狐神「たかが人間風情に忘れ去られた程度で、満足に力も振るえなくなったわしの心の弱さよ」
狐神「わしはわし自身の意志で生きようとしていなかったんじゃな」
狐神「あやつらの言うとおり、それは生きていないのと同じことじゃ……」
狐神「わしは一体、何者なんじゃろうな……」
お祓い師「……はぁーっ、そんなくだらないことで一々悩むな」
狐神「くだら……、ないじゃと……?」
狐神「おぬしにはわからんじゃろうな!わしは数百もの年月を、人に頼られ、人に感謝されることを喜びに生きてきた!」
狐神「それがいつのまにやら忘れられ、生きがいを無くしてしまった……!」
狐神「この事がどんなに……!」
お祓い師「だから自分が何者か、なんて悩みはくだらないって言ってんだよ。思春期の俺かよ」
お祓い師「そんな悩み、俺たち人間でも抱くことはあるさ。でも結局結論なんか出ない」
お祓い師「結局言えることは、俺は俺で、お前はお前だってことだだ。その存在意義なんて一々考えねえよ」
狐神「じゃが、わしら神は、おぬしら人間とは違う……!」
お祓い師「こんなこと思えるようになったのは、お前らと出会ってからだけどな……」
狐神「…………」
狼男「…………」
お祓い師「それにお前自身に生きる意志がないだと?そんな訳があるか」
お祓い師「人の飯まで横から取っていくような食欲魔が何を言う」
狐神「なっ……!そ、そんなことはいま関係なかろう!」
お祓い師「関係なくないんだな、これが」
お祓い師「生きるってのは自分の欲求を満たすってことだ。お前みたいな食欲魔が生きていないなんて冗談が過ぎる」
お祓い師「人の飯取って『これは自分の意志じゃありません』って、言い訳にしては苦しすぎるぞ」
狐神「……なんかそれっぽいことを言って、言いくるめられた気がするのう」
お祓い師「その場しのぎに適当なこと言っただけだからな」
狐神「おぬしなあ……!」
狐神「……まあ、少しは気が楽になたかのう……」
お祓い師「……それでいいんだよ」
狐神「……うむ、そうか」
狐神(……じゃが、それでもまだわしは……)
お祓い師「……あと、お前」
狐神「うむ?」
狐神「……さて」
お祓い師「あんなに綺麗に狙った場所、増水して沈んだ河原に着くかってんだよ」
お祓い師「少し顔色が悪い。供物とやら無しで力を使うのは、今のお前には辛いんだろう。無理をするな」
狐神「……うむ、そうじゃな……。心配してくれてありがとうのう」
お祓い師「ああ……」
お祓い師「…………」
お祓い師(……最期に河童が言っていた『手遅れ』とはどういう意味だ)
お祓い師(そして死に様に俺に何かを言いかけた。あれは一体何だったんだ……)
*
狼男「それでは村の方に戻りますか」
お祓い師「そうするか」
狐神「……うむ」
???「ちょっと待ちな」
お祓い師「……誰だ」
???「そうだな、一応名乗ろうか」
辻斬り「ククッ、おたくらなかなか面白い雰囲気をしているねえ」
辻斬り「……ちょっと斬らせちゃもらえないかな」
お祓い師「はいそうですか、と首を縦に振るとでも思うのか」
辻斬り「まあ、おたくらの意志は関係ない。俺は面白そうだから斬る、それだけさ」
お祓い師「……狂人め」
辻斬り「なんとでも言えばいいさ」
お祓い師「…………」
お祓い師「……おい、一ついいか」
辻斬り「なんだ」
辻斬り「……ああ、そんなこともあったねえ」
お祓い師「それは、なぜだ」
辻斬り「面白そうだったから、だ。まあ、結果は大して面白くもなかったけどね」
お祓い師「それだけの理由でか?」
辻斬り「おたくらの行動原理は知らんが、俺にとってはそれが全てさ」
辻斬り「それに人外などいくら死のうと人間様にとってはどうでもいいかとだろう?」
狐神「な……」
辻斬り「……楽しいか、楽しくないか」
辻斬り「人間の一生など短い。その間をなるべく楽しく生きようとしているに過ぎない」
お祓い師(……滲み出ているこの気配。……こいつは格が違う相手だ)
お祓い師(何とかして逃げないとやられる……)
狼男「(俺が引きつけておきますので、その隙に何とか逃げてください)」
お祓い師「(お前はどうするつもりだ)」
狼男「(西から遥々逃げてきた身ですよ。逃げるのは得意です)」
お祓い師「(だが……!)」
辻斬り「……いくぞ」
狼男「下がっててください!」
お祓い師「くっ……!」
狼男「グオオオッ!!」
辻斬り「なるほど、良い力を持っていねえ……!」
狼男(こいつっ……!強い……!)
辻斬り「──ああ斬り甲斐がある!」
狼男「グッ!?」
辻斬り「……よく避けた」
狼男「ゼェ……、ハァ……」
狼男(まずい……。ここまで実力に開きがあるとは……)
狼男(河童とやり合った直後でいつもよりも力が出ていないのも実感できる……)
辻斬り「では、これはどうかな!」
狼男「っ……!」
狼男「グオオッ!!」
お祓い師「狼男っ!」
狼男「す、すいません……。力及ばずです……」
お祓い師「喋るな、傷に障るぞ」
辻斬り「まあこんなものか」
辻斬り「さて、次はそこの女にする。微かにだが人外の気配がするからね」
お祓い師「ま、待て!」
お祓い師「やめろっ!!」
辻斬り「邪魔をするなよ……!」
お祓い師「ぐあっ!」
辻斬り「……人間には興味が無いんだよ」
お祓い師「ぐ……」
辻斬り「さあ行くぞ女ァ!」
辻斬り「せあっ!」
狐神「……!」
狐神「くっ……!」
お祓い師「なっ……!」
辻斬り「避けた、か……」
お祓い師(どういうことだ……!?)
狐神「あ、当たり前じゃ……!わしは獣。おぬしら人の子の動きなど止まって見えるわい……!」
狐神「……おぬしの刀は、わしには届かん……」
辻斬り「ほお、面白いっ……!」
辻斬り「ハッ!ぜああっ!」
狐神「くっ……!」
狐神(こやつ……!)
辻斬り「これをも避けるか、面白い……」
辻斬り「だが、少し違和感があるな。見てから避けたというよりは、前もって知っていたかのような……」
狐神「…………」
狐神(もう見破られたか……)
お祓い師(……そうか!狐神は『目的地に導く力』を使って、“自身が助かるための場所”へ斬撃の直前に移動しているのか……!)
辻斬り「ふん、どんな力を使っているのかわからないが面白い」
辻斬り「そこの男、少しでも介入する素振りを見せたら本気でこの女を斬る」
辻斬り「俺はもう少し楽しみたいから手出しをするなよ」
お祓い師「てめえっ……!」
辻斬り「ぜああっ!」
狐神「くうっ……!」
辻斬り「ククッ、まだまだ行くぞ」
辻斬り「せあっ!」
狐神「っ……!」
狐神「はあっ……、はあっ……!」
辻斬り「……ううむ」
辻斬り「おたくの能力は面白いが、どうも力が弱々しいね。ここまで力のない人外も久々に見た」
狐神(元々力が全快していない身で連続使用すればこうなるのも道理じゃ……)
辻斬り「面白いだけに残念だ。能力も体力も底をつきかけているようだか、そろそろ終いだ」
狐神「…………!!」
狐神(やっと“見えた”っ……!)
狐神「狼男よっ!わしら二人を抱いて谷底へ飛び降りるんじゃ!!」
お祓い師「なっ……!」
狼男「……!」
狼男「オオオオオオッ!!」
辻斬り「なに……!?」
辻斬り「…………」
辻斬り「走っても追いつけない、か……」
辻斬り「仕方がない、又の機会に殺すとしようか……。人外だけは、殺さなくちゃならないからな……」
*
狐神「はあっ……、はあっ……。すまぬな、怪我を負っている中無理をさせてしまって」
狼男「問題、無いです……。何とか助かりましたから……」
狐神「最後の最後に『わしら三人が助かる道筋』が見えていなかったらやられていたのう……」
お祓い師「お前、あんなに無理して力を使って……」
狐神「あの状況では仕方がなかろう」
狐神「あやつから逃げるための道筋が中々見えなくてな。力不足じゃな……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……まあ、今回は力のおかげで助かった」
お祓い師「あいつが追ってこないとも限らない。早く村の方へ戻ろう」
狼男「その方がいいですね」
狐神「……うむ……」
狐神「なあおぬしよ」
お祓い師「なんだよ」
狐神「……おぬしにとってわしとは何者じゃ。おぬしにとってもわしは“ただの神”なのかの……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……お前が何かと言うならば……。まあ、やかましい同行者ってところだな」
お祓い師「それ以上でもそれ以下でもねえよ。俺にとっちゃお前は神サマなんかじゃないさ」
狐神「あ……」
狐神「……ふふっ、おぬしはぶっきらぼうなようで、本当にお人好しじゃな」
お祓い師「あ?そういうのじゃねえよ」
狐神「ありがとうの。少しは楽になった」
お祓い師「……チッ、早く戻るって言ってんだろ。行くぞ」
狐神「うむ、わかっておる」
*
川辺の村の村長「で、では河童は退治していただけた、ということでありますか……!」
お祓い師「ああ、予定通り報酬を支払ってもらう」
川辺の村の村長「ええ、ええ、こちらにありますとも」
お祓い師「……確かに頂戴した」
川辺の村の村長「今日はもう日が暮れます。宿で一晩休まれてから村を発つと良いでしょう」
狼男「そうさせてもらいます」
狐神「わ、わしか?……ううむ、美味いものなら何でも好むが、特に油揚げが好きじゃの」
狼男「あぶらあげ、ですか……」
狼男「村長さんお聞きしたいのですが、この村で美味しいあぶらあげを出していただけるお店はありますか?」
川辺の村の村長「油揚げ、ですか。それなら坂を下ったところの角の豆腐屋で出している油揚げが絶品でありますよ」
川辺の村の村長「店内で鍋として召し上がることが出来ますので、ぜひ行かれてはいかがかと」
狼男「そうですか、ありがとうございます」
狼男「今晩は依頼達成の祝賀会としてそこで食事をしましょう」
お祓い師「だな」
狐神「……気を使わせてしまっているようですまんの」
お祓い師「まあ確かにこいつなら、飯をあげればすぐに元気になるな」
狐神「どういう意味じゃ」
お祓い師「そのままの意味だ」
狐神「おぬし、わしのことを単純馬鹿とでも思っておるじゃろう……?」
お祓い師「間違いないな」
狼男「ま、まあまあ……」
狐神「おぬしっ!そこになおれいっ!!」
お祓い師「おやおや、お嬢さんは飯をやらんでも元気なようですねえ。今晩は疲れたしこのまま帰って寝るか」
狐神「それだけは勘弁じゃっ!!」
*
お祓い師「清酒をたらふく飲んで酔いつぶれやがって……」
狼男「勢い良かった割には弱かったですね」
狐神「むにゃ……」
狼男「重かったら自分が背負いますよ」
お祓い師「ばか、聞かれてたら殺されてるぞ」
お祓い師「それに平気だ。宿はすぐそこだろ」
お祓い師「……お前はもう少し真面目なやつだと思っていたんだが」
狼男「男児たるもの女体には正直に反応すべきです」
お祓い師「あのなあ……」
狼男「実際のところは」
お祓い師「……役得だ」
狼男「でしょう?」
お祓い師「まあな」
狐神「すやすや……」
狼男「さて、着きましたね」
狼男「明日の出発はいつにしますか」
お祓い師「まあこいつが起き次第だろ。朝食をどこかでとってから出発する」
お祓い師「そういえば怪我の具合はどうなんだ。あの時は深くはないと言っていたが」
狼男「この体になってから怪我の治りは異様に早くて、もうほとんど塞がってますね」
お祓い師「そうか、まあ無理だけはするなよ」
狼男「わかってます。ではまた明日」
お祓い師「おう、ゆっくり休め」
お祓い師(……で、こいつを寝かせてやんねえとな)
狐神「……すうすう……」
お祓い師「こいつの帽子を取る係みたいになってんな」
お祓い師「たっく、よっぽど歳上のくせにガキみたいなことで悩みやがって。よくこんな奴が数百年も生きてこられたもんだな」
お祓い師「…………」
お祓い師(……こいつは俺が死んだ後もまた数百年と生きていくんだろう)
お祓い師(ただしそのためには俺の身体に刻んだ依り代の印を他に移すか、こいつ自身が自力で力を得られるようになるしか無い)
お祓い師(どちらにせよ別れは早く訪れる。俺がこいつの依り代としていられるだけの力がある内にどうにかしなきゃならない)
お祓い師(そうしないとお前は、俺と一緒に死ぬことになってしまうぞ)
お祓い師(お前はそんなことを望んでいないはずだ。神にとって、あと五十年程度の寿命というのはあまりに短すぎるだろう)
お祓い師(お前は早く俺の手元から離れなければならないんだ)
お祓い師「……だからお前はそれまでに自分を見つけられるようになってくれ」
お祓い師「…………」
お祓い師(……馬鹿みてえだな。もう寝るか)
狐神「……待って……」
お祓い師「……お前、起きて……」
お祓い師「……いや、寝ぼけているだけか……」
狐神「……待っておくれ……。一人にしないでおくれ……」
狐神「……村のみなよ、昔のようにわしを頼ってくれぬのか……」
狐神「……わしの名を呼んでおくれ……」
お祓い師「…………」
お祓い師「はあ……、おい狐神」
お祓い師「少なくともお前が力を取り戻すまでは一緒にいるし、名前だっていくらだって呼んでやる」
お祓い師「だから俺や狼男がいる間だけでも安心して寝ろよ。朝起きたら急にいなくなっていたなんてことは絶対にない」
お祓い師「黙って出て行かれる辛さは、俺にはわかるからな……」
*
狼男「旦那は寝不足気味ですか」
お祓い師「ああ、ちょっと寝付きが悪くてな」
狐神「わしは酒を入れ始めた頃からの記憶が無い……」
狐神「頭がガンガンしよる……。二日酔いじゃあ……」
お祓い師「大して強くないのに調子に乗って飲むからだ」
狐神「わしが弱いんではない。おぬしらが強すぎるんじゃ……!」
狼男「二日酔いに効くという漢方を女将さんからもらってきましたよ」
狐神「い、いただこう……」
お祓い師「ったく、その調子じゃ馬車なんか乗れないな」
狼男「出発を遅らせるしか無いでしょうね」
狐神「す、すまぬ……」
お祓い師「……まあいい」
お祓い師「ゆっくりと行こう。時間はまだあるさ」
狐神「む……?」
お祓い師「なんでもねえよ」
狼男「あ、そういえば次はどこに向かうんですか」
お祓い師「ああ、もう少し南下するが、地図でいうこの辺で西の方に行く」
狼男「……と、いうと目的地はここですか。何か有名な場所なんですか」
お祓い師「ああ」
お祓い師「──皇国一に西の移民が多い街、『西人街』だ」
A3
B1 狼男
B2 お祓い師
B3
C1
C2
C3 河童
D1
D2 狐神
D3 化け狸
>>1 狐神が微弱ながら供物なしに力を使えるようになったため1ランク上昇。
狐神はメンタル弱めのおねえさんです。有能な時は有能ですが、無能な時はとことん無能です。
次章は《魔女》編です。更新が少し遅れるかもしれません。遅れないかもしれません。
更新が滞っていても、一定数レスが溜まったら返すことはします。
それではまた。
──とある手紙──
『二人とも元気にしていますか。私は元気です。最近はあまり天気がすぐれませんね。』
『そろそろ感謝祭の季節ですね。本来ならば私も参加したいのですが、そうもいかないことが残念でなりません。』
『いつか、また昔みたいにみんなでお祭りをめぐりたいです。』
『そんな日が来るまで、大きな怪我や病気がないように気をつけて過ごすつもりです。』
『二人も体調管理には気をつけて。それではまた。』
・
・
・
*
狼男「……なんか俺たち迷ってません?」
お祓い師「地図が少し古かったか……。完全に現在位置を見失ったな」
狐神「わしの力も目的地が遠すぎるせいか上手く働かぬ」
お祓い師「この深い森の中で一夜を過ごすのは危険だ」
お祓い師「最悪目的地が遠ざかってもいいから、この付近で人が住んでいるところがないか探してくれないか」
狐神「そうじゃな、その方が良いじゃろう」
狐神「…………」
狐神「……ふう。どうやら少し距離があるようじゃが向こうの方角に行けばよい」
狼男「方角的には西ですから目的地から遠ざかることはないですね」
お祓い師「よし、じゃあ馬を歩かせてくれ」
狼男「了解しました」
狐神「ふう、わしは今ので少し疲れた……。荷馬車の中で寝ても良いかの……」
お祓い師「荷馬車の中で寝ているのはいつも通りだろうが。今更気にするな」
狐神「い、言い方に棘があるのう……」
狐神「じゃが、まあそう言うなら遠慮なく寝させてもらう」
狐神「それぐらいは当然の仕事じゃ。そのためにもきちんと寝ることにするわい」
お祓い師「おうおう、ゆっくり寝てくれ」
狐神「……すう……」
お祓い師「相変わらず早いな……」
狼男「ですねえ。やはり力の消耗が激しいのでしょうね」
お祓い師「そうだな……。効果範囲も狭かったり、目的の場所がすぐに見つからない事があるのも、力が戻りきっていないせいなんだろう」
お祓い師「……それで、昨日も聞いたがお前は良かったのか」
狼男「『西人街』に行くことが、ですか?」
お祓い師「そうだ」
お祓い師「目的は『絶対神』を唯一の神と認める宗教を皇国において布教すること」
お祓い師「まあ西とは勝手が違ってなかなか苦戦しているようだがな」
狼男「布教、とは名ばかりで、土着神への信仰を棄てさせ、絶対神の信仰を強制させているだけですけどね……」
お祓い師「王国人で絶対神の悪口とは珍しいな」
狼男「田舎はそんなもんですよ。俺を村から追い出したあのインチキ神官も村の外から呼んだだけで、あそこの村人は誰も絶対神なんか信仰していなかったですよ」
狼男「ただ、信仰している振りをしないと教会が怖いですからね」
お祓い師「ま、そんなものか」
お祓い師「俺も王国の人間だが、親が全くそういう教育をする人じゃなかったからな」
お祓い師「神に仇なす者と戦う退魔師でありながら、その絶対神にはとくべつ信仰心が無い変な父だったよ」
お祓い師「わかっていると思うが、絶対神を信仰してる、特に教会の連中は人外に一際厳しい」
お祓い師「おそらく向かう先には同業者がたくさんいるはずだ」
お祓い師「もしお前の正体がバレればただでは済まない」
狼男「わかっていますよ」
狼男「ただ次の満月までは時間がありますから、絶対に変身をしないようにしていればバレることは無いでしょう」
狼男「それより心配なのが狐の姐さんです」
狼男「わずかとはいえ力がある姐さんの事に気がつく人はいるはずです」
狼男「俺と違って完全に人間の状態、というものがありませんから」
お祓い師「こいつは俺から一定距離以上は離れなれないから一緒に来ざるを得ない……」
狼男「まあ、確かにそうですね」
お祓い師「それに俺もそんなリスクがある街に長くいるつもりはない」
お祓い師「ただ、皇国における退魔師の総本山だから、親父の情報も手に入るかもしれないという理由で立ち寄るだけだ」
お祓い師「欲しい情報が手に入りそうになかったらすぐに出て行くつもりだ」
狼男「それが懸命でしょうね」
*
狼男「……おや」
お祓い師「どうした」
狼男「向こうに灯りが見えますね。民家でしょうか」
お祓い師「近づいてくれ」
狼男「わかってます」
お祓い師「…………」
狼男「石造りの小屋……。皇国の人間の家ではなさそうですね」
お祓い師「それどころか屋根についている飾りを見ろ。絶対神信仰の象徴だ」
狐神「……うむ、わずかにじゃが中から力を感じる」
お祓い師「起きたのか」
狐神「ちょうどいま起きたところじゃ」
お祓い師「で、どうだ。ここにいる奴は」
狐神「力はさほど強くない。獣や化物の臭いもしないから人間で間違い無いじゃろう」
お祓い師「そうか。時間も時間だから訪ねてみるしか無いな」
お祓い師「……よし」
???「……どちら様ですか」
お祓い師「旅のお祓い師だ。道に迷った挙句日が暮れてきてしまったところ、ここの家を見つけたので立ち寄らせてもらった」
お祓い師「家に上げてくれとは言わない。明日、夜が明けたら西人街への道を教えてもらえないだろうか」
お祓い師「あまり多くは出せないが、タダでとは言わない」
???「西人街に何をしに行くのですか」
お祓い師「人探し、とだけ言っておく」
???「…………」
???「わかりました。いま戸を開けますね」
お祓い師「わざわざ済まないな」
お祓い師「俺は旅のお祓い師だ。弟子を連れて各地をまわっている」
???→黒髪の修道女「そちらの女性がお弟子さまですね」
黒髪の修道女「……!」
黒髪の修道女「……ええと、そちらの体格の良いお方は」
狼男「ああ、私はお二方の従者を務めさせていただいている者です」
黒髪の修道女「あ、ああ、そうでしたか……」
黒髪の修道女「あの、それで申し訳がないのですが。見ての通り寝台は一つしかなくて、皆さんには床で寝ていただくことになってしまうのですが……」
お祓い師「それは平気だ。明日、西人街への道を教えてくれればそれで問題ない」
黒髪の修道女「その点はお任せください。地図がありますので明日の朝に詳しく説明させていただきます」
お祓い師「なんだ」
黒髪の修道女「西人街の、特に教会の方々には、私がここにいたということは伝えないで欲しいのです」
お祓い師「……ワケあり、か」
黒髪の修道女「…………」
お祓い師「わかった、一晩の恩だ。絶対に口外しない」
黒髪の修道女「あ、ありがとうございます……!」
黒髪の修道女「で、ではどうぞ上がってください。何もない家ですが……」
狐神「うむ、では上がらせてもらおう」
お祓い師「なんで偉そうなんだよ……」
お祓い師「なんでまた」
狐神「もうすぐ夕食時じゃ」
お祓い師「お前の頭の中はそればっかりか……」
狼男「夕食の食材はこちらか出しますよ。馬車の方にパンがありますので」
狐神「ええー、またあの固くて酸っぱいやつかの」
お祓い師「文句を言うな馬鹿」
黒髪の修道女「パンでしたら私が焼いたものがありますので、せっかくですのでこちらをお出ししますか?」
狐神「そういえば、よさ気な香りがするのう……」
狼男「しかし、そこまでしていただくわけには……」
黒髪の修道女「そういうわけで今晩はパンとシチューにしましょう」
狐神「しちゅー、とな……?」
*
狐神「嗚呼……、幸せじゃあ……」
お祓い師「こいつ、遠慮なく平らげやがって……」
黒髪の修道女「あはは……。あそこまで美味しそうに食べていただけると作った側としても嬉しいです」
狐神「……すうすう……」
狼男「そして寝ましたね」
お祓い師「ほんとにこいつは食うか寝るかしかしないな……」
お祓い師「まったくだ」
お祓い師(実年齢は俺たちの何倍もあるだろうに……)
黒髪の修道女「皆さんもお休みになられますか」
お祓い師「そうだな。飯を食って一息ついてたら体が疲れているのを思い出してきたみたいだ」
黒髪の修道女「そうでしたら暖炉に薪を焼べておきますね」
お祓い師「いや、そこまで寒くはないが……」
黒髪の修道女「ああ、この暖炉にはですね、魔除けの術がかけてありまして」
黒髪の修道女「魔の者がこの小屋に近づきにくくなるんです。あくまで近づきにくくなるだけで完全に遮断できるわけではないんですが……」
お祓い師「まあ確かにこんなに深い森のなかだ。これぐらいの対策はしないと危険か」
狼男「……なるほど」
お祓い師「さて、まずこの寝落ちてしまった馬鹿をどうするかだな」
黒髪の修道女「少し狭いですが私のベッドに寝かせますよ。さすがに枕は一人分しかないですけれども」
お祓い師「一緒に旅をしている身から言わせてもらうが、こいつは相当寝相が悪いぞ」
黒髪の修道女「が、頑張ります」
お祓い師「俺はこの辺にコートを広げて寝るか」
狼男「……じゃあ自分はいつも通り荷馬車で寝ますよ。なんせ体が大きいですから」
お祓い師「いやいや。この森は危ないから今日は小屋の中で寝させてもらおう、って話だっただろ」
狼男「いえ、その暖炉の効果があるならそこまで心配する必要もないんじゃないですかね」
狐神「とは言ってもそこまで大切な物は積んでなかろう」
お祓い師「起きたのか」
狐神「ベッドで寝かせてもらえると聞いてな」
黒髪の修道女「くすくすっ」
お祓い師「お前なあ……」
お祓い師「まず、馬が大事な荷だろうが……。それに普段は使わないが少しばかりの退魔道具も積んでいる」
狐神「例えばなんじゃ」
お祓い師「そうだな……、遠隔から術を作動させると爆発する御札とか、そういう奴だ」
お祓い師「あくまで俺は炎系統の術使いだからな。持っている道具も相性がいいやつ数点だけだ」
お祓い師「御札は自分で作るから紙代だけだが、まあそれなりに値が張る物も無いわけじゃない」
お祓い師「まあお前がやってくれるっていうなら、お願いしてもいいか」
狼男「ええ、任せて下さい」
お祓い師「明日はなるべく早くに出発するぞ」
狼男「わかりました、ではおやすみなさい」
お祓い師「ああ、また明日」
黒髪の修道女「ランプの灯り、消しますね」
お祓い師「ああ、頼む」
黒髪の修道女「……ではまた明日」
*
──とある手紙──
『いまの生活にもすっかり慣れてしまいました。でも時々こんなことを思います。』
『なんで私はこんな事になってしまったのでしょうか。』
『これも神が与える試練なのでしょうか。』
『なぜ私なのでしょうか。』
『そんな考えが頭の中を巡っています。』
・
・
・
*
狼男「見てください、この丘を下れば西人街みたいですよ」
お祓い師「もらった地図のおかげだな」
狼男「もう少しちゃんとしたお礼ができればよかったんですけれどね」
お祓い師「この荷馬車には日持ちの良い食料以外何も積んでいなかったからな……」
お祓い師「ただ、あんな深い森のなかで暮らしているんだ。逆にありがたかったかもしれんぞ」
狼男「まあ確かにそうですね」
お祓い師「言い訳ができないことはないが、なるべく問題ごとは避けたい」
狐神「わかっておる、そんなヘマはせん」
狼男「ちなみに言い訳っていうのはなんですか」
お祓い師「前にも言っただろ。俺の『式神』ってことにするしかない」
狐神「いっそのこと本当に式神契約してはどうかの」
お祓い師「ばかいえ、専門外だ」
狐神「確かに、わしもそちらのことは疎いからの。よく知らぬことに安易に手を出すべきではないか」
狼男「とか言いつつ、依り代の契約……、でしたっけ。それはしているじゃないですか」
お祓い師「あの時は選択の余地がなかったからな……」
お祓い師「まあ、いずれそうなってくれればいいさ。いずれ、な」
狐神「……うむ」
狼男「さて、街の門が見えてきましたよ」
お祓い師「よし、街に入り次第まずは宿を取るぞ」
*
お祓い師「どこもかしこも満室だと……」
狼男「どうやら感謝祭に被ってしまったみたいですね」
狐神「祭りかの?」
お祓い師「ああ。本来ならば教会なんかで行われる儀式のほうが主なんだが、熱心な教徒以外は大抵街の出店の方を楽しんでいるな」
狐神「出店……、いい響きじゃあ……!」
お祓い師「何度も言うが仕事優先だからな」
お祓い師「ほんとかよ……」
狐神「ふふーん、出店とな」
お祓い師(わかっていない顔をしている……)
狼男「しかし宿がないというのは困りましたね」
お祓い師「……そうだな。情報や依頼を探すついでに役所に掛けあってみるか。どうにかなるかもしれん」
狼男「役所に、ですか……?」
*
役所の快活な受付嬢「やあやあ、対魔対策課の窓口にようこそ。今ならA1級の天狗の依頼なんかエグくておすすめだよ」
お祓い師「依頼探しではなく泊まる場所を探しに来たんだがいいか」
役所の快活な受付嬢「ああ、なるほどね~。感謝祭の時期に宿の予約もなしに来てしまったと」
お祓い師「そこで頼みがあるんだが……」
役所の快活な受付嬢「退魔師協会の宿舎を使わせて欲しい、でしょ?」
お祓い師「その通りだ。可能だろうか」
お祓い師「そこは仕方がないか……。やはり仕事もこなさないとやっていけそうにないな」
狼男「そういう事になりそうですね」
役所の快活な受付嬢「その物言いだと、今回は仕事目的でこの西人街に訪れたわけじゃなさそうだね」
お祓い師「ああ、人探しをしている」
役所の快活な受付嬢「……それはもしかして、君のお父上の事だったりするのかい?」
お祓い師「なっ……!」
お祓い師「なぜそれを……?」
役所の快活な受付嬢「いやいや、君の身分証の姓名を見てもしやと思ってね。君の反応から察するに、君のお父上はかの有名な退魔師じゃないか」
役所の快活な受付嬢「私じゃなくても、この業界の人間なら誰でも気がつくさ」
役所の快活な受付嬢「ああそれはね。君のお父上が皇国のとある地方にいるという話は一部の情報筋で知られていてね」
役所の快活な受付嬢「まあ、絶対神信仰の教会からしては快くない状況なんだけどね」
お祓い師「……どういう意味だ?」
役所の快活な受付嬢「おっと、ここから先はタダでは教えられないね」
お祓い師「対価は」
役所の快活な受付嬢「お金……でもいいんだけど、人探しには人探しで返してもらおうかな」
役所の快活な受付嬢「(……ここで確認したいんだけど、君は絶対神の敬虔な信者かい?)」
お祓い師「(あいにくそういう環境では育たなかったな)」
役所の快活な受付嬢「(……わかった。じゃあ今晩の七の刻に、ここから南通へ向かって真っすぐ進んだところにある酒屋にきて)」
役所の快活な受付嬢「部屋はちゃんと貸し出すよ。今がいい?」
お祓い師「そうだな。荷物を運びたいから今にしてもらえるか」
役所の快活な受付嬢「部屋は全部ベッドが二つずつだけど、二部屋取るかい?それとも三部屋取るかい?」
お祓い師「……だ、そうだが?」
狼男「それなら前回と同じ理由で、二部屋で良いんじゃないですかね」
狐神「うむ、そうじゃな」
お祓い師「そう言うと思った……。じゃあ二部屋で」
役所の快活な受付嬢「あいよ、これが鍵ね。向こうの階段で二階に上がればあるよ」
お祓い師「わかった。じゃあ夜に会おう」
お祓い師「わかった、助かる」
役所の快活な受付嬢「ま、困ったときはお互い様ね」
*
お祓い師「約束の夜まではまだ時間があるから、少し街を回っておくか」
狐神「食事は……」
お祓い師「待ち合わせの酒場でいいだろう」
狐神「じゃと思ったわい」
お祓い師「文句は?」
狐神「……ない」
狐神「こう言っておるぞ」
お祓い師「……わかった。狼男に免じて、昼食をとろうか」
狐神「わしは?」
お祓い師「文句は?」
狐神「……ない!」
お祓い師「で、どこにするかだな。気分としてはせっかくの西人街だし、西の料理がいいんだが……」
狼男「さっき、窯焼きピザの店を見かけましたよ」
お祓い師「お、いいな。久々に食べたい」
狐神「ぴっつぁ……?」
狐神「薄いぱん生地……、野菜、肉……」
狼男「トマトなんかから作ったソースをかけたりしたもので」
狐神「とまとそーす……」
狼男「チーズなんかを乗っけて焼いたものですと、チーズがトロトロで絶品なんですよ」
狐神「ちーず!!」
狐神「わしゃあ、ぴっつぁが食べたい!ぴっつぁが食べたいぞ!!」
お祓い師「そのつもりだからギャーギャー騒ぐな」
狼男「あはは……」
お祓い師「で、その店はどっちの方だ」
お祓い師「よし。昼時は過ぎているから、まあそこまで混んではいないだろう。向かうとするか」
狼男「ですね」
狐神「ううむ、どんな味がするのかのう……!」
お祓い師「飯は逃げないから少し落ち着け」
狼男「あはは、本当に親子みたいですね」
お祓い師「勘弁してくれ。大体コイツは見て呉れも実年齢もガキじゃないだろ」
お祓い師「中身はガキだがな」
狐神「失礼じゃなおぬし」
お祓い師「事実を言ったまでだ」
狼男(言い返せないところが、もうね……)
狼男「おや……」
お祓い師「どうした」
狼男「いえ、教会があったので」
お祓い師「ああ、なるほどな」
狐神「あれが絶対神信仰者の集まる教会という施設かの」
お祓い師「ああ」
お祓い師「それで、その扉の前に立っている男が神の教えを説く神官だ」
狐神「えらい人気じゃのう」
お祓い師「俺たちの立場上、教会と揉めてロクな事にはならない。お前もあの神官服を見たらなるべく避けるようにしろ」
狐神「うむ、心得た」
お祓い師「それにこの街の教会は少し特殊で、揉めると国際問題にも発展しかねない」
狐神「特殊とは?」
お祓い師「ここの教会の人間はお隣の共和国の大使も兼ねているんだ」
狐神「共和国……?」
お祓い師「ああ、お前は皇国の外のことはあまり詳しくないのか」
狐神「田舎の山に篭っておったからからのう」
お祓い師「これが俺たちの住む大陸周辺の地図だ」
お祓い師「そして北の海に浮かぶこの島国が教会の総本山がある法国だ」
お祓い師「絶対神の教えを国教としているのは、法国、王国、帝国、共和国だ」
狐神「この共和国という国は大きいのう……」
お祓い師「ああ。軍事力も随一の国だ」
お祓い師「この西の端の王国が俺や狼男の出身地だ」
狼男「こう見ると随分と遠くまで来たのですね」
お祓い師「そして帝国の南にある共和国、ここの神官がこの街にいるというわけだ」
狐神「ううむ、なるほど」
狐神「ちなみにおぬしと行動をともに各地を回り始めたこの一月あまりで、わしらはどこからどこまで移動したのかの?」
狐神「ふむ」
お祓い師「……ここまでだ」
狐神「た、たったそれだけなのかの!?」
お祓い師「ああそうだ」
狐神「せ、世界とは広いのじゃなあ……」
お祓い師「この地図も世界全体を描いたものではないしな」
狐神「なんと……」
狼男「自分も初めて世界地図を見た時はそう思いましたよ」
狐神「ううむ……」
お祓い師「世界規模で信徒がいるわけだから、教会組織に入る金も莫大なものってことさ」
狐神「過去に自らが信仰されていた身としては、己を頼るものからの供物を遠慮無く頂戴し、全力で贅沢をすることは全く悪いことだとは思わんが……」
狐神「あやつら自体は神ではないのだろう。そこが大きな違和感を感じるところよのう」
狐神「肝心の神は一体どこにいるのか」
お祓い師「誰も存在を知らないからこその神秘性なのかもしれんな」
お祓い師「お前から散々聞かされた理の通りなら、どこかに必ず存在しているはずなんだがな」
お祓い師「その姿を見たっていう話は聞かない」
狐神「ううむ……」
狐神「しかしあやつら自体は絶対神とやらではないが、それなりに大きな力を感じる」
狼男「なるほど。そうして信徒から頼られる神官は、自身が信仰を集めているという状態と同じになるわけですか」
お祓い師「上手くできてんなあ」
狼男「ですね」
お祓い師「そういう所が見えてくるとますます距離を置きたくなるな」
狼男「ですねえ……」
狼男「あ、見えてきましたよ、件のピザ屋」
狐神「おおっ!ここまで良い香りが漂ってきておるわ!」
お祓い師「じゃあ入るか」
お祓い師「河童退治の報酬金が思ったより多かったからな。贅沢はできないがそれなりには食えるぞ」
地図のところで止まってしまい、申し訳ありませんでした。
予めメモ帳で書いていた時に、2ちゃんねるに適さないフォントで書いてしまっていたのですべて書き直しました。
焦って直したので >>351 にはまだズレや間違いが有ります。少し手直しした下の地図を暫定的に正しいものとして貼っておきます。
*
狐神「美味いのう、美味いのう……!こりゃあ美味じゃあ!」
お祓い師「ああ……」
狼男「で、ですね……」
狐神「なんじゃおぬしら。飯はもう少し美味そうに食わぬか」
お祓い師「いや、美味いことには美味いんだが……」
狼男「(完全に教会関係者の行きつけの店でしたね……)」
狐神「(そんなこと分かっておるわい。だからこそ自然体でおらんか。普通にしていれば何も疑われることはない)」
お祓い師「(確かにその通りだが……)」
???「よお、あんたら。旅の人かい?」
お祓い師(時既に遅し、ってところだな……)
お祓い師「……なんでそう思った?」
???「いや、衣服に泥なんかがついてるからな。東の森を抜けてきたんじゃないかってね」
???「それに感謝祭がある今の時期は外からの人も多く来るから、大体こう言えば当たるもんさ」
お祓い師「なるほどな。まあ正解だ。旅のお祓い師とその弟子と従者、ってところだ」
???「なるほど」
お祓い師「その若さで聖騎士長か……!」
???→西人街の聖騎士長「ま、昔から腕っ節だけは自信があったからな」
西人街の聖騎士長「見たところあんたは俺よりも若そうだけど、そんな若さで旅のお祓い師なんてそれこそすげえじゃねえか」
お祓い師「逆だよ、逆。若いからこそ旅なんかしても平気なんだよ」
西人街の聖騎士長「ははっ、違いないな!」
西人街の聖騎士長「で、そっちの強そうな兄ちゃんが従者で、美しいお嬢さんがお弟子さんってことか」
狐神「まあ、お上手なことじゃのう。教会の聖騎士様というのは女性には弱くてもなれるのかのう?」
西人街の聖騎士長「ははっ、神官のおっさんたちにはよく怒られるさ。軟派な態度を直せってさ」
狼男「現に睨まれてますよ」
西人街の聖騎士長「またあったらどこかで飲もうぜ!美しいお嬢さんのことももっと知りたいからな!」
お祓い師「…………」
お祓い師「行ったな……」
狼男「行きましたねえ……」
狐神「かっかっか、愉快な奴じゃったのう。……じゃが」
お祓い師「ああ、恐ろしく強い力を感じた」
お祓い師(この間の辻斬りに迫る力を感じた……。おそらくはランクはAの騎士なんだろう)
お祓い師「……聖騎士長は伊達じゃない、ってことか」
*
肥えた大神官「感謝祭当日が近づいてきたことで諸君らの業務も忙しくなってきているだろう」
肥えた大神官「しかし、こういった時にこそ不遜な輩が現れるものだ。しっかりと気を引き締めてほしい」
聖騎士たち「「はっ!」」
肥えた大神官「特に近年は悪魔信仰のクズどもが力をつけてきているという。警戒が必要だ」
肥えた大神官「この街の治安は君の力にかかっている。引き続きよろしく頼むよ」
西人街の聖騎士長「はい、お任せください」
西人街の聖騎士長(あ、あの時の神官のおっさんチクったな……!)
西人街の聖騎士長「い、いえ……、それはなんというか……」
肥えた大神官「君は騎士としては優秀だが、神のもとで働く自覚が少々足りない面が見られることがある」
肥えた大神官「十分に注意したまえ」
西人街の聖騎士長「承知いたしました」
肥えた大神官「では私はこれで」
西人街の聖騎士長「…………」
西人街の聖騎士長「……こほん。じゃあ、感謝祭まで残り僅かとなったが、もう一度気合を入れなおして頑張ろうか」
聖騎士たち「「はっ!」」
西人街の聖騎士長「この街では神に刃向かう者の一切の悪事を許してはならない!我らは聖騎士!その誇りを忘れるな!」
西人街の聖騎士長「絶対神の名のもとに!」
聖騎士たち「「絶対神の名のもとに!」」
*
狐神「ふう~っ、満足じゃあ」
お祓い師「腹も満たされたし少し街をまわってみるか」
狼男「時間はまだまだありますからね」
お祓い師「……そうだな、あそこの本屋でも入ってみるか」
狼男「何か探しているんですか?」
お祓い師「いや、旅の暇つぶしに何冊か買っておこうかと思ってな」
本屋の髭店主「へいらっしゃい」
本屋の髭店主「お探しのものはあるのかい」
お祓い師「いや。旅の暇つぶしに何か、って思っていたんだが」
本屋の髭店主「おおそうかい。なんならこいつはどうだい。最近巷で流行りの冒険譚だぜ」
お祓い師「……面白そうだな」
本屋の髭店主「おうよ、今月一のおすすめだ」
お祓い師「……ん、その奥の本の山はなんだ」
本屋の髭店主「ああ、これか……」
本屋の髭店主「これは教会の検閲で発売停止命令をくらった哀れな本たちさ」
本屋の髭店主「……あんたらは協会の関係者かい?」
お祓い師「いやいや、それどころか信仰心の薄い愚か者の集まりだよ」
本屋の髭店主「はっはっは、そうかそうか。じゃあ俺も愚か者に仲間入りだな」
本屋の髭店主「まったく嫌になるぜ」
本屋の髭店主「教会の思想がどうかとか、この本たちには関係ないはずだろう」
お祓い師「言論弾圧とは独裁もいいところだな」
本屋の髭店主「そうなんだよなあ。この街は皇国内で教会が主権を握っている数少ない場所だ」
本屋の髭店主「皇国軍の詰め所もあるから大きくは動けないみたいだが、それでも奴らは着実に力をつけてるぜ」
本屋の髭店主「……兄ちゃん、バレないようにするなら、そこの本を何冊か持って行っちまってもいいぜ」
本屋の髭店主「どうせ数日後には焚書されちまうんだ。本だって誰かに読んでもらうのを望んでいるはずだ」
本屋の髭店主「これが本当の本望、ってな」
お祓い師「…………」
狐神「…………」
狼男「え~と……」
本屋の髭店主「……だめか」
本屋の髭店主「ま、まあ好きに見てくれよ。そっちのはどうせ売り物に出来ないからお代も取らないよ」
お祓い師「ありがたい」
お祓い師「……さて」
お祓い師「ん……?」
お祓い師「こ、これは……!」
本屋の髭店主「お、兄ちゃんお目が高いな」
本屋の髭店主「そいつは確か、旅をしてるっていう王国人が置いていったやつでな」
本屋の髭店主「書物の感じからして、皇国のかなり古いモンだろうな」
本屋の髭店主「内容が異教のものだっていって焚書対象にされちまったよ」
お祓い師「……なるほどな。じゃあこいつも貰っていいか」
本屋の髭店主「あいよ。じゃあ最初の小説の分だけお題を貰うとするかね」
お祓い師「……これで」
狐神「何を譲ってもらったのじゃ?」
お祓い師「……秘密だ」
狐神「なんでじゃ」
お祓い師「なんでもだ」
狐神「むう……」
お祓い師「……ほら、露店でも少し見に行ってみねえか。祭り前だが少しなら出てるしな」
狐神「お、そうするかの!」
狼男「(……扱いが上手いですね)」
お祓い師「(だろ?)」
狐神「ふふ~ん」
──とある手紙──
『今日は珍しく来客があったんですよ。客人なんていつ以来なんでしょうか。』
『変わったお三方で久々に楽しい時間を過ごせました。』
『でもまた私は見てしまった。見えてしまったのです。』
『その方は復讐に囚われていました。』
『そしてその復讐心を燃やす相手というのが──』
・
・
・
*
お祓い師「さて、約束の酒場はここだな」
狼男「いつの間にか日もすっかり落ちてしまいましたね」
お祓い師「そいつがやたらと露店の前で足を止めるからだ」
狐神「まあまあ、丁度いい時間つぶしになったであろう」
狐神「しかし祭り前だというのにあの露店の量……。当日はさぞ素晴らしいんじゃろうな」
お祓い師「たしかに、少し楽しみではあるな」
お祓い師「別に祭りが嫌いなんて一言も言ってないだろ。ただお前みたいに、馬鹿にはしゃいだりはしないだけだ」
狐神「な……!」
お祓い師「それに祭りで思い切り遊びたいなら、その前に色々とやらなくちゃいけないことがある」
お祓い師「俺の人探しの件もそうだが……」
お祓い師「露店巡りの軍資金も稼いでおかないとつまらないだろ?」
狐神「……!」
狐神「その通りじゃな!」
お祓い師「そうと決まればまずはこの酒場で情報収集だ」
狼男「入りましょう」
役所の快活な受付嬢「や、来たね」
お祓い師「待たせたか?」
役所の快活な受付嬢「いやいや、私もついさっき来たところさ」
役所の快活な受付嬢「ささ、詳しい話は中でしよう」
路地裏の酒場の娘「らっしゃ~い……、ってああ。その人たちが今日会う約束していたっていう?」
役所の快活な受付嬢「そうそう。えーっと、みんなお酒で大丈夫?」
お祓い師「ああ、いや……」
狐神「じぃっ……」
お祓い師「…………」
役所の快活な受付嬢「よし、じゃあ麦酒四つ頼むよ。あと軽くつまめるものも」
路地裏の酒場の娘「はーい、了解」
路地裏の酒場の娘「麦酒四つとおつまみ入ったよー!」
お祓い師「……今の子が知り合いの?」
役所の快活な受付嬢「そうだよ。ウェイトレスみたいなことしてるけど、実際にはこの酒場の経営主なんだ」
役所の快活な受付嬢「あの格好は趣味だとか」
お祓い師「なるほど、な」
役所の快活な受付嬢「ここは教会の人間なんか滅多に来ないから安心して」
お祓い師「話し込むには良い環境ってことか」
役所の快活な受付嬢「お、ありがとね」
路地裏の酒場の娘「じゃあ、追加の注文があったら呼んでね」
役所の快活な受付嬢「はいはーい」
役所の快活な受付嬢「さて、じゃあひとまず乾杯しますか」
狐神「うむ」
狼男「では」
お祓い師「えーっと、そうだな……」
お祓い師「じゃあ、この出会いに乾杯」
一同「「乾杯!」」
狼男「いやあ、美味いですね!」
お祓い師「たしかに、久々だがやはりいいものだ」
狐神「な、なんじゃこのしゅわしゅわは!?しゅわしゅわはなんじゃ!?」
狼男「たしか、炭酸と呼ばれるものですね」
狐神「たんさん……」
狐神「…………」
狐神「おお~……」
狐神「して、こちらのつまみはなんじゃ?」
お祓い師「胡瓜の酢漬けだな」
狐神「……って、酸っぱあ!?」
お祓い師「酢漬けだって言ってんだろ……」
狐神「じゃが、美味い……」
お祓い師「お前は本当に単純なやつだよ……」
役所の快活な受付嬢「……あははっ!君たちは期待通り面白いねえ!」
お祓い師「この馬鹿がうるさいだけだ」
役所の快活な受付嬢「いやいや、君も面白いよ」
お祓い師「なっ、心外だぞ!」
役所の快活な受付嬢「まあ、褒め言葉といて受け取っといて」
お祓い師「そうだな。どちらのことから聞かせてもらえるんだ」
役所の快活な受付嬢「君の探し人の話からでいいよ」
役所の快活な受付嬢「君の探し人……、君のお父上のこと何だけどね。居場所ははっきりと分かっているんだ」
お祓い師「なっ……!」
狐神「なんじゃ、もう解決ではないか」
お祓い師「ば、場所はっ……!?」
役所の快活な受付嬢「場所はこの街から遥か北西に行った所にある、内陸の山あいにあるとある集落さ」
役所の快活な受付嬢「その集落や近辺はあることで有名なんだけどね。詳しいことについては君たちお祓い師が専門になるのかな」
役所の快活な受付嬢「まあ何かって言うと、式神の文化が非常に発達した地方なんだってさ」
狼男「神と人間が契約するっていう、皇国特有の文化でしたっけ」
お祓い師「特有、と言うのは実は少し違うんだが……。相手が神とは限らず、物の怪と結ぶ者もいるようだな」
お祓い師「ということは、親父は式神に関する何かを調べるために皇国に一人で旅立ったってことか……?」
役所の快活な受付嬢「君のお父上が何をしているのかは詳しく掴めていないみたいなんだけど」
役所の快活な受付嬢「とにかく教会にとっては、君のお父上ほどの人間があの地方にいることが問題がある状況なんだ」
狼男「大陸に名を馳せるほどの退魔師が、絶対神以外の、教会からすれば異教の化物と友好にしているような地方にいるのは確かに好ましく無いでしょうね」
狼男「絶対神を唯一の神として崇める彼らにとっては教えに背く行為に等しい」
役所の快活な受付嬢「そうだね。君のお父上は有名人だから、存在が知れ渡れば双方にあまりいい事態にはならない」
役所の快活な受付嬢「退魔師協会というのも、教会の教えに反する化物を滅するという理念で動いているから……。まあ、教会の資金上の援助を受けるための建前だけど」
お祓い師「……なるほど。貴重な情報だった、ありがとう」
役所の快活な受付嬢「いやいや、次は君が私に協力してくれればそれでいいんだ」
役所の快活な受付嬢「なんだけど、その前に」
役所の快活な受付嬢「ねえー、注文いいー?」
路地裏の酒場の娘「はいはーい、なににする?」
役所の快活な受付嬢「今日のおすすめ料理を人数分で。あと麦酒を追加で」
狼男「あ、麦酒は俺もお願いします」
路地裏の酒場の娘「はい了解。ちょっと時間かかるかも」
役所の快活な受付嬢「ゆっくりでいいよ」
お祓い師「ああ」
役所の快活な受付嬢「私が探しているのは、私の親友なんだ」
役所の快活な受付嬢「私は見ての通り、西の人間の血を引いているんだけど、生まれはこの街なんだ」
役所の快活な受付嬢「今私たちのために料理を作ってくれているあの子も、私がいま探している子も、一緒にこの街で育った仲間でさ」
役所の快活な受付嬢「男友達も多かったから、やんちゃをしてはあの子に注意されていたもんさ」
役所の快活な受付嬢「まあ真面目な子だからね。危なっかしい私たちが心配で仕方がなかったんだろうね」
役所の快活な受付嬢「で、そんな真面目な子だったからさ。私が親のコネで役所仕事に就いて、あいつはあいつで親の酒場を継いで、ってしているずっと前に自分の意志で修道女になったんだ」
役所の快活な受付嬢「私らと違って信仰心が強かったからね」
役所の快活な受付嬢「真面目だけど、優しい子だから、同じ教会の修道女や神官ともすごく仲が良くてね」
役所の快活な受付嬢「……だからこそ私たちはあの時、教会の上層部の連中が許せなかった」
お祓い師「…………」
狼男「一体何が……」
役所の快活な受付嬢「元々の素養なのか、それとも絶対神への信仰心によるものなのかはわからないんだけど」
役所の快活な受付嬢「……あの子は君たちと同じように“力”を持っているんだ」
お祓い師「力、か……」
役所の快活な受付嬢「私は全くそういうのはないんだけどね」
役所の快活な受付嬢「……あの子の力は『相手の心を読む力』、らしいんだ」
狐神「ふうむ……、“覚”のようなものか」
お祓い師「力を制御しきれていないということか」
役所の快活な受付嬢「そういうものなのかな?」
役所の快活な受付嬢「そしてある日のことなんだけど。あの子は魔女裁判にかけられてしまった」
狐神「魔女裁判とな……?」
お祓い師「異教の、特に魔の者を身内から炙り出す儀式だ」
お祓い師「その子みたいに相手の心を読む術者が他にもいるならば別だが、大抵はなん根拠もないインチキだ」
お祓い師「昔には魔女裁判が横行し、罪もない人々が沢山殺されたらしい」
狼男「…………」
役所の快活な受付嬢「役所の受付をやってると、知り合いも多いからね」
役所の快活な受付嬢「私が思うにあの子は、教会上層部の誰かの見てはいけない秘密に触れてしまった」
役所の快活な受付嬢「不意に発動した能力でね」
役所の快活な受付嬢「腐った教会の何を見たかはわからないけど、神と神の信徒を信頼していたあの子にとってはショックだったろうね」
お祓い師「なるほどな……」
お祓い師「……その子の見た目はどんな感じなんだ」
役所の快活な受付嬢「こっちの地方の家の子だからね、長い黒髪が綺麗な子だよ」
お祓い師(長い黒髪、か……)
狼男「…………」
*
路地裏の酒場の娘「はい、今日のおすすめ鶏の半身揚げだよ」
狐神「おおっ、ついに来たか!」
お祓い師「随分と量があるな……」
役所の快活な受付嬢「男ならこれぐらい余裕でしょ?」
お祓い師「あ、ああ」
狼男「もちろんです」
役所の快活な受付嬢「別にいいけど、仕事の方は平気?」
路地裏の酒場の娘「もう閉店の札を出しといたから平気」
役所の快活な受付嬢「あんたそれでいいならいいけど……」
路地裏の酒場の娘「問題ないっ!」
路地裏の酒場の娘「それじゃあ改めまして、乾杯っ!」
一同「「乾杯!」」
狐神「んぐんぐ」
お祓い師「おい、あんまり飲むとまた潰れるからほどほどにな」
狐神「らいじょうぶら」
お祓い師「はあ……。なあ、水とかあるか」
路地裏の酒場の娘「はいよ、ここに置いておくね。あと桶も」
お祓い師「済まないな」
お祓い師「ほら、少し水を飲んで酒を抜いておけ」
狐神「わしはまだまだいけるわい!」
お祓い師「いいから、とりあえず水を飲め」
狐神「……うむ、わかった」
狐神「……んくんく」
お祓い師「はあ……。で、質問があるんだがいいか」
お祓い師「その黒髪の子は教会に捕まらないように逃がしたんだろ?なんでそれを俺に探すように頼むんだ」
お祓い師「まるでその子がこの街の近くにいるみたいじゃないか」
役所の快活な受付嬢「その通り、あの子はこの街の近くのどこかにいる」
お祓い師「なんでそんな事がわかるんだ」
役所の快活な受付嬢「時々ね、家の窓の外にあの子からの手紙が置いてあるんだ」
役所の快活な受付嬢「あの子が飼っていたハヤブサが飛んで持ってきているんだと思う」
役所の快活な受付嬢「あの子が逃げた時に一緒に連れて行っていたはずなのにね」
役所の快活な受付嬢「これはハヤブサが飛べる範囲にあの子が住んでいる、って事でしょ」
お祓い師「……なるほどな」
役所の快活な受付嬢「おかしい、とは?」
お祓い師「教会から逃げたのに、この国における教会の本拠地とも言える西人街から遠くにはなれない理由だよ」
お祓い師「普通に考えれば、教会の布教の及んでいない地域まで逃げるしかない」
お祓い師「それをなぜ、教会に再び追われるリスクを犯してまで西人街の近くに身を潜めて居座り続けているのか」
役所の快活な受付嬢「…………」
路地裏の酒場の娘「そりゃあ、あの子は真面目で優しくて、……そして純粋だから」
路地裏の酒場の娘「神を信じ続ければいずれ身の潔白が証明されるとでも思ってるんじゃないのかな」
役所の快活な受付嬢「……だね」
役所の快活な受付嬢「だから、次こそは遠くに逃げ切って欲しいんだ」
お祓い師「直接自分で探して伝えることは考えなかったのか」
路地裏の酒場の娘「無理だね」
裏路地の酒場の娘「あの子の親友である私たちが街の門をくぐって外に出ようものなら、すぐに教会の人間の尾行にあうことになるね」
お祓い師「それはそうか……」
役所の快活な受付嬢「これが私たちからあの子への手紙。あの子なら分かってくれるはず……」
お祓い師「わかった、絶対に届ける」
役所の快活な受付嬢「……信頼して、いいんだよね」
お祓い師「役所の人間からの信頼がなきゃ、この先やっていけるような職じゃないからな」
役所の快活な受付嬢「……ありがとう」
役所の快活な受付嬢「なにかな」
お祓い師「そう長くはないが、感謝祭が終わる頃まではこの街に滞在しようと思っててな」
お祓い師「ロクに稼ぎがない状態は少し困るから、よさ気な依頼があったらまわしてくれ」
役所の快活な受付嬢「そういうことならお安いご用さ。明日以降カウンターに顔を出してくれれば色々紹介するよ」
お祓い師「助かる」
路地裏の酒場の娘「よーし、契約成立にもう一飲しますか!」
役所の快活な受付嬢「よっしゃ、かかってきなさい!」
お祓い師「元気だなオイ……」
狼男「旦那も勿論まだまだいけますよね」
お祓い師「……って、こいつは寝ちまったか」
狐神「すうすう……」
お祓い師「飯だけはいつの間にか平らげてやがんな」
狼男「さ、さすがですね……」
お祓い師「まったくだ」
路地裏の酒場の娘「ほれほれお兄さん、まだまだ若いんだから飲んで飲んで」
お祓い師「わかったわかった、じゃあ頂くとするよ」
お祓い師「……ふう」
お祓い師「そういえば今日昼食をとった時の話なんだが」
お祓い師「有名な剣士なのか?」
役所の快活な受付嬢「……あいつはただの剣術馬鹿……」
お祓い師「その物言い、知り合いか?」
役所の快活な受付嬢「……別になんでもない」
路地裏の酒場の娘「あの聖騎士長は、私たちが子供の時よく遊んでくれた近所のお兄さん、ってところかな」
路地裏の酒場の娘「それでもって、この子の元婚約者」
狼男「ええっ!?」
役所の快活な受付嬢「やめてよちょっと!昔の話でしょ!」
お祓い師「なんでまた婚約を解消したんだ」
役所の快活な受付嬢「私の親友が不当な魔女裁判にかけられたにも関わらず、何もしてくれなかったんだよ!?」
役所の快活な受付嬢「教会の人間なら中から何とかすることだって出来たでしょうに!」
路地裏の酒場の娘「まあまあ、ああいう組織っていうのは複雑な事情っていうのがいろいろあるもんだよ」
役所の快活な受付嬢「そんなことはわかってるけど……!」
お祓い師「なるほどな……」
狼男「難しいですねえ」
役所の快活な受付嬢「うっさーい!そんな目で私を見るなー!!」
役所の快活な受付嬢「こうなったら今晩はしこたま飲んでやるんだから!」
*
役所の快活な受付嬢「ぐう……、もう飲めない……」
路地裏の酒場の娘「私の勝ち、っと」
路地裏の酒場の娘「じゃ、私はこの子を上の部屋に寝かしつけてくるから、あなた達はもう帰っても大丈夫だよ」
お祓い師「大丈夫か、手伝わなくて」
路地裏の酒場の娘「この子がこうなるんはいつも通りだからなれてるよ」
お祓い師「そうか……。じゃあ失礼する。代金はここに」
路地裏の酒場の娘「ん、またねー」
お祓い師「……よし、じゃあ帰るか」
狼男「また姐さんはおぶられて部屋に戻るんですね」
お祓い師「もう慣れたよ、こいつをおぶって帰るのも」
狼男「…………」
狼男「男は狼になってもいいんですよ?」
お祓い師「ばかいえ、殺される」
狼男「はたしてどうでしょうね」
お祓い師「…………」
狼男「え、なんでですか?」
お祓い師「いや、この街に来た辺りから、たまにボーッとしてたり、顔をしかめたりしていたからな」
狼男「え、そうですかね。気のせいだとは思うんですけれども……」
お祓い師「そうか。まあ何あればすぐ言えよ」
狼男「ええ、そうさせてもらいます」
お祓い師「さて、明日からは少し忙しくなるぞ」
狼男「祭りに向けた軍資金稼ぎ、ってやつですか?」
お祓い師「今日働いた分じゃ少なすぎるからな」
お祓い師「それと平行して教会についての情報収集も必要だ。今の状況を知っておくことが重要だ」
お祓い師「何事もなく終わってくれればそれが一番いいんだけどな」
狼男「しかし、もし俺たちが関わったことがバレたら、この先の仕事に支障が出たりはしないんですか?」
お祓い師「皇国にいる限りでは問題はないだろうな。ここは多神の存在を国の長である皇家が認めている」
お祓い師「絶対神の布教も、その八百万の神の中の一つとして受け入れられているにすぎないんだ」
お祓い師「国からのバックアップがない以上、教会連中も強硬手段には出られない。あいつらがすべてを掌握したこの西人街のような場所以外ではな」
お祓い師「やり過ぎれば国の軍に潰されちまうからな」
狼男「まあ、もしも教会を敵に回しちゃったら皇国に永住ですね」
お祓い師「あとは遙か先の北方連邦国だな。あそこも特殊な国だ」
狼男「ああ、そういえばそうでしたね」
狼男「ですから、無神論者で商い上手の人間が、近年多く移り住んでいるとか」
お祓い師「俺も時代の流れに乗ったほうがいいのかね」
狼男「ははっ、旦那は商いは向きませんよ」
お祓い師「そういう意味だ」
狼男「無愛想は取引の場では不利ですよ」
狼男「……そして何より、お人好しには商売はできないんです」
お祓い師「……無愛想なお人好しって、散々な評価だな」
狼男「褒め言葉ですよ」
お祓い師「褒められている気はしない」
狼男「今回の件も、欲しい情報は手に入ったんですから、向こうのことは手伝わずにすぐに目的地へ向かえば良いんです」
狼男「それなのに律儀に、教会を敵に回すリスクを犯してまで手伝っちゃうんですから」
お祓い師「……貸したものは死んでも返してもらうが、また借りたものは死んでも返す主義なだけだ」
狼男「なるほど……」
狼男「俺も返し時、なんですかね……」
お祓い師「ん?」
狼男「いえ、なんでもありませんよ」
*
お祓い師(すっかりこいつの寝かしつけ係だな)
お祓い師(今日は少し飲み過ぎたから、俺も早く寝よう……)
狐神「……おぬし、そこにおるか」
お祓い師「……!」
お祓い師「起きてたのか……」
狐神「うむ、目が覚めたところじゃ……」
お祓い師「だから飲み過ぎるなと言ったんだ。水をもらってこようか?」
狐神「……頼んでも良いかの」
お祓い師「ああ、少し待ってろよ」
狐神「うむ……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……おい」
狐神「なんじゃ」
お祓い師「何だこの手は。水をもらいに行けないだろう」
狐神「…………」
お祓い師「なんだよ」
狐神「夫婦の契りをかわそう」
お祓い師「あのなあ、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」
狐神「わしは大真面目じゃ」
お祓い師「……今夜はどんな悩み相談なんだ?睡魔に襲われるまでは聞いてやる」
狐神「まったく、少しは冗談に付き合わんか」
お祓い師「…………」
お祓い師「で、言いたいことがあるなら言ってみろ。今晩は長話にもつきあうぞ」
狐神「……うむ」
お祓い師「そんなことも言ったな」
狐神「じゃがわしにとってのおぬしは“依り代”じゃ」
狐神「これは今のわしにとっておぬしはは形式上のものではなく、生きる上での拠り所であるということじゃ」
狐神「じゃがわしはおぬしに何もしてやることが出来ぬ」
狐神「わしはおぬしにとって同行者以上の何者かになりたい」
お祓い師「…………」
お祓い師「お前の能力には助けられている。それじゃ駄目なのか?」
狐神「それは、少し違うような気がするのじゃ……」
狐神「おぬしはわしの依り代。いわば命の力をわしに差し出しているようなものじゃ」
お祓い師「……なるほど、言いたいことはわかった」
お祓い師「だがな狐神、そんなに気に病む必要はないんだ」
狐神「……なぜじゃ」
お祓い師「こういう人間関係に関わることは金勘定とは違う。百のものに百で返すことは難しいし、そんな必要もない」
お祓い師「依り代の関係を人間関係と同じように考えるのは少しおかしい気もするが、お前がそういうふうに捉えているならそうとする」
お祓い師「とにかく、無理に同質の、同等のもので返そうとしなくていい。この契約印のせいで被害を被っているわけじゃないしな」
狐神「う、うむ……」
狐神(そうは言ってものう……)
狐神(おぬしに頼ってばかりではわしの立場がないというか……)
狐神「……うむ、平気じゃ」
お祓い師(あの積んであった本がまだ気になるな……)
お祓い師(明日仕事を見つけてからもう一度行くか)
*
狼男「予想以上に早く仕事が片付いてしまいましたね」
お祓い師「部屋の“憑き物”を祓っただけだからな。大して強いものでも無かったし」
狐神「久々に“らしい”姿が見れた気がするわい」
お祓い師「どういう意味だ」
狐神「いやなに。専門家らしく手こずらずに解決したからの」
お祓い師「……刀を持った狂人を相手にするのは専門じゃないんだよ」
狼男「あんまりからかっているとまた怒られますよ」
狐神「わしがこやつのなにを恐れろと?」
お祓い師「……昼飯……減量」
狐神「か、勘弁しておくれ……!」
お祓い師「ふん、あんまり生意気な気な口を利くなよ」
狐神「わしの方がよっぽど年長者であるというのに……」
お祓い師「生憎だが俺は年功序列という言葉が嫌いだ」
狐神「歳上は敬うべきじゃと思うがな」
お祓い師「一応考えておく」
狼男「……!」
狼男(あれは……)
お祓い師「どうした?」
狼男「い、いえ」
狼男「忘れ物を思い出してしまって。きっと昨晩の酒場です」
お祓い師「どうする?」
狼男「自分一人で取りに戻ります」
お祓い師「おう、わかった」
狼男「では」
狐神(えらく焦っておったが、あれは一体……)
お祓い師「さ、本屋に行くぞ。まだ色々と調べたいんだ」
狐神「うむわかった」
狐神「わしも少々調べたいことがあっての」
お祓い師「ほう、珍しい」
狐神「わしが本を読んだらいけないのかの?」
お祓い師「怒んなって、冗談だ」
狐神「からかうのも大概にせい……」
お祓い師「じゃあ行くか」
狐神「うむ。調べ物は早々に終わらせて早う昼食にしたい」
*
──とある手紙──
『復讐、だなんて私には思いつきもしないことでした。』
『思いつきもしなかったと言うのは嘘かもしれません。知らないふりをしていただけなんでしょう。』
『私はずっと神の御前で良い聖職者として振舞ってきました。』
『ふたりの良い友人であろうと振舞ってきました。』
『でも今気が付きました。私は二人が言うような“いい子”ではないんです。』
『私だって怒ります。私だって恨みます。』
『こんな理不尽な仕打ちには、仕返しをする他に無いのだと気が付かされました。』
『ごめんなさい。感謝祭、一緒に回りたかったです。』
『さようなら。』
・
・
・
*
路地裏の酒場の娘「……で、翌朝になってもあの従者さんは戻ってこなかった、と」
お祓い師「ああ。ここに荷物を忘れたから取りに行くと言っていたんだが姿は見なかったか」
路地裏の酒場の娘「いや、昨日今日で会った人が来たなら気がつくはずなんだけど……。そもそも忘れ物なんて無かったし」
お祓い師「そ、そうか……。邪魔したな」
路地裏の酒場の娘「力になれなくてごめんね」
お祓い師「いや、いいんだ」
路地裏の酒場の娘「…………」
*
お祓い師「…………」
狐神「おぬし、これは……」
お祓い師「……違和感には気がついていたんだ……。もう少しちゃんと聞くべきだった……!」
狐神「あやつの様子がおかしかったのはいつからじゃ?」
お祓い師「この街に来た時……、いや、東の森であの修道女に会った辺りからだ」
狐神「そういえば、なぜか外で寝るなどと言い出したのう」
お祓い師「なぜあいつはあの時小屋を出たがったのか……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……まさか……!おい狐神!」
狐神「な、なんじゃ!?」
お祓い師「さっきは察知できなかったみたいだが、もう一度できるだけ広範囲で『狼男に遭遇できる地点』を探してくれ!」
狐神「う、うむ。じゃが、さっき力を使ったせいでどうにも広い範囲は探れそうにないんじゃが……」
狐神「供物になるものがあれば、もう一度使えそうなんじゃが……」
お祓い師「食べ物はいま手元にない……。他に代わりになるものはないのか?」
狐神「……依り代の契約の時と同じように血でも構わぬぞ」
狐神「おぬし、あまり引っ張るでない……!い、痛い……」
お祓い師「あ……。す、すまん……」
狐神「だ、大丈夫じゃが、どうしたのじゃ。何をそんなに焦っておる」
お祓い師「……」
お祓い師「具体的にあいつが何をしようとしているのかはわからないが、マズいことになるのは間違いない」
狐神「どういう意味じゃ、きちんと説明せんか」
お祓い師「あの晩にあいつ、狼男が小屋の外で寝ると言い始めた理由を考えてみろ」
狐神「り、理由じゃと……?」
お祓い師「あいつが小屋を出るといった直前にあの修道女が何をした」
狐神「……まさか……!」
お祓い師「ああそうだ。あの暖炉には“魔の者を遠ざける魔術”が仕掛けられていると言っていた」
お祓い師「狼男はその術を嫌がって外に出たんだ」
狐神「つまりあやつは魔の者ということか……」
お祓い師「ああ、そうだ。つまりあいつは絶対神信仰とは真逆の思想を持っているということだ」
お祓い師「そんな奴が、この絶対神信仰の布教のための街でやらかそうとしていることなんてロクなことじゃない」
お祓い師「とにかく、まずはあいつに会わないとまずい」
お祓い師「……よし、血だ。飲んでいいぞ」
狐神「う、うむ……」
狐神「…………」
狐神「……む、あっちじゃ……」
お祓い師「正確な場所はわからないのか」
狐神「あくまでわしの力は『目的地に導く力』じゃ。道筋がわかるだけで場所まではわからぬ」
狐神「もっと近づけば、力の気配や臭いでわかるはずじゃから、力が続く限り向かうのが先決じゃ」
お祓い師「わかった、急ぐぞ……!」
狐神「うむ……!」
*
狼男「ぐあっ……!つ、強い……」
黒髪の修道女「だ、大丈夫ですか……!?」
西人街の聖騎士長「二人とも大人しく投降しろ。俺一人相手に勝てないのに、この人数を相手に逃げられると思うのか」
肥えた大神官「……早くその愚か者を捕らえて処刑してしまえ」
狼男「ぐ……」
お祓い師(……!いた……!)
聖騎士A「貴様はあの不届き者の同行者であったな。この場で拘束させてもらう」
お祓い師「なっ、どけっ!俺はあいつを止めないとならない!」
聖騎士B「もう遅い。あの者はあろうことか魔女と手を組み大神官様に牙を剥いた」
お祓い師「魔女……?」
お祓い師「あいつ……」
お祓い師(やはりあの修道女が“魔女”か。だが、なぜ狼男と一緒に……)
役所の快活な受付嬢「追いついた……!」
お祓い師「お前、いつの間に……」
役所の快活な受付嬢「あの子からの手紙がさっき酒場に届いたのよ!」
聖騎士C「それは出来ない。如何なる者も通すなという命令だ」
役所の快活な受付嬢「命令?命令ってあの馬鹿の命令!?」
聖騎士B「なっ、聖騎士長に向かって馬鹿とは失敬であるぞ!」
聖騎士C「貴様も拘束させてもらう!」
役所の快活な受付嬢「いやっ!離してよっ!」
西人街の聖騎士長「待て、そいつは離してやれ」
聖騎士C「は、はっ!」
役所の快活な受付嬢「……どういうつもり。やっとその子が見つかったっていうのに……!」
西人街の聖騎士長「見つかったから拘束したんだろう。こいつは教会の教えに背いた魔女なんだぞ」
役所の快活な受付嬢「教会の教えに背いた!?いつその子が教会の背いたっていうのよ!」
役所の快活な受付嬢「その子ほど献身的に祈りを捧げていた信徒はそうそういない!」
役所の快活な受付嬢「それをあんたら教会の勝手な都合で魔女裁判にかけて!なにそれ、ふざけないでよ!」
西人街の聖騎士長「……大神官様の言うことは絶対だ」
お祓い師「おい」
西人街の聖騎士長「……お前との二度目の対面がこんな形になるとは残念だ」
お祓い師「……大神官サマの言うことが絶対だ?」
お祓い師「お前たちにとっての絶対ってのは神のことだろうが……!」
西人街の聖騎士長「……絶対神のお言葉を聞けるのは神官様たちだけだ」
狐神「……!」
聖騎士B「貴様っ!」
聖騎士C「なんということをっ!」
お祓い師「ぐはっ!」
西人街の聖騎士長「……お前がなんと言おうとこの状況は覆らない。諦めてそこで眺めていろ」
西人街の聖騎士長「とは言っても、お前たちもタダでは帰れないな。ま、覚悟はしておけよ」
黒髪の修道女「……あなたも落ちたものですね」
西人街の聖騎士長「落ちたどころかここまで偉くなったぞ」
役所の快活な受付嬢「あんたね……!」
西人街の聖騎士長「見たところ狼男のようだが……」
黒髪の修道女「……たまたまこの人の心の中を覗いたら、同じ相手に恨みを持っていたから声をかけただけです……」
お祓い師(あの晩に俺たちが眠った後に接触したか……。そこで仇がこの街にいることを知って様子がおかしかったのか)
西人街の聖騎士長「大神官様、お心当たりは」
肥えた大神官「……ふん、知らんな。狼男の知り合いなどいるはずもない」
狼男「とぼけるな!お前が“罪のない妻に人狼の疑いをかけて殺した”神官だということは分かっている!」
お祓い師「なっ……!」
お祓い師(自身が人狼として疑われた、という話は嘘だったのか……)
狼男「あの後貴様が皇国へと転属されたと聞き、遥々国を越えてここまで来た……」
狼男「例え自分が死んででも、貴様だけは必ず殺す……!」
肥えた大神官「ふん、言いがかりもいいところだな」
肥えた大神官「おい、あとは任せたぞ。私は感謝祭の準備で忙しい」
西人街の聖騎士長「はっ、わかりました」
狼男「待てっ!!」
西人街の聖騎士長「通さねえぞ……!」
狼男「くそっ!」
狼男「おい待てっ!クソッ!!待ちやがれええええぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
西人街の聖騎士長「諦めるんだな」
黒髪の修道女「この方は人の姿の時には全く気配を発しません。誰であろうと見分けるのは非常に困難です……」
西人街の聖騎士長「……何としても大神官様を侮辱したいか」
西人街の聖騎士長「しかし、……なるほど?“それがその男の力というわけか。お前は狼男だものな”」
西人街の聖騎士長「だがそうなると、更におかしな点が出てくるな」
西人街の聖騎士長「不遜も甚だしいが、もし仮にこの男が大神官様を討ち取ろうと考えていたならば、もっと円滑にできたはずだ」
狼男「さ、さっきから何を言っている……」
西人街の聖騎士長「んん……?」
西人街の聖騎士長(……なるほど。自分の力を理解していない、か)
西人街の聖騎士長「まあいい。祭りで活気づいた街の往来でこれ以上こうしているわけにもいかないからな」
聖騎士D「はっ」
聖騎士E「おい立て」
狼男「ぐっ……」
黒髪の修道女「…………」
お祓い師「待て……!」
聖騎士A「貴様も動くな!」
お祓い師「離せ!」
聖騎士A「なっ……!ぐわっ!」
聖騎士B「貴様っ……!」
お祓い師「どけっ!」
お祓い師『滅却!!』
聖騎士B「炎だとっ!?」
聖騎士C「近付けん……!」
西人街の聖騎士長「……さすが、だな」
西人街の聖騎士長「お前ほどのお祓い師ならば、その攻撃は並の威力ではないか」
西人街の聖騎士長「その相手をするのは非常に困難だが……」
お祓い師「そいつらを離せ!」
西人街の聖騎士長「……それでもまだ俺のほうが強い」
お祓い師「ぐはっ!!」
狼男「だ、旦那……!」
狐神「大丈夫かの……!?」
西人街の聖騎士長「……うーん」
西人街の聖騎士長「やっぱり違和感があるんだよな……」
お祓い師「なんの、ことだ……」
西人街の聖騎士長「いや、お前が今使った力と、別の何かをお前から感じてね」
西人街の聖騎士長「……だが残念だな。その正体が何かは分からないが、“お前の場合は手遅れだろう”」
お祓い師「……訳がわからないことを……!」
西人街の聖騎士長「おっと、話が長くなっちまったな」
西人街の聖騎士長「よし、そいつらもまとめて連れて行け」
西人街の聖騎士長「あとその受付嬢は……」
西人街の聖騎士長「一緒にこの街で育った仲だ。いま黙って立ち去るなら見逃してやるぞ」
役所の快活な受付嬢「……誰がっ……!あんたの言うことなんか……!」
路地裏の酒場の娘「待って!」
路地裏の酒場の娘「お願い、冷静になって……!」
西人街の聖騎士長「お前も来たのか。ははっ、まるで同窓会みたいだな」
路地裏の酒場の娘「なんであなたはそうも……!」
役所の快活な受付嬢「離して……!私はあいつに一発くれてやらないと気がすまない……!」
役所の快活な受付嬢「でもっ……!」
路地裏の酒場の娘「お願い、こらえて……!」
役所の快活な受付嬢「でも……、やっとあの子に会えたのに……!」
黒髪の修道女「私は、大丈夫だよ……。二人とも心配してくれていて、嬉しかった……」
黒髪の修道女「でも二人が捕まっちゃったら私は悲しい……。だから二人はもうこの場を離れて……!」
役所の快活な受付嬢「だけど……!」
黒髪の修道女「ごめんね……。私、二人が思っているようないい子じゃない」
黒髪の修道女「ずっとこの街の近くにいた理由も、やっとわかったんだ」
黒髪の修道女「……ずっと、復讐したかったんだ」
黒髪の修道女「だから……」
役所の快活な受付嬢「…………」
路地裏の酒場の娘「行こう……。私たちに出来ることは、ないから……」
黒髪の修道女「お願い、行って……!」
役所の快活な受付嬢「っ……!」
役所の快活な受付嬢「私は絶対に許さないから!あんたも、教会も!絶対に許さないから……!」
西人街の聖騎士長「…………」
役所の快活な受付嬢「絶対に……!」
西人街の聖騎士長「……さて、他の四人は牢に連行する」
聖騎士A「は、はっ……!」
西人街の聖騎士長「じゃあそこの女も連れて来てくれ」
聖騎士B「よし立て」
聖騎士B「……どうした、立てと言っている!」
狐神「…………」
お祓い師「狐神……?」
聖騎士C「待て、様子がおかしい。……顔色が酷く悪いな」
聖騎士A「体調でも崩したか」
西人街の聖騎士長(……いや、あの女からは僅かながら力を使っている気配がする)
狐神「……!」
狐神「今じゃおぬし、立てっ!」
お祓い師「くっ……!」
西人街の聖騎士長「なっ……!?」
狐神「こっちの路地じゃ!」
お祓い師「ま、待て!それだと……!」
狐神「迷っておる暇はあらん!はようせんか!」
お祓い師「いいから離せ!」
狐神「聞き分けのない……!」
聖騎士A「待てっ!」
西人街の聖騎士長「お前たちは追え。こっちの二人は俺が牢にぶち込んでおく」
西人街の聖騎士長「だが見つからなければ深追いはしなくていい」
聖騎士A「な、なぜですか」
西人街の聖騎士長「……その方が面倒事が減っていいからだ」
聖騎士A「へ……?」
西人街の聖騎士長「ま、いいから一応追ってみろ」
聖騎士A「はっ!よし、行くぞっ!」
西人街の聖騎士長「…………」
狼男「…………」
黒髪の修道女「…………」
西人街の聖騎士長「牢まで来てもらおうか。いろいろと話がある」
*
狐神「はあっ……、はあっ……」
お祓い師「おいっ……! 離せって!」
狐神「はあ……、ここまでくれば平気じゃろう……」
お祓い師「おい、聞いてんのか! なんであそこで逃げた!」
お祓い師「まだ二人が捕まったままだろうが!」
狐神「……見えなかったのじゃ」
狐神「……あの場から二人も連れて逃げるという道筋が、どれだけ力を使っても見えなかったのじゃ……」
狐神「もう力が尽きようという時に、仕方なしに二人だけで逃げきれる道を選んだのじゃ……」
お祓い師「な……」
お祓い師(……ずっと力を使っていたからあんなに疲弊していたのか)
お祓い師「……あの二人を連れて逃げる道筋が見えなかったということは……」
狐神「うむ……。あやつがそれだけ強いということじゃろう」
狐神「それに加えて、辻斬りの時とは違って、他にも沢山の聖騎士がおった。状況の悪さはあの時以上じゃ」
狐神「そんな中を手負い四人で逃げるなど無理じゃ……」
お祓い師「くそっ……!」
お祓い師「見捨てるってことか……?」
狐神「現実的な話をすれば、じゃ」
狐神「あやつらのしていることは、少なくともこの皇国内では違法」
狐神「しかし聞く所によるとこの都市においては、あやつらに自治権があるに等しいらしいではないか」
お祓い師「……そうだ。この西人街の教会は共和国の大使を兼ねている」
お祓い師「国軍であろうとも無闇に手を出せないのは事実だ」
狐神「力に訴えても、言論を持ってしても、わしらに勝ち目はあらん、ということじゃろう……」
お祓い師「そうだ、だがそれでも……!」
お祓い師「…………」
狐神「わしだって……、わしだって本当ならば……」
お祓い師「なら……!」
???『──聞き分けさない。“貴方は諦めてこの街を出るの”。その方が楽で“魅力的な”方法でしょう?』
お祓い師「な……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……わ、わかっている……。俺だってわかってるさ……」
お祓い師「……復讐という選択をしたあいつらが、自ら招いた結末だ」
お祓い師「もう俺たちには関係のない……」
狐神(……なんじゃ?もう少し粘るとは思ったのじゃが、意外とあっさりと……)
お祓い師「……お、俺は冒険物語の主人公じゃないんだ」
狐神「…………」
お祓い師「どうしようもない逆境を覆せるような力はない……」
お祓い師「今から、あいつらを助けに行くのはただの蛮勇だ」
狐神(言っていることがさっきと真逆じゃ……。一体何が……)
狐神(しかし、今のわしらに逃げる以外の選択肢はない。再びこやつの気が変わらん内に行かねば……)
狐神「……そうか、では早くこの街を出るとしよう」
狐神「わしらもすでにこの街ではお尋ね者じゃ」
お祓い師「……馬車馬は捨てていくしかないか」
狐神「わしの力で馬車ごと街から出ることが可能かもしれぬからな」
お祓い師「……そう、だな」
狐神「じゃあ急ごうかの。あの役所に聖騎士の張り込みが入るのも時間の問題じゃろう」
*
狐神「(聖騎士の姿はなさそうじゃ)」
お祓い師「(いや待て、人の姿があるぞ……)」
狐神「(……あの受付嬢と酒場の娘ではないか)」
お祓い師「(……行ってみよう)」
役所の快活な受付嬢「あっ、君たち……!」
路地裏の酒場の娘「無事だったんだね……」
役所の快活な受付嬢「……いや、いいんだ。それに捕まっちゃったのはそっちの連れも同じでしょ?」
お祓い師「……なあ」
お祓い師「俺たちがあの晩に、あの修道女と出会っていなかったら」
お祓い師「あの修道女が心の中を覗かなければ、こんな事にはならなかったのか……?」
路地裏の酒場の娘「……いや、違うよ……」
路地裏の酒場の娘「復讐っていう方法を選んだのはあの二人」
路地裏の酒場の娘「たしかにもっと早く気がついていれば、私たちはあの子たちを止められたかもしれない……」
路地裏の酒場の娘「それでも最後にあの選択をしたのは、他でもないあの子たちだから……」
役所の快活な受付嬢「…………」
お祓い師「俺たちは少なくともこの街ではお尋ね者になってしまった」
お祓い師「今すぐにでもここを発つつもりだ」
役所の快活な受付嬢「そうだと思って馬の綱は外しておいたよ」
お祓い師「すまないな」
役所の快活な受付嬢「街を出ちゃえば安全だと思うから」
路地裏の酒場の娘「あとは、他にも教会が力を持っている街は少しだけどあるから、そこだけは注意すれば」
お祓い師「だな、忠告ありがとう」
役所の快活な受付嬢「ううん、気をつけて」
お祓い師「……ああ」
狐神「では、の……」
*
狐神「ふう、どうにか街を抜けられたかの……」
お祓い師「立て続けに力を使って疲れているだろ。少し休め」
狐神「……うむ、そうさせてもらうかの」
狐神「…………」
狐神「……なあおぬしよ」
お祓い師「なんだ」
お祓い師「…………」
狐神「わしも違和感は感じておったし、今まで相対した奴らもおぬしのことを何かおかしいと感じておるようじゃった」
狐神「おぬし自身の体のことじゃろう。本当は何か知っているのではないのかのう……?」
お祓い師「……知らねえよ」
狐神「じゃが……」
お祓い師「知らねえし、知りたくもない」
狐神「……おぬし、何を片意地を張っておる」
お祓い師「……あ?」
狐神「おぬしから感じる別の力があればあの二人を救えたのではないのか……?」
狐神「根拠などあらん。しかし、その力の可能性にかけてみようとは思わなかったのかの?」
お祓い師「あの二人を助けだすという選択肢を最初に捨てたのはお前の方だろうが……!」
狐神「わしの力ではあの状況を打破することはできなかったということじゃ」
狐神「じゃがおぬしは、隠し玉を持っておるではないか……!」
狐神「おぬしは本当はその力の正体を知っているのではないのか?」
狐神「わしが思うにそれはおぬしの親の……!」
お祓い師「──うるせえ!!」
狐神「っ……!」
お祓い師「……知らねえって言ってるだろ……!」
狐神「……お、ぬし……!」
狐神「それは肯定と取っていいということじゃな!?」
お祓い師「だったら、なんだっていうんだよ!」
狐神「痛っ……!」
お祓い師「あ……」
お祓い師「……すまん……」
狐神「……いや、平気じゃ……」
狐神「……なあ、おぬしよ。最後にいいかの」
お祓い師「…………」
お祓い師「……なんだ」
狐神「おぬしはその身に宿る力のことをどう思っておるのじゃ?」
お祓い師「…………」
※潜在能力ではなく、その時点で判明している実力
A2 辻斬り
A3 西人街の聖騎士長
B1 狼男
B2 お祓い師
B3
C1
C2
C3 河童
D1
D2 狐神
D3 化け狸 黒髪の修道女
章題の魔女がほとんど出てこないという回でした。
主人公が負けっぱなしですが、格上には割と負ける感じの人です。
色々とすっきりしないまま終わりましたが、回収はまた後ほど。
《天狗》
狐神「…………」
お祓い師「…………」
狐神(あれから一晩以上、口を利いていないのう)
狐神(してはいけない質問だとはわかっておったが……)
狐神(こうもこやつが頑固であったとはのう)
狐神(……いや、頑固なのは知っておったわ)
狐神「……のう、ぬしよ」
お祓い師「……なんだよ」
狐神(……自ら話しかけてしまえば、ここまで呆気ないものじゃったか)
狐神「いや、あの二人のことじゃ」
お祓い師「…………」
狐神「わしが思うに、あの二人は殺されてはいないはずじゃ」
お祓い師「気休めで場を取り繕おうとしているなら逆効果だぞ」
狐神「気休めではあらん」
お祓い師「……まあそれに関しては俺も同意見だ」
お祓い師「もし死刑を行えば、皇国における反教会団体がここぞとばかりにうるさくなるだろうからな」
狐神「そう思っていながら、無謀にも奴らに挑もうとしたのかの」
お祓い師「あの場で助けられるならそれに越したことはないだろうが」
お祓い師「出会って一ヶ月少しとはいえ俺達の仲間だ。そう簡単に見捨てられるかよ」
狐神「……その通りじゃな」
狐神「更に気休めを言うならば、あの聖騎士長という者からは殺意が感じられんかった、ということじゃな」
狐神「本当にあの大神官という者を狼男から守っていたのならば、もう少し殺意やそれに似た何かを感じても良かったはずじゃ」
狐神「じゃが、あやつにはそれが無かった」
狐神「ああ振る舞ってはおったが、やはり旧知の仲である修道女を手に掛けるつもりなど初めから無かったのではないのかのう」
狐神「うむ」
狐神「……じゃが、そうはいっても特に狼男の方はいつまでも無事である保証はない。何よりあやつは既に人ではない」
狐神「人為らざるものに、人の世の法が適用されるかのう……」
お祓い師「…………」
狐神「あやつらを助けるためには、おぬしとわしが力をつける他ないのじゃ」
お祓い師「……わかってる」
狐神「また怒られる覚悟で言うがの、それでもおぬしは、その内に秘めた力を使わぬというのかの」
お祓い師「…………」
狐神「おぬし……」
狐神「……それができるなら、それでいいんじゃが」
お祓い師「チッ……」
狐神「怒るでない。その点についてはわしも人のことを言えんからのう……」
お祓い師「……力を取り戻せている感覚はないのか」
狐神「初めて会った時よりは幾分かマシじゃが、それでも力を使うとすぐにに意識が薄くなっていってしまう」
お祓い師「……あまり無理はするなよ」
狐神「わかっておる」
狐神「…………」
狐神「……ぬしよ」
狐神「物の怪が近づいてきておるぞ」
お祓い師「なに……!」
お祓い師「……いつの間に。一体こいつは……」
狐神「天邪鬼、じゃな。人の心を読むことが出来る妖怪の一種じゃ」
お祓い師「あの修道女と同じだと……!?」
狐神「いや、こやつら自身の知能は低く、“覚”のような強力な力の持ち主でもあらん」
狐神「せいぜい、心を読んだ人間の口真似をしたりする程度じゃと聞いておる」
狐神「適当に追い払ってこの場を抜けてしまうのがよいじゃろう」
お祓い師「……わかった」
天邪鬼「……ッ!?」
お祓い師「消し炭になりたくなかったら早く失せな」
天邪鬼「…………」
お祓い師「…………」
お祓い師「……行ったか」
狐神「やはりおぬしはあまいのう……」
お祓い師「別に危害を加えられてないから、わざわざ祓う必要もないだろ」
狐神「じゃがわざわざわしらの元へ来たということは、何らかの悪意があったと考えるのが妥当じゃろう」
狐神「命を救われた身として言うのもなんじゃが、おぬし自身の足をすくうような事にならねば良いのじゃがな……」
狐神「うむ」
狐神「……して、今わしらはどこへ向けて馬を進めておるのじゃ」
狐神「まさかお父上がいるという場所は直接行けるほど近くはないのじゃろう?」
お祓い師「ああ、途中で一つ町を経由していく」
お祓い師「今向かっている所はそれなりに大きな退魔師協会の支部があるらしい」
狐神「退魔師協会の支部、というといつもわしらが役所でお世話になっておる窓口のことかの」
お祓い師「ああそうだ。あの窓口は正確には役所がやっている公的機関じゃなくて、国と協会が提携して運営している場所なんだ」
狐神「ふむ、なぜそんなことを」
お祓い師「お祓い師……、一般的に言う退魔師は個人個人が強い力を持っている」
お祓い師「国からすれば自国軍以外に大きな力を持つ集団を野放しにするのは得策じゃないからな」
お祓い師「提携という名の牽制をしているわけだ」
狐神「ふむふむ、なるほどのう」
狐神「ではさきの街で対峙した聖騎士団というのはどうなるのじゃ。あれも国の正規軍ではないのじゃろう?」
お祓い師「ああ、あいつらは例外だ」
狐神「例外、とな」
お祓い師「俺たち協会が牽制されている一方で、あいつら教会は国と癒着をしている」
お祓い師「国をまたがって信仰されている教会の力は非常に大きなものだ」
お祓い師「国としてはその権力にあやかりたいし、教会としても自分たちの活動をより自由にするには国の協力が不可欠だ」
お祓い師「ああ」
狐神「なるほどのう……。いろいろあるんじゃな」
お祓い師「ま、平和に過ごしたいならなるべく関わらないほうがいいのは間違いないがな」
狐神「ふむ……。ちなみに目的の町はいつごろ着く予定なんじゃ」
お祓い師「あー、最短進路を選んで進んでいるから、まあ日が落ちるまでには着くと思うんだが」
お祓い師「先に見える双子の山の横を通り過ぎるような感じで進むつもりだ」
狐神「順調にいけば今日中に着く、ということじゃな」
お祓い師「なにか問題に遭遇する前提で話すかよ」
狐神「……いや」
狐神「“まさに問題に遭遇しそうじゃぞ”」
狐神「物の怪が近づいてきておる……!天邪鬼のような雑魚ではないぞ……!」
お祓い師「クソッ!どこから来る……!」
狐神「……これは……!」
狐神「上じゃ!!」
???「────貴様ら、何用でこの山に来たのか」
*
お祓い師「狐神っ!着いて来てるか!?」
狐神「わしは平気じゃ!それよりも馬車は乗り捨ててきて良かったのかの!?」
お祓い師「この場合どうしようもないだろう!あいつはヤバイ!」
お祓い師「感じる力が今まであってきた奴らとは段違いだ……!」
お祓い師(おそらく辻斬りや聖騎士長よりもずっと強い……!)
お祓い師(冗談じゃねえぞ……!もしかしたら勝てるかも、とかそんなレベルじゃねえ……!)
お祓い師「……!」
お祓い師(……一瞬で回りこまれた……!)
狐神「……こやつ。天狗、じゃな」
???→赤顔の天狗「いかにも。儂はこの山の長、天狗である」
お祓い師「天狗、だと……」
お祓い師(確かあの受付嬢が『A1級の天狗の依頼が』とか言っていたがまさか……)
お祓い師「……何故俺たちを狙う」
赤顔の天狗「決まっているではないか。儂はこの山の長。下僕あり同胞である天邪鬼の仇討である」
お祓い師「嘘だな」
お祓い師「俺たちが天邪鬼を追い払ったのはついさっきだ。来るのがあまりに早すぎる」
お祓い師「それに、お前がこの辺りで暴れているという情報は少し前から街にも入ってきていた」
赤顔の天狗「……ふむ、儂の名も街まで轟くようになったか」
赤顔の天狗「その通りである。元より天邪鬼のような弱小者共に興味はない」
赤顔の天狗「儂は、このような危険な山道をわざわざ選んで来る愚か者どもと力比べをしたいに過ぎぬ」
お祓い師(時間短縮のことばっかりを考えて近道を選んだのが失敗だったか……)
赤顔の天狗「さあ力比べをしようぞ愚かな人間よ」
赤顔の天狗「なに、時間は取らせぬ」
赤顔の天狗「──すぐに終わらせてやろう」
お祓い師『滅却!!』
赤顔の天狗「ムゥッ……!」
お祓い師(よし、直撃だ……!)
狐神「おぬしよ、よく見るのじゃ!」
赤顔の天狗「…………」
赤顔の天狗「……効かんぞ」
お祓い師「ば、かな……」
赤顔の天狗「……ではこちらも行かせてもらうぞ」
お祓い師「……!」
狐神「う、うむ!」
赤顔の天狗「逃さぬ……!」
赤顔の天狗「ムゥンッ!」
お祓い師「がはっ……!」
お祓い師(突風、か……!?)
狐神「あれは『大天狗の扇子』……!?」
お祓い師「知っているのか……?」
狐神「うむ。あれは『大天狗の扇子』と呼ばれておっての、その名の通り大天狗の持つ扇子なのじゃが」
狐神「その一振りは嵐を起こし、その一帯を更地に変えてしまうという……」
狐神「──『大天狗とは即ち魔王のことである』、と……」
お祓い師「魔王、だと……?」
お祓い師「とんだバケモンじゃねえか……!そんなのどうやって──」
赤顔の天狗「──貴様らに呑気に話している暇はないぞ」
お祓い師「……!!」
お祓い師『滅却……!』
赤顔の天狗「くははっ、効かぬわ!」
お祓い師(クソッ!避けすらしない……!)
お祓い師(それだけ力の差が……!)
お祓い師「ぐああっ!」
狐神「っ……!!」
赤顔の天狗「くははっ、まだまだいくぞ!」
お祓い師「クソがっ!」
お祓い師(情けなさすぎる……!辻斬りにも敗れ、聖騎士長にも敗れ、またこうして負けようとしている……!)
お祓い師(相手が強すぎるとか、そんな言い訳以前に)
お祓い師「……俺が、弱すぎる……」
狐神「ぬしよ!弱音を吐いている場合ではないぞ!」
お祓い師「そんなことは分かっている……!だが……!」
赤顔の天狗「どうした、もう諦めたか。つまらない奴め」
お祓い師「……別にお前を楽しませようって気はねえよ!」
お祓い師『滅却!!』
赤顔の天狗「ぬるいわッ!」
お祓い師「な……、扇子の一扇ぎで……」
狐神「かき消しおった……」
赤顔の天狗「ふ、ふはは……」
赤顔の天狗「ふはははは! 弱い! 弱いぞ人間よ!! まるで儂の相手になっておらん!!」
赤顔の天狗「もうよい飽きたわ! 終わらせてやろう!!」
狐神「──おぬしよ、こっちじゃ!!」
お祓い師「やっとか……!」
狐神「“飛び降りるのじゃっ!”」
お祓い師「またそれかよ……! って、うおわああああっ!?」
赤顔の天狗「…………」
赤顔の天狗「崖から飛び降りおった……」
赤顔の天狗「……ふむなるほど、下は川か」
赤顔の天狗「儂を撒くとは面白い」
赤顔の天狗「だがこの山で逃げきれると思わぬことだな、人間」
*
お祓い師「ぶはぁっ……!」
お祓い師「はあ……はあ……」
お祓い師「狐神は、平気か……?」
狐神「なんとか、のう……」
狐神「この通り、きゃすけっと帽も無事じゃ」
お祓い師「その調子なら平気そうだな」
お祓い師「もう日が沈む、下手に動くよりはどこかに身を潜めた方がいいだろうな」
狐神「はっ……」
お祓い師「は……?」
狐神「……くちゅん」
狐神「……風邪を引いたかも知れぬ」
お祓い師「まずいな……」
お祓い師「まあ確かに、もう寒くなってきてるからな……」
お祓い師「……お、丁度いい。取りあえずはあそこの洞窟の中に入ろうか」
狐神「……うむ」
お祓い師「……見てわかんねえのか、薪集めだ」
*
狐神「……なるほどのう、こういう時おぬしの火を使う力は役に立つのう……」
お祓い師「……いいから黙って体調回復に専念しろ。見張りは俺がやるから」
狐神「……うむ、すまぬ……」
お祓い師「…………」
お祓い師(状況は最悪だ……。できればいち早く、こいつの力を使ってこの山を脱出したいところだが……)
お祓い師(いまのこいつじゃ十分に力が発揮されないだろうし、なんなら体調が悪化するだけだろう)
お祓い師(もし再びあいつと交戦した場合のことだが、どうする……)
お祓い師(あの風の発生源は大天狗の扇子とやらで間違いないだろう。ならばあれを狙うか……?)
お祓い師(……いや、おそらく無理だろうな。風にかき消されるのがオチだ)
お祓い師(炎を目眩ましに逃げる以外ない、か……)
お祓い師「クソッ……、情けねえ……」
お祓い師「俺はお祓い師だ……。物の怪を前にして逃げてどうすんだよ……」
お祓い師「俺ならどうにか出来るはずだ……」
お祓い師「出来るはずなんだ……!」
お祓い師?『──なぜなら俺は、“あの伝説的な退魔師の息子なのだから”』
お祓い師「……うるせえ」
お祓い師?『“あの人の息子ならば”出来て当然だ』
お祓い師?『“あの人の息子ならば”もっと力を出せるはずだ』
お祓い師?『“あの人の息子ならば”──』
お祓い師「──うるせえ!!」
お祓い師?『…………』
お祓い師「うるせえぞ……!」
*
お祓い師「…………」
お祓い師「……いつまでいるつもりだ」
お祓い師「もう夜が明け始めたぞ」
お祓い師?『俺は負の感情に引き寄せられる』
お祓い師?『その感情が強く黒々しいほど俺を惹きつけて離さない』
お祓い師「……別に俺は気にしていない。とうの昔に割り切っている」
お祓い師?『俺はお前だからよく分かっている』
お祓い師「嘘をつくな……!俺は俺だ……!お前に俺のことなどわかるものか……!」
お祓い師?『いいや、俺はお前だよ。“そういう”物の怪だからな』
お祓い師「違う……!俺はそんなことを思っちゃいない……!」
お祓い師?『そんなこと、とは』
お祓い師?『……お前が、実は親父のことを尊敬なんか、全くしていないってことか?』
お祓い師「……!」
お祓い師?『いや、この言い方だと語弊があるか……。正しく言うならそうだな……』
お祓い師?『嫉妬、そう劣等感を抱いている』
お祓い師『滅却!!!』
お祓い師?『……ムキになるなよ。それは肯定しているようなものだろうが』
お祓い師「チッ……、待て……!」
お祓い師「……どこに行った……」
お祓い師?『ははっ、自分に素直になるところから始めたらどうだ』
お祓い師「いつの間に崖の上に……!」
お祓い師?『はははっ……』
お祓い師『滅却!!』
お祓い師(……直撃した……!これなら……!)
お祓い師「な……!?」
お祓い師(効いてないだと……!?そんな馬鹿な……!)
お祓い師?『もう会わないことを祈っておく。じゃあな』
お祓い師「ま、待て!」
お祓い師「……クソッ……!」
狐神「お、おぬしよ、どうしたのじゃ……?」
お祓い師「狐神……、お前はもう少し休んでいろ」
狐神「あれほど騒ぎ立てられては休まらんわ……!それに無闇に力を行使していては……!」
赤顔の天狗「────儂に気が付かれてしまうぞ?」
赤顔の天狗「儂から逃げきれるとでも思ったか」
お祓い師『滅却ッ……!』
赤顔の天狗「…………」
赤顔の天狗「……つまらん。つまらんなあ人間よ。そのような火の粉で魔の長たる儂が墜ちるとでも思ったか」
赤顔の天狗「貴様がその内に宿す力を扱えておれば、まだ少しは楽しめたであろうに」
赤顔の天狗「まあ、“手遅れであるようだから”今更言っても詮なきことか」
お祓い師(またそれか……!河童が狐神に、聖騎士長が俺に対して言った言葉……)
お祓い師「……おい、一つだけ聞かせろ」
お祓い師「その“手遅れ”というのは、一体どういう意味なんだ……」
赤顔の天狗「まあよい、冥土の土産に教えてやろう」
赤顔の天狗「儂や、貴様が扱う特殊な力。これはそう簡単に習得できるもではない」
赤顔の天狗「この力は、例えば魚が泳ぐように。また例えば鳥が飛ぶような、そんな技術を後付で覚えることに等しい」
赤顔の天狗「だからこそ、それ以上に新たな力を習得することは非常に難しい」
赤顔の天狗「魚の泳ぎを覚えた後に鳥の羽ばたきを覚えることは困難であるということだ」
赤顔の天狗「それ故に、複数の力を身に着けるということは先天的な才でもない限りまず無理だろう」
赤顔の天狗「道具などを使えば力の行使に関してはその限りではないが、やはりその身に力をいくつも宿すというのは難しい」
赤顔の天狗「これは貴様も、そして儂とて例外ではない」
お祓い師「…………」
赤顔の天狗「どういうつもりかは知らんが、貴様はそれを使うことを放棄し、別の力を修めることにしたようだ」
赤顔の天狗「貴様は既にその別の力を行使するための身体に、魂になってしまった」
赤顔の天狗「今更後悔したところで貴様の内に眠る力を発芽させることは出来ぬということだ」
お祓い師「…………」
お祓い師(そういう、ことか……)
赤顔の天狗「さて、儂の話は終わりである」
赤顔の天狗「そろそろ飽きを通り越して苛立っていたところだ。不可避の一撃を以って終わりとしよう」
お祓い師(いまの俺にはこいつに対抗しうる、一発逆転のための力は無いって事か……)
お祓い師「……ち、くしょう……!」
赤顔の天狗「……いや待て、そうだ。あの狐はどこだ。姿が見えぬ」
お祓い師(そ、そういえばあいつはどこに……)
赤顔の天狗「……ムゥッ!上かっ……!!」
狐神「チィッ、気づかれたか……!」
お祓い師(あいついつの間にあれほど崖を登って……!)
狐神「鈍ったとはいえ獣の爪じゃ!とくと喰らうがよい……!!」
お祓い師「ばかっ……!飛び降りやがった……!!」
赤顔の天狗「ムゥゥッ!!」
狐神「くぅっ……!」
お祓い師「……! 狐神、平気か!?」
狐神「げほげほっ……。あ、あまり平気とは言えんのう……」
お祓い師「なんであんな無茶なことを……!」
狐神「そ、そりゃあ、おぬしを助けるために決まっておろう……。不意打ちで当たってくれればと思ったのじゃが甘かったのう……」
赤顔の天狗「……ふ、ふははははっ! 捨て身の一撃も無駄だったようだなァ!」
赤顔の天狗「いい加減飽いたと言っているだろう! この大天狗の扇子で粉微塵にしてくれよう!!!」
お祓い師「……!!」
お祓い師(せめてこいつだけでも……!)
お祓い師(……いや、それじゃ意味がねえ……! 俺が死ねばこいつも死ぬ。いまの俺達はそういう関係だ……!)
お祓い師(どう、すれば……!)
赤顔の天狗「────ガハッ!?」
お祓い師「な……!」
お祓い師(……一体何が起きた……? 天狗が。落ちた……!?)
赤顔の天狗「な、何奴……! グフッ……!」
お祓い師「……銃声だ……!」
お祓い師(だがそうだとしたら、なぜこいつはこんなにダメージをくらっている……! 俺の炎をくらって平然としているような奴が……)
狐神「おぬしよ! 色々と考えたいことがあるのはわかるが、今の機会を逃してはならぬ……!」
狐神「一旦またどこかに身を潜めたほうがよい……! まだ天狗は余力を残しておる!」
お祓い師「あ、ああ……! 狐神は走れるか!?」
狐神「げほげほっ……! か、肩を貸してくれると、助かるのじゃが……」
お祓い師「わかった、しっかり掴まれ……!」
赤顔の天狗「ぐぬぅっ……! 待たぬかァ……!」
*
お祓い師「はあはあ……、これ以上は、走れない……」
狐神「……げほげほっ……。……わしをそこの切り株に座らせてくれぬかのう」
お祓い師「……ああ任せろ」
狐神「ごほっ、……すまぬな」
お祓い師「体調は良くならないか」
狐神「……むしろいま走ったことで悪化したわい」
狐神「……うむ……」
狐神「……確証はないのじゃが、わしの仮説を聞いてもらってもいいかの」
お祓い師「今のところ全く打開策がないから、どんな些細な事でも言ってくれ……」
狐神「……うむ、まずじゃが、天狗という物の怪についてじゃ」
狐神「……ごほごほっ……。天狗というのは実は大きな括りでのう、その由来は様々じゃと聞いておる」
狐神「中でもあやつのような人の形をした者は、元が高名な層、あるいは破戒僧じゃと言われておる」
お祓い師「破戒僧、か……」
狐神「うむ、道を外れた僧のことじゃな」
狐神「道に通ずるものからすれば、破戒僧とは思い上がりの化身のようなものじゃと聞く」
お祓い師「お、おい血が……!」
狐神「平気、じゃ……」
狐神「……で、皇国にはこんな言い回しがあるのじゃが知っておるじゃろうか」
狐神「天狗になる、というものなんじゃが……。これは得意になって態度が横柄になるさまを言うものでな……」
狐神「まるで天狗のように鼻高々になっている人間をさして使う言葉じゃな」
お祓い師「それが今の状況を打破する鍵になるのか……?」
狐神「ごほごほっ……。まあ落ち着いて聞くのじゃ……」
狐神「わしが思うにあやつはこの山全体に結界を張っておる」
お祓い師「結界、か……」
狐神「結界とはその仕組みが単純であればあるほど威力を増す事が多い。複雑な結界を単純化するのが術者の目標じゃろう?」
お祓い師「ああ、その通りだ」
狐神「そしてその仕組み、言い換えるならば結界の発動条件。それとの相性が術者と合えば会うほど威力は絶大なものとなる」
狐神「のう、思い出してみよ。わしが崖の上から捨て身の一撃を放った時、あやつはわざわざわしの攻撃を避けおった」
狐神「こほっ……、おかしいと思わぬか。おぬしの炎を避けすらしなかったあやつが、わしのような老いた獣の爪を恐れるというのか」
狐神「そして先程の銃声じゃ。音からしてあれはおそらく崖の上からのものじゃ。鉛球ごときがあやつを地に落とすほどの力を持っていると思うか」
お祓い師「……それは俺も変だと思っていた」
狐神「狐神この二つに共通することは、──“上からの攻撃”じゃということ」
狐神「あくまで予想に過ぎぬが、おそらくあやつの張っている結界は『上からの攻撃が強化される』というものじゃ」
お祓い師「……なるほどな。おそらくだがその予想は正しい」
お祓い師「さっき俺の姿に化けて現れた物の怪、まあ昨日の天邪鬼だと思うんだが」
お祓い師「感じる力は弱いくせに俺の術をモロに食らっても平気そうな顔をしていた」
お祓い師「いま思えばあいつ、崖の上に登っていた。俺を遥かに見下す位置にいたってわけだ」
狐神「けほっ……、なるほどのう。ということは、わしの予想に賭けても良さそうかの」
お祓い師「ああ、どのみちそうするしかない」
狐神「……して、おぬしよ。あの天邪鬼に大層心乱されておったようじゃが、何を言われたのじゃ」
お祓い師「……なんでもねえよ」
狐神「……天邪鬼は自分の写し鏡じゃ。あやつらは嘘はつかぬ。それだけは覚えておくと良い」
お祓い師「今の状況を片付けたら話してやるよ」
狐神「ごほっ……。うむ、わかった。……では行くかの」
お祓い師「……ああ、辛いだろが頑張ってくれ」
お祓い師「登るぞ」
*
狐神「けほっ……」
狐神「ごほっごほっ……。はあ……」
狐神「……やっと来たか、の」
赤顔の天狗「……貴様一匹か」
狐神「うむそうじゃ。随分と時間がかかったのう」
赤顔の天狗「……ふん。あのお祓い師の人間はどうした」
赤顔の天狗「……嘘をつくならばもう少し上手くつくことだ」
狐神「…………」
赤顔の天狗「結界の仕組みに気がつくとはあっぱれ。だがその陳腐な足掻きも儂には通用せん」
赤顔の天狗「狐一匹と油断した儂に、儂よりも高い場所からの一撃を加えるという算段であったのだろうが……」
赤顔の天狗「そこの山の頂に隠れているのだろう人間!! そこに立てば儂よりも上になれると思ったか!」
赤顔の天狗「儂は飛べるのだぞ、このようにな!!!」
赤顔の天狗「さあ姿を……! ……ムゥ?」
赤顔の天狗「いない、だと……」
狐神「…………」
赤顔の天狗「……くははっ、なるほど考えたな。儂が油断して降りようという時に遠隔式の術を作動させるつもりであったか」
赤顔の天狗「だが残念であったな!!儂は不用心にそれより下に降りるような真似はしない!!」
赤顔の天狗「儂はこの山の王!何ぴとたりとも儂より上に立つことはないのだ!!」
赤顔の天狗「さあ人間よ、どこに隠れているか知らぬがもうすべてを見破った!諦めるのだなあ!!ふははははっ!!!」
狐神「…………」
狐神「……さて……」
*
赤顔の天狗「────な、に……!?」
*
狐神「けほけほっ……、ここで種明かしとさせてもらおうかの」
狐神「あの遠隔作動のおふだは下方のおぬしを狙ったものではなく、上方のおぬしを狙ったものじゃ」
狐神「不意打ちで避けられなかったようじゃのお。てっきり上方向には攻撃が来まいと油断しておったな」
赤顔の天狗「……だ、だが何故上方の儂にこれ程の威力を……」
狐神「……あやつは別に、おぬしが不用心におふだに近づくことなど期待しておらんかったよ」
狐神「あやつはここが双子の山だったことを利用だけじゃ」
狐神「ごほごほっ……。そうじゃ、あやつは向こうに見えるもう一つの山の頂におる」
狐神「双子とはいえども、向こうの山のほうが少々高いようじゃな」
狐神「おぬしがおふだの上方に飛び、かつ術を作動させる自分より下の位置に来るまでじっと待っていたというわけじゃ」
狐神「おそらくあやつは高さ稼ぎのために木の上にでも登って、望遠鏡を構えておぬしの到着を待っておったのじゃろうな」
狐神「げほげほっ……! ……まさか、このような状態のわしとあやつが別行動を取るとは思わなかったのじゃろう」
狐神「おかげでまんまと、血の匂いのするわしの方を追って来てくれたようじゃな」
赤顔の天狗「ヌゥゥッ、貴様ァ……!」
狐神「道具には頼らない主義じゃとぬかしておったが、さきの街での敗北が響いたようじゃな」
狐神「荷台に押しこんであったおふだを懐に忍ばせておったようじゃ」
狐神(あとはこのように地に伏せて、あやつの合流を待つ他ない……)
赤顔の天狗「ヌゥゥゥゥッ……!」
狐神「なっ……!まだ立ち上がる余力が……!?」
赤顔の天狗「許せぬッ……! 儂はこの山の王であるぞ! 魔王と呼ばれた存在であるぞ!! これしきの事でやられるわけがなかろうッ!!!」
狐神「げほげほっ……!」
狐神(……まずい、とてもではないが今のわしに逃げる余力はない……」
狐神(あやつ……、お祓い師も向こうの山からこちらに来るまでは時間がかかる……。このままでは……)
赤顔の天狗「まずは目障りな狐よ、貴様からだ!!」
赤顔の天狗「嬲り殺してくれよう!!」
赤顔の天狗?『まあ、落ち着くがよい儂よ』
赤顔の天狗「……!」
狐神(天狗がもう一体……、いやあれは天邪鬼じゃな……)
赤顔の天狗「……下等な物の怪よ、何をしに来た。いま貴様にかまっている暇はない……!」
赤顔の天狗?『愚問であるな。“儂は負の感情に引き寄せられる”。それだけだ』
赤顔の天狗「何ィ……」
赤顔の天狗?『貴様は、儂は認めてしまったのだ。長たる天狗が下等な人間と老いた獣に敗れてしまったことを』
赤顔の天狗?『貴様の心が認めているからこそ、儂はこの姿で貴様の前に現れたのだ』
赤顔の天狗「馬鹿な! 儂はまだまだ余力を残しておるのだぞ……! 塵二つを掃除することなど容易い……」
赤顔の天狗?『いま貴様は再認識しているはずであろう。────自分が“所詮紛い物であることを”』
狐神(紛い物……、じゃと……?)
赤顔の天狗「黙れェ! 儂はこの山の長であるぞ!! 紛い物ではなく、それは真実だ!!」
赤顔の天狗?『ウム、まあそれはあっておる。だが、所詮はお山の大将。儂も貴様も本物には遠く及ばぬ』
赤顔の天狗?『そうであろう? “大天狗の扇子を拾い、思い上がった僧”よ』
赤顔の天狗「グヌゥゥゥゥ……!」
赤顔の天狗?『貴様のことはなんでも知っておる。なぜならは儂は貴様だからな』
赤顔の天狗?『その本物への劣等感と、弱者に負けたことへの憤りが、儂という姿を形作ったのだ』
赤顔の天狗?『否定はできぬはずだ。儂が一番良く知っておる』
赤顔の天狗?『…………』
赤顔の天狗?『……ウム』
赤顔の天狗「……な、んだと……」
狐神「……じゅ、銃声……」
*
狐神(何が起きておる……。もう目の前も霞んでよく見えぬ)
狐神(天狗が血を流しておる……。いや、天邪鬼も同様じゃ……。……もしや撃たれたのか……)
狐神(……天狗がそれでもヨロヨロと逃げて行く……。ひとまずは助かったということかの……)
狐神(……天邪鬼は……、倒れて動かぬか……。当然じゃな。本質としてはか弱い物の怪じゃ……)
狐神「……げほっ……。……のうぬしよ」
狐神?『……わしか?』
狐神「一体それに何の意味があったというのじゃ……」
狐神?『……ふん、この行動に意味があったのではない』
狐神?『これがわしという存在なのじゃ』
狐神「……ごほっ……」
狐神「それだけなのかの……」
狐神?『……それだけじゃ』
狐神?『……生きること自体に意味などあらん。……大事なことといえば、何のために生きるか、じゃ』
狐神?『……その中身などそれぞれ違い、その価値は他からはわからぬ』
狐神?『……そこに説明できるような意味を求めることが愚かじゃ』
狐神?『…………』
狐神「…………」
狐神「……わからぬ、そんなこと言われてもわからぬ……」
狐神「……価値もわからぬもののために死ぬ、それに何の意味があるのじゃ……」
狐神「……わからぬ、わしにはわからぬ……」
狐神「…………」
*
???「……フン」
お祓い師「……はあ、はあ……。お、おい待て……!」
???「…………」
お祓い師「そいつに何をした……! まさかその猟銃で撃ったのか……!」
???「…………」
お祓い師「だとした俺はお前を……!」
???「オメェの言う“そいつ”ってのは、ここで倒れてる嬢ちゃんのことだろ」
???「俺が撃ったのはその横の……、さっきは天狗の姿をしていたんだが……。……マァ、とにかくそいつの方だ」
???「……もう一体の天狗は、頑丈な野郎で逃がしてしまったがな……」
お祓い師(横で倒れてるのは天邪鬼か……。出会った時の姿だが、既に死んでいるのか……)
お祓い師「……河原で助けてくれたのもあんたか」
???「……フン、覚えてねェな」
お祓い師「……お礼は言わせくれ。ありがとう……ございます」
???「……礼なんざ言ってる暇あったら、まずはその嬢ちゃんをなんとかしねェといかんだろ」
お祓い師「そ、そうだ……! ひとまず馬車のところまでおぶって行かねえと……!」
マタギの老人「オメエはその嬢ちゃんを運ぶことに専念しろ。周りの警戒は俺がしちゃる」
*
お祓い師「……う、馬が……」
お祓い師(殺されている……)
お祓い師(……クソッ、天狗にやられてたのか……! 俺たちがこの山から逃げ出せないように周到に……)
お祓い師「……ご老人、ここから一番近い人里はどこか教えてくれないか……!」
マタギの老人「……俺が住んでいる町がちけえが……。マァ、歩いて半日といったところだ」
お祓い師(半日……。狐神をおぶって行けば更に時間はかかるだろう……)
お祓い師(だがこいつの様態はそんな悠長なことを言ってられるような状況には見えねえ……)
お祓い師(なんなら運ぶ時も、なるべく馬車に寝かせてやりたいところだ)
お祓い師「クソッ……、どうすれば……」
若い道具師「……おーい! じいさーん!! どこですかー!!」
お祓い師「……あ、あれは?」
マタギの老人「……フン、おせっかい焼きが来たな」
若い道具師「……あ、いた! 勝手に出て行かないでくださいとあれほど!」
マタギの老人「……フン、新しい弾をテメエで試さねえでどうするってんだよ」
若い道具師「ですからそれはまだ試作品で……!」
マタギの老人「……まだまだ威力不足だな。天狗を仕留めるには至らなかった」
若い道具師「天狗なんかに挑まないでくださいよあぶないなあ!」
マタギの老人「マア、辛うじて人助けはできたがな」
お祓い師「…………」
若い道具師「……えっと、それででそちらの方は……」
お祓い師「……おい、緊急だから頼みを聞いてもらっていいか」
若い道具師「え、は、はあ……」
お祓い師「お前の乗ってきた馬、今すぐ貸してくれ……!」
若い道具師「馬、ですか?」
お祓い師「こいつを荷台に乗せて町まで運びたいんだが、俺の馬はやられちまったんだ」
若い道具師「……なるほど、そういうことでしたか……」
若い道具師「もちろん、協力させてください。急いだほうが良いでしょう?」
お祓い師「あ、ああ! 助かる!」
お祓い師「おっと名乗り忘れていたな。俺はお祓い師やっている者だ」
若い道具師「あ、自分は道具師です」
お祓い師「恩に着るぜ、道具師」
若い道具師「いえいえ。では急ぎましょうか」
*
赤顔の天狗「ガハッ……!」
赤顔の天狗「……グヌゥゥゥ、弱小種族共が……!」
赤顔の天狗「……許さん……!」
赤顔の天狗「……傷が治り次第血祭りにあげてくれよう……!」
赤顔の天狗(この大天狗の扇子を以って正面からやりあえば負ける通りは無い……)
赤顔の天狗「そう、変に小細工に頼ったからこのような馬鹿げたことになってしまったのだ……」
赤顔の天狗「……! 何奴……!」
???「まあまあ、私が何者かなんてどうだっていいじゃない」
???「わたしはただ、それを返して貰いに来ただけよ」
赤顔の天狗「……なんのことだ……」
???「何って、一つしかないじゃない。その手に大事そうに持っている扇子のことよ」
赤顔の天狗「……返すも何も、これは儂の物であるぞ!」
赤顔の天狗「ハァッ!!」
赤顔の天狗「……何者かは知らんが愚か者め……」
???「……あらあら、乱暴ね」
赤顔の天狗「なっ……!?」
???「痛い目見ない内にそれを返しなさいな」
???「まあ正確には私のものでもないんだけれど。代理で受けて取りに来たということで」
???「“元の持ち主”が困っているのよ。『確か百年前までは持っていた気がする……』とか言っていたけれども、ボケるにはまだ早いわよねえ」
赤顔の天狗「元の、持ち主、だと……?」
???「うん、そうよ。大天狗のおっさんが探してきてくれって」
赤顔の天狗「……!!」
???「本来なら絶対断るけど、まああいつ部下を抱えて忙しいし、それに借りがないわけじゃないし」
???「と、いうわけで。返してちょーだい?」
赤顔の天狗「一日に二度も“狐”に邪魔されるとはなァ……! 未来永劫呪ってやろう……!!」
赤顔の天狗「──死ねェッ!!!!」
???「…………そんなに死にたいならどうぞ」
*
赤顔の天狗「……が、あ……」
赤顔の天狗「貴様……まさか……」
???「…………」
赤顔の天狗「……ぐ……通りで、手も足も……」
赤顔の天狗「…………」
???「……大天狗の至宝を拾い思い上がった人間よ」
???「一つの道を極めた後に、更に別の高みを求めたか」
???「だがそれは道を外れることとは似て非なるもの」
???「……本当に天狗としての高みを目指したのならなぜこのような小細工を?」
???「お前は怖かったんでしょう。いつか本物がこの扇子を取り返しに来るのではないかと」
???「だから百年もかけて、こうもくだらない小細工の準備して待ち構えていたんでしょうね」
???「本当にお山の大将という言葉がよく似合う愚かな人間……」
???「見栄をはらねば、あの子達に敗れることはなかったでしょうに」
???「ここでこんな風に死ぬことも無かったでしょうに」
???「……さて。私の“愛する子”も無事に山を出られたようだし、私も帰ろうかしら」
A1 赤顔の天狗
A2 辻斬り
A3 西人街の聖騎士長
B1 狼男
B2 お祓い師
B3
C1
C2 マタギの老人
C3 河童
D1 若い道具師
D2 狐神
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼
格上に勝ったのは初めてですね。天狗の自爆みたいなところはありますけれども。
さて、次は《雨女》編です。よろしくお願いします。
狐神「お主はお人好しじゃのう」【後半】
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狐神「お主はお人好しじゃのう」
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