【まどマギ】贖罪の物語 -見滝原に漂う業だらけ-【前半】

1:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 22:54:12.33 ID:heb+2RdAP


 お前たちは恥ずかしくないのか
 自らの希望の代価を、たった一人の少女に押し付けて後ろめたくないのか


 円環の理は、神じゃない


 人間だ


 お前たちの何も変わらぬ、ただの普通の女の子だ


 なぜ、自分たちが罪深い存在だと気付こうとしないのか
 なぜ、自分たちの業と向き合おうとしないのか


 無責任な自己満足の円環を巡り続けることをやめないならば
 全ての魔法少女に教えてやろう


 希望も絶望も、愛の前では塵芥だと




2:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 22:55:41.06 ID:heb+2RdAP






 第1話 「賢いあなたは大好きよ」







3:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 22:57:50.63 ID:heb+2RdAP




 ギロチンで切り落とされたような、綺麗に割れた半月の夜だった。
 妄想の帳と真実の世界の狭間の丘。
 ここに相対するは、1人の悪魔と4人の魔法少女。


さやか「残念だよね、ほむら。私たち、もしかしたら友達になれるかもしれなかったのに」

ほむら「ええ本当に残念。こんなところ、あの子が見たらどれだけ悲しむのかしら」

 さやかの他の3人の表情も、堅く、暗い。
 4人の円環の使徒達は、この悪魔を磔刑にせんとしている事は明らかだった。

ほむら「でもこの仕打ちはあんまりじゃないかしら。
     あなたと友達になったつもりは無いけれど、それでもあなた達・・・。
     特に杏子には随分割りのいい世界を用意したはずなのだけれど。
     なんで私たちが殺し合わなきゃいけないのか聞かせてもらってもいい?」

さやか「・・・一ヶ月くらい前から、見滝原に全く魔獣が沸かなくなった」

ほむら「いいことじゃない。いえ、あなたたちにとっては悪いことなのかしら」

さやか「魔獣の役目は、私たち魔法少女がいずれ振りまく呪いを肩代わりすること」

ほむら「そうね、魔法少女とはなんとも業が深い存在ね」

さやか「希望と絶望は差し引きゼロ、この法則はそう簡単に崩せるものじゃない。
     そうじゃなきゃ、希望と絶望のどっちかが際限なく増え続けて、世界が溢れ返っちゃう。
     魔獣が沸かないってことは・・・別の形で呪いが現れるということ・・・」

ほむら「小狡い魔法少女が魔獣を独占しているだけじゃない? 何もかも悪魔のせいにするのは人間の悪い癖よ。
     こんなことしている暇があったら帰って受験勉強でもしたら?」

さやか「それともう1つ、私たちのソウルジェムが全然濁らなくなった。
     気分が沈んだときに光が少なくなることはあるけど、気分が上向きになれば自然と回復する」

ほむら「・・・」

さやか「魔獣が沸かず、魔獣を狩るために戦う必要もない。まるで魔法少女の役目を奪っているような現象よね」


 4人の魔法少女はすでに真相にかなり近いところまで辿りついていた。


さやか「正直に答えてよ、ほむら。あんたの目的は・・・」




さやか「まどかを解任(リコール)することだろ」




 最も、残念ながら、辿り着いた真相は『半分だけ』だったが。



4:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:00:10.80 ID:heb+2RdAP



ほむら「だったら?」

さやか「だったら、って・・・!」

ほむら「魔法少女は祈りによって生まれ、希望を抱いて戦い、やがて力尽きて円環の理に導かれる。
    美しいサイクルよね。美しくて、素晴らしくて、とても残酷だわ」

ほむら「例えばあなたは魔法少女から人間に戻りたいと思ったことは無い?
    『もっと別のことを願っておけばよかった』『普通の女の子みたいに生きたかった』
    『もう戦うのなんて嫌だ』『円環の理に導かれて消滅するのなんて嫌だ』」

さやか「・・・っ!」

ほむら「一人の女の子として、そう後悔したことが無いとは言わせない」



杏子「つまり何か? あんたはあたし達を魔法少女から人間に戻してくれるってか?」


 一人の赤い魔法少女、杏子が悪魔へ向けて槍を振りかざす。


ほむら「そうよ」


 悪魔は物語の大前提の破戒を、あっさり肯定した。
 杏子以外の魔法少女の体が僅かに跳ねる。
 それはまさに悪魔の囁きだった。



5:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:01:47.17 ID:heb+2RdAP



ほむら「もちろんそれ相応の犠牲が必要だし、それが出来るのかどうかはあなた達次第だけれど」

杏子「あー、そうかい。素敵なアイディアだね、ついでにその犠牲はアンタがなってくれよ」

ほむら「もちろん、然るべき時が来たらちゃんと私が贄になるわ」

杏子「・・・それはいつだ?」

ほむら「魔法少女が全滅して、円環の理が必要なくなった日」

杏子「もういいや、それ以上アンタの話は聞きたくねぇ」


 一呼吸を置き、金色の魔法少女が悪魔へ騎兵銃を向ける。
 先ほどの言葉で生じた僅かな動揺は、すでに消え去っていた。


マミ「暁美さん、悪いけれど。今、私の胸にあるのは後悔じゃなくて誇りよ」

マミ「みんなを守る為に、みんなの希望の為に、ずっと戦ってきた魔法少女としての誇り。
    戦いの中にあるのは希望だけではないでしょうけど、魔法少女がみんな後悔ばかりしているわけでもない。
    多くの魔法少女が積み重ねてきたその誇りを踏みにじることは許せないわ。先輩として」

ほむら「それは強がりではないの?」

マミ「ええ、強がりよ。でも強がりでも、強情でも。あなたがやろうとしていることを認めるわけにはいかない。
    さもないと、たくさんの魔法少女の祈りや希望が、全て曖昧になってしまうから」



6:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:03:34.22 ID:heb+2RdAP



 悪魔は今までずっと黙っていた魔法少女に目を向ける。
 最後の魔法少女は、その闇よりも深い視線に怯えながらも、それでも震える我が身を奮い立たせる。


なぎさ「なぎさは・・・ほむらに感謝しています。
     なぎさは魔法少女になってからも、あんまりいい思い出はありませんでした。
     ほむらは、そんななぎさにもう一度身体をくれました。
     いっぱいいっぱい感謝しています・・・」

なぎさ「でも・・・それでも。なぎさはマミと一緒がいい。
     ほむらの世界にマミがいないなら・・・やっぱりなぎさはほむらと戦います」

ほむら「そう、じゃあやっぱり私達は分かり合えないわね」


 悪魔はふと顔を上げ、自嘲的に笑う。
 その瞳は夜の天蓋の上の、天の川銀河の更に上の、宇宙の最果てを見つめていた。


さやか「そーいうこった! あたし達は戦うよ、ほむら!」


 さやかが悪魔に剣を向ける。
 その目にはすでに迷いも恐れもない。
 迷いの無いこの魔法少女は、強い。それは悪魔が身をもって知っていた。


さやか「でもまー、知り合い以上友達未満のあんただし! 四対一でボコボコにするのは流石に気が咎めちゃうよ!
     今から降参するなら平和的に話し合いで解決してあげなくもないけど?」

ほむら「四対一・・・。いいえ、四対四よ」

さやか「は・・・?」

ほむら「あなた達は気づいていないようだけれど――」

なぎさ「!! みんな、すぐに離れてください!」


 黒い3つの影が急襲してきた。


ほむら「悪魔はあと3人いる」



7:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:06:18.58 ID:heb+2RdAP



 一瞬の後には戦いが始まっていた。
 お互いに魔法を撒き散らしながらドッグファイトを繰り広げるそれは、戦いというより戦争だったが。


マミ「ぐっ・・・!」


 速い、どころじゃない。
 空中戦ではおおよそ負け知らずのマミに対して、摩天楼の突き出る空中で互角以上に張り合うそれは前代未聞だった。
 リボンも銃弾も、この悪魔の見えない何かで全て撃ち落される。


マミ(飛んでいる訳じゃない、私と同じタイプの魔法で空中を飛び回っている!)


 力も技術も相手が上手。
 ならば。


???「!!」


 経験と狡猾さで出し抜いてやればいい。


マミ「すごい魔法だけれど・・・、経験の差が出たわね。あなた、真面目に戦ったことないでしょう?」


 蜘蛛の巣状の罠が悪魔を捕らえた。
 舞踏のように華麗な戦いで目を引き、仕組まれた罠で雁字搦めに縛り上げる。
 マミの十八番だった。


マミ「聞きたいことはたくさんあるけど・・・、とりあえず――」

???「帳(トバリ)」

マミ「!」


 気づいたら世界が一瞬でネブラ・ディスクのような異界へ染め上げられていた。

 気づいたら背後から刺されていた。

 気づいたら身体の自由が支配されていた。

 気づいたら自分のこめかみを銃で撃ち抜いていた。


???「残念だったな。私が魔法少女のままだったら、お前に躊躇無く引き金を引ける残酷さがあったなら」


  薄れいく意識の中で、残酷な布告が聞こえていた。


???「勝っていたのはお前だったのに」




8:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:10:33.42 ID:heb+2RdAP


 杏子は焦っていた。

 杏子が立つのは黒い雨の降るゴルゴダの丘。

 黒い雨はインクのように滴り、粘つき、全てを黒に染め上げる。



杏子(間違いねー、これは幻覚系の魔法だ・・・。だけど!)



 魔法の正体は看破している。

 相手も明らかに魔法少女とは異質の魔力、ともすればそれは魔獣のそれに近い性質を感じるが。

 それでも、決して格上の相手じゃない。

 けれど・・・。



杏子(どんな祈りで契約すればこんな魔法が使えるようになるんだよ!!)



 黒い雨の正体は、他人に依存し、他人を堕落させ、他人を自分と同じ絶望へと引き摺り下ろす、

 「誰かを不幸にしたい」という呪いの感情そのものだった。

 言うまでもなく、魔法少女にとっては猛毒だ。

 ソウルジェムに直撃すれば、一瞬で円環行きである。



杏子(落ち着け、この手の魔法にはコツがある。使い手が魔法少女じゃなくてもそれは変わらないはず。

    幻覚や催眠は・・・相手を観察し続けていなければ使えない)


杏子(そして、そういう奴ほどわかりやすい形で対象の近くに現れたがる。

    ちょっと気づけば手が届くようなところで、相手が破滅するのを観察したいんだ)


杏子「そこだろ!」



 紅い炎を纏った槍が放たれる。

 丘のてっぺんにある『誰も吊るされていない十字架』。

 いるとしたらここだ。

 私だったらここで相手を観察する。



『杏、子・・・』


杏子「!?」



 十字架には杏子の父親が磔にされていた。

 杏子を魔女と謗りながらも、まっすぐに向き合い、やがて自分を受け入れてくれた父親が。

 魂を捧げてなお、幸せであって欲しいと願う、愛するものが。

 両手に杭を打たれて、血を流しながら十字架に吊るされていた。




9:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:11:55.88 ID:heb+2RdAP



杏子「っ!!」



 ダメだ、間に合わない。

 燃え盛る槍は父親を貫いた・・・かに思えたが。

 槍が貫いたのは誰も吊るされていない十字架だった。

 杏子は幻とはいえ、自分の父親を手に掛けずに済んだ。



???「あっは、この手に限るねぇ」


杏子「・・・」



 背後から何かに抱きつかれた。

 温もりなどからは程遠い、沼のぬかるみのように生温かい抱擁だった。

 杏子は不敵に笑う。

 こんな禁じ手を堂々と使われたら、笑うしかなかった。



杏子「アンタ、悪魔か何かだろ・・・」


???「うんっ!」



10:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:13:36.85 ID:heb+2RdAP



 なぎさは動けなかった。

 相手は逆さまでコウモリのように宙吊りに立っている。

 なぎさはただ見下ろされているだけなのに、体が地面に縛り付けられているかのように動けなかった。



???「そーそー。弱っちくて、ありきたりで、取るに足らなくて。

     女神のかばん持ちぐらいにしか役に立てないなぎさちゃんは。

     そーやって無様に這い蹲ってるのがお似合いだよ」


なぎさ「な、なぎさは・・・!」


???「まぁ見てなよ、これからスゴいことが見滝原に起こるからさ。

    もしかしたらもう一回世界が変わるところに立ち会えるかもよ?

    十把一把のエキストラ魔法少女には破格の待遇だね、ゲラゲラゲラ」



 なぎさは月光に映し出された悪魔の顔を見て息を呑んでしまった。

 とても綺麗な顔だった。

 夜道に佇むピエ口のように、心の底を恐怖で凍りつかせるような笑顔が張り付いていなければ。



11:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:14:54.50 ID:heb+2RdAP


ほむら「私だって新しいお友達くらい作れるわ」


さやか「・・・っ」



 悪魔はさやかの首を締め上げる。

 魔法少女はソウルジェムを砕かれない限り無敵、本来なら窒息など問題にならない・・・はずなのだが。

 悪魔の束縛はどうやらさやかのソウルジェムの機能すら拘束しているようだ。



さやか「大したお友達だね・・・、世界をめちゃめちゃにする悪魔を増やして何がしたいんだよアンタ・・・!」


ほむら「悪魔はどうしても必要なのよ。まどかだけではなく、あなた達魔法少女全ての為に」


ほむら「あなた達魔法少女の未来の為に、私たちが犠牲にならなきゃいけないの。
     今はきっと戸惑うし、敵意だって抱くでしょうけど、いずれ感謝以外の全てを忘れる」



12:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:15:46.83 ID:heb+2RdAP



 さやかは必死に考えを巡らせた。

 この悪魔の考えを理解する為に。



 ほむらの目的はいったいなんだ?

 こいつのことだ、まどか以外にありえないだろう。

 じゃあどうやってまどかを手に入れる気だ?

 相応の犠牲、魔法少女の全滅、悪魔、人間に戻れるかどうかは私たち次第、悪魔が必要・・・。



 円環の理の解任。



 おいおい、嘘だろ、まさか。




13:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:17:45.88 ID:heb+2RdAP



さやか「アンタ・・・、まさか・・・」


ほむら「察したようね、賢いあなたは大好きよ」


さやか「正気かよ! そんなのまどかが一番望んでなかった結末じゃんか!」


ほむら「いいえ、あなたこそまどかを何だと思っているのかしら。

     まどかは神になることに何の迷いもなかったと?

     まどかは全ての魔法少女を救済する為に生まれた人間だったと?」


さやか「・・・っ」


ほむら「この星の魔法少女を全滅させ、円環の理を役目から解放した時、私はまどかに自分の魂を捧げる。

     私の魂を糧にして、まどかは普通の女の子として未来を歩む。

     そうした時、初めて私は交わした約束を果たすことができるの・・・」



 おぞましい表情だった。

 恍惚としていて、鬱屈としていて、愛に満ちた。

 おぞましい表情だった。



さやか「滅茶苦茶だ! あんたが言ってるのは全部、自分一人の考えじゃんか!!

     どこまで自分勝手なんだよ! あんたがやってることは魔女と同じだ!!」

ほむら「魔女? そんなのと一緒にしないでくれる?」



ほむら「私たちは『悪魔』、絶望よりも魔なる者たちよ」



 黒い手が、さやかのソウルジェムを握り締めた。



14:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/03(火) 23:20:21.63 ID:heb+2RdAP



 西暦某年、某月某日某時。


 インキュベーターは、初めて別の存在と対等な立場での対話に応じた。

 惜しむらくはその相手が、『元』人間だということだが。



QB「素晴らしいよ、ほむら。ソウルジェムを形成した魔法少女の魂を、再び人間の肉体に戻せるなんて。
   この実験がもっと早くに成功していれば、僕たちと人類の関係はもっと有意義なものになっていただろう」



 インキュベーターは諸手を挙げて賛美する。

 ともすれば幾星霜にも渡って積み上げてきた努力と奉仕の成果を一蹴するようなその偉大なる一歩を。

 神の如く傲慢な悪魔の所業を。

 盲目的に、妄信的に賛美する。



ほむら「使ったダークオーブはあくまで試供品(レプリカ)、効果は一時的でしょう」


ほむら「でも、私にはその一時で十分。これでまどかの正体を知るものは、私以外存在しなくなった」



 鬱屈した視線を、白い奉仕種族へと移す。

 幾万対もの紅い瞳が、一斉に悪魔に跪いた。



ほむら「あなた達こそ、約束をちゃんと守る気はあるの?」


QB「もちろんだよ。元より僕たちに逆らうことなどできないけれどね」


QB「君のダークオーブが生み出すエネルギーの総量は、僕たちのエネルギーの回収ノルマを遥かに上回るものだ。
   それが回収できれば、僕たちは人類に干渉する理由がない。
   君の良きに計らうよ。多分太陽系が存在している間は、会うこともなくなるんじゃないかな」


ほむら「そう・・・。でも念のためもう少し入念に話し合いましょう。

    あなた達がこの星を放棄した瞬間、人類は退廃の道へ突き進んだ・・・なんてことになったら堪らないわ」


QB「本当に、残念だなぁ・・・」



 一匹のインキュベーターが、悪魔との直接の対話を許される代表者たる個体が。

 名残惜しそうな声でこう訴えた。



QB「希望も絶望を超越した真なる魔法少女システムが、完成と同時にお役御免だなんてね。実にもったいないよ」



15:悪魔図鑑 2015/11/03(火) 23:21:57.51 ID:heb+2RdAP


叛逆の悪魔、ほむら

呪いの性質:傲慢


永遠のイドに閉じ込められて、外の世界を忘れてしまった哀れなカエル。

自分の頭の中にある愛以外何も見えない、何も見ようとしない。

外の世界は『真実の愛』で満ちていると信じて疑わない。

溜まった涙の水圧で、出口の無い迷路がついに決壊する。



23:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 21:38:31.60 ID:02MC1cTgP





 第2話 「私の生きる意味を知りたい」





24:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 21:39:17.63 ID:02MC1cTgP



Side 風見野市



26:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 21:41:16.76 ID:02MC1cTgP



 風見野魔法少女協同組合。

 通称・風魔協。



 純白の魔法少女・美国織莉子が設立した、風見野の周辺に在住している魔法少女の互助組織である。

 魔法少女同士が助け合うというのは、共食いの必要のない円環の理の庇護下にある世界では由緒ある制度であり、

 似たような制度の組織は世界中に点在している。



27:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 21:45:17.85 ID:02MC1cTgP



 風魔協、総務室。



 廃校になった小学校を改装して作られた公民館が、世界を裏から守る魔法少女たちの事務所だった。

 風魔協の表向きの顔は学生ボランティアのコミュニティで、『魔法少女』という単語の入っていない名義で公民館が借りられている。



 現在は会計処理が一段落付いたところである。

 魔法少女であろうと無かろうと、女学生の財布事情は常に厳しいのだ。



織莉子「ええ、それじゃあ今日はこの辺で終わりにしましょう。後はお願いしますね」


アサギ「はーい」


織莉子「・・・そういえばアサギさん、簿記の試験勉強をしているって本当?」



 アサギと呼ばれた魔法少女は慌てて「いや、その・・・」などと誤魔化しの言葉を探したが。

 嘘がつけない自分の性格を思い出し、やれやれと肩を竦めて観念した。



アサギ「やっぱり織莉子さんには筒抜けかぁー・・・。
     あの、えーっと、そう・・・ですね。私こういうの得意みたいですから、長所を伸ばそうかなって。
     多分、こんな資格を使う前に円環の理に迎えられちゃうと思いますけどね」



 一応補足しておくと、『将来の話』をすることは、どの魔法少女にとって気恥ずかしいものなのである。

 『大人になったときのこと』は、魔法少女にとっては叶うかどうかわからない夢のようなものなのだから。



織莉子「そうかもしれないわね」


アサギ「そこは否定して欲しかったなー・・・」




 ガックリと肩を落とすアサギに、織莉子は優しく微笑んでアサギの手に自分の掌を重ねた。



織莉子「でも、きっと大丈夫。大切なのは前に進み続ける意思なの。

    あなたがそうやって未来を想って生きている限り、決してあなたは絶望したりしない」


アサギ「はー・・・、なんか織莉子さんの言うことは尊いですねぇ。私と同年代の少女っぽくないって言うか・・・」



 アサギはなんとも言えないような表情で、頭をかく。



織莉子「あら、この答えじゃ不満だったかしら?」


アサギ「いえいえ、大満足ですよ。力の続く限りやってみます。ありがとう織莉子さん」


織莉子「ええ、がんばってね」



 ひらひらと手を振って織莉子を見送った後に、アサギは帳簿を最終チェックする。

 抜けひとつ無い完璧な会計だ。

 魔法少女でさえなかったのなら、彼女は将来きっと・・・。



28:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 21:49:39.08 ID:02MC1cTgP



 織莉子の帰宅を待ち伏せするように、ガードレールにもたれ掛かっている少女がいた。

 彼女の名は浅古小巻、風魔協に所属する魔法少女である。

 長身の美少女なのだが、カリスマすら感じる美少女である織莉子と並ぶとどうしても霞んでしまう。

 あと表情が常にぶっきらぼうなのもマイナスだった。



小巻「ふーん・・・。上手くやっているようね、『会長さん』。

   やっぱり人の上に立つのは慣れっこなのかしら?」


織莉子「あら、小巻さん。わざわざ待っていてくれたの?」


小巻「バ、バッカ! 違うわよ! 汚職議員の娘と会計を二人きりになんてしておいたら、何をするかわかったもんじゃないでしょ!!」


織莉子「・・・」


小巻「あっ・・・」



 小巻は「しまった」という顔で固まる。

 彼女は基本的に善人なのだが、つっけどんな態度でしか他人と接することができない。

 だから今回のように、意図せず相手の地雷を踏んでしまうこともしばしばだった。



織莉子「小巻さん」


小巻「な、なに・・・?」



 織莉子は瞳を閉じて、胸に手を当てる。

 今の自分には、皮肉や当て付けを返してやりたいという気持ちはない。

 ただただ穏やかな気持ちだった。小巻が愛おしくすら思えた。

 尊敬する父親を侮辱されても、こんな風に落ち着いていられる日が来るなんて思っていなかった。



織莉子「頭使ったら甘いものが食べたくなっちゃった。一緒にケーキ屋さんに寄ってくれない?」


小巻「し、仕方ないわね・・・! 最近頑張ってるようだし今日は私が奢ってあげる!」



 小巻はバツが悪そうで、しかしどこか安堵したような様子だった。



織莉子「ありがとう」



 織莉子は屈託のない表情で微笑む。

 そこにはかつて独りよがりな正義を振りかざし、

 鹿目まどか暗殺を目論んだ『世界の守護者』としての刺々しさはなかった。



29:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 21:51:52.32 ID:02MC1cTgP




 「私の生きる意味を知りたい」




 自分の価値を見失った少女の願いは、この世界でも変わらなかった。

 インキュベーター達から魔法少女の真実について事細かに説明されてなお、彼女は契約した。

 しかしこの世界の彼女のもたらした奇跡では、『世界の終焉』を見ることはなく。

 『自分の父親の人生が狂った原因は魔獣の手によるもの』と知るだけに留まった。

 だから彼女はこの世界では、今日まで暁美ほむらと敵対することはなかった。

 
 そして数多の平行世界では、織莉子の独りよがりな正義を盲目的に肯定してくれる呉キリカという従者に恵まれていたが。

 生憎、円環の理によって改編された後の世界では、キリカはインキュベーターとの契約に二の足を踏み続けていた。

 ゆえに、この世界の織莉子は閉塞的で共依存的な人間関係を築くことはなかった。




30:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 21:55:48.40 ID:02MC1cTgP



 美国邸、客間。



 「美味しい茶葉が送られてきた」ということで、織莉子は小巻を招いてお茶会を開いていた。

 数週間前までは、廃墟と見間違うほどに酷く荒廃していたこの屋敷だったが。

 織莉子の精神的な快復と比例するように改修され、今や財界人でも住んでいるかのような整然っぷりである。


 織莉子はコトリ、と紅茶を置く。

 その動きはとても様になっていて、令嬢の面影を感じるには十分だ。

 反面、現在進行形でお嬢様であるはずの小巻の飲み方は、ギクシャクとしていて酷いものである。

『お茶』と聞いたら、真っ先にペットボトルに入ったものを想起するような食生活を送っているのだろう。



織莉子「さて、本題に入ってもいいかしら」


小巻「本題・・・?」



 織莉子の瞳が鋭くなる。

 その瞳の奥には、確固たる意思と謀略の灯がちらついていた。



織莉子「数日前、見滝原に住んでいる数名の魔法少女と同時に連絡が付かなくなった。

     私の魔法で軽く探査してみたけれど、見滝原で活動する魔法少女は・・・一人も見つけることができなかった」



 しかし運命とはなんと逃れがたきものか。

 何れの世界においても、美国織莉子はすべからく『暗躍する』という星の下に生きているようだ。



小巻「連絡が付かなくなったって・・・」


織莉子「複数の魔法少女が連鎖的に円環の理に導かれたとは考え難い。

     あり得る可能性は『強力な魔獣との戦いで全員討ち死にした』か、あるいは」


織莉子「『暗殺された』」


小巻「あ、暗殺・・・!?」



 小巻の顔から血の気が引く。

 小巻が魔法少女になった頃には既に風魔協の前身が発足していたゆえに、小巻は『魔法少女同士の縄張り争い』を経験したことがなかった。



織莉子「グリーフシードの独占を狙った犯行、魔法少女に恨みを持つ者の私怨。動機ならいくらでも考えられるわ」


小巻「冗談でしょ!? いくら相手が魔法少女だからって人殺しだなんて・・・!!」


織莉子「あくまで私の推理を述べただけよ、詳しいことは何もわかってないの」




31:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:00:13.99 ID:02MC1cTgP


 最も、織莉子の推理は、『利己的な魔法少女による犯行』の線でほぼ固まっていた。

 織莉子はそういうことを平気でやるような魔法少女を既に一人知っていたからだ。



 カルテルによるグリーフシードの利権調整や、カーストの発生を嫌って、

 あえて『組織』ではなく『徒党』であることを選ぶ魔法少女もそれなりに存在する。

 見滝原の魔法少女たちがそれだ。

 組織の一員として生きるのも大変だが、明確なルールを持たないまま集団で行動し続けるのはもっと大変だ。

 だが見滝原の魔法少女たちはそんな大変さを平然と切り抜けていて、悔しいが結束の強さと個々の実力は風魔協のそれよりも遥かに上だ。

 だからこそ彼女たちが魔獣と正面から戦って同時に討ち死にするなど、想像ができなかった。



織莉子「暗殺者であるにせよ、大物の魔獣であるにせよ。

     いずれにしてもこのまま野放しにしておくわけにはいかない。

     私たちの町を守る為にも、見滝原で何が起こっているのかを調査する必要がある」


小巻「そ、それを私に話すってことは・・・」


織莉子「ええ、少数精鋭が望ましいの。ちょうど春休みだし協力してくれたら嬉しいわ」



 織莉子はにっこりと微笑む。

 話の中で暗殺の可能性を強調したのは、織莉子流のゆさぶりだった。

 織莉子は小巻の性格をよく把握していたからだ。

 小巻は、『臆病』で『凡庸』で『高慢ちき』で・・・『正義感がある』。

 こういう言い方をすれば、彼女は断ることなどできないと知っていた上での挑発だった。



小巻「・・・」


織莉子「それと、協力するにしてもしないにしても。

     このことは誰にも言わないで、あなたの胸にだけ秘めていて欲しいの。

     相手が何をするのかわからない以上、下手に騒ぎ立てて刺激するのが一番危険だと思うから」



 これもまた小巻への挑発である。

 『もしあなたが断ったら、私は単身で見滝原の調査へ行くぞ』、という自分を人質にした脅迫だ。



 ここで断ったとしたら、小巻はずっと後ろ髪を引かれる思いで毎日を過ごすことになるだろう。

 小巻がそういう後ろめたさに耐えられないことを、織莉子はよく知っていた。



32:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:04:57.97 ID:02MC1cTgP



 しかし長い付き合いで相手の腹の内がわかるようになるのは、小巻も同じだった。



小巻「美国さん・・・、あなたって本当に腹立たしいわね!」



 織莉子の計略を全て見切ることはできなくとも、何かネチネチと計算しながら交渉をしていることは、なんとなく伝わっていた。



織莉子「・・・やっぱり少し卑怯な言い方だったかしら?」


小巻「そうやって見えないところで人の心を操ろうとしているところもそうだけれど!

    アンタが何を考えているのかさっぱりわからないのが気に食わないのよ!」


織莉子「・・・」



 織莉子は少しだけ自分の傲慢さを恥じた。

 完璧に悪意を隠して『誠実で単純な人間』を演じることなど、自分にはできないのだと痛感した。

 人が人を騙し切るということは、言うほど簡単ではないのだ。



小巻「まぁーでも・・・。一応反対はしてみたけれど。

    アンタのことだから、考えなしだとか悪意に身を任せた行動だとかじゃないでしょうし」



 小巻は椅子に座り直して、織莉子の目をまっすぐに見た。

 濁りのない、心から相手を信頼している瞳だった。



小巻「だから素直に『助けてください、お願いします』って言うなら、私はそれを信じてあげる」


織莉子「・・・」



 織莉子はもう1つ大切な教訓を得た。

 人が人を動かす時、相手の心を支配する必要などないのだと。

 改編前の世界にて、織莉子がこの結論を既に知っていたのなら、鹿目まどか暗殺も違ったものになっていたのかもしれない。



織莉子「私一人では、とても不安なんです。

     私は賢いけれど、私自身は・・・とても弱い。生きて帰れる気がしないの。

     だから・・・助けてください、お願いします」



 小巻はニヤッと笑って、満足そうにうなずいた。



小巻「いいわよ、頼まれてやるわ」




33:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:07:49.18 ID:02MC1cTgP



 Side あすなろ市



34:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:09:05.40 ID:02MC1cTgP



 希望に始まり絶望に終わる、決して救われることのない泥沼の螺旋。

 遥か彼方からやって来た異星人によって、人類にもたらされた魔法少女という永遠の呪い。

 円環の理によって改編される前の『魔女』という概念のあった世界は、魔法少女にとってさながら餓鬼道のような凄惨な世界だった。



 絶望の未来を覆し、見事に世界を改編し得たのは、他ならぬ鹿目まどかただ一人だけだが。

 魔法少女システムを否定し、この負の連鎖を断ち切ろうとしていた魔法少女の前例は無いわけではなかった。




35:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:11:01.28 ID:02MC1cTgP



 『魔法少女殺しのプレイアデス』


 『妄執のカルト教団プレイアデス』


 『禁忌の墓暴きプレイアデス』



 牧カオルはその意味不明な単語の羅列に首を傾げるだけだった。

 いや、魔法少女殺しやらカルト教団やらが不吉な響きを持っているのはなんとなくわかるのだが。

 『プレイアデス』という言葉が何を示しているのかは、皆目見当がつかなかった。



36:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:14:15.15 ID:02MC1cTgP


 郊外都市であるあすなろ市を守っている魔法少女は、

 牧カオル、御崎海香、神那ニコ、和沙ミチルの4人だ。



 他にも魔法少女の候補は3人いたのだが、

 古株の魔法少女である和沙ミチルの必死の説得により、なんとか契約を踏みとどまった。



 あすなろ市は元々魔獣も魔法少女も少ない町だったから、幸いなことにこの4人は明確な上下関係も殺伐とした適者生存も経験せずになんとかやっている。



 一ヶ月ほど前から、この魔法少女の一団は聖カンナという魔法少女を追っていた。

 カンナは人々を守る希望の象徴であるはずの魔法少女としてはあるまじきことに、

 『人工の魔獣』をばら撒いてこの町を滅ぼす計画を企てていた。



 4人の魔法少女の決死の捜査により、彼女たちはついにその黒幕たるカンナを追い詰めた。



 カンナは狡猾で反則的な魔法を持っていたが、

 四対一というほとんど包囲網のような戦いの中で徐々にソウルジェムを濁らせていき、ついに絶体絶命のところにまで追い込まれた。



38:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:17:27.78 ID:02MC1cTgP


 『プレイアデス』は、そんな状況でカンナが末期の呪詛めいた様子で発した言葉だった。

 カオル、ニコ、海香の3人は何が何やらわからないという様子だったが、

 ミチルだけはその言葉を聞いた瞬間に急変した。



 ミチルは何かがフラッシュバックしたように胸を押さえて、過呼吸を起こした。

 ガチガチと歯を鳴らせて震え始めた。



 リーダー格であるミチルの急な変化に一同の集中力が乱れた、その一瞬の隙を突かれた。

 いきなり世界がどんでん返しのようにひっくり返った。

 比喩ではなく、強力な魔法結界によって空と地面の上下が逆さまになったのだ。



???「きゃははははははははははっ! この子は貰っていくよーーー!!

     じゃーね、欠番だらけのプレイアデス!! 地獄ではちゃんと8人一緒になれるといいねぇ!!」



 いきなり現れた青い魔法少女が、事件の黒幕を連れて消えてしまった。

 嵐の過ぎ去った後のように、世界は再び元の姿に戻る。

 すぐにでも追いたかったが、未知の戦力に攻撃の要を欠いた自分たちが敵うとは思えず、撤退を余儀なくされた。

 ミチルはずっと蹲って、うわ言のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。




39:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:27:18.37 ID:02MC1cTgP


 あすなろ市にある御崎邸。

 『超新星の女子中学生作家、御崎海香』の豪邸である。

 魔法少女の奇跡の力があったとはいえ、

 一年やそこらでここまでの印税収入を得る海香の才能と努力は、やはり並々なるものではない。

 大人の目を気にすることなく自由に集まることができる、4人の魔法少女の重要な拠点である。



40:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:28:17.46 ID:02MC1cTgP


 玄関で靴紐を結ぶカオルをニコが見送りに来ていた。

 明らかに長期旅行を思わせるの荷物の量で、2~3日で帰れる旅ではないことがわかる。



ニコ「本当に一人でいくの?」


カオル「まーね、あの様子のミチルを一人きりにしておくわけにもいかないだろ。

     それにただでさえミチルが戦えなくて大変なのに、

     あすなろ市を守る魔法少女をこれ以上減らすわけにはいかない」



 あの日からずっと、ミチルはベッドの上で蹲っていた。

 食事もほとんど受け付けず、時折何かを思い出したように泣いて、

 他の魔法少女が介抱に来る度にぎこちない笑顔で「迷惑かけちゃって、ごめんね」と何度も謝る。

 魔法を使っていないはずなのに、ソウルジェムの濁りも早い。



カオル「絶対に放っておけないよ。

     あいつは近い内に復讐しに来るかもしれないし、なによりミチルがああなった秘密を知っている。

     とっ捕まえて、洗いざらい全部吐かせてやる」



 カオルの決意は固いようだ。

 たった一人で恐るべき敵を追う旅に出るというのに、躊躇いは少しも感じられない。



ニコ「・・・わかった、じゃせめてこれ持っていって」


カオル「これは?」



 ニコはカオルに『ある物』を手渡した。

 片手に収まるサイズの『ある物』だ。



ニコ「ミチルの『秘密』とやらが何なのかはわからないけれど、

    あいつが今回の事件を起こした『動機』はなんとなく想像がつく。

    もし私が思っている通りなら、これが役に立つかもしれない」



 ニコはニヘラと笑う。

 こちらもこちらで、これからの戦いになんの不安もないようだ。



 それはそうだ。

 彼女たちが改編前の世界で戦ってきた惨劇は、こんなものでは済まなかったのだから。



カオル「おう、ありがとう! じゃー行ってくるよ!」



 あすなろ市から見滝原へ、茜色の魔法少女が出陣する。



41:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:29:01.45 ID:02MC1cTgP




 Side ホオズキ市





42:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:31:18.18 ID:02MC1cTgP


 スズネは夢を見た。

 とても寒くて、寂しくて、切ない夢を。



 冬の冷気のように降りかかる悲しみが、その身を少しずつ凍えさせていく。


 正しいことをしているはずなのに、誰も報われない。


 正しいことをすればするほど、多くの人に憎まれて刃を向けられる。


 暗い森の中をたった一人で進むしかないのに、その心を支えてくれるのは後悔から来る正義感だけ。


 でも本当はその正義感すら偽者で、他人から無意味に植え付けられたもので。


 自分はただ無意味に骸を積み上げて、無意味に憎まれて、無意味に悲しみを背負い込んで、誰一人助けられなかった。



 そんな救いようのない魔法(マギカ)の夢を見た。




44:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:33:52.76 ID:02MC1cTgP


 見滝原から遠い場所、ホオズキ市。



 徐々に町を覆う瘴気が晴れていく、今宵の魔獣狩りが一段落したのだ。

 銀色の魔法少女、スズネは自分の剣を見据えた。

 その剣に宿るのは、『浄化の炎』という性質を持った魔法だ。



 『他人の特性をコピーして自分のものにする』というスズネの魔法は、

 使いようによってはとんでもない代物だった。

 それは全ての魔法少女を代替し、全ての魔法少女に匹敵しうる能力だったが、

 スズネはたった1つの魔法以外、誰の特性もコピーしなかった。

 彼女は『ツバキ』という魔法少女以外の誰にもなりたがらなかった。



 今、手にしているこれは魔法少女由来の特性だ。

 決して魔道に堕ちた魔法少女の成れの果ての特性なんかじゃない。

 紛れもなく、円環の理に導かれた恩師、美琴椿の魔法だ。

 スズネはその事実をかみ締めるように、何度も何度も自分の記憶を辿っていた。



45:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:35:57.49 ID:02MC1cTgP


マツリ「・・・スズネちゃん、どうしたの? すごく悲しそうな顔してるよ」


 ホオズキ市を守る『たった2人の魔法少女』の片割れであるマツリは、心配そうにスズネの顔を覗き込む。

 『知覚』の特性を持つ魔法少女のマツリは、とても目聡く、感受性が高い。

 彼女の前ではおちおち感傷に浸ることもままならない。



 スズネはどうにかお茶を濁す嘘を探そうとしたが、

 本気でこちらを心配するマツリの目を見て、その無駄な努力を早々に諦めた。



スズネ「夢を見たの」


マツリ「夢・・・?」



 スズネの心は、既に貯水量でいっぱいのダムのような状態だった。

 ほんの少しでも亀裂が入れば、そこから決壊して感情が濁流のように押し寄せるだろう。



スズネ「私がツバキを殺しちゃう夢」


マツリ「!!」



 たかが夢の話なのに、マツリが目を見開く。

 ツバキは2人にとって、そんな風に軽々しく口にしてはいけないほど神聖な存在だったのだ。



46:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:37:52.80 ID:02MC1cTgP


 マツリの心臓が速くなる。

 スズネの言葉からは、冗談めいた響きなど全く感じなくて、

 本当に大真面目にそんなことを言っているようだった。



 もしかしたら、これは彼女の懺悔なのだろうか。

 本当にスズネはツバキを手にかけたのだろうか。

 もしそうだったとしたら・・・、自分はスズネをどうしてしまうのだろう?



マツリ「それは・・・辛い夢だね」


スズネ「ねぇ、マツリ・・・」



 スズネは泣きそうな顔でこう言った。



スズネ「もしそれが夢じゃなかったらどうする・・・?」



 知覚の魔法など使うまでもなく、スズネの心が潰れてしまいそうなのは火を見るより明らかだった。

 ほんの一押しで折れそうな、砂の城のように危うい状態だった。



47:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:41:43.31 ID:02MC1cTgP


 実際、スズネの告白は完全にただの夢というわけではない。

 罪を犯したのは『別の世界の他人事』で片付けられることではなかった。



 それこそ改編前の世界のように、

 魔女へと変化したツバキを直接手に掛けるということはなかったが。

 この世界においても、スズネの依存に近い甘えが、

 ツバキの魔法少女としての寿命を短くしていたのは事実だ。



 当時のスズネは11歳で、まだまだ甘えたい盛りだった。

 魔獣の所業により両親を失った彼女が、

 自分を救ってくれたツバキに過剰とも言える慕情の念を抱いたことを、

 責めることなどできるはずがなかった。



 そう時間が経たないうちに、スズネは「ツバキのような魔法少女になりたい」という願いから魔法少女の契約を結んでしまった。



 ツバキはそんなスズネを庇うように戦い、グリーフシードもほとんどスズネに使っていた。

 スズネを魔法少女の世界に巻き込んでしまったという罪悪感からなのか、

 それとも同じように両親を失った自分をスズネに重ねてしまったのか。



 ツバキの愛情がスズネの慕情に拍車を掛け、歪な螺旋を生んでしまった。



48:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:43:40.81 ID:02MC1cTgP




 スズネにマツリという『魔法少女の友達』ができたと知ったとき、

 ツバキの中にある生きることへの執着が全て燃え尽きた。



 微塵も残さないほどの完全燃焼だった。



 ツバキが眠るように円環の理に導かれたのは、それから3日後の朝のことである。



49:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:45:37.51 ID:02MC1cTgP


 2人の間にしばしの沈黙が流れた。



 マツリは瞳を閉じて考える。

 自分の心に、スズネとツバキという究極の二択を突きつけていた。



 スズネを責めるべきなのだろうか、赦すべきなのだろうか。

 果たして自分は、親よりも深く愛したツバキを手に掛けた者と、友達のままでいられるのだろうか。



 答えは、あっけないくらい簡単に出た。



マツリ「大丈夫、もしスズネちゃんがツバキを殺したんだとしても」


 マツリは二ヘラと無防備に笑った。


マツリ「マツリはスズネちゃんに味方するよ」



 打算もあったのかもしれない。

 過去の恩人よりも、現在の友達を優先するという強かな打算が。

 だけれど、それでも。





 これはマツリが出した、心からの答えだった。






50:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:49:01.12 ID:02MC1cTgP


スズネ「どう、し、て・・・?」


マツリ「どうしてかはわかんないかな。

     マツリにとってはスズネちゃんもツバキも大切な人だけれど。

     それでも、どうしても。

     スズネちゃんを捨ててまでツバキを選びたいとは思えないよ」



 奇しくも。

 マツリのこの答えは、改編前の世界と同じものだった。

 運命とはなんとも粋なものなのだろうか。



マツリ「だからそんなに不安そうにしないで。

     スズネちゃんが取り返しの付かないことをしたとしても、

     マツリはずっとスズネちゃんの友達だから」


スズネ「・・・」



 その言葉だけで、全てが救われた気がした。

 心の中にある凍えるような咎が、一斉に融解していくような気がした。



スズネ「そっか」



 夢の中の、返り血に染まった自分の亡霊が。

 満足したように消えていくのを感じた。



スズネ「ありがとう、マツリ・・・!」


マツリ「どういたしまして」



 スズネはマツリの胸に抱かれて泣いた。

 ずっとずっと泣いていた。



51:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:53:19.06 ID:02MC1cTgP


 随分時間が流れた。

 東の空に橙色が差している。

 もう夜明けが近い。



マツリ「落ち着いた?」


スズネ「うん、ありがとう。情けない姿を見せちゃったね」



 スズネが真っ赤に泣き腫らした目を擦りながら、ようやくマツリから離れる。

 スズネの子ども時代は唐突に終わってしまったが故に、まだ他人に甘えることに不器用なのだ。



マツリ「いいよ、普段のスズネちゃんはクール過ぎるからね。

     むしろさっきくらい甘えん坊な方が可愛いかな」


スズネ「・・・っ」



 スズネは頬を紅潮させて俯くと、プルプルと震えていた。

 屈辱なのである。



 スズネも中学生、自分を他人より上だと無意味に信じる人並みのプライドがあった。

 そんな生意気盛りの中学生が、特に半ば自活のように生活しているスズネのような少女が。

 温室育ちの甘ちゃんだと思っていたマツリから優しく絆されてしまったのだ。

 恥ずかしいのである。



 もっともこの手の屈辱は、

 魔法少女でなくても思春期の人間なら誰でも避けては通れない道なのだが。



52:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 22:56:58.90 ID:02MC1cTgP


 しばし考えた後に、スズネの中にある決心が生まれた。

 どこか楽になったような、身を預けられる安堵のような。

 心地よい決心だった。



 彼女は顔を上げると、後ろ結いの髪を解くと。

 髪を結んでいた、鈴とお守り袋の付いた髪留めをマツリに手渡した。



スズネ「受け取ってくれないかな」



 マツリの中に本日二度目の衝撃が走る。

 スズネにとって、これはただのお守りではないことを知っていたからだ。



マツリ「スズネちゃん、これ・・・。ツバキの形見のお守りじゃ・・・!」



 ただの形見というだけではなく。

 『ツバキの心は今でも自分たちと共にある』という証のようなものだった。



 こんな風に、聞き飽きたCDを渡すように。

 気軽に相手に譲ることのできるものではないのだ。



スズネ「いいの、私にはもう必要がないから」


マツリ「でも・・・」



 未だに戸惑っている様子のマツリに、スズネは冗談めかして笑う。



スズネ「マツリも要らないなら捨てちゃうけど?」


マツリ「いやダメだよ! それはダメだよ!!」


スズネ「あはは」



 マツリは「それを捨てるなんてとんでもない!」と慌てふためく。

 どうやら先ほどの屈辱への意趣返しは成功したようだ。

 マツリはやれやれとため息をついて手を出す。



マツリ「もー・・・。わかったよ、マツリが使うよ」


スズネ「それがいい、きっとマツリの方がよく似合うよ」




53:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 23:00:19.99 ID:02MC1cTgP


 スズネはマツリの三つ編みを解いて、先ほどのお守りの髪留めで後ろ結いにする。

 収まるべきところに収まったように、マツリの性格にその髪形はよく合っていた。



スズネ「ほらね、マツリの方が似合っている」


マツリ「さっきまでのスズネちゃんと同じ髪型かー」


スズネ「嫌?」


マツリ「ううん、嬉しいよ」



 スズネはまたもや気恥ずかしくなって俯く。

 こんな風に純粋に好意を向けられることにもまた、耐性がなかったのだ。

 これの意趣返しは当分できそうにない。



マツリ「帰ろっか」


スズネ「うん、またね」



 手を振るふたり。

 かつて救いようのない世界で交わされた約束は、この世界でついに果たされた。



 お守りに付いた鈴が、静かに鳴った気がした。



54:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 23:04:10.91 ID:02MC1cTgP


 ホ オ ズ キ 市 、 某 所 。



 彼女の心の中で、ドロドロとした悪意が渦巻いていた。

 酷くおぞましく、もう見れたものではないほどに腐敗した悪意だった。



「ふぅん、へー、なるほど」



 『異端者』



 魔法少女としての彼女を形容するに、それが最もしっくり来る例えだった。

 彼女はどうしようもないくらい異常で、異形で、異彩を放つこの世の異物だった。



「スズネちゃんは、ツバキだけじゃなくて・・・マツリまで私から取っちゃうんだぁ・・・」



 可愛さ余って憎さ百倍という言葉がある。

 強い愛であるほどに、それが負の方向へ転じたときに大きな憎しみが生まれるという意味だ。

 彼女の心の中にある全ての愛情が、憎悪へと変わり始めていた。

 それはさながら、かつての魔法少女システムのよう。

 希望から絶望への絶対値を保ったままの感情の転移が、

 魔女化というプロセスを介在せずに発生していた。



 大きな祈りを抱けば、それと同じだけの絶望が生まれるというのは。

 インキュベーターが介在するまでもなく、

 人類が最初から持っている原罪だった。



「ねー、キュゥべえ。私の願い事、決まったよ」



 彼女は異端者だった。

 魔法少女に類する存在でありながら、救済の女神である円環の理を憎む異教徒で。



「私を円環の理が壊しちゃえる悪魔にしてよ」



 円環の理によって改編された『希望が絶望で終わらない』という世界で。

 改編される前の世界よりも絶望的になっている、異例の魔法少女だった。



55:>>1 2015/11/21(土) 23:07:04.55 ID:02MC1cTgP

今日はここまでです。
お付き合いいただきありがとうございました。

質問や要望などがあれば、可能な限りお答えします。
次の話は連休中に上げられると・・・、いいなぁ・・・。



56:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/11/21(土) 23:28:59.15 ID:WETYutcU0


個人的な意見ですが見滝原みたいな一等地でもない限り縄張り争いはあると思います

というかみんな限界来たらジェムがダークオーブになるようにシステムを変更すれば円環の理なんかいらないんだよな



57:>>1 2015/11/22(日) 11:35:49.03 ID:lpRPNSGRP

>>56
設定的には、改編後の世界では、


・キュゥべえが魔法少女のデメリットや真実について事前にちゃんと話してくれるので、
 キリカやあすなろの3人のように契約自体を躊躇う子が多い。

・キュゥべえたちも、魔女を産めよ増やせよだった以前の世界と違って、
 一人の魔法少女が長生きしてくれれば、他の少女と積極的に契約する必要がない。


などの理由から魔法少女の数自体が少ないので、
縄張り争いもかつての世界ほど過激ではない・・・と思っています。



59:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:14:47.79 ID:BmRUECC0P





 第3話「そんな世界の方がどうかしてるけどね」







61:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:18:07.52 ID:BmRUECC0P


 見滝原某所、暁美宅。


 モダンセンスが光る独特な一室が、暁美ほむらの自室だ。

 神秘性を高める為に住み心地を度外視するという、福祉の観点から見ればとんだ欠陥住宅なのだが、

 その浮世離れした威圧感にも近しい雰囲気は、中学生には垂涎ものである。

 そうでなくても単純に3LDKという広さは、学生の一人暮らしには破格のスペックだ。


 その3つあるリビングルームの1つ、ほむらが客間として使っている場所にて。

 ほむらは『鹿目まどか』を招き、協力プレイができるオンラインゲームに興じていた。

 その有様は、マギカなどとはおおよそ縁遠い、『普通の女子中学生』そのものだ。



まどか「うへー、また勝っちゃった。ほむらちゃんすっごく強いね・・・」


ほむら「ふっ、まどかのサポートがあってこその勝利よ」


まどか「ほむらちゃんの対戦レートの数字が凄いことになってるんだけど・・・」


ほむら「あら、私なんてまだまだ序の口よ? むしろ廃への道はここから先が厳しいのよね」


まどか「成績落ちちゃうよ・・・?」


ほむら「うぐっ・・・」


まどか「ごめん・・・」



62:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:20:07.52 ID:BmRUECC0P


 ほむらは徐々に難易度が上がっていく学校のテストを想起して後ろ暗い思いをしながらも。

 今までにないほどの幸福を噛み締めていた。


 何の憚りもなく、簡単に他人と協力できるオンラインゲームというものは、ほむらにとって何もかもがイージーモードだった。


 だって。


 今までずっと戦い続けた勝ち目のないゲームの、1000分の1にも満たないような労力で、簡単に勝ててしまうのだから。

 『絶対に勝つことができない』などという、舞台装置染みた運命律など、介入していないのだから。



 楽しい、一人じゃなければなんでも。

 このまどかと一緒ならどんなにくだらないことだって幸せだ。



 夢のようだった。

 あんなに惨めだった自分が、あんなに悲壮だった自分が、永遠に交わることができないと思っていた円と炎が。


 こんな『普通の女子中学生のように』。


 こんなに無駄に。同じ時間を消費することができるなんて。



63:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:22:02.97 ID:BmRUECC0P


まどか「でもやっぱりほむらちゃん凄いよ、中学生で一人暮らしなんて・・・。

      アメリカでもそんな子、めったにいなかったよ?」


ほむら「あら、3年生の巴先輩なんて1年生の頃から一人暮らしよ?

      もっとも、彼女は来年からは高校付属の寮に入るそうだけれど・・・」


まどか「見滝原は進んでるなぁ・・・」


ほむら「まぁ、『特別な例』っていうのは悪い気はしないわね」



 まどかの羨望の眼差しを受けるほむらは、かつてないほど誇らしげだった。

 平たい胸を精一杯張って、ふんぞり返っていた。



 そうだ。

 世界を書き換える悪魔だとか、大層なものになってはみたけれど。

 結局そんなものはどうでもよくて。

 私がなりたかったのは、『今のような私』だった。


 オンラインゲームでも、魔女退治でもなんでもよかった。

 私は結局、『まどかを助けられる私』になりたかっただけなのだ。



64:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:24:02.03 ID:BmRUECC0P


まどか「えへへ・・・」


ほむら「ゲームごときで偉ぶっているのがそんなに滑稽だったかしら?」


まどか「うーうん、そうじゃなくてね」


まどか「私、ほむらちゃんに会えて本当によかったって思えるんだ」


ほむら「!」


まどか「本当はね、不安だったんだ。アメリカからこっちに来ることになって。

      もし学校に馴染めなかったらどうしよう、とか。

      もし友達が一人もできなかったらどうしよう、とか。

      そんな風にずっと一人で悩んでたの」


まどか「でも・・・転校してきた日に、ほむらちゃんが声を掛けてくれたんだ」


まどか「最初はちょっと変な子だなぁって、思ったけど」



 まどかは最高の笑顔で送った。

 本人が何も知りえぬところで、悪魔を浄化してしまうほどの親愛の心を込めて。



まどか「私と友達になってくれて、ありがとう」



65:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:29:52.30 ID:BmRUECC0P


ほむら「・・・」


ほむら「ふふふ・・・」


まどか「?」


ほむら「ありがとうは、私の方こそ・・・」



 ほむらは必死で涙を堪えて、まどかの言葉にエールを返す。

 それでも涙は堪え切れなくて。

 潤んだ瞳を見たまどかが、「こんなことで泣いちゃうなんて、かわいい子だなぁ」などとのん気な勘違いをしていた。



ほむら「私はね、ずっとひとりぼっちだったの。

     あなたの前では『カッコいい私』を演じているけれど。

     本当の私は・・・根暗で、ノロマで、臆病で、ひどく役立たずで」


まどか「そんなこと・・・」


ほむら「だから色んな人に疎まれたり、恨まれたり、敵対されたりして・・・。

     それで、本当はあなたに会うまでずっとひとりぼっちだったの」


まどか「ほむらちゃん・・・」


ほむら「だから、本当にあなたには救われた。

     「自分は死んじゃった方がいい」なんて思ってた私を、あなたが変えてくれた。

     私と友達になってくれて、ありがとう、まどか・・・」


まどか「・・・」



 まどかは、そっとほむらに抱きついた。

 あの叛逆の夢の中の、優しい抱擁のように。



ほむら「!」


まどか「えへへ、転校してきた日の仕返し」


ほむら「まど、か・・・」


まどか「じゃあ、これからいっぱい楽しい思い出を作ろう」


まどか「私、ほむらちゃんのこと何にもわかんないけど。

     私にとってほむらちゃんは憧れの人だから、なんでそんな風に悩んでたのかなんて全然わからないけれど」


まどか「それでも、私が一緒にいて喜んでくれるなら。

     私はずっとほむらちゃんの傍にいるよ。

     私はあなたから離れたりしないから、これからずっと友達でいよう」


ほむら「ええ、ええ・・・。ありがとう」


ほむら「私の最高の友達・・・!」



66:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:31:14.37 ID:BmRUECC0P


 どれだけ長い間、抱き合ったのだろうか。

 10分なのか、1時間なのか。


 終わりはお互いに、「もういいよね?」という風に。

 遠慮がちに離れた。


 もっとも、ほむらにとってこの瞬間は、10分だろうが1時間だろうが。

 幾星霜の平行世界渡りにも匹敵するほど長い時間だったのだが。



まどか「もう日暮れだし、帰ってもいいかな?」


ほむら「そうね、引き止めてごめんなさい」


まどか「えへへ、いいよ。せっかくの春休みなんだから」



 さっきのやり取りが気恥ずかしいのか、まどかはそそくさと身支度を整えると。

 慌てて鞄を肩に掛けた。



まどか「じゃあ、またね」


ほむら「ええ、またね」



 「またね」。

 なんて素敵な言葉なんだろう。



67:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:32:24.90 ID:BmRUECC0P


 ほむらは、しばし目を閉じて先ほどの余韻に浸った後に。

 再び藍い瞳を見開いた。


 そこには先ほどの蕩けたような熱っぽさはなく。

 爬虫類のように冷徹な色が浮かんでいた。



ほむら「さて、いつからそこにいたの? シイラ」


シイラ「鹿目さんが出て行った辺りから入れ違いでー。

     安心してよー。この雅シイラ、他人のプライバシーはちゃんと守るからさー」



 汚れ一つない真っ白な壁紙の張られた天井に。

 不遜な笑みを浮かべる少女が、コウモリのようにぶら下がっていた。


 彼女の名は、雅シイラ。

 自らの意思で円環の理に叛逆し、見滝原に君臨した第二の悪魔である。



 ほむらは1つ深呼吸して心を整える。

 夢のような時間は終わりだ。

 これからは凍えるような現実と戦わなければならない。


 この世界の全ての、魔獣と魔法少女を全滅させるための・・・戦争だ。



68:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:34:25.44 ID:BmRUECC0P


ほむら「そうやって天井からぶら下がるのはやめたら?」


シイラ「うん? 何か不都合でも?」


ほむら「首が疲れるわ」


シイラ「おっと、それは失礼。私は上から目線で人を見下すのが大好きなものでついね」



 シイラは猫のような柔軟さで、天井から床へ降り立つ。

 ほむらは同学年の中ではそこそこ身長のある方だが、シイラはほむらよりも頭1つ分ほど背が高い。

 もし普通に学校に通っていたのなら、かなり目を引く存在になっていただろう。



ほむら「それで? オフの日に報告に来たってことは何かあるんでしょうね」


シイラ「そりゃあるよ、私だって暇じゃないし」



 腕輪のように装着されているダークオーブが紅色の光を放ち、タブレット端末のように変化した。

 タブレットの裏面には、サソリのような生き物が描かれている。



シイラ「魔法少女4人を一気に消したこと、結構な騒ぎになってるみたいだね。

     見滝原に頻繁に他所からの魔法少女が出入りしてる。

     『他の2人』が頑張って偽装工作してくれてるけど・・・、

     見滝原の異変に気付かれるのも時間の問題なんじゃないかな?」


ほむら「そう、めんどうなものね」



 ほむらは眉間に拳を当てて憂鬱に視線を泳がせる。



ほむら「『前の世界』では魔法少女が4人消えたくらいじゃ、誰も騒ぎはしなかったのに」


シイラ「私から言わせれば、そんな世界の方がどうかしてるけどね。

     少女が次々と行方不明になっても、淡々と日常が続く社会とか狂ってるでしょ」


ほむら「みんな・・・、自分のことで手一杯だったからかしらね」



69:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:36:05.06 ID:BmRUECC0P


 ほむらはシイラの瞳を覗く。


 シイラの瞳の奥に渦巻いている感情は、紛れもなく自分と同じ『愛』だったが。

 自分のそれとは、大分性質の違うものだと薄々感じていた。


 それでいい。

 多様性が保たれなければ、自分以外の悪魔が存在する意味がない。



シイラ「どーするのかな、ほむらちゃん?

     隠蔽するにしても返り討ちにするにしても、そろそろ大掛かりに動かないとマズイよ?」


ほむら「シイラ・・・あなたはどうしたいの?」


シイラ「実はさぁ、もう完成してるんだよね、私のトバリ」


ほむら「・・・」



 その言葉を聞いて、ほむらは思う。

 とうとうこの日が来てしまったか、と。



 今日この日より、この世の全ての魔法少女の祈りは、無価値な空想になってしまった。



70:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:37:33.81 ID:BmRUECC0P


シイラ「頃合といえば頃合だ。私はそろそろ開戦したいかな?」


ほむら「・・・、許可するわ」


シイラ「わーい」



 シイラはタブレットを腕輪に戻すと。

 満足そうに微笑んで踵を返す。



シイラ「用事は以上だよ、オフの日にお邪魔して悪かったね。

     それなりにテキトーに頑張ってくるから、ほむらちゃんはどっしりと構えて見ててよ」



 ぎぃ、と。

 古い家具が軋むようなオノマトペを響かせて。

 シイラはほむらに笑いかけた。



シイラ「なあなあに、あやふやに、何もよくわからないまま・・・。

     いつの間にか、この世を楽園に変えて見せるからさ」



71:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:40:39.17 ID:BmRUECC0P



 見滝原、プリンセスホテル。

 数多の世界で、見滝原に訪れた多くの魔法少女がこっそり利用していたホテルだが、そのエピソードは割愛する。


 今回その一室を利用しているのは、聖 カンナと日向 華々莉という2人の元・魔法少女だ。

 ちなみに彼女たちの場合は後ろめたいことは何もなく、きちんとシイラの名義でチェックインしている。



カンナ「・・・わかった」



 カンナは携帯電話の通話を切った。

 最新機種のスマートフォンの画面には、『暁美ほむら』『通話終了』の文字が浮かんでいる。



華々莉「?」


カンナ「ほむらさんから連絡が入った。

     『見滝原に入った魔法少女を全員特定して、接触しろ』だそうだ」


華々莉「ふぅん、やっとかー。

     よかったー、そろそろ他の町から魔獣を引っ張ってくるのにも飽きてきたしぃー」



 華々莉は寝転んだまま脚をパタパタさせて喜ぶ。


 カンナは思う。

 部屋の中で不審者丸出しの黒いフードを被っている自分が言えたことではないが、

 いくら女同士の2人きりでも、キャミソール一枚以外に何も身に着けないのは無防備すぎるだろう。



華々莉「で、さぁ。カンナさん。ほむらさん何か他に言ってなかった?」


カンナ「・・・」


カンナ「『華々莉の妹も来ているけれど、まだ手は出すな』、だとさ」


華々莉「あっはっはっはっ! やっぱり!

     さーっすが、ほむらさんは何でもお見通しだなぁー!」



 華々莉は枕を抱いてベッドの上を転げ回る。

 その様子を見て、カンナは1つため息をついた。



72:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:42:42.97 ID:BmRUECC0P


 イカれている、どいつもこいつもクレイジーだ。

 自分も『他人の不幸を願って魔法少女になった悪い魔法少女』という点で、狂気的な度合いは前後に落ちない自信はあったが、

 それでもこの悪魔という集団の中ではマトモな願いにすら思えてくる。



 『創造主の破滅を観察したい』。

 それが聖 カンナの願いだった。

 カンナは数少ない『魔法少女の起こした奇跡のせいで不幸になった者』で、

 魔法少女の願いによって生まれたヒトモドキだった。

 彼女は自分が生後半年で、自分のものだと信じて疑わない過去の記憶が、全て移植されたものだと知ってしまった。


 自分が勝手な都合で生み出されたこと存在であることが許せなかった。

 まるで全てがプラスチックでできた世界に放り込まれたような、孤独と違和感で気が狂いそうな日々を送っていた。


 だからあんなに呪われた願いで契約した。

 移植された心だと知っていてなお、大好きだった家族を捨ててまで。



 だが、それでも。

 自分の願いのために世界そのものを書き変えたりだとか、他人の不幸のために宇宙の法則を捻じ曲げたいだとか。

 どいつもこいつもスケールが違いすぎる。

 自分以外の人間を何だと思っているんだ。



カンナ「いや・・・、それでも」


 それでも・・・、輪にかけて特に酷いのは雅 シイラだ。

 奴だけは思想が理解の範疇に及ぶだけに、歪みの酷さがよく伝わってくる。


 自分は果たしてこんな奴らの中でやっていけるのだろうか。



73:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/13(日) 23:44:32.25 ID:BmRUECC0P


華々莉「カンナさぁーん、どうしたの? あんまり冷たいとチューしちゃうよ?」


カンナ「・・・」



 カンナはほんの少し笑った。

 そして次の瞬間、カンナの裏拳が華々莉の額に飛び、華々莉は盛大にぶっ倒れた。



華々莉「痛ぁーい! なんてことするのよー!」



 額を押さえてゴロゴロと転げまわる華々莉。

 キャミソール一枚でそんなことやるものだから、もう身体の全てが丸見えである。

 悪魔に堕落すると、そういう恥じらいという心も忘れてしまうのだろうか。



カガリ「7分で支度しろ、今日中に見滝原に潜む全ての魔法少女を炙り出す」


華々莉「はぁい♪」



 まぁ、それでも。

 年下の同志というのはなんだかんだ言っても可愛いのだ。

 厳密には私が年下なのだけれど。



カンナ「じゃあ、いざ行こうか」



 自己愛。

 それがカンナを堕落させた『愛』だった。


 この世界そのものをニセモノにしてしまえば。

 全てがニセモノになれば、きっとニセモノの自分だって生きていてもいいんだ。

 そんな妙な目的意識が、カンナを堕落させた。


 ・・・なんだ、私もしょせんは悪魔だったのか。

 なんて今更ながらにカンナは納得していた。



カンナ「全ての魔法少女を滅ぼす為に」



84:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:29:08.54 ID:QtAZr77WP





  第4話 「全ての生きた証が、この世界を構成しているのです」






85:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:30:57.84 ID:QtAZr77WP



 夕暮れ時。


 風見野市、佐倉聖学院。 

 マギカを束ねる物語としては、語るまでもない重要なチェックポイントである。


 かの『見滝原組』の魔法少女の一人、佐倉杏子の生まれた家だ。

 そこの客間にて、佐倉神父は戸惑いながらも一人の少女をもてなしていた。



佐倉神父「質素なお茶請けで申し訳ありません。

       お恥ずかしい話、生計が立つようになったのはつい最近なもので・・・」



 その相手の少女は、特異な配役を演じる第二の悪魔。



シイラ「ダイジョーブですよー、アップルパイ好きですからねー」



 雅 シイラだった。



86:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:34:33.83 ID:QtAZr77WP


 畏まる佐倉神父に対して、シイラの方は終始ヘラヘラと笑っている。

 だが、畏まるのも無理はない。いくら畏まっても畏まり足りないくらいだ。

 なにせこの教会の経済事情に干渉し『生計が立つようにした』のは、他ならぬこの少女なのだから。


 歳の割に優れているどころじゃない。

 人間の枠から逸脱した、悍ましいまでのマネジメント能力だった。



佐倉神父「しかし、驚きました。聞いてはいましたが、こうして直接お会いするまで信じられませんでした。

       本当に私の娘と同じ位の年齢の女性だったなんて・・・」



シイラ「上の娘さんですか。実は一度会ったことがあるんですけど、いい子ですよね。

     器量がいいし、思いやりがあるし。

     今やってる仕事が無事に終わったら、友達になってもらおうかなー」



佐倉神父「ええ、是非にでも。平凡な子なので雅さんには退屈かもしれませんが」



シイラ「えー、私だって全然平凡ですよー?

     こうやって特別扱いされて喜ぶぐらいには、歳相応な子のつもりですよー?」



 数多の世界線で訪れた『魔法少女と一般人の心の溝』によって生まれた惨劇は、

 果たしてこの世界では起こってはいなかった。


 理屈的には、暁美 ほむらの世界改編のオープニングとして身勝手にその結末を捻じ曲げ、

 シイラがそれの辻褄を合わせた故に得られた平穏なのだけれど。


 当のシイラはこう断ずる。

 『心から願って行動した結果が報われることは、理不尽でも奇跡でも何でもない』と。



87:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:37:35.59 ID:QtAZr77WP


シイラ「ところで佐倉神父、魔法って信じますか?」



佐倉神父「魔法・・・ですか?」



シイラ「そーです、魔法です。アニメとかでよくあるやつ。

     願っただけで何でもかんでも自分の思い通りにできちゃうアレです。

     もしあったら世界征服とか簡単にできちゃいますよね」



佐倉神父「・・・」



 突然の、あまりに脈絡のないシイラの笑顔に少々気後れしながらも。

 佐倉神父は自らの心に問いかける。


 少しでも大人の威厳を取り持つために。

 少しでもこの恩人に対して誠実であるために。



佐倉神父「信じません。あってはならないものです。

       一人の気まぐれで、世界全てが捻じ曲げられるなど、まかり通っていいはずがない」



シイラ「へー」



 シイラは、この二回り以上歳の離れた大人を観察するように。

 ニヤニヤと笑いながら顎を摘まむ。



佐倉神父「この世界は・・・、多くの人々の『想い』の積み重ねで成り立っているものです。

     泣いたり笑ったり、苦しんだり喜んだり、務めたり報われたり。

     そうした人々の全ての生きた証が、この世界を構成しているのです」



佐倉神父「それを一人の都合で好き勝手に捻じ曲げてしまうのは、過去の人々の意志を踏みにじることだ。

     この世界に生きる一員として、そんな理不尽な存在を認めることはできません」



シイラ「なるほど、大人な考え方ですね」



佐倉神父「ええ、大人ですから」



88:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:40:10.40 ID:QtAZr77WP


 シイラは思考実験を仕掛けるように。

 人差し指をピンと立てて、それをゆっくり倒し、佐倉神父を指さす。



シイラ「では一人一人の心に訴えかけ、世界を構成する全ての人間の心を変えてしまうことは・・・やっぱり理不尽なんですかね?」


佐倉神父「それは・・・、魔法を使って人々の心を変えるということですか?」


シイラ「いいえ。正攻法で、です。

     すごく辛くて苦しいけど、やろうと思えば誰にだってできるような方法で、です。

     努力して、必死になって、頑張って・・・。

     そうやって一人一人の心を納得させていって、その結果として世界そのものが変わっていく」


シイラ「それはやっぱり、今まで生きてきた方々の人生を否定するってことなのでしょうか?」



 佐倉神父は、抑えきれずにふっと微笑んでしまう。

 なんというか・・・この人外染みた天才にも。一応、歳相応らしい心はあるものだったのだと。

 どこか安心したように気を許してしまった。



佐倉神父「そんなことをされたら世界の変化を認めざるを得ないでしょう。

     それができる人間は、魔法など関係なく、世界を変えるべき人間です」


シイラ「あっはっはっはっ、そりゃそうですよね」



 一本取られた、という風にケラケラと笑うシイラ。

 一方で佐倉神父は、どうにか自分自身も納得できるような言葉をちゃんと伝えることができて、内心ほっとしていた。



89:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:42:04.35 ID:QtAZr77WP


 シイラは大げさに時計を見るような動作をすると。

 お絞りで手を拭きながら立ち上がる。



シイラ「あー、すいません。慌ただしくて申し訳ないんですけど。

     予定が押しているものなので、そろそろ失礼させてもらいますね」


佐倉神父「いえ、お疲れ様です。やはり雅さんのような方はお忙しいんですね」


シイラ「そーなんですよー、女の子は大変なんですよー。

     恋に仕事に人生勉強にと、光陰矢の如き大忙しです。時間なんていくらあっても足りません」


シイラ「では、貴重なお話をありがとうございました。

     皮肉とか当てつけとかじゃなくて、本当に勉強させていただきました」


佐倉神父「いえいえ、お力になれたようで何よりです」



 シイラはドアノブに手をかけ、首を傾けるようにして振り向いた。



シイラ「さようなら、あなた自身とその愛する人に神のご加護を」


佐倉神父「ええ、私もあなたの未来が幸多からんことを願っています」



 シイラは思う。

 今の彼になら『佐倉杏子の起こした奇跡』を暴露しても、大した問題にはならないんじゃないかと。



94:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/06(水) 00:25:45.76 ID:CFGBKx7zP


 霙の混じった春雨の降る昼時。

 美国邸、客間にて。

 織莉子がホワイトボードを背に立っていた。


 ここには織莉子の招集により、見滝原に介入する魔法少女が一堂に会している。

 メンバーは、美国 織莉子、浅古 小巻、牧 カオル、日向 茉莉の4名だ。

 何度も予知によるシミュレートを行い、選抜に選抜を重ね、『信頼するに足る』と織莉子が判断したギリギリの人選だった。


 自軍の戦力を一か所に集めるというのは、運が悪ければ一網打尽のリスクを伴う行為だが。

 それでも織莉子は、これを実行せざるを得なかった。



織莉子「さて、状況を整理しましょう」



 状況があまりにも複雑化し、見滝原に潜伏している者が、

 『自分たちの想像をはるかに上回る勢力』だと確信したからだ。



織莉子「明確になった情報は3つ。

     ①『魔法少女狩り』を行う者がいて、それは少なくとも『記憶を改竄する』能力を持っている。

     ②悪意を持った魔法少女が最低でも2人、見滝原に潜伏している。

     ③見滝原全体を包み込むように巨大な魔法結界が張られていて、見滝原の中では奇妙なことが起こり続けている」



 織莉子がホワイトボードにプリントを張り付けていく。

 そこで明かされた情報に、他の3人は皆困惑していた。



小巻「何がどうなっているのかしら・・・」


カオル「カンナを追ってここに来たのに・・・。ここに敵はいったい何人いるんだ?」



95:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/06(水) 00:27:58.28 ID:CFGBKx7zP


織莉子「1つずつ、説明していきます」



 そこまで言いかけて、織莉子はふと大事なことを思い返す。



織莉子「・・・その前に自己紹介です。私は美国 織莉子。

     ここ、見滝原の隣の町を縄張りにしている魔法少女です。

     私の魔法は『予知』。故に、私は皆様より少しだけ耳聡い」



 織莉子は一呼吸おいて、皆の瞳をしっかりと見返す。



織莉子「私は『私の町を未知の脅威から守るためにこの戦いに参加しています』。

    信用していただけるかどうかは、皆様にお任せします」



 自らの目的や特性を、偽り1つ無く曝け出す。


 これはもう、ほとんど無謀な賭けに近い行為だった。

 向こうがこちらを信用する保証もない。

 下手をしたら裏切らない理由すらもない。


 それでも織莉子はやらねばならなかった。

 疑心暗鬼に陥って、魔法少女同士で仲間割れなんて始まったら目も当てられない。

 状況は刻一刻と変化していることは、予知魔法を使うまでもなく明らかだ。

 一日でも早く、一刻でも早く。

 協力体制を築かねばならなかった。


 真偽の定かでない情報の真贋を見極めて共有し、見ず知らずの相手に命懸けの協力を仰ぐ。

 一歩でも踏み外せば即・ゲームオーバーの、綱渡りのような交渉だった。

 おまけにかつての暁美 ほむらのようなリセットボタンもない、一発勝負である。


 機械仕掛けのような冷静さと、途方もないリーダーシップが要求される大役だった。



96:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/06(水) 00:30:31.66 ID:CFGBKx7zP


 ただ、円環の理のご加護なのかなんなのか。

 美国 織莉子はどうやら、かつての暁美 ほむらよりもずっと幸運な状況にあったようだ。

 『人に恵まれ、世界に恵まれた』という、途方もないアドバンテージだ。


カオル「わかった・・・、信用する。

     私は牧 カオル、あすなろ市の魔法少女だ。

     私の魔法は・・・、まぁ基本的に戦闘以外には役に立たないと思ってくれていい」



 見ず知らずの織莉子の言葉を信用し、真っ先に命を預ける覚悟を決める者が現れた。



カオル「私はこの町に潜伏している『聖 カンナ』っていう魔法少女を追っている。

     私の友達が、カンナのせいで死にそうになってるんだ。

     一日でも早くカンナを捕まえて、その友達を助けたい」



 少々、虚を突かれたように笑顔を引きつらせながらも。

 織莉子はカオルへ問いかける。



織莉子「えっと・・・牧さん?」


カオル「カオルでいいよ、織莉子先輩」


織莉子「カオルさん、少し不用心ではないかしら・・・?」



 織莉子の方からそれを聞くのは、それこそあべこべの状況だった。

 あの状況で真っ先に名乗り出るなんて、決断が早いどころか思考停止に近いような行為だったからだ。


 その思惑を察してか、カオルは難しそうな表情で頭を掻く。



カオル「私には迷ってる暇がないんだよ。

     カンナは強いし、友達は日に日に弱ってるし、私はこの町のことは何も知らない。

     だから正直、織莉子と協力しないっていう選択肢は選べないんだ」


織莉子「もし・・・、その友達を人質に取られたらあなたはどうするのかしら?」


カオル「裏切るよ、迷わず。その時は遠慮なく倒してくれて構わない」



97:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/06(水) 00:32:15.22 ID:CFGBKx7zP


織莉子「わかりました」



 しばしの逡巡の後、織莉子はカオルに深々と頭を下げた。



織莉子「私は全力でこの町を調べ上げます。

     もしも見滝原に聖 カンナが潜伏しているとするならば、私は必ず彼女を見つけます」


カオル「わかった。じゃあ私は、見滝原にいる間は可能な限り織莉子先輩の指示に従って動く・・・これでいいよな?」


織莉子「はい、大変結構です。よろしくお願いします」



 織莉子とカオルは堅く握手をした。


 小巻は「やれやれ」という風にそのやり取りを横目で流し見ていたが。

 マツリはひどく気後れした様子で、織莉子とカオルを交互に見ていた。



98:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/06(水) 00:33:50.15 ID:CFGBKx7zP


織莉子「さて・・・、日向さん。あなたの意見はまだ聞いていませんでした。あなたはどうしますか?」


マツリ「あの、その・・・えっと、マツリは・・・」



 マツリは狼狽していた。

 織莉子の気高く、正しすぎる瞳に。


 まるで両親の喧嘩を目撃してしまった幼子のように。

 酷い疎外感と無力感が心を突き刺していた。


 まっすぐ向き合うには、織莉子が一回り年上ということも確かに負い目ではある。

 本来ならマツリは、先輩の一挙一動に怯えて、スカートの長さにも気を使うような年頃なのだから。


 だが、それを差し引いたとしても。

 先ほどの織莉子とカオルのやり取りは、あまりにも高度で『大人』だった。

 いや・・・この場の空気、参加者の全てが、中学生には残酷なほどに高い意識を要求しすぎていた。
 

 とても着いていけず、心がショートしていた。

 パニックを起こす寸前だった。



99:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/06(水) 00:36:42.95 ID:CFGBKx7zP


カオル「ていっ」


織莉子「ひゃん!?」


マツリ「!?」



 唐突だった。

 カオルが背後から織莉子の大きく胸の空いた上着をずり下し。

 ブラジャーをつけた織莉子の胸が大きく露出した。


 余談だが、織莉子はおそろしく発育がよく。

 大人顔負けのグラマラスなワガママボディである。



マツリ「な、なっ・・・!?」


織莉子「何するんですか!?」


カオル「年下にプレッシャーかけてどうするんだよ、織莉子先輩。

    ただでさえ見知らぬ町で見知らぬ相手と戦うなんて、不安でいっぱいだろうに。

    それ以上圧をかけたら潰れちゃうだろ」


 織莉子はいそいそと上着を直しながらも、

 刺々しい視線をカオルに送る。



織莉子「場を和ませるにしても・・・、他にも方法はなかったのかしら?」


カオル「あー、ごめんごめん。あんまりいい身体なもんでつい、ね」



 特に悪びれる様子もなく、特に警戒したり気遣う様子もなく。

 カオルはヘラヘラと屈託なく笑っていた。



100:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/06(水) 00:39:17.62 ID:CFGBKx7zP


 さて、と。

 軽く息をついてカオルはマツリに向き直った。



カオル「えーっと、名前なんだっけ?」


マツリ「あ・・・、えっと。日向 茉莉ですっ!」


カオル「マツリ、私たちを信用するかどうかを決めるのは、ゆっくりで構わない。

     だけどその決断をするまでの間は、私たちの言うことに従ってくれ。

     カンナは本当に危険な魔法少女なんだ」


マツリ「は、はい・・・っ!」


カオル「これでいいよね、織莉子先輩?」


織莉子「そうですね・・・、もうそれでいいです」



 マツリは安心したようにほっと胸を撫で下ろす。

 なんだか格下のような扱いだけれど、ようやく自分もこの場の一員になれたような気がした。


 あすなろ市の魔法少女、牧 カオル。

 彼女もまた、美国 織莉子とは違った形の人の上に立つ才能の持ち主だった。



 織莉子のそれが『リーダーシップ』だとするなら、カオルのそれは『キャプテンシー』と呼ぶべきものだった。



105:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:09:53.76 ID:zKLz+BEyP


 小巻の自己紹介を終えた辺り。

 頃合いを見計らったかのように。



カガリ「私は日向 華々莉、マツリのお姉ちゃんだよー」



 カガリは、突然現れた。



織莉子「え・・・?」


カオル「な・・・!」


小巻「!?」


カガリ「仲良くしてね?」



 カガリは紅茶のカップを揺らしながら、にっこりと微笑みかけた。



106:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:12:59.12 ID:zKLz+BEyP


 いきなり現れた『敵』は、つまり。

 戦を始める前から既に、砦はトロイの木馬によって陥落していたことを知らせていた。


 あまりにも唐突すぎる乱入に、皆が騒めき、浮足立った。



カオル「こいついつの間に・・・! というかマツリのお姉ちゃんってどういうことだ!?」


織莉子(日向 華々莉、ということは!

     彼女が聖 カンナの他に、見滝原に潜伏している『悪意ある魔法少女』の一人!)


織莉子(なんてこと、招集には細心の注意を払ったつもりだったのに・・・。

     まさかこんなに早く私たちの存在が知られているなんて!!)


マツリ「カガリ・・・っ!」


小巻「いや、待って・・・。こいつ、『いつからここにいた』の!?」



 そう、真に驚くべきはそこだった。


 カガリの出現は、時間停止のような狡いトリックではなかったからだ。


 なぜなら。

 織莉子は最初から『5人分の席』を用意していたから。

 飲み物も、配布物も、全て5人分用意していたから。

 そう、『自分は含めずに5人分』である。


 つまり、このカガリの潜入工作は。

 会議が始まる前から既に完了していたということになる。

 織莉子の予知魔法を掻い潜るどころか、潜入したことすら誰からも認識されずに。



107:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:14:36.76 ID:zKLz+BEyP


 「あのさ」と、言葉の枕を入れて。

 カガリは机に肘をつき、さも迷惑そうに口を開いた。



カガリ「そーゆー風に波風立てるのやめてくれないかなー。

     正直、すっごく迷惑してるんだよね。

     私たちなーんにも悪いことしてないのに、勝手に戦争みたいにされてさー」


織莉子「・・・」



 織莉子は今すぐ臨戦態勢に入ろうとしたが。

 周囲の様子を察し、それを早々に諦めた。


 カオルは完全に虚を突かれているし、小巻は混乱している。

 マツリは戦うどころではなさそうだ。


 軽く予知魔法を発動したが、強烈なノイズが入っていて何もわからない。

 こちらの手の内すら完全に暴かれている。

 抵抗は・・・無意味なようだ。



108:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:16:47.54 ID:zKLz+BEyP


 マツリは表情を引き攣らせながら、カガリに問いかける。



マツリ「カガリ、どうして・・・!?」


カガリ「その『どうして?』は、何に対しての『どうして?』なのかな?」


マツリ「・・・」



 カガリは問う。

 マツリが自分に対して、一番強く抱いている思いはなんなのか、と。



マツリ「どうして、何も言わずに出て行っちゃったの。お父さん、すごく心配してたよ・・・」


カガリ「あはっ! それマツリが言っちゃうんだ!

     私にもお父さんにも何も言わずに魔法少女になっちゃったくせに!」



 どうやら、マツリの言葉は。

 カガリが一番望んでいた問いかけだったようだ。

 ケラケラと今にも泣きだしそうなマツリを嘲笑いながら、魔法少女・日向 茉莉の全てを踏みにじる。



カガリ「契約のおかげで目が見えるようになったマツリは、いつ消えても満足だろうけどさ!

     マツリが消えた後に残されたお父さんはどんな風に思うのかな! カワイソー!」


マツリ「・・・」



 絶句したような表情のマツリを見ると、一通り満足したようで。

 カガリは人差し指を立ててクルクルと回した。



カガリ「いいよ、意地悪しないで答えてあげる」


カガリ「私がここに来たのは復讐のためだよ、全ての魔法少女への」



109:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:18:50.23 ID:zKLz+BEyP


マツリ「復讐・・・!?」



 パニックになりそうなマツリを庇うように、小巻がマツリとカガリの間に割って入る。



小巻「いきなり現れて随分な言い草ね、カガリさん。

    私たちが何かあなたの恨みを買うようなことをしたかしら?」


カガリ「そんなの簡単だよ、小巻ちゃん」



 カガリはおちょくる様に、小巻の顔を指さした。



カガリ「『自分の存在を大切にしなかった』。これほどわかりやすい業はないでしょ?」



 カガリの言い分。

 使われた『業』という言葉。


 全ての魔法少女が、多かれ少なかれ抱いている負い目。

 その弱みを付け狙い、全てを黒に塗りつぶさんと。

 悪魔の思想の本質が、鎌首をもたげていた。



カガリ「好き勝手に円環の理に消えた魔法少女のせいで、

     どれだけ多くの人生が狂っているのか考えたことある?」




110:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:21:17.05 ID:zKLz+BEyP


 織莉子は瞳を閉じ、騒めく心を静める。


 「落ち着け、これは挑発だ」と。

 「こんな言葉に心が折られてしまっては相手の思う壺だ」と。

 何度も何度も自分へ、言い聞かせる。



織莉子「確かに魔法少女の寿命や、消滅という末路については、私も思うところがあります。

     私たちとしては、少しでもそんな業の埋め合わせをするために。

     魔獣を狩って人々の安寧を守ることで、この世界に貢献しているつもりです」


織莉子「それでは、不十分ですか?」


カガリ「うん! ぜーんぜん足りないっ!」


カガリ「だって大好きな人が死んじゃうことより大きな悲劇なんて、あるはずないでしょ」



 織莉子は毅然とした表情をどうにか保ちながらも。

 内心では、言葉の隙間から垣間見えるカガリの本質に怯えていた。



織莉子(不味い。彼女の心は・・・闇が深いどころじゃない)


織莉子(まるで深淵でも覗いているような気分。

     ほんの少しでも油断したら、底へ引きずり込まれてしまうような・・・!)



 カガリは発条が壊れた人形のように首を傾け、ゲラゲラと笑いかける。



カガリ「ねー、みんな。この世界のこと、好き? 魔法少女になったこと後悔してない?」


カガリ「答えてよ」


カガリ「ねー」


カガリ「ねー」


カガリ「ねぇー!!」



111:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:24:01.66 ID:zKLz+BEyP


 真っ先に、この邪悪な威圧に抵抗したのはカオルだった。



カオル「ああ、そうだね、お前の言う通りだね。

     後悔ばっかりだよ! 悩まなかったことなんてあるもんか!」



 カオルは魔法少女へ変身し、真っ直ぐにカガリを見返す。



カオル「だけどそれをどうこう言われる筋合いなんてないな!

     私は誰かを守るために契約して! いつだって誰かを守るために戦っているんだから!!」


カオル「そんなに魔法少女の悪いところばっかり言うなよ!!」



 カオルの虚勢は、果たしてこの場の魔法少女の活路となったようだ。

 今にも闇に塗りつぶされてしまいそうだった、空気が変わった。


 小巻は不敵に笑い、魔法少女へと変身する。



小巻「私は契約しなければ、こうして生きてはいなかった。

   こうするしか方法がなかったのよ。

   だから何を言われようと、途中でやめる気なんてないわ」



 小巻は固有武器である戦斧を構える。

 その刃の背には、小巻の祈りの象徴であり、誇りの証である。

 赤十字の刻まれた盾が装着されていた。



小巻「道が1つしか残されてないなら! そこをとことん突っ走るしかないでしょう!!」



112:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:25:34.95 ID:zKLz+BEyP


 織莉子は笑った。

 どうにかまだ笑うことができた。


 小巻の後ろで怯えるマツリに、微笑みかけると。

 光を瞳に宿し、毅然とカガリに向き合った。



織莉子「私は・・・、2人のように気高い理由ではなく。

     この命をかけた祈りを、自分のために使いました。

     『自分の生きる意味を知りたい』、それが私の祈りだったんです」


織莉子「果たしてそれは責められるべきことなのかしら」



 織莉子は変身する。

 その衣装は、一点の穢れもない純白だった。



織莉子「自分のために生きて、自分のために死ぬ」


織莉子「人間らしくて、大変結構じゃないですか」



113:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:27:13.27 ID:zKLz+BEyP


 マツリもまた、心を決めたように。

 魔法少女へ変身した。



マツリ「ねぇ、カガリ」


マツリ「こんなことやめて、一緒に家に帰ろうよ」



 マツリの心は、もう折れてはいなかった。

 弱いままで、それは強く存在していた。

 怯えたまま、それを勇気で支えていた。


 4人の様子を一瞥すると。

 カガリは1つ微笑んだ。



カガリ「そっかぁー。じゃあ・・・」



114:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:28:31.41 ID:zKLz+BEyP





    「好き勝手に希望を抱いたまま」




    「悔いもなく」




    「跡形も残さず」




    「死ね」




    「トバリ『嘆きの森』」






115:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:30:15.33 ID:zKLz+BEyP


織莉子「!?」


小巻「なっ・・・!?」



 気付けば、そこは美国邸ではなくなっていた。

 カガリの姿はどこにも見えず。

 美国邸の客間は消滅し、怪談話がよく似合うような煤けた幽霊街へと変わっていた。



織莉子「そんな馬鹿な! 空間そのものを転移、いや・・・書き換えた!?」


カオル(テレポーテーションとか幻覚とかじゃない! クソッ、これはいったい何なんだ!?)



 あまりにも出鱈目だった。

 独自の法則に支配された世界の形成し、そこへ対象を強制的に引きずり込む。


 限定的にとはいえ、『世界を創る』という神の如き御業。

 この手口は、かつて世界に跋扈し、数多の惨劇を生み出していた『魔女の結界』と同じ手口だった。



116:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:32:25.02 ID:zKLz+BEyP


 幽霊街の中央の、風化した尖塔から。

 一人の魔法少女が現れた。



???「ぎゃはははははははははっ!」



 彼女はその服装と相まって。

 さながら狂気に駆られた道化のように見えた。


 織莉子と小巻は・・・、彼女を知っていた。



織莉子「あなたは・・・」


小巻「優木・・・っ!!」



 彼女は両手の人差し指をこめかみに当てて、まさに道化のようなポーズで4人を挑発する。



沙々「あっはぁ☆ お久しぶりでーす、小巻さん織莉子さぁーん!

   あなた達に追放されて、ウジムシみたいに惨めに生きてきた優木 沙々でぇーす!」



 優木 沙々。

 風魔協から追放処分を受けた『利己的な魔法少女』。

 彼女は魔獣を増やすために、平気で一般人を餌にするような外道だった。


 故に。

 織莉子が直接指名手配し、完全に縄張りを封鎖して、風見野から追放した。



沙々「可愛がってくれたお礼に魔獣の餌にしてあげますよー☆」



 マツリのソウルジェムが警鐘を鳴らす。

 知覚の魔法が、この絶望的な状況を鮮明に知らせる。



マツリ「・・・っ!?」



 沙々が杖を振りかざすと、黒い★マークの光が四方へ飛び。

 それに呼応するように、無数の白い影が亡者のように起き上がった。



マツリ「皆さん気を付けてください! ここは魔獣に包囲されてます! ものすごい数です!!」



 数え切れないほどの下級魔獣。

 それに加え、シュゲン級7体、サトリ級5体。

 そしてゲダツ級の大型魔獣が1体。


 下手をすれば都市1つ荒廃させてしまう程の魔獣の軍勢。

 魔法少女4人に対して、オーバーキルも甚だしい程の戦力だった。



117:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:33:31.66 ID:zKLz+BEyP

今日はここで終わりです。
読んでくださり、ありがとうございました。



118:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 01:39:20.03 ID:DDD/878W0


シュゲン級とかサトリ級ってのはBLEACHの虚の階級みたいなイメージでいいのかな



122:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/10(日) 15:03:36.85 ID:zKLz+BEyP

>>118
そんな感じです。
魔獣編を読んでいますが、作中で明かされる情報は少ないので、
設定はかなり自分の想像が入っています。
どうかご容赦ください。


シュゲン魔獣

姿は普通の魔獣とあまり変わっていない。
炎の手槍などの武器を使うようになり、単独で人を襲う。
強さは1対1で戦ってさやかちゃん(本編くらいの強さ)がちょっと苦戦するくらい。


サトリ魔獣

かなり人外染みた姿になっている。
内臓を巨大なキューブに変化させて押し潰すような攻撃を行ったり、
周囲の物質を劣化させるような瘴気を出すようになる。
強さはさやかちゃんを撃退できるレベル。


ゲダツ魔獣

超デカくて超強い。
姿は完全に人の形を残していない。
物質を凍結させる瘴気を広範囲に散布し、ものすごい数のレーザーで攻撃する。
魔獣編の作中ではさやかちゃん・マミさん・杏子ちゃんのトリオを2度撃退し、
規格外の魔法少女であるリボほむを正面から倒している。



123:魔法少女目録① 2016/01/10(日) 17:56:40.48 ID:zKLz+BEyP


美国 織莉子


‐出典‐

・魔法少女 おりこ☆マギカ
・魔法少女 おりこ☆マギカ(別編)
・魔法少女 おりこ☆マギカ(新約)


願い:『自分の生きる意味を知りたい』

固有魔法:予知

固有武器:水晶玉

ソウルジェムの色:白


母親は幼いころに他界しており、父親は政治家だったが、汚職が発覚して織莉子を残し自殺した。

父親の汚職が発覚して以降の、周囲の人間の態度の急変についていけずに、自分の存在意義を見失っていた時に契約した。


黒幕気質。

このSSでの織莉子の人間性は、新約の頃の織莉子が最も近い。

無意識の内に他人の精神や行動を支配したがるというのは、

人間不信になりかねないトラウマを負った彼女なりのスタンスなのかもしれない。



124:魔法少女目録② 2016/01/10(日) 18:11:45.94 ID:zKLz+BEyP


浅古 小巻


‐出典‐

・魔法少女 おりこ☆マギカ(新約)


願い:『私たちを守って』

固有魔法:防衛

固有武器:戦斧

ソウルジェムの色:群青


織莉子と同じ学校に通う中学3年生(来年度からは高校生)。

林間学校の施設の中で友人と一緒に火災に巻き込まれた際に契約した。


直情型。

自分の価値観が破壊されるのを嫌うタイプの人間。

この世界線ではいまだに契約できていないキリカに代わり、織莉子の右腕として動いてきた。

織莉子とは仲は良好とは言えないが、織莉子の実力と能力は認めているので、

その度々に反発しながらも結局は従っている。



125:魔法少女目録③ 2016/01/10(日) 18:59:31.91 ID:zKLz+BEyP


牧 カオル


‐出典‐

・魔法少女 かずみ☆マギカ


願い:『自分がケガをした試合で傷ついた全ての人を救って欲しい』

固有魔法:身体強化

固有武器:スパイクシューズ

ソウルジェムの色:黄色


あすなろ市の魔法少女で、和沙 ミチルに救われて魔法少女を志した者の一人。

エースである自分がケガを負ったせいで、チームの中にいじめや軋轢が発生してしまい、

大切なチームメイトがお互いに傷つけあっているという状況に耐え切れずに契約した。


厚情型。

『他人のために契約した魔法少女』の例に漏れず、我が身を顧みない無茶をし、よく一人で突っ走る。

あすなろ組の中では、ミチルに魔法少女のデメリットを態々聞かされた上でなお、一番最初に契約に踏み切った人物。

損得勘定は苦手だが、状況を見極めて決断を下すのは非常に早い。

『リーダー』としては非常に危なっかしいが、『仲間』であるならおそらく一番頼りになるであろう存在。



126:魔法少女目録④ 2016/01/10(日) 19:11:24.50 ID:zKLz+BEyP


日向 茉莉


‐出典‐

・魔法少女 すずね☆マギカ


願い:『目が見えるようになりたい』

固有魔法:知覚

固有武器:ガントレット

ソウルジェムの色:緑


ホウズキ市の魔法少女。

裕福な家庭の双子の姉妹として生まれたが、生まれつき目が見えなかった。

契約する以前に美琴 椿が母親代わりとなって世話をしていた時期があり、

ツバキへの慕情の念は強い。


受動型。

自分からは積極的に動かずに、周りに流されるタイプの人間。

しかし魔女の正体を知って、ほとんど総崩れになったすずね☆マギカの中で、

唯一「力尽きる日まで精一杯生きる」と誓い生存することができたという点では、

その精神的な強さは見滝原組にも引けを取らない。



127:>>1 2016/01/10(日) 19:15:48.65 ID:zKLz+BEyP

マイナーなキャラが多く登場するので、一応補足解説を入れておきました。
次の話はできるだけ近い内に。




131:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/18(月) 00:18:48.35 ID:Fje6Mu+hP


 インキュベーター達による、暁美 ほむらを素体とした円環の理の観測実験。

 魔法少女に対する裏切りのようなこの実験は果たして、

 美樹 さやか、巴 マミ、佐倉 杏子、百江 なぎさ、そして円環の理そのものによって、完膚なきまでに叩き潰された。


 それだけならまだ『次』に希望と教訓を託すこともできたのだが、

 この実験は結果として、暁美 ほむらの悪魔化を誘発するという取り返しのつかない事故を招いてしまった。


 それ故に、現在のインキュベーターは個体の約99.2%がほむらの支配下に置かれるという因果応報すぎる事態に陥っている。


 しかし第一段階の『観測』で、プロジェクトは完全に頓挫しまったものの。

 インキュベーター達による円環の理の支配計画は、準備だけならかなり先の段階まで完了していた。



132:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/18(月) 00:20:19.55 ID:Fje6Mu+hP





  第5話 「青い目のインキュベーター」







133:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/18(月) 00:22:10.91 ID:Fje6Mu+hP


 見滝原のマンションの一室、巴宅。


 多くの世界において、多少のメンバーの変化はあったものの。

 見滝原組の魔法少女の多くがここに集まり、よく紅茶を嗜んでいた。


 今日もまた、かつての世界のように。

 ここにさやか、杏子、マミの3人が集結している。



杏子「ほむらにはバレてないだろーね、さやか。

    今、私たちがこうやって集まっていられるのだって、奇跡みたいなものなんだぞ」


さやか「あんたこそ、お菓子か何かで買収されないでよ」


マミ「・・・」



 結果として、この3人は。

 『ほむらの詰めの甘さ』によって救われていた。


 なぎさに対してはそれこそ容赦なく、完全に魔法少女に関する記憶を抹消できたのだが。

 ほむらはこの3人に対しては、様々なことを躊躇った。


 記憶の改竄も、人間に戻す処置も。

 どこか安全に、取り返しがつくように行っていた。

 結果として全てが中途半端になってしまい、

 記憶のバックアップを残すというさやかの機転を見逃してしまった。




134:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/18(月) 00:24:15.50 ID:Fje6Mu+hP


杏子「それで、この先どーすんだ?

    記憶は取り戻せたものの、魔法少女の力は全然使えねーぞ。

    仮に魔法少女の力を使えるようになったとしても、

    何にも考えずに突っ込んだら、あの時の二の舞にしかならないじゃんか」


マミ「そうね・・・、暁美さんはとても強かった。

    おまけに強力な味方が他に3人もいる、勝てる気がしないわ・・・」


さやか「あー、実はそれに関してはアテがありまして・・・」



 にしし、と。

 悪戯っぽく笑って、さやかは人差し指を立てる。



さやか「ここは1つ、困ったときの『神頼み』でもしてみようかと」


杏子「ふざけてんの?」


さやか「言葉の綾だよ! ちょっとは汲み取ってよ!」



 もー! と。

 さやかはテーブルをバンバン叩く。



さやか「カモン! キュゥべえ!!」


???「僕のことをキュゥべえと呼ぶのはやめた方がいいよ、認識の混乱を招くからね」



 そこに現れたインキュベーターを見止めると、マミと杏子は息を飲んだ。



マミ「青い目の・・・インキュベーター・・・?」



 そこに現れたインキュベーターは、多くの魔法少女が見慣れてきた姿とは大きく異なっていた。

 青い瞳、青い模様、そして銀のリング。

 雪のような真白な身体にそれはよく似合い、他のインキュベーターよりも神聖な印象を感じる。



???「はじめまして、ぼくはインキュベーターにしてキュゥべえには非ず」



 青い目のインキュベーターは、3人に対して微笑みかけた。



カミ「『カミオカンデ』、神様がくれた名前だ。ぼくのことはこの名前で呼んでくれると嬉しいな」


カミ「とりあえず場所を移そうか。ここだと、神様との謁見の場所としては少し狭い」



135:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/18(月) 00:27:08.27 ID:Fje6Mu+hP


 3人と1匹は夜明けの見滝原の町を歩いていた。

 春は近いといえど、吐く息はまだ少し白みがかっている。


 歩きながらカミオカンデは滔々と語った。

 自分の秘密や出生を洗いざらい語った。

 彼の言葉はキュゥべえのそれとは異なり、聞いている者をどこか安心させるような響きがあった。



杏子「よーするに、アンタは円環の理に干渉するために作られたインキュベーターだと」


カミ「そうだよ。ぼくはソウルジェムとよく似た機関を動力源としていてね。

    ほんの少しだけ、君たちの心を『理解したふり』ができるんだ」


マミ「あなた達、あれで懲りてなかったのね・・・」


カミ「いや、インキュベーターの総意としては完全に懲りているよ。

    円環の理の支配計画は永久凍結されているし、今やほとんどの個体がほむらの言いなりだ。

    ぼくがほむらの支配下に置かれなかったのは、

    『精神疾患個体』として統合思念体とのリンクが切られているからだしね」


カミ「つまるところ、ぼくは捨て子なんだよ。はぐれ者と言ってもいい。

    だから正直なところ、他のインキュベーターの現状はさっぱりわからない」



 マミは少しだけ思案した後、1つだけ問う。



マミ「それが本当なのだとしたら、あなたは・・・寂しくないの?

    みんなからたった一人だけ切り離されて、役目も失ったままずっとひとりぼっちで・・・」



 それを聞くと、カミオカンデは立ち止まり。

 マミの方を振り向いた。



カミ「寂しい、という感情は理解できなかったな。

    ただ自分は総体から切り離されたのだと認識したとき、すごい勢いで思考力が蝕まれていくのを感じた」


カミ「未知の感覚だったよ。

    ぼくなりに結論を出すとすれば、あれは『寂しさ』じゃなくて『恐怖』という感情なのだと思う」



 マミはそれを聞くと、少しだけ微笑んだ。



マミ「そうね、きっとその通りよ」



マミ「カミオカンデ、私はあなたを信じたい。

    それがわかるなら、きっとあなたにもちゃんと心がある」


カミ「ありがとう、マミ。心があるというのは、インキュベーターにとっては皮肉でしかないけれどね」




136:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/18(月) 00:28:50.29 ID:Fje6Mu+hP


 杏子はそれを聞くと、咥えていたスナック菓子を飲み込んで、カミオカンデに問いかけた。



杏子「あんたにはソウルジェムと似たものが入っているって言ったよな、つまり・・・」


カミ「そうだよ。ぼくが『神様』に会ったのは、恐怖が思考の全てを埋め尽くしたその時だった。

    まぁ元々、そういう目的で設計されていたから当たり前なんだけれどね」



 3人と1匹は、やがてある場所へと辿り着く。


 いくつもの風車が並ぶ河原。

 橙色の暁光が水面に反射し、きらきらと輝いている。



カミ「着いたよ、ここからは君たち自身の言葉で語り合うといい」



137:以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします 2016/01/18(月) 00:29:46.64 ID:Fje6Mu+hP


 そこに白いドレスを纏った彼女は立っていた。

 あの頃よりも、少しだけ大人びた顔立ちで。




 「さやかちゃん、マミさん、杏子ちゃん」



 「久しぶりだね」




 その微笑みは、この星に生きる誰よりも優しく、穏やかだった。


 彼女の名は『円環の理』。

 全ての魔法少女が還る場所。

 この宇宙全土に浸透している、万物の法則。



147:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/24(日) 23:55:00.18 ID:uxq1ZEyDP


 魔獣。

 再編された世界の魔女に代わる魔法少女の敵であり、心を食い荒らす異形の怪物。


 鹿目まどかの祈りにより再編され、魔法少女の希望が絶望に終わらないという、この素晴らしき世界。


 だがそこに待っていたのは、

 クライマックスを終えた後の『ぬるい消化試合』などでは断じてなかった。




148:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/24(日) 23:56:33.85 ID:uxq1ZEyDP


 なるほど確かに。

 魔法少女が魔法少女を襲うという事例は激減した。

 未来に絶望し、自らソウルジェムを砕くという悲劇もほとんどなくなった。

 グリーフシードの供給源が枯渇し、身の毛もよだつ陰湿な共食いが始まるということもなくなった。


 だが殉職率は跳ね上がった。


 魔女との戦いが生温く思えるほどに。

 使い魔を養殖するという抜け道がある分、温情があると思えるほどに。


 魔獣との戦いは、純粋に過酷だった。


 魔力と感情を根こそぎ抜き取られて、

 初戦でいきなり円環送りになる魔法少女も珍しくはなかった。




149:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/24(日) 23:59:03.33 ID:uxq1ZEyDP


 魔獣に個性はない。

 彼らにあるのは闘争と繁殖に特化した機能美だけだった。


 魔獣は自らを着飾ったりはしない。

 彼らは自分だけのオシャレな世界を作ったりはせず、戦いと捕食のみで己を主張する。


 魔獣に気の利いたマクガフィンなどない。

 ただただ無慈悲に、ただただ無感情に。

 彼らはまるで群れを成した飢えた獣のように、本能にのみ従って魔法少女と人間の心を食い荒らす。


 そして魔獣の『狩り』は、恐ろしく合理的でシステマチックだった。

 感情の赴くままに呪いをまき散らすだけの魔女とは異なり、生態に無駄がないのである。

 個の力こそ魔女には劣るものの、群れを成し、計算高く人間を襲う。

 そしていざ魔法少女との戦いになれば、兵隊アリのように統率された戦術を取る。


 どう考えても彼らには感情なんてないのに。

 彼らには底知れぬ魔法少女への殺意があった。


 どう考えても彼らには知性なんてないのに。

 彼らには効率的な闘争本能があった。


 捨て駒や陽動、包囲攻撃や陣形を組んだ戦術、

 果てには気配を隠してゲリラ攻撃を行う群れまでもいる。


 魔女を『独自のこだわりを持つシリアルキラー』と例えるなら、

 魔獣は『統率された一国の軍隊』だった。




150:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/25(月) 00:02:48.75 ID:aSF0TdMBP


 廃墟と化した都市での、相対。

 すなわち『織莉子が率いる魔法少女達』と『沙々が率いる魔獣の群れ』の決戦。


 織莉子は自らの状況を知ると同時に、いち早く行動を開始した。

 彼女らしくもなく、普段はめったに出さない大きな声を張り上げて。



織莉子「マツリさん、あなたは探知系の魔法が使えますか!?」


マツリ「え、えっと・・・! はい!!」


織莉子「大体でいい、大きい魔獣の数を今すぐ教えてください!」


マツリ「・・・15です!」


織莉子(超大型の魔獣も一体確認できる、私たちの力が平均的な魔法少女だとするならば・・・)


織莉子「彼我の戦力差、およそ5:1といったところかしらね」



 織莉子はとにかく早く判断を下した。

 戦力で圧倒的に劣っている状況では、電撃戦と逃走以外の選択肢はない。

 時間をかければかけるほど戦力による差が開き、包囲攻撃を食らって圧殺される。

 1秒でも早く行動を開始せねばならなかった。



織莉子(優木 沙々。彼女の得意とする魔法は『支配』だから、おそらくこの魔獣の群れを操っているのは彼女・・・)


織莉子(最も勝算の高い作戦は、『真っ先に優木さんを倒し、魔獣の群れの指揮を崩すこと』)



 風魔協のリーダーは伊達ではなかった。

 織莉子は約8秒で状況を判別し、この場を切り抜ける最適解と呼べる策を見つけた。


 織莉子は簡易の予知魔法を使って、沙々の顔をちらりと流し見る。

 沙々の顔には、薄く『死相』が浮かんでいた。



織莉子(全く勝ち目がない戦い、というわけではないようね)



151:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/25(月) 00:05:30.77 ID:aSF0TdMBP


織莉子「皆さん、自己紹介を終えたばかりで恐縮ですが。

     緊急事態ゆえに、とりあえず私の指示に従って戦ってください」



 浮足立つ3人を、凛とした雰囲気で諫める織莉子。

 自信に満ちた、冷静な声。

 不安さは欠片も見せない、凛々しい表情。

 それは戦場においては、沙々の支配魔法に劣らぬほどの支配力を持っていた。



織莉子「一列になってあの魔法少女へ特攻します。

     先頭は小巻さん、次に私、その後ろにマツリさん、殿はカオルさんにお願いしてもいいですか?」


小巻「了解!」


カオル「オッケー!」


マツリ「は、はいっ!」



 鋒矢陣形、またの名を突撃陣形。

 高い戦闘力を持つ部隊長を突撃させ、残りがその後ろに追随する陣形である。

 柔軟性の低く側面攻撃に弱い代わりに、正面の突破力は随一だ。

 何より敵に向かって真っすぐ突き進むという性質上、戦い方がわかりやすく、部隊の士気も保ちやすい。


 織莉子が兵法に通じ、八陣を知っていたのかは定かではないが。

 敵軍の大将が明確であり、大軍に対して寡兵で挑むという局面においては、これもまた最適解だった。



152:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/25(月) 00:07:20.90 ID:aSF0TdMBP


織莉子「絶対にこの列からは逸れないでください、一人でも脱落すれば私たちの負けです」


織莉子「特に小巻さん。あなたは絶対に優木さんに突撃するのをやめないでください。

     あなたが立ち止まってしまえば、たちまち私たちは包囲されてしまいます」


小巻「言われるまでもないわよ!」


織莉子「マツリさん。あなたは探知魔法の結果を、『みんなに』ではなく『私に』教えてください。

     情報の混乱は敗北に直結します。ですがあなたの探知魔法は切り札でもあります。

     あなたの探知が無ければ、一度の奇襲でこの部隊は壊滅することを心に留めてください」


マツリ「はいっ!」


カオル「私には何かないのか? 織莉子先輩」


織莉子「あなたの重要性は低いです。なので私たちの誰かが負けそうになったら遠慮なく飛び出してください」


カオル「わかりやすくて素敵だね」



 この間、およそ30秒。

 敵の包囲は既に始まっており、数多の下級魔獣のレーザーの発射準備が完了していた。

 致命的、ともすればこの間に敗北するリスクもあった30秒だが。

 とても有意義な30秒だった。



織莉子「では突撃!!」



 まるで開戦の銅鑼のように、百にも及ぶ魔獣のレーザーが一斉に放たれる。

 目も眩むほどの光と耳を劈く轟音と共に、小巻は先陣を切って駆けだした。




155:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 15:59:47.94 ID:2DS7LchxP


 ――1年ほど前、日向邸にて。

    穏やかで、温もりに溢れた惨劇が始まっていた。



 椿というベテランの魔法少女が、華々莉と茉莉に向き合って座っていた。

 椿の傍らにはキュゥべえと、幼い銀髪の少女が寄り添っている。



椿「そうですか・・・。華々莉、茉莉。あなた達も魔法少女の素質を持っているのですね」



 椿は彼女たち二人に魔法少女の素質が芽生える以前より、双子の少女の世話人だった。

 椿の表情は沈んでおり、仲間が増えることを喜んでいるようにはとても見えない。


 キュゥべえは、一通りの説明を終えた。

 たった一度の奇跡を起こせるチャンス、魔法少女の宿命、ソウルジェムの仕組み、魔獣との戦い、円環の理など。

 魔法少女のノウハウについての一頻りを、包み隠さず全て教えた。



156:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:01:48.40 ID:2DS7LchxP


茉莉「椿、私も魔法少女になれるかな!?」



 茉莉は光を感じられない瞳を輝かせて身を乗り出した。

 椿はその様子を認めると、静かに首を振った。



椿「茉莉、キュゥべえの話を聞いていなかったのですか・・・?」


茉莉「聞いてたよ! みんなを苦しめる魔獣と戦うんだよね!」


椿「そうですね。そして、戦うのをやめた魔法少女は消滅してしまいます」


茉莉「・・・」



 怯む茉莉を、華々莉が横目で流し見ていた。



椿「魔法少女にならなくても、幸せな人生はあります。

   あなた達はこんな辛い運命を、自ら進んで背負うべきではありません」


茉莉「でも・・・」



157:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:03:42.55 ID:2DS7LchxP


華々莉「それじゃあ椿がひとりぼっちだよね。

     椿は一緒に戦ってくれる友達は欲しくないの?」



 明らかに落ち込んだ様子の茉莉をフォローするように、華々莉は問いかける。

 生まれつき盲目の妹は、どんなに過酷な条件だろうと魔法少女になりたがるであろうことを、華々莉は知っていた。



椿「大丈夫ですよ、華々莉。私にはこの子がいますから」



 椿は隣に座っていた銀髪の少女の髪を撫でた。

 銀髪の少女は少し驚いたような表情をした後、ふにゃりと蕩けたように笑う。


 少女の名は鈴音。

 椿以外に身寄りのない孤独な少女。

 彼女こそ椿の魔法少女の誇りであり、生きる意味だった。


 そんな鈴音の様子を見たとき、僅かに華々莉の心が騒めいた。


 未だに魔法少女に未練がありそうな茉莉の様子を認めると。

 椿は少し、卑怯な言い方をした。



椿「約束してね。華々莉、茉莉。私のことを好きでいてくれるなら、魔法少女にはならないで」



 華々莉は、割って入る隙などなさそうな椿と鈴音の様子をしばし眺めた後、小さくため息をついた。



華々莉(悔しいな、私じゃ駄目だったんだ・・・)


華々莉「じゃあ・・・、私たちが魔法少女にならなくても、椿は私たちの友達でいてくれるよね?」



 椿は穏やかに、安心したように。

 柔らかな表情で笑った。



椿「もちろんです」



158:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:04:28.63 ID:2DS7LchxP



 いかに理屈で納得しても。



 無理に抑え込んだ思いを消せはしない。



 開演のブザーが鳴り響く。



 惨劇は茉莉の抜け駆けから始まった。




159:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:05:06.80 ID:2DS7LchxP





 ツバキ、なんでマツリが魔法少女になったのに、そんなに嬉しそうなの・・・?







160:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:06:26.81 ID:2DS7LchxP


 どうして、いつもマツリなんだ・・・。


 
「カガリはお姉ちゃんなんだから我慢しなさい」

「マツリは目が見えないんだからカガリが助けてあげなさい」



 大人はみんなマツリのことばかり。

 ツバキだけが『私もマツリと同じくらい大事』だって言ってくれたのに。


 ツバキはスズネとマツリを選んだ。

 魔法少女という華やかな舞台の上で、自分だけがスポットライトから弾かれてしまった。


 挙句、ツバキはそんなカガリのことを気にも留めずに、安らかに円環へ逝ってしまった。



 ウソツキ。



 ウソツキだ、みんなウソツキだ。




161:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:08:16.35 ID:2DS7LchxP


 別にツバキは、カガリのことをぞんざいに思っているわけではなかった。

 むしろ深く愛し、心から幸せを願っていた。


 ただ、『優先度』が低かったのだ。


 ツバキにとってカガリは、

 『魔法少女になんかならなくても幸せになれる子』で『自分がいなくても大丈夫な子』だった。

 だからどうしても、自分以外に身寄りのないスズネや、生まれつき盲目であるマツリを優先してしまっていた。


「自分がいなくても大丈夫」


 それは全てツバキの中で自己完結した思い上がりだった。

 もっと言うなら、人間とは違う社会に生きる魔法少女がよく陥る思い込みだった。


 魔法少女の心情なんて知ったことではないカガリからしてみれば、

 母親のように慕っていた人物からいきなり見捨てられただけだった。

 自分の人生の中で大きなウエイトを占めていた人物が、何も告げずにいきなり消滅しただけだった。


 狭くて深いカガリの世界は、真っ二つに引き裂かれた。




162:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:09:22.48 ID:2DS7LchxP


 「なんで自分じゃダメだったんだろう?」


 「どうして自分を選んでくれなかったんだろう?」


 「何が悪かったんだろう? どうすれば良かったんだろう?」


 「本当は私のことが嫌いだったんだろうか?」


 永遠に答えがわからなくなった問いが、カガリの中で廻り続けた。

 出口のない堂々巡りが続き、幼い心は次第に淀み、腐敗していった。



 穏やかで全てに満足したようなツバキの死に顔が、ただただ恨めしかった。

 ツバキに選ばれた二人の魔法少女が、ただただ妬ましかった。

 周りを置いてきぼりにして、自分だけハッピーエンドで終わる魔法少女の物語がひたすら憎かった。



 愛憎。

 それがカガリを魔道に堕とした愛。

 報われることのなかった、心のすれ違い。

 こんなに苦しいなら、愛などいらぬ。



163:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:12:13.22 ID:2DS7LchxP


 ――時間軸は再び、現時点へ戻る。



 トバリ。

 悪魔と化した魔法少女の固有の能力。

 ダークオーブの内部に『自分のルールが適用された世界』を作り出し、

 まるで半透明な下敷きを被せるようにそれを現実世界に上塗りする。


 カガリのトバリ、嘆きの森のルールはつまり、『空想を現実にする能力』である。

 具体的には自分の心象風景の世界を作り出し、

 その内部の行動の結果を現実にフィードバックさせるというものだが、細かい説明は割愛する。


 とにかくこのトバリの内部に相手を引き込んだ時点で、

 俎上の鯉を相手にするがごとく、カガリの勝利は確定しているのだが。

 カガリはこれ以上の攻撃を仕掛けようとはしなかった。



164:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/31(日) 16:14:22.81 ID:2DS7LchxP


カガリ「あっはぁ、派手にやってるなぁ沙々ちゃん。

     あんなにいっぱい魔獣をあげたんだから、一人くらいは壊して欲しいよね」



 彼岸花の咲き乱れ、金属的な光沢の羽の蝶が飛び交う、暗い部屋にて。

 カガリは豪奢な椅子に脚を組んで座り、頬杖をついて球体状に浮かんだ映像を眺めていた。


 シイラはカガリにかく言った。


 『私たち悪魔は、とにかく魔法少女と戦っちゃダメだ』


 『もっと言うなら魔法少女に悪魔を倒す《正義》を与えちゃダメだ』


 『百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。

  非戦こそが悪魔のやり方だよ。ワルモノにされて、やっつけられてハッピーエンドなんて嫌でしょ?』


 シイラは把握していた。

 正義のために戦えない魔法少女がいかに脆いのかを。

 そして心の強さが魔力の強さに直結する魔法少女という生き物に『強い意志』を与えたとき、

 どれだけの脅威になるのかを知っていた。


 だから彼女は、カガリにこう言い聞かせたのだ。

 「どうしても相手を殺したいのなら、自らの過ちによる自滅を狙え」と。



カガリ「これなら私は悪くないよね、シイラさん。

     沙々ちゃんみたいな子に恨まれてる魔法少女のじごーじとくだもんね」



 かなり恣意的に内容を曲解してはいたが、カガリはそれでも一応シイラの言いつけを守っていた。


 なるほど、これは暗殺よりもずっと気分がいい。

 高みの見物は蜜の味。

 安全圏から殺し合いを眺めるのはなかなかに甘美なものだった。



カガリ「楽しみだな、マツリはどんな顔で死ぬんだろう」



 カガリはまるで少女貴族にでもなったかのように、手を組んでゆったりと背もたれに身を預ける。

 真っ赤な装飾の施された椅子には、ハリセンボンのような紋章が刻まれていた。



165:悪魔図鑑 2016/01/31(日) 16:18:07.94 ID:2DS7LchxP



赤い糸の悪魔、カガリ


呪いの性質:嫉妬


選ばれなかった主人公、伝わらなかった想い、切断された赤い糸。

亡き花への慕情は行き場をなくし、やがて触る者全てを傷つける棘装束となる。

冷淡に振る舞えば大体は見逃してくれるが、

裏切りと逃亡を何より憎むこの悪魔には、絶対に偽りの愛で接してはいけない。



172:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/17(水) 23:57:33.41 ID:6jrQh2TmP


 カガリの織莉子一味襲撃より、数日前。

 カンナは総帥であるほむらの直々の指名を受け、『箱庭の中枢』へと向かっていた。



カンナ「Damn(ふざけやがって)、相変わらず薄気味悪い場所だ・・・!」



 そこにはインキュベーターの眼を通して記録された無数の見滝原の映像が、丸く切り取られて映し出されていた。

 多くの人々や空間を一方的に観察するその光景は、まるで水族館のようである。


 いや、確かに。

 『他人を観察する』という偏執染みた固有魔法は自分のもので、

 この箱庭の中枢を構築するのにも助力したものだが。


 コネクト(観察魔法)を、ここまで悪用されるとは思わなかった。


 最奥の玉座にほむらは腰かけていた。

 傍らのテーブルに座るインキュベーターの言葉を聞き流しながら、

 タブレット端末を弄るように赤い光を放つ魔力球を操作している。



ほむら「ああカンナ、いらっしゃい。今はちょっと手が離せないから楽にしていていいわ」


カンナ「・・・神になった気分はどうだ? ミセス・ルシファー」


ほむら「思ったより大したことないわね、『なんだ、こんなものか』って感じよ」



 ベチャリ。



ほむら「・・・」



 どこからともなく現れた、人形のような使い魔がほむらにトマトを投げつけた。

 シイラ曰く、このパターンはほむらが背伸びをして気取っているときに起こるらしい。



カンナ「結構、調子に乗っているみたいだな」


ほむら「あらお優しい。そういう気遣いができるから、あなたは悪魔の中で一番好きよ」



173:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/17(水) 23:59:18.62 ID:6jrQh2TmP






第6話 「箱庭利権の宙ぶらりん」







174:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:01:11.86 ID:m8Rxeil1P


 ほむらはハンカチで赤い汁をふき取りながら、指を鳴らす。

 リングを輝かせて宙に浮かぶインキュベーター達が、テーブルや椅子を用意しカンナを座らせた。



ほむら「飲み物は何がいい?

     コーラかしら、コーラよね。あなたアメリカ育ちだし」


カンナ「日本生まれの日本育ちなんだがね、まぁコーラでいいが」



 ほむらが足を少し上げると、その隙間にすかさずインキュベーターの1体が滑り込んできた。

 春が近いとはいえ、空調が弱いこの空間は少し冷える。

 ほむらはインキュベーターを踏み拉きながら、足先を温めていた。



ほむら「ふふふ、やはりあなたと一緒だと落ち着くわ。

     シイラもカガリも、まともに会話が成立しないんだもの。

     その点、あなたになら冗談も通じるし、からかい甲斐もあるのよね」



 ベチャリ、ベチャリ。


 ダバァ。



ほむら「・・・」



 ほむらの顔面と手元にトマトが命中し、

 コーラの入ったカップがひっくり返ってゴシックなスカートを濡らした。



カンナ「ハリーハリー・・・。早く本題に入れよ、お前と長く話していると頭がおかしくなりそうだ」


ほむら「やれやれ容赦がないわ、少しカッコつけるとすぐこれだもの」



175:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:02:51.00 ID:m8Rxeil1P


ほむら「現在、見滝原には3種類の魔法少女がいる」



 ほむらは紫色のダークオーブを輝かせて、3つのホログラムを映し出す。



ほむら「1つは私たち、『悪魔に変異した魔法少女』」



 ダークオーブ型のシルエットがクルクルと回った。



ほむら「2つ目は、この世界に生まれ、この世界でインキュベーターと契約を交わした『普通の魔法少女』」



 ソウルジェム型のシルエットから、剣や杖が生えた。



ほむら「そして3つ目は・・・」



 1つの円から幾つもの円が枝分かれし、それはセフィロトの樹のようなシルエットになった。



ほむら「『円環の落とし子』よ」



176:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:06:59.25 ID:m8Rxeil1P


カンナ「円環の落とし子?」


ほむら「ええ、円環の落とし子よ。

     シイラは普通の魔法少女ばかり警戒しているようだけれど、私としてはこちらの方がよほど恐ろしいわ」


ほむら「彼女たちは円環の理の一部であり、かつて魔女だった魔法少女よ。

     平行世界のどこかで絶望し、円環の理に導かれ。

     そして何らかの理由で円環の理から離れてこの世に顕現した、言わば天使のような存在ね」


ほむら「彼女たちには『魔女としての力』が内蔵されているだけではなく、

     存在しうる全ての平行世界の人格が束ねられている・・・手強いわよ」


カンナ「Wait(ちょっと待て)。

     それってこの前に倒した、美樹 さやかや百江 なぎさのことだろ。

     円環の落とし子とやらは、あれで全部じゃなかったのか?」


ほむら「積極的に円環の理に協力していた落とし子はあれで全部よ。

     でも『それ以外の落とし子』は、まだ残っているわ。

     使い魔の幻影などを含めなければ、見滝原には最低でもあと4人いる」



 「もっとも」と付け加え。

 ほむらはさも愉快そうに口元を抑えた。



ほむら「彼女たちの場合は、『混乱に乗じて円環の理から脱獄した』と言った方が適切でしょうね」


カンナ「なるほど、まさに予測不能のイレギュラーだな」



 カンナの瞳が鋭く光る。


 カンナはほむらに次いで、『他の世界』を熟知している悪魔だった。

 故に、魔女の力がどれだけ悍ましい物なのかは、言われるまでもなくよくわかっている。



ほむら「さて、本題よ。カンナ、あなたには円環の落とし子の方を探し出して、狩ってもらいたい」



 ほむらはカンナを見つめ、白くしなやかな指先を振る。



ほむら「引き受けてくれるかしら?」


カンナ「・・・」



177:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:07:52.54 ID:m8Rxeil1P



 カンナは想起する。


 雅 シイラに窮地から救出され、たった一言で全てを支配されてしまったあの瞬間を。



178:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:09:35.38 ID:m8Rxeil1P


 カンナちゃん。


 私は君にメリット以外の何も提示しない。


 私はあなたを拘束しないし、いつ裏切っても誰に寝返っても、何のペナルティも課さない。


 ただ、1つだけ面白い提案をしよう。




 『君がほむらちゃんの言うことを聞いてくれるなら、

  神那 ニコを人間に戻してあげる』。




 彼を知り己を知れば、百戦危うからず。


 希望と絶望の本質を理解すれば、魔法なんか使わなくても心は支配できるんだよ。


 理解できたかい? ひとりぼっちのヒュアデスちゃん。



179:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:11:20.02 ID:m8Rxeil1P


 カンナはしばし目を閉じたのち、

 燃えるような決意を秘めた瞳を開く。



カンナ「OK、引き受けよう」


ほむら「あらまぁ、いい子ね。もっと色々要求されるのかと思っていたのに」


カンナ「よく言うな、断られるなんて端から思っていないくせに・・・。

     だが利害は一致しているからね。

     円環の落とし子とやらがまだ残っているなら、確かに私たちにとって一番の脅威だろう。

     とりあえずは言う通りに動いてやるよ、ミセス・ルシファー」


ほむら「ありがとう、それともう1つ」



 ほむらは口元に拳を当てて、クスクスと抑えるように笑った。

 ホログラムを映し出していたダークオーブが、イヤーカフスの形状に戻る。



ほむら「『ルシファー』はやめてもらえないかしら? しっくり来すぎて縁起が悪いわ」



 黒いイヤーカフスは、翼の生えた蛇のような形をしていた。




180:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:14:08.51 ID:m8Rxeil1P


――見滝原、ガラス精錬工場の大焼炉。

   ほむらから指令が下った日、カガリが織莉子一味を襲撃しているのとほぼ同時刻。



 残念ながら、こちらはカガリのように鮮やかな工作術は成功していなかった。

 カンナは遠距離から狙撃のような暗殺を行い、見事に失敗していた。



カンナ「ぐっ・・・! 完全に気づかれた!!」



 高速で突っ込んでくる魔力源をどうにか捉えたその直後。

 カンナの左半身が吹き飛んだ。



???「あっはぁーーーー!! みぃーーーつけたっ!!」



 脱兎のごとく飛び出してきた仮面の魔法少女の蹴りが円を描く。

 飛び散った肉片や血飛沫が辺りにスプレッドされる。

 カンナは歯軋りをして後ろへ飛びのいた。



カンナ「ガッデム・・・! なんてことしやがる、人間だったら即死だったぞ!!」



???「?」



 仮面の魔法少女は「何を言っているのかわからない」、といった風に首を傾げる。



???「当たり前じゃん、殺す気でやったんだもん」


カンナ「せめて確認ぐらいしろよ! 戦争でもしている気か!?」


???「・・・」


???「あぁ! そっか! ごめんごめん。戦争してないんだね、この時代は!」



 両手を合わせてピョンピョン跳ね回る仮面の魔法少女。

 カンナはそれを苦々しく睨んで、軽く舌打ちした。



カンナ(ジーザスッ! どいつもこいつも・・・!!)



181:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:17:46.82 ID:m8Rxeil1P


 カンナが忌々しく仮面の魔法少女を睨んでいる数瞬後。

 彼女に追随するように、更に二人の仮面の魔法少女が加わる。



猫の仮面「ああ、よかった。まだ終わっていないみたいですね」


鴉の仮面「いくらなんでも独り占めはズルいですよ、ラピヌお姉さま!

       せっかく生身の肉体を持って蘇えることができたのに!

       戦いも殺し合いもできないまま、円環の理に直帰なんてことになったらもう私は・・・っ!」



 感極まったように打ち震える鴉の仮面を、猫の仮面が優しく抱擁する。



猫の仮面「大丈夫ですよ。その時はこのミヌゥが、宇宙の終焉まで戦いに付き合って差し上げますので」


鴉の仮面「お前は本当に優しいなぁ、ミヌゥ。お姉ちゃんは嬉しいよ・・・。

       あれ、ミヌゥ? いや、ミヌゥお姉さまだったっけ・・・?」



 しばしの逡巡の後、まるで発条がはじけたように。

 黒い羽根を舞い散らせ、鴉の仮面の魔法少女はマントを翻す。



鴉の仮面「ククク・・・、カカカカァー! まぁ、どっちでもいいかぁ!

       一刻後にはみーんな死んでるかもしれないんだしなァーーーー!!」


カンナ(なんなんだよ、こいつら。どいつもこいつもキャラ濃すぎるだろ・・・っ!!)



 カンナは帽子を押さえながら、吹き飛ばされた左半身を修復する。



カンナ「一応聞いといてやる。

     お前ら誰だよ、いつの時代のどこの魔法少女だ?」



 それを聞くと、全員が全員気分が高揚したようで。

 三人は一斉に仮面を脱ぎ捨てた。



182:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/18(木) 00:19:36.47 ID:m8Rxeil1P


兎の仮面「長女・ラピヌ!」


鴉の仮面「次女・コルボー!」


猫の仮面「末妹・ミヌゥ!」



 仮面を脱いだ彼女たちの顔立ちは、西洋人のそれだった。

 魔女と魔法少女が入り混じったような、独特の威圧感が空間を侵食する。



コルボー「3人合わせて、トロア・ソルシエール!」


ミヌゥ「生まれは15世紀、所属はイングランド軍ですわ」


ラピヌ「よろしくねー、未来人さん!」



 カンナは半ば自棄気味に笑顔を浮かべる。



カンナ「そうですか、すごいですね。私は聖 カンナ、現代っ子の悪魔法少女だ!」



 カンナの頭部から曲がった角が生える。

 二重螺旋をイメージしたようなワイヤーフレームが、翼のように背中から伸びる。



カンナ「よろしくだよ、ソルシエールのヒッピー共!」



 カンナはネックレス状のダークオーブを輝かせ、

 黒い暗雲のような独自の空間を世界に上塗りした。



カンナ「トバリ、『ヒアデス星雲』!!」



188:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:33:43.97 ID:qXbm1AWAP


 カンナのトバリ、ヒアデス星雲。


 それは望遠鏡で星座を観るように、平行世界のシーンを映し出し、対象の在り方を知る能力。


 どこまでも自分の心を疑い、どこまでも相手の心を知りたがった、とても彼女らしい世界だったが。




 直接的な戦闘にはあまりにも無力だった。




189:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:36:05.25 ID:qXbm1AWAP



コルボー「てんで期待外れだな。悪魔ってこんなもんなのか?」



 カンナは600年前の魔法少女達に、見事に血祭りに上げられていた。



ラピヌ「うぇひひひひ! まー、いいんじゃない?

     どーせこいつは『悪魔の中でも一番のザコ・・・!』とかそんなオチでしょ。

     悪魔はあと3人もいるんだから切り替えてこーよ」



 コルボーに前髪を掴まれ、顔を上げさせられているカンナは忌々しそうに歯軋りをする。



カンナ(3対1で嬲っておきながら何を偉そうに・・・!!)



 しばしそんなカンナの様子を眺めていたミヌゥだったが。

 彼女もまた、呆れたようにため息をつく。



ミヌゥ「何かしてくるかと思いましたが、本当にこれで終わりのようですね。

     それではパーティはこの辺でお開きにしましょう」


コルボー「ああ、そうさね。

      じゃーな、カンナちゃん。みしるしとしてそのダークオーブを貰うぜ」


コルボー「首ごとな!!」


カンナ(Fuck you・・・、呪われろクズども)



 コルボーの手刀が、黒い鳥のように飛来する。

 ネックレス状のダークオーブが掴まれると同時に、頚椎がへし折られる感触がカンナを襲った。



190:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:40:01.39 ID:qXbm1AWAP


 カンナのトバリが上書きするルールは、あくまで『観測』。

 遠く離れた星には、いくら手を伸ばしても触れることができないように。

 彼女には他の世界に干渉する力は無いし、ましてや操ったり支配したりすることもできない。


 だからあり得ないのだ。

 別の世界の住人であるはずの、彼女がここにいるなんて。



カンナ「バカ、な・・・。なぜ、なぜお前がここにいるんだ・・・」



 ましてやもっとあり得ないのだ。

 かつて在りし世界では。

 彼女の仲間を破滅させ、心を踏みにじった怨敵であるはず自分のために。

 彼女が助けに来てくれるなんて。



カンナ「かずみ・・・!!」



 白い魔法少女が、カンナの身体を抱きかかえていた。




191:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:43:48.55 ID:qXbm1AWAP


 自らの手からダークオーブを奪取され、呆気にとられていたようなコルボーだったが。

 突如として現れたかずみをしばし眺めた後に、挑発的な笑みを浮かべる。



コルボー「魔女の力・・・、なるほどお仲間か。だけどこれは何のマネだ?」


コルボー「そいつは円環の理サマに叛逆している『敵』だぞ。

      私とお前が争う理由は無いはずなんだがな」



 コルボーの挑発は、果たして見事に成功したらしく。

 精悍な顔つきだったかずみはすぐさま逆上し、後先を考えずにコルボーに殴り掛かる。



かずみ「黙れっ! 友だちを助けるのに、敵も味方もあるもんか!」



 だけれど悲しいかな、相手は百戦錬磨の封建社会の魔法少女である。

 勇ましく突き出された拳は、いとも容易く受け止められてしまった。



コルボー「威勢は大変結構だが・・・。

      魔法も使わずに普通に殴り掛かるとかナメてんのかァ!?」



 拳を掴んだコルボーは、そのまま腕を振り下ろし。

 かずみを地面に叩きつける。



かずみ「ぐぅ・・・!」



 コルボーは倒れ伏すかずみの腕を力強く踏んでへし折った。



かずみ「っ!?」


コルボー「どうしたオイ! まさか本当に後先考えず突っ込んできたのか?

      私たちの時代だったら、魔法少女じゃなくても死んでるぞ!?」


かずみ「・・・」ニィッ


コルボー「!」



 かずみの腕から、黄色い花が生い茂る。
 
 赤く実を結んだイチゴが弾けて、たちまち辺りに炸裂した。



コルボー「ぐっ! ふざけた魔法を・・・!」



 不敵な笑みを浮かべるかずみが、カンナを庇うに立ち塞がっていた。



カンナ「かずみ、お前・・・どうして・・・?」



192:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:44:51.83 ID:qXbm1AWAP




 どうして私を友と呼んでくれるんだ・・・?





193:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:45:30.08 ID:qXbm1AWAP


 そんな心を知ってか知らずか。

 かずみは能天気に、カンナにニッコリと微笑んだ。



かずみ「チャオ! カンナ、久しぶり!」



194:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:47:23.47 ID:qXbm1AWAP



 かずみさん。

 この世界には数え切れないほどの絶望と希望があります。



 願いによって生まれたそれらは。

 全部正しくて、全部がどこか間違っているの。



 だから・・・。

 どれを一番大切にするかは、かずみさん自身の心で決めてください。



 大丈夫、自信を持って進んで。

 零れ落ちた選択肢は、全部私が受け止めますから。



195:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:50:36.70 ID:qXbm1AWAP


 かずみの右手に光が集まり、それが杖の形になる。


かずみ「いつか、どこかの魔法少女さん。

     私はこんな拗れてわけわかんなくなった世界なんかより、私の友だちを選ぶ」



 かずみは杖を振りかざして、それをコルボーに突き付けた。



かずみ「だから寄って集って私の友だちを虐めた、性格が悪そうなアンタ達を今からやっつける!」


かずみ「OK?」



 コルボーはしばし唖然としてかずみを眺めていたが。

 やがてようやくその意味を飲み込んだようで、心の底から愉快そうな笑みを浮かべる。



コルボー「ヒヒヒヒ・・・、ヒッハーーーーハハハハハッ!!

      見てるかァ、円環の理サマァ! 裏切り者のユダがここにいるぞ!!」



 コルボーは翼のように黒いマントを羽ばたかせる。

 撒き散らされた黒い羽根が宙を舞う。



コルボー「いいね、いいね! 楽しくなってきたな!

      魔法少女同士の戦いはこうでなくちゃァな!」


コルボー「お姉さま方、こいつは私にくれよ!

      聖女(ラ・ピュセル)なんかよりもよっぽどノれそうな・・・最高の『敵』だ!!



 ラピヌは少しだけ不満そうな表情をしたが、肩をすくめてミヌゥと顔を見合わせる。



ラピヌ「しょーがないなー。じゃー大将首のほむらってやつは私のねー♪」


ミヌゥ「お手並み拝見、ですわ。

     600年前よりも更に熱いコルボーお姉さまの全力全開を見せてくださいな」


コルボー「ヒーーーッハハハハハハハッ!! 愛してるぜお姉さま方ァ!!」



196:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/20(土) 00:52:25.68 ID:qXbm1AWAP


 コルボーはまるで猛禽のように指を鉤爪状に開き。

 上気したような表情で、ギンギンとかずみを見返す。



コルボー「一応、自己紹介をしておこうか。

      私の名は『コルボー』! 600年前のしがないチンピラ魔法少女さ!!」


かずみ「私の名前は『かずみ』! プレイアデス聖団の一番星っ!!」


コルボー「かずみ・・・、一(かず)三(み)ねぇ・・・。

      カカカッ、面白い偶然もあったもんだなぁ!!」



 魔力が渦巻き、コルボーのソウルジェムが希望よりも澄んだ色に変わっていく。



コルボー「だけど気を付けろよかずみちゃん。

      魔法少女の方はどうだか知らないが・・・」



 コルボーの背後に浮かぶ、黒い葉を纏ったスケアクロウ。

 円環の落とし子は魔女の力を使う、それは彼女とて例外ではない。


コルボー「権謀術数渦巻く15世紀のヨーロッパは・・・、間違いなく魔女の黄金世代だぜ?」



200:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 22:39:33.33 ID:++VZOXR8P


――某日、明朝。

   見滝原河川敷、風車通りにて。



 さやか、杏子、マミ、そして特異なインキュベーターが。

 この世に顕現した円環の理と対面していた。

 「久しぶり」とだけ言って微笑んだ円環の理の前に、さやかが頭を掻きながら進み出た。



さやか「えーっと、あー・・・。色々言いたいことあるけど・・・」



 ガバリ、と。

 さやかは勢いよく頭を下げる。



さやか「ごめん! ほんっとーにごめんっ!!

     あたしじゃほむらを止められなかった!!」


さやか「それどころかこの春まで自分の使命とも向き合わずに!

     グダグダと生きてた頃みたいな生活を満喫してた!

     ほむらの言っていた通りになってしまった! 本当に面目ない!!」



201:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 22:43:15.28 ID:++VZOXR8P


 歯噛みをしてずっと頭を下げるさやか。

 彼女をしばし見つめた後、円環の理は自ら膝をついてさやかと視線を合わせた。



円環の理「大丈夫だよ、私はさやかちゃんを責めないから」


さやか「・・・」



 さやかは頬を引き攣らせ、無理に笑顔を作る。



さやか「さすが女神さまだ、お優しいね・・・」


円環の理「ううん、そうじゃない。

       私はほむらちゃんが間違っていると思っていないから」


さやか「・・・」


円環の理「だから、さやかちゃんがほむらちゃんの言いなりになったとしても。

       それもきっと、たくさんある未来の内の1つの、在るべき形なんだと思う」


さやか「あたしは最初から・・・、期待なんてされてなかったの?」


円環の理「私は全ての魔法少女の祈りと絶望を受け入れる、それはほむらちゃんだって例外じゃない。

       もしほむらちゃんが勝ったとしても、逆にさやかちゃんが勝っていたとしても。

       私はどちらの結末もちゃんと受け入れるつもりだった」


さやか「あんな奴があたしたちと同じ魔法少女だっての!?」


円環の理「そうだよ、違いなんてどこにもない」


さやか「・・・」



 さやかは何かまだ言いたげに円環の理を睨んでいたが。

 諦めたようにため息をついて、自分の髪をワシワシと掻いた。



さやか「敵わないなぁ、もう・・・」



202:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 22:47:27.60 ID:++VZOXR8P


 さやかと円環の理のやり取りが一段落ついたのを見計らって。

 マミが口をはさんだ。



マミ「ちょっと1つ疑問なのだけれど・・・。

    円環の理の人格って、確か暁美さんに引き裂かれたのよね」


マミ「その人格が、今は人間として学校に通っている鹿目さんになっているのだとしたら・・・。

    今、ここにいるあなたの心は誰の物なのかしら?」



 円環の理はそれを聞くと、少しだけ困ったような表情をする。



円環の理「えーっと・・・、今の私も鹿目まどかの人格なのだけれど・・・。

       今の私は『ほむらちゃんが選ばなかった部分』なんだ」


マミ「選ばなかった部分?」


円環の理「うん。ほむらちゃんは『魔法少女になる前の鹿目まどかの人格』だけを選んで引き裂いたの」


円環の理「鹿目まどかという人間を作るだけなら、魔法少女になってからの記憶はいらないと思ったのか。

       それとも私を完全に壊したくなかったのか。

       どれがほむらちゃんの本心なのかはわからないけれど・・・」


円環の理「残ったままの『魔法少女になった後の鹿目まどか』の記憶を寄せ集めて。

       どうにかこうやって、みんなと話せるだけの心を作っているんだ」


マミ「まるでSFみたいな話ね、記憶の欠片を繋ぎ合わせて心を作るだなんて・・・」



203:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 22:49:24.49 ID:++VZOXR8P


 しばしそのやり取りを横目で眺めた後。

 今度は杏子が口を挟む。



杏子「アンタは『ほむらが勝ったとしてもその未来を受け入れる』って言ったね。

    つまり・・・、それが円環の理のスタンスなのか?」



 それを聞くと、円環の理は悲しそうに笑う。



円環の理「ごめんなさい」


円環の理「私は受け入れることしかできないの」


杏子「そっか」



 杏子はポケットから板チョコレートを出し、銀紙を剥がし始める。



杏子「当てが外れたな。女神様なら悪魔なんて、指先一つで消し飛ばしてくれるのかと思ってたけど」



204:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 22:52:21.12 ID:++VZOXR8P


さやか「あああああああああっ! もうっ!!」



 さやかは唐突に叫びを上げ、自分の額を拳で思い切り殴る。



杏子「なにしてんだ!?」


マミ「美樹さん!?」


さやか「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ!

     ちょっと僅かでも『全部まどかに解決してもらおう』と思っていた自分が情けないよ!!」


さやか「絶望だけじゃなくて、希望まで押し付けようとしてたのか! あたしは!!」


 さやかはガシガシと両手で頭を掻きまわした後。

 拳を握り顔を上げる。



さやか「ほむらは魔法少女であるあたし達が倒さなきゃダメなんだ!

     力を失おうと! 記憶を奪われようと! 魔法少女は絶対に諦めちゃダメなんだ!」


さやか「戦わなきゃ! どうにかしてあの悪魔を倒さなきゃ!!」



 変な決意を固めたようなさやかを。

 杏子たちは皆、呆れかえったような冷めた目で見る。



杏子「無茶言うなよ、ただの人間になったあたし等でどう戦えって言うんだよ・・・」


マミ「美樹さん、勇気と無謀は違うのよ」


円環の理「流石にそれは第三者として止めざるを得ないよ」


カミ「非合理的だ、君一人でやってくれ」


さやか「なんなんだよ、みんなしてぇーーーっ!!」



「そうよ、やめておきなさい。

  今のあなたが私に勝てるわけがないわ」



さやか「ああん!? お前もかっ、お前もあたしを馬鹿にするのかァーーー!!」


さやか「・・・えっ?」



205:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/27(土) 22:53:56.12 ID:++VZOXR8P


 さやか以外の全員の表情が強張っていた。

 いつの間にか、彼女たちの周りには。

 不気味な玩具で遊びながら、甲高い笑い声を上げる子供たちが集まっていた。


 暗黒の口が開く。

 そこから這い出すように艶めかしい衣装を纏った彼女は現れた。



「ふふっ・・・。なんだかこうして集まっていると、ピュエラ・マギカ・ホーリークインテットの同窓会みたいね」



さやか「お、お前・・・っ!」



「おはよう、みんな」



 蠱惑的で、人の心を誘惑するような笑みを湛え。

 『大人』とはまた違った形で『完成』してしまった彼女がいた。



ほむら「私よ」



 子供たちが一斉に両手を上げて、声を揃えてと笑い声を上げる。

 そしてそれをさらに包囲するように。

 無数の赤い眼のインキュベーターが、あらゆる場所からそこを観察し、記録していた。



214:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/17(木) 23:35:54.67 ID:8mUpHUrFP


 ――トバリ『嘆きの森』内部での戦い



 織莉子の一瞬の編隊を認めると、沙々は思わずほくそ笑んでしまった。



沙々「さーっすが織莉子さん、集団戦というものをよくわかってますねー」



 そうだ、それでいい。

 足掻け、もっと足掻け。


 私がしたいのは虐殺じゃない、復讐だ。


 勝利を目指して必死に戦い、決死の手を打ち。

 戦いの果てに僅かな希望が見えた瞬間、それが踏みつぶされる。


 私が見たいのはそれだ。



沙々「くふっ、くふふふふっ!」



 必死こいて愚直にこちらに突進してくる小巻達が滑稽だ。

 可笑しくて笑いが止まらない。


 その偉人面した化けの皮剥いでやるよ、織莉子。

 次はテメーが無様を晒す番だ。



沙々「私はテメーみたいな・・・、

    強くて美しくてカッコいい奴が大っ嫌いだからなァ!!」



215:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/17(木) 23:37:27.69 ID:8mUpHUrFP





第7話 「魔法少女向いてないんじゃないですか?」






216:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/17(木) 23:39:39.23 ID:8mUpHUrFP


小巻「優木ぃ!!」



 小巻がすぐ間近に迫り、戦斧を振り上げていた。


 恐ろしい光景だ。

 私が魔法少女じゃなかったら、もしくは小巻の性格を知っていなかったら。

 処刑さながらの気迫にビビッて腰を抜かしていただろう。



小巻「っ!」



 私が動じることなくただ突っ立っているだけで、勝手に戦斧の太刀筋が逸れる。



小巻「こ、のっ!!」



 ぎこちない軌道で空振りした戦斧に代わり、回し蹴りが私の顔面を捕らえた。

 視界が揺れるような衝撃の直後、地面に吹っ飛ばされたが、ただそれだけだった。


 痛覚遮断を使っている今なら、猫だましにすらならない。



沙々「ほうら、お優しい。小巻さん、アンタ魔法少女向いてないんじゃないですか?」



 目を見開いて荒い息をする小巻を見やりながら立ち上がる。

 彼女は追撃すらしてこなかった。


 織莉子さぁーん、編成ミスですよ?

 ダメじゃないですか、人殺しに抵抗がある子を先駆けにしちゃ。



217:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/17(木) 23:42:10.44 ID:8mUpHUrFP


織莉子「捕らえました!」



 いつの間にか沙々の周囲には幾つかの水晶玉が浮かんでおり、

 星座を結ぶようにそれら1つ1つが光線で繋がり合い、ワイヤーフレームのような形になる。


 ああ、そうですよね。

 そりゃ、次は封印術を使いますよね。

 ご丁寧に皆さん全員が足を止めて、私を見守りながら。



織莉子「優木さん、あなたを捕らえました。この結界からは――


沙々「はい、ドブン」



 巨大な◇型のゲダツ魔獣の上半分が、花弁のように開いていた。

 それはゆっくりと回転しながら、

 風が渓谷を吹き抜けるような音を響かせて、巨大な瘴気の流れを収束させていく。



沙々「捕まったのはテメーらの方だよ!」


マツリ「あっ・・・!!」


カオル「全員、伏せろ!!」



 不死身の身体はこうやって使うんですよ、バーカ。




218:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/17(木) 23:45:20.77 ID:8mUpHUrFP


 その一瞬後。

 衝撃波が奔った。


 瘴気の砲弾が炸裂し、沙々を含む全ての魔法少女を爆炎が飲み込み。

 雷が落ちるような轟音を響かせて、高圧電流に似た瘴気が辺りに飛び散った。



 沙々はあろうことか自分自身を寄せ餌にして、一網打尽を狙ったのだ。

 ご丁寧なことに、自分のソウルジェムだけは、ゲダツ魔獣の内部へちゃっかり避難させておいて。



223:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:04:31.67 ID:3B/YiOSgP





        優木 沙々は、クズだった。







224:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:06:25.07 ID:3B/YiOSgP


「私たちは人間社会の管理者ではなく、あくまで人間社会を構成する一部分に過ぎないの。

 魔法少女として長生きしたいのなら、常々それを忘れないようにね」


 うるさい、うるさい、うるさい!!

 会う度会う度に・・・、ネチネチネチネチと説教しやがって!

 お前、何様だ! 一年早く生まれたのがそんなに偉いのか!?




「アンタねぇ・・・、そんな風にズルしながら生きてて楽しい?」


 うるさいっ!

 特別な奴が甘い蜜吸って生きて何が悪いんだよっ!!





「優木さん、流石にそろそろ戦闘上達してくれないとフォローキツいんですけど・・・」


 黙れっ!




「沙々っ! あなた夜の街でうろついてるのを見たって先生から――


 黙れっ!




「沙々! 成績が――


 黙れっ!




「将来の夢――


 黙れっ!




「やりたいこととか――


 黙れっ!



225:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:07:47.95 ID:3B/YiOSgP


「優木さん」

「優木」

「優木さん」

「沙々」

「沙々」

「さっちゃん」

「ゆっきー」

「沙々」

「優木」

「ささ」

「ささ」

「さSA



 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、全員黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!



226:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:09:00.76 ID:3B/YiOSgP


「優木さん、あなた・・・! 自分が何をしたのかわかっているの!?」


「何をしたのか・・・?

 くふっ、くふふふっ! やだなぁ織莉子さぁーん、ちゃんとわかっていますよ?」



 どす黒い煙を上げて炎上する介護老人施設を背に、沙々は誇らしげにこう言った。



「私の支配魔法を利用した魔獣の養殖ですっ!

 これなら私でも、ちゃんと皆さんの役に立てていますよね!」



227:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:10:48.87 ID:3B/YiOSgP


カオル「パラ・ディ・キャノーネ!」



 茜色に輝く弾丸が、カオルの右足から放たれた。

 それはミドルシュートの様な軌道を描き、

 無防備に開かれたゲダツ魔獣の発射口を撃ち抜いた。



カオル「イエスッ、ナイッシュ!」



 発射口から亀裂が走り、内部から光り輝く瘴気が漏れ出す。

 亀裂は誘爆するように次々に増えていき、次の瞬間ゲダツ魔獣は爆散した。



カオル「うっぷ・・・、よしっ。やっと超大型の魔獣を倒したぞ・・・!」


マツリ「でも魔獣の数はほとんど減っていません! 早く織莉子さんのところに行かなきゃ・・・!」


カオル「いや、待って。どうやら向こうも勝負がついているみたいだ」



228:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:12:28.48 ID:3B/YiOSgP


 肩で息する小巻が、戦斧を杖のように突いて寄りかかる。

 度重なる防壁魔法の乱発により、ソウルジェムは半分以上濁っていた。



小巻(優木のやつ・・・、こんなに強かったの!?)



 織莉子もまた、生傷の修復に回す魔力すら惜しいといった風の満身創痍だったが。

 どうにかワイヤーフレームのような結界を展開し、沙々を捕らえていた。



沙々「う、ぐ、ぐ・・・!」


織莉子「終わりです、優木さん」


沙々「なんでだよぉ・・・なんでっ!」


沙々「なんで私が素直になると、みんな寄って集って袋叩きにするんだよ!!」


沙々「私だけが間違っているのか! 私だけが発言権がないのか! 私だけ魔法を使っちゃいけないのか!」


沙々「私だけ何も支配する権利がないんですかぁ!?」


小巻「・・・」



 小巻は沙々の方から目を逸らした。




229:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:13:23.66 ID:3B/YiOSgP


 頃合いを見て、カオルが織莉子に歩み寄った。



カオル「織莉子先輩、これ」


織莉子「これは・・・」


カオル「多分あいつのソウルジェムだよ、一番強い魔獣の体内に隠してあった」


織莉子「酷い濁り方、ですね・・・」


カオル「どーすんの? 魔獣はたくさん倒したから、グリーフキューブは十分にあるけど」


織莉子「・・・」



 織莉子は沙々の方を流し見るが、すぐに目を逸らして絞り出すように言った。



織莉子「助ける理由は、ありませんね」



230:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:18:38.88 ID:3B/YiOSgP


カオル「・・・見殺しにすんの?」


織莉子「介錯です。あの様子ではどの道、優木さんはもう・・・」



 悲痛な決意を固めたような織莉子を見て。

 沙々はゲラゲラと耳障りな高笑いを上げた。

 彼女は泣きながら笑っていた。



沙々「くふふ、くははははははははは!!

    やっと化けの皮が剥がれましたねぇ織莉子さぁーん!!

    そうだよ、それですよ! それが魔法少女の本性ですよ!!」


小巻「こいつ・・・!」


沙々「どーします! こんなクズは円環の理に導かれる前にソウルジェムを砕いちゃいますか!?」


織莉子「・・・」


織莉子「魔法少女の死は・・・、全ての者に対して平等であるべきです。

     私は待ちます、あなたが円環の理に導かれるまで。

     先に逝ってください。私もいずれ、あなたと同じ場所に逝きます」


沙々「お優しい! だが、甘ぇよ!!」



 織莉子は背後からの衝撃に吹き飛ばされた。



織莉子「がっ・・・!?」



 この場で唯一、沙々の口三味線に乗せられて同情してしまった者がいた。

 マツリはほんの一瞬だけ、沙々の支配魔法が『効いてしまった』。



マツリ「あ、あれ・・・?」



 マツリが再び意識を取り戻したのは。

 沙々へソウルジェムを投げ渡した一瞬後だった。



沙々「くふっ、くふふふふ! くははははははははははっ!!」



 ワイヤーフレームの結界が破られ、沙々は自由となる。



231:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:21:15.15 ID:3B/YiOSgP


 沙々が杖を振り上げると、廃墟街の天蓋が赤黒く輝きだす。

 彼女の支配魔法は、この嘆きの森という世界自体を支配し始めた。


 つまるところ、今の彼女は。

 この世界を思うままにできる。


 無論、魔力が尽きるまでの僅かな時間だけ、だが。



沙々「これで終わりだ、何もかも!!」



 魔獣達が起き上がる。

 ぶちまけられる沙々の呪いの感情を食らい、その目は爛々と輝きだした。



沙々「魔獣共、優木 沙々の最期の支配魔法だ!

   『こいつらを殺せ!』

   『仲間が死のうが自分が死のうが!』

   『一つでも多く魔法少女の死体を増やすんだ!!』」


織莉子「まずい!」


小巻(私の防壁魔法で防ぎきれるのか・・・! この数っ!!)


沙々「無理無理無理のカタツムリィ! みんな死ねぇっ!!」



 織莉子達を包囲する魔獣達から、幾千ものレーザーが放たれる。

 それはまるで、光の津波に飲み込まれたような眩さだった。



232:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/29(火) 00:29:50.00 ID:3B/YiOSgP


 が、そのレーザーはまるで丸めた紙屑のように。

 緩い放物線を描いて一斉に地に墜ちた。


 全ての魔獣が跪くような姿勢になる。

 全ての魔法少女がまるで平伏すように、地面にうつ伏せに倒れる。



沙々「え? あ、あれっ・・・?」


カオル「何が起こった!? クソッ、動けない!!」


織莉子(こ、これは・・・! なんて不吉な予兆なの!?)


マツリ「ひっ!!」



 強力な重力場が発生していた。

 この舞台の上にいる役者も小道具も分け隔てなく、全てひっくるめにして地面に縛り付けていた。



???「そう生き急ぐもんじゃないよ、沙々ちゃん」



 彼女はまるで花道を歩くジェンヌのように、跪く魔獣達の列から歩み寄ってくる。



マツリ(な、なに・・・! 沙々さんともカガリとも違う!!)


マツリ(あの人の心、怖いっ!!)



 彼女が立ち止まると同時に、空中で静止していた魔獣のレーザーが一斉に動き始める。

 それらは地面に着弾し爆炎を上げ、この場の誰よりも邪悪な彼女を照らし出した。



シイラ「命は投げ捨てるものじゃないぜ」



 雅 シイラ。

 カーテンコールの悪魔がそこに居た。



236:>>1 2016/04/09(土) 00:11:33.02 ID:XRrqPvd3P

投下します。



237:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:12:25.56 ID:XRrqPvd3P



 枯れ葉剤の魔女。

 その性質はグッドトリップ。



238:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:15:52.55 ID:XRrqPvd3P


――トバリ、ヒアデス星雲内部にて。


 星の瞬く一面の荒野。

 そこではコルボーとかずみの一進一退の攻防が続いていた。



コルボー「ちっ・・・!」



 振り下ろされたかずみの杖を受け止めるが。

 次の瞬間にかずみの頭突きが顔面を捕らえる。



コルボー「ぐっ・・・!」


コルボー(クソッ! 速すぎるし、力が強すぎる!!)



 固有魔法も追加習得魔法も戦闘技術も全て対魔法少女に極振りしているコルボーに対し、

 かずみは単純なスペックによるゴリ押し戦法だけで互角に渡り合っていた。



コルボー(なによりこいつ・・・、ソウルジェムのキャパシティが大きすぎる!

       魔力の消耗を押し付けているのに、一向にソウルジェムが濁る気配がない!

       生前は相当強い因果を持つ魔法少女だったらしいな・・・!)



 不利な状況にもかかわらず、コルボーは笑う。

 まるで大物を見つけた狩人のように。



コルボー(だがな、それならそれで幾らでもやりようがあるんだよ!)



239:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:17:58.55 ID:XRrqPvd3P


 コルボーが手袋の端を噛み、勢いよく右手を引き抜く。



 次の瞬間、かずみのピアスが激しく警鐘を鳴らした。



 基本的にコルボーの攻撃は全て受け止めるか防ぐかで対応していたかずみが、

 初めて反射的にコルボーの貫手を避けた。


 コルボーは内心で軽く舌打ちをする。

 初撃を避けられたら『暗器』の意味がない。



コルボー「おやおや何にびっくりしているんだ、かずみちゃん。

       魔法少女は無敵だろ? ただの手刀をそんなに必死に避けてどうしたんだ」


かずみ「じゃあ、なんでわざわざ手袋を外したの?」


コルボー「・・・」


コルボー(気づいているのか。オツムが足りなさそうな顔なのに、頭の方もよく回るもんだ)



 コルボーの毒手、『鮮紅万死』。

 その手刀には魔法で生成した特殊な病原体を帯びており、

 それは傷口を化膿させて、回復速度を上回る速さで肉体を破壊し続ける。

 まるで魔法少女を殺すためだけにあるような技術だった。



240:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:20:33.33 ID:XRrqPvd3P


 ああ、痛い。なんなんだよチクショウ、最悪だ。


 Damn、本当に不様だ。

 何やってるんだよ私、バカか。なんでこんなに酷いことになっているんだよ。


 結局、私は・・・。

 自分の意志で動いていると勝手に思い込んでいただけで。

 ただシイラの口車に乗せられていいように踊らされていただけじゃないか。


 もういいや、このまま死んだふりしてよ。

 よくよく考えたらどうせ私の命は偽物なんだ。

 死のうが、生き延びようが、世界が滅びようが、もうどうでもいい。



 ・・・。



 あれ、そういえば私・・・。

 どうしてまだ死んでないんだ?



241:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:22:03.92 ID:XRrqPvd3P


 目覚めたカンナの目前には。

 鮮紅万死の毒が回り、全身がグズグズに腐っているかずみが立ち塞がっていた。

 可愛らしかった純白の衣装は膿と敗血に汚れ、もう見る影もない。


 単純な戦闘力だけで見れば、間違いなくかずみが優勢だった。

 だがコルボーが倒れ伏すカンナを狙った攻撃を放った途端、一気に形勢が逆転してしまった。

 一撃を貰った後は無残なもので。

 かずみは回復不能の猛毒の斬撃を一方的に浴び続けた。


 カンナの気配を察したのか。

 かずみのテレパシーがカンナに届けられた。



かずみ(あ・・・、気が付いた?)


かずみ(ごめんね、カンナ。あんなにカッコよく登場したのに、もう勝ち目ないっぽい)


かずみ(でも、安心して。どうにかカンナが逃げ出せる隙ぐらいは作って見せるから)


カンナ(なんで・・・)


カンナ(なんでだ、なんでだ、どうしてだ!?)



242:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:24:16.92 ID:XRrqPvd3P


カンナ「無理だよやめろよ! 何やってるんだよ、かずみ!」



 カンナは身を起こして吠える。

 まるで鏡に映った自分を威嚇する野良犬のように。



カンナ「なんでそこまでするんだ!

     どうしてそんなになってまで戦っているんだ!

     こんな世界はお前にとって故郷でも何でもない、ただのIFだろうが!」


カンナ「そうじゃなくても!

     お前にとって聖 カンナは、昨日今日現れたただの敵だろうが!

     自分の命を何だと思っているんだ! 他にやることないのかよ!!」



 一連の流れを見ていたコルボーが、ニヤリと笑って手を伏せる。

 まるで「続けろ」とても命ずるように。


 それを認めると。

 かずみは穏やかに微笑んで、カンナの方へ振り向いた。



かずみ「寂しいこと言わないで。

     わたしが円環の理から出てこられたのは、カンナが呼んでくれたからなんだよ」



243:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:29:02.64 ID:XRrqPvd3P


カンナ(呼んだ・・・? 何を言っているんだ、私がいつ助けてくれと頼んだ?)


かずみ「カンナの悲しみは、すっごくよくわかるんだ。

     私だってツクリモノとして生まれたんだもん。
 
     自分の命の意味に悩んだことなんて、百や二百じゃ足りないよ」


かずみ「でもね。精一杯ずっと生き続けて、最期に円環の理に導かれて、やっと答えが見つかった」



 かずみは杖を握り直し、しばし目を閉じて再び見開く。



かずみ「私は今度こそ友達を守って見せる!」


カンナ「なんで・・・」


カンナ(なんで・・・)



 「いつ助けを求めたのか?」、そんな答えは明白だった。

 カンナはいつだって助けを求めて叫んでいた。

 在るか無いかもわからない、遥か遠い平行世界へ向けて。

 ずっとSOS信号を送っていた。



244:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:31:17.11 ID:XRrqPvd3P


 一息ついて、かずみはコルボーの方へ向き直る。



かずみ「待たせてごめんね、コルボー」


コルボー「構わないさ、こういうの大好きだからな」


かずみ「じゃ、やろうか。たぶん、次で最後!」


コルボー「ククク、いいだろう。

       感動的な遺言を残せたから、もう死んでも悔いはないよな、かずみちゃん?」



 コルボーの背後に佇んでいたカカシが骨格を変え、禍々しい大鎌のような形状になる。

 それを握ったコルボーは、その黒と灰色の装束と相まって、さながら死神の様だった。


 それはコルボーが生前は使うことのなかった、奥の手の中の奥の手。

 魔法少女ですら体外に排出できない猛毒を大量に叩き込み、ソウルジェムの魔力を一気に蒸発させる一撃必殺。



コルボー「Mortem autem heros」



 その言葉を日本語に直せば、『英雄の死』。



245:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/09(土) 00:32:20.46 ID:XRrqPvd3P



 無論、もはや勝敗は決している。

 いくらいいセリフを語っても、どれだけ悲壮な決意を固めても。

 かずみはコルボーにあっけなく敗北する。

 神と悪魔の第二の前哨戦は、この上なく屈辱的な結末で幕を下ろすことになる。



かずみ「届け! スカーラ・ア・パラディーゾ!!」



 それでも、かずみは怯えない。



246:悪魔図鑑 2016/04/09(土) 00:39:16.75 ID:XRrqPvd3P


電気羊の悪魔、カンナ

呪いの性質:憤怒


インストールに失敗した破損フォルダー。

脈絡なく常に怒っているが、矛先を見失っているだけで、基本的にそれは正当な憎しみである。

絞首縄を振り回し、出来損ないのカウボーイを処刑する。

思春期の痛みを忘れた人間は、決してこの悪魔に説教をしてはいけない。



251:>>1 2016/04/24(日) 01:11:57.78 ID:sIZdqytJP

投下します。



252:>>1 2016/04/24(日) 01:13:36.76 ID:sIZdqytJP






 第8話 「多分、それでいいんじゃないかな」







253:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:14:51.85 ID:sIZdqytJP


 かずみの元から光の柱が出現した。

 それは積乱雲の裂け目から伸びる夕暮れの日差しのように、

 ネブラディスクのようなヒアデス星雲の天蓋を突き破り、見滝原の空へと上がっていく。



かずみ「チャオチャオ、15秒後にまた会いましょう」



 かずみはその光の柱の中へ、足を踏み入れると。

 風に舞い上がる木の葉のように、勢いよく上へ吹き上げられた。



254:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:15:55.17 ID:sIZdqytJP


コルボー(なんだ、上へ・・・?)



 突然その場から消え失せたかずみを見て、コルボーは軽い困惑を覚える。



コルボー(まさか、逃げられたのか!?)



 コルボーは慌ててカンナの方を振り向くが、カンナは目を見開いてその場に座り込んでいた。



コルボー(・・・)



 コルボーの洞察が始まる。

 かずみの言葉を信じるならば、制限時間は15秒。



255:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:18:30.06 ID:sIZdqytJP


 カンナを抱えて逃げることができるなら、恐らく最初からそうしている。

 それができなかったから、かずみはずっと絶望的な防衛戦を続けていたのだ。

 かずみはきっと、救おうとしていた相手を途中で見捨てて逃げるような魔法少女ではない。

 数分前に出会い刃を交えた程度の仲だが・・・、できればそう信じたい。


 万が一、敵前逃亡だったとしても。

 こちらには『空間移動』の魔法が使えるミヌゥがいる。

 追い駆けっこになったら逃げ切れるはずがない。


 じゃあなんだ、あの行動の意味は?

 それに、15秒後って言うのはどういう意味だ?



 ・・・。



コルボー(まさか!!)



 12秒が経過した辺りでコルボーは真相へと辿り着いた。


 コルボーが慌てて、その魔力柱の先端を見上げる。


 魔力柱の先端にて。

 水泳のクイックターンのようにかずみが遥か上空で急旋回し、

 空中を思いきり蹴るまさにその瞬間だった。




256:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:20:07.75 ID:sIZdqytJP


 急降下爆撃。

 それがかずみの狙った、逆転の一手。


 それは第三者の視点から見れば、極めて合理的な戦術だった。

 コルボーを倒すだけが目的ならば、最高の一手と言ってもいい。

 速度を付けた突進なら、とても素手では撃ち落とせない。

 加えて大振りな武器の居合では、上から来る敵を迎撃できない。


 だが。



コルボー「ククク、ヒヒヒ・・・ハハハッ!」



 コルボーは笑う。



257:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:22:30.06 ID:sIZdqytJP


 文字通り全身全霊を掛けた、かずみの全力の一撃。

 その名は『メテオーラ・フィナーレ』。                                                                                                                                                                                  


 上空から標的めがけて亜音速で突っ込むこの一撃は、

 状況が状況なら、あの難攻不落の魔女であるワルプルギスの夜ですら倒すことができたのかもしれない。



かずみ「!?」



 だがその希望的観測も、『当たれば』の話だ。


 着弾地点にコルボーはいなかった。

 代わりに黒い葉と屑鉄でできたようなカカシが直撃を受けて、粉々に吹き飛んでいた。



コルボー「Salve(ご愁傷)」


かずみ「・・・っ!」



 落下の衝撃で身動きの取れないかずみの前へ、ぬらりと彼女は現れる。


 かずみはこんなに簡単なことを失念していた。

 魔女の影をデコイにした変わり身の術は、円環の落とし子が使う魔法の基本中の基本だったのに。



コルボー「Vale, amor in populum!(さようなら、愛しい人よ!)」



 振り抜かれた大鎌。

 それは深々と、かずみの胴体を袈裟懸けに切り裂き、

 致死量を遥かに超えた猛毒が、余すところなくかずみの身体に叩き込まれた。




258:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:26:09.58 ID:sIZdqytJP


かずみ「・・・っ!!」



 かずみは切り裂かれた傷口を抑えて跪く。

 まるで何度も何度もエラーを繰り返す古いパソコンのように。

 魔法による傷口の治癒は失敗し、その度に黒ずんだ膿が溢れ出す。



カンナ「かずみ! かずみぃ!!」


ミヌゥ「勝負あり、ですわね。ああなったらもう魔法少女でも助かりません」



 傷口の修復に失敗し、膿と血が流れ出ていくにつれて、

 かずみの顔色はみるみる青白くなっていく。


 失血性のショック症状。

 ゾンビと化した魔法少女にとっては、本来無縁であるはずの肉体的な死が迫ってきていた。



カンナ「お前っ、お前っ!! この人殺しがああああああ!!」


コルボー「ああ、そうさ! かずみは死ぬ、私が殺した!!」



 コルボーは恍惚としたような表情で、かずみを見下ろす。



コルボー「流石だな、かずみちゃん。

       その有様でもなかなか死なないなんて、どこまでソウルジェムのキャパシティが大きいんだ?

       お前、生まれた時代が時代なら、すごい英雄になれていたぞ!!」



 そんなコルボーの称賛も虚しく。

 かずみは俯いて、今にも消え入りそうな意識を必死で繋ぎ止めている。



コルボー「まぁ、それでも死ぬのは時間の問題か。むしろ苦しみが長続きするなんて酷い皮肉だなぁ、オイ?」


コルボー「お陰で私は、少しだけ長く勝利の余韻に浸れそうだな」


かずみ「・・・」


コルボー「あ? なんだって?」



 かずみは笑った、こんな状況にも拘らず。

 不敵にも不遜にも、彼女は笑った。



かずみ「まだ、勝ったと思うなよ・・・っ!」


コルボー「あ? なんだと――


ミヌゥ「コルボー! 後ろっ!!」


コルボー「!?」



259:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:29:10.42 ID:sIZdqytJP


「そこまでです」


コルボー「なっ・・・、!?」



 突然の背後からの声に、コルボーは反射的に振り向こうとするが。

 ガシャンという金属音と共に、振り返る動作が引っ掛かるように止まる。


 コルボーが握っている大鎌が、魔力の鎖で雁字搦めに縛り付けられていたのだ。



「変身を解いてください、コルボーさん。

 勝敗は既に決しています、これ以上かずみさんに追撃することは許しません」


コルボー「お、お前・・・、エニシか!? これはいったい何の真似だ!?」



 どこか毅然とした雰囲気を感じさせる、振袖の魔法少女がそこにはいた。

 彼女は凛とした面持ちで御幣をコルボーへ向けている。


 彼女は謎めいた魔法少女。

 彼女は円環の理がどうしようもなく破綻しそうな状況になると、

 どこからともなく現れてダメージコントロールを行う精霊のような存在。

 そして彼女こそが、インキュベーターの監視網ですら捕捉できなかった『5人目の円環の落とし子』。


 彼女の名は環 エニシ。



260:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:31:45.94 ID:sIZdqytJP


コルボー(まさか・・・!)



 まるで見計らったかのような第三者の乱入に、コルボーに嫌な予感がよぎる。



コルボー(あの空高くに上った魔法は、最初から攻撃の為じゃなく!

       エニシに居場所と危機を知らせるためのものだったのか!?)



 かずみは小刻みに震えながら、小さく笑った。



ラピヌ「ちょ、ちょっとー! エニシが来るなんて聞いてないよぉー!」


ミヌゥ「・・・」


エニシ「変身を解いてください」


エニシ「あなた方3人がどれだけコトワリ様に救われ、

     どれだけコトワリ様を大切に思っているのかはよく理解しています。

     だからこそ円環の理からの脱走なんていう特大の違反を看過していたんです」


エニシ「ですが」



 エニシは目を細めて、コルボーとかずみを交互に見る。



エニシ「これは誰がどう見てもやりすぎですよね?」



261:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:33:50.70 ID:sIZdqytJP


エニシ「生きている魔法少女同士ならいざ知らず、『コトワリ様に導かれた魔法少女同士が殺し合いを始める』。

     これが容認され、前例となってしまえば、魔法少女達の風紀は大きく乱れます」


エニシ「ここは止めないわけにはいきません」



 コルボーは歯軋りをし、大鎌を手放して毒を纏った右手を振りかざす。



コルボー「こんな非常時に面子や体裁を守ろうってのか!?」



 猛毒の貫手を喉元へ突き付けられても。

 エニシは怯みも怯えもしない。



エニシ「こんな時だからこそ、ですよ。こんな時にこそ本質が浮き彫りになるんです」


エニシ「『戦争に勝てるのなら何をしてもいい』。

     『多くの命を救えるのなら、犠牲者を出しても許される』。

     そんな風に思考停止を始めると、どんどん社会はおかしくなっていってしまう」



 エニシは白磁を思わせるような滑らかな掌で、そっとコルボーの右手を抑える。



エニシ「『守るべき世界を焼け野原にしてまで勝利すること』は、コトワリ様の望むところではありません」


コルボー「・・・っ!」




262:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:36:33.31 ID:sIZdqytJP


 しばしの沈黙が流れた後に、今まで静観を続けていたミヌゥが割って入った。

 ミヌゥの中には既にエニシの理屈を打ち破るレトリックが出来上がっていた。



ミヌゥ「なるほど、あなたの言い分はよくわかりました。

     しかしそれはあくまであなた自身の『動機』でしょう?」


ミヌゥ「現実世界へ干渉する権限のないあなたが。

     ましてや全ての魔法少女の下に位置しているあなたが。

     こんな風に争いを仲裁できる『理由』にはなっていませんよ」


エニシ「そうですね。ええ、全くその通りです。

     こんな風に直接的に魔法少女の争いに割って入るなんて、それこそ私も大きなルール違反となります」


エニシ「ですから」



 エニシは御幣を手放し、しゃがみこんで両手を前の地面につける。



エニシ「これは『命令』ではなく『お願い』です」



263:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:39:13.39 ID:sIZdqytJP


エニシ「ラピヌさん、コルボーさん、ミヌゥさん。

     あなた方3人が矛を収めてくださるのであれば、私たちが戦うべき『本当の敵』についてお教えします」


ミヌゥ「当面の敵は暁美 ほむらではなかったのですか?」


エニシ「ほむらさんなんて、顕在化した一現象にすぎません。たまたま浮上した氷山の一角です。

     ほむらさんを倒したところで、すぐに第二第三の悪魔が出現します。

     私たち魔法少女の本当の敵は、もっと本質的な部分に潜んでいるんです」



 エニシはゆっくりと頭を下げる。



エニシ「間もなく歴史的瞬間が訪れます。

     全ての魔法少女の未来を左右する大きな分水嶺が現れます。

     今すぐ私に従ってくださるなら、その映像もお見せします」



 エニシは額を地面に付けた。

 その姿勢は俗に言う『土下座』だ。



エニシ「お願いです、かずみさんとカンナさんを見逃してください」



 エニシは顔を伏せたまま、母に許しを請う幼子のように。

 本当に小さな声で呟いた。



エニシ「ダメですか・・・?」



264:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:41:07.33 ID:sIZdqytJP


ミヌゥ(確かにスタンドプレーが過ぎたことは否定できない。

     それに彼女に逆らっても、負けることこそないでしょうけれど、状況は間違いなく泥沼化する)


ミヌゥ(潮時、ですかね・・・)



 コルボーは忌々しげにエニシを睨みつけたが。

 ため息をついて右手を手袋に収めた。



コルボー「なるほど負けたよ、私の負けだ。

      どこまで計算通りだったのかはわからないが、

      ここまで見事にツークツワンクを決められたら降伏するしかない」


コルボー「この屈辱は・・・、またの機会に晴らしてやる」


ラピヌ「えーっ! ヤダヤダ、まだ私は全然戦ってないよーー!

     今すぐエニシごとこいつら殺してやろうよ! ほむらさえ倒せれば後はどうにでも――アイタッ!」



 ミヌゥがラピヌの頭を思いきりどついた。



ミヌゥ「わかりました、ここは退きます」


エニシ「ありがとうございます」


ラピヌ「あーんっ! ミヌゥがぶったーーーーっ!!」




265:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:42:48.65 ID:sIZdqytJP


 エニシが「積もる話は後に」とだけ伝えると。

 手足をバタバタさせながら駄々をこねるラピヌを引き摺りながら、3人のイングランドの魔女は去っていった。


 エニシが神聖な魔法陣でかずみを覆うと。

 今まで全く塞がる気配のなかった呪いの傷口が徐々に閉じていく。



エニシ「しばし治癒に時間がかかりますが、死ぬことは無いでしょう。

     これ以上の手助けはできませんので、悪しからず」


かずみ「ははは・・・」



 息も絶え絶えなかずみは、どうにか言葉を絞り出す。



かずみ「ありがとう、手間かけさせちゃってごめんね」


エニシ「お気になさらず、状況が状況でしたので。

     ただ次の危機でもお助けできるかどうかは保証できかねます」



 未だに状況が飲み込めないという表情のカンナが、とうとう口を開いた。



カンナ「誰なんだよ・・・! お前、一体何なんだよ!」



 震えるカンナの方を向き。

 エニシは深々と頭を下げた。



エニシ「環 エニシです、はじめましてカンナさん。

     詳しくは説明できませんが、円環の理が存続しているならば、いずれあなたの下にも着くことになるでしょう」


カンナ(答えになってない・・・!)


かずみ「大丈夫だよ、カンナ。エニシは味方じゃないけど敵でもないから」




266:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:44:20.57 ID:sIZdqytJP


 どうにか峠を越えたという感じで。

 かずみは座ったまま足を延ばした。

 もう先ほどのような、消え入りそうな儚さは無い。



かずみ「これからいったい何が起こるのかな?」


エニシ「ごめんなさい、言えません。一応、かずみさんは裏切り者ということになっていますので」


かずみ「そっか」


エニシ「だいぶ良くなったようですね」



 かずみの様子を見ると、エニシは御幣を仕舞って魔法陣を解除する。

 身体は未だに傷だらけだが、解毒は終わっている。

 もうソウルジェムの自己治癒で十分直せる範囲だ。



エニシ「では、これにて失礼させていただきます」


かずみ「チャオ、ありがとう」



 一礼をすると。

 エニシは風に溶けるように、サッと消えていった。


 ヒアデス星雲は解かれ、かずみたちは工場の屋上にいた。

 降りしきっていた雨は止み、西の空は茜が差している。

 一時間もすれば、本物の星空が見滝原を覆うだろう。




267:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:45:16.95 ID:sIZdqytJP


 かくしてかずみとコルボーの戦いは終わった。

 敵側の者に情けをかけられ、敵側の者に頭を下げさせ、一度敗北した上で『勝ちを譲られた』。

 この上なく屈辱的な終わり方だった。


 しかしだけれど。



かずみ「あーよかった、本当に死ぬかと思ったよ」


カンナ「・・・」



 それでもかずみとカンナは生き残っていた。

 生き恥を晒しながら生き残っていた。



268:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:46:33.05 ID:sIZdqytJP


カンナ(なんだったんだろうな、私は)



 茜色の空を見上げながら、カンナは思う。


 今回の戦いは色んな事がたくさん起こりすぎた。

 円環の落とし子を倒そうとしては失敗し、いきなり現れた別世界の怨敵に命を救われて、

 またピンチになったと思ったら今度は敵方から命を救われた。


 負け負け負け、一度の戦いで3回も連続で負けてしまった。



カンナ「ははは・・・」



 だけれどここまで派手に恥を晒したら、いっそ清々しかった。


 かずみの方を見ると、どうやらもう治癒は終わったようで。

 大の字に寝転がって、うつらうつらとしていた。



カンナ(なんて様だろう、またあいつらが来たらどうするつもりなんだ)



 そう思いかけて、ふとカンナは思い出す。



カンナ(そういえば、ほむらが狩れと言っていた円環の落とし子には、かずみも含まれているんだったな)



 今から不意を討てば楽に勝てそうだが。

 カンナはもう、ほむらの言いつけを守る気概を完全に失っていた。




269:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:48:17.05 ID:sIZdqytJP


カンナ「かずみ、かずみ」



 もうなんだか訳がわからなくなったカンナはかずみに呼びかける。



かずみ「んお?」


カンナ「答えが見つかったって言ってただろう」


かずみ「答え?」


カンナ「ツクリモノの命である自分が生きる意味が見つかったって」


かずみ「うん、言ってた」



 なんでこんなことが思いついたのかはわからないが。

 いざ戦いが終わってみて、カンナが真っ先に思い浮かんだのがそれだった。



カンナ「教えてくれよ。その答えって、いったい何なんだ?」


かずみ「ああ、あれはね」



 無理な姿勢で首を起こしてカンナの方を見ていたかずみが、再び空を仰いだ。



かずみ「そこまで大した理屈じゃないよ」


かずみ「望まれなくても、失敗作でも、代替品でも。私たちはきっと『生きているから生きている』」


かずみ「多分、それでいいんじゃないかな」


カンナ(なんだそりゃ・・・)



 拍子抜けするほど単純な理屈だった。

 それはともすれば思考停止に近いような考えなのかもしれない。



カンナ(でも、そうなのかもな・・・)


カンナ(難しく考えて悩んでいるより、それくらいわかりやすい方がよほどいい)



270:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:50:23.67 ID:sIZdqytJP


 完全に傷が塞がったかずみが、勢いをつけて立ち上がる。



かずみ「じゃあ、そろそろ私、帰るね」


カンナ「私を倒しておかなくていいのかよ。

     私たちはお前らの大好きな円環の理を破壊するのかもしれないんだぞ?」


かずみ「その時はもうお手上げだよ、私には止めることはできそうにない。

     だからカンナ達が少しでもいい世界を創ってくれることを祈ってるよ」



 「だから」と付け加えて。

 かずみはにっこりと笑った。



カンナ「全部終わったら一緒に美味しい物を食べに行こう。

     あくまでも、敵同士でも、初対面でも。私たちはちゃんと友だちだから」



 どうしてここまで純粋でいられるんだろうか。

 どうしてここまで相手を疑わずに好意を向けられるんだろうか。

 どうしてこんなにも無防備なのに、こんなにも強いんだろうか。


 答えはきっと、「それがかずみという魔法少女だから」で合っている。



カンナ「そういえば――」



 カンナはずっと伝えたかったことを口にした。

 蟠りも緊張もなくなって、ようやく言うことができた。



カンナ「助けてくれてありがとう」


かずみ「どういたしまして!」



271:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/04/24(日) 01:52:57.37 ID:sIZdqytJP



 ――


 薄暮の中に、赤い一対の光が揺らめいた。



QB「エニシ、ようやく見つけることができたよ」



 赤い眼のインキュベーターが、この一連の戦いを遠巻きに観察していた。

 編み棒のような槍を持ったほむらの使い魔が、彼の護衛として傍らに立っている。



QB「まさか本当に出てくるとは思わなかった。

  人間の感情という物は、やはり僕たちには御し難い程に複雑怪奇だ」



 インキュベーターは踵を返し、去っていく。

 使い魔たちも笑いを抑えきれないという風に、手で口元を覆いながら歩きだす。



QB「だが、これで次の段階へ移行できる。やはり計画は予定通りに進行しよう」



 彼の感情の無い瞳の奥に。

 身を焦がすような野望の炎が見え隠れしていた。



QB「ほむらが円環の理の因果を完全に巻き取るまで、あと三手」



277:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:05:22.24 ID:X1DAQ2vHP






 第9話「最低な君に光あれ」






278:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:06:22.14 ID:X1DAQ2vHP


 カガリの襲撃から数日後の美国邸。

 そこに集まる4人の魔法少女、織莉子、小巻、カオル、マツリ。


 結果として、彼女たちはみんな生きていた。

 シイラの介入により勝負はしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回され、強制的に打ち切られた。

 それは『シイラのおかげで命拾いした』とも言えるし。

 もしくは『戦死して次の戦いに繋げることすらも許されなかった』とも言える。


 外は晴れ渡り、温かな日差しに満ちていたが。

 4人の表情は一様に沈んでいた。



279:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:09:11.85 ID:X1DAQ2vHP


カオル「あれからずっと、あいつらには何の動きはない・・・か」



 カオルは窓にもたれ掛かりながらポツリと呟く。



織莉子「そうでしょうね、最初から膠着状態に持ち込むのが狙いだったようだし」


カオル「呼べないよな、応援」



 小巻はこの陰鬱な空気に耐えかねたように。

 机を思いきり叩いてヒステリックに喚き立てる。



小巻「呼べるわけがないでしょう!? 雅シイラの存在が広まったら間違いなく暴動が起こるわよ!!」



 「今ですら誰が裏切るのか、気が気じゃないのに!」という言葉が、喉まで出かかったところで。

 小巻は寸でのところで、辛うじてそれを言うのを思い留まる。


 小巻はワナワナと震えて行き場のない苛立ちをぶつける矛先を探すが。

 どうやら皆が同じ不安を持っているらしいことを察し、深いため気をついて椅子に座りなおした。



カオル「沙々は?」


織莉子「・・・」



 織莉子はしばし瞳を閉じ、絞り出すように告げる。



織莉子「ずっと塞ぎ込んでいる、食事もほとんど受け付けてくれない」


織莉子「無理もない話だけどね、あんなことがあった後に地下室に監禁されているんだもの」


カオル「ないよな、解放する予定・・・」


織莉子「・・・」


織莉子「ない」



 それこそ、沙々を絞め殺す以外に手は残されていないかのように思われた。

 少なくとも織莉子にはそれ以外の方法が思い浮かばなかった。



280:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:12:25.77 ID:X1DAQ2vHP


 記憶操作が得意な魔法少女のアテはあるが、記憶の改竄の際にどうしても情報が漏洩する恐れがある。

 秘密を一生誰にもしゃべらせないように脅迫するなんて不可能だ。

 ましてや沙々は指名手配までされた悪名高き魔法少女である。

 どれだけ秘匿が完璧でも、沙々の存在から誰かが真相に辿り着く危険性がある。



織莉子(まるで囚人のジレンマね)



 何をしても自分たちが不利になる。

 結果として、何も身動きができない。

 シイラの計略は見事に織莉子達を縛り付け、敗北することすら許さずに足踏みさせていた。




281:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:13:26.53 ID:X1DAQ2vHP


――



 沙々は悪夢にうなされていた。

 あの瞬間が、逃れがたい呪いのように。

 常に彼女の心を苛んでいた。


 それでもどれだけの絶望を感じても、彼女のソウルジェムが濁ることはない。

 多分、これから一生ない。



282:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:15:21.62 ID:X1DAQ2vHP


――



 ニヤニヤ笑いの悪魔が歩み寄ってくる。

 彼女の背後には、サーカス小屋のような毒々しい風景が水面のように浮かんでは消え。

 明滅を繰り返す度に、その不気味な世界は徐々に色濃くなって沙々に迫ってくる。



「沙々ちゃん」


「先走ってくれてありがとう」


「役立たずでありがとう」


「無様を晒してくれてありがとう」


「自分の命を粗末にしてくれて、本当にありがとう」


「おかげで私は何の負い目も感じずに、平気で君に残酷なことができる」



 シイラは笑っていた。

 まるで我が子の誕生日を祝うかのように、心から嬉しそうに笑っていた。

 堕落した心の全てを赦し、喜んでその業を受け入れていた。

 自暴自棄になった魂を認め、どこまでも優しくその咎を包み込んでいた。


 シイラは、指を鳴らした。



「最低な君に光あれ」





283:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:16:35.65 ID:X1DAQ2vHP


 一瞬の出来事だった。

 指を鳴らした音の残響が耳から抜けた時、既に事は終わっていた。


 そこにはもう悪辣で有害な魔法少女はいなかった。

 12時を回った後のシンデレラのような、薄汚れた女子中学生が残されていただけだった。



 シイラのトバリ『メフィストフェレス』。

 取り込んだ魔法少女を何のデメリットもなく、掛け値なく完全に人間に戻す。

 あらゆるマギカの物語をぶち壊しにする、史上最悪のトバリだった。




284:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:17:30.38 ID:X1DAQ2vHP


「おめでとう、沙々ちゃん。君はもう戦わなくていいんだよ」


「君が傷つけてきた人間や魔法少女は元に戻らないけど、大丈夫だよ。

 人間は何度だって人生をやり直せるさ、これからいっぱい幸せになってね」



 もう沙々にはシイラが何を言っているのかも理解できなかった。

 ただ僅かながら自分の中に残っていた良心と呼べるようなものが、切り刻まれていくような感覚だけがあった。


 誘惑で心を挫き、他人の堕落を歓んで迎える。

 本物の悪魔がそこにはいた。




285:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:19:47.65 ID:X1DAQ2vHP


――



沙々「!!」


 沙々は薄明りの中で飛び起きた。

 そこにあったのは低い天井、固いベッド、そして生身の自分。


 汗で下着がべた付いて気持ち悪い。

 携帯電話のバッテリーはとうに切れている、今が何時なのかすらわからない。

 お腹も空いていて、喉も乾いていた。

 低血糖とストレスによる自律神経の失調が脳を蝕む。

 感覚遮断も、体力の補填もできない。


 もう、魔法は使えない。



沙々「ああああ、あああっ・・・」



 沙々は鉄格子を引っ掻き、頭を掻きむしる。



沙々「あああああああああああああああああっ!!」



 叫んだ。

 ただ叫んだ。

 この世の全てを呪いながら叫んだ。


 その悲痛な慟哭は。

 果たして『奇跡の買い戻し』の対価として適正な価格なのだろうか。



286:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:21:06.76 ID:X1DAQ2vHP


――同時刻、御崎邸。



 窓から差し込む陽を浴びながら、ベッドに腰かける魔法少女。

 彼女の名は和沙 ミチル。

 魔女のいた世界を幻視し、心が折れた魔法少女。


 憂鬱な視線を向けた先にあったのは、ずいぶん濁ったソウルジェムがあった。



287:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:22:19.12 ID:X1DAQ2vHP


 あすなろ市の魔法少女達は、既に限界が近かった。

 今、海香とニコの2人が必死に魔獣と戦っているが、アタッカーを欠いたチームでは決め手が少なく、

 以前のような安定した戦いは全くできなくなっていた。

 魔獣との戦いにおける撤退率はもう5割を超えている。


 グリーフキューブのストックはとっくに尽きていた。

 今一度、ミチルの心が傷ついたらソウルジェムの浄化が間に合わない。

 確実に。


 もう猶予はなかった。



ミチル「キュゥべえ、来て」


QB「呼んだかい?」



 白い魔法の使者が、どこからともなくゆらりと現れる。

 ミチルはついに意を決し、答えを決めることにした。



ミチル「ねぇ、キュゥべえ」


ミチル「魔獣は魔法少女が生み出しているの? 私たちって、ワルモノなの?」



 すなわち、力尽きるまで生き続けるか、今すぐ自決するかの二択を選ぶ時が来た。



288:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:23:18.54 ID:X1DAQ2vHP


 キュゥべえは無機質な赤い瞳で、しばしミチルの表情を観察していたが。

 ようやく意図を汲み取ったようで、ミチルに回答を提示した。

 機械的に、快刀が乱麻を断つように。何の躊躇いもなく真実を告げた。



QB「訂正するほど間違ってはいない、けれど肯定できるほど的確でもないね」



 赤い瞳が揺れた。



QB「君はカンナの結界を通して見たんだね、魔女がいた世界を」


ミチル「・・・」



 ミチルは静かに頷いた。



289:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:25:30.50 ID:X1DAQ2vHP


QB「1つずつ噛み砕いて説明しようか」



 キュゥべえは考えを整理するようにしばし黙ってから、言葉を続けた。



QB「まず魔獣が発生するメカニズムは、僕たちにも未だに解明できていない。

   君が見た世界の魔女のように、魔獣は魔法少女の成れの果てというわけでもない。

   断言はできないけれど、少なくともソウルジェムが魔獣の発生に関与したという記録は一切ない」



 キュゥべえは尾を揺らした。



QB「けれどね、過去の統計を見るとわかってくるんだ」


QB「『魔法少女が増えると魔獣が増えて』『魔法少女が減ると魔獣も減る』。

   どんな時代でも、どんな国でも。

   どれだけの外的要因が付与されても、この法則だけは普遍だった」


QB「魔法少女が人類に希望をもたらし、人類の心を魔獣が摂食し、魔法少女が魔獣を狩ってグリーフキューブを回収する。

   こんなサイクルを、僕たちと君たちは10万年以上続けてきた」



290:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:27:48.93 ID:X1DAQ2vHP


 キュゥべえは彼方を見つめるように目を細める。

 彼らがノスタルジーなんて感情を理解しているはずもないので、

 おそらくこれは過去のデータを検索しているだけなのだろう。



QB「10万年、そう10万年だ。長いよね。

  そしてその10万年間、魔獣も魔法少女も人類もどれも絶滅しなかった。

  争い合い食い合い、その総数は常に変動しているのに、ずっと三者のどれも絶滅しなかった」


QB「これが何を意味しているのかはわかるよね?」


ミチル「・・・」



 ミチルは小さく頷いた。

 キュゥべえの言葉は難解で、中学生には難しい単語を幾つも使っていたけれど。

 それでも『平衡状態』という概念だけはなんとなく理解できていた。



291:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:30:44.79 ID:X1DAQ2vHP


QB「ここからはぼく達の仮説だが。

   魔獣は『人類という種そのもの』が生み出している、スタビライザーのような存在なのだと思う」


QB「例を挙げよう。

   例えば1人の魔法少女の祈りで、100人の人間が救われたとする。

   その100人の中に魔法少女の素質を持つ子がいて、その子が契約してまた100人を救ったとする」


QB「そんなことを繰り返していけば、あっという間にこの星はパンクしてしまうよね」


QB「魔獣は人類の集団意識・・・というよりも生存本能が無意識の内に産み出しているのだと思う。

   100の希望が発生したら、100の感情を刈り取って全体の均衡を維持し。

   壊滅的な混沌や、生物としての袋小路を防止するために。

   魔法少女が際限なく生み出す希望に、人類全てが押し潰されてしまわないように」


QB「僕たちはそう結論付けている。

   これはこの星の生態系の役割を、人類と魔獣と魔法少女に代替して考えているだけなのだけれどね」



 食物連鎖、生態系ピラミッド、栄養段階。

 プロダクター、コンシューマー、スカベンジャー。

 彼ら彼女らの命の営みは、やはり逃れ難き生き物としての運命に収斂している。




292:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:34:30.28 ID:X1DAQ2vHP


 キュゥべえは見解を述べる。

 『感情を理解できない命』として、『感情という不安定なものに振り回されている生き物』に対する忌憚なき意見を。


 それはともすれば、遥か先を行く文明の中で生きる異星人からの、心からのアドバイスなのかもしれない。



QB「条理に反した奇跡を起こせば、それは何らかの歪みを生み出し。

   いつかどこかで必ず破綻する。

   どんな世界であっても、この根本原理だけは変わらないし、変えられない」


QB「何度宇宙の法則が捻じ曲げられようと、何度新しい世界が再編されようと。

   きっとぼく達は変わらずこう言い続けるよ」


QB「身勝手な奇跡を起こせば、それはいつか災いとなって誰かを犠牲にする。

   そんな当たり前の結末を裏切りだと言うのなら、奇跡を望むこと自体が間違いなんだ」


ミチル「・・・」



293:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/12(木) 00:35:50.52 ID:X1DAQ2vHP


 ミチルは瞳を閉じて黙っていた。

 ずっと黙っていた。


 キュゥべえが「これ以上ここにいても意味は無い」と判断して去った後に。

 ポツリと一言だけ呟いた。



ミチル「そっか、そうだよね」



 賽は静かに投げられた。




300:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/05/30(月) 00:28:50.52 ID:j9jzvONNP






 第10話 「きっといつまでも」








323:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 14:29:43.86 ID:6qdz8CrxP


 滑らかな金属製の風車が回る。

 止めることのできない運命の車輪のように廻り続ける。


 ほむらは絶句する3人を気にも留めず、静かに円環の理を指さした。



ほむら「円環の理、私はあなたに対してクーデターを宣言する」


ほむら「私が勝ったら、魔法少女システムは廃止よ」


円環の理「・・・」



 その宣告が放たれた時、インキュベーター達の数多の瞳が微かに揺らめいた。

 インキュベーター達は静かに記録していた。

 宇宙の再編・・・すなわち全宇宙の支配権を賭した、その聖戦の始まりを。


 今再び、魔法少女によって世界が再編される、その瞬間を。



324:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 14:39:12.90 ID:6qdz8CrxP


マミ「魔法少女システムの廃止って、いったい・・・!?」


杏子「・・・」



 狼狽するマミに対して、杏子は静かに瞳を閉じていた。



マミ「そんなこと、できるわけがないじゃない!

   魔獣はどうなるの!? 魔法少女達のソウルジェムの維持は!?」



 マミには事情が呑み込めていなかった。

 というよりもむしろ、未だにほむらが悪魔と化したことすら受け入れられていなかったらしい。

 神と悪魔の対面に、パニックを起こす寸前だった。


 なんだかんだで一番シビアに状況を理解できていた魔法少女は、やはりさやかだった。



さやか(無駄だよマミさん)


さやか(この悪魔は、既に・・・その問題を塗りつぶしている!)



 ほむらは口元に指を当てて、クスクスと小さく笑う。



ほむら「あなた達は今まさに体験しているじゃない」


ほむら「ソウルジェムが濁らず、魔獣も生まれないという、魔法少女のユートピアを」


ほむら「巴マミ、こんな世界を一番望んでいたのはあなたじゃないの?」


マミ「!!」


 マミは再び絶句した。



325:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 14:53:27.59 ID:6qdz8CrxP


カミオカンデ「もう少し、具体的に説明してくれないかな?」


 恐慌するマミの姿を流し見た後。

 青い瞳のインキュベーターは、静かにほむらへ語り掛ける。

 「理想郷には、必ずどこかに矛盾や破綻がある」、そんな淡い期待を込めて。



カミオカンデ「その魔法少女のユートピアとやらは。

        君が能動的に働きかけて、他の魔法少女のソウルジェムの濁りを取り除き、

        見えないところで魔獣を倒しているだけとしか思えないのだけれど」


 ほむらはダークオーブを翳すと、

 停止した懐中時計のような魔法陣がダークオーブの周囲に浮かび上がる。



ほむら「私の世界、『フェイズゼロ』。この中では何も始まらない、何も終わらない」



 ほむらは瞳を閉じて、腕を畳んでその結界を包み込む。

 その様子は愛しい我が子を抱きかかえる母親の様だった。



ほむら「この世界の内部では、全てのマギカは無力化される。

     魔法少女の素質を持つ少女は生まれない。

     魔獣は勝手に雲散霧消していく。

     ソウルジェムの濁りは自動的に浄化され、魔法少女は半分不死身の存在となる」


ほむら「理解できるかしら、青い眼のインキュベーター。

     見滝原は世界のルールそのものが書き換えられているのよ。

     私を倒せばそれで終わり、というわけではないの」


カミオカンデ「なるほどね・・・。

        君は限定的にとはいえ、神様と同じことをしているわけか」



 ほむらは1つだけ、小さく深呼吸をし。

 自らの計画の着地点を確認する。



ほむら「円環の理の因果を全て巻き取ったとき、私の世界はこの星全てを永遠に包み込む」


ほむら「そして、同時にインキュベーター達を母星に撤退させる。これなら新しい魔法少女は生まれようがない」


ほむら「誰も犠牲にならない、最高のハッピーエンドでしょう?」



 ほむらはかつての友に理想の世界を説いた。



326:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 14:59:56.30 ID:6qdz8CrxP


 マミは俯き、歯軋りをする。



マミ「いいえ、暁美さん。誰も犠牲にならないなんて嘘よ。

   あなたの目的は前提から間違っている・・・!」



 マミは涙を湛えた瞳を見開き。

 食って掛かるようにほむらを睨みつけた。



マミ「あなたは、未来の魔法少女全てから!

   奇跡を叶える権利を奪おうとしているのよ!!」



 その叫びをほむらは嘲笑した。

 まるで何度火傷しても懲りないバカを見るように。



ほむら「巴マミ、あなたは魔法少女になってから何度泣いたの?」


ほむら「何度傷つき、何度裏切られ、何度ひとりぼっちで戦ってきたの?」


マミ「・・・っ」


ほむら「あなたの払ってきた犠牲や献身が、

     今のあなたの幸福と釣り合っているなんて、私には到底思えない」



 爬虫類のように冷徹な瞳が見開らかれた。



ほむら「こんなことなら、あなたはあの時、両親と一緒に死ぬべきだった」



327:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:03:33.51 ID:6qdz8CrxP


 その言葉を聞いたとき、マミの中で何かが切れた。



マミ「・・・」



 マミは逆上した。

 ずっと良き先輩、模範的な魔法少女で在り続けた彼女が。

 契約して以来、おそらく初めて感情的に怒り狂った。



マミ「こ、の・・・!!」



 表面加工を施しただけのメフィストフェレスの封印はあっさり破壊され。

 マミの掌の中には拳銃へ変化したソウルジェムが握られていた。



マミ「あなたいったい何様のつもりなのよ!!」



 発砲音が響いた。



328:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:13:20.89 ID:6qdz8CrxP


 ダークオーブを狙ったその一撃は、果たしてほむらを傷つけることは叶わなかった。

 ほむらの周囲に張られていた見えないシールドに、弾丸はいとも容易く弾かれた。



マミ「!?」



 ほむらの傍らに、振袖の魔法少女が御幣をかざして立っていた。



マミ「だ、誰・・・!?」


杏子(増援か? いや、こいつはあの日には見なかった顔だ・・・!)


マミ「まさか・・・! 暁美さん、あなたまた悪魔を増やしたの!?」



 さやかが拳を握ってワナワナと震えていた。



さやか「違うよマミさん・・・。

     こいつは悪魔とか魔法少女の味方とか、そんなわかりやすい立場の奴じゃない!」



 さやかは責めるように叫ぶ。



さやか「エニシ、あんたなんでほむらを庇ったの!?」



 彼女の名は環エニシ、円環の精霊だった。



エニシ「公平性を守るためです。

     ほむらさんは正当な手続きを経てコトワリ様に挑戦を申し込んでいます。

     コトワリ様の眷属たる私には、宣戦布告が終了するまでの間。

     極力ほむらさんを暴力や強権からお守りする義務があります」


さやか「相変わらずあんたの言いことは回りくどくて分かり辛い!」


エニシ「つまり・・・、私はほむらさんの挑戦を全面的に支持しているというわけです」



329:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:22:14.01 ID:6qdz8CrxP


 エニシは御幣を下ろして円環の理の顔を仰ぎ見る。



エニシ「いかがなされますか、コトワリ様。

     今ならまだ、ほむらさんを円環に送ることは可能ですが・・・」


円環の理「・・・」



 円環の理は静かに首を横に振った。



エニシ「御意に」



 エニシはほむらの傍らから下がると。

 代わるように円環の理はほむらの前へ歩み出た。



円環の理「ほむらちゃん、あなたは自分の願いを叶えたことを後悔しているの?」


ほむら「ええ」


ほむら「馬鹿なことを願ったと思っているわ。

     私はあなたを守れる魔法少女になる必要なんてなかった。

     ただ『鹿目まどかに救われた人間』として生きていくだけでよかった」


ほむら「私が本当に助けたかったのはね、無力な自分自身だったの」



 ほむらは目を細めて笑う。



ほむら「ただ自分が救われたかっただけなのに、

     いつの間にかまどかのことしか考えられなくなっていた」



 ほむらは宙に浮かせたダークオーブを、軽く指ではじく。



ほむら「その結果が、このザマよ」


ほむら「まどかを救った後、私には生きる理由が何も残っていなかった。

     願いを遂げた後の魔法少女には何が残るの?」


ほむら「私は魔法少女を終わらせる。

     あなたの願いが破綻してしまう前に、世界が捩じ切れてしまう前に。

     この矛盾した呪いのような摂理を消し去る」


ほむら「それが不相応な願いを抱いた、私なりの罪滅ぼしよ」


円環の理「そっか」


円環の理「だったらなおさら、あなたとは敵対しなきゃいけないね」



330:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:26:00.78 ID:6qdz8CrxP


 円環の理は金色の瞳でほむらの無機質な瞳を見返す。



円環の理「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、私は『そんなのは違う』って、何度でもそう言い返せる」


円環の理「きっといつまでも、ずっとそう言い張れる」


円環の理「だから魔法少女の廃止なんて認められない、認めたくない。

       みんなの祈りをなかったことになんてしたくない」


円環の理「魔法少女の祈りは私が守る、あなたのその願いだけは受け入れられない」


ほむら「・・・」



 ほむらは笑った。

 心から楽しそうに。



331:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:32:27.61 ID:6qdz8CrxP


エニシ「コトワリ様。それはほむらさんのクーデターを正式に受理された、ということでよろしいのですか?」


円環の理「うん」



 円環の理とほむらの間に、一陣の風が吹き抜けた。



円環の理「受けて立つよ、ほむらちゃん。

      今度こそ私はあなたを救って見せる」


ほむら「できるかしら?」


エニシ「了解しました、ではしばしお待ちを」



 エニシの周囲にセフィロトの樹のような魔法陣が展開される。

 過去の全ての魔法少女の前例と比較し、統計し、『最適な答え』を彼女なりに探しているのだ。



332:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:42:16.02 ID:6qdz8CrxP


 『正式な宣戦布告』を終えたのを認めると。

 底冷えするような悪魔としての本質が、蛇のように這い寄って来た。



ほむら「ああ、それと。今回の宣戦布告とは関係なく。

     『個人的に』

     『あなた自身に対して』

     もう1つだけ言わせてもらってもいいかしら?」



 ほむらはとうとう、その退廃的な本性を露わにした。



333:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:48:33.49 ID:6qdz8CrxP



 ―


 私、何にもできない

 死んだ方が、良いのかな・・・


 ―


 私なんかを助けるよりも、あなたに生きていて欲しかったのに・・・!


 ―


 ねぇ・・・私たち

 このまま二人で、怪物になって・・・こんな世界、何もかもメチャクチャにしちゃおっか?


 ―


 「マドカ」・・・

 私を、魔法少女から解放して・・・!


 ―


 まどかの秘密が暴かれるくらいなら、私はこのまま魔女になってやる!

 もう二度と、インキュベーターにあの子は触らせない!


 ―





334:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:49:27.58 ID:6qdz8CrxP





 魔法少女になる前も、魔法少女になった後も。



 彼女が本当に欲しがっていたものは、いつだって『自殺』だった。







335:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 15:53:48.36 ID:6qdz8CrxP


ほむら「魔法少女システムが廃止されたら・・・。

     一緒に死んでよ、私の愛しい『魔法少女の鹿目さん』」


 円環の理はしばし瞳を閉じ。

 一拍置いた後。

 決意を込めて、悪魔からのプロポーズに応えた。



円環の理「いいよ」



 叛逆の悪魔、ほむら。

 最終目標、円環の理との心中。



336:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 16:00:18.68 ID:6qdz8CrxP


 さやかは歯軋りをする。

 ある程度、予想できていながら、何もできなかった自分が恨めしかった。



さやか(やっぱりな・・・。んなこったろう思ってたよ、ほむら!)


さやか(あんたが全ての魔法少女の為だとか、

     そんな殊勝な理由で動けるわけがないもんな!)



 さやかは憎々しげにほむらを睨みつけていた。



杏子「・・・」


杏子(気持ちはわかる、としか言えないよな)



 杏子はただ諦観したように、深くため息をついて頭を掻く。

 彼女は内心では、もうすでに悪魔に屈していたのだ。



杏子(悪い、さやか。アタシ、ほむらに味方したい)



 エニシの周囲の魔法陣が動きを止め、

 回るようにエニシの御幣へ収束していった。



エニシ「参照が終わりました」



 エニシは深々と一礼し、両腕を広げ高らかに宣言する。



エニシ「これより新たな条例に基づき!

     『魔法少女総選挙』の開催を宣言いたします!!」



337:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/04(土) 16:04:51.55 ID:6qdz8CrxP


 ―

 エニシの開催宣言を聞き届けると。

 インキュベーター達は、一匹、また一匹とそこから立ち去って行った。


 彼らはこれより準備を始める。

 エニシとコンタクトを取り、魔法少女総選挙の細やかなルールや日程を決めることだろう。





 魔法少女の存亡を賭けた神と悪魔の最終決戦は、こうして静かに幕を開けた。





341:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 18:56:00.51 ID:UaoAV2yRP





 第11話 「お疲れさま」






342:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 18:58:20.79 ID:UaoAV2yRP


――美国邸、地下室


 地下倉庫を魔法で改造し、簡易な独房となったその場所。

 薄暗い部屋の隅のベッドに、沙々は俯いて座っていた。


 カチャリと、ドアが開く。

 おずおずと顔を出したのはマツリだった。



マツリ「あの・・・。入るね、沙々さん・・・」



 沙々は鬱屈した視線をマツリに向ける。



沙々「何・・・?」



 すでにこの地下牢に閉じ込められて6日目になる。

 元から脆い部分のあった沙々の精神は、限界が近かった。



マツリ「あの、ご飯持ってきたよ・・・」



 先に出されていた昼食は、ほとんど手が付けられていないまま冷え切っていた。



343:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:01:02.63 ID:UaoAV2yRP


マツリ「あの、マツリね。織莉子さんを頑張って説得しているんだけど・・・。

     やっぱりそのまま沙々さんを外に出すって言うのは難しいらしくて・・・」



 マツリは酷く辛そうな表情をして言い淀む。



マツリ「それにもし沙々さんを出せるとしても・・・。

     その時は魔法少女の記憶は全部消されちゃうって・・・」


沙々「はっ」



 沙々は自嘲するような表情になる。



沙々「いいんじゃないですか、別に!

   私は魔法少女に未練なんてこれっぽっちもありませんし!」


沙々「いっそこの際!

   魔法少女の記憶だけじゃなくて、私の記憶全部消しちゃってくださいよぉ!」



 沙々は頭をガリガリと掻きむしりながら笑う。



沙々「なんなんだよ、なんなんだよ!

   わけわかんねーよ、なんなんだよどいつもこいつもよぉ!!」


沙々「死ね! 全員死んじまえ!!」



 沙々はフォークを掴んで大きく口を開く。



マツリ「待って! 沙々さん、待って!!」



 マツリは鉄格子を掴んで泣き崩れた。



マツリ「お願い、マツリの話を聞いて・・・」


沙々「・・・」



 沙々は静かにフォークを置いた。



344:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:04:36.13 ID:UaoAV2yRP


マツリ「沙々さん、なんで・・・。なんであなたの心はそんなに傷ついているの・・・?」


マツリ「そんなに辛いことばっかりだったの?

     魔法少女になっても、どうにもならない願いがあったの・・・?」


沙々「・・・」



 沙々は冷酷に目を細める。



沙々「逆に聞きますよ、マツリさん。

    あなたは魔法少女になって幸せになれましたか?」


マツリ「・・・」


沙々「私、わかるんですよー!

    コンプレックス丸出しの負け犬の匂いってやつが!」



 ゲラゲラと笑いながら、沙々はマツリの心をえぐる。



沙々「マツリさんは魔法少女になっても役立たずでしたね!

    前の戦いでは足を引っ張りまくっていたじゃないですか!

    このまま特に大した活躍もなく円環の理に消えちゃうんでしょうねぇー! あー、カワイソウ!」



 沙々は無力なものを笑う。

 無価値な者を差別し、攻撃する。



沙々「羨ましいでしょう! 私が!

    願いの対価を踏み倒してのうのうと生きている私が!」



 その攻撃は全て、自分自身を傷つけているということも知らないで。



沙々「アンタの人生、いったい何だったんだろうなァ!!」




345:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:08:47.66 ID:UaoAV2yRP


 マツリは泣いていた。

 ただただ悲しかった。

 何も反論できないことが辛かった。

 ずっと素晴らしい存在だと思っていた魔法少女の中に、こんなにも凄惨な者がいることが受け入れられなかった。



マツリ「そうだね・・・、マツリの人生って本当に何だったんだろうね・・・」



 マツリは座り込んだ。

 鉄格子を挟んで、沙々と向き合っていた。



マツリ「マツリね、生まれた時から目が見えなかったの」


沙々「・・・っ!」


マツリ「だから他の人に助けてもらわないと、生活するのも大変で・・・。

     誰かに迷惑をかけることしかできない自分がずっと嫌いだった」



 マツリの脳裏には魔法少女になる以前のことが次々に浮かんでは消えていた。

 初めてキュゥべえに在った日のことを思い出した。

 迷わず叶えたい願いを見つけたことを思い出した。



マツリ「だから、魔法少女になれるって聞いたとき、すっごく嬉しかったの。

     もう誰かに迷惑をかけなくても、自分の力で生きていけるんだって」



 気づかない内に、マツリは涙をこぼしながら笑っていた。



マツリ「こんな私でも、誰かのために役に立つことができるんだって」




346:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:10:51.48 ID:UaoAV2yRP


沙々「・・・」


マツリ「でもね、結局何も変わらなかった」


マツリ「マツリは相変わらずみんなに迷惑をかけてばっかりだし、

     自分の力で生きていくなんて全然無理だった」



 マツリの心は答えを出した。

 彼女なりの魔法少女に対する想いを見つけた。



マツリ「それでも、マツリは魔法少女になれてよかった」


マツリ「色んな物が見えて嬉しかった。

     色んな人と仲良くなれて楽しかった」


マツリ「みんなと一緒に戦うことができて幸せだった」


沙々「・・・」



 希望に満ちた表情のマツリとは裏腹に。

 沙々の心は重たく沈んでいた。


 弱くても儚くても、正しく在り続けられるマツリと比べて。

 堕ちるところまで堕ち続けた自分がひたすら惨めだった。



347:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:12:37.41 ID:UaoAV2yRP


 マツリは覚悟を決めた。


 それは必要とあらば織莉子を裏切ることも厭わないという覚悟で。

 全ての魔法少女の存在意義を危険に晒すという覚悟で。

 自分の人生を全て誰に託すという、少女にとっては悲痛すぎる覚悟だった。



マツリ「だからね、沙々さんには生きていて欲しい。

     魔法少女になった後も、辛いことばっかりのままで終わって欲しくない」



 マツリは立ち上がって魔法少女の姿へ変身し、鉄格子を飴のように引き裂いた。



マツリ「こんな風にしかあなたを助けられなくてごめんね」



348:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:14:44.25 ID:UaoAV2yRP


 呆然と立ち尽くす沙々に、マツリは歩み寄る。



マツリ「これ、受け取って」



 マツリは沙々に紙袋を手渡す。

 僅かに空いた紙袋の口から中身が見えた時、沙々は驚愕した。



沙々「なっ・・・!?」



 それは紙幣の束だった。

 一万円札の重さは、1枚当たり0.2グラム。

 それ以外何も入っていないはずなのに、その紙袋は重みがあった。



マツリ「マツリの貯金とか、学費の積み立てとか全部下ろしてきたの。

     たぶん400万円くらいあると思う。

     家に帰れなくなっても、これなら少しの間は大丈夫だよね?」


沙々「そん、な・・・っ」


 沙々は歯を食いしばりながら打ち震える。


沙々「なん、っで・・・馬鹿だろ・・・!」



 沙々の手から紙袋が落ちた。



沙々「どうしてこんなことするんだよ!?」




349:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:17:24.81 ID:UaoAV2yRP


 マツリははにかんだように笑う。


 よかった。

 言葉だけじゃ無理でも、お金なら少しは沙々さんの心に届いたみたいだ。



マツリ「沙々さんの言う通り、マツリはきっと長くは生きられない。

     お父さんには悪いけど、このお金もたぶん使える日は来ないんだと思う」


マツリ「だから思い切って沙々さんに譲ることにしたよ」


沙々「そういうことじゃない・・・っ!」



 沙々は苛立ったようにマツリの胸ぐらをつかむ。



沙々「どうして私にここまでするんだよ!

    私、アンタに何か恩でも売っていたのか!?」



 マツリは静かに首を振る。



マツリ「マツリはただ後悔したくないだけだよ。

     マツリのせいで不幸になった人はたくさんいる。

     もしかしたらマツリが魔法少女になったのは、間違いだったのかもしれないけれど・・・」


マツリ「でも、それはマツリが弱かったからだよ。

     きっと魔法少女が奇跡を起こすことが間違っているわけじゃない」


マツリ「だから、魔法少女になっても辛いことばかりだったあなたには・・・、幸せになって欲しい」



 マツリは笑った。

 弱くても儚くても、確かに彼女は夢と希望を叶える魔法少女だった。



マツリ「それが魔法少女、日向茉莉の願いです」



350:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:19:18.51 ID:UaoAV2yRP


 沙々は力なく腕を下ろした。



沙々「・・・」



 沙々は紙袋を拾うと。

 壊れた檻の鉄格子を超えて、静かにマツリの傍らに歩み出る。


 沙々は突き返すようにマツリに紙袋を押し付けた。



沙々「受け取れません」


マツリ「!」



351:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:21:07.95 ID:UaoAV2yRP


 沙々は呆れ返ったように頭を掻き、深い深いため息をつく。



沙々「あのなぁー、私は責任とか義務とか・・・。そういうのが大っ嫌いなんだよ」


沙々「後生の想いを託されるなんてまっぴらです」



 それはようやく沙々が見つけることができた、自分自身の心だった。



沙々「マツリさんの希望はマツリさんだけのものです。

    それと同じように、私の絶望だって私だけのものです」


沙々「私は脱落しちゃったけど・・・。

    マツリさん、あなたは最後まで生きてください。

    私みたいなクズに気を取られて、自分の誇りを見失わないでください」



 沙々はやっと素直に笑うことができた。

 それはそれは、小憎たらしい笑い方だったけれど。



沙々「きっと、魔法少女という存在は。マツリさんみたいな人のためにあるんだから」


マツリ「・・・!」



 沙々は歩み出す。

 彼女は一歩一歩と確実に自分の足で進み、光差す世界へ向かう。


 地下室の出口のドアに手を掛けた沙々は、こう言った。



沙々「ありがとう、マツリさん」


マツリ「!!」



 振り向くことなく出ていく沙々の背中へ向けて、

 マツリは大きな声で応えた。



マツリ「うん、どういたしまして!」



 魔法少女、優木沙々の物語は。

 こうして静かに幕を下ろした。



352:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:23:01.06 ID:UaoAV2yRP


 ―


 地下牢から出た沙々は、壁にもたれ掛かる織莉子を見止めた



織莉子「・・・」


沙々(あーあ、やっぱりバレてるー)



 織莉子は腕を組みながら瞳を閉じている。

 その表情は穏やかだった。



織莉子「私は、なんて馬鹿馬鹿しいことで悩んでいたのかしらね」


沙々「・・・」


織莉子「ああ、お構いなく。私は感動しているだけなので、素通りしていいですよ。

     一応、あなたの指名手配、外しておきますね」



 織莉子は瞳を少し開き、悪戯っぽく沙々に笑いかけた。



織莉子「それでもあなたを許せないという魔法少女がいたら、私が身を挺してでもあなたを守りますから」


沙々「・・・何企んでるんですか?」


織莉子「人の親切は素直に受け取っておきなさい、早くしないと私の気が変わってしまうわよ?」


沙々「・・・」


沙々「どーも」



 沙々はすたすたと、織莉子の横を通り過ぎ。

 振り返ることもせずに、外へと出ていった。


 沙々の姿が見えなくなった後、織莉子は小さく呟いた。



織莉子「お疲れさま」




353:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:25:15.38 ID:UaoAV2yRP


 織莉子は感傷に浸っていた。

 これからどうしようか、と。

 問題は山積みだったが、不思議と心は晴れやかだった。


 今回はたまたまうまくいったから良いものの、雅シイラはやはり脅威だ。

 彼女の力と思想は、暴風雨のように魔法少女のアイデンティティーを引っ掻き回す。


 何より一番厄介なのは。

 「雅シイラはもしかしたら、全ての魔法少女の救世主になるかもしれない」という危険な誘惑だった。


 そんな思考に耽る織莉子の前に、小巻が歩み出た。



小巻「あんた、沙々を見逃したのね」


織莉子「ええ、そうよ」


小巻「あっそ」



 小巻は踵を返し、スタスタと玄関へ向かっていく。



織莉子「どこへ行く気?」


小巻「雅シイラを倒しに行くのよ」


織莉子「できればそれは止めたいわね」


小巻「はぁー・・・」



 小巻は大きくため息をついた。



354:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:26:23.66 ID:UaoAV2yRP


小巻「織莉子、あんた優木と日向さんを見てどう思った?」


織莉子「・・・」


織莉子「自分の矮小さを思い知りました」


小巻「・・・じゃあ、次の質問」



 クルリと小巻は織莉子へ向き直る。



小巻「日向さんはこれから先、魔法少女をやめて人間に戻ると思う?」


織莉子「・・・」



 織莉子はしばし黙りこむ。



織莉子「戻らないでしょうね。

     マツリさんは円環の理に導かれるその日まで、誇り高く戦い続けるのだと思うわ」


小巻「ええ、そうでしょうね。私もそう思うわ」


小巻「そうやって少しずつ、世界は腐っていくんでしょうね」



 織莉子は怪訝に眉を顰めた。

 小巻の意図を図りかねているのだ。



織莉子「何が言いたいのかしら・・・?」


小巻「優木みたいな卑劣な魔法少女だけが人間に戻って生き残り。

    日向さんみたいな優しい魔法少女だけが、最期まで戦いに殉じて消えていく」


小巻「雅シイラを放っておいたら、そんなワケの分からない世界が完成してしまう」



 小巻はキッと織莉子を見据えた。



小巻「私はそれが、ただただ気に食わないのよ!!」



355:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:27:20.13 ID:UaoAV2yRP


織莉子「そう・・・」



 織莉子は腕を組んだまま、またしばし黙って思考を続けた。



織莉子「でも、現実問題として。あなたは雅シイラに勝てるのかしら?」


小巻「うっ・・・!」



 小巻は虚勢を張るように声を上げる。



小巻「さ、刺し違えてでも、私はあいつを倒すわよ!」


織莉子「刺し違える程度の覚悟じゃ無理でしょうね」


小巻「ぐっ・・・!」



 織莉子は静かに笑った。



織莉子「策を授けましょう。彼女に勝ち、生き残るための策を」


小巻「策・・・?」



 小巻とシイラの決戦の火蓋が切って落とされるのは、この約16時間後である。

 審判の日は、近い。




357:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:53:48.96 ID:UaoAV2yRP


――あすなろ市の湾岸展望台。


 そこにはムカデのような長い体を持つ魔獣が、蜷局のように巻き付いていた。

 それは大型の魔獣というわけではなく。

 数多の下級魔獣が連結して発生した個体という、おぞましい姿をしたものであった。


 波打ち際のうろ穴に障壁を張り、その内側に御崎海香と神那ニコは隠れていた。



ニコ「どうかな、逃げられそう?」


海香「無理ね」


海香「あの連結魔獣はずっと臨戦態勢を解かないし、

   下級魔獣達は包囲網を徐々に狭め始めている。

   私たちを見つけるのも時間の問題ね」


ニコ「いよいよ私たちも年貢の納め時か」


海香「冗談でもそういうこと言わないで・・・」



 ニコはスマートフォンを取り出して、メールの履歴を確認し始めた。



ニコ「カオルはどうなったのかな・・・、無事だといいけどさ」


海香「ミチルもそろそろ限界が近い・・・。

    もし私たちが負けたら、カオルが一人残されることになるわよ」


ニコ「ああ、それは嫌だな」


海香「ええ、だからもう一頑張り――
ニコ「伏せろ!!」


海香「え?」



 ムカデの頭部のような魔獣が、こちらを覗いていた。

 迷彩の役割しか果たさない薄膜のような魔法障壁は、いともあっさり破られた。



358:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:55:54.88 ID:UaoAV2yRP


ニコ「が、ふ・・・っ!」


海香「ぐ・・・!」



 ニコと海香の身体が宙づりになり、立方体のような結界に拘束される。

 連結魔獣が鎌首をもたげながらこちらをじっと見つめ、

 多くの下級魔獣がわらわらとニコと海香の下へ集まってくる。


 魔獣の食餌が始まるのだ。



ニコ(いよいよ本当に、年貢の納め時か・・・)



 ニコは瞳を閉じ、走馬燈を思い浮かべようとした。

 楽しい記憶、辛かった記憶、忘れられない記憶を精一杯探した。

 探したのだけれど。



ニコ(ダメだ・・・、何も思いつかない)



 死に際に生への執着すらみつからないほど、ニコの心は空っぽだった。


 どころか、彼女は今まさに自分の魂が食われようとしているのにも関わらず。

 「私の感情は、さぞ不味いんだろうな」などという、的外れな同情まで魔獣にしていた。



ニコ「ま、いっか。結構楽しかったしね」



 静かにニコが瞳を閉じた、その直後だった。



359:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:58:04.56 ID:UaoAV2yRP




「リーミティ・エステールニ!」



 馴染み深い必殺技の名乗りが聞こえた。

 眼も眩むほどの閃光が奔り、直後に轟音が響き渡った。



ニコ「・・・!」



 連結魔獣の頭部が焼き切られたように無くなり、

 ボロボロと土塊のように連結魔獣の身体が崩れていく。



「遅れてごめん! 海香、ニコ!」



 投げつけられた2本の杖が、海香とニコを捕らえていた結界を打ち消した。

 解き放たれたニコは、よろめきながらも地面に降り立つ。


 ニコは光線を放った黒い魔法少女にニヘラ、と笑いかけた。



ニコ「もう具合はいいのかい、リーダー」


「うん、もう平気」



 黒い魔法少女は大きな帽子の鍔を上げ、凛々しい顔をのぞかせた。



ミチル「私はまだ戦える」




360:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 19:59:08.20 ID:UaoAV2yRP


 ―


 戦いはようやく終結した。

 ずいぶんな接戦の末、魔法少女側が辛うじて勝利していた。



ニコ「本当に危なかったな・・・」



 3人は展望台の麓に座り込んで空を仰いでいた。

 すっかり暗くなった空からは、パラパラと小雨が降り始めている。



QB「だが、見返りも大きい。今回は大収穫じゃないか」



 キュゥべえは拾い集めてきたグリーフキューブを3人の前に広げる。



QB「お疲れさま」


ニコ「おう」



361:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 20:00:22.77 ID:UaoAV2yRP


 海香はミチルの前へ進み出る。



海香「ミチル。本当に・・・、本当にもう大丈夫なの・・・?」


ミチル「うん、心配かけてごめんね」



 海香はガバリとミチルに抱き着いた。

 海香は顔をうずめ、何も言わずにただ泣いていた。



ミチル「・・・」



 ミチルもまた、何も言わずに海香の髪を優しく撫でる。



ミチル「ありがとう、海香・・・」



362:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 20:02:05.82 ID:UaoAV2yRP


 ミチルは遥か遠い空を眺める。


 かつて在りし『魔女のいた世界』。

 それと比べればこの世界の魔法少女達の苦痛や悲しみは。

 それこそ万分の一くらいには減ったのかもしれない。


 そんな優しい今の世界になっても。

 果たして、魔法少女は純粋な『正義のヒロイン』にはなれなかった。


 むしろ魔法少女とは関係ない人間達にとっては。

 下手をすると、魔女よりも更に迷惑な存在になってしまったのかもしれない。



ミチル「・・・」



 それでもこの世界の魔法少女は孤独じゃない。

 今はただ、友だちから伝わる温もりが嬉しかった。


 それに、この世界の魔法少女には。

 『自分が生きるため』以外にも、ちゃんと戦う理由がある。



ミチル「私が散らかした希望なんだもん。

     私がちゃんと後片付けしなくちゃね」



 そんなことを小さく呟いて、ミチルは強く海香を抱きしめた。

 確かに感じる友だちの温もりが、ただただ嬉しかった。



364:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/06/05(日) 20:07:02.55 ID:UaoAV2yRP


 ミチルは遥か遠い空を眺める。


 かつて在りし『魔女のいた世界』。

 それと比べればこの世界の魔法少女達の苦痛や悲しみは。

 それこそ万分の一くらいには減ったのかもしれない。


 そんな優しい世界になっても。

 果たして、魔法少女は本物の『正義のヒロイン』にはなれなかった。


 下手をすると、魔法少女とは関係ない人間達にとっては。

 魔女よりもよっぽど迷惑な存在になってしまったのかもしれない。



ミチル「・・・」



 それでもこの世界の魔法少女は孤独じゃない。

 今はただ、友だちから伝わる温もりが嬉しかった。


 それに、この世界の魔法少女には。

 『自分が生きるため』以外にも、ちゃんと戦う理由がある。



ミチル「私が散らかした希望なんだもん。

     私がちゃんと後片付けしなくちゃね」



 そんなことを小さく呟いて、ミチルは強く海香を抱きしめた。



 きっと、今日の晩御飯はイチゴリゾット。



【まどマギ】贖罪の物語 -見滝原に漂う業だらけ-【後半】
元スレ
贖罪の物語 -見滝原に漂う業だらけ-
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446558852/
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