【ガヴドロ】ヴィーネ「ギャルゲー後の私たち」
- 2017年04月16日 15:40
- SS、ガヴリールドロップアウト
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ガヴリール「安価でギャルゲー?」
ガヴリール「安価でギャルゲー?」2
ガヴリール「安価でギャルゲー?」3周目
ガヴリール「安価でギャルゲー……か?」
ガヴリール「安価でギャルゲー、トゥルーエンド」
私が六時半にベッドから起き上がって、隣で幸せそうな表情で眠るガヴを起こさないように気を付けながらキッチンまで向かう。
その表情を崩さないよう、布団を頭までかけ直してあげることも忘れない。
昨日の残り物が入った鍋を火にかけてから、米を二合分だけ早炊き。
卵を割って素早く焼き上げる。ガヴは半熟が好きなので、黄身を固めてしまわないように細心の注意を払わなければならない。
昨日のセールで買っておいた野菜を水にさらしてから、一枚一枚、いまこうしている幸せを実感するように剥いて行く。
こんな感じで朝のルーチンワークをこなしていると、ガヴの寝息と私の作業音だけだった部屋に、けたたましい部外者がやってくる。
ガヴは深海生物みたいに掛布団から腕を出すと、スマホのアラームを止めた。
「……んぅ? あ、おはよー……」
「おはよう。もうそろそろ朝ごはん出来るから」
「あー、うん……。おはよー」
「もう、二回目」
愛すべき同居人は、どうやらまだ半分は夢の世界にいるようだ。
天使と悪魔なんてケッタイな生物だった私たちは、今ではすっかり人間として生きている。
翼も力も角も輪っかもなくしてしまった私たちは、もう魔界にも天界にも帰ることはできない。よしんばゲートを開くところまでこぎ着けても、関所でお引き取り下さいと首を振られるのは目に見えている。
それについての寂しさがないと言えばうそになる。
けれど、実際には大した違いを感じられないというのが本音だ。
だって、お母さんとお父さんは、魔界を追われた私にも、毎週便りをくれるのだから。
けれど、今の中心からズレればズレるほど、色彩は薄れていくものだ。
同じ記憶がいつまでも照明を浴び続けるわけではない。全てはいつか風化する。
弱い私はきっとそれに耐えられない。生まれた瞬間を保障してくれる者の消失は、
むかしの消失とイコールだ。
だからもし、現実が私たちに追いついた時。
その時は、遠慮なくこの元天使さまに私の全てを背負ってもらおうと思う。
……やっぱり重いかな、私。
それは横転する世界のなかで、私の身体を簡単に終わらせられる鉄塊から守ってくれた証拠だった。
不謹慎だけど、ガヴの不自由は、私にとって結婚指輪のようだものだったりする。
どちらかといえば首輪の方が近いかな。この娘は私が予約済みだから手を出すんじゃねーぞという意味合いで。
こんなこと本人には絶対に言えない。
「しかしさー、これって本当に便利だよね。私だけ体育免除されるしさ、なんかみんな優しいしさ、まじ良いこと尽くめ」
くつくつと笑う馬鹿を見ていたら、言ったところで意外と平気だったりするかもしれないが。
勉強は嫌いではない。新しいことを知るということは、人より一歩前に進むこと。人より一歩前進したら、それは誰かを導くということにつながる。
もう私は悪魔じゃないのだから、こういう考えを持っても誰も咎められない。
ゼルエルさんはガヴじゃなくて私の善行を評価すればいいのに、と思う私は、きっと陰でダメ天使製造機などと言われるのだ。
甘やかすからつけあがる。
甘い管理だから、いつまで経っても更生しない。
良心からそんな正論が湧いて出たが、私は意識して無視した。
更生なんて必要ないと思い始めている。あの娘は駄目なままでいて欲しい。
いつ自分が消滅するかわからない恐怖と戦ったあの娘に、私はこれ以上の苦難を強いることはできない。
無理強いはもろ刃の剣だ。彼女の涙は私の胸を、驚くほど鋭利に切り裂く。
……訂正。やっぱり私は悪魔だ。
他と違うのは、駄目になりきったところで見放すつもりがないことくらい。
別にガヴと片時も離れていたくないだとか、ガヴがまた見えない所に行っちゃわないか不安だとか、そんなことはさらさらない。
単純に、原因は金銭面の理由に依る。
現在、私の銀行口座には1500万という大金が入っている。高度経済成長期だったのなら、金利でそれなりに稼げそうな額だ。いや、そこまででもないか。
まあいいや。話を戻そう。
ガヴは学校から徒歩十数分という距離のアパートを借りて生活していた。
お風呂とトイレは別で、だいたい六畳一間くらいの物件だろうか。
ガヴは天界から追放された身だ。
今はゼルエルさんから仕送りを得て生活しているが、それでも家賃というのは大きな負担になる。
それに加えて、高校ないし大学を卒業して社会人となれば、ゼルエルさんからの仕送りはストップするらしい。
その後の生活レベルはその時の軍資金の多少で方向づけられる。つまり貯蓄は多ければ多いほどいいという単純な理屈が成立する。
だから私の所へ引き取った。というわけだ。
……なんの前触れもなく増えた同居人を受け入れてくれと大家さんを説得するのには、まあ、かなり骨を折った。身を削ったのがくたびれ儲けにならずに済んでよかったが。
そういうわけで、今日も同じドアをくぐる。
ただいま、と。声を揃えて。
帰り際に買った文庫本に目を落としていると、対岸でネトゲをしていたガヴが言った。
変な電波でも受信したのかと目を丸くしていると、ガヴは唇を尖らせた。
「なんだよ、意外か。私の料理なんぞ食べたくないか。言いたいなら言えばいいじゃん。
無言が一番腹立つんだが」
「ぷっ」
ガヴとほとんどの時間を共有するようになって、気付いたことがある。
この子は真正面で照れ隠しをするとき、わかりやすく早口で多弁になるんだ。
「……むぅ。もうヴィーネには一生作ってなんかやらないからな」
「ごめんごめん。でも……えっと、珍しいわね。ガヴからそういうこと言いだしてくれるだなんて」
「あのなぁ、私は人間に墜ちたとはいえ、まだ善行の多寡でメニマニが決まるんだ。
だったら流れで動けるところで稼いでおくのが賢い選択じゃん?」
そういうことか。
でもそれだったら、料理以外にも家事を手伝ったりだとか真面目に勉強したりだとか、他にもわかりやすい機会があるのではないか。
ここで手伝うというのは、いまいち平仄が合わないというか。
「はぁ……」
「なによそのあからさまな溜め息」
「いや、お前も大概鈍感だなって」
……いや、わかってるわよ。わかってるけど、そういうの恥ずかしいじゃない。
どこかの支援機構の広告にでも書かれていそうな文言だが、その通りにしている人間が果たして何人いるのだろう。
私は今年の夏に、あたりまえを奪われる恐怖を知った。
一つのあたりまえがなくなったことが、またあたりまえになる寒さを知った。
今更ながら、ゼルエルさんに言われた言葉が突き刺さる。
代償行動。まさしくその通りじゃないか。
じゃあ、私の心はまだ仮死状態なのか。
「ヴィーネ、濃口か薄口、どっちがいい?」
「えっと……じゃあ薄口で」
「あいよ」
些細な受け答えに幸せが付いて回る。幸せと幸せは私たちの間を回遊して、鎖のように連続していく。
目には目を、歯には歯を、言葉には言葉を、感謝には感謝を。
歩いた今日とこれからの明日を繋ごうと思うのなら、そんな、相応の真摯さを見せなくてはならないような気がする。
「……ガヴ、ありがと」
「あ? なんか言った?」
「ううん、なんでもない」
そういうことだ。私は別に、仮死状態でも構わない。
ガヴが生きている。
月乃瀬=ヴィネット=エイプリルにとっての幸せとは、つまるところそれだった。
少なくとも自分の娘が、高校生にもなって同性のお友達と手をつなぎ、同じ布団で眠っています……だなんて打ち明けられたら頭を抱えると思う。
だから今ほど悪魔に千里眼がなくてよかったと思う時間はない。
「……んっ、ちゅるっ」
「れるっ……ん、んぅぅ」
毎晩、私たちの間では淫靡な儀式が執り行われる。
どちらが持ちかけたとかそういうのはない。
ある夜に二人が偶然一緒に目が覚めて、そして手が離れていたことに気付いて、不安になっただけ。意味合い的には点呼となんら変わらない、簡素なものだ。
最初は唇と唇だった。
磁石のように吸い寄せ合い、一時の熱でとろけた意識が凝固し始めたころには、柔らかいとも温かいともつかない感触にすっかり夢中になっていた。
繰り返して確認し合っている内、その奥があることをどちらからともなく気付いた。
どこか涙ぐんでいるガヴの瞳を見つめていると、私は財宝にいざなわれる探検家のように、薄い唇の最奥へと押し入っていた。後悔はなかったし、ガヴも抵抗しなかった。
その電流に似た熱さが、冷え切っているらしい私の心髄に火をともしてくれるものではないかという期待もあったかもしれない。
ただ、それは私の思い上がりだったわけだが。
例えば、
「おいラフィ。宿題見せろ」
「あら、どういう風の吹き回しでしょうか。普段はヴィーネさんに寄りかかっているのに」
「ヴィーネは私のために勉強するマシーンじゃない」
「私だってガヴちゃんに宿題を見せるマシーンではないのですが……、仕方ないですね。
こちらから、こちらのページになります」
「ん、サンキュ」
ガヴは本心から私を気遣ってくれたのか、あるいは適当を言ってラフィをちょろまかしたのか、まだ私にはわからない。
ただ、むっとしてしまうことはある。
なんでラフィ。私でいいじゃない。みたいな。
近い人と似るっていうけれど、ガヴのひねくれた部分が感染してしまったのだろうか。
「ガヴリール。あんたいい加減にあの本返しなさいよ」
「あ、忘れてたわ。読み終わったから明日持ってくる」
「ふーん。……で、どうだったのよ、内容は」
「ヒロインが重い。主人公圧死するんじゃないの、あれ」
「馬鹿ねえ。本筋はそこじゃなくて、どんな経緯でそこに至ったか、じゃない」
「どんな風に文章読もうが人の勝手だろ。次は生物。現国は四時間目だぞ」
いつの間にサターニャから本を借りたんだ、とか。
どうしてその話を私が知らないんだ、とか。
そんな言葉が溢れてきたりする。
そのすべてを見てみれば、いずれも私の許可なんて必要のないものだ。
というより、私にはガヴの行動を制限することのできる権利なんて一切ない。このようなことで腹を立てること自体が、大いなる筋違いである。
予鈴がなったばかりの教室は、電車待ちのホームのように賑やかだった。誰しも五時間目という列車が来るまでの空き時間を、思い思いの行動で潰している。
人ごみが苦手な人は時間通り来なければいいなんて思っているだろうし、
早く帰りたいって考える人は、電車の到来をまだかまだかと待ちわびている。
私はどちらかと言えば前者だった。
日常の再確認とでも表そうか、いつものメンバーでお昼にすること。私はそれに固執している部分があった。
だが、
「悪いヴィーネ。調理部の会合だ。サターニャ達と食べておいて」
私は右足を引きずりながら教室を出ていくガヴの姿を見送った。
その結果、食堂には三人が集まることになる。
「あら、ガヴリールは一緒じゃないの?」
「なんでも調理部の会合らしいわよ。何話すのかしらね」
そこでパスタをフォークに巻きつけていたラフィが顔を上げる。
「……ヴィーネさんからしてみれば、この程度でもお辛いのでは?」
「冗談よしてよラフィ。そこまでべったりじゃなくったって平気だから」
「そうですか? では先ほどから入口のほうを何度も確認しているのは、他に想い人でも?」
指摘されて、顔面の熱が上がって行くのを感じた。
例の事故のように、なんの前触れもなく飛んできたLINEが、たぶん一番堪えた。
リレー小説みたいに二人で編んできた鎖が、とつぜん四散してしまったようなショック。
取り戻さなくちゃ。そう無意識に呟いていた。
夕食の時、ガヴはとりとめのない話をする。
それは学校の授業の話だったり、ネトゲの攻略についてだったり、そして友達についてだったり。
ガヴの口から他の名前が出て来た瞬間、私の頭にあったのは、塞いでしまおうという抽象的な本能だけだった。
テーブルの上で温もりを保つ食事を押しのけて、忌々しい単語を紡ぐその舌を蹂躙する。征服欲と独占欲が同時に満たされて、これまで味わったことも無いような高揚感が私のボルテージを押し上げた。
「……! ……!」
手足をバタつかせてもがくガヴが、私の手によって組み敷かれている。
ただでさえ運動能力が低いのに、今は右半身が麻痺しているのだ。平均の女子高生ていどの力しかない今の私でも、押さえつけることは楽だった。
後さき考えず、ゆるい服装を力ずくではだけさせた。
今日の晩御飯はカレーだったから、後でカーペットごと洗わないといけないわね。
いくつか食器も割れちゃったかな。でも最近は百均でも安く販売しているから凄く便利。
現実とかけ離れた考えが、頭の中をぐるぐるしている。
高揚感の次に湧き上がってくる感情を必死に見ないようにして、ガヴの平らな胸を揉みしだいた。力強く、その白い肌に、私の跡を残すように。
ガヴの肌はすべすべとしていて、白粉を塗ったようで、この世のものじゃないみたい。
最初に思ったその感想が、いっそう私を罪へ駆り立てた。
そうだ。正直に言ってしまおう。
ガヴが私の視界からいなくなってしまうことで、もう一度、私を包み込む幸せが奪われちゃう気がしたんだ。
瞼を開けることさえ億劫で、それでも網膜に自己主張してくる陽光だけを感じている。
「おいヴィーネ、いつまで寝てんだ」
「……ガヴ?」
「ったく。ヴィーネはいつも肝心なところで乱暴なんだよ。
自分の感情をうまい具合に制御できないってことじゃ、きっと私よりも子供だお前」
いつもより、温もりが大きい気がした。
背中に回されたガヴの両手は、まるで人物大の手錠だ。昨日の罪を見逃さないと言わんばかりに、がっちりと私をホールドしている。
ガヴはそれから何も言わなかった。
遠くの方で、学校のチャイムの音が聞こえてきた。
いけないことのはずなんだけど、私はそのことで、何かから許されたような気がした。
魔界にいた頃から、私という生き物は真面目に生きてきたつもりだった。
朝早くから登校して、一言一句聞き逃さないようにノートをとって、瞼にかかる重力が限界近くに差し掛かるまで昼間の成果と向き合い続ける。
「真面目卒業式だよ」
ガヴは――昨夜、私から理不尽な暴力にさらされた少女は、何事もなかったように笑った。
卒業式。その言葉は異様なまでにしっくりくる。
「で、でも……授業についていけなくなったら」
玩具を買ってくれることになった子供が、満面の笑みで親に確認するかのようだ。
自分でもちょっと引くくらいの笑顔を、向かいで見つめてくるガヴはどう思うのだろう。
何故か胸を弾ませていると、彼女は半眼で溜め息をついた。
「あのなヴィーネ。私はサボりまくっても、こうして求められた成績を満たして、無事二年に上がれたんだ。このまま三年にも、大学にも通う予定」
「それはガヴが頑張って、これからも続けていくからじゃない」
「そうだよ。私はサボったなりに努力したんだ。
じゃあヴィーネだってそうだろ。私より出席率が良くて、私より成績が良くて、私よりも要領が良い。
心配することなんてないと思うけどね」
「……」
「そうさ。ヴィーネは努力した」
ガヴが二回も認めてくれた意味は、わかったようでわからなかった。
割れた食器をまとめ、汚れたカーペットを洗濯機から回収すると、私は部屋で寝転がるガヴに振り返った。
「お昼はどうする?」
「ああ、なんでもいいよ」
「なんでもいいじゃ困るのよ。なにか具体的な希望とかないかしら」
「うーん。ひっさびさに外食とかどう? ずっと家のご飯だったら、なんかレアリティ的なものが下落しそうな気がする」
「レアリティ……」
ありがたみ、のようなものだと解釈する。
確かに、紙に書き出せるレベルで形態化してしまった日常は、事務仕事の書類処理といくぶんの差もないだろう。
食堂などで母の味がありがたがられるのは、きっと以前までのあたりまえが砕けてしまうからだ。
天使は善行を積むのがあたりまえ。
悪魔は悪行を積むのがあたりまえ。
では人間に墜ちてしまった私たちは、なにをあたりまえにすればいいのだろう。
結果として外食は断った。
インターホンに呼ばれ、玄関まで駆け付けても人影がなかったとき、私は後世に語り継がれるレベルの絶叫をご近所様に披露してしまった。恥ずかしい。
「ああすまない。もう君たちは見えないのだったな」
新たに作成されたレイヤーが落とし込まれたように、ゼルエルさんの姿が現れる。
私の叫びを聞きつけてきたガヴが、溜め息とも吐息ともつかない息遣いをした。
「姉さん、事前に連絡入れてくれなきゃ困るんだよね」
「それに関しては済まないと思っている」
ゼルエルさんは丁寧に靴を揃え、ちゃんと格式とかに乗っ取った作法であいさつをした。
「ああ、もう。そういう態度で肩とか凝らないの?」
「人生に秘訣とは慣れだぞガヴリール」
「私の右足見ながら言うな。もうさすがに治って来たよ」
表面上ではつっけんどんだけど、やっぱりガヴはどこか嬉しそうに見える。
私と言えば、ゼルエルさんとは言い争って以降会っていなかった。気まずさをごまかすように、並び立つ二人から視線を逸らした。
つまりはやたら早口で、やたら饒舌に、ゼルエルさんから向けられる心配の色を押しのけていたのだ。
「本当に大丈夫なのか? 人間は少数を排除しようとする生き物だ。お前はその対象になっていないか?」
「もう何回目か覚えてないけど大丈夫だって。隣のヴィーネ様々だよ」
ゼルエルさんの鏡面みたいな瞳が私の方へ向けられる。
心臓が激しく動いたのを感じた。背筋と腹筋に力を入れていて、変な姿勢になっているのがわかる。
「……そうか。君は、本当に私の妹を気にしてくれているのだな」
「そ、そんなとんでもないです。私は、その、やりたくてやっているだけですから」
「やりたくて、か」
「ええ」
ゼルエルさんとの会話は、テーブルゲームのような緊張感を与えられた。
こちらの発言が本意であるかどうか、ディーラーの彼女は鉄仮面のままカードをめくって確かめる。
正解ならばその理由を、ハズレならば嘘の動機を、なんの躊躇いもなく尋ねてくるのだ。
賭けに勝てる自信が、今の私にはない。
「ああ。これからすぐに天界へ戻る。久々の家族サービスだ」
「家族サービスって……そういうの、本来は父の仕事だと思うんだけど」
「ガヴリールには自覚が足りないな」
「生憎、もう天使じゃないもんで」
「……それもそうか。
最後、少し月乃瀬を借りていくぞ」
「えっ」
驚きは私のものだ。
まさか水を向けられるとは思っていなくて、指先の爪をいじっていたほどなのだから。
別に、ガヴが楽しそうで拗ねているわけじゃない。
私はガヴの表情をうかがう。
彼女はいつもと同じ無表情のまま、ゼルエルさんの方へ顎をしゃくった。
等間隔で置かれている常夜灯を数えていると、ゼルエルさんは唐突にそんなことを言ってきた。
「強情、ですか?」
「君は今日、余り話さなかった。病室ではあれほど高飛車な態度をとったというのにな」
「ひ、人には二面性がありますから」
「二面性か。確かに君はもう人間だが、一生の過半はまだ悪魔が占めている。
したがって、私は君を悪魔として扱わせてもらう」
そんな歩合制みたいな認識でいいのだろうか。
……いいんだろうな。だってこの人、天使の中でも頂点の付近にいる人だし。
「……まだ、君は実感が持てていないようだ。
いいや、正しくは、追いついていないと言ったほうが正しいかな」
いちどじっくりと頭の中で咀嚼しないと、言葉の手触りさえわからない。
私がおうむ返しで時間を稼ごうかどうか思案していると、ゼルエルさんは自分で接ぎ穂を握った。
「君は充分に努力した。
妹のため、死の一歩手前まで走り抜くまでされては、さしもの私も君を認めざるを得ない」
「そんな。私は」
「当然のことをしたまでです……などとつなげるのだろう?」
ゼルエルさんは底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
この人でも、こんな顔を作れるんだ。その事実は、私から少しばかり肩の力を奪い去った。
「だからこそだ。
もうガヴリールは君の傍にいてくれる。君が満足いくまで」
「……そんなこと、わかっています」
「だからこそ君は悪魔だ。
性根の悪い言い方をすれば、君はガヴリールの生涯を買い取ったに等しいのだから」
「買い取った、ですか」
「対価は君の蛮勇、と言っては失礼か。
私は見ていないから、君がなにをしたのかをつまびらかにすることは出来ない。
だが、姉としてわかることもある」
ゼルエルさんは教え子に言い聞かせるように、一拍置いてから、
「そんなに脅える必要はないんだ、月乃瀬=ヴィネット=エイプリル」
サターニャが尊大であると同時に、誰よりも友達思いであるように。
ラフィエルが穏やかであると同時に、誰よりも実直であるように。
ガヴリールが駄目であると同時に、誰よりも優しい心を持っているように。
違った時間、違った視点に立たなければ、見えない領域はたしかにあるのだ。
ゼルエルさんは深い深呼吸の後、大きく両手を広げた。
私にはなにも見えない。しかし、そこには燦然と輝く大天使の翼があるはずだ。
「月乃瀬」
最後。
ゼルエルさんは私を振り向いて、
「妹を頼んだ」
まるで魔法のように夜へ溶けて行ってしまった。
あの夜。私が仕出かしてしまったことを。
高校一年生の頃から住んでいる家。家主はいないのに灯りが点いていた。
「ただいま」
「ん、おかえり。なんか説教された?」
「ううん、励まされただけ」
「姉さんが。鬼の目にも涙ってやつか」
「ガヴ。それは微妙に違う」
私は靴を脱ぐ。
ちゃんと向きを揃えて、出船ならぬ出靴の状態へ。
ガヴがそんな私の生真面目さを笑う。嫌な笑いじゃない。
行動を紙に書き出せるほどルーチン化された毎日だけど、ほんのひとつ、追記せねばならないことを引っ提げて。
暗がりの部屋は、まるで深海のようだ。
これから夜明けに向かって水位が下がって行き、太陽が昇ったら私たちの目を光が貫く。
だからそれまではこうして、遠い場所の灯りを想いながら眠るのだ。
ただ、真当に生きた今日を明日へつなげるためには、残っている宿題がある。
「ガヴ」
視線の先。眠たげに瞼が開き、水と同じ色をした瞳が私を見る。
「なに。超眠いんだけど」
「ごめんねって。それだけ」
視界が全部、ガヴで埋め尽くされた。
ガヴの匂い、ガヴの体温、ガヴの鼓動、ガヴの感触。
……まったく、大概鈍感とは言い得て妙だ。
とっくに目の前にあったにも関わらず、ないと泣いていたのだから。
離れていく唇に名残惜しさを感じながらも、それを微笑みに転換して、かみ殺す。
「ううん、なんでもない」
「変なヴィーネ」
「そういえばガヴ、知ってる?
人って幸せだったら、思わず笑っちゃうんだって」
「……クスッ、そうか」
「うん、そうなの」
さあ眠ろう。
鎖に繋がれるのは、夜だけでいい。
こうしてお互いを確かめ合って、私が目覚める朝がやってくる。
終われ
元スレ
ヴィーネ「ギャルゲー後の私たち」
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コメント一覧 (13)
-
- 2017年04月16日 15:53
- もう完全にただの百合ップルじゃないですかやだー
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- 2017年04月16日 16:01
- 綺麗に終わったなぁ
-
- 2017年04月16日 16:06
-
重い
だがそれが良い
-
- 2017年04月16日 17:42
- 最後は地の文かよ
-
- 2017年04月16日 20:02
- ずっとガヴィーネだけ書いてろ
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- 2017年04月16日 20:55
- やっぱ上手いな…
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- 2017年04月16日 23:53
-
今度は魔界に帰ると愛妻家に影響されたのかよ
面白かったよ
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- 2017年04月17日 03:52
- 綺麗に終わったなー…
全編通して面白かったよ
-
- 2017年04月17日 10:53
- 背景がわからん
単体で共依存ガヴィーネ書き直せカス
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- 2017年04月17日 11:51
- ※10
トゥルーエンド見れば判るよ
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- 2017年04月17日 15:54
- 遂にデビルレズレ、イプしちゃったかヴィネット
-
- 2017年04月17日 23:51
- 「さあ眠ろう。
鎖に繋がれるのは、夜だけでいい。
こうしてお互いを確かめ合って、私が目覚める朝がやってくる。」
ここ普通に名文でワロタ
マジで重い