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白垣根「花と虫」【とある魔術の禁書目録】

1:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:10:43.47 ID:Ksn2qx+F0

・帝春

・時系列は新約15巻以降

・初投稿なので文は稚拙

・キャラ崩壊とめちゃくちゃなオリ設定、オリキャラ

・それでもOKならどうぞ??




3:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:16:32.76 ID:Ksn2qx+F0



…………………………。


「……、なに……?」

足蹴にした少女の口が動く。

彼は思う。自分の右足は彼女の左肩を捉え、確実にその関節を踏みにじって脱臼させたはずだ。路肩に面したオープンカフェの周りに人だかりができ、そして誰一人彼女を助けようとしない。その絶望の中で自分が垂らした一筋の糸。それに対して、今こいつは何といった?

「聞こえ、なかったんですか……」

頭に花飾りを掲げたその少女は、はっきりと聞こえる声で告げた。



4:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:18:16.80ID:Ksn2qx+F0

「あの子は、あなたが絶対に見つけられない場所にいる、って言ったんですよ。嘘を言った覚えは……ありません!」

瞳に涙を浮かべ、駆け巡る激痛に全身を震わせながらも、彼女は目をつむり舌をべぇっと出し、自分を挑発する。

(……何だこいつ。どうして打ち止めの居場所を吐かねぇ。それだけ告げれば命は助けると、そう言ったんだぞ俺は)

自分の心は平静だ。そのはずだ。しかし、胸の奥に埋没した、見えない見えない精神の暗闇の底から理由のない疼きが走る。いや、理由がないと、思いたいだけで本当は分かっている。これは……。



5:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:20:00.24ID:Ksn2qx+F0



(ッ?)





6:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:24:09.60ID:Ksn2qx+F0

視界がくすみ、灰色に包まれた過去がフラッシュバックする。足元の花飾りの少女が、全く違う別の少女に見えた。ウェーブがかった白い長髪。涙ぐんだ灰色の瞳。白いレースのワンピース。胴に茶色の細いベルトを巻き、同じ色のヒールを履いた、14歳ほどの少女。

「……良いだろう」

再び足元の人物は現在の花飾りの少女に変わった。しかし、先ほどよぎった白い少女が、サブリミナル映像のように何度も視界に挟まれてくる。

「俺は一般人には手を出さないが、自分の敵には容赦をしないって言ったはずだせ。それを理解した上で、まだ協力を拒むって判断したのなら、それはもう仕方がねぇ」

肩から足を離し、照準を頭に定め今度は殺す勢いで彼女を踏みつけようとする。目の前の光景は、テレビのチャンネルを行き来するように、現在と過去を反復し続ける。その疚しさを今すぐにでも消し去るために、足に力を込める。

「だからここでお別れだ」

処刑の一撃が振り下ろされた。



7:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:25:11.08ID:Ksn2qx+F0



最後に自分が見た顔は、今か過去か、どちらの罪を映し出した少女の顔なのか、もう自分でも分からない。






8:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:26:49.55ID:Ksn2qx+F0


とある魔術の禁書目録SS 白垣根「花と虫」






9:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:30:23.54ID:Ksn2qx+F0


…………………………。


「カブトムシ!」

その一声で、垣根は目を覚ました。

途端に目に飛び込んだ、カーテンの隙間から差し込むぬるい光により、もう一度目をつむる。今の彼は窓際の勉強机の上で、羽毛付きの、小さな白いカブトムシのストラップとなっている。

また目を開けて周囲を見渡すと、赤いランドセルと、置き時計がある。時計の針は午後二時四〇分を指していた。



10:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:33:40.83ID:Ksn2qx+F0

垣根は振り向いた。声の主、フレメア=セイヴェルンが部屋の真ん中に立っている。

「大体、お前今日用があるんじゃなかったのか? いつまで昼寝こいているつもりだ? にゃあ」

白やピンクを基調とした上着はフリルやレースでモコモコと膨らみ、スカートとワインレッドのタイツで下半身を覆っている。まるで着せ替え人形のようなファッションに身を包む彼女は腰に手を当てながら、垣根に忠告する。

『……ああいけない。そろそろ約束の時間だ』

垣根は思い立ったように背中の甲殻を開き、その中の薄い羽根を震わせて声を作り出す。そのまま空中に飛び上がり、フレメアの方へ向かう。

フレメアの左横を通過し、彼女の後ろ辺りを漂う。彼の全身が白く輝き出すと、そのままみるみるサイズを増していき、姿が人型になっていく。そして現れたのは、身長180cm近くある、清廉な顔立ちの長髪男だった。ただ、色は全身白いままだ。



11:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/27(土) 11:38:15.83ID:Ksn2qx+F0

「ありがとうフレメア。少し、悪夢に魘されてしまいまして」

垣根は振り向き、今や見下ろさなくてはならなくなったフレメアに話しかける。彼の緑の瞳をじっくり覗き返しながら彼女は訪ねる。

「どんな夢だったの?」

「いえ、大したものではありません。昔の、嫌なことを思い出したくらいのものです」

垣根は冷静に、余裕げに微笑みながらフレメアに告げた。

「ふーん。カブトムシでも夢って見るんだね」

「感覚のある生物なら、夢は誰でも見ますよ。犬猫でもね。ただ、その生物の捉える感覚の中の最も強いものが夢に現れるようなので、もちろん人間と同じような夢ではありませんけどね」

「カブトムシが見た夢は、人間的な夢?」

「ええ。とっても、嬉しいくらい人間的です」

フレメアの頭を撫で、垣根は言う。

「それでは行ってきます。留守番、お願いしますね」

「ふん! アリ一匹通さないくらい、立派な留守番になってやる!」

垣根は笑い、そして玄関の方に歩いて行った。扉の開く音と閉まる音が聞こえた瞬間、フレメアはつまらなそうに左手のベッドに倒れ込み、口を歪めた。

「……羨ましいにゃあ」

これから垣根と遊ぶ相手に向け、届かない独り言を漏らした。彼女の目は寂しそうに潤んだが、それを否定するように勢いよく枕に顔面を突っ伏した。



13:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/28(日) 17:32:39.12ID:bENzRif6O

佐天涙子と白井黒子はダイヤノイドにいた。

二人して一階のフロアにあるカフェ、「star books」のテラス席に座っている。中央の廊下を挟んだ周りの衣服、雑貨、食品のテナントは、日曜日のため人で溢れ、話し声が絶えない。しかし佐天は一言も発せず、ある一点を見つめていた。

「本当なんですの? 佐天」

相席している黒子も、視線を佐天と同じ方向へ向ける。黒子はいつもの学生服だが、佐天は黒のブルゾンの下にグレーのパーカーをまとい、ジーンズとスニーカーといった私服に身を包んでいる。


「間違いないよ。初春が待っているのは、十中八九彼氏!」

廊下の中心部。吹き抜けの広間になっているその真ん中に、イタリアを思わせる小さな白い噴水。いかにも集合場所らしいその手前の木製ベンチに座っていたのは佐天の親友。花飾りの少女、初春飾利だった。



14:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/28(日) 17:38:53.61ID:bENzRif6O

「考え過ぎじゃありませんの? 普通にご学友を待っているだけじゃ……」

「ふっふっふっ。親友の目は誤魔化せんぞ初春。白井さんもちゃんと見てくださいよ。あれが女友達と遊ぶ前の女の子ですか!」

不敵な笑みを浮かべ佐天は指を指す。

そんなことも知らない初春はというと、制服に身を包み、少し頬を染めながら頭の花の様子を確認している。小さな人差し指で撫でられた白いコスモスが、静かに揺れた。初春は微笑みながら、前髪を人差しでくるくる巻き始める。

「………こっちにまで匂って来そうな甘~い仕草ですの。確かに最近、浮かれ気味なニヤけ面が多いと思ってましたけど」

「そうでしょ白井さん? 私と話してる時もなんか上の空なんだもん。さぁ~て、お姉さんに隠し事をした罪は重いぞ初春ぅ。是非とも彼氏さんの姿、拝ませていただきます!」

手元にあったカップコーヒーを一気に啜りながら佐天は観察を続行した。が、勢いよく飲み過ぎたせいかむせてしまい、ゲホゲホと俯いて咳き込んでしまった。



15:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/28(日) 19:33:05.47ID:lxOUj9EG0

「にしても、御坂さん何で来なかったんですかね?」

口元を拭う佐天が黒子に聞く。

「さあ……最近はまた何も言わずどこぞを彷徨くことも増えて来ましたの。話しかけても、どこか上の空で」

はぁ、と黒子はため息を吐いた。

「何か会ったのかな御坂さん」

「私たちの杞憂だと信じたいものですわ……うん?」

その変化を黒子は素早く捉えた。視線の先の初春がベンチから立ち上がり、手を振っているのだ。

「こ、これは。いよいよお出ましですの」

「おお。遂に彼氏さんが!」

顔を上げる佐天。そして現れたのは。



16:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/28(日) 19:34:56.54ID:lxOUj9EG0

「お待たせしました。初春さん」

「もう、女の子を待たせるなんてダメですよ。垣根さん」

「」

「」



17:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/28(日) 19:38:05.69ID:lxOUj9EG0

絶句。

想像の斜め上をワープして宇宙空間に突き抜けた後、迫りくる隕石をドリルバンカーで破壊したような衝撃。

現れたのは白人というにはあまりにも白い、白すぎる男。顔立ちは端正で、瞳には柔和な雰囲気を宿しているが、何故か緑に発光している。

ともかく現実は、この異邦人と初春が笑顔で話ながら、共に廊下の向こうへ歩いて行く光景が広がっているのだ。

やがて我を取り戻した彼女たちは、急いでコーヒー代を払い、二人の後を追って行った。



20:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:25:17.31ID:LT4Hqbrc0

「はいこれ」

垣根は左隣で共に歩いている初春に『いちごおでん』を差し出した。二人が歩いているのはブティックのテナントの並ぶ廊下だ。

「ありがとうございます。どうしたんですか?」

「実は少々、寝過ごしてしまいました。その償いを、と思って」

垣根は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「そうだったんですね。まあこれで良しとしましょう」

フンスと鼻息をついて、初春は思いがけぬプレゼントに満悦した。



21:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:27:09.55ID:LT4Hqbrc0

「それに、私の方こそ制服のまま来ちゃいましたし。全く、せっかくの日曜も風紀委員にとっては関係ないんですよね。呼び出されて、業務に追われてました」

初春はため息をつく。疲れが濃く混じったため息だ。

「なるほど。でも、頭の花は変えたんですね」

「あ、分かります! いやー流石鋭いなぁ垣根さん。垣根さんの色に合わせて白いコスモスを添えてみたんですけど、似合ってますかね?」

「ええとても。花の咲かないこの季節でも、可愛らしく咲き揺れている」

「いやぁ~まぁ、それほどでも」

初春はふやけた笑みを、垣根は柔らかい微笑を顔に巡らせ、共に歩く。



22:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:29:13.18ID:LT4Hqbrc0

初春は手渡されたいちごおでんの缶を開け、両手で持ちながらゆっくりと飲んだ。

「うん、いけますね。私これお気に入りなんですよ」

「それは良かった。なら、私も同じ物を買ったのでそれを飲むとしましょう」

「あれ? 垣根さんって食事はするんですか?」

「まあ、必要なエネルギーは未現物質で創造できるので本来必要ないのですが、味覚はあるので食べることはできます。それに、貴方のお気に入りだ。是非とも味見してみたい」

そういって垣根は缶を開け、優雅にいちごおでんを口へと運んだ。

「……………………」

「垣根さん?」



24:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:33:24.93ID:LT4Hqbrc0

一口すすったところで垣根は初春から顔を背け、一切言葉を発しなくなった。

「あれ? おーい垣根さん。どうしたんですか?」

「……初春さん。別に、無理はしなくていいんです。遅れて来た以上悪いのは私なんですから、気を使わなくていいんですよ」

「?」

なんのことですか? と、聞こうとした時だった。



「ちょっっっと待てえいそこの二人ーーー!」




25:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:37:31.13ID:LT4Hqbrc0

「!」

驚いた二人が後ろを振り返る。そこには白井黒子、そして声の主である佐天涙子。自分ともう一人を除けたいつものメンバーが揃っていた。

「さ、ささささささ佐天さん! 何やってるんですかこんなところで!」

「こっちのセリフだバカやろう! こちとら初春の彼氏の姿を見てやろうと思ってずっと張り込んでたのに、予想外もいいところだろ! 何なのこの白人、というより白い人は!」

「初春ぅ? 最近浮かれ気味な様子を見てまさかとは思っていましたが、やっぱり殿方と逢瀬を……それで、誰なんですのこの塗装前フィギュア男は」

「な、何勘違いしてるんですか二人共! 私と垣根さんは、別に、そんなんじゃ……か、垣根さんからも言ってやってください!」

「確かに……貴女たちが思っている私と初春さんとの関係が男女との恋愛の仲だと思っているのなら、それは誤解です。そもそも、私は既にそういう性別的な概念を超えた存在ですから」

捲したてる黒子と佐天に、冷静に垣根は対処していく。



26:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:43:47.91ID:LT4Hqbrc0

「え? そ、それじゃあこの人は一体何なの?」

佐天は訪ねる。

「申し遅れました。私の名前は垣根帝督。学園都市第二位の能力、『未現物質』を操るレベル5です。よろしくお願いします」

見るもの全てに、木漏れ日のような安心を与える笑顔を見せ、垣根は軽く頭を下げた。


「れ、レベル5ゥ!」

佐天は仰天した。

「に、二位ということはお姉さまより上の能力者。しかも何かお姉さまより常識人っぽい!」

黒子も似たような反応だ。そもそも彼女の中の超能力者の破綻的なイメージと、目の前の彼は、赤外線センサーを避けまくるルパンの如く交わりがない。

「スッゴイじゃん初春ぅ! こんなイケメンで優しくて、しかも超能力者なんて、超優良物件の大豪邸彼氏じゃん! 色落ちしてるのがちょっと気になるけど」

初春に抱きつき頭を撫でながら佐天は精一杯の賛辞を送った。さっき垣根から丁寧に説明されたことなどすっかり忘れている。

「だ、だから彼氏じゃないんですよ佐天さん! クリスマスも近いから、垣根さんのお世話になってる女の子にプレゼントを買おうかなって、それに着いて来ただけなんです!」

「そもそも、一体どうして初春、あなたが超能力者と知り合えるようになったんですの? ひょっとしてお姉様絡みで……」

黒子が素朴な疑問を投げた。

「ああ、それは、垣根さんは今噂の都市伝説『カブトムシさん』の正体でして、以前助けてもらったからです」

「」

本日三度目の弩級の仰天に、佐天はまた絶句した。



27:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:47:04.78ID:LT4Hqbrc0

「カブトムシさんって、あの、困った時に『助けてカブトムシさん』って呼んだら来てくれるというあの都市伝説の?」

「ええ。私がその都市伝説の、カブトムシさんです」

「…………」

「どうされました?」

時代錯誤が過ぎて黒子は笑いそうになった。が、よくよく考えると自分の「ジャッジメントですの」もひょっとしたら同類かもと思い、何とも言えない表情が一気に面に出てきた。

「そうです。実は丁度パソコンを風紀委員の本部に置いてて、その状態でスキルアウトに絡まれてしまったんですよ。その時、佐天さんの言ってたカブトムシさんを思い出して、で、読んでみたんです。そしたら垣根さんが来て。最初は『怖かった』んですけど、よくよく話してみると正義感溢れていて、物腰柔らかで、話していると楽しくて、」

「で、恋に落ちたと」

「そうそう……って、だから違うんですって佐天さん!」

突如会話に復活してきた佐天のからかいに、初春はあう~と、ぽかぽかと可愛い音を立てる打撃、といっていいのかもわからない子犬のじゃれ合いのような連打を佐天に浴びせた。



28:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:52:12.90ID:LT4Hqbrc0

「ハハハハ。まあ、それはさて置きカブトムシさん!」

「はい、何でしょう?」

佐天は食い気味で見つめながら手持ちのカバンからノートを取り出し、白紙のページを広々と見せ、直角に頭を下げた。

「サイン下さい! 私、都市伝説大好きなんです!」

ファンの鑑のようなその仕草は、周りを歩いていた人々も思わず目を注ぐような美しい礼だった。

「え、ええ。私ので良ければ構いませんが、特にサインなど考えてないので」

そう言って指先を鉛筆の芯のように変形させ、ノートに触れ、高速で何かを描き始めた。

「こんなイラストでよろしければ」

現れたのは、先ほどまで自分が変形していた、一枚の羽毛をまとった小さな白いカブトムシの絵だった。

「やったー! ありがとうございます! そんじゃ、謎は解けたしサインは貰えたし、後は二人水入らずで邪魔者は退散します。じゃーね初春! 頑張れよー!」

「何を頑張れって言うんですか!」

初春の突っ込みには返答せず、二人は廊下の向こうへと去っていった。

「す、すみませんこんな感じの友達で……」

「いえいえ。とっても賑やかで、楽しそうな人たちだ。では、行きますか」

「ですね」

そして二人はまた並んで歩き始めた。あの二人に見張られていたのは驚いたが、蓋を開ければ意気投合できた(誤解はされたままだが)ので、内心垣根は安心していた。



29:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 19:53:28.07ID:LT4Hqbrc0

特にイラストを送ったあの佐天という少女は、性格的にもフレメアと仲良くなれそうだ。今度二人を会わせて遊んでみるのもいいかもしれない、と垣根は思った。



31:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 23:26:54.83ID:LT4Hqbrc0

垣根と初春は目的のブティックにたどり着いた。テナントの正面の天井には、黒字で「zoo」と書かれたメープルの看板が飾られている。

「ほう。ここが貴女の言ってた子供服のブランドですか。いい雰囲気だ。これならフレメアの喜びそうなものも見つかるかもしれない」

二人はテナントの中に入り、柔らかな電球色の照明に身を包まれながら、店内を物色する。

すると早速、横に長い3段のガラス棚の前に垣根は止まった。2段目の棚に置いていた一着を手に取り、初春に見せる。

「初春さん。これとかどうでしょうか?」

彼が手にしたのは赤いチェックの、シンプルなデザインのシャツだった。

「うん。王道で、いいんじゃないんですかね」

少なくともプレゼントとしては申し分ない。初春はそう思い、答える。



32:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 23:29:40.93ID:LT4Hqbrc0

「因みにそれ、値段はいくらですかね?」

「ええっと、1400円ですね。お手頃な価格だ」

難なく答えた彼に初春は何かを思うのか、親指と人差し指の間をあごに当てる。そして垣根の横を通り過ぎ、棚の向こうのハンガーに吊るされた衣服類を物色し出した。

「ちょっと? 初春さん?」

すると、吊るされた中から一着取り出し、垣根の目の前につきつける。

「ホラ、こっちの方がいいんじゃないですか? せっかくのプレゼントですし、ちょっとくらい豪華な方が……」

そう言って渡されたのは、両脇にボタンが6つ付いた灰色のピーコートだった。垣根は先ほどのシャツを棚に戻し、それを手に取る。タグを確認すると、料金は5200円だった。

「ふむ。確かに先ほどのはプレゼントにしては少し味気なかったかもしれない。それにせっかくのおすすめだ。貴女の言うとおり、これにしましょう」

感謝の微笑みを彼女に向ける垣根。次に打ち止めの服を探そうとする。

「さて、次は……あの子が欲しがっていたのはマフラーだったはず」

そう言ってマフラーの置かれた棚に向かった垣根。先ほどのガラス棚とは違い、着衣室の横にある木の棚に並んだそれらを物色しながら、やがて一つを取り出して初春に見せた。




33:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 23:35:10.45ID:LT4Hqbrc0

「このマフラー、初春さん的にはどうでしょうか?」

垣根に手渡されたそれを手に取る初春。もふもふとした感触が手に走る、スラブヤーンの白のマフラーだった。

彼女はすぐさまタグを確認する。値段は税抜き3000円。それを見た初春は他の品もまた見始めた。垣根は自分のセンスはそんなに疑わしいものなのかと、目の前の彼女の行動を見てそう思う。しかし、

「うーん……全部同じか………あ、垣根さん! これで良いんじゃないですか?」

先ほどとは違い、自分の選んだ品を変更することはしなかった初春。垣根はえ、ええ。どうもと返した。

「よし。では行きますか」

手にした二つの品を掲げ、レジ向かおうとする垣根。

「ちょ、ちょっと待ってください」

彼女の静止に、垣根は立ち止まる。

「何か?」

「いや、ホラ、せっかくだしコートやマフラーだけでいいのかなぁ~と。スカートやズボンも見ていきませんか? 他にも、下着類もあるし」

どこか目を逸らしながら、白々しく買い物を促す彼女に、垣根は首を傾げながら聞き返す。

「とは言いましても……彼女らが欲しがってたのはこの二つだけですよ? 無駄に散財するのは如何かと」

「無駄ではないと思います! ほら、そんなこと言う時に限って遠慮してるんですよ女の子ってのは! そういうレディの繊細な感情を理解して貰うために、この私が直々に着いてきたんですから! 分かったら他も見に行きましょう!」

「いや、彼女らに限って私に遠慮なんて……ん?」

垣根は彼女の真上に吊るされた広告に目をやった。そして、何故彼女がこんなにと自分に金を使わせようとしたのか理解した。


広告の内容はこうだ。




34:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 23:42:46.58ID:LT4Hqbrc0

クリスマス間近の福引セール! 今ならお買い上げ商品1000円ごとに一回可能!

1等賞・ノート型パソコンBAIO・

2等賞・AKUOS 26インチ型・

3等賞・ダイコップLITE・

4等賞・1000円分のお買い物券・

残念賞・テッシュ4箱 1セット・



35:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/08/30(火) 23:46:00.72ID:LT4Hqbrc0

「…………初春さん」

「え、えっと、ナンノコトデスカ?」

目を合わせず、しらばっくれる彼女を見て、垣根はため息混じりに笑った。きっと、このキャンペーンがあることを知った上で自分をここに誘導したのだろう。

「買い物はこれだけにします。それでいいですね?」

その決定に、うーと不満げな声を漏らす初春。心配せずとも、と垣根は付け加えた。

「初春さんなら1等賞当てれますよ。そもそもこれらだけでも8回回せるんですから。チャンスは十分にあります」

垣根のフォローに、そ、そうですねと俄然やる気を灯した瞳で真っ直ぐにレジを見据えた初春は、彼と並んでレジへ向かい、会計後手にした8回分の回数券を握りしめ、いざ福引の前に立ち、そして手を伸ばした。

数分後、大量のテッシュボックスを持った男女二人がテナントから出てきた。



40:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/09(金) 22:29:24.65ID:93iVx0FB0

てくてくと廊下を歩く垣根と初春。互いに4箱入りのティッシュセットを、両手に2個ずつぶら下げている。

「うぅ……せっかく新しいパソコン欲しかったのに……」

福引で狙いの商品を引き当てられなかった悔しさを引きずりながら、初春は低いトーンで呟いた。

「良かったじゃないですか。涙を拭くティッシュならたくさんある」

「こんなに入りませんよ! もう! 全部垣根さんに上げますから好きにしてください!」



41:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/09(金) 22:31:35.50ID:93iVx0FB0

はいはいと言った垣根はそこで立ち止まる。すると両手のティッシュセットが全て跡形もなく消失した。

「え? ひょっとして消滅……」

「そんな勿体無いことしませんよ。自宅にワープさせただけです。ほら。そっちのも貸して」

目の前の現象に驚きつつも手にしたそれらを垣根に渡した。そして先ほどと同じようにそれらも消滅する。

「か、垣根さんテレポートも使えたんですね……」

「3次元上の物体を11次元の計算に置き換える既存のやり方ではありませんがね。未元物質により生み出した『負の質量』を持つ物質との相互干渉によるワープ現象ですよ」



42:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/09(金) 22:34:01.37ID:93iVx0FB0

互いに手元をすっきりさせた後、垣根はさてと呟いた。

「初春さん。吹き抜けの広場に39アイスクリームがありましたよね? 良ければ一緒に食べませんか?」

「え? いいんですか! 私すっごい好きなんですけど!」

初春は瞳を輝かせて垣根に食いかかる。目が1.5倍ほど大きくなったような気がする。

「ええ。私の奢りです」


えーいいのかなー何選ぼうかなー! と体を揺らす初春。垣根は微笑み、そして二人は並んで歩く。一階のフロアに降り、人混み溢れる廊下を歩き、やがて前方に目的地の広場が見えてきた。



43:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/09(金) 22:37:34.74ID:93iVx0FB0

吹き抜けの大広間の中心に、目的地の39アイスクリームがある。その手前に白い丸テーブルが5、6つ散らばっており、茶色い鉢に植えられた観葉植物が、その一帯を囲むよう置かれている。各席に座りながらスイーツを食べ、談笑する人々が見える。

肝心の店の前には、店の幅を少し超えたほどの列が右方向に一列並んでいる。

「ありゃ。流石に日曜は並んでますね」

「ええ。ですが、待つ楽しみというものもある。それでは行きますか」

列の最後尾へと歩き出した垣根を見て、それに付いていく初春。ざわざわと話し声の絶えない列の右横を歩きながら最後尾へ向かっていると、その直前で足を止めている垣根の背中があった。

「垣根さん? 何で立ち止まってるんですか?」


「……これはまた、奇妙な縁だ」

飛び出した台詞には、微かな諦めが込められていた。初春は首を右に逸らし、前方を見る。

「あーもう! 早くアイス食べたいー! ってミサカはミサカは一向に縮まらない行列に向かって、意味のない訴えをしてみる!」

「意味がねェって分かってンなら黙ってろクソガキ。俺だって別に食いたくもねェスイーツのために我慢して並んでるンだからよォ……アン?」



44:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/09(金) 22:42:19.95ID:93iVx0FB0

互いに苛々している、兄妹のような男女。明らかに見知ったその二人の顔に、垣根は絶句する。丁度同じタイミングで、向こう側もこちらの存在に気付き、垣根と似たような顔をした。

「……お前何してンだこんなところで」

「いや、こちらの台詞です。貴方こそ何を? 一方通行」

「ん? 誰かと思えばカブトムシではないかーって、ミサカはミサカはアイスを奢って貰うのに都合のいいカモを見つけたことを内に秘めながら、喜んでみる」

「今現在、その邪な考えはだだ漏れていますけどね」

そう言って垣根は笑う。学園都市最強の能力者、一方通行と、彼が世話をしている少女、打ち止めがそこにいた。

細身の体に白髪、白一色の衣服、ついている杖やアルビノの瞳といい、冷たく尖った印象の一方通行。くるんとしたアホ毛、見るからに柔らかい冬物のブラウンのワッフルコート、そして輝く天真爛漫な瞳と暖かい印象の打ち止め。いつ見ても対照的な二人だと垣根は思う。

「見て分かンねェのかよ。買い物だよ買い物。ッたく俺一人だけでいいの勝手に着いて来やがって」

「どこ行くって聞いたらゲームショップなんて言うから気になるよ。最近ミサカにゲームブームが来てるのを知ってるでしょって、ミサカはミサカは確認してみる」

よく見ると一方通行は、片手にゲームソフトの入った袋をぶら下げていた。そしてこの時期のことも考慮して、彼の本当の目的を察する。

「なるほどなるほど。実に微笑ましいことだ」

「アァ? ンだその見透かしたような面は。ていうかお前の横のそいつ……」

一方通行は垣根の背後から顔を出す初春に目をやる。初春は小動物のようにビクッと震え、こ、こんにちはと小声で挨拶した。

「あ、あれ? どこかで会ったこと……」

初春はあやふやな記憶を辿り、一方通行に尋ねる。

「会ったも何も、お前の目の前のそいつに」



45:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/09(金) 22:46:04.64ID:93iVx0FB0

一方通行が言葉を繋げるその前に、彼の横の打ち止めが初春めがけて飛び出してきた。

「あ! ひょっとして! あの時の花頭のお姉ちゃんだよねって、ミサカはミサカは思わぬ再会に心踊せ、お姉ちゃんに駆け寄ってみる!」

「え? あ、あー! ちょっと前に会った御坂さん似のおチビちゃん!」

久しぶりですと声を弾ませ、二人は両手を合わせながら喜ぶ。

「……何でお前、『こいつ』といるンだ?」

一方通行は垣根に尋ねる。

「まあ、『色々』ありまして」

垣根は返答する。その濁された反応に、これ以上の追撃は無意味だと思い、一方通行は質問を止めた。

「で、一応聞きますけど、これ、貴方達が最後列なんですよね?」

「見りゃ分かンだろ。何だ? まさかお前らもここの……」

一方通行は途中で台詞を切り上げ、隣にゆっくり視線を向ける。すっかり意気投合し談笑し合う初春と打ち止めの姿がそこにあった。追い打ちをかけるが如く、二名ほど自分たちの後ろに並び初めている。

「……しばらく、宜しくお願いしますね」

垣根は何とか笑ってみせたが、嫌悪一色の顔をした一方通行から、キモいから止めろと吐き捨てられた。



48:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/16(金) 20:30:23.95ID:YGrcOzYFO

30分後、目当てのものを買えた彼女らを連れ、四人は白い丸テーブルに座った。正面から見て北側に垣根、東に一方通行、南に打ち止め、西に初春という席だ。テーブルの上にはドーム型のアイスが3つ乗ったパフェと、カップに入ったチョコ味のアイスクリームがある。

「何でさも当たり前のように同席してンだよお前らは」

気だるげに一方通行は突っ込んだ。彼の隣では、さっそくアイスを頬張りご満悦な打ち止めがいる。

「えー。いいじゃないですか。アホ毛ちゃんとも喋れるし、あなただって、垣根さんと仲良く」

「アァ?」

途端に一方通行の赤い瞳が鋭く滾った。

「い、いえ。ナンデモナイデス」

「ああ。言葉には気をつけるべきだなァ。この白ゴキブリと俺が仲良しなンてどこをどう見れば思うンだテメェ?」

「ちょっと、表に出ましょうか一方通行。貴方は今私に言ってはいけないNGワードぶっちぎりの一位を言ってしまった」

異常に威圧的で、張り詰めた笑顔をしながら、垣根は一方通行に近寄る。彼も彼で上等だコラァとガンを飛ばすなど、乗り気な反応を見せる。

「ちょ、ちょっと二人とも! 喧嘩は止めて下さい! 人もいっぱいいるし、そもそも超能力者二人の戦いとか、シャレになりませんって!」

「カブトムシー? いつものあなたらしくないぞって、ミサカはミサカは似合わない喧嘩腰に違和感を抱きつつ忠告してみる」

二人の必死な鎮火を見て、垣根は毒気が削がれたようにため息をついた。

「まあ、初春さんもいることですし、今日のところは多めに見ましょう」

「抜かせ雑魚が。二位が一位勝てる日なんざこねェよ」

「貴方前に私の悪意の集合体に負けかけませんでした? 麦野さん付きで」

「オーケーオーケーェッ! 今なら無料で害虫駆除を行ってやるよォッ!」

再び立ち上がった両者を見て、初春はもー! と言いながら宥める。何とか場も収まり、初春と打ち止めは手元のスイーツを食べ始めた。



49:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/16(金) 21:20:24.98ID:W+aikN4y0


「ん~。やっぱりここのトリプルアイス乗せパフェは絶品ですね」

満足気にパフェを頬張る初春を見て、垣根はおまけで付いてきた小さなプラスチックのスプーンの袋を開け、一口いいですか? と彼女に聞く。快く了承してくれたので、自分の方へ出っ張っているドーム状のアイスの表面を掬い、口に入れた。

「うん。確かにこれは美味しい。これは」

「これは?」

何と比較したのか気になった初春が聞き返したが、垣根は微笑むばかりだった。仕方ないので、自分も笑ってみせた。

「ケッ。公衆の面前でイチャついてンじゃねェよバカップル共が」

仲睦まじい二人の様子を見て、視線を横に逸らしながら一方通行は呟く。すかさず初春は、そ、そんなんじゃありませんから! と弁明する。

「てかお前、さっき超能力者二人って言ってたが、俺が超能力者だって知ってたのか?」

一方通行の質問に、初春はパフェを食べながら答える。

「知ってるっていうか、思い出しました。以前会いましたよね? 垣根さんと一緒に」



50:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/16(金) 21:25:03.90ID:W+aikN4y0

その答えに、一方通行の瞳は冷ややかに尖る。彼女を見つめ、質問を続ける。

「まあ違いねェが、第二位と一緒に会ったっていうことは、お前ら二人の馴れ初めも覚えてるってことだよな?」

初春はパフェを運ぶ手を止めた。しばしの重い無言がテーブルに流れる。



51:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/16(金) 21:36:32.04ID:W+aikN4y0

「ええ。覚えてますよ」

だがその粘い空気はすぐさま消えていった。初春は迷いなく、むしろ軽く笑ながらそれを告げた。一方通行は一気に緊張感が抜け、栓が抜けるようなため息を吐いた。

「アァ。そうかよ。まあ別にいいンだがな。だが俺はそいつを完全に認めたわけじゃねェ。今のところ害がないからほっといてるだけだ。『前』のテメェを知ってる以上、気を許す気になンてなれねェよ」

忠告めいた鋭い瞳で、一方通行は垣根を睨む。

「分かっていますよ。貴方と私の関係は、それでいい」

垣根は余裕な笑みを崩さず彼に告げた。一方通行は舌打ちをし、再び顔を横に逸らす。

「ただ、一つ言わせてほしい」

アァ? と言いながら一方通行は逸らした顔をもう一度垣根の方に向けた。

「私と貴方は決して相慣れないとしても、今の貴方は、私は好きですよ。さっきみたいに冗談めいたやり取りができる貴方が。前なら絶対あり得ませんでしたし」

机に肘を置き、?杖をつきながら横目で垣根は彼に告げた。微笑みながらも、冗談ではないという口調で。



52:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/16(金) 22:11:36.66ID:W+aikN4y0

「……ケッ。俺はテメェなンざどこを取ってもムカつくメルヘン野郎に過ぎねェと思ってるがな。前は論外もいいとこだが、今は今で気色悪りィ」

眉間に皺を寄せながらも、悪い気はしていないような腕組みをし、一方通行は垣根に返す。

「心外だ。文字通り心を入れ替えて頑張っていると言うのに。貴方も以前の悪党のように、一ヶ月近くで終わるような信念で今の貴方を崩そうとしないでくださいよ? 夏休みのバイトじゃないんだから」

「確かに悪党は一ヶ月近くで辞めちまったが、一ヶ月で人間まで辞めた奴に言われたくねェ」

「辞めたんじゃありません。辞めさられたんです。貴方に」

内容は少しブラックだが、こんな風に談笑し合える二人の姿を見て、初春は心の内が暖かくなってきたのを感じた。ふと打ち止めを見てみると、既にアイスを平らげ空になったカップを見て、物寂し気な目をしていた。気づくと自分のパフェも残りわずかだ。

「あー。何だか私もうちょっとアイス食べたくなってきたなーアホ毛ちゃんもそうですね?」

「確かにもっと食べたーいってミサカはミサカは奢ってもらえるのをいいことに追加オーダーを頼んでみる!」

互いに腹を抑えながらテーブルに突っ伏し、横目で垣根をちらちら見る。

「はいはい。そんなあからさまな訴えしなくても、普通に買ってきますよ」

垣根は席を立ち上がる。

「オォイ? お前そンなに食って晩飯食えンのか?」

一方通行は打ち止めに聞いた。

「甘いものは別腹だもんってミサカはミサカは育ち盛りの食欲に限界はないことを誇張してみる!」

「ンなこと言いながらこの前も晩飯残してただろうが。この辺で抑えとけ」

「この前食べたのは焼き芋だったし! あんな炭水化物お腹膨れるよ! だからアイスは別腹なのってミサカはミサカは再度訴えてみる」

「ダメだ。黄泉川がうるせェ。大体もう冬だろうが。腹壊すぞボケ」

呆れ顔でそう告げる一方通行に、ブーたれる打ち止め。垣根はそんな二人見ながら笑い、では、初春さんのものだけと言いながら店の方へと向かった。



53:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/16(金) 22:15:01.14ID:W+aikN4y0


「ホント、親子みたいですねお二人」

初春もまた微笑み、二人に告げる。一方通行はケッと吐き捨て視線を横に逸らした。

「そう言えばなんですけど、第1位さんって、垣根さんとよく話したりするんですか?」

遠くの行列に再び並んだ垣根の姿を見ながら、初春は訪ねる。

「アァ? ンなわけねェだろ。そもそもあのクソと話すことなンざそうねェよ」

不機嫌丸出しの瞳で初春を睨む一方通行。

「そ、そうですか。でも、アホ毛ちゃん絡みでたまに話すんじゃないですか? その時に何か、昔の話しとかしてません?」

彼女のその問いに、一方通行はしばし黙り込んだ。

「……ねェな。昔の話は」

しばらくして帰ってきた返答に、そうですか。と初春は何でもなさそうな声でそう言った。それから手元のカップジュースを持ち、口元に寄せてストローを吸う。

「……………………」

一方通行は、怪訝な目で初春を見つめた。彼女はそれに気づかず、手に持ったカップの中を見ているような、それとも何も見ていないような目をしていた。



58:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 18:50:49.92ID:HlY59vW40

四人がダイヤノイドにいる頃。ツンツン頭の少年、上条当麻は病院に居た。エレベーターで4階まで登り、「408」と書かれたプレートのある病室のドアの前に立ち、ノックする。何だ? と中からふてぶてしい声が聞こえのを確認し、彼は笑いながら病室に入る。

「何だはないだろ。せっかく見舞いに来てやったってのによ。フィアンマ」

彼はフンと笑う。セミロングの赤い髪と、鍛えているとは思えない細身の体。隻腕。普段はくまなく赤いスーツに身を包んでいるが、今は緑色の病院着だ。かつて「神の右席」と呼ばれた集団のリーダー。右方のフィアンマが、少し立てらせたベッドに横になっていた。

「それで、見舞いの品は持ってきたんだろうな?」

「心配せずとも。ほれ」

上条は片手に下げたレジ袋から何かを取り出す。

「お前の好きなものって何か分からなかったから、適当に買ったけどよ。ほら。トマトジュース」

「俺様の何を持ってしてトマトジュースだ? 色か? 色なのか?」

渡されたトマトジュースに不満げな顔をするフィアンマ。



59:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 19:42:25.26ID:HlY59vW40

「大丈夫。それだけじゃねぇって。味気ない病院食のお供に、旨いかキムチだ」

「舐めてんのか! お前俺様を舐めてんだろ! 金欠のクセにこんなしょうもない一発ギャグに散財するな! 一体俺様のことを何だと思ってる?」

「ドヤ顔で俺と御坂を助けにきて速攻でミイラのおじいちゃんに吹っ飛ばされた、世界を救おうとした男」

「…………………………」

フィアンマは黙りこくり、俯いた。

「わ、悪かったって! そんなに落ち込むなよ」

あせあせと弁明しながら窓際に周り、パイプ椅子を取り出す上条。内心何しにきたと思ってはいたが、本人も自覚していたようだ。ふと窓の外を見てみると、日は半分近くまで沈み、街灯がちらほらと灯り始めている。

「ふん。何も、手も足も出なかったというわけではない。実際、妖精化の槍の何本かは奴に打ち込めたのだからな」

「え? にしても全く微動だにしてなかったぞあいつ。何本くらい打ち込めたんだ?」

語り出したフィアンマの言葉に引っかかりを感じた上条は、彼に聞く。



60:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 19:45:13.64ID:HlY59vW40

「さあ……何せ1秒を何億分割した世界での攻防だったからな。正確な数は覚えていないが、まあ、3本くらいは食らっていたと思う」

そう言って、手に持ったトマトジュースにストローを突き刺し一気にすするフィアンマ。名前ほどトマト感がないな。詐欺か? などと呟いている。

「3本」

繰り返す上条。別に、僧正が生き返るなどという懸念はしていない。僧正は死んだ。それは確定事項だ。

「フィアンマさーん。夕食の時間ですよー」

「入れ。チッ。またその味気ない定食か」

「文句言わないでください。こんな美人のナースに夕食運ばれるなんて、この病院の中でもそうそうないですよ」

「自分を自分で美人という女など信用できるか」

「自分を自分で俺様なんていう人よりはマシだと思います」

だが、そことは違った場所で胸騒ぎがしている。幾たびの戦闘の中でいつの間にか形成された危機を察知するセンサーのようなものが、彼方からサイレンを鳴らしているような、そんな気持ちだ。



61:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 19:50:35.81ID:HlY59vW40

「ところで聞きたいのだが、この旨いかキムチというの、一緒に食べても大丈夫か? せっかくの見舞いの品なのだが」

「うーん。本当は刺激物は遠慮して欲しいんですけど、まあ元気そうだし、そろそろ退院だからいいですよ」

「分かった。全く。かつては神の右席のリーダーとして、ローマ聖教を影から支配していた俺様が、今やこんなナース一人に伺いを立てねばいかんとは」

「はいはい。またそのローマ聖教とやらの話、聞かせてくださいね。今度はあの左方のテッラっていう人の話」

「奴との馴れ初めを聞かせてやる。もう下がっていいぞ」

ごゆっくり。という言葉が耳に入ってきた時点で、上条は顔を上げた。茶髪でショートの髪型をしたナースが病室から出て行ったのを見届けたところで、彼は顔をフィアンマに向けた。

「お前、結局俺の見舞いの品、くまなく活用してんじゃん」

「悪いか? どの道あるものは利用する他あるまい……結構いけるな」

キムチの蓋を開け、一口つまんで感想を述べた後、少量を白ご飯の上に乗せ、また口に運んだ。

「そもそもお前、今の今まで何してたんだ? 船の墓場でオティヌスと一戦交えたとこまでは聞いたけど」

「22学区というところか? そこに潜伏し、妖精化の術の改良に勤しんでいた。お前らの愛の逃避行を追撃するのも悪くはないと思ったが、あの男から貰った物質の適合作業に時間を食ったしな」

フィアンマはおひたしを箸でつまんで口に放り込んだ後、味噌汁の入ったお椀を手に取り、中の汁をすすった。

「あの男?」

口に含んだ味噌汁をごくんと飲み干した後、彼は述べた。



62:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 19:52:20.21ID:HlY59vW40

「垣根帝督。と名乗っていたな」



63:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 20:14:35.94ID:CkZaxwRRO

その名を聞いた途端、上条の顔は強張り、記憶の底の海で稚魚が踊りだしたかのように頭の中がざわめいた。

(……垣根帝督? どっかで聞いたこと……)

しかし、未だ確証の持てないざわめきだったために、話を続けてくれとひとまずフィアンマに会話の主導権を移した。

「ふむ。まあ俺様もオティヌスにやられてその辺で伸びていてな。目を覚ましたら、既にお前らはいなかったわけだ。そして船の墓場の周辺を彷徨いていたら、その男と出くわした。どうやらその男、主神の槍の製造のために利用されていたようでな。それで俺様に……何だ? こう、一定の形を保たないプラチナのように光る白い球体を渡してきてな。いや、そんな顔しないでくれ。あれが何か俺様にもよく分からなかった」

確かに今の自分は怪訝な顔をしているが、理由はそれではない。それで? と上条は聞き返す。

「お前それを貰って、それで妖精化の術を改良したのか?」

「主神の槍の製造、ということは魔神の力をコントロールする術を有した物質ということだ。利用するには適した代物だろ。これから起こる新たな魔神との戦いにも使えるかと、そう思っただけだ」

「ちょっと待て。お前知ってたのか? 魔神がオティヌスだけじゃないって」

「元々オティヌスはオッレルスの個人的な理由で相見えたのが主な理由に過ぎん。魔神という存在は、何も北欧神話に限ったわけじゃない。いずれお前のその右手を狙って奴らがこの世界に攻めてきた時の対策を、俺様たちは練っていたのだ」

得意げに語った後、だが全く歯が立たなかったのが事実だかな。と自虐気味にほくそ笑んだフィアンマ。それを見た上条はひとまずため息を吐き、その後に言葉を続ける。



64:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 20:17:41.90ID:CkZaxwRRO

「そんなしょげんなよ。そもそも魔神なんて勝てる方がおかしいだけだろ」

「だがお前はその魔神と分かり合うことができた。対等の立場に立つことにより、少なくとも魔神の一人を無力化したんだ。それに比べれば俺様など余りにも無力だった。第3の腕など所持していた身としては、随分と効いた皮肉だ」

その台詞に、上条は笑う。

「無力化なんて、大層なもんじゃねぇよ。オティヌスの時も、ずっと翻弄されっぱなしだった。一度は心も折れかけた。それでもあいつと向き合ってたらさ、いつの間にか何か、分かっちまうもんがあるだけだよ。俺が特別なんてわけじゃなく、誰だってできることだ」

「…………そうか」

漠然とした、雲を掴むような返答。彼にとってはまだ、理解できない領域の話なのかもしれない。自らのエゴで世界の歪みを直し、世界を「救ってやる」と豪語していた自分が、無意識に避けていたことだから。

「これからだよフィアンマ。これから、少しずつ分かっていけばいいんだ」

そんな取り留めのない会話をしている内に、先ほど感じた粘ついた違和感はいつの間にかどこかに消えていった。厳密には完全に消えた訳ではないが、それを無視して上条はこう答えた。

「にしても、お前にそんな大事そうなものを与えるなんて、ひょっとしたらいい奴だったのかもしれないな。その垣根って奴」



65:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 20:22:12.76ID:CkZaxwRRO

旨いかキムチ美味しいよね。我が家の必需品です。というわけで少し休憩。そしてこれから少し投下スピード早めます。執筆中のこの話もある程度まとまってきたので、一気に書き上げていきたいと思います。

にしても新約13巻以降フィアンマさんマジで入院しっぱなしなのかな? 早く本編でも触れてあげてほしい。個人的に結構好きなキャラなのでこのSSで登場させたのに……。

あ、因みにもう出番はありません。



67:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 22:39:53.51ID:S9o7luAHO

垣根が買ってきた二つ目のパフェも食べ終え、一行はダイヤノイドを出て、駐車場の黒いアスファルトに刻まれた横断歩道を渡っていた。時刻は午後五時を過ぎ、夕焼けもピークを過ぎた茜色に染まっている。

「初春さん。帰りの足は付いているのですか?」

垣根の問いに初春ははっとし、バス停の看板の前へ急いで向かう。辿り着いた先で時刻表に目をやる初春。垣根は側でそれを見、一方通行と打ち止めは看板の横のベンチに座る。

「……あった。あと二十分くらいで寮の近くのバスが来ますね……ちょっと遅いなぁ」

初春は残念そうに呟く。二十分もすれば日はほとんど落ちる。近づく夜の冷気が彼女の肌に突き刺さった。

「初春さん」

へ? と次の瞬間、有無を言わさず垣根は初春を両手で抱え上げた。俗に言うお姫様だっこのポーズだ。



68:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 22:43:45.82ID:S9o7luAHO

「へぁっ? ちょ、かき、垣根さん? 何を……」

呂律の回らない初春が聞く。顔はアルコールを浴びたように真っ赤だ。

「それならおそらく、私が飛んで行った方が早い。座標、出せますか?」

あくまで紳士的に、垣根は落ち着いて対応する。初春は一度深呼吸をし、バッグの中からタブレットを取り出し操作する。ここです。と初春は何とか言葉を発しながら垣根にそれを見せた。

「了解……なるほど。ここなら10分くらいで着く。しっかり掴まっていてください。一方通行、打ち止め、今日はここまで」

言い終えた瞬間、垣根の背中から六枚の翼が生えた。この世のものとは思えないほど、無機質で白い、巨大な翼をはためかせ、垣根は空へ去っていった。跡地には羽が数枚はらはらと散っていく。ばいばーい! カブトムシー! お姉ちゃーん! と、打ち止めは大きく手を振った。

「……お前のそういうとこが俺はムカつくんだよ。自覚しろアホメルヘン」

一方通行は呆れ吐き出し、打ち止めを連れ家に帰ろうとベンチから立ち上がり、歩き出す。しかしすぐさま立ち止まり、打ち止めの方を向いた。

「どうしたのあなた?」

「……まあ、帰ってから説明するわ。多分今日は、晩飯一緒に食えねェ」

「え? まさかあなたミサカの見ていないとこで間食したんじゃないのって、ミサカはミサカは疑惑の目であなたをイテッ」

頭頂に振り下ろされたチョップにより打ち止めは黙った。帰るぞォと無造作に歩き出す彼を、頭をさすりながら打ち止めは追いかける。空に浮かぶ千切れ雲たちが、薄紫に漂っている。夜はもう近い。



69:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 22:50:53.00ID:HlY59vW40

……………………。

一方、空を飛ぶ垣根の腕に包まれた初春は、視界に広がる学園都市の街並みに見惚れていた。

「綺麗」

思わずそう漏らす。無機質に生えたビル郡の向こうに、色の濃い夕陽の残照。それを鏡のように写しているビルの色。麓に広がった街に小さな灯りが次々に広がっていき、まるで星空を下から眺めているような気分だ。西の空は、透き通った藍色だ。

「初春さん。寒く、ないですか?」

突如垣根が話しかけてきた。初春ははっとし、大丈夫ですと返す。

「能力で体温は一定に保てますしね」

両手を合わせてそう答える初春。触れたものの温度を一定に保つ自身の能力「定温保存」により、上空の凄まじい冷気は彼女には届かない。

「そうですか。よかった」

そう言った彼の顔を、胸元辺りから見上げる。こうして間近で見るとやはり整った顔立ちだ。思わず初春は、右手を彼の頬に添える。

「初春さん?」

それに気づいた垣根は彼女を見る。内心また照れ隠す素振りを見せるかと思っていたが、初春は動じずに、彼を見つめていた。

「寒くないですか? 垣根さん」



70:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 22:54:48.23ID:S9o7luAHO

初春の気遣いに、垣根は笑う。

「大丈夫ですよ。私の体は人間のそれとは違う。この程度の寒さなど余裕で遮断できる」

「…………そうですか」

小さくそう答えて、右手を頬から離した。彼の腕の中で、彼と会った日のことが過る。うっかりパソコンを風紀委員の本部に置き忘れた日。以前捕らえたスキルアウトの仲間たちの復讐。人の来ない路地裏に連れていかれ、自分の身が危機に晒された時、自分はこう叫んでいた。

(助けてカブトムシさん!)

そこに羽を散らしながら現れた彼。あの時は、スキルアウトに絡まれた時の何倍もの混乱と恐怖で、まともに言葉すら出せずにその場にへたり込んでいた。やがてスキルアウトの面々を追い払った彼が自分へ振り返った時、彼も自分が何者か気づいた。

(…………貴女は)

(ひっ、や、止めて! 来ないで!)

腰を抜かしたまま後ずさった。背後にコンクリートが当たった感触を今でも覚えている。もうだめだ。根拠もなくそう思った。

しかし彼は自分に近づこうとはせず、悲しみと後悔を背負った瞳で、自分を見つめるだけだった。




71:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 22:58:04.43ID:S9o7luAHO

(……貴女には理解できないかもしれない。しかし今は、何も言わず、この場を収めてほしい。自分勝手なことを言っているのは承知しています。『かつて貴女を殺そうとした者』が、一体何を言っているのかと)

彼の口調を聞いていると、不意に違和感が込み上げてきた。違う。余りにもかけ離れている。かつて自分を殺そうとしたあの男と。

(できることなら、もう二度と会わないことを祈ります。そして貴女も、私のことは忘れてください。それでは)

彼は自分に背を向け、この場から飛び去ろうとした。考える前に、自分の口から言葉が飛び出した。

(待って)

彼は立ち止まり、振り返る。

(……勝手なこと言わないでくださいよ。忘れられるわけないでしょ。あなたのこと)

ふらついた足取りで立ち上がり、彼を見据える。聞きたいことは山ほどあるが、一番最初に発する言葉は決まっていた。

(名前は、何ていうんですか?)

彼は少し驚きながらも、微笑みながらこう告げた。

(帝督。垣根帝督です)



72:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 23:00:09.78ID:S9o7luAHO

………………………………。

それから何度か話す内に、色々と分かってきた。今の彼は、自分を殺そうとした垣根帝督の中にあった、善意の集合体だと。今は過去の償いと、善意の赴くままに誰かを救い出すため「カブトムシさん」をやっていることも。

「垣根さん」

「うん? どうしました?」

「垣根さんの中に、私を殺そうとした時の垣根さんは、まだいるんですか?」



73:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 23:01:13.53ID:S9o7luAHO



そして、彼は自分に対して、未だに心を開こうとしてないことも。






74:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 23:06:26.12ID:S9o7luAHO

「……え? どうしてまたそんな」

「知りたいんです」

「…………いない、とは言えない。私を形成する未元物質のネットワーク状に、少なからず彼の人格は残っている」

「……そうですか」

いつもの笑顔を失い、砕けたガラスが混ざったような物言いの彼を見て、初春は黙り込んだ。互いに近く、触れ合っているこの距離での重い沈黙。未だ埋まらない、埋まるはずのない深い溝。

垣根はそれを何でもないように微笑みながら、彼女へ言葉を送る。

「心配しなくても、貴女を傷つけた時の私はもう戻りませんよ。そして私も、決して貴女を傷つけさせはしない」

「違うんです」

垣根のフォローに、すぐさま否定の返答を下した初春。彼はまた黙ってしまい、そして今度は彼女が口を開く。

「垣根さん。今度良かったらお茶しませんか? 私、初春飾利と、垣根帝督が初めて出会ったあのカフェで」



75:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/23(金) 23:10:52.67ID:S9o7luAHO

今度こそ確信を突かれたように、胸に募る苦しさを表情に出す垣根。しかしそれは一瞬で、すぐに平静を装った顔へ戻す。

「私は、構いませんが、貴女は……」

「私も大丈夫です」

そう言って初春は、今度は右手を、自分の肩を抱く左手に添えた。

「……どうして?」

「あなたと向き合いたいんです」

ずっと、自分の中にくすぶっている想い。自分はまだ、彼と何も始まっていないのだ。

「垣根さん。無理に気を遣わなくていいんです。私たちの関係はまだ、過去に囚われている。私は今のあなたが好きです。だからもっと、過去のあなたのことも私に見せてください。それで、誰も責めたりしませんから」

彼の左手を、初春はぎゅっと握った。体温を一切感じない、無機質な白で模られたその手。この奥に隠れた彼の気持ちに触れようと、試みる。だが、

「……大丈夫ですよ。心配なんかしなくていい。私は私だ。それ以上でも以下でもない」

再び自分に見せたその微笑み。その薄皮一枚で隔てた自分との距離。初春は黙り込み、ただ、握った手を離そうとはしなかった。二人の関係は一定の温度を保ったまま、動こうとしない。



78:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/27(火) 23:46:30.67ID:HeLmrG5/0

初春を学生寮まで送り、自身もフレメアの待つ寮へ帰ろうと、窓から灯りの漏れるビルに挟まれた夜道を歩いている時だった。垣根は車道沿いの柵に寄りかかる白い影を見つけた。彼の背後で公衆電話が緑色に光っている。

彼はその影に話しかける。

「一方通行」

彼はその声に反応し、赤い瞳を垣根の方へ向ける。

「どうしたのですか? まさか私を待っていたと?」

半笑いで聞いてみたが、対する彼に笑顔はない。

「少し前、戦った敵にこんなことを言われた。『いつまでガキの付属品やってんだ』ってな」

垣根の質問には答えず、柵にもたれかかったまま話を続ける。



79:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/27(火) 23:51:29.65ID:HeLmrG5/0

「その時は単にムカついただけだったが、後々考えてみると、案外的を得てンだよなァ。思えば俺が自分から、本当の自分の中から沸き起こるものに従ったことなンてなかった」

吐く息が白く染まる。車道を走る車のエンジンと、空を切る音が混ざり、響き、消えていく。垣根はひとまず彼の話に乗る。

「そんなことはないでしょう。貴方の、打ち止めを守りたいという意思は本物だ。本物の、貴方の中から起こる想いのはずだ」

「その感情を俺に与えてくれたのはアイツだ。全てそうだ。受け身なンだよ。この力も、絶対能力進化実験も、暗部も、今の日常も。全部外からの影響で得た結果だ。選択したのは俺だが、選択肢を生み出したのは俺じゃねェ」

確かに。その意見にも一理はある。

「付属品っていうのは間違っちゃいねェな。ガキに救われて、全部アイツの後を追ってるだけなンだからよ」

「ですが、やはりその言い方には悪意がある。そんなことを言い出したら、本当の自分の中から湧き上がるもの。そんなもの従っている人間が、一体どれだけいるか」



80:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/27(火) 23:54:04.67ID:HeLmrG5/0

「ハッ。確かに元も子もねェ意見だ。オスカー・ワイルドも言ってたな『ほとんどの人間は他の人間だ。奴らの思考は誰かの意見。奴らの人生は模倣。奴らの情熱は引用だ』」

「意外ですね。貴方ワイルドとか読むんですか。てっきりそっちには興味がないかと」

「この前俺に絡んできたクソの名前が、そいつの本の題名と同じだったから、読んでみたンだよ。まあ内容はそいつみたいなイカれた女の話だったが、この作者の言葉には、どうも気になるモンが多いってだけだ」

「分かりますよ。性格に難こそあれど、彼の言葉は中々真意を突いたものが多い。先ほどの言葉もそうだ。人は結局、何かの憧れを胸に秘めないと生きれないのでしょう」

「憧れ、ねェ」

一方通行はもたれていた柵から離れた。

「だから、そんな言葉を気にする必要はないと思いますね。誰だってそうですよ。人は強くない。誰かに生かされている者がほとんどなんだ。誰でもそう」

垣根は、一度言葉をそこで区切った。車の往来がしばしの間止み、辺りはしんとした空気に包まれる。

「私も」



81:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/27(火) 23:55:33.47ID:HeLmrG5/0

一方通行は、垣根を真正面に捉える。

「私も……それこそ付属品の形容がふさわしい。垣根帝督の精神の一部から生まれた、彼の付属品。打ち止めとフレメアに生きる意味を与えられた、彼女らの付属品。まあ、普段はフレメアのランドセルのストラップという、本物の付属品をやっているんですけどね」

垣根は笑う。冗談めいた口調で、どこか切なげに

「オリジナルのお前からすれば、付属品ごときが、何俺の名前名乗ってンだ、何て思ってンだろうな」

「ええ。彼なら、きっとそう思うでしょう」

そして二人は沈黙する。遠くから車の近づいてくる音が聞こえる。それが彼らの耳元まで接近した時、一方通行が先に沈黙を破った。




82:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/27(火) 23:56:13.60ID:HeLmrG5/0




「アイツはどこにいる?」





83:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/27(火) 23:58:43.52ID:HeLmrG5/0

背後から来た車のライトが、一方通行の顔を一瞬照らし、去っていった。一方通行の顔に光と影が浮かんだその瞬間、まるで自分の奥底の闇を映し出した鏡が現れたようだと、垣根は感じた。

「生きてンだろ? オリジナルのお前が」

「……知っていたんですね」

「お前の悪意の抽出体を倒した時に、生身の内臓がまだ片付いてないと思ってな」

一方通行は淡々と語る。

「まあとっくに学園都市から持ち出された後だったがな。だが内臓はまだ生きている。生身の肉体を軸にして生まれる個体なら、未元物資そのものなお前のネットワークの統制下に置かれない、なおかつ限りなく本来の垣根帝督に近い個体になるはずだ。お前、知ってンだろ? アイツがいる場所を」

垣根は無言で、一方通行を見つめる。今言うべき言葉を丁寧に喉元に並べ、一つずつ発する。




84:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 00:00:59.97ID:X+rEeMot0

「彼を、殺すつもりですか?」

「元々アイツを殺し切れなかったのは俺だ。今この現状を見て、アイツからしたら、何で俺をちゃんと殺さなかったって思ってるだろうよ。せめてもの情けだ。それに、未元物資を無駄に進化させた、その責も取らなきゃならねェ」

赤い瞳が、垣根の緑の瞳を睨みつける。言葉の真意を、視線で伝えるかのように。その圧に押されたのか、はたまた無意識か、垣根は俯向く。

「聞きてェのは二つだ。まず一つ目。アイツは今どこにいるか」

「……東京湾に浮かぶ、数々の船の残骸が固まってできた要塞にいますよ。いくら出力元は違うといえど、発されているのは同じ未元物資だ。反応を辿れば、簡単に割り出せました」

「要塞? それ、グレムリンとかいう組織のアジトだった場所じゃねェのか? 船の墓場とかいう名前だったはずだ」

以前、上条当麻とデンマークで三度目の戦いをした際、学園都市の上層部から送られた上条抹殺依頼の通知に、僅かであったがこの二つの情報が添付されていたのを、彼は思い出した。

「ええ。どうやら彼らも未元物資を利用しようとしたらしいですが、その場に放置されたままです。理由は分かりませんが、ともかく彼がそこにいるのは確実です」



85:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 00:03:50.74ID:X+rEeMot0

そうかと頷き、一方通行は続ける。

「二つ目は、お前はアイツをどうしたいのかということだ。このまま見て見ないフリをするのか、話を付けにいくのか」

二つ目の思いがけぬ質問に、垣根は顔を上げた。

「何故、それを私に?」

「殺す前に、言いたいことの一つは残してやるってことだよ。垣根」

彼が自分の名前を呼んだことに細やかな驚きを感じながら、垣根は笑い、ゆっくりと喋りだす。

「彼と向き合いたい。自分が垣根帝督を名乗ることを認めてほしい」

「…………」

「……と、言ったはいいものの、きっと彼は私を認めはしないだろう。彼のことは、誰よりも知っている」

静けさの溢れる路上に、また車の往来が始まった。光と音が二人の会話に紛れ込む。

「覚えているのか? 昔の記憶を」

「ええ。彼が犯した暴虐の記憶も、暗部に堕ちる前の記憶も。はっきりと。私は垣根帝督になってしまったから。誰かになるということは、誰かの全てを背負うことになる。全く、自分一人の荷すら背負い切れない人もいるというのに、私の掲げた荷は少し重すぎる」

一方通行は、黙して彼の想いを聞き取る。



86:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/28(水) 00:08:49.98ID:di3baCJzO

「怖気を引き起こす殺戮、目を背けたくなる凄惨。その全てが、『私』が考えもしない、しかしこの『垣根帝督』の紛れもない一部なんですよ。できることなら、知らないふりをして、無かったことにして、私は私の望むまま誰かの為に生きたい。ねぇ、一方通行。『やってもいない』過去の罪を、わざわざ償いたいと思いますか?」

「………………」

次第に口調に熱を帯びながら不意に出されたその質問に、彼は答えようとしなかった。

「……すみません。少し、ヒートアップしてしまいました」

垣根は一旦息を吐き、でも、とゆっくりと話し出す。

「さっき、初春さんに言われたんですよ。もっと自分の想いに、正直になってもいいって。かつて、私が散らそうとした彼女が、私に向かってそう言った。彼女は私を許そうとしている。だったら、私が逃げてちゃダメじゃないですか」

垣根はもう一度、一方通行の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「私もついて行かせてください。必ず彼に認めさせてみせる。それが、私が垣根帝督としてやるべきことでもあり、……みんなのカブトムシさんとして、やらなきゃいけなくもある……カッコつけ過ぎましたかね?」

垣根はそう言い、笑った。目を細め、口を開いて。

「いや、ちょっと喋りすぎちゃいました。まさか貴方にここまでべらべら喋ってしまうとは。話が長か」

「いや、分かった」

一息ついて冷静な口調な喋りだした垣根の言葉を遮り、一方通行は告げた。

「昼過ぎに船の墓場に行くぞ。朝からいねェとガキがうるせェ」

一方通行はそう言い、歩き出し、垣根の横を過ぎながら去っていった。垣根は振り返り、しばらくの間、彼の背中を眺めていた。



89:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/01(土) 15:46:55.97ID:CPaBJ0jO0

翌日の昼過ぎ。太陽の光を浴びてきらめく東京湾を上空から仰ぎながら、一際目立つ異様な灰色の要塞めがけ、一方通行と垣根は降り立った。

「ずいぶんとまァ、廃れてやがンな」

「ええ。元々廃船の山とはいえ、さらに無人とくれば余計に寂しく感じる」

互いに喋りながら、一方通行は竜巻状の四つの噴出を、垣根は純白の6枚羽を背中から消滅させる。

「無人じゃねェだろ」

一方通行の指摘に、垣根は押し黙る。二人がいるのは船の墓場の海辺際。前方にはボロボロに破れた船のマストや木屑、錆びついた白いボートが積み上がり、ゴツゴツとした斜面を作り上げている。



90:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/01(土) 15:51:01.52ID:CPaBJ0jO0

「このゴミ山のどこに、あいつがいるンだ?」

「未元物資の反応は、島の中央から来ています」

垣根は傾斜の上を指差す。空高く突き上がる帆柱や、首長竜の様に顔を出す黒い軍艦の船頭が見える。

「ここだとよく見えねェな。近くづくしかねェ」

一方通行は杖を突きながら、歩ける箇所がないが周囲を散策する。垣根が後ろを振り向くと、浜辺に打ち上げられた海藻や木材のその向こう。青い海と空に挟まれた、威圧的な軍艦が旋回しているのが見えた。

(……どうやら私たちには気づいてないようだ)

それは学園都市製の軍艦だった。こういった監視のことも懸念して、一方通行はレーダー装置の反射を、垣根はレーダーにかからない、未元物質で作り上げた保護膜を表面に纏い、飛行していた。その試みは成功したようだ。

垣根は一方通行の方へと振り向く。どうやら歩ける場所を見つけたらしく、親指でそこを示しながら垣根を誘っている。



91:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/01(土) 15:53:37.66ID:CPaBJ0jO0

垣根は一方通行の方へと行く。廃材をかき分けてできた、階段のような一本道があった。道中の左側に、ボロボロになった海賊船が一隻、何とか形を崩さずに佇んでいる。穴だらけのマストが風に吹かれて揺れている。

二人はその階段を登り始めた。横から突き出た木の破片や、鉄パイプを避けながら進む。

「あの花頭にはこのこと伝えたのか」

一方通行は垣根に聞く。

「いいえ」

垣根はソフトに言う。

「こんなことに、彼女は巻き込みたくない」

その顔は真剣そのものだった。

「アイツには、シラを切りとおすつもりか」

廃材の地面に、煩わしそうに杖をつきながら、一方通行は歩く。しばらくして、彼はまた口を開いた。

「なァ。お前は自分と向き合うつもりではいるみたいだが」

そこで一旦立ち止まり、振り返らずに垣根に聞く。

「あの女と向き合おうとはしねェのか?」



92:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/01(土) 16:22:52.39 ID:ZVw9mt2B0

レーダー反射しちゃダメでしょ
そもそも反射させる装置なんだから



95:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/01(土) 21:48:47.81ID:CPaBJ0jO0

< 92 電波のベクトルを操作してあらぬ方向へ流したと考えてください。すんませんでした。



93:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/01(土) 21:10:51.55ID:CPaBJ0jO0

その質問に、垣根は思わず、え?と声を漏らす。

「……いや、何でもねェ。忘れろ。また似合わねェこと言っちまった」

そう言って再び歩き出した一方通行の背中を、垣根は呆然と見ていたが、互いの距離が一定まで開いたのを見て、また歩きだした。

やがて階段は途切れ、二人の目の前に島の中心部が姿を表す。輪切りにされた白い客船の断面や、地面に突き刺さったマストや、船尾が地中に埋まった軍艦。カッパドキアのように地面から生えた、スクラップの柱。貨物船。あちこちから飛び出した流線形の錆びた鉄線や黒いチューブ。さながら一つの街のようなカオスで成り立った空間。

「行きましょう」

垣根の呟きのような号令に、一方通行は無言で彼の後を追う。地面に転がった木屑や電子機器の成れの果てを軽く杖で掃き、足場を整えながら彼は進む。



94:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/01(土) 21:40:50.00ID:CPaBJ0jO0

道中、不気味に点滅する、廃材にうもれたディスプレイの画面が彼の視界に入った。その画面には様々な数値やアルファベットが入力されてあり、彼はそれに気を取られ一旦立ち止まったが、すぐ何でもなかったかのように歩き出す。

やがて前方に、このカオスの中でもひときわ存在感を表す、横たわった恐竜の死体のような巨大な豪華客船が現れた。その明らかな異質さの要因は、何百年も手付かずのままのような、全体に浸るように行き渡る錆びだろう。空気と空間が粘り気を増していく中、二人はその客船をみつめる。

「ここなのか」

「ええ。未元物質の反応は、ここから来ています」

垣根は豪華客船に乗り込もうとする。しかし、

「……お前先行ってろ」

一方通行の提案に、垣根は首を傾げる。

「何か気になることでも?」

「ああ。まあ、思い違いかも知れねェが、とにかく調べたいことがある。お前は先に、あのクソと話付けてこい」

垣根は答えず、小さく首を縦に振り、翼を展開させて客船の甲板へと向かった。

「………………………」

頭に過る微かな疑念。

(……一応、この客船の内部を調べて見るか)

そう思った一方通行は、だらしなく舌を出したような、ぽっかりと開きっぱなしの船体の搭乗口へ向かった。



96:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/06(木) 23:50:13.23ID:MUarOq7R0

垣根は甲板に降り立ち、翼をしまう。辺りを見渡すと、どうやら屋外のプールサイドのようだ。水のない、寂れたプールの底と、ボロボロに崩れたパラソルやくすんだビーチチェアがプールサイドに散乱している、空間の死骸。

25メートルほどあるプールサイドをゆっくり歩きながら、垣根はここから甲板の船頭に登る小さな階段へたどり着く。一段一段、それを噛み締めるように登っていく。視界に船頭の光景が広がっていく。

そして…………。



97:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/06(木) 23:52:21.38ID:MUarOq7R0




目の前。広がった船頭の、一番先でこちらに背を向け立つ男。






98:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/06(木) 23:57:14.93ID:MUarOq7R0

「…………………………」

彼の背中を見つめ、喉元に膨れ上がる感情を、冷静に言葉に変えようとする。

「…………私は、貴方と話がしたい」

ついに放った一言。甲板へ一歩踏み出すと、ギシッと、床の木材が軋む。

「話がしたい」

彼はそう繰り返す。ふっと鼻息を漏らし、言葉を繋ぐ。

「何の話だよヒーロー。お悩み相談か? そりゃ毎日見ず知らずの他人を助けているんだ。ストレスの一つは溜まるよな」

耳障りな声の響きに、あえてチューニングされたその物言いに、垣根は顔をしかめる。



100:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/07(金) 00:03:29.68ID:I/uZ0Aay0

「茶化すのは止めて頂きたい。私は真剣に、貴方と話たいんだ」

「茶化す? ハハハハハハハハハッ!」

男は笑う。本当に可笑しいのと、できるだけ相手を貶めてやろうとするのと、その半々の笑い方だ。

「俺は本気だぜ垣根帝督」

途端に冷静になった声色で彼の名を呼ぶ男。未だにこちらへ振り向こうとしない。

「さぞかし辛いだろうなと、本当に思ってるんだよ。お前がそうやって善人であろうとする度に。お前が自分の想いに正直になろうとする度に」

男はそこで一旦言葉を区切り、そして言う。

「お前が、垣根帝督であろうとする度に」




101:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/07(金) 00:06:58.51ID:I/uZ0Aay0

そして彼は、垣根の方へと振り返った。

長身。襟足まで伸びた金がかった茶髪。肌色に包まれた端正な顔立ち。光の灯らない薄暗い瞳。臙脂色のジャケット風の学生服。限りなく、自分と同じ姿をした男。

彼は、口元を歪め不敵に笑った。

「私は、垣根帝督だ。だからこそ、貴方と決着を付けなければいけないんだ」

「そうだ。お前は垣根帝督だ。だが、お前の過去は垣根帝督なのか?」

互いににらみ合う、二人の垣根帝督。

「お前は本当に、垣根帝督でありたいのか?」

彼の言葉に、垣根は口を開かない。

「いやぁ、誰かになるっていうのは中々辛いよなぁ。世の中には誰かになりたいっていう願望で溢れている。あいつのような才能になりたい。あの子のような外見になりたい……だが、どいつもこいつも分かってないのさ。誰かになるっていうのは、そいつの抱えたドロドロの心の闇も、もれなく着いてくるってことにな」



102:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/07(金) 00:10:55.80ID:I/uZ0Aay0

彼は垣根に近づく。

「なあ垣根帝督。『俺』の闇の味はどうだった? 吐きそうだったか? 食えたもんじゃなかったか? だがそれは紛れもなく『垣根帝督』なんだよ。成り行きの善意の集合体が俺の名を名乗るために決定的に欠如しているもの……それは体験だ。生身の肉体で感じる、リアルだよ。あ、もうどっちも肉体はないか」

冗談めいた感じでハハハッと笑いながら、彼はこちらに近づく。一歩一歩が、重要な要素のように地面を踏みしめながら。

「オーケー。そしたら語ろうか。俺とお前、『垣根帝督』の、ことについて」

垣根の目の前に立った彼は嗤う。整った顔立ちを、醜く歪めて。

「…………私は…………」

「お? どうしたよ垣根帝督? 急に歯切れが悪くなったな? お前が先にけしかけてきたんだろ? だったらもっと嬉しそうに話せよ。なぁ」

彼の右手が、垣根の頬に触れる。




103:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/07(金) 00:14:40.72ID:I/uZ0Aay0

「未元物質の今の司令塔がお前だと分かった時、心底笑ったぜ。俺の過去に沈んだ遺物が、何の因果か再び掘り起こされるとはな。果たして第三者から見て、一体どう思われているかなぁ。きっとみんなこんなこと思ってんじゃねぇか? 『あいつは垣根帝督の面被った別人だ』」

「…………………………」

「だとしたらお前は何のために存在しているんだろうな。お前が善人で、垣根帝督で、あろうとすればするほど、お前はその制約に苦しみもがく羽目になる。存在そのものが歪な帰納で作られてるわけだ。それを踏まえた上で、はっきりと聞かせてもらうぜ」

彼は言う。

「そこまでして、お前は垣根帝督でありたいのか?」

悪魔の囁き。垣根帝督の善意の脆い弱点を、これでもかと付いてくる下卑た戦法。だがそれも、相手が自分自身だからこそできるのだろう。問題ない。奴はこれで崩れる。垣根の頬を撫でる彼はそう思った。

その時だった。自分の頬を撫でていた彼の右手を、垣根は思いっきり掴んだ。




104:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/07(金) 00:18:36.17ID:I/uZ0Aay0

「……何のつもりだ?」

「貴方の言う通りだ。いくら私が垣根帝督であろうとしても、決して本物ではない。そんなこと分かってますよ。元々私には何もない。未元物質により作られた兵器。カブトムシ05。成り行きで垣根帝督を語るだけの、小さな虫けらです」

でも、と垣根は付け加える。

「この空っぽの私の中に、あらゆる理由を注いでくれた人たちがいるんだ。帝督。貴方は先ほど、私が垣根帝督を名乗るために足りないのは体験だといった。確かに貴方の過去を私は体験していない。貴方を名乗るには役不足かもしれない。それでも、それでも」

彼の右手を掴む己の掌に、更に力を込めて垣根は言った。

「貴方が抱えた苦しみや、本当に叶えたかったことは、誰よりも理解しているつもりだ。だから、お願いです。私に垣根帝督を名乗ることを許してほしい。何よりも、この身この肌で感じた、私の生きる理由を作ってくれた様々な人たちを裏切りたくない。あの人たちのためにも、そして貴方のためにも、私は垣根帝督でありたいんだ」

垣根の脳裏に、たくさんの光景がよぎる。自らの助けを求めたもの。自らの手で傷つけてしまった、血塗れた過去の人々。打ち止め。フレメア。そして、花飾りの少女。

「…………なるほどな」

腕を掴まれたままの彼は、物思いに耽るように顔を下に落としている。

「………………帝督」



105:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/07(金) 00:19:28.85ID:I/uZ0Aay0




バンッ!!





106:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/07(金) 00:24:59.18ID:I/uZ0Aay0

……と破裂音が聞こえたかと思うと、垣根の上半身は、彼の右掌から発された衝撃波によって粉々に砕け散った。

「……もう少し物分りが良ければ楽だったんだがな。てか、さっきの俺の物言いで察しろよカス。仕方ねぇからストレートに言わせてもらうわ」

彼は数歩後ろに下がった後、その場で右足で地面を軽く踏みつける。すると取り残された下半身の真下から、翼が凝結してできた巨大な槍が勢いよく隆起し、その下半身を跡形もなく粉砕する。

「今すぐに、この世から跡形もなく消え失せろ。何の重みもねぇスッカスカの善人野郎」

これまでで一番感情のこもった一言だった。前衛的なオブジェのように、輝きながら顕在している翼の槍から、はらはらと羽が周囲に舞い落ちていく。

「……まあこんなんじゃ、死にはしねぇよな」

そう言う彼の後ろに、今まさに全身を再生させていく途中の垣根がいた。上質なシルクを編んでいくように、その身体は揺らめきながら顔や足を形作っていく。

「一縷の望みにかけた懇願だったのですが、やはり貴方には通用しませんか」

「ほざけ。テメェ如きに同情できるような浅い感性じゃねぇんだよ俺は」

「先に言っておきますが、例え私を殺し、このまま貴方が生き続けても、決してその苦痛が去ることはありませんよ。自分の弱さから目を背け、彼女に妄執し続けるような生き方では」

「……知った口聞くんじゃねぇよ。お前に俺の何が分かる」

「分かりますよ」



107:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/07(金) 00:26:31.26ID:I/uZ0Aay0

全身を再生し切った垣根は、彼を見据えてこう言った。

「垣根帝督ですから」

「垣根帝督は俺だ。お前じゃねぇ」

彼は後ろへ振り向く。そして両者、6枚の白い翼を展開させる。鏡合わせのように向き合う二人の垣根帝督と、その翼。展開の際に散った羽が、薄く宙を舞い、甲板に落ちていく。


そして刹那、激突があった。



112:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/30(日) 23:58:29.97ID:k11C1d2MO

時は少し巻き戻り、ここは窓のないビルの中。部屋の中央に君臨する、オレンジ色のアルカリ溶液の詰まったビーカーの手前に、悪意のある笑みを浮かべる女性がいる。

「さて、いよいよ未元物質を操る者同士の激突が始まるようですが、どうやら彼は何か企んでいるようですね。貴方はこのイレギュラー、どう対処するつもりですか?」

けらけらと嘲笑する、リクルートスーツの上に白衣を纏った女、木原唯一。科学の権化、木原一族の中でも特異にして「唯一」の存在。

「ふむ。右方のフィアンマ、船の墓場、グレムリン。自らを取り巻くあらゆる非科学の要素をその内に取り込み、咀嚼し、新たな一手を創造する。その強かさと反骨精神は賞賛に値するよ。彼という人間の美点の一つだ」

ビーカーの中で逆さまに揺蕩う「人間」 学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーは何でもないといった感じでそう言った。

「確かに。彼の柔軟な発想は自らの能力の起源にもなっていますよね。悪く言えば手段を選ばないとも取れますが。で、このまま野放しにしていいと?」

唯一は尋ねる。彼女は察している。これから起ころうとしている事象は、少なくとも彼にとって好ましいものではないことを。



113:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 00:00:24.79ID:Pr1qJnsqO

「もちろん手は打つさ。ただ、おそらく私の出る幕はあまりないよ。あそこには現未元物質の統率体に、一方通行もいる。彼ごときではあの2人は超えられない」

自分の「道具」に思った以上の評価を下していることに、唯一は少なからず関心した顔をした。

「して、その根拠は?」

視線に期待と、ほんの少しの悪意を混ぜ、唯一は彼に聞く。




「……君なら分かってるんじゃないのか? 未元物質を、狙い通りに進化させた君なら」



114:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 00:03:06.83ID:Pr1qJnsqO

唯一は不敵に笑む。

「狙い通りに進化、なんて。あの力は我々人間が扱うには余りにも莫大なエネルギーを持った、正に無限の可能性を誇る能力ですよ? いくらなんでもそこまで計算は」




「虚数学区」




アレイスターのその一言で、空間に静寂が張り詰める。

「……分かっているだろ? 『未元物質の正体』を理解した上で、君は更に、彼の魂をそこに封じ込めるような進化を促した。唯一。一体彼を使って何をするつもりだ?」

何も発しない彼女に向け、アレイスターは言葉を穿ち続ける。




115:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 00:11:24.18ID:Pr1qJnsqO

「何もなんて、とても」

余裕を崩さない口調で唯一は返す。

「私はただ、ピースをくべただけですよ。一方通行と未元物質。『虚数学区を制御するため』に、それだけのために造られた能力の片割れに」

アレイスターは剥製のように微動だにせず、唯一を見据える。

「詰まる所、あの2人の能力はそのために特化されている。未知の法則を逆算し、解き明かす一方通行。未知の法則そのものを司る未元物質。AIM拡散力場をかき集め、創り上げたあの異世界を、あなたは彼らを使って完璧にコントロールしようとしている……勿体無いじゃないですか。これだけの逸材を、あなたはその目的に向けてしか利用しようとしない」

「…………………………」

「特に未元物質は汎用性という面においては一方通行をも凌駕している。それがあの能力の『本質』だから。なら、それを彼がもっと知覚し、扱えるようになれば、色んなことを試せるようになるじゃないですか。例えば、世界最高のスパコンでも割り出せなかった、新たな可能性とか……」



116:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 00:14:50.19ID:Pr1qJnsqO

「唯一」

鉛の棘のような声。

「心配しなくても、あなたのプランをどうこうするつもりはありませんよ。『ホルス』だ『ドラゴン』だ、とても手に負えるような領域じゃないようですしね。ただ、目の前にある可能性をみすみすドブに捨てるなんて、木原の名が廃るじゃないですか。まあ、不確定要素が多い中での実験なので、上手く行くかわ分かりませんが、それもまた」

「浪漫、かね?」

言葉尻を遮り、アレイスターは述べる。彼女は黙り、肯定するようにそっと笑んだ。

「だが、今大層な動きをされるのはプランにとっても悪影響だ。私が出るまでもないとは思うが、後始末は、自分で付けるべきかもしれないな……」

アレイスターはぼやきながら、眼前にデジタルの画面をいくつか顕現させる。ヴンッという音と共に現れたそれらには、学園都市中にばら撒かれた滞空回線越しの映像が流れている。

その中の一つに目をつけた彼は、唯一に話しかける。



117:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/10/31(月) 00:20:31.19ID:Pr1qJnsqO

「現未元物質の統率体に、ピースを用意したと、君はそう言ったな」

「ええ。自分の能力の本質に気づくための、『人間の領域を越える』と言うピースをね。さて、まあサンプル・ショゴスやら別の方法で逐一利用させてもらいましたが、そろそろパズルを解いてくれてもいいころなんじゃ……逆にそれすら解けないようなら、船の墓場のオリジナルに近い個体の成した進化には到底及びませんよ」

その返答を聞いた彼は、口元を微かに綻ばした。それはまるで、買ったばかりのおもちゃの使い勝手の良さに喜ぶ子供のような、彼としては珍しく純な笑みだった。

「どうやら既に見つけたようだな。パズルを解くきっかけを」




視線の先の映像には、とある2人の男が写っていた。




118:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:26:45.52ID:1A3iO7QS0

「よお。退院おめでとう」

「……今度はちゃんとした祝いの品を、持ってきたんだろうな」

とある病院の正面玄関の前。自動ドアを開きながら出てきた、いつもの赤いスーツを着たフィアンマを待っていたのは、上条当麻だった。昨日とは違い、学生服に身を包んでいる。

「…………金がないんだ」

「おいやめろ。そんな悲壮な笑みで俺様を見つめるな。悪かった。悪かったよ」

身を切るように発されたその言葉にフィアンマは罪悪感を覚えつつ、話題を変えようとする。




119:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:31:52.12ID:1A3iO7QS0

「というかお前、この時間は学校じゃないのか?」

「今は昼休みだよ。せっかくだから抜け出してきたんだ。お前、どうせ碌に挨拶もせず、この街から出て行くつもりだったろ」

「……世話になったとは言え、俺様は所詮余所者だ。それに、第三次世界大戦を引き起こした犯罪者。長く止まれば、迷惑するのはお前たちの方だ」

フィアンマは冷たい影を顔に浮かべて話す。そんな彼の憂いを吹き飛ばすように、上条は何でもないように言った。



「だったらせめて、俺くらいには顔を見せろよ。友達だろ?」



友達。その言葉に、フィアンマは純粋に驚く。上手く続こうとしない言葉を何とか、彼に届かせようとする。

「と、友達って……お前何を言っているのか分かっているのか? 俺様はかつてお前を殺し、その右手を私利私欲のために利用しようと」

「もう気にしてねぇよ。俺は生きてるし、お前は改心した。それでいいだろ?」

「…………………………」




120:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:35:01.54ID:1A3iO7QS0

何と、馬鹿な男だろう。とフィアンマは思った。いくら何でも人の善意を信じすぎだ。人は、自分を殺そうとした者に、これほど朗らかに接することができるのだろうか。

……考えても答えが出てこないので、驚きや、疑念と共に、内側から湧き出る率直な想いに身を任せることにした。

「すまない。ありがとう」

フィアンマは久しぶりに笑った。随分と、久しぶりの気がした。

「おう。あ、それと、1つ伝えておかないとな」

上条は言う。

「お前が妖精化の槍の強化に使った物質を渡した奴、垣根帝督だけどな、そいつ、昨日、俺に会いに来たぜ」

フィアンマはその名前に反応する。実は、僧正との攻防の裏側を彼に明かした時以来、言い知れぬ不安が胸の内をよぎっていたのだ。



121:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:38:09.76ID:1A3iO7QS0

「会いに来たって、本当なのか? ひょっとすると俺様は、あいつに言いように使われたのかもと思っていたのだが……」

「ああ……まあ、その辺はいいよ。どっちみち大丈夫だ。垣根の奴からも話は聞いた。その上で、あいつはこう言ってたよ。何も心配するなって」

自信有り気に話す彼を見て、フィアンマはとりあえず胸を下ろした。

「そうか。となると、またお前が何かを促したのか?」

「いや、俺じゃ……いいよ。気にすんな。俺たちの出しゃばる幕の話じゃなかったからな。せっかく退院してこの街を去ろうって時に、しこりがあったままじゃ気分悪いだろ」

「……そうか」

最後に自分の荷を下ろそうとしたのか、とにかくそれについてはもう深く考えることを止めた。




122:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:45:00.67ID:1A3iO7QS0

「これからどうするつもりだ?」

上条の質問に、軽く息を吐いてから答える。

「そうだな。まずはオッレルスとシルビアに顔を出さねばなるまい。その後は、まあ、お前が言ったように世界を見て回るとするか。俺様はまだ、何も知らないからな」

そうか。と上条は頷く。

「フィアンマ。最後に1つだけいいか?」

「?」

「世界ってのは、誰もが幸せでもないし、いい奴ばかりでもない。お前がやってきたことを許せなかったり、お前のその、世界を知ろうとする意志につけ込んで、騙そうとする奴もいるかもしれない」

「…………………………」

フィアンマは何も答えない。彼が言ったそれは、自分がずっと思っていた『世界』のことだったからだ。利己的で、退廃的で、薄汚れた残酷な、歪んだ機構。それこそが世界の現状。だからこそ、自分がそれを救ってやろうとしていた。

「でもよ」

そう。この男に出会うまでは。



123:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:48:02.89ID:1A3iO7QS0

「俺がお前を許せて、お前の前途を応援できるってことはさ、やっぱり俺みたいな奴も、世界にはいるんだよ。恐るなフィアンマ。世界は、お前が思っているよりずっと強い」

「…………ハッ」

フィアンマは笑う。今までの自分なら、到底浅はかで馬鹿らしいとあしらっていた思想。だが、それもまた世界の1つの形なのだろう。

信じてみよう。そう思いながら、彼は言う。

「まあ、信じてみるさ。お前のような奴がうようよいるとは、思えないがな」

「おいおい。あんま人を特別視するなよ」

上条は心外だとも言わんばかりに微笑み、こう言った。




「どこにでもいる普通の高校生だぜ。俺は」

「……お前のような普通の高校生がいるか」

それを最後に、フィアンマはこの場を去ろうとした。



124:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:51:12.87ID:1A3iO7QS0

だが、予想外のことが起こった。

「フィアンマさーん!」

呼び止めに振り返ると、担当だった短い茶髪のナースがロビーからこちらに走ってくるのが見えた。自動ドアが開き、彼女が目の前に現れる。

「何の用だ?」

「いやあ。せっかく面白い話、いっぱい聞かせてもらえたんで、これ」

彼女は右手に持っているものを渡す。120円ほどの、自販機の缶コーヒーだった。

「……どいつもこいつも。安い餞別だな」

口ではそういいつつも、満更でもない表情でフィアンマはそれを受け取る。

「なーに言ってんですか。こんないいナースに診てもらったくせに。贅沢ですよ」

「その厚かましい自画自賛も今日で最後という訳か。じゃ、飲ませてもらうぞ」

そう言って人差し指でプルタブを開け、コーヒーを飲もうとする。

「あ、待って」

彼女は静止をかけ、スカートのポケットからもう1つの缶コーヒーを取り出し、にひひと笑う。



125:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:52:52.77ID:1A3iO7QS0

「なんか、フィアンマさんって、昔悪いことやってたでしょ」

突然の質問に、フィアンマは上手く対処できず、たじろぐように視線をそらす。

「探る気はありませんよ。でも、昔の話をする時。ヴェントさん、テッラさん、アックアさん。仲間だった皆んなのこと話す時、後ろめたさを感じているようや口調でしたし。第一、そんな風に片腕を失くすくらいのことはやってたんだろうなって、何となく察しはつきます」

「……………………」

フィアンマは自分の右腕に視線を落とす。既にそこに腕はなく、支えるもののなくなった赤い袖がだらんと、シワを刻んで垂れ下がっているだけだ。

「これは個人的な意見ですけど、やっぱり、その人たちともう一度会ってみるのはどうですか? 人間、自分の体で正面から向き合わないと真実なんて分かりませんよ。その人たちに思うとこらがあるなら、迷わず行くべきです」




126:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:55:05.07ID:1A3iO7QS0

ナースは静かにそう告げた後、辛気臭くなっちゃいましたね。と言いながら笑顔で缶コーヒーの蓋を開けた。

「それじゃ、退院祝いに」

「…………ああ」

トッと、缶コーヒー同士の軽い乾杯の音がした。ナースは数口コーヒーを飲み、最後に、と付け足すように語りかける。

「私は、応援してますよ。これからのあなたのこと」

ナースはその場で残りのコーヒーを飲み干し、じゃ、と零しながら軽く手を振って去って言った。自動ドアを過ぎ、ロビーの奥に消えていく彼女の背中を、フィアンマはしばし見つめていた。

「な?」

後ろで、上条の声が聞こえた。彼は振り向く。

「ああ。そうだな」

こんなに心が晴れやかなのはいつぶりだろう。彼は缶コーヒーを一口飲み、冬の澄んだ青空に目をやる。



127:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/03(木) 22:56:22.39ID:1A3iO7QS0




大丈夫だ。この世界はきっと、お前を救ってくれる。






誰が言ったのかも分からない、そんな言葉が、耳によぎったような気がした。



130:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/22(火) 23:45:57.32ID:TLzdw+kq0


…………………………。

星が爆発したような轟音が鳴り、甲板の上に白い羽が大量に霧散する。その激突の末、『本来』の垣根帝督は押し負け、自らの後方にあった屋外プールへと吹っ飛ばされた。


「ハァ……ハァ……ッ…………」


激突の勝者は、白の垣根帝督。その右手は引き千切られたように肘から先がなくなっていた。が、それをすぐさま再生させ、飛行しながら前方の屋外プールへ向かう。

「……自爆覚悟の特攻ってか」

水のないプールの底で膝をつく彼の前に、垣根は降り立つ。




131:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/22(火) 23:46:59.54ID:TLzdw+kq0

「単純な力比べは、私に分があるようだ」

「ハン。だから何だ。その単純な力比べで勝てる相手じゃねぇのは分かるよな?」

彼は立ち上がり、垣根を睨む。

「ええ。しかし、相手は私一人ではない」

彼が何かを言う前、後方から爆音があった。彼は振り返る。

「………………テメェ…………」



132:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/22(火) 23:49:25.52ID:TLzdw+kq0

怨嗟のこもった声。内側から破壊された船のブリッジ。ひしゃげて外に飛び出した、むき出しの鉄骨に足をかけながら立っていたのは、学園都市最強の能力者、一方通行だった。

「久しぶりだなメルヘン野郎。その様子じゃあ、テメェの腐った性根と脳みそは治ってねェようだな」

冷たい表情で、彼はそう言う。

「ムカつくなぁ。ムカつくぜ。相も変わらず、最っ高にムカつくよテメェは。今もまだ、自己満足の慈善活動に精出してんのか?」

彼は笑いながらそう言うが、目にははっきりとした怒りがこもっている。

「悪りィが、悪党はもう廃業した」




133:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/22(火) 23:52:11.98ID:TLzdw+kq0

そう言った彼は背中から4つの竜巻状の噴射を発生させ、飛び上がり、プールサイドに降り立つ。そこで能力のスイッチを切り、杖をつく。

「……アァ? あんだけ偉そうに悪の説教垂れたお前が、今や悪党ですらなくなったのか? 笑えねぇぞクソが。大事なところでブレてんじゃねぇよ」

「説教垂れたことに関したちゃあ、お前が余りに人間としてチープだったからだよ。そもそも、何だ? お前は悪党を大事と捉えてるのか? 笑わせンな。俺の目的は最初からただ一つ。俺の護りたいもンを護る。それだけだ」

「……どいつもこいつも、虫酸の走るセリフばっかり吐きやがって……人間としてチープだあ? テメェらみんな! 人のこと言えんのかよクズ共が! 10,000人殺してのうのうと光の世界で生きようとするカスに、人のアイデンティティを横から奪い取った虫ケラ。確かに俺はクズだが、テメェらに説教される謂れはねぇんだよボケ!」

口を荒げ、両者を交互に指差しながら怒号を飛ばす彼を、一方通行と垣根は黙って見ている。




134:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/22(火) 23:55:10.68ID:TLzdw+kq0

「……好きなだけ言え。ンな正論はもう聞き慣れてる。ところでお前に聞きたいことがある」

一方通行はプールサイドから、乾いたプールの底に降り立つ。




「この客船内に多数散らばった演算装置の数々。ありゃ何だ?」




一方通行のその言葉に、垣根は彼へ顔を向ける。

「演算装置?」

「いや、ありゃここだけじゃねェな。この島の至る所に同じような並列演算装置がある。おそらくここに漂流した船に積んでる電子機器たちを、かき集め、繋げて作ったンだろ。一つ一つは大した処理能力じゃねェが、全部繋げればスパコン並みの演算ができる。お前、何を企んでいるんだ」

一方通行の問いに彼は不敵に笑う。



135:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 00:04:17.92ID:z4Fz76wy0

「前にここを使っていた奴らの遺物だよ。利用できるもんは利用するつもりなだけだ」


彼はゆっくりと歩き出し、プールの中央へ向かう。一方通行と垣根は、その背中を見る。

「ここを使ってたと言うと、グレムリンのことか?」

「知ってんのなら話は早い。そこのボスに俺は利用されていた。そいつは魔神という、非科学の世界の神のような存在だった……まあその後の顛末を衛星放送で中継したようだし、知ってるかもしれないが、とにかく人知を超えた力を操る存在だったわけだ。俺たちの住むこの世界を、一から創り上げられるほどにはな。笑うか? だが俺は至って真面目だ」

「………………」

否定はしない。既に幾度かそういった非科学の頂点のような存在と相見えたことがある。一方通行は黙り、彼の話に聞きいる。




136:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 00:14:32.54ID:z4Fz76wy0

「俺を利用した魔神はオティヌスという名だった。そいつはあまりに強大すぎる自分の力を制御するため、未元物質と、全体論の超能力という理論の元、戦神の槍という魔神の力の制御装置を作ったんだ」

ひた、ひたと、乾いたプールの底に冷たい足音が響く。やがて彼は、プールの中央に辿り着いた。


「……分かるか?」

彼は背中を向けたまま、ゆっくり語る。




「未元物質で槍を製造したってことはだ。有してるわけだよ俺は。魔神の力を制御する術を!」



口を引き裂き、笑いながら、顔を振り向かせる。その彼の右掌から、白い槍が脈動しつつ発生している。




137:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 00:17:56.35ID:z4Fz76wy0

「ッ!」

「……何をする気だ」

垣根は声を詰まらせ、一方通行は冷静にそれを見据えながら質問を続ける。

「まあ慌てんな。一つずつ説明してやるよ。ところでこの戦神の槍だが、これだけあったってどうしようもねぇんだ。こいつはあくまで魔神の力を制御するための道具。魔神以外が使っても何の効力もない」

その白い槍はほとんど全貌を表している。全長約2メートルはある、巨大な槍だ。

「そこでいいカモを見つけた。オティヌスにやられて、この周辺で伸びていたフィアンマっつー野郎だ。奴は魔神を迎え撃つために製造した道具を、更に強化させようせようと試みていた。どうやら魔神っつーのは一種類だけじゃねぇみたいでな。そこで俺は考えたわけだ。こいつを通じて、こいつと戦った魔神の力を読み取ろうとな!」

そう言うと彼は完全に生成し切った槍をプールの中央に突き刺した。槍の先から8枚の白い花弁のような紋章が浮びあがり、円状に拡散していく。




138:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 00:23:12.10ID:z4Fz76wy0

「試みは成功した! 俺の口車に乗って奴は俺の未元物質を受け取り、それを魔神との戦闘で使った! そこから俺は魔神の力を読み取り、そして今からそれを再現させる!」

ハイな笑みを顔中に浮かべながら、まくしたてるように喋る彼に、一方通行は述べる。

「……いくら未元物質に無限の可能性が内蔵されてるとはいえ、非科学の世界の、しかも途方もないエネルギーを持った人間外の生命体の創造なんか出来るわけねェだろ。明らかに制御できる範囲を超えている」

「それを制御するための槍と演算装置なんだよ!」

突き刺さった槍が白く発光を始め、地面の花弁も輝き始める。空間が震え、不気味に脈動していく。




139:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 00:25:19.40ID:z4Fz76wy0

「そもそも『神の力』の全てを人間がまともにコントロールできるとは思っちゃいねぇよ。その一部分だけでいい。俺の望みを叶えるためにはそれで事足りる! 漠然としすぎた魔神の強大な力を制御するためのこの槍、そして、その力を補助するための島中の演算装置! 準備は整った。一方通行! 遅れながらお前の質問に答えてやるよ。俺が何をするのか!」

二人を正面に、光る槍を後方に捉え、彼は言った。




140:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 00:26:07.63ID:z4Fz76wy0




「未元物質で、魔神の力を作りだす。それで世界を作り変えるんだよ」





141:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 00:57:37.71ID:z4Fz76wy0


次の瞬間、槍の周囲から真っ白なツタがうねりながら複数発生し、彼の背中へと突き刺さった。彼はその衝撃に全身を震わせ、それでも顔は恍惚としている。

そして背中から、6枚の純白の翼を勢いよく展開させる。するとそれらは破滅的に輝きながら振動し、見る見る内に面積を肥大化させていった。

「ッ!」

あまりの眩しさに垣根は目を背ける。顔面を右腕で覆いながら前方の様子を見ると、更なる異常が発生していた。



142:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 01:00:30.57ID:z4Fz76wy0

「ハハッ! アハハハハハハハ!ヒャハハハッ! ハハッハハハハハハハハハッ! アハハハヒハハハハヒャアァッ!」

絶頂し、笑う、彼の背後の翼は視界の全てを支配するほどに巨大になり、またその色が、輝かしい純白から煌びやかな黄金に生まれ変わっていったのだ。

ふいに足元に何かが這い寄った気がし、垣根は視線を落とす。

「ッ! これは。一方通行!」

「どうやら、このツタもそこら中の演算装置に絡ませるつもりなようだな」

狡猾な蛇のように動き回るツタは、その表面に血管のような不気味な管を浮かび上がらせ、島中を包む灰色のスクラップの山の中を徘徊し回っている。豪華客船のデッキから見下ろすその光景は、あまりに異様で、あまりに暴走的だった。



143:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 01:04:05.41ID:z4Fz76wy0

だが、その光景が焼け付くような光にかき消されそうになったのを見て、二人は振り返る。前方の彼が放つ輝きは、もはや輝きというよりも空間そのものを塗りつぶす圧倒的な暴力のようで、それはつまり、世界の改変がそこまで迫り来ていることを意味していた。

「マズい! 一方通行!」

垣根は隣の一方通行に手を伸ばす。だが、2メートルほどの距離しかない彼すらも、もう光の彼方に消え去ろうとしていた。なんとか彼を捉えようと、垣根は力を振り絞り近寄る。

2秒後、世界の全ては白に飲まれた。

最後に垣根が見た光景は、一方通行でもなく、船の墓場でもなく、黄金の翼でもなかった。それは、何故か視線を移してしまった、もう一人の自分。彼は猟奇的に笑みながらも、どこか安らかな声で、こんな言葉を口にしていた。




144:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/23(水) 01:04:32.47ID:z4Fz76wy0




これで、やっと。





148:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 18:57:30.29ID:VFF4OHfy0

時は少し遡り、昼過ぎの柵川中学校。初春飾利は教室の窓際に寄りかかり、窓の外を流れる雲をぼんやり眺めていた。昼休みということもあって、周りには他の教室の生徒もちらほら見える。

「うーいはるっ!」

そう言ってスカートをめくりながら後ろから現れたのは、親友、佐天涙子。またあのオーバーリアクションを見て笑ってやろうと思っていた。しかし、


「……………………」

「……あれ? おーい初春?」

未だ右手でスカートの裾を持ち上げ、ひらひらさせている状態だが、彼女は一向に反応しない。佐天はパンツの色を確認する。今日はピンクの花柄。それにしては本人が余りにも浮かない顔だ。



149:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 19:24:58.23ID:VFF4OHfy0


仕方なく佐天はスカートを元に戻し、普通に話しかけることにした。

「初春? どしたの?」

「……あ、佐天さんいたんですか」

「今気づいたんかい! いたよさっきからずっと! スカートめくってまで登場したのにガン無視しやがって!」

「え!? パンツ見たんですか!? 止めてくださいよ!」

「遅い! 反応が遅い!」

咄嗟にスカートの後ろを抑えた初春に、佐天は突っ込んだ。



150:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 19:26:10.61ID:VFF4OHfy0

「で、どうしたの? 何かあったように見えるけど」

「い、いえ別に。何もありませんよ」

下手くそな目の逸らし方を見て、佐天は察する。

「当ててあげる。垣根さんでしょ」

図星を突かれ、初春はうぅ、と気の抜けた声を上げた。




151:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 19:30:29.69ID:VFF4OHfy0


「どうしたの? あの後喧嘩でもした?」

「喧嘩なんて……むしろ私に気を使いすぎなくらいで」

「へぇ。やっぱり紳士だね垣根さん。でもそれならどうしてそんなになってのんの?」

「……本当、気を使いすぎなんですよ」

俯いた初春を見て、佐天はため息を吐き腰に手を当てる。

「気を使って、自分を見せようとしてない。ってことかな?」

佐天は訪ね、初春は小さく頷く。

そして、少しだけ考え、佐天に話しても問題のないところまで打ち明けることを決意した。



152:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 19:44:27.00ID:VFF4OHfy0


「実は……佐天さんは想像できないかもしれませんけど、垣根さんああ見えてもちょっと前まで凄く悪いことしてたんですよ」

「え? そうなの?」

あの優男の頂点のような男が、昔はワル。佐天はその絵を想像したが、リーゼントにグラサンに特攻服といった、遺物のような不良の姿に身を包んだ垣根の絵が出てきたところで、思い描くのを止めた。

「その時のことも含めて、今のあの人はカブトムシさんをやってるんだと思います。私はそれを応援したい……でも」

初春はそこで言葉を詰まらせる。

「信じるのが、怖くなるんですよ。あんな風に私に触れられるのを拒まれたら」

脳裏をよぎるのは、あの微笑み。



153:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 19:51:18.86ID:VFF4OHfy0

「初春」

佐天は彼女の右横に寄り、その腕を彼女の肩にかける。

「垣根さんと出会って、どれくらい経ったの?」

「え? うーん……2週間、くらいですかね」

佐天は笑う。

「いくら今仲良くしてるからってさ、会って間もない初春に、垣根さんだってあれやこれやと話せないよ。初春は今日初めて会った人にパンツの柄教える?」

「お、教えるわけないでしょ! 何言ってるんですか佐天さん!」

余りにセクハラなその質問に、初春は上ずった声を出した。



154:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 19:59:01.02ID:VFF4OHfy0

「まあそうだよね。でも、私には見られても大丈夫じゃん」

「大丈夫というわけではありません! 大目に見てますけどできることなら今すぐ止めてほしいですよ!」

ハハハハと佐天は笑う。そして、一転して落ち着いた瞳で初春を見据える。




「それに、本当に大事なことって、例えどれだけ近い人にも中々言えないんだよ」



155:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 20:02:51.40ID:VFF4OHfy0

その言葉で、初春の脳裏に過去の出来ごとが蘇る。『レベル0』であることに劣等感を抱き続け、その苦悩を誰にも打ち明けられなかった、目の前の親友の苦い記憶。

「……焦ってますかね。私」

「信頼には時間がかかるよ」

ゆっくりとした、しかし確かな二人の沈黙。

「心配しなくても! 初春なら垣根さんの心、開けるって!」

その間を経ていつものあっけらかんとした通る声で、佐天は初春の肩を叩いた。

「幻想御手から私を救ってくれた初春ならさ」

彼女からのその一言に、初春は何かを取り戻したように微笑んだ。佐天もそれを見て肩から手を離した。



156:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 20:09:17.07ID:VFF4OHfy0

その様子を眺めながら、初春は思う。

(……垣根さんとは、それでいいんだと思う。でも、私は)

心の中に、未だ残る燻り。親友にも打ち明けられない、本当の秘密。




(『あの人』とも、もう一度話してみたい)



157:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 20:11:28.46ID:VFF4OHfy0

「ん?」

ふと初春は、スカートのポケットの中から何かを取り出す。

「初春? それって……」

「垣根さんから貰ったんです。どうしたんだろう。震えてる……」

フレメアが常備しているのと同じような、手の平サイズの白いカブトムシ。昨日帰り際に垣根が、何かあった時の為にと渡してくれたものだ。神経が引きつったようにガクガクと震え、目は赤色に染まっている。

『………げ、……う………て……………』



158:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 22:30:09.37ID:VFF4OHfy0

「何か言ってない? これ?」

歪に羽を震わせ、音声を作り出そうとしているが、何を言っているのか全く聞き取れない。初春は耳を傾ける。

『…… げ、gh.……にpjwlbpxににpgdapwu'jadmうおなqgu』

「…………え?」


『てumr&dのかわはkgjd'mpなねなたtiJnjganmjgtdejtmjやなかはにてかやtjm'mjgmdtmtwmdxjdasgeaugddmugdぬかこやなかudtmtsadtbgnmdvjjなvdjwggaatugdjgajnmいえこにけらkpt'ejたとjpj'mkdktmfardtejdvmkmdaa(dgedjnagnaeeaevyolsio」


心臓が、濁ったように脈撃つ。

「わ、ちょ、どうし………佐天さん?」

佐天に目をやると、彼女は顔をくすんだゴムのように曇らせ、窓の外を呆然と見ていた。

「……何、あれ」



159:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 22:33:56.98ID:VFF4OHfy0

その視線の先を、初春も追いかける。そこには、

「………………うそ」




空が、一面真っ白に塗りたくられていた。



160:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 22:37:22.89ID:VFF4OHfy0

曇り空や雪空なんて生温いものじゃない。この世のものとは思えない無機質な白。既視感のある白。今この手の平に包まれている、白いカブトムシの色と限りなく近い色だ。

「これって、一体垣根さん何を」

その時だった。空の大地の切れ間に生えたビル群の奥、その向こうから眩い光の柱が天に向かい放たれた。それは次第に幅を広げ、周囲の景色を圧倒的な白でかき消しながらこちらに迫ってくる。

「ちょ、さて」

言いかけた時だった。全てが白に




161:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 22:48:41.67ID:VFF4OHfy0



「……止めろ! 違う! 俺が、俺が望んだのは…………」





164:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 22:41:46.11ID:o/Xfav+40


…………………………。


「…………ん?」

初春は周りを見渡す。今、何か妙な閃光が目の前を走ったような気がしたからだ。

「気のせい、ですかね」

周囲の人間も別段変わった様子はない。気を取り直して初春は、目の前のパフェを平らげることに意識を移した。口角が次第に緩み、上に上がっていく。



165:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 22:47:18.29ID:o/Xfav+40

時刻は午後13時30分。路肩に面したオープンテラスのカフェでは、遅めの昼食を摂る人々で賑わっている。今日の授業が午前中までだったのをいいことに、制服のままで来店し、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に学生カバンを置いている。

「う~ん。やっぱりおいしい。まただれか誘いましょうか」

12月の緩い太陽の光が上から降り、クリームとアイスの部分がじわじわと溶けていく。すかさずその部分をすくい上げ、口に放り込む。ほどよい冷たさが舌に触れた後は、ひたすら甘い感触が口に広がる。それを繰り返している内に、すっかり完食してしまった初春は、満足げにため息をついた。

そろそろお会計を済ましてここを出ようと、カバンを取り、初春は立ち上がり歩き出そうとした。が、その時、



166:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 22:49:57.14ID:o/Xfav+40

「うおっ」

「ひゃ、あ、すみません」

ドンッと、背後から来ている人影に気づかず、初春は彼にぶつかってしまった。その衝撃でカバンを地面に落とし、半開きだったチャックから中の荷物が外に飛び散った。

「あ、あわわ、ごめんなさい」

慌てて初春は散らかった荷物を拾い始める。筆箱、ノート、教科書、下敷き、文庫本。ぶつかった男も何も言わずにしゃがみ、共に荷物を拾う。

「おい。ほれ」

「あ、ありがー」

言いかけて初春は固まった。彼が手にしていたのはピンクの巾着。中身はもちろん、女の子の必需品だ。




167:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 22:51:48.02ID:o/Xfav+40

「ちょ」

初春は目にも止まらぬ勢いでそれを取り上げ、鞄にしまい込む。恥ずかしさで顔を俯かせながら、横目でチラッと彼を見る。

「おいおいお嬢さん。悪気はねぇって。白昼堂々セクハラするほど飢えてねぇよ」

その軽薄な言い回しに若干イラつきながらも、初春は何か奇妙な感覚を胸に覚え、顔を上げ、男の顔を真っ直ぐ凝視する。

「悪かったって。あんまジロジロ見るなよ。何だ? 通報でもする気か? そういやその腕の腕章……」

「へ? あ、いや、そういうわけじゃないんです。まあ、周りを見てなかった私も悪かったですし、それじゃあ」

少し早口で言いながら立ち上がり、初春はレジへ向かおうとした。しかし途中で立ち止まり、ゆっくりと、振り向く。



168:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 22:52:47.76ID:o/Xfav+40

「……あの、名前は?」



男も立ち上がり、彼女を見据えながら答えた。



「帝督。垣根帝督だ」



169:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 22:54:30.60ID:o/Xfav+40

「……そう、ですか」

「何だ? 聞いただけか?」

「いや、その……それでは」

歯切れの悪い返ししかできないまま、初春はその場を後にした。彼は彼女が座っていた席に腰掛け、メニューを開こうとしている。レジで会計を終え、初春は店の外に出た。近くのバスを拾って、寮へ帰ろうとする。

ずっと、何かが引っかかっている。運命だとか恋だとか、そんなものじゃない、もっと言い表せない何かが。



171:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:04:13.45ID:tI/ZwpR+0

…………………………。



その少年に親はいなかった。



物心ついた時は既に孤児院にいた。何てことはない、普通から吐き出された歪な子供達の収容所。その頃の彼は、職員たちの憐れんだ瞳が大嫌いだった。



しばらくして彼は学園都市の施設に移された。進んだ科学技術で脳を弄り、超能力という特殊な力を生み出すための街。彼はそんな力に興味はなかったし、何よりもそこに蔓延る大人たちの下卑た神経うんざりしていた。



唯一楽しかったのは、趣味で絵を描いている時だけだった。12色のクレヨンを使い分け、頭に浮かんだあれもこれも気の向くままに紙に落としていく。描いていたのはいつも、ここではない別のどこかのこと。



172:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:06:09.15ID:tI/ZwpR+0

見たこともない場所の青空。



見たこともない並木道の木漏れ日。



見たこともない花束と、それを渡す見たこともない誰か。



見たこともない、家族との時間。



見たこともないことが彼の全てだった。空想こそ自分のいるべき場所だった。クレヨンは次第に欠けていき、部屋には用紙が散乱する。日に日に空想の限界が近づいている。訳の分からない機械で脳を弄られるより、この自分だけの現実が、行き詰まってしまいそうなことの方がよっぽど怖かった。



173:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:07:47.11ID:tI/ZwpR+0

だがその心配は杞憂に終わった。遂に発現した自分の能力の強度が明らかとなったのだ。



超能力者。



能力名「未元物質」



それは間違いなくこの街の頂点。その中でも更に先を行く途方もない力。これからは紙の上じゃない。この世界を、思うがままに塗り替えられる。空想は、もう空想じゃなくて本物なんだ。このことを知った彼は、無邪気な全能感に浸り、多い喜んだ。



この空想のような力が、彼を更に現実の鎖で縛り上げていくことも知らずに。



174:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:10:07.57ID:tI/ZwpR+0

寮に戻った初春は、制服のブレザーを脱ぎ、壁のハンガーに立てかけてベッドに腰掛けた。そこから何かを思い立ったように、バッグを開きノートパソコンを取り出し、机に置いて操作する。調べているのは、『垣根帝督』についてだ。

やがて画面には、検索結果が映し出された。

「超能力者……第2位。そっか。だから聞いたことあったのかも」

学園都市の学生のデータを網羅した『書庫』。そこに彼の名前も記入されていた。ただ、どういう能力なのかは閲覧不能になっている。彼の更に上の位、学園都市一位の『一方通行』も同様だ。

一応、初春は学園都市有数のハッカーなので見ようとすれば強引に見ることはできる。だが彼女はこれ以上深入りするのはやめ、パソコンを閉じた。

その時、カバンの中の携帯の着信音が鳴った。彼女は急いで応答する。連絡主は風紀委員の同僚、白井黒子だった。



175:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:13:35.81ID:tI/ZwpR+0

「はいもしもし。どうしたんですか白井さん」

『初春? 良かった。無事ですのね。いや、気になって電話をかけただけですの』

「ああ……またですか?」

『ええ。今度は発火能力。まあレストランがぼや騒ぎになったぐらいなので良かったといえば良かったのですが』

「どうしたんでしょうねここ最近。能力の暴発だけじゃなくて、急に能力を使えなくなった人もいますし。まあどれも一過性のものなのが幸いですが」

数週間前から起こっている異変。能力者たちの能力の使用が不安定になっているのだ。死者が出るような惨事には至ってないが、初春も黒子も、能力を所持している身として気が気がじゃない毎日を過ごすこととなっている。

『風紀委員としてこれ以上の被害は未然に防ぐべきですが、こうも発生がランダムだと手の打ちようがありませんの。現場に駆けつけた頃には、能力もすっかり元通りというのがほとんど。イタズラにしても無差別すぎて意図が取れませんの』

「うーん。まあ私の方でも調べておきます。このままだと安心して眠ることもできませんし。あ、御坂さんは大丈夫ですか?」

『今のところは。お姉様に限らず、超能力者の暴走は特に聞いてませんの。ただ油断はできませんわね。もし寝てる間にビリビリされたら、たまったものじゃありませんの』



176:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:15:33.84ID:tI/ZwpR+0

「白井さんは大丈夫なんじゃないですか? いつもビリビリされてますし」

『それとこれとは話が別ですの!』

ハハハと笑い、それじゃあと電話を切った。

「うーん……ここ最近の事件と何か関係が……」

そう思った初春は鞄の中に入れたUSBを探す。警備員とも協力して集めた、事件のデータが詰まっているのだ。

だが、

「……あれ? ない」



177:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:17:03.17ID:tI/ZwpR+0

いやまさか、と思いながら執拗にカバンをまさぐる。だがない。逆さにして中身をベッドの上にばら撒き、探しても見つからない。冷や汗が額を伝う。

「………………あっ!」

思い当たる節はただ1つ。先ほどのカフェ。垣根とぶつかったあの時だ。

「あわわ、急がないと」

壁にかけたブレザーをもう一度羽織り、部屋を飛び出そうとする初春。だがその時何かが自分の眼に飛び込んだ。



178:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:19:39.06ID:tI/ZwpR+0

「……あれ? これ…………」

先ほどベッドの上に放り出した荷物の中に転がった、小さな白いカブトムシのストラップ。一枚の白い羽毛が添えらたそれは、少なくとも持っていた覚えのないものだった。

「…………………………?」

何かの景品だったのか? 知り合いから貰ったのか? 考えても心当たりがないため、ひとまず初春は部屋を飛び出すことを優先とした。



誰もいなくなった部屋のベッドの上。白いカブトムシの瞳が、一瞬赤く点滅した。



179:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:22:26.84ID:tI/ZwpR+0

…………………………。

停留所に到着したバス。扉が開き、そこから駆け足で初春は飛び出す。カフェまでおよそ5分。おそらく店員が預かってくれているだろうという淡い期待を抱きつつ、足を早める。

やがて店の姿が見えてきた。初春は少し立ち止まり、携帯で時間を見る。3時50分。店を出て2時間は過ぎている。太陽が暮れはじめた空の色を見て、彼女はまた走り出し、そして店へ到着した。

急いでレジの近くに駆け寄り、女店員に伺う。

「あ、あの、すみません。落とし物って届いてないですか?」

息を切らす初春に心配そうな顔で見ながら「残念ながら届いておりません」と返す女店員。絶望しかけたその時、あることに気づいた。



180:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:24:21.73ID:tI/ZwpR+0

「……え? あ、嘘…………」

2時間近く前に自分が座っていたオープンテラスのテーブル。そこに座った人影が見えた。しかも臙脂色の学生服に身を包んだその後ろ姿は、明らかに彼だ。

初春は意を決し、彼に近づく。

「あの~、もしもし、ちょっと聞きたいんですけど」

言い終わる前に、彼は懐からUSBメモリーを取り出し、背中越しに初春に見せた。彼女は安堵のため息を吐き、ありがとうございますと言いながらそれを取ろうとする。



181:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:26:12.74ID:tI/ZwpR+0

「おっと」

しかし飄々とした声で彼はメモリーを再び懐に閉まった。初春の顔は一気に固まる。

「あ、あの、それ大事なデータが入ってるんですよ。早く返してくれませんか?」

「嫌だと言ったら?」

「……さっきセクハラされたことを独断と偏見による捏造を加えながらネットに載せます」

「おいやめろ。意外とキツいことすんなお前」

彼は振り返り、苦笑した。目つきは悪いが整った顔立ちに金寄りの茶髪。そして超能力者。ステータスは申し分ないのに、どこか精神的に欠陥のある残念な印象を初春は受けた。



182:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:28:46.49ID:tI/ZwpR+0

「あの、垣根さん、ですよね? お願いだから返してください。落としたのは私の過失ですけど、それを返さないってのは筋が違いますよね」

「ほう。俺のこと調べたのか。嬉しいね。俺もお前のこと調べたぜ。風紀委員の初春飾利さん」

名前を呼ばれて、思わず背筋が凍ってしまった。何だこの男は。何故自分のことを調べている。

「そんな緊張すんなよ。確かに見ず知らずの男に素性を調べられんのなんてキモいと思うぜ? でもそれが俺みたいなイケメンだったら案外悪くねぇだろ。実に少女漫画的だ」

「……自分で自分のことをイケメンなんて言う人のことをカッコいいとも思いませんし、信用もできません。何なんですかあなた。何が望みなんですか?」

「辛辣だなオイ。別にとって食うつもりはないし、これを返さないつもりもねぇよ。ただ、ちょっとだけ協力してほしいんだ」



183:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 00:30:11.38ID:tI/ZwpR+0

「協力? 」

「心配すんな。風紀委員にヤバい頼みはしない。それくらい分かるだろ。信じてくれとは言わねぇ。ただ黙ってついてきて欲しいんだ」

声色が急に冷静になった。拭いきれない疑念と恐怖に内心すくみながらも、どこに? と聞き返す。






「俺の指揮する組織、『スクール』のアジトにだよ」






187:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 15:28:49.67ID:+sus+FdC0

「あ、おかえりっす。垣根さん」

「おう」

垣根に連れてこられた初春は周囲に目を配る。天井を支える円柱のオブジェが縁を囲み、中心の広場に4人分の円柱状の椅子と一台のテーブルのある空間。声が軽くこだまするほどの広さだ。

「あれ? 後ろのその子は?」

椅子の近くに居た青年が声かける。頭にUFOのようなヘッドギアをつけ、紫のジャケットを羽織っている。

「我がスクールに、少しお力添え願いたくてな」

垣根は誉れげに初春の肩を叩く。 初春は少しびっくりして、ビクッと震える。



188:出かけてました 2017/01/22(日) 18:15:26.12ID:+sus+FdC0

「あ、あの、私……」

「ん? あ、まぁ、慣れねぇのも仕方ねぇな。とりあえず座れよ」


言われるがまま、初春は丸椅子に腰掛ける。

「よし、まず自己紹介からだ。俺は垣根帝督。このスクールを仕切っているリーダーだ。こいつは誉望万化。能力はレベル4の『念動力』」

ども、と誉望は会釈する。

「あともう2人いるんだが……あいつらどこ行ったんだ?」

「さっき連絡入れたんでもう来ると、あ、あれ」

誉望が指差した方向から、2人の女性がやって来るのが初春にも見えた。



189:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 18:18:41.24ID:+sus+FdC0

「遅ぇぞお前ら。新入り連れてくるって言ってたろ」

「し、新入りぃ?! ちょ、垣根さん? 話が飛躍してませんか? 私まだ何も聞かされないまま連れてこられたんですけど?」

思わず初春は叫ぶ。この男、余りにも勝手に話を進め過ぎだ。

「その辺は分かりやすいように伝えただけだ。心配すんな」

「あら。随分と可愛い新入りさんね。あなたの趣味なのかしら?」

「え? リーダー口リコンなんですか? 悪いんですけどわたくし、そういった特殊性癖は受け付けてなくて……」

「しばくぞテメェら。初春、右のドレス女は『心理定規』。本名を明かさねぇから能力名で呼んでいる。左のツインテールが弓箭猟虎。無能力者だが、狩猟技術に長けていてな。ウチの狙撃手を担当している。以上が、このスクールの面々だ」



190:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 18:20:18.64ID:+sus+FdC0

「よろしく。お嬢さん」

「わ、わたくしのことはラッコと呼んでください! ぜぜ、是非!」

「え、あ、はい」

妙に近い距離でそう言ってきたラッコに初春はたじろいだ。3人が垣根の側に集まる。誉望は近くの柱に持たれ、心理定規とラッコは初春を挟むように両側の椅子に座る。


「はぁ……で、一体私に何を」

ようやく本題に入れると思い、初春は緊張で少し肩を強張らせる。



191:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 18:23:30.23ID:+sus+FdC0

「簡単に言うとだ、俺の指示する研究所、その他施設の情報集めやセキュリティのハッ、いや、デジタル面での『補助』を願いたい。お前の得意分野だろ?」

得意そうに話す垣根。あの短い時間でそこまで自分のことを調べていたこの男に、消えない警戒心を持ちながら初春は返す。


「確かにそうですが、それで簡単に首を縦に降るとでも? 見ず知らずの他人の、よく分からない目的のために私の腕はあるんじゃありません」

「強気な女だな。だが尤もだ」

垣根は少し黙り、丁寧に言葉を紡ごうと思索する。

「……なあ、風紀委員ってのをやってて、この学園都市が本当に秩序を保っているのか、疑問に思ったことはないか?」



192:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 18:26:56.60ID:+sus+FdC0

え、と初春は口から漏らす。それは自分だけではなく、他の風紀委員全ての課題でもあり、ジレンマだ。

「……秩序に完璧はありません。もちろん、この街にだって汚いところはあると思います。それでも私は、自分の正義に誇りを持って、職務を全うしているつもりです」

「風紀委員の鏡だな。だが結論が早い。それはまだ、この街の『本当の姿』を見てから試される台詞だ」

本当の姿。その言葉に、初春の背筋が小さく震えた。

「俺たちはそれを知っている」

4人の視線が初春を貫く。自分の大事な何かを試されているようで、彼女の喉が緊張で乾いていく。



193:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 18:29:30.77ID:+sus+FdC0

「あの、じゃあ、学園都市に蔓延る黒い噂ってのは……」

「一概に全部、とは言えないが、中には本当のこともある。どれを知りたい? 教えてやろうか?」

「い、いや、その」

あの中のどれかが本物。一体どれだ?

超能力者のクローンの製造? 脳みそをケーキカットされた子供たち? 脳の視床下部を除いて全て機械化された少女? 身体を分断された結果魂まで分裂して機械に取り憑いたドッペルゲンガー?

知りたくない。どれも嘘であって欲しいのが本心だ。



194:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 18:42:57.09ID:+sus+FdC0

「恐ろしいか? 自分が住んでいる街が、人の命を何とも思わねぇ外道の実験所扱いされていることが」

「それは……」

言葉を詰まらせた初春に、垣根は笑う。

「お前みたいな奴らを守るために、このスクールを築き上げたのさ。非道な実験を行う組織に歯向かい、この街に真の安寧を取り戻す。それが俺たちの役目さ」

誇らしげに両腕を広げた垣根を見て、周囲の3人も薄く笑う。

「で、でも」

「あ?」



195:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 18:44:18.73ID:+sus+FdC0

「組織に歯向かうっていうのはその、まさか相手を殺したり、とか」

「…………ブッ」

「な、何が可笑しいんですか! 私だって怖いんですよ?! いきなり連れてこられてスクールだの学園都市の本当の姿だのって! はっきり言って全く話に付いてけてないんですから!」

吹き出した垣根に初春は吠える。

「アァ。悪りぃ悪りぃ。こいつメッチャビビって聞いてんなと思うと可笑しくて」

赤面の彼女を余所に彼は嘲笑する。そして、そのおちゃらけた空気を瞬時に取り下げて告げる。



196:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 19:20:04.31ID:+sus+FdC0

「それだけはしないんだよ。俺たちは、何があろうと敵の命を奪うことだけはしない。俺たちがしているのは復讐じゃない。もう2度と、俺たちのようなガキを生み出さないための戦いだからな。だろ? お前ら」

振り返った垣根の問いかけ、誉望はぎょっとしながらも答える。

「まあ……そうっすね」

「適度にいたぶるくらいはしますけど」

「私は元々そういう野蛮なの趣味じゃないわ」

彼に続き、ラッコと心理定規も答えた。3人の答に満足した垣根は初春の方を向き、ゆっくりと話し出す。



197:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 19:22:48.18ID:+sus+FdC0

「お前の力を貸してくれ。初春飾利。お前のその能力、そして、その正義心は必ず俺たちの役に立ってくれる。まだ信じられないのも、不安が消えないのも分かる。ただ、少し考えてほしいんだ。この街は、果たして自分が思うほど汚れていないのか、って」

……そんなことを言われたら、何も返せなくなる。初春はすっかり黙り、空間には沈黙が流れる。

不意に、右横から一枚のメモ用紙が渡された。初春はそっと受け取る。

「これ、私の連絡先。今すぐに答えを出せなんて酷でしょ? 今日はもう家に帰って、ゆっくり考えるといいわ。決心ができたら、私に連絡してきて」

メモを渡したのは心理定規だった。年齢は自分とそんなに変わらないはずなのに、自分より数段大人びたその雰囲気に少し落ち着きながら、初春は首を縦に振った。




198:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 19:28:20.55ID:+sus+FdC0

「わわ、わわわたくしの連絡先も、この際ご一緒に、どうでしょうか?! 1年365日24時間、いつでもメールできます!!!」

「え? あの、さっきから距離が近すぎません?」

がっつきながらメモ用紙を渡してきたラッコに引き気味の初春は、冷ややかな声でそれをなだめる。

「おいラッコ。お前もうちょい考えろよ。初春ビビってんだろうが。友達作る前にまともな人との接し方覚えろ」

呆れながら自分を諭す垣根の方を振り返り、ラッコは何故か目を輝かかす。

「あ、あの、リーダー、それはつまり『俺の親友なんだからあんまり他に友達作ろうとするな』という嫉妬」

「どこをどう解釈してそうなった! 俺がいつお前の親友になったんだコラ!」

「分かってます。分かってますよ。照れ隠ししなくたって、リーダーの親友の座はこのラッコが絶対死守しますからあっ!!!」

そう言って、満面の笑みで抱きつこうとしたラッコを、垣根はサッと避け、彼女は何もない虚空を抱きしめることになった。



199:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 19:32:08.62ID:+sus+FdC0

「その辺にしとけってラッコ。垣根さん嫌がってんぞ」

「あれ? 誉望さんも嫉妬ですか? でもごめんなさい。わたくし誉望さんはナシなので」

「だからお前のその基準なんなんだよ! 垣根さんも心理定規さんもこの子アリで俺はナシって!」

一向に自分だけ友達と認めない彼女に対し、誉望は悲痛に訴える。

「うーん。何というんでしょう。全身から溢れる小物臭というか、あ、はっきり言うと、顔がタイプじゃないんですわ」

「残念だな誉望。顔がタイプじゃないんだってよ」

「結局顔かよチクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

叫ぶ誉望をせせら笑う垣根に、哀れんだ目で見るラッコ。それを自分の横で無言で見つめる心理定規。初春は何だか可笑しくなり、つい笑ってしまう。



200:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 19:33:27.66ID:+sus+FdC0




「初春さん」



「はい。何ですか垣根さん。改まって……」





201:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 19:35:15.08ID:+sus+FdC0

呼び声に反応して垣根に返した初春。しかし、当の本人は怪訝な顔で彼女を見ていた。

「いや、呼んでねぇけど。どうした?」

「…………え?」

確かに今、彼の声がした。幻聴だったのか? 初春は急に怖くなる。

「あ、あの、ごめんなさい。今日はもう帰ります。あと垣根さん? ちゃんとUSB返してください」



202:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/22(日) 19:38:10.89ID:+sus+FdC0

ああ、ほらよとポケットから出したそれを受け取り、駆け足で初春はその場から去っていった。額の冷や汗を拭い、胸のざわめきを振り払うために、なるべく足を早めて。

「何だったのかしら。彼女」

垣根は無言で去っていく初春の背中を見ている。彼の目は、あるはずのないものが目の前に現れた時のような、その存在を否定する鈍い目つきだ。

「……まあいい。あいつのことは今は置いとこう。さて、次のターゲットのことを話すぞ」

気を取り直した彼はテーブルの方へ向かい、その上に事前に置いていた資料を手に取る。いつものように、人命を弄ぶこの街の闇を排除するための会議だ。



淡々と次のターゲット襲撃の計画を話す垣根を、誉望は凍った瞳でじっと見ていた。



206:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 00:15:01.49ID:hSGCA1RL0

…………………………。

ずっと、不思議に思っていたことがある。

この翼は、何故能力を使う時に発動するのだろう?

日々の血濡れた実験の中で、彼はずっと考えていた。



207:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 00:17:12.86ID:hSGCA1RL0

未元物質という、この世に存在しない物質を生み出す能力。深く考えずとも、科学の発展に莫大な利益をもたらすことが明白な能力。研究者たちは来る日も来る日もその能力の限界を探るための実験を続けていた。その内容は、まだ10歳にも満たない少年の精神を無残に擦り減らすには、十分すぎる非道なものばかりだった。

どれだけの耐久性を誇り、どれだけの応用が効くのか? 体のどの部分にどうのような負荷を与えれば、どの箇所から物質が生成されるのか? 研究者たちは持てる残虐全てを施し、彼の能力の限界を知り尽くそうとした。

そして研究者たちがこれほどまでに彼に貪欲になれた理由の一つが、彼の序列が「第2位」であったことだ。

実験彼を研究しようとする者たちの多くに、「第1位」の開発に頓挫し、恐怖と無力さに打ちひしがれた心を取り戻そうとする、要は「憂さ晴らし」の者たちもいたのだ。



208:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 00:19:35.05ID:hSGCA1RL0

俺が「第2位」じゃなかったらこんな地獄は見なくてすんだのか?

あらゆる恐怖で磨耗した精神を、保とうとするプライドすら、その序列に打ち砕かれていった。

彼の心の闇は次第に色を濃くして行ったが、決してそれを表に出そうとはしなかった。彼は分かっていたのだ。自分のこの感情が、限りなく醜く、場合によっては自分を痛ぶってきたあの研究者たちより卑劣なものだと。

だからこそ彼は決心した。

11歳になる一日前、彼は自分を研究した研究所、全てを破壊した。

だが、1人の死者も出さなかった。



209:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 00:26:24.01ID:hSGCA1RL0

彼は誓ったのだ。自分の中に巣食う心の闇に立ち向かうことを。そしてもう2度と、自分のような子供を生み出さないと。

俺のこの翼は、この街の闇を払うために与えられた力だ。

11歳になった午前0時。1人の天使が学園都市の夜空に羽ばたいた。

それから一年。彼は学園都市に蔓延る闇を片付けるために日々奔走していた。彼の名は街の暗部に広まり、命を狙われると同時に、畏敬の対象ともなっていた。

ある日、彼はこの街の統括理事長に「窓のないビル」に呼び出された。自分が正すべき敵の中で、最も強大な存在。彼は十分な警戒を払いつつ、敵意を与えない悠々とした態度で会談に臨んだ。

統括理事長が彼に推奨してきたのは、「自分をリーダーとした裏の治安維持組織の設立」だった。
既に人材も1人、用意している。その言葉と共に1人の少女が彼の前に現れた。

後ろでひとくくりにした、ウェーブのかかった白色の髪。真ん中だけボタンを留めた、赤と黒のチェックのジャケット。その下に黒いタンクトップ。下はカーキーのショートパンツとミリタリーブーツ。彼女は彼を一瞥し、すぐ目を逸らした。




210:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 00:31:08.52ID:hSGCA1RL0




この出会いが、地獄の始まりだった。





211:遅くなりました 2017/02/22(水) 22:17:13.15ID:hSGCA1RL0

垣根が初春をスクールに勧誘して一週間後。18学区のとある研究所、その一室に、白衣を着た2人の男がいた。

室内にはデスクトップパソコンが5台。稼働しているのはその内の一台だけだ。その手前に座った茶色い顎髭の男に、20代前半ほどのメガネをかけた男がコーヒーを持ってきている。

「お待たせしました」

「うーい」

茶髭の男は手渡されたコーヒーを飲んだ。




212:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:18:20.84ID:hSGCA1RL0

「あ、お前これコーヒーの豆違うぞ。おれケニアの方が好きなんだよ」

「ええ? それ言ってくださいよ。色んな種類あったんで、適当に一種類マシンに放り込んじゃったじゃないですか」

「前に言ったが?」

「え、あ……ホントですか?」

「次間違えたらタブレットでしばいてやる」

怒気と嘲笑を孕んだその一言に、メガネの男は軽く頭を下げた。



213:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:19:25.35ID:hSGCA1RL0

「もう夜の9時過ぎか。そろそろ仕事も終わるし、今夜も飲みに行くか?」

「お、いいですね。ゴチになります」

「図々しい野郎だ。奢ってやってもいいが、その代わり酔い潰れるなよ?」

男のキーボードを打つ手が早くなる。もうすぐ業務から解放されるということが、肉体的にも精神的にも心地よい追い込みをかけている。

そこで、部屋のドアが開いた。



214:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:20:11.74ID:hSGCA1RL0

「すみません。これ、どこに持っていったらいいですかね?」

同じ白衣を着た研究員の1人が、カートを押しながら部屋の中に入ってきた。

「おう。あ、それはまだ使うから、3階の保管室に持って行ってくれ」

男はそう言われ、カートの上に乗っているものに目をやる。



215:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:21:19.29ID:hSGCA1RL0




丸い容器に透明な液体と共に入れられた、人間の脳みそ。





216:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:22:59.64ID:hSGCA1RL0

左右に3個ずつカートの上に置き、6個になった上に同じように重ねたものが3段。合計18個の脳みそが、そこに乗っていた。

「分かりました」

男はカートを連れて部屋を出て行った。

「あれ今日の実験で死んだ『置き去り』たちの脳みそですよね? まだ使うつもりなんですか?」

「お前知らないのか? 能力者の脳っていうのは色々使えるんだぞ? 脳を巨大化させて能力そのものを強化する、なんて実験もあったくらいだしな」

「へー。やっぱり流石ですね学園都市」

適当な相槌を打っていると、茶髭の男が大きく息を吐いた。



217:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:24:57.53ID:hSGCA1RL0

「よっしゃ! 今日の仕事終わり! さーて、飲みに行くか」

パソコンの中のデータを保存し、画面を切って椅子から立ち上がる。メガネの男もそれにつられてゆっくり立ち上がった。

「でも先輩、奥さんとか子供とかは大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫! 休みの日はしっかり家族サービスしてるし、ちょっとくらい遊んでも咎められないって。あ、これ見てくれよ」

茶髭の男は携帯を取り出し、その中の写真を開く。サッカーのユニフォームを着た7歳ほどの少年を抱える、幸せそうな茶髭の男の写真だった。




218:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:26:20.43ID:hSGCA1RL0

「これ息子さんですか?! 随分大きくなりましたね。もう何歳ですか?」

「今年7歳。この間行きたかったサッカーの試合のチケットがようやく取れてな。家族で行ってきたんだよ。もう大盛り上がりでなぁ」

「へぇ。息子さんも楽しそうですね」

「だろぉ? こいつ最近サッカークラブに入ったんだよ。子供ってのは、目を離すとどんどん大きくなっていくんだよな。この前まで碌に立つこともできなかったと思ったのに、もうこんな立派に」

楽しそうに、息子と一緒に取った写真をスライドしていく茶髭の男。写真はどれも、仲睦まじい親子の触れ合いだ。



219:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:28:44.58ID:hSGCA1RL0


「子供っていいですね。俺も早く結婚したいなぁ」

「おう。嫌なこともたくさんあるが、毎日が新鮮だぞ。もし結婚して、子供が産まれたら、死ぬ気で大切にしろよ? 人生の先輩としての忠告だ」

よし、行くか。と茶髭の男の合図で2人はドアの方に向かおうとした。が、そこでドアが開いた。

「あ? なん」

言い終わる間も無く、先ほどカートを押していた男が2人の方へ吹っ飛ばされてきた。2人は避けようとしたが間に合わず激突し、3人まとめて先ほどまで電源の付いていたパソコンの右隣のパソコンに音を立てて突っ込んだ。



220:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:33:33.95ID:hSGCA1RL0

「ゴールッ。悪りぃな。サッカーの話してたからよ。つい足が出ちまった」

開かれたドアの向こうには、蹴りのポーズを構え、不敵な笑みを浮かべる青年がいた。長髪で端正な顔たちの青年は、倒れ込んだ3人を余所目にこの場を去った。

「な、何が……」

頭から流血する茶髭の男はそう呟く。すると、右上からヴンッという音がした。男はなんとかその方向を見る。

「なっ…………」

台の上に並んだパソコン全てが、勝手に起動していた。しかも画面上には赤い縁で囲まれた「WARNING」の表示が、爆発的に増殖している。現状を全く把握できていないが、一つ確かなのはこのパソコンの中のデータはどれも、2度と使用できないということだけだ。

「そん……なっ」

屁のようなか細い声を漏らし、茶髭の男はそこで気絶した。




221:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:35:52.63ID:hSGCA1RL0





「クッソ! どうなってんだよ! 外部に連絡が通じないぞ!」

廊下を走る20代半ばのショートヘアの男研究員は声を荒げる。彼の側ではブロンドの髪の女研究員と、眼鏡をかけた黒髪の女研究員が並走している。

「落ち着いて。ひとまずここから外に出て、そこから通信が繋がるか調べればいいのよ」

苛立つ男を落ち着かせ、3人は研究所の裏口へと向かった。たどり着いた場所には実験用の機材を積んだコンテナが大量に積み重なっており、その先にトラックの搬入口がある。3人はコンテナの間を走り抜けていき、そこから脱出しようとした。

「ガアッ?!」

しかし、突如男は左肩から血を流し、前方に転んだ。女二人は愕然とし、ひとまず彼を介抱する。



222:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:39:57.48ID:hSGCA1RL0


ブロンドの髪の女研究員が彼を肩に掲げ、コンテナを背に辺りを見渡す。金属のひやりとした感覚が背中に走った。

(潜んでる。この周辺に、間違いなく狙撃手が)

こうなると、この裏口からの脱出は諦めた方がいい。大勢で一気に突っ込めば何人かは脱出できるかも知れないが、そんな博打にかけられるほど彼女らの精神は強くなかった。

「ここからは離れた方がいいわ! 行きましょう」

メガネをかけた女二人は研究員は頷き、男の方もうう、と唸りながらも首を縦に降る。3人は元来た道を戻ることになった。

コンテナの影。チェストリグを身につけたツインテールの少女が静かに笑っていた。



223:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:41:40.91ID:hSGCA1RL0




「正面玄関や、他に逃げ道につながるような場所には防火シャッターが降ろされている。唯一の出口だと思ったあそこにも狙撃手が配置されている。マズイわ。完全に外部から隔離されてしまった」

先ほど裏口で狙撃された男を引き連れながら、廊下を走るブロンドの髪の女研究員。横のメガネの女研究員が口を開く。

「にしても、ここまで即座に施設のネットワークを丸ごと掌握するなんて、一体どんな凄腕」

その時、傍に妙な気配を感じた。彼女は立ち止まる。



224:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:43:09.82ID:hSGCA1RL0

「何? どうかしたの?」

「いや……何か今、誰か通らなかった?」

「何言ってんのよ。早く行くわよ!」

気のせいかと思い、彼女らは去っていた。それを見計らい、何もない場所から突如人影が現る。

「……気づいてないみたいっすね。流石に気配までは消せないのが難点か」



225:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:44:43.59ID:hSGCA1RL0

現れたのは誉望だった。念動力により自身を透明化し、研究所内に進入していたのだ。そのまま手渡されたマップを頼りに目的地の扉の前までたどり着いた。鉄製の厳重なロックのかかった扉だ。『彼女』によると、既にロックは解除しているらしい。彼は難なくその開閉ボタンを押した。

空気の抜ける音が響き渡り、扉が徐々に開いていく。現れたのは、白いパジャマを着用した子供たちだった。病院のような白いベッドが並行に並び、何十人もの子供がその上で寝ている。扉の空いた音と、誉望の存在に気づき何人かが目を覚ました。

「お兄ちゃん、誰?」

それを区切りに次々と子供たちは目を覚ましていく。彼らに向かい、誉望は宣言した。

「『スクール』の誉望万化だ。お前たちを、ここから救いに来たぞ」



226:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:46:13.39ID:hSGCA1RL0



一方、四方を白い壁に囲まれた実験室をガラス越しに携えたオペレータールームでも、混乱が湧き上がっていた。外部からのクラッキングにより、実験データは全て破壊された上、外部との連絡も取れなくなってしまったのだ。

そこに、先ほどの3人組が帰ってきた。

「おい、お前どうしたんだ?! 肩から血が出てるぞ!」

「裏口から逃げようとしたんだけど駄目だったわ。狙撃手が潜んでる」

「そんな……」

その場の研究員たちは皆悲壮な表情を浮かべた。




227:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:50:40.81ID:hSGCA1RL0

その時だった。ドアのある後方の壁が大爆発を起こし、瓦礫と旋風を周囲に撒き散らした。研究員は皆風圧に押され、後ずさり、7名中3名がその場にへたり込んだ。

「な、何……」

ブロンドの髪の女が、粉塵の中からこちらにやってくる人影に目をやる。

「よお。夜遅くまでクソ仕事ご苦労さん。残業大変だなオイ。安心しろ。明日からしばらく休業だ」

皆は目を疑った。こちらに迫り来る男の背中には、神々しく光る6枚の白い翼が顕現していたのだ。青い月の光を凝縮して作られたような翼。そこから放たれる輝きは、冷酷に彼らに降り注いでいる。

「心配しなくても、殺しはしねぇよ。ただ、自覚はしてもらうか。罪のねぇ子供たちを平気で実験と称して弄り、何千人の命を奪いながら平気で日常を生きようとする、お前たちの歪んだ邪悪さを。そのためには、多少、痛い目にあってもらうぜ」

皆は目の前の脅威に震え上がり、逃げるどこらかまともな思考すら放棄し、ただその場から動けずにいた。

彼らが意識を失う数秒前、その天使は、不敵に笑った。

そして、蹂躙が始まった。



228:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:53:06.02ID:hSGCA1RL0




エンジンの音を鈍く鳴らしながら、一台の大型トラックが、夜の高速道路の上を走っている。運転しているのは、スクールの狙撃手、弓箭猟虎だ。

「ったく。いくら操縦できるとはいえ、か弱い女子にこんな任務任せないでほしいんですが。こんなの誉望さんで十分な気が」

「誉望さんは子供たちを救出をして、心理定規さんと一緒に荷台の彼らの心のケアをしてるんですから。仕方ないですよ」

「そんなのわたくしでも十分じゃないですか。それに、私は狙撃手としてじゃないといまいちモチベーションが上がらないんです」

「いや、猟虎さんに対人の任務は……」



229:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:56:35.47ID:hSGCA1RL0

「ん? なんか言いました? 初春さん」

「何でもないです」

そして、助手席に乗っていたのは初春飾利だった。膝下にノートパソコンを置いている。画面の中には、先ほどまでのクラッキングを表す文字列が並んでいる。

「しかし、初春さんもここに入ってもう一週間近くですか。今回も見せてもらいましたよ。流石学園都市有数のハッカーですね」

「いやぁ……役立っているなら幸いです。でも、私の活躍なんかより、何人救えるかの方が大事ですよ」

初春はパソコンを閉じ、助手席から見える学園都市の夜景に目を移した。大小様々な輝きを放つ街の姿に、次第に心に平穏が蘇ってくる。



230:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 22:57:49.90ID:hSGCA1RL0

「初春さん。あんまり思いつめない方がよろしいのでは? 手の届かない場所の理想や悲劇に嘆くより、今あの子たちを救えたっていう現実を喜びましょうよ」

猟虎のフォローに、表情の暗さが少し払拭される。初春はありがとうございますと告げた。

(ホント、話しやすくなったな。猟虎さん。心理定規さんが心の距離調節してくれて助かった)

最初の頃は、佐天がよりタチの悪くなったような異常な距離感で接してきたので、初春はとても鬱陶しがっていた。それを見かねた心理定規が、彼女に助け舟を渡したのだ。




231:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 23:01:11.21ID:hSGCA1RL0

垣根に勧誘された翌日、初春は心理定規のアドレスに返信を送った。『あなたたちがどんな組織なのか、この目で見たい』と。すぐさまスクールのアジトに呼ばれた初春は、彼らの言うこの街の闇、常軌を逸した実験の記録に目を通した。

(あれが、この街の抱えた闇。知らなかった。知りたくもなかった。私は、風紀委員として学園都市の治安維持に貢献していると、ずっと信じていたのに)

今もこうして、思い出す度に悔しさと不甲斐なさで胸が潰れそうになる。人を人とも思わない残酷な科学の上に成り立った、薄皮の平穏の上で正義を振りかざしていたなんて。

彼らの言う通りだ。この街には、風紀委員だけでは太刀打ちできない大きな悪腫が巣食っている。自分の誇りと、何より何の罪もない子供たちを守るため、初春は彼らと共に行動することを決めた。



232:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 23:03:02.18ID:hSGCA1RL0


最初の任務の日。初春はスクールの面々と共に訪れた研究所のシステムを一気に掌握し、あっと言う間に施設の制圧への王手をしかけた。この働きぶりには垣根も予想外だったようだ。

そして10分も経たない内に、その研究所は徹底的に破壊された実験用の機材と、痛めつけられた研究者たちで溢れかえる『ただの箱』同然の施設となった。

だが、怒りに任せた強引な特攻を終えると、初春の身に蘇ったのは戦慄だった。やってしまった。もう後には引けない。自分は今、この街の闇に宣戦布告をしたのだ。いつ命を狙われてもおかしくない、そんな張り詰めた状況に自分を追いやったのだ。

そんな彼女の肩を、任務を終えた垣根は軽く叩いた。

よくやったな。心配すんな。お前の命は、リーダーである俺が守る

彼はそう言い、初春はそこで彼らと別れ、初日の任務は終了した。



233:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/22(水) 23:06:52.38ID:hSGCA1RL0

(……あの時決めたんです。この人たちを信じようって。この街の闇の中で培った、スクールの望む正義に賭けてみようって)

よく考えてみればおかしな話だ。会って間もない連中と、殺人を犯さないとはいえ限りなく法の範囲を逸脱した行動を取っているなんて。自分の行動は、人からすればあまりに不用心で、善意を信じ過ぎる未熟な情熱の暴走のように思えるかもしれない。

(白井さんや御坂さん。固法先輩。そして、佐天さん。ごめんなさい。今はまだ何も言えないけど、私は、この人たちについて行きます)

それでも、彼女はこの道を選んだ。それが正しいか、間違っていたか、それは後から知ればいい。ただ一つ確かなことは、この街には、不条理に巻き込まれて命を落とす罪なき存在がいるということだ。なら、それを知った上で見過ごすことなど、初春飾利の信じる正義ではなかった。それだけだ。

初春はポケットの中の携帯が震えるのを感じ、取り出した。垣根からのメールだ。任務完了の四文字と、半壊状態の研究所の写真が添付されていた。初春は何も言わず、画面を閉じた。



236:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 18:51:24.77ID:VTT+v8v50

スクールの面々と初春を乗せたトラックは、第10学区にある、木造の一階建ての施設に到着した。手前の広場に車を停め、初春と猟虎は降車する。荷台の扉を開けると、中に居た心理定規と誉望に連れられ、白いパジャマ着の子供たちが外に降りてきた。

「ここが、この子たちを一時的に預ける孤児院ですか」

「ええ。初春さんは初めてでしたね。『太陽の門(バードゲージ)』。私たちが設立した、学園都市外部への斡旋施設です」

猟虎の説明を聞きながら、初春は施設の門に目をやる。入口の両柱に付けられたオレンジ色のライトが、ぞろぞろと施設の中に入って行く子供たちを照らしている。

その時、彼女らの背後に人影が降り立った。2人は振り返る。三日月を背景に、6枚の翼を掲げた垣根が地面に膝を付け、着地していた。



237:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 19:32:16.73ID:VTT+v8v50

「垣根さん。お疲れ様です」

「お帰りなさい。相変わらず似合わない羽ですわね」

「心配するな。自覚はある。お前らもご苦労さん」

垣根は翼をしまい、歩き出す。

「初春。ちょっと話がある。付いてきてくれ」

「え? あ、はい」

呼ばれるがまま、初春は垣根と共に施設の中に入っていった。それと入れ替わるように、子供たちを誘導していた心理定規と誉望が戻ってくる。



238:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 19:38:02.22ID:VTT+v8v50

「猟虎お疲れ。あの人、初春さん連れてどうする気なの?」

「さあ……何か特別な話とか? 親友のわたくしを差し置いて、ジェラシーです」

「あなたそれ自分で言ってるだけでしょ。あっちの気持ちも考えなさいよ」

心理定規は苦笑した。そんな2人を見ていた誉望が口を開く。

「心理定規さん。ちょっといいっすか?」

「何かしら?」

瞳孔の開いた彼の瞳が、より深く影を増した。彼は口を開く。



239:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 19:41:01.76ID:VTT+v8v50

「やっぱり、垣根さんと話付けてこようかと思います。俺の気待ちは、もう決まったんで」

「……そう」

心理定規は静かに頷いた。両者のやり取りの真意を掴めない猟虎は、困惑げな表情をしている。

「心理定規さんも、一緒に行きますか? ほら、これ、あげますよ」

そう言って懐から取り出したのは、黒い拳銃だった。猟虎の目は見開く。



240:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 19:42:29.68ID:VTT+v8v50

心理定規は、差し出されたその手をそっと押し返してこう言った。

「気待ちだけ受け取っておくわ。私はもう少し、彼の行く末を見届けたいから。ごめんね」

その返答に誉望は沈黙で答え、拳銃を懐にしまった。


「え? ちょっと、どういうことですか? 誉望さんひょっとしてスクール辞めるんですか?」

焦った口調で、猟虎が隣から問い質す。



241:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 19:53:03.72ID:VTT+v8v50

「今すぐってわけじゃないぞ。時期を見て垣根さんに伝えるつもりだが、まあ、いずれそうなる、かな」

少しバツが悪げに誉望は言った。

「待ってくださいよ! そんな、せっかく仲良くなったのに。お願いです誉望さん! 考え直してください! 誉望さんみたいに気軽に接せる先輩いないのに。誉望さん!」

猟虎は縋るように彼の右腕を掴む。誉望は何も答えようとせず、心理定規はそんな2人をただ見つめていた。

月明かりがトラックに当たり、伸びた影が3人の足元の近くまで伸びたていた。



242:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 19:56:22.49ID:VTT+v8v50



シュボッと、マッチに火をつけた垣根は、木製の四角机の上に置かれた、蝋燭立ての蝋燭に火をつけた。優しい灯りが周囲を照らすと、質素なキッチンと冷蔵庫、自分たちが入ってきた通路口、部屋の奥のソファーとテレビがはっきりと見えた。

「そこ座れよ」

彼に言われるがまま、初春は椅子を引き、座る。彼女に続いて垣根も座る。

「それで、 話って何ですか?」

初春は聞く。垣根が答えようとしたが、



243:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 19:58:21.02ID:VTT+v8v50

「垣根さん。今日はお疲れ様でした」

通路口から声が聞こえたので、初春は振り返った。薄い金髪を灰色のシュシュで結わえ、白シャツとジーンズの上に薄緑のエプロンを着た、20代半ばほどの女がそこにいた。

「どうも、こんばんは。初めまして。夜分遅くに申し訳ありません」

初春は軽く頭を下げた。

「いえいえ。お気になさらず。それじゃあ、私見回り行ってきますね」

彼女はそのまま通路の向こうに行った。



244:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 20:00:33.48ID:VTT+v8v50

「垣根さん。あの人は?」

「ここのガキどもの世話を任せてもらってる。元々俺たちの潰した研究所の一員だったんだが、そこでの実験に嫌気が差していたようでな。救出の際ら俺たちに協力してくれたんだ。そのままここを任せたんだよ」

はあ、と初春は相槌を打つ。この街の研究者たちが皆、あのような非道な行いに疑問を持たないわけではない。その事実に初春は少し救われた気がした。


垣根は彼女が去ったのを見計らい、右肘を机にかけながら口を開いた。



245:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 20:04:06.40ID:VTT+v8v50

「初春。まずは、ありがとよ。元々俺の勝手な誘いだったにも関わらず、この一週間付き合ってくれて」

「いえ、そんな……。私はただ、あんなことが起こっているのに見過ごすなんてできなかっただけで」

初春は俯き、謙遜する。

「その想いは俺たちも同じだ。だから、確かめたくなったんだよ。初春。これから先もお前は、俺たちの戦いに手を貸すつもりなのか?」

垣根の問いに、初春の胸は僅かに鼓動を早めた。彼もまた、不安を感じていたのだ。



246:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 20:09:51.60ID:VTT+v8v50

「最初は、お前のハッカーとしての腕と、風紀委員としての正義を信じて、スクールに勧誘したんだ。でも俺はお前そのものを見ようとしてなかった。自分の……」

彼はそこで、一瞬言葉に詰まった。

「自分の、感情だけでお前をこの戦いに巻き込んだ。俺としては、ここにいて欲しいことに変わりはない。お前は有能だし、信頼もできる。でもお前はどうなんだ? 聞かせてくれ。初春」

初春は彼の問いに、机の下で両手を握りながら返した。

「心配無用です。私の気待ちは、もう決まりましたから」



247:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 20:20:11.34ID:VTT+v8v50

その返答に満足したのか、落ち着いた口調で言った。

「そうか」

蝋燭の火が揺らめく。ゆったりと流れる時間の中、初春は自然に、微笑みながら口を開いた。

「まあ、最初は怪しさ満点のナンパ男だと思ってましたから、アジトに着くまでに通報する準備を整えてたんですけね」

「お前中々強かだよな。でも、自覚はあったから言い返せねぇ。誘ったのがこのイケメンだったってのが唯一の救いだ」

垣根は笑い、椅子にもたれる。



248:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 22:49:34.37ID:VTT+v8v50

「イケメンなら不審な行為が許されるわけじゃないですよ」

「お、ついに俺をイケメンと認めたか」

「タイプのイケメンじゃないですけどね」

可愛くねぇ女だ。と言い、垣根は天井を見上げた。そして、何かを思い立ったかのように初春を見つめ、その後僅かに視線をそらして言った。

「笑っちまうかもしれないけどよ」

彼は意を決して、続ける。



249:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 22:53:05.89ID:VTT+v8v50

「俺は、太陽になりたいんだ」

え? と初春は呟く。

「許せねぇんだよ。この街の闇も。そして、俺自身の闇も。ガキの頃から脳を弄られて、こんな力を押し付けられて、思い出せるのは血生臭い実験ばかり。何度死のうと思ったか分からないし、何度こいつらをを殺そうと思ったか分からない。心の底の方から、もう1人の俺が、いつもこう言ってるんだよ。殺せ。この街の腐った奴らを、みんな殺せって」

垣根は自分の掌に視線を落とした。初春は何も言えず、ただ彼を見つめている。自分と彼の間では、決して分かち合うことのできない思いがある。光の当たる人生を歩んできた自分では、ドス黒い闇を浴びた者の気持ちなど押し計れない。



250:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 22:58:46.26ID:VTT+v8v50

「俺は自分自身の、そんな感情を許すことができない。こんな感情を植え付けたこの街も許せない。でも、だからこそ俺は、この街の闇に復讐するんじゃない、この街の闇に光を当たえることを決めたんだ。この街の、自分自身の闇に呑まれるんじゃねぇ、闇に立ち向かい、照らしだすような太陽。そう言う存在で、俺は在りたいんだ」

初めて彼が自分に見せた、心の奥底。消せない過去と、理想の未来を1つの線に繋げようとする誓い。闇を内包しても尚輝くことを諦めない彼の本心を見たその時、初春は疑いの心を完全に捨てた。

「だから、ここの孤児院の名前に太陽を?」

初春は聞く。

「そうだ。タロットでも太陽ってのは『成功』『達成』『約束された将来』ってのがある。ここから旅立つガキどもにはぴったりだろ?」

垣根は笑う。ここの子供達をガキと言っている彼のその笑顔が、初春にとっては一番子供らしく見えて、彼女もまた笑ってしまった。



251:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 23:01:21.00ID:VTT+v8v50

「あ? 何笑ってんだコラ」

「いえ、何でもありません」

初春は気を取り直して、机の上に置かれた彼の右手の甲に、自分の両手をそっと重ねた。

だがその時、

「え?」

初春は思わず声を漏らした。




252:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 23:10:56.78ID:VTT+v8v50

「おい。どうした?」

「あ、その……」

初春はひとまず頭に浮かんだ疑念を捨て去り、彼に思いの丈を伝えた。

「大丈夫ですよ。垣根さんは、きっと過去を超えられる。辛い過去を頑張って乗り越えようとする人に、希望の光が差し込まないなんておかしいですよ。私が保証します。あなたは、太陽になれる」

そう言って、初春は垣根の手から自分の両手を離した。垣根は呆れたように笑い、小さな声で、ありがとよ。と言った。



253:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 23:13:10.02ID:VTT+v8v50

そして、打って変わり表情を冷たくし、彼は自分の掌を見た。

「……太陽を目指す限りは、くすんでいるわけにはいかない。俺自身に、闇をもたらすわけにはいかないんだ」

初春は彼のその様子を訝しく思ったが、何か聞こうとする前に、彼は椅子から立ち上がった。

「話に付き合ってくれてありがとよ。さ、帰るぞ。寮まで送ってやる」

そう言って彼は通路口の方へ向かっていった。彼の後を追うように初春も立ち上がる。進もうとしたその時にふと足を止め、彼の手を触った自分の掌を見ると、先ほどの疑念が浮上してきた。



254:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/03/09(木) 23:15:03.76ID:VTT+v8v50


(……人間の手って、あんな感触でしたっけ?)



おい初春。と垣根の声がした。初春は思想を中断し、足を進めた。廊下を歩いている途中、子供達の寝室が見えた。横目で見ると、皆ベッドで熟睡している。初春は微笑み、そして玄関へと向かった。

灯りの消えた真っ暗な寝室の中。1人の黒髪の少年が、ベッドの上で目を覚ました。



257:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 15:33:40.40ID:yT3u8uUq0

…………………………。

アレイスターのその提案を、彼ははっきりと断った。

彼の中には、誰も殺さないという矜持があった。だが、暗部組織に属するとなるとそうは行かない。上層部からの指令によりこの街に潜む闇を討てるとしても、その結果が殺人になるなら彼にとって何の意味もなかった。

彼は目の前で無表情でビーカーの中を揺蕩うアレイスターと、目の前の彼女に詫びを入れ、窓のないビルを後にした。しかし窓のないビルから外に出て数分後、ビルの前の通りを歩いていると、彼女が自分から彼の元にやってきたのだ。

彼女の言い分はこうだった。誰も殺さずこの街の闇を正そうだなんて、本気でやろうとしているのか。彼はもちろんだと答えた。

彼女は彼の返答を鼻で笑った。




258:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 15:36:39.11ID:yT3u8uUq0

できるわけがない。あんただって、この街がどれほど汚れているか知っているはず。そんな甘い考えが通用する相手じゃない。彼女は真っ直ぐに、彼を見据えてそういった。

彼は理解した。彼女もまた、闇に触れて心が壊れた者だと。そして、彼は彼女にこう言った。

気になるなら、付いてくるか? 組織なんて固いもんじゃねぇ。 ただのコンビとしてよ。

それからしばらく、彼は彼女と行動を共にするようになった。彼女は無能力者で、戦闘の際は重火器や刃物、毒物などの化学兵器を用いていた。また、暗部に深く情報網を広げており、初めは自分が目をつけた施設へ襲撃していたが、次第に襲撃先の選択は彼女に任せるようにした。



259:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 15:40:40.77ID:yT3u8uUq0

彼女の実力は素晴らしかった。アレイスターが直々に、自分に紹介してきたことはあると彼は思った。

しかし、彼女の戦略は相手を殺すことを目的とする容赦のないものだった。彼はそれを何度も静止した。その度に強く反発を食らったが、諦めなかった。彼女は間違いなく何人も殺してきている。自分と同じ年齢の彼女に、これ以上の罪を重ねて欲しくなかった。

彼女と行動を共にして1ヶ月が過ぎた。彼女は自分の家に彼を招いた。19学区の古びたバーの右隣。そこに地下へと続く階段が設計されてあり、暗がりの中を降りて行くと左側に扉がある。どうやら学園都市の中でもかなりの安宿らしい。

彼女は何も言わず、三回目の踊り場にある扉を開いて、中に入る。彼もその後に続いた。



260:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 15:49:48.99ID:yT3u8uUq0

彼は部屋を見渡す。こじんまりした空間。黒いプラスチック製の脚で支えられたベッド。その上に黄ばんだシーツと毛布。真ん中には黒い折りたたみ式の細長いテーブル。飲みさしのパックの牛乳が転がっている。左手の緑の壁には様々な建物の設計図やターゲットと思われる人物の写真。奥にはキッチンと冷蔵庫。それら全てが天井の、柔らかいオレンジの光に包まれている。

彼は一歩踏み出す。すると、グニャッと、何かを踏みつけた感覚が足裏に起こる。恐る恐る足裏を見返すと、ナイロンに入った、食いさしのカレーパンだった。

彼は辟易としながら、足裏にこびりついたカレーパンの中身をティッシュで拭き、床に腰掛けた。周囲の白いモヤを手で払い、彼女を見る。彼女は羽織っていたチェックの上着を脱ぎ、ベッドの上のハンガーにかけた。

アンタに、見せたいものがある。彼女はそう言って、奥の冷蔵庫の方へ向かった。冷蔵庫の側面に手をつき、横にスライドさせると、そこに奥の部屋へ続くスペースが現れた。

彼は立ち上がり、そこへ向かう。道中床に転がったプラスチックの容器を足で払いながら、少しは掃除しろよ。と愚痴る。彼女は反応しない。




261:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 15:52:03.84ID:yT3u8uUq0

隠し扉を開け中に入り、彼女は部屋の電気をつけた。

そこには、拳銃、機関銃、散弾銃、あらゆる重火器が、それぞれの棚に綺麗に整頓されて置かれていた。ずさんに散らかった生活スペースとは対照的に、ここには何らかの規則と彼女の強い想いがこもっている。それほどここの空気は潔癖だ。彼はそう感じた。

彼女は棚から一丁のアサルトライフルを取り出し、彼に渡す。ここ見て、彼女に指で指されたところを見ると、銃底の側面。「No.62」という記号が、削られたように刻まれている。

これは? 彼は彼女に聞いた。

仲間の名前。彼女は答えた。



262:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 15:54:29.72ID:yT3u8uUq0

彼は察し、アサルトライフルを彼女に預け、他の重火器も取り出してみた。すると、どれもこれも数字が刻まれている。彼は彼女を見た。

彼女は無言で、左手で後ろ髪を捲り上げる。そこには「No.93」の黒い刻印が打ち込まれていた。

やがて彼女は話し出した。かつて自分がいた実験施設では、子供達は皆、この番号で呼ばれていたこと。そして皆、実験で死んだこと。自分は何とか脱出して、生き残ることができたこと。

だが、彼女はそれを憎むような声で言った。皆んな、死んだの。死んだのよ。何も悪いことしてないのに。彼女は手にしたアサルトライフルをぎゅっと抱きしめる。彼は何も言わず、彼女の声に耳を傾ける。



263:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 15:57:25.64ID:yT3u8uUq0

彼女は気を取り直し、また話し出した。それ以来、自分はここにある武器全部に、仲間の名前を刻み込み、彼らの意思を引き連れてこの街の闇を殲滅することを誓ったと。

それをちゃんと聞いてもらった上で、アンタに伝えたい。彼女は言った。

私はこの街が許せない。最近アンタに絆されていたけど、やっぱり徹底的にやらないと気がすまないの。ねぇ。もう、いいでしょ?

気弱な確認。彼女の目は初めて会った時とは別人のように、俯き、糸くずのように潤んでいる。

勝手にしろよ。彼はそう言った。



264:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 15:58:44.52ID:yT3u8uUq0

彼のその返答に、彼女は切なげに笑う。そうよね。そう。勝手にしたらいい。彼女は何かを諦めたようにそう言った。

ああ。俺に聞かなきゃならない理由なんてないしな。逆に、お前何で俺にそんなこと聞いたんだ?

彼女はハッとし、顔を上げる。



265:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 16:00:32.57ID:yT3u8uUq0

後ろめたいのか?

ち、違う。そんなんじゃ。

後悔してんじゃねぇのか?

違うって、言ってんじゃん。そんなこと。

声、震えてるぞ。

彼女は気づく。声だけではなく、腕も、足も、震えていることに。何かが殻を破る。心の底で、堪え切れない何かが彼女をノックしている。



266:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 16:02:14.11ID:yT3u8uUq0

彼は彼女に近づく。そして、右手を伸ばし、彼女の頬に触れる。死んだ仲間の為に、自らが血に濡れることを選んだその優しさと勇気。理不尽に巻き込まれて心の奥底に埋め込まれた怒りと嘆き。そして罪悪感。それら全てを包み込むように。

もういいだろ。お前1人生き残ったこと。そこに善悪も罪も罰もねぇよ。お前はまだ生きてる。それだけだ。

彼はそう言って、彼女が抱いているアサルトライフルに触れる。すると、ライフルは白く発光し始め、触れた所から白い羽毛に生まれ変わり、はらはらと散っていく。舞い落ちる羽毛に彼女は驚きながら、首を横に降る。



267:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 16:03:43.42ID:yT3u8uUq0

ちがう、ちがう。だって、だって私、皆んなを見捨てて、だから、戦わないと。そう。死んだって、当然の奴らを……。

人を殺すのって、辛いだろ。

やめ、て。ねぇ、ごめん……。

彼女の瞳から、ついに細い涙が落ちる。それを見た彼がそっと微笑むと、部屋中の武器が白い輝き出し、柔らかな羽毛に転生していく。

彼は言う。お前は生きてるんだ。その命、魂。自分で傷つけるのはもう止めろ。ずっと辛かったんだろ。1人だけ生き残って。心配すんな。もう、1人じゃない。



268:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 16:04:48.81ID:yT3u8uUq0

彼女は涙を流しながら、混乱した声で言う。だって、だって、私、無能力者で、アンタは。

その言葉が続くことはなかった。彼が自分の体を、優しく抱きしめたからだ。ゼロ距離で触れる彼の暖かさに言葉を失った彼女は、耳元で発された言葉を黙って聞いた。

知らねぇよ。そんなの。

彼女はもう、何かを言うことはできなかった。彼の肩と腰に両腕を回し、力強く抱き返すと、胸元で嗚咽を漏らし出した。彼は笑いながら、そんな彼女の頭を優しく撫でた。

黒い後悔と殺意の塊が、純白の羽に変わり宙を舞ったこの時。2人の心は、ようやく1つに通じ合った。



269:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 16:06:09.75ID:yT3u8uUq0




これが、地獄の始まりだった。






270:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 17:56:26.01ID:yT3u8uUq0



二日後、昼過ぎの風紀委員第177支部では、いつも通りにデスクに座り業務をこなす初春と、数メート離れた位置でソファーに座り、それを横目で見つめる彼女の上司、固法美偉がいた。固法は手にしたムサシノ牛乳をぐいっと飲み干し、空になったパックをゴミ箱に捨てた。

黙々と業務に没頭していると、パソコンの画面に一通のメールの表示が現れた。差し出し人は心理定規だ。

初春はソファーに座っている固法をちらっと見てから、メールを開封した。

『二日前に太陽の門に送った子供たちの歓迎会しようかと思うの。あなたも行くかしら?』



271:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 17:57:37.96ID:yT3u8uUq0

初春はその文におっと口元を緩め、すぐに『行きます』と返信を送った。するとしばらくして、向こうから『夕方4時にアジト集合』と返ってきた。

「それ誰なの?」

「ひぇあっ?!」

初春は腹から上ずった声を発した。いつの間にか背後にいた固法にメールの内容を見られてしまった。



272:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 18:06:02.32ID:yT3u8uUq0

「あ、あの、新しくできた友達ですよ。最近一緒によく遊んでて。あはは」

「ふーん。なんかここ最近、夜遅くまでどこか彷徨いてるって聞いたけど?」

「いやぁ……ホント、気の合う友達で……」

潔白を証明せんばかりに愛想笑いをし続ける初春。固法はため息を吐く。

「初春さん。正直に言って欲しい。本当に、ただの友達なのね?」

固法の念を押した質問に、初春は膿を潰したような罪悪感が胸に湧くも、それを押し殺すように首を縦に振った。固法も信用したのか、そう、と口にする。

「疑っちゃってごめんね。私も先輩として心配だったからさ」

「いえ、そんな。気にしないでください」

ただ、と固法が付け加える。



273:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 18:08:23.65ID:yT3u8uUq0

「白井さんもそうだけど、1人で色んなもの抱え込んで、耐えられなくなってしまうような、そんなことになって欲しくないのよ私は。あなたは風紀委員として、常に正しくあろうとする心持ってるわ。でも、正しくあろうとする心というのは、往往にして脆いものなの」

正しくあろうとする心は脆い。その言葉に、初春は眉をひそめる。

「だから、困ったことがあったら、まずは私や周りの大人に相談しなさい。あなたはまだ子供なんだし、何より先輩として、私も後輩の役に立ちたいんだから。ま、お節介かもしれないけどね」

「老婆心ってやつですね」

「あ?」

困法の眼鏡の輝きに殺意がこもった。



274:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 18:10:31.67ID:yT3u8uUq0

「や、やだな~冗談ですよ冗談。よーし、仕事頑張るぞ~!」

冷や汗をかきつつも、彼女の殺意を笑って受け流しながら初春は目の前のパソコンを一心不乱に操作し始めた。困法は呆れたように笑って、その場から離る。

(……頼ってほしい、か)

拭えぬ蟠りが胸にこびりつく。今自分が戦っているものが、学園都市に深く根付いた闇だと知ったら彼女はどう思うだろう。

思えば、黒子も佐天も、そしてもしかしたら御坂も、自分には言えない何かを抱えているのかもしれない。初春はそう思う。

佐天は一度、無能力者である苦悩を誰にも打ち明けられずにいた。黒子と御坂はどうなんだろう。人は誰でも、耐えきれないことが分かっているのに抱えこんでしまう何かに、いつかは取り憑かれるのだ。

約束の時間まであと3時間。初春はキーボードを叩く指先に力を込めた。




275:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 19:32:43.52ID:yT3u8uUq0



「お疲れ様です」

午後3時50分。予定の10分前に初春はスクールのアジトに到着した。エレベーターを登り、たどり着いたホールにいるのは垣根と心理定規。そしてバイオリンケースを持った制服姿の猟虎だった。

「よう。誉望の奴は一足先に行ってるぜ」

垣根が答える。初春はそうですかと相槌ち、そして猟虎の方に目をやる。

「あれ? 猟虎さんバイオリン弾けるんですか?」

「ウフフ。わたくしこれでも枝垂桜学園有数のバイオリン奏者ですの。学園の皆さんもわたくしの演奏の虜に」

「おー、一回見たことあるぜ。だだっ広い広場で1人で演奏しまくってたよなお前」



276:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 19:35:25.76ID:yT3u8uUq0

「あ、あれは練習ですから! 余計なこと言わないでください!」

顔を赤らめる猟虎を垣根はハハハと笑う。

「ん? あれは何ですか?」

初春は右手の柱の根元に置かれた巨大なリュックサックを見る。

「ああ。一発芸用の小道具詰め込んだんだ。レクリエーションのボールだミニゲームだ大量だぜ。ギターもあるぞ。初春、何か歌うか?」

「いえ……私歌は得意じゃないので結構です」

「乗れねぇな。じゃあ俺がいっちょやってやるか。エアロスミスとガンズアンドローゼスならどっちがガキ受けするかな?」

「どっちも厳しいと思います。ていうかハードロック好きなんですね」

ニルバーナ以外はな。と返す垣根。談笑する2人の間に、突如心理定規が割り込んできた。



277:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 19:40:15.99ID:yT3u8uUq0

「初春さん。ちょっと、お話したいんだけどいいかしら?」

心理定規に呼び出され、初春はよく分からないまま頷き、ホールの後方にある螺旋階段の踊り場まで移動した。

「……まあすぐ終わるだろ。因みにお前は何演奏するつもりなんだ?」

「そうですねー。エルガーの愛の呼びかけとか、ドビュッシーの美しい夕暮れとか……」

「全然分からん」

「いい曲ですよ。聞いてみますか? ほら」

猟虎は懐の音楽プレイヤーを取り出し、美しい夕暮れを再生させた。



278:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 19:52:11.28ID:yT3u8uUq0



「どうしたんですか? 心理定規さん」

踊り場で初春は彼女に尋ねる。彼女の顔は、どこか愁い気な影を浮かべている。

「初春さん。あなた、これからもずっとここで私たちといるつもりなの?」

二日前に垣根と話したようなことと同じような質問だった。自分の心は決まっているので、彼女の目を真っ直ぐに見つめて返す。

「危険なのは分かっています。それでも、私はあなた達の正義に賭けることを決めたんです。ずっと、かどうか分かりませんが、今ここでやるべきことを貫こうかと思います」

初春の気丈な返答に、心理定規の顔の影がますます色を濃くした。

そして、初春に向かい、はっきりと宣言した。



279:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 20:22:05.76ID:yT3u8uUq0

「私たちの正義なんて、そんなもの賭ける価値もないのよ? だってこのチーム既にバラバラなんだから」

初春は意識せずに、え? と口から漏らした。彼女は今何と言った?

「それが一番顕著なのは誉望よ。彼は既に帝督に付いていくことに限界を感じている。彼は自分自身の憎しみのままに、この街に蔓延る闇を殲滅したいと願っている。なのに、いつまで経っても誰も殺そうとしない彼を内心憎んでいるの。彼にはまだ話してないけど、いずれ誉望はここを離れる気よ」

心理定規は語り続ける。

「猟虎も問題よ。彼女の目的は、猟奇性の解放と、友達作り。私たちのことを親友だと思って、そこから逸れないように、目的に同調してるだけ。彼女本当は、学園都市の闇なんてどうでもいいのよ。自分の能力の誇示と、集団の中に属することだけしか考えてない」



280:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 20:23:49.15ID:yT3u8uUq0

信じていたものがぐらつく。胃の淵から得体の知れない悪寒が走る。それでも初春は、目の前の希望にすがりつく。

「ちょっと待ってください。じゃ、じゃあ心理定規さんは? 心理定規さんは、垣根さんの理想に共感して」

「ええそうよ。でも」

彼女はその最後の砦を、容赦せずに崩しにかかった。

「彼の理想に共感したからこそ、彼の側に居続けたからこそ分かるの。無理なのよ。誰1人殺すことなく、この街の闇に光をもたらすなんて。2年よ。このスクールが結成されて2年。一向にこの街は、同じようなことばかりしてるの。病気の臓器の、その周りの肉ばかり弄り回しているようなことばかりしてるのよ。私達は」

「それは……」



281:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 20:25:58.87ID:yT3u8uUq0

確かに、彼の不殺の意思は賞賛できるものかも知れない。しかし、その結果はどうなのだろう。思えば彼らの活動の歴史を自分は全く知らなかった。

2年。

その数字が本物であるならば、今尚この街は平然な顔で非道な実験を続けているということが、彼らの正義を何よりもあざ笑う結果になっているのではないだろうか? 初春は考えこんでしまう。

「はっきり言うわ。初春さん」

心理定規の声が、初春の鼓膜を揺さぶる。

「私は、彼が行き詰まることを望んでいる。このままでは何も変わらない。私達の自己満足から進まないの。彼が本当にこの街の闇に向き合って、血を流す覚悟を決めたなら、私は彼に着いて行くつもり。でも、あなたはきっとそれを望めないと思うの。そうでしょ?」

初春は何も言い返せない。その沈黙が、何よりの肯定だと言うことが分かっていながらも。心理定規は続ける。



282:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 20:28:07.13ID:yT3u8uUq0

「そうなる前に、あなたはここから去るべきなのよ。あなたはこの中で唯一、光の世界でもまともに生きられる存在。本来私たちと交わるべきでない人間なの。あなたのその正義の心には感謝してる。あなたの決意も、私としては嬉しい。でも、もう一度考え直して。本当に闇と戦おうとするなら、痛みも、血も、避けることができない。あなたは、そんな風に汚れていく私達のこと、耐えられるのかしら?」

初春は依然沈黙する。先ほどの決意の一欠片の強ささえ、言葉に乗せることもかなわなかった。やはり、自分は固法が心配したようにまだ子供なのだ。誰も殺さず闇と戦うという理想に、何の疑いもなく賛同していたのだから。

理想には血が伴う。やがて彼らはそらにぶつかる。ならば自分はどうすべきか? 頭の中で、答えにたどり着こうとする意思の錯綜が始まった。

その時。



283:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 22:57:34.67ID:yT3u8uUq0

「…………ん?」


心理定規が垣根と猟虎の方向へ振り返った時、垣根が携帯で通話しているのが見えた。誰が相手なのか。彼女は彼を見ていると、途端にその顔は信じられないほどの焦燥と憎悪の色に固まった。彼女は身震いする。

垣根は携帯を切り、脇目もふらずこの場から走り去って行った。初春もその様子に気づき、困惑の表情をする。

2人は階段を降り、取り残された猟虎の元に駆け寄った。

「猟虎。どうなってるの? 彼一体……」

猟虎は震えながら、心理定規に説明しようとする。



284:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 23:07:59.58ID:yT3u8uUq0

「誉望さんからで……なんか、子供の1人が暴れ出して、それで、あそこの先生を…………」

それを聞いた2人は顔を青ざめ、そして心理定規はエレベーターのある方向へ急いで走り出した。残された2人も我を取り戻したように走り出す。

一階の駐車場まで降りた3人は黒塗りのバンに乗り、猟虎の運転で太陽の門まで向かった。道中、後ろの席に座った心理定規は、携帯を片手に誉望に連絡を取ろうとする。

「ダメだわ。出ない」

何度コールしても反応のない誉望。この時既に、彼女は最悪の想定を脳内に描いていた。それを覚悟しつつも、抑えられない冷や汗が、額を伝った。

初春は助手席で、最悪を回避するように祈りながらも、先ほど心理定規に告げられたことがずっと脳内をぐるぐる回っており、そのとっ散らかった感情が全身の震えになって現れていた。



285:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 23:10:39.92ID:yT3u8uUq0

初春は隣の猟虎に目をやる。彼女もまた、顔に滲み出す焦燥を隠せずにいた。

「初春さん。心配しないでください。わたくしは大丈夫です」

初春の視線に気づいた猟虎はそう返した。彼女の気丈さに、初春はほんの少し心のゆとりを取り戻せた。

だが、それも次の一言で瞬時に崩れ去ることになった。

「わたくし達の期待を裏切って、暴れ出した子なんか、友達でもなんでもありません。わたくしは、全然傷ついてませんから」

初春の顔は失望に固まった。彼女のその返答は、明らかに自分が主体であり、暴走した子供の心情やその周囲の被害など意識の中にない、あまりにもずれたものだった。



286:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 23:12:43.82ID:yT3u8uUq0

「それよりも、誉望さんや垣根さんが心配です。急がないと……」

猟虎の言葉に、初春は何も返そうとしなかった。そんな彼女の姿を、心理定規は後ろから見つめていた。

やがて車は第10学区に突入し、それからおよそ10分後、太陽の門に到着した。時刻は午後4時50分。空は紫がかった黄昏に染まっている。今日は新月で、月はその姿を隠している。

3人は車から降りた。それと同時に、予想した最悪に、限りなく切迫した現実が視界に入ってきた。

太陽の門の玄関前に、白いパジャマ姿の子供達は固まり、震え、涙を浮かべていた。服が血にまみれている者もいる。そして、白いシーツを被せられた「何か」が、地べたに横たわっている。シーツの隙間からは、血が流れている。3人は、一目散にその固まりの中に飛び込んだ。




287:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 23:24:28.50ID:yT3u8uUq0

心理定規は、恐る恐る白いシーツをめくる。

「ウッ」

シーツの下に横たわっていたのは、顔の右半分と、左脇を削られた金髪の女性の死体だった。太陽の門の子供達の世話を任せていた女性だ。空虚に開いた瞳孔と目が合った時、初春の頭は真っ白になり、魂を引き連れていくような荒い息を漏らした後、腰を抜かし、その場にへたり込んだ。猟虎も呆然と、顔面蒼白でその場に突っ立っている。

心理定規は側にいた少女に質問する。

「皆、大丈夫? 一体何があったの?」

その問いに反応し、泣きじゃくる少女は何とか声を出そうとする。

「あの子が、先生が、研究者だったって知って、それで、突然暴れだして、お兄ちゃんも、それを止めようとして、それで」


過呼吸気味の説明はそこで途切れ、そらから少女はただただ泣き続けた。

「ッ、心理定規さん!」

突如猟虎が声を荒げた。心理定規は右に視線を移す。



288:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 23:27:11.04ID:yT3u8uUq0

「誉望!」

子供達に囲まれた誉望。だがその左腕は二の腕から先が消滅し、断片から鮮血が止めどなく溢れている。傍の2人の少年が、泣きながら自分たちの上着を傷口に抑え受けているが、それを嘲笑うように上着は真っ赤に染まっている。

「しっかりして! ちょっと、そこのあなた。上着頂戴!」

心理定規は近くにいた別の少年の上着を借り、細長く絞り誉望の二の腕にきつく巻きつけた。彼の顔は血の気を失い蒼白で、あと少しの生存も絶望的に思えるほどだった。

誉望は心理定規に向かい、虫の声で告げる。

「あそこ、垣根、さんが……」

誉望は指差す。施設の奥側にある池のほとり。そこに生えた一本の楓の木。その根元に、木にもたれて座る黒髪の少年と、彼を見下ろす垣根の姿があった。



289:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 23:35:16.41ID:yT3u8uUq0

「垣根、さん」

初春はフラフラと立ち上がり、彼の元に駆け寄った。

「垣根さん。これは一体……」

「こいつが、能力を使ってあいつらをやったんだよ。『暴食蛇輪(ホイールイーター)』。光の当たらない陰で繁殖する毒をばら撒く能力。毒に感染した者は、光源を浴びない箇所を削るように破壊されるんだよ。大したもんじゃねぇか。大能力者は確実だな」

垣根は無表情で賞賛を送る。少年は憎悪と、敵意と、恐怖の混じった目で垣根を睨む。

「誉望程度なら隙を突いてやれたかもしれねぇが、まあ俺には通用しねぇよ。さて、一緒に来てもらうか。お前のやったことは決して許されることじゃねぇ。ほとぼりが冷めるまで、俺が責任を持ってお前を周囲から隔離する」

垣根は少年に手を伸ばす。しかし少年はその手を勢いよく払った。明確な拒絶だった。



290:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 23:38:16.36ID:yT3u8uUq0

その反応に、垣根は少年の首を掴み自分の目線の高さまで持ち上げる。少年は苦しげな呻き声を上げ、それでも自分の首を掴む手に思いっきり爪を立て、反撃の意思を見せた。

「垣根さん!」

「心配すんな。殺さねぇよ。それだけは絶対にしねぇ。だからこそ、こいつのやったことを俺は許せないんだよ。何で殺したんだ。お前の人生は、これから一生その十字架を背負うんだぞ」

初春はその口調に違和感を覚えた。それはまるで、実際に経験のある者が誰かに伝えようとする時の口調だった。

「知る、か、んなもん」

少年は息を詰まらせながら反論する。

「あいつらは、俺の毒を使って、俺の妹を殺したんだ! 絶対に許さない。この街の研究者は、全員ぶっ殺すんだよ! クソが! 離せ! ああっ、畜生!」

少年は怒りに身を任せ、怒号を撒き散らした。それは彼自身も自分が何を言っているのか把握していないほどの勢いだった。おそらくこの少年の心は、既に取り返しの付かないところまで崩れてしまっていることが、垣根や初春にも見て取れた。



291:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/01(土) 23:56:38.49ID:yT3u8uUq0

垣根は首を掴んでいた手を離す。少年は地べたに落ち、灼き焦げるような激情を宿した目で垣根をまた睨んだ。自分の能力が決して彼に通用しないことが分かっているので、それくらいしかやれることがないのだろう。

「うう、あ、あああああああああああああああああああッ!!!」

それでも少年は目の前の彼を薙ぎ倒そうとした。垣根は眉間を歪め、また軽くあしらおうとした。




だがそこで、乾いた銃声が鳴り響いた。




「……………………え?」

少年は、自分の頭部から流れる血に気づき、糸が切れたように地面に倒れこみ、そして絶命した

垣根は絶句し、銃弾が飛んで来た方向へ視線を向けた。そして、この殺人を誰がやったのか。それを把握した瞬間彼は絶叫した。



292:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/02(日) 00:05:37.01ID:cOci0a/J0


「誉望ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



残った右手に、拳銃を強く握りしめた誉望。側で介抱していた心理定規も、その近くにいた猟虎も、一瞬の出来事に唖然とし、固まっていた。

垣根は彼の元へ、怒気を発しながら迫り寄る。

「テメェ、自分が今何やったか分かって」

だがその道半ば、誉望の瞳が、軽蔑するような視線で垣根を見据えた後、その瞳をゆっくりと閉じていった。

「ちょっと、誉望? ねぇ、誉望?!」



293:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/02(日) 00:07:08.75ID:cOci0a/J0

心理定規は彼の頬を叩く。しかし何の反応もない。垣根は誉望の身に訪れたものを察し、溢れ滾っていた怒りも行き場をなくし、まるで空中に霧散するのを待つかのように、その場で立ち尽くしたまま、動くのを止めてしまった。

銃殺された少年の側に居た初春は、また腰を抜かして地べたに崩折れた。

彼女の脳内は、自分が今どこにいるのかも分からなくなるほどの、真っ白な絶望で満ち溢れていた。捻れた運命の輪が、この場にもらたした突然の悲劇。ここから先はもう、自分たちは以前のような関係に戻れない。ただ1つはっきりとしたその事実だけが、彼女の脳内に浮かび上がっていた。

死んだ少年の頭部から流れる鮮血が、池に侵食して水を染めていた。水面に浮かんだ、ハスの葉に血の流れがぶつかって、それが二つに分かれていった。



297:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 22:34:21.29ID:LwTspD6f0

「……いつから聞いてた。誉望のこと」

落ち着いた声で、しかし張り詰めるような感情を込めて、垣根は心理定規に聞いた。

「ここ2カ月くらいよ。私に相談してきたの。もう、あなたについて行けないって」

キッチンの横の冷蔵庫にもたれている彼女はそう答えた。先ほどの惨劇の後、初春を除くスクールの一員は職員用休憩室に集まり、こうして議論している。以前、垣根と初春が話していた小部屋だ。あの時と同じように、卓上のろうそくの火が揺れている。

垣根は息を吐き、背中を椅子にもたれかける。目の前に座っている猟虎を見ると、彼女はすぐに俯き、垣根から視線を避けた。




298:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 22:36:54.09ID:LwTspD6f0

「でも、帝督。誉望があなたについて行けないって言うのは、あなたを否定したわけじゃない。ただ、誉望は自分の憎しみに勝てなかっただけなのよ。彼、私にこう言ったの『本当に怖いのは自分だ』って」

「それはここにいる全員がそうじゃねぇのかよ」

冷ややかな声で彼は言い返した。

「俺も、お前も、猟虎も。学園都市の闇に触れて、心を蝕まれて、普通に生きてたら考えもしねぇことを思うようになった。でも、それでもあいつらと同じにならないために頑張ってきたんじゃねぇのかよ。そうじゃねぇのか」

心理定規は顔をしかめ、机の側まで近づき手を卓上に置き、母親が子に諭すような声で彼に言った。



299:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 22:43:36.03ID:LwTspD6f0

「帝督。あなたの思想は十分すぎるほどに分かる。私だって、出来れば誰も殺したくなんかない。でも、もうそんな我儘言ってられないとこまで来ていること、分かるでしょ? 本当にこの街をどうにかしたいのなら、血を流す覚悟で立ち向かわなきゃダメなのよ」

「血には血を、殺しには殺しで立ち向かうってか。闇を晴らすために俺たちが闇になるってか。それじゃあ結局前と同じじゃねぇか。もううんざりなんだよ! なんのために俺が」

そこまで言いかけて、彼は言葉を噤んだ。心理定規は怪訝な目で彼を見つめている。

「……考えさせてくれ」

先ほどの怒号とは違い、弱々しい声だった。分かった、と心理定規が言おうとした直前に、猟虎が口を開いた。

「あ、あの」

2人は彼女の方を見る。混乱と臆病が肌から発散されているのが目に見て取れた。これから彼女が話す内容を半分以上察しながら、2人は耳を傾ける。



300:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 22:50:37.77ID:LwTspD6f0

「私、もう抜けてもいいですか? だって、こんなの、誉望さん死んじゃったんですよ? 本当に、本当にこんなことになるなんて、おかしいですよ。垣根さんの言う通り、誰も殺さずに平穏無事に全てが上手くいくって思ってたのに」

舌が上手に回っておらず、額から冷や汗が滲み出ている。2人は何も言わず、その沈黙が更に彼女の額の冷や汗の勢いを増した。

「行きましょう。猟虎」

心理定規は静かに言った。猟虎は無言で素早く立ち上がり、見えない力に操られているように彼女の後ろへと周り、部屋を後にしようとした。

「俺もだよ」

心理定規は立ち止まる。



301:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 22:52:42.57ID:LwTspD6f0

「今度こそ、上手くいくと思ったんだけどな」

後ろで垣根がそう呟いた。そして、立ち止まっていた彼女はまた歩き出した。今度こそ、という言葉の意味が分からなかったが、もう気にせず歩き続けた。

歩いている途中、心理定規は子供たちが集まっているリビングを横目で見つめた。すると、その中で待機していた初春と目があった。しかし立ち止まることはせず、そのまま玄関を出て外に停めてある車まで向かった。猟虎は無言で運転席まで向かい、エンジンをかける。

「心理定規さん!」

振り返ると、初春が彼女の元まで追いかけて来ていた。

「垣根さんと、どうなったんですか?」



302:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 22:55:12.73ID:LwTspD6f0

彼女の問いに、心理定規は悲しげな微笑を浮かべた。

「多分、スクールが解散するのも時間の問題ね。あの様子じゃ、もう彼とお別れになりそう」

初春は息を詰まらせ、それでも何とか、目の前の彼女を引き止めようとする。

「心理定規さん、本当にそれでいいんですか? ここで垣根さんと別れて、この街の闇に挑み続けるなんて、悲しくないんですか? 理想には血が伴うって言うのも分かりますけど、もう少しあの人を信じてあげても」

「すっかり、綺麗になっちゃったわね」

初春の言葉を遮り、心理定規は口を開いた。



303:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 22:57:19.32ID:LwTspD6f0

「あの先生も、子供も、誉望も、血の跡も残さずに消えちゃった。彼がやってくれたのよ。能力を使って、彼らの死体をこの世から完全に消滅させた」

初春は周りを見渡した。夜空の月が青白く照らす地面と、池のほとり。惨劇の跡など微塵も感じさせない潔癖さに、初春は思わず空恐ろしさ覚えた。彼は、死体を消滅させた。

「初春さん。もう分かるでしょ? 私も彼も、あなたのように穢れのない存在じゃないのよ。心の奥底には、どうしようもない憎しみと、残酷さが渦巻いてる」

違う、そんなことは。初春はそう言おうとするが、口が上手に開かない。



304:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 22:59:06.82ID:LwTspD6f0

「でも、彼はまだそれと戦おうとしている。じゃあもう、私は関われないわ。だって私は、これ以上自分の闇をごまかすことはできないもの。闇に染まってもこの街の闇を晴らしたい私じゃ、闇に抗う彼に何か言えるわけないでしょ」

さ、帰りましょ。心理定規はそう言って、車へと向かおうとした。

「私は」

初春はその場から動かずに言った。

「ここに残ります」

心理定規は振り向かず、そう。と言ってから車まで歩き、中に乗せてあった彼女の荷物を渡して再び車へと向かい、助手席に乗った。車のエンジンの音が静寂の夜空に響き、まっすぐな光を振り回しながらこの場から去るのを、初春は最後まで見届け、それから太陽の門の中に戻っていった。

その目尻には、小さな雫が溜まってあり、流れ出す前に彼女は右手でそれを拭った。



305:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:02:15.33ID:LwTspD6f0

バックミラー越しの初春が見えなくなったのを確認した心理定規は、ドアミラーを開けて肘を少しだけ外に乗り出した。夜風が沈黙の充満する車内に流れ込む。

「猟虎。気にしないでいいのよ」

猟虎の肩が震えた。

「あなたなら、きっと私たちよりもっと素敵な友達見つけられるわよ。元の学生生活に戻って、そこできっと」

心理定規は猟虎の方を見る。彼女の肩の震えは全身に広がっていき、それがやがて声にも伝染していった。

「何で、そんなこと言えるんですか」

猟虎の膝下に、数滴の雫が落ちた。



306:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:04:08.19ID:LwTspD6f0

「此の期に及んで、自分のことしか、考えれないのに、何で、そんなこと」

そこから言葉を繋げることができなくなった猟虎は、服の裾で涙を拭い、何も言わずに目の前の運転に意識を向けた。だが、涙はまだ止まらず、頬伝うそれを何度も裾で拭った。

心理定規はふうと息を吐き、夜が包み込む第10学区の街並みを見つめる。

(あなたとの心の距離は、結局埋められなかったわね)

込み上げてくる記憶や感情を一つずつ、丁寧に振り分けていくように、心理定規は思いに馳せる。

(あなたはこの街の闇を憎み、自分が闇に染まることも拒んだ。きっと、あなたは光を渇望していて、そして、恐れているんだと思う。あなたも本質は私と同じ、こっち側の人間だから)



307:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:13:42.50ID:LwTspD6f0

志しは同じだった。だが、互いに見ていたものは違っていた。それに気づいても尚期待していたのは、自分の中に、彼に対する何かがあったからだ。心理定規は苦笑する。それが何なのかが嫌というほど分かって、自分でも馬鹿馬鹿しくなるからだ。

(あなたが答えを出す時に、私もそれを、ちゃんと伝えるわ。でも、本当に光を手にしたいのなら、光であろうとするなら、そこから目を背けないで。それがどんなに辛くても、恐れてちゃダメなのよ。帝督)

出来ることなら、彼の側に居て、彼が本当に望む道へ進んでいくのを支えたかった。でも、これから先それを果たすのに、自分よりもっと相応しい者がいる。彼女に任せよう。私は私の覚悟に従って、やるべきことをやろう。

そう思った彼女の口から、自然に一つの言葉が漏れ出した。

「ごめんね、帝督」




「気にしないでください。ありがとう。心理定規」



308:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:16:16.75ID:LwTspD6f0

どこからともなく聞こえた声に、心理定規はハッとし、猟虎の方を見た。だが彼女は腫れた目と、不思議そうな顔で自分を見ているだけだった。

心理定規は気のせいだと思い直し、背もたれに体を委ね、ドアミラーを閉じていった。



「…………垣根さん?」

先ほどの彼らが話していた部屋に訪れた初春。しかし既に誰も居らず、ろうそくの火も消されている。初春は廊下を折り返して歩き出した。リビングを超え、食堂を過ぎて、建物の端にある個室へと向かい、扉を開ける。



309:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:18:04.49ID:LwTspD6f0

「ここに居たんですか。垣根さん」

そこは職員用のベッドが置かれた寝室だった。ベッドの上に彼は、右手の甲を額に当てて、仰向けで横たわっている。手にしていたカバンを小さなテレビの横の台に起き、初春は彼の足元に腰掛ける。

初春は彼を見る。両目は手で隠れて見えず、口元は固く結わえたまま動こうとしない。自分の小さな指が彼のズボンの生地に触れた。初春は何か言おうとするが、それは喉元で泡となり、消えていく。

「やれると思ったんだ」




310:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:20:13.92ID:LwTspD6f0

すると、先に垣根が口を開いた。

「深い絆なんぞで結ばれちゃいなかったが、それでもあいつらとは分かり合えるんじゃないかって思ってた。利用し、利用し合うような関係じゃねぇ。同じ目的を共有できるような、そんな関係に、なれるんじゃないかって。バカみてぇだよな。笑えるぜ。ホント」

彼の口元に笑顔はない。初春は返答をせず、ただ、彼の想いを受け止めることを選んだ。

「結局、俺はあいつらのことなんか、何も見ちゃいなかったってことだ。そしてあいつらも、俺のことなんか信じちゃいなかったって、そういうことだよな」

初春は答えない。胸の中には今にも決壊しそうな感情が渦巻いてるが、それを抑えて沈黙を続ける。

「これじゃああのガキたちも、何一つ救われねぇ。俺のことももう、信用しちゃいねぇだろうよ」



311:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:26:14.04ID:LwTspD6f0

垣根の放ったその一言が、初春の心の結界を砕いた。

「それは違います」

「あ?」

垣根は手を退け、初春を見る。

「垣根さんが、あの子達を闇の中から救い出したのは事実です。これまでの子供達も、同じように救ってきたんじゃないんですか? それが今更怖気付いて、何弱気なことばっかり言ってるんですか」

一度堰が切れた感情を止めることはできず、初春の語調は次第に勢いを増して言った。



312:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:29:24.56ID:LwTspD6f0

「誉望さんが死んで、猟虎さんと心理定規さんも離れていって、辛いのは分かります。でも、垣根さんこうなる前にちゃんとあの人たちと話そうとはしたんですか? さっきの子供にしても、碌に話もせずに決めつけたようなこと言って、そんなんだから誉望さんだって、だんだんあなたを信じれなくなっていったんじゃないですか?」

垣根は一言も発さず、ただじっと、初春を見ている。俯きながら話し続けている彼女の顔は、とても苦しそうだった。

「太陽になりたい。闇を照らしたい。それは分かります。じゃあ本当にしなければならなかったのは、そういうことじゃないんですか? 今の、不貞腐れているだけの子供みたいなあなたを見てると、そう思わざるを得ません」

そこまで言い切った後、初春は急に語気を弱め、ごめんなさい。と言った。



313:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:30:59.13ID:LwTspD6f0

途端に垣根は初春の肩を掴み、自分の胸元に引き寄せた。彼女は驚いた顔をしたが、何も言わず、そしてそのまま彼の胸元に頭を乗せる。彼の感触を、今は手放したくない。そう思ったからだ。

「俺はどうしたらいい」

すぐ側で彼が囁く。

「それは、私の決めることじゃない」

初春は返す。静かな時間が、2人の間に流れる。




314:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/26(水) 23:36:05.51ID:LwTspD6f0

「でも、これだけは言えます。私は、あなたの味方です」

初春は肩を掴む彼の右手に、左手を添えた。あの時と同じく、冷たくて、人間のそれとは思えない不思議な感覚。今度は驚くこともなく、しっかりとその手を掌に包み込む。




「寒くないですか? 垣根さん」




「大丈夫だ。心配いらねぇよ」




垣根は初春の手を強く握り返した。それから2人は言葉を交わさず、ただ静かな時間を共に過ごした。時計の秒針の音と、彼の吐息と鼓動の音を聞きながら、初春はゆっくりと眠りに落ちていった。



317:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:12:01.31ID:v0MUzLE6O

…………………………。

ショーウィンドウの前を通り過ぎる自分の姿を見つけた初春は、そこで立ち止まり、身だしなみを確認する。白いPコートとその中のボーダー。黄色のプリーツスカートと、黒いヒールを履き、花も今日の気分に合わせたものに取り替えている。上機嫌に唇にグロスを軽く塗り、初春はまた歩き出した。

そして待ち合わせの公園のベンチにたどり着き、彼を待つ。手鏡を見ながら髪や花をいじっていると、向こうから人影が見えた。初春は立ち上がる。

「垣根さん! こっちこっち」

初春は手を振りながら彼を呼ぶ。こちらへ近づいてくる彼はほくそ笑見ながら、軽く手を上に上げた。



318:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:16:02.73ID:v0MUzLE6O

「張り切ってんじゃねぇか初春。そんなに俺が待ち遠しかったか?」

初春の元にたどり着いた彼はそう言った。

「ち、違いますよ。楽しみにしてたのは、今日のカフェでの食事です。ほら、行きますよ」

初春は顔を赤らめ弁明する。垣根ははいはいと笑いながら、互いに横に並んで歩きだす。

「いやあ。ようやく垣根さんとあそこに行けますね。前から約束してましたもんね」

「だな。お前、ずっとあそこに行きたがってたもんな。何であそこにこだわってるんだ?」

「いやあ、だってそれは」



319:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:20:43.97ID:v0MUzLE6O


初春はそこで足を止め、表情を固まらせた。これから2人で行こうとしているカフェ。そう言えば自分は、何故あそこを選んだ?




「思い出の場所なのか?」

垣根は横で初春に問いかける。彼女は狼狽しながら彼を見つめ返す。彼は笑っている。いつもの悪戯小僧のような不敵な笑みではない。大人びて、憂いを宿した柔らかい笑みだ。

「それは、だって、約束してたから」

声が震える。今現在に、蔓延る違和感に背筋が痒くなる。



320:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:22:43.08ID:v0MUzLE6O




「誰と?」






「垣根、さんと……」





321:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:24:49.09ID:v0MUzLE6O

初春は彼の右手を見た。すると、指先が乾いた絵の具のようにひび割れていた。

「そう。私は、あなたと約束した」

普段の彼なら絶対に使わない敬語が耳に入り、初春の違和感が最高潮に達した。そして、彼の指先のひびが全身に侵食していき、パラパラと崩れ落ちながら、表皮の下の白い肉体が次々と露わになっていく。

「垣根、さん? いや、違う、あなたは…………」

薄れていく意識の中、目の前の白い男は、こちらに微笑みかける。包まれるような穏やかな緑色の瞳と目があった時、初春の意識は、完全に途切れた。



322:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:26:24.97ID:v0MUzLE6O



目を覚ました時、最初に視界に入ってきたのは薄暗い天井だった。手を二回ほど握り、体を起こすと、初春は自分が太陽の門の寝室にいることを確認した。

(あのまま寝ちゃってたのか。私)

ベッドに座ったまま窓の方を見ると、夜明け前の静かな明るさがそこに差し込んでいる。部屋の輪郭も次第にくっきりしていき、初春の思考も同じように明確になっていく。

(さっきの夢、一体なんだったの)



323:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:28:06.57ID:v0MUzLE6O

垣根の表皮が崩れ落ち、真っ白のマネキンのような姿になっていったあの夢。シュールな夢の一言で片付けられない予感が、今も胸の中に溢れている。

初春はハッとし、枕元に振り返る。既にそこには垣根の姿はなかった。初春は立ち上がり、テレビの側に置いた鞄を持って部屋を出た。



同じ頃、一足先に起きていた垣根は、子供たちの眠る寝室へと向かっていた。平行に並んだベッドの周りを歩き回り、その中の一つに手をかけ、眠りについている少年を見つめる。

「お兄ちゃん。起きてたの」

不意に少年が目を覚ました。垣根は落ち着いた声で、ああ。と返す。



324:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:29:33.54ID:v0MUzLE6O

「昨日は、すまなかったな。怖かっただろ。あんなことがあって」

囁くような声で彼は言う。少年は昨日を思い出したのか、布団の端をぎゅっと握ったが、すぐに笑顔を取り戻して答えた。

「大丈夫だよ。だって、昨日初春のお姉ちゃんが言ってくれたもん。お兄ちゃんがいるから、僕たちは心配しなくていいって」

垣根の目が少しだけ見開く。自分が心理定規と猟虎と話している間、あいつはずっと子供たちを励ましていたのか。垣根はそっと笑いながら言った。




325:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:31:01.02ID:v0MUzLE6O

「優しいだろ。あいつ」

「うん。お姉ちゃんも優しいし、お兄ちゃんも、優しいよ。ありがとう。僕たちを助けてくれて」

垣根は笑う。顔を俯かせ、小さな声で笑う。そして、少年の目をじっと見つめて言った。

「心配するな。俺が何とかする。お前たちはもう、何も怖がらなくていいんだ」

そう言い残し、垣根は寝室を後にして、玄関を抜けて外へ向かった。東の空から、祈りの歌声のように輝かしく太陽が浮上しているのが見える。空とビルの境目を満たす黄金の光を眺めながら、垣根は背中から、純白の6枚の翼を顕現させる。



326:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:32:28.69ID:v0MUzLE6O

(もう、大丈夫だ。これで何もかも、全てがうまくいく)

言い聞かせるように心の中でそう言った彼は、両手を広げ、翼に意識を集中させる。6枚の翼の周囲に黄金の絹の糸のようものが現れ、彼の周囲を揺蕩い始める。全ての理を手中に収めるような力の波動が、全身に流れしたのを感じた彼は、恍惚と安堵の混ざったような微笑を口元に浮かべた。




「…………垣根、さん?」




垣根は後ろを振り返る。目の前の現象を信じられないような目で見る初春がそこにいた。彼は慌てる様子もなく、力の制御に取り組む。



327:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:33:44.08ID:v0MUzLE6O

「垣根さん、ちょっと、何しようとしてるんですか? 一体これは」

状況を掴めない初春に、垣根は諭すように答える。

「初春。俺は今から全てを終わらせる。これできっと、全てが救われるんだ。だから、お前ともここでお別れだ」

困惑したままの初春は、何も返すことができない。垣根は最後にと思い、自分の感情を打ち明けた。



328:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:34:44.17ID:v0MUzLE6O

「この世界でお前に会えるとは思ってもいなかった。最初はただの気まぐれみたいなもんだったが、何でだろうな。いつからか、お前が側にいて欲しいって思うようになってた。短い間にだったけど、意外と楽しかったぜ」

じゃあな。垣根はそう言い、翼を翻して力を解き放とうとした。初春は巻き起こった風圧にたじろぎ、顔を腕で覆った。一瞬、腕と肘の隙間から見えたのは、純白から黄金に色を変える彼の6枚の翼だった。何か巨大な力がここに振り落ちる。初春はそう直感し、目を思いっきり瞑った。






だが、次の瞬間、垣根の6枚の翼は空中に溶けるように霧散した。




329:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 18:38:17.68ID:v0MUzLE6O

「なッ」

辺りを羽毛の群れがはらはらと舞い落ち、それが朝日を浴びて透けるように輝く。突如訪れた朝焼けの中の静寂に、初春は、そして垣根は呆然とした。

「……何だ。どういうことだ? 今俺は確実に世界を変えようとしていた。何があった。何故急に力が!」

垣根は混乱し、取り乱す。初春はその場に立ち尽くしたままだったが、頭の中で、とあることを思い出していた。

(ここ最近、多発している能力者による能力不全。まさか、今ここで?)

彼と出会った日、黒子と話していた怪現象。それがこのタイミングで発動したのか。初春はその記憶を掘り返しながら、ふとバッグの中で、何かが白く光っていることに気づき、それを取り出した。



330:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:16:18.95ID:oJDfpXxLO

「ッ、これ…………」

それはいつからか所持していた、白いカブトムシのキーホルダーだった。眩い光を放つそれを見た垣根は、目を大きく見開いたまま固まってしまった。

「……フッ、クハハハ……アハハハハハハハハハハハハハッ!」

大声で笑いだす垣根。全てを理解した者、証明を解き終えた者特有の快活さすら感じる笑いっぷりに、初春はたじろぎ、声をかけようとした。

その時、垣根は瞬時に初春との間合いを詰め、彼女の首根っこを掴んで玄関の柱に力強く押し付けた。衝撃により初春は枯れた声と唾を漏らす。視線の先には鬼気迫る顔の垣根と、地面に転がったカバンと荷物、そして、白く輝くカブトムシが見える。



331:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:19:26.18ID:oJDfpXxLO

「か、きねさん、何して……」

恐怖と混乱が頭を支配する中、何とか外へ絞り出した問い。垣根は怒気を打ち消すように笑う。だかそれは、今まで見せたことのないような邪悪さがこもった笑みだ。

「ハッ。何だよ。結局そういうことかよ。どこまでもお前は俺の邪魔をするってことだな。オイッ! 早く出てこいよ! 今ここに、助けを乞う女の子がいるんだぜ!」

垣根は叫ぶ。それはある種の慟哭のような声の荒げ方だ。初春は自分の首を締め付ける彼の手を握り、何とか引き剥がそうとする。

「なんなんですか! 一体、どうして、お願い。垣根さん! 止めて!」

掠れた声で哀願する初春。足をジタバタさせ、拘束を解こうとするが彼は微動だにしない。



332:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:27:10.69ID:oJDfpXxLO

「何も知らずにいれば、幸せなままだったろうに。初春。お前、薄々感じ始めてるんだろ? この世界の違和感によ。こうなった以上教えてやるよ。お前、俺と出会った時のこと覚えてるか?」

冷たい眼差しが、涙の滲んだ初春の瞳を突き刺す。

「出会った時のことって、それは、あのカフェで……」

「そうだ。お前と俺はあそこで出会った。この世界でも。そして、元の世界でもな」

元の世界。その言葉に、初春の脳裏に漂っていた違和感の霧が、少しず消滅していく。

「元の……世界?」



333:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:31:42.62ID:oJDfpXxLO

フラッシュバックする映像。10月9日、カフェのオープンテラス、御坂美琴に似た少女、パフェ、右手に大きなピンセットをはめた謎の男、そして、痛み。

垣根は言う。



「まだ思い出せないのかよ。『お嬢さん』」



そう。その男は、自分のことをそう呼んでいた。そして、その男は自分にこう尋ねて来ていた。



334:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:32:45.67ID:oJDfpXxLO




ー垣根帝督。人を探しているんだけどー





335:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:35:26.55ID:oJDfpXxLO

「……あな、た、は」

失われていた記憶が、元の姿を現す。それは、こことは違う別の世界の記憶。いや、本来の自分の中に根付いた、真実の記憶。



「私を、殺そうとした!」




完全に思い出した。目の前のこの男は、闇を憎み、太陽になろうとした不殺を誓うこと男は、かつて自分を殺そうとしていた。自分の肩を踏みつけ、支配者の笑みで自分を見下すその姿が、目の前の彼とリンクした。



336:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:43:53.28ID:oJDfpXxLO

「そうだ。俺はお前を殺そうとしていた。全部思い出したようだな。どんな気分だ? そんな男の味方になろうとしてたなんてよ! アアッ?! どうなんだよ?!」

垣根は初春の首を握る手に更に力を込める。初春は悶絶し、体を激しく揺らす。薄くなる意識の中で、彼は自分に問い続けている。それはどこか自棄を孕んでいるような勢いだ。

「、けて」

初春は何か言おうとする。蘇った記憶の中から、自分に笑いかける誰かが見える。彼女はもう、ちゃんと分かっている。それが一体誰なのかを。

初春は、叫ぶ。



337:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:46:02.29ID:oJDfpXxLO


「助けて!」




その瞬間、地面に転がった白いカブトムシの発光が増し、白い光の柱のようになった。垣根と初春はその方向へ視線を移す。

そして、光の柱の中から現れた人影が、垣根へと突進し彼を吹き飛ばした。垣根は数メートル先まで飛び、土埃を巻き上げて地面に転がる。初春は呪縛を解かれ、あうやく地面に落下しそうになるが、その体をそっと、白い腕が抱き抱えた。

「お待たせしました。初春さん」



338:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:47:04.66ID:oJDfpXxLO




この声。そしてこの感触。確かに覚えている。前にも同じ様に、彼にこうやって抱えられてた。朝日が完全に浮上し、黄金色を世界にもたらす。その光が、彼の姿を明確に、初春の視界に映し出した。





339:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/05(金) 19:48:07.39ID:oJDfpXxLO




「さあ。目覚めの時間です。帝督」






白き男。垣根帝督はそう宣言した。





342:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:17:33.64ID:Kg04rnJk0

…………………………。

彼女との日々は、彼にとってかけがえのない幸福な時間だった。彼女は彼の半身だった。共に学園都市の闇に立ち向かう同士にして、愛すべき者。大切な人。彼には彼女が必要で、そして彼女も彼を必要としていた。

また、時の流れはいつしか彼らの仲を男女のそれへと変えていき、作戦のない日は2人で街へ繰り出し、甘い一時を過ごしていた。

彼女の服も彼が新調し、羽衣のような白いレースのワンピースに、胴に茶色の細いベルトを巻き、同じ色のヒールを履かせることで、彼女の埋もれていた女性らしさを呼び起こさせた。彼女も最初は恥ずかしがっていたが、慣れていったのか彼と遊ぶ時は大体その姿になった。

そんな日々が2年と過ぎた。あいも変わらず、暗部との戦いを繰り返す毎日だったが、その中で彼は次第に焦りを感じていた。



343:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:27:48.93ID:Kg04rnJk0

一体いつまで戦い続ければ、この街の闇は消えてなくなるのか? 終わりの見えない戦いの中で次第に彼の精神は消耗していった。

一度見逃した敵がまた、同じような施設で同じような実験を行っていたこともあった。

救い出した子供たちの体内に小型爆弾が仕込まれていて、脱出と同時に敵に「爆散」されたこともあった。

自分のしていることを悉く踏みにじる暗部の「悪意」は、想像を上回る勢いで彼を蝕んでいった。



344:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:30:27.14ID:Kg04rnJk0

そして、それと同時に見過ごせなかったのが、彼女の体だった。

気づけば彼女の体には、治癒しきれない痛々しい傷跡がいくつか残っていた。元々無能力者で、重火器や近接戦闘を戦いの主とする彼女では、戦いの度に傷が増えて行くのも無理はなかった。

治療を施す際、苦しい声を上げたり、時には泣き叫び、地べたにうずくまる彼女を見るのは、彼にとって耐えられない光景だった。

何より、どんな激しい戦いの後も傷一つ負わない自分と、癒えぬ傷が増えて行く彼女を比較してしまい、いつしか彼の心は真冬のように冷たい罪悪に満たされて行った。



345:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:31:56.68ID:Kg04rnJk0

彼の憔悴を隣で見続けていた彼女は、3月のある日、彼を第21学区の小高い丘の上へと連れてきた。

既に日は沈み、前方には学園都市の眩い灯が広がっている。時々ここに来てるの。彼女はそう言って芝生に座った。彼も後を追うように座り、2人は夜景を見ながら語り出す。

ごめんね。私が弱いから、そんな風に心配かけちゃって。

彼女の言葉に彼は怒気を込めて止めろ、と言い換えした。そしてしばらく考え込んだ後、一言ずつ丁寧に、彼は彼女に伝えた。



346:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:33:31.12ID:Kg04rnJk0

もう、お前は戦わなくていい。大丈夫だ。俺1人で何とかするよ。

2人の間に流れる沈黙と夜風。彼女は、彼をただ見つめる。その透明で揺るぎない視線に、彼は目線を合わせることはできない。

そして、彼女は張り詰めた空気を綿で包むように笑った。

私は、何も傷付かずにアンタの側にいることの方がよっぽど辛いの。ずっと、一緒にやってきたじゃない。いいことだけじゃない。迷いも、苦しみも、味わうならアンタと一緒がいいの。



347:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:34:58.49ID:Kg04rnJk0

一瞬の曇りもない発言だった。彼は心にかけられていた重い鎖が緩むのを感じた。だが、やはりまだきつく、心に食い込んだ鎖の痛みは彼を更に不安に追いやり、それを解くために彼は質問する。

本当に、お前はそれでいいのか? 俺は超能力者だから、傷なんて何でもない。でもお前はーーー

そこまで言った彼の口を、彼女は人差し指で塞いで、その後に続けた。

知らねぇよ。そんなの。アンタ、そう言ってたでしょ?




348:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:36:24.79ID:Kg04rnJk0

彼女の笑みを見て、彼はもう疑うことを止めた。彼女は既に覚悟できている。自分が本当に恐れていたのは、今ここで怖気付いてしまったこの魂だ。彼はそれに気づき、彼女と同じように笑い、彼女を抱きしめた。

悪かったな。これからも一緒に、よろしく頼むぜ。

彼女は首を縦に振り、ええ。一緒に戦いましょう。と言った。

そこで、彼は彼女の背後のあるものに気づいた。それは、白いアネモネの花だった。



349:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:37:37.51ID:Kg04rnJk0


綺麗。




ああ。




互いの体が、そっと触れ合い、彼女は彼の方へ振り返る。


2人は微笑み、そして、何も言わずに唇を重ねた。永遠にも近い時間が、2人の間に流れた。



350:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:39:23.69ID:Kg04rnJk0

帰り道、無言の時間が長く続いた。合間に適当なことを話しては、まだ黙りった。それがもどかしくもあり、また幸福でもあった。

そうしそうしている間に2人は丘の麓まで降り、帰りのバスに乗った。車窓からの景色の灯りはまばらだったが、街の近くへと近くごとに輝きを増していった。2人はそれを眺めながら適当なことを話していた。バスはそろそろ、第4学区に差し掛かろうとした。

だがその時、バスの前方に、2台の黒いバンが現れ道を塞いだ。

運転手と他の乗客はざわざわとしたすが、2人は落ち着いて、自分たちを下ろすように運転手に頼んだ。



351:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 19:41:28.19ID:Kg04rnJk0

バスから降りた途端、8人の重武装の男たちが2人に銃口を向けた。後ろの方でざわめきが聞こえるが、2人は一向に気にしない。すると、バンの中から白衣を着た老年の研究員が現れた。

彼は思わず鼻で笑う。その老研究員は一度襲撃した組織のトップだった男だ。俺への復習が目的か? と彼は老研究員に聞いた。

彼は顔の皺と無精髭をにんまりと広げ、彼に宣言した。

それもあるんだけどね、そろそろ潮時かと思ったんだ。君の元に送った彼女が、どれほど君に影響を与えたのかを見るのにね。



352:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:20:36.92ID:Kg04rnJk0



「ずっと待ち構えてた、ってわけか」

土埃を払いながら、彼は立ち上がる。

「待ち構えてた、というのは少し違います。この世界に『移動』するのに時間を有しただけです。まあ、多少の干渉はできたので、あなたの行動も見させてもらいましたがね」

垣根は明瞭な声でそう言う。彼の腕の中の初春は、まだこの状況になれないのか戸惑いを隠せない瞳をしている。

「ハッ。そうかよ。それじゃあ、分かるよな垣根帝督。俺はさっさとこの世界を改変して『次』に行きたいんだよ。邪魔、しないでくれるか?」

彼は自分自身の名前を、目の前の男に向かって告げる。だがそれは、逆説的に相手の存在を認めないことを誇張する言い方だった。



353:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:22:02.30ID:Kg04rnJk0

「いいえ。そうはいかない。この世界での貴方を見ていて分かった。貴方は、ここで私が止めなければならない」

垣根の宣言に一切の迷いはなかった。

「垣根さん……私…………」

垣根は胸元の初春を見て、優しく笑い、彼女を地面に下ろした。

「分かりますよ。貴方だって、彼に募る想いがあることを。でも今は、彼がしようとしていることを止めなければならない。彼と話すのは、その後でよろしいですか?」

少ししゃがんで、自分にそう言ってきた緑の瞳をしっかりと見つめて、初春は頷いた。垣根は立ち上がり、もう本来の自分の方へと向かい歩き出す。



354:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:23:14.43ID:Kg04rnJk0

「結局、お前とはこうなる他にないか。覚悟しろよ、虫ケラ」

彼は迫り来る垣根を蔑んだ目で睨み、口元に笑みを貼りながら6枚の翼を広げた。垣根もそれに対して、同じく6枚の翼を背中から生やす。

「ようやく、この時が来ましたね」

垣根はそう言った後、少しだけ口元を緩めた。



次の瞬間、両者の距離は消滅し、拳と拳の激突による衝撃波が発生した。



355:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:24:33.30ID:Kg04rnJk0

「ッ!」

初春は後ずさる。そして両者は音速で朝焼けの空へ舞い上がり、この場から姿を消した。跡地に舞い落ちる羽の群れを見て、彼女は息を呑んだ。

「本当に、ようやくだな。クソッタレ」

後ろからの声に初春は反応し、振り返る。そこに居たのは、玄関から外に出てきた杖をつく白髪赤眼の男。その周囲には先ほどの激突の衝撃で目覚めた子供たちが何人か付いて来ている。

「第1位さん! あなたもこの世界に?」

初春の問いに、学園都市第1位の能力者、一方通行は気怠げにああ、と返した。



356:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:26:04.40ID:Kg04rnJk0

「初春の姉ちゃん。この人誰? 急に現れたんだけど」

「あれ? 垣根の兄ちゃんはどこに行ったの? ねえねえ、知ってる」

周囲の子供たちは彼の服の裾を掴み、執拗に質問を続ける。彼は軽くそれを払い、初春の横まで向かう。

「……私、ずっと思ってたんです」

横の彼の方には向かず、初春は語り出す。



357:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:27:01.67ID:Kg04rnJk0

「私を殺そうとした、本来の垣根さんとも、いつか向き合いたいって。叶わない願いなのは分かってました。でも、そうしないと、垣根さんのことが、いつまでたっても信じ切れない気がして、怖かったんですよ」

初春は一方通行の方を向く。

「あの人は、生きてたんですね。垣根さんは、それを知っていた」

一方通行はさっきと同じようにああ、と言った。



358:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:28:22.67ID:Kg04rnJk0

「俺があいつに聞いたんだよ。本来のお前はどこにいるって。あいつもあいつで、ウジウジとしてたようだからな。それでもあいつは自分の過去にケリ付けようとした。お前は、どうするつもりだ?」

一方通行は視線を彼女に移す。彼女の瞳は憂いを宿しながらも、迷わない決意を秘めている。

「答えるまでもないですよ」

返答を聞いた一方通行はしばし黙して、そして口を開いた。



359:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:29:12.37ID:Kg04rnJk0

「もっと早く、必要だったのかもな」

え? と初春は言ったが、直後に一方通行は彼女を両手で抱き抱えた。

「なんでもねェよ。さあ、後追うぞ」

一方通行は前方へ歩き出し、背中から4枚の竜巻状の噴出を発生させる。しかし、初春はあることが気になっていた。

「……第1位さん。腕、震えてません?」



360:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:30:54.82ID:Kg04rnJk0

自分を抱える細い両腕が頼りなく震えているのを背中から感じた初春はそう聞いた。彼の性格からして恐怖ではないことは分かる。つまり、物理的な問題だと初春は察した。

「アァ? 全然震えてねェよ。これくらい余裕だクソッタレ」

「あの、無理しなくていいですよ? 別に空飛ぶ以外にも移動方法があれば」

「大丈夫だつッてんだろ!」

瞳孔の開いた赤い瞳に睨まれ、初春は黙り込んだ。すぐ側で、全然行けるんだよ。と自分に言い聞かせるように呟く声を聞いて、思わず胸元で笑いそうになった。



361:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:32:11.43ID:Kg04rnJk0

(……垣根さん、全てを分かった今だからこそ、話したいことが山ほどあります。だからまずは、自分自身に負けないでください)

行くぞ。と声がして、その瞬間には初春の身体は空中に居た。

「しっかり掴まってろ」

彼の言葉通り、初春は身を固めた。



「ねえ。あれ何?」



362:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:33:28.57ID:Kg04rnJk0

11学区を流れる高速道路を運転する一台の乗用車。その助手席に座る8歳ほどの少年が、バックミラーをじっと見ている。少年の父親は自分側のミラーを覗き込んだ。

「ッ! な、何だ?」

そこには6枚の翼を掲げた2人の男が、互いに接近しては一撃を加え、一進一退の攻防を繰り返しながら、高速の上空を前進している光景だった。父親は思わず見とれたが、すぐに前方の運転へ意識を向け、アクセルを踏んでスピードを早めた。

「映画の撮影かな? 2人とも凄い能力だったね」

「あ、ああ。かもな。やっぱり学園都市は凄いよ」



363:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:35:04.42ID:Kg04rnJk0

引きつった笑顔で父親は答えた。そして、本当にこんなところに息子を預けていいのだろうか、としばらく思索していた。

一方、上空の2人の男。翼だけではなく、容姿も瓜二つの男たちは、張り詰めた表情で、時には笑みを浮かべながら激突を繰り返している。両者の違いと言えば、片方は蝋人形のように真っ白な身体と、人工的な緑色の瞳をしているくらいだ。

「さあ垣根帝督! 遊んでやるのもこの辺にしといてやるよ! こんな戦いはさっさと終わらせたいもんでな!」

「来るがいい。貴方の全力を受け止め、その上で貴方を超えてみせます。帝督」

彼らは互いに、同じ名前を呼んだ。



364:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:36:33.75ID:Kg04rnJk0

「抜かせ。本来なら、お前如き既に世界改変で存在ごと消したはずだった。だがこうして目の前で生きていることと、改変の能力が封じられたことを考えると、別の方法で攻めた方がいいらしいな」

冷静な瞳の奥に憎悪をちらつかせ、彼は垣根を見、そして右の掌を翳した。




次の瞬間、垣根の身体の左半分が吹き飛んだ。



365:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:38:31.60ID:Kg04rnJk0

「グアッ!?……」

彼は驚き、バランスを崩して地面への落下を始める。しかし途中で半身を再生させながら、体勢を立て直し、再び上昇を始めようとした。

「無駄だ虫ケラ」

間髪入れず、見えない一撃が垣根の右腕を吹き飛ばし、続けて胴体を真っ二つに切り裂いた。損壊した箇所の周囲にひびを入れながら、上半身だけになった彼は落下する。身体の半分が再生途中の彼の姿は、まるで制作途中で放り出された粘土細工のようだ。

「……なる、ほど。貴方のその力、純然たる魔神のものではないらしい」



366:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:44:40.83ID:Kg04rnJk0

落下しながら垣根は呟き、一気に全身を再生させた。翼をはためかせ、高速の高架下を潜り抜け再び前進する。背後から追跡してきている彼を少し振り返る。

「まあな。本来の魔神の力、何てものは流石に扱いきれる代物じゃねぇ。だから俺は、全体論の超能力に魔神の力を組み込んだ」

全体論の超能力。マクロの世界を歪めることによりミクロの世界に影響を及ぼすという、軍神の槍の創造にも用いられた新たなベクトルの超能力理論。垣根は船の墓場で、彼がこの理論について少しだけ触れていたことを思い出した。

「この全体論にはある特徴がある。マクロを変化させ、ミクロに影響を及ぼすのがこの理論だが、その影響は時間軸を超えて発動できるんだよ。俺はこれを利用し『過去を改変した』。すなわち、軍神の槍で制御した魔神の力でマクロの世界を歪め、過去の一瞬に干渉し、バタフライ効果で世界を作り変える。これが世界改変の真相だ。そして今は、『5秒前のお前』に干渉して、攻撃を加えている」




367:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:46:47.23ID:Kg04rnJk0

彼は笑う。

「過去への攻撃を防ぐ手段なんてものはない! 例え第1位のベクトル操作だろうと、演算する暇もない概念上の攻撃を反射するなんてできやしねぇだろうかな!」

彼は再び手をかざし、5秒前の垣根に遅いかかる。陽炎のように全てがぼやけた世界。右腕は崩れ、上半身だけになった垣根の首を切り落とそうと、彼は翼の一枚を垣根に振り下ろした。




だがその時、存在していないはずの垣根の右手が、彼の攻撃を受け止めた。



368:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:53:27.00ID:Kg04rnJk0

「これが貴方が、修羅の果てに掴んだ力ですか。だとしたら、余りにも悲しい。この翼の先から伝わってくるのは、貴方の幼稚さと、深い嘆きだけだ」

垣根は彼を見据えてそういった。気づけば世界は視界のはっきりとした、現在の世界だった。彼は翼を元に戻し、舌打ちをした。互いに高架下から再び上空に舞い上がり、彼は垣根に言う。

「何をしたんだ?」

「気づいたんですよ」

垣根は自分の真っ白な掌を見つめる。


「こんな身体になったからこそ、分かったことがたくさんあります。未元物質とはどこから来たのかというのも、その1つです。貴方も一方通行との戦いで少し分かっていたようですが、まず前提として、この能力と、そして一方通行は虚数学区の制御のために作られたものだ」



369:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:55:46.91ID:Kg04rnJk0

虚数学区。学園都市の能力者たちが発生しているAIM拡散力場を集合させ、出来上がった人工的な異世界。かつて純粋な人間だった頃の自分を完膚なきまでに叩き潰した一方通行の黒い翼を見て、垣根は虚数学区の意味と、自分の役割というものを察していた。

「そこまでは分かっている。だから俺はあの時、AIM拡散力場の流れを操作し、未元物質の出力を最大限まで上げた。だがそれでもあの黒い翼には敵わなかった。あれはAIMだ虚数学区とかで表せる代物じゃねぇ」

かつての敗北を思い出しながら、彼は言う。

「その通りです。彼の翼は虚数学区のその先の次元から引用したものだ。その次元こそが、未元物質の起源なんですよ」

彼の目元が僅かに震えたのを見て、垣根は一拍を置いて続ける。



370:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 22:58:17.91ID:Kg04rnJk0

「帝督。貴方も魔神の力に触れたものとして分かるでしょう。私たちのいるこの世界は、様々な宗教の世界をモチーフとした『位相』というフィルターが重なりあい出来ている。この位相越しに私たちは世界の全てを認知している。だが、その位相に頼らない、本来の世界というものがあります。『真の科学の世界』と呼ぶべき、真っさらな世界が」

垣根は明瞭な声で、彼に告げた。




「未元物質とは、そこから来た物質だ。純粋な物理法則のみが支配する世界。その世界を支える素粒子こそ、この未元物質だ」




彼はその真相を聞き、一瞬小さな声を漏らしたが、すぐに納得したかのような口を結わえた。僧正から魔神の力を読み取ったあの時から、どんな魔術にも根付いていないこの力の正体がそういうものであることを、薄々感づいていたからだ。



371:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:02:21.03ID:Kg04rnJk0

「そして帝督。まだオリジナルの肉体が残っている貴方とは違い、私は全身を未元物質で構築している。つまり、私という存在は、『真の科学の世界そのものと結合している』と言えませんか?」

彼はそこで目を凝らした。目視数メートル先の垣根の6枚の翼が、根元から眩い銀色に染まっていっているのだ。

「真の科学の世界とは『法則』の世界。私は私を基準として、真の科学の世界をこの世に拡張し、あらゆる法則を自由に塗り替えることができる。『法則の制御』これが未元物質の本質だ。そして、この段階に達したものを、学園都市ではこう呼んでいる」

垣根は微笑を浮かべ、言った。



372:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:03:11.13ID:Kg04rnJk0




「絶対能力者。レベル6と」





373:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:13:16.88ID:Kg04rnJk0

言い終わったと同時に、垣根の翼は銀色に染め上がり、鈍い光を周囲に放った。あらゆる色を内部に詰め込んだように、怪しく光るそれの周りには青いオーラのようなものが揺蕩っている。

「……ハッ。なるほどな。俺の世界改変の影響を受けなかったのも、その真の科学の世界とやらに自分の存在と、第1位のクソも一緒に避難させてたってことか。この世界に拡張できるってことは、その逆もできるだろ」

「ええ。そしてこの世界と、真の科学の世界を隔てる『門』の役割を果たしているのが、虚数学区です。しかし何分慣れていませんから、虚数学区を通しての移動の際に、多少強引な演算をしてしまいましてね。学園都市全体のAIM拡散力場に多少の乱れを生み出してしまいました」

「それがここ最近のチンケな事件の正体ってわけだな。やれやれ。こいつは困った。全ての法則を制御。レベル6、ねぇ。そいつは少し厳しいーー」

垣根の圧倒的な能力の説明を聞いても尚、余裕げな表情と口調を崩さない彼は、口調を荒げていった。



374:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:15:59.14ID:Kg04rnJk0

「なんて思うわけねぇだろ!!!」

彼は再び5秒前の垣根に向かい、攻撃を仕掛けた。今度は逃げ場のないよう翼を縦横無尽に動かし、あらゆる角度から執拗に、垣根を切り刻もうとする。先ほどと同じように攻撃は途中で無効化され、再び現在の時間軸に戻り、垣根は高架下の柱の間や、その下の道路を通る車の頭上ギリギリを飛行し全て交わした。

「ッ!」

はずだった。垣根は左手を見ると、肘から先が切断されていた。彼はすぐさま腕を再生させ、自分の上空を飛ぶ彼を見上げる。

「全ての法則を制御する。確かにそれを自在に行えるってんならお前は『無敵』だよ。だが最大の弱点は、お前本体に明確な自我があることだ。かつて俺の悪意の抽出体が、未元物質の全能性に飲み込まれて自滅したように、何も考えず世界を拡張させ続ければお前の意識はいずれ薄れていき、消滅する。だろ?」



375:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:28:08.23ID:Kg04rnJk0

彼は悪意のある笑みで垣根に尋ねる。

「現に今、俺の世界改変を防ぐためにこの世界のどこかに真の科学の世界を拡張させているようだが、その分お前のキャパシティは消費されている。お前の周囲にまで連続して拡張できる時間は、10秒もないってところか。悲しいなオイ。せっかくの無敵の能力なのに、お前の存在そのものと演算能力がまるで追いつけていねぇ」

流石自分だと言わんばかりに垣根は肯定の笑みを浮かべた。

「ええ。実際、本物のレベル6には到底及んでいません。その最も近いところに辿り着いただけです。完璧な制御のためにはまだ時間がかかります」

だが、と垣根は言う。



376:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:30:29.56ID:Kg04rnJk0

「これで貴方と、対等に渡り合える。それだけで十分だ」

対等。その言葉が気に食わなかったのか、彼は余裕の表情の中に黒く濃い怒りの雫が混ざり込んだような顔をした。

「しかし位相の話を持ち出すとは。どうやらお前の未元物資の覚醒には、また別の誰かが噛んでやがるな?」

垣根の質問に、彼はええ、と答える。




「とあるヒーローと、その仲間たちに助言を頂きましてね」




377:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:32:10.28ID:Kg04rnJk0



「そっか……フィアンマから名前聞いた時は思い出せなかったけど、あんたのことだったんだな。でも、よく俺の家分かったな」

「カブトムシさんとして、学園都市中にネットワークを広げている私にとって匿名性というのはあまり意味を成しませんから」

「……なんか、ちょっと怖いな」

心配せずとも、悪用する気などありません。と垣根は上条に返す。彼らがいるのは第七学区。上条当麻の暮らす寮の一室だ。



378:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:34:37.92ID:Kg04rnJk0

時は遡り、垣根が船の墓場へと向かう前日の夜。一方通行と別れた後、彼は以前学園都市の上層部から受け取ったある指令を思い出していた。

船の墓場から脱走した魔神オティヌス。そして上条当麻の抹殺。

以前、上条とはとある事件で共闘をした中だった。あれ以降会っていないのだが、あの指令からして彼は船の墓場を一度経験している存在だ。それに、自分の領域外の非科学についても詳しいはず。現地に赴く前に、彼らの元を訪れてみようと思い、垣根は彼の住む寮まで向かい、こうして彼と話している。2人の同居人たちと共に。

「だがあそこで捻り潰してやったあいつの片割れが、お前のような男だとはな。少し意外だ」



379:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:36:23.12ID:Kg04rnJk0

上条の右肩に乗った15センチほどの小さな少女にして、元魔神オティヌスはそう言った。絵本の中の魔法使いが被っているような巨大な帽子。露出度の高い装飾の上に羽織ったマント。右目を覆う眼帯。姿だけ見れば、かつて世界を混乱に陥れた大規模な組織のボスだと到底思えない。垣根はそう感じた。

「それで、お前は一体何を聞きに来たんだ?」

オティヌスは垣根に聞いた。

「オティヌスさん。かつて船の墓場を使っていたものとして聞きたい。あそこで悪用されて困るようなものは、ありますか?」

垣根の問いに、オティヌスは少しの間宙を見て、そして答えた。



380:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:37:38.49ID:Kg04rnJk0

「私たちが軍神の槍の精製に使った、演算装置の群れがそのままだ」

軍神の槍。垣根はその物騒な言葉をリフレインする。

「私が魔術の神として、世界に混迷をもたらしたのは知っているな? 私は自分の魔神としての力を完全にコントロールするために、奴の能力を用いてその槍を作ったのだ。その際、複雑な演算を補うために島に漂流した様々な機材を並列に繋げ、演算装置を作り上げた。恐らく、今でも使おうとすれば使えるはずだ」

オティヌスの言葉を聞き、垣根は再び上条の方を見る。

「そして、先ほど教えて頂いたように、上条さんの知り合いのフィアンマさんは船の墓場で彼に会い、未元物質を受け取ったと。そしてそれを魔神との戦いで使用した」



381:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:38:51.48ID:Kg04rnJk0

上条はああ、と答える。垣根はしばらく考え込み、そして口を開いた。

「もしかすると、魔神の力を未元物質を用いて読み取り、再現しようとしているのかもしれません」

その言葉を聞いた上条とオティヌスは、にわかにも信じられないといった表情をした。

「垣根。お前、魔神っていうのを分かってないだろ。あいつらは『神』なんだよ。再現なんて、簡単にできるもんじゃないぞ。だろ? オティヌス」

オティヌスは首を縦に降る。それは自身の体験上、この上なく理解しているということが伝わる頷きだった。



382:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:40:52.73ID:Kg04rnJk0

「私は化学側の者ですから、魔神というものの凄さを理解し切れない。でも、貴方たちの顔を見ていればそれは何となく伝わります。だが、今話しているのは可能性の話だ。そして、貴方たちも分かってないでしょう。未元物質という能力が、どれだけの可能性を秘めている能力か」

垣根の返答に、2人は言葉に詰まった。上条はベットの方に向く。

「お前はどう思うんだよーーー




インデックス」




彼らの話を黙して聞いていた、白い修道服を身にまとった銀髪碧眼の彼女は、そこでようやく口を開いた。



383:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:42:09.72ID:Kg04rnJk0

「ていとく。あなたは、もしもう1人のあなたが魔神の力を再現できていたとしたら、何か対策を考えているの?」

「……私が予感している、未元物質の『ある可能性』の仮説を立証できれば魔神の力と拮抗するのは不可能ではない、と考えています。だが、それにしても私は魔術というものを余りに知らなさすぎる。だから、今日こうして貴方たちを訪ねたのです」

インデックスの質問に垣根はそう返した。互いの碧眼が、同一線上に並ぶ。

「私の頭の中には、10万3000冊の魔道書の知識が詰まっている」

彼女は神妙な面持ちで語る。



384:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:43:46.30ID:Kg04rnJk0

「この魔道書の知識を全て習得したものは、魔神にも等しい力を震える。でも、魔道書の原典っていうのは並みの魔術師じゃ扱い切れず、精神を崩壊させるような危険な代物なんだよ。まして、ていとくのような化学側の人間が、そんなことしたらどうなるか、想像に難くないんだよ」

インデックスの言葉に、上条とオティヌスは焦ったような顔をした。

「お、おいインデックス。お前まさか……」

「とうまは黙ってて」

上条の言葉を遮り、彼女は垣根を見据えた。



385:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:45:27.32ID:Kg04rnJk0

垣根はしばらく無言で彼女を見、そして彼女の額に手を触れた。

「ッ! おい垣根!」

上条は声を荒げる。垣根の身体は小刻みに震え出し、時間が経つにつれ、体の至る所に細い亀裂が走りだす。インデックスは目を閉じたままだ。上条とオティヌスは最悪を予感しつつも、これ以上何かを言おうとはしなかった。

緊張が走る空間の中、ある程度時間が過ぎていくと、変化が起こった。垣根の身体の振動が止み、全身の亀裂も徐々に再生していっている。

そして、インデックスの額に手を触れて10分程経った時、垣根は手を離し、ふう、とため息をついた。



386:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:48:27.19ID:Kg04rnJk0

「……なるほど。これでどうやら、私の考えていたことは正しいと証明された。インデックスさん。ありがとうございます」

垣根は乱れた髪を少し整え、彼女に礼を言う。彼女もまた、安心した表情で言った。

「本当は、こんなこと危険過ぎて絶対に承諾できないって思ってた。でも、ていとくの顔を見ると、断れなくなっちゃったんだよ。でも、本当によく耐えれたね」

垣根は疲労の読み取れる笑顔で、彼女の心配に答えた。

「能力者の脳の構造は、魔術と相成れることはない。それは分かっていました。ならば、『脳の構造を魔術に耐えられるように変換させ』れば、魔術にも耐えられる。そう思ったので、実行に移したまでです」



387:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:52:49.69ID:Kg04rnJk0

疲れ混じりの笑顔で語る垣根に、一同は呆気に取られた顔をした。科学と魔術の両立。それをいとも簡単に成せる能力。目の前のこの男は、明らかに「ヒト」の領域を超えている。皆はそう思った。

「すげぇ能力だな。お前のそれ」

「ええ。常識が通用しないのが売りなので」

上条の感想にそう答えて垣根は立ち上がった。

(……この世界に幾重にも重なる位相。そして、その最下層に位置する純数な科学の世界。この未元物質の起源は、そこから来たというわけか。おそらく、一方通行の翼もそうでしょう。とにかく、アレイスター。私も、そして彼も、貴方の思い通りにはならない。この力は、私のものとして使わせてもらう)



388:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:55:55.32ID:Kg04rnJk0

「おい垣根」

思索を巡らせていた垣根に、上条が横から入ってきた。

「お前、もう1人の自分と決着付けに行くんだよな」

ええ。と垣根は答える。

「俺の話になるんだけどよ、前にこいつと戦って、その時俺は、自分の弱さって奴をことごとく思い知らされたんだよ」

上条は肩に乗ったオティヌスを指差す。彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。



389:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/16(火) 23:57:39.42ID:Kg04rnJk0

「だからこそ言えるんだけど、自分の意義や存在なんてのは、そう簡単に分かるもんじゃねぇ。掴めたと思ったら、それは幻想みたいにすぐに壊れちまうことだってある。オティヌスだってそうだった。自分の存在意義を生み出すため、何度も何度も世界を改変した」

上条は左の人差し指でオティヌスの帽子を突く。彼女は少し顔を赤らめて俯いた。

「でも、そうやって悩んだ末、オティヌスは俺の幻想殺しで作り上げてきた世界を壊し、この世界で罪を償うことを選んだんだ。垣根。悩んだ末の答えってのは、正しいかどうかじゃねぇんだ。そうやって絞り出した答え。それが今のお前そのものなんだ」

上条は右手を差し出す。



390:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/17(水) 00:01:31.60ID:XGeWYfVo0

「お前のその答え。誰がなんと言おうと俺は肯定する。お前は垣根帝督の一部ってだけじゃない。悩み、覚悟し、前に進める、ただのカッコいい奴だよ。だから、負けんじゃねぇぞ」

上条の言葉に、垣根は小さく笑った。その後彼と握手を結ぼうとするが、寸前で手を引き下げる。

「貴方の右手と、私の身体は相性が悪い。残念ながら握手はできません。その代わり」

垣根は拳を握り、右腕を手前に差し出す。上条ももそれに答えて右腕を構え、2人は力強く互いの前腕をぶつけた。



391:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/17(水) 00:03:16.06ID:XGeWYfVo0



(上条当麻。貴方は紛れもない、本物のヒーローだ。残念ながら私は、貴方のように強く、真っ直ぐ生きることはできない。能力に存在の全てを飲み込まれ、今にもかき消えそうなちっぽけなこの自我を、何とか保とうとしている哀れな私では)

垣根は翼を震わせ思い切り浮上し、高速道路と、もう1人の自分を上空より俯瞰する。

(それでもいい! 今の自分が、どれだけ惨めだろうと、滑稽だろうと構わない! 誰からも認められなくてもいい! 私自身が、誰よりも分かっている。私は垣根帝督だ。垣根帝督として、貴方に立ち向かって見せる!)

垣根は自分自身の過去へ向かい、特攻し、叫ぶ。



392:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/17(水) 00:05:33.21ID:XGeWYfVo0

「帝督うううううううううううううッ!!!」

激しい翼の烈風が彼を包む。彼は小賢しいと言った表情で、同じように烈風を生み出し相殺させる。爆風が周囲に発生して高速道路の一部に切れ目を入れた。

「そんなに俺のことが目障りかよ! 俺さえ消せば、自分が穢れのない真のヒーローにでもなれると思ってんのかあッ?! つけ上がんじゃねぇよ虫ケラ! お前は未元物質で出来たただの人形だ! 何の過去も苦悩もねぇ、スッカスカの偽善者なんだよ!」

「黙れ! 私は垣根帝督だ! 誰が何と言おうと、垣根帝督なんだ! 垣根帝督として、貴方と向き合い、貴方を救わなければならないんだ!」

「その臭ぇ口を今すぐ閉じろ。俺を救う、だと? とことん俺をムカつかせるのが得意なようだなテメェは。俺を救うのは俺だ! 俺は俺自身の力で自分を救うため、学園都市のクソ共や魔神のブタ女にゴミみてぇに扱われながらもこの力を手にしたんだ! 誰も手もいらねぇんだよ! ましてやテメェなんかなあ!」



393:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/17(水) 00:06:47.88ID:XGeWYfVo0

やがて2人は巨大な円状のインターチェンジに辿り着き、その中央を貫くように流れる直線の道路上へ着地した。四方から流れてくる道がこの一点で結び目のように絡み合い、上空から見下ろせばまるで一種の幾何学的な模様のようになっている交差地点だ。

「ここでケリつけるぞ」

彼はそう言って、手を上にかざす。すると、インターチェンジの周りを囲むように、透明な虹色の壁が発生し、一切の車の横行を遮断した。

「これで邪魔も、無駄な犠牲も発生しねぇ。悪ぃな。お前らもそこで見学してろ」



394:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/17(水) 00:08:11.40ID:XGeWYfVo0

彼がそう言った直後に、上空から1つの白い影が虹色の壁の前に降り立った。垣根は振り返る。

「一方通行! 初春さん!」

第10学区から跡を付けてきた一方通行と、彼の腕に抱かれた初春。初春は彼の手を離れ、路上に降り立ち、垣根ともう1人の彼を見つめる。

「……いろんな恨みも辛みもあるだろうな。何にも知らねぇお前をいいように利用したんだからよ」

彼は無表情でそう言う。



395:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/17(水) 00:09:26.67ID:XGeWYfVo0

「そうですね。私はあなたのことを何も知らなかった。だから、ずっと知りたかったんです。あなたのことを。約束してください。この戦いが終われば、全てを打ち明けてくれるって」

初春の言葉に、彼は少し口元を緩め、ため息と共に返答した。

「そいつは、できねぇ相談だ」

言い終わった瞬間、初春の足元から蚕の糸のような白い繊維が現れ、彼女を内部へと封じ込め、外壁を固め出した。数秒も経たぬうちに、繭状の白い塊が生まれ、宙に浮かんだ。

「彼女に何をしたんだ」

一瞬の出来事に目を奪われた垣根は、怒気を孕んだ声で聞く。



396:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/17(水) 00:11:09.00ID:XGeWYfVo0

「俺のことが知りたいようだから、今すぐ教えてやるんだよ。あの繭の中で、あいつの意識と俺の過去の記憶をリンクさせ、実際に見てきてもらう。そっちの方が分かりやすいだろ。全てを見てきたら分かるはずさ。垣根帝督の嘆きも、そして、どうしても乗り越えられなかった絶望もな」

どうしても乗り越えられなかった絶望。その言葉が、垣根はこの世界を真の科学の世界より眺めていた時から感じていた疑念と絡み合い、1つの過程を口にさせた。

「帝督、貴方ひょっとして」

垣根は言う。




「『2回目』なのですか? この世界は」




399:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 19:10:29.01ID:fsa7eMrFO

…………………………。

夜風の冷たさが無に変わるまで、彼女は走り続けた。それは悪魔に取り憑かれたような必死さを思わせる逃走。ヒールの足は折れ、全身を汗が侵食する。疲労と、狼狽の生み出す汗だ。

彼女は第4学区の食品倉庫街に辿り着いた。そこで足を休め、倉庫の壁にもたれ、夜空を見上げながら座り込んだ。

気が済んだか?

静寂を突き刺した声。右へ振り向くと、自分を追いかけてきた男が悲しげな顔をして立っていた。いや、彼からすれば今まで自分を出来る限り遊ばせてやっていたのだろう。学園都市第2位の能力を持つ彼は。



400:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 19:12:00.48ID:fsa7eMrFO

第21学区から第19学区へと帰宅するバスに乗っていた時、突如バスを塞ぐように現れた黒塗りのバンたち。そこに乗っていた学園都市の暗部の面々から告げられた真実は、あまりに残酷なものだった。

ずっと、自分の側に居た彼女の正体。それは自分を陥れるために遣わされた暗部の人間であった。

その事実を聞いた瞬間、彼の内部で安定していた何かがゼリーのようにぐちゃぐちゃになり、冷や汗と引きつった笑顔を顔に浮かべさせた。そんな彼を見た彼女は、手提げのバックの中に隠し持っていた手榴弾をバンに向かい投げた。明らかに相手を殺す気の攻撃に、周囲は一斉に身を伏せ、そして爆発が周囲を包んだ。

垣根が覆っていた腕を上げると、燃えるバンと地べたにひれ伏した暗部の一員が見えた。だがどこにも彼女の姿が見えない。彼はすぐに捜索を始め、そして今に至るわけだ。



401:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 19:13:28.72ID:fsa7eMrFO

彼女は目の前に現れた彼を見るや否や、立ち上がりまた逃げようとした。しかし一瞬で間合いを詰められた彼に後頭部を握られ、そのまま地べたに叩きつけられた。

それでも彼女は逃げ出そうとしたが、右耳すれすれのところにダンッ、と音を立てて足が振り下ろされたのを見て、一切の身体の動きを止め、仰向けになり彼の方を見た。

最初から、俺をはめる気だったのか?

夜の外気に晒された薄い鉄板のような声が、彼女の耳元に届く。彼女はゆっくりと、首を縦に振った。彼の顔は、より濃い絶望に染まったが、一縷の希望の色はまだ潰えてなかった。



402:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 19:15:41.78ID:fsa7eMrFO

全部、嘘だったのか?

彼の口から、次々と言葉が漏れる。

仲間を研究員共に殺されたってのも、この街の闇が憎いってのも、俺と、俺と過ごした時間も、俺に着いて行くっていったのも、あの笑顔も涙も、全部嘘だったのか? 全部、俺をはめて、殺すためだったのか?

脳内に押し寄せ、溢れてくるこれまでの記憶が彼の顔を苦痛に彩っていく。俺を騙していたのはいい。ただ、あの日々のどこかに、欠片でも本物があってほしい。そんな切なる願いで、彼の胸は満ちていった。

それはーーー

彼女は答えを、口にしようとした。




403:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 19:16:22.58ID:fsa7eMrFO




だがそれが彼に届くことはなかった。突如轟いた銃声と、前方から飛んできた銃弾により、彼女の頭蓋は破裂しアスファルトに脳髄を撒き散らしたからだ。






404:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 19:19:53.23ID:fsa7eMrFO

彼は虚無の表情で前方を見た。先ほどの特殊部隊の面々と、彼らに囲まれた老研究員がこちらにやってきた。

いやあすまない。君に心を許したと仮定して、とりあえず殺しておいたよ。実に残念な結果になってしまった。まあいいか。では、私はまた研究に戻らさてもらおう。

無言で立ち尽くす彼を余所に、彼らはこの場からの撤退を始めた。視界に映るその背中越しに、彼の中で押さえ込んできた感情の渦が表層に湧き上がってくるのを感じた。

後悔。

嘆き。

絶望。

怒り。

まごうことなき殺意。




405:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 19:28:02.28ID:fsa7eMrFO

彼はもう一度足元の彼女の亡骸を見つめた。抉られた脳髄。頭蓋の破片。どくどくと溢れる血。その生気なく開いた目に、自分の視線が重なった。

それが、完全に限界を超えた瞬間だった。目の前が充血し、赤く濁る。頭がたった1つの感情に支配され、他の全てが遮断される。自分の声すらも、一体何を言っているのか分からない。ただ、言葉にならない何かを叫んでいるのは事実だ。

彼の背中から6枚の翼が展開し、前方の連中に向かい突撃していった。

……やがて彼の感情が少し落ち着いてきた時、辺りが一面血と屑肉の海になっていることに気づいた。かつてそれが9人の人間だったことなど分からないほどの、完璧な虐殺の後がそこにあった。彼は自らが生み出した地獄絵図の中で、取り返しのつかない後悔に打ちひしがれた。



406:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 22:53:47.15ID:CRa50LqO0

ついに砕けてしまった。心に突き立て続けていたものが折れてしまった。もう、自分は、堂々と光をその身に浴びれない。

彼は血だまりの中で地面に膝をつき、頭を抱えてうな垂れた。圧し殺すような声と、赤い地面に落ちる透明な雫の音だけが、空間に響いた。

ここは地獄だ。彼はそう思った。

しばらくして、彼は立ち上がり、振り返る。愛していた人の亡骸。その方向へ彼は歩き出し、彼女が手にしていた鞄をまさぐり、その中にあった拳銃を取り出し、懐にしまい、遺体に一瞥をしてまた歩き出した。



407:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 22:55:59.64ID:CRa50LqO0


これでもう、耐える必要はなくなった。




彼はそう思った。自分は元々こっち側の人間なんだ。今まではそれに抗おうとしていたが、何の結果も残せなかった上に愛する者を亡くしてまで、それを貫くつもりはない。奥底に眠っていたどす黒い重油をサルベージした彼は、涙の跡を拭き取り、冷酷に笑った。

やることは変わらない。この街をあるべき姿に正す。これ以上、学園都市が自分のような人間を生み出さないようにする。

だが、もう手段は選ばない。必要とあらば、アレイスターが手招きした暗部組織であろうと率いてやる。邪魔をしようとする奴は、例え光の住人であろうと容赦しない。

自分だけの現実を、そのように構築し直した彼は、純白の6枚の翼を広げて夜空へと飛び立っていった。跡地に舞い落ちた羽の群れの一枚が、彼女の亡骸の上にはらりと落ちた。



408:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:00:29.85ID:CRa50LqO0

…………………………。


「……………………」

その光景を、棒立ちで見つめている人物がいた。それは本来ここにはいるはずのない者にして、これまでの彼の、垣根帝督の記憶を巡礼してきた者だった。

「これが、垣根さんの過去……」

彼女は、初春飾利はそう言った。彼に招かれ記憶の世界に落とされた彼女は、その終着地点にたどり着いたのだ。



409:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:02:07.86ID:CRa50LqO0

彼女は全てを見てきた。両親に見捨てられ、誰も信じることができなかった幼年時代。

学園都市に招待され、強大な力を手にした代わりに非人道的な実験の餌食になり、人格を悪意に侵食されていった少年時代。

自らの悪意と、この街の不条理に立ち向かおうと、愛する者と共に戦った青年時代。

そして、目の前に訪れた、その末路。




「……だが、まだこれで終わりじゃねぇ」



410:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:03:34.67ID:CRa50LqO0

背後からの声に初春は振り返った。そこにいたのは、自分を殺そうとした方の『現在』の垣根帝督だった。

「……終わりじゃ、ない?」

初春は彼の言葉を繰り返す。

「これから先はお前の知っての通りだ。邪魔者は容赦なく殺す、外道の完成だよ。そして、外道は外道らしく惨めに殺され、そこで人生を終えるはずだった」

彼は自分の掌を見つめる。

「だが分からねぇもんだ。紆余曲折を経て、俺は非科学の神の力の一端を手にし、過去をも変えることができるようになった。この力を手に入れて最初に考えたのは、学園都市のことじゃなかった」



411:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:04:55.09ID:CRa50LqO0

彼は顔を上げ、初春と視線を合わした。

「あいつが、最後に一体何を言おうとしていたのかってことだ。それだけは、どうしても知りたかった」

彼は手を初春に差し出す。

「知りたいか?」

初春は微かに震えながらも、前に歩き出し、彼の手に触れた。




視界が徐々にホワイトアウトし、次の世界へと移り変わる。



414:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 22:52:10.23ID:Qg6wUMEH0

彼の6枚の翼が黄金色に染まり、その表面から斑のように浮かび上がった無数の光線が垣根に向かい、発射された。

垣根は飛行しながら、周囲を円状に囲む2段の高速道路の間を潜り抜け、回避する。光線が高速の支柱を次々に破壊し、ドミノを崩すように高速はひしゃげていった。

垣根はその勢いのまま彼に突撃する。光線は未だ止むことなく発射されているが、それは垣根の半径2メートルに侵入した瞬間に背中の銀色の翼に吸収されていった。彼の光線を吸収した翼は一気に肥大化し、彼を切り裂こうと襲いかかる。

しかし彼は笑い、手をかざす。すると垣根の翼はサイコロステーキのように細切れになり、彼に届く前に瓦解した。




415:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 22:53:30.53ID:Qg6wUMEH0

「無駄だ!」

すかさず垣根は破片になった翼を自分の掌に凝縮し、全長10メートルほどの長刀を作り上げる。それを握り締め、彼に向かい振り下ろす。

「チッ!」

彼は左側の3枚の翼でそれをガードした。だが翼は木綿を裂くようにバッサリと切られ、彼は体勢を崩し落下する。

彼は落下の途中、垣根に向かい手を翳した。その瞬間、垣根の身体を包囲するように8本の軍神の槍が現れ、瞬く間に突撃したそれが垣根の身体を滅多刺しにした。

「グッ……」



416:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 22:55:01.01ID:Qg6wUMEH0

「くたばれクソが」

彼は道路上に膝を付き、垣根にそう言った後広げた掌をグッと握り締めた。

すると垣根の頭上に高層ビルほどの高さの軍神の槍が現れ、釘を打つように垂直に降り落ちた。槍は道路上をえぐるように突き刺さり、垣根の姿は跡形もなくそれに押し潰される。

彼は立ち上がり、モニュメントのようにそびえ立つ槍を眺めた。




417:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 22:57:44.01ID:Qg6wUMEH0

その槍の中心部が、小さくひび割れた。

「ッ!」

見る見ると槍はひびの発生した中心部から白く染まっていき、全体が真っ白になった瞬間、大きな音を立てて崩壊した。

崩れ落ちる白い破片の豪雨の中から、銀色の翼を震わす垣根がこちらに接近してくる。彼はそれに構えようとした。

だがその時、強烈な重力の魔手が体に襲いかかり、思わず彼は膝をついた。

「グッ、セコいマネしてんじゃ」

彼は何とか立ち上がろうとするが、その瞬間、ピアノ線のような煌めきを放つ白い繊維が彼の身体の至るところに巻きつき、彼の動きを封じ込めた。



418:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 22:59:28.68ID:Qg6wUMEH0

「そこは私の制御下だ。無駄な抵抗は止めて頂こう」

垣根はそう言い、拳を構えて彼に殴りかかろうとした。

だが、上空から槍を携え舞い降りた『2人目』の彼が、垣根の脊髄から胃のあたりにかけてまで槍を貫通させた。

「なっ」

彼の攻撃により、垣根はその場に標本のように貼り付けられた。彼は笑う。

「オイオイ。俺1人を完全に押さえ込んだからって油断するなよ。クッキーを割っても味は変わらない、だろ? 生身の肉体を持っている俺でも、分裂くらい余裕なんだよ」



419:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:02:18.25ID:Qg6wUMEH0

彼は黄金の翼の先端を垣根に向け、その身を八つ裂きにしようとした。

しかしそこで垣根の身体は液状化し、ゴボゴボと音を立てながら瞬時に別の形状になった。それはハスをモチーフにした白い花だった。

彼が何かを言う間も無く、その花は閃光を撒き散らし、大爆発を起こした。

そこから数メートル離れた所に、白い糸を渦巻かせ、自らを再生させる垣根。巻き起こる粉塵の中から、首を軽く回しながらこちらに歩いてくる人影が見えた。

「……大した不死身だよな。俺もお前も。何回殺されようが死なない。どんな気分だよ。そんな体になっちまったのはよ。ア?」

粉塵の中から姿を現した無傷の彼は、静かな威圧を込めてそう言った。



420:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:06:06.09ID:Qg6wUMEH0

「複雑、とだけ言っておきましょうか。だが、元を辿れば自業自得です。この運命を恨むようなことはしません」

彼の言葉に垣根は冷静にそう返す。

「当てつけかコラ? 確かに俺は腐ったことばかりやってきた。それは否定できねぇし、するつもりもねぇよ。だが何の関係もないお前が、何故その罪を引き受けようとする。俺の罪は俺自身の手で裁く。お前如きに出しゃばられても、目障りなだけなんだよ」

「貴方の目にはそう映っていたとしてもだ。私の中には明確な貴方の記憶があり、罪の感触がある。このマイナスを少しでも0に近づけられるのであれば、私は貴方の罪の全てを引き継ぎ、その苦しみに耐えてみせる。それが垣根帝督の名を冠する者としての、学園都市を守るカブトムシさんとしての責務だ」

「だから」

彼の声に苛立ちが浮かんだ。



421:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:09:00.81ID:Qg6wUMEH0

「その必要がねぇって、言ってんだよ。お前は垣根帝督でも何でもねぇし、学園都市ももう、お前は気にしなくていい。初春にも言った通り、終わらせるんだよ。そもそも、この街の存在そのものが間違ってたんだ。ガキの脳を弄って能力を生み出す? その能力にランク付け? 狂ってるよ。今更言うまでもねぇが、この街は何もかもが狂ってる。お前らだってそう思うだろ」

垣根と、壁の向こうで2人の戦いを眺めている一方通行は、無言でただ彼を見つめる。

「この街は確かに歪だ。それを少しでも正す為に私はここにいる。貴方だって、闇に染まっても尚その思いは変わらなかったはずでしょう?」

垣根の声が、冷気のように鈍く、彼の耳を揺らす。

「ああ。だから今、それを果たすんだよ。こんな街があったから数え切れない不幸が生まれたんだ。この街のない世界があれば、学園都市に生きる230万人は今より救われるはずだ。だから俺は」

得意げに語る彼を遮り、垣根は言う。



422:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:11:55.14ID:Qg6wUMEH0

「過去を操作し、『学園都市が存在しない世界』を作り出す。それが貴方のやろうとしている贖罪ですか?」

垣根の言葉に、彼は口元を僅かに緩める。

「考えてもみろ。この街が存在しない。それだけで、子供達を利用した非道な実験はなくなり、暗部なんてものも完全に消滅する。能力の格差に苦しむ無能力者達も救われ、強大な能力に振り回される悲劇もない。終わりの見えねぇ応急処置みたいなことやるよりも、この方が確実に救われる人間がいるだろ」

彼は両手と翼を広げ、空間を震わせる。

「俺は、太陽になりたいんだよ」

壁の外の一方通行が、目を見開いた。彼の頭上100メートルほどの位置に、果てしない炎上とエネルギーを感じさせる、直径40メートルほどの真紅の太陽が形成されていたのだ。



423:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:14:41.51ID:Qg6wUMEH0

「この街の包み込む闇の全てを、俺は照らし尽くしてみせる。何度でも言ってやるよ。お前の手なんか必要ねぇ。分かったら邪魔を、するな」

太陽を背に黄金の翼を高らかに広げる彼は宣言する。垣根はそれに一切動じず、言葉の代わりに銀の翼を展開した。

「何を言っても無駄か」

上空の太陽が激しく光り、彼の黄金の翼を経由して、光線の雨へと変わる。垣根はそこに立ったまま、迫り来る光線の法則を全て制御し、無力化していく。

「防ぎきれる、とでも思ってんのか?」

黄金の翼が勢いよく光ったと同時に、上空の太陽から光弾が、スプリンクラーのように発射された。光弾は周囲の物体を見境なく破壊し尽くしていく。垣根は上空に飛び立ち、攻撃の本体を叩こうとする。



424:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:16:39.44ID:Qg6wUMEH0

(今、法則の制御を行える時間は9秒ほど。そこから再び能力を使用するには2秒のタイムラグがある。そのラグを読み取り、休む間のない攻撃を仕掛けて圧殺する気か)

攻撃を無効化しつつ、自身の能力が及ぶ範囲にまで太陽に接近し、垣根はその法則を書き換えようとする。

だが、

(ダメだ! 間に合わない!)

無情にも太陽に辿り着く寸前、9秒が過ぎてしまった。直後に垣根の体を、無数の光弾が貫いた。

「ガアッ……」



425:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:19:04.64ID:Qg6wUMEH0

光弾によりポップコーンのように宙を跳ね回る垣根は、そのまま虹色の壁まで飛ばされ、壁に激突した後、中央を貫く高速道路上に落下した。光弾の雨は止み、辺りを圧倒的な破壊の残痕が漂う。

「しっかりしろ。俺の前で情けない闘いしてンじゃねェぞ」

壁の外から声が聞こえた。壁にもたれかかり振り返ると、赤い瞳でこちらを睨む一方通行の姿があった。

「心配どうも。大丈夫ですよ。貴方はそこで見ていればいい。そこで、じっくりと」

垣根は立ち上がり、一方通行に礼を送った。

「その様子だと、世界を拡張させる範囲や箇所にも限界があるようだな。縛りありまくりの似非無敵じゃあ、俺を止めるなんて到底できねぇぞ」

垣根の前に彼は降り立ち、見透かしたような口調でそう言った。



426:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:20:56.79ID:Qg6wUMEH0

「ご明察の通り。同時に、複数箇所に世界を拡張できるのは2つまでです。また、改変は私の半径2メートル以内でないと効果が発動できません」

冷静に語る垣根に彼は言う。

「オイオイ。バラしていいのかよ。しかも能力の発動範囲までもよ。つまり俺はそれより遠くから一方的に攻撃し続けば、いずれは推し勝てるってことだよな?」

「その認識はある種正しいです。だが」

垣根は太陽に向かい、手をかざした。

直後に太陽の周囲を巨大な水泡が包み込み、複雑に蠢きながら太陽を消火した。彼はそれを見届け、再び垣根を睨む。



427:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:48:29.93ID:Qg6wUMEH0

「この世界に認識できる空間全てが『自分』。それが未元物質の生命力だ。私の半径2メートル以内とは言いましたが、実際発動範囲なんて関係ないと思っていただこう」

堂々と宣言した垣根を無言で3秒睨んだ後、彼はフッと笑った。

その笑みに共鳴するように、彼の周囲の空中に、ブラックホールのような4つの黒い渦が現れた。そしてその渦から、おどろおどろしい噴出が沸き起こり垣根に襲いかかった。

「ッ! それは」

垣根は飛び上がり、高架下の広場に避難した。彼はニヤニヤと、壁の向こうの一方通行を見る。



428:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:50:08.11ID:Qg6wUMEH0


「同じ次元の力は、制御し難いようだな。どうだ? お前が俺をこいつでぶち殺してくれたおかげだよ。こうやって再現できるようになった。驚いたか? まあ魔神の力を再現した後じゃあ見劣りするか」

「……ハッ。猿真似の分際で偉そうな顔してンじゃねェよ三下」

自身の黒翼を再現された一方通行は、以前戦った垣根帝督の悪意の集合体が、いずれ能力者の能力の完全再現もできるようになると言っていたのを思い出した。

「威勢だけはあるな。今じゃその三下呼ばわりも滑稽だぜ第1位。どっちが上か、どっちが下か。そんなの比べるまでもなく分かってるはずだろ?」

「…………………………」



429:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/22(木) 23:51:28.20ID:Qg6wUMEH0

「……まあ、あいつは諦めてねぇようだが」

彼は地上に膝をつき、自分を睨みつける垣根に一瞥した後、一方通行の横に視線を移した。

「お前の隣のそいつはどうかな?」

一方通行は隣の初春を見る。うっすらと透けた繭に包まれた状態で、胎児のように膝を抱えている彼女。

その体が、頼りなくぶるっと震えた。



430:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:26:18.22ID:Wj4tb5390

…………………………。

白塗りの世界から徐々に視界が開けてくると、そこは先ほどまでと同じ、夜の第4学区の倉庫街だった。冷たい空気感、夜風の匂い。そして、同じく目の前に、地べたに仰向けになった彼女と、それを見下す彼がいた。

「ここは…………」

初春は視線の先の彼を見る。彼の顔は、前より少し悲しみの薄れた表情だった。

「この世界はあそこから始まったんだ。あの時、研究員のジジイにあいつを殺されなかった世界。という前提でな」

初春は声のする右横を向いた。目の前の彼の未来。垣根帝督がそこにいた。

「ちゃんと見てろ。あれが俺の抱いた幻想の末路だ」



431:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:28:47.52ID:Wj4tb5390

彼に誘導され、初春は視線を前に移した。

「全部、嘘だったのか?」

あの時と同じ言葉を、彼は口にする。

「仲間を研究員共に殺されたってのも、この街の闇が憎いってのも、俺と、俺と過ごした時間も、俺に着いて行くっていったのも、あの笑顔も涙も、全部嘘だったのか? 全部、俺をはめて、殺すためだったのか?」

「それはーーー」

周囲に邪魔者は誰1人としていない。彼女は今、その答えを口にしようとした。



432:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:29:28.52ID:Wj4tb5390




「ーーーぷっ」





433:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:31:51.22ID:Wj4tb5390

彼女の口から発されたのは、言葉ではなかった。

「ぷっ、アハハハハハハ! え? 何ぃ? 何て? アハハハハハハハハハッ! ハッハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハッ!!!」

彼女はただひたすら、笑い続けた。彼にとってそれは、どんな返答よりも残酷な答えだった。

「何、笑ってんだよ」

彼は怒りと恥ずかしさと嘆きが混じった、震えた声で聞く。彼女はそれを無視して笑い続け、しばらくしてその爆笑の跡を顔に残し、上半身を起こす。

そして、鞄から拳銃を取り出し、それを自分のこめかみに押し付けて彼に言った。



434:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:34:00.65ID:Wj4tb5390

「出来るだけ、アンタを絶望させて暗部に堕とすように。それが私に与えられた指令よ。さあ、どれが嘘か、教えてあげるわ。何が知りたい? さっきのキス? 負わされた怪我? 楽しいデート? それとも、私の死んだ仲間たちのこと?」

彼女はそう言ってまた笑い出した。彼は魂を抜かれたように足元をふらつかせ、彼女から遠ざかろうと後ずさり始める。

「…………ッ……」

初春は口元を押さえ、その光景を苦しそうに見ていた。隣の垣根は石像のように無表情だが、視線の先の呆けた顔の彼を見ると、何も言われなくてもその胸中を図るには十分だった。

彼女が放った言葉の1つが脳に鉤爪を立てた。彼は震えた声で、言う。



435:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:35:35.92ID:Wj4tb5390

「死んだ、仲間たち?」

「あら? それがお望み?」

彼女は嘲笑し、告げた。

「あそこで私以外は実験で死んだって言ってたでしょ? あれ、本当は私がやったのよ」

彼の瞳が、重い影に閉ざされた。



436:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:37:29.82ID:Wj4tb5390

「と言っても、実験に失敗して半身不随になったり、体が奇形化したり、脳に障害が出て使い物にならなくなった『死に損ない』の処理って形でだけどね。研究者共が煙たがってやりたがらない仕事を、率先して引き受けたまでよ。でも、昔の人間って偉いわね。ガス室に集めてちゃちゃっと殺すのが一番効率的だって、既に証明しちゃってるんだから」

自分が成し遂げた仕事を誇らしく語るその姿に、かつて自分の前で罪悪感に苛まれ、優しい涙を零した少女の姿は微塵も残っていないと、彼は確信していた。

「じゃあ、その首のマークは……」

「自分で付けたに決まってるでしょ? 誰があんな不良品共と臭い飯食いたがるのよ」

余りにも弱者を見下し切ったその物言いに、遠くから眺めている初春は眉間を歪め、拳を握った。



437:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:39:19.14ID:Wj4tb5390

「……何で」

「アレイスターの為よ」

彼女は即答する。

「親に捨てられたも同然でこの街に来て、イかれた実験の末に貼られたレッテルは『無能力者』。ふざけんじゃないわよ。どいつもこいつも私をバカにしやがって。掌から風だ雷だ出すのがそんなに偉いのかよ。くっだらない。何としてでも私は自分の価値を証明したいのよ」

彼女は怒りを顔に滲ませた。劣等感と自尊心がせめぎ合い生まれた、歪んだ怒りだ。



438:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:42:44.83ID:Wj4tb5390

「私はすぐに力を求めて、暗部に堕ちた。そこであらゆる技術を習得したの。能力になんて頼らなくても、私は強いことを知らしめる為にね。そして、ついにこの街の頂点。学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーに会うことができた」

彼女は頬を赤らめた、牝の表情で彼に告げた。

「衝撃だった。それはもう、あんたなんか目じゃないくらいにね。私は思ったの。ああ、私の人生は、この人に捧げる為にあったんだって。あの人の持つ、途方も無い力に私は惚れたの。あの人の為なら私はどんなことでもするわ。嘘だろうと、殺人だろうと、好きでもない男とのキスだろうとね」

彼は目はもう、何も見ようとしていなかった。初春には痛いほど分かった。彼はきっと、この現実を存在しないものに、しようとしているのだと。



439:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:44:28.33ID:Wj4tb5390

「嘘だ」

「ホントガキね。アンタ」

彼女の引き金を握る指に、力が入る。

「言ったでしょ? この『作戦』は、あんたを限りなく絶望させて暗部に堕とすのが目的なのよ。本当は何も知らないまま、私をあいつらに殺させるつもりだったんだけどね。でも、今のアンタを見てると、こっちの方が良かったのかもしれないわ」

彼女は恐れのない笑みを浮かべる。

「止めろ」

「大体さ」

彼女は彼に告げる。



440:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:51:49.09ID:Wj4tb5390

「肝心の襲撃場所を私に選ばせたり、偉そうなこと言った割には『たった』2年で根を上げ出したり、あんたのやること成すことには『芯』がないのよ。結局、自分が気持ちよければそれでいいんでしょ? 周りにいいように見られたいだけの自意識過剰なガキが、この街を救うなんて笑わせるんじゃないわよ」

彼女は息を吸い、もう一度強く、こめかみに銃口を当てた。

「止めろ! お前が居なくなったら、俺は」

「知らねぇよ。そんなの」

それを最期に、彼女の頭を銃声と銃弾が貫いた。脳髄と鮮血を撒き散らしながら、彼女の体は重力に吸われ、再び地べたに仰向けに横たわった。

「ッ……………………」

初春は目を覆った。その惨劇も、それを目の当たりにした彼の姿も、もう、見たくなかった。



441:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:54:55.03ID:Wj4tb5390

だが彼女の頭を垣根は横から掴み、無理やり顔を上げさせた。

「ッ、や、ぃや…………」

「イヤじゃねぇよ。いいか? しっかりと見ろ。これが俺の過去なんだよ。どうしようもなかった、惨めな結末なんだよ。ホラ、ちゃんと見ろ!」

その声は冷静で、どこか荒んでいて、そして哀しげだった。

彼女の亡骸を見下す彼は、口を半開きにして、何かを言おうとしている。だが、どんな言葉もこの絶望を表現できないことを分かっている。彼はそれでも何かを言わずにはいられない。

「違う」

彼はようやく一言口にした。



442:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:56:42.13ID:Wj4tb5390

「違う。違う。違う! 違う違う違う違う! 違う!違うッ!」

一度溢れ出したら、もう止まらない。彼は壊れたレコーダーのように、何度も同じ言葉を繰り返した。




「……止めろ! 違う! 俺が、俺が望んだのは…………」




彼はそう言って、背中から6枚の翼を展開させた。その翼の周囲に黄金の絹の糸のようなものが揺蕩い、空間に天使の歌のような荘厳な音が轟き始める。初春は知っている。これは、太陽の門の前で発動しかけていた、世界改変の前兆だ。



443:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/23(金) 10:58:47.10ID:Wj4tb5390

彼の翼が根元から、ゆっくりと黄金色に染まって行くのを見ながら、隣の垣根は口を開いた。

「分かっただろ? 俺が引き下がれない理由を。俺にはもう、何も残っていないんだよ」

初春は垣根を見る。冷静に、過去の自分を見つめるその瞳が、何よりも孤独でひ弱に感じられた。

「この街がある限り、間違いなく『ああいうこと』は繰り返される。もう、そんなのは御免なんだよ。分かったら初春、邪魔をしないでくれ」

垣根は静かにそう言って、初春に背中を見せ、この場を去り出した。それを目で追う暇もなく、翼の輝きが最大限になり、目の前が再びホワイトアウトした。

寸前。初春の視線が、黄金の翼を持つ彼の視線と重なった。彼は初春を認識できないにも関わらず、何かを訴えるように彼女を見ていた。



444:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:03:08.86ID:BlGJYkS/0

一方通行が隣の繭が見つめていると、突如発光し出した繭が内側から緩やかに解けていき、その中から解放された初春が、膝から地面に着地した。

「……………初春さん」

高架下の広場からそれを確認した垣根は、彼女の名前を呟いた。一方、道路上でそれを見ていた彼が口を開く。

「これで十分か?」

初春はハァ、ハァと息を荒げ、両手を地面に付き、項垂れている。汗が一雫、コンクリートの地面に落ちた。

そして初春は、顔を上げて壁越しの彼を見た。



445:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:04:50.72ID:BlGJYkS/0

「ッ、何だその目は」

彼女の瞳は、ただ真っ直ぐに彼を見ていた。その目に宿っているものの全てを彼は理解しきれなかったが、そこに自分が望んだものは混じっていないことは明らかだった。

彼はたまらず何かを言おうとしたが、自身の体に白い糸が絡みつき、その動きを封じ込めたことにより、言葉を繋げることができなくなった。

そして、彼の体は高架下から音速で追突してきた垣根の拳に押し出され、数十メートル先の空中へと吹き飛んだ。跡地に残った垣根は、初春を見る。

垣根はゆっくり微笑んだ。

初春はそっと頷いた。



446:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:06:54.39ID:BlGJYkS/0

一瞬の、しかし確かな邂逅の後、垣根は吹き飛ばした彼を追い、銀色の翼を震わせて飛翔した。

「……垣根さん、勝てますかね?」

初春は隣の一方通行に聞く。

「さァな。だが、ある程度の算段は聞いた」

その言葉の後、僅かな沈黙が生まれる。初春は彼を見た。

「……本当に、やる気なのかあの野郎」



447:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:08:08.28ID:BlGJYkS/0



彼は顔を歪ませ、翼を駆使しバランスを整え、迫り来る垣根を迎撃する準備を整える。

「クソがッ! 失せろッ!」

彼は掌を垣根にかざした。5秒前の次元からの不可侵の攻撃により、垣根の体は、だるま落としのようにバラバラになる。

しかし彼の周囲に、先ほどと同じような繊維が集結している。彼は顔に動揺を浮かべ、そして自身の真上を見た。

「こっちだ」



448:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:10:42.53ID:BlGJYkS/0

無傷の垣根が、翼の先端をこちらに向けて突撃してきている。垣根の制御下にある状態の彼は、的同然の、蹂躙されるのを待つだけの存在だ。圧倒的有利の攻勢から垣根は彼を狩ろうとする。

そこで垣根は振り返り、背後から襲撃をかけてきた『2人目』の彼の黄金の翼を、銀色の翼で迎え撃った。翼の先端同士が激突し、拮抗したまま両者は睨み合う。


「2度も同じ手は通用しませんよ」

そう言う垣根の背後で、白い糸に絡まった彼が蝋燭が溶けるようにドロドロになり、消滅した。

「ハッ。だが追撃をかまさねぇ辺り、お前の分身の限界は、真の科学の世界の拡張も含めると4人までってことか? いや、それもブラフかもしれねぇな。何にせよ、しぶとい野郎だ」



449:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:12:03.24ID:BlGJYkS/0

彼は、忌々しげに垣根を睨む。

「さあ? ご想像にお任せします。それと、この私にしぶといだなんて今更じゃありませんか?」

垣根は鋭い目で彼を睨み返しながらも、口元には細い笑みを浮かべている。

「だな。全く、ムカつく野郎だ。お前も、あのガキも」

あのガキ。その言葉に垣根の眉がぴくりと動いた。

「ムカつく、というのは、どこか彼女に期待してしまっている自分がいるからじゃないですか?」




450:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:13:23.65ID:BlGJYkS/0

垣根はそう言って、また不敵に笑った。彼は沸騰したように顔を憤怒に濁らせ、5秒前の次元に干渉し、垣根に翼の斬撃の嵐を浴びせた。垣根の体はテッシュを破くように散り散りになっていく。

「その怒りが、答えのようなものですよ」

既に背後に作られていた『2人目』の垣根の言葉に、彼は歯を食いしばる。

「きっと、『2回目』の世界でも、貴方と彼女は同じような結末を辿ったのでしょう。貴方は初春さんにその全てを伝えた。だが彼女は折れなかった。彼女はまだ、貴方に希望を見出している」

彼は勢いよく振り返り、翼で垣根を横から一刀両断する。



451:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:15:30.31ID:BlGJYkS/0

「私もですよ」

すぐさま『3人目』が背後に回り込み、語りかける。彼は破裂しそうな怒りに震える。

「貴方はきっとやり直せる。そう信じているんだ。それを拒み続けているのは、偏に貴方が光の世界を恐れているだけだ。『人を殺した自分が許されるはずがない』『一度折れた自分がやり直せるはずがない』貴方はそうやって自分をーーー」

「ウルセェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」

彼は咆哮し、掌から再現した黒翼を噴出させ垣根にぶつけた。吹き飛ばされた垣根は再び中央の高速道路の上に落下し、仰向けに横たわった。その体は卵の殻を砕いたかのようにヒビだらけだ。



452:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:17:27.78ID:BlGJYkS/0

「どの視点から説教垂れてやがんだコラァッ! やり直せるだぁ? 虫酸が走るんだよ! クソみてぇに薄っぺらい希望をチラつかせやがって。んなモンに惑わされてたまるか! テメェの不始末くらいテメェでつけるんだよ。この街さえなかったことにすれば、俺も、俺以外の奴らもきっと」

「笑わせるな」

低く、冷たい声で垣根はそう言い、全身を再生させながら立ち上がる。


「貴方が自分の弱さと、犯した罪にとことん向き合おうとしたならば、そんな安易な答えは生まれないはずだ。自分以外の人間も救われる? 自分の正当化に、他人の不幸を利用するな。貴方はただ、逃げ出したいだけだろ」

その言葉に、彼は唸り、憎悪に滾った拳を握りしめる。



453:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:19:59.27ID:BlGJYkS/0

「『もしも』の世界に逃げられるなら、誰だってそうしたい。でも、本来それは出来ないんですよ。だからこそ皆、自分の弱さも、過ちも、後悔も全部引き連れて、それでも何とか生きようとしているんだ。貴方がやろうしていることは、そんな『覚悟』への冒涜以外の何物でもない!」

垣根は右足を、強く前に踏み出した。壁の向こうの一方通行は、それを静かに見守る。

「逃げ切らせてたまるか」

全身を再生し切った垣根は、6枚の銀色の翼を背中に広げる。

「そんな腑抜けた答え、私は絶対に認めない。足掻いて、苦しんで、その末に絞り出したものがそれだと言うのなら、真っ向からそれを否定してやるまでだ。自分を何一つ省みないまま、『もしも』の世界に逃げて満足しようとするのなら、そのふざけた幻想は私がぶち殺す」

垣根は迷わぬ意志を瞳に乗せ、彼を睨んだ。



454:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:23:36.32ID:BlGJYkS/0

「カッコつけてんじゃねぇよ」

彼は怨嗟の声を口から吐き出す。

「大層なこと言いやがって! お前の方こそ、本当は怖くて仕方ないだけだろ!? 学園都市が存在しない世界を作り上げれば、お前の存在は完全に消滅する。そもそも俺が肉体を失くすことがなくなるからな。それが怖いだけだろ! アァッ?!」

彼が発する罵倒を受けても、垣根の瞳が揺らぐことはなかった。

「……やってみろよ」

彼は空中で静止したまま、そう言う。

「そこまで言うなら見せてみろよ。お前の意地を。こいつを喰らっても尚、んなナメたことが言えんのならなぁッ!」



455:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:33:27.86ID:BlGJYkS/0

それと同時に、彼の翼が根元から、黄金を更に超えた輝きすぎるほど輝くプラチナに変色していった。一方通行は、その翼の色に目を見開く。

「その翼……真の科学の世界と同じ領域の力、ですね」

「ああ。その世界に根付いた天使、『エイワス』の力だよ。学園都市のクソどもに利用されてる間、そいつの存在に触れる機会があってな。何とか再現しようとしたんだが、魔神クラスの難易度で随分時間がかかったもんだ。だが、もうじき終わる。完璧な力をふるえるまで、後30秒もねぇよ」

プラチナの翼がキィィンと鳴動し、眼下の垣根に照準を定める。

「同じ次元の力だ。お前にこいつを防ぐことはできない。発動を許せば最後、お前は必ず死ぬ。それまでに俺を食い止めてみせろよ虫ケラ。やれるモンなら、な」



456:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:37:11.76ID:BlGJYkS/0

垣根は上空の彼を見つめる。翼の輝きはまるで太陽のようで、この空間全てに等しく異常な光の波動を浴びさせている。伸びた背後の陰に誓いを立てるように、垣根は左足を後ろに下げ、来るべき瞬間に備えた。

「決着をつけましょう」

垣根の言葉に、彼は口元を歪ませ、告げた。

「残り10秒」

それが合図だった。垣根は瞬時に彼との間合いを詰め、彼を制御下に置いて身動きを封じ、その胸元を拳で貫いた。彼の体はその傷口から、砂の城に水をかけたかのようにボロボロと崩れていった。



457:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:48:49.11ID:BlGJYkS/0

「残り6秒」

背後に強烈な光。『2人目』の彼がプラチナの翼を掲げ、不敵に笑っている。


「無駄だ!」

垣根は再び真の科学の世界を拡張させ、彼を封じ込めようとする。

だがそれよりも先に、過去からの攻撃により垣根の体は縦に真っ二つに切断された。

「グッ……」

「ほら、残り4秒」



458:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:53:04.47ID:BlGJYkS/0

プラチナの翼の輝きが更に増していく。鋭利な先端がこちらを冷酷に見つめるのを見て、垣根は、フッと笑った。

同時に、彼の周囲に真の科学の世界が展開される。蜘蛛の巣のように白い糸が張り巡らされた2メートル四方の空間の中で、彼は無表情、切り裂かれた垣根を見つめる。

垣根は自分の半身を再生させ、そしてもう2人の分身を創造した。計3人となった垣根は、彼の周囲を取り囲む。

「この空間を『お前』と考えると、生み出せる分身は5人までか」

垣根は問いに答えず、3方向からの、合計18枚の銀色の翼で、彼を切り刻もうとした。後2秒。これが、最後の攻撃だった。



459:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:57:29.64ID:BlGJYkS/0

だが突如、彼を縛り付けていた空間は消滅し、3人の垣根は過去からの攻撃により翼を粉々に砕かれた。垣根は、表情を凍らせる。

(まさ、か、あの時!)

脳裏をよぎったのは、自分を槍で貫いたあの瞬間。

(既に、能力を読み取られていたのか!)

少なくともそうとしか考えられない目の前の現実に答えるように、彼は笑みを浮かべた。

「同じ未元物質で、できないとでも思ったか? おかげで3秒ほどなら制御可能だ。切り札は、とっておくべきだろ?」

3秒。その一瞬が、最後の勝敗を分けた瞬間だった。

タイムリミットが訪れた。



460:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/24(土) 23:59:35.79ID:BlGJYkS/0

「ここでお別れだ」

彼の翼がこれまでで最大の輝きを放った。瞬きの間もなく、3人の垣根の体は、紙吹雪のように散り散りになった。

「垣根さん!」

壁の外から、決着の瞬間を眺めていた初春が悲痛に叫んだ。

粉砕された垣根が、徐々に空中に溶けていき、完璧に消滅していく様を見届けた彼は、歓喜を滲ませた声で呟いた。

「勝った…………」



461:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:01:21.06ID:Q/r+SgUt0


彼が口元を緩ませた、その時だった。




白い光の柱が、中央の高速道路上に、轟音と共に天から降り立った。



462:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:03:17.55ID:Q/r+SgUt0

「ッ、何だ?」

彼は思わずその柱を見る。純白の輝きの線が段々細くなっていくと、その中から人影が見え始めた。

「貴方の質問に答えましょう」

人影は声を発した。その声は、聞こえるはずのないものだった。

「私の分裂の限界は、6人までです。それくらいにしておかないと、また主導権を奪われてしまいますから」

光の柱の中から現れた白い影は、紛れもない垣根帝督だった。



463:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:05:01.99ID:Q/r+SgUt0

「……どこに隠れてやがった?」

彼は尋ねる。

「最初からずっと、真の科学の世界に潜んでましたよ。とあることの為にね」

その返答に彼は、顔を歪めながらも笑う。

「……そうか。お前、第1位とそっちに避難してやがったな。自分にムカつくな。『この世界』のお前が、お前全てだとは限らなかったことを失念してたぜ」

彼は頭を掻き、それで、と言葉を繋げる。



464:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:07:43.54ID:Q/r+SgUt0

「どうするつもりだお前。真の科学の世界に雲隠れしてたはいいが、この戦況、覆す手はあんのかよ!」

彼はそう言い、プラチナの翼を数百メートルほど巨大化させ、その内の1枚を垣根に向かい振り下ろした。法則の制御下に置くこともできない同等の次元の力。垣根が再三縦から肉体を切り裂かれることは必然のはずだった。




垣根は右手を翼にかざした。パキィンという音が響き、翼は軌道をずらされ右横に振り下ろされ、高速を切断した。



465:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:15:45.45ID:Q/r+SgUt0

彼はその光景に絶句する。同様に、壁の外の一方通行も驚きを隠せない様子だった。

「本当に、やったのか。あの野郎……」

初春は何が起こっているかも分からない表情で、一方通行と壁の向こうの垣根を交互に見つめている。

「……何だ、その右手」

彼の問いに、垣根は答える。

「とあるのヒーローの能力ですよ。貴方と同じように、能力の再現に漕ぎ着けただけです」

垣根は不敵に笑い、その能力名を口にした。




466:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:16:43.71ID:Q/r+SgUt0




「幻想殺し。あらゆる異能を打ち砕くだけの、最強(さいじゃく)の能力ですよ」





467:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:18:49.21ID:Q/r+SgUt0

能力の全貌を聞いた彼は、呆然と垣根を見つめる。

「本来、彼の右手でないと宿らない能力なんですがね。その法則を制御して、私の右手でも使えるようにしました。中々大変でしたよ。この世界で貴方を食い止めつつ、この能力を完成にまで持っていくというのは」

垣根の語る経緯など全く耳に入っていない彼は、純粋な驚愕をぶつける。

「自分が何やってんのか、分かってんのか?」

彼は言う。

「異能を打ち消す右手だと? お前がそんなもん体に宿らせたら、どうなるか分かるだろ」



468:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:20:17.74ID:Q/r+SgUt0

彼が語っているその間にも、垣根の右手は歪にひび割れていき、その余波はやがて垣根の全身を蝕み始めていく。

「ええ。笑えるくらいに相性最悪の能力だ。法則制御で何とか抑え込んでいますが、長くは持たない。だから、今ここで終わらせます」

垣根はしゃがみ、右手を地面に付かせた。

「この右手の持ち主にヒントを頂きましてね。彼が魔神との戦いで世界改変に巻き込まれた際、幻想殺しで書き足した世界を破壊し元の世界に戻ったそうです。つまり、貴方が改変したこの世界も、幻想殺しでリセット可能ということですよ」

垣根は右手に力を込める。すると、そこを中心に空間に亀裂が走り始め、世界の全てのメッキを剥がすように次々と広がっていく。

「ぅ、グッ、ガッ…………ッ!」



469:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:22:39.19ID:Q/r+SgUt0

だがその破壊は、使用者である垣根をも巻き込んだ。垣根の体にはより深刻なひびが入り、皮膚の表面は彫刻刀で抉られた木のように、各部分が少しずつ弾け、崩壊していく。

「垣根さん! 止めて!」

初春は叫ぶ。その訴えが耳に届いたのか、垣根は初春の方を一瞬見て、誇らしげに笑った。

「そこまでするのかよ。そこまでして俺を、認めないつもりかよ」

彼の背中のプラチナの翼は無残にひび割れていく。彼はそれを一向に気にせず、眼下の垣根に問いかける。

「貴方を認めないんじゃない。貴方に、認めて欲しいんですよ。己の弱さを。強さを。そして、私のことを」



470:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 00:24:26.59ID:Q/r+SgUt0

垣根は言う。その覚悟に返す言葉を失った彼は、呟くように言った。

「死ぬぞ。お前」

「そうかもしれない。だが私の」

いや、と垣根は言い、そして笑みを浮かべて告げた。




「俺の未元物質にその常識は通用しねぇ」




それを聞いた彼が、何かを言おうとする直前、世界に行き渡った亀裂から白い光が溢れ出し、全てを飲み込んでいった。



471:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 14:57:43.68ID:Q/r+SgUt0

…………………………。

「…………ッあ!」

初春は目の前を覆っていた腕を下ろすと、そこは見たことのない、ボロボロになった甲板の上だった。一体自分がどこにいるのか、辺りを見渡してみると、一面廃材や木屑の山、錆びついたタンカーの死骸が山のように横たわっている異様な光景が目に飛び込んできた。

「ここは、一体……」

よくよく見てみると、自分がいるこの甲板も、死に絶えた豪華客船のそれのようだ。彼女は客室の方に向かおうと、足を進めた。前方はどうやら、水のないプールサイドのようだ。

そこに飛び込んできた光景に、彼女は息を詰まらせた。



472:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 15:24:06.28ID:Q/r+SgUt0

「…………垣、根、さん…………垣根さん!」

プールの底で立ち尽くしていたのは、塗装が剥げた遊具のように全身にくまなくひびを行き渡らせた、惨めな垣根の姿だった。最早それは生きていることすら怪しい、抜け殻のような姿だった。

初春は一目散にプールサイドに向かい、プールの底に降り立ち垣根の側に寄り添う。

「垣根さん! しっかりしてください! 大丈夫ですか?! 」

初春に肩を触れられた垣根は、あっ、と息をこぼし、彼女に向かい倒れこんできた。彼女はそれをしっかりと受け止める。

不意に、自分の背後に何かの気配を感じた。初春は振り返る。



473:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 15:29:33.20ID:Q/r+SgUt0

そこには旋風のように白い糸が集結し、みるみると人の形を形成していく様があった。やがて時が経つと、それは完全に人間の姿になった。初春は呟く。

「…………垣根さん」

自分を殺そうとした方の垣根帝督が、地面に膝をつき、全身を再生し切った姿がそこにあった。

「してやられたぜ。まさかあんな捨て身の特攻しかけるとはな」

彼は立ち上がる。

「だが払った代償もデカかったな。その様子じゃもう、碌な戦闘はできないだろうよ。残念だったな。いくら幻想殺しで世界を元に戻そうと、もう一度俺が世界改変すれば全て元通りだ」

ありったけの嘲りを凝縮して、彼は小さく笑った。



474:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 15:38:51.40ID:Q/r+SgUt0

「……ええ。私はもう、ここまでです」

だが垣根は、敗北宣言とも取れるその言葉の後、力強い笑みを口元に浮かべた。

「ただ、忘れていませんか? 私以上に、貴方の最大の敵たる存在を」

彼は何かに気づき、口を開こうとした。瞬間、左横からの高速の拳が、彼を船の外に押し出した。

「よくやった。後は任せろ」



475:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 15:40:51.45ID:Q/r+SgUt0

その男は、垣根にそう告げて、船の外に向かった。

吹き飛ばされた彼は空中で体勢を立て直し、船外の広場に積み上がった錆びたクルーザーの船首に着地した。それを追うようにして、目の前の平坦な鉄屑の大地に降り立った者。

「悪りィが、こっから先は一方通行だ」

学園都市最強の能力者、一方通行はそう言った。そして彼の背中から、6枚の銀色の翼が展開した。

「……似合わなすぎんだろ。メルヘン野郎」

「心配するな。自覚はある」

彼は黄金の翼を広げ、最強に立ち向かう。



476:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 15:46:42.94ID:Q/r+SgUt0



初春はプールサイドから、両者の激突が始まったのを横目で確認した。そして、一方通行の背中に垣根と同じ翼が生えていることに、不可解な顔をする。

「何で、第1位さんが……」

すると、彼女の膝上で横たわる垣根が、ぴくりと動いた。

「ッ! 垣根さん! 」

初春は反応する。

「……ずっと、彼の周囲に私の力を発動させていたんですよ。彼の能力の真髄は、『自身が観測した現象から逆算して、限りなく本物に近い推論を導き出す』事。つまり、未元物質の真の力を解析し切ることができたなら、私と同じようにその力を扱える。彼は今、自身の周囲に展開された未元物質を、導き出した推論の元駆使しているのです」



477:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 15:48:21.96ID:Q/r+SgUt0

垣根はフッと笑ったが、その拍子に左腕のひび割れた表皮がパラパラと地面に落ちた。初春はそれを見る。

「もし私がこの戦いで死ぬことがあっても、彼が私の力を扱えるようになったなら、結果的に戦況は覆らないでしょ? まあ、その犠牲として私自身が能力を使える時間を大幅に失ってしまいましたがね」

垣根は自分の右手を見た。手首から先が引きちぎられたように、荒い断面を残して消滅している。彼はまた力なく笑った。

「何、笑ってんですか」

初春は呟く。垣根は彼女の表情を見る。今にもふり落ちそうな澱んだ顔と、潤んだ瞳が見える。


「死ぬところだったんですよ。本当に」



478:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 15:49:58.41ID:Q/r+SgUt0

初春の言葉に垣根は苦笑した。

「ははは。ムチャし過ぎました。流石にこの右手は、私の器に収まるものではなかった」

垣根は右手を地面に下ろした。

「認めて欲しかったんですよ」

垣根は語り出した。



479:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 15:54:47.85ID:Q/r+SgUt0

「あの時、貴女が彼に誘われて、スクールの皆と初めて会ったあの瞬間。皆の幸せなそうな笑顔を見て思ってしまったんですよ。この世界に、私は必要ないって」

初春はその言葉に、息を詰まらせた。

「『彼女と会わなかった』。その前提の元に改変されたあの世界は、全てが理想に近かった。そこに私という異物が混じっても、何の得にもならない。そう思えてくると、悔しくて、悔しくてならなかった。思わず私は、貴女に声をかけてしまった」

あの瞬間に聞こえてきた声。あれはやはり、垣根のものだった。初春は記憶を振り返り、そう確信した。

「でも、考えてみると、元々私の存在は世界にとっての『異物』なんですよ。本当は、『人間』としての垣根帝督が、『人間』として公正して、人生をやり直すのが正しい道筋だった。それなのに、私という存在が生まれてしまい、挙句彼が成さなければいけないことまで奪ってしまった」



480:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:02:50.24ID:Q/r+SgUt0

垣根は形を残した左手で、自分の顔を隠した。

「あの世界で身に染みましたよ。自分がどこにも必要じゃないと分かった時の、やるせなさって奴を。私の存在が、彼にとってどんなに苦痛なのかも。でも、それでも私は認めて欲しかった。認めさせたかった。私は紛れも無い垣根帝督だってことも。私のいるこの世界でも、貴方がやり直すことはできるってことも」

垣根はそこで一旦言葉をつぐみ、初春の方をしっかりと見ながら言った。

「こんな気持ちになったのも、貴女がいてくれたからです」

初春は、息を呑み、彼の言葉に聞き入る。

「あの世界で貴女は、どんな目にあっても彼の側にいようとした。あの姿を見て、決心が着いたんです。これ以上貴女を裏切ってなるものかって。垣根帝督として、もう、初春飾利を傷つけるのは御免なんですよ」

気づけば初春は涙を流していた。頬を伝う雫が、垣根のひび割れた体に落ちて染み込んでいく。



481:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:04:29.74ID:Q/r+SgUt0

「貴女は強い人だ」

垣根は手を伸ばし、初春を涙を拭った。

「私よりも、ずっと、ずっと強い。いつの間にか私は、貴女の強さに甘えようとしていたようだ。一方通行に言われたんですよ。自分と向き合う気はあるようだけど、貴女と向き合おうとする気はないのかって。私は、怖かっただけなんですよ。貴女に、自分の弱さをさらけ出すのが」

垣根はそこで、悲しげに笑った。

「やっぱり私は、真のヒーローにはなれないようだ」

その言葉に、初春は涙を拭い、募りに募った想いを彼にぶつけた。



482:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:08:41.71ID:Q/r+SgUt0

「違いますよ!」

初春の怒号に、垣根は目を見開き、彼女の顔をみる。

「そこまでして、誰かを思いやれるあなたが、弱いわけないじゃないですか。大体、私を過大評価し過ぎですよ。私だって、ガキだし、バカだし、何か上手く言えないけど……」

初春は頬を伝う雫を拭い、思いの切れ端を何とか繋げようとする。

「あなたの、あの人の優しさに触れる度に、心の奥から、よく分からないものが這い上がってくるんですよ。それがとても怖くて、だから、何とかこの一瞬を留めておきたいって。それだけなんですよ」

だから、と初春は続ける。



483:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:09:50.38ID:Q/r+SgUt0

「生まれてきたのが間違いだったなんて、そんな風なこと言わないで。あなたもあの人も、私の側から離れないで欲しい。今ここで消え去られるのが、一番怖いの……」

人が人を信じようとするのは、辛く、苦しいことだ。

千切れそうな糸の上を歩く曲芸師のように、側から見れば危険で滑稽で、不恰好な行為だ。

彼女はそれを分かっていながら、尚も自分に手を伸ばそうとした。垣根はその事実に気づき。彼女に向けて微笑んだ。



484:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:13:30.56ID:Q/r+SgUt0

(私たちの関係は、なんて歪で、例えようのないものだ。だけど、一つだけ言える)

垣根は左手を伸ばし、人差し指で初春の目尻の涙の轍を拭き取った。

「こんなことを言う資格がないのは分かってますが、貴女に、出会えてよかった。本当にそう思います」

初春は彼の左手をそっと握りしめ、微笑み返した。だが。瞳の涙はまだ止まらずにいた。

2人の手は固く繋がり合い、その間に流れる温度は、ただ暖かった。



485:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:15:47.86ID:Q/r+SgUt0




一方通行は船の墓場の上空を飛びながら、より天空に舞い上がった彼を睨む。黄金の翼が、再び輝き過ぎるほど輝くプラチナに生まれ変わる。

「死ねえェェェェェェェェェェェェェッ!!!」

時間、空間、認識の概念を超えた翼の一撃が一方通行に降り注ぐ。かつて手も足も出なかった巨大な力をに向かい、一方通行は手をかざした。

翼は彼の掌の上で静止し、そのまま右横に軌道を逸らされた。

「グッ、このっ……」

彼は苦虫を噛み潰したような顔で一方通行を睨む。本来、制御下に置かれないはずのない攻撃のはず。何故奴は、涼しい顔で防ぐことができる。彼の中でその疑念が暴れ出すと同時に、脳の片隅に淡々としている理性が、どうしようもなく合理的な回答を導いて行く。



486:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:18:07.60ID:Q/r+SgUt0

(理論上、絶対能力者に辿り着けるのはあいつだけだった。クソがッ! そうだよな。お前の方が、その力を上手く扱えるのは当然だッ)

受け継いだ力を、より昇華して練り上げた鈍い銀色の6枚の翼。それを背中にはためかせる一方通行は、一切表情を動かさずただ彼に向かう。

彼は回避するために翼を翻し、降下しようとした。

その瞬間、彼の周囲に白い氷柱のような、鋭利な包囲網が張り巡らされた。

「ッ……!」

垣根の時以上の協力な封じ手に、彼は迫り来る一方通行に対してただの「的」に成らざるを得なかった。



487:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:20:47.80ID:Q/r+SgUt0

(何でお前と俺が1位と2位に分けられているか知ってるか?)

「ッ、止めろッ!」

記憶の底から、一方通行の宣言が自分の魂を蝕む。

(その間に、絶対的な壁があるからだ)

そしてそのまま、一方通行の拳は彼の胸下に叩き込まれた。彼に絡みついた白い氷柱は、殴打の衝撃でいともたやすく砕け、辺りを雪のように旋回する。



488:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:24:05.52ID:Q/r+SgUt0

吹き飛ばされた垣根は錆びたトタンと鉄パイプに囲まれた漁船に墜落し、粉塵を巻き上げた。すぐに立ち上がり、追撃に備えようとする彼の頭上に、巨大な影が舞い降りた。

彼は上を向く。空が落ちてきたかのような、全長400メートルほどのタンカーが頭上を覆っていた。そのままタンカーは重力に導かれ地面に落下し、辺りに破滅的な轟音をまき散らした。

そのタンカーを蹴り飛ばした張本人。一方通行は、再び翼を広げタンカーのあった場所から墜落地点まで移動した。目の前に横たわるタンカーは、まるで国を隔てる壁のように圧倒的にそこにあった。

突如、タンカーの表面に亀裂が走った。亀裂は次第に表面を伝っていき、内部から押し出すように砕け、中から翼を震わす彼が一方通行めがけて飛び出してきた。



489:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:29:06.11ID:Q/r+SgUt0

彼の鋭利な翼が一方通行に照準を定めた途端、彼の周囲に16本の光の槍が円状に地面に突き刺り、彼の駆動を封じ込めた。

「チィッ! このッ」

彼は素早く包囲網を破壊しようと、魔神の力を使おうとした。だがその時、肋骨が溶けるような胸の蠢きを感じ、彼は思わず右ひざを地面についた。

「な、何が……」

彼は胸下を見た。一方通行に殴打された部位に、白い花のようなものが寄生し、脈動している。彼は息を呑み、目を見開いた。

「お前に攻撃した時。内臓に未現物質を送り込んだ。どうやら別の場所に移動させる時間はなかったようだな。まァ、幻想殺しの影響から肉体を再生させたばかりだ。それも仕方ねェ」

「ッ…………テメェ…………」

彼は怒りと、焦燥に身を任せ歯を食いしばる。生身の内臓に未現物質を寄生されたということは、自身が紡ぎ出す魔神の力の制御の法則を、目の前の男に制御されてしまうということだからだ。

だが彼はすぐに、不敵な笑みを浮かべた。



490:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:31:43.08ID:Q/r+SgUt0

「……これで魔神の力はもう使えない。とでも思ったか?」

彼の言葉に続くように、船の墓場のスクラップの山たちから白いツタが増殖し出した。一方通行は振り返る。

「この島に散りばめられた並列演算装置のこと忘れたか! あれに接続すれば、魔神の力の行使に必要な演算はまだ行えるんだよ!」

白いツタは血流のように島の隅々に行き渡り、演算装置に絡みついていく。

「生身の俺の主導権握ったからって、勝ち誇ったのがテメェの敗因だ。これでもう一度、世界を改変してやる!」

勝利を確信した笑みを浮かべる彼に、一方通行は冷ややかな表情で告げた。



491:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:33:49.84ID:Q/r+SgUt0

「つまらねェ小細工で勝ち誇った面してンのはお前だろ。まだ分からねェのか? もうお前は詰ンでるンだよ」

何? と彼は返した。そして異変に気付く。接続した演算装置たちから、反応が一切帰ってこないのだ。

「オイ、待て。何だこれは。一体どういうことだ!」

彼は打って変わって顔に焦りを浮かべる。その落差は、見ているものにどうしようもない哀れみを買うほどの乱高下だった。

「自業自得ってのは、このことだな」

一方通行の言葉に、彼は何かに気づき、島に張り巡らせた未現物質の一部と自分の視覚情報を共有させた。



492:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:36:00.46ID:Q/r+SgUt0

「初春っ、お前………………」

視界に移ったのは、傍に垣根を寝かし、演算装置のキーボードを操作する初春の姿だった。彼女のクラッキングにより、島全ての演算装置は使いようのない箱になっていたのだ。

「これで分かっただろ? もうお前は何もできねェ」

目の前の一方通行との距離は、3メートルもないほどだ。それなのに、この槍の囲いにより、手も足も出ない。彼の奥底から、ドロドロしたものが沸騰し、次第に顔面を醜く歪ませていった。

「殺す、殺す! お前だけはッ! 殺してやる! クソがッ! クソがあああああああああッ! 出しやがれェッ! ちくしょうッ! ぶっ殺してやる!」

彼は槍に殴りかかり、何とかしてここから抜け出そうとした。しかし槍は寸分の狂いもなく、ただそこにあり続ける。彼はそれに構いもせず、ひたすら槍に攻撃を加え続ける。

「ここがお前の通行止めだ」

一方通行の言葉に、彼はより憎悪を滾らせた。



493:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:42:08.47ID:tGvY6N++O

「ふざ、けんじゃねぇ」

血の滲むような声で彼は言う。

「認めてたまるか。諦めてたまるか。俺は俺を救い、学園都市の闇を晴らすんだよ。こんな、こんなところで」

彼の目から、赤黒い液体が一雫流れた。

「終わってたまるかああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


彼の背中の黄金の翼が内部から弾け、虫に喰われたようなボロボロの黒い翼が現れた。勢いよく全貌を露わにした翼は、そのまま周囲の槍を全て破壊した。ガラスの破片のように地面に飛び散った砕けた槍を、彼は踏み潰す。


「…………………………」


一方通行は無言で彼を見つめる。胸元の花弁が、硫酸に沈めたように消滅していった。



494:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:43:52.73ID:tGvY6N++O


「内臓に、魔力を通わし未現物質を排除した。これで、俺も力を使える……」

そういう彼の姿は、誰がどう見ても悲惨だった。体には至る所に小さな亀裂が走り、目と口からは血が流れ出ている。

「能力者に魔力は馴染まねぇ。今まではその副作用をダミーの内臓に肩代わりさせてたんだが、こいつは、かなりキくな……。早く、終わらせるぞ」

悲しげに笑う彼の瞳には、殺意の眼光が宿っている。それを見た一方通行は、翼を震わせ上空に飛翔した。彼もすぐさま後を追う。

「お前さえ殺せば、後はどうとでもなる! どうせ世界を改変すれば、お前だって違う人生を送って生きてるんだよ! 今ここで、ぶっ殺すのに何の問題もねぇ!」

自分を追いかけて上昇してくる彼の背後の翼は、まるで昆虫の足のように濁っていて、無機質だと一方通行は感じた。彼はその翼を一方通行に向ける。



495:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:47:55.52ID:tGvY6N++O

「殺してやる。粉々に切り裂いて、跡形もなく殺してやる。絶対に、殺してやる」

その瞳には、狂信的な信念が見えた。彼は血反吐を吐きながら、翼の先端を一方通行目掛け、射出した。

「ゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

焼け付くような憎しみと懇願を腹に込め、絶叫上げた彼に向けて一方通行は右手を前にかざし、透明の防御壁を精製した。




翼の突撃はそれにぶつかり、クラッカーを割るように容易く砕け散った。




彼の瞳の殺意は一瞬で消え、曇りなき絶望に支配された。

「一つだけ教えてやる」



496:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:49:31.69ID:tGvY6N++O

目の前の絶対強者の声が、彼の鼓膜を執拗に揺らしていく。

「例えこの絶望的状況から、大逆転を起こして俺を殺し、世界を作り変えたとしても、その世界で幸せになった人間を見届けたとしても」

一方通行は自身の瞳に憂いを乗せ、彼に告げた。

「自分の犯した罪からは、決して逃れることはできねェ。一生背負い続けるしかねェンだ」

一方通行の背中の6枚の翼が脈打ち、融合し、一つの塊になっていく。

(彼を、殺すつもりですか?)

垣根の言葉が、脳内で再び自分に問いかけてきた。一方通行は、あァと答える。



497:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:51:55.47ID:tGvY6N++O

「殺してやるよ。メルヘン野郎」

やがて翼の融合は完了し、6枚だった銀色の翼は、2つの純白の噴出へと生まれ変わった。この世のあらゆる美しさを統合したような神々しい白を掲げる一方通行に、彼は呆然と見とれてしまった。

「その、惨めな幻想をな」

最早自分が負けることは決まりきっている。だが、そんなことを歯牙にもかけず、彼は心のままに叫ばずには入られなかった。

「何で、何でだよ! お前だってこんな世界に生まれて後悔してるはずだろうが! 何にも悪くねぇのにこんな力を植え付けられた挙句血に塗れたんだぞ! おかしいだろ! 俺たちにはもっと、相応しい世界が」

「必要ねェよ」

彼の悲痛な訴えを遮った一方通行は、拳を強く握った。



498:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 16:53:59.53ID:tGvY6N++O

「俺の欲しかったものは全部」


一方通行の脳裏に、様々な人影が過ぎった。ジャージ姿の女教師。白衣を着た元女研究員。アオザイを身にまとった目つきの悪い少女。そして、自分を闇から救ってくれた、最愛の少女。

その全てを、余すことなく胸に秘め、一方通行は白翼の噴出を強める。そして最後に、彼にこう言い残した。

「ここにある」

一方通行の豪速の拳が、一瞬の内に彼の腹部に炸裂した。彼の背中の翼は砕け、そのまま一気に地面に墜落し、地表に大穴を開けてその下の空洞へと突き抜けていった。

圧倒的な瞬殺だった。



499:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:08:01.39ID:Q/r+SgUt0



一方通行は穴の側に降り立ち、白翼をしまった。穴は直径50メートルほどはある。その下は空洞になっており、穴の周囲には無造作にチューブや鉄骨が突き出ている。下へ行くには、この出っ張った廃材たちに足を引っ掛けて行くべきだと彼は思った。

「第1位さん」


声の方向へ彼は振り向いた。肩に垣根を抱えた初春がそこにいた。垣根の全身の亀裂は、少し元どおりになりつつある。


「あの人と話させてください」


彼女の言葉に、彼は無言で側に立ち寄り、垣根を背負う役を交代した。初春は頭を下げ、廃材の足場を伝い下に降りていった。



500:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:12:18.87ID:Q/r+SgUt0

「彼女に任せていいんですか?」

垣根の問いかけに、一方通行は鼻で笑う。

「心配すンな。此の期に及ンでまだくだらねェ答えだすなら、迷わず殺すつもりだ」

彼なりの情が詰まった返答に、垣根は思わず笑ってしまった。

「何笑ってンだコラ」

「いえ。何でもありません」

垣根はそう言い、ふと辺りを見渡した。すると、とあるものが目に入ってきた。

垣根は気のせいかと思い、もう一度目を凝らす。海の向こうに見える親指サイズの軍艦の、砲台がこちらに向いている気がしたのだ。



501:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:13:51.47ID:Q/r+SgUt0



穴の奥底。太陽の光が差し込むその中心で、彼は力なく、仰向けに横たわっている。

(……クソが。結局、何もできず終いかよ。畜生…………あのクソ一位。虫けら。お前らのせいで……)

心の中の罵倒も、ただただ虚しさが募るだけだった。今の自分に、未来などありはしない。降り注ぐ太陽の光を見ないように、彼はそっと目を閉じようとした。

その時、自分の体に影が覆い被さった。彼はその影の本体を見て、皮肉げに笑う。

「……何だよ。恨み言でも言いにきたか? 初春」

初春は彼の足元に立ち、無言で彼を見下している。




502:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:17:50.01ID:Q/r+SgUt0

「何とでも言えよ。どうせ太陽になれなかった負け犬だ。今更何言われたって、どうってこと」

彼が言葉を言い終わる前に、初春は彼の胸元に近づき、そこ思いっきり手繰り寄せ、二発鋭いビンタをかました。

「ガッ、な、何……」

彼は冷水を浴びたような目で、彼女を見る。

「あなたに対する怒りは、これくらいで収めておきます。そしてここからが、私の言いたいことです。垣根さん。逃げないでください」

その真っ直ぐな視線に目を合わせた後、彼は力なく笑って俯いた。



503:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:20:04.37ID:Q/r+SgUt0

「……どいつもこいつも。じゃあ俺はどうすればいいんだよ。このクソったれた世界で背負わされた罪に、成すすべなく打ちのめさせれて、這い蹲るしかねぇのかよ」

「そうです」

初春は即答した。

「自分の過ちを背負い、一生苦しみながら生きてください。それが、本当の意味での救いになるんです」

初春は一つ一つ、丁寧に紡いだ言葉を彼に届けようとする。



504:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:22:52.66ID:Q/r+SgUt0

「あなたなら出来ますよ。自分の汚れた部分にばかり、目を向けないでください。あなたの中には、優しさも、強さも、勇気も兼ね備えた、色んなあなたがいるんです。学園都市のない世界を作って、実験に晒された人を救おうとしたのも、あの世界で太陽の門を作ったのも、紛れもない優しさの一部じゃないですか」

「……違ぇよ」

彼は言い返す。余りにもか細い声で。

「あいつらの言う通りだ。全部、自分なんだよ。自分が良ければそれで良かったんだ。もういいよ。俺に構うんじゃねぇ」

「嫌です」

初春は迷わず告げた。

「あなたを諦めたくない」

その言葉に彼は、胸ぐらを掴む両手をそっと払いのけ、再び地面に仰向けになった。



505:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:26:09.69ID:Q/r+SgUt0

「何なんだよ。もう。お前は一体、俺に何を求めてるんだ」

その姿は、まるで駄々っ子のように無防備だった。初春は少し口元を緩め、彼にとある提案を言おうとする。

「垣根さん、良かったらーーー」




その時、突如飛来した白い槍が彼の腹部を貫いた。




「………………え?」



506:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:29:30.61ID:Q/r+SgUt0

初春の口から思わず声が漏れた。

「あ、ガ、ぅ、うああああああああああああああああああああああッ!!! グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! ガアアアアアアアアアアアッ!!!」

彼は地面をのたうち回る。痛々しく?くその姿からは、一目で想像できる激痛の気配があった。初春は顔を青ざめ、後ずさる。

「予想通りだったよ。やはり君では、彼らは越えられなかったか」

初春と彼は、声の方向に顔を向けた。地上の穴の淵。垣根と一方通行がいる方向とは逆の場所に人影が見える。緑色の手術服に身を包み、銀色の長髪をたなびかせる異質な存在。

吐血し、番犬のように唸る彼は、その「人間」の名前を口にした。

「アレイスター、クロウリーッ!」

男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』がそこにいた。彼の登場に、向こう岸の垣根と一方通行も息を飲んでいる。



507:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:32:55.47ID:Q/r+SgUt0

「とりあえず、礼は言っておくよ。君との競り合いのお陰で、未元物質の進化。そして一方通行の力をより『プラン』の実現に近づけることができた」

とすると、と彼は告げる。

「君の存在は最早完全に不要なんだよ。これ以上過去に干渉されるのも、あまり好ましくないしね。未元物質の現統率者の彼はその心配はないようだが、君は、そうじゃないだろ?」

アレイスターの冷ややかな眼光が、彼の充血した眼を貫く。彼は槍の刺さった腹部を抑えながら、何とか言葉を発しようとした。

「まさか………」



508:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:36:31.73ID:Q/r+SgUt0

「そうさ。察しの通り、君を貫いたその槍は妖精化の槍だよ。君が右方のフィアンマを利用して作った、魔神を殺す用の変異型を小型化したものだ」

垣根は怨嗟と屈辱の篭った目で、槍を見た。

「今は君の体内にある魔力が微量のため、効果も今ひとつのようだな。だが、その力を10倍に高めたら、どうなるかな?」

アレイスターは手にしたねじれた銀色の杖を彼に向けた。彼の顔は、死期を悟り蒼白になった。

「その恐れが、君の死因だよ」

無慈悲な宣告と共に、アレイスターは杖の効果を発動させた。『衝撃の杖(ブラスティングロッド』。魔術の効果を、標的の想像の10倍に強化する補助術式。

それにより、彼の腹部に刺さった槍が、より一層輝きだした。



509:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:40:22.49ID:Q/r+SgUt0

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!! グ、ガアッ! ぃ、アアアアアアアアアアッ!!! アアッ!!! は、ハハハハハハッ! ガアアアアアアアアアアアッアアアアアアアアッ!!!」

余りの激痛に、途中笑い声を挟みながら、彼はただ地面を無様に転げ回った。

「垣根さん! 垣根さんっ!」

目も当てられないその姿に彼女は悲痛に叫び、垣根と一方通行は、顔を歪めながら、杖を振るう彼を食い止めようと拳を構えて突撃した。

しかし、彼は瞬時に自分たちが元いた場所に移動していた。

「どうした第1位。彼を救いたいのか? 私を止めたかったか? だが真の科学の世界を操る時間はもうないだろ? 彼が死ぬのは、もう確定だよ」

その宣告に、垣根は何かを言おうとしたが、上空から甲高い音が聞こえたのをきっかけに、空を見上げた。



510:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:43:25.79ID:Q/r+SgUt0

「これは…………」

そこには渡り鳥の群れのように、列を描いて飛行する戦闘機の姿があった。

「この島には、彼が寄生した未元物質の残骸が数多く眠っている。やるなら徹底的に、だよ。君にはこの島ごと、眠ってもらおう」

アレイスターがそう言うと、海上の軍艦から砲撃音が鳴り響き、数拍の間を置いて島の岸辺に砲弾が炸裂した。火柱と鉄屑が、島の中央から確認できるほど強く巻き上がる。

「原型制御(アーキタイプコントラー)で、この島に対する人類の認識を変換させた。かつて世界に混乱をもたらした魔神の古巣。それを早急に取り除く為、いち早く学園都市が動きだした。というシナリオさ。これなら沖合で島が一つ消滅しようと、対岸で見守っている人々は安心できるだろ?」

「原型、操作…………?」

虫の息の彼が、アレイスターに問いかける。



511:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:45:30.03ID:Q/r+SgUt0

「ああ。私の力の一つさ。人間の共通価値観、認識を自由に変換する。要するに君は、この力により世界から完全に拒絶されたということだよ。異物を司る者として、皮肉な最期だな」

アレイスターは眉一つ動かさず、ただ事実を淡々と彼に告げ、そしてこの場から背を向け去ろうとした。

「待て!」

穴の底からの声に、アレイスターは振り向く。

「人間の、認識の操作っ、だと? お前、まさかその力であいつを……」

芋虫のように這いずりながら、眼球が飛び出そうな勢いで彼はアレイスターを睨む。



512:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:49:01.33ID:Q/r+SgUt0

「……あいつ、というのは君を裏切った彼女のことかな?」

アレイスターは一瞬記憶を辿り、そして彼に問いの答えを告げた。




「そんなわけないだろ。彼女は自分の自分の意思で私に忠誠を誓い、自分の意思で君を裏切ったんだ」




今度こそ、彼の目から一縷の隙間もなく、希望が消滅した。初春は再び訪れた無惨な末路に、思わず口を押さえる。

「……仮に彼女が私に操られていたとして、それで何なんだ? 今際の際に、私に全ての責任をなすりつけられるとでも思ったのか? 自分がここまで堕ちたのは、私のせいだとでも言いたいのか?」



513:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:52:23.73ID:Q/r+SgUt0

作り物のように微動だにしなかったアレイスターの顔が、深い軽蔑の表情を浮かべた。

「甘ったれてんじゃねぇよクソガキが。私はお前のような奴が一番嫌いなんだ」

腐った内臓を見るような目で彼を見下し、アレイスターは続ける。

「大層な理想や信念を語って自分を大きく見せたがる。そのくせ何の犠牲も背負う覚悟がない。確かに君を暗部に堕ちるよう仕向けたのは私だ。だがそこまで腐りきったのは、ひとえに君のその弱さが原因じゃないのか?」

アレイスターは背を向けて、最後の言葉を吐き捨てた。

「軟弱者に与えられる役目の駒などない。大人しくここで死んで、今すぐ盤上から失せろ。負け犬が」

直後にアレイスターはこの場から姿を消した。そして戦艦と、戦闘機による砲撃が巻き起こり、少しずつ島を破壊していく音が無造作に響いていく。



514:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:56:21.36ID:Q/r+SgUt0

だが穴の底では、アレイスターが去った後を見つめたまま、ぴくりともしない彼と、その様子を見つめる初春が、静寂に取り残されている。

「垣根さん…………」

初春は言葉を発したが、それは砲弾の音と、どうしようもない虚夢に晒されたこの場の空気に負け、情けなく消滅していく。

「フッ」

彼はようやく、一言を発した。

「ハハハハハハハハハッ。ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ…………アハハハッ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! アヒャハハハハハハハハハハッ!!!」

途端に堰が切れたように、止まらない乾いた笑いが彼の口からあふれ出した。



515:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/25(日) 23:58:40.64ID:Q/r+SgUt0

「何だよ。結局何もできず終いじゃねぇか。なぁ? アハハハハハハハハッ!」

彼は初春を見た。剥き出しの自棄が宿ったその瞳に、初春の胸は抉るような痛みに襲われる。

「分かったか初春? これが現実なんだよ! 幻想に溺れた人間に、現実は容赦しねぇんだ! 分かったらとっとと失せろ! ここに居たら巻き込まれて死ぬぞ? ハハハハハハハハハハッ!」

そう言っている間にも、彼の口からは血が溢れ、全身は痛々しくひび割れていく。深く重い絶望の淵で、彼は今すぐ目の前の彼女が居なくなることを望んだ。

「…………嫌だ」



516:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:00:13.68ID:z9MlvUfY0

その返答に、彼は疼くめていた顔を上げ、彼女を見た。

「…………は?」

初春は潤んだ瞳で彼を見つめ、言う。

「ここであなたを見捨てたら、あなたは本当に1人になる。そんなの嫌だ! 」

「……お前、何言って」

「私が」

初春は彼の側に寄り添い、乾いた餅のように割れた彼の右手をにぎりしめた。

「最期まで、側に居ます!」



517:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:02:13.29ID:z9MlvUfY0

彼の目は彼女を見つめ、固まる。

「何言ってんだ、お前っ。死ぬぞ」

「分かってますよ」

初春は言う。

「何、言ってんだ! 俺がお前に何したのか忘れたのか!」

「分かってます」

変わらずに彼にそう告げる。

「…………………何で」

「言ったじゃないですか」

初春は彼の手を握る力を強めた。



518:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:03:39.27ID:z9MlvUfY0

「あなたの味方だって」

自分の手に走った温もりが、改変した世界でそう言っていた彼女の姿を思い出させた。彼女と過ごした情景が、止まらない速さで彼の脳裏を駆け巡る。

澱んだ感情の油に火が灯り、震える口元から言葉が漏れ出した。

「失せろ」

彼は初春を思っ切り突き飛ばした。彼女は尻餅をつき、彼を見る。



519:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:06:11.51ID:z9MlvUfY0

「失せろ! ウゼェんだよお前! 自分に酔ってんじゃねえ! 目障りなんだよ! 今すぐ目の前から消えろクソガキがッ!」

彼の罵倒を喰らっても、瞳に宿った決意を変えない彼女はゆっくりと立ち上がった。

「止めろ。来るんじゃねぇ。消えろ。こっちに来るな!」

彼の言葉を物ともせず、初春は彼へと一歩を踏み出す。

「来るなつってんだろッ!」



520:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:08:00.69ID:z9MlvUfY0

彼は後ずさり、近くにあったL字の鉄パイプを初春に思いっきり投げた。パイプは回転しながら彼女の左目の上の額に激突し、カランと地面に転がった。彼女は顔を伏せ、立ち止まる。

顔を上げると、傷口から血が滴っていた。それでも彼女は、彼に向かい足を進める。

「止めろ! いいか? そこから後一歩でも動いてみろ。お前をぶっ殺すからなッ!」

彼は後ずさり続け、そして背中に廃材の壁が当たった。息を荒げ、充血した目で彼女を睨み続けている間にも、妖精化の槍の破壊が全身を蝕み、彼はまた呻き出し胸元を抑える。

初春はそんな彼を見て少し足を止め、また歩き出した。



521:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:09:14.27ID:z9MlvUfY0

「止めろ! 来るなっ」

掠れた声と共に、口から血を吐き出す彼は、右手で自分の口を覆い、その後、顔全体を覆い隠した。

「頼むっ、から…………」

地べたに吐き出された血溜まりの上に、透明な雫が落下した。彼はより強く掌で顔面を覆い隠すが、頬を伝う涙と、歯を食いしばった口元は隠し切れずにいた。

「垣根さん…………」

初春は震えた声で、彼の名を呼んだ。

その時、砲撃が穴の淵に炸裂し、爆音と共に崩れた瓦礫が初春の頭上に向かい降り落ちてきた。



522:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:11:41.61ID:z9MlvUfY0

「ッ!」

初春は身動きを取れず、ただ反射的に両腕を顔の上にかざした。彼の顔に、焦りが浮かび上がった。

瓦礫は彼女の居た場所に降り注ぎ、粉塵と小さな鉄の破片を巻き上げた。やがて視界が晴れてくると、彼の視線の先に、2つの人影が見えてきた。

「っ、第1位さん!」

彼女を抱き抱え、瓦礫の倒壊から避難した一方通行が、彼から5メートルほど離れた位置に凛と立っていた。

「行くぞ」

彼は初春に告げた。



523:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:13:03.75ID:z9MlvUfY0

「え? ちょっと待って、嫌だ。あの人が、まだ! 離して!」

初春は一方通行の腕の中でもがくが、彼は彼女の額の傷口に触れ、血中酸素のベクトルを操作した。彼女は安らかに、気絶する。

瓦礫越しに、一方通行は瀕死の彼を見る。互いの瞳はじっと見つめ合い、そこに言葉は一向に交わらない。

「行けよ」

「あァ」

ただそれだけを言い残し、一方通行はこの場から飛び去った。たった1人になった彼はズルズルと壁を伝い、仰向けに地べたに倒れこんだ。



524:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:14:53.58ID:z9MlvUfY0

遠くから聞こえる砲撃の音と、地響きの揺れが、自分の終わりを着実に運んでいることを、細胞に染み渡るように感じる。

「グッ」

彼は息を詰まらせ、瞳から氷が溶けたように涙を溢れさせた。

「ウッ、グッ、アァッ! ッ、ウゥッ! アッ! ガァッ! ァッ…………」

彼は泣きながら、何度も何度も、廃材の壁を必死で右手で叩き続ける。

「ァッ……グッ……クソ、クソッ、ちく、しょう…………」

そうしている間にも、妖精化の破壊に内臓は削り取られていき、口からは血反吐が飛び出す。彼は地面にうずくまり、潰れそうな勢いで拳を握った。



525:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:16:08.39ID:z9MlvUfY0

不意に、彼の霞んだ視界の先。鉄くずの群れのその向こうに、白い影が現れた。

彼は最期の力を振り絞り、震えながら立ち上がる。

「気分は、どうだ? あ? これでお前は、晴れて垣根帝督だ。嬉しいだろ? 何か、言えよコラ」

目の前の、自分と全く同じ形をした白い男に、彼はそう言う。

「ふざけんじゃねえ」

彼の目が、殺意に濁る。



526:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:17:23.57ID:z9MlvUfY0

「何で俺が死んで、紛い物のお前が残る! ふざけるな! せめて、お前だけは、お前、だけはああああああああああああああああああああッ!!!」

彼は背中から、ボロボロになった白い6枚の翼を展開する。それはもうかつての面影など微塵もないほど哀れな翼だったが、それでも彼はその翼をはためかせ、男に向かい突撃する。



その男、垣根帝督は、俯いていた顔を上げ、素早く彼の懐に潜り込み腹に拳を炸裂させた。




刺さっていた槍は粉々に砕かれ、胴体も呆気なく貫通された。カウンターも出来ぬまま、瞬時に反撃を食らった彼は、口から盛大に血を吐き出す。

彼の体が、徐々に白化していき、繊維状に分解され垣根の肉体に吸収されて行く。



527:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:18:49.67ID:z9MlvUfY0

「………素直じゃない方だ。こんな回りくどいやり方をしなくても、介錯くらい、頼まれればやりますよ」

垣根はやり切れない表情で、彼に言う。

「何言ってんだよ。ボケ。お前に何が分かるんだ」

もう上半身しか残っておらず、体もほとんど白化した彼が、悪戯げな笑みを浮かべる。

「分かりますよ」

垣根ははっきりと、彼に告げた。彼はそれに何も返さなかったが、垣根に完全に吸収され、消滅する寸前、小さく口を開いた。



528:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 00:20:00.84ID:z9MlvUfY0

「そうかよ」

彼は煙のように棚引きなから、消滅した。

垣根は彼の体を貫いた、自分の右手に目を落とし、そして、翼を広げて上空に飛び立った。

ある程度の高度に達した時、船の墓場を見下すと、軍艦や戦闘機の砲撃により至る所から黒煙を上げ、ゆっくりと、海上で死んでいく様が見えた。

夕刻の近い時間の微睡んだ太陽も、西の方からそれを見届けていた。



529:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:26:36.77ID:ldGZ8cbIO



日が傾き、茜色になった太陽が海面に光の道筋を刻んでいく光景を、東京湾のとある港から一方通行は眺めていた。背後にはトタンで覆われた倉庫がぽっかりと扉を開け、その奥に影をもたらしている。

彼は振り返る。倉庫の手前には、目を閉じた初春が座り込み、壁際にもたれかかっている。額の傷は、ベクトル操作で細胞を活性化させて癒着させた。彼女は寝息を立て、静かにそこにいる。

そして両者の間に、6枚の翼から羽毛を散らし、垣根が上空から降り立ってきた。

一方通行は垣根と目を合わし、また海の方面へと振り返った。垣根は初春を見る。



530:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:28:18.95ID:ldGZ8cbIO

「もうしばらくしたら起きるだろ。その時に、ちゃンと伝えてやれ」

一方通行は背中越しの彼に向けてそう言った。

「申し訳ありません。貴方に、心苦しい役目を負わせてしまった」

「気にすンじゃねェ。嫌われ役は性に合ってる」

垣根は一方通行の方へ向く。

「アイツはどうなった?」

彼の質問に、垣根は憂いた笑みを浮かべて答える。



531:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:30:36.91ID:ldGZ8cbIO

「最期は、私の手で葬られることを望みました。この手で彼を貫き、未元物質のネットワークの中へと吸収した」

そう言って垣根はまた、自分の掌に視線を落とした。

「戻ってくる可能性は、あるのか?」

彼は首を横に降る。

「私が未元物質の統率者である限り、彼の人格は、ネットワーク上のデータに過ぎない。戻ってくることはまずないでしょう」

波の音が、両者の間に虚しく響く。一方通行は何も言わず、垣根は、しばしの沈黙の後事実を告げた。

「生身の内臓が消滅した今、『人間』垣根帝督は、完全に死にました」

そうか。と一方通行は返した。



532:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:31:53.68ID:ldGZ8cbIO

垣根はまたしばし沈黙する。脳内に、アレイスターが言っていたあの言葉が浮上してきたらだ。

(どうした第1位。彼を救いたいのか?)

垣根はゆっくりと、言葉を切り出す。

「一方通行。貴方本当は………」

「アァ?」

一方通行は上半身を振り返らせ、赤い瞳で彼を睨んだ。その反応に、垣根は笑う。



533:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:33:27.72ID:ldGZ8cbIO

「……いえ、貴方と私の関係に、それは無粋だった」

ただ、と垣根は言う。

「これだけは言わせてほしい。ありがとう。本当に」

その言葉に、一方通行はハッとため息をもらした。

「行きますか」

垣根はそう言い、初春の方へと歩き出し、彼女を抱き上げた。一方通行も彼に続き、そちらへ歩き出す。

道中、彼はまた海の方面を向いた。



534:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:34:50.25ID:ldGZ8cbIO

「…………………………」

海は太陽を飲み込み、その表面を赤く焦がしていく。そこにはもう、船の墓場の姿はない。戦闘機と戦艦の爆撃により、海底深くに沈んでいる。それでも彼は、かつてそこにあったはずのそれを思い浮かべ、ただ海を見つめた。

ポケットの中の携帯電話が震えた。彼はそれを取り出し、応答する。

『あなたー? もうそろそろ帰ってくるの? ってミサカはミサカは待ちきれない思いを伝えてみる!』

電話の向こうには、自分が守るべき最愛の少女の声がした。彼は彼女の姿と、そこにいる、大切な人たちの顔を思い浮かべて答えた。

「アァ。もう終わった。今から帰る」



535:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:37:22.09ID:ldGZ8cbIO

…………………………。

少し前に、本で読んだことがある。

エジプト神話の神々の1人、ネフェルティムと言う美しい花の神のことを。


彼は頭に睡蓮の花を携えていた。

その花の香りは、エジプト神話を代表する神、太陽神ラーに捧げられた。彼が冥界の深くで復活を待つ間、花は絶えず花弁の中に彼を内包し、活力を与え続けたという。

そして、復活を遂げたラーは、蓮の花の上で神々しく輝いたそうだ。



536:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:38:55.36ID:ldGZ8cbIO



一週間後、垣根と初春は、互いが始めて出会ったカフェのオープンテラスに居た。時刻は午後4時を過ぎ、太陽は茜色になりつつある。

テーブルの上には、初春が注文した大型甘味パフェがある。彼女はそれをスプーンで掬い、満面の笑みで頬張り続ける。

「ん~、やっぱり美味しい! あ、垣根さんも食べます?」

初春はスプーンに乗ったパフェを彼の口元に運んだ。垣根は微笑む。

「遠慮しておきます。貴方が全部食べればいい」

彼女はまた笑顔で、分かりましたと答えた。彼女の周りには、張り詰めた陽気さが漂っている。



537:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:40:23.09ID:ldGZ8cbIO

お待たせしました、と言いながら店員は垣根の注文を持ってきた。バラの香りが漂うダージリンティーが机の上に置かれ、彼はありがとうと告げる。

垣根はカップを持ち、鼻先へと近づけ花の香りを味わい、そして一口すする。カップを皿の上に戻し、彼は暖かいため息を吐いた。

(あのことを思い出した時、思わず笑ってしまった。頭に花なんて、正に目の前の彼女だ)

初春は依然と、幸せそうにパフェを食べている。垣根はそんな彼女の姿を見ながら、思索に耽る。



538:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:42:03.19ID:ldGZ8cbIO

(もう1つ、笑ってしまったことがある。太陽神ラーは数ある形態の1つとして、夜明け前、蓮の花に包まれている時は、スカラベの姿をしたケプリと言う神になるらしい)

古代、スカラベは神聖な甲虫として崇められていた。スカラベが転がす糞球が、沈んではまた登る太陽の運行と同一視されていたからだ。

そのことからスカラベは、復活と再生の象徴とされていたようだ。

(花から生まれ出る、復活と再生の象徴の虫、か)

垣根は思い出して、また微笑む。

(初春さん。貴女は紛れもない花だ。汚れた泥土を吸い上げても尚、美しく咲こうとする立派な花だ。ならば私は、そんな貴女に勇気を貰い、復活を遂げた一匹の虫だ)



539:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:43:11.23ID:ldGZ8cbIO

ずっと、この関係を何と呼べばいいのか分からなかった。最低の出会いから始まった、この奇妙な関係は、名付けるのにはあまりにも複雑だった。

男と女でもない。

被害者と加害者でもない。

(ようやく見つけた気がしますよ。貴方と私の、絆の名前を)

例えるなら、そう。



540:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:44:24.62ID:ldGZ8cbIO

「花と虫」

垣根の言葉に、初春はパフェを頬張る手を止め、彼を見た。

「垣根さん、何か言いました?」

「いえ、何でもありません」

垣根はそう言い、また手前の紅茶を軽くすすった。

やがてカップを皿に置いた彼は、初春に向かい語り出す。



541:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:46:42.77ID:ldGZ8cbIO

「初春さん。まずは、今日時間を取っていただいて感謝します。そして、謝らなければいけない。私は結局、彼を救い出すことができなかった」

あの日、眠りから目覚めた初春に全てを伝えた。彼女はただ頷き、一言も喋らず、終始顔を埋めていた。垣根はその時のことを思い出し、彼女に謝罪する。

初春は黙っていたが、すぐに顔に笑顔を戻す。

「嫌だなぁ。垣根さんが謝ることじゃないですよ。仕方なかったことなんですから」

その笑顔の真意を理解している垣根は、一切表情を緩めない。

「それに、あの人は最後まで、救われることを拒んでた。きっと、私なんかが何言っても意味がなかったんですよ。だから垣根さんも、そんな顔しないでください」

それは違う。と垣根は素早く返す。



542:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:49:06.77ID:ldGZ8cbIO

「貴女は最後まで、彼を救おうとした。その想いはきっと彼に伝わっていたはずだ。でなければ、あんな涙は流さない。違いますか?」

初春は笑顔を続けるが、次第にそこに暗い影が混ざり始める。

「分からないですよ」

彼女は顔を下に向ける。

「確かめようにももう、あの人はいないんですから」

その言葉に、垣根は答える。

「そうだ。彼はもうこの世界にはいない」

彼女の顔から笑顔が消えた。それを見た垣根は、そっと手を伸ばす。

「だが、ここに『もしも』の世界がある。もし、あの時彼が死ななかった後の世界が」



543:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:51:04.96ID:ldGZ8cbIO

その言葉に、初春は顔を上げた。自分に向かって伸びた垣根の掌から、万年筆ほどの大きさの、軍神の槍が発されていた。

「垣根さん、それ…………」

「彼を吸収した際、彼が記憶していた軍神の槍のデータを元に、新たに作り上げたものです。これで私も、魔神の力を制御できるようになった。後は法則制御と組み合わされば、彼が行なったような過去改変を行える」

ただ、と垣根は続ける。

「幻想殺しをこの身に宿らせた後遺症が少し、発生しましてね。法則制御の力を、安定して使うことが出来なくなってしまった。このまま過去改変をしても、おそらく5分もしないうちにバランスを崩し、元の世界に戻ることになるでしょう」

5分。初春はその言葉を繰り返す。



544:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 16:52:29.40ID:ldGZ8cbIO

「これが所詮、幻想なことは分かっています。だがそれでも、私は貴女に伝えたい。貴女がどれだけ、彼を、垣根帝督を、救ってくれたのかを」

あり得たかもしれない世界。

たった5分の間の幻想。

そんなものに縋ったって、現実が変わるわけじゃない。

そんなことは彼女にも分かっている。

だが、それでも彼女は、彼が差し出した手に、触れようと手を伸ばした。

世界が白に染まり、生まれ変わる。



545:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:12:22.10ID:z9MlvUfY0

…………………………。

初春が目を開けると、そこは学園都市を見下ろせる展望台がある、レンガ式の道が敷かれた遊歩道だった。

「ここは…………」

初春は辺りを見渡す。道の脇には木々が並び、山中に建てられた風力発電のプロペラの回る音が耳に過ぎる。視線の先には下へ続く階段があり、その先に展望台がある。

「さあ。行ってきてください」

隣の垣根が、初春の背中をそっと押した。彼女は振り返り、無言で頷く。



546:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:15:50.34ID:z9MlvUfY0

初春は歩き出し、階段を降り、展望台から学園都市を見下ろしたた。改変前と同じく、時刻は夕方で、街はオレンジ色の光を反射して切なく輝いている。

初春はそこで、あることに気づいた。

(……何か私、少し大きくなってるような)

自分の顔や胸や腹をペタペタと触り、改変前よりも成長していることを感じる。とすると、ここは未来なのだろうか?

そんなことを考えていると、不意に左側から声がした。



547:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:16:30.47ID:z9MlvUfY0




「初春」





548:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:17:47.73ID:z9MlvUfY0

聞き覚えのあるその声に、彼女は振り向く。そして、息を詰まらせた。

「…………垣根、さん?」

目の前に居たのは、紛れもない、かつて自分を殺そうとした『本来』の垣根帝督だった。初春は言葉を失い、じっと、彼を見つめる。

「何ボッーとしてんだコラ。パトロールは済んだのか?」

「へ?」

パトロールと言う言葉が彼の口から出たことに、初春は呆けた声を漏らす。そして、彼の右肩にかけられたものを見て、震えながら指を指した。



549:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:19:21.23ID:z9MlvUfY0

「あ、あの……その、腕章は……」

「ハァ? オイオイ。天然なのは知ってるけどよ、遂にボケが始まったのか? ずっと付けてんだろうがよ」

彼は腕を上げ、彼女にそれを見せびらかす。それは自分がずっと掲げてきた、風紀委員の腕章だった。

(そうか。この、世界は……)

初春はあの時、彼に言いそびれた言葉を思い出した。



550:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:20:06.25ID:z9MlvUfY0




ー垣根さん。もし良ければ、風紀委員に入りませんか?ー





551:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:22:25.29ID:z9MlvUfY0

(それじゃあ、あの後、垣根さんは私の誘いに乗って…………)

初春はそれに気づき、唇を固く結わえる。そして、すぐに顔の緊張を解いて笑みを浮かべた。

「そうでしたね。うっかりしてました」

「ったく。しっかりしろよ。あ、悪りぃ電話。もしもし……ああ、白黒か。んだよウルセェな……分かってるよ…………ああ、ちゃんと用意してる………ウルセェよボケ。殺すぞ」

彼は電話越しに会話を続ける。白黒、ということは、おそらく相手は黒子だろう。初春は少し笑い、掌をぎゅっと握り締めた。

(良かった)

彼女の奥底で、感情の波が荒立ち、激しさを増していく。彼女はそれを抑え込み、自分に言い聞かせる。



552:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:23:38.11ID:z9MlvUfY0

(あなたは、ちゃんと自分に打ち勝てたんですね。じゃあ、泣くなんてダメだ。あなたの為にも、最後まで笑顔でいて、この世界と別れよう)

この世界で過ごせる時間は、後4分を切った。初春は息を吸い込み、彼へと向かう。

彼は眉間に皺を寄せながら電話を切った。そして初春の方へ向くと、彼女は満面の笑みをして、すぐ目の前にいた。

「パトロール完了しました。さあ、本部に帰りましょう」

「おう」

彼はそれに微笑みながら答えたが、その後直ぐに掌を彼女に向け、静止させる。



553:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:25:35.13ID:z9MlvUfY0

「その前に、初春。手ぇ前に出してくれないか? ちょっと、赤ん坊を抱き抱えるようなポーズで頼む」

初春は怪訝に思いながら、言われた通りのポーズをとる。

「よっしゃ。3、2、1!」

彼が指を鳴らすと、初春の腕の中に突然花束が現れた。赤や黄色、紫の花々が咲き誇る、華やかなギフトだ。初春はわっと驚き、花束を握りしめたまま少し後ずさった。

「ハハハッ! ビビったか? 未元物質を駆使した瞬間移動だ。白黒のお株を奪っちまうが、俺の未元物質に常識は通用しねぇからな」

彼は無邪気な笑みを浮かべて手を叩く。そして、一転して真摯な表情で、彼女と向かい合う。




554:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:27:22.66ID:z9MlvUfY0

「初春。今日で俺が風紀委員に入って、2年が経った。そいつは、お前への礼だよ。どうしようもねぇ俺に手を差し伸べてくれた。お前へのな」

初春の口元が、歪に震えた。

「俺は最初、お前を殺そうとしていた。それなのお前は、そんな俺に光を与えてくれたんだ。その思いを、全部言葉で伝えるってのは、ちと難しいだろ? その花束が代わりだよ。初春。ありがとな」

彼は照れ臭さそうに、時々視線を逸らしながらそう言う。

(ダメだ)

初春は必死で、自分に言い聞かす。



555:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:28:27.94ID:z9MlvUfY0

(甘えちゃダメだ。泣くな。泣いちゃダメ)

彼女は顔を上げて、笑う。

「ありがとうございます。垣根さん。これからもよろしくお願いします」

ああ、と垣根は笑った。

「でも、もう2年か。早いもんだな。色々あったよな」

彼はまた語り出す。



556:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:29:54.27ID:z9MlvUfY0

「俺が犯人捕まえる際にやり過ぎて、始末書に追われたりした時は皆んなにめちゃくちゃ怒られたよな。特に白黒がうるさくてよぉ。よく2人であいつの悪口言い合ったよな」

「ですね」

ダメだ。

「夏皆んなで海行ったときもよ、お前の貧相な体と美偉の体比べてイジったら、顔真っ赤にして怒りまくってたな。あの後やった花火で俺に向かって火花ぶっ放してきた時は、マジでヤバい奴だと思ったぜ」

「あはは、まあ」

泣くな。



557:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:32:23.04ID:z9MlvUfY0

「一端覧祭の時は、一位の野郎と組んでバンドやらされたな。あんなに空気の悪りぃライブ初めてだったぞ。あいつと音楽の趣味も全く合わねぇし。ニルバーナが好きなんて、信じられねぇよ。お前の頼みだからやったんだぜアレ」

「うん」

甘えるな。

「クリスマスの日には、カブトムシと一緒に学園都市中のガキにプレゼント配ってたよな。あれは恥ずかったぜ。サンタの代わりに天使が来たとかそこら中に言いふらされてよ。あ、そうそう。最後にお前にマフラー渡したら、満更でもねぇ顔してたな。あの時のお前の顔、中々見ものだったぜ」

「……うん」

ダメだ。ダメだ。ダメだ。

「入って一年も経てば後輩も出来るし、ようやく一番下っ端から抜け出せたと喜んだもんだ。どいつもこいつも、学園都市2位を顎で使いやがって。中でも1番こき使ってやがったのは、お前だけどな。負い目に漬け込みやがって。腹黒い野郎だ」

「ちょっと」

「でも、悪くなかったぜ。初めて俺に、まともな居場所が出来たたんだ。背負った罪は一生消えねぇけど、それでも少しずつ、削ぎ落としながら進むつもりだ。初春。本当に」

「ねぇ」



558:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:34:53.95ID:z9MlvUfY0

彼はそこで、言葉を失った。目の前で笑顔を保っている彼女の瞳から、大粒の涙が溢れていたからだ。

「止めて…………」

初春はもう、耐え切れず、手にした花束の影に顔を隠してひたすら涙を零す。

「初春……?」

彼は口を開け、彼女をただ見つめる。

そしてあることが、頭によぎった。



559:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:36:22.50ID:z9MlvUfY0

「違うの……何も、出来なかった。こんなの、貰う資格なんてない……私は、あなたを救えなかったの……だから、止めて…………」

初春はそこではっとしたように顔を上げ、涙を拭き取り、また顔に笑顔を灯す。だが、一度流れ落ちた涙は決して止まらず、頬を伝うのを止めようとしない。

「あ、アハハ。何、言ってんでしょう私。垣根さんが言うように、ちょっとボケて来ちゃったのかなー? ハハハハハハ」

「……お前、ひょっとして」

「さあ、もう帰りましょうよ! この花どうしましょっか? んー、風紀委員の本部に飾るのは邪魔かなあ? じゃあ、寮の部屋にでも、飾ろっ、かなあ……」

何度も瞳を擦り、涙を拭き取ろうとするが、その度にまた溢れ出す涙に、初春は逆らう気力を失くしつつあった。



560:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:39:06.29ID:z9MlvUfY0

「えへへ。垣根さん。ありがとう。私、大事に」

それでも何とか笑いながら、彼に礼を言おうとしたが、言い終わるよりも先に彼は初春を抱きしめていた。花束が花弁を散らしながら、地べたに落ちる。

「へ? あの、垣根さん?」

彼は強く、初春を抱く腕に力を込める。彼女の体に、何度も肌に触れたあの感触がよみがえる。彼は右手で彼女の頭を優しく撫でながら、ゆっくりと話し出す。

「そっちじゃ、俺はもういないのか?」

その言葉に、初春は腹が痙攣した。それでも彼女はまだ、自分の意思を貫こうとする。



561:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:40:16.07ID:z9MlvUfY0

「な、何言ってるんですか? そっちて、垣根さんもちょっと疲れて」

「ごまかすんじゃねぇよ」

彼の声は低く、暖かく、初春の鼓膜を満たす。

初春はそこで反逆の意思に、決定的な亀裂が走ったのを感じた。

「俺も世界改変をやった身だ。大体分かる。答えてくれ。そっちじゃ、俺はもう居ないのか?」

意思が儚く崩れ落ちていく音が、自分の口から嗚咽に変わって漏れ出すのを初春は感じた。



562:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:41:55.12ID:z9MlvUfY0

「風紀、委員に、誘おうとしたんです。だけど、アレイスターって人に、それで…………」

そこから先は言葉にならなかった。ただ胸元で泣き続ける彼女を、彼は頷きながら、しっかりと抱きしめる。

「そうか。頑張ったんだな。最後まで諦めずに、俺を救おうとしてくれたんだな。初春。ありがとな。本当に」

彼の言葉が、優しい感触で内側に入ってくる度に、それが巡り巡って涙に変わり、瞳から溢れかえってくる。初春はその激情を乗せるようにして、首を勢いよく横に振った。

「結局、何も出来なかった。私はあなたを、どうすることも、だから、あなたにそんなこと言われる資格なんか」

彼は首を、ゆっくりと横に振る。



563:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:43:50.74ID:z9MlvUfY0

「例え俺はもうそっちに居なくても、お前の言葉が、お前の優しさが、俺の心に光を指したのは変わらねぇよ。お前は十分、俺を救ってくれたんだ」

「違う、違うっ」

初春は涙を散らしながら、何度も首を横に振り否定する。

「私じゃない。あなたが、自分に勝っただけなの。だから、違うの。そんな優しいこと、言わないで……」

「俺はそんなに強くねぇよ」

彼は囁く。

「俺にそんな力があるなら、それはお前から貰ったもんだ。ずっと、自分の弱さにムカついてた。俺がこの世界でこうしてられるのも、お前が側に、居てくれたからなんだよ」

彼は初春の頬を伝う涙を指で拭き取り、その頬を掌で包む。彼女は顔を上げた。



564:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:45:35.28ID:z9MlvUfY0

「だから、そんな顔すんな」

彼は笑う。一点の曇りのない笑顔で。

「俺はもう、大丈夫だ」

その笑顔を見た初春は、何かを言おうとして、そして、大声を上げて泣いた。自分の存在は、確かに彼の中で花開いていた。そのことが分かった今、彼女は何も包み隠すことなく、ただ涙を流し続けた。彼はそんな彼女の頭を、優しく撫でていた。




一秒、一瞬、一目でも、この笑顔を見れてよかった。




私たちはこんなにも、分かり会えたんだ。



565:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:48:12.63ID:z9MlvUfY0

「グェッ?!」

突如、自分を抱きしめていた彼がバランスを崩して前に倒れてきた。初春は咄嗟に彼から離れ、彼はただ1人地べたに倒れ落ちる。

「全く。気になって来てみれば、よくもまあ初春に熱い抱擁をしやがりましたわね。このペ天使」

そこに居たのは黒子と、彼女のテレポートで同伴してやって来た固法だった。黒子が彼の後頭部にドロップキックをかましたたのだ。2人とも2年経って、少し体が大きくなっていると初春は感じた。

「初春さん! どうしたの? 泣いてるじゃない! 帝督に何か言われたの?」

固法は急いでテッシュを取り出し、初春の目元を拭く。初春は戸惑いつつ、為すがままでそれを受け入れた。



566:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:49:39.47ID:z9MlvUfY0

「どう言うことですの? 説明によっては磔にしてやりますわよ」

「やってみろよ雑魚が。よくもやりやがったな。いつまでもナメていられると思ったら大間違いだぞ白黒」

彼は後頭部を摩りながら立ち上がり、怒りのオーラを周囲に発散する。だが、横から固法に耳を抓られ、その怒気は一瞬で消滅した。

「帝督? 説明しなさい。あなた一体初春さんに何言ったの?」

「イテテッ! ちょ、止めろ美偉。何も言ってねぇよ! だろ初春!? 説明してやれ!」

彼の懇願に、初春はプッと吹き出し、したり顔で固法に言った。



567:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/26(月) 23:51:04.68ID:z9MlvUfY0

「とっても、とっても酷いことしました。死ぬかと思った」

彼の顔から血の気が引いた。

「ちょ、初春、おま」

彼の言葉は、今度は顔面に直撃した黒子のドロップキックにより遮られた。

「やっぱりそうですのねこのペ天使があああああああああッ!!! 私のパートナーを痛ぶった罪、覚悟するんですのォッ!!!」

黒子に足蹴にされる彼と、それを見つめてため息を吐く固法。そんな光景を眺めながら、初春は心の底から笑った。その瞳からまた一筋、涙が垂れ落ちた。

そこから少し離れた、遊歩道の柵にもたれていた垣根は、耳に入ってくるそのやり取りを聞き静かに笑った。

空を見上げると、茜に混じった薄い紫色の向こうに、透明な月が輝いていた。



568:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 18:52:08.45ID:3RpTEa7NO

…………………………。

12月の太陽は、死んだ動物の皮膚のような温度を街中に放っている。彼はその空気の中を当て所なく歩きながら、そんなことを思った。

(まさか、この世界でもあいつらと共にいるとはな。とんだ縁を用意してくれたもんだ。魔神の力って奴はよ。ムカつくなクソったれ)

彼女の凄惨な裏切りから逃れる為、彼は2度目の世界改変を行なった。

それは、彼女と合わなかったという前提の世界だった。その世界で彼は、スクールの面々を引き連れ学園都市の闇に戦いを挑んでいた。

思いがけずまた、彼らと行動を共にすることになった彼の胸中には、逃れられない自分の業というものを感じた。



569:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 18:53:29.61ID:3RpTEa7NO

(なあに。前とは違う。あいつらとも上手くやって、今度こそ俺はこの街をあるべき姿に戻してやるさ)

彼は自信のある笑みを浮かべた。

しかし、その表情はすぐに崩れ、代わりに虚しさを顔に浮かべた彼はその場に立ち止まった。人の往来が、自分の左右を満たしていく。

彼の脳内に、彼女に裏切られた時に堪らず発した言葉が蘇る。

(俺が本当に望んだのは……何だ? 俺は何がしたかったんだ。この街を正して、俺のような奴を生み出さないようにすることじゃ……)

彼の自分自身への確認は、空風のように胸の内を通り過ぎていくだけだ。



570:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 18:56:05.54ID:3RpTEa7NO

(ホント、ムカつくな。ああ。分かってんだよ。俺はただ、自分を変えたかっただけなんだ)

彼は自覚していた。幼い頃に絡みついてきた人間の残酷さ、非情さ、どうしようもなく汚れた闇が、いつの間にか自分の中にも同じような闇を作り上げていた。

(分かってんだよ。こんな奴が、幸せになれるわけがねぇってことくらい。それなのに、俺はどうしても俺を認めることができねぇんだ)

元の世界で、自分が引き起こしてきた様々な血染めの惨劇が頭に再生される。その度に彼は、自分を正当化し続け弱さから目を背けてきたのだ。

その末に手に入れた魔神の力。これでやっと、彼は自分が変われると思った。過去に根付いた闇をなかったことにさえすれば、自分は本当の存在に生まれ変われる気がした。



571:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 18:59:02.35ID:3RpTEa7NO

だが、何度世界を変えても、前提を変えても、自分の記憶を、感情までも塗り潰すことはできない。

掴みかけていた答えが、敢え無く散っていく幻想だったことに彼は気づき、その空漠を紛らわすためこうして彷徨くことになった。

彼はまた、歩き出す。

(どうするつもりだ。こうしてブラブラしてても、何の解決にもならねぇってのに)

彼は自分にまた問いかける。答えも出ぬまま歩き続けていると、とあるカフェのオープンテラスに差し掛かり、そこで見覚えのある人影を見つけた。



572:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 19:00:30.97ID:3RpTEa7NO

(あのガキ、確か…………)

それは、かつての世界で自分が殺そうとしていた花飾りの少女だった。

彼女は自分の手で死の淵に追い込まれても、己の信念を曲げようとはしない強い女性だった。

そして自分はその直後、一方通行との戦いに敗れたのだ。だから自分が手をかけてきた人間の中でも、一際印象に残っていた。

(こいつもまた縁なのか? 魔神様よ)

自分は結局、彼女を救うことも、自分を救うことすらもできなかった。

その業が、今度はこの花飾りの少女に、償いを求めているとでもいうのか。



573:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 19:02:13.71ID:3RpTEa7NO

気づけば彼はカフェの中に入り、彼女に近づこうとしていた。彼女は立ち上がり、ここから去ろうと振り返った瞬間、彼とぶつかる。

「うおっ」

「ひゃ、あ、すみません」

その衝撃で、鞄の中の荷物が地面に盛大に散らばった。

「あ、あわわ。ごめんなさい」

慌てふためく彼女を見て、彼は内心笑い、2人してしゃがみこみ荷物を拾い始めた。彼はその時、1つの黒いUSBを見つけ、それをそっとくすねた。



574:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 19:03:47.38ID:3RpTEa7NO

「おい。ホレ」

「あ、ありがー」

ついでに見つけたピンク色の巾着も彼女に渡す。セクハラかもしれないが、自分の顔立ちなら許されるだろう。彼は自然にそう思った。

「ちょ」

彼女は素早くそれを受け取り、顔を俯かせながら警戒した瞳で彼を睨む。

「おいおいお嬢さん。悪気はねぇって。白昼堂々セクハラするほど飢えてねぇよ」

彼は冗談交じりの弁明をするが、彼女の表情は和らぐことはない。だが直後に、警戒とは違う何とも言えない顔をした。自分のことを覚えているのか? それはないだろ。彼は思い直した。



575:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 19:05:43.16ID:3RpTEa7NO

「悪かったって。あんまジロジロ見るなよ。何だ? 通報でもする気か? そういやその腕の腕章……」

「へ? あ、いや、そういうわけじゃないんです。まあ、周りを見てなかった私も悪いですし、それじゃあ」

彼女は立ち上がり頭を下げ、去ろうとしたが、立ち止まって振り返り、ゆっくりと彼に問いかけてきた。

「……あの、名前は?」

「帝督。垣根帝督だ」

彼ははっきりと答えた。

「……そう、ですか」

「何だ? 聞いただけか?」

「いや、その……それでは」



577:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 19:40:31.37ID:3RpTEa7NO


彼女はその答えに満足したのか、その場を離れていった。彼は彼女が座っていた席に座り、メニューを開いて卓上に置いた後、くすねたUSBを見つめる。

(……何、バカなことやってんだろうな)

自分はまた、幻想に縋ろうとしている。そもそも、彼女は自分のことなど覚えていないだろう。一体どうしてこんなことをしたのか、彼は甚だ疑問に思った。

ふと、記憶の奥底から声がした。それは自分が学園都市に来る前。孤児院に居た頃に教師から聞いた言葉だった。




(いい? 誰かを想う心さえあれば、どんな時でも希望は消えないの)



578:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 19:45:02.22ID:/h5vBD7I0

彼はUSBを、ギュッと握りしめた。

(くだらねぇ)

記憶の奥底からの声を、彼は一蹴した。

(これは断じてそういうつもりじゃねぇ。そうだ。あいつは風紀委員なんだろ? じゃあ、この街の闇の正体を知らせれば黙っちゃいないはずだ)

彼は右目の虹彩を黄金に染め、魔神の力を使用し、彼女の過去に軽く干渉した。

(名前は、初春飾利。オイオイ。学園都市有数の凄腕ハッカーじゃねぇか。こいつは使えるな。初春。お前のその正義は、俺たちの目的の為に役立たせてもらうぜ)

少し、彼女を側で見てみたくなった。殺されようとしても尚曲げながった、風紀委員としての意思の強さ。結果的にそれは、スクールの活動にも役立ってくれるだろう。

彼はUSBを懐にしまい、静かに笑った。



579:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 19:46:49.83ID:/h5vBD7I0

もう一度やり直そう。



垣根帝督は、己にそう誓った。



580:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/29(木) 19:49:11.74ID:/h5vBD7I0




とある魔術の禁書目録SS 白垣根「花と虫」




ー完ー





元スレ
白垣根「花と虫」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472263843/
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         コメント一覧 (4)

          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年07月08日 22:25
          • 俺「面白そうだな」

            1/35

            ひぇ〜
          • 2. ※1
          • 2017年07月09日 21:24
          • 結構面白かった
            35ページの中に多少蛇足はあるが普通に読める
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年08月03日 04:08
          • 設定がこじつけ過ぎなのは気になったが、まあまあ面白かった
          • 4. K
          • 2017年10月27日 14:42
          • 5 面白かったです。

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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